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[11085] 迷宮恋姫【完結】 (真・恋姫無双 二次創作)
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/31 20:54
前書き

この物語は、真・恋姫†無双の二次創作です。
舞台はファンタジーゲームの世界であり、恋姫の登場人物達が迷宮を探索します。
そのため、原作とは設定がかなり異なります。
設定の魔改造に嫌悪を抱く方は、読まないことをお勧めします。

また、下記のような注意事項があります。
・登場人物達の使用する用語には、英語圏の言葉も含まれます。
・今回はじっくり書こうと思っているため、ストーリー展開が遅いかもしれません。
・プロットや世界設定を練りながらの更新であるため、矛盾が出た段階で序盤の話を修正するかもしれません。
・前作のように、完結まで連日更新は無理だと思います。
・途中で更新に長い休憩の入る可能性があります。
・15禁程度の表現が出てきます。
・下品な表現は卒業しようかと思っていますが、無理だったみたいです。
・ネタ表現は出来るだけ避けようと思っていますが、ついつい出てきてしまいます。
・ご都合主義が出てくる場合があります。
・登場人物(特に一刀)の性格が恋姫とは多少異なります。

以上のことが許容出来る方のみ、本文にお進み下さい。


追記
筆者は18禁を書くつもりはありませんので、ご承知おき下さい。
また、世界観や主要キャラの設定を公開するつもりもありませんので、合わせてご了承願います。
(但し、作中設定により、一刀のパラメータのみは表示しています)



[11085] 第一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 00:53
「いってぇ……」

頭痛を堪えながら一刀が目を開けると、辺り一面が緑だった。

「……どこだよ、ここは」

パニックになりそうな自分を落ち着かせるため、一刀は記憶を辿るようにして呟いた。

「俺の名前は、北郷一刀。フランチェスカ学園の2年生。部活はやっていない。趣味はゲーム。今日は朝起きて、いつも通りに学校に向かい……」

フランチェスカ学園から帰る途中、ゲームショップ寄って新作のゲームソフトを購入し、家に着くなり制服を着替える間も惜しんで早速プレイしようと電源を入れたところまでは覚えていた。
その直後、突然目の前が真っ暗になり、そして目を開ければ、世界がいきなり青い空と緑の大地に変わっているのだから、驚くなと言うほうが無理だ。
一刀は、ふと携帯があることを思い出し、ポケットを探ろうとして気がついた。

「なんだ、この服? いつの間に……」

確かにフランチェスカの制服を着ていたはずなのに、なぜか布の服を着ていた。
そう、それはまさに『布の服』という言葉がピッタリな服であった。
まるで『スタジオダブリ』の作品内から取ってきたかのような服である。
当然ポケットの中には携帯も存在しなかった。



しばし呆然としていると、馬蹄の音が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、3騎の馬がこちらに向かってやってくる処であった。
馬上には、黄色い頭巾を巻いた人相の悪いヒゲとチビ、そしてデブが乗っていた。

3人は一刀の目前まで来ると、まるで品定めでもするかのように全身を眺めまわした。
だが、一刀にそんなことを気にする余裕はなかった。
なぜなら一刀は、彼等が自分を眺めまわす以上に、彼等を凝視していたからだ。

NAME:ヒゲ
LV:5
HP:76/76
MP:0/0

ヒゲの頭上に浮かび上がる文字。
チビにもデブにも、同じような文字が浮かび上がっている。

「まだ若いな、こいつは拾いものだぜ」
「へへ、幸運でしたね、兄貴」
「よし、こいつを連れて引き返すぞ。チビ、縛っとけ」
「へい、兄貴」

(これは……『三国迷宮』のオープニングじゃないか!)

一刀が3ヶ月前から発売日を楽しみ待ち続け、先程購入して電源を入れたゲームソフト。
この状況は、ゲーム雑誌で発売前情報を読み漁った、そのゲームソフトのオープニングにそっくりなのである。
よくよく考えてみれば、今自分が着ている『布の服』も、そのゲームの世界観にはマッチしていた。

「大人しくしていれば、痛い目を見ないですむぜ」

そう言って近づいてくるチビに対し、一刀は無抵抗であった。
常人であれば抵抗しないまでも、色々と質問してしまうであろうこの状況で、大人しく縛られていたのである。

LV5の相手に対し、おそらくLV1であろう自分の抵抗は無意味であると思ったのであろうか。
もし本当にこれがゲームのオープニングであるならば、謎の美女がこの状況に割って入り、救出してもらえるはずだと思っていたからであろうか。
この状況がリアルに感じられず、夢なんじゃないかと思っていたからであろうか。

一刀の無抵抗には、それらの理由も含まれていたであろう。
だが、最も大きな理由。
それは、一般にゲーオタと称され、そこそこ不良に絡まれ慣れている一刀の処世術であった。
こういう相手は、自分がどんなアクションを起こしても、必ず暴力のリアクションを返してくる。
そのことを一刀は、17年間の人生で嫌と言う程に学んでいたのであった。

だが、例え暴力のリアクションが返ってきたとしても、一刀はここでなんらかのアクションを起こしておくべきであった。
手を縄で縛られ、そのまま馬に引きずられるようにして歩かされる一刀。
その5分後に、本来であれば一刀を救出したであろう、美女達が姿を現したからである。

「ふむ、確かにこの辺りで不穏な気配がしたのだが、気のせいであったか……」
「星殿の読みが外れるなど、珍しいですね」
「なにもないなら、それに越したことはないのですよー」
「それもそうだ。さて、我々も道を急ぐとしよう」
「迷宮都市・洛陽。良い噂は余り聞きませんが……」
「稟ちゃん、虎穴に入らずんば虎児を得ず、なのですよー」
「それは十分にわかっている。風、星殿、行きましょう」
「うむ」「はいー」

後方でそんな会話がなされていることなど、連れ去られた一刀には知る由もないのであった。



途中で鉄格子の檻がついた馬車の一行と合流した3人は、一刀を檻の中に放り込んだ。
そこには同じ境遇であろう、若い男女や幼い子供達が乗せられていた。
だが一刀には、未だにそれをリアルに感じることは出来ていなかった。
なぜなら、その子供達の頭上にも、名前やレベルなどの表示が浮かび上がっていたからである。

そして、縛られて引きずられた手の痛み、無理やり歩かされた足の痛みすらも、リアルには感じられない。
手足の感覚はもちろんあるし、そこに意識を向ければ当然痛む。
だがなんというか、その痛みは『ダメージを受けた』という表現が一番正しい気がする。
つまり一刀には、自分のHP(ヒットポイント)が下がった、という感覚が一番しっくりくるのだ。

自分自身に意識を向けると現れるステータス画面でも、それが正しいことを示すかのようにHPが減っていた。



NAME:一刀
LV:1
HP:15/28
MP:0/0
EXP:0/500
称号:なし

STR:6
DEX:8
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:なし
防具:布の服、布のズボン、布の靴

物理防御力:17
物理回避力:9

所持金:0銭



他人のものはHP・MPまでしか浮き上がっていなかったが、自分の分は能力値までが表示されていた。
考えれば考えるほど、ゲームの世界であるように思えてきた一刀は、夢なら覚めてくれと思いながら瞼を閉じたのであった。



一日一度の食事と水で、馬に引かれた鉄格子の檻で運ばれること3日。
辺りの風景も、草原から荒野へと変わっていた。
寝ても起きても変わらない状況に、一刀はようやくこれが夢ではないことを認識した。
だが、ここがゲームの世界であるかどうかの確信は、まだ持てていなかった。
ゲーム雑誌に載っていた事前情報とは異なる展開であったからだ。
このまま都市に連れて行かれ、奴隷として売られて働かされるファンタジーゲームなど、あるとは思えない。

そこまで考えたところで、一刀は無意識のうちに自分自身を主人公だと勝手に思い込んでいたことに気がついた。
確かに主人公が奴隷として隷属する『働きゲー』はないかもしれない。
だが、自分がモブキャラであるならば、話は別だ。
ゲームの序盤で、2,3行だけ登場するようなキャラクター。
それが自分であるならば、この展開にも納得がいく。

(主人公よりも、モブキャラの方が俺には相応だな)

一刀がそう思って苦笑を浮かべた時、同じ檻の中にいた子供が突然叫び声をあげたのであった。



「季衣、どうしたの?! しっかりして!」

見ると、幼い少女達の片割れが、ぐったりとしている。
少女の頭上に浮かび上がっている名前は、赤色に着色されていた。
これは、HP低下の限界を知らせる合図だった筈である。
一刀は、改めて少女のHPを確認した。

NAME:季衣
LV:3
HP:5/53
MP:0/0

(うわ、HP最大値が、こんな子供に負けてる……)

一瞬だけそんなことを考えた一刀であったが、それどころではない。
少女のHPが1/10を切ったことによって昏睡状態に陥ったことが、一刀だけにはわかった。
それというのも、見張りに殴られない程度に檻内でコミュニケーションを取った結果、どうやら彼等には頭上の名前やHPが見えないらしいことを知っていたからである。

つまり、少女がどの程度弱っているのかを正確に知る者は、一刀だけしかいないのだ。
小心者でゲーオタでもある一刀であったが、決して薄情ではない。
そんな一刀に、少女を見殺しにするような真似は、出来るはずもなかった。
一刀は、多少殴られることも覚悟して、見張りに少女の容体を訴えかけた。

「なぁ、あの子の様子がおかしいんだ。なにか回復薬は持ってないか?」
「んなもん、ねぇよ」
「じゃあ、せめて水をくれ」
「うるせぇな、そんな餓鬼の一匹や二匹、死んだって構いやしねぇよ!」

そんな見張りの言葉を聞いた、もう一人の少女の顔色が絶望に染まった。
だが、一刀には事前に得ていたゲームの発売前情報の知識があった。
もしこれが本当にゲームの世界だとすれば、この理屈が通用するはずである。
通用してくれ、そう祈りながら、一刀は見張りの説得にかかった。

「なぁ、アンタ。人買いの親分から、『特に若い女と少女を集めろ』って言われなかったか?」
「……それがどうした」
「理由はわかるか?」
「んなもん、俺には関係ねぇ! さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
「迷宮に潜る探索者は、条件を満たすと古の神達から『加護』を受けることが出来るようになるんだ。男でも受けられないことはないが、若い女や少女の方が『加護』を受けやすいと言われているんだよ。彼女は見たところ、潜在能力が高そうだ。きっと迷宮都市では高く売れるだろう。アンタの一存でそれを見殺しにしたら、親分に叱責を受けるんじゃないか? なぁ、頼むよ。水だけでいいんだ」
「……ちっ、そらよ! お前が責任を持って面倒みろよ!」

檻の中に放り込まれた水袋を手にし、少女の元に向かう一刀。
水を口に含ませ、自分の服の袖を切って水で湿らせて少女のおでこに乗せた。

「あ、あの、ありがとうございます! 私は流琉、この子は季衣って言います」
「ああ、俺は北郷一刀。よろしくな」
「北郷一刀さん、ですか? ずいぶん長い名前ですね」
「ああ、名前は一刀だよ。北郷は苗字」
「苗字? それってなんですか?」
「あー、まぁともかく、一刀って呼んでくれ。後、見張りを刺激したくないんだ。会話はなるべく控えよう」
「あ、はい、すみません……」

NAME:流琉
LV:3
HP:21/49
MP:0/0

HPが半分を切って、NAMEが黄色く染まっていた流琉も、かなり体調が悪そうである。
そんな流琉にも水を飲んで休むように言うと、一刀は季衣の口に更に水を含ませるのであった。



自分の分の食事も季衣に与えつつ、それから更に3日が過ぎた。
一刀自身は空腹のため『HP:6/28』にまで減ったものの、おかげで季衣は徐々に回復し、ようやくNAMEが白字に戻っていた。
リアルであれば、とても3日間の絶食など耐えられなかったであろう。
だが一刀には、お腹が減ったという感覚すら、どこかデータ的な感じがしていたのだ。
また、NAMEが黄色の状態であった流琉の時と比べても、現状でNAMEが黄色になっている自身の体調は、そんなに悪い様には感じられない。
NAMEが白字の時に比べて、ちょっと痺れてるかな、程度であった。

「兄ちゃん。ボクはもう大丈夫だから、兄ちゃんもご飯食べて」
「そうですよ、兄様。ちゃんと食べないと、死んじゃいますよ」

見張りに咎められないように、こっそりと一刀に訴えかける季衣と流琉。
そんな2人を見て苦笑しながら、一刀は差し出された黒パンを齧った。
その味もやはりデータ的ではあったが、2人の思いやりという調味料がかかっていたせいか、黴の生えかかった黒パンがとても美味しいと感じる一刀であった。



更に幾日か過ぎ、遂に目前に城壁で囲まれた巨大な町が見えてきた。

「……あれが迷宮都市・洛陽か」
「そう、お前等がその一生を終えるまで隷属する町さ」

思わず口にした一刀の呟きが聞こえたのであろう、見張りが言葉を返した。
その言葉を聞いて脅える子供達をみて満足そうにした見張りが、目を前方に戻した。

(なぜか『三国迷宮』で奴隷生活、か。これがVRMMOだったら狂喜したんだけどなぁ)

溜め息をついた一刀と、そんな一刀にしがみ付く季衣と流琉。
彼等を含む新しい奴隷達は、町の入り口で奴隷商人に引き渡され、迷宮都市・洛陽の中へと姿を消したのであった。

一度入ったら二度と出られぬとの噂が立つ、悪名高き迷宮都市・洛陽の中へと……。



**********

NAME:一刀
LV:1
HP:6/28
MP:0/0
EXP:0/500
称号:なし

STR:6
DEX:8
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:なし
防具:布の服、布のズボン、布の靴

物理防御力:17
物理回避力:9

所持金:0銭



[11085] 第二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 01:05
漢帝国の旧都・洛陽。
数年前、繁栄を極めていた花の都に、突如巨大迷宮が姿を現した。
と同時に、都に建てられていた神殿の巫女達に、太祖神の啓示が下ったのである。

曰く、古の神々の最終戦争を代理せよ、と。

伝承には、このようにある。
その昔、まだ大陸がその形を成して間もなき頃、神々の王を決めるため、彼等はその身を肉に宿して大陸の覇権を賭けて争った。
だが、100年もの間続いた戦いは、遂に決着がつかなかったと伝えられている。

ある話では、魏の曹操が呉を圧倒して支配地を広げたとあり。
ある話では、呉の孫権が蜀を滅ぼしてその勢力を併合したとあり。
ある話では、蜀の劉備が魏を臣従させたとあり。
いや、袁紹こそが天下に最も近かった、やれ、呂布こそが天下無双であった、本当は董卓こそが……

様々な逸話が残っているが、どの話も終わり方は一緒であった。
それは、数多の英雄神達が互いに討ち合ってその死を迎えた時、最後まで残っていたのは神である司馬懿と人間の女との間に出来た半神である太祖神・司馬昭であったということである。
司馬昭は、戦乱に巻き込まれた人々を哀れに思い、生き残っていた神々を次々と打ち倒し、神のためではなく人のための国を興して乱れきった大陸をまとめあげると、国政を人の手に委ねてその姿を消した、とされている。

世に『三国志』として伝えられ、おとぎ話だと思われていたその伝説。
それが太祖神の啓示によって、本当のことであったとわかったのだ。
そして古の神々の争いは、彼等がその肉体を失ってからも続き、今もまだ決着がついていないと言うのである。

巫女は神託を告げる。

「ぬっふぅん。このまま古の神々が争いを、続けては、天が裂け、地が荒れ……ぐむぅ、太祖神の意思が強すぎて、儂の体がもたん。貂蝉よ、続きを頼む……ぐふっ」
「うっふぅん、わかったわん。人よ、迷宮に潜り、祭壇にて古の神々の加護を受けよ。そして、扉を、開けよ……ぶるらぁ……」

巫女達の尊い犠牲のもとに得られた情報は、以上であった。
もちろん天が裂けて地が荒れれば、困るのは人間である。

だがそれ以上に、相手が神であることが重要であった。
加護を受けた神を勝利に導いた人間は、どんな願いでも叶えて貰える、と囁かれるようになったのである。
そして迷宮の出現以降、経験を積んだ武人が神殿に赴くと、太祖神からの贈物が得られるようになったという事実が、その噂を爆発的に広めたのであった。

長安に遷都した漢帝国の皇帝は、とりわけ欲の強い人物だった。
不老不死を欲した皇帝は、漢帝国軍数万を迷宮へと突入させたのだ。
だが、狭い迷宮の中ではその大軍は不利にしかならなかった。
扉どころか、迷宮のどこかにあるという祭壇にすら辿り着けず、軍は壊滅したのであった。

その報を受けて愕然とする皇帝。
欲は消えぬものの、迷宮の存在に脅えるようになった皇帝に対し、現在の洛陽都市長は代々蓄えていた身代を使って洛陽の自治権を買い取り、都市の周囲を城壁で覆い尽くしたのである。

表向きは迷宮より這い出て来るやもしれぬ怪物を食い止めるため。
本当の目的は迷宮があることによって発生する利益の独占であった。

漢帝国から送られてきた精鋭の兵士達。
一攫千金を狙う冒険者達。
大陸を守るために立ちあがった勇者達。
そして、探索者ギルドに売られてきた剣奴達。

彼等は、今日も巨大迷宮へと挑んでいく。



「そしてその巨大迷宮は、いつしか『三国迷宮』と呼ばれるようになったってわけさ」

競りにかけられる直前の奴隷達が集まっている広場で、一刀は季衣と流琉に迷宮都市・洛陽と三国迷宮について説明していた。
季衣達が探索者ギルド以外に売られるのであれば、それでよい。
いや、よくはないが、歓楽街などに売られて貞操は危険であっても命の危険はさほどでもない。

だが、見張りにも説明したように、加護を受けられる可能性が高い季衣達は剣奴として探索者ギルドに売られる可能性が高い。
なぜなら、ギルドが所有する加護持ちの剣奴が増えることは、そのままギルドの利益となるし、加護持ちが自分の身を買い戻そうとすれば、それはそれでギルドの利益になるからである。
ちょっとでも生き残る確率を上げるためには、このような知識が必要不可欠であろうと、一刀は季衣と流琉に教えていたのであった。

「兄ちゃん、賢い!」
「ふわぁ、兄様、博識ですね」

発売日を楽しみにしながら毎日のようにゲーム雑誌の情報を読んでいた一刀は、すっかり記事を丸暗記してしまっていた。
そんな一刀の語り口調に、季衣と流琉は感心していた。
そして、感心していたのは季衣と流琉だけではなかった。



「へぇ、貴方ずいぶんとここに詳しいのね。じゃあ、これは知ってる? その数万の大軍を以てしても見つけ出せなかった祭壇を、約1年前に1人の少女が発見し、覇神・曹操様の加護を得たって話。その子は、貴方達とほとんど年が変わらないのよ」
「凄いなぁ。ボク達も頑張ろう、流琉!」
「でもその子が迷宮を踏破してくれれば、私達も解放されるかも……」
「あら、私の勘だと、貴方達なら祭壇に辿り着き、加護を得ることが出来そうよ。加護さえ得られれば、自分の身を買い戻すことも不可能じゃないわ」

突然一刀達に話しかけてきた絶世の美女。
桃色の髪を腰まで伸ばして大胆に胸を露出させ、好奇心溢れる瞳でこちらを観察しているその美女を見て、一刀は唖然とした。

もともと一刀は、チャットは別として、面と向かっての対人スキルが高くない。
フランチェスカの先輩で学生会長である不動先輩に「男ならシャキっとしろ!」と叱られても、愛想笑いで誤魔化して逃げてしまうような男である。
季衣や流琉のような子供が相手ならまだ平気であったが、同年代や彼女のような大人の女性は苦手であったのだ。
それでも常ならば、話しかけられたことに対しての返事くらいは出来たであろう。
だが、一刀を口も利けなくなるほどに驚かせたのは、彼女の美貌だけではなくその名前であった。

NAME:雪蓮【加護神:孫策】
LV:20
HP:361/361
MP:0/0

発売前情報で出ていた主要人物の1人、雪蓮の名前に驚愕したのだ。
季衣や流琉に洛陽や迷宮の情報を説明するくらいには、一刀もここがゲームの世界であることを受け入れていた。
いや、受け入れたつもりになっていた、というのが正しいであろう。
それが主要人物の登場によって、遂にここがゲームの世界であることが確定されてしまったのである。
現実を突きつけられて呆然としてしまった一刀は、雪蓮に対して反応することが出来なかったのであった。



呆けている一刀に対する興味を失った雪蓮は、季衣と流琉に向かって言った。

「貴方達は、私に付いてきなさい」
「え、でも、ボク達は今から競売に出されるんじゃ……」
「私は探索者ギルドの者なの。競売前に有望そうな人材を引き抜きに来たのよ。貴方達は幸運だわ。探索者ギルドの剣奴にはなるけど、この段階で引き抜かれた者達は、他の剣奴達と比べて優遇されるのよ」

一刀の存在を無視しているかのような雪蓮に、流琉は疑問を投げかけた。

「え、私達だけ、ですか? 兄様は……」
「うーん、悪いけど、男の子はよっぽど特別なことがない限り、引き抜けないのよ」
「そんな……。なんで男性だとダメなのですか?」
「加護神に問題があるのよ。英雄色を好むというか、強力な加護神は女性贔屓らしいのよね。まぁ、誰かが直接神様に聞いたわけじゃないんだけど。もちろん男性でも加護が受けられないわけじゃないわ。例えば……」



先の漢帝国による迷宮踏破軍が失敗に終わった後も、漢帝国は精鋭を選りすぐっては迷宮都市・洛陽に向かわせていた。
その中でも、もっとも将来を期待されていた若き校尉がいた。
仁義に篤い彼が祭壇に辿り着いた時、誰しもが劉備の加護を得るだろうと思っていた。

だが、彼の加護神は何進であった。

「何進様って、どんな神様なんですか? ボク、聞いたことないです」
「どの逸話でも、真っ先に殺されてしまう神様よ」
「「……うわぁ」」
「今じゃ彼は、商店街のお肉屋さんで働いているわ」
「「……」」

また、その校尉とライバル関係にあった騎都尉も、将来を嘱望されていた1人であった。
甘いマスクで夜の町に名を馳せていた彼は、それ以上に明晰な頭脳の持ち主であることで有名であり、誰しもが諸葛亮の加護を得るだろうと思っていた。

だが、彼の加護神は張譲であった。

「張譲様は、有名な神様なんですか?」
「宦官の神様よ」
「「……うわぁ」」
「今じゃ彼は、歓楽街のオカマバーで働いているわ」
「「……」」



「だから悪いけど、彼は競売だわね。でもおそらく、ウチのギルドに来ることになると思うわ。ちょっといい男だから、幸運だったらそこらの有閑マダムに引き取られるかもしれないけど」
「……お願いします、兄様も一緒に連れて行って下さい!」
「ボク達、兄ちゃんと一緒がいいんです!」

必死で雪蓮に頼みこむ2人。
一刀も一緒でなければ雪蓮の誘いは断るとまで言い出した2人を、ようやく虚脱状態から戻ってきた一刀が制した。
ここで雪蓮に臍を曲げられでもしたら、2人の生き残る確率がぐんと下がってしまう。

「いいんだ、季衣、流琉。俺のことは気にせず、行ってくれ」
「そんな、兄ちゃん……」
「兄様……」
「ほら、早くしろ。それに俺、戦闘なんてしたこともないし、剣奴以外で売れた方がラッキーだしな。だから、気にせずに行けって」

そうやって季衣と流琉を宥めた一刀は、改めて雪蓮と向かい合うと、深く頭を下げた。

「こいつらのこと、どうかお願いします。少しでも長く生き延びられるように、色々と教えてやって下さい」
「……貴方、名前は?」
「え、あ、一刀と言います」
「私は雪蓮よ。2人はこの私が責任を持って預かる、とは言えない。私自身がギルド長預かりの身分だし、そんな権限はないもの。でも、貴方に免じて出来る限りのことをすると約束するわ」
「……ありがとうございます」
「礼はいらないわ。その代わり、貴方も2人に対して約束なさい。もし貴方が剣奴になってもならなくても、精一杯生きる努力をして、いつか自分の身を買い戻すって」
「兄ちゃん、ボク達また会えるよね?」
「兄様に、いつか私の手料理を食べて欲しいです。だから……」
「ああ。なんとか生き残って、自由の身になると誓う。だからお前らも、頑張って生き延びろよ」



実は一刀が雪蓮に引き抜いて貰う方法は、ひとつだけあった。
それは、他人のLVやHP、MPが視認可能であるという特技を打ち明けるという手段である。
だが、一刀はそれを選択しなかった。

主要人物の1人である雪蓮があそこまで言う以上、季衣や流琉の身は安全と考えてもいいだろう。
そして自分の身の安全を考えた場合、この特技を他人にバラすことは、危険であると言わざるを得ない。

それはMMORPGをやり慣れていた一刀であればこその思考であっただろう。
サーバ内で自分だけしか持っていないレアスキルやレアアイテムがあったと仮定すればわかりやすいと思うが、そんなものは嫉妬の対象にしかならないのである。
ゲーム内であれば嫉妬されるのもいいが、この世界でそんなことになったら致命的だと一刀は考えたのであった。



雪蓮に連れられて広場を出ていく2人を見送る一刀。
この判断が、一刀の今後にどう影響するのか。

それはまだ、誰にもわからないのであった。



**********

NAME:一刀
LV:1
HP:8/28
MP:0/0
EXP:0/500
称号:なし

STR:6
DEX:8
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:なし
防具:布の服、布のズボン、布の靴

物理防御力:17
物理回避力:9

所持金:0銭



[11085] 第三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/24 20:05
広場に連れて来た奴隷達を、適度な距離を開けて整列させ、それぞれの目の前に値札を置いたら、あっという間に奴隷市場の出来上がりである。

一刀の前に置かれた値札には『80貫』と書かれていたが、それが高いのか安いのか、一刀にはわからない。
客達は気に入った奴隷がいたら、値札に上乗せした価格を書き足し、最終的に一番高い値をつけた者が、その奴隷を手に入れることになるのである。

奴隷にされると聞いた時には、ちょっと嫌だなぁとしか思わなかった一刀。
だが、実際に自分に値段が付けられて売り物にされてみると、それは一刀にとって耐え難い屈辱であった。

自分を品物のように観察する目。
自分を家畜のように体つきを確かめる手。
自分を人間として見ていない態度。

好きな言葉は『平穏無事』、座右の銘は『事なかれ主義』の一刀といえども、人は生まれながらに平等であると教えられてきた現代人である。
一刀にしては珍しく反抗的な態度(といっても、客を睨みつけるくらいであるが)をとり続け、それは諦めきって運命を受け入れている他の奴隷達の中で、一際目立っていた。
そして、そんな一刀を客達は敬遠したため、一刀にはなかなか値段が付かなかったのであった。

「……もしお前が売れ残ったら、覚悟しろよ。次の市まで、お前の立場ってもんをじっくりと教えてやるからな」

奴隷商人も、一刀の態度が目に余ったのであろう。
客に愛想のよい笑顔を向けながら、一刀だけに聞こえるように囁いた。
だが、心の中で怒り狂っている一刀にそんな言葉は通用しない。
後悔することになるかな、という考えが一瞬だけ頭を過ぎったがそれもすぐに消え去り、一刀はギラギラとした目で周囲を見渡していたのであった。



「……貴方、良い目をしてるわね」

そんな一刀に話しかけてくる客がいた。
大人になりかけの小柄な少女、という外見であったが、実際に向かい合った者には、その少女が小柄だなんて、とても思えないであろう。
その広場にいる誰よりも存在感があり、その場にいる全ての者を屈伏させてしまうような覇気を、その少女は持っていたのである。

NAME:華琳【加護神:曹操】
LV:22
HP:353/353
MP:95/132

雑誌に紹介されていた3人の主要人物の中でも、トップで能力値の高い少女であったが、そんなことは今の一刀には関係ない。
一刀は、あっちに行けと言わんばかりに華琳を睨みつけた。
それがますます華琳を面白がらせることになった。

「ふふ、男はウチにはいらないけど、1人くらいなら買ってもいいかもね」
「華琳様。こんな奴、どう見ても足手纏いにしかならないです。我等のクランには必要ありません」
「春蘭、もう少し遊び心を持ちなさい」
「いえ、華琳様。姉者の言うことは正論です。他はどうあれ、迷宮内においては遊び心など慢心と同じこと。油断は死に繋がります」
「……秋蘭までそう言うんじゃ、仕方ないわね。貴方、名前は?」
「一刀だ。そう言うお前は?」

一刀の奴隷とは思えない言葉使いに、注意すべき奴隷商人すら唖然として声も出なかった。
反問した一刀の言葉に、大笑いする華琳。

「ふっ、くっ、あはは! 私の名は華琳よ。一刀、貴方、この私と自分が対等だと思っているのね。本当に貴方は面白い、久しぶりに笑わせて貰ったわ。一刀、私のことは華琳と呼んでいいわよ」
「お前が俺を一刀と呼ぶ以上、そんなのは当たり前だ」
「ふっ。貴方を気に入ったわ、一刀。だから、私は貴方を買わない。自力でその境遇を脱して、私の所まで這い上がってきなさい。そして、貴方が口だけの男でないことを証明するのよ」
「言われなくても、そうするさ」
「ふふ、貴方と私が本当に対等になるその時を、楽しみにしているわ。せいぜい頑張りなさい、一刀」



一刀を殴り倒そうか、いや一応商品だし市が終わるまで我慢か、などと自身と相談する奴隷商人をよそに、上機嫌で立ち去る華琳を眺める一刀。
その傍で、一刀の無礼さに憤る春蘭と宥める秋蘭も、やはりハイスペックな能力の持ち主であった。

NAME:春蘭【加護神:夏候惇】
LV:21
HP:421/421
MP:0/0

NAME:秋蘭【加護神:夏候淵】
LV:21
HP:303/303
MP:0/0

彼女達は、売られている奴隷達を眺めながら批評をしていた。

「さっきの彼はある意味で面白かったけど、ウチのクランに招くような人材はいないわね」
「目ぼしい者は市の前にギルドが引き抜いているという噂は、どうやら本当のようですね」
「やはり良き人材は、迷宮内で探すしかな……春蘭、秋蘭、待ちなさい」

一刀からやや離れた所で足を止める華琳。
ゲームのやり過ぎで目を悪くしていた一刀だったが、この世界に来てから視力も回復したようで、華琳が誰に目を付けたかまでが、はっきりと見えた。
華琳に注視されていたのは、幼い顔立ちを猫耳フードに隠した、とても迷宮で生き残れるとは思えないような細く小さい体の少女であった。

NAME:桂花
LV:1
HP:13/23
MP:28/28

「この娘が欲しいわ」
「へい、現在買い手なし、元値は50貫です」
「倍払うわ。だからその娘を、すぐに売って頂戴」
「へ? そりゃまぁ、そこまでおっしゃるなら、こっちとしてもありがたい申し出ですからお受けしますけど、本当にこんな娘に100貫もいいんですかい?」
「いいのよ。秋蘭、払いなさい」
「……華琳様、この娘で本当によろしいのですね?」
「間違いないわ。いいから早くしなさい」

秋蘭は、100貫相当の宝石を都市から派遣された幾人かの宝石鑑定士に確認させ、奴隷商人に渡した。
これは珍しいことではない。
貨幣の最大が金貨であり、それが1貫であることから、大きな値が動く市などでは宝石を支払いに使用するのが通例であるのだ。
都市側も大きな市に鑑定士を派遣することでマージンが得られることから、それを推奨していた。

「いいか、お前。このお方は曹操様の加護を持つ、この都市でも有数の探索者だ。お前みたいなチビが生き残れるとは思わんが、せいぜいお役に立てよ」

ホクホク顔の商人とは対照的に、疑いの眼差しで桂花を見ていた春蘭。
如何にも弱々しい桂花の姿に我慢が出来なくなった春蘭は、思わず華琳に問い質した。

「華琳様、本当にコイツが、我等の探していた魔術師なのですか?」

春蘭のその言葉に、周り中の人々がざわめき出した。
ホクホク顔だった商人も、顔色を変えて桂花を凝視した。

「馬鹿ね、春蘭。言わなくていいことを……」
「そ、そんなわけあるか、こんなチビガキが魔術師だなんて。はっ、そんな間違いをするようじゃ、曹操様の加護も知れてるぜ」

春蘭を諭していた華琳は、そんな商人の言い草を聞き咎めた。
そして秋蘭が止める間もなく、神経を集中させた。
見る見るうちに華琳の体に光の粒子が纏わりつき、華琳は閉じていた眼を開いて呟いた。

≪-吸魔-≫

桂花から黒い光が湧き出て、華琳に流れ込む。
そのエフェクトは一刀以外にも見えていたようで、商人の顔色は一気に悪くなった。
華琳のスキルである『吸魔』は、魔力を持つ相手にしか発動しないことで広く知られていたのだ。
探索者ギルドが定期的に高い金を華琳に支払い、手持ちの奴隷に片っ端から吸魔を掛けさせて魔力のある者を探していたため、華琳のこのスキルは有名であった。
貴重な魔術師であれば、50貫どころか500貫、場合によっては1000貫でも売れたはずであるのだから、その商人の態度にも納得がいく。

「ふん。魔力の親和性が高い者同士は、傍にいるだけでお互いの魔力が反応し合うのよ。そんなことも知らず、自分の扱っている奴隷の価値もわからないなんて、奴隷商人として失格ね」

そう言い残して、華琳はその場を後にしたのであった。



それからも、時折やってくる客達を睨みつけて追い払っていた一刀。

尤もその客達とは、むっちりし過ぎた巨体でブフーブフーと息も絶え絶えのマダムであったり、妙にシナを作ってお姉言葉で話すジェントルマンであったりしたので、いつも通りの従順な一刀であったなら、色々な意味で危険であっただろう。
だが、客を追い払うたびに、奴隷商人の視線が険しくなってきていた。

このまま売れ残ったら、地獄を見ることになるであろうことは、一刀にもわかっていた。
最悪、次の市に出品されることもなく、そのまま処分されてしまうかもしれない。

(ふん、なるようになれってんだ!)

小心者こそ、キレると手に負えない。
すっかり自暴自棄になっていた一刀であったが、そんな自分に鋭い視線が送られていることに気がついた。

視線の主、それは雪蓮であった。
まるで自分を非難するようなその眼に、一刀は我に返った。

(そうだ、精一杯頑張って生き残るって、季衣や流琉と約束したじゃないか)

その舌の根も乾かないうちに、その約束を反故にするような自分の今までの態度に、一刀は青ざめた。
だが、そろそろ市も終盤に近い。
一刀の態度が悪いことも客達に知れ渡っており、今更反省したところで、既に手遅れであった。



そんな一刀の様子を見た雪蓮。
仕方ないなぁと苦笑いを浮かべ、雪蓮は連れの2人を一刀の元へと誘導した。

NAME:美羽【加護神:袁術】
LV:12
HP:149/149
MP:0/0

NAME:七乃【加護神:張勲】
LV:12
HP:266/192(+74)
MP:0/0

美羽も七乃も、LVが今までみた加護持ち達よりも明らかに低い。
しかも七乃のパラメータには、見たことのない補正がついていた。
雑誌には紹介されていなかったが、彼女達もまた主要人物なんじゃないかと思い、一刀は美羽達を注視した。

「美羽ちゃん、彼なんかどう? 私の勘だと、きっとギルドの役に立ってくれると思うわよ」
「ふむぅ、男じゃが……雪蓮の勘は馬鹿に出来ぬからのぉ。七乃、どう思う?」
「80貫くらい、美羽様の好きにしちゃっていいと思いますよ。ただ、この奴隷はさっきから反抗的だと評判悪いんですよねー」
「なぬ、妾は反抗的な奴隷などいらぬぞ!」

これまでの態度の悪さが、ここでも影響を及ぼしたかとがっかりする一刀。
そんな一刀を視線でなだめ、雪蓮はさらに一刀をプッシュした。

「まぁまぁ、美羽ちゃん。彼はなんと、さっき華琳ちゃんが目を付けたのよ。買いこそしなかったけど、あの華琳ちゃんのお手付きですもの。もしかしたらってこともあると思うし、たった80貫だし、お買い得だわ。もし美羽ちゃんが許可をくれれば、私が買ってもいいくらいよ」
「雪蓮のクランがこれ以上人数を増やすのはまかりならん!」
「わかってるわよ。自分が買えないから、美羽ちゃんに薦めてるんじゃない」
「ぬぬぅ、どうしたもんかのぉ……」
「……もし、華琳ちゃんが買わなかった彼を美羽ちゃんが買って、彼が万が一でも有名な探索者になったら、華琳ちゃん悔しがるでしょうねー」

この雪蓮の一言で、美羽は心を決めた。

「おい、商人! こやつは妾が買うぞ! よいな!」
「もちろんでございますとも、美羽様。探索者ギルドの長自らに買って頂いて、この者も幸せでしょう。おい、礼を申し上げるんだ!」

礼を言えと。
自分を物のように扱われた上、礼を言えと。
一刀は一瞬で頭に血が上った。
だが、それでも一刀には約束がある。

『また会えるよね』と笑顔を浮かべる季衣の顔。
『死なないで下さい』と涙ぐむ流琉の顔。

脳裏に浮かぶ季衣や流琉が、一刀の頭を冷やしてくれた。
行きずりも同然の自分に、ここまで良くしてくれた雪蓮の顔を潰すことは出来ない。
なによりも、二人との約束を裏切ることだけは、絶対にしちゃいけない。

「……か、買ってくれて、ありがとう、ございます」
「な、なんじゃ、そのブサイクな笑顔は。引き攣ってて恐ろしいぞ」

誓って言うが、美羽に悪気はなかった。
ただ素直に見たままを口にしただけである。
だが、一刀には美羽の言葉が、『奴隷の分際で礼のひとつも満足に言えないのか、このカスが!』という風に聞こえたのであった。
一刀はその場に土下座して叫んだ。

「買って下さって、ありがとうございます!」
「こっ、怖いわっ! もうよい、雪蓮、後は任せたぞ。妾は帰るのじゃ」
「あーん、美羽様、無邪気に残酷ですぅ。よっ、さすが美羽様! 冷酷姫! 可愛いぞっ!」
「う、む、そうじゃったか? ……わはは、そうであろ、そうであろ。七乃よ、もっと妾を褒めるのじゃ」

悔し涙を隠すための土下座であることは、美羽を除く全員がわかっていた。
美羽と七乃が去り、しばらくして一刀が落ち着いたのを見計らって、雪蓮が付いて来るように促した。

「……アンタには、またでかい借りが出来た。いつか、必ず返すよ」
「期待しないで待っているわ」

絶対に奴隷から脱してやる。
一刀は、そう心に強く誓ったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:1
HP:8/28
MP:0/0
EXP:0/500
称号:なし

STR:6
DEX:8
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:なし
防具:布の服、布のズボン、布の靴

物理防御力:17
物理回避力:9

所持金:0銭



[11085] 第四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/26 05:36
探索者ギルドの長・美羽に買われた一刀。
それはつまり、ギルド所有の剣奴になったということである。
だが、同じギルド所有の剣奴といっても季衣や流琉とは違い、十把一絡げで買われてきた一刀には訓練期間すらなく、その日のうちに仕事に就かされることになった。

ところで、剣奴の仕事とはなんであろうか。

一般冒険者に買われた剣奴であれば、荷物持ちが主な役割であろう。
もしくは華琳に買われた桂花のように、一日も早く戦力となることを望まれ、鍛えられる場合もある。
だが、ギルドに買われた剣奴には、別の重要な役割があった。

ギルドに買われた剣奴の仕事。
それは、ギルドがダンジョンの各階に設置したテレポーターを守ることであった。



「はーい、ちゅうもーく! 武器と防具は適当に選んじゃって下さいねー。あと、回復薬と傷薬、毒消しは1人3個ずつですよー。再支給はしないんで、ギルドで買って下さいねー」

能天気な七乃の声にイラっとする一刀だったが、それ以上にイラつくことがあった。
それは、武器も防具も種類がまちまちで、しかも微妙に足りていないことであった。

それらを奪い合って争う姿でも見物したいのであろうか。
非常に悪趣味である。

だが、そんなことに反感を覚えている暇はない。
本日買われてきた剣奴達、数十人が先を争うようにして武器・防具を確保していく中、一刀が真っ先に手に取ったのは盾であった。

もし本当にゲームであれば、まず最初に武器を選んだであろう。
だが、ここはゲームの世界ではあるが、リアルでもある。
ゲームなら死んでも蘇生出来るかもしれないが、ここで死んで蘇生出来るか試してみるつもりは、一刀には毛頭なかった。

一刀が盾と、そして手袋を確保した時には、既に帽子・服・ズボン・靴などの防具には他の剣奴達が群っていて、奪い合いになっていた。
もっとも、ヘルムとかアーマーではなく、本当に帽子・服と表現するのが相応しいような、服に毛の生えたような防具であったため、それらの争奪戦には参加せず、一刀は武器を確保しに動いた。

盾を目指していた時から半ば諦めていたとはいえ、武器にはやはり人が多く集まったらしく、既にほとんど奪い尽くされていた。
それでも幸運なことに、折れたショートソードや錆びたロングソードに混じって、ブロンズダガーが残っていたのである。
間合いの狭さが嫌われたのであろう、そのダガーを一刀は迷わず選択したのであった。



「武器が折れたり、薬を使い切っても、ギルドで買えない奴はどうすりゃいいんだ。俺は金なんてないぞ?」
「大丈夫ですよ。迷宮内で出たドロップアイテムは皆さんの物にして構いませんので、それを売ってお金に換えてもいいですしー。それに、探索者ギルドは神殿と提携しているので、週に1度皆さんのために祈りを捧げに来るのですが、その時に『贈物』が出た場合も皆さん自身の物になりますから、お金は工面出来ますよ」

1人の奴隷がした質問に答える七乃。
奴隷と言えば骨の髄まで搾取される存在だと思っていた一刀には、七乃の言葉は意外であった。

(これは、思った以上に収入が得られそうだな。無駄遣いを控えて、一日も早く貯めないと)

そのためには、まず傷を負わないことだ。
消耗品の出費は馬鹿にならない。
上手く敵の攻撃を避けるようにしなければ。

そう考えつつ手に入れた装備類を身に着けた一刀は、自分のステータス画面の変化に気がついた。
装備品欄に『ブロンズダガー』と『布の手袋』が増え、近接攻撃力と近接命中率のパラメータが追加されていたのだ。

(お金の心配より先に、まずはゲームシステムを理解しなきゃ……)

一刀は新たに増えたパラメータを見ながら、世界の仕組みを理解することが自分の命を守ることになると考えていたのであった。



『三国迷宮』地下1階のテレポーターは、地下2階に続く階段の近くにある広場に建てられた小屋の中にあり、その周囲には煌々と篝火が焚かれていた。
迷宮内はどういう仕組みか、松明を灯さなくてもそれなりに視界が利く。
だが、薄暗くて敵を見落としがちになるため、明かりがあった方が断然に戦いやすい。
篝火の明るさにモンスター達が集まって来ることもあり、テレポーターがあり篝火もあるこの広場は、探索者達の絶好の狩場となっていた。

(袋小路にひっそりと作った方が守りやすいと思うんだが、これはこれで利点があるな)

寄ってくるモンスターは探索者達が相手をしているため、一刀にはそんなことを考えていられるくらいの余裕があった。
だが、ただぼんやりとしているわけにもいかない。
RPGにおいてLV差が絶対的な差となることは、いくつものRPGをクリアしてきた一刀にとっては常識である。
周囲に探索者達がいて安全面が確保されている今こそ、レベル上げのチャンスであった。

「ふむ。探索者達のお陰で、小屋に近寄るモンスターもいないな。お前らも、探索者達に交じってモンスターを狩って来い。だが、広場からは絶対に出るなよ。俺が笛を鳴らしたら、すぐに小屋に集まるんだ。いいな!」

剣奴達を監督するギルド職員の言葉を合図に、一刀達は広場に散ったのであった。



NAME:コボルト
NAME:ジャイアントバット
NAME:ゴブリン
NAME:ポイズンビートル

一刀が目撃したモンスターは今の所この4種であり、中でもコボルトとジャイアントバットが多かった。
そう、一刀には、人だけではなくモンスターの頭上にも文字が見えていたのだ。
但しモンスターはその名前だけしか分からず、従ってHP半分の印である黄色NAMEと瀕死の印である赤NAMEを確認することが出来るだけであったが、それでも他の探索者達に比べて大きなアドバンテージであろう。

(ポイズンビートルっていうからには、毒持ちだよな。こいつは避けようっと)

敵を選り好みしていた一刀が最初に選んだ相手、それはコボルトであった。
頭が犬で子供くらいの大きさをした、2足歩行のモンスターである。

一刀はダガーを構え、コボルトの左肩に突き刺した。
コボルトの反撃を盾で受け、さらにダガーを押しこんだ。
苦し紛れに一刀の右腕に噛みついてきたコボルト。
その攻撃に、一刀は思わずダガーを放してしまう。
だが、コボルトが赤NAMEであることを確認した一刀は、盾でコボルトを頭を数回殴りつけた。
コボルトの姿は塵となり、そこには探索者を襲って手に入れたのであろう、数枚の銅貨と鐚銭が残されていたのであった。

ゲーオタである一刀に、ダガーの扱い方などは当然わからないはずである。
もちろん盾の使い方もそうだし、コボルトの反撃に対して冷静でいられるはずもない。

だが、攻撃も防御も、受けるダメージすら、一刀にはゲーム的に感じられたのだ。

アクションゲームなどで自分の操作するキャラクターが攻撃を行う際には、剣を抜き、剣を振り降ろすという行為をするための足捌きや腰の動きなど、その攻撃に含まれる全てが、Aボタンひとつで実行される。
それと同様に、一刀が剣を突き刺す行動を起こした時、自然に体がそれに最適な動作を行っているように、一刀には感じられたのである。

敵が攻撃をしてきた時も、左手で盾を構えた一刀の右足は無意識のうちに一歩下げられ、いつの間にか腰も落ちていた。
だから相手の攻撃をよろめくこともなく、盾で受け止めることが出来たのである。

極めつけは、敵の攻撃を受けた時であった。
コボルトの鋭利な歯を突き立てられた右腕は、今もなお血が流れている。
そんなことを実際にされたら、悶絶する程の激痛であろう。

(たぶん悶絶する程の激痛なんだろうなぁ。なんかじんじんするや)

今の一刀にとって、この怪我の認識はその程度なのである。
つまり、攻撃も防御も、痛みですら一刀はどこか客観的な、まさにゲームをプレイしているような感覚を覚えていたのであった。

とはいえ、血はどんどん流れ、HPもそれに応じて減ってきている。
勿体ないと思いつつも、傷薬を腕に塗って回復薬を飲んだ。
ステータスを確認すると、EXPが50/500に増えていた。
つまり、後9回これを繰り返せばLV2である。

今の一刀には、それが容易いことのように感じられたのであった。



テレポーターの警備は4時間毎の6交代制である。
あれから更に数匹のモンスターを倒した一刀は、交替の時間が来た時には銅貨8枚と鐚銭5枚、それにコウモリの羽を1枚手に入れていた。

4時間かけて数匹という効率の悪さは、狩場が混んでいたこともあるし、なによりも一刀のHPが低すぎるため、薬が切れた後は危険過ぎて戦うことが不可能であったからだ。
逆に言えば、もし一刀が大量の回復薬と傷薬を持ってさえいれば、連戦は可能であった。
普通はいくら回復薬や傷薬があっても、戦闘による精神的な疲労で集中力が続かないであろう。

自身の疲労ですらリアルに感じられない一刀。
痛みや疲労に鈍感なのは生物としてまずいのであるが、この状況に限って言えば、大きなアドバンテージであった。

当初は傷を負わないように戦うつもりであったが、盾で防ぐのが間に合わなかったり、予想外のところを攻撃されたりで、思うようにはいかなかった。
だが、それもLVが上がって戦闘に慣れさえすれば、解決出来る問題であろうと一刀は思っていた。
それまでは必要経費だと割り切り、一刀は傷薬と回復薬を購入するためにギルドショップに向かったのであった。

ギルドショップの売り物の値段や、売買を行う様を観察した一刀。
どうやら鐚銭=1銭、銅貨=10銭、銀貨=100銭、金貨=1000銭=1貫であるらしい、とわかった。
自分の値段である80貫、それをそのまま返せばいいのか、何割増しで返せばいいのかの説明をまだ受けていない一刀は、どちらにしろ道は遠い、と手持ちの銅貨や鐚銭を見て溜め息をついた。

コウモリの羽は50銭で売れ、一刀の手持ちの金は135銭となった。
そして傷薬は20銭であり、回復薬は30銭であった。

(なにが、金が貯まりそうだ、だよ。赤字もいいところじゃないか)

だが、背に腹は代えられない。
泣く泣く全財産を使い、傷薬3個と回復薬2個を購入したのであった。



休みはなしであったが一日4時間勤務であり、周囲の剣奴とは違って戦闘の疲労もそんなに溜まらない一刀。
仕事の度に数匹を狩り、得た資金は全て薬の購入に充てる生活が数日続いたある日のことであった。

LVが2に上がり、コボルトやコウモリが前より楽に倒せるようになっていた一刀であったが、ゴブリンやポイズンビートルにはまだ苦戦を強いられていた。
ポイズンビートルに対して辛勝し、傷薬や回復薬、そして最初に支給された毒消しまで使い切った一刀の耳に、初めて監督員の笛の音が聞こえたのである。

テレポーター小屋に駆けつけた一刀が見たもの。
それは、大量のモンスターを引き連れて小屋に逃げ込む、探索者の姿であった。

「お前ら、小屋の前でモンスターを防げ! 早くしろ!」

監督員の叫び声に従って、剣奴達が小屋の前に集まる。
コボルトの攻撃を盾で受け止めながら、一刀はようやく小屋が袋小路に設置されていない訳を理解した。

探索者がモンスターに追われてテレポーターに逃げ込もうとする行為。
これをされては、袋小路で篝火も焚かず目立たないようにしていても、必ず大量のモンスターが小屋に襲いかかってくることになる。
そうなれば、人数を展開出来ない袋小路よりも、こういった広場で敵の攻撃を防ぎ、背後から探索者達がモンスターを処理してくれることを期待した方がよい。

だが、所詮はBF1に配置されている剣奴達である。
買われたばかりの新人達であり、LV1や2の剣も満足に振れない男ばかりであった。
1人、また1人とNAMEが黄色くなっていく剣奴達。

「もう駄目だ、死にたくねぇ!」

顔を血塗れにした二十歳くらいの男が、小屋の中へと逃げだした。
ギリギリで維持していた戦線も、1人逃げだすと後は雪崩のように崩れだす、そのはずであった。

「逃げた者は処刑する! 今逃げた男も、拷問にかけて苦しめた上、斬首する! お前らが死んでも、テレポーターさえ守れれば構わん! 援軍が来るまで肉の壁になれ!」

この場合、剣奴が死んだ分の代金は、先ほどの探索者から徴収する取り決めであった。
である以上、この監督員の言い分は、ギルドにとっては正しいのであろう。
だが、それは一刀にとってトラウマとなってしまった出来事を思い出させたのである。

(予想よりマシな待遇だったから勘違いしてたけど、こいつらは俺達を物だと思ってるんだ……)

監督員の言葉に、奴隷市での屈辱が一刀の頭を過ぎり、脳が沸騰した。
その時の怒りだけが、全てのことをリアルに感じられない一刀にとっての真実であった。

爆発的な怒りと、それに影響されない冷徹な剣捌き。
その怒りはモンスター達の頭上に落ち、クリティカルヒットとなって彼等を塵に変えていった。
自分がいつのまにかLV3になっていたことすら気付かないまま、一刀はひたすらモンスターに斬りかかっていった。

だが、ゲームでどれだけAボタンを強く押しても攻撃の威力が変わらないのと同様、一刀がどれだけ奮闘しても、所詮は低レベルなのである。
盾は既に砕け散り、一刀のNAMEが遂に黄色から赤に変わった。
他の剣奴達も文字通りの肉壁となり果てて、もはやこの状況を覆せぬことは誰の目からも明らかであった。

(それでも生きている限り、俺は諦めない! 季衣、流琉……!)

「うおぉぉぉ!」

一刀はコボルトに向かって突進した。
手に持ったダガーをその頭に突き刺し、勢い余って敵と共に転がった。
即座に起き上がろうとした一刀に、ゴブリンの血脂で汚れきったショートソードが振り下ろされる。
盾はなく、ダガーはコボルトに突き刺さっている。
一刀はそれでも目を瞑ることもなく、その攻撃を受け止めるように両腕を目の前でクロスさせると、歯を食いしばって衝撃に備えた。

「グギェ……」
「小僧、よく耐えたのぉ。後は儂等に任せい。穏、この小僧に治癒をかけてやるのじゃ」
「うわぁ、酷い怪我ですぅ。もうちょっと我慢して下さいねぇ」

予想された衝撃が一刀を襲うことはなかった。
一刀を狙ったゴブリンの頭に、小屋の中から放たれた矢が突き立ったのだ。
だが、一刀は自分がなぜ助かったのかも、誰に助けられたのかもわからなかった。

赤NAME、つまりHPがMAXの1/10まで落ち込んだ一刀は、本来ならば即座に昏睡状態に陥っているはずであった。
だが、気力がシステムを凌駕していたのであろうか、今まで不思議と意識を保っていた一刀は、なにか柔らかいものの上に頭を乗せられ、顔にもむにゅっと柔らかいものが触れているように感じつつ、気を失ったのであった。



ギルド員達によって体中を傷だらけにされた、半死半生の剣奴が広場に引きずられてきた。
あの時、真っ先に逃げ出した剣奴の処刑が執行されるのである。
見せしめのため、剣奴全員が参加を強制されていた。

(俺は強くなる。そして、絶対に生き残る)

その処刑を見ながら、そう決意を新たにした一刀であった。



**********

NAME:一刀
LV:3
HP:52/52
MP:0/0
EXP:135/1000
称号:なし

STR:6
DEX:9
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:ブロンズダガー
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋

近接攻撃力:26
近接命中率:16
物理防御力:20
物理回避力:15

所持金:15銭



[11085] 第五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/08/25 00:08
「皆さん、わかりましたかー? 肝心な時に逃げ出すような無駄飯食らいの役立たずは、こうなっちゃいますから気を付けて下さいねー。でも、ちゃんとギルドに貢献する働きをすれば、ご褒美だってあげちゃいますよー。一刀さん、前に出てきて下さい」

人の首を落としたばかりだというのに、あくまでも軽い口調で七乃は一刀を呼んだ。
公開処刑が行われたばかりの壇上に一刀を立たせる七乃。

「一刀さんは、数日前にギルドに入ったばかりにも関わらず、崩れそうなテレポーター前を最後まで支えきった勇敢な人です。皆さん、拍手ー! はい、そんな一刀さんにはご褒美に金5貫、そして一日休暇&外出する権利をあげちゃいますー」

拍手と言われても無反応だった剣奴達が、褒賞の内容を聞いた途端にざわめき出した。
それもそのはず、ギルドに買われた剣奴達は、基本的にギルドの外に出ることを禁じられているからである。
ダンジョンにもテレポーターを使用して潜るため、外の町の様子など見る機会がない。
ギルドに買われてから月日が経っている者ほど、つまり熟練の剣奴であるほど、この外出権の褒賞に発奮したのである。
典型的な飴と鞭であったが、その効果は抜群であったといえる。

だが、一刀にとっては外出権よりも金5貫の方がありがたかった。
なぜなら、先日の激戦で服もズボンもボロボロであったからだ。

(まず替えの服と、タオルだな。後は、水を浴びる時の石鹸と、それから……)

さっそく脳内で予定を立てる一刀。
折角得た休暇であるし、1秒でも無駄にしたくない。
そして嬉しいことは、更に続いた。

「兄ちゃん、頑張ったね……」
「大活躍ですね、兄様」

壇上に立った一刀を見つけた季衣と流琉が、やってきたのだ。
辛うじて笑顔と呼べるものを浮かべてはいたが、2人とも元気のなさそうな様子であった。

(あんな処刑を見た後じゃ、仕方がないよな……)

そう思いながら2人のLVを確認するが、出会った時と同じLV3であった。
HPが減っている様子もなく、無事に過ごしているようである。

「ああ、なんとか生き残ったよ。季衣も流琉も、迷宮にはもう潜ったのか?」
「ううん、ボク達はまだ、武器の扱い方や迷宮の知識を教わっているところだよ」
「そうか。なにか困ってることはないか? 女の子だし、色々と大変だろう」
「いえ、雪蓮様が手を回して下さったのか、とても良くして頂いてるんです」
「ボク達、2人部屋なんだよ! 兄ちゃんも遊びに来なよ」
「へぇ、そりゃ高待遇だなぁ。今度お邪魔させて貰うな」
「それに、私達は加護を得ることが最優先ということで、テレポーター警備のローテーションからも外れるそうなんです。市の前に引き抜いて頂けて、雪蓮様には本当に感謝しています」

一刀が20人部屋の2段ベッドで暮らしていることを考えると、季衣や流琉の待遇は破格だと言える。
季衣や流琉のような小さな女の子まで、男達に交じってタコ部屋で生活しているんじゃないかと心配だった一刀は、ほっと胸を撫で下ろした。
それにしても、雪蓮も引き抜かれた剣奴は待遇がよいと言ってはいたが、まさかこれほど良いとは思っていなかった。

(雪蓮にあの時、LVやHPが見られる特技を告白しておくべきだったかも……)

と、自分の選択をちょっとだけ後悔した一刀であった。



ギルドショップで一番安かった服とズボン、着替え用の下着を何枚か、それからタオルや石鹸などの生活必需品を購入し、早速着替える一刀。
全部で金1貫を消費してしまったものの、着の身着のままで数日間過ごしていたため、新しい服を着るのはとても気持ちがよかった。
洗濯する用にもう一着同じものを買ってこようかと、脱ぎ捨てたボロボロの服を手に取ってしばし悩む一刀。

やったことはないけど、縫えばまだ着られるかも。
お金は大事だし、着替えなんてなくても、最悪下着姿で洗濯すればいいや。
失敗しても雑巾にはなるし、後で針と糸を買ってこよう。

ボロボロの服は取っておくことに決め、一刀は着替えの下着と一緒にそれをベッドに置いて、外へと出かけたのであった。



漢皇帝の元宮殿、それが三国迷宮への入口である。
といっても、迷宮の大部分は地下なため、入口といっても人が5人並べる程の洞窟が口を開けているだけであるが。

漢皇帝から洛陽の自治権を買い取った都市長・麗羽は、宮殿に突如として現れた入口からいつモンスターが這い出て来るかわからないと、兵舎や鍛錬場を含むその入口付近の一帯を妹である美羽に下げ渡し、探索者ギルドを開設させて入口を管理させた。
そうやって安全を確保すると、行政府兼居城として元宮殿の中心部を己の物としたのであった。
ちなみに反対側には神殿が建てられており、これは迷宮が出現する前の当時のまま、大神官に預けられていた。
そこに大神官自ら救護院を併設したことが、迷宮が出現してからの神殿の最も大きな変化であろう。
探索者ギルド・行政府・神殿の3つが合わさって元宮殿であったということから、その巨大さがわかる。

探索者ギルドを出てすぐの場所は、もともと洛陽の中でも一等地であった。
だが、迷宮が出現して以来、その一帯は全て空家となった。
当時は探索者ギルドもなかったため、迷宮の傍に住まうのは危険だと人々は考えたのである。

そして麗羽が都市の自治権を買い取って、迷宮の入口が管理されるようになった今では、宮殿の周辺は迷宮から帰ってきた冒険者達の温かい懐を目当てとした、商魂逞しい商人達によって賑わうことになっていたのであった。



探索者ギルドから出た一刀が目にしたもの、それは『ゆ』と書かれた看板であった。

この4貫は大切に使おう。
必要なもの以外は、絶対に買わないぞ。
酒や食べ物などの享楽的なことで消費するなど、以ての外だ。

そんな一刀の思いなど、一瞬で脳裏から吹っ飛んでいた。
替えの服すらケチった一刀であったが、その魅力的な文字の誘惑に逆らうことなど出来なかった。
この世界に来てから水浴びしかしていない一刀には、暖かい風呂にゆっくりと入ることが出来るというのは、眩しいくらいに魅力的であったのだ。

またたびに駆け寄る猫のように、恍惚としてふらふらと湯屋に近づく一刀。
その湯屋は、探索が終わって疲れきっていて且つ懐の温かい探索者達をターゲットとしているため、高サービス高料金が謳い文句であり、入場料だけで500銭もしたが、一刀は言われるがままに支払った。

一刀が我に返ったのは、でかい湯船に浸かって「むふー、極楽、極楽」とため息を吐いた、その数分後であった。



もの凄く反省しつつ、それでも元は取らねばと、サウナまでしっかり満喫した一刀。
のぼせて火照った体を落ち着かせるため、座敷の隅に腰を落ち着けた。

風呂上がりの一杯をぐびぐびと飲む探索者達。
彼等の稼ぎのお零れを狙う女達。
そして、彼等の得た貴重なアイテムが目当ての商人達。

探索者のLV帯は10~15であり、加護持ちは見当たらなかった。
店の格からしても、ここにくる探索者達は熟練であるはずにも関わらず、意外に低いそのLVを、一刀は不思議に思った。
だが、主要人物の雪蓮や華琳もLV20ちょっとだったことを考えると、このくらいのLVが妥当なのであろう。

(加護自体が1年前に華琳に発見されたって話だし、まだ迷宮の攻略自体が序盤なんだろうな)

もうここには用はない。
神殿に行って、町で武器防具の相場を調べたら、ギルドに戻ろう。

一刀は立ち上がり座敷を後にした。

「さて、皆さんお待ちかね。当店のアイドル・流し満貫シスターズの登場です!」
「みんな大好き、天……」

盛り上がり始めた座敷の歓声を背中で聞きながら。



一刀が神殿に向かったのには、理由があった。
それは『贈物』の存在である。
設定では、経験を積んだものには太祖神よりアイテムが授けられる、とされているこの『贈物』であるが、つまりはLVアップのご褒美アイテムなのだ。
ギルドにも週に1度神官が訪れるため、その時に貰えば済む話ではあるが、貰える物ならば早く貰いたいと一刀は考えたのである。

「ぬっふぅん!」
「うっふぅん!」

一刀のそこそこ整っている顔を見て、いつも以上に気合いを入れて祈ってくれている漢帝国大神殿の巫女、通称『漢女』達から露骨に目を逸らした一刀。

白髪マッチョ巫女の、まったく膨らんでいない乳房を隠す白のマイクロビキニ。
ハゲマッチョ巫女の、もっこりと膨らんだ股間を隠すピンクのパンティ。

一刀は、ああ日本に帰りたい、と切実に思った。

やがて、そんなマッチョ達の祈りが太祖神に通じたのであろう、『贈物』がポップした。
一刀が初めて受け取る『贈物』、それは小さめのボウガンとベルトであった。
ボウガンは腕にくくりつけるタイプであり、ベルトにはボウガン専用の、弓用の矢よりも小さいブロンズボルトが収納できるようになっていた。
装備してみると、一刀が見ることの出来るステータス画面に遠距離攻撃力、遠距離命中率の項目が増えた。
装備品欄で確認したところ、名称は『ライトボウガン』と『レザーベルト』であった。

普通に考えて、一般の探索者達であればともかく、一刀のように拠点防御を行う立場であると、ボウガンという武器は選択しにくい。
なぜなら、剣奴達同士は決して仲間ではないからである。

ボウガンを打つということは、その間両手が塞がり無防備になるということである。
また、武器は腰に付けておくとしても、盾を腰にぶら下げておくのは無理がある。
仮にそれをしたとしても、打ち終わった後にボウガンをしまってから武器と盾を構える、なんて余裕は戦闘中にはないであろう。
必然的にボウガンは盾を持つ方の腕につけっぱなしとなり、もしそのまま近接戦闘になった場合には、盾なしでそれを行わなければならないことになる。

もし探索者達のパーティであれば、アーチャーとして遠距離攻撃に専念出来るであろう。
そこには、自分が弓を打つ間は必ず仲間達が守ってくれるという信頼がある。

だが、一刀達剣奴の場合はどうであろうか。
もちろん剣奴にだって連帯感はあるし、戦術的に遠距離攻撃を行う者がいた方が有利なのも理解出来るだろう。
余裕のある状況であれば、一刀がボウガンを打つ間、守ってくれるかもしれない。
だが、モンスターが大量に押し寄せた時、果たして彼等は一刀を守ってくれるであろうか。

問題はまだある。
それは、矢弾にかかる費用である。
矢弾は言うまでもなく消耗品であり、使った分だけ金を払って買わねばならないのだ。

この武器は、一刀にとって無用な物のように思われた。
尤も『贈物』には当人にとって不要である物も多く、そういう場合には売って換金し、自分にあった装備を整えるのである。

だが一刀にとって、このボウガンとベルトは、この世界からの初めての『贈物』である。
この世界の住人ではない一刀は、これらの『贈物』を貰うことによって、まるで自分が初めて世界から受け入れられたような、そんな気分にさせられたのだった。
誂えたように腕に馴染むボウガンに、とりあえず試すだけ試してみようと思った一刀なのであった。



一刀の『初めてのお使い』は、まだ続く。



**********

NAME:一刀
LV:3
HP:52/52
MP:0/0
EXP:135/1000
称号:なし

STR:6
DEX:9
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:26
近接命中率:16
遠隔攻撃力:26
遠隔命中率:13
物理防御力:21
物理回避力:15

所持金:3貫515銭



[11085] 第六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:16
「うふん、これが太祖神から貴方への『贈物』よん。わたしが着けて、ア・ゲ・ル」
「ぬぅ、こやつもなかなか……いや、儂には大神官様が……」

必要以上に手を触ってくるハゲマッチョと、なにやらブツブツと呟いている白髪マッチョ。
2人の上には、やはり文字が浮かび上がっていた。

NAME:貂蝉
NAME:卑弥呼

NAME以外が浮かび上がらないのは、神託をした際に漢女達の体に太祖神が宿ったことにより、人間から外れた存在となったからである。
だが、一刀がそんなことを知るはずもない。

(NAMEだけしか表示されない……こいつら、見た目の通りモンスターの一種なのか)

一刀は警戒心を強め、いつでも逃げられるように心の準備をした。
だが、当然マッチョモンスター達が襲い掛かってくることはなく、一刀は無事に神殿から脱出することが出来たのであった。



神殿から出ていく一刀の耳に、雄叫びのような声が聞こえてきた。
どうやら併設されている救護院でなにやら騒ぎが起きている様子であり、そこには既に人だかりも出来ていた。

「うおおおぉぉぉ! 俺のゴッドウェイドーは、まだまだこんなもんじゃない! 受けてみろ、ゴッドウェイドーのバリエーション! これが俺の全力全開! 病魔退散、元気になぁれっ!」

そこには、オーバーアクションでなにやら騒いでいる若い男と、それを取り囲む娘達の姿があった。
娘達同士の話から察すると、この若い男こそが大神官であるそうだ。
人々の信仰で成り立っている商売である以上、人気取りが必要であり、神殿では毎日この時間帯に魔術を使って薬を作る大神官の姿を一般公開しているらしい。

先程の叫びが呪文かと思ったが、どうやらただの前振りであったようで、男が集中した途端に光の粒子が奔流となって空へと駆け上がった。
そして男は、呪文を唱えた。

≪-薬瑠斗-≫

すると先程の粒子が、流星の様に地へと降り注ぎ、それはやがて見覚えのある物へと姿を変えていった。
一刀が頻繁に使用している回復薬である。

100個前後生成されたその回復薬を、まだ漢女まで成熟しきっていない、おっさんとホモの中間のような巫女見習い達が机に並べ、販売していた。
直売店だけあって、ギルドよりも安価な25Gギルだったため、一刀はそれを買いつつ大神官が他の薬を作るのを待った。

≪-御炉菜印-≫と呪文を唱えれば傷薬が150個、≪-怒苦堕美茶-≫と呪文を唱えれば毒消しが50個と、ポンポン生成される薬達。
一刀にとっては、もの凄く羨ましいスキルであった。

NAME:黒男【加護神:華佗】
LV:32
HP:450/450
MP:98/283

羨望混じりで大神官のパラメータを見て、一刀は驚いた。
なんと彼は、現時点で華琳よりも雪蓮よりも断トツに高LVであったのだ。

「こいつが迷宮に潜れば、無敵なんじゃないか……」

思わずそう呟いてしまった一刀の独り言を聞いた娘達が、親切心からか惚気心からか、大神官についてとても丁寧に教えてくれた。

曰く、昔からずっと病魔と闘っていた彼はもの凄く強かったため、ソロで迷宮内に潜り、探索者達を助けていた。
曰く、あの華琳ですら彼に助けられたことが何度もあった。
曰く、祭壇が発見された後、彼がそこで祈り、加護を受けた神は医聖・華佗であった。
曰く、彼は薬を作成するスキルを得た代わりに、モンスターと戦えない制約を与えられた。

娘達の、あっちに飛びこっちに飛びの話を要訳すると、こんなところだ。
余りにも長い彼女達の話に飽きてきていた一刀。
しかも外出に一日という制限のある彼には、あまり時間がなかった。

仕方なく、途中でおっさんホモ巫女見習いを引っ張ってきて自分の身代りとし、その場を去ったのであった。

ちなみに、ただ華佗の話を人に聞かせたいだけの娘達にとっては話す相手が変わろうと関係がなく、おっさんホモ巫女見習いはそれから3時間ほど経ってからようやく解放されたのであった。



武器・防具の相場を見たい一刀であったが、中心地にある立派な店には気遅れがして入れなかった。
そもそも、一刀が身につけるようなレベルの武器・防具がこんな立派な店に置いてあるとも思えないため、相場を調べる目的からしてもその店は相応しくなかったであろう。

対人スキルの高くない一刀は安い武器・防具屋を人に尋ねることも出来ず、あっちへフラフラこっちへフラフラと縦横無尽に右往左往した。

季衣や流琉のような、相手が子供であれば。
雪蓮の時のように、話すきっかけがあれば。
華琳の時のように、頭に血が上っていれば。

そういう条件がない時の一刀にとって、見知らぬ人に声を掛けるというのは難易度が高かったのである。
勘を頼りに歩きまわっていた一刀は、やがて町に店を出す資金のない商人達が集まる露店へと辿り着いた。
そこは隣り合う露天同士でも同じ物の値段が異なるようなバザー形式であり、物の相場を調べるには不適当な場所だと言えた。
だが一刀は「こういう所にこそ掘り出し物があるに違いない」とラノベ知識丸出しで、並べられた商品を見て回ったのであった。



「おう、兄ちゃん。ウチの商品を見てってくんな」

そう一刀に声を掛けた男の店は、アクセサリー屋であった。
アクセサリーなどまったく興味がなく、無駄金なんぞ1銭も使えない一刀にとって、そんな店は用無しである。
一瞥して立ち去ろうとした一刀に、商人が更に声を掛ける。

「まぁ待ちなって。ウチの商品は、魔力のあるアクセサリーを扱ってるんだ。ちょっと手に持ってみなよ。不思議な力を感じるだろ?」

そんな言葉に興味を持った一刀は、目の前の指輪を嵌めてみた。
商人の言う通り、確かになにか不思議な感じがする。
一刀は自分のステータスを確認して驚いた。

HP:57/52(+5)

これは下手な武器・防具よりも自身の力になるかもしれない。
一刀はアクセサリーを装備してはステータスを確認し、の作業に没頭した。

「お、目の付けどころがいいね。その首飾りなんか、ご利益があると思うぜ。迷宮探索のお供に是非ってやつさ。今なら大負けに負けて、10貫でどうだ?」
「じゅ、10貫?!」

AGI+2の首飾りを手にした一刀は、その商人の言葉に目を剥いた。
そこで売られているアクセサリー類には、全て値札が表示されていなかったのである。
一刀は他店では500銭の短剣や1貫の槍が並べられていたため、このアクセサリー類もその程度の値段だと思い込んでいた。

店主の言い方からすると、アクセサリー類の正確な効果は知らないのだろう。
もしかしたら、凄い性能の物が安価で買えるかもしれない。

そんな取らぬ狸の皮算用をしていた一刀の受けたショックは大きかったのであった。



「なんだ、兄ちゃん文無しかい。いくらあんのか、正直に言ってみな。その値段で何か見繕ってやるよ」

救護院で薬を買った一刀の手持ちの金は、3貫になっていた。
ただ、これは今後も薬を買ったり矢弾を買ったりするためにも必要である。
それに一刀は町で武器・防具を買いたかったわけではなく、相場を調べたかっただけであった。
だがステータスアップの効果があるアイテムは、どんなRPGにおいても高価で貴重な存在であることを一刀は知っていた。

ここは無理をしてでも、なにか買っておくべきではないか。
いざとなれば、このボウガンとベルトを売れば済むんだし。

そう考えた一刀は、全財産である3貫全てを提示したのであった。
だが商人は、それではまったく足りないと言うのである。

「そうだな、そのボウガンとベルトを2貫で引き取って、兄ちゃんの手持ちと合わせて5貫。それでギリギリコイツだな」

商人が差し出した物は、短剣を模した小さな飾りであった。
恐らく青銅製だと思われるそれは、そこそこに華美で精巧な作りである。
だがそれを手にした一刀が確認したところ、肝心のステータスアップ効果は発揮されていなかった。
それでも、やはり不思議な感じがするのは変わらない。

(もしかしたら隠しパラメータでもあるのかな)

そんなことまで考え出す一刀。
冷静な時の一刀であればそんな可能性に賭けたりせず、堅実に金を残す方を選択したであろう。
だが、ステータスアップのアクセサリーが安く手に入ると喜び、それが買えないと解って落ち込み、それら反動で買い物の軸となる己自身の基準がブレてしまっていたのである。
つまるところ、衝動買いをする時と同じ心理に陥っていたのであった。

買えないからこそ欲しくなる罠。
その罠に、一刀はまんまと引っ掛かりつつあったのだった。



「じゃあそれでお願いし……」
「ちょっと待って! 君、その人に騙されてるよ。そのアクセサリーは頻繁にドロップするアイテムで、売値で500銭、買値でも高くて1貫なんだよ。それに、君のボウガンやベルトだって、ちゃんとした店で売れば倍以上の値段になるんだから!」

金貨と『贈物』をアクセサリー屋に渡そうとしたその時、女の子が横から口を挟んできた。
絶世の美女とは決して言えない、だがどこか人を安心させる柔らかい雰囲気を持った同年代の女の子。
その柔らかそうな頬を膨らませて、女の子は商人に文句を言い始めた。

「何度注意したらわかるんですか! 人を騙そうとするのはやめて下さい!」
「お前こそ、何度商売の邪魔をしたら気が済むんだ! いい加減にしやがれ!」
「邪魔されるのが嫌なら、人を騙さずにきちんと商売して下さい!」
「騙される方が悪いんだよ! それが商いのルールなんだ!」

言い争う2人の言葉を、一刀はまったく聞いていなかった。
一刀は、女の子の上に浮かび上がっている文字を凝視していたのだ。

NAME:桃香【加護神:劉備】
LV:18
HP:279/279
MP:39/39

ゲームの発売前情報で紹介されていた3人の主要人物のうち、最後の1人であった。
雑誌には『正義感が強くて困っている人を放っておけない』と書かれていたが、その言葉の通り、たとえ見ず知らずの他人であっても、騙されている人を放っておけなかったのであろう。
その正義感は割と独善的であり、商人には商人なりの正義があるのだが、そんなことはお構いなしに自分の考えを押し付けがちな桃香であった。
だが、全財産を失いかけた一刀にとってみれば、大恩人と言っても過言ではなかった。

商人との言い争いが平行線を辿り、頬を膨らませたままその場を立ち去る桃香。
そんな彼女に追いつき、一刀は礼を言った。

「ありがとう、助かったよ。俺、アイテムのこと、なにも知らなくて」
「いいんだよ。私は当たり前のことをしただけなんだから。君、アクセサリーが欲しいの?」
「いや、もの知らずを克服するために、武器や防具の相場が見ようと思ってたんだけど、あのアクセサリー類につい惹かれちゃって……」
「そうなんだ。それじゃ、ついでにいいお店を紹介してあげるよ。私は桃香、探索者なんだ。よろしくね」
「俺は一刀。こちらこそ、よろしく」
「武器や防具の相場を調べたいってことは、一刀さんも探索者なの?」
「……そう、桃香と同じ、探索者だ」

人物設定からいっても、話した感じからしても、こちらが奴隷だとわかっても態度を変えることはないであろう。
だが、一刀は桃香に憐憫や同情の眼差しで見られることが嫌だったのである。
一刀の嘘に気づくこともなく、桃香は一刀に色々と語りながら道案内をしたのであった。



「桃香ちゃん、がんばってるかい? ウチの大根、持って帰っておくれ!」
「ウチの肉屋にも寄ってってくれ、サービスするぜ。一杯食べて、力をつけろよ!」
「ほら、蒸かしたての饅頭だよ。お代はいいから、鈴々ちゃんのお土産にしなさいな」

商店街から絶大な支持を受けている桃香。
それもそのはず、桃香の家はこの商店街で靴屋を営んでいるのだ。
母親の手伝いをして育った桃香であったが、迷宮が出現して一念発起した。

太祖神の啓示があったこともある。
奴隷達が売られてくるようになったこともある。

だが一番の理由は、都市長が麗羽に変わり、洛陽が城壁に囲まれるようになって、洛陽を出るためには5000貫もの税金を払わなければならなくなったからであった。
洛陽という限りある土地で、もともと店を持っていた人達ならば、高値で売れる店を手放せばなんとか金の都合はつく。
だが、それでは身ひとつで出ていくのと同じことであり、その後の生活は厳しいものになるであろう。
それに、土地など財産を持っていない人達にとっては、ここは牢獄と同じなのである。

桃香は『迷宮を踏破して、神様に自由と平和をお願いする』と、靴屋の手伝いから探索者へとジョブチェンジしたのであった。

「まぁ、神様が自由と平和を叶えてくれるかはわからないけど、迷宮がなくなれば町を壁で囲う必要も、剣奴を集める必要もなくなるから、もしかしたら皆解放されるかもしれないな」
「ぶー、わからなくないもん。私の加護神は仁神・劉備様だもん。きっと私のお願いを叶えてくれるよ。あ、ここだよ。ここが私のおすすめのお店でーす」

桃香に紹介された店は、小じんまりとしてはいるものの、武器も防具も安い物からそこそこの物までが置いてある、初心者・中級者向けの店といえた。
店主の見立てでは、ボウガンは最初の『贈物』によくあるワンオフ物であり売値で4貫、ベルトは売値で1貫であり、それに入っているブロンズボルトを合わせても2貫だとのことであった。
もちろん未使用の場合の売値であり、使用してボロくなったり古くなったりすれば、当然値段は下がる。
買値は一般的に売値の倍であり、一刀のボウガンと同等の物は6貫程度で販売されていた。
つまり、ボウガンは8貫の価値があり、ベルトはボルトを含めて4貫の価値があるということである。

「ワンオフ物と言っても、別に性能が高いわけじゃないから、汎用の物よりも多少高い程度だけどな。ただ『贈物』は受け取る探索者の体にフィットするし、汎用のものと比べて耐久性に優れているから、なるべく売らずに自分で使った方がいいんだ。矢弾は汎用のものが問題なく使えるぞ」

一刀は、アクセサリーと交換しなくて本当に良かった、と深く溜め息を吐いたのであった。



折角だから武器を試してみろと勧められ、ショートソードやブロンスアクス、果てはブロンズスピアまで触らせてもらった。

その結果、わかったことがあった。
それは、一刀にも認識出来ない隠しパラメータが存在する、ということである。

どの武器も攻撃力こそ高いものの、現在使用しているダガーに比べるとかなり扱い難いのだ。
他の物よりも小さいダガーだから扱いやすいのかと思ったのだが、桃香にも試してもらった結果、彼女はショートソードが一番扱いやすいとのことであった。

「私は普段からショートソードを使ってるし。やっぱり使い慣れた武器じゃないと、扱い難いよ」

リアルであれば、その話もわかる。
だが、ここはゲームの世界なのである。
である以上、全ての物事はパラメータによって左右されるはずであった。
おそらく桃香は片手剣スキルが、一刀は短剣スキルが上がっているため、他の武器が扱い難いのであろう。

ものによっては、STR値によっては両手剣や全身鎧が装備出来ない、なんて縛りのあるRPGだってあるのだ。
そしてその縛りは、おそらくこのリアルなゲーム世界にも適用されるであろう。
装備するとDEX値やAGI値が極端に下がったり、耐重量を超えるとHPが徐々に減っていく、という形をとって。

それは、武器の使用に関する事柄だけではない。
流琉は料理が得意であると言っていた。
各個人によって料理の出来が変わるということ、それはつまり料理スキルが存在しているということなのである。

これは別に知っていても知らなくても問題のない知識のように思える。
しかしここで重要なのは、無制限にスキルを上げることが可能なゲームシステムであるのかどうか、という所であるのだ。
特にMMORPGにありがちなのが、スキルポイントのトータルが決まっているパターンであり、プレイヤー達はそこからスキルの取捨選択をして必要なスキルのみを上げていくのである。

まだ序盤であり、今ならば武器の変更をしてもさほど影響は出ないであろう。
ボウガンの使用を前提に考えるのであれば、それにポイントが消費されることを考慮して、使用する近接武器は1つに絞るべきである。
一刀は自分のステータスを見てしばらく考え、そして決断した。

「これとこれを下さい」
「ああ、合わせて300銭だが、他でもない桃香ちゃんの紹介だ。おまけして200銭でいいぞ」
「ありがとうございます」

一刀が購入した物。
それは己の装備品ではなく、髪の長い季衣のための髪留め用ヘアバンドと、贔屓にならないように買った流琉のためのリボンであった。

結局一刀は、現状の装備そのままとすることにしたのである。
DEXがSTRの1.5倍という自分のパラメータを活かすために、出来るだけ身を軽くした方がよいとの判断であった。

だが、良くしてくれた店主や、せっかく紹介してくれた桃香の顔を潰さないため、目に止まったそれらを購入したのである。
普段ならそこまで気を遣わない一刀であったが、剣奴である自分は外出が出来ず、今後この店に訪れることはないであろう。
だから、世話になったお礼に、気持ち分だけでも金を使っておきたかった一刀なのであった。



桃香と別れ、探索者ギルドに戻った一刀。
そこで彼が目にしたものは、空っぽになった自分のベッドであった。
着替え用の下着どころか、あのボロボロの服までが盗まれていたのである。
そのことに、怒りはさほど感じなかった。

あのボロボロの服すらも盗んでいくような貧窮。
盗み盗まれが当たり前になっているような境遇。
自分が生き残るためには他人を犠牲にしなければならない状況。

左腕に装備したボウガンを見ながら、やっぱり彼等に命は預けられないな、と思う一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:3
HP:52/52
MP:0/0
EXP:135/1000
称号:なし

STR:6
DEX:9
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:26
近接命中率:16
遠隔攻撃力:26
遠隔命中率:13
物理防御力:21
物理回避力:15

所持金:2貫800銭



[11085] 第七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/15 21:39
盾の代わりにボウガンを装備しての実戦に出た一刀。
ボウガンは、一刀が思っていたよりも遥かに有用であった。

特に空を飛ぶ獲物に対してはクリティカル補正でもあるのか、ダガーと同じ攻撃力にも関わらず、当たればほぼ1撃でジャイアントバットを仕留められるくらいに強力であった。
まだ3回に2回は外してしまうが、使用していくうちに隠しパラメータが上昇して、命中率も上がるようになるであろう。
リーチの短いダガーがメイン武器だったため、今まで一番の難敵であったジャイアントバットが、一刀にとってお客様になったのであった。

一刀にボウガンが向いていた理由は、それだけではない。

ジャイアントバットやポイズンビートルなどのモンスターは、薄暗い迷宮の中では保護色的な意味で見逃しがちであり、それは篝火が焚かれている広場といえども同じである。
いや、下手にテレポーター周りが明るいため、広場の端などにモンスターがいた場合、条件的には悪くなる。
更にジャイアントバットは空を飛んでいるため、余計に発見しにくい。

だが、一刀にはモンスターのNAME表示が視認出来るのである。
そのため、誰よりも早くジャイアントバットを見つけ出せるのだ。
今までは近寄って攻撃を仕掛ける前に、他の探索者達に倒されてしまっていたが、ボウガンを手に入れたことにより、他の探索者達に先んじて攻撃を仕掛けることが出来るようになったのである。
広場は常に混雑している狩場であるため、探索者の数に対して獲物が足りなくなることがよくある。
そんな中で敵に不自由しなくなった一刀は、驚異的なペースでジャイアントバットを中心にモンスターを狩り続け、EXPを稼いでいったのであった。



このように順風満帆に見えた一刀であったが、大きな問題を2つ抱えていた。

1つ目は、矢弾の問題である。
ブロンズボルトは1本20銭と、一刀にとっては高価であった。
ジャイアントバットのドロップ品である『コウモリの羽』が常にドロップしてくれれば、1枚50銭で売れるため金の心配はいらなかったのだが、そうは問屋がおろさない。
コボルトやゴブリンなどの獣人系モンスターが持っている小銭は別として、ドロップアイテムにはそれぞれドロップ率が存在し、『コウモリの羽』のドロップ率は、大体5匹狩って1枚程度の割合であった。
今はまだ手持ちに余裕があるが、このペースだと矢弾代で使い切るのも時間の問題であろう。

2つ目は、それよりも更に深刻であった。
それは、敵を倒した時に入手出来るEXPの量が、だんだんと減ってきていることだ。
LV1の時は、コボルトを倒して50のEXPが得られた。
だがLV3の今、同じコボルトを倒しても10のEXPしか得られないのである。
一方でLVアップに必要なEXPは増加傾向にあり、LV1では500稼げばよかったEXP総量が、LV3では倍の1000必要になっていた。
比較的難敵であるゴブリンやポイズンビートルを相手にすればもう少しEXPは貰えたが、どちらにせよこのままではLVアップにかなりの時間と矢弾を消費してしまうであろうし、近い将来にはBF1で敵を倒しても、EXPが入手出来なくなることが考えられる。

一刀は、矢弾に余裕のあるうちに、仕事以外の時間もLV上げに使おうとに決めたのであった。



交替の時間が来て、4時間の戦闘と緊張で疲れきっている他の剣奴達を尻目に、一刀はテレポーターでBF2へと降りた。
これはギルドの『外出は認めないが、仕事時間以外は好きに過ごしてよい』とのルールからは逸脱していない。
仕事時間以外に迷宮に潜るなとも言われていないし、テレポーターを勝手に使うなとも言われていないのである。
尤も、仕事時間以外に迷宮に潜るような物好きは一刀以外にはいなかったし、疲労に鈍い一刀でなければそんなことは不可能だったであろうことを考えると、わざわざルール化されていないのも当然ではあった。

BF2を見る限り、敵の種類に変化はない。
それは、季衣や流琉に教えてもらった情報と同じであった。

座学で迷宮に関することを学んでいる季衣や流琉の話によると、敵の種類が増えたり減ったりするのは、今のところ5F毎であるらしい。
つまり、BF6から敵の陣容が変わるのだ。
具体的には、ジャイアントバットとコボルトが姿を消し、オークとでかい蜂、それからでかい蜥蜴が現れるという話である。
ゴブリンとポイズンビートルは据え置きなので、BF6には計5種類の敵がいることになる。

ではBF1の敵とBF5の敵は同じ強さなのかというと、それも違うのだそうだ。

例えばBF1からBF10まで出現するゴブリンだが、BF1のゴブリンが持つ獲物は、錆ついたナイフのようなものが中心である。
それがBF2では片手剣となり、BF3では斧を振りかざしてくるゴブリンが多いらしい。
もちろんきっちりと別かれているわけではなく、BF3でもナイフを持つ者もいれば、BF1で斧を持つ者もいる。
階による強さの区分は、かなり曖昧であるようだ。
まぁ、元がゲームである以上、階段を1つ降りた程度で強さががらっと変わったら、即座に無理ゲーの烙印が押されるであろうから、そこらへんのバランス調整はされていて当然である。

だが、BF1のゴブリンとBF10のゴブリンでは、本当に同じ種族かと思うくらいに強さが異なるらしい。
なんとBF10のゴブリンの中には、杖を装備して魔法で攻撃してくる者もいるそうなのである。

それはまだ先の話なので今の一刀には関係なかったが、このことは心に留めておくべきであろう。

そんなわけで、BF2でもこれといって敵に代わり映えはなく、強いて言えばコボルトを倒して10だったEXPが15貰えるようになったくらいであり、一刀は危なげなく戦闘することが出来ていた。

ゆとりのある戦闘は、慢心へと繋がる。
ましてや、データ的な感覚故に戦闘に余り恐怖を感じていない一刀は、ゲームを攻略するのと同様に、より効率の良い狩り方、言い換えればよりギリギリな戦闘をすべく、混雑する広場から離れていったのであった。



地図がないため、広場までの道順を覚えておける範囲で探索しようと思っていた一刀であったが、それはあまりにも迷宮を甘く見過ぎていたと言わざるを得ない。

事実、一刀は迷宮を甘くみていたのである。
なにせここはまだBF2であり、モンスターも雑魚ばかりであったからだ。

この場合の雑魚というのは、一刀にとって楽勝な敵という意味ではなく、あらゆるRPGにおいて雑魚敵と称されるコボルトやゴブリンである、ということだ。
今の一刀の実力では、回復薬なしではゴブリンとの2連戦もきついのであるが、ゴブリンという名前のイメージから敵を甘く見過ぎるという、RPGをやり慣れていたことによる悪い影響が出てしまっていた。

更に一刀は、地図に対する認識も甘かった。
RPGにはオートマップ機能がついているものもあれば、ついていないものもある。
だが、所詮はゲームであり、マップがなくても適当にうろうろしていればなんとかなることがほとんどであった。
そのため、一刀は漠然となんとかなると思い込んでいたのである。

だが、ここはゲームの世界であると同時に、リアルでもあるのだ。
迷宮に迷ったからといって攻略サイトで調べることも出来ないし、死んだらどうなるのかもわからない。
それに、ゲームであれば何時間迷宮を彷徨ってもキャラクターは文句ひとつ言わないが、いくら一刀が疲労に鈍いといっても、どこにゴールがあるかもわからない状態で何時間も命を危険に晒しながら迷宮を探索し続けることは、事実上不可能である。

そのことに、一刀自身が気づいていなかったのであった。



薄暗い迷宮の中は、当然広場のような場所ばかりではない。
むしろ狭く入り組んだ通路の方が多く、敵を選べていた広場とは異なって、ジャイアントバット以外にも相手せざるを得なかった。

「くそっ、しつこいっ!」

逃げながら巻き上げたボウガンを、背後から迫ってくるゴブリン達の1匹に向けて放ち、当たったかどうかも確認せずに更に逃げる一刀。
この状況は、狭い通路に屯していた3匹のゴブリンに対して一刀が戦闘を仕掛けたことから始まった。

誤算だったのは、一刀がボウガンの性能を過信し過ぎていたことであろう。
ジャイアントバットには相性のよかったボウガンであったが、それ以外の敵に対してはステータス通り、ダガーと同等の性能しか発揮しなかったのである。
接近戦の最中には当然ボウガンを巻きあげてセットしなおすことも出来ず、つまりソロである一刀には最初の1撃だけしか使用出来ないため、ジャイアントバット以外の敵にはボウガンは無力であったのだ。

なんとかモンスター達を撒いた一刀は、回復薬を飲んだ。
幸い救護院で仕入れたばかりの薬には余裕があった。
だが逃げ回っていたおかげで、テレポーターまでの道のりもすっかりわからなくなった今、回復薬はまさしく命綱である。
むやみに消費することは避けねばならない。
迷宮の地図を持っていない一刀は、仕方なく右壁の法則(壁伝いに歩けば、いずれどこかに辿り着くという法則。ちょっと考えればわかるかと思うが、迷宮の構造次第ではどこにも辿り着けない場合もある)に従って、迷宮を慎重に歩き出したのであった。



LVが4に上がった一刀は、しかしそれを素直に喜ぶことが出来なかった。
LVアップしたということは、つまりそれだけ戦闘をしたということである。
既にボウガンの矢弾は尽き、回復薬や傷薬もなくなりつつあった。

(そろそろテレポーターが見つからなきゃ、マジでやばいな……)

さすがの一刀といえども、いつ果てるともわからぬ迷宮に、精神的な疲労も限界に達しつつあった。
そんな一刀の耳に、遠くから金属の打ち合う音が聞こえてきたのである。
助かったと思いつつ、一刀は音のする方へと走った。
そこには、見覚えのある2人の少女と、それを見守っている見知らぬ女性達がいたのであった。

NAME:祭【加護神:黄蓋】
LV:20
HP:300/300
MP:0/0

NAME:穏【加護神:陸遜】
LV:19
HP:264/264
MP:124/175

「あ、兄ちゃんだ!」
「兄様!」
「ん? おお、お主、あの時の小僧ではないか。すっかり回復したと見える。穏に礼を言うのじゃぞ」
「そんなの、いいですよぅ。ところでぇ、こんな所でどうしたんですかぁ?」

季衣達と一緒にいた、弓を持った武人風の女性と杖を持った魔術師風の女性、2人の特徴を一言で表現すると、『おっぱい』であった。
一刀の傷ついた体と疲労の極致であった精神が、母なる乳によって癒される。
豊潤な大地を思わせる4つのそれに、一刀は無言で右手を振り続けたのであった
見かねた季衣に右足を、流琉に左足を踏みつけられるまで。



武人風の女性は祭、魔術師風の女性は穏と名乗り、一刀も名乗り返そうとしたところ、それを祭に止められた。
祭達は一刀のことを知っていると言うのである。

「じゃあ、あの時俺を助けてくれたのは……」
「うむ、儂と穏じゃ。儂への礼は酒でよいぞ。ああ、今すぐにとは言わぬ。お主が一人前になり、金に不自由しなくなってからで構わぬぞ。その方が儂にとっても、楽しみが増えるというものじゃ」
「祭さん、穏さん。危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。礼は必ずするよ。洛陽で一番の酒を必ず祭さんに奢るから、期待していてくれ」
「私のことはぁ、穏でいいですよぉ。で、先ほども聞きましたが、なんでこんな所に一刀さんがいるのですかぁ?」

今となっては自分の馬鹿さ加減が十分にわかっている一刀。
これ以上自分の恥を晒すのは避けたくて、先ほどの穏の質問をスルーしていたのだが、恩人である穏に再度問われては仕方がない。
出来るだけオブラートに包んだ表現で本日の自分の行動を伝えたのであった。

「兄ちゃん何考えてんだよ!」
「そうですよ、兄様! 4時間テレポーターの警備をして、その後すぐに迷宮に潜るだなんて、無茶苦茶です!」
「た、体力的には大丈夫だったんだよ。……道さえ迷わなければ」

だが、いくら穏当に伝えようとしても事実を覆い隠すことは出来ず、まず子供達が一刀に噛みついた。
その子供達の言葉を引き取って、穏もその口調とはうらはらに、一刀を厳しく批判する。

「自身の体力を考慮しないで行動するのも愚かですけどぉ、それ以上に地図もなく迷宮を探索するだなんてぇ、自殺志願者としか思えないですぅ」
「……返す言葉もございません」
「一刀さん、地図なしで迷宮を探索するなんて無謀なことは、もうしちゃだめですよぉ」
「ああ。今回のことで、自分の無謀さと無知さが身に染みたよ」
「うむ、わかればいいのじゃ。迷宮で一番大切なことは、宝物を持ちかえることではない。己の命を持ちかえることじゃ。そのこと、くれぐれも忘れるでないぞ」

口調もそうだが、言うこともお年寄りじみている祭であったが、その言葉は一刀の胸に強く響いたのであった。



祭と穏は、季衣や流琉に迷宮のことや戦闘のことを教えていた教師役であり、今日が迷宮探索デビューである季衣や流琉の保護者として、ついてきてくれたのだそうだ。
ただそれも今回限りであり、今後ずっとついていてくれるわけではない。
彼女達は、雪蓮のクランの一員であり、迷宮の最前線で己自身を鍛える必要があるからだ。

「クランって?」
「グループっていうかぁ、仲間っていうかぁ、そんな感じですよぉ」
「迷宮に降りる探索者の仲間をパーティと称するのじゃが、そのパーティよりも広域的な意味じゃ。ギルドへの登録や上納金の支払いなどは、ソロ以外はパーティ単位ではなく、クラン単位ですることになる。お主も身を買い戻して、それでもまだ探索者を続けるのであれば、いずれどこかのクランに所属することになるじゃろう」

クランのことも気になっていた一刀であったが、それよりもずっと知りたかったことが祭の口から出てきた。

「ところで、その身を買い戻すことなんだけど、いくら払えば自由の身になれるのか知ってるか?」
「……まだお主が知るには早いと思うのじゃが、どうしても知りたいか?」
「ああ、頼む、教えてくれ」
「ふむ、まぁいいじゃろ、いずれわかることじゃ。ギルドの剣奴が己の身を買い戻すためには、己の売値の10倍を支払わねばならん」

800貫。
その途方もない額に、一刀は目眩がした。

「気持はわかるが、そう落ち込むでない。なぁに、稼ぐ方法はある。それは『贈物』を売ることじゃ。『贈物』は貰う度にだんだんと高価になっていくからのぉ。しかも加護を得た時に貰える『贈物』の価値は、ケタが違う。儂の時は、ほれ、これじゃ」

そう言って祭が差し出した弓は、見ただけで威風を感じさせる巨大な強弓であった。
確かにこれならば、さぞ高値で売れるであろう。

「この弓は儂が『多幻双弓』と名付けたのじゃが、このくらいの品になると売値が買値の半額になるようなこともない。儂は自分で使っておるが、売れば最低でも2000貫にはなったじゃろう」
「そんな『贈物』を貰ったら、売るのに躊躇しそうだけどな」
「まぁ、それを売らずに普通の『贈物』を手放すという選択もある。加護を受けた今の儂で、大体200貫前後のものが貰えるからのぉ。それに、迷宮も20階を超えたあたりでは、敵の落とすドロップアイテムも10貫、20貫で売れるようなものがざらに出る。レアなドロップアイテムなんかも、ものによっては高額で取引されとるしのぉ。つまり、強くなりさえすれば、金なんかどうにでもなるのじゃ」

強くなる必要がある。
最低でも祭と同様のLV20にならなくては、800貫など到底稼げない。
それは主要人物である雪蓮や華琳、桃香に並ぶ強さではあるが、ここはステータス依存のゲーム世界である。
であれば、ゲーオタの自分だってLVさえ上げれば主要人物に並ぶ強さを手に入れることも不可能じゃないはずだ。

一刀は、無謀であった今回の探索を反省しつつも、今後も強さを求めるために迷宮に潜り続けようと思うのであった。



**********

NAME:一刀
LV:4
HP:28/64
MP:0/0
EXP:215/1250
称号:なし

STR:8
DEX:11
VIT:8
AGI:9
INT:9
MND:6
CHR:7

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(0)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:30
近接命中率:20
遠隔攻撃力:30
遠隔命中率:17
物理防御力:23
物理回避力:19

所持金:2貫800銭



[11085] 第八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/15 21:40
「ところで兄ちゃん、なんかちょっと臭うよ?」

迷子の一刀のため迷宮探索を切り上げて、皆でテレポーターまで戻る途中、唐突に季衣がそう指摘をした。
その言葉にショックを受ける一刀。
確かに買ったばかりの新しい服は、汗と血に塗れてべちょべちょであった。

手持ちの金は2貫800銭。
逃げたりしたため、余り拾う余裕がなかったが、それでも今回の探索で得た小銭やアイテムを売れば、手持ちと合わせて3貫くらいにはなりそうである。
その金は薬と矢弾につぎ込もうと思っていた一刀であったが、季衣のその言葉に着替えやタオルなどの生活用品を買い直すことを検討した。

「でも、そんな荷物を持って探索なんか出来ないしなぁ」
「へ? 荷物なんか、部屋に置いてくれば?」

そんな季衣に一刀は、自分の部屋で起きた盗難の話を聞かせた。
一刀自身は怒りよりも哀しさを感じていた出来事だったため、それに対して思うことも特になく、ただ単にそういうことがあったんだ、的な口調だったし、季衣達も用心するようにと、忠告がてらのつもりであったのだ。
だが一刀にとって予想外なことに、その話を聞いた季衣や流琉は怒り心頭であり、一緒に聞いていた祭や穏も眉をひそめたのである。

「兄ちゃん、諦めないで、ちゃんと犯人を探さなきゃ!」
「そうですよ、兄様。そういう輩は懲らしめないと、同じことを繰り返します」
「いや、別に犯人探しをする気はないよ。なんていうか、うまく言えないけどさ、例えば盗んだ奴が大金持ちだったら、いや、普通に生活出来る金だけでもあったら、あんな襤褸切れになった服なんて盗まなかったと思うんだ。うーん、だから、許してやりたいというか、こんな境遇自体が悪いんであって、もちろん盗んだ奴も悪いんだけど、んー、やっぱりうまく言えないな。あー、要するに、罪を憎んで人を憎まず? そんな感じなんだよ」
「……兄様罪を憎むのであれば、やはり犯人を捕らえて反省させないといけないんじゃ?」

四苦八苦しながら季衣と流琉を宥める一刀であったが、やはり言いたいことは通じていなかったようであった。



「ボク達の部屋に荷物を置けばいいよ」

と言う季衣の言葉に甘えさせて貰うことにした一刀。
今までは服が乾くまで全裸で見張っていなければならなかったのだが、部屋で干させて貰えれば、その時間もLV上げに使える。

タオルや石鹸に下着と服、出費は全部で1貫と、手痛い出費となったが、必要経費だと割り切った一刀。
だが、出費はそれだけでは終わらなかった。

「む、お主のブロンズダガーじゃが、随分と痛んでおるぞ? もう数回で折れてしまうじゃろう」

祭の指摘を受けた一刀は、泣く泣くブロンスダガーも買い替えることにした。
この痛み具合では砥ぐだけじゃ済まず、修理するくらいなら買った方が丈夫で安く上がる、との祭の助言に従ったのだ。
ブロンズダガーの代金も1貫であり、残った金で回復薬、傷薬、毒消しをそれぞれ10個ずつ買った一刀には、矢弾を買う金が残らなかったのであった。

(まぁ、ボウガンがなくても慎重に戦えば大丈夫だろ)

そう自分を慰める一刀に、全員食堂へ集合しろとのお達しが届いたのであった。



食堂の一面に白い布が掛けられ、そこは俄か作りの大聖堂となっていた。
そしてそこには、神に祈るマッチョモンスター達が佇んでいたのであった。

「はーい、皆さん注目。今日は週に一度のお祈りの日ですよー。我こそはと思う人から順番に、巫女様に祈って貰って下さいねー」

七乃の仕切りに、一刀は自分のLVが上がっていたことを思い出した。
ということは、今回も『贈物』が貰えるはずである。

よっぽどのものじゃない限り、売却しよう。
そう考えながら列に並んでいた一刀に、ようやく順番が回ってきた。

「あらん、貴方、ここの子だったのねん。うふ、私がギルドから身請けしちゃおうかしらん」
「ぬぅ、儂も代金を半分出そう。最近夜の一人寝が淋しくてのぉ」

洒落にならない冗談(だと思いたい)を口にする漢女達に、一刀は冷や汗を流す。
そんな一刀の心境を知ってか知らずか、漢女達は一刀に向かって不気味にウインクをすると、太祖神に祈り始めた。

「先日『贈物』が出たばかりだから、今回はないと思うけど、ご主人様のためになんとしても出して見せるわん! うっっっふぅん!」
「ぬぬぬぬっふぅん!」

いつの間にか自分をご主人様呼ばわりするマッチョモンスターから、相変わらず視線を逸らす一刀。
漢帝国の巫女たる漢女達に敬意をまったく払っていない一刀であったが、ゲームシステムの力は偉大であり、そんな一刀に対しても『贈物』はきちんとポップしたのであった。



「あらやだ、本当に『贈物』が出たわ。私の真心を込めた祈りのお陰かしら?」
「ぬぅ、だが儂等の祈りで『贈物』の出現率まで変えられるのかのぉ?」
「そうよねぇ。普通の子なら、最初の『贈物』から早くても2週間は置かないと、次の『贈物』は出ないのよねぇ、おかしいわん」

漢女達が不思議がるのも無理はない。
探索者は通常パーティを組んで迷宮に挑むため、EXPも頭割りであるのだ。
そのため、一刀と同条件で戦っていたとしても、敵1匹に対しての1人頭の稼ぎは、一刀の数分の一なのである。

それに加えて、探索者達は一刀とは異なり、リアルな感覚で戦闘をしているのだ。
安全マージンを大きめにとったフロアでの戦闘をする者も多いし、緊急時でなければ連戦もしない。
更に、テレポーターの存在するフロアでLV上げをする探索者達は、一日2,3時間も戦えばいいところである。

その結果、1戦闘で得られるEXPが1,2であり、一日で稼ぐEXPが10、20程度の探索者も多い。
それがLV3であれば、LVアップして『贈物』が貰えるまでに3,4ヵ月かかる計算になるのだ。

テレポーターがまだ未設置である最前線で戦う華琳達のようなパーティであれば、他のパーティがいない分、連戦することも頻繁にあるのだが、彼女達のLV帯では次のLVに上がるためのEXP総量が多くなり、これもまた容易にLVが上がらない。
なによりも、一刀を除く探索者達は、その戦闘で得たEXPを知る術がないため、自分が適正なフロアで戦っているかどうかがわからないのだ。

そのため、効率的な狩りをしている一刀とは比較にならないくらいに、LVの上昇が遅いのである。
漢女達の言っている『早くても2週間』という言葉は、ソロで戦わざるを得ない低LVの剣奴が基準であるが、彼等ですら一日4時間しか戦っていないため、一刀とは比べるべくもない。

だが一刀は、そんな他の探索者達の状況には気づいていなかったし、漢女達の疑問などそれこそどうでもよい。
一刀はポップした『贈物』を拾い、そそくさとその場を後にしたのであった。



一刀の受け取った『贈物』、それは不思議な感じのする石であった。
だが、それを持つ一刀のステータスは、特に補正されていなかった。
剣奴ではないが、巫女が来ているなら祈ってもらおうと食堂に来ていた祭に、その石のことを聞いた一刀。
その石の効果は、驚くべきものであった。

「それは初期の方によく出る『贈物』でのぉ。強化したい武器でその石を割ると、その威力がわずかに上がるのじゃ。わずかと言っても、実感出来る程度には変わるから、なかなかの当たりアイテムじゃぞ。尤も、その効果があるのは初級クラスの武器だと言われておるがのぉ。儂もこの弓にそれを何度か試したが、元の威力が大きすぎて、効果があるのかないのかわからんかった」

まさに、手に入れたボウガンに使えと言わんばかりの『贈物』である。
だが、それでボウガンを強化したところで、矢弾がないのでは意味がない。

「とはいえ、己の命を預ける武器の威力が上がるアイテムであることには変わりない。手に入れた者は大抵自分の武器に使用するため、需要が供給を上回るアイテムじゃ。買値の相場は10貫、ギルドだと足元を見られて5貫程度の売値じゃろう。もしお主がそれを売るつもりであれば、儂が8貫で買い取ろう。どうじゃ?」

そんな祭の申し出をありがたく受け入れた一刀なのであった。



十分な矢弾代を手に入れた一刀の選択した新たな狩りの方法。
それは、ジャイアントバットのみを狙った乱獲であった。
仕事は相変わらずBF1のテレポーター警備であったが、BF1ではジャイアントバットを倒して得られるEXPが5になっており、またボウガンの威力も明らかにオーバーキルであったため、ダガーのみを振ってお茶を濁して休憩時間に充てることにした一刀。
自由時間を使って下の階のテレポーター周辺で狩りを始めたのである。
BF2から順番に試していった一刀であったが、1撃で倒せるのは今のところBF3までであり、そこを拠点に他の探索者達に交じってジャイアントバットを狩り続けたのであった。

だんだん隠しパラメータである射撃スキルが上がってきたのであろうか。
もしくは単純にLVが上がったせいであろうか。

3回に1回程度しか命中しなかったボウガンも、最近は2回に1回当たるようになってきていた。
コウモリにありがちな設定である、超音波による回避補正も入っているらしいジャイアントバットでもその命中率なので、コボルトやゴブリンなどを相手にすれば、もっと命中率が良かったのであるが、一刀は1撃で倒せるジャイアントバットのみを倒すことに拘った。
それは単純に効率の問題でもあったが、ジャイアントバットが比較的他者に嫌われているモンスターであることも、大きな理由であった。

ジャイアントバットが他の探索者に嫌われている要因は簡単で、まず発見しにくいこと、上空から襲ってくるため戦い難いこと、回避率が高いことなどである。
これがコボルトなどの敵であれば、一刀のペースで狩り続けていたら、いずれ狩場荒らしとして有名になってしまったであろう。
ギルドの剣奴である一刀に、その風評はまずい。
下手をすればギルドに苦情がきて、自由時間を制限されかねない。
その点、ジャイアントバットであれば、狩場を掃除したことで感謝されることはあっても、恨みを買う心配はほとんどない。

一刀は、心置きなくジャイアントバットの乱獲に勤しんだのであった。



1週間が経ちLV5になった一刀は、またしても『贈物』を得て注目の的になった。

「贔屓だ!」
「俺達にもしっかり祈れ!」

などと、剣奴達の不平不満は漢女達に向かっていたが、一刀に対する羨望は意外なほど少なかった。
なぜなら確かに『贈物』は羨ましいが、誰も漢女達のお気に入りなどにはなりたくなかったからである。
そういうことも含めて、かなりの恩恵を漢女達から受けている一刀であったが、相変わらず漢女達をモンスターの一種だと思って警戒していた。

漢女達の恋が実る日は来るのであろうか。

それはさておき、今回の『贈物』も前回と同じく、不思議な石であった。
同じ物が2度続くのは、かなり珍しいとのことである。

【お主、儂の折角の『贈物』を無碍にするでない!】

という太祖神の声が聞こえてくるようである。
だが、今回も一刀は祭を探して、前回と同様8貫で引き取ってもらった。
BF3のジャイアントバットで入手出来たEXPは15であり、途中でLVアップしてからは、それも10に減った。
そんなEXPしか貰えないのに、一週間で約2000のEXPを稼いだ一刀。
ステータスも『EXP:215/1250』から『EXP:955/1500』に変わっていた。
つまり、それだけジャイアントバットを乱獲したというわけで、8貫で買える矢弾400は、既に消費し尽くしており、また無一文になっていたのである。

だが、序盤の端金よりもまずはLVアップ、それがRPGの鉄則である。
一刀は、矢弾代を惜しまずに乱獲を続けたのであった。



ギルドに買われてから半月が経ち、新たに剣奴が購入されてきて、一刀達BF1警備隊は、BF2に回された。
それでも今の一刀にとっては、ほとんどBF1と変わらない状態であり、相変わらず仕事中を休憩時間に充てて、自由時間をLV上げに使っていたのである。
一刀はBF4に拠点を移したが、すぐにLV6に上がり、得られるEXPが10になってしまったため、今はBF5を拠点に狩りを続けていた。

BF5だと、さすがに1撃とはいかなくなったが、1発当てた手負いのジャイアントバットは、ダガーで止めを刺すだけでよかった。
だが、狩りの効率はがくんと下がった。
なぜなら、手負いのジャイアントバットを他の探索者や剣奴達に横取りされることが多かったからである。

それでも一応EXPは入ったものの、本来15入るはずのものが7に目減りしてしまうのだ。
その7という数値も、横取りした者がソロだった場合の話であって、探索者パーティに横取りされると、悪い時は2程度にまで目減りしてしまっていた。
このことから、EXPは頭割りであることがわかった一刀であったが、それを知ったメリットよりもデメリットの方が遥かに大きい。
毎回獲物を取られるわけではないので、数日間はBF5で我慢していた一刀であったが、さすがにこの状況は面白くない。

うーん、BF4に戻ろうかなぁ。
あそこのジャイアントバットなら、LVが上がって1撃で倒せるようになったし。
それともいっそBF6に進むか?

そんなことを考えていた一刀の眼に、大量のモンスターを引き連れてテレポーターに逃げ込む探索者の姿が映ったのであった。

NAME:キラービー
NAME:マッドリザード
NAME:オーク

探索者はBF6から逃げて来たらしく、初めてみるモンスター達が、かなりたくさんいた。
ギルドの監督員の指示を受けた剣奴達は、慌ててテレポーターを守るため、小屋の前に陣取った。
自由時間である一刀だったが、剣奴達を見捨てるつもりはなかった。
盾のない自分が小屋の前に陣取るよりも、背後からボウガンでモンスターを倒して数を減らした方がいいと判断し、一刀は行動を起こしたのであった。

でかい蜂の姿をしたモンスター・キラービーにボウガンを打ち込み、1匹ずつ倒していく一刀。
BF6のモンスターだけあって、EXPも50とかなり美味しいし、なによりもモンスターが小屋に集中しているため、ボウガンを巻き上げる時間があるのが楽だった。

「おいっ! お前も剣奴だろう! なにしてるんだ、さっさと小屋を守れ!」

一日外出権を獲得し、連続して『贈物』を貰った一刀の顔を見覚えていたのであろう、監督員から一刀に怒声が浴びせられた。
だが、何度も言うが、一刀にとって今は自由時間なのである。
監督員に指図される覚えはない。

監督員の指示を無視して、一刀は背後から敵を殲滅し続けたのであった。



美味しい敵達のおかげでLV7に上がった一刀を待っていたのは、自由時間にも関わらず小屋を守るのに協力したことに対する感謝の言葉ではなく、自分の指示に従わなかったという監督員からの叱責であった。

「お前も、先日テレポーターを放棄して逃げ出し、処刑された剣奴と同じだ! テレポーターの守備を放棄した罪で、公開処刑してやるからな! お前ら、こいつをギルドへ連行しろ!」

途中から救援に来た探索者の女の子達に命令する監督員。
そのうちの1人は、髪の色といい目の色といいおっぱいの立派さといい、明らかに雪蓮の血縁者であろう。
もう1人、髪と目が同色の少女がいたが、こちらはまだ幼女であるためおっぱいでの判断が出来ず、一刀の中では保留であった。

彼女達に連行された一刀は、だが自分の処罰に対しては余り心配していなかった。
一刀は、その時の剣奴と今の自分は全然違うと思っていたのだ。
仮にここで一刀が処罰の対象になってしまうと、今でさえ珍しい、自由時間に鍛錬をする者が皆無になってしまうであろう。
自由時間でも勤務時間と変わらず監督員の指示で死地に立たされることになるのならば、誰も迷宮などに降りない。

自主的に自分を鍛える剣奴は貴重であり、その剣奴のLVが上がることは、所有するギルドの戦力アップに繋がり、利益となる。
その芽を自ら潰すなど愚かな行為であることを、美羽はともかく七乃であれば理解するであろう。

こういった理由で一刀は、自分が処分されることはないであろうと考えていたのである。
そんな一刀にとっては、連行されていることよりも、連行する側である女の子達の方が気になっていた。

女の子達のLVは10前後であり、まだ加護を受けていない状態であったため確実ではなかったが、おそらくは雪蓮の関係者なのであろう。
剣奴が必ず集まらねばならない時に見た記憶がないことから、彼女達がギルドの剣奴じゃないことは間違いない。
こんな存在感のある女の子達を見逃すわけがないからだ。
そして、ギルドの救援部隊としてやってきたということは、ギルドの関係者、もしくは協力者であるはずだ。
だがそれにしては、彼女達に対する監督員の態度が上から目線の命令口調過ぎる。

『ギルド預かりの身分』と自分のことを言っていた雪蓮。
奴隷市での美羽とのやりとりからしても、雪蓮が美羽からかなりの制限を受けていることは、一刀も感じていた。
それにも関わらず、雪蓮のクランが探索者ギルドに協力しているのは、もしかしてこの子達となにか関係があって、協力せざるを得ないからではないか。

蓮華、小蓮、思春、明命、亞莎。

雪蓮や祭、穏に恩を返すためにも、彼女達の名前は覚えておいた方がいい。
そう考えながら、一刀はギルドに連行されていったのであった。



結論から言えば、一刀はお咎めなしであった。

一刀の予想通り、七乃はすぐに事情を理解した。
だが、これもある意味予想通りなのであるが、美羽はそんなことを欠片も理解していなかった。
七乃がさりげなく一刀を庇う方向へ持っていこうとしていたが、当初美羽には余り効果がなかった。

「監督員に逆らう剣奴など、妾はいらんのじゃ!」
「まぁまぁ、美羽様。こう見えても一刀さんは、今のところ非常に優秀なんですよ? さすが美羽様、80貫にしては、とてもいい買い物です。よっ! この悪徳商人! 可愛いぞっ!」
「む、うーむ……。じゃが、妾は反抗的な剣奴は……ぬ、この匂い! お前、なにを持っておる、見せい!」

一刀が持っていた物、それはキラービーのドロップアイテム・蜂蜜であった。

「おお、この香り、この色つや! ……よし、わかった。今回の件は、妾の広い心で許すのじゃ。その代わり、今後もこの蜂蜜が出たら、妾の元に持って来るのじゃ! まぁ、妾も貧乏な剣奴から搾取する程落ちぶれてはおらぬ故、蜂蜜ひとつにつき、1貫の褒賞をやるのじゃ」
「……美羽様、それ、ギルドショップでは250銭で引き取っているのですが」
「銭なんぞ、妾は触ったことがないのじゃ。というか、なぜ銀貨や銅貨がいるのじゃ? 金貨だけあればよいじゃろう?」
「……で、ですよねー。さすが美羽様、そこに痺れて憧れますぅ! というわけで一刀さん、蜂蜜を手に入れたら、私のところに持ってきて下さいね。金貨はちゃんとお支払いしますから」

お咎めなしどころか、非常に美味しい依頼まで受け取った一刀。
だが一刀は、なにか釈然としない、ムカムカしたものを感じていた。

自分でもよくわからないその感情が、所謂貧乏人の僻みと呼ばれるものであることを、一刀はまだ気づいていなかったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:78/100
MP:0/0
EXP:10/2000
称号:なし

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(24)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:39
遠隔命中率:26
物理防御力:27
物理回避力:29

所持金:3貫400銭




[11085] 第九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/08/25 00:05
剣奴同士の争いは、探索者ギルドではご法度である。

それは剣奴がギルドの財産であり、財産同士が勝手に傷つけ合ったりしたらギルドにとっては損失になるからだ。
だが、殺傷沙汰こそないものの、一刀の荷物が盗まれたように、細かい所までギルドは関知しなし出来ない。
だから、必要以上に目立つことは危険であり、目立つ行動をとるのであれば、他を圧倒出来るだけの強さを早く身につける必要がある。

今は見た目がブロンズダガーや布の服などの初期装備であり、BF3,4辺りでジャイアントバットを1撃で倒していたのも、そんなには目立っていない。
なぜなら、飛ぶことや回避補正のため戦い難い相手ではあるものの、攻撃が当たりさえすればすぐに死ぬジャイアントバットは迷宮内でも最弱の相手とされているためである。
しかも、拠点防衛のために盾を手放したがらない剣奴達が使用することはあまりないが、飛ぶ敵に遠距離攻撃が有効であるというのは、今までの経験則から割とよく知られている。
一刀に限らず弓使いの探索者であれば、ジャイアントバットを1撃で倒すことはよくあることなのだ。

更に、階層によって貰えるEXPの違いから強さの違いをはっきり認識出来る一刀とは違い、他の者にとっては階層が下がることでの敵の変化は曖昧にしかわからない。
明らかに武器が異なる獣人系とは異なり、見た目が変わらないジャイアントバットならば尚更である。
つまり一刀は、自由時間にも迷宮に降りる物好きな奴とは思われていても、周りにその異常なLVアップ速度も認識されていないし、今の所は特別に強いとも認識されていなかった。

あくまで、今の所はである。
ただでさえ一日外出権や2回連続の『贈物』、それに先日の監督員との諍いで、一刀は悪目立ちしつつあった。
敵の種類が変わらないBF5までなら誤魔化せた自身の強さも、BF6以降に降りるようになれば即座にバレてしまうだろう。
そうなれば完全に目立ってしまい、職場配属のルールを逸脱した階層に配置されてしまうこともありうる。

BF1からBF5までの階層では、1ヶ月毎という職場チェンジの基準(剣奴自体は月に2度補充のため、BF1の配属は運が悪ければ2週間になる)が決められていた。
BF6以降では、下に行くほど死傷者が出て人数が足りなくなってしまうため、人数基準で下の階層への移動となる。
つまり、BF5を卒業してBF6に配属された新人と、それまでBF6に配属されていた剣奴を足して、基準人数を上回った分だけが古株の順にBF7へと移動になるのである。
現時点でギルドによって設置されているテレポーターはBF10までであるので、現状の所はそのやり方でギリギリバランスが保てていた。

つまり、BF10をソロで生き残れる実力を身につけるまでは、一刀はおおっぴらにLV稼ぎも出来なくなったのである。



前回よりも更に2つアップしてLV7となった一刀は、しかし漢女に祈ってもらう列には並ばなかった。
3連続で『贈物』を受け取って、目立ちたくなかったからである。

以前迷子になった際、季衣や流琉が座学で教わったという迷宮の地図を書き写させて貰っていた一刀。
BF5からBF6に徒歩で移動し、階段付近を拠点に狩りをしようとした。
LVが上がってジャイアントバットからEXPがあまり貰えなくなくなった以上、乱獲の妙味が薄れていたからである。
だが、いくらLVが上がっていても、さすがに初期装備でこの階層はきつかった。

「くそっ、何発当てれば死ぬんだ、コイツ!」

大きなトカゲの姿をしたモンスター・マッドリザードを相手に、苦戦をする一刀。
その動きは丸々とした見かけに反して俊敏であり、猪のように突進しては一刀にダメージを与えていった。
ダガーという獲物だけあって、一刀の攻撃力はそれほど高くない。
それでも手数で無理押しして、マッドリザードに止めを刺した時には、戦闘前には全快だった一刀のHPが、残り3割にまで落ち込んでいた。
それだけ苦労したにも関わらず、EXPは30しか貰えなかったのであった。



早々に迷宮から脱出した一刀は、自らの育成計画を見直しせざるを得なかった。

初期装備でBF6にソロで挑むのは無理。
ジャイアントバットを相手の乱獲は効率的に考えると下策だし、そろそろ矢弾代が持たない。
BF5の広場で、ジャイアントバット以外をターゲットに乱獲をするのは、他者の恨みを買うので却下。

それに、ドロップアイテムの問題もあった。
獲物を横取りされた際にアイテムがドロップして、どちらが取得するかの言い争いになった時、広場ではギルド監督員の目もあるため、剣奴である一刀の立場はどうしても弱い。
そのため思うようにアイテムも拾えず、ますます矢弾代に困ることになるという悪循環に陥っていたのである。

(BF5の広場以外を探索しつつ、地道に敵を倒してEXPを稼ぐしかないかなぁ)

そこまで考えた一刀は、自分にもうひとつ縛りがあるのを思い出した。
『蜂蜜』の献上である。
期限も納期も特に指定されていないが、ずっと放置しておくことは出来ない。
なぜなら、定期的に蜂蜜を納めなければ、美羽の機嫌を損ねてしまうことになりかねないからだ。

ギルドショップの利益を損なう恐れがあるため、剣奴同士の直接売買はギルドから禁じられている。
だから、他の剣奴から譲って貰って転売することも出来ない。
『贈物』を祭に売却した時のように、相手が剣奴でなければよいのであるが、彼女達はLV的にもっと上の階層で戦うであろうから、『蜂蜜』には余り期待できない。

八方塞がりの一刀なのであった。



「季衣、流琉、いるか?」
「あ、兄ちゃん。いらっしゃい」
「兄様、お洗濯ですか?」
「いや、実はちょっと相談があってな」

ソロでは現状を打開出来ない一刀は、季衣達とパーティを組むことを考えたのである。
迷宮探索を初めて2週間経った彼女達は、2人パーティであることが足を引っ張ったのか、LV3のままであった。
ちなみに『パーティを組む』といっても、なにか特別なことをするわけではない。
それでどうやってパーティと認識され、EXPが分配されるんだろうと以前考えていた一刀だったが、見知らぬ探索者に横殴りされただけでEXPが頭割りされることから、一刀はシステム的にファジーなんだろうと見当を付けていた。

一刀の申し出は、2人にとっても願ってもないことであった。
2人だけで迷宮を探索するというのは、彼女達にとっても心細かったのである。
だが、自分達と違って仕事のある一刀に、仕事の後で自分達の探索に付き合ってくれとはとても言えなかった彼女達。

「兄様、お仕事もあるのに、私達と迷宮探索までして、体は大丈夫なのですか?」
「ああ、今だって仕事時間以外もソロで迷宮に降りてるし、季衣と流琉がいてくれた方がかえって楽になるよ」

との一刀の言葉に、喜んでパーティの申し出を受諾したのであった。



RPGの種類によっては、LV差がある者同士のPTはEXP取得にマイナス補正が入るものがある。
特にMMORPGでは、PL(パワーレベリング)防止策として、それを採用することが多い。
逆にオフゲーでそれをすると、新たなキャラが育てられないため、それを採用していない場合がほとんどである。

『三国迷宮』はオフゲーであるため、EXPのマイナス補正は入らないだろうと予測した一刀。
LV1でコボルトを相手に50貰えていたEXPが、LV2で25、LV3で10になっていたことを考えると、恐らく乗算に近い経験値テーブルであると考えられる。
LV6だった時のキラービーがEXP50、LV7で戦った先ほどのマッドリザードがEXP30であることから、恐らく序盤はLV=適正フロアであり、一刀にとってはBF7の敵が同格なのであろう。

だから、例え自分が増えて頭割りでEXPが減っても、季衣達にとって格上であるBF5のモンスターを倒すことにより、大量のEXPを得られるだろうと思っていた。
そして、パーティを組んでBF5で行った戦闘で、季衣と流琉がすぐにLV4にアップしたことがそれを証明したのであった。

「兄ちゃん、ボクもう平気だよ」
「私も大丈夫です、次をお願いします」
「わかった、じゃ、行って来る」

パーティを組んで最初のうちは、3人で迷宮内をうろうろして敵を探しては戦っていたのであるが、敵がいつ出るかわからないことが季衣達の気力体力を消耗させる大きな要因となっていたため、一刀は早々にLV上げのやり方を変えた。
比較的安全そうな袋小路に季衣達を待たせ、一刀が敵をそこまで釣ってくる方法にしたのだ。
敵を探して誘導する手間はかかるが、それ以上に季衣達の消耗を抑えられることの方が重要であった。
なぜならこれはパーティでの探索であり、一刀1人が元気であっても他のメンバーが疲れてしまっては、今までのように長時間のLV上げが出来ないからである。

「ポイズンビートルを連れて来たぞ! 毒に気をつけろよ!」
「わかってるって、そりゃー!」
「たー!」

体に似合わない巨大な鈍器を両手で握り、ポイズンビートルに殴りかかる季衣と流琉。
洛陽に連れてこられる前からLV3であった2人は、座学の頃に『贈物』を受け取ることが出来ていた。
この鈍器は、そんな2人の初めての『贈物』であった。

季衣の先端が丸く膨らんだ形状の鈍器。
流琉の先端が平べったい形状の鈍器。

さすがに祭の持つ弓のような威風を感じさせることはないものの、さすがに『贈物』だけのことはあり、それらは彼女達にとってかなり使いやすそうであった。

LV4に上がった2人でも、BF5のポイズンビートルはまだ格上の相手であったが、甲殻類などの硬い相手に対して鈍器はプラス補正が入るらしい。
そこそこ苦戦を強いられるゴブリンとは違って、わずか数発で倒すことが出来た。

まだ余裕のありそうな季衣達を確認して、次の獲物を探してくる一刀。

「今度はゴブリンだぞー!」
「任せてー!」
「はーい!」

LVの足りない季衣達は、なかなかゴブリンに攻撃を当てることが出来ない。
だが、それでも2人は慌てず騒がず、きちんと狙いを定めて落ち着いて攻撃を続けた。
そのようなことが出来るのも、一刀がゴブリンの攻撃を一手に引き受けているためである。

前衛に守って貰いつつ、後ろからボウガンで攻撃しよう。
そう思っていた時期が、一刀にもあった。

だが、季衣達に頼んで試しにやってみると、季衣達に当てないように敵を狙うのが酷く難しかったのである。
狙い自体は正確につけられるのだが、季衣達の動きが予測出来ないのだ。
しかし、戦闘中は役に立たずとも、敵を釣ってくるのには非常に便利であったため、一刀は自分の装備から外すことは考えなかった。

(自分達がよほど息のあったパーティになるか、自分が優れた弓手になるかしないな)

一刀は戦闘中のボウガンの使用を、一時的に諦めたのであった。



盾のない一刀が攻撃を引き受けているのだから、いくら自分にとって格下の敵であっても、全ての攻撃を避けたりダガーで受けたり出来るわけではなかった。
それなりに手傷を負った一刀に、流琉が傷薬を塗りたくり、季衣が回復薬を飲ませる。

そう、一刀は彼女達に薬を奢って貰っていたのだ。

「兄様は私達の代わりに傷を負ったのですから、このくらいさせて下さい」
「そうだよ、それに兄ちゃんは矢弾代だってかかるだろ?」

少女達に金銭面で気を遣わせていることに、忸怩たるものを覚える一刀であったが、季衣の言う通り、確かに矢弾代がそろそろ厳しくなりつつあった。
一度使用したブロンズボルトを拾って再使用出来るのであれば、ここまで困窮することはなかったであろう。

だが、さすがはゲーム世界である。
消耗品として存在しているアイテムであるブロンズボルトは、当たり判定の後、モンスターと同様に塵となってしまうのだ。
そうやって消えていく金属類は大陸全体で見ればわずかであるし、ゴブリンなどの獣人系モンスターが、たまにブロンズインゴットなどの金属類をドロップするから、ある意味バランスがとれている。
そこら辺のことをこの世界の住人はどう考えているのかと思い、季衣達にそのことを聞いてみたことがあるが、彼女達はりんごが下に落ちるのと同じくらい当然のことだと認識していた。

(魔法や神の存在する世界で、質量保存の法則なんて関係ないか)

一刀は無理やり自分を納得させたのであった。



一週間が過ぎ、季衣達のLVも更に上がって5となった。
と同時に一刀の矢弾代も遂に限界が来て、今持っている分で最後である。

一刀達は『蜂蜜』を入手するため、背水の陣の覚悟でBF6へと降りて行ったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:620/2000
称号:なし

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:39
遠隔命中率:26
物理防御力:27
物理回避力:29

所持金:0銭




[11085] 第十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:16
結論から言うと、BF6の探索は散々であった。
一刀達は、地図を見ていくつか候補地として選んでいた拠点にすら辿り着けなかったのである。

LV7ではあるものの初期装備の一刀と、ギルドの優遇措置のおかげで装備こそ整っているがLV5の季衣と流琉。
さすがにソロの時よりは楽であったが、それでも10戦もすると戦闘継続能力を失うくらい疲弊してしまったのである。
なんとか1個ドロップした『蜂蜜』を献上することにより、しばらく時間が稼げることだけが救いであった。

死ぬ程苦労したんですよ、だからそんなに頻繁には持って来れないですよ、というアピールのためにも、ボロボロで血に汚れた布の服のまま七乃に『蜂蜜』を持って行く一刀。
だが、彼のそんな涙ぐましい気遣いも、七乃には効果がなかった。

「一刀さん、遅いです。お嬢様に1日10回も催促される私の身にもなって下さいよ。大変なんですから!」
「……こんなボロボロになってる、俺の身にもなってくれよ。大体、ギルドショップにドロップした『蜂蜜』の大半が売られるんだから、そこからギルド長に差し出せばいいじゃないか」
「その分はもう既に、朝昼晩の食事や蜂蜜水に使ってるんです。美羽様は、一刀さんの持ってくる『蜂蜜』を3時のおやつとして楽しみにしているんですよ」
「……ソウデスカ」
「そうなんです。まぁ、いくら優秀でも新人の一刀さんには荷が重かったかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。最悪でも一週間以内に次の『蜂蜜』を持ってきて下さいね」

美羽の3時のおやつのために命懸けで戦ったのかと思うと、非常に遣る瀬無くなる一刀。
一刀は七乃に返事もせず、無言でその場を去ったのであった。

(BF5でのことは偶然かとも思いましたが、ギルドに買われてわずか1ヶ月足らずで、自力でBF6の敵を倒すなんて……。一刀さんには注意を払う必要がありますね)

自分の背中をじっと見つめる七乃の視線に気づかないままで。



出現したドロップアイテムは、『蜂蜜』の他にもあった。

マッドリザードが落とした『トカゲの皮』。
オークが落とした『アイアンインゴッド』。

約10回戦って、3個のドロップアイテムである。
揺れ幅もあるが、ドロップ率はBF1からBF5の敵とそんなに変わらない。
七乃に貰った1貫を山分けしようとする一刀に対し、季衣と流琉はそれぞれの理由で断った。

「兄ちゃん、ボクは『トカゲの皮』が欲しいんだ」
「兄様、私は『アイアンインゴッド』を貰えると、ありがたいです」
「だから、『蜂蜜』は兄ちゃんの物ってことでどうかな?」

『トカゲの皮』は売値で500銭、『アイアンインゴッド』は売値で1貫であるので、一刀に異存はなかった。
季衣のアイテムが安い分は、意識してマッドリザードを多く釣るようにすればバランスが取れるだろうと、一刀はその提案を了承した。

「その他のアイテムや獣人の出したお金は、共同資金として薬代にしましょう。兄様は隠していたようですが、私達に薬代を出費させるのに抵抗があったんですよね?」
「バレバレだったよ、兄ちゃん。それよりホラ、その服さっさと脱いでよ。血が染みになっちゃう。ボクが洗って、破れた所を繕っといてあげる」

流琉の言葉に赤面する一刀の服を、季衣が脱がせていく。
意外にも季衣は裁縫を得意としていて、今までも戦闘で破けた一刀の服を何度か繕ってくれていたのだ。

(流琉もそうだけど、季衣も将来いいお嫁さんになれそうだな)

そのためにも、2人を無事に剣奴から抜け出せるようにしてやらないと。
一刀は、嬉々として自分の世話を焼く季衣と、それを微笑ましげに眺める流琉を見て、そう決意を新たにしたのであった。



一刀達が探索者ギルドに買われてから、4回目の漢女達の訪問があった。
だが、またしても『贈物』をスルーした一刀。
今度こそと満を持して待ち構えていた太祖神が、またしても肩透かしを喰らって怒りに震えていたかどうかは定かではない。

季衣達はLV3からLV5になっていたため、それぞれ2個ずつの『贈物』がポップした。
短期間でLVが2つ上がることは稀であるが、複数の『贈物』が出ることはそれほど珍しくない。
例えば外から来た武芸者が初めて神殿に行った時などは、ほぼ必ずと言えるほど『贈物』が複数ポップする。
それは今まで貯めて来たLV分が出ているのであり、彼女達の場合とは意味が異なるのだが、そんなことは誰にも分からない。
従って彼女達は羨ましがられはしたものの、一刀の時のように首を傾げられることはなかった。

季衣は道着のような服とカンフーシューズのような靴を、流琉はリストバンドとレッグウォーマーをそれぞれ貰っていた。
特筆すべきは、それぞれのアイテムにステータス補正がかかっていることである。
それらは小さすぎて一刀には身に付けることが出来ず、詳しい補正値を調べることが出来なかったのが悔やまれる。

「なんかボク、早く動けるようになった気がする。気のせいかな……」
「私は、かなり力が強くなった気がします」

ということから、季衣はAGI、流琉はSTRの補正であろう。
流琉の方が効果は高いようだ。

自分の貰った石ころに対して、随分と少女贔屓な神様なんじゃなかろうかと一刀は思ったのであった。



一刀の経験から予測した理論値上、季衣達はBF5でもおそらくEXP20~15貰えるはずだと、矢弾が20を切るまではBF5で戦い、金が無くなったらBF6の階段付近で10戦して戻るという戦闘サイクルにした一刀達。
季衣や流琉がLV6になってBF6での戦闘にゆとりが出るまでの応急対策であった。
そして5回目の漢女達をスルーして、10日ほどそのサイクルで戦闘を繰り返した結果、遂に季衣と流琉のLVが上がったのであった。

NAME:季衣
LV:6
HP:89/89
MP:0/0

NAME:流琉
LV:6
HP:82/82
MP:0/0

今まで色々な探索者のパラメータを見ていた一刀は、同じLVでもパラメータに個人差があることを知っていた。
その結果、子供の探索者よりも女性が、そしてそれよりも男性の方がHP的には高い傾向にあった。

だが、2人のHPは一刀がLV6だった頃とほとんど変わらないのである。
ステータスまで見られないのでなんとも言えないが、一刀が子供並のステータスなのか、それとも季衣達が大人並のステータスなのかと、つまらないことで悩んでしまう一刀であった。



そんな平和的な悩みだけであれば、どれだけ良かったか。
だが一刀には、深刻でいて嫌な気持ちにさせられるような、不快な悩みも出来ていた。
それは、遂に一刀に対する蔭口が叩かれ始めたことである。
ついた渾名は『幼女の腰巾着』であった。

一刀が季衣達とつるんでいるのは、注目さえしていれば誰にでもわかることであろう。
彼等がパーティを組んで約3週間、その間ずっと一緒にテレポーターを使用していたのだから。

一刀は気づいていなかったのだ。
季衣達『優遇組』が、一般の剣奴達に疎まれていたことを。

そもそも一刀は周りの剣奴から、非常に付き合いの悪い奴だと思われている。
なにせ、仕事時間が終わっても周りとつるむことなく、迷宮に潜っているような変わり者であると認識されているからだ。
剣奴達が賭けトランプなどで遊んでいる時、一人血臭を漂わせて部屋に帰って来る一刀。
寝る時以外はほとんど迷宮にいるような奴と、親しくなりたいと思う剣奴などいない。

一刀も、もう少し周りとのコミュニケーションを図るべきであったのだ。
だが一刀は、LV上げに夢中になり過ぎて、あまりそれを重要視していなかった。
少しでも早く自分の身を買い戻したいという気持ちが大部分であったが、それだけでは毎日こんなことを続けられない。

EXPを稼いだ分だけ強くなれること、それはRPGにおける大きな魅力のひとつであろう。
そして、そういうのが好きだからこそ、彼はゲーオタをやっていたのである。
現実世界に戻れるものならば、即座に戻りたい一刀であったが、だからといってLV上げの魅力がスポイルされるわけではない。
一刀は、努力した分だけその結果がパラメータとして示されるという、現実にはわかりにくい、ゲーム特有の魅力に夢中になっていたのであった。

そんなわけで、剣奴達との接点が余りなかった一刀は、かなり浮いた存在であった。
もちろん積極的に動けば接点などいくらでも作れたであろうが、残念なことに彼の対人スキルは低い。
しかも根が真面目なので、唯一周りと話す機会のある仕事中には、無駄口を叩かないのである。
もっとも、仕事中は一刀の休憩タイムであり、ボーっとしたかったというのもあるが。

それでもずっと初期装備であり、特に金周りがいいわけでもなさそうな様子から、一刀は特に注目を集めることもなく、基本的には空気のように扱われていた。
それは一刀の『目立ちたくない』という考えと一致していたので、今まではそれなりにうまくいっていたのだ。

ところが、そんな一刀が目障りな『優遇組』の、しかも可愛らしい少女達なんかとつるんでいるという噂が流れ、それが事実だとわかったのである。

俺達を無視するような態度なのに、とムカつく剣奴。
『優遇組』のお零れが貰えそうだ、と羨み妬む剣奴。
俺達のロリプニ達を独占しやがって、と息を荒くする剣奴。

「ちっ、あの野郎、ガツガツ迷宮に降りて金を稼いでるかと思えば、『優遇組』なんかに取り入りやがって」
「いや、案外あの淫売ロリどもが奴を自分達の盾にするために、股を開いて誘惑したんじゃねぇのか?」
「がはは、そんなことしたら、アソコが裂けちまうぜ」
「うははは、違いねぇ」

蔭口が叩かれていたのは知っていた一刀であったが、人の噂も75日と、知らんぷりを続けていた。
だが部屋の中から漏れ出してくる、初めて生で聞いた自分達に対する悪意に充ち溢れた声に、扉の前で一刀は立ち尽くしていた。
一刀は怒りに任せて部屋に突入することも出来なかった。

もうすぐ職場もBF3に変わり、環境はより厳しくなる。
そんな中でこの空気は、いかにもまずい。
今ならばまだ、戦闘中協力して貰えないなどの不利益だけで済むであろう。
だがこのまま悪化すれば、戦闘中後ろから刺されることになりかねない。
いや、寝ている最中に濡れた布を被せられ、永遠の眠りについてしまいかねない。

これは、すぐに対処しなければならない事態であった。
恒久対策は季衣達とのパーティ解消であったし、それが嫌なら応急対策である剣奴達との関係改善をマメに続ける必要がある。

というような保身を、一刀は考えていたわけではない。
いや、人間である以上保身を考えるのは当たり前であり、なにもそれが悪いといっているわけではない。
ただ、一刀が考えていたのは、そういうことではなかったのだ。

一刀の考えていたこと、それは保身よりももっと性質が悪い。
人買いに無抵抗に捕まった一刀や、罪を憎んで人を憎まずなんて言っている一刀を見ればわかる通り、彼は基本的に従順であり、人との争いを嫌うタイプである。
唯一反抗的だった奴隷市は激怒のためであったし、BF5で監督員の指示をスルーしたのは、いくら従順でも死ねと言われて死ぬ程には平和主義ではなかったからだ。

好きな言葉は『平穏無事』、座右の銘は『事なかれ主義』の一刀。

彼が怒りに任せて部屋に突入しなかった理由、それは剣奴達との間に波風を立てたくなかったからなのである。
こうして一刀は、嫌なことは先送りにして季衣達の部屋に逃げ込んだのであった。



「兄ちゃん、いらっしゃい。これ、ボクからのプレゼントだよ」

流琉は部屋に不在であり、季衣が一刀を部屋に迎え入れた。
季衣が一刀に差し出たもの、それは『トカゲの皮』で作られたレザーベストであった。
裁縫が得意な季衣といえども、皮を縫うのは大変だったのであろう。
『傷薬』で血こそ止まっているものの、その指は絆創膏だらけであった。
一刀が自分の指を見ていると気づいた季衣は、その指を背中に隠しながら言った。

「初めて作ったからちょっと見た目が悪いけど、これなら兄ちゃんが怪我することも少なくなると思うんだ。良かったら着てみてよ」

純真な笑顔を向けてくる季衣の顔が見られず、俯く一刀。
自分のためを思って苦労していた季衣に比べ、自分は季衣達が悪く言われても、なにも反論出来ずに逃げ出しただけである。
季衣に渡されたレザーベストを握りしめ、立ち尽くす一刀。

「……へへっ、やっぱりダメだったかな? ボク、一生懸命作ったんだけど。兄ちゃん、気に入らなかったら、無理して着な……兄ちゃん?! どうしたの?!」

動かない一刀を見て、不格好なレザーベストが気に入らなかったのかと思った季衣は、一刀が泣いているのを見て驚いてしまった。



季衣にとって、一刀は強く賢い兄であり、自分を守ってくれる存在である。

檻で弱っていた自分に、己の分の食べ物までくれた一刀。
一刀は自分に、迷宮都市についても色々と教えてくれた。
ギルドに買われて数日で表彰された一刀を見た時は、公開処刑を見た後で気持ちの沈んだ自分には、頑張ればなんとかなるという希望のように思えた。

パーティを組んでからも、一刀は自分達を常に守ってくれた。
一番大変で疲れる役目は全て一刀が背負ってくれた。
一刀が指示を出してくれれば、いつ命を落とすとも知れぬ迷宮の中でも安心出来た。
流琉と2人きりで探索していた時とは比較にならない程に自分達が強くなれたのも、全て一刀のおかげだと思っていた。

そんな一刀が、泣いているのである。
どうしよう、どうしようとそればかりを考える季衣。

だが、パニックに陥った頭とは違い、こんな時にどうしたら良いのかを季衣の体は理解していた。
声も漏らさず泣いている一刀を、季衣は優しく抱きしめたのであった。

「兄ちゃん、大丈夫。ボクがついてるよ……」

完璧だと思っていた兄が初めて見せた涙。
それは季衣が心の中で作り上げた理想の一刀像を打ち砕き、季衣の中に眠っていた女の子としてのなにかを目覚めさせたのであった。



甘酸っぱいような桃色のような、そんな空気を打ち破ったのは1人の少女であった。

「あ、兄様、来てたんですか? 季衣、見てよ、かっこいい?」
「「……誰?」」

≪さまよう鎧(ミニ)が現れた≫

おそらくゲームでは、彼女の登場はこう表記されたであろう。
まるでギャクのような全身鎧を着た流琉であったが、彼女は彼女なりに本気であった。

「私は力もあるし、普段着のままで盾も持てない兄様よりも、モンスターの攻撃に耐えられると思うんです」
「……それ着て、ちゃんと動けるのか?」
「ばっちりです! 『贈物』のリストバンドとレッグウォーマーも、太祖神様がきっと私の気持ちを汲んで下さったのに違いありません!」
「いやいや、ちょっと待て、なにかおかしい。あ、そういえば流琉だって盾は持てないだろ? 流琉の武器は両手持ちの鈍器だったじゃないか」
「大丈夫、そう思って盾とショートソードも買ってきました、ほら!」
「ど、鈍器は売っちゃったのか?!」
「いいえ、まだですけど、そのうち……」
「頼む、絶対売るな! 悪いことは言わないから、とっとけ! な?」
「兄様がそこまで言うなら、そうしますけど……。でも、私もう使わないですよ。これからは私が兄様や季衣を守るんですから!」
「き、気持は嬉しいんだが……。ま、まぁ、試してみよう。何事も試してみないとわからないし」

(なるほど、だから流琉はアイアンインゴッドを集めていたのか。なるほどなるほど……)

泣いて精神が不安定だった所に強烈なインパクトを受けた一刀。
もっと色々突っ込みたい所があるはずなのに、一刀は流琉の姿に妙に納得してしまったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1055/2000
称号:幼女の腰巾着

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:39
遠隔命中率:26
物理防御力:32
物理回避力:29

所持金:300銭




[11085] 第十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/08/27 23:37
「あらん、やっと私に会いに来てくれたのねん、淋しかったわん」
「ぬぅ、さすがは儂等のご主人様、焦らし技まで会得しているとは。その若さで漢女心を自由自在とは、末恐ろしいのぉ」

マッチョモンスター達が一刀に向かって好き勝手なことを言っている。
そう、一刀は遂に漢女達の祈りを受けようとしていたのである。
場所は食堂に作られた臨時聖堂、一刀達が来てから6回目の出張巫女来訪であった。

目立ちたくない。
その思いを一刀は捨てた。

自分のためにレザーベストを作り、不甲斐ない自分を慰めてくれた季衣。
パーティの盾になろうと、体に似合わぬ全身鎧を身に纏う流琉。

その2人に比べて自分はなんなのかと、一刀は自らを恥じた。

目立つことを嫌って、得られる装備すらスルーする自分は、今のままでは2人とパーティを組む資格がない。
自身の強化はパーティの戦力アップに繋がるのだ。
自分だけでなく季衣や流琉の命も懸かっている迷宮探索である以上、それを第一にしなくてどうするのか。
例え周りの反感を買ったとしても、それ以上に優先することがある……。

一刀は、目立つことによる様々な不利益を被る覚悟を決めたのだった。
むしろ、季衣や流琉の受ける反感も自分に来るぐらいに目立ってくれた方が都合がよいとすら、一刀は考えていた。
それが一刀なりの、2人に対する感謝の気持ちの表わし方であった。

季衣達とパーティを組む前は、いや、パーティを組んでからも、現実に帰れるものなら即座に帰る選択をしたであろう一刀。
だが今の一刀であれば、決してその選択はしないに違いない。
最低でも2人が剣奴から抜け出せるまで、出来れば2人のその後の生活が安定するのを見届けるまで、一刀はこの世界で生き抜こうと決意を固めていたのだから。

常に周囲に波風を立てないように生きてきた一刀は、その精神的な成長への小さな一歩を踏み出したのであった。



「うっっっっふ、あらん、気合入れ過ぎて、片玉が……」
「ぬぬぬぬっふ、ぬぅ、いかん。儂も片乳が……」

目の前で起こっている大惨事など、一刀は欠片も興味がなかった。
なぜなら、一刀は貰える『贈物』のことで頭が一杯であったからだ。

(盾! 盾! 盾! 盾!)

そう、一刀は盾が欲しかったのだ。
初めての『贈物』がきっかけで、そのままずるずると使い続けていたボウガン。
しかし盾がなくてはモンスターの攻撃を受け切ることは難しく、ついには流琉に盾役を引き受けるとまで言わせてしまった現状に、一刀は忸怩たるものを感じていた。

もちろん、そんなに盾が欲しければ、ボウガンを売って盾を買えばいい。
初めての『贈物』は必ず使用しなければならないなどという決まりはなく、それを使用していない探索者達など、ざらにいるのだから。

だが、ボウガンはボウガンで、モンスターを拠点まで引っ張ってくるのにとても役に立っているのだ。
もしボウガンがなければ、モンスターを季衣達の元に連れてくるまでに、何回か攻撃を受けてしまうだろう。

あちらを立てればこちらが立たずで、一刀は悩んでいた。
思考は盾に傾いていたが、後一押しが欲しかった。
流琉は『神様が自分の気持ちを汲んでくれた』と言っていた。
だからこその、一刀の心の祈りである。
この『贈物』が盾であれば、ボウガンを装備から外そうと考えている一刀なのであった。



「……ボウガン、か」

ポップした『贈物』のうちの片方を見て、力無く呟いた一刀。
湧き出たそれは、身に着けているものよりも一際凶悪なフォルムの、それでいて一刀の左腕にピッタリフィットしそうなサイズのボウガンであった。
ちなみにもう片方は、いつも通りの不思議な石である。

(とりあえず石はまた祭さんに売って……、ボウガンどうするかなぁ)

若干落ち込みながら、ボウガンと石を回収する一刀。
そのまま祭壇を立ち去ろうとしたその時だった。

「うわっ?!」

一刀は、3つ目の『贈物』を思いっきり踏みつけ、まるでマンガのように転倒したのである。
一刀どころか漢女達ですら、今回の『贈物』は2つだと思っていたし、通常は『贈物』のポップを見逃すことなどありえない。
なぜなら、『贈物』がポップする時には光の粒子を放つからである。
ところが、誰も気付かなかった3つ目の『贈物』は、いつの間にかそこにポップしており、一刀に踏みつけられたと同時に、忽然とその姿を消した。

3つ目の『贈物』、それはバナナの皮であった。

バナナの皮を踏みつけて見事にすっ転んだ一刀。
一体なんなんだ、と起き上がって愕然とした。
そこには、転んだ拍子に『贈物』で得た新たなボウガンによって打ち砕かれた不思議な石が、無機物の癖になぜか満足げな様子で塵になっていく姿があった。



一刀が見ることの出来るステータス画面の装備欄に『スナイパーボウガン+1』と表示されたそれは、『ライトボウガン』より攻撃値が10も高く、しかも命中補正+3までついた優れ物であった。
この『贈物』のお陰で、盾かボウガンかの悩みがますます深くなっていった一刀。
弓手の祭ならばいいアドバイスをして貰えるかもと、臨時聖堂にいた祭に相談したのであった。

「ふむ、なかなか良さそうなボウガンじゃ。それに、不思議な力を感じるのぉ。初期に貰える『贈物』にしては威力もかなり高そうじゃし、そうじゃな、『武一門』。うむ、こいつはそう呼ぼう」
「ちょっと祭さん、勝手に名前を付けないでよ」
「ふむ、お主は自分で名付けることに拘るタイプか。それならば悪いことをしたのぉ。今のは取り消すから、お主が名付けてやるとよい」
「名前なんて付けないって」

武器に名前とかありえない。
そう苦笑いする一刀に、祭は心底不思議そうな顔をする。

「なんじゃ、お主は弓に名も付けてやらんのか。……まぁ人それぞれ、強制することでもないのかのぉ」
「それよりも祭さん、俺、今後もボウガンを使っていくかどうかで悩んでるんだ。弓使いの祭さんなら、なにかいいアドバイスが貰えないかと思ってさ」

一通り一刀の考えを聞いた祭は、しかしそれに対する回答を示さなかった。
弓の打ち方や、パーティでの弓手の立ち回り方なら助言出来るが、弓を選ぶか盾を選ぶかはまったく別の問題だと言うのだ。
言われてみればもっともな話であり、自分でもなぜ祭にこんなことを相談しようと思ったのかと、一刀は頭を掻いた。

「まぁいいわい。どちらにしても、古いのは不要じゃろう。ギルドに売ったら足元を見られるし、折角儂の所に来たんじゃ。良ければ儂が引き取ろうか?」
「助かるよ。実はまたそろそろ短剣がやばいんだけど、買い替えるお金がなくて困ってたんだ」
「なんと、3週間前に替えたばかりじゃろう。どれだけ無茶をしとるんじゃ、まったく……。まぁよい、値段を鑑定するから古い方のボウガンを見せい」

一刀にボウガンを手渡された祭は、それを一瞥するなり、一刀の頬を張った。
叩かれた頬を抑えて唖然とする一刀に、祭は怒鳴りつけた。

「お主、一体なにを考えておるんじゃ! ちょっとこちらへ来い!」

一刀は、祭に引き摺られるようにして、臨時聖堂から姿を消したのであった。



手入れ不足。
それが祭の激怒の原因であった。

手入れ不足というか、一刀はボウガンを一度もメンテナンスしていない。
ダガーは砥ぎ石を買って、他者の見様見真似でスリスリとやっていたのだが、ボウガンのメンテと言われてもどうすればいいのか、一刀にはさっぱりわからなかったのである。

「ならば、ギルドショップにメンテナンスに出せばよかろう!」
「メンテナンス代が1貫もしたんだよ……。俺の今の所持金、300銭なんだ……」
「それじゃ手入れ出来なくても仕方がないのぉ、などと言うと思うたか! 手入れが出来ぬならボウガンなぞ使うな! お主に弓など10年早いわ!」

祭がここまで怒る理由は、弓への愛だけが理由ではない。
弓というのは、他の武器・防具と違い、弦が切れただけで役に立たなくなる武器なのだ。
特にボウガンは、弦を巻く機構なども付加されており、ある意味精密機器ともいえる。
祭の見立てでは、一刀のボウガンは弦の方も機構の方も限界寸前で、いつ壊れてもおかしくなかったのである。

「よいか、一刀。弓が壊れるということは、攻撃手段がなくなるということなのじゃ。それはお主だけでなく、あの子供等の命すら危険に晒すということ。ボウガンを粗末に扱うことは、あの子等の命を粗末に扱うのと同様だということを、肝に銘じておくのじゃ」
「……そこまで考えが至らなかったよ。教えてくれてありがとう、祭さん」
「うむ、解ればよい。金がないのなら、儂が手入れの仕方を教えてやろう。暇を作って儂の部屋に来るといい。もっとも、これを売って盾を買うという選択をしても、儂はそれを止めぬがな。じゃが、もしお主が今後もボウガンを使うと言うのであれば、一つだけ助言出来ることがある。それは、ボウガンに名前を付けることじゃ。名付ければ愛着が沸き、愛着が沸けば粗末に扱うこともないからのぉ」
「で、出来るだけ、そうするよ……」

理屈は分かるが、武器に名前を付けるという行為自体が気恥ずかしい。
そんな一刀の思いにまではさすがに気づけぬまま、祭はボウガンの代金だと一刀に金貨を1枚手渡した。

「待ってくれ、これは新品時の売値でも4貫だったんだ。それに、壊れる寸前なんだろう? とても1貫の価値があるとは思えない。祭さんの知識をただで貰った上に、施しまで受け取るわけにはいかないよ」
「たわけ、儂を誰だと思っとる! 儂の手にかかれば、どんな弓でも新品同様にしてみせるわい。修理費に1貫かかっても、まだ2貫の利益が出るから心配するでない。さて、その2貫でどんな酒を呑むとするかのぉ」

わっはっは、と笑いながら立ち去る祭の背中に、深くお辞儀をする一刀なのであった。



祭から貰った金でブロンズダガーを買い替えた一刀。
その左手には、盾ではなくスナイパーボウガンが装備されていた。

(俺も祭さんみたいな、かっこいい弓手になりたい)

装備を新たにした一刀達パーティは、前回苦戦したBF6へと向かうのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1055/2000
称号:幼女の腰巾着

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29

所持金:300銭



[11085] 第十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/08/26 21:34
地図を見て候補地に決めていたBF6の拠点に、問題なく辿り着いた一刀達。
もともと初期装備の一刀(LV7)でも、1対1ならなんとか勝てるくらいの敵なのだから、装備をきちんと整えた一刀達が順調に歩を進めることが出来ても、なんの不思議もない。

いつものように季衣と流琉を拠点に待機させ、獲物を釣り出そうと動き出す一刀。
最初の獲物、キラービーに狙いを定めて矢を放って驚いた。
なんとキラービーのNAMEが黄色く変化したのだ。
つまり、この1撃でキラービーのHPが半分以上削れたということである。
その威力に喜びを覚えながら、一刀はキラービーを拠点まで引っ張っていった。

弱っていたキラービーは、待ち構えていた季衣や流琉の攻撃により、わずか数発で塵となって消えたのであった。

いつもよりも遥かに簡単に倒せたことで、季衣達も最初のボウガンの威力が強かったことがわかったのであろう。
一刀に向かって、興奮気味に話しかけた。

「兄様、良いボウガンを頂きましたね! 初級者ではこれ以上の『贈物』なんて、そうそう貰えないですよ!」
「きっとこれ、中級や上級の武器と同じくらい強いよ! 良かったね、兄ちゃん!」

季衣達の大げさな言葉に苦笑する一刀。
確かに『スナイパーボウガン+1』の評価額は25貫と、初級者の貰える『贈物』の中では高い方である。
だがこれ以上の『贈物』だって当然あるし、もちろん季衣が言う程の強さもない。

第一、25貫とは石を含めての評価額なのである。
石単体の評価額は10貫なのであるが、これは『好きな武器を強化出来る』という価値も含まれた評価額であり、付与された武器の石分の値段はその半分と考えて良い。
つまり、『スナイパーボウガン』単体の評価額は20貫なのである。
もちろんこれはワンオフ物+不思議な力を含めた評価額であり、ギルドショップの販売品を装備して見つけ出した同等の威力のボウガンは、15貫で売られていた。

ちなみにロングソードの評価額も15貫であり、1貫のブロンズダガーを代表とするブロンズシリーズを愛用せざるを得ない剣奴はともかく、探索者であればこのくらいの装備は普通であった。

最初は不思議な力に対する評価が低いのを疑問に思っていた一刀であったが、すぐにその謎は解けた。
なぜなら一刀以外には、不思議な力が具体的になんなのかを知る術がないからである。



この部分がゲームでありながらリアルであるという矛盾を内包している所であるのだが、一刀はゲーム視点でわかることや自分自身のステータス以外はわからない。
ゲーム視点でわかることというのは、フィールドバトルのRPGでありがちな、頭の上のNAMEやHP表示である。
そして装備類は、身に付けた状態で装備欄を見ればアイテム名称こそわかるものの、それ以外は自分自身のステータス変化を見て予測することしか出来ないのだ。

この『スナイパーボウガン+1』だって、装備してステータスが変わることで初めて『ライトボウガン』より攻撃力が10高いことがわかるのであり、ボウガン自体の攻撃力はわからないし耐久度もわからない。
なぜなら、それは一刀の情報ではなくアイテムの情報であるからだ。

従って一刀ですらも、不思議な力の具体的な情報は、ステータスで命中29(+3)と表示されているから命中補正であろう、としかわからないのである。
ステータスに現れない隠しスキルや熟練度に対する補正、アイテム自体の特殊効果などは使ってみた感覚で判断するしかない。

ましてや普通の人が手に持ってみてわかるのは、せいぜい不思議な力の強弱くらいなのだ。
使ってみた感覚で大幅に効果がわかるものならばともかく、それが『命中+3』のような分かり難い修正値の物である以上、不思議な力に対する評価が低いのも頷ける。

「季衣、流琉、ありがとうな。さて、こんなにいい物を貰ったことだし、張り切って次の獲物を釣って来るとするか!」

自分の考えていたことなど微塵も悟らせない一刀、さすが空気の読める男であった。



「うぐっ……」

ブタの頭を持つ獣人・オークの振るう棍棒が、流琉のどてっ腹を殴打した。
その隙に季衣が横から鈍器を振るい、一刀が背後からオークの首筋を狙ってダガーを突き出す。
が、急所を狙い過ぎた一刀の攻撃は外れ、しかし季衣の1撃がオークの頭を叩き割り、オークはその場に倒れ伏して塵となった。

「大丈夫か、流琉!」
「へ、平気です、兄様。つ、次をお願いします……」
「……いや、ちょっと休もう」
「平気です! 兄様の時は、もっと血だらけになっても傷薬を塗っただけで、すぐに次のモンスターを探しにいったじゃないですか! 私は全身鎧のお陰で血も出ていないし、全然大丈夫です。次をお願いします!」

盾を使い慣れていない流琉は、先ほどのように敵の攻撃を貰ってしまうことが多かった。
それでもHPの減り方は4~6程度であり、1撃貰うと10前後のダメージを受ける一刀よりはマシであった。

だが、痛みをリアルに感じられない一刀とは異なり、流琉の苦痛は本物である。
今も歯を食いしばって呻き声を漏らさないようにしているが、『HP:62/82』という数値では決してわからない痛みがあるのだ。

躊躇する一刀に対して、更に敵を釣るよう促す流琉。
一刀に出来ることは、せめて全身鎧を貫くことが難しいキラービーを、可能な限り優先して連れてくることだけであった。

とは言っても、一刀が敵を釣って来るのは狭い通路なのだ。
広場とは異なり、どうしても敵を選べない時がある。

またしてもオークを引っ張らざるを得ず、一刀は心の中で流琉に詫びながら、矢を射かけたのであった。



「あぐぅっ!」

オークの棍棒が、またしても流琉に叩きつけられる。
頭を殴打されて呻く流琉。
遂にそのNAMEが黄色表示へと変わった。

自分が盾を引き受けていた時は、「なにがあっても敵の殲滅を最優先してくれ。その方が結果的に俺へのダメージが減る」と口を酸っぱくして2人に言い聞かせていた一刀であったが、もはや我慢の限界であった。
ふらついている流琉に再度攻撃を浴びせようとするオークの振るう棍棒の軌道上に体を割りこませ、腹で棍棒を受けながらもダガーをその豚面に突き刺した一刀。

今度はオークが呻き声をあげてふらつく番であったが、オークに救いの手は差し伸べられなかった。
強いて言えば、季衣の鈍器に腰骨を叩き潰され、全ての痛みから解放されたことが、オークにとって唯一の救いであっただろう。

「流琉、しっかりしろ! 回復薬だ、口を開けてくれ!」

朦朧としながらも、一刀の言葉が理解出来たのであろう。
流琉はゆっくりとその口を開き、一刀が流し込む回復薬を飲みこんだのであった。



HP回復量が30である回復薬は1本では足りず、2本飲ませたところでようやく流琉は落ち着いた。

「えへへ、今日は一杯回復薬を飲み過ぎちゃって、お腹がたぷたぷです」

1本65mlの甘ったるい回復薬を20本以上飲んでいるのだから、当然である。
1日で30本以上飲んだことのある一刀には、流琉の気持ちが良く解った。
甘ったるい回復薬を胸焼けがする程がぶ飲みし、その身を敵の攻撃に晒してパーティに貢献しようと頑張っている流琉の気持ちが、痛いほどに伝わってくるのだ。
胸の奥に突き刺さるその痛みは、一刀にとってはリアルに感じられない体の痛みよりも数段辛かった。

「流琉、頼む。前のフォーメーションに戻そう。盾役を変わってくれよ」
「ダメですよ、兄様。前よりも今の方が、回復薬の消費も戦闘時間も少なく済んでいるじゃないですか。あ、それから兄様。さっきのように、私を庇ってはいけませんよ。自分で言ってたじゃないですか、敵の殲滅が優先だって」
「効率とか、そういう問題じゃないんだ! 流琉にこれ以上傷ついて欲しくないんだよ!」

一刀の血を吐くような叫びに、流琉は沈黙した。
そして、自分が今までずっと感じていたことを、一刀と季衣に打ち明けたのであった。

「……兄様、私はこのパーティのお客様じゃないんです。季衣と同じような攻撃手段で、季衣よりも攻撃が当たらない私は、ずっとお荷物になっているんじゃないかと不安でした。でも今は、兄様が敵を釣り、私が守り、季衣が叩く。みんながそれぞれの役割を果たしている。だからこそ、パーティを組む意味があるんだと、私は思います」
「流琉はお荷物なんかじゃないよ!」
「ありがと、季衣。でも、今の方が前よりも一杯兄様や季衣の役に立てているでしょ? 同じ役割を2人でするより、それぞれで得意なことを分担した方がいいの」
「じゃあ、流琉が敵を釣ったらいい。俺と役割を変わろう」
「敵を釣るのは、遠距離攻撃が出来て、動きが素早く、敵が複数来ないのを見計らう判断の出来る兄様が適任なのは、自分でもわかっていますよね。……兄様、あまり我儘を言って困らせないで下さい」

季衣も一刀も、流琉がそんなことを気にしていたなんて、まったく気づいていなかった。
親友のことなのに、妹のような存在なのに、と落ち込む季衣と一刀。
それでもこのままにはしておけないと口を開く一刀であったが、流琉の言うことは正論であり、それに反論するのは難しい。
結局は支離滅裂な、それこそ我儘に分類されるような言い分を流琉に主張し、最後には言葉に詰まってしまった一刀に、流琉が柔らかく微笑んだ。

「兄様の気持ちはありがたいです。でも、自分が傷ついた方がって思っているのは、兄様だけじゃないんですよ。私は、血を流す兄様を見てて辛かった。何も出来ない自分が、ずっと悔しかった。自分に兄様や季衣を守る力があったら、そう何度も考えました。そしてようやくその願いが叶ったんです。体は痛くても、私は今、確実にみんなの役に立てている。そのことが、とても嬉しいんです」

本当に幸せそうに微笑む流琉に、一刀も季衣も何も言えなかったのであった。



それからも何度かモンスターの攻撃に手出しをしては流琉に窘められていた一刀。
迷宮探索を始めてから今までで、こんなに辛い戦いは初めてであった。
季衣などは、涙を流しながら鈍器を振るっていた。

最早何度目になるかもわからないマッドリザードのテイルアタックが流琉の両足にヒットした。
幾度となく流琉に窘められ、それでもつい反射的に動いてしまう一刀は、さらに尻尾を振るうマッドリザードの攻撃を、流琉を庇ってその身で受けた。
動きの止まったマッドリザードに、すかさず季衣が鈍器を振るう。
季衣の涙で曇っているであろう視界でも、動きの止まった相手に攻撃を当てるのは容易いことであり、鈍器を体にめり込ませて完全に動きを止めたマッドリザードの眉間に、一刀のダガーが突き立ったのであった。

これまでならば、自分の身を一刀が庇ったことに対してすぐに抗議していた流琉が、なぜか今回は沈黙を守っていた。
攻撃を受けたのが足だけあって、HP的にも流琉のダメージがわずかであったことは、一刀にはわかっていた。
不思議に思って流琉を見ていた一刀の眼は、その時ただ立っているだけであった彼女のHPが、その数値を急激に減らす様を捉えたのである。

(まさか、毒か?! マッドリザードに毒があるなんて、聞いてないぞ?!)

「おい、流琉! どうしたんだ、流琉!」
「え、兄ちゃん?! 流琉、流琉!」

返事も出来ず、その場に崩れ落ちる流琉の様子に、パニックになる2人。
一刀が毒消しを口に含み、気を失っている流琉に無理やり飲ませ、季衣がその全身鎧を脱がせた。
そして2人は、ようやく流琉の異常な量の汗に気づいたのであった。

迷宮内には当然クーラーなどはついていない。
だが、時折どこからともなく冷気のような風が吹いてくるため、基本的には涼しい。
しかし、それでも戦闘を続けていると暑くなり、一刀などは服を脱ぎ捨てたくなるのを我慢している程である。
レザーベストの一刀ですらそうなのであるから、全身鎧の流琉がどれ程の暑さに耐えていたのか、想像もつかない。
流琉が好んで身に着けているローライズのスパッツも、汗を吸いこんで完全にずり下がってしまっていた。

つまり、流琉の倒れた原因は脱水症状だったのである。

BF6に降りてから口にしたものといえば甘ったるい回復薬のみであり、それによって腹が膨れてしまい水も補給出来なかったのであろう。
一刀達のいる拠点は、BF6のテレポーターよりもBF5のテレポーターの方が若干近いくらいの位置である。
このまま一刀が流琉を背負い、季衣が全身鎧を持って移動するというのは、どう考えても不可能であった。

流琉が昏倒したままであったならば、どうにもならなかったであろう。
だが、幸いにも1時間程で流琉は目を覚まし、ふらつきながらもなんとか自力歩行が可能であった。
全身鎧を手分けして持ち、一刀と季衣は流琉を間に挟むようにして慎重に移動した。
そして、どうにかBF5のテレポーターまで辿り着くことが出来たのであった。

(我慢し過ぎだ、流琉のやつ。回復したら、きちんと言い聞かせなきゃ……)

そう思いながら一刀は、2人を部屋まで送って行った。
そして説教どころか、全身疲労の激しい流琉が寝付くまでマッサージをしてやり、あげくそのまま自分まで寝てしまった一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1375/2000
称号:幼女の腰巾着

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(68)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29

所持金:300銭



[11085] 第十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 08:56
「よし、それじゃ今日の反省会を始めるぞ」
「はーい!」
「はいぃぃあうぅ、兄様、そこ、いいですぅぅううふぅ」

流琉が倒れてから2日の休みを挟んで、一刀達は戦い方の試行錯誤を繰り返しながらBF6でのLV上げに励んでいた。
そして探索後には、2人の部屋で流琉にマッサージを施しながら、その日の戦闘について話し合うのもいつの間にか習慣となっていたのである。

ゲームで攻略に詰った時は、人に聞いたり攻略サイトを見れば全てが解決した。
だが、ゲームでありリアルでもあるこの世界には、正解などない。

辛い奴隷生活の日々の中で、一刀は無意識の内にそのことを理解していたのであろう。
祭などに「自分達はどうすればいいのか?」と聞く前に、まずは自分達で色々試してみようと挑戦していたのであった。

「今日の敵に対する位置取りは、この3日間で一番良かったと俺は思うんだけど、どうだ?」
「はふぃー、私も、そうぅぅぅ、あ、そこぉ、そう思いまひゅぅ」
「ボクも、今日は凄く戦いやすかったよ」
「じゃあ決まりだな。流琉と俺で敵を挟むようにして、季衣は俺の後ろ、と」

ベッドにうつ伏せになった流琉の腰から手を放し、一刀は彼女の足裏に手を伸ばした。

「まとめるぞ。敵が流琉の方を向いてる時は、流琉は防御に専念して季衣が攻撃、敵が季衣に襲いかかったら俺が守りに入って、流琉が攻撃。季衣は俺の後ろでチャンスを待つ。これでいいな?」
「いいいいいですぅ、ナップ!」
「でも、兄ちゃんが守ってくれてる時に、ボクが側面に回り込んで攻撃した方がいいんじゃない?」
「それだと季衣に敵の攻撃が移った時がまずいんだよ。季衣は装備も薄手だし、武器も敵の攻撃を受けるのには不向きな形状だから、自力で身を守るのはきついだろ? それに力のある季衣にはアタッカー役に専念してもらいたいし。そうなると、季衣に攻撃が移った時には俺か流琉が側面に移動して季衣を守らなきゃならないんだが、流琉が初回にあれだけダメージを受けたのも、側面の俺や季衣まで無理に守ろうと移動しながら防御してたせいもあるんだよ。俺もそこまでの技術はないし、守り側の負担を考えるとなぁ……流琉はどう思う?」
「ナップ! ナあああぁぁップ!」
「……痛いのか気持ちいいのか、全然わかんないよ、流琉」
「い、痛気持ちいいの……ナップ!」



全身鎧を着用して挑んだ初日はどうなることかと思った流琉であったが、よくよく話し合ってみると、完全に装備が向いていなかったことがわかった。
身長の低い流琉では、兜を被ると敵からの攻撃がほとんど死角に入ってしまうのである。
また、盾も重量的には問題なかったものの、その大きさが体格に合っておらず、非常に扱い難かったらしい。

そこで、兜を外して盾と剣も売り払い、以前使用していた鈍器の柄の部分を外して鎖を取り付け、攻撃の時は鎖を持って遠心力を利用して敵を痛打し、守りの時は鈍器を両手で持って敵の攻撃を防ぐ、という方法に変更した。
流琉にとって鈍器は扱い易かったらしく、器用に鎖を操って鈍器に巻きつけるようにして引き寄せ、己の身を守っていた。

「なんか、ヨーヨーみたいだな」
「よーよー? なんだかわからないけど、可愛い響きですね。祭さんの『多幻双弓』みたいに、私も名前を付けてあげようと思ってたんですけど、それ貰いますね。この武器は『葉々』って呼ぶことにします」

「ほら、流琉。マッサージ終わりだ。次は季衣、おいで。それにしても流琉、装備を変えて動きがよくなったのはいいけど、全身鎧を新調したばかりで武器の改造だなんて、よくそんな金があったな」
「ふひぃ。あ、はい、もちろんないですよ。全身鎧だってお金がなくて、アイアンインゴッド20個と交換でって話をつけたんですが、それもまだ5個しか納めてないですし。今回のは盾と剣と兜と引き換えに改造して貰ったんです。本当は他の防具も涼しいのを新調したかったんですが、さすがに前の分が未払いなのでダメでした。だから他の防具は『贈物』で頂けないかと、毎晩お祈りしてるんです。って、あれ? 兄様?」

あっけらかんと自分の借金事情を話す流琉に、一刀は愕然とした。
ローンや友人間の金の貸し借りどころか、オンラインゲームでの貸し借りですら抵抗がある一刀にとって、流琉の言葉はカルチャーショックであった。

「……それ、つまりは借金で買ったってことだよな?」
「え? そうですよ? それがなにか……あ、兄様も何か欲しいものがあるんですか? 私、ギルドショップの職人さんと交渉しましょうか?」

この子がもし現代に来たら、絶対にカード破産する。
そう確信した一刀なのであった。



「ひゃん、ひ、ひぁん!」

腰を揉まれて奇声を上げる季衣の声をBGMに、一刀は己の戦い方について考えていた。
流琉が敵の攻撃を受けている間、攻撃を仕掛けるのは季衣中心である。
従って、一刀は側面に出るか、後ろに下がるかする必要がある。

祭に憧れを抱き、弓使いの道を進もうと考えていた一刀は、試しに後ろに下がってボウガンを打ち込もうとしてみた。
季衣と流琉が必ず対角にいるため、今までと違って矢を打ち込むこと自体は出来るようになっていたのだ。
ところが、ボウガンを構えている最中に敵が振り向いて季衣を攻撃し始めると、それに対応出来ないことがわかった。
ボウガンを下ろしてダガーを抜き、敵の攻撃から季衣を守るというアクションが間に合わないのである。

ダガーで側面から攻撃している分には、季衣に攻撃が移った時には、そのままダガーで敵の攻撃を受けることが出来ていた。
自分が攻撃を受けている最中にターゲットが季衣に変わると、それまで受けていた衝撃やダメージ、がっちりと踏ん張っていた足腰や、攻撃をかわすために集中していた神経が体を強張らせるため、季衣を守るためには体で敵の攻撃を止めないと間に合わない。
だが、攻撃をしている最中にターゲットが変わるのであれば、守るのは容易いとまでは言わないが、防御している時よりもマシであり、少なくともダガーで攻撃を受けようとすることくらいは可能なのだ。

そもそも生粋の弓手である祭と一刀は、戦うスタイルが似ているようで違う。
弓を使って攻撃する祭と、ボウガンも使って攻撃をしたい一刀。
その差は大きく、立ち回り方も全く異なるのである。

(この戦い方をする限り、ダガーは手放せない。折角のボウガンだけど、当分の間は釣り専用だな……)

BF6で連戦出来るようになり、ドロップ品の『蜂蜜』も集められるようになっていた一刀。
その収入で、ボウガンの矢を強力なものにするか、もっと質の良いダガーを購入するか、どちらをメイン武器として考えるかによって変わるその選択肢について、悩んでいたのであった。



季衣へのマッサージも終わり、そろそろ寝るかという時間になったが、一刀は自分のベッドがあるタコ部屋には戻らなかった。

「じゃあ、季衣。悪いけど、今日もベッド借りるな」
「兄ちゃん、いちいち断らなくてもいいよ。ボクは流琉と一緒に寝るから、そっちは好きに使ってー」

そう、一刀は最近ずっと季衣達の部屋で睡眠を取っていたのだ。
流琉が倒れた日にうっかり季衣達の部屋で寝てしまった一刀だったが、それ以来一刀と同じ部屋で眠れることを季衣がすっかり気に入ってしまったのである。
話し合いを終えて帰ろうとする一刀をあの手この手で引き止め、ずるずると時間を稼いでそのまま眠らせてしまう。
流琉も、回復してからは季衣に非常に協力的であり、帰っても部屋の雰囲気が悪いこともあって、一刀もつい流されてしまっていた。

よって今では季衣のベッドで一刀が眠り、流琉のベッドで季衣と流琉が眠るのも日常である。
そして一刀が朝起きると、なぜか季衣が一刀と同じベッドの中で寝ているのも日常なのである。

(夜中トイレに起きて、そのままベッドを間違っちゃうのかな)

本来そこまで鈍くはないのだが、季衣はまだ子供だという先入観が邪魔をして、真実に気づけない一刀なのであった。



探索者ギルドは、ギルドの利益を損なう行為以外については、極めて無頓着である。
従って、一刀が自分の部屋に帰らず季衣達の部屋に入り浸っていても、仕事の時間さえきっちと守っているのであれば、特に関与しない。
だが、少女達とパーティを組むどころか、少女達の部屋で寝泊まりまでしている一刀に対する、他の剣奴達からの風当たりは日に日に強くなっていたのである。

自分のことだけなら我慢すれば済むが、嫌がらせもどんどんとエスカレートしていた。
このままでは少女達までが被害を受けるのは目に見えている。

一刀は、このことに対して起死回生の策を思いついた。
後はそれを実行するだけである。
一刀は気合を入れ、威圧感を与えるために無表情を装って職場に向かった。

数日前からBF3に配置換えになった一刀。
テレポーター小屋を守るため、コボルトに向けてブロンズダガーを構える一刀に、いつも通り周囲の剣奴達から揶揄の声が飛んだ。

「おら、腰が入ってねぇぞ、腰巾着!」
「しょうがねーさ、あいつは毎晩2人の幼女を相手にしてんだ、腰だってフラフラだろうよ!」
「ロリコン野郎、お前がくだばるのは構わねぇが、こっちにめいわ……」
「……おい、嘘だろう?」

後ろでヤジっていた剣奴達を黙らせたもの。
それは、ダガーの一閃で跳ね飛ばされたコボルトの首であった。

剣奴達は目を疑った。
なぜなら、不格好なレザーベストとボウガンは自分達よりも良いもの装備していた一刀であったが、今攻撃に使った武器は、自分達のブロンズソードよりも質の悪いブロンズダガーであったためだ。

ギルドショップで販売されている武器の中でも、もっとも値段の安いブロンズダガー。
当然その値段に比例して、威力も最弱なのである。
そのダガーで、コボルトとはいえ敵を1撃で屠る一刀に、剣奴達はあっけにとられていた。

「ま、まぐれだろ……」という剣奴達の呟きを打ち消すように、ゴブリンの頭を2つに割り、ポイズンビートルの硬い殻を切り裂く一刀。
一刀が放つ矢は、ジャイアントバットを壁に縫い付け、そのまま塵へと変えた。

そう、一刀の策とは、このことである。
いつもは休憩を兼ねていたため、手を抜いて仕事をしていた一刀だったが、今日からは仕事中も本気で敵を倒すようにしたのである。

剣奴達を実力で黙らせた一刀だったが、彼の本当の目的はそれではなかった。
最初はただ唖然と見ていた剣奴達も、やがて一刀の意図に気が付き始めた。

「……こいつが1人で仕事をやるってんなら、俺達は楽が出来ていいやな」
「ああ、こんだけの強さがありゃ、こいつと一緒にいれば俺達は安全だろうし……」

毎日強制的に命を掛けてテレポーター小屋を警備させられる剣奴達にとって、僻みや嫉妬などの感情よりも、今日1日が確実に生き残れることの方が重要なのは当然のことである。
彼等は、一刀を許容した。
そして一刀が排斥されることはあっても害されることのないよう、他の剣奴達に働きかけることだけで、自分達の安全をタダ同然で買えた幸運を喜んだのであった。

だが、このことは本当に彼等にとって幸運だったのであろうか。
一刀がこれからも無双し続ける限り、彼等のLVが上がることはない。
そして彼等も時が経てば、どんどん下の階に配置されていくのだ。
それでもBF5までは一刀と同じ配置であり、一刀がいる限り彼らの命は安全であろう。
だがBF6以降になれば、配置換えがエレベーター方式ではなくなるのである。
それがどういう結果に繋がるのか……。

そのことに、一刀も彼等も気づいていなかったのであった。



仕事が終われば、季衣達とのパーティの時間である。
実力的にはそろそろBF7でも大丈夫な一刀達であったが、連携の熟練度を上げるため、未だBF6に留まって狩りを続けていた。

「おりゃー!」

季衣が勇ましい雄叫びと共に、愛用の鈍器で攻撃する。
いや、もうただの鈍器と呼ぶことは出来ない。
流琉の遠心力を利用した攻撃方法、その威力に感銘を受けた季衣は、自らの鈍器も柄の部分を取り払い、持ち手と鈍器の先端を鎖で繋いだのである。

流琉の『葉々』は先端が丸く平べったいため、ヨーヨーみたいな形状になったが、季衣の鈍器の先端は球状であったため、けん玉の様であった。
モンスターを打ち砕く、という意味で『反魔』と名付けられたそれを、勢いをつけてゴブリンに投げつける季衣。
だが、慣れない攻撃方法であったためか、季衣の攻撃はゴブリンに掠っただけであった。

季衣の攻撃の邪魔にならないように側面に回り込んだ一刀は、ゴブリンの首筋に赤いポインターが点滅していることに気づいた。
実はBF3でコボルトの首を跳ね飛ばした時にも、一刀は同じ物を見つけていたのである。
その時と同じようにポインターに向かって攻撃を仕掛けた一刀の腕は、自身の能力を超えた速度で水平に振るわれた。

バチンッ! と、いう擬音が聞こえたような気がした一刀。
決して1撃で倒せる程に弱くないはずのゴブリンの首は、コボルトと同じようにあっけなく宙に舞ったのであった。



いくらLV7でコボルトが相手とはいえ、一番弱いブロンズダガーで首を跳ね飛ばすのは難しい。
ましてやBF6のゴブリンが敵であったのだ。
そんな攻撃力、一刀にはない。

実際に仕事中の無双状態でも、首を跳ね飛ばしたのは最初の1回きりであった。
周りの剣奴達に隙を見せぬように気を張っていた一刀は、その時は後でステータスを確認しようと思い、そのままスルーしていた。
そのことを思い出した一刀は自分のステータス画面を確認し、そして呻くような声で呟いた。

「デスシザー……いくらゲームとはいえ、必殺技……高校生にもなって、必殺技……」
「兄ちゃん、必殺技だね、格好いいや! 腕がびゅーんってなって!」
「ですしざー? それが兄様の必殺技なんですか?」

落ち込む一刀の気持ちも知らず、季衣と流琉が追い打ちをかける。
穴があったら入りたい程に恥ずかしかった一刀であったが、遊びではないのだ。
使えるものは、全て使って生き残る必要がある。

(デスシザー! とか叫びながら攻撃することが発動条件じゃないだけ、マシだ……)

そう、一刀は自分を慰めたのであった。



**********

NAME:一刀
LV:7
HP:82/100
MP:0/0
WG:0/100
EXP:1860/2000
称号:幼女の腰巾着

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9

武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(52)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト

近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:4貫800銭



[11085] 第十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/08/29 02:46
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。



追加された項目を見て、そのチープな技名に脱力していた一刀であったが、気を取り直して『武器スキル』について考察した。
LVアップと同時に追加されたものではないため、これは恐らく隠しスキルの関係であろう。
『武器スキル』という名から察するに、武器の熟練度が発生条件なのかもしれない。

「季衣、ちょっと『反魔』貸してくれ」
「いいよー」

季衣の鈍器を装備した一刀はステータスを確認し、どうやら自分の仮定が正解のようだと頷いた。
一刀のステータスから『武器スキル』の項目が無くなっていたのである。
ブロンズダガーを装備し直すと、消えた項目は再び追加された。

(確かに釣りにしか使っていないボウガンに比べてダガーの方が使用頻度は高いし、ダガーの方が熟練度も高くなるのは当然か……)

と、その時一刀は、ステータス画面にもう一つ項目が追加されていることに気がついた。
『WG:0/100』と表示されたそれも、やはり鈍器を装備すると消えてしまうことから、『武器スキル』に関連した項目であることは予測がついた一刀であったが、それ以上のことはわからなかった。

(それにしても、強敵相手にこそ必要な必殺技なのに、普通に倒せる格下相手が発動条件なんて、無駄スキルもいいとこじゃないか)

自分の『武器スキル』に落第点を付ける一刀。
だがその判断は、余りにも早計なのであった。



そのまま季衣達と狩りを続行した一刀は、すぐに『WG』がウェポンゲージの略であることに気がついた。
敵にダメージを与える度に、5ずつ値が増えていくのである。

(つまり、100貯めると必殺技が撃てるってことか……)

ゴブリンを相手に丁度『WG100/100』となった一刀は、相手の首筋で点滅している赤いポインターに可笑しみを感じていた。

醜悪な形相を歪ませて槍を振るうゴブリン。
口元から涎を垂らし、赤い口内を剥き出しにして気勢を上げているその様子と、ゲームチックなポインターの点滅。
そのギャップ差が、一刀に場違いな笑みを浮かべさせたのである。

思えば最近の一刀は、主に人間関係で非常にストレスを感じていた。
歩けば罵声を浴び、座れば揶揄され、息をすればいちゃもんをつけられる。
迷宮探索でも、季衣達の命を背負っているという自覚が、一刀にとっては精神的な重圧となっていた。
もちろん一刀は自分が季衣達とパーティを組みたくて組んでいるのだし、一方的なギブだけではなく安らぎというテイクも十分に受け取っているのだが、それでもストレスというのは溜まっていくものなのである。

そんな一刀に、この世界がゲームの世界であるという証拠のような安っぽいポインターの点滅が、心のゆとりを与えたのだ。
それは所詮ゲームだからと迷宮を甘く見るような気持ちではない。

夢中で。
楽しんで。
真剣になって。

一刀は、今までクリアしてきた数多くのゲームをプレイしている最中の、ワクワクした気持ちを思い出したのである。

いくら全ての感覚がデータ的に感じられるとは言っても、一刀は感覚を無くしたわけではない。
例えるのなら、表面的な自分の姿を内側から操っているような感覚であり、表面的な自分が得た感覚が、ワンクッションおいて伝わってくるようなものなのだ。
従って、敵に殴られれば痛いし、長時間戦えば疲れるのであるが、それを人ごとのように客観視出来るから耐えられるのである。

そんな一刀にとって、迷宮探索とは楽しいばかりのものではなく、むしろ逆であった。
確かに自分の成長具合が目で見てわかるというのはゲーム好きの一刀にとっては夢中になれる要素であったが、もしLV上げをしなくて季衣達と一緒に無事に生きていける環境であれば、一刀は迷宮探索をしようとは決して思わないであろう。
だが、ゲームを楽しむ気持ちを思い出した一刀にとっては、この迷宮探索も今や越えるべき山のひとつであった。

(折角ゲームの世界に来たんだ。『三国迷宮』だって、完全攻略してやるさ!)

