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[10573] SSS/RPW(RPG系ファンタジーもの オリジナル)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/26 14:24
 世界は三つの要素で決まってる。

 ≪スペック≫――”性能“

 ≪スタイル≫――“規格”

 ≪スキル≫――“技能”

 存在の限界はスペックによって決定され、スペックに収まる範囲でステータスを上昇させ、スタイルで形を整え、スキルを高める。
 上げるための鍛錬はレベルによって決定される。
 強くなれ。
 殺して殺して殺し尽くして、スペックの極限までレベルを上昇させろ。
 強くなれ。
 武器と防具を揃えて、スタイルを築き上げろ。
 強くなれ。
 闘って闘って、スキルを極めろ。
 この世はデータで決まっている。
 限界地点は決定済みで、そこに到るまで足掻き続けるのみ。
 数で、装備で、性能で、策略で、作戦で、環境で、舞台で。
 足掻いて、足掻いて、足掻いて。
 踊って、踊って、踊って。

 この世は性能で、規格で、技能で、その本質を暴き出す≪ロールプレイングワールド≫――“演劇舞台”
 始めよう。
 始めよう。
 開始開始、開始。






 SSS/RPW







【???炭鉱】


 音が鳴り響く。
 暗く、薄暗く、外光の届かない炭鉱の奥だった。
 発生源は炭鉱の奥で小さなランプに照らされたツルハシであり、それが振り下ろし、炭鉱の壁を削る音だった。

「よっこらー、よっこらー」

 ツルハシを振るう男が一人いる。
 上にシャツを一枚、下にズボンを一枚、首周りにタオルを巻いた男だった。
 ツルハシを振るうたびに筋肉質な腕が盛り上がり、鋭い音を響かせて、壁を貫く。
 砕く、貫く、求めるものを探して。
 そんな作業を五時間以上続けていただろうか、不意に男はツルハシの向こうに固い感触を得た。

「あ?」

 カツン、カツンと手ごたえを感じて、ツルハシを数度他の土を削るように振るうと、その先に現れたのは壁に埋もれた緑色の鉱石だった。
 数は三個ほど。大きさは拳大の石である。
 それを見つけて、男はツルハシを置くと。

「よいしょっと」

 無造作に“手を打ち込んだ”。
 生身の手でありながら、硬い頑強な土に折れる事無く指が突き刺さり、一気に鉱石に指をかけて引きずり出す。
 まるで削岩機のような勢いで鉱石を掘り出し、男の足元に転がった。
 そして、男は転がったそれを掴んで、首のタオルで汚れを取ると。

 ガリィ。

 おもむろに“齧った”。
 硬い宝石クラスの硬さを持つそれを歯で噛み砕き、まるで煎餅のような音を立てて噛み砕かれていく。
 喰らう、喰らう、喰らう。
 岩の味は如何なる味か。
 甘いのか、すっぱいのか、しょっぱいのか、渋いのか、辛いのか、苦いのか、それすらも分からぬように噛み砕き、胃に収めた。
 瞬く間に三個喰らい、男はしばし口の中をもごもごさせると。

「ぺっ」

 口の中に含まれた土だけを吐き捨てた。

「あー、どうだ?」

 首を揺り動かし、軽く慣らしながら、男は不意に虚空を見る。
 パチンと指を鳴らした。
 その瞬間、虚空が揺れた。震えた。

 男の網膜にある種の幻影が飛び込んでくる。

『摂取:グリーンライト(小)×3
 効果:タフネス上昇(微)
 判定:1.57P上昇』

 見えた幻影はそう書かれていた。
 識別完了・効果判定成功――≪ステータス≫上昇。
 イベントウィンドウと呼ばれるこの世界に存在するものならば誰もが会得し、保持している自覚的情報端末からの結果だった。

「ちっ、この程度か」

 しかし、男は二日以上かけて手に入れた結果を吐き捨てると、ツルハシを抱えて出て行った。
 効率が悪すぎる。
 そう判断した。







【シハネック城砦 廃墟】

 残骸、廃墟、朽ちた場所。
 そこに命の気配は無い。
 ただ転がるのは数百を超える屍の山だった。
 天上には暗く不吉に蠢く黒い雲があり、大地には千切れ果てた屍共の山である。
 何名死んだ。
 何名殺された。
 元は屈強誇る対“魔王軍”への城砦、数千の軍勢に襲われようとも一月は持たせると豪語された強固なる要塞。
 しかし。
 しかし、それが陥落し、全滅するまでは“三日”も掛からなかった。
 たった一人の侵入者にして、殺戮者の手にかかっては。

「ぁーぁーぁー♪」

 歌声があった。
 屍共が命の跡。
 悲しいほどに原型を留めている砦の頂上。
 そこに唯一命を持つ存在が歌を歌っていた。
 それは美しい【少女】だった。
 年頃は十代半ばだろうか。大いなる大海のように青く揺らめく髪をなびかせた少女。
 宝石のように輝く碧い瞳が黒ずんだ空を映し、美の女神に愛されたかのような美貌を誇る化身。
 薄手の衣に覆われたふっくらとした乳房を張り出し、なだらかな体のラインを隠そうともせずに広げて、臀部に纏う薄い装甲を除けば何一つ隠しもしない淫らな格好。
 まるで色気を醸し出し、男を蠱惑する浅ましい踊り子のような格好。
 だがしかし、その両手から肘にかけて着けられた“兇器”がそれを裏切る。
 爪の如く、刃の如く、鉈の如く、斧の如く、それは正しく兇器としか言いようがない。
 少女の手には不釣合いなほどに巨大であり、凶悪でありながら、彼女の手のために拵えたかのように違和感が無い。
 そのような兵装だった。

「らーらーらー♪」

 歌声が鳴り響く。誰も聞いていないというのに。
 楽しげに歌うそれに伴奏のように、湿った音が鳴り響いていた。
 ぴちょん、ぴちょんと規則的に音が鳴る。
 それは少女の両腕に取り付けられた真紅の兇器の先端から零れ落ちる水滴――否、血液の鳴らす音である。
 まるで涙のように、少女の兇器の爪部分から流れ落ちる血液は奪い取った血肉から搾り出されたもの。
 鉄臭く、生臭い、命の流れる血臭の不快な香りが立ち込めているというのに少女は何一つ気にした様子もなく歌っていた。

「ららーらー♪」

 殺戮の歌を。
 彼女は見ていた。知っていた。
 おびただしい気配が砦に近づいているということに。
 数は大体500ほど。
 偵察に来たのか、様子を見に来たのか、逃げ出すもの一つなく殺し尽くした少女には分からない。
 ただ。

「アハッ♪」

 少女は楽しげに微笑んで、その美しい女体を曝け出すように立ち上がる。
 滑らかなライン、艶やかな肌、その全てが狂ったように意味のない装甲に隠されて、締め付けられている。
 まるで拘束具のように。
 まるでそれ自体が甘美だと告げるように。
 鉄で編まれた鎖を持って身体を縛り、狂おしいほどに壊れた兇器を持って、少女は虚空に足を踏み出した。
 落下。
 少女には空中歩行のスキルなどない。
 故の必然。
 墜ちる、墜ちる、墜ちる。
 クルクルクルと回転しながら、高さにして百数メインの距離を落下する。

「なんだ、あれは!?」

 その姿を捉えたのだろう。
 砦を囲もうとしていた軍勢の誰かが叫んだ。
 自殺志願者だとでも勘違いしたのか、引きつった声。
 けれど、少女は落下しながら城砦の壁を蹴る、蹴る、滑らせる。
 紅く血塗られたブーツを持って壁を削りながら、旋回し、数秒と立たずに大地へと着地した。
 屍を踏み砕いて。
 ぐしゃりと背骨から砕かれた死体が半ばから千切れて、吹き飛んで、臓物を撒き散らして。

「ラララー♪」

 ただ楽しげに少女は歌う、謡う、謳う。
 皆殺しの歌を。
 己のスタイル【魔装殺戮者/カオスバーサーカー】としての規格を駆使し、さらなるスペックの向上と我欲を満たすために。

『ネーム:ララナル
 スタイル:カオスバーサーカー
 レベル:540/750』

 彼女は微笑む。
 その両手に着けた兇器が迫り来る軍勢のステータスを診断する。
 プリーストやウィザードの使う索引魔法よりも精度は落ちるが、レベルぐらいならば即座に判明する。

『50,65,32,18,34――合計平均レベル60以下』

 残酷な結果だった。
 レベル100にも達しない雑魚ばかり。
 それでは、それでは。

「ラッラー♪」

 彼女に指一本でも傷つけられるわけがなかた。
 圧倒的なスペックを誇る殺戮者が走り出し、皆殺しの歌を携えて、城砦の扉から飛び出した。


 悲鳴と絶叫と怨嗟の声が鳴り響くまで十秒とかからなかった。





 殺戮幻想。
 惨劇無双。
 振るい抜く魔装の兇器は空気を引き裂き、肉を切り裂き、命を断裂する。

「あーははは!!」

 数十人もの兵士が、傭兵が、魔導師が、騎士が、ただの一振りで両断されていく。
 ララナルは踊るように踏み込んで、剣を振り抜いてくる騎士たちの刃をすり抜ける。
 旋回、肌を撫で切るような殺意の嵐の中を楽しげに回りながら、刃を振るう。裂く、咲く、血の飛沫と紅花弁。
 咲き誇れ、振り翳された兇器に脳髄を砕かれて、臓物を撒き散らしながら倒れるその胴体に蹴りを打ち込み、背部から肉片を吐き散らす。

「殺せぇえええ!」

「殺せぇえええ!」

 罵詈雑言の悲鳴。
 その中で血を浴びながら、肉を纏いながら、ララナルは乱れ踊る。
 火球が飛んでくる。
 ファイアバレット。SL3の攻撃魔法、味方諸共焼き殺さんと撃ち放たれた黒魔術使いの魔法。
 真っ赤に燃え滾る紅蓮の火球に、彼女は微笑みながら。

「歌を聞かせてあげる!」

 迫る、迫る、火球。
 それに手短な死体の首を蹴り折って、千切れた頭を爪にかけて、ボールのように投げ飛ばした。
 流れるような作業。
 誰にも目に止まらない残酷球技。
 火球と頭部がぶつかって、炸裂する。
 ぼうっっと炎が広がって、酸素を喰らい尽して、爆音が轟く。
 燃え盛る炎が周囲数十メインを飲み尽くそうとした。

「やったか!?」

 メラメラメラ。
 燃え盛れ、燃え盛れ。
 死体が燃える、生きてる人間も燃える。
 絶叫に踊りながら、人間が死体になって、血が乾いて、蒸発して、肉が焦がれて、金属が赤く染まる。
 祭りのような光景に、興奮と恐慌の坩堝の兵士たちが喝采を上げて。

「ランランラン♪」

 悲鳴を上げた。

「わたしの、歌が、聞きたい、かー♪」

 声が鳴り響く。
 歌声が叫ばれて、炎が、燃え盛る焔が十字に引き裂かれた。
 真紅に燃え滾る劫火が裂かれた中にいるのは、笑った笑顔の少女。その両腕の魔装は紅く染まり、熱を奪い尽くしたように陽炎を纏う。

「魔法は効かない、奇跡は届かない、歌だけが届きます~♪」

 マジックウェポンアビリティ。
 ――【マジックブレイク:LV5】
 少女の身に付けた、或いは寄生した魔装が宿しているアビリティ。
 白、黒、混沌、マジックスキルLV5までをも破壊する凶悪無比な能力。
 いつか魔王を、神を、殺す為に生み出され続けた習作の魔装。

「歌いましょう、熱弦の歌を♪」

 少女が足を踏み出す。
 狂乱に燃え滾る炎の中を、肌を炙られながら、痛みすらも忘れて恍惚に酔いしれながら。
 少女が足を踏み出す。
 淫らに一歩、淫猥に蹴り足を踏み出し、蠱惑的に身体を旋回。
 欲情させるかのごとく、娼婦でも行なわない退廃的な肉体を曝け出しながら、両手の兇器を頭上に掲げる。
 キリキリキリと燃え盛り、金属音を響かせる刃が真紅に輝いて、対峙するもの全ては死神に命を握られた。

「に、にげ――」

「終わらない灼熱の地獄を――祈りなよー」

 紅の斬撃が迸った。
 それも二閃。
 右に、左に、袈裟切りに、逆袈裟に、空間を切り裂く熱波の刃と化して人間を焼き切った。
 ――≪ブレイズ・ウェイブ≫
 レベル100以上の刀剣者スタイルが取得する空間干渉斬撃能力。
 しかし、初期習得であるレベル100では精々10メインが限界距離。
 ならば500を超える彼女が生み出す斬撃範囲は?
 ――100メインを凌駕する斬殺領域となる。
 さらに魔装に宿し、吸収した熱量全てを取り込み、混ぜ合わせたその刃は切り裂いた存在全ての血液を沸騰させ、肉を焦がし、骨をも焼き切る煉獄の刃。
 殺戮焦熱の宴だった。
 降り注ぐ斬撃と熱量の切断乱舞は瞬く間に軍勢を引き裂き、悲鳴と絶叫の合唱となって戦場を彩り終えた。
 そして、五分後。

「しーずかーに~、おわりまーしたー♪」

 切り刻まれた血肉の舞踏場の上で、少女は薄暗い空を見上げて恍惚の歌を鳴らしていた。
 ぐっしょりと全身に染まった鮮血を、指先から、髪の先端から、顎から、股間から滴り落として、壮絶な美しさを淫らに発していた。
 上気した頬は朱色の色に染まり、血に濡れた唇から洩れ出るのはてらてらと涎にも達する唾液に濡れた妖しい舌。
 ガクガクと僅かに膝を震わせ、臓物と骨肉に汚れた地面にめり込んだ爪先から背筋にまで痙攣し、熱い息を洩らす。
 絶頂したかのような蕩け具合。
 殺戮こそが史上最高の快感だと魂にまで刻み込まれた呪われた魔装使いの性癖だった。
 ――カチンッとどこかで音が鳴った。

「? アハッ♪」

 ララナルが顔を悦びに変えた。
 己のステータスを表示する。

『ネーム:ララナル
 スタイル:バーサーカー
 レベル:541/750』

 1レベルアップ。
 今再び強くなったという実感。
 手に嵌った魔装が喜びに震え立った。
 ララナルが踊り出す。
 喜びの舞だった。
 誰もいない、静寂の、噎せ返るほどの鮮血の舞踏台にて少女が踊る。
 びちゃびちゃと死体が踏み砕かれて、彼女は無造作に死を踏み躙り、生を冒涜する。
 その妖しげな踊りはまた再び訪れる犠牲者が来るまで止まらない。
 そう思えた時だった。

「?」

 視線感知のスキルが起動した。
 優雅な動きで踏み台にしていた生首を踏み砕き、ララナルが振り向いた。
 要塞のある丘。
 魔王軍を塞き止める谷の中に立てられた偉大なる要塞。
 それを仰ぎ見る一つの視線があった。
 否、見つめるのは一人の少女に対して。

「あは?」

 身体強化の保有スキルは起動している。
 神経伝達速度、身体能力、骨格強度、五感の強化まで補うそれによる視力は見つめる視線の持ち主を捉えた。

 それは一人の“ヒューマン”である。

 頭部に被った黒い兜。
 穴一つ無い無貌のフルフェイスは表情を映さない。
 上半身に身に付けた紺色の手甲、胸部鎧、大仰なほどに無骨な鉄板の塊、まるで巨人族が着けるかのような大きさ。
 下半身に身に付けた脚甲。鋭利な刃物に似たメタルブーツ、脚横のホルダーに嵌められているのはナイフだろうか。
 そして、そして、その背には“巨大なる両手剣”が背負われていた。
 龍でも殺さんとばかりに背負われた二メイン近いツヴァイハンダー。
 腰に納められたロングソードといい、中々の迫力。
 何らかの魔法武具か、少女の診断スキルではステータスが見えない。
 だがしかし。

「あはは、美味しそう」

 唯一映し出された隠せないスペック。
 それは――レベル【230】
 ララナルには到底及ばず、されど一流戦士だという証であり。

「愉しませて♪」

 少女が殺意を向けるに値する。
 魔装殺戮者は両手を上げて、湧き上がる快感に任せて己の乳房を掴み取り、鋭い刃物でじわりと痛みを発しながら揉み解す。
 噴き上がる熱量にそり立つ乳首、それを千切れぬほどの力でほぐしながら、もう片方の手指を唇に這わせて、舐めた。

「殺してあげるから♪」

 狂乱者が嗤う。
 己の魂すらも魔装に染め上げられた悲劇の少女は、淫乱に嗤っていた。


 それ以上に狂った一人の“人間”に叩き潰されるまでは。





******************
他の板ではちょくちょく投下しているものです。
完全自己趣味だけのお話で、多少のエログロが入りまくりのお話になると思います。

ジャンルはRPG系”主人公ある意味最弱もの”です。



[10573] 魔装殺戮者/Act1(一部加筆修正)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2010/10/16 14:51
 歩く。
 進む。
 ギシギシと全身を締め付ける甲冑が重く肉に食い込み、骨を軋ませ、全身に負担を掛けている。
 背に背負ったツヴァイハンダーは重く、腰に付けた洗礼の長剣の重みもあって、一歩踏み出すごとに地面が僅かに凹むほど。
 超重量の黒影というに相応しい様相。
 視界は良好。
 頭部に嵌めた兜、黒鋼を原料に透過魔法を掛けて作り出された“覆われていながら全てを透す”もの。
 仮面の中から外が見える、硝子越しのように鮮明さ。
 吸い込む大気は、浄化作用のあるヘイホロン草を編んだ消毒布に覆われた呼吸穴から取り込まれているので問題は無い。
 純金すら腐らせる腐蝕竜のブレスでもなければ、の話だが。

「――あそこか」

 黒い甲冑の人物。
 その仮面越しから男の声がもれ出た。錆付いた、どこか冷たい声。
 見上げる視界、視覚強化のアビリティ無しの素のままの視力だが――惨劇を捉えるには十分。
 見た先には、殺戮が行われていた。
 血が滴り落ちる要塞。
 死霊の嘆きが聞こえそうなほどに黒ずみ、焼き尽くされた血と肉の不快な香りが消毒布の先からも鼻に届く。
 そして、見上げた視界にはその惨劇を生み出した人影を捕らえていた。

「――魔装使い、だな」

 淫乱に壊れた笑い声を上げる少女。
 美しい青い髪に、裸同然にさらけ出した肢体。その四肢の先に嵌めた禍々しい兇器。
 遥か先にいても分かる紅の眼光、狂気の瞳。魔装に取り付かれたもの特有の情焔だった。
 息を吸い込み、淫魔の如く艶やかな少女の嬌態を睨み付ける。

「判定しろ、≪スペクタクルズ≫」

 鎧の下に吊り下げた診断用の汎用アクセサリーを起動。
 視線の奥の少女のスペックを判断する。


『ネーム:ララナル
 スタイル:カオス・バーサーカー
 レベル:541/750』


 網膜に映し出される情報、相手のスペックが羅列上に表示され――飛び込んできた情報に舌打ちをした。

「ちっ!」

 詳細スペックはさすがに妨害されたが、レベル五百以上だという情報に舌打ちをする。
 中級魔族と同等以上のレベルである。
 魔王軍四地皇の五千以上レベルや、魔女帝の万単位と比べればゴミ屑のようなレベルだが。
 それでも超一流冒険者か、英雄クラスのレベル。
 しかも、魔装殺戮者/カオスバーサーカー。
 手にした魔装もかなり上位レベルらしい、そこらへんの人間では絶対に辿り着けない最大スペックを保有している。
 まあ、だが。

「き、キヒヒ」

 男が笑った。
 黒甲冑の人物が嗤って、駆け出す。

「それでこそ――」

 “喰らう価値がある”。
 大地を蹴り飛ばし、大地を爆散するような衝撃と迸らせながら駆け抜ける。
 坂道を踏み砕き、その身に掛かる数万ギルムの重みを感じさせない軽やかさ。
 何一つスキルを使わず、ただの≪重鎧着用習熟≫と≪負担耐性≫のアビリティ加護があるだけである。
 疾風のような速度で坂道を駆け上がり、要塞の開け放たれた城門にまで辿り付く。
 扉は深々とした傷跡と焦げ痕を刻み付けて、ただ閉ざされている。
 現在の要塞の主が門を潜らずとも、自由に出入りが出来るだけの跳躍力があるせいだ。
 そして、甲冑の男にそれだけの跳躍力はあるか?

「ふぅうっ!」

 否、である。
 鎧こそ脱げば可能かもしれないが、現状は不可能。
 有り余る重量によるデッドウェイトがそれを殺す。
 故に、だから、甲冑の黒影は背より大剣を引き抜きながら、足を止めない。
 さらになお加速し、門へと跳び込みながら旋転。
 体を捻り、背より取り付けたアタッチメントパーツからガキンッと撃鉄の音を鳴らし、火花と共に大剣を引き剥がす。

「――ガォウッ!!」

 咆哮一閃。
 風を叩き破り、大地を蹴り砕き、解き放たれた竜すらも圧壊する鉄の塊――ツヴァイハンダーが暴風を纏って打ち放たれた。

 ――亜音速の斬響を伴って。





 戦いにおける要素として四つのAが必要とされる。
 一つ、常時発動能力≪アビリティ≫
 二つ、手にする武装≪アームズ≫
 三つ、身を守る防具≪アーマー≫
 四つ、加護や魔術の触媒となる≪アクセサリー≫
 フォーのFoとエーのAをあわせて、FoA(フォア)と呼ばれる装備概念はレベルを除く、戦闘者としての格や得意なスタイルを簡単に伝える共通概念として広まっている。
 スキル・スタイル・スペックのThS(ジス)によって存在の骨組みが決まり、FoAによって肉を纏い、己の個性と魂を持って彩り、人々は役割を演じきる。
 それがこの世界の不可避戒律であった。

「アハハ♪ やってきた♪」

 タップダンスでも踊るように少女が踵を鳴らして、体を弾ませる。
 豊満な乳房を上下に揺らし、汗と返り血に濡れた肢体を艶かしく揺らして、湿った吐息を漏らしていた。
 それは全て求愛行為である。
 捧げるのは――破壊された城門の向こう側に立つ相手に対してだった。
 無骨な鉄塊、刃渡り1.5メインもあろう巨剣が槍のように突き出され、濡れた瞳を讃えたララナルへと剣尖が向けられる。

「ララナル、か。討伐の知らせが出ている、生死は問わないが大人しく斬られるか? それとも投降するか?」

 くぐもった声。
 放置された銅貨が潮風に晒されて、錆付いたような声だった。
 ララナルはその声を聞いて、艶やかに嗤った。目を見開いて、猫の瞳孔にも似た紅い眼光を灯す。

「どっちもやーだ、よ♪」

 べろりとざらついた舌で、右手の兇器を舐める。
 もう片方の手で自らの股間を運び、鋭利な金属部位がぐちょりと貞操帯にも似た金具を押し込む。
 太腿の付け根、秘所に当たる部位から透明な液体が流れ出す。
 よく見ればその股間を覆う緋色の貞操帯は金属の杭のように己を突き刺す形になっていた。
 浅ましくくわえ込んだ膣口から濡れた音を響かせて、生き物のように鳴動する――命を喰らう魔装の一部を獣のように吸い付き、締め付けているのだ。

「やだ、やだ……やだ、もっとおかしたいよぉ」

 はぁはぁと荒い息を吐き出し、頬を紅潮に染める――発情した雌のような有様。売婦でさえしない淫乱で、はしたない有様。
 闘争の予感に欲情し。
 殺戮の気配に発情し。
 己の手で自慰行為を行ないながら、少女は淫乱に歯を剥き出しに、頭を振りたくった。
 汗と涎に汚れた血を振り払い、ララナルは吼えた。

「だから殺す! だから犯すの!!」

 瞬間、地面がひび割れた。
 ララナルの姿が消失する。

「っ!?」

 甲冑の男は空を見上げた。
 そこには大気を突き破るような速度で飛翔した――否、飛翔と見間違うほどの跳躍を行なった魔装狂乱者の姿がある。
 涎を垂らし、柔らかな乳房を押し潰すように両腕を交差し、紫電を迸らせた体勢。
≪クロス・ウェイブ≫
 双剣士スタイルの固有専用スキル。
 空間干渉系の斬撃衝撃波が、物理法則を凌駕して、高度五十メートルの高みより落下する。
 音速の刃。
 大気を歪める十字の剣閃。
 超高速の斬撃による水蒸気の発生、大気破砕の暴音を奏でて、甲冑の男が立っていた大地が深々と十字に抉られた。

「アハ♪」

 重力に縛られて、名残惜しく落下しながら少女が笑う。
 土煙を上げて、砕けた大地と手ごたえに殺害を感じ取り。
 ――≪殺意感知≫のアビリティが発動した。
 背筋に走る震えという名の快感に、電撃が走ったかのように体を跳ねさせた。

「――クル!」

 目を見開いた瞬間、土煙から跳び出す影があった。
 狂暴な軍靴の音を掻き鳴らした一陣の烈風。
 着地する少女に向かって、襲い掛かる健在な姿。大剣を肩に担いだ鬼の如き威風。
 剛剣一閃。
 爆撃にも似た破砕音を発して、振り下ろされたツヴァイハンダーが地面に突き刺さった。
 ――狙うべき肉体の四散を生み出さず。

「ちっ!」

「アハハッ!」

 男が舌打ちし、少女が嗤う。
 電光の如き一刀に、ララナルは人知を超えた速度で横に跳ね飛び、しなかやな動きで側転を繰り返す。
 地面を蹴り、肉塊を踏み砕き、孤を描くように艶やかな肢体が宙を舞った。

「こっちだよっ」

 猫科の動物を思わせる四肢の動き。
 地面に着地し、這い蹲るような獣のポーズで両手から生えた爪が突き刺さる。
 重力に引かれて下に垂れた双肉が細かく揺れ動き、失禁したかのように流れる愛液が床に水溜りを作っていく。

「たぁ、のしぃいィイイイイ!」

 喉を掻き鳴らす。
 人を超えた嬌声――≪咆哮≫である。
 己の闘志を鼓舞し、人の本能に宿る獣性に火をつけ、対峙するものの心を挫かせる狂戦士のスキル。
 絶頂の痙攣を起こしながら、喘ぎ声を漏れ流す痴態に、誰もが赤面し、恐れ戦きそうだった。

「うる、さい!」

 しかし、咆哮を無視/抵抗し、黒の鎧装着者はツヴァイハンダーを投げた。
 腰を廻し、足を踏み込み、重心を把握して放つ投擲。

「ゥゥッワァ!」

 金属音と火花。
 ララナルが右手を振り上げて、回転しながら迫るそれを薙ぎ払う。
 激しい金属音と火花を散らして、五百ギルムを超える大質量を片手で弾いた魔装の一撃は戦車をも叩き潰す剛撃に他ならない。
 弾かれるそれ、予想よりも遥かに重い質量に、狂戦士あるまじき不快さを顔に浮かべて――その目を見開いた。

「ッッォ!」

 黒の男が迫っていた。
 弾丸のように殺意の一撃を繰り出す。
 ――“手に持つ槍”が、ララナルの肩を掠めた。

「ゥッ!?」

 予測よりも遥かに早く、予想外の一撃に少女が躱し損ねた。
 熱い激痛、焼けるような痛み、流れる血、痺れる快感。
 空色の髪を振り乱し、体を捻りながら、後ろに下がる――跳躍、バッタのような動き。
 それを追いすがる人影、手に持った槍は異形の形を成していた。

 異形の槍――それは剣だった。

 腰に佩いた長剣、その柄は引き抜いた鞘と接続され、新たな握り手となっていた。
 刀身含めて1,5メインほどの手槍。
 回転し、接続し、簡素な手槍となったそれを見事な槍術で繰り出し、後退する少女よりも早く間合いを潰す。
 金属音が連呼し、火花が散る、散る、散る。剣戟光景。
 両手の兇器を振り乱し、槍を弾き払う殺戮者。
 その斧にも、刀剣にも、鎌にも似た魔爪の斬撃が穂先を弾き、火花を散らしながら振り抜かれるたびに空間が亀裂を発して、衝撃波を放つ。
 魔装の保有アビリティ≪ブラスト・エッジ≫
 斬撃に特化した魔装具、ただ切り刻むための武具。
 叩きつけられるソニックブーム並の衝撃に、黒装甲の人物は体を軋ませながらも、ただ大地を踏み抜いて、飛ばされぬように刃を撃ち放つのみ。
 レベル【230】とレベル【541】
 圧倒的なスペック差がありながらも、二人は打ち合う。
 ある意味ではおかしい光景。

「なんで、何故かしら♪ 何故死なないの~♪」

 殺戮者は楽しげに嗤い出す。
 状況を判断する理性など当に噴き出す性感によって蕩けて、獣欲を満たす脳髄のエキスとなっている。
 ただのレベル230。
 如何なるスタイルであろうとも、“常識的に考えれば捻り潰される”。
 レベル百以上の差とはそういうことだ。
 大の大人と赤子ほどの差異がある。
 レベル千単位での数百ならば状況次第で覆るが、お互いにヒューマンであるはずだ。
 単純に判断するならばレベル差が二倍以上もあるララナルの一撃は、半分以下の敵対者を数撃で叩き潰せる。
 力も、速度も、アームズでさえも圧倒的に差があるはずだ。
 ――魔装が囁く。


 ――推測開始――

    状況該当スタイル≪パラディン≫系列 神の加護を持って、魔を討ち倒す聖戦に補正がかかる信奉者のスタイル。
            ≪ダークナイツ≫系列 外法を伴い、人間を超えた膂力と漆黒魔導を使いこなす背徳者のスタイル。
            ≪エインフェリア≫系列 英雄となる資格者及び転生者、世界に認められた選ばれしものたち。
            それら以外のレアスタイル。魔装に内包されたデータにない保有アビリティを保持している可能性が高し。
            補足、“七業体現”のスタイルクラスの照合データには合致せず。
 ――予測終了――


 背徳者が背筋より強敵の予感に打ち震える。
 紅く濡れた唇を震わせて、喘いだ。

「イィ! もっと! モット! 熱ク、アツクゥウ!!」

 叫ぶ淫猥なる欲求の嬌声。
 迫る、迫る、迫る。
 ピストン運動にも似た刺突乱打。
 降り注ぐ衝撃に全身を軋ませながらも、一心不乱に撃ちまくられるスキルでもない槍の乱撃。
 洗礼済みの穂先、死霊をも切り裂くだけの霊的浄化作用を秘めた刃は呪われた魔装に触れて、淡い鬼火を灯し、彼女を犯す魔鉱を通じて神経を昂らせた。
 激痛にも似た快感、狂乱者が刻むステップに、恍惚の音を入り混じる。

「オ、ォオオオオ!」

 火花を散らし、鬼火を照らし、黒鎧の男が手首を捻らせた。
 旋転――射出。
 槍術系の共通スキル≪回転打突≫の発動。
 戦士としての初期スタイル≪凡庸槍士/コモンランサー≫でも覚えることが可能なただの一撃は、有り余る筋力とその身に架せられた重量からなる質量加速によって大気を突き破る一打となる。

「キャハッ!」

 魔装使いが両手を交差し、その手に魔装の形状を変化させながら受け止めた。
 生体概念すら混ぜ込んだ生きた金属、魔鉱は装着者及び魔装自身の意思により変形及び進化が可能。
 ギチギチと血管にも似た膨張を見せて、淫穴にめり込んだおぞましき杭をも膨張させて、快感を与えて、生命力を奪い去る。
 前面に広がった盾の如き魔装に、手槍の剣尖がめり込み――折れた。
 火花を散らして、へし折れるように穂先が砕ける。

「キィァア!」

 悦びの声を喉奥から響かせ、ララナルが勝利を確信した。
 だが、それは甘過ぎる陶酔。

「ニッ」

 何一つない無貌の仮面の奥で嗤う悪鬼が一人。
 ――大地を潰した。
 粉塵を巻き上げるほどに鉄靴の踵を叩き落とし、地面が陥没する。
 床が砕けて、その衝撃が流れるように黒き人型に流れ込んだ。
 再射出。
 踏み出す勢いに匹敵する衝撃を、たった片足の打撃のみで生み出し、折れた穂先を強引に力だけで制御して――触れたまま叩き込んだ。

「!?」

 ララナルが目を見開き。
 姿勢固定のために叩き込んだ脚の爪先が震動し、全身が浮かび上がった。
 “ただの力だけで、薙ぎ跳ばされた”。
 轟音を放ちながら、交差し構えた魔装をへこませて少女が直線を描いて吹き飛ぶ。
 錐揉みながら吹き飛び、その白い肢体から飛び出す魔装の金属部位が床を削って、火花を散らしながら金切り音を奏でた。

「ァ、クゥ!」

 衝突――轟音と共に少女の肢体が血塗られた要塞の内壁に激突する。
 粉塵が上がり、ビシリと放射線状に罅割れが疾走した。
 クレーター上にめり込む壁、磔の如き少女の光景。

「やった、な~!」

 魔装の形状を変化させ、激痛に狂おしく快楽する四肢を引き抜こうとするも。
 ――顔を上げた少女が見たのは、跳躍する黒塊。

「ハハァッ!」

 鉄の塊、超重量の人型が跳ね上がっていた。
 放物線すら描かず、虚空を蹴りあがるような大跳躍。重み一万ギルムを超える体重と重量が重力の勢いを借りて、飛び込む。
 頑強なトロールですら叩き潰せそうな分厚い足甲の靴底が、少女の胸部にめり込み。

「つぶれろぉ!!」

「ァ  ――!!!!!」

 絶叫と悲鳴が響いて、更なる音に叩き潰された。
 大質量の衝突を知らせるように、要塞全体が一瞬震えた。
 粉塵が舞い上がり、鼓膜を破らんばかりの轟音が谷全体に響き渡る。
 音が木霊し、騒がしく屍鳥共が空へと飛び上がっていた。

 そして。






 そうして。

「動きをやめたか」

 黒い甲冑の男が、深々とめり込んだ壁から足を引き抜いた。
 三メインにも届く深い陥没の中に血を吐いたララナルが埋もれていた。
 あれだけの大質量にも関わらず、原型を留めて、まだ息をしている――デタラメなスペック。
 小さな唇から鮮血の涎を垂らし、びくびくと白い肌を震えさせていた。
 目の焦点があっていない、意識が飛んだ失神状態。

「ちっ、さすがは魔装具ってことか?」

 それでも本来ならば肉を砕いて、殺害するに至るほどの一撃だった。
 しかし、足は血に濡れてすらおらず、ただその乳房を覆っていた胸当てを少しへこませた程度。
 脚部を叩き込まれる瞬間、形状を変化させた魔装――その防護だった。
 魔装具。
 装着者、いや、依り代を徹底的に利用し、貪り、生かし続ける呪われた武具。
 “何時か構成神を砕くための刃”、その一振り。
 永遠の反逆、抗うための刃、ある意味においてヒューマンの希望。

「だけどな、関係ない」

 仮面の奥で男が目を細める。
 そんなのはどうでもいいと、鮮やかな紺色のガントレットを嵌めた右腕を掲げる。
 膝を曲げて、腰を捻り、右肩を構えながら、一直線に破壊しようと流れるような拳打を打ち振るって――金属音が響いた。

「っ!?」

 振り下ろした拳が、受け止められる。
 “意識のないララナルの腕によって”

「ハッ! しぶといなぁ!」

 手に嵌っていた魔装具が脈動し、血管のような盛り上がりを見て自律的に動いていた。
 失神したままのララナルの手足を動かし、目の前の男の右腕にしがみ付く。
 柔らかな乳房が、硬い甲冑に押し潰されながらも、欲情したように勃った乳首を無意識にこすりつけながら、少女が喘いだ。

「LALAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「っう!!」

 鼓膜と脳を揺さぶるようなシャウト。
 彼が怯んだ瞬間、ずるりと魔装が少女の左手から解けた。
 命ある生き物のような醜悪な動き、遠海に棲む鮫と言われる怪魚の歯にも似た鋭利な刃を魔鉱内部から噴出し、ガントレットの上から突き刺した。
 右腕が貪り喰われる様な感覚。
 右の骨が軋みを上げて、肉が齧られ、血が啜られる。
 激痛が右の腕から脊髄へと伝達し、それと同時に血肉へと流し込まれた特殊な電磁波――魔力を用いて神経を滾らせる恍惚の波。
 魔装が装着者へと常に与え続ける魅了の波動だった。

「ギ、ギィギィイイイ!!」

 仮面の奥で男が歯を食い縛る。
 内腑を焼き、脊髄を蕩けさせ、脳すらも犯す陵辱の呪装。
 鎧の置くから滝のような汗を流し、苦痛の声を上げる

『$&%%$#%$#』

 魔装が蟲の羽音にも似た音を響かせて、侵食を進行させようと魔装が本来の姿である翅を広げた“甲蟲”の形へと変化していく。
 ガントレットを噛み砕きながら、その神経を支配し、新たな宿主として肉体を乗っ取ろうとして――紫電が迸った。

『#$#$$!?!』

 魔装が弾かれる。
 同時に未だに右手と下腹部だけは侵食され続けているララナルもまた糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
 ごぽりと音を立てて、秘所に突き刺さっていた杭が抜け落ちて、愛液と鮮血が混じった雫が泡のように零れ出る。
 淫らな格好。
 長年魔装に犯され続けたのか、それに邪魔な陰毛は一つもなく綺麗なピンク色の淫口が開かれていた。

「はぁはぁ……悪いな」

 じたばたと痙攣したかのように身悶える甲蟲。
 それを振り上げた踵で踏み潰し、地鳴りを鳴らしながら彼は仮面に手を掛けて、引き剥がした。

「俺に――魔装の装着は無理なんだ」

 現れた顔。
 灰色の色素の抜けた髪を靡かせ、浅く焼けた肌。
 ありふれた人間主の顔をしながら、壮絶な眼光を持って倒れた狂乱者の少女を見下す。

「絶対にな」

 解放。
 解析妨害の仮面を剥がし、ステータスが表示される。


『ネーム:サヴァン
 スタイル:無芸/ノービス
 レベル:230/235』


 ――ノービス。
 始まりにして最弱のスタイル。
 何一つ固有スキルはなく。
 何一つ特化したものはなく。
 ただ誰もが始めにありき、ただの“出発点”のスタイル。
 それがただ彼の“あり続けられなければならない生き方”であった。

「……だから」

 血塗られた右手を、後ろ腰に回す。
 腰アタッチメントに納められた一本の細長い小剣を引き抜き、足で少女の体を蹴り上げた。
 高々五十ギルムもない肢体を持ち上げるなど、彼には容易く、呻き声を上げる淫らな肉体をめり込んだ壁に足の甲で押し付けて。