ゴブリンの首を跳ね飛ばしながら、一刀は不敵な笑みを浮かべたのであった。



いくらゲームが上手い一刀とはいえ、人間である以上失敗はする。
それは何度目かの釣りの時であった。

「すまん、季衣、流琉! 3匹来るぞ!」

T字路の影からやってくるオーク達に気づかず、その傍にいたマッドリザードに矢を射かけてしまったのだ。
複数のモンスターとの戦闘は初めてではない。
そういう時は、季衣と流琉の2人で1匹ずつ倒していき、残りを一刀が相手にして時間を稼ぐという戦い方をしていた。

最高で4匹のモンスターと戦ったことがあったが、それはまだBF5での出来事であったし、一刀はその頃も今と同じLV7であったため、季衣達が1匹を倒す間に残りの3匹を相手にしても辛うじて場を持たせることが出来た。
それでも手持ちの回復薬は戦闘中に使い切って、なおかつ戦闘終了後にはHPが残り2割程度になっており、本当にギリギリの戦いであった。

その時より数こそ少ないものの、相手はBF6のモンスターなのである。
さすがにまずいと思った一刀であったが、取得したばかりである必殺技・デスシザーに一縷の望みをかけ、季衣達にマッドリザードを相手取るよう指示を出して、自分はオーク2匹に向かっていった。

(ここはBF6、俺はLV7。この階のゴブリンは大丈夫だったんだし、コイツ等も格下なはず……格下のモンスターであってくれ……!)

2匹のオークを相手にし、防御よりも攻撃を重視してWGを貯めていく一刀。
見た目的にはゴブリンよりも強そうなオークであるし、ゴブリンはBF1から出てくるのに対してオークはBF6から出現するモンスターである。
同じフロアとはいえ、ゴブリンが格下であってもオークがそうだとは限らない。
唯一の希望は、ゴブリンとオークがほぼ同等のEXPを持っていることであった。

このフロアで3匹のモンスターを相手取るのは、今の一刀達にはかなり厳しい。
下手をすれば死人が出てもおかしくない状況であった。
敵の強さ=EXPでなければ、一刀達のパーティは破綻するであろう。

WGが100になり、一刀は祈る様な気持ちでオーク達の首筋を見た。
そこには赤く点滅する2つのポインターが浮き出ており、一刀は安堵する暇もなく流琉に声を掛けた。

「流琉! 今からそっちに敵を引っ張る! 10秒でいい、耐えてくれ!」
「え、え、え?」

心の中で詫びつつ、オーク達を流琉になすりつけた一刀。
流琉も戸惑いながらも一刀の期待に応え、3匹を牽制するように『葉々』を振り回した。

その隙にオークの後ろに回り込んだ一刀は、ポインター目掛けて腕を振るった。
なぜ一刀がこのような手間を掛けたのかと言えば、技の説明の中に『必中』の文字がなかったからだ。

必殺技である以上、出せば必中のような気もするが、もし防がれたらそこでENDである。
2匹を相手にして再度100までWGを貯めるのは、残りHP的に厳しかったのだ。

オークが動いたために首筋から狙いが逸れたものの、ポインターはあくまで必殺技を出す場所の目安であるのか、豚面の鼻から上半分を斬り飛ばして無力化した一刀は、すかさずもう1匹のオークを蹴り飛ばし、1対1の戦いへと事を運んだ。
1対1にさえなれば、戦闘中に回復薬を飲む余裕も出来る。
一刀は防御に徹して時間を稼いだ。
そして、しばらくしてマッドリザードを倒し終えた季衣達が一刀に加勢して3対1となり、ようやく最後のオークを倒したのであった。

「あ、危なかったー」
「本当。でも兄様の必殺技のお陰で、なんとかなったね」
「うん! ボクも必殺技、欲しいなぁ」
「私も欲しい。季衣、一緒に何か考えようよ」
「ボク、兄ちゃんに負けないような、凄いのがいい!」

大はしゃぎしている季衣達に交じって、一刀もはしゃぎたい気分であった。
無駄スキルだとばかり思っていた自分の技が、こういう状況の打開にはうってつけであることがわかったからである。

(後は、技名さえ無難なのだったら、文句はないのに……)

デスとかシザーとかの必殺技っぽい響きが、やっぱり気恥ずかしい一刀なのであった。



しばらくして季衣達がLV7に上がり、少し経って一刀もLV8へと上がった。
苦戦したように感じたBF6であったが、季衣達がLV6になってからわずか1週間でLVアップを果たしたことになる。

2日の休みを挟んだので、実際に戦闘したのは5日であるが、季衣達がLVアップに必要なEXPは一刀がLV6だった頃と同じだと考えると1750である。
一刀が大体1戦闘につきEXP10を得ているので、季衣達の取得するEXPが20だったと仮定すると、BF6では約90回の戦闘を行ったことになる。

(季衣達みたいな子供に、ちょっと無理をさせすぎてるかな……)

とはいえ、自分達の安全に関わるため、LVアップは急務なのである。
その辺の兼ね合いを考え、今まで特に設定していなかった1探索あたりの戦闘時間や休息日などをきちんと決めなければと思う一刀であった。

身の安全に関わると言えば、LVアップと同じくらいに重要なのがゲームシステムに対する理解である。
一刀は今回のLVアップで、AGIが11→12に上がった。
そして、遠隔命中率が29(+3)→33(+3)になったのだ。
今までは大体において、攻撃力も命中率もLVアップ毎に3ずつ上がっていたのだが、たまに4上がることもあった。
また防御力はLVアップ毎に+1か+2の上がり幅であり、それぞれどういう法則なのかはわからなかった。
だが今回までのLVアップで、一刀は大体のところを掴んだのである。

どうやら攻撃力や命中率に関してはLV補正が1LV毎に凡そ+3、ステータス補正が2毎に+1であり、STRが近接攻撃力、DEXが近接命中率、AGIが遠隔命中率の補正をしているらしい。
今回49→52になった遠隔攻撃力は、STR補正なのかAGI補正なのか、いまいちよくわからない。
なぜなら、一刀がLV6から7に上がってSTR8→10になった時、近接攻撃力は+4したのに対して、遠隔攻撃力は+3であったからだ。
それに、LVアップでの補正値も必ず+3とは限らず、たまに+2だったこともあった。
そして防御力に関してはLV補正が+1、ステータス補正はVIT依存であり、補正率は他のステータスと変わらないことも、これまでの上がり幅から推測出来た。

大まかにでもこの公式を知ったことは、迷宮の攻略に重要な意味を持つ。
攻撃力や命中率を上げるためには、ステータス補正のアイテムを装備するよりも、攻撃力の高いものや命中率補正のあるアイテムを装備するべきであり、LVを上げることも有効な手段であるということであり、防御力を上げるためには、ステータス補正のアイテムやLVアップよりも、防御力の高い防具を装備した方が有利だと言える。

これはつまり、モンスターと戦っていて防御力に不足を感じたら防具を新調するべきであるのに対し、命中率に不足を感じたらLVが足りていないから上の階層に戻るべきであるということなのである。
攻撃力については、両方の要素が大きいため装備不足ともLV不足とも言い切れない。

尤も、ステータスが攻撃や命中、防御以外の要素で影響を及ぼすのかはまだ解っていないためステータスを軽視するのは危険である。
しかも、これはあくまでこれまでのLVアップからの考察であるため、今後変化する可能性もある。

急に黙り込み、そのうち耳から煙のようなものを出して目を渦巻き状にしていた一刀を見て、もう今日は探索にならないと思った季衣と流琉。
無言で目と目を合わせると、考え過ぎて脳味噌がスポンジになりかけていた一刀の両手をそれぞれが引っ張って、季衣達はBF5のテレポーターへと戻ったのであった。



LVアップといえばおなじみの漢女達である。
前回ボウガンを貰ってから丁度一週間、7回目の出張巫女訪問で、またしても『贈物』を貰う一刀達を、他の剣奴達は異質なものを眺めるような眼で見ていた。

一刀だけであれば、漢女達の贔屓として理不尽ながらも納得がいく。
いや、本来『贈物は経験を積んで成長した者に対するご褒美である』とされているのだから、漢女達の贔屓では説明がつかないのであるが、剣奴達にはそれが定説であった。
だが、『優遇組』の少女達までもが一刀とパーティを組んで以来、連続して『贈物』を貰うようになっているのだ。

今までは『幼女の腰巾着』と噂されていた一刀。
だがそれを払拭するような渾名が、密やかに、そして確実に広まっていったのであった。



そんなことになっているとは露知らず、部屋に戻る季衣達とは別行動をとった一刀。
例によって臨時聖堂にいる祭の元に、一刀は貰った『贈物』を持って向かったのである。

「っていうか祭さん、なんでいつもいるんだよ。剣奴じゃないんだから、必ずここで祈りを受ける必要なんてないだろ?」
「儂くらいの歳になると、若者達が成長して『贈物』を貰う姿を見るのも大きな楽しみなんじゃ。特にお主のような若者が頑張っているのは、見ていて微笑ましいからの」
「そんなもんなのかなぁ。ところで祭さん、これが今回の『贈物』なんだけど……」

「なんじゃ、お主また石か。余程石に好かれておるようじゃの。しかし、この石は先日と同じ物ではないぞ。ほれ、先日のは先端が黄色じゃったが、今回のは青いじゃろ」
「あ、本当だ」
「これは武器の耐久性が増す石での。ボウガンを壊しかけたお主には、丁度良い『贈物』じゃろう。太祖神様も気が利いておる」

だが、そんな太祖神の気遣いも、一刀には無意味であった。

「……売ったらいくらになるかな?」
「なんと、自分で使わんのか?」
「明日くらいからBF7を探索しようと思ってるんだけど、もうブロンズダガーじゃ限界でさ。買い替えたばっかりなんだけど、思いきって鉄のダガーを買おうかと。装備も布シリーズはそろそろ卒業したいんだよ」

『蜂蜜』による収入で多少懐が豊かになった一刀は、自分の考察により装備が攻撃力や防御力を上げるためにとても有効であることを理解したため、装備を新しくしようと考えていたのだ。

「ボウガンのメンテナンスは、祭さんに教わるようになってから、自分できっちりやっているから、耐久性はそんなにあげなくても問題ないと思うんだ。ほら、見てよ」
「ふむ、教えた通りにちゃんとやっておるの。わかった、石の評価額はどれも変わらん。じゃから、8貫で良ければ引き取ろう」
「頼むよ、いつも助かる」
「お主がちゃんと迷宮から生きて戻り、更なる成長を儂に見せてくれること。それが儂へのなによりの礼じゃ」
「……期待に応えられるよう、頑張るよ」
「うむ」

手持ちの金と『蜂蜜』で稼いだ金、それに祭の8貫を足して、全部で15貫足らずの金を所持していた一刀。
とうとうブロンズシリーズ&布シリーズからの卒業だと、張り切ってギルドショップに向かった。

鉄のダガー5貫、レザーズボン3貫、レザーグローブ1貫500銭、レザーブーツ3貫。
残り2貫ちょっとになったところで、残り本数の少なくなった矢も補給しなくちゃと思い出した一刀は、思わず両膝をついた。

(ブロンズボルト……。ブロンズシリーズの壁は、厚かった……)

精神的なダメージを負った一刀だったが、これだけでは終わらなかった。
季衣達の部屋に戻った一刀は、さらに精神的に追い打ちをかけられたのである。

「おじちゃん、だれー?」

新たなる幼女の出現と、そのクリティカルな口撃に撃沈される一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:65/100
EXP:60/2250
称号:○○○○○○○

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:400銭



[11085] 第十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 03:04
「えーと、つまり璃々は、俺達と一緒に迷宮探索をしろって言われたの?」
「うん! 璃々が頑張ったら、早くお母さんと会えるようになるんだって! ……でもちょっと怖いよぉ」
「大丈夫だよ、兄ちゃんがついてるもん!」
「そうだよ、璃々ちゃん。兄様がちゃんと守ってくれるし、それに私達もいるから安心して」

要領を得ない子供達の話をなんとかまとめると、つまりそういうことであった。
季衣と流琉の自分を信頼してくれている言葉は嬉しかったが、これまでの探索が順調過ぎたせいで2人が迷宮を甘く見過ぎているような気がすることに引っかかりを覚えた一刀。
だが、今はそんなことより璃々である。

NAME:璃々
LV:1
HP:16/16
MP:15/15

珍しい魔力持ちだったことが、きっと璃々の運命を変えたのであろう。
だが、この璃々のHPの低さを見る限り、迷宮探索など無謀もいいところである。
一刀は子供達を残し、単身で七乃の元に向かったのであった。



七乃から聞いた所によると。

先日一刀も巻き込まれた、BF5のテレポーターに押し寄せてきた大量のBF6モンスターの群れ。
そのきっかけとなった、テレポーターに逃げ込んできた探索者、彼こそが璃々の父親であったそうだ。
彼は、小屋の前まではなんとか辿り着いたものの、そこで力尽きて亡くなってしまったらしい。

そもそも璃々の両親は、夫婦で探索者をしていた。
どちらかと言えば弓手である妻の方が有名であり、彼女であればいずれは加護を受けることが出来るのではないか、有力な加護神がつくのではないかと評判であった。
そんな妻との実力差が、日に日に開いていくような気がしていたのであろう。
男は、自分が妻の足を引っ張ってしまうことを恐れた。
そしてその差を少しでも埋めるため、男は妻に内緒でソロでの迷宮探索に挑んだのである。

それだけを聞けば美談と言えるかもしれない。
だが、結果は最悪であった。

探索者がテレポーターに逃げ込んだ際に発生する被害、それは全てその探索者に請求される。

小屋が壊れたら、修理費を。
剣奴が死んだら、補償費を。

連れてきた敵がBF6のモンスター達であったため、その時の被害は軽いものではなかった。
剣奴が自身を買い戻すためには、買われた時の値段の10倍を支払わねばならない。
死んだ剣奴に対する補償費は、それよりマシな額ではあったが、それでも総額で2000貫の被害請求が為されたのである。

誰に請求が為されたのか。
夫が亡くなっている以上、当然妻と娘にである。
妻は、探索者の中ではそこそこ有名だとはいえ、現時点では加護なしの一探索者。
ギルドに請求された金額を払えるわけもなかったのであった。

「普通ならそこで母は剣奴にして、娘は奴隷として競売にかけるのですが、それでは2000貫には全然足りません。お母さんの方、紫苑さんと言うのですが、その方も実力はあるのですが、若干歳を取り過ぎていますし」
「でもさっきの話じゃ、有力な加護神を得られるかもって評判なんだろ? それなら多少歳を取っていたって、2000貫くらい稼いでくれるんじゃないか?」
「そこで問題なのが、彼女は弓手として有名だということなんです。ご存じのように、ギルドの剣奴達はパーティではなくソロの集まりです。それは基本的に『優遇組』の人達も一緒なんですよ。まぁ、季衣さん達のようにパーティを組む人もいますけど、少数派ですね。なにしろ、それぞれ自分の身を買い戻すために皆必死なんで、パーティを組んでも利益配分で揉めて、すぐに解散するのが関の山なんです」
「つまり弓手である彼女は、ギルドでは活かしきれないってことか?」
「そうです。逆に探索者のままにしておけば、周囲の知人達の助力も期待出来ますし、剣奴にするよりもお金を稼いでくれるだろうと。だから娘さんを剣奴という名目で人質に取って、頑張って借金を返済してもらおうと思ってたんですよ」

ところが、その七乃の思惑を変化させる事態が起きた。

ギルドでは手持ちの剣奴達に対して、定期的に華琳の『吸魔』による魔力鑑定を行っている。
華琳に安くない額の依頼料を支払い、購入した剣奴に魔力を持つ者が紛れ込んでいないかを確認しているのである。
魔力を持つ者は貴重であり、1人でも見つけることが出来れば、その剣奴を転売してもよし育ててもよしで、華琳に支払う金銭を差っ引いても十分な利益が出る。
その魔力鑑定の場になぜか璃々が紛れ込んでおり、見事に引っかかった訳である。

「紫苑さんが確実に2000貫を稼いでくれるってわけでもないですし、魔力持ちなんだから自分で稼いで貰おうと思いまして。まぁ、保険のようなものですね。ただこういう場合、いつもは外部の探索者に依頼して育成をお願いしたりするのですが、璃々ちゃんが幼いために引き受け手がいなかったんですよ」
「そりゃそうだ。どうせ璃々が死ぬようなことになったら、莫大な違約金を請求するような仕組みなんだろ? でも、だからってなんで俺達なんだよ。ギルドには雪蓮達だっているだろ? 安全の確実性を求めるなら、俺達よりもうってつけじゃないか」
「雪蓮さんのクランにお願いするのは、こちらの事情で差し障りがあるんです。それに『幼女ブリーダー』として名高い一刀さんになら、私も安心して預けられます」

それまで真面目に話を聞いていた一刀は、七乃の言うとんでもない渾名に、思わず噴き出した。

「どんな噂だよ!」
「ご存じないんですか? 一刀さんは幼女を育てるプロフェッショナルだということで、剣奴達はもちろんギルド職員の間でも広まっているんですよ。実際に季衣さん達も、一刀さんとパーティを組むようになってから、メキメキと実力をつけていってますしね」
「それは季衣達のもとからの実力だ。璃々のような幼い子供に、迷宮探索なんて無理に決まってるだろ? そんな殺人と変わらないようなこと、俺は手伝うつもりはないぞ」
「……一刀さんに断る権利なんて、あると思ってるんですか? 言葉遣いはまぁいいですけど、立場まで私と対等だと思ってるなら、それは一刀さんの勘違いです。私はお願いしているんじゃなくて、命令しているんですよ。もちろん璃々ちゃんを死なせたら2000貫の借金は一刀さんに被って貰いますし、育成の結果を出せなければ相応の責任を取って貰います」

七乃の言い分はめちゃくちゃであった。
それでも、その無茶を聞かざるを得ない。
それが一刀の立場、奴隷の立場である。

だが季衣達とは違って、璃々は待っていれば紫苑がなんとかしてくれる可能性が高いのである。
それなのにあんな幼い子を迷宮探索に連れていって、危険に晒すことなど一刀には出来ない。

自分が責任を被ってでも、璃々は迷宮探索から外そうと考える一刀。
そんな一刀の思惑を察したのであろう七乃は、一刀に鎖を掛けた。

「もし一刀さんが結果を出せない時は、強制的に鍛えるしかないかもしれませんね。テレポーターの警備でもさせましょうか。運がよければ生き残って、稼げるようになるかもしれませんし」

その一言で雁字搦めにされた一刀は、少しでも璃々が生き残る可能性を上げるため、彼女を鍛えざるを得なくなるのであった。



魔力持ちであることがわかってから、璃々に魔術のことを教えていた冥琳という女性を七乃に紹介された一刀。
自分も魔術の話を聞くために、雪蓮のクランの一員だという彼女の部屋に向かった。

NAME:冥琳【加護神:周瑜】
LV:19
HP:249/249
MP:190/190

腰まで届く長い黒髪と、理知的な瞳。
そしてなにより、申し訳程度に両側を覆う服の中心で、その谷間と共に存在を誇示している2つの山脈。

(なんか、雪蓮のクランへの加入条件って、おっぱいのでかさなんじゃないのか?)

突然部屋を訪ねてきたにも関わらず、無言で不埒なことを考えている一刀。
そんな一刀に対して、冥琳は苦笑した。

「ふっ、そんなに胸を凝視してくる男は、随分と久しぶりだ」
「ご、ごめん、つい……」
「いや、雪蓮達から話は聞いていたからな。むしろ彼女達の胸には見惚れる癖に、私の胸を無視されることの方が屈辱的だ」
「どんな話を聞いてるんだよ!」
「ふふっ、内緒だ。さて、冗談はこれくらいにしよう。話とは、璃々の件だな?」
「ああ。そもそも俺、魔術なんて全然知らないんだよ。璃々とパーティを組む上でも、魔術のことはしっかり理解しておかないと、危険だからさ」
「ふむ、いい心がけだ。では説明してやるから、しっかりと聞く様に。後、授業中は私のことは先生と呼ぶのだぞ。ああ、普段は冥琳でいいからな。質問事項があれば、挙手するように」

もともと人に物事を教えるのが好きなのであろう、冥琳は楽しそうに魔術の講義を始めたのであった。



魔術は大きく分けて、2つに分類される。
太祖神から与えられた『コモンスペル』と、特定の加護神から与えられる『固有スペル』である。
加護を受けていない璃々は、今の所『コモンスペル』しか使用出来ないため、『固有スペル』については割愛する。

そもそも魔術自体が『三国迷宮』が出現した時に太祖神からの宣託により告げられた『コモンスペル』を使用出来る者が現れ、初めてその存在が確認されたものである。
今の所、魔術は資質のある者しか使用出来ず、その種類や使用回数は経験と共に増大することが分かっている。

基本的に魔術を行使するためには、資質のある者が数か月の修行を積まなければならない。
そうして、初めて魔術が使えるようになるのだ。
つまり、自身に資質があるかどうかを判別するためにも、資質のある者が魔術を使うためにも、そうやって修行を積むしかない。

だが、資質の確認に『吸魔』という裏技があるように、魔術の行使にも裏技があった。
魔力の近しいもの同士は、互いの魔力が干渉しあう。
その性質を利用し、相手の魔力を揺り起こす方法である。
これならば、数日もあれば魔術の使用が可能になる。
冥琳も、璃々の魔力をそうやって発露させたのだ。

最初のとっかかりさえ出来てしまえば、後は自身が経験を積むことにより、使用出来る魔術が増えていくのが感覚的にわかるということであった。

「太祖神に与えられた『コモンスペル』は4種類。『火弾』『癒しの水』『土の鎧』『拘束の風』だ。璃々は『火弾』と『土の鎧』の適正があった。経験を積めば残り2つも使えるようになるし、それぞれの上位スペルも使えるようになる」
「はい、先生! 『火弾』は攻撃スペル、『土の鎧』は防御力アップですか?」
「うむ、なかなか優秀な生徒だな。その通りだ」

冥琳の説明で、大体のことはわかった。
後は実際に使用させてみて、消費MPや威力を確認すればいいだろう。
礼を言って部屋を出ようとした一刀に、冥琳が声を掛けた。

「私には、精々このくらいのことしかしてやれない。あの子のことは、後はお前に託すしかないんだ。本当にすまない……」
「いや、気にしないでくれ。冥琳の知識を分け与えて貰っただけで十分だ。あんな小さい子を、みすみす死なせるような真似は絶対にしない。約束するよ」
「そうか……。ならば私は、お前を信じよう。わからないことがあったら、いつでも来るといい。『幼女ブリーダー』一刀よ、あの子のことは頼んだぞ」
「どこまで広まってるんだよ、それ!」



不本意な渾名のせいで、いまいち気合いが入らない一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:65/100
EXP:60/2250
称号:幼女ブリーダー

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:400銭



[11085] 第十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/19 15:52
奴隷は、人ではないとされている。
基本的な権利もないし、法律にも守られていない。
その生死すらも、主の思惑ひとつである。

では、奴隷にされたものが一生涯を奴隷として過ごすのかというと、そういうわけでもない。
例えば苦界に身を落とした女郎には、『年季明け』と称する解放への道が用意されている。
女郎は年増を過ぎてしまえば、当然売れなくなる。
そんな女郎を奴隷としてキープしておくよりも、解放をご褒美として女郎達のモチベーションを上げる方が、遥かにメリットがある。
人はどんな境遇でも、希望さえあれば耐えられるものなのだから。

そのモチベーションを上げる手段として、探索者ギルドの剣奴達に設定されているのが『売値の10倍を支払えば解放する』というルールなのである。
つまりこれは、別に法律ではなくて、探索者ギルド特有の取り決めであるのだ。
もちろん有力な剣奴を解放しないようにする方法は、いくらでもある。
七乃が一刀に課したようなペナルティーをわざと発生させて借金で身動きが取れなくするとか、そんな迂遠な方法ではなく、別に取り決め自体を一方的に反故にしても構わないのだ。

しかし、それで剣奴のやる気を失わせて、折角の有力な人材を無為に失うことになるかもしれないし、そんな有力な剣奴に反乱などを起こされてはたまらない。
そのため、ギルドもそんな無茶な真似は、基本的にはしない。
今回の命令は、一刀の目を見張るような成長に注目していた七乃の独断であり、この命令を受けた一刀の反応を観察するという目的が主であったのだ。

今回の件で、七乃は一刀のことを大分理解したと言っていい。
一刀は、かなりの無茶を言っても反乱を起こすような真似をしない温和な性格であり、仮に一刀を怒らせるようなことがあっても、女子供を人質にすれば、それが一刀にとってどんなに縁の薄い者であっても見殺しには出来ない性格である、と見抜いたのだ。

(一刀さんの成長速度は異常です。彼が美羽様の害になるようであれば、早急に処分しなければと思ってましたが、この性格なら問題ありませんねー)

ギルドの上役としてはともかく、美羽の補佐官としては非常に優秀な七乃なのであった。



冥琳の部屋を出ようとした時、ギルドの職員が七乃からの伝言を持って現れた。

『言い忘れていましたが、成功報酬は100貫です。張り切ってギルドからの依頼を達成して下さいね』

一刀が美羽の敵にならないと確信した七乃の、これが飴であった。
鞭に比べるとかなり見劣りのする飴ではあったが、今の一刀にとっては大金である。
周りの剣奴達であれば、七乃の思惑通りにモチベーションを上げて、依頼に臨んだであろう。
だが一刀は、この報酬がきっかけで、今まで意識していなかったことに気がついた。

(これって、もしかしてクエストなんじゃないか? よく考えてみると、『蜂蜜』献上だってクエストだよな……)

一般的なゲームに於けるクエストには、発生条件というものが存在する。
例えばLV○○以上、例えばフロアBF○○到達、例えば○○の所持。
前回の『蜂蜜』献上クエストは、発生条件として『蜂蜜』を持った状態で美羽と会話する、だったのであろう。
だが今回のクエストは発生が唐突過ぎて、いまいちよくわからない。

(ゲームとは言ってもリアルなんだし、発生条件とかはないのかな。蜂蜜だってたまたまだったかもしれないし……)

自分の思い違いか。
そう考えた一刀だったが、ふいに七乃の言葉を思い出した。

『幼女ブリーダーとして名高い一刀さんになら、安心して任せられます』

これか……。
一刀は、己のステータスの中で唯一意味不明だった『称号』の役割に、ようやく気がついたのであった。



季衣達の部屋に戻って打ち合わせをし、璃々を連れて迷宮探索に赴く一刀達。
目指すはBF5のテレポーター前であった。

いつもは拠点を設定して、そこを中心に狩るスタイルなのであるが、今回は璃々のHPが低いこともあり、すぐに避難出来るテレポーター前で狩りをすることに決めた一刀。
BF5でも、LV1の璃々ならばどんどんLVが上がっていって、HPも増えるだろうという思惑であった。

「じゃ、季衣達は璃々を守ってやってくれな。俺は敵を倒して来るから」
「季衣お姉ちゃん、璃々はどうすればいいの?」
「ボク達がちゃんと守ってあげるから、兄ちゃんの活躍を見てればいいよ」
「兄様、頑張って下さいね」

季衣達の見守る中、単身でどんどん敵を屠っていく一刀。
LV8になって装備を整えたこともあり、BF5のモンスター達は一刀の相手にならなかった。
10匹程度倒したところで璃々のLVを確認した一刀は、そのLVが1のままであることに気がついた。
一刀自身のEXPは55上がっている、それはつまり、1匹で5のEXPだったということである。
理論値上、これはソロでの経験値と変わらない。

(つまり、季衣達がパーティ認識されていないってことか……)

ゲームではパーティさえ組んでいれば、後衛が防御しているだけだとしても、頭割りで経験値が入る。
だがこの世界ではパーティ登録がないため、どうすればシステムがパーティだと判断してくれるのかがわからない。
実際に試してみるしかないと、一刀は璃々に指示を出した。

「璃々、今度は俺が連れてきた敵に向かって、『火弾』を撃ってみてくれ」
「……璃々、頑張る!」

テレポーター前で松明が煌々と周囲を照らしているとはいえ、ここは迷宮である。
璃々も相当怖いであろうに、気丈にも力強く返事を返した。

一刀は犬頭の獣人・コボルトをターゲットにした。
醜悪な形相のゴブリンや、女の子が苦手そうな昆虫系モンスターのポイズンビートル、飛ぶことに加えて的が小さく狙い難いであろうジャイアントバットと比べて、一番マシな相手だと考えたのである。

≪-火弾-≫

璃々の呟きと共に、赤い粒子が拳骨大の大きさとなり、コボルトに向かって一直線に飛んでいった。
その火弾がコボルトに命中したのを見計らい、一刀が止めを刺した。
一刀は、自分に入ったEXPが2であることを確認して、ちゃんと璃々にEXPが入ったであろうことを推測したのであった。

同じことをもう1度繰り返した結果、璃々はLV2となり、MPが『5/15』から『10/20』に増えた。
『火弾』のMP消費が5であることを理解した一刀。
今度は戦闘中の自分に『土鎧』をかけるよう指示を出した。
横殴りでEXPを持っていかれた経験があったため、『火弾』ならほぼ間違いなくEXPが分配されるだろうと思っていたが、味方への援護ではどうなるのか、試したかったのだ。

≪-土の鎧-≫

茶色の粒子が一刀の体に纏わりつき、もともと一刀には余りダメージを与えていなかった敵の攻撃が、完全に防がれるようになった。
ゲームバランス的に初期スペルが完全防御であるはずもなく、ただ単に相手が弱すぎるだけだと判断した一刀は、即座に敵を倒してEXPを確認した。
どうやら今回の戦闘では、璃々にEXPが入っていないようであった。

(ってことは、EXP取得条件は、敵に対するアクションを起こすこと、かな……)

『土鎧』も消費MP5であり、今の璃々では呪文を4回使っただけでガス欠である。
璃々のLV上げに苦戦の予感を抱く一刀。
とりあえず最後に『火弾』を撃たせて今日は終わりにしようと振り返り、己の迂闊さを呪った。

璃々の顔色が真っ青だったのである。

魔力のない一刀には実感としてわからなかったが、大体のゲームに於いてMP量はMND依存であることは知っていた。
MNDとは精神力、つまり魔力は精神力と密接な関係にある。
ただでさえ戦闘に慣れてない幼子が、自らの精神力の3/4に値する程の魔力を使ってしまって、平気であるはずがない。

「すまん、璃々! 大丈夫か?」
「へ、平気だよ、お兄ちゃん。次は璃々、どうしたらいいの?」

ようやく一刀は、璃々の異常性に気がついた。
そもそもこんな幼い子が、多少の脅えこそ見せていたものの、迷宮内でパニックに陥ることもなく一刀の指示に従えること自体がおかしいのだ。
普通は泣き叫んだり、恐怖に震えたりするものであろう。
ましてや、顔が青ざめるくらいの精神的な疲労を抱えて、それでも耐えようとするなど、このくらいの歳の子の反応ではない。

「今日はもう終わりだ、璃々。よく頑張ったな」
「……璃々、いい子だった?」
「ああ、もちろんだ」
「そっか……」

一刀の言葉を聞いて安心したのか、そのまま眠ってしまった璃々。
そんな璃々を背負って、一刀達は迷宮を後にしたのであった。



季衣達の部屋は2人部屋だ。
つまり、ベッドは2つなのである。
そこに璃々を加えて4人で寝るとなると、必然的に組み分けが必要となる。

「ボクが兄ちゃんと一緒に寝る!」

と主張する季衣の発言に、際どい冗談を飛ばすなぁ、と苦笑する一刀。
もう少し璃々が育っていれば、一刀は自分が床で寝ることを提案したであろう。
だがさすがに璃々くらい幼女は、一刀にとっては女の子というよりも子供である。
特に問題ないだろうと、璃々と同衾することにした一刀なのであった。



一刀は、水の中に潜っていた。
だんだんと日の光が届かなくなってくるような深い水の底。
傍を泳いでいた魚達も、水の深さに1匹、また1匹と姿を消していく。
そんな中、突然一刀は息が苦しくなってきた。
なぜ自分は、なんの装備もせずにこんな深い水の底まで来れたのだろう。
余りの苦しさに、そんな疑問が浮かぶ余地すらない。
とにかく息を吸いたい、ただそれだけを考えていた。
一刀はひたすらに空気を求めて暴れ、そして……。

「ぷあっ! ……なんだぁ、夢かぁ」

溺れる夢など、久しぶりに見た。
子供の頃は、こういう夢の後は決まって……。

そこまで考えた一刀の鼻が、刺激臭を感知した。
そう、アンモニアの臭いである。

高校生にもなって、やらかしたか!

と一瞬焦った一刀であったが、犯人は同衾相手の幼女であった。
璃々も既に目を覚ましており、どうしたらよいのかわからない様子で涙ぐんでいた。

(初めて迷宮でモンスターを倒したんだ。そりゃ怖い夢だってみるだろうし、無理もないか……)

半ベソをかいている璃々の頭をそっと撫で、気にしなくていいということを伝える一刀。
ベッドの後始末は自分がすることにして、璃々の方を面倒見て貰うために季衣と流琉を起こそうとした一刀に対し、璃々は激しく反応した。

「お願い、お兄ちゃん! 内緒にして!」

璃々は幼女とはいえ、さすがにおねしょを卒業していてもおかしくない年頃である。
人に知られるのが恥ずかしいんだろう、そう推測した一刀だったが、しかしそれは的外れであった。

「ごめんなさい、ひっく、内緒にして、うぅ、璃々が、ひっく、璃々が、いい子じゃないと、ぐすっ、お母さんと会えなくなっちゃうよぉ」

一刀は内心で怒りに震えた。
『いい子じゃないとお母さんと会えない』のキーワードは、明らかにあることを示している。
それは、璃々がそういう風に思い込むような出来事があったということ。
璃々は誰かに、おそらくはギルドに、そうやって言い聞かされていたのだ。
だから璃々は迷宮が怖くても我慢し、一刀の言うことにも従順に従っていたのである。

「大丈夫だ、絶対内緒にする。璃々はいい子だよ」
「ほんと? 誰にも言わない?」
「ああ、2人だけの秘密だ」
「絶対、絶対だよ?」
「約束するよ。さぁ、早く着替えなきゃ。1人で出来るか?」
「大丈夫だよ、璃々、いい子だもん!」
「そっか、偉いな」

健気に振る舞う璃々の姿に、遣り切れないものを感じる一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:100/100
EXP:124/2250
称号:幼女ブリーダー

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:400銭



[11085] 第十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/04 23:58
璃々の母親である紫苑は探索者であり、娘を取り戻すために頑張っているであろうこと。
さらに、父親がBF6のソロで亡くなったことを考えると、夫婦でパーティを組んでいたという紫苑のLVもそれほど高いものではないであろうこと。
混雑こそしているものの、LV上げをするにはテレポーター前が最も安全であること。

それらのことから、BF10まであるテレポーター前のどこかに紫苑がいる可能性が高いと結論付けた一刀は、時には単独で、時には璃々を連れて、テレポーター前を頻繁に確認していた。

「お母さんは、おっぱいがおっきくて、美人で、優しくて、おっぱいが大きいの!」

璃々が紫苑の特徴を教えてくれたが、他人のパラメータが見える一刀にとって、人探しはお手の物である。
弓手であるという紫苑を見つけて璃々と会わせることは、容易だと思われた。

だが、その一刀の思惑は外れてしまっていた。
実はこの時紫苑は、早く実力を身に付けて加護を得なければと、商店街で顔見知りだった桃香に頼み込んでクランに入れてもらい、無理を言って桃香達と共に深い階層を探索していたのである。

母娘が引き裂かれるような話は、桃香にとって最も義憤を覚えるものであった。
だが、しょっちゅう人助けをしている桃香は、深い階層での探索により結構な収入があるにも関わらず、金とは縁が薄いため、紫苑の借金を弁済してやることが出来なかった。
桃香は仕方なく、希望通りに紫苑を鍛えるため、危険な階層へと連れて行ったのであった。

こうして母娘は、再開を果たせぬままであった。
だが、このままでは璃々の張りつめた精神が壊れてしまうのも、時間の問題であろう。
果たしてこの母娘がどうなってしまうのか。
それは、現時点では誰にもわからないのであった。



LV上げを効率的に行うためには、大まかに分けて2通りの方法がある。

ひとつは強敵を相手にすることにより、1回当たりのEXP量を増やすこと。
もうひとつは弱敵を相手に連戦をして、EXP取得の総量を増やすことである。

一刀達のパーティは、今まで後者を選択していた。
また、EXP概念がないために意図的ではないが、結果的にほとんどの探索者達が後者の手段によってLV上げを行っていた。
それはそうであろう、なにせ賭けのチップは己の命なのだから。

その中で一刀達のパーティが抜きんでているのは、敵の見極めである。
自分達のLVや取得EXPを把握出来る一刀がいるため、敵とのLV差が開いて効率が悪くなると、すぐに獲物を変更することが可能であることの優位性は、他の探索者達とは一線を画する。

だが、MP総量の問題で戦闘回数が限定されてしまう璃々のことを考えた時、必然的に一刀達は前者のやり方で璃々を鍛えざるを得なくなったのであった。



一刀が選んだ狩場、それはBF9のテレポーター前であった。
3人での戦闘方法が確立されつつある今の自分達であれば、BF9でもそれなりに戦えるはずである。
璃々は1撃を与えた後すぐにテレポーター前に避難させればよいし、ここの広場であれば他の探索者達もいるので、複数のモンスターが襲い掛かってくることもないであろう。

WGの溜まっていた一刀は、あわよくばと思って徘徊しているオークの首筋を確認した。
だが、LV8の一刀にとってBF9のオークは同格以上の敵であったらしく、ポインターは発見出来なかった。

一刀の釣ったオークに『火弾』を放ち、即座に逃げる璃々。
すかさず流琉がカバーに入り、オークの攻撃を『葉々』で受け止めた。
BF6から2フロアも飛ばしてしまった影響が出たのか、その攻撃に足元をふらつかせる流琉。
だが、そこへ猛追をかけようとするオークの背後から、季衣が『反魔』で襲い掛かった。

即座に振り向いて、強烈な棍棒の1撃を季衣に叩きこもうとするオーク。
その攻撃を受け止めるのは、一刀の役目である。
新調したダガーでオークの攻撃を受け流す一刀。
ブロンズダガーより遥かに切れ味のよいアイアンダガーでオークの棍棒をガリガリと削りながら、一刀は敵の力強い1撃を逸らすことに成功した。

そこに背後から、流琉が『葉々』をシュルシュルと回転させながらオークに向かって投げつける。
その攻撃でオークが流琉の方を向けば、今度は季衣の『反魔』による攻撃である。
さすがのBF9オークも、常に背後から攻撃されてはたまらない。
一刀達はいつもの倍以上の時間をかけ、ちょっとずつオークのHPを削っていった。
数の暴力に負け、遂に赤NAMEになったオークの脊髄に、一刀がダガーを突き刺した。
オークは断末魔の叫びを上げて、その身を塵へと変えたのであった。



頭数で割られるオークのEXPは25であった。
一刀よりも1つ低いLV7の季衣達は、恐らく50貰ったであろう。
そして、一刀より6つ低いLV2の璃々は、この戦闘だけで1600のEXPを得たはずである。
ところが、璃利のLVは1つしか上がっていなかったのだ。

(なんでだ? 俺は何を見逃してるんだ……)

考え込む一刀。
自分と同じ経験値テーブルだとすれば、LV1で500、LV2で750、LV3で1000のEXPを取得すればLVアップするはずであり、総計2250で足りる。
璃々は昨日800、そして今1600を稼いだはずなので、LV4に上がっていなければおかしいのである。

季衣達のLVの上がり方から考えて、自分と季衣達の経験値テーブルはほぼ同じであろうと一刀は思っていた。
だが璃々は魔術師であり、もしかしたら璃々の経験値テーブルだけが異なっているのかもしれない。

試しにもう1匹敵を釣って、倒した一刀達。
すると璃々のLVは4に上がった。
計算値上、今の戦いで璃々は約800のEXPを得ているはずであった。

(もしかして、取得EXPの振れ幅が大き過ぎるのかな?)

その一刀の考えも一理ある。
一刀がEXP25の時に璃々はその64倍の経験値を貰っているのだから、一刀には誤差の範囲内でも璃々にとってはかなり違って来るからだ。
だが、それよりも遥かに高い可能性があることに一刀は気がついた。

(うーん、LVが上がった後、余ったEXPは切り捨て……じゃないな、それなら今の戦闘でLV4に上がっているはずがないし、第一俺のLVが上がった時のEXPは0にならない……けど、そういえばいつもLVアップ時の余剰EXPは目減りしてたじゃないか!)

そう、つまり昨日の戦いで800稼いだと思っていた璃々のEXPは、実際にはLVアップ分の500+余り300を2で割った値である150の、合計650だったのである。
そして今の2戦闘分は、1戦目が600+(1000/2)=1100、2戦目が500+(300/2)=650であったのだ。

自らの経験と照らし合わせても、それが正解であろうと思った一刀。
このことにより璃々のLV上げは難易度が増したが、だからと言ってパワーレベリングの有用性がなくなっているわけではない。
ただ一刀の想定よりも、敵と戦わなければならない回数が多少増えただけである。

しかし今の一刀にとっては、その多少が痛かったのだ。
なぜならLV4に上がった璃々のMPは、『MP:21/31』に上がったに過ぎなかったからである。

MPを回復する方法は、特定の加護神から与えられるスキル以外では、一定時間の睡眠を取ることと、水系統のコモンスペル上位魔法『活力の泉』、そして大神官の作成する『秘薬』だけだと冥琳から説明を受けている。

値段が高く、魔力を持つ者自体が希少なこともあり、『秘薬』はギルドショップでは売られていない。
水系統のコモンスペル自体が今の所は使用出来ない璃々では、魔術による回復も出来ない。
つまり、1日に璃々が可能な戦闘回数は、彼女の精神力のことも考えると、今の所は頑張っても3、4戦程度なのである。
そして、今2つLVが上がったため、BF9で同じ敵を同じように倒したとして取得出来るEXPは4分の1に減る。
まさにじり貧であった。

璃々のLVを上げるためには、自分達自身のLVを上げて、より深い階層で戦うしかないと考えた一刀。
もう2戦ほどBF9で戦った後で璃々を一度ギルドに戻すと、BF7のテレポーターから少し離れた小部屋のような場所を拠点にして、3人でのLV上げを始めたのであった。



BF9で璃々を交えて数戦闘行い、その後璃々をギルドに置いてBF7で連戦する、という行動パターンが定着した。
その間、EXPの取得方法についての条件を『敵に何らかのアクションを起こすこと』と仮定していた一刀の考えを補正する出来事があった。

それは釣りの際にボウガンでの攻撃に失敗し、ダメージを与えられないまま引っ張ってきたモンスター・ポイズンビートルと相対した時のことだ。

「流琉、敵を出来るだけ動かさないで。ボク、アレをやってみる!」
「わかった! 頑張って、季衣!」

突然季衣が、自分ごと『反魔』を回転させ始めたのだ。
そして回転力がピークに達した瞬間、全身のバネを使って横方向だった回転力を縦方向に軌道修正し、『反魔』をポイズンビートルに叩きつけた。
打撃系の攻撃と相性が悪いと思われるポイズンビートルは、その攻撃で全身をぐちゃぐちゃに叩き潰されたのであった。

「やったー! 流琉と考えた必殺技がやっと完成したよ、兄ちゃん!」
「やったね、季衣。私も『スイングアタック』を練習しなきゃ」

一刀のデスシザーを見て以来、2人でひそかに研究していたらしい必殺技。
その凄まじい破壊力を目の当たりにした一刀は、それよりも更に気になることがあった。

「なぁ、季衣。その技は『スイングアタック』って名前なのか? デスとかギガとか、そういうのは付かないのか?」
「なにそれ? それよりどうだった、ボク達の必殺技!」
「あ、ああ、格好良かったぞ。凄く強いし、驚いた」
「ほんとー? やったー!」

大はしゃぎする季衣達と、自分のステータス画面で自己主張の激しい『デスシザー』を見比べて、そっと溜息を付く一刀。
その時、ふと今回の戦闘でEXPが自分に入っていることに気づいた。
1戦闘ごとのEXPチェックまではさすがにしていない一刀であったが、たまたま戦闘前にも現在のEXPを確認していたため、今ステータス画面を覗いたことでEXPの変化に気がついたのだ。

今回の戦闘では、純粋に敵へのダメージを与えたのは季衣のみである。
一刀の攻撃は外れたし、流琉は敵からの攻撃を受けていただけであった。
それにも関わらず、一刀にEXPが10加算されていたのである。
値が微妙なので断言は出来ないが、10という数値はこのフロアで一刀が貰えるEXPの平均値に近い。
今の戦闘でいつもとほとんど変わらないEXPが得られたということは、おそらくは流琉も頭割りの人数に入っていたのであろう。

『敵に対するアクション』とは、漠然と敵に有効な攻撃を与えることだと思っていた一刀であったが、どうやら攻撃を回避されても、また敵から攻撃を受けるだけでも、システム的にはパーティ認証がされるらしい。
もちろんこれも一刀の推測であり、正確にシステムを割り出すためには、実地で色々と検証する必要がある。

純粋に敵に向かって空振りするだけでいいのであれば、璃々にネギでも持たせて後方で振らせていれば、EXPが得られるであろう。
だが、それでダメだったとすれば、今度はなにが問題なのかを絞る必要がある。
敵との距離の問題なのか、武器の問題なのか、まったく別の問題なのか。
命の懸かっている迷宮探索で、一刀にそんな悠長な実験をしていられる余裕などないのは当然のことである。

しかも、一刀が知らないことなど、他にもたくさん存在するのだ。
EXP取得方式だけでなく、その他の全てのゲームシステムについても、現時点で分かっていることのほとんどは、あくまでも一刀の仮説であるのだから。
例えば、本当に魔術の単体使用ではEXPが得られないのかなんて、今の一刀には検証する手段すらない。
そもそも、まだBF7階程度でウロウロしている一刀に、それまでの経験から正確なゲームシステムを割り出すことなど不可能である。

(それでも、こうしてちょっとずつゲームシステムを理解していければ……)

迷宮を探索する度に新たな発見があることに、一刀はゲーマーとしての喜びを覚えていたのであった。



「ところで、季衣。その『スイングアタック』は、連発出来ないのか?」

自身の『デスシザー』はWGが100にならないと撃てないため、最短でも20回に1回の割合でしか発動出来ない。
だが季衣はこの世界の住人であり、WGやポインターという概念自体がないであろう。
この技が連発出来るのであれば、戦闘が非常に楽になる。
そう考えた一刀であったが、現実は厳しかった。

「うーん、無理。なんかね、ぐっと来ないとダメなんだよ。実はこれも特訓中は全然うまくいかなかったんだけど、さっきはなんか出来るような気がしたんだよね」

やはり自身のWG自体は確認出来ないようであったが、それでもゲームシステムには支配されているらしいことがわかる、季衣の回答であった。



こうして1週間が過ぎ、一刀のLVは上がらなかったものの、季衣達はLV8に、璃々はLV5に、それぞれLVアップしていた。
なんだかんだ言って、璃々はわずか1週間でLVを4つも上げたことになる。
休息日を挟みながらの戦闘だったことを考えれば、この璃々の成長速度は上出来であろう。

臨時聖堂では、漢女達の祈りが太祖神に捧げられている。
相変わらず『贈物』を貰い続ける季衣や流琉も注目を集めたが、璃々が一度に4つも『贈物』を受け取った時には、皆が目を見張った。
洛陽の外から来た凄腕の冒険者や歴戦の軍人などが初めての『贈物』を受け取る時、同様のことが起こる場合がある。
だが、璃々のような幼い子がたくさんの『贈物』を貰う例は、今まで1度もなかったことだ。
この事実が、一刀の『幼女ブリーダー』としての評判を、更に高めていくことになった。

(くそっ、俺も幼女であれば……!)

この場にいた剣奴達の何人がそう思ったかは、不明なのであった。



璃々への『贈物』は、ピンクの幼女服と幼女靴に黄色の幼女帽、それに微妙に不細工な人形であった。
チャイナタウンで売られているような、満面の笑みを浮かべているおっさんの人形である。

(あー、そういえば、『三国迷宮』の舞台は中華なんだっけ。モンスターや武器が洋風だから、すっかり忘れてた)

幼女3点セットは、サイズ的にも人間性的にも一刀には装備出来ない。
璃々に貸して貰った人形も、武器ではなく純粋にアイテムであるらしく、その性能はわからない。

(太祖神、もっとわかりやすい『贈物』をくれよ……)

だが璃々はすっかり人形が気に入ってしまったようであり、あれこれと話し掛けている。
そんな璃々の姿を見ると、これはこれでありかな、と思う一刀なのであった。



戦闘フロアを1階層ずつ下げ、璃々を含んでいる時はBF10のテレポーター前、季衣達とはBF8に降りた階段から少し離れた所にある袋小路を拠点とした。

一刀達はLV8に横並びでありBF10の敵は完全に格上であったが、それでも1対3の優位を活かして戦えばなんとかなるくらいの強さであった。
だが一刀はこの時、重大なことを失念していたのである。
季衣達が座学で迷宮のことを教わっていた時、祭や穏に言われていたことを。

一刀が釣ったゴブリン。
片手棍だと思われたその武器は、杖であったのだ。

『火弾』をゴブリンにぶつけて、いつものように逃げる璃々。
その璃々に向かってゴブリンが稲妻のような魔術を放ち、それは一刀達が庇う間もなく璃々の背中で弾けた。
魔術の衝撃で吹き飛ぶ璃々。
動揺した一刀と季衣は、敵の存在も無視して璃々に走り寄った。
だが、そんな中でも1人だけゴブリンから視線を逸らさなかった流琉が、2人に警告した。

「相手は強敵です! 気持はわかりますが、兄様には背後を取ってもらわないと、私1人では勝てません。季衣は璃々ちゃんに『回復薬』を飲ませたら、すぐに戻って。それまで、なんとか2人で持たせるから!」

全ては流琉の言う通りである。
いつも通りに戦闘を行って、ようやく勝てる相手なのだ。
それは言い換えれば、普段通りの戦闘を行わなければ、下手をすると全滅してしまうような相手だということである。

これが対強敵戦の怖いところであり、一刀もそのことを頭の中では理解していた。
だが、今まで格下相手に順調に戦闘を積み重ねてきただけに、こうしたことを実感するのは初めてであった。

テレポーター前だから大丈夫。
2,3回の戦闘だから大丈夫。
普段通りに戦えば大丈夫。

ゲームをする上では、この考え方は間違ってはいない。
だが、これは実戦なのである。
璃々は可能な戦闘回数が少ないんだから、と対強敵戦を選択した一刀は、やはりどこかで戦闘というものを甘く見ていたのであろう。
こうして不測の事態が起こると、一刀は非常に脆かったのであった。

動揺を隠せぬまま、流琉の対面に位置取りをする一刀。
だが、魔術ゴブリンの比較的非力な杖の1撃を受け流すことにも失敗し、背後を取っているにも関わらず、その攻撃も当たらない。

一方の流琉は、その我慢強い性格が対強敵戦にマッチしているのであろう。
魔術で体を焼かれる痛みにも耐え、一刀の失態をカバーするような働きを見せていた。

やがて璃々の介抱が終わった季衣が駆けつけ、ようやく戦の天秤は一刀達側へと傾いたのであった。



苦戦を強いられた戦闘でなんとか勝利を収めた一刀達は、気絶している璃々を伴ってギルドへと戻った。
『回復薬』のお陰で璃々のHP的は全快していたが、その背中は焼け爛れたままであった。
一刀はその背中に『傷薬』を塗り込み、流琉の手足にも同様に薬を塗りながら、力無く呟いた。

「ごめんな、流琉。痛かっただろ。肝心な時に俺が動揺したから……。それに、俺が増長して無茶な狩場を選んだせいで、璃々まで危険な目に合わせて……」

自責の念にかられる一刀。
だが流琉は、腕の火傷などなんでもないことのように、微笑んでいた。

「兄様は神様じゃないんです。人間なら誰だって失敗はします。それよりも、今日の私は我ながらよく頑張ったと思うんです。兄様の目から見てどうでした?」
「あ、ああ。もちろん。流琉がいなかったら、俺達はやばかったよ」
「それだったら、私は兄様に謝罪されるよりも、良くやった、ありがとうって褒めて貰える方が嬉しいです。だって兄様は私達の保護者じゃない。私達は仲間なんですから」
「……流琉の言う通りだな。今日は本当に、流琉に教えられてばかりだよ。今日は流琉が俺達をフォローしてくれたお陰で助かった、ありがとう。流琉、これからも頼りにしてるよ」
「はいっ!」

元気よく返事をする流琉の笑顔と、その歳に似合わない包容力にクラクラする一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:35/100
EXP:1456/2250
称号:幼女ブリーダー

STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:6貫800銭




[11085] 第十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:17
「璃々、もう治ったもん!」
「治っててもダメ! しばらく璃々は迷宮探索はお休みです」
「ぶー、お兄ちゃんのいじわるー」
「そんなこと言ってもダメ。ちゃんとお留守番してなさい」

大神官の『傷薬』のお陰で火傷もすっかり癒えた璃々であったが、一刀は念のため璃々を休ませることにした。
璃々の体のことを思って大事をとった、という理由もある。
だがそれ以上に一刀は、自分達がもっと実力をつけないと幼女連れでの迷宮探索は厳しいと感じていたからであった。

そう、一刀は璃々の育成方針を、結局は変えなかったのだ。
つまり弱敵との連戦ではなく、これまで通り強敵と少しだけ戦わせるというLV上げのやり方である。
それは、璃々のMPが乏しいという理由だけではない。
例え璃々のMPが十分にあったとしても、弱敵の連戦に璃々を連れていくわけにはいかない。
なぜなら、迷宮で幼子を何時間も戦わせるなんて、情操教育に悪すぎるからである。

季衣達ですら、迷宮探索が全然平気というわけではないのだ。
一刀が季衣達の部屋に居座る前から、彼女達は一緒のベッドで寝ていた。
それでも夜は魘されることも多く、季衣達が安心して眠れるようになったのは、一刀が同じ部屋で寝泊まりするようになってからであることを、一刀は季衣達から聞いていたのである。

ましてや璃々は、父親を失い母親と引き離されて、非常に危うい状態なのだ。
決して無理はさせられないと、一刀は考えたのであった。
それでも璃々自身のためにLV上げをしなければならないのであれば、今と同じように強敵戦を数回させるのが、結局のところは一番負担が少ない。

(要するに、俺達が璃々を守りきれるだけの実力を身に付ければいいんだ)

一刀はふくれっつらの璃々を部屋に残し、季衣達と迷宮に降りたのであった。
その選択が、裏目に出ることを知らずに……。



BF8でのLV上げを終えて、部屋に戻ってきた一刀達。
彼等が見たものは、からっぽの部屋であった。

「あれ、璃々ちゃんが、いない……」
「ほ、ほんと、だー」
「暇潰しにギルドショップにでも行ったんだろ。俺が探して来るから、2人は休んでな」
「兄様、私も、一緒に……」
「ボ、ボクもー」
「無茶言うなよ。2人とも疲れてフラフラなんだから、俺に任せとけって」

2人を残して部屋を出ようとする一刀だったが、彼が扉に手を掛けた瞬間、外からもの凄い勢いで扉が開かれた。

「季衣ちゃん、流琉ちゃん、久しぶりですぅ。一刀さんはどこですかぁ?」
「「……そこです」」

季衣達の指し示す方を見る穏と冥琳。
そこには、頭を押さえてのたうち回る一刀の姿があった。

「ぐあぅ、おおおお、頭がぁ……」
「一刀、アホな踊りを踊っている場合ではないんだ!」
「だ、誰のせいだと……」
「そんなことより、璃々はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「……いや、今日は璃々を部屋に置いて迷宮探索に行ったんだけど、帰ってきたらいなかったんだ。それで今から探しに行こうとしてたとこなんだけど」
「くそっ、やはり見間違いではなかったのか! 邪魔したな」
「ちょっと待ってくれ! 璃々になにかあったのか?」
「話をする時間が惜しい。どうしても知りたいなら、道中で説明するから一緒に来い」

冥琳達に付いていくことにした一刀。
そんな一刀達に同行を申し出た季衣と流琉だったが、彼女達は迷宮探索を終えたばかりで疲労が激しい。
一刀は必ず璃々を連れ帰ると約束し、2人を部屋に置いて来たのであった。



先日冥琳は、ギルドからの依頼でそこそこ有望な剣奴達をBF11に連れて行き、魔術で援護しながら鍛えたのだそうだ。
ところが、その剣奴達が魔術に味をしめてしまったのである。
普段はBF7辺りでギリギリ勝利を収めることが出来るくらいの実力だったのが、魔術の援護によりBF11まで潜れるようになったのだから、それも当然のことであろう。

それ以来しつこく冥琳に付き纏って、自分達の援護をさせようとしていた剣奴達。
だが、ギルドの依頼を既に果たし終えた冥琳に、そんなことをする義理はない。
すげなく断っていた冥琳だったが、今日迷宮探索を終えてBF10のテレポーターに行く途中、件の彼等を途中で見かけたそうなのだ。

ようやく自分の援護を諦めて彼等だけで探索する気になったのかと、ほっとした冥琳だったが、ふと違和感を覚えた。
小さな子供が一緒にいるように思えたのだ。
一瞬だったので、単なる気のせいかとそのまま帰ってきた冥琳であったが、やはりどうしても気になった。

「それで、お前のところを訪ねたのだ。くそっ、あいつら……」
「場所の心当たりは?」
「奴らのことだ、どうせ私が連れて行ってやった場所の近くをうろつくくらいしか能があるまい」
「わかった、とにかく今は急ごう!」
「なに、もしかしてお前も来る気なのか? ちゃんと説明はしてやっただろう、さっさと部屋に戻れ。足手纏いが増えるのはごめんだ」
「足手纏いなのは自覚してるが、そこを曲げて頼む!」
「ダメだ、帰れ」
「自分の身は自分で守る。もし俺が足を引っ張るようなら、見捨てて行っても構わない。……断られても、勝手に付いていくからな!」

一刀にここまで言わせたもの、それは自責の念であった。
自分が璃々の不満を頭ごなしに無視せず、きちんと話して聞かせれば、もしかしたら今回の事件は回避出来たかもしれない。
その悔恨が、普段は従順な一刀に我を張らせたのであった。

「ちっ、お前を説得する時間も惜しい。仕方がないな。だが、後でお前がどんなに我儘で愚かな選択をしたのか、思い知るまで説教だからな!」
「冥琳、ありがとう!」
「ふっ、馬鹿だな。叱られるとわかっていて礼を言う奴があるか」

強面の割には、随分と甘い性格の冥琳なのであった。



テレポーターでBF10に降りた3人。
早くBF11へ行こうと気が急いている一刀を、穏が強制的に落ち着かせた。

≪-其静如林-≫

「落ち着きましたかぁ、一刀さん」
「……これは、魔術の力なのか」
「そうですよぉ。一刀さんが落ち着いたところでぇ……」

そう言うと、穏は再び呪文を唱えた。

≪-其迅如風-≫

「おお、凄い! 体が軽い!」
「一刀、時間がないんだ。さっさと行くぞ、しっかり付いて来い!」
「あ、ああ、すまん!」

本当に風のように、瞬く間にBF10を突破してBF11へと降り立つ3人。
その勢いは、BF11でも止まらない。
立ち塞がるモンスター達は、冥琳の鞭と穏の九節棍により、一蹴されて塵になっていく。
その様は、まるで無人の野を行くが如しであった。

活躍したのは2人だけではない。
一刀もまた、己より遥かに格上の相手を鎧袖一触で蹴散らしたのである。
そんな真似が可能だった理由も、穏の補助魔術にあった。

穏が『侵略如火』と呪文を唱えれば、たちまち一刀は豪勇の剣になった。
穏が『不動如山』と呪文を唱えれば、たちまち一刀は鋼鉄の鎧になった。

(これは、魔術師が特別扱いされる訳だ……っと、今はそんなことより璃々のことだ!)

こうして一刀達は、極めて短時間のうちに、目的の場所付近へと辿り着いたのであった。



「た、助かったぁ! 冥琳さえ来ればこっちのもんだ」
「早く俺達に補助魔術をかけてくれよ! 奥の化け物に目に物をみせてやる!」
「しかしあのクソガキめ、まったく物の役に立たなかったぜ」

こちらへ向かって逃げてきた剣奴達が、口々に好き勝手なことを言い始める。
その中で聞き捨てならない言葉を吐いた男を、一刀は問い詰めた。

「それは璃々のことか! 璃々はどこだ!」
「知るか! あんなクソガキ、どうせ逃げ遅れて今頃化け物に喰われてらぁ!」

その言葉を聞くや否や、奥に向かって走る一刀。
彼等を殴るよりも殺すよりも、そんな些事よりも今は璃々の方が優先である。
冥琳達も一刀の後に続いた。

「璃々!」

一刀が璃々の姿を見つけた時、璃々の命は風前の灯であった。
狼の頭を持つ獣人・ワーウルフが、今まさに璃々を喰らおうと、その口を大きく開けていたのである。

「璃々、『火弾』だ! 口の中を狙え!」

魔術を詳しく知らない一刀が出した指示は、冥琳や穏にとってはあり得ない選択であった。
なぜなら魔術を使用するためには、精神の集中が必要だからである。
己の命が危機に陥っている時なのだ。
そんな状況では、一流の探索者ですら魔術を使うための精神集中など、容易ではない。

しかし、その一刀の指示が功を奏した。
ギルドに来て以来、追い詰められていた璃々の精神。
薄暗い迷宮の中、見知った顔のいない中、極限の恐怖の中で、とっくに限界を超えていた精神。
その張りつめて崩壊寸前だった精神が、見慣れた一刀の顔と聞き慣れた一刀の指示を拠り所に持ち直したのである。

≪-火弾-≫

見事に発動した『火弾』は、ワーウルフの口内を焼いた。
「ぎゃいん!」と悲鳴を上げて、たじろぐワーウルフ。
その隙に璃々の傍に駆け寄った一刀。

「よく頑張ったな。後は任せろ」

安心させるように璃々の頭を撫でると、璃々を背中に庇ってワーウルフと相対する一刀。
例え自分が死んでも、璃々だけは守り切る覚悟であった。

しかし、そんな覚悟はまったく必要なかった。
冥琳達にとっては、璃々が稼ぎだした一瞬の時間さえあれば十分だったのだ。
璃々を背中に庇って振り向いた一刀が見たものは、冥琳の鞭により4つの肉辺に分解されたワーウルフの最後であった。

「お父さーん! 怖かったよぉ!」

一刀にしがみついて泣きじゃくる璃々。
いつの間にか璃々が自分のことを『お父さん』と呼んでいることに気づいたが、一種のパニック状態なんだろうと苦笑した一刀。
泣き疲れて眠ってしまった璃々を背負って、冥琳達と帰路へついたのであった。



一刀は、璃々について考えなくてはいけないことがたくさんあった。

璃々のLV上げの方針。
紫苑と璃々を会わせる方策。
剣奴達に璃々が利用されないようにする方法。

だが、これらよりも更に重要な問題があった。

「お父さん、なんでお母さんと会えないの?」
「喧嘩しちゃったの? 仲直りしなよ、璃々が一緒に謝ってあげる」
「大丈夫、璃々とお父さんが迷宮でちゃんと頑張ったら、お母さんも許してくれるよ」

昨日だけのことだと思っていた璃々の一刀に対する呼び方が、元に戻らないのだ。
それだけではない。
璃々の中では、なぜ自分達がここにいるのか、なぜ自分達が紫苑と会えないのか、なぜ迷宮探索をしなければならないのか、そういった理由すらもどんどんと構築されつつあった。
傍から見れば矛盾したその理屈も、璃々の中では論理的なのであろう。
これはまずいと思った一刀は、璃々のことを冥琳に相談することにした。

「やーだー、置いて行かないでよぉ!」
「ごめん、ほんのちょっとだから。な、璃々。季衣達の言うことをよく聞いて、いい子で留守番しててくれよ」
「いじわる、いじわる! それだから、お母さんに振られちゃうんだよー!」
「季衣、流琉、後は頼む!」

璃々の一刀に対する執着は凄まじかった。
一刀は、部屋から出るのも一苦労だったのであった。



「ふむ、一刀。ひとつ確認する。璃々がお前のところに来てから、母親のことは話しても、父親のことを話したことは一度もないのだな?」
「ああ。いつも母親の話ばかりだった。随分とお母さん子なんだと思ってたんだが……」
「おそらく、父親の死を受け入れられていなかったんだ。突然父親に死なれ、さらに母親と引き離された璃々が、無意識のうちに己の心を守ろうとしていたんだろう」
「ただでさえそんな不安定な状態だったのに、昨日の迷宮戦で更に追い詰められた璃々の精神が、今度は俺を父親と認識して依存することによってバランスを保とうとしているって訳か……」
「ああ。だが、だからこそ現状を保てているということを忘れるな。一刀、決して自分が父親であることを否定してはダメだ。現実を認識した瞬間、璃々の心は壊れてしまう可能性が高い」
「あの子が母親の元に帰れる日まで、か」

その日から、一刀達は4人で迷宮探索をするようになったし、一刀は仕事にも璃々を連れていくようになった。
どうしても璃々が一刀の傍を離れたがらないのだ。
幸いBF3の敵であれば、璃々を背負いながらの戦闘でも楽勝であった。

だが季衣達とのLV上げでは、さすがにそんな余裕はない。
だからといって、このままずっとLV上げをしないわけにもいかなかった。
それに下手に部屋に置いてきて、一人で追って来られるのが一番怖い。

むしろ今回のようなことが再び起こった時のために、璃々のLVも積極的に上げていくべきだと考え直した一刀。
BF10では璃々を守りきれる自信がないし、BF8の袋小路よりもBF7の小部屋の方が、璃々が休憩したり避難出来る奥行があるだけマシだろうと、一刀達はBF7でLV上げをすることにしたのであった。



「お父さん! 新しい魔術が使えるようになったの!」

璃々がそう言いだしたのは、一刀がLV9になるのとほぼ同時に璃々がLV6に上がった直後であった。
どうやら脳裏に新しい呪文が浮かび上がるようで、土の上位呪文『大地の力』と火の上位呪文『火球』、それから『水の癒し』と『拘束の風』が使用可能になったらしい。

対強敵戦では頼もしいであろうそれらの呪文も、今の所は必要ない。
1度試してもらった結果わかったことだが、上位呪文はMPを10も消費するので、ますます現時点での使用は考えられない。
それを使うくらいであれば、1撃でも多く『火弾』を撃ってEXPを稼がせるべきであろう。

だが、嬉しい知らせもあった。
もともと使用出来ていた呪文『火弾』と『土の鎧』の消費MPが2に下がったのである。
LV6に上がった璃々の最大MPは42であったため、『火弾』を撃てる回数が、数値的には24回、精神力のことを考えても10回程度は使用出来ることになる。
これにより、格段に璃々のLV上げが楽になったのであった。



LV6になった璃々が得た『贈物』は、白い杖であった。
その杖の先端が2叉に別れており、その部分だけ緑色に染まっていたことは、ある意味予想通りである。
しかし一刀に対する『贈物』は、予想外のものであった。
それは、どう考えても一刀の指には入らないような、極小サイズの指輪だったのだ。

(本人に装備出来ない『贈物』なんて、太祖神は一体何を考えてんだ……)

前回与えられた『贈物』を、即座に祭に売却した報いなのであろうか。
いいや、違う。
太祖神には深い考えがあったのだ。
そのことに、一刀もすぐに気がついた。

「璃々、ちょっと指を出してみて」
「はーい!」

そう、指輪は璃々の指にジャストフィットだったのだ。
そしてその効果も、まさに今の一刀が最も望んでいるものだったのである。

『MP:62/42(+20)』

MP量増大の指輪。
璃々はもちろん、一刀にとっても最も理想的な『贈物』であった。

ただ、一点だけ疑問が残る。
なぜこの指輪が璃々の『贈物』ではなく、一刀の『贈物』だったのか。

「お母さんが言ってた。指輪を貰った女の子は男の子と結婚するんだって……。お父さん、璃々と結婚するの?」
「そんな、兄ちゃん! だからボクがいくら頑張っても……」
「大丈夫、季衣。私達だって園児服さえ着れば、まだまだ現役だよ!」

太祖神の深謀遠慮は、人の身ではとうてい測りきれないのであった。



一見順調そうに見えたが、かなり危うい所で均衡を保っていた一刀達。
そんな一刀達に転機が訪れたのは、この直後であった。

七乃から璃々に対しての呼び出しがあったのだ。
一刀を伴って七乃の元を訪れた璃々が目にしたもの、それは2週間振りの紫苑の姿であった。

NAME:紫苑【加護神:黄忠】
LV:17
HP:253/253
MP:0/0

そう、紫苑はこの短期間で、なんと加護神を得ることに成功したのである。
それはいくつもの幸運が積み重なって達成出来たことであった。

桃香達のクランに入れて貰えたこと。
桃香達にくっついて、自分の実力を遥かに超える階層まで日夜潜っていたこと。
弓手であったため、自分より遥かに格上の敵に対して近接戦闘を挑まなくて済んだこと。
桃香達のクランに加護神を得ていないメンバーが5人いたこと。
そしてその5人が、丁度加護神を得るために祭壇に向かう準備を整えていたこと。

これらの幸運は、狙っていても到底得られるものではない。
きっとそれを引き寄せたのは、母親の娘に対する愛情だったのであろう。

泣きじゃくる璃々を抱きしめ、自らも涙を流す紫苑の姿を、純粋に綺麗だと思った一刀だったのであった。



「じゃあ、この弓が2000貫の代わりということで。買い手がつくまでは保管しておきますから、買い戻したくなったらいつでもどうぞー」
「そうね。あの有名な祭殿の『多幻双弓』に勝るとも劣らない、黄忠様が授けて下さった『颶鵬』ですもの。いつか必ず取り戻すわ」

七乃と紫苑が視線で火花を散らしている横で、璃々も一刀との別れを告げようとしていた。

「お父さん。ううん、一刀お兄ちゃん。ずっと璃々を守ってくれて、ありがとう」
「……璃々、お父さんのこと、思い出したのか?」
「うん。お母さんに会った時に、全部……」
「……そっか。あーあ、折角出来た可愛い娘がいなくなって、淋しくなるな」
「お兄ちゃん、璃々のお人形さんあげる」
「いいのか? あんなに大切にしてたじゃないか」
「璃々はお母さんがいるから、淋しくないもん。お兄ちゃんは璃々がいなくなっちゃうから……」
「優しいな、璃々は。本当にいい子だ」

璃々の頭を撫でる一刀。
そうこうしているうちに、七乃と紫苑の対決も終わったようであった。

「璃々、行きましょう。一刀さん、うちの璃々がお世話をお掛けしたようで、本当にありがとうございます」
「そんなことないです。俺、なにもしてやれなくて……」
「いえ、今の璃々が明るく笑えていることが、一刀さんが璃々に優しくして下さった証拠ですよ。このお礼は、いつか必ず」

なごやかムードの一刀と紫苑。
そんな空気を、璃々の口撃が木っ端微塵に打ち砕いた。

「そのお人形さんで、しばらく我慢してね。璃々が大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげるから、それまで!」
「璃々?!」
「しょうがないよ、お母さん。だって璃々、指輪もらっちゃったんだもーん」

璃々の指には、エンゲージリングと呼んでもまったく違和感のない、幼女には似合わない指輪が嵌まっていた。
紫苑の春の日差しのようだった眼差しが、まるで虫けらを眺めるような視線に変わった。
仮に紫苑が一刀と深い仲であったなら、「あら、親子丼ぶりをご所望ですか?」くらいの冗談を飛ばせるくらいは懐の深い紫苑であったが、なにせ娘との2週間振りの再開なのである。
ただでさえ感情の振れ幅が大きくなっているこの状況で、恩人だと思っていた男が幼い娘に高価そうな指輪を贈っていたという事実が発覚したのだ。
紫苑が一刀に下心があったのかと早合点してしまうのも無理はない。

「さ、璃々! さっさと帰りましょう!」
「あ、お母さん、そんなに引っ張らないで。お兄ちゃん、その子は珍宝って名前なの。璃々の代わりに、いっぱい可愛がってあげてね!」

どうやら珍宝の最初の仕事は、口から魂が抜けた状態の一刀を慰めることのようであった。



**********

NAME:一刀
LV:9
HP:124/124
MP:0/0
WG:65/100
EXP:32/2500
称号:幼女ブリーダー

STR:10
DEX:14
VIT:10
AGI:12
INT:12
MND:8
CHR:11

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:50
近接命中率:37
遠隔攻撃力:55
遠隔命中率:36(+3)
物理防御力:39
物理回避力:36

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:10貫300銭



[11085] 第十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 03:40
「一刀さんは、璃々ちゃんを加護が受けられるようになるまで育てられなかった、という残念な結果に終わった訳ですが……。まぁ、これは不可抗力ですね。一応依頼達成ということにしておきます」

そう言って、七乃は気前良く報酬の100貫を一刀に渡した。
安い奴隷であれば購入出来るくらいの金額であっても、七乃にとっては大した額ではない。
こんな端金を値切って一刀の心証を悪くするよりも、素直に払ってこれからもギルドの利益のために頑張ってもらった方が、よっぽど得であるという計算が働いたのだ。

だが、七乃にとっては端金でも一刀にとっては大金である。
100枚の金貨の重みに、思わずにんまりとしてしまう一刀なのであった。



地道に『蜂蜜』クエをやってれば、100貫くらいすぐであろうと思うかもしれない。
だが、実際にそれを行うのは極めて難しい。

まずドロップ率の問題がある。
一刀の今までの経験則からいくと、アイテムのドロップ率は10%~20%程度である。
つまり、最低でも500匹のキラービーを倒さなければ、100貫に届かないのだ。
一日2時間で20匹倒したとしても、大体1ヶ月程かかる計算になる。

次に狩場の問題である。
テレポーターが設置してある場所は、どこもそれなりの広さがあるため、そこを拠点にすればキラービーのみを選んで倒すことは可能である。
実力を隠していた頃は、あえてBF6以降のテレポーター前を避けていた一刀だったが、今はそんなことを気にする必要はないため、そこを拠点にすること自体は出来る。

だが、いくら新しいボウガンになったとはいえ、今までの一刀にはキラービーを1撃で倒すのは不可能であった。
そうなると、他の剣奴や探索者による横殴りの問題が出てくるのである。
ドロップアイテムの権利争いは、剣奴同士であればともかく、探索者が相手では剣奴である一刀達には分が悪い。
時には横殴りされていないにも関わらず、ドロップアイテムを持っていかれることすらあったのだ。

狩り効率の問題もあって、あえてテレポーター前以外の拠点を選んでいた一刀。
だが、自分達しかいないのに広い場所を拠点に選ぶのは、自殺行為である。
そうなると必然的に、後ろから襲われる心配がなく敵の数自体も少なそうな、狭い場所を拠点とせざるを得ないのであるが、そうすると今度は敵を選ぶことが出来なくなるのだ。

つまり、一刀が低LV剣奴であるうちは、『蜂蜜』クエで一攫千金というのは絵空事に近いことなのであった。



季衣達と相談して、10貫をパーティの財布に、30貫を各自にと報酬を分けた一刀。
暖かい懐は心が豊かにする効果があるのだろうか。
一刀も季衣達も、溢れんばかりの笑顔であった。

とはいえ、金はあっても外に出られない一刀達、貯蓄するかギルドショップで散財するかの2択である。
そして、高LVになれば今とは比べものにならないほど収入が増えるため、低LVのうちの貯蓄はあまり意味がないことを祭から聞いていた一刀達は、迷うことなく後者を選択したのであった。

一刀は、この30貫で季衣に贈り物をするつもりだった。
なぜなら、季衣にレザーベストを貰ったまま、何も返せずにいたからである。

それどころか普段から、破れたレザーベストやレザーズボンを繕うことまでして貰っているのだ。
時にはドロップアイテムである『とかげの皮』まで使って一刀のレザーベストを手入れしてくれている季衣。
せめて『とかげの皮』の代金だけでも、と一刀が支払おうとするお金も季衣は断固として受け付けない。

今までのお礼と感謝の気持ちを表す絶好の機会だと張り切った一刀。
女の子へのプレゼントなんだしアクセサリー系が無難であろうと、一刀は季衣に似合いそうで性能の優れているアイテムを探し始めたのであった。



ギルドショップは、剣奴用と一般探索者用とで場所が別々ではあるものの、品揃え自体は同じである。
従って、剣奴が見向きもしないようなアクセサリー類も、そこそこには置いてある。

ネックレスを手に取り、腕輪を装備しては、ああでもないこうでもないと品物を漁る一刀。
アクセサリー類は、迷宮から持ち帰られたアイテムがほとんどである。
深い階層のモンスターからのドロップアイテムや、時折ランダムにポップする宝箱の中身なのだ。
そのため、サイズが全て揃っているわけではない。
それでもサイズ違いの同じアクセサリーが結構あり、一刀は装備して性能を確認することが出来たのである。

『パワーリスト』:近接攻撃+2
『ウイングペンダント』:近接命中率+1、物理回避率+1
『テクニカルイヤリング』:近接命中率+2

3つとも、5貫均一の品物の中から一刀が見つけ出したものである。
5貫といえば、先日ようやく手に入れたアイアンダガーと同額であったが、それより安いアイテムで良さそうなものが確認出来なかったのだ。

銀細工の髪飾りを5貫均一の中から見つけた時には、一瞬だけ大喜びしてその後で憤慨した。

『耐魔の髪飾り』:魔法防御率+1%

この髪飾りを周囲の目を気にしながら装備した時、一刀のステータスに魔法防御率のパラメーターが増えたのである。
これから魔術を使用してくる敵も増えてくるだろう今、このアイテムは理想的なように思えた。
だが、よくよく見てみると“1%”なのである。

(100ダメージを喰らったのが、99ダメージになるだけかよっ!)

一刀は、『耐魔の髪飾り』を投げ捨てるようにして5貫均一の中に戻した。
そしてギルドショップの店員に睨みつけられて、へこへこと平謝りしたのであった。



「季衣、レザーベストのお礼に、アクセサリーをプレゼントしたいんだ。ちょっとこっちに来てくれ」
「え、本当?! 兄ちゃん、ありがとー!」
「んじゃ、これを順番につけてってくれ」
「んっと、リストバンドと、ペンダントと、イヤリング。……兄ちゃん、指輪は?」
「いいのがなかった!」

嘘であった。
実際には、ステータス補正のある指輪を見つけていたのだ。

『タクティカルリング』:DEX+1、AGI+1

だが、一刀の考察ではステータス補正よりも攻撃力や命中率補正のアイテムの方が、効果は高いはずであった。
なによりも一刀は、女の子に軽々しく指輪をプレゼントすることの危険性を、既に身を持って学んでいたのだ。

「こ、このペンダントなんか、季衣に似合ってて可愛いぞ。うん、これがいい、そうしよう、店員さーん、これ下さーい!」
「あ、ちょっと、兄ちゃん、なんか誤魔化してないー?」

なんだかんだと言いつつも、季衣は一刀からプレゼントを貰えるのがよほど嬉しかったらしい。

「兄ちゃん、ボク、これ大切にするね。ずっとずっと大事に使うよ」
「あ、ああ。気に入ってくれたようで、俺も嬉しいよ」

大仰な季衣の反応に、少しだけ戸惑う一刀。
自分が懐かれているのは知っていたが、この反応はなにか違う。

(もしかして、季衣は俺のことが……)

特別に鈍感と言うわけではない一刀は、ようやく季衣の気持ちに気が付き始めたのであった。



季衣へのプレゼントを購入しても、まだ35貫の金を持っていた一刀。
だが、もちろんそれを全て使うわけにはいかない。
痛んだ武器や防具の整備や買い替えや日常生活品の購入資金など、今までは自転車操業だった遣り繰りも、お金に余裕の出来た今だからこそ別資金として積み立てておく必要がある。

最低でも10貫は残さねばならないと考えた一刀。
だが、逆に言えば残りの25貫は自由に使えるのである。

ブロンズボルト:20銭
アイアンボルト:100銭

1週間で大体200本前後の矢を使用する一刀にとって、100本10貫の消耗品は痛すぎるし、今の収入では永続的に使用出来ないこともわかっていた。
それでも一刀は、ブロンズシリーズを卒業したかったのだ。

(火力は浪漫じゃけぇ……)

一刀は、遂に自分の念願を果たしたのであった。



部屋に戻った一刀と季衣が見たもの。
それは部屋の半分を塞ぐ巨大なベッドと、その上でふかふか感を楽しんでいる流琉の姿であった。

どうやって運び入れたのか。
ギルドショップのどこにそんなものが売っていたのか。
今までの備え付けベッドはどこにやったのか。

頭の中が疑問符で一杯の一刀と季衣に向かって、流琉が胸を張って自慢した。

「あ、お帰りなさい、兄様、季衣。30貫もあったから、つい衝動買いしちゃったよ。でもこれ、凄いでしょ!」
「……ああ、凄いな」
「……うん、凄いね」

3人で寝る気マンマンなのかとか、借金はちゃんと返したのかとか、そういう疑問が些細なことのように思えた一刀。

季衣から向けられている恋心らしきもの。
自分自身の流琉に向けた淡い思い。
ゲーム世界で恋愛することへの不安。

そんな一刀の葛藤も、一瞬で吹っ飛んだ。
どうでも良くなったわけではない。
なんだか非常に楽しくなってきたのである。
最高にハイってやつであった。

「そら、季衣。しっかり捕まってろよ」
「え? え?」
「そりゃっ!」

季衣を抱き抱え、豪快にベッドへダイブする一刀。
ボスンっとキングサイズのベッドが一刀達を受け止め、反動で流琉が跳ね上がり、一刀の腹の上に転がってきた。

「ひゃう! 兄ちゃん、なにすんだよー!」
「もう、やりましたね、兄様! お返しです!」

一刀の上に乗っかったまま、脇腹を擽り始める流琉。
季衣も楽しくなってきたのだろう、流琉を真似て一刀を擽ってきた。
一刀も季衣と流琉に反撃し、大笑いしながらふざけ合う3人。

こんな平和な日が、ずっと続けばいいのにと思う一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:9
HP:124/124
MP:0/0
WG:65/100
EXP:32/2500
称号:幼女ブリーダー

STR:10
DEX:14
VIT:10
AGI:12
INT:12
MND:8
CHR:11

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:50
近接命中率:37
遠隔攻撃力:64
遠隔命中率:36(+3)
物理防御力:39
物理回避力:36

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 03:47
設立当初の探索者ギルドは、迷宮の入口からモンスターが出て来ないように警備するのが、その期待された役割であった。
だが、大方の予想に反してモンスター達は迷宮から外に出ようとしなかったため、その目的は有名無実のものとなったのである。
代わりにギルドが積極的に請け負った仕事があった。

当時から迷宮の深い階層に行くほど価値の高い宝物が手に入るという評判が立ってはいたものの、現在ほど迷宮は賑わっていなかった。
なぜなら、当時はまだ各階にテレポーターもなく、迷宮を地下深くまで探索しようとすれば危険極まりない迷宮内で寝泊まりすることになってしまうからだ。
余談になるが、夜の見張りの必要性から複数のパーティによる攻略となり、それが今のクラン制度の原型になったのである。

そのように困難を極めた迷宮探索であったため、ただでさえ少なかった探索者達の帰還率も低く、探索者ギルドの仕事も特に美味しいものではなかった。
探索者達が数多くいてギルドに上納金を支払い、持ち帰ってきたレアアイテムの売買をしてはじめてギルドが潤うからである。
そこでギルドは探索者達の帰還率を上げるため、剣奴達を大量に購入して迷宮に投入し、地図の作成・販売を始めたのであった。

そんなギルドのあり方が変化したのは、ギルド長である美羽が加護を受けてからである。
彼女の固有スキル【偽帝】、その中に『偽装:転位装置』が含まれていたのだ。

もちろん偽装テレポーターが作れるというからには、本物もある。
迷宮の出現と同時にその入口に出現していたものが、それであった。
使い方がわからずに長い間ずっと放置され続けていたのだが、加護を受けた探索者達によって、それがテレポーターだったことがわかったのである。
加護を受けた者がその装置に入ると、迷宮の入口から祭壇まで、または祭壇から迷宮の入口まで、一瞬で移動出来たのだ。

このことから、テレポーターの使用条件は加護を受けていることだと思われたのだが、美羽によって作られたテレポーターならば、誰でも使用出来ることもすぐに判明した。
そうしてギルドはその方針を、地図作成・販売業務からテレポーターの設置・警備業務へと変更したのであった。
現在はBF10までテレポーターが設置されている。

そして今、遂にBF11にテレポーターを設置するための作戦が始まろうとしていたのであった。



「とは言っても、設置自体はそんなに難しいことじゃないんですよ、一刀さん」
「……ていうか、なんでそんな話を俺にするんだよ。俺じゃBF5が精一杯だぞ?」
「はい、嘘つき発見です。嘘は泥棒の始まりですよ、一刀さん。ちゃんとテレポーターの使用履歴は記録してあるんです」
「……言ってみただけだよ。それで、もちろん俺1人でやれってわけじゃないんだろ?」
「それもちょっとは考えたんですが、さすがに無茶ですよね。ですから、雪蓮さんのクランと一刀さんのパーティの共同作業にしました。BF11のテレポーター設置場所まで周辺の敵を掃除する班と、美羽様を護衛する班に別れて貰います。詳細は雪蓮さんと、よく相談して下さいね」
「報酬はないのか? その依頼中に使用する消耗品は全てギルド持ちなんだろうな? 後、テレポーターを守る通常業務は免除だよな? それからこれが一番聞きたいんだが、なんで俺なんだ? 剣奴達の中には俺より強い奴だっていくらでもいるだろうし、そもそも雪蓮達だけでも戦力的には十分だろう?」

矢継ぎ早に質問する一刀に対して、七乃は意味深な笑みを浮かべた。

「これは、一刀さん達に対するテストみたいなものなんです。報酬とも絡んで来るので、詳細は依頼達成後に話します。消耗品はこちらで負担しますし、依頼の間は通常業務はもちろん免除ですよ。テレポーター設置だけでも、ざっと1週間は掛かりますしね」
「そっか。まぁ、どうせ断る権利なんかないんだろ。引き受けたよ」
「ありがとうございます。それじゃ、頑張って下さいね」

表面上は渋々引き受けたように見せた一刀であったが、内心では非常に美味しい依頼だと思っていた。
なぜなら雪蓮は2ヶ月前の時点で既にLV20であり、祭や冥琳、穏もそれに準ずるLVであったからだ。
この機会を上手く活かせば、自分達のLVを一気に引き上げることも難しくない。
一刀は、意気揚揚と雪蓮の元に向かったのであった。



久しぶりに見た雪蓮のLVは、2ヶ月前と変わらずLV20であった。
そのことから雪蓮達の迷宮探索が捗っていないことを察する一刀だったが、そのことは今は関係がない。
多少気になったもののその話題は避けて、一刀は雪蓮と当日の班編成や役割分担などを細かく打ち合わせた。
大体のことを決め終わった時、心底感嘆したというような口調で雪蓮が言った。

「それにしても一刀、まさかこんなに早く貴方と迷宮探索をする日が来るなんて、さすがの私の勘でも予測出来なかったわ」
「初対面の時の借りを返すには、まだまだ実力不足だけどな」
「ふふ、あの時は期待しないで待っていると言ったけど、今は期待して待っているわよ」
「ああ、楽しみにしていてくれ」

会話だけを聞いている分には、至って普通であった。
だが、一刀の視線は雪蓮の服からはみ出している乳に釘付けであった。
打ち合わせ中から今までずっとである。

一刀がハマっていた格闘ゲーム『死or生』。
その記念すべき1作目の、女キャラのありえないような乳揺れを彷彿とさせる雪蓮の胸に、一刀は夢中だったのだ。

(改めて見ると、本当に凄いな。リアルカ○ミをこの目で見られる日が来るなんて……)

自分が、流琉はもちろん季衣のことも、愛情的な意味で好きになり始めていると自覚していた一刀。
だが、それとこれとは別腹だったのであった。

そんな一刀の視線に、もちろん雪蓮は気が付いていた。
だが、一口に視線と言っても色々と種類がある。
一刀のそれは、雪蓮が嫌悪を抱くようなねっとりと厭らしい絡みつくような視線ではなかった。

一刀の眼差しはエロスというよりも、豊潤な大地を体現しているおっぱいに捧げる、感謝の祈りが込められていたのである。
自分の胸に、ショーウィンドゥの中のトランペットを見る少年のような、キラキラとした憧れの眼差しを向けてくる一刀に、むしろ好感を抱いた雪蓮。
その視線に対して特に指摘せず、わざと無防備なポーズをとっては、いい反応を示す一刀を面白がっていたのであった。



雪蓮のお陰で心が癒され、テレポーター設置クエストに向けて張り切る一刀。
班編成は、次の通りであった。

1班:蓮華、思春、流琉
2班:明命、亞莎、季衣
3班:穏、小蓮、一刀
美羽護衛班:雪蓮、冥琳、祭

1~3班までは4時間交代のローテーションであり、戦闘している班を美羽護衛班がフォローする。
そして美羽護衛班の中でもローテーションを行い、各自がそれぞれ休む。
つまり1~3班は班単位で全員が行動するが、美羽護衛班のみは常に誰かしらが休憩しているのである。
いささか美羽護衛班に負荷が掛かり過ぎる方針であったが、LV差がものをいうこの世界では、20人のLV1よりも1人のLV20の方が遥かに強いのである。
そのことを考えれば、妥当な編成であると言えよう。

「穏、小蓮、よろしく頼むな」
「はいぃ、こちらこそよろしくお願いしますぅ」
「……よろしく」

NAME:小蓮
LV:12
HP:140/140
MP:122/122

いつも通りボンヤリとした口調の穏と、言葉少なにボソボソと話す小蓮。
何を話し掛けても「ええ」とか「そう」としか反応を返さない小蓮に、無口な子だなぁ、と思う一刀なのであった。



≪-砂の加護-≫

穏の詠唱と共に一刀の足元を粒子が走り抜け、動きやすくなった一刀。
広場の隅にいたトカゲの頭を持つ獣人・リザードマンに狙いをつけて矢を放つと、一目散に小蓮と穏の元へと走った。
振り返ると、リザードマンの硬い鱗に覆われた右肩に矢が命中していたようで、鱗の千切れた肩から緑色の血を流し、怒りの叫びを上げながらこちらに迫って来る姿があった。

≪-土の鎧-≫

穏の呪文が今度は茶色の粒子となって一刀の体に纏わりつく。
一刀は穏に視線で感謝の意を示し、そのまま穏の背後に隠れた。

「もう、折角魔術を掛けてあげたのにぃ、なんで隠れちゃうんですかぁ。ちゃんと私を守って下さいよぉ」

そう文句を言いつつ、愛用の九節棍『紫燕』でリザードマンの槍を弾く穏。
そんな穏の抗議を聞き流し、一刀はリザードマンの背後に回った。
そこには打ち合わせ通りに既に小蓮がいて、両手に持った鉄輪をリザードマンの頭に叩きつけている所であった。

見事に命中したその攻撃であったが、リザードマンの返事は、煩わしそうに振るわれた槍の一閃であった。
すかさず小蓮とリザードマンの間に割り込み、一刀はダガーで槍の攻撃を防ごうとした。
敵とのLV差を穏の魔術が埋めたのか、吹き飛ばされてもおかしくなかったその1撃を受け止めきった一刀。
そのままじりじりと、それぞれの武器にお互いの力を込め合った。

そんな白熱した鍔迫り合いも、すぐに終わってしまった。
動きの止まったリザードマンの寿命は、5秒と持たなかったのである。
背後からの穏の1撃で頭骸骨を陥没させられたリザードマンは、そのまま塵になって消えたのであった。



NAME:リザードマン
NAME:ワーウルフ
NAME:ハイオーク
NAME:キラービー
NAME:オーク
NAME:マッドリザード

これがBF11のテレポーター設置場所に辿り着くまでに一刀が見たモンスターである。
特にこの階から登場したリザードマン、ワーウルフ、ハイオークは、LV9の一刀には手強かった。
穏は精神力温存のため、先日見せたような固有スペルを使用せずにコモンスペルのみで援護してくれていたが、それでもその魔術のお陰で一刀はBF11の敵とも互角以上に戦えたのであった。



これは美味しい、と一刀は思った。
大したことをしていない今の戦闘だけで、70ものEXPを得られたのである。
普段の季衣達とのLV上げでは、多くても1時間で10匹のモンスターと戦うのが精いっぱいの一刀。
だが、多少のことは穏や美羽護衛隊がいればなんとかなると、ガンガンと敵を釣っていった。

「……ねぇ、あの子、戦闘中なのに他の奴にちょっかいをかけに行くわね」
「無茶苦茶だな。穏も気の毒に……」

雪蓮と冥琳がこんな会話を交わすくらい、一刀は張り切った。
尤も彼女達も、攻守共に穏に押しつける一刀のやり方を見て、一刀は決して無茶をしているのではなく、全て計算ずくでやっていることがわかったのだろう。
穏なら特に問題ないかとその行動を止めることもなかった。
そして一刀は、自分達の持ち時間である4時間が終わる頃には、とっくにLV10へと上がっていたのであった。

「す、すっごく疲れましたぁ。一刀さんはぁ、いつもこんなやり方をしてるんですかぁ?」
「し、死んじゃう……」

なにせ4時間中ほとんど休みなく、戦っても戦っても次の敵がやって来るのである。
何度となく一刀を制したのだが、EXPが美味しいことに気をよくした一刀はやる気に充ち溢れており、暫く経つと元のペースに戻ってしまっていた。

強制的に連戦を強いられた穏と小蓮。
いくらLV差があるとはいえ、さすがの穏も疲労を隠せなかった。
固有スペルを使わず、しかも『活力の泉』を絶えず自分に掛けていても途中で精神力が尽きて、魔術を使えなくなった程である。
ずっと一刀に守られていて攻撃一辺倒だった小蓮も、疲れ具合は同じであった。

敵を釣ったり小蓮を守ったりと、4時間中ほとんど走りっぱなしだった一刀。
自身の疲労に鈍い一刀でも、戦闘の昂揚感が消えると、さすがに立っていられないくらいに疲れきっていた。
命の危険がまったくないと言っても過言ではないくらいの穏のLVの高さと、いざという時は雪蓮や冥琳がいてくれるという安心感から、ちょっとやりすぎてしまった一刀なのであった。

「あー、その、ごめん。つい調子に乗っちゃって……。穏だったらこの階層なら、なにをされても絶対に大丈夫だと……」
「確かにここでならぁ、さっきくらいの無茶されても平気ですけどぉ、私だって女の子なんですよぉ。あんなに一杯戦わせてぇ、乙女の柔肌に傷でもついたらどうするんですかぁ」
「えっと、『傷薬』をプレゼントする、よ?」
「小蓮ちゃんのことはぁ、ちゃんと守ってあげてる癖にぃ、酷いですぅ、幼女差別ですぅ!」
「いやいや、穏の方が俺より全然強いじゃないか……」

「シャオは、貴方に守られなきゃいけないほど、弱くない!」
「え? 小蓮?」

それまで黙って息を整えていた小蓮が、いきなり一刀を怒鳴りつけた。
そして戸惑う一刀をよそに、そのまま待機場所へと戻って行ってしまったのであった。



8時間の休憩中は、しっかりと休んで次の戦闘に備えなくてはならない。
穏の様な魔術師はもちろんだが、一刀だってMPはないものの、精神的な疲労は眠らなくては回復しない。
だが、一刀は先ほどの小蓮の様子が気になって、寝つくことが出来なかった。

「……ねぇ、起きてる?」

小蓮も先ほどの自分の態度を気にして、眠れなかったのであろう。
一刀が寝ていないとわかると、話しかけてきた。

「ああ、起きてるよ。さっきはなんか、気に障るようなことを言っちゃって、ごめんな」
「ぷっ、なんで先に謝っちゃうの。シャオが謝ろうと思ってたのにぃ」
「ん? なんだ、その話し方が素なのか? うん、そっちの方が小蓮の雰囲気に合ってるぞ」

一刀の言葉にそれまでの緊張が解けたのか、今まで単語でしか話さなかった小蓮が、歳相応のくだけた口調になっていた。
そのことを嬉しく思っていた一刀に、おずおずと小蓮が自分の気持ちを打ち明けた。

「……ねぇ、シャオの話、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「シャオ、さっきの戦闘でも、あんまりモンスターを倒せなかったでしょ」
「まぁ、大体は穏が倒してたからなぁ」
「あのね、雪蓮お姉ちゃんはすっごく強いんだよ。蓮華お姉ちゃんも強いの。でも、妹のシャオだけがみそっかすなんだ。迷宮探索してても、いつも皆の足手纏いなの……」

ただでさえ弱い自分が普段のしゃべり方をしていたら、ますます弱く見られてしまう。
自分が侮られたら、雪蓮のクラン自体が軽くみられてしまう。
小蓮は自分なりに皆の足を引っ張るまいと、出来るだけ口数を減らしていたのだそうだ。

「だから、さっきも『守られる』って言葉を過剰に意識しちゃって……。一刀、あ、一刀って呼ぶね。一刀もシャオって呼んで」
「ああ」
「一刀、戦闘中ずっとシャオを守ってくれて、ありがと。それなのにシャオ、一刀のこと怒鳴っちゃって、ホントにごめんね」
「そんなの、全然いいよ。俺は気にしてないから」
「そっか、良かった。許してくれてありがと。さてと、そろそろ寝なきゃね」
「そうだな。俺もシャオと話せて良かったよ。次の戦闘でも頑張ろうな」
「またあんなペースだと、シャオ死んじゃうよ。次はもう少し手加減して欲しいな」
「……その件に関しましては。前向きに検討して善処する覚悟を固めようと対処しつつある次第です」
「あはは、なにそれー」

唯一の気がかりであった小蓮との関係も改善され、順風満帆の一刀。
さて寝るかと思ったところで、何気なくずっと思っていた疑問を小蓮に問いかけた。

「ところでシャオは、なんで魔術を使わないんだ?」
「え? シャオ、魔術なんて使えないよ?」

そんなわけはない。
なぜなら、小蓮にはMPがあるからだ。
と、そこまで考えた一刀は、魔術に関する冥琳の説明を思い出した。

(そうか、自分で修行するか、他の魔術師に魔力を起こされるかしないと、魔術は使えないんだっけ)

「シャオは、華琳の『吸魔』を受けたことはないのか?」
「うん。だってうちのクランには3人も魔術師がいるもん。もしシャオが魔力を持ってたら、誰かしらに反応してるはずだし」

魔力の相性が合う人はどのくらいの確率でいるのか、一刀にはわからない。
だが小蓮がMPを持っている以上、他の3人とは魔力の質が合っていなかった可能性が高い。
璃々の例でわかる通り、魔術師はLVが上がると新たな呪文が脳裏に浮かんでくるはずであるが、それもおそらく魔力が起きている状態でないといけないのであろう。
もしそうでなければ、LV12の小蓮はとっくに新たな呪文を得ているはずであり、そのことによって自分に魔力があることに気づいてなければおかしいからである。

「シャオ、いいか、よく聞くんだ。シャオには魔術師としての素質がある、絶対。少なくとも一度華琳の『吸魔』を受けてみるべきだ。雪蓮と相談してみたらいい」
「それホント? シャオを慰めようと、嘘をついてるんでしょ。だって一刀にそんなこと、わかるわけないもん!」
「わかるさ! シャオには才能がある。自分を信じるんだ!」
「……ダメだよ、一刀。シャオ、みそっかすなんだもん」
「そんなことない! 自分が信じられなきゃ、俺を信じろ! 間違いなくシャオは優秀な魔術師で、素晴らしい才能を秘めた探索者なんだ!」
「なんで一刀にそんなことがわかるの?」

自分の能力を打ち明けるべきか、秘するべきか。
一刀は東○大学物語の主人公のようにコンマ何秒かで単行本の数十ページ分も悩み、そして決断した。

「そ、それは、俺が『幼女ブリーダー』だからだ!」

自身のステータス欄にある『称号』、その存在を無視していた一刀だったが、とうとう自ら『幼女ブリーダー』であることを認めてしまったのであった。

(ふむ、この依頼が終わったら、華琳に『吸魔』を頼んでみるか。それにしても、もし本当に小蓮に魔力があったなら……。一刀は幼女を育てる才能だけではなく、幼女の秘めた能力まで見抜く力があることになる。そうなれば最早一刀は『幼女ブリーダー』どころではない……)

小蓮との会話を冥琳に聞かれていたことに、一刀は未だ気づいていなかったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:10
HP:136/136
MP:0/0
WG:100/100
EXP:757/2750
称号:○○○○○○○○

STR:12
DEX:15
VIT:12
AGI:14
INT:13
MND:9
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:54
近接命中率:40
遠隔攻撃力:68
遠隔命中率:40(+3)
物理防御力:41
物理回避力:40

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/19 15:52
それはテレポーター設置クエストが始まって一昼夜が過ぎた頃、丁度一刀達3班が2度目の順番を終えようとした時だった。
突如として美羽が呻き出したのである。


「くぅ、うぅ、な、七乃、来たのじゃ、七乃ぉ……」
「あぁん美羽様、苦しんでる姿も素敵ですぅ! がんばれ、美羽様ぁ!」

(ああ、蜂蜜の食べ過ぎか……)

一刀がそう思ったのも、無理はない。
なにせ美羽は、この場所に着いてからひたすら蜂蜜を摂取していたのだから。

蜂蜜たっぷりの白パン。
蜂蜜たっぷりの果物。
蜂蜜たっぷりの蜜水。

それらを一日中食べ続け、飲み続けた美羽。
服の上からもわかるくらいに、下腹がぽっこりと膨らんでいた。

(トイレ、どうすんだろ……)

まさか美羽の用足しの後始末も自分達の仕事なのか、と不安に思う一刀。
だが美羽達の次の行動は、一刀の予測を超えていた。
なんと、七乃が美羽の服を脱がせ始めたのだ。

(まさか彼女は、全裸でないと排泄出来ないタイプなのか?!)

都市伝説だとばかり思っていた排便スタイルを目の当たりにした一刀。
すっかり目を逸らすことも忘れて、全裸で踏ん張る美羽を凝視していた。

だがすぐに一刀は、それらが全て自分の勘違いだったことに気がついた。
力み過ぎて汗ばんでいるのかと思った美羽だったが、その汗が奇妙だったのである。

汗にしてはポタポタと垂れないし、なにやら黄金色に輝いているのだ。
どちらかといえばネバネバという擬音が相応しい美羽の汗は、いつしか美羽の毛穴という毛穴から吹き出し、美羽の足元にネチャネチャと溜まっていった。
そして、その汗自体が自らの意思を持っているかのように、ネトネトと動き出した。

やがてその汗は、一刀もよく見慣れたテレポーターへと変化していったのである。



「ふぅ、見よ七乃、この完成度! 妾を一杯褒めるのじゃ!」
「さすが美羽様、グッドジョブですっ! よ、この蜂蜜姫! ネバネバ姫! 可愛いぞっ!」
「わはは、そうじゃろそうじゃろ。……むぅ、それよりも妾は、早く消費した分の蜂蜜を補給したいのじゃ! 七乃、さっさと帰るのじゃ」
「はいはーい! それじゃ雪蓮さん。このテレポーターから人と資材を順次送りますので、後はいつも通りでお願いしますねー」
「わかったわ。お疲れ様」

作りたてのテレポーターから帰還する七乃と美羽を見送った雪蓮は、一刀に話しかけた。

「後は小屋が完成するまで、ここを守り切るだけだわ。さて、それじゃ班編成を変更するわよ」
「打ち合わせ通り、4班制にすれば問題ないよな?」
「どの口がそんなことを言ってるんだか……」

呆れたように一刀に言葉を返す雪蓮。

初回で穏や小蓮に怒られたにも拘らず、今回の順番でも一刀はかなりの無茶をしてしまったのだ。
最初は自制しようとした一刀だったが、LV10に上がってもEXPが30前後貰え、しかも命の危険がほとんどないという条件は、どちらかと言えば効率厨ゲーマーな一刀にとって、どうしても見逃すことの出来ない美味しさだったのである。

打ち合わせでは雪蓮、冥琳、祭、穏がそれぞれ班を率いて、6時間交代にするつもりだったため、穏の率いる3班の編成は変更しない予定であった。
だが、今までフォローしてくれていた雪蓮達もいなくなる上に、2時間の延長となる。
下手に無茶をされると、いくら穏でも1人では対処し切れない可能性があると雪蓮は考えていたのだ。
一刀の人柄も実力もそれなりに買っていた雪蓮であったが、可愛い妹である小蓮の命を無条件に預けられる程にはまだ信頼していなかった。

「貴方達のパーティと私で1班にするわよ。貴方は自分が面倒を見なきゃいけない存在がいないと、すぐに無茶をして早死にしそうなタイプに見えるしね。あの子達に貴方のストッパーになって貰わないと不安だわ」
「……いや、本当にスマン」
「まぁ、私なら穏より体力もあるし、多少の無茶は平気よ。1班だけ2人編成になるけど、冥琳と蓮華にすれば問題ないでしょ」
「よろしく頼むよ、雪蓮」
「ふふ、貴方の戦いぶりを間近で見せて貰うわ、一刀」



オークの上位種族・ハイオークは、一刀が射た矢を杖で弾いた。
そして逃げる一刀の背中に向け、お返しとばかりに魔術の矢を放った。
ハイオークが杖を装備していた時点で、魔術を使ってくるとわかっていた一刀。
頃合いを見計らい、全身を投げ出すようにして地に伏せた。

そのタイミングは、早すぎてもダメだし遅すぎてもダメである。
さんざん連戦してこの階層の敵の習性を大体把握していた一刀であればこそ見抜けた絶妙のタイミングがあってこその回避方法であり、その狙い通りに背中すれすれに魔術の矢が通り過ぎた。
素早く起き上がり、更に逃げる一刀。
それを追いかけながら、更なる詠唱を紡ごうとするハイオークの口に、2種類の鈍器が叩きつけられた。
飛び出してきた季衣と流琉の攻撃である。

一刀から2人にターゲットを移したハイオークだったが、その生涯最後の戦いを、彼はずっと3対1だと思っていたはずである。
なぜなら、ハイオークがいつの間にか背後に回り込んでいた雪蓮と目が合った時、その首から下は切り離され、既に地に倒れ伏していたからであった。

「ふぅ、魔術系モンスターが、やっぱり一番辛いなぁ」
「でも作戦は上手くいきましたね。兄様が引き付け、私達が囮をして雪蓮様が不意打ち。前の戦いで、いつも通りに兄様が拠点に引っ張って来るのを待っていたら、敵が離れた所からずっと魔術で攻撃してきた時にはどうしようかと思いました」
「近づいて来ないなんて、ずるっこだよねー」
「それよりも3人共、さっさとテレポーター前に戻るわよ。守るべきテレポーターからいつまでも離れているわけにはいなかいんだから」
「ああ、このドロップアイテムを拾ったら、すぐに行くよ」
「あら、聞いてなかったの? この依頼中は消耗品が支給される代わりに、ドロップ品は全てギルドの物なのよ。拾ったって無意味だわ」
「なんだって?! ……どおりで七乃の気前が良過ぎると思ったんだ」
「たぶん私達のクランに対するギルドの嫌がらせよ。巻き込んじゃって悪かったわね」

雪蓮の意味深な言葉。
だがその言葉は、アイテム品没収のショックを受けている一刀の耳には入らなかった。

「……それでも俺は拾うんだ! 世界に輝けMOTTAINAI!」
「そ、そう。まぁ、頑張って……」

一刀の傍からそそくさと離れる雪蓮。
今の会話をなかったことにしたかったようで、今度は流琉へと話し掛けた。

「ところで流琉、私のことは雪蓮でいいわよ」
「いえ、そんな」
「様付けなんて、私悲しいわ」
「え、え、えーと、それじゃ、雪蓮さんで」

などと微笑ましい会話をしている彼女達の声を聞きながら、ハイオークの落としたドロップアイテムを拾う一刀。
それは、桃香と出会うきっかけになった、短剣を模した青銅の飾りであった。
この階から出現する敵のドロップ品は、雪蓮によると大体2、3貫で売却出来るアイテムだそうなのだがこれだけは500銭でしか売れず、他と比べてかなり見劣りがする。
しかも、他のアイテムは出す敵が決まっているのに対して、この飾りだけはこの階から出現するどのモンスターからでもドロップするのだ。
時には他のアイテムと同時に出現することもあり、必然的に飾りの取得率は高いものになる。

そんなに飾りが大量にあっても仕方ないだろうに、なぜギルドショップは買い取りをしてくれるのか。
雪蓮曰く、ギルドショップで買い取られたそれらは町の廃材屋で溶かされ、良質のブロンズインゴッドへと姿を変えていくのだそうだ。
そしてそのインゴッドで作られたブロンズシリーズは、一刀が以前使っていた本当にブロンズかどうかも怪しげな凡百の品物ではなく、ハイクオリティな商品として一般品の数倍で売られているのである。
それにしても、妙に不思議な感じのするアイテムであった。

(絶対になんかあると思うんだけどなぁ……)

手に持った飾りをいじりながら、雪蓮達に合流する一刀なのであった。



LVの低い季衣達がいるため、多少ゆっくり目のペースで狩りを続けていた一刀達。
それでもBF11という階層であるため、一刀はLV11になり、そして季衣達はLV9を通り越してLV10まで上がっていた。

改めてパワーレベリングの凄さを実感する一刀。
だが、敵の攻撃をほとんど雪蓮に押し付けていたとはいえ、一刀達のLVが低いために、たまに貰う1撃のダメージは大きい。
魔術師のいないこのパーティではHP回復手段はアイテムに頼るしかなく、甘ったるい『回復薬2』を飲む量が増えていたのであった。

『回復薬』ではHPが30しか回復せず、一刀達はLV8位の頃から1個200銭の『回復薬2』を使用していた。
自分のHP回復をギリギリまで我慢して回復量を確認した結果、10倍の値段の割にはHPが70しか回復しないことが判明して、ぼったくりだと思った一刀。
だが、特にダメージを受けやすい一刀と流琉にとって、時として連続で飲まなければHPが全快しない『回復薬』は辛かった。
泣く泣く高い金を払って、薬を『回復薬2』に切り替えたのであった。

その『回復薬2』を使用しているにも関わらず、飲む量が多過ぎてお腹がタプタプになっていた一刀と流琉。
自分はともかく、また流琉に脱水症状で倒れられては堪らないと考えた一刀は、ふと手に持っていた短剣の飾りの使い方に思い当たった。

(そういえば、今まで『回復薬』がドロップしたのなんか、見たことがない……。もしかして、こいつが回復アイテムなんじゃないか?)

テレポーターがなくなるこの階層からドロップし出すこと。
そして、その取得率が高いこと。
探索者の中で魔術師の数が圧倒的に少ないこと。

ゲームバランス的に考えて、敵のドロップに回復系のアイテムが混ざっていても不思議ではない。
一刀は、物は試しと自分の腕に短剣の飾りを突き立てたのであった。



「あぐぅ!」

斧を振るうワーウルフの膂力に押し負け、受け止めた『葉々』ごと弾き飛ばされた流琉。
そんな流琉を受け止めて、追撃しようとするワーウルフの鼻面にダガーを突き出す一刀だったが、その攻撃はなんと、その鋭い牙によって止められてしまった。

武器の自由を奪われた一刀に、ワーウルフの斧が襲い掛かる。
とっさにダガーを手放してしゃがみ込み、その攻撃を回避した一刀であったが、一度崩れた態勢は簡単には戻せない。
2度、3度と振るわれる斧に対し、そのまま這いずり転がって避ける一刀。
無手の一刀は無力であり、もう数瞬もすればその身に斧の刃が喰い込むことは間違いなかったであろう。
しかし、一刀は1人で戦っているわけではない。

「このぉ! 兄ちゃんに何するんだー!」

季衣が『反魔』を投げつけ、ワーウルフがそれに気を取られた隙に立ち上がる一刀。
相変わらず無手なのは変わりないが、それでも一刀は迷うことなく今度はワーウルフに足払いを仕掛けた。

仮に格闘スキルというものがあるならば、一刀は熟練度が0に近い値なのだろう。
筋肉の塊のようなワーウルフの足をよろめかせることも出来ず、一刀は逆に跳ね飛ばされてしまった。
だが、一刀の狙いはダメージを与えることではなく、注意を引くことであった。

ワンパターンとは、確立された手段であるからこその定石なのである。
完全に一刀達に気を取られていたワーウルフは、背後からの雪蓮の1撃に為す術もなく、唐竹割りに頭から両断されたのであった。



「あん、兄様! なにするんですか!」

流琉の反応は、当然のことであった。
なにしろ、もう何十本目になるかわからない『回復薬2』を嫌そうに手に持っていた流琉に、一刀が突然アイテムの短剣飾りを突き立ててきたのだから。
いくら短剣を模した飾りだとはいえ、突き立てれば怪我をするくらいにはその切っ先は鋭かった。

「ちょっと兄ちゃん! 冗談でもやっていいことと、いけないことがあるんだよ!」
「うぅ、兄様、酷いです。痛ぁ……く、ない?!」
「それどころか、受けたダメージが回復しただろ? さっきこのことに気づいたんだよ。それで、ちょっと驚かそうと思ってな。ゴメンゴメン」

一刀が確認したところ、どうやら『回復薬2』と同じ効果があるようだった。
そして特筆すべきは、消耗品アイテムではあるのだが、複数回使用出来ることである。
2つほど試してみたところ、5回目と8回目でそれぞれ消失してしまったことから、ランダムで壊れるタイプのアイテムであるらしい。

「これで『回復薬2』をガブ飲みしなくても済むな。尤も、こいつはギルドショップで販売してないらしいから、ドロップ品を集める必要があるけど」
「う、嬉しいです! 最近体臭が乳酸菌っぽくなってきてて、乙女としてこれってどうなのって悩んでたんですよ」
「うん? どれどれ?」
「きゃ、兄様、今はダメですよ。汗を一杯かいちゃってて、汚いし……」
「流琉ばっかりずるいよ、兄ちゃん! ボクもボクもー!」

などと戯れている一刀達と、なにやら真剣に考え込んでいる雪蓮。
やがて自分の中で整理がついたのであろう、突然雪蓮は一刀に向かって頭を下げた。

「一刀、頼みがあるの。このアイテムのことは誰にも言わないで欲しいのよ。そして出来れば、しばらくは使用も控えて欲しいわ」
「他ならぬ雪蓮の頼みだし、OKしてもいいんだけど……。理由は教えてくれるのか?」
「もちろんよ。長い話になるけど、貴方には私達の事情も含めて全てを知って貰いたいし」
「それじゃ、後ちょっとで交替の時間だし、話はその時にするか」



漢帝国が大軍を率いて迷宮制覇に乗り出した時、その軍の将の1人が雪蓮の母であった。
パーティにとっては十分なスペースのある迷宮も、数万を超す大軍にとっては狭くて身動きの取れない死地となる。
迷宮探索は序盤から困難の連続であった。

序盤戦の反省から、部隊を何千かに小分けして順次迷宮に送り込むことにより、行動の自由をようやく確保した漢帝国軍。
だがそれでも地下に行くほどに敵は強くなり、途中からはトラップが出現したこともあり、1部隊、また1部隊と漢帝国軍はその数を減らしていった。

「特にBF16以降は、驚くほど敵が強くなるの。ずっと疑問視されてきたのだけど、華琳ちゃんのお陰でその謎が解けたのよ、約1年前に」
「1年前……。ああ、祭壇はBF15にあったってことか。BF16以降は加護を受けていることが前提の敵の強さだったんだな」
「その通りよ。BF15にあった祭壇へ続く扉自体は、華琳ちゃんが発見する以前からその存在を認識されていたわ。『帰らずの扉』としてね」

一度入ったら二度と出られない、という意味である。
太祖神の宣託に『扉を開けよ』という言葉があったことから、漢帝国軍はもちろん、探索者達も次々に扉の中に入っていったのだが、帰ってきた者は誰もいなかった。
そして、いつしかその扉の存在は無視され、BF16以降へと迷宮探索が進められるようになっていたのである。
華琳達が初めての帰還者となるまでは。

「あれ? ちょっと待ってくれ。ということは、BF15の祭壇を無視してもBF16にはいけるのか?」
「そうよ」

それはゲームとしてどうなんだと思う一刀。
そんな一刀に構わず、雪蓮は話を続けた。

「これは話の本筋から外れるけど、いい機会だから教えておくわ。『帰らずの扉』は『試練の部屋』に繋がっていて、奥に『祭壇の間』へと続く扉があるの。そしてその扉を、あるモンスターが守っているわ。一度祭壇に立った者は二度と『試練の部屋』には入れない。どういう仕組みなのか、『帰らずの扉』から直接『祭壇の間』に繋がってしまうのよ。そして『試練の部屋』に一度入ってしまうと、そこのモンスターを倒さない限り『帰らずの扉』は開かない」
「つまりそのモンスターとは加護を受けていない探索者だけしか戦えないし、戦い始めたら逃げられないってことか」
「そう、しかも戦うメンバーは一度で入らないといけないのよ。一度閉まった扉をすぐに開けて入っても前に入ったメンバーとは合流出来ないし、それぞれが別のモンスターと戦うことになってしまうの。つまり同じ扉から入っているはずなのに、『試練の部屋』はその時々によって変わるし、倒すべきモンスターすら違うのよ」
「うわ、それじゃ敵の傾向もわからないし対策も練ることが出来ないのか。それは厳しいな。ちなみに雪蓮の時は、どんなモンスターだったんだ?」
「火を吐く巨大な鳥だったわ。私、冥琳、祭、穏と、全然戦いもしなかった七乃と美羽の6人で入ったんだけど、お陰で大苦戦よ」
「それは……お気の毒に……」

仮に華琳より前に大神官が扉に入っていたとしたら、祭壇の発見という栄光は彼が受け取っていたであろう。
だが彼は『帰らずの扉』とBF16へ続く階段を見比べ、俺のゴッドウェイドーで迷宮に潜むモンスター達の心の闇を治療してやる、と迷わずBF16への階段を選択したのであった。
ところで、ソロで地下深くまで潜っていた彼は、休息や睡眠を必要としなかったのであろうか。

「ゴッドウェイドーなのよ……」
「ゴッドウェイドーなのか……」



BF16以降で大苦戦を強いられた漢帝国軍。
だが、それでも数の利は軍にあった。
兵の大半を犠牲にしながらも、遂に漢帝国軍はBF30まで辿り着いた。
そして、その後に彼等を見た者はいなかったのであった。

「唯一、BF30の扉で引き返すことを主張した母の率いた部隊を除いてね」
「それで、お母さんは?」
「……隊の幹部達と一緒に敵前逃亡の罪で処刑されたわ。でも、数万の大軍を失った責任は、母や幹部達の命だけでは購えなかった。母の子である私達にも罪が及んだわ。母の汚名を晴らせと、強制的に探索者にさせられたのよ。処刑の代わりにと、探索者ギルド預かりの身分になってね。将軍の娘ということで一応身分は奴隷じゃないけど、同じようなものだわ」

迷宮を制覇するまで、ギルドで飼い殺しの立場となった雪蓮達。
それどころか、例え迷宮を制覇しても今のままでは用済みとして処分されかねない。

雪蓮の母に恩のある祭達も、一蓮托生の思いで雪蓮とクランを組んでいた。
そんな雪蓮にとって唯一の救いは、欲深い漢帝国の皇帝が決めた律法である。

金儲けという、皇帝にあるまじき趣味の持ち主である皇帝は、官職を金銭で買えるシステムを作り出したのだ。
洛陽の自治権を買い取った麗羽の例も、その延長上にある。

「そして、罪すらも金銭で購えるのよ。お金さえ払えば、飼い殺しの身分から脱却出来るの」
「聞くのが怖いけど……いくらなんだ?」
「クランごとギルドから抜けるのに、10万貫」

一刀が800貫、季衣と流琉もそれぞれ3000貫で己の身を買い戻せる自分達とは、3ケタも違うその金額。
その絶望的な金額を目の前にしても諦めない雪蓮に、一刀は尊敬の念を覚えた。

「つまり、私達は出来る限りお金を稼ぎたいの。ここでようやく、話がさっきの短剣に繋がるのよ」
「ここまでの話で理解したよ。今のうちに町で販売されている分やギルドショップに持ち込まれようとしている分を買い占めておいて、効果を公表して値上がりと共に捌くってことだろ?」
「そうよ。青銅のものなら、評価額は多分5貫前後は行くわね。今は1個1貫だから、大体投資額の5倍になって戻ってくるわ。そして重要なのが、同じような飾りで黄銅の物があるということよ。これはもっと下の階でドロップするんだけど、おそらく上位の体力回復か、もしくは精神力の回復、つまり『秘薬』と同じ効果だと思われるわ。それも今の評価額は1貫なんだけど、そっちはうまくいけば10貫になるか20貫になるか……」

「……俺の知らなかった黄銅の物の存在を教えてくれたのが、雪蓮の誠意ってことか?」
「そうよ。正直に言えば、純利益の何割かを一刀に渡すべきだと思ってる。でも私達が数年を掛けて、1万貫を貯めるのがやっとだったの。ギルドの邪魔も、だんだんと酷くなってきているわ。このチャンスをモノにしないと、私達に浮かび上がる芽はないと思う。ギリギリの勝負になるかもしれない。だから、申し訳ないけど利益配分の約束は出来ない。もちろん10万貫を超えた分は、全て渡すと約束するわ。我ながら勝手な言い草だと思うけど、それで手を打って欲しいのよ」
「否も応もないよ。俺はただ、短剣の効果を発見しただけだ。それで転売を思いついたのは雪蓮だし、買い占める資金があるのも雪蓮なんだ。俺になにひとつ遠慮することなんてない。それに俺達じゃ、外に出られないから買いにすらいけないしな。雪蓮は、こうやって全てを話すことで誠意を見せてくれたし、俺達の恩人でもある。俺達にはこのことを内緒にしておくこと位しか出来ないけど、雪蓮達の作戦がうまくいくように祈ってるよ」

LVを上げていれば、そのうち自分達の身を買い戻せるだろうと漠然と考えていた一刀。
自分も雪蓮を見習って、ちゃんとした方針を立てなければと思った一刀なのであった。



「かーっずと! ドーン!」

雪蓮の部屋から出ようとした一刀に、交通事故のような衝撃が襲い掛かってきた。
一刀が出会った時とは、似ても似つかないほど明るくなった小蓮の仕業であった。

「ぐあっ! 痛ててて、またずいぶんとご機嫌だな。どうしたんだ?」
「お姉ちゃんに言いに来たの! シャオ、魔術が使えるんだよ! 一刀の言う通りだったの!」

興奮し過ぎて文脈のおかしい小蓮の言葉を、一緒に入ってきた冥琳がフォローした。

「一刀が、小蓮には魔力があると言い出してな。ダメで元々だと思って華琳に『吸魔』を掛けて貰いに行ったんだが、一刀の見抜いた通り『吸魔』が小蓮に反応したんだ」
「え?! 凄いじゃないシャオ! 一刀、なんで分かったのよ?」
「当然だよお姉ちゃん、一刀は『幼女ブリーダー』なんだもん!」
「いや、その呼び方は正しくない。幼女の全てを解析出来る一刀は、『幼女アナライザー』と呼ぶのが相応しいだろう」
「……凄い異名ね、それ。一刀は巨乳に弱いと思ってたんだけど、勘違いだったのかしら」
「恐らくは、自分の弱点を克服しようと思って、我々の胸を凝視していたのだろう。一種の修行だったんだ。きっと幼女のことであれば修行なんて必要なしに、なんでもわかるのだろう」
「いやーん、一刀ってばもしかして、シャオのスリーサイズとかも一目でわかっちゃうの?」
「うむ、『幼女アナライザー』一刀であれば、そんなことは朝飯前だ」

その余りの展開に、まったくついていけなかった一刀。
特に好き勝手なことを言っている冥琳が、最も性質が悪かった。

(スリーサイズは、誰が見てもペタンストンツルンだろう……)

一刀は、姦しい3人の様子を呆然と眺めることしか出来なかったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:11
HP:150/150
MP:0/0
WG:100/100
EXP:1562/3000
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:10
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:57
近接命中率:44
遠隔攻撃力:71
遠隔命中率:43(+3)
物理防御力:42
物理回避力:43

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/20 18:53
冥琳達の好き勝手な言葉に、若干理不尽なものを感じつつ雪蓮の部屋から出た一刀。
季衣達の部屋に帰る途中、一刀は青銅の飾りのことを考えていた。

(あの時、流琉を驚かすために使わなければ、俺もそのうち転売とか思いついたかもなぁ)

青銅の飾りをあの場で流琉に使用しなければ、雪蓮がその性能に気づくこともなかった。
そうすれば加護を得た後にでも、青銅の飾りにエンチャントする能力を得た、などと言って専売出来る可能性もあったかもしれない。
付与材料にするからと言えば、ギルドと提携して青銅や黄銅の飾りを集めることも出来ただろう。
尤も、誰か1人でもドロップした飾りをそのまま使用すればバレてしまう、という砂上の楼閣のような脆さが欠点ではあったが。

では、雪蓮に利益配分の権利を強硬に主張するべきだったのかと言えば、それもなにか違うんじゃないかと一刀は感じていた。
そもそも雪蓮は、一刀に正直に転売のことを話さなくても良かったのである。
剣奴である一刀には大した伝手もないのだし、一刀が意識して言い触らしでもしない限り、急速に飾りの効果が広まることはないであろう。

仮に一刀がその情報を七乃に売ることを思いついたとしても、そこにはタイムラグが必ず発生する。
渡してしまえば終わりである情報である以上、渡し方も考えなければならないし、渡された方だって効能を確認する作業が必要だからである。
そのタイムラグが、買占めを行う時にどれほど有利になるかは言うまでもないであろう。

つまり雪蓮は、一刀になにも告げずに飾りを集めることも出来たのだ。
そうすることによって不利益が発生するかもしれない可能性よりも、一刀に全てを打ち明けて協力を求めることによって不利益が発生する可能性の方が、どう考えても高い。
現にお人よしの一刀ですら、ちょっと損したかも、などと考えてしまうくらいなのである。

それにも関わらず一刀に誠意を見せた雪蓮に対し、どの面を下げて儲かった分の利益をこちらにも寄こせなどと言えるのか。
しかもギルドに拘束されている一刀は、その作戦に対して金も労力も出せないのである。

確かに一刀が発見に対する見返りをしつこく求めたならば、雪蓮も金を支払ってくれたかもしれない。
だが一刀は、自分や季衣達を何度も助けてくれた雪蓮達に、恩を仇で返すような真似だけは絶対にしたくなかったし、まるでタカリのような情けない真似も出来ればしたくなかった。
美人の前では恰好をつけたいお年頃であったのだ。

(うん、あれで良かったんだよな。雪蓮も嬉しそうだったし……)

このことを知らないまま500銭でギルドショップに売り払っていた可能性もあったのだから、結果としては悪くない。
とりあえず値上がりに備えて、今後取得するであろう青銅の飾りは売らずにキープしておこう、と一刀は飾りの売値が上がるのを楽しみに待つことにしたのであった。

決して計算ずくではなかったが、損して得取れという格言の通り、雪蓮との関係が非常に良好となったことは、一刀にとって計り知れない利益があった。

元々悪くなかった祭や穏、冥琳はもちろん、蓮華以下の面々ともかなり親しくなれたのである。
恐らく雪蓮がクラン員達に一刀をべた褒めした効果なのであろう。
特に蓮華などは、妹の才能を開花させてくれた恩を感じていたせいもあり、一刀とすれ違うたびに微笑を浮かべてくれるようになった。

(連華ってキツそうなイメージだったけど、微笑むと柔らかい雰囲気になるんだなぁ)

一刀も釣られて微笑を浮かべるのだが、傍目には連華の露わになっている下乳に見惚れてにやけているようにしか見えなかった。
そのことがきっかけで季衣や流琉がバストアップ体操を始めるようになるのだが、その成果が出る日は果たして訪れるのであろうか。

当たりの柔らかくなった連華だけではなく、小蓮も更に一刀に懐くようになった。
元気で可愛い妹みたいな存在が出来て、一刀は嬉しかった。

(お金で買えない価値がある……)

どこぞのCMの様なことを考えてしまった一刀なのであった。



BF11での仕事は、テレポーターの警備だけではない。
小屋を建てている人達の警護もそうだし、小屋が完成した後にその警備につく剣奴達がBF11に慣れるまで、フォローをするのも仕事のうちであった。
だがさすがにこの階層に配属される剣奴達は、それこそテレポーターが設置される以前からギルドに所有されていたような歴戦の兵が多く、一刀と同じくらいLVが高かった。
やる気こそない彼等であったが、BF10でゴブリンの放つ魔法にも慣れていた彼等には、一刀のフォローなどまったく必要なかったのであった。

(これだけの実力があって、なんで未だに剣奴に甘んじてるんだろ?)

後ちょっと頑張ってLV上げすれば加護だって得られるだろうし、BF11をソロで戦えるようになれば、ドロップアイテムだってそこそこ美味しい。
1日5匹で1個のアイテムだとしても、1ヶ月で30個集めれば90貫なのである。
1, 2年も頑張れば、その身を買い戻すことも出来るであろう。

(LVの概念がないからか? いや、でもLVが2,3上がれば強くった実感くらい沸くだろうし……)

不思議に思う一刀だったが、その謎はもうすぐ解けることになる。
一刀自身に降りかかってきた、とある問題によって。



剣奴達に気を配りながら、狩りをする一刀達。
頭上から襲い掛かってくるため、剣奴達が気づきにくいキラービーにターゲットを合わせた一刀の視界に、黄色いポインターが現れた。

(おぉ、やっと射撃のスキルが!)

戦闘中に多用するダガーと違って、最初の釣りの時にしか使用しないボウガン。
そのため、ダガーよりもだいぶ熟練度が低かったボウガンであったが、遂に初スキルを獲得したのである。

ドキドキしながらポインター目掛けて矢を放つ一刀。
だがその攻撃を、キラービーはあっさりと回避してしまった。
その時、外れたように見えた矢の軌道が急激に変化した。
そして見事キラービーに命中したのである。

(必中スキル、なのか? って、確認は後だ!)

BF6からお馴染みの敵だったキラービーも、BF11では手強い相手となる。
四方を囲む一刀達に対して、キラービーはその体を大きく震わせた。
するとキラービーの体から鱗粉のようなものが飛び散り、一刀達の体に降りかかったのだ。

「毒よ! 下がって!」

雪蓮の指示に従えたのは、流琉のみであった。
季衣は攻撃を仕掛けている途中であったし、キラービーのヘイトは一刀に向いていたからである。

「ふにゃああぁぁ……」

『反魔』を振りかぶって大きく息を吸いこんでいた季衣が、そのまま崩れ落ちて膝をついた。
以前の一刀であれば、璃々の時のように敵を放って一目散に季衣の元に駆けつけたであろう。
だが、自分の行動如何でパーティ全体が危機に陥ることを既に学んでいた一刀。
季衣のHPの減りを横目で確認した一刀は、毒を喰らった状態のままキラービーに向かって突進した。

仮に一刀が、感情の赴くままに季衣の元に向かってしまった場合、ただでさえ弱っている季衣の元にキラービーを連れて行ってしまうことになったであろう。
ピンチの時こそ冷静な判断を。
今までの数々の失敗は、確実に一刀の血肉となっていたのであった。

一刀がキラービーに向かって突進したため、戦いの場が移った。
その隙に流琉が季衣の元に走り、雪蓮は一刀に追従したのである。
体ごとダガーを突き立てにいった一刀の体当たりで動きを止められたキラービーは、側面に回り込んだ雪蓮によって体を刃で貫かれた。
そして3回ほど痙攣した後、その特徴的な羽音を鳴らすのを永遠に止めたのであった。



「兄様、ごめんなさい! 私も季衣も、毒消しを切らしてました! 兄様は持ってますか?」
「ひぃひゃん、ひゃひゅへへー(兄ちゃん、助けてー)」
「ああ、俺はしばらく使ってなかったからな。ほら、季衣、飲めるか?」
「ひゅりー、ひょひゃひへー(無理ー、飲ませてー)」

探索者をやっている以上、こういったことはよくある。
例えば流琉が脱水症状になった時だって、季衣が口移しで水分を補給させたのだ。

汚い話になるが、迷宮にはトイレすらない。
美幼女はトイレになんて行かない、というのは漫画の世界だけであり、当然催した際には持参した袋に色んなものを出したりもする。
それも、一刀のすぐ傍でだ。

マナーとして背中を向けてはいるが、音や匂いはどうにもならない。
迷宮内でお花を摘みに単独行動なんてありえない以上、それは仕方のないことなのである。

だからと言って、仮に部屋にいる時に自分達が使用中のトイレを一刀に覗かれたとしたら、どんなに一刀を慕っている季衣達でも、一刀のことを軽蔑の眼差しで見てしまうであろう。
要はTPOの問題なのである。

この場合、一刀の持っている毒消しを流琉や雪蓮に渡して彼女達に季衣に飲ませるように頼む、といったようなことは逆に季衣を意識し過ぎな様に見られてしまう。
その方がかえって恥ずかしい思いをしてしまうし、季衣にも恥ずかしい思いをさせてしまうのだ。

ということを、これまでの経験から学んでいた一刀。
出来るだけ意識していないような自然な動作で毒消しを口に含み、季衣に飲ませた。
ちなみに一刀は年齢=彼女いない歴であり、当然ファーストキスもまだであった。

(ノーカン、ノーカン。初めてのキスは伝説の木の下とか、もっとロマンチックな感じで……)

ギャルゲーの名作『ドキドキメモリアル』をやり込んでいた一刀は、かなり夢見がちな17歳なのであった。



「ちょっと一刀。貴方だって鱗粉を浴びてたでしょう。平気なの?」

そう言われて、一刀は自分もバッドステータスであることを思い出した。
状態異常はステータス画面でしか表示されないため、特に余り効果が感じられない麻痺系の毒は、注意していないと気づきにくいのだ。

「あ、自分のことをすっかり忘れてた。毒消し飲まなきゃ……」
「……なんでそれで済むのよ。キラービーの燐粉を吸ったら、普通は季衣みたいに動けなくなるはずだわ。それに貴方って、どれだけ傷を負っても動きが余り変わらないわよね」
「なんか俺、そういうのに鈍いみたいでさ」
「……痛みは体の危険信号なんだから、それが鈍いのなら自分の状態には人一倍気を付けないとダメよ」
「ああ、心配してくれてありがとう、雪蓮」

一刀が雪蓮や季衣達に、こうした自分の特徴や他人のパラメーターが確認出来る特技の詳細を明かさないのは、最初のうちは保身のためであった。
だが、今はその理由も大きく変化していた。
この話を打ち明けた時、なぜ一刀にそんな能力があるのか、と疑問視されるのを恐れているためである。

この世界がゲームであること。
そして彼女達がゲームの登場人物であること。

これだけは彼女達に知られてはならないし、一刀にとっても断じて認められないことなのである。

一刀にとって最早彼女達は、キャラクターなんかではない。
一人一人が個性豊かな人間であり、魅力的な女性であるのだ。

堤防が小さな穴から崩れ出すように、大きな秘密と言うのは些細なことが切っ掛けでバレてしまうものである。
一刀は、この自分の能力を生涯の秘密にしようと決めていたのであった。

それにも関わらず、うっかり小蓮の魔力を指摘してしまい、小蓮の才能を全肯定までした一刀。
『幼女アナライザー』なんて言われているうちは、まだいい。
だが、もし冥琳があの時に茶化したりせず、真剣に自分の能力について探りを入れてきていたら……。

頭脳明晰な彼女のことである。
もしかしたら、一刀の能力に薄々は勘付いていながら、それを話したがらない一刀のために、場を誤魔化してくれたのかもしれない。

そんな冥琳に感謝しつつ、でもまた小蓮の時のような状況になったら後先考えずにやっちゃうかも、と思う自分が嫌いではない一刀なのであった。



【武器スキル】
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

(うーん、デスシザーよりはマシだけど……やっぱ人には言えない名前だよなぁ)

ステータスに増えたスキル名を見て、そう心の中で呟く一刀。
だがデスシザーと違って必殺技を出している感が少なく、また周囲にも必殺技を使っていることが分かり難いため、一刀の心の負担的には良スキルであった。

逆に言うと、今の所はそれしか取り柄がない。
確かに必中は美味しいが、そんなのがなくても2回に1回は命中するし、攻撃力自体は変わらないからである。
そもそも一刀はボウガンを釣りに使用しているため、当たらなくても敵がこちらに気づいてさえくれれば、特に問題はないのだ。
尤も、攻撃力自体は遠隔攻撃の方が近接攻撃より高いため、当たるに越したことはないし、折角高価なアイアンボルトを飛ばしているのだから、それが外れた時にはとても悲しい気持ちになるのだが。

(まぁ、BF11だとデスシザーもまだ使えないんだし、しばらくはホーミングブラストを使っていくか)

己の新たな必殺技を前向きに考える一刀だったが、あることに気がついた。
デスシザーは首筋にポインターが現れるため、発動を避けたければ別の場所を狙えば良い。
だが遠隔攻撃では、ポインターを避けて撃つのは極めて難しい。
ポインターを避けようとするあまり、肝心の命中率が下がってしまう可能性が高いからである。
だからといって、WGが溜まり次第ホーミングブラストを撃ってしまっていては、必要な時にデスシザーが使えなくなり、必殺技の意味が全くなくなってしまう。

その不安は、一刀達が狩りを続けているうちに解消された。
『ポインターを狙う』という意識さえしなければ、必殺技が発動しないことに気づいたのである。
考えてみれば、デスシザーだって首筋のポインターを外した時にもきちんと発動していた。
このことに気づいた一刀は、ほっと溜め息をついた。

(良かった。一瞬地雷スキルかと思った……)

下手をすればボウガンを攻撃の選択肢から外さなくてはならないかとすら考えた一刀は、必殺技の仕様にとても安堵したのであった。



6時間もの間、ずっと他の剣奴達に気を配りながら狩りをすることは、感覚の鈍い一刀でも相当な負担となる。
一刀ですら疲れきってしまうのだから、季衣達には相当辛い状況であろう。
いつも迷宮探索後に行っている反省会など、する気力もない。
季衣達は一刀のマッサージを受けている最中に眠ってしまうほどであり、一刀も2人と自分に毛布を掛けると、すぐに熟睡してしまった。

そのまま明け方までぐっすりと眠りこけていた一刀達。
その部屋に、侵入者が現れたのである。

「おはようございまーす。一刀はよく眠っているようでーす」

小声で呟きながら、こっそりと部屋に侵入する人影。
やがてその人影は、一刀達の眠るキングサイズのベッドに近づいてきた。

「寝たふり、とかじゃないですよねー。ちゅー、んうー……ン、ぴちゃ、ちゅっ。ん、起きてないみたい。舌がお返ししてこなかったもん」

その侵入者は、大胆にも一刀の唇を奪ってしまった。
一体何が目的なのであろうか。

「キスって気持ちいいー、ちろっ、もっとしーちゃおっと」
「んぐっ?! くちゅ、ぷぁうっ、ぷはっ! なんだ?!」
「かーっずと、おっはよー!」
「え? シャオ? キス? え?」
「いやん、一刀ったら照れちゃって、可愛い」

混乱する一刀の唇に、更に小蓮が舌を這わせてくる。
この騒ぎで目が覚めたのであろう、季衣達もベッドから起き上がり、さらに混乱は加速していった。

「むぐっ?! ぷあっ、な、なんで?!」
「んちゅー、ちゅぱっ。それは一刀がシャオのお婿さんになるからでーす。これからは毎日モーニングキッスで一刀を起こしてあげるね!」
「ダメー! 兄ちゃんはボクと流琉のなの!」
「そうです、いくら雪蓮さんの妹さんでも、兄様だけは譲れません!」
「いくら2人がそんなことを言ったって、肝心の一刀はシャオとのキスに夢中なんだもんねー! ほら、ここだってこんなになっちゃってるし」
「うおっ、そんなとこ触るんじゃない! ていうか、男は朝はみんなこうなるの!」
「え、なんでソコがそんなに腫れてるの?! 昨日蜂に刺されちゃったの?! 大変だ、ちゃんと『傷薬』塗らなきゃ! 兄ちゃん早くソレを出してよ!」
「季衣、待って。兄様のソレは、違うの……」
「じゃあ、どうしてそんなに腫れちゃってるの? 流琉はなんでなのか知ってるの?」
「それは、その、おしべとめしべが、ね……」
「一刀、もっとシャオとキスしよっ! ちゅー、ぺろっ、ぴちゃっ、んちゅー」

(の、ノーカン、ノーカン……ノーカン?)

寝起きから元気な子供達とは違って、未だに頭が働いていない一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:11
HP:150/150
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2134/3000
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:10
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:57
近接命中率:44
遠隔攻撃力:71
遠隔命中率:43(+3)
物理防御力:42
物理回避力:43

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/07 22:44
小蓮の朝駆けにより混乱に陥っていた一刀であったが、ようやく正気に返ると小蓮に向けて懇々と諭した。

「シャオ。こういうことは、そんなに気軽にしちゃダメなんだぞ」
「誰にでもしてるわけじゃないもーん、一刀以外で唇を許したのは、お姉ちゃん達だけだもーん」

小蓮のその言葉に、一刀の脳内で妄想劇場が始まった。

『シャオ、今日も可愛いわね。ちゅぷ、くちゅ……』
『んぷぅ、あん、連華お姉ちゃん。もっとして……』
『あら、2人だけで気持ちよくなっちゃって、私はお邪魔虫なのかしら』
『そんなことないよ。雪蓮お姉ちゃんも、シャオが一杯気持ちよくしてあげる』

一刀の急に黙り込んで頬を赤くする様子を見て、小蓮は彼の誤解に気づいたのであろう。
慌てて一刀に言い募った。

「違うよ、お姉ちゃん達とはおはようのキスだけだよ!やだ、一刀ってばおマセさんなんだからー」
「え、でも舌を……」
「もう! だからそれは、一刀だけなの! お姉ちゃん達にするのと、好きな男の子にするキスは違うんだよ」
「どこでそんなことを知ったんだよ!」
「自分が知らなかったからって、そんなにムキになっちゃってぇ。心配しなくても大丈夫、シャオがちゃんとリードするから。一刀に色々教えてあげるね!」
「ダメぇ! 兄ちゃんはボクと一緒に勉強するの! 流琉、教えてくれるよね?」
「う、うん。私も兄様となら……」

違う、そうじゃないんだ、と弁明する一刀と聞く耳を持たない小蓮、そして迷走を続ける季衣と流琉。
だが一刀は、最低でもモーニングキスは勘弁して貰おうと、諦めずに小蓮達に言い寄った。

(なぜなら俺は『幼女アナライザー』であって、決して『幼女イーター』じゃない! いや待て、誤解だ! 俺は『幼女アナライザー』でもないんだ! だけど『幼女イーター』は断じて違うんだ!)

一刀は、一体誰に向かって言い訳をしているのだろう。
強いて言えば、ステータス画面の中で今にも変化を起こしそうな己の称号に向かってであろうか。

小蓮はもちろん、キスの相手が愛情を感じ始めている季衣達だとしても年齢的にまだ早いと、一刀は小蓮達の説得を続けるのであった。



『毒消し』を切らせてしまっていた反省から、迷宮探索の前にはちゃんと荷物を確認することにした一刀達。
今更のような話ではあるが、これまでは流琉が預かっているパーティ資金をそれぞれが必要な分だけ貰い、各自で勝手に揃えていたのである。

熟練の探索者パーティであれば、この適当さはありえない。
しかし、一刀達は迷宮探索を初めて2ヶ月ちょっとしか経っていない、素人であった。
そのやり方で今まで困らなかったし、とこれまではさして気を配っていなかったのだ。

それに普通の探索者パーティであれば、そもそも資金の使い方自体がここまで無頓着ではない。
必然的に各自の所有する薬類も把握されることとなり、通常このような問題が起こることもない。
一刀達の、資金管理に気を使う必要がない程の信頼関係が、裏目にでた形になったのであった。

「『傷薬2』20個、『回復薬2』30個、『毒消し』20個、全てOKです兄様!」
「水とタオルと携帯食料、エチケット袋とチリ紙もOKだな」
「じゃあ流琉、これボクの方に半分入れるよー」

ちなみに『傷薬』が軟膏タイプのものであるのに対し、『傷薬2』は湿布タイプである。
傷の治りが早く、しかも受けた痛みを軽減する効果があった。
大神官の手により無から生み出される『傷薬2』は、その割には『回復薬2』と同様に暴利といっても良いくらいの値段であったが、流琉の負担を軽減するためにも、一刀達は金銭的にちょっと無理をしてそれらを使用していた。

ところで、『回復薬2』も『毒消し』も飲料系の薬であり、1個50ml前後の量がある。
それを50個ということは、薬類だけで2.5リットルもあるのだ。
それらを一刀達は、どうやって持ち運んでいるのであろうか。

リュックサックに入れて背負うこと。
それもありであるし、テレポーター前でモンスターと戦う探索者達にそのタイプが多い。
お金を払えば、テレポーター前に常駐しているギルド監督員に預かって貰えるからである。
だが動きに不自由が出るため、一刀達のようにテレポーター前以外を拠点とする探索者や、テレポーターの無い階層に潜る探索者達が採用していることは、あまりない。

バックパッカーを雇うこと。
これは深い階層に潜る探索者達が利用する手段であり、自分達で奴隷を買い入れたり派遣専属店のバックパッカーを雇ったりしている。
だが当然のことながら、自身が剣奴である一刀達にその手段を用いることは出来ない。

この世界に来た当初は、各アイテムが99個ずつ入るような『道具袋』的な便利アイテムがあることを期待していた一刀だったが、今の所はそれもない。
従って一刀に持てる薬や水は、ベルトに付いている袋とベストやズボンにあるポケットに入る分だけである。
しかも先日のように敵からの攻撃を受けたり、転がって避けたりすると、飲料系の薬はダメになってしまう可能性も高い。

ポケット自体は迷宮探索仕様になっているため数が多いのだが、飲料系の薬を限界まで入れたとしても20個程度であり、そんなにぎゅうぎゅう詰めにしたら敵の攻撃を受けた時などに潰される確率が上がってしまう。
よって、一刀は普段は『回復薬2』と『毒消し』をそれぞれ5個ずつ程度しか持っていない。

では、一刀達は大量の薬をどうやって持ち運んでいるのか。

「じゃあ季衣、『反魔』開けて。入れてあげる」
「いいよ、自分でやるから。それより流琉も早く『葉々』開けなよ」

季衣達の鈍器の中身は、細かく区分けされた小物入れになっていたのである。
この発想はなかったファンタジー脳の一刀。
初めてこの光景を見た時は、余りのアレさにどん引きであった。

だが、武器である『贈物』がアイテムを入れられる構造になっている以上、中のアイテムを保護する効果が付与されていることが期待出来るかもしれないと一刀は思い付いた。
尤も、インゴット類を入れる用途にしか使用できないという可能性もあったが。
思いついたことはとりあえず試してみる一刀。
そしてその経験則から、飲料系のアイテムを入れても意外と大丈夫であることを発見したのであった。

「あ、季衣。入れる前に、中をちゃんと拭かないと。いくら『贈物』の効果があっても、攻撃や防御に使った衝撃で中身が漏れちゃうことだってあったんだからね」
「少しくらい漏れてたって平気だよー」
「薬じゃなくってエチケット袋が、だよ」
「ひえぇっ、ちゃんと拭かなくちゃー!」

エチケット袋が破れて大惨事となった『葉々』や『反魔』の中身を想像した一刀。
汚水に塗れた回復薬やタオルを使用せざるを得なくなる日が永久に訪れないことを、切実に祈る一刀なのであった。



季衣達に大半の物資を預かって貰っているため、迷宮探索に赴く一刀の荷物は意外と少ない。
武器防具と身に付けている薬、それにベルトに収納されているボルト類と水の入った革袋、同じくベルトに括りつけられている『珍宝』のみである。

璃々から貰った『珍宝』は青銅の短剣飾りと同じく、どこか不思議な感じのする人形であった。
これはイメージの話ではなく、実際に手に持った時の感覚なのである。
特殊効果のある武器・防具を装備した時にも同じ感覚があることから、間違いなくこの人形にも特殊な効果があるのだろうと一刀は考えていた。

(命を失うようなダメージを受けた時の身代わり人形、みたいな効果だと嬉しいんだけどなぁ)

璃々にとって『珍宝』は初めての『贈物』である。
そんな凄い効果があっても不思議じゃない、と一刀は迷宮探索には必ず『珍宝』を持って行くようにしていた。
だが、『珍宝』は一刀が期待していたような効果を持つ人形ではないことが、雪蓮の手により判明したのである。

「ところで、なんでいつもこの不細工な人形を腰に付けてるのよ」

そう言いながら、『珍宝』を手に取った雪蓮は、顔色を変えた。
雪蓮には、『珍宝』の持っている不思議な感覚と完全に同種のアイテムに心当たりがあったのだ。
一口に『不思議な感覚』と言っても、まるっきり同じような感覚ではない。
DEXアップの装備とAGIアップの装備では感覚も微妙に違うし、同じAGIアップの装備でも補正率によって強弱が異なるのである。

一刀であれば、たくさんのそれらを装備し比べてみる機会さえあれば、その感覚を掴むことが可能であろう。
だが、具体的にステータスの種類や補正率を知ることの出来ない他の人達には、強弱はともかくその質の違いを正確に把握することは難しい。
よって、青銅の飾りも含めて『お守り』としての価値しか見い出せていないのが現状なのである。

それなのに雪蓮が『珍宝』と同じアイテムの感覚を覚えていたのは、それ程そのアイテムが強く印象に残っていたからであった。

「見ていなさい、一刀」

雪蓮は人形を両手で構え、近くまで寄って来ていたマッドリザードに向けて集中した。
その時、満面の笑みを浮かべていた『珍宝』の顔がひっくり返り、怒りの形相を浮かべたのである。
そして、その口からなんと『火弾』が発射されたのであった。



マッドリザードを倒し終えて、雪蓮は一刀に人形を返しながら説明をしてくれた。

「これは、精神力の消耗なしで『火弾』と似たものを無制限に打ち出せるアイテムなのよ。尤も『火弾』に比べて威力が格段に弱くて、遠隔攻撃なら普通に弓を打った方が強いから価値はそんなにないんだけど、それでもレアなアイテムだから結構な値段がするの。評価額は50貫ってとこかしら」
「いや、貰いものだから売らないけどな。それで、なんでその効果に気づいたんだ?」
「うちの亞莎の『贈物』に、同じ効果のアイテムが出たことがあったのよ。それとまったく同じ感じのする人形だったから、試してみたの。もっとも亞茶の『贈物』はモノクルだったんだけどね。あの娘、『火弾』を撃とうと精神を集中させたら、目から火が出て大慌てしたことがあったのよ」

その時のことを思い出しているのか、緩む口元を引き攣らせながら語る雪蓮。
それはさぞかし亞莎もびっくりしたであろう。

「使い方は簡単。アイテムを敵に向けて『火弾』を撃とうを思いながら精神を集中させればいいのよ。試してみなさい」

使用方法さえわかれば、『火弾』を出すのは雪蓮の言う通り簡単であった。
『火弾』を出し終え、表情が笑みに戻る人形を見つめる一刀。

(くそっ、このことを最初から知ってさえいれば……)

そう一刀が思うのも無理はない。
この人形を使用出来ていれば、さぞかし璃々の負担が軽減されたであろう。

だが、そんなことを今更言っても仕方がない。
一刀はがっかりしながら、人形を腰に戻すのであった。



6時間のテレポーター警備が終わり、昨日と同様へとへとに疲れきっていた一刀であったが、すぐに部屋で休むことは出来なかった。
仕事の終わりしなに、雪蓮から呼び出しを受けたのである。
雪蓮に呼ばれる心当たりがあった一刀は、素直にそれに応じた。

(どう考えても小蓮のことだよなぁ……。下手したら、今朝の唾液交換会の話まで伝わってるのかも……)

キスという言い方を避ける余り、余計に淫靡な表現になってしまっている一刀。
そのディープなキスの話が伝わっているかはともかく、一刀をお婿さんにすると面と向かって公言した小蓮が、姉達にそのことを言わない訳がないと一刀は考えていたのだ。
そこにこの呼び出しである。
少なくとも小蓮に対して性的な欲求をぶつける意図はないことを理解して貰わなければ、と思う一刀なのであった。

「今朝はシャオが迷惑を掛けたわね、一刀」
「い、いや、別に、大したことは……」

(全部ばれてるー!)

という一刀の心の叫びは、当然雪蓮には伝わらない。
雪蓮にとっての自分は、幼い妹に手を出した許せない男という認識なんだろうと一刀は思った。
むしろ自分が手を出された側なんだ、という言い訳など家族愛の前では無意味であろうと、一刀は雪蓮に詰られることを覚悟した。
だが、意外にも雪蓮はそのことに対して肯定的であった。

「ちょっと幼すぎるとは思うけど、あの娘ももう子供も産める体なんだし、一刀があの娘を大切にしてくれるなら私は反対しないわ。季衣ちゃん達と一緒に、ちゃんと可愛がってあげるのよ」
「い、いや、俺はそんなつもりは……」
「あら、やっぱりシャオじゃ貴方には幼すぎるのかしら? それじゃ私なんてどう?」
「え? え?」
「うふふ、一刀は私の胸にすっごく興味があるみたいだし。……吸ってみる?」
「ほっ……んと、に?」
「さぁ、どうかしらね?」

成熟しきった雪蓮のおっぱいを凝視する一刀。
そんな一刀の視線がまんざらでもないのであろう、雪蓮も頬を高揚させていた。
だが、童貞の悲しさであろう。
実際に一刀がアクションを起こす前に、時間切れとなってしまったのである。

「待たせたな、雪蓮。一刀ももう来ていたのか、遅れてすまない」
「え、ええ、大丈夫よ冥琳。……もう少し遅れてくれてもよかったのに」
「ん? なにか言ったか? 後半が聞き取れなかったが」
「いいえ、なんでもないのよ。それじゃ冥琳も来たことだし、本題に入るわね」

雪蓮の本題、それは一刀の予想とは異なっていたが、小蓮関連のことであった。

「小蓮が貴方とパーティを組みたいと言っているのだけど、それは許可出来ないのよ。だから、もし貴方のところに小蓮が直接行っても、断って欲しいの」
「すまないな、一刀。もちろん事情は今から説明させて貰う」

冥琳の説明は簡潔であり、すぐに一刀にも事の次第が飲みこめた。

一刀達は、今剣奴達の中では最も七乃に注目されている存在である。
そして雪蓮達のクランも、七乃に注意深く監視されている。
そんな彼等が表向きこれ以上結びつくのは、七乃に危険視されかねないと言うのである。

「例え一刀達じゃなくても、これ以上ウチのクランの人数を増やすことは厳しく禁じられているのよ。でなければ、奴隷市場で貴方達を見つけた時に即座にウチで引き取っていたわ」
「確かあの時は、ギルド員として来てたんだよな?」
「そうよ。優秀な人材を探し出してギルドの剣奴として引き抜くためにね」
「だけど当時の俺達には実力なんてまったくなかったし……。ああ、勘よ! ってやつか」
「ふっ雪蓮。決めセリフを取られてしまったな」
「うるさいわよ冥琳。でも本当に私の勘は凄いわね、我ながら恐ろしいわ。貴方達だってすぐに頭角を現してきたし」

という雪蓮達とのやりとりの間も、一刀は七乃の思考について考えていた。
雪蓮達と自分達の結びつきを恐れているのだと冥琳は言う。
だがそれならば、今回の依頼だって共同作業などさせなければいいのだ。
そう思う一刀だったが、七乃の意味深な言葉を思い出した。
七乃が言った『一刀達に対するテスト』の方が、このことよりも重要事項だったのであろう。

だが、それでも一刀には疑問があった。
雪蓮達がそれだけの事情で自分達の取り込みを素直に諦めるのか、ということである。
もし自分が雪蓮であったならば、3000貫の季衣達はともかく、800貫の一刀だけでも自分達の金で解放し、自由の身にさせた上で色々と協力させるだろう。
なにもクランに入れなくても出来ることはあるだろうし、一刀はそうさせるだけの価値を雪蓮達に示しているはずである。
そしてもちろん雪蓮達も、その選択肢を考慮した上で外していたのだ。

「貴方のお陰で、今私達のクランはとても大事な時期を迎えているのよ。普段ならちょっとくらい危険を冒してでも貴方の取り込みを考えるのだけど、今は僅かでも不審がられる動きを見せたくないの」
「800貫の金が動けば、それだけで七乃の目に止まってしまう。お前が自力で稼ぐには少し高すぎる金だ。どんな工作をしても、必ず疑いの目が向けられるだろう」
「一刀、こないだ勝手なお願いをしたばかりなのに、またこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど……」
「この作戦が成功したら、今までの分の借りは返すと約束する。どうか了承して貰えないか?」

一刀に向かって真摯に頭を下げる雪蓮と冥琳。
こんな2人の頼みを、一刀が聞かないわけがなかった。

「頭を上げてくれよ、2人共。話は分かったよ。ていうか、もし小蓮が俺達のパーティに入りたいって言い出しても、多分断ってたと思うし。だって小蓮が抜けたら、蓮華達のパーティがその分危険になるだろ?」
「ありがとう、一刀!」
「私からも礼を言わせてもらおう、一刀」

思いっきり一刀に抱き付き、その唇に感謝の気持ちを乗せる雪蓮。
ご褒美のつもりなのか、一刀の手を取って自分の胸に押し当てる冥琳。

(ふぉおぅ、体に柔らかいものが! って、てて、手が! マシュマロが!)

ゲームの世界かと思ったら、実は桃源郷だった。
ロリプニ幼女にはない、何か素晴らしいものの片鱗を味わってしまった一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:11
HP:150/150
MP:0/0
WG:15/100
EXP:2792/3000
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:10
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト

近接攻撃力:57
近接命中率:44
遠隔攻撃力:71
遠隔命中率:43(+3)
物理防御力:42
物理回避力:43

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:26貫300銭




[11085] 第二十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:40
テレポーター設置クエストが始まってから、5日目の朝を迎えた一刀。
一刀が目覚めた原因は、もちろん口内を這いまわる小蓮の舌の感触である。

「んむぅ、っぷは。……おはようシャオ」
「うふっ、一刀おはよー」

昨日の今日で、一刀は早くもこの起こされ方に慣れてしまった。
順応性が高いのは、一刀の長所であった。

「うー、おはよー、兄ちゃん」
「おはようございます、兄様」
「おはよう、季衣、流琉」

2人のプニっとした頬に唇を触れさせる一刀。
だが、そんな朝の挨拶にも季衣と流琉は不満げな顔だった。

「ずるいよ兄ちゃん、シャオばっかりー!」
「兄様、贔屓は良くないと思います!」

そんな2人の頭を撫でて宥めながら、一刀は今日の迷宮探索に思いを馳せるのであった。



(そんな展開を期待していた時期が、俺にもありました)



目前で繰り広げられている争いを見ながら、一刀は自分の鼻から出ている血を袖で拭った。
別にエロスな妄想をして出したものではない。
季衣と小蓮のダブルヘッドバットを喰らった、物理的なダメージによる鼻血である。

「もう、シャオは兄ちゃんとキスしちゃダメだよ!」
「季衣こそダメなのー! 一刀は私のお婿さんなんだから。そういうのって、不倫って言うんだよー!」

鼻の奥にジンジンと響く刺激を受けて目覚めた一刀が見たもの。
それは、季衣のオデコと小蓮のオデコのドアップであった。
例によって朝駆けをしてきた小蓮と季衣が一刀の唇を掛けて争い、彼女達のオデコと一刀の鼻がディープな挨拶を交わしたという訳である。

「に、兄様、大丈夫ですか?」
「……ああ。それよりも、もしかして今日から毎朝こうなるのかな」
「ど、どうなんでしょう?」

(18禁ハーレム系ゲームだと、主人公はどうやってコレを回避してたんだっけ……)

なんとかそれを思い出そうとする北郷一刀17歳。
だがエロゲー的なハーレム展開が、果たしてこの幼女ハーレムの参考になるのであろうか。

迷宮探索では失敗することも少なくなったが、残念ながら人間関係ではまだまだ熟練度が足りていない一刀なのであった。



BF11の小屋も完成まで後僅か。
雪蓮の見通しでは、明日中には終わるだろうとのことであった。
今日の戦いの最初の方で一刀はLV12に、季衣達もLV11に上がった。
仮に雪蓮がいなくても、一刀達はBF11でそれなりに連戦出来る程度の実力を身に付けたのである。

そう、あくまでも『それなり』であった。
今までは一刀のLVより1つ低く、季衣達と同じLVの階層であれば、体力さえ持てばさくさくと狩りが出来ていた。
だがBF11では、今も雪蓮のフォローがなければ苦戦に陥ることが少なくなかったのである。

それほどにBF10とBF11との実力差は大きかった、というわけではない。
一刀達にとって、魔術を使うモンスターの出現が痛かったのである。
正確にはBF9辺りからゴブリンも魔術を使ってくるのであるが、一刀達はBF9、10での連戦をしていなかったため、魔術を使う敵と戦った経験が少なかった。
なので、魔術師系モンスターがこんなにやり難いとは思ってもみなかったのである。

その原因は主に、一刀達の狩りのスタイルだと魔術師系の敵とは相性が悪いことに問題があった。
一刀が敵を釣って拠点まで誘き寄せることが、一刀達の戦闘の始まりである。
だが、既にこの時点で上手くいかないのだ。
なぜなら敵が一刀を追いかけて来ず、その場で魔術を連打し始めることが多かったからであった。
そうなると当然、季衣達が敵の元に向かわざるを得ない。
そのためフォーメーションが崩れてしまい、立て直すのに時間が掛かってしまうのである。

それに、拠点と定めた場所から一時的にでも移動しなければならないことは、時として致命的な結果に繋がる。
この広場での戦いでも似たようなことが何度か起こっていたが、背後から別の敵に襲われる危険が生じるのである。
それでは、折角背後から襲われない場所に拠点を定めた意味が全く無くなってしまう。
一刀達にはまだこの階層では複数を同時に相手どるのは難しく、雪蓮のフォローがなければ危うい状況に陥っていたであろう。

一刀達は、狩りのやり方を見直す時期に差し掛かっていたのであった。



仕事が終わった後、雪蓮達の戦闘方法を聞いてみた一刀。
だがそれは、一刀にとってはあまり参考にならなかった。
LV上げという概念がない雪蓮達のやり方は、戦闘方法というよりも迷宮探索術であったからだ。

行ける階まで行き、死なない程度に迷宮内を探って地図を作り、余裕のあるうちに退却する。

雪蓮達にとって敵と戦うということは主目的ではなく、LVアップも副産物に過ぎないのである。
それはトップクラスの迷宮探索者としては正攻法なのであろう。
まずはLV上げをと考える一刀の方が、探索者としては邪道なのである。

邪道とはつまり、近道である。
確かに一刀のやり方であれば、効率的にLV上げが出来る。
なんの制約もない状態でなら、雪蓮に追いつくのも時間の問題であろう。

だが、近道を選ぶものは往々にして経験不足による失態をしでかす。
EXPという意味ではなく、純粋な経験値が足りないのである。

例えばトラップの存在だ。
罠はどういう場所に仕掛けられているのか、罠を回避するにはどうしたらいいのか、罠にかかってしまった時はどう対応すればいいのか。
そういったことは口では説明が出来ないし、説明したとしても実体験をしなければ本当の意味で理解したとは言えないであろう。

(今はまだ地図の存在するフロアだからいいけど……)

この辺も将来的な課題であると、雪蓮の話を心の中にメモする一刀なのであった。



テレポーター設置クエスト最終日を迎えた一刀は、焦りを感じていた。
昨日のLVアップ直後から気づいていたことであったが、LV12に上がった一刀はBF11ではEXPが5,6程度しか貰えなくなっていたのである。
もちろんBF12に行けばまた貰える量も増えるであろうし、LVが上がる毎に下の階に行けるのであればなんの問題ない。

だが問題は、一刀が事実上BF13以降に行けないことであった。
なぜなら一刀には日々の仕事があるからだ。
BF10前後では、テレポーター無しでフロア間を移動するには、道がわかっていても大体2時間程度かかる。

雪蓮のような高LV者のフォローがあれば別だが、本格的な休憩なしでの探索継続可能時間は、個人差もあるが4時間が限界であろう。
ここでいう本格的な休憩とは、敵に襲われない状況で心身共に数時間リラックス出来る状態、という意味である。
もちろん疲労に鈍い一刀だけであれば話は別だが、さすがの一刀でもソロで迷宮内をウロウロしたいとは思わない。

序盤に一刀がソロで活動出来たのは、テレポーター前だったからだ。
他の探索者達で混雑していたおかげで、複数のモンスターを相手にしなくて良かったのである。
一度だけテレポーター前から離れてウロウロしたこともあったが、その時も祭達と出会っていなければ一刀は死んでいただろう。

そもそも序盤戦ではこちらのHPも低いが、敵のHPだって低いのである。
そのため戦闘時間自体も短くて済むが、階層が深くなるにつれて戦闘時間が延びてしまうのは自明の理であろう。
戦闘時間が長いということは、それだけ複数の敵に襲われる可能性が高くなるということである。

(なるほどな、歴戦の剣奴達でもやる気を失うわけだ。さて、どうしたもんか……)

季衣達『優遇組』とは違い、時間的な拘束を受けているのは一刀だけである。
だから最悪の場合、季衣達だけでもLV上げが可能なように一刀とのパーティを解消させれば、少なくとも季衣達には問題がなくなるのかといえば、それも違う。

これも雪蓮に教えて貰った情報であるが、華琳達や雪蓮達が加護を受けた時は、BF17をウロウロ出来る程度の実力があったそうだ。
階層が一緒なのは、祭壇が発見されるまでは華琳達と雪蓮達は共同で迷宮探索に挑んでいたからである。
そうやって交替要員を確保しなければ、テレポーターのない階層を攻略するのは不可能なのだ。

つまり、BF17辺りまで一緒に迷宮探索してくれる仲間が必要なのである。
季衣と流琉を雪蓮達のクランに混ぜてもらうことは、七乃の監視があるために慎重になっている雪蓮に却下される可能性が高い。
そうなれば、雪蓮達のクラン員以外で仲間を探さなければならない。

余りの無理ゲーさに、頭を抱える一刀なのであった。



鬱屈と悩みながらも最終日のテレポーター警備を終え、雪蓮に世話になった礼を言って部屋に戻って熟睡した一刀。
一晩寝てすっきりした頭の中には、既に昨日の悩みに対する結論が出ていた。

(地道にBF11のドロップアイテムを売って、数年間かけて6800貫貯めよう)

取らぬ狸の皮算用であるが、一日20匹のモンスターを倒してドロップアイテム4個前後と考えると、一日平均で10貫稼げる。
一ヶ月にそれを20回行えば200貫、一年で2400貫である。
もちろんその間にも消耗品を使うであろうから、純利益が半分として1200貫。
大雑把な計算なので、警備時の収入やLVアップやテレポーター増設によって期間が短くなるだろうし、七乃の策謀や予期せぬトラブル次第では長くもなるだろうが、この計算方法によれば約6年頑張らなければ目標額に達しないのである。

その間、一刀達が誰一人欠けることなく五体満足で過ごせるかどうか。
これもある意味では賭けに近い。
だが今の一刀にとっては、その選択肢しか存在しないように思われたのである。
それに一刀には大きな希望があった。

(もしかしたらその間に雪蓮の作戦がうまくいって10万貫の余剰金を貰えるかもしれないし、余剰金が出なくても冥琳が必ず借りは返すって言ってたし……)

作戦が成功するかどうかは一刀にはわからない。
だが雪蓮達がギルドの枷から逃れられる可能性は、100%に近いと一刀は考えていた。

雪蓮や冥琳を始めとする彼女達のクラン員の優秀さを知っていたからであろうか。
彼女達の作戦の成功率が高いと思っていたからであろうか。

それらの要素も確かにあったが、一刀が雪蓮達の飛躍に確信を抱いているのには、別の理由があった。

なぜなら雪蓮は、ゲーム雑誌で読んだ主要人物の1人だからである。
発売前情報で紹介されていた程の重要人物が、このままギルドの枷から逃れられないとは思えない。
そして彼女達がギルドの枷から逃れて余裕が出来た時、一刀達が剣奴からの自力脱却が困難な状況であったならば、義理堅そうな彼女達は必ず助けてくれるだろう。

だが仮にそんな未来が一刀達に訪れるとしても、その恩恵を受けるまで一刀達は無事でいなければならない。
具体的にいつまでと示されない以上、一刀に出来ることは慎重に行動することだけである。

(その間に出来るだけイベントを起こさないよう、トラブルに巻き込まれないよう、クエストを発生させないように過ごさないと……)

お金を貯めるよりも、むしろそっちの方が重要だ。
これからは安全第一をモットーに迷宮探索をしよう。

などと考えながら、一刀は食堂に作られた臨時聖堂に向かった。



今日は一刀達にとって10回目の漢女来訪日である。
つまり一刀達が買われてから、2ヶ月半が経ったということだ。

一刀も今回ばかりはドキドキを隠せなかった。
なにしろLV10、11、12と3回分の『贈物』が貰えるはずなのだ。
LVが2ケタになっていたことも、その期待感を膨らませる材料となっていた。
序盤より中盤、中盤より終盤の方が、登場アイテムは高性能になっていくのがRPGの鉄則であるからだ。

(石以外っ! 石以外っ!)

一刀の魂の叫びであった。
そんな一刀の切実な祈りが太祖神に届いたのであろうか。
遂に太祖神は、『幼女贔屓』の汚名を返上するようなアイテムを一刀に授けたのであった。

蝙蝠のマント:防1、回避+3
避弾の額当て:防4、回避+5
回避の腕輪:回避+10

それぞれを装備して性能を確認した一刀は、思わずガッツポーズをした。
回避+18がどのくらいの効果なのかは試してみなければわからないが、数値的には今の回避力が4割増しになるのだから、一刀が期待してしまうのも無理はない。

早く迷宮でその効果を試してみたかった一刀であったが、その前にやることがあった。
七乃にクエスト達成の報告をしに行くことである。
昨日一刀達の後を引き継いだ蓮華達の仕事中に、やっと小屋が完成したのだ。

季衣達を伴って七乃の部屋に向かった一刀。
だが、そこで一刀達を待っていた者は、七乃だけではなかった。

NAME:星
LV:12
HP:189/189
MP:0/0

NAME:稟
LV:11
HP:127/127
MP:125/125

NAME:風
LV:11
HP:102/102
MP:151/151

新たなる美女・少女・幼女の登場に、一刀は波乱の予感を覚えたのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:70/100
EXP:621/3250
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:60
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:40
この大陸には、いくつかの秘境が存在する。
そのうちのひとつ、『常山』で星は少女時代を過ごした。

♪手槍を担いだ 星ちゃんは
♪熊に跨り お馬の稽古

星は根っからの野生児であった。
ある日のこと、そんな星の暮らす小さな村に大陸中を渡り歩く商人が訪れた。
その商人から物々交換で仕入れた食べ物、それが星の人生を変えたのである。

獣を狩り、魚を狩り、野草を取り、果物を取り。
それらを料理というより食材というべき状態で食べていた星は、一瞬でその食べ物に魅了された。

コリコリとした歯ごたえ。
ビロードのような舌ざわり。
そして、底知れぬ深みのある味わい。

それを食べながら星は、いつの間にか涙を流していた。
そして全てを食べ尽くした後、思わずこう呟いたのであった。

「ナイスメンマ」

それが星の、第二の人生の始まりを告げる言葉となった。
こうして星は、究極のメンマを求めて故郷を後にしたのであった。



一方の稟は、地元では知られた名家の娘であった。
苦労を知らずに育った稟は、だんだんと自らの境遇に疑問を抱くようになっていた。
その切っ掛けは、たまたま町で見かけたとある幼女との出会いであった。

自らの首に鎖をつけられているにも関わらず、平和そうにウトウトしている幼女。
そして幼女の前には、値札が置かれていたのである。

己の懐で十分に足りる額だったこともあり、その幼女を購入した稟。
単なる気まぐれでもあり、可哀そうだったからでもある。
だが一番大きな理由は、その幼女には稟の胸の奥を揺さぶらせる何かを持っていたからだ。

その時の稟は、それが魔力と称させるものであることをまだ知らなかった。

風と名乗ったその幼女は、それまでまともな教育が受けられる境遇ではなかったらしく、字すら書けなかった。
だが、脳味噌の作り自体は最上級のものであった。
稟が教えたことをスポンジに水を垂らすかの如く吸収し、更に独特の感性で稟とは異なる見解を述べ、稟を驚かせたことも少なくなかったのである。

そうやって風を教育しているうちに、だんだんと稟が物思いに耽る時間が増えていった。

なぜ自分は、何不自由なく暮らせているのか。
なぜ風は、まともな教育どころかその日食べるものすら事欠いていたのか。
自分と風の境遇の差は、あまりに理不尽ではないか。

両親は身分の違い、貴賤の違い、血の違いだと言う。
稟も風に出会うまでは、漠然とそう考えていた。

だが最下層の身分ともいえる風の、この優れた能力はどうだ。
貴種を自称する両親やその友人達など、自分の話す内容すら理解出来ないではないか。

いつしか稟の中では、ある考えが築き上げられていた。
不公平不平等が出来てしまうのであれば、それは血ではなく能力差でこそ発生すべきだ、と。
しかしその考えが異端であることもまた、稟はよく理解していた。

人は異端であるものを弾く生き物である。
そのこともまた、風によって教えられたことのひとつである。

「稟ちゃん。おーい、稟ちゃん。むー、また自分の世界で1人語りモードに入っているのですよー」

風はある意味で異端の塊であった。
そのことは、自分を買った主である稟に対して、『ちゃん』付けで呼んでいることからもわかるであろう。
稟自身は別に不快ではなかったが、理由を知りたくて風を問い詰めたことがあった。

風は言った。
稟が自分を買ったことは、自分のためを思ってくれたことも含めて、稟が自分のやりたいようにやった結果であると。
自分はもちろん稟に感謝しているが、その気持ちを表すことも含めて、自分のやりたいようにやるのだと。

『感謝がうまく伝わらない相手なら様付けで呼ぶのですが、稟ちゃんは風の気持ちを理解出来る人ですので、友愛を込めて『ちゃん』付けなのですよー』

そう言ってほんわりと笑う風の考え方は、稟には理解出来る。
だが稟以外の人には理解出来なかったであろうし、風もそのことをちゃんと分かっていて、2人きりの時以外は稟様と呼んでいた。
そうやって気遣いをしなくては、風が稟の両親や家人達に迫害されてしまうことは火を見るよりも明らかである。
仮面を被らなくては人に受け入れて貰えない、それが異端たる風の宿命であった。

稟の主張する能力主義も、今の世の中ではそれと同様に異端であり、異端は弾かれる。
だがこの異端こそが大陸から理不尽なことを無くす、唯一の手段なのではないか。
能力が尊ばれる世の中になれば、必然的に能力のある者が政を行うことになる。
そんな治世の方が、今の腐敗と矛盾に満ちた世の中よりも断然よいであろう。

どうすれば能力主義の考え方が、人々の間に浸透するだろうか。
その方策を練るには、自らの経験が足りなさ過ぎる。

「風、私は旅に出るわ。そして大陸中を渡り歩いて己の見識を深め、手に入れる……。そう、世界を革命する力をっ!」
「……長いことトリップしてたかと思ったら、随分とまたいきなりなのですよ」
「行く手には数々の困難が立ち塞がり、やがて私は絶体絶命のピンチに。そこに颯爽と現れる美男子。ああ、助けて下さってありがとうございます、王子様。そんな、私などが薔薇の花嫁だなんて……あ、いけません、そんな、破廉恥な……プフーッ!」
「はいはい稟ちゃん、トントンしますよ、トントーン」
「うっぷ、いつもすまないわね、風」
「それはいいのですが、旅は稟ちゃんにはちょっと厳しいのですよー。野盗だって出ますし、トンチと鼻血は1級品でも喧嘩はからっきしだよ3級品な稟ちゃんでは……」

誰の鼻血が1級品かと言い返したい稟であったが、たった今その鼻血を吹いたばかりである。
そのためツッコミを入れることが出来ず、ぐっと堪えて言葉を続けた。

「な、なにも1人で行くとは言っていないわ。先日この町で、凄腕の武人と知り合ったの。とある究極の食材を探し求めている途中だと言っていたから、その旅に同行させて貰うつもりなのよ。女性だから色々と安心だし」
「ではでは、風も急いで旅の準備をしなくてはー」
「え? 風も一緒に来てくれるの?」
「……ぐぅ」
「寝るなっ!」
「おお、うっかりうっかり。ついうららかな陽気にウトウトと……。理由は簡単なのです。風が行かないと、稟ちゃんの鼻血を止められる人がいないからなのですよー」
「はぁ。酷い理由だけど、一応ありがとうと言っておくわ。出発は今晩、くれぐれも屋敷の者に見つからないように……」
「わかっているのですよー」

こうして家出同然に屋敷から抜け出した稟と、それに付き添う風。
そして故郷を旅立ってから数年が経ち、少女から女性へと変わりかけていた星。
そんな3人の珍道中が始まったのは、『三国迷宮』が出現してから半年が過ぎた頃であった。



3人の道中は、決して平穏なものではなかった。
その理由の大半は、星にあった。
ある意味で星は、箱入り娘の稟よりも世間知らずだったのである。
悪意など欠片もない素朴な里で、純粋培養で育った星は、困っている人々を放っておけなかったのだ。

東に野盗に襲われた村があれば、行ってその槍を振るい。
西に重税を課せられた村があれば、行ってその槍を振るい。
北に疫病の流行っている村があれば、行ってその槍を振るい。
南にいなごが大量発生した村があれば、行ってその槍を振るい。

どの状況でも槍を振るって解決することが出来たのは、稟や風が深謀遠慮の策を立てたからである。
そうやって各地で戦い続けている間に、星はもちろん稟や風のLVも上がっていった。
これは、星達の相手がモンスターではなく人間だったためであろう。

モンスターであれば、稟達を星が守ろうとすれば攻撃は星に向かうため、稟達にEXPは入らない。
だが野盗達は、守ろうとする者こそが弱点であると、むしろ稟達に対する攻撃を強めたのである。
稟達に攻撃を仕掛けた野盗を星が倒すことにより、EXP分配条件を満たしていたのだ。

そして、稟達のLVが6に上がった時、転機が訪れた。
知らず知らずのうちにお互いの魔力が干渉し合って、それぞれの中で魔力が目覚めた状態になっていた2人の脳裏に、新しい呪文が浮かび上がったのである。
しかも風は『風』と『土』、稟は『火』と『水』、近しい魔力でありながら正反対の系統に適正があったのだ。
そのため、本来であれば洛陽の大神殿か魔術師に聞かなければ分からない、太祖神の与えた4つの『コモンスペル』を教え合うことが出来たのであった。

モンスターのいない洛陽の外では、一般人には基本的にLVを上げる機会がない。
季衣や流琉も、住んでいた村が野盗に襲われた時に撃退した時だけしかEXP取得の機会がなかったため、一刀と出会った時にはLV3であった。
例外は、星のように秘境で獣達を相手に戦闘をしていた場合か、人を相手に戦う機会のある軍人や野盗だけである。

そんな中、唯でさえ強かった星に魔術の援護が掛けられるようになったのだ。
稟達が魔術を取得してからの戦いは、まさに星無双であった。

大陸中を渡り歩く旅をして数年が経った。
星はすっかり美女となり、稟も少女へと変貌を遂げていた。

「風もすっかり成熟した女性になったのですよー」
「……頑張れ」
「メンマ、食べるか?」

そんな彼女達の耳に、『三国迷宮』の噂が聞こえてきたのである。
『三国迷宮』を踏破した者には、神がご褒美をくれる、と。

これまでの旅では、稟の探し求めていた力も、星の探し求めていた究極のメンマも、その影すら見つかっていなかった。
自分達の夢を諦めかけていた星達にとって、その噂は星達の耳には福音に聞こえた。

こうして星達は、それぞれの求めるものを得るために、洛陽へと向かったのであった。



「星さんは、なんと最初の『贈物』を10個も貰ったのですよ。これは漢帝国の恋将軍に並ぶ記録です。例えギルド所属じゃなくても、ウチとしてはこういう期待の新人とは仲良くしていきたいんですよね」
「その話とテレポーター設置依頼の報酬を貰いに来ただけの俺達とは、まったく関係がないだろ。取り込み中みたいだから、俺達は出直してくるわ」

関係ないわけがない。
通常のRPGゲームで、クエストクリアの報告をしに行って新キャラが登場したら、新しいイベントの始まりに決まっている。
それをなんとか回避しようとする一刀だったが、残念ながら回避力+18の効果はここでは発揮出来なかった。
一刀が逃げ出すよりも先に、星と呼ばれた青い短髪の美女が口を開いたのである。

「我々が洛陽に来てから早2ヶ月。最初の『贈物』以来、わずか1度しか『贈物』を頂けぬくらいに迷宮探索が行き詰っておりましてな。BF12以降を共に攻略出来る仲間を紹介して貰えないかと、探索者ギルドを訪ねてみたのですよ」
「そこでギルドとしては、エースチームを貸し出して星さん達に恩を売っておくことに決定しました」

内情を暴露する七乃に、すかさず風と稟がツッコミを入れた。

「七乃ちゃん、正直過ぎるのですよー」
「そこはもうちょっとオブラートに包むところじゃないですか?」
「言葉を飾っても実がなければ意味がないじゃないですか。ギルドが『幼女アナライザー』一刀さん率いるチームを貸し出す、この事実こそがギルドの誠意だと思って下さい」
「なんと! 貴殿があの……」
「ちょっと待て! どこまで広まってるんだよ、その称号!」

その称号を広めた犯人は、騒ぐ一刀を無視して説明を続けた。

期間は2ヶ月間。
星達の迷宮探索に協力し、加護を受けることが目標だそうだ。

「そしてなんと、この期間中は一刀さん達の外出を認めちゃいます! 嬉しいですよね? つまりこの依頼自体が、前回の依頼の報酬ってわけなんですよ。そして期間内は剣奴の住居である隔離エリアじゃなく、雪蓮さん達と同等の個室まで与えちゃいます。あ、3人部屋の方がよければ、そっちを準備しますけど」

外に出られる!
そのことに飛びあがらんばかりに喜ぶ一刀であったが、七乃の言葉になにか引っかかりを覚え、頭の中でもう一度七乃の言葉を繰り返した。

1日外出権だってあれほど他の剣奴達に羨ましがるくらいの破格の報酬なのである。
2ヶ月間の自由というのは、一見もの凄い好条件に思える。
だが、星達と迷宮探索をする以上は外出だって個室だって必須条件なのである。
パーティ内での格差は不協和音に繋がるし、隔離エリアでは小蓮などのギルド関係者はともかく、星達外部の人間では入ることが出来ないからだ。
もちろん星達にその許可を出すことも可能だが、星達の持つ外の匂いを剣奴達に嗅がせて刺激するよりも、一刀達に引っ越しをさせた方が話は簡単である。

(良く考えたら、全然報酬になっていないじゃないか……)

それどころか、またしても面倒な話を押しつけられようとしていることに一刀は気がついた。
一刀の苦虫を噛み潰したような顔を見て、七乃が痛いところをついてきた。

「あ、嫌なら断ってくれても構いませんよ? 2ヶ月間の自由を欲しがる剣奴なんて、いくらでもいますから」
「……期間内に加護を受けられなかった時のペナルティは?」
「特にありません。星さんとの契約は、2ヶ月の間だけ有望な人材を貸し出すことですから。でも加護を受けることが出来たら、外出特権をずっと継続しちゃおうかなぁなんて思っていますけどね。ついでも一刀さんの警備のお仕事も免除してあげますよ」

ギルドは星達と友好関係を深めるためにも、自分達の子飼いの中から出来るだけ信頼出来る者を貸し出したい。
その方が桃香や華琳のクランを紹介するよりも、星がギルド寄りの人材となってくれる確率があがるからである。
それに彼女達のクランでは、有力な人材のほとんどが既に加護を受けているため『試練の部屋』に入ることが出来ず、このクエストの受注資格がない。

ギルドの支配下にあって加護持ちではない人材の中では、蓮華達のパーティと一刀達のパーティが最有力候補である。
出来るだけ雪蓮のクランを隔離しておきたい七乃は、一刀達を貸し出して大丈夫なのかどうかのテストを前回の依頼で行ったという訳である。

そして、そのテストに合格した一刀達の取り込みも兼ねてもいるのだろう。
一見優遇に見える措置を施すことにより、一刀達のギルドへの心証を良くしようと企んでいた七乃。

報酬を金で支払っては一刀達の解放が早まってしまうので本末転倒である。
なんとかそれ以外の手段を駆使して、一刀達の関心を買おうとする七乃の策。
好条件の依頼を回すということは、剣奴に与える報酬としては妥当であろう。
だがその策も、剣奴として自覚の薄い一刀には納得させ難かったことが誤算であった。
一刀の反応を見て失敗を悟るとすぐさま自分のプランを放棄して、この依頼を受けさせようと挑発的な言葉を重ねる辺りにも、七乃の有能さが伺える。

しかも七乃の言う報酬は、どれも一刀達をギルドに取り込むのなら当然の条件なので、ギルドにとってはまったく痛くない話であるどころか、他の剣奴達への発奮材料にもなっているのだ。
それでいて、今の一刀達にとっては非常に魅力的な提案であるところが恐ろしい。

一刀は悩んだ。
昨日までであれば、この依頼に飛びついたであろう。
だが一刀は、なるべく危険を冒さないで金を稼ぎつつ、雪蓮達を待つ方針を固めたばかりである。
6800貫は大金であるが、例えば800貫を先に支払い一刀の時間的な拘束を解くやり方だってあるのだ。

尤も、それで効率が良くなるかは微妙なところではあるが。
なぜなら、そうすることにより剣奴ではなくなった一刀が、ギルドに与えられたの季衣達の部屋で暮らすことは不可能になる可能性が高いからだ。
現在部屋や食事が無償で提供されているのは、ひとえに一刀達がギルドの財産だからである。
ギルドとなんの関係もなくなった一刀を、ギルドが養ってくれる訳がない。

しかも以前に祭達がクランの説明をしてくれた時に言っていたが、探索者が迷宮探索をするためには、探索者ギルドに登録して上納金を支払わなければならないのである。
但し、ギルドにしてみれば季衣達が6000貫稼ぐのを一刀が無料で手伝ってくれるようなものであるから、話の持っていき方次第ではこの問題は簡単に解決するかもしれないが、相手は七乃である。
解決しなかった時のリスクが高すぎることから、足元を見られて色々と要求される可能性は高いであろう。

上納金や宿代飯代などの余計な支出が増え、下手をすれば迷宮内でしか季衣達と会えなくなるために彼女達のケアも出来なくなることと、一刀に時間的な拘束が無くなること。
一刀には、後者よりも前者の方が不利なように思えたため、解放される時には3人一緒にしようと今の所は考えていた。

だが、この依頼さえ受ければそんな心配は全てなくなる。
上手くいけば加護を受けることが出来て、七乃が言っているような優遇措置を受けられるかもしれない。
それに加護を受けた時に貰えるアイテムの評価額次第では、自分達の身柄を買い戻せるかもしれないのだ。
自力で剣奴から脱却する絶好の機会であった。

だが、同時に危険度も跳ね上がる。
特に『試練の部屋』の危険度は、雪蓮の話を聞く限りでは、今までの迷宮探索とは比較にならないであろう。

感情は受けるべきだと言い、理性は断るべきだと言う。
一刀は季衣達に相談してみた。

「兄ちゃん、やったね! チャンスだよ! それにボク、ギルドの外に出てみたい!」
「兄様、こんないい話はめったにないと思います!」

季衣達はこの話に乗り気のようである。
ここで一刀が反対すれば、2人は恐らく自分の思いを我慢して一刀に従うだろう。
後で一刀がちゃんと説明をすれば、納得はしてくれるかもしれない。
だが折角の加護を受けるチャンス、外へ出るチャンスを潰してしまったことは、確実に2人の士気に影響を及ぼす。
そうなれば、2人が迷宮探索で命を失う危険が増してしまう。

(それ以前に、自力でどうにか出来る状態なのに雪蓮達を当てにするなんて、情けなさ過ぎだしな)

こうして一刀は、祭壇到達クエストを受注したのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:70/100
EXP:621/3250
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:60
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:26貫300銭



[11085] 第二十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:40
「まずはお互いの戦い方を擦り合わせるのですよー」

という風の献策により、ひとまず日帰り可能な範囲で迷宮探索をすることにした一刀達。
新しい部屋は2,3日中に準備しておくとの話であったため、とりあえずは今の季衣達の部屋をそのまま使用することになった。
そのため星達とBF11のテレポーター前で待ち合わせることにした一刀達は、いつも通りの準備だけして迷宮へと向かったのであった。

BF12。
一刀達も星達も初めて降りる階層であった。

季衣が祭達に座学で教えて貰った地図は、BF10までは細かく地図が埋まっている。
だがテレポーターがつい先日設置されたBF11以降は、階段付近を中心とした必要最小限の部分しか書き記されていない。
それでも階段の位置とそこに辿り着くまでの道のりは書いてあったので、BF15までであれば問題なく更に下を目指せる。
もちろん彼女達も、自分達の把握している情報の全てを教えてくれたわけではないだろう。
だが、テレポーター設置以前のギルドが地図販売で生計を立てていたことからも分かるように、地図の情報というのは非常に貴重なのである。
それをBF15までとはいえ、季衣達に座学で教え与えてくれていたことに、奴隷市場で『出来る限りのことはする』と一刀に約束してくれた雪蓮の真心が感じられる。

手元の地図を見ながらそんなことを考えていた一刀に、星が声を掛けた。

「さて、広場ならともかく通路は狭い個所もありますし、1匹を相手に6人が同時に戦うのもやり難い。なのでまずは、我等の実力を存分にお見せするとしましょう」
「じゃあお言葉に甘えて、俺達は星達の背後を守ることに専念するよ」
「ふむ、やはり3人の時とは異なりますな。それだけでも随分と安心感がある。やはりギルドに協力を頼んで正解でした」
「……ところで、なんで星達は俺に敬語なんだ? そっちは一応俺達の雇い主、つまり上司だろう。名は呼び捨てでいいとか、敬語を使わなくていいとか、こっちとしてはありがたいけど本当にいいのか?」

実際に敬語を使えと言われたら、恐らく心の中では反発していたであろう一刀だったが、だからと言って自分はタメ口なのに雇い主が敬語なのは、それはそれで居心地が悪かった。
そんな一刀の疑問に答えたのは、問われた星ではなくて稟であった。

「一刀殿は、私達と同じくこの洛陽に来てから2ヶ月と聞いています。全くの素人、しかも剣奴の身でありながら、既に実力では私達と肩を並べ、その名は町中に鳴り響いている。私達は貴方の立場ではなく、能力に敬意を表しているのです」
「……俺の名前って、そんなに広まってるのか?」
「七乃ちゃん辺りが積極的に広めたこともあるのでしょうけど、それでも『幼女ブリーダー』『幼女アナライザー』の名は洛陽では知らぬものがいないのですよー。風のスリーサイズもお兄さんに見破られているのではないかと、胸がドキドキなのです」
「それはないからっ!」

恐らくギルドの財産である一刀の価値を高めようとしたのであろう七乃を、恨めしく思う一刀なのであった。



≪-拘束の風-≫

むにゃむにゃと風が詠唱すると、緑色の粒子がワーウルフに纏わりつき、動きを阻害した。
戦闘開始直後、ワーウルフの最も驚異的な特徴であるスピードを瞬時に奪い取ったのである。

≪-火球-≫

そこにすかさず稟が、動きを止めたワーウルフの顔面に向けて灼熱の炎をぶつけた。
悲痛の叫びをあげることも叶わずに痙攣するワーウルフ。
その胸元には、いつの間にか投げつけられた星の手槍が突き刺さっていたのだ。

だが、ワーウルフの特徴はスピードだけではない。
その尋常ではない生命力もまた、スピードと同じく驚異とされていた。

これは、槍を投げてしまった星の油断であろう。
確かに外の世界では止めとなりうる1撃だったが、相手は『三国迷宮』に巣くうモンスターなのである。
胸に槍が突き刺さったままで、無手の星に襲いかかるワーウルフ。
さすがの星も、敵の胸に槍が突き刺さった状態なのに攻撃してくるとは予測出来ず、狼狽しながらもその攻撃を回避した。
慌ててフォローしようとする一刀達だったが、その必要はなかった。

≪-火球-≫

稟の詠唱により、彼女の掌から紅蓮の炎が撃ち出された。
そして再びワーウルフの顔面に咲いた灼熱の花が、今度こそその生命活動を強制的に停止させたのであった。



稟のパラメーターを確認した一刀は、迷宮探索が進まないという星達の抱える問題が分かった気がした。
稟のMPがこの時点で115/125だったのである。

このことから、『火球』の消費MP5であることがわかった。
璃々に使用させたとき消費MP10だったことから、恐らくは璃々よりも1段階進んだ『魔術レベル』なのであろう。

この『魔術レベル』という言葉は一刀の造語であり、そのレベルが一刀に見えているわけではない。
初期状態を『魔術レベル1』と仮定した時、璃々がLV6になって新しい呪文を覚えたと同時に、今まで使えていた呪文の消費MPが半分になった状態を『魔術レベル2』と表現すると、稟は現状『魔術レベル3』なのであろう、ということだ。

そして重要なのは、『火球』の消費MP量がわかったことではなく、わずか1戦しただけで稟のMPが10も減っているという事実である。
鮮やかに勝利を収めていた星達だったが、これでは4,5戦した時点で迷宮探索を進めることが不可能になり、撤退せざるを得ない。
なぜなら、テレポーターまでの帰路だって当然戦闘があるからだ。

もちろん稟を休ませつつ進むことも可能であろうが、その程度の休憩では稟のMPは回復しないし、星と風だけでの戦闘も厳しいものがある。
しかも風のMPだって無限ではないのだ。
風のMPまで切れた時、星1人で他の2人を保護しながら迷宮から撤退しようとするのは、かなりの困難を伴うであろう。
つまり、稟のMPが切れそうになった時点で星達は迷宮探索継続能力を失うに等しいのである。

先へ進もうとする星達を見ながら、一刀は今後の迷宮探索の方針をどうするか必死に考えていたのであった。



それから更に5,6戦して、稟の息使いが多少荒くなってきた。
稟のMPは既に、その半分を割り込んでいたのである。
星達には稟のMPは見えないが、その消耗具合は理解しているのであろう。
風が稟を気遣う様子を見せ、星が一刀に向かって口を開いた。

「普段はこの辺りを引き際と考え、帰路に向かうのです。本当ならば一刀殿のパーティと役割を交代して更に進みたいのですが、今日は様子見。BF11のテレポーターに向かおうと思うのですが、どうですかな?」
「その方がいいと思う。じゃあ帰りは俺達の出番かな。そっちも俺達の実力を確認してくれ」
「ふふ、それではじっくりと拝見させて頂きましょうか」

大見栄を切ったものの、正直に言えば一刀は自分達の実力では帰り道が危ういと感じていた。
拠点を中心とした格下相手のLV上げに慣れきっている一刀達は、実力と同等以上のフロアをウロウロした経験があまりないからである。
それでも敵のNAMEが視認出来る一刀が斥候となり、背後を星達が固めてくれていたため、道中の邪魔な敵を一刀が釣ってきて季衣と流琉が待ち受けるといういつもの戦法が使用出来た。
魔術のない分だけ星達よりも戦闘時間は長めであったが、その堅実な戦い方は星達に高く評価されたようであった。

「ふむ、やはりギルドに助っ人を頼んだことは間違いではなかったな」
「一刀殿のパーティがいれば交替で休むことも出来ますし、ようやく迷宮探索が進みますね。今までは私のせいで……」
「それは仕方がないのですよ、稟ちゃん。魔術は疲れるものなのですよー」

好感触を覚えていた星達とは逆に、一刀はこのままではダメだと感じていた。
今日の迷宮探索で星達のパーティに限界が訪れるまで約1時間。
1時間交代では精神力など回復しないし体力だって持たないことは、テレポーター設置クエストで24時間テレポーターを守るローテーションを組んでいた一刀には分かりきっていた。

尤も、地図上でしか知らない場所の探索を進めている状態で1時間なのであるから、一方のパーティが睡眠をとるのを守るような状況なのであれば、2,3時間は平気かもしれない。
だが、守るばかりでは迷宮探索は進まないのである。

LVが上がればその状況も変わるかもしれない。
しかし今日の探索では、2パーティ合わせても10回ちょっとしか戦闘していないのだ。
これではLVも全然上がらないし、わずか2ヶ月では加護を受けるどころかBF15に進むことすら出来ないであろう。
星達の迷宮探索のやり方自体を根本的に変更する必要があると、一刀は考えていたのであった。



それはそれとして、外出権を得た一刀達が迷宮探索を終えた後、真っ先に向かったのは当然のように湯屋であった。
『優遇組』の季衣達の部屋にもバスルームなどはついていなかったため、一刀も季衣達も体を拭いたり水浴びをしたりすることしか出来なかったのだ。
尤も、季衣達にとっては元々の村でも風呂などはなかったため、それが普通だったのであるが、一刀にとってギルドでの剣奴生活の中では風呂がないことが最も耐えがたいことだったのである。
今後のことについて打ち合わせをしようと、星達も湯屋に一緒に行くことになった。

「ボク、兄ちゃんと一緒に入るー!」
「ダメよ季衣、ちゃんと男湯と女湯で別れてるでしょ!」
「でも店員さんは、ボク達なら男湯に入ってもいいって言ってたよ? 流琉も一緒に行こうよ」
「絶対ダメ! いい、季衣。女の子は自分の裸は、軽々しく男の人に見せちゃダメなんだよ」
「そんなの、兄ちゃんにいつも見られちゃってるじゃん。同じ部屋なんだし、着替えとか体を拭いたりとかさ」
「ひ、人聞きの悪いこと言うな! 俺はいつもちゃんと後ろを向いたり部屋を出て行ったりしてるだろっ!」
「兄様が私達の着替えをさりげなく盗み見てるのはいいの! 他の男の人に見せるのは、とにかく絶対にダメなの!」
「ちょっと待て! 流琉もさらっと嘘を混ぜるな!」 
「変な流琉。まぁいいや、それじゃ兄ちゃん、また後でね」

季衣達と一緒に女湯に向かう星達の視線が、微妙に冷たくなった気がした一刀なのであった。



折角の風呂も余り楽しめなかった一刀。
待ち合わせた座敷には、湯上りの星達が既に飲み食いを始めていた。

「よう、早いな。待たせてごめん」

星達に声を掛けて、混ざろうとする一刀。
しかし星達は、それを無視して飲み食いを続けていた。

「ぷはっ! うむ、この一杯とメンマのために生きている……」
「……一応言っておくけど、さっきのは違うぞ。まさか勘違いしてないよな?」
「大丈夫ですよ、一刀殿」
「おお、稟! 稟なら分かってくれると信じていたよ」
「人間、誰しも欠点はあるものです。季衣さん達もそれほど嫌がっていないみたいですし、両者の合意であれば問題ないでしょう」
「だから、誤解なんだよ!」
「お兄さん、往生際が悪いのですよー。『幼女アナライザー』として、その態度はどうかと思うのです」
「……もう、いい」

すっかり不貞腐れた一刀だったが、星達がすぐに冗談だと謝ったため、ようやく機嫌を直した。
そして今後の方針を決める話し合いを行ったのだが、星達は公平であった。
2ヶ月後のパーティ解散までに得た収入は全てパーティの金としてプールし、解散時に6等分しようと提案してきたのである。
消耗品はプールした金から支払われるため、一刀が矢銭を気にする必要もなくなる。
見知らぬ者同士のパーティで不協和音を出さないためには、これが最善の方策であった。

ところが、分け前の取り決めはすんなりと決まったものの、探索のやり方についてはお互いの意見を戦わせることになった。
明日からでも泊まりの準備をして可能な限り深い階層まで辿り着こうとする星と、とりあえずBF11で自力を上げて無理なく迷宮に挑もうとする一刀の主張は、互いに平行線であったのだ。

こういう場合、普通であれば雇い主側である星の主張が採用されるであろう。
だが、ここで星の非凡さが発揮された。

「ふむ、ではまず一刀殿の方策を試してみますか。私はリーダーシップを取るのに不向きな性格でもありますしな」

この一言は、通常の探索者ではなかなか言えない。
なぜなら探索者は、一般人と比較すると無類の強さを誇るため、自分自身に絶対の自信を持つ者が多いからである。
外の世界で無双を極めた星であれば、尚更であろう。

これはもちろん星の生まれ持った性格によるところも大きいが、稟や風との数年間の旅の成果でもあった。
3人で大陸中を回った際、自説のみを主張するよりも稟や風の意見を取り入れた時の方が、大体において物事がうまくいっていた。
その経験から、星は自信過剰の罠に陥ることがなかったのである。

それぞれがそれぞれの得意分野を出し合って助け合う。
そうしたことを、星達は長い旅の中で学んでいたのであった。

但し、まだ一刀の方策やリーダーシップを認めていたというわけではない。
これまで街で聞いた一刀の風評を試してみよう、その程度の気持ちであった。

だが星達の考えがどうであれ、自分が舵取りを出来るのであれば一刀は構わなかった。
例えとりあえずの所だとしても、星があっさりと意見を譲ってくれたことに、一刀は好感を抱いたのであった。



「おいおい、流し満貫シスターズは今日も休みかよ」
「なんでもコアなファンを引き連れて迷宮に潜ってるらしいぜ」
「あーあ、天和ちゃん達の歌が目当てでこの店に通ってたんだけどなぁ」
「まぁ、早く復帰してくれることを願うしかないな。って、なんだありゃ? あんなのが天和ちゃん達の代わりなのか?!」

背後の男達の話を聞くともなしに聞いていた一刀は、目を舞台に向けて驚いた。
なんとそこには、璃々が立っていたのである。

実はこの湯屋は、桃香の知人が経営してる店であった。
紫苑は、璃々を取り戻すのに協力してくれた桃香達に恩返しをするため、今でも桃香達のクランに参加して迷宮探索を続けていた。
だが桃香達くらいになると、日帰りで迷宮探索という訳にはいかなくなる。
それなので、紫苑が迷宮探索に行っている間は璃々をここに預けられるようにと、桃香に紹介してもらったのである。

それだけであれば、こうして舞台に立つこともなかったであろう。
だが、舞台で歌や踊りを披露するはずのアイドル達が、突如として欠勤を続けたのだ。
困り果てた支配人に、璃々は言った。

「天和お姉ちゃん達の代わりに、璃々が歌ってあげる!」
「……気持ちはありがたいんだけどねぇ」
「大丈夫だよ、璃々お歌が上手だもん。お母さんにも一刀お兄ちゃんにも褒められたんだから」
「一刀お兄ちゃん……もしかしてそれって、『幼女アナライザー』の?! ……彼が璃々ちゃんの才能を認めたのなら、もしかして……いけるか?!」

この湯屋は探索者をターゲットにしているため、高料金・高サービスを売り物としている。
そのため、何日も舞台を取り止めたままには出来ないのである。
高サービスの付加価値が無くなってしまえば他の湯屋と変わらなくなり、値段の高い分だけ客が来なくなってしまうからだ。
こうして璃々のデビューが決まり、今日この時が初舞台なのであった。



「♪あ らっつぁっつぁーや りびらびりん らば りったんりんだん でんだんどぅ」

先端が二股に分かれた杖をリズムよく振りながら可愛らしく歌う璃々と、手に汗を握ってそれを見守る一刀。
一刀は学芸会で我が子の演技に一喜一憂するお父さんの気持ちを味わっていた。

「♪やば りんだんてんだん でいあろー わらば るぶるぶるぶるぶ れいえぶー」

聞き覚えのある声に、季衣達も璃々に気がついた。

「わわっ、璃々ちゃんだよ! なんで?」
「ネギ振ってる、可愛いー!」

ネギではない、杖である。
そのまま3人で見守る中、ついに音楽が間奏に入った。
だが、そこで事件は起こった。
前日に緊張しすぎて眠れなかったのか、璃々がウトウトし始めてしまったのである。

「兄ちゃん、璃々ちゃん寝てる!」
「兄様、大変です! 早く起こしてあげなきゃ!」
「待て! 単純に起こしただけだと、舞台が失敗になってしまう。ここは演出だと思われるような起こし方をするんだ!」

一刀が2人に作戦を伝え、決行の時を待つ3人。
やがて間奏が1サイクルを終えようとした瞬間、曲に合わせて3人が叫んだ。

「「「ホアッ!」」」

その合いの手に驚いた璃々が目を覚まし、作戦は大成功かと思われた。
しかし、思わぬ落とし穴があった。
璃々はパニックになってしまったのか、倍速で杖を振り始めてしまったのである。

「璃々ちゃん、落ち着いてー!」
「速い、ネギが速いよ、璃々ちゃん!」

ネギではない、杖である。
それでも杖を振っている途中で落ち着いたのか、歌い出しの始まる頃には璃々も立ち直っていた。

「♪わば りっぱっぱーぱりっぱりーぱりり りびりびりすてん れんだんどぅ」

口元に寝涎をつけながら、一生懸命に歌う璃々。
一刀達が見守る中、なんとか璃々は最後の1小節まで歌い切った。
そこまでで気力を使い果たしてしまったのか、後奏でまたしてもウトウトしてしまった璃々は、支配人に連れられて舞台を去ったのであった。

舞台には、璃々の落としたネギだけが、ポツンと残されていた。

一体誰が予想出来たであろうか。
この璃々が爆発的な人気を誇る洛陽のトップアイドルへと瞬く間に駆け上がり、ギルドから紫苑の弓をあっさりと買い戻してしまうことを。

(璃々も元気そうで、本当によかった……)

季衣達と一緒に璃々ファンクラブの入会手続きを行いながら、久しぶりに聞いた璃々の歌声に心を温かくする一刀なのであった。



一刀のほんわかした気持ちも、ギルドに帰るまでであった。
新しい部屋の準備がまだ出来ていないため、剣奴達の隔離スペースにある季衣達の部屋に帰ってきた一刀達は、そこで激しい敵意の視線を浴びたのである。

てっきり外出権への嫉妬だと思った一刀であったが、違っていた。
本来であれば今日からBF4に配属されたはずの一刀。
その一刀を除いた同僚達が予定通りにBF4に配属され、探索者がテレポーターに引っ張ってきたモンスター達にやられて初日に全滅したのである。

(……俺のせいだ)

一刀以外から見れば、逃げた探索者が一番悪いと言うだろう。
100歩譲っても、その時警備の順番だった剣奴達の運が悪いと言うべきである。
剣奴達にしても、一刀が抜けたから全滅したんだ、という感情が大半であった。
尤も、彼等は一刀の同僚達が死んだ分だけ自分達の仕事が増えたことを怒っていたのであるが。

だが一刀自身は気づいてしまった。

自分が仕事中に無双していたせいで、同僚達のLVが上がらなかったことに。
そのせいで同僚達が、BF2からいきなりBF4に配属されたも同然の状態になっていたことに。
剣奴達の的外れな敵意は、まさしく一刀が受けるべきものであるということに。

(警備のことなんて、最近すっかり忘れてたけど……)

自分の起こした行動が、他人にとって最悪な結果を産むことがある。
平和な現代を生きてきた一刀は、この事実に大きなショックを受けたのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:100/100
EXP:699/3250
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:60
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:25貫500銭



[11085] 第二十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/10/03 08:55
一刀がショックを受けていようといまいと、夕日は沈むし朝日は昇る。
そして一刀には、過去を悔やむよりも前にしなければならないことがあるのだ。
それは、季衣達との幸せな未来を掴むことである。
一刀は胸のモヤモヤを心の隅に押しやり、今日も迷宮探索に挑むのであった。

一刀が狙いを定めたのはBF11である。
以前テレポーター設置クエストを受注した時に、テレポーターを設置する場所の候補がいくつかリストアップされていた。
そのうちの1つ、テレポーターから程近い場所に、それなりの広さの大部屋があった。

季衣達との3人パーティだった時は、複数の敵に襲われないように広い場所を拠点にするのは避けていた一刀であったが、今は星達のパーティがいるためにその心配はいらない。
大部屋は狭い場所に比べて、今の一刀達にとって必須とも言えるメリットがあるのだ。
一刀が敵を選んで釣れるという、大きなメリットが。



「星、稟! マッドリザードが行くぞ!」
「応!」
「はいっ!」

≪-拘束の風-≫

稟の魔術で、マッドリザードの動きが鈍くなる。
すかさず退避する稟を庇うようにして、星がモンスターの正面に立って待ち構えた。
マッドリザードの噛み付きを槍の石突きで受け止めた星は、その勢いを利用して槍を反転させ、槍頭でマッドリザードの頭部を薙ぎ払う。

星の手槍は長さ160cm程度であり、戦場で使用するための槍よりもかなり短いが、それでもかなりの重量がある。
斬撃としては薙刀などに比べて刃に反りがないため切断能力は劣るが、その重さを利用して叩き斬るような使い方が可能なのだ。

頭部を切断こそされなかったが衝撃ダメージを受けたのであろう、マッドリザードの動きが更に悪くなった。
背後から近づくと尻尾による攻撃を受けるため、側面に回り込んでダガーを振るう一刀。
星と呼吸を合わせながら数回斬りつけて様子を見る。
槍の攻撃はダガーに比べて遥かに攻撃力があるようで、星が何度か突き技を放つとマッドリザードのNAMEが黄色から赤に変わった。

「後は任せた!」
「承った!」

戦いを続ける星と、ボウガンをセットしながらその場を離脱する一刀。
今度はオークに向かって矢を放つと、季衣達の待つ一角へと走った。

≪-拘束の風-≫

風も稟と同じ魔術を唱え、すぐさま退避する。
今度は流琉が風を庇う役割をし、背後に回った季衣を守れる位置で一刀はダガーを振るった。
WGが100になり、獣人系モンスターであるオークの首筋にポインターが見えるが、一刀はそれを無視してダガーを突き出す。
やがてオークのNAMEが赤になったところで、やはり季衣達に後を任せて一刀は戦いの場から離脱した。

WGが溜まったら、さっきまで避けていたハイオークを殺すチャンスである。
ボウガンを使わずにすぐそばまで駆け寄った。
近づいて来る一刀にハイオークが気づき、呪文を唱える。
しかし一刀は全く躊躇せずにハイオークの懐に飛び込むと、その首すじのポインターに向けてダガーを一閃した。
ハイオークの首は口をモゴモゴと動かしたまま、宙を舞うことになったのだった。

だが、ボウガン無しで無理やりハイオークに駆け寄った弊害が出てしまった。
ハイオークの傍にいたワーウルフが一刀の存在に気づき、襲い掛かって来たのだ。
一刀はボウガンで牽制して全力で逃げたが、ワーウルフの足は速い。
たちまち追いつかれ、その手斧を一刀に向けて振るったのである。

以前の一刀であれば、その攻撃を避ける術はなかったであろう。
しかし今の一刀にはどの辺りに攻撃が来るのかが、背中に目が付いているかのように良く分かった。
回避+18の効果が、敵の攻撃に対する知覚という形で現れたのである。

一刀は斧が空気を切り裂いている感覚を、はっきりと感じ取れていたのだ。
斧の軌道を回避するように走る方向を変え、星の元へ全力疾走する一刀。

「星、稟! お代わりを持って来たぞ!」
「こちらはまだまだ余裕ですぞ、一刀殿」
「私も全然いけます!」

「兄ちゃん、こっちだって敵が足りないくらいだよー!」
「そうですよ兄様! こっちにもどんどん送ってください!」
「……ぐぅ。おお、暇なのでついウトウトと、失敗失敗」

彼女達の威勢の良さに、元気を分けて貰えたような気がした一刀なのであった。



一刀の考えは単純である。
魔術系モンスターが怖いのであれば、まともに相手をしなければ良いと気づいたのだ。

そのために必要な条件は2つ。

1つ目は、敵を選べるだけの広さを持つ拠点であること。
今までは敵の数に押されてしまうため、広い場所を拠点に選ぶのは不可能であった。
だが星達が加わったことによって敵の殲滅速度が増し、仮に複数の敵が相手となっても2パーティで分け合えるため、拠点として選択可能になったのである。

2つ目は、魔術系モンスターであるハイオークよりも一刀の方が強いこと。
デスシザーは格下の獣人系モンスターにしか発動しないため、更に深い階層に行くには一刀のLVアップが必須条件となる。
そしてその問題は、一刀が両方のパーティの釣りをすることによって解決した。
2パーティ分を合わせたEXPを一刀が取得することで、自身の急速なLVアップを図ったのである。
NAME表示でハイオークと普通のオークの区別がつく一刀であれば誤認の心配もないし、戦闘速度のコントロールも出来て一石二鳥であった。

仮に星達がLVやEXPを視認出来るとしたら、理性では納得しても感情では不公平さを感じたかもしれない。
実際に一刀も、自分ばっかり悪いかなぁという気持ちがあった。
だが一刀のLVが上がって深い階層に行くことが出来れば、今度は星達がパワーレベリングされる側の立場になるため、平等にEXPを得るような戦闘方法にするよりも効率的であろうと考え直したのである。

稟と風には1戦闘に1回だけ『拘束の風』を唱えて貰うことでMP消費を抑えた。
璃々に貰った人形の使用も考えたが、雪蓮の『火弾に比べて格段に威力が弱い』という言葉にひっかかりを覚えていたのである。

『火弾』自体が『魔術レベル1』の魔術であり、名作RPG『クエクエ』シリーズでいう『ラメぇ』のようなものなのである。
璃々のLV上げの際に最も頻繁に使わせた『火弾』であったが、一刀にはまったくダメージが入っているようには見えなかった。
『火弾』ですらそうなのだから、それより格段に弱い威力など話にならない。
お守り代わりに今でも迷宮探索のお供にしてはいたが、実用性は皆無だと一刀は思っていたのであった。

それにわざわざ人形を使用せずとも『魔術レベル1』の呪文は、『魔術レベル3』の稟達であればMP2で使用可能なため、MPの半分を探索終了の目安としても、稟で約30回唱えることが出来る。
仮に1戦闘を5分として、休憩を入れて1時間で10匹倒す計算だとすれば、3時間の戦闘持続能力があると考えられる。
それだけあれば、LV上げには十分である。
しばらく様子をみて余裕があれば、『土の鎧』辺りを星や流琉に掛けてもらうことによって、更に効率が増すであろう。

BF12以降は適切な場所を探す手間がかかるが、それでも2ヶ月あればこのやり方でLVアップすることにより、『試練の部屋』の突破も可能だろうと考える一刀なのであった。



祭壇到達クエストを受注してから数日が過ぎ、ようやく一刀達に新しい部屋が用意された。
誰しもが予想した通り3人部屋であった。
断っておくが、一刀自身は個室がいいと主張したのだ。
だがそんな一刀の主張など、嵐の前の水鉄砲のようなものであった。

「兄ちゃん、ボク達と一緒の部屋じゃ……ぐすっ、嫌だったんだ」
「折角……買った……ベッド……高かった……キングサイズ……」

涙目で一刀に訴えかける季衣と、俯いてブツブツと呟く流琉に、一刀は無条件降伏したのだ。
それでも新しい部屋は、今までとはかなりの違いがあった。

良い方を挙げれば、なんといっても広さである。
今まで2人部屋を3人で使用していただけあって、それなりに窮屈であった。
流琉のベッドが搬入されてからは、尚更である。

悪い方を挙げると、剣奴用の食堂が利用出来なくなったことである。
いや、一応これまで通りに利用可能なのだが、この状況下ではさすがに止めておいた方が無難であろう。

ギルド職員や雪蓮達用の食堂などはない。
ちょっと外に出ればいくらでも食べるところがあるし、特に探索者は食事時間が不規則なため、時間に縛られてて管理されている剣奴達とは違い、食事の用意をしておくのが難しいのである。
つまり一刀達は、日々の食事代が必要となってしまったのである。

武器・防具の購入や補修を考えると、手持ちの25貫ちょっとで2ヶ月持つか微妙なところだ。
一刀は星達に頼みこんで、解散時に6等分の約束だったプール金を『週に1度、プール金の半分を6等分』という仕組みに変更して貰ったのであった。



金の問題が片付いたら、後は装備の問題である。
一刀がアイアンダガーに交換してから1ヶ月ちょっとが経ち、そろそろ刃毀れが目立つようになってきた。
ブロンズダガーの時は3週間で使用限界になっていたことを考えると、良く持っている方であろう。
無理をすればもう1ヶ月は使用出来ると思われるが、一刀はこのダガーを予備に回して、より高性能な新しいダガーを購入しようかと考えていたのだ。
予備の必要性は前からずっと考えていた一刀であったが、もう1本アイアンダガーを買わなかったのはこのためである。

ギルドショップでチェックしていた高性能ダガーもあったのだが、一刀はたまたま入った町の武器・防具屋で見つけたダガーに、一瞬にして心を奪われた。
それは毒属性のダガーであった。
アクションゲーム『ハンハン3』をやり込んでいた一刀にとって、毒属性ダガーと言えばゲームに登場するプリンセスナイフなのである。
育てるとクイーンナイフまで成長するその武器を、一刀は愛用していたのだ。

(ゲームの世界なんだし、趣味に走っても……いいよな?)

星のお陰で最低でも2ヶ月間は金に困らない目途が立った一刀は、衝動的にそのダガーを買おうと手に取り、そして硬直して冷や汗を流した。
なんと、20貫という値札がついていたのである。



ポイズンダガーは、外見的にはアイアンダガーと余り変わらない。
刀身がわずかに青緑色に鈍く輝いているくらいの差異である。
だが、製作工程はアイアンダガーと比較にならない程、手間がかかっている。

鍛造するところは同じであるのだが、ここで普通のアイアンダガーは内部応力除去のために焼鈍するだけである。
ポイズンダガーはここで硬度アップのために焼き入れ焼き戻しを行うのである。

アイアンダガーだって焼き入れ焼き戻しが出来ないわけではない。
しかしその熱処理だけでは、硬度と引き換えに粘りがなくなり脆くなってしまうのだ。

ではなぜポイズンダガーならば硬度アップの熱処理が可能なのかといえば、鍛造する材料に既に毒素という異物を混入させることにより、熱が芯まで伝わらなくなるからである。
そのため表面は硬くて芯が粘り強いダガーになるのだ。
仕上げに、毒素と鋼をブレンドした特殊な材料で表面処理まで施してある。

鍛冶屋と錬金術師が総力を挙げて製作した、最高級の1品なんだ。
この品物がわずか20貫なんて、格安過ぎて私ら明日にでも首を釣らなきゃならないよ。
しかも現品限りの品なんですよ、お客さんも本当にお目が高い!

などと店長に言われ、理屈はさっぱりわからないものの、価格がアイアンダガーの4倍もすることにひとまず納得した一刀。
そのまま言いなりになって購入せず、まず装備させてくれと店長に頼むことが出来たのは、一刀の対人スキルの成長分であろう。

装備してステータスを確認したところ、攻撃力はアイアンダガーに比べて3上昇していた。
とてもではないが、値段に見合っているとは言い難い上昇値である。
だが攻撃力があまり上昇しない分、もしかしたら毒効果に期待が出来るのかもしれない。

(俺はただ、敵のHPが地味に減っていくのが好きなだけなんだ……)

ただそれだけのために20貫。
買った直後から後悔してしまいそうな武器だったが、一刀は我慢出来ずにポイズンダガーを購入してしまったのであった。



ところが、ここで予期せぬ問題が起こった。
新しく買った毒ダガーと今までのダガーを腰の左右にぶら下げた一刀は、自分のステータスを視認することが出来なくなってしまったのである。
どちらかのダガーを腰から外すと、ステータス画面は復活した。

(バグか? ……あ! 実際のゲームでは、近接武器の装備欄が1枠な仕様なのか、もしかして)

1枠の仕様のところに2つの近接武器を入れようとしたから、表示が消えてしまったと仮定して、それでも予備の武器を装備した方がメリットがあるかどうか。
自分のHPやMP、WGを戦闘中に確認出来ないのは痛すぎるため、どう考えてもデメリットの方が大きい。

幸いなことに、鞘ごと手に持っている状態だと装備品ではなくてアイテムと見做されるようであり、一刀のステータス画面には影響がない。
なので、季衣達の武器の中に入れて貰うなりすれば、持ち運び自体は出来そうである。
人形も腰にぶら下げているが、これは元から装備品ではないためであろう、特にステータス画面への影響はなかった。

ふと思いついて、店のブロンズボルトを借りて、アイアンボルトに混ぜてベルトに収納してみたところ、これもステータス表示が消えてしまった。
更に、腕輪を借りて『回避の腕輪』を付けている方と同じ腕に装備してみると、やはりステータスは表示されなくなる。
反対側の腕であれば、問題なくステータス画面が現れることから、腕輪の装備上限はシステム的に2個だと考えられる。
それ以上装備して効果が累積するのかどうかは、ステータス画面が消えてしまうので確認出来ないが、ゲームシステムが強く反映されるこの世界では、累積される可能性は低いと考えざるを得ないし、仮に累積されたとしてもステータス表示を最優先にすべきであろう。

(まぁ、指輪や腕輪をじゃらじゃらと身に着けるつもりもなかったけどさ……)

それ以前に、現段階では貧乏過ぎて装備品の取捨選択も出来ない。
早く金に不自由しない身分になりたいと思う一刀なのであった。



金。
それはリアルにおいてもこの世界においても、最も重要なものである。
もちろん金では買えないものも存在するが、金が無くてもいいという話とはイコールで結ばれない。
この日、一刀は季衣や流琉にお説教をされてしまったのである。

「兄ちゃん、毎日湯屋に行くのは贅沢し過ぎだよ」
「そうですよ、兄様。私達はお金を貯めて、自分達の身を買い戻さないといけないんですから」

季衣はともかく、巨大ベッドなんかを購入した流琉には言われたくなかった一刀。
風呂は命の洗濯なんだと、一歩も譲らない構えをみせた。

「季衣だって、外に出られるようになった途端、ダンゴの買い食いなんかしちゃってるじゃないか。何本買ったんだよ、それ」
「30本だけだもん! 1本10銭なんだから、300銭しかかかってないもん!」
「安い定食屋で普通に食って50銭だけどな……」
「それでも、兄様の通っている湯屋は一回500銭、そこでお酒を飲んで食事もしたら1貫を超えちゃいます。それを毎日は、さすがにどうかと思います」
「わかった、こうしよう。普段は湯屋で食事をしない。それならいいだろ?」

季衣達の言葉は、一刀の無駄遣いに対する忠言である。
それに対して、自分の取り分からの出費なんだから別にいいだろ、などと言わないだけの分別はあった一刀。
だが、風呂の気持ちよさを思い出した一刀にとって、今更水浴びに戻すことはかなり辛かった。

「もう、兄ちゃんがこんなにお風呂好きだとは思わなかったよ」
「そうだ、季衣。湯屋通いを週に1回にしてもらう代わりに、残りの日は部屋で盥にお湯を貰ってきて、私達が兄様を洗ってあげようよ!」
「あ、それいい考えだね。いつもボク達ばっかりマッサージして貰ってるし、お礼に綺麗にしてあげる!」

兄様のために、いい提案が出来た!
兄ちゃん、喜んでくれるかな!

季衣達に、子犬のような眼を向けられた一刀。
どうやって彼女達を傷つけないようにお断りさせてもらおうかと、頭を悩ます一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:15/100
EXP:2012/3250
称号:幼女アナライザー

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:3貫900銭



[11085] 第二十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
「兄ちゃん……」
「兄様……」

体を洗ってあげると提案をした季衣と流琉は、目を輝かせて一刀の返事を待っていた。
だが、一刀にはそれを了承することは出来なかった。
少女というより幼女と呼ぶのが相応しい彼女達との裸の付き合いは、一刀の倫理的にはアウトであったのだ。

なによりまずいのは、一刀自身が2人に対して性的な欲求を感じつつあることだ。
2人をただの保護対象とだけしか見ていなければ、体を洗われるくらい許容範囲であっただろう。
しかし一刀は、彼女達に恋愛感情を抱いてしまっている。
彼女達に魅力を感じてしまっているのである。

そして、だからこと大切にしたいと一刀は考えていたのだ。
もっと成長して彼女達の体に無理が掛からなくなるまで、そして自分達が自由を得て、きちんと責任がとれるようになるまで。
一刀は自分の欲望を、その時が来るまで押し殺すつもりだったのである。

そんな一刀の決意を、あっさりと崩壊させかねない季衣達の提案。
一刀にそれを了承出来るはずがない。
だが、季衣達が折角好意で言ってくれたことなのだ。
無碍に断っては彼女達を傷つけてしまうだろう。
進退の極まった一刀がとった行動は、かなりの力技であった。

「……ぐぅ」
「あれ、兄ちゃん寝ちゃったの? ……話の途中で寝ちゃうなんて、兄ちゃんよっぽど疲れてたんだね」
「最近のやり方だと、兄様は私達の倍くらい動いてるんだし、無理ないよ。このまま寝かせてあげよう。私、毛布持ってくる」

風のお株を奪うような、堂に入った寝た振りでピンチを凌いだ一刀だったのであった。



毒。
一口に毒と言っても、色々な種類がある。
ポイズンビートルのようにHPを徐々に削っていく効果の毒もあれば、キラービーのように体を麻痺させる効果の毒もあるのだ。
違う毒なのに全て『毒消し』で治るあたりが、非常にゲームチックであると一刀は感じていたが、それは余談である。

本題は、一刀の買ったポイズンダガーはどんな種類の毒効果があるのかということであった。
一刀が期待していたのはHPを削っていく効果の毒であったが、戦術的にはむしろ体を麻痺させる効果の毒の方が有効であろう。
それはそれでありだなぁと思う一刀は、果たしてどんな効果があるのかとワクワクしながら、

オークに向かってポイズンダガーを振るった。
ワーウルフに向かってポイズンダガーを振るった。
リザードマンに向かってポイズンダガーを振るった。

(………………………………)

「きゃー! 兄様、やめて下さい!」
「なにやってるのさ兄ちゃん! 悩みがあるなら、自殺する前にボク達に相談してよ!」

自傷行為をしようとした一刀を、季衣達は必死になって止めた。
もちろん一刀は自殺しようとしたわけではない。
ただ、己の身を持ってポイズンダガーの効果を確認したかっただけである。
それほどに、毒の効果は分かり難かったのだ。

(毒状態になったらNAMEが点滅するとか、なればいいのに……)

20貫の大枚を叩いて買ったポイズンダガーを恨めしく見つめる一刀なのであった。



一刀はポイズンダガーを使用することによって、気づいたことがあった。

大抵のRPGでは、毒などの状態異常は一目で分かる仕様になっている。
ところがこの世界では、敵の状態異常どころか味方のバッドステータスすらも見た目で判断しなくてはならないようなのだ。
その時は状態異常がパラメータに表示されないことを意識してなかったが、季衣が麻痺毒を喰らった時も、流琉が脱水症状だった時も、もっと言えば出会った当時の季衣達の体調不良だって、HPの減り具合や当人達の様子で状態異常を当て推量するしかなかった。

(敵はともかく味方にも状態異常の表示がないなんて、そんなRPGあるか?)

と考えた一刀だったが、自分が全ての出来事をデータ的に確認出来ているわけではないことに気がついた。
自分自身の与ダメ被ダメですら分からないのだ。

恐らく本当のゲームであれば、ログ表示によってそういうものが把握出来たのであろう。
更にパーティを組んだ時点でパーティ枠のようなものが表示され、季衣達のコンディション情報の詳細も分かったはずである。
だが、現状システム的に季衣達とパーティを組めているわけではない。
単に一緒に行動しているだけだと認識されているようなのだ。

(俺にとって季衣達は味方でも、システム的にはソロ同士がただ傍にいるだけって訳か……)

一緒に迷宮を降りても各自が敵に対してアクションを起こさないとEXPが得られないということに対し、パーティ認識がファジーなのだと理解していた一刀だったが、それが自分の勘違いである可能性に気がついたのであった。

もしシステム的にパーティ認証させることが出来れば、味方情報の詳細を知ることが出来るかも知れない。
それに、敵に対するアクションを起こさなければEXPを得られないという現状だって、変化するかも知れない。

(システム的にパーティ認証される方法か。システム的にパーティ機能がある以上、絶対にやり方があるはずなんだけどなぁ)

毒の効果がわからないポイズンダガーに20貫の価値があったかというと、現時点では否と言えるだろう。
だがこの思考に辿り着けたことが、ポイズンダガーで20貫失った分を補って余りある価値であったかどうか。
それは、現段階では誰にもわからないのであった。



その日の迷宮探索を終えて疲れきっていた一刀は、季衣達に散財を注意されたこともあり、湯屋には行かずに部屋に戻った一刀。
今日は水浴びで済まそうと考えていた一刀だったが、その目論見は崩れ去ったのである。
季衣達が、盥に湯を張って部屋で待ち構えていたのだ。

(……よく考えたら、寝たふりじゃ問題解決になってなかったんだよなぁ)

「さ、兄様、服を脱いで下さい」
「兄ちゃん早く! 折角のお湯が冷めちゃうよー」

この状況下で寝た振りは、さすがに通用しないであろう。
だからといって、はい分かりましたと服を脱ぎ出す訳にもいかない。
どうしたらよいのか分からず躊躇する一刀に焦れたのか、季衣達は実力行使に出た。

「わ、ちょっと待て!」
「いいから、早く脱いで下さい。はい、ばんざーい」
「ほらほら、右足上げてー」
「は、恥ずかしいんだって! 俺は1人で洗えるから、しばらく部屋から出てってくれ!」

その場の勢いで季衣達の好意を拒否してしまった一刀。
言った瞬間そのことに気づき、彼女達が傷つかなかったかと恐る恐る季衣達を窺った一刀だったが、彼女達の反応は一刀の予想を超えていた。
季衣達は、顔を赤らめて照れつつ自分達の服を脱ぎ出したのだ。

「こ、こうすれば、兄様だけ恥ずかしい思いをしなくても済みます」
「ボク達だけ服を着てたんじゃ、ずるいしね。それに、洗ってる時に服が濡れちゃうかもしれないし……」

なんという計画犯。
小蓮を始めとする雪蓮のクラン員、さらに星達までが一刀と知り合い以上の関係を構築しつつある現状で、季衣達は彼女達なりに思うところがあったのだ。

「あ、兄様、少ししゃがんで下さい」
「わぁ、兄ちゃんの背中、こうして見るとおっきいねー」

とはいっても、全部が全部計算づくなわけでは、もちろんない。
蓮華の下乳に鼻を伸ばしていた一刀を見て、きっと一刀は女の子の裸が大好きなのだろう、自分達のことももっと大好きになってくれるに違いない、とその程度の考えであった。
その証拠に、一刀のことを洗い始めた2人は、すぐそれに集中してしまった。

「流琉、見てよー。兄ちゃんのここの傷、まだ治ってないよ」
「あ……これ、私を庇ってくれた時の……」
「傷薬を塗っても治らない時は、舐めるといいって小蓮が言ってたよ!」
「そう……なのかな……れろ、ちゅぷっ」

流琉の舌が傷を這う感触に、しかし一刀はなにも反応を示さなかった。
それは感覚が鈍いとかの問題ではなく、一刀がこの状況に対して完全に硬直していたためであった。

右を見れば、染みひとつない季衣のプニプニとした肌。
左を見れば、ささやかな自己主張をしている流琉の胸の膨らみ。

(もう俺は、ダメかもしれない……)

それでも限界まで耐えようと頑張る自分自身を褒めてあげたい一刀なのであった。



一刀にとって苦行の時間が終わりを告げた。

「兄ちゃん、ボク達の体は拭いてくれないの?」
「無理だからっ! これ以上は理性が焼き切れるからっ!」

体を拭いてあげるどころか、このまま自分達の体も洗おうとする2人と一緒にいるだけでも危ういと感じた一刀は、そそくさと服を着て部屋の外に出ようとした。
ところで、一刀自身は苦行の時間だと思っていたバスタイムであったが、傍目には一体どう見えていたのであろうか。
部屋の扉を開けた一刀の目の前に、その答えがあった。

血溜まりの中で横たわる少女。
顔は青を通り越して土色となっており、その出血量からも生きてはいまいと言い切れる。

「り、稟?!」

一体何が起こったのかと、慌てて稟を抱き起そうとする一刀。
だが、そんな一刀の行動を制止する者が現れた。

「ちょっと待つのですよ、お兄さん。事件現場の保存は捜査の鉄則なのです」

名探偵・風の登場であった。
こう見えても一刀は、推理ゲームの金字塔『ユートピア連続殺人事件』を攻略本も見ないでクリア出来るくらいのゲーオタである。
探偵役は風に譲り、自らは助手として謎の殺人事件に挑むことを決意した一刀。
そんな一刀に対する風の最初の命令は、信じられないものであった。

「お兄さん、服を脱ぐのですよー」
「はぁ?!」
「いいから、服を脱ぐのですよー」
「な、なんでだよ!」
「さっさと、服を脱ぐのですよー」
「嫌に決まってるだろ!」

「往生際の悪い犯人なのです。星ちゃん、仕方がないから実力行使でお願いするのですよー」
「承った!」
「俺の肩には、蝶のアザなんかないぞ!」
「なにを訳の分からないこと! いい加減に大人しくなされ、一刀殿!」

星に服を剥ぎ取られた一刀が見たもの。
それは、稟の死体が一刀の裸に反応して、更に鼻血を吹く姿であった。

「ふふふのふ。やはり稟ちゃんを出血死に追い込んだ犯人は、お兄さんだったのですよー。たまたま部屋を訪れてきた稟ちゃんに気づいたお兄さんは、季衣ちゃん達を全裸にして侍らせ、いちゃいちゃを見せつけることによって稟ちゃんを……」
「アホかー! っていうか、稟は生きてるのかよ! って、それよりもお前ら全員覗いてたのかよ!」
「覗いていたとは人聞きの悪い。我等は一刀殿に用事があっただけのこと。ところがまさかの3人プレイ。まだ夕方の時間帯なのに、部屋の中でくんずほぐれつしていたなどとは予想出来ず、稟はそれを直視して倒れてしまったのですよ」
「3人プレイとか言うなっ!」

賑やかになってきた部屋の前。
その騒ぎを聞きつけて、迷宮探索を終えたばかりの蓮華達も集まってきた。

「季衣達、ずるーい! 一刀はシャオのお婿さんなのにー!」
「へへーんだ。兄ちゃんとボク達は、もう裸を見せ合いっこしちゃったんだもんねー!」
「ふんだ、一刀はそんなツルペタじゃ嬉しくないよ! シャオなんか、一刀と蓮華お姉ちゃんと3人で一緒にお風呂に入っちゃうもん!」
「ちょ、ちょっと、小蓮?!」
「ふむ、一刀殿は幼女趣味だとばかり思っていたが、膨らんだ胸も嫌いではないと? ならばこの星、一肌でも二肌でも脱いでみせましょう」

もう、収拾がつかない。

女の子は何も身に着けていない状態が一番美しいっていうのは本当だったんだなぁ。
と、先程の季衣達の裸身を思い浮かべて現実逃避をする一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2453/3250
称号:○○○○○○

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:3貫600銭




[11085] 第二十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
星達が一刀の部屋に訪れた理由。
それは、稟が今日の迷宮探索でLVアップしたことに起因する。
もともと1000程度のEXPが溜まっていたLV11の稟は、星と一刀と3人でEXPを分け合う形となっているため、同じLV11の風達よりも一足早くLVアップしたのだ。

「まさか一刀殿と組んでわずか数日で、成長の証である『贈物』が頂けるとは思いませんでした……」
「それで今日は、その祝いをしようと思いましてな。一刀殿をご招待しにきたわけです。もちろん季衣達も一緒にな」
「さすがは『幼女ブリーダー』として名高いお兄さんなのですよー。……稟ちゃんはお兄さんの中では幼女だったのですか?」
「成長したのは稟自身の努力が実を結んだ結果だから! 幼女とか関係ないから!」

そう言った一刀であったが、彼自身の言葉よりも『幼女ブリーダー』『幼女アナライザー』としての異名の方が説得力があったらしく、星達には謙遜と受け止められてしまった。

「私は自身の能力向上が見込めるのであれば、幼女として振る舞うことも厭いません! ……一刀……お、お兄、ちゃん……」
「一刀殿を暫定リーダーに据えたのは、どうやら間違いではなかったようですな」
「風は立派な淑女ですから、お兄さんの能力の恩恵には与れないのですよー」

羞恥を堪えて一刀に呼びかける稟。
ウムウムと頷く星。
何を考えてるのかさっぱりの風。

季衣と小蓮の言い争いも激化しているようで、場はますます混沌としてきた。
自分の部屋の前で、これ以上の騒ぎは避けたかった一刀。
とりあえず祝いをしようと蓮華達に別れを告げ、星達とギルドを後にしたのであった。



星達が連れて来てくれた店。
それは洛陽でも有数の高級料理店であった。

「凄いー! ボク、満漢全席なんて初めて見たよー!」
「お、美味しい……」

季衣達が夢中になって食べている姿を、目を細めて眺めていた一刀に、稟達が声を掛けた。

「この店は、元は宮廷の料理人だった男が長安への遷都をきっかけに独立したらしいのです。尤も、この満漢全席はさすがに不敬にあたるため、皇帝が食するものとは別物なのだそうですが」
「そうなのか。それにしたって量といい味といい、俺達が今まで食べてたギルドの飯とは大違いだよ」
「ふふ。皇帝が長安に遷都した後も、洛陽が花の都であることには変わりないようですな。私達の旅の道中でも、ここまで洗練された味わいの食事などはありませなんだ」
「そっか、星達は大陸中を旅してたって言ってたっけ。星や稟はともかく、よく風が旅に付いていけたなぁ」
「むー? それは『幼女アナライザー』として、風の体力を見抜いたが故の発言なのですか?」
「違うって。常識的に考えて、だよ」

一刀の言葉に目を光らせた風。
さっと稟達に目配せをすると、そのまま一刀を質問攻めにした。

「ふむふむー。それではお兄さん、風の能力的な評価はどうなのですかー?」
「一刀殿は、本当に噂通り幼女の潜在能力がわかるのですか?」
「そういえば、稟が『贈物』を貰ったと聞いた時も、それが当然だというような反応でしたな。それに、我等の実力をたった1度確認しただけで、躊躇なくBF11を狩場に選ばれた……。もしや一刀殿は、幼女だけではなく我々の能力なども把握しているのでは?」

それは星達の溜まりに溜まった好奇心の発露であった。
今まではパーティ間の相互理解を優先していたため、自らの知的興味を押し殺していた3人であったが、最早我慢も限界だったのだ。
稟のLVアップの祝いというのも嘘ではないが、この席を設けた最も大きな理由は、こうして一刀に色々な質問をするためであった。

しかし、一刀の能力は恩人の雪蓮達にすら明かしていない秘中の秘なのである。
如何に好意を感じ始めている星達にとは言え、そう軽々しく話せるものではない。

そして、ここで大きな問題があった。
それは一刀の立場が『暫定』リーダーであることだ。

剣奴である一刀がリーダーになっているのは、星達が一刀の能力を試しているという側面が大きい。
依頼主である星達がいつまでも一刀の指示で動くということは常識的に考えてありえないし、ある程度慣れてきたら星達の方がリーダーシップを取るようになるのが自然な流れであろう。
また仮に星達が一刀の能力を認めて主導権を譲りたくなったとしても、やはり星達自身がリーダーシップを取るようにせざるを得ないのである。
なぜなら、2ヶ月後には一刀達とのパーティは解消する可能性が大きいため、その直後に3人に戻ることを考えると、ずっと一刀にリーダーを任せきりにするよりも、一刀がパーティにいるうちにそのやり方を真似て実践した方が、いざという時に安全であるからだ。

別に権力欲があるわけでもない一刀であったが、ここでネックとなるのは祭壇到達クエストには期限が設定されていることである。
その期限内にクエストをクリアするためには、各自のパラメータを視認可能な自分が主導権を握っていた方がベターだと考えていた。

そしてそのことを、現状では一刀だけしか理解していない。
即ち、一刀がクエスト達成までリーダーを続けるためには、星達に余程のメリットがあることを示さねばならないのだ。

稟のLVアップである程度の信頼は得られているが、一刀自身が言ったように稟の努力の成果でもある。
そのことは一刀もわかっているし、星達だって理解している。

つまり、全てに関して否定することは可能だが、それではいずれ暫定リーダーとしての立場を失う結果に繋がってしまうのである。
逆にここで自身の能力を一端でも明かせば、そのリスクと引き換えに、一刀がリーダーを続けることによる十分過ぎる程のメリットを星達に示せるであろう。

(本当の能力を隠したままでメリットを示すなんて、嘘を付いて騙しでもしなけりゃ無理だ……)

パーティの主導権を握るのは諦めて、質問は全否定しよう。
その結果、例えリーダーじゃなくなっても助言は出来るし、彼女達ならこっちの進言も受け入れてくれるだろう。

嘘をつくのを良しとしなかった一刀。
互いの命を預け合う迷宮探索に於いて、自身の全てを明かさないことだけでも引け目を感じていた一刀は、せめて仲間を騙すような真似だけは避けたかったのである。

尤も、対人スキルが未だに高いとは言えない一刀の嘘に、稟や風が素直に騙されるとも思えないため、この一刀の決断は正解であっただろう。

あった、ではない。
あっただろう、だ。

星達からの質問に即答せず、じっくりと考えながら言葉を選んでいる一刀。
その態度が、季衣達には一刀が星達の質問に答えたがっていないように見えたのだ。

(兄ちゃん、ボク達に任せて!)
(兄様、ちゃんと私達が誤魔化してみせます!)

季衣達は一刀にアイコンタクトを送ると、一刀が口を開く前に星達の質問に答え始めたのであった。



「兄ちゃんに、そんな便利な能力なんてあるわけないよ!」
「ふむふむー。それでは、巷の噂は嘘だったということなのですかー?」
「この噂があったからこそ、我等は一刀殿にリーダーをお任せしたのだがな」

「え、あ、違います! 兄様は人を見る目があります! リーダーには相応しいんです!」
「人を見る目というのはつまり、個々の才能を見抜く目ということではないのですか?」
「うむ。是非とも我々の潜在能力について、教えて頂きたいものだ」

「ダメだよ! 兄ちゃんは、えーっと、親しい間柄の小さい女の子の能力だけ、そう、それだけを見抜けるんだよ!」
「……それはまた、随分と特殊な技能なのですよー」
「ならば風、お主が見て貰うといい。一刀殿もお主であれば、文句はなかろう」

「だから、親しくないと無理なんです! つまり、その、兄様は、そう、視覚ではなく味覚で幼女の能力値を把握する技能の持ち主なんです!」
「なんと、味覚とな?!」
「それで先程は3人で裸になって……。なるほど、あれは一刀殿が2人を味わっていたのですか。確かにそれは親しい関係じゃないと無理ですね……」

嘘が嘘を呼び、更に嘘が塗り重ねられる悪循環。
ダメな嘘の見本の様な展開に、一刀は唖然とした。
季衣達が詫びるような視線を送ってきたが、ここまで来てしまっては今更上手いフォローも出来ない。

こうなったら運を天に任せ、自らの能力を明かすしかない。
一刀が自らの秘密を打ち明けようと、口を開いた瞬間のことであった。
その口を塞ぐように、自らの唇を重ねてきた者がいた。

「うむ……くちゅ、ちゅっ」
「むぐぐっ、うぅ、っぷは! 誰だ?!」
「ふふ、久しぶりね一刀。噂は聞いているわ。私のことは覚えているかしら?」

金髪の髪を左右で巻き、小さな体に不似合いの威圧感を放つ少女。
一度話したら二度と忘れることの出来ない存在感、一刀ももちろんその少女のことを覚えていた。

「……華琳か」
「そうよ。わずか2ヶ月で、ギルドから外に出てくるとは思わなかったわ、一刀」
「その前に、なんで俺にキスなんかしたんだよ! そんな間柄じゃないだろ!」
「あら、私は前に言わなかったかしら、貴方のことが気に入ったって。言っておくけど、この私が男に対してあんなことを言うなんて、後にも先にも二度とないわ。その言葉を、あんまり軽く受け取って欲しくないわね」
「だ、だからって、いきなりキスはおかしいだろ?!」
「それに横から話を聞かせて貰ったけど、貴方は味覚で人の能力を測るのでしょ? ならば口付けくらい交わさないと、私の能力が測ってもらえないじゃない。それとも、幼女の味しかわからないのかしら?」

目を細めて一刀を観察している華琳。
自身の能力を知ることより、一刀をからかうのが主目的であったのだろう。
その態度は、一刀の反応を明らかに面白がっていた。

だが、話はそれだけでは済まなかった。
華琳自身は注目されるのに慣れているため自覚してすらいなかったが、華琳は今この店内で最も注目を集めていた人物なのだ。
そんな彼女の発言は、即座に千里を走ることになる。

(おい、今の華琳様の発言を聞いたか? 味覚で幼女の能力を測るんだってよ!)
(あ! あいつ、もしかして『幼女アナライザー』なんじゃないか?)
(アナライザーってより、どっちかって言えばソムリエだよな)

こうしてまたひとつ、一刀の不名誉な称号が洛陽中に広まることになったのであった。



ところで華琳は初対面も同様の一刀に、キスをするためだけに話しかけてきたのであろうか。

そんなわけはない。
そもそも華琳は、一刀がギルドから出てきたという情報を得た時から、一刀の居場所を探させていたのだ。
そしてギルドではない場所にいることを確認し、わざわざ会いに来たのである。
つまり華琳は、偶然この場所にいた訳ではないのだ。

「実はね、貴方に依頼したいことがあるのよ、一刀」
「いや、それでもキスはおかしいだろ? キスっていうのは、もっと大切な人とするものであって……」
「いい加減にしつこいわよ、一刀。私は『加護スキル』のせいで、キスは慣れてるからいいのよ。貴方だって、私みたいな美少女にキスをされたんだから嬉しいはずだわ。ギルドから外に出られたご褒美だと思って、取っておきなさい」

強引にキスしておきながらその態度はどうなんだと思う一刀であったが、それを口に出さないのは賢明であった。
尤も、キスに否定的な一刀の言葉に少しずつ不機嫌になってきていた華琳の威圧感が増し、一刀に反論を口にする余裕がなくなっただけのことだったのだが。

華琳の要件。
それは、奴隷市場で一刀と出会ったあの時に華琳が買った奴隷、桂花の育成依頼であった。

「もともとは魔術師じゃなかった私には、彼女の育て方はわからないのよ。戦士だったら迷宮の奥に叩き込んで、戻ってきた者だけを育てるからいいんだけど……」

そこで『幼女ブリーダー』として弱者の育成で名を馳せた一刀の出番という訳である。
しかしギルドと仲の悪い華琳では一刀の貸出許可が降りず、こうして一刀が外に出てくるまで待っていたのだと言う。

「桂花は日々の努力もしてるし、何回か迷宮内も探索させたし、一度なんか私達と一緒に深い階層に潜らせてもみたんだけど、なかなか成長しないのよね。でも才能はあると思うのよ。魔術だって『地の鎧』と『癒しの水』が使えるし」

その華琳の発言で、大体のことは分かった一刀。
つまり桂花は敵に攻撃する術を持っていないのだ。
従ってEXPを取得するには、敵にタゲられるか物理攻撃を仕掛けるかしか手段がない。

『珍宝』を持っている一刀であれば、桂花を育成することは容易であろう。
だが、一刀は既に現在クエスト遂行中なのである。
余計なクエストは受注したくないし、普通の依頼人であれば二重契約は嫌がるであろう。
ここは華琳に桂花の育成方法を伝えて、お引き取り願うのが最善だと考えた一刀であったが、星達が口を挟んできた。
星達は普通の依頼人ではなかったのだ。

「義を見てせざるは勇無きなり! 一刀殿、困っている人に頼られたら、救いの手をさしのべるべきですぞ」
「私達も一刀殿の『幼女ブリーダー』としての実力を確かめることが出来て、一石二鳥ですし」
「それに華琳ちゃんは、洛陽でも有数のお金持ちなのですよー。ギルドでお兄さん達のレンタル料を200貫も取られて、風達が旅で得たお金も心許なくなってきているのです。現状で取得した収入はプール金に入れて6等分という約束ですから、風達の懐もホカホカになって嬉しいのですよー」

そして止めともいえるのが、華琳のこの発言である。

「報酬は1000貫でどうかしら。前金で500、後金で500。依頼内容は、桂花に加護を受けさせること。依頼失敗のペナルティは……二度と私の信頼を得ることが出来なくなることよ。それがどんな意味を持つことか、それすら分からないようであれば私の見込み違いってことね。……貴方には期待しているわ、一刀」

非常に面倒な依頼であった。
唯でさえ困難な祭壇到達クエストであるのに、更に負荷をかけるような真似を、しかも依頼人自身が課してくるのである。
だがそんな難題を前にして、一刀は挫けるどころか俄然として張り切り出した。
1000貫という目も眩むような報酬に、一刀は自分達の解放が絵空事ではないことを実感したのだ。

今回の報酬は6等分されるので、自分達の解放される額には全然届かない。
それでも6800貫が現実的な金額だと分かったことは、迷宮探索でモンスターを倒すことが半ば惰性になっていた一刀にとって、やる気を引き出すのに十分な事実なのであった。

(とにかく出来る限りLVアップをすること、まずはこれだけに集中しよう)

明日からも続く迷宮探索へ意欲を燃やす一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2453/3250
称号:幼女ソムリエ

STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13

武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:3貫600銭




[11085] 第三十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
「つまり貴方は、世の中から不公平さを無くすべきだと主張しているわけではなく、理に適った不公平さであるべきだ、と言うのね」
「その通りです!」
「ふぅん、なかなか面白い考え方ね。確かに稟の言には聞くべきところがあるわ」
「しかし華琳殿、その不公平さを享受してしまっては、必ず泣きを見る者が出ることになる。強者は強者であるが故に、弱者を守らなければならぬのです」
「それが強者としての義務、と言う訳? 星の気持ちもわからなくはないけど、それでは弱い者は一生他人頼みなままになってしまう。自らを助ける者こそ、私は助けたいと考えるわ」

このように稟や星と議論を交わすかと思えば、

「華琳さん、こっちも美味しいですよ!」
「……軍鶏で作った変わり麻婆は面白いけど、これ花椒が入っていない?」
「はい、入ってますけど、華琳さんはお嫌いですか?」
「南方料理の基本が麻と辣なのは知ってるけど、これって素材の味を全部殺しているような気がするのよね。せっかくいい軍鶏を使っているのに、これじゃ歯応えしかわからなくなってしまうわ」
「素材の味を活かす辛味か……勉強になります」

流琉を相手に料理の講釈をする華琳。

実に多才な人物であり、なによりも存在感があった。
風ですら油断していると思わず『華琳様』と呼びたくなってしまうようなカリスマ性に、一同は知らぬ間に華琳を中心として話に花を咲かせていた。

だが、その席には既に一刀の姿はなかった。
一刀は沸き立つ心を抑えきれず、店に留まっていることが出来なかったのだ。
そして、そんな一刀の後を追う者がいた。

「ちょっとあんた、待ちなさいよ!」
「ああ、桂花か。これからよろしくな」
「よろしくな、じゃないわよ。勝手に店を抜け出して、どこに行くつもり?」
「あー、特に考えてなかったんだが……。そうだ、桂花は今、疲れてるか?」
「別に疲れてない……あ、あんた、まさか……」
「ああ、もし桂花が嫌じゃなかったら、早速一緒に迷きゅ……」
「やっぱり! 暗がりに私を誘いこんで、なにするつもりなのよ! あー、あんたさては、私の穴という穴をアナライズするつもりなのね! 死ね、変態! 何が嫌じゃなかったら(キリッ)よっ! 嫌に決まってるでしょ、この連続孕ませ犯!」

今からでも迷宮探索すべく誘おうとしたら、もの凄い罵詈雑言が返って来て面食らう一刀。
桂花の怒鳴る内容のあまりの酷さに、怒りよりも先にあっけに取られてしまった。

(こっちの言うことなんて欠片も聞いてくれなさそうな子を、どうやって育てろって言うんだ……)

華琳の提示した報酬に浮かれきっていた一刀の心は、すっかり底辺まで盛り下がったのであった。

だがある意味で一刀は、桂花に助けられたと言える。
わずかとはいえアルコールが入っているような状態で、桂花を迷宮に誘ったこと。
こんなことは、普段慎重な一刀にしては珍しいどころかありえない話である。
それほど今の一刀は、足が地についていない状態であったのだ。

そして、そんな心持ちで生きて帰れるほど迷宮は甘くない。
慎重さを失った先程までの一刀であれば、今日が大丈夫でも明日、明日が大丈夫でも近い未来に、確実に命を落としていたであろう。
そんな一刀の心に、意図的ではないにせよ冷水を浴びせかけた桂花の手柄は大きかったのであった。



桂花の育成方法として、2種類のやり方が考えられる。

1つ目は、小刻みにパワーレベリングしていく方法。
2つ目は、一気にパワーレベリングする方法。

前者は手間はかかるが比較的安全であり、後者はその逆である。
後者の場合は星達と行動を共に出来るというメリットがあったが、桂花がこちらの指示に従ってくれるかどうか不安が残るため、一刀は前者を選択した。
なぜなら、後者の場合はLV1の桂花ではただ1度のミスが命取りになりかねないからだ。

付け加えておくと、前者の場合でも星達に桂花育成を付き合ってもらうことは可能である。
だが、その気になれば何時間でも迷宮に潜っていられる一刀ならば、星達のLV上げと同時進行で桂花の育成が可能であるため、敢えて別行動で桂花を育てるということで星達と話をつけたのだ。
一刀の育成振りが見られなくて残念がっていた星達だったが、例え数日でも桂花のためにLV上げがストップしてしまうことの方が一刀には痛かったのである。
桂花が星達と合流出来るまで、大体1週間と目途をつけた一刀。

(尤も、こちらの指示に素直に従ってくれれば、の話だけどなぁ……)

昨夜の桂花の辛辣な話し振りを思い出し、げんなりしてしまう一刀なのであった。



しかし、そんな一刀の心配も杞憂に終わった。
迷宮に入る前、一刀に向かって桂花が宣言したのだ。

「あんたが今不安に思っているだろうことを当ててあげる。私があんたの指示を聞くかどうか、でしょう。心配しなくても、迷宮内ではあんたに従うわ」
「……そりゃ、助かる」

昨日のツンツン振りからは予想出来なかった桂花の言葉に、一刀は戸惑いながらも返事を返した。
その態度で、一刀が半信半疑であることを悟ったのであろう。
桂花は更に言葉を重ねた。

「なによ。疑うなら、迷宮内ではあんたに敬語でも使いましょうか? 呼び方もあんたじゃなくて、お兄ちゃん? 師匠? あんたの好きな様に呼んであげるわ。言っとくけど、迷宮内だけよ。勘違いしないでよね」
「いや、敬語もなしでいいし、呼び方も好きでいい。だが、こちらの指示には反問なしで従ってくれ。急を要する場合が多いからな」
「わかったわ。それじゃ改めて、よろしく頼むわよ」
「あ、ああ……」

予想外の桂花の言葉ではあったが、一刀にとってはありがたい態度である。
心底胸を撫で下ろした一刀は、しかし内心で一刀と同様ほっとしている桂花の心境にはまったく気がつかなかったのであった。

そう、桂花の昨日の態度、そして今の態度は、全て計算づくだったのだ。

桂花は、そこそこに裕福な家庭の娘であった。
父親は既に亡くなっていたが、母子2人で暮らしていくには十分な財産もあり、通常以上の教育が受けられるくらい順風満帆な生活を送っていた。
そんな生活が一転したのは、母親が再婚してからだった。

母親の結婚相手は、絶望的なまでに性質の悪い男であった。
飲む打つ買うは当たり前、気に入らないことがあれば母親や桂花にも暴力を振るった。
やがて心労で母が亡くなると、状況は更に酷くなった。
養父が桂花に対して、性的な視線を送るようになったのである。

生まれ持った明晰な頭脳と、今までの教育で授かった豊かな知識で、辛うじて自らの体を守り抜いた桂花だったが、その抵抗は養父の不興を買ってしまう。
暴力はどんどん激しくなり、桂花は日々の食事すらも満足に与えられなくなってしまった。
挙句の果てに人買いに売り飛ばされた経緯から、人間不審が極まってしまった桂花なのであった。

そんな彼女も、華琳に買われてからは徐々に本来の性格を取り戻していった。
華琳は奴隷を甘やかす主人ではなかったが、ことさらに厳しくあたる主人でもなかった。
そしてなにより、人を見る目があったのだ。

最初は魔術師だからという理由だけで桂花に目を掛けていた華琳であったが、だんだんとその知能の方に惹かれていった。
華琳が桂花を気に入ってその身を奴隷から開放した頃には、桂花の人間不信も男嫌い程度にまで回復していた。
そして、坂道を転げ落ちるかの様に華琳へと傾倒していったのであった。

もともと華琳が桂花を買った理由は、桂花が魔術師だからである。
つまり桂花に求められているのは、迷宮内での魔術による補助なのだ。
華琳のためならと、桂花は寝る間も惜しんで訓練を続けた。
だが桂花がいくら努力をしても、自身の成長は見られなかった。

一刀に依頼が持ち込まれたのは、そんな状況下であった。

一刀の噂を聞いた桂花は、その異名に身の危険を感じていたが、同時にこれが自身に与えられたラストチャンスだとも考えていた。
己の主人である華琳は、いくら自身が気に入った者であっても、そう何度もチャンスを与えるほど大らかな人物ではないのだ。
奴隷からは既に開放してもらっている桂花であったが、この機会をものに出来なければ、華琳のクランからの放逐は十分に考えられる事態であった。

己の力量と一刀の名声から考えれば、その実力差は明らかである。
男嫌いの桂花といえども、迷宮内では一刀の指示に従わざるを得ないし、それが正解であると桂花の頭脳も回答を出していた。
だが、その力関係はあくまでも迷宮内だけに留めなければならない。
でなければ、自分はアナライズされた上にブリードしまくられ、最後にはソムリエし尽くされてしまうと桂花は考えたのだ。
そのため、依頼に手を抜かれてしまう危険を冒してでも、対等だという意識を一刀に植え付けるべく昨夜の行動を起こしたのであった。

虚実を織り交ぜた桂花の策略は、一応その目的を達成出来たと言ってよいであろう。
尤も、そんなことをせずとも一刀が桂花を性的な意味で襲うとは考えにくいため、桂花の一人相撲であった感は否めないが。

しかし、一刀も桂花も見落としていたことがあった。
人は必ずしも宣言通りに行動を起こすことが出来るわけではないということを。

なにはともあれ、一刀と桂花の迷宮探索がいよいよ始まろうとしていたのであった。



結論から言うと、桂花のLVアップは順調に進んだ。
但し、一刀の心労を考慮しなければ、の話であったが。

いくつか彼等の狩りの例を挙げよう。

「ポイズンビートルだ! 毒を持ってるから、気をつけろよ!」
「な、なんなのよあの虫、でかいし紫色だし、この世のものとは思えないわ……」
「早く人形を構えろ! 『火弾』を撃って、さっさと小屋に逃げるんだ!」
「ち、近づいてくる、でかい虫が、虫が……い、いやあああああぁぁ!」
「ちょ、おい、桂花!」

「マッドリザードだ! 尻尾が強攻撃だから、背後には近づくなよ!」
「な、なんなのよあの蜥蜴、でかいし緑色だし、この世のものとは思えないわ……」
「大丈夫、絶対守ってやるから! 落ち着いて攻撃してくれ!」
「ち、近づいてくる、でかい蜥蜴が、蜥蜴が……い、いやあああああぁぁ!」
「……これを俺に、どうしろと?」

「おい、キラービーが来るぞ。頼むから、戦ってくれ……」
「な、なんなのよあの蜂、でかいし黄色だし、この世のものとは思えないわ……」
「もう観察とかするな。目を瞑ってていいから、とにかく1撃だけ攻撃してくれよ」
「ち、近づいてくる、でかい蜂が、蜂が……い、いやあああああぁぁ!」
「……璃々の方が、よっぽど手がかからなかったな」

昨日の態度といい、この行動といい、さすがに頭にきた一刀。
そんな一刀が桂花にとった最終手段は、非情のものであった。

「よし、あのゴブリンを倒すぞ!」
「それはいいけどあんた、なんで私の後ろにいるのよ。あ、ちょっと、触らないで! なにすんのよ!」
「いくぞ、桂花!」
「い、いやああああぁぁ!」

桂花の腰を鷲掴みにし、そのままゴブリンに向かって押し出す一刀。
当然ゴブリンは、手に持っている武器を桂花に向かって振り下ろした。
その瞬間、一刀は桂花の体を引っ張って無理やり攻撃を回避させ、そのまま力押しでゴブリンを塵に変えた。
実力よりも大分下の階層であることに加え、回避力に特化している一刀であればこそ出来た、離れ業であった。

もう一度、同じ言葉を繰り返そう。
結論から言うと、桂花のLVアップは順調に進んだ。
但し、一刀の心労と桂花の下半身の濡れ具合を考慮しなければ、の話であったが……。



2日程経ち、LV13に上がった一刀。
だが、既にその疲労は隠しきれないものになっていた。

「これ以上は無理だよ、兄ちゃん」
「そうですよ。いくら兄様でも1日に2度も迷宮に潜っていたら、疲れて当然です」
「……どっちかっていうと、精神的な疲労がなぁ」

季衣達に言われるまでもなく、一刀もそろそろ限界だと思っていた。
璃々を育てた時よりも一刀自身のLVが高かったため、こんな状態でも桂花のLVアップだけは順調だったことが救いであった。

NAME:桂花
LV:6
HP:63/63
MP:78/78

一刀の仕打ちがショック療法になったのか、最近では桂花もモンスターに慣れてきたようであった。
そのことで桂花が一刀に感謝の視線を送ることは、もちろんなかったが。

桂花のHPも2日前の3倍になり、1撃死はしないんじゃないかなぁという曖昧で希望的で楽観的な考えが一刀の頭を過ぎった。
その結果、予定より5日早く星達との合流を決めた一刀。

本当に身も心も疲れきっていた一刀の判断。
果たしてそれが吉と出るか凶と出るかは、現時点では誰にもわからないのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:85/100
EXP:124/3500
称号:幼女ソムリエ

STR:14
DEX:18
VIT:14
AGI:16
INT:15
MND:11
CHR:14

武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:67
近接命中率:51
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:49(+3)
物理防御力:50
物理回避力:68(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:3貫100銭



[11085] 第三十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
祭壇到達クエストを受けてから一週間が経ち、そろそろ溜まったアイテム類を換金して各自に分配しようと、安めの居酒屋を訪れていた一刀達。
お荷物じゃなくなるまでは分け前なしの桂花も、今後の方針を決めるためにその場に呼ばれていた。

ハイオークからドロップした『スチールインゴッド:売値3貫』が4個。
ワーウルフからドロップした『狼の毛皮:売値2貫』が6枚。
リザードマンからドロップした『トカゲの硬皮:売値2.5貫』が5枚。
この3匹からドロップした『青い剣の飾り:売値0.5貫』が13個。

『蜂蜜』は一刀がギルドに収めれば1貫になり、『アイアンインゴッド:売値1貫』や『トカゲの皮:売値0.5貫』も合わせると、1週間の総収入は大体60貫であった。
ちなみに華琳からの依頼料前金500貫は、この中に含まれていない。
つまりこれら後者のアイテムは、『青い剣の飾り』を除く前者のアイテムの1.5倍以上ドロップしたということだ。

総収入の半分を6等分して端数を調整した結果、今週は5貫が各自の配当金となった。
これは、一刀が予想していたよりも低い金額であった。

このことで、今までドロップ率の振れ幅は10%~20%くらいだと大雑把に把握していた一刀にも、ようやく法則性が掴めてきた。
基本的に誤差の範囲内だと思えたため、今までは気が付かなかった。
だが、法則性があると考えて過去のアイテムドロップを振り返ってみると、なんとなく傾向が理解出来てきた。

BF1~5ではジャイアントバットの『コウモリの羽』とコボルトの『ブロンズインゴッド』に比べて、ゴブリンの『ブラスインゴッド』やポイズンビートルの『毒薬』はドロップ率が悪かったように思われる。
そしてBF6~10ではゴブリンやポイズンビートルのドロップ率がわずかにアップしていたようであり、それと比較するとBF6から登場するモンスターのドロップ率は悪かったような気がしなくもない。
そして、今回の結果である。

つまり、モンスターの初登場フロアでは10%前後であり、そこから階を重ねる毎にドロップ率が20%に近づいていくという法則性が見えてきたのだ。
確率の問題なのでリアルラックが絡んでくるが、そう大幅には違わないだろう。

というような自論を、一刀は得意げに皆に打ち明けた。

「……一刀殿、それがなにか?」
「もしこの法則が正しければ、BF6で『蜂蜜』を集めるのとBF15でやるのでは、ドロップ率が2倍も違うんだぞ! 凄い発見じゃないか!」
「迷宮に深く潜ればそれだけ利益が大きくなるってことだよね? 兄ちゃん、それって最初から分かってることじゃないの?」
「そ、そうだけどさ……」

ゲーオタの自分とは異なり、普通の人はドロップアイテムを見ても確率がどうとか乱数がこうとか考えないのか、とショックを受ける一刀。
季衣の言葉通りのことさえ分かっていれば、確かにそれ以上深く考える必要もない。
自分は異端分子なのかと落ち込む一刀に同じ匂いを嗅いだのか、そんな一刀の肩を風が叩いた。

「風……」

捨てられた子犬の様な眼差しで風を見上げる一刀。
風は、そんな一刀からふっと目を逸らし、

「乾杯なのですよー!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
「無視かよっ!」

こうして初収入祝いの宴会は、序盤から盛り上がりを見せていたのであった。



上記で算出した総収入は、現段階ではあくまでも計算値である。
実際に換金済みではないため、現物支給で貰っても構わない。
売値は評価額の半分なので、材料を装備にしてくれるコネがあるのならば現物支給の方がお得である。

キングサイズのベッドを購入した時には借金をアイアンインゴッドで返し終わっていたらしい流琉は、今度はスチールインゴッドに目を付けたようで現物支給のインゴッド1個と2貫を手に入れた。
季衣は、今度は一刀のためにハードレザージャケットを作るんだと張り切っており、トカゲの硬皮を1枚と2.5貫の収入である。

正直に言えば、一刀は出来る限りの金額を青い剣の飾りに投資したかった。
近い将来の値上がりが確実なのだから、それも当たり前である。
だが、そんなことをすれば当然星達の注目を引くであろう。
そうなれば、理由を打ち明けざるを得ない。

この1週間で星達が信頼出来る人達であることは一刀も理解していたし、桂花だって口は悪いが根は悪い人間ではない。
自分だけのことであれば、普通にバラしていただろう。
だがこれは雪蓮達との約束なのである。
内緒にしておくと誓った以上、星達を信頼しようがしまいが打ち明ける訳にはいかない。それが約束というものだと一刀は固く信じていた。

そんなわけで、500銭で売り払うのは勿体ないと思いつつ、泣く泣く青い剣の飾りを諦めた一刀。
最終的に一刀が選んだのは、狼の毛皮を1枚と3貫の金であった。

これは、季衣が一刀のためにトカゲの硬皮を入手したためである。
一刀には、現在身に着けているレザージャケットの補修を巡って、季衣と金を払う払わないでやり合った経験がある。
その時の頑固さから考えて、一刀が季衣自身のために金を使えと説得しても聞き入れて貰えない可能性が高い。
なのでその分、季衣の装備は自分が揃えようと一刀は考えたのである。

これも一刀の対人スキル上昇の賜物であろう。
この世界に来た時とは比べものにならない程、人付き合いの機微がわかるようになってきた一刀。
一刀自身に裁縫スキルがないため、他の誰かを頼らざるを得ないという状況が更に人との交わりを深め、プラスのスパイラルとなっていくことを期待したい。



華琳からの依頼料前金500貫は、宝石で支払われていた。
深紅のスタールビーである。
換金して分けてもいいが手数料で1割以上取られてしまうため、前金は星達が貰って後金は一刀達が受け取るという形にした。
桂花育成の負担を序盤は一刀が全て受け持っていたことや、華琳の依頼が一刀に対するものであったことを考えれば、受け取る順番は逆であるべきだ。

当然星達も、自分達が後で良いからと一刀達にスタールビーを渡そうとしたのだが、一刀が頼んでこの順番にして貰ったのである。
なぜなら一刀達には、報酬を受け取る前に解決しなければならない問題があるからだ。
つまり、このルビーをどうやって管理しておくか、ということである。

外出に2ヶ月のタイムリミットがある一刀達では町に財産を預けておくわけにもいかないし、部屋に置いておくのも不用心である。
探索に持っていくのは問題外だ。
ギルドに預ければいいように思うが、一刀はこの臨時収入を七乃に知られたくなかった。
どうも七乃に目をつけられているらしい自分が、自分自身を買い戻せるような大金を入手したと知れたら、その後の金策でギルドの妨害が入らないとも限らないからである。

(収入は今回だけって訳じゃないし、管理方法もちゃんと考えなきゃな……)

手に取ったスタールビーの吸い込まれるような深紅の輝きに目を奪われながらも、現実的な思考をする一刀。
今の自分にとって時間がなによりも大切なものであることを、一刀は十分に理解していたのだ。
綺麗だと感嘆するのも、ゆっくり休息するのも、全てはこの2ヶ月が終わってからでいい。

宝石を星に返し、一刀は明日からのプランを皆と打ち合わせるべく口を開いたのであった。



「さて、今日は話し合いたいことが2つある。1つ目は、そろそろBF12に狩場を移そうと思っていること。2つ目は、桂花を合流させることだ」
「ふむ、1つ目は異存ないですが、2つ目は少々早過ぎはしませんかな? 一刀殿が桂花を鍛え始めて、まだ2日しか経っておりませんぞ?」
「うーん、一応新しい魔術を覚えるくらいには成長したんだけど、やっぱりまだ早いかな? 俺も微妙なところだとは思うんだけどさ……」
「なんと! たった2日で?!」

驚いた星だったが、それでも反応出来るだけ他の2人よりはマシであった。
稟と風は、自身が魔術師であるだけに、新しい魔術を覚えるということの苦労が実感としてわかっている。
驚愕の余り言葉も出ない2人は、やがてそれを僅か2日で成し遂げたという桂花と、そこまで教え導いた一刀に、強い尊敬の念を抱き始めていた。

一刀は3人から向けられたその視線に、すぐに気がついた。
LV制を理解している一刀からすれば、それは誤解以外の何物でもない。
これ以上『幼女ブリーダー』的な誤解が広まっては堪らないと、一刀は慌ててフォローを入れようとした。

「い、いや、これは俺の力じゃなくって、桂花の努力? や、優秀さが? うーん……なぁ、桂花。そういえばずっと聞きたかったんだが……」
「なによ?」
「お前、何回かソロで迷宮探索に行かされたんじゃなかったのか? 華琳がそう言ってたんだけど」
「それがどうかしたの?」
「れべ……じゃなくて、実力の向上はともかく、なんであんなにモンスターを見て取り乱したんだよ。初めて見たわけでもないんだろ?」
「ふっ、愚問ね。この優秀な私が、対等以上の敵に正面からぶつかるなんてありえないわ」
「じゃあどうしたんだ?」
「この私が持つ36の計略の内で、最も優れた策を用いたのよ」
「……つまり、さっさと逃げたのか。でも、華琳に連れられて深い階層に行ったことだってあるんだろ?」
「馬鹿ねぇ。華琳様のご尊顔を拝し奉っているうちに、迷宮探索なんてあっという間に終わっちゃったわよ」

そんな桂花の言葉に、思わずツッコミを入れようとした一刀。
だがその前に、稟達が口を挟んできた。

「深い階層でのことはともかく、迷宮探索でさっさと逃げたのは正解だったわね。旅をして経験を積んできた私達でも、迷宮のモンスターを初めて見た時には足が震えたものよ」
「うむ。奴らを相手に一般人も同然の桂花が、無事に逃げ帰ってきたことだけでも評価出来る」
「風もそう思うのですよー。それにしても素人の魔術師を1人で迷宮に放り込むなんて、華琳ちゃんも無謀なのです。自分がなんでも出来るせいで、他人の限界に疎いのですかね。実に華琳ちゃんらしいのですよー」
「それに桂花が逃げちゃった気持ち、凄くわかるよ。ボクだって流琉や兄ちゃんがいなかったら、怖くて一歩も進めなかったと思うもん」
「私は、今でも最初のモンスターと戦った時の恐怖が忘れられないです」

2日間、桂花のことをヘタれだなぁと思いながら面倒を見ていた一刀は、皆の言葉にびっくりした。
そして、それが普通の感性だということに気づいて愕然としたのである。

口が達者なせいで実際の年齢よりも上に見える桂花だが、風や季衣達と変わらないような年頃なのである。
ましてや桂花は奴隷として売られていた身であり、風のように何年も旅をしていたわけでもなく、季衣達ような膂力に恵まれているわけでもない。
戦えなくて当然、びびって当然なのだ。

自分の体を操縦している感覚の一刀には、そのことが今まで理解出来ていなかった。
ゴブリンやコボルトに剣を突き刺すことすら、他の人とでは感じ方が異なる一刀。
比喩ではなくゲームでAボタンを押す感覚で敵を倒している一刀には、これから先も桂花達の感じている恐怖心はわからないだろう。

そんな自分が、こんなことを言うのは間違っていると思う一刀。
だがそれでも一刀は、言わねばならなかった。

「星の不安も分かる。俺もこのまま桂花を合流させるわけにはいかないと思ってるんだ。パーティのお荷物になるのはともかく、もし足を引っ張られたらこっちが致命傷になりかねないからな」
「ふむ、それではどうしようと?」
「明日は星達とは完全に別行動をとりたいんだ。だから明日の迷宮探索はなしにしてくれ」
「それで、一刀殿と桂花は?」
「一日かけて、桂花の試験をしようと思う。もしそれで桂花が失格だったなら、華琳の依頼を放棄するのもやむを得ないと考えてる」

純粋にLVが足りないだけであれば、もう少し時間をかけてでも桂花のLVを上げればいい。
だが、問題は桂花のびびり癖なのである。
爬虫類が苦手だからリザードマンとは戦えません、では困るのだ。

こればかりは、LVアップだけではどうにもならない。
そして一刀達には、桂花の心の成長を待つ時間などないのである。

「それに我等が同行するのは、まずいのですかな?」
「ああ、それじゃ試験にならないんだよ」
「ふむ……。しかし、一刀殿が迷宮に潜るのに我等だけ休むのも申し訳ない。BF12へ狩場を移すのであれば、新たな拠点を探さねばならないでしょうし、明日は我等5人でBF12を探索することにしましょう」

そんなの、危ないだろう!

そう言いかけた一刀は、自分の思い上がりに気づいて赤面した。
星達だけでは不安で、自分がいれば安心だなんて、どの口が言えるのか。
自分を戒める一刀だったが、それでも自分のいないところで皆に危険を冒して欲しくないという思いも本物である。
そんな一刀の逡巡を見破ったのであろう、星が言葉を重ねた。

「僅か2日でここまで桂花を鍛えた一刀殿の言葉です。その一刀殿が桂花を試験して無理だと判断するのなら、是非もありませぬ。ここは一刀殿にお任せ致そう。だから一刀殿も、拠点探しくらい我等にお任せあれ。なぁに、無茶はしませぬよ」
「……ああ、頼むよ。今と同じくらいの広さで、出来るだけBF11への階段に近い場所がいい」
「解り申した。それに試験のことだって心配いりませぬぞ。桂花が一刀殿の試験に合格すればいいだけの話ではないですか。なぁ、桂花」
「ふんっ。こんな奴の試験なんか、ぺぺぺのぺーよ!」

微笑む星と強がる桂花を見て、それ以上何も言えなくなる一刀なのであった。



基本的に夜は季衣達と過ごす一刀だったが、週に1度だけ祭の部屋でボウガンの手入れのやり方を教わっていた。
といっても、実際に手入れを教わっていたのは最初の1,2回だけであり、それからは雑談をしたり祭の愚痴を聞いたりしながらスナイパーボウガン+1のメンテナンスをするようになっていたのである。

「ふむ、これを使い始めて1ヶ月ちょっとか。多少痛み始めておるが、まだまだ使用には十分耐えられるのぉ。これも儂の教え方が優れているおかげじゃな」
「……ああ、祭さんには感謝してるよ」
「なんじゃなんじゃ、元気のない。若者がそんなことでどうするのじゃ」
「ちょっとな……」
「まったく、仕方のない。どれ、たまには儂がお主の悩み相談に乗ってやるとしよう。ほれ、遠慮なく打ち明けてみい」

一刀の抱えている問題は、特に秘密なわけでもない。
解決しない悩みではあったが、人に話すだけでも気が紛れるかと思い、一刀は祭の申し出に甘えることにした。

祭壇到達クエストのこと。
明日の別行動のこと。
桂花の試験のこと。

一刀の話を黙って聞いていた祭は、難しい顔をして一刀に答えた。

「うーむ、なんというか……。儂が思うに、お主は近い将来ハゲそうじゃの」
「なんでだよっ!」
「それはの、お主は自分が自分がと、全てを己のみで背負おうとしているように見えるからじゃよ」
「そ、それは……」
「仲間を信頼し、任せることも覚えねばならん。互いに支え合ってこその仲間なのじゃから」
「……ああ、俺もそう思うよ。だけど、俺が桂花の試験って言い出さなきゃ別行動する必要もなかったんだ。それに桂花の試験だって狩場の選択だって、これでいいのか、これが本当に正解なのかって、考え出すと止まらないんだよ」
「うむ、どうやらお主、精神的に疲れているようじゃのぉ。……まぁ、お主ならよいか。乗りかかった船じゃ、この儂がその悩みの解決方法を教えてやろう」

そう言うと、祭は服を脱ぎ出した。
小麦色の肌が、こぼれんばかりの胸が、どんどんと露わになっていく。

「な、な、な、なにしてんの?」
「なにって、ナニじゃ。ナニをするには、服を脱がねばならんじゃろ?」
「ナニってなんだよ!」
「ナニはナニじゃ。精神的に疲れている時は、気持ちのよいことをして体を疲れさせ、ぐっすり眠るのが一番なのじゃよ。ほれ、お主もさっさと服を脱いで、こちらに来るがよい」
「え、えー?!」
「なんじゃお主、おなごは初めてか? 仕方がない、儂が手ほどきをしてやるから、大人しく身を委ねるがよい。なぁに、天井の染みを数えているうちに終わってしまうから、心配するでない」

(……それは男のセリフじゃないのか?)

頭の片隅でそんなことを思いながらも、その脳味噌のリソースの大部分を祭のヌードを焼きつける作業でフル稼働させている一刀。
初めて見る成熟した女性の裸体に、思わず生唾を飲み込んだ一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:85/100
EXP:124/3500
称号:幼女ソムリエ

STR:14
DEX:18
VIT:14
AGI:16
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:67
近接命中率:51
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:49(+3)
物理防御力:50
物理回避力:68(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:7貫600銭



[11085] 第三十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
俺は確かに祭さんを尊敬している、それは間違いないけど、愛情を感じているのかと言えば、好意はもちろん持っているんだけど、いや、それよりも祭さんは俺のことをどう思ってたんだろう、ずっと前から俺のことが好きだったのか、違うそんな雰囲気じゃなかった、というかもっと盛り上がりというかムードが必要だったんじゃないかこういう場合、いや待てムードとかそういう問題ではなく、そもそも……

「なんじゃ、考えこみおって。もしやお主、賢者タイム中か?」

そう、一刀が理性を取り戻したのは、本能の求めるままに欲求を満たし終えた後だったのである。
自分を抱いた後で相手に苦悩の様子を見せられては、祭も面白くない。
だが、祭も大人の女である。
己の不満を上手く転換し、一刀が自分に夢中になるように導いた。

「まったく、愛の営みを交わした直後だというに、肝心のおなごをほったらかしにしよって。物思いに耽るのは体が満足しきっていない証拠。まだ儂も物足りんし、お主の気が済むまでその滾りを儂にぶつけるがよい」
「さ、祭さんっ!」
「くっ、ひぅ、こ、これ、がっつくでないっ! あっ、んっ、もっとおなごには優しくするもんじゃ……」

こうして、夜通し祭の体に耽溺した一刀。
疲れだけではなく全般的な感覚が鈍い一刀であったが、そこに意識を向けさえすれば普通に感じることも出来るため、エロスな行為の障害にはならなかった。
むしろ自身が疲れに鈍いことを有益に活用して、一刀は一晩中サルのように腰を振り続け、明け方頃にはさすがの祭も半死半生であった。

「ご、ごめん、祭さん。俺、気持ち良過ぎて、つい……」
「うっぷ、もう飲めん。上も下も一杯じゃ。お主、精力が異様に強いのぉ」

すっかり一刀に汚された祭の体を丁寧に拭きながら、一刀は一番気になっていたことを尋ねた。

「なぁ、なんで祭さんは俺と、その、シたんだ?」
「そうじゃなぁ、儂も久しく若い男に身を委ねていなかったし、今日は儂も色々と発散したい気分じゃったし……。ほれ、迷宮探索は命の危険が大きいせいか、性欲も高まるじゃろ?」
「か、軽いなぁ……」
「まぁなんにしろ、お主が好ましいおのこであったからという理由が大きいことは間違いない。でなければ、いくら儂でもそう簡単に体は許さんよ」
「そっか、ありがとう。俺も祭さんのこと、いい女だと思ってるよ」
「ば、馬鹿者! 年上をからかいおって!」
「それじゃ、俺はそろそろ部屋に戻るな」
「また発散したくなったらいつでも来るがよい。その時に儂の気分が乗っていれば、また相手してやろう」

年長者としてのプライドがあったのだろう。
ガクガクする足腰を押さえつけ、余裕の笑みで一刀を見送った祭。
一刀が部屋の扉を閉めた瞬間ベッドに崩れ落ち、そのまま意識を失う様にして眠りに落ちたのであった。

一方の一刀は、ルンルン気分で自分の部屋へと戻って行った。
そこに季衣達への罪悪感は、不思議なほどなかったのである。

季衣達への愛情が偽物であったのだろうか。
いや、違う。
一刀は「私達の誰が好きなの?」と問われれば「みんな好きだ!」と臆面もなく答えることの出来る男だったのだ。
リアルでは彼女いない歴=年齢であった一刀は、そのことに自分自身でも気づいていなかったのである。

恐らくギャルゲーのやり過ぎによる脳障害なのであろう。
一刀の中では、恋愛の同時進行を行うことに対する違和感は少なかった。

(もしかして俺って、ちょっぴり節操なしなのかも)

と思う程度である。
そのことは、季衣『達』を愛していると言っていた時点で気づくべき事柄であった。
更に、今までムードがどうこう言っていたギャルゲーマー特有のロマンチック回路も、祭との交わりによって進化していた。

『ギャルゲー脳+肉欲=ソレ・ナンテ・エロゲ』

一刀の脳味噌がジョグレスしたことで、今後の彼自身にどんな影響を及ぼすのか。
それは、誰にもわからないのであった。



部屋に戻った一刀を迎えたのは、目を赤くした季衣と流琉の、凍えるような眼差しであった。
あたり前の話であるが、「みんな好き!」で通用するのは一刀の脳内だけなのだ。

「た、ただいま……」
「「……」」
「き、季衣、待っててくれたのか。悪かったな、連絡もしないで」
「……兄ちゃん、祭さんの匂いがする」
「る、流琉、目が赤いぞ、寝てないのか?」
「……兄様は随分とテカテカしてますね」
「「「……」」」
「あーっと、いけない、桂花との待ち合わせが! 季衣、流琉、今日の探索はくれぐれも注意してくれよ。寝不足なんだし、絶対に無理しないでくれ。それじゃ、気を付けてな!」
「「……あっ、兄ちゃん(兄様)」」

いくら一刀が完璧な人間ではないとはいえ、この態度は頂けない。
素直に謝ってしまえばいいものを、誤魔化してしまったのは一刀の失策であったと言えよう。
この2ヶ月間で対人スキルは上昇していたものの、面倒事を先送りにする保留癖や、人との軋轢を嫌う逃避癖はまだまだ治っていない一刀なのであった。

そして彼は、近い将来その報いを身を持って味わうことになる……。



約束の時間よりもかなり早めに神殿に到着した一刀だったが、そこには既に桂花の姿があった。

「おはよう。随分と早いな。もしかして、もう『贈物』は受け取ったのか?」
「まだよ。愚図なあんたを待っててやったのよ、感謝しなさいよね!」

その言葉とは裏腹に、桂花の足は震えていた。
華琳に買い取られてから2ヶ月半、毎日気絶するまで魔術の練習をしていても、1つも『贈物』が貰えなかった桂花。
一刀の保証もあったし、新しい魔術を覚えたことで自分自身でも今回こそは貰えるのではないかと少なからず期待していた桂花だったが、一刀に鍛えられたのはわずかに2日なのである。
たった2日で『贈物』が貰えるようになったかどうかの自信が持てず、1人でチャレンジ出来るほど肝の太くない桂花は、じりじりとしながら一刀の到着を待っていたのだ。

だが、一刀にとってはLVアップした桂花が『贈物』を貰えるのは当然のことであった。
目の前にポップした5つの『贈物』を見て感涙する桂花のことを、大袈裟だなぁと思いながら眺めていた一刀。
武器が1つと布系の防具が3つ、石が1つであることを確認した一刀は、時間がないのでちゃっちゃと済ませようと桂花に声を掛けた。

「桂花、その黄色い石は武器性能アップ効果がある。自分の武器に……なぁ、それ、武器だよな?」

おそらく始めての『贈物』だと思われるその武器は、分類的には両手棍か杖の一種に見える。
木の柄の持ち手側に握りがついており、反対側には幅広の平べったい鉄がくっついている。
それを一言で表すならば、

「……スコップ?」

という呼び方が相応しい杖であった。



「あれだ、探索者より発掘者が向いてるってことじゃないか?」
「……私が穴を掘るとしたら、それはあんたの足元よ!」
「えーっと、必ずそれを使わなきゃいけないって訳じゃないんだし、それと石を売って杖を買いに行くか?」
「あんたの武器、ちょっと貸しなさい」
「え?」
「いいから早く貸しなさいよ、愚図!」

一刀の腰からダガーを奪い取った桂花は、何を思ったのか『贈物』の石を使用した。

「お、おい。それ、売値でも5貫するんだぞ? 俺、7貫ちょっとしか持ってないから、生活費を考えると5貫も払えないんだが……」
「うるさいわね! どうでもいいわよ、そんなこと!」
「あっ、あーあーあー、なるほど。お前なりのお礼って訳か。可愛い所があるじゃないか」
「違うわよっ! どこをどう考えたらそんな結論になるのよ! 頭の中に詰まってるのはカニ味噌なの? 馬鹿なの? 死んでっ!」
「疑問形ですらないのかよっ! んじゃ、なんで石を使ってくれたんだよ?」
「そ、それは……わ、賄賂よ! 才能豊かなこの私が合格するのは確実だけど、あんたの不当な判断で落とされたら堪らないもの! どうせ男なんて金目のものに弱いんだから、黙って受け取っておきなさいよね!」

口の悪すぎる桂花の態度に、それが照れ隠しなのかどうか判断のつかない一刀。
くれるというのであれば素直に貰えばいいかと、一刀は追求するのをやめたのであった。



それはそうと、一刀もLVアップしていたため『贈物』を貰うことが出来た。
一刀が今回取得した『贈物』は靴であった。
武器は装備を外すと近接攻撃や遠隔攻撃のステータス自体が消えてしまうために、前の武器との比較でしか性能を確認出来ないが、防具は1つ外すだけであれば防御力のステータスは消えないため、アイテム単体の性能が確認出来る。
その結果、今回の『贈物』もかなり高性能なアイテムであることがわかった。

ダッシュシューズ:防3、DEX+3、AGI+3

どうやらLV10を境に、ようやく太祖神が本気を見せてきたようである。
一刀はホクホク顔で靴をはき替え、お古のレザーブーツは靴を履き潰した時の予備として部屋に取っておくことにした。

ちなみに、下着姿になると防御力や回避力のステータスは消えてしまう。
素手でもモンスターを殴れるし、全裸でも回避は可能であろうことから、素の能力値は絶対にある。
LVアップでもそれぞれの値が上がるのだからそのことは確実なのだが、何故か表示されなかった。

(うーん、バグかな……。あっ、もしかして伝説の迷宮RPG『クレリックリー』みたいに、全裸忍者の隠し補正があるのかも!)

「って、検証出来るかー!」
「きゃっ! ……あんた、ついに頭が沸いたの?」
「いや、すまん、なんでもないんだ。準備を済ませてさっさと迷宮に行くぞ」

折角の『贈物』だから、このままスコッ「杖っ!」……杖を試してみると言う桂花を連れて、一刀は迷宮探索へと向かったのであった。



皆には試験とだけ説明したが、一刀が今回の迷宮探索で得ようとした成果は2つあった。

1つは当然、桂花の適正を確認すること。
いわば、振い落しが目的である。
そしてもう1つは、それとは正反対のものであった。

「なんだか、随分と緩い試験ね」
「ああ。今の桂花の実力なら、BF1なんて昼寝しながらでも踏破出来るだろうよ」

BF1の入口からテレポーターを目指すのが第一の試験。
これは、桂花に自信をつけさせることが目的であった。
とは言っても試験である以上、ここでも合否の判定基準が存在する。

「しつこいようだが、絶対に魔法を使うなよ。後、パニックになって走って逃げだすのもダメだ。敵に襲われたら、そのスコ……杖で殴れ」
「わかってるわよ。こんなの楽勝だわ」

最初の頃は足を震わせ、辺りをキョロキョロと必要以上に警戒していた桂花だったが、モンスターとエンカウントした際に受けたダメージが微少であり、逆にこちらの攻撃は大ダメージを与えられることがわかってからは、落ち着きを取り戻していた。
相手が弱いとわかっていれば、モンスターの見た目の怖さは我慢可能であるらしい。

2時間程歩いて、BF1のテレポーターに到着した一刀達。
一刀はもちろん桂花の疲労も少なかった。
もし序盤のようにずっとキョロキョロしたままであったなら、体力の消耗が激しかったであろう。
BF12以降はテレポーターが設置されていないため、交戦しながら何時間も迷宮を探索することになる。
従って、この程度で根を上げるようであれば、この時点で一刀は失格にするつもりであった。

「とりあえず、第一の試験は合格だ。第二の試験の前に、戻って休憩するか」
「いらないわ。このまま続けましょう」

第二の試験は、BF5のテレポーターからBF6までの移動であった。
実力が明らかに低いモンスターばかりのBF1と、自分と同程度の強さのモンスターが生息するBF6では、桂花の消耗度は当然変わってくるだろう。
だが、言うまでもなく迷宮探索のうちのほとんどは、自分と同じか格上を相手にしながら奥を目指さねばならない。
桂花にとって、本当の試練はここからであった。

「あ、魔術は『土の鎧』のみ使用していいぞ。但し、魔力は出来るだけ温存してくれ」

常時かけっぱなしは問題外として、敵と交戦する度に唱えてしまうのも出来れば避けて欲しかった。
本当に危険な状態を見極め、その危機の最中に魔術が使用出来るかどうか。
そこが魔術師として迷宮を探索する上での、生死の境目だと思ったからである。

難関かと思われた第二の試験を、桂花は軽々と突破した。
第一の試験で一刀の思惑通りに自信をつけたのであろう桂花は、キョドりさえしなければ、その明晰な頭脳により的確な状況判断と自身の位置取りも含めた適切な対処を行うことが出来たのだ。

第三の試験は、BF11での戦闘である。
風系統の魔術で敵を弱体させ、土系統の魔術で一刀のフォローをするだけとはいえ、自分より遥かに格上の相手に対して恐れずに立ち向かえるかどうかが焦点であった。

LV上げが目的ではないので、2,3戦して切り上げようと考えていた一刀であったが、初戦から思わぬ誤算があった。
問題は桂花ではなく、一刀の指示にあったのだ。
桂花に『拘束の風』を唱えさせると同時に一刀が敵に突っ込み、スピードで圧倒しようとした一刀であったが、敵の動きがまったく鈍らないのである。

(レジストか! 考えてみれば当然だった!)

一刀のステータス欄には、守備関連の項目は物理防御力と物理回避力の2つしかない。
今までハイオークやゴブリンが撃ってきた魔法攻撃も回避出来たことから、物理回避という表記でありながら魔法も含まれているじゃないかと思っていた一刀だったが、仮に相手が風系統の魔術を使用したとすると、それは回避力の問題ではなくレジスト率が問題になってくることに気がついたのである。

(そういえば以前、魔法防御率+1%って髪飾りがあったな。あれは、レジスト率アップだから%表示だったのか!)

そんなことを考えていたせいであろう、一刀はワーウルフの斧攻撃を腹にモロに喰らってしまった。
戦闘前に桂花に掛けて貰った『土の鎧』で一刀の頑丈さはアップしていたものの、ワーウルフの膂力が減ったわけではない。
レザーベストは切り裂かれこそしなかったものの、その衝撃で後ろにふっとばされる一刀。
『土の鎧』のおかげでダメージ自体はそれほどでもないが、それでも一刀が起き上がるよりワーウルフの追撃の方が早い。
地を転がって追撃を避けようとしたその時、一刀が予想もしていなかったことが起こった。
一刀に追い打ちをかけようとするワーウルフに、なんと桂花が立ち向かったのである。

≪-火弾-≫

火系統の魔術にレジストがあるのかはわからないが、桂花の目的はダメージを与えることではない。
時間を稼ぐことであった。
『火弾』を喰らったワーウルフが振り向いて桂花に鋭い眼光を飛ばしても、彼女は慌てなかった。
むしろ自分の狙い通りにことが進んでいることに手ごたえを感じながら、即座に次の呪文を詠唱した。

≪-砂の加護-≫

自身の足に茶色の粒子を纏わりつかせた桂花は、ワーウルフから巧みに距離を取る。
近接戦闘中に倒れた場合、敵の攻撃をしのぎながら起き上がるのは難しい。
だが桂花が敵の注意を逸らしてくれたおかげで、即座に起き上がることの出来た一刀。
受けたダメージをそのままにして、一刀はワーウルフと桂花の間に割り込んだ。

≪-癒しの水-≫

桂花のフォローを背中に受けながら、ダガーを振るうこと10回。
WGが溜まったところで即座にワーウルフの首を跳ね飛ばし、辛うじて危機を脱出したのであった。

「助かったよ、桂花」
「……あんた、それってもしかして、合格ってことよね?」
「あ、いや……」
「今更取り消しなんてダメよ! 言質は取ったのよ!」

本当は最終試験としてBF6に移動し、桂花が最も苦手とする爬虫類系モンスター・マッドリザードとタイマンしてもらおうと考えていた一刀。
だが今の働きを見る限り、その必要はなさそうだと思い直した。

1度に『贈物』を5つも貰えたこと。
BF1で敵の攻撃を受けても、ひるまずに反撃出来たこと。
BF6でも余裕を持って対処出来たこと。
そして、BF11で一刀の危機を救ったこと。

今日一日で起こったこれら全ての出来事が桂花の糧となり、探索者としてのバックボーンになる。
それが何事にも動揺しない精神力へと繋がれば、彼女は探索者として自分達と行動を共に出来るだろう。

「……ああ、桂花は合格だよ。よく頑張ったな」

ネコ耳フードを被った桂花の頭を撫でようとする一刀。
そして、その手をバシッと叩き落とす桂花。

「気安く触らないでよっ!」

本当に桂花が自分達と行動を共にすることが出来るのか、一抹の不安を覚える一刀なのであった。



部屋に戻ると、既に季衣達は迷宮探索を終えていたようであり、なぜか一心不乱に腕立て伏せをしていた。
朝の出来事を思い出し、びくびくしながら季衣達に声をかける一刀。
だが朝の不機嫌さはどこへいったのか、元気よく一刀に返事をする季衣達。
どういう訳かといかぶしむ一刀に、季衣が謝り出した。

「兄ちゃん、朝は冷たくしてごめんね」
「いや、俺が悪かったんだから、季衣が謝ることなんてないよ」
「でも私達、嫉妬で兄様を困らせちゃって……」
「そうだよ、男は束縛するものじゃなくて、自分の魅力で引き寄せるものなんだってさ。ボク達が間違ってたよ」
「……ちょっと待ってくれ。『だってさ』って、なんだ?」
「悩んでいた私達に、皆が色々と相談に乗ってくれたんです」
「そうそう。さっきのは、華琳さんが教えてくれたんだよ。かっこいいよね、華琳さん」
「な、なんて、相談したんだ? 誰に?」
「兄様が、その、寝取られたって……」
「えっとねぇ、華琳さんでしょ、星さんでしょ、雪蓮さんでしょ、冥琳さんでしょ、後、他にもたくさん相談に乗ってくれた人がいたんだよ。皆親切だよねー。稟さんなんて、鼻血を出すくらい真摯になって考えてくれたんだよー」

あの時、素直に謝っておけば……。
そう思っても、後の祭りである。

(悪気はない、この子達にはきっと悪気はないんだ……)

そう自分に言い聞かせる一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:0/100
EXP:130/3500
称号:○○○○○○

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:7貫400銭



[11085] 第三十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:41
「すまん、2匹来た! 星、フォロー頼む!」
「お任せあれ!」

一刀が引き連れてきたモンスターの内、後方のリザードマンに向かって跳躍する星。
その勢いのままに、星は敵に向かって槍を叩きつけた。
あえて突き刺すのではなく叩きつけた結果、ノックバックで弾き飛ばされるリザードマン。
一刀を追いかけるオークと、星が足止めしているリザードマンの間に距離が開いた。

そのままオークを流琉になすりつけ、すぐさま星の援護に向かう一刀。
流琉のチームは季衣と風がいるのに対し、星の方は稟と桂花であるからだ。
実質2人、しかも前衛がLV12の星1人では、BF12の敵はいささか厳しい。

「稟と風は、基本的に『拘束の風』しか使わないでくれ。桂花は魔術禁止だ。『珍宝』だけ使うこと、いいな」

と事前に言われていた後衛達だが、彼女達はみな一級品の頭脳の持ち主である。
『基本的に』に意味をきちんと理解しており、一刀が指示を出すまでもなく既に桂花が『土の鎧』を、稟が『砂の加護』を星に唱えていた。

リザードマンの背後を取った一刀は、頭や首筋を狙わずに、あえて横薙ぎに肩を目掛けてダガーを振るった。
当たればダメージを与えやすい頭や首筋は、しかし的が小さく動きが激しいために回避される可能性が高いのだ。
ならば背などの胴体を狙えばいいのかというと、そういうわけにはいかない。
対リザードマンの場合、彼等に生えている頑健な背鰭が邪魔をするのである。

では肩ならば当たりやすいのかと言えば、的が小さいという条件は同じである。
だが、当然のことながら肩には胴体がついている。
例え肩を外しても、うまくいけば脇の下などの柔らかい部位に当たる可能性があり、最悪でも二の腕に攻撃出来るのだ。
逆に肩を狙ってそのまま肩に当たった場合、唯でさえ堅い部位が鱗に覆われているため、それほどダメージは期待出来ない。

この時の一刀の運は、良くもないが悪くもないと言ったところであろう。
肩を狙ったダガーの切っ先は、狙い違わず的中してしまった。
だがその攻撃は、うまい具合に鱗の間に滑り込み、リザードマンに苦痛の悲鳴を上げさせることに成功した。

リザードマンに出来た大きな隙を見逃すような星ではない。
体を弓のように撓ませて、強烈な1撃を放った。

「見よ! これが我が槍術奥義・覇っっっ求ううううぅぅ雲!」

星の槍が残像を伴って突き出され、リザードマンの肉を鱗ごと貫き通した。
通常の生き物であれば絶命していると確信したであろう星は、しかしすぐさま槍を引き抜いて構えを解かない。
その姿に、以前の油断は欠片も見当たらなかった。

リザードマンが塵になるのを見届けて、ようやく残心を解く星。
季衣達の方も、無事にオークの処理が終わったようであった。

BF12に狩場を移した一刀達は、順調に狩りを続けていたのであった。



「悪かったな、釣りを失敗しちゃって。少し休憩にするか」
「ふむ、では休むとしましょう。しかし一刀殿の索敵能力は凄まじいものがありますな。いくら広場とはいえ、2組のパーティで1時間ずっと連戦しても敵が途切れないなんて。広場の外通路から敵を釣ってくる様など、まるで敵の居場所が初めから解っているかのようです」

星の褒めるようでいて探るような言葉に、一刀は冷や汗を掻いた。
敵のNAMEを視認出来る一刀には造作もないことであったのだが、そのことは誰にも告げるつもりのない秘事であったからだ。

「それに、この場所に着くまでの先行偵察も優れていましたな。我等が昨日この場を見つけるまでに数回は敵の不意打ちを受けたのですが、今日は一刀殿の索敵のおかげで不意打ちが全くありませなんだ」
「い、いや……。それよりも、いい場所を見つけてくれたな、星! BF11のテレポーターには近いし広さも十分だし、言うことなしだよ! あ、そういえば魔術を使うオークは大丈夫だったか? 昨日、注意しろって忠告するのをうっかり忘れてたんだけど」

それに答えたのは星ではなく、稟であった。

「ふっ、言葉には出されずとも、私達には目があり知恵があるのです。一刀殿が狩りの最中に何を一番警戒していたかなど、BF11で一週間も行動を共にしていれば自ずと解ります。昨日は一刀殿がいつもしていたように、魔術師系オークが相手の時には全力で瞬殺するように心掛けたのですよ」
「さすがは稟だな、頼りになる」

稟は眼鏡を指で押し上げ、得意げに胸を張った。
普段は大人びた少女の可愛らしい仕草にドキッとする一刀。
そんな一刀を見た星は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ふふ、一刀殿は稟の控え目な胸にも興味がおありなのですかな?」
「な?! いきなり何だよ!」
「なに、照れずともよいのです。それは若い男子として当然のこと。むしろ健全でありましょう。先程から我が胸にもチラチラと視線を送られているようですが、一刀殿のお眼鏡に適いましたかな?」
「今まで全然意識してなかったよ!」
「むむ、それではまるで私に女としての魅力が全くないようではありませぬか。ならば、このポーズではどうですかな?」

ムニュッ。
星の両腕に挟まれて潰され、くっきりと谷間を露わにする星の胸。
ボリュームでは祭に叶わないが、星のハリのあるその巨乳に、一刀の視線は思わず釘付けになってしまった。

「ふむ、やはり一刀殿は胸にご執心のようですな」
「う……、ごめん」
「いえ、胸を見せつけたのは私の方、別に舐るようにじっくりと見つめていた一刀殿を責めているわけではないのですよ。しかしあえて苦言を呈するならば、巨乳と見ればどこにでもホイホイとついていく性癖は改めた方がよろしかろう」
「なんだよ、その見て来たかのような苦言は……」
「おや? 自覚がおありではないのですか? 一刀殿は巨乳と見れば漢女でも食っちまう男なんだと、季衣達が悩んでおりましたぞ」
「事実無根だ!」
「ふむ、では季衣達の誤解なのですかな。しかし、あれを御覧なされ」

星が指差す方向では、季衣達が風と一緒に何かをやっていた。

「いっちに、さんしっ」
「2つの胸の、膨らみはっ」
「なんでも出来る、証拠なのですよー」

休憩も取らず、一心不乱に自分の胸を擦っている3人。
そのシュールな光景を見て絶句する一刀に、星が説明した。

「2人に相談を受けた風が伝授した、巨乳体操だそうです。そうだ、桂花も混ざってきたらどうだ?」
「行かないわよっ!」
「しかし、教師役の風の胸を見て、その教えになぜ2人とも疑問を抱かないのでしょうか……」

稟の的確な指摘に、思わず深く頷いてしまった一刀なのであった。



今日の探索を終え、部屋に帰ってきた一刀。
脱・童貞を果たしたばかりの一刀は、本当であれば今すぐにでも祭の部屋に駆け込みたかった。
だが一刀は、余りガツガツ求め過ぎて祭に嫌われてしまうのが怖かった。

(今まで通り、週に1度のメンテナンスの時だけにしよう。我慢だ、俺……)

季衣達をほったらかしにして毎晩夜遊びに出掛けるのも申し訳ないと自重した一刀。
その判断は、あらゆる意味で正解であった。
祭や季衣達との関係だけではなく、七乃の目を眩ますという意味でもだ。

仮に一刀が毎晩の様に祭の部屋に通っていたならば、そのことを七乃はすぐに察知したであろう。
だが週に1度だけ、それも雪蓮や冥琳の部屋ではなく祭の部屋だったことで、七乃は一刀と祭の関係に気づけなかったのである。

もともと祭は、夜に自室にいることの方が少ない。
祭は外での飲酒を好んでいたからである。
そのため祭の部屋への人の出入りに対しては、緊急時ならともかく普段はそれほど警戒されていなかったのだ。

もし一刀と祭との密会が七乃に洩れたなら、彼女は一刀と雪蓮のクランとの関係を探るため、監視を強化したであろう。
そうなれば、現在雪蓮のクラン内で注意深く進められている『転売作戦』に気づかれてしまう可能性だってあった。

新たに広まった一刀に関する噂については、今の所は季衣達が訪ねて回った人物のみに留まっていたため、そこから七乃の耳に届くまでには時間がかかるだろう。
というか、七乃が意図的に広めるような真似さえしなければ、今までの噂だって洛陽中に知られることはなかった。
華琳のような有力者ならともかく、それが今の一刀の素の実力なのである。

祭に一刀との交際を断つように頼むことで、一刀の行動パターンが変化することによって七乃に勘づかれることを恐れた雪蓮と冥琳は、作戦が成就するまで静観の構えをみせた。
もちろん秘密というのはどんな種類のものであっても、永遠に隠し通すことは不可能に近い。
しかも祭の部屋に一刀が通っていることや、噂の件もある。
いくら雪蓮や冥琳が隠そうとしても、七乃に気づかれるのは時間の問題であった。

そのことは、雪蓮や冥琳も解っていた。
要するに、必要な期間だけバレなければよいのだ。
『転売作戦』のタイムリミットは、確実に近づいていたのであった。



NAME:桂花
LV:11
HP:115/115
MP:138/138

BF12に潜って1週間が経った時の、桂花のステータスである。
またしても一気に5LVアップした桂花であったが、これは不自然なことではない。
璃々のLV上げをした際に一刀が算出したEXP取得法則の通りであった。

[2^(階層-LV)]×50/人数:(但し、LVアップ時の余剰EXPは半分のみ取得)

モンスターによって振れ幅はあるものの、これが大よその計算式である。
つまりLV6だった桂花は2戦でLV7に上がり、更に5戦でLV8に、そしてそこから11戦すればLV9になるのだ。
パワーレベリングのチートさがよく解る。

ちなみにこの式は一刀の経験則から出した式なので、迷宮内が全てこの計算式で通用するかどうかは不明である。
例えば、現時点では自分のLVと同じ階層で、ソロで戦うと大体50前後のEXPが貰えるのだが、階層が深くなったらこの方式が当てはまらなくなるかもしれない。
仮にパーティ登録が可能になった場合には、ソロの時とは違う計算則になる可能性だってある。
それでもこの公式を理解しているのといないのでは、LV上げの効率が大幅に異なることだけは間違いない。

居酒屋で今週の分け前を受け取りながら、改めて桂花のステータスを確認した一刀。
皆を羨ましそうに見つめる桂花に、一刀は苦笑しながら話し掛けた。

「来週からは、桂花にも分配金を払わないとな」
「ほ、本当にっ?!」
「そうですな。たった1週間でまたしても新たな魔術を覚え、今や風や稟と肩を並べる魔術師に成長したのですから」
「ええ、桂花の才能には本当に驚かされるわ」
「うふふふふ、星も稟も、そんな当然のことをわざわざ言わないでよ、恥ずかしいじゃない! ねぇ、風は何か言うことはないのかしら?」
「……ぐぅ」
「寝るなっ!」
「おお、うっかりうっかり。桂花ちゃんの才気に溺れる姿に、ついウトウトと……。それはそうとお兄さん、そろそろ桂花ちゃんも『珍宝』は卒業なのです。そこでお願いなのですが、『珍宝』を風にプレゼントして頂きたいのですよー」

そんなことを言い出した風の意図が全くわからない一刀。
3人の中でMPが最も高い風に、人形が必要なはずはないのだ。

「なんでだよ? 風には別に必要ないだろ?」
「おぅおぅ兄ちゃん、乙女の頼みは黙って頷く、それが男ってもんだろ?」
「……なにやってんだ、風?」
「今のは『珍宝』がしゃべったのですよー」
「……まぁそれはともかく、これは人からの貰いものだからさ。必要なら貸すけど、そうじゃないなら悪いけど遠慮してくれ」
「もしプレゼントしてくれるなら、風の好感度は大幅にアップでフラグもばっちり、ポロリもあるのですよー?」
「……絶対にやらん」
「む、無慈悲なお兄さんなのですよー」
「けっ、まったく金玉のちいせえ野郎だぜ」
「う、ぐすっ、『宝譿』が、風の『宝譿』がぁ」
「名前を勝手に変えるなっ!」

この日を境に、風と一刀の人形を巡る争いが激化することになるのであった。



そんな中、更なる混乱を巻き起こす人物が現れた。

NAME:華琳【加護神:曹操】
LV:22
HP:289/353
MP:82/132

「ふふ、頑張っているようね、桂花」
「か、華琳様!」
「迷宮に潜っていたから、貴方と会うのも1週間振りになるのかしら。随分と見違えたわ」

迷宮探索から帰って来た直後なのであろう、薄汚れた格好の華琳。
春蘭と秋蘭の姿もあった。

「そろそろ桂花からも吸えそうね。貰うわよ、桂花」
「はい、喜んで!」

華琳は桂花の頬を撫で、そのまま唇を合わせた。
桂花の口内を貪るように舐めまわす華琳。
その光景に一刀は驚愕した。

といっても、初めてリアルレズプレイを見たという理由だけではない。
なんと華琳のパラメーターがみるみる回復し、その分だけ桂花のパラメーターが下がっていったのである。
恍惚とした表情を浮かべながら桂花が気絶した時、華琳のパラメーターは完全回復していたのであった。

「雰囲気で桂花の成長は解ってたけど、たった1週間ちょっとでここまでなんて……。一刀、本格的に貴方に興味が沸いてきたわ」

舌舐めずりをして一刀を見つめる華琳。
だが、華琳だけが一方的に興味を持ったわけではない。

恐らく『加護スキル』だと思われる華琳の能力にも、そして思いがけない華琳のレズプレイにも興味深々の一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:60/100
EXP:2574/3500
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:9貫600銭



[11085] 第三十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:42
一体どのような手段を用いて桂花を育て上げたのか、と一刀に問う華琳。
好奇心で爛々と目を輝かせている華琳を前にして、一刀は悩んでいた。

桂花の育て方を教えること自体は、特に問題がない。
しかし、なぜそんな方法を自分が知っているのか、ということを言及されると些か面倒なのである。

自身の特殊性についての秘密を守るということのみに着目すれば、最善手は沈黙であろう。
だが、有力者である華琳を敵に回す愚は避けたい。
それに星達にもそろそろ隠しきれなくなっている現状であり、ある程度の情報を公開する必要があると考えたのだ。

頭の中で、話していいことといけないことの判別をしている一刀。
その姿は、華琳からは勿体ぶっているように見えた。
苛立った華琳は、一刀に決断を促すために出し惜しみをしなかった。

「もちろんタダでなんて言わないわよ。貴方の出した情報に相応しいだけの報酬は必ず払うと、加護神・曹操様の名に賭けて誓うわ」
「……6800貫」
「貴様! 華琳様の言葉が信用できぬのか!」

春蘭が激昂するのも無理はない。
一刀が要求した金額は、閉ざされた都市・洛陽の限りある土地の中で、立派な一軒家が建てられるくらいの大金なのである。
季衣達の育った村くらいなら、村ごととまではいかないが、大豪邸に見渡す限りの田圃をつけてもお釣りがくる。
更に、一刀にそんな意図はまったくなかったが、一刀から金額の提示をするということは、華琳の報酬に対する判断を疑っていると取られても仕方がないのだ。

「春蘭、黙りなさい! 一刀、それだけの大口を叩く以上、最上級の情報だと思っていいのね?」
「……華琳、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「何かしら?」
「初めて俺と出会ってから3ヶ月。その間に『贈物』は貰えたか?」

もちろん一刀には答えが解っている。
華琳のLVが変化していない以上、『贈物』を貰っているわけがない。

あえてそのことを問う一刀の狙い、それは自身の持つ情報の価値を高めることに他ならない。
一刀だって、自分の要求した6800貫が途方もない大金であることは理解しているのだ。

「……いいえ」
「俺が桂花に施した育成方法を知ることにより、なぜ華琳が3ヶ月間『贈物』を貰えなかったのか、『贈物』を貰うには具体的にどうしたらいいのか、ということに対するヒントを得ることが出来る、と言えばどうだ?」
「そんなことが可能なの?! ……一刀、もし貴方の言っていることが本当であれば、確かに貴方の提示した金額は妥当、いえ安過ぎるくらいよ。但し、1つだけ条件があるわ。貴方に渡された情報を買うのではなく、貴方からその情報の所有権を買うという形にしたいのよ」

その違いを即座に理解出来なかった一刀だったが、華琳が喰いついて来たことだけは間違いない。
この機会を逃すまいと、一刀は即座に華琳の出した条件を飲んだ。

「それじゃ、場所を移すわよ。私は大金を払ってるのに、他者が無料で話を聞けるなんて業腹だもの」
「あ、ああ! どこにでも行くぞ!」

こんなチャンスは、二度とないであろう。
この機会を逃さぬように限界まで情報を公開しようと脳味噌をフル回転させながら、華琳の後を追う一刀であった。



一刀が出した結論は、数式の公開に踏み切るという大胆なものであった。
なぜその結論に達したかというと、一刀の持つ知識は全て一刀自身の経験則に基づいて考えられたものであり、華琳にそれが当てはまるかどうかが不明だったからである。

無料であれば、『実力よりも下のフロアで敵に攻撃させれば、すぐに成長するということに偶然気づいたんだ』程度の話で誤魔化していただろう。
だが、この位の話で6800貫の収入が得られるとは一刀も思っていないし、話をボヤかすことによって情報の確かさが疑われては元も子もない。

だから一刀は、華琳の場合に当てはまるかどうかわからないことを念押しし、その代わりに理論立てて説明することで情報に信憑性を持たせようとしたのである。
ところが、問題が1つだけあった。

[2^(階層-LV)]×50/人数=取得EXP

という式の中には、一刀が公開出来ない情報が含まれている。
それはLVではない。
確かにLVは一刀だけにしか視認出来ないが、上記の式はこう置き換えることも可能なのである。

[2^(階層-今までに取得した『贈物』の数-1)]×50/人数=取得EXP

つまり、『贈物』総数+1=LVという概念を教えれば済む話なのだ。
理由付けなど、計算式を調べるために階層と『贈物』の数を一致させて敵の強さの基準とするためにLVという造語を作った、でも言えば説明がつく。
では何が明かせないのかと言えば、『50』という数値なのである。
なぜこの数値が一刀に算出可能であったのか、一刀には説明出来ないのだ。

ステータスが視認出来るということだけは、最後まで隠し通しておきたい秘中の秘なのである。
自身の特殊性を知られることにより、どんな危険が待っているか予測出来ないし、これが切っ掛けでゲーム云々の話が季衣達や祭にバレることだけは避けたかったからだ。

だが、ゲームシステム関連では一刀の頭脳は冴えわたる。
1つのゲームを、通常クリア、アイテムコンプ、レベルコンプ、縛りプレイと、まるで搾り尽くすかのようにやり込み、挙句の果てにはデータを解析、改造してチートプレイまで楽しんでしまう一刀にとって、この問題の解決は容易であった。

(LV+1)×250=LVアップに必要なEXP総量
EXP総量/取得EXP=敵数

という2つの式と連立させて50を変数αに、250を5αとしてαを消すことにより、階層とLVと人数と敵数だけの式を作り出した。
そして、『人数』とは『敵に攻撃をした、またはされた』という条件が付加されていることや、敵数が1を切る値になった時の補正式(余剰EXPの半分を取得出来るという話を、EXPを抜きで説明するための式)を付け加えて説明したのであった。



「……どうやって、こんな知識を?」
「自分の経験や、季衣達と組んだ時、璃々を育成した時の、それぞれが『贈物』を貰えた時の条件を解析しただけだ。桂花の育成の時もこの公式に当てはまる成長だったから、少なくとも『贈物』を貰った数が12個以下の探索者で、階層がBF12までなら間違いないと思う」

説明された華琳の脳味噌は、オーバーフロー寸前であった。
数式が理解出来ないという意味ではなく、自分も含めた人間の能力の成長があまりにもシステマチックだったことと、それを解析したと言う一刀の異常性に対してである。

なるほど、言われてみれば検証することは可能であろう。
しかし命懸けの迷宮探索で、一体誰がそんなことに気づくというのであろうか。
この男は、いつ何人で何体の敵を倒したのかを全て暗記していたとでもいうのか。

もちろん華琳だって明晰な頭脳の持ち主であるし、暗記しようと思えば可能である。
はっきり言えば、別に暗記しなくともメモに取れば済む話だ。
だがそんなことは、初めから世界法則がシステマチックなものであると解っていない限り、調べようとすら思わないであろう。

そして一刀の公式が、少なくともその方向性は正しい解であることもまた、華琳は理解した。
自身のここ1年を振り返ってみても、『贈物』を貰えた頻度は公式通りの傾向にあったのだ。

雪蓮達と合同でBF17へ挑んでいた頃。
『帰らずの扉』を開いた時点で、『贈物』の総数は16個であった。
一刀の造語に従えば、LV17ということになる。

加護を受けた後、雪蓮達がギルドに依頼を押し付けられる頻度が上がったため、合同で迷宮を探索する取り決めは破棄せざるを得なくなった。
それまでは雪蓮達と交代で荷物を持ったり睡眠を取ったりしていたが、それも出来なくなって、迷宮探索の効率が一気に下がったのである。

それでもバックパッカー屋に派遣を頼むことで、BF18までは攻略した。
そしてその頃には、洛陽中のバックパッカー屋に派遣を断られるようになっていたのである。

派遣されるバックパッカーは戦力外であり、戦闘中には守らなければならない。
しかし、たった3人のクランである華琳達には、彼等を完全に保護することは不可能だったのだ。
バックパッカーの死傷率が非常に高い華琳のクランには、相場の10倍を支払っても雇われる者がいなくなってしまった。
トライアンドエラーを繰り返して実力を身につけ、本格的にBF19に挑むようになったのも丁度その頃であった。

華琳達のクランは結果的に半年以上もの間、BF19で足止めされることになった。
いくら華琳達のLVが上がっても、荷物持ちがいなければどうにもならなかったのだ。
もちろんその頃には既に少数精鋭に限界を感じていた華琳は、自身のクランに招くことが出来るような優秀な人材を常に探していた。
だがなかなか良き人物には巡り逢えず、とうとう有用な人材を探すために奴隷市場にまで足を運ぶようになった華琳達は、そこで一刀と出会うことになったのである。

その当時で既にLV22に達していた華琳にとって、BF19は困難なフロアではなくなっていた。
それでも荷物の関係で探索に限界であり、BF20への階段を見つけたのは今から1ヶ月前のことだったのである。

苦戦したBF19とは異なり、BF20はあっさりと攻略出来た。
運良くBF20を攻略中の漢帝国軍精鋭パーティと合流出来たからである。
順調にBF21への階段を見つけ、つい先ほど漢帝国軍と合同での1週間の迷宮探索を終えたばかり。
それが今の華琳の状況なのであった。



「確かにその、LV、ですっけ? LV19になるまでの速度は速かったわ。そして、LV20、21、22と倍々で遅くなっていった。ずっとBF19を探索していたのだから、一刀の公式にあてはめるとLVが上がる毎に倍の敵を倒さなくてはならないのだもの、それも当然よね」
「俺の情報はこんなところだ。6800貫に足りたか?」
「お釣りが出るくらいだわ。一刀、このお金で自分と季衣達の身柄を買い戻すつもりなのでしょう? ギルドを出たら、うちのクランに来ない? 貴方達なら、最高の待遇で迎えるつもりよ」

あくまでもソフトに誘う華琳であったが、心のうちでは是が非でも一刀を獲得したいと思っていた。
『来ない?』などと気軽に言いつつも『最高の待遇で』と付け足す辺りに、華琳の心中を察することが出来る。

システマチックな世界法則と一刀の異常性に驚愕していた華琳の頭脳も、一刀の公式を自身に当てはめて検証しているうちに落ち着きを取り戻していた。
そうなれば、真っ先に思いつくが一刀の獲得だ。
まるでこの世界の住人ではないかのように、別視点から物事を見ている一刀の頭脳は、どんな宝石よりも貴重である。

古に伝わる仁神・劉備は軍師神・諸葛亮に対して、三顧の礼を持って自軍に迎えたと伝えられている。
華琳が一刀を求める気持ちは、その劉備に勝るとも劣らない。
だが、華琳はその気持ちを一刀には伝えられなかった。
一刀の発想力自体は華琳にすら真似出来ないが、自分こそが最も一刀の異才を有益に使えるという自負が、一刀に対して膝を折らせなかったのだ。
尤も、ここで膝を屈して教えを乞うような華琳であったならば、覇神・曹操の加護など得られなかったであろう。
そうである以上、このことに対する是非を問うのは無意味である。

そんな華琳の心境にはまったく気が付いていない一刀。
曹操の配下は無難そうでいて実は死亡フラグ満載だよなぁと思いつつ、一刀は気になっていたことを聞いた。

「まだ俺も季衣達も加護を受けてないんだぞ? 魏の陣営じゃないかもしれないじゃないか」
「それを言ったら、桂花だってそうでしょ。大丈夫、古の神々は常に我々の戦いを見守っているのよ。貴方達がウチに来るなら、間違いなく魏の武神・知神達が加護を与えて下さるわ」
「うーん、季衣達はそうかもしれないけど俺は男だし、有力な加護神を得る可能性なんて限りなく低いと思うぞ。本当に俺なんかが必要なのか? あぁ、後もう1つ。バックパッカーの派遣を断られたなら、桂花の時みたいに奴隷を買えばよかったんじゃないか?」
「その2つの疑問に対する答えは1つよ。例えバックパッカーでも、下らない人材はウチには必要ないの。もし一刀の加護神が有力でなくても、貴方だったらウチのクランに相応しいという思いは変わらないから安心なさい。その時は、バックパッカーとして存分に役立ててあげるわ」

バックパッカーは最高の待遇なのか?
と思わなくもない一刀であったが、なんの役にも立てないよりは遥かにマシである。
それに、クランに誘うためには隠しておきたいだろう事柄でも率直に告げる華琳の物言いは、一刀に好感を抱かせた。
ただこれは一刀が一人で決めていい問題ではない。

「うーん、とりあえず季衣達と相談してみるよ」
「そうね、そうしなさい。いい返事を期待しているわ。報酬はすぐに届けさせるから。あ、それとも直接七乃のところに持って行かせましょうか? 大金だし、万が一のことがあったら大変だものね」
「そっちの方がいいな。頼むよ」
「明日中には手配するから、明後日には自由の身よ。おめでとう、一刀」
「華琳と奴隷市場で交わした、『自力で剣奴から這い上がれ』って約束は守れなかったけどな」
「なに言ってるの。お金は私が出したけど、これは貴方自身の頭脳が生み出したものに対する報酬なのよ。たった3ヶ月で自分と2人の子供の身分まで買い戻したのは、誇っていいわ」
「ああ、ありがとう、華琳」

立ち去る一刀を見送る華琳。
その心中では、一刀はもちろん季衣達や星達までをターゲットに、自身のクランへ加入させる方策を練っていたのであった。

ところで、一刀が最後まで気づかなかった事柄がある。
『情報の所有権を買う』の意味についてだ。
別に華琳も、意地悪で具体的に言わなかった訳ではない。
一刀程の頭脳の持ち主であれば、当然言葉の意味を理解していると思ったのだ。

これはつまり、レベルアップ法則の公式について、華琳は一刀の許可を得ずに公開することも秘匿することも可能になるということである。
逆に所有権を売った一刀は、華琳の許可を得なければこのことを他人に明かすことが禁じられたことになる。
仮に一刀がこの情報を吹聴して回ったとしたら6800貫の価値がなくなってしまう以上、これは当然の措置であった。

そのことに気づかず、一刀が誰かに公式を打ち明けた時。
その時は華琳に、洛陽の律令に従って莫大な違約金を支払わねばならないということに、一刀はまだ気づいていなかったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:60/100
EXP:2574/3500
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:9貫600銭



[11085] 第三十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:42
仮に貴方が山中で道を見失い、彷徨っていたとしよう。

起伏の激しい道。
疲弊した体。
残り少ない水。

そんな極限状態の最中、貴方は目の前に湧水を発見した。
これまでの経験から、生水によってお腹を壊す危険性があることは理解している。
沸かしてお湯にしてから飲めば安全だと知っているし、その道具も持っている。

貴方は汲んだ水を煮沸させから飲むだろうか。



「そのような状況で、冷静さを保てる人間なんて稀です。大半の者はそのまま水に口をつけてしまうでしょう。私達だって旅の途中では、幾度となくそういうことがありました。一刀殿もそれと同じこと。そんなに落ち込む必要はありませんよ」
「それは単に稟の腹が弱いのだ。私など一度も腹を壊したことなどなかったぞ?」
「野生児の星と一緒にするな! 風が湯にすれば安全なことを発見しなければ、とっくに私は衰弱死してたわよ! ……コホン、とにかく一刀殿、そんな状況では冷静さを見失っても仕方がありません」
「ふふふのふ。それは煮炊きした食べ物ならば、稟ちゃんのお腹はピーピーにならなかったからなのですよー。っと、うっかりうっかり。話を逸らしてしまったのです。風は反省して黙るのですよ……ぐぅ」
「そうだよ兄ちゃん、しょうがないよー。それに口だけで6800貫も稼ぐなんて、ボク未だに信じられないよ」
「……私達、本当に自由の身になれるんですよね、兄様」

星達の待つ居酒屋に戻り、「6800貫ゲットだぜ!」と大はしゃぎして皆に報告した一刀の高揚した気持ちは、稟の指摘によってすぐに鎮火された。
どんな情報を売ったのか問う季衣達に応えようとする一刀を、稟が制止したのだ。
そこで『情報の所有権』の意味をようやく悟った一刀は、自分のアホさ加減に酷く落ち込んでしまった。

それでも一刀達が大金を手に入れたことには違いない。
稟達の慰めや季衣達の歓喜の言葉によって、一刀はすぐに立ち直ったのであった。

「まぁ、6800貫のことを考えたら秘匿の義務も当然か。仮に『情報の所有権』の話にならなかったとしても、華琳には大金を払わせてるのに他の人にタダで聞かせるってことには、さすがに抵抗を覚えただろうし」
「一刀殿が売った育成方法に関する情報の内容は気になりますが、致し方ありませぬな。この好奇心は酒で押し殺すとしましょう。店主、同じ物をもう1つくれ」
「説明されなくても一刀殿の行動を観察していれば、ある程度のノウハウは掴めると思います。情報の公開自体は禁止されてしまいましたが、それを元にして一刀殿が行動することまでは、さすがに制限出来ませんから」

稟の言葉で、この契約の曖昧さに気がついた一刀。
厳密に情報の秘匿をしようとするなら、行動パターンから推測されるのを避けるために、一刀はLV上げ自体が出来なくなってしまう。
それに厳密といえば、契約自体も特に書類を交わしたわけではない。
あくまでも口約束なのだ。
違反したらどうなるのかも、取り決めがされていない。
その辺は一体どういう仕組みになっているのかと、星達に尋ねた。

「私も最近知ったのですが、実を言えばあまり細かい取り決めは存在しませぬ。洛陽の自治権を持っている都市長の『約束を破るのは、優雅な行いではありませんわ。それ相応の報いを与えます。オホホホホ』と記された律令に基づいて、それぞれの案件ごとに独自に判定を下しているのが現状らしいのですよ。しかし相手が有力者の華琳殿である以上、向こうに一分の理さえあれば一刀殿の敗訴は確実でしょうな」
「念のため、明日にでも『自身の行動自体は制限されない』と言質を貰って来た方がいいでしょう。書類で残さないと水掛け論になってしまう可能性もありますが、華琳殿なら言葉だけでも十分だと思われます」

ところで、と新たに運ばれた酒を口に含みながら、星が一刀に言った。

「一刀殿達が自由の身になるのであれば、我等との迷宮探索も打ち切りということですかな? 我々としては、ギルドとの契約通りにせめて2ヶ月間は一緒に迷宮を探索して頂きたいのですが」
「あ、そうか。……うーん、即答出来ないな。明後日にはそれも含めてギルドと話を付けるから、それまで待ってくれないか。俺はともかく、季衣達は折角自由の身になったんだし、故郷に……ん? なんか忘れている気がするな」
「恐らく、町を出るのに大金が必要なことではないですか?」
「あー、それだ! 前に桃香から聞いたんだった! 5000貫×2人分で、げっ、1万貫?! 一体どうやって稼げと……」
「え? 私達は村に帰るつもりはありませんよ?」
「そうだよ兄ちゃん。それに帰ったって、どうせまた人買いに売られちゃうもんね」
「このまま迷宮探索でお金を一杯稼いで、3人で料理屋さんを開店しませんか?」
「えー、大きいお風呂をつけた宿屋さんにしようよ。兄ちゃんお風呂好きだもんね」

それまで皆の会話を黙って聞いていた猫耳が、口を挟んだ。

「ちょっと! 星達はともかく、私の加護はどうなるのよ! これだって華琳様からの依頼なのよ。1000貫の報酬なんだから、違約金だって半端じゃないわ。星達はギルドとの力関係から、依頼を反故にされても返金で済まされるでしょうけどね」
「あれ、依頼失敗は、信用がどうとかって話だっただろ?」
「失敗と反故は違うわよ、馬鹿!」

華琳が既に育成のノウハウを得ているからといって、桂花が『試練の部屋』を突破するのに一刀達の協力が不可欠であることは変わりない。
一刻も早く華琳の役に立ちたい桂花にとって、一刀達に今抜けられては非常に困るのだ。

「……桂花のことを星達に頼んだとしても、前衛1の後衛3じゃバランスが悪すぎるしな。そのこともちゃんと考えるから、悪いけど明後日まで待ってくれ」

別にいつもの逃げ癖が出た訳ではない。
一刀は急激な状況の変化に、一度自分の立ち位置を整理しておきたかったのである。
間を置くことで、冷静な状態になることも出来るため、この保留の判断は正解であっただろう。

とにかく今日は季衣達と共に目一杯自分達の解放を祝おうと、追加の酒を注文する北郷一刀・17歳なのであった。



翌日は迷宮探索を休みとした一刀達。
稟と一刀以外は全員LVが上がっていたため皆に神殿に行くように勧めた一刀は、別行動を取って華琳の元に向かった。
風に言われた通り、行動の自由について言質を取る目的である。

華琳は彼女らしい気前の良さをみせた。
行動の自由だけではなく、ある程度までであればレベリングのコツを他者に教えても構わないと言うのである。
具体的な仕組みに関しては不可だったが、それでもうっかりの可能性が非常に小さくなったことは、一刀を安心させた。

(要するに口で説明しない範囲で、実際に行動で教えるくらいなら問題ないんだな)

華琳の懐の広さに、ますます好感を覚える一刀。
もちろん華琳は、ただ一刀に対する好感度アップのためだけにこんな許可を出したわけではない。
探索者全体の質の向上は、華琳にとってもかなりのメリットがあるのだ。
今はなにも気づいていない一刀だったが、そう遠くない未来にそれを知ることになるのであった。



一方、こうして一刀と華琳の関係が深まっていることを嫌う者もいた。
明くる日の朝一番に一刀を呼び出した七乃は、笑顔で口を開いた。

「なぜか華琳さんから6800貫が届きました。一刀さん達は、華琳さんのクランなんかに加入するつもりなんですか?」

まったく目が笑っていない七乃の、その険悪な口調に気圧される一刀。
華琳を敵に回すのも恐ろしいが、それ以上にギルドを怒らせることの愚を悟った一刀は、曖昧に言葉を濁した。

「い、いや、まだそう決めたわけじゃないんだけど……。その金は、俺の持っていた探索者育成ノウハウに関する情報の所有権を譲った対価なんだよ」
「ふーん。私に先に話を持ってきてくれたら、その対価に一刀さん達を解放してあげたかもしれなかったのになー」
「す、すまん、思いつかなかった」

思いつかなかったというのは、決してその場限りの言い訳ではない。
一刀は自身の特殊性を理解していたものの、それが換金性のあるものだということにまで考えが及んでいなかったのである。
実際に華琳に『情報の対価を支払う』と言われるまで、そのことに気づかなかった一刀。
インターネットの普及により、正誤はともかく情報自体は無料で入手可能であった現代人の一刀には、情報を換金するという発想自体が出て来なかった。

正確には、現代でも情報の換金は行われている。
一刀が毎週欠かさず購入していた、二次元の美少女達が照れながらゲームを紹介していく雑誌『ハミ通(ハニカミっ娘通信)』などは、まさしく情報を売って収入を得ている代表的な例である。
だが、出版物に対する代金だとは思っても、情報を購入するという意識で雑誌を手にする人はあまりいないであろう。
言い換えれば、このゲームの世界では情報も立派な商品のひとつだという至極普通の考え方が、別視点からの発想力を持つ一刀にとっては逆に難しいことであったのだ。

それに、情報というのは渡し方や渡す側の立場も含めて価値が変わる。
今だからこそ七乃も『対価に解放してあげた』と言っているが、立場が弱かった剣奴の時では、一方的に情報を搾取されて終わる可能性が高かったであろう。

「……真面目な話、私は一刀さんのことを高く評価しています。どうです、このままギルドに加入しませんか? しばらく実績を積んでくれれば、いずれNo.3の地位くらいなら与えるかもしれませんよ?」

一刀が剣奴だったことを思えば、いや一般の探索者から見ても、破格の出世街道である。
七乃にとってみれば、一刀の価値は成長速度とそのノウハウにある。
仮に一刀がしょっぱい加護神を得たとしてもなんの問題もないし、律令の曖昧さから華琳との契約の抜け道なんていくらでもあるだろう。
いざとなればギルドの力で契約を破棄させ、賠償金を支払うことも容易いのだ。

だが、一刀にその選択肢を選ぶことは出来なかった。
ギルドに加入するということは、必然的に雪蓮達と対立することになりかねないからだ。
例の作戦が七乃の知るところとなり、それを妨害する命令でも受けたら最悪である。

「あー、非常にありがたい話なんだが、その誘いは謹んで辞退させて頂くよ」
「……そうだ一刀さん、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「星さん達との契約は、後1.5ヶ月。その間に一刀さんが加護を受けることが出来れば、一刀さん達の自由を認めます。その代わりもし加護を受けることが出来なければ、一刀さん達にはギルド職員になって貰います」
「なんでだよ、ちゃんと金は払っただろう?」
「お金を払えば剣奴から開放するというのは、あくまでもギルドの温情なんですよ。義務ではありません。それにギルド職員になってもらうってことで、ちゃんと剣奴からは解放してるじゃないですか」
「……賭け自体を断ったら、剣奴のままだってことか?」
「いえいえ、そんなことをしたら他の剣奴達の士気に関わりますからね。ちゃんと解放して差し上げますよ。ただ、この洛陽で今後生活していくのが、ちょっぴり大変になっちゃうかもしれませんけどねー」

もはや選択の余地はない。
一刀に出来ることは、ただ縦に首を振ることだけであった。

とはいえ、細かい条件闘争に関しては一刀も譲らなかった。
交渉の結果、今まで無報酬も同然だったクエストに100貫の報酬を出させることに成功した。

また本来であれば、今日から剣奴ではなくなる一刀達は、ギルドの住居を出て行かなくてはならない。
更に、迷宮探索者としてギルドへ登録される料金や月々の上納金も支払う必要がある。
それら全てを、『祭壇到達クエスト』が終わるまでは現状の通りとすることを認めさせたことも、上出来であっただろう。

更に一刀は、一計を案じた。

「ところで、良く考えたら今まで七乃には随分と世話になった。七乃が俺に目を掛けてくれなかったら、こんなに早く身を買い戻せることもなかったと思ってる。だから、その礼をしたいんだが」
「お礼、ですか?」
「ああ。ギルドに買われたばかりの剣奴を、誰でもいいから1人貸してくれ。今日一日である程度まで育ててやるよ。もちろんそれを七乃が観察するのも自由だ」
「ほ、本当ですか! 二言はありませんよね、今すぐに準備させます!」

七乃の興奮振りに、情報公開はちょっと勿体なかったかと思う一刀。
だが、七乃に世話になったという気持ちは嘘ではない。
厄介を押しつけられた感の方が大きいし、今も賭けだのなんだのと鬱陶しいことこの上ないが、それでも自身の言葉の通り七乃の後押しがなければ、今頃はBF4でテレポーター警備をしていたことだけは間違いないからである。

それにパワーレベリングをギルドに教えることは、決して悪いことではないと一刀は考えていた。
まず、今さっき悪化させてしまったギルドの心証を良くする効果が期待出来る。
そして剣奴達のLVを上げることで雪蓮達の価値を相対的に下げることにより、雪蓮達が独立しやすくなるのではないかという思いもあった。

ギルドにとっては強者でさえあれば、別に雪蓮達でなくても構わないはずである。
むしろ同じような強さであるならば、野性の虎を飼うに等しい雪蓮達の手綱を握るよりも、使い勝手のよい分だけ剣奴達の方が便利であろう。

更に、今まで剣奴達のLVが低かったせいで遅々として進まなかったテレポーター設置が急速に進むことも考えられる。
それは剣奴達が加護を受けやすくなるのと同義であるが、平均1500貫の借金はそれでも返すのに時間がかかるだろうし、解放される際にも購入額の10倍の金で戻ってくるのだから、ギルドにとってもメリットがあると思われる。
第一、LVを上げることによって死傷者が激減するということは、ギルドにとって財貨の消耗が激減するのと同じことであり、他の全てを捨ててでもその情報を得るだけの価値がある。

そしてなによりも、剣奴の強化をさせることは一刀にとって、自分のせいで2週間前に同僚を全て死なせてしまったことに対する償いの気持ちの表れだったのだ。



「凄い……。僅か1戦しかしてないのに……」

LV1の剣奴を連れてBF11へ。
剣奴にライトボウガンで攻撃させた後、一刀が敵を殲滅して剣奴をLV5にした。
その結果、パワーレベリングを始める前はひぃひぃ言いながらBF1のコボルト相手に逃げ回っていた剣奴が、へっぴり腰はそのままに同じ敵に対して圧勝したのである。

「と言う訳だ。仕組みは説明出来ないが、要領はわかっただろ」
「……はい、これだけでも十分ですよ、一刀さん」

そう七乃に話した一刀自身も、今回のことで再確認出来たことが2つあった。

ひとつはスキルの重要性についてである。
LVが上がってもスキルが上がっていないことは、剣奴のへっぴり腰を見ればわかる。
あの状態では同じ階層のモンスターを相手には勝てないであろう。
つまり、一刀自身も安易なパワーレベリングに頼ることなく、出来るだけ自力でLV上げをする必要があるということだ。

尤も、パワーレベリングの有用性自体は消えたわけではない。
単純に能力が上がるだけでも、戦闘がかなり楽になることは間違いないからである。

だからといって、こちらとの接触を絶とうとしている雪蓮達には頼れず、この仕組みを理解している華琳は、だからこそパワーレベリングを是としないであろうことも予測がつく。
それほど会話を交わしたわけではないが、安易に人を頼って命の危険も冒さずに楽々とLV上げをするような意地汚い真似は、華琳が最も嫌いそうな行為であることくらいは容易に理解出来る。
これは、例えば桂花が加護を受けた後に華琳達とパーティを組むことによって受ける恩恵とは別の話である。
いうなれば前者は寄生であり、後者は必然であるからだ。

もうひとつはソロの限界性についてである。
七乃に出来るだけ手管を見せないために、一刀は敢えて必殺技を使用せずに戦闘を行ったのだが、装備を整えたLV13の一刀でもBF11の敵をソロで倒すのは困難な作業であった。
LV7の時の一刀が初期装備だったにも関わらずBF6の敵をソロで倒せていたことを考えると、この差は歴然である。
深い階層になればなるほど、自身の成長以上に敵の強さが増していく。
このことを、一刀は改めて実感したのであった。



「さすが一刀さんです。ますますウチのギルドに欲しくなっちゃいました」

よりいっそう七乃に目を付けられることになっても、一刀はパワーレベリングを教えたことを後悔しない。

「それにしても、これほどの情報を対価なく貰えるだなんて、とてもラッキーでした」

もしかしたら巨額の金と引き換えに出来たかもしれない知識だったかもしれないが、一刀はパワーレベリングを教えたことを後悔しない。

「あ、例の賭けですが、この手段を用いたら反則負けってことでお願いしますねー。華琳さんと雪蓮さんには、一刀さんに協力しないように通達しておきます」

本当にどうしようもなくなったら華琳か雪蓮に泣きつこうと考えていたのだが、一刀はパワーレベリングを教えたことを後悔しない。

「さてさて、早速雪蓮さん達に指示して剣奴達を鍛えて貰わなくちゃ。一刀さん、今日は御苦労様でした」

このことだけが、一刀の見落としていた痛恨のミスだったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:32/178
MP:0/0
WG:100/100
EXP:2580/3500
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:8貫800銭



[11085] 第三十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 22:42
なんだかんだ言って順調に進んでいた迷宮探索。
着実に上がっていく自身の戦闘能力。
剣奴としての辛酸もそんなに舐めていないし、己の身柄もたった3ヶ月で買い戻すことが出来た。

今回の失策は、そんな一刀の慢心こそが最大の原因であったのだろう。
一刀は諸葛亮でも荀彧でもないし、『ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう』でもない。
その身体能力の特殊性はともかく、内実はただの高校生でゲーオタなのだ。
そんな一刀が能動的に策を考えて実行に移した所で、ボロが出ないはずがない。
軍師達が幾日も掛けて全知全能を振り絞って実行するのが策であり、一刀が冷静になって1,2日考えただけの行動は、彼女達に言わせれば行き当たりばったりと同じ意味になる。

波風を立てないように、平穏無事を目標に17年間生きてきた一刀。
その『石橋を叩いて渡らない』ようなライフスタイルが、この世界に来て変わった。
積極性が出てきたことも、対人スキルが上がってきたことも、基本的には良い変化と言えよう。
だが多少人間的に成長した程度で、華琳や雪蓮と肩を並べることが出来るのだろうか。

七乃から、華琳から、雪蓮から分不相応な期待をされ、だんだん自身でもその気になり始めていた一刀。
華琳との交渉時のポカは今の所は結果的に何も問題が出ていなかったが、今回の件はそれとはわけが違う。
前者のように冷静さを失っていたわけではないし、一刀なりに考えた末の決断だった。
そして、自身の能力を過信する者が陥る罠に、一刀も例外なく引っかかったのだ。
一刀の考えは、如何にもご都合主義で甘かったのである。

本人は客観的にメリットデメリットを判断しているつもりでも、やはりメリットの方に引き摺られてデメリットの考慮を疎かにしてしまった感が否めないし、結果が及ぼす影響だけを考えていて、過程が引き起こす事態まできちんと想定出来ていなかった点などは問題外である。
着眼点は皆に一目置かれていたが、思考能力ということでは現時点では華琳や雪蓮はおろか、七乃にもまだまだ及ばないということを自覚した一刀。
一刀にとっては、今回の件はいい薬になったであろう。

だが、雪蓮達のクランにとっては『いい薬』どころの話では済まない。
顔を青ざめさせた一刀を部屋に迎え入れた雪蓮は、話を聞くと深く溜息をついて目を伏せた。

「……そう、わかったわ。連絡ありがとう」
「その、俺になにか出来ることは……」
「ないわ。貴方も七乃との賭けがあるのでしょう、そちらに注力なさい」
「でも、今回のことは俺の責……」
「一刀、はっきり言うわ。貴方に出来ることは、なにもないの。正直に言えば、このことを報告しに来るのも控えて欲しかった。今まで通り、普段通りを心がけてくれれば、それ以上望むことはないわ。……色々な無理を言って、それを快く了承してくれた貴方にこんなことを言ってしまって、悪いと思ってる。何かしないでは貴方の気が済まないということもね。でも、それを我慢して沈黙を保ってくれるのが、なによりもありがたいことなのよ」
「……解った。本当に済まなかった」

頭を下げて立ち去ろうとする一刀に、雪蓮が声を掛ける。

「ああ、一刀。言い忘れていたわ。身分解放、おめでとう! 必ずやるとは思ってたけど、こんなに早くだなんて予想も出来なかったわ。きっと貴方なら加護だって受けられる。その時は、派手にお祝いをやりましょう。私達のと一緒にね」

『私達のと一緒に』という言葉と、雪蓮の自信ありげな頬笑み。
含みのあるセリフから考えて、恐らく『祭壇到達クエスト』の前後が、作戦決行の頃合いなのであろう。
お互い頑張りましょう、という雪蓮の視線のみの言葉に大きく頷き、一刀は部屋を出た。

今の自分のすべきことは唯一つ、全力で『祭壇到達クエスト』をクリアすることだという思いを胸に秘めて。



とは言え、とりあえずやることは変わらない。
BF12で2組に分かれ、ひたすらモンスターを狩る一刀達。

「くっ!」

星の繰り出す槍が、リザードマンの頑強な鱗に弾かれた。
LV13の星でも楽勝とはいかない、それがBF12のモンスターである。
いつも通りに一刀が死角から地味なダメージを与えていき、リザードマンに隙を作ろうとした。
だが、何発か鱗を突き抜けて肉まで喰い込むようなダメージを与えたはずなのに、リザードマンの注意は星に向けられたままであった。

つまりは、ダガーと槍の攻撃力の差なのであろう。
リザードマンは一刀よりも星が驚異だと判断していたのである。

それでも星の繰り出した槍が、遂に鱗を突きぬけて肉に突き刺さった。
こうなれば、後はこちらのペースである。
敵が星に集中している分、一刀はいつもより敵に肉薄してダガーを振るい、星も俊速の槍を繰り出してリザードマンの手足を穿つ。

NAMEが赤くなったのを確認し、一刀が季衣達のパーティに次の獲物を運ぶために戦線を離脱した時には、リザードマンの姿は全身が血で赤く染め上げられていたのであった。



「ふむ、前から思っていたのですが、一刀殿。そのポイズンダガー+1の持つ効果は、敵の防御力低下ではないでしょうか? 先程の対リザードマン戦の時、最初は私の槍は鱗に弾かれていましたが、一刀殿が数回攻撃を当てて以降は、手応えがわずかに変わったようなのです」
「本当か?」
「おそらく、としか言えませぬ。が、少なくとも最初は鱗を貫けなかったのが、終盤には簡単に貫けるようになっていたことを考えると……」
「うーむ、そうかぁ。初めからそういう効果だったのかも。それで桂花に+1を付けて貰ったから、その効果が目に見えて表れるようになったってことかな?」
「ふんっ、感謝の気持ちは態度で表わしなさいよねっ!」
「ああ、ありがとうな桂花」

ネコ耳フードを被った桂花の頭を撫でようとする一刀。
そして、その手をバシッと叩き落とす桂花。

「そういう意味じゃないわよっ! 一日も早く加護を受けられるように、今以上に頑張れってことに決まってるでしょ! 脳味噌が腐ってるんじゃないかしら、まったく」
「……」

(俺、この子とは一生仲良くなれないかもしれない)

一刀は赤く腫れた手を見つめながら、胸中で呟くのであった。



迷宮探索を終えて部屋に戻った一刀達。
鎧を脱いで寛ぐ一刀に、流琉が話し掛けた。

「あの、兄様。私達、ギルドから解放されたんですよね? 依頼の続行の話は聞きましたけど、なんかあんまり境遇が変わってないような気がします……」
「部屋はこっちから頼んで使わせて貰えるようにしたんだよ。今の俺達に、引っ越しをする時間なんてないからな。……それより、何度も言うようだけど、本当にごめんな。俺が目を付けられてるせいで、賭けの件に巻き込んじゃって」
「それはもういいって、兄ちゃん。賭けに負けたって、剣奴に戻れって言われてるわけじゃないんだしさー。部屋だって別に不満ないし」
「私も不満はないんですけど、もっと劇的な変化があるって思ってたせいか、どうも違和感が……」
「まぁ、剣奴がギルドの依頼を受けている状態から、探索者がギルドの依頼を受けている状態に変わっただけだからなぁ」

それじゃ依頼が終わったら、新しい部屋を探さないとね。
私は大きいキッチンのある宿がいいな。
贅沢しちゃダメだよ、ボク達はお金を貯めてお店を開くんだから。

キャイキャイと盛り上がる2人を一刀は静かに眺めた。

別に話題に入れなかった訳ではない。
確かに宿をどうするかとか将来はどんな店を開くか、という話よりも、装備をどうするかとか将来はどんな魔術が登場してくるのか、という話題の方が一刀の好みに合致しているのだが、一刀が黙っていたのはそういう問題ではなかった。
これまではこんな話題が上ることもめったなかったが、今では将来の話で盛り上がるようになっていることに、一刀は解放された実感が湧いてきて、感慨深いものが腹の底から込み上げて来ていたのだ。

だが将来の話をするのであれば、このことはもう一度きちんと確認しなければならないと、一刀は話に割り込んだ。

「なぁ、しつこいようだけど、村に帰りたいとは思わないのか? 途方もない大金だけど、だからって諦めることはないんだぞ? それに、また売られちゃうって言ってたけど今の季衣達の実力なら大丈夫だろ」
「んー、ボク達さ、無理やり売られちゃったわけじゃないんだよね」
「重税のせいで、不作だと餓死者が出るような所なんですよ、私達の村」
「特にボクは、御飯も一杯食べちゃうからさ。厄介ものだったんだ」
「それに、実力で追い払うって言っても、実の両親に手を上げる訳にもいきませんし……」
「……ごめんな、嫌なことを聞いて」
「ううん、兄ちゃんには知っておいて欲しかったし、いいよ。それに今は幸せだしさ」
「そうですよ。それよりも、1つだけ確認しておかなきゃいけないことがありました。依頼を達成しても、兄様は迷宮に潜り続けるんですよね?」

迷宮探索でお金を儲けてお店を開く。
その話に一刀が乗ってこなかったことで、一刀が探索者を辞めたいんじゃないかと流琉は曲解してしまったのだ。
だが、それはあながち間違っている訳でもなかった。
一刀が黙っていたのは前述したように別の理由だったが、かといって迷宮探索を続けるという話にはならない。
まだ一刀には、クエストをクリアした後のビジョンが見えていなかったのである。

また現時点で迷宮探索を続けるぞ、と決意したとしても、それは容易く翻される類の話である。
なぜなら、加護神の問題があるからだ。
一刀は男であり、有力な加護神がつく可能性は低い。
仮に加護神が劉禅だったとしたら、その後に迷宮探索を行う気力を維持出来る者はそういないであろうし、そんなしょっぱい加護神では当然危険度も跳ね上がる。

逆に有力武将の加護がついたとしよう。
一刀の加護神が荀彧だったとする。
その時は、必ず華琳のクランに入らなければならないのだろうか。
ゲーム的にはそうなのかもしれないが、一方でリアルでもあるこの世界では、例え加護神が誰であっても一刀自身に選択権があるはずだ。

かといって、一方的にその流れを無視することは、ゲーム世界の破綻を意味することになるかもしれない。
チートプレイでバグが出るように、仕様にない行動を取ってしまって世界が矛盾を起こしてフリーズしてしまいました、では洒落にならない。
もちろんそんな可能性はないのかもしれないが、絶対にないとは言い切れない以上、一刀は慎重に行動する必要があると考えていたのだ。
最近慣れない交渉事でミス続きの一刀だったが、ゲーム関連のことであれば本当によく頭が回る。
そんな一刀の慧眼には、侮れないものがある。

一刀がそんなことを考えている間に、2人の話はどんどん進んでいったようで、いつの間にか星達を誘ってクランを作り、一刀がリーダーをすることにまで膨れ上がっていた。
慌ててそれを否定する一刀。
数ある選択肢の中で、今の一刀がそれを選ぶことだけはありえない。

「なんでさー。兄ちゃんは今でもリーダーじゃんか。絶対に向いてるよ」
「そうですよ、兄様。足りない所はみんなで補い合えばいいんです、大丈夫ですよ」
「いや、今回の件で俺はわかったよ。もし俺がクランを率いたとしても、誰かしらに食い物にされるのがオチだって。例え軍師がついてくれたって、肝心の大将が俺じゃ致命的な判断ミスをしかねないし」

君子危うきに近寄らず、どうしても寄るなら大樹の陰。
中途半端な真似は、ダメ、絶対。
と、ひとり頷く一刀に文句を言う季衣達。

そんな3人の言い争いは、ノックの音で中断された。

「ふふ、相変わらず仲がよろしいですな。無粋な真似をして申し訳ないが、3人とも少しだけ私に付き合って頂きたい」
「俺は大丈夫だ。季衣達は?」
「ボクも平気だよ」
「私もです」
「ではご同行を願いましょう。先日の万漢全席の店に勝るとも劣らない、最上級の店です。あ、お代は相手の奢りだそうですから、安心召されよ」

如何にも怪しげな言い方であったが、星が危険な人物を紹介するとも思えない。
相手は誰だろうと考えながら一刀は星の後をついていった。

「お久しぶりです、一刀さん。先日は無礼な真似をしたまま別れてしまって、大変申し訳ありませんでした」
「あ、一刀さんって、やっぱりあの時の一刀さんだったんだ。璃々ちゃんを保護してくれて、ありがとうね」

その店に待っていたのは、璃々の母親の紫苑と、その紫苑が所属しているクランのリーダー・桃香であった。

「紫苑殿と私は、先日知り合って意気投合した飲み仲間でして。何でも恩人の一刀殿に誤解から酷い真似をしてしまったと聞きましてな」
「一刀さんとの面会がギルドから許可されなくて、お詫びが遅くなってしまって。璃々の恩返しにと、一刀さん達をギルドから解放するためのお金を貯めていたところだったのですが、それも早々に自力で身柄を買い戻したと星さんからお聞きして、せめてその祝いをとこの席を設けさせて頂いたのです。ご迷惑だったでしょうか?」
「いや、誤解が解けたなら良かった。こっちこそ、わざわざ祝ってくれてありがとうな」

ほんわかとした空気が嬉しくなったのか、桃香が混ぜ返す。

「へぇ、一刀さんって璃々ちゃんだけじゃなく、ちゃんと紫苑さんにも優しいんだねー」
「幼女系の噂は全部嘘だから! それに見ず知らずの俺を助けてくれた桃香ほどじゃないよ。あの時は本当にありがとう。それに俺、桃香に嘘をついてたんだ。本当は剣奴なのに探索者だって。恩を仇で返すような真似をして、ごめんな」
「全然いいよー。でも、どおりで一刀さんとあれから会わないと思ったよ。もしかして避けられてるんじゃないかって、ちょっと心配しちゃった」

相変わらずポワポワとした桃香の雰囲気に、出会った時のことを思い返していた一刀。
そう言えば実家が靴屋だと言っていたことを思い出した一刀は、こっそりと桃香に耳打ちした。

「なぁ、あのピンクの髪をお団子にした方の子なんだけど、『狼の毛皮』1枚で靴が作れないかなぁ?」
「うーん、あの子なら毛皮自体は1枚で足りるけど、他にも材料費がかかるよ? 普通ので2貫、いい物で5貫かなぁ。大体評価額の半分くらいで作れると思うよ」
「それじゃ、5貫の方で頼む。毛皮は後で星から紫苑さんに届けて貰うよ」
「えー、直接私に渡しに来てよ。商店街で桃香の靴屋さんはどこって聞けば、すぐにわかるから」

初対面の時も感じたが、やたらとフレンドリーな子だなぁと思う一刀。
彼女のフランクな態度に、普段だったら躊躇してしまうような靴作成もあっさりと頼むことが出来た。

だが、そんな一刀と桃香の様子は、他者に誤解を与えてしまった。

「……うむ、まさに巨乳ホイホイですな」
「……本当に吸いついて離れないね、流琉」
「私達も風さんと一緒にがんばろ!」
「あら、私もそれなりに自信があったのですけど」

外野の言葉に、素早く一刀と距離を取る桃香。

「勝手なことを言うな!」
「なにをおっしゃる。迷宮探索で私は最高のメンマを、貴方は最高のおっぱいをと夕日に誓いあったではないですか」
「最初から最後まで、一欠片も合ってないから!」
「そうだよ、星ちゃんは間違ってるよ!」
「いいぞ桃香、もっと言ってやってくれ」
「どんなに最高のメンマでも、一人で食べたんじゃ美味しくない! 本当に最高のメンマは、みんなで食べるメンマだよ!」
「……なんという含蓄深いお言葉。蒙が啓けるとは、まさにこのこと。ささ、どうぞ一献」
「えへへ、ありがとう星ちゃん」

もはや意味がわからない。
一刀を置いてけぼりにしたまま、盛り上がる一同。

(みんなで揉むおっぱいが、最高のおっぱいなのか……)

桃香の言葉で蒙を啓き、複数プレイの境地へと足を踏み入れた一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:15/100
EXP:2912/3500
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:8貫600銭



[11085] 第三十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/21 00:42
「兄ちゃん、ハードレザーベストが出来たよ! 着てみて!」
「うわぁ、お店で売ってるやつみたい。凄く上手に出来てるよ、季衣。兄様も良く似合ってますよ」
「ギルドショップの職人さんに色々教えて貰ってるんだ。有料だけど、なめしたり煮込んだりして貰えたし、助かっちゃった」
「ああいうお仕事も格好いいよね。私も今、素材を渡して防具を作ってもらってるんだ。早く出来ないかなぁ」

季衣の作ったベストは、皮でありながら鉄の刃すら防げそうな硬度を持つ『とかげの硬皮』が胸、腹、背などの主要部分に使用されていた。
針と糸では限界があったのだろう、ベストなのにリベットまで打ち込まれ、製作した季衣の苦労が偲ばれる。

「ありがとうな、季衣。BF11以降、敵が強くなってきて今までの装備じゃ辛くなってき……あっ!」
「えっ?! ベスト、なんか失敗しちゃってた?」
「……いや、そうじゃない。自分の間抜けさ加減を再確認しただけだ。6800貫って言わずに8000貫って言っとけば、装備も最高級に出来たなぁって」
「華琳さんなら、確かに1000貫くらい上乗せしても普通に払ってくれそうでしたもんね」
「それに、6800貫が上限だったとしても、それで先に装備を整えて依頼が終わってから改めて使った金額分を稼いだりとか、安全さを向上させる手段はいくらでもあったんだよなー」
「今更しょうがないよー。逆に華琳さんが『対価を支払う』って言った時に、とっさに6800貫を思いつかなかったかもよ。上を見たらきりがないって」
「そうですよ、兄様。それに、大金を持ったまま剣奴という弱い立場のままでいるのは、色々と危険だったと思いますし」
「まぁどちらにせよ、もう済んだことか。よしっ! 季衣からベストを貰ったことだし、今日はいつもより気合いを入れて迷宮探索するぞ!」
「頑張ろうね、兄ちゃん!」

季衣からのプレゼントで、狩りへのモチベーションが上がった一刀なのであった。



その張り切りが良い結果に繋がったのだろうか。
ワーウルフの眉間にダガーを突き立てようとした時、丁度溜まっていたWGの効果で敵の首筋に赤いポインターが点滅するのと同時に、腹の辺りに青いポインターが出現した。

(おお! 新しい必殺技か!)

早速試してみたくなった一刀は、青いポインター目掛けてダガーを突き出した。
ワーウルフの腹に突き刺さったダガーは、一刀の意思に因らず即座に引き抜かれ、1度目とは比較にならない速さで、そこと寸分違わぬ箇所を再度刺し貫いたのであった。

2回目の攻撃速度は、人間の限界を明らかに超えていた。
普通であれば腕の筋が千切れてしまっていたに違いないその動作は、恐らくシステム的な補助を受けられる仕様なのだろう。
一刀が特に負荷を感じることもなかった。

(今回の必殺技は2回攻撃か。格上相手にも使える必殺技が出来たってのは、重要だよな)

と、ステータスを確認する一刀には、嬉しい誤算があった。
武器スキルの説明文には『2~4回攻撃』と記載されていたのだ。
つまり今回はたまたま2回攻撃だったが、場合によっては4回攻撃してくれるということになる。
しかも瞬速を以てそれが実行されるとなれば、攻撃モーションの長さのために敵の攻撃を受けてしまうようなこともないだろう。
しかし、非常に使い勝手の良いスキルだと思われるそれを、一刀は素直に喜ぶことが出来なかった。

インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

デスでシザーなアレよりも更に香ばしい名称に、思わず鳥肌が立った一刀なのであった。



迷宮探索を終えた一刀は、狼の毛皮を届けるために桃香の実家へと向かった。
商店街で教えられた靴屋に入ると、カウンターには桃香が座っていた。

「あ、一刀さん。いらっしゃーい」

今日と明日はお休みなの、と言っていたから在宅しているとは思っていたものの、まさか店番をしているとは思わなかった一刀。
聞けば、桃香は一刀を待っていたのだと言う。

靴屋の娘さんとはいえ、桃香は探索者の中でもかなりの勢力を誇るクランのリーダーである。
その桃香が直々に自分のことを待っていたからには、なにか厄介な依頼でもあるのかと疑った一刀は、そんな自分をすぐに恥じることになった。

「見て見て、じゃーん! 桃香りんランドに、パンジーが咲きましたー!」

猫の額のような狭い庭に、鮮やかに色づいた花々。
桃香は、自分の趣味である園芸の成果を一刀に見て貰いたかったのだと言って微笑んだ。

「なんか一刀さん、初めて会った頃よりも疲れてるように見えたから。お花は元気をくれるんだよ。一刀さんも、元気が出た?」

えへへー、とアホの子のように笑う桃香。
だがその人を惹きつける魅力は、なるほど加護神が劉備だけのことはあると思わせる。
華琳、雪蓮に勝るとも劣らない人物であった。



「明日には完成するから」という言葉の通り、翌日の迷宮探索を終えた一刀が店を訪ねると、既に靴は出来上がっていた。
モフモフの表面は足首まであり、ショートブーツといった所であろう。
通気性を確保する工夫が随所に見られ、靴底も摩擦力に優れていた。
評価額10貫という、靴にしては破格の値段にも頷ける出来具合であった。

この日に靴が完成していたことは、僥倖であった。
なぜなら今日の迷宮探索で、遂に一刀のLVが14になったからである。
明日からBF13を探索しようと、既に仲間内で相談して決めていた。

この靴は必ず、更なる強敵に挑む季衣の力になってくれると確信した一刀なのであった。



そのまま『贈物』を貰うために神殿に向かった一刀。
神殿には、たまたま星が来ていた。

これは必ずしも偶然とは言えない。
先日『贈物』を貰ったばかりの星だったが、万が一の可能性に賭けて神殿で祈りを受けるために来たのであろう。
というのも、BF12までの探索とBF13以降の探索では、ある一点において天地の差があるためだ。
尤も、星のLVは13のままであったので、『贈物』は出現しなかったのだが。

星をして、それほどまでにBF13に備えさせようとしたもの。
それは、BF13以降は日帰りが難しくなるという事実であった。

地図上では、最短で2時間もあれば1フロアを踏破することが可能である。
行きで2時間、狩りで3時間、帰りで2時間の計算で日帰りすることは、要所に休憩時間を加味しても一見可能そうに思える。

しかし、実際には絵に描いた餅なのだ。
ネックはMPである。

実力的に圧倒しているのであれば、道中に使用するMPは抑えられるであろう。
だが実力が伯仲しており、更に遭遇戦になることを考えると、通常の狩りの時よりも遥かにMP消費量は激しくなる。
下手すれば、BF13に辿り着いた時にはMPが半分になっていた、という事態も考えられるのだ。
そうなれば、狩りどころの話ではない。

日帰りで深い階層を探索しようとするには、華琳のように魔術によるMP回復手段を持つか、『秘薬』などのアイテムに頼るかしかない。
穏が以前使用していた『活力の泉』は、『テレポーター設置クエスト』の時の様子から見ても燃費が悪そうだったため微妙であるし、第一まだ風や稟、桂花には使用出来ない。
尤もクエストの時、一刀はパワーレベリングに夢中で数値的な確認を怠っていたため、燃費が悪いのかどうかは正確にはわからなかったが。

つまり、現状の一刀達がBF13以降を探索するならば、泊まりは必須条件になるのであった。



星が見守る中、一刀に与えられた『贈物』は新たなボウガンであった。
ステータス欄に『バトルボウガン』と表示されたそれは、『スナイパーボウガン+1』よりも攻撃力が4高いものの、遠隔命中率+3は消えてしまっていた。

(正直、微妙だなぁ……)

若干ブルーになる一刀。
だが、ある可能性に思い当たった。

『スナイパーボウガン+1』の時は、いきなり石で強化してしまったせいで強化後の能力しか解っていない。
だが、遠隔命中率+3が石による強化の効果だったと考えたならば、同じ石を『バトルボウガン』に使用すれば、遠隔命中率+3は保持されることになる。
そうなれば、決して微妙な『贈物』などではない。

しかし、その可能性は高いものではない。
なぜなら、『ポイズンダガー』を強化した際の純粋なステータス変化は、攻撃力が1アップしただけであるからだ。
星の言葉から、防御力ダウン効果が増したらしいことも推測出来たが、そちらは確定事項ではない。

わからないことは試してみるのがゲーマーの心意気。
祭に手入れを教わっていたおかげで、使用して1ヶ月半が経っても『スナイパーボウガン+1』の劣化はそれほど激しくない。
新品状態で評価額25貫だったボウガンが7.5貫という高値で売却出来たため、なんとか手持ちの金で武器強化の石を購入出来た一刀は、早速その石をボウガンに使おうとして思い留まった。

(もしかしたら、『ポイズンダガー+2』に出来るんじゃないか?)