「――ァアア!!」

 打ち出された剣尖が、崩れ落ちた少女の右手の平を貫通した。
 弱まった魔装を紙のように貫き、深々と串刺しにする。
 絶叫が響き渡り、ララナルの目が裏返る。痛みにか、それとも快感にか。
 どちらにしても正気じゃない。
 互いに壊れてる、狂っていると自覚する。

「だからな」

 左の籠手で、少女の顎を掴んで、顔を向かせた。
 彼――サヴァンは唾液に濡れた犬歯を剥き出しに、笑った。

「――テメエの【力/ソース】を寄越せ」

 獣欲を剥き出しに、血臭の立ちこめる屍だらけの戦場で、少女の纏う装甲を引き剥がした。
 無造作に、紙でも引き裂くように淫猥なる装甲が引き剥がされ、曝け出される白い乳房。
 柔らかな乳房に、手を掛けながら、殺意にも似た情炎を発する。
 そして、陵辱を開始する。


 力を奪うための“暴食”が始まる。




************************
次回はエロエロ予定です。
この物語は、和姦が少ないお話になる予定です。
ただし、個人的な趣味で輪姦とか寝取られはないです。
描写に自重はありません。

7/28 誤字修正及びアイテムのスペルミスを指摘で気付きましたw
あわわ、英語能力の低さが露見です。ついでに治ってなかった部分も修正。
ありがとうございましたー。


10/16
七罪体現と七業体現で名前間違えてました
七業○ 七罪 ×です。



[10573] 魔装殺戮者/Act2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/26 14:25

 嬌声が鳴り響いていた。
 浅ましく血に濡れた肌、大きく柔らかく突き出した双乳に、ぷっくらと勃つ桜色の乳首。
 剥ぎ取られた狂乱者の少女が、その白くきめ細かい肌を持って曝け出したのがそれだった。
 淡い空色の髪が返り血と汗に濡れて、右手から流れ零れる鉄臭い血臭が互いの鼻腔を刺激する。

「はぁ、はぁ、ぁああ!」

 湿った音を鳴らして、曖昧な眼球を動かして喘ぐララナル。
 串刺しにされ、繋ぎとめられた右手。そこから伝わる激痛以上に、下腹部から伝わる熱と性感が喉を切なくさせた。
 冷たい、硬い、金属の塊で覆われた指が少女の淫膣を抉っている。
 膀胱に溜めた小水を流し出したかのように止まる事無く溢れ出し、血を流す紺色のガントレットを濡らす甘い蜜。愛液がだらしくなく、とろとろと溢れ出していた。

「やらしいな、テメエ」

 サヴァンが細めた瞳で冷やかに告げた。
 ツルツルの童女のような秘所、産毛一つ生えずに盛り上がった淫肉、入り口に触れる指先を貪ろうとひくひくと痙攣するヴァギナ。
 鮮やかなピンク色の膣肉を曝け出し、指を埋めればじゅぷりと湿った音を鳴らす。
 淫乱な肉体だった。
 左手の篭手で少女の顔を固定し、彼は愛液と鮮血に汚れた右篭手を外す。
 指先を小指から捻り、指を曲げて――ギミックを起動。装甲を蝕む強酸や、侵食性の毒や呪詛などに対して即座に外すための仕組み。
 解けるように落下し、外れた紺色のガントレットが地面に激しい音を立ててめり込んだ。
 重量にして二百ギルムを超える重量、剣戟と激闘によって抉れた石床がさらにひび割れるほどの衝撃。
 魔装による侵食から引き剥がした右腕の肉はずたずたに引き裂かれて、本来ならば逞しく盛り上がった鋼鉄のような豪腕があるはずなのだが、それはべっとりと鮮血に塗れていた。
 灰色のザンバラ髪、その下から薄く開いた漆黒の瞳が憎悪の眼光を灯して、少女に語りかける。

「犯すぞ」

「ん、ぅうっ!」

 あっさりとした宣言。
 痛みと快感によって乱れ狂い、未だに呻き声にも似た喘ぎ声を上げる半ば失神した状態のララナルの体を持ち上げた。
 熟れた腰つき、愛液を垂れ流すオアシスにも似たそこに無造作に曝け出した剛直が添えられた。
 サヴァンの下腹部から飛び出したのは片手では握り回せぬほどの太さを持った逸物であり、淡々とした口調の中に押し隠した激情に熱を宿したのか、大きく張り出したそれは腹部の甲冑にぶつからんばかりに反り返っている。
 熱冷ましに時折抱く商売女が泣き叫ぶほどの硬度と長さ、そして異常なまでの精力を持つそれは高レベル保持者の常識でもある。
 レベル五十を超えれば一個中隊の隊長を張れるほどの実力を持ち、レベル百を超えれば国の近衛精鋭部隊に抜擢されるほどの実力を持っていることになる。
 レベル二百を超えれば、もはやそれは常人の領域ではなく超人の領域だ。
 魔族よりも魔獣よりも脆く、弱いヒューマンであるからこそ、その異常さが際立つ。
 そして、幾百の女を抱き、犯し、喰らいながら己の力を宿してきた彼だからこそ。

「ぃ、ぁ……ァアアア!!!」

 メリメリと己の剛直と比べて、狭い十台半ばの少女の膣肉を蹂躙することも躊躇わない。
 赤黒いペニスと凶悪なまでの亀頭が、ララナルの淫裂にめり込み、捻るように押し入っていく。
 どろどろと溢れ出さんばかりの愛液を潤滑剤に、長年に咥えこんで来た魔装による疑似男性根によって拡張しつつあるも。
 “ララナルは男を知らない”。
 並の男の剛直ならば問題無しに咥え込み、淫乱に狂う汚された性のままに快楽を貪るだろうが、サヴァンのペニスは魔装のものよりも太く、長かった。
 焼けるような熱さに、下腹部の中が擦り上げられて、しかも何ら躊躇いも無く押し込まれ続ける。
 反り返った焼けた鉄棒の如くカリ首で肉襞を引っ掛けられ、狭く生物の陵辱を知らない膣洞の中が蹂躙されていく。
 既に失った処女膜があれば、その激痛に泣き叫ぶほどに。
 右手の甲を貫き続ける刃が、臀部から押し上げる衝撃によって揺れ動き、じわりとさらなる鮮血と激痛で少女の脳を焼いた。

「ぁ、ぁああァアアア――」

 少女の口から涎が零れ落ち、曇った瞳の端から雫が流れ落ちた。
 始めての挿入、乱暴な結合によって生まれた違和感と脊髄まで焦がす快感によって喘いでいる。

「……出来上がってるな」

 ぴんとそり立った乳首と柔らかな乳肉、それがララナルの発する呼吸と共に上下に震えて、ぶるんとその存在を主張する。
 細く括れた幼子のような腰に、血まみれの手で触れてなお滑々と艶やかだと分かる臀部に、ギュウギュウとむしゃぶりつくように吸い付く膣内。
 細やかな襞と狭く単調に押し広げられた淫裂の中は、魔装に冒されたものに相応しく淫猥。
 淫魔のものにも匹敵する快感を伝えてくる、いやらしい体だった。

「あは、あっはぁ……」

 ララナルが喘ぎ出す。
 小さくざらついた舌を出して、獣のように粘ついた息を吐き出す。
 ぐちょぐちょと濡れて、止まることを知らない涎のように溢れ出る愛液と突き刺さる男性器に痙攣する。
 視線が僅かに前を向き、夢心地にも似た目つきでサヴァンの顔を見た。

「ぁぁ、ィ、いいよぉっ」

 ざわめくような声を発して、淫乱に右手に掴まれたお尻を振り出す。
 少しでもくわえ込もうと、快楽を貪ろうと右手の傷にも関わらず腰を動かすその浅ましさ。
 未だに魔装により狂人と化したものの、哀れな姿だった。
 だから。

「――同情の必要もねえな」

 犬歯をむき出しに、サヴァンが嗤う。
 笑いながら腰を振り、少女の体をその背後の石壁に押し付けながら突き刺した。
 犯す、犯す、犯す。
 いたぶるように、殴るように、喰らうように、突き刺すように。
 ララナルの体が衝撃に揺れ動き、快楽の絶叫を響かせて、肉を打つ音を互いの腰部から響かせながらもひたすらに挿入を繰り返す。
 腫れ上がった肉のように盛り上がるその中を、何ら構わずに速度を上げて亀頭を中へ、中へと回数ごとに推し進めて、少女の嬌声にサヴァンは嗤った。
 ぬめった音、叩きつけられるたびに震える尻肉の震えに、縦横無尽に揺れ動く可愛らしいピンクの乳首。

「ぁぁ、うっ、あっ、や、ぁああ! いく、イクゥッ!」

 吐き気がするほどの血臭。
 腐敗臭すらも立ち篭ってきそうな屍共の戦場跡で、狂乱者がぬめついた声を響かせる。
 空色の頭髪をべったりと粘ついた汗で肌に張り付かせ、押し込まれるように叩きつけられる彼の体重と固い鎧の冷たさが、ヴァギナの中を灼く肉棒と相まって、淫乱な雌の血に火をつけていた。
 ぼたぼたと零れ落ちる鮮血と愛液によって、二人の足元に水溜りが出来上がり、広がっていく。
 出入りを繰り返す赤黒い結合部からは留まることを知らない肉の喝采が響き渡り、静寂の死の空間を嘲笑う。
 ガクガクと顎を揺らし、強制的に与えられる快感だけを享受するララナルの顔は涙と涎でぐしゃぐしゃだった。
 歯を剥き出しに、ただ笑いながら犯し続けるサヴァンの顔を見ているかどうか。

「そろそろ、一噛みだ」

 パンパンと音を鳴らしていた臀部と腰の速度が速まる。
 壁に押し付けられ、もはやサヴァンの手によってその姿勢を支えられていたララナルの体が上下に揺れ動き、火で炙られる海老のように反り返っていく。
 湿った肉襞を掻き毟り、奥までめり込んだ肉棒を逃がさぬと吸い付くその圧迫を嘲笑うように引き抜かれては、それまで以上の力で侵入してくる。
 その衝撃に内臓が浮かび上がり、電撃のような性感の絶頂に、魂まで抜け落ちてしまいそうだった。

「ぁあ! 来る……クル、きちゃう! きちゃ、クルゥッ!」

「逝け、いけ、いけよっ!」

 嬌声が響いて、ずぶりと強引にサヴァンの剛直がララナルの中へとめり込んでいった。
 互いに限界までめり込み、固定された右手が引きつるにも関わらず上へと追い上げられた彼女が声にならない絶叫を上げる。
 膣肉を超えて、子宮口にまで達した剛直の衝撃が全神経を一突きで焦がし上げた。
 全身の毛が逆立つほどに湧き上がる射精感、それに伴い膨らんだ剛直が深々と突き刺さった膣洞を白い精液で満たしていく。
 ビクビクと痙攣を起こし、半ば放心したララナルとサヴァンの結合部からぷしゃーと透明な雫が漏れ出した。

「漏らしたか、じゃないか。潮を噴いたか」

 たまにそういう性質の女もいる。
 とサヴァンは笑いながら、射精を継続し、血を流すような熱い虚脱感と共に少女の下腹部を僅かに膨らませた。
 それと同時にガキリと歯を噛み合わせて、火花が出るような勢いで歯軋りしながら、サヴァンが虚空を見上げる。

「――Ths」

 ――瞬間、虚空に文字羅列が表示された。


『ネーム:サヴァン
 スタイル:無芸/ノービス
 レベル:235/258』


 イベントウィンドウの呼び出し。
 表示されたスペックに目を通し、「クローズ」と告げてウィンドウを消失させた。
 限界レベルが拡張されていることに、満足する。
 ――これが彼の目的だった。
 己を上回る強敵を打ち倒し、必要があらばその相手の血肉を喰らい、或いは犯す。

 それこそが“才能限界を凌駕するただ一つの方法”である。

 この世界において才能はほぼ絶対だ。
 生まれた時から人の限界は定められている。
 レベル1/20で生まれるものもいれば、レベル7/8000で生まれ落ちるものもいる。
 才能限界を呼ばれる最大レベル以上はどれほどまでに努力をし、強敵を打ちのめそうとも伸びることは無い。
 ただの経験、スキルとして身につくだけで、スペックは向上しない。
 高い限界値を持ったものほど才能に優れ、その成長速度もまた著しい。
 強さの頂点へと辿り着けるのはどれほどの努力があろうとも、一握りのものでしかない。
 努力が全て報いるのならば世界には魔族が超越種ではなく、ヒューマンが栄えているはずだ。
 人の限界値を遥かに超えて、その高いスペックの現れである一定以上の平均レベルを持っている存在なのだから。
 そして、その才能限界を超える方法は数少ないが何個か存在する。
 一つ、神の加護を受ける――“天命資格者”になること。激しい修行と敬神の果てに、天族の一人として存在を再決定されること。
 二つ、人間種をやめて別の存在に構築すること。ドラゴンの血肉を喰らう、瘴気に犯される、禁忌魔術儀式を行い、己の血肉を作り変えること。
 三つ、特殊なレアスタイルにクラスチェンジすること。幾つかの条件や特殊な秘宝があれば、可能とされる事例。パラディン、ダークナイツなどもそれに該当。魔装使いもまた該当。
 そして、最後。
 もっとも浅ましく意地汚いとされるのが“ソース強奪”である。
 【存在源/ソース】とはその人が生きていた経験値や生命力、魂の活力のことである。
 肉体に刻まれた経験などは一部の魔獣や“七業体現”のスタイルでしか手に入れることは出来ないが。
 生命力や魂の活力などは普通のスタイルでも性交を通じて奪うことが出来る。
 そのために通常以上の効率でレベルを上昇も可能にし、そして“交合という一時的同調による認識齟齬”によってスペックの限界を上げることが出来る。
 より強く、より優れたスペックの持ち主相手になればなるほど己の限界値を拡張出来るのだ。
 そして、他の三つが“不可能”なサヴァンにとって、己の強さを向上させるために行なってきたのがそれだった。

「いいぜ、凄いぞ!」

 流れ込む活力。
 ビキビキと血流の流れが強まり、神経が昂ぶり、己の肉体が強化されていくのを実感しながら、サヴァンが笑い声を響かせる。

「もっとだ。もっと寄越せよ!」

 射精を終えたばかりにも関わらず、流れ込む活力によってそれまで以上に勃起したペニスが膨らみ出す。

「ぁあんっ!?」

 甘く蕩けるような声を洩らし、ララナルが頭を上げた。
 凶悪に唾液に濡れた歯を剥き出しにし、大きく細めていた目を見開いた彼の眼光が彼女の目を射抜いた。
 圧倒的な肉欲と支配欲の気配が、少女の肌を焦がし、淫欲の疼きを洩らし始める。
 キュウキュウと切なく卑劣を締め付けていた陰唇が前後し始めた剛直に、白く濡れた唇を這わせた。
 再び陵辱を開始する。
 上下に揺れる肢体を支配されながら、ララナルは憤ったサヴァンの押し付けられた唇に頬を舐められ、首筋を吸われた。

「ィャ、クル、犯して、オカシテクルゥウ!」

 嬌声が響き渡る。
 乱雑に、或いは強引に、肉棒が精液にぬめぬめとした膣肉をかき回し、掴まれた臀部に血に濡れた熱い手で揉まれて、蹂躙される感覚。
 押し付けられる熱い吐息と、乱暴な甘噛みによってぷちぷちと泡立つ肌が獣のように舐められ、己の汗が啜られている事実に、淫欲に溶けた脳が発情した。
 喘ぐ、喘ぐ、脳味噌を撒き散らし、内臓を咲き散らし、血を流し、肉を砕かれ、骨を裂かれた、死体だらけの戦場で犯し合う獣が二人。
 二度目の射精までに、三回もララナルは脳を焼かれるような絶頂を味わった。
 三度目の射精までに、六回もララナルは悲鳴のような絶叫を響かせた。
 四度目、五度目の、抜かれることの無いピストン運動に下腹部が膨れ上がり、濃厚にして膨大な精液が結合部から流れ出る。

「ラメェ! モウ、モウ、おなかいっぱいだヨォ!」

 大きく膨れた下腹部に、挿し込まれる衝撃に幼い声がぐずぐずに蕩けていた。
 ズブリと限界を超えて、押し広げられた子宮口。
 その中に熱い精液が撃ち込まれて、子宮奥からの猛烈な性感がかつての狂乱者の少女の喉から掻き毟ったような嬌声を奏でさせる。

「ふぅ~、まあこの程度か」

 汗を流しながらも、未だに強張りをやめない剛直をゆるゆるとサヴァンはひねり出した。
 突き進めた剛直が引き抜かれるたびに、泡立つ白い煮汁が掻き出されて、零れ落ちる。
 そして、その亀頭が緩やかにララナルの淫裂から引きずり出されて。

「らめ、らめ、抜いちゃ――ぁああ!」

 ぷしゅりっとせき止めるものが無くなった秘裂から、精液が溢れ出した。
 とろとろとした液体が、留まることを知らずに溢れ出し、大きくM字に広がった細い脚と相まってまるで放尿したかのようである。
 今まで流した愛液や鮮血の水溜りに、それに匹敵するほどの液量が滴り落ちていた。

「ぁあ、もっちゃいないようっ」

 精液の放出の感覚と共に紅く染まったララナルの頬がより赤く染まり、絶頂したかのようにびくびくと太腿からお尻までを痙攣させた。
 混濁したような目で、グルグルと周りを見渡すララナル。
 そして、サヴァンは。

「さて、本番だな」

「うぇ?」

 体を支えていた右手をそのままに、左手を跳ね上げた。
 グサリと突き刺さっていたララナルの右手からナイフを引き抜く。

「――あァアアア!!?」

 血が溢れ出し、ギチギチと膨張と痙攣を繰り返していた魔装が束縛から外れたように蠢いた。
 ――加速。
 痛みに悶える苦しむララナルの意思を超えて、伸縮した魔装がサヴァンの頭部を貫かんと飛び上がり。

「馬鹿が」

 その魔装を、“左手のナイフが弾いた”
 スナップを利かせた投擲による一撃が魔装にめり込み、吹き飛ばした。
 ララナルの手から引き剥がされるような衝撃が走り、亀裂の走ったそれが放物線を描いて地面に落下する。
 カランカランと硬い音が虚空に沈み渡り、完全にララナルから分離した魔装が己の自意識と本能に従い、形状を変えんと蠢き始めて。

「――砕けろ」

 接近、蹴打。
 歩み寄り、大きく振り上げたサヴァンの踵がそれを踏み砕いた。
 中心部から瞬間質量にして数万ギルムにも匹敵する超圧壊により、四散し、からからと転がった破片が腐臭を上げて崩れていく。
 大きく破壊された魔装は生物からのソース無しでは存続出来ない。
 如何に向上スペック七百越えの中級魔装具だろうが、弱まった宿主に半壊状態では破壊は容易だった。

「……ぁ?」

 それをべちゃりと前のめりに倒れこみ、もはや一糸纏わぬ艶やかな裸身のままララナルが目撃していた。
 脳裏を焼き続けた衝動と快楽の波動が――消失し、あるのはただ子宮の奥を焼き続ける疼きだけである。
 十年近く彼女の人生を狂わせた魔装具、そのあまりにも呆気ない終わりだった。

「さて、と」

 サヴァンが首を回して、ララナルを見た。
 前のめりに、濡れた体で、血まみれの戦場に倒れた哀れな少女に冷やかな視線を向ける。

「判定しろ――≪スペクタクルズ≫」

 汎用魔導具が起動。
 ララナルのスペックを表示する。


『ネーム:ララナル
 スタイル:堕落/ドロップダウン
 レベル:502/521』



 魔装具を失い、そのスタイルと拡張スペックは消失させた。
 しかし、鍛え上げたレベルとスキルは残っている。
 ソースは奪ったが、まだこの程度。

「まだ喰える、な」

 ゲタゲタと灰色の髪と壊れた笑みを浮かべる男は、凶悪な険相を浮かべた。
 急激な侵食からの解放と、繰り返された性交によって消耗し切った少女を掴み上げた。

「ふぇ?」

 憔悴しきった顔付き。
 与えられ続けた淫毒が抜け切らない曖昧な表情。
 サヴァンはその右手に、腰ポシェットから取り出した液体型の肉の成長促進液を振りかけた。

「あっ!?」

 焼けるような痛みと蒸気。
 痒みにも似た修復の感覚。
 そんなララナルを肩に担ぎ上げて、残った半分の中身は自分の右腕に振りかける。
 じゅわじゅわと傷口から白い泡が浮かび上がり、雑菌を殺しながら、肉を修復する。
 酷く痺れるような臭いだった。
 しかし、立ち込める血臭と雌と雄の淫臭に痺れた二人の鼻にはあまり意味が無い。

「さて、続けるか」

 空を見上げて、まだ夜にも成っていないことを確認する。
 黒く歪んだ雲は未だに蠢くだけで、空の明かりは教えてくれないが、体内時計はまだ夕方程度だと告げている。

「ぇ、あ?」

 要塞の屍たちを蹴り飛ばし、サヴァンは一つの一角に足を止めた。
 元は憩いだったのだろう、花壇がある。
 ただし血に染まり、生えていた花は全て燃えるか、赤黒い汚れに満ちているだけ。
 全てララナルが行なった惨劇。
 周りには腐敗が進み、さらに焼かれて、白骨化した煤だらけの物言わぬオブジェが転がっている殺風景な光景。
 そこの花壇にサヴァンは腰掛けて、肩に担いでいたララナルを降ろした。
 己の膝の上に。

「ぁ、ぁ!」

 そして、反り返る剛直に秘裂を犯されていく。
 背面座位という体勢。
 膝の上にララナルを乗せて、花壇に尻を突いて、サヴァンは少女を犯し始める。
 左手の篭手も外し、曝け出した素手で哀れな少女の乳房を揉み解しながら。

「ひゃぁあああ……んはぁ、ささるぅ、おくに、奥に来ちゃうよぉ……!」

「人の声を上げ始めたか」

 重力と少女自身の体重に任せて、ペニスをそのぬかるんだ肉壺に埋没させていく。
 降りていく肢体と淫靡に熟れた膣肉によって、まるで少女自身が根元まで貪っていくような錯覚と快感が迸ってくる。
 ギュウギュウと奥に入り込むたびに、締め付けてくる膣襞がカリ首を嘗め回し、亀頭の奥に当たる淫肉が弾力を持ってそれを刺激してくる。

「いやぁ! やめてぇ! 狂っちゃう! また、こわれちゃうぅ!」

 少女自身が悲鳴を上げて、空色の髪を振り乱しながら、唾液を唇から零した。
 丹念に揉み解されて、卑猥に形を変える双山に、コリコリと乳首が親指で擦り上げられて、狂乱したようにその肢体が反り返っていく。
 その度に秘裂が緊縮し、思わず息を洩らすほどの快感を与えてくるから、やめるわけにも行かない。
 ブルブルと先端から揺れ動き、形を変える乳肉が目を楽しませてくれるし、雑音じみた哀願の悲鳴が耳を楽しませる。

「ハハハ、しらねえよ! ただ喰われろよ、俺の力になればいい!」

 突き上げる。
 ぶるんっと少女の肢体が跳ね上がり、ふわりと浮いてずぶりと下へと落下した。

「     ――!!!!」

 絶叫。
 根元まで埋没し、子宮口まで一気にめり込んだ亀頭の衝撃がララナルの理性を焼き焦がす。
 だらだらと汗が噴出し、止まることのない愛液と精液の混合物が結合口から涙のように流れる。
 コツコツと速度を上げて子宮口を先端で押し付けるたびに、襞がざわめくように揺れ動いて、剛直を締め付けた。

「ここか、ここがいいのか」

「ちぐがう!? ちぃ、ちちい、ィィ! そこぉ! そこをおかシテ! もっとかき回してぇ!」

 途中から言葉を翻し、淫乱な要求が言葉から発せられた。
 壊れた人格、恥女としての人格の復活か。
 速度を上げて打ち付けて、互いに腰が壊れるまで犯してやろうと考える。

「じゃあ、たっぷりと犯してやるよ!」

 嗤って、込み上げる射精感に任せて抽挿速度を加速させる。
 卑猥に重量感を持って揺れ動く乳房の感触を楽しみながら、ペニスを撃ち込み、絶頂へと導いていく。
 何度も何度も喘がせて、爪先から背筋まで反り返った絶頂の瞬間に、ずぶりと剛直をめり込ませて、込み上げる衝動を吐き出した。

「ァぁあああああぁあああああああ!!」

 喉が裂けんばかりに甲高い絶叫を吐き出して、ララナルが逝った。
 中から焼けんばかりに吐き出される射精によって腹部が膨れ上がっていき、とろとろと結合部から新しい白い精液が流れ出す。
 脈動する剛直がさらに肉襞を愛撫し、その度にビクビクとララナルの顔が変化する。

「ぃ、ぃ、いっちゃ、そそが……ぁあ……!!」

 心地いい射精感と共にサヴァンは軽く息を吐き出し――止まらぬままに剛直を動かした。

「ふぇ?」

「まだしばらく楽しみたいんでな」

 震えだす体。
 腰が抜けるほどにだらしなく広がった両足の間から手を差し込み、その淫核を弄りながら、サヴァンは耳元に当てた耳に囁いた。

「だから、あきらめろ」

 それにララナルが悲鳴にも似た声を響かせて――繰り返される湿った音に掻き消えた。
 少女は喰われる。
 無残に貪られる。

 弱食強肉の、ルールに従って。






 そして。

「……今日はこの程度か」

 シグソートスの草を使った薬草煙草を吸いながら、サヴァンは紫煙を吐き出した。


『ネーム:サヴァン
 スタイル:無芸/ノービス
 レベル:243/312』


 結局、半日近くの性交でこの結果である。
 肩に担がれたララナルはサヴァンの取り出した毛布に包まり、精液まみれの体のまま荒く息をしていた。
 それなりに時間と回数を掛けなければ、まだまだ足りない。
 まだ届かないのだ。
 “レベル8000”という領域には。

「ち、面倒くせえ」

 彼は罵る。
 己の道の厳しさに。
 己の才能の無さに。
 己に掛けられた“束縛”に。

 ――【クラスチェンジ不可能】 それが彼に掛けられた呪詛であり、制限。

 ヒューマンであることもやめられず、神の加護を受けることも出来ない彼は強奪と装備強化でしか強くなれない。
 後は地道な気が遠くなるような“パラメータの増強”だった。

「……20年だぞ。それで、これかよ」

 それは絶望だった。
 それは嘆きだった。
 どこまでも強い、制限だらけの人生に、彼は憎悪を吐き出した。

 彼の歩みはどこまでも険しかった。

 泣き出したくなるほど。





******************************
ひたすらにエロエロやりました。
反省はしていない。
一応メイン主人公がこいつです。
次回か、次々回辺りでサブ主人公の出番です。

和風巫女さんが出ます。



[10573] 世界情勢/仮面の軍勢
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/12 23:07
【サイバノラ高原】


 広大な土地である。
 広大な大陸である。
 広々とした蒼穹の下、広々とした高原の上。
 それは大地であり、それは生物が歩める世界であった。
 そこを突き進む影がある。
 軍勢であった。
 土埃を巻き上げ、草を蹴散らし、同じような甲冑を、同一の導師服を、同一の装備をした視界を覆わんばかりの軍勢が歩いている。
 一糸乱れぬ行軍。
 頭部に被った細長い切れ込みのあるフルフェイス。それを染め上げるのは黄金と漆黒であり、表情を映し出さない仮面であった。
 皇国が誇る――仮面軍勢/レギオンズ・ペルソナである。
 その中には男性がいて、老人がいて、女性がいて、子供もいるように思えた。
 背丈はそれぞれ異なる。
 索引魔法か識別魔法を用いれば、それぞれのレベルが五十~百数以下だと判別出来ただろう。
 高原を埋め尽くすほどの軍勢、それらがまったく言葉を発することなく、淡々と突き進む。
 それらは足音以外の音を発さず、どこか吐き気を催すほどおぞましかった。
 そして、その歩みの方角にあるのは一つの黒雲である。
 瘴気に満ち満ちた魔界の一つ――ブレイル領域。
 魔王軍が占有する魔族の領域の一つであった。
 常人ならば近づかぬ魔界。命あるものが蝕まれる恐怖の領域。
 そこに迫る軍勢は淡々と進撃し、進軍する。
 大地が鳴動するかのような行軍であり、人の津波。

 ――その歩みの前に立ちはだかるものが“一鬼“

「――ヒューマン、カ」

 響き渡る濁った呪詛の声。
 それは燃え滾る肉体を持った魔獣だった。
 体格にして三十メインを超える四肢からメラメラと焔を噴き出し、全身に甲冑じみた甲殻を纏った異形。
 踏み締める大地がドロドロと熱量に焼け爛れ、その蝗のように醜く歪んだ二重顎から噴き出すガスは大気を焦がし、熱する。
 膨大な熱圏が陽炎のように大気を歪めて、その回りが蜃気楼のように歪んだ反射を繰り返す。
 圧倒的な存在感。

『ネーム:冥焔のブレイル
 スタイル:魔軍四地皇 冥焔陽神/プロミネンス・イフリート
 レベル:13540/17000』

 魔王軍最強を誇る四つの首領。
 四地皇の一角にして、第二の実力を誇る魔獣が其処に顕現していた。
 その足踏みは大地を叩き割り、その吐息は古代竜をも焼き殺すと言われた最狂の化け物。
 ただのヒューマン、冒険者であれば眼光に睨まれただけで絶命し、命を失う覚悟すらも許されない恐怖の根源。

「我ラ魔軍ニ挑ミカカルカ、哀レナル愚者ヨ。コノ地ヲ、鮮血ト焼土ニ染メ上ゲン!!」

 笑い声を響かせて、ブレイルが咆哮を響かせた。
≪コロナ・エクスキューション≫
 半径5ギルムメインの空間を焼き尽くす炎熱系上級スキル。
 刹那、その大地に新たな太陽が爆誕した。
 そう思えるほどの赤光が眩く輝き、仮面の軍勢を瞬く間に焼き蹴散らす。

「GUHAHAAHAHA!!」

 咆哮を上げて、次々と大地が融解し、軍勢が炎上した。
 声すらも上げずに軍団が焼き踊り、炭化して崩れ去る。
 惨劇だった。
 しかし、温度にして数百度を瞬時に凌駕した高温世界に、ゆらりと現れる影があった。

「ム?」

 十ギルムメイン以上離れた位置から、仮面を着けた兵士の一人が手を振り下ろす。
 ――合唱。
 魔術詠唱の声が“数千人規模”で鳴り響く。
 高らかなる声が、男も女も子供も老人も混ぜた声音で大気を激震させた。

「KAKAKA,抗ウカ!」

 発動スキルを確認。
 魔獣の焼け爛れた眼球に映る≪レジスト・ヒート≫の魔法スキル発動。
 耐熱術式の起動、それも数千人規模による重ね掛けだった。
 一気に熱で苦しんでいたものたちの動きが軽くなる。
 だが、ブレイルの余裕は崩れない。
 我が身は一万三千を超える上級魔族のスペック。ただの打撃で大地を叩き割り、レベル五十程度の虫けらを破壊するのも造作なかった。
 振り被る打撃によって、迫る仮面の兵士が数十人規模で粉砕され、血肉が飛び散る。

「RUIIIIEEEEEE!! 脆イ、脆イゾ、ヒューマァアアアアアン!」

 鮮血が飛び散り、高熱に蒸発し、肉が焦げる。
 殺戮の化身がひた走る。
 そして、仮面の軍勢が、再び手を掲げて、一筋の杖を大地に突き刺した。
 数にして五千、この度の軍勢の半分もの兵士が一斉に突き刺した魔具。
 ――≪コンシール≫
 汎用魔具『結界ロッド』の発動であり、その効果は指定した領域を結界で隔離すること。
 そして、その特性として“重ねがけによる強度の増強と範囲の増大”がある。

「GA!?」

 虹色のオーロラが空を覆うように迸り、この高原全域を覆うように淡い光が駆け巡った。
 大気が遮断される。
 空が遮断される。
 その中と外の世界が断絶される。

「キサマラ、我ヲ足止メスルキカ!?」

 命を賭しての妨害行為だと、ブレイルは判断する。
 それもそのはず、彼と軍勢の力量はあまりにもかけ離れ、文字通りの桁違いなのだから。
 しかし。
 発動――≪アーマー・スキン≫ 肉体耐久力を上昇。
 発動――≪アームズ・エッジ≫ 腕部筋力を上昇。
 発動――≪スキル・バースト≫ スキル発動具現レベルを1UP。
 発動――≪ソニック・ウイング≫ 肉体風圧減速度を軽減。
 重ね、重ね、重ね。
 何度も何度も発動する補助魔法、強化魔法、増強魔法。
 三千人以上の魔術師が発動する魔法スキルが、残り七千――否、五百を殺されたから残り六千五百の兵士を強化する。
 おぞましく、おぞましく、人知を超えた連携力と殺されても殺されても怯まずに進撃し、襲い来る仮面の軍勢。

 レギオン共が、咆哮を上げる世界災厄の一角に襲い掛かった。







 一日が経った。
 ――二千人が死んだ、屍を晒して息絶えた。ブレイルは返り血に染まっていた。
 二日が経った。
 ――千人が死んだ、焼かれ切り刻まれて臓物を吐き散らした。ブレイルは息を荒げながら、灼熱の吐息を吐き出していた。
 三日が経った。
 ――七百人が死んだ、叩き潰されて足の踏み場も無い屍の山を築いた。ブレイルは血みどろになりながら、全身に武具を生やしていた。
 四日が経った。
 ――五百が死んだ。四千七百の兵士の屍が大地を染めて、血の川を生み出した。ブレイルは魔力を使い果たし、残りニ千三百の兵士がいることに絶望した。
 五日が経った。
 ――三百人が死んだ。五千人が死んで、その呪詛がブレイルに喰らいついて、再び襲い掛かった。ブレイルは全身の焔を屍の油と血で消し止められて、泣き叫びながら切り刻まれ続けた。
 六日と七日が経過した。
 兵士二千に、魔術師三千、合計残り五千人の軍勢がブレイルを痛めつけた。
 一昼一夜、息する暇もなく襲われ続けた。万から億に達するほどの斬撃、刺突、殴打、呪詛、冷気、雷、疾風を浴び続けた。
 七日の夕方、魔が堕ちる黄昏。
 そこで一人の魔獣が絶叫の断末魔を上げていた。

「AAEFWEEEAAAAAA!」

 抉られた。
 削られた。
 切り刻まれ、その眼球から舌まで槍衾にされ、全身から本来は熱く煮え滾るはずの青白い鮮血は冷め切っていた。
 凄惨な拷問にも増さる蹂躙。
 羽虫にしか思えぬゴミクズようなレベルのヒューマン共に与えられた激痛は、甘く蕩けるような冥府への誘いを与えぬほどに残酷だった。
 その身に纏った甲殻は全て砕かれ、引き剥がされ、内部の柔肉は無数の刀剣によって切り開かれ、分厚い脂肪の奥にある痛覚神経を剥き出しに抉りほじくりかされた。
 指先の自慢だった蹄は切り落とされ、触れれば全てを熔かす強酸にして灼熱の血液は流し込まれた冷気の迸りによって内腑から腐らされ、生きたまま壊されている。
 高い再生能力を誇る肉体を持ってしても魔力を使い果たし、その機能を瓦解させることのみに特化した分解戦技の前に無効化された。
 七日前の威光はどこにもなく、今いる魔獣はただ死を望むだけの哀れなる獣である。
 そして、鳴き叫ぶ魔獣に対して、数名の兵士が歩み出た。
 その手に持つのは巨大なる大剣。
 凶悪な刀片を幾つにも並べ、連結し、歯軋りにも似た金属音と火花を散らす回転蹂躙刃/チェーンソー。採掘された機械技術から再現した電熱駆動技術による刃であり、それは処刑執行人のように酷く冷めた漆黒と金糸の仮面の戦士たちによって振り下ろされた。

「GI,GYAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 八人の戦士、一つの四肢に対して二人の繰り出す回転刃が、ブレイルの剥がされた甲殻の下にある剥き出しの肉へとめり込み、切り刻む。
 鮮血を撒き散らし、回転する切断斧が火花と絶叫と共にそれを切り開いていく。
 鋸刑にも匹敵する惨劇だった。
 溢れ出す残り少ない魔獣の血が飛び散り、仮面の戦士たちに飛び散り、ジリジリとその肉体を焼いて行く。
 激痛が発せられ、その片腕が強酸によって溶け落ちてもなお、仮面着用者たちは腕を振るい続けて、切断を完了した。

「     」

 魔獣は応えない。
 四肢を失い、達磨のような哀れなる格好。
 ただの肉塊になり、かつて四地皇と恐れられた偉容は其処に存在しなかった。
 ずるりと強酸を浴び続けた八人の戦士が倒れ付し、他の兵士たちがその武具と切り取った四肢を回収する。

 そして。

「哀れ、哀れ、哀れなれ」

 一人の仮面着用者が奥より舞い降りた。
 絢爛豪華に手足に煌めく手甲、脚甲、飾り物の如き趣向が施されたものを着けた仮面の人物。
 ゆらり、ゆらりと手足を振るい、その腰に備えた一振りの“黄金剣”を構えた。

「さらば、さらば、さらば――英雄譚にも語られぬ犠牲獣よ」

 すっと剣を一振り振るい抜き、ぱかりとブレイルの頭部が分割された。
 最後まで絶叫の顔のまま、醜い顔が崩れて、その脳と脳髄をとろとろと地面に落とした。

「ささ、これにて征伐完了」

 黄金の一振りがしゃらりと音を鳴らし、仮面着用者の道化が踊った。
 楽しげに。


『ネーム:???(偽装能力展開)
 スタイル:演劇染職家/ステージエンチャンター
 レベル:1235/?356』


 恍惚とした力の降臨に舞い踊る。
 上昇、強大なる魔獣の死に跳ね上がる五千人弱の兵士たちのレベル。
 五十が百二十に、百が百八十に、その力を高め、質を持って不足を補う。
 レギオンズ・ペルソナの力は衰えない。
 その祖国に残る国民九万人、すなわち残り九万の軍勢がいる限り、彼らに敗北は存在しない。






 その日、数百年にも渡り、人々を苦しめてきた魔軍の最高幹部の一角。
 冥焔のブレイル、討伐完了の知らせが世界を駆け巡った。
 打ち倒したのは仮面の軍勢、それを保有するのはマトリオット――傀儡献皇帝国マトリオット。

 “ただ一人の皇族を保有し、崇める独裁国”だった。







******************

あえていうならオルテガに頼らず、バ○モスを国を挙げて叩き潰す。
あえていうならギ○ガメッシュを、ガラフ城の兵士だけで叩き潰す。
王道とか、英雄譚とか、そこらへんの定石を無視してみました。
数は暴力です。

次回はサヴァンではなく、サブ主人公の物語。
刀剣飛び散る、和風剣術妖魔物語です。



[10573] 森羅奉女/Act1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/03 16:32
 からり、からり。
 闇夜の中に乾いた音が鳴り響く。
 ざわり、ざわりとすすり泣く。
 雷雲響いて、それは天高く舞う森羅の咆哮か。
 降り注ぐ冷たい霖雨は、誰かが流した、万象の悲涙か。
 墨を流したかのような漆黒の闇に、暗雲の帳を下ろした黒夜。
 湿った土も、濡れた葉も、水気を帯びた樹肌もまた、息一つ立てずに眠るような樹海。
 自然に住まう鳥も雨を恐れて羽を畳み、獣たちは住処にもぐりこみ、猟師でさえも家に包まるか、息を潜めてまどろみの中に落ちるような雨の夜。
 そこにからり、からりと土を踏みながらも、乾いた音を立てる発生源がある。
 ――幽鬼の如き衣が躍っていた。
 ひらり、ひらりと重力の束縛を忘れたかのように舞い上がり、染み渡る墨汁の紙片に残る僅かな白のように滲み出る白い衣が進んでいる。
 からりと音がする、硬い根を踏む音か、濡れただけの石を噛んだ音か。
 じゅぶりと音が囁く、濡れきった淫裂のように生々しい泥の音がし、止まぬ涙のざわめきにいと妖しく心を擽る色香が満ちた。
 息を吸い込めばたちまち湿った吐息にも似た空気が肺を舐め回し、咽るような木々の樹液と大地の香りに鼻腔を埋め尽くす。光源無き暗黒の中で、臭いは視界を越える領域を保つ。だからこその溺れるような香りの海。
 旅慣れぬものならば忽ち膝を崩して、鼻を押さえて、口を持って口内を嘗め回す臭いをなんとか飲み下すだろう。
 香りの海、無色無水の樹海を軽やかに歩き抜けるそれは白い衣の――人に他ならない。
 雨に濡れた青ざめた肌、水気を含んで水滴を垂らしながら揺れる白い狩り衣の裾、無造作に結んだ銀糸と黒鎖により帯を腹に巻きつけた青年であった。
 色抜けた栗色の髪はこの地では見慣れぬ異色。脚に嵌めた木製の靴底に、金属の外装を施したブーツはどこかこの地に伝わる下駄に似ていた。
 ひゅるひゅると濡れた血色の無い唇から掠れた吐息が吐き出され、見えぬ息は留まることを知らない雨水に蹴散らされる。
 青年が無造作に止むことの無い雨に頭を振って、体を柳のように振った時だった。
 かちかちと、歯を噛み合わせる音がした。
 響いたのは青年の背に背負った荷物からだ。
 担がれた四本の金属塊、すなわち荒縄で括られた四本ばかりの刀剣が其処に並べられている。
 夜の闇に覆われながらも流麗な曲線を描く鞘の見事な塗りと刀柄の細工が存在を主張し、カチカチと動くたびにそれぞれ異なる鍔を触れ合わせて、音を鳴らす。
 まるで鈴の演奏のように透明なる音。雨の音と混じりて、幽玄なる響き。
 腰に佩いた唯一無骨にて飾り気の無い太刀が、喘ぐ主人に気遣うように無音を持って共をする。
 歩く、歩く、歩く。
 永劫にも思える奈落道を七日七晩掛けて歩き回り、己が一生を先に進めるための試練。それを彷彿させる闇の長さであった。
 森に入りて青年の体感時間にして一昼夜を超えている。
 悲嘆に暮れる泣き女にも優る豪雨が降り注いだのは、異文化の計り方にして金の計剣が三つ分ほど遡った時である。
 異文化における時の計り方。
 朝日が昇る時刻を始まりとし、夕闇が訪れるまでが一日の中心とし、そしてそれと同じだけの累積が重なった時刻を終わりとする。
 朝は陽(サン)、昼は夕(トワイ)、夜は月(ルナ)。
 【三光刻式】と呼ばれる数え方でそう数え、そう認識する時間間隔の教えが青年の肉体と理性に刻み込まれているが、この地においてはそれは通じるかは些か不明である。
 現地においては【緋陽色重域/ヒヒイロカサネイキ】と呼ばれ、異国からは【黄昏領域/トワイライトドメイン】と呼ばれる此処に幾度となく訪れた青年であっても、じゅわりと体に染み込むような空気の密度に低迷する。
 十二分に体を慣らしたつもりであるが、やや俯いた思考が渦のように脳裏をかき回し、明確な思考を砕き散らすことから疲れているのだろうと自覚。
 打たれ続ける雨で体温は下がり、濡れた衣服が重みとなり、汗ばんだ肌と濡れた格好が心まで冷ましてしまいそうだ。

「……っ」

 僅かに青年の唇が開いて、少しだけ声音を発した
 舌打ちにも似た呟き。
 進んでも進んでも終わらぬ闇夜、耳朶を嘗め回す雨音は先ほどまでと一切変わらない。
 手に入れた地図は合っていたのか。
 腹時計からすればそろそろ集落があるはずだと信じつつも、心か弱きヒューマンは疑念を抱かずにいられない。
 そして。
 ――篝火が見えた。
 二百メインは先だろうか、樹海の終わりと共に雨にも負けずに灯された篝火が遠目に見えた。
 あやかしに惑わされているのではなければ、人里だ。
 自然と脚は速まり、まっしぐらに直進する。
 ざりざりと土を蹴り、藪を割いて渡る。深い深い木々と、草むらの向こう側には――見上げるばかりの古めかしい家屋が一つ。
 辿り付いた家屋の周りには轟々と雨にも負けぬい勢いで四つばかりの篝火が焚かれ、そこから少しばかり外れた他の粗末な家屋が立ち並ぶ。
 気配は無い。まるで眠っているかのようだ。
 が、如何に雨の夜とはいえ、家事の気配も無ければ、泣き喚く童子の声もしない。
 息を殺して、伏せる怯えた獣にも似た風情である。
 青年が降り注ぐ奔流の中においても、僅かに戸惑ったように額に手を当てて、濡れた髪を後ろへと流す。目尻に張り付く髪は邪魔だった。
 眼球が雫に舐められるのも構わず、目を大きく見開き、彼は雨音の中に消えるような歩みと共に家屋の扉を叩いた。
 くぐもった反響音が聞こえた。







 すすり泣くようなざわめきがある。
 閉め切った暗闇の中、車座になって座る者たちがいた。
 どれも粗末な衣に身を包みながらも、壮年の歳を刻んだ顔を浮かべ、苦悶に濡れた眉間を寄せて、目を伏せている。
 誰も喋らない。
 沈黙だけが痛々しく針の筵のように己たちを苛み、切り刻んでいるかのような苦痛と呻きにも似た態度である。
 彼らは悲痛な決意と決断を持って、事態を終わらせたばかり。
 良心を切り刻み、火にくべる様な悪逆にして外道の行いをした。
 故に、仕方が無かったと呟きながらも良心が捻られるように痛み、脂汗ばかりが流れ出し、座った筵が汗に濡れていた。
 流せぬ涙の代わりに、外では雨がとくとくと降り注ぐ。
 悲しみに降り注ぐ涙のようでもあり、或いは己たちのあさましさを嘲笑う物の怪の笑い声にも聞こえた。
 風は強く、雨は強く、痛みだけが支配する己の心。
 この雨音の中では、おそらく――“彼女”が上げる悲鳴すらも掻き消されるだろう。そう思えた。
 それだけが救いであり、それだけが誤魔化しの理由となる。

「皆、ごくろうだった」

 車座の中で、一人もっとも歳を老いた男が告げる。
 骨と皮ばかりの老人、ぎらついた眼光を心痛に淀ませながらぼそりぼそりと呟いて、解散を命じようとした。

 ――だんだんだんっ。

 その時だった。
 彼らが座る家屋の中に響き渡る音が聞こえたのは。
 誰もが驚愕し、怯えと共に肩を震わせ、断末魔の痙攣の如き弱々しさと共に音の方角を見る。
 扉が叩かれていた――この集落において誰も家から出ないはずなのに。
 ゴクリッと誰かが喉を鳴らした。他愛の無いはずの音だったが、それはまるで絞め殺される肉鶏が発する断末魔の呻きにも似ている。
 老人の男が目を向けて、一人の一番歳若い男がよろよろと腰を上げて、暗く冷たくなった廊下を歩きながら、扉を開ける。
 がらりと湿気を取り込んだ扉は思いのほか重く、大きな音を立てた。
 そして、現れたのは白衣の人影である。
 ぽたり、ぽたりと髪先から、顎から、裾から、雫を垂らし、その音のみで存在を誇張する。
 歳は二十台半ばほどであろうか。
 一瞬ぎょっと息を飲む髪色、明らかな異国の血統である。
 うっすらとした産毛程度の髭は注視しなくては見えず、若々しい顔立ちはどこか寒気を帯びて冷たく冷えていた。

「夜分遅くに、失礼」

 するりと冷たく罅割れた声が届く。
 ガチャリとその背に背負っていた四本の打ち刀が、室内に座る男たちの目にも見えた。
 腰に佩いた太刀に、油断ならぬ佇まいが、ぞわりと危険という名の警戒を帯びて、男たちを震えさせる。
 人の形をした冷気が入り込んだかのように、冷たく、湿った空気が冷える。

「だ、誰だ、アンタ? 【武者/サムライ】か?」

 刀と言われるトワイライトドメインで広く伝わる剣士スタイルの分類。
 森の奥にひっそりと存在する集落でも、その存在は時折立ち寄る旅の者から知っている。
 しかし、彼は軽く首を横に振り。

「否、そこまで大層なものでもない」

 淡々と言葉を発し、否定。
 そして、そのまま目の前の男の存在を無視するかのように室内に目を向けて、視線が朝日から入り込む陽光のように室内を舐め回した。
 不可解そうに顎に手を当てて、濡れた手で頬を撫でた。

「……出来うるなら宿を借り受けようと思ったのだが、ただならぬ様子。何があった?」

 じろりと鈍い光を放つ眼光が男の目を打ち、一瞬唸った瞬間、するりと青年が扉から中に入り受ける。
 あらゆる意味で自然過ぎて、入り込まれてからようやく気が付いたほどの動き。
 一瞬、ヒューマンではなく物の怪ではないのかと錯覚し、それかもしれないと納得しかけてしまうほどに、それは不気味だった。

「お、おい! 勝手に入るな!」

「……一見すると、この集落の代表と見える。雁首並べ、集まるとは一大事、か?」

 とくとくと事実を指摘し、血相を変える男の反応に真実だと青年は確信する。
 そんな青年に、立ち上がった老人が答えた。

「そこまでだ。誰だか知らないが、余所者が口を出していい問題ではないわ」

 青年の声が冷たく鋭い冷気ならば、老人の言葉は冬に吹き荒ぶ吹雪のようだった。
 明らかな拒絶の意であるが。
 青年は涼やかな表情を変えぬままに、青ざめた唇を震わせた。

「なるほど、失礼……では、早々に去ることにするが一つ訊ねたい」

「なんだ?」

 それで追い出せるのならば容易いと思い、老人が声を洩らした。
 己を苛む罪悪の痛みから解放されんと態度を荒げ、常にない興奮で思考が蝕まれている。
 だからこそ、かもしれない。


「――“八本腕の怪異” 」


 ざわりと気配が蠢いた。
 男たちの眼が激昂したかのように吊り上がり、枷が外れたように立ち上がる。
 今にも殴りかからんとする男たちに、老人は顔面から汗を噴き出したまま手を横に伸ばし、征した。

「……どういう意味だ?」

 からからに渇いた干物染みた声が、老人の口から零れ落ちる。
 ぽろりと触れた砂城が崩れ去るような呆気ない、それを知っていると言う意味の問い。
 それを掬い上げる様に青年は軽く手を伸ばし、雨露で濡れきった人差し指と中指を立てて、虚空を僅かに撫でた。

「……いるのだな」

「――いる、といえばどうする」

「……場所を教えてもらおう、己はそれを探している」

 吐き出される声音は低くともずっしりとした重みを持っていた。
 空気が重く、汚泥のように淀み、息するのも難しいほどになる。

「何故、探している」

 老人がぶわりと全身の毛穴から流れ落ちる体液を感じていた。
 足裏が汗ばみ、冷や汗が背中を流れ、喉が渇く。
 まさか、という期待。
 まさか、という不安。
 異国の青年は腰に佩いた太刀を撫でながら、告げた。


「――討つ。そのために、ここまで探しに来た」


「う、討てるのか!? あの化け物を!!」

 青年の言葉に、一人の男が叫んだ。
 節くれた指を持つ男だった。
 左腕の先から指が二本欠け落ち、腹部にも引き攣るような痛みを残す古傷を帯びた男。
 かつてこの集落を襲った怪異を討たんと出かけ、絶叫のままに左の指を噛み砕かれた男である。

「それは分らない。だが、討つ」

 青年は淡々と答える。
 ちゃりっと太刀に着けた根付――偽装した魔導具、スペクタクルズの発動によって、叫んだ男のレベルが【16/34】だと見えている。

「あの化け物は、我々の男手三十人を喰らった魔縁よ。必死の金子で雇った【修験者/シュウゲンシャ】や【武者/サムライ】でも逆に喰われて死んだのだ」

 老人は語る。
 痛々しく、泣き叫びたいような顔を浮かべて、胸を押さえた。

「奴は告げたのだ。これ以上歯向かうようならば、我は貴様らを滅ぼし、犯し抜き、外道の属に染め上げよう。しかし、一つだけ見逃す方法がある」

「――生贄、か」

 老人の言葉に先づいて、青年が呟く。
 その表情には苛立ちが混じっていた。

「……如何にも。半年に一度、月が消える夜に生娘の女子――それも出来うる限りの素養を持つものを我が屋敷に捧げよ、と告げたのだ。既に、三名も喰われ……」

 今日が四人目の日だったと、老人は嘆いた。
 それに堪え、痛みを味わいながら彼らは胸の中で罪悪を押し殺すための言い訳を心の中で呟き続けていた。
 死んでくれと。
 呪われないでくれと。
 我々のためなのだと。
 ――したくもない悪行を、痛みとして受け止めていた。

「……捧げたのは何時だ?」

 青年の唇が強張る。
 冷たい眼光が無機質に老人たちを見つめていた。

「二刻前よ。丁度雨が降り始めたばかりだったか」

 息を殺し、涙を押し殺しながら生贄に運ばれた少女の顔を思い出すだけで心が激痛を発した。
 毒熱にも似た激痛が、心を抉る、灼く、焦がすのだ。

「なるほど。ならば――間に合うかも知れぬ」

「なぬ?」

 青年の呟きに、男たちが声を洩らした。疑念という名の音を。
 青年が振り返る、雨の降り注ぐ外へと。


「場所を教えろ。屋敷の場所を」


「し、しかし」

 また歯向かえば、我々が皆殺しに遭う。
 そう思い、弱音に体が逆らう。どろどろと膝から血液が抜け落ちるように、逆らう遺志が体から零れていく。
 僅かな希望を抱いては、打ち砕かれる日々。

「――答えろ。さもなくば己が、お前らを殺すだけだ」

 青年の体から発せられたのは鬼気である。
 圧倒的な力の差が、幽鬼染みた青年の体から突如とした吹き付ける。予測だにしなかった烈風のように頬を強かに打った。
 そして、腰から力が抜けて、膝を崩すものたちを見ながら、青年は告げる。


「主らはどうでもいいのだ。己は、ただ――八つ手の怪異を仕留めに来たのだから」


 手段は選ばぬと、悪鬼の如き険相で言葉の刃が振り下ろされた。








 雨が降る。
 雨粒が降り注ぐ。
 一向に鳴り止まぬ雨音の中で、凍えるほどの闇の中で一人震えるものがいた。

「  」

 声も出せない。
 ただ怯えることしか出来ない。
 白無垢の衣。
 儀礼として身に付けさせられたそれは普段身に纏う巫女服に似て、袖は長く、裾は長く、しっとりと薄く体を覆うもの。
 雨に濡れ、中に何一つ纏わぬ肌色の素肌が映し出す。
 それは美しい少女だった。
 木魂族の血を継いだのか、鮮やかな緑の色の髪。
 陽光に照らされれば、大地に萌える木々のような温かみと吹き荒れる風の如く爽やかな笑みを浮かべるあどけない少女の顔は青白く冷えていた。
 細くきめ細かい磁器のような肌と、滑らかな指を重ね合わせて、自分の体を抱きしめる肢体からは隠し切れない色香が匂い立つ。
 歳は十六、人里ではそろそろ嫁いでも問題がない年頃だったが、その体つきは二十台の年増女の如く熟れていた。
 濡れて肌に張り付いた乳房はたっぷりとした曲線を描き、湿気を帯びた裾はその脚に絡み付いて、しっとりとした肉付きのよさを淫らに醸し出している。
 怯える目尻には涙の粒が浮かび、恐怖に高鳴る心の臓に噴き出される汗は数刻前に磨いたはずの肌に芳醇なる雌の匂いを纏い始める。
 埃に塗れ、長年の風化で淀んだ空気、その中に入り混じる獣染みた体臭。
 それらに嬲られながら、少女は必死に叫びだそうとする己の口と恐怖を押し殺していた。
 ざあと鳴り響く雨音。闇に潜む視線。それらに必死に目を覆いながら、華奢な体つきのひ弱さを押し隠そうと唇を噛み締める。
 耐えるのだ、と己に言い聞かす。
 自分が犠牲になれば、故郷が守れるのだという使命感に、自分を生贄にした集落の人々への憎悪を押し込めた。
 泣き叫びたいほどに怖く。
 生まれてこの方吐き出したことも無い憎悪を喚き散らしたいほどに、怒りと絶望が心を甚振る。
 運ばれてもはやニ刻。
 雨粒の滴る音と共に身動きすらも取れず、ひたすらに怯え続けていた。
 このまま朝になれば助かるかもしれない。

 ……そんな浅はかな希望を抱いてしまうほどに。


 ――雨が薄れているなぁ。


「!?」

 声が響いた。
 少女が腰を落とし、肩を震わせるほどにおぞましく、穢れた声が耳朶を打つ。

 ――雨は嫌い、じゃ。

 嗤う。
 嗤う、嗤う、怪異の囁き。
 視線がある、少女の全身を嬲り、嘗め回し、視姦するかのような粘ついた視線が。

 ――しかし、終わる。終われば裂こう。その肉を、その胎を、その膣を、その顔を。美しい顔を引き裂き、脳髄まで啜りだし、生きたまま犯し抜いてやろう。

 死刑宣告の囁きが、楽しげに少女に届いて。

「~~!」

 少女はただひたすらに雨が終わらぬことを祈りながら、怯えるしか出来なかった。




 そして。

 少女の祈りは届かなかった。




*****************************

次回はバトル予定です。
エロスは次回多少あるぐらいかな?



[10573] 森羅奉女/Act2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/13 22:53
 雨が弱まる。
 命の鼓動が静まるように、低く震えを抑えるように音が小さくなる。
 ガチガチと歯が鳴った。
 少女の恐怖が伝わり、弱まる雨の音に代わるように歯がかち鳴らされる。
 ガチガチと歯が鳴った。
 見えぬ牙がカチ鳴らされる。楽しげにカチカチと音がなり、凍えるほどの闇の中で染み渡る。
 濡れた大気立ちこめる夏の夜、蒸し暑いほどの気温にも拘らず緑髪の少女の全身は寒気を覚えて、両手で体を抱きしめる。
 雨に濡れた白無垢は身体に張り付き、噴き出す甘い体臭を混ぜた発汗を以って身体を冷やし、熱を奪っていく。
 まるで命の雫が少しずつ削り取られるように。

 ――雨が弱まったのぉ。

 声が響いた。
 渇き、粘つき、腐臭すらも感じられる吐息が少女のうなじを撫でた。

「っ」

 絶叫を上げたい気持ちを抑えて、少女が目を伏せる。唇を噛み締めて、その意図せぬ淫らな肢体を抱き寄せて、震え出す。
 埃にまみれ、或いは闇に見えぬだけで血痕残る床の上を這うように怯えていた。
 抵抗はならない。
 逆らえば集落が潰される、殺される、誰も彼も腸を裂かれ、犯されるのだ。
 生臭い埃を噛み砕きながら、【森羅奉女/シンラホウジョ】たる少女は奇跡的なまでに健気だった。
 過去三人、他の集落からも含めれば十数名以上の生贄はどれもこれも泣き叫びながら、或いは恐慌に襲われ、逃げ出そうとしたところを足の腱を裂かれ、服を剥かれ、死を求める慟哭の中で貪られながら犯された。
 いつ逃げ出すか。
 いつ泣き叫ぶか。
 じわり、じわりとその総身から吐き出される負の感情を心地よく愉しみながら、その魔縁は嬲っている。
 ぽつぽつと弱まる雨音の中で、怪異は緩やかに待ち望み、豊かに肉付いた少女の肢体に食欲を見出し、嗜虐欲に魂を澱ませた。

 ――決めたぞ。

 げたりと闇の奥から濡れた嗤い声が落ちた。
 じゅくじゅくと天井から腐汁にも似た何かが滴り落ちる、そんな水音がする。
 濁った言葉が、淀んだ大気を打ち震えさせて、腐らせるように少女の耳朶を嬲る。擽るように、或いは嘗め回すように不快な感触に、ひっと押し殺した声が漏れ出して。

 ――雨が止んだと同時に掻き毟ってやろう。

 はぁああ、という吐息がすぐそばにまで迫っていた。
 むわっとした腐臭にも似た酸っぱい臭いが、彼女の鼻腔を突き、あまりの不快さに吐き気が催した。恐怖と共に気配があった。
 圧迫感。空気が潰されるような重み、重く圧し掛かるようだった闇がより深く、少女の心を磨り潰していく。
 ガリガリと、ガリガリと、削るようにおぞましい怪異が迫っていて。

 ――掻き毟りたいのぉ。

 ドロリと不意に足首に湿った感触がした。

「ぅぅ!?」

 目を向ければ、其処には濁った色の何かが足首に絡み付いていた。
 粘ついた生臭い物体、粘着質な汚濁色のそれは紐のように少女の足首を絡めていて、それが何かと判断するよりも早く、もう片方の足も飛来したそれに掴まれる。
 絡み付く異形の何かに、少女は思わず足を引こうとして、それよりも大きな力の前に逆に引き寄せられた。

「あっ!」

 少女が横転する。両足から腰を打ち、青ざめた顔を苦痛に歪めて、緑の髪がばさりと揺れた。
 思わず少女が床に手を伸ばすが、ずるずると奥へと引きずりこまれていく。
 爪を立てようとしても不気味に濡れたそれは引っかかりもせずに、ただ埃と血滓を集めるばかり。
 抗えず、足首から引き寄せられて、白無垢の衣服が埃を拭き取りながら、奥へ奥へと吸い寄られていく。

「いやっ」

 少女が深き闇の中に引き寄せられるその中で大粒の涙を零した。
 恐怖に彩られた表情が凄惨に歪み出す。
 泣き叫ぶような声が自制心を超えて漏れ出して、それは空気を引き裂く音と共に亀裂を洩らした。
 布が裂ける音だった。

「ひっ」

 少女の股座の間に、鋭い鉈の如き何かが突き刺さる。
 布を引き裂き、処女を散らすかのような容赦のない硬質の何かが蠢いていた。
 闇の中、夜闇に慣れた目でも閉ざされた屋敷と新月よりも深い黒の中でその全容は見えない。
 ただ、引き裂かれるだけだった。
 白無垢の布切れが掻き毟られるように裂けて、千切れた。薄絹を引き裂くかのような容易さで、少女の穿いていた袴が裂かれ、その艶かしい足が露になる。
 一瞬、恐怖心を超えて羞恥心が顔を出し、少女の頬が赤く染まるも。
 闇の中から降り注ぐ二振りの刺突が、その心を折った。
 ――それは“二振りの刃”であった。
 少女の腕、それよりも僅か下の袖部分を貫通し、床にまでめり込む玉虫色の刃。

「……あ……あ……」

 闇が蠢く。
 ガチガチと仰向けになった少女の豊かな胸が呼吸と共に揺れ動き、その目が恐怖によって見開かれた。
 ジュプリと圧倒的な恐怖により、緩んだ股間から残った袴を濡らす液体があった。
 生臭い空間に染み渡る熱帯びた臭い。

 ――怯えるか、娘よ。

 嗤う、嗤う、心地よいまでに打ち震え、まるで朝日を見たかのような愉しげな声が少女の肌を打ち、心臓の音を高鳴らせる。
 ゴリゴリと揺れ動く刃が、強制的に少女の腕を肩横にまで動かし、見上げる闇の奥からまた刃が躍り出た。
 大気を裂き、ギチギチと掻き毟るような仕草と共に関節を持った刃が少女の乳房に迫る。

「   」

 声が出ない。
 あまりの恐怖に左右に首を振るうだけで、涙がボロボロと零れ出ながらも、膨らんだ胸から喉までの間に濡れた玉虫色の刃が柔らかな皮膚にぷつりと突き刺さり、小さな血の雫が浮かび上がる。
 鮮やかな血の涙は、ゆっくりと喉から胸まで垂れ下がり、その刃が少女の服を裂いた。
 舐めるような怪異の視線を感じながら、少女は胸の谷間を曝け出し、へそから下まで裂かされた衣服の間から剥かれる様に裸身を露にする。豊かな身体だった。
 熟れた二十台の女にも匹敵する張りのある乳房からくびれた細い腰つき、失禁に濡れた股間までもが艶やかな色香を溢れ出す。
 色鮮やかな桜色の突起から零れ落ちる汗に濡れた布切れ、ガタガタと震える双山が震える呼吸と共に揺れ動いた。
 其処まで曝け出され、呼吸と共に左右に重力と共に曝け出されていく裸体に、少女が羞恥を感じる余裕など無かった。
 カチカチと、噛み砕きたいとばかりに音が鳴る。
 魂までをも止めたいと願いたいほどの魔縁が其処に居る。
 僅かに挙動すれば、その途端に刃が落下し、その少女の身体を射止めた。
 ギリギリに傷つけない位置に突き刺さり、肌に触れていた衣服が裂かれ、辱めるように曝け出されていく。
 心が折れそうだった。
 据えた臭いが鼻を突き、目を焼いて、ボロボロと涙が止まらない。
 ゆるりと闇の中から何かが鎌首をもたげた。
 それは少女の足首を擦り、ざらつき粘ついた気色の悪い感触と共に少女の肌を犯し、舐め回すようだった。

「な、なに?」

 緑髪の少女が汗に濡れた双乳を揺らしながらも、目を逸らせない恐怖に目を向けた。
 濡れた股間を弄り、硬く掻き毟るように太腿の布を裂くそれはありえないものだった。
 ――骨だった。
 腐った腐肉を所々に残した白骨の手である。
 汗ばんた少女の肢体を味わうのではなく、その張りを、その肉を、まるで丹念に確かめるような無機質な腐った手が少女を嬲っていた。
 腐汁と共に滑らかな肌が穢され、張りのある肉が掴まれて、痛みにすら届く不快感が彼女の神経と魂に突き刺さる。欠け落ちた刃物のように、熱く。
 圧倒的な死の気配が、少女の全身を叩いた。

「いや、いやぁああああああああああああああ!!」

 恐怖の限界だった。
 悲鳴を上げた。
 喉が裂けるまで迸ると思った悲鳴は。

 ――木々を引き裂く斬響に、千切れた。

 落雷の如く、鉄板を叩いたような音が響いた。
 気配が飛び退く。するすると、波が引くように。

「え?」

 半裸の少女は呆然とした顔で仰ぎ見る。突然の出来事に、呆けたような顔つきで緑の髪を揺らし――気配に横向いた。
 濡れた風が吹き込んでいた。
 濁った雨の匂い。湿った音と共に破れた破片と木屑を撒き散らし、彼女の前に白い幽鬼が立っている。
 否、それは一人の青年だ。
 泥飛沫を浴びて汚れた裾に木製の靴がぎしぎしと傷んだ木床を押し込めて、槍の如き雨の中を走り抜けたのか色抜けた栗色の髪はざんばらに荒れていて、その風貌と相まってまるで幽鬼である。
 背に背負いし三本の刀剣、腰に一振りの太刀を佩いている。一本ばかりの空鞘は、汚れた屋敷の柱に一本突き刺さった赤金色の刀と対になっている。

「間に合うたか」

 異国の青年は淡々と言葉を紡ぎ上げた。
 ただの一跳びで、屋敷の外は縁側から内側へと跳び込んだ速度と動きに少女はまるで異形を見るような目を浮かべる。
 曝け出した乳房を隠すことも忘れて、ただ怯え、てらてらと濡れた眼で怯えていただけだった。
 恐怖という深淵に浸かったものの浮かべる瞳である。
 鼻に付く異臭も、好意の一切も、一握りの希望すらもない視線に、青年は表情一つ変えずに告げた。

「命はあるか、犯されたか?」

 確認するように、声が響く。
 青年の目は闇の沈んだ奥へと向けられたまま言葉だけが、沈痛に沈んだ彼女の耳に響いた。

「え……あ……」

「アヤカシに犯されたのならば孕むこともある。恥辱に耐えられないならば斬り捨てる慈悲はある、それでも生きたいならば手を貸そう。で、如何に?」

 泥たまりの中への投石、波紋のように少女の心に震えを起こす。
 淡々と殺意、否、殺害を選択肢に含めた恐ろしい声だった。
 背筋から汗が噴き出し、濡れた肌を抱きしめながら彼女は命を惜しむように叫んだ。

「し、死にたくないです! ま、まだ私は――」

 生きたい。
 それが彼女の本音だった。未だに男も知らぬ身である。
 花の舞い散る春の訪れに、虫鳴る夏の夕暮れに、寂しくなれど命謳歌する秋の季節にも、凍てつくほどの寒さに終わる日々を待ち望む冬にも、彼女はまだ飽きてはいないのだ。
 振り絞るような声だった。
 切なく哀しみと願望を織り交ぜた懇願である。
 青年はその声を聞き遂げて、油断しないままにようやく視線を走らせた。
 彼女の裸体を観察する。色鮮やかな肢体、薄く生え揃った股間にも汚濁の様子は無い。陵辱の気配は無く、願望を吐けるだけの“気力”がある。
 太刀の根付が澄んだ音を響かせた。


『ネーム:汐音
 スタイル:森羅奉女/アース・メイデン
 レベル:24/147』


 汐音(しおね)、と読み取った奉職系列の少女のスペックを確認する。
 心/魂も無事か。
 青年の安堵。それは犠牲者が一人でも助かった故の善意か、それとも喰い殺しさらに強大化しただろう魔縁への対策に僅かな希望を見出したのか。
 曖昧に混ぜ込んだ色彩画具のような感情を読み取れるのは本人以外にはありはしないだろう。

「そうか。ならば、そこから動くな。死ぬぞ」

 簡潔に用件を伝えて、青年が前を向いた。
 恐怖に震える少女もまた肌で感じ取る。陰鬱に重く沈んでいた屋敷の中が、微細に震えていると。
 それは怒りだった。
 それは憤怒である。
 魔縁の激情が迸り、怨念の漆黒がさらにさらにと屋敷を塗り固め、埃に塗れた大気を汚染し、汚濁の虚空が波紋を広げるように広まった。

 ――恨めしぃ。

 声、音、音響。
 青年の、少女の、肌打ち、魂震えさせるありとあらゆる負の感情を煮込んだような怨嗟。
 響くのだ。
 奥から。じゅぐじゅぐと腐るような、痛むような、瓦解の響きを共連れて。

「――“八本腕の怪異” 」

 雹刃じみた覚悟を伴う青年の声が伝わった。
 細く鋭い目つきを曲げた彼の眼光は鷹じみていた。
 闇の中から滲み出るのは無数の腕である。否、節足というべきか。
 月光すらも届かない雨夜の中でも見える玉虫色の太刀じみた脚であり、それは太く鍛えた木こりの腕にも負けぬ太さだった。
 ざぐり、ざぐりと掻き毟るような音とともに引きずられたのは太刀脚の付け根にあたる本体である。
 それは赤錆びた甲冑だった。
 背の丈七尺――2.1メインをも超える化け物じみた甲冑、その中に納められたのは紅い複眼を嵌めた骨異形である。
 白い骨格と、染み付いた腐汁と腐肉をへばりつかせながらも、その頭蓋は大海に浸かる珊瑚のように玉虫色の甲殻を付着させ、歴戦の武士であろうとも心胆から冷えさせるであろう醜い顔だった。
 折れ欠けた歯茎の間からは異音と共に蛆が湧き出し、失った歯と舌を形成するように蠢き、凄惨極まる光景であった。直視した汐音の口から音にもならぬ絶叫が響き渡る。
 逞しいはずだった背は剥がれ、巨大なる体躯を支える両足より、伸びるのは玉虫色の六肢。そのただ白い両手は、骨ばかりの無手。失ったものを掴み取るように動き、アヤカシの吐いた糸に絡まれて、動き出す懸糸傀儡でしかないだろう。
 背に嵌めた埃塗れの長大なる太刀――野太刀だけが抜かれずに、そこにある。
 一種の寂しさが異形の掌に滲んでいるような気がしたが、刃を伴った青年は鈍い刃物を思わせる声を発した。

「甲殻蜘蛛か」

 根付が鈴を鳴らす。
 相手のスペックを判断する――


『ネーム:八つ手の魔縁
 スタイル:甲殻蜘蛛
 レベル:344/7??』


 甲殻蜘蛛。
 外洋に存在する貝種や、山林地区に存在する螺旋鉄鉱などを媒体にするウィンドタンなどと同じように、空洞のある物質を住処にして形作る魔縁である。
 生命を喰らい、時間と栄養価によってほぼ無制限に巨大化していくが、それにも制限がある。
 それは未練の染み込んだ甲冑、鎧、死骸などに限られるということだ。
 未練や怨嗟などの篭った死霊を媒介に、融合し、それは半ば幽体じみた肉体を形成し、他者のソースを奪うことで膨張していく。
 ここまで肥え太ったのは極めて稀だ。
 しかも、人語を話せるなど見たことがない。ただの死霊の残響を繰り返し再生するだけが関の山のはずだが。

「貴様……ここまで何人の魂を喰らった?」

 青年が震えた。
 肩に結びつけた三本の打ち刀が鍔鳴りを起こす。

 ――知らぬ、数えぬ。命とは喰らうもの、温かいものを貪るもの。

 嗤い声。
 深く闇の中に染み込むように蛆だらけの歯茎が震えて嘲笑い、羽根の生えた腐蟲が羽鳴りと共に言葉を形作る。
 おぞましい言葉だった。肉を啜り、骨を食み、血を喰らうだけの悪意と増殖だけの汚染生命の言葉は決して生命賛歌を歌うヒューマンたちには受け入れられない。
 ただ穢し尽くすのみ。
 そうすると、設計された生命故に。

 ――掻き毟りたいのぉ。貴様も、そやつも、全てを。掻き毟ってやろう、脳髄まで毒を注ぎ込んでやろう。

 対立は不可避だった。
 淫欲と殺戮欲と消費し続ける本能に染め上げられた怪異が脚を広げた。
 大気を引き裂き、四本の節足が床を貫いた。木屑が噴き上がり、異貌の死霊甲冑が命無き骨の手を床に這わせて、異形の構えを取る。
 青年が青く趣向を施された刀の柄に手を触れて、鯉口を切った。

「青」

 カシャンッと鯉口が切られた。
 外の雨は和らいだはずなのに、落雷のように明瞭に響く音である。

「玄」

 甲高い金属音が響き渡る。
 断頭台の刃が奏でるように冷たく、そこ知れぬ音である。

「白」

 三本抜刀。
 立ち並ぶ打ち刀が二本青年の左手に握られる。指二本揃えたような自然さだった。
 涼しげな波紋を広げる青と呼ばれた刀が、その右手に携えられている。投げ出した柱に突き刺さる四本目の打ち刀――朱と名付けられたそれが揃えば、四本の刀が構え並べられる光景が見れただろう。
 汐音はそれを背後で、見事なまでに膨らんでいた乳房を片手で押さえながら、息を飲んでいた。
 青年はまるで怯えもせずに、ただの樹木のように佇んでいたからだった。
 魔縁から発せられる瘴気、常人ならば萎縮するだろう殺意、存在全てに染み付いた怨嗟の声、静寂の中の騒音という矛盾環境。
 それが如何なるものか。
 死人のように青ざめ、濃厚なおしげりの後でも発さぬだろう息絶え絶えの少女の呼吸を見れば分かるだろうか。
 それは嵐だった。
 対峙するだけで始まっている死闘である。
 レベル三百以上。
 ただの村ならば、いや、中規模の街でも全滅を覚悟するほどの化け物。
 緋陽色重域/黄昏領域における殲極大名たちの抱える将でも、これほどのレベルを持つものは少ないだろう。
 殺戮を生み出すだけの怨嗟機関。
 それに青年は真っ向から目を向けて、風を流す柳のように佇み、凍てつく氷にも似た気配を発する。濃密な時間は一秒を数十秒に引き延ばし。

 魔縁が震えた。

 青年が刀を抜いてからただの三秒。
 玉虫色の太刀脚が轟音を紡ぎ上げて、煌めく斬光を刻み付けた。
 対するは二本の銀閃。
 青年の手元が閃き、風すらも纏わずに最少、最短、最効率の投射動作で左手の刀剣を投げつけた。

「閃」

 烈風の如く投げられた剣尖は、鋭く踏み込んだ武芸者の刺突の如く吼え猛った。
 魔縁の甲殻を火花と共に削り上げ、反射的に繰り出された太刀脚に弾かれる。澄んだ音と共に虚空に刀身が駆け抜けて、同時に青年が踏み出していた。
 虚を作る。
 汐音は目撃する。
 青年の右手の刀。それが前のめりに踏み出した青年の背に隠れるように構えられ、それはまったくもって頭の位置を変えぬままに滑るように進んだのだと。
 縮地法、或いは無足縮地と呼ばれる技法である。
 トワイライトドメイン・戦士系の共通【技術/スキル】にして、限界無き技法。
 ≪飛翔投射/スローイング・ウェポン≫と共に相まって、彼が戦士であることが汐音には悟ることが出来た。

「  」

 火花が発生した。
 断空の斬撃が迸り、魔縁の太刀肢が衝突する。真っ向からの激突、耳をつんざくような異音である。
 青年の表情が歪み、手指が軋んだ。本来耐久性に欠けるはずの打ち刀であるが、如何なる材質と打ち手が作り上げたのか、その姿は健在。
 斬撃競演。
 大気が震え、木屑が飛び散り、青年が駆け抜けるように刃を走らせる。上に、下に、斜めに、舞い踊るような銀光の乱舞だった。
 魔縁の甲殻を両断するほどの威力はないのか、それともレベル差が開きすぎているのか、一撃ごとに欠片が飛び散り、玉虫色の嵐が吹き荒れるように太刀肢が振り下ろされる。
 破砕音。

「きゃぁあ!」

 少女が耳を押さえて、悲鳴を上げるほどの破砕。
 だが、それにも負けず青年は滑るようにに後方へ下がり、生まれた隙に手に持つ刀を投げつけた。
 ≪飛翔投射≫、刀が突き刺さり、無手となった彼は次の刹那には新たな刀を手に取る。
 破砕に弾かれた黒く鮮やかかな柄糸を持った刀である。虚空に弾かれたそれは、糸を持って引き寄せられたように青年の手に戻り、染み付いた動作と斬撃によって横薙ぎに振られた太刀肢を捌いて、火花を散らした。
 投げる、掴む、斬る、弾く、曲芸じみた戦い方。
 一人と一体の刹劇は汐音が介入出来る次元を凌駕している。

 ――忌まわしい輝きよ。

 虚空に言葉が投射される。
 甲殻蜘蛛が蠢いた。苛立ちに肌を掻き毟る童のような苛立ちと共に、本体の甲冑が揺らいだ。雨に濡れた後の、霞のような揺らめき。
 それこそが奴の本体であるといっても過言ではない。
 本来、甲殻蜘蛛は実体ではない。半ば幽体、半ば物質なのだ。
 浄化系の祝福を帯びた神聖武具か、存在を断ち切る不浄魔装か、【存在鋳型/ソウル】ごと粉砕する高位魔技でもなければ効果は薄い。
 故にこそ、今までこの存在が討伐されることなく、人々を、他の魔縁を噛み砕き続けたのだ。
 だが、青年の刀は違う。明らかな“霊刀”である。
 それも悪霊、怨嗟、神格、魔縁、それらを斬り殺すためだけに鋳造されたとしか思えぬほどの呪装だった。
 魔縁は打ち震える。まともにやりあえば、如何なるスペックを秘めていようとも、こちらが勝つ自負はある。
 されど続ければ痛みを負う。己の体の欠損を招く事態になりかねることは、面倒だと幾度の生命を喰らいて付けた知恵で判断した。
 それ故に、魔縁は掻き毟るような音を響かせて、その七つと八つ目の白手を動かした。

「っ!」

 ぬらぬらと妖気に濡れた糸が蠢き、乾いた腐肉のへばりついた骨手が動く。
 甲冑の内部より噴き出された共生蛆虫が甲殻蜘蛛の命に従い、その肉と皮膚の代わりになる。
 その体勢が変わる。
 鎧甲冑が斜めに向いて、背に背負うていた野太刀の鞘と刀柄が下を向いた。
 それを掴んで、緑色の蛆の体液を撒き散らしながら抜刀。
 その身の丈ほどにもある巨剣が、大気を引き裂きながら現れた。

「……出た、か」

 魔なる闇の中に煌めき一刃。
 生前の甲冑の持ち主の体躯を示すような圧倒的な刀身。
 穢れを受け入れ、幾度に腐汁を浴びながらも、錆びた刃の中に凶器としての威厳と破刃を撒き散らす。
 その野太刀の名を彼は知っていた。

「鬼斬り・鋼丸」

 その言葉と同時に、気配が一変した。
 汐音は見た。目を見開き、口元を吊り上げる彼の表情を。
 狂喜だった。
 愉しげに、喜びに打ち震える童の如き恐ろしい顔。

「ひっ」

 ガタガタと彼女は震える身体を押さえ切れない。
 青年の本性が現れたのだから。
 そうだ、そうだとも。
 彼の目的は魔縁退治ではなかった。
 彼の役目は少女の救出ではなかった。
 ただの副産物でしかない。無視出来るほどの目的でしかない。
 ただ必要であり、彼の魂を焦がすほどの欲求は――“奪取”である。

「頂くぞ、それを!」

 鬼斬り・鋼丸。
 それを手に入れることが、この魔縁を殺す理由である。
 青年は物欲のみで殺害を肯定する強盗同然だった。

 ――我は奪われぬ、奪うのは我のみ!