仮にそれが可能であり、防御力ダウン効果が更に増したとしたら、そのメリットは計りしれない。
一刀は迷わず石をダガーに使用した。
だが残念ながら石は塵にならず、その形を保ったままであった。

期待が大きかっただけにがっかり感もかなりあった一刀だったが、気を取り直して石をボウガンに擦りつけた。
今度こそ石は粉微塵となって跡形もなく消え去り、一刀の手には『バトルボウガン+1』が残された。
そしてその性能は、一刀の狙い通りに遠隔命中率+3が付加されていただけではなく、攻撃力自体も1アップしていたのであった。



一刀に『贈物』が与えられたことを我がことのように喜ぶ星に誘われて、一刀はそのまま飲みに出掛けた。
星の行きつけだというその店には紫苑と、そしてもう1人見知らぬ女性の姿があった。
大きく『酔』と書かれた肩当てを身につけたその女性は、その文字の通りに早くも顔を赤らめていた。

「こんばんは、星さん。あら、一刀さんまで。さ、どうそこちらに」
「ほう、お主が噂の一刀殿か。儂は桔梗という。璃々が世話になったこと、礼を言わせてもらおう」
「あ、ああ、大したことはしてないよ。それよりも、それ……」

一刀が目を奪われたもの。
それは桔梗が、なぜか飲み屋にまでわざわざ持ち運んできていた武器であった。
人目を引くような巨大な剣であったが、注目すべきところはそこではない。
その剣に取り付けられていたそれは、一刀にはどう見てもリボルバーにしか見えなかったのである。

「ああ、これは『豪天砲』じゃ。見事なものであろう。これを持っておれば、うっとうしい男共も寄って来ずに美味い酒が楽しめる」

(この世界、火薬なんてあるのかよ。というか、どう見てもこれは反則だろ……)

桔梗の『豪天砲』と、先ほど入手したばかりの『バトルボウガン+1』を見比べてしまう一刀。
自分の武器がとてもショボく見え、ショックを受ける一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:192/192
MP:0/0
WG:55/100
EXP:92/3750
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:700銭



[11085] 第三十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/20 23:50
ギルドショップでも、桃香に案内してもらった武器屋でも、露店でも、今までに銃火器を見かけたことがなかった一刀。
おファンタジーな世界だからなぁと納得してボウガンを愛用していた一刀にとって、『豪天砲』の存在は驚きであった。

尤も、良く考えてみれば同じくファンタジーなアクションゲーム『ハンハン』シリーズにも同じような武器が登場する。
それに、超ビッグタイトルのRPG『NF(ネバーエンディングファンタジー)』シリーズにだって、銃火器は存在しているのだ。
それと同じメーカーが製作しているせいか、システムのあちこちに類似点が見られる『三国迷宮』に銃火器があっても不思議ではない。

現代人の一刀の中では間違いなく『弓<銃』である。
それは、頻繁に『弓>銃』の状態になるファンタジー世界に慣れきっている一刀のゲーム脳で考えても、常識的に覆せない法則だ。
一刀は銃火器に惹かれていった。

そこで思い当たったのが、スキルのことである。
ボウガンの武器スキルである『ホーミングブラスト』の必中攻撃は、銃火器でも通用しそうな技である。
ひょっとすると、ボウガンの武器スキルと銃火器の武器スキルは全く同じかもしれない。
もし銃火器を装備しても『ホーミングブラスト』のスキルがステータス表示に残れば、それはボウガンを使用することで育てた自身の武器スキルを損なうことなく変更出来る可能性に他ならない。

それを確かめるには、『豪天砲』を装備させて貰えばよいのだろうか。
いや、話はそんなに簡単ではない。

ここで問題になるのが、装備との相性なのである。
ステータスなのか適正なのかスキルなのか未だに謎なのだが、一刀が武器を装備した時には大別して3通りのパラメータ変化がおこる。

1.わずかに攻撃力が増減する。(ダガー、ボウガン)
2.かなり攻撃力が減る。
3.大幅に攻撃力が減る。

武器自体に攻撃力のパラメータがあることは既に解っている。
それは、装備することによってパラメータに(+○○)という補正効果が表れないこと、装備品を外すと攻撃力のパラメータ自体が消えてしまうこと、同じ種類の武器であるという条件下では命中率が装備によって変動しないことからも明らかである。
防具の防御力と回避力の関係にも、これと同じことが言える。

自分の能力+武器の能力(-■)=攻撃力

例えばポイズンダガーの能力が攻撃力21だったとして、石を使って+1にすると攻撃力21(+1)ではなく、22になるのだ。
実際には自分の能力単体での攻撃力が判別不可能であるため、武器の能力は他との比較でしか表せないのだが。
仮に攻撃力アップの指輪などを装備したならば、恐らく(+○○)で表記されることになるであろう。

1項の変動は、この公式がそのまま当てはまる。
そして2項の場合、そこからブラックボックス分の値が引かれてしまうのだ。

まだBF1の警備をしていた頃、桃香に紹介して貰った店で色々な武器を装備させてもらったことがあった。
その時は片手剣や片手槍、片手斧などに扱い難さを感じたものの、攻撃力自体はダガーよりも高かった。
だが今ではダガーを装備した時の攻撃力が、どんな武器よりも一番高いのである。

このことから、恐らくブラックボックスの根幹をなす要素はスキルであることが推測されるが、確実にスキルだと言い切れない根拠もまた存在する。
今まで、LVアップ時や装備品交換時以外で攻撃力が上昇したことがないのだ。
もし完全にスキル依存なのだとすれば、それはおかしい。
なぜなら、完全にスキル依存だと思われる必殺技は、LVアップに関係なく追加されるからである。

この事実は、一刀のスキルが上限値ではないことを意味している。
それはつまり、スキル値の上昇が攻撃力の上昇を伴っていないということだ。
この辺のことは実際に武器を変えて検証しないとわからないが、MMOゲームにありがちなスキルポイントのトータルが決まっているシステムの場合、その検証をすることは致命的な失策になり得る。
検証にスキルポイントを使い過ぎてメイン武器のスキルが足りなくなりました、ではお話にならない。

尤も、トータルポイント上限の状態で更にメイン武器のスキルを上げようとすると、他のポイントが自動的に下がってバランスが調整されることも考えられる。
だが現時点でそこまで想定するのは無意味であろう。

そして3項である。
この場合、攻撃力が激減するだけでなく、DEXやAGIなどの主要ステータスも軒並み激減するのだ。
基本的に重量のあるものは3項に当てはまるためSTRの問題である可能性が高いが、もしかしたら適性の問題かもしれない。

ということで、恐らく3項に当てはまるだろう『豪天砲』では、銃火器とボウガンが共通スキルなのかどうかを検証することは難しいのである。



それでも、試してみるだけなら損はない。
ただ桔梗が素直に『豪天砲』を触らせてくれるかどうかが問題である。
このクラスの武器は非常に高額であるし、祭と同様に名前まで付けていることから、それを大切にしていることも解る。

ちなみに一刀には、祭の『多幻双弓』を装備させて貰おうと無断で触り、凄い勢いで怒られた経験がある。
レイパー呼ばわりまでしてきた祭の怒りっぷりを思い出し、それでも『豪天砲』に対する好奇心を抑えられない一刀。
出来る限り機嫌を取ってからお願いしてみようと、一刀は桔梗の杯にお酌をするのであった。

「それにしても見事な武器だな、桔梗さん」
「うむ。この大陸中を探しても、儂の『豪天砲』に勝る武器はないであろうよ」
「銃火器自体が、あまり一般的じゃないのか?」

一刀の問いには、桔梗ではなく紫苑が答えた。

「破壊力はあるのですが、装填に時間が掛かること、武器自体の値段が高いこと、弾薬代が高いことから、余り一般的とは言えませんね」
「じゃが、儂の『豪天砲』は6連発出来る! そこらの銃火器と一緒にするでない!」

酒のせいもあり、ムキになる桔梗。
これ幸いと、一刀は『豪天砲』を褒め上げた。
別に御世辞だけで褒めているわけじゃなく、純粋に『豪天砲』が凄いと思っている一刀の言葉に、桔梗の機嫌は一気に良くなった。
今がチャンスと、一刀は肝心の願いを口に出した。

「ところで桔梗さん、実はお願いが……」
「なんと、儂の胸が目当てじゃったのか。まぁよかろう、それでも『豪天砲』の素晴らしさを良く解っているお主ならば、特別に許す。存分に触るがよい」
「違うからっ! 『豪天砲』を触らせて欲しかったんだよ!」
「なんと?! 『巨乳ホイホイ』の異名を持つ一刀殿が、乳よりも武器とは……」
「星はなんか俺に恨みでもあるのか?!」
「むろん、おちょくっているだけですよ。一刀殿はからかい甲斐がありますのでな」

ニコニコと話を聞いていた紫苑も、やはり酔っ払っていたのであろう。
穏やかで常識人の彼女にしては珍しく、星のからかいに乗った。

「あらあら、一刀さんは桔梗のたわわに実る胸の感触より、ゴツゴツとした『豪天砲』の感触に魅力を感じるタイプなのですか?」
「ちょっと待ってよ紫苑さん、そういう話じゃなくってさ」
「む、いくらなんでもお主、それは不健康というものじゃぞ?」
「だーかーらー、違うんだって」

酔っぱらいに正論を吐いても無駄である。
そのまま話は進み、遂に桔梗はこう言い出した。

「ならば、儂の乳を触るのか『豪天砲』を触るのか、二つに一つじゃ! これでお主がどちらにより魅力を感じているのか、一目瞭然であろう」

無茶苦茶である。
常識的には『豪天砲』を選んだ方が無難であることは間違いない。
だが話の流れ的には、それを選んだら自分の称号が『無機物ファッカー』になりかねない。

一刀は悩んだ。
そんな一刀の背中を押したのは、桔梗の着物に浮かび上がっているぽっちりとした2つの小さな粒であった。
透けてこそいないものの、明らかに乳首だとわかるそれは、『私達をプッシュして』と囁きかけているように一刀には感じられた。
実はこの時、一刀自身も桔梗の返杯や紫苑の酌によって脳がアルコールに毒されていたのである。

だが、この時一刀の脳裏を駆け巡っていたのはエロ魂ではなくゲーマー魂であった。
純粋なゲーマー魂であれば、『豪天砲』に天秤が傾いていたであろう。
しかし、その魂までもがアルコールで犯されている今、一刀の中の羅針盤は完全にとち狂っていた。

一刀は、2つのポッチにコントローラーのAボタンBボタンを連想したのだ。
彼の連想ゲームは続いた。

(ボタン……Bダッシュしゃがみジャンプ……選択肢決定・キャンセル……パーティ申請……)

ぽちっ、ぷよんっ。

NAME:一刀(LV14、HP:192/192、MP:0/0)
NAME:桔梗【厳顔】(LV19、HP:283/283、MP:0/0)

視界の片隅に出現したウィンドウに、一刀は飲んでいた酒を噴きだした。
そんなことには構わず、一刀の選択に大盛り上がりの3人。
そして、アルコールのせいでパーティ登録について検証する余裕のない一刀。

(ねぇよ……)

そう思いながら、アルコールのために意識を失う一刀なのであった。



星達が運んでくれたのであろう、ギルドの自室で目覚めた一刀。
まだアルコールが残っていたが、そこから意識を逸らすことによって痛みや疲れと同様に感覚を鈍くした。

そもそも一刀は食事にしても酒にしても、基本的には他人事のような感覚でしか味わえない。
だが痛みに意識を向けるとリアルな感覚になるのと同様、味覚に対しても感覚を使い分けることが出来る。
尤も、だからといって食べなくても平気という訳でもない。
感覚的には意識を向けなければ平気なのだが、HPが減っていくのである。

それと同様に、酒を飲めば身体的には確実に酔いが回る。
そしてまずいことに、酔っ払って鈍くなった脳味噌では、意識の切り替えが上手くいかないのである。
食事や酒の時には、味わうために感覚をリアルにしているのだが、酩酊状態だとそこから意識を逸らすことが出来なくなるのだ。

ここで重要なのは、一刀自身でもどうかと思うような感覚に対するご都合主義ではなく、意識の切り替えについてである。

昨夜、桔梗の乳首をプッシュした一刀。
だが一刀が乳を触るのは、この世界では初めてのことではない。
祭を相手に既に2回のエロス経験があったし、以前に冥琳の乳にも触れている。
その時にはパーティステータスなんて出現しなかった。

そして前者と後者との違いは、一刀がパーティ申請をすると意識していたかどうか、ただそれだけのように思えるのだ。

乳の揉み方の違いだという考え方も出来るが、それならば一刀以前に偶然パーティ登録に成功した人達が出ているはずである。
華琳だって春蘭・秋蘭とは只ならぬ関係に見えたし、紫苑だって璃々を産んでいる以上、吸われたり舐められたり16連打されたりした経験くらいあるだろう。
それら全てについて、偶然パーティ登録されないような揉み方であったとは、さすがに考えにくい。

(いや違う、そうじゃない!)

意識を向ける向けないは、あくまでも一刀自身の特殊性に起因している。
パーティ登録が普遍的なシステムであるのならば、この考え方はおかしい。

考えてみれば、祭の時は2回とも獣と化していたため、その豊満な胸にいたずらをする余裕など一刀にはなかったし、冥琳の時にも正確に指で乳首を押していたか定かではない。
しかし、乳首プッシュ自体がパーティ申請コマンドだったとしたら、なぜ今までそれに誰も気づかなかったのか……。

(ステータス表示だ! これが視認出来なければ、誰もそのことに気づかない!)

しかも昨日パーティ登録を解除した覚えなどないのに、今はパーティウィンドウが消えていた。
恐らく距離か時間によって、勝手にパーティ解散をさせられたのであろう。
つまり偶然パーティ登録が出来たとしても、それを意識して維持しない限り、恒久的にパーティのままで居続けられないということだ。

(これをどうやって利用しろと……)

パーティ登録の検証自体は、祭との逢瀬を利用すれば可能である。
だが、パーティ登録したことによる経験値配分の変化などを検証したり、このシステムを活用して桂花などの攻撃に向いていない魔術師を育てるのは、非常に難易度が高い。

(パーティ登録するから乳首押させてよ、なんて桂花に言った日には、血の雨が降りそうだしなぁ)

効果を検証するにしても、季衣達にだってこんなことは頼めない。
とりあえずパーティ登録のことは保留にして、アルコールを完全に抜くために水を浴びに行く一刀なのであった。



試しに1泊2日のスケジュールで行動してみようと、午前中は皆で泊まりに必要なものを揃え、午後から迷宮探索に出発する予定の一刀達。

必要なものはプール金から出されるので、一刀の手持ちの金が700銭しかなくても安心である。
ちなみに昨日の飲み代も払っていないため、ここから出費することを考えるとほとんど残らない。
ゲームシステム解析のために熱くなり過ぎたと反省する一刀だったが、同じ状況ならばきっとまた同じことをしてしまう自分が嫌いではない。

生活費自体は、今回の迷宮探索が終われば丁度3週間が経つため、5貫前後の収入が得られる。
1日休んだことと桂花が加入したことを考えても、4貫は貰えるであろう。
いくら使わなくなったとはいえ、季衣から貰ったレザーベストを売るのは人としてどうかと思うし、思いっきり使い込んで擦り減っているレザーブーツだけではあまり足しにはならなさそうだ。
それに普段レザーブーツを履くことでダッシュシューズの消耗を抑えられるため、これらを売却するつもりは一刀にはなかった。

一刀に貰った靴を履いてはしゃぐ季衣と、それを嬉しそうに眺める流琉を引き連れて、星達と合流した一刀。
ああでもないこうでもないと、持っていく物を吟味しながら町を歩く。
星に金を払って手持ちが100銭になった一刀は、買い食いも出来ずに荷物を持って彼女達の後についていった。

そして大きいリュック3つに水や簡易食料などを目一杯に詰め込み、一刀達はBF13へと向かったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:192/192
MP:0/0
WG:55/100
EXP:92/3750
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:100銭



[11085] 第三十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/22 15:51
鬼才、異才、天才。

その眼は千里を見通し。
その脳は未来を構築し。
その名は2000年の後にも語り継がれ。

神から愛され贔屓された頭脳を持つ彼女達の人生に、失敗の2文字はない。



「け、計算通り、なのですよー」
「そ、そうよ、こんなの解りきってたわよ!」
「も、もちろん、対策だって考えてあります」

目の前には3つの大きなリュック。
中身はパンパンに詰まっている。
前衛4後衛3のメンバーで、戦闘班と運搬班をローテーションする。
戦闘班はバランスを考えて編成しなければならないため、前衛は最低2人欲しい。

「1人が背負い、もう1人が後ろから支えるのですよー」
「そうすれば、戦闘時には後ろの人が戦いを援護出来るじゃない!」
「戦闘重視でありながら、より多くの物資が運べるのです」

「で、誰が背負うんだよ、これ」
「「「……」」」

その神算智謀に過ちはないが、うっかりはある。
そんな出発時の一幕であった。



BF11のテレポーターからBF13を目指す一刀達。
結局その後、小さめのリュック2個を追加購入したので、戦闘班は前衛2後衛1の編成となっていた。

「しっ! 前からワーウルフが2匹来る。左の部屋は……奥まで続いてるのか、リザードマンがいるな。よし、右の小部屋に入ってやり過ごすんだ」
「曲がり角にハイオークがいる。ここは迂回しよう」
「マッドリザード単体か。周りに敵もいないし、倒した方が早いな」

一行の道中は、非常にスムーズであった。
いつもは拠点を中心とする狩りスタイルのため、皆が探索に慣れていないことを考えると、その順調さは及第点を遥かに超えている。

一刀が薄暗い迷宮の中でもはっきりと見える敵NAMEを見落とすことなど稀であったし、曲り角や部屋の中の確認も、注意深く探ればこちらの姿を見せずに敵を発見することが可能であった。
敵のNAMEが視認出来る一刀の優位性は、拠点への釣り役以上に探索時の斥候で真価が発揮されたのである。

「ようやくBF12の半分くらいに来たな。探索を始めてそろそろ1時間半が経つし、周りに敵の影もないから休憩にしよう」
「はふぅ、重かったのですよー」
「流琉や星はもっと重いのよ、我慢しなさい」
「それはわかっているのですよ、稟ちゃん」

(人がいくら重い荷物を持ってようが、自分の荷物が軽くなるわけじゃないしなぁ)

稟と風のやり取りを流し聞きしながら、辺りを警戒する一刀。
休憩中に敵が寄って来ないとも限らないので、当然のことである。
本来はその役目も交互に行うべきなのであろうが、一刀自身は今の所休憩を必要とする程疲れていなかったため、黙ってそれを引き受けていた。

「そんなに言うなら、次は桂花ちゃんと稟ちゃんで荷物を運ぶのですよー」
「それは不公平よ。私と風のどちらが連続して荷物運びをするのかは、ジャンケンで決めようと約束していたでしょう」
「2人とも連続して荷物運びをすればいいじゃない。喧嘩両成敗の良い案だわ」
「どこがよ。桂花だけずっと荷物なしになる都合の良い策になんて、誰が乗るものですか」

(そのうち荷物三分の計とか言い出すのかな。あれ、諸葛亮って既に誰かの加護神なんだっけ?)

口喧嘩している後衛の3人だが、さすがに状況を弁えて小声である。
怒鳴りさえしなければ特に問題はないので、一刀は彼女達の声をBGMにして辺りの警戒を続けた。
そんな一刀に、星が声を掛ける。

「一刀殿、取り決めでは次は貴方と季衣が運搬役でしたが、私と交代して頂きたい。私が引き続き荷物を運ぶので、貴方と流琉で戦闘班を組んで下され」
「あー、うーん、それは……」

正直に言えば、一刀もその方がいいと思っていた。
自分には敵のNAMEが視認出来るというアドバンテージがあるし、普段から釣り役をしているので敵を発見すること自体に慣れているからだ。
星と流琉の番になれば、その役割をどちらかが担うことになるのだが、彼女達が索敵に慣れていないことは明らかである。

だが後衛達の争いを見てもわかるように、水などの入った荷物は非常に重い。
小柄な少女達が頑張っているのに、自分だけ荷物運搬の役割をパスするのも気が引ける。
そんな一刀の逡巡を察したのであろう、星は皆にも意見を求めた。

「ボクもその方がいいと思う」
「私もです」
「というか、当たり前のことなのでは?」
「……ぐぅ。おおぉ、あまりに解り切ったことを聞かれたので、つい」
「馬鹿なの? 死ぬの?」

一刀にとって意外だったのは、季衣達だけでなく先ほど荷物を押し付けあっていた3人組までが賛同したことであった。
だがそれは、一刀の索敵能力に対する信頼の証でもある。

一刀はそれ以上の遠慮をせず、その代わり今まで以上に気合いを入れて斥候役を務めたのであった。



地図上で2時間かかる道のり、それは距離だけを考慮した時間である。

予期せぬ遭遇戦。
常に周囲を警戒していることによる体力の消耗。
それを回復させるのに費やす時間。

戦闘や休憩を考えると、その数倍の時間が掛かってもおかしくない。
それに対して、今回の迷宮探索はどうであろう。

一刀が可能な限り回避しているので、遭遇戦が少ない。
そもそも一刀が敵を必ず発見しているため、遭遇戦ではない。
警戒は一刀に任せておけば安心だという心の余裕がある。

BF12の半分を1時間半で踏破したことの意味は、一刀よりもその恩恵を受ける星達の方がより理解していたのであった。



テレポーターまでの道のりとその周辺の限られた一部しか記されていない地図でも、地図は地図である。
時にはそれを書き足しつつ、一刀達は特に苦戦することもなくBF13へと降り立った。

付近の安全そうな小部屋で2度目の休憩を取る一刀達。
探索を始めてから4時間弱が経過していた。
普段は行き帰りで30分、狩りで3時間前後の一刀達にとって、ここから先は未知の時間帯になる。

未知なのは時間だけではない。
戦い方もまた、今までとは違った形にせざるを得ない。

これまでは狩りの時間は全力で戦ってきた。
なぜなら、広い場所で狩りのスピードが落ちることは敵が減らないことに繋がり、敵の密度が増えれば数の暴力に晒されれるからである。
最小限の休憩を入れ、殲滅速度を最大限に上げる。
その結果、時にはオーバーペースで獲物の数自体が足りなくなったりもしたが、危険に陥ったことは数える程しかなかった。

そしてそれは、体力の大幅な消耗に繋がるのである。

BF12までなら、それでも良かった。
本当に疲れきってどうにもならなければ、即座に帰ればよいのだから。
だが、今回は条件が違う。
ベストコンディションの行き道で4時間も掛かっているのだから、帰り道はどう見積もってもそれ以上になるのは間違いない。
そもそも数時間ならともかく1泊2日の行程なのに、一刀にハイペースで2パーティ分の獲物を釣らせるのはどう考えても無茶である。

もちろんこれは事前に話し合って、皆が認識していることだ。

「おし、休憩はそろそろいいか? それじゃ予定通り、出来るだけ階段付近に拠点を探すぞ」
「広くもなく、かといって狭くもない場所ですね。見つかれば良いのですが」

狭い場所は敵が選べないから、魔術師であるハイオークに対して不利なのでボツ。
広い場所は敵が多いから、体力の消耗が激しすぎてボツ。

そうなれば答えはひとつ。
中くらいの場所を選ぶことである。
もちろんそれだけでは、なんの解決にもならない。
むしろ敵が選べない割には体力の消耗が激しくなり、条件的には悪化してしまう。

今までとは戦い方自体を変える必要があるのだ。
それは休憩組を隅に配置し、LV上げ組はその周辺を移動しながら掃除するという方法である。

キーポイントは、ハイオークを必ずしも1撃で倒す必要はないということ。

敵を釣るスタイルだから一刀が1撃で倒さねばならないだけなのであり、それが通用しなくなるのであればそのスタイルを変えればいい。
つまり、一刀なしで星達がBF12の拠点を探し出した時のように、皆でハイオークの所に走り寄ってそれぞれの必殺技や上位魔術で瞬殺すればいいのだ。

拠点を基準に範囲を定めた移動狩りである。
このやり方の場合、あまり狭い場所だと敵の数が足りなくなるため、部屋的な場所であれば最低限の広さが必要となる。

「中くらいの場所という条件には合致してませんが、私はここがベストだと思います」

そして、通路の一角であれば特に広さにも拘ることもない。
稟が示した場所は、食べ終わった後の葡萄のような、方々に枝別れした小道の起点となっている袋小路であった。

見通しが悪いことはキャンプの拠点として合格であったし、LV上げ隊の掃除で安全は確保出来る。
それにこれだけ小道が複数あれば敵には困らないであろう。
強いて難点を挙げればピンチの時に逃げられないことだが、もともと7人パーティでは逃げること自体が不可能に近いため、考慮してもしなくてもあまり変わらない。

定めた拠点に中身のたっぷり詰まったリュックを降ろし、まずは全員で周辺の掃除に行く一刀達なのであった。



≪-火炎-≫
≪-火球-≫
≪-火球-≫

ハイオークの足元から炎の柱が立ち上がり、左右からは『反魔』に匹敵する大きさの火球が撃ち込まれた。
肉の焦げる匂いが辺りに漂い、苦悶の呻き声をあげるハイオーク。
そのあまりの高温に、止めを刺したい一刀も星も近づくことが出来ない。
だが、季衣と流琉なら別である。

「スイングアターック!」
「同じくー!」

季衣達の投げつけた鈍器が、こんがりと焼けて柔らかくなったハイオークの胴体を、あっさりと叩き潰したのであった。



「ちょっと待て、いくらなんでも全力過ぎだ。それじゃ持たないぞ」
「た、確かに、今の『火炎』はきつかったです」

稟の撃った『火炎』はMP消費量が20もあったのだから、当たり前である。
火系統の魔法が得意ではない風や桂花の『火球』だって稟が撃つ場合の倍のコスト、つまりMP10を消費するのだ。
魔術が実用に耐えられるコストになるのは、得意系統で『魔術レベル-1』、苦手系統で『魔術レベル-2』になってから、つまりMP消費量が半分になってからであろう。

現時点で『魔術レベル3』である稟の場合、得意な火系統と水系統なら『魔術レベル2』の呪文である『火球』や『解毒の清水』の消費コストは5であるのに対し、土系統と風系統が得意な風だと同じ呪文を使ってもMP10が必要になるということである。
ちなみに、『魔術レベル1』であればどの呪文を使っても消費コストは2であった。
このことは、仮に風が『魔術レベル4』になれば、『火球』を使っても消費コストが稟と同じく5になるであろうことを表している。
魔術レベルは今までの傾向から考えてLV5毎に上がっていくように思われるため、恐らく風が『魔術レベル4』になるのはLV16になった時であろう。

全力でとは言ったものの、頭脳明晰な3人がまさかコスト無視で攻撃魔法を選択するとは思っていなかった一刀。
これは3人の選択ミスではなく、どちらかと言えば一刀の言い方が悪い。
なぜなら、彼女達は数値的にMPを把握出来ないからである。

数値で表れるからコスト意識が働くのであって、感覚的な消耗に対しては努力とか熱血とか根性とかで補おうとする考え方になりがちである。
感覚的にしか消耗度がわからないのに全力を出せと言われたら、誰だって彼女達と同じ選択をするであろう。

「全力の時は、稟は『火球』、風は『脱力の風』、桂花は『砂の加護』を1度ずつだ。それ以上は基本的にいつも通りでセーブしてくれ。ああ、桂花はその後『拘束の風』か『火弾』を撃つのを忘れるなよ」
「……やけに具体的な指示ですね。なぜ魔術師でもない一刀殿が、そこまで我等の状態を把握出来るのです?」
「璃々を育成してた時に知ったんだよ。覚えたての呪文は、次に呪文を覚えるまでは使い物にならないってな。後、桂花への指示は華琳に売った情報の一部に関わるから、詳しい説明が出来ない。気になるなら直接華琳に聞いてくれ」

もちろんそれだけではなく、日頃から3人のMP変動を観察していた成果でもある。
だがそれを言うつもりは一刀にはなかったし、別に言わなければならない場面でもない。

稟の不審げな眼差しを受けながら、狩場の掃除を続行する一刀なのであった。



主要な枝道の掃除が終わり、早速交替で睡眠を取ろうと相談する一刀達。
周辺を掃除したばかりなので今は索敵能力がそれほど必要な場面ではないことから、一刀と季衣、そして風が休憩組となった。
星達が複数の敵に襲われた時には即座に起きて戦闘に参加しなければならないので、そのままの状態で寝ることにした一刀。
それでも汗まみれになった体を拭き、持ってきた下着に袖を通せば心持ちが随分と変わった。

迷宮ではどこからともなく冷たい風が吹いてくるため、休憩時にはマメに汗の処理をしないと体調を崩してしまう。
尤も、今でさえ戦闘中は熱くて堪らなくなるのだから、涼しくなかったらとても全身鎧など装備出来ないだろう。

だがその涼しさが、睡眠時には邪魔になる。
寝具などを持ってくる余裕があったらその分だけ水を持ってくるべきであるし、せいぜいマントを外して上に掛けるくらいしか出来ない。
テレポーター前ではないのだから、敵に寄って来られても困るため火も焚けない。
暖を取りたいと思えば方法はひとつである。

季衣は早々に一刀のレザーベストの中に潜り込み、スウスウと寝息を立てていた。
蒸れて汗臭いんじゃないかと気にする一刀に、むしろ安心する匂いだと答えた季衣。

(……フェチ?)

季衣が「守られてるみたいで」という言葉を端折ってしまったため、彼女の将来が少しだけ心配になる一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:167/192
MP:0/0
WG:10/100
EXP:231/3750
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(82)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:100銭



[11085] 第四十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/22 18:12
季衣に抱きつかれながらウツラウツラしている一刀に、獲物を狙うハンターのような眼差しを向ける者がいた。
普段は眠たげな眼をかっと見開き、抜き足差し足で忍んでくる人影。

「はふぅ、緊張したのです。『宝譿』、風が助けに来たのですよー」
「むむむ、お兄さんの寝息が変化したのです。少し様子を見るのですよー」
「……ぐぅ」

ウトウトしていた一刀は、股間の衝撃に驚いて目を覚ました。
そして自分の股間に顔を埋めて熟睡している風を見て2度びっくり。
一粒で2度美味しいアレを思い出しながら、一刀は風を揺さぶり起こした。

「……おおぉ、うっかりうっかり。風は『宝譿』を……いえ、伝説のきん○まくらを試してみたのですよー」

これまでも風は散々一刀の人形を狙って行動を起こしてきた。
そのため、一刀がそんな言葉で誤魔化されるわけがない。

「……なんでそんなに人形に執着するんだよ」
「それでは聞くも涙、語るも涙の物語の始まり始まりー。それは風がいと幼き頃……」
「いやいや、長い話なら今度ちゃんと聞くから。今は休憩しないと」
「むー、せっかちなお兄さんなのです。要訳すると『宝譿』は風の昔のお友達なのですよ。奴隷商人に捨てられてしまいましたが」
「……そっか、悪いことを聞いたな。うーん、人形を譲って貰えるように璃々に頼んでみるか。ところで、そんなに『珍宝』は風の友達に似てるのか?」

チャイナタウンで売られているような、笑顔のおっさんの人形。
細い目と鰌ヒゲが、その胡散臭さを醸し出している。
こいつが幼い頃の風の友達とか、どんな犯罪者だよと思う一刀。

「さらさらさら~、と。『宝譿』はこんな感じだったのですよー」

風が懐から取り出した地図の裏にスケッチして、一刀に差し出した。
今まで寝ている季衣を気遣って小声で話していた一刀だったが、思わずツッコミを入れてしまった。

「全然違うしっ! ていうか、『宝譿』も人形なのかよっ! 後、地図に落書きすんなっ!」
「うー、兄ちゃんうるさいよぉ」
「お兄さん大興奮なのですよー。季衣ちゃんに抱きつかれているせいなのですか?」
「風のせいだよっ! っと、ごめんな季衣。風も、もう寝よう。俺が起しちゃったのに悪いけどさ。ちゃんと寝ないとMPが回復しないし」
「えむぴー? それはなんですか?」
「マジックポイントだよ。もういいだ、ろ? あっ……」

精神力とでも言い替えておけば、なんの問題もなかった発言。
だが、ポイントとはつまり定量的な値である。
風はこれまで、魔力とは精神力であり好調な時と不調な時では当然魔術施行回数も異なってくると考えていたし、その考え方は稟も同じであった。
それなのに魔力を持たない一刀が、なぜ魔力が数値的なものだという認識を持っているのか。

風に追及されてしどろもどろになる一刀。
とにかく今は迷宮内だし休憩が最重要事項なのだから、この件は帰ってから話し合おうと風を説得し、とりあえず時間を稼ぐことに成功した一刀なのであった。



それから4時間が経ち、休憩組とLV上げ組の交替の時間になった。
といっても、星達のチームはBF13までの道中からこれまで本格的な休憩をとっていないため、今回はLV上げを積極的に行っていたわけではない。
拠点に近づいて来た敵のみを倒していたのだが、それでも稟のLVは13に上がっていた。
LV12に上がったのは桂花が加入して来た時だから、約2週間前である。
もともとEXPが貯まっていたのであろう。

ということは、季衣や流琉、風のLVアップも近いということである。
そう、彼女達が『贈物』を貰ったのは星や桂花と同じく何日か前なのだが、LV自体はとっくに上がっていたのだ。

通常探索者が神殿に向かうのは、多くて週に一度であるし、月に一度だけという者もざらにいる。
適正なフロアで戦っていない探索者が多いため、それだけ『贈物』は貰い難いという常識があるためだ。
稟の時はたまたまLVアップ直後に『贈物』を受け取っただけであり、季衣達はタイミングが悪かったのである。



NAME:稟
LV:13
HP:102/149
MP:57/143

そのMPが示す通り、稟の疲労は見た目にも激しそうであった。
一刀の傍まで来ると、そのまま倒れるようにして眠ってしまった稟。
体も拭かずに寝てしまっては、体調を崩してしまいそうである。

NAME:星
LV:13
HP:183/205
MP:0/0

逆にMPが元から0の星は、まだまだ余裕がありそうだったため、星に稟や桂花の世話を頼んで一刀達はLV上げに向かったのであった。



釣りをしない以上、初撃がボウガンである必要性はないが、遠距離で初撃が与えられる有用性や、待ち構えられる利点が消えたわけではない。
『バトルボウガン+1』から撃ち放たれた矢はその胴体に命中し、怒り狂ったマッドリザードが待ち構える一刀達に襲いかかって来た。

ズルズルと地を這って突進してくるマッドリザードに狙いを定め、季衣が『反魔』を叩きつけた。
その巨体からは考えられないほどに俊敏な動きを見せるマッドリザード。
季衣の攻撃は地面を抉ることになり、それがマッドリザードの注意を引きつけてしまった。
季衣に狙いを定めたマッドリザードの体当たりが、彼女に大きなダメージを与える。

「そらっ!」

ことにはならなかった。
タイミングを見計らっていた一刀が、横合いからダガーを突き出したのだ。
地を這うマッドリザードに合わせて腰を低く構え、下からアンダースローで突きだしたダガーは見事に突き刺さった。
その痛みで季衣への攻撃を逸らしてしまったマッドリザードに、改めて振るわれた『反魔』が今度こそヒットした。
だが仮にも相手はBF13のモンスターである。
マッドリザードはその攻撃をものともせず、そのまま強烈なテイルアタックを季衣目掛けて繰り出した。

その間、風はぼんやりとしていたわけではない。
眠たげな眼を更に細め、精神を集中していたのである。

≪-拘束の風-≫

満を持して解き放たれた魔術は、もともと得意な風系統だったこともあり、風にとって格上であるBF13のマッドリザードの動きを鈍くすることに成功した。
それは、強力無比なテイルアタックの威力が弱まることと同意義である。

そして、その効果があってもなくても、むざむざと季衣を敵の攻撃に晒す一刀ではない。
マッドリザードの尾と季衣の間に割り込み、そのダガーで攻撃を受け流そうとする一刀。
鋼鉄のような敵の尾に刃を立て、火花を散らしながら滑らせた。
足はしっかりと踏ん張り、敵の力は出来るだけ逸らしながら全身で受け止める。

仮に力任せに腕だけで受け止めようとしていたら、ダガーが折れるか腕が折れるかの二者択一であっただろう。
このような熟練の技術を修練もなく会得している一刀、自分自身でも反則だなぁと思いつつ、心のBボタンを押した。
無論それは比喩的な表現であるが、季衣に当たらない所まで攻撃を逸らせれば後は避ければ済む話である。
途中まで受け流し、後は回避しようとする一刀の意思に従って手足が適切な動作を自動的に取り、敵の攻撃を潜り抜けたのだった。

風の詠唱の効果が現れていたおかげもあり、ノーダメージで敵の攻撃をしのいだ一刀と交代するように季衣が前に出て、動作の大きい強攻撃が失敗して隙が出来たマッドリザードに『反魔』を振り下ろす。
攻撃・防御・補助と、3人は自分自身の役割をしっかりと果たしていた。

特に、最初の詠唱の後はなにもしていない風を称賛したい。
必死に戦っている2人を更なる呪文で援護したいであろうに、自分の最もすべきことは精神力の温存であるということを正確に理解しているからだ。
かといって油断することもなく、ピンチの時にはすぐさま魔術が使えるように精神の集中は決して切らさない。
言うだけなら簡単であるが、これは前線で戦っている2人と同等かそれ以上に大変であり、且つ我慢のいる役割であった。

1+1+1が3以上になるような、そんな3人の戦い振りに完全にペースを奪われてしまったマッドリザード。
徐々にHPを削られて見せ場を作ることも出来ず、そのまま季衣の一撃で止めを刺されてしまったのであった。



BF13に変わっても、戦闘自体は順調だった。
これまでよりも多少強くなっているため時間こそかかっているものの、季衣達のLVが上がれば更にやりやすくなるであろう。

また、拠点の選択も良かった。
枝道が組み合わさっているような場所なので、完全ではないが敵を選ぶことが出来るのだ。
従って、今まで通りハイオークはデスシザーで処分することも多かった。
星達のチームであっても、WGを貯めてのハイオーク瞬殺は可能だろう。

しかし、物事というのは決して良いこと尽くめにはならない。
第一そんな優れた狩り方法であれば、今まで採用されていない方がおかしいのである。
この狩り方法の欠点は、効率の悪さにあった。

これまでは一刀が敵を釣ってくるため、季衣達はただ待ち構えていればよかったのだが、この方法だと季衣達自身が移動しなければならない。
そのため前者よりも体力を消耗する分だけ休憩を取らなければならないし、移動時間があるために効率が落ちるのだ。

釣りスタイル
一刀:戦闘→釣り→戦闘→釣り→戦闘→釣り→戦闘
1班:戦闘→戦闘→休憩→休憩→戦闘→戦闘→休憩
2班:休憩→休憩→戦闘→戦闘→休憩→休憩→戦闘

移動狩り
全員:戦闘→戦闘→休憩→休憩→休憩→移動→戦闘

こうして比較すれば一目瞭然である。
ちなみに、戦闘や休憩が2コマ続いているのは時間の尺を合わせるためであり、連続戦闘という意味ではない。

もちろん上の比較は例えであり、時間の尺などが完全に一致しているとは言えない。
だが、この例えを用いるとすれば季衣達でこれまでの2/3、一刀に至っては1/3にまで効率がダウンしてしまうのだ。
EXP自体は階層を下げたことにより倍になったことを加味すると、季衣達にとってはプラスであり、一刀にとってはマイナスになる。
このことから、パーティ全体の戦力アップを考えれば、階層の移動は正解であったと言える。



それから4時間ごとの交替が4回あり、一刀チームの3度目の休憩が終わった。
今回は積極的にLV上げをする訳にはいかない。
星チームの休憩が終わったら、帰路につく予定だからである。

星チームでも順調にLV上げが行われたのであろう。
この時点で、一刀と星以外のすべての人間がLVアップしていた。
LVアップ間近だと思われていた季衣、流琉、風だけではなく、桂花もである。
だが、これも別に不思議なことではない。

LV14の一刀は、この時点で400程度のEXPを得ている。
行き道や拠点の掃除も含めての数値であるが、そこに目を瞑るとすれば、おおざっぱな計算でLVが1低い星や稟は800、LVが2低い季衣達で1600、LVが3低い桂花で3200のEXPを得ているということである。
もちろん人数割りの差や効率の差もあるが、乗算で計算されるLVや階層の差はそれ以上に大きい。

LV11の時点で、稟と風のEXPの差が1000あったとしよう。
仮に同じだけEXPを得ていたとすると、LV12の稟が500稼いだ時に、風はLVアップすることになる。
そしてLV13の稟が250稼いだ時に、風がLVアップする計算になるのだ。
実際には桂花が加入するまで稟は3人チームだったので人数割りの分だけ計算値が異なるが、分母が1増えるより分子が倍になる方がより影響することは自明の理である。

どれだけLVを上げれば、安全に『祭壇の間』に辿り着けるのか。
後5週間で、どこまでチームの戦力アップが計れるのか。
涎を垂らして眠りこけている桂花の顔を眺めながら、一刀は考えていた。

(期限の縛りがキツ過ぎるな。こんな小さい子に無理をさせるくらいなら、いっそギルド職員に……)

ネコ耳フードを被った桂花の頭を撫でようとする一刀。
そして、その手をバシッと叩き落とす桂花。

「むにゃ……、触らないで……」

この子なら、多少の無理は大丈夫だと確信する一刀なのであった。



雪蓮の話によれば、トラップ系の仕掛けはBF16以降に設置されているという。
そして、罠さえなければ一刀の索敵技術は特級クラスである。
少し淋しいくらいに何事もなく帰還した一刀達は、それでも満天の星空を見て安堵の溜め息をついた。

出発時間が前日の13時で帰着時刻は23時。
一刀達は、34時間という長丁場の迷宮探索を無事にクリアしたのであった。

時間も遅いため、全ては明日のことである。

神殿で皆が『贈物』を貰うことも。
3度目の収入金分配も。
MPに関する説明も。

だがどんなに疲れていても、一刀には本日中に済ませておかなければならないことがあった。
今日は週に1度のボウガン・メンテナンスin祭の部屋の日なのである。
つまり、パーティ登録機能の確認のチャンスであった。

(未知を知ること、それは人生で最もエキサイティングなこと……)

今日は祭の乳首をどうしてくれようかと、未知への好奇心が抑えきれない一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:154/192
MP:0/0
WG:75/100
EXP:702/3750
称号:巨乳ホイホイ

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:100銭



[11085] 第四十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/14 19:23
結論から言おう。
パーティ登録に乳首は関係なかった。

突いたり転がしたり舐めたり捻ったりと色々試した結果、パーティ登録に必要な条件は次の2つであった。

・パーティ登録を意識する。
・右手の人差し指で相手の体を押す。

「ひゃんっ! これ、儂の脇腹に悪戯をするでない」

と、相手の体であればどこでも構わない。
但し、この場合触るとか撫でるとかではなく、明確に押さなければならないのである。

「あっ、ひっ、そんなに、奥を、苛めなてはならぬ……」

そしてもう1つ。
それは必ず右手の人差し指でなければならない。
中指でも薬指でも、フィストでもダメなのである。

「はっはっはっ、くぅ、祭さん、きつ過ぎっ! あ、もう駄目だ! ……はふぅ」

ましてやナニでは、いくら突き上げてもパーティ登録など出来ない。
尤も、仮に右手の人差し指という縛りがなかったとしても、一刀がこの時パーティ登録のことを意識出来たかどうかは微妙であるが。

とても緩い条件のように思えるが、なぜ一刀は今まで気づかなかったのであろうか。
偶然この条件を満たすことくらい、あっても良さそうなものである。

思い返してみると、一刀がパーティ登録の方法を考えながら季衣達に触れたこと自体は何回かあった。
だがどの場合でも、右手の人差し指で明確に押したことがあるとは言い切れない。
実際に彼がパーティウィンドウに気づかなかった以上、そのようなことはなかったのだろう。

ピロータイム中にも祭の乳首を押したり離したりして、パーティウィンドウを出したり消したりしていた一刀。
登録や解散を意識して押すと切り替わることや、登録を意識したままでの2度押しなら解散されないことも、しっかりと確認出来た。
桔梗との例から、距離または時間でシステム的に勝手に解散されてしまうことも解っていたため、自分の部屋に帰る時は祭とパーティ登録した状態で試してみようと思っていた。

ちなみにこの時、一刀は乳首が関係ないことを既に把握している。
なのになぜ彼が、未だに祭の乳首を押したり離したりしていたのかは、永遠の謎である。

(祭さん、ちょっと俺の乳首を押してみてくれ! は、いくらなんでもなかったよなぁ。フォロー出来て良かった……)

部屋に入った直後の自分の発言にドン引きする祭の顔を思い出し、我ながらいきなり過ぎたと反省しながら乳首を弄る一刀なのであった。



ムニムニと自らの知的好奇心を満足させていた一刀は、パーティを組んだ状態で自分のステータスに追加項目が現れていることに気がついた。

パーティ名称:年増と節操なしのワルツ
パーティ効果:遠距離攻撃力1.1倍

(これはまさか、『光秀の野望online』で初期のうちに即効でデリートされた、悪名高いパーティボーナス!)

ちなみに『光on』の制作メーカーは『挫折』、システム的に随分と似ている部分の多い『NF11』は『△F(トライアングル・フェニックス)』であり、『三国迷宮』の発売元は『DrumSon』である。
他社のアイデアを思いっきりインスパイヤしている『DrumSon』の大胆さに恐れを抱く一刀。

横着なメーカーに呆れながらもステータスを眺めているうちに、一刀はパーティ効果がパラメータへ反映されていないことに気がついた。
そのことについては、2つの可能性が考えられる。

・純粋にバグであり、ただのプラシーボ効果
・数値に反映されない仕様(という名のバグ)であり、効果は反映される

頼むから後者であってくれ、と祭のおっぱいに祈る一刀なのであった。



部屋に戻ってもパーティのままであり、ギルドの外に出てようやくソロに戻されたことで、エリアチェンジが解散条件だと見当をつけた一刀。
彼のパーティ登録に対する検証は、翌日にも続けられた。
迷宮探索の休日設定されたその日、待ち合わせた星達をさりげなく突いて回ったのである。

こういった仕様の場合、パーティ人数が多いほど効果が高まる傾向にある。
もちろん例外もあり、一刀は相性の良い組み合わせをいくつか発見した。
だが一刀自身も驚いたことに、一刀達7人が全員で組んだ時のパーティ効果は別格であった。

パーティ名称:7人の探索者
パーティ効果:ALL1.5倍

相変わらずステータスにはその数値が反映されていないが、HPやMPの値はきちんと増えていた。
また上がり幅が大きいことで、STRやAGIが上がったことが体感でわかった。
これらのことから、恐らくステータスに反映されないのは仕様(という名のバグ)ではないかと思われる。
残念ながら『三国迷宮』はオフゲーであるため、この不具合が修正されることはないであろう。

「キャー! 痴漢っ!」

一刀の知的好奇心は止まらない。
そこらの人を無断で突いて確認したことにより、一刀はパーティの限界人数が7人であるという知識と左頬に紅葉状の赤い痕を得ることが出来た。

どこを突いたのかはっきりしたことはわからないが、これだけは言える。
一刀の対人スキルは以前よりも遥かに上昇し、少なくとも他人に対して物怖じをしなくなっていたことは喜ばしいことであると。

そして同時に、こうも言える。
一刀の対人スキルは以前より遥かに上昇したものの、他人との交渉により色々な箇所を押させて貰えるまでには至っていないと。

彼には更なる高みを目指して頑張って欲しい。



一刀は、この発見を誰にも説明しなかった。

この発見を教えれば、一見みんなが幸せになれるように思える。
自分の利益を度外視するなら、この情報を今すぐ公開しても特に何も問題ないように見える。

そして一刀には、他人の生存率に関わるような情報で金儲けをする気はない。
もちろん必ずタダでとは言えないが、金額を釣り上げるために出し惜しみをしたり、金額の多寡で情報の渡す渡さないを決めるつもりはなかった。

だが一刀は、『光on』でなぜこのシステムが悪名高かったのか、その理由を知っている。
その仕様のせいで、パーティ編成によってパーティ名や効果が変わることにより、対人戦闘のバランスが大きく崩れたことである。
しかも効果の高いパーティ名を得るために、それまで仲の良かったパーティメンバーを一方的に解雇したりされたりする、俗に言う『きずなw崩壊ファンタジー』が起こったのだ。

もしかしたら、風達に相談すればいい解決策があるかもしれない。

だがもし仮になにも思い浮かばなかったら。
それでもデメリットより、パーティ効果の方が価値があると判断されたら。

そのことを恐れて、一刀は誰にも相談出来なかった。

それに一刀は、既に自分の思慮の浅さを学んでいた。
上記のこと以外にも、自分の想定外の不幸が出てくるかもしれないという可能性に、少なくとも熟慮の必要性があると感じたのだ。
華琳や七乃との件は、一刀を少しだけ大人にしていたのであった。

だが一刀が自分自身で思っているように、やはり彼の思慮はどこか浅い。
パーティシステムの説明をしないことが、星達に対して誤解を与える可能性にまで気づいていなかったのである。

珍しく一刀の方から接触してきたことに喜んだ季衣も。
一刀殿はずいぶんと女慣れしてきたようだと頷いた星も。
猫耳フードを突かれて激怒した桂花も。

一刀が触れたことで自身の能力が上がったことに、全員が気づいた。
上がり幅が大きいために体感でわかるのだから、当然である。

この時から、星達の一刀を見る目は大きく変化するようになったのだった。



皆で神殿に行き、いつもの居酒屋で3回目のパーティ収入の山分けをする一刀達。
桂花が加わって7等分になったものの、それで大きく分け前が変わることもなく、キリのいい数字にするとやはり5貫となった。

飲みながらMPに対する講釈をぶちまける一刀。
酔っているとはいえ、最低限の秘密は抑えている。
つまり、どうやって知り得たかということは、全て璃々と共同での検証結果だと言い張ったのだ。
後衛3人を相手にここまで強引な言い訳が出来たのは、酒の力のおかげであろう。
この場合、そのことが良い結果に繋がった。

「つまり、『火弾』のコストを2とした時に『火球』は4で、『火球』を習得すると同時に『火弾』は1に下がったんだよ。そのことから、『火炎』は恐らく8で、その時の『火球』は2になると予測したんだ」

そんな穴だらけの一刀の説明に、後衛3人は真摯に耳を傾けた。
自分より知力が明らかに劣る一刀に対しても、その矛盾点を指摘せずにひたすら脳内で、それが正しかったと仮定して今までの経験を振り返る後衛3人。
そう、桂花ですらも一刀の話を、それが正しいことを前提に聞いていたのだ。

ちなみにここでいう矛盾とは、システムに関する矛盾ではなく、どうやって一刀がそれを知り得たかということに対する矛盾である。
いくらなんでも璃々との検証だけで、それが確定であるかのように判断しているのはおかしい。

だが、ここで重要なのは一刀が嘘をついてるかどうかではない。
一刀の論理が正しいかどうかである。

一刀が『璃々との検証結果』と言い張っているということは、それについて説明するつもりはないと明言しているのだろう、だから見え見えの嘘をついているのだ。
3人共、一刀の嘘をそのように解釈したのである。

「つまり、現時点で私が何回『火炎』を放てるか検証することで、『火弾』や『火球』、それだけでなく他系統の呪文の詠唱回数まで把握出来るということですね」

理解の早い稟に気を良くした一刀の話は、更に数字的なものに及んだ。



最大MP=(『贈物』今までに得た数+1)×MP成長率+α

MP成長率は個人によって異なるものの定数である可能性が高いこと。
+αも毎回補正される値ではないであろうこと。
(恐らくLV5とか10とか刻みでの補正であること)
あくまでも低LV帯での検証結果なので、今後はどうなるかわからないこと。
特に加護を受けた後では、改めて検証し直す必要があること。

また一刀は、今回のお泊まり探索で分かったMP特性についても説明し始めた。

ベストコンディションの時、最大MP=使用可能MPであること。
体力消耗などでは使用可能MPは減らないであろうこと。
逆に睡眠不足などの場合は、使用可能MPは減ってしまうであろうこと。
(というか、回復しきらないということ)
かといってまったく寝ないよりは、多少なりともMPは回復していること。



華琳に説明したのはEXP関連、稟達に説明しているのはMP関連なので、(『贈物』+1)=LVという概念を説明しても問題ない。
問題はないのだが、明らかにしゃべりすぎである。
この男、本当に自分の特殊性を隠す気はあるのだろうか。
ここまでくると逆に「火炎の消費MPは20なんだけど、LV16で10になると思う」とか、「稟は9ずつ、風は11ずつMPが増えていってるよ」とか言わないことを褒めてあげたくなる。

3人の後衛は、さすがに賢かった。
なぜ一刀がそれを知っているのかは、確かに疑問である。
だが一刀は明らかな嘘をつくことで、答えを拒否している(ようにみえる)のだ。
無理に問い詰めることにより、今後それら一刀の特殊知識の恩恵を受けられなくなる可能性があることを視線だけで確認し合い、そのことについては追及無用としたのである。
そんな隠しごとよりも一刀の零す言葉の1粒1粒の方が、彼女達にとっては砂金のように価値があったのだ。

結果的に考えれば、システマチックな考え方を後衛が取り込んだことでパーティ戦力の底上げとなり、一刀の秘密についても追及はされなかった。
むしろ今まで一刀の能力に疑いを持ち、そのうち白状させようと思っていた稟や風に対して、その実行を留まらせることに繋がったことを考えると、結果オーライであると言えよう。

酒の力が大きいとはいえ、なるべく詳細に説明することで彼女達の身を出来るだけ危険から遠ざけようとした一刀の気持ちが、この幸運を呼び寄せたのだと信じたい。



ちなみに一刀は今回の説明だけでなく、今までずっと和製英語を頻繁に使用している。
そしてそれは一刀だけでなく、季衣達にも共通して当てはまることである。

(三国志をモチーフにしたゲームなのに、作り込みが甘いなぁ)

この世界に来た当初はそう考えていた一刀だったが、今ではそのアバウトさにとても感謝している。
今回のような説明も、和製英語抜きではかなり時間がかかっていただろう。

そして逆に、ゲーム用語が通じないことに不便さも感じていた。
つまり彼女達は、ヒットもポイントもそれぞれの意味は理解しているが、HPを知らないのである。
ヒットポイント=命の数値化されたもの、という意味でだ。
「君の技術はレベルが高いね」という言い回しは通じるのに、「君はLV23だね」と言われてもチンプンカンプンなのである。
尤も、そのことが一刀のアドバンテージになっている現状から考えると、ゲーム用語が通じないことは幸運であったと言える。

(ポイントカードはあるのになぁ)

桃香の靴屋さんで貰ったカードをいじりながら、一刀は苦笑した。
なんでも10ポイント貯めると、次に購入する靴が割り引いて貰えるのだそうだ。
そこに手書きで『10ポイントでお花も一束プレゼントだよー!』と書き足した桃香の笑顔を思い浮かべる一刀。

そんな思いが運命を引き寄せたのだろうか。
いや、それはやはり必然だったのであろう。

脳裏に思い浮かべたばかりの桃香が、一刀達を探して店内に入って来たのである。
桃香は、一緒に連れて来た仲間を一刀達に紹介した。

NAME:白蓮
LV:15
HP:222/222
MP:0/0

整った顔立ちと、均整のとれた体に恵まれた女性である。
だがこれといって特徴もなく、影の薄そうな女性である。
しかもなぜか落ち込んでいて、幸の薄そうな女性である。

「白蓮ちゃんも、一緒に『祭壇の間』に連れて行って欲しいの」

ベストと言えるパーティ効果に恵まれた一刀達の前に現れた、新しい仲間候補。
しかもシステム上認知されていない、8人目の仲間候補。

白蓮の登場に、波乱の予感を覚える一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:288/192(+96)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:702/3750
称号:○○○○○○○○○○
パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、星、稟、風、桂花
パーティ名称:7人の探索者
パーティ効果:ALL1.5倍

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:5貫100銭



[11085] 第四十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/27 16:52
白蓮の事情を説明する桃香。
桃香の話に相槌を打つ星。
そしてとりあえず白蓮を触る一刀。

「白蓮ちゃん家は、大陸でも有数の馬商人で……」
「ほほぉ、すると出身は『常山』の近くではないですか」
「きゃっ、なにをする!」
(うーん、やっぱり8人目のパーティ登録は無理か。試しに星を外して、白蓮を入れてみよう)

「ところがある日、白蓮ちゃんのお父さんが事業拡張で失敗して……」
「なんと、過ぎたる野望は身を滅ぼしますな」
「おい、なんで私を触って来るんだ!」
(パーティメンバーは、俺、季衣、流琉、風、稟、桂花、白蓮の7人で……って、なんだこの名称……)

パーティ名称:荒野の6に……あれ?
パーティ効果:物理防御力+15

「それ以来、白蓮ちゃんは莫大な借金を返すために……」
「ふむ、それで洛陽の都市長の世話になっているのですか」
「ふぅ、一体なんだというんだ、っておい! 他の人を突くな!」
(システム的にも影が薄いと認識されちゃう子なのか? 試しに俺、季衣、流琉、稟、桂花、白蓮の6人で……って、余り物かよっ!)

パーティ名称:5人囃子+1
パーティ効果:DEX1.1倍

「麗羽ちゃん、『優雅さはないけど便利ですわ』って……」
「なるほど、一応は重用されている、と」
「だから、他の人を無言で触るんじゃない!」
(大丈夫、きっと俺が見つけてやる、白蓮がちゃんと認識される組み合わせを! 俺、季衣、流琉、桂花、白蓮の5人でどうだっ!)

パーティ名称:ち○こと幼女と空気
パーティ効果:ALL1.05倍

「ところが麗羽ちゃん達、白蓮ちゃんのことを忘れて加護を取りに言っちゃったんだよね」
「あの御仁も、悪気はなかったのでしょうな」
「いい加減にしろ! まったく、酔った勢いで痴漢を働くなんて、最低の行為だぞ」
(もう、無理かも……)

桃香のクラン員は、もともと9人いた。
そのうち5人が既に加護を受けていて、4人が『試練の部屋』の攻略準備中であった。
麗羽に『わたくしの部下が加護を受けていないなんて、ありえませんわ』とせっつかれていた白蓮は、友人の桃香に頼んでクランに入れて貰い、5人で加護を受けるために祭壇に向かう準備を整えていた。
紫苑が桃香のクランに入ったのは、丁度この頃である。

ところが麗羽の一言が、またしても白蓮の運命を変えてしまう。

『おーっほっほっほ、白蓮さん。先日わたくしが加護を受けた時、貴方を忘れてしまったお詫びの準備がようやく出来ましたわ。まぁ、影の薄い貴方に責任の大部分がありますが、それでもこちらの過失は過失ですものね。実は、朝廷から貴方の官位を買いましたの。至急長安に向かい、皇帝に謁見していらして。ああ、礼などいらないですわ、端金ですもの』

とても有難迷惑であった。

長安までの往復と謁見やその前後の儀礼を考えると、どう見積もっても2週間は掛かってしまう。
他の4人はともかく紫苑には璃々のことがあり、一日でも早く加護を受けなければならなかった。
かといって、行く前にちょっと加護を受けてくる、と言うほど気楽な試練ではない。
仮に大怪我をして長安に行けなくなったら、麗羽の面目は丸潰れである。

こうして白蓮は泣く泣く長安へ旅立ち、その間に桃香のクラン員は白蓮以外の全員が加護を受けることに成功したのであった。



「最近、ますます当りが厳しくなってきてて。『官位まで買って差し上げましたのに、貴方はいつまでボンヤリとしているおつもりですの?』って……」
「お願い、一刀さん、星ちゃん。白蓮ちゃんも一緒に連れていってあげて」
「ふむ、私としては構いませぬ。困っている者には手を差し伸べる、それが人の正しいあり方ですからな」
「ボクもいいよー。人数が少なくなったら大変だけど、多い分にはこっちも助かっちゃうしね」
「待ちなさい、季衣。多い方がいいってわけじゃないのよ。ただでさえ既に7人もいるのに前衛が5人になったら、同士打ちになるのが関の山だわ」
「今みたいに、2班に別れて交替ではダメなのですか?」
「うーん、そう言えば私の時は『試練の部屋』って、そんなに広くなかったんだよね。8人なら4・4で別れた方が、動きやすくて有利かもしれないよ?」

仮に白蓮を入れるとしたら、桃香の言う通り4・4で『試練の部屋』に挑むことになるだろう。
桃香達がソロ同士で入っているため、もしかしたら8人でも入れるのかもしれないが、システムで7人パーティが上限だとされているのだから、その可能性は低い。
漢帝国軍などは恐らく実際に大勢で挑んだ経験があるだろうから、そこに問い合わせれば詳細が解るかもしれないが、一刀にそんな伝手はない。

では7人パーティのまま4・4で別行動を取れば、パーティ効果は維持出来るのか。
これも難しいと一刀は考えていた。
祭との情事で確認した際に、パーティ解散条件はエリアチェンジであると見当をつけていたからだ。

本来ならオフゲーでもオンゲーでもあり得ないような強制解散の条件。
そして初対面の白蓮でもパーティ登録出来たことで判明した、相手の同意を必要としないパーティ登録システム。

これらはゲームの世界でありながらリアルでもあるという矛盾によって捻じ曲げられた世界法則を、システム的に擦り合わせるためのフレキシブルな仕組みなのであろう。

具体的に1つの仮定を提示しよう。
前提条件として強制パーティ登録システムがありきだった。
オフゲーである『三国迷宮』のパーティ登録は、プレイヤーの意思以外に介入要素がないためだ。

ところが、この世界はリアルでもある。
従って、複数の意思が存在する。

では前提条件を変更し、相手の同意を得てからパーティ登録されるシステムになれば矛盾は存在しなくなるかと言えば、答えは否である。
なぜなら、この世界の人物達にはRPGの概念がないからだ。
なんらかの偶然で一度パーティを組んだら、システムを理解していない者では二度と解散出来なくなる。
そんなことになれば、『神々の代理戦争』というゲームの前提条件が崩れてしまう。
見かけ上のパーティとシステム上のパーティが違ってしまったら、最終的な勝者がわからなくなるためである。
そこで強制解散システムにより、一度組んだら永遠にパーティのままになってしまう不具合を調整した。

上記はあくまで仮定であり真実とは限らないが、考え方自体はそれほど的外れではないだろう。
つまりフレキシブルな部分というのは、もとから矛盾を内包している世界が破綻しないための、元のゲームシステムには組み込まれていない機構なのである。
パーティ登録を意識しながら、ちく……体を右手の人差し指で押すとパーティ登録が為されるシステムなども、当然そこに分類される。

一体誰がそんな世界を構築したのか。
それは一刀の方こそが聞きたいことである。
その答えを探し当てた時、一刀の現実帰還への手がかりが掴めるのかもしれない……。



皆の話は白蓮を迎え入れる方向に進み、後は一刀の答えを待つだけとなった。

だが、当然容易に頷ける話ではない。
そしてこれは、容易に首を振れる話でもないのだ。

拒否した時のメリットは、言うまでもなく破格のパーティ効果である。
白蓮の登場さえなければ5週間で自力を上げて、祭壇到達も簡単に達成出来たはずだった。
だが白蓮が登場したこと自体をなかったことには出来ない。
桃香の頼みを断ったとしてもパーティ間でのしこりは残ってしまうであろうし、下手をすればパーティが分裂してメリット自体が無くなる可能性もある。
特に星は、例えパーティ効果のメリットを説明したとしても、自分達の利益を確保するために他者を見捨てることを是とする性格の持ち主でない。
今まで毎日行動を共にしていたのだから、そのくらいのことは一刀でも理解している。

受諾した時のメリットは、純粋に強者が加わることである。
もともと前衛4人後衛3人では、1匹の敵を相手にするには多人数過ぎる。
ゲームでは味方の攻撃は当たらないかもしれないが、リアルでもあるこの世界では前衛3後衛2が限界であろう。
パーティ効果のことさえ考えなければ、白蓮の加入は一刀達にとってもメリットのある話のはずだったのだ。

平穏と調和をこよなく愛する一刀がどちらの選択肢を取るかは、言わずともしれよう。
しかし一刀は、仮にもリーダーの立場にいるのだ。
皆の安全を彼女達に崩された以上、対価を要求する責任がある。
その対価を以て強力な武器防具を揃えることで、下がった安全性を少しでも復旧しなければならない。

ポワポワと微笑みを浮かべて自分を見つめる桃香には、そのことを非常に言い出し難かった一刀。
金とか報酬とか対価とか、そんな話を切り出す自分は軽蔑されるかもしれない。
桃香はともかく、季衣達にまで卑しいなんて思われてしまったら……。
そう考えると、無意識のうちに手足が震えて来る。
だがそれでも一刀は、なけなしの勇気を振り絞って口を開いた。

「その、ひとつ確認したいんだけど、もしその依頼を受けたら……」
「なになに? 私に出来ることなら、なんでも協力するよ?」

一刀の言いたかったことは、残念ながら桃香には全然通じていなかった。
桃香は白蓮の時も紫苑の時も無償で助けていたのだから、それもそのはずである。
こういう人物は、まず金で頼むという発想自体が出て来ない。

だが彼女は協力すると言った。
高LV者に協力すると言われて、真っ先に思いつくのがPLである。

NAME:桃香【加護神:劉備】
LV:19
HP:293/293
MP:39/39

HP量の比較だけで強さが測れるとは限らないが、少なくとも桃香のHPと『七人の探索者』のパーティ効果を受けた一刀のHPは同等に近い。
少なくとも加護分を除けば、能力値が圧倒的に違うことはあり得ないだろう。

バレなければ大丈夫だと思うし、バレることもないと思われるが、それでも七乃に知られる危険を冒してまでPLして貰うメリットは少ない。
実力が圧倒的に違う相手でなければ、PLされても効率が悪いからである。
それにスキル熟練度を上げるという意味でも、『試練の部屋』での実戦が近いという意味でも、この1ヶ月はパーティ間の連携強化などのLV以外も含めた自力を上げることに使った方が有効だと思われる。

そう考えると、桃香に協力して貰いたいことなど……。

「あった! なんでも協力してくれるんだよな?」
「う、うん。こっちがお願いするんだもん、そのくらい当然だよ」
「よし、俺はこのパーティに白蓮を歓迎することに決めたよ。みんなもそれでいいよな?」
「ではでは、白蓮ちゃんの加入を祝して、風が乾杯の音頭などをー」

「待ってくれ!」

一刀の決定に賛同の意を表する皆を、当事者の白蓮が遮った。
何事かと思って白蓮に注目する一同に、白蓮が深く頭を下げた。

「まず、みんなに感謝の気持ちを表したい。突然のことだったのに、私を受け入れてくれてありがとう」
「私達としても、心強い仲間が増えるのは歓迎です。頭を下げられることはありません」

稟の言葉に僅かに微笑みを返し、しかしすぐに表情を固くして言葉を続ける白蓮。

「ただ、ひとつだけ言わせて貰いたいことがある。一刀殿、貴方にだ」
「お、俺?」
「貴方は先程から、私を触ったり皆を触ったり、挙句の果てに店員の女の子を触ったりしていた。一体どういうつもりなのだ。いくら私が入れて貰う立場だとは言え、こういうことは節度を持ってだな……」

店員の女の子を突いたのは、パーティ登録出来るかどうか興味があったからだ。
結論を言えば、パーティ登録は可能であった。
本来のゲームシステムで言えば、町の住人とパーティを組んで迷宮探索するわけがない。
だが、漢女モンスターを除く全ての人にLV表示があることも含めて、この辺も世界法則の擦り合わせなのであろう。
ゲームの中ならば店員さんは確実に迷宮に潜らないと断言出来るが、リアルでもあるこの世界では店員さんの意思ひとつで簡単に迷宮内に足を踏み入れることが可能なのだから、矛盾を内包するこの世界ではむしろ当然のことである。

だが一刀の知的好奇心など、白蓮にはまったく関係ない。
白蓮から見れば、一刀はただの連続痴漢事件の犯人である。
どう言い訳しようか悩む一刀を、星達がフォローした。

「白蓮殿、そういきり立つものではない。一刀殿は確かに痴漢犯罪者だが、触れられると興奮するせいか、なにやら力が増すように感じるのだ」
「そうなのです。お兄さんは確かに痴漢犯罪者なのですが、そのボインタッチは素敵な力を秘めているのですよー」
「一刀殿のメインが痴漢犯罪者なのはカカッと確定的に明らかですが、これで勝つると私は確信しています」
「兄ちゃん、そういえばボク、さっきから力が戻っちゃってるみたい。お触り効果がなくなっちゃったんだよ、きっと」
「私もです、兄様。もう一度触り直して下さい」
「そういえばアンタ、さっき通行人に痴漢を働いてビンタを貰ってたわよね」
「そ、そんな、一刀さん。連続痴漢行為だけじゃなく通り魔犯罪まで……。一刀さん、自首しよう! 今ならまだ間に合うよ!」

ちなみに、裏切り者は猫耳フードである。

「ち、違うんだ! こう、なんていうか、タッチすることは頑張ろうってことなんだ。だから、力だって沸いただろ?」
「なんだー、そういうことかぁ。びっくりしちゃったよ。私達もよくエイエイオーってするけど、そうするといつもより頑張れるんだよねー」
「だ、だよなー! そういう気持ちが大切なんだよ、わかるだろ、みんな!」

(((((店員や通行人に痴漢行為を働いたことは、それとは関係ないんじゃ……)))))

場所が居酒屋であったことが拙かった。
一刀の話したMP理論は酔っぱらいの戯言として、その信憑性の薄さから広まることはなかった。
その代わり、一刀の新しい称号が広まることになってしまったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:192/192
MP:0/0(+20)
WG:20/100
EXP:702/3750
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
パーティメンバー:一刀、魔理沙
パーティ名称:店員さんは魔女?!
パーティ効果:MP+20

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:5貫100銭



[11085] 第四十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 14:39
「つああぁぁぁっ!」

星の槍がハイオークの頭を爆砕し、

「おりゃあああぁ!」

季衣の『反魔』がワーウルフを壁の染みに変え、

「大丈夫。いらない子なんか、どこにもいないよ……」

一刀の言葉が、落ち込む白蓮を慰める。



白蓮を加えた一行は、無人の野を歩くが如くBF12,13を突破して、BF14の階段付近で休息を取っていた。

パーティ名称:七人の探索者
パーティ効果:ALL1.5倍

その効果は伊達ではなく、ここまで地図上4時間の道のりをなんと休憩も含めて5時間ちょっとで突破して来たのだ。
ALL1.5倍の効果がどこまで1.5倍なのかは不明だったが、少なくとも全員の体力が上がっていることは間違いないし、後衛のMPが1.5倍になったことや、パーティシステムによって敵を無理に攻撃しなくてもEXPが分配されることで、土系統の魔術も頻繁に使用出来るようになった効果も大きい。
EXPはどんな状況でも、白蓮が手出しをしない限りきっかり7等分されていたことから、少なくとも一刀の分は1.5倍の補正値が掛かっていないこともわかった。
そして白蓮が攻撃に加わると、それは8等分になった。

そう、パーティ名称からもわかる通り、白蓮+一刀達の組み合わせで階を突き進んでいたのだ。

荷物は最小限であり、各自の負担も少ない替わりに泊まりが出来る量でもない。
そんな一刀達は、一体どこを目指していたのか。

それは、今この時から7時間後にわかる。



「一刀さーん、お疲れ様ー!」
「桃香か、約束の通りだな。助かったよ」

一刀達が辿り着いたのは、BF16へと続く階段の近く。
もっと正確に言えば、『帰らずの扉』の前である。

そこには、大量の物資を持った桃香達のクランが待っていてくれたのだ。

一刀達には利用出来ない『祭壇の間』のテレポーターも、桃香達であれば利用できる。
そのことに気づいた一刀は、彼女達に荷運びを依頼したのである。

疲れに鈍い一刀だけでなく、LVが10台前半に上がった季衣達だって初期の頃より倍近く体力が上がっている。
しかも今は、『七人の探索者』効果があるのだ。
彼等が迷宮内で一泊二日しか出来ない理由は、主に物資の問題が大きかった。
そこで桃香のクランに依頼して、毎日決められた時間に新たな物資が届けてもらい、しかもドロップアイテムや汚れものを持って帰ってもらう取り決めをしたのである。
新しい下着と新鮮な水、タオルや毛布まで運んでもらい、少しでも滞在期間を延ばそうという考えであった。

これで実際にどのくらい滞在出来るかは、やってみなければわからない。
だが、少なくとも今までより断然有利であることだけは間違いなかった。



「私達が警固するから、一刀さん達は休みなよ」

桃香の申し出を、しかし一刀は感謝しながらもはっきりと断った。
七乃との取り決めである『PL(パワーレベリング)しない』という条件にこそ引っかかっていないものの、唯でさえ反則気味の荷運びである。
『帰らずの扉』付近であるため加護を受けた人物が通らないとも限らないし、それで一刀達を桃香のクランが守っていたことが発覚したら、痛くない腹を探られることになりかねない。
そして少しでも弱みを見せれば、一刀の交渉術ではギルドという力をバックに持つ七乃には歯が立たない。

無論、いざという時には頼もしい後衛3人組の知恵を借りるつもりではいる。
だが巻き込むつもりは毛頭ないし、それ以前に出来るだけギルドを敵に回したくない。

荷運びをしてもらった事実は、近いうちにバレるであろう。
ギルドも伊達にテレポーター使用履歴を取っているわけではない。
だが、桃香達の迷宮滞在時間が5分なのであれば、七乃に難癖をつけられることもない。
約束はあくまでもPLしないということなのであり、それ以外の約束をしていないからだ。

もちろん七乃が横車を押そうとすれば、どうにでも引っ繰り返る話である。
というか、この約束自体が七乃の横車である。

だが今の七乃はPLを教えられたことにより、一刀の価値を十分に理解している。
それだけではなく、一刀の甘さもはっきりと理解しているのだ。
約束を無理やり飲まされた直後に、「世話になったから」という一言で、PLなんていう貴重な知識をホイホイと教えてしまう一刀の甘さを。

どのように理解しているのかと言えば、例え今回の賭けで七乃が負けて一刀がギルド職員にならなくても、下手に出てお願いすれば一刀は大抵の頼みを聞いてくれるはずだし、恩を与えれば知識で返してくれるという風にである。
対価なしでPLのような凄い知識を教えてくれる変人は、後にも先にも一刀だけであろう。
そんな一刀に対して唯でさえ強引に誓わせた約束を、更に強引に曲解したり行動を邪魔したりして一刀に臍を曲げられたら丸損である。
こういう展開だけは、何があっても避けなくてはならない。

七乃にとってベストな展開は、一刀が賭けに負けた上でギルドの温情という名目で季衣達を解放し、一刀に貸しを作ることなのである。
そして一刀が賭けに勝っても、七乃にとっては何の問題もない。
迷宮探索とギルドは切っても切り離せない存在だからだ。
一刀の価値と性格を完全に理解した以上、ギルドとして与えられる飴などいくらでもある。

そして、こういった事情をまったく想定していない一刀は、ギルドに対する警戒心から桃香の申し出を謝辞したのだった。
尤も、一刀に隙があれば、つまり一刀のPLを疑う余地さえあれば、約束を盾に七乃の考えるベストの展開に近い状態に持っていけるため、一刀の警戒は全くの無駄ではなかったと思われる。



BF15の『帰らずの扉』付近はテレポーターが使用可能であることから、桃香は周辺の詳しい地図を持っていた。
白蓮加入の対価の1つとして、BF15、16の地図を書き写させて貰っていた一刀は、事前に拠点を決めていた。

小部屋が4×4に連なっている場所である。
その中で、RPGゲームのダンジョンで宝箱が置かれていそうな感じの、出入口が1つしかない部屋をキャンプ地、その1つ前の部屋を拠点とした。
各部屋を片っ端から回っていく方法の移動狩りである。

白蓮が加入したため、チーム編成もやり直した。

星チーム:星、白蓮、風、稟
一刀チーム:一刀、季衣、流琉、桂花

といっても、現状では白蓮以外はLVが足りなくて危険なので、パーティ登録は『七人の探索者』のままである。
但し、これに慣れ過ぎると『七人の探索者』なしで挑むことになる『試練の部屋』で違和感を覚えてしまい、思わぬピンチを招くことになりかねない。
早い段階でチームに合わせてパーティ登録も変更しなくてはならないだろう。

星と白蓮は両者共に攻守のバランスが取れたタイプであり、星はやや攻撃寄り、白蓮は若干防御よりである。
星&白蓮の組み合わせであれば、星を主体にして白蓮が動かなければならないが、それがハマれば相性が良い。

一刀&白蓮だと決定力に欠けるが、一刀&星でも問題なくペアが組めると思われる。
流琉&白蓮は一刀&白蓮よりはマシだが星&白蓮には劣り、星&流琉だと星にばかりタゲがいってしまってダメであろう。
一刀や白蓮に比べて流琉は動作が遅いため、星の動きに追従してフォローが出来ないからである。

つまり星&白蓮か、一刀&星かの二択なのだ。

そして問題は、攻撃特化の季衣とペアを組めるのが今の所一刀しかいないことである。
敵のタゲを取った季衣を庇ってやる必要があるからだ。
流琉は自身に向いた攻撃を凌ぐことは得意だが、人を庇うのは苦手である。
なので、強いて挙げれば次点で白蓮であるが、季衣との息を合わせるのに時間がかかるであろう。

また後衛の組み合わせであるが、これは自分達が抜けても星達が困らないようにとの一刀の気遣いであった。
『祭壇突破クエスト』を終えたら、このパーティは解散するかもしれないからだ。
その前に、以前の組み合わせでの連携を鍛え直した方が良いとの判断である。

その結果、上記のような組み合わせとなったのである。
決して白蓮を星に押し付けた訳ではないことを、十分に理解して欲しい。

例によって全員で周辺の掃除をし、一刀チームが先に休むことになった。



合計12時間の移動と、その後の掃除を終えて疲労しきっていた体は、逆に眠気を齎さなかった。
なので一刀は、今までのことを振り返りながら、眠気が訪れるのを待つことにした。

一昨日までであれば、泊まりで迷宮に潜るのは1週間に2回が限度であった。
そして一泊二日の制限を考えると、階層を下げた分だけ移動時間がかかるため、無理してもBF14が限界だったと思う。
1週間に1000稼げたとして5週間で5000程度のEXP、多少前後したとしてもクエスト期限までにLV16にはなれなかったであろう。

人数や条件は違うが、華琳や雪蓮がBF17を探索出来る程の実力で『試練の部屋』を突破し、紫苑が加護を得た時にLV17だったことを考えると、LV15では危険である。
ゲームなら多少の無理はしても、この世界でその選択肢はありえないことから、きっと期限内のクエスト達成を諦めていただろう。
桂花のクエは今の所は期限もないし、星達が前金で受け取った宝石もいざという時のためにまだ換金していないので、どうにでもなる。

ところが、そこから僅か2日でパーティシステムの恩恵がわかり、更に白蓮が加わってくれた。
もちろん『7人の探索者』のパーティ効果を失うのは痛いが、これが凄過ぎるせいで他の効果がショボく見えるだけであり、決してパーティシステムの優位性が失われたわけではない。

ちなみにHP増加やMP増加は、増加した分の分子だけが増える。
また一刀のように元からMPを持たない者は、MP増加効果が表れない。
そしてパーティを解散すると、残HPの割合に応じて分子が減るのである。

例えばパーティ効果によってHP300/200(+100)になっていたとする。
それが戦闘によりHP150/200(+100)まで減った時にパーティを解散すると、HP100/200になるということだ。
つまり、パーティ解散によってHPが0になってしまうことはないと言える。
この事実は、もし仮に他人にパーティシステムのことを教えた場合の安心材料のひとつになる。

そういう意味でも、多大な犠牲を払って得た情報に無駄な所などはひとつもない。
だがその情報が、今の一刀にはあまり嬉しく感じられなかった。

「はぁ……」
「兄ちゃん、どうしたの?」

季衣もまだ眠れなかったのであろう、一刀の溜め息を聞いて声を掛けてきた。
ちなみに毛布は4枚あるのだが、季衣は定位置と言わんばかりに一刀の腹の上である。

「いや、昨日からの星達の目がな……」
「目?」
「なんか生暖かい視線を感じると思ってたんだけど、まさか痴漢犯罪者を見る目だったなんて……。しかも仕方がなかったんだよねって感じの視線が、より痛いんだよな……」
「勝手に他の人を触るからだよ。そういうのって良くないよ、兄ちゃん」

(必要だったなんて、言い訳だもんな。祭さんに女性のことを色々教えて貰って、図に乗ってたかも……)

黙って季衣の頭を撫でようとする一刀。
そして、その手をバシッと叩き落とす桂花。

「まだ犯行を続けるつもりねっ!」
「いいから寝ろよっ!」

自らの犯罪歴を振り返り、自重を考える一刀なのであった。



BF15の敵はそこそこに強く、先日のBF13での戦闘に近かった。
一刀達の能力が1.5倍に底上げされていてもそう感じるのであるからには、それなりの理由があるはずである。

まず考えられる可能性は、ALL1.5倍というのはHP、MP、STR、DEXなどの値だけであり、攻撃力や防御力には影響していないということだ。
例えば一刀のSTRが14から21に上がっただけなのであれば、計算値上攻撃力は+3ということになる。
攻撃力はLVの上昇と武器の能力に大きく依存することは以前検証した通りであるから、もし1.5倍というのに攻撃力が掛かっていないのであれば、楽勝でないのは納得がいく。

だからといって、ALL1.5倍が破格なボーナスなのは変わらない。
体感出来るほどのステータスアップとは、つまり純粋な体力の向上を意味するからである。
つまりその分だけ迷宮探索が続行出来るということになるのだ。
それに後衛にとっては、MPアップとINTアップは美味しい要素であろう。
MPアップによって使用魔術回数が増え、INTアップによって格上にもレジされることなく魔術が入ることは、戦いをかなり有利なものにすることが出来る。

次に考えられるのは、BF12や13の敵とBF15では、強さがかなり違う可能性である。
だが1戦闘につきLV14の一刀がEXPを14貰えているということは、敵の総EXPが100だと考えられるため、EXP的にはこれまでの法則と変わらない。
EXPが変わらないのに敵の強さががらっと変わるとも思えないが、先日LV13の一刀がBF11のソロで苦戦したように、階層の積み重ねによる強さが現れてきたのかもしれない。
例えると、LV20の一刀がBF10で無双だったとしても、LV30の一刀がBF20では割と苦戦するようになる、という意味だ。

なんにしろ効果が体感でしかわからないので、それ以上検証しようとすれば実際に敵と戦ってデータを集めるしかない。

それらのことを考えているうちに、一刀はもっと大事なことに気がついた。
自分の取得EXPから敵EXPを想定したことで、自分の見落としに思い当たったのである。

(今のEXP取得方式だと、白蓮はEXPを俺達の半分しか貰えないのか……)

白蓮以外はパーティ登録をしているため、休憩中にもEXPが分配されている。
つまり白蓮は、一刀チームに自分の戦闘成果を皆に分け与えることになっているにも関わらず、一刀チームからの恩恵を受け取れていないのである。

白蓮だけEXP分配が半分になってしまう現状は、必要なことだとはいえ長く続けていいものではない。
彼女だって命を掛けて迷宮探索をしている仲間なのであり、いくら一刀しか知らないシステムだからといって、いつまでも不当な扱いをするわけにはいかない。

白蓮以外の強化は、結果的に白蓮の安全にも繋がるんだからいいだろうという意見もあるだろう。
今までの一刀だって、2チーム分の釣りをすることで皆の2倍のEXPを貰っていたのに今更だという意見もあるだろう。

だが、そういうことではないのである。

前者については、単に迷宮探索だけが目的ならば一理ある。
(決して一理以上のものではないが)
だが目的は加護を受けること、つまり中ボス戦闘なのだ。
『星LV17、白蓮LV15』と『星LV16、白蓮LV16』のどちらで『試練の部屋』に挑むのが白蓮にとって安全なのかを考えれば、簡単に答えが出る。
現状、荷物の関係で拠点をBF15から大幅に変えられないことや、最大でも1ヶ月という短期間のパーティであることから、PLで白蓮にEXPを返すのが難しいことも考慮に入れる必要がある。

後者については、一刀は2チーム分のEXPを貰うために皆の倍働いていたのだから、白蓮の件とはまったく別問題である。
1人だけ倍働いて1人だけ倍のEXPを貰うのもチームプレイ的にはどうかと思われるのに、皆と同じだけ働いて皆の半分しか利益が出ないなどありえない。
しかも白蓮自身にはわからない辺りがまた、性質が悪い。

早くALL1.5倍の補正を外しても戦えるくらいLVを上げて、白蓮を含めたパーティ登録に変更しなければと思う一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:14
HP:234/192(+96)
MP:0/0
WG:60/100
EXP:1198/3750
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、星、稟、風、桂花
パーティ名称:7人の探索者
パーティ効果:ALL1.5倍

STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15

武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(81)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:4貫500銭



[11085] 第四十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/27 13:39
迷宮探索2日目。

「いつもよりペースが全然悪いじゃない。あんた、露骨に手を抜いてんじゃないわよ!」
「落ち着けって、桂花。長丁場なんだから、張り切り過ぎると続かないぞ」
「そんなこと、今更あんたなんかに説明されなくてもわかってるわよ! 私はそれでもダラダラし過ぎだって言ってるの!」
「うーん、桂花がそういうなら、そうなのかもな。じゃ、もうちょっとペースを上げてみるか」



迷宮探索3日目。

「白蓮殿はさすがですな。地味ですが、堅実な働きをしなさる」
「地味か……、そうか……」
「ふふ、それが貴方の持ち味、優れた個性と評価すべきでしょう」
「地味な個性か……」



迷宮探索4日目。

「風呂に入りたいなぁ。せめて水浴びがしたい」
「兄様、我慢して下さい。いくら桃香さん達が持ってきてくれるとはいえ、迷宮内なんですから。水は大切に使わないと」
「兄ちゃん、いつもみたいにボク達が拭いてあげるから、我慢しなよ」
「いつも?! ……へっ、変態っ!」



迷宮探索5日目。

「酒! メンマ! 酒! メンマ!」
「おおぉ、星ちゃんがバーサクモードなのですよー」
「酒は無理でも、せめてメンマを桃香さんにお願いしてみましょうか」
「このままでも問題ないんじゃないか? 槍がいつもの3倍のスピードだぞ」



「……そろそろ限界だな」

迷宮探索6日目。
効率よりも滞在時間の延長に配慮していたのだが、一刀自身も含めた皆の疲労は隠しきれなくなりつつあった。
というよりも、その配慮のおかげでここまで持ったと言うべきである。
キャンプ地に選んだ場所が、周囲から隔離された部屋だったことも、迷宮内で1週間近くの滞在を可能にした要因の1つであろう。

一刀自身は3日目にLV15になっていた。
それだけではない。
一昨日は星が、そして昨日は稟達が、次々とLV15に追いついてきた。
LVの上がるペース的に、今日中に桂花もLV15になるだろうと予測される。
ちょうどいいキリでもあった。

決して祭との情事を優先した訳ではないことを、十分に理解して欲しい。



「そろそろ帰ろうと思うんだけど、どうかな?」
「ふむ、確かに皆も限界が近いし、妥当なところですな」
「風はとても頑張ったのです。『贈物』が楽しみなのですよー」
「私もこんなに迷宮に潜ったのは初めてだ。しばらく『贈物』などとは縁がなかったが、今回はもしかしたら私も貰えるかもしれないな」
「白蓮殿の堅実な戦い振りのお陰で、私や風は安心して詠唱することが出来たのです。きっと『贈物』を与えて頂けると思いますよ」

ちなみに、白蓮はLV15のままである。
とても申し訳ない気持ちになった一刀は、早くチーム編成に合わせたパーティ登録をしなければと固く決意した。
幸いLVも皆が横並びになり、次回の探索から変更することも可能であろう。



『祭壇到達クエスト』を受けてから1ヶ月が経っており、期限は残り1ヶ月となっていた。
そのことだけを考えれば、後3回同じことを繰り返して『試練の部屋』に挑むことが出来そうに思える。
だが実際にはそう都合良くいかない。
なぜなら、その間ずっと桃香達を拘束するわけにもいかないからだ。

桃香達だって迷宮探索を行わないわけではない。
そして彼女達が迷宮探索に向かう時は、基本的には深い階層であるため泊まりなのである。
白蓮の件が桃香の依頼だということを考えても、せいぜい後1回か、無理に頼んで後2回が限界だろう。

白蓮が加護を受けることは、桃香達の利益にはならない。
あくまでも白蓮は、臨時のクラン員であるからだ。
つまり加護を受け終われば、白蓮は麗羽の元に戻らなければならないのである。
桃香はそれでもいいのかもしれないが、桃香のクラン員達にとってみれば完全にボランティアなのだ。
桃香の元に集まるだけあって人の良さそうな面々ではあったが、彼女達に掛ける負担は出来るだけ最小限にしたいと一刀が思うのも当然である。

後1回で最大の効果を上げるためには、BF16への移動が必須であろう。
幸い桃香から詳しい地図を写させて貰ったため、階段付近の拠点候補も見当をつけている。
ウロウロするつもりはないので、BF16以降に登場するトラップの問題もないと思われる。

LV15でも8人もいれば危険は少ないだろうし、今は『7人の探索者』効果だってある。
次回の探索時にBF16を拠点とするならば、今のうちに様子を確認しておくことが上策であろう。

そう考えた一刀は、皆を引き連れてBF16へと向かったのであった。



NAME:スライム
NAME:ガーゴイル
NAME:オーガ
NAME:ヘルハウンド

いつか雪蓮が一刀に、「BF16以降の敵は、驚くほど強くなる」と言っていた。
一刀もその話を忘れていた訳ではない。

それでもBF16に降りたのは、『7人の探索者』効果がLV不足分を補うであろうことや、なにより加護を受ける前の雪蓮や華琳がBF17をウロウロしていたと聞いていたからだ。
パーティシステムを知らない彼女達が大丈夫だった以上、自分達も大丈夫だろうと一刀が思い込んだのも無理はない。

ところで、BF16の特色とは一体どのようなものなのであろうか。

前述のようにトラップ類が派生すること。
今までの法則に従えばBF11から登場した敵もいるはずなのに、その姿が見当たらないこと。

もちろんそれらもあるが、この1点に比べれば些細な変化である。

「くそっ、全然攻撃が効かない! なんなんだよ一体!」
「あっつつつ! 熱っ!」
「ベトベトが流琉に纏わりついてるっ! 兄ちゃん、助けてぇ!」

それはスライムやガーゴイルなど、魔法生物の登場である。

銀の武器しか効果がない吸血鬼ように。
『クエクエ3』で『ゴールデンボール』を使わないと倒すのが難しい『マーゾ』のように。

大陸に存在する貴重な武器を揃えていた華琳達や、母譲りの剣『南海覇王』を持っていた雪蓮とは異なり、一刀達の持つ普通の武器では魔法生物達に効果的なダメージを与えることが出来なかったのだ。
しかも魔法生物は、今までの敵とは違って苦痛に表情を歪めることもない。
敵のダメージをNAMEの色で視認出来る一刀とはいえ、具体的な数値まではわからないのである。
斬っても突いても動きすら止めないスライムに、一刀は物理攻撃がほとんど効いていないと判断した。

RPGをやり慣れている一刀も、まさか加護も受けていないような序盤でダメージの通らない雑魚敵が現れることなど、完全に予想外だった。
ダメージ無効化なのか極端に低いダメージになるのかはわからないが、厳しい状況に追い込まれていることだけは間違いない。

「魔法で対処するしかない! 稟、風、桂花、頼む!」
「承知しました!」
「お任せあれー」
「ふんっ、頼まれなくてもやるわよ!」

雪蓮や桃香が魔法生物について一刀に教えていれば、もしくは一刀が彼女達に聞いていれば、これは未然に防げていただろう。

「加護を受けるまでBF16に降りてはいけない」と忠告したつもりになっていた雪蓮。
「BF15で自力を高めたいから協力して欲しい」という言葉通りに受け取ってしまった桃香。
今回の様子見自体が予定外行動であったため、BF16の敵について詳しく聞かなかった一刀。

雪蓮の言葉が足りない。
桃香の配慮が足りない。
一刀の用心が足りない。

後から聞いた人ならば、それを以て油断であると責めることは容易い。
だが果たして、そう責める人のうち何人が完璧に物事を為せるのであろうか。

「ふぅ、なんとかスライムを倒せたな」
「……一刀殿、どうやら安心するにはまだ早いようです」
「兄ちゃん、また変なのが来たよ!」
「このままでは、MPが持たないのですよー」
「これ以上敵が増えたらまずいな。殿は俺が務めるから、BF15に逃げよう!」

風が敵に『拘束の風』を唱え、桂花が一刀に『土の鎧』『砂の加護』を掛け、稟が『火球』で牽制する。
3人の補助を受けた一刀が、敵の一団に立ち向かった。

手始めに2m以上の巨体を誇るオーガに突進する一刀。
ダガーを突き刺すというより、それは体当たりと表現した方が近い。
一刀はぶつかった反動を利用して方向を変え、そのままガーゴイルにダガーを振り下ろす。
足元のヘルハウンドが一刀の足に牙を突き立て、それと同時にオーガの棍棒が一刀を薙ぎ払った。

それをモロに喰らって壁際まで殴り飛ばされた一刀の目に、小さくなっていく仲間達の背中が映る。
時間稼ぎも切り上げ時だと判断した一刀は、敵との間に出来た距離を利用して素早く起き上がると、そのまま撤退に移るのであった。



BF15に辿り着いたからといって、追って来る敵を処理しきれなければ意味がない。
そのまま逃げ回るという手段も取れるが、その分だけBF15の敵がどんどん増えていくことになる。
今の状態で大量の敵を生み出すような真似をするのは、下策であろう。

だが、BF16から一刀を追ってきた3匹を相手に勝ち目があるかと言われると、それもまた難しい。
特に一刀達の武器ではダメージが通らないガーゴイルの存在が厳しかった。

それでも剣を取り、槍を取って立ち向かう一刀達。
星の槍は穂先を欠いて棒となり、一刀のポイズンダガーも根本からポッキリと折れてしまった。
季衣や流琉の鈍器はさすがに頑丈であったが、それでも有効ダメージとはなっていないように見える。
後衛達の顔も、MP消費のために真っ青である。

オーガとヘルハウンドはなんとか倒したものの、ガーゴイルに対しては打つ手がないと思われた。
このままでは体力が尽きるのが先か命が尽きるのが先か、どちらにせよ時間の問題であった。
しかし一刀達の心は折れない。
一刀達には、粘れば勝てるという確信があったのだ。

「ひゃー、一刀さん達が大変! なんでガーゴイルなんかと戦ってるの?!」

物資補給のためにいつもの時間に現れた桃香達。
一刀の目には彼女達の姿が、まるで女神のように見えたのであった。



初めて目の当たりにした桃香の『加護スキル』は、華琳に負けず劣らずチートじみていた。
こちらが地道に戦っているのが馬鹿らしくなってくる。

「稟ちゃん、元気を出して」
「え、あ……、プッーーーー!」

桃香が稟を抱きしめると、彼女のHP・MPが徐々に回復し、

「愛紗ちゃん、頑張って」
「はっ、お任せ下さい!」

桃香が愛紗と呼んだ女の子を抱きしめると、彼女の動きは格段に上がった。

しかも、MPを全く消費することなく、である。
尤も、桃香は『MP:39/39』なので、もしMP消費があるなら死にスキルだったかもしれないが。

勇躍してガーゴイルを打ち倒す愛紗の姿を眺めながら、一刀は桃香に抱きしめられる順番が来るのをワクワクしながら待っていたのであった。



桃香に助けられた一刀達は、満身創痍の状態であった。
一刀には予備のアイアンダガーがあったが、星には槍すらない。

「BF11まで送ってあげるよ。今度こそ遠慮しちゃダメなんだからね」

七乃に疑いを持たれるのは痛いが、背に腹は代えられない。
たった今生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜けた一刀達に、そんなことまで気遣う余裕もなかった。
正確に言えば、桃香の胸で癒された一刀には割と余裕があったのだが、現在の状況や場の空気を考えると「新しい槍だけ持ってきてよ。俺達、休憩してから勝手に帰るからさ」などとは、とてもじゃないが言い出せなかったのである。

桃香の申し出をありがたく受け、彼女達と共に帰路についた一刀達なのであった。



何十人も殺害した冷酷なマフィアのボスが、一方でユニセフに募金するように。
「もうお腹いっぱーい」などと言う女の子が、デザートのケーキは平らげるように。

どんなに疲れていても、どんなに大失敗を犯しても、一刀は万難を横に置いてでも向かうべき場所があった。
言わずともしれよう、祭の部屋である。
だが、そこには祭の他に冥琳の姿があった。

「久しぶりだな、一刀。実はお前に相談したいことがあってな」
「……とりあえず、2時間後にもう一度来てくれない?」

やはり一刀は侮れない。
最近交渉事での失敗を重ねた一刀は、今までの経験から『要求は端的に、折衝は粘り強く』という交渉のコツを学んでいたのだ。

だが相手は、呉を代表する軍師・周瑜を加護神に持つ冥琳である。
彼女の発言は、一刀のみみっちい交渉術など一気に吹き飛ばした。

「ふっ、一刀。なんなら2人同時にでも構わないのだぞ?」

そんな冥琳の言葉に、思わず自分の頬を抓る一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者

STR:14
DEX:22(+3)
VIT:14
AGI:20(+3)
INT:16
MND:11
CHR:16

武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:61
物理回避力:76(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:4貫500銭



[11085] 第四十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/14 19:22
「ふふっ、今のは冗談だ。……冗談だぞ? 落ち着け、おい!」
「なっ?! こらっ、聞いてるのか? きゃんっ」
「祭殿も、何故そこで服を脱ぐのですかっ! や、あ、ああんっ」
「ふっ、くっ、もっと優しくして……。い、痛っ、ああああっ!」



一週間も薄暗い迷宮で、ひたすらモンスターを相手に命のやり取りを行っていた一刀。
もちろんその間、一刀に性的なものを発散する機会などはなかった。
そして極めつけは今日のVS魔法生物である。
強敵との戦いは、彼の生存本能と海綿体を強烈に刺激した。

そんな時に冥琳のような完璧な美女に誘われてホイホイついて行かない男など、精通を迎えていない子供と宦官以外にはありえない。
これは運命であり、仕方のないことであり、必然である。
冥琳にも未必の故意で責任があり、自分は正当防衛で推定無罪であり、最悪でも執行猶予である。

もちろんこれらはすべて、加害者側の勝手な言い分であった。

「……犯罪者」
「まぁ、連続通り魔痴漢犯罪者の名は、伊達ではなかったということじゃの」
「何を他人事のように! 祭殿さえ悪乗りしなければ、どうにでも出来たのですよ!」
「まぁ、お主は石頭が過ぎるからのぉ。たまには男に抱かれるのもいいじゃろう」
「初めてだったのです! たまになどという問題ではありません! 初めての逢瀬が3人プレイ、しかも祭殿と……はぁ」

冥琳と祭のやり取りに、口を挟めない一刀。
というか、上記の言い分だって心の中で思っただけである。
ビーストモードの時はともかく、普段の一刀ならばそれを口に出していいものかどうかくらいの判断はつく。
しかも今は賢者タイムなのだから、尚更である。

ひたすらに土下座をして身動きひとつしない一刀に向かって、冥琳が溜め息をつきながら口を開いた。

「……確かに、私の冗談のタイミングもまずかったのだろう」
「いや、全面的に俺が悪かったよ」
「それは当たり前だ。それともなにか? お前は例えわずかでも私が悪かったと言うつもりなのか?」
「滅相もありません!」
「……まぁ、こうなった以上、お前には私が抱かれるに相応しい男に育って貰わないとな」

額を地に擦りつける一刀に、ふっと笑う冥琳。
不本意に処女を失ったにしては冥琳の余裕のある態度を不思議に思った一刀だったが、当然そんなことを尋ねることなど出来ない。

一刀が不思議に思っていたことは、まだあった。
最初は戸惑っていたものの、少なくともイタしている最中の冥琳は、嫌がっているようなそぶりがあまりなかったのだ。

考えてみて欲しい。
そもそも一刀が、いくら性欲を持て余す状態だったとしても、本気で嫌がる相手に対して無理やり犯すような真似をするだろうか。

それどころか、場面場面では冥琳が積極的だったことすらあったのだ。
だからこそ彼女が処女であったことに、一刀は内心で驚いていたくらいである。

てっきり合意の上かと思ったら、犯罪者呼ばわりされて頭が混乱していた一刀。
それでも土下座したのは、入れた側であり破った側であることだけは間違いなかったからだ。

(『ハミ通』の付録にあった『たまには外に出よう! HOW TO 3次元の女の子(3Dキャラじゃないよ♪)』は、全然当てにならないな)

付録に書いてあった『貴方だけにそっと教える、女の子のOKサイン』や『親友キャラがいらない?! 好感度を自分で測る100の方法』に冥琳のそぶりを当てはめてみても、アレの最中と後では態度が変わり過ぎていて、一刀には訳が分からない。
冥琳がなにを考えているか分からず、怒っているかどうかすらも分からない今の一刀に出来ることは、ひたすら土下座を続けることだけだったのであった。



そういう時は、相手の気持ちになって考えることが重要である。

自分が冥琳だったら、例え冗談でも相手を誘うような発言を、なんの好意も持っていない者に向かってするだろうか。
自分が祭だったら、娘のように可愛がっている冥琳が本気で嫌がっているのに、レイプに協力するような真似をするだろうか。

一刀がこれ以上のことまで察せるようになるには、対人スキルの更なる上昇はもちろんのこと、壊れかけている脳内ロマンチック回路の修復も必須であろう。



和解や後始末を済ませ、部屋の空気を入れ替えたところで、ようやく冥琳が本題に入った。

「さて、肝心の要件なんだが、まず初めに断っておく。これは私や祭殿との体の関係は抜きにして考えて欲しいんだ。……やはり今晩お前と契ったのは間違いだったな」
「ま、間違いとか言わないでくれよ。冥琳が後悔しないくらい立派な男になるからさ」
「お主の魅力は少々ヌケている所だと、儂は思うのじゃがなぁ」
「一刀、そういう意味ではない。祭殿も話をまぜっかえさないで頂きたい」

おほんっ、と咳払いをして冥琳は言葉を続けた。

「一刀、お前達のBF15での動向を聞いたぞ。まさかあの桃香殿を荷運びなんかに利用するなんてな……。相変わらずお前には驚かされる。だがアイデア自体は悪くない。相談というのはな、次回のお前達の探索を蓮華様のパーティと合同でやらないかということなんだ。テレポーターを利用した荷運びは私達が行おう」

その提案自体は、一刀達にとってもメリットがある。
BF16でのLV上げが難しくなった以上は、数で稼ぐしかないのだ。
そして数で稼ぐ以上は、少しでもBF15での狩りの機会は多い方がいい。

だが、一刀は即答しなかった。
まだ冥琳の話は終わっていないからだ。

「これを実行に移した場合、唯でさえギルドの注目を集めているお前は、更に警戒されることになる。というか、蓮華様にギルドの注意を向けるのが目的なんだ。詳細は明かせないが、例のことに必要なのでな」

はっきり言えば、冥琳の提案に乗った場合はギルドを敵に回すことになる公算が大きい。
例の作戦の一環となる行動になってしまうのだから、当然である。
だからこそ冥琳も、頼みではなく相談という形で話を持ち掛けたのであろう。

「詳細は、聞けないんだな?」
「ああ。信用してくれとしか言えない。上手く行けば、決してお前達にとっても悪いようにはならないはずだが、それも確実とは言えないな。最悪の場合でも、季衣と流琉は呉の地に逃がして暮らせるように手配するが、おそらくお前は無理だろう」

一刀は雪蓮達に恩がある。
季衣達のことや璃々のこともそうだし、一刀自身が命を救われたことだってあった。

彼女達がいなければ、今頃自分は死んでいただろう。
それは、自分が飾りの機能を教えたり小蓮の能力を教えたりしたこととは相殺にならないし、するつもりもない。
なぜなら、借りは返して清算するものだが、恩は報いるものだからだ。

季衣達の安全が確保されるのであれば、個人的には冥琳の話に乗りたい一刀だったが、しかし首を縦に振ることは出来なかった。

「すまないが、星達と相談しないと答えは返せない」
「うむ、それも当然だろう。ひとつ言っておくが、お前が断ったところで策自体は実行に移すことが出来る。つまり、お前はお前達の都合だけを考えて判断してくれればいいんだ。まぁ、蓮華様のことを考えると、お前に傍にいてもらいたいと思うのは事実だがな」

「なんで俺に? BF15での人数合わせなんだろ? 俺だったのはギルドの注目を集めるためなんだよな? もしかしてそれ以外の目的が何かあるのか?」
「はぁ? 何を言ってるんだ、お前は。このことを色々と厄介事を抱えているお前にわざわざ提案したのは、お前なら安心して任せられるからに決まっているからじゃないか。他の要素は、余禄に過ぎない」

「そっちこそ、何を言ってるんだ。俺なんて、ここのところ失敗続きでいいところなしだし、蓮華達の足を引っ張る確率の方が全然高いぞ?」
「……お前はどうも、自分を客観的な視点で見ることが出来ない男のようだな。わずか3ヶ月で剣奴から身を立て、小蓮様の能力を看破し、例の作戦の根幹となる物を見つけ出し、迷宮探索に新たなセオリーを次々と打ちたてていく奴の、どこが失敗続きなんだ。これ以上望むことがあるか?」

「で、でも、今日だってBF16に向かう決定をした俺の油断のせいで、パーティが全滅するところだったし……」
「はぁ、どれだけ失敗したくないんだ、お前は。私達だって全滅の危機に陥ったことなんか、一度や二度じゃないぞ? 大方BF16の下調べが足りなかったとかいうオチがつくんだろうが、未知の階層などこれから先いくらでもある。むしろ今のうちにそういう失敗をした方が、確実に今後の糧になるはずだ。案外雪蓮だって、そう思って詳しい話をお前にしなかったんじゃ……あいつの性格から考えて、それはないか」

とにかく明日中に返事をくれ、と話を締めた冥琳。
それと入れ替わる様に、今まで空気だった祭が一刀のBF16探索の話に喰いついた。

「なんじゃお主、BF16に向かったのか。無謀じゃのう」
「だって祭さん達が、加護なしでBF17まで行ったって聞いてたからさ。まさかこっちの攻撃が効かない敵だとは、思わなかったんだよ」

祭壇をスルーしてBF16に行けるのは、ゲームとしてどうなんだと思っていた一刀だったが、今ではその理由も朧げながら理解している。
要するにあれは、縛りプレイ用のルートなのであろう。
ゲームとしてはありかもしれないが、それを知らずに挑んでしまった一刀は、もし現代に戻れたら『DrumSon』の社屋に火をつけようと決意していた。

「ああ、スライムとガーゴイルか。あれには儂も泣かされたものよ。あれらに対処する方法はな……」

そんな一刀の様子に気づかず、喜々として自分の知識を話す祭。
彼女の話を纏めると、どうやら対処方法は3つあるようだ。

まずは武器。
今は加護を受けた時に武器が与えられる者も多いため、祭の『多幻双弓』クラスでも2000貫の評価額だが、それ以前は万貫を積んで買うような貴重な武具を用いることで対処していたそうだ。
ちなみにそれらは、古の神々の争いの時代に使用されていた伝説の武具だとされており、一般人にはとても手が出せる代物ではない。

次に魔術。
これは稟達の魔術攻撃が実際に効果を与えたことから、一刀も既に知っている。

最後に氣。
使い手は限られるが、達人ともなれば武器に氣を纏わりつかせて攻撃することも出来るそうだ。
加護を受けた時に使えるようになった者も存在すると言う。

「そう言えば俺、ポイズンダガーを使ってたんだけど、あれって魔法武器的なものじゃないのか?」
「それを買った時、店の者がそう言っておったのか?」

言われてみれば、魔法なんて言葉はなかった。
焼き入れがどうだこうだと説明していただけである。

「あ、じゃあ石で武器性能を上げたのはどうなんだ? 魔法武器的なものになるんじゃないのか?」
「儂はお主にそんな説明をした覚えはないぞ?」
「……確かに威力が増すとしか言ってなかったけど、石で強化したボウガンに対して不思議な力を感じるって言ってたろ?」
「ああ、それが誤解のもとじゃったか。まぁ、魔法武器的なものは、持てばすぐにそれとわかる。値は張るが、ギルドショップにも売られているミスリル製の武器を触ったことはないか?」

そう聞かれて、一刀は首を傾げた。

「そんなのあったっけ?」
「あー、もしかしたら剣奴側のショップには置いてなかったかもしれん。品揃えは基本的に表のギルドショップと変わらんのじゃが、あんな高額なものを買うような剣奴はさすがにおらんからのぉ」
「……ちなみにいくらすんの?」
「まぁ、見てのお楽しみじゃ。まぁお主の獲物はダガーであろう、それならミスリル武器の中では最安値じゃ。運が良いな」

ミスリル製の武器は、迷宮が出現してから出始めた品である。
正確には、探索者達がBF16に歩を進めてから、であるが。
一刀達がオーガを倒した時は運悪くポップしなかったが、オーガのドロップアイテムがミスリルインゴッドなのだ。

尤も、ミスリル製の武器性能は、祭達の持つクラスの武器には及ぶべくもないが、それでも相手に効果のある武器だということは大きい。
ではそれがなかった時の祭達は、一体どうやってBF17まで探索出来たのであろうか。

「雪蓮殿の『南海覇王』は、加護を受ける前から伝説クラスだったからの。魔法生物を相手にしても、通用したのじゃ」
「加護を受ける前からって、どういうことだ? 加護を受けた時に出た『贈物』がそれだったんじゃないのか?」
「祭壇の時だけは特殊なのじゃよ。通常のように『贈物』が出現することもあり、持っているものが強化される場合もある。雪蓮殿は後者、儂は前者であった」
「じゃ、祭さんはBF16以降ではどうしてたんだ?」
「うむ、雪蓮殿に任せて酒を飲んでおった。……冗談じゃ、そのような眼で見るでない。オーガやヘルハウンドには普通の矢でも通用したからの。主にそちらを相手にしておったわい。一緒に行動していた華琳の所の小娘が、惜しげもなくミスリルの矢を使っていたのを歯痒く思ったものじゃ」

弓が伝説クラスであれば矢が普通のものでも構わないし、逆に弓自体が普通のものでも矢がミスリル製であれば通用するらしい。
祭の話に一刀は新たな疑問を覚え、それもついでに尋ねてみた。

「ところで、オーガやヘルハウンドって名前は、なんで解ったんだ?」
「それも華琳じゃよ。あやつの加護スキルには、敵の詳細情報が解るものがあってのぉ。本当に覇神・曹操の加護というのは凄まじい」

自分以外にも敵のNAMEが視認出来る者がいたのかと思った一刀だったが、祭の言葉に納得した。
それと同時に、一刀はその話には矛盾があることにも気がついた。

一刀がEXP関連の説明をした時、華琳はこの世界のシステマチックな法則に驚きを示していた。
だが、敵の詳細情報がわかるというスキルがあるのなら、少なくとも敵の能力は生命力なども含めてシステマチックなものであることを理解していたはずである。

(相手はモンスターで、こっちは人間だから、という区別だったのかなぁ)

どうにも腑に落ちないものを感じた一刀だったが、いずれ機会があったら直接聞いてみようと、その疑問を保留にしたのであった。



次の日の朝、久しぶりに一刀は小蓮の強襲を受けた。
だが喜々として一刀に抱きついた小蓮は、やがてその顔を顰めてクンクンと鼻を鳴らし始めた。

「……この匂いは、祭……だけじゃない、まさか冥琳も?! ずっるーい! ずるいずるいずるいよぉ! 一刀はシャオが最初につばをつけたのにぃ!」
「違うよ、最初はボク達だよ!」
「兄様、そろそろはっきりさせる時ですね……。巨乳を抱いて溺死して下さいっ!」
「落ち着け、とりあえず落ち着いてくれ!」

特に背中が赤くなった流琉を宥めながら、一刀は彼なりに誠意を込めて彼女達を説得した。

曰く、自分は3人共大好きだ。
曰く、自分も出来れば3人とイタしたい。
曰く、自分の欲棒で小さい3人を傷つけるのが心配なのだ。

せめてもう少し成長を待ってから、それからであれば喜んでお相手します、と幼女を相手に必死の一刀。
朝っぱらから一体自分は何をやっているんだ、と思わなくもなかったが、一刀とて彼女達を好きなのは間違いないのだ。
彼女達が機嫌を直してくれるのであれば、寝起きの修羅場など苦労のうちに入らない。

しかしそんな一刀の説得も、季衣達相手には効果がなかった。

「それって何時まで待てばいいのさ! もうボク大人だもん!」
「私は戦闘で痛いのに慣れてますから、問題ないです!」

ところが、意外なことに話は解決の方向に向かっていった。
最も文句を言うであろうと思われた小蓮が、一刀の言葉に納得してくれたのだ。

「そっかぁ、一刀はシャオのことを本気で愛してるから、だからシャオを心配して抱かなかったんだね。じゃあ加護を受けるまで、シャオも我慢する。どうせ後1,2週間だしね!」
「はぁ? 加護とそれと、なんの関係が?」
「加護を受けると、身体能力も上がるんだよ。つまり完成された体になるってことだから、それなら一刀も安心だもんね」
「そうなのか?!」
「じゃあボク達も、もうすぐだね!」
「うん。長くも後1ヶ月だし、それなら私達も我慢します、兄様!」

(……加護って、素晴らしい!)

『祭壇到達クエスト』達成に向けて、ますます意欲を燃やす一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者

STR:14
DEX:22(+3)
VIT:14
AGI:20(+3)
INT:16
MND:11
CHR:16

武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:61
物理回避力:76(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:4貫500銭



[11085] 第四十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/27 13:39
「ささ、食べて食べて! こうして美味しい食事が出来るのも、生きて帰って来れたから。それもこれも、白蓮の堅実な働きのおかげだよ!」
「……」
「うむ、まったくその通りですな。1人だけ『贈物』が貰えなかったからと言って別に……」
「あー! こ、これなんか美味しいぞ! いっぱい食べてくれよ、白蓮」
「……」
「それにしても、太祖神様も見る目がない。白蓮殿にだけ『贈物』を……」
「おおっと! に、肉ばっかりじゃバランスが悪いな! 野菜もきちんと食べないと!」
「……」
「お兄さん、白蓮ちゃんばっかり贔屓なのです。『贈物』が玩具みたいなキャンディ型の杖だった風も、慰めるべきなのですよー」
「貰えただけいいだろ! お前ら、頼むから空気を読んでくれ!」



午前中に神殿で集まり、それぞれが『贈物』を貰ってから昼食会を兼ねて4回目のパーティ収入分配が行われていた。
いつもの居酒屋で夜に行わなかったのは、武器の破損があったからである。
特に一刀は分配金を貰わねば新しい武器が購入出来ないため、ならば昼に分け前を配って午後から武器屋に行こうという話になったのだ。

ちなみに一刀が貰った『贈物』は、武器ではなくベルトだった。
本当は新しいダガーが欲しかった一刀だったが、今使っているレザーベルトも3ヶ月半使用し続けていたため、かなり限界であった。
しかもそのことに一刀は気づいていなかったため、もし今回ベルトが『贈物』ではなかったら、いずれ戦闘時に千切れて致命的なミスに繋がったかもしれない。
そう考えると、むしろ武器よりも気の利いた『贈物』だと言えよう。

万能ベルト:防3、DEX+1、AGI+1、VIT+1、INT+1、MND+1、CHR+1

その性能も、今まで使っていたレザーベルトとは比較にならない。
『試練の部屋』での戦闘が間近に迫った一刀にとっては、なによりの品であった。

もちろん高性能のベルトを装備したから強敵に勝てるというわけではない。
やはり対強敵戦で最も大事なのは武器であろう。
その武器を購入するためにも、今回の分配金には期待していた一刀。
なにしろ一週間も迷宮に潜っていたのであるし、桃香に持って帰って貰ったドロップアイテムもかなりの数に上る。

だが一刀の期待に反して、分配金は10貫であった。
別に桃香にマージンを取られたわけではない。
純粋にそういう計算になるのだ。
いつもの狩りよりもペースを大幅に下げていたことを考えると、それまでの倍の収入があれば恩の字であろうことに、単に一刀が気づいていなかっただけである。

(手持ちと合わせても15貫弱か。厳しいな……)

加護を受けるまでは、アイアンダガーのままでもなんとかなる。
別に必ずBF16以降へ進まなくてはならないわけではないのだから。

『試練の部屋』のモンスターが魔法生物でないという保証はないのだが、一度きりの戦闘であればドーピングで対処出来るとのことだ。
消耗品としては非常にお高い、大神官謹製の油を購入して武器に塗りつけることで、一時的に魔法武器と同じ効果が得られるらしい。
同時に武器の攻撃力アップも見込めるので、伝説クラスの武具を持っていた雪蓮でも、『試練の部屋』に挑む時にはこの油を購入して使用したそうである。

だがそれも、冥琳の提案を受け入れるならばの話である。
それを拒否するのであれば、桃香のクランのみを頼っての狩りとなる。
そうなれば、BF15だけではLVアップの時間が足りない。

期限に縛られているのは一刀達だけのように思われるが、星達だって1パーティではBF15での狩りは続けられないのだ。
一刀に付き合うのであれば、必然的にBF16でLV上げせざるを得ない。
つまり冥琳の提案を断るならば、全員ミスリル以上の武器を揃える必要がある。

「ただ、雪蓮のとこはギルドに目を付けられてるから、合同っていうと色々差し障りがあるかもしれないんだよな。どうする?」
「ふむ、応諾すればギルドを敵に回す可能性があり、拒絶すれば狩りに制限がつく、ですか」
「あぁ、もうひとつ選択肢があるのを忘れてたな。後一ヶ月以内で『試練の部屋』に挑むという条件を放棄してもいい。俺達はギルドに拘束されることになるから、その後星達と行動を共に出来なくなるかもしれないが、それでも時間を掛ければ合同で探索してくれる新しいパーティくらい見つかるだろう。その時は白蓮と桂花のことも頼む」
「ふっ、一刀殿は我等がその選択肢を取るかもしれないと、そう思われるのですかな?」
「いや、まったく思ってないよ。でも一応な」

一刀も、実際にそうなる可能性はゼロに近いと思っていた。
そして仮に星達がそれを選んでも、それはそれで構わない。
そうなれば、季衣達と3人で蓮華達と合流すれば済むからだ。

「現実問題として、前衛5人の武具をミスリルに揃えるのは不可能でしょう。ならばその提案に乗るしかありません」
「いや、待ってくれ。私の武具は一応魔力を持っているぞ。伝説級とまではいかないが、ミスリル製にはひけを取らない」

稟の言葉を遮って、自らの剣を抜く白蓮。
確かに魔法生物戦でも、一刀や星が武器を失った後に戦線を支えていたのは、主に白蓮であった。
そういう目でじっくりと眺めてみれば、そこはかとなく祭達の持つ武具と似たオーラがしなくもない気がする。

「ちょっと持たせてもらってもいいか?」
「ああ、ほら」

片手剣なので、一刀が装備すると攻撃力はかなり落ちる。
しかし持ってみた感じは、確かに今までの武具とは全く異なる。
強いて言えば風格と表現するべきであろうか。
口では説明しにくいのだが、祭の「装備してみればわかる」という言葉に嘘はなかった。
だが今の一刀にとって、そんなのは些細なことであった。

(武器名称が『普通の剣』って……)

「麗羽に貰ったんだ。貴方にお似合いですわよって」
「ほぉ、よくよく見るとその良さがわかる、まさに燻し銀のような剣ですな。確かに白蓮殿に相応しい。銘は何というのですか?」
「いやそれが、麗羽もよく知らないらしいんだよな。自分で名付けようかとも思ったんだけど、なかなか思いつかなくて」
「自然に心に浮かび上がるもの。それがその剣の真の銘なのです。その日が来るまで、無理に名付けようとはなさらぬ方がいい」
「ああ、わかってるさ」

思わず涙が出そうになるのを堪え、白蓮に剣を返す一刀。
そのやり取りを一瞥して、稟が先程の言葉を続けた。

「白蓮殿の武器はこのままでよいとしても、まだ4人分あるのです。それに、季衣と流琉の武器は特注となるでしょう。それを発注する時間もお金も我々にはありません」
「それはスタールビーを換金したらどうだ? もちろん報酬の後金でその分は返すからさ」
「あんたって、ほんとに常識知らずね。ミスリル製の武器を特注なんていったら、華琳様から頂いたスタールビーなんて消し飛ぶわよ。それにいくらお金を掛けても、時間は買えないわ」

「桂花の言う通りですな。このパーティを維持する限り、他に選択肢はないのです。なぁに、ギルドを敵に回すのも面白いではないですか」
「一刀殿がいて、私達もいる。大抵のことは、一刀殿の実行力と我等の智謀で切り抜けて見せましょう」
「どうにもならなかったら、実力のあるクランに身を寄せればいいのですよー」
「私もいいわよ。どうせ華琳様は元からギルドと仲が悪いし」
「う、私は正直微妙なんだが。美羽は麗羽の妹だから……」

こうして皆の賛同を得た一刀「え? 私は?!」……空気の読める子である白蓮も最終的には皆の意見に同意し、一刀は冥琳の提案を受諾することに決めたのであった。



金の分配が終われば、向かう先は武器屋である。
ポイズンダガーで20貫もしたのだから、15貫足らずでミスリルダガーが買えるとは一刀だって思っていなかった。
だからと言って、ミスリル製武器の値段にショックを受けなかった訳ではない。

(うわっ、ダガー50貫ってなんだよ。ていうか、ロングソードなんて150貫?! 俺なんて80貫だったのに……)

ミスリル製の武具が置いてある一角は、値札が異世界であった。
星がさっきまで手にとっていたミスリルの槍で250貫、今夢中になって見ている槍など値札には応相談としか書かれていない。
思わず目眩がする一刀だったが、金をケチったせいで『試練の部屋』で全滅しちゃいました、というわけにもいかない。

幸いなことに、1ヶ月後にはギルドから100貫、桂花が加護を受ければ500貫の収入があることは確定している。
パーティのプール金は、大神官から武器に塗る油を購入したり矢弾や薬代に充てたりと、用途が決定済みなので手を出せないが、スタールビーを持っている星達に借金を申し込むことは出来る。
借金は生理的に受け付けない一刀だったが、そんなことを言っている場合ではないのだ。

金の切れ目は縁の切れ目。
金銭の貸し借りは人間関係を壊す。
貸した金はあげたものだと思え。

一刀はそういう金銭感覚の持ち主だったが、背に腹は代えられない。
だが生まれて初めての借金の申し込みは、一刀を極度に緊張させた。

「なぁ、星。あー、その……」
「おおっ、これは! 店主、この槍の値段はいくらだ?」
「なんとお目が高い。これは直刀槍と申しまして、素材はミスリルをベースに火龍の鱗と呼ばれる硬化材を爆着させておりましてな。この刀身の赤さが、その硬化材の……」
「説明は不要。いくらなのだ!」
「へい、500貫になります。ですが、それだけの価値は十分に……」
「稟、風?」
「……仕方がないでしょう。武器には相性というものがありますし、気に入ったものを使うのが一番ですからね」
「星ちゃんが強くなれば、風達の身の安全にも繋がるのです。遠慮なく使っちゃっていいのですよー」
「すまん! よし、店主、買った。このルビーで間に合うな?」
「はい、確かに。毎度ありー!」

とりあえずアイアンダガーでいいや。
だって俺、アイアンダガー大好きだもん!

というのは一刀の強がりであったが、如何せん35貫もの不足である。
生活費も考えると、パーティメンバー1人につき5貫ずつ借金を申し入れても足りないくらいなのだ。
狩り場がBF15なのであれば、どうしてもミスリルダガーが必要なわけではない。

(なんとか『試練の部屋』の前までに、お金を貯めないと……)

パーティメンバーや季衣達にも、結局お金を貸してくれと言い出せなかった一刀。
安易に借金を申し込めるようになるのはあまりいい変化とは言えないが、それでも時と場合による。
命が掛かっているのだし、返すあてもあるのだから、皆に頼めばきっと貸してくれただろう。
桃香や雪蓮、祭や冥琳に借金の申し込みをすることだって出来たはずだ。

エロス関係以外では、まだまだ気弱さが出てしまう一刀の今後に期待したい。



報酬を山分けしたばかりで、パーティのプール金には余裕がある。
そこで、『試練の部屋』への備えを前もってしておくことにした一刀達は、大神官に油の作成を依頼するために救護院に向かった。

いつものパフォーマンスを終えた大神官のMPは空に近かったが、彼は毎日一定量の薬を作っているので、個人の依頼を引き受ける時にはMP回復するための『秘薬』が必須となる。
逆にその代金さえ支払えば、彼は自らの疲労には頓着せずにいつでも依頼を引き受けてくれるのだ。
一方的にぼったくりだと思っている一刀は、少し反省すべきである。

≪-絵粉-≫

大神官の呪文で、『ハツガンオイル』が1個ポップした。
名称の由来はよくわからないが、この油を武器に塗れば一時的に武器が強化されるとのことである。

(それにしても、消耗品に1個5貫はないよな……)

呪文を唱えるだけでポップする物体に、全部で25貫も支払わなければならないことに、やはり釈然としない一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者

STR:14
DEX:23(+4)
VIT:15(+1)
AGI:21(+4)
INT:17(+1)
MND:12(+1)
CHR:17(+1)

武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:63
物理回避力:76(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:14貫300銭



[11085] 第四十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 14:57
ムーンプリンス一刀の迷宮探索占い

パーティメンバーの掌を、パーティリーダーが右手の人差し指で順番に押していく。
この時、パーティリーダーは仲間意識を強く持つことが重要である。
但しこれは、エリアが変わるごとに行わないと効果を発揮しない。
よって階層が変わる時や『試練の部屋』に入った時には、必ず行わなくてはならない。



おまじないだと言ってパーティシステムを説明している一刀に対し、蓮華のパーティメンバーは「何を言ってるんだ、コイツは」的な目を向けていた。
その様子をみて、無理もないなと星達は思う。
自分達だって実際に体感していなければ、いくら一刀の言葉とはいえ容易には信じられなかったであろう。

いまいち信用されていないことがわかったのだろう、一刀は星達にも話を振ってきた。

「せ、星達だったら解るだろ。最近俺が色々触ってたのは、このおまじないの効果に偶然気づいたからなんだ。色々と確かめるためだったんだよ。きっと太祖神が俺達に授けてくれた祝福的なものなんだって、たぶん」
「あんた、そんなことが軽犯罪の言い訳になると思ってるんじゃないでしょうね?」

と憎まれ口を叩く桂花も含め、星達は一刀の言っていることが本当だと解っていた。
それだけ『七人の探索者』効果を実感していたからだ。

一刀がこのことを蓮華に教えたのは、それなりの熟慮の結果である。

今まで試した所、全て能力アップ系の効果であり、一刀の想像を超えるような種類のものはなかった。
しかもそれらは、『七人の冒険者』を超えるようなチート効果でもない。
つまりパーティ効果の有無が極端な違和感となり、死の原因となる可能性は限りなくゼロに近いと考えたのだ。

体感ではっきりと効果がわかるようなボーナスがあまり出なかったということは、仲互いの原因にもなりにくいということである。
実際、プラシーボだと言えばそうかなと思う程度の効果であることがほとんどだったのだ。
上がり幅が数値で出ないのならば、『きずなw崩壊ファンタジー』事件にはなり難いであろう。
逆に言えば、実際の効果が定量的に証明出来ないので、情報としての換金が難しいのであるが。

もちろんこの一刀の決定には、色々と不備がある。

もし一刀の予想も出来ないような効果が出たらどうするのか。
もっとちゃんと考えれば、換金出来たのではないか。
絶対に『きずなw崩壊ファンタジー』にならないとは言い切れないのではないか。

だが、なにしろ一刀には時間がなかった。
一刀達の『試練の部屋』への挑戦が間近だったこともそうだが、蓮華達は今回の迷宮探索の最終日に『試練の部屋』へと挑むプランなのだから。
つまり彼女達は、自分達が加護を受けることでよりギルドの注目を引き寄せたいという考えだったのである。

である以上、一刀の性格から考えても、蓮華達が生き残る可能性を高める手段があるのを知っていて黙っておけるわけがない。
蓮華も一刀の説明自体には半信半疑であったが、それでも言われた通りに試してみた。
一刀の語り口調が真剣だったこともあったし、星達が当然のようにそれを実行していたからでもあった。

NAME:蓮華
LV:13
HP:212/192(+20)
MP:0/0

一刀にはHPの増加しか確認出来なかったが、それなりの効果も出たらしく、蓮華は不思議そうに腕を回したり飛び跳ねたりして、露わになっている下乳を弾ませていた。
だが重要なのはそこではなく、蓮華のLVである。
彼女のLVは『テレポーター設置クエスト』の当時と変わっていなかったのだ。

頻繁に会っている小蓮が、当時LV12だったのがLV13に上がっているのは知っていた。
ちょうどクエの頃に彼女は魔術師としての才能に気づいたため、前衛から後衛に移ったせいでEXPの取得が上手く行かずにLVアップが遅いのかと思い、何回か助言もしていたのだが、蓮華のLVに変化がないところを見ると、どうやらLV上げ効率の悪さが原因であったようだ。

はっきり言えば、この程度のLVでは『試練の部屋』どころかBF15だってまだ早い。
今回の迷宮探索に赴く前の顔合わせで彼女達のLVを見た時、一刀は正直に蓮華達の実力不足を告げてこの計画を中止しようとした。
しかし一刀に言われるまでもなく、彼女達自身もそのことをわかっていたのだ。

「それでも私達は、今回の探索で加護を受けなければならないの」
「無謀過ぎるだろ、それ。命は大切にしなきゃ」

一刀の言葉に、蓮華の傍に控えていた少女が険しい表情で怒鳴りつけた。

「誰のせいだと思っている!」
「思春、止めなさい!」
「どういうことだ?」
「……あんまり言いたくなかったのだけれど、貴方がPLをギルドに伝えたせいでね。そのせいで、時計の針が随分と早回りしてしまったのよ」

詳しいことは話せないし、私達の問題なのだから貴方が責任を感じる必要はない。
でも今更貴方に合同での探索を断られたら、他のパーティを探す時間なんてどこにもない。
どうしても貴方が否であれば、私達は単独でBF15を目指すが、出来れば協力して欲しい。

そう言われてしまうと、さすがに断り切れない一刀なのであった。



「それにしても、BF11、12に随分と人が多かったな」
「ギルドの短期育成を真似るクランが出てきたからよ」

それだけではなく、パーティを組んでいる剣奴の数もそれなりに多かった。
BF11だとドロップ品がそれまでより高額なため、BF10でソロで金を稼ぐよりも効率が良いからであろう。
古参の剣奴と比べ、PLによってLVを引き上げられた剣奴は、自身の身を買い戻す希望を失っていないこともあったし、LVが上がることによってテレポーター警備の負担が軽くなったことも、自由時間に剣奴達が迷宮探索をするようになった要因の1つであった。

蓮華が思わせ振りに言っていた、時計の針うんぬんの話は、こういう変化のことを示しているのかもしれない。
だが今はそんなことよりも、蓮華パーティの効率良いLVアップ方法を考えるべきである。

迷宮探索期間は定めていないが、最終日に『試練の部屋』へ挑戦することだけは決定している。
それまでに最低でもLV15には届いていないとまずいだろう。
LV15ならOKだという根拠はないが、『試練の部屋』がBF15に存在しているからには、少なくともそれ以下のLVでは足りていないことだけは間違いないからだ。

蓮華達のLVが低いからといって、チーム編成を変更して一刀達の中に2,3人ずつ混ぜるという案は、あまりよろしくない。
なぜなら、1,2程度のLV差ではPLもほとんど効果が見込めないし、『試練の部屋』に挑むチームでLV上げしないと、連携が疎かになるからだ。

そうなると正攻法でLV上げするしかないのだが、LV13の彼女達に移動狩りは厳しい。
移動狩りというのは、基本的には格下相手の戦術なのだ。
格上相手であれば、待ち構える方式の方が戦いやすい。
だがネックはハイオークの存在である。
釣り方式と魔術師系モンスターの相性は、最悪に近いからだ。

色々な要素を考えた上で、一刀は今回の狩り方式を決めた。



「はっ!」

小柄で俊敏な体を持った少女・明命が、クナイを投擲する。
明命の放ったクナイは狙い違わずオークに命中し、そのまま蓮華達の待つ一角へと敵を引き寄せることに成功した。

「それっ!」

星チームの釣り役は、白蓮である。
非個性的なのが最大の個性である彼女は、なんでも平均点以上にこなせる優等生だ。
馬上で扱うような半弓を引き絞り、狙いを定めて放つ白蓮。
しかしその矢は、リザードマンを掠めて壁に突き刺さり、傍にいたハイオークの注意まで引いてしまった。

リザードマンに追われて逃げる白蓮に向い、ハイオークが詠唱を始める。
その呪文はしかし、最後まで紡がれることはなかった。

「えーい!」
「とりゃー!」

季衣と流琉の同期攻撃で、左右からの鈍器に押し潰されるハイオーク。
そんなハイオークに向かって突っ込む一刀を、桂花の呪文が後押しする。

≪-砂の加護-≫

桂花の唱えた魔術の効果で更に速度を上げ、ダガーごと勢いよくハイオークにぶつかる一刀。
その衝撃で一刀もハイオークも、お互いに動きを止める。
だが一刀の右腕だけは、ハイオークに出来た傷口と同じ場所を更に2回抉った。
インフィ「複数回攻撃!」……まぁ、例の武器スキルである。

立て続けに必殺技攻撃を受けたハイオークは、さすがにNAMEを黄色くしてフラついていた。
その隙にいつものフォーメーションでハイオークを挟みこむ一刀達。
敵が流琉の方を向けば季衣が攻撃し、敵が季衣に襲いかかれば一刀が防いで流琉が攻撃する。

常に背後から殴られることになったハイオークは、満足に呪文を詠唱することも出来ずに、無念の雄叫びを上げて塵に還ったのであった。



一刀が狩場として定めたのは、『帰らずの扉』やBF16への階段に近い大広場である。
もしこの階層にテレポーターを設置するとしたら、恐らくここが選ばれていただろう。
そのくらいの広さがあり、3パーティでも十分に狩りが可能であった。

3パーティのうち、拠点を定めているのは星チームと蓮華チームだけである。
一刀チームは広場内を移動しながら敵を狩っていた。

一刀は釣り方式の2チームと移動狩りの1チームで分けることにより、移動狩りチームでハイオークの処分をしようと考えたのである。
本来であれば広い場所での移動狩りなど無謀もいいところであるが、3パーティが狩りをすることで敵の密度が下がり、移動狩りチームが複数の敵に襲われることもそれほどなく、襲われた時には釣りチームの拠点まで引っ張って協力して殲滅することも出来た。

蓮華チームには、BF15では比較的弱いオークやマッドリザード、キラービーを狙う様に指示を出していた。
敵の選別も大広場であればこそ可能なことだ。

更に狩りのペース自体も、先日とは打って変わって全力に近い。
普通はそんなことをすれば体力の消耗も激しくなり、それは簡単にストレスへと変わって迷宮滞在期間が極端に短くなってしまう。
だが、今回はその問題に対する解決策もあった。

≪-其静林如-≫

1日に1度の荷運びの時以外にも可能な限り穏に来てもらい、精神を落ちつける魔術を掛けてもらうことにしたのだ。
こうして昼は全員で広場でLV上げをし、夜は前回の場所をキャンプ地にして交替で野営を行う一刀達。
LVの低い蓮華達には、今回最も頑張ってもらわなければならないため、野営時の見張りは免除して休むことに専念させた。

こうして一刀達は、前回の倍近いペースで狩りをすることが出来たのであった。



「それにしても、一刀殿のおまじないの効果は凄いな。なにやら身が軽く感じられるぞ」

興奮して一刀に話しかける白蓮。
前回パーティ効果の恩恵に与れなかった彼女だったが、今回は星チームでパーティ登録をしていた。
その発言から、おそらくAGIが上がっているのだろうと推測される。

「ふむ、確かに身は軽く感じるのですが……」

一方、納得のいかないような顔をしている星。
恐らく『七人の探索者』を基準に考えてしまっているため、パーティ効果が物足りないのであろう。

なんというか、彼女達のその温度差が悲しい一刀。
だが、一刀にとっては更に悲しい出来事があった。

(4人パーティにしては効果が高くてラッキーだったけど、ロリコンって……)

自分は幼女が好きなわけではなく、幼女も好きなだけだと憤慨する一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:15
HP:247/206(+41)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:3084/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、桂花
パーティ名称:U.N.ロリコンは彼なのか?
パーティ効果:ALL1.2倍

STR:14
DEX:23(+4)
VIT:15(+1)
AGI:21(+4)
INT:17(+1)
MND:12(+1)
CHR:17(+1)

武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:63
物理回避力:76(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:14貫300銭



[11085] 第四十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/14 19:06
(ふっ、とうとう私の武も白蓮殿に追い越されてしまいましたな)
(白蓮ちゃんの智謀には、風達も敵わないのですよー)
(おーっほっほっほ、白蓮さんはわたくしなどよりも、遥かに都市長に相応しいですわ)

「うふ、うふふふ……」

幸せそうに眠っている白蓮を眺め、一刀は心からほっとしていた。
白蓮の頭上に燦然と輝くLV表示が、ようやく16へとアップしてくれたのだ。

今度一緒に神殿に行ったら、みんなで白蓮を胴上げしよう。
そう思いながら、同じく寝ている蓮華に視線を移す一刀。
蓮華のLV表示も、その数値を2つほど上げていた。
当初そのLVの低さが心配された蓮華だったが、EXPが溜まっていたのだろう、初日の移動時にLV14へと上がり、3日目を終えて早くもLV15になっていたのである。

ちなみに、一刀も白蓮より僅かに遅れてLV16へと上がっていた。
本格的なLV上げが2日目からであったことを考えると、その狩りのペースは驚異的である。

パーティの要である蓮華は、敵の注意を引いて攻撃を一手に引き受ける。
同じ守備タイプの流琉でも、蓮華ほどの巧みさはない。

そして蓮華に足りない攻撃力を補うのが、思春の役割である。
見た目通りの苛烈な攻撃で、重い1撃を敵に加えていく。
季衣よりも手数が勝る分だけ、敵に与えるダメージも大きいであろう。

その蓮華を補助して敵の攻撃を支え、時には思春と共に敵に攻勢を仕掛けるのが明命である。
彼女の特徴はスピードであり、どうしても季衣の守りに比重が多くなりがちな一刀とは違って、遊撃の見本とも言える立ち回り方であった。

そんな3人をサポートする小蓮の存在も重要である。
魔術に目覚めるのが遅かったせいか、はたまた他の要因からか、小蓮は土系統以外の魔術が現状では上手く扱えなかったが、それでも彼女の価値は下がらない。
前衛に補助魔法を掛けた後、彼女は魔術師らしくない身体能力を活かして手矢を放ち、敵に隙を作り出すのである。
投擲技術も素晴らしいが、敵と前衛3人の動きを完全に見切っているあたりに、雪蓮や蓮華との血の繋がりを感じさせる。

そして後ろから戦況を見通すのが、目つきの悪い魔術師・亞莎である。
外見と比べて若干服装が背伸びしている少女であったが、実力は確かであった。
風の魔術で敵を弱体化し、火の魔術で敵を打ち破るその攻撃的な魔術は、確実にパーティ戦力の底上げに繋がっていた。

そんな5人が、息を合わせて敵に立ち向かっているのである。
多少LVが低かろうがそんなものは関係ない、ということを証明するかのように、一刀チームや星チームと同等かそれ以上の戦果を上げていたのであった。



「ちょっとあんた、サボってんじゃないわよ!」
「わ、シーッ、皆が起きちまうだろ」
「いいからさっさと来なさい。眠ってる女の子をニヤニヤ眺めてるんじゃないわよ。妊娠させるつもりなの?」
「んなわけあるか! っと、いけね」
「まったく、ちゃんと見張りしなさいよ」
「わかったわかった、悪かったよ」

とはいえ、昼間に全力で戦っていたせいで、何かで気を逸らしていないと眠ってしまいそうだった一刀。
感覚の鈍い一刀ですらそうなのだから、季衣達は更に辛いであろう。
そして最も辛そうなのが、先ほどから口だけは元気な桂花である。
いや、辛いからこそ口を動かして紛らわせているのだ。

NAME:桂花
LV:15
HP:186/155(+31)
MP:45/178(+35)

いくら強がっていても、そのMPで桂花の状態は一目瞭然である。

「なぁ、桂花だけ先に休んでてもいいんだぞ? さすがに俺1人じゃ無理だから季衣達には付き合って貰うとして、お前はもう限界に近いだろ?」
「ふん、あんたなんかに気遣われたくないのよ。いいから黙って見張りをしなさい」

(……これだけは使いたくなかったけど)

「季衣、ちょっと来てくれ。まだ頑張れるか?」
「うん、ボクまだ平気ー」

その言葉を聞いて、一刀は季衣をパーティから外した。
その瞬間、パーティ効果が無くなったことにより『MP:37/178』になった桂花。
体をぐらつかせて倒れそうになった桂花を、一刀がしっかりと支えた。

MPが約2割しか残っていない状態で、しかも完全に不意打ちである。
僅か8のMP消費とはいえ、精神への負荷は大きかったのであろう。
桂花は昏睡状態に陥ってしまったのだ。

一刀はそのまま桂花を抱いて(本来ならば念を押す必要もないことだが、対象が一刀なので一応追記しておくと、性的な意味ではない)、蓮華の隣に寝かせた。
そして季衣をパーティに戻すと、MPが元に戻ったせいか桂花も安らかな寝顔になったのであった。



夜半過ぎに星チームと見張りを交代し、4日目の朝になった。

「おい、貴様! もっと離れろ、痴漢め!」
「思春、いい加減になさい! 迷宮内なんだから、一刀に着替えを見られたくらい気にしないわ」

一刀は朝っぱらから思春に怒鳴りつけられていた。
寝起きでボーっとしていた一刀は、目の前で着替えている蓮華を眺め続けてしまい、それを思春に見咎められたのだ。

だが蓮華を始めとする皆の非難の目は、思春の方に向けられていた。
そんなことで怒る思春の方が、迷宮内では非常識なのである。
なぜなら、用足しならばともかく着替えを見られたくらいで恥ずかしがっていては、迷宮探索など行えないからだ。
自分で治療出来ないような手傷を負ったら、仲間に傷薬を塗ってもらうのだから、それも当然である。

尤も、ならば一刀は女の子の着替えをマジマジと見ていいのか、という話とは別問題であるが。

ともかく、思春だって「着換えぐらい」的な考え方の、ごく一般的な探索者のメンタリティは持っている。
一刀が目を逸らさなかったのは褒められた行為ではないが、逆に仲間の裸くらいで戸惑ってあたふたしてしまう方が問題であることは、思春にも解っているのだ。
それでも一刀に突っかかってしまう辺り、思春の一刀に対する敵意には根深いものがある。

そのことは、今までの蓮華と思春のやり取りから一刀も察していた。
思春自身も筋違いの怒りであることを理解しているのだろうことは、容易に想像がつく。
それでも自分に敵意を向けてしまう彼女に、一刀はむしろ好感を抱いていた。

(よっぽど蓮華のことを大切に思ってるんだな。……それに、なんといっても褌少女だし! 多少のことは全然OK!)

その一刀の懐の深さには、感嘆の念を禁じえない。



一刀と思春はチームが違うため、必要以上にギスギスすることもなく、それから更に3日が過ぎた。
前回はここで帰路についたことからもわかるように、そろそろ迷宮に滞在するのが精神的に辛くなってくる頃合である。
穏の魔法効果はあるが、それはハイペースでの狩りと相殺であろう。
特に一刀は今日が祭との情事の日なので、帰りたいなぁ、帰らないのかなぁ、とそわそわしっぱなしであった。

狩り自体は順調に進んでいて、一刀達は蓮華PTも含めて全員がLV16になっていた。
LV16と言えば、後衛が新しい魔術を覚えるのではないかと一刀が予測を立てていたLVである。
そしてその予測の通り、彼女達は新しい魔法を覚えていた。

『試練の部屋』に挑むには、丁度いいキリであろう。
だからといって一刀は、蓮華達が今すぐ『試練の部屋』に行けばいいのに、などとは全然思っていない。
出来るだけLVを上げ、連携力を高め、スキル熟練度を上げてから挑んだ方がいいに決まっているからだ。

(仕方ない、今週の逢瀬は諦めよう……。あ、でも冥琳だったらボウガンのメンテ日なんて関係ないかな。いや、雪蓮は普段通りに行動して欲しいっていってたし、もし冥琳の部屋に行ったら彼女達の作戦の邪魔になるかも。やっぱり諦め……るのか? うーん……)

と、潔く煩悩を絶つ一刀。
今日の物資を受け取ろうと、『帰らずの扉』で穏と祭の到着を待った。
ところが、いつも来ている穏と祭だけではなく、今日は雪蓮と冥琳も姿を現したのである。

「一刀、貴方最高よっ! んー、ちゅ、ちゅぱっ、ちゅっ」

いきなり一刀に走り寄り、そのまま抱きしめてキスの雨を降らせる雪蓮。
皆があっけにとられる中、冥琳が雪蓮を引き剥がした。

「おい、雪蓮。いい加減にしろ。浮かれ過ぎだ」
「いいじゃない。一刀のおかげで、ようやく孫策様の加護スキルが発揮出来るようになったのよ! これで華琳ちゃんや桃香ちゃんにも負けないわ!」

加護スキルは、祭壇で加護を受けた時に自ずと理解出来る仕組みになっている。
雪蓮の加護スキルは、『仲間の力が己の力となる』というものであった。
ところが、このスキルの効果が今まで全然発揮されていなかったのである。

雪蓮だって、伝説に残る曹操・劉備と肩を並べる孫策の加護が、他の2人に比べてしょっぱ過ぎるとは思っていた。

冥琳達とパーティ行動をとった。
蓮華達をそれに含めてもみた。
他の者と組んだりもした。

考えられる限りのことを試し、全て上手くいかずに諦めかけていた時、蓮華達から『おまじない』の報告を受けたのである。
その間の抜けた言葉の響きに失笑しながらも、物は試しと実行してみて驚いた。
パーティ登録人数が増えれば増えるほど、自分の攻撃力が増していくのが実感出来たのだ。
雪蓮は今、かつてないほどに興奮していたのであった。

一方それを素直に喜べないのが冥琳である。
いや、冥琳とて雪蓮の飛躍は嬉しい。
だがなぜ一刀にパーティ登録のやり方がわかったのか、その疑問が彼女の歓喜に水を差す。
さすがに『おまじない』で誤魔化される冥琳ではなかったのであった。



(蓮華達、パーティ登録のことを話しちゃったのか。そう言えば、口止めしてなかったしなぁ。まぁ別に知られても困らないからいいや)

一刀の中ではパーティシステムを公開した時の問題点は解決済みであったし、剣奴から脱却出来た今となってはそんなに金に拘っていない。
もちろん貰えるものなら貰いたいし、装備品を買う金も必要なのだが、身を買い戻そうとしている時に比べると必死さの面で雲泥の差があったのだ。

それに、あの時とは隠している内容が全く違う。
EXP取得システムは、知らない人は安全マージンが大き過ぎるために効率が悪くなるだけで、命がどうこうには繋がり難い。
だがパーティシステムは、そのパーティ効果の有無が直接命に関わる可能性が高いのである。

一刀は、命に関わる情報を金額で交渉するつもりは毛頭ない。
金を貰えればラッキーだが、貰えなくても情報を渡さないという選択が出来ないのだ。
それが一刀の限界であった。

(いっそこのまま口コミで広まってくれれば、そっちの方が楽でいいな)

ぼんやりとそんなことを考えている一刀に向かって、冥琳が尋ねかける。

「一刀、お前はいつからこの仕組みを知っていた? どうして解ったのだ?」
「知ったのは偶然だよ」
「出来るだけ詳しく説明して欲しいのだがな」
「えーっと、あーっと……」

別に答える義務はないのだが、先週体を重ねたばかりの冥琳の問いである。
彼女に嫌われたくない一刀は、自分の特異性を隠したままで答えることが出来るか脳内でシミュレートしてみた。

(実は、祭さんといちゃいちゃしてた時、偶然乳首を押したら力が溢れ出したんだよ)
(なんと?! 儂は全く気づかなかったぞ?)
(効果が遠距離攻撃アップだったからな。実際に撃ってみないとわからないって)
(……それをなぜお主は気づけたのじゃ?)
(そ、それは、あー、ほら、射精の勢いで……)

無理だー!

無言で考え込んでいたと思ったら、いきなり頭を抱えてしゃがみ込む一刀を見て、冥琳はさりげなく距離を取った。
そんな冥琳と一刀の間に雪蓮が割り込んだ。

「一刀、ひとつだけ教えてくれない? いつから秘密にしていたのか知らないけど、それを蓮華達に教えてくれたのはなぜ?」
「そりゃ、蓮華達が今回『試練の部屋』に行くって言ったから……」
「ほらね、冥琳。これでもまだ一刀を疑うの?」
「……私だって、疑っていたわけではない。だが、お前が隠しておきたいと思っているだろうことを、不躾に聞いてしまったのは謝罪しよう。済まなかったな、一刀」
「一刀、貴方に秘密があってもなくても、私達は気にしないわ。秘密を打ち明けることだけが信頼の形じゃない。貴方は行動を以て信頼に足る人物だということを示しているのだから、それで十分よ」

雪蓮のキスから始まって、信頼どうこうの話に急展開されたため、一刀はいまいち話についていけなかった。
それでもなんだかいい方向に話が進んでいることは理解した一刀は、沈黙は金とばかりに口を噤む。
己のうっかりスキルに対しても対応策を編み出した一刀に、死角はなかった。

「ところで姉様、それを言うだけのために、わざわざいらしたのですか?」
「そんなわけないでしょ。いよいよ時期が来たのよ。貴方達には今日の真夜中辺りに『試練の部屋』に挑戦して貰いたいと思ってるの。いける?」
「もちろんです!」

「ふむ、ではそれまで我等が野営の見張りをしましょう。蓮華殿のパーティは、ゆっくり休息を取られよ」
「本当は私達で見張ろうと思っていたのだけど、お言葉に甘えさせて貰うわ。ついでに、それまで一刀を貸して貰えないかしら。一刀さえ良ければ、おまじない効果のお礼をしたいのよ。どこへ行って何をするかは、その時までのお楽しみね」

「一刀殿、どうなさる? 折角の申し出ですし、私は行かれたほうが良いかと思いますが。野営の見張りだけならば、一刀殿が抜けても平気でしょう」
「うーん、でも雪蓮はほら、例の賭けを知ってるだろ、ギルドとのやつ。あれ、PL禁止って約束があるんだよ。下手に疑われてもまずいしなぁ」

「そんなの、蓮華達と合同で狩りをしている時点でギルドを敵に回すも同然の行為なんだから、今更気にしても無駄よ」
「薄々そうじゃないかとは思ってたんだけどな。……よし、星達がいいなら行ってくるよ。お礼ってのも気になるし、色々と勉強になりそうだし」

(もしかして、迷宮内5P?! いや、さすがにそれは危険かな。恐らく交替で口を使って……)

先達の雪蓮達から迷宮内での新たなノウハウを学び、今後の糧にしようと張り切る一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:16
HP:220/220
MP:0/0
WG:55/100
EXP:1988/4250
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
パーティメンバー:雪蓮、冥琳、祭、穏、一刀
         _  ∩
パーティ名称: ゚∀゚)彡
          ⊂彡
パーティ効果:近接攻撃力+20、遠隔攻撃力+20、魔法攻撃力+20

STR:16
DEX:24(+4)
VIT:17(+1)
AGI:22(+4)
INT:19(+1)
MND:14(+1)
CHR:19(+1)

武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:74
近接命中率:63
遠隔攻撃力:92
遠隔命中率:61(+3)
物理防御力:65
物理回避力:80(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:14貫300銭



[11085] 第四十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/09/30 21:32
攻撃力+20の効果は、どのくらい凄いことなのだろうか。

ダメージ計算式の存在を無視、あるいは簡略化して、おおざっぱに計算してみよう。
一刀の攻撃力が80から100に上がったとする。
そして敵の防御力を考えなければ、HP400の相手に普段なら5回殴らないと死なない敵が4回殴るだけで死ぬことになる。
更に敵の防御力が70だったとした場合、同じ相手に普段なら40回のところが14回で済む。

もちろん実際には、複雑な計算式が存在しているのだろう。
攻撃力がそのままダメージになるかどうかなど、相手のHPがわからなければ確認のしようがない。
そして、少なくとも防御力が攻撃力からそのまま引いている上記の計算だけは絶対に違うと言い切れる。
なぜなら、攻撃を当てる場所によって手応えが違うからである。
一刀だって殴られる場所によって受けるダメージが違うのだから、当然の話だ。

リザードマンを例に出そう。
一刀は獲物が短剣であり、また敵に接近していることもあって、鱗の隙間を狙って攻撃することが出来た。
星や白蓮などは、攻撃が鱗に弾かれることも度々あった。
季衣や流琉の武器では、鱗の隙間を狙うことなど不可能である。

このように攻撃方法や攻撃箇所によって、敵の防御力は流動的になっているはずなのだ。
もしくは敵には防御力が存在しない、つまり攻撃部位や攻撃方法で変化する係数を自身の攻撃力に掛けるシステムであるのかもしれない。
この場合、ポイズンダガーでの防御力低下はつまり、攻撃部位の係数を増やす効果だったと考えられる。

具体的な数値で例を挙げると、次の通りである。

鱗の部位係数0.2×星の攻撃力200=与ダメ40(序盤)
鱗の部位係数0.3×星の攻撃力200=与ダメ60(ポイズンダガー効果)

仮にこのようなダメージ算出方法だったとした場合、武器の違いやLVの違いでのダメージ効率が大幅に変わっても、その差が手数で補える可能性が高い。
それは極端な話をすれば、LV1でブロンズダガーを使用していたとしても、時間を掛ければ魔法生物以外の敵ならば倒せるということだ。
もちろんLVアップによる身体能力の強化分なしでこちらの攻撃を当て続け、敵の攻撃は全て避けるという話になるため、机上の空論ではあるが。

逆に防御力が一定値で存在するのなら、攻撃力の差が絶対的な差になってしまい、手数を増やしても無駄であろう。
だが前述したように、恐らくそれはないと考えられる。
そのことは、『テレポーター設置クエスト』で格上相手にこちらの攻撃が通用したことや、対魔法生物戦闘時にオーガやヘルハウンドを苦戦しつつも倒せたことからもわかる。

結論を言おう。
現在LVが1上がるごとに攻撃力+3されているステータスで考えると、では攻撃力+20になったらLV7上の相手と対等なのかと言えば、そうではないという話なのである。
つまり攻撃力の増加だけでは、戦闘で圧倒的に優位な状態にはならないだろうということだ。

「あっははは、弱い、弱いわ!」

(攻撃力の増加、だけでは、……あっれー?)

「一刀、なにをぼさっとしている。武器くらい構えろ」
「まぁ一刀の気持ちはわからんでもないがのぉ。ああまで雪蓮殿に無双されると、儂もいまいちやる気が……」
「いつも倒すのに数分以上かかるオーガがぁ、あっという間に雪蓮さんに倒されてますぅ」

そう、雪蓮の加護スキルは、まさにチートと呼ぶのに相応しい性能であったのだ。
この様子からみて、攻撃力の増加率は倍ではきかないであろう。

(俺、『祭壇到達クエスト』が終わったら、探索者を卒業するんだ……)

今まで地道に上げてきたLVは、一体なんだったのか。
そう一刀がそう思ってしまうのも当然であろう。

「やはり孫策様の加護は凄いな」
「うむ、華琳や桃香にまったく引けを取っておらん。まぁ、あやつらも規格外じゃがな」
「そういえば、桃香の加護スキルはみたことあるけど、華琳のは『吸魔』とかくらいだな。そんなに凄いの?」
「華琳さんの真価はぁ、戦闘時のスキルなんですよぉ。他は余技のようなものなんですぅ」
「彼女は常に相討ちを狙って攻撃するのだ。自分が傷つこうが一切お構いなしでな。なぜだかわかるか?」
「冥琳の話は回りくどいのぉ。要するにあやつは、敵に負わせた手傷の分だけ自分を回復させることが出来るのじゃ」
「うわっ、ずるっ!」
「でもぉ、自分が斬られる痛みを無視して敵を攻撃する精神力なんてぇ、さすが曹操様の加護を受けるだけのことはあると思いますよぉ」

そうこう話してるうちに、雪蓮が最後の1匹を斬り倒し終えた。

「ほら、時間がないんだから、さっさと行くわよ!」
「どこに行くんだよ?」
「着いてからのお楽しみよ。さ、早くっ!」

こうして一行は、BF16を突き進んで行くのであった。



「それにしても、ガーゴイルやスライムって全然アイテムを落とさないな」

オーガのドロップアイテムである『ミスリルインゴッド』や、ヘルハウンドのドロップアイテムである『滑らかな皮』を拾いながら呟いく一刀。
その疑問の答えは、すぐに解決した。

「よし、やっと出たわ。一刀、はいこれ」

雪蓮が一刀に渡したもの。
それは、ガーゴイルのドロップ品『魔法の鍵』であった。

「この鍵はね、BF16以降にある宝箱を開く鍵なのよ。なかなかドロップしない貴重品なんだから」
「宝箱なんてあるんだ?」
「ええ。トラップが仕掛けられてて、熟練の技能を持っている者でも開けるのは難しいの。だけど、この鍵を使えば誰にでも開けられるのよ」
「開けた人物によって中身が変わるという噂だからな。それで、わざわざお前に来てもらったんだ」
「さてと、それじゃ今度は宝箱を探しに行くわよ。BF16とBF17の沸き場所は全て把握してるから、そこの確認だけならそんなに時間はかからないわ」
「沸き場所? 宝箱って、ポップする仕組みなのか?」
「うむ。さすが古の神々が作りし迷宮なだけあって、不思議なものじゃ」
「私は底意地の悪い迷宮だと思うけどね。それよりも一刀、もしBF16やBF17に宝箱がなかったら、今回は諦めてね。さすがにBF18以降を探す時間はないわ」
「ああ、わかった」

一刀の期待からは大きく外れたお礼の内容だったが、宝箱という響きにドキドキしたものを感じる一刀だった。



魔法生物のドロップ率は、非常に悪いのだという。

ガーゴイルのドロップ品は『魔法の鍵』であった。
ではスライムのドロップ品は、一体何であろうか。

「おぉ、これはまた珍しいのぉ。一刀、これが『スライムオイル』じゃ」
「なにそれ?」
「武器や防具に塗れば、耐久力が回復する魔法の油だ。それもお前が持って帰るといい」
「使ってもいいですしぃ、売っても結構な金額になりますよぉ」
「いや、貴重なものなんだったら、そっちで使ってくれよ。雪蓮の『南海覇王』とかには必須アイテムなんだろ?」
「その気遣いは無用じゃ。儂らクラスの武器になると、耐久度なんてめったに落ちぬからの」
「……あれ? じゃあ祭さんは、なんで毎週俺と一緒に弓のメンテナンスをしてるんだ?」
「そ、それは、お主の……あれじゃ、うー、手入れは儂の趣味なんじゃ! 男が細かいことをうだうだ言うでないわ!」

成熟した大人の女である祭の見せた可愛らしい一面に、クラクラする一刀。
そもそもここまでの道中でも、4人の魅せた攻撃力は凄まじかった。

剣を振るう度にブルンブルンする雪蓮の乳。
呪文詠唱を行う時の、やたらと色っぽい冥琳の表情。
自らの九節棍を胸に当ててしまう度に上げられる穏の嬌声。
そして何かにつけて一刀にしなだれかかってくる祭の感触。

彼女達の遠隔攻撃や近接攻撃は、抜群の破壊力で一刀の脳味噌に刺激を与えていた。
そんな中で祭のこの仕草は、まさに止めの一撃であった。

「さ、祭さん、俺もうしんぼ……」
「一刀、やったわ! 宝箱があった!」
「……わ、わーい」

ワキワキしていた両手を、静かに下ろす一刀なのであった。



宝箱の中身は、今一刀が最も欲していた武器、それも魔力を持つ武器であった。
『アサシンダガー』という名前には若干抵抗を覚えた一刀だったが、それでもその性能はミスリルダガーを遥かに超えるものである。

現状のアイアンダガーからミスリルダガーに変更すると、攻撃力が+10になるのは、先日の武器屋で確認していた。
それがアサシンダガーを装備すると、攻撃力+23、DEX+2、AGI+2になるのだ。
振り具合などを確かめている一刀の手に持たれたダガーを、4人が酷評した。

「……なんか、如何にも血を吸ってますって感じだわね」
「ああ。毒々しい赤茶けた色合いがまた、呪われてそうだな」
「手に持っただけでぇ、人を殺したくなっちゃったりしてぇ」
「うむ。しかもそれが一刀ならば、尚のこと危ういぞ。なにせあやつは、相手が泣いて許しを請うても、情け容赦のない男じゃからな。のぉ、冥琳」
「な、なにを馬鹿なことを!」
「ほほぉ。もうらめぇ、許してぇ、などと泣き叫んでいたのは……」
「なになに、なんの話? もしかして冥琳……」
「雪蓮、時間がないんだ! さっさと戻るぞ!」
「私もぉ、話の続きが気になりますぅ」
「ちょっと冥琳、待ちなさいよ」
「まったく、単独行動は危険じゃというに……」
「祭さんが原因じゃないですかぁ、あぁん、待って下さいよぉ」

(もっとこう、キャー、一刀素敵! みたく4人に揉みくちゃにされてもいい場面なのに……)

手に持った禍々しいダガーをじっと見つめて考え込む一刀だったが、そのまま4人に置いて行かれそうになり、慌てて皆の後を追いかける一刀。
その時、彼の視界の隅を白い影が横切った。

「ヘルハウンド! ……じゃないな、なんだ?」
「みんな、待って! 一刀、どうしたの?」
「ああ、なんか変な影が。ちょっと待ってくれ……」

その影には、NAME表示もない。
気になった一刀が傍に寄ってみると、それはなんと猫であった。

(なんでこんな所に猫が?!)

とりあえず連れて帰ろうと、猫の後を追いかける一刀。
猫の移動スピードは異常に早く、たちまち一刀との間に距離が開いてしまう。
そして、猫の進行方向にガーゴイルの姿が見えた。

(しまった! 間に合わない!)

猫がぐしゃりと潰される姿を想像して思わず目を瞑る一刀。
だがガーゴイルは猫にまったく反応せず、猫も何事もなかったかのように走り去って、
彼の視界から消えてしまった。

「……なんだったんだ?」
「どうしたのよ、一体」
「ああ、猫がいたんだ。どうやってこんな所まで来たんだ?」
「……ねぇ、一刀。そのダガー、本当に呪われてるんじゃない?」
「いやいや、確かにいたんだって!」
「幻覚を見たものは、皆そう言うのじゃ」
「本当なんだって!」
「わかったわかった。確かに猫はいたんだよな。うん、間違いない。よしそれじゃ皆、BF15に戻るぞ!」
「全然信じてないじゃんかっ!」

猫はいたんだ、確かにいたんだ。
そう呟く一刀から距離を置いて、雪蓮達はBF15へと戻っていったのであった。



一刀が蓮華達と合流したのは、別れてから6時間後であった。
時刻は丁度真夜中、蓮華達がいよいよ『試練の部屋』に挑む時が来たのだ。

「あんた! 私を殺す気なの? 殺す気なのね?!」
「いや、猫耳なら大丈夫かもしれないって思って……」
「馬鹿! 一遍死んで来なさいよ! いいえ、来なくていいから死んで!」

桂花を単身で敵に向かわせようとする一刀を、皆で止めるというハプニングがあったものの、その騒ぎもすぐに収まった。

「一刀殿、我等はどうします? 蓮華殿のパーティが挑むのであれば、我等だって可能なはずですが」
「もし風達も挑むのでしたら、少し休憩させて欲しいのですよー。ずっと見張りをしていたので、風は眠いのでぐぅ……」

(え、今MPが1ポイント回復した?! これってもしかして、マジ寝なのか?)

下手にツッコミを入れて、風のMP回復を妨げることも出来ない。
一刀は動きそうになる右腕を必死に抑えながら星に答えた。

「今日を入れてまだ2週間あるんだし、1週間も続けて狩りをした直後なんだから、集中力だって切れてる。新しく覚えた魔術もまだ把握しきれてないし、一度戻って休養を取って、また1週間程度の狩りで最終調整をして、戻って休養を取って、またここに来て1日キャンプして『試練の部屋』に挑むのがいいと思うんだけど、どうだろう?」
「ふむ。まぁ我々は今日中に加護を受けねばならない理由などありませんからな。安全策が取れる状況で危険に挑むのは愚行というもの。ここは一刀殿の指示に従いましょう」

この場では『試練の部屋』に挑まず、一度戻ることに決めた一刀達。
姉との抱擁を交わし終えた蓮華が、そんな一刀の目の前に立った。

「一刀、1週間お世話になったわね。お礼を言うわ」
「こっちこそ、連携のいい勉強になったよ。それに、この1週間での蓮華達の実力の伸びは凄かった。蓮華達なら、絶対に加護を受けられるって信じてる」
「ふふ、ありがとう。貴方達に加護が授けられるのを、一足先に待っているわ」

差し出された右手を、強めに握る一刀。
そんな一刀の首が、一気に120度ほど回された。

「ちゅ、ちゅる、ちろっ、ちゅぷっ」
「む、むぐ、うむぅ……ぷはっ!」
「えへへ、一刀にキスして貰っちゃった! 好きな人のキスが貰えたんだもん、シャオ達なら加護だって絶対に貰えるよ!」
「あ、ああ、シャオ達なら大丈夫だ。頑張れよ」

(……それは奪ったって言うんだぞ、小蓮)

などと、心で思っても口には出さない一刀。
そんな気遣いの出来る一刀に、神様がご褒美をくれたのであろうか。

「蓮華、貴方も一刀にキスを貰っておいたら? ご利益があるかもよ?」
「ね、姉様! そ、そういうのは、もっと雰囲気が……」
「ふふ、やっぱり蓮華も……。私や小蓮と同じ血が流れているのだから、当然よね。それじゃ蓮華の唇は、2人が加護を無事に受けた時のお祝いに取っておきましょう」
「そ、そんな……」
「へへーん、シャオなんか加護のご褒美はベッドの上であげちゃうんだから! 約束したもんね、一刀」
「あら、それじゃ蓮華も負けてられないわね」
「も、もう、姉様っ! いい加減にして下さい!」

おっぱい四暗刻も良かったが、3姉妹大三元のテンパイの気配に、思わず背中が煤けてしまう一刀。
『還らずの扉』に向かう蓮華を見つめながら、必ずツモってやると心にき……。

「あっ! 猫っ!」

一刀は、つい叫び声を上げてしまった。
5人が入り、閉まりかけた扉に飛び込む猫の姿が一刀には見えたのだ。

「え、お猫様?! どこですか!」
「馬鹿! ダメよ、明命!」

一刀の言葉に反応して、閉まりかけの扉から体を出す明命。
一瞬明命だけが取り残されたかと思い、ひやっとする一刀だったが、雪蓮に叱責された明命は間一髪で戻ることが出来た。

「ご、ごめん。なんか猫が……」
「……本当にびっくりしたわ。まぁ、5人が無事に入れたからいいけどね」

幻覚にしては随分リアルだった気がして、首を傾げる一刀。
本当にアサシンダガーに変な呪いでも掛かっているのだろうかと、ちょっと怖くなってきた。

「それよりも一刀。貴方達は今からBF11に向かうのよね?」
「ああ、そのつもりだけど」
「それじゃ、ここでお別れね。……後2週間、何があっても動揺してはダメよ」
「雪蓮?」
「とにかく貴方がさっき話していた計画通りに、この2週間を過ごしなさい。いいわね?」
「……ああ、わかった」
「それじゃ、またね。貴方に加護が授かることを祈っているわ」

「またね」と言いながらも、何やら長い別れを告げているような雪蓮の言葉に、一刀は違和感を覚えた。
そしてその違和感の正体は、半日後に一刀達が迷宮から出た直後、判明したのである。

「一刀さん、皆さん。大人しくして下さい。貴方達には雪蓮さんとそのクラン員達の洛陽逃亡補助の容疑が掛かっています」
「なんだって?! ……七乃、詳しく説明してくれ」
「こんなことになって、本当に残念です。一刀さんは、我がギルドの役に立ってくれる人材だと思っていたのですが。雪蓮さん達なんかと関わるから、こんなことになるんですよ。皆さん、一刀さん達を確保して下さい!」

七乃の言葉に従って、一刀達を拘束しようと動き出す警備兵。
その中には加護持ちも混ざっており、抵抗しても勝ち目は薄かった。
この世界に来た当初の一刀であれば、無駄に逆らうことはしなかったであろう。
だが、このままでは不当に裁かれてしまうのは目に見えている。
そして、それに巻き込まれるのは一刀だけではないのだ。

仲間を横目で伺う一刀。
星達もやる気マンマンであり、アイコンタクトを交わす。

(ひとまずこの場を脱出しよう)
(どこで落ち合いますかな?)
(華琳の所しかないな。桂花もいることだし、なんとかなるだろ)
(承知! それでは、3、2……)

まさに以心伝心、この1ヶ月半で培ってきた仲間意識は、遂に言葉を超えたのだ。
しかし、星のカウントがゼロを唱えることはなかった。
噂をすれば影、一刀達が向かうまでもなく、華琳が姿を現したのだ。

「待ちなさい! その逮捕は不当よ!」
「……華琳さん、何の権利があって止めるつもりなんですか?」
「貴方こそ、何の権利があって一刀達を拘束するつもりなの? その警備兵達はギルドの手勢じゃない」
「もちろん雪蓮さんの逃亡補助の罪に決まっています。捕まえるのが洛陽の警備兵じゃなくても、相手に明確な罪があれば関係ないですよね」
「馬鹿ね。雪蓮達が逃げた時、一刀達は迷宮内にいたのよ。それがどうやって雪蓮達の逃亡を助けられるのよ。これほど確かなアリバイはないわ」
「彼等が囮となって彼女達を逃がしたんじゃないですか!」
「囮? 一刀達がいつ七乃に自分達を見張ってくれなんて頼んだの? 勝手に一刀達を警戒して雪蓮達を取り逃がしたのは、貴方の責任じゃない。一刀達にそれを押しつけるのは、筋が違うわ。これ以上この場で言い争っても無駄よ。彼等は私の家に招くわ。一刀達は剣奴ではなく探索者なんだから、ギルドに拘束する権利なんてないのよ。それでも逮捕したいのであれば、麗羽の許可を貰って来なさい。もちろん私も彼等の無罪を証明するために動くけどね」
「……麗羽様は美羽様の姉。こっちが有利に決まってるじゃないですか。まぁ、そこまで言うなら正式な手続きを取ってから伺いますよ。一刀さん、せいぜい首を洗って待っていて下さいね」

こんなベストタイミングで華琳が現れたのは、もちろん偶然ではない。
雪蓮が手を回していたのである。

(蓮華が加護を受けるのは注目を集めるためだって言ってたけど、実は違ったのか……)

一刀達のLV上げは七乃も注意して見ていたようだから、注目を集めるというのは全くの嘘ではないにしろ、別の目的があったのは確かであろう。
その目的が単なる洛陽脱出なのか、あるいは別の目的なのか。

(なんにしろ、3姉妹大三元は流局か……)

雪蓮達の事情も解っていたが、彼女達との突然の別れに落ち込む一刀。
利用された、裏切られた、という思いは、もちろん一刀の中にはない。
彼女はちゃんと華琳にフォローを頼んでいたし、別れ際の意味深な言葉はこのことを示していたのだと解ったからだ。

「今後2週間、貴方の計画どおりに」と言い残していることから考えて、雪蓮は決して一刀を嵌めたわけではないことが想像出来る。
なぜならその言葉には、どういう作戦なのかは分からないが、一刀達が順調に加護を受けた頃には、全てが解決しているというニュアンスが含まれているからだ。

(まだオーラスが残ってる! おっぱい四暗刻・3姉妹大三元のダブル役マンでキメちゃる!)

「またね」という言葉に、彼女達との再会への希望を感じる一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:16
HP:220/220
MP:0/0
WG:15/100
EXP:3034/4250
称号:連続通り魔痴漢犯罪者

STR:16
DEX:26(+6)
VIT:17(+1)
AGI:24(+6)
INT:19(+1)
MND:14(+1)
CHR:19(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(52)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:97
近接命中率:64
遠隔攻撃力:92
遠隔命中率:62(+3)
物理防御力:65
物理回避力:81(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:14貫300銭



[11085] 第五十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/10/02 00:33
華琳の屋敷に到着した一行は、迷宮探索の疲れもあり、各人に割り振られた部屋で早々に眠りについた。
但し、華琳に呼び出された一刀を除いて、である。

(明日にして欲しい……)

そうは思っても、なにせここは華琳の屋敷なのである。
家主の求めには応じる必要があるだろう。
自分達を庇ってくれた華琳と歩調を合わせるためにも、いずれ打ち合わせはしなければならない。
うとうととしつつも、一刀は華琳との対談に臨んだ。



「とりあえず、それは雪蓮からよ。そんな飾りに何の意味があるのかわからないけど、渡しておくわ」

華琳から受け取ったものは、BF16以降でオーガがドロップしていた黄銅の短剣飾りであった。
雪蓮達の実験によると、どうやらMP回復効果があるらしい。
もちろん具体的な数値を雪蓮達が知る術はないので、全ては体感での話あるが。

華琳から渡されたのは1個だが、宝箱を探しに行った時もいくつか拾っていたので、これはプレゼントというよりも、雪蓮からのメッセージなのであろう。
つまり、『試練の部屋』に挑む時には短剣飾りを使いなさい、という意味だ。

『試練の部屋』の監視は不可能であるが、星達に打ち明けることが出来ないため、短剣飾りの使用を諦めていた一刀にとっては、ありがたい配慮であった。
ギリギリまで黙っておいて、『試練の部屋』に挑む直前に星達に言えばいいであろう。

「ああ、それから貴方達が雪蓮に預けていたアイテム類も私のところにあるわ。量が多いから、後で取りに来なさい」
「明日にでも受け取るよ」
「それで今後のことなんだけど……」

一刀達はしばらく華琳の屋敷に住むこと。
ギルドショップくらいなら顔を出しても大丈夫だと思うが、必要以上にギルドをウロウロしないこと。
七乃との賭けは最優先とすること。

華琳との会話は、話し合いというよりは通達事項と表現した方が適切であった。
もちろん、どこかの軍師達と違って1を聞いても10を知ることの出来ない一刀は、間にちょくちょくと質問を挟んでいたが。

「ギルドを避けても迷宮で待ち構えられたら、アウトじゃないか?」
「負けてもギルド職員になれば済む話だし、七乃との賭けを無理に最優先にする必要はないと思うんだが?」
「加護を受けても罪人に落とされたら意味がないんだから、むしろ加護よりもそっちを最優先にするべきだろ?」
「ギルドの依頼である『星達と2ヶ月間パーティを組む』は達成出来るんだから、違約金なんて発生しないよな?」
「賭けの中にパワーレベリング禁止ってのがあったんだけど、宝箱を探す時に雪蓮達と組んだのはまずかったかな?」

それに対する華琳の答えが、一刀にはどうもよくわからない。
一刀が洛陽のルールに対して、あまりにも無知だったからである。

「はぁ……もう説明が面倒臭いわ。とにかく、貴方は後2週間で加護を受ければいいのよ。後の細かいことは、こっちが手を回しておくわ」
「ご、ごめん。色々とありがとうな。あ、ところで、もし良かったら教えて欲しいことがあるんだけど」
「なにかしら?」

一刀が聞いたのは、敵の詳細情報を調べることが出来るという華琳の加護スキルについてであった。
そのスキルで解る内容は、どうやら詳細情報と呼べるものではないらしい。

「単に敵の名前と、自分から見てどの程度の強さかがわかる程度なのよ。同じくらいの強さだ、強そうな相手だ、とかね。初見の相手になら、そこそこ便利なスキルって所かしら」

モンスターが相手でなくては発動しないから、自分や他人の能力値解明にも役に立たない、とのことである。
もし華琳のこの能力が人物にも適用出来るものであったなら、自身の特異性も自然と説明出来るようになるかもしれない。
そう期待していた一刀だったが、残念ながら思い通りにはならなかった。

(いっそ加護を受けた時に、こういうスキルを授かったってことにするか?)

人のHPやMPと、自分の能力値がデータとして確認出来る加護スキルは、意外とありそうな気がする。
一刀の隠し事は、なぜ自分が特異性を持っているかということであり、データとしてパラメータが見えることではないのだ。
確かにそのまま「君のHPは○○だね」なんて教えるのはまずいかもしれないが、そんなものはいくらでも言い様がある。
それに、基本的に自己や世界というのは各々の中に確固として確立されているものであり、少々のことで揺らぐとは思えない。
現に、システマチックなEXPの法則を知った華琳でも、この世界全体がデータで構成されているかもしれないなんてことまでは、考えていないように見える。

だが一刀の特異性を加護スキルとして明かした場合、今までの数々の出来事から考えて、加護を受ける前から一刀はこのスキルを持っていたのではないかと疑われる可能性が高い。
もしその辺を解決出来るのであれば、自分の能力を公開したことで、この世界のシステムを探るのに協力して貰えるようになるだろう。
そうなれば元の世界に戻るヒントが掴めるかもしれないし、今まで以上にこの世界で生き残るための有利な発見が出来るかもしれない。

(やっぱり、もう少し考えを煮詰める必要があるな)

なぜ自分が特異性を持っているのかということを突きつめられて、万が一にでも一刀の生まれた世界の存在が知られること。
これだけは、どうしても避けなければならない。
ここがゲームの世界であり、皆がゲームの登場人物だということだけは隠し通したい一刀なのであった。



「ところで一刀、また何か面白いことを発見したんですって? 『おまじない』とかふざけたことを言ってるみたいだけど」
「ああ、桂花から聞いたのか? あれは本当に偶然見つけたんだよ。太祖神の祝福的なものなんじゃないのかな? それに、効果がある気がなんとなくする程度だし」

そんな一刀の言い逃れに、眉を顰める華琳。
やがて、不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「……ふぅん。これだけは言っておくわ、一刀。私は貴方の秘密を秘密のままにさせる気はないの。今は隠しておけばいい。そのうち自分から進んで私に打ち明けることになるわ」
「もしかして、俺を脅すつもりなのか?」
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」
「じゃあどういうことだ?」
「ふふ、それはね、貴方が私に心からの忠誠を誓いたくなるってことよ」

そのセリフに、思わず一刀は鼻で笑ってしまった。
そんな一刀の反応を見て、華琳の機嫌が急速に悪化する。

「……貴方、今なぜ私の胸を見たの?」
「イヤ、理由ハナイヨ?」
「……二度目はないわよ」

巨乳に恵まれた最近の一刀は、どうやら華琳の慎ましい胸では忠誠心が刺激されなかったようだ。
だが、彼にはもう一度初心に戻って欲しい。

おっぱいに貴賤はないのだ。
おっぱいはおっぱいであるだけで、全て等しく尊いのだ。
それにちっぱいには、育てる楽しみだってあるのだ。

きっと季衣達が、巨乳に囚われた一刀の目を覚ましてくれると、そう信じたい。



翌日になって、ドロップアイテムの換金に向かった一刀達。
ギルドショップは避けるべきであったが、彼等の持つアイテムはそこそこの値がつくものであり、且つ大量であった。
雪蓮達と宝探しに行った際のドロップアイテムも貰っていたし、蓮華達の分のドロップアイテムまでが彼等に渡されていたからである。

これらのアイテムを全て換金出来るような所は、他には心当たりがない。
華琳も大丈夫だろうと言っていたし、と一刀達はギルドショップへと向かった。

「青銅の短剣飾りが、1個50銭?!」

ところがギルドショップでは、なんと青銅の短剣飾りの売り値が先週の1/10になっていたのだ。
最初はギルドの嫌がらせかと思った一刀だったが、よく見ると他の探索者達に対しても同じような対応であった。

実は、BF11以降へ進出する探索者や剣奴が増えたため、アイテムの供給多寡が予測されたことによる値下がりだったのである。
といっても、スチールインゴットなどは大幅な供給アップに対する需要が見込めるため、値下がりはしていなかった。
深い階層に行く探索者が増えれば、それだけ装備が売れるからである。
それに、仮に洛陽で需要が無くなったとしても、町の外にいくらでも売れるだろう。

だが青銅の短剣飾りだけは、いくら良いインゴッドの素材になるといっても所詮はブロンズなのである。
しかもドロップ率自体は他のアイテムと変わらないが、ドロップするモンスターが3種類も存在するため、出現率が他の3倍に近い。
つまり、その供給量に対して需要が見込めないため、極端な値下がりを起こしてしまっていたのだ。

「青銅の短剣飾りは、このままキープしとこう。急激に値下がりした分、もしかしたら来週には値段も上昇するかもしれないしさ」

(もしかして雪蓮達が逃げ出したのは、この値下がりのせいなのか?)