 蛆手が軋み、緑の腐れた体液と共に野太刀が振り上げられた。
 太刀肢が床に這い蹲り、ギチギチと軋みを上げながら加速した。四本の太刀肢が地に食い込み、大柄な上半身が大仰なる野太刀を構える。
 ヒューマンには不可能な圧倒的なまでに安定した斬撃であり、高レベル所持者のみが使用可能な空間すら叩き潰す斬撃を繰り出す。
 青年が目を見張るほどに。

 ≪極芯一刀/キョクシンイットウ≫

 ただの一振りにして、それは音速を超えていた。
 衝撃波が遅れて轟き、圧倒的な斬撃が屋敷を“両断”した。

「きゃぁああ!?」

 少女の悲鳴。
 それから一瞬早く、雨の夜に飛び出す塊があった。
 汐音を抱き抱えて逃げた青年である。

「ぅつ!!?」

 泥飛沫を上げながら、ずざざざと甲高い音を立てて地面に停止する。
 少女の柔肌を掴んで固定し、羞恥と伝わる体温に紅く頬を染めるその存在は青年の目には入らない。
 濡れた足元、降り注ぐ小雨、背に背負う四つの鞘は右手の一刀を残して全て空。
 たった一撃で、状況を覆されていた。
 屋敷が瓦解する。

「や、屋敷が……」

 木屑が飛び散り、大黒柱まで引き裂かれたそれは傷みの果ての崩壊。
 少女と青年の二人が飛び出した後すらも、ミシミシと壊れて行く光景の前には目立つことなく。

「――己に掴まれ」

「え?」

「置いて逃げる暇がない、来るぞ!」

 それは悲鳴にも似た咆哮だった。
 斬響音が響き渡り、剣風が吹き荒れた。
 屋敷内部から轟き、真正面から不可視の――されど、小雨と泥飛沫を引き裂く刃。
 それに、少女を抱えた青年が翻転する。
 ≪空刃/ヒートウェイブ≫
 大気を両断するスキル。剣士系レベル100以上で修得可能な斬撃。
 それを汐音を庇って抱きしめる青年の身体を引き裂いた。

「がっ!」

 血が噴き出す。
 腹に巻いた銀鎖が火花を散らし、肩から血飛沫、全身が膾切りにされたかのごとく紅く染まった。
 その血を浴びて、己が痛みを帯びたように汐音の瞳が痛みに濡れていた。

「やめて! 離して下さい!!」

 優しい少女だった。青年の怪我を、己を庇ったためだとすぐさまに察知し、見捨てるように懇願する。
 他者の痛みよりも、己の責め苦を選ぶ博愛主義者。自己犠牲、そのためだけに汐音は生贄にされたといってもいい。
 拒否する術を知らぬが故に、痛みを選ぶ。そんな少女に。

「断る」

 どこか疲れたような目を浮かべた青年は壮絶な顔色と共に告げた。
 汐音のふくよかな柔肌を掴み、その指先で流れる血流を感じ、生きていることを実感しながら。

「己は後悔するのが嫌いでな」

 冷酷とさえ思える声音。
 凍れる雪の景色。美しい白の中に、全てを止めるほどの冷気がある。
 それは殺意にも似た怒りと絶望が篭められていた。

「黙って抱いていろ。お前は死なせん、己は生きるだけだ」

 柔らかな汐音の緑の髪に指を通し、その白く綺麗な頬に血塗られた指で僅かな紋様を書いた。
 魔除けの文字。
 目を悲痛に歪める彼女に微笑みながら、強引にその細腰に片手を廻し――空いた右手を前に振り向いた。
 異形が飛び出していた。
 木屑を蹴散らしながら、雨の中に飛び出す八肢の魔縁。

 ――啜れよ、我の糧となれ!

「ほざけ、寄生蟲如きが」

 鬼斬り・鋼丸が振り上げられる。
 青年は吼えた。
 右手に持つ最後の一刀――白く鮮やかな柄糸を持つ白を≪飛翔投射≫を用いて投げ放ち、その剣先が迎撃に迸った銀光に弾かれると同時に走った。
 少女を抱えて、無手となった右手を振り上げる。
 人差し指と中指を伸ばした剣指となって、濡れた大気を掻き乱した。

「祈れ、祈れ、祈れ!」

 青年の手が振り抜かれる。複雑な印を、数瞬の間に描き記すと、鬼火にも似た光が剣指の先に宿る。
 雨の中に迫る甲冑蜘蛛に、悶え狂う復讐者の青年は声を響かせた。

「我が剣は無双なり!」

 力強い言葉。
 それと共に青年の腰に佩いた太刀が鯉口を切った。手には触れず、ただそれ自体が意思を持つかのごとくである。
 野太刀持つ怪異が、爆音轟かせて迫る。
 圧倒的な速度と突進力に、青年に抱きつく汐音の鼓動が痛いほどに伝わってくる。

「参る!」

 腰の太刀に手が掛かった。
 ずるり、と鞘走りの音を立てて、下向きの刀身が露になる。
 右から踏み込んだ足に重心を乗せて、少女を傷つけぬように抜かれた太刀は――闇よりも深い漆黒だった。

「偽装、開封」

 瞬間、青年の偽装が解けた。
 鞘が、その身を護る闇が解けて、刃を露にする、曝け出す。


『ネーム:???
 スタイル:刀剣鍛冶師/ブレイドマイスタ
 レベルスペック 189/356』


 圧倒的に惰弱。
 そのスペックに甲冑蜘蛛は嗤えたのか。
 鬼斬り・鋼丸の汚れた斬撃が真っ向から吹き付ける。
 それに、青年は立ち向かった。

「――無双幻想」

 青年が告げる、一節。

(え?)

 それに抱きつく汐音が身を震わせた。
 疑念にである。
 彼の言葉、それはありえないものだったから。

「刻滑り」

≪無双幻想・刻滑り/ムソウゲンソウ・トキスベリ≫

 閃く銀光。
 迎え撃つ漆黒。
 閃いた金属音は“十数度”だった。

 ――なっ!?

 野太刀が叩き落されて、地面にめり込んだ。
 横薙ぎに、袈裟切りに、逆袈裟に、切り上げられ、刺突され、衝撃と共に軌道をずらされた。
 ただの一撃で、斬撃工程を飛ばしたかのように繰り出される連撃剣技。
 “レベル八百を超える【至高刀師/ブレイドマスター】以外には、修得不可能な絶対刀術”
 それをレベル二百にも満たぬ刀鍛冶師が繰り出す有り得ない現象。

「無明・開眼」

 彼が加速する。
 神速の踏み込みと共に、一度抜いた太刀が激しい音と共に鞘に納刀され――鍔鳴り。
 世界が震えた。
 納刀/抜刀。
 次の刹那に、汐音は、魔縁は目に焼き付けた。
 黒く墨色に濡れた斬駆と共に、一刀両断された空間があるのだと。
 刀師のみが使えるはずの刀剣解放。
 その秘められた性質を開封する、刀剣幻想技。

 ――き、貴様はぁ!?

 疑念。
 それだけが朽ち果てる魔縁の未練だった。
 股下から、頭蓋の頂点まで切断された異形が左右に分かれ、炭化する蛆虫の屍と共に崩壊する。
 囚われていた死霊が、怨嗟が、燃えるように霧散する。
 残されたのは――ただの鋼の太刀のみ。

「鬼斬り・鋼丸――確かに貰い受けた」

 血払いの一振り。
 少女を抱き抱えたまま、白衣の彼は片手で鞘に納刀した。

「あ、貴方は……誰ですか?」

 鼻と目が触れ合いそうな距離で、汐音は柔らかな息吹と共に訊ねた。
 思えば、彼の名前すらも知らないのだ。
 微弱診断スキルしかもたない彼女の目に映るのはスタイルとレベルのみ。

「己か?」

 汗に濡れた肌。
 血に汚れた指。
 湿った互いの肌を触れ合わせながら、青年は告げた。


「己は京楽(きょうらく)。ただの刀鍛冶だ」


 淡々と、雨の止み始めた夜明けの空に。
 青年の言葉は、彼女の耳に焼きついた。








**********************
長らくお待たせしました。
次回はガチエロ予定です。

巫女さんおっぱい!


鎧武者の大きさを軽やかに間違えてましたw
210メインとか、怪獣クラスじゃねえか!
2.1メインです(二メートルちょっと程度ですね)



[10573] 森羅奉女/Act3
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/16 01:04

 夜は絶対に明ける。
 沈まない太陽が無いように。
 それは絶対に終わるのだ。
 悪夢は終わる。
 幸福も終わる。
 ただ長いか、短いか、それのみ。
 永遠なんてどこにもないのだと、彼は知っていた。

「夜、か」

 一夜明けた。
 魔縁を滅ぼし、裸体の露な少女を抱き抱えて集落に戻ってきたのが明け方である。
 目的を遂げて、次の獲物を探すべく旅立とうとした京楽であったが、集落の長たちの懇願によって一夜の宿を借り受けていた。
 手厚い手当て。
 豊富な食料。
 喜び踊る村人たちの気配が、未だに外から伝わってくる。
 泥水と血飛沫に汚れた身体を、濡れた手ぬぐいで拭き取り、四肢に血止め布を巻きつけた彼は与えられた屋敷の一室で刀を見ていた。
 手に持つ刀。冷たい鋼の煌めきと、静けさを引き裂く鈍い色がある。
 四本の打ち刀、一本の太刀、そして一振りの野太刀。
 それぞれの手入れを済ませて、新しい油を塗ったその刀身を眺める。
 朱、青、玄、白の四刀には問題は無い。
 無明の刀身は常に黒く塗り潰されていて、墨色の妖気を放っていた。
 五本の刀剣は京楽自身が打った剣である。
 刀鍛冶として、ある目的のために作り上げた五本の霊剣。
 だが、ひたすらに目的のために作り上げたそれはただの一本しか彼には使いこなせなかった。
 今の己が解放できるのは無明の一振りのみ。
 残りの四剣を彼は使いこなすことが出来ない。ただの刀剣にしかなりえない。
 いつかこれを使えるものがいるのだろうかと、疑念すら抱く。暗雲にも似た不安、焦燥に揺れる漆黒の瞳が陽炎のように揺らいだ。

「……まあいい」

 自作の刀剣五本を鞘に納めて、彼は新しく手に入れた鬼斬り・鋼丸を見た。
 長年あの魔縁の体液と瘴気を浴びたのだろう。
 おぞましいほどの妖気と錆を纏っていたが、その名を知られた銘刀の一振りである。
 その鋼はまだ死んでいない。冷たい鋼の中に脈打つような凄みがある。
 焼き直しさえすれば蘇るだろう。
 だが、それはしない。欲しいのはただ一つ“その刃金のみ”。
 分けてもらった木から簡易的に削り上げた鞘に野太刀の刀身を納めると、知り合いの【言語呪繰師/ワード・クリエイター】から手に入れた符を鍔元に貼り付けて、封をする。
 斑糸紐と塩で揉んだ女髪を編みこんだ紐で入念に抜けないように巻きつけ、かちゃりと金属音を響かせながら床に置かれる。
 ゆらゆらと魚油を混ぜ込んだ蝋燭の光と震えが生み出す陽炎の光景に、汗に濡れた京楽の顔が映る。

「――っ、はぁ」

 汗を噴き出していた。その細く、鍛えこまれた体から血のように汗が流れ出る。
 尋常ならざる汗の量に、目元に色濃い隈が浮かび上がっていた。
 疲労、それも旅の疲れでは説明できないほどの消耗だった。
 借り受けた黒の作務衣の裾から見える血止めの布は汗に湿り、顎下からは止まることの無い雫が滴り落ちていた。指先の爪までもが汗の雫を浮かべ、床の畳をしっとりと濡らす。
 痛みに揺れる青年の顔があった。
 吐き気にも似た激痛、誰が信じるか。今の今まで平然としていた青年の顔の底には、押し込めていた苦痛があったのだと。
 四肢を断裂せんばかりの激痛に筋肉が熱を発し、ぽたぽたと顎先から垂れる球のような汗がその苦痛の程度を明瞭に伝えていた。
 僅かに震える手で、大地色の髪を靡かせて、京楽が一つの煙草を取り出した。
 シグソートスの草を使った薬草煙草、沈痛効果がある薬の一つ。
 火皿の上に置かれた行灯の火で口に咥えたそれを焦がし、安っぽい紙で包んだだけの薬草煙草の先端から紫煙が浮かび上がった。
 吸い込みながら取り入れた火の熱にて、爽やかなハッカにも似た香りが立ち込める。
 犬歯で咥えるように、京楽はしばし膝を崩して、軽く開いた障子の外から月夜を見ていた。
 夕暮れの過ぎた夜空は暗く、どこまでも黒く染まっていく。
 墨を流したように夜空が染まりきり、空に浮かぶ星々が朧な輝きを見せ、月光が夜更けに近づくにつれて紅く染まっていくのは緋陽色重域を覆う【染界】の所為である。
 緋陽色重域と呼ばれる領域は外界とは違う理で成り立っていた。
 領域中に埋没する高濃度の汚染鉱石――【緋石】と呼ばれるそれが高い魔力を貯蔵、限界量以上を放出する性質があるのだ。
 古より繰り返される日光の輝き、焼け付くような光の貯蔵。
 古より繰り返される月光の輝き、妖艶なる魔の魅了。
 それらが限界以上に溜め込まれては日夜放出され、ありとあらゆる存在が魔力に汚染された。
 外界における大陸以上に、歪な生命体が発生する特異領域。
 高濃度の魔力により肉体から開放されたソウルが魔を帯びて死霊となり、年月を隔てた器物が命を持ちて付喪神となり、魔に汚染された食物を喰らい修練の果てに鬼となる天狗が現れ、日夜発生する魔縁・妖魔・鬼・怨霊などを殺す為に殲魔技術が発展し続けた世界。共存と殺戮が矛盾しながら存在する領域。
 人に会っては人を斬り、鬼に会っては鬼を斬り、神に会っては神を斬る。地獄のような道理が罷り通る。
 互いの我欲と信念のために、魔を超えた殲極大名という名の華族たちが覇権を争う時代であった。
 外の広い世界も知らずに、狭い世界の中で奪い合う。
 現し世に繰り広げられる修羅悪界。混沌の時代であった。
 そのような時世に、京楽は流れるままに生きていた。
 明日も知れないのが当たり前の人生であるが故に。

「……まずい」

 痺れるような紫煙を肺の中に溜め込んで、ゆるゆると吐き出す。
 しばし、吸い込み、痛みが少し和らいだ所で尖端を手の甲に押し付けて、掻き消した。
 大して熱くもない。焼け爛れた鉄の飛沫に比べれば、生温い熱だった。
 軽く欠伸をして、瞼の上を揉み解しながら京楽はゆっくりと畳の上に寝転がった。だらりと脱力し、襲い来る睡魔に身を委ねようとして――

 五分と経たずに緊張した手指が握られた。

「誰だ?」

 抜き打ちのように鋭い声だった。
 板張りの廊下を軋ませる足音、卓越した感覚器官が伝える接近の気配。
 緊張した顔立ちの彼は上半身を持ち上げると、すっと手を伸ばした無明の刀柄に指を這わせた。如何なる苦痛にあろうとも戦うことを放棄しない意思の表れ。
 廊下の向こうの気配が、冷たい声音に一瞬脚を止めるも。

「今、大丈夫でしょうか?」

 聞き覚えのある声が仕切りの向こうから伝わってくる。
 京楽の漆黒の目が僅かに刺々しく曲がり、無明の鞘を床に置きながら頷いた。
 気だるげに口を開く。

「入れ」

「失礼します」

 すっと小さな音を立てて、仕切りが開かれる。
 その向こうに佇むのは髪の色と同じく浅葱色の襦袢を纏った一人の少女。
 華奢な体躯に青ざめた気配を纏い、雨に濡れた冷たさすら伝わってくるような悲惨な表情だった。
 匂い立つ様な色香を漂わせた肢体、それ故の違和感。

「何の用だ?」

 京楽の顔は淡々とし冷めていた。
 噴き出す汗だけはそのままに、顔と態度の身は平然そのもの。
 そんな京楽に、汐音は後ろ手に襖を閉めると、ゆっくりと彼の前に膝を着いて、頭を下げた。

「夜伽に参りました」

 静かに、震える声で、そんな言語が室内に響いた。








 彼女の言葉に眉を顰めた以外、京楽は大した反応を見せなかった。
 羞恥と恐怖に全身を染め上げた緑髪の少女に、冷めた目つきを向けて。

「口止めか」

 淡々と告げた言葉に、汐音の身体が風に煽られたように震えた。
 窓の隙間から吹き込むのは生温い夜更けの風である。その震えの原因が恐れからの沈痛だということが容易に想像出来た。
 痛みに汚れるものを見るのは心地がよく、同時に不快でもある。
 憎々しいものが激痛に泣き叫べば嗜虐心が喜びの歌を奏で、愛しきものが傷つけば心中を傷つける苦痛の呪詛となる。
 淡く儚い現実に、心折られて自暴になる者は多い。
 貫けるのは強いものだけだ。
 そして、少女は強くないと思えた。湿った手指を携えた男は髪を掻き上げ、頭を伏せる清廉なる少女に囁いた。

「どうせ、村の上共に言われたのだろう? 魔縁に屈し、命を散らし続けた恥ずべき村の噂を流さぬように頼めと」

 事実としてそのような流言が流されれば、誰も寄り付かなくなるだろう。
 確かに魔縁は討ち倒された。
 だがしかし、そのような行為をしていたことは明確に残り、ある意味村の命脈を絶つことになるだろう。
 浅ましい行為は致したかないとしても、世間の非難を浴びる。己が追い詰められぬ限り、悪を赦さぬのが心理であった。

「っ」

 汐音の唇が硬く、罅割れたような歪な閉じ方をした。
 歯を食い縛る顔、真実を見抜かれて、それでもなお恥ずべき行為をしなければならない事実に絶望する。
 華奢な体躯が弱々しく震えて、必死にきつく絞ったはずの目尻から一つの雫が零れ出た。
 涙であった。
 赤く染まった目元から透明な雫が零れ落ちて、硬い彼女の決意に亀裂を生じさせていた。忍従の念が揺らぎ、今再びの責め苦に耐えかね、許されるのならば嗚咽を吐き出したいほどだった。

「……」

 男はため息を吐き出す。
 汗に濡れた手を動かし、揃えていた鞘を端に除けると、すくりと立ち上がった。
 その気配に少女が感電したように震える、失望されたのか。当たり前である、命がけの救出を肉欲で宛がい、闇に封じようとしているのだから。
 例え一つとして少女に罪がないとしても、それは罪悪である。
 清廉なる生き方を望むものであれば、唾棄すべき行為であった。
 汚物を擦り付けるが如きやり口。
 それに選ばれたのが汐音だったのはある種の必然だったのかもしれない。
 既に捧げられ、帰ってくるはずの無い少女だった。
 誰もが惜しみながらも、受け入れていたものだったのだ。
 表面上は喜びながらも、戸惑い、ある種の非難があった。
 何故彼女だけ戻ってきたのか。他の三人は全て死んだというのに。
 理不尽である。理性では何一つ悪くないと理解しつつも、感情がそれを許さない。今まで優しく接していた村人は誰もが余所余所しい。
 心引き裂かれるような扱いであった。
 これで手足でも裂かれるか、陵辱の果てに傷負えば同情という意味で優しさを受けられたのかもしれない。
 だが、幸運/不運にもそれはない。
 同情すべき要素がないのだ。
 悲劇無き故の悲劇である。
 ここで放置され、怒りのままに京楽が出て行っても汐音は何一つ責められない。ただ、彼女だけが悪いとされるだろう。
 熱く吐き出された彼女の吐息は、苦痛に満ちた絶望の色に染まっていた。
 だから。

「其処を退け」

 京楽の声が背後から響いても、彼女は反応に遅れた。
 目を向ければ、襖の奥から一枚の敷布団を男は抱えていた。
 汐音が目を見開く中で、彼は汗を噴き出しつつも乱雑に畳みの上に布団を敷く。
 投げ出すような適当さだったが、その乱暴さがどこか気軽さを演出し、少女の心を解した。

「これ……は?」

 汐音の疑問。まさか、という予感を抱きつつも、違うかもしれないという不安がある。
 京楽の返答。冷めた顔つきで、震えること無き冷徹な男は答える。

「流言流しに興味は無い」

 話さぬという意味だった。
 しかし、その声音には確かな意思があった。見くびるな、という意思がぞくりと少女の背筋を刺す。
 氷柱が通されたような冷たさ、じっとりと冷や汗と緊張に濡れた眼が京楽を見つめた。縋るような目つきだった。

「だが、傷負わねば納得出来ないのだろう。抱いてやる」

 淡々と刃物のように鋭い言葉が少女の頬を叩き、目の覚めたような彼女がゆっくりとその身体を京楽に預けた。
 陽炎の明るさの中に、影が重なっていた。










 ゆらゆらと蝋燭の陽炎に淀む室内に、衣擦れの音が響いていた。
 紅潮した頬と、豊かな肢体を兼ね備えた少女が震える吐息を洩らし、期待と不安を織り交ぜた瞳を濡らしていた。
 声は無い。
 京楽の瞳は鉄のように冷めて、その顔貌は鋼の様に鉄面皮だった。
 仰向けに横たえた汐音の襦袢をゆっくりと開けば、現れるのは白磁のような肌だった。

「っ」

 羞恥に汐音の表情が揺れ動いた。
 零れ落ちるように曝け出されたのは豊かな双丘とそそり立つ桜色の乳首。情欲を掻き立てる淫らな肢体だった。
 恥ずかしさに白い素肌が色付き、もがれた花弁のように割れた襦袢が噴き出す甘い汗に湿っていく。

「未通女か?」

 節々まで硬くなった指先が柔肌に触れるたびに、痺れるように震える汐音の態度にそう当たりをつける。
 唇を噛み締めて、彼女の苦痛に耐えるような仕草に嗜虐欲が刺激されるが、京楽の目つきは冷やかだった。

「酷なことをする」

 憐れみの言葉だった。
 過酷な運命、それを相手取ることが出来たのがせめてもの幸いだろうか。
 汗に濡れた指先が、柔らかかな少女の肌にめり込み、色鮮やかな色に染め上げていく。
 行灯の柔らかな光に当てられた汐音の肌は息を飲むほどに美しく、凄艶なる色香を発していた。
 汗すらも匂い立つように、汚されることを知らなかった女体の味わいを京楽は静かな目つきで観察し、触れていく。

「あっ」

 指先が静かに汐音の柔らかな胸を摘まんだ。
 たっぷりとした肉付きのいい柔らかさに、押し込めば確かな弾力が返ってくる。
 甘く切ない声が空気を震わせた。冷たい指先が男を知らぬ肌に触れて、その身体を弄ぶ。水に濡れるのとも、風に撫でられるとも違う、未知の感覚。
 儚げな口元が喘ぐように開いて、汗まで練りこめるような京楽に聞かせる様に、衣擦れの音が響いた。

「やっ……いや」

 噛み殺せない拒絶の声が洩れ、目尻が潤む。
 不快感が先行し、快楽に変わらない。
 初心な反応、それを染め上げる喜びが男の胸を突いた。

「死にはしない」

 血止めの布に覆われた左手を、乳房から離し、その肌をなぞる様に脇から腰に、腰から臀部へと這わせていく。
 紫電がほとばしったように汐音が反応し、仰け反るもその手を離さずに、丸みを帯びたその尻を掴んで、小指から亀裂にめり込ませていく。
 くちゃくちゃと禊を終えて、清潔なる菊門付近を異性の指が触れていった。

「や、おしりは……!」

 恐怖を覚えて叫ぼうとした少女の口が塞がれる。
 素早く覆い被さった男の口が、見開いた汐音の驚きすらも飲み干すように吸い付いた。甘く、柔らかな下唇を唇で咥え、吸い込む。
 唾液の音と、軋むように揺れる女体の衣擦れが響いた。
 吸い込まれるように白い肉の塊の溝に入り込んだ指先は舐めるようにその柔肉を綻ばせ、ゆっくりと少女の陰唇に触れていく。
 産毛にも似た薄い恥毛の生えた秘所が、薄暗闇の陰影に染まり、涙のように雫を垂らしていく。

「んっ!」

 変化を起こす自身の身体に、少女は戸惑いの声を洩らし、草原を思わせる緑眼の瞼が痙攣じみた震えを起こす。
 けれど、洩れ出るのは湿った音ばかり。
 蜜を掻き混ぜる巧みな指先に少女の身体が艶やかに翻弄され、強引に重ねられ続ける互いの唇からは啜られるような唾液の音が響いた
 少女の小さな唇が、色鮮やかな口内が、滑り込んでくる男の舌に舐られて絡められていく。
 鼻でしか呼吸の許されない貪るような口吸いである。
 痺れるような他者の唾液はどこか苦くて、歯の裏側まで舐められる刺激に汐音の四肢は痙攣を起こしたように震え、掴んでいた布団の端切れがぐっしょりと汗に濡れていく。
 それでいて絶えず止むことの無い乳房への愛撫に、身体の芯まで熱くなっていく。
 形良く丸みを帯びた乳房が上下に揺れて、揉み解す男の手つきと共に卑猥に形を変えるのだ。
 たぷんと重みを帯びた動きに、甘く懇願するような喘ぎ声が漏れ出す。丹念に食い込むささくれた京楽の親指にほじくり返されるように、桜色の突起が湿り気を帯びて突き出し、摘まれ、親指の腹に潰される度に小さな声が発せられた。
 必死に噛み殺す少女の健気な風声は彼の耳にしか届かない。
 森羅万象にその身を捧げ、自然に平穏を懇願する巫女たる少女は今ただの女でしかなかった。

「感じるか?」

 囁くような声。
 汐音の乳房を無造作に掴み、それとは逆の蜜壺を掻き混ぜる彼の指はたっぷりとした蜜にぬめっていた。
 くすぐったいほどに薄い産毛の淫裂は、熟れた桃の身のように瑞々しく、染み一つない鮮やかさ。幾度の男が目にすれば、たちまち怒張を膨らませて、蹂躙したくなるような美観。
 それに触れる指は一本から、二本へと数を変えてくちゅくちゅと淫猥なる音を響かせ、その唇を開いていた。吸い付くような狭さに、未通女故の固さを解すための前戯。

「ん、んん!」

 汗と愛液に汚れていく指が秘裂の中を掻き毟るたびに、汐音は甘い悲鳴を洩らし、押さえつけられているにも関わらず動いた。
 無意識裡に痛みと恐怖から逃れたい本能であり、布団の上を泳ぐように肢体が背筋を仰け反らせては、大きく捲れ上がった襦袢の端から殻を剥く様に汐音の裸体が抜け出す。
 てらてらと赤く光源を与えてくれる行灯の光が艶やかに陰影を生み出していた。
 外にて吹く風は僅かに窓を揺らし、少女が洩れ流す浅ましい声を嘲笑うかのよう。
 しっとりと汗と涙に濡れた少女の裸体はまるで幽鬼の様に現実感が無い。
 混じり合いを始めてまだそれほどの時が流れてはいないというのに、その肢体から溢れる体臭は一変していた。
 色付いたように濃厚な雌の香り。男を蠱惑し、惑わすような麝香の香り。
 幾度の口吸いに唾液塗れの唇は淫らに糸を引いて、汐音はパクパクと酸素を求めるように喘いだ。その行為すらも欲情を掻き立てるのだ。
 京楽の顔貌が僅かに熱を帯び、苦痛に呻き続ける指を少しだけ止めた。

「蕩けたか」

「……あ」

 指が抜けた。
 同時に汐音の下半身から糸引く蜜が零れ出し、その衝撃に彼女は惜しむような安堵のような表情を浮かべる。
 だが、それは京楽がその衣を剥ぐまでだった。
 男が脱いだのは鴉色の作務衣である。
 ずり下すように脱いだ京楽の上半身は細身でありながらも、頑強な玉鋼のように凄まじい威圧感を放つものだった。
 そして、汗と血止め布に覆われた両腕、肩部、胸に至るまでもが“傷”に覆われている。

「……戦傷?」

 汐音は震える声で告げた。
 戦場に出て帰ってきた村人たちの裸身と同じ傷跡、しかも比べ物にならないほどの傷の量だった。
 とりわけ酷いのは右腕の二の腕から、肩にまで走り抜けた“牙の痕”である。
 大型の妖魔にでも噛み付かれたのか、手足が残っているのが不思議なほどの醜い傷口。
 ぬっと突き出るように京楽は身体を乗り出し、その影の下に汐音を被せた。

「……気にするな。痛みはしない」

 京楽が告げた言葉はどこか重々しかった。
 体の下に敷いた少女に心配される、その矛盾がどこかおかしかった。
 だが、忘れよう。
 両手に広げた肉体と、床に敷いた布団の間に裸体の女性がいる。
 それだけで疑問を潰すには十分な理由だった。
 蝋燭の灯が揺れ動き、少女と青年を照らし出す。象牙のようなきめ細かい柔肌になぞる様に触れながら、京楽は曝け出していた作務衣の下部までをも脱ぎ捨てた。
 其処にあったのは逞しい怒張だった。

「ひっ……」

 男を知らぬ汐音すらも息を飲み、目を逸らしたくなるような男根。
 女を犯すための器官、孕ませるための臓器にして、喰らうための道具。

「息を吐け、堪えればきついのはお前だからな」

 汐音の顎から首をなぞり、囁くように告げる。鼓膜をくすぐる様な小さな声に、少女は導かれるように息を洩らしていた。
 彼女の下唇は甘い果汁を溢れ出させて、トロトロに蕩けていた。幾度の快感に痺れ、脱力したその脚を退ければ阻むものは無く。
 大きく張り出した先端が、ぬちゃりとその下半身に触れた。

「あっ」

 彼女は本能で理解する。
 彼女はこれから犯されるのだと、汗まみれの体躯が心臓の鼓動に大きく奮わせて、祈るように息を吐き出す。
 半分の不安に目が淀み、残り半分の未知への期待にも似た好奇に儚げな目が開かれた。
 鮮やかな木魂族の血が成せる緑髪と緑眼の顔を眺めながら、京楽は何ら躊躇うことなく――それを突き刺した。
 湿った音と共に肉を打ち、犯す音が響く。

「   !」

 反応は激烈だった。
 汐音は声にならない悲鳴を上げようとした。だが、それも一瞬早く口に食い込んだ蜜塗れの京楽の指が阻害する。
 愛液と汗に塗れた指が、彼女の口内を刺し止めるように入っていた。
 噛み砕かんばかりに指が噛まれ、声にならない呻き声が静寂を掻き乱した。

「~~~!」

 処女散らす破瓜の鮮血が結合部から溢れ出し、全身を駆け巡る激痛と未知の性感に少女の肢体が仰け反った。大振りの胸が弾むように揺れて、その乳房が図らずも前面の京楽の胸板に押し付けられた。
 吸い付くように、或いはのめり込むように汐音の喘ぐ唇が救いを求めるように男の唇に重なり、吸い付いた。
 身体が引き裂かれんばかりの激痛を、口吸いの痺れが蕩かす。硬く盛り上がる胸板に、そり立つ柔らかな乳首が押し付けられて、快感を求めるように擦れた。

「あ、はぁ! ぅぅ!!」

 汐音の体躯が波打つようにのたうち、紅く濡れた股間が肉棒に貫かれたままに呻いた。
 ぼろぼろと閉じた緑眼の切れ目から滝のように大粒の涙は零れ出る。
 陽炎に煌めきを吸い込んだ雫は目尻から頬を伝わり、布団へと滴り落ちた。
 男の唇から離した唇を噛み締めて、少女は痛みに呻いた。贖罪のような我慢、悲痛の色が頬から全身へと染み渡り、その怒張を咥える膣口までもが緊張と力みに凝り固まる。
 痛みと恥辱のみが彼女の救いなのだろうか。
 緊張に強張り、締め付ける怒張の感触に背筋を舐め上げるような性感はあった。
 けれども、京楽の目には愉悦の色は無く、冷めた目つきしか浮かばない。
 痛みに軋み、麝香の香り立ち込める室内にあろうとも、その喘ぐのではなく泣き叫ぶような悲嘆が木霊していた。

「……っ」

 風が吹き付けた。
 みしりと窓が震えて、紅く色塗られた月光の立ち込める狂気の中で、重ねる影が少しだけ厚みを増した。
 体の下、無音で泣き叫ぶ悲痛なる少女に、とても冷たい指先でその顎を撫で上げて。

 ――すまん、と幻聴にも似た風の音が聞こえたような気がした。

「え」

 鼓膜に届いた小さな声に、汐音は目を見開こうとして。
 涙に不透を帯びた視界が、幾度の瞬きで鮮明さを取り戻そうとする。
 それよりも早く、ぬちゃりと湿った音が響いた。

「  !」

 擦れるような痛みに、緑髪の少女が呻く。
 ゆるゆると京楽の身体が動き始めていた。逞しい錬鉄の如き肉体が、男を知らなかった無垢の聖域を染め上げていく。
 引き潮と満ち潮の流れのように男の身体が怒張を押し込み、狭い淫肉を押し広げていく音が己の内部より染みるように伝わるのが分かった。
 破瓜のぬめりと留まることを知らない蜜の涎が摩擦を殺し、いやらしい淫音を奏でていた。

「い、いぁ……っう!!」

 痛い。
 いや。
 その二つの言葉を必死に噛み殺し、その細い指先に握られた敷き布団の裾が捻られるように握られた。
 初めての性交はほぼ痛みしか生まない。
 それも汐音自身は知らなかったのだが、平均的な中年男よりも遥かに逞しく、幾多の商売女をよがり狂わせた京楽の逸物であればなおさらに。
 激しい挿入の衝撃が肉奥を打つたびに、その額から油じみた汗を噴き出す哀れなる女の髪が揺れた。
 肩下まで無造作に流れた萌黄色の髪先は汗の艶を帯びて、陽炎の幽玄の中に振り乱れる。激しい風に弄ばれる草原のように激しく、変幻する。
 ぬめり込む怒張の侵入ごとに、少女の細腰は僅かなまろみを生じた。淫らな曲線を描く鎖骨から、くびれの効いた腰つき、まろやかな尻の肉までもがブルリと震える。

「ぅつ!」

 男が始めて熱い吐息を洩らした。
 顔を押し付けた汐音の首筋の柔肌をたまらず吐き出した舌先で舐め上げて、その僅かに塩気を帯びた体液を啜る。
 それにたまらず全身を震わせて、羞恥と痛みに染まっていた肌がさらに赤く桜色に色付き、その下腹部からの湿り気が増した。

「あ!」

 明らかな反応の違い。
 男は心もち目を細めると、抑えの効かなくなるほどに膨張し始めた男根を押し込み、汐音の柔肌を唇で吸った。
 いや、と明らかに甘くなった拒絶の言葉で頬を震わせて、裾を握り締める指先がさらに湿り気を増す。秘裂を掻き分ける怒張が溢れ出す蜜に濡れて、熱を増した。
 首筋から鎖骨へと彼の唇は這い寄るように触れて、白く色抜けた肌に口吸いの花びらを施していった。
 吸われる感触、唇から注ぎ込まれるような吐息の熱さに、その筋肉の一筋までもが蕩けるように熱い。
 僅かな刺激にさえも過敏に色めき躍る神経の昂りに、絶え間なく挿入を繰り返す膣洞の苦痛すらも性感に錯覚されていく。
 苦悶の吐息の中に混じり合う酔いしれるような淫靡の音。
 それが切ない喘ぎ声になったのは、彼が鎖骨から丸みを帯びた豊かな胸に吸い付いた時。
 柔らかな曲線を描く乳房。その横乳に唾液に濡れた唇を添え、熱帯びた舌を這わせると、小刻みに少女の肌が震える。
 熱く、少女の心が熱を宿してうずいた。小動物のような愛らしい怯え方、感じる恍惚の喜びに乱れ狂う雌花。
 みっちりと肉の詰まった乳肉を甘噛みし、味わうようにその先端からそそり立つ乳首を噛んだ。

「いっ、あぁぁ!」

 汐音の頭が激しく揺さぶられ、その細い体躯が仰け反った。
 喉を震わせる喘ぎ声。
 風の唸りの中に塗り潰される程度の響きだったけれども、彼女は恍惚の声を喉から溢れ出させ、その瞳の目尻から涎のように涙が溢れた。

「達したか」

 絶頂だと判断する。
 昂っていた熱が弾けていた。焼け爛れた鉄の如く熱く、肌が艶帯びていく。
 喘ぐように、咳き込みながら緑髪の少女が息を吸う。

「いま……の……は?」

 羞恥に染まった頬を動かし、小声で囁かれる。

「達するのも知らないのか? 自慰はしたことがないのか」

 彼の問いに、汐音は僅かに首を振った。
 何も知らぬのだ、本当に。汚される事も知らずに、ただ生きていた純真無垢の少女だった。

「おかしい、ですか?」

 涙に濡れた汐音の顔は泣きたくなるほどに美しく、艶立っていた。
 それに京楽は「おかしくはない、安心して溺れろ」と告げて、その乳房を再度吸った。

「あっ、また!」

 汐音は咥えられる胸からの性感に、熱帯びていた。
 ぎゅうとよりいっそうに締め付けを強めた淫裂の感触に、男は咥えた乳首をこりこりと音を立てて吸い付く。大きさに反して、感度のいい乳房だった。
 責めるべき場所を見つけた性交はより激しく、少女を狂わせる。
 痙攣するように狭く、形を合わせていく膣壁はようやくこなれてきたように、その出入りを生々しく擦れあわせていた。
 胸に顔を埋められ、腰を打ちつけられた汐音の尻肉が波打つように震え、痛みからの快楽に喘ぎ出す。
 それは女としての開花である。
 怒張を差し込まれて、それによがり狂う雌の本能。卑しくも、生命を生み出すための必然。過剰なる快楽故の淫らな現象。
 速度を速めて、堪らず込み上げてきた精の迸りに膨れ上がる男根の感触に少女が悲鳴を上げた。

「あ、あ、また、おおきくっ!」

 握り締めた布団の裾が力強い汐音の力に亀裂を生じさせる。
 汗と愛液に濡れた互いに下腹部の下は目に見て分かるほどの湿り気を帯びて、押し込まれる勢いに股座を開く腰骨が肉打つ音を高らかに鳴らした。
 結合部の入り口にまで引き戻された亀頭が見えたと思った瞬間、愛液の飛沫を散らしながら男根が突き刺さり、唾液に濡れた乳房がゆさゆさと揺れ動く。

「出すぞっ!」

 男の身体が強く少女の体躯に密着した。
 肉棒が膣壁を擦りあげて、衝撃と快感に下がってきた膣奥の子宮口にまで亀頭が触れていた。

「あ、ぁあああ!」

 汐音が声を洩らして、縋るものを見つけて京楽の身体にしがみ付いた。
 二人の影が重なり合う。
 京楽の身体が打ち震えて、吐き出された精の迸りに美しき少女は声にならない叫びを震わせた。
 留まることを知らない射精の高ぶりは、互いの結合部から白濁とした液を垂れ流し、内側より焼けるような受精の衝撃に緑髪の少女は男に絡みつきながら、歯を食い縛る。
 その唇からは彼女本人すらも意識できぬほどの蕩けた吐息が溢れ出し、重なる乳房と胸板から互いの鼓動を通じて、溶け合うような悦びがあった。
 少女は女へと成り果てた。

 あまりにも優しい傷を負って。







********************

予想よりも手こずりました。
次回、森羅奉女編の終わりです。
エロはもう少し続きます。長くなりそうなので、分割しました。
その次に、幕間をはさみ、サヴァンサイドへと移行する予定です。

おっぱい巫女はえろい!



[10573] 森羅奉女/Act4
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/20 23:56

 ひらひらと花を散らせましょう。
 真夏の朝に輝き散らし。
 秋の昼に腐り果て、
 冬の夜に寒さに耐えて、
 春の訪れに萌え盛る。







 吸い付くように二人の肌が重なっていた。
 濡れた吐息を吐き出す一人の少女が豊満なる乳房を床に押し付け、喘いでいた。

「あ……はぁっ!」

 緑色の髪を振り乱し、しっとりと湿った敷き布団に濡れた頬を押し付けて、華奢な体躯を苦しげに揺らしていた。
 その突き出した尻からは灯火に照らされた愛液と白濁液を滴らせ、背より艶かしく乳房の先端から滴り落ちる珠の汗があった。
 淡い光の中で陰影を刻み込む細い肢体が、背後より獣のように覆い被さる男の手によって肉打つ音を発した。
 膣内に撒き散らされた精の迸りに、滑りを増したその挿入に汐音は高らかに恍惚の喜びを洩らしていた。
 溺れるような肉の柔さに硬く鍛えられた京楽の指が蕩け込んで、交接した怒張からのうねりを以ってかの男が軋んだ。
 溢れんばかりに豊かな乳房は伸ばされた男の指に揉み解され、性交の衝撃と共に甘く蕩けた声が洩れ出でる。
 そそり立つ桜色の乳首は弄られれば弄られるほどに過敏な反応を返し、幾多の商売女でも放てぬほどに艶めいた声を洩らすのだ。
 男を狂わせる名器の持ち主、清純なる心には不必要なまでの淫らな肢体。
 それを犯す京楽の心持は、鋼の彼には珍しいほどに熱帯びていた。

「っ、出すぞ」

 一向に収まりの利かない男根で、少女の膣壁を掻き乱しながら、汗に濡れた男が告げる。
 その声は今にも喰らいつきたいほどに膨れ上がる獣欲を押さえつけて、昂りを制御した顔つき。

「あ、あ、あっ!」

 痛みではなく恍惚からの湿り気を目尻に浮かべて、汐音は絶頂の喜びを肉で歌う。
 膨張した男根から放たれる数度目の精の迸りに、魂までもが焦がれたように打ち震え、淫らな曲線を描く腰の窪みから溜まった汗が流れ、中に収まりきらない白濁の精液が結合部から溢れ出していた。
 声にならない嬌声が洩れ出て、埋ずめた敷布団でも掻き消せぬほどの喘ぎ声となる。
 大きく開かれたその肉の花弁は白い化粧を帯びて、より艶やかにうねり、男と言う存在を咥えこんでいた。
 荒く息を吐き出し、痙攣じみた絶頂の余韻を貪っていた少女の身体が不意に抱きすくめられた。
 湿った音と共に剛直が引き抜かれ、緑髪の乙女の瞳が突然の行為に目を瞬かせた。

「起こすぞ」

 ふわりと少女の体躯が引き上げられた。
 大きく前を開いた襦袢の少女は仰け反るような体勢と共に逞しい胸板に身体を預ける。
 滝のような汗を描く二人の肉体が重なる、縦に。
 京楽の胸板に、少女が背を重ねる、子を抱きしめる父親のような体勢。
 手首にまで垂れ下がる汗と白濁液と愛液に汚れた浅葱色の襦袢、それに彩られた少女の乳房が背中から前へと伸ばされた手によって掴まれ、抱きしめられた。

「あっ」

 座り込むような体勢から、前に当てられた剛直が秘所に触れて、湿った感触と何度触れても焦がれることをやめない熱を感じ、汐音の頬が恥辱と期待に紅く染まった。
 その態度にどうしょうもなく燃え上がるようなものを感じ――京楽は目を細めてそれを噛み殺した。
 これはただの陵辱である。
 ただの傷を刻み付けるだけの行為。其処に優しさなど無く、愛しさすらも無い。
 何もかも奪い去られた無残さにも似て非なる、ただの強姦でしかない。
 曖昧な定義の上に、自己勝手な理屈だが、それが正しいと彼は信じていた。

「まだ保つな? 少し痛いぞ」

 彼女を滅茶苦茶に掻き乱したい獣欲を尋常ならざる精神力にて制御しながら、京楽の男根が少女の膣口を三度犯す。
 泥水を掻き混ぜるような濁った音。
 今までのどれとも違う角度からその逞しい剛直を挿し込まれ、少女は肺から掠れた吐息を吐き洩らし、んんっと唇の端から透明なる涎を零した。
 酸素を求めて息絶え絶えに白く細い喉を鳴らす汐音の動きを制するように、その滑らかな柔肌の双乳がゆっくりと形を歪に変えていく。
 擦るように揉まれ、同時に未だに涸れることを知らない蜜壺からは留まることを知らない愛液を溢れさせ、淫乱なる行為を深めていく。
 くぐもった叫び声ばかりが洩れる少女の跳ねる体躯が、灯火の暗がりの中で躍っていた。
 奥底まで抉るような熱の侵入に、最初の苦痛は飲み込まれ、それすらもまとめて未知なる恍惚として受け入れつつある肉の喜びに汐音は翻弄されていた。
 幾度の精の塗りこめと、掻き乱すような剛直の出入りによって波打つように淫肉の襞は犯す肉棒に吸い付くように締め付けて、その奥底へと導いていく。
 子を孕むための器官、子宮。
 その口へと熱く燃え滾る亀頭が触れて、その度に汐音は唇を噛み締めて、飛びそうになる意識を耐えている。
 一度溺れれば決して元には戻れない。
 そんな恐怖を少女の心が焦がし、彼女の首を舐める京楽の愛撫に昂る肉体に戸惑い続ける。
 どこまで許せばいいのか。心までなのか、肉体までなのか。それとも既に手遅れなのか。
 愛すら知らず、穢れを知らず、純粋無垢だった少女は犯されながらも切なく鳴いた。
 快感に半ば浸かり切る自己を意識しながらも、右の瞳からは悦楽の湿り気を流し、左の瞳からは悲しみの涙を流す。
 迸る感情の波に溺れながらも、淫欲を満たし続ける二人の交じり合いは止まらない。
 捻り揉まれた乳房からは痺れるような性感をもたらし、零れた白濁液と蜜に濡れた尻はむしゃぶりつきたいほどの瑞々しさを増して、男の腰の上で躍っていた。
 心は悲鳴を上げながらも、肉体はじんじんと鈍痛のように染み渡る愛欲の熱を宿して、その華奢な体躯を突き動かす。
 喉から注ぎ込まれる汚濁を涙ながらに飲み干すように、健気な様子で快感に音を立てて吸いついた。自ら腰を動かし、積極的に恍惚を昂らせる。艶めいた髪が、嵐の風に揺さぶられる木々の葉のように振り乱され、激情を表現してみせた。
 麝香の香りと生臭い精の香りが入り混じり、淫乱に乱れ狂う思考を濁らせていく。
 何度と無く訪れる絶頂に食い縛る歯が緩み、彼女は朱鷺の鳴き声にも似た嬌声を鳴らす。

「っ」

 止まらない欲望の臨界を迎えて、滝のような汗を噴き出しながら彼は胸に収めた華奢な肢体を抱きしめた。
 少女が今までに無いほどに身体を強張らせる、ぬちゃついた音を響かせてより奥へと滑り込んだ剛直、それが重力と柔らかな膣の引力を持って子宮へと導いていく。
 深く、ただ深く入り込んだそれが欲望のうねりを持って膨らみ、何度注がれても飽きることの無い灼熱の胎動に嬌声を吼え響かせた。

「 !!」

 あまりの熱さに腰を浮かばせようとしても、蕩ける肢体が全身を脱力させ、抱きすくめられた躯は意思を拘束する。
 互いに交わる肉と肉の接合部、奥へとこじ開けるように押し込まれた子宮に注ぎ込まれた精の迸り、それは少女の脳を焼き、雌としての喜びを焼き付ける。
 満たされる喜びは、本能として至福だった。
 硬く膨張した肉棒を咥え込み、充血した膣口からは溢れんばかりの精液を流し出し、その卑猥な様を晒し出していた。
 ぴちゃぴちゃと水滴が滴るような音が室内に染み渡り、抱き留められた汐音は熱く掠れた吐息を漏らす。
 五回を超える射精を注がれ、目を疑うばかりに艶めいた女体を揺らめかす少女はその吸い付くような肌に触れる、京楽の手に己の手を沿わせた。

「……ありがとう、ございます」

 掠れた声。
 窓を叩く夜風の囁きに掻き消されそうだが、互いに触れる距離からは決して聞き逃すことの無い声。

「なにがだ?」

 触れられた手から伝わる女の柔さに、なおさらに硬い鉄面皮を浮かべる京楽が問いかけた。
 少女は儚い笑みを浮かべた。汗に濡れて、少女としての傷を負い、涙すべき立場だというのに優しく微笑む。
 その瞳はどこか純真な童のようで、感情を押し殺した京楽の無機質な鳶色の目を射抜いた。
 真摯な視線。
 それに思わず京楽は目を背けようとして――不意に唇に触れた甘い味に驚愕した。
 少女が男の唇を吸っていた。
 初めて、汐音が自ら男を求めての行為。唾液に濡れた舌が男の唇に触れて、愛おしそうにその唾液を啜った。
 えずきながらも懸命に喉を鳴らして、その唾液を飲み干し、呼吸のために離れた互いに唇からは透明な糸が引かれていた。

「っ……」

 奪われるだけの行為だった。
 なのに、求めるような行為。それを少女が犯した。
 何故? という疑問が冷たい鋼のような京楽の心に疑念の熱を与えていた。

「愚かな女でしょうか」

 色帯び、艶めいた。
 汐音という少女がまるで花開くように、その姿を一変させていた。
 開花の時を迎えた華の如く、その花弁を広げ、授粉がための甘い蜜香を発するかのように。
 その頬を羞恥から恍惚の朱に染めて、幾度となく注がれた精液と愛液に濡れた下腹部を、唾液と愛撫に汚された乳房を晒しながらも、少女は美しかった。
 湖面に浮かぶ水月、それにも負けずとも劣らない神秘的な光を濡れた眼に湛えて、汐音は告げた。

「私は、貴方が愛おしくてたまりません」

 熱帯びた言の葉だった。

「   」

 汐音の言葉に、京楽は答えない。応えられない。
 ただの肌を重ねただけの行きずりの男である。
 犬に噛まれたような何一つ得しない行為であり、それを怨むのが必然。愛おしく熱を抱き、感謝を捧げる道理などどこにもない。
 せめての憎悪を抱いてくれれば、鋼の仮面を被る京楽の心も晴れただろう。
 けれども、それはならない。
 優しい少女は、優しい傷に痛みよりも優しさを感じた。
 無残に散るだけだった生の袋小路をこじ開け、槍衾のような暗闇にせめてもの痛み少ない一つだけの傷を穿つ。
 それを優しさと言わずして、何を慈悲というのだろうか。
 恋すら知らぬ無垢なる少女は愛を与えられて、恋の芽を生やした。
 麝香の香りに、真夏の夜の寝苦しさにも似た熱の中の夢幻なのかもしれない。灯火の中に映る
 馬鹿である。
 愚かである。
 それでも抱いた愛に、花開く恋に、嘘を吐けぬのが女の性であった。女の業、いずれ冥府に堕ちるかもしれない罪深さ。
 だが、その情に恋せぬものがいるだろうか。愛おしさを感じぬものがいるとしたらそれはただの外道である。
 京楽の鳶色の眼光が僅かに揺らいで、水面に広げた波紋の如く和らいだ。

「   」

 言葉を紡ごうとし、だが、それは喉を震わさず、舌を熱するだけの吐息。
 鋭い眉がなおさらに引き締められて、苦痛にも似た顔貌の果てに一言。

「愚かな女だ、ただ怨めばいいものを」

「愚かです、私は」

 男の言葉に、少女は儚く笑った。心からの笑みだった。
 互いに繋がる肉の湿り気がより増して、伝わる熱が言葉以上に心の音を震わせる。
 ん、と唾液を垂らしながら、汐音が腰を上げると、カリ首にこそぎ取られた性液が黄金水のように少女の蕾から流れ出した。
 二人の腰掛ける褥既は既に湿り気を帯び、互いの汗が混じり合う淫欲の結界である。
 腰を浮かせた少女は脱力に身体震わせながらも、その前面を背後にいた京楽に向けた。

「だから、嗤ってください。愚かだと」

 涙混じりに瞳を湛えて、溢れんばかりの乳房を揺らした華奢な少女は、その両腕から襦袢を滑り落とした。
 汗と愛液と性液に塗れたそれを脱ぎ捨てれば、それはもはや隠すものの無い裸身である。
 穢され、犯され、汗に塗られた躯は凄惨なまでに美しかった。
 優美な曲線を描く腰つきは匂い立つような甘い香りを放つ汗を窪みから滴らせ、あらゆる男を狂わせんばかりに実った乳房は充血した桜色の乳首を尖らせ、その内実に詰まった肉の重みを伝えてくる。
 その胎に注ぎ込まれた白濁の蜜を流す秘所はとろとろに熔けた産毛の如き恥毛を掻き分け、もぎ取った白桃の瑞々しさよりも喉を鳴らす。
 少女の顔は恋する乙女の言葉に出来ない柔らかなさに染まり、恥ずかしそうにはにかんでいた。
 この世に傷つけてはならない女体があるとしたらまさにそれだった。
 汚されてもなお、より美しく、芳香を放つ少女。
 それに、京楽は昂りを隠し切れない。同情でもなく、哀れみでもなく、耐え難いほどに彼女に惹かれている己の欲望が牙を鳴らしていた。

「――抱いてやる」

 始まりに告げた言葉を繰り返す。
 そして、それに少女は――柔らかく応えた。

「はい」

 しな垂れかかるように汐音は、京楽の胸板に乳房を押し付けて――互いの口を吸った。







 朝が来る。
 明けない夜が来ないことを証明するように。
 早晩、朝露の濡れた木々の中で一人の男と、一人の少女が木々の中を歩いていた。
 男の名は京楽。その背に四本の打ち刀と一振りの野太刀を背負い、腰に一振りの太刀を佩いた白衣の青年。
 少女の名は汐音。白色と赤糸の衣に身を包み、艶めいた肌とよりいっそうの輝きを増した緑髪の髪を揺らめかせた緑眼の少女。
 祝いの催しが終わり、既に集落の者達が作業に出ているような時刻より少し後、旅人と生贄の巫女、忌み嫌われた二人は燦々と光差す野道を歩いていた。

「いい天気ですね」

 白く抜けるような肌を見せ、汐音は僅かに疲労の色を帯びた顔を笑みに変えていた。
 その身体からは夜が明けるまで犯され続け、愛欲に切なく鳴き声を上げたものとは思えないほどにしっかりと。だが、その身から発せられる目に見えんばかりの色香と女としての開花は誰の目にも明らかだった。
 数十を超える精を注ぎ込まれ、朝の禊には時間が掛かったほどに濃密な交わりの結果である。

「そうだな」

 汐音の言葉に返答する京楽の足腰にはふら付きは見られない。
 だが、その顔つきには苦悶にも似た戸惑いの色が影を射していた。

「どうしましたか?」

 汐音の問いに、硬い顔つきの青年は僅かに伸びた顎鬚を撫でて。

「……本当にいいのか? 村を捨てることを」

 そう、二人が歩くのは村の外である。
 集落より外れ、行商人が選ぶ外界への街道。
 朝の夜明けと共に眠る汐音を置いて、旅支度を整えていた京楽に目を覚ました彼女が告げたのだ。

 ――私も出ようと思うのです。

 と。旅立ちの覚悟を決めた。
 己が生まれ故郷から出る、その苦痛と寂しさは身が千切れるような痛みがある。
 それを京楽は知っていた。

「構いません。私がいても、ただの痛みにしかなりませんから」

 郷愁の色を帯びた瞳で、少女は空を見上げた。
 朝発ちの緋石の魔力放射による、黄金色の空を。
 金箔を空にまぶしたかのように、輝ける雲とその光景、息を飲むほどの圧巻、焼け付けんばかりの輝きをその目に焼き付けて。

「土地を護れない、害を与えるだけの奉女に価値はありません」

 脳裏に浮かぶ思い出。
 婚儀を、祭儀を、雨乞いを、御霊への信仰を、自然への願いを。
 彼女は故郷のために続けてきた。
 幼子より素養があった力持つものとして、修練し、神楽を舞い続けてきた。
 誰かの笑顔のために。
 誰かの平穏のために。
 けれど、それはもはやならない。
 脅威は排除され、もはや奪われたものでしかない己は害である。
 外面的にはただの逃避かもしれないが、汐音は少しだけの我侭を持って外に出る。
 旅立ちだった。
 強くなるために。

「己は途中までしか行けんぞ、目的がある」

 京楽は冷たく告げる。
 汐音が目的とする呪術機関、【祭祇八百万/サヴァン・アーカイブ】への入門。
 かつて汐音の素養に目を付け、誘われていた道のりだったが、故郷への愛着故に断っていた。
 だが、今ならばいける。いかなければならない、強くなるために。

「構いません」

 汐音は微笑んだ。
 愛しくてたまらず、けれどもこちらを振り返ることの無い熾烈な男の背を見つめた。
 緩やかに少女は手を伸ばし、己の秘部の上へと手を当てた。

「与えていただいたのですから」


『ネーム:汐音
 スタイル:森羅奉女/アース・メイデン
 レベル:27/187』


 目を覚まし、交合の余韻に酔いながらも目を見開いた己のスペック。
 強き男から注がれ、与えられた熱は彼女の限界を広げていた。
 これ以上の優しさがあるだろうか。
 己の存在力を削ってでも、ただ一人の少女に分け与えた熱に昂りを感じないわけが無い。
 輝くような笑みを向ける汐音に、刀鍛冶の男は目を背け。

「……肌を合わせれば情が移る、ただそれだけだ」

 ぶっきらぼうに告げられた言葉に、汐音はクスクスと笑ってしまった。
 おかしそうに、子供のように笑ったのはいつ振りだろうか。
 僅か数日、その旅路を共にするだけの優しい男に汐音は幸せを感じていた。

「そういえば」

 ふと、前を歩く京楽が不意に足を止めた。
 汐音が首を傾げる。

「一つ、訊ねたい」

「なんですか?」

 そう告げる京楽の顔は凍り付いてしまいそうなほどに冷たく、硬い表情だった。
 煮え滾るような憎しみを堪えた瞳で、焼け付いた言葉が紡がれた。


「“邦孕み(くにはらみ)”という言葉を知っているか?」






 錆付いた風が吹いていた。
 無音の風景が冷たく、錆付いた音を立てていた。
 誰もいない。
 誰もいない。
 無音だけが圧迫感のように伝えて、鳥の声も、虫の鈴なりも、あらゆる静寂だけが溺れるように満たしていた。

 ――ねーんね~ や~ こ~ろ~り~

 錆付いた風に、僅かな声が紛れた。
 赤子の肌を撫でるような優しげな響き。

 ――わ~ら~べ~が、ねーむーる~

 とんとんとん、と小さな太鼓の音が響いていた。
 童を宥めるような声と玩具の響き、誰もいない環境らしからぬ和やかさ。
 “僅か数刻までは人が生きていた集落の中で”、その音は低く低く、無邪気に響いていた。
 黄昏時の夕闇に、ぺちゃり、ぺちゃりと音を鳴らす人影があった。
 それは一人の女だった。異装を纏った美しい女体。
 目を引くのは両眼を覆うように巻きつけた墨色の布。数百年の月日の果てに腐り果てたように粘着質な布切れはその眼に張り付き、その下の整った鼻、色鮮やかな紅桜を思わせる唇が儚げな笑みを形作る。
 その膝下まで垂れ下がった銀糸の如き美しい髪を揺らめかし、あらゆる男が吸い付きたくなるほどに美しい乳房を、開いた白銀の衣の隙間から晒した女である。
 下帯一つ付けず、ただその肌に一枚の衣を羽織っただけの格好。
 血のように色鮮やかな乳首を揺らし、その死人のように青ざめた繊手が撫でるのは己の腹。緩やかな曲線を描き、丸みを帯びた膨れ上がった異形。
 孕んだ女であった。
 臨月の如く丸みを帯びた腹を愛おしそうに撫でながら、もう片方の手で古ぼけ血まみれの太鼓を回す、廻す、舞わす。滑稽な光景。

 ――いとしやー、ねーむーれー

 美しい子守唄が、女の喉から奏でられていた。
 だが、それを見て美しいとは誰も思わない。
 その背より伸びた影、地面を走る蠢く泥のような影を見れば万物が恐怖する。
 女の影からは悲鳴が上がっていた。
 妊婦の下唇から絶え間なく零れ落ちる黒ずんだ羊水は影に滴り落ちて、その闇に波紋を広げ、無音の阿鼻叫喚が繰り広げられる。
 よりいっそう高くなるのは、数刻前まで確かに生きていたものたちの悲鳴。
 女が背負う刃もまたそれに当てられたように蠢いていた。
 腐臭を放つ刀剣、重力を無視したように浮遊し、磔のように背に備えられたそれは死人の剣、あらゆる命を溶け込ませた屍剣――その数、“十二”。
 腐汁を、鮮血を、涙を、妖気を、怨恨を、朝露の如き滴らせた汚物の塊。

「ぁあ」

 不意に女は足を止めた。
 たぷんと揺らす艶やかな胎を撫でて、愛おしそうに微笑む。

「還って来ますように」

 女は微笑む。
 壊れた笑みを、どこまでも狂った地獄を引き連れて、太鼓の音と共に立ち去った。
 その後に残るのは誰もいない静寂。
 片付け途中の食卓も、植え付け途中の畑も、無邪気に遊んでいた子供たちの足音も。
 何もかも残して、何もかも植えつけて、全てが消え去った。
 神隠しの現象に、立ち寄った行商人が知った事実が広まったのはその数日後。




 それは一人の少女と一人の青年が旅立った数ヵ月後の集落のことである。













**************************
森羅奉女編、終了です。
汐音さんはまた少し後で出ますが、一応の終了。
エロ大変でしたw

次回は世界情勢、歴史舞台の主演の登場です。



追記:京楽と別れた時の汐音の才能限界は204です。



[10573] 世界情勢/絶対皇帝
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2010/10/16 14:52
 めり込む刃が小気味良く肉を断ち切った。
 熟練の鍛冶師が鍛え上げ、魔術による保護魔法をかけたその刀身はより鋼色の輝きを増して、紅い肉汁を溢れ出させる。
 良く焼けた肉が切り裂かれ、鋭利に尖った刃に切り裂かれた肉片が差し込まれて、その口元に運ばれた。
 ――咀嚼。
 白く整った歯が無造作にその肉を噛み締め、鮮血の肉汁を滴らせる。
 歯ごたえのあるレアステーキを何度も何度も噛み千切り、その血の一滴までをも飲み干していった。
 その次に手に取ったのは、ピンク色のゼリー状のものだった。
 美しく整った器に盛られたジェル状のもの。それに銀色のスプーンを突き刺し、ぶるぶると震えるその表面を掬い取る。
 大きく削り取られたそれはどことなく濃厚な蜜にも似た匂いを放ち、鼻腔をくすぐった。
 口に運べば口内でどろりと溶け落ち、いとも容易く喉を通る。喉を焼くような味わい、どことなくくせになる味である。
 その“大脳”の味に、彼は目を細めた。

「ふむ。美味いが、まさか食料用の生物だったのか?」

 血で汚れた口元をナプキンで拭きながら、食器の持ち主がそんな感想を洩らした。
 広く作り上げられた一室。
 端から端まで20メインを下らない豪奢な長テーブルが備え付けられた其処は食堂であった。
 天井には霊鉱式のシャンデリアが備えられて、淡い光が室内を明るく照らし出す。
 そして、テーブルの一番奥にてただ一人食事を続ける金髪の偉丈夫がいた。
 艶かかったブロンドヘア、冷気すら感じられる碧眼の眼光、180セントにも届く長身痩躯の青年はまだ20代の半ばといったところだろうか。
 身に付けた仕立てのいい服装に、見るものが見れば肌を震わせる威圧感を伴い、そこに君臨していた。

「冥焔のブレイルを口にして、そういえるのは貴方だけでしょう」

 上座の傍、直立不動にて一人の怪人が涼やかな声でそう告げる。
 それは道化だった。
 仮面を身に付け、嘲るような声音で喋る道化である。色彩様々な布切れを繋ぎ合わせて、夢幻の色彩を演出する怪人。
 それが告げた名こそ、“料理の原材料”である。

「死ねば立場も名も無い。私の食料になれるだけでも、感謝して欲しいものだが――贅沢な望みか」

 青年が皮肉げに微笑んだ。
 その口にした肉の味を思い出しながら、右手に携えたナイフで肉を突く。
 この国マトリオット――すなわち【傀儡献皇帝国マトリオット】に運び込まれたかつての魔王軍の統率者の一体は肉塊となり、屍すらも残さずに解体され、彼が喰らう食料となっていた。
 弱食強肉。
 弱きものが、強きものの肉を喰らい、己を高める。
 その血の一滴までもが利用され尽くし、喰われていく。
 無造作に上級魔族の肉を喰らい、生半可な常人が喰らえばたちまち瘴気と汚染物質に壊死するだろう猛毒の塊を、彼は何一つ気にする事無く咀嚼する。
 圧倒的なまでにおぞましい光景。

「そういえば、君も食べるかね? そこそこに精は付きそうだが」

 それをなせる理由はただ一つ。

「冗談でしょう、“陛下”。私が頂く理由がございません」

 “彼が王だからである”。
 マトリオット唯一の皇族にして君臨者。
 絶対皇帝ネサンガ・マトリオット・シーザー。
 現総人口九万人を超える国民たちへの絶対的な上位者にして、その威容を誇る者。
 誰も逆らうことが出来ない支配の体現者。
 外見からはただの美麗なる青年でしかない、だがその身に秘めた狂気と力を知るものは誰もが恐れ戦くのだ。
 切り刻んだ爪を混ぜ込んだ黒色のパンを齧り、その口の中で噛み砕きながら王は片手を下ろし、その腰を降ろした椅子に手を置き、片方の手で赤い液体を満たしたグラスを手に取った。

「そういえば必要もなかったか。私としたことがうっかりしていたな」

 その目が少しも微笑まないままに、真紅の液体が満たされた透き通ったグラスを彼は見つめた。
 上質のワインに溶け込ませたかつての魔なる将の鮮血を、震える手を以って眺める。
 チャプチャプと揺れるワインの波紋が、その無念さを現すように波立つ。
 決して混じり合うことの無い真紅よりも濁った深紅の淀みに整った唇を歪め、一息に飲み干した。

「……苦いな」

 喉を鳴らし、不満をぼやく。
 鮮血の味はいつ口にしても慣れることは無い。
 生憎彼に人食趣味はなく、血の味に不味いと感じる真っ当な舌の持ち主である。

「我慢を」

 道化の言葉に、彼はコクリと頷いた。

「そうだな。慣れれば飲めるだろう」

 紅く塗れた唇を開き、ネサンガは冷えた声音で至極当たり前の言葉を吐き出した。
 淡々とした機械人形のような態度。
 彼は作業的に手に持ったグラスを置き、軽く顎を撫でながら目を細めていた。
 だが、不意に、その身体が僅かに傾げて――青年の手が椅子を叩いた。
 パシンッと肉を打つ音が響いて、冷たい目線が落ちた。

「動くな。手元がぶれる」

 叱り付けるような言葉。
 それは腰の下で、“一糸纏わずに這いつくばる女性に対して向けられていた”。
 紅く染め上げられた髪色、淫らに汗に濡れた肢体、重力に従い垂れ下がる乳房、剥き出しの尻を突き出し、涙と唾液に濡れたビットギャグを噛み締めた女が其処にいた。
 椅子として、ただそこで這いつくばる。
 曲げた膝で体重を支えて、嗚咽と涎を流しながら両手を床に着いていた。
 何度も叩かれただろう臀部は赤く腫れて、その悲惨さを示す。
 凄惨な人間椅子だった。

「――!」

 声は発せられない。
 口に噛まされた鉄の棒が、唇を閉じることも、歯を噛み合わせることもできずに涎と涙を以って床を濡らすのみ。
 その姿を、どうでもよさそうに眺めながら、金髪の青年はゆったりと体重を預けて、脚を組んだ。

「まったく。精々二日椅子にしただけで震えるとは、【絶命商会/エンド・ソサエティ】の質も知れる」

 誰が知るだろうか。
 この哀れなる人間椅子にされた女性が、世界に遍く恐怖を伝える殺害集団――エンド・ソサエティ、或いは仕立て屋とも呼ばれる殺刃連盟たちの中でも名を知られた【不可解体者/インビジル・ジャンク】だという事を。
 無音の殺戮者、不可視の殺意、あらゆる武人・著名人・時には王族すらも殺してみせた殺し屋。
 それが翼をもがれた白鳥の様に床に平伏し、あらゆる尊厳を踏み躙るような扱いを受けていた。

「――また暗殺ですか?」

 道化が問う。分かりきった答えを確認するような声音で、しゃらんと鈴が鳴った。
 超越たる王は答える。当たり前の答えを。

「お前が不在の間に五回は殺されかけた。遠距離狙撃魔弾に、レジスタンスの潜入、致死毒の混入に、アッシュノッドから送られた側室希望という名目の呪詛毒婦、そして極め付けがこいつだ。人が書類を読んでいる最中に背後から首を刈られるところだったぞ」

 淡々とした声音に、恐れや苛立ちの色は無い。
 “国民以外の全てに憎悪される”王は、殺意の応酬すらも当たり前の日常だ。
 色取り取りの色彩に覆われた仮面道化はその額に手を当てて、どことなく楽しげに訊ねた。

「して、その対応は?」

「魔弾使いはレギオンに追い詰めさせて塔から突き落とし、レジスタンスは警邏兵を使って摘発。そのうち使えない男の奴は餌として淫魔に喰わせておいた。素養ある奴は迷宮送りか、前線にでも送っておくか」

 顎に指を当てた王の思案の呟きに、道化は得心する。
 なるほど、故に城の地下牢獄から悲鳴が聞こえると思った。
 淫魔の無制限の性欲にソースを搾り取られて、淫獄の苦悶と快楽に溺れながら死ぬ耳障りな断末魔の声。
 だが、それを気にするようなものはこの城で働く国民、兵士、王と道化の誰一人としていない。
 【そういう条件付け】である。

「ついでに毒は調べさせたが、精々人間が死ぬ程度だったから平然と食べて見せた。胡椒の様にスパイスが効いていたな」

 この世には美味い毒もあるものだな、と王は一人ごちた。
 幼少より幾多の薬物を喰らい、毒を飲み干し、ヒューマンとは思えぬほどに耐毒能力を得た彼ならではの言葉である。

「そして、まあ毒婦の方だが。まあ健気な女だったからな、生かしておいてある」

 ただし死ぬほうが救われるような扱いだがな、と優しげすら感じさせる笑みを浮かべて彼は応えた。
 彼の脳裏に浮かぶ刺客の少女。
 魂まで汚染するための呪詛術式を己が子宮に仕込んでいた毒婦を彼はただの一目で≪看破/スキャン≫し、初夜の褥で震える演技をする彼女の前で彼はその陰唇に指をあてがい、解呪してやった。
 目の前で驚愕し、絶望と恐怖の色を浮かべる刺客の表情は震えるほどに心地よかったと憶えている。
 そして、三日三晩を超える陵辱に泣き叫ぶ少女を、彼は淡々と踏み躙り続けた。
 決して発狂出来ない・快楽に溺れることもしてはならない・抵抗を諦めることもならないという【条件】を施し、今もなお彼専用の寝室で千切ることのならない革のベルトで四肢を拘束され、目隠しされた状態で怯え竦む少女を今宵もいたぶるべきかとふと思案した。
 が、まあ後で考えればいいかと思考を放棄し、ネサンガは汗を流し続ける背肉を手で嬲りながら最後の答えを出した。

「で、最後の暗殺者はこの通り。中々面白かったな。不可視・無臭・無音の≪完全隠業/ブラックアウト≫、存在だけは聞いていたが実に興味深い」

 そう告げるネサンガは、その体現者である女性の背を軽く叩いた。
 苦痛に呻く女性が怯えた目を向けていた。異形を見る目つきで、濡れた眼が金髪の絶対皇帝を写す。
 その瞳は恐怖を伝えていた。
 誰が信じるか。
 その不可視・無音・無臭の襲撃。
 数時間以上にも及ぶ責務をこなし続ける彼の背後で息を潜ませ、彼が疲労から深く息を吸い込む瞬間という絶対無比の隙を穿ち、繰り出された【暗殺刹現者/キリング・クリエイター】の金剛石すらも断つ刺突を彼は凌いでいた。
 過去においてその硬度と耐久力を誇る岩鉱族の分厚い首すらも刎ね飛ばし、レベル2000にも達する通り名持ちの探求者にも重傷を負わせた彼女の刃。
 亜音速を超える瞬殺の一撃を、“指二本で受け止めていた”。
 まるでその存在を察知していたように無造作に背に伸ばした手の指で挟み、驚愕に僅か数瞬だけ目を見開いた不可視の彼女を蹴り飛ばした。
 ただの一撃。
 不可視であるはずの彼女の鳩尾を蹴り飛ばし、重力を無視するかのように吹き飛ばした。
 防護魔法で耐久力を上げているはずの城の内壁を三枚に渡って貫通させ、そのダメージでスキル解除された彼女は抗った。
 万が一のための戦闘用武装、軍勢を焼き払うための爆殺魔導具、切り札としての魔術刃。
 その全てが殴り、蹴り砕き、叩き潰された。
 隠匿スキルを用いて取り出した数十の暗器を払いのけ、城の一室を丸ごと焼き尽くす魔獣すらも絶命する灼熱の顎でも焼き焦がすことすら叶わず、あらゆる防具・装甲・甲殻の隙間をすり抜け臓腑を切り刻む【絶対切断/ヒッティング・カット】の刃をただの反応速度で蹴散らし、豪腕を以って彼女を打ちのめしたのだ。
 圧倒的なまでのレベルの違い。一つとして彼にスキルを使わせることすら出来ずに彼女は敗れた。
 その身と魂に刻まれた敗北の恐怖は、芯から彼女の心を縛り上げ、焼きついた【条件】が物理的にも精神的にも拘束していた。