仮に雪蓮達が1貫で青銅の飾りを大量に購入していたとしたら、その評価額が100銭に下がったということは、総資産が1/10になったということである。
アイテムの性能を公開したところで、供給多寡という事実がある以上、そこからいきなり50倍に値上がりするとも思えない。

そして、実際に剣奴達にパワーレベリングを施していたのは、雪蓮達である。
つまり彼女達は、この値下がりに誰よりも早く気づける位置にいたのだ。

本来であれば単純だったであろう策を、複雑にしてしまった原因が自分であるらしきことを理解した一刀。
雪蓮達が上手く起死回生の一手を放ってくれることを願う一刀なのであった。



「ほぉ、稟も風も、『贈物』はクローク、いやローブか? どちらにしろ、『試練の部屋』に挑むに相応しい防具だな。見た目も洗練されているし、良品の気配を感じるぞ」
(……私の『贈物』も、防具なんだ)
「いえいえー、星ちゃんの『贈物』こそ、素敵な服なのですよー」
「しかし星殿、そのようにヒラヒラとした服で、動く邪魔になりませんか? それに防御力も心許ない」
(……私のは金属製だから、大丈夫)
「いや、そこはさすがに『贈物』だ。見かけはこうだが、今までの防具よりもずっとしなやかで、丈夫そうでな。それにまったく動作の邪魔にならぬ。ふふっ、今から実践が楽しみだ」
(……私のも、今までより丈夫そう)
「ボク達のも、なんかペラペラだね。お臍が出ちゃってるし」
「でもこれ、なんだか凄く着心地がいいよ」
(……ピッタリフィット)

「白蓮、いいハーネスだな。似合ってるぞ」
「一刀殿! そう思うか! いやー、私にはちょっと地味かなぁって思うのだけれど、久しぶりの『贈物』だし、贅沢を言ってはいけないよな! なんというかこれが、体を締めつけるでもなく、さりとて緩いわけでもなく、本当に具合はいいんだ! 見た目は、確かに、どこにでも……売ってそうな……普通のハーネス……性能も……普通、ううぅ」
「い、いや、普通でもいいじゃないか! ほら、俺の『贈物』だって、普通のズボンだろ?」
「……一刀殿、いやさ一刀! 今日から私達は普通コンビだ! 世間の風に負けず、頑張って生きていこう!」

マーシャルズボン:防13、VIT+1、近接攻撃力+5、遠隔攻撃力+5

一刀に対して親しげな態度になる白蓮。
まるで白蓮を騙したようで、気まずい思いを抱く一刀。

(こうするしかなかったんだ。仕方がなかったんだ……)

向日葵のような笑顔を見せる白蓮に、幸あれと祈る一刀であった。



分配金は、なんと一人頭30貫だった。
しかもこれは青銅の短剣飾りを除いての額であり、飾りは各々に15個ずつ分配された。
前回よりハイペースだったこともあるし、蓮華達の分も加算されている。
そしてBF16、17で手に入れた『ミスリルインゴッド』や『滑らかな皮』を売却して、全員に分配したのが大きい。

もちろん、それらは全て自分のものだと主張することも出来たが、そんなことを言い出す一刀でないと説明するのは、今更不要であろう。
その代わりと言ってはなんだが、一刀は皆にあるお願いをした。

「うわぁ、凄い! 細かい傷が治っていくよ!」
「兄様、こんな貴重なアイテムを私達が使っちゃって、本当に良かったのですか?」

最も高く売れたであろう『スライムオイル』を、季衣達の武器に使用させて欲しいと、一刀は星達に頼んだのだ。

季衣達の武器は、『初めての贈物』である。
鈍器だから頑丈ではあったが、既に4ヶ月以上も同じ武器を使い続けているのだ。
同じペースで戦っている一刀の武器なんか、既に5代目なのである。
先日の魔法生物戦での負荷も考えると、彼女達の武器もさすがに限界であった。

「星さん達も、ありがとう!」
「なに、構わぬよ。それはもともと一刀殿が貰い受けたアイテムなのだ。それに、ただ売るよりも必要とする者が使った方が、アイテムも嬉しかろう」

こうして、『試練の部屋』へ向けての準備は、着々と進んでいたのであった。



その他の武器防具の整備で更に1日を費やし、町で十分に英気を養った一刀達。
一刀達は半日を掛けて、再びBF15にやってきた。
交替で野営を行う彼等は、既に3度目のBF15長期滞在であり、実に手慣れたものであった。

移動と野営で1日目が終わり、2日目の朝。
加護の期限まで、残り11日である。

今回はこれまでと異なる点が2つほどあった。

まず、桃香達の荷運び協力が2日に1回ペースとなったことが挙げられる。
これは彼女達の都合ではなく、一刀達の都合である。
極力目立つなという華琳の指示のもと、回数を減らしたのだ。

そして、目的はLV上げではないという点が、これまでと最も違う所である。
連携と魔術の確認をメインに、交替で敵を狩っていく一刀達。
遅いペースなので体力的には全く問題がないが、実験的に魔術を使用するため、MPを急速に消耗することになる。

今までの一刀達であれば、こんな魔術の確認テストなど出来なかった。
だが『魔術レベル4』の水系統の術者がいれば、話は別である。



≪-活力の泉-≫

「くっ、なにこれ、凄く精神力が削られるわ」
「『魔術レベル4』ともなると、一刀殿の理論値上では『火弾』の16倍のコストが掛かるのから、仕方がない」
「やはり実戦で使えるレベルではないのですよー」

NAME:桂花
LV:16
HP:198/165(+33)
MP:128/188(+37)

呪文を唱える前は、桂花のMPは168だったので、実に40もの消費量である。
全MPの20%を消費する魔術など、風の言う通り実戦で使用するのは難しいように思える。
だが、この魔術は消費量に見合った効果を発揮した。
3秒毎にMPが1回復し、それが3分間継続したのだ。
つまり、全部で60の回復量になるのである。

「……なんか、呪文を唱える前よりも楽になったわ。これ、案外使えるかもしれないわよ」
「風は使えないが、私と桂花は使用出来るのだし、1パーティに1人ずついれば戦闘が楽になるか?」
「いや、稟は風と自分に掛けるつもりなんだろうが、加減しないと自分の精神力が消耗し過ぎて使えなくなるぞ。その辺に気を付けて試してみるといい。今なら失敗しても桂花がいるから、精神力の回復が出来るしな」

稟が『活力の泉』だけを使う前提であれば、自分には3分に1回、風には6分に1回唱えればいいことは、一刀には解っているのだが、敢えてそれを言わない一刀。
秘密がバレるというのもあるが、それよりもこういうのは自分なりの経験則を掴んだ方が、実戦には役立つと思ったのだ。
実際、3分・6分など戦闘中に数えられる訳もなく、体で覚えたタイミングが全てであるのだから、一刀の発言は理に適っている。

こうして後衛の3人組は、一刀のアドバイスや補助魔術を受けた星達の感想などを聞きながら、『試練の部屋』で使う魔法を選別していったのであった。



各々の魔術の効果を確かめ、連携を再確認しながら敵を狩り続けて1週間が経った。
スローペースでの狩りだったが、それでも一刀のLVは17になっていた。
白蓮と星もLV17であり、季衣達もそろそろ上がるはずである。
だが、彼らには大きな問題が発生していた。

初日、3日目、5日目と物資を補給しに来てくれた桃香達。
ところがその彼女達が、時間になってもなぜか現れないのだ。

今回の補給を受けたら一度迷宮を出ようと思っていた一刀達であったが、残り僅かな物資で12時間の帰路は厳しいものがあった。
無理すれば行けないこともないが、2日分のドロップアイテムを持って帰るのも大変だし、捨てるのも勿体ないため、1日様子を見ることにした。

その選択が、大失敗であった。
戦いながら帰るよりは野営しながら待っている方が、確かに物資消費量は少ない。
だが、物資を消費しないわけではないのだ。

桃香達が8日目にも現れなかったことで、一刀は決断を迫られた。

今となっては、帰路を選ぶことは非常に困難である。
桃香達を待つにしても明日の夜が限界であろうし、そこまで待つと町に帰った時には残り2日になってしまう。
BF11から『還らずの扉』までは片道で半日は掛かるので、2日間ではタイムスケジュール的に厳しいものになるであろう。

そして一刀達には、もうひとつだけ選択肢がある。

「こうなれば、仕方ありますまい。今までの待機で、幸い休養は十分なのです。アイテムは捨てて、『祭壇の間』を目指すべきでしょうな」
「……それがベストかな」

野営の間にも近寄ってくる敵は倒していたため、桂花以外は全員がLV17に上がっていた。
桂花も後もう少しのはずだが、今の物資量でLV上げを行う訳にもいかない。

青銅の短剣飾りは3日で10本ドロップしており、黄銅の短剣飾りは一刀が念のためにと3本ほど懐に忍ばせていた。
青銅の方を2本ずつ前衛に分け、黄銅の方は1本ずつ後衛に持たせて、それぞれの効果を説明する一刀。

「と言う訳で、危なくなったら迷わず使ってくれ。後、このことは秘密にして欲しいんだ。詳しくは説明出来ないんだけど、雪蓮達に迷惑がかかるんだよ。彼女達が近いうちに公開するはずだから、それまで黙っていてくれ、頼む!」
「……近いうちに公開されるというのであれば、否やはないです。本来ならこのような素晴らしいアイテムは、全ての探索者に知らしめるべきだと思うのですが」
「桂花ちゃん、今のうちに買い溜めしておこう、なんて考えはダメなのですよー」
「な、な、な、何言ってんのよ! そんなの当たり前じゃない!」
「……妙な動きをされて、そこからバレたら大変だ。頼むから自重してくれ、桂花」
「わかってるわよ!」

「それじゃあ、星、風、稟、白蓮。祭壇で会おう」
「一刀殿、ご武運を。季衣達や桂花もな」

ここが正念場だと、一刀は下腹に力を入れて『還らずの扉』を開けたのであった。



**********

NAME:一刀
LV:17
HP:280/234(+46)
MP:0/0
WG:55/100
EXP:786/4500
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、桂花
パーティ名称:U.N.ロリコンは彼なのか?
パーティ効果:ALL1.2倍

STR:16
DEX:27(+6)
VIT:18(+2)
AGI:25(+6)
INT:19(+1)
MND:14(+1)
CHR:20(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(52)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:105(+5)
近接命中率:67
遠隔攻撃力:99(+5)
遠隔命中率:64(+3)
物理防御力:75
物理回避力:84(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:43貫500銭



[11085] 第五十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/10/03 01:57
『試練の部屋』は、ジャングルであった。

部屋がジャングルとか、まったく意味がわからないであろうが、そうとしか言いようがない。
なにしろ地面は土だし、日差しもあるのだ。
入ってきた扉を含め、周りがぐるりと壁で囲われている所だけが、部屋と呼べる部分であった。
いや、壁の高さや天井がないあたり、闘技場と表現した方がイメージに合うだろう。

木々の生い茂った闘技場、それが一刀達の『試練の部屋』だった。

理不尽な部屋の作りに疑問を覚える一刀だったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
『ハツガンオイル』は既に武器に塗布済みだったが、エリアチェンジしたことでパーティが解除されてしまっているのだ。
即座にパーティを組み直した一刀達。
それと同時に、天地を揺るがすような雄叫び声を上げて敵が襲い掛かって来た。

「兄様っ!」
「兄ちゃん!」

パーティ登録のために不意をつかれた一刀は、敵の突進をモロに喰らってしまった。
もの凄い勢いで壁に弾き飛ばされた一刀と、素早く一刀を庇う位置につく流琉と季衣。
そして、守られやすいように一刀の傍に寄る桂花。

とっさにこのような動きが出来たのも、連携力を高める練習の成果であろう。
一気にHPが30も削られた一刀は、それでも素早く起き上がって敵の確認を行った。

NAME:キングエイプ

馬鹿でかい派手なゴリラ。
そうとしか言い表しようがない、極彩色のモンスターであった。



一刀はフランチェスカにいた頃、世界的に有名なプロレスラーの自伝で、オランウータンと戦ったという話を読んだことがある。

結果は完敗だったよ。
なにせオランウータンの握力は2ton以上あるんだ。
奴が俺の頭を掴んだ時には、このまま握り潰されることを覚悟したね。
ん? なぜ俺がまだ生きてるかって?
それは俺の頭がカツラだったからさ、HAHAHA!

その話が真実なのかアメリカンジョークなのかはわからないが、キングエイプのぶっとい腕は見るからに力がありそうだ。
正面から戦っても、全く勝てる気がしない。

(ヒット&アウェイで、ちょっとづつ削るしかないな……)

一刀ですら見上げてしまうような、巨大なキングエイプ。
その体格を活かしたフックが、流琉に向かって振るわれた。

「流琉! 避けろ!」

流琉とキングエイプの体格差は、子供と大人なんて比喩では全然足りない。
一刀の目には、キングエイプの鼻息だけで吹き飛ばされてしまうのではないかというくらいに、流琉が小さく見えていた。
ところがなんと、そんなキングエイプの強烈な1撃を、流琉はがっちりと受け止めたのである。

「ううぅぅぅううう、おりゃー!」

それどころか、流琉はキングエイプの攻撃を押し返してしまった。
尋常な力ではない。

「流琉って、もしかして前世はクマ?」
「……兄様、後でじっくりとお話をする必要がありますね」
「兄ちゃん、流琉、そんな場合じゃないよ! 桂花さん、ボクにも流琉と同じ呪文を掛けて!」
「わかったわ!」

≪-大地の力-≫

土色の粒子が、季衣の腕に纏わりつく。
その季衣が振るった『反魔』が、流琉に力負けしてよろめいてたキングエイプを軽々と弾き飛ばした。
これが桂花の得意とする土系統3段階目の魔術、『大地の力』の効果であった。

「ひょっとして、あんまり強くないのか? よし、一気に押すぞ!」
「はーい!」
「わかりました!」

季衣と流琉が敵を挟むように位置取り、季衣の傍に一刀が、流琉から少し離れて桂花が、それぞれ配置につく。
流琉の『葉々』を正面から受け止めるキングエイプ。
隙が出来たキングエイプの背中に、季衣が『反魔』を投げ付けようと振りかぶった。
その瞬間のことである。

ぶぅ!

キングエイプの尻から後方に向けて、茶色いガスがまき散らされたのだ。
季衣はもちろん感覚の鈍い一刀ですら、その予想外の攻撃に膝をついてしまった。
意識を逸らそうにも、あまりの刺激臭に思考が集中出来ない。

振り向いたキングエイプが、にたりと笑って攻撃を仕掛けて来た。
あわやという所に流琉が割って入る。
先程とは違い、体勢を崩しながらの防御であったため、今度はキングエイプの方が押し勝った。
それでも時間稼ぎとしては十分である。

≪-解毒の清水-≫

今まであまり使われる機会のなかった、水系統2段階目の魔術。
解毒という名前ながら、状態異常全般を直す効果があるということを知識として知っていた桂花のお陰で、一刀も季衣も即座に戦闘態勢に戻ることが出来た。

「背後はまずいな。動きながら側面を狙うぞ!」

桂花の補助魔術や弱体魔術の効果であろうか、それとも一刀達のLV17が効いているのであろうか。
ゲーム開発者の考えている『祭壇の間』適正到達LVはわからないが、一刀達はキングエイプに対して、少なからぬダメージをコンスタントに与え続けることが出来ていたのである。

特に一刀のインフィニティペインが、与ダメに大きく貢献していた。
というのも、その必殺技を喰らった直後のキングエイプは、そのダメージ量のせいか苦悶の叫びを上げて動きを止めるのである。
動作の大きい季衣達の必殺技も、その隙に撃ち込めば避けられることはなかった。

もちろんキングエイプも反撃をしてくるし、その攻撃力は侮れない。
それに、一刀達が優勢なのも桂花の魔術あってのものだ。

普段より遥かに削られるHP、消耗されるMP。
だが一刀達には、短剣飾りがある。
自身に突き刺すだけで容易にHPやMPが回復出来るこのアイテムは、今までの回復薬よりも遥かに便利であった。

(このまま行けば、あっさり勝てそうだな……)

そう一刀が思うくらいに、順調に戦いは進んでいったのであった。



だが残念ながら、戦いはワンサイドゲームのままでは終わらなかった。
キングエイプのNAMEが黄色になってHPが半分を切った時から、敵の動きに大幅なプラス補正がかかったのだ。

今まで各フロアに出現した敵は、NAMEが黄色になると動きが鈍くなる方向であった。
そのため、キングエイプの能力アップに完全に虚をつかれた一刀達。
その隙をついて、キングエイプはジャングルの中に姿を消した。
ここからが、森の王者の本領発揮である。

今までは向こうから襲い掛かって来てくれていたため、木々の生えていない壁際で戦えていた一刀達。
だがキングエイプを倒さなければいけない以上、敵を追ってジャングルに入り込むしかない。
しかし、どう考えてもジャングルは死地である。

季衣や流琉の鈍器は、木々が邪魔で振り回せないだろう。
その木々を利用して、あの巨体が頭上から襲い掛かってくることを考えると、ぞっとする。

(というか、あいつを必ず倒さないとダメなのかな?)

一刀達の目的は、あくまで『祭壇の間』への到達である。
仮にキングエイプをスルー出来る仕様であれば、わざわざ危険を冒す必要もない。

「まずは壁際に沿って移動して、『祭壇の間』に繋がる扉を見つけよう。ジャングルの警戒は俺がするから、前は流琉、後ろは季衣で頼む」
「移動中に敵が襲ってきたら?」
「その時は、例のガスに気をつけながら囲い込むように追い詰めて倒そう。但し、深追いは厳禁だ」

元はゲームなのだから、中ボスを倒さずに『祭壇の間』への扉が開いているとは思えないが、念のために確認することは悪くない。
それにもし移動中に敵が襲い掛かってくれば、ジャングルに入らなくても済む。
一刀達は慎重に移動を開始した。



『祭壇の間』へ続く扉が閉まっていることを確認した一刀達は、しかしジャングルへは足を踏み出さなかった。
どうしてもその不利さを甘受出来なかったのである。
普通のゲームとは違って、特に時間制限もないように思われたため、一刀達は待ちの態勢に入った。

類人猿は人類に近い知能を持つとはいえ、所詮は猿である。
キングエイプが我慢して待ってさえいれば、やがては一刀達の方から、自身に有利なフィールドであるジャングルに足を運んだであろう。
ゲームのモンスターにそれが当てはまるのかは微妙であるが、少なくともキングエイプには人間並の忍耐力は備わっていなかったようだった。

「来たぞ!」

痺れを切らしたキングエイプが、一刀に突進してくる。
そのキングエイプの巨体が、突如として沈み込んだ。

そう、一刀達はただ敵が来るのを待ってたのではない。
桂花主導による落とし穴を作成していたのだ。

「おりゃー!」
「てやー!」

NAMEが黄色くなり、俊敏になったキングエイプといえども、落とし穴に嵌まっていては季衣達の攻撃を避けることは不可能である。
身じろぎをするキングエイプの頭を、季衣達が鈍器でゴスンゴスンと殴りつける。

「初めてお前のスコップが役に立ったな。あんなに深く掘れるなんて、凄い性能じゃないか」
「これは杖! 土も掘れる杖なの!」

のんびりと桂花に話し掛ける一刀だったが、別にサボりたくてサボっていた訳ではない。
短剣が武器である一刀では、落とし穴に嵌まったキングエイプを攻撃するのに不向きなのである。
それにしても、この油断は如何なものかと思われる。
いつキングエイプが落とし穴から抜け出してもいいように、警戒しておくのが定石であろう。

体をばたつかせ、今にも落とし穴から抜け出しそうなキングエイプ。
だが一刀は全く対処しようとしない。
そして隣の桂花は、悪巧み顔でニヤニヤしている。

遂にキングエイプが落とし穴から脱出し、後方へと飛び跳ね、そしてまた落ちた。

「ふっ、計算通り。季衣と流琉の攻撃する場所を限定すれば、自ずと敵が逃げ出す方向も割り出せるのよ」
「……確かに凄いが、その顔は止めた方がいいぞ。悪者にしか見えん」
「うるさいわね! あんたのスケベ面よりもマシよ!」

キングエイプのNAMEが赤色に変わり、鈍器で頭を殴られ過ぎたせいで、もはや脱出しようともがくことも出来ていない。
落とし穴の中でフラフラとよろめいている状態のキングエイプに、季衣の鈍器が止めを刺した。

「やったー! 勝ったー!」
「なんか、ちょっとずるかったような……」
「知略の限りを尽くして戦った、と言って欲しいわ」

(EXPは入らないのか。期待してたのにな……)

こうして激戦?に勝利した一刀達は、『祭壇の間』へと歩を進めたのであった。



「一刀殿、よくぞご無事でしたな」

『祭壇の間』には、既に星達も到着していた。
彼女たちにも苦戦した様子が見られない。
スペックに個人差があるとはいえ、LV17まで上げれば『試練の部屋』は安パイだという認識で良さそうである。
もちろん、PLによって育成された者はその限りではないが。

彼女達は既に加護を受けた状態であった。

NAME:星【加護神:趙雲】
LV:17
HP:306/306
MP:0/0

NAME:稟【加護神:郭嘉】
LV:17
HP:201/201
MP:194/194

NAME:風【加護神:程昱】
LV:17
HP:171/171
MP:226/226

NAME:白蓮【加護神:公孫賛】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0

一刀の知る三国志の中でも、主役級の加護神ばかりであった。
さぞかし凄い加護スキルが貰えたのだろうと、目を輝かせる一刀。
最近エロス方面にばかり突出していてすっかり忘れていたが、ゲーマーである彼はこういうものが大好きなのだ。

目を輝かせる一刀の好奇心に気づいたのか、星が自身の加護スキルを見せてくれた。
星が精神を集中させると、なんと胸の谷間から可愛らしい小竜が顔を出したのだ。

「この小竜は私の成長と共に育つようでしてな。いずれはヒールブレスやファイヤーブレスで、探索の手助けをしてくれる存在になるらしいのですよ」
「星! 自分の加護スキルを容易に明かしてはいけないと、先ほど忠告したばかりでしょう!」
「ふっ、一刀殿であれば問題あるまいよ。稟こそ、さんざん世話になった一刀殿に加護スキルを教えないつもりなのか?」
「……一刀殿、私の加護スキルは、アイテムの鑑定能力です。気になるアイテムがあれば、いつでも鑑定しましょう」
「風の加護スキルは内緒なのです。魅力的な女性には秘密がつきものなのですよー」
「ああ、ずるいぞ風! 私だって、本当はまず華琳様に打ち明けようと思っていたのに!」
「華琳様? もしかして稟は、華琳のクランに入るのか?」
「あれ? 言っておりませんでしたか?」

何度か華琳と会話を交わしていくうちに、その思想に意気投合した稟は、自身の望みを託す存在は華琳しかいないと思ったのだそうだ。
風も華琳からクランへの勧誘を受け、稟が入るならばと加入を決めたらしい。

そして華琳が勧誘したのは、稟や風だけではなかった。

「ボク達も、華琳様のクランに誘われたんだ」
「兄様も誘われているのですよね? だから私達も、兄様と一緒ならって華琳様に答えたんですけど……」

そう申し出た季衣と流琉に対して、華琳は一喝したそうだ。

季衣達のそれは、一刀への依存であると。
一刀に寄り掛かって、彼の重荷になりたいのかと。
逆に彼を支えられるような存在になりたくないのかと。

「重荷だなんて! 俺はそんなこと思ってないぞ!」
「兄ちゃんがそう言ってくれるのはわかってたよ。だけど、やっぱりボク達は兄ちゃんに依存してたと思う。華琳様に怒られて、気づいたんだ」
「兄様がするから、私達もする。それじゃいけないって、このままじゃいけないって……。だから私達は、華琳様のクランに入ることに決めたんです。兄様が華琳様のクランを選んでも、選ばなくても」
「もし兄ちゃんが別のクランに入っても、ボク達は兄ちゃんのことが大好きだから! だから、だから……」

一刀自身は、季衣達の存在が重荷だと思ったことはない。
それは本心からのことである。
そのことをきちんと伝えれば、季衣達はまた違う選択をしたかもしれない。

だが、一刀は敢えてそれを伝えなかった。
考えてみれば、季衣達が自分達の決定を一刀に主張したのはこれが初めてなのである。
重荷というのは的外れだが、依存という意味では的確な指摘だったのかもしれないと考えたのだ。

そんな季衣達が今、彼女達なりに成長を遂げようとしているように一刀には感じられた。
自分の意思を伝えることは、その成長を妨げることに繋がるのではないか。
今自分がすべきことは、その背中を押してやることなのではないか。
一刀はそう思ったのである。

涙ぐむ季衣達を抱きしめながら、彼女達の成長が嬉しいような淋しいような、複雑な気持ちの一刀なのであった。



**********

NAME:一刀
LV:17
HP:196/234
MP:0/0
WG:25/100
EXP:786/4500
称号:連続通り魔痴漢犯罪者

STR:16
DEX:27(+6)
VIT:18(+2)
AGI:25(+6)
INT:19(+1)
MND:14(+1)
CHR:20(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(52)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:105(+5)
近接命中率:67
遠隔攻撃力:99(+5)
遠隔命中率:64(+3)
物理防御力:75
物理回避力:84(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

所持金:43貫500銭



[11085] 第五十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/03/27 14:36
熱い抱擁を交わす一刀達。
思わず白蓮も貰い泣きである。
しんみりとした雰囲気が漂う中、星が口を開いた。

「ところで、私は桃香殿のクランに行くことにしましてな」

割と空気を読まない女、星。
だからこそ、意外と白蓮とウマが合うのかもしれない。

「そ、そうか。星なら活躍出来そうだし、桃香も大歓迎だろう。って、そうだ! さっさと加護を受けてギルドに戻らないと! 桃香の性格から考えて、物資補給に来られなかったってことは、それなり以上のトラブルが起こっている可能性が高い」
「確かに、一刀殿の言われる通りですな。では、どなたから?」
「私がやるわ!」

そう言って進み出たのは、桂花である。
既に郭嘉と程昱が出ているため、彼女の狙いは絞られている。
祭壇に向かって一心に祈る桂花。

そんな気持ちが天に通じたのであろう。
猫耳フードが光り輝き、マフラー付きの猫耳フードへと変化した。
そして桂花は、自分が最も理想的だと考えていた加護神・荀彧を引き当てたのであった。

NAME:桂花【加護神:荀彧】
LV:16
HP:174/174
MP:232/202(+30)

「桂花の『贈物』は、そのフードの強化みたいね。よかったら鑑定しましょうか?」
「ええ、頼むわ」

桂花の『贈物』と合わせて、既に鑑定済みである稟達の『贈物』も紹介したい。

星(強化):直刀槍『龍牙』 攻104、耐300/300、AGI+4
稟(新規):『賢者の手袋』 防10、耐100/100、コモンスペル効果1.5倍
風(新規):『宝譿』 防8、耐80/80、MP回復(1P/3秒)
桂花(強化):『猫耳フード』 防14、耐150/150、MP+30、MND+2、固有スペル【鉄皮】習得
白蓮(新規):『白馬のハイブーツ』 防23、耐100/100、DEX+2、逃亡成功率アップ

ここで特筆すべきは、稟の『鑑定』の不完全さである。
なぜ不完全だと言い切れるのか。
それは、鑑定結果にある記述が足りていないからだ。

そう、これらのアイテムには装備条件の項目がないのである。

ほぼ間違いなく存在すると思われる表示がないこと。
それはつまり、アイテムに隠しパラメータが存在していることを示唆している。

『普通の剣』:攻44、耐120/120

稟の鑑定により、自分の剣の銘が判明してショックを受ける白蓮。
彼女の剣に隠し性能があることを信じて、落ち込む彼女を今は静かに見守っていたい。



「ところで一刀殿。これらのアイテムには、貴方が言っていたMPという表記がそのまま使われていました。桂花のフードにあるMND、星の槍にあるAGI。一刀殿であれば、それらが何を示しているのかご存じなのではないですか?」
「……知らないけど、たぶん略語なんじゃないか? 桂花は後衛なんだし、マインドとか? 星は動作が機敏だし、アジリティかもしれないな」

相変わらず誤魔化す気が本当にあるのかと疑ってしまう一刀の発言。
その怪しさをスルーして、なるほどと頷く稟。
所持していた他の武器防具に付加されているSTRやDEXの意味について、風や桂花も交えて話し合っているうちに、季衣達の加護神が決まった。

それを見て、稟はさっそく彼女達の『贈物』の鑑定を始める。
なんだかんだ言って、得たばかりの自分の加護スキルを使いたくて仕方がないのかもしれない。

NAME:季衣【加護神:許緒】
LV:17
HP:301/301
MP:0/0
『贈物』(強化):大鉄球『岩打武反魔』 攻255、耐420/420

NAME:流琉【加護神:典韋】
LV:17
HP:353/353
MP:0/0
『贈物』(強化):『伝磁葉々』 攻205、耐500/500、VIT+2

加護神も凄いが、強化された武器の攻撃力がインフレ過ぎる。
ガーゴイルくらいなら、もしかしたら数発で粉々に砕いてしまうかもしれない。
手数の違いがあるとはいえ、彼女達の攻撃は1撃で戦局を激変させてしまうであろう。

しかもこれは、武器だけの性能なのである。
この時点で、一刀の近接攻撃力の2倍以上もあるのだ。
これだけの重量物を装備出来ている時点で、季衣達のSTRがかなり高いことは想像がつく。
一体彼女達の近接攻撃力はいくつなのだろうか。

もし知ってしまったら、一刀はしばらく立ち直れなかったに違いない。
他者のステータスが解らない仕様のおかげで、季衣達が神性能の武器を手に入れられたことを素直に喜べた一刀なのであった。



星と稟以外の加護スキルも気になる所ではあったが、それは後回しである。
今は早く加護を受けて、ギルドへと戻らなければならない。

それでも今は、ゲーム中のメインイベントとも言うべき場面である。
祭との初めてのベッドインと同じくらいに緊張している一刀。
不安8割・期待2割で、彼は祭壇の前に立った。

不安とは、自分が男性であること。
期待とは、季衣達が有力探索者だと解ったこと。

仲間達に主役級の加護神がついたということは、彼女達自身が主役級の人物であるということだ。
その彼女達と、今まで一緒に探索を続けてきたのである。
自分は主役格ではないにしろ、決して雑魚キャラではないはずだ。

そんな一刀の考えは、ある意味で当たっていた。
なんと、祭壇が全く反応しなかったのだ。

ゲームの仕様上、これはありえない事態である。
以前雪蓮から聞いた話でも、男性には有力な加護神がつきにくいとは言っていたが、加護神がつかないなんてことは今までなかったとのことであった。
つまり、一刀がモブキャラ過ぎて加護を受けられないということではないのだ。

もしこの先も一刀が探索者を続けるのであれば、加護神を得られないのは致命的である。
そして探索者を辞める場合でも、LVだけは上げておく方が無難であろう。
なぜなら、このゲームの世界は法令の整った現代日本とは異なり、弱肉強食が蔓延る時代であるからだ。
それにこのまま加護を受けられなかったらテレポーターが使用出来ないし、一刀には七乃との賭けの件だってあるのだ。

これはまずいと焦る一刀。
だが彼に出来ることは、粘ることだけである。

一刀は祭壇に向かって、一心不乱に祈りを捧げ続けたのであった。



それは幻聴であったのだろうか。
一刀の心の内に、神々のやり取りが響いてきたような気がした。

(孫堅様、この子は呉の加護者達と親密ですし、仲間思いのいい男ですぞ。太史慈様あたりが加護神には適任かと)
(司馬昭よ、いい加減なことを申すでないわ。どこから紛れ込んで来たのかは知らぬが、奴は我等の民ではないぞ)

(では曹操様は如何ですかな? 能のある者ならば盗賊でも使うと公言されている貴方様であれば……)
(奴のやり方は才能とは言わぬ。反則と言うのだ)

(で、では劉備様……)
(ノーサンキュー!)

……もしかしたら、一刀の妄想であったのかもしれない。



異例ともいえる程の時間が過ぎ去り、とうとう祭壇が反応を示した。
魅力のようなミクロ微粒子の淡い影に包まれる一刀。
遂に一刀は、加護を受けることが出来たのだ。

三国志関連のゲームだって当然やり込んでいる一刀ですら聞いたことのない加護神だったが、そんなことは些細な問題である。
『贈物』が『ひのきのぼう』にしか見えなかったことも、今はどうでもいい。

とにかく加護を得られたこと、それこそが重要なのである。

「よし、それじゃギルドに戻るぞ! どういう状況なのか、全くわからないんだ。気を付けて行こう」
「とにかくまずは、華琳殿の屋敷へ向かうことにしましょう。加護を受けて体力は回復したとはいえ、補給を受けねばなりませんからな」

最悪の場合は対人戦もありうると覚悟を決め、テレポーターを使った一刀達。
そんな彼等の目の前に現れたのは……。

「雪蓮?! それにみんなも……」
「ふふ、久しぶり。とは言っても、僅か2週間足らずだけどね。色々と話したいことはあるけど、まずはこれだけ言わせて貰うわ。おめでとう、一刀!」

しばらく前に姿を消した雪蓮や皆の姿が、そこにはあったのだ。
立ち話もなんだからとギルドの中へと誘う雪蓮の後についていく一刀達。
てっきり雪蓮の部屋かどこかに行くものだと思った一刀だったが、それにしては道がおかしい。

雪蓮に先導されて辿り着いたのは、美羽の部屋であるギルド長室であった。
ノックもなしに扉を開ける雪蓮に驚いた一刀だったが、幸い室内には誰もいなくて内心でほっとした。

久しぶりに入るギルド長室を見渡す一刀。
相変わらず無駄に豪奢な部屋であった。
その中でも一際目立っている、美羽用の立派な机と豪華な椅子。
なぜかそこに雪蓮が腰掛けて、口を開いた。

「改めて、ようこそ冒険者ギルドへ。私は貴方達を歓迎するわ」
「冒険者ギルド? 一体どういうことなんだ?」
「今からそれを説明するわ。私達が洛陽を脱出したのは……」

雪蓮が話した事の顛末。
その詳細を語ると長くなるが、全ては次の一言に集約される。

雪蓮達は、漢帝国の皇帝から迷宮の統括を委任されたのである。

洛陽は自治権を認められているのではなかったのか。
雪蓮達が稼がなければいけない10万貫はどうなったのか。
転売作戦の話は一体なんだったのか。

それら一刀の質問も含め、雪蓮の話を5W1Hの方式で要訳しよう。



・WHO
誰が洛陽への自治権を許可したのかといえば、それはもちろん皇帝である。
である以上、そこに嘴を突っ込むことだって可能なのだ。
普通であれば信用問題に繋がるため実行には移さないし、今の漢帝国軍の実力では洛陽に対する強制力はないに等しいが。

・WHAT
そのような愚行を皇帝が行った理由は何かといえば、そこで件のアイテムが出てくるのだ。
もともと不老不死を欲していた皇帝の目には、特に青銅の短剣飾りの効果は素晴らしいものに見えた。
この発見の成果を以て雪蓮達の罪は購われ、且つ他の探索成果を期待されて迷宮の統括を委任されたのである。

・WHY
なぜ作戦を変更しなければならなかったか。
それは勿論、一刀が七乃に伝えたパワーレベリングのせいである。
このままでは普通に10万貫を稼ぐのは厳しいと判断した雪蓮達は、皇帝に迷宮探索の成果物としてアイテムを献上することにしたのだ。
その成果は、前述の通りである。

・WHEN
作戦変更とその遂行は、雪蓮達の洛陽脱出以前から水面下で行われていた。
洛陽内にいる漢帝国将軍・恋に皇帝への渡りをつけてもらい、なんとか謁見の許可を得ることに成功した時、雪蓮は本作戦の成功を確信したそうだ。

・WHERE
洛陽を脱出するための身体能力、そして追手から逃れて皇帝のいる長安へと一気に駆け抜けるための体力。
それらを得るために、蓮華達は加護を必要としていたのだ。
加護を受けた彼女達の移動速度は、恐ろしく速かったことを付け加えておく。

・HOW
だが前述したように、皇帝からの委任を受けても実行力が伴わなければ意味がない。
実際に、洛陽に戻った雪蓮達に対して、七乃は唯々諾々と従ったわけではなかった。
ところが、七乃に従ったのはギルド職員や雇われ探索者達だけだったのだ。
つまり、剣奴達は全員雪蓮側についたのである。
雪蓮達が恩赦を約束したこともあるが、剣奴達のパワーレベリングをしていたのが彼女達だったことも大きい。



「うふふふ、あの時の七乃の悔しそうな顔ったら! 一刀にも見せてあげたかったわ!」
「それはいいんだけど、美羽や七乃は? まさか……」
「やっぱり貴方はお人よしね、一刀。安心しなさい、殺してないわ。今頃麗羽の所に逃げ込んでるんじゃないかしら」
「でも、そんなクーデターみたいなことして、本当に大丈夫なのか? 麗羽って、都市長なんだよな。 粛正されたりしないか?」
「こっちの委任を否定するってことは、麗羽自身の自治権を否定することと同じなのよ。どちらも皇帝の認可なんだから。そのくらいのこと、彼女だってわかっているはずよ」

このクーデター騒ぎでギルド周辺が封鎖されたため、7日目に桃香達が姿を現わせなかったのだ。
ギルドを掌握した雪蓮達は、そのことを聞いてすぐにBF15に向かったのだが、既に一刀達は『試練の部屋』に挑んだ後だった。
それで一刀達が捨てた荷物を回収して、テレポーター前で待っていてくれたのである。

探索者ギルド改め、冒険者ギルド。
雪蓮達の作った新たなギルドには、数多くの難題が待ち構えている。

例えば剣奴を全て解放する約束をしてしまったこと。

そんなことをして、今後のテレポーター警備はどうするのか。
冒険者を雇うのか、新たな剣奴を購入して育てるのか。
どちらを選ぶにしても、そのための資金はどうするのか。

そのことだけを例に挙げてみても、ざっとこれだけの問題が発生する。

だが今だけは、それらのことを忘れても許されるであろう。
ひしっと抱き合い、互いの無事と解放を喜ぶ一刀達なのであった。



「ところで一刀、そういえば貴方の加護神は、一体誰だったの?」

雪蓮にそう問われ、一刀はようやくそのことを思い出した。
あの時は急いでいたから気にも留めなかったが、その名前に心当たりがないことといい、『ひのきのぼう』といい、よっぽどしょっぱい加護神なのであろう。

「それが、呂尚って神様らしいんだけど、知ってるか?」
「うーん……、聞いたことがないわね。亞莎の加護神の呂蒙様と同じ姓だし、もしかしたら血族なんじゃないかしら?」

(ということは、呉かな。設定的には雪蓮のクランに入るべきなのかも……)

「ところで一刀殿、その『贈物』、よろしければ鑑定しましょうか?」
「あ、頼むよ、稟」
「では。……こ、これはっ!」
「おお?! なんか凄い効果があったのか!」
「大変言い難いのですが……、これはただの釣り竿ですね。それなのになぜか銘が入っていますが。どうやら『太公望の竿』という名前のようです」
「呂尚って、あの釣りの人かよっ!」

自分の加護神が三国志とまったく関係のない人物だったことに、よほどショックを受けたのであろう。
稟から受け取った釣り竿を、思わず床に叩きつける一刀。
だが、この時彼は気づいていなかった。

一刀が比較的好きなゲームメーカー『挫折』。
その中でも特に好きなのが、アクションゲーム『真・劉表無双』シリーズである。

実は、その人気の陰に隠れたゲームが存在する。
『真・劉表無双』と同じようなアクション性に加え、更にRPG要素を付加したそのゲームは、多くのゲーマー達に普通という評価を下された。
神ゲーもクソゲーも愛せる一刀ですら、そのあまりの普通さに全く記憶に残らなかったようなゲームだったのである。

そのゲームの名は『封神無双2』。
主人公は、一刀の加護神と同じ太公望である。

果たして一刀がこの先、『封神無双2』の存在を思い出すことはあるのだろうか。
そのゲームの内容は、彼の頭の片隅にでも残っているのだろうか。

いや、一刀の意思に関わらず、いずれ強制的に思い出すことになるであろう。



太公望がそのゲームの中で果たした役割が、封神であることを……。






-『迷宮恋姫』前編・完-



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:5/100
EXP:786/4500
称号:○○○○○○○○

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:43貫500銭



[11085] 中書き
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2009/10/03 16:02
諸君 私は恋姫が好きだ
諸君 私は恋姫が好きだ
諸君 私は恋姫が大好きだ

曹魏が好きだ
孫呉が好きだ
劉蜀が好きだ
南蛮が好きだ
漢王朝が好きだ
黄巾党が好きだ
他勢力が好きだ

魏ルートで  呉ルートで
蜀ルートで  黄巾ルートで
官軍ルートで 美羽ルートで
麗羽ルートで 白蓮ルートで
原作再構成で 転生オリ主で

この電子の海にうPされている ありとあらゆる恋姫物が大好きだ



朱里や雛里が「はわわ」「あわわ」と噛みながらしゃべるのが好きだ
2人でこっそりと物影に隠れて エロ本を読むシーンなど心がおどる

どこをどう補正しても 地味であることが隠しきれていない蒲公英が好きだ
決めポーズ&決めセリフでの登場シーンで ♪ジャカジャンと効果音が鳴った時など胸がすくような気持ちだった

月の予想外のキャラクター設定が好きだ
あの董卓が「へぅ……」とはにかみ メイド化する様など感動すら覚える

風が会話の途中で居眠りする様などはもうたまらない
稟の鼻血を克服するためといいながら なぜか風までエロシーンに巻き込まれているのも最高だ

どんなに桂花との会話を重ねても 最終的にツンしかなかった時など絶頂すら覚える

豊潤な大地を思わせる孫呉おっぱおの中で 最も発育の悪い小蓮が好きだ
小蓮のエロCGが前作の使い回しである様は とてもとても悲しいものだ

エロゲーの登場人物として ありえないくらい幼い璃々が好きだ
ありもしない親子どんぶりのCGを探し出すために 3日間徹夜したのは屈辱の極みだ



諸君 私は恋姫を 妄想の様な恋姫を望んでいる
諸君 私のSSを読んでくれている諸君
君達は一体何を望んでいる?

更なる恋姫を望むか?
原型を留めない 出落ちのような恋姫を望むか?
魔改造の限りを尽くし 恋姫でやる必要あるのかと何度も指摘されてしまう デッドボールの様な恋姫を望むか?



「恋姫!! 恋姫!! 恋姫!!」



よろしい ならば恋姫だ

私は満身の力を込めて今まさにキーボートを叩かんとするブラインドタッチだ
だが回想モードを何十回も見直し それでも各キャラクターの個性をうまく表現しきれない己の筆力のなさに耐えてきた私に ただの恋姫ではもはや足りない!!

幼女分を!! 一心不乱の幼女分を!!

一刀はわずかに1人 ただの節操なしにすぎない
だが一刀は 一騎当千のち○こ太守だと私は信仰している
ならば一刀は ただ1人で1000人のち○こ無双となる

一刀を兄と慕い 純粋な心を向ける幼女達の目を覚まさせてやろう
洋服をつかんで引きずり降ろし 一刀がエロゲーの主人公であることを思い出させてやろう
幼女達に一刀の味をピー ガガガ……






注:作中に登場する人物は、幼女という名の成人女性です












というわけで、前編完結です。

感想板でお知らせしたように、諸事情で今年一杯SSが書けなくなりました。
この時点でプロットから逸脱しまくりなので、この3ヶ月を今後の展開を練り直す機会にしたいです。

来年の1月中には再開する予定です。
今後ともお付き合いの程をよろしくお願いします。



[11085] 閑話・天の章
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/10 19:35
「あっ、あのっ! あの、俺……天和さんの歌、凄く好きなんです! これからも頑張って下さい!」
「わー、嬉しいです! ありがとうございます!」
「あとこれ、良かったら貰って下さい! よく知らないけど貴重な本らしいから、売ったらお金になると思いますんで、活動資金の足しにでもして下さい!」

とあるファンから貰った1冊の本。
この『太平要術の書』が、ただの芸人であった彼女達の運命を変えることになる。






天和、地和、人和は3姉妹の芸人である。
幼いころに父母を亡くし、その時から天和は2人の妹を姉として母として慈しみ育ててきた。
もともと穏やかな気質である天和の包み込むような愛情は、貧しいながらも2人の妹を真っ直ぐに成長させた。

そして最近は、姉や母としてだけでなくリーダーとしての役割も果たすようになっていた。
迷宮前の湯屋を拠点にライブ活動をしている彼女達『流し満貫シスターズ』は、洛陽でもそれなりに知られている存在なのだ。
ファン達に囲まれ、大好きな歌を踊りを披露して過ごす日々。
そんな境遇に、しかし彼女達は全然満足していなかった。

「あーあ、もっと大きなハコで歌いたいなぁ」
「無茶言わないでよ、地和姉さん。今の私達にそんな集客能力はないわ」
「やっぱり洛陽だけじゃダメよね。経験を積むために、大陸中をライブツアーなんてどうかな?」
「それも無理よ、天和姉さん。洛陽を出るためには、3人で15000貫も必要なんだから」
「ふっふーん。地和ちゃん、見てよこの本。さっきファンの人から貰ったんだけど、貴重な本だから高く売れるんだってさ」
「はぁ、姉さん。こんな本が15000貫で売れるわけ……ないけど、ちょっと待って、これは……」

自分が渡した本をペラペラと捲っていた人和の目が輝いてきたのを、天和は不思議に思った。
正直な話、天和は貰った本の中身をほとんど確認していない。
ただ高値で売れたらいいなぁと思っていただけなのである。

太平要術の書。
そこには、古今東西の様々な叡智が記されていた。

ゆで卵の殻を簡単に剥くコツ。
掃除の時に隅々までホコリを掃き取るポイント。
そして、芸人として大成するためのノウハウ。

「姉さん、これ、いけるかも! ほら、ここ見て!」
「戦闘用の楽曲? なにこれ?」
「人和、アンタまさか……迷宮に潜ろうなんて話じゃないでしょうね! ちぃは嫌よ、迷宮なんて暗くて怖くて汚い3K職場の代表じゃない!」
「お姉ちゃんも、危ないことは反対だよー」

俄然張り切っている人和とまったく乗り気ではない地和を見比べて、天和は自分の意思も2人に伝えた。
そんな姉達に向けて、懇々と説明する人和。

これらの楽曲を覚えて歌いこなすことによる芸風の広がりは、今後の芸人生活の大きな糧となること。
自分達のファンに守ってもらうことで、危険を最小限にすること。
神々の加護を受けることまでを視野に入れれば、身体能力をアップさせることにより声量やダンスの飛躍的な向上が見込めること。

「私達は、大陸一の芸人になるんでしょ! そのためには、出来ることはなんでもしなきゃ!」
「……やる前から諦めてちゃダメだよね! わかったよ人和ちゃん、お姉ちゃん頑張る!」
「もう、天和姉さんまで……。しょうがないわね、ちぃも付き合うわよ。そのかわり、絶対に私達の歌で大陸を制覇するんだからね!」

こうして、流し満貫シスターズとそのファン達による迷宮攻略が始まったのである。



迷宮へ潜り初めた当初は、慣れない環境と難易度の高い曲に苦戦の連続であった。
ファン達に守って貰いながらの戦闘。
人数の多い彼女達はその分取得EXPも低いため、LV的な急成長は難しい。
つまり、歌の技術や立ち回りなどのスキル面での向上が、より深い階層へと潜るための必須条件だったのである。

「痛ぅ。もー、人和! もっと優しく包帯巻いてよぉ!」
「ちょっとは我慢してよ、姉さん。歌に夢中になりすぎよ。戦闘中なんだから、もっと周りを見なきゃ」
「というかさー。ちーちゃん、今日ステップが間違ってなかった?」

「え、嘘?!」
「怪我をしたってことは、ステップが間違ってるってことなのよ、地和姉さん。本の通りに踊れていれば、モンスターは幻惑されるはずだもの」
「へへっ、お姉ちゃんは今日は無傷でしたー!」

「くぅぅぅ、わかったわよわかったわよ! 天和姉さん、その本今日一晩貸して!」
「姉さんは今まで本を読んで覚えられた試しがないでしょ」
「ちーちゃん、後で一緒にステップのおさらいしよっ。ちーちゃんは体で覚えるタイプなんだから、無理しないでね」

「ぐっ、ホントのことだから言い返せない……」
「さ、手当は終わりよ。ご飯でも食べに行きましょ」
「はーい、お姉ちゃん、今日は点心が食べたいでーす!」



試行錯誤を繰り返しながら、順調にスキルアップを果たしていく3人姉妹。
だが迷宮探索で最も肝心なLVの上昇は、亀の歩みのようなものであった。
迷宮に潜り始めて半年以上が過ぎた現時点で、彼女達は未だに4つの『贈物』しか得られていなかったのである。

「この間、探索者ギルドから発表があったじゃない」
「地和姉さん、それは前の名前でしょ。今は冒険者ギルドって名前になってるわよ」
「焼売、うまうまー」

「そんなのどっちでもいいの! それよりLVの話よ!」
「ああ、【今まで貰った『贈物』+1】をLVと称して、適正フロアの基準にするってやつよね」
「餃子、うまうまー」

「その話からすると、ちぃ達の適正フロアはBF5で合ってるのよね? それにしては敵が弱く感じるけど……」
「適正フロアはあくまで1パーティでの目安でしょ? 私達は人数も多いし、その分だけ楽なのよ」
「小龍包、ふはふはー」

「「天和姉さん、ちゃんと打ち合わせに参加してよ!」」
「……ご飯の時くらい、のんびりしようよぉ」

そう言う天和も、食べることに集中しているようで話自体はちゃんと聞いていた。
なにせことは自分達の身の安全に直結する話だからである。
その証拠に、熱々の汁を皮と共に飲み下すと、2人の妹に向けて自分の考えを話し出した。

「お姉ちゃんが思うに、問題は……あ、すみません、杏仁豆腐を追加でー」
「「後にしてっ!」」

天和が考えていたこと。
それは自分達のLVアップの遅さについてである。

「LVが適正フロアの目安になるってことは、LVを上げさえすれば今の階層だったらより安全になるし、深い階層にも行けるってことでしょ?」
「それはそうだけど、そのためには『贈物』を貰わなきゃいけないってことじゃない。ちぃ達の魅力で太祖神様におねだりしてみる?」
「そんなに簡単に『贈物』が貰えたら、苦労しないわよ。『贈物』を貰うには経験を積まなきゃいけないって話だし、今まで通り地道に戦闘を積み重ねていくしかないわ」

「それがね、簡単にLVを上げる方法があるらしいの。昨日ファンの人に聞いたんだけど……」

天和が入手した情報。
それはPL(パワーレベリング)である。

冒険者ギルドの長である雪蓮のクランが、旧ギルドの命令の下で剣奴達に対して行ったPL。
それを受けた剣奴達もギルドが移り変わる際の恩赦により、今や自由の身になっていた。

迷宮探索から足を洗う者。
ギルドと契約して専属冒険者となりテレポーターを守る者。
フリーの冒険者として迷宮探索を続ける者。

そして、そんな剣奴達の一部が手っ取り早く金銭を得るために始めたのがPL屋である。
とはいえ、きちんと体系だった組織ではない。
そのため質もピンキリであった。

元々深い階層を警備していた面子であれば、強化されたLVに準じたスキルもそれなりに伴っている。
しかしこれが元は浅い階層の面子だった場合だと、仮に同じLVであっても持っている技術に天と地ほどの差があるのだ。

「よぉ、お嬢さん達。ちょっといいか?」
「あ、ファンの方ですか? ごめんなさい、今はプライベートなんで……」
「いや、悪いが聞くともなしに話が聞こえてきてな。俺達、そのPL屋なんだよ。丁度今仕事が片付いた所でな。これもなにかの縁だ、良かったら俺達にPLを依頼しないか? 本当は1週間500貫なんだけど、半額で請け負うぜ」

隣のテーブルにいた男達が、3姉妹に話しかけてきた。
当然彼女達はPL屋に質の問題があることも知らないし、相場だってわからない。
わからないが、物事にはタイミングというものがある。

天和はこの偶然と幸運に気を良くし。
地和は自分達のステップアップに期待を寄せ。
人和は半額という響きに興味を抱き。

3人共、乗り気で男達と話を進めていった。

「料金は前金で全額支払って貰うぞ」
「えー、普通は前金と後金で半分ずつじゃない」
「本来はそうだけど、元々半額で請け負うって話なんだから、そのくらいは妥協して貰いたいな。嫌ならこの話はなかったことに……」
「ちょっと待ちなさいよ! ……姉さん、人和、どうする?」

250貫といえば、3姉妹が慎ましく暮らして1年は持つ程の大金である。
更に言えば、彼女達の全財産に近い額でもあるのだ。
迷宮内での収入が多少あるとはいえ、湯屋での仕事も長く休み過ぎたせいでクビになり定期収入が得られない現状では、厳しいものがあった。

「でも、ここで私達がLVを上げておけば、今度はファンのみんなに私達がPL出来るようになるし」
「そうすれば、深い階層に潜れるようになるわ」
「そしたらモンスターのドロップアイテムだって良くなって、収入も上がるわね」

相談している3姉妹に向けて、男達が口を挟む。

「俺達とBF11に1週間潜れば、お嬢さん達もあっという間に深い階層で戦えるようになるぜ」
「……ホントですか?」
「ああ、勿論。大船に乗ったつもりで安心して任せてくれよ」
「うーん、それじゃ……」
「悪いんだけど、その話はなかったことにしてくれ」

了承の返事をしようとした天和の言葉を、いつの間にかいた見知らぬ男が遮った。
あっけにとられる3姉妹や男達をよそに、彼は天和に向けて話しかける。

「えっと、天和さんで合ってるよな? 俺、ギルドの使いで君達に話があって来たんだけど……」
「ちょっと待てやコラッ! 今はこっちが取り込み中なんだよ!」
「あーっと、あんたら5人共LV10だろ。LV5の彼女達を守りながらBF11で戦うのは、安全面でかなり無理があると思うんだけど。8人じゃパーティも組めないし、そうなると効率もがくっと落ちるだろ。それで1週間程度じゃ彼女達のLVはあまり上がらないんじゃないか?」

「他者の力量が分かる程度の能力……お前、いやアンタ、もしかして……」
「商売の邪魔したのは悪かったよ。埋め合わせの仕事を紹介して貰えるように手配するから、後でギルドに来てくれ」
「あ、ああ、分かった。……割のいい仕事を頼むぜ。行くぞ、お前ら」



これが3姉妹を伝説的芸人『数え役満シスターズ』へと変貌させる切っ掛けとなる、一刀との出会いであった。



[11085] 閑話・地の章
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/09 11:12
「で、どういうことなのよ! ちゃんと納得のいく説明をしてよね!」

地和は目の前の男に不信感と怒りを感じていた。
それはそうであろう。
男は彼女達の会話に割って入り、勝手にPLの契約を御破算にしてしまったのだから。

「じゃあまず自己紹介からかな。俺は一刀、フリーの冒険者だ」
「フリー? アンタさっき冒険者ギルドの使いって言ってたじゃない」
「ああ、君達への忠告? 折衝? うーん、まぁ交渉かな。とにかくギルドからの依頼で君達と話し合いに来たんだよ」
「なによそれ?」
「ほら、君達って狩りの度にテレポーター前を大人数で占拠するからさ。このままだとちょっとまずいことになりそうなんで……」

言われてみれば、地和達には心当たりがあった。
自分達がテレポーター前に行くと、先客の冒険者達が場所を移したり入れ違いに帰ったりしていたような気がする。
その時こちらに不満げな顔を向けて来た覚えもある。
よくよく考えてみると自分達と狩場がかち合った場合、こちらが大人数な分だけ他の冒険者には迷惑だったのであろう。

「それにさっき、LVの話をしてただろ? あんまり大人数で狩りをしてるとLVは上がらないよ。上層でのLV上げならソロでもいいくらいだし、多くて3人程度だと思うけど」
「え、そうなの?! ちぃ達いつも10数人で狩りしてるんだけど……」
「LV5のBF5でそのやり方だと、1つLVを上げるのにモンスターを数百匹以上倒す必要があるんだよ」
「な、なんでアンタにそんなことがわかるのよっ!」

声を荒げる地和だったが、なんとなく一刀の言うことが正しいのだろうという直感が働いていた。
天和や人和も地和と同じように感じていたのだろう、先程の男達との会話も含めて一刀に疑問を投げかけた。

「貴方はどこでそれを知ったんですか? どういう根拠があるんです? どうやって調べられるんですか?」
「それに一刀さん、さっき私達やPL屋さんのLVも知ってたよね。なんでなんで?」
「俺の加護スキルで、他の人の実力が大体分かるんだ。後はどのLV帯の人がどこでどれだけの敵を何人で倒したらLVアップしたかをじっくり観察しただけ」

「観察しただけって……アンタって、ずいぶんと暇人なのね」
「まぁ、自分も含めて最初の数人だけじっくり観察して、ある程度の法則は掴めたし。そこから先は、その法則が合ってるかどうかの検証だけだから」
「その法則、もっと詳しく教えてくれませんか?」
「悪いけど、他の人との契約上の制約があってね。ボカして説明するのが精いっぱいなんだ」

「ねぇ、一刀さん。お姉ちゃん、もうちょっとだけ詳しく知りたいなぁ」
「え、うわっ、えぇと……じゃ、後ちょっとだけ……って、柔らかい感触に負けるな俺! 違約金なんて絶対払えないんだから、華琳に身売りすることになるぞ」

相手の腕に抱きついてのおねだり攻撃は、天和の得意技である。
膨らみを感じて鼻の下を伸ばしながら、ブツブツと自制の言葉を呟く一刀。
一刀の攻略を姉に任せ、その隙に地和は人和に相談を持ちかけた。

「ねぇ、どうする? ギルドの話を突っぱねて現状維持って訳にはいかないよね?」
「ええ。迷宮を探索する以上、ギルドと対立するのは得策じゃないわ」
「それに今のやり方じゃ先行きも暗そうだし……」
「大丈夫、地和姉さん。一刀さんが評判通りの人だったら、私に考えがあるわ」

「評判? 一刀って、そんなに有名なの?」
「私も話してて気がついたんだけど、ほら、例の導き手よ」
「あー! そう言えば、あの導き手も一刀って名前だったかも!」
「あの噂が本当なんだとしたら、交渉は私がした方がいいわ」

あの有名な称号の持ち主にしては、天和の巨乳に籠絡されかかっている一刀の姿に一抹の不安を覚える人和。
というか、それ以前にあんな称号の持ち主に対して呼びかけること自体が不安な人和であったが、勇気を振り絞って一刀に話しかけた。

「あ、あの! 一刀さんって、あの『小五ロリの導き手』ですよね?」
「いや、ちょっと待て!」

契約とボインの板挟みで心が揺れ動いていた一刀だったが、人和の言葉で一気に我に返った。
彼が認識している自身の称号と人和の言うそれとは、似ているようで大きな隔たりがあったからである。

人の能力が分かる=悟り
人の育成が得意=導き手

これは彼の特徴を基に冥琳が名付け、冒険者ギルドから送られた称号なのだ。
ギルドに対して著しい貢献のあった一刀に対する報奨の一部である。

若干蛇足になるが、なぜこれが報奨になるのかを説明しよう。
この称号をギルドが送るという部分が重要なのである。
そうすることによって、一刀の能力をギルドが保証したということになるのだ。
つまり他の冒険者に比べて信用が出来る分だけ、様々な依頼を優先的に受注出来るのである。

名付けられた時は多少中二病っぽいなぁと思っていた一刀だったが、上記のようなメリットがあるため、ありがたく頂戴しておいた。
だがまさか伝達されていくうちに中二どころか小五になっているとは、さすがの一刀も予想出来なかった。

「悟りであって、決して小五ロリじゃない! ていうか、洛陽に小学校なんてないだろ!」
「5歳よりも小さい子供が本命だって話ですよね。でもそこを曲げてお願いします、私達も導いて下さい! 私もロリですし、地和姉さんだって貧乳には自信があります!」
「ちょっと! 勝手にちぃの胸に変な自信を持たないでよ!」
「5歳以下が本命って、それなんて精神病だよ!」

収拾のつかなくなった場を見兼ねたのだろうか、それともただの偶然なのか。

「お待たせ、杏仁豆腐だぜ。取り皿は4つでいいよな」

先程天和の注文した品物を持ってきた、ある意味空気の読める店員さん。
その店員さんの乱入のお陰で、混沌とした場がリセットされたのであった。



「うーん、美味いんだけど、なんでキノコ入りなんだ?」
「珍しいよねぇ。そう言えば、点心も全部キノコ入りだったよ」
「でもちぃ、あんまりキノコって好きじゃないんだけどなぁ」
「地和姉さん。好き嫌いばっかり言ってると、胸が育たないわよ……」

などと杏仁豆腐を食べながら歓談する4人。
ひとまず落ち着いた所で、先程の話に戻った。

「基本的には私達もギルドに逆らう気はないんです」
「ちぃ達だって、他の冒険者の邪魔なんてしたくないし」
「でもそのためには、いくつか問題があるの」
「そういうことなら、その問題の解決も俺の仕事のうちだし、良かったら相談に乗るぞ?」

3姉妹の言葉に気軽に応じた一刀。
だが、すぐにその発言を後悔することになった。

「はぁ?! 3人共、モンスター倒したことないの? 1匹も?」
「だってファンの子達がやってくれるしー」
「それに、ちぃ達が直接モンスターをやっつけるなんて、怖いじゃない」
「私達は戦闘用の歌と踊りと演奏で、みんなの応援をしているんです」

そう言って人和は、太平要術の書を一刀に手渡した。
応援ってなんじゃそりゃ、と思っていた一刀であったが、本を読んで人和の説明を聞いていくうちに戦闘用の楽曲の意味が分かってきた。

「へぇ! これ、『拘束の風』と同じ効果で敵全体が対象じゃないか。魔術師じゃなくても歌と踊りで同等以上の性能だなんて、凄い大発見だぞ!」
「でも条件がかなりシビアなんだよ。この『ゆっくりソング』なんて、3人の歌い手が微妙にずらしたタイミングと同じテンポでハモらないと効果が出ないし」
「歌と踊りの専門家のちぃ達が半年やっても、未だに3回中1回は失敗するんだよ」
「普通の冒険者じゃ、とても実戦では活用出来ないと思いますよ?」

3姉妹の意見も分かるが、それでも一刀はその発見が非常に価値のあることだと考えていた。
MPがいらないというのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。
桃香の加護スキルもMP消費なしで回復や補助が出来る仕様であるが、パーティ戦におけるその使い勝手の良さは他の追随を許さない。
実際にその効果を実感したことのある一刀には、そのことが身にしみるほど理解出来ていたのである。

しかもこの太平要術の書に記されている戦闘用の楽曲は、桃香の加護スキルを効果はともかく『全体が対象』の部分では超えているのだ。
一刀の知る限りでは、敵や味方への全体対象の補助系効果は他に存在しない。

他に存在しないような性能とシビアな発動条件。
つまりはそれだけバランスブレイカーな存在である証左なのである。

「うーん……。3人必要な楽曲も存在する以上、1人ずつバラけてパーティ編成するってのは大却下だし、かといって3人一緒じゃパーティメンバー全部ミネラルでデルピエロ戦……むしろ全部ステテコ?」
「一刀さん。ミネラルとかステテコとか、一体誰なんですか?」

両者共クエクエ4の馬車の一部である。

「ギルドの総力を挙げてPL? いや、スキル重視でいくならPLは有害にしかならないよな……」
「ギルドの総力を挙げてって……」

もちろん一刀にそんな権限はない。
現状ではあくまでも一刀は一介の冒険者であるに過ぎず、今ギルドの依頼に従っているのは金稼ぎの一環である。
ちなみに、PL屋へギルドから仕事を回す話は、今回の交渉における必要経費ということで冥琳に頼むつもりであった。

但し今までの実績を考えると、一刀の発言はギルド内ではそれなりに重い。
一刀の提案を雪蓮が即座に取り上げることはないにしろ、熟考されることは間違いない。
そういう意味で、一刀の「ギルドの総力を挙げて」という発言は絵空事とは言えない。

「そもそも貴重な才能とはいえ、彼女達もずっと冒険者をやるって決まってる訳じゃないんだし……」
「ねぇ、一刀さん。一刀さんってば!」
「え、ああ。ごめんごめん。そういえばまだ君達の目標を聞いてなかったな。迷宮の最下層を目指したいのか、お金稼ぎが目的なのか。その方向性によって、助言内容も変わってくるし」

そう尋ねる一刀への3姉妹の答えは、ここで言うまでもないであろう。






3姉妹の今後の方針を決めるためにも、一度その実力を見ておきたい。
そう一刀に言われて、天和達は彼を伴い迷宮へと降りた。
場所はBF5のテレポーター前。
彼女達がここ2週間ほど拠点としていた場所である。

「一刀、絶対に私達を守ってよ! 絶対なんだからねっ!」
「わかってるって。BF5程度なら、地和達の安全は保証するよ」

いつもと違って僅か4人であることに、地和は心細さを感じていた。
そんな地和と同条件なのにも関わらずポーカーフェイスを崩さない人和と、いつも通りニコニコしている天和。
自分の姉妹ながら、地和は彼女達の神経の太さに感心と呆れが混じった視線を向けた。

「ん? ちーちゃん、どうしたの?」
「……別に。なんか一人でビクビクしてるのが馬鹿らしくなってきたとこ」
「地和姉さんの緊張もとれた所で、早速始めましょうか」

人和の言葉に、最初に釣るべき敵を物色する一刀。
そんな一刀の耳に、天和の美声が響いてきた。

「みんな大好きー! ……あれ? 一刀さん、ちゃんと「天和ちゃーん」って言ってよぉ!」
「天和姉さん。ファン達の前じゃないんだから、今日はそこは飛ばしてもいいんじゃない?」
「えー、ちぃはこれやらないと、気合いが入らないんだけどなぁ」

「……悪いんだけど、戦闘用の楽曲からで頼むよ」
「仕方ないなぁ。それじゃ、『まっするソング』からいくね」
「ああ、よろしくな」

その声を合図に、地和がステップを刻み始める。
すると今まで単なる服の飾りだと思われていたものが、シャンシャンと音を奏でてリズムを作り出した。
彼女が両手にそれぞれ持っているジャラジャラと装飾された鉄輪同士を叩き合わせ、その音がリズムに拍車をかける。

そのリズムに艶やかな色を塗りつけるかのように、人和が弦楽器のようなものを弾き鳴らした。
メロディアスな曲がリズムと合わさって、大広間の空気を震わせる。
そして両手に持ったカラフルな巨大マリモのようなものを振りかざして踊っていた天和の歌声が、その場を支配した。

「♪ゴー、ゴー、マッソー!」

天和達の奏でる楽曲に、一刀は大広間に稲妻が走ったような錯覚を覚えた。
自分の中に燃え盛る炎があることを自覚し、戦士として目覚めたような気持ちである。
今なら勝利に向かってビーム的ななにかすらも打てそうであった。

「これは……。もしかして、『大地の力』よりも効果があるんじゃないか?」

そう呟きながら、音に釣られて寄って来たコボルトにダガーを振るう。
一刀のダガーを防ぐようにコボルトも錆びついた剣を頭上へと翳すが、まるで豆腐を切るような感覚で剣ごとコボルトの頭を断ち切る一刀。
加護を得て身体能力もアップし、しかも魔力の籠った武器まで所持している一刀にとって、このフロアのモンスターはもはや雑魚でしかなかったが、それでも今のように敵を倒すことは出来ない。
つまりはそれだけ人を超えた力、いわゆる超人パワーを付与されているということである。

「「♪えむ・ゆー・えす・しー・える・いー MUSCLE!」」
「♪マッスールーマーン ゴーファーイト!」

地和と人和のサイドボーカルが、天和の声を一段高い場所へと導く。
その透き通るような天和の歌声が一刀の体中を駆け巡り、彼の力は益々と漲ってきた。

ところで音というものは、空気を震わせて伝わるものである。
である以上、この歌声は一刀以外にも聞こえている。
当たり前のことであるし、だからこそ『全体効果』であるのだが、その当たり前のことがこの場合は彼女達にとってウィークポイントとなっていた。

音に釣られて寄って来るモンスターが後を絶たないのである。
幸いなことにパワーアップ効果はモンスターには影響を与えていないようであったが、敵の数が多すぎた。
360度から迫りくるモンスターを相手に、一刀だけでは3姉妹を庇いきれなくなってきたのである。

「天和! 『まっするソング』はもういい! 敵のスピードを下げてくれ!」
「はーい、それじゃ『ゆっくりソング』いくねー」

直径5メートル程の真円を描くように、ぐるぐると回り始める3人。
最初はスローペースだったその動きが、どんどんと早くなっていく。
そしてその速度が頂点に達した時、3姉妹の口が開いた。

「「「♪ゆっくり~ ゆっくり~ ゆっくり~ ゆっくり~」」」

その歌詞に隷属するかのように、モンスター達の動きが遅くなっていく。
そして唐突に3人の動きが止まり、人和と地和が息を合わせて演奏を開始した。

人和の弾く『まっするソング』よりもアップテンポの曲は、奏でるというより突き刺すという印象である。
靴にもなにか仕込みがしてあるのだろう、地和のステップがまるでドラムのようなビートを生みだし、人和のメロディをより攻撃的にさせる。
そして天和のソプラノが、迫りくるモンスター達に投げつけられた。

「♪ゆっくーりしーっていって!」
「「♪しーっていって! しーっていってーね!」」
「♪ゆっくりとしーっていって!」
「「♪しーっていって! しーってい「きゃっ」

敵の動きが遅くなったとはいえ、いなくなった訳ではない。
しかも踊りのために3姉妹間の距離も開いていたため、ついに一刀のフォローが間に合わなくなったのだ。

「人和! ……え?!」

一刀は自分の目を疑った。
攻撃を受けたはずの人和の姿が一瞬霞んだと思ったら、なぜか無傷でその場に立っていたのだ。

だが、そのことを詳しく聞く余裕はなかった。
なぜなら、人和が悲鳴を上げたために歌自体が中断されたからである。
それにより本来のスピードを取り戻したモンスター達が、3姉妹に向かって一斉に襲い掛かってきたのだ。

人和に襲いかかっていたゴブリンの首を、デスシザーで切断する一刀。
そのまま地和に走りより、傍にいたポイズンビートルを蹴り飛ばして一刀は叫んだ。

「3人共テレポーター小屋に逃げ込め!」
「え、でも、アンタ一人だけ残して……」
「いいから、早く!」

鉄輪でコボルトの攻撃を防いでいた地和は、一刀の指示に従うことにためらいを覚えたのだが、重ねられた言葉にしぶしぶ従った。
天和や人和も自分が足手纏いなのを自覚していたため、素直に小屋へと避難してきた。

3姉妹さえいなければ、このフロアの敵など何体かかってきても一刀の敵ではない。
鎧袖一触、集まって来ていたモンスター達を蹴散らす一刀に、3姉妹は目を見張った。

「わー、一刀さんって凄いねー」
「ほんと、なんか凄い……。で、でも、アイツはちぃ達を守り切れなかったんだから!」
「ファン達と比べても、加護持ちの身体能力はやっぱりケタが違うわね。……私達も欲しいわ」

三人三様の思いで自分を見つめる視線を感じながら最後の敵を切り倒し、一刀は溜め息をついた。
肉体的に疲労を覚えた訳ではない。
ただでさえ疲労に鈍いという特性を持つ一刀が、今更このフロアで疲労を覚える訳がないのである。

「……予想以上に難しいなぁ」

歌の効果や特性。
それが及ぼすメリットやデメリット。
そして3姉妹自身の装備と身体的能力。

彼女達の育成方針をどうするべきかと、一刀は再度大きな溜め息をついたのであった。



[11085] 閑話・人の章
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/10 10:59
一般的に冒険者のLV上げには、3通りの方法がある。

雑魚相手の乱獲。
同じ強さの敵相手の連戦。
強敵相手の戦闘。

ところが3姉妹の場合は、選択肢が存在しない。

雑魚相手の場合は、人数的な問題が出る。
音に惹かれて集まって来ている時点で3姉妹はタゲられているため、仮にファン3人で敵を倒したとすると、唯でさえ少ない経験値を更に6で割ることになってしまう。
これでは加護を目的とした場合、安全圏のLV17に到達するまでに数万の敵を倒さねばならない。

強敵相手の場合は、敵数の問題が出る。
釣りのコントロールも出来ない強敵戦など、自殺と変わらない。

そして同じ強さの敵相手の場合。
これならば一見問題ないように見えるが、ここで一刀が3姉妹と交渉に来た理由を思い出して欲しい。
そう、狩場荒らしの件である。

結局どのやり方を選んでも戦闘方法が音楽である以上、狩場荒らしの問題は残ってしまうのだ。

「じゃあ一刀さんは、私達にどうしろって言うんですか?」
「うん、とりあえず3人には本物の戦闘ってやつを見学して貰おうと思ってるんだ」
「本物の戦闘?」
「ああ。それを見ても迷宮探索を諦めないのであれば、本格的に力を貸すよ」

普段は冷静沈着であり理論派でもあるため、一刀の話に受け答えする係を買って出ていた人和。
そんなしっかり者の彼女だったが、「どうせ挫折するだろうけどね」とでも言いたげな彼の言葉に、自分の頭に血が上るのを自覚した。
ちなみに2人の姉は迷宮戦の疲れが出たのであろう、彼の説明を子守唄に寝入ってしまっていた。

どうでもいい人物の言葉に一喜一憂する人和ではない。
だがBF5での一刀の戦いや今の打ち合わせで、人和は彼の実力を認めていた。
そんな人物に、自分達が安く見られたと思ったのである。
彼女が冷静さを失うのも無理はない。

「分かりました、見学でもなんでもします。その代わり、本格的に力を貸すって言葉を絶対に忘れないで下さいね!」

地下何層に行くのか、誰と一緒に行くのか。
普段の人和であれば絶対に確認したであろう事柄もスルーして、彼女は一刀に即答してしまった。
というか普段の彼女であれば、万が一を考えて自分達の実力以上の場所は絶対に避けるはずだし、返事をする前に姉達に相談するはずである。

「それじゃ一週間後の正午に迷宮前で待ち合わせってことで。荷物は基本的にこっちで用意するけど、何日か迷宮内で泊まる予定だからそのつもりで」
「め、迷宮内で泊まりって……」
「加護を受けるくらい上に行こうとするなら、それも当たり前のことになってくるんだ。そういうのも含めて見学ってわけさ」
「それ、私達も割と危険なんじゃ……」
「まぁ100%安全だとは言わないけど、そこら辺はちゃんと考えてあるから大丈夫。任せとけって」

任せておけと言われても、さすがに不安を覚える人和。
だが先程「見学でもなんでもします」と言ったのは自分自身なのだ。
その舌の根も乾かない内に、その言を翻すことにも抵抗がある。

そうこう思い悩んでいるうちに一刀に去られてしまい、結局なにがどう大丈夫なのかすら問い質すことも出来なかった人和なのであった。



そんな人和の不安も、翌日の姉達との会話でほぼ解消されることとなった。

「一刀さんみたいに名の知れた冒険者が任せろって言ってるんだから、きっと大丈夫だよー」
「ちぃ達に相談もなしに決めたのはアレだけど、まぁアイツが言うなら大丈夫なんじゃない?」

2人の姉は、一刀のことを随分と高く評価しているようである。
そしてその姉達に負けず劣らず、彼のことを買っている自分に気づく人和。
確かに彼が任せろと言っている以上、余程のことがない限り大丈夫であろう。

そう考えて気が楽になってきた人和は、姉達と別行動をとって買い物に出かけた。
のんびり屋の天和やおおざっぱな地和と違って、何事も万全の準備を整えて挑むタイプである人和は、今日出来ることを先送りするのを良しとしない性格である。
1週間後の迷宮探索に向け、早速準備を整えようという腹積もりであった。

(あれは、一刀さん……なにやってるのかな)

遠目に一刀を発見し、声を掛けようと近づく人和。
ところが彼は、突然トップスピードで走り出し、前方の幼女に抱きついたのである。

「桂花ぁぁぁ! 会いたかったぞ、この野郎!」
「きゃー?!」
「丁度お前等の所に行こうと思ってたんだ、これが運命の導きなのか、だからほら、もっと触らせろ抱きつかせろ舐めさせろ!」
「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」
「こら、暴れんな! パンツ脱がせにくいだろっ!」
「ガウッ! ガウッ! がぶーっ!」
「痛っ、なにすんだコイツ!」

(なにすんだコイツなのは、一刀さんの方じゃ……)

そっと踵を返し、一週間後に迫った迷宮探索に向けて、自分達で如何に安全を確保するかを真剣に検討し始める人和なのであった。






「お、時間通りだな」

一週間後3姉妹が迷宮前に到着した時、そこには既に一刀の姿があった。
いや、彼だけではない。
そこには洛陽で一番有名であると言っても過言ではない、華琳とそのクラン員達が勢揃いしていたのだ。

ちなみにネコ耳フードは、一刀とは最も離れたポジションを確保済みである。
距離感のある桂花との関係をなんとかしようと彼なりに考えたコミュニケーション方法は、どうやら大失敗に終わったようだ。

「彼女達が、貴方が言っていた荷物かしら?」
「ああ。悪いけどよろしく頼むな」
「その代わり荷物が増えた分だけの働きをちゃんとするのよ」
「分かってるさ」

華琳が言っている『荷物』とは、明らかに自分達のことである。
その言い草に憤りを感じる3姉妹であったが、芸人である彼女達にとって表情や態度を取り繕うことはお手の物だ。
そうでなければ、時には酔っ払いを相手に笑顔でお酌する必要もある『湯屋』のアイドルなど出来ない。

荷物発言は華麗にスルーして、笑顔で華琳とそのクラン員達に挨拶する3姉妹。
互いの自己紹介も終わって早速迷宮探索へ乗り出そうとした時、一刀から待ったが入った。

「あれ、迷宮に潜ったのか? 人和のLVが上がってるな。神殿には行った?」
「いえ、行ってないです」
「華琳、悪いけど少し待っててくれ。すぐ隣だし『贈物』が装備品かもしれないから、万が一の時のために行っといた方がいいだろ」
「相変わらず便利ね、貴方の加護スキル。少しだけ羨ましいわ」
「その10倍、華琳の加護スキルの方が羨ましいよ……。一人で行かせるのもなんだし、俺も付き合おう。行くぞ、人和」

そう言って人和の手を取り、走り出す一刀。
彼が同行したのは、こうやって華琳を待たせる時間を少しでも短縮するためである。

人和の安全と華琳の機嫌を天秤にかけて、間を取った一刀の機微は、当然人和には伝わっていない。
馴れ馴れしく自分の手を握ってきた一刀の男性としての評価を、更に1ランク下げた人和だった。

そして一刀の不幸はそれだけでは収まらなかった。

「ぬふぅん、ご主人様。最近まったく神殿に来なくなったと思えば……」
「うふぅん、可愛らしい女の子とおてて繋いで登場だなんて……見せつけてくれるわねん!」

そう、図らずも神殿の漢女達の嫉妬心を煽ってしまったのである。
キュピンと目を光らせ、一刀に迫りよる2体の半裸マッチョ。

「漢女道を極めた儂等と、そんなチンケな小娘。どこを取っても負ける要素が……むぅ、これは不覚! 儂としたことが、大事なことを見落としておったわい!」
「あらん、わたし達の一体どこに隙があったというのん?」
「ぬぅ、まだわからんのか貂蝉よ。儂等になくて小娘にあるもの、それは眼鏡じゃ!」
「うふ、さすが卑弥呼だわん。それじゃ眼鏡っ漢属性のあるご主人様のために、早速街に買いに行かないとねん」
「よし、皆の者、本日はこれにて終いじゃ。往くぞ貂蝉、お布施の貯蔵は十分か?」
「ぶるらぁ!」

言うや否や、まるで嵐のような破壊力で人々を薙ぎ倒しながら進む漢女達の背中を、あっけに取られて見送る一刀と人和。
漢女達の会話にツッコミ所は山ほどあったが、彼がツッコめのは一言だけであった。

「それ、どう考えても『めがねっこ』って読めないだろ……」

ちなみに、精神的なショックから立ち直るのに結構な時間が掛かってしまい、迷宮前へ戻った時には華琳の機嫌が急降下していたことが一刀の最大の不幸であったことを付け加えておく。






「季衣、向こうに3体。流流はあっちに2体だ」

一刀の合図に、季衣達が動き出す。
やがてそれぞれの方角から、勇ましい掛け声と共に破壊音が鳴り響いてきた。
その音はだんだんと大きくなってきて、ついには3姉妹の付近でも戦いが始まった。

(これが、本物の戦闘……)
(怖い、なんなのこれ?)
(敵もそうだけど、季衣ちゃん達も……)

「どりゃー!」
「ぜやー!」

敵に当たればその敵を、壁に当たればその壁を、床に当たればその床を、ありとあらゆるものを破壊する程度の超重量武器を振り回す季衣と流流。
壁や床の破片が3姉妹にも容赦なく降り注いだ。
肉体的にはまったくダメージを受けていない彼女達だったが、その精神はもはや限界に近かった。

(きゃっ?!)
(ちぃ、もう帰るー!)
(もーいやー!)

桂花、風、稟が呪文を唱え、季衣達の身体能力を魔術で底上げする。
その結果、季衣達の行動はまるで竜巻のような破壊力を持つまでに至った。

攻撃ではなく行動と表現するのには訳がある。
これ程の破壊力を持つ彼女達は、実は敵の撃破を目的としていない。
彼女達の役割は、勢子なのである。

季衣達に追われたモンスター達が、更に秋蘭の弓によって行動を規制される。
初めは5体いた敵も1体ずつ脱落し、残りは3体。
その生き残り達が行き着いた先には、華琳のためだけに振るわれる刃、春蘭が待ち構えていた。

「斬れぬものなど、あんまりないっ!」

まるで武という言葉が人になったと表現するに相応しい彼女の1撃は、強敵であるはずの下層のモンスター3体を同時に斬り飛ばしたのであった。



さて、そろそろ種明かしをしよう。
なぜ低LVの3姉妹が、戦闘に巻き込まれているにも関わらず無傷で生き残っているのか。
その対策こそが、今回の迷宮探索を華琳のクランに頼んだ理由である。

「桂花、そろそろ2時間経つぞ」
「話しかけないで! 妊娠するでしょ!」
「……いきなり抱きついたのは本当に反省したから、もう許してくれよ」
「許す許さないの問題じゃないのよ! 死なすか殺すかの問題なのよ!」
「どっちにしろ死亡確定なのかよっ!」

エキサイトする一刀を無視し、桂花の口が呪文を紡ぐ。
それを見た一刀が口を噤むのと同時に、桂花の魔術が完成した。

≪-鉄皮-≫

黒い光が天和を包み込み、鉄像と化している彼女の体に掛けられた魔術を上書きする。
地和と人和にも同様に魔術を掛け直すと、桂花は華琳に抱き着いた。

「華琳さまぁ、『鉄皮』を3回も使わされて、魔力が足りなくなっちゃいました。この桂花めに魔力を分け与えて下さい」

目を閉じて顔を持ち上げる桂花。
華琳の加護スキルのひとつである魔力の受け渡しは、粘膜同士の接触が必要なのである。
それはつまり、桂花にとってなによりのご褒美であるということだ。

「……お前まだ2割しか魔力減ってないだろ。風、桂花に『活力の泉』を掛けてやってくれ」
「お兄さん、それは意地が悪いのですよー」
「人に死なすとか殺すとか言ってくる奴に、優しくなんかしない!」
「桂花ちゃんの話を聞く限りでは、風はお兄さんの自業自得のように思うのですよ」

殺意の籠った眼差しを一刀に向ける桂花に苦笑をして、華琳はその頭を撫でた。

「貴方の『鉄皮』は、危険が迫った時の時間稼ぎにしか使えない微妙な性能だと思ってたけど、こんな使い方も出来るのね」
「呪文の効果時間中は自力で動けないから人に運んでもらう必要がありますし、荷物が増えるだけで何のメリットもないですよ、こんなの! 世の中に不必要なセクハラ男が如何にも考えつきそうな何の役にも立たない使い方です!」
「確かに、今のところ私達にとっては役に立たないわ。でも新たな使い方を知ることによって得るものはあるはずよ。これを私達に有用に使えるよう工夫したり、発展させた使い方を考えたり……桂花、期待しているわ」
「は、はいっ! お任せ下さい、華琳様!」

桂花と一頻りスキンシップを取って満足した華琳は、一行に指示を出した。

「さぁ、早く移動しましょう。季衣、流流、一刀、『荷物』を運んで頂戴。一刀、いくら『荷物』を持っているからって、索敵を疎かにしたら承知しないわよ」
「……そう言うなら、運搬役を代わってくれよ」
「あら、貴方だって嬉しいでしょ? 女の子の体が触りたい放題なんだから」
「鉄像を撫でまわして興奮する趣味はない!」
「そう、残念ね。まぁいいわ、とにかくさっさと運びなさい」

既に季衣が天和を、流流が地和を抱えているのを見て、一刀は諦めて人和を担いだ。
視界が高くなったことで、3姉妹は声なき声を上げるのであるが、一刀達にはその悲鳴は聞こえない。

お荷物扱いどころか本当に荷物となった3姉妹の見学会は、まだ始まったばかりであった。



一刀が今回3姉妹に実感して欲しかったこと。
それは、敵味方の入り混じった本格的な乱戦である。

PLを用いれば、ある程度までならいけるであろう。
しかし最終的には3姉妹自身の力が確実に必要となる。

彼女達の力、それ即ち歌。

もちろん歌を封印して鍛え直す手段もあるが、3姉妹の迷宮探索の目的には沿わないし、彼女達の最大の長所をスポイルさせるような一刀ではない。
そして歌を武器にする以上、混戦は避けられないであろう。
今回の見学会で心が折れるようであれば、迷宮探索は諦めさせた方が彼女達のためであると一刀は考えていたのだ。

「最初は怖かったけど、最後の方はずっと見惚れちゃってたよー」
「あの位のレベルだと、1戦闘毎にそれぞれ物語があるんだよね。ちぃ達のライブと一緒でさ」
「ホントにいい経験になりました。お陰で新たな戦闘用楽曲もいくつか使えるようになりましたし」

3姉妹は一刀の予想以上に柔軟な精神力を有していたようである。
そのことを確認した一刀がすべきことは、後は彼女達の成長に協力することだけだ。

歌スキルのことを考えると、PLは得策とはいえない。
3姉妹だけLVを上げてもファンのLVに合わせた狩場でないと成り立たないし、歌スキルも育たないからである。
急速な成長を促すよりも、連携やスキルを育てながら一歩ずつ着実に成長させた方が彼女達の特性にも合っている。

「つまり、基本的には3人の今までのやり方がベストだと思うんだよな」
「なによそれ! アンタ、それじゃ全然アドバイスになってないじゃない!」
「いや、もちろん細かいところではちゃんと助言するぞ。ファン達を交えた戦闘を見せてもらって、適正フロアを考え直すとかさ」

「でもそれじゃ、狩場荒らしの話が残ってしまいますよね?」
「そこは俺がなんとか出来ると思う」
「なんとかって何を?」
「ギルドとの調整を、さ」

3姉妹の行動が狩場荒らしとなるのは、彼女達が狩場を独占してLV上げするからである。
それがLV上げではなく、テレポーターの警備だったならばどうか?

決められた時間に決められた場所を3姉妹とファン達が守る。
その代わり、その時間その場所の独占権を認めさせる。

ギルドを通して事前に冒険者達に通達しておけば、人の少ない時間帯なら不満も少ないであろう。
以前解放した剣奴の補充がままならず、手が足りてない状態のギルドであれば、十分に交渉の余地はあると一刀は考えたのだ。

こうして3姉妹の狩場を確保し、口は出しても手は出さない方針で彼女達の成長を見守ることにした一刀なのであった。






そして月日は流れ。

「♪みんな大好きー!」「「「天和ちゃーん!」」」
「♪みんなの妹―!」「「「地和ちゃーん!」」」
「♪とっても可愛いー!」「「「人和ちゃーん!」」」

「「「「「ホアッホアァァ、ホアアァァァー!」」」」」

薄暗い迷宮内のBF15祭壇前の大広間。
底冷えのする迷宮内であるにも関わらず、その大広間だけは熱狂の渦に飲み込まれていた。
3人の歌姫の前には、黄色い布で頭を包んだファンの男達が10数人。

人和の奏でる音色が男達の気力を満たし。
地和のステップのリズムが男達を加速させ。
天和の歌声が男達を勇敢な戦士に変えた。

剣と血と汗に彩られた狂乱の宴。

その宴に誘われるかのように、次々と襲いかかってくるモンスター達。
だがそれらのモンスターは、彼女達の宴に華を添える役割しか与えられなかった。
大広間にある程度のモンスターが集まったのを見計らって、アイコンタクトを交わす3人。

そして熱情のビートが大広間の空気を震わせた。

「♪イエェェェアアアアァァ」
「♪ヘエエェェェェオオォォ」
「♪ラロロオォォエエエェェ」

南国を思わせる律動に合わせて、モンスター達が苦しみもがく。
そう、彼女達の歌声がモンスター達にスリップダメージを与えているのである。

まるで情熱的に踊り狂っているように見えるその様は、歌姫達をますますトランス状態へと昇り詰めさせる。
やがて糸が切れたように次々と倒れ伏すモンスター達。



今日も『数え役満。妹with一刀♂』の迷宮内ライブは絶好調なのであった。



[11085] 第五十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/01 19:13
地下迷宮は、静寂に包まれていた。
仲間もおらずモンスターもいない。
瞼を閉じた一刀には、まるでこの世の全ての生き物が死に絶えたかのように感じられた。

耳が痛い程の静けさの中で、自分の心臓が脈打つ音のみが一刀の脳内に響き渡る。
やがてその音すらも気にならなくなったその時、一刀は目を見開いて叫んだ。

「チュートロ、君に決めた!」

一刀の脳内に展開された加護スキル【魚群探知】のリスト内、『ブリ』や『カツオ』に交じって悠々と泳いでいたレアポップ魚『チュートロ』が、とうとう加護スキル【魚釣り】のロックオン圏内へと侵入してきたのだ。
見えない針が『チュートロ』を捉え、見えない糸を介して一刀と『チュートロ』の勝負の幕が開けた。

太公望の竿に、もの凄い負荷がかかる。
一刀の釣りに針も糸もいらないが、竿だけは必要不可欠である。
「く」の字を通り越して「つ」の字となっても折れない太公望の竿がなければ、このクラスの魚を釣り上げることは難しい。
逆にいえば太公望の竿さえあれば、後は一刀が力負けしない限り勝利は約束されているようなものだ。

「おりゃー!」

モンスターを倒す時にすら発さない気合い声を上げ、一気に勝負を決めにいく一刀。
目の前の水面が大きく水飛沫を上げ、2M・100kgの巨体を誇る『チュートロ』が宙に舞った。
水中であればまだしも、空中ではさすがの『チュートロ』も無力である。

「チュートロ、ゲットだぜ!」

『チュートロ』は自重分以上の抵抗は出来ず、一刀に引き寄せられて陸地へと釣りあげられてしまったのであった。



『チュートロ』は1ヶ月に1度ポップするレア魚であり、その脂の乗った濃厚な味わいは口にした者すべてを魅了する。
なんとこの1匹だけで、100貫の売値がつくのだ。
一刀が現実世界でお気に入りのゲームの1つであった『バケモン』の真似をしてしまうくらいにハシャいでしまうのも無理はない。

海水魚は今、洛陽で大ブームを起こしていた。

洛陽は黄河の中流にあり、内陸部である。
そこからの支流が街の中心を流れているので淡水魚は食べられるのだが、これまで海水魚は干物の姿でしか見かけなかった。
ところが最近になって、海水魚が迷宮内で手に入ることを一刀が発見したのである。

その切っ掛けとなった一刀の【魚群探知】という加護スキルは、エリア内に存在する全ての魚を検索することが可能であり、ターゲット設定することによりその位置まで把握出来る。
加護スキルを使ってみたい年頃だった一刀が何の気なしにBF5で【魚群探知】を使用したところ、BF5には海水魚が存在することがわかったのだ。

一刀がターゲット設定をして追いかけてみると、袋小路にたどり着いた。
ところが行き止まりに見えた袋小路の壁から、潮の香りがするではないか。
その壁に手を伸ばした一刀だったが、触れることが出来なかった。
それはなんと、幻だったのである。

各階とも往年の名作RPG『クレリックリー』のような人工的な作りの三国迷宮。
だが、壁の先には土が剥き出しになった洞窟があった。
そしてその先には一刀が自分の目を疑うような光景、つまり海岸が広がっていたのだった。

そんな漁場をBF5以外にもBF10とBF15で発見した一刀は、その情報を惜しまず公開した。
あまり独占しすぎて嫉妬を買うのも嫌だったし、釣りが剣奴や低LV冒険者の金策になれば、その分で装備を整えたり薬類を買ったり出来て、死傷者が減るのではないかと思ったからである。

それに、場所を公開したところでBF5やBF10はともかく、BF15の釣り場へは加護持ちでないと気楽に行けないし、一刀にはタゲった魚をロックオン出来る加護スキル【魚釣り】というアドバンテージまであるのだ。
今のところBF15の『チュートロ』は独占状態であったし、仮にライバルが来たとしても、リポップを把握出来てチートな釣り技術を持つ一刀に勝てるわけがない。

ちなみに各場所では魚以外にもモンスターが釣れる。
その魚系モンスターの珍しいドロップ品が目当ての冒険者達も現れ出した。
一刀はBF5やBF10のレアポップ魚にはあえて手をつけなかったため、うまくいけば不相応な大金をゲットすることも出来る。

そういうわけで、BF5やBF10の漁場は連日大混雑していたのであった。



この発見は、雪蓮を新たなギルド長として生まれ変わった旧・探索者ギルド、現・冒険者ギルドにとっても福音となった。
雪蓮達は呉で育った『海の民』である。
魚の善し悪しから調理までなんでもござれのエキスパートであり、魚の鮮度を保つ秘伝まで知っている彼女達にとっては、得意分野で金銭を得ることの出来る絶好の機会だったのだ。

ギルドショップにお魚コーナーを併設し、冒険者達から魚を買い取って市場に流すことで得られるマージンは馬鹿にならない。
一刀の『チュートロ』など、彼に100貫払っても200貫の純益が出るのだから、雪蓮達は笑いが止まらないであろう。

しかしこれは決して暴利ではなく、正当な報酬だと言える。
なぜなら一刀や他の魚問屋では、消費者に行きつくまでに『チュートロ』の大部分を腐らせてしまうのが関の山であり、300貫どころか100貫にすらならないだろうからである。
つまり一刀が彼自身のスキルで金銭を得ているように、雪蓮達は彼女達の技術で金銭を得ているのだ。

また、例えこれがボッタクリ値であったとしても、一刀は進んでギルドショップを利用したであろう。
雪蓮達がこれらの利益を、ギルド運営費の中でも主に剣奴制度の改善に消費していることを一刀は知っていたからだ。

旧ギルドに在籍した剣奴を全て解放し、そのうち希望者のみをテレポーター警備に雇い入れ。
新たに購入した剣奴には、訓練期間や休暇を与え。
彼等が自身の身分を買い戻すための価格も大幅に引き下げ。

これらの改革を断行した結果、テレポーター警備の人数が大幅に減ってしまったのは当然だ。
そしてその足りない人数は、ギルドが冒険者と契約してその任務を与えることにより補われている。
だからお金はいくらあっても足りないし、魚景気に沸く今だからこそ可能な改革なのである。

もちろん雪蓮達だって、この幸運におんぶ抱っこだったわけではない。
時期的には人気取りをしたいだろう彼女達は、しかし冒険者達に対して税の値上げに踏み切ったのだ。

冒険者達は、所属クランに関わらず冒険者ギルドに所属している。
自分の身を買い戻した一刀の場合も同じであり、身分的には冒険者ギルドに所属していることになる。

そして冒険者達はギルドに税を納める義務がある。
ギルドはそれら冒険者達の税をまとめて都市長へと納めている。
雪蓮達が決めた税の値上げとはつまり、その際にギルドに入るマージンを上げたのである。

幸い低LV冒険者達にも漁場という収入源が出来たため、そこまでの不満は持ち上がらなかったものの、そうして憎まれ役を買って出てまで剣奴制度の改革を推し進めようとしている雪蓮達に、一刀は感謝してすらいたのであった。



優れた索敵能力を活かし、出来るだけ戦闘を避けるようにして『祭壇』へと戻る一刀。
タイマンならばまず負けることはないが、傍に置いといて万が一戦闘中『チュートロ』を傷つけたら100貫がパーである。
自分よりも大きい『チュートロ』を担いで、一刀は慎重に歩を進める。

先程から「釣り上げ」「引き寄せ」「担いで」など、100kgある魚の重量を無視したような表現方法だが、これは顕然たる事実である。

仮に今の彼が現実世界でゲームをプレイしようとしたら、祭や冥琳の胸を撫でるようなソフトタッチを心掛けないと即座にチク、ではなくてAボタンが取れてしまうであろう。
STRの比較的低い一刀ですら、そうなのである。
季衣や流流などはオッパ、ではなくてコントローラーごと粉々になってしまう。

「季衣、可愛いよ」
「……兄ちゃん、ボクちょっと怖いの。手、握ってて」
「ああ。いくよ、季衣……って、あぎゃー! メキメキいってるってギャー!」

「流琉、可愛いよ」
「……兄様、痛くしないで下さいね」
「ああ。いくよ、流琉……って、うぎゃー! 肩掴んじゃらめぇ、ボキってアッー!」

YESロリータ・NOタッチの本当の意味を、身を持って知ったあの日の夜を思い出しながら、ビチビチと跳ねる『チュートロ』を押さえつけて身を屈め、リザードマンをやり過ごす一刀なのであった。






『祭壇』から迷宮前テレポーターに移動した一刀。
そんな彼に向かって、蓮華と小蓮が走り寄って来た。

「あれ、2人共。どうしたんだ?」
「お帰りなさい、一刀。『チュートロ』を担いだ貴方の姿が見えたから。それ、ギルドショップに売ってくれるのよね?」
「ああ、そのつもりだけど」
「良かった。明日は姉様の誕生日なの。今日血抜きをすれば、明日には最高の状態で料理が出来るわ」

「それはいいタイミングだったな。それじゃさっさとギルドショップに運んでくるよ」
「ええ、お願いね。それから、誘うのが遅くなってしまったのだけれど、良かったら一緒に姉様を祝ってくれないかしら?」
「一刀、いつもいないんだもーん! シャオ、心配しちゃったんだからね!」
「ああ、ごめん。最近忙しかったからさ。でも、部外者の俺まで参加しちゃっていいのか?」

こういう場合、とりあえず遠慮スキルを発動させる小市民代表・北郷一刀。
だが、その日本人的な美徳は2人の少女には受け入れられなかったようだ。
小蓮は怒りの眼差しで、蓮華は冷ややかな眼差しで、それぞれ一刀に文句を言う。

「部外者じゃないもん! 一刀はもう、身も心もシャオのお婿さんなんだから!」
「貴方、可愛い妹の貞操を受け取っておいて、部外者とはどういうことなの?」

……YESロリータ・NOタッチ?

「シャオは雪蓮や蓮華の妹だから! すぐ育つはずだからセーフ!」
「一刀、誰に向かって言ってるの?」
「……貴方、頭は大丈夫?」

などと厳しめのツッコミを入れつつ、蓮華も小蓮もご機嫌な様子である。
月に1度の『チュートロ』DAYは、それだけ彼女達にとって魅力的なのだ。
視線をチラチラと『チュートロ』に向ける姉妹。
小蓮はともかく、蓮華がこういう子供っぽい仕草をするのは珍しい。

「でも本当に嬉しいわ。懐かしい味、ふるさとの味が洛陽で食べられるんですもの」
「うんうん。一刀の加護スキルのお陰だよー」
「……本人的には微妙なスキルなんだけどな」

なにせ戦闘には一切役に立たないのである。
正直、一刀はこれ以上の迷宮探索を諦め気味であった。
下層での迷宮探索は加護スキル前提の強いモンスターが現れるのだから、一刀の考えはもっともであろう。

仮に最下層まで攻略してゲームをクリアしないと現実世界に帰れないとしても。
それしか手段がないとしても、一刀は命を掛けてまで現実世界に帰りたいとは思わない。
この世界でも自分は十分充実した毎日を送っているし、なによりここには自分の愛する女性達がいる。

それに一刀には、この世界でやりたいことが出来つつあったのだ。
そのためにも一刀は、加護を受けてから3ヶ月の間、魚を釣ったりギルドの依頼を引き受けたりして一生懸命お金を貯めてきたのである。

「便利なスキルだったら、一刀には【人物鑑定】のスキルがあるじゃない」
「そうだよ。最初から一刀にはシャオの素質を見抜いちゃうくらい人を見る目があったのに、それが更に加護スキルで強化されたんだもん! 羨ましいくらいだよー」

この【人物鑑定】は、加護を受けた機会にと一刀がでっちあげたスキルだ。
冥琳や稟・風・桂花の魔術師トリオなどには微妙に見抜かれていたが、こういうものは言い張った者勝ちであろう。
加護スキルならば自然であるし、「なぜ一刀にそんな能力があるのか」と疑問視されても筋の通った理由さえあれば、一刀が恐れていた『ゲームばれ』という事態にはならないはずである。
少なくとも今後はうっかりMPの存在を指摘しても、言い訳には困らない。

「どっちにしろ戦闘向きじゃないからなぁ」
「そんなことないよ。味方の状態を見て的確な指示を出したりとか出来るし、それに一刀は索敵能力だって優れてるんだから。ねぇ、もう季衣達とは別れたんでしょ、だったらシャオ達と一緒に組もうよぉ!」
「別れたって……確かにパーティは解散したけどさ」

「一刀、貴方が私達のパーティに参加してくれるなら、いつでも歓迎するわよ」
「ありがと、蓮華。ま、今後も迷宮探索を続けるかどうかは、しばらくスローライフを楽しみながら考えてみるよ。っと、着いた。それじゃ、俺は魚を売ってくるから。2人共、また明日な」
「ええ。また明日ね、一刀」

「シャオは、また今晩、でもいいんだよ? いやん、一刀ったら女の子にこんなこと言わせるなんて」
「……ごめん、今日は桃香との先約があってな」
「ええっ?! か、か、一刀の浮気者ぉ!」

一刀は体中を使って怒りを表現する小蓮から逃げるようにして、そそくさとギルドショップに入って行ったのであった。






商店街の中心にある、桃香の実家である靴屋。
勝手知ったる他人の家とばかりに、一刀は住居の方に上がり込んだ。

「あ、お帰りなさーい、ご主人様」
「ただいま、桃香」

ちょうど玄関を掃除していた桃香が振り返り、一刀と挨拶を交わす。
家事用のエプロンに身を包んだ桃香は、もともと家庭的だった彼女の魅力を120%引き出している。
そのまま「ご飯にする、お風呂にする、それとも……」みたいなことを言われたら、一刀は玄関で襲いかかってしまっていただろう。

しかし純真な桃香は、もちろんそんなことは言わない。
その代わりに、傍にいた2人の幼女に挨拶を促した。

「ほら、2人もご主人様が帰ってきたら、ちゃんと挨拶しないとダメだよー」
「あ、お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなしゃ……さい、ご主人様」
「うん。2人とも、ただいま」

この3ヶ月で一刀と桃香の関係に、なんの変化が起こったのか。
2人の幼女とは一体誰なのか。
そして一刀と彼女達の関係は、一体どのようなものなのか。

数々の謎を残したまま、桃香家で過ごす夜は更けていったのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2022/4500
称号:小五ロリの導き手

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:604貫



[11085] 第五十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/14 23:22
お造り、タタキ、カマ焼き、ステーキ、炙り焼き。
これらはすべて『チュートロ』を具材とした品々である。
もちろんそれだけではなく、ギルドショップで買い取った魚介類を中心に、テーブル一面に美味しそうな料理が並べられていた。

「それじゃ、姉様の誕生日を祝って、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」

一刀は手に持った白酒を一息に煽り、皆と一緒に拍手で雪蓮を祝った。
ギルド運営業務の忙しさからか、最近では眉を寄せている表情しか見ることのなかった雪蓮だったが、今日ばかりは日頃のストレスを吹き飛ばして欲しい。

そう思いながら、小蓮と準備した料理を雪蓮に勧めに行く一刀だったが、既に先客がいた。
蓮華が思春を伴って、自分達の作った料理を振舞っていたのである。
お祝いに自分の料理を作ろうと考える所まで同じだったという辺り、さすがは姉妹と言うべきであろう。

「私と思春で作った『チュートロと大根の海賊風サラダ』はどうですか? あ、この梅肉ソースをかけて食べて下さい」
「むむ、雪蓮姉様! こっちの『チュートロとろとろコロッケ』の方が美味しいんだよ! シャオと一刀の愛の合作なんだから!」
「はいはい、どっちも美味しいわよ。2人とも、ありがとう」

と、雪蓮はそっけない返事を2人の妹に返す。
だが彼女が浮かべている表情を見れば、それが上辺だけのものであることは明らかであった。
一刀にもそう判断がつく位であるのだから、妹達にはもちろん丸わかりである。

「姉様、こっちの『特製魚醤漬けチュートロの生ハルマキ』も食べてみて下さい」
「蓮華お姉ちゃんばっかりずるい! シャオの『チュートロかりかり揚げ』も食べてよぉー!」
「わかったから落ち着きなさい、まったくもう」

その暖かい空気を壊すような一刀ではない。
蓮華の背後に立つ思春に目配せをして、そっと姉妹から離れる一刀達。
そんな一刀の袖が、不意に強く引かれた。

「一刀さーん、『太平要術の書』は、まだ借りられないんですかぁ?」
「あ、ああ、ごめん穏。頼もうとはしてるんだけど、天和達も今が大事な時だから、なかなか言い出せなくてな」
「そこをなんとか、お願いしますぅ。一刀さんも私と一緒にご本を読むの、好きでしょ?」
「い、いやぁ。穏と本を読むのは勉強になるし柔らかし気持ちいいし、大好きなんだけどさ」

以前一刀は、天和達の育成の参考になるかと『太平要術の書』を1晩貸してもらったことがある。
3人寄れば文殊の知恵。
誰かと一緒に読もうとギルドに本を持ってきた一刀は、その時点では穏の病的なまでの本好きを知らなかった。

普段は名前の通り穏やかでのほほんとした彼女が、一刀の手に持った本を見るなり眼の色を変えて襲い掛かってきたのだ。
あれよあれよと言う間に、一刀は穏の自室に連れ込まれた。

手には本、そして膝の上には穏。

艶めかしい声で1音1音を舐るように朗読し、盛り上がって来ると一刀の耳を甘噛みし、感極まるとビクンビクンと体を痙攣させる穏。
全身の神経が、むにゅむにゅとした感触を一刀に伝えてくる。

いくら最近エロス慣れしている一刀とはいえ、とても我慢出来るものではない。
はぁはぁと身悶えながらも本から目を離さなかった穏の意識を、無理やり彼自身に向けさせてしまったのであった。

「一刀さんのせいでぇ、全部読めなかったんですからねぇ」
「それは悪かったけど、あれは仕方がないって……」
「じゃあ、一刀さんがご本を借りてくれたらぁ、ご褒美に私のお口で一刀さんのを朗読してあげますぅ。だから、出来るだけ早くお願いしますねぇ」

私の朗読テクニックは、凄いですよ?
と言わんばかりの穏の表情は、まさにエロティカルパレードの真っ最中であった。
ゴクリと生唾を飲み込む一刀。

そして、

「……まるで種馬のようね」
「貴方、穏にまで……」
「うーわーきーもーのー!」

3姉妹の心暖まる交流を、いつの間にか台無しにしていた一刀なのであった。



おほんっ!
と、場を取りなすような咳払いをあげたのは、冥琳である。
穏と一刀の会話を聞いていたのだろう、冥琳は一刀に尋ねた。

「それで、その芸人達の様子はどうなんだ?」
「ああ、順調だよ。戦闘に対する恐怖心からミスすることがなくなって来たのが大きいな」
「ふっ、冥琳よ。本当はそんなことが聞きたいのではないのじゃろ?」

真面目顔の冥琳に向かって、ニヤリと笑みを浮かべる祭。

「……それはどういう意味ですか、祭殿」
「ならばお主に代わって儂が問い質してやろう。一刀よ、最近冥琳の所へ行っていないのは、なぜじゃ? 一時の遊びだったのであれば、儂が許さぬぞ」
「祭殿、いきなりなにを?!」
「ふん、可愛い娘のようなお主のことなぞ、儂にはお見通しじゃ。大方1人の時に、うじうじと悩んでおったのじゃろう」
「だからって、こんな皆の前で……」

祭の言葉に動揺する冥琳。
普段は自信満々な冥琳が、一刀に祭にと視線を散らしておたおたしている。
そんな冥琳の姿に、一刀は彼女の傍に寄ってしっかりと抱きしめた。

「冥琳、寂しい思いをさせて悪かったよ。新生ギルドの運営で忙しそうだったから、邪魔しちゃいけないって思って……」
「私が嫌いになったのでは、ないのか?」
「そんなわけないだろ!」
「でもお前には祭殿もいるし、小蓮や穏だっている。堅物と言われる私の傍にいても、楽しくないだろ?」

「冥琳。俺、冥琳のこと凄く好きだ。理知的なところも、自分を律するところも、流れるような黒髪も、豊満な胸も、つま先から頭の天辺まで全部好きだ!」
「一刀……」
「その、冥琳だけを愛してるって言えないのは申し訳ないんだけど、でもそれが俺の気持ちだから!」

格好いいことを言っているような一刀だが、現代日本の常識に照らし合わせると鬼畜以外の何者でもない。
しかしこのゲーム世界の舞台では、甲斐性さえあれば一夫多妻も社会ルールの範囲内である。

冥琳は一刀の腕の中で顔を赤く染め、祭はうむうむと頷いている。
雪蓮もいいものを見たといった風情であったし、明命や亞莎は照れて目を覆いながらも一刀に対する思慕を強めた様子だ。
一刀に対する評価の低い思春ですら、彼の堂々とした態度に見直す思いであった。

もっとも、貞淑な考えを持つ蓮華や独占欲の強い小蓮を納得させるには、一刀の甲斐性はまだまだ不足のようだ。
その甲斐性を試すかのように、雪蓮から意地の悪い問いかけが投げられた。

「ところで一刀、この間買った幼い奴隷の娘達は、どうだった?」
「貴方、妹や皆だけじゃ飽き足らずに奴隷まで……」
「なによそれー! シャオ、聞いてないよ!」

彼女達の冷たい視線に晒されながら、その時のことを思い出す一刀なのであった。






始まりは、ギルドの依頼であった。

今までいた剣奴達に恩赦を与えたため、急いで代わりを補充する必要のあるギルド。
基本的に雪蓮が冥琳を伴って自ら奴隷市に赴き、使えそうな人材を購入していたのだが、その日はどうしても冥琳の都合がつかなかった。
そこで一刀に、冥琳の代打役が回ってきたのである。

「……奴隷市か。全然いい思い出がないんだけどなぁ」
「あら。私と初めて出会った場所じゃない」
「……そうだけどさ」

この時点では、一刀は今回の依頼は断ろうと思っていた。
人を品定めすること、それ自体に嫌悪を抱いていたからである。
正直な所、奴隷市は一刀にとってトラウマですらあるのだ。
ゲーム世界に来て今までで一番印象に残ったことを問われれば、間違いなくこれが上位に来る。

ちなみに一位は断トツで祭とイタした脱童貞の思い出であるが。
そして二位は冥琳と祭との3Pであるが。
更に三位は小蓮との甘酸っぱい記憶であるが。
あと四位は穏との淫靡な情事であるが。

こうして並べると、大したトラウマでもないような気がするから不思議である。
だが奴隷市での出来事は、季衣・流琉が痛がったため(?)に中断せざるを得なかったあの夜の秘め事と同等くらいの強烈なトラウマであったのだ。

更に、一刀は現在お金にまったく不自由していない。
はっきり言えば、金銭的な面では一刀はギルドの依頼を受ける必要などまったくないのだ。
加護を受けた時点で、華琳からの報酬やパーティプール金の分配で300貫近い所持金があり、それに加えて魚釣りスキルでの収入もある。
BF15の獲物はカツオやブリなどの1M・15kg前後の大物が中心であり、供給主が今のところほぼ一刀のみであることも相まって需要があり、1匹1貫はする。

魚を傷つけない縛り方を雪蓮達から教わった一刀は、1回に6匹を無理なく運ぶことが出来る。
つまり祭壇と釣場を1往復1時間で運んだとして、10時間やれば60貫になるのだ。
もっともLV上げ戦闘とは違って、敵を可能な限り避けながら行動するのは神経を使うため、如何に一刀とはいえその半分の時間で疲労が限界に達してしまうのだが、それでも一日30貫の収入なのである。

加えてBF15レアポップ魚『チュートロ』も大金に換わる。
最初に発見した時に釣ったBF5レアポップ魚『シーチキン』やBF10レアポップ魚『チャーシュー』も、かなりの額になった。

『シーチキン』:単体で食べてもよし、ご飯に掛けてもよしの、万能おかず用巨大魚。
『チャーシュー』:魚とは思えないコッテリとした味わいの、丸々とした巨大魚。

この時点で一刀の所持金は、驚くなかれ1000貫を超えていたのだ。

そういう事情もあり、迷うことなく断ろうとした一刀。
だがそこに雪蓮が言葉を重ねた。

「一刀、貴方の気が進まない気持ちはわかるわ。でも、私の勘だけじゃ確実に有能だと言える剣奴を確保出来ないの。いつもは冥琳の分析能力も合わせて、かなり厳しく選んでるんだけど……」
「なんでそんなに質に拘るんだ?」
「もちろん剣奴の生存率をあげるためよ、決まってるじゃない。剣奴向きじゃない者を買っても、殺してしまうだけだわ」

雪蓮の言葉に、はっとする一刀。
実際にそう言われるまで、この依頼は一刀に奴隷の品定めをさせることで、ギルドの利益を上げようという考えだと思い込んでいたのだ。
お金のために利用されるのは構わないが、人身売買の片棒を担ぐのは嫌だった一刀。
だが雪蓮が言うような理由なのであれば、話も聞かずに断る訳にもいかない。

「……質に拘るくらいなんだから、剣奴の生存率を上げる方法、他にも考えてるんだろ? それを教えて欲しい。それで納得がいったら、今回の依頼を受けるよ」
「わかったわ。まずは……」

実際に行うこと。
・LV5になるまで(つまり、『贈物』が4つ貰えるまで)PLする。
・勤務フロア変更の方式は、今までの通り。
・LVに応じた休日制度を作る。
・ギルドに対する返金額(身代金)を下げる。

雪蓮が期待すること。
・LVに余裕のあるBF1で、実戦に慣れる。
・余裕のある分疲労が少ないので、勤務時間外でのLV上げをする。

「LVに応じて休日を増やすってのは、モチベーションの向上になりそうだな。まぁ、あの雰囲気からすると、それでもBF5までの間ダラダラしそうな奴はいそうだけど」
「さすがにそこまで面倒はみられないわ。というかLVに応じて休日を増やすのは、BF12以降の泊まりで攻略しなきゃいけないフロアのためよ」
「ああ、テレポーターがないもんな。美羽でないとあれは作れないし」
「テレポーターは、現状のままで十分よ」

BF12からの探索は、BF16以降の予行演習のようなものである。
泊まりの時の警戒の仕方や持って行く荷物の量、幾日もダンジョンにいるストレスとその解消方法、それらは全て体で覚えるしかないのだ。
加護を受けるまでずっとテレポーターにおんぶ抱っこの探索者では、その先が期待出来ないであろう。

そう主張する雪蓮に、祭壇のテレポーターをLV上げに利用していた一刀は思わず苦笑してしまった。
雪蓮も祭壇テレポーターでの荷運びを思い出し、一刀に苦笑を返した。

この苦笑が、一刀がギルドに協力するという合図にもなったのであった。






おもちゃでも買うような気分で品定めをする客達。
人の生き血を啜って肥え太った商人達。
死んだ魚の様な目をした奴隷達

今まさにその一員となっている一刀の気分は、言うまでもなく最悪であった。
気分を盛り上げようと、腕に抱きついてくる雪蓮の胸の感触すらも鬱陶しい。

「加護を受けるまでは、基本的には男の方がHPは高い。でもあの娘とあの娘はそれに見劣りしないくらいHPが高いから、大切に育てた方がいい。後、あの男はMP持ちだぞ」
「そう、わかったわ。他には目ぼしい人材はいないのね?」
「ああ」

「悪かったわね」や「さすが一刀、凄いわ」などと言わないところが、雪蓮の優れているところだ。
一刀に抱きついたのも僅かな間であり、その腕ももうとっくに離している。

私は購入していくから一刀は先に帰っていいわよ、と言う雪蓮の言葉に甘えて奴隷市場を去る一刀。
実は先程から、どうにも吐き気が治まらないのである。
グラグラする頭を振って、一刻も早くその場を抜け出そうとする一刀だったが、その目に映し出された光景を見ぬ振りは出来なかった。

フルフルと怯える少女と、その娘を庇う勝気な少女。
璃々程ではないが、その幼い少女の顔は表情の差こそあれ造形が瓜二つであった。

将来は大陸を揺るがすような美女になることを約束されているような双子は、今まさに売られようとしていた。
買い手の男は、肉のついた頬をブルブルと震わせて鼻息を荒くしている。

この奴隷市場で、最も多くの奴隷達がギルドや冒険者達の剣奴となる運命にあるのは、迷宮都市・洛陽ならではのものだろう。
そして2番目に多いのが性奴なのも、同様である。
命を懸けた戦闘の後に性欲を満たしたくなるのは、動物としての本能のようなものだ。
従ってこの洛陽は、他の都市に比べて風俗業がとても盛んな土地と言える。

一刀もその辺の事情は承知している。
実際に自分だって、祭に女性の体の味を覚えさせられてからというもの、迷宮探索後にはどうしても女性を抱きたくなってしまう。
そして、どう見ても双子には冒険者の適正はない。
つまり双子がこの洛陽で生きていくためには、遅かれ早かれ体を売ることになるのは明らかなのである。

「ただしデブチン、てめーはダメだ」
「な、なんだよぉ」

YESロリータ・NOタッチ!
一刀には、男が双子を見て股間のポークピッツを滾らせているのが、どうしても許せなかったのだ。

自分のことは棚に上げる男・北郷一刀。
加護持ちになってリンゴを握り潰せるようになった今、もはや対人でびびることもない。

そして一刀が今武器にしようとしているもの、それはマネーの力であった!



「……なんてあの時のことを振り返ると、かなり嫌な奴だったような気がするな」
「まぁいいじゃない。それで、あの大喬ちゃんと小喬ちゃんだっけ、もうあの娘達は食べちゃったの?」
「そんなことしてないって」
「えー、じゃあやっぱり私に譲ってよ。冥琳と2人で、一杯可愛がっちゃうからさ。最近は仕事仕事で、色々と溜まってるのよねぇ」
「……雪蓮達には、絶対に預けない」

桂花のような子供で50貫、自身で80貫、将来性のありそうな季衣達でも300貫。
そして一刀が双子につけた値段は、セットで1000貫という破格なものだった。
一刀の上書きした値札を見て、滝のような汗を流す男。
やがて男は肩を落として去っていき、双子を引き取った一刀はようやく我に返った。

金銭的な問題は大したことない。
なぜなら生活費くらいすぐに稼げるからだ。
まずいのは彼女達に対して責任が出来てしまったことである。

一刀はなんとしてでもリアルに帰りたいと思っているわけではない。
だがリアルからゲームの世界に来た以上、いつか自分の意思によらず帰る時が来るかもしれない。
保護者である自分がいなくなった時、この子達はどうなってしまうのか。

そういう意味では、雪蓮の譲ってくれという提案は一刀にとって渡りに船である。
だが加護スキルのことから今後の迷宮探索に消極的となり、それと同時に目標も失っていた一刀にとって、今回の件は天啓のように思えた。

彼女達のような娘を引き取って、自分達で生活費を稼げるよう協力出来ないか。
最悪でも彼女達が年頃になるまで体を売らなくても済むよう協力出来ないか。

この目的に対するアプローチの仕方も、様々である。

華琳の場合は、大事を成して小事に備えるタイプであろう。
つまり自分が王になって国を富ませれば、奴隷は自ずといなくなるという考え方になる。

雪蓮の場合は、地に足が着いているタイプであろう。
つまりまず奴隷を解放するための優先度を決めて、それらを順番に解決していくという考え方になる。

桃香の場合は、理想を追い求めるタイプであろう。
つまり真っ先に奴隷を解放して、問題が起こったらその都度解決していくという考え方になる。

この中で一刀がやろうとしていることに近い考え方なのは、雪蓮か桃香である。
そしてギルド改革を推し進めている今の雪蓮達に、そんな余裕はない。

一刀が桃香に相談を持ちかけ、双子が桃香の家にいたのは、そういった理由からである。



「とりあえずメイドさんにしようと思うんだよな。需要はあるだろうし、嫁に行く時だってメイド業務を覚えてれば困らないだろうしさ」

一刀が方針を決め。

「じゃあ朱里ちゃんと雛里ちゃんの所に預かって貰ったらいいよ。2人共天才だから、色々教えてもらえるよ」

桃香が方策を考え。

「はわわ、た、大役でしゅ! ……あぅ、噛んじゃった」
「朱里ちゃん、頑張って!」
「ちっ、あのすけべ面した男、私達に何を教え込むつもりなのかしら」
「小喬ちゃん声、声に出てるよっ」

雛里と大喬はシンパシーを感じたのか、がっちりと握手を交わし。

「お帰りなさい、ご主人様」
「違うよ。おかえりなしゃ……さい、ご主人様。はい、言ってみて」
「どうしてわざわざ噛まなきゃいけないのよ」
「私達みたいなキャラは、こういう萌え要素がないと、どんどん出番を削られて……」
「い、嫌! リストラは絶対に嫌っ!」

朱里と小喬は腹黒キャラを確立し。



そして昨日、桃香の家でその特訓の成果を一刀に披露した双子なのであった。
所々で黒いなにかが混じっていたが、その成果に概ね満足した一刀。
というか、双子メイドの萌え発射能力にかなり追いつめられてしまった一刀だったが、彼女達を保護すべき自分が襲いかかってどうするのかと、さすがに自重した。

それは双子にとっても一刀にとっても、幸運なことであっただろう。

一刀はまだ知らない。
大喬の股間にはフランクフルトがあることを……。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2022/4500
称号:小五ロリの導き手

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:592貫



[11085] 第五十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/18 07:26
加護を受けて自由の身となった今の一刀は、洛陽の一等地にある宿屋へと移り住んでいた。

一等地とは旧宮殿周辺の貴族達が住んでいた場所(つまり現在は迷宮やギルドなどに近い)を指す。
その宿屋も、元貴族館を改装したとても贅沢な作りの建屋であった。

一泊5貫と宿屋の相場を大きく上回る価格設定であったが、剣奴脱却の解放感から気が大きくなっていた一刀。
最下層の身分であった分、ここでお貴族様気分に浸るのも楽しいだろうと思ったし、ギルドに近くて立派なベッドがあることは、一刀にとっては重要な要素であったのだ。
なぜなら祭の部屋に通ったり、小蓮や季衣達の訪問を受けたりする予定だったからである。

残念ながら季衣達は華琳のクラン員として迷宮探索が忙しいらしく、あまり遊びに来ることはなかった。
逆に小蓮は、雪蓮達がギルド改革で忙しく迷宮探索はしばらくお休みになったことで、毎日のように遊びに来ていた。
もっともここ1ヶ月は一刀が双子の件で忙しく、留守である日も多かったのだが。

頻繁に遊びに来ては、ベッドのシーツを汚して帰っていく小蓮。
そんな小蓮の外見が、宿の亭主に一刀に対する誤解を与えてしまった。
たまに遊びに来る季衣と流琉の姿も、その誤解に拍車をかけた。
そしてその誤解は、1ヶ月前に一目で奴隷だとわかる双子を自室へと連れ帰ってきたことにより、確定的になってしまったのだ。

「実はウチの宿では、一刀様と同じ性癖の旦那様方に楽しんで貰うために、定期的なイベントを開いておりましてね。会費は少々お高いですが内容は保証致しますよ」

雪蓮の誕生パーティから数日後。
宿の亭主が一刀にこんな話を持ちかけてきたのである。

愛でるもよし、虐めるもよし。
万が一使い潰してしまっても、何の問題もありません。

ニヤついた顔でそう一刀に耳打ちする宿の亭主。
奴隷市でよく見られるようなその表情に激昂しかける一刀だったが、なんとかそれを抑え込んだ。
そのイベントに関する情報を得たかったからである。
もちろん邪魔をする気満々であった。

その話にさも興味があるような素振りをしてイベントの日時と場所を聞き出した一刀。
イベントは3日後の晩にこの宿で行われることを知り、さっそく一刀は妨害作戦を練った。

一刀はどちらかといえば知恵が働く方だと言える。
それは運もあるにせよ短期間で剣奴から脱却出来たことからも明らかであろう。
だが反面、計画性がないというか行き当たりばったりな所がある。
自分では先を読んで考えているつもりでも、どうしても主観的な思惑が入ってしまうために精度を欠き、結果的に色々な問題が発生してしまうのだ。

例えば先の『祭壇到達クエスト』にしても、パーティメンバーの能力がそれぞれ高かったから上手くいったようなものである。
仮に一般レベルの冒険者とパーティを組んでのクエストであったならば、どこかの時点で死傷者が出ていたであろうことは間違いない。

どこか楽観的・希望的な観測をしがちな一刀の欠点が、この時も顕著に出てしまったのであった。



それでも作戦自体がポンと出てくるのは、頭の回転が早い証拠であろう。
計画に必要な大量の魚を入手すべく、一刀は洛陽の中心を流れる川へと釣りに向かった。

迷宮内の海水魚は今人気があるため人が多いが、淡水魚は以前からあったのでさほど混雑していない。
もっともBF15の釣り場は一刀専用といってもいいくらいにガラ空きなのだが、往復の道中に神経を使うあそこでは、量を仕入れるのは難しい。
よって、一刀は久しぶりの川釣りに挑戦することにしたのである。

一刀は極力目立たないよう、橋の下の如何にも魚が釣れなさそうな場所を拠点とした。
そんな場所でも【魚群探知】のスキルでリストアップされた魚達を【魚釣り】のスキルで次々とロックオンし、ガンガン釣っていく一刀。

「よっ」「ニャ」
「それっ」「ウニャ」
「もういっちょ!」「フニャー!」

そして、一刀が釣りあげた魚を生のまま手当たり次第に食べていく幼女。

「って、幼女?!」
「よーじょってなんにゃ? みぃは、みぃなのにゃ! はぐはぐっ」
「待て、食うな! 川魚は生で食べると病気になるって」
「みぃはじょーぶだから大丈夫だじょ! しょれより早く次の獲物を釣るのにゃ!」

丈夫だからとかそういう話ではなく、寄生虫の問題なのである。
しかし一刀はその幼女の言うがまま、彼女が満腹になるまで魚を釣り続けた。

なぜなら、その幼女には明らかに猫耳が生えていたからである。
更に一見して服に見えた毛皮は、どうやら自前のものであるらしい。

それを見て、ここがファンタジーな世界であることを思い出した一刀。
魚を生で食べたら寄生虫のせいでキャラクターの皮膚に瘤が出来るゲームなんて、一刀は聞いたことがない。
仮にリアルとの整合性の問題で魚に寄生虫がいたとしても、人間ならともかく獣娘のキャラ設定がされている彼女であれば、本人の言う通り大丈夫なのであろう。
そして極め付けは、彼女のNAME表示である。

NAME:美以【加護神:孟獲】

LVやHP、MP表示がないのである。
これはモンスターの特徴と一致しているのだが、モンスターにしては加護持ちであることがおかしい。
モンスターでも祭壇に到達すれば加護持ちになれるのか、はたまたステータス表示に条件があるのか。

腹が一杯になって満足げな表情を浮かべた美以と名乗った獣娘を見て、己の考えに没頭する一刀。
美以はそんな一刀をフンフンと嗅ぎまわし、やがて獣耳の裏を摺りつけ始めた。

「……なにやってんだ?」
「匂いを覚えて、マーキングをしてるんだじょ。これでみぃは、いつでもお魚が食べられるのにゃ」
「いやいや、今日は特別だったんだからな。さすがに毎日はダメだぞ」

それを聞いた美以はご機嫌だった表情を一変させ、涙目を浮かべて一刀を見つめた。
見れば毛皮も薄汚れて所々に傷まであり、彼女が生活に苦労しているだろうことは簡単に察することが出来る。
こうなると一刀も放っておけず、彼女の事情を詳しく問い質すのであった。



美以の話を整理すると、以前BF16で見かけた白猫こそが、どうやら本当の彼女だったそうなのだ。

それはそれで、一刀には納得出来ないことがあった。
美以が猫であった時、自分以外は誰も彼女を視認出来なかったことである。
しかもその時の猫の頭上にはNAME表記などなかった。
皆に猫が幻覚だと言われた時にはむきになって否定したが、正直自分でも見間違いだったのかもと思ったくらいだ。

考え込む一刀をよそに、話を続ける美以。
以前の彼女は迷宮内を住処としていて、その時はまったくお腹が減らなかったらしい。
また当時は、モンスターも含めて誰も彼女に気がつかなかったのだそうだ。
だから一刀が自分に気付いた時はびっくりして逃げてしまったが、後になって興味を抱き一刀を探し回った。

結果BF15で一刀を発見したものの、それよりも以前から開いたことのない扉が開いていたことに好奇心を刺激されて、美以は扉の中へと入った。
その中で行われた蓮華達とモンスターの戦闘を見物し、『祭壇の間』までついて行った美以にとって、加護を受けてテレポーターを使用した蓮華達が突然消えてしまったように見えたそうだ。

慌てて祭壇に駆け寄った美以は、突然体が今の状態に変化して言葉が話せるようになった。
寝たり食べたりなど今まで美以に必要のなかったものを、自身の加護スキルと一緒に感覚的に覚えた彼女の周囲の景色はいつの間にか変わっており、今までに見たことのないくらいに辺り一面が明るい。
気づかぬうちに美以もテレポーターを使用していたのである。

嬉しくなって辺りを駆け回ると、周囲の人間達に自分の姿が見えていることを知った。
美以はますます嬉しくなって、街中へと一直線に走り出した。



「んでお腹が減ったから、店から食材を盗んだと」
「違うにゃ。みぃは狩りをしただけだじょ。しょれなのに、人間達はみぃを追いかけ回して叩くのにゃ」

なぜか自分に理不尽なことをしてくる人間達。
そんな中で、好物の魚を好きなだけ食べさせてくれた一刀のことを、美以は本能的に飼い主として認識したのである。
一刀は、いうなれば美以を餌付けしたようなものだ。

捨て猫に軽い気持ちで餌をあげたら懐かれてしまった小学生のような気分になった一刀。
その時に感じた「僕が飼ってあげないと!」的な使命感が、一刀の心に宿る。

今でも双子を養うつもりなのだし、2人も3人も変わらないかと考えた一刀だったが、商店街で盗みを働きブラックリスト入りしている美以を桃香の所に連れていくわけにもいかない。
かといって、作戦中に一刀の宿にいられても困る。

とりあえず1週間くらい預かって貰えればよいかと、美以の手を引いて現在迷宮から帰ってきている季衣達の所へ向かう一刀なのであった。






一刀はイベント当日の夜まで、ひたすら自室に魚を貯めこんだ。

釣っては運び、釣っては運び、もう自分でも何匹の魚を部屋に運び込んだのか把握しきれない。
部屋には立ち入らないよう宿の従業員に言付けていたし、魚もある程度小分けにして袋詰めしていた。
それでもなんの処置もしていない魚をしばらく放置していれば、バレるのも時間の問題であっただろう。

だが一刀にとっては、3日間だけ隠し通すことが出来ればそれで良かったのである。
むしろ3日で限界くらいが丁度良かったのだ。

全ての準備を整えて後は作戦を決行するだけである。
一刀は、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
そして懐からある物を取りだし、装着して一言。

「でゅわっ!」

星と二人でショッピングをしていた時に見つけた、両手ほどの大きさの仮面。
趣きのある精巧な作りのそれを、星は一目見て気に入り即座に購入した。
それを今回のミッションで正体を隠すために使おうと一刀は思いつき、また星も正義のためであるならばと快く貸し出してくれた。

今まさに一刀、いや、正義の使者・華蝶仮面による悪党成敗が始まるのだ!



男はち○こ華蝶だった。宿中に腐りかけの魚をバラまいた。「ギャーやめろ!」顔にも投げた。
「べっちゃ!びとっ!」みんな逃げていった。スメル(笑)



こうして、とある不幸な事件により宿泊先を失った一刀。
代わりの宿を探すまでの数日間をギルドに泊めて貰うことにしたのだった。

正直なところ一刀に出来ることは、これが限界であった。
僅か3日という準備期間で、暴力を使わない作戦を考えついただけでも評価すべきだろう。

だが一刀は、一時の感情のみで行動したことを反省していた。
今の彼には、双子や美以に対して保護者としての責任がある。
もし有罪となって逮捕されてしまったら、その責任を放り出したも同然だ。

それにこう言ってはなんだが、今回の件は完全に一刀の自己満足である。
なぜなら、確かに今回の薄汚い宴の被害から子供達を守ることは出来たが、その彼女達も所詮近いうちに別の客に売られるだけであるからだ。
やらない善よりやる偽善とは言うものの、それをやったがために自分の周囲が不幸になるのであれば、よっぽどやらない方がマシである。

もっとも、例え3日前に戻れたとしても、きっと一刀は同じような行動をしてしまうであろうが。
知ってしまった以上スルー出来るような性格ではないし、彼はこの件に関しても反省はしたが後悔はしていない。

それに一刀は、恐らく逮捕とかそういう事態にはならないであろうと考えていた。
なぜならこのゲームの舞台は中華風異世界であり、指紋などの科学的調査など行われないであろうからだ。
要はその場さえ逃げ切って、自分に繋がる証拠さえ残さなければ後はなんとでもなると思っていたのである。

仮面を装着していたので、正体はバレていない。
数匹ずつ小魚を釣っては運んでいたので、部屋に魚を貯めこんでいたのもバレていない。
美以の隠れ住んでいた橋の下を拠点としていたため、釣りをしている姿も目撃されていない。

だからまず大丈夫だろう。
そう思っていた一刀は、事態を甘く見過ぎていた。

一刀がそのことを思い知ったのは、都市長からの召喚状を持った白蓮が、一刀を連行しに来た時なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2218/4500
称号:小五ロリの導き手

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:631貫



[11085] 第五十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/20 17:42
「一刀、すまん。本当にすまん。無力な私を許してくれ……」

悲壮な表情を浮かべた白蓮に連れて行かれた場所、それは元・玉座の間、つまり現在の都市長室であった。
これは明らかにおかしい。
普通であれば、行政府の審問室で取り調べが行われるはずなのだ。
如何に重犯罪者であろうと、都市長室で尋問を行うことなどありえない。

そのような知識のない一刀でも、この絢爛豪華な部屋が取調室でないことくらいはわかる。
何か変だと警戒心を募らながら、その場にいる人物を確認した。

まずは宿屋。
彼が訴えたのだとしたら、この場にいるのは当然であろう。

次に白蓮。
彼女が一刀を連れて来たのだから、これまた当たり前である。

そして、豪奢な玉座に座り、これでもかとばかりに黄金を散りばめた服に身を包んだ女性。
服と同じ黄金色の髪をロールにしたその姿はまさに王侯貴族そのものであり、高貴さという一点のみを比較したのならば、桃香はもちろん華琳や雪蓮ですら叶わないであろう。

NAME:麗羽【加護神:袁紹】
LV:15
HP:235/235
MP:110/110

麗羽の左右に控えるお淑やかそうな女性と活発そうな女性も、それぞれが雰囲気を持っている。
その加護神から言っても、間違いなく只者ではない。

NAME:斗詩【加護神:顔良】
LV:18
HP:307/307
MP:0/0

NAME:猪々子【加護神:文醜】
LV:18
HP:330/330
MP:0/0

最後に、一刀の真正面に立っていた2人の人物で、この場にいる全員である。

「一刀さん、お久しぶりですねー。お元気があり過ぎているようで、なによりですー」
「七乃よ、雪蓮の手下の彼奴をぎゃふんと言わせてやるのじゃー!」

ギルドを追放された七乃と美羽。
彼女達こそが、今日の審議を担当する審問員なのであった。



一段高くなっている玉座から、文字通り高みの見物をしている麗羽達の眼前で『宿屋異臭事件』の審議がいよいよ始まった。

「それで、宿屋さん。貴方が一刀さんから受けた営業妨害の損害額はいくらになるんです?」
「はい。わたくしの宿は上級冒険者様用というのが売りでして、僅かでも魚の腐臭が残ると台無しなのでございます。従って、建て替えということに……」
「ちょっと待ってくれ! まず俺が犯人かどうかを審議するんじゃないのか?!」
「一刀さんが犯人ですー」
「その通りです。で、建て替えの費用ですが……」

そうあっさりと決めつけて、いきなり賠償額の話を始めた七乃と宿屋の態度に、一刀は慌ててしまった。
だが、さすがに自分が犯人なのに無罪を主張するのも良心が痛んだ一刀。
ある程度の賠償は仕方がないが、少なくとも宿屋の落ち度を指摘しなくてはと思い、一刀は抗弁した。

「七乃、言っとくけどその宿屋は、子供達に性的暴行を加えようとしてたんだぞ?」
「……そうなんですかぁ」

七乃の宿屋を見る目が冷たくなり、斗詩や猪々子達もまるで汚物を見たような表情となる。
彼女達の反応に希望を持った一刀。
しかし七乃の次の言葉は、一刀の期待とは裏腹なものであった。

「その子供達は宿屋さんの奴隷なんですよね?」
「ええ、その通りです。審問員様」
「それなら宿屋さんの所有物なんですから、持ち主がどうしようが全然問題ないですよー」

厳密にはこの洛陽には自治権があるため、全然問題ないとは言えない。
例えば『奴隷とはいえ幼子に対する醜い振る舞いは、万死に値しますわ』などと麗羽が言えば、それが罷り通るからである。

但し1つ1つの事件に対して判断出来る程、麗羽も暇ではない。
従って現実には審問員達が漢帝国の律令に合わせて、それぞれが独自に罪を裁いているのである。
そして漢帝国の律令に照らし合わせると、宿屋の行いは罪でもなんでもないのだ。

そんな七乃の言い草に、一刀の良心は深い眠りについた。
開き直って無罪を主張してやると、一刀は徹底抗戦する覚悟を決めたのである。

「俺がやったって証拠はあるのかよ!」
「一刀さん、今動機について自白したじゃないですか!」
「何時何分何秒、地球が何回回った時?」
「子供ですかっ!」

そのやりとりを聞いていた宿屋が、2人の会話に割り込んだ。

「まぁまぁ、審問員様。そんなこと、どうでもいいじゃないですか」
「……それもそうですねー。それじゃ、一刀さんが欲しがっていた証拠をお見せします。宿屋さん、貴方は確かに一刀さんの犯行を目撃したのですね?」
「はい、この目でしかと見ました」
「どうですか、一刀さん? 自分が犯人だと納得がいきましたか?」

七乃らしからぬ馬鹿げた理屈に、一刀は唖然とした。
数日前から部屋に立ち入らせず一体何をやっていたとか、事件後の宿屋で一刀の部屋が一番臭かったとか、そういった状況証拠ですらないのである。

「そ、そんなの、宿屋が嘘をついてるかもしれないじゃないか!」
「宿屋さん。貴方はこの神聖なる審議中に、嘘をつくつもりなのですか?」
「太祖神に誓って、真実のみを申し上げております」
「そういうことです。あんまりしつこいと、一刀さんが自白するまで体に聞くことになっちゃいますよ?」

七乃のLVは初めて出会った時から変わっておらず、いくら加護持ちとはいえ一刀から見れば低LV者であり、そこに美羽が加わったとしても一刀に負ける要素はない。
だが今は、白蓮、麗羽、斗詩、猪々子という高LV者が4人も同席している。
常識的に考えて、この場から逃げ出すのは不可能であろう。

(七乃を蹴り倒して一直線に扉に向かえば、なんとかなるか?)

にもかかわらず、物騒なことを考え始める一刀。
好きな言葉は『平穏無事』だった男だとは、とても思えない。
特に加護を受けてからの一刀は、こういう所が目立つようになってきている。
人間誰でも、急に強くなったら増長してしまうものなのであろうか。

もっとも、リアルでは不良達に絡まれてもロクに抵抗出来なかった一刀だったのである。
それが突然不良達をまとめて片手で倒せるような強さを手に入れたら、こうなってしまうのも無理はないのかもしれない。



そんな一触即発の状況下で、一刀と七乃に向かって初めて麗羽が言葉を掛けた。

「ああもう、なにをぐずぐずとしていらっしゃるの? 心配せずとも、うちの白蓮さんを助けてくれた一刀さんなのですから、悪いようには致しませんわ。やっていてもいなくても、どちらでもよいのですから、早く罪をお認めなさいな」
「姫、それを言ったらまずいですって」
「そうですよ、麗羽様。七乃さんが一生懸命やってるんですから、邪魔したら可哀想ですよ」

「まったく。なんでわたくしが、こんな茶番劇に付き合わなければならないんですの?」
「姫ぇ、だからダメですって」
「麗羽様、気が進まないのでしたら、やっぱりこんなこと止めましょうよ」

3人のやり取りに、なにかを感じた一刀。
自分がその言葉の何に引っかかりを覚えているのかと、一刀は考え込んだ。

一刀自身には悪いようにはしない。
実際に犯人でなくてもいい。
茶番劇。

それらのキーワードが、一刀の脳に書き込まれる。
もう少しでその解が得られそうな所で、七乃が口を挟んだ。

「とにかく、一刀さんには宿屋さんに賠償金を支払う義務があるんですよ。宿屋さん、賠償額は?」
「宿の建て替えに5万貫、休業中に得られたであろう利益保証に3万貫、被害者のお客様方や私への慰謝料で2万貫、合計10万貫ですな」
「一刀さん、判決が出ましたよ。10万貫の賠償金、分割払いは認めませんので即座に支払って下さいね」
「俺は犯人じゃないし、大体金額がおかしいだろ! 建て直しってなんだよ!」
「賠償額の決定権は第一に被害者にあるんですよ。そして、審問官の私がそれを認めたら、それで終わりなんです。加害者に金額を決める権利なんてないですよー」

裁可が罰金であった時の定型の判決文に金額を書き入れ、一刀にサインを促す七乃。
もちろん一刀が素直に従うわけがない。



なぜ七乃はここまで強引にことを進めようとしているのか。
こんなやり方で一刀が納得すると思っているのだろうか。

そもそも、仮に一刀が罪を認めたとしても、そんな大金を一括で支払う能力などあるはずがないのは、七乃だって承知のことであろう。
例え分割払いだったとしても、一刀は間違いなく支払わない。
今の一刀の身体能力をもってすれば、洛陽を強引に脱出することだって可能だからである。

(もし俺が支払わなかったら、どうなるんだろう?)

目の前で一刀の反応を窺っている七乃と、難しい話についていけず先程からウトウトしている美羽。
そんな彼女達を見て、ふと浮かんだ疑問に対する答えが急速に一刀の脳裏に浮かんできた。

彼女達が恨みを持っているのは、自分ではなく雪蓮達であるはずだ。
先程のキーワードや一刀には支払えない賠償額を請求する目的も、もし彼の負債を雪蓮達に被せることが可能なのであれば理解出来る。

実際にそんなことが可能なのかわからないが、一刀が冒険者としてギルドに所属している以上、雪蓮達にまったく責任がないとは言えないのかもしれない。
そして1分の理さえあれば、立法・行政・司法の全てを統括する麗羽達にとっては十分なのであろう。

「ふふ、ようやく理解出来たようですね、一刀さん。ちなみに宿屋さんは、2000貫で私達に証書を売って下さるそうです。まぁ宿は本当に建て直すわけでもないですし、お客さんも既に泊めているようですから、ぼろ儲けですね」
「……そんなの、サインしなきゃいいだけの話だろ。俺が雪蓮達を裏切るとでも思ってるのか?」
「一刀さんがどれだけ痛みに対して我慢強いのか、試してみるのも面白そうなんですけどねー」

とニヤつく七乃に、麗羽から待ったが入る。

「七乃さん。一刀さんには白蓮さんの加護の件で借りがあると、わたくしは言いましたわよね?」
「わかってますよ、麗羽様。美羽様もそういうの苦手ですしね。でも、拷問がダメとなると、後は例の審問しかないんですけどー」
「仕方がありませんわね」

不承不承、といった感じで一刀に向き直る麗羽。

「一刀さん、最後のチャンスですわよ。もともと美羽さん達に落ち度があったわけではないのですから、ただ美羽さん達のものを返して頂くだけなのですわ。それに、これを手掛かりにギルドさえ取り返しましたら、雪蓮さん達にそれ以上の手出しはしないと、このわたくしの名に賭けて誓いましょう。もちろん一刀さんにもなんのお咎めもいかないようにしますわ」
「お待ち下さい、都市長様! 七乃様からは、一刀さん所有の双子奴隷も賠償として譲り受ける約束をしておりますです」
「お黙りなさい、雑種!」

一刀には一切の咎を与えないなどと誓われたら七乃との約束がおじゃんになると、宿屋が慌てて口を挟んだ。
だがその行為は、麗羽の怒りを誘うだけであった。
斗詩と猪々子も不快そうに表情を歪め、白蓮は怒りに震えている。
七乃は「余計なことを……」と言いたげに額に手を当て、美羽は鼻提灯の制作に勤しんでいる。

「貴方の下劣さに、わたくしがどれだけ我慢を強いられているかわかっていらっしゃるの? 存在が華麗でない罪に問われたくなければ、これからは息を吸うのも遠慮なさいな。これが最初で最後の警告ですわよ?」
「は、はいです」
「さて、一刀さん。貴方のお返事はどうかしら?」
「……俺は雪蓮達を絶対に裏切らない!」
「オーホッホッホ、そういう雄々しいセリフは嫌いではないですわ。でも、残念ですわね。わたくしの加護スキルの前では、その猛々しさも無力そのもの……いきますわよ!」

≪-四世三公の蔵-≫

そう呟いた途端、唯でさえ豪奢な服に包まれた麗羽の体が一段と金ぴかに輝く。
部屋中に溢れ出した黄金の光は、やがて吸い込まれるように麗羽の元へと消えていった。
その光が唯一その場に残したもの、それは彼女の手に握られた鎖であった。

「これは『天意の鎖(エンシオゥ)』と言いますのよ。一刀さん、貴方は自分が犯人ではないと、この鎖に誓えますか?」
「……じゃない」
「なんですの?」
「……なんかじゃない」
「もっとはっきりおっしゃりなさい」
「―――俺は犯人なんかじゃ、ないんだから……!」

一刀がそう言い切った途端、麗羽の手から鎖が一刀に向かって伸びる。
鎖はそのまま吸い込まれるように一刀の中へと消え、どこからともなく威厳のある声が部屋中に響き渡った。

【日没までに、魚の王を釣り上げよ】

「さて、みなさんお聞きになりましたわね。これを以て天意と成しますわよ」
「どういうことだ?」

一刀には、何が何やらさっぱりわからない。
見兼ねた斗詩が、2人に『天意の鎖(エンシオゥ)』の性能について説明した。

『天意の鎖(エンシオゥ)』、それは罪ある者に何らかの課題を与え、その結果により天意の有無を判定する鎖である。
そして天意の無い者を精神的に拘束し、罪科に対する償いが済むまでそれが解かれることはない。

そう一刀に教えながらも、斗詩は内心で深いため息をついた。
人のいい彼女は、こういうやり方が嫌でたまらない。

今まで天意ありと鎖に認められた者など、存在しないのだ。
なぜなら、いつも今回のような無茶な条件が課されるからである。
きっと一刀も設定された償い(今回の場合は賠償金の支払い)が終わるまで、強制的に服従を強いられることになるだろう。

そう考えて、ますます憂鬱になる斗詩。
そんな斗詩を見兼ねて、猪々子が麗羽に提言した。

「姫ぇ、魚の王って人語すら解するとかいう伝説の魚じゃないですか。可哀想だからもっと別の課題にしましょうよー」
「猪々子さん。難易度も含めて全てが天意なのですわ。軽々しく変えられるものではありませんのよ」

猪々子を窘めながら、麗羽自身も多少がっかりした気持ちを覚えていた。
自分の耳にまで聞こえてくる程に名高い一刀であれば、天意を得られる可能性があるかもとの期待があったのだ。

もともとこの鎖は、物事の善悪を重視しない。
それは今まで使用した経験上わかっていることである。
であればこそ、仮に冤罪だったとしてもこの鎖で強制執行出来ると思い、強引に事を進めたのだ。

それでも、麗羽は考えてしまう。
この鎖に認められるような存在とは、どのような者なのだろうかと。
考えれば考える程に興味が増し、麗羽はいつしか鎖を使用する相手に対して、天意を成せるような英傑であって欲しいと願うようになっていたのである。

課題の難易度の高さに、一刀に見込みはなさそうだと興味を失う麗羽。
絶望的な状況に、悲しそうな瞳で一刀を見つめる白蓮。
立案した策の通りに事が進み、得意満面の七乃。

彼女達が見守る中、一刀が口を開いた。

「そんなことでいいのか? なら今すぐ釣るから、着いて来てくれよ」
「「「はぁ?!」」」

あまりの無理難題に気が狂ったのかと心配になる一同。
そんな彼女達を尻目に、さっそく川へと向かう一刀なのであった。



麗羽達の見守る中、一刀が竿を振るう。
すると1尾の魚が、あっさりと釣れた。

茫洋たる眼差し。
のっぺりとした面構え。
年季の入った『はねる』具合。

「よし、『コイキング』ゲットだぜっ!」
【こりゃ、またおんしかっ!】
「ごめんごめん、すぐにリリースするからさ」

一刀には初めから、王というフレーズにも人語を解するというキーポイントにも当てはまる魚の心当たりがあった。
釣りスキルを手に入れてから一番最初にゲットしたのが、川のレアポップ魚である『コイキング』だったからである。
その時の一刀はしゃべる魚を食べる気にもなれず、川に放してあげていたのだ。

【ところでおんし、そこに座りんしゃい】
「え? なんで?」
【いいから座りんしゃい!】
「あ、ああ」

【先日、おんしは川の仲間達を数百匹は釣りんしゃった。彼等はきちんと食べたのかえ?】
「あ、えっと、その……腐らせました。いや、実はこれには深い事情があって……」
【黙りんしゃい! よいかえ、この世の生き物というのは、お互いを支えあって生きちょる。小魚は藻を食べ、大魚は小魚を食べ……】

ビチビチと地面を跳ねる鯉。
その鯉に正座をさせられ、説教されている一刀。
そんなシュールな光景を見守る一同。

「天の御使い……」
「は? 麗羽様、何かおっしゃいましたか?」
「……いいえ、斗詩さん。なんでもありませんわ」

天意を受けた者の姿を日々想像し、その人物を我が君とまで呼んでいた麗羽。
その想像とは多少異なっていたが、それでも一刀は初めて鎖に認められ天意を得た者である。
麗羽は、一刀から目が離せずにいる自分に気がついた。

そんな麗羽の目に、一刀の中から唐突に出てきた鎖の姿が映った。
宿屋に向かって一直線に伸びていき、そのまま巻きつくようにして消えていく鎖。

「ひっ! こ、これは一体……?!」
「あらあら、一刀さんに要求した贖罪が全て貴方に帰ってきたようですわね。一刀さんに天意があるのならば、罪科は貴方にあるに決まっていますもの」
「贖罪……まさか、10万貫?! なぜ被害者のわたくしが、加害者に更に賠償金を支払わねばならないのですか!」
「まぁ、払うも払わないもご自由にすればよろしいですわ。『天意の鎖(エンシオゥ)』に逆らうことが出来れば、ですけれども。オーッホッホッホ!」

まさに泥棒に追い銭である。
もっとも宿屋が七乃の口車に乗らず欲をかかなければ、賠償額もせいぜい100貫程度であったため、この跳ね返りによるダメージも少なかったであろうことを思えば、自業自得と言ってよい……のであろうか?
いや、どう贔屓目に見ても、やはり男は一刀と七乃の犠牲者だったと表現するべきだろう。
今後のご健勝を祈りたい。

一方、コイキングの説教は佳境に入っていた。

【今後は自分の食べる分だけを釣りんしゃい。もちろん、魚達への感謝の心を忘れずにの】
「はい。あ、でも、金策が……」
【あれほど惨い真似をしておきながら、まだ我らの仲間達を金儲けに利用する気かえっ?!】
「いえ、もう釣りを金策には使いません!」
【では、そろそろ帰るとするかえ。おんしも早く帰りんしゃい】
「はい、色々とすいませんでした」

『コイキング』をそっと川へ返す一刀。
一同の方に向き直り、胸を張って宣言した。

「どうだ、俺が犯人じゃないってことがわかっただろ!」
「「「ちょっと待て!」」」

こうして、宿屋異臭事件は幕を下ろしたのであった。



「賠償問題は『天意の鎖(エンシオゥ)』の裁定に委ねましたが、罰則の方が解決していないのですよ。洛陽を騒がせた罪になるのですけど、一刀さんは初犯ですし人死も怪我人もなかったですし情状酌量の余地もありますから、罰金刑が相応だと判断しました。但し騒ぎの規模が大きかったですので、過去の事例に当てはめて2000貫の罰金になっちゃいましたけど」

審問の日から数日後。
訪ねてきた斗詩にそう告げられて、問題は全て解決したと思い込んでいた一刀は顔を青くした。

ちなみに一刀は、既に宿屋から賠償を受け取っている。
宿屋から10万貫も貰ったのだから、2000貫など端金だろうと思われるかもしれない。
だが実際にはそうはならないのだ。
なぜなら、宿屋に10万貫なんて大金を払えるわけがなかったからである。

宿屋の所持していた現金は、あの規模の宿を経営していたには少な過ぎるであろう1500貫であった。
審問の日より前の段階で宿屋が事件の被害者である上客達に迷惑料を支払っていたこともあるが、他にも大きな理由がある。
客を取らせる目的の他に自分の趣味でもあったのだろう、宿屋は金さえあれば少女の奴隷を購入していたのだ。

従って、10万貫に足りない分は現物で一刀に支払われていたのである。

その1500貫に彼自身の身銭から500貫を加え、罰則金を支払う一刀。
彼に残されたものは、事件当時に一刀が救った少女達を含む数十人の幼い奴隷達と土地を含む宿そのものであった。

気がつけば宿屋の主となりつつある一刀。
彼が再び迷宮に潜る日は、果たして来るのであろうか。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2218/4500
称号:小五ロリの導き手

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:127貫



[11085] 第五十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/31 22:16
Q.土地と建物があれば宿屋は出来るのか?
A.商売ナメンナ。

というわけで、一刀には宿屋を経営するどころか開業することすら不可能であった。

一刀の手持ちである100貫ちょっとでは、従業員達を継続して雇うことが出来なかった。
仮に借金をしたとしても、彼等が子供達の虐待に無関与だった保証がない限り、継続して雇うつもりは一刀にはなかったが。

そして一刀は宿屋の業務内容も漠然とした理解しか出来ていないため、具体的なノウハウにも乏しい。
更に、数十人の奴隷は皆子供であり働き手としてフルに使うことも出来なかった。
なにより彼女達には、まず心のケアが必要なように一刀には思えていたのだ。

焦点の定まらない虚ろな目をした娘。
一刀が近づくだけで怯えてしまう少女。
一刀に媚びるような笑みを浮かべる幼女。

「よし、何して遊ぼうか?」と一刀が聞いて「どうぞ私の体でお楽しみ下さいませ」と返事が来る彼女達の精神状態は、明らかにまずい。

「兄ちゃん、逮捕されたんだって?! 大丈夫だった? ボク、凄く心配したよぉ!」
「まったく兄様ったら。私達が目を離すと、すぐ無茶をするんですから……」
「兄、今日からここがみぃの家なのかにゃ?」

そんな中で、預けていた美以を伴って来た季衣と流琉は、大きな戦力となってくれた。
久しぶりの休暇を一刀と共に過ごすために来たはずなのに、気がつけば季衣は子供達の面倒を見てくれていたし、流琉は皆のために料理を作ってくれていたのだ。

「季衣、流琉、折角の休みなのに悪いな」
「いいんだよ、兄ちゃん。ボク子供って好きだし、世話を焼くのも楽しいしね」
「私もお料理は好きですし。……出来ればずっとここで料理を作りたいなぁ、なんて」
「あー、ボクもここで働きたーい!」

「そりゃ気持ちは嬉しいけど、今はまずいって。華琳のクランに入ったばかりで抜けるのは不義理だし、商売としても成り立ってないし。だからもうちょっと向こうで頑張っててくれよ、折を見て俺から華琳に掛け合うからさ」
「絶対だよ、兄ちゃん!」
「約束ですからね、兄様」

小ざっぱりとした服を着て、温かい料理に舌鼓をうつ子供達。
襤褸を纏い残飯を食べさせられてきた子供達にとって、それはいつも夢に描いていたような出来事であった。

美以の無邪気さが子供達の心を解きほぐし。
季衣の明るさが子供達に笑顔をもたらし。
流琉の真心が子供達の傷を癒し。

と言っても、長年に渡る虐待で受けた心の傷が僅かな間で完治する訳もなかったが。
それでも季衣達の来訪は、子供達に何かが変わったのだと感じさせる切っ掛けになったのであった。



季衣達の休暇が終わり、それと入れ違いに桃香に預かって貰っていた双子が戻ってきた。

1ヶ月もの間、桃香達に師事してメイド心得を習っていた彼女達もまた、心強い戦力となってくれた。
心優しい大喬と勝気な小喬は、子供達のリーダー的存在として奮闘した。
時には一緒に悩み、時には一緒に笑い、そうやって少しずつ子供達の心を掴んでいったのだ。

それは年の離れていて、異性でもある一刀には真似の出来ないことであった。
だがそれでも、問題がまったくないわけではない。

「ご主人様、夜のお世話は私がするから。お姉ちゃんにはぜっっったいに手を出さないでよね!」
「そんな?! 小喬ちゃんだけに辛い思いをさせるなんて、出来ないよ!」
「お姉ちゃん! ……気持ちは嬉しいけど、私なら大丈夫だから」

そう言って腕に絡んでくる小喬。
もちろん一刀には、彼女達の弱い立場に付け込む気持ちはない。
双子を抱くのは他の子供達への影響も大きいので、例え同意があったとしてもここは自重する場面であろう。

「ダメだよ、小喬ちゃん。ご主人様、私……頑張りますから……」
「いや、大喬も小喬もって、うわっ、なんだ?!」

大喬に抱きつかれた途端、なぜか鳥肌の立った一刀。
腕に当たる小さな胸の感触は、一刀の心にいつでも安らぎを与えてくれる。
そこはいつも通りなのであるが、なぜか太ももからも局部的に感じる大喬の体温に対し、主に一刀に尻方面が警戒信号を発したのだ。
その感覚を不思議に思いながらも、一刀は双子を諭した。

「と、とにかく大喬も小喬も、落ち着いてくれ。2人共まだ体が出来てないんだから、無理しちゃダメだ」
「ちっ、スケベ面してるくせに、意外と理性的ね。このままじゃ私達の出番がどんどん減らされて……」
「小喬ちゃん声、声に出てるよっ!」

という双子とのやりとりは、問題のうちには入らない。
では何が問題だったのかというと、やはり人材であった。

一刀自身は、宿経営を軌道に乗せるまで金策に走らなければならない。
開業もしていない現時点では、数十人分の生活費や建物の維持費を一刀だけで担わなければならないのである。
よって不本意ながらも、子供達の教育やケアなどは人任せにせざるを得ない。

美以はムードメーカーではあるが、それ以上の存在ではない。
双子もリーダー的存在ではあるが、まだ教育やケアをされる側である。

子供達を教え導くメイド長的な存在こそが、今の一刀にとって最も必要なものだったのであった。



-完全で瀟洒なメイド長急募-
募集人数:若干名
給与待遇:応相談

一刀が宿屋前に出した張り紙は、手持ちの金が乏しかったこともあって曖昧なものとなってしまった。
にも拘らず早速反応があり、メイド長候補の面接することになった一刀は、応募者の顔を見て即座にこう言った。

「……帰れ」
「えー、ちゃんと面接して下さいよ、一刀さーん」
「そうじゃそうじゃ、妾達のような優秀な人材を無碍に扱うなど、器が知れるのじゃ!」

「……いいから帰れ」
「うう、それが先日の件で麗羽様の機嫌を損ねてしまって……」
「向こうはすっかり居心地が悪くなってしまったのじゃ」

「……とにかく帰れ」
「ギルドには私財まで差し押さえられちゃって、一文無しなんですぅ」
「あ奴らの無法振りは、ほんに恐ろしかったのじゃ」

一刀の張り紙に対して就職を希望して来た者、それは七乃と美羽であったのだ。
ついこないだ自分を罠に嵌めようとした癖に、さすがにそれはずうずうしいだろうと相手にしない一刀。
だが2人があまりにもしつこいため、一刀はしぶしぶ話だけは聞くことにした。

それによると、彼女達はギルドの資産と自分達の資産をごっちゃにしていたため、クーデータの際に丸ごと雪蓮達に差し押さえられてしまったのだそうだ。
正直ギルドの経営権についてはさほど未練がなかった美羽だったが、そのこともあってギルドの実権を奪い返したかったらしい。

それを加味して七乃の策を思い返すと、確かにあれでは確実にギルドを掌握出来るとは限らない。
あの状態からどんなに手をつくしても、最悪ギルドが10万貫を支払ってしまえばそれ以上の話にはならないからである。
さもあろう、彼女の策はギルドを掌握出来ずとも大金を得られればそれはそれでOKだったのだ。

ところが、その策を一刀がぶち壊したのである。
更にそのことで麗羽の七乃達に対する評価が大きく下がってしまった。
それが七乃と美羽の転落の始まりであった。

「あれ以来、日に日に私達の待遇が落ちて来てまして……」
「今では妾なぞ、3時のおやつすら満足に食べられないのじゃ……」
「食後の蜂蜜水も夕食の時だけになってしまって……。うう、美羽様ぁ!」
「デザートの蜂蜜漬けも、今は週に一度出るかどうか……。うう、七乃ぉ!」

涙を流しながらがっしりと抱き合う2人。
まるで贅沢自慢のような話の内容もムカつくが、抱き合いながらもチラチラと一刀の様子を窺う仕草が非常に癇に障る。
当然のようの力づくで追い出そうとした一刀だったが、まてよ、と思い直した。

こう見えて、七乃はもちろん美羽だってそれなりに優秀なのである。
なぜなら彼女達には、長年ギルドをまとめていた実績があるからだ。
しかも七乃の場合は美羽の従者までやっていたくらいだから、メイド長としては十分過ぎる人材であろう。
というか、たかが宿屋のメイド長に七乃クラスの人材は全くの役不足とすら言える。

それに件の裁判でも策を優先こそしていたが、宿屋に向ける嫌悪の眼差しは確かであったし、彼女に黒い部分はあっても人柄が悪いわけではない。
奴隷は人ではないという漢帝国の律令から考えると、剣奴達に細くとも解放の道を提示していた旧ギルドは善良な方であろう。
麗羽も言っていた通り、ギルド乗っ取りはあくまでも雪蓮達の都合で起こったことであり、美羽達に落ち度があったわけではない。

そして彼女達は信用こそ出来ないが、そこは一刀自身がしっかりと手綱を握っていれば済む話なのである。
はっきり言えば、有能でかつ信頼出来る者だけを部下にしようなどというのは現実的ではない。
つまり七乃のような人材を使いこなすことは、将来一刀が経営者になった場合には必須技能なのだ。

「メイド長として雇うのは七乃だけって条件ならいいぞ。美羽はまずは班長からだ。大喬、小喬と同じポジションだな」
「なんじゃと、妾にそんな木端仕事を……ムグムグ」
「はいはーい、それで結構ですよー。(美羽様、ここは堪えて下さい)」
「ぷはっ。七乃、酷いのじゃ!」

「んじゃ、早速今日から住み込みで働いて貰うぞ。子供達は3つの班に分けて、そのうちの1つを美羽に任せるからな。メンタルケアを中心に、班員をまとめ上げてくれ。七乃はそれぞれの班に対する仕事の割り振りや教育を頼む。相手は子供なんだから、そこらへんを考慮してくれよ。具体的な待遇や給料は、実際の働きを見てから決めたいんだが構わないか?」
「はーい、それでいいですよー。よろしくお願いしまーす」
「ククク、七乃よ。妾が知恵を振り絞って考えたシシシシ身中の虫作戦、早速成功じゃの!」
「さっすが美羽様! よっ、小悪魔! 知能犯! あくどいぞっ!」
「わはは、そうであろ、そうであろ。七乃よ、もっと妾を褒めるのじゃ」

間違っても彼女達を自由に動かしてはならないと、心に誓う一刀なのであった。



2人の就職になにか策略めいたものを感じ、彼女達の監視を怠らなかった一刀であったが、それに反して彼女達はよくやってくれていた。
七乃に関しては期待通りと言える働きであったが、美羽などは一刀の期待を大きく上回る活躍をみせていたのだ。

「美羽ちゃん、お掃除はもっと高い所からやらないと、綺麗にならないんだよ」
「おお、そうなのか! お主は賢いのぉ」
「えへへ。じゃあ、頑張ってお掃除しよっ」
「うむ。3時のおやつまでもうちょっとじゃから、それまでに終わらせるのじゃ」

などと、仕事面では班員達との協調性を持って取り組み。

「遊びの時間なのじゃー! 今日は中庭の池で遊ぶのじゃー!」
「……私、行かない」
「なぜじゃ?」
「……楽しくないもの」
「うーむ、ううーむ、うぐぅ。で、では、これを少しだけやるのじゃ。食べるがよい」
「……甘い」
「どうじゃ? 蜂蜜を食べると、楽しい気分になるじゃろう! もう1粒やるから、一緒に遊ぶのじゃ!」
「……行く」

などと、生活面でも班員達の面倒をしっかりと見て。

「ああ、あの美羽様が、他人に蜂蜜を分け与えるだなんて! 素敵すぎますぅ、美羽様ぁ!」
「ギルド長だったから人をまとめるのが得意だとは思ってたけど、こんなに頑張ってくれるなんて完全に予想外だったよ」

池でキャイキャイと遊ぶ美羽達の姿を見下ろす一刀と七乃。
今後の方針について打ち合わせをすべく、彼等は最上階にある一刀の部屋に来ていた。

「七乃はメイド長だからな。うちの内実についても把握しといて貰わないと」
「一刀さんが金欠だってことは、しっかり把握してますよー」
「メイド長なんだから、ちゃんとご主人様って言わないと下に示しがつかないだろ?」
「みんなの前ではそう呼びますよー。でも私のご主人様が美羽様だけなのは、一刀さんだって御存知じゃないですか。2人きりなんですし、いいですよね?」
「まぁ、いいけどさ。皆がいる時は気をつけてくれよ。それで、要はその金策についてなんだが」

魚釣りという最大の金策を失くした一刀だったが、ギルドの依頼で月に50貫程度稼ぐことは可能である。
逆に言えば、それ以上の収入をギルドから得ようとするのは、他の冒険者との兼ね合いがあり難しい。
そして一刀の生活費だけなら兎も角、数十人の子供達を養ったり七乃達に給料を払うには50貫程度の収入では厳しいのである。

現状のギルドの依頼は主に他の冒険者や剣奴達の能力鑑定なので、拘束時間はかなり短い。
つまり、空いている時間を金策に利用出来るのだ。
そこで一刀が考えたのが、以前華琳から誘われたことのあるバックパッカーを商売とすること、つまり荷運び屋をやろうとしていたのである。

一刀の加護スキルは戦闘向きではないが、それでも加護持ちであることには変わりない。
その加護持ちが荷運び屋をやろうというのだから、深い階層へと赴く冒険者達に対する需要はあるだろう。

特に一刀が最上級の顧客になるだろうと思っている華琳のクランは、今現在も洛陽中の荷運び屋から派遣を断られている。
尤も、当時と比べて今は力持ちの季衣や流琉がいることから、バックパッカーを雇う意義は薄れているのだが。
それでも専属のバックパッカーがいるかいないかで、パーティの戦闘力は大幅に変わって来るであろう。
よって華琳のクランに加盟しなくても、1回毎の契約で交渉することは可能なはずである。

「華琳さんのクランに加盟しちゃえばいいじゃないですか」
「そうするとギルドの仕事を受けられないだろ? 雪蓮達に対する不義理になるじゃないか」
「じゃあいっそ雪蓮さんのクランに入って、ギルド職員になるのはどうです?」
「今度は宿屋に時間がとれなくなるだろ?」

それに正直な所、もう一刀は命を賭けた迷宮探索などしたくないのである。
この荷運び屋も、宿屋が軌道に乗るまでの繋ぎのつもりなのだ。
そんな一刀がどこかのクランに入ったりしても、脱退の時に迷惑をかけるだけである。
それならば最初から、1回毎の契約を結んでくれるパーティのみと関わるべきだ。

一刀の考えを聞いた七乃は、腹案を提示した。

「そういうことなら華琳さんのクランよりも、もっとうってつけのクランがありますよー」
「言っとくけど、それなりに深い階層にいけるパーティじゃないと収入的に厳しいんだぞ?」
「わかってますよ。実力で言ったら、この洛陽でも1,2を争うパーティなので大丈夫です」
「それって、華琳のとこと同じくらいってことだよな? そんなクランあったか?」
「ふふ、漢帝国のクランですよ」

一刀には面識のないクランであったが、七乃にはギルドで培ったコネがある。
それを利用して、漢帝国のクランに一刀を紹介してもよいと言うのだ。
願ってもない話ではあったが、今までの七乃の実績から考えるとなにか裏がありそうだと警戒する一刀。
そんな一刀に、七乃はもうひと押しとばかりに言葉を重ねる。

「一刀さんとしても、漢帝国のクランと誼を通じておくのは悪くないと思いますよ? 彼女達に協力することで、行政府の覚えも良くなると思いますし」
「……確かに今後宿屋をするんだったら、漢帝国の将軍達や行政府とは仲良くやっていく必要があるよな」

この余禄は、今後洛陽で商売を始めるつもりの一刀にとっては見逃せないものである。
今まで世話になった華琳や雪蓮、桃香のクランへの不義理とならないよう、あくまで1回毎の契約であることを念押しし、七乃の話を受けることにした一刀。

こうして一刀は、再び迷宮探索へと赴くことになったのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2218/4500
称号:小五ロリの導き手

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:16貫



[11085] 第五十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/01/29 23:27
三国迷宮BF20。
パーティの先頭を行く少女が、その小さな体を更に縮めるようにして慎重に辺りを窺う。

NAME:音々音【加護神:陳宮】
LV:23
HP:264/297
MP:0/0

陳宮という軍師系の加護神であることや小柄な体格から、音々音がMP持ちでないことを不思議に思っていた一刀だったが、祭壇から今までの道中で彼女の役割は既に理解出来ていた。
彼女はシーカー、つまり索敵・罠警戒などが担当なのである。

そんな彼女が周囲を警戒しているということは、つまりモンスターが接近してきたということだ。
それは前列にいる2人の女性が武器を構えたことからも分かる。

NAME:霞【加護神:張遼】
LV:23
HP:357/402
MP:0/0

NAME:華雄【加護神:華雄】
LV:23
HP:322/420
MP:0/0

豊かな胸にはサラシを巻き、肩には羽織、腰には袴、足には下駄。
日本を勘違いした外国人のような姿をした霞だが、『神速将軍』の異名は伊達ではない。
両手に構えた偃月刀から繰り出される斬撃が、長物を振り回しているとは思えない速度でモンスターを切り刻む様を、一刀はここまでの道中で何度も見てきた。

そして霞の異名『神速将軍』と対をなし、『烈火将軍』と呼ばれるのが華雄である。
神格としては張遼より一段も二段も落ちる華雄の加護を得た彼女が、なぜ『神速将軍』と並び称される程の力を得ることが出来たのか。
その答えが一刀の目に映る彼女のNAMEである。

彼女のNAMEは、一刀の見間違いでも偶然の産物でもない。
彼女は元の名を捨てて加護神と名乗りを同じくすることで同調性を高め、更なる加護を手に入れたのである。
『烈火将軍』とはその武もさることながら、そうまでして力のみを追求する苛烈な精神に対して付けられた異名なのだ。

「ヘルハウンドが2匹とオーガが1匹やて。華雄、どっちがええ?」
「ふむ、では私はオーガを貰おう」
「オッケー、んじゃウチは犬で。行くで!」
「応!」

後ろへ下がる音々音と入れ違いに、霞と華雄は前方へと躍り出る。
そんな彼女達の様子を見て、一刀は慌てて壁際に移動し両手の荷物を下ろした。
そのまま背中のリュックも降ろすか少し迷った一刀だったが、前方では既に戦闘が始まっている。
結局一刀は荷物を背負ったままアサシンダガーを構え、腰を落として戦闘の様子を窺った。

その一刀の判断の正誤を問うかのように、1匹のヘルハウンドが前線を突破して襲い掛かってきた。
LV17の一刀からすれば、BF20の敵は10回やって10回負ける相手である。
しかも背中に重い荷物まで背負い、とても回避行動などとれる状態ではない。

一刀は左手で自分の首をガードしつつ、アサシンダガーをヘルハウンドの口に合わせるようにして振った。
わずかの間だけ鍔迫り合いのような負荷が右手に掛かる。
その負荷が無くなったことを一刀が認識した次の瞬間、首を狙って襲い掛かってくるヘルハウンドの鋭い牙が、急所を守る一刀の左腕に突き刺さった。
このヘルハウンドの素早さと急所攻撃こそが、一刀にリュックを降ろすことを諦めさせたのである。

ちょっと目を離した隙に。
ちょっと武器から手を離した隙に
ちょっと背中を向けた隙に。

ヘルハウンドとは、その一瞬で頸動脈を噛み千切ってくるような油断のならない難敵なのだ。
逆に言えば、その凶悪な急所攻撃さえ防げばなんとかなる敵だとも評することが出来る。
なぜならヘルハウンドは、今の一刀の実力でも耐えることが出来る程度の攻撃力しか有していないからである。
そしてある程度の時間を稼げたのならば、もう一刀の命は保証されたようなものだ。

トスッ。

そんな軽い音を立てて、上空からヘルハウンドの頭を貫く槍。
その槍の持ち主も、軽やかに着地する。
いや、着地という表現は正確ではない。
なぜなら、彼女は地に足を着けていないからである。

NAME:恋【加護神:呂布】
LV:23
HP:539/539
MP:0/0

『神速将軍』も『烈火将軍』も武名においては一歩譲る、『飛将軍』の異名を持つ恋。
彼女はその名の通り、自由自在に宙を舞うのだ。
最後尾から文字通り飛んできた彼女に、一刀は礼を言う。

「ふぅ。助かったよ、恋。ありがとう」
「ん、いい。……傷、痛そう」
「いや、なんともない。それより、前の二人の手助けをしてきた方がいいんじゃないか?」
「もう終わる」

恋の言う通り、前方での戦いも既に終盤であった。
霞の偃月刀によってヘルハウンドは既にこと切れており、オーガの方もたった今華雄の斧が頭の天辺から口の辺りまでめり込んだ所である。
次の瞬間、彼女の加護スキルかなにかであろう、そのオーガの頭が炎に包まれた。

「……オーバーキルもいいところだな」

それを見て、思わず独り言を呟いた一刀。
特に返事を期待していた訳でもない独り言に、言葉が返ってきた。

「仕方ないわよ、あれはランダム発動だから……いえ、モンスター1体に的を絞らなければ、オーバーキルの可能性は減るわ。あるいは……」
「それより一刀さん、腕は大丈夫ですか?」

NAME:詠【加護神:賈駆】
LV:23
HP:292/292
MP:193/224

NAME:月【加護神:董卓】
LV:23
HP:268/268
MP:65/86

オーバーキル対策案を考え込む詠と、一刀の腕の傷を心配する月。
そんな2人に相槌を打ちながら、一刀は七乃の紹介による彼女達との顔合わせの時のことを思い出していた。



交渉のため七乃が連れて来たのは、月と詠だった。
理知的な感じがする詠の加護神が賈駆なのはともかく、儚いという形容詞がピッタリとマッチする月の加護神が董卓だったことに目を疑った一刀。
彼の知る限りでは、董卓と言えば暴虐の限りを尽くし洛陽を火の海に沈めた悪役中の悪役だからである。

そんな董卓が加護神につくのだから、月にも何かしら暴王に通じるものがあるのだろうと警戒する一刀。
油断は禁物だと気を引き締めた一刀に対し、月達は最初からとても好意的であった。

交渉の前提条件である1回毎の契約は、事前に七乃から伝えられている。
彼女達がこの場に現れたということは、その条件は飲んだと考えてよい。
そこから先はこの交渉次第だと気合いを入れ、一刀は報酬その他の条件について切り出した。

「1日20貫、戦闘は一切不参加、但し補助的な行動はそっちの要請に従って行うってことでどうだ? 補助的な行動ってのは、例えばアイテムによるHP・MP回復や、場合によっては索敵行動なんかを考えているんだが……」
「一刀さんを雇わせて頂くのに、その条件では少し……。詠ちゃん」
「そうね、1日30貫出すわ。それから特に優れた働きをした場合は、相応のボーナスを。後、補助的な行動は一切要らないから。アンタのLVは私達より全然低いんだから、自分の身を守ることを最優先にしなさい」

一刀にとって譲れない条件は既に満たされており、その他のことは交渉次第では譲っても良いと考えていただけに、月達の言葉は全くの想定外であった。
そして、なぜそんな好条件を出すのか問う一刀に対する月達の答えも、董卓という加護神からは想像もつかない内容だった。

「七乃さんから聞いたのですが、一刀さんはこの宿で子供達を保護しているそうですね。あの、私も、奴隷だからって子供達に、そ、その、エッチなのはいけないと思います! ……へぅ、ごめんなさい、大きな声を出しちゃって」
「月の言う通りよ。律令で許されるからといって、人として許されないことはあると思うわ。だから七乃からアンタの話を聞いて、ボク達も依頼とかを通じて出来るだけ協力したいって思ったのよ」

月や詠の考えは、別に少数派というわけではない。
罪にならないからといって下種な行為に及ぶ輩は、やはり下種として扱われるのが当然であろう。
そういった者達から幼子を庇護しようという一刀の姿勢に、月は共感を覚えていたのである。
そして詠は、一刀が子供達に独り立ち出来るように教育を施そうとしている部分を評価していた。

もちろんこれから色々な不具合も起こりうるであろうし、救われない者も当然いるので不公平な試みでもある。
特に詠にとってはその不平等さが納得出来なかった。
それでも七乃経由で2人に伝えられた『やらない善よりやる偽善』という一刀の言葉が、彼女達の心に大きく響いたことだけは間違いない。

そういう訳で、一刀は予想外の高待遇で漢帝国パーティに迎えられたのであった。



「その高待遇の極め付けは、これだな」
「どうしました、一刀さん?」
「あ、いや、お陰様でLVが上がったんだ」

そう、一刀は月の好意によりパーティ登録までさせて貰っていたのだ。
一刀がパーティ登録方式を発見して以来、バックパッカーもパーティ登録される傾向にある。
LVが上がればバックパッカーの生存率も上がるし、パーティ効果の恩恵も受けられるからだ。

だがそれはあくまで自クランのバックパッカーを育てるためであり、一刀には当てはまらない。
一刀もこの措置だけはさすがに遠慮したのだが、最終的には月に押し切られてしまった。

「これで一刀さんは、LV18ですか?」
「ああ」
「私達の目指すBF22には、まだ4つ足りないです……。くれぐれも気をつけて下さいね」
「心配してくれてありがとう、月。皆の邪魔にならないように、慎重に行動するよ」

もっとも今の一刀には、大人しくしている以外の選択肢はない。
先の戦闘でも分かる通り、例え荷物がなかったとしても近接戦では問題外だ。
ボウガンで援護しようにも味方に当たる可能性があって使えないし、それ以前に魔力を帯びていないため魔法生物には効き目がない。

それに漢帝国のパーティメンバーも、一刀に戦闘面での働きなど初めから期待していない。
彼女達にとって一刀は単なる荷物持ちだからである。
だから一刀が荷物運び以外にも意外な所で役に立ったことは、彼女達にとっては嬉しい誤算であった。

「今日はBF20で夜営するつもりなんだろ? 実は最適な場所に心当たりがあるんだ」
「むむむ、そういうのはネネの役割なのですぞ! お前は引っ込んでいるのです!」
「話だけでも聞いてくれよ。多分敵はポップしないし、カニやエビが食べ放題だぞ」
「……行く」
「恋殿、騙されてはなりませぬぞ! コイツがこんな深いフロアのことを知っているはずがないのです!」

一刀の心当たりとは、言わずと知れた【魚群探知】スキルの恩恵である。
今までの傾向からBF20には釣り場があると思ったら、案の定一刀のサーチに引っかかったのだ。

今までの釣り場は、モンスターを釣り上げない限りは安全であった。
おそらくBF20の釣り場も同様であろうと予測をつけた一刀。
もし本当にモンスターがポップしなのであれば、夜営は断然楽になる。

少なくともカニやエビが食べられるのは本当だし、ダメ元で試してみないかという一刀の提案に乗った彼女達。
タゲった獲物のいる方向に皆を誘導しながら、これもボーナスの対象になるのかな、とワクワクする一刀なのであった。



タラバガニ、ズワイガニ、イセエビ、ロブスターなどを次々にロックオンしてガンガン釣っていく一刀。

「よっ」「ニャ」
「それっ」「ウニャ」
「もういっちょ!」「フニャー!」

そして、一刀が釣りあげたカニやエビを手当たり次第に殻ごと食べていく幼女。

「って、美以?! なんでこんな所にいるんだよ!」
「兄を呼びに来たんだじょ。もう夕食の時間なのにゃ」
「そうじゃなくて、どうやってここまで来たんだよ!」
「兄の匂いを追ったのにゃ」
「いや、だってここBF20だぞ? 敵だっているし、時間だっておかしいだろ!」
「……せっかく呼びに来たのに、兄が怒るにゃ。もう美以は帰るにゃ!」
「ちょ、待った! ほら、今からもっと美味しいのを釣るからさ、機嫌を直してくれよ」
「むー、……わかったじょ。さぁ兄、早く釣るにゃ!」

唐突な美以の登場に月達もあっけにとられていたが、一刀にもその理由が分からない以上、今は美以の機嫌をとるのが最優先である。
【魚群探知】でリストの中からレアっぽい獲物を探し出し、ターゲットを設定してロックオン。

「よし、『カニカマ』ゲットだぜ!」

まるで丸太のような寸胴の巨大な甲殻類っぽいなにかが、ゴロゴロと地面を転がる。
早速かぶりつこうとする美以に、ちゃんと料理した方が美味いと待ったをかける一刀。

釣り上げた『カニカマ』を、月と詠が手早く調理する。
と言っても迷宮内に器具を持って来ている訳もなく、調理方法は焼きの一択ではあったが、それでもさすがにレアな獲物だけのことはある。
ただ焼いただけなのにも関わらず芳醇な香りを漂わせる『カニカマ』は、引き締まった身が口の中でプリプリと弾け、ジュワッと口内に広がる旨味で舌が蕩けるようであった。

「タラバガニの足を一匹分まるごと解して、一気に頬ばった感じ?」
「あー、わかるわかる。ウチもそう思ったわ」
「もきゅもきゅ……んぐ、もきゅもきゅ……」
「はぐっ、うにゃー! はぐっ、はぐっ」

一刀と霞が歓談している脇では、恋と美以が一心不乱に『カニカマ』を食べている。

「美味しいですね、華雄さん」
「うむ。今まで食には興味がなかったが、これ程に味わい深いものがあったとはな」
「……く、悔しいですが、確かに美味いのです!」

月や華雄も『カニカマ』の魅力に夢中である。
不機嫌だった音々音までが、あまりの美味さに思わず顔を綻ばせていた。

「で、一刀。その娘はなんなの?」

そんな中で、当然しなければならない問いを一刀に投げかけられたのは詠だけであった。
さすがは軍師神・賈駆の加護を持つだけのことはある。
だが一刀にもなぜ美以がここに来られたのかは分からないし、肝心の美以は『カニカマ』以外は目に入らない状態になっている。

とりあえず美以の生い立ちの特殊性などを、分かる範囲で説明する一刀。
そのうちに50kgはありそうだった『カニカマ』を食べ尽くして、ようやく美以と恋の食事が終わった。
満腹になってご機嫌の美以から一刀が話を聞き出した所、彼女はとんでもないチートスキルを持っていることが分かったのである。

「じゃあ、美以は迷宮前のテレポーターから迷宮内のどこへでも行けるし、どこからでもテレポーターに帰れるのか?」
「そうにゃ。でも目印がないと無理にゃ」
「目印?」
「ポッケを探ってみるのにゃ。美以からのプレゼントだじょ」
「あれ、皮の首輪? いつの間に」
「友情の証だにゃ」

つまりこの首輪が、美以にとってのみの疑似テレポーターとなっているらしい。
試しに月をおんぶした状態でテレポーターに帰らせてみたが、移動出来たのは美以のみであったことから、他者は完全に利用出来ないことが判明した。
だがそれを差し引いても、美以の能力は価値があると言える。

「なぁ、美以。あれとそれとこの荷物だけ持って帰ってくれないか? それで、明日の夜にこれを、明後日の夜にそれを、その次の日はあれを持って来て欲しいんだ」
「むむむ……覚えられないにゃ」
「あ、それじゃ紙に書いて七乃に伝えるから、彼女の言う通りの荷物を持って来てくれるか? って、持って帰る荷物の量が多すぎるかな、持てるか?」
「それは大丈夫だじょ。にゃむにゃむ……≪-量産型生産-≫……」

「ミケにゃー!」
「トラにゃ」
「シャムにゃ……」
「よーし、みんなで荷物を運ぶのにゃ!」
「「「にゃー!」」」

「……増えた」
「増えたな」
「増えましたね」
「なんかもう、なんでもありだな……」

こうして一刀達は、水や食料や着替えなどに一切困らない迷宮探索を行うことが出来るようになったのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:288/288
MP:0/0
WG:75/100
EXP:123/4750
称号:小五ロリの導き手
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーグローブ、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:110(+5)
近接命中率:82(+10)
遠隔攻撃力:104(+5)
遠隔命中率:79(+13)
物理防御力:77
物理回避力:89(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:16貫



[11085] 第五十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/03 05:56
一刀が語った美以に関する説明の中で、彼女の加護スキル以外にも詠が興味を持った箇所があった。
それは、一刀と美以の出会いの部分である。

「確かにアンタ以外の人には、美以の姿は見えていなかったのね?」
「ああ。単に気付いていなかっただけなのかもしれないけど、それでも4人ともってのはおかしいだろ?」
「……ネネ、前に恋が人の気配がするって言ってた場所、覚えてる?」
「当然なのですぞ! ネネは恋殿の言葉は絶対に忘れぬのです!」

音々音が地図を広げ、場所を指し示す。
そこは現在一刀達がいるフロアの、BF21へ降りる階段に程近い小部屋であった。

「そうね……。ネネ、明日はそこを経由してBF21へ向かって頂戴」
「ちょっと待ってくれ。美以の時はたまたまかもしれないんだし、俺が何か発見出来るとは限らないぞ?」
「わかってるわよ、そんなこと。でも、物は試しって言うでしょ。どうせ通り道なんだし、寄るだけならタダだわ」
「そっか。でも、過度の期待は持たないでくれよ?」
「わかってるって言ってるでしょ。まぁなんにせよ、明日の話よ。今日はもう休みましょ」

詠が話を打ち切って眠る体勢に入ってしまい、手持無沙汰になった一刀。
折角海岸にいるのだから、寝る前にエチケット袋の中身を処分しようと波打ち際に向かった。

加護を受けて内臓の消化機構も強化されたのか、排泄物を出す量が今までより大分減っていた一刀だったが、それでもまったく出さない訳ではない。
たった1日分とはいえ、汚物を捨てられる機会は逃さない方がよい。
出来ればエチケット袋の中身だけではなく、体内のプリプリ博士ともお別れをしておくとベストであろう。

そう考えた者は、一刀以外にも存在した。

「へぅぅ。一刀さん、来ないで下さい……」
「あ、すまん!」

剥き出しになった月の尻が、薄暗い中で白く浮かび上がっている。
その名の通り、まるで夜空に浮かぶ満月のような尻である。
まろやかな女性らしい曲線を描く月の尻、チャームポイントの蒙古斑がその愛らしさを際立たせている。

「それ、全然フォローになってないです……」
「あれ? おかしいな」

おかしいのはアンタの頭だ。
多分詠ならばそうツッコミを入れたであろうが、月は何も言えずに必死になって赤く染まった顔を薄紫色の髪で隠すのみであった。

なぜこんな小動物っぽい娘の加護神が董卓なのであろうか。
なぜ月は頭を隠して尻を隠さないのであろうか。

後者はともかく、前者は一刀にとって重要なことである。
もし月に董卓的な要素があるのならば、出来るだけお近づきになりたくないからだ。
そのためにも月のことをもっとよく知りたいと思った一刀は、月が落ち着いたのを見計らって誘いをかけた。

「時間が大丈夫なら、少し話さないか?」
「一刀さん、目も逸らしてくれずに、ずっと見てました」
「いや、やましい気持ちじゃなくてだな、月が落ち着くのを見計らってて……」
「私の、私の、お尻を……へぅぅぅ」

残念ならが、まだ月は落ちつけていなかったようである。
それでも一刀の振った話にポソポソと返事をしてくれる心優しい月。
どれだけ雑談を重ねても、彼女に暴王的な要素は欠片も見当たらなかった。

「それじゃ、追放も同然に洛陽に追いやられたってわけか。大変なんだな、宮廷の権力争いってのも」
「はい。あ、でも半分は詠ちゃんの裏工作の結果ですけど。そうしていなければ、きっと私も詠ちゃんもとっくに暗殺されてましたから……」
「じゃあ月は、ここで手柄を立てることで権力を手に入れ、宮廷に戻るのが目標なのか」
「いえ。その功績を以て退官させて頂き、出来るだけ長安から離れた土地で穏やかに暮らしたいです。……本当は西涼に戻りたいんですけど、それも危ないから」

狂王どころか話を聞く限りでは、家柄の良いお嬢様が伏魔殿に住まう魑魅魍魎のような宦官達にいいように利用されたようである。
しかも性質の悪いことに、月は自ら望んで宮仕えをしたわけですらないらしい。
彼女の故郷である西涼の領民達が、彼女にとっては人質の様なものだったそうだ。

「ねぇ、一刀さん。この海って、一体どこまで続いているんですかね。……今とはまったく違う、新しい世界があるのかな」
「うーん、どうだろうな。というか、この海岸が大陸のどっかなのかどうかもわからないからなぁ」

むしろ違う可能性の方が高いだろう、なにせ迷宮内にある海岸なのだから。
下手をすれば地表までモンスターだらけの土地だった、なんてこともありうる。

にもかかわらず、どこか憧れるように海を見つめ続ける月。
いっそ全てを投げ出してしまいたい。
月の態度や言葉の端々からも、そういった感情が見え隠れする。

それはそうであろう。
暗殺される可能性は少なくなっても、迷宮探索で命を失う危険は大きいのだ。
常に自分と仲間の命が危険に晒されている状況で、逃げ出したいと思うのは当たり前である。

それでも故郷の領民達を思い、ひたすらに耐える月。
そんな彼女には、やはり暴君的な要素はないと安堵する一刀なのであった。



夜が明け、2日目の迷宮探索が始まった。
BF16より先を行くのは、一刀はこれが4回目である。

1回目は無謀なLV上げの時で、これはBF16まで。
2回目は雪蓮達との宝箱探しで、これも同じくBF16まで。
3回目は天和達との体験ツアーで、これも華琳のクラン員の半数以上が新規加入者であったためにBF18まで。

だから今回は既に未知のエリアなのであるが、それでも過去3回と共通して言えることがあった。
単体で行動する敵が、BF15までよりも格段に少ないことである。

今もまたガーゴイル3体とオーガー2体の計5体を相手に、一刀達は交戦中だった。

「くっ、恋! すまんけど、こっちは華雄と2人でオーガ達の相手が精一杯や。キツいやろが、ガーゴイルを頼んだで!」
「2体までならだいじょぶ」
「恋殿のフォローは、このネネの役目ですぞ! 1体だけなら、ネネが月達を守りきってみせるのです!」
「任せる」

音々音が月と詠を守る位置でファイティングポーズを取る。
LVは低くても後衛を攻撃に晒すよりはマシであろうと、一刀も音々音の隣でダガーを構えた。

ガーゴイルは一刀と音々音の頭を越え、月達を頭上から襲う。
徒手空拳の音々音はもちろん、一刀もダガー装備なのでリーチが短い。

一刀はとっさにボウガンを構え、ガーゴイルに向けて放とうとした。
ダメージは与えられないが衝撃自体は伝わるため、月達を守る足しになるだろうとの判断からである。

ところが、トリガーを引いても矢が発射されない。
昨日のヘルハウンドとの交戦時、左腕で身を守った際の衝撃により発射機構が不具合を起こしたようである。

石の爪を振り下ろし、詠を頭から引き裂こうとするガーゴイル。
その軌跡に自らの左腕を投げだす一刀。

装着しているボウガンで攻撃を受けてしまったのは、幸運というべきか不幸というべきか。
一刀の左腕の身代わりとなって砕け散ったボウガンの破損具合からすると、やはり「運良く」と評するのが適切であろう。
愛用の武器を破壊されて茫然とする一刀の脇から、音々音がガーゴイルにアタックを仕掛けた。

「ちんきゅーキック!」

加護により陳宮の力を身につけた音々音の、氣を込めた一撃がガーゴイルの右足を砕く。
恐るべき破壊力を見せたちんきゅーキックに続き、音々音は更なる攻撃を繰り出した。

「ちんきゅーアイ!」

子供の時分、誰しもが行ったであろう動作。
両手の親指と人差し指で輪を作り、手を逆さにして目に当てるという一見コミカルな姿も、音々音がやれば話が違う。
このポーズをとった時の彼女の瞳は、ガーゴイルの体中を透視してコアとなる部分を見抜くのだ。

「ちんきゅーチョップ!」

そして止めの一撃が、ガーゴイルの急所を直撃した。
パンチングマシーンなら軽く200kgは超えたであろう一撃は、ガーゴイルに先の一刀のボウガンと同じ運命を辿らせたのであった。

ちなみに『ちんきゅーアイ』の透視力と『ちんきゅーイヤー』の地獄耳が、音々音の優れたシーカーたり得る所以であることは言うまでもない。



「ネネ、怪我は?」
「恋殿! ネネはこの男が囮になったので、傷ひとつないですぞ!」
「良かった」

「せやな。ネネはリーチが短いから敵の攻撃も受けやすいし、防御力がないからなぁ」
「そう思うなら、ネネが戦闘しなくて済むように霞がもっと働けばよいのです! 『神速将軍』を名乗るのであれば、分身くらいして然るべきなのですぞ!」
「無茶言うなや!」

戦闘が終わり、仲間達が無事を確認し合っているのも、今の一刀の耳には入ってこない。
いつでも作戦は『命を大事に』な一刀が、戦闘中に茫然としてしまう。
ボウガンが破壊されたことは、そのくらいの衝撃を一刀に与えていたのだ。

壊れたなら買い換えればいいじゃないか、という問題ではない。

剣奴時代から愛用していたボウガン。
振り返れば初めての『贈物』もボウガンであり、代替わりこそしたもののずっと身につけてきた、一刀にとっては己の半身のようなものなのである。
そんな一刀の戦友が、実にあっけなく破壊されてしまった。
粉々になったボウガンの姿は、一刀に近い未来の自分の姿を想像させたのだ。

加護を受けて以来、従来の臆病さがなくなりつつあった一刀。
昔の一刀であれば、例え荷物持ちだとしても自分のLVを超えるフロアに足を踏み入れることはなかったであろう。
それは勇敢になったのではない。
加護を受けたことによる身体能力アップで己の力を過信し、心のどこかで自分は死なないと思い込んでいたのである。

「あの、一刀さん。詠ちゃんを守ってくれてありがとう」
「お陰で助かったわ。釣り場の件もあるし、そのボウガン分もボーナスに上乗せしておくから」
「……ああ。詠が無事で良かったよ。ボウガンだって本望だったろ」

常に一刀の命を守ってくれたボウガン。
祭とネンゴロになる切っ掛けすらも作ってくれたボウガン。
詠や一刀の身代わりとなって砕け散ってしまったボウガン。

ボウガンは最後に己の身を以て、一刀に初心を思い出させてくれたのかもしれない。



「やっぱり人の気配がする」
「むむむ。しかし恋殿、ネネの『ちんきゅーアイ』でも何も見当たりませんぞ」

目的地の小部屋には、3人の女の子がいた。
その頭上にNAME表示はない。
恋と音々音の会話から、彼女達には美以の時と同様その姿が見えていないらしい。

「あー、こんにちは。俺は一刀って言うんだ」
「ひゃー! 凪ちゃん! この人、沙和達のことが見えてるの!」
「ああ、そのようだな。自分は凪と言います。ノームです」
「沙和は沙和なの! エルフなの!」
「うちは真桜、ドワーフや。んで兄ちゃん、『天使印』は持っとるんか?」
「金なら1枚、銀なら5枚なのー!」
「もちろんタダで譲り受けたいとは言いません。相応の対価は払います」

「アンタ、誰と話をしているの?!」
「へぅ、もしかしてさっきの戦闘で頭を打ったんじゃ……」
「一刀には見えてる」
「恋殿! ネネに見えないものが、コイツなんかに見えるはずないのですぞ!」
「音々音、ちょっと騒ぎ過ぎや。モンスターが寄って来てまうで」
「ふっ、更なる戦闘こそ我が望み。ちょうど良いではないか」

残念ながら一刀に聖徳太子的な加護スキルはない。
とりあえず皆を落ち着かせた一刀は、まず凪達から話を聞いたのであった。

彼女達はいつの頃からか、ずっと迷宮に囚われていたという。
解き放たれるためには、『天使印』と彼女達が呼ぶカードが必要であるらしい。
金の『天使印』なら1枚、銀の『天使印』ならば5枚で1人が解放される、つまり3人ならその3倍必要になる。
また彼女達は、『天使印』と引き換えに強力な武器や防具を作ってくれるそうだ。

「それだけではありません。自分は串を様々なアイテムに変化させられます」
「凪ちゃんの作ったアイテムは、すっごく便利なのー!」
「串ってなんだ?」
「ん? 兄ちゃん持っとるやん。それや」

手早く使えるようにベルトに挟んでいたHP回復用の短剣飾りを指し示す真桜。
試しに何か作ってもらおうと短剣飾りを差し出したが、青銅のそれだけでは足りないようである。

「自分のオススメは『帰還香』です。50串ですので、それを50個なのですが……」
「青銅のは1串なのか。んじゃ、黄銅のは?」
「あ、それだと5串ですので10個必要です」

他にも『増力香』や『増速香』などのブースト系アイテムや、『増ドロップ香』や『増EXP香』などのチート系アイテムも作れるそうだが、やはり特筆すべきは凪自身が言うように『帰還香』であろう。
お香を全身に浴びねばならないので戦闘中は使用出来ないし使い捨てではあるものの、小部屋で使用すればそこにいる全員を迷宮外へテレポートさせることが可能であるという。

月達にその話をした所、やはり『帰還香』が欲しいと言う。
初日の探索で得た黄銅の短剣飾り8個に加え、詠と月がそれぞれ持っていたMP回復用の短剣飾りを1つずつ。
計10個の短剣飾りは凪の手の平で融けるようにして消え去り、あっという間に『帰還香』が出来あがった。

「実際に効力を試してみる必要があるわね」
「えー、勿体ないやん」
「仕方ないでしょ。ボクはぶっつけ本番で使用する程、怖いもの知らずじゃないわ。それに一刀の話に出て来た『天使印』って、こないだBF21で倒した妙に強い敵が落としたやつじゃない?」
「あー、そういやアレも銀のカードやったな」
「それに黄銅も町に帰ればまだストックがあるし、BF21でドロップした銀の短剣飾りだってあるじゃない。それを持って来てブースト系のアイテムと交換したいわ。BF21は敵が格段に強くなるんだし、安全策が取れるならそうするべきよ」

「あ、銀のは10串ですよ」
「凪ちゃん、全然聞こえてないの」
「うーん、なんでこの兄ちゃんだけにしかうちらが見えんのやろ?」

それは一刀の方こそ聞きたい。
と言いたい所だが、実は一刀は既にある仮説を立てていた。

彼女達の存在は、RPGゲームでいうイベントキャラなのではないか。
ある一定の条件を満たすと出現するキャラクターというのは、つまり条件を満たしていない状態では絶対に出現しないのである。
そのシステム的な要素とリアルな世界との矛盾が、存在すれども認識出来ず、美以と同様イベントクリアまでは食事や排泄をする必要がないという現状になったのだろう。
その考えが正しければ、恐らく『天使印』を所持した状態であれば、月達にも彼女達の姿が確認出来るはずである。

美以の場合を考えるとイベント内容こそ明確ではないものの、結果的に彼女は『猫の首輪』を一刀に与えているし食事等も行っていることから、既にイベントクリア状態になっているのであろう。
ヘルハウンドの急所攻撃から首を守るために『猫の首輪』を装備した一刀だったが、その結果わかった首輪の性能は『近接命中+10、遠隔命中+10』という、まさにイベント報酬に相応しい破格のものであった。
しかも仲間となった美以の加護スキルも、如何にもお助け用のNPCっぽい。

なぜ彼女達が一刀だけには見えるのか。
それは一刀だけにステータス画面やNAME表示が見えるのと同じ理由であろう。

この世界では、一刀は異物な存在なのだから。



「それじゃ、『帰還香』を使ってみるわよ」
「あ、ちょっと待ちぃや、兄ちゃん」
「待ってくれ、詠。どうしたんだ、真桜?」
「なんかその竿、おかしいで。本来の姿やない。どうせすぐ戻ってくるんやろ? それまでちょっとうちに預けとかん?」

本来であれば、真桜や沙和は『天使印』がないと武器・防具の制作や強化は出来ないらしい。
それは凪がアイテムを作成するのと同様、『天使印』に内包されているモノを使用して行うからだそうだ。
だが一刀の持つ『太公望の竿』は強化ではなく開放という分類になるので、『天使印』が無くてもいじれるのだと言う。

折角の申し出なので、遠慮なく真桜の言葉に甘えた一刀。
洛陽での休息を含め2,3日後の再来になることを伝えて、一刀達は『帰還香』により一瞬で迷宮前へと戻ったのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:198/288
MP:0/0
WG:100/100
EXP:407/4750
称号:小五ロリの導き手
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40

STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーグローブ、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪

近接攻撃力:110(+5)
近接命中率:82(+10)
物理防御力:77
物理回避力:89(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:16貫



[11085] 第六十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:29
洛陽へ戻って、一刀がまず真っ先にしなければと思ったこと。
それは今回の発見に関する守秘義務の有無の確認である。

BF20の釣り場の件もアイテムの件も、加護持ちの冒険者にとっては命に関わるような重要な情報だ。
となれば当然一刀としては、多少の無理押しをしてでも公開したい。
だが勝手な自己判断で行動する危険性を、彼はこれまでの経験から十分に理解していた。

ちなみに探索で分かってしまう範囲の地図、特に今回の目的である未発見のBF22への階段の位置については、探索中に地図を作る権利を放棄するという条件が付加されている。
これは迷宮探索要因としてクラン外から雇われた者に共通する不文律であり、洛陽に戻った時点で記憶している範囲のみを自分の所有する知識として扱うことが出来るのだ。

この暗黙のルールに従えば、釣り場・小部屋の存在や場所などは一刀が自由にしてよい情報だと言える。
それでも事の重要性を鑑みると、この件は明確にしておく必要があるだろう。

「そうね。本当なら口止め料を払ってでも守秘義務を課したい所だけど……」
「詠ちゃん、ダメだよ。一刀さんの言う通り、このことを知ってるだけでも冒険者の生存率が上がるんだから。華琳さん達にも、ちゃんと教えてあげよ?」
「月ならそう言うと思ったわ。まぁどうせ、短剣飾りはギルドの専売になっちゃってて流通もしてないし。デメリットは一刀、アンタの確保が難しくなるくらいね。いいわ、アンタの好きにしなさい」

「俺の確保って……あ、そっか。今の所は俺以外に凪達が見えないからな」
「アンタの言う通り、『天使印』で彼女達を認識出来るようになってくれればいいんだけど」
「それでダメならもしかして俺、ずっとアイテム交換係として迷宮に潜らなきゃいけなくなるんじゃないか?」
「お金が必要なんでしょ? たくさん稼げていいじゃない。……アンタ、もしボク達のクランに入ってくれたら、今後お金には一切不自由させないわよ?」

詠の誘いは、一刀にとってはかなり魅力的であった。
『飛将軍』恋を筆頭に戦力は文句のつけようがないし、それ以上に月達の迷宮に挑む姿勢が良い。
なぜなら今まで誘いを受けて来たクランと違い、彼女達は是が非でも迷宮を攻略したい訳ではなく、定期的にある程度以上の報告を漢帝国にする分だけの成果を上げることが目的であるからだ。

もちろん海岸で月が語ったように手柄を立てて隠遁したいという希望はあるが、誰かの手によって迷宮が攻略さえされればお役御免になるだろうとの予測も詠によって立てられている。
従って他クランとは違い、無理をする必要性があまりないのだ。

無理をしなくても洛陽でトップクランを張れる、それだけの実力が驚異的ですらある。

正直な所、詠の誘いに一刀は揺れていた。
今回の迷宮探索での危機は、それだけの影響を一刀に与えていたのだ。

剣奴から解放された一刀の現状の方針は、『君子危うきに近寄らず』である。
だからこそどのクランにも所属せず、自分が安全だと思われる範囲で行動してきた。
尤も今回の件で、それが過信だと分かったのであるが。

と同時に、それぞれのクランに対する義理もあった。
1つのクランを選ぶことで、他クランに恩を仇で返すことになるのが嫌だったのである。

今回の発見だって仮に漢帝国のクラン員であったならば、そのクランの利益を優先せざるを得ない立場となる。
従って先の一刀のような提案は、キツい言葉を使えば自クランに対する裏切りに等しい行為となってしまう。
かといって情報を独占したがために友誼を結んだ彼女達が死んでしまうなど、一刀には耐えられない。

しかし今回危機に陥った要因は、一重に一刀の力不足だと言える。

もし一刀のLVが彼女達と同程度であったなら。
もし一刀の装備が彼女達と同程度であったなら。
もし一刀の連携が彼女達と同程度であったなら。

恐らく何の問題も起こらなかったであろう。
そしてこれは、今のままではこの先も起こりうる事態なのである。
なぜなら結局の所、一刀と子供達が本気で生活に困った時に頼れるのは迷宮内での稼ぎだけしかないからである。
今回のように、経済状況のせいで迷宮に潜ることは今後も十分に考えられる。

更に一刀は、誰かに本気で助けを求められた時には断れない性格であることを自覚している。
そんな時、自身の力不足のせいで仲間が死ぬのだけは是が非でも避けたい。
世話になった各クランへの恩を返すにしても、今の一刀では実力不足なのだ。

危険を避けるために迷宮に潜るのは矛盾している気がしなくもないが、自分が力をつけるために必要なのは、なによりもまず固定パーティである。
そう一刀は、強く感じていたのであった。



「……俺って、ホント成長しないなぁ」

独り言を呟きながら、一刀は肩を落としてトボトボと歩いていた。
良く言えば慎重、悪く言えば優柔不断な彼は、詠の誘いに対して結局いつもの保留癖を出してしまったのである。

これは別に、保留が間違っていたと思っているわけではない。
ただそれを自身の明確な意思により決定したのではなく、単に選択を先延ばしにしたいがために選んでしまった。
一刀は、そんな自分にがっかりしていたのである。

ところで一刀は、一体どこに向かっているのであろうか。

ヒントは無理を言って詠から貰った報酬の前払い金だ。
どうせ湯屋か風俗だろうって?
気持ちは分かるが残念ながら外れである。
正解は防具屋であった。

今回一刀が増長していた証拠のひとつが、加護を受けた時からまったく変わっていない装備群である。
子供達への服などを優先したため、金銭にゆとりがなくなったせいでもあった。
だが近いうちに迷宮に潜ることが分かっている以上、普通はそれを後回しにしてでも自身の装備を整えるはずである。
遅まきながら自身の失策に気付いた一刀は、今回詠から貰った報酬で防具を買おうとしていたのだ。

ちなみに報酬の内訳は、下記の通りである。
・日当:30貫*2日=60貫
・ボーナス:100貫+スライムオイル

スライムオイルの現物支給は自身の装備に寿命がきていた一刀の要望なのだが、それを差し引いてもボーナスが少ないように思える。
だが実際には妥当というか、むしろかなり甘めの査定が為されているのである。
なぜなら前述のように、今回の発見は全て公開することにしたからだ。
誰しもがタダで手に入れられる情報に、資産的な価値は当然ない。

それから美以の荷運び技能によって一刀のバックパッカーとしての価値が向上した件も、評価の対象とはならない。
1日30貫という破格値で雇われている以上、メンバーが満足するだけの荷運び技能は必須条件であるからだ。
30貫あれば4人家族が1ヶ月は十分に生活出来る。
つまり一刀の荷運びへの対価は、元々最高額が支払われているのだ。

査定対象として残るのは、せいぜい『カニカマ』代くらいである。
そして彼女達は、一刀や美以もバクバク食べたにも関わらず、倍の重量がある『チュートロ』と同額を支払って更にスライムオイルまで支給してくれているのだ。
これで文句を言おうものなら、罰が当たってしまう。

本来ならばケタが1つ違うくらいのボーナスを手に入れることが出来たであろう一刀だったが、これはもう性分のようなものなので仕方がない。
それでも160貫もあればそれなりの防具が買えるだろうと、まずは神殿に寄った一刀。
『贈物』の内容によっては、購入する装備を変える必要があるからだ。
もしかしたらボウガンかもと期待していた一刀だったが、今回の『贈物』は衣服と指輪であった。

大極道衣:防御力32、HP+10、DEX+2、VIT+2
グレイズの指輪:防御力10

なぜか2つもポップした『贈物』を見た一刀は、自分はLV17になった際の『贈物』を受け取っていなかったことに気がついた。
加護を受けてから迷宮探索に意欲の湧かなかった一刀は、『贈物』を貰うのをすっかり忘れていたのだ。
従って一刀が加護を受けてから神殿に来たのはこれが2回目であり、人和と一緒だった時には眼鏡っ漢うんぬんで漢女達が仕事を放棄しやがったため、今回その分も合わせてポップしたのである。

いつものように着脱して装備の性能を確かめる一刀と、その様子をハァハァしながら見つめている漢女達。
今までとは傾向の異なる『贈物』であることから推察すると、もしかしたら送り主が太祖神から加護神【呂尚】にシフトしたのかもしれない。

一見ただの布衣に見えた衣服で、なぜハードレザーの2倍近い防御力を誇るのか。
全く身を守っていない指輪で、なぜ防御力があがるのか。
それらの意外な性能に、服を撫で回したり指輪を叩いたりと感触を確かめるのに夢中になる一刀。

そのお陰で漢女達の舐めるような粘っこい視線にも気付かず、一刀は神殿を去ったのであった。



一刀が向かったのは、霞イチオシの店だった。
羽織や袴を好んで装備している彼女が愛用するだけのことはあり、特に布系防具が充実している品揃えは、どちらかと言えばスピード系である一刀向けの装備でもある。
中でも通常『ミスリルインゴット』をドロップするオーガが稀に落とすアイテムである『鬼のパンツ』を加工した品が、性能的にはバツグンであった。

鬼の赤ふん(100貫):防25、近接攻撃力+25、近接命中率+25
鬼のミトン(100貫):防6、HP+12、STR+3、DEX+3、VIT-1、AGI-1

「『鬼のパンツ』はいいパンツだっちゃ。霞ちゃんのサラシも、これを加工して作ってるっちゃよ」

とは、露出の激しい女性店員さんの言葉である。
手袋の黄色さには尿漏れを、ふんどしの赤さには痔を、それぞれ連想させられた一刀。
正直遠慮したかったが、賭けられているのは己と仲間の命なのだ。

(今の俺に、ふんどし装備に対するためらいなどない!)

一刀は迷わず『鬼の赤ふん』を装着し、ズボンを履いた。
ところがズボンを履いたとたん、ステータスが表示されなくなったのだ。
なんと『鬼の赤ふん』は、単体でズボン装備枠を埋めてしまう事実が発覚したのである。

つまり『鬼の赤ふん』を選んだ場合、下半身はふんどし+スニーカーという孫呉ファッションになってしまうのだ!

道衣である程度隠れるとはいえ、それが如何に頼りないかは思春や明命の例でよくわかっている。
あれは彼女達だからこそ許されるのであって、一刀のそんな惨状に喜ぶのは漢女達だけだ。
どんな理由があろうと、世の中にはやっていいことと悪いことがある。

一刀はそっと『鬼の赤ふん』を外し、『鬼のミトン』を手にレジへと向かったのであった。



出来れば魔力付与されたボウガンが欲しかったのだが、実力より深い階層に行くのだから優先度としては防具の方が高いため、贅沢は言えない。
残りの60貫でもそれなりの品が手に入るだろうと、一刀は隣接している武器屋へと移動した。

さすがは一等地に居を構える武器屋だけのことはあり、所狭しと並べられているボウガンの大部分は今までの『バトルボウガン+1』より攻撃力が高い。
中には如何に少ないミスリル量で魔力付与が可能か挑戦したと思われるようなボウガンまであり、この店が客に対して良心的であることが窺える。
なぜならミスリル使用量が少ないということは、その分だけ値段も下げられるということになるからだ。

『量産型ミスリルボウガン』という名称のそれは50貫であり、一刀にも十分に購入が可能であった。
一部を外してもステータス表示がなくならない防具は単体性能を知ることが可能であるのだが、武器は外すと攻撃力表示ごと消えてしまうために分からない。
それでも一刀自身の遠隔攻撃力の変動を調べることで、その性能を推測することは出来る。
その結果、このボウガンは以前のものより攻撃力が14も高いことが判明した。

性能的には、まったく文句はない。
しかし一刀には、どうもそのボウガンがピンと来なかった。
高品質なのは一刀にも分かるのだが、以前のボウガンのように相棒と言える存在になってくれるかというと、疑問符をつけざるを得ないのである。

ボウガンの購入に悩む一刀の目に、ふと小型の盾が目に入った。
武器屋なのに、なぜ盾が置いてあるのだろうか。
一刀の表情からその疑問を察した店主が、その答えを教えてくれた。

「小型の盾ってのは確かに防具ではあるんだが、中型や大型の盾とは扱い方が全然違うんだ。受け止めるんじゃなくて打ち込む感覚っていうか、相手に向かって突き出す様にして使うのさ」
「まるで武器のようにってことですか?」
「そうそう、二刀流に近い攻撃的な防具なんだよ。ウチの店には、その中でもより攻撃的に使えるような盾を選んで置いてるのさ」
「そうなんですか。あ、なんかコレ、いいかも……」
「へぇ、兄ちゃんお目が高いね。ちょっと装備してみなよ」

スパルタンバックラー(50貫):防8、近接攻撃力+12

左腕に装備した盾は、まるで一刀用に誂えたかのように手に馴染んだ。
その盾自体との相性も良いのであろうが、一刀がしっくりきている主な原因は今までの彼の戦い方にある。

釣りの時だけ使用され、後は単なる左手の負荷となっていたボウガン。
その重さは、一刀自身知らぬ間に体捌きのバランス取りの役割を果たしていたのだ。
そしてとっさの時には、ボウガンで敵の攻撃を防いだこともあった。

そのボウガンの使い方は、まさにバックラーを用いた戦闘方法と酷似していたのである。

明日から再び向かう迷宮探索において、一刀が敵の釣りをすることはない。
ならばこの盾を装備するのもアリなのではないか。
今後またボウガンが必要になったら、その時は装備を入れ替えればいい。
そう考えれば今回この盾を選択することは、深い階層を探索する上では正解であろう。

ボウガンが無くなったためにステータス表示されなくなったアイアンボルトを全て売り、一刀は盾を購入したのであった。



装備を一新した一刀は、残りの金で『夜用荷物一式』(寝袋など、従来は持っていけなかった品を含む)を購入した。
これは月達も同様の準備しているはずである。
この『夜用荷物一式』は一刀の宿に置いておき、夜になったらそれを美以から受け取って従来のリュックを持って帰って貰う。
そして朝には補充を済ませた荷物を届けて貰い、『夜用リュック』を渡すつもりなのだ。

それらの準備を済ませた一刀は、ついでに世話になっている各クランのリーダーがいる拠点に寄ってニューアイテムの説明をした。
そしてお試し用に『帰還香』を貰ってくる約束をして、一刀はそれぞれから50串分の短剣飾りを受け取った。
一刀がやたらと親切なのは、新しい装備に身を包んで気持ちが豊かになっている証拠であろう。

帰って来た反応は、3者3様であった。

『帰還香』だけでなく、全種類の香を貰ってきなさいと華琳。
1個だけでなく、出来るだけたくさんの『帰還香』を貰って来て欲しいと雪蓮。
漢帝国クランの人達に悪いから、また今度一緒に行こうと桃香。

荷物運びとして雇われている状態で、既に30本もの短剣飾りを持って行こうとしている一刀。
これ以上大量によそ様の荷物を運ぶのは体裁が悪いため、前者2人の要望に答えることは出来なかったが、それでも恩人達の役に立つというのは非常に気持ちがいい。

一刀はますます上機嫌になって、宿へと帰還した。
例えばこれが物語だとしたら、上げて落としてがストーリーの基本なので、宿にはなんらかのトラブルが用意されていただろう。
だが現実だと大抵の場合、悪いことは重なったりするものであり、良いことも立て続けに起こるものである。

「恋達、ここに住みたい」
「え?」
「恋の家族、今狭い所で窮屈」

宿には既に月達が『夜用荷物一式』を置きに来ていた。
そして出会い頭に恋のこの発言である。
最初は意味のわからなかった一刀だったが、詠や霞の解説でようやく事情が呑み込めてきた。

月達が洛陽に来た当初は元宮廷、つまり麗羽の住まう行政府を拠点していたそうだ。
ところが恋の家族の獣臭さに嫌気がさした麗羽に追い出され、今は一般の宿屋に宿泊しているらしい。

周囲が壁に覆われた、閉ざされた都市・洛陽では土地は貴重である。
広い庭がある宿屋などは数える程しかなく、どこも超高級宿なのだ。
そんな格式高い宿屋では、いくらお金を支払っても恋の家族は受け入れて貰えなかったのだという。

「残念だけど、ウチも今は宿屋として機能してないんだよ。将来的には宿屋を経営するつもりだけど、今は子供達の教育が中心だしさ」
「でも広い。恋、ここがいい」
「うーん、じゃあメイド長と相談してみるよ。七乃、ちょっと来てくれー!」

「はいはーい、なんですかー?」
「彼女達6人の世話って、皆で出来ると思うか? あ、後ペットがたくさん」
「ペットじゃない。恋の家族」
「ごめん、家族だよな。七乃、どうだろう?」
「うーん、完璧なお世話は難しいと思いますけど、一刀さんの『メイド宿屋計画』にとっては良い練習になるんじゃないですかー?」

七乃がさり気なく漏らしてしまったのは、一刀にとってはBF20の情報とは比べものにならない秘中の秘である。
この大繁盛間違いなしのアイデアをインスパイヤされては一大事と、皆の顔を窺う一刀。
だが詠と音々音が多少眉をひくつかせただけであり、誰も喰いついてくる気配はない。
ほっとしている一刀は放置することに決めたらしく、詠が七乃に交渉を持ちかけた。

「別に完璧な世話じゃなくていいわ。それで、いくらなの?」
「この宿は食事込みで1泊5貫ですよー。ね、ご主人様」
「確かに俺は5貫で泊まってたけど、その時とは出来るサービスが違うだろ」
「いいわよそれで。6人で1ヶ月900貫、恋の家族の世話も含めて1000貫出すわ」
「さすがは詠さん、よっ、この太っ腹ー。って、やっぱりお嬢様以外の太鼓持ちは面倒ですねー」
「え、ほんとにか? それ、1年で立派な一戸建てが買えちゃうぞ?!」
「その代わり、食事は15人前出してよね。恋が10人分は食べるから。本当は明日から迷宮に潜る予定だったけど、1日ずらして引っ越しにあてましょ」

気がつくと、なぜか迷宮に潜らなくても生活出来るようになってしまう一刀。
彼が積極的に迷宮攻略に立ち向かう日は、果たして来るのであろうか。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:310/288(+22)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:407/4750
称号:○○○○○○○

STR:23(+3)
DEX:35(+11)
VIT:21(+3)
AGI:27(+5)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:133(+17)
近接命中率:84(+10)
物理防御力:116
物理回避力:88(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:22貫



[11085] 第六十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:30
明くる日、月達が一刀の宿屋に引っ越してきた。
折角なので歓迎会をしようと提案した一刀は、メインディッシュの食材を手に入れるため、釣り竿を手に迷宮へと向かった。

『太公望の竿』を真桜に預けていたため、思春に竿を借りてのフィッシングとなる。
一体いつの間に、一刀は思春とそんな関係を育んでいたのか。

2人の間には、『お魚様の繋ぐ恋』とでも題するべき物語があったのだ。



雪蓮を頭とする冒険者ギルド、その評判は以前のギルドと比べてかなり良い。
その原因のひとつは、ギルドショップに併設されたお魚ショップである。
この店のおかげで雪蓮達は、収入の増えた冒険者や洛陽の主婦層に絶大な支持を受けていた。

ところが、しばらく前にある問題が発生した。
一刀がBF15の魚を売らなくなったせいで、需要に対して供給が著しく減ってしまったのだ。
その穴埋め役を担当したのが、思春だったのである。

思春は元々錦帆賊だったので釣りに詳しかったし、体育会系の彼女は部屋で政務をしているよりも海で釣りをしている方がよっぽど楽しかった。
そういう意味では、一刀に感謝すらしていたのだ。
もちろんこの時点での思春の気持ちに、一刀に対するラヴ臭などは欠片もなかったが。

一方、一刀も魚釣りでの金策を『コイキング』に禁止されて困っていた。
せめて食費だけでも浮かそうと毎日のようにBF15に来ており、必然的に同じ釣り場を拠点としていた思春と頻繁に出会うことになる。
一刀にしてみれば、自分の尻ぬぐいを思春にして貰っている形になるため、思春に対して負い目があった。
そんな彼女が苦労して釣っている横では、さすがに自分の加護スキルなど使えない。
なのでそういう時には、一刀も【魚群探知】や【魚釣り】を使わず、普段は使用しない針と糸を竿に付けてのまっとうな釣りに挑戦していた。

最初のうちは会話もぎこちなく、沈黙の方が多かった。
だが一刀の手際の悪さを見ていられなくなったのだろう、そのうち思春が釣り方を教えてくれるようになったのである。

食いついた魚に針がしっかりとかかるよう、竿を立てるタイミング。
魚の力に逆らわず、その体力を奪う竿裁きのコツ。
そうやって正々堂々たる勝負の末、魚を釣り上げた時の喜び。

元々一刀は、魚釣りを金策の手段としか考えていなかった。
だが思春からそういったことを教わっていくうちに、彼は段々と釣り自体が楽しく感じるようになっていった。

念のために付け加えると、一刀の手際が悪かったのは加護スキルを多用していたためだ。
針も糸も不要な【魚釣り】スキル。
ロックオンさえすれば、後は竿を強引に引っ張るだけでどんな魚でも釣り上げることが出来るのだから、釣りの腕前が上達しないのは当たり前である。

一刀が釣りを好きになっていく過程で、親切にしてくれた思春にも好意を抱き始めたのは必然であろう。
では思春の方はと言えば、これも一刀に慕われて悪い気はしなかった。
思春の一刀に対する評価は、当初はかなり厳しいものであった。
だが自分の好んでいるものを共に楽しんでくれる存在に対し、いつまでも悪感情を持ち続けるのは非常に難しい。

時には糸を切られて涙目になる一刀を慰め。
時にはその場で捌いた魚を一刀と分け合って食べ。
時には釣り上げてしまったモンスターを協力して倒し。

そうやって2人だけの歴史を紡いだ結果、今では釣り竿を握る思春の後ろから一刀が手を添えて『オー、マーイラァー、ラッアアアーヴ』って感じなのであった。



余談が長くなってしまったが、そんな訳で一刀は『太公望の竿』がなくても普通に釣りが出来る。
【魚群探知】でタゲって【魚釣り】でロックオンし、思春の竿に負担を掛けないように魚を操りながら波打ち際へと誘導していく一刀。
普段の数倍の時間を掛けて慎重に手繰り寄せた獲物、それはBF10のレアポップ魚『チャーシュー』だ。

実は『チュートロ』は先日釣って皆で食べたばかりであり、まだリポップしていなかったのである。
周りに迷惑かなとも思ったが、歓迎会のメインディッシュに相応しい食材を考えると、やはり現状では『チャーシュー』しかありえない。
能力を使用せずに釣れる自信も暇もなかったため、申し訳ない気持ちを抱きつつも一刀は加護スキルを使ってしまった。

『チャーシュー』を釣って飼育して、養殖して儲けようとしていた者も。
『チャーシュー』を釣って得た金で、両親に孝行しようとしていた者も。
『チャーシュー』を釣って持ち帰り、家族に食べさせようとしていた者も。

釣り竿を振ったかと思えば一発でレア魚を引き当てた一刀に対して、全員が嫉妬と羨望の眼差しを投げかける。
中には1ヶ月近く粘っていた冒険者までおり、一刀を「呪われよ」と言わんばかりの目で睨みつけていた。

周囲からの視線に居たたまれなくなり、一刀は逃げるようにしてその場を立ち去った。
『チャーシュー』を担ぎ、しょんぼりしながら宿に戻った一刀。
そんな彼を出迎えてくれたのは、月と詠である。

「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お、お帰りなさい、ませ、ご、ご……な、なんでボクまでこんなことしなきゃいけないのよ!」
「ダメだよ詠ちゃん、ちゃんと子供達のお手本にならなきゃ」
「うぅ……。でも月、ボク達はお客さんなのよ?」
「だって詠ちゃんが言い出したんだよ、子供達の教育を手伝うって」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、ちゃんと最後までやらないと」
「あー、もう! わかったわよ! お帰りなさいませ、ご主人様! これでいいんでしょ!」
「へぅ……。詠ちゃん、それじゃ乱暴だよ」

癒し系メイドもツンツンメイドも、どちらも甲乙つけ難い。
ただひとつ言えること、それはメイドのジャスティスである。

釣り場でのことで、心に重石が乗っかっていた一刀。
それが月達によって一瞬で解消されたことは、一刀にメイド宿屋の需要を確信させたのであった。



『チャーシュー』を餡にして、みんなで餃子や焼売などの点心を作っていく。
月や詠はもちろん、食べるのが専門の恋や霞も餡を皮で包む作業を手伝っていた。

「自分で作った料理は、いつもとは違った美味しさがあるんだぞ」

と言う一刀に、恋達が乗り気になってくれたのだ。
その言葉に嘘はないが、一刀の本当の狙いは別にあった。
一刀はこの歓迎会で、月達に対する子供達の警戒心を解いておきたかったのだ。

子供達には、他人に対する拭い切れない不信感がある。
なぜなら一刀が宿の持ち主になるまで、誰一人として自分達を助けてくれなかったからだ。
既に1ヶ月以上を共に暮らしている一刀に対しても、未だに半信半疑といった感じであるのだから、長年虐待されてきた子供達のトラウマは根強い。

幸い美羽や双子とは打ち解けてくれているが、子供達にはもっとたくさんの人と触れ合って欲しい。
外見が幼い月達であれば子供達に受け入れられるかもしれないと、一刀は期待していたのである。

「小喬ちゃん、変なしゃべり方だよ」
「違うよ、大喬ちゃんだよ。ねー」
「どちらも違うのですぞ! ネネはネネなのです!」
「「やっぱり変ー!」」
「ネネはどこもおかしくないのですぞー!」

早速、音々音が子供達と遊んでくれているようである。
今はそうやって少しずつ傷を癒していって欲しいと、一刀は願っていたのであった。



食べて飲んで騒いでも、その疲れを翌日に持ち越さないのが一流の冒険者である。
もちろん月達のパーティメンバーも、それに該当するだけの実力を持っている。
だからこのピンチは油断でも慢心でもなく、単に運の問題であった。

「くっ、前からも後ろからも、敵がわんさか来とるで!」
「言われなくても見れば分かるわよ、そんなこと!」

場所はBF19、広めの一本道での交戦時のこと。
普段は通り抜けるだけの道であり、以前音々音の【ちんきゅーアイ】によってトラップの存在がないことも確認されていた。

ところで、【ちんきゅーアイ】は専用の構えをしなければ発動しない加護スキルであり、使用時には他の行動が出来ない。
従って一度安全を確認した道に対しては、なにかしらの理由がなければ使わない。
通る度に罠を確認していたら時間が掛かって仕方がないし、音々音はトラップだけを警戒しているわけではなく【ちんきゅーイヤー】での索敵もしなければならないからだ。

そしてこの【ちんきゅーアイ】だが、目を指で覆う分だけ視界が狭まる。
つまり中央に比べて端の方は、どうしても見落としがちになってしまうのである。
どこかの部屋ならばともかく道幅の広い通路であったことも、音々音にとっては不利な要素であった。

回りくどい言い訳を重ねてしまったが、要するにこの通路には音々音が見落としていたトラップが存在していたという訳である。
そしてモンスターとの交戦時、壁際に存在していたそのトラップを、皆の荷物を置きに来た一刀が踏んでしまったのだ。

フロア中に鳴り響くサイレン、どこからともなく溢れ出すモンスター。
そう、一刀が踏んだトラップは、極めて危険度の高い『アラーム』だったのである。
その音に引き寄せられてきたモンスターの数は、元々交戦していた敵と合わせて20を超える勢いだ。

「恋、上を! ガーゴイルから皆を守るのよ! 霞と華雄は前を。1匹たりとも通さないで!」
「あの、みんな、本当にゴメン……」
「そんなことを言ってる場合じゃないのよ! 音々音と一刀は後ろの敵! 無理に倒さなくていいから、私と月の壁になって頂戴!」

そう叫ぶと詠は、目を閉じて集中し始めた。
その間に月の唱えた『土の鎧』と『砂の加護』が、一刀と音々音の防御力や素早さを底上げする。

ねっとりと地を這うスライムが、一刀の足を狙って襲い掛かる。
そのスライムに対してダガーを突き込み、そのまま横薙ぎに振ってスライムを弾き飛ばす一刀。

だがその行動は、一刀の取るべき選択肢としては不正解である。
なぜなら、襲い掛かってくる敵はスライムだけではないからだ。
地面すれすれの敵に対してダガーを振るえば、隙が大きくなるのは当然であろう。

そして、その隙を突くことを躊躇うような敵は1匹もいない。
無防備な体勢の一刀に、オーガの鉄拳が振り下ろされた。

「ちんきゅーチョップ!」

一刀に突きだされた拳に対し、カットに入る音々音。
加護によって威力の増した攻撃はオーガの腕を弾き飛ばすことには成功したが、小柄な彼女はその反動によって大きく体勢を崩してしまった。

そんな音々音に牙を立てようと飛び掛かってきたヘルハウンドの口に、今度は一刀が盾を叩き込んだ。
攻撃用の盾という触れ込みが本当であったことは、ヘルハウンドの折れた牙によって証明されたのだった。

だが一刀には、それを喜ぶ余裕など全くなかった。
今の交戦中にも、その脇から一刀達の壁を抜けて月達に襲いかかろうとするモンスター達がいたからだ。
唯でさえ一刀はフロア適正より低いLVであり、そしてこの広い通路での戦闘である。
音々音とたった2人で敵を通さないように、という詠の指示が無茶なのだ。

そしてそのことを、詠が理解していないはずがない。
一刀と音々音が稼ぎだした時間で集中力を高めた詠は瞼を開いて敵を一瞥し、鋭く呪文を唱えた。

≪-離間の計-≫

詠がMPを100も消費して完成させた術の対象は、先程一刀に殴りかかってきたオーガである。
最前列で今の今まで一刀と交戦中だったオーガが突如として体を反転させ、他のモンスターに突っ込んで行った。

その隙に一刀はベルトに挟んであった黄銅の短剣飾りを抜き、ふらついている詠に突き刺した。
MP回復効果のある『活力の泉』を詠に向かって唱える月自身のMPも枯渇気味だったため、そのまま月も刺した一刀は、そのまま月に飾りを預けて前線へと戻った。

ちなみにこの短剣飾りは、いざという時のためにリュックから出しておいたものの一部である。
つまり一刀の物ではなかったのだが、この状況であれば誰も文句は言うまい。

一刀側の敵をもう1匹と霞側の敵を更に1匹寝返らせた所で黄銅の短剣飾りはロストし、詠の集中力も切れてしまった。
この状態では、例えMPがあったとしても術をレジストされてしまうのが目に見えている。
詠は月と同様、コモンスペルで前衛のフォローに徹することにした。

その頃には、一刀も既に多数との戦闘に馴染んでいた。
常に波風を立てぬよう生きて来た彼は、こうした順応能力に優れていると言える。

自分がダガーだけでしかスライムを相手出来ないのに対し、音々音は氣を込めることで足技でも対応出来る。
逆に小柄な彼女では受け止めることが出来ないオーガからの一撃は、一刀であれば幾分かマシである。
一刀は音々音に合わせるように動き、スライムやヘルハウンドはなるべく彼女に押し付けて、オーガだけを相手することに集中した。

「なぜスライムだけでなく、犬までネネに持って来るのです!」
「LV分だよっ! ネネは、俺より5つも、くっ、高いだろっ!」
「お前にレディを守ろうという心はないのですか!」
「今だってギリギリなん、だっ、よっ! わ、危なっ!」
「そんなことだから、お前はいつまで経ってもダメなのですぞ!」
「ちょっと待て。最近出会ったばかりのネネに、そこまで言われる程ダメなのかよ、俺……」

と、音々音との息もピッタリである。
そのコンビネーションで、霞側に負けず劣らずの戦果を稼ぎだす一刀達であった。



オーガの叛乱によって混戦となったが、それでも多勢に無勢なのには変わりない。
LV23の前衛達にとって、自分の身を守るのは容易いことである。
だが敵のHPが多い分だけ殲滅にも時間がかかるし、まして後ろに一歩も通さない戦いをするためには、体を張って敵の侵攻を食い止めざるを得ない。

一刀はもちろんのこと、音々音も霞も華雄も、そして恋までもが全身血塗れであった。
さすがにじり貧かと思われたその時、もう我慢も限界だと月が口を開いた。

「詠ちゃん、私、アレを使うよ」
「そんな、月! アレは封印するって決めたじゃない!」
「でも、このままじゃ皆が……。私、頑張る」
「月……」

不安げに月を見つめる詠。
そんな詠に向かってコクリと頷いた月は、頭を覆うベールを脱ぎ棄てて詠唱を開始した。

≪-暴王の気まぐれ-≫

とたんに月から生気が消えうせ、瞳から光が消える。
まるで操り人形のような状態の月は、突然雄叫びを上げた。

「へうううぅぅーっっっっっ!!!!!!!!」

ガーゴイルAは身を竦ませている。
オーガBは身を竦ませている。
スライムBは身を竦ませている。
ヘルハウンドCは身を竦ませている。
一刀Aは身を竦ませている。

「今や、華雄!」
「応!」
「恋殿、ネネ達もやりますぞ!」
「……ん」

防御体勢から全体攻撃へとシフトする漢帝国の将軍達。
彼女達は月の加護スキルを見知っていたため、それなりの心構えが出来ていたのである。
一方これが初見の一刀は、ただ呆気にとられて月を見守るばかりであった。

月は駄洒落を言った。「布団がふっとんだ」ヘルハウンドAは笑い転げている。
月はふしぎなおどりを踊った。スライムDには効果がなかった。
月は罪袋を呼んだ。「「「かっわいっいよ、かっわいっいよ、ゆ~えりんり~ん」」」ガーゴイルBは倒された。
月は指をくるくる回した。オーガCは混乱した。
月は躓いて転んだ。「へぅ!」一刀Aの萌え心に会心の一撃。

様々な奇行を、全くの無表情で繰り広げる月。
普段の姿からはまるで想像出来ない彼女の姿に茫然とする一刀の肩を、詠がそっと叩いた。

「お願い、忘れてあげて」
「……なんのことだ? 俺は何も見てないぞ?」

皆が心を合わせて敵に立ち向かい、その勇気が生還への道を切り開いた。
こうして友情・努力・勝利でピンチを切り抜けた一刀達なのであった。



「お、待っとったで、兄ちゃん」
「いらっしゃいなのー!」
「約束通り来てくれて、嬉しいです」

BF20の小部屋で出迎えてくれる3人娘だったが、それを認識出来たのは予想に反して一刀だけであった。
パーティメンバーどころか、『天使印』を手に持っている詠にすら彼女達の姿は見えない。
イベント発生条件が『天使印』の所有ではなかった、ということなのであろう。

「……本当にアンタには見えているのよね?」
「嘘じゃないって。『帰還香』だって手に入っただろ?」
「実はアンタの加護スキルで作った、とか」
「そんな回りくどい真似なんかしないって」
「まぁいいわ。アンタがいて短剣飾りや『天使印』があればアイテムと交換して貰えるってことだけ確かなら、それで十分よ」

と言って、『天使印』や短剣飾りを一刀に渡す詠。
だが詠の声は、凪達には聞こえてしまうのである。

「自分達、このままずっと誰にも見えないままなんでしょうか……」
「それだと沙和達、すっごく寂しいの」
「それに兄ちゃんしか見えんっちゅーことは、『天使印』の集まりも悪くなるやろしなぁ」
「もう迷宮は飽きたのー! お外に出たいのー!」

落ち込む女の子達を見ていると、ついリップサービスしてしまうのが一刀である。
今回も例に漏れず、実力に不相応なことを言ってしまった。

「大丈夫、俺が必ず3人とも迷宮から解放するからさ。だから、元気出そう」
「兄ちゃん、ありがとう。うちら、頑張るわ」
「よーし、沙和達と一刀さんで、必ず迷宮から脱出するのー!」
「みんなで『迷宮から解放され隊』を結成しましょう。よろしくお願いします、隊長!」
「隊長、よろしくなのー!」
「うちらに出来ることなら、なんでもするで! とりあえずその『天使印』で武器か防具の強化か作成か、どないする?」

その使い道はパーティ内で、既に決めてあった。
今回は霞の持つ『飛龍偃月刀』を強化することにしていたのだ。
霞から武器を預かり、それを『天使印』と一緒に真桜へと渡す一刀。
真桜はそれを矯めつ眇めつ確認し、やがて補強ポイントを定めたのであろう、一刀に時間の確認をした。

「大体2時間はかかるで。それくらいなら待てるやろ?」
「ああ、そのくらいなら大丈夫だ。頼むな、真桜」
「任しとき」

そのことを各人に伝え、パーティは休憩モードに入った。
竿の改造やアイテム交換など色々と確認することはあったが、何しろBF19の戦闘で疲れていた一刀。
とりあえず後回しでいいやと、一刀はその場に座り込んだ。
そんな彼の道衣を、何を思ったのか沙和が脱がせ始めた。

「沙和、どうしたんだよ?」
「いいから脱ぐの! 真桜ちゃんが2時間で終わるってことは、『天使印』のエネルギーがそこそこ余るはずなの。だから沙和が、その服を強化して上げるのー!」
「いや、気持ちは嬉しいんだけど『天使印』は彼女達の物だからさ、彼女達の装備を見てやってくれよ」
「沙和は隊長のをしたいのー! 本当は1枚で1個なんだから、余りは沙和が決めていいのー!」
「そういう訳にはいかないんだって」

その会話は、一刀と凪達だけにしか聞こえていない。
他の面子にとっては、ただの一刀の独り言である。
だがそれでも、一刀と沙和がどういうやりとりをしていたかを察することが出来たのであろう、詠が口を挟んだ。

「別にいいわよ。こっちは霞の武器が強化されれば十分だし、折角何かしてくれようとしてるんだから遠慮せずにして貰ったら? アンタの装備が良くなれば、それだけパーティの力だって上がるんだしね」
「……悪いな、詠。それじゃお言葉に甘えさせて貰うよ、沙和」

「わーい、これで沙和も隊長の役に立てるのー!」
「うちだって隊長の竿を解放しとるもん! 今だって隊長のお仲間さんの武器を強化しとるしな」
「た、隊長、自分も何か……」
「凪だって、アイテムを作ってくれてるだろ。凄く助かってるぞ」
「でもそれは、隊長のものじゃないのー!」
「うちらはちゃんと、隊長の持ち物を改良しとるもん。なー、沙和」
「ねー、真桜ちゃん」

沙和と真桜に煽られ、焦る凪。
そんな凪をみて、どんどん調子に乗っていく2人。

「へへーん、凪ちゃんも隊長のお役に立たないとダメなのー!」
「そうやそうや。んー、凪の体で隊長を慰めるっちゅーのはどうや?」
「ば、馬鹿! 第一こんな傷だらけの体なんて、隊長だって、嬉しく、ない……よ」

自分で言っておいて、自分の言葉に落ち込む凪。
真桜と沙和も慌てる凪が見たかったのであって、決して落ち込む凪が見たかった訳ではない。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、小部屋に微妙な沈黙が流れる。

そんな空気を打破出来るのは、一刀以外にはありえない。
恥ずかしいセリフが月達には聞こえないよう、一刀は凪の耳元で囁いた。

「凪は魅力的だよ。俺には勿体無いくらいだ。でも凪の方こそ、初対面に近い俺なんかとするのは嫌だろ?」
「いえ、その、自分は隊長さえ良ければ……」
「無理しなくていいんだぞ?」
「違うんです、その、ずっと、自分達を助けに来てくれる、その、白馬の王子様が……それが隊長なんだって、あの……」

褐色の肌を赤く染め、照れながら告げる凪。
武闘派な彼女の外見と、お姫様願望な内面。
そのギャップ差攻撃に、唯でさえ死線を潜り抜けたばかりで性欲を持て余していた一刀は、色々なモノが我慢出来なくなってしまった。

真桜や沙和の視線も、2人だけの世界に入ってしまった一刀と凪には全く気にならない。
早速いちゃつく彼等だったが、ずっと3人だけで過ごしてきた真桜や沙和がそれを見せつけられて我慢出来るわけもなく。

霞の武器や一刀の防具も放り出し、そのまま4Pへと突入する一刀達であった。



いくら生存本能により股間がMAXに滾っていたとはいえ、後ろにいる仲間達の存在すらもなかったことにした一刀。
周囲に気を使うタイプの彼にしては、珍しく空気の読めていない行動である。
いや、正確には場の空気よりも凪達を優先したと表現するのが正しいのだが、それでも月達の視点からは一刀がKYに見えていたのは間違いない。

「なんでカクカクしてるの? しかも裸で」
「月、あんまり見ちゃダメよ」
「最低やな……」
「恋殿、アイツは気が狂ったみたいですぞ」
「……変」

というように、月達には大不評であった。
それはそうであろう、なにせ彼女達からは一刀が全裸でうねうねと踊っているようにしか見えないのである。
ところが、そんな彼女達に異議を唱える者がいた。

「あれは……!」
「知っているのか華雄?!」
「うむ。あれは大陸の遥か西、崑崙山脈に住むと言われる幻の部族・ドラッケン族に伝わる大気攪拌士、その英雄達ですら最早誰も習得が叶わないと諦めていた、失われし大気攪拌術だ。まさか伝説が真であったとは……」

説明しよう。
大気攪拌士とは、空気中の酸素と二酸化炭素を混ぜることで、大陸上の生き物が二酸化炭素の部分だけを吸って窒息しないようにする、世界を救う尊い仕事なのだ。

「伝説にはこうある。かの者すべての衣を脱ぎ去り迷宮へと降り立つ。その身をうねうねさせし時、人の絶望で分かたれた大気を混ぜ、その愛を一身に受けるであろう、とな」
「……なんか凄いんですね、一刀さんって」
「ほんま、ようわからんけど、凄いなぁ……」

民明書房が刊行している書籍を愛読しているため、意外と博識な華雄だったが今回の件については完全に誤解である。
だが残念なことに、一刀は背後での会話にまったく気づいていない。

彼がこの事実を知った時には、既に洛陽中にデマが広まってしまった後なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:256/288(+22)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:1876/4750
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40

STR:23(+3)
DEX:35(+11)
VIT:21(+3)
AGI:27(+5)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)

武器:アサシンダガー
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:133(+17)
近接命中率:84(+10)
物理防御力:116
物理回避力:88(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:22貫



[11085] 第六十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:38
「なんで龍の角が一本増えとんのや! どないなっとんねん!」
「強化っちゅーのは、強うなった分だけ見た目も変化させなあかん! それが強化の作法っちゅーもんや!」
「ええから元に戻しぃ!」
「嫌や! どうしてもっちゅーなら、牙の数を倍にさせてもらうで!」

一刀(通訳)を交えた霞と真桜の議論は、全く終わる気配を見せない。
彼女達が言い争っているのは、強化された霞の武器『真・飛龍偃月刀』の外見についてである。

柄に象られた龍の角が増えようが牙が増えようが、どうでもいいじゃないか。
今までの一刀であれば、きっとそのように思ったであろう。
しかし今の彼には、彼女達の拘りがとても良く理解出来る。

(なんでこんな姿になっちゃったんだ、俺の竿……)

まるで『ひのきのぼう』と見紛うくらいシンプルだった『太公望の竿』。
ゲットした当初はショボい見た目にがっかりした一刀だったが、使い込んでいるうちにそのすっきりとしたフォルムがすっかり気に入っていた。
その『太公望の竿』が、すっかりゴテゴテに飾り付けられて返って来たのである。

握りの部分には、霞の偃月刀のような龍。
21節に分かれた竿の部分には、陰陽っぽい符印。
その先端部には、如何にもありがちな宝玉。

(キツい……。高校生にもなって、これはキツい……)

性能とは関係なくても譲れないものってあるよなぁ、とますますヒートアップしていく彼女達を生温かい目で見守る一刀。
もっとも霞が納得していないのはあくまで見た目の問題だけであり、恐らく彼女の武器はかなり性能を上げているのであろう。

真桜の腕が確かなのは、渡された『太公望の竿』からも判断出来る。
「ただ封印されていた風の力を解放しただけ」とは真桜の弁であるが、こんなことが出来るのは彼女をおいて他にない。

いや、最早これは『太公望の竿』とは呼べまい。
なぜなら今までアイテム扱いで装備不可能だった竿が、武器として装備出来るようになっているからだ。
一刀のステータス欄に表示された『打神鞭』と名を変えた武器は、驚くべきことに一刀の攻撃力を60もアップさせていたのである。

自身のパラメータを確認して、見た目はともかくその高性能さに満足していた一刀だったが、ふと疑問が浮かんだ。
それは武器スキルについてである。

一刀が今まで検証してきたデータ上、スキル上限値自体が低かったであろう低LV時を除くと、使い慣れたダガーやボウガン以外の武器を装備した場合には攻撃力が大幅に低下していた。
ところが、この鞭の場合にはそれがないのである。

不思議に思う一刀だったが、よくよく考えてみれば心当たりは1つしかない。
そう、確かに一刀は鞭を装備して戦ったことこそないが、『太公望の竿』自体は数ヶ月使い込んでいたのだ。
恐らくその行為が、システム上で勝手に一刀のスキルをアップさせていたのであろう。
普通の釣り竿を使用しても鞭スキルが上がるとは思えないが、竿だと思って使っていた物の本来の姿が鞭だったのだから理屈上は合っている。

残念ならが、必殺技までは覚えていなかった一刀。
要因として考えられるのは2つ。

まず、釣りだけではスキルの成長率が悪かったということ。
つまり攻撃力低下しない程度ではあるが、必殺技を覚えるまでは武器スキルが育っていない可能性である。

そして、短剣に比べて鞭の必殺技を覚えるためのスキルポイントが高いということ。
短剣を使用していた一刀よりも、鈍器を使用していた季衣達の方が必殺技を覚えるのが遅かった例もあり、こちらの可能性も高い。
その季衣達は必殺技を訓練によって覚えていたことから、実戦でのスキル上げでないと覚えられないということはないであろう。

自分のステータスを見ながら、そんな考察をしていた一刀。
パラメータを追っていた彼の目は、その下に見慣れない加護スキルがあることを発見した。

【封神】:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

『打神鞭』を外すと【封神】も消えることから、どうやらこれは特定武器装備時に使用可能なスキルのようである。
【封神】の説明文を見て、一刀は溜め息を吐いた。

(なんという誰得スキル。【魚釣り】とかも大概だったけど、これはない……)

どう考えても使う場面が思いつかない加護スキルに気落ちしつつ、一刀は未だに終わらない霞と真桜の話し合いの通訳をするのであった。



「予定より大分時間を使っちゃったし、今日はこのままここで休みましょう」

詠の提案は妥当なものであろう。
武器強化に2時間の予定だったのが一刀の性で4時間も掛かってしまい、更に霞と真桜の言い争いである。
祭壇からここまでの道のりで10時間近く消費していたため、パーティメンバーの疲労は限界であったし、これまでの待ち時間で既に月や音々音は熟睡していた。
カニやエビが食べたかったのか、恋はそれでも海岸に行きたそうであったのだが、美以に温かい食事を持って来て貰うことで妥協してくれた。

「それにしても、まさかここが安全地帯だとは思わなかったわ。華雄も見張りはいいから、もう休みなさいよ」
「いや、まだ完全にモンスターが来ないと決まった訳ではないからな」
「なんの変哲もない部屋に見えるし華雄がそう考えるのも無理ないけど、もう5時間近く敵が来ないんだから大丈夫よ」
「今凪達に聞いたけど、この部屋に敵が来たことはないってさ」

年単位でこの部屋にいると思われる凪達の意見ならば間違いない。
恐らくそう考えたのであろう、華雄は一刀の言葉でようやくお休みモードに入った。
それを見て、もっと早く聞けば良かったと反省する一刀に詠が声を掛けた。

「ねぇ。元ギルド長の美羽って、今アンタの宿屋にいるわよね。あの子だったら、ここにテレポーターを作るのも可能なんじゃない?」
「あー、確かに。敵が来ないなら守りも必要ないしな」
「後は出来れば各海岸とかにも。まぁあそこは厳密に考えると迷宮外だから、作れるかどうかわからないけどね」

「賛成なのー! そしたら人が一杯来るから、沙和達も寂しくなくなるのー!」
「拠点が出来れば、『天使印』もゲットしやすうなるしなぁ」
「それに隊長も、こ、ここに来て、自分達と……あぅ」
「うひひ、なんや凪、隊長にどうして欲しいんや?」
「凪ちゃん、エロなのー!」
「ば、馬鹿、そういう意味じゃない!」

詠と一刀の話を聞いて、非常に盛り上がっている3人娘
そんな3人、特に再び顔を火照らせている凪のエロス心に水を差すのは勿体ないが、ぬか喜びさせるよりはと一刀は口を挟んだ

「念のため言っておくけど、美羽のテレポーターは設置出来ない場所もあるんだ。ここに作れるかどうかは、やってみないとわからないぞ?」
「えー、そないなこと今更言うなんて、殺生やでー」
「そんなの酷いのー! 太祖神に訴えるのー! 謝罪と賠償を要求するニダー!」
「……まったきゅ、真桜も沙和も。仕方ないだりょ、隊長だって意地悪してるわけじゃにゃいんだから。で、隊長。今まではどういう場所がダメじゃったんでござるか?」

不貞腐れる真桜と怒る沙和を宥めて、一刀に問いかける凪。
本人は平然を装っているつもりだが言葉の端々から動揺が窺える辺り、一刀の言葉に一番ショックを受けているのは彼女なのかもしれない。

一刀の知る限り、美羽が今までに設置出来なかった場所は迷宮外と祭壇だけである。
仮に祭壇の部屋にテレポーターが作れたら、加護が受け放題になってシステム上破綻するため、制限が掛かっているのは当然であろう。
そしてそれを踏まえて考えると、一見ここは大丈夫なように思える。

だが問題は、ここがゲーム上で言うショップ扱いなのではないかということだ。
プログラム上、場所の空枠をショップという存在が埋めている状態で更にテレポーターという存在を埋め込めるのかどうか。
そこに一刀は確信が持てなかったのである。

ちなみに詠が心配していたテレポーターの海岸への設置については、一刀は大丈夫なんじゃないかと思っている。
なぜなら、美以には首輪を辿って海岸にテレポートした実績があるからだ。
尤も、美以のテレポート範囲が迷宮外に及ぶかどうかがわからないので、それも不確かではある。
どちらにせよ、実際に試してみるのが一番確実なことは間違いない。

「というか、美羽が協力してくれるかどうかってのが一番大きな問題なんだよなぁ」
「アンタ自身にはともかく、冒険者ギルドには恨みを持ってそうだものね、あの子」
「そうなんだよ。テレポーターが出来て誰が得するかっていうと、やっぱりギルドだもんなぁ」

漢帝国の皇帝が雪蓮達の新ギルド結成を認めたのは、迷宮からの更なる成果物に対する期待である。
仮に皇帝の望む不老不死関連のアイテムが出て来なかったとしても、これまでにない物が出れば雪蓮達への評価も上がるだろう。
それに冒険者達が深い階層に行きやすくなれば、それだけ価値のあるアイテムの売買が為されるということであり、それだけでギルドは潤うのだ。

「乗っ取られた側が乗っ取った側に協力……なんて、してくれないでしょうね」
「だよなぁ。あ、いや、もちろん精一杯頼んでみるって。だから、そんな目で見ないでくれよ。俺だって会いたいのは同じなんだからさ」

とりあえず帰ったら蜂蜜をたくさん用意して、美羽の機嫌を取ろうと考える一刀なのであった。



翌朝になってBF21への出立準備を整える一刀。
装備した服は、沙和が手ずから強化してくれた一品である。

大極道衣・改:防御力33、HP+15、STR+1、DEX+3、VIT+3、AGI+1、INT+1、MND+1、CHR+1

「やっぱり余った分だけだと、あんまり強化出来なかったのー。隊長、ごめんなのー」
「これで、あんまりなのか……」

もし沙和が満足する程のエネルギーを使えたなら、一体どれだけの強化がされたのであろう。
空恐ろしいものを感じながら、一刀は武器を身に付けて荷物を背負った。
『打神鞭』はその荷物の中だ。
つまり彼は、アサシンダガーをそのまま装備していたのである。

これは、とても常識的な判断であると言えよう。
いくら一刀がゲームを操作している感覚で武器を操れるとは言っても、いきなり強敵戦で使用出来るものではない。
いくら『ケルナ屍食鬼』をやり込んでいても、初見の『イーアル少林寺』ではチューブくらいしか倒せないのである。

しかも『打神鞭』は、21節の湾曲率や伸びを左手で龍頭を操作することにより変化させなから戦うのが真骨頂なのだ。
慣れ親しんだFCのコントローラーからPSPに持ち替えたような状態では、如何に一刀でもガチャプレイしか出来ない。
そしてこれは格ゲーなどではなく命の掛かったリアルファイトなのだから、まず練習してからと彼が考えたのは当然のことである。

そうこうしているうちに、詠が昨日購入した『増力香』『増防香』『増知香』『増速香』を使用した。
1個30串の能力ブースト系アイテムを惜しげもなく使うあたり、さすがは一流の迷宮探索者である。

RPGゲームでは、こういった消耗品アイテムはケチってしまう場合が多い一刀。
今回は他クランのための『帰還香』3個(詠からロストした分の補填あり)しか得ることが出来なかった。
だがもし彼に選択権があったなら、恐らく『増EXP香』や『増ドロップ香』を選んでいたであろう。
どちらが間違っているとわけでもないが、これだけは言える。

「必ずみんなの命を持ち帰る」という詠の意志は、香の選択を通してパーティメンバー全員に、確実に伝わっていたのであった。



NAME:キメラ
NAME:ゴーレム
NAME:バジリスク
NAME:ケルベロス

これらがBF21で新たに出て来たモンスターである。
そして今までの階層とは決定的に違うことがあった。
BF20までのモンスターが減っていないことだ。
つまり、このBF21では全8種のモンスターが徘徊しているのである。

「違うわ、正確には9種類。『天使印』を落としたモンスターが見当たらないのよ」
「それって、どんなモンスターだったんだ?」

現在の一刀達は、小部屋で休憩中だった。

メタリックな空飛ぶ合成獣キメラと、このフロアからはガーゴイルまでもが魔術を詠唱し。
無機質な物体で出来た巨人ゴーレムと、あからさまに力強くなったオーガが腕を振り降ろし。
猛毒を持つ蛇の王バジリスクと、濃硫酸のような体を持つに至ったスライムが足元からにじり寄り。
3つ首を持つ地獄の番犬ケルベロスと、ヘルハウンドは速さを武器に、その牙を剥き出しにし。

香の効力があってすら、一刀だけでなく全員がなんらかのダメージを負うような戦闘ばかりだったのだ。
この難易度ならば、BF21に降りてから数ヶ月間でBF22への階段が見つからなかったのも無理はない。
凪達のショップ補正を考慮したゲームバランスなのであろうが、それにしても厳し過ぎる。
詠の言う9種類目の『天使印』をドロップするモンスターなど、このフロアでの戦いを何度も経験している彼女が「妙に強かった敵」と称しているのである。

「茶色くて楕円形でテラテラして、目だけがギョロギョロと大きくて、ああ、嘴も大きかったわ。しかも飛ぶのよね、ソイツ。『天使印』さえなければ、正直二度と戦いたくないかも」
「……なんていうか、それは俺も嫌だなぁ」

それにしても、BF21に足を踏み入れてから結構な時間が経っている。
現状の最深層なので罠探知や索敵に時間を掛けているとはいえ、通常のモンスターであれば1匹くらい遭遇していてもおかしくない。
『天使印』というキーアイテムをドロップすることからも、恐らく9種類目の敵はレアモンスターなのであろう。
とすれば、以前詠達が戦った場所にリポップしている可能性が高い。
そう指摘した一刀が得たものは、音々音の怒りであった。

「うるさいですぞ! お前は大人しく荷物を運んでいればいいのです!」

荷物持ちなのに探索にまで口出しをする一刀は、その役割を担う音々音には非常に不愉快な存在だったのだ。
今回の探索の目的は、BF22への階段探しに『天使印』の取得が追加されている。
もし一刀の言う通りの場所に9種類目の敵がポップしていたならば、そのことを予測出来なかった自分は彼に劣ることになると音々音は考え、イライラしていたのである。

この面子の中では、音々音が一刀と最もタイプが近い。
一刀だってコツを理解し経験さえ積めば罠探知も可能であろうし、索敵は元々得意である。
つまりこのパーティに音々音と入れ替わりで一刀が入っても、それなりにやっていけるということであり、そのことは彼女が一番良く理解していた。
そして音々音が最も尊敬している恋に、自分よりも一刀の方が必要だと思われてしまうことが怖くて仕方なかったのだ。

こうして出来た音々音と一刀の溝は、リポップの確認をしに行くという詠の決定によって、ますます深まっていったのであった。



NAME:G

一刀達に嫌悪感を感じさせるその姿形は、まさに詠の言った通りであった。
楕円形の体には手や触角がないにも関わらず、その動く様はカサカサとしか形容出来ない。
たまに翅音を立てて飛んだ時など、思わず恐慌状態に陥ってしまいそうだ。

だが、いつまでもじっと見ている訳にはいかない。
丁度良い具合にGの居場所は小部屋であり、その中に他のモンスターはいなかった。
強敵を相手に1対多で戦える絶好の機会は見逃せない。

「行くで、華雄」
「応」

先行するのは霞と華雄。
すかさず詠が呪文を唱えてバックアップに走り、恋が空中から攻撃を加えてGを角へと追いやる。
小部屋の中でも戦場が限定された隙に、対角へと移動する一刀達。
音々音が入口を警戒し、月がそれを補助する役割である。

Gがリポップしていたことで、いよいよ一刀に対する敵意を隠さなくなった音々音の傍に行くのも彼女の集中力を欠いてしまうことになるし、かといって前線では間違いなく邪魔になる。
LVが足りないのもそうだが、なにしろ場所が角なので前2人+空1人で前衛枠が一杯なのだ。

仕方なく観戦することにした一刀。
集中力だけは切らさないようにという自己への注意は、しかしあっという間にどこかへ行ってしまった。
それだけ彼女達の戦闘は、凄まじかったのである。

人間離れした膂力で斧を振り回す華雄。
その攻撃は空振りこそ多かったものの、一撃の威力は目を見張るものがある。
だがそれだけであれば、一刀は我を忘れるくらい夢中にはならない。
華雄の空振りの後には必ず霞か恋が強攻撃を当てている、つまり彼女の空振りは敵を誘導しているのだということに、一刀は気付いたのである。
誰よりも武を極めることに重きを置いている彼女は、決して猪武者ではないのだ。

人間離れした速度で偃月刀を振り回す霞。
華雄が1撃打つ間に3撃は放っているだろうその攻撃は、確実にGの体を削っていく。
これまで霞の戦闘をじっくりと見る機会のなかった一刀だったが、それでも分かることはある。
それは彼女の人知を超えたスピードが、真桜の手によって武器強化されてから顕著になったということだ。
少なくとも以前の1.5倍は上がった攻撃速度により、パーティ戦力が乗算で上がっていることは言うまでもない。

その2人ですら一般人に見える程、人間離れしている恋。
彼女がいるだけで、Gは飛ぶという選択肢を取れない。
それは、飛行系モンスターがただの雑魚モンスターになったということに等しい。
彼女程の武を持つ人間に頭上を取られた以上、モンスターに残されている未来は死のみである。

GのNAMEが先程黄色になったかと思えば、早くも赤に変わった。
「妙に強い」という言葉に反するようではあるが、場所といい香といい、戦闘条件は最高に近い。
そのことを考えれば、あっさり勝てて当然だと言えよう。

そう思ったのは、一刀だけではなかった。
前回に比べて楽勝過ぎたのであろうか、それとも新たな武器の威力に奢ってしまったのか、まさかの霞まで気を抜いてしまったのだ。

最も手数の多かった霞の隙、それはGにとって最後の力を振り絞る絶好の機会であった。
Gは突然その身を震わせ、テカり輝くミニGを次々と産み出した。
華雄の斧がGに止めを刺す瞬間までに排出したその数、実に30匹。

それらが、Gの消滅と共に一斉に爆発したのである。

至近距離にいた前衛3人と傍にいた詠がそれに巻き込まれ、即死こそしなかったものの一見して重傷だと分かる傷を負ってしまった。
回復薬と傷薬が別であることからも分かるように、短剣飾りはあくまでHPを回復させる効果を持つアイテムである。
従って回復させても傷そのものを塞がなければHPは減っていくし、千切れかけた手足がくっつく効果もない。

唯一の救いは、月に水系統5番目の呪文『再生の滴』が使えることだ。
短剣飾りで4人のHPを確保しつつ80Pという月の全MPの9割以上を4連続で使用する必要はあるが、HP全快効果のある銀の短剣飾りもMP回復効果のある黄銅の短剣飾りもそれなりの量を持っている以上、達成可能な条件である。
それはこの場で行ってもいいし、大事を取るなら丁度小部屋にいるのだから『帰還香』を使用してもよい。
爆発とは対角上だったために荷物が巻き込まれなかったことも、幸いだったであろう。

だが、その幸運を喜ぶにはまだ早い。
なぜなら先程の爆発音によって引き寄せられたモンスターの足音が、一刀達のいる部屋へと近付いてきたからであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:305/288(+27)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:4023/4750
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40

STR:24(+4)
DEX:36(+12)
VIT:22(+4)
AGI:28(+6)
INT:22(+2)
MND:17(+2)
CHR:27(+2)

武器:アサシンダガー
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:134(+17)
近接命中率:85(+10)
物理防御力:118
物理回避力:89(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:22貫



[11085] 第六十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/02/20 07:32
ズシンッズシンッと、重量級の足音だけが3体分。
そっと入口に近づいて索敵する一刀の目に、『NAME:ゴーレム』という表示が映った。

今の状況は、確かに大ピンチではある。
『ハンハン』で例えれば、後1撃でも貰えば3乙してしまう状態に近い。

(逆に言えば、ノーダメで凌げれば十分リカバリー可能だってことだ)

仲間4人が瀕死の重傷であるにも関わらず、冷静に現状を分析する一刀。
こういう時、真っ先に取り乱しそうな彼が平常心を保っているのには訳がある。
パニックになることこそが仲間の命を危険に晒すこと、それを彼は既に身を持って知っていたからだ。
剣奴時代の戦闘で季衣達や璃々がピンチの度に慌ててしまい、余計に状況を悪化させていた彼は最早いない。

しかも今回は、自分よりも遥かに熟練の冒険者である月や音々音がいるのだ。
それだけでも剣奴時代より全然マシである。
そう思って振り返った一刀は、我が目を疑った。

「詠ちゃん、みんな! ……ふぅ」
「れ、恋殿ぉ! 恋殿ぉ!」

洛陽で1,2を争う優秀な冒険者達である漢帝国クラン員。
そのメンバーであるはずの月や音々音が、すっかり取り乱していたからだ。

正直な所、一刀もこの2人が精神的にさほど強くないことは想像がついていた。
だがそれを差し引いても、BF21まで探索を続けて来た冒険者とは思えない態度である。

この程度のピンチ、今までに何度も潜り抜けたはずではないのか。
いや、実は潜り抜けていないのである。
多少の危機なら強引に突破出来る恋の武力と、そもそもそれを前もって避ける詠の知力。
それらによって庇護されて来たことが、月や音々音の精神的な成長を阻害していたのだ。

正確に言えば、危機に陥ったこと自体がないわけではない。
だがそれらのピンチから月や音々音を守り抜いてくれた恋や詠が、今は生死の境を彷徨っている。
パーティの要であり心の拠り所でもある恋と詠は、だからこそ月と音々音のパニックの要因となってしまったのだ。
そんな2人の様子を、一刀は絶望的な思いで見やった。

慌てふためく彼女達の姿は、一刀の目には生き残るための希望の光が消えてしまったように映っていたのであった。



今回の勝利条件、それは部屋外での迎撃である。
なぜなら部屋に敵の侵入を許してしまった時点で、室内戦闘での巻き込まれによって恋達の死亡が確定してしまうからだ。
従って、仮に月が落ち着きを取り戻して加護スキルを使用したとしても、一刀達はともかく恋達が危うい。
ランダム要素の強い月の加護スキルでは、かなり分の悪い賭けとなってしまうであろう。

しかも月には、彼女だけにしか出来ない役割がある。
恋達へ『再生の滴』の呪文を唱えることだ。
彼女のほぼ全MPを使用する『再生の滴』を使うとなれば、それ以外の働きを彼女に要求するのは不可能に近い。

一刀には、それらを踏まえた上で彼なりの迎撃プランがあった。
だが月と音々音の様子からして、それは廃案とせざるを得ない。

迎撃が出来ないとなれば、残るプランは1つだけである。
半分意識を失っている月に駆け寄り、その頬に平手打ちをして正気に戻した一刀は、遣る瀬無い思いを噛みしめながら吐き出す様に言った。

「俺が囮になる。その隙に『帰還香』使うんだ。わかったな」
「そ、そんな……。皆で使えば……」
「すぐ傍まで敵が来てるんだ。誰かが奴を他所に引っ張らなきゃ、香の効果が出る前に戦闘になってかき消されちゃうだろ?」
「でも、それじゃ一刀さんが……」
「俺だって、死にたくねぇよ! でも今のお前等と敵を迎撃しようとして全滅するよりマシだろうが! って、くそっ!」

自分の髪をぐしゃぐしゃと手で掻き回し、心を落ち着ける一刀。
深呼吸をひとつして、再び月に向かって口を開く。

「ゴメン、取り乱した。大丈夫、俺だって敵を撒いて『帰還香』を使うつもりだし、ダメでもBF20の凪達の所まで逃げればいいんだ。もう時間がない、俺は行くから後を頼むな」
「……へぅ」

自分でも全く信じていない内容を、月に言い聞かせる一刀。

敵は3体共ゴーレムであり、比較的動きが鈍いため逃げやすい敵だと言える。
だがそれも、逃げている道中で他の敵と遭遇しなければ、の話である。
一刀が生き残るためには、この幸運を引き寄せるしかない。

逆にヘルハウンドあたりに見つかってしまえば、逃げ切るのは不可能である。
そうなってしまえば、一刀に未来はない。
道を知らない彼がBF20まで逃げ切れる確率など、宝くじ1等と同程度であろう。
仮に今地図を借りたとしても、それを確認しながらの逃走など現実的ではない。

そのことは、月も薄々気が付いていた。
だが一刀の言葉を最も正確に把握出来たのは、倒れ伏す恋にぎゅっと抱きついていた音々音である。
同時に彼女は、それが本来バックパッカーである一刀ではなく、シーカーである自分が背負うべき役目であることも理解したのであった。

「ちんきゅーキック!」

恋がやられてすっかり混乱していた音々音。
そんな彼女がゴーレムに攻撃を仕掛けられた理由は、ただ一刀への対抗心のみであった。
己の役割を一刀に奪われ、恋に見捨てられる恐怖。
それが自身の命を失う恐怖に勝ったのだ。

「お前は引っ込んでいるのです! ネネの方が道に詳しい分、適役なのですぞ! 月、恋殿を、どうかっ!」

そう言い残して走り出そうとする音々音。
その背中に向け、一刀が叫ぶ。

「待てっ! お前が戦えるなら、全員で生き残れる! ネネは入口で防御に専念して部屋に敵を入れるな。体を張ってでも止めてくれ。月、ネネに『土の鎧』と『大地の力』、一番手前のゴーレムに『脱力の風』を。終わったらこっちに来てくれ」

そう言って一刀は荷物を拾って傷ついた恋達の方に向かい、その中身を引っ繰り返して短剣飾りを寄せ集めた。
そして種類と数を確認し、部屋の隅で恋達のHPを注意深く見守る一刀。
そう、彼は音々音だけにゴーレムの相手を任せようとしていたのだ。

こうして音々音とゴーレム達の戦闘が始まったのであった。



ゴーレムの堅い拳を避けながら、音々音は未だ平常心を取り戻せずにいた。

なぜ一刀は自分の手助けをしてくれないのか。
どうやって3体ものゴーレムを倒すつもりなのか。
恋達は今、どんな様子なのか。

そのようなことにも気を回せず、音々音はただひたすら一刀の指示に従って防御のみを行っていた。
敵の拳を打ち払い、敵の蹴りをしゃがみ避け、決して部屋に入れないように、ただそれだけを考えて戦闘を続ける音々音。
動揺している割にきちんと戦えているのは、これが防御のみという単純作業だからであろう。

運良く敵はゴーレムのみであり、それぞれが馬鹿でかい。
従って、入口に陣取った音々音の相手が出来るのは1体だけである。
だが相手の巨大さは、彼女にとって不利な材料にもなりうる。
格闘タイプの音々音だからこそ、相手との体格差は如何ともし難いのだ。

音々音の3倍近くある上背から、強烈な打ち下ろしを放つゴーレム。
これは受け流せないと判断し、動きを止める音々音。
普段の彼女であれば、横っ跳びに避けようとしていたであろう。
だが今の彼女にとっては、「防御に専念」「部屋に入れるな」の命令こそが、ある意味恋に代わる心の拠り所となっているのである。

音々音の氣で満たされた両足が床に張り付き。
同じく氣の張り巡らされた左腕と右腕を体の前で交差させ。
怖くて俯きそうになる顔を上げて、ゴーレムをしっかりと見据え。

次の瞬間、岩をハンマーで叩いたような轟音が鳴り響いた。
もし音々音が吹き飛ばされていたのなら、もっと軽い音がしたであろう。
そう、彼女は生身の体でゴーレムの攻撃を受け止めたのだ。

しかし、その代償は大きかった。
氣をしっかりと張り巡らせていた音々音の両腕は、骨も折れていないし肉も飛び散っていない。
だがその衝撃は音々音の全身を駆け巡り、彼女のHPを激減させたのである。

(う、ぐぅ。恋殿、ネネ1人では、もう……。最後まで頼りないネネで、すみませぬ……)

全身の痛みで心が折れかける音々音。
同じのがもう1撃入ったら、次こそ音々音は耐えきれなかったであろう。
だが、この場にいるのは彼女だけではない。

「へぅ、遅れてごめんなさい。今援護するから……」
「ネネ、いいぞ、その調子だ!」

精神的に復調を果たした月から、援護の呪文が掛けられ。
更に音々音のHPを観察していた一刀から、銀の短剣飾りを突き刺され。

「……まだ! ネネはまだまだやれますぞ! 恋殿ぉ、草葉の陰から見守って下されー!」
「れ、恋、死んでない……ぐふっ」

今の音々音は、決して1人きりで戦っているのではない。
それは援護という意味だけではなく、仲間の存在そのものが自分を支えてくれていることに、やっと彼女は気がついたのだ。

優しげな、月の言葉が。
暖かい、一刀の励ましが。
吐血まじりの、恋からのツッコミが。

(皆がいる限り、ネネは何度でも立ち上がれますぞ!)

背中に仲間を感じながら、ビーカブースタイルをとる音々音なのであった。



本当は音々音と一緒に敵の足止めを行いたかった一刀。
だが、いくら短剣飾りがそれなりの量あるとはいえ、考えなしに連続使用すればロストして足りなくなる危険がある以上、回復役は彼が適任であった。

一刀は恋達と音々音の間を何度も往復した。
そして4人のHPが100Pを切ったら銀の短剣飾りで全快にし、音々音のHPが半分を切ったらフォローしつつ回復する。

他人のHPを視認出来るという自分の特性を、今日ほどありがたく、そして恨めしく思ったことはない。
音々音の体から発生している肉を岩で打ちのめす音に、一刀の心は掻き乱される。
だが、自分以外でHPを適切に回復出来る者はいないのだ。
今すぐ前線に飛び出して行きたい気持ちを、一刀はじっと堪えた。

ジリジリとした苛立ちを感じながら音々音の呻き声に耳を塞ぎ、彼女達のHPの減り具合を見守る一刀。
そんな彼に月が近寄って来た。
ようやく音々音とゴーレムに呪文を掛け終わったのである。

一刀は即座に黄銅の短剣飾りを刺し、月のMPを全快にした。
ここまでくれば、彼女にも次にすべきことはわかる。

「まずは詠から頼む」
「はいっ」

≪-再生の滴-≫

月の詠唱と共に、水色の粒子が詠の体の欠損部を埋めていく。
一気に精神力を奪われて気を失う月に黄銅の短剣飾りを刺し、再び頬を平手で打つ一刀。
彼が音々音と一緒に戦えなかった理由は、回復役の他に月の気付役もする必要があったからだ。

「パンッ」「へぅ」
「パンパンッ」「へぅ、へぅぅ」
「パシンッ」「へぅぅぅ~ん」

更に3度同じことが繰り返され、詠達が回復した時には月の頬がすっかり赤く膨れ上がってしまった。
一刀が女の子を叩くのは生まれて初めてであり、力加減が上手く出来なかったせいでもある。
申し訳なく思い、一刀は月を抱きしめて頭を撫でた。

「痛かっただろ、月。ごめん、よく頑張ったな」
「へぅぅ、あふぅん」

なんという悪質なナデポ!

精神的に弱っている所を乱暴してから優しくするという、まるでヤクザのような手口である。
その行為が、月に一体どんな影響を与えてしまったのか。

それはまた別の機会に語りたい。



ところで、戦況の方はどうなっているのであろうか。

一刀が真っ先に詠の回復を指示したのは、『離間の計』を唱えて貰うつもりであったからだ。
そしてゴーレム同士を部屋の外で戦わせている間に、皆で『帰還香』を使用しようと思っていたのである。

しかしHPが回復して体が再生しても、直前まで半死半生であった今の詠には、高度な集中を必要とする『離間の計』は使えなかった。
他の皆も同様、今の状態では戦闘行為は無理である。

ではなぜ一刀は、すぐさま音々音のフォローに向かわなかったのか。
それは、その必要が全くなかったからである。
むしろこの段階になれば、LVの低い一刀のフォローでは彼女の足手纏いにしかならない。

「ちんきゅーチョップ!」

音々音の1撃が、彼女に殴りかかってきていたゴーレムの腕を断ち切る。
恋達が回復した時点で彼女は既に防御主体の戦いを止めており、今は完全に攻勢であった。
ゴーレムの攻撃を受け止める必要もなくなったため、回復もそんなにはいらない。

驚くなかれ、今音々音が相手にしているゴーレムは3体目、つまり最後の敵なのである。

そもそも落ち着いてさえいれば、パーティ効果とステータスブーストの香に加えて呪文の効果まであり、且つLV23である音々音がこのフロアの敵とタイマンで負ける訳がないのだ。
混乱していている状態でも、詠達が回復するまで音々音だけで戦線を維持出来ていたのがそれを証明している。
そして自信を取り戻した彼女にとって、最早ゴーレムなど敵ではない。

「これでトドメなのですぞ! ちんきゅーキック!」

彼女の全身を使ったドロップキックは、見事にゴーレムの腰部を貫いた。
そして最後のゴーレムもこれまでの2匹と同様、バラバラに砕け散って粒子となったのであった。



意識を取り戻した詠の指示で『帰還香』を使用し、一刀達は洛陽へと戻った。

体力的に回復していても精神的な負荷が過大である状況下で、祭壇まで戻らなくて済んだのは大きい。
本当は今回の探索でBF22への階段を発見し、それを新たな成果として皇帝に報告しておきたかった月達。
だが『増力香』を始めとする能力ブーストアイテムがその代わりとなるため、無理をする必要は全くない。

月達はしばらく休息を取るとのことだったので、これで一刀の仕事も終わりである。
実働は4日だったが、今回もボーナスが貰えてホクホクであった。

打ち上げを兼ねた『湯屋』での慰労会も、もちろん月達の奢りだ。
久しぶりのでかい風呂は気持ちが良く、一刀に迷宮での疲労を忘れさせた。

そのまま宴会へとなだれ込んだ一同。
いつになく死を間近に感じた彼女達にとって、酒も料理も非常に美味かったのであろう。
いつも以上に飲み食いし、一刀も釣られるようにして酒を煽ってしまった。
そうして宴を楽しんでいるうちに、一刀はいつの間にか音々音に絡まれていた。

「ネネでも大丈夫な敵だったのですから、お前だって十分にいけたはずですぞ!」
「俺じゃ無理だって、ネネよりLVが5つも低いんだから」
「少なくとも囮になるよりは、無理のない選択だったのですぞ!」
「もし俺が戦ったとしても、ネネ達が落ち着きを取り戻すまでの時間を稼ぐのは難しかったよ」

普段は戦闘要員でない音々音。
どうやら彼女は、自分がこれほどに戦えるとは思っていなかったようである。
音々音の言葉の端々からそのことを理解した一刀は、彼女の勘違いを正した。

「逃げ回っていいなら、まだなんとかなったかもだけどさ。それだと戦線を維持出来なくて、恋達が死んじゃうだろ。月の加護スキルでも同じことだし。まぁ、だから俺達全員が生きているのは、音々音が頑張ってくれたおかげだってことさ」

音々音が今まで一刀にあれだけ突っかかっていた理由。
それは彼女の自信の無さの現れであることに、一刀はなんとなく気付いていた。
今回、恋達を守って戦い抜いたことによって身に付けた自信は、今後彼女のバックボーンとなってくれるであろう。

そうなることを願って、ちょっと大げさに音々音を持ち上げる一刀。
その会話が一段落ついた辺りで、詠と霞が話に加わってきた。

「月も音々音も。それに一刀も、よく頑張ってくれたわね。お陰で助かったわ」
「いやー、ウチが油断したせいでスマンかったな」
「まぁまぁ、お互い様だって」
「でも、あれだけ苦労したのに『天使印』がドロップしなかったなんてね。リターンも大きいけど、現状ではハイリスク過ぎるわ」
「せやなぁ。それにしても今回ばかりは、ホンマに死んだかと思ったで」
「みんなで生き残れて、本当に良かったよ」

と言いつつも、今頃になって全身が震えて来る一刀。

死を意識したのは、一刀も同じである。
爆発により一瞬で意識を失った彼女達より、むしろ一刀の方が死を実感したと言ってもよい。

だがこの震えの原因は、恐怖というよりも怒りであった。

半ば死を覚悟して囮を申し出た時には、正直に言って宿屋のことも恋人達のことも凪達のことも、一刀は全く考えていなかった。
これでは恋人や保護者役は失格であろう。
そんな自分に、一刀は猛烈に腹を立てていたのである。

だがそれが本当に間違いだったのかどうか、そこが一刀にはわからなかった。
あの状況で自分の命を優先することは、つまり恋達を見殺しにするということだからだ。

俯いて無言になった一刀の肩に、そっと手を置いた者がいた。

「……恋、どうした?」
「強くなればいい。恋も頑張る。もっと強くなる」
「あはっ、はははっ、そっか、そうだよな。強くなれば、いいんだよな!」
「……ん」

今回もし敵が巨体を誇るゴーレムだけでなかったら、そして自分達の居場所が小部屋内でなかったら、1体ずつを相手取っての戦闘は不可能だったであろう。
そうなれば、いくら高LVの音々音とはいえ1人で戦線維持は難しかった。

そういう意味では、たまたま幸運が重なったと言える。
その幸運のお陰で、一刀のような低LV者でも生き残ることが出来たのだ。

逆に不運が重なれば、今回の恋達のような高LV者であっても瀕死の重傷を負うことになる。
確実な安全など存在しない、それこそが迷宮探索なのである。

(それでも俺は、もっと強くならなきゃいけない)

自分の命も仲間の命も持って帰るため、幸運を強引にでも掴み取るために、とにかくLVとスキルが必要なのだ。
そのためにも、まずは『打神鞭』を使いこなす必要がある。

そう一刀は考えたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:315/288(+27)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:4194/4750
称号:エアーズラバー

STR:24(+4)
DEX:36(+12)
VIT:22(+4)
AGI:28(+6)
INT:22(+2)
MND:17(+2)
CHR:27(+2)

武器:アサシンダガー
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:134(+17)
近接命中率:85(+10)
物理防御力:118
物理回避力:89(+18)

【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。

所持金:282貫



[11085] 第六十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:39
時は昔。

人に身を窶して大陸の覇権を争った神々も、決して戦だけをして過ごしていた訳ではない。
なぜなら、政務なくして軍事行動は起こせないからである。
いくら英雄達とはいえ、超常の力を持たぬ人の身となったからには至極当然のことであろう。

そして一刀にも、同様のことが言える。
迷宮に潜るためには、まずきちんと生活基盤を整えなければならないのだ。

「何度も言いますけど、宿屋にかかる税率は7割なんですよ! 1000貫の収入があっても、手元には300貫しか残らないんです!」
「でもさ、せめて子供達にお小遣いくらい……」
「どこをどう遣り繰りしても、そんなお金はありません!」

珍しくエキサイトしている七乃。
物事に動じないタイプの彼女がこんなにも必死になっている理由、それは一刀の経済感覚のなさに原因があった。

七乃や一刀を含む子供達の食費は、今まで通り一刀が魚をタダで仕入れて来ることが前提でも、月に50貫前後はかかる。
なにしろ多人数であるし、成長期の子供達にはバランスの取れた食事をして欲しいため、この出費は仕方がない。
ちなみに町では1食50~100銭、仲間との飲み会でも300~500銭程度である。

さすがに1000貫も払ってくれる月達に同じ食事は出せないので、それを別途用意するとなると、両者を合わせて100貫程度になるであろう。
ペットの餌代・衣類を含む生活費・雑費を含めると、それだけで150貫の出費、つまりこの時点でもう収入の半分が消えてしまうのである。

更に、このレベルの高級宿屋であれば、それなりの維持費が必要となる。
子供達の掃除だけでは行き届かない部分、つまり壁の塗り替えや中庭の手入れなどに専門の職人を雇わざるを得ないのだ。
年に何度かは改装工事を行わなくてはならず、その費用も月々の収入から定額を貯蓄せねばならず、それを含めると宿の補修費だけで月に100貫は必要になる。

残りは、メイド達への人件費である。
そして七乃が先程から主張しているのが、奴隷の分は無報酬にするべきだ、ということなのだ。

「大体、1人いくらあげるつもりなんですか?」
「月に1,2貫ってとこかなぁ。教育込みとはいえ、働いて貰ってるんだしさ」
「全員に2貫ずつ上げたら、それでもう赤字じゃないですか……」

それでも、仮にも1ヶ月間ずっと子供達を働かせているのである。
衣食住が保証されているとはいえ、もし一刀が1ヶ月バイトして無報酬もしくは2,300銭しか収入がなかったなら、絶対に辞めるであろう。
少なくとも、労働に対するやる気がゼロになることは間違いない。

もちろんこれは、リアルから来た一刀の感覚であればこその考えだ。
ここが七乃に経済観念がないと言われる所以であり、一般的には奴隷がこれだけ恵まれた環境にいられるだけで十分な対価なのである。

「それに私や美羽様のお給料だって曖昧なまま、先月分もまだ貰っていませんしー」
「うーん、そうなんだよなぁ。税かぁ、税ねぇ……」

資産に対する税がないため、今までは問題がなかった。
だが今月から定期収入が入るようになったので、行政に届け出をしなければならなくなったのだ。

ちなみにこれは冒険者としての収入以外にかかる税であり、冒険者としての分は既にギルドに対して加盟料を月々支払っているため、これ以上の税はかからない。
迷宮都市という特色が、冒険者に対する税の優遇措置となっているのである。

だがリアルでは消費税程度しか払ったことのない一刀にとっては、その優遇されている税が考え方の基準となっていた。
そんな一刀には、宿屋の収入の7割も行政府に持って行かれるのは、どうしても納得がいかなかったのだ。

「ていうか、普通は純益に対して掛かるもんじゃないのか、税金って」
「それじゃ経費の水増しで、不正がし放題になりますからねー」

現代日本とは違い、この世界ではそこまでのチェック機構はない。
だから総収入に対する税となっているのだ。
むろんそれでも完全にチェック出来るとは言い難いが、行政が違法性を調べる際に純益と総収入のどちらが調べやすいかは言うまでもない。

ちなみに税率も職種毎に違っており、例えば武器・防具屋は3割である。
つまり買取が売値の半分でも、純益は2割にしかならない。
新品の物でも材料費や制作依頼料を引くと同じような利益にしかならず、そこから如何に人件費などの経費を押さえるか、どの店でも遣り繰りには四苦八苦していた。

「……そんなにチェックがザルなんだったら、収入を過少に報告するとか、どうだろう?」
「確かにバレにくいですけど、事が露見したら一刀さんは打ち首ですよ? それでもいいなら、なんとか偽装してみますよー」
「ごめん、脱税はなしで。なぁ、七乃、なんかいい節税案はないのかよ。ギルドの運営をしてたんだし、こういうの得意だろ?」
「探索者ギルドは公営事業扱いだったので、基本的に免税だったんですよ。私達が払ってたのは、探索者達の税だけです」
「ずるっ! それじゃ街の武器屋なんかと同じ半額買取でも、利益率はケタ違いだったんじゃ……って、待てよ。公営事業、か」

正攻法も好きだが裏技も大好きなゲーオタの一刀。
優秀なβテスターとして、メーカー側にまでハンドルネーム【ち○こ太守】の名を知られているのは伊達ではない。

どんなに作り込まれたオンゲーでも、隅から隅まで舐めるようにしてコマンドを1つずつ試し、感謝の気持ちを込めてメーカーに不具合報告をしていた一刀。
そんな彼の手に掛かれば古代中華風異世界の法律の抜け道など、クソゲーオブザイヤーに輝いた『殿』のバグを発見するくらいに容易いことである。

「まぁ話の持っていき方次第でしょうけど、都市長の妹が従業員なんだし、七乃辺りに任せれば大丈夫なんじゃない?」
「そっか。詠の太鼓判が貰えたんなら、策に自信が持てるよ。それで、肝心の頼みについてなんだが……」
「こないだ命を救って貰った借りもあるし、ボク達の名前だったら使って構わないわよ」
「サンキュー、助かったよ」

一刀が思いついた案。
それは宿の公営化、つまり『漢帝国軍幹部専用宿舎』としての登録である。
月達が漢帝国軍の拠点として宿屋自体を借り上げる体裁をとることにより、洛陽の行政から独立した治外法権的なポジションを得ようと考えたのだ。

これだけならば、税金をまぬがれることは出来ない。
なぜなら、一刀に月々1000貫の収入が入ることには変わりがないからだ。
だがその問題も、漢帝国軍の宿舎に関する予算として一刀の財布とは別建てにしてしまえば解決する。
但し、そうなると一刀は自分のために宿屋の収入を使う権利がなくなるのだが、もともと自分一人であれば冒険者としての収入だけで十分なのだから特に困らない。

以上の策を実行することにより、一般客を受け入れることが出来なくなるため『メイド宿屋』としては成り立たなくなる。
しかし現状では、どうせこれ以上の客を受け入れることは難しい。
毎日みっちり子供達を働かせる訳にはいかないからである。
彼女達には、まだ遊びや勉強を通じて情緒を育てる時間が必要なのだ。

迷宮の攻略ペースから考えて、月達が洛陽に滞在するのは数年であろう。
しかし、その僅かな期間でも十分である。
肝心なのは、子供達が成長する時間を稼ぐことなのだ。

彼女達が立派なメイドになったら、改めて『メイド宿屋』を開業すればよい。
そうすれば、税を支払っても収支的に黒字化するはずである。
客が僅か6人だから立ち往かないのであり、数十ある客室がフル稼働すれば今の数倍の売上が期待できるからだ。

行政側との交渉は、詠の助言通りに七乃に一任した一刀。
策が成ることを期待して、彼はとりあえず手持ちの金から子供達にお小遣いを支給した。
労働の対価に金銭を貰うことは彼女達の刺激になるし、ある程度の金を持たせることで、計画的な遣り繰りを覚えさせたい。
間違っても流琉のような金銭感覚にならないよう、今のうちからお金の大切さを学んで欲しいとの思惑もあった。

1人2貫ずつ貰った子供達にとっては、これが初給料である。

衣類が好きなのか、布地を買って来てチクチクする子も。
食事が好きなのか、団子を買って来てモグモグする子も。
迷宮が好きなのか、短剣を買って来てブンブンする子も。

どの子の顔にも満面の笑みが張り付いているのを見て、幸せな気持ちになった一刀。
双子や美羽などは班員達みんなで食べられるオヤツを買ってきて、彼の涙腺を刺激した。
班長手当として更に1貫ずつ追加支給しながら、彼は思う。

(双子もそうだけど、やっぱり美羽も根はいい子なんだよなぁ)

雇われた当初から何か企んでいるようでもあったし、テレポーターの件もある。
一度美羽と、きちんと話をしてみようと考える一刀なのであった。



迷宮から帰って来た一刀は、宿屋の運営だけに頭を悩ませていた訳ではない。
華琳、雪蓮、桃香に持ち帰った『帰還香』の効果を見るや、それぞれからアイテム交換に連れて行けと矢の催促があったのだ。

一度に全員を連れて行けるのであれば一泊二日の行程だし、『帰還香』の使用が前提であれば日帰りも可能なのだが、そうは問屋が卸さない。
大人数では行動の統制が取れず、余計な敵を呼び込んでしまって思わぬピンチを招きかねないからである。
そしてそのことは、全員が理解している。
かといって、1クラン2人ずつなどの制限をつけても、それはそれで揉めるのである。


例えば華琳クランの場合。

「このバカ! 華琳様と行動を共にするのは、私に決まってるじゃない!」
「バカはお前だ! 華琳様の剣であり盾であるこの私が行かなくてどうする!」
「アンタじゃ、アイテム交換のアドバイスなんて出来ないでしょ!」
「それでは、間をとって風がお供に……ぐぅ」
「「寝るな!」」


例えば雪蓮クランの場合。

「うーん、まぁ、私と冥琳で行けばいいか」
「ふむ、出来れば私達がどのアイテムをどれくらい交換したか、特に華琳には知られたくないのだがな」
「あら、冥琳ってば、てっきりギルド運営が楽しくなって、迷宮に興味がなくなったのかと思ってたわ」
「ふ、馬鹿なことを言うな。雪蓮だって、そろそろ迷宮が恋しくなってきたのではないのか?」
「もう少しで、私達が手を離してもギルド運営に支障がなくなるようになるわ。この数ヶ月の出遅れを取り戻し、私達で孫策様を勝利に導くのよ。……私達の願いのために」


例えば桃香クランの場合。

「じゃあ、私と朱里ちゃんでどうかな?」
「ダメです、危険過ぎます! 私が朱里と行きますので、桃香様は街でお待ち下さい」
「あらあら、こういうものは年の順ですよ」
「鈴々も行くのだー!」
「では、ついでに私も。久しぶりに一刀殿とも会えますしな」
「ここにいるぞー!」
「あわわ、収拾がつかないです……」


というわけで、各クランをそれぞれBF20へ連れて行かなければならないのである。
それでも1週間あれば一応コンプリートなのだが、一刀は戦力外のままで迷宮に潜りたくなかった。
確かに各クランの冒険者達は歴戦の勇士達であり、一刀がいなくても各自でBF20に辿り着ける実力があろう。
だがその中でも最も実力のある漢帝国クランのメンバーですら、つい先日あわや全滅という危機に陥ったのである。

あの出来事は、『迷宮内に絶対はない』という教訓を一刀に叩き込んだ。
そんな彼が、今すぐに出来る強化を怠ったままで迷宮に潜るわけがない。

「悪いけど、新しい武器の扱いに慣れる時間が欲しいんだ」

そう言って、各クランにしばらくの猶予を貰った一刀なのであった。



『打神鞭』は鞭という名がついているものの、冥琳の持つ『白狐九尾』とは明らかに形状が違う。
21節のついているそれは、どちらかといえば穏の『紫燕』に近いのだが、やはり九節棍とも扱い方は異なるであろう。
それでもなにかしらのヒントがあるのではないかと考えた一刀は、丁度ギルドの執務室に揃っていた彼女達にそれぞれの武器の特徴について聞いてみた。

「冥琳、鞭ってどんな感じだ? あと穏も、ちょっと九節棍を使ってみてくれない?」
「ち、ちょっと待て一刀。私達にはまだ、そんな特殊プレイは早すぎないか?」
「お尻にですかぁ? やだもう、一刀さんたらマニアックですぅ」
「……もういい」

きっと仕事漬けだったせいだろう、なにやら欲求不満っぽい冥琳と穏。
これ以上彼女達に関わると『打神鞭』の練習に割く体力がなくなる展開になりそうだし、下手をすれば新たな性癖に目覚めさせられてしまいそうである。
やっぱり自己流で行こうと、一刀は彼女達の執務室から逃げ出した。

宿の中庭で、ひたすら『打神鞭』を振るう一刀。
もともとゲーム感覚で武器を操る一刀にとって、その動作自体は容易いものである。
Aボタンを押すようにして空気を切り裂く一刀に必要なものは、素振りではないのだ。

「面白そうな武器やな。良かったらうちが相手しよか?」
「そりゃありがたい、是非お願いするよ」

だから、月や詠と一緒に一刀の修練を見物していた霞の申し出は、願ってもないチャンスであった。

自然体に構えた霞と対峙する一刀。
『神速将軍』の異名を持つ霞に先手を取られることは、言うまでもなく不利である。
一刀は『打神鞭』の持ち手にある龍頭を押し込んで伸縮を可動にすると、霞の間合いの外から鞭を振り上げた。

21個ある節がその勢いで伸び、普段は全長1.1Mの『打神鞭』が数倍の長さとなって霞に襲いかかる。
当然、それを黙って見ている霞ではない。
手に持った『真・飛龍偃月刀』で受け止めようとする霞、だがその動作はまさしく一刀の読み通りである。

すかさず龍頭を回し、限界まで湾曲率を上げる。
すると、それまでしなりの良い棍と同程度の撓みを維持していた『打神鞭』が、いきなり芯を失い鞭のようになって霞の武器に巻き付いた。
そのまま一刀が龍頭を引き戻すと、伸びきっていた『打神鞭』が『真・飛龍偃月刀』を絡め取ったまま元のサイズまで縮んだのであった。

「なんやそのずっこい武器は! そんなん、反則や!」
「へぅ、ご主人様、凄い……」
「ちょっと月、今アイツのこと、なんて言ったの?!」

これらのギミックは、真桜の腕というよりも解放された風の魔力に依るものが大きい。
伸縮や撓みなどを、龍頭を介して風の魔力を調整することによって変化させているのだ。

こうして予め手順さえ決めておけば、現段階でも霞レベルの武人と渡り合えることが分かったのは、一刀にとっては収獲であった。
だがいくら初見だったとはいえ、武人の魂とも言える武器を取られてしまった屈辱は、霞を本気にさせた。

2戦、3戦、4戦と、模擬戦闘は続いていく。

鞭を打ち払い、瞬く間に一刀の懐に潜り込む霞。
慌てて龍頭を引き戻す一刀だったが、そのタイミングでは遅すぎる。
鞭を縮めて湾曲率を下げ、棍として使うことで接近戦をしようとした一刀だったが、当然霞はその準備が整うまで待ってくれない。
自分の首に突き付けられた『飛龍偃月刀』を見て、冷や汗を流す一刀。

(この場合、龍頭は放っておいて、盾で対応すべきだったな)

そう、『打神鞭』を不自由なく扱える一刀が鍛えたかったのは、こういう咄嗟の判断なのである。
今までずっと使用してきたダガーと盾の組み合わせであれば、避けるか受け流すか受け止めるか、それぞれの場面による対応は体で覚えている。
だが武器を鞭に変更することにより、また一から経験を積み直さなければならないのだ。
これはスキルや扱い方とは、まったく別の話なのである。

「ほら、もういっちょ行くで!」
「よしこいっ!」

一刀に向かって、嬉しそうに特攻をかける霞。
対モンスター戦はもちろん、対人戦でも一刀のような武器は珍しいのであろう。
それを楽しめる辺り、霞も立派なバトルマニアである。

腕に違いはあれど、武器の珍しさが一刀に反撃を許す。
一刀の横薙ぎを防ごうとした霞は、武器を絡め取られないよう鞭の先端を狙って合わせ打った。
ところが湾曲率を上げた鞭は、先端を押さえ込んだだけでは止まらない。
まるで狙ったかのように霞の袴の側面、具体的には肌の露出している限りなく尻に近い部分にヒットしたのである。

「あ痛っ!」
「……うらまやしい」
「月、一体どうしちゃったのよ?!」

引き締まった健康的な霞の尻につけられた、一筋の赤いライン。
彼女を傷つけないように戦おうとして、一刀は攻撃がぎこちなくなってしまった。
ダガーと違って寸止めの難しい鞭であることも、それに拍車をかけた。

「侮るんやない、本気出さんかいっ! その態度は武人に対して失礼やで!」
「いや、でもさ。女の子の柔肌に傷なんてつけるわけにはいかないし」
「そんなん、いくらでもあるっちゅーねん! そうや、なんなら一刀、アンタがうちに勝ったら、隅から隅までじっくり確認させたるわ。せやから、気ぃ入れてかかってきぃ!」

確かに自分の態度は、わざわざ模擬戦に付き合ってくれている霞に対して失礼だったと反省した一刀。
先程傷つけた霞の尻を手当てし、更におっぱいの先端にある赤い2つの傷痕にも手を当てるべく、今まで以上に気合を入れて彼女に襲い掛かった。
ところが、どうしても彼女へ攻撃が及ぼうとする直前に手が緩んでしまうのだ。

ベッドの上で、幾度も女の子の生き血を啜った妖棒の持ち主である一刀。
これ以上女の子を傷つけたくないという彼の思いは、もはや本能レベルなのであろう。

そんな一刀に、最終的には霞も苦笑するしかなかったのだった。



模擬戦がダメとなれば、後は実戦で鍛えるしかない。
だが、いきなり強敵戦は無謀である。
そう思った一刀は、とりあえずBF10のテレポーター前で何戦かしてみた。

(うーん、これじゃ敵が雑魚過ぎてダメだわ)

ではBF15の祭壇前広場でソロプレイをするかといえば、それも厳しい。
なにせ敵の数が多すぎるからである。
どうするべきか悩みながら、ダメ元でBF11のテレポーター前に移動した一刀。

「「「「「ほあっ、ほあっ、ほああああああ!」」」」」

一心不乱に弦楽器を奏でる人和。
汗を飛び散らせて跳ね踊る地和。
広場の空気を震わせて唄う天和。

そして、狂戦士と化したファンクラブ。
BF11テレポーター前は今、『流し満貫しすたーず』のライブ会場となっていたのだ。

「みんなー、今日も来てくれてありがとー!」
「次のライブは明後日の、同じ時間だよー!」
「私達の歌と踊り、また見に来て下さいね!」

「「「「「ほあぁっ!」」」」」

丁度テレポーター警備の交代の時間だったのか、これが本日最後の曲であったらしく、余韻に浸りつつ解散するファンクラブの面々。
一方の天和達は、どことなく不満気であった。

「あ、マネージャーさんだ」
「ちょっと一刀、最近全然来てくれてないじゃない! どういうことよ!」
「一刀さん、私達実は、最近伸び悩んでいるんです」

3姉妹と出会ってから数ヶ月。
テレポーター警備を兼ねたライブは連日のように行われており、彼女達も着々とLVを上げていた。
ところがこの1ヶ月程、彼女達は『贈物』を貰えていないと言うのである。

然もあろう。
一刀の見立てでは、ファンクラブの人数から考えてLV+1が彼女達の適正フロアなのである。
そして現時点でテレポーターが設置されている最深フロアは、ここBF11。
既にLV11になっている彼女達の育成は、ここからが難しいところなのだ。

正直、今の一刀は自分のことで手一杯である。
3姉妹の面倒を見ている余裕などない。
とはいえ、頼られれば応えようとするのが彼の気質である。

ちょっとは自分達で考えて工夫しろよ、と思わないでもないが、彼女達の目標は迷宮攻略ではなく加護を得ることだ。
そんな彼女達に冒険者のあり方を諭しても仕方がない。

スキルアップのことを考えれば下策であるが、いっそPLでLVを引き上げてやるのも手ではないか。
LVさえ上げてしまえば、後はどこかのパーティが加護を受ける時にでも紛れ込ませてしまえばいい。
『試練の間』ならば演奏がモンスターを呼び寄せることもないし、その条件下であれば彼女達と組む前衛にとってもメリットは大きいであろう。

そこまで考えて、一刀は複数の敵が出ない場所をもう1つ思い出した。
そう、釣り場である。

BF15の海岸まで連れて行き、一刀がモンスターを釣り上げ、彼女達が歌で援護する。
道中は短剣を装備すれば、複数の敵が出ても問題ない。
海岸のモンスターは強めであったが、それでも思春と2人で倒せた。
その時の手ごたえからすれば、援護があれば不慣れな鞭でもソロでいけるだろう。
これなら、強敵と安全に戦いたい一刀にとっても十分なメリットがある。

「じゃあ明日の朝から1週間、迷宮内で強化合宿をするぞ。警備の方は俺がギルドに話を通しておくから、ファンクラブにライブ中止の連絡をしておいてくれ」
「合宿かぁ。ちょっと楽しみかもー」
「これがアイドルになるための試練ってやつね。いいでしょう、受けて立つわ!」
「喉飴と、湿布と、特製ドリンクと、ああもう、早く帰って姉さん達の分も準備しないと……」

こうしてパーティを組んだ一刀と3姉妹。
彼等がBF15の海岸に姿を現したのは、明くる日の夜のことであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:315/288(+27)
MP:0/0
EXP:4203/4750
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、天和、地和、人和
パーティ名称:アイドルマスター
パーティ効果:経験値UP、アイテムドロップ率UP

STR:24(+4)
DEX:34(+10)
VIT:22(+4)
AGI:26(+4)
INT:22(+2)
MND:17(+2)
CHR:27(+2)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:194(+17)
近接命中率:84(+10)
物理防御力:118
物理回避力:88(+18)

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:206貫



[11085] 第六十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:39
NAME:マーマン

手足にはヒレや水かき、全身を覆う鱗、首にはエラ、魚そのものの頭部。
半人半魚の水棲モンスター、それがBF15の海岸で釣れる敵であり、一刀達のターゲットである。

3姉妹の歌声を背に浴びながら、『打神鞭』の湾曲率や伸縮を最小にしての近接戦。
龍頭によって固定されて完全にロッドと化した鞭を振るい、一刀はマーマンを連続して打ち据えた。

鱗を一刀に弾き飛ばされながらも、喉を激しく振動させたマーマン。
超高圧のウォーターカッターを放出しようとしているのだ。

この攻撃を、一刀は既に見知っていた。
だからこそ鞭の特性を犠牲にした近接戦を選んでいたのだ。
中距離からでは避ける以外の選択肢が取れないその攻撃も、近距離であれば話は別である。

半開きになったマーマンの口を目掛けて、一刀は突きを放った。
その攻撃は一刀の狙い通りに喉の振動を妨害し、すかさず彼は左腕の盾をマーマンに叩きつけながら『打神鞭』を引き抜く。
衝撃により両者の距離が開き、たたらを踏むマーマン。
その隙に左手で龍頭を操作して伸縮と湾曲を可変に調整した一刀は、力よりも速さを意識して横薙ぎに鞭を振るった。

扱いやすさではロッド形状の時に劣るが、威力は鞭形状の方が勝っている。
遠心力に自らの撓りを加えた『打神鞭』の一撃が、堅い鱗を弾き飛ばし、肉を切り裂いて腹部に食い込んだ。
その攻撃が、ダメージの蓄積していたマーマンの致命傷となった。

一刀が『打神鞭』を引き戻すのと同時に、マーマンは塵となって消滅したのであった。



「今回はあんまり叩かれてなかったね。良かったぁ」
「やった! また『真珠』が出てる! 今度はちぃが貰える番だよね!」
「一刀さん、お疲れ様です。これ、どうぞ」

人和から手渡された特製ドリンクを飲み、一息ついた一刀。
彼等がBF15で合宿を始めてから、既に数日が過ぎていた。

人和の細くしなやかな指も、連日に渡る長時間の演奏で赤く腫れ上がり、所々に血まで滲んでいる。
疲労で口を利くのも億劫だった一刀は、無言でポケットから『傷薬』を取り出し、彼女の指に塗った。
効果自体は湿布である『傷薬2』に劣るが、指先などには軟膏の『傷薬』の方が使いやすい。

顔を赤らめる人和の様子に気づかぬまま、一刀は『真珠』を回収する地和を見やる。
光り物が好きなのであろう、地和は真珠を手に取って目をキラキラさせていた。
人和などは当初アイテムの等分配に遠慮をみせていたのだが、彼にもこの合宿を行うことによるメリットはあるし、実際彼女達の歌による援護には助けられている。
わざわざケチなことを言って、彼女達のモチベーションを下げるのは愚策であろう。

ちなみに、マーマンの通常ドロップアイテム『真珠』や『黄銅の短剣飾り』は、今の所それぞれが3割強の確率でポップしていた。
レアアイテム『大真珠』も1日に1,2個ドロップしており、市場的にはどちらもレアなので、かなりの収入が期待出来そうだ。

そんなことを考えていた一刀に、天和が『青銅の短剣飾り』を手渡した。
今回の戦闘では余りダメージを受けなかったが、それでもマーマンはかなりの強敵であり、油断は出来ない。
オーバーヒール気味ではあったが、一刀は天和から受け取った短剣飾りを自分に刺し、HPを完全回復させた。
1ヶ月以上もBF11でライブを行っていた彼女達が、『青銅の短剣飾り』を腐るほどキープしていたのは幸いであった。
そのお陰で一刀も、遠慮なくHPを回復出来ていたのである。

という訳でこの数日間、一刀と3姉妹はそれなりに持ちつ持たれつの関係を築き上げていたのであった。



「ほら、一刀さん、こっちに来て。疲れてるみたいだし、お姉ちゃんが膝枕してあげる」
「あー! 抜け駆けはずるいわよ、天和姉さん! それに一刀は、慎ましい上品な胸の方が好きなんだから! そうよね、人和?」
「もちろんよ、地和姉さん。今洛陽で評判の探偵風に言うなら、小五ロリの名にかけて! 真実はいつもバーローって感じよ」
「いや、もう称号変わってるし……」

一刀の中途半端なツッコミは、それだけ彼が疲弊していることを示している。
それはそうであろう、いくら3姉妹の援護があるとはいえ、少しでも気を抜けばやられてしまうような強敵とひたすらタイマンだったのだ。
それが連日ともなれば、疲労に鈍い一刀であっても消耗は激しい。

その苛酷な戦いの日々により、現時点で一刀のLVは既に19に達していた。
これはさほど驚くべき所ではないように思える。
なぜなら、合宿前の貯蓄EXPからすれば500ちょっと稼げば到達するレベルであったからだ。

だが、よく考えてみて欲しい。
ここはBF15なのだ。
取得EXPは多少のバラつきこそあるものの、現状の公式ではLVとフロアの差が50の基準値に対して2の乗数で増減する。
つまりLV19の一刀がソロで戦って3P、4人で組んだら消えてしまうはずなのである。

だが、今の戦闘で一刀が得た経験値は3だった。
4人で割ってLV19の一刀がそれだけ貰えるということは、マーマンが経験値的にはBF17相当の敵だということである。
そしてドロップした短剣飾りの種類を考えると、恐らくBF16以上の実力なのであろう。
BF15までの敵は、『青銅の短剣飾り』をドロップするはずだからだ。
つまり、パーティ効果である経験値やドロップ率のアップ幅は2倍だと推測出来る。

そして『一刀が稼いだEXP×2^LV差』が、天和達の取得出来るEXPである。
従って、合宿前にはLV11だった彼女達は、あっさりとLV15にまで達していた。

プレイヤースキルが身に付かない諸刃の剣ではあるが、一刀は改めてPLの有用性を再認識したのであった。



彼女達のPLという目的は既に達成済であるため、後は一刀が自分自身のスキルを高めるだけである。
ロッド状に固定した『打神鞭』を竿にして、新たなマーマンを釣り上げる一刀。

一刀は先程と同じように、そのまま近接戦に持ち込むべくマーマンに駆け寄った。
ウォーターカッターを防ぐという意味もあるが、鞭による中距離攻撃が実戦では使いにくかったのだ。
今は前衛1人だからいいが、それが複数となった時にその攻撃範囲の広さが仇となってしまうのである。

もちろん修練である以上、使える場面では鞭形状を多用している。
だが強敵相手に序盤からテストじみたことなど出来るわけもなく、中盤までは固定した『打神鞭』による近接戦を挑むパターンが出来つつあった。

そんな一刀を嘲笑うかのように、大きく回り込んで3姉妹に襲い掛かるマーマン。
その新しい行動パターンは、彼の意表を突いた。
だがここで、数日の連戦によって得た成果が発揮される。

一刀は反射的に左手で龍頭を操り、手首の返しだけで鞭を振るったのだ。
咄嗟に出たその攻撃は、今までの振り回すような大きい軌道とは異なり、最短距離を直線的に走らせたのである。
遠心力や撓りを利用出来ない分だけ威力がガタ落ちとなったその攻撃は、しかしダメージを与えるのが目的ではない。

鞭をマーマンの足に絡みつかせ、即座に引き戻す一刀。
バランスを崩して倒れたマーマンに今度こそ駆け寄り、その有利な体勢を維持したまま連続攻撃でHPを奪い取った。
『試練の部屋』の中ボスとは異なり、雑魚敵であるマーマンはHPの低下に伴い動きが鈍くなる。

一刀に傾いた流れを取り戻すことも出来ず、全身を赤く染めてマーマンは地に倒れたのであった。



自分でやっておきながら、先程の攻撃の有用性に目を見張る一刀。
パーティ戦における鞭形状での使用を半ば諦めていた一刀にとって、威力を捨てて敵の動作を妨害する攻撃方法は、かなり使い勝手の良い技に思えた。
今のような直線的な動きならば、味方を巻き込むこともない。
これを極めれば、近接戦闘に加えて中距離での援護攻撃も可能になり、パーティ戦での一刀の役割の幅が広がるであろう。

先程の動きをトレースして素振りを繰り返す一刀に、更なる幸運が舞い込んだ。
この技術が鞭スキルを大幅にアップさせたのであろう、一刀のステータス表示にWGと武器スキルが復活したのである。

【スコーピオンニードル】:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

(名前については、最早何も言うまい……)

中二病的な必殺技名にはとっくに耐性がついていた一刀は、良スキルっぽい新たな武器スキルを素直に喜んだ。
後は実際に試して、性能を確認するだけである。

マーマンを釣り上げては、色々なタイミングで【スコーピオンニードル】を発動させる一刀。
蠍が尾を突き刺すような軌道で敵の胸元に吸い込まれた鞭は、成功の場合はそのまま敵を貫き、失敗の場合は弾かれた。
武器スキル欄の説明通り、黄色NAMEになった直後で5割、赤NAMEになった直後で9割の成功率である。

これは一刀の予想通りだったので、特に驚きはない。
だが実験のためWGを貯める際に起こった出来事は、一刀に新たな刺激を与えた。
『打神鞭』に持ち替えてから今までWGの表示が消えていたので気づかなかったが、いつの間にか予ダメ時だけでなく被ダメ時にもWGが蓄積されるようになっていたのである。

少なくとも加護を受ける前は、被ダメとWGに関連性はなかった。
ということは、加護自体か加護取得後に変更した装備が原因であろう。
そう考えて色々試した結果、『グレイズの指輪』の隠し性能であることが判明した。

『贈物』はLVが上がる程、良い品が貰える。
それを考えると、確かに『グレイズの指輪』が防+10だけなのには違和感があった。
実際問題として、パーティ戦で一刀がメイン盾を務めることはないため、普段は役に立たない。
だが一刀まで攻撃を受けるようなピンチの時や今回のような前衛1の時には、倍速でWGが貯められる神性能防具に進化する。

発動条件は、被ダメである。
敵の攻撃を完全に盾で防いだり避けたりすると、WGは増えない。
かといって、ダメージ量でWGが増減するわけでもない。
どんなに小さなダメージであろうと、WGは一定に5ずつアップするのである。

従ってこの性能を活かしきるためには、所謂『チョン避け』が必要となる。
この発見は、そろそろ戦闘に飽き出してきた一刀のモチベーションを大幅に回復させた。

こうして一刀は、鞭を使用した戦闘技術に加えて『チョン避け』もマスターすべく、更なる戦闘へと立ち向かったのであった。



『チョン避け』を意識してからの一刀は、これまでの数日と比較して明らかにダメージを受けることが多くなった。
いくら痛みに鈍い一刀とはいえ、一日が終わる頃には身も心もボロボロになってしまう。
釣りで魚をゲットする気力もなく、ぐったりと横たわる一刀。

そんな一刀の姿は、3姉妹には衝撃的であった。
彼女達は、なんちゃって冒険者に過ぎない。
テレポーター前でしか活動せず、実際に戦闘をするのもファン達である。
つまり彼女達は、迷宮探索の厳しさを欠片も知らないのだ。

だからこそ、気軽にファンに頼った。
だからこそ、気軽に一刀に頼っていた。
だからこそ、気軽にPLに頼ってしまった。

満身創痍な一刀の姿こそが本来の冒険者であり、普通はこれを何度も繰り返してやっとLVが1つだけ上がるのである。
先ほどまたレベルが上がったことを一刀から知らされ、僅か1週間で簡単にLV16にまで達してしまった天和達は、今ようやくそのことを実感していたのだ。

「……ちぃちゃん、人和ちゃん。せめて『真珠』だけでも返そう」
「うん。やっぱり貰えないよね」
「私もその意見に賛成するわ」

3姉妹も、この合宿でなにもしなかった訳ではない。

連日の歌で、天和の喉は嗄れ。
連日の踊りで、地和の足腰は震え。
連日の演奏で、人和の指はボロボロになり。

だがそれが5LV分に値する苦労かと言えば、間違いなくNOである。
そのことを彼女達は痛い程に理解し、罪悪感すら覚えていたのだ。

しかし彼女達の提案は、一刀にとって余計なことであった。
というのも、この合宿中に一刀はある作戦を立案していたからである。
彼の策を為すためには、アイテムを山分けして得た資金で彼女達の装備を整える必要があったのだ。

「つまり凪達と『試練の部屋』に挑んで欲しいんだよ。装備はそのための保険なんだ」
「でもその凪ちゃん達って、私達には見えないんでしょ?」
「しかも一刀さんの話だと、凪さん達が戦闘可能かどうかもわからないんですよね?」
「それって下手したら、ちぃ達3人だけで戦うことになるじゃない!」

一刀の考えた計画、それは『天使印』に頼らない凪達の解放である。

先日、洛陽で最高レベルの冒険者である月達パーティを壊滅寸前に追い込んだG。
打ち上げ時の詠の口ぶりからは、皆のLVがある程度上がるまで再戦しないという判断が見え隠れしていた。
しかも辛うじて倒したGは、『天使印』をドロップしないという散々な結果だったのである。
仮に1,2割のドロップ率だとしたら、凪達の解放クエストは年単位での攻略となってしまう。

薄暗い迷宮の中に、自分と情を交わした女の子達をいつまでも閉じ込めてはおけないと悩んでいた一刀。
そんな彼が思い出したのは、美以の話である。
彼女は祭壇で加護を受けて獣っ娘になり、テレポーターを使って外に出たと言っていた。

クエストを達成しないまま美以が解放されたのは、バグのようなものではないかと一刀は思っていた。
そしてバグというのはプログラム上のミスであり、同じ条件下で同じ行動をしたら同じバグが起きるのは摂理である。
もしかしたら凪達も、加護を受けることによってクエストを無視出来るのではないだろうか。
一刀は、そう考えたのだ。

「もちろん凪達が戦闘出来るのか、それ以前に彼女達がBF20から動けるのかを確認しなきゃいけないんだけど、仮に戦闘が出来なくても移動さえ出来ればいいんだ」
「えぇー、でも私達だけじゃ、戦えないよ?」
「大丈夫、最悪の場合は強力な助っ人に心当たりがあるんだ」

一刀の心当たり、それは何を隠そう彼自身であった。
もし凪達が戦えなかった場合、一刀は『封神』の加護スキルを自分に使用するつもりだったのだ。
加護持ちが『開かずの扉』の中に入ると、『試練の部屋』には行かずに『祭壇の間』へと出る。
ということは、加護さえなければ『試練の部屋』に入れるということなのだ。

これは屁理屈ではない。
1と0の組み合わせで成り立っているプログラム上では当然のことであり、ここゲーム世界では真理と言うべきものである。

この計画には、乗り越えなければならない関門がいくつか存在する。

まず凪達が移動出来ること。
これが一番の難関であり、実際に試してみないとわからない不安要素である。
同じイベントキャラの美以が動けたからといって、彼女達に為されている条件付けまでが同じとは限らないからだ。

次に一刀が赤NAME状態で『封神』を使えること。
これについてはあまり心配をしていない。
確かにシステム上は、赤NAMEで気絶状態になってしまう。
だが一刀には、剣奴時代の序盤でそれを気力で凌駕した実績があるからだ。
あの時は怒りであったが、凪達を解放したい気持ちはその感情に勝るとも劣らない。

そして最後に一刀の加護神の問題である。
これは関門というよりはリスクと表現すべきだろう。
祭壇で新たな加護神がつくのか、再度呂尚になるのか、加護を得られないのか。
これも実際にやってみるしかないが、仮に加護を失ったとしても所詮は【魚群探知】と【魚釣り】に【封神】である。

今までの傾向から未発見の釣り場がBF25とBF30なのは分かっているのだから、後はどうにでもなる。
『チュートロ』などのレア魚は惜しいが、思春と一緒に釣りの腕前を磨いて、いつか自力で釣ってやる。
【封神】は『打神鞭』に付随しているスキルだから無くならないだろうし、別に今回を除けば使い道もないので失っても構わない。

(迷宮内で凪達に数年間も辛い思いをさせるくらいなら、加護なんて無くなってもいいさ)

先日強さを求める決意をしたばかりの一刀にとって、この決断はそれを翻すかのような選択ではある。
だがそもそもの要因は、仲間達の危機に際しての自分の実力不足に対する憤りであった。
そのことを考えれば、優先順位が凪達になるのも当然である。

加護を失うことによる身体能力の低下だって、プレイヤースキルを磨いて補ってみせる。
そう覚悟を決めた一刀の、これもある意味では強さなのであろう。
疲れきっていたはずの一刀が醸し出すオーラに、3姉妹のボルテージも上がる。

「天和姉さん、地和姉さん……!」
「ちぃ達の夢が、手の届く所まで来てるんだね……」
「うっうー! お姉ちゃん、なんだか興奮してきた! 一刀さん、ハイ、ターッチ!」

ポヨンッ。

「きゃん! ……もう、一刀さんってば」
「い、いや、ごめんっ。タッチという言葉を聞いたら、つい反射的に……」
「ちょっと一刀、騙したわね! やっぱり大きいのがいいんじゃない!」
「そ、そんなことないぞ! 地和のナイチチだって魅力的だ!」
「一刀さん、お姉ちゃん達ばっかり……」
「ああもう、わかったよ! それ、パイ、ターッチ!」

日が沈んで静まり返った海岸に、3姉妹の嬌声が響き渡る。
こうして、彼等の強化合宿は終わりを告げたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:19
HP:329/302(+27)
MP:0/0
WG:50/100
EXP:201/5000
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、天和、地和、人和
パーティ名称:アイドルマスター
パーティ効果:経験値UP、アイテムドロップ率UP

STR:26(+4)
DEX:36(+10)
VIT:24(+4)
AGI:28(+4)
INT:24(+2)
MND:18(+2)
CHR:28(+2)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:198(+17)
近接命中率:88(+10)
物理防御力:120
物理回避力:92(+18)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:206貫



[11085] 第六十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:39
迷宮前で天和達と別れた一刀は、その足でギルドショップに向かった。
ドロップアイテムを売却するためである。
迷宮内で手に入れたアイテムは、必ずしもギルドショップで売る必要はない。
だが基本的にどの店でも売値は一緒だし、少しでも雪蓮達の利益となるようにとの思いがあるため、一刀はギルドショップを愛用していた。

ショップカウンターで戦利品を取り出した一刀。
今回の目玉商品である『大真珠』は全部で7個だったため3姉妹に2個ずつ譲り、その代わり『真珠』と『黄銅の短剣飾り』は皆より多く、それぞれ15個ずつ貰っていた。

『黄銅の短剣飾り』は『帰還香』と交換して貰う予定である。
そのため『大真珠』と『真珠』だけを売却しようとした一刀の背後から、声を掛けてきた者がいた。

「こんにちは、一刀。それ、凄いわね」
「ああ、蓮華か。しばらくだな」

たまたまショップにいた蓮華である。
彼が口にしたように、彼女と会うのは久しぶりのことであった。

一刀に向かって嬉しそうに駆け寄って来る蓮華。
人見知りするタイプであり普段は表情の硬い彼女の見せた笑顔は、無駄に周囲の買い物客の注目を集めてしまっていた。
そのことに彼女が全く気づかなかったのは、一刀にのみ意識が向いていたからであろう。

「ふふ、それをここに売ったら、きっと姉様が大喜びで買い占めるわよ」
「あー、確かに雪蓮って、こういうのが好きそうだもんな」
「実際に似合うしね。羨ましいわ」
「羨ましがることはないだろ? 蓮華だってきっと似合うぞ」
「ダメよ、私なんか。だって、地味だし……」

それまで楽しそうだった蓮華の表情が曇った。
姉を模倣した派手な服装とは裏腹に、彼女には内向的かつ自省的な所がある。
以前の小蓮もそうだったが、それに輪を掛けて彼女も自分に自信が持てないタイプなのだ。
姉が傑物過ぎるというのも善し悪しである。

「いやいや、むしろ蓮華の方が良く似合うと思うけどなぁ」
「……そんなこと、ないわ」
「ほら、その証拠に。お嬢様、どうか私めの贈り物をお受け取り下さい」
「え、なに?」

戸惑う蓮華の胸元に、『大真珠』を押し当てる一刀。
彼の見立て通り、彼女の健康的な小麦色の肌に、真珠の白色がよく映えていた。

「魅力的なお嬢様に貢がずにはいられない私の思いを、なにとぞ汲んで頂きたい。『大真珠』がお嬢様の引き立て役の一端に加えられる栄誉を私にお与え願えれば、恐悦至極でございます」
「……ぷっ、なによそれ。貴方って、変な人ね」
「変って言うなよ。でもこれが蓮華に一番よく似合うって思ってるのは、ホントなんだ」

周囲の客が砂糖を吐くような一刀の演技は、しかし蓮華には好評だったようである。

「ふふ、ありがとう一刀。じゃあお姉様に見つかる前に、私が買っちゃおうかな」
「なんで買うのさ。蓮華にプレゼントするって言ったろ?」
「それはダメよ。そんな高価なもの、貰えないわ」
「ああ、お嬢様! そのようなつれないお言葉! 私めの誠意が……」
「あははっ、ちょっと、それ止めて。ぷっ、止めてったら、もう。わかった、わかったから」
「じゃあ改めて、受け取ってくれよ。そのままで悪いけどさ」
「ええ、ありがとう一刀。なにかアクセサリーに加工してもらって、大切に使うわ。……あの、これはお礼の気持ちよ」

一刀の頬に軽く唇を触れさせた蓮華は、ここでようやく周囲の目に気がついた。
真っ赤になって店を逃げ出した彼女の後姿を見て、非常に得をした気分になった一刀。

こうして蓮華の更なる好感度と周囲からの殺意を手に入れた一刀は、『真珠』を売らずにギルドショップを去った。
折角『大真珠』を身に付けた蓮華の隣で、雪蓮が『真珠』をジャラジャラさせていたら台無しだからだ。
さすがは『エアーズラバー』、空気の読める男である。

いい気分で宿へと帰る一刀の背後から、「ちりーん、ちりーん」と黄泉路を誘う道しるべのような鈴の音が聞こえて来たのは、きっと気のせいであろう。
そう信じたい一刀なのであった。



新たな武器の修練を終えた一刀を待ちかねていた、複数の有力クラン。
彼女達からのアイテム交換ツアーの催促のうち、彼が真っ先に応じたのは華琳のクランであった。
彼女達を最優先にした理由、それは一刀の目の前で繰り広げられている光景が原因である。

「てりゃー!」
「そりゃー!」

本館から一番離れた奴隷小屋を叩き壊している季衣と流琉。

「だから、まずは華琳様が10個のアイテムをゲットしたのよ! それで強欲な春蘭が5つ持って行ったの! 残りはいくつだか、わかるでしょ!」
「えー、じゃあ2個」
「違うよ、3個だよ。ねー」

子供達を相手に教鞭を振るう桂花。

「どうだ秋蘭。これは華琳様が時折見せる、デレた時のポーズだ。似てるだろう」
「うむ、さすがは姉者だ」

中庭の木々を華琳の形に伐採している春蘭と、それを見守る秋蘭。

「あ、一刀さん。お帰りなさーい」
「……なぁ、七乃。なんで宿がこんなことになってんの?」
「実はですね、例の公用宿の認定が上手くいきまして……」

結果、税金分であった700貫が浮いたのである。
そこで七乃は、恋のペット達用の小屋を作ろうと思いついた。
本館に住まわせたままだと、獣臭がこびりついて将来的に高級宿屋として機能しなくなるからである。
従って本館と最も離れた場所にある、現在は使用していない奴隷小屋を改修してペット小屋にしようとしたのだ。

そこにたまたま遊びに来ていた季衣と流琉が、それならボク達がやってあげると申し出た。
→小屋の中を見て、彼女達の怒りが有頂天になったらしい。

季衣達を探しに来た桂花が、元は奴隷だった境遇から親近感を覚えたのであろう、子供達は教養を身に付けるべきだと行動を開始した。
→本日予定していた子供達の仕事が滞ってしまった。

季衣達と桂花を呼びに来た春蘭秋蘭まで、なぜか美が足りないと言い出して庭の木々で華琳のオブジェを制作し始めた。
→嫌がらせとしか思えない。

「一刀さん、早くなんとかして下さいよー」
「まず七乃が止めろよ! なんでこんなになるまで放っといたんだよ!」
「だってあの人達、何を言っても聞かないんですもん」
「……確かに、人の話を聞かないタイプばっかだけどさ」

仕方なく一刀は、疲れた体を引き摺って華琳の屋敷へと向かい、彼女達を引き取るよう要請した。
ところが、そのこと自体は何の負い目もない行為のはずなのに、なぜかお願いして引き受けて貰う形となってしまったのである。

華琳が上手いのは、「その代わり、早速アイテム交換に連れて行きなさい」と言わなかった所であろう。
一刀から「頼む」という言葉を引き出して快くOKを出し、「ところでアイテム交換の話は、どうなっているの?」と水を向けたのだ。

すると一刀的には、こっちの頼みは気持ちよく引き受けて貰ったのだから、という気分になってしまう。
いくらお人好しの一刀でも、もし指図がましく言われていたら、さすがにその交換条件はおかしいと思ったであろう。
だがこういう風に誘導されて、それとこれとは別という思考が出来るほど一刀は成熟した精神の持ち主ではない。
加えて一刀は、女の子にはつい見栄をはってしまう性格でもある。

結果的に一刀は、中1日を置いてすぐにまた迷宮探索へ向かうことになってしまったのであった。



最初に華琳のクランを選んだのは、悪い選択ではない。
むしろベストだったと言えることに一刀が気づいたのは、華琳との条件交渉の最中だった。
明後日の出立というのは些か性急ではあったが、それを補って余りあるメリットがあったのだ。

「そうねぇ。往復で2日なら、報酬は200貫くらいが適当かしら」
「あ、ちょっと待ってくれ! それってお金じゃなくて、他のことでもいいか?」
「なによ、欲しいアイテムでもあるの?」
「そうじゃない。実は、状況によっては華琳のスキルを俺に使って欲しいんだ」

一刀が報酬代わりに依頼したのは、華琳のスキル『吸精』で自分のHPをレッドにしてもらうことである。
それまで手段は余り考えてなかったのだが、誰かに殴られるにしろ『毒薬』を飲むにしろ、全HPの9割分もやられるのはさすがに辛い。
それに瀕死状態まで自分を殴ってくれる人に心当たりなどないし、そんなことをもし一刀が誰かに頼まれたとしても絶対に断るであろう。
その点、華琳のスキルであれば少なくともスプラッタな展開にはならないし、毒を飲むよりも安心である。

凪達の解放作戦を説明して華琳の了承を得ようとする一刀に、しかし彼女は良い返事をしなかった。

「貴方ね、自分の加護神を一体なんだと思っているの! 自分を守護して下さっている神を、自らの意志で封じるですって? 寝言は寝てから言いなさい!」
「華琳の言いたいこともわかるよ。自分の都合だけで加護神を封じるなんて、許されない不敬かもしれない。でも、それでも俺は、凪達を一日でも早く迷宮から解放したいんだ!」
「……神々を封じるだなんて、10回生まれ変わっても許されないような罪なのよ? 貴方、ちゃんと理解しているの?」
「俺は呂尚って神が釣りの人ってことくらいしか知らない。でも、俺の加護神になるような人だ。きっと凪達を見捨てるような真似をする方が、不敬になるに決まってるさ」

そう言いつつも、華琳のこの剣幕では『吸精』は使って貰えそうもない。
だが、それでも構わない。
いざとなったら自分の尻を『打神鞭』でペチングすればいいだけの話だ、と開き直った一刀。
そんな彼に対して、華琳は大きく溜め息を吐いた。

「……今回、1度きりよ? それに、絶対に必要な状況じゃなきゃダメよ?」
「華琳、いいのか?」
「返事なさい! わかったの、わからなかったの?!」
「ありがとう華琳! 約束するよ、最悪の場合のみ、今回1度だけだ」
「はぁ……。まさかこの私が、よりによって神様の封印を手伝うことになるとはね。まぁ、貴方らしい理由だといえば、そうだけど……」

華琳に感謝しつつも、かなりの合理主義者に見える彼女の予想外の信心深さに戸惑う一刀。
もちろんこれも、現代日本出身の一刀だからこその感想である。

なにしろ街の中心地に大神殿を擁し、神託を得ることまであるのだ。
しかも日頃からスキルという形で神の奇跡を目の当たりにしている冒険者達が、神々を恐れ敬うようになるのは当然の帰路であろう。

何にせよ、華琳からOKを貰えたことは確かである。
疲れていた一刀はそれ以上深く考えることをせず、華琳と一緒に宿へと戻ったのであった。



明くる日。
翌日に迷宮探索を控えた一刀は、早速装備を整えようと所持金の整理を行っていた。
金銭で200貫と『真珠』が15個。
これらを合わせれば、最高級の装備が購入出来るであろう。

細かい無駄遣いはするが、女性や子供が絡まない限り、大きな買い物には躊躇いを覚えるタイプの一刀。
そんな彼が、有り金を使い果たす覚悟を決めていたのである。
そこには、先日防具を一新したばかりなのに、とは言えない事情があったのだ。

『試練の部屋』の中ボスを一刀が攻略した時は、全く苦戦をしなかった。
だがそれも季衣や流琉、桂花が一緒に戦ってくれたお陰であろう。
当時よりLVは2つも上がって装備も強化されているが、最悪ソロに近い状態で戦わなければならないのは如何にも厳しいと思われたのである。

加護により一刀の身体能力が強化されたため、マーマンと中ボスのどちらが強いか単純な比較は出来ない。
だがBF16相当の実力だろうと予測しているマーマンが、加護ありLV19の一刀にとって、3姉妹の援護を受けていても楽な相手とは言えなかったのだ。
加護なしLV19の一刀が本当に中ボスに勝てるのかと問われると、疑問符をつけざるを得ない。

一刀自身は、中ボスがキングエイプと同じ程度の強さであれば、苦戦するだろうけど勝てない相手ではないと考えていた。
彼にとって、それほど印象の強い相手ではなかったからである。
だがそれでも、迷宮探索では何が起こるかわからない。
一瞬の油断が命取りなのは、先日の対G戦で嫌というほど学んでいる。

(やっぱり、装備強化は限界までするべきだよな……。あれ、待てよ。強化って言えば……)

「しまった! すぐに天和達に連絡を取らないと!」

慌てて宿から駆け出した一刀。
街の人々が振り返るような速度で、天和達の宿へ向かったのであった。



「ええ?! ごめんなさい、一刀さん。もう、私達の分は残ってないよ」
「ファンの人のコネで、『滑らかな皮』を使った防具一式と交換してくれるって……」
「私達レベルじゃ『滑らかな皮』なんて高級アイテムを手に入れる機会なんてめったにないから、即座に契約してしまいました」

一刀はなぜこんなに慌てていたのか。
それは彼自身がすっかり選択肢から除外していた、能力ブースト系アイテムの使用にあった。
そう、彼は『黄銅の短剣飾り』の売却を止めさせようしていたのだ。

『増力香』『増防香』『増知香』『増速香』はそれぞれ30串、つまり『黄銅の短剣飾り』6個と交換可能である。
彼女達に分配した短剣飾りに自分の物を加えれば、それら全てのブーストアイテムを使用して『試練の部屋』に挑むことが出来たのだ。

しかし結果は、先程3姉妹が口にしたように、既に手遅れであった。
彼女達の防具強化も必須である以上、その契約を中止にさせることは出来ない。
ギルドでは現在、短剣飾りは買い取りのみの非売品である。

(なんとか売ってくれるように頼んでみるか? でも、昨日の『大真珠』で貸しだの借りだのって思われたら……)

好意で行ったことが、もし打算だと誤解されてしまったら。
蓮華からそんな風に思われるくらいならば、全裸で中ボスに挑んだ方がマシである。

命が掛かっているのだから、理由も含めてきちんと話せばいいだろうに、それが出来ない一刀。
その絵面が言い訳っぽいのも嫌だったし、もっとはっきり言えば、彼は蓮華の前ではいい格好をしていたかったのだ。

蓮華は一刀にとって、特別な存在だった。
というと誤解を招くかもしれないが、一刀にとって女の子達はみんな特別な存在である。
だがその特別さの中にも、色々あるのだ。

例えば華琳が相手の時は、彼女と対等であろうと背伸びするように。
例えば雪蓮が相手の時は、自分の精一杯を見せようとするように。
例えば桃香が相手の時は、ありのままの自分で頑張ろうとするように。

一刀は蓮華に対して、彼女が理想とするような男でありたいと思ってしまうのである。
そして一刀の考える彼女の理想の男は、決して言い訳などしないのだ。

そのことを考えると、ギルドにも迂闊に相談出来ない一刀なのであった。



宿への帰り道、とぼとぼと歩きながら手の中の『真珠』を見つめる一刀。
それ自体が何やら魔力を持っているようで、例の如く不思議な力を感じさせる『真珠』は、『ミスリルインゴット』並みに高く売れそうであった。
だが、一刀が今欲しいのは金ではなく、串なのだ。

(あっ! 金で買えないんだったら、交換ってのはどうだ? 『真珠』に需要がありそうなのは……)

一刀は脳味噌をフル回転させた。

短剣飾りを大量に持っている人物。
一刀の人脈にひっかかる人物。
物々交換によって利益が出そうな人物。

その結果、とても身近な所に『真珠』を必要としそうな者がいることに気がついた。

「いらっしゃい、ご主人様」
「一体、何のよう?」

それは、現在一刀の宿に滞在している月達である。
彼女達は前回、皇帝に報告するためにBF22への階段を探していたはずだ。
それが叶わず、代わりに『増力香』などを成果物として上納すると言っていた。

これに『真珠』も加えれば、月達の印象は大幅にアップするに違いない。
なぜなら、迷宮探索において『真珠』は初ドロップのようなものだからである。
それに迷宮産の『真珠』が普通の海で取れたものと異なることは、手に取れば誰にでも確実に分かる。
形が宝石なだけに、皇帝にとっても印象深いアイテムとなるであろう。

「まぁ、確かにご主人様の言うことも一理あるわね」
「あれ、詠? 今俺のこと、ご主人様って言わなかったか?」
「い、言ってないわよ! で、でも、アンタが呼んで欲しいって言うなら……」
「……月、詠はどうしたんだ?」
「詠ちゃん、照れ屋さんだから」

怒り以外の理由で顔を真っ赤にしているのが丸分かりの詠。
いつのまにか愛らしく変貌している詠であったが、彼女に対してここ1週間で行われたことは、決して微笑ましいものではない。
双子達を始めとする従業員達は一刀のことをご主人様と呼称し、昼も夜もいつも一緒にいる月からは一刀賛美を聞かされる日々。

前回の悪質なナデポに引き続き、今回は悪質な洗脳である。

元々詠は一刀に好感を持っており、先日は命を救って貰ったことも印象深い。
その気持ちをじっくり育てていけば、きっとほのぼのとした恋物語に育ったであろう。
だが、「ゆっくりしなかった結果がこれだよ!」である。
ご愁傷様としか言いようがない。

それでも持ち前のツンっぷりを発揮し、一刀と交換条件を煮詰める詠。
デレようが素クールになろうが、パーティの財布を預かっているという自覚まで失うような詠ではない。

「だってこれ、初物なんだぜ! 交換比が1:1じゃ、割に合わないって!」
「ご主人様の話だと、ドロップ率は一緒だったんでしょ! それなら等価に決まってるじゃない!」
「詠ちゃん、せめてもうちょっと……」
「月は黙ってて! 交渉はNOと言われてからが勝負なんだから!」

粘り強く交渉を進める一刀と、強気な姿勢を崩さない詠。
一進一退の攻防は、結局交換比1:2で決着した。
『真珠』12個に対して『黄銅の短剣飾り』24個、つまり能力ブースト香全種との交換である。

一刀にしてみれば最低限の目標は達成したわけであり、詠にとってもいい買い物であった。
がっちりと握手を交わす2人と、それを羨ましげに見つめる月。
そんな彼女の視線に気づいた一刀は、月の掌に『真珠』を乗せた。

「今の交渉で詠が得た『真珠』は、皇帝に献上しちゃうんだろ? だから、これは俺からのプレゼントだ。ほら、詠にも。交渉に乗ってくれたお礼だよ」

そう言って、握りしめていた詠の掌にも一粒。
詠は途端にあわあわとキョドり、さっきまでの強気さが消え失せてしまった。
月は心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。

(こういう反応が見たくて、世の中の男は女の子にプレゼントを贈るんだろうなぁ)

と、なにやら達観したことを考えている一刀。
この贈り物は彼の言葉通りあくまでお礼であり、月達の可愛らしい姿が見られたのはある意味お釣りのようなものである。
だから一刀にとっては彼女達の反応だけで十分満足であったのだが、ご褒美はここからが本番であった。

「ご主人様、あの、もっとこっちに……。へぅぅ、詠ちゃん、お願い。やっぱり一緒に……」
「もう、わかったわよ。あ、ご主人様、勘違いしないでよ! 別にボク達は『真珠』を貰ったから、こんなことをする訳じゃないんだからね!」

こうして一刀達は、ねっとりとした淫猥な午後を過ごしたのであった。



夕方の自室。
いい加減、明日の迷宮探索に備えなければいけない時間帯である。
手元には200貫と『真珠』が1個。
一刀は、非常に悩んでいた。

(最近、なんだか複数プレイが多いような気がする……)

それは決して気のせいではない。
そして、そのことが問題であった。

疲労に鈍い一刀は、タイマンであれば精力的に負けることはない。
だが複数プレイというのは、エンドレスなのだ。
なぜなら、1人を相手にしている間に他者が回復してしまうからである。

従って最近では、一刀が先に限界を迎えてしまうことも度々であった。
しかしそれは、彼にとっては洒落にならない一大事だ。
彼の基準はエロゲ、つまりは無限の精力を秘めた男達なのだから、それに比べると自分が非常に不甲斐ないように思えたのである。

一刀は、金と『真珠』を握りしめて大神殿へと向かった。
今回の『贈物』は、防御力こそないものの近接命中率+10、物理回避力+10という高性能な額当てであったのだが、そんなものはどうでもいい。

「あの、根元の方に……」
「よかろう! 受けてみろ、俺のゴッドウェイドーを! 精力増強! 性欲招来! もっと、もっともっと、元気に、な・あ・れっ!」

ズブッ!

こうして一刀は、漢として進化を遂げたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:19
HP:329/302(+27)
MP:0/0
WG:50/100
EXP:201/5000
称号:エアーズラバー

STR:26(+4)
DEX:36(+10)
VIT:24(+4)
AGI:28(+4)
INT:24(+2)
MND:18(+2)
CHR:38(+12)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:198(+17)
近接命中率:98(+20)
物理防御力:116
物理回避力:97(+23)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:6貫



[11085] 第六十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:39
古の伝説に曰く。

とある戦闘の折、その腕に毒矢を受けて倒れてしまった義神・関羽。
医聖・華佗により治療されたのだが、それは肉を裂いて毒の付着した骨を削り落して縫合するというものであった。
その荒治療ゆえに、柱に腕を縛り付けて轡を噛ませようとする華佗。
だが関羽はそれを大げさだと断り、碁を打ちながら腕の治療を任せた。
本当であれば悶絶する程の痛みなはずなのに、自らの言葉通り呻き声ひとつ洩らさなかったという。

「さすがは一刀、洛陽でも評判の冒険者だけのことはあるな」
「それは単に俺が痛みに鈍いだけなんだって。関羽と比べられても……」

手術中はかなりの痛みを伴うとのことで、最初は卑弥呼と貂蝉に一刀を押さえつけて貰おうとしていた大神官。
だが一刀は、我慢出来るから必要ないと断ったのだ。
そして関羽の故事を思い出した大神官は、それを了としたのである。

部屋から追い出され、あまりの絶望感に悲鳴を上げる漢女達の声をBGMに、手術前の一刀は躊躇する己の弱き心と必死で戦っていた。
今の彼の気持ちは、下野クリニックに電話したことのあるタートルネックであれば、とても共感出来るのではないかと思われる。

(やるは一時の恥、やらぬは一生の恥! 今時の高校生なら、このくらい常識だ!)

どんな常識だよ、と思わずツッコミを入れたくなる一刀の思考。
恐らく今までプレイしてきたエロゲのセレクトに問題があったのだろう。
そして内向的なゲーオタだった彼には、その勘違いを指摘してくれるリア友などいなかったのだ。

施術の準備が終わり、いよいよ大神官が一刀の如意棒改造に取りかかる。
痛みには強いがスプラッタな光景は見たくなかった一刀。
意識をそらすため、彼は自身のステータス画面を注視した。

そのお陰で、一刀は自身のパラメータ表示の変化に気がついた。
『真珠』がポコタンにインした瞬間、CHR+10の補正を受けたのである。

装備欄には表示されていない『真珠』が、なぜかパラメータに影響を与えたということに疑問を覚えた一刀。
その答えは、施術が成功して満足げな大神官の口から語られた。

「ああ、まさに蒙を啓かれた思いだ! 丹田から近過ぎず遠過ぎず、この位置に『真珠』を埋め込むという発想が素晴らしい!」

昔から病魔を相手に戦って来た大神官は、一刀の願いを聞いた瞬間からこの結果がわかっていたそうだ。
『真珠』が発する魔力、どうやらこれが丹田への丁度良い刺激となっているらしい。
その刺激が、人体に対して極めて良好な働きをするとのことである。

つまり一刀のステータス補正は、『真珠』そのものが原因ではない。
それにより丹田が活性化し、彼自身の持つ魅力がブーストされたという訳だ。

「この発見だけでもこっちから礼金を払いたいくらいなのに、こんなにお布施まで貰ってしまって、本当にいいのか?」
「ああ、もちろん。手術代ってのもあるけど、元々大神殿に寄付もしたかったんだ」

これは華琳から「神への不敬」と指摘されたことによる罪悪感が発端である。
今回だけ目を瞑って下さいという、いわば受験前のお賽銭みたいなものだ。
手術に対する感謝の気持ちと合わせれば、200貫では足りないくらいだと一刀は思っていた。
その辺の感覚もまた、この世界の人物とはどこかずれていると評価せざるを得ない。

「もしまた『真珠』を手に入れることがあれば、是非大神殿へ売ってくれ。この施術は、きっとEDに悩む人々の希望になるに違いない!」
「わかった、必ず持って来るよ。合言葉は、オトコ生まれシンデン育ち!」

大神官の言葉に一刀は力強く頷いた。
こうして、本来の目的以外に瓢箪から駒と言えるステータスアップを果たした彼は、恨めしげなマッチョ達の視線を背に、宿へと帰ったのであった。



『傷薬』の効果で、翌朝にはすっかり傷も癒えていた一刀。
迷宮探索の準備も万全である。

集合場所である一刀の宿にやって来た華琳達。
1泊予定なので荷物の量は少ないが、それでも今晩用の荷物を置いていくつもりであったのだ。

荷運び役の美以と管理役の七乃に荷物を預け、一同は早速パーティ登録をした。
一刀も彼女達のパーティに入るのを遠慮したりはしない。
これも漢帝国クランとの迷宮探索で、その厳しさを十分に認識した結果と言える。

華琳のクランでは、現状2パーティに分かれている。

第一パーティ:華琳、春蘭、秋蘭、桂花
第二パーティ:季衣、流琉、稟、風

一刀は縁の深い季衣達の第二パーティに混ぜてもらうことにした。
ところが、そのパーティ登録で問題が起こった。
ステータスに表示されたパーティ効果が、赤く点滅していたのだ。

パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、稟、風
パーティ名称:つるぺったん
パーティ効果:CHR3倍

今まで見たことのないような高い倍率と赤い点滅から考えて、これはおそらく非常にレア度が高いパーティ効果なのであろう。
それだけならば、問題という表現にはならない。

ではなにが悪かったかというと、要因は一刀のステータスにあった。
彼の能力値は、DEXとCHRが突出して高い。
そのCHRが3倍、つまり100オーバーになったのである。

「今日の一刀からは、なにやら気品が感じられるな。姉者はどうだ?」
「うむ、確かに。といっても、もちろん華琳様ほどではないがな!」

このように、一刀に対して嫌悪も好意も感じていない春蘭や秋蘭から見ても、雰囲気の変化に気づけるくらい彼は変貌を遂げていたのだ。

「なんだか今日の一刀を見てると、私……」
「華琳様もですか? 実は私から見ても、今日の一刀殿は一段とプフッー!」
「はいはい、稟ちゃん。首をトントンしますよー。おおぅ、風まで鼻血が出て来たのです」

そして、一刀にやや好感を抱いている3人の反応ですら、こうなのである。
既にその思いが愛情レベルに達している季衣や流琉の場合は、一体どのようになってしまうのか。

「兄ちゃん、なんかボク、お股がムズムズするよぉ」
「兄様、あの、その、ずっとお預けになってたアレですが、い、今から……」

一刀の両足にしがみ付く季衣と流琉。
彼女達自身のCHRも大幅な補正を受けていたため、当然一刀も彼女達がいつもの3倍魅力的に見える。
そのまま3人で宿に戻ろうとする彼等を、しかし妨害する存在がいた。

「ちょっと待ちなさいよ! その万年発情男専用の撫で回し幼女係は、私なんだからねっ!」

一体どこにそんな力が潜んでいたのであろうか。
桂花は季衣達ごと一刀を押し倒したのだ。

一刀を見つめるその瞳は、トロンとして焦点が合わず。
一刀の手を自分の胸元に導き、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返し。
一刀の首筋に顔を埋めて、クンクンと鼻を鳴らしては体を痙攣させ。

さすがの一刀も、異常な状態の桂花より性欲を優先させることはなく、慌ててパーティから離脱した。
パーティ効果が無くなってすぐに我を取り戻した桂花だったが、自らの痴態に放心状態である。
もちろん正気に戻ったからといって、先程の出来事がなかったことにはならない。

「ふぅん、桂花ったら。そんなに一刀のことが好きだったのね」
「ひぃ! ち、違うんです、誤解なんです華琳様! こんな精液男のことなんて、なんとも思ってないんです!」
「まぁいいわ。その話は帰ってからゆっくりしましょう。一刀、それはパーティ効果のせいなのよね?」
「ああ、そうみたいだ」
「それなら、編成を変えるわ。今のままじゃ迷宮探索にならないし」

どうせ変えるならと、一刀は季衣、流琉、桂花と組むことを希望した。
この組み合わせが比較的パーティ効果の高いことは、『祭壇到達クエスト』で既にわかっていたからである。
そしてパーティ効果の説明を受けた華琳も、その組み合わせを承諾した。

「そ、そんな! 私は華琳様と同じパーティがいいです!」
「桂花、自分勝手な我儘を言う娘なんて、私のクランには必要ないわよ?」
「そうだぞ、桂花。こういうのはチームプレイなんだからな」
「……殺すわ。アンタ、いつか絶対に殺してやる」

こうして一刀は、背後に潜在的な敵を作ってしまったのであった。



案ずるより産むがやすし、というのはこのことであろう。
一番の懸念材料であった凪達の移動は、実にあっさりと可能であることがわかった。

では逆に凪達とここで出会えたことは、偶然の結果だったのか。
いや、彼女達が自由に迷宮内を探索出来るのであれば、それは奇跡のような確率となるであろう。
そんなものは偶然とは呼べない。
不自然と言うべきである。

そして彼女達との出会いには、やはりそれなりの理由があったのだ。

「この部屋以外は、すっごく居心地が悪いのー」
「部屋の外に出ても、早く帰らなければという思いが強くなりまして……」
「それに迷宮内は、誰もおらんのにじっと見つめられとる気がするしなぁ」

沙和と凪の言葉は、彼女達をこの部屋に縛り付けている制約があることを表している。
それはそうであろう、クエスト条件を調えた冒険者がここを訪れた時に彼女達が不在であったら、システム上の問題となるからだ。
沙和と凪の話は、これまでの自分の思考方法が間違っていないことを裏付ける、一刀にとっては貴重な証言となった。

しかし、この中で一刀が最も注目したのは真桜の言葉である。
彼女達はどうやら、モンスターの姿が見えていないらしい。
このことは、『試練の部屋』において彼女達が戦力外であることを示している。

そしてそれは、一刀の想定内でもあった。
なぜなら彼が美以とBF16で出会った時、彼女もモンスターもお互いを無視するような動きを見せていたからだ。
凪達がイベントキャラという位置付けであるなら、これは予測し得る事態である。

念のためパーティ登録も試してみたが、不可能であった。
これも上記と同じ理由で、一刀の予想を裏切る結果ではない。

「実は、凪達を迷宮から解放する裏技に心当たりがあるんだ」
「ホンマか?!」
「きゃー! さっすが隊長なのー!」
「隊長……!」

凪達に件の解放作戦を説明する一刀。
祭壇からBF20までの道のりは、華琳達のような熟練冒険者であっても丸一日かかる。
だが敵を無視出来る凪達であれば、その時間を大幅に短縮することが可能である。

「作戦は1週間後だ。祭壇までの地図を渡しておくから、意識下の強制力に負けないよう、それまで移動の練習をしておいてくれ」
「任せて下さい! 自分達が祭壇へ移動出来なければ、作戦が成立しないですし」
「うちらあんまり疲労もせぇへんから、ずっと全力疾走出来るし大丈夫やろ」
「迷宮から解放されるためなら、脅迫観念くらいへっちゃらなのー!」

決行日を1週間後にしたのは、天和達の新たな装備を制作するのにそれだけの時間を要するからである。
だから一刀自身は、迷宮探索が予定通り明日で終了すれば、久しぶりの休暇であった。

(稟と風に協力して貰ってパーティを組めば、やっと季衣達と……)

今では立派なハーレム野郎と化している一刀。
それでも、この世界で最初に愛情を感じた相手である季衣と流琉は、やはり彼にとって特別な存在だ。
5日間ぶっ通しで存分に愛し合おうと考えていた一刀に、華琳から声が掛けられた。

「折角ここまで来たのだし、このままBF21で戦闘経験を積みましょう。お香も使ってみたいしね。迷宮探索の期間を延長するけど、構わないわよね、一刀?」
「……λ?」

恐らく「え?」と聞き返したかったのだろう、動揺の余り人外の声が出てしまった一刀。
ある意味、非常に惜しい間違いではある。

ちなみに熟練の冒険者は、予め決めてあるスケジュールを変更することはない。
荷作りの都合上、当然ではある。
だが、もし一刀のように宿から無制限に荷物を持って来て貰うことが出来たとしても、それは変わらないであろう。
予定外行動が思わぬ事故に繋がることを、経験則で学んでいるからだ。
そしてそのことは、もちろん華琳も承知している。

ではなぜ華琳が、その鉄則を無視してまでLV上げをしようとしているのか。
それは他ならぬ一刀のためである。
加護神を封印して『試練の部屋』に臨む一刀に対して、せめてLVを上げてやろうという好意だったのだ。

そんな華琳の気遣いは、しかし一刀には伝わっていなかった。
彼女が自分の好意を丁寧に説明する性格ではないことも、その一因となっている。

(な、なんて自分勝手な奴なんだ……。でも『吸精』でお世話になる予定だし、今は我慢だ、俺!)

そんな一刀の思いは知らぬがフラワーの華琳。
血を見ずに済んだという意味でも、彼の自重はお互いにとって幸運だったと言える。

こうして凪達の部屋で睡眠を取り、明日からの戦闘に向けて英気を養う一刀達なのであった。



複数のモンスター達が、彼らに矢を放った秋蘭に対して怒りの雄叫びを上げながら追いかけて来る。
と言っても、実際に秋蘭をタゲっているのは先頭を走る2,3匹程度であり、後ろの敵は前に釣られているだけだ。
そんなの結果的には一緒だろ、と思われるかもしれないが、実は全然違う。

≪-駆虎呑狼-≫

桂花の加護スキルが粒子となって、最後方を走っていたヘルハウンドを包み込む。
するとヘルハウンドが桂花の意志に従い、周囲の敵に攻撃を仕掛けてあっさりとタゲを奪い、一刀達の待ち構えている方へと運んで来た。
僅かに間隔をおいた華琳達の拠点には、秋蘭がそのまま残りを引っ張って行く。

もし後方の敵も秋蘭がタゲを取っていたら、こうも簡単に敵を分断することは出来なかったであろう。
それに秋蘭がタゲられていない敵を一刀達が狙うことにより、パーティ経験値の分散も抑えられる。

一刀達の方へ来たのは、オーガ2体と桂花が『駆虎呑狼』で操ったヘルハウンドだ。
『離間の計』とよく似たスキルである『駆虎呑狼』だが、前者が敵を味方に変える術なのに対して、後者は敵の意識を誘導するという特徴がある。

従ってメリットとしては、『離間の計』より低燃費でレジスト率も低いことが上げられる。
詠が術を成功させるのに極めて過大なMPと集中力を要するのに対して、桂花の場合はそれがないのだ。
もちろんデメリットもある。
それは、操れる時間が短いことだ。

実際に桂花がヘルハウンドを操っていたのは、後方のオーガ達を攻撃させた所までである。
そこで洗脳が解けたヘルハウンドは、オーガをこちらに釣っていたのではない。
オーガと一緒に桂花を襲って来ていたのだ。

彼女に飛び掛かって来るヘルハウンドの鼻先を、横から盾で殴りつける一刀。
攻撃の軌道を無理やりに変えられたヘルハウンドは、桂花のすぐ横へと着地した。

「きゃあっ! ちょっとアンタ、もっとしっかり守ってよね!」
「分かってるって! 桂花には指一本触れさせないさ!」

文句を言いつつも一応は信用しているのだろう、ヘルハウンドがすぐ脇にいるにも関わらず、桂花は目を閉じて集中し始めた。
ヘルハウンドと彼女の間に割って入った一刀。
彼が体を張って稼いだ時間で、桂花は次の呪文を完成させた。

≪-二虎競食-≫

この加護スキルは、同種のモンスター2体に対して効果を発揮する。
対象は、現在流琉が相手をしているオーガ達だ。

動きの素早いヘルハウンドにこそ抜かれてしまったが、流琉の役割は壁である。
彼女は加護スキル『仁王立ち』を使ってオーガ達を相手に、一歩も譲らぬ大立ち回りを演じていた。
そんな流琉と対峙しているオーガ達の攻撃が、更に激しさを増したのだ。
これが桂花の『二虎競食』の効果である。

と言うと誤解を生んでしまうが、もちろん敵に利するだけの能力ではない。
オーガ達は自分が流琉を攻撃しようとするあまり、邪魔なもう1体にも攻撃を加え始めたのである。

『二虎競食』の効果は、それだけではない。
所謂バーサーカーと化しているオーガ達は、現在防御力が低い状態であるのだ。
隙だらけになった敵の様子を見て、季衣がアタックを仕掛けた。

「ボクの【猪突猛進】を受けてみろ! えいやー!」

岩打武反魔を頭上で振り回しながら、オーガ達に向かって突撃する季衣。
その小さな体全体が氣に包まれ、あろうことか3Mの巨体を誇るオーガ2体を上空へと弾き飛ばしたのである。

「……オーガって、飛ぶんだ。っと、やべっ!」
「ぎゃー! ば、ば、馬鹿! ボーっとしてんじゃないわよっ!」

確かに季衣達の活躍に見惚れている場合ではない。
お香と桂花のコモンスペルでブーストこそされているものの、LV19の一刀にとってBF21の敵は、言うまでもなく格上の相手なのである。
しかも桂花を守りながらであるのだから、気を抜く暇などある訳がないのだ。

だがタイマン勝負なら一刀はここ1週間ずっとやり続けて来たし、既に鞭装備での攻撃のコツも掴めている。
敵のHPを気にせず、WGが満タンになったら即座に『スコーピオンニードル』を使う一刀。
『チョン避け』によりWGの貯まりが早いため、無駄打ちでも気にならないのだ。

1回目、2回目と失敗したが3度目の正直。
ヘルハウンドが『打神鞭』に心臓を貫かれたのは、丁度季衣が2体目のオーガを塵へと変えた時だった。

久しぶりに組んだとは思えない程しっかりと役割分担の出来ている一刀と季衣達は、こうしてBF21の敵を屠り続けたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:19
HP:239/302(+87)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1128/5000
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、季衣、流琉、桂花
パーティ名称:U.N.ロリコンは彼なのか?
パーティ効果:ALL1.2倍

STR:26(+4)
DEX:36(+10)
VIT:24(+4)
AGI:28(+4)
INT:24(+2)
MND:18(+2)
CHR:38(+12)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪

近接攻撃力:198(+17)
近接命中率:98(+20)
物理防御力:116
物理回避力:97(+23)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:6貫



[11085] 第六十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/03/27 14:39
BF21以降は、それまでの階層とは決定的に違う部分があった。
敵が集団行動する所であろうか。
いや、それはBF16以降の特徴だ。

正解は、空を飛ぶ敵が魔術を使うことである。
つまりここからは、遠距離攻撃可能な味方が必須となるのだ。

「ちっ、上にガーゴイルが2、キメラが1いるわね。秋蘭! 桂花!」
「お任せを!」
「はいっ!」

秋蘭の放つ矢がキメラの鉄で出来た羽を貫いた。
だがしかし、キメラは落ちなかった。
生物学的にありえない合成獣は、別に羽で浮力を得ることにより宙に浮かんでいるわけではない。
物理学的にありえない方法、つまり魔力によって空を飛んでいるからだ。

お返しとばかりに、キメラの放つ氷結の魔術が秋蘭を襲った。
うっすらと白い霧に包まれ、彼女の体中に霜が張り付く。
見た目は地味だが大きなダメージだったことは、誰が見ても一目瞭然であった。
睫毛まで凍らせた彼女は、紫色になった唇を引き締めると、体の痛みを無視して再度弓を引き絞る。
風や稟の援護に後押しされた秋蘭と、キメラの根比べが始まったのであった。

一方の桂花には、『二虎競食』がある。
敵をバーサク状態にするこの加護スキルは、遠距離攻撃主体のモンスターに対して最も相性が良い。
なぜなら狂戦士と化した敵は、近接戦闘以外の行動を取らなくなるからだ。
桂花の術に惑わされたガーゴイル達は、お互い競い合うようにして急降下してきた。

「ここから先は、一歩たりとも通しません!」

桂花を狙うガーゴイル達の進行ルートに立ちはだかる流琉。
今のガーゴイル達にとって、行く手を遮る障害物は強制排除あるのみだ。
そのまま流琉に集中して激しい攻撃を加えるガーゴイルは、季衣にとってはお客様も同然である。

「へへっ、背中が隙だらけだよーだ! そりゃー!」

岩をも砕く大鉄球『岩打武反魔』が、ガーゴイル達の四肢に罅を入れた。
だが狂戦士達は、自身の体に頓着せず流琉に攻撃を加え続ける。
それは自分達の死を早める愚かな選択だったが、相手にダメージを与えるという意味では有効な手段でもあった。

正面から突撃してきたガーゴイルの攻撃を、『電磁葉々』で受け止めた流琉。
だがその味方を足蹴にして、もう1匹のガーゴイルが流琉に飛び掛かって来たのだ。
今の流琉に出来ることは、衝撃に備えて体を強張らせることだけである。
だがいつまで待っても、覚悟していた痛みが彼女を襲うことはなかった。

「くっ……あれ?」
「流琉、気を抜くな!」

反射的に瞑ってしまった目を開いた流琉の目の前に、殴りかかって来ていたガーゴイルの腕が固縛されている様子が映っていた。
そう、流琉の危機を見た一刀が、咄嗟に『打神鞭』を巻きつかせたのである。
ガーゴイルと一刀による引き合いは、しかしその均衡状態を保つことはなかった。
STRの低さが仇となり、一刀はすぐに体勢を崩されてしまったのだ。

だが、流琉にはその間だけで十分であった。
一刀と異なりSTRに恵まれている彼女は、その膂力を以て膠着状態だったもう一方の敵を吹き飛ばした。
そして一刀の拘束から抜け出して流琉に再度攻撃を仕掛けて来たガーゴイルへと、『電磁葉々』を放ったのである。
その攻撃はカウンター気味に入り、ギュルギュルと嫌な音を立てて敵の顔面へとめり込んだ。

季衣の、そして今の流琉の攻撃によって、既に全身が罅割れていたガーゴイルに背後から連打を浴びせる一刀。
そのラッシュが、既に赤NAMEとなっていたガーゴイルをこの世から退場させた。
流琉に弾き飛ばされた敵は季衣が屠り、キメラも秋蘭の矢と稟達の魔術によって消滅したのであった。



華琳はこの戦闘結果に、とても満足していた。
数ヶ月前に漢帝国クランとの合同探索でBF21の階段を発見していた華琳達は、しかしこれまでその先の探索が事実上不可能となっていた。
その理由は、今のように複数のキメラやガーゴイルへの対応が困難だったからである。
季衣達の加入もあり、この数ヶ月間を彼女達の実力の底上げに費やしてきた華琳は、この戦績を以てBF21以降の踏破に力を注ぐ時が来たと確信したのだ。

それにしても一刀が欲しい、と華琳は思う。

攻撃も凡庸、防御も凡庸、スピードも凡庸。
だがその器用さには目を見張るものがある。

これが一刀の戦闘能力に対する華琳の評価だ。
そしてこういうタイプは、2人も必要ないが1人いると便利である。

始めて出会った奴隷市で一刀を購入しておけば良かった、とは華琳は思わない。
覇者の気質を持つ彼女は、後悔とは無縁である。
反省はすべきだが、過去を振り返っても無意味であることを彼女は理解していた。
それにあの時点の一刀ではなく、成長を遂げた今の一刀が欲しいのだ。

そんな華琳の視線に居心地の悪さを覚えながら、一刀もこれまでの戦闘を振り返っていた。
現在のパーティでは、能力ブースト香に加えて『増EXP香』や『増ドロップ香』を惜しげもなく使用している。
バグのせいでステータス変化が数値に反映されない能力ブースト香とは異なり、『増EXP香』を使っているお陰で、その効果時間は4時間であると判明した。
そのことが分かって以降もそれらを継続して使用していたため、1戦闘における経験値が美味し過ぎるのである。

たった1日の戦闘だけで、既に一刀のLVは20になっていた。
唯でさえLV19だった一刀がこのフロアで単独戦闘を行った場合、1体につき200前後の経験値が得られる。
それが『増EXP香』の使用により倍にブーストされているのだから、この感想も当然のことである。
LV20になった現在でも、3,4匹を相手に戦った場合の獲得EXPは150~200程度であり、このペースなら恐らく明日にはLV21に達しているであろう。

そしてもう1つ、LV20からは特筆すべき変化があった。
経験値のNEXTが、これまでの250毎から500毎に変化していたのである。
つまり本来であれば5250稼げばLV21だった所が、5500必要となるのだ。

ここからは、今まで以上に迷宮探索が厳しくなる。
そう一刀に認識させる変化であった。

「さてと、それじゃ今日はそろそろ夜営の準備に入りましょうか。昨日の場所に引き上げるわよ」
「あー、それでもいいんだが、折角だから海岸に行かないか? 新鮮なカニやエビが食べ放題だぞ?」
「そうなの?! 華琳様、ボクも海岸がいいです!」
「昨日兄様が美以ちゃんにお鍋を持って来てって頼んでましたから、美味しい料理が作れると思いますよ」
「それも悪くないわね。いいわ、一刀。案内しなさい」

戦闘以外でも非常に便利な一刀を、是が非でも自陣営に加えたいと思う華琳だった。



ところで、今回の迷宮探索は元々1泊2日の予定である。
従って華琳達は、2日目以降の夜営道具を準備していない。
もちろん美以経由で一刀の宿から取り寄せることになるのだが、それらを用意するのは七乃である。
そしてここが問題なのだが、実はギルド時代から華琳と七乃には確執があった。

「……なによ、これ」

ピンクのポンチョ。
パープルのスカート。
イエローのナイトキャップ。

「兄ちゃん、あれって……」
「璃々ちゃんの服とそっくり……」

そう、七乃は華琳用に園児服を用意していたのだ。
それでも汗でベトベトの装備類よりはマシだと、とりあえず着替えてみた華琳。
サイズ的には小柄な彼女にピッタリの園児服は、だが彼女の覇気を滑稽に見せる副作用があった。

「ぷっ、華琳、よく似合ってるぞ」
「さすがは華琳様、何を着てらしても素敵ですぅ!」

一刀と違い、桂花は心からの発言であった。
しかし華琳には、残念ながら桂花の言葉までもが挑発的に聞こえてしまった。

「……春蘭、秋蘭、来なさい。向こうで可愛がってあげるわ。桂花はお預けよ。一刀とでも楽しんでいればいいわ」
「そ、そんなぁ! 華琳様ぁ!」
「えっと、どうする?」
「どうもしないわよ、馬鹿! アンタのせいで、私まで誤解されちゃったじゃない!」

「えへへ、兄ちゃん。それじゃボク達とシようよ」
「稟さんと風さんに協力して貰えれば、大丈夫だと思うんです」

華琳達に触発されたのであろう、季衣達からのお誘い。
確かにパーティ効果『つるぺったん』を用いれば、その行為は可能であろう。
ややもすると桂花も交えた4P、いや、それどころか稟と風の参戦もありうる。
大神官が改造を施した妖棒『九蓮宝燈』(命名:一刀)さえあれば、未知の6Pを乗り越える自信が一刀にはあった。

だが、明日も迷宮探索は続く。
今日と同じく激しい戦闘が行われるであろう。
戦闘後の性欲発散行為に慣れているらしい華琳達はともかく、季衣達は初体験である。
股間の痛みにより彼女達の動きが鈍ってしまい、それが致命的なことになってから悔やんでも遅いのだ。

断腸の思いで季衣達の誘惑を振り切った一刀。
なんとか向こうに混ぜて貰えないかと、桂花と一緒に華琳達の様子を窺うのであった。



それぞれが独立した動きをする3つ首の魔獣ケルベロスと、蛇の王バジリスク。
流琉と一瞬だけ視線を交わした一刀は、『打神鞭』を鞭状にしてバジリスクと相対した。
猛毒を持つモンスター相手に接近戦は出来るだけ避けたかったからだ。

一刀が蛇を相手にしているのだから、ケルベロスは流琉の担当である。
だがさすがの流琉も、ケルベロスの連携攻撃を防ぐのは難しかった。
加護スキル『仁王立ち』により敵の突進こそ受け止められたが、明らかに彼女の劣勢である。

そんな流琉の苦戦に対し、バジリスクと戦闘を継続しながら的確なフォローをする一刀。
一刀が1首、流琉が2首、というような分担形式ではない。
3首を相手にした流琉の隙を一刀が埋めるといった見事な連携は、さすが剣奴時代からパーティを組んでいただけのことはあった。

以心伝心と言うべきか、流琉と一刀の作りだしたモンスター達の隙を、季衣が的確に突く。
彼女の攻撃は、威力こそ高いものの命中率が低い。
しかし一刀が参戦していれば別だ。

一刀に守って貰うことが多かった季衣は、彼がどういう動きをした時に自分がアタックを仕掛けるべきかを体で覚えていたからである。
また一刀も、攻撃力の低い自分の役割が彼女達のフォローであることを、剣奴時代から良く理解していた。

3人が揃えば、どんな相手でも怖くない。

不思議な高揚感が季衣達を包む。
まるで彼女達こそがケルベロスであるかのように、三位一体の攻撃で敵を追い詰めた。

だが、こういう時こそ注意しなければならないのが、戦闘時の鉄則である。
一刀の操る鞭の、まるで蛇のような動きに惑わされたバジリスクを上から叩き潰した季衣だったが、胴体をグシャグシャにされて尚、敵は生きていたのである。

元来、普通の蛇でも異常と思われる程に生命力が高い。
ましてや相手はモンスター、胴を半ば引き千切られながらも跳躍し、なんと一刀と流琉の間をすり抜けて桂花に襲い掛かったのだ。

猛毒を持つ蛇の牙が、桂花に突き立てられた。
慌てて止めを刺した一刀だったが、既に遅い。
桂花は昏倒し、そのHPを急速に減らし始めたのである。

まず敵を全て倒してから味方を回復させるのが戦闘のセオリーであるが、この場合には当て嵌らない。
どう考えても、それまで桂花が持たないからだ。
懐から取り出した『毒消し』を自分の口に含み、朦朧としている桂花に流し込む一刀。
だが毒が強過ぎるのであろう、HPの減りこそ緩やかになったが、それが止まることはなかった。

(くそ、ケチらないで『毒消し2』を買っておくんだった!)