「……まあいい、エンド・ソサエティの標的に載った。それは喜ばしいことだろう? ペルソナ」

 ネサンガは両手を広げ、肩を竦めて見せた。
 大仰なモーションに、ペルソナと呼ばれた道化がしゃらんと鈴を鳴らした。

「如何にも。我が皇帝よ、受けるべき憎悪はより深く、その身に迫る刃は鋭くなっております」

 仮面の奥に、隠し切れない愉悦を含ませて道化が讃える。

「質問だ、エンド・ソサエティは任務を失敗したままで放置するかね?」

「否、対象が死ぬまで新たなる刺客を送ると言われております。故の絶命商会、対象が死ぬまでの道を整える仕立て屋」

 大仰な狂言回し。
 王は脚を組み、その手に掴んだナイフをテーブルに突き立てた。

「ならば歓迎しよう。我が身に刺さる刃、余さず引き抜いて、我が手に握るのも一興だ」

 声が響く。
 威厳が大気に染み渡る。
 黄金の髪を揺らめかした若き皇帝は、絶対的な力と存在を見せ付け、宣言する。

「私の死を奪い去り、剣にしてみせよう」

 背にされた彼女は自ずと震えていた。
 大口にも程がある宣言を。
 エンド・ソサエティ――現状世界国家、組織、そのすべてにネットワークを張り巡らせ、あらゆる命を報酬次第で奪い去る天災の如き死の襲来。
 如何に国家という権力を、皇帝という権威を纏おうとも逆らえるはずが無い恐怖を。
 ただ一人でありながら彼は嗤ってみせた。
 自信過剰というにはあまりにも大胆に、傲慢というには自信に溢れた眼差し。
 それは決して、驕ったものではなかった。
 最高硬度の迷彩術式。
 神域の賢人か、秘宝を用いぬ限り看破することも困難な彼のスペック。
 そこには――


『ネーム:ネサンガ・マトリオット・シーザー
 スタイル:絶対統率者/プライド≪高慢≫
 レベル:3689/16750』


 ――世界に七つまでしか存在しない七業体現者が一業。
 マトリオットの王族が代々伝えてきた【神域改竄秘宝/チートコード】によって、“己が掌握存在の全てを完全支配する権威”を手に入れた超人の存在があり。

「四地皇の一角が倒れ、新たなる将が決まるまでの僅かな時間稼ぎ」

 ネサンガは淡々と思考する。
 前に進むための、策略を、戦略を、絵図を構築し、実行する。
 あらゆる諸外国からは冷徹・非道と蛇蝎の如く恐れ嫌われる邪悪の化身と呪われる。
 彼はこう呼ばれる。

 恐怖を持って全てを壊す恐帝だと。

「魔皇姫――【滅びを招くもの/カタストロフ・アジテイト】も馬鹿ではない、そのうち殺しに掛かってくるだろう」

 魔王軍最高の統率者にして、人類最大の敵。
 その強大さゆえに権力あるものこそが恐れるその名を当然のように呼び捨てながら、彼は指を鳴らした。

「我が国民たちよ」

 その指の音と共に、宣言がなされた。
 そして、誰が気付いただろうか。
 決して聞こえるはずも無いのに、城中の兵士たちが、城働きの従者たちが、国中の国民全てが。
 一斉に仕事を休め、その頭を垂れたのだ。
 女も、男も、老人も、少年も、少女も、赤子でさえも。
 その忠誠、完全なる支配の証明として頭を下げる。
 窓の外から見下ろせば、そのあまりにも異様な光景が見れただろう。

「恐れるな、前を向け」

 この場にいる道化と人間椅子以外には決して聞こえない宣言。
 だが、彼は不遜にも掲げた足の靴底を、まだ料理の皿が並べられた長テーブルの上に叩き付けた。
 テーブルがどんっと言う音と共に軋む、揺らぐ、一瞬だけ全ての皿が滞空した。

「日々の日常を宝とせよ」

 彼は謳う。
 いつどとなく刻み込んだ条件を再び発するのだ。

「明日死ぬことがあろうとも、今日は幸せだったのだと信じられるように」

 彼は告げる。
 誰もが幸福であられる条件を。

「いずれ来る脅威、その全てにいつか死ね。私のために、そう全ての災禍と憎悪を死した後に向けるがいい」

 それは彼の流儀である。
 己がために国民を使う、最悪の我欲支配。
 高慢なる魔人に相応しいやり方。


「そうして、私は魔王を殺す」


 彼は嗤う。
 夢じみた野望を、妄想じみた目標を、抱いて。
 絶対無欠に悪役でありながら、悪を殺す毒物だった。
 世界を救う英雄/勇者/聖人ではない。
 世界を混沌に飲み込む災厄とされる七罪体現の一罪。
 それがただ一人、“人類という定義のために牙を剥いた”。

「さて、ではとりあえず減った国民の補給だ」

 王は脚を組み、その手に新しいワインを掴んで、傍らの道化に告げた。

「ペルソナ」

「はっ」

 己の決して裏切ることの無い、半身たる道化に命じる。
 恐帝に相応しい残酷なる決断を。

「アッシュノッド――炎刃竜国アッシュノッドを滅ぼせ、我が領土にするぞ」

 総人口数4万3千。
 その地のそびえる幾多の火山、火炎龍を従えた竜騎士の大国。
 それを滅ぼす、今までと同じように。
 かつて人口二万を下回る小国だった、マトリオットを肥大化させた時と同じように。
 刈り取るのだ。

「私を殺そうとしたのだ、攻め滅ぼす大義になる」

 奴らが誰を敵に回そうとしたのか。
 報復こそが唯一の暴力理由となるのだと定義する金髪の王はただの一言で断言する。


「悪意には悪意を、右頬を打てばその左頬を踏み躙られる覚悟を決めろ」


 そして。


 その数ヶ月後、一つの国が滅んだ。


 その名を、炎刃竜国アッシュノッドという。











*******************

歴史の表舞台、その主演の登場です。
チートにもほどがある化け物ですが、そのおぞましさは先にて語る予定です。
サヴァンと京楽の物語の合間に、国の動きとして差し込む予定です。
ちなみに、一応彼は人類の味方ですので。

次回はサヴァンサイド。

勇者少女の物語です。



[10573] 序章開幕/漆黒奏駆者/Act1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/23 23:31

 世界はどこまでもざんこくでした。
 お空で見ているかみさまは助けてくれません。
 この世界ではかみさまはだれもを見守り、びょうどうにしあわせを与えてくれます。
 お父さんはがんばって私をまもってくれました。
 お母さんはやさしく私をそだててくれました。
 でも、だれも助けてくれませんでした。
 ともだちは目の前でたべられてしまいました。
 泣き叫びながら、あしをきられて、あかい血を流してふみころされました。
 もう一人のともだちは押さえつけられて、見たこともないばけものに両手をおさえられて、ふくをぬがされて、泣きさけんでました。その声が耳からはなれませんでした。
 お父さんは私とお母さんを化け物から助けてくれて、でもなきだすおかあさんの前でばけものにたくさんのけがをさせられてました。お母さんは見ちゃだめだって言ってたけど、おとうさんのたくましい首がとんでいって、笑いながらけとばされました。
 村のみんながないてました。
 たくさんたくさん、ないてました。
 家も、はたけも、うまたちも、やかれてました。
 まっかな、まっかなあつい火がたちこめて、お母さんがわたしを井戸にいれました。

 ――ここなら大丈夫。

 たくさんけがしていて、わたしのまえでふくをぬがされて、でも笑ってた。
 わたしはいやだった。
 おかあさん、おかあさん、いっしょにいてよ。
 だけど、おかあさんは……いつもわがままをきいてくれるおかあさんはめっ、と怒って。

 ――声を出しちゃ駄目よ。

 そういって、おかあさんが冷たいいどのなかから見えないところにきえてしまって。
 こえがした。
 こえが、こえが、こえが。
 おかあさんの、おかあさんの、なきさけぶこえが。
 みんなの泣きさけぶこえが。
 たすけて、たすけて、たすけて、というこえが。


 くちをおさえるわたしのうえからずっときこえていました。


 ――誰か助けて、と。






 SSS/RPW

 序章 開幕/挿入幕  英雄授与








【ハイデレート村 跡地】



 ――魔軍の襲撃。
 軍事的な価値の無い村を、魔軍の集団が襲ったという情報が伝わったのは数日前のことだ。
 その退却と結果の確認、それだけの依頼がギルドから発行された。
 いざとなれば逃げればいいと考え、ただ一人で訪れた男がいた。
 全身を覆う黒と紺の甲冑、その背に背負った身を超えるほどの大剣、腰に嵌めた剣、肩から提げた絡繰式の自動弓に予備の矢玉。

『ネーム:サヴァン
 スタイル:???(ジャミング発動中)
 レベル:189/210』

 それは一人の傭兵だった。
 レベル二百近くの一流の戦士。だが、その彼でも目の前の光景に仮面の奥の目を細める。

「惨いな」

 いざとなれば数十匹は殺さないといけないと覚悟していたのだが、記憶にある光景と目の前の光景はまるで別物だった。
 無残というしかない。
 村、という定義があるとしたら、それは尽く逸脱していた。
 大地は撒かれた血液によって染まり、家屋や建築物は全て燃やされて黒ずみになり、未だに残る火はそこかしこに転がされた屍肉を焼き続けている。あらゆる屍が無造作に転がされ、その内臓は喰われ、女だと思しき頭部の欠損した死体は無理やり広げられた股間から血と精液を流して微動だにしない。
 呼吸を確保するためのヘイホロン草のフィルターがなければ、その鼻腔から肺の奥までを香ばしい香りと噎せ返るような死臭が犯していただろう。
 甲冑の軋む金属音を奏でながら、大量の魔獣のものと思しき毛や爪痕、魔軍がやったのだろう業火と物を腐らせる毒牙などの刻み痕を眺める。
 徹底的な殺戮だった。
 生存者を残さないためのやり口。ただの魔軍の群がやったわりには手が込みすぎている。

「指揮官がいたのか?」

 となれば、略奪などに意味をもたない魔軍としての行動としては目的があったのだろう。
 腹を満たし、肉欲を満たすためならば火など付ける必要は無い。
 かつて滅んだ楽園都市シヴァンで行なわれた地獄叫喚、“七日七夜に渡る都市内での殺戮と陵辱蹂躙劇”をすればいいのだから。
 純粋な殺戮など、軍勢同士での闘争でしか見られない。
 その推測情報だけでも、ギルドに報告する価値があるが。

「……金品の類でも残ってればいいが」

 せめてもの手土産が欲しいな、と甲冑の男は物欲的な言葉を吐き出し、血の染み込んだ地面を歩く。
 生き残りでもいれば、なおさらにいい。
 情報が搾り取れるし、魔軍の活動方針が分かる。
 魔獣が何体か残っているかもしれないが、この地域でいるとしたら精々低級の百にも満たない連中だ。例え中級がいたとしても、“サヴァンのスペック”ならば負ける心配は無い。
 警戒用のアビリティ≪異物感知≫を発動させながら、彼は油断無い足取りで村の中を歩く、歩く、歩く。
 時折原型を残した家屋があれば、そのぼろくずのような扉を蹴破り、中にあった死体などの損壊状況を確認し、無造作に燃え残っていた銅貨などを回収した。
 火事場泥棒にもほどがあるが、どうせあとで死霊が沸かないように安全確認後、聖職者などを呼ばないといけなくなる。
 その時にある程度寄付する、罪悪感を誤魔化すためのやり口。

「ん?」

 そして、村はずれに当たる位置にまで辿り着いた時、動くものを見つけた。
 それは群がる怨嗟の影/エコーゴースト。
 あまりにも殺戮が起こりすぎた場所の穢れが実体化、死者の断末魔を響かせ、生者を呪う生存者殺しの現象。
 それがけたたましく井戸の中へと吼えたけている。

「まさか」

 サヴァンは僅かに足を早め、まっしぐらに其処へと向かった。
 ガシャガシャと言う足音と共に、ゴースト共が怨嗟の声を震わせて、大気に溶け込んだ黒の絵の具染みた全身を震わせる。
 洗礼された腰の剣を引き抜き、疾走――跳躍。
 黒の影が飛び出した、轟音と共に。
 サヴァンの大地を叩き割るほどの踏み込みと共に、一刀両断にゴースト共を引き裂いた。大気を断裂させる剣戟、轟音と共に砕け散るエコーゴースト。
 ただの一撃で、レベル5にも達しない雑魚を蹴散らすと、黒の甲冑を纏った男は周囲を見渡し、洗礼剣の穢れを振り払いながら、鞘に納める。

「誰かいるのか?」

 金属音を響かせながら、サヴァンはエコーゴーストたちが取り囲んでいた井戸の中を覗き込んだ。
 そして、そこには。


「……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ……んなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」


 謝罪を繰り返し、紅く染まった水の中で蹲る子供の声。
 さらに聞こえるのは、激しい水飛沫の繰り返す音、まるで水に何度も顔をたたきつけているような……
 泣き叫び続ける声が、己を灼く憎悪となって噴き出していた。

「おい! くそ、呪詛に心やられたか!?」

 サヴァンは被っていた兜を乱暴に投げ捨てると、小指から指を折り曲げて手首を捻り――解除用のギミックを起動させて、甲冑を外す。
 重たげな音を響かせて、地面にめり込む数百ギルム以上の装甲板を放置し、既にちぎれた井戸用のロープに舌打ちをしながら持っていたロープの先に短剣の一本を結びつけて、即席の鉤縄にする。
 それを引っかかる場所に結び付けて、それを掴んだままサヴァンは井戸へと跳び込んだ。
 するすると、素早く慣れた仕草で井戸の中に入り込む。
 幾度の血飛沫が注がれたのか、紅く濁った井戸の中。
 そこで彼はゆっくりと腰まである井戸の底に浸かり、そこにいる人影を見つけた。

「おい、生きてるか!」

 頭から水の中に突っ込んでいた子供を掴み、無理やりに抱き上げた。
 既に水を飲み込んだのか、ぐったりと動作一つしない。

「っ」

 触れて分かった。恐ろしく冷たい体だった。
 大の大人であるサヴァンでさえも冷たいと感じるほどに冷え切った井戸水に浸かり続け、さらに呪詛からによる強迫観念での自殺行為。
 返事をしない子供を抱えたまま、暗い中で彼は水底の地面を蹴り飛ばし、水の拘束を引き千切るほどの爆発的な脚力を持って井戸の中を駆け上がる。
 掴んだロープを命綱に壁を蹴り、三角跳びの原理ではねながら、駆け上った井戸の淵から飛び出した。
 抱えた子供ごと着地し、その手の内の子供を地面に降ろして――初めて気付いた。

「女か」

 さらりと伸びた黒髪、僅かに膨らんだ胸、未成熟の肢体。十にも満たない幼子。
 纏う服は、元はワンピースか何かだったのだろうか。全身に浴びた血と潜伏していた井戸のせいで、衣服の意味を成していない。
 死人じみた白い肌に、呼吸一つしない唇。
 目立ちは整っていることから、将来は美人になりそうだったが、今の状況では殆ど死体も同然だった。
 生きるための活動を行なっていない、放置すれば確実に息絶える。

「手間かけさせやがって」

 舌打ち。
 サヴァンは少女の胸に手を当てて、心臓の位置を確認する。
 応急処置としての技術、何度か心臓の位置を押し込み、それから息を吸い込んで、少女の鼻を摘んで、その唇に口を当てる。
 冷たく血の味がした。

「ん」

 数度息を吹き込むと、やがて少女が咳き込み、唇から赤い水を吐き出した。
 けほけほと、目が開かないままに呻くように吐き出す。

「ふぅ」

 それを確認すると、軽く安堵して……俺らしくも無いと、サヴァンは灰色の髪を掻きながらため息を吐き出した。

(この歳ならある程度は喋れるな。情報を吐き出してもらわねえと)

 そしたら、ある程度素養があるならギルドの養成所行き、親切な奴がいれば養子になるか、そうでもなければ奴隷にでも売られるだけだろう。
 いずれにしても悲惨な運命。
 死んでいたほうがマシかもしれないが。

「ま、運が良ければ上手く楽しめるだろうさ」

 やれやれと肩を竦めて、サヴァンは荷具から取り出したシグソトースの紙煙草を口に咥えた。
 このままだと風邪を引くだろうから後で服でも脱がせるかと、無造作に考えつつも相手の名前などを調べるために。

「判定しろ、≪スペクタクルズ≫」

 習慣的に、診断用の魔導具を起動させていた。
 そして、そこにあったのは。



『ネーム:ナハト
 スタイル:漆黒奏駆者/シャドウ・ブレイブ≪エインフェリア≫
 レベル:3/14080』



「あ?」

 ありえないスペックだった。
 ――エインフェリア、その文字にサヴァンは咥えていた煙草を取り落とし、取り出そうとしていた火打石を探る手を止める。
 その灰色の髪の下の漆黒の目が見開かれ、自然と汗が噴き出していた。

「【寓話仕掛けの勇士/エインフェリア】……だと?」

 それは【構成神/デウス・エクス・マゴス】によって選ばれた魔を凌駕するための刃。
 天からの祝福、上級魔族にも匹敵するスペックを与えられたもの。
 選ばれるための条件は複数、決められた儀式の達成、神域改竄秘宝を使う、或いはただの気まぐれ。
 先天的か、後天的に与えられた莫大な力。
 力を願うものたちが幾多の犠牲を出してでも奪い合い、或いはそれを手に入れんと欲する時代を動かすための宝具。
 ただ一人で万軍を消し去ることすら可能な“英雄”。
 “歴代魔王に対抗し続けてきた人類の最強兵器”。

「……そうか、やつらはこれを」

 魔軍の活動の意味を理解した。
 おそらくは何らかの方法でエインフェリアが生まれる事を察知したのだろう。
 そのための可能性を潰しに来た。
 幾ら化け物じみた才能限界があっても、育つ前ならばただのヒューマン。先に殺すか、確保して魔に堕とせばいい。
 あまりにも恐ろしい相手。ただの一人で、四地皇の一角とすら戦える化け物だ。

「――ハッ」

 サヴァンは口元を吊り上げる。
 犬歯を剥きだしに、その漆黒の瞳に恍惚の色を浮かべた。
 それをギルドに報告する? 無駄だ、教えた所で何の見返りも無い。口封じに殺されるだけ。
 これだけのスペック、ある程度育てた所で私兵に変える。いや、その才能限界を考えれば育て、脅威になる前に搾り尽くされるだけだ。
 単純計算でも十数名以上の愚物が、千以上の限界才能を得られる。
 いや、一人で貪り尽くせば、あらゆる大国の将を超える力を手に入れられるかもしれない。
 たった一人のエインフェリア、それを奪い合い、その果てに人外へと堕ちた【暴虐餓狼/フェンリルブラッド】という王がいた。
 一人のエインフェリアを喰らい、そしてそれから五人を超えるエインフェリアを尽く打ち倒し、そのソウルを奪った化け物。“魔王亡き時代に、最も人類を殺した伝説の魔人”。
 子供でも知っている人類史上最悪の伝説。

「いいぜ、同じ失敗は踏まねえ」

 サヴァンは嗤った。
 愉しげに、喜びに打ち震える声と共に。
 気が狂ったような声と共に。







 そして。
 サヴァンは一人の生存者を抱き抱えて、その場から立ち去った。
 脱がした衣服は切り刻み、他の焼け焦げた死体の残り火の中へと放り込み。
 未だに意識の戻らない少女の全身を毛布で包んで、その胸に抱き抱えながら歩く。
 憎悪の炎を目に宿し、己の住処へと甲冑の男は向かう。
 未だに眠る少女は知らない。
 己の運命を。
 未だに目覚めぬ少女は知らない。
 己を助けた青年の胸に宿した願望を。


 ――“奴”を殺すための踏み台になってもらう。


 それは生贄だった。
 喰われるための定めだった。





 だが。

 ここから運命は語り出す。

 これから物語は描かれる。

 この出会いは偶然。

 その道のりは必然。


 円環する時代は終わりを告げる。

 王道ではなく、外道でもなく、ただのイレギュラー。


 呪われた男は、凡愚の身にして破滅の影を憎悪する。
 奪われた男は、壊れた身にして歪んだ神を怨嗟する。
 傲慢なる男は、英雄ならず身にして覇道を紡ぐ。

 歴史の影で、歴史の舞台脇で、歴史の舞台で。


 さあ謳おう。


 閉ざされた箱庭の調停を崩すために。
 正義を殺せ、平穏を殺せ、前提を殺せ、英雄を殺せ、悪意を殺せ、王を殺せ。


 SSS/RPW


 演じるための舞台劇を、よりおぞましく踊り出せ。









***************
導入話終了。
序章開幕、これより本編です!

どうぞ、これからよろしくお願いします!



[10573] 序章/漆黒奏駆者/Act2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2011/01/01 17:09
 世界はどこまでも残酷だ。
 運命はどこまでも不条理だ。
 思い描く平穏な人生などこの世のどこにある。
 一握りだけの選ばれたものだけで享受し、花が枯れるようにいつか朽ち果てる。
 誰もが願う平穏無事な未来など神様でも叶えられない奇跡の果て。
 溺れるほどの大金を得るよりも、誰にも負けぬ力を手に入れるよりも、果てしなく難しい奇跡。

 溺れるような泥沼の中を這い回るしか生きる道は無い。

 例え悪魔でも、天使でも――英雄ですらも。








「……?」

 見開いた視界は真っ白で冷たかった。

「起きましたか?」

 上から降り注いだのは冷たく無機質で、どこか透き通るような『声』。
 それに横たわっていた少女は瞬きを行い、ゆっくりと呼吸をしながら周りを見た。
 そこはレンガと漆喰で塗り固められた一室だった。
 横になっていたのは大型の動物の皮を剥いだと思しき毛皮を敷いただけの質素なベッドに、安物の毛布を少女の体に被せただけ。
 周りのものはゴチャゴチャと金属片を重ねたような道具が転がり、壁には異様な文様の赤い文字が施され、唯一生活空間らしいのはその部屋の中央に備え付けられた埃を被った暖炉ぐらい。
 天井は無機質な白であり、少女の生きていた人生の中で見たことも無い違和ある世界。
 その中で――少女を見下ろす美しい“ヒト”が立っていた。
 芸工技術に魂を捧げた【人形造師/ドール・クリエイター】が施したような美麗な眼だち、美しく整えられた鼻、青白く塗られた唇、その頭部から腰まで伸ばされた透き通るような銀色の長髪。
 計算され尽くしたような腰のくびれに、醜くならない程度に大きく膨らんだ砲弾型の乳房と丸い臀部、その体躯は細く抱きしめられば砕けてしまいそうなほどに儚い女性の理想図。
 だが、その姿を見てヒューマンと判断することは無い。
 整えられた美貌の眼孔にあったのはヒューマンではありえない無機質な球体、義眼にも使われるガラス細工の瞳が少女を見下ろし、さらにいえばその上である頭部からは兎の耳にも似た白いパーツが揺れていた。
 そして、もっとも特徴的なのは無機質な金属で出来た両腕。
 指先は金属、手の甲は鉄板、指の骨は針金を組み重ねたような網細工の代物。手首から複雑な歯車が組み合わされた機関義手。
 蒼く染め上げられた薄手のズボンと前面だけを覆うどこか艶やかな作業用エプロンをつけた機械仕掛けのヒト。

「……だぁれ?」

 呆然と半ば理解せずままに、長々とした昏倒から目覚めた黒髪の少女――ナハトが尋ねる。
 唇はかさかさで声を紡ぐ度に喉が辛かったけれど、不思議と全身に不快な感覚はなく、さっぱりしていた。

「私はラビ――マキナ・ラビッツです」

 美しき人形が答える、淡々と。
 少女が首を傾げて、体を起こした。ずるりと被さっていた毛布がその体から滑り落ちて。

「あれ?」

 ナハトは違和感に気づいた。
 毛布から滑り落ち、現れたのは何一つ纏わない自分の素肌。
 第二次性徴もしていないなだらかな乳房、桜色の小さな乳首に、きめ細かい子供の肌。
 服を着ていなかった。
 子供故に羞恥心よりも疑問を感じる感情が強く、小首を傾げる。

「貴方の服は焼却しました。それと汚れていたので私が洗浄しました――理解を」

 淡々と答えながら、ラビがナハトの体に丁寧に毛布を被せる。
 冷たく、体温などのない機械仕掛けの義手が軋みながら少女の肩を抱き、カチカチと音を鳴らしながら毛布を被せる。
 その光景はどこかおかしくて、ただの村の子供だったナハトはどこか麻痺していた恐怖感が疼いた。

「どこ? ここどこ?」

 キョロキョロと視線が忙しくなく周囲に向けられる。
 ナハトの幼い瞳が不安に濡れて、自分を囲む世界を認識しようとした時だった。


「サヴァンが戻ったぞ」


 ガチャリと音を鳴らし、部屋に一つだけ備えられている頑丈そうな扉が開いた。
 開いた扉から現れたのは奇妙な靴を履いた男。
 木製の靴に金属の外装を施したブーツ、歩くたびにガチリと奇妙な足音を立てる見慣れない形状。
 頭部から垂らすのは色抜けた栗色の髪に、そこそこ整った顔つきの礼儀正しそうな目つき、白い薄手の衣を羽織った軽装の青年。
 口調は淡々と短く、それ故に重く貫くような言い回しをする人格の持ち主。

「了承」

 ラビの返答に頷き返すと、エデンと呼ばれた栗色の髪の男は短くベッドに腰掛けるナハトを一瞥した。
 被せられただけの毛布から覗ける幼女の裸体には僅かな好奇の色も見せず、一言。

「そこの奴も目が覚めているなら着せて、連れて来い。三日も寝ていたんだ、腹も空いているだろう」

 そう告げて、狩衣の男は扉を閉めて立ち去った。
 短く、用件だけの言葉を発する青年の登場と退場の動きにナハトは事態も承知出来ずに、不安そうに傍らにいるラビを見た。
 しかし、彼女はどこかガラスの瞳を揺らめかし。

「珍しい」

「え?」

「口数が多かったです、彼にしては」

 金属製の指を動かし、カチカチとどこか入力端子でも叩くような動作を行い、ラビと名乗る機械仕掛けの造形物は告げる。

「やはり彼も【寓話仕掛けの勇士/エインフェリア】には動揺をしますか」

「え?」

 その彼女の言葉を、この時のナハトは理解出来なかった。








 そして、ラビに誘われるようにナハトは着せられた薄い藍色のスカートと羽織るような浅黄色の上着を身に付け、眠っていた部屋から出た。
 部屋だと思っていたのはどこか物置か何かだったらしく、扉の外の短い玄関を出れば既にそこは屋外。
 周りに広がるのは傾斜面の山と森の風景。
 ナハトの住んでいた村に時折尋ねてきた行商人から聞いて想像していた、山という風景そのもの。
 ぶかぶかの履き慣れないサンダルに苦労しながらも、ラビに連れられて辿り着いたのは物置小屋のあった場所からすぐ上へと上った先にある木造の小屋だった。
 山の風景に溶け込むような木造に、専門家ではないだろうが知識と技術力のある者が作っただろう大型の家。
 その少し傍にある建物からはもくもくと火が起こす白い煙が流れ、何かの作業場になっているのだろうか。
 そんな木造家屋と作業場の中間、大きく迫り出した木造家の屋根の下にある切り出しただけの簡素なテーブル。

「来たか」

 そこに座っていたのは一人の男だった。
 灰色の髪をした目つきの鋭い男性。二十代半ばほどの顔立ちに、上半身も剥き出した体には鍛え抜かれた体躯と無数の傷跡が吹き出す汗によりてらてらと濡れている。
 下半身には分厚く、質素に作られた冒険者用のズボンを穿いて、固定用の頑丈な金属のベルトを嵌めただけ。
 その脇には彼のものだろう巨大なる大剣が地面に突き刺さり、彼はテーブルに肘を載せながら、皿に乗ったヤシバニ鳥の肉を齧っていた。
 四本の翼に、豚にも似た体型と、比較的気性が穏やかなことから人里でも普通に飼育されている鳥。
 それのモモ肉を骨ごと噛み千切りながら、食事を取っている。
 どこからどうみても野蛮としかいいようがない人物と光景に、ナハトは頬を強張らせて見上げていたが。

「ラビ、さっさとテーブルに座らせてやれ。飯が食えないだろう」

「了承」

 ナハトの不安と動揺も気にせず、ラビは少女の腰を抱きしめるように掴むと、物でも運ぶように軽々とテーブルの空いた席に彼女を座らせた。

「……」

「水でも飲むか?」

「え?」

 ナハトの沈黙を催促だと判断したのか、男はテーブルの端に置いておいた金属製の水差しを手に取ると、ラビが対応して渡した木を切り抜いた木のカップに水を注ぐ。
 ちゃぷちゃぷと音を鳴らしながら満ちていくカップに、男はちょうどいいところで水差しの傾きを止めて、さらに自分の傍に置いておいた小皿の上にあった白い塊を一摘み放り込んだ。
 そして、無造作に人差し指を突っ込み軽くかき混ぜてから引き抜き、ナハトの前にそのカップを置いた。

「……ぇぅ」

 目の前で水を入れてもらったのはいいものの、なにやら知らないものを放り込まれ、さらに堂々と肉を食べて舐めていた人差し指を突っ込まれて掻き混ぜられた水。
 それに幼いなれど最低限の恥と常識を知っている少女は戸惑う。

「さっさと飲め」

 だが、目の前の男はそんなの知らないとばかりに告げる。
 顎を挙げ、催促した。
 飲め、と。

「ぅぅ~」

 泣き出したい気持ちを必死に堪え、ナハトは両手でそのカップを持ち、水に口付けた。
 ずっと水分を取っていなかった体は貪欲に水分を求めていたが、口に含み、舌が水の味を味わった瞬間違和感を覚えた。

「ぇぅ、しょっぱい……」

「塩をいれているからな」

「のみにくいよぉ」

「文句を言わずにさっさと飲み干せ。塩分を補充しておかないと死ぬぞ、クソガキ」

 ジロリと圧力のこもった視線が、ナハトの眼を射抜く。
 それに怯えながらも必死にごくごくとしょっぱい味に我慢しながら、少女は水を飲み干した。
 こくこくと喉を鳴らし、飲み干したと思ったらすぐさまカップを奪われ、再び水を注がれる。
 そしてまた塩を入れられて、掻き混ぜられるのを見たナハトの眼は泣きそうだった。

「あと温めた果物を用意しています、ナハト、頂いてください――理解を」

 そこにタイミングよく鍋かフライパンなどで焼かれ、とろりととろけた林檎や葡萄などを水でふやかしたパンで煮詰めた軽食をラビが二人の前に置いた。
 その甘い香りにナハトは喜色の色を浮かべ、サヴァンと呼ばれた目つきの悪い男は不機嫌に曇らせる。

「ガキを甘やかすか、そんな機能があったのかラビッツ?」

「生産する自律製造技巧が私の機能にして目的です。物質加工による調理もまた私の目的であり、幼子のフォローは副産的に身に付いた性質ですので気にせず――理解を」

「学習もまた創造のための技能であるってか、まあいいがな」

 やれやれとため息を吐きながら、手に持っていた鶏肉の最後の欠片を口に放り込み、骨ごと噛み砕くサヴァン。
 そして、その前でナハトは渡されたスプーンでもそもそと甘い果物の煮詰めを口に運んでいた。
 甘く、温かいフルーツの甘みと、水でふやかしたドロドロのパンは渇いていた体でも食べ易かった。
 奇妙な沈黙。
 停滞した時間が流れる。
 既に支度していたのだろうラビが運んできたテトラス草メインのサラダの瑞々しい味を噛み砕きながら、サヴァンが告げた。

「おい、クソガキ」

「ッ、な、なに?」

「一応確認しておくが、お前の名前はナハトであってるな?」

 サヴァンの問い。
 それに少女は怯えながらも頷く。

「わたしの名前はナハトだよ。おとーさんとおかーさんが、星一つ無い夜に産まれたからそう決めたって言ってたもん」

 自分の名前の由来を喋る。
 その途中でフラッシュバックし、脳裏に駆け抜けた父親と母親の惨状に少女が僅かにえづいた。
 眼が不安に濡れ、ぐるぐると視線が定まらず、呼吸が荒く、泣き出したくなる感覚。
 あの井戸の中で何十、何百と実感し続けた惨劇の感覚。
 だが、それに悲しむ暇すらもなく。


「なるほど、それじゃあナハト。お前、“何時天啓を受けた?”」


「……え?」

「“Ths”を呼び出したみろ、自分のをな。やり方は習ってるだろう?」

 サヴァンの言葉、それに少女は怯えながらもゆっくりと手を広げて。
 心の中でカチリと――イベントウィンドウを開くトリガーを引いた。
 虚空に文字が浮かび、意味ある言葉と数字の羅列となって。


『ネーム:ナハト
 スタイル:漆黒奏駆者/シャドウ・ブレイブ≪エインフェリア≫
 レベル:3/14080』


「        ?」

 自分の知らない数字とスタイルに眼を見開いた。

「これなに? わたしのレベルとスタイルは違うよ」

 ナハトの記憶によればまだ自分のスタイルはノービスであり、最大レベルも精々30ぐらいだった。
 村の皆もほがらかに笑うぐらいの強さ。
 ただの村娘として過ごすには十分なスペックであり、いずれ村の男と子をなし、平穏を紡ぐ筈の未来。
 だがそこにあったのは平穏無事な未来ではなく、地獄へと誘う英雄へのステータス。

「――やはり後天型か。先天性ならとっくの昔に知れ渡るか、家畜にされているだろうからそうだと思ったが……魔軍の襲来前後にでも天啓を受けたか。あるいはそれをイベントのトリガーにしたか?」

 サヴァンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、傍に立つラビは人形の表情のままただ佇む。
 そんな二人に何も理解出来ぬ少女はおろおろと周りを見渡して。

「ねぇ、どういうこと? これ、なぁに? エインフェリアって、なんなの?」

「――喜べよ、小娘」

 少女の問い。
 それにサヴァンはどこか乾いて、冷酷な口調で。






「お前は世界に選ばれた英雄――【影の勇者】だよ」




 幼き少女が辿る、英雄存在としての運命を告げた。




**************************
お久しぶりです。
サヴァンサイドのお話に詰まってましたが、プロットが固まったので再開です。
次回からエロ全開の予定です。

っとここでお話の流れ

サヴァン→皇帝→京楽→皇帝→サヴァン(以下ループ)のローテーションで基本話が変更されていきます。
時折番外や別ルートもありますが、ご了承ください。



[10573] 序章/漆黒奏駆者/Act3
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:8a3ba74e
Date: 2010/10/21 12:54



 その日から地に這い蹲る日々が始まった。



 何度も何度も刃を振るう。
 手足が棒になったような感覚。
 苦痛も通り越して、手の感覚もなくなって、全身が真っ赤に燃えているように熱くてたまらない。
 音。
 音、音、音。
 甲高い音が響く、手に響く、びりびりと骨に響く、それが痛くてたまらない。
 掌は真っ赤に滲んで、脚はふらふらで、息を吸っている口の中の歯は冷たい空気を吸いすぎてがくがくと浮いているような気がした。
 目の前の誰かにぶつけるために振るう――弾かれる。
 目の前の誰かを倒すために薙ぐ――躱される。
 目の前の誰かを殺すために突く――届かない。

「ぁ、ぁ、ぁ!」

 目にも止まらない剣閃、風切り音と共に手元が弾かれる。

「ぁぅっ!」

「遅い」

 握っていた木刀が弾き飛ばされ、流れるように足元を掬い上げられた少女は強い痛みと共に声を上げた。

「――もっと強く握れ。放せばすぐに死ぬぐらいの意識で、武器は絶対に手放すな。そして、足元は常に意識して踏み締めろ、体勢を崩せば畳み掛けられる」

 手首を抑えてうずくまる少女を見下ろしながら、灰色の髪をした男は告げた。
 淡々と、率直に、ぶしつけに言葉を押し付ける。

「ぅぅー……」

「さっさと立て、さもないと踏みつけるぞ」

 打ち据えられた手首には赤い痣が残り、もう片方の手で押さえる少女の目は痛みで潤んでいた。
 痛みに慣れていない当たり前の少女の挙動。
 だが、それに乱雑な男は何の躊躇も無く脚を上げて――少女の頭に靴底を叩き付けた。
 前のめりに少女が悲鳴を上げる暇も無く踏み付けられ、その顔が大地と乱暴な口付けをする。

「分かるか? この状態になれば即座に頭を上げるか、或いは体を捻って脱出するしかないが――完全に油断している相手でもなければ、既に死ぬことは決定済みだ」

 男が告げる。

「油断を誘う手段としてはありだが、それはかなり分の悪い賭けだ。引っかかるのは間抜けな奴だけ」

 少女の後頭部を踏み躙り、それを砕かない程度に体重を乗せながら囁く。

「俺は過去に三十以上同じような手段を取った奴を見てきたが全員踏み殺されるか、動く前に射殺され、或いはそのまま捕縛された」

 流れるように倒れ、踏みつけにされている少女の背中を抑え、その呼吸と過分な痛みに悶える少女に告げる。

「――! ――!」

 淡々と、冷たく、被虐の色にも染まることなく作業的に。

「このような状態には決してなるな。生死の権利を相手に与えるな、そうすればお前はただ殺され、喰われ、挙句の果てに犯される」

 ゆっくりと滲ませるように言葉を発し、男は脚を退ける。
 ようやく開放された想い、少女が頭を上げた瞬間、その胸倉が掴まれた。

「油断するなと言ったぞ?」

 まるで棒切れでも持ち上げたような軽々しさで、少女の体が片手で持ち上げられた。
 薄い男物の古着のシャツが吊り上げられた少女の体重に耐えかねて、悲鳴を上げる。
 もう少し力を入れれば引き千切られるだろう直前で、凶面とも言える目つきの鋭さを称えた男は睨み付ける。

「体躯の低さは許される理由にならない。こうして空中に吊り上げられれば回避もままならない、縄と器具さえあれば吊り上げるような仕掛けは幾らでも作れる」

 覚えの悪い生徒に教えるような丁寧口調。

「今ならば脱出する方法はある」

 男の言葉。
 それと同時に喘いでいた少女が、眼球を涙に潤ませながら右手を振り上げた。
 自分を掴み上げている男の小指を掴み、逆方向に捻り上げる――前にその小さな体が回転した。

「うにゃっ!?」

 男が手首を捻る。
 ただそれだけで少女の体が回る。風車を回すように、棒を振り回すように、少女の肢体が男の手首を中心に回転する。
 ビリビリと掴まれていた胸元のシャツが千切れて、少女の体が男の拘束からの開放の代償に放り出された。
 砂埃を上げて、丁寧に石の取り除けられた斜面の坂に叩き付けられる。

「ぅ……げほっ、げほっ」

「――正解だ。【多人種/ヒューマン】及びヒューマンに近い【亜人種/デミ・ヒューマン】の者相手ならば手指を捻り上げ、その激痛と部分破壊で免れる事が出来る」

 男が告げる。音読するような滑らかな口調で、淡々と。
 少女に握られ、折られ掛けた手の指を動かしながら言う。
 そして、倒れ、えづく少女の下に歩み寄り。

「だが、もっとも確実で成功率が高いのは武器だ。高レベル保持者ならばその関節までもが強化されていることがあるし、スキルや人種によっては並大抵の力では折ることも難しい場合がある」

 少女の首根っこを猫のように掴むと、その体を持ち上げた。
 目の前にまで引き寄せられた少女の顔と、目つきの悪い男の顔が間近で向かい合う。
 少女は苦痛と疲労に喘いでいたが、男は汗一つ掻いていなかった。

「お勧めは手首に隠せる程度のナイフか、刺突のための暗器だ。手首を切れば処置の遅い場合は出血多量で人間は死ぬことが多いし、魔物ならば打撃に強くても刺突や切断には弱いタイプもいる」

 鎧の隙間を狙え。技術に自信がないなら捕まるな。
 真正面からジッと見つめながら伝えて、少女が頷いたのを確認すると。

「よろしい」

 パッと手が放された。
 途端に三度地面に落ちる少女の体。

「ぁぅ!」

 思いっきり肘と膝を地面にぶつけて、擦り剥けた体を抱きしめながら少女は苦痛のうめきを漏らして動かない。
 いや、動けない。全身の体力は力尽きて、幾度の墜落で痛め付けられた体は心から軋んで動けない。
 それに見下ろす男は僅かに息を吐いて。

「……受け身の練習はしておいたほうがいいな」

 本当にめんどうくさそうに男は息を吐き出して、少女の腰に手を伸ばし――まるで藁束でも積むように肩にかけた。
 汗だくで、泥まみれで、どことなく熱い子供の体温を肩に感じながら男は斜面を登り、その先の山小屋に戻ると。


「ラビ、湯を沸かしてこいつを洗え」


 その中で椅子に座り、白い陶器を思わせる滑々とした両手を嵌めた銀髪の美女人形が頷く。
 その両手に握っていた工具類をテーブルの上にお気、そこに置いてある彼女の義手の一つを脇に除けながら立ち上がって。

「湯の準備なら既に終わってます」

「手際がいいな」

「こうも連続で続けば学習可能です、サヴァン――理解を」

 サヴァンと呼ばれた男が頷くこともなく。そして、それに気を害した様子もなくラビと呼ばれた銀髪の美しきヒトは少女を受け取って。

「ナハト、貴方を洗浄します。その後手当てをしますので――理解を」

 理解を――行動の意図の意味を理解し、それらを了承することを求める歯車仕掛けの製造人形の言葉に、少女――ナハトはこくりと頷いた。

 そして、金属製の大型タイラに張られた湯に浸かりながら、お湯に温められたタオルで疲れきった全身を丁寧に洗われて、擦り剥けた膝や肘に殺菌・治癒作用のある薬草の湿布を貼られてから食事を取り、泥のように眠る。
 朝日と同時に起き上がると同時に食事を取り、昼ごろまでエデンに山をひたすら歩かされ、昼から夕方までぼろぼろになるまでサヴァンによって痛め付けられ、倒れてはラビの世話になる。
 そんな日々がナハトの当たり前になっていた。
 あの英雄――【エインフェリア】という存在に少女がなったことを教えられた日から。








『ネーム:ナハト
 スタイル:漆黒奏駆者/シャドウ・ブレイブ≪エインフェリア≫
 レベル:7/14080』

 これが今の少女のスペックだった。
 二人の男と一体の女人形との強制的な共同生活を始めてから数ヶ月。
 ナハトは幾多の肉を喰らい、野生動物を捌く事によってレベルを上げていた。

「レベルとはその存在の強度だ。命を喰らえば喰らうほどに強くなり、自分の存在を高めていく。生物の格と言ってもいい。日々の食事を取り、その命を取り込めば成長し、命を奪うことによって高まる」

 ソースとレベルに対するサヴァンの教え。
 村での生活でもナハトは親の手伝いで何羽かヤシバニ鳥を絞めることも手伝っていたから知っていた。
 鍛錬と言う名の痛め付けの代わりに時折、サヴァンはナハトを連れて山の中へと狩りに向かう。
 何度かはその機会に、この見知らぬ他人……一応は命の恩人なれど、自分を痛め付ける粗暴の男から逃げようとした。
 その目を盗んで、獣道に飛び込んだが――何故か数時間も経たずに追いつかれるか、或いは飛び込む前にその首根っこを掴まれて、肩に担がれて捕獲される。
 反抗の度に鍛錬は厳しくなったり、ラビが作った食事の中で出る苦いハシル花のサラダを口に詰め込まれた。
 無言で膝の上に乗せられて、涙目でぶんぶんと首を振って嫌がるナハトの顎を掴み、鼻を摘んでから生のハシル花を口内に挿入し、口を閉める仕打ち。
 あまりの苦さに吐き出したくても吐き出させてくれない、逃げたくても腰に回された太い腕で逃げられない、まさに地獄。
 普段は多少なりとも助け舟を出してくれるラビは沈黙し、横でお茶を啜る無愛想なエデンは何も語らなかった。
 そして、ナハトは逃げることも出来ずにこの奇妙な共同生活の中で幾つかの発見をしていた。



 一つはエデンのこと。

 彼は毎朝朝日と共にナハトをラビに起床させ、簡素な朝食を取らせるとただ山道を共に歩かせた。
 サヴァンと違って武器を持たせることもなく、ただ時折歩き方の指摘や、自分の歩く道と同じ場所を歩くように指示するだけ。
 何度も人の往来で踏み固められている登山道と違って、自然のままの山道は子供の脚には辛い。
 時折急な道では転び、石に躓き、ぬかるみに脚を取られ、切り立った崖からは数度も落ちそうになってはエデンに拾い上げられた。
 サヴァンが人里から買い揃えたナハト用の靴の上から幾重にも巻いた獣革で足首や靴底を補強していたが、それが数週間と経たずに履き潰すほど。
 時折エデンは山に転がる枯れ木を拾い、その質を確かめては持参しているロープで括って持ち帰る。運ぶのが困難な重量でなければナハトにも持たせることもあった。
 それを何に使うかと思えば、サヴァンとラビの住居となっている山小屋の傍にあった小屋……炭焼き小屋で木炭に変えていた。
 彼は鍛冶師だった。
 サヴァンが数日越しの外出から帰ってきたり、エデン自身が外出から帰ってくると、山小屋からまた少し離れた場所にある川近くの作業場に篭り、鉄槌を振るっていた。
 大抵は一人で、ある時は両手の義手をよりいっそう機械じみた物に換装したラビと共に作業場に篭り、鉄を打つ音を響かせる。
 ナハトが付いて行くことはなかったが、エデンは打ち上がったと思しき包丁や小さなナイフ、鋏などを持って山を降りていくこともあった。
 そうでない時はサヴァンが持ち帰り、どこか濁った気配を漂わせた彼の武器の打ち直しだった。
 そして、その成果を試すように二人は剣を交わすことがあった。
 身の丈ほどの大剣や、投げ放つような短刀、長大な両手槍に、鉄すらも断ち切れそうな手斧、他諸々と装備したサヴァン。
 それに対峙しするのは幾重もの打ち刀を用意し、地面に突き立てたエデン。白木の柄を嵌め込んだ作り立ての刃を並べ、その出来を確認するように互いに振るう。
 それは嵐のような光景。
 ナハトの住んでいた村では見かけたことも無いレベル百以上の超人たちの戦い。
 山並みが一瞬震えると錯覚するほどに強いサヴァンの踏み込みが地面を硬く踏み固め、それに応じるエデンが両手に抜き身の刀を持って待ち受ける。
 剣戟、激突、乱舞、火花の爆ぜ合い。
 鋼の弦を掻き鳴らすような音の合唱がしばし続き、どちらかの刃が欠けるか、武具が折れるか、或いは疲労から足を止めるまで続く。
 サヴァンの武具が欠ければため息を吐き、自分の太刀が折れれば珍しく舌打ちを漏らし、疲労から足を止めればだらだらと汗を流して地面を潤すのがエデンだった。
 彼は狂ったように何かを求めて武器を造っている。

 それをナハトは理解し始めていた。







 もう一つはラビッツのこと。

 彼女――人ではなく、生物でもない自律人形のことを彼女と呼んでいいのかナハトには分からなかったが、少女は彼女として認識する。
 彼女、ラビもまた不思議だった。
 両手に嵌め込んだ機械仕掛けの義手とその目に嵌った鉱物製の眼球を除けば、僅かに響く駆動音以外にはヒューマンとは見分けられない彼女。
 幼いナハトの目から見ても美しすぎる、造形美の境地のような女性形。
 彼女の行動は不思議だった。
 話に聞く王都などにいる自律人形と言えば言われたことを行うだけの人間味のない存在だと聞いていたけれど、ラビは違う。
 彼女は朝ナハトを起床させると、まず第一に花壇に水を上げるのだ。
 さすがに観賞用ではなく大体が薬としての効用を持っていたり、食用の花ばかりだったが、それを毎日飽きもせずに世話をし続ける。
 そして、誰に言われることもなく食事の支度を行ったり、ナハトやサヴァンたちの衣服の解れを直し、サヴァンの武具の手入れや修復を行う。
 一々指示を受けずとも行動を行う不思議な人形。
 時には本を読んでいる姿も見えて、了承を求める動作を交えながらだけれどもエデンやサヴァンに調理の支度を手伝わせることもある。ナハトもその同例だった。
 彼女の両腕は魔法のようだった。
 何種類の義手を持っているのか、最初ナハトが見た機械部分の剥き出しな義手に、ヒューマンの生身部分とそっくりな外見をした白く滑らかな義手、時には三本の鋭い鋼の指しか持たない義手を嵌めることもあり、彼女は用途に応じて自身の腕を換装する。
 サヴァンの甲冑を直す際には工具のようなパーツを生やした義手を付け、その手甲部分を複雑そうに修復し続ける姿を見た。
 エデンの鍛冶を手伝う時には指先から肘までが全て鉄板を纏わせたような義手を嵌め、その肘部分から突き出た丸い穴の開いた台座部分に赤く揺らめく鉱物を装填し、その指先を灼熱色に変えていた。
 両手のパーツを変えることによって、行うべき用途に合わせる自律人形。

「私は創造するための製作された矛盾機関です――理解を」

 ラビのことを尋ねた時に返された返答がこれだった。
 その言葉の意味をナハトはよく理解出来なかったけれど、そう告げて頭を撫でてくれる彼女の軋む手は冷たいけれど優しくて好きだった。
 そんな彼女が何故サヴァンやエデンと一緒に行動しているかは少女は知らず、何も知らなくても生きていける。

 そして。

 そんな彼女の一つの役割を知ったのはある月の薄い夜だった。
 ナハトに与えられた元物置の家。
 そこで毛布に包まり、泥のように起こされるまで眠り続けるのが少女の常だったけれど、その日だけは喉の渇きを覚えて目が覚めた。

「ん」

 体が熱く、喉が渇く。
 水分が足りない、そう考えてもそもそと被っていたシャツの裾のずれ落ちを直しながらぺたぺたと素足のままにベッドから降りた。
 寝ぼけ眼で軽移動用のぶかぶかサンダルを履いて、明かりもつけずに記憶のままに玄関に向かって、ドアを開けた。

「……くりゃぃ」

 暗い。
 頭が半覚醒故の正確にならない舌ったらずな言葉が洩れるが、自分だけ分かってるからいい。
 ナハトは玄関から見える冷たい空気を吸い込み、開いたドアの向こうから見える星空も隠れた曇り空を見る。
 月だけがなんとか薄い雲の先から照らす朧な夜。
 獣の声も聞こえない静寂の中、闇に溶け込むように伸ばしっぱなしの黒髪をなびかせながら少女が足を踏み出した。

「?」

 その時、どこからか静寂を裂く音がした。
 なんとなく息を潜め、音のした方角に目を向け、静かに歩き出した。
 薄暗い闇の中で何かが輝いていた。
 ブンッと風を裂く音がして、ゆっくりと夜の闇に目が慣れ始めたナハトは理解する。
 ――サヴァン。
 いつもナハトを痛め付け、意地悪をする男が両手に大剣を握り締めて、上半身も露に刃を振り回していた。
 乱雑に、乱暴に、風を切るように、大地を踏み締めるように、風を纏わせるように廻り、剣を奔らせる。
 轟々と風が破れ、大気が裂け、強かに飛び散る汗が大地を叩く音がナハトの耳には聞こえた。

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 鬼気迫るような表情。
 獣じみた呼吸音、常にある余裕の顔だはなく苦悶にも似た険しい顔付きに、何十何百何千を超える回数を振るわれたかも分からないツヴァイハンダーの重みがその手を軋ませる。
 よく見れば滴り落ちているのは汗だけではなかった。
 血。
 剣を振るい過ぎて破れた手の皮から溢れた血が滴り落ちて、地面を濡らしている。
 気が狂ったような状態。
 それにナハトは洩れ出る鬼気を感じて傍のくぼみに身を潜め、怯えた。
 逃げ出したい、そう考えるのは当たり前。
 けれど鬼気に当てられて逃げられない、脚が震えていた、体が怯えていた、目が引き付けられていた。
 剥き出しになった犬歯を噛み合わせて、暴力の化身の如き鉄塊を振るうその姿に引き寄せられていた。
 そして。


「――サヴァン」


 彼女が現れた。
 朧なる月に照らされて、常と変わらぬ格好。
 下着も付けず、前だけを覆う作業服のエプロンに簡素なズボンだけというある意味扇情的な格好で、銀髪の女人形は狂気なる男に声をかける。
 その手はもっとも多く付けていることが見える機械じみた義手であり、軋みを上げながら持つのは小さな桶とその中に浸る薬液の布。

「洗浄をします。クールダウンを、それ以上は肉体を壊す」

「……」

 サヴァンは返事をしない。
 ただ無言で手を止めて、握っていたツヴァイハンダーを重々しく傍の地面に突き刺した。
 動きを止めた彼の傍にラビは歩み寄ると、片手に持っていた桶を地面に置いて、もう片方の手に握っていた薬液に塗れた布をサヴァンの手に当てた。
 ゆっくりと優しくその手を拭う。
 血まみれになったその手を撫で、拭い、幾度も薬液に浸けては拭う。
 真摯な看護師のように、愛する息子を世話する母親のように、或いは親密な恋人に触れるように。
 両手を拭えば、次はサヴァンの体を拭った。赤く汚れた薬液にも構わず布を浸し、彼の汗まみれの傷跡だらけの体を拭う。
 顔から首に、首から肩に、肩から手に、手から背中に、背中から腰に、腰から腹に、腹から胸へとなぞるように拭う。
 どこか神聖で、けれども淫靡な光景。
 それにナハトは夜闇の中で息を殺し、少しずつ鮮明に見えてくる光景を眺めていた。
 少しずつ綺麗に、はっきりと認識が出来るようになっていく。
 昼間の光景とは違う、見えるということではなく、分かるという感覚。
 意識しているわけでもないのに、何故か二人の発する音や零れる水滴の音も聞こえ始めていた。

(なに? これ……?)

 少女は自分の感覚に戸惑う。
 目を閉じても周りの状態が少しずつ感じ取れる、自身の異常に戸惑う。

「……ラビ」

 だけど、そんなことも知らず、拭われ続けた狂人が言葉を呟いた。
 目の前の人形の名前を呼ぶ。

「なんでしょう?」

 ラビは作業を続けながら答える、無機質に。

「抱かせろ」

 要求は一言だった。

「どうぞ」

 返答も一言だった。





 ナハトは見ていた。
 銀髪の自動人形がその肌を覆うエプロンを外される光景を。
 前面だけを覆っていたエプロンが外れれば、露になったのはその前面だった。
 うっすらと姿を見せた月光に照らし出されたのは滑らかな肌をした女性の女体。
 大きく膨らみ、計算され尽くしたような乳房。白く艶やかな実りの双球に、血の流れぬ故に出来る粉雪色の乳首と乳輪。
 抱きしめれば壊れてしまいそうな女神の胴体に、無骨な機械仕掛けの両腕を両肩の先から伸ばすアンバランスな造詣。
 それが不思議と美しかった。
 男女の美麗、性交の淫靡さなど知らぬナハトでさえもそう実感するほどに彼女は美しい。
 そして、その彼女の白い乳房が乱暴に掴まれた。血臭を漂わせたサヴァンの無骨な手、その指が豊熟なるラビの乳房を握り締めて、その形を淫猥に歪ませる。
 人間の構造を模しているのか、その人工物の双球は軟くめりこんだ男の手によって変化し、その先にある雪のような乳首もまたこりこりと音を立てる。

「気持ちいいですか?」

 穏やかな声、一本調子で何一つ変わらない平然とした人形の言葉。
 それにサヴァンは答えず、ただ乳房を弄び、獣の様にしゃぶった。
 膝を曲げ、自分の背丈よりも僅かに低い、肩に当たるような人形の肩を抱きしめ、壊れぬように、或いはむさぼるように乳房を口に含む。
 発汗機能のない彼女の肌を滑らかに濡らすように、舌を突き出し、唾液を塗り与えて、乳首を唇に含んだ。
 母の乳を欲しがる赤子のように吸い、かつて彼女を作った錬金術師による冷たい擬似肉はゆったりとした膨らみと共にサヴァンの顔を埋める。
 人形は何も求めない。ただ与えるだけだった。
 狂人を抱きしめて、その乳房を吸わせ、その冷たい愛で抱きしめる。
 その肌を吸う口付けにも静かに薄い、微かな笑みを湛えるだけ。ゆったりと意思のあるように動く、頭のパーツが揺らいで、彼女の冷たい仮面の下の感情を示す。
 そして、ゆっくりと稼動音を響かせながらサヴァンの逞しい首に両手をかけると、ラビッツはその穿いていたズボンを脱がされた。
 唯一つ人間らしく真似るように身に付けた簡素なショーツ。
 滑々とした青白い太ももに、細くくびれた腰と、そこから伸びる股間への曲線美、するすると腰から膝、膝から足首まで落下したズボンから滑らかな脚を引き抜く姿がどこまでも艶やか。
 ナハトはそれを見ている。視力ではなく、何故か引き付けられるように二人の行為を見ていた。
 獣じみた呼吸音、荒く熱帯びた息を吐き出すサヴァンに、呼吸をしない人形の排熱行為。じんわりと靡いた銀色の髪――放熱用のフィンである銀糸を揺らめかし、ピコピコと兎のような耳を動かして、ラビはサヴァンを抱く。

「いつでもどうぞ」

 冷たい声、熱のない言葉、人工物の矛盾機関の紡ぐ音声。
 だが、それにサヴァンは応えた。
 彼女の下半身、そこに納められていたショーツを引きちぎった。乱暴に衣服を裂く強姦行為。
 けれど、彼女は許す。平然と、或いはそれを模したような表情のままに目の前のかつての少年を抱きしめて。
 そこから曝け出された秘部を露にした。
 どこまでも人間のヒューマンの女性を模した秘所。生命を産む、創造の化身として女性型を模して作った錬金術師の意思のままにそれは非生物でありながらも生物同様の形状と仮初の機能性を持つ。
 白く陶器のように美しい肌とそこにあるのは毛一つ生えていないヴァギナ。
 薄く縦に伸びた線、不要物を取り込まないように閉められた入り口、それは薔薇色をしていた。
 子供のように綺麗で、頑なに貞操を守り続ける聖女のような美しさ。
 それに獣は荒ぶった。
 声にならない声と息吹の混じった吐息を発し、自分の外したズボンから曝け出した剛直を以って突き刺す。挿入する。
 その存在を視覚ならぬ感覚で察知し、感じ取るナハトが見てもおぞましく、肉じみた醜い物体。
 少女は知らぬが、暴虐性と貪欲な性欲を持つ醜い妖魔のコボルトでさえもこれほど見事で、おぞましい肉棒は持っていない。
 高レベル保持者として存在を強化され続けた一種の化け物が持つ生殖機能の顕れ。

「      」

 乱暴な挿入。
 その衝撃にガクンと揺らる人形の体躯、ぶるりと振動で唾液に濡れた乳房が揺れて、その頭頂部から生えたパーツが動いた。ピコピコとどこか活発に、乱れるように動いて。
 美しき人形の体躯を抱きしめながら、獣は犯す。
 乾いた肌を打つ音を響かせ、美麗なるものを汚すようにサヴァンはラビを犯した。
 喘ぐ女の声はない。
 泣き叫ぶ雌の嬌声は無い。
 ただ肉を犯し、どこか悲痛な獣の声を響かせる男の声にならない絶叫があるばかり。
 強姦という乱暴を働いているはずの狂人の表情は快感で歪み、極上の女を犯す性感の味を確かに覚えているものの、それは虚ろ。
 ただ熱を発する、己の中に溜め込んだドロドロとした感情を吐き出す排熱性交。ぶちまけられる白濁の精液はラビの膣に流し込まれても孕む事はない、無駄な行為。
 ラビはそれを慰めない。責めもしない。ただ応じるだけ。
 舌を持たぬが故にサヴァンの流す見えない涙を吸うことも出来ず、呼吸する機能を持たぬが故に彼に熱い吐息を与えることも出来ず、ただ熱帯びた銀糸をなびかせ、それを絡ませた金属の手指で彼の頬を撫でるしか出来ない。
 人形は愛を知らぬのではなく、愛を表現することが出来ない。
 互いに立ち尽くし、その己の自身を交わらせながらも命の通じ合いは出来ない。
 如何に犯してもソースは奪えず、或いはその命を保護すべきかつての少年に与えることは出来ない。
 ただ受け止めるだけ。声にならない渇いた叫びを受け止め、支えることしか出来ない。
 幾度も幾度も乳房を揉まれ、しゃぶられ、その美しき肌を蹂躙され、あらゆる体勢で人形はサヴァンに犯されながらも彼女と彼は通じ合えない。
 それはただの性交である。

「……」

 サヴァンから背中を向け、壁に手を付けた体勢。
 後背位と呼ばれる姿勢から乱暴に挿入され、背中から圧し掛かられたラビの膣に幾度も音を立てて剛直が挿入する。
 ぐちゃぐちゃと湿った音が響き、決して流した愛液ではなくぶちまけられた白濁液によって滑らかになったピストン運動。結合部から響く音は甲高く、彼女のグラマラスな体躯は艶やかに揺れ動く。
 胸から突き出た砲弾型の乳房は派手に揺れては、そこに手を押さえられた血まみれのサヴァンの指に乱暴に犯された。
 それでも人形は表情を変えずに、ただ頭から生えるアンテナ代わりのパーツが痙攣したように震えるばかり。
 そんな奇妙で、荒々しい常ならない性交を少女は見ていた。
 隠れて息を潜めて、逃げ出す機会も失った幼いナハトは目と耳を塞いでも伝わってくるグロテクスな世界にびくびくと震えて。
 ――ニコリとラビが微笑んだのが見えた。

「ぇ?」

 背後から犯すサヴァンには見えない位置。
 薄く、小さく、慣れない人間ならば決して笑みには見えないだろうけれど、確かにラビが微笑んだ。
 まるでどこかで見ている、誰かに伝えるように。
 優しい笑みを浮かべていた。

(なんで笑ってるの?)

 ナハトの疑問、痛々しいとしか思えない性交の光景を感じながら少女が呻く。
 彼女の笑みはすぐに消えて、一人と一体は幼いナハトには理解出来ぬ交わりに戻る。
 ナハトは静かに気づかれないようにその場から立ち去った。
 ラビの笑みの意味を、その時は理解できないまま。

 ナハトはラビッツのことを不思議な“人”だと感じていた。
 人形というよりも、少し変わった人間。
 そんな感覚を抱き、ラビはいつまでもナハトのそんな感覚を肯定するように接し続けていた。
 あの夜の性交からも普段と変わらぬ行動と態度で、同じように普通そのもののサヴァンやエデンに、ナハトに対していた。
 彼女の自身の製造目的に応じながら。





 そして。
 そして、そして。


 最後に残った男。
 サヴァン。
 意地悪で、乱暴で、目つきが悪くて、態度も悪いけれど、ナハトの命の恩人。
 彼のことを理解したのは、共同生活を始めて数年後。




 彼に初めて犯された時から、ようやく知り始めた。





***************************
次回でナハト幼少編は終了。
本軸の時間軸に戻り、皇帝編が挿入されます。

なお、ナハトの幼少編は第一話から5~6年ほど過去にあたるお話です。


10/19 誤字修正しました。



[10573] 序章/漆黒奏駆者/Act4
Name: 箱庭廻◆f5b4938b ID:aafb582a
Date: 2011/07/21 11:52
 綺麗な手なんてもう覚えていない。

 時は瞬く間に過ぎていった。
 何度も何度も何度も、数え切れないぐらいに日が昇って、夜が来て、朝が来て。
 少女はいつの間にか十二歳の誕生日を越えていた。
 肩上まで伸ばしていた髪はいつの間にか背中に届くまで伸び靡いて、少女の背丈は緩やかに成長し、その乳房は微かに膨らみ始めていた。
 みすぼらしいだけの幼子は、可憐さを孕んだ少女として成長し、そしてその四肢はその可憐さとは不釣合いなほどの無骨にささくれていた。
 ただひたすらに刃を振るい、暴力を覚え、解体の術を覚え、何かを破壊し・作るために動かされ続けた手は艶やかさの欠片もないぼろぼろだった。
 少女はただ生きて、戦って、立ち向かうための成長を刻まれていた。
 英雄としての刃となるために。








「意識を集中させろ、出ないと意味がない」

 灰色の髪の男から言葉が発せられる。
 切り立った地肌も剥き出しの崖の下、手ごろな岩に腰掛けながら粗暴な男は少女を見下ろし、気だるげに言った。

「力を意識しろ、属性を理解しろ、それを使えるのが当然と認識しろ。そのためのスペックとスタイルにお前は設定されているのだからな」

「んっ」

 男の言葉に、短刀を片手に構えた少女が短く頷く。
 何度も何度も着古しては擦り切れた裾を持つジャケットとズボン、長く伸びた髪を結わえた幼い黒髪の少女――ナハトは深く息を吸い込み、足を踏み出した。

「かげぇ!」

 大地を蹴る、否――地面の上、己が下、すなわち“影”を踏んだ。
 音はない。
 少女の思考にずぶりと濡れた泥溜りを踏んだような錯覚を与え、その次の瞬間ナハトの姿が掻き消えた。
 男の視線が次の瞬間、横に移動する。
 その視線の先、崖下の太陽から逃れるように影に満ちた陰溜まり、その地面から細い指先が躍り出て、それに先導されるように少女の肢体が現れる。
 まるで水面から飛び出してきたような動作、落下速度を反転したかのような勢いで現れ、ナハトが着地する。

「ど、どう?」

「――影を使った空間転移、これが漆黒奏駆者/シャドウ・ブレイブの固有【スキル】か」

 緊張に呼吸を荒げるナハトを見下ろしながら、灰色の男が岩から降りる。
 胸から下げていたレンズ形の魔導具に指を滑らせ、診断スキルを起動する。


『ネーム:ナハト
 スタイル:漆黒奏駆者/シャドウ・ブレイブ≪エインフェリア≫
 レベル:32/14080』


 それが現在のナハトのスペックであり、今まで刻み続けた成長の結果。
 レベル30以上、一般的な戦闘職に就く兵士としては上等と言えるレベルであり、傭兵・探求者としてはいっぱし程度の強さである。
 彼女を拾い上げ、この歳になるまでに幾度か低級妖魔であるゴブリンや地霊の類を狩らせたとはいえ、僅か12歳で一般的な成人兵士と同等以上のレベルを保有する。
 その速度はまさしく異常。
 その大半を自身の能力制御とステータスの上昇に割り当てた修練の中でさえ、この成長速度である。
 ソース的に大したことのない地霊の犬鬼や小鬼共だけではなく、そこそこのソースを持った妖魔共を狩らせていればどれだけレベルが上がっていたのだろうか。

(理解はしていたつもりだったが……とんだ出鱈目だ)

 灰色の男――サヴァンは口を噤むと、静かに歯を噛み合わせ、込み上げる不快感を押し留める。
 それは嫉妬である。それは憎悪である。それは焦がれるほどの妬みと怒りの感情。
 溢れんばかりの才覚を持つ幼き少女、それにはち切れんばかりの血肉を持った男が本気で妬んでいた。
 嗚呼、嗚呼、なぜお前はそれほどまでに素晴らしい力を持っている。
 嗚呼、嗚呼、なぜお前はそれほどまでに強くなる資格を得ている。
 嗚呼、嗚呼、なぜ、何故、何故――“己はここまで力が無い”。
 絶望にも近い現実、鉄面の如き無表情の下には血反吐を吐きそうなほどの無念の言葉があった。
 ギチギチと岩に腰掛けた灰色の男の四肢が軋む、油の切れた発条機巧の如き音を間接から響かせて、彼は熱を放つように指を折り曲げた。

「え? ど、どうかしたの?」

 その音と熱に気づいたナハトが振り返る――戸惑った視線、微かに怯えを含んだ瞳、何も理解しない純真無垢な幼子の顔。
 少女は未だに理解していない。
 己が、どれだけ希少で、どこまでも溢れんばかりの輝きを持っていて、どんなにおぞましい存在なのかということを。
 知らない。知るはずも無い。
 それが――無知という名の罪悪なのだから。

「……今日はここまでだ、飯にするぞ」

 短く言葉を吐き零し、サヴァンが立ち上がる。迷いも無く、一瞬零しかけた全ての感情に蓋をしていた。
 そんな彼の背中を追って、僅かに首をかしげていたナハトもまたぱたぱたと音を立てながら慌てて追いかけた。
 その足音と気配を感じながら、サヴァンは微かに考える。

(そろそろ……仕込んでおくか)

 脳裏に浮かぶイメージ。
 練磨、練磨、練磨。
 磨き上げた刃は美しく輝き、より切れ味を増す。
 それは人間であろうとも、刀剣であろうとも、何も変わらない。
 だが人間と刀剣は違う。道具は使わねば意味を成さぬものであるが、使えば使うほど消耗し、磨耗し、いずれ失う。
 しかし、人間は、生物は違う。刀剣に対する鍛鉄のように、経験と修練は一時の疲労や苦痛を伴うが、同時にそれを補い、以前を越える能力を与えていく。
 血肉は再生し、肉体は成長し、精神は変化する。
 幼いただの村娘だった少女が、一端の使い手になるように。
 原石を研いで、まだ形を成したばかりだったが――それは一振りの刃物として形をなしていた。

 ならば、試さなければならない。





 ――夕方。

 散々に痛めつけられて、それと共に手当てと着替えを済ませる習慣も慣れきった頃。
 機械仕掛けの自動人形ナビ、隆起した筋骨をさらけ出したままガリガリと骨ごと生肉を喰らうサヴァンに、一人火が通った食事を啜る少女ナハト。
 その中に鍛冶師の青年はいない。
 数ヶ月前、ふらりと彼は幾つかの刀剣と旅荷物を持って旅立っていった。そのため今は三人しかいない。
 最初は不安と不満だけの生活、痛みしかない鍛錬の日々だった。
 けれども、彼女はそれを受け入れ始めていた。如何なる痛みであろうとも、いずれは麻痺するように。
 感情が擦り切れるように、あるいは柔軟に形を変えて咥えていくかのように。

「――ナハト」

 慣れた手つきでナハトがナイフとフォークで焼き魚のソテーを捌いていると、不意に声をかけられた。
 濡れた声――肉汁の混じったサヴァンの文字通り血塗られた声だった。
 凡百の少女ならば即座に泣き出しそうになるほど禍々しい響きだったが、この声に罵倒され、彼の言葉に叱咤され、彼の手によって嫌いな食べ物などを押し込まれ続けた少女はぎょろりと黒曜石のように輝く瞳を向けて、桜色の唇を開いた。

「なぁに?」

 もぐもぐと食べ物を飲み込んで、微かにくぐもった声で返事を返す。

「飯を食い終わったら、外で準備をしろ」

「へ?」

 漆黒の少女が目を丸くするのと、灰色の男が生肉の骨を噛み砕く音が鳴り響いたのは同時だった。

「ラビ。薬湯と――“あれ”の準備をしろ」

「了解」

 兎耳の自動人形が返答と共に食器を片付け始めると、サヴァンはまだ残っていた剥き出しの香草を片手で掴み取り、口に押し込みながら席から立ち上がる。
 重量ある鍛え込まれた体躯が椅子から立ち上り、荒々しい革靴のブーツが絶叫じみた床板の軋みを響かせながら外への足跡を残して行く。

「……どういうこと?」

 ソテーを口に放り込んだまま、ナハトは小首をかしげた。
 けれども、言われたことを無視したままでいるわけにはいかない。
 手早く残っていたザッグスの実と岩塩で味付けをしただけの肉のスープを口から、喉に流し込むと、少女が軽やかに足を翻して椅子から降り立つ。
 音はない。ただふわりと浮かぶような体重を無視した動作に、磨かれつつある肉体制御動作を以ってその四肢を制御する。
 椅子にかけてあったエデン製の短刀入りホルダーを腰に装着し、脱いでいたジャケットを羽織る。
 彼女の身長に合わせて切り詰められ、その袖から裾にかけて幾重にも薄い金属片が縫い付けられた重みあるレザージャケット。
 本来ならばそれはその不安定な重みから動作の邪魔になるはずの重り、しかしそれを着て幾重にも修練と体重移動の訓練を行い続けたナハトにとってはより自由なる機動を行うためのカウンターユニット。
 そして、軽く手首を鳴らして、ナハトはジャケットの内側から伸びる数本のベルトを引っ張り出すと、足首から、手首、太ももなどに巻きつけて固定する。
 これは如何なる格好装束であっても、不必要に風などを孕んだり、邪魔なものを固定するための道具であり、必要時には止血帯にもなるもの。
 何が起こるのかわからないが、激しい運動になるのは間違いない。
 食べたばかりの腹六分目程度のお腹に輪を描くように自分の掌を押し付け、軽く息を吐き出す。
 そして、ナハトもまた外に出る。


 そこに一つの石像があった。


 ――否、それは月光を浴びながら佇む灰色の男だった。
 右手に長大な篭手を装着し、肩口にまで伸びる装甲を纏った逞しい体躯の男。
 左手には皮のグローブだけを嵌めて、左半身から腰にまで幾重にも刻まれた傷跡をそれを埋めるような筋骨を晒している。
 それは巨大というにはやや細く、細身というにはあまりにも硬く荒々しい。例えるならば筋肉繊維を剥き出しに荒ぶる野獣、血管から血管へ暴虐の熱を運び出し、呼吸は夜闇の中に紛れる荒々しい殺意の歌声。
 重く、圧倒的な気配を纏わせる彼の右手には長大なる大剣。否、剣と呼ぶにはあまりにも無骨であり、切り出したオベリスクのように飾り気が無さ過ぎる。
 切れ味ではなく、質量と速度から生み出される破壊力を持って押し切るためのツヴァイハンダー。
 2メインにも届かん巨大なる錬鉄の暴力、それが彼の横で佇み、その振るわれる時を待っている。
 そして、その周りには無数の――牙があった。
 それは槍だ。それは刀だ。それは剣だ。それは槌だ。それは斧だ。それは鉄球だった。
 あるものは地面に突き刺さり、あるものは大地に転がり、あるものは彼の腰にひっかけられ、あるものはジャラジャラと伸びた鎖に繋がれてその破壊の時を待っている。
 その全てはただの鍛鉄の結果生み出された、火と金属の武具。
 魔法の力は無い、奇跡の恩恵はない、ただの誰にでも使えるだけの兇器。
 それを並べて、晒して、構えるのは何の才能も得ることの出来なかった不出来の男。

「……唐突だが、チャンスをやろう」

「……ほんとうにとうとつだね」

 灰色の男の言葉、それにナハトが反射的に、あるいは調教された結果として意識の段階を跳ね上げる。
 呼吸を浅く、鋭く、リズムを読まれないように不規則にして一定のリズムを奏でて歌う。
 何故? とか、どうして? とかなどは聞かず、戦うための準備。
 理不尽なる戦闘技能と生き抜くための術を叩き込み続ける今だ得体の知れないサヴァンという戦士に、ナハトは告げた。

「チャンスってなに?」

「見切りをつける。互いにな」

 互い? 意味の不鮮明な言葉に、少女が目を細める――それでいながら油断はしない。
 そんな真似をすれば即座に蹴りつけてくる、目の前の男はそんな乱暴な奴だった。

「お前も多少は育った。レベルも上がった、だから試す」

 ――そのスタイルを、ポテンシャルを以って力を示せ。
 彼は告げる。未来に期待しないいつもの濁った瞳で、浅ましい獣のような犬歯を剥き出しに言い放った。

「それで俺を殺すことが出来れば、お前は自由だ」

 俺を殺せるならば、勝手に世界に出ればいい。

「っ」

 少女の頬に緊張が走り、唇が微かに震えた。
 自由。その言葉に憧れていた、恋するように焦がれていた。
 半ば軟禁されるようにこの山に押し込められ、日々目的も知らされぬままに鍛錬という名の調教を与えられて、もどかしいほどの温い生物殺傷行為でしかレベルを上げることが許されなかった。
 力が欲しいのに、叩き込まれるのは暴虐的な<存在強度/レベル>による<性能/スペック>ではない。
 <スキル/技能>というには小賢し過ぎる<技術/アーツ>だった。
 凡人が知恵で、鍛錬“如き”で手に入る程度の技術。
 それだけを教え込まれ、血反吐を吐くような鍛錬を叩き込まれ、何度涙と血を滲ませたことだろうか。
 故に少女は――狂喜する。