これまで『毒消し』で効果のない状態異常がなかったのだから、これは一刀の油断とは言えまい。
だが彼の過失であろうとなかろうと、桂花の命が風前の灯であることには変わりない。
後は水系統2段階目の魔術『解毒の清水』に期待するしかないが、季衣達が未だケルベロスと戦っているのと同様、稟達も向こうで戦闘中である。

「季衣、流琉、ここは頼んだ! 俺は桂花を連れて華琳達の所に行く!」
「オッケー、こっちは任せてよ!」
「桂花さんを、お願いします!」

『青銅の短剣飾り』を桂花に突き刺し、ぐったりしている彼女を担ぐ一刀。
駆け寄って来た一刀を見て即座に状況を理解した稟が、『解毒の清水』を唱えて桂花の状態異常を完治させた。

「一刀殿、次からは『銀の短剣飾り』を使用して下さいね」
「え? あれはHP全快効果だろ?」
「ふふ、私の加護スキルをお忘れですか? あのアイテムは、状態異常の回復も備えているのですよ」
「そうなのか、知らなかった」

そんな稟とのやり取りの間に、腕の中で身じろぎをしている桂花に気付いた一刀。
そちらを見やると、意識を取り戻した桂花が彼を睨みつけていた。

「……アンタ、私の口腔を蹂躙した罪を、知らなかったで済ませるつもり?」
「良かった、桂花。意識が戻ったのか」
「今まで華琳様以外に唇を許したことはなかったのに、こんな獣に……。汚辱だわっ! 屈辱だわっ! 凌辱だわっ!」
「仕方ないだろ、あの場合!」

「ちょっと兄ちゃん、早く戻って来てよー!」
「ヘルプミーです、兄様!」
「わかった、すぐ行く!」
「あ、ちょっと、待ちなさいよ! まだ慰謝料の話が済んでないわっ!」

冒険者としてどうかと思う桂花の主張は、しかし稟から見れば一刀に甘えているようにしか見えなかった。
やれやれ、仲のよろしいことで。
走り去る一刀と桂花の背中を見て、稟はそう思ったのであった。



約束の1週間まで残り1日となった早朝、そろそろ帰還しようという所で一刀はLV22になった。
つまり一刀は、今回の迷宮探索で3つもLVを上げたことになる。
さすがにここまで来れば、一刀も華琳の好意に気づいていた。

「本当にありがとうな、華琳。お陰様で、大分助かったよ」
「さて、なんのことかしら。こっちこそ、クラン員強化の総仕上げが出来て良かったわ。香の効果も試せたしね」
「……まぁ、俺が勝手に恩を感じてるだけってことで」
「ふふ、それならいいわ。さて、それじゃ『帰還香』を使うわよ」

「自分達も、今日は祭壇到達練習の総仕上げをすることにします」
「隊長、それじゃ明日の朝に、なのー!」
「うちらの特訓の成果、見せたるで!」
「頼んだぞ。凪達が来られなきゃ、始まらないし。それじゃ、また明日な!」

凪達のいる小部屋で『帰還香』を使用し、洛陽に戻る一刀達。
3姉妹を連れてBF11からBF15に行って海岸で一晩休息するプランなので、彼に時間的な余裕などない。
『封神』を行う前に『贈物』を貰っておかねばと、一刀は早速大神殿に向かった。

仙人下衣:防32、耐140/140、HP+15、AGI+4
奇石のピアス:耐50/50、DEX+2、CHR+2、HP回復(1P/3秒)
浄化の腰帯:防6、耐80/80、HP+15、DEX+6、攻+10

稟に付き添って貰ったお陰で、耐久度や特殊効果まで知ることが出来た一刀。
折角ズボンがポップした時に限って着脱サービスは無しかと落ち込む漢女達をよそに、彼はそれら装備の高性能さに見惚れていた。
特にピアスの回復能力は特筆すべきものであり、LV20という節目の『贈物』に相応しい。

現状の一刀は、HP:410/353(+57)にまで上がっていた。
増HP効果のある装備ばかりがポップしてくれたお陰でもあるが、LV23となった華琳や秋蘭のHPが300台後半であることを考えると、素のHPでも十分に追従していると言えよう。

(太公望って釣りの人ってイメージしかないけど、もしかして有力な加護神なのか?)

今までの『贈物』だって十分に高性能な装備であったし、『打神鞭』だって他の有力冒険者に見劣りしない武具である。
そもそも、太公望なんて有名人がしょっぱい加護神である訳がないのだ。
戦闘向きでない加護スキルが煙幕となって、その本質を見誤っていたことに、ここに来てようやく一刀は気づいたのであった。

だが、今更ピンときても既に遅い。

「一刀、覚悟はいいわね?」
「ああ、やってくれ」
「目を閉じて……。クチュ、チュッ、って、ちょっと一刀、なんで胸を触るのよ」
「アムッ、プハッ。ご、ごめん、つい」
「ちゃんと大人しくしてなさい。チュル、チュッ、あ、またっ。もう、仕方ないわね。チュプッ、チュッ」
「あ、ス、ストップ……。もうちょっと、ゆっくり吸ってくれ、そう、そんな感じ……あ、いく、いくぞっ!」

≪-封神-≫

こうして一刀は、自らの加護神を封じてしまったのであった。



**********

NAME:一刀
LV:22
HP:36/304(+57)
MP:0/0
WG:70/100
EXP:76/6500
称号:エアーズラバー

STR:22(+4)
DEX:40(+17)
VIT:20(+2)
AGI:29(+7)
INT:20(+1)
MND:16(+1)
CHR:37(+13)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:185(+22)
近接命中率:94(+20)
物理防御力:121
物理回避力:98(+23)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

所持金:6貫



[11085] 第六十九話(書き直し)
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:40
翌朝。
先ほど能力ブースト香を使用した一刀と3姉妹は、BF15『帰らずの扉』の前で凪達を待っていた。

ここまでの移動については、特に触れることもなかろう。
加護なしとはいえ、LV22の一刀とLV16の3姉妹がBF11からの道中で苦戦するわけがないからだ。
時間にして半日以上は掛かる道のりだが、その疲労もBF15の海岸で1晩ぐっすり眠れば完全回復する程度である。

腰帯に挟んだ『銀の短剣飾り』を弄りながら、新たな加護神について考える一刀。
ちなみにこの短剣飾りは、華琳クランとの迷宮探索における日数延長分の報酬の一部である。
正規の報酬については中ボスとの戦いが終わった後で、ということになっていた。

それはともかく、新たな加護神である。

今までと同じく呂尚になるのか。
はたまた別の武将になるのか。
あるいは加護を受けられないのか。

正直に言えば、一刀は別の武将になってくれるのがベストだと考えていた。
釣りの人はもう嫌だという思いもなくはないが、それよりも彼は自己の方針を定める切っ掛けを求めていたのである。

いざと言う時のために、LV上げだけはしておきたい一刀。
だがBF21以降の攻略が今のままじゃ厳しいのは、彼自身が一番よく分かっている。
現状を打破するには、どこかのクランへ所属するしかない。
だが優柔不断の一刀には判断材料、いやむしろ決め手そのものが必要なのである。

もしも陥陣営・高順であれば、漢帝国クランへ加入しよう。
仮に勇将・徐晃だったら、華琳クランに入れて貰えばいい。
名将・太史慈を引き当てて、雪蓮クランと行動を共にするのも捨てがたい。
蜀漢最後の将・姜維というのも、桃香達に助力する美味しい役柄だ。

と、少々浮ついたことまで考えている一刀。
裏を返せば、彼はこのことについて真剣に考えたくなかったのである。
というのも、新たな加護を得られないかもという不安に押し潰されそうだったからだ。

【封神】を実際に行ってみた結果、能力値全体が彼の予想以上に低下していた。
数LV分は減っているパラメータは、このゲーム世界では容易に補えない類ものである。
如何に努力をしてもLV1では『モスバーラー』に勝てない、つまりはそういうことなのだ。

もしこのまま加護を得られなかったら。
これからの一刀にとってLV相当の階層は、人の数倍は死にやすい状態での戦闘を強いられることと同義になる。
しかも、それだけ無理を重ねたとしても成長率は並なのである。
彼が自身の未来に対して悲観的になるのも、無理はない。

「隊長、お待たせしました!」
「おはよーなの、隊長!」
「うちらの気合いは十分やで!」
「……おっし! それじゃ張り切っていくぞ!」
「「「おー!」」」

これからに対する不安はあったが、後悔だけはしていない。
希望に満ち溢れた凪達の顔を見て、そう思える自分に安堵する一刀だった。



『試練の部屋』は、湿原であった。
前回のジャングルといい、つくづく謎の部屋である。

「地和、この地面でも踊れるか?」
「あったり前じゃない! 『流し満貫シスターズ』を見縊らないでよね!」
「地和姉さん、それは昨日までの名前でしょ」
「ちぃちゃん、人和ちゃん! 私達『数え役萬シスターズ』の初ライブ、いっくよー!」

地和が生み出したリズムに、人和の奏でるメロディが重なる。
そして天和の口から紡がれるのは、勇壮な戦歌である。

一刀の心に高揚感を感じさせ、その不安を吹き飛ばした歌は、実は事前に彼が指定していたものとは異なっていた。
どことなくいつもと違う彼の様子に、天和達が独断で選曲を変更したのだ。

一刀を迷いから救った天和の歌声は、しかし敵をも惹きつけてしまう諸刃の剣である。
天和の美声に誘われて、巨大な鳥のモンスターが突進してきた。
流琉の加護スキル『仁王立ち』でもないと妨げるのは難しいと思われるような猛進は、しかし集中力の増した今の一刀にとって、あまりにぬる過ぎる突撃だった。

交互に動くその2本脚の揃った所を見計らい、自らの鞭で絡め取る一刀。
自らの巨体と勢いが仇となり、そのまま地に激突するモンスター。

一刀達と巨大怪鳥との戦いは、今まさに火蓋が切って落とされたのであった。



NAME:始祖ジェラ

その名の示す通り、鳥類の始祖と言われれば誰しもが納得出来るような見た目。
いや、鳥類というには少々無理があるかもしれない。
恐竜の一種と言うべきであろう巨体を震わせ、怒りの雄叫びを上げる始祖ジェラ。

だが一刀の心に恐怖はない。
3姉妹も怯える素振りを一切見せず、歌に集中している。

本来であれば、その3姉妹を守る位置に一刀はいるべきであろう。
しかし相手は巨体を誇る始祖ジェラである。
先程のように突進された場合、一刀に受け止めることは不可能に近い。
そして避けた場合に3姉妹まで攻撃が及んでしまう位置取りは、愚策以外の何物でもない。

従って一刀は、3姉妹の斜め前から中距離攻撃を加え続けた。
自分に向かってくる突進攻撃は素早く避け、3姉妹に対するものは最初の時のように動きを妨害して自滅させる。
彼女達の一刀に対する信頼があってこそ、成り立つ作戦である。

順調に敵のHPを減らし続ける一刀。
途中で撃ったスコーピオンニードルは不発であったが、それでもあっという間に始祖ジェラを黄色NAMEまで追い込んだ。

しかし中ボス戦は、ここからが本番と言っても過言ではない。
怒り狂った始祖ジェラは、今までと攻撃パターンを変えてきた。

「きゃっ!」
「あぐっ!」
「うっく!」

3姉妹に向けて、毒液を吐き出したのである。
単体攻撃であれば踊りの幻惑効果によってノーダメージである3姉妹も、全体攻撃や特殊攻撃には弱い。
HPをスリップさせながら、その場に崩れ落ちる3姉妹。

しかし、一刀は動けない。
彼が3姉妹の元へ走り寄ったが最後、始祖ジェラの突進の餌食となるのは目に見えているからだ。
だが、この場にいるのは一刀と3姉妹だけではない。

「こちらは自分達に任せて、隊長は敵を!」
「ちゅーてもうちらには、隊長が素振りしてるようにしか見えへんけどな」
「真桜ちゃん、それを言ったらお終いなのー」

敵が見えていないため、どこかお気楽な沙和と真桜だったが、敵を無視して自由に動けるのは彼女達しかいない。
彼女達は天和達に直接触れることこそ出来ないが、『銀の短剣飾り』を介在させれば話は別である。
状態異常から回復した天和達の様子を見て、一刀は歌を止めて避難するよう指示した。

「一刀! 私達『流し満貫シスターズ』を、見縊るなって言ったでしょ!」
「だから地和姉さん、それは昨日までの名前なのよ」
「ちぃちゃん、人和ちゃん! 『数え役萬シスターズ』の初ライブなんだから、毒液如きで負けるわけにはいかないよ!」

曲調をアップテンポに変え、辺り一帯が全て己のステージであるかのように縦横無尽に駆け回る3姉妹。
こうなると始祖ジェラも、ターゲットを絞ることが出来ない。
それでも時折は毒液を浴びてしまったが、その度にすぐさま凪達が駆け寄って『銀の短剣飾り』を3姉妹に突き刺した。

事前に短剣飾りの効果を教えてくれた稟。
貴重な短剣飾りを報酬だと言って手渡してくれた華琳。
2人の影からの助力がなければ、かなりの苦戦を強いられていたはずである。

3姉妹の歌の効果でAGIを上昇させた一刀の鞭が、始祖ジェラを更に追い詰めた。
そしてとうとう、敵のNAMEがレッドへと突入した。

それはつまり、始祖ジェラの120%全開MAX無双タイムの始まりを意味する。

一刀を見据えて、巨体を揺らめかせる始祖ジェラ。
まるで酔拳のようなその動きが、徐々に大きくなってくる。
幻惑されぬよう注意深く見守る一刀の目に、一段と大きく揺れる巨体が映ったその直後。
なんと地響きを立てて、始祖ジェラが地に横たわった。

そう、始祖ジェラは死んだふりをしたのだ!

「あ、あほかー!」

当然、NAMEの見える一刀が騙される訳もない。
自ら体勢を崩してしまった始祖ジェラは、そのままHPがゼロとなるまで彼の猛ラッシュを受け続けるはめになったのであった。



「♪あっはーはー、おっほっほー! これ、凄いよ! ちぃちゃん、人和ちゃん!」
「♪ぱやぱ、ぱぱやぱ、ぱやっぱやー! ホントだ! これなら『虹川』もいけるんじゃない?」
「♪てててて。……出来る、出来るわ!」

はしゃぎながら歌声を出す3姉妹の加護神は、賊将・張角を始めとする黄巾賊である。
だがそんなことは、彼女達にはどうでもいいらしい。
彼女達の目からは、突然現れたように見えたはずの凪達すら気にならない様子だった。

加護を受けたことによる身体能力アップで、今まで難しかった曲が演奏出来る。
それだけが、天和達にとって重要なことであったのだ。

「……これが、加護の力」
「やったの! 本当に解放されたなのー!」
「うちらを縛っとった枷が、弾け飛んだ感じやなぁ」

静かに自分の腕をさする、楽進の加護を受けた凪。
ぴょんぴょん飛び跳ねる、于禁の加護を受けた沙和。
ぼんやりと解放感に浸る、李典の加護を受けた真桜。

どの瞳にも、じんわりと涙が浮かんでいる。
そんな彼女達の様子に、つい貰い泣きしそうになる一刀だった。



「それじゃ皆の加護獲得と、凪、沙和、真桜の解放を祝って、乾杯!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

祭壇のテレポーターを使って地上へ出た一刀達は、そのまま宴会へと雪崩れ込んだ。
それは即ち、一刀にも加護神が得られたことを意味する。
そう、彼は再び呂尚の加護を受けていたのであった。

ラッキーなことに、『贈物』も再度ポップしていた。
前回の釣り竿と同様、戦闘の役には立たなそうなアイテムである。
真桜達に見て貰えれば、また封印とか進化とか言い出してくれるかもしれない。
だが今の彼女達に問うても、「そんなことよりおうどんたべたい」と返されるのが関の山であろう。

「すみません、もっと辛く出来ませんか?」
「はふはふっ、シャバのご飯は美味しいのー!」
「ぷはぁ、これが五臓六腑に染みるっちゅーやっちゃな!」

なぜなら凪達は、初めて味わう食事や酒に夢中になっていたからだ。
美以と同様、加護を受けたことによって食事や睡眠を感覚的に知った3人娘。
だがいくら事前知識があっても、実際に行ってみれば想像と異なるのは当然である。

「ちぃちゃん、人和ちゃん。食事がいつもより美味しく感じない?」
「確かにそうかも。それになんだか、いくらでも食べられそう」
「加護のお陰で、胃腸まで丈夫になったのかしら」

そして天和達も、凪達に負けず劣らずよく食べていた。
アイドル的には決して人様にお見せ出来ない姿である。
だが普段は節制している彼女達なのだから、今日くらいは思いっきり飲み食いして欲しい。

(それにしても、美味しそうに食べてるのはいいんだけど……)

今日は自分の奢りだなんて、言わなければ良かった。
手持ちの6貫で果たして足りるのかどうか、不安になる一刀なのであった。



物語であれば、凪達を迷宮から解放してハッピーエンドであろう。
しかし実際には、彼女達はこれからも生活をしていく必要がある。
一度手を差し伸べた以上、ここでお別れでは無責任が過ぎる。
せめて彼女達が糧を得る手段を、一緒に考えるくらいするべきだ。

そう思って、凪達の頭上に浮かぶパラメータを見やる一刀。
その表示はLV20、とすれば手っ取り早いのは冒険者となることである。
高LVの彼女達ならBF15辺りで適当に戦っていれば、普通に暮らせる金銭くらいなら余裕で得ることが出来るだろう。

更に加護神が曹操の配下武将であることは、凪達の選択肢を増やしてくれる。
彼女達が望むなら、華琳に紹介するのも吝かではない。

そして凪達がもし戦いを望まないのであれば。
その場合でも、一刀は彼女達にギルドへの就職を斡旋出来る。

短剣飾りをアイテムに変えられる凪。
防具の造形に詳しい沙和。
武器制作には自信のある真桜。

彼女達であれば、戦闘以外でいくらでも仕事はある。
もちろん一刀がどこかに紹介せずとも、なんとでもなるくらいの腕前を彼女達は持っている。
だがこう見えて一刀は、無駄に顔が広い。
彼の口添えは、少なくとも序盤での助けにはなるであろう。

それと同様の助力は、天和達に対しても可能である。
加護を受けるのが目標であった天和達は、今後迷宮に潜らないかもしれない。
それでも、アイドルとしての活動拠点やスポンサー探しの協力など、一刀に出来ることはいくらでもあるのだ。

一刀がそこまで考えをまとめた時、ようやく彼女達はデザートのキノコプリンを食べ終えた。

「それで天和達は、今後どうするんだ?」
「んー。私達はお陰様で加護を得られたけど……」
「ちぃ達と一緒に頑張ってきたファンの人達は、まだでしょ?」
「だからみんなが加護を受けるまでは、今のままLV上げを続けようかと思ってます」

加護を得て身体能力をアップさせたファン達と一緒に、いつかBF15で24時間ライブを行うのだ。
そう熱く語る3姉妹の思考についていけない一刀。
天和達のアイドル活動を遠くから生温かく見守っているよ、と彼女達と約束を交わした一刀は、続いて凪達に話を振った。

「自分達は、出来れば隊長と一緒に迷宮攻略をしたいです」
「うーん、そう来たかぁ……」
「『迷宮から解放され隊』改め『迷宮を制覇し隊』の結成なのー!」
「いや、それはちょっと待ってくれ、沙和」
「あれ? 隊長はもしかして、うちらと組むのは嫌なんか?」
「いや、真桜達が嫌ってわけじゃないんだけどさ」

はっきり言えば、迷宮攻略が嫌なのである。

LV上げも、アイテムトレジャーも、マップ埋めも、全てが大好物の一刀。
だがそれはあくまでゲームの話であり、命を賭けてまで行いたいとはさすがに思えない。

漢帝国クランとの迷宮探索で強さを得る必要性は確かに実感したが、それはあくまで保身のためである。
彼にとってLV上げは『転ばぬ先の杖』といったところであり、それ以上の意味を持たない。

そんな一刀の逡巡を察したのであろう、凪達は一刀への誘いを撤回した。

「隊長の気が進まないのであれば、しばらくは自分達3人で迷宮に潜ろうかと思います」
「ごめんな、凪。ところでさ、なんで迷宮に潜るんだ? 凪達だったら、命の危険を冒さなくても生活出来るだろ?」
「うちらを閉じ込めよった迷宮に、ひと泡吹かせんと気ぃが済まんねん!」
「もしよかったら華琳クラン、曹操の加護を受けた子なんだけど、そこのクランに紹介しようか? ほら、真桜達の加護神も魏のメンバーだし」
「今の所、隊長以外の人と組むつもりはないのー。まずは3人で色々チャレンジしてみるなのー!」
「そっか、くれぐれも気をつけてな。なんかあったら、頼ってくれていいからさ。その代わりと言ってはなんだけど、俺からもお願いがあるんだ」

当然、短剣飾りとのアイテム交換の件である。
これがあるのとないのでは、迷宮探索における死傷率が大幅に違ってくる。

どうせ凪達が冒険者として今後やっていくつもりなら、ギルドに登録しておく必要がある。
その顔合わせの際、アイテム交換もギルドを経由して行うシステムにするよう交渉すれば、多くの冒険者が利用出来るであろう。
なぜなら、ギルドは短剣飾りの販売こそしていないが、買い取りはしているからである。
それらをアイテムと交換して売り出せば、短剣飾りを所持していない冒険者でも購入出来る。
ルールを定めて買い占めにさえ気をつければ、必要な者が必要な分だけ得られるようになるはずだ。

「そのくらい、お安い御用ですよ」
「凪ちゃんだけ隊長からお願いされて、ずっるいのー!」
「隊長、うちも武器のメンテや改造くらいなら、いくらでもやるで?」
「ありがとうな。その時は頼むよ」

凪達に不利益とならないよう、ギルドときっちり交渉しなければと思う一刀なのであった。



『……桂花。それが貴方の遺言でいいのね?』
『元よりこの身は全て華琳様のもの。華琳様に誅されるのであれば、本望でございます』

『って、おい! 背中と手に感じる、この湿り気を帯びた暖かいものはなんだ?!』
『怖かったんだもの! ちょっとくらい仕方ないでしょ! どうせアンタ達の業界じゃご褒美なんだからいいじゃない!』

「という、夢をみた」(注:詳細は『ボツ話』を参照願います)
「なによそれ。私はそんなに狭量じゃないわ」
「ていうか、アンタ! 勝手に私にお漏らしさせてんじゃないわよ!」

翌朝、凪達をギルドに紹介した後、一刀は華琳の館を訪れていた。
彼の心に唯一ひっかかっていたものを解消するためである。
それは、凪達の加護神が曹操の配下武将であったことだ。

一刀という世界の異物が介入した結果、凪達は独立して迷宮探索を行うことになった。
もし彼がいなければ、イベントを発生させたのは恐らく華琳であっただろう。
それは凪達の加護神から考えれば明らかである。
つまり彼の行いは、華琳が本来持つはずだった戦力を奪ってしまったことに他ならない。

だがこのゲームの世界は、一方でどうしようもなくリアルなのである。
例えやり直しがきいたとしても、一刀は確実に今と同じ行動を取ると言い切れる。
華琳にとっては余計なことだったかもしれないが、それでも凪達を放っておける一刀ではないのだ。

別に一刀は、華琳にそのことを詫びに来た訳ではない。
仮に謝りに来たとしても、彼女は意にも介さないか怒りに震えるかであろう。
誇り高い彼女に対してそんな謝罪など、失礼であり無礼であり非礼であるからだ。

この場合、一刀はただ凪達の加護神が曹操配下の武将であることを伝えるだけでいい。
そうすれば華琳は、凪達に興味が沸けば交流を持つだろうし、彼女達が欲しければ誘うだろう。
いや、それすらも余計なことだった可能性もある。
この小さな覇王に惹かれ集う、そういう運命にあるからこそ彼女達の加護神は魏の諸将なのかもしれないからだ。

「まぁ、折角一刀が教えに来てくれたんだし、いずれは会ってみたいわね」 
「いずれ? 良かったら、今すぐでも紹介出来るぞ?」
「まだ慌てるような時間じゃないわ。まず彼女達が洛陽で頭角を現してから。全てはそれからの話よ」
「ふーん、なかなか厳しいんだな」
「私のクランに加入出来る人材なんだったら、そのくらいは当然よ。ああ、貴方に対してはいつでも門戸を開いているわよ、一刀。そろそろ私に従う気にはならないかしら?」
「やめとくよ。俺はお前と、並び立つ存在になりたいんだ」
「ふふ、気概だけは買っておくわ。期待しているわよ、一刀」

華琳と会話を交わすと、不思議とモチベーションが上がる一刀。
良い気分のまま宿へと帰った一刀は、そこにありえないものを見た。

「お、お帰りなさい、ご主人様!」
「……桃香、なにやってんだ?」
「あ、あの、ここで働かせて下さい! ここで働きたいんです!」

(あんたも気まぐれに手え出して、人の仕事を取っちゃならね)

桃香の意外な申し出に、一刀は動揺の余り自分の手足が増えて伸びる錯覚を覚えたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:22
HP:410/353(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:76/6500
称号:エアーズラバー

STR:29(+4)
DEX:46(+17)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:45(+13)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:213(+22)
近接命中率:112(+20)
物理防御力:151
物理回避力:109(+23)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:1貫



[11085] ボツ話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/03/25 07:16
感想でふるぼっこだったでござる。の巻




―――(始祖ジェラを倒すまでは同じ流れ)―――


現在の一刀には、明確な目標がない。
強いて挙げれば、自分の宿を繁盛させて身売りする子供達を減らしたいということだが、それもまだ漠然としている。
迷宮でのLV上げは『転ばぬ先の杖』といったところであり、彼にとってそれ以上の意味を持たない。
従って、華琳クランに所属することにさして問題があるわけではなかった。

こんな重要なことを、流されるように決定してしまって本当によいのか。
一刀自身、そう思わなかったわけではない。
しかし、主体性に乏しい彼には丁度よい切っ掛けだったとも言える。

剣奴時代といい宿屋の時といい、身に降りかかる火の粉を払う術は身に付けた一刀。
だが受動的な性格自体は、リアルの時とさほど変わっていなかったのである。
というか、そんな簡単にアクティブな性格になれるのであれば、一刀の両親は子育てに苦労していない。

与えられた条件内での作業こそ人並みに出来るが、自分で目標設定をすることが不得意な一刀。
彼にとって、華琳クランは意外と向いているかもしれない。

だが逆に、華琳にとってはどうなのか。

確かに華琳は、一刀に高評価を与えている。
彼を自クランへ迎えたいと思う程度には、その能力を認めていた。
だからこそ彼が凪達を連れて彼女の屋敷を訪ねて来た時、人に任せず自らが出迎えた。
そして上機嫌で、自クランへの加入を望む一刀達の申し出を聞いていたのである。

しかし、それもつかの間のことであった。

「ふぅん。BF20の安全地帯と海岸の場所を公開したいっていう訳ね」
「ああ。生死に関わる情報は、他クランと共有した方がいいだろ? 後、凪達のアイテム交換も全クランに解放して欲しいんだ」
「言いたいことは、それだけかしら?」
「あっと、出来れば……いや、なんでもない」

出来ればギルドの仕事は継続させて欲しかった一刀だったが、既にそんな雰囲気ではない。
打ち合わせ前は微笑を浮かべていた華琳が、今は無表情に近いのだ。
それもそのはず、一刀の志望動機は彼女を馬鹿にしていると言われても仕方のないものなのだから。

華琳には一刀の心配が、優しさではなく惰弱の証拠であるように見えていた。
100歩譲って、そのことには目を瞑ったとしよう。
だが彼は、言うに事欠いて生死に関わる情報の共有などと提案したのである。

なんたる脆弱。
なんたる怯惰。
なんたる無様。

迷宮探索とは、誇り、生き様、運など己の全てを賭けて挑むもの。
そうでなくて、どうして神の代理戦争など出来ようものか。
死に怯える者は、端から挑まねばよいのだ。



もちろん一刀にも言い分はあった。
迷宮探索の大前提として、迷宮制覇がその目的である。
つまりこれは、敵味方の話ではないのだ。

お互い有益な情報を教え合っていきましょうね、という考えが悪いはずもない。
現に華琳にしても、一刀からレベリングに関するシステムの説明を受けている。
卑怯だというなら、その情報だって買わなければよい。
だが華琳の考えていることは、そういうことではないのだ。

困難に立ち向かうため、他者と一時的に同盟を組む。
これはいい。
迷宮制覇のため、お互い有益な情報を交換する。
これも問題ない。

一刀の言っていることは、一見上記と同じことに思える。
だが、その本質は全く違う。
彼の提案の先にあるものは、みんなで仲良くゴールしようという思想なのだ。
順位をつけたがらない、現代っ子らしい考えであろう。

そこまでではないにしろ、慣れ合いであるのには間違いない。
それは好敵手達と切磋琢磨することとは全く違う。
前者はカンニングしあうこと、後者は一緒に勉強すること、と言い換えた方が分かりやすいであろうか。

一刀のまるで攻略本を見てRPGするかのようなやり方は、美意識の強い華琳にとって酷く汚れたものに思えたのである。

「私の見込み違いだったわ、一刀。貴方は私のクランには必要ない。この話は無かったことにして貰えるかしら」
「……俺はいいから、凪達だけでも頼めないか?」
「待って下さい、隊長!」
「私達は隊長と一緒なのー!」
「まぁ向こうがうちらをいらんっちゅーなら、無理に頼まんでもええんやないか?」

場の空気は、明らかに決裂に向かっていた。
それどころか、一刀のクラン加入に期待していた季衣や流琉までが、華琳に対してあからさまに不満げな表情を見せている。
折角の戦力を無為に捨てる華琳の判断に、稟や風も疑問を抱いている様子であった。

一刀が良かれと思って起こした行動が、想像しうる最悪な状況を作り上げてしまった。
しかし華琳クラン崩壊の危機を感じていたのは、一刀だけではなかったのである。

「華琳様、どうかご再考をお願いします!」
「なによ桂花、貴方も一刀がいいの? クランからの脱退は認めてあげるから、好きになさい」
「いいえ、いいえ! 決してそういうことではありません!」
「それじゃ、なにかしら? 私は既に決断を下したのよ? これ以上、貴方は一体何を言うつもりなの?」
「ご、ご再考を……」
「くどい! 桂花、私には私の往く道があるの。他者が如何にしようと、私は覇道を進むのみよ!」

考え方だけを切り取れば、そこに正しさなどないのかもしれない。
だがその言葉を口にしたのが華琳である、その一点だけで凡百の言葉が輝きを持つのだ。

華琳に向かい、跪く春蘭と秋蘭。
稟や風も、そのカリスマ性に心中で改めて忠誠を誓う。
季衣達ですら、その威風に打たれて俯いている。

静まり返る室内で、ただ桂花の声が小さく響いた。

「所詮、そこまでの器ですか」
「……なんですって?」
「そこまでの器か、と申し上げたのです」
「桂花! 我が寵に奢ったか!」

華琳は桂花の才と忠誠を、非常に高く評価していた。
それだけに、桂花の増上慢とも思える言葉は、華琳の心を大きく揺さぶった。
怒りのあまり、愛用の大鎌『絶』を桂花の首に突き付ける華琳。

顔を青ざめさせ、手足を震わせ。
それでも瞳だけは華琳から逸らさずに、桂花は言葉を続ける。

「唯才是挙」

役に立つのであれば、元盗賊ですらも用いる。
伝説に残る、曹操の有名な布告である。

桂花がそれ以上言葉を重ねずとも、華琳は彼女の言いたいことが十二分に理解出来た。
加護神である曹操との比較に用いるべく、桂花は敢えて挑発的に発言したのだ。

だが、理性と感情とは別物である。
ましてや情緒豊かな華琳は、それゆえにしばしば自己の抑えが利かなくなる悪癖があった。

「……桂花。それが貴方の遺言でいいのね?」
「元よりこの身は全て華琳様のもの。華琳様に誅されるのであれば、本望でございます」

覚悟を決めて、瞼を閉じる桂花。
だがいつまで待っても、その鎌が桂花の首を切り落とすことはなかった。

潔い桂花の態度が、彼女の言葉に重みを持たせたのだ。
そして桂花の死を賭しての忠言に、高ぶった華琳の感情も落ち着きを取り戻したのである。

「ふん。桂花の忠心に免じて、一刀達のクラン加入を認めるわ。桂花、全て貴方に任せるから、条件を詰めなさい」
「畏まりました」
「決まったら、私の閨に報告に来るのよ。そこで貴方の主人が誰なのか、一から教育し直してあげるわ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」

命こそ助かったものの、華琳からの寵愛は失わってしまうだろうと思っていた桂花。
そんな桂花にとって、華琳の言葉は褒賞以外の何物でもなかった。

春蘭、秋蘭を引き連れて部屋から出て行く華琳の背中を見つめる桂花。
やがて華琳の姿が見えなくなると、気力が限界に達したのであろう、へにゃへにゃとその場に崩れ落ちそうになる。
そんな桂花を、一刀はとっさに支えた。

「おっと。大丈夫か。桂花、本当にありがとうな、口添えしてくれて」
「別にアンタのためじゃないわ。華琳様のためよ」
「それでも、礼くらいは言わせてくれよ。ところで、その調子じゃこの後の話し合いなんて、出来そうにないな。また今度にするか」
「ダメよ。華琳様から任されたことですもの。それに後回しにしたら、それだけ閨にお呼ばれするのが遅くなっちゃうし」

とは言うものの、桂花の足腰は未だに立たないし、口調もボソボソとしていて疲れ切っている様子である。
一刀は桂花を背負うと、季衣と流琉の先導で彼女を自室に運ぼうとした。
1, 2時間でも睡眠を取らせるべきだと思ったのだ。
普段なら「触んないでよ、妊娠させるつもり?!」くらい言われるはずだが、抗う様子も見せない辺りに桂花の疲労が窺える。

「それにしても、さっきの華琳様は怖かったね」
「ホントだよ。ボク、もう少しでアレが出ちゃうとこだった……」

流琉と季衣の会話を聞きながら、背中に感じる桂花を意識する一刀。
彼ですら、桂花を庇うどころか身動きひとつ出来ない程の覇気であった。
それを桂花は、この重みもほとんど感じないような小さな体で、一身に受け止めたのである。

さすがは荀彧を加護神にもつ少ジョワ……ジョワ?

「って、おい! 背中と手に感じる、この湿り気を帯びた暖かいものはなんだ?!」
「き、季衣達が、おおお思い出させるからよ!」
「ぎゃー! マジか、マジでか?」
「怖かったんだもの! ちょっとくらい仕方ないでしょ! どうせアンタ達の業界じゃご褒美なんだからいいじゃない!」
「なんの業界だよっ!」

こうして一刀と凪達は、華琳クランへと加入したのであった。



[11085] 第七十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:40
お手製のメイド服(っぽい何か)に身を包んだ桃香と一刀の間に、気まずい沈黙が流れていた。
だがその時、それまでの均衡状態を破るように雷鳴が響き渡ったのである。

伝説に曰く、『青梅、酒を煮て、英雄を論ず』

一大勢力を誇っていた曹操が、当時客分格に過ぎなかった劉備に対して「世に英雄は2人、君と余だ」と語り掛けた故事である。
これは『英雄は英雄を知る』という曹操の慧眼を称えると同時に、劉備の思慮深さをも示している。
折からの雷鳴に耳を塞いで怯えて見せることで、曹操に自らを取るに足らない小人物だと思われるよう仕向けたことこそ、それである。
並みの男であれば、曹操ほどの人物に褒められればいい気分になってしまって、とてもそんな思慮を働かそうとは思えないはずだ。
まさに英雄同士の会合に相応しいエピソードであろう。

そして今、仁神・劉備の加護を受けた桃香に向かって、一刀が口を開いた。

「もしかして今のって、桃香のお腹の音?」
「はぅっ、違うよ、違うの! 私じゃないもん!」
「……良かったら、なんか食べてくか?」
「え、あ、う、うん……」

顔を真っ赤に染めて、宿へと入る一刀の後についていく桃香なのであった。



大皿に3杯もスープをお代わりして、満足げな桃香。
食べている時の様子からして、ここ最近十分な食事を取ってないように見える。

桃香が日々の食事に困るなど、どう考えてもおかしい。
なぜなら彼女の頭上に輝くステータスは、LV20と表示されているからだ。
それだけのレベルがあるのならば、生活費に不自由するなどありえない。

ちょっと迷宮に潜ればいくらでもアイテムが得られるのだし、第一彼女は洛陽でも有数の実力派クランのリーダーなのである。
一刀の経験から言っても、BF16~20辺りで1日戦えば、10~15個程度のアイテムがドロップする。
それが10~20貫で売れるのだから、月の半分も潜れば2000貫以上にはなるだろう。
クラン員数で割っても、暮らしていくのに十分な額である。

それがなぜ、こんなありさまになっているのだろうか。

「あのね、数ヶ月前から税金が上がったでしょ?」
「ああ、冒険者ギルドに変わった時か。でも桃香がそこまで困る程の値上げじゃなかっただろ」
「違うの、普通の税金の方。私は大丈夫なんだけど、商店街のみんなが今、大変なことになってるの」

以前は一刀の宿屋も、売り上げの7割を税として課されていた。
これはかなりの苛税と言ってよい。

元を正せば全ての始まりは一刀にあった、とは言い過ぎであろう。
しかし、間違いなく一刀が原因の一端を担っているのも事実である。

ことの始まりは、LV認識とPL(パワーレベリング)にあるからだ。

今の冒険者達は『贈物』を数えることにより、自身のLVが正確に把握出来る。
つまり、自分の実力相当のフロアが分かるようになったのだ。
すると当然、今までより遥かにLVアップが早くなる。

しかもそこに、PLという裏技までが登場した。
これは一刀が積極的に広めたわけではない。
だが探索者ギルド時代に七乃の指示で、雪蓮クランにPLされた剣奴達はかなりの数に上る。
彼等の口からPLのチートさが広まってしまうのは、仕方のないことであった。

これらの相乗効果で、ここ数カ月の間に加護を得る冒険者達が急増していたのである。

「白蓮ちゃんから聞いたんだけど、その冒険者達を麗羽さんが手当たり次第に雇ってるんだって」
「なんでまた?」
「その冒険者達にLVを上げさせて、自分達をPLさせようとしてるらしいの。それ以外にも目的があるのかもしれないけど……」
「なるほど。それでその出費分を、増税で賄おうって訳か」

それでも武器屋、防具屋、道具屋、飯屋、宿屋、風俗店など、冒険者が利用する施設に関しては、それほど困窮したわけではない。
加護持ちが多くなったことにより、金を落とす量も必然的に増えているためだ。

ちなみに一刀の宿屋がピンチを迎えていたのは、漢帝国クラン員以外の客を受け入れることが不可能だったからある。
もしフル稼働さえ出来ていれば、税金で7割を持って行かれても自分と子供達で普通に暮らしていけたはずだ。

そして桃香の住まう商店街には、その金が落ちにくい。
なぜなら、直接的に冒険者と関わりのある店が少ないからだ。
もちろん間接的な利益もゼロではないが、上記の店々に比べれば微々たるものである。

それに、武器屋なども別に潤っているわけではない。
増えた売上と税金が相殺くらいであり、彼等の生活グレードは変わっていないのだ。
従って彼等の生活を支えている商店街の利益も、同様に変化がないのである。

ただでさえ、この世界の税率は高い。
生活苦から両親に売られてしまった季衣達の例を見れば、そのことは分かるであろう。
その厳しい税が、儲けが増えていないにも関わらず、更に上がってしまったのだ。
貧しさに耐えられず洛陽から出て行こうとしても、そのための関税が必要なのである。
1人頭5000貫が払えるくらいならば、最初から貧困に苦しんではいない。

「それで、私達で炊き出しをすることにしたんだけど……」
「あー、そっから先は、大体わかったよ」

月の半分を潜れば2000貫でも、それを増やすことは難しい。
BF16以降の探索は、幾日も連続して継続出来るほど甘いものではないからである。

激しい戦闘、厳しい罠。
常に体中を緊張させ、夜営時も熟睡は出来ない。
一歩進んでは周囲を探り、二歩進んでは索敵を行う日々。

如何に英雄レベルの加護神を持とうと1回に1週間が限度であり、それと同じだけ休みも取らねば磨滅した精神が復調しない。
十分な休養も取らないままで日程的な無茶をした場合、間違いなく死という結末に繋がるだろう。

しかも、稼いだ2000貫を全て炊き出し代に回せる訳ではない。
迷宮探索にもそれなりの金は必要だからだ。
食糧やアイテムは当然消耗品だし、突き詰めれば装備品だって同様なのである。

桃香達は、自分達の生活を切り詰めるところまで追い込まれていたのだ。

「だからみんなで、お休みの日はアルバイトしようって。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは力仕事、朱里ちゃんと雛里ちゃんは寺小屋で働いてるんだよ」
「ずいぶんと大変そうだな。あ、でも桃香のクランって紫苑さんがいるだろ。今をときめくスーパーアイドルの璃々に資金援助を頼んだらいいんじゃないか?」
「それもダメだったの。アイドルは税率が9割なんだって」
「うわぁ、そりゃ酷いな……」

「ご主人様のところは公営宿だから、お給料から税金も引かれないし。お願いします、私を雇って下さい!」
「そりゃ雇うのは構わないけど、焼け石に水だろ。それよりもう一度、金策について考えた方がいいんじゃないか? 俺も協力するからさ」
「本当に?! ありがとう! 出来れば朱里ちゃんと雛里ちゃんも呼びたいんだけど、いいかな?」
「ああ。それじゃ俺が明日、桃香の家に行くよ。昼過ぎまでギルドの仕事があるから、夕方くらいでどうだ?」
「うん! これからよろしくお願いします!」

(ん? これから?)

と、桃香の返事に違和感を覚える一刀。
それは気のせいではない。

桃香の「ありがとう」は一刀の返事の前者、「雇うのは構わない」に掛かっていたのだ。
つまり一刀が4人で相談したいという風に解釈していた「呼びたい」との言葉は、桃香的には朱里と雛里も一緒に雇ってくれという意味だったのである。

こうして双方に誤解を生じさせたまま、桃香は一刀の宿を去ったのであった。



一刀が現在ギルドから継続して請け負っている仕事は2つ。
剣奴達のHP/MPを鑑定するのと、本日の仕事である奴隷市での仕入れであった。
雪蓮や冥琳も暇ではなく、その2人を合わせたよりもステータスを視認出来る一刀の方が素質を正確に判断出来る以上、一刀の感情面さえ考慮しなければ適材適所であろう。

最初は難色を示した一刀だったが、冒険者ギルドになってから剣奴達の死傷率が激減しているという事実を出され、それならばと引き受けたのだ。
確実に適正のある者だけを選べる分、自分がやった方が無駄な人死を出さなくて済みそうだという理由もあった。

「だからって、なんで私までお付き合いしなきゃいけないんです?」
「実は七乃にお願いがあってさ」
「うぅ、なんか嫌な予感が……」
「そう言わずに、なんとか頼むよ」

一刀が七乃に任せたかったこと。
それは、新たな奴隷メイドちゃんの購入である。
と表現すると悪い印象しかないが、実際には子供の保護を依頼したかったのだ。

現在一刀の宿は免税されているため、月々500貫以上の金が余る。
それを貯蓄に回すのも手だが、一刀は出来るだけ有効利用しようと考えていた。

女性が風俗店に購入されるのは、仕方がない。
だが少女が性を売り物にさせられるのは、可能な限り止めたい。
そして幼女が変態趣味のおっさんに買われてしまうのだけは、許せない。

いざという時に備えるのも大切だが、今この時だけしか出来ないことがある。
そう一刀は思っていたのだ。

「七乃だったら人脈もありそうだし、ヤバそうな人の目星もつくだろ? 今助けないと本当にまずいって子をメインに買って欲しいんだよ」
「お断りです。そういう人は大抵が有力者なんですから、邪魔なんかしたら恨まれちゃうじゃないですかー」
「……俺の宿にいる限り、七乃と美羽は絶対に守ってやる。だから頼む、この通りだ!」

深々と下げられた一刀の頭を見て、溜め息を吐く七乃。
その顔には、仕方ないなぁといった感じの表情が浮かんでいた。

「もう、わかりましたよ。その代わり、助言だけですからね。落札は一刀さんがして下さいよ?」
「ありがとう、七乃! この金だけじゃ、さすがに全員を保護するのは無理だから、助かったよ」
「まぁ美羽様も子供達と一緒に働くのは楽しそうですし、一生懸命掃除をする美羽様も素敵だし、背伸びして窓を拭く美羽様なんかもう堪らないですし、椅子を動かす時に『うんしょっ』だなんて、ああもうっ、美羽様ぁ、可愛らしい過ぎでプフッー!」

七乃の鼻から溢れ出す忠誠心。
稟の世話をする風の見様見真似で、一刀は七乃の首を叩いてやった。

「あふ、ひつれいひまひた」
「もう大丈夫か?」
「はーい、お陰様で。とにかく、美羽様が今の生活を気に入られている限り、私も出来るだけのことはしますからー」
「ああ、頼りにしてるよ」

とはいえ、美羽と七乃が何らかの目的を持って一刀の宿に雇われていることは、まず間違いない。
この発言から考えるに、キーマンは美羽であるらしい。
最近は一刀が忙しくて、テレポーター設置の件も伸び伸びになっていたが、そろそろ美羽としっかり話すべき時であろう。

雪蓮から受け取る予定の報酬で、とりあえず蜂蜜を買って帰ろうと考える一刀なのであった。



「で、妾になんの用じゃ? ハチミツ飴はちゃんとくれるのであろうな?」
「ああ、後でやるから、まずは話を聞いてくれよ」
「ダメじゃ! まずはハチミツ飴、話はそれからじゃ」

別に張り合う所でもないと、素直にハチミツ飴の入った布袋を渡す一刀。
急かした割には、すぐにそれを食べようしないでぎゅっと握り締める美羽。

話が始められそうな雰囲気だったので、一刀は率直にテレポーター設置を頼んでみた。
狙いは現在4ヶ所ほど確認されている海岸と、BF20の凪達のいた小部屋である。
それらの場所にテレポーターが作れるかどうかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。

「嫌じゃ! なんで妾が雪蓮などに協力せねばならぬのじゃ!」
「雪蓮のためってわけじゃないさ。冒険者全員の利益になるんだ」
「同じことじゃ! 迷宮の管轄が雪蓮の手にある限り、妾は一切の協力をせぬ!」

だがこの提案は、美羽に一蹴されてしまった。
交渉の余地もなさそうな感じであるし、一刀もあまり無理強いはしたくない。

この件をあっさり諦めた一刀は、続いて懸念事項の方を問い詰めた。
元々駆け引きめいたことが苦手な一刀、これも先程と同じく直球勝負である。

「ところで美羽、なんか俺に隠し事をしてるだろ! 一体なんの目的で、うちの宿に潜り込んだんだ!」
「ななな何もないのじゃ! わわ妾達は乗っ取りなど全然考えておらぬ!」
「なんで俺に仕掛けて来るんだよ……。恨みがあるのは雪蓮達の方じゃないのか?」
「だってあ奴ら、凄く怖いんじゃもん。って、何もないと言っておろう?!」

慌てふためく美羽を眺めつつ、一刀は彼女達をどう処遇すべきか悩んだ。
クビにするにも、彼女達の穴を埋められる人材に心当たりはない。
しばらくは慎重に雇用を続けるしかないかと考えつつ、美羽の手に握られっぱなしの布袋に気付いた一刀。

「美羽、それ、溶けないか?」
「ああああっ! しまったのじゃ!」
「あーあ、せめて紐の所を持てばよかったのに。ところで、なんで食べなかったんだ?」

一刀の質問は、特に意味などない。
話の流れ的に、ただなんとなく聞いてみただけである。
ところが答える側の美羽は、さも重大な秘密を打ち明けるようにキョロキョロと辺りを見回し、一刀の耳に口を近づけて囁いたのだ。

「お主には世話になっておるからの、特別じゃぞ。実は妾が発見したのじゃが……」
「なんだよ、勿体付けて」
「蜂蜜はな、一人で食べるより、みんなと食べた方がずっと美味しいのじゃ!」

量が少なくなってしまうのが欠点じゃがの、と言いつつも独り占めしようとはせず、ベトベトになった飴を班員達に持って帰ろうとする美羽。
そんな彼女であれば、もし宿の経営権を乗っ取られても子供達の心配はいらないな、と思う一刀なのであった。



夕方になり、約束通り桃香の靴屋へと向かった一刀。
間の悪いことに桃香の母親が出掛けていたため、彼女は店を離れられなかった。

「ごめんね、もうすぐ帰って来ると思うんだけど。まだ朱里ちゃんと雛里ちゃんも来てないし、先に家に上がっててよ」
「ああ。ゆっくりさせて貰っとくから、気にしないでくれ」

双子のメイド修行で何度も来ているため、一刀にとっては勝手知ったる他人の家である。
しばらく居間でぼんやりとしていた一刀だったが、暇を持て余して中庭へと出た。
久しぶりに桃香の世話している花壇でも眺めようと思ったのだ。
ところが、あれほど咲き誇っていた花々が、その姿を消していたのである。

「あっ……、見ちゃったんだ、桃香りんランド……」
「桃香、これは一体?!」
「うん。こっちはきゅうり、そっちはナス、あっちはキャベツなんだ……」

店番が終わったのか、いつの間にか一刀の傍へと来ていた桃香が、がっくりと肩を落とす。
すっかり農家りんランドへと姿を変えていた中庭に、一刀の両眼から熱いものが溢れ出し、頬を伝って地面へと滴り落ちた。

「桃香、俺、頑張るよ。協力は惜しまないから、なんでも言ってくれ」
「ご主人様……」

桃香の肩にそっと手を置く一刀。
今まで色々なものを堪えて来たのだろう、一刀につられて涙ぐむ桃香。

「はわわ、いい雰囲気でしゅ」
「あわわ、こっそり見学させて貰おうよ、朱里ちゃん」

そんな2人の耳に、ちびっ子達のなにかと台無しな声が聞こえてきたのであった。



諸葛亮の加護を受けた朱里と、鳳統の加護を受けた雛里。
彼女達は、その加護神に相応しいだけの智謀を持っている。
にも関わらず、なぜここまでの困窮を防げなかったのであろうか。

「中、長期的な策ならばともかく、短期間でお金を稼ぐことは難しいのが実情なんです」
「何をするにも、税で雁字搦めにされてしまって……」

如何に知略に優れているからと言って、朱里達は一介の冒険者に過ぎない。
そんな彼女達に出来ることは、自ずと限られてくる。
手足を縛られた状態では、深謀遠慮の策自体を活かせないのだ。

逆に浅謀近慮の一刀は、そうであるが故に小手先の策を思いつきやすい。
ここでもまた、天才軍師のお株を奪う一刀の奇策が注目を集めた。

「一応アイデアはあるんだけど……。言っとくけど、絶対に無理に進める真似はしないから、ただの思いつきとして聞いてくれよ? 後、軽蔑とか、なしだからな?」
「うん。どんな意見でも参考になるから、聞かせてよ」
「実は俺の加護スキルで、『封神』ってのがあるんだけど……」

一刀は『3人娘解放クエスト』の際に起こったことを、桃香達に全て話した。
そうでないと、彼の策におけるリスクやリターンが正確に説明出来ないからだ。

そう、彼が提案したのは、祭壇における『贈物』の無限増殖である。
それが可能かどうかは、やってみなければわからない。
なぜなら実際に一刀が得たものは、『太公望の竿』とは別のアイテムであったからだ。

加護を受けるのが1回きりであることを考えると、プログラム上は『贈物』なしか、同じ『贈物』になるか、どちらかになりそうなものである。
なぜ一刀が別のアイテムを取得出来たのか、それは今の時点ではわからない。
だが加護神を失うことがないということは、一刀が身を持って証明した。
そして狙い通り『贈物』が増殖出来た場合、今後桃香達が金銭に困ることは一切なくなるであろう。

つまり、ローリスクでハイリターンを狙える絶好のターゲットなのだ。
但し、一時的とはいえ神を封じることを感情が許せば、の話である。

「ご主人様! そんな恐ろしいことを言ってはダメでしゅ!」
「は、発想は凄いんですけど、ちょっと……」
「うーん、やっぱ受け入れられないか。そうだとは思ったんだけどさ」
「私、『封神』は決して許されない罪だと思う。けど、ご主人様はそうやって凪さん達を助けたんだよね? それで皆が助かるなら……、私も……」

悲壮な表情で決意を固めている桃香の様子に、慌ててしまう一刀。
彼はなにも、それだけが唯一の手段だと言ったわけではないのだ。

「ちょっと落ち着けって。まだ相談を始めたばかりだろ。そもそも桃香達は、一体どうやって急場を凌ごうとしてたんだ? アルバイトだけじゃジリ貧なのは当然なんだし、まさか無策ってわけじゃないんだろ?」
「策と言える程のものじゃないですが、一応の方針は立てていました」
「LVを上げてBF21まで辿り着ければ、今までと同じ時間で数倍の利益が出せますから……」

現在の桃香クランは、辛うじてBF20まで到達している。
凪達によってアイテム類が入手出来るようになった今、BF21の階段を見つけるのも時間の問題である。
それまでの間を持たせるだけなら、アルバイトなどの金策でも大丈夫だろうというのが、彼女達の考えであった。

「というか、BF21への階段の場所なら俺が分かるぞ? 教えようか?」
「ううぅ、雛里ちゃん、どうしよう? 任せてもいい?」
「そんなの困るよ、朱里ちゃんが決めてよぉ」
「……なんでそこで悩むんだよ」

疑問に思う一刀だったが、これは彼の方が間違っている。
BF21からは敵の種類が倍に増えるのは、一刀も承知のことだ。
だが漢帝国クランや華琳クランといった最強クランに連れられて行った一刀には、その真の恐ろしさがわかっていない。

普通のクランでは、彼女達のように的確な対応を取ることは難しいのである。
少なくとも、自力で階段を発見するくらいにBF20を探索出来るような実力派クランでないと、BF21での戦闘は厳しいであろう。

そのことを朱里達に説明された一刀は、彼女達にあっさりと解決策を提示した。

「それじゃ、BF20の海岸で戦うってのはどうだ? 海の敵って強めだけど単体だし、アイテムがレアだから、BF21相当の稼ぎになるんじゃないか?」
「はわわ、そ、それでしゅ!」
「あわわ、凄いです……」

強めの敵との戦闘に慣れることが出来、且つEXP的にも美味しいだろう。
そこでLVを上げれば、BF21以降で稼げるようになるのもあっという間なはずだ。

3日後に迷宮探索を行うことを約束した一刀達。
その頃には、すっかり夜になっていた。

「そういえば、今日の炊き出しは大丈夫だったのか?」
「うん、紫苑さん達の番だったから」
「そっか。んじゃ、俺はそろそろ帰るかな」
「え? まだ肝心のお話しをしてないよ?」
「はぁ? なんのことだよ?」
「アルバイトだよ。明日から働かせてもらうんだもん。ね、朱里ちゃん、雛里ちゃん」
「よろしくお願いしましゅ、ご主人様」
「ふ、ふ、不束者ですが……」

今まで桃香達が自分を「ご主人様」と呼ぶのは、双子のメイド教育時に習慣付いてしまったのだろうと思っていた一刀。
だがここに来て彼は、ようやく彼女達と自分の間に何か齟齬があることに気がついた。

剣奴時代の一刀が交わした様々な契約からも分かるように、この世界での口約束は重い。
閉ざされた都市・洛陽の中で約束を破れば、即座に周囲に知れ渡ってしまう。
そしてあっという間に信用を失ってしまうのだ。

尤も今回の場合は、誤解が元での約束である。
金策の目処も立ったことだし、しっかり話し合えば解決する問題なはずだった。

(……今回のクエストは無報酬っぽいし、このくらいはご褒美だよな?)

新たに巨乳メイドとませっ子メイド、そして照れ屋ちゃんメイドまで獲得し、ご満悦の一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:22
HP:410/353(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:76/6500
称号:エアーズラバー

STR:29(+4)
DEX:46(+17)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:45(+13)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:213(+22)
近接命中率:112(+20)
物理防御力:151
物理回避力:109(+23)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:20貫



[11085] 第七十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:40
住み込みが基本のメイド業ではあるが、桃香達の希望はあくまでアルバイトである。
労働時間が一定でない彼女達を、日常作業に組み込むのは難しい。

そこで一刀は、彼女達をメイド達への教育を行う臨時講師的な立場で雇い入れた。
メイド業務はもちろんのこと、一刀や七乃には疎い洛陽市民視線での常識などを教えてくれればいいなぁと思ってのことだ。

「それじゃ、よろしく頼むな」
「はーい。こっちは朱里ちゃんも雛里ちゃんもいるから大丈夫だよ。いってらっしゃい、ご主人様」
「はわわ、どうしよう雛里ちゃん。夜の教育用の本、おうちに忘れてきちゃった!」
「大丈夫だよ、朱里ちゃん。私、内容は全て暗記してるから……」

朱里達の会話の意味が、一刀にはいまいち理解出来なかった。
だがなんといっても彼女達には、双子をメイドへと育てた実績がある。

(彼女達に任せておけば、まず大丈夫だよな)

桃香達による英才教育で、子供達が一流のメイドへ成長することを期待する一刀。
雇い入れたばかりの講師なのだから、本来であればしばらくは様子を見てその教育内容を確認する必要があるだろう。
だが、一刀の彼女達に対する信頼は厚い。
今も所用で出掛けなければならない一刀だったが、その心に不安はまったくなかった。

子供達への教育を桃香達に任せ、まず彼が向かったのはギルドにいる穏の元である。
加護を受けたばかりの天和達が迷宮探索をしばらく休憩するということで、ようやく『太平要術の書』を借りられたのだ。

「ふはっ! ふっ、はっ、ああぁん!」
「落ち着け、ひとまず落ち着けっ!」

穏の本好きを知っていた一刀は、全く下心がなかったわけではない。
もしかしたら、ちょっと美味しい思いが出来るかなぁとは期待していた。
だがなんというか、表紙を見ただけでここまで反応されると、正直どん引きである。

先ほどまで同じ執務室にいた冥琳に助けを求めようにも、彼女はとっくに避難済みであった。
一刀の膝に座り、本を捲りながら頬を上気させて身悶える穏。
既に彼のズボンは、穏から溢れ出す幸福感によってベチャベチャだ。

(これ、まさか嬉ションじゃないよな……)

艶めかしく溜め息をつき、感極まって一刀の耳を甘噛してくる穏。
彼女を両手で抱き抱えながら、今日の予定が丸々潰されたことを確信する一刀なのであった。



途中から祭も加わっての乱痴気騒ぎ。
更に皆がダウンした頃を見計らって、こっそりと執務室を訪れて来た冥琳とまで甘い一夜を過ごした一刀は、昨日消化出来なかった予定を実行すべく華琳の館を訪れた。
前回受注した『アイテム交換クエスト』の報酬が用意出来たということで、呼び出されていたのだ。

一刀的には大幅なLVアップもさせて貰ったし、差し引きで言えば既にプラスだと思っていたので、それ以上のものを要求するつもりはなかった。
だが相手は、あの華琳なのである。
変に遠慮する方が失礼であろうことは、一刀も今までの経験から理解していた。

「おー! なんかこれ、凄いな!」
「それ、特注品なのよ。私の分と貴方の分しかないんだから」

華琳が用意したもの、それはマントであった。
クエスト当初、1日100貫の報酬を提示した華琳にしては、マントだけとは随分としょっぱいのではないか。
そう思うのは、早計である。
このマントは、現在の洛陽では文句なしに貴重品であるBF21でのドロップアイテムが使用されているのだ。

基本的に魔法生物は、短剣飾りや素材系のアイテムをドロップしない。
スライムの『スライムオイル』やガーゴイルの『銀のカギ』と同様、魔法生物であるゴーレムやキメラのドロップアイテムもポップしにくいのだ。
よって一刀のマントは、残りのモンスターから出たアイテムによって制作されている。

バジリスクに飲み込まれた鉱石類が、体内の猛毒によって精製され混じり合った未知の金属、『超合金』。
地獄の炎にも焼かれることがないケルベロスの、強度と靭性を兼ね備えた最高の皮膚、『強靭な皮』。

BF21以降で戦闘可能なのは、今のところ華琳クランと漢帝国クランのみである。
従って現時点でこれらが市場に流れることはないし、いくら金を積んでも華琳が売却することもないだろう。
その貴重なアイテムを使用した報酬は、華琳の一刀に対する好意以外の何物でもない。

覇者のマント:防8、耐100、STR+2、近攻+15、遠攻+15

『贈物』に勝るとも劣らぬ、そのマントの高い性能を教えてくれる稟。
早速それを装備した一刀を見て、華琳と稟は顔を見合わせた。

「あら、意外と様になってるわね」
「ええ。こう言ってはなんですが、予想外でした」
「なんだよ、それ」
「だって貴方って、威厳がないじゃない。マントに着せられた感じになるかと思ってたのに……」
「ふふ、でも良くお似合いですよ」
「まったく、褒めてんだか貶してんだか……。まぁでも、ありがとうな、気に入ったよ」

マントの着心地を確かめる一刀と、顔を綻ばせながらその様子を眺めている華琳達。
動きが阻害されないか一通り確認した一刀は、折角来たのだからと加護の時に貰った『贈物』の鑑定を稟に頼んだ。

『太公望の竿』の時のように後付けの変化がある場合、稟に誤認される恐れもある。
だがここでの結果がどうであれ、いずれ真桜達にも確認して貰うつもりだったし、ここで鑑定されて損をすることはない。

「ふーむ。あの時と同様、私には唯の瓢箪にしか見えませんね。あ、これにも銘が入っていますよ。『伊吹瓢』というアイテムらしいです」
「へぇ。なんなんだろうな、それ」
「ところで一刀殿、折角の『贈物』を酒器に使うのは、さすがにまずいと思いますよ?」
「へ? 酒なんて入れてないぞ? 革袋の代わりになるかと思って水は入れたけどさ」
「でもほら、お酒ではないですか」

『伊吹瓢』を受け取り、中身を確認する一刀。
驚いたことに、そこには稟の言う通り酒が入っていた。
確かに今朝は水を入れたはずなのに、それがなぜか赤ワインに変わっていたのである。

「……うーん、アイテム効果か? 迷宮探索の役には立たないけど、これはこれで凄いな」
「肝心なのは、味よ。一刀、確かめさせなさい」

別にそんな所は肝心ではない。
華琳に対してそんなツッコミを入れられる訳もなく、一刀は素直に瓢箪を手渡した。

「へぇ、中々の香りじゃない。いえ、それどころか、これって……」

そのまま瓢箪に口を付けた華琳は、瞼をそっと閉じる。

穏やかな日差し、豊かな大地。
そこにしっかりと根を張った木々は、葡萄達へ自然の恵みを分け与えている。
緻密な酸味に支えられた芳醇な味わいに、そんな葡萄畑を思い描く華琳。

「一刀、この瓢箪、私に譲りなさい!」
「いやいや、さすがに祭壇での『贈物』なんだし、それはまずいだろ。それよりもさ、水を入れて赤ワインなら、他のを入れたらどうなるんだろ?」
「貴方……なんて素晴らしい思いつきなの?! 稟、すぐに容器と飲み物を用意して頂戴!」
「畏まりました、華琳様」

紅茶とジンでイギリス人。
コーラとジンでアメリカ人。

この世界に残念ながらコーラはないが、烏龍茶や緑茶など飲料の種類はそれなりにある。
騒ぎを聞きつけて集まった華琳クランのメンバー達が見守る中、早速実験が開始された。

「私はこの緑茶を入れて出来た、清酒とやらが一番好きだ。秋蘭はどうだ?」
「ふむ、それも捨てがたいが、こちらの焼酎という酒の方が私の好みに合っているな」

春蘭と秋蘭が。

「うえっ、このテキーラってやつ、飲めたもんじゃないわね」
「それはオレンジ果汁で割れば、飲みやすくなるのですよー」

桂花と風が。

「やっぱり私は、ワインが一番好きだわ」
「華琳様、こちらの酒はブランデーという名前らしいのですが、これもなかなか味わい深いですよ?」

華琳と稟が。

稟のスキルによって名称が判明した、今まで見たこともない酒類。
どれをとっても一級品であるそれらの味わいを、皆が楽しんでいた。
そしてそれは、季衣と流琉も例外ではない。

「かぁっ! に、兄ちゃん。このウォッカってやつ、毒じゃないんだよね?」
「あ……。でもなんだか、お腹がポカポカして来ました」
「うぅん、ボクなんだか、気持ち良くなってきちゃったよ」
「兄様、あの、今晩は私達の部屋に泊まっていきませんか?」

無邪気に一刀へと頬を擦り寄せる季衣。
恥じらいを見せつつも、一刀の袖を離さない流琉。

一刀はそっと二人を抱きかかえ、さりげなく風と稟に触れてPTを組んだ。
そして季衣達の部屋で彼女達とパーティ登録をした一刀は、とても充実した夜を過ごしたのだった。



2晩連続で外泊した一刀を待っていたのは、涙目になった月と、勝気ながらもどこか寂しげな詠であった。
明日から迷宮探索に向かう予定の一刀は、今日こそ真桜達に連絡を取って瓢箪を見て貰おうと思っていた。
だが、そんな彼女達を放っておくわけにもいかない。

(まぁ、瓢箪の件は夜でもいいか)

と、昼間っから情事に耽ろうとした一刀は、右手に月、左手に詠を抱き寄せた。
真珠で得た精力をフル活用している彼を、誰か止められるものはいないのか。

「ここにいるぞー!」
「……ん、誰?」
「蒲公英、そんなエロエロ魔神と話したらダメだ!」
「えー、お姉様。そんなこと言うと、桃香様に怒られちゃうよー?」

顔立ちの良く似た2人の女の子。
蒲公英という名の少女が口にした言葉から察するに、どうやら桃香のクラン員であるようだ。
その推測は当たっており、2人の来訪に気付いた桃香が出て来て一刀に紹介した。

「ご主人様、翠ちゃんと蒲公英ちゃんだよ。2人とも私の仲間なの!」
「仲間っていうか、命の恩人なんだよ、桃香様は」
「もう、翠ちゃんったら。様はやめてって言ってるのに……」
「えー、でもみんな桃香様って呼んでるよ?」
「そうなんだよね。私って、そんなに親しみ難いのかなぁ……」

口を挟んだ蒲公英の言葉に、落ち込む様子を見せる桃香。
そんな桃香に、即座に解決策を提示する一刀。

「桃香だけが様付けだから、気になるんだよ。だからここはひとつ、彼女達にも俺をご主人様と呼ばせたらどうだろう?」

どうだろう、ではない。
頭が湧いているとしか思えない一刀の提案は、しかし桃香の琴線に触れてしまったようである。

「ご主人様、自分を犠牲にしてまで私のために……」
「ちょっと待ってくれ、なんでそんな話になるんだよ!」
「そうだよ、おかしいよ!」

翠達のツッコミも、自分の世界に入ってしまった桃香には聞こえない。
彼女は虚空に向かって「来た」「メインヒロイン来た」「これで勝つる」などと、意味不明な単語を呟いていた。

こうして桃香クランにおける唯一のルール、一刀に対する呼称に関する条約が制定されてしまったのだった。

「それはともかく2人共、桃香になんの用だったんだ? 迷宮探索は明日だろ?」
「ああ、それが今日の炊き出し当番、私達の都合が悪くなっちゃってさ」
「バイト先の馬達が、急に具合が悪くなっちゃったんだ」
「そりゃ大変だな。早いとこバイト先に戻った方がいいんじゃないか?桃香が正気に戻ったら俺からちゃんと伝えておくからさ」

明後日の方を見つめて、えへらえへらと笑っている桃香。
そんな彼女にに心配そうな眼を向けたものの、翠と蒲公英は一刀の好意に甘えることにした。

「ありがと、頼んだよ」
「よろしくねー、ご主人様」
「ちょっと蒲公英、馴染むの早過ぎだろっ?!」
「だって桃香様って、ああ見えて頑固だし。お姉様も早く諦めちゃった方が楽になるよ?」
「わ、私は絶対に呼ばないからなっ!」
「ああ、お姉様! 待ってよぉ!」

走り去る2人を見送った一刀は、とりあえず抱きっぱなしだった月達を自室へと持って帰ったのであった。



数時間後、月達を部屋に残して階下に降りた一刀は、そこで未だにボンヤリしている桃香を発見した。
間もなく夕暮れに変わろうとする時間帯、炊き出しをするならさすがにそろそろ準備をせねばまずいであろう。
しかし彼女は相変わらず「ラヴ2000、いやマシーンかも」「みんなもシャチョさんも……」などと、理解不能な言葉を発していた。

「桃香、おい、桃香?」
「ふぇ? え、えへへ……」

主役格でありながら、今まで影が薄かった分の鬱屈が溜まっていたのであろう。
きっと想像力の豊かな子なのであろう。
一刀が困り果てていたその時、長い黒髪をポニーテールに結んだ女の子が宿を訪れた。

NAME:愛紗【加護神:関羽】
LV:20
HP:459/429(+30)
MP:0/0

LV20でありながら、LV23の霞や華雄に劣らないHP表示に見惚れる一刀。
さすがは現実の世界で、最も多く祭られている三国時代の武将を加護に持つだけのことはある。
これまで色々と優れた冒険者を見て来た一刀だったが、その優れたステータスは、鴉の濡羽のような漆黒の髪と相まって、彼に強烈な印象を与えた。

「ごめん下さい。こちらで働いている桃香様に用事があるのですが」
「あ、ああ。いるにはいるんだけど、今は……」
「もしかして、またですか。ちょっと失礼します」

そう言って宿に上がり込んだ愛紗。
慣れているのだろう、ボーっとしていた桃香を容赦なく揺さぶって正気に戻し、その場で説教を始めた。

「桃香様、貴方は今、お仕事中のはずですよ。一体何をしているのですか」
「うう。でもね、ご主人様が……」
「言い訳無用。そう、貴方は少し妄想に耽り過ぎる。桃香様、今日の炊き出しで善行を積んでもらいますよ!」
「はーい。ごめんね、愛紗ちゃん」

見事なもんだ、とその様子を眺めていた一刀。
だが愛紗の説教の矛先は、彼にも向いたのである。

「一刀さん、でしたよね。お噂は聞いています」
「愛紗ちゃん。ご主人様って呼ばなきゃダメだよ」
「そのことです! いたいけな少女達を金銭で買い集め、皆に無理やりご主人様などと呼ばせているそうですね」
「なんだよ、その悪意に満ち溢れた噂は……」
「あまつさえ、桃香様にまで! そう、貴方は少しエロ過ぎる。貴方も一緒にボランティア活動をして、贖罪するがいい!」

今まで一刀の評判は、彼にとってプラスにしか働いたことがなかった。
だがここに来て、噂という魔物が負の側面を見せ始めていた。

特に数日前、奴隷市で有力者の奴隷購入を邪魔したのがまずかった。
元々知名度のある一刀に悪い噂を流すことなど、彼等にとって朝飯前であるのだ。

しかしそれを鑑みても、愛紗の態度は頂けない。
初対面の翠に『エロエロ魔神』呼ばわりされたことは、月達を抱いていた状況だったので、まだしも理解出来る。
だが噂だけでこうまで決めつける愛紗は、一体何様なのか。
さすがにむっとする一刀だったが、そこで『ちっ、うるせぇな。反省してまーす』などと言えるような男ではない。

類は友を呼ぶと評するべきか、朱里や雛里にしろ、桃香の仲間達はどこか正義感が強い。
そしてこういうタイプは、熟慮をせず勘違いで突っ走る傾向にある。
しかし、一刀はそれが決して悪いことだとは思わない。
なぜなら弱者が求めているのは、巧緻より拙速であるからだ。
リアルで不良に絡まれた一刀をたびたび救ってくれたのは、いじめ撲滅を目指して活動していた教師達ではなく、フランチェスカの学生会長で正義感の強い不動先輩だった。

そんな不動先輩と、愛紗はどことなく同じ匂いがするのだ。

一刀が愛紗に対して申し開きをすることはなかった。
そして言われた通り、彼女達の炊き出しの手伝いまで行ったのである。

(誤解は口で解くもんじゃない。行動で認めさせるんだ。……そうですよね、不動先輩)

久しぶりにリアルのことを思い出し、しんみりとした一刀なのであった。



筆者注記:
言うまでもなく、これはフィクションです。
未成年の飲酒や性行為を推奨する意図は一切ありません。

**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:22
HP:410/353(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:76/6500
称号:○○○○○

STR:31(+6)
DEX:46(+17)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:45(+13)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:229(+37)
近接命中率:112(+20)
物理防御力:158
物理回避力:106(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:19貫



[11085] 第七十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:40
NAME:ダゴン

海蛇のような、それでいて人型のような姿。
背から生えた、石灰質の骨格のみで形成された複数の腕。
退化した目を押しのけるような巨大な口には、凶悪な牙でびっしりと埋め尽くされている。

これがBF20で一刀が釣ったモンスターである。
名前的にタコっぽいモンスターを想像していた一刀。
しかしその正体は、見るもおぞましい怪物だった。

「ぜあっ!」

その異形に対し、躊躇うことなく偃月刀を振り下ろす愛紗。
怪物による不気味な反撃にも、必要以上に大きく避けることもない。
彼女は平常心そのままであった。

さすがは関羽の加護を受けた少女、と言いたい所だが、これは愛紗だけではない。
ダゴンに怯む者など、この場には一人として存在しなかった。

実力的には漢帝国クランや華琳クランには一歩譲るものの、歴戦の勇士達が揃う桃香クラン。
幾度の戦闘で鍛え上げられた胆力に、外見の恐ろしさなどは何の役にも立たないのである。

だがダゴンは、見かけ倒しのモンスターでは決してない。
BF20のモンスターでありながら、その実力はBF21と同等かそれ以上の存在なのだ。

ダゴンの背中から腕が一斉に伸び、愛紗の武器を取り押さえに掛かる。
そうしておいて、彼女の柔らかな胴体に齧り付こうという魂胆だ。
単純ながら、だからこそ逃れ難い攻撃。
特に純粋な力量で劣る相手には、必勝の策であろう。

ところが明らかに格上の敵であるダゴンの腕を、愛紗は偃月刀の一振りでいとも簡単に凪ぎ払ったのである。
彼女の愛刀に纏わりつこうとした骨の腕は、所々に罅割れまでが生じていた。

能力ブースト香も使用していないし、朱里や雛里と別チームのためコモンスペルによるブーストもない。
確かに桃香の加護スキル【慈愛の抱擁】によって愛紗のステータスは上がっているし、パーティ効果だって彼女のステータスに影響を与えているだろう。
だからと言って、まるで格下を相手にしているかのような愛紗の戦い方は異様である。
そうするには、LVやブーストがまだまだ足りていないはずなのだ。

愛紗とダゴンの実力差を埋めている最も大きな要因。
それは彼女の加護スキル【義将】の効果だった。
常時発動のパッシブスキルであるそれは、己の成長率を高めるという、ややチート気味な性能を誇っている。

つまり彼女は、表示的にはLV20でありながら、実質はもう数レベル上の実力を持っているのである。
そしてその本領は、LVが上がるにつれて発揮されていくこととなるのだ。

一刀が見守る中、愛紗とダゴンの死闘は続いていた。
パーティメンバーは愛紗の他には桃香と、彼女達の義妹だという鈴々という幼い少女。
桃香が他のパーティにも【慈愛の抱擁】を施しに行っているため、実質は2人である。

いや、むしろ愛紗のソロだと表現した方が状況にマッチしているだろう。
なぜなら、鈴々は先程から戦闘には全く参加していないからだ。
だからと言って、彼女が何もしていない訳ではない。

先程から鈴々は、微動だにせずダゴンを睨みつけている。
そうすることにより、彼女の加護スキル【力を溜める】を使い続けているのだ。
その小さな体に練り込まれた氣は、今や爆発寸前であった。

「愛紗、今なのだ!」
「応!」

頃やよし、と鈴々が叫ぶ。
その声に合わせてダゴンを強く押しこみ、反動を利用して敵との距離を取った愛紗。
そこに満を持して、鈴々の形をした暴力の塊が飛び込んだ。

「おおおぉぉ!」

単なる強攻撃が、文字通りの必殺技となった。
ダゴンの頭上にある白NAMEだった表示が、黄色を通り越して赤くなり、そのままあっさりと消えてしまったのだ。
それもそのはずである。
ダゴンの胴体には、鈴々が楽に通り抜け出来る程の大穴が開けられていたのだから。

「にゃはは。突撃、粉砕、勝利なのだ!」
「ふむ、まだまだいけそうだな。一刀さん、次をお願いする」

華琳達や恋達とはまた違った強さを持つ義姉妹に、感嘆の念を禁じえない一刀なのであった。



今回のパーティ構成は、この桃香・愛紗・鈴々パーティ以外に4人1組で2チーム、合計3組に分かれての戦闘である。
一刀はこの3パーティのどこにも所属していない。
なぜなら、敵を釣ることは一刀にしか出来ないからである。
つまり一刀は全ての敵のタゲを取ってしまうため、彼がパーティに入ってしまうと経験値を常に2パーティ分の人数で分配することになってしまうのだ。

(予想外の役得っていうか……。なんか、皆に悪いな)

必然的に、一人だけ3パーティ分の経験値が入って来ることになる一刀。
しかも彼は、それぞれのパーティに敵を供給する必要があるため、戦闘行為を行っていない。

勿論その気になれば、一刀だって敵を釣っていない時なら戦える。
しかし、継続して戦えるのならともかく、不意に参戦されても各自の邪魔にしかならない。
そのため一刀は、大人しく敵を釣ることだけに専念していたのだ。

それにしても、と一刀はそれぞれの戦闘の様子を眺める。
やはり戦闘向けの加護スキルは凶悪だと、改めて実感する一刀。
特に愛紗や鈴々を始めとする、五虎将軍のスキルがヤバい。

趙雲の加護を受けた星の召喚した子竜のブレスは、攻撃に回復にとオールマイティの性能を発揮し。
馬超の加護を受けた翠の肩に掛けられた錦は、敵の攻撃を決して通さず。
そして極めつけは、黄忠の加護を受けた紫苑である。

≪-老黄忠-≫

現代でも、老いてますます盛んな人を指す言葉に使われる程に有名な武将の呼び名そのままの加護スキル。
それを使った紫苑の、20代後半を思わせるしっとりとした肌が、みるみるうちに青い果実へと変貌していく。
当然変化は、肌だけではない。
顔も体付きも、そして胸までもが、璃々と歳の近い姉を思わせる程までに若返ってしまったのである。
加護スキルの恩恵であろう、紫苑の身に付けている武器・防具までが、今の彼女にフィットするサイズにまで縮んだ。

恐るべし、ロリ黄忠。

若返った紫苑の放つ矢は、老練な技をそのままにパワーを増してダゴンに突き刺さった。
ここで間違えないで欲しいのは、矢のパワーと紫苑の力がイコールでは結ばれない所だ。
数十年後ならともかく、現時点の紫苑は全盛期である。
若返ったところで大幅な力の増加はありえない。

ではなぜ攻撃の威力が増したのか。
それは、紫苑の武器が弓矢であることと深い関わりがあった。
『老黄忠』のスキルによって紫苑の巨乳がチッパイとなったことで、引き手の邪魔にならなくなったのだ。

(……色んな意味で、凶悪なスキルだ)

ロリ紫苑の体型に合わせて縮んだ着物から覗く、まったいらな胸元に視線を釘付けにされた一刀なのであった。



水を入れたら赤ワインならば、海水はどうか。
そう思って試してみた一刀が得た物は、極上の白ワインであった。

(華琳へのお土産にするか。ワイン、かなり好きそうだったしな)

実験結果に満足しながら、『伊吹瓢』に栓をする一刀。
そんな彼に向かって、やや乱暴な声が掛けられた。

「おい。桃香様がお呼びだ」
「ああ、分かった。焔耶、ありがとうな」
「……ふんっ」

比較的悪感情を持たれている愛紗や翠とも、一刀はこの一週間でそれなりにコミュニケーションを重ね、関係の改善に努めて来た。
だが今呼びに来てくれた焔耶とだけは、全く会話が成立していなかった。

一刀は、特に寛容なタイプでもない。
しかしここまでギスギスされると、いっそすがすがしい。

そう思えるのも、今の一刀が持ちつつある余裕の為せる技である。
リアルの時は勿論、剣奴時代に出会っていたとしても、恐らく焔耶に対して苦手意識を抱いてしまったであろう。
だが数多の英雄達を見て来た彼にとって今の焔耶は、ちょっとツンツンしている子という印象であり、そこに悪感情を抱くことはなかった。

(それにしても、なんでブラとかしないんだろ……)

一刀にとって今の焔耶は、特に胸部の辺りがツンツンしている子という印象であり、そこに悪感情を抱くことなど一切なかったのであった。
焔耶の後にホイホイと付いて行った彼を待っていたのは、酒宴のお誘いである。

「一応明日で最終日の予定だから、一刀さんへのお礼も兼ねて打ち上げしようと思って。洛陽に帰っちゃうと、こういう宴会も出来ないしね」

今回の探索で莫大な儲けが出るはずの桃香クランだったが、洛陽市民の境遇を思えば贅沢はし難いのであろう。
迷宮内ではあるが、ここなら一刀の釣ったカニやエビのお陰で、ちょっとした高級料理店に行くよりも美味しい料理が味わえる。
そういうことなら、とBF20のレアポップ魚『カニカマ』を提供したかった一刀だったが、残念ながらリポップはまだのようであった。
だが今の一刀には、それ以外にも宴に華を添えられる。

「ふむ、主殿。これはなかなかのワインですな」
「なんだよ星、主殿って」
「いえ、一刀殿を『ご主人様』と呼称するようにとのお達しが出ましてな。なので私は、主殿と呼ぶことにしたのですよ」

「どれ、お館様。儂にも一献、頂けませんかな?」
「桔梗さんまで。……まぁいいか。ほら、どうぞ」
「うむ。これは美味い」

「あらあら、羨ましいわ。私にも頂けませんか、一刀お兄ちゃん」
「って、紫苑さん。ロリ黄忠のまんまなんだ……」
「うふふ、こっちの方が一刀お兄ちゃんの好みに合いそうですので」
「そんなことないぞ? いつもの妖艶な紫苑さんだって、大好物だよ」

「おお、主殿。なかなか豪儀ですな。さ、もう一献」
「さすがはお館様。どれ、もう一献」
「あらあら、うふふ。次は私に注がせて下さいな」

と、酒好きの星、桔梗、紫苑に大好評の『伊吹瓢』。
アルコールとチヤホヤ感でいい気持ちになっていた一刀に、朱里と雛里が近寄って来た。

「あの、ご主人様。今回のドロップアイテムの配分についてご相談させて下さい」
「ご主人様の助力が大きかったのは確かなのですが、どうか人数割りに……」

誓って言うが、酒宴も星達の歓待も、交渉に利用すべく行われたわけではない。
だが今の一刀が精神的に隙だらけなことは確かなのだ。
いくら幼いように見えてもさすがは策士、期を見て敏であるといえよう。
しかしそんな彼女達ですら、次の一刀の言葉を予測することは出来なかった。

「ああ、いいよいいよ。今回は俺、分け前なしでいいからさ」

そもそも今回の探索前に、一刀に対する報酬条件を設定していなかったのは、明らかに桃香達側のミスであった。
一刀の提案した作戦の妙味に夢中だったこともあるし、なにより彼女達はこれまでその辺をナアナアで済ませて来たことが主な原因であろう。

だが、今回の収入は今までとは規模が違い過ぎる。
ダゴンのドロップアイテム『珊瑚』は、触るまでもなく秘めた魔力が察知出来る程の一品であったし、同じくドロップした『銀の短剣飾り』にしても高価な品である。
これらの品であれば、捨て値で売っても1万貫を軽く上回るであろう。
出し惜しみしつつ価格を調整すれば、3万貫は稼げるはずだ。

基本的に一刀のことは信用している朱里や雛里であったが、金銭が人を変えてしまうことも知識として十分に知っていた。
そして今回の取り分で一刀が多少の無茶を言う権利があることも、わかっていたのだ。
なぜなら、ダゴンを倒す者は桃香達でなくても構わないが、それを釣るのは一刀だけにしか出来ないからである。

つまり朱里達は、具体的な契約がないことを盾に、総収入の半分などと言われてしまう事態を避けたかっただけなのだ。
不当な要求をするつもりなど全くなかったのに、当の一刀が報酬などいらないと言い出したため、状況が無意味に混乱してきた。

酒を楽しんでいた星達からも。
食事を楽しんでいた鈴々達からも。
その様子を眺めて楽しんでいた桃香からも。

なにやら生温かい視線が、朱里達に向けられていた。
クランのためを思ってした行動なのに、と半ばパニック状態の2人。
そしてこれと同様の視線を、先日2人は味わったばかりであった。
あろうことか、子供達に夜の教育を施した際のトラウマまでが蘇ってしまったのだ。

「はわわ、し、知ったか振りなんかじゃないでしゅ!」
「あわわ、先生達はずっとそのままでいてねって……」

言っている内容はわからないが、朱里達が傷ついていることだけは、酔っ払っている一刀にも分かった。
言葉足らずだったのかと思い、2人に向かって自分の気持ちを口にした一刀。

「桃香達ってさ、今回は洛陽のみんなのために頑張っていたわけだろ? そんな姿を見せられたら、俺だって協力したいって思うに決まってるさ」
「で、でも、何千貫という大金なんですよ?」
「それを誰よりも人々のために正しく使えるのが、朱里や雛里、そして桃香達だと俺は思ってるんだ」
「あ、ご主人様……」

アルコールの効果で、一刀は普段なら照れてしまって言えないようなことまで告白してしまった。
だがそのお陰で朱里達も落ち着きを取り戻し、周囲の微妙な空気も払拭されたのである。

再び活気を取り戻す酒宴。
飲兵衛組と杯を交わし始めた一刀の傍に、そっと近づく影があった。

「あ、あの、私にも一献、頂きたいのですが……」
「愛紗もお酒、好きだったのか? ほら、飲みな」
「……ふぅ、美味しいです。返杯をどうぞ、ご、ご主人様」
「ああ、ありがとう。って、愛紗?」

「先日は、そ、その、誠に申し訳なかったと。噂だけで勝手に思い込んでしまって。ですから、これはお詫びの証というか、あの、桃香様からの指示でもありますし」
「そっか、分かってくれたなら良かったよ。でも別に無理に呼ばなくても、今まで通り一刀さんでも全然いいんだぞ?」
「嫌ではないのですが、少々恥ずかしくて。あ、杯が空いてますよ。さ、どうぞ。……ご主人様」

こうして、愛紗と和解することが出来た一刀なのであった。



1週間の迷宮探索も今日が最終日。
3パーティ分のEXPを取得していた一刀は、数日前にLV23となっていた。
そして桃香クランのメンバーも、概ねLVを2つずつ上げた。

これは別に不思議なことではない。
確かに彼女達は1パーティ分しかEXPを得られないが、一刀よりLVが低い分だけ数倍のEXPを獲得しているのである。
つまり総合的に見れば、一刀よりLVアップしていて当然なのだ。

初日よりも短時間で、次々とダゴンを屠っていく桃香クランのメンバー達。
一刀も、総仕上げとばかりにガンガンと敵を釣り上げて行く。

「星、次いくぞ!」
「応!」

「翠、お代わりだ!」
「どんと来い!」

「愛紗、って、あれ? あ、ちょっと待った!」
「な、何事です?!」

一刀が愛紗パーティに向けて釣り上げたもの。
それは、ダゴンではなかったのだ。

海蛇のような人型のような、それでいて気弱な雰囲気を醸し出す姿。
赤い珊瑚で形成された、プリティーな複数の腕。
巨大な口に押しのけられたように退化した瞳は、なぜか涙目のように見える。

NAME:ダゴミン

不気味な顔を引き攣らせ、小さな腕をワキワキと動かしているダゴミン。
その仕草は、まるでこちらに何かを訴えかけているようだ。

『ぼくは悪いモンスターじゃないよ』

とでも言いたげな素振りである。
普通のダゴンであれば、既に一刀に襲い掛かって来ているはずである。
この時点で、何かがおかしい。

警戒しながら近付く一刀、その一挙一動にブルブル震えるダゴミン。
そして一刀の間合いに入った瞬間、ダゴミンがついに行動を起こした。
ダゴミンは自身の腕をへし折り、一刀へと差し出したのである。

「ぬ゛」
「あ、これはどうも、ご丁寧に」

まるで血を吸ったかような、深紅の珊瑚。
『これで許して下さい』と言わんばかりのダゴミンに、一刀はなにか近しいものを感じた。
なんとか見逃してやりたいと思った一刀は、血気に逸る愛紗を宥めにかかる。

「愛紗、ダゴミンだってさ。ダゴンとは違うモンスターみたいだ。なんか、いい奴っぽいかも?」
「ですがご主人様! 奴は敵なのですよ!」
「そうだけど、もうちょっと穏便にならないかな?」
「……ふむ、ご主人様がそう言われるのであれば」
「わかってくれたか、愛紗」
「ええ。せめて苦しむことのないよう、一撃で仕留めてみせます!」
「って、ちょっと待てー!」

偃月刀を振り被る愛紗を、背中から羽交い締めにする一刀。
ダゴミンのつぶらな瞳から、まるで真珠のような涙が溢れ出した。

「愛紗ちゃん。乱暴は良くないよ」
「ご主人様だけでなく、桃香様までそんな甘いことを!」
「でもダゴミンさんが襲って来たわけじゃないんだしさ。可哀想だから、逃がしてあげよ?」
「……わかりました、桃香様がそうおっしゃるなら」

愛紗がようやく偃月刀を下ろし、一刀も名残を惜しみながら彼女から離れた。
2人の見守る中、ダゴミンへ話しかける桃香。

「ダゴミンさん。もう一刀さんに釣られちゃダメだよ」
「ぬ゛」
「海へお帰り。元気でね」
「ぬ゛」

何度も振り返るダゴミンと、彼に向かって手を振る桃香。
ちなみに星チームや翠チームは、未だ戦闘中だったのであった。



行きは丸1日掛かる道のりでも、帰りは『帰還香』によって一瞬である。
折角LVも上がったことだしと、一刀は桃香達と大神殿へ向かった。

ところが、大神殿の様子がいつもとは異なっていた。
祈りを捧げている男達で異常に混雑しており、満足に移動も出来ないのである。

『贈物』は後日でいいやと、神殿から立ち去ろうとした一刀達。
そんな一刀の背中に、大神官から待ったの声が掛かった。
人々を掻き分けてようやく大神官の元へと辿り着いた一刀に、彼は切羽詰まった様子で尋ねた。

「一刀、『真珠』はどうなっているんだ?」
「あ、ごめん。今まで桃香のクランと一緒に行動してたんだ。その前は華琳のクランとだったし、『真珠』を取りに行く暇がなかったんだよ」
「なんとかならないのか、一刀? ここに集いし憐れな子羊達を救えるのは、お前だけなんだ!」

そう言われて振り返る一刀。
一刀を凝視している男達。

(なにこれ、怖い……)

「ち、近いうちに、必ず手に入れて来るからさ」
「聞いたか、皆の者! 性の神は救いを与えて下さった! いやさ、彼こそが洛陽に降臨した新たな神と言えよう!」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」

「ちょ、煽るのは止めてくれよ!」
「いやいや、そう謙遜しなくてもいい。お前の功績は、この神殿で後世にまで語り継がれるであろう。頼んだぞ、新性器の神・一刀よ!」

こうして、休む暇もなく再び迷宮へと降りるハメになった一刀。
だがこれも、悪い側面ばかりではなかった。

有力者にばら撒かれた一刀の悪い噂など、この神殿の強烈なプッシュによってあっけなく一掃されてしまったのだから。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:2438/7000
称号:新性器の神

STR:31(+6)
DEX:47(+17)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:232(+37)
近接命中率:115(+20)
物理防御力:159
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:19貫



[11085] 第七十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:40
大神殿で祈りを捧げていた男達に、数日後の再訪を約束した一刀。
彼等は満足気に帰途につき、一刀と桃香達はようやく『贈物』を貰うことが出来た。

「へぇ、ご主人様の『贈物』は靴なんだ」
「この『ダッシュシューズ』もいい加減ボロボロだったし、丁度良かったよ」
「ここで問題でーす。私の家はどんなお店をしているでしょうか?」
「何言ってんだよ。靴屋だろ?」
「ピンポンピンポン。正解者には賞品として、靴のカスタムサービスをしちゃいまーす。というわけで、この靴は私が持って帰るね」
「へぇ、そりゃありがたいな。けど、本当にいいのか?」
「うん、もちろん。今回のお礼も兼ねて、是非やらせてよ」

材料費も全て持ってくれるという桃香の好意に、一刀は甘えることにした。
出来上がりは数日後になるとのことである。
大神官から受注した『性なる試練』のことは明日考えようと、一刀は桃香達と別れて宿へと帰った。

ところが、そこでも一刀は休息を取ることが出来なかった。
宿では凪達が、彼の帰りを今や遅しと待ち構えていたのである。

「ずっと待っとったんやで、隊長」
「隊長、聞いてなのー! みんな酷いのー!」
「自分達では、食べ物もまともに売って貰えないんです……」

聞く所によると、ダンジョンでの戦利品は正当な価格でギルドショップに引き取ってもらえたのだそうだ。
しかし食事や宿などでは、相当ふっかけられてしまったらしい。

凪達が亜人であることが、その理由である。
洛陽では珍しいが、未開な土地には様々な亜人が存在する。
そして明確に律令で決められてこそいないが、それら亜人は多くの人々にとって差別対象となっているのだ。

基本的に洛陽は、活気こそあるもののほのぼのとした雰囲気ではない。
それは奴隷制度の存在ひとつ取ってみても、明らかである。
個人単位ではいい奴も悪い奴もいるが、決して桃香達のようにボランティア活動をする空気ではないのだ。
すっかり桃香の影響を受けて、無辜な人々のために~などと考え始めていた一刀は、凪達の話によって冷水を浴びせられたような気分になった。

そもそも一刀は、完璧な善人などいないと知った上で、それでも人々の役に立とうとする桃香達とは考え方が根本的に異なる。
一刀が大切にしたいのは、人々などという記号ではなく、手を伸ばして届く範囲の仲間達なのである。
限界まで頑張っても、幼い子供達までだ。

そんな一刀にとって、洛陽市民とは比べるまでもなく凪達の方が大事である。
そして折角『珊瑚』の仕入れに協力することで洛陽市民に対して貢献した恩を、彼等は仇で返してきたようなものなのだ。
もっとも一刀は桃香達のために働いたのであり、洛陽の民を思っての行動ではなかったのだが。
それでもその話を聞いて、桃香クランの手伝いをしたことが馬鹿らしく思えてきた一刀だったのであった。

そんな一刀の感傷は置いといて、今は凪達の身に降りかかっている問題である。

「いくらうちらが街に不慣れやからって、ボッタクリくらい気づくっちゅーねん!」
「ボロボロの宿屋だったのに、1泊3貫もしたのー!」
「隊長、自分達をここに泊めて頂けないでしょうか?」

心情的にそうしてやりたいのは山々だが、それはそれで問題がある。

まず客として泊めるのは、現時点では無理だ。
なぜなら、彼女達は漢帝国クラン員ではないからである。
税の免除のために公宿として登録しているのがネックとなってしまうのだ。

では一刀の個人的な客としてならどうか。
数日間なら問題ないがそれ以上となると、金銭を対価に泊まっている月達や、労働を対価に住んでいる美以や子供達に不公平感を与えるであろう。

ならば従業員として雇えばいいのか。
他の選択に比べればマシな答えではあるが、彼女達の本業は冒険者である。
頻繁にまとまった休みが必要となるので、勤務体系に組み込むのが難しい。

それにどれを選んでも、根本的な解決とはなっていない。
一刀の宿を拠点に出来た所で、洛陽での買い物に困る現状は変わらないからだ。
趣味は日向ぼっこと昼寝という飼い猫気質の美以ならともかく、3人娘にとっては死活問題である。

「いざとなれば凪達を泊めるのも吝かではないけど、それだと応急対策にしかならないんだよな」
「せやな。うちらも街に出る度に変な目で見られるのは嫌やし」
「抜本的な解決策かぁ。……やっぱり、寄らば大樹の陰かな。影響力のあるクランに入れば、その辺はなんとでもなりそうだけど」
「知らない人達と一緒に戦うのは、色んな意味で怖いのー」
「隊長がリーダーなら、自分達も喜んで参加するんですが……」
「いや、俺にそんな影響力は……待てよ、それだ!」

この場合、重要なのは影響力の部分であり、クランではない。
そして今の一刀には、大神殿という強力なバックがあり、洛陽の迷える子羊達という信者達がいるのだ。

「明日から数日間、俺の依頼を手伝ってくれないか? そうすれば、全て解決するはずだ」

彼女達が大神殿により正式に認定された、『新性器の神』に仕える『性戦士』だということになれば。
そしてそのことが、迷える子羊達によって洛陽中に広まれば。

そうなれば、凪達が迫害されることもなくなるだろう。
この世界での大神殿の影響力から考えれば、まず間違いない。

「さすがですね、隊長。尊敬します!」
「たまたまだって。あんまり買い被らないでくれよ」
「でも、『性戦士』って何をすればいいのー?」
「そりゃあ『新性器の神』に仕えるんだから、……ナニかな?」
「まったく、隊長も好きモンやなぁ。まぁうちも嫌いやないから、ええけど」

こうして3人娘は、『性なる試練』クエスト中は一刀の部屋で『性戦士』としての修練を積むことになったのであった。



一般的には、無駄に広いと形容するのが相応しいであろう一刀のベッド。
だが複数プレイの多い彼は、その巨大ベッドを非常に重宝していた。
今も真桜と沙和は既にダウンして夢の中であり、そんな彼女達が横たわっているにも関わらず、凪との逢瀬に必要なスペースが十分に確保出来ている。

「はぁ、はぁ……。た、隊長、本当に、酷いです……」
「ごめんごめん。でも、凪が魅力的過ぎるのも悪いんだぞ」
「え、あ、そ、そんな……」
「ほら、ちょっと飲むか? 落ち着くぞ」

『伊吹瓢』を引き寄せ、凪に渡す一刀。
彼女は少しだけ口を付け、ふぅ、と深く息を吐いた。

「白ワインですか。まろやかで、凄く美味しいです」
「うん。飲みやすいしな」
「ところでこの瓢箪、使わないんですか?」
「ん? 十分に活用してるけど。そのワインだって、元は海水だし」
「そうではなく、アイテムとしてですよ」

凪が言うには、『伊吹瓢』は武器を飲みこませるアイテムなのだそうだ。
そうすることにより、それがいつでも取り出せるようになるという話である。
なんでも、「出ろ」と念じるだけで手の中にポップするらしい。
登録出来るのは1つのみであり、その際には武器に様々な影響が出る場合もあるとのことだ。

その話を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、雪蓮から貰った『アサシンダガー』である。
基本的に近接武器を2つ以上装備出来ないため、いつもダガーは荷物の中に入れていた。
それは武器として致命的な扱いである。
とっさに使えなければ、持って行く意味がないからだ。

しかし、この『伊吹瓢』に収納出来るのであれば話は違うのかもしれない。
なぜなら『伊吹瓢』はアイテムであり、身に付けていてもステータスの装備品欄には表示されないからである。
逆に武器を飲みこませることで瓢箪が近接武器扱いになった場合でも、そんなには困らない。
いつも腰に下げている瓢箪を、荷物の中にしまえば済む話だ。

「出来るだけ愛着を持った武器で行った方がいいですよ。そんな武器なら、きっと隊長の気持ちに答えてくれます」
「なるほどなぁ」

絶対に使用するという意味で確実性のある『打神鞭』に対して使うことも考えた一刀だったが、凪の言葉が決め手となった。
早速ダガーを取って来て、瓢箪の口に近づける一刀。
すると、大きさ的には絶対に入らないはずのダガーが、見る見るうちに瓢箪に吸い込まれていった。

「じゃあ、呼び出してみて下さい」
「ああ」

一刀の意志に応じて手の中に現れたダガーは、かなりの変貌を遂げていた。

赤茶けた錆色は、シルバーの輝きを放ち。
禍々しかった形状は、流線型のフォルムとなり。
ずっしりとした重みは、今や羽のようである。

それ以前に、これはそもそもダガーではない。
明らかに投擲用の小刀であった。

「なんていうか、随分と変っちゃったなぁ」
「あの、すみません。余計な助言をしてしまったみたいで……」

余りの変化に面食らった一刀の様子を見て、凪は落ち込んだ。
いや、この表現は現在の状況に対しては不適当と言わざるを得ない。

正確には、凪“達”は落ち込んだ、と称するべきであろう。

「……なぁ、なんか小刀が泣いてるんだが」
「ずいぶんと詩的な表現ですね、隊長」
「違うって、本当に泣いてるんだよ」

小刀についている眉と目。
そのハの字型に下がった眉がしょんぼりさを表現し、目から溢れる滴ががっかり感を醸し出す。
一刀の良心を刺激する、なかなか感情表現が豊かな小刀である。

「あ、いや、別に俺は、変な意味じゃなくてだな」

濡れた瞳の小刀に対し、しどろもどろになる一刀。
先程の自分の言葉を必死にフォローする一刀の声が、段々と大きくなっていく。

「ううーん。隊長、うるさいのー」
「むー。明日もあるんやから、そろそろ静かにしてぇや」
「……ごめん」

起こしてしまった沙和と真桜に詫び、小刀に弁明するために部屋から出て行く一刀なのであった。



BF15でのマーマン戦について、特筆すべきことは全くない。
一刀はLV23に達しており、凪達だってLV20なのである。
彼らが4人掛かりでマーマン1体を相手にするのだから、ほとんどイジメのようなものだ。

最初は前衛4人で戦っていたのだが、それでは多過ぎて動きにくいため、一刀は昨日手に入れた投擲用の小刀での遠距離攻撃に専念していた。
その方が1対2を2組作るよりも、戦闘効率が高かったからである。
それだけ3人娘のコンビネーションは際立っていたと言える。
『打神鞭』による中距離からのフォローすら必要としないくらい、お互いが補完し合う完璧な連携であった。

その小刀だが、装備したところ『眉目飛刀』という名称であることが判明した。
正確には武器を登録した瓢箪を腰に身に付けることで、システム的には遠隔攻撃武器の装備と認識されるようである。
防具と異なり武器は装備を外すとステータスが消えてしまうため、性能は現時点ではわからない。
武器の秘めた能力などがわかる真桜でも、性能を数値的に表現することは出来ない。
機会を作って、稟に鑑定してもらうのが一番良いであろう。

ところで、今まで遠距離攻撃にボウガンしか使っていなかった一刀が、なぜいきなり投擲武器を使用出来るのだろうか。
そのことを語るには、プレイヤースキル面とシステム面の両方からの見解を示さねばならない。

まず『扱いやすさ』の面である。
最近短剣から鞭に持ち替えた時のように、近接戦闘における咄嗟の判断などは、いくらシステム的なスキル値が高くても実戦経験を積まねば話にならない。
従って、当然使い慣れた武器の方が扱いやすいと言える。

但し『武器を使用する』という一点のみを見れば、一刀にとってはボウガンでも投擲でもほとんど違いはない。
狙いを定めるのも同じだし、攻撃に移るのもAボタンを押すかBボタンを押すかの違いでしかなく、後は最適な動きになるよう体が勝手に補正してくれるからである。
つまり、遠距離武器は一刀にとって比較的持ち替えやすい武器なのだ。

そして肝心のシステム面だが、ここで昨晩の凪の助言を思い出して欲しい。
「愛着の強い武器を使用した方がいい」というのは精神論ではない。
システム的にも理に適っていることなのである。
『眉目飛刀』こそ初めて使用する一刀だったが、その原型たる『アサシンダガー』は使い慣れた武器なのだから。

それは『太公望の竿』を使い慣れていたことにより、『打神鞭』装備時にある程度のスキルが身についていたことと同様である。
『打神鞭』を使い始めた当初は、おそらく他の鞭・棍系武器を使用した場合には攻撃力が大幅にダウンしてしまったことだろう。
つまり、現時点での一刀は投擲武器スキルこそないが、『眉目飛刀』を使用する時のみ『アサシンダガー』装備時と同じだけのスキル補正を受けられるということになる。

もちろん今の一刀であれば、『打神鞭』を使用した経験が活きており、他の鞭・棍系の武器でもそれなりにスキル値が上がっているはずだ。
同じく『眉目飛刀』を使い続けていれば、他の投擲武器に対するスキルもそのうち身に付くと思われる。

強いて問題点を上げるとすれば、戦闘中の遠距離攻撃に一刀が慣れていないことだろう。
ボウガンの時には敵を釣る時しか使用していなかったため、遠距離攻撃すべきタイミング、つまり3人娘の動きとの連動が出来ていないのである。

通常であれば、その欠陥は致命的であろう。
なぜなら、誤って3人娘に攻撃が当たってしまう可能性が高いからだ。
しかしその問題も、『眉目飛刀』自身の特性が解決してくれた。

「きゃあ! び、びっくりしたなのー」
「隊長、いくら大丈夫やからって、こっちも怖いんやで? ちゃんと気ぃつけてや」
「沙和、真桜、余所見をするな。隊長に文句を言う前に、まず敵を倒そう」

一刀の手から放たれた『眉目飛刀』が沙和の頭に突き刺さるかと思われた瞬間、まるでそれが幻だったかのように忽然と姿を消したのだ。
元々『伊吹瓢』に登録された武器は、持ち主の意志によって出し入れ自在である。
だがこういう咄嗟の場合、確実に『戻れ』と念じることが出来るかというと、疑問符がつくであろう。
ところが目もあり感情もある『眉目飛刀』は、誤射した際には一刀の意志を汲んで確実に瓢箪の中へ戻ってくれるのだ。
さすがに自身の軌道を修正して敵に必中とまではいかないが、それでも十分過ぎる程の性能である。

こうして一刀も気兼ねなく投擲の練習が出来、彼等は大量の『真珠』を収拾していったのだった。



パーティメンバー全員が祭壇のテレポーターを使用可能なため、夜は宿に帰ることが出来る。

「3人共、お疲れ様。明日もまたよろしくってことで、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」

一刀の行きつけの店で、中華料理に舌鼓を打つ3人娘。
『迷宮解放クエ』の打ち上げにも使ったここなら、一刀の顔が利くのでボられる心配もない。

「それにしても、今日だけで『真珠』が約30個か」
「かなりハイペースでの戦闘でしたからね」
「後2日もやれば、依頼達成には十分だな」
「そしたらうちらも、大手を振って街を歩けるんやなぁ。隊長には感謝せんと。ああ、だからっちゅーて、報酬の分け前にも期待しとるで?」
「もちろん、ちゃんと4等分だよ。安心してくれ」
「さっすが隊長、公平なのー!」

3人の協力がなければ、これだけ効率的に『真珠』を得ることが出来なかったのだから、報酬の山分けは当然のことである。
それでもそんなことを口にする辺りに、彼女達が解放されてから数日間で受けた扱いの酷さを察せられる。
心の閊えが取れたのか、ニコニコしながら炒飯を頬張る沙和を見て、一刀はポケットの中にあるアイテムの存在を思い出した。
ダゴミンから貰った『深紅の珊瑚』である。

「ところで沙和ってさ、防具ならなんでも作れるのか? 装飾品とかでも大丈夫?」
「隊長のためなら、なんだって作るのー!」
「そしたらお願いがあるんだけど、これで髪飾りなんか作れないか? もちろん礼はするからさ」
「……それって、女性用ですよね、隊長」
「ああ。長い黒髪の、大人っぽい理知的な女性に似合うような感じで頼むよ」
「……隊長、いくらなんでも、それはデリカシーが無さ過ぎやで」
「いいの、凪ちゃん、真桜ちゃん。隊長の役に立てるなら、他の女性へのプレゼントでも、ちゃんと作るの……」

あっ。
と一刀が思った時には、既に遅かった。
一気にお通夜ムードとなった飲み会、落ち込む沙和と慰める凪や真桜。
もはや悪気がなかったでは済まされない状況である。

近いうちに彼女達への贈り物を用意して、この失態をフォローしようと考える一刀。
好感度の巻き返しを図ることが出来るのかどうか、それは今の段階ではわからない。
だが少なくとも本日の夜、彼女達の『性戦士』としての修練が休みになることだけは間違いなかったのであった。



デリカシーの無さで顰蹙を買ってしまったものの、それは別に根の深い問題ではない。
翌日からも効率を落とすことなく、『真珠』の収拾に励んだ一刀達。
僅か3日間で100近い『真珠』と、ほぼ同数の『黄銅の短剣飾り』、そして5個の『大真珠』が手に入った。

天和達との時と比べて全体的なドロップ率が半分近く減っていたが、『増ドロップ香』も『アイドルマスター』のパーティ効果も無しなのだから、当然である。
『真珠』に対する『大真珠』の割合も半分近く減っていたが、それもパーティ効果の一部だったのであろう。

これらを持って、一刀達は意気揚々と大神殿を訪れた。
彼等の帰りを待ちかねていた牙を失った男達は、お祭り騒ぎである。
大神官の『性戦士』認定により、亜人の3人娘に対しても女神の如く接する男達。
この分なら、洛陽中に『性戦士』の名が広まるのも時間の問題であろう。

残る問題は唯ひとつ、『大真珠』の扱いについてだけである。

「この大きさじゃ、さすがに埋め込むのは無理だろ?」
「うむ。いくら俺のゴッドウェイドーでも、物理的に不可能なことは覆せないな」
「これは買い取りしてくれないのー?」
「いや、『大真珠』にはこれだけ魔力が篭っているんだ。『真珠』では不可能な使い道があるやもしれん」
「ならば、煎じて飲むとかはどうでしょうか?」
「そりゃ勿体無いんとちゃうか?」

あーでもない、こーでもないと議論を交わす一刀達。
ところで一刀には、リアル世界での知識がある。
それは主にゲーム知識であったが、今まで色々な役に立ってくれた。
今回もその例に洩れず、この世界の住人には考えつかないようなアイデアが飛び出してきた。

「男に使えないなら、女の子に使えばいいんじゃないか?」
「む、それはどういうことだ?」
「つまり、……って感じでさ。真桜、なんとか作れないかな?」
「うちの手に掛かれば、そんなもん余裕や。振動機能なんかもオマケするで」
「なるほど、丹田を体内から刺激することにより身体を活性化させ、女性の美と健康を促進するのか。さすがは『新性器の神』、素晴らしい発想だ!」

こうして『性なる神器』が誕生し、それを最も有効活用出来る者として一刀に貸与された。
そしてこの宝具は、その時代ごとに大神殿に認定された『新性器の神』へと受け継がれていくことになるのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:2438/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、凪、沙和、真桜
パーティ名称:チーム2軍
パーティ効果:近接命中率+10、物理回避力+10

STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:232(+37)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:159
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:242貫



[11085] 第七十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:41
ようやく色々なものに一区切りついたように思えた一刀だったが、実はまだ1つだけ残件が残っていた。
それは、雪蓮クランとの迷宮探索の約束である。
尤もこれは、まだ凪達が迷宮に囚われていた時のアイテム交換クエストの話なので、交渉次第では何のペナルティもなく反故に出来るはずであった。

ところが、時期が悪かった。
ギルドの仕事が落ち着いた雪蓮達が迷宮探索を再開するタイミングと、丁度被ってしまったのだ。

雪蓮達はギルドを掌握して以来、まったく迷宮に潜っていなかった訳ではない。
それでもその回数は以前より格段に少なく、LV帯も雪蓮達は21、蓮華達に至っては19と、他の有力クランと比較して頭一つ低かった。
そんな彼女達にとって『小五ロリの導き手』として知られる一刀の助力は、喉から手が出るほど欲しかったのである。

「うーん、今はあんまり気乗りがしないんだよな。最近ずっと迷宮探索しっぱなしだったしさ」
「つれないわねぇ。華琳や桃香の手助けはしたのに、私達のは断るの?」
「雪蓮、その言い方は卑怯だろう。一刀を無理やり誘う真似は、感心出来ない」
「あら、冥琳だって、一刀がいてくれた方が嬉しいでしょ?」
「それはそうだが、しかし……」

雪蓮と冥琳のやり取りを聞きながら、どうしようか悩む一刀。
もういい加減に休みたかったし、今回は積極的に彼女達を手伝う理由もない。
と言うと冷たいようだが、彼女達が迷宮探索を再開するのは自らの意志なのである。
自主的に迷宮に潜る分には、全ての結果は自己責任であろう。

だが理屈の上ではそう考えていても、感情の面では全く違う答えが出る。
スケジュール的に厳しいのであればともかく、今回は一刀がその気になりさえすれば、雪蓮達と行動を共に出来るのだ。
である以上、多少疲労が溜まっていても彼女達の力になりたいと思ってしまう。
一刀は彼女達にそれだけの恩を感じていたし、情も交わしているのだから尚更である。

「はぁ、わかったよ。その代わり、ドロップアイテムは融通をきかせてくれよ?」
「さっすが一刀、なんだかんだで頼りになるわね!」
「本当にいいのか? 無理をしてるんじゃないか?」

一刀の答えに対する雪蓮と冥琳の反応は、対極である。
だからこそ2人は親友をやっているのだろう。

「そろそろ装備品も金で揃えられる限界に来てたし、丁度良かったと思うことにするよ」
「そういうことなら戦利品だけじゃなく、うちのギルドショップにあるもので貴方が必要なアイテムについても好きなのを持って行っていいわ。それが今回の報酬でも構わないわよね、冥琳?」
「ああ、勿論だとも。だが一刀、あまり法外な要求はしないでくれよ?」
「する訳ないだろ。念押しされるほど信用されてないのかよ、俺」
「なに、私達の下着まで必要なアイテムだと要求されないよう、予防線を張っただけだ」
「誰がそんな真似をするかっ!」
「あら、いいわね、それ。なんなら私自身が必要だって言ってくれても、いいのよ?」
「……ほんとですか?」

思わず敬語になる一刀。
雪蓮にからかわれ、冥琳に窘められつつも、彼女達の傍は居心地がいいと改めて感じる一刀なのであった。



元々彼女達が立てていた予定では出立は2日後とのことであり、そのスケジュールを崩すのはギルドの運営上問題になる。
本当であれば1週間以上は間を置きたかった一刀だったが、そういうことであれば仕方がない。

その期間の全てをリフレッシュに使う腹積もりの一刀が真っ先に実行したのは、祭と2人だけでの酒宴である。
ずっと以前、まだ一刀がボウガンの手入れも満足に出来なかった頃。
祭に弓の扱い方のイロハを教えて貰っていた時に交わした、『いつか洛陽で最高の酒を奢る』という約束を果たしたかったのだ。

勿論この約束は、【魚釣り】スキルで莫大な金を手に入れた頃でも、履行することは可能であった。
だがその言葉に込められていた意味を考えれば、ただ単に酒を奢れば済む話ではないのがわかるはずだ。

早く剣奴から脱出して、自分に酒を奢れるような身分になれ。

そういう思いが込められた祭の言葉に対し、それ以上の答えを返したいと思うのは男として当然であろう。
ただ剣奴から解放されただけの当時の状態では、全然足りない。
祭に相応しい男になった時こそ約束を果たそうと、一刀は誓っていたのだ。

そして今の一刀は、洛陽の一等地に宿を構え、超一流の冒険者達ともLV的に遜色がない。
ソロの冒険者でありながら、今や華琳に勝るとも劣らない名声まで得ている。
内面はともかくその外殻は、祭の隣に立っても恥ずかしくないだけの実績を積み重ねたはずだ。

今こそ誓いを果たす時だと、一刀は思ったのである。

「ふむ、このバーボンとやらもなかなかオツじゃが、やはり先程の老酒が一番儂の口に合う」
「あれは黄酒を入れないと作れないから、コストが掛かるんだよなぁ」
「まったく、ケチくさいことを言いおって。安いもんじゃろう、これを毎日持って来れば儂の機嫌が良くなるのじゃから」
「いつの間に毎日ってことになってるんだよ!」
「当然、利子じゃ。お主が剣奴から解放されてから、半年近くも待たせおって」

などと憎まれ口を叩きつつも、一刀に寄り添って酒を飲む祭は、至極上機嫌であった。
酒の美味さもあるが、自分の見込んだ男がこれほどまでに成長したことが、余程嬉しかったのであろう。

祭の部屋で、特別なつまみなどもなく、酒だけは一級品で。
本当に毎日来るのも悪くないな、と一刀が思ったその時、ドアをノックする音が響いた。

「祭殿、私です。入りますよ」
「なんじゃ冥琳。仕事の話だったら、お断りじゃぞ」
「いえ、次回の迷宮探索の件でお話が……。なんだ、一刀もいたのか。丁度いい、と言いたい所だが、邪魔をするのも申し訳ないな。祭殿、明日また出直して来ます」
「これ、待たぬか。折角じゃ、お主も一杯飲んでゆけ」

冥琳も祭や一刀と同様、酒はイケる口である。
時間的にギルドの仕事も終わっているはずだ。
ところが冥琳は、丁寧な口調ながらもきっぱりと祭の誘いを断った。

体調でも悪いのであろうか。
彼女にしては珍しく露出の少ない服を着て、魅力的なバストや引き締まったウエストもすっかり隠れてしまっていた。
無意識なのであろう、お腹や胸などに手を当てる仕草にも、なにやら違和感を感じる。

そんな冥琳が部屋を去った後、眉を顰めた祭が一刀に尋ねた。

「お主が昼間に会った時の様子はどうじゃった? あ奴、最近どうも態度が妙でのぉ」
「いや、いつも通りだったと思うけど」
「儂の気のせいなのか……、うーむ」
「強いて言うなら、こないだ抱いた時、いつもよりダウンが早かった気が……」
「それはお主の精が強過ぎるのじゃ! まったく、ただでさえやっかいであったのに、仕込みまでしおって」

「ベッドの中でも、もっと祭さんを喜ばせたかったんだって」
「ほんにお主は、調子の良い。まぁ良いわい。そこまで言うなら、今夜は楽しませて貰うとするかの」
「ああ、一生懸命がんばるよ」
「馬鹿者! お主に必要なのは加減じゃ!」

こうして一刀と祭は、夜明けまで仲睦まじく過ごしたのであった。



明くる日。
迷宮探索を翌日に控えた一刀が向かった先は、桃香の靴屋である。

「あ、ご主人様。靴、出来てるよ」
「サンキューな。……へぇ、これって『珊瑚』を砕いたのか」
「そうそう。ソールの部分に圧着させたんだ。とりあえず、履いてみてよ」

『六花布靴・改』という銘の入った靴は、至る所に雪結晶のような文様が入っており、布地ベースであるにも関わらず防御力が14もあった。
これは今までの『ダッシュシューズ』の5倍に近い値である。
逆に言えば、特筆すべきことはそれしかなかった。
DEX+3やAGI+3の性能はそのままであり、近接攻撃力+2はオマケの範疇を超えない微妙な性能だ。

「うーん、まぁまぁ、かなぁ?」
「そう思うでしょ。でもね、ちょっと動いてみて」
「ああ。……お? うわっと!」

一刀は、自分の思わぬ動きに躓いてしまった。
通常、人間は無意識のうちに自分の動きを予測して行動するものである。
そのイメージが裏切られたら、今の一刀のように転んでしまうのも無理はない。
逆に言えば、それだけ一刀は予想外のスピードで動けたということだ。

「ね、凄いでしょ。色々と配合や配置を試してみたんだけど、一番効果が高かったのがそれなんだよ」
「……これ、いいな! 慣れるまでは逆に危ないけど、俺みたいなタイプにとってはなによりの武器になると思う。ホントにありがとう、桃香」
「えへへ、どういたしまして。ご主人様が気に入ってくれて、良かったよ」

霞や明命など、速さが売りの知人達にも桃香の靴屋を勧めてみることを約束し、店を後にした一刀。
その足でBF5の海岸まで行って海水を汲み、華琳の館を訪ねた。
『覇者のマント』の礼代わりに、彼女の好きなワインを贈るためである。

「へぇ。白ワインもなかなか、悪くないわね」
「俺は赤より白の方が好きだけどな」
「ふふ、あの濃厚な酸味と苦みがわからないなんて、一刀もまだまだお子様ね」
「……まさか華琳にお子様呼ばわりされるとは」
「なによ、文句でもあるの?」

ワインを味わいながら、舌戦を楽しむ華琳と一刀。
その横では、春蘭と秋蘭もちゃっかりとワインのご相伴に預かっている。

「水で赤ワイン、海水で白ワイン……。もしかして、その中間の液体なら……」
「桂花、さっきからどうしたんだ?」

どうも先程からソワソワと落ち着きのない桂花に、そう尋ねる一刀。
桂花は一刀の袖をぐいぐいと引っ張り、部屋の隅まで彼を誘った。
華琳達の耳に入らぬよう、桂花は一刀の耳元で囁く。

「ちょっとアンタ、その瓢箪、少し貸しなさいよ」
「なんだよ、唐突に」
「いいから早く! か、華琳様に、わ、私のロゼワインを飲んで頂けるチャンスなのよ!」
「ロゼワイン? 製法に心当たりでもあるのか?」
「水よりしょっぱくて、海水程じゃなきゃいいのよ。ああ、いつも飲まされてばかりだったアレを、まさか華琳様に飲ませる日が来るなんて……」

「へぇ、面白そうな話をしてるじゃない、桂花?」
「か、華琳様! いつの間に?!」
「まったく。一刀を引っ張り込んでおいて、目立たないわけがないでしょ」
「そ、それは……」
「それにしても、まさか桂花がそんなことを企むだなんて。普段の躾が足りなかったのかしら」

淫猥な雰囲気が漂い始める室内。
舌舐めずりをする華琳と、恍惚とした表情の桂花。
躾けられる側の桂花が嫌がっていない以上、一刀が庇おうとしても彼女的には大きなお世話であろう。

「良かったらこれ、使ってくれ」

この場で一刀に出来ることは、ただひとつ。
華琳に『性なる神器』を手渡すことくらいであった。

「あら、気が利くわね。そうだ、良かったら貴方も桂花の躾に参加していかない?」
「……いいの?」
「い、いいわけないでしょ、馬鹿! その頭の中には何が詰まってるのよ!」
「ふぅん。桂花は私の命令が聞けないって言うこと?」
「そんなことは……でも……」

一刀が桂花の躾にどうやって協力したのか。
その真相は、翌朝まで華琳の閨から出て来なかった3人にしかわからないのであった。



雪蓮クランに対して一刀が協力出来ることの中で、現時点で最も大きな価値を持っているのは、やはり【魚釣り】スキルによるBF20海岸でのレベリングであろう。
ところが雪蓮は一刀の申し出を、折角だがと断ったのである。

「悪手ではないとは思うわよ。でも、最良でもないのよね」
「そうか? ほぼ確実に安全な状態でLVが上げられるんだぞ?」
「その安全が、落とし穴なのよ」

危機感のない迷宮探索は利より害の方が大きい、というのが雪蓮の言い分であった。
つまりPLに対する考え方と、根っこの部分では同じなのだ。
PLされてLV20に達した者は、自力でLV20まで上げた冒険者にはスキル面では敵わない。
それと同様、単体で出現する同じ敵ばかりを作業的に倒していても、肝心のプレイヤースキルが身に付かないと言うのである。

「うちみたいに若手を抱えているクランの場合、なによりも大切なのは多種多様な経験なの」
「へぇ、さすがは雪蓮。よく考えてるんだな」
「まぁね。というわけで、一刀には蓮華達のフォローをして貰うつもりよ。死線は潜り抜けて欲しいけど、本当に死なせる訳にはいかないんだから」

というやり取りが事前にあったため、今の一刀は蓮華達のサポートに徹していた。
現在の場所はBF20。
雪蓮達はともかく、蓮華達には辛い階層である。

「明命、前からは何匹だ?」
「2体来てます。オーガとヘルハウンドですね」
「いや、上にもちゃんと気を配らなきゃ。ガーゴイルが1匹いるぞ」
「はうぅ。すみません、一刀様」

索敵に出た一刀と明命が、小声で言葉を交わす。
本来であれば、一刀の『敵のNAMEが視認出来る』という特性を考慮しても、気配を探れる明命の方が索敵能力は上である。
だが明命がBF16以降に足を踏み入れたのは、数える程しかない。
空を飛ぶガーゴイルや地を這うスライムに、彼女は全く慣れていないのだ。

(なるほどね、こういうのも経験ってわけか)

特にBF16から登場するトラップ類を見抜く能力は、注意力だけでは身に付かない。
一刀自身、漢帝国クランとの迷宮探索時に引っかかった経験があって、初めてその危険度が実感出来たのである。
それ以来一刀は、トラップ類の特徴もさることながら、どういう場所で踏むとまずいのかという観点からも設置パターンを自然と想定出来るようになっていた。

もちろん一刀がそこに至るまでには、専門家である音々音の力も大きい。
まず一刀がトラップ類への意識を強くした直後に、音々音の行動をBF21で数日間観察出来たことが挙げられる。
彼女が罠を発見したのはどういう場所か、見た目はどうか、などを実地で体験したことは、一刀にとってはかけがえのない財産となった。
また同じ屋根の下で暮らしている気安さから、時折同じシーカータイプとしての議論を交わせていることも、一刀に足りなかった罠に対する知識の補完に役立っていた。

今回の探索でも既に一刀が3つ、そして雪蓮が彼女特有の勘によって2つの罠を見破っていた。
一刀のシーカーとしての活躍ぶりは、同じ役割の明命が私淑してしまうに相応しかったのであろう。
彼女はいつしか一刀を様付けで呼ぶようになり、教えを乞うようになっていたのであった。

ちなみにこれらの罠が生きていたのは、雪蓮達が独自のルートで進んでいるからである。
迷宮内の地図情報はそれだけ価値が高く、漢帝国クランと華琳クランが共同で切り開いたルートが他クランへ流れることなど、基本的にはありえない。
BF20海岸の場所を皆に気安く教える一刀が、例外過ぎるだけなのだ。

「今案内してる海岸への、ちょうど通り道なんだよなぁ。迂回出来るかもわからないし」
「でしたら、雪蓮様達の待機場所まで引っ張ってしまいましょう」
「それがいいな。明命、フォローはするから、釣りを頼むぞ」
「お任せ下さい、一刀様」

擬音で表すなら『シュタタタタ』という表現が相応しい明命の快足。
まだかなり距離のあった敵の一団に瞬く間に接近し、遠距離攻撃範囲ギリギリの所からオーガに向けて手裏剣を放った。

その攻撃に即座に反応したのは、オーガの隣にいたヘルハウンドだった。
といってもモンスター同士が庇い合う訳もなく、明命へ牙を剥いたという意味である。

自分に襲い掛かろうとするヘルハウンドを牽制しながら、一刀の元へと戻って来る明命。
そのあしらい方は、天性の才能を思わせる見事さである。
だが一刀が見るに、やはりまだ明命は上からの攻撃に意識が向かないようだった。

そう、明命の頭上には、既にガーゴイルが迫っていたのである。

『眉目飛刀』を投擲し、ガーゴイルのタゲを取る一刀。
その一刀動きで、ようやく頭上の敵に気がついた明命。

なぜ先程一刀に注意されたばかりの明命が、またしてもガーゴイルを見逃してしまったのか。
それは、空を飛ぶ敵に対する慣れ以外にも理由がある。
一刀の場合は視認なので関係ないが、気配や音で敵を察知する明命にとって、空を飛ぶ魔法生物は天敵なのだ。

「……気配も足音もないなんて、ずるいです」
「ほらほら。愚痴ってる暇があったら、走ろうぜ」
「はい、申し訳ありません。あ、そこっ!」

一刀にタゲを移そうとしたヘルハウンドに攻撃を加え、危なげなくヘイトを調整する明命。
やはりシーカーとしての資質は、群を抜いている。
それに天敵うんぬんは、あくまでも現時点での話なのだ。
溢れんばかりの才能を持つ明命であれば、あっという間に順応して自分を追い抜いてしまうに違いないと、一刀は確信していた。

(それまでの短い期間だけど、師匠役ってのも悪くないかな)

雪蓮達の待機場所まで敵を釣りながら、一刀は自分と並走する可愛らしい弟子入り志願者に目をやったのであった。



ところで今回の探索メンバーは、雪蓮クラン+一刀の総勢10名である。
その場合のパーティ構成は、5人ずつで組み分けるのが定石であろう。
なぜなら、2つの意味でバランスが取りやすいからだ。

第一にパーティ効果。
多人数の方が効果の強い傾向にあるため、偏らせると少人数のパーティが危険になる。
第二に経験値の割り振り。
経験値は人数割りで配分されるため、取得EXPが平均化されるメリットがある。

だがその定石は、雪蓮クランには当てはまらない。
彼女達はフルのパーティを1つ作り攻防の要に据え、残りが補助的な役割を果たすことで、常に総力戦を行っていたのだ。

この方法には、かなり大きなデメリットが存在する。
全ての敵を全員で倒すため、敵1体に対する1人当たりのEXP配分が少ないのである。
もちろん敵総数は変わらないため、トータルで考えれば一見同じなように思われる。

しかしそれは、総人数で割っても経験値が貰える敵に限れば、の話なのだ。
現にLV23の一刀は、BF20での戦闘からやっとEXPが貰えるようになっていた。
それまでは『増EXP香』を使用していても、人数割りだと経験値が1に満たなかったのである。
つまり現在の方法で戦うのであれば、ある程度の強敵でないと端数の切り捨て量が多過ぎてしまうのだ。

それでもこの方式を選択しているのは、当然デメリットを補って余りあるメリットが存在するからである。
雪蓮の加護スキルである【孫呉の剣】の効果がそれだ。
『仲間の力が己の力になる』という言葉の通り、雪蓮の加護スキルはパーティメンバーが多ければ多い程、彼女自身の攻撃力として加算される。
フルメンバー時の雪蓮のチート振りは、同じ『三国迷宮』の主役格である華琳、桃香に勝るとも劣らないのである。

この利点を捨て去ることなど、出来るはずがない。
ましてや更にもう1人、同じような恩恵を受けられる者が存在するならば尚更だ。

「はっ!」

3Mの巨体から繰り出すオーガの剛腕を、真正面から盾で受け止める蓮華。
祭壇での『贈物』である大型のヒーターシールドには傷一つ入らず、蓮華自身のHPも全く減っていない。
それもそのはず、蓮華の足は微動だにせず、逆に攻撃した側のオーガが蹈鞴を踏んでいたからだ。
攻撃特化の雪蓮とは逆に、蓮華は【孫呉の盾】という防御特化の加護スキルを得ていたのである。

自ら先頭に立ってみんなを引っ張っていく、攻の要・雪蓮。
保守的な性格がマッチしていたのであろう、防の要・蓮華。

たかが3匹程度の敵では、フォローどころか参戦すら出来ない。
そもそも彼女達のどこをサポートすればいいのか、という話である。
一刀がそんなことを考えている間にも、戦闘は進んでいく。

祭の矢がヘルハウンドの両眼に突き刺さり。
雪蓮の剣がオーガの片腕を切り飛ばし。
冥琳の炎が天井ごとガーゴイルを焼き尽くす。

LV差など問題にならない雪蓮クランの力量に、感嘆するばかりの一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:2446/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、冥琳、祭
パーティ名称:( ゚∀゚)o彡゜
パーティ効果:近接攻撃力+10、遠隔攻撃力+10、魔法攻撃力+10

STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:239貫



[11085] 第七十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:41
迷宮の中にありながら、そこに属していないような雰囲気を持つBF20海岸の片隅に、俺はゆったり腰を降ろして寛いでいた。
大量に釣ったはずのエビやカニは、既にその姿を消している。
雪蓮達の胃の中を自らの墓地と決めたのだろう。
あるいはエビやカニなど、最初から存在しなかったのかもしれない。

それは俺に、いずれ自分が向かうであろう遥かな輪廻の渦を空想させた。
結局のところ、今俺の右腕を掴んで離さない明命にしても左手をぎゅっと握っている亞莎にしても、俺を求めているのは今生という名の限られた一時であり、また俺の方もその期間だけ彼女達を求めているに過ぎない。
だから俺は愛する人を1人だけに決められないのだし、それは往々にして世の中の男性全てに当て嵌まる。
もちろんそのことは、小蓮、思春、蓮華、その誰と蕩けるような恋に落ちて共に人生を駆け抜けたと仮定しても同じだ。

5人の体温を肌に感じながら、そんなとりとめのないことを考え―――やれやれ、俺は射精した。



このように一刀が現実逃避をしている間にも、戦闘は続いていた。
といっても、それはモンスターとの戦いではない。
雪蓮クラン年少組による、女としての壮絶な争いである。

事の始まりは、亞莎の知識欲からだった。

「一刀様、明日向かう予定のBF21について、もう一度私に教えて頂けませんか?」
「それはいいけど、今朝みんなに説明したことと変わらないぞ?」
「でも今日の戦闘経験を積んだことで、何か聞いた印象が異なるかもしれませんし。……あの、ご迷惑だったでしょうか」
「いや、亞莎は熱心だなって感心してたんだ。男子3日会わざれば刮目して見よ、の呂蒙が加護神なだけのことはあるなってさ」
「一刀様、褒めすぎです。私は皆に比べて才能不足なので、もっと頑張って勉強しないと」
「全然そんなことないって。それに、そうやって努力出来る才能を持っているじゃないか」
「あ、あんまり煽てないで下さい、恥ずかしいです……」

ちなみに亞莎が一刀様と呼んでいるのは、元からである。
彼女はごく親しい一部を除き、様付けがデフォルトなのだ。
そんなスタンスに、人や物など全ての出来事に対して学ぶ姿勢を持つ亞莎の性格が窺える。

キメラやケルベロスなど、BF21から出現するモンスター達の特徴を説明する一刀の話を、真剣な表情で聞き入る亞莎。
そのあまりの真面目さに、一刀は冗談のつもりで時折大げさな表現を混ぜた。
そんな一刀の洒落を真に受けて、面白いくらいに反応してくれる亞莎。
とても素直で可愛らしい生徒を持った先生の気分を味わう一刀だったが、その様子を不満げに見ている者がいた。
迷宮探索について一刀と話したかった明命である。

2人の親しげな様子に、なにやらもやもやしたものを感じていた明命。
仮にその相手が蓮華だったとしたら、その気持ちを打ち消してしまったであろう明命だったが、亞莎とはお互い呼び捨ての仲である。
だからこそ明命は、内心で自分の師だと思っている一刀を亞莎によって独占されている現状に、対抗心が湧いてしまった。

「それでバジリスクの毒なんだけど、直接攻撃だけじゃなくて……」
「一刀様! BF21では新しいトラップも出て来るんですか?」
「明命? いきなり何ですか?」
「ずいぶん唐突だな。まぁいいや。これもある意味トラップなんだが、一方通行の通路が結構あるんだ。音々音が言うには、解除不可能らしくてさ」
「そうなんですか。それじゃ、慎重に地図を作りながら行動しないといけないですね」
「ああ。って、これも今朝話しただろ?」
「えへへ、そうでした。私、覚えるのって苦手で。一刀様、出来れば他の罠のことも……」

トラップ談議から始まり、索敵方法や戦闘での立ち回りなどに花を咲かせる一刀と明命。
最初はそれを大人しく聞いていた亞莎だったが、いつまで経っても終わらない彼等の話にだんだんイライラして来た。
それはそうであろう、亞莎だってまだ話の途中だったのだ。
待てど暮らせど一向に自分の番が回って来ない状況で怒らない程、亞莎も平和主義者ではない。

「ふわぁ、敵の攻撃直前を狙うんですか。でもそれって、かなりタイミングがシビアです」
「ああ。だけど、それが援護としては一番……」
「一刀様! バジリスクの毒は、直接攻撃だけじゃないんですか?」
「え? あ、ああ。実はアイツ、毒を飛ばして……」
「一刀様! 援護で言うなら、攻撃直後を狙って体勢を崩させるのはどうですか?」
「い、いいんじゃないか? でも欲を言えば……」
「一刀様!」「一刀様!」

気がつけば、そこは修羅場と化していた。
いつの間にか彼女達は、一刀の所有権を主張するかのように彼の腕や手をそれぞれ握りしめ、お互いに視線で火花を散らしながらも直接的な会話は交わさない。
そしてそんな雰囲気になってしまえば、いくら海岸の片隅にいるとはいえ、自然と彼等は目立つことになってしまう。

「あー、一刀ったらこんな所にいた! また浮気してたんでしょ!」
小蓮が一刀の正面から思いっきり抱きつき、

「お前の節操の無さには呆れるばかりだ。まったく、こんな奴の一体どこがいいのやら」
思春が一刀の背中から5mmほど離れた所に座って文句を言い、

「こないだのプレゼントのお礼に、呉風カニ汁を作って来たんだけど……随分とまあ、おモテになっているようね」
蓮華が呆れつつも、両手が塞がっている一刀に手ずからスープを飲ませてくれる。

こうして迷宮探索の初日は、一刀の精神をガリガリと削りながら終わりを告げたのであった。



一刀がパーティ登録を発見する以前から、華琳達や雪蓮達は深い階層にまで潜っていた。
それが可能だったのは、強力な加護スキルの恩恵である。
でなければ、少人数での迷宮探索など決して為し得なかったであろう。
華琳クランで中核を担っていたのは当然華琳だが、加護スキルが発揮出来なかった雪蓮のクランでは、冥琳の力に依るところが大きかった。

≪-赤壁-≫

冥琳の力強い詠唱に呼応して、通路を遮るように炎の壁が出来あがった。
高温を発するその壁は、一方で物理的な障壁でもあり、熱さを我慢すれば突破出来るという類のものではない。
そうやって分断された敵は、各個撃破の良い対象となる。

雪蓮達がモンスターと相対する様子を、注意深く見守る一刀。
別にサボっているわけではなく、不測の事態に備えていたのだ。
それが功を奏したのであろう。
『赤壁』の向こうからキメラが撃った冷気の魔術、その青白い輝きに一刀は誰よりも早く気がついた。

冷気の魔術はその威力もさることながら、それ以外にもやっかいな特徴を持っている。
攻撃を受けると体中に霜が張り付いて、動きが鈍くなってしまうことだ。
他のモンスターとの戦闘中にそんな効果を受けてしまったら、下手をすればそれが致命傷となりかねない。

蓮華に向けて放たれたその魔術は、既に発動している。
普通なら手遅れのタイミングであり、何も出来なかったであろう。
しかし一刀には、『六花布靴・改』があった。
靴を極端に傾けて面圧を稼ぎ、ソールに篭った珊瑚の魔力と床面との反発力を最大限に利用して駆ける一刀。

新しく手に入れた靴の性能を未だ活かしきれず、戦闘には利用出来ない一刀だったが、移動だけであればなんとでもなる。
蓮華とキメラの間に体を割り込ませた一刀を冷気が包み込み、彼のHPは100近く削られた。

冷気であるはずなのに炎の壁を通っているとは思えないくらい威力が凶悪だったのは、『赤壁』が魔術に対する障壁の機能を全く備えていないためである。
だが一刀の魔力耐性が低いこともまた、彼が大きなダメージを受けてしまった理由のひとつであろう。
一刀のステータスで一番低いMND、つまり精神力が魔法抵抗力と直結するパラメータなのだ。

「一刀っ?! ……助かったぞ、礼を言う!」
「ああ、大したことじゃない」

自分を庇って一刀がダメージを負ってしまったことに一瞬だけ動揺する蓮華だったが、すぐに立ち直った様子であった。
そのことは、彼女が迷宮探索時に意識して使っている男言葉の口調が崩れていないことからも察することが出来る。
こうした心の強さもまた、蓮華が持つ防御の要として機能するに相応しい資質であろう。

相手から攻撃をされたのだから、順当にいけば今度はこちらの番である。

ところでこの場合、魔術による攻撃の撃ち合いしか選択肢はないのだろうか。
そんなことはなく、当然絡め手もある。
桂花が加護スキルを使った時のように相手の魔術さえ封じてしまえばよく、それ用のコモンスペルもちゃんと存在するのだ。

風系統5段階目の魔術『沈黙の風』である。
早ければLV20、遅くてもLV25で覚えるこの魔術は、その時点で消費MP80と非常にコストパフォーマンスが悪い。
魔術レベルが上がれば消費MPは半分になるが、それまではあまり実用的ではない。

それでも今の場面なら、使用するべきであろう。
『赤壁』の効果でこちらの遠隔攻撃も届かないのだから、少なくないMPを使用しての魔術オンリーのガチバトルよりは遥かにマシである。

しかしLV21であり風と土が得意系統の穏は、現在ゴーレム戦を行っている前衛陣のフォローで余裕がない。
同じくLV21ではあるが火と水がメインである冥琳は『沈黙の風』を覚えていないし、そもそも彼女は『赤壁』の維持で手一杯だ。
残念ながらしばらくは、ずっとキメラのターン状態であるように思われた。

(こっちの戦闘が一段落つくまでの間、体を張って盾になるしかないな)

蓮華への攻撃は絶対に通さないと覚悟を決め、寒さに震える手で『銀の短剣飾り』を取り出そうとする一刀。
その時、彼の耳に澄んだ歌声のような詠唱が聞こえた。

≪-沈黙の風-≫

その美声の持ち主は冥琳と同じ系統を得意とする、LV19の亞莎であった。
そのことを不思議に思って彼女を見た一刀は、更に驚いた。
彼女のMPは10しか消耗していなかったのだ。

だがいくら『沈黙の風』を詠唱出来ようと、所詮亞莎のレベルは低い。
『知の香』だけではブースト量が足りず、彼女の魔術はキメラにレジストされてしまった。
そのまま冷気の魔術で反撃される亞莎。
とっさに庇おうとした一刀だったが、先程受けた魔術の影響で動きが鈍っていたため、一歩届かない。

「……うぅ、くっ」

紫色になった唇を噛みしめて、冷気に耐える亞莎。
一刀の半分くらいしかダメージを受けていないが、それでもHPの少ない後衛の亞莎では辛かろう。
即座に短剣飾りを亞莎と自分に突き刺す一刀。
その効果で持ち直した亞莎が、更に呪文を詠唱した。

≪-氷の風-≫

一刀が初めて聞くスペルは、亞莎のMPを10消費して発動した。
その効果は、先程キメラが放った魔術と瓜二つである。

これが亞莎の加護スキル【阿蒙】の特性であった。

亞莎は自分の身に一度でも受けたことのある魔術であれば、全て消費MP10で使用出来るのだ。
残念ならが各自の加護スキルによる固有魔術だけは覚えられないが、それでもその有用性は計り知れない。
このスキルこそ、冥琳の後継を担うに足り得る亞莎の器の片鱗であると言えよう。
彼女の放つ冷気は、その威力こそレジストされてしまったものの、キメラの動きのみならず詠唱速度をも鈍らせた。

≪-沈黙の風-≫

亞莎が身を削って稼ぎ出した時間。
それが遂に報われたことを、背後からの穏の詠唱によって一刀は知ったのであった。



「さ、寒いです……」
「だ、だな。冥琳、もう一度『赤壁』を出してくれよ」

ガタガタと震えながら抱き合う亞莎と一刀。
無駄にMPを消費する愚を冥琳が犯すはずもなく、一刀の依頼は素気無く却下された。

そもそも寒がっているのは亞莎と一刀だけであり、他のメンバーは『赤壁』の影響で全員汗だくなのだ。
温暖な呉の出身であるという理由が最も大きいのだが、これも雪蓮クランが露出多めの服装を好む原因のひとつである。

「それにしても一刀、先程は助かったぞ。亞莎も、よく頑張ったな。……一刀、貴方一体どこを見ているの?」
「い、いや、それって俺に対するご褒美なのかなぁと……」
「そんなわけないでしょ。早く処置しないと、痒くなっちゃうのよ」

彼等は一体なんの話をしているのか。
その答えは、下乳をタオルで拭う蓮華の仕草にあった。
貞淑な彼女が胸を大胆に露出させた服装をしているのは、このように頻繁に汗を拭う必要があるからだ。
でないと汗の溜まりやすい胸の谷間には、直ぐに湿疹が出来てしまうのである。

辺りを見回すと、皆がその豊満な部分には気を使っている様子であり、服の露出部に手を突っ込んでいる。
胸の露出度が低い祭など、一刀もよく知っているその脱がせやすさを活用し、なんと乳房を丸出しにして涼を取っていた。

「……俺、このクランが大好きかも」
「ちっ!」

一刀の呟きに対して凄い舌打ちを返してきたのは、胸元がしっかりと覆われた服装をしている思春である。
ボディラインに起伏の少ない彼女の場合、こういう服の方が汗を吸い取ってくれるのだ。
よくよく見ると、明命も虚ろな瞳で何やら独り言を繰り返している。

「穏さんの存在価値は巨乳のみ……。祭様も乳に栄養行きすぎ……」

豊かな膨らみの中に詰まっているは贅肉なのか夢なのか、あるいは巨乳など最初から存在しなかったのかもしれない。
やれやれ、と形而上学的なクロニクルに逃げ込もうとする一刀だったが、そんな天丼は許されなかった。

「一刀はシャオみたいな小さい子が好きなんだから、おっぱいなんていらないんだもーん!」

といって小蓮が抱きついて来たのだ。
その言葉に異議はあったが、今の一刀には些細なことだった。

「はぁ……、すごく……気持ちいい」
「ほーらねっ!」

腕の中の小蓮が持つ子供体温の心地よさに、思わず陶酔してしまう一刀と、勝ち誇る小蓮。
確かに傍目から見ると、一刀は小蓮のことを夢中になって抱きしめているとしか思えない。
遅まきながらそのことに気が付いて、それを否定しようとした一刀は、開きかけたその口を再び閉ざした。

そんな一刀の目には、彼が乳の大きさに拘らないと知ってほっとした表情の思春が映っていたのであった。



昨日の海岸といい今といい、雪蓮クランの構成員って本当は仲が悪いんじゃないの?
と思ってしまうのは、一を知って二を知らぬ者だけであろう。
ここまで遠慮なく言い合えるのも、彼女達が仲間を超えた家族の絆を持っている証なのだ。

だからと言って、もちろん確固たる指揮系統は存在する。
絆の深さは一方で甘えを許し、関係がなあなあになってしまう場合が多々あるが、こういった所をきちんと押さえられる雪蓮は、やはり傑物であろう。
だが、それだけ優れたリーダーシップを持っているはずの雪蓮が、先程からなぜか明命が担当であるはずの進路決定に対して幾度となく口出しをしてきていた。

明命だって、当然彼女なりの考えを持って進路を決めている。
仮に一方通行の通路だったとしても、元の道に戻れるような箇所を選んでいるのだ。
一度明命に任せた仕事を、上から何度も口を挟んで変更させるのは、指揮系統の乱れに直結する。

しかもそれがなんの説明もなく、「勘よ」の一言だけなのだから尚更である。

だが明命はそのことを不満に思わず、何か別の事情があるのではと察して素直に従っていた。
クラン員の雪蓮に対する信頼は、そんなことでは揺るがない。
雪蓮が理由もなく身勝手な真似をするはずがない、と思える所が彼女達の強さの秘訣なのだろう。

そんな彼女達の思いは、唐突に報われることとなった。
未だ誰も足を踏み入れたことのないBF22への階段が、一刀達の前に姿を現したのだ。

(勘……だけじゃ、ないよな)

と考える一刀だったが、ただの勘であろうが他の理由があろうが、現時点では些細なことである。
ここから先が正真正銘の未知の領域であること、それだけが今の最重要事項なのだ。

自らの両頬を張って、気合いを入れ直す一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:2512/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、冥琳、祭
パーティ名称:( ゚∀゚)o彡゜
パーティ効果:近接攻撃力+10、遠隔攻撃力+10、魔法攻撃力+10

STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:239貫



[11085] 第七十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:41
1回、2回、3回。

ゴーレムの岩の腕が、その質量からは想像出来ないような速度で、蓮華の盾を打ち鳴らす。
質量×速度二乗のエネルギーは、盾を経由して蓮華に一方的な負荷を与える。

ビリビリと痺れる腕。
ミシミシと軋む骨。
ジワジワと削られる命。

愚直に攻撃を受け止めていた蓮華が、限界に達したのか不意に体勢を崩した。
それを見た一刀は慌てて『打神鞭』を繰り、振りかぶったゴーレムの腕に巻きつける。

LV23の一刀にとって、BF22の敵は格下である。
しかも雪蓮クランはギルドの元締めであり、短剣飾りに困る立場にない。
そのため、ありったけのお香によりブーストまでされている。
にも関わらず、一刀が攻撃を止められたのは僅か一瞬。
そのまま一刀を引き摺るようにして、ゴーレムは蓮華へと追い打ちを掛けた。

だが一刀の行為は、まったくの無駄にはならなかった。
蓮華が一歩分だけ攻撃を避ける時間を生み出したからだ。
よろめくように踏み出した蓮華の体を、無機質な腕が掠っていった。

その衝撃に弾き飛ばされる蓮華、奇しくも雪蓮や明命が倒れている辺りに転がった。
そちらでは亞莎が救護に当たっていたが、雪蓮達のこれまでに蓄積されたダメージは大きい。
彼女達の方へは向かわせまいと、思春がゴーレムの前に立ちはだかる。

「守るな、攻めろ!」
「承知」

もちろん雪蓮達にここまでのダメージを与える間、ゴーレム自身が無傷でいられるはずもない。
ゴーレムのNAMEが赤く輝くこの状況であれば、無理やりにでも決着をつけてしまった方が、結果的に受けるダメージ量が減るはずだ。
そんな考えから出した一刀の指示に、思春が言葉少なげに応じる。

りぃん、と思春の刀『鈴音』が音を放つ。
柄に仕込んだ鈴状のダイスが振るわれ、次の攻撃に対する加算値を決めているのだ。
言うなれば『博打攻撃』とでも称するべきか、思春の加護スキル【博徒】による今回の出目はシゴロ、攻撃力2倍のボーナスである。

「せいっ!」

倍付けの効果により雪蓮クラスにまで引き上げられた思春の攻撃がゴーレムの胴を薙ぐと同時に、ゴーレムの反撃が思春の腹部に突き刺さる。
カウンター攻撃によりHPを半分近くまで減らされ、壁際に吹き飛ばされた思春。

ふらふらと上半身を起こした思春が見たものは、自分の攻撃によって上半身と下半身が切り離されたゴーレムの姿が霞んで消えていく姿であった。



「ふぅ。さすがに強いわね」

血と汗に塗れたタオルを投げて、雪蓮が呟く。
先程の戦闘で左腕が千切れる寸前だったにも関わらず、彼女の表情はどことなく楽しげである。

雪蓮クランがここまで苦戦したのは、当然の結果であろう。
『赤壁』によって敵が分断されるからと言って、連戦であることには変わりない。
LV19~21までの混合パーティである彼女達には、BF22での戦闘は少々荷が重かった。

特に問題だったのは、高LVの前衛がLV23の一刀とLV21の雪蓮のみであることだ。
しかも攻撃力に特化した雪蓮は、反面で防御力に劣る。
雪蓮のLVが一刀程度あれば結果は全然違ったのであろうが、今の彼女では連戦の最中に戦闘不能状態まで追い込まれてしまうことも少なくなかった。

短剣飾りや回復魔術は、確かにある。
だが、HPを全快させればすぐさま戦えるようになるわけではないのだ。
ゲームで例えるなら『衰弱』状態であり、リアルな見解だとそれまでに流れた血や失った体力までが回復するわけではないといったところであろう。
そして雪蓮が倒れれば、残るはLV19の年少組と一刀だけである。

もちろんそこで一刀が前線を支える選択肢もあるが、その行動は取らないようにと冥琳に釘を刺されている。
仮に一刀までやられてしまったら、パーティが全滅の危険に晒されるからである。
全員のフォローをしつつ最後まで踏ん張り、雪蓮が回復する時間を稼ぐ。
それがこの場面で一刀に期待されている役割なのだ。

一刀は、雪蓮の呟きに言葉を返した。

「敵の強さより、問題は雪蓮の攻撃力が突出し過ぎてることだと思うんだ」
「ん? どういうことよ?」
「雪蓮に敵のターゲットが固定されちゃうんだよ。んで、集中攻撃を受けて雪蓮が沈むと、さっきみたいにパーティ崩壊の危機ってわけだ」
「なるほどな。前半戦は雪蓮に手加減させて敵の標的を回す。そして敵が弱ったら全力攻撃すればいい。こう提言したいのだろう、一刀?」

一刀の説明に対して真っ先に理解を示したのは、2人の会話を横で聞いていた冥琳である。
冷静沈着なこと氷の如しとでも評するべきか、激戦を終えたばかりだというのに冥琳だけは汗ひとつかいていない。
そんな彼女の明晰な頭脳であれば、一刀の言いたいことなどすぐに分かるのであろう。

「問題は、敵の殲滅速度が落ちることだな。だが今よりも遥かにマシか」
「もしくはBF21に戻るかだけど……」
「それは却下。折角こんなに楽しい戦闘なんだもの、今更BF21なんかに戻れないわ」
「まったく、雪蓮の戦闘狂いには呆れるな。だが虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。一刀の提案は試す価値があるだろう」
「雪蓮、ちゃんと手加減してくれよ? まさかそれも却下なんて言わないよな?」
「当たり前じゃない。勝つための作戦には従うわよ。私は猪武者じゃないんだから」

冥琳の言う虎児には、様々な意味が込められている。
BF22の地図もそうだし、効率的なEXP取得でもある。
そして最も大きな利益は、強敵相手の死闘経験であろう。

現に今も、強敵に対抗するための新たなノウハウを仕入れたかもしれないのだ。
これが上手く機能すれば、雪蓮クランにとっては戦術の幅が広がることになる。

急速な成長を続ける仲間達に、安心したような、それでいてどこか寂しげな目を向ける冥琳なのであった。



BF22入口辺りの地図を充実させた一刀達は、その場で夜営せずにBF20まで戻って来た。
さすがにBF22で夜を明かすには実力不足であることを、誰もが実感していたからだ。
だが今の一刀達に、海岸まで向かう元気はない。
近場の安全地帯である、凪達のいた小部屋でのキャンプとなった。

「はぅぅ! お猫様です!」
「なんにゃ? 美以は美以だじょ」
「美以様ですか! 可愛いお名前です!」

訂正しよう。
明命だけは元気が有り余っている様子であった。

食糧や着替えを届けに来てくれた美以の姿に、目を輝かせる明命。
昨日も美以は来訪していたのだが、明命はたまたまタイミング悪く海岸の隅でお花を摘んでいたのである。
いや、海岸なのに花摘みという表現は些か不自然であろう。
意味合い的には砂掘り、もしくは水遊びと称するべきかもしれない。
そのため、明命が美以と会ったのは今が初めてだった。

「はわぁ、毛皮がふさふさです! 美以様、宜しければモフモフさせて頂けないでしょうか」
「モフモフってなんにゃ?」

そう言って煮干しを差し出す明命と、それにつられてよく理解しないままモフる許可を与える美以。
明命は幸せそうに美以の腹部に顔を埋め、心ゆくまでモフモフする。
だが、ちょっと待って欲しい。
美以の毛皮は自前のものであり、当然その下には敏感なお肌が隠れているのだ。

「にゃにゃ、くすぐったいにゃ、はぅ、にゃぁぁん」
「もふぅ、気持ちいいですぅ」
「にゃ、にゃ、にゃんか、変な、感じにゃ……」
「美以様も、気持ちよくなってきちゃったんですね!」

頬を上気させる美以を、明命は更に快楽へと導く。
腹部に頬を擦り寄せて自らの欲望も満足させつつ、空いている手で耳裏や喉など美以の弱点を的確に責める明命。
そのテクニックは、さすが普段から猫を弄り慣れているだけのことはあった。

「こ、これは……」

疲れにくい体質を利用しているだけの強引な力技、あげくに真珠などの裏技による邪道に落ちかけていた一刀。
彼にとって、明命の正統派テクニックは目から鱗が落ちるようだった。

一刀と明命の関係は、この時から変わった。
ただの師と弟子ではなく、お互いに足りない所を補い合える戦友へと昇華したのだ。

一刀は股間を膨らませながら、明命の技を盗もうと彼女達の痴態を凝視し続けたのであった。



迷宮探索3日目。
BF21を通り抜けるルートは確立した雪蓮クランにとって、問題は如何にBF22で戦い抜くかということだけだ。
そしてその課題も、年少組のLVアップによって順当に解決しつつあった。

LV19の彼女達がBF22で戦っていたのだから、たった1日でLVが上がったのも当然である。
『増EXP香』を使用していれば敵1体につき約80P貰えることを考えれば、危険を冒すだけの価値はあったと言えるだろう。

もちろんLVアップだけが全てではない。
強敵戦に適応した作戦が身に付きつつあるというのも、BF22攻略における大きな要素であろう。


ケルベロスの1つ目の頭は、祭の矢に刺され。
ケルベロスの2つ目の頭は、雪蓮の剣に切られ。
ケルベロスの3つ目の頭は、一刀の鞭に打たれ。

(明命、今だ!)
(はいっ!)

一刀のアイコンタクトで、明命がケルベロスの背後から忍び寄る。
加護スキル【隠形】により気配を消した彼女の攻撃は、見事ケルベロスの不意を突くことに成功した。
もちろんそれはダメージ増に繋がるのだが、真の恩恵は他にある。
会心の一撃を貰ったケルベロスの標的が、明命ではなくその傍にいた蓮華へと移ったことだ。

攻撃力に乏しい蓮華は、例え雪蓮が手加減をしていてもタゲを取ることが難しい。
そこで明命が攻撃者を誤認させることで、敵のヘイトを蓮華になすりつけたのだ。

誰かを庇うのと自身への攻撃を防ぐのでは、安定度が全然違う。
昨日よりLVが上がっていることもあり、反転したケルベロスの攻撃を難なく受け止める蓮華。
安易に雪蓮達に背を向けたまま、その突進を蓮華によって止められてしまったケルベロスの末路は、言わずとも知れようことであった。


だがその際、一刀のステータスに変化が起こったことは特筆せねばなるまい。

【武器スキル】
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

「性能だけだ! この世には性能だけ残る!」
「ど、どうしたの一刀、突然叫び出して……」
「いや、なんでもない。ごめん、蓮華」

スキル名の痛さは相変わらず一刀の羞恥心を刺激してやまないが、性能はかなりの期待が持てる。
一定時間がどれくらいかにもよるが、効果範囲が敵全体というのは破格であろう。
自分のステータス欄を確認している一刀の横で、冥琳が雪蓮に告げた。

「雪蓮、そろそろ『赤壁』を解除するぞ。向こう側には3体いるが、再詠唱して分断する暇はなさそうだな」
「一刀、穏、祭はキメラ! 他はみんなでゴーレム! シャオ、バジリスクは貴方に任せるわ」

と、明らかに不自然な采配の雪蓮。
LV20の小蓮1人でバジリスクの相手など、無謀どころの騒ぎではない。
しかし、雪蓮の言葉に冥琳は何の異議を唱えることもなく、『赤壁』を解き放つ。
それと同時に小蓮は呪文を唱えた。

≪-周々召喚-≫

小蓮の求めに応じて幻影のホワイトタイガーが現れ、バジリスクへと飛び掛かった。
もちろんLV20の小蓮が呼び出した召喚獣であるのだから、相応の力しか持たない。
その背後から小蓮がチャクラム『月華美人』でサポートしていても、バジリスクとの力量差は明らかだった。
だが、それでも全然困らないのが小蓮の加護スキル【召喚】の恐ろしい所である。

≪-善々召喚-≫

新しい幻影の僕、ジャイアントパンダをバジリスクに突撃させ、小蓮はその隙にホワイトタイガーを呼び戻して送還する。
召喚獣はあくまでも幻影であり、一度送還すれば再召喚時には完全回復状態となる。
つまりこの2匹を交互に戦わせることで、小蓮はMPが続く限りノーダメージでの戦闘が継続して行えるのだ。

ちなみに召喚獣がやられてしまうとペナルティが発生するのだが、そんなことは運用次第でいくらでも解決出来る。
召喚獣は自働戦闘を行うため、他の仲間と協力して戦わせるのも難しいのだが、それこそ小蓮の腕の見せ所であろう。
最初に【召喚】した時なぜか人間が出て来たので即送還したとか、コモンスペルを唱えると全て爆発するようになったとか、そんなことは些細な問題である。

【孫呉の剣】【孫呉の盾】を有する2人の姉とはかなり方向性の異なる、それでいて彼女達のチートな血統を彷彿とさせる強力な加護スキルを得ていた小蓮なのであった。

一方、穏の『沈黙の風』によって接近戦を強いられたキメラとの攻防を繰り広げている一刀。
グレイズの効果もあり、WGが早々に100まで達した一刀は、周囲の敵に目を配った。
赤いポインターはキメラにのみ、青いポインターは全ての敵に点滅していることから、青い方が『カラミティバインド』であるのは間違いなさそうだ。

「今から一定時間だけ敵全体を行動不能にさせるから、注意してくれ!」

そう叫んだ一刀は、青いポインターに向けて『打神鞭』を振るった。
すると自動的に伸びた鞭の残像が分裂し、各モンスターの体に巻き付いたのである。
僅か10秒に満たない時間であったが、攻撃や防御どころか身動きすら取れない棒立ちの敵など、屠殺場のブタとなんら変わりない。
手数の足りない一刀達や小蓮は敵を倒すまでに至らなかったが、雪蓮のチームはその10秒足らずでゴーレムを殲滅することに成功した。

(パーティ戦でなら、今までで一番使える技かも……)

そのままキメラへと立ち向かう雪蓮達とポジションを入れ替わりつつ、新たな武器スキルの性能に満足する一刀なのであった。



「一刀! 今の、なんなの?!」
「何って、新しい武器スキルだけど……」

戦闘が終わるなり、出血の手当もせずに一刀へと詰め寄る雪蓮。
戦いの興奮そのままに上気した頬が、やけに色っぽい。
フェロモンと綯い交ぜになった、噎せ返るような雪蓮自身の血臭にクラクラとする一刀。
流血エロという新ジャンルに思いを馳せる一刀の元に、雪蓮だけでなく他の皆も集まって来た。

「ちょっと! もう少し詳しく説明してよ!」
「そうですよ、一刀様! 先程の技は、一体どうやったのですか?」
「秘密なら秘密と言ってくれれば、それ以上の追及はさせないぞ?」

一刀を気遣ってくれる冥琳だったが、それは少々見当違いである。
別に彼は、武器スキルを秘密にするつもりなどない。
だが、どう説明したものか検討がつかないのだ。

一刀が自分以外の武器スキルで知っているのは、季衣達の『スイングアタック』と星の『覇求雲』くらいである。
ただ彼はその理由について、誰も必殺技名を叫んでないから気づかないだけだと思っていた。
例えば『スコーピオンニードル』にしても、なんの説明もされなければテクニックの一種だと勘違いしてしまうであろう。

ところが雪蓮達の言動から察すると、どうもそうではないらしい。
そういえば、季衣達も星も修行がどうこう言っていたような気がする。
それはつまり、彼女達が武器スキルを使うためには、自己鍛錬と独自の発想が必要だということだ。
もちろんシステム的な違いがあるのではなく、単に彼女達がどんな必殺技を使用出来るのか、誰も分からないからである。

季衣と流琉が同じ技を使っていることから、同系統の武器なら伝授することが出来るのかもしれない。
仮にそれが可能であれば、一刀が剣スキルや刀スキルを上げて武器スキルを習得し、皆に伝えるという手段も取れなくはない。
もっとも、そうするためには莫大な労力が必要であり、もしかしたら存在するかもしれないスキルキャップのリスク等があるため、現実的な考えではないが。

「うーん。もしかしたら、冥琳なら出来るかも。同じような武器だしさ」
「ほう、教えて貰えるのか?……コホッ」
「当たり前だろ。あ、でも冥琳って、あんまり戦闘で鞭を使ってないだろ? それだと、熟練度が足りてないかも」
「ふむ。まぁ、物は試し……コホッコホッ」
「お、おい、大丈夫か?」
「ゴホッゴホッ……ぐっ……」

ゴポリッと嫌な音を立てて、冥琳の口元から血が溢れ、滴り落ちた。
そのまま意識を失い、一刀に向かって倒れ掛かる冥琳。
血で汚れた彼女の口元を拭う一刀の手にはべっとりと化粧が付着し、冥琳が普段からその顔色の悪さを誤魔化していたことが窺える。

(服もそうだけど、やっぱり冥琳には深紅が一番よく似合うな……)

愛する冥琳の唐突な異変に、場違いな感想を抱いてしまう一刀。
雪蓮達の悲鳴が耳に入って来るも、どこか遠い世界の出来事のように聞こえる。

冥琳が病魔に侵されていたという現実を、直視することが出来なかった一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:2994/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、冥琳、祭
パーティ名称:( ゚∀゚)o彡゜
パーティ効果:近接攻撃力+10、遠隔攻撃力+10、魔法攻撃力+10

STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:239貫



[11085] 第七十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:41
『帰還香』を使用した雪蓮達は、その足で大神殿に併設された救護院へと冥琳を運び込んだ。

この救護院は大神官の肝いりで設立されただけあって、大神殿との密接な繋がりがあった。
大神官が薬類の実演販売を行うのは救護院だし、救護院で亡くなった患者は大神殿で弔われる。
つまり救護院であれば、大神殿にお布施を納めることで、大陸一の名医と謳われている大神官の診察を受けることが可能なのである。

「貴方達、大神官はどこなの? 急病人よ、至急呼んで頂戴!」
「あの、大変申し訳ありませんが、大神官様は現在予定が一杯でして……」

無論、大神官のアポイントがとれれば、の話だったが。
ただでさえ医者と神官の2役をこなして過密スケジュール気味の大神官。
最近では真珠の手術までが彼の予定に組み込まれていて、寝る暇もない程の忙しさなのである。

「こっちは生きるか死ぬかなのよ! EDの治療なんて後回しでもいいでしょ!」
「そ、そうおっしゃられましても」
「ああもう! お布施ならいくらでも支払うわ。お願いだから、大神官を連れて来てよ……!」

妹の蓮華ですらも初めて聞くような、雪蓮の悲痛な叫び。
その声は、未だ夢と現実の境目にいた一刀の意識を呼び戻した。

「……大神官に、俺が今すぐ会いたがってるって伝えてくれないか? 一刀って言えばわかるから」
「あ、貴方様は、新性器の神! 大変失礼しました、至急大神官様をお呼び致します!」

人間万事塞翁が馬。
恐らく大神官との伝手だけでは、取次いで貰えるまで時間が掛かったであろう。
最悪だと思っていた称号が、まさか冥琳を救うための一助となろうとは。
予期せぬ幸運を噛みしめる一刀だったが、その喜びも大神官が冥琳を診察し終えるまでであった。

「残念だが、ここまで病魔に侵されている状態では、手出しができん……」
「そんなっ! ゴッドウェイドーはどうしたのよ!」
「確かに俺のゴッドウェイドーならば病魔自体は倒せる。だがこの状態で俺が病魔と戦った場合、患者の体力が持たないのだ」

体力と聞いて、反射的に冥琳のHPを確認する一刀。
彼女のステータスは、明らかに異常であった。

NAME:冥琳【加護神:周瑜】
LV:21
HP:182/182
MP:132/208

HPの分母が182しかないのである。
一昨日の探索前には、確かに200ちょっとだったはずだ。
ちなみに冥琳のHPがLV21でその位なのは、それほど不自然ではない。
朱里や雛里、桂花や風なども同じようなHPであるからだ。

(いや、違う! 冥琳のHPは穏より少し低い程度だったはずだ!)