「へぇ……」

 腸に滾っているそれは憤怒であり、押し込められた不満の苗床だ。
 暴虐に押さえ込まれていた少女の不満が血管を通って全身に這い回り、レベル30程度の存在強度とは思えぬ圧力が夕闇の虚空を震わせる。
 ぶちのめす。
 その決意と本性を露に、漆黒の勇者少女が構えた。

「来い」

 サヴァンが軽く手を招き――次の刹那、目の前の少女が掻き消えていた。

「!?」

 否、掻き消えたのではない。
 歌うような呼吸――タイミングを読ませぬことに特化し、独自の動きを描き出す、サヴァンが叩き込んだ技術。
 それを用いながら息を吸い――“空気を肺に溜め込みながら、体重を下に沈めた”。
 落としたのではなく、沈めた。体の重みを踏み出したつま先から溶け出すように落とし、その靴底の下と大地の境目――“漆黒の影”に挿し込んで行く。
 今朝方サヴァンに晒した己の固有スキル/漆黒奏駆者としての条理を覆した能力。
 夕日の差込む光――サヴァンの巨躯より生まれた影、その死角となる斜め後ろの位置から音を消し、沈み込んだ体重による質量運動によって跳び上がった少女の姿。
 時間にして数秒にも満たぬ落下と上昇、合計距離は3メインにも満たぬ重力落下/重力上昇の魔現。
 振りかぶる、旋転する、必要最小限にして最大の回転機動により目測と経験則によるサヴァンの頚動脈に刃を奔らせる。
 いかに高レベルで存在強度に優れていようとも、頚動脈を断たれ、その肉体を巡る生命の根源力を損失すれば命尽きるのみ。それがヒューマンの限界。
 そして、迷うことなく殺意に満ちた先端はサヴァンの首筋めがけて飛び込み――火花散らして弾かれた。

「ぇ?」

 刺さるはずの短刀、それは竜巻のように飛び込んだ鋼の装甲に凌がれていた。
 認識を外す完全なタイミング、虚を突くための不慣れな固有スキルの即時発動。
 なのに、サヴァンは膝を落とし、腰から落ちるように旋転し――どこを狙っていたのかまるで理解していたように防がれる。
 何故!? と思考を巡らせる、それよりも早く。

「動きを止めるな」

 鋼色の腕部がしなる、肩から手首にかけてうねりを上げながら、斬りつけていた短刀の刀身を捌いて、サヴァンが動く。
 地面が震動し、轟音が鳴り響く。
 足を踏み出し、凶器なる肘を暴虐的な圧力と共に打ち込まれ、ナハトの体が吹き飛んでいた。

「――っぁ    !!!」

 受身すら取れずに、直線を描いて少女の肢体が近くの山肌に叩きつけられる。
 体の心から骨の髄まで染み渡るような衝撃と、激痛に息が詰まる、肺の中の酸素が搾り出され、酸欠で呻く。
 レベル100を超え、190近くになろうという一般市民から見れば立派な超人の一角たる男の一撃。
 それは彼女に悟られぬように丁寧に手加減をしてもなお、高々レベル30程度の二流戦士程度には強烈過ぎる打撃である。

 ――痛い、と泣き叫ぶのは簡単だった。

 衝撃を受け流すために、地表面では役に立たない受身を捨てて、山肌に叩きつけられた体を勢いに任せて流し、ダメージを全身に分散させる。
 英雄ならざる技術、それを使ってナハトは微かに息を吸える程度に耐えていた。
 そして、僅かに吸い込んだ息を持って嘆こうとして――

「るぅ、ぉおおおっ!」

 大地を削り、大きく足を踏み出しながら、巨大なる大剣を引きずり回す脅威の姿が見えた。
 つま先から、膝から、腰から、背中から、肩から、肘から、手首から、指先にまでかける連綿とした動作行動。
 腕力だけで跳ね上げるには重過ぎる、足だけで動かすにはそれは加速がいる、故に全身、異常なるパラメータに頼らぬ肉体駆動技術によって生み出された破壊の剣槌。
 それが大降りに、弧を描くような軌道と共に振るい下ろされて――ナハトが跳ねた。
 吸い込んだ息を止めて即座に吐き出し、叩きつけられた山肌に後ろ手の指をひっかけながら、つま先だけで上に飛び上がり――一回転。
 少女の体が飛び上がり、噴き上がる土煙、割れる大地。
 それに舞い上げられながら、眼下の圧倒的な破壊力に息を呑み――少女は踊った。

「すぅー/Lu―」

 呼吸を吸う/旋律を紡ぐ。
 巧みな体重移動、微妙に傾いた重心の動作、それと重みの増したコートの裾での動作運動によって制御し、ナハトが短刀を振りかぶる。
 落下、旋転、斬撃落下。
 サヴァンの額からあご先にかけて、ナハトの刃が振り下ろされる。
 されど、それは届かない。
 目を向けるまでもなく、サヴァンの体が大地に落ちる、膝を落とし切ることなくばねを使って跳躍、大剣から手を離した彼の体が逃れていた。
 滑るような動作、タタンッと空ぶったナハトの体が着地し、サヴァンもまた土煙を上げながら停止する。
 間合いが開いた。
 相対距離6メイン、少女にとっては一呼吸で辿り着ける距離であり、灰色の男にとっては一刀一足の間合い。

「どうした? そこにいたら、叩き潰すぞ」

 サヴァンが告げる。今の彼は無手、しかしその傍に転がる無数の武器。
 ナハトが見る。たった三十秒にも満たない攻防で全身から噴出した汗に溺れそうになりながら呼吸を整える。

(強い、やっぱり――)

 ナハトは思う。
 サヴァンという男の異常さを、その“ノービス”というスタイルでの異常さを実感する。

 ――ノービス。

 それは生まれたての赤子や、何一つ道の定まらない子供でしかありえないスタイル。
 無色であり、それは無力の証明。
 本来あの年で、そして武器を振るう身としてありえない存在だった。
 この世の全ての存在は“魔法仕掛けの構成神”によって管理され、その存在のあり方を定められている。
 たとえば剣を握り、剣の使い手を目指して修練を始めれば【見習い剣士/ビギナー・ソードマン】となり、魔術を習い出せば【魔知初道者/ビギナー・マジシャン】となる。
 スタイルとは生き方であり、あり方の証明だ。
 けれど、サヴァンは違う。まるで“どのような道を歩もうとも無力だ”という呪いをかけられたかのようだった。
 だからこそ各スタイルが身につけ、習得する固有の技能/スキルを何一つ彼は使えない。出来るとしても誰もが身につけられる汎用スキルのみ。
 構成神から認められ、己が技能を振るい放つ、世界はそんなルールで出来ている。
 なのに、彼はそれを使えず、ただの技術/アーツと呼ぶそれだけで戦っている。
 そして、彼は……灰色の男は強かった。

(スペックがちがう、レベルがちがう、一気に攻めおとすのはもうむり)

 幼い手足を必死に構えなおさせて、黒髪を揺らしながら、ナハトは姿勢を低く落とす。
 ゆらりと動かしながら、呼吸で旋律を生み出して、全身の血液を独特のリズムで流しだす。
 たっ、と、たった、と、たったった、二拍子、三拍子、どの拍子にも当てはまらない、切り替わるリズム。
 それが彼女のリズム、英雄の動き方。

(きざむ、そしてたおす!)

 じりっとつま先で大地の砂を掻き混ぜ――焦れたように足を踏み出そうとしたサヴァンの一足目と合わせて、駆け出した。
 先足から鋭く間境を越える男の疾走、その手は無手。
 振りかぶるような篭手の構えと共にナハト目掛けて加速し、大地を踏み潰す圧力を生む。
 ナハトが短刀を構えて、駆ける。目を見開いて、サヴァンの動きを、見る、見る――強張った。
 大気を砕くような打撃、叩き付けて急制動を駆けた前足から大きく振りかぶる右手甲、それは囮。
 体を開き、鋭く横に退けようとしたナハト――目の前に飛び込む暴風の一撃。
 サヴァンの後ろ足、振り被った手はフェイク、逆の手を後ろに回し、廻る回転蹴りの蹴撃が轟く。
 なぎ払うような軌道の一撃は確かに避けようとしていたナハトの腹部を捕らえる動きを以って放たれ。

「――はふっ!/Luxa!」

 空を切った。

「!?」

 少女の姿が消える、上に? それとも下に? ――否、背後に。
 能力ではない、ただの体術。
 サヴァンの繰り出した蹴り、それが速度を得て少女に叩き込まれるより早くナハトは駆け出し、彼の足を足場に跳ね上がっていた。
 獣じみた身の軽さに、才能の片鱗がある。

「ぬけた、よっ」

 舌ったらずな声。閃く刃。
 サヴァンの頬が裂かれ、予測外の事態に僅かに鈍った動きで前に跳び出しながら、サヴァンが振り向き、赤い花を散らす。
 ――ナハトの追撃。
 前に飛び出し、振り向こうとするサヴァン。その背後に廻るように彼女が駆けて廻る。
 まるでドッグファイト、背後を奪おうとぐるぐる廻る猟犬たちの舞――ただし命をかけるのは犬ではない。
 ナハトの刃、刃、乱撃。
 手足を狙う、指を狙う、サヴァンの機能損失を狙う。暗殺者ではなく人狩人のやり口。

「ちぃ!!」

 舌打ちと共に首目掛けて離れた短刀の刃を、跳ね上げた篭手で弾き、跳ね上げた腕を反動に体をひねる――大降りのスイング軌道。
 前から後ろに、後ろから前に上半身をひねり、掬い上げるようなサヴァンのアッパーカットが体勢を崩した少女の体に直撃する。
 ――違和感。
 手ごたえなし、打撃音なし、貫いたそれが消失する。

「っ、これは!?」

 幻惑のスキル《残影》
 視覚情報のみ空間に焼きつけ、激しい風や少々の衝撃及び時間経過によって消失する幻影。
 ならば本体はどこに?
 惑わしからの次への対処行動への反応は一秒にも満たない数瞬。
 しかし、それはナハトの求める行動にとっては十分な時間だった。
 姿を隠し、幻惑を用い、消えうせた彼女――彼女はサヴァンの真下にいた。獣のように伏せて、その体を“半身まで影に埋めながら背後へと滑り込んでいる”。
 それは水にもぐる、水面に滑り込む、それを大地という基準から影という水面を見出した異能技能者の動作。
 彼女にとって今の影は、己の領域、己のもぐるべき水面であり、這い上がるべき境界面。
 影という表面を境目に、地面より下へ己の身長以下への下降距離を持ち合わせている。小柄な幼い少女にとってそれはまさに高さを武器とする大人への安全領域だった。

「――おそいよ」

 だから、こんなことをほざける。
 サヴァンの動きより早く、背後に廻った彼女、それがつま先から影から飛び上がり、男の膝裏を蹴り貫く。
 間接への対処――生物としての限界であるが故に、サヴァンの体勢が崩れ落ち、流れるように閃くナハトの打撃が彼のこめかみをうち貫いた。
 膝が崩れ、腰が落ち、その頭部の位置が下がった瞬間、耳裏からこめかみに目掛けて撃ち込む少女の打撃。
 殺意と冷徹な生物への急所を貫き、彼の戦闘力を落とす残酷な行動結果。
 打撃の威力にサヴァンの顔がひねられ、打撃の方角に首が廻る。

 けれど、そのナハトの行動は結果的に誤りだった。

 殺すならば、仕留めるならば、無理やりにでも短刀で背後から心臓でも貫くべきだったのだ。
 どちらにしてもそれが適わなかったとしても。

「……なるほど」

 こめかみから撃ち貫かれた少女の打撃、レベル三十を超え、英雄としての異常なる成長速度を以った彼女の一撃は大の大人でも悶絶させるほどの威力を持っている。
 しかし、それを打ち込んだ相手は大の大人であっても、常人ではない。超人だった。

「いいスキルと戦い方だ」

 伸ばしていた手、それが引き戻されるよりも早く、捻じ曲がった首――否、限界まで鍛えられ、柔軟性を兼ね備えて打撃と同時にひねられた顔を戻したサヴァンの手が、ナハトの腕を掴む。
 折れんばかりに、その華奢な少女の手を拘束する。

「ふぇっ?!」

「だが、覚えておけ――」

 灰色の髪がざわめく、凶相の男が笑みを浮かべて、吼えた。

「如何なるスキルであろうとも――!」

 絶叫と共に大地が震撼する、大きく跳ね上げたサヴァンの足が大地を踏みしめ、同時にねじきれんばかりに膨張と収縮運動を行う鋼なる体躯が跳ねる。
 その腕が掴んだ幼き少女、ナハトの体を砲丸のように空へと投げ上げた。
 直線に、放物線を描くことすらなく、抵抗すらも許さない暴力的な投げ上げられて。

「っ!!?」

 少女の肢体が舞い上がる、ただのヒューマンが起こした結果とは思えぬ十数メインにも達する上昇距離。
 あまりの勢いに、じたばたと暴れるしか出来ないナハトの体は上昇をやめて、やがて落下し――眼下から跳ね上げられた一撃に叩き落とされた。

「圧倒的な力の前には敗北する!!」

 爆音としかいいようのない打撃音が鳴り響いた。
 跳躍し、体をひねり、笑みを浮かべながらの蹴り落とし。
 彼がやったのはそれだけ、だがそれだけで英雄たる少女の意識と体を叩き落した。
 ボールの球を蹴り抜いたかのごとくナハトの体がぶっ飛ぶ。硬く踏みしめられた鍛錬場の大地に墜落し、土煙を巻き上げ、悲鳴すら上げられずに失神していた。
 それを見ながらも着地……し、僅かに彼はたたらを踏んだ。よろりと。

「……はっ」

 サヴァンは静かにこめかみに手を当てて、そこに滲む血と痛みに、攪拌する意識に歯を噛み締めて耐える。
 そして、ゆっくりと自嘲するように笑みを浮かべ、気絶するナハトを見下ろしながら呟いた。

「圧倒的な力……圧倒的な才能の前に負けそうなのは、俺じゃねえか」

 そう彼は皮肉げに哂うと、ゆっくりと歩み寄ったナハトの襟首を掴み上げる。
 頭部から血を流し、微かに呼吸を繰り返す幼い少女。
 その頬に付いた土汚れを拭い、その顔を不器用に撫で……掠れるような声と共に告げた。


「だから頂くぞ、小娘」


 ナハトの脱げかけていたコートを剥ぎ取り、その下の衣服に無骨な指をかけ――引き裂いた。


「お前の力を、“俺の力”とするために」







*******************
お久しぶりです、次回はエロ予定。
それで序章終了、次の皇帝編に入る予定です。

もうエロがおまけでいい、そんな気持ちと共に執筆しています。



[10573] 世界情勢/竜王国の終焉
Name: 箱庭廻◆f5b4938b ID:aafb582a
Date: 2011/05/06 08:24
 ――愛した国は滅んだ。

 無残に、残忍に、残虐に、理不尽に滅ぼされた。
 如何に呪ってもそれは変わらない。
 過去は変わることがない。
 彼女のスペックの全てを捧げても、それは変えられない不文律。

「おや、食事は取らないのかね?」

 冷ややかな声が響く。硬質の鋼のような乾いた声、発せられれば突き刺さるような男の言葉。
 彼女は前を見る。
 其処には――独りの勝利者がいた。
 純人種には珍しい大柄な体躯、180セントにも届く背丈に、華麗に装飾された黄金を思わせる金髪。
 身に着けた高級感溢れる服装に、二十台半ばの若造の顔つきはどこまでも傲慢不敵。
 手には銀色のナイフ、それを持って突き刺した肉汁滴るステーキを無造作に齧り取り、咀嚼する――野生染みた食事方法。
 それを彼女は呪うように睨んでいた。
 否、全身全霊を持って憎悪し、呪っていた。
 視界中に広がる美しい一室、質素なれど装飾と手間の施された広々とした食堂。
 燃え上がる太陽の如き朱金の長髪、それを火喰鳥の皮紐で結い上げたポニーテールの髪型、それに彩られた顔は十台半ばの若さ溢れる少女の顔。
 幾多の戦い、訓練、誇りある人生を持って鍛え上げられた体躯は細身なれど肉食獣を思わせるしなやかな血肉を備え、されど女性らしさを忘れない曲線を帯びた艶やかな体つき。
 始祖以来の才女と称えられ、その秘めた才能を保持する黄金の瞳を称えた少女。


『ネーム:コロナ・アッシュノッド・ドラグ
 スタイル:紅竜奏焔/レッド・ドラグニティ
 レベル:752/7130』



 炎刃竜国アッシュノッド――王女コロナ・アッシュノッド・ドラグ。
 別名【紅竜奏将】にしてアッシュノッド最強である【寓話仕掛けの勇士/エインフェリア】、優秀なる血統によって獲得された人類の精鋭。
 国民の誰からも愛され、王国を守る最強の盾にして剣、17歳の若さで守護神竜にすら認められた気高き女将軍。
 その彼女は今故郷から遠く離れた異国にして、つい三日前に自らの故郷――炎刃竜国アッシュノッドを滅ぼした敵。
 【傀儡献皇帝国マトリオット】
 その王宮、王宮内部の深奥にて、皇族専用の食堂。
 其処に君臨する男――絶対皇帝ネサンガ・マトリオット・シーザー。
 その前に引きずり出され、自らのものでもない豪奢なドレスを無理やり着せられ、両手には高レベル保持者専用の制御術式が施された魔封じの手かせを填められ、その足には数千ギルム単位の重りを付けられている。

(殺してやる)

 彼女の心に満ちるのは殺意。
 素手では外せない拘束具、その重みすらも忘れて、彼女は声にならない絶叫の呪詛を響かせる。

「ふむ……私が憎いかね」

 金髪の青年王は少女の瞳に気づき、僅かに口端を吊り上げた。
 その憎悪こそ心躍るものだと告げるかのように。

「恨むがいい。だが事実は変わらない――貴方の国は圧倒的に敗北したのだ、私の帝国にな」

 指が鳴らされる。
 彼女の記憶の火種を点すように。










 アッシュノッドとマトリオット。
 この二つの国の戦争は一方的な通知――マトリオットの急襲から始まった。
 アッシュノッドに属する探求者の一団――アッシュノッドでも名を知られた熟練ぞろいの探求者のグループが、突如として各地に設置されていた警戒網の砦を襲撃。
 一切の通知も、連絡網も届かぬ突然の動きを持って砦を制圧すると同時にマトリオットから出立していた数万の仮面軍勢/レギオンズ・ペルソナが知られることもなく国境を通過。
 何千人もの魔術師が多重発動した強化スキルを用いて、疲労も食事も忘れたような神速の進撃を行った。
 それに慌てて迎撃を出したアッシュノッドの軍。
 しかし、その動きは僅かに遅れた。
 行軍の準備を整えようとした動きに合わせて、僅かにだが国で保護していた“元難民”が突如として暴動を起こす。
 かつてマトリオットに滅ぼされた国、そこから逃れ、国民として受け入れられていた人々が一夜にして凶悪なテロリストとなり、各軍施設や行軍の妨害を行った。
 信頼されていた料理人が何の前触れもなく体調を崩す毒を料理に混ぜる。
 信用されていた荷物の運び手が粗悪な兵糧を運び入れる、或いは火をつける。
 気弱だったはずの市民が突如として要人を襲う反乱者になる。
 スイッチでも入れられたような急変、錯乱したかのような心変わり。
 それに対応は遅れに遅れ、碌な準備も出来ずに出撃した部隊は確固撃破され、蹴散らされ続けた。
 普通の兵士ならば精々レベルは二十~三十。強国で謳われる国家でも精鋭部隊で70前後が限界、なのにもかかわらず仮面の軍勢は圧倒的に高いレベルを保持し、一糸乱れぬ統率を行い続ける。
 対峙したものは告げる――アレは人ではないと。
 魔術に、兵士達の攻撃に手足がもげ、死に至る傷を負っても悲鳴一つ上げずに襲い掛かる死霊たちだと。
 逃げ帰ったものは告げる――率いる者たちが捕らえられたと。
 アッシュノッドの軍勢、それを指揮する部隊長、将軍、軍師――優れたる人材たち、それに対し仮面の軍勢は一直線に襲い掛かった。
 レベル百を超える有名な戦士、無双と恐れられた槍使い、可憐な美貌と魔力を称えられた魔術師。
 それらが数十、数百、数千の霞みの如き軍勢に襲われる。
 槍の先端から手元までをも貫いた肉塊に掴まれた槍使いは鎖をかけられ、斬り殺し続けた果てに折れた剣を抱えた戦士は網を投げられ、魔力を切らし力尽きた魔術師は人の手によって捕らえられ、恐怖に泣き叫ぶままに連れ去られた。
 巨大なる鎖、船でも引くような黒金の大鎖が戦場に飛び交い、何人もの勇士を捕らえ、戦場の地に這い蹲らせ、連れ去っていった。
 男も、女も、子供も、老人でも。
 死ぬことすらも許さずに連れ去られる。
 助けようとする部下の襲撃も無視し、仮面の軍勢を率いる指揮者の本陣へと連れて行かれるのだと。
 攫われたものは誰一人として帰ってこない。
 死体すらも発見されず、侵略は進むばかり。
 略奪は行われ、食料は奪われ、略奪された場所からは人は誰も残らない。
 悪夢のような現状。
 国民達の不安、恐怖、士気の低下。
 そして、追い詰めらた――或いは出るしかないと判断した戦い。
 そこで彼女は出撃したのである――決戦、アッシュノッド王都の前の最終防衛線で。







 虎の子の精鋭竜騎士三千騎。
 率いる兵は五千、合計八千の兵。
 ありったけの軍勢をかき集め、率いるコロナの求心力を持って士気を上げるアッシュノッドの軍隊。
 それに応じるのは仮面を被り、一糸乱れぬ統率を持って率いられた静寂の軍勢。
 対照的な紅と白の軍勢は、互いの軍の名乗りを上げることもなく激突した。
 互いの槍が突き出され、強化術式が駆けられた刃が纏う鎧を貫き、肉を裂き、血を撒き散らす。

「竜騎兵、薙ぎ払えぇええ!!」

 自らが愛し、信頼する相棒の火竜を乗りこなし、空を舞いながらコロナは叫んだ。
 閃光の如き眩さ。
 数百を超える火竜ががぱりと口を開き、思い思いに戦場へ火の吐息を撒き散らす。
 耐火魔術もかけていなかったレギオンたちが燃え上がり、悲鳴も上げずに人型の焔となって舞い踊り、燃え尽きて行く。
 事前に耐火スキルとそれに対する行いを標準装備としているアッシュノッドの軍勢は、その熱と火も気にせずに切りかかり、レギオンたちの首を刎ね、手足を切り飛ばした。

(――順調!)

「おぉおおおおお!!」

 跨る火竜の背に対し、脇を引き締めながらコロナは剣を振り上げた。
 その身に纏うのは紅の甲冑、火竜の谷より取れた紅熱鉄鋼の鎧は装着者の熱を高め、優れた耐熱性能を保有する。
 そして、その右手に携えるはアッシュノッド王家に伝わる紅の宝剣――その刃先が発火。
 加速された世界、時速五百ギロンを超える火竜のトップスピードに、レベル700を超えるもののみに許された超人的な剣速。
 亜音速を凌駕し、捻出された魔力が爆発的な高熱と衝撃波を伴い打ち出される――≪ブレイズ・ウェイブ≫。
 火属性スタイル限定の、効果付与付き切断陣が縦横無尽にレギオンたちを切り飛ばし、焼き焦がした。

「うぉおおお!!」

「いくぞぉおお!」

 咆哮を上げ、続くように気炎を上げるのはアッシュノッドの騎士たち。
 無言を続けるレギオンたちに切りかかり、その軍勢を割っていく。
 それをサポートするように上空を舞う竜騎士たちが火竜にレギオンを喰わせ、焼かせ、十数メイルにも届く巨体で踏み潰して行く。
 だが、その先陣を切り開く彼女は焦っていた。

(おかしい、何故こんなにも多い!?)

 上空から見下ろす仮面の軍勢。
 その総数は数万にも届く。
 偵察兵からの報告だと、二万二千近く――“初期確認された一万八千よりも数が多い”
 幾度のアッシュノッドとの戦いで確実に消耗しているはずなのに増大する数。
 そして、なによりもおかしいのが。

(一部に耐火能力を持つ兵がいる?)

 竜騎兵の火炎の息吹、その洗礼に焼かれているはずのレギオン。
 その中に一部火を気にせず、アッシュノッドの兵を切り裂き、或いは火竜に槍を突き立てているものがいる。
 まるで“事前に耐火装備を装着していたかのように”。
 今は士気も高く、敵を押している。
 だが、数が多すぎる――早く流れを掴まなければ、押し負けるだろう。
 そのために。

「行くぞ、サーファ!!」

『KIEEEEEEEE!!』

 跨る火竜の名を呼び、その腹を叩くと彼女は駆けた。
 大きく翼をはためかせ、無意識に展開される竜族特有の風圧制御――大気誘導の能力を用いて、加速する。
 レギオンたちの矢をも置き去りに、一直線に敵本陣へと向かう。
 彼女は考える。
 不死者のように襲い掛かるレギオンたち、それを潰すには指揮官を叩くしかないと。
 そして、それがいるのは敵本陣に他ならない。
 コロナの朱金の髪が風に靡き、その身を纏う鎧が風に金属音を鳴らす。動きを阻害しないために薄い防刃繊維だけに包まれた太ももで座位を保ちながら、彼女は駆けた。
 加速。加速、加速。
 眼科に広がる白衣の集団を無視し、彼女は一番中央――櫓が組まれ、旗の立つ一つの大型テントを見る。

(本陣!!)

 全身に力を入れる。
 故郷を救うための想いを胸に、宝剣を抜き放ち、魔力を流し込む。
 業火。
 紫電が迸り、戦場の誰もが目を見張る灼熱色の閃光が迸る。
 《陽光烈火》
 彼女だけに許された、エインフェリア専用スキル――その効果は常識ならざる極炎の魔法剣。
 息するだけでも肺が焼きつき、掠るだけでも血肉を炭化させる灼熱の剣。
 一撃を持って強靭無比なる巨人族すらも絶命させる炎の魔剣。
 それを手に、彼女は飛び上がった。
 上空数百メインから跳躍し、落下速度を用いて本陣の全てを蒸発させる。

「おぉおおおおおおおお!!」

 コロナは叫ぶ。
 それが全ての決着だと信じて、落下し、爆破魔術をも用いて加速。
 雷光のように本陣のテントを突き破り、その中の全てを消滅させんと振り抜いて――




 ガギンッという音と共に停止した。





「――まったく」

 貫いた本陣。
 突き破ったテント。
 その中へと降り立ち、振り抜いていた刃は。全てを消滅させる極炎の魔剣は。

「危ないな」

 停止していた。
 本陣の中で、無造作に突き出された右手の人差し指と中指に、挟み止められていた。
 それも“仮面を被った金髪の男”に。

「――」

 コロナの思考は停止する。
 全身全霊を込めた一撃。刀身から放たれた炎熱はテントすらも全て消し飛ばし、消滅させるはず。
 なのに、コロナが放った魔剣はテントを焦がさず、ただ彼女自身がテントの屋根を貫いて――その下の男に受け止められただけ。
 岩すらも融解する超高温の刃が、素手の二本指に挟み止められている。
 悪夢のような光景。
 そして、彼女は続いて知る。

「なっ」

 周りの光景を。
 彼女が降り立った場所――薄暗い暗幕の中、差し込む太陽の光に照らされたテントの中身。
 それは地獄のようだった。
 目に飛び込むのは肌色の色彩、耳に囁いてくるのはすすり泣く声と喘ぐ荒い息、鼻腔を突き刺すのは生臭い臭い。
 テントの床一面に敷き詰められた敷物。
 その上に転がるのは鎖付きの首輪を首に嵌められた何人もの女性、少女、幼子――その全てが裸体であり、陵辱されていた。
 まず見えたのは仰向けに喘ぐ黒髪の女。
 かつては理知的だっただろう青い瞳は淫猥に蕩け、目元には涙を散らした赤い痕、閉じられた股間の秘部からは白濁した精液が垂れ流され、呼吸するのが精々。
 その横でうつ伏せに喘ぐのは金髪の乱雑に切り揃えた少女。幾多の抵抗の結果か、手足に嵌められた足かせと手かせ、それらを繋ぐ棒状のそれで無理やり開かれた股間からは痛々しく愛液を流し出す尊厳の破壊された情景。
 もう一人は銀色の髪に、白く抜けるような裸体の美女。鋭く切れ長だった目は濁り、横向きに卑猥に突き出された臀部からとろとろと白濁した愛液に混じった赤に、背中で縛られた両手が見えて、さらには大きく両足を開いた状態で固定された無残な姿。
 それと同様の、いやそれ以上にも泣き散らす女体が何人も床に転がり、誰もが喘いでいた。
 そして、その中でもっとも悲惨なのは――

「な?」

 剣を振り下ろしている先。
 そこには涙をこぼし続ける褐色の少女が居た。
 幼い――十台半ばにも満たない白髪の髪をした少女。虚ろな瞳で上を見上げ、両手を鎖で後ろに拘束され、口元に咥えられた革のベルトから唾液を、秘所からは愛液を垂れ流す。
 それが大きく股を開き、ギチギチと男根を肛門で咥えていた。
 湿った音を断続的に響かせ、だらだらと注がれた精液と交じり合った腸液を零し、苦痛と快楽に喘いでいた。

「き、キャル?」

 その少女の顔をコロナは知っていた。
 絶叫を響かせる――それは数週間前、遠き地に嫁がれていった友人の貴族。
 妹のように可愛がっていた少女、変わり果てた姿になっても一目で判断出来た。
 それが故の悲劇だった。

「      !!」

 同時に見開かれるのはキャルと呼ばれた少女の瞳。
 眼光を失いかけていた瞳が光を取り戻し、同時に絶望に彩られる。
 肉体の隅々まで汚され尽くした少女に残っていた僅かな羞恥、憧れていた人物による発覚。

「ンンー!?!」

 それが声にならない絶叫を上げさせ、瞬く眼光からは枯れ果てていたはずの涙の粒が飛び散り、だらだらと涙のように唾液を零す。
 しかし、そんな少女の絶望と悲嘆にも拘らず開発されている肛門は貪欲に男根を咥え、引き締めている。

「――知り合いか」

 その対応に冷たい声が響いた。
 キャルを犯す男根の持ち主、上半身は露に、下半身のみにベルトを緩ませたズボンを身に付けた仮面の男性が動く。
 鍛え上げられた体躯、がっしりとした片肌に、顔の前面を覆う白磁の仮面から毀れる金髪の持ち主。
 それがめんどうくさそうに未成熟の乳房を揉んでいた左手を離し、右手を軽く跳ね上げる――超高温の炎刃を掴んでいたそれを。

「!?」

 右手が跳ね上げられると同時に彼女の体が跳ね飛ばされていた。
 無造作な動き、スキルも魔法の気配もなく行われた行動――だが、その一動作でコロナの肉体が吹き飛ぶ。
 巨人にでも殴り飛ばされたかのように上へと掛かった荷重に、テントを突き破り、後ろ向きに旋転しながら紅の英雄は着地した。

「くっ!!」

 本陣の櫓を越えて、砂塵を上げながら大地に叩き付ける鉄靴。
 そこから目を離し、顔を上げた少女の表情は怒りに歪み、その全身から溢れ出しているのは燃え上がるような圧力。
 レベル700を超える超人、それはただの感情の揺らぎで周囲に影響を与えることが可能。
 全身に力を入れる、それだけで敏感な感覚を持つ常人は死を意識する怪物。
 だが、それに対し、悠然と笑いながら歩み寄るものが居た。

「まったく、まったく素敵な出会いだなぁ」

 今数秒前に飛び出したばかりのテント。
 その入り口から出てくる影がある。
 ガチャガチャと金属製のベルトを無造作に嵌め直し、肩に上着だろう浅黄色の外套を背負った金髪の仮面装着者。
 彼が全身に纏うのは陵辱の香り。
 何十何百と泣き叫ばせた女体の愛液と涙と、己が吐き散らした精液の匂い。
 生臭い、荒々しい野生じみた存在。
 それが無造作に、エインフェリアたる少女の前に佇んでいる。

「ッ!!」


『ネーム:???
 スタイル:??????
 レベル:???/??????』



 咄嗟に発動させた診断スキル――《情報偽装》によって妨害。
 相手の名前もスタイルもレベルすらも判断できない。
 ガリッとコロナは歯を噛み締め、右手に掴み続ける宝剣の感触を確かめる。
 奴は許しては置けない。
 己の愛する国を守るために。
 そして、それ以上に自分が愛した妹同然の少女を救うために。

「貴様を――斬る!!」

 咆哮と一閃。
 英雄たる少女が亜音速を超える動作速度を持って、足を踏み出し――

「ならさっさと行動しろ、間抜け」

 爆発的な速度と瞬時に再展開した爆炎による紅の挙動は、仮面の男を切り裂く数刹那前に無効化された。
 金属音にも似た轟音。
 ただの左手、つい数秒前まで少女を嬲っていた無手の掌の一撃。
 それが繰り出そうとした魔剣の刀身の横腹を叩き、弾き飛ばす。
 消滅する傍の地面、火柱が上がる大地。

「なっ!?」

「――驚いてる暇があったら、反応しろ」

 爆音。
 コロナが一瞬驚愕に反応を遅らせた瞬間、目の前に飛び込んできたのは振り上げられた靴底。
 めり込む衝撃、今までの人生に味わったこともない強烈な意識の攪拌。
 特注で鍛造された甲冑に深々と靴底を残し、女将軍の体は巨人に蹴り飛ばされたかのごとく吹き飛んだ。
 地面に激突、ゴム鞠のように撥ねる、転がりながら血反吐を吐き。

「が、はっ。つぅ!」

 すぐさまに起き上がる――だが、遅い。

「借りるぞ」

 テクテクと無造作に歩く仮面の男が、駆けつけて来たレギオンの一体から巨大なる鎖をもぎ取った。
 長さにして数十メイン、太さにして子供の胴ほどもある超大な鎖。
 それがたった一本の男に右手によって、振り上げられた。
 空気を引き裂き、無造作な腕の軌道に従い、鞭の如く空へと舞い上がる――ありえない光景。

「死ぬなよ、英雄」

 金髪の仮面装着はゆっくりと踏み込む。
 だが、それと共に地面がひび割れ、震音と共に靴底の形に陥没し、腰を廻し、全身から振り抜いた肩から繰り出した右手が大気の壁を破壊した。
 大地を震わせる轟音と共にそれは落下し、打ちつけた。

「調教ってところだな」

 口笛でも吹くような軽やかな言葉に反し、放たれたのは破壊的な高速連打。
 音速を超えた鎖の乱舞が、何度も何度も何度も大気の壁を破砕しながらコロナを打ち叩く。
 爆殺系魔法スキルでもこれほどの破壊は産み出せないのではないか。
 そう確信してしまうほどの凄まじい一撃。
 ただの一撃を持って大地に叩き付けられ、薙ぎ払う衝撃に吹き飛ばされ、血飛沫と骨の砕ける激痛に嗚咽する。
 得意とする炎熱による反射障壁もたったの三撃で破砕し、常ならば切りかかる武器のほうが熔解する灼熱の加護すらも超高速で駆け抜ける大気の冷却と多少の形状の変化も気にしない大鎖の前に脆くも敗れ去る。
 乱打、乱打、乱打。
 それはもはや嵐だった。
 ただ一人の化け物が生み出す災害だった。

「……」

 五秒経った。
 そして、残っていたのは身動き一つとれず、髪も乱れ、全身に纏っていた甲冑すらも剥がれ落ちた一人の少女だけだった。
 手に持つ宝剣だけは放さず、だが幾多にも陥没した地面に横たわり、その全身を覆う鎖帷子も、肌を隠す衣服すらも打ち破られて、血塗れた体躯。
 いまだに命と四肢が健在なのは、高レベル保持者であるが故の奇跡。
 ただの常人ならば既に原型を留めず、ただの血肉のスープとなっている。

「この程度か? エインフェリア――いや、王族だから【正統なる英雄/ロイヤルナイツ】というべきか」

 仮面の男は失望したように、仮面の内側でため息を吐き出す。
 無造作に突き出した足で倒れ付すコロナの顔を踏み躙り、見下ろした。

「立てよ、英雄。この程度じゃあ障害にすらならない」

 彼は告げる、淡々と。
 美しき少女の頬を僅か数十ギルム程度の体重で踏んでいるだけ、ロイヤルナイツたる少女には追撃にもならない行為。
 だが、それは心を傷つけた。怒りを滾らせるには十分。

「ぁあああああああ!!!」

 激情からの絶叫。
 大地に指を立て、灼熱色の熱と彩を与えながら迸る熱気――≪ヒート・アクセラレーター≫
 周囲大気が瞬時に発火し、火柱となる寸前に仮面の陵辱者は跳び退ると、ぶすぶすと煙を上げる右足の裾を叩いた。

「やれやれ――最初から死力を尽くせばいいものを」

 告げる、肩を竦めながら仮面の向こう側で男は嗤う。
 それを英雄たる少女は許せず、血まみれの体を引きずり起し、発火し続ける大気を吸い上げながらその手に宝剣を握り締めていた。
 発動したスキル、それは自身の掌握領域における全ての熱運動を加速させること。
 体温も、熱帯びた吐息も、その手に生み出す焔も、その全てが加速度的に増大し、自身だけは【紅竜奏焔】の固有アビリティ≪ヒート・エレメンタル≫の特性によってなんら損傷を帯びることは無い。
 最大火力になれば岩をも蒸発させ、その手に握る宝剣以外は全て蒸発する破滅だけを齎す災害となるだろう。
 だが、構わない。
 目の前の存在を灼滅させられればそれでいい。

「しゃいぃいいいいいいいいいいいん!!!!」

 叫び、熱を生み出す呪音を喉から発し、全身から響かせながらコロナが踏み出す。
 音速を超える、あらゆる全ての反応を凌駕する人間大の太陽となりながら――閃光の炎刃を繰り出し。

「ブレ――」




「おせえ」




 轟音。


 彼女の最後に聞こえたのはその声。
 そして、最後に見えたのは全てを断ち切る掌底の一打だった。







 そして、全てはこれにて決着した。
 炎刃竜国アッシュノッド最強の王族にして、守護将であるコロナ・アッシュノッド・ドラグの敗北によって。

 長年に渡る伝統の王国はここにて潰えた。




*************
お久しぶりです。
まだ序章の続きがありますが、気晴らしに書いたこちらが先に完成したのでフライングですがこちらを投下します。
次回はこの続きか、勇者の少女のお話予定です。
どちらもエロメインになりますのでどうぞお楽しみに。



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