少なくとも『璃々救出クエスト』の時は、そうであった。
冥琳と穏は、初めて一刀が迷宮探索を共にした高LV者なのである。
具体的な数値こそ覚えていないが彼女達のパラメータは印象に残っていたし、彼女達が同LVだった記憶もある。

ところが穏の現在のHPは292であり、冥琳との差は若干どころの騒ぎではない。
そのことを、冥琳が倒れる前になぜ気づかなかったのかと一刀は悔やんだ。

実際問題、100の位とは言わないまでも数十単位で変化があれば、恐らく一刀は気がついたであろう。
だが1の位の微妙な変化までは、きちんと意識していなければ認識するのは難しい。
なまじっか冥琳のHPが朱里達に比べて高い分、多少下がっても後衛の平均値に収まっていたのだから尚更である。

「雪蓮様、『銀の短剣飾り』ならどうでしょうか! 状態異常を回復出来るのであれば、冥琳様の病もあるいは……」
「亞莎、よく気づいたわ! 使ってみましょう!」

冥琳が倒れた時は、水系統の魔術でHPを回復させていた。
だから確かに亞莎の言う通り、まだ短剣飾りは試していない。
しかし、冥琳が今までの冒険で『銀の短剣飾り』を一度も使用したことがないなど、ありえるだろうか。
その答えは、すぐに結果として表れた。

「ダメね……」
「一瞬だけ顔色が良くなるのですが、元に戻ってしまいます」

冥琳のHPが276まで回復した後、またすぐに182まで減ってしまう様子を見て、その原因を考える一刀。
一瞬だけでも短剣飾りの効果があるということは、冥琳の病が状態異常の一種であることを示している。
すぐに元に戻ってしまうのは、恐らくその状態異常が継続して冥琳に負荷を掛けているからであろう。

例えばバジリスクに噛まれた場合、『解毒の清水』で回復は可能である。
だが継続して噛まれ続けたとしたら、状態異常が治った次の瞬間にはまた毒に侵されてしまうはずだ。

つまり冥琳の病そのものを完治させるしか、彼女を救う手立てはない。
それが一刀の出した結論である。

「非常に残念だが、この患者は持って1ヶ月だろう。心残りのないよう、過ごさせてやってくれ」
「冥琳、どうして……。なんで冥琳が……!」

大神官の告知に心が掻き乱され、言葉にならない雪蓮。
そんな雪蓮に大神官は、一度ギルドへ帰って気持ちを落ち着けるよう諭した。
悲痛なムードに染まる雪蓮達の中でただ一人、絶対に諦めないと闘志を燃やす一刀なのであった。



このことを以て、一刀の心が雪蓮達よりも強いということは出来ない。
なぜなら今の雪蓮達に見えていないものが、一刀だけには見えているからである。

それは言わずと知れた、この世界に対する認識だ。
ここがゲームの世界であるならば、冥琳の病がイベントである可能性はゼロではない。
そして基本的にゲームでのイベントというのは、クリアされるために存在しているのである。
である以上、手も足も出ないように見える今回の件も、どこかに攻略フラグが立っているはずなのだ。

無論、この考え方には穴がある。
『NF(ネバーエンディングファンタジー)7』の空気ヒロインのように、死亡フラグが折れないパターンだって存在する。
それに、冥琳の加護神が病死した周瑜であることも嫌な要素だ。
そもそもこれが本当にイベントであるという確証など、全くない。
だがここで重要なのは確実性ではないし、ましてやデマ情報に踊らされた一刀が空気ヒロインの生存ルートを不眠不休で探した思い出でもない。

一刀に必要だったのは、そこに希望が存在することなのだ。

例えそれがどんなに細く狭い道だろうと、ゲームとして設定されたイベントならば絶対にクリアしてみせる。
そうでなくては、全てをゲームに捧げてきた自分の人生に価値などあろうはずがない。
一刀は冥琳への愛と自らの矜持にかけて、彼女を救うべく頭脳をフル回転させた。

パターンとして考えられるのは、大まかに分けて2つ。
新たなドロップアイテムを入手することや、新たなイベントキャラと出会うこと。
もしくは、迷宮をクリアすることである。

前者は直接的な意味を持つ。
つまり冥琳の病を治せるアイテムか、その技能を持つ人物を探し出すことだ。

しかし後者は、漠然とした期待でしかない。
迷宮クリアによる神様のご褒美うんぬんは、あくまで人間側の期待だけで広まった噂なのだから、その確実性はゼロに近い。

だが一刀は、敢えて後者を選択しようと考えていた。
ゲーム内では主要人物である冥琳の重要イベントなのであれば、発生時期はクライマックス付近と考えるのが自然であるからだ。
しかも上手くいけば、そこまでの間に前者の条件を満たせるかもしれない。
前者を目指して後者を補うことは出来ないが、その逆は可能なのである。

RPGのコンプリートプレイも好きだが、最短攻略も大好物だった一刀。
そんな彼にとって、1ヶ月で迷宮を制覇するための方策などテンプレも同然だった。

「……本気なの? 数年掛けて、ようやくBF22なのよ?」
「雪蓮達の協力があれば、不可能じゃないと思ってる」
「どこがよっ! そんなありもしない希望なんて、かえって残酷よ!」

ギルド長室でひとり茫然としていた雪蓮を訪れるなり、冥琳を助ける手段として迷宮クリアを提案した一刀。
雪蓮からの返答は、激昂であった。
だが怒鳴られた位で諦めるなら、一刀はこんな提案など最初からしていない。

「雪蓮は迷宮の短期攻略で重要なものが何か、わかるか?」
「……」
「俺はLVと地図だと思ってる。この2つさえ揃えば、1ヶ月以内での迷宮完全攻略だって可能なはずだ。それに新しい階層へ潜れば、冥琳を助ける手掛かりが見つかるかもしれない」
「……」
「地図、心当たりがあるんじゃないか?」
「……あるわ」

そう言って雪蓮が取り出したのは、古の伝説で孫堅が発見し、後に袁術が使用したとされる伝国璽であった。
この玉璽はどういういきさつか、ギルド内の今は使用されていない井戸の中に落ちていたそうだ。
ギルドを制圧した時、井戸の方から何かを感じた雪蓮が探し当てたその玉璽には、彼女の一族特有の仕込みがしてあったらしい。
中から出て来たのは、雪蓮の母親が書いたBF30までの地図だったとのことだ。

「不完全だけど、それでも各所の階段なんかは分かるのよ」
「これで、全てのピースが揃ったな」
「LVはどうするのよ」
「もちろん上げるのさ。具体的には、1ヶ月を1週間単位で4区切りにするんだ」

1週目は、BF25の海岸を目標とする。
2週目は、海岸でのLV上げ。
3週目は、BF30の海岸を目指す。
4週目は、LV上げとラスボス攻略。

一刀の語ったプランの大雑把さに呆れる雪蓮。
だが一刀は大真面目である。

「1週目と3週目は限界まで深い階層に潜ってLVを上げ、それで最終日に海岸を目指すんだ。とにかく海岸まで逃げ切ればいいんだから、なんとかならないかな」
「敵が海岸まで追ってきたら、どうするのよ?」
「大丈夫、それはBF15で実験済みだ。迷宮内のモンスターは海岸に入れない」
「海岸がBF25やBF30になかったら?」
「迷宮自体が偶発的に現れたものじゃないんだから、5階飛びにある海岸の存在だって偶然じゃない。であれば、踏襲している可能性はかなり高いと思う」
「1ヶ月も継続しての迷宮探索なんて、肉体はともかく精神的に不可能じゃないかしら?」
「それも大丈夫。穏の『其静如林』があれば、精神的な疲労はなくなるから。これも『祭壇到達クエスト』の時、実証済みだ」

否定的な意見を言いつつも、雪蓮の目は刻一刻と輝きを取り戻しつつあった。
全てが一刀の計画通りに進む可能性などほとんどないだろうし、危険度は計り知れない。
それは彼自身も承知していることだ。
彼の計画は、あくまでゲームから培った方法論に過ぎないのだから。

だが、決して荒唐無稽な話ではない。
奇跡的な成功率だろうが、道自体は繋がっているのだ。

その根拠は、今回の探索前に一刀が雪蓮に提案した海岸でのLV上げにある。
雪蓮はその時に一刀から、実例として桃香達の話を聞いていた。

LV20だった桃香達が1週間でLV22になったということ、それはつまりBF25の海岸であればLV27まで、BF30の海岸であればLV32までは短期間で上がることを証明している。
もちろん次LVまでのEXP量の違いはあるし、元々のLVがいくつなのかにもよって結果は異なる。
だが桃香達が不使用だった『増EXP香』をフル活用することで、その不利は補えるであろう。

「2日……いえ、1日だけ時間を頂戴。ギルド運営を幹部達に引き継がせるのに、最低でも明日一杯は必要なの」
「てことは、雪蓮!」
「ええ。その話、乗ったわ!」
「じゃあ、早速蓮華達にも参加を要請してくれよ。なにしろ命掛けだから不参加も多いだろうけど、雪蓮の加護的にも最低4人は欲しいな」
「はぁ? 何を言ってるのよ、一刀」
「……もしかして、強制参加なのか?」
「そうじゃないわ。それは聞くまでもないことなのよ、私達の間ではね」

冥琳1人を助けるために誰かが死ぬかもしれないし、それが複数になる可能性も高い。
もちろん全滅の可能性だって十分にありうる。
ゲームの最短攻略ですら、1度も死なずにクリアすることは難しいのだ。
損得で言えば、冥琳1人を助けるのが目的にしてはリスクが高過ぎるであろう。

だが雪蓮達にとって、仲間の命は足す引くで計算出来るものではない。
結果的に自分が命を落とすことになったとしても、それが仲間達のためであれば最後の瞬間まで後悔しないと言い切れるし、その逆に1人のために皆が危険に晒されるのも厭わない。
もちろん対象が冥琳でなくても、そのことに変わりはない。
彼女達のクランは、そういう者同士で結成された仲間なのだ。

「もちろんそこには貴方の命も含まれているのよ、一刀」
「お、俺も?」
「当たり前じゃない。一刀だって、冥琳のために命を掛けようとしてるじゃないの」
「それは、冥琳は俺の恋人だしさ……」
「あら、それじゃ私や蓮華がピンチの時には、見捨てられちゃうのかしら?」
「そんなわけないだろ!」
「ほら、やっぱりね。改めて言うわ、一刀。私達は貴方を、かけがえのない仲間だと思ってる」
「……ありがと、雪蓮。と、ところでさ、ギルドの引き継ぎって、明日だけで大丈夫なのか?」

照れ臭くなって、話題を逸らす一刀。
だがそれに対する雪蓮の答えは、あっさりしたものであった。

「ダメに決まってるじゃない。多分このままだと、1ヶ月後には七乃あたりに乗っ取られているわね」
「そっか、良かった……って、ダメなのかよ! なんとかしないとまずいだろ、それ。祭さんとかを留守居役にしておくとかさ」
「無意味どころか害悪よ、そんなの。全力を尽くしても成せるかどうかわからないのに、余力を残すなんて馬鹿馬鹿しいわ」
「そうは言っても、乗っ取られたら困るのは雪蓮達だろ?」
「いいのよ。だって1ヶ月後には、私達が迷宮を制覇してるんだもの。ギルドなんか、欲しい奴にくれてやるわ。冥琳もその頃には回復してるだろうし、そしたら私達は呉に帰るだけよ」

母親に連座させられての罪が許されたとはいえ、現在の雪蓮達は結局ギルドに縛られている状態である。
だが迷宮の攻略さえ済めば、皇帝から任命された役割は果たしたことになる。
そこに皇帝の求める不老不死がなかったとしても、それは雪蓮達の責任ではない。
雪蓮達は迷宮を制覇したという名声を得て、晴れて自由の身になれるのだ。

「本当は不老不死を献上して、代わりに呉王の位と領土を貰いたかったんだけどね。でも、母様の名誉を回復することが出来れば十分だわ」
「それが、雪蓮達が迷宮に挑む理由ってわけか」
「生は一代、名は末代。娘達が英雄として名を成せば、きっと母様も聖母として敬われるはずよ」

そのためにも、明後日から始まる迷宮探索に向けて万全の準備をしなければならない。
雪蓮の時間を1秒でも無駄には消費させられないと、早々にギルドを立ち去る一刀なのであった。



『探さにゃいでくだしあ』

ところが、宿に帰った一刀を待って来たのは美以の書き置きであった。
発情期でもないのに明命にイかされたことが、よほどショックだったのであろう。

失踪した美以を心配する気持ちもあったが、なによりの問題は荷物である。
彼女がいなければ、1ヶ月も継続して迷宮探索を行うことなど不可能だ。
迷宮探索の開始前なのにも関わらず、一刀の計画は既に破綻寸前であった。

ここで明日中に美以を見つけたとしても、解決にはならない。
彼女を慰めて気を取り直させるには、どう考えても時間が足りなかった。

(とりあえず持てるだけの荷物を運んで、BF20の安全地帯に置いておくしかないか……)

安全地帯の存在を知っているのは限られたクランのみであるため、荷物が雪蓮クランの物であることを認識出来るようにしておけば済みそうだ。
限界まで運んだとしても2週間がやっとだが、それまでにLV25,6程度まで上げることが出来ていれば、問題は解決する。
一度洛陽に戻って、今度は大量の荷物をBF25の海岸まで運べばいいのだ。
道中で苦戦しない程度のLVさえあれば、2日前後で海岸まで辿り着けるだろう。
もちろんその間に美以の機嫌が直って、一刀の元を訪れてくれるのがベストである。

万全を期したいはずだったのに、初手から躓いてしまった一刀。
その未来に暗雲が立ち込めようとする気配を打破するためにも、今日の所はゆっくり休んだ方がよさそうであった。



一晩ぐっすりと眠ってリフレッシュした一刀の頭脳は、さっそく新たなアイデアを生み出した。
それは他クランとの同盟である。
しかし残念ながらその考えは、すぐに否定せざるを得なくなった。

まずどのクランも、現時点で無理をする必要性が全くない。
更に短期間のLV上げという観点からすると、人数が増えることは必ずしも有利ではないのだ。
なによりも、今回の目標である迷宮制覇というパイは1つであることが挙げられる。

ここが譲れない以上、すぐさま同盟を組むなど絵空事である。
そして相手に譲らせるための条件を煮詰めるためには、時間の足りなさがネックとなっていた。

(時間、時間ねぇ……)

ということを考える時間だけであれば、今の一刀は十分に持っていた。
ギルドの面倒を見なくてはならない雪蓮達とは違って、一刀には特に用事がなかったからだ。

美以を探しに行こうかとも思ったが、彼女の痴態は一刀もじっくりと見てしまっている。
さすがにもう少し冷却期間が必要だろう思い直した一刀は、美以に倣って皆に手紙を書こうと考えた。
明日からの迷宮探索で生きて戻れない可能性は、実際の所かなり高い。
もしもの時のために、季衣達を始めとする恋人達への詫びや、宿の経営権に関する言伝を残しておこうと思ったのだ。

宿は美羽に譲るつもりである。
それは彼女の人柄に対する信頼もあるが、昨日の雪蓮の話が大きい。
予め美羽に宿を譲渡しておけば、七乃によるギルド乗っ取りイベントも発生しないのではないかと考えたのだ。

手紙を書き終わった一刀は、双子を部屋へと連れ込んだ。

「というわけなんだ。だから、この手紙は俺との連絡が2週間途絶えた時、それぞれに渡して欲しい」
「……ご主人様、そんなこと言わないで下さい」
「お姉ちゃんに悲しい思いをさせるなんて、ご主人様失格よっ!」
「ごめんな。でも、頼れるのは2人だけなんだよ。それに、大事なお願いもあるんだ」

一刀の頼み事は2つ。
救護院にいる冥琳の世話と、宿運営に対する監視役である。

「監視って、PAD長の見張り?」
「一体なんだよ、そのPAD長って」
「だって七乃さんってば、毎日胸のサイズが変わるんですよ」
「……その観察力を活かして、七乃が皆に無理を強いるようなことがないよう、注意していてくれ。もしやばいようなら、桃香にこの手紙を渡して助けを求めるんだ」
「ご主人様の杞憂になると思うよ? PAD長って基本的に美羽ちゃん命だから」
「そうですよ。美羽ちゃんは皆に嫌なことをさせるような子じゃありませんし」
「俺もそう信じてるけど、備えあれば憂いなしって言うだろ? それ以外でもいざって時には、この金で皆を守ってやってくれ」

そう言って、一刀は手持ちの金のほとんどを双子に渡した。
もちろん万能ではないが、あるに越したことはないのが金である。
利発な双子であれば、ピンチの際には最大限に有効活用してくれるだろう。

「……あの、ご主人様。私達からも、お願い事をしてもいいですか?」
「なんだ? 今日中に出来ることなら、構わないぞ」
「それじゃこっちに来てよ、ご主人様」

一刀が双子に導かれたのは、自身のベッドであった。

「わ、私達を、抱いて欲しいんです」
「私達みたいな美少女を抱かないまま死んじゃったら、未練で幽霊になっちゃうかもだしね。お姉ちゃんと一緒なら、相手してあげてもいいわ」
「小喬ちゃん、お口が悪いよぉ」
「ふんっ! もっとも私達を抱いたら余計に未練が残って、絶対に迷宮から帰って来るしかなくなっちゃうかもしれないけどね!」
「……ありがとうな、大喬、小喬」



翌日になって迷宮前に現れた雪蓮達は、「生えてた……でも美少女……」などと青ざめた顔で呟いている一刀を目撃したのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:2994/7000
称号:新性器の神

STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:9貫



[11085] 第七十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
飛び掛かって来るヘルハウンドを盾で殴りつけ。
足元に忍び寄るバジリスクの毒牙を『打神鞭』で捌き。
横から殴りつけて来るオーガの拳をギリギリで避け。

≪-不動如山-≫
≪-土の鎧-≫

穏と亞莎からの強化魔術が、一刀に向けて放たれる。
それらを集中的に受け、更にブースト香まで使用していることに加えて、BF22のモンスターはLV23の一刀より格下という事実もある。

だが、一刀には手も足も2本ずつしかない。
多勢に無勢というのは、まさしく今の状況に相応しい言葉なのだろう。
オーガの攻撃によって体勢の崩れた一刀に、ケルベロスの突進を止める術はなかった。

「ぐっ!」

吹っ飛ばされて倒れ込む一刀に、敵の群れが殺到する。
即座に身を起こした一刀は、しかし何を思ったのか左手の中に『眉目飛刀』を呼び出すと、蓮華達の方へ襲い掛かろうとしていたスライムに投げつけた。
この状況で新たな敵を呼び込むなど、自殺行為以外の何物でもない。
案の定、一刀は敵達の攻撃を捌き切れずに集中打を受け続けた。

≪-治癒の雨-≫
≪-癒しの水-≫

後衛達のフォローがなければ、一刀のHPはとっくの昔に無くなっていたであろう。
そうまでして、なぜ彼が攻撃を一手に引き受けねばならないのか。

「カラミティバインド!」

もちろんそれは、最短でWGを100にするためである。
事前に必殺技名を叫ぶよう嫌がる一刀に強要していた雪蓮達は、その声を合図に動けなくなった敵へと殺到した。

蓮華が、思春が、明命が、それぞれの武器を動けない敵へと振り下ろす。
その作業的な敵の殲滅方法は、彼女達のプレイヤースキル向上を望む雪蓮の方針とは真逆のやり方であった。
だがこの作戦自体は、ある種の経験として彼女達の糧となるに違いない。

そう割り切って、雪蓮も蓮華達とは別の敵へと『南海覇王』を突き立てた。
攻撃力特化の雪蓮は、1人で蓮華達3人と同等以上のダメージを敵に与えることが出来る。
敵の反撃がないこの作戦は、最も雪蓮の特性を活かせると言えよう。
そして、そんな雪蓮よりも更にこの作戦向きの加護スキルを持つ者がいた。

NAME:祭【加護神:黄蓋】
LV:21
HP:52/333(+20)
MP:0/0

そのHPが大幅に減っているのは、祭自身の意志によるものである。
先ほど穏が唱えた全体回復の効果を持つ水系統3段階目の魔術『治癒の雨』に対しても、祭はわざわざその効果範囲外へと避けていた。

普段は危なっかしくて使用出来ない祭の加護スキル、【苦肉の策】のためである。
自身の被ダメージ量を敵への与ダメージ量に加算出来るこのスキルのお陰で、現時点での祭の攻撃は雪蓮に匹敵する程の威力となっていたのだ。

蓮華達3人で1体、雪蓮が1体、そして祭の矢によって1体。
一刀が必殺技を放ってから僅か10秒の間に、計3体がこの世から永久に退場した。
その間にも、一刀は『眉目飛刀』を投げてWGを稼ぐ。

ようやく動けるようになったモンスター達、そのヘイトは必殺技を放った一刀へと向いている。
従ってその場にいる全ての敵は一刀へと殺到したのだが、もはや群れと呼べるだけの数は残っていない。
しかし一刀の方も、HPは回復していても体の芯にまだダメージが残っている。
普段より格段に動きを鈍らせた一刀は、それでも敵達の攻撃を捌こうと必死で足掻いた。

時には受け止め、時には受け流し、時には受け損ない。
そうやってWGを貯め、血と汗の結晶である武器スキルを解き放つ。

「カラミティバインド!」

自らの血で赤く染まった視界に、雪蓮達が残りの敵を殲滅する様子が映る。
フラフラとしながらも、その敵に向けて一刀は『眉目飛刀』を投擲した。
5Pでも10Pでもいいから、次の戦闘のためにWGを貯めておきたかったのだ。

≪-再生の滴―≫
≪-癒しの水-≫

そんな一刀を、穏と亞莎の放った暖かな粒子が包み込む。
オーガに殴られた顔の傷が、ヘルハウンドに噛みつかれた腕の傷が、スライムに焼かれた足の傷が、見る見るうちに塞がっていった。

(なんか、必殺技名を叫ぶのが快感になってきた……)

しかし残念ながら彼女達の魔術は、一刀の脳味噌へのダメージだけは回復しきれていない様子なのであった。



加護スキルの効果を得るためにHPを減らしている祭よりも、更にボロボロの一刀。
最初にわざと敵の攻撃を受けただけの祭に対し、一刀の場合は回復しては減らされの繰り返しなのだから、それも当然である。
いくら痛みに鈍い一刀とはいえ、無限ループの拷問じみたその行為はさすがに辛い。

「大丈夫ですかぁ、一刀さん」
「ああ、全然平気だって。穏や亞莎の魔術のお陰だよ」

だが、そのことを一刀が口にすることはなかった。
この痛みが冥琳の助けとなるのであれば、いくらでも受ける覚悟があったからだ。

「ちょっと休憩にしましょう。少し戻った所の小部屋がいいわ」
「じゃあ俺は周囲に敵がいないか見て来るよ」
「あのねぇ……。貴方が一番休まなきゃいけないの!」
「索敵は私にお任せ下さい、一刀様!」
「わかったから、そんなに怒るなよ。美人が台無しだぞ、雪蓮。それじゃ明命、悪いけど頼むな」
「はいっ!」
「まったく。なんであんなにダメージを受けたのに、減らず口を叩く余裕があるのかしら」

空元気も元気。
むしろ、余裕がないからこその軽口なのである。

男なら誰でも心当たりはあると思うが、殴られた瞬間の痛みというのは実の所さほどでもない。
それはアドレナリンなど脳内麻薬の分泌によって、痛みの感覚が鈍るからである。
しかし、それでも大抵の人は暴力を振るわれることを恐れる。
なぜなら、殴られるのはとても痛いだろうと想像するからだ。

そして一刀も、その辺りは常人となんら変わる所がない。
殴られたり斬られたりするのは、一刀だって当然怖いのだ。
いくら覚悟があるからといって、恐怖で心が折れそうになるのは人間として当然である。
一刀に出来ることは、負けそうな心を空元気で立て直すことだけであった。

「えぇ、膝枕ですかぁ? ……うーん、一刀さんがそれでゆっくりと休めるなら、してあげますよぉ」
「おぉ、穏の太股って暖かいんだな。なんか、すっごく癒されるよ」
「目を瞑った方が、疲労が回復しますよぉ?」
「いいんだよ。この幸せな風景を見ていた方が、疲れがとれるし」
「あぁー、おっぱいを見上げてるんですかぁ? もう、エッチなんですからぁ」

セクハラではない。空元気である。
傷つき疲れ果てた戦士の、一時の休息なのだ。

まったりとした表情で、穏の膝枕を満喫する一刀。
そんな一刀の元に、顔を強張らせた蓮華が歩み寄った。

(げ、少し調子に乗り過ぎたかな……)

慌てて身を起そうとした一刀の手を、蓮華はそっと握りしめた。
さんざん攻撃を受けてきた一刀の痛みを、少しでも癒したい。
そう思った蓮華は、彼の手を自らの胸元へと導いたのである。

「これで貴方の気が紛れるなら、と思って……」
「あ、凄く柔らかい」
「……恥ずかしいから、感想を言わないで」

頬を赤らめる蓮華の様子に、自分はまだまだ頑張れると確信する一刀なのであった。



今回の迷宮探索は、無理に無理を重ねたスケジュールとなっている。
そうでもしなければ、とても1週間でBF25海岸まで辿り着けるだけのLVには到達しないからだ。
睡眠以外は全て戦闘といっても過言ではない苛酷な迷宮探索は、確実に一刀達の心と体を蝕んでいた。

だが、それと引き換えに手に入れたものもあった。
それはもちろんLVである。

1日目:祭壇からの移動日。一刀(LV23)、雪蓮(LV21)、蓮華(LV20)
2日目:主にBF22での戦闘。一刀(LV23)、雪蓮(LV22)、蓮華(LV21)
3日目:2日目と同様。一刀(LV23)、雪蓮(LV22)、蓮華(LV21)

そして4日目が終了した今日、遂に一刀のLVが24となり、蓮華を始めとする年少組がLV22となったのだ。
これは雪蓮クランにとって、BF22のモンスター達が強敵ではなくなったことを意味する。
僅か4日の迷宮探索、その成果としては破格であろう。

だがそのことにより、新たな問題も発生した。
それはBF23へ主戦場を移すことが容易ではないという事実である。

BF22を主戦場に定めていたため、このフロアにおける雪蓮の地図を確認する作業は既に終えている。
BF23への階段も発見していたし、そこに至るまでの罠も全てチェック済みだ。

では何が問題だったのか。
それは、拠点であった。

美以がいないため、どうしても拠点はBF20の安全地帯にする必要がある。
大荷物を運びながらの強敵戦など現実的ではないし、BF21に拠点を移そうとしても安全地帯がないため荷物を放置しておけないからだ。
そうなると、BF23で戦うための往復の移動時間だけで約8時間も掛かってしまう。
無論、そんな選択肢は問題外である。

ならばBF22でこのまま戦い続ければいいのではないか。
現に一刀がLV24に達しているのだから、同じように戦っている雪蓮達がLV23になるのも容易いはずだ。

と、そう考えるのは早計である。
なぜなら今回のパーティ構成は、雪蓮斑4人、蓮華斑4人、そして一刀のソロであるからだ。

言うまでもなく、カラミティバインドを使える一刀こそが本作戦の要である。
そして策の性質上、一刀は敵からの集中攻撃を受け続けなければならない。
つまり一刀のレベルアップこそがより深い階層で戦うためのキーポイントであり、それを優先させるために皆の倍の戦果を上げられる布陣としていたのだ。
そもそも一刀がLV24になっていなければ次のフロアなどという選択肢自体が出て来ないことを考えれば、このパーティ編成は必然である。

その一刀の取得EXPから逆算すると、彼の半分しか敵と相対していないことになる彼女達がLV23へと歩を進めるには、雪蓮でも3日、蓮華だと5日は掛かるであろう。
ちなみに一刀がLV25へ達するのは、現状のまま狩りを進めた場合で約12日である。
普通なら全く文句のない成長スピードであるのだが、時間制限のある今回の場合、そんな悠長な選択をすることは出来ない。

「となれば、明日はBF25の海岸を目指すしかないわね……」
「食糧やドロップアイテムは置いていこう。でないと、突破するのは厳しい」

海岸にさえ辿り着けば、【魚釣り】で食事はなんとかなる。
水とお香、それに短剣飾りがあれば、2週目に予定されている海岸での戦闘に支障はないだろう。
着替えは下着だけを最小限、それが精一杯である。

「これが最初の難関だな。なんとしても辿り着くぞ」
「当然よ。BF25の海岸で、新しい短剣飾りを手に入れるんだから」

今までのパターンから、BF25海岸では恐らく『金の短剣飾り』が入手出来るであろう。
そう予測を立てた雪蓮の考え自体は、一刀も支持していた。
だが『金の短剣飾り』に期待する雪蓮とは異なり、一刀はその効果に悲観的であった。

病の特性は、継続した状態異常である。
『銀の短剣飾り』を使っても次の瞬間にはまた元に戻ってしまうため、冥琳を治すアイテムはその原因自体を根絶させる効果を持ってなければならない。

しかし、青銅でHP回復、黄銅でMP回復、銀でHP全快+状態異常回復ときているのだ。
その上位である『金の短剣飾り』の効果が、病を治すのに特化した性能だとは思えない。
なぜなら迷宮内で受ける状態異常は、全て外的要因のものであるからだ。
つまり、全てが『銀の短剣飾り』で治る状態異常なのである。

これまでの傾向から、短剣飾りは迷宮内で受けたダメージの回復を想定したアイテムだといえる。
そして冥琳の病は迷宮に関係がないし、仮にそれがイベントだとしたら汎用アイテムで回復するのも妙な話であろう。
もし冥琳の病を治すアイテムがあるとしたら、そのために特化した固有アイテムであるはずだと一刀は思っていたのだ。

だがそんなことを雪蓮に告げて、彼女のモチベーションをわざわざ下げる必要もあるまい。

「きっと全て上手くいくさ。頑張ろう、雪蓮」
「ええ。そのためにも、今日はもう寝るわよ」

そう言って雪蓮は、隣に寝転がっていた一刀の頭を、むにゅっと抱きしめた。
4日目にして既に恒例となっていた、戦士の休息タイム。
本日の夜当番が雪蓮だったのである。

(俺、もうこのクランから離れられないかも……)

雪蓮の胸を堪能しながら、心地よい眠りにつく一刀なのであった。



迷宮突破では、LV上げ時とはパーティ構成を変えるべきである。

まず雪蓮と蓮華を同じ組にして、そちらに人数を多めに配置する。
そしてパーティ効果の分かる一刀が、少数でも性能の高いチーム編成を選ぶ。
こうすることで、迷宮突破の危険度を減らすことが可能だからだ。

チームメイトに明命と思春を選んだ一刀。
そのパーティ効果はAGI特化であり、この状況にマッチした性能だと評価出来る。
且つこのパーティは、先行部隊としても優秀であった。
索敵は明命に一歩譲る思春だが、彼女は罠に対するある程度の知識を持っていたからだ。

お互いに協力し合って往き道を確認する2人。
彼女達の探る方向には、敵の一団が存在していた。

極力戦闘を避けるため、迂回路を探すことにした一刀達。
だが、連日の激戦が祟っていたのであろう。
普段はしっかり者であるはずの思春が、愛刀『鈴鳴』を壁に引っ掛けてしまったのだ。

りーん。

と、澄んだ音が迷宮に響き渡る。
2人をサポートする立場の一刀は、どうしても避けられない戦闘の際には囮役も果たさねばならない。

「明命、思春! 先に後退しろ! 雪蓮達の待機場所まで引っ張っていく!」
「はいっ!」
「くっ、すまない。頼んだぞ、一刀」

場所はまだBF23の途中であり、LV24の一刀であれば1人で殿を務めることが可能なフロアである。
『眉目飛刀』を投げてWGを稼ぎつつ、退却を開始する一刀。
激戦に継ぐ激戦のお陰ですっかり『六花布靴』の性能を引き出すことにも慣れ、高いAGI効果と相まって、一刀はほとんど無傷で雪蓮達の元へと帰還することが出来た。

ところが、待機していた雪蓮達の方が無傷ではなかったのである。
彼女達の待機していた場所は、全員が支障なく戦闘出来るだけの広さを持つ中部屋だった。
その場所へと達する道が、実は一本ではなかったのだ。

別に他の道が隠されていたわけではない。
全員で戦闘可能な部屋がそこしかなかったため、その悪条件には目を瞑ったのである。
それが結果的には、分岐点からの敵の侵入を許すこととなってしまったのだ。

もちろんそれらの道も索敵はしていたのだが、どうやら探りが甘かったらしい。
その辺りも、恐らく連日の激戦における疲労の影響だろう。
しかしそんなことは理由にならないし、言い訳をしている暇などあるはずもない。
今はこの状況を打破することが最優先であった。

既に敵味方の乱戦となっている現状では、カラミティバインドの発動を待てるだけの余裕はない。
一刀が引っ張ってきた敵も加わるのだから、尚更である。

「私が退路を切り開くわ! 蓮華と一刀、殿をお願い!」
「わかりました、姉様!」
「その後は、どうするんだ!」
「一刀と蓮華で壁を作って、1体ずつ倒していくのよ! いいわね?」
「了解!」

敵中に飛び込む雪蓮、その後には傷ついた穏と亞莎が続く。
彼女達の背後を守って敵の追撃を防ぐ蓮華と一刀。
雪蓮達が側道に逃げ切りさえすれば、後は自分達がその入り口に立ち塞がるだけである。
祭の援護射撃もあるだろうし、後衛達の魔術もあるのだから、そこから先はさして難しい戦闘ではない。

「あっ!」

全ては、その側道にトラップさえなければの話であった。
先頭を走っていた雪蓮に対して発動した罠、それは毒の矢である。
側壁から突如として放たれた矢が、彼女の背中へと深く突き刺さったのだ。

慌てて『解毒の清水』を唱える亞莎。
だが、毒矢は雪蓮に刺さったままなのである。
解毒された次の瞬間、雪蓮は再び毒状態へと陥ってしまう。
その様子を見て、穏も雪蓮の元へと駆け寄った。

雪蓮に深く突き刺さった矢は、強引に引き抜くとそれが致命傷になりかねないため、無理は禁物である。
いくら『再生の滴』があっても、命を失った相手には無意味であるからだ。
少なくともこの戦闘中は、毒に侵された雪蓮のHPを回復し続けるより他に手段はない。

だが現時点では、毒矢よりも遥かに雪蓮の生死に関わる問題があった。
それは、この戦いを勝ち抜けるかどうかである。

亞莎も穏も、雪蓮という柱石が倒れて動揺したのであろう。
後衛が2人とも雪蓮に気を取られてしまうことの意味は、普段の彼女達であれば当然理解出来ていたはずだ。
彼女達が援護を放棄したこと、それは前衛陣の崩壊という結果に繋がったのである。

「うぐっ……」

ゴーレムからの一撃を受け損ね、その場に倒れ伏す蓮華。
更なる敵の追撃から蓮華を庇った一刀のWGが、そこでようやく100に達した。

「カラミティバインド!」

しかし一刀の叫びは、虚しく響いただけであった。
動けない敵を攻撃する余力など、今の彼等には残っていなかったのだ。
その10秒で出来たのは、短剣飾りによるHP回復と、倒れた蓮華を後ろに下げた思春が一刀の隣に立つことだけであった。

蓮華が倒れたことにより、今や戦力バランスは大きく敵側に傾いていた。
攻撃タイプの思春や支援タイプの明命では、最前線を支え続けることは難しい。
明命と同じく支援タイプであるものの、LV24の一刀だからこそ辛うじて蓮華と並べていたのだ。

穴の出来た前線を、辛うじて塞いでいた一刀達。
だがその防衛ラインが、遂にヘルハウンドによって突破されてしまった。
無防備な雪蓮や蓮華を辛うじて祭が守っていたが、それを援護する余裕など一刀達にはない。
更なる敵の猛攻を防ぐので精一杯だったのである。
そして頼りの『帰還香』も、この状況ではかき消されてしまって使い物にならない。

後1匹でも後ろに通したらアウト。
後1人でも前衛が倒れたらアウト。
後1体でも敵の増援が来たらアウト。

そして少しずつでも敵を減らせなければ、当然ジリ貧である。
このままでは、全滅も時間の問題だった。

一刀達がこの結末を迎えるはめになったのは、不思議でもなんでもない。
ひとつでも間違えば、いや、全てを完璧にこなしたとしても、僅かに運が足りないだけで容易く全滅を迎える。
一刀のプランとはそういう性質ものだったし、誰も死なずに達成出来たら奇跡なのだ。
僅かな確率に賭けて全てを失うことなど、迷宮都市・洛陽ではありふれた出来事である。
自分達だけは奇跡を享受出来ると考えての計画だとしたら、その考えはあまりにずうずうしい。

もちろん一刀達だって、そんなことは理解していた。
分かっていて、それでもこの作戦に賭けるしか道がなかったのである。
だから一刀は、この状況に追い込まれても諦めなかった。
これも想定内であり、とっくに覚悟は出来ていたからだ。

死ぬ覚悟ではない。
どんな状況におかれても、それを打破する覚悟である。
もちろんその覚悟を決めていたのは、一刀だけではない。
思春も明命も、誰ひとりとして絶望に眼を伏せる者などいなかった。

そして奇跡とは、こういう時にこそ起こり得るものなのであろう。

「あら、随分と追い詰められているわね、一刀。手助けは必要かしら?」
「華琳! どうやってここまで?!」

一刀の目の前に、なんと華琳達が姿を現したのである。
それだけではない。
こんな所にいてはいけないはずの人物までもが、彼女達の中に交じっていたのだ。

≪-赤壁-≫

救護院で看病されているはずの冥琳、その魔術が一刀達とモンスターとの間に不可侵の境界を作り上げたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:24
HP:442/385(+57)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:812/7500
称号:○○○○
パーティメンバー:一刀、思春、明命
パーティ名称:ふんどし同盟
パーティ効果:AGI1.5倍

STR:33(+6)
DEX:50(+19)
VIT:27(+2)
AGI:36(+7)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:48(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:238(+39)
近接命中率:120(+20)
遠隔攻撃力:155(+15)
遠隔命中率:112(+28)
物理防御力:172
物理回避力:113(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:9貫



[11085] 第七十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
一刀達に攻め掛かっていた敵を、『赤壁』に押しつけるよう追い込む華琳達。
前方からは華琳達の攻撃が、後方からは『赤壁』によるスリップダメージが、敵のHPを削っていく。

効率的に目前の敵を排除した華琳達は、残りのモンスターに対する掃討戦に移った。
それと同時に、『赤壁』を解除して一刀達の元へと駆け寄る冥琳。

「冥琳?!」
「話は後だ、今は撤退するぞ! 穏、雪蓮の矢は抜かずに『癒しの水』を掛け続けるんだ」

などと言われても、簡単に気持ちを切り替えられるわけがない。
もしやこれが走馬灯というやつなのであろうか。
そう思った一刀は、目の前の冥琳へと手を伸ばした。

「……幻覚じゃない」
「あっ、ん、こら一刀、どこを触っている。そんな場合じゃないだろ」
「冥琳! 冥琳!」
「きゃあ! うむ、ちゅ、ちゅぷっ……ぷは、わかった、わかったから。後でじっくりしてやるから、今は落ち着け」

一刀と冥琳が感動の抱擁を交わしている間にも、華琳クランが次々と敵を屠っていく。
その手に必要以上に力が篭っているように見えたのは、恐らく気のせいであろう。
折角格好良く登場したのに空気扱い、あまつさえラブシーンまで見せつけられたというやり場のない怒りをぶつけていたわけでは、決してない。

「めーりん、めーりん! めーりん、めーりん!」
「いつまでイチャついてるのよ!」
「あいたっ。……これ、『帰還香』?」
「後は私達に任せて、さっさと帰りなさい」

華琳に投げつけられた『帰還香』は、戦場の遠ざかった今なら使用が可能である。
未だ雪蓮は危篤状態から脱していないのだから、ここは華琳の指示に従うべきであろう。

「ありがとな、華琳。後は頼んだよ」
「ふふ、いいのよ。この貸しはすぐに返して貰う予定だから。覚悟しておきなさい、一刀」

そんな華琳の言葉に、思わず耳を塞ぎたくなる一刀。
借りを返すのは吝かではないが、このペースでは過労死してしまう。

九死に一生を得た安堵で緩んだ顔を引き攣らせながら、『帰還香』を使う一刀なのであった。



この中華風ファンタジーなゲーム世界には、魔術もあれば回復アイテムもあり、更にはゴッドウェイドーまでがある。
毒矢が突き刺さったままの雪蓮だろうと、戦場でさえなければ治療は容易だろうと思われた。
なぜなら雪蓮の危機は外的要因、つまり毒矢のせいだからである。
この原因を取り除くことが出来れば、後はどうにでもなるはずだ。

「うおおぉぉぉ、元気になぁれ! ……これは、かなり難しいな」
「なんでだよ! 毒矢は取れたんだろ?!」
「鏃の中にわざと脆い部分が混ぜられていたんだ。それが体内に散らばってしまっている」
「治るんだよな? なぁ、大神官! 雪蓮は治るんだろ?」
「もちろんだとも! そちらの冥琳と合わせ、俺が責任を持って完治させてみせる!」
「あ、そうだよ。回復したように見えるけど、冥琳の方も一体どうなってるんだ?」

NAME:冥琳【加護神:周瑜】
LV:21
HP:276/276
MP:143/208

そのステータスが示す通り、今の冥琳はこれまでが嘘のように健康体に見える。
だが大神官が「冥琳と合わせて」と言うからには、冥琳の病もまだ完治してはいないのだろう。
疑問を浮かべる一刀に、冥琳が微笑みを浮かべながら逆に問い掛けた。

「ところで一刀、この髪飾りをどう思う?」
「よく似合ってるよ。やっぱり冥琳には濃い目の赤が……。あ、それって、もしかして」
「もちろん私が作ったのー!」
「「ご主人様、無事だったんですね!」」

そこに現れたのは一刀帰還の連絡を受けて駆けつけた双子と、それに便乗した沙和である。
ちなみに連絡を入れたのはギルドのテレポーター利用記録係であり、一刀を連れ戻しに行くという冥琳へ事前に双子が頼んでいた。
おまけの沙和は、本当に冥琳がプレゼントの贈り先だったのかを確かめたかっただけである。

その沙和から、冥琳復活の経緯が語られたのであった。



「どう、真桜ちゃん。感想を聞かせてなのー」
「お、髪飾りが完成したんか。せやな、うちにはようわからんけど、綺麗やな」
「でも身に付ける人が誰かわからないから、不安なのー」
「理知的な黒髪なんやろ。シックな感じの出来上がりやし、ええんとちゃう?」
「それでも微調整が必要なのー」

自らの髪に『深紅の髪飾り』を当てる沙和。
しかし明るい茶髪の持ち主である彼女では、今いちピンと来ない。

「沙和、真桜、大変だ!」
「あ、凪ちゃん、いいところに来たのー! 凪ちゃんの銀髪なら、イメージが合わせやすいのー」
「それどころじゃない、あの華琳さんから招待状が届いたんだ! 聖戦士として名の知れ始めた自分達に、是非会いたいと書いてある!」
「今はこっちの方が重要なのー!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いた方がええで」

真桜が思うに、凪の高揚感は華琳ほどの人物に評価を受けたことによるものであろう。
紹介だけであれば一刀にして貰うことも可能であったが、真桜自身もやはり自分達の実力で人に認められたのは嬉しい。
ましてやそれが自分達も興味を持っていた、曹操の加護を持つ華琳なのだから尚更である。

一方で、同じ物作りのエキスパートとして沙和の気持ちもわかる。
どうせしばらくはどこのクランに加入するつもりもないし、まずは目先の仕事を優先したいという沙和の言い分も納得出来る。

「せやから間をとって、着飾らせた凪を連れて行ったら万事解決や」
「凪ちゃん、可愛いのー!」
「や、やっぱり着替える! こんな格好、自分には似合わない!」
「ええやん。隊長だって、今の凪を見たらイチコロやで」
「ほらほら、時間がないのー。さっさと出掛けるのー!」
「こ、こら、ちょっと2人共、引っ張るな!」


というわけで、沙和達は華琳の屋敷へと出掛けたのだそうだ。
それが昨日のことらしい。

「それと冥琳の回復と、どう関係があるんだよ?」
「ここからが本番なの! 黙って聞くのー!」

うるさい一刀を一喝し、沙和は話を続けた。


華琳との会談と言っても内容は特になく、ただの顔見せに近かった。
そんな雰囲気の中で、凪の頭上で存在感を放つ『深紅の髪飾り』が話題になるのは必然であった。

「ところでその髪飾り、素晴らしい品ね。気品があるわ」
「沙和が作ったのー!」
「へぇ、凄いのね。少し見せて貰ってもいいかしら?」
「どうぞ、華琳さん」

凪から手渡された髪飾りを観察する華琳。
細工も素晴らしいが、素材の持つ雰囲気は凡百の物ではない。
興味を持てば、その全てを知りたいと思うのが華琳である。
凛を呼び出して、『深紅の髪飾り』を鑑定させるのは自然な流れであろう。

「折角だから、この赤い髪飾りを鑑定させてみましょう。凛、頼んだわ」
「はっ。……雰囲気に違わず、性能も凄まじいですね。『状態異常無効』なんて、初めて見ました」
「これを装備していれば、バジリスクの毒も無効化されるのね。春蘭に装備させたいわ。沙和、売って貰えないかしら?」
「ダメなのー。これは隊長、じゃなくて、一刀さんからの依頼で作ったものなのー」
「でも女物じゃない。一刀には似合わないでしょうに」
「黒髪の女の子にプレゼントするって言ってたのー!」

沙和の言葉を聞いた華琳は、傍にいた春蘭に問い質す。

「……春蘭? 貴方、いつの間に一刀とネンゴロになったの?」
「そ、そんな! 私は華琳様ひとすじです!」
「怪しいものだわ。同じようなことを言ってた桂花だって、結局一刀大好きっ娘になっちゃったし……」
「あんな淫乱と一緒にしないで下さい、華琳様!」
「だ、誰が淫乱なのよ! この脳筋!」
「ふふ、冗談よ。2人とも落ち着きなさい。それより春蘭、心当たりはないのね?」
「もちろんです、華琳様!」

そのやり取りを聞いていた真桜が口を挟む。

「春蘭姉さんは違うと思うで。黒髪で理知的な人って言うてたし」
「ふむ。確かにそれは春蘭じゃないわね。一体誰かしら」
「ほら、みたか桂花。華琳様の私に対する深い信頼を思い知っただろ!」
「……まぁ、アンタがそれでいいなら、私から何も言うことはないわ」

なんにしろ、一刀の持ち物を沙和に対して譲れと言っても仕方がない。
『深紅の髪飾り』についての話はそこで終わり、その後もしばし歓談が続いたのであった。



高性能を秘めた装備であることが分かった以上、急いで納品すべきであろう。
そう判断した沙和は、華琳の屋敷を出たその足で一刀の宿へと向かった。

「ごめん下さいなの。一刀さんにお届け物なのー」
「申し訳ありません。ご主人様はしばらくの間、不在です」
「うーん、困ったのー。それじゃ、戻ってきたら沙和に連絡するように伝えて欲しいの」
「はい。何か言伝などはございますか?」

と言われて、沙和は考えた。

なにやら貴重品らしいので、いつまでも自分が保管しているのは、万が一を考えると怖い。
従って、一刀には出来るだけ早く引き取りに来て欲しい。
そのためには、一刀にその価値を知らせるのが手っ取り早いだろう。

ある意味で軽率とも言える沙和の判断が、この場合は良い方向に働いた。

「実は頼まれてた髪飾りが、『状態異常無効』の装備になったの。そう伝えてくれれば、分かるはずなのー」
「……待って下さい。それって毒とか麻痺とかを無効化するって意味ですか? 病気は、病気はどうなんですか?!」
「お姉ちゃん、落ち着いて。沙和さん、それで病気はどうなんですか?」
「試してみないと、分からないのー」

そう、沙和の応対に出ていたのは双子だったのである。
病に倒れた冥琳の看病をしている彼女達にとって、沙和の言葉は聞き逃せないものを秘めていた。

「実は重病で瀕死の知り合いがいるんです。お願いです、試させて下さい!」
「その方の看病を私達に頼んでいったのもご主人様なんだから、文句は言われないと思います」
「うーん。じゃあ、沙和も一緒に行くの。それならいいのー」

瀕死の人がいると聞いて放っておける程、沙和も薄情ではない。
夕暮れの中、双子と沙和は救護院へと向かったのであった。



「そこから先は、私が話そう」
「ああ。頼むよ、冥琳」
「もっとも、後はたいして話す中身もないのだがな」

短剣飾りとは違って、『深紅の髪飾り』は装備品である。
継続した状態異常無効の性能は、冥琳の病を治せないまでも押さえつける効果だけは発揮してくれた。
病が治ったわけではないので髪飾りを取ったら元に戻ってしまうが、それを装備し続けている限り健常者と変わりないという、不思議な状況が出来上がった。

だが冥琳の体力さえ戻れば、後はゴッドウェイドーの出番である。
病魔との戦いだけでも3日3晩は必要だと聞いた冥琳は、手術を後日受けることにした。
一刀達が相当な無理をしているはずだと言う双子の話から、まずは雪蓮に連絡を取らねばならないと考えたのだ。

美以さえいればその時点で全て解決したのであるが、残念ながら今は失踪中である。
だが幸い地図の存在はクランのサブリーダーである冥琳も知っていたし、それどころか彼女はそれを暗記すらしていた。
もちろん冥琳だけでは、一刀達のいると思われるフロアまで辿り着くことが出来ない。
そこで、加護を受ける以前は行動を共にしていた華琳クランに、いくつかの条件と引き換えに護衛を頼んだのである。

一刻も早く一刀達と合流する必要があったため、無理を押して準備を済ませ、夜更けに迷宮内へと出立した華琳クラン。
BF20で雪蓮達の荷物を発見した冥琳は、残された中身から彼女達の意図を見抜き、自分達が一歩遅かったことを悟った。
水やお香が無かったことから、『帰還香』による突発的な退却ではありえない。
そして食糧を持って行かなかったのだから、目標はBF25海岸への到達であろうと推測したのだ。

「不完全な地図だからルートは限定されていたのだが、さすがにBF23より先に進むのは厳しかったからな。あそこにいてくれてよかった」
「……そうやって話を聞くと、俺達が助かったのは本当に幸運だったんだなぁ」

凪が髪飾りを身に付けていなければ。
沙和の応対をしたのが双子でなければ。
冥琳達が出立を夜にしなければ。

どれが欠けていても、今頃一刀達はモンスターの胃の中だったであろう。
そう考えて身を震わせる一刀に、大神官が声を掛けた。

「そういう訳で、この2人にはしばらく入院して貰うことになる。なぁに、『深紅の髪飾り』と俺のゴッドウェイドーが揃えば、治らない病気などない! 大船に乗った気持ちでいるといい」
「頼んだぞ、大神官」
「ああ、任せておけ! ところで、この髪飾りは量産出来ないのか?」

出来るか出来ないかは、今のところ不明としか言えない。
切り離されたダゴミンの腕が、『深紅の珊瑚』として残ったこと。
これの原理が、未だによく分かっていないからだ。

通常なら倒したモンスターはもちろん、その装備品に至る一切のものが粒子となって消えてしまう。
ドロップアイテムはポップするものであり、遺留品ではないのである。
なのに『深紅の珊瑚』がアイテムとして残ったのは、ダゴミンが未だ生きているせいなのか、はたまたある種のイベントであったのか。
それは、実際にダゴミンを倒してみないと分からないことである。

うまくいけば、大量の『深紅の珊瑚』が手に入るかもしれない。
だが、倒したら『深紅の髪飾り』がロストしたという事態にも十分なり得るし、人情的にもその行為は避けたいところだ。

「残念だけど無理だな」
「なぜだ! 迷宮で手に入れたものだろう?」
「……それは言えない」

自分が原因でダゴミンが捕獲されでもしたら、寝覚めが悪い。
そう考えた一刀は、黙秘を貫くことにした。

「ならば、その髪飾りを譲って欲しい! もちろん彼女達の治療に対して最優先に使うことは約束しよう。これさえあれば、俺の無力のせいで失われてしまう命が救えるんだ。頼む、一刀!」
「ちょっと、待ってくれよ。それは冥琳のために……」

とは言ったものの、そういう理由だと非常に断りにくい。
持ち主になっていたはずの冥琳や、制作者である沙和の口添えもあり、一刀は『深紅の髪飾り』をしぶしぶ大神官へ譲ることにした。
その代わりにと大神官から貰った3個の宝石。
自分だけが貰うのも気が引けたため、冥琳と沙和に1つずつ渡したその宝石は、この大陸で最も貴重とされているダイヤモンドの大粒であり、1000貫の値がつく品だそうである。

雪蓮と冥琳はしばらく入院の必要があるため、今回の雪蓮クランとの契約はこれで完了となった。
報酬については穏に話を通しておくから、後日ギルドに来るようにとのことである。
綺麗な宝石を貰ってホクホク顔の沙和にも別れを告げた一刀は、双子達と宿へと帰ったのであった。



思えば漢帝国クランの荷物持ちをした辺りから、一刀はずっと休んでいない。
更にこの後も、華琳に借りを返すことは確定している。
今回死に掛けたこともあり、いい加減にストレスが溜まっていた一刀。
そして手元には、大金がある。

そうだ、風俗、行こう。

一刀がそう考えるのも無理はない。
誤解しないで欲しいのだが、一刀は今まで風俗を利用したことなど一度もない。
ギャルゲで恋愛を学んだ一刀は、こう見えてもピュアハートの持ち主なのである。
一刀にとって性行為とは、まず愛が大前提にあるのだ。

そんな一刀が、金銭で女性を買う。
当然ストレス以外に原因など考えられないであろうと思われるような気がしなくもないはずである。

恋人達と逢瀬を楽しむ時には、彼女達のことを第一に考えてお互いに気持ち良くなれるよう、一刀なりに神経を使っている。
だが今回は、遊びなのである。

昨日はこの店で、エロゲで覚えたアナルFを試したり。
今日はその店で、エロゲで覚えたソフトSMを試したり。
明日はあの店で、エロゲで覚えた四十八手を試したり。

目に付いた風俗店を片っ端から貸し切り、欲望の赴くままに女体を貪る一刀。
自慢の『伊吹瓢』で浴びるように酒を飲み、肉欲を満たす。
絵に描いたような酒池肉林であった。

ところが、そんな一刀に対する女の子達からの人気は意外にも高かった。
チップの払いも気前よく、店の娘を全員呼ぶので1人あたりの負荷も少なく、根が小心者なので決して無茶はしない。
なによりも一刀が色々と試したことは、このゲーム世界では新鮮な性技であったのだ。
それは彼自身のCHRの高さや真珠効果と相まって、女の子達に忘れ難い印象を植え付けた。

そして一刀は、店側から見ても優良な客である。
一晩で馬鹿みたいな金を落としていくのだから、当たり前であろう。
冒険者が相手の商売である分だけマシとはいえ、苛酷な税金なのは風俗店も変わらない。
そのため徐々に寂れつつあった歓楽街にとって、一刀は救いの神であった。

僅か数日で1000貫をほとんど使い果たした一刀。
彼の評判は歓楽街では鰻登りだった。

曰く、エロスな御大尽
曰く、股間に銃を持つ男
曰く、四十八手の救世主

そのうち誰からともなく、一刀を新たなる異名で呼び始めた。
あっという間にそれが洛陽中に広まったのも、当然の結果だと言える。

こうして洛陽に新たなる性技のヒーローが誕生し、やがては華蝶仮面と人気を二分するまでになるのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:24
HP:442/385(+57)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:812/7500
称号:四八マン

STR:33(+6)
DEX:50(+19)
VIT:27(+2)
AGI:36(+7)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:48(+13)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:238(+39)
近接命中率:120(+20)
遠隔攻撃力:155(+15)
遠隔命中率:112(+28)
物理防御力:172
物理回避力:113(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:24貫



[11085] 第八十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
酒色に溺れてお金を使い果たした一刀は、ようやく冒険者としての活動を再開した。

まず一刀が向かった先は、ギルドである。
雪蓮クランとの契約では、一刀は報酬として今回の探索で得たドロップアイテムやギルドショップにあるアイテムを必要な分だけ貰えることになっていた。
そのことを穏に再度確認して了承を得た一刀は、真剣な眼差しでアイテムの選別をし始めた。

(適当に選んで売っちゃえば、また歓楽街で豪遊出来るかも)

「念のため言わせて貰いますけどぉ、転売は禁止ですよぉ?」
「そそそ、そんなこと、これっぽっちも考えてないですよ?!」
「……ちょっと眼が怪しかったですぅ」

当然ながら仮に穏の追及がなかったとしても、一刀に雪蓮達の信頼を裏切るような真似など出来るはずもない。
ここ数日の放蕩生活で、少しだけ心に邪念が芽生えてしまっただけである。
穏の追及を避けながら一刀が厳選したアイテムは、彼の働きから考えると少ない位であった。

ケルベロスの『強靭な皮』とゴーレムの『超合金』を2ケずつ。
そして魔法生物であるキメラとゴーレムのレアドロップアイテムを1つずつ。
『スライムオイル』や短剣飾りなど、消耗した装備品の復旧や回復アイテムをいくつか。

(これは2Pさん。こっちはケロちゃん。後、これはキャノ様に……)

お世話になった風俗店の中で、特にお気に入りだった女の子達を思い浮かべる一刀。
その手にギルドショップで販売されていた可愛いらしい装飾品が握られていたのは、ご愛敬というものだ。

ちなみにどの娘も源氏名である。
ステータスの視認出来る一刀は彼女達の本名もわかるが、それを口に出すのはマナー違反であろう。

「キメラのドロップした金色の鍵はガーゴイルの『銀の鍵』の上位版だと思うんですけどぉ、ゴーレムのアイテムは何に使うんでしょうかぁ」
「どうせ後で稟に聞くつもりだったから、分かったら教えるよ」
「お願いしますねぇ」

穏に別れを告げてギルドを立ち去った一刀は、神殿に寄って『贈物』を貰い、その足で華琳の屋敷へと向かうのであった。



「随分と遅かったじゃない。この私を数日間も待たせるなんて、相変わらずいい度胸をしてるわね」
「ごめんな。心の洗濯で忙しかったからさ」
「まぁいいわ。それより依頼の話よ。貴方にはBF25海岸までのエスコートをお願いするわ、一刀」
「……BF25までの地図もないのに無茶を言うなよ。それに雪蓮クランが強行軍で失敗したのは、華琳だって見てただろ?」

ゲームの最短攻略方法でのテンプレに従って立てた計画は、今考えると無謀と評するべきものであった。
大体がノーミスクリアと最短クリアは相反するプレイ方法であり、このリアルな世界で後者を選ぶことは自殺行為であろう。
今回の件でそのことを改めて認識した一刀の反論は、しかし最初からこの世界の住人である華琳にとって常識である。
そして当然だが、華琳は自殺志願者などではない。

「あら、別に短期間でなんて一言も頼んでないわよ?」
「借りひとつで俺を何ヶ月拘束する気なんだよ」

一刀達が華琳に命を救われたのは確かだが、それも含めての冥琳の依頼である。
つまり華琳と一刀の間には、あくまでも精神的な貸し借りしかないのだ。
無茶な言い分だと一刀が思えば華琳からの依頼を断ることも出来るし、そのことは彼女も承知の上であった。

「ふふ、冗談よ。冥琳から依頼の報酬として雪蓮の母親が残した地図の写しを貰ったから、探索に掛かる手間は大幅に減るはずだわ」
「俺もそれは見たけど、描かれていない部分も随分とあっただろ?」
「階段の方角がわかるだけでも十分よ。もちろん短期間でBF25へ辿り着くための手段だって、ちゃんと考えてあるわ」

華琳の語った内容は、策と言える程のものではなかった。
パーティ戦力の向上という、ごく当たり前のことであったのだ。
但し華琳は、LV上げではなく装備品の強化に主眼を置いていたのである。

「凪達と会談をしてね、迷宮で囚われていた時の解放条件の話を聞いたのよ」
「ああ、『天使印』か。だけど俺も一度倒したのを見たが、やたらと強いモンスターだったぞ。しかも結局ドロップしなかったし」
「強さは知っているわ。BF21で『G』を何度か倒したから。それに『天使印』のポップに特殊な法則性があることも分かっているのよ」

一刀が参加した『アイテム交換クエスト』の後、華琳クランは1度だけ迷宮に潜っていた。
その時にBF21を探索した結果、『G』の沸き場所を3ヶ所ほど発見したのだそうだ。
結果、銀の『天使印』を2つ手に入れたとのことであった。

「その2つとも、『G』がドロップしたのは各場所で最初に倒した時だったのよ」
「なるほど。確か『金なら1枚、銀なら5枚』って言ってたっけ。それが3人分なんだから、『天使印』が無限にポップしない特殊アイテムでも不思議じゃないな」
「残りの1ヶ所は、恐らく漢帝国クランに先を越された場所ね」

稟の【鑑定】では『囚われた亜人を解放するためのアイテム』としか説明がなく、また一刀もすっかり言い忘れていたため、何に使うのか分からなかった『天使印』。
それが凪達との会談でようやく判明し、華琳はその場で自分と春蘭の武器強化を真桜に依頼していた。
霞の武器と同様、『天使印』を使った装備品の強化にはそれほどの時間は掛からない。
つまり一刀達を救出した時、既に華琳と春蘭は強化された武器を装備していたということだ。

「それが、素晴らしく性能が上がっていたのよ。稟に鑑定させたデータ上もそうだし、使い心地も抜群だったわ。残りも全部集めて装備品強化に使えば、BF25までの踏破も可能だと思うの」
「でも『天使印』を集めるのなんて、相当時間が掛かるだろ?」
「ふふ、うちには秋蘭がいるのよ。あの娘の索敵に特化した加護スキル【千里眼】があれば、『G』の居場所なんてすぐにわかるわ」
「へぇ、そんなスキルを持ってたんだ。俺の【魚群探知】と似たようなものか。有用性は天と地だけどな」
「これで【千里眼】が罠も見抜けるスキルだったら、文句なしなのだけれども」
「罠には効果がないのか。それじゃ、逆に大変なんじゃないか?」

一刀が【魚群探知】を使う際には、脳内に魚リストが現れる。
その中から選んでタゲると目標の現在地が分かるようになるのだが、もし秋蘭のスキルがこれと同様の使い勝手であるなら、罠が検索に引っかからないのは大問題である。
なぜなら索敵中はモンスターリストを脳内に展開し、選択とタゲを繰り返して各敵の居場所を把握せねばならないからだ。
当然敵だって移動するのだから探索時には常時【千里眼】を使用する必要があるし、その分だけ目前に対しては注意力不足になってしまうであろう。

「ええ。だから秋蘭は索敵に専念させているわ」
「それじゃシーカーの役割は果たせないだろ。罠に無警戒なんて危険過ぎるぞ?」
「誰も無警戒なんて言ってないでしょ。私がちゃんと確認しているわ。というか、加護を受ける前は索敵だって私がやっていたのよ?」

魔術師でありながら最前列で戦える華琳が、更にシーカーとしても一流の腕を持つことを知った一刀。
華琳の万能さに、一刀は嫉妬を通り越して呆れてしまった。

(まぁ雪蓮だって、「勘よ」の一言で罠を簡単に見抜いたりするからなぁ)

さすがは主役格、と感嘆するより他にない。
真剣に落ち込みそうなので、自分との比較考察は放棄した一刀なのであった。



今回の依頼に対する一刀の疑問は、まだ大きいのが1つ残っていた。
それは、『G』討伐の段階から一刀を呼ぶ必要性がないことだ。
華琳クラン全員の装備品強化が終わってBF25に辿り着けるようになってから、一刀を同行させて海岸まで案内させれば済む話なのである。
もしかしたら荷物の問題なのかと、一刀は華琳に確認した。

「ところで、今は美以が失踪中なんだ。だから荷物運びは出来ないんだが」
「あら、そうなの。残念だけど、仕方がないわね。それじゃ雪蓮達みたいに、BF20の安全地帯を拠点としましょう。階層が進んだら、その時にまた考えるわ」
「……それだけなのか?」
「別に迷宮内で贅沢しようとは思ってないわ。最長でも1週間程度なんだし、なければないで構わないわよ」

ならば、なぜ自分を『G』討伐に加えようとするのか。
そのことを問い質す一刀に、華琳はある人物を部屋に呼ぶことで答えを示した。

「隊長と一緒の迷宮探索、今から楽しみです」
「沙和、いっぱい頑張るのー!」
「あんまり無茶せんよう、頼むで隊長」
「というわけよ。慕われているわね、一刀」

部屋に入ってきた人物とは、今回の作戦のキーマンである凪達であった。
彼女達との会談で方針を定めた華琳は、そのまま彼女達を自分の屋敷へ逗留させた。
装備品作成や強化などが出来る彼女達の能力を気に入ったからだ。

そして興味を持った人材の底を量りたいと思うのが、良くも悪くも華琳である。
華琳が凪達を迷宮探索に誘ったのは、必然的な流れであった。

一方の凪達も、華琳クランと合同での迷宮探索に否やはなかった。
既に3人での探索には限界が見えていたし、いずれはどこかのクランに所属するべきだという共通認識もあったからだ。
初対面とはいえ、華琳の覇気に溢れる人柄は信頼出来るものであったし、亜人だからと使い捨ての盾にされるようなことにもなるまい。
迷宮探索後に凪達の能力が必要となることから考えても、彼女達が裏切られることはまずないであろう。

しかし、それでも凪達は保険が欲しかった。
華琳クランとの実力には歴然とした差があるため、凪達にとっては危険度の高い探索になるからだ。
もしも一行が危機に陥った時、華琳だけを優先しないような人物が必要だと考えた凪達。
そうして白羽の矢が立ったのが、一刀だったというわけである。

「本当はクラン員に限定したかったのだけれど……。今回の報酬には、獲得した『天使印』による貴方の装備品強化を考えているわ」
「へぇ、限りある強化アイテムを分けてくれるなんて、ずいぶんと張り込んだな」
「まぁ仕方のない出費だと考えてるわ。で、私にここまで譲らせたんだから、この依頼は受けてくれるのよね、一刀」
「ああ。装備品強化は願ったりだし。よろしく頼むよ、華琳」
「出立は3日後よ。それまでに、準備を整えておきなさい」
「あ、準備と言えば、沙和と稟にお願いがあるんだった」

沙和への頼みとは、ギルドで貰ったアイテムを使った装備品の作成である。
相談した結果、『強靭な皮』2ケと『超合金』1ケを使用したグローブならば次の迷宮探索までに作れるとのことであった。

「じゃあそれで頼むよ。余った『超合金』が報酬ってことで頼めるか?」
「こないだ宝石を貰ったばかりだから、報酬はいらないの」
「それなら私が買い取りましょうか?」
「華琳の申し出はありがたいけど、それだと転売になっちゃうからさ。沙和がいらないなら、キープしておくことにするよ」

「それで、私へのお願いとはなんでしょうか?」
「ああ、稟には【鑑定】をして貰いたかったんだよ。ゴーレムのドロップアイテムと、さっき貰った『贈物』なんだけどさ」
「わかりました。といっても、ゴーレムの方は見るまでもありませんよ。それは『エーテル』と言いまして、『スライムオイル』の上位アイテムなのです」

耐久度の減ったアイテムは、『スライムオイル』を塗ることによって回復する。
だがアイテム自体にも寿命があり、冥琳の病のようにだんだんと分母が減っていくのだそうだ。
その分母を回復させるアイテムが、『エーテル』であるらしい。

「一刀殿の装備は、特に道衣と下衣が酷く消耗しています。この2つに『エーテル』を使用した方がいいですね。残りの装備は『スライムオイル』で十分です」
「そうなんだ。こないだ敵に集中攻撃されたせいかもな。後で使ってみるよ、稟、ありがとう」
「いえ。それで『贈物』の方ですが、これは装備品ではなくアイテムですね。『杏黄戊己旗』という銘が入っています。効果は……『魔法攻撃無効』ですか」
「凄いじゃないか! どうやって使うんだ? 持ってるだけでもいいのか?」
「どうやら根本的な勘違いをしているようですね。『魔法攻撃無効』なのはアイテムで、一刀殿自身ではないのです」
「……すると、なにか? この馬鹿でかい旗を振り回して、魔術を防がなきゃいけないってことか?」
「はい。ですから、あまり有用性はありませんね。残念ですが」

『杏黄戊己旗』はアイテムであるため、システム的には『打神鞭』との併用が可能である。
しかし、物理的にそうするのは難しい。
なぜなら『打神鞭』の操作には両手を使うので、常時旗を持っていることが出来ないからだ。
かといって旗を背負っての探索も動きの阻害になりそうだし、とっさに扱えなければ意味がない。
折角の『贈物』だが、現状ではお蔵入りにせざるを得ないアイテムであった。

「ちょっと待つのー! そういう時は、沙和にお任せなのー!」
「なんかいいアイデアがあるのか?」
「隊長のマントを改造して『杏黄戊己旗』と組み合わせるの。継ぎ用リベットと彫金は、さっき余った『超合金』で十分足りるのー」
「なるほどな。でも大丈夫なのか? 後3日しかないんだし、今度ってことでもいいぞ?」
「真桜ちゃんに手伝って貰うから平気なの」
「金属のことなら任しとき!」

一刀の配慮に対し、心強い返事の沙和と真桜。
ならばと彼女達の言葉に甘え、一刀はマントを預けて宿へと帰ることにした。
背中から「折角、お揃いだったのに……」という華琳の呟きが聞こえたような気がしたのは、きっと一刀の妄想だったのであろう。



美以が失踪してから数日が経っていた。
元は野良であり、洛陽で数ヶ月間サバイバル生活をしていた美以なのだからあまり心配はしていなかったが、さすがにそろそろ彼女を探そうと思っていた一刀。
出立までの3日を捜索に当てるつもりだった一刀に、待ったをかける者がいた。

「あ、ご主人様、お帰りなさーい」
「ただいま、桃香。今日は子供達への講義の日だったっけ?」
「違うんだけど、実はご主人様に相談したいことがあって……」

迷宮からの帰還後すぐに歓楽街へ入り浸り、数日間宿に帰っていなかった一刀を、桃香はずっと待っていたのだと言う。
桃香の要件とは、行方不明の美以のことであった。

「実は美以ちゃん、今うちにいるの」
「げ、そうなんだ。迷惑を掛けてないか?」
「それは大丈夫。でも一刀さんやみんなが心配してるといけないから。美以ちゃんに、ここに帰るよう説得した方がいいかな?」
「うーん、美以は何て言ってるんだ?」
「まだご主人様と顔を合わせるのは恥ずかしいみたい」

野生のかけらも残っていなかったらしい、飼い猫気質の美以。
だが居候先に桃香の家を選んだのは、大正解であったといえる。

桃香の取りなしで商店街の皆に詫びを入れ、泥棒行為を許して貰えたこと。
桃香の庇護下に入ったことで、獣人だからという差別もされなかったこと。
桃香の指導により、世間一般の常識やお手伝いなどを覚えられたこと。

荷物運び以外は宿でぐうたらしていた美以にとって、この数日間は学ぶことが多かった。
それが美以本人にとっても、非常に楽しかったようである。
短期間でずいぶんと桃香に懐いた美以。
宿でニートをさせているよりは、このまま桃香に引き取って貰った方がいいのかもしれない。

「そしたら、しばらくこの首輪も預かっててくれよ。美以がずっとそっちにいることを選んだなら、そのまま桃香の物にしちゃっていいからさ」

そう言って桃香に渡したのは、美以から友情の証として貰った『猫の首輪』である。
これがあれば、桃香クランは迷宮探索において美以の加護スキルの恩恵を受けることが出来る。
美以の家賃代わりとしては、高すぎるくらいだろう。
人からのプレゼントは大切にする一刀が、それに眼を瞑ってまで首輪を桃香に譲った理由は、美以の世話代という意味だけではない。

(華琳や雪蓮に比べて、同じ主役格なのに桃香のスキルは地味だからな……)

つまり一刀は、判官贔屓な心情であったのだ。
折角プレゼントしてくれた美以には悪いが、彼女だって慕っている桃香の助けとなれるのだから納得してくれるだろう。

ところで中華風ファンタジーなこの世界では、以小事大の考え方が一般的である。
基本的にみんな1番が大好きであり、風の例をとってもわかるように、少数派は迫害される傾向にあった。

そんな世界観なのにも関わらず、今の一刀と同じように桃香への協力を惜しまない人は多い。
日本人として標準的な感覚を持つ一刀ならばともかく、桃香に接した大多数の人が彼女を手助けしてやりたくなるというのは、この世界の思想から考えると異常である。
恐らくこの人徳こそが、華琳や雪蓮に勝るとも劣らぬ桃香の武器なのであろう。

もちろん本人の自覚の有無には依存しない能力であるし、桃香がそれを狙ってやっているとは思えない。
それは一刀がこの首輪を譲った時の、桃香のリアクションからも分かることであった。

「それじゃあ、ご主人様にはこのペンダントをあげるね。後は……、そのチョーカーを美以ちゃんに貰っていってもいい?」
「構わないけど、なんで?」
「えへへ、私のペンダントがご主人様に、ご主人様のが美以ちゃん、美以ちゃんは私になるでしょ。そしたら3人の友情の証になるかなぁって」

そう言った桃香の顔には、一刀や美以と今より仲良くなれるという喜びだけが浮かんでいた。
桃香のこういう所が、愛紗や朱里などの英邁な人材を惹きつける魅力なのであろう。

本当は風俗の女の子とコスチュームプレイをする用にギルドから貰って来たチョーカーだったのだが、そういうことなら惜しくはない。
チョーカーを桃香に渡し、美以の面倒を頼む一刀なのであった。



予定がぽっかりと空いてしまった一刀は、それでも出立までの3日間を有意義に使うことが出来た。

真珠を取って来て換金し、歓楽街に行ったり。
鬼のミトンを売り払って、歓楽街に行ったり。
雪蓮達の見舞いの帰りに、歓楽街に行ったり。

こうしてしっかりと英気を養い、精神的な疲労もすっかり回復した一刀。
桃香に貰ったペンダント、それに出立前日の夜に華琳の屋敷で沙和から手渡された手袋やマントなど、装備品の面でも迷宮探索への準備は万端と言えるだろう。

仁徳のペンダント:耐114/120、CHR+5、WG上昇率UP、アイテムドロップ率UP
ハイパワーグラブ:防26、耐150/150、HP+10、STR+8、DEX+5
杏黄のマント:防8、耐100/100、STR+2、近攻+15、遠攻+15、アイテム効果『魔法攻撃無効』

「とっても可愛く出来上がったのー!」
「魔法攻撃無効は、あくまでもマントに対してですね。だから、使用時には注意して下さい」
「……」
「隊長、どうしたのー?」
「一刀殿?」
「……なんでもないよ。ありがとう、沙和。それに稟も、【鑑定】ありがとな」
「どういたしましてなのー!」
「お役に立ててなによりです」

『覇者のマント』は黒に近い紺色がベースであり、『杏黄戊己旗』は琥珀色であった。
それらを組み合わせたマントは、紺色を土台として琥珀色がとある形状に散りばめられた作りになっていた。

(どうしてこうなった……。これ、本当に俺が着るのか?)

渋くて格好良かったマントに、でかでかと浮かび上がる一輪の薔薇。
せっかく癒えた精神的な疲労が、再び一刀に重く圧し掛かるのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:24
HP:440/385(+55)
MP:0/0
WG:20/100
EXP:812/7500
称号:四八マン

STR:38(+11)
DEX:52(+21)
VIT:28(+3)
AGI:37(+8)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:241(+39)
近接命中率:111(+10)
遠隔攻撃力:158(+15)
遠隔命中率:102(+18)
物理防御力:193
物理回避力:113(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:13貫



[11085] 第八十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
ぶおんっ!

という風切り音と共に、凪がオーガに向かって攻撃を行う。
その軌道は氣のオーバーフローで輝きを放ち、まるで光の橋が架けられたかのようだ。
オーガへと繋がった橋の上を、暴走列車のような凪の拳が走り抜けた。

どんっ!

という衝突音からは、オーガへ相当なダメージを与えたであろうことが推察される。
だがどんなに想像力を働かせても、この現実には及ばないであろう。
一体どれだけの衝撃が掛かったのか、オーガの体は凪の攻撃を受けた腹側ではなく背中側から弾け飛んだのである。

ずしんっ!

という踏み込みが、しかし強烈なダメージを受けたはずのオーガの足元から聞こえてきた。
この生命力こそが、オーガの脅威を高めている所以であるのだ。
打ち終わりで体勢を整えられない凪の頭上に、オーガの腕が振り下ろされた。

がきっ!

という剣戟は、凪をオーガの反撃から守った沙和の双剣からの悲鳴だ。
オーガの拳を十文字に受けて刃同士を滑らせ、火花を散らしながらその勢いを受け流す沙和。
そのまま凪とポジションをスイッチした沙和は、大胆にオーガへと詰め寄った。

ざしゅっ!

という斬撃音を響かせ、半身を入れてオーガを側面から捉えた沙和が、その腕を切り裂いた。
しかし未だオーガの生命力は尽きず、それどころか先程から痛打を与え続けている凪と沙和へのヘイトが頂点に達してしまった。
そして、それこそが真桜が待ち望んでいた瞬間であった。

ぐしゃっ!

という無惨な音色が、オーガの太股に致命的な損傷が起こったことを告げた。
完全にタゲが外れた真桜の狙い済ました一撃が、肉を潰し骨を砕き、遂にはその足を捻じり切ったのだ。
いくら生命力に溢れるオーガといえども、片足を奪われたら倒れるより他にない。

地に伏せったオーガが粒子へと返ったのは、それから僅か十数秒後のことであった。



迷宮探索1日目。
祭壇からBF20海岸もしくは安全地帯まで移動して終了が、初日のセオリーである。
だがLV平均が23の華琳クランは、BF20に来た段階でかなりの余力が残っていた。
であれば華琳には、是非ともやっておきたいことがあった。
それは凪達の実力確認だ。

「少し腕慣らしをしましょうか」

という華琳の一声で、初日にも関わらずBF21でのLV上げをすることになった一刀達。
組み分けは、これもまた華琳が6人ずつ2パーティに編成した。

凪、沙和、真桜のLV20トリオ、そして彼女達のフォローには桂花を据える。
複数の敵が行かないよう食い止める役割は華琳が自ら行い、そのサポートは一刀の仕事である。
この5人が華琳のパーティメンバーとなり、春蘭秋蘭の率いる側と分かれての狩りが始まったのだ。

「一刀、あの3人を見なさい。格上を相手にこの戦いぶり。お互いの力を引き出し合って、見事な相乗効果が生まれているわ」
「確かに完璧なコンビネーションだけど……」

もちろん華琳の言葉は、凪達が単体では弱いという意味ではない。
だが3人1組で戦った方が強いであろうことは、誰が見ても明らかである。

「……ふっ!」

「あの氣弾なんて、ただことじゃないわ」
「確かに凄い技だけど……」

凪の放った氣弾が、沙和に魔術を放とうとしていたキメラの片翼をへし折った。
加護スキル【氣功】により、常人よりも遥かに氣を使いこなすことが出来る凪。
本来であれば圧倒的に不利であるはずの徒手空拳が、凪にとっては必殺の戦闘スタイルとなるのだ。
そのダメージ量にヘイトを刺激され、攻撃目標を凪へと変えるキメラ。

「や、やーい、キメラー! ……バ、バーカ、なのー!」

「言葉はどうかと思うけど、これも使い所によっては化けるわね」
「確かに面白いスキルだけど……」

そんなキメラに、たどたどしい悪口を投げかけたのは沙和である。
沙和の加護スキル【罵声】は、彼女には似つかわしくない。
その微妙な挑発行為は、しかしスキル的には効果を完全に発揮した。
ヘイトを高められたキメラは、凪に移したばかりの魔術のターゲットを、再び沙和に変更したのである。

「背中がガラ空きやでっ!」

「ほら、あの槍。もしも汎用武器だったら、是非欲しかったわ」
「確かに相当な武器だけど……」

真桜の加護スキル【機工】によって命を吹き込まれ、自働回転する『螺旋槍』。
熟練を要するものの、基本的に誰でも二刀流が可能となる沙和の双剣『二天』とは異なり、【機工】なしでは全く力を発揮しない『螺旋槍』は、まさしく真桜専用装備と言えるだろう。

真桜の『螺旋槍』による一撃は動作こそ遅いものの、それを補って余りある攻撃力を秘めている。
従って真桜の仕事は、他の2人が相手の隙を作った時からが本番だ。

だが残念ながら、華琳も一刀も真桜の攻撃をじっくり眺めることは出来なかった。
一刀の煮え切らない返事に、華琳の我慢が限界に達したからである。

「さっきからなによ、だけどだけどって。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい!」
「……華琳、体は大丈夫なのか?」

先程まで、凪達が対峙した以外のモンスターを処分していた華琳と一刀。
その時の華琳の戦い方が、一刀の目には異様に映っていたのである。
今は凪達の戦闘評価なんかどうでもいい、そう言い切れるくらい華琳の戦闘方法は酷いものであった。

ヘルハウンドの爪が、華琳の腹を引き裂き。
ケルベロスの牙が、華琳の太股を噛み千切り。
スライムの粘液が、華琳の腕を焼き溶かし。

それらの攻撃を、華琳は一切避けようとしなかった。
なぜなら、華琳も相手への攻撃に集中していたからである。
当然結果は相討ちであるのだが、華琳が敵に与えたダメージ量はそのまま彼女のHPに吸収される。
つまり、最終的には相手のみが傷を負うことになるのだ。

これが華琳の加護スキル【報讐雪恨】であった。
洛陽で冒険者達に有名な【吸魔】や【吸精】など、【報讐雪恨】に比べれば所詮はオマケである。
この【報讐雪恨】のお陰で、あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、華琳はピンピンしていた。
一刀の目に映るステータス表示からしても、そのことは間違いない。

だが、それでも一刀は華琳が心配であった。
なぜなら回復したとはいえ、痛みの記憶は消えないからである。
雪蓮クランとの迷宮探索の折に集中攻撃を受けざるを得なかった一刀には、そのことが実感として分かっていた。
ましてや華琳は一刀と異なり、痛みに鈍いわけではないのだ。

「もうちょっと、敵の攻撃を避けたりした方がいいんじゃないか?」
「その動作の分だけ、こちらの攻撃回数が減るじゃない。それだと私のHP回復が遅れてしまうでしょ」
「でも受けるダメージ量だって減るだろ?」
「今回みたいに複数相手の時には避けきれないし、回復が間に合わなくなるわ」
「それだったら、1人で3匹も相手にしなければいいじゃないか。向こうには春蘭達だっているだろ? 俺も戦えるんだし、もっと頼ってくれよ」
「私が相手にした方が、全体の消耗度が抑えられるわ。大丈夫、貴方はちゃんと役に立っているから」

戦闘効率の観点から言えば、華琳の理屈に軍配が上がるだろう。
華琳だって、何も全ての戦闘で玉砕紛いの戦法を取っているわけではない。
要はその時々による戦術の使い分けの問題であり、先程の戦闘では華琳が全ての攻撃を引き受けた方がよいと判断したまでである。

だが一刀が言いたいのはそういうことではない。
今回の場合、1匹を春蘭達に、1匹を一刀に押し付けさえすれば、華琳は1対1で戦えた。
そうしておけば、あんな真似をしなくても済んだはずなのだ。

もちろん戦闘終了後には一刀のHP回復が必要となるし、春蘭達の方の負荷だって多くなる。
短剣飾りだってタダではないし、MPだって無限にあるわけではない。
そういう意味では、華琳の言い分に利があるだろう。

しかし、効率の追求だけが正しい選択だとは言えない。
まだ少女である華琳が、その身を削ってまでパーティ全体の消耗を抑えるなど、どこか間違っているように一刀は感じていた。
その思いを上手く伝えることが出来ずにやきもきとする一刀だったが、華琳には一刀の心配が伝わったようだ。

「その気持ちだけ貰っておくわ。だから、そんな顔しないで。ほら、これでも飲みなさい」
「ありがと。って、なんで『回復薬』なんだ?」
「ふふ、怒っては駄目よ。血圧が上がってしまうから。乳酸菌を取りなさい」
「……よく乳酸菌なんて知ってるな」
「大神官の受け売りよ。美容と健康にいいらしいわ。最近は私も毎日欠かさず飲んでいるの」

荷物入れからもう1本取り出して、うぐうぐと『回復薬』を煽る華琳。
酒飲みの華琳には、その甘さがキツそうである。

(乳酸菌って、成長の促進効果もあるんだっけ?)

敵の攻撃でボロボロになった服から垣間見える控え目な膨らみに、未来へのささやかな可能性を祈る一刀なのであった。



程々のところで戦闘を切り上げて、BF20海岸へと移動した一刀達。
初日だから景気付けに宴会かな、と張り切っていた一刀だったが、そうは問屋が卸さなかった。

「兄ちゃん、なんかエッチなお店に通ってるんだって?」
「ちょ、季衣、誰から聞いたんだ?!」
「誰でもいいんです。それよりも兄様、なんでそんな場所に通ったりするんですか」
「いや、ほら、俺だって男なわけだし……」

正座を強要される一刀。
一刀に詰め寄る季衣と流琉。

季衣達の迫力に一刀が思わず腰を浮かせたその時、背後から桂花がスコップで彼の肩を叩いた。

「煩悩退散! というか、さり気無く足を崩してるんじゃないわよ、変態! ちゃんと正座してなさい!」
「……なんでお前まで怒ってるんだよ、桂花」
「ちょっと! 私の体を好き勝手に虐めた癖に、無かったことにするつもり?!」
「それは華琳がお仕置きだからって……。いや、待て、涙ぐむなっ! 悪かった、俺が悪かった、この通りだから!」

正座をしたまま地に頭を伏せる一刀。
季衣や流琉ならともかく、恋人ではない桂花に怒られるのは理不尽な気がしなくもないが、女の子の涙には逆らえない。
全面降伏の白旗を揚げる一刀の頭上に、3人の冷酷な声が降り注ぐ。

「兄ちゃんが色んな人にエッチなことをするの、なんとか止められないかな」
「うーん。兄様の収入を一度回収してお小遣い制にするとか、どうかな?」
「洛陽にいる時は、首輪でもして華琳様の屋敷の庭に繋いでおいたらいいのよ!」

(嫁かよっ!)

とツッコミを入れたかったが、季衣達に嫌われたくない一心で自重する一刀。
確かに一刀には大勢の彼女がいる。
だからといって、季衣達を失ってしまうことなど耐えられるわけがない。
一刀は自分の彼女達を、それぞれ深く愛しているからだ。

たかが束縛が強いくらいのことで、その愛情が揺らぐことはないと言い切れる一刀。
ひたすら頭を下げて嵐が過ぎ去るのをじっと耐え忍ぶことだけが、今の一刀に許される行動の全てなのであった。



お詫びの印にと一刀がダゴンを狩り、数匹目でドロップした『珊瑚』を3つの欠片に割って季衣達へプレゼントした頃には、彼女達の機嫌もすっかり回復していた。

「今度沙和に加工して貰うといいよ。俺からも頼んでおくからさ」
「うん! 兄ちゃんありがとう!」
「私、髪止めにして貰います」
「ふんっ、こんな小さな欠片じゃ……、そうね、指輪くらいしか出来ないわ。まったく、仕方がないわね」
「あー、桂花ずるいっ! ボクも指輪にする!」
「わ、私も……」

などと一刀達が遊んでいる間にも、華琳は風や稟と明日以降の探索方針を見直していた。
先程確認した凪達の実力が、思った以上に高かったからである。

「BF22までは安全地帯に荷物を置いての探索、BF23以降は拠点防衛部隊とG討伐部隊に別れる方針でしたが……」
「凪ちゃん達が戦えるのなら、いちいちBF20まで戻って来るのは時間の無駄なのですよー」
「荷運び部隊と戦闘部隊に役割を分けて探索を行った方が効率的です。荷運び部隊は凪さん達にお任せした方がいいですね」

稟の提案を、しかし華琳は一蹴した。

「それは却下よ、稟。私は彼女達のポテンシャルを、この目でしっかりと見たいの。班分けはさっきと同じにして、交互に入れ替えることにするわ」
「わかりました。ですが、G戦の時には固定したメンバーで戦うべきです」
「稟、貴方だったら誰を選ぶの?」
「そうですね……。華琳様、春蘭殿、秋蘭殿、流琉、桂花、風でしょうか」

オールマイティの華琳に守備の流琉、そして近接攻撃の春蘭と遠隔攻撃の秋蘭と、バランスのとれた前衛陣である。
そして戦闘向けの加護スキルを持っていない自分は一歩譲り、前衛陣を的確にフォロー出来るであろう後衛達を推挙する稟。

(さすがは稟ね……)

自らをも客観視した隙のないパーティ構成に、華琳は内心で称賛した。
しかし、そんな稟の提案に風が異議を唱えたのである。

「メンバーについては、風に名案があるのですよー」
「聞かせて頂戴、風」
「ではでは、お耳を拝借して……ぐぅ」
「寝るなっ!」
「おぉ、数十話振りのゲホンゲホン。えー、うららかな波音についつい誘われてしまったのです」

登場人物の中ではメタな発言が最も似合う風の提案。
それは一刀に選別させるという方法であった。
まるで稟の【鑑定】のように、自分の全ステータスと他人の主要ステータスが分かる加護スキルを持っていると認識されている一刀。
彼であれば、最も優れたパーティ効果を発揮する組み合わせが決められるはずだというのが風の主張である。

「その言やよし!」との華琳の決定により一刀が選別したメンバーは、一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風の7人であった。
赤く点滅したパーティ効果欄には『HP2倍、MP2倍』と、凄まじい性能が表示されていた。
G戦においては漢帝国クランの例のように事故が起きやすい分、下手なステータス上昇よりも断然に優れた効果であろう。

こうして万全を期して、翌日からの迷宮探索に備えた華琳達なのであった。



『報告、連絡、相談』

これらが迷宮探索において、最も大事なことであるのは言うまでもない。
例え非常事態でも、これらがしっかりと成されていれば大抵のことは乗り越えられる。
逆にどんなに万全の計画を練ったとしても、これらが欠けていれば意味がない。

今回の場合に一刀が怠ったのは、『報告』であった。
一刀がGと交戦したのは1度きりである。
その際にGが自爆したので、Gとはそういうモンスターなのだと思い込んでいたのだ。
なので、数回Gと戦ったことがあるという華琳達に注意喚起をすることもなかったし、逆に華琳達からGについて問われることもなかった。

更に言えば、華琳は漢帝国クランとの『連絡』を密にしておくべきだったし、数回戦った経験に満足せず『相談』して不測の事態に備えておくべきだった。
華琳達は基本を怠ったそのツケを、戦闘中に支払うことになったのだ。

BF22の小部屋。
秋蘭の【千里眼】により、あっけなく見つけたGとの交戦中の出来事であった。

「やばい! 爆発するぞ、逃げろ!」

NAMEが黄色に変わった瞬間、Gは次々とミニGを産み出したのだ。
RPGにおいて、自爆攻撃は残りHPに依存する場合がほとんどである。
赤NAMEでの爆発だった漢帝国クランの場合でも相当なダメージを受けたのだから、今回の被害は予想もつかない。
さっさと回避行動を取らなければ、大惨事となってしまう。

しかし、このパーティのリーダーは華琳である。
一刀の指示に従ってしまえば群れとしての統率がとれない以上、皆が華琳の指示を待ったのは当然であった。
ここで華琳が一刀に聞き返したりして時間を浪費させてしまえば、彼等の人生はそこで終焉を迎えていただろう。

「全員、小部屋から退避!」

だが華琳は、優柔不断とは対極の存在である。
切羽詰まった一刀の叫び、突如として産み出されたミニG、そして爆発というキーワード。
それらの情報を瞬時に取り込んで即座に判断を下す華琳と、彼女の指示は絶対だというクランの特色が、全員の迅速な行動に繋がったのだ。

しかし、それで万事解決というわけではなかった。
Gは醜悪な子供達を産み出しつつ、華琳達の後を追って来たのである。
小部屋の出口までついて来られたら、外で周囲を警戒しながら待機している季衣達を巻き込んでしまう。

(HPは2倍になってるんだ。俺がGを部屋の隅まで押し込んでやる!)

パーティメンバーの中で最もLVの高い一刀は、HPも春蘭に次いで高い。
爆発を正面から受けて生き延びられる可能性があるのも、一刀と春蘭だけであろう。
一刀が覚悟を決めてGに突撃しようとしたその時、華琳から新たな指示が飛んだ。

「春蘭、Gの追撃を防ぎなさい。アレの使用を許可するわ!」
「はっ!」

華琳の命令に従って、死地へと飛び込む春蘭。
この場合、一刀の行動としてベストなのは、小部屋から退避することである。
華琳に指示の撤回を求める時間などないし、緊急時にリーダーの指示に従わないメンバーほど厄介な存在はいないからだ。
それは剣奴時代にリーダーをすることが多かった一刀には、身に染みて分かっていることだった。

(春蘭、生き残ってくれよっ!)

心の中で念じながら、小部屋を出る一刀。
そんな一刀の背後から、春蘭の雄叫びが聞こえた。

「見よっ! 此は我が父の精、母の血!」

振り返った一刀が見たもの。
それは、左目から眼球を抉りだして口にする春蘭の姿であった。

「春蘭?!」
「落ち着きなさい、一刀」

その華琳の言葉と、Gの爆発は同時であった。
小部屋の入り口から炎が溢れ出し、すぐ脇にいた一刀達を吹き飛ばす。
全身に衝撃を受けて炎に身を焼かれた一刀のHPは、200近くも減っていた。
前衛の高LV者である一刀ですら、それだけのダメージを負う程の威力である。
HP2倍の効果がなければ、300オーバーのダメージを受けていた後衛陣は全滅していたであろう。

小部屋の外に出ていた一刀達ですら、この有様なのだ。
中にいる春蘭の生存は絶望的だと思われた。

「ゲホッ、ゴホッ。く、秋蘭、予備の服をくれ! ボロボロになってしまった」
「ふむ、姉者。無事でなによりだ」
「春蘭! 生きてたのか!」
「人を勝手に殺すな、一刀。私は丈夫だからな。このくらいなんでもないぞ」

NAME:春蘭【加護神:夏候惇】
LV:23
HP:754/462(+462)
MP:0/0

頑丈とか、そういう問題ではない。
なんと春蘭のHPは、G爆発前となんら変化がなかったのだ。

「さっき春蘭が自分の目を飲み込んだの、見てたでしょ?」
「あ、そうだ。大丈夫なのかよ、あれ」
「春蘭の左目は義眼なのよ。加護を受けた時、そのスキルと一緒に授かった目なの。『贈物』とは別にね」
「父の精でも母の血でもないのか……」

低階層での探索時に失われた春蘭の左目に、夏侯惇の加護が宿ったのであろう。
春蘭の加護スキル【盲夏侯】とは、その義眼を飲み込むことにより、一時的にあらゆる攻撃を無効化する能力なのだと華琳は言う。
そして今回のように義眼を使用しても、時間が経てば再生するそうだ。
但し1週間は掛かるとのことで、華琳の指示がない限りは使用しない切り札であるらしい。

「これはG対策を根本的に練り直さないといけないわね。秋蘭、敵のいない空き部屋を探しなさい」
「待って下さい、華琳様。爆発音に惹かれたモンスター達が、5体ほどこちらに近づいて来ています」
「ちっ。ここで迎え撃つわよ。春蘭、悪いけどもう一働きして頂戴。通路の向こう側は貴方達のチームに任せるわ」

という華琳の指示があったものの、春蘭は九死に一生を得たばかりである。
武器こそ無事であるものの、防具は全て炎で焼かれてしまっている。
一刀は春蘭が心配だから、向こうのチームに混ざろうと考えた。

「俺は春蘭がおっぱいだから、向こうのチームに混ざるよ」
「馬鹿なことを言ってないで、一刀は私とこちら側で備えるわよ。パーティ登録を変える……暇は、どうやらなさそうね」

通路の向こうから、敵の影がちらほらと見え始める。
一刀達の休息は、この状況を切り抜けてからになりそうであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:24
HP:825/385(+440)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:1086/7500
称号:四八マン
パーティメンバー:一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風
パーティ名称:華琳党
パーティ効果:HP2倍、MP2倍

STR:38(+11)
DEX:52(+21)
VIT:28(+3)
AGI:37(+8)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:241(+39)
近接命中率:111(+10)
遠隔攻撃力:158(+15)
遠隔命中率:102(+18)
物理防御力:193
物理回避力:113(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:13貫



[11085] 中書き2(改訂)
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/01 20:31
そんなことより≫読者様よ、ちょいと聞いてくれよ。
迷宮恋姫とあんま関係ないけどさ。

昨日、昔のノートパソコンの中を整理しようとしたんです。ノートパソコン。
そしたらなんか中がめちゃくちゃいっぱいで記憶にないんです。
で、よく見たらなんかフォルダがあって、二次小説、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
ネトゲの罰ゲームごときで、やたらとテンションの高い1人称SSをうPしてんじゃねーよ、ボケが。
ヒカ碁だよ、ヒカ碁。
なんか原作レイプとかもあるし。オリ主が現実からトリップか。おめでてーな。
よーしボク佐為の力でお金持ちになっちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
当時の俺な、全巻やるからちゃんと読み込めと。

ヒカ碁ってのはな、もっとBLBLしてるべきなんだよ。
碁盤の向かいに座った奴といつセクロスが始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、
そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女とオリ主は、すっこんでろ。
で、やっとSSを読み始めたかと思ったら、登場人物が全員TSで書かれてるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、TSなんて今日び流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、緒方さんボインで、だ。
昔の俺は本当にTSを書きたかったのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
単に、おっぱいが書きたかっただけちゃうんかと。

SS通の俺から言わせてもらえば今、SS通の間での最新流行はやっぱり、幼女、これだね。
ツルペタ幼女ロリ、これが通の書き方。
幼女ってのは萌え要素が多めに入ってる。そん代わりおっぱいが少なめ。これ。
しかしこれを書くと読者様から「願望が透けててキモい」との感想も伴う、諸刃の剣。
素人にはお勧め出来ない。
まあお前らド素人は、フタナリでも書いてなさいってこった。






というわけで、改めて中書き(真)です。
「行事ネタでした」の一言で済ませるのも申し訳ないので、無駄に頑張ってみました。

題して
『エイプリルフールネタだと思い込みたい黒歴史』

……あの頃は、若かった。






■□■□ エイプリルフールネタ(改訂前) ■□■□

ようやく最終段階のプロットが細部まで完成しました。
そこで、今後の展開に対する注意事項を追加させて頂きます。

・現代からトリップした最強オリ主の登場に拒絶反応の起こる方。
・サイキョーオリ主がヒロイン達を寝取る展開に抵抗のある方。
・華琳などが厨二オリ主の配下となるのが嫌な方。
・ノンケでも食っちまうオリ主に過去ポする一刀が見たくない方。
・「俺達の戦いはこれからだ!」にトラウマのある方。

上記に該当する方は、今後の閲覧には十分に注意して下さい。
尚、耐性のある方も、読了後の不快感は自己責任でお願いします。

それでは引き続き、迷宮恋姫をお楽しみ下さい。



[11085] 第八十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
「華琳様、私にいい案があります!」

G対策の会議中、後衛達を差し置いて真っ先に発言したのは、意外にも春蘭であった。
その提案を聞く前から、嫌な予感しかしない一刀と参謀達。

だが華琳は、春蘭の戦闘に対する感性を他の誰よりも高く評価していた。
それにGの爆発を一番近くで見たのも春蘭なのである。
仮に春蘭の献策が的外れだったとしても、何かしら役立つことがあるはずだと、彼女に続きを促した。

「簡単なことです。奴らが爆発する前に、全て私が倒せば解決します、華琳様」

もし桂花あたりがリーダーであれば、春蘭の意見など一蹴していたであろう。
それくらい単純な、策とも言えない力押しの作戦である。

「……いくつか疑問があるのだけれど。さっきの戦闘でGを押し返した時、貴方はミニGを倒した?」
「ええ、数匹ですが。軟弱な奴らでした」
「その時は、爆発しなかったわけね。もしミニGを全て倒しきったとして、G単体での爆発規模はどれくらい?」
「は? 爆発したのはミニGだけでしたが。Gは爆発に巻き込まれて死にましたし」

しかし華琳は春蘭の稚拙な提案を、無価値だとは決めつけなかった。
実現するためにどうすればいいのかを真剣に考えた結果の質問であり、それがあったからこその回答である。
Gの特徴を述べよと春蘭に指示をしただけでは、それを感覚でしか理解していない彼女から、これだけの答えを得ることは出来なかったはずだ。

「……問題は、ミニGが産まれてから爆発までに掛かる時間の短さね」
「時間を稼げばいいだけなら、カラミティバインドを使えばいいんじゃないか?」
「一刀、なによそれ?」
「あれ、見せたことなかったっけ」

今回の迷宮探索では華琳のフォローが一刀の役割であり、複数の敵と戦う華琳の負担を少しでも減らすため、スコーピオンニードルを主として使っていた。
それにカラミティバインドは、雪蓮クラン以外では使い所が難しいのだ。
なぜなら範囲攻撃に分類されるため、他PTの敵にも攻撃してしまい、タゲの集中やEXPの分散を招いてしまうからである。

「10秒くらい敵の行動をストップさせる技が使えるんだよ、俺」
「そんなこと、一体どうやって出来るのよ?」
「え? 武器スキルの存在は、華琳達だって知ってるだろ?」

知らないはずはない。
なぜなら季衣達だって『スイングアタック』を使っているからだ。
それに春蘭も複数の敵を同時に斬る技を持っているはずある。
華琳クランの迷宮探索に天和達を同行させてもらった時、一刀は春蘭の必殺技と思しきものを見たことがあった。

そもそも『仁徳のペンダント』の性能を稟に教えて貰った時、彼女達に問われた一刀はWG上昇率UPとは何かというのを、なぜ知っているのかというのを誤魔化しつつもきちんと説明している。
彼女達はWGという名称こそ知らなかったものの、必殺技の存在自体は知っていた。
つまり戦闘中に気合的なものが溜まっていき、一定量に達すると武器スキルが使用出来るという法則を、経験や感覚で理解していたのである。
その気合いの溜まるスピードが早くなるという一刀の説明も、あっさりと受け入れていたはずだ。

ちなみに実際の上昇率は、攻撃時のみ5→10へと変化していた。
主人公格の桃香が持つに相応しい、神性能のアクセサリーだったと言えよう。

「……武器スキルって、そんなことまで出来たのね。私の鎌では無理なのかしら」
「ああ、そういうことか。多分剣とか鈍器とか、それぞれの特徴みたいなのも反映されるんじゃないかな。鞭って補助的なイメージがあるだろ?」
「では鎌だったら、貴方はどういう武器スキルが使えそうだと思う?」
「うーん。命を刈り取るとか、そんな感じかなぁ。でも短剣の時は多段攻撃と一撃必殺だったし、鞭でも一撃必殺があるし……」
「ふむ、肝要なのは発想力ってことね。少し考えてみるわ。それはともかく、今は対G用の戦術よ」

必要条件が出揃ったので、ベースは春蘭の策でいける。
細かい所を煮詰めた華琳達は、更に不測の事態を想定して話し合った。

特に作戦決行を1週間遅らせる、つまり春蘭の左目がリポップしてから挑戦しようという提案については、かなりの議論となった。
しかし作戦失敗時の保険という意味では、策を決行した後に爆発からの退避時間など作れるはずもないのだから気休めにもなるまい。

またその提案は、Gに自爆攻撃を繰り返された時の対策を兼ねてとのことでもあった。
確かに1度目の爆発を阻止すべく必殺技を使った直後に2度目が来たら、成す術もなくやられてしまうだろう。
だが、そもそも自爆攻撃をする敵が体内にミニGを残しておくとは考えにくい。

おそらく安全第一の桃香であれば即座に採用し、損益のバランス感覚に優れた雪蓮であれば考えた末に採用したであろう、ほとんどデメリットのないこの提案。
しかし「過度の保険は必要なし」というのが華琳の出した結論であった。

この決定は無駄にリスクを負っているだけのように見えるし、それは否定出来ない。
だが己の判断に身を委ねる覚悟自体は、軽率さとは分けて論じる必要があるだろう。
今回の場合は愚かな選択だったのかもしれないが、この気概こそが即断即決の下地でもあり、華琳のリーダーとしての優れた資質とも言えるからだ。

先程倒したGからは、華琳の読み通り『銀の天使印』がポップしていた。
そして秋蘭の【千里眼】では、BF22にGは残り2匹だと確認されている。

さっそく華琳達は作戦用のトレーニングを行うため、臨時で設けた休憩所を後にするのであった。



「で、結局あれから一度も爆発しなかったわけだが。折角特訓したのに……」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! 危険はない方がいいに決まってるでしょ!」
「桂花、声が大きいわよ。春蘭達は寝てるのだから、静かになさい」
「あ、すみません、華琳様。アンタのせいで怒られちゃったじゃないのっ」
「……俺のせいなのか」

と会話を交わす一刀達に凪を加えた4人は、夜営の見張り番をしていた。
最近は海岸や安全地帯でキャンプを張ることの多かった一刀にとっては、久しぶりのシチュエーションである。
一刀達の待機場所はBF22の3連に連なった小部屋の通路に面した側であり、一番奥の部屋では先程まで見張り番だった春蘭達が眠りについている。
そして真ん中の部屋では、真桜と沙和が武器・防具の改造中であった。

「で、凪。強化された武器はどんな感じだ?」
「ナックルだけでなく手甲の部分も強化されていて、素晴らしい出来栄えです。でも良かったんですか? 隊長達を差し置いて、自分達を優先して頂いて……」
「いいのよ、凪。貴方達が強化されれば、明日以降の探索もしやすくなるのだから」
「はいっ、頑張ります」

本日Gから得たドロップアイテムは『銀の天使印』が3枚。
そのカードで凪達3人の武器強化を決定した華琳の思惑は、彼女の言葉通りである。
LV20だった彼女達は『増EXP香』の効果もあり、BF22をメインに探索した今日一日でLV21にアップしていた。
武器強化の恩恵と華琳達のフォロー、そして各種お香によるブースト効果があれば、今後の探索で凪達が足を引っ張ることはないであろう。

「真桜の見積もりでは、貴方達の武器を強化してもまだ余るという話だったわよね?」
「はい。ですから今頃は、沙和が残りの量で出来る強化を考えていると思います。後衛の防具を優先するのですよね」
「ええ、そうよ。前衛と違って後衛の防具は消耗度が少ないから、手間を掛ける価値があるわ」

とはいえ、前衛の防具だって今や消耗品ではない。
昼間ボロボロになった華琳の服などは『スライムオイル』で十分に修復が可能であったし、もはや防具と呼べないほど無惨な状態になった春蘭の装備ですら『エーテル』によって新品状態にまで復元していた。

だが順番的には、やはり華琳の言う通り魔術師の防具から強化していった方がいいだろう。
普段敵の攻撃に晒される前衛と比べても、HPの少ない後衛の方が事故死する確率が高いからだ。
情を交わしたこともある桂花に死んで欲しくなかった一刀は、何の準備もせず突っ立っている彼女に対して気を利かせた。

「なにやってんだ、桂花。沙和が来たらすぐ渡せるように、服を脱いでおかなきゃダメだろ。よかったら手伝おうか?」
「たまに、というか割と頻繁に思うんだけど、なんで私、こんなのに……」
「こんなのに?」
「な、なんでもないわよ! この万年発情期男!」
「桂花、いい加減になさい!」

折角の厚意を無碍にされて落ち込む一刀と、またしても声の大きさを華琳に叱られてしょんぼりする桂花。
だが明日以降は、こんなにほのぼのとした光景は見られないであろう。
なぜならここから先は、Gの他に階段も探さねばならないからだ。

BF23への階段は先日発見済であり、明日からBF23の探索をすることが既に決まっている。
雪蓮が引っかかったような悪質なトラップなども、そこにはまだ多数存在するだろう。
それらを潜り抜けて地図を埋めながらBF24へ続く階段を探す作業は、超一流の冒険者である華琳達ですら消耗を強いられるはずだ。

もちろん夜営時に襲ってくる敵も、今日より更に強くなる。
従って、今はたっぷりと休息を取るべき時なのである。

「華琳は少し部屋の隅で休んでおいた方がいいぞ。敵が来たら起こすから。春蘭達の番の時、寝てなかっただろ?」
「あら、よく見てるのね。でも大丈夫よ、私は1週間程度なら寝なくても平気だから」
「HPが全然回復してなかったから、な?! って、いくらなんでも冗談だろ?」
「本当よ。でなければ、春蘭や秋蘭と3人で迷宮探索なんて出来ないでしょ」
「1週間も不眠不休なんて、どうやって……」

一刀の問いかけに対する華琳の答えは、濃厚な口付けであった。

「ちゅ、れる、ちゅっぷ。……というわけよ」
「うむ、む、ぷはっ! って、全然意味がわからないし!」
「にぶいわね。短剣飾りや『癒しの水』とは違って、私の【吸精】は純粋な疲労も回復出来るのよ」
「……やっぱりどれも凄い性能だな、華琳の加護スキルは」
「一刀の他に桂花や春蘭達も私に体力を分けてくれるでしょうし、それなら私も夜通し警戒に加わった方が安全だわ」

そう言って微笑む華琳だったが、それでも睡眠は取った方がいいだろうと一刀は考えていた。
なぜなら睡眠にはリラックス効果もあり、どうしても精神的に追い詰められてしまう迷宮探索における一番の癒しであるからだ。
しかし華琳の言い分にも一理あるし、ずっとこのやり方で通して来た彼女には今更何を言っても無駄であろう。

せめて可能な限り彼女の疲労を取り除きたいと、積極的に華琳を押し倒してその唇を奪う一刀なのであった。



戦闘の激しさが否応なしに増して来たとはいえ、BF23でも敵の種類は変わらない。
平均LV23の華琳クランにとっては、今まで通りの対応をすれば普通に勝てる相手である。

ところが、どうしてもある一点において雪蓮クランに劣る戦況が出来あがってしまう。
それは、ガーゴイルやキメラなど魔術を使って来る敵に対する戦闘であった。

「華琳、『沈黙の風』を使わせた方がいい!」
「それは駄目よ。魔力の消耗は控えたいの。秋蘭、やれるわね?」
「もちろんです、華琳様」

桂花の『二虎競食』は、同じ種類の敵が2匹いないと効果を発揮しない。
その場合を除くと、キメラやガーゴイルは全て秋蘭がガチの勝負で撃ち落としていた。

こうまでして魔力を温存しておきたい理由、それは華琳クランの所有する『黄銅の短剣飾り』の残量の少なさによるものだ。
『アイテム交換クエスト』の時に手持ちの短剣飾りをほとんど香に変えてしまった華琳クラン。
当時の状況からはその選択しか取りようがなかったが、しかしそれが裏目に出てしまったのである。

今の華琳達は『銀の短剣飾り』であれば無数に入手出来るため、各種の香には困らない。
だがBF16からBF20まででしかポップしない『黄銅の短剣飾り』は、わざわざ狙って入手しに行かなければならないアイテムなのである。
更に桂花くらいのLVになると、MPも約300にまでなる。
いくら複数回使用出来るとはいえ、1刺しで数十程度しか回復しない『黄銅の短剣飾り』では、1度の補給で使い切ってしまう場合も多々あるのだ。

MP回復装備を所有している風や、コモンスペル効果1.5倍の手袋を嵌めている稟の『活力の泉』があれど、現時点で一気に80も消費してしまう第五段階目の魔術は厳しい。
しかもレジストされる可能性まであるのだから、尚更だ。
ギルドを介して短剣飾りを好き放題に使用出来る雪蓮達とは違い、華琳達にとってはMP消費の大きすぎる『沈黙の風』は気軽に使えない魔術なのであった。

「ふっ!」

鋭く息を吐くのと同時に、秋蘭の手元からガーゴイルに向かって矢が放たれる。
空を飛ぶ獲物に対して補正効果があるのだろう、その攻撃はかなりの有効打を与えているように見えた。
しかし、当然のようにガーゴイルからの反撃もあった。
BF21から魔術を使い出したガーゴイルの放った真空の刃が、秋蘭の柔肌を切り裂くべく襲い掛かって来たのだ。

「痛っ!」
「む、一刀か」
「大丈夫か、秋蘭?」
「ああ」

それがわかっていてじっとしていられる一刀はない。
咄嗟に秋蘭の細い腰を抱き、自らのマントで包み込んだのである。
マントから露出している手足に切り傷を作ってしまった一刀。
その甲斐もあり、どうやら秋蘭はノーダメージであるようだ。

「どうせ俺は荷物持ちの番だし、敵の攻撃から庇うだけなら経験値の分散もないからな」
「いや、それは……と、じっくり話している場合ではないか。とにかくガーゴイルを倒さなければ。今はお前の言葉に甘えるとしよう」

弓を引く秋蘭。
素早く身を離す一刀。
呪文を唱えるガーゴイル。
即座に秋蘭を抱き締める一刀。

時折手元が狂い、腰にやるはずの手がなぜか胸付近を鷲掴みにしてしまうのは、単なる偶然であろう。
邪な下心など、一刀にあるはずもない。
我が身を盾にして秋蘭を庇おうと、必要以上に彼女の体を触りまくる一刀。
その厳しい戦闘の終止符は、意外なことに風によって打たれた。

「お兄さんのセクハラは見るに堪えないのですよー」
「秋蘭が孕ませられる前に、俺達でケリをつけようぜ」

≪-火炎-≫
≪-火炎-≫

頭の上にちょこんと乗せた人形『宝譿』と一人芝居を繰り広げた風が、その調子でなんと腹話術による多段攻撃を仕掛けたのだ。
風の加護スキル【二重詠唱】によって重複された魔術は、相乗効果により威力を格段に上げてガーゴイルを焼き尽くした。

秋蘭の首筋に埋めていた顔を起こし、風に恨みがましい視線を向ける一刀なのであった。



パーティ編成を変更してWGも満タンにした華琳達の作戦が、ようやく日の目を見ることになった。
BF23にいた2匹のG、その片割れとの戦闘中のことである。

「一刀、今よ!」
「いくぞ! カラミティバインド!」

一刀の技を受け、動きを止めるミニGの群れ。
そこに飛び込んできたのは、外で見張りをしているはずの季衣と流琉だ。

「スイングアターック!」
「おりゃー!」

2人の武器である大重量鈍器が、黒光りする悪魔達を叩き潰す。
そう、今回の作戦には必殺技を使用出来る季衣と流琉も、しっかりと組み込まれていたのである。
外の警戒を凪達に任せ、季衣と流琉はあらかじめ部屋の端に待機していたのだ。
これは季衣達自身の言い出したことであり、即座に華琳に採用された優れた意見であった。

もちろん経験値を度外視した策ではあるのだが、G戦限定なのだから問題にはならないだろう。
ゲーム脳の観点でパーティ単位に拘ってしまう一刀からは、逆に出て来ない発想だ。

そして、この作戦自体の提案者である春蘭の登場である。

「現世斬!」

春蘭の気合いを込めた範囲攻撃が、ミニG達に襲い掛かる。
一刀の目の前で同時に3体を斬り飛ばした実績を持つ春蘭の武器『七星飢狼』が、今回はその数倍の敵を葬り去った。

その時、先程は黄色NAMEだったはずのGが赤NAMEとなっていることに一刀は気づいた。
この現象は、Gが残りHPをミニGの爆発力に変換しているのであろうことを示唆している。
つまり連続自爆攻撃はないという華琳の判断は、正鵠を得ていたことが証明されたのだ。

残る敵は、そんな瀕死のGも含めて僅か数匹。
この程度であれば、自爆などそれ程怖くはないだろう。

であるにも関わらず、更にGに追い打ちをかけるべく、彼等にとっての死神が現れたのだ。

「生者必滅の理」

華琳の鎌から放たれた禍々しい氣が、ミニGどころかG本体までを覆い尽くし、その精気を貪り尽くした。
暗黒の霧が消えた後に残されたのは、銀色に輝くカードのみ。
一刀に正確な効果を知る術はないが、異常なまでのチート威力であることは誰にだって分かる。

「ふぅ。それにしても、武器をこういう風に使うことが出来るなんてね」
「……たかが発想を得たくらいで、しかも昨日の今日なのに、なんでいきなり使えるんだよ。というか、それって本当に武器スキルなのか?」
「さぁね。でも、これだけは言えるわよ。もし貴方がいなければ、この技を得ることは出来なかったわ」

そう言われても、素直に喜ぶことなど一刀には出来なかった。
いつかは対等の位置に並びたいと願う華琳との差を、まざまざと思い知らされた一刀。
華琳の溢れんばかりの才能は、今の一刀には嫉妬することすら不可能だった。

しかしこの壁を乗り越えなければ、華琳の横に並ぶことなど無理だ。
そして今まで多くの者が、華琳の才能を前に膝を折ってきた。
凡人が華琳に追いつくためには、彼女が一足飛びで駆け抜けた道筋を一歩ずつ進んで行くしかないにも関わらずである。

「ぎゃっ! ちょっとアンタ! いきなりなにすんのよ!」

落ち込んだ一刀が、桂花を撫で回している。
恐らく、そうやって気を紛らわせているのであろう。

桂花に噛みつかれている一刀に向けられた華琳の眼差し。
そこには一刀に対する期待と不安、そして祈るような思いが込められていたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:24
HP:688/385(+440)
MP:0/0
WG:0/100
EXP:1814/7500
称号:四八マン
パーティメンバー:一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風
パーティ名称:華琳党
パーティ効果:HP2倍、MP2倍

STR:38(+11)
DEX:52(+21)
VIT:28(+3)
AGI:37(+8)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:241(+39)
近接命中率:111(+10)
遠隔攻撃力:158(+15)
遠隔命中率:102(+18)
物理防御力:193
物理回避力:113(+20)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:13貫



[11085] 第八十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:42
BF23のG討伐に成功した翌日には、早くもBF24への階段を発見した華琳達。

秋蘭の【千里眼】のサーチに引っかかった2匹のGは、意地の悪いことに固まって配置されていた。
そのまま動く気配を欠片も見せないGだったが、その事実は今の華琳達にとってそれほど問題とはならない。
なぜなら、華琳の武器スキル『生者必滅の理』があるからだ。

色々試した結果、この武器スキルはHP一定値以下のモンスターを死滅させる効果であることが判明していた。
そしてミニGのHP量が確実にこの一定値を下回っていることも、これまでの実績から分かっている。
つまり1匹目が自爆サインを出したら華琳が、2匹目は一刀と春蘭達が必殺技を使用すれば済む話なのである。

「とはいえ、実力的には厳しいんだよな。BF23のGでもかなり強かったしさ」
「確かにね。自爆してくれて、むしろ助かったくらいだわ」

実力的には、同じフロアのモンスター達より上位の存在であるG。
LV23の華琳達にとって、BF23のGは互角以上の存在であった。
対抗する戦術を確立していたこともあり、自爆攻撃をされた方が勝手にHPを減らす分だけ戦いやすかったのだ。
尤も今までは単体であったため、どちらにせよそれほど脅威でもなかったのだが。

しかし今回は階層が変わったことにより、Gは完全に格上の敵となっていた。
それに加えて、2体同時に戦う必要性が出てきたのである。

「今日か明日くらいには華琳達のLVも上がると思うし、戦うのはそれからにした方がいいかも」
「ふぅん。そんなことまでよく分かるわね。まぁ一刀がそう言うなら、信じてみようかしら。さて、そろそろ休憩は終わりにしましょう。皆、出立するわよ」

今回の探索で得た自分のEXPが約1200なので、華琳達は2400だろうという推測。
BF23を探索した昨日で800弱の取得量だったため、BF24なら倍くらいだろうという予測。
NEXT7000であろう華琳達の、だが結構前からずっとLV23だったことを考えて、その半分くらいだろうという仮定。

それらを合わせた大雑把な計算を予想外に信頼された一刀は、多分だぞ、確実じゃないからな、と念を押しながら華琳の後を追いかけるのであった。



既にBF24にまで至った今回の迷宮探索は、順調などという言葉では到底表現しきれない。
攻略ペースだけでなく、戦闘の安定度も抜群であった。

そのことは、秋蘭に対してセクハラ紛いの援護を行う一刀を見れば十分に理解出来るだろう。
戦闘中にも平時と変わらぬ態度の一刀、それはつまり彼の精神に余裕があることを示しているからだ。

もしこれがギリギリの探索だったとしたら、一刀も戦闘中は必死にならざるを得ない。
普通であれば、セクハラどころの騒ぎではないはずだ。
尤も、一か八かの賭けであった前回の雪蓮クランとのパーティの際にも、乙女達の柔肌を堪能しまくった一刀に常識が当て嵌まるかは疑問だが。

それはともかく、華琳クランの快進撃である。
やはりその根底には、雪蓮クランから譲り受けた地図の存在があるだろう。
階段の方向が大雑把に分かるだけでも、探索効率が大幅にアップするのは言うまでもない。

また華琳クランのパーティバランスの良さも、今回の躍進の要因である。

防1攻2補1魔2の鉄板編成である春蘭のチーム。
春蘭と季衣の有り余る攻撃力が、防御の要である流琉のフォローの役割まで果たしている。
攻防一体となった、王道の構成であろう。

全1攻3補1魔1の変則編成である華琳のチーム。
LVの低い凪達3人で1体の敵に当たらせ、華琳が他の敵の足止めに徹する。
華琳の能力に依存する形ではあるが、これもまた立派な戦術と言えよう。

それから華琳達の持つ強化装備も、忘れてはならない要素である。
探索前から武器を強化済であった華琳と春蘭。
BF22では、凪達の武器と桂花の猫耳フードが強化の対象であった。
そしてBF23で新たに手に入れた2枚の『銀の天使印』は、主に一刀と秋蘭の武器に対して使用されていた。

新・打神鞭:攻150、耐210/210、AGI+4、近接命中+4、物理回避+4

これといって特筆すべき性能こそないものの、攻撃力の底上げ自体が極めて大きい。
もはや誰も一刀を補助要員とは呼べないだろう。

凡庸なSTRの一刀ですら立派なアタッカーとなり得るような、規格外の武器強化による戦力の底上げ。
これが華琳達をして、BF24をも破竹の勢いで攻略せしめる要因となっていたのだ。



「その、一刀。……あまり触られると、困るのだ」
「ごめん」

BF24での夜営中。
寝ようとしていた一刀は、続き部屋で見張り番の秋蘭から呼び出しを受けた。
もちろん他のメンバーから離れ過ぎることは出来ないので、夜営用拠点と定めた小部屋の隅に、である。

「誤解のないように言っておくが、最初は目を瞑ろうと思っていたんだ。ボロボロになったお前の手は、私の代わりに傷ついたようなものだからな」
「いや、俺もちょっと調子に乗り過ぎたよ。ほんとにごめん」
「そういうことではない。……つまり、その、手元が狂ってしまうんだ」

てっきりセクハラを怒られるのだと思った一刀だったが、どうやら風向きは少し異なるようだ。
秋蘭は胸に触わられた当初、この程度であれば駄賃だと思って許そうとしていたらしい。
ところが一刀に何度も庇われている内に、秋蘭自身にも予想外の情動が生まれたのだと彼女は言う。

「わ、私は、自分で言うのもなんだが、幼い頃からしっかりしていた方でな。あまり人に守って貰った経験がない。だから、なんというか……」
「俺に触られるのが嫌だったって話じゃないのか?」
「違う! あ、その、お前の腕の中も悪くはないのだが、き、緊張してしまうんだ」

クールな印象しかない秋蘭が、顔を赤く染めて俯き、とぎれとぎれに一刀へ自分の気持ちを伝える。
それだけで、もう一刀は鼻血が出る寸前であった。

「じゃ、じゃあ、今のうちに少し慣れておく?」
「……あ、う、うむ」

ところで、今の見張り番は春蘭チームである。
いくら声が聞こえない程度に距離を取っていても、同じ室内でのやり取りなのだ。
当然その空気は、他のメンバーにも伝わっていた。

春蘭を除いた4人のアイコンタクト。
すぐさま先陣を切ったのは、季衣と流琉であった。

「兄ちゃん! えーと、ボ、ボク達もLV24になったし、明日はこのフロアのGを倒すんだよね?」
「もし次回もちゃんと『天使印』が出たら、私と季衣の武器強化に使わせて貰えるそうなんですよ!」

更に季衣達をフォローすべく、稟と風も動き出した。
別に稟達は一刀争奪戦に参加しているわけではないが、付き合いの長い季衣達から幾度となく相談されて知恵を貸していたのだ。
その際に稟達が立案した『一刀2人占め計画』を成就に導くためにも、これ以上のライバルは必要ないのである。

「おやおやー。秋蘭ちゃん、顔が赤くなっているのですよ」
「これはいけませんね。風邪かもしれません。春蘭殿、こちらに来て下さい」
「む、どうしたのだ、秋蘭。具合でも悪いのか?」
「いや、そうではない。体調は平気なんだ、姉者」

多少あくどいながらも、雰囲気の読めていない春蘭を引き込んでピンク色の空気を乱そうという作戦であった。
その策を成功させた稟達は、ほっと一息ついた。

「それにしても、まさかセクハラが恋の切っ掛けになるなんて、完全に予想外なのですよー」
「一刀殿も最近は日増しに魅力が上がって来ているし、私達も気をつけないと。ひょんなことで恋に落とされでもしたら、季衣達に申し訳ないもの」

などと言葉を交わす稟達。
そんな彼女達の会話を、一刀はしっかりと聞いていた。

「ひゃん! か、一刀殿、一体なにを?!」
「……ぐぅ。おおぅ、お尻を撫でられた心地良さで、ついウトウトと」
「ひょんなことって、こんな感じ? それともこっちか?」

そう、エロマシーン一刀は、稟達の態度を誘い受けだと判断したのである。
鍛え抜かれた手練手管で、稟達を官能の渦に叩き込もうとする一刀。
ここさえ乗り切れば、秋蘭や季衣達も交えて楽しい夜を過ごせそうだ。

「このまま迷宮内6Pも……いける?!」
「みょんなこと言うなっ!」

怒声と共に春蘭の握り拳が、一刀の頭に落とされた。
あまりの痛みに性欲も掻き消され、その場に蹲る一刀。

(春蘭も巻き込んで、7Pを目指さなかったのが敗因だった……)

頭上にひよこ達を飛ばしながら、ひとしきり反省する一刀なのであった。



「や、やっと海岸に着いたー! 兄ちゃん、ボクもう無理……」
「私も、もう一歩も動けません」
「大丈夫、俺もとっくに限界だ。しかし、本当によく辿り着けたな。未だに信じられないよ」

数日後、華琳達はBF25の海岸に到達していた。
つまり、僅か1度の迷宮探索で2階層も歩を進めたことになる。
大まかな地図があり、BF25からは一刀の誘導まであるとはいえ、この事実は華琳クランの優秀さをこれ以上なく表しているだろう。

但し、完全に華琳達の実力だけとも言い切れない。
今回は様々な要素が華琳達にとって追い風となっていたからだ。

まず凪がいるおかげで、ブースト香には困らなかったことが挙げられる。
生産に必要な『銀の短剣飾り』など、道中でいくらでもドロップしているからだ。
更に真桜や沙和がいるおかげで、すぐさま装備強化の恩恵に預かれたことも大きい。
凪達自身の戦闘能力も含め、彼女達がいなければ今回の華琳クランの躍進はありえなかったはずだ。

普通の感覚であれば、今回の探索における非常識なまでの成果に兜の緒を緩めてしまう所である。
しかし華琳は、そんな望外の幸運にも眉ひとつ動かさない。
華琳の次の一言からは、良くも悪くも現状で満足せずに先を見続ける彼女の気質が窺える。

「秋蘭、Gを探して頂戴」
「おいおい、まだ探索を続ける気なのか? もう水だって残り僅かなんだぞ」
「華琳様、見つけました。ここからはかなり距離があります。後、このフロアには1匹だけのようですが、どうも今までのGとは様子が違いますね」

秋蘭の【千里眼】により発見された敵は、その名も『Gキング』。
明らかに通常のGより強そうである。
王と名乗るからには、きっと外見からして違うのだろう。

もしかしたら、つぶれた肉饅みたいな見た目なのかもしれない。
もしかしたら、色が赤くなっていて色々と3倍なのかもしれない。
もしかしたら、ボーイッシュな女の子の姿なのかもしれない。

それに対してこちらの戦力はと言えば、一刀こそLV25になっているものの、他のメンバーは未だLV24である。
しかも海岸に辿り着いたことで、皆の緊張感が解けてしまっている。
ここから再び精神を戦闘状態に持って行くのは難しい。

どのみち時期尚早だと、華琳は今回の『Gキング』打倒を断念した。
そして一刀に食材を釣らせ、洛陽へ帰還することに決めたのだった。

「屋敷に帰ったら私が捌いてあげるから、美味しそうなのを釣りなさい」
「私もお料理頑張りますね、兄様!」
「了解。って、高級食材っぽいものばっかりだな。タイやヒラメ、アンコウにフグまでいるや。毒抜きなんて、出来るのか?」
「ふふん、一刀。私に不可能なことなんて、あると思っているの?」

怪しいと思ったものの、それを口に出す愚は犯さない一刀。
絶対に華琳が箸をつけた後で食べようと心の中で誓いながら、一刀はどんどんと魚達を釣り上げていった。
今回はこのまま洛陽に戻るからいいものの、今後ここでキャンプを張った時の食材に向いてないということは記憶しておかねばなるまい。

それはそれとしてBF25の目玉商品、レアポップ魚の登場である。

「よしっ、『キャビア』ゲットだぜっ!」

てっきりサメが釣れるのかと思って警戒していた一刀だったが、実際に釣り上げてみると『キャビア』は一抱えほどもある巨大な甲羅であった。
まるで缶詰のようになっているそれを割ると、恐らく中から黒い海の宝石が出て来るという寸法であろう。
宴会時のいいツマミになりそうだ。

「ところで一刀、海に敵はいないの?」
「……それっぽいのは、確かにいるけど。やめとこうぜ、みんな疲れてるしさ」
「どんな敵なのかしら、どんな攻撃をしてくるのかしら、どんなアイテムを落とすのかしら?」

覇神の加護を持つ華琳には、些か子供っぽいところもあった。
『好奇心は猫を殺す』という格言を強烈なビンタと共に華琳に伝えたい一刀だったが、もちろん実行には移せない。
パーティをG戦用のものに組み直した一刀は、しぶしぶ海中の敵を釣り上げた。

NAME:アトランティス

緑色の鱗を持つ魚人は、しかし凡百のモンスターとは全く違うことが一目で分かる姿形をしていた。

その顔を覆うのは、黒っぽいバイザー。
その手に握られた、流線型の銃。
その全身を包み込む、銀色のボディスーツ。

アトランティスの予想外の見た目に、あっけにとられた一刀。
そんな彼を、アトランティスの銃から放たれた熱光線が襲った。

「うわっちっ! げふっ」
「きゃ! 兄ちゃん、大丈夫?」
「か、かなりやばい。銃の正面に立つな、受け止めるな、絶対に避けろ……」

その熱光線は丈夫なはずの導衣を焼き切って一刀の腹部を穿ち、マントにまで穴を開けていた。
防御力無視の貫通攻撃は、痛みに鈍い一刀でなければ戦闘を継続することも難しかったであろう。
その一刀でさえもお代わりが来たらギブアップするような、悶絶する程の激痛であった。

「くっ、このっ!」
「姉者、援護する!」

秋蘭の撃った矢に気を取られたアトランティスに対し、春蘭が一気に距離を詰める。
迫力の一撃は狙い違わずアトランティスの銃を、その右腕ごと切り飛ばした。
しかし、油断するのはまだ早い。
なぜならアトランティスの腰には、銃がもう一丁ぶら下がっているからだ。

残った左手で銃を抜き放ち、そのまま春蘭の顔面に狙いを定めるアトランティス。
攻撃時に大きく踏み込み過ぎたのは、春蘭の気の緩みであったのか。
咄嗟の身動きがとれない春蘭に向かって、無慈悲な熱光線が放たれた。

しかし、春蘭だからこそ珍しいものの、攻撃の終了時に隙が出来るのは普通である。
熱光線の危険性を体で覚えた一刀が、それを警戒しないわけがない。
攻撃モーションに入った春蘭をフォローすべく、既に一刀は動いていたのだ。

「うおぉぉ!」

春蘭に飛びつき、彼女を押し倒す一刀。
熱光線が、彼の背中をマントごと削り取る。

だが一刀には、痛みで蹲っている暇などない。
最初の一撃が内臓を傷つけたのであろう、口から血を吐きながらも『新・打神鞭』を横薙ぎに振るう一刀。
アトランティスの足に先端が巻き付くや否や、一刀は力任せに鞭を引っ張る。
その攻撃によってバランスを崩されたアトランティス。
本来一刀の額を穿つはずだった一閃が、一刀の頬を削いで地面に穴を開けた。

その隙に死地を脱した春蘭が、アトランティスを追撃する。
左腕を狙い過ぎた春蘭の攻撃は簡単に避けられ、再び攻守が逆転したかに思えたその時。

背後から強襲した華琳の大鎌が、見事アトランティスの首を薙いだのであった。



≪-再生の滴-≫

「一刀殿、無茶をしすぎですよ」
「心配かけてごめんな、稟。それにしても、めちゃくちゃな強さだったな……」

独白する一刀に、華琳が言葉を返す。

「非常識な攻撃力の分だけ、随分と脆い敵だったわ。それが幸運だったわね」
「でもさ、華琳の加護スキルでも、頭部を狙われたら一発でアウトだったろ。出来ればもう戦いたくないよ」
「そうかしら。きちんと作戦を立てれば、LV上げには都合の良い敵じゃない?」
「事故死が怖すぎるだろ。ところで春蘭が弾き飛ばした銃はどうした? あれ、ちょっと撃ってみたいかも」
「残念だけど、塵になっちゃったわ。でもその代わり、ほら」

そう言って華琳が差し出したのは、見たことのない宝石であった。
どこまでも吸い込まれそうな深海を思わせる、ディープブルーの輝き。
その宝石が強烈な魔力を発していることは、近づいただけでも分かる。

「稟、【鑑定】を頼むわ」
「はい。……ふむ、これは『バミュータの宝玉』というアイテムですね。ある程度の持ち物を収納出来る機能があるようです」
「へぇ、ずいぶんと便利ね」

恐らく、ゲームにありがちな『これ以上、物を持てないようです』に対する救済アイテムなのであろう。
これに着替えや食料を入れておけば、荷物持ちに人員を割く必要がなくなる。
華琳の言うように、迷宮探索の大きな助けになりそうなアイテムである。

「ところで、同じように武器を収納出来る『伊吹瓢』の時は、どうして私の【鑑定】で判別出来なかったのでしょうかね」
「隠し性能とか、そんな感じじゃないか? こっちは収納ってより登録だしさ」
「ふむ、【鑑定】が万能でないのは知っていましたが……」
「凪達なら隠し性能にも気づけるみたいだし、彼女達は細かい数値がわからないらしいから、お互いに補完し合っていけば問題ないだろ」

そんな稟と一刀の会話は、華琳の行動によって中断された。
折角得た宝玉を、華琳は一刀に渡そうとしたのだ。

「一刀、受け取りなさい」
「え、なんで?」
「あの状況で戦闘を行ったのは、好奇心に負けた私の判断ミスだわ。それで危うく春蘭を失う所だった。これは、彼女を救ってくれたお礼よ」

華琳から与えられた宝玉を、しかし一刀はすぐに彼女へ返した。

「……いや、いいって。華琳の方が使う頻度も高いだろうしさ。そんなことより、さっさと帰って宴会しようぜ!」
「ふふ、この宝玉の価値が分かってて、あえて惚けてるのでしょう? いいわ、それならこれは借りておくわね」

一刀に宝玉を譲ろうという意図があったのは、華琳の指摘通りである。
今までの傾向から、海岸の敵はそのフロアより1ランク高い。
つまりいずれ華琳達が赴くであろうBF26以降には、アトランティス並の敵がうじゃうじゃいるということだ。

(この宝玉が、少しでも華琳達の助けになればいい……)

なにがあっても、命だけはきちんと持ち帰って来て欲しい。
そんな思いを込めながら、華琳に宝玉を手渡す一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:567/399(+454)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:143/8000
称号:四八マン
パーティメンバー:一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風
パーティ名称:華琳党
パーティ効果:HP2倍、MP2倍

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:13貫



[11085] 第八十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/13 21:43
体中をバラバラにされた“彼女”。
既に“彼女”が息をしていないことは分かっているはずなのに、それでも処刑人は手を休めない。
もはや原型など想像も出来ないまでに解体された“彼女”だったが、その引き裂かれた内臓すらも、煮え滾った灼熱の海に投げ込まれてしまう。

一体“彼女”に、どんな罪があったというのだろうか。
地獄の釜で身を焼かれ続ける“彼女”に、更なる災厄が襲い掛かった。
突如として天から突き出された木槍が、“彼女”の内臓を貫いたのだ。

「あん肝、うまー!」
「このフグ鍋も美味しいよ! 兄ちゃん、食べて食べて!」
「華琳様、こっちのお鍋は野菜とアンコウの水分だけで作ってみたんですが、お味はどうですか?」
「うーん、味わいは大雑把というか洗練されてないというか……。けれど旨味成分が凝縮されてて、探索後の疲れた体には丁度良いかも。良く考えたわね、流琉」

華琳屋敷では現在、探索の打ち上げに鍋パーティが開催されていた。
料理の主役こそアンコウ鍋やフグ鍋だったが、他の品々も負けてはいない。

よく脂の乗った濃厚な味わいと絶妙な歯応えが楽しめる、エンガワの刺身。
とても上品であっさりとしていながらも奥深い風味がある、鯛の刺身。
それらにキャビアを山盛り乗せて一気に頬張れば、誰しもが桃源郷へ誘われるだろう。

所狭しと並べられた料理に舌鼓を打ちながら、今回も全員無事に生還出来たことを祝う華琳達。
鍋物がメインなので、『伊吹瓢』の中身は清酒である。
空になった一刀のコップに酌をしながら、華琳が言った。

「一刀や凪達には、ボーナスを弾まないとね。期待以上の働きをしてくれたし、こちらは宝玉まで得られたんだから」
「そりゃ助かるな。結構働いてるつもりなのに、なぜか所持金が増えなくて困ってたんだよ」
「ふふ、でも貴方の分は季衣達に預かってもらうことにするわ。兄ちゃんにお金を持たせるとロクなことしないから、だそうよ」
「ちょ、勘弁してくれよ……」

「心配いらないよ、兄ちゃん。1度に10貫までだけど、お金がなくなったら制限なしで補充してあげるから。何に使ったのか、ボク達にちゃんと説明してもらうけどさ」
「10貫以上の大きな買い物をする時は、私達と一緒に行きましょうね」
「この桂花様が考えた一刀用の小遣い制度に、死角はないわ!」

季衣達が考えたにしては厭らしいやり口だと思ったら、どうやらこれは桂花の入れ知恵であるようだ。
並の男であれば、束縛がここまできついと息苦しく感じてしまうだろう。
だが一刀は、『束縛が厳しい=激しく愛されている』と脳内で変換することによって事なきを得た。
呆れを通り越して羨ましくなるくらい、よく訓練された幸せ回路である。

ボーナスを貰えることには変わりないし、と自分を誤魔化そうとする一刀。
一方なんの制限もない凪達は、華琳の気前の良い発言を素直に喜んでいた。

「やったのー! 沙和はお洋服を一杯買うのー!」
「うちは春蘭姉さんを見て思いついた、新しいカラクリを作るで!」
「戦闘では足手纏いだったのに、自分達までボーナスを頂いてしまうのは申し訳ないです……」
「そんなことないだろ。最初は確かにLVが足りてなかったけど、中盤あたりからは十分過ぎる程の戦力になってたぞ」

探索中ずっと凪達と一緒に戦ってきた一刀は、彼女達の特徴をしっかりと把握している。
一刀のアルコールで滑らかになった口から、たちまち洪水のように凪達を褒める言葉が溢れ出した。

「守るにも攻めるにも凪の【氣功】は大活躍だったし、沙和の【罵声】と双剣でのフォローも巧みだったしさ。それに真桜の【機工】だって、あの破壊力は反則級だったよ」
「そうね。貴方達の力量には、私も驚かされたわ」
「私の補助魔術があってこそだけど、少なくともそこの馬鹿エロ男より活躍したのは間違いないわね」

一刀の称賛に、チームメイトの華琳や桂花も賛同する。
それに対する3人の反応は、まちまちであった。

「いや、そんな。自分なんて、まだまだです」
と、照れる凪。

「へへっ、うちの天を突くドリルは大陸一や!」
と、胸を張る真桜。

「……それは、単に沙和がフォローしか出来ないってだけなのー」
と、落ち込む沙和。

「いやいや、フォローも大事な仕事だろ」
「でも沙和はダメな子なの。加護スキルだって凪ちゃん達のよりも、かなり見劣りがするのー」
「……確かに、ただの悪口だもんなぁ」
「やっぱり! 隊長も沙和を役立たずだと思ってるのー!」

アルコールのせいで、つい本音が出てしまった一刀に絡む沙和。
普段はむやみに明るい沙和だったが、性質の悪い酔い方をするタイプであるようだ。

それでも沙和が荒れてしまったのは、一刀の失言に端を発したことには違いない。
どうにかして沙和の気を引き立てよう考え込む一刀の脳裏に、突如として名案が浮かび上がった。

「なぁ、ところでさ、【罵声】って敵にしか使えないのか?」
「ふぇ? だって味方の悪口を言っても、意味がないのー」
「いや、ほらさ。悪口っていうよりも、発奮させる感じの言葉で仲間の能力を底上げしたり出来ないのかなぁって思って」
「試したことないの。どんな風にやればいいのー?」

どちらかと言えば迷案に近いそのアイデアは、しかし酔っ払い達には素晴らしい発想のように思えた。
真剣に言葉を吟味する一刀と沙和。
上から目線の物言いがデフォルトの華琳に、下品な悪口の専門家である桂花までが加わり、議論は白熱した。

「一刀、貴方いつまで無様を晒せば気が済むのかしら、なのー!」
「……微妙に力が湧いたような、そうでないような」
「アンタ、ぼやぼやと精液を垂らしてないで、さっさと突撃しなさいよ、なのー!」
「素早さが上がった、のか?」

呪文や加護による効果はステータスに反映されないため、いまいち性能が把握出来ない。
プラシーボであることを否定出来ないくらいの微妙さであったが、それでも沙和には嬉しかったようだ。

「慣れてきたのー! ここからは沙和が、自力で隊長を罵るの!」
「頑張りなさい、沙和」
「ふん、この桂花様がわざわざ教えを授けてあげたんだから、しっかりやりなさいよ!」

華琳や桂花の声援を受け、沙和が大きく息を吸い込む。
そして、一刀に中指を立てながら叫んだ。

「このフ○ッキン野郎、その引けた腰はなんなのー! そんなに沙和にケツ穴をフ○ックされたいの! お前みたいなビビり野郎は、帰ってママのおっぱいでも吸ってろなのー!」

さすがの一刀も、この沙和の【罵声】にはちょっとカチンと来た。
練習の成果もしっかりと出ており、悪口的には100点満点であろう。
しかし残念ながら、沙和は【罵声】により味方への奮起を促すという目的を完全に見失っているようだ。

「ひゃん、ち、違うの! あんっ、沙和のおっぱいじゃ、はぁん、なくってママの、あふっ、なのー!」

調子に乗り過ぎた沙和に、しっかりとお灸を据える一刀なのであった。



翌日、華琳の屋敷を後にした一刀は救護院へと向かった。
その手には、雪蓮と冥琳のお見舞い用に料理して貰った鯛の塩焼きと鯛飯。
これらを使った鯛茶漬けならば救護院でも作れそうだし、病人の胃にも優しいに違いない。

雪蓮達は思った以上に元気そうであった。
2人とも手術自体は済んでおり、今は術後の経過を見ているとのことである。

「一刀、はぐっ、これは、むぐっ、随分と気の利いた見舞いだわ、ずぞぞぞっ」
「まったく、少しは落ち着け雪蓮。それにしても、この差し入れは本当にありがたい。なにせ救護院の食事は味気なくてな」
「お代わりは沢山あるから、慌てなくても大丈夫だぞ?」
「やったぁ! こっちは、あぐっ、体力が回復してきてお腹が空くのに、ごくんっ、貧相な食事ばっかりでさ、じゅるるるっ」
「こら、そんなに一気に食べたら、胃腸に良くないだろ。一刀、雪蓮の食事はこれでお終いだ。雪蓮も分かったな?」
「ずるーい、食べ終わってから言わないでよ、冥琳。じゃあ最後の1杯だけ。ねぇ、いいでしょ?」
「仕方がないな。一刀、次で本当に最後だぞ。あ、その、……ふ、二人分頼む」

雪蓮を窘めながらも随分と箸が進んでいたようで、彼女自身の分も照れながら付け足す冥琳。
この様子であれば、雪蓮達の手術は大成功だったと考えても良さそうだ。

2人に喜んでもらうという意味では、この料理は絶妙なチョイスだったであろう。
しかし他の観点から見ると、鯛茶漬けを振舞ったのは大失敗であった。
そのせいで、雪蓮達に余計なことまで気づかれてしまったからだ。

「それにしても、ずいぶんと懐かしい味わいだわ」
「ああ。我々のギルドには入荷したことのない、鯛、か。華琳達が遂にBF25へ到達したんだな、一刀」
「……だからって焦っちゃダメだぞ、2人共。今はしっかりと休養を取るんだ」
「わかっているさ。で、どうだったんだ、BF25は。土産話くらいあるのだろう?」

余り興奮させたくなかったのだが、意図せずとはいえ思わせ振りな土産を持参してしまった以上、話さないという選択肢は選べない。
BF25での敵の強さの印象や、海岸で釣り上げたアトランティスの凶悪などを、出来るだけ客観的な視点で雪蓮達に伝える一刀。
ついでに一刀は、いつか聞いてみようと思っていたことをこの機会に尋ねてみた。

「ところで雪蓮の母親って、加護も受けてないのに、よくBF30まで辿り着けたよな」
「何言ってるのよ。数万の軍勢がいたんだから、到達出来ない方が不思議でしょ」
「でも、魔力を帯びてる武器だってレアなんだろ? それじゃいくら数がいても、BF16以降だと攻撃の効かない敵がいるじゃないか」
「ふむ。どうやらお前は、数の力に対する理解が不足しているようだな」

目的地へ向かう数万のアリを、数百匹の象が食い止められるか。
例えとしては不適切かもしれないが、これが事態を端的に表現している。

敵の一群と遭遇した場合、殲滅する必要などどこにもない。
倒せなければ、足止めだけでも十分なのである。
その隙に通り抜けるなり、道を変えるなりすればよい。

倒せなくても敵に触れることは出来るのだから、その動きを妨害することは可能である。
1人で無理なら3人で、それでも駄目なら10人で。
数だけはモンスター達とは比べものにならないほどいるのだから、人海戦術でどうにでもなるレベルである。

もちろん軍として機能しなくなるような、最悪の場合も想定せねばなるまい。
いくら軍人の集まりとはいえ、足止めのために死ねと言われて実行出来るかは別問題であるからだ。

しかし、仮にパニックに陥ってしまい、兵達が普段通りの力を発揮出来なくても構わない。
その場所の道幅にもよるが、兵が100人もいればそれだけで肉の壁として立派に機能する。
最悪の事態が1フロアで10回起こったとしても、BF1から30まで道のりは3万人の屍によってレッドカーペットが敷かれるのだ。
後は督戦でもして兵達を迷宮内に囲い込み、逃亡させることなく効率的に使い潰していけば、どんな無能者でもBF30へ到達出来るであろう。

というようなことを冥琳が説明している間中、雪蓮は苦虫を噛み潰したような顔であった。
総大将ではなかったものの、雪蓮の母親も立派な将軍である。
指揮官の一員として、多かれ少なかれそのようなことをしたのは間違いない。

「だから母様が兵達を死なせた責任で処刑されたことは、単なる言い掛かりではないのよ」
「もちろんそうさせたのは、撤退を最後まで許さなかった上層部と皇帝だがな」

「……話の腰を折って悪いけど、なんか以前の説明と違わないか? 軍を小分けにして迷宮探索させたんじゃなかったっけ?」
「BF15まではね。BF16以降で苦戦を強いられた以上、母様達は数の利に頼るしか手段がなかったの」
「でもさ、そもそも大軍だと身動きがとれなくて不利だから、小分けにしたんじゃ?」
「死者を出さないという観点からはその通りだが、それが成り立たなくなったから犠牲を前提とした探索方法になったのは自明の理だろう。一刀、もう少し自分の頭で考えてから質問してくれ」
「……ごめん」

ちなみにこれらの情報を、雪蓮達は母親から直接聞いたわけではない。
皇帝への敗戦報告や生き残った兵の話などを集めて、自らの頭脳でそれらを繋ぎ合せた推測である。
にも関わらず口調が断定的なのは、彼女達が何度も母親の軌跡について考え抜いた証拠だろう。

冥琳が一刀の質問を切って捨てたのには、そういう意味では言葉通りでもあるが、なによりこの話題を打ち切りたいという意図があった。
そんな冥琳の言葉に便乗して、雪蓮が重くなった空気を打ち消すように明るく宣言した。

「なんにしても、私達はその轍を踏むつもりはないわよ、一刀。誰一人として死なせずに、迷宮を制覇して見せるわ!」
「ああ。雪蓮の母御が望んでも出来なかった、王道の迷宮制覇。それがあの人への、なによりの手向けになるだろうしな」
「そのためにも、早く体を治さないとな。2人共、そろそろ眠った方がいいんじゃないか?」
「そうね、そうしようかしら。でもその前に、一刀に依頼があるの。私達が復帰するまでの間、蓮華達を鍛えて欲しいのよ」
「華琳達にも大分差をつけられてしまったしな。ギルドの方は祭殿と穏がいれば、なんとかするだろう。一刀には、残りの5人の育成を頼みたいのだ」

多少の願い事なら叶えてやりたい一刀だったが、精神的にもう限界であり、今回は何が何でも長期間の休みが欲しかった。
そもそもこの数ヶ月で一刀が迷宮へ赴いた回数は、常人の限度を大幅に越えている。
特定のクランに所属せず、かといって複数のクランとは浅からぬ関係である一刀の自業自得ではあるのだが、さすがにそろそろガタが来ていた。
このままではふとした拍子に集中力が途切れ、ちょっとしたミスで命を落としてしまいかねない。

その予兆は、今回の華琳クランとの探索にも出ていた。
道中にやらかした秋蘭へのセクハラが、その証左である。
戦闘時にも平常と変わらぬ余裕と言えば聞こえはいいが、それは一刀が緊張感を失っていると言い換えることも出来るのだ。
一刀の強く休みを欲する気持ちこそが、心と体からのアラームなのであろう。

「ごめん。俺、しばらくは本当に休みたいんだよ」
「そんなこと言わないでよ。ね、お願い」
「雪蓮。無理強いはしないと約束しただろう?」
「でも華琳達がBF25に到達したのよ。落ち着いてなんて、いられないわ。そうだ、一刀。報酬に、私達が退院したらイイコトしてあげるから、それでどう?」

「……イイコト、ですか?」
「そうよ。私達だけで不足なら、蓮華も呼んじゃおうかしら。あの娘だって満更じゃなさそうだし」
「……蓮華も、ですか?」
「こら、いい加減にしないか雪蓮! 一刀、この話はなかったことにしてくれ」

雪蓮の誘いにフラフラと頷いてしまいそうな一刀だったが、冥琳の言葉で正気を取り戻した。
今回は冥琳のおかげできちんと断りを入れることが出来たが、自分のアホさ加減に危機感を覚えた一刀。
このままでは誰かしらの依頼にうっかり応じかねないと、きちんと休暇を取得すべく真剣に対策を考えた。

「……今でも双子って、毎日見舞いに来てるよな? 俺からの伝言を預かって欲しいんだけど」
「構わないわよ。なに?」
「しばらく身を隠すけど心配いらないからって伝えて欲しいんだ」
「ふむ。誘惑に弱いお前のことだ。そうした方がいいのかもしれんな」

「あ、そうだ。見舞いには定期的に来るからさ。どうしてもってことがあったら雪蓮達へ言伝を預かって貰えってのも言っといてくれ」
「うーん、中途半端は良くないわよ? いざと言う時は蓮華達に助力させるから、貴方は何も考えずにゆっくり休みなさい。行く当てはあるの?」
「いや、これ自体が今思いついたことだし。でもなんとかなるだろ」
「む、そろそろ大神官が検診に来るぞ。彼とも会わない方がいいのではないか?」
「そうだな、また何か依頼されても困るし。それじゃ、俺は行くよ。2人共、お大事にな」

こうして一刀は、『贈物』を貰うこともせずに、隠遁生活へと入ったのであった。



予想通りというか案の定というか、とりあえずの所はお気に入りの女の子が働いている風俗店に腰を据えた一刀。
懐の13貫だけでは、宿泊込みで居座るとなると精々3日程度が限界だろう。
『真珠』による金策は可能であるが、大神官を避けているため換金が不可能である。
いや、別の所に売れば金にはなるのだろうが、そこから足がつくかもしれないし、そもそも一刀は少なくともこの休暇中だけは迷宮へ潜りたくなかったのだ。

季衣達の所で金を貰ってくるか、いや、彼女達から居場所が華琳に伝わるのはまずい。
装備品を担保にして雪蓮達に金を借りるか、いや、それもさすがにどうかと思われる。

いっそ地道に働こうかと、『伊吹瓢』を手に取って眺める一刀。
酒を作り出して売り捌くのが本当に地道な商売であるのかと思わなくもないが、歓楽街なだけに需要はありそうだ。
その商談を風俗嬢も兼任している店主の2Pさん、ケロちゃん、キャノ様に持ちかける一刀。
金銭よりも人々の安らぎを重視する良心的な経営方針を定めているだけのことはあり、彼女達は親身になって応じてくれた。

短期の売買契約を結んで貰えた一刀は、更に用心棒の真似事まですることになった。
基本的に歓楽街の治安は悪く、客層も荒くれ者が多かったため、一刀の正義と女の子を愛する心に火がついたのだ。
決して彼女達からベッドの上で可愛くおねだりされたのが主な理由ではない。

一体なんのために身を隠したんだと思わなくもないが、この依頼を引き受けたのはある意味では正解だった。
昼は睡眠、夜は街の警邏と、風俗店に入り浸っているとは思えないほどに規則正しい生活を送ることが出来たからだ。
仕事がなければ昼夜ずっと酒と女の子に溺れてしまい、そこから抜け出せなくなる未来が目に見えている。

そこらの冒険者なら束になっても負けない自信のある一刀にとって、警邏そのものはおままごとのようなものだ。
命の危険性もまったくないため、精神的な休養という意味でも何ら矛盾しない。

そんな生活が続いたある日のこと。

「大変だ、店にゴロツキ共が現れたぞ!」
「「「せーの、四八マーン、助けてー!」」」
「よーし、俺に任せておけ! 四八マン、ゴー!」

この名で呼ばれた当初はそれなりの抵抗があったが、どうせ本名は隠さねばならない。
所詮は源氏名だと割り切った一刀、今やノリノリであった。
店の表に出た一刀が見たものは、ゴロツキ共の前でポージングをした不審者達の姿だった。

「天知る、神知る、我知る、子知る!」
「悪の蓮花の咲くところ、正義の華蝶の姿あり!」
「華蝶の連者、三人揃って!」
「「ゆゆうじょうパパワー」」「……ぱわー」

「ちゃんと揃えろよっ! ていうか、格好つける前にさっさと倒しちゃってくれ」
「ふっ、様式美というものですよ。巷で噂の四八マンともあろう者が、それしきのことも理解しておらぬとは、まったく嘆かわしいことですな」
「あ、そう。で、恋「華蝶!」は、なんでこんなことを?」
「……星「華蝶!」が、ご飯を奢ってくれるって」
「それにまさか、朱「華蝶!」まで加わってるなんて……」
「はわわ、ごしゅ、いえ四八マン様。これには深い理由が……」

朱里は一刀の宿で子供達の講師をしており、その関係で恋とも面識がある。
恐らくその繋がりで星と恋は知り合ったのであろう。
だが華蝶仮面ごっこをするほどの間柄になっていたとは、一刀も知らなかった。

「くそっ、ふざけやがって! やっちまえっ!」

一刀達の気の抜けるやり取りに、ゴロツキ共がキレた。
自分達を虚仮にしているように思えたのであろう。

しかしいくら変な仮面をしていても、中の人は歴戦の猛者である。
そこらの冒険者崩れでは、まったく歯が立たない。
彼等が一方的にやられてしまったのは、当然の結果だった。

縦横無尽に暴れまくる星と恋。
吹き飛ばされる男達。
それに巻き込まれ、崩壊する風俗店。

「どわぁ、壁が崩れたぞ?!」
「あーうー、お店が……」
「なにやってんだよ、お前ら!」

加減を知らない星達の活躍で、現場は散々たる有様となった。
安息の住処を破壊され、怒髪天を突く一刀。
女の子に強く出られない彼にしては、珍しいことである。

(絶対に弁償してもらうからな!)
(はわわ、す、すみませんご主人様!)

後方に控えていた、名乗り担当の朱里に耳打ちをする一刀。
いくら怒っていても、暴力に訴えないのはさすがである。

ゴロツキ共が地に倒れ伏すのと同時に、連絡を受けた行政府の役人達が駆けつけてきた。
「正義の味方はその功を欲しない」などと嘯き、その場を後にする華蝶連者。
彼女達的には、手柄を一刀に譲ったつもりだったのだろう。
だが一刀に残されたのは、不必要に治安を乱した罪であった。

こうしてまたしても行政府に連行されてしまった、前科一犯の一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:143/8000
称号:四八マン

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:62貫



[11085] 第八十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/17 03:04
「おーっほっほっほ、お久しぶりですわね、一刀さん」

豪華絢爛な室内に、麗羽の甲高い笑い声が響く。
そう、一刀が連行されたのは取調室ではなく、なぜか都市長室だったのである。
これは前回逮捕され、冤罪(?)を被せられかけた時のシチュエーションとよく似ていた。

そのことを思い出し、最大レベルで警戒する一刀。
しかし一刀が心に張り巡らせた防波堤は、一瞬で無効化された。

「この件は、不可抗力ですわね。無罪ですわ」
「……は?」
「ですから、無罪と言っているのです」

思いがけない麗羽の言葉に、あっけにとられて周囲を見回す一刀。
そんな一刀の様子に、麗羽の傍に控えていた斗詩と猪々子が捕捉を入れてくれた。

「麗羽様は暴漢が凄く嫌いなんですよ。良かったですね、一刀さん」
「どうみても華麗じゃないからさ、ゴロツキ共って。姫の美意識に合わないんだよな」

では、なぜわざわざ自分をここに連れて来たのか。
そう尋ねる一刀に、麗羽は答えを返した。

「わたしくのムネムネ団が、遂に団員数500人を突破しましたの。そこで貴方を、団長に迎え入れることに致しました。望外の幸運をお喜びなさい」
「……えっと、いくつか質問があるんだが。ムネムネ団ってなんだ?」
「あ、それは麗羽様の親衛隊なんですよ。冒険者さん達を雇っているんです」
「なんで俺が、その団長に?」
「『天意の鎖』の試練を乗り越えたから、姫に評価されてんだよ。あたいと斗詩が副団長だから、これからよろしくな、兄貴!」
「そして私が……一刀、ちゃんと聞いてくれ」

あまりの超展開に頭の回転が追いつかなかったが、それでも質問を繰り返してようやく事態が飲み込めた一刀。
その申し出を反射的に断ろうとした一刀は、しかし直前でその口を閉じた。

(……待てよ。もしかして、これが増税の原因なのか?)

いつかの桃香達の話を必死で思い出す一刀。
その時は確か、麗羽達が冒険者を雇い入れたのはPLが目的だとの情報もあったはずだ。
だがそれにしては500人は多すぎるし、麗羽達のLVも以前と変わっていない。

(って、違う! そんなことは問題じゃないんだ!)
「私が今回、副官に任命された……って、おーい、一刀?」

なぜ麗羽が親衛隊を設立したのか、迷宮攻略が目的なのか、別の意図があるのか。
その理由が何であろうと、今はどうでもいい。
現時点で重要なのは、ムネムネ団500人を集めた結果、税率がアホみたいに高くなったことなのである。
つまりこのムネムネ団こそが、諸悪の根源であるかもしれないのだ。

『シシシシ身中の虫作戦なのじゃ!』

どこかで聞いた覚えのある美羽の言葉が、一刀の脳裏を駆け巡る。
庶民の暮らしのために体を張ろうとは思わないが、宿の子供達の将来を考えるのであれば、この機会を利用しない手はない。
具体的なアイデアまでは浮かんでないが、桃香達の協力を得ることも可能なはずだ。

「わかった。その団長の役目、謹んで拝命させてもらう」
「おーっほっほっほ。やはりわたくしの見込んだ殿方だけのことはありますわね。一刀さん、ムネムネ団の更なる発展に期待していますわよ」

ムネムネ団を大陸一の精鋭にして欲しい。
細かい話は、明日にでも副官と打ち合わせてくれ。
そちらの要求には最大限に配慮する。

そう言い渡され、退出を命じられた一刀。
彼が唯一心配だったのは、肝心の副官が誰なのかまったく分からないことなのであった。



翌日の朝、副官として宿を訪ねて来た人物。
それは予想外なことに、以前一緒にパーティを組んだこともある白蓮だった。

「そういや白蓮って、麗羽に雇われてたんだっけ?」
「ええっ、そこから?! ていうか私も昨日、ちゃんとあの場にいただろっ!」
「……」
「……」
「私、もう帰る」
「あー、いたいた、今思い出した! 凄い存在感だったよ、いやマジで!」

いじける白蓮を宥め賺しながら、一刀は自室へと彼女を招いた。
早朝にも関わらず、室内には既に桃香と朱里、そして雛里の姿があった。
3人を昨日の夜のうちに呼び出した一刀は、前もって事のあらましを説明していたのだ。

一刀達の問い掛けるままに、ムネムネ団の現状の活動と賃金を説明していく白蓮。
その内容を一言で表すと、適当というより他にない。

斗詩の手が空けば街の警邏に駆り出され。
猪々子の気が向けば軍事訓練を施され。
普段は迷宮探索による自己鍛錬のノルマを課され。

それらの仕事をこなすことにより貰える給与は、なんと月に300貫。
多少の贅沢をしても、大人1人が余裕で1年間暮らしていける額である。

但し、ドロップアイテムに関する権利はない。
それに装備の買い換えだってあるし、なにより命懸けの仕事でもある。
団員の大多数が加護持ちであることを考えれば、それほど法外とは言えない金額であろう。

しかし肝心のノルマが、『月に10日以上、BF16以降に潜ること』のみであった。
そのため、無理に迷宮を攻略しなくても普通に給料が貰えるのだ。
つまり冒険者達にとってムネムネ団は、いくらでもサボれる素敵な就職先だったのである。

「というか、いくらなんでもルールがいい加減過ぎるだろ……」
「し、仕方ないだろ! とにかく加護持ちの人数を揃えろって命令だったんだから!」
「それにしても加護持ちって、いつの間にかそんなに増えてたんだな」
「頑張って増やしたんだ! 加護を受けてから、私はひたすらムネムネ団の育成をやらされてたんだよ!」

ギルドの剣奴に加護持ちが出たと聞けば、行って多額の身代金を対価に勧誘し。
街に仕事を探す加護持ちがいると聞けば、行って安定した給料を対価に勧誘し。
迷宮中層で行き詰った冒険者には十分なサポートを餌にし、有望そうな奴隷も購入して自ら育て。
そうやって白蓮は、血を吐く思いで500人にまで団員を増やしたのだそうだ。

「ところで、なんで麗羽はそんなに加護持ちを集めてるんだ?」
「それが、私にも知らされてないんだよ。最初はPLが目的だと思ったんだけど、どうやら違ってたみたいだしな」

ただ単に白蓮が忘れられてるという可能性も否定出来ないが、恐らくは重大な秘密なのであろう。
それを一刀が聞き出すには、団での実績を積んで麗羽の信頼を得るしかない。

「で、俺にはどのくらいの権限があるんだ?」
「活動資金は月に15万貫で、入手したアイテム類も好きにして構わない。それ以外でも、ムネムネ団に関することは一刀に任せるそうだ」
「例えば活動資金を倍にしてくれとか、団員の給料を減らしたいとか、人数を減らしたいとかでも?」
「資金については相談が必要だな。後の2つは、一刀の裁量の範囲内だろう」

もちろん一刀に、資金上乗せの要求をするつもりはない。
それが全て税金に跳ね返って来ることは、目に見えているからだ。
むしろ重要なのは、残りの2つである。

「そしたらさ、明日にでも団員達に色々なことを通達したいんだ。悪いけど、全員を集めてくれないか?」
「随分と急だな。それなら今すぐに動かないと。打ち合わせはもういいのか?」
「知りたいことは大体聞けたし、もう十分だ。それじゃ頼んだぞ」
「ああ。同僚としてこれからよろしくな、一刀」

急ぐ必要もないのに全体集会を明日に設定したのは、無論この場から白蓮を追い出すためである。
如何に桃香の友人とは言え、白蓮は麗羽側の人間であるのだから、ここから先の策謀を聞かせるわけにはいかない。
一刀達にとっては、今からが本当の会議なのだ。

「とにかく、人件費を減らすしかないと思うの」

という桃香の意見は、全員一致で是とされた。
だが、これはそう簡単な話でもない。

まずリストラについては、真っ先にボツである。
なぜなら麗羽は、団員が500人の大台を超えたことを誇っていたからだ。
いくら人数調整が一刀の権限内だとは言え、減らすことによって彼女の不興を買ってしまうかもしれない。
それで一刀が団長をクビになれば、再び団員数が増やされて元の木阿弥である。

では皆の給料を下げればいいのかと言えば、それほど単純にはいかない。
「今日から全員の給料50%カットね」などと告げられて、モチベーションを維持出来る人間などいないからだ。
それでは麗羽の希望する精鋭部隊など出来ようはずもないし、当然一刀も地位を追われることになるだろう。

「でもさ、現時点での人員削減が絶対に出来ないんだったら、もう給料カットしかないんじゃないか?」
「ご主人様、その減らし方を工夫する必要があるんです」
「今の均等配分を止めて、能力と成果によって差をつければ……」
「雛里ちゃん、それってどういうこと?」

・LVによって基本給を決める。
・ドロップアイテムの所有権を認め、それらを通常より高く買い取る。

これが朱里と雛里の考えた、新しい給料体系の主軸である。
つまり前者が能力、後者が成果というわけだ。

高いLV者であるほど、そしてドロップアイテムを沢山持ち帰るほど、給料が上がるシステムに変える。
そうすることで、人件費を抑えつつ団員のモチベーションを上げようという意図だった。

限られた上位者には、結果的に今までより高い給与を支払うことになるだろう。
というよりも、そのくらいで設定する必要がある。
「頑張れば今までより給料アップしますよ」という建前が欲しいからだ。

基本的なベースを適切に定めれば、15万貫のうち20~30%は経費削減が可能であろう。
もちろんそれを上限に近づけるためには、机上の計算だけではなく実地で調整していかねばならないが。

「後は浮いたお金の分だけ税金を下げて貰うように、麗羽さんにお願いすればいいよね」
「いえ、桃香様。その方法は不確実です」
「でもさ、ちゃんと話し合いをすれば、麗羽さんだってきっと分かってくれるよ」
「けれど人員を倍にするなどと言われたら、打つ手がなくなっちゃいます」

真剣に討論を重ねる桃香と朱里。
その横では一刀も、雛里を相手に意見を戦わせていた。

「んじゃ、余った分を直接みんなにバラまくとか?」
「そうするには、全然足りないです……」
「なんでだ? 税を下げる代わりに返金するんだから、桃香達の話と変わらないだろ?」
「同じ額でも行政の減税だったら、民達の希望に繋がると思うんですけど……」

一刀に任されたのは、ムネムネ団の運営である。
市民への人気取りだと説明すれば余った資金をバラまけなくもないが、所詮は桃香達が現在個人でやっている食糧配給と本質的に変わらない。
金銭を支給しても苛酷な税に変化がないのでは、明るい未来を抱くことは難しい。

「ですからそのやり方で皆を救うには、もっと沢山の資金が必要かと……」
「じゃあさ、扶養してる子供1人辺りいくらって感じにしたらどうだ?」
「そんなの絶対ダメです! あっ、ごめんなさい、ご主人様……」

対象者を選別する方法は、不公平であり不正も横行しかねない。
なによりも、現在の洛陽市民は基本的に貧乏なのだ。
配られたお金をあぶく銭だと浮かれて使ってくれるとは思えない。
堅実に貯蓄され、日々の生活に細々と転用されるのが目に見えている。
活発な貨幣流通など到底期待出来ず、結局全員が貧困から抜け出せないだろう。

「それじゃ、屯所を作ったらどうかな? そしたらお給料って形で渡せるし、出来上がったら団員さんを配属すれば無駄にならないよ」
「確かに、洛陽の治安はあまり良くありませんから……」
「ん? もしかして、それで朱里は華蝶仮面をやってたのか?」
「はわわ、そ、そんなことより、今は桃香様の案でしゅ!」
「あわわ、朱里ちゃん、噛んじゃってるよぉ」

建物を作るには材料と人手が必要であり、そこに需要や雇用が生まれる。
一刀達が支払う材料費や賃金は、職人達の食事や服、仕事道具へと変わるだろう。
職人達が商店街に落としたお金は、いずれ店舗の補修などで彼等へと戻るはずだ。
そうやって金銭の流れを作ることにより、一刀達が最初に支払った額の何十倍もの経済効果が生まれるのである。

「しかも探索から戻ってきた団員を遊ばせとかないで済むし、治安も良くなって一石三鳥ってわけか。さすが桃香、賢いなぁ」
「えっへん。だけど問題は、団員さんの休息が足りなくなっちゃうかもしれないことだよね」
「いや、ほとんどが加護持ちって話だから大丈夫だろ。俺も最近ずっと用心棒みたいなことをやってたけど、全然楽だったし」

探索後に休息を欲する理由の大部分は、死と隣り合わせでない時間が必要だということである。
そういう意味では、極度に緊張する必要のない屯所での待機は休息と見なしても問題ない。
むしろメリハリのある生活を送れる分だけ、普通に長期休暇を与えてダラダラさせるよりも精神的な疲労回復が見込めるはずだ。

なかなか良いアイデアに思えた桃香の案だったが、しかし結局は保留となった。
朱里と雛里には、それを実行する前に試してみたい策があるのだそうだ。

「それってどういう作戦なんだ?」
「色々な意味で、非常に危うい策なんです。聞いてしまえば、私達とは一蓮托生ですよ。……ご主人様、覚悟はよろしいですか?」
「あ、じゃあ別に知らなくてもいいや」
「そんなあっさり……」

好奇心を満たすために無駄なリスクを増やす趣味など、一刀にはない。
それによく考えてみれば、一刀は出来る限り情報を持たない方がいいのだ。
なぜなら彼は、これからしばらくは麗羽サイドとの接触を持たねばならないからである。

一刀は策の詳細を朱里達に丸投げし、自分に必要だと思われる今後の方針のみを彼女達と打ち合わせた。
こうして、つかの間の隠遁生活に別れを告げた一刀なのであった。



逃げ隠れする必要がなくなった一刀は、大神殿を訪れた。
そこで得た『贈物』は、一刀的にはこれまでのどんなアイテムよりも素晴らしい物だった。
『崑崙のピアス』と銘の付けられたそれを耳に装備した彼のステータスに、これまでずっと欲して止まなかったとあるパラメーターが追加されたのである。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

更にピアスの効果なのであろう、MPが30に増えていた。
折角ゲームの世界に来たのだから、一度くらいは魔術を使ってみたかった一刀。
そんな彼にとっては、最高の『贈物』だったと言える。

武器スキルの場合、説明文には『敵』と表記されている。
パーティを組んでいない時でも仲間にはカーソルが点滅しなかったことから、『敵』というのはモンスターだけを指しているのだろう。
それに対して『覆水難収』は、『相手』という記述である。
これは【封神】と同じ表現であり、恐らく誰に対しても使用出来るのだと思われる。

魔術の実験なのだから、後衛に付き合って貰った方がいいだろう。
そう思った一刀は、宿にいた月と詠に協力を申し込んだ。

「頼むからヤらしてくれよ。ほんのちょっとだけカケさせて貰えたら、満足だから。痛くしないからさ」
「へぅ、ご主人様。体だけが目当てなんて、最低です」
「ずっと音沙汰なしだった癖に……」

心優しい月に冷たい視線を浴びせられ、普段はキツめの詠に涙目で睨まれる一刀。
非常に珍しい彼女達の反応に一刀は混乱し、思わず本音を口走ってしまった。

「しかし俺の紳士的な申し出にも関わらず、2人の反応は芳しくなかった。ふしぎ!」
「ご主人様、一体誰に向かって……」
「このっ! ふざけんじゃないわよっ!」
「ちょ、痛っ、ごめん! デコはやめて!」

詠に叩かれながらも、一刀は無沙汰の詫びを入れた。
絶対に許さないという構えをみせた月と詠だったが、惚れた弱みというものであろう。
「寂しい思いをさせてごめん」と謝る一刀の抱擁に、つい色っぽいため息で応じてしまう月達なのであった。

「と言うわけでさ、はむっ、魔術の実験に協力して欲しかったんだ。かぷっ、いやらしい下心なんて、全然なかったんだよ」
「へぅん、耳たぶはダメです……」
「ちょっと、本当に誤解だったんでしょうね?」
「ごめんごめん、久しぶりの月を堪能し足りなくて。もちろん詠もだけどさ」

ぷにぷにとした詠の頬を口で啄ばむ一刀。
一瞬だけ目を細めて気持ち良さそうにした詠だったが、直ぐに顔を背けて一刀から逃れた。

「そうじゃなくて、魔術を試したいんでしょ! 自分で話を脱線させてどうするのよ!」
「魔術なんかよりも、詠や月と仲良くする方が優先度は高いしなぁ」
「……馬鹿。それじゃさっさと終わらせて、ボクと月をたくさん可愛がって」

その言葉だけで実験どころではない一刀だったが、真面目な月と詠に諭されてしまった。
もう何でもいいから終わらせてしまおうと、呪文を詠唱する一刀。

「覆水難収……あれ?」
「ご主人様、ただ言うだけじゃダメなんです」
「精神を集中して、その呪文が心に浮かび上がった時に口にするのよ」
「なるほどな。もう1回やってみる」

≪-覆水難収-≫

そう唱えた一刀の魔術は、今度こそ発動した。
一刀の全身から放たれた淡いブルーの光が、一直線に詠の胸へと吸い込まれる。

「大体10秒くらいの集中が必要なのか」
「使う呪文によっても変わるんですよ、ご主人様」
「へぇ、そうなんだ。で、詠の方はどんな感じだ?」
「少し違和感がある程度よ。この違和感を感じている間は、ボクに回復魔法やアイテムは効果がないってこと?」
「多分な。違和感が無くなったら教えてくれ。時間を計ってるから」
「……このままじゃ、確認出来ないわね。少し体を傷つけてみようかしら」
「絶対ダメ!」

などと話している間に、詠の違和感も取れたようだ。
時間にして約1分。
これが長いか短いかは、実戦で使ってみなければ分からない。

「というか、使う機会なんてあるのかな? 体力を回復してきたモンスターなんて、見たことないんだけど」
「これからのことなんて、誰にも分からないわ。だから大切なのは、いつでも使えるように練習しておくことよ」
「ああ。といっても、3回しか使えないけどな。あれ、そういえば……ごめん、もう1度やらせてくれ」

再び呪文を詠唱する一刀。
先程の光景が繰り返され、一刀のMPは残り10となった。

「……やっぱり。精神的な疲労をまったく感じない」
「それなら多分、その魔力が借り物だからじゃないかしら」

今の一刀に備わっているMPは、あくまでピアスの効果によるものである。
従って、一刀自身の精神力ではない。
つまり30というマジックポイントは、一刀の精神に別枠で間借りしているようなものなのであろう。

「だから限界まで使っても気絶はしないけど、休んだりアイテムを使ったりすれば回復はするんじゃないかと思うの。あくまでもボクの推測だけどね」
「ピアス自体に魔力が宿ってて、それを消費しているって可能性は? それだと何か別の手段を見つけないと回復しないかも」
「それはないと思います。だって、ご主人様自身に魔力が備わっているんですよね?」
「どちらにしろ、今日寝てみればわかるでしょ。考えるだけ時間の無駄よ」

結果的に、彼等の疑問は翌日になっても解けなかった。ふしぎ!



黄色く見える太陽の眩しさに眼を細め、腰の痛みを覚えつつも行政府に向かった一刀。
元宮殿だけあって、500人が一堂に会する場所には困らない。
朱里達のアドバイス通り、さっそく一刀は彼等を班分けしていった。

MP持ちを除いて5人ずつ組ませ、全部で100斑となるように人数調整する。
彼等自身に班長を選ばせ、一刀はその中から有名そうな加護神の順に20名を選出した。
これは、MP持ちが同じような人数だったからである。
つまり選んだ20名を小隊長として、彼等の斑にMP持ちを配属したのだ。

小隊長斑を含めた5斑で1小隊とし、10小隊で1中隊250名とする。
中隊長はもちろん斗詩と猪々子である。
迷宮探索は小隊単位で行わせ、探索や訓練のスケジュールは中隊内で調整させる。
つまり斗詩達は探索要員ではなく、管理職としての役割を果たさねばならないのだ。

そしていよいよ肝心の、実質的な給料削減の通達である。

「給与体系は今説明した通り、完全な実力主義に変える! 財を築きたければ、能力を示せ! お前ら自身の手で、富を掴み取れ!」
「……なんか凄いね、一刀さんって。相当な実力がないと、あんな風には言えないよ」
「ああ、斗詩の言う通りだ。あたいもサイキョーだから、兄貴の言葉の重みが分かる!」

普通なら反発されそうな一刀の演説だったが、無駄に高いCHRの効果もあったのだろう。
そこかしこで気勢が上がり、ムネムネ団は大いに盛り上がった。

(あの大人しい雛里が、よくこんな過激なセリフを思いついたな……)

演説用のアンチョコをこっそり懐に戻す一刀。
ここから先は一刀がなにもしなくても、各自で勝手に強くなってくれるはずである。

「というわけで白蓮、俺はそろそろ帰るからさ」
「おいおい、まだ各小隊が迷宮へ潜る順番とか、小隊長を集めたミーティングとか、色々あるじゃないか」
「さっきも言ったけど、各小隊間の擦り合わせは中隊長に任せるよ」
「でも小隊内のコミュニケートとか、連携訓練とかさ」
「それは小隊長の責任範囲だって。班内の戦術決定なんかは、当然班長の役割だぞ?」
「も、もしかしたら、一刀じゃないと分からないことだってあるかもしれないだろ!」
「そういう話を分かりやすく纏めて俺の所に持って来るのが、副官の仕事なの。じゃ、そういうわけだから。頑張れよ、白蓮」

一刀に残された出番は、余程の大問題が起こった時しかないだろう。
そのために班長、小隊長、中隊長をでっちあげたのだ。

一足先に宿へと帰り、果報を寝て待つことにした一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:30/0(+30)
WG:80/100
EXP:143/8000
称号:○○○○

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:60貫



[11085] 第八十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/29 01:36
「この戦利品の数を見てくれよ、一刀!」
「……ああ」
「お前の演説で、あいつらもやる気を出したんだろうな。今までとは比べものにならないよ!」
「……そっか」

ムネムネ団の戦果を嬉しそうに報告する白蓮。
そんな彼女に対して、生返事で応じる一刀。

一刀の態度に眉を顰める白蓮だったが、その不満を飲み込んで言葉を続けた。

「死傷者がもっと増えるかもと思ってたけど、それほどでもなかったし。探索を小隊毎に固めたのが良かったみたいだ」
「でも、やっぱり死んだ奴もいるんだよな」
「そんなの当たり前だろ。ピクニックに行ってるんじゃないんだから」
「……」

もちろん一刀だって、1人も死なないなどと思っていたわけではない。
ムネムネ団500人が迷宮探索に向かったのだから、脱落者が出るのは当たり前である。
そもそも今までだって死者は出ていたのだし、白蓮の言う通りそれが殊更に増大したわけでもない。

尤も今回の場合、その死傷者の発生が一刀の演説と全く無関係だとは言えないだろう。
それでもあれは必要だったと、一刀も納得した上での煽りである。
自分の扇動で他人が死ぬ、そんなことは当然一刀にだって分かっていた。
だが実際に他人の命を背負う重さの前では、そんな理屈など何の足しにもならない。

(あいつら自身が迷宮探索することを決めたんだから、全部自己責任だ……)
(俺は無理しろなんて、一言も指示してない……)
(もともとは団長だって、スパイ作戦なんだし……)

どんなに言い訳を重ねても、心の重圧が消えない一刀なのであった。



冥琳と雪蓮が倒れてから1ヶ月余り、ようやく完治したとの連絡が来た。
彼女達の退院祝いに華を添えようと、いつもの魚に加えて貝類も供給すべく一刀は蓮華や思春と共にBF5の海岸へ向かった。
BF5の海岸の端には膝下程度の浅瀬があり、そこではシジミやアサリ、ハマグリなどが採れるのである。

ちなみに、なぜわざわざ一刀達が貝類を取りに来たのかと言えば、貝類はギルドでの流通がないからである。
その原因は、一定確率で釣れるモンスターの存在にあった。
確実に敵が存在する危険な海に足を踏み入れる者など少数派であるし、所詮は貝類なのでリスクに見合うほど高値で売れるわけでもない。
一部の好奇心旺盛な冒険者達により貝類の存在は早くから知られていたものの、そういった理由でギルドでもあまりお目にかかれない品となっていたのだ。

【魚群探知】や【魚釣り】も貝類には効果がないため、底冷えする海の中でシジミトゥルルと頑張っている一刀。
その行動とは裏腹に、彼の心は沈んだままであった。
不意に襲ってきた『マリンマイマイ』を瞬殺し、一刀は暖をとるために岸へと上がった。

「ほら、さっさと火にあたれ、一刀」
「ありがとう、思春」

思春に差し出された手ぬぐいで濡れた手足を拭き、たき火の前で熱いほうじ茶を啜る一刀。
その様子を一瞥した思春は、すっくと立ち上がった。

「さて、今度は私が行く。一刀、火の番を頼むぞ」
「了解」

危険を冒してまで貝類を採ろうとする者などめったにいないため、今も周囲は無人である。
そのため大胆に服を脱ぎ捨ててふんどし姿になった思春は、引き締まったヒップを揺らしながら浅瀬へと向かった。
後光が射しても不思議ではない魅惑の後姿に、思わず両手を合わせて拝む一刀。

「何をやっているのよ、一刀」
「あ、いや、なんか御利益がありそうだったからさ」

いつの間にか傍に来ていた下着姿の蓮華を、慌ててビッグサイズのタオルで包み込む一刀。
濡れそぼった肢体をタオルごと抱き寄せ、冷えきった肌を優しく擦るようにして暖める。
これは恋人である思春への対応と全く同じであった。
2人のやり取りを蓮華が羨望の眼差しで見つめていたことに気づいた思春からの指図である。

嫌がられるかもとドキドキした一刀だったが、蓮華はすんなりと受け入れてくれた。
時折くすぐったそうに身をくねらせならが、一刀に尋ねる蓮華。

「御利益って、何を願ったの?」
「安全祈願かな。迷宮探索は危険だから」
「……思春のお尻に?」
「ああ。後は蓮華の下乳にも祈れば完璧だ。あ、いや、変な意味じゃないぞ」
「じゃあどんな意味なのよ?」
「眼福っていうだけあって、幸が多そうかなぁと」
「……やっぱりエッチな意味なんじゃない」

言葉は非難するような内容だが、蓮華の口調は穏やかであった。
どこか変だった一刀がいつもの雰囲気に戻ったのを、蓮華は敏感に察したからだ。
この機会を逃さず、なぜ一刀が落ち込み気味なのかを優しく問い掛ける蓮華。
誰かに話すだけでも気が楽になるからと蓮華に言われ、一刀はムネムネ団の事情を説明した。

「迷宮探索なんだから、全員が無事でいられる保証なんて誰にも出来ないわ」
「わかってる、そんなことはわかってるんだ!」
「……一刀」
「でも、もし俺が団長にならなかったら死ななかった奴らだって、絶対にいるんだよ……」

普通なら、弱音を吐く一刀の横面でも張って渇を入れる場面であろう。
だが蓮華は、彼の言い分に共感を覚えてしまっていた。
なぜなら雪蓮が倒れていた1ヶ月ちょっとの間、蓮華もまたギルドの責任者として剣奴達の命を預かっていたからである。

多少おかしいと思う所には目を瞑って現状の通りに運営すれば、問題が出たとしても蓮華の責任ではない。
だがそうするには、蓮華は生真面目過ぎた。

テレポーター警備のローテーションを変更したり。
強制参加の訓練日を創設したり。
給料体系に階級制度を導入したり。

祭や穏と相談しながら、自分が良いと思う案を実行していった蓮華。
主目的が経費削減だった所まで、一刀と同じであった。

結果的に剣奴達への負荷が増し、そのために命を落とした者もいたのではないか。
もし自分が余計なことをしなければ、今頃生きている者もいたのではないか。

そう、蓮華もまた、今の一刀と同じ悩みを抱えていたのだ。
だが思慮深さと決断力に優れていたと伝えられる孫権の加護を持つ少女は、それでも前に足を踏み出す強さを心に秘めていた。

「凡人の私達には失敗なんていくらでもあるわ。姉様のように天に愛された才能を持っていないのだから、それは仕方ないことよ。それでも私達には、出来ることがある」
「出来ること?」
「失敗を挽回して、次に繋げる努力よ。貴方は団員の死傷者が出た問題を、まさかそのままにしておくつもり? それだけは、上に立つ者として絶対に許されないわ」
「でも、500人もいるんだぞ? 俺1人で、何が出来るって言うんだ!」
「頭を使って、人に協力を求めて、それでも駄目なら体を張るのよ!」

一刀に怒鳴り返し、そのまま彼の頭を強く抱き寄せる蓮華。
そうして一刀の耳元で、蓮華は静かに言葉を紡いだ。

「才の足りない私達が姉様達と並ぶためには、努力を怠ってはダメなのよ、一刀」
「蓮華……」
「一緒に頑張りましょう、一刀。貴方は決して1人きりではないわ」

蓮華の頬に手を当て、その唇に顔を寄せる一刀。
そんな一刀の仕草に、蓮華もそっと瞼を閉じた。

パチパチと火の粉が弾ける音に、たちまち粘膜の奏でる淫靡なリズムが加わる。
BGMにはそれらを包み込むような波の飛沫と、その全てを切り裂くような鈴の音。

……鈴の音?

「ほら一刀、そこの岸壁で取れたウニだ」
「痛っ、ちょ、ウニを背中に押し付けないでっ」
「はぷっ、あ、一刀、やめちゃダメよ。もっと舌を吸って……」

普通のラブコメであれば、ここがオチの場面であろう。
しかし一刀には、風俗店で培ったSM経験があった。
キャノ様とのオンバシラプレイに比べれば、ウニの痛みを快感に変換することなど朝飯前である。

背中に刺さるウニをそのままに、蓮華と唾液を交換しつつ思春の濡れたふんどしを捲り上げる一刀。
やがて重ねられた舌が3枚となり、遂には3人の影が1つになった。

こうして蓮華と思春の献身により、憂鬱を吹き飛ばすことに成功した一刀なのであった。



団長としての責任に目覚めた一刀は、今まで直視出来なかった団員達の死因について調査を始めた。
その結果分かったことは、ヘルハウンドによって頸動脈をやられる団員の多さだった。

小隊単位での行動を課しているため、人数的に不利な戦闘は発生しない。
そのためダメージ的に追い込まれても十分にフォローが効くし、必ず魔術師が1人以上いるので回復も可能である。
一方で団員達のほとんどが男なこともあり、彼らが有力な加護神を得られているとは言い難い状態であった。
LVの近い斗詩や猪々子などと比べて格段に落ちるHPを見ても、そのことは分かる。

つまり一刀達であれば多少の不意をつかれても対処出来るヘルハウンドの急所攻撃が、団員達には致命的であったのだ。
更にHPが低い分だけ攻撃を受けてから死亡するまでに手当てをする時間的な余裕がないということも含め、2重の意味で団員達にとってヘルハウンドは天敵なのである。

逆に言えば、急所さえ守れれば死傷者が大幅に減るに違いない。
そう考えた一刀は、沙和を臨時に雇い入れた。
材料は団員達から買い取った戦利品の『ミスリルインゴッド』や『滑らかな皮』が腐るほどある。
これらを使ってムネムネ団制式首輪を作成し、団員達への購入と装着を義務付けようという狙いだった。
有料だと団員達からの不満が出るかもしれないが、一刀だってむさいマッチョ達が首輪をつけて喜ぶ姿など見たくないのだから、お互い様であろう。

「それはお互い様って言わないのー」
「なんでだよ。奴らが我慢する分、俺だって我慢するんだぞ? あ、女の子用は、もうちょっとデザインを考えよう」
「……隊長、十分楽しんでるのー」

小隊長用、班長用、一般隊員用をそれぞれ男女別にデザインして各1つずつ制作したら、沙和の仕事は終了だ。
もともと大量生産を視野に入れているため、サイズは調整が可能なように設計されている。
そのため一刀はこれらを見本に、街の防具屋に量産を依頼することが可能だったのである。

「ところで沙和達って、今忙しい?」
「ううん、のんびり休暇中なのー」
「それじゃしばらく俺に雇われてくれないか?」
「沙和はOKなの! 凪ちゃん達も、多分大丈夫だと思うのー」

一刀に出来ることは、首輪の配給だけではない。
凪達を雇い入れた一刀は、迷宮内の身回りも積極的に行おうと考えていた。
つまり、自らが率いるレスキューチームの結成である。

頭を使い、周囲に助けを求め、体を張る。
こうして一刀は、ムネムネ団の団長として日に日に成長していった。



東に苦戦する小隊がいれば。

「熱くなれよ! 熱い血潮を燃やしてけよ! どうしてそこで攻撃やめるんだ、そこで! お前等ならやれるって! もっともっと、熱くなれよおおおっ!」
「もっと熱くなるのー!」

CHRの高い一刀の熱い声援と、沙和の【罵声】による能力補正で団員達を発奮させ。


西にトラップに引っ掛かった小隊がいれば。

「はあっ! ご無事ですか?」
「ここの『槍衾』は、ウチが塞いどくわ」

団員達が引っかかったトラップを凪が【氣功】で吹き飛ばし、真桜が二度と発動しないように手を加え。


南に道に迷った小隊がいれば。

「諦めんなよお前! PTメンのこと思ってみろって! ずっと探索してみろよ! 絶対いつか出口に辿り着ける! だからこそ、ネバーギブアップ!」
「ネバーギブアップなのー!」

敢えて道を教えずに、冒険者としての能力を育て。


北に大怪我を負った小隊がいれば。

「大変だ。真桜、早く『傷薬2』を!」
「救護院でならくっつくかもしれんし、念のため腕も持ってった方がええで。いざとなったら、ウチが義手を作ったるから」

団員達を地上まで護送して、宿にいた月に『再生の滴』を唱えて貰い。


連日のように迷宮へと潜って団員達を救助する一刀達。
死線を潜り抜けたムネムネ団は、ますます精強さを増していった。

ところが全てが順調なように見えて、実は1つだけ問題があった。
それは凪達の給料である。
浮いた資金は全て朱里達が回収しているので、ムネムネ団に金銭的な余裕はまったくない。
策に使う費用であるとのことなので仕方がないが、そのため凪達はずっとロハで働かされていたのだ。

凪達と結成したレスキュー隊は、言ってみれば一刀の心の贅肉である。
なぜならその活動をしなくても、朱里達の策謀になんら影響が出ないからだ。
1貫でも多く欲しいと身銭まで切っている朱里達に余分な人件費の請求も出来ず、かといってさすがにこのままではまずいと思った一刀は、一計を案じた。

現在、全てのドロップアイテムは売値の1.5倍で団が買い取りをしている。
売るか売らないかは各人の自由としているのだが、大半の団員が換金を希望したために在庫はたっぷりとある。
基本的にそれらはギルドにまとめ売りをして団の運営費に回すのであるが、朱里達の高い知略はそれらも含めた利益を割り出してしまうため、普通なら余剰金は生まれない。

そこで一刀は、華琳に『黄銅の短剣飾り』の商談を持ちかけたのである。
2ヶ月程前に迷宮探索を行った時、彼女達のクランには『黄銅の短剣飾り』が不足していたはずであった。
もしそれが未解決であれば、きっと高値で購入してくれるに違いないと一刀は考えたのだ。

一刀の目論見通り、華琳は『黄銅の短剣飾り』を売値の倍である1個5貫で大量に購入してくれた。
華琳にとってもギルドの非売品である『黄銅の短剣飾り』を入手出来るのは美味しいチャンスであり、売値の2倍程度であれば格安と言ってもよいくらいだった。

(これなら、凪達に今までの分の給料まで払えるな)

ほっとする一刀の目に、ふと華琳のパラメータが映った。
不可解なことに、華琳は2ヶ月前と同じLV24のままであった。
BF25の海岸を拠点としていれば、今頃LV26くらいになっていてもおかしくない。

「ところで、最近は迷宮探索に行ってないのか?」
「……実はね、かなり苦戦しているの」
「なんでまた?」
「貴方達4人がいないと、前衛不足でローテーションが組めなくて。だから、BF25まで辿り着けないのよ」

『バミュータの宝玉』で荷物持ちの必要はなくなったが、それでもまだ人員が足りないのだと言う。
特に夜営が困難だそうで、かといってLV24の華琳達ではBF25海岸まで強行突破するにも戦力不足であるらしい。

「BF24に到達した辺りで前衛の体力が尽きて『帰還香』を使うのが、すっかりパターンになってしまったわ」
「……華琳達でもそうなら、雪蓮達も相当苦戦してるだろうな」
「あら、貴方は知らないの? 雪蓮クランは桃香クランとしばらく前に同盟を結んだのよ。雪蓮達が退院した直後くらいじゃなかったかしら」
「そうなんだ?」
「ええ。どうやら彼女達もBF24までは到達出来たみたいよ」

ここ最近で突出した実力を持つに至った華琳クランに対抗するため、とうとう彼女達もなりふり構っていられなくなったらしい。
その結果、彼女達は今や華琳クランに迫る勢いで迷宮攻略を進めているそうだ。

「なら、華琳も月達の漢帝国クランと同盟を組んだらどうだ? あそことは以前一緒に迷宮攻略してたんだろ?」
「あの時と今では状況が違い過ぎる。もうBF25なのよ? パイは1つなのにこの段階で同盟なんて、どう考えても不可能だわ」

雪蓮と桃香はどうやって同盟の条件に折り合いをつけたのかしら、と考え込む華琳。
その様子を見つめる一刀の目が、不意に顔を上げた華琳の目と合った。

「今日、私を貴方達が訪ねてきたのは、まさしく天祐よ。凪、沙和、真桜、一刀。私の生きる道を、今からは貴方達も共に歩みなさい!」
「華琳さん……」
「私はこの命で、一遍の詩を紡ぐ。誰よりも勇壮で、誰よりも果敢で、誰よりも雄大な、そんな人生の詩を」
「か、格好いいのー」
「2000年の後まで語り継がれるであろう私の生き様、貴方達はその詩を彩るに相応しいわ」
「壮大なスケールやな……」
「決して後悔はさせない。私の名と一緒に、永久に不滅の存在となるのよ!」
「……」

(というか、俺は既にムネムネ団に就職してるし……)

空気を読んで口には出さなかったが、一刀は少なくとも現時点で華琳クランへの加入は出来ない。
『炎の妖精』と自分を慕ってくれる団員達に対する裏切り行為になるからである。
麗羽陣営の2枚看板である『大妖精』斗詩、『氷の妖精』猪々子と並び称されるまでになった一刀には、それなりの責任があるのだ。
いずれは決別する時が来るだろうと思ってはいたが、それが今でないことは明らかだった。

かといって、3人娘の行動に口を挟むつもりも一刀にはない。
加護神から考えると凪達は華琳クランに加入した方がいいように思うが、結論は彼女達自身で出せばいいのである。
例え彼女達が華琳に否と答えても、一刀は加護神うんぬんを持ち出す気もなかった。

一刀達に答えを求める華琳。
凪達も一刀の返事を待っている。
一刀は彼女達の思考を傾けさせぬよう、慎重に言葉を選んで返答した。

「悪いけど、俺は仕事があるから無理だ。それから凪達との契約は、今日で打ち切らせて貰うからさ。後は自分で考えて返事をしてくれな」
「隊長、自分達がいなくても大丈夫なんですか?」
「協力者の当てなら他にあるから、こっちは心配いらないよ」
「沙和、隊長と一緒にクランに参加したいのー」
「我儘を言うなよ。そういうのは、自分で決めるべきだぞ」
「うーん、隊長がおるなら、ウチも文句なしやったのに……」
「俺と一緒に働きたいってのが最終決定なら、団で再契約してもいいさ。とにかく自分がどうしたいのか、今晩じっくり考えてみてくれ」

一刀自身は、華琳の言葉に共感出来ない部分が多かった。
名を残すということにそれほどの価値を感じなかったし、そのために命を賭けるのも嫌だったからだ。
それでも華琳と共に歩む人生というのは、それはそれで面白そうだとは思う。
少なくとも宿屋の主として平穏無事な一生を終えるという人生設計を放棄してもいいかも、と思わせるくらいの人物的な魅力が華琳にはあった。

タイミングさえ合えば、もしかしたら了承していたかもしれない華琳からの提案。
それが一蹴されたことは、大げさに言えば華琳に天の時が未だ訪れていないことの証明であったのかもしれない。

翌日、申し訳なさそうに華琳クランへの加入を伝えに来た凪達。
このことにより、また迷宮攻略の局面がガラリと変わることになるだろう。

そんな予感を抱きつつ、その大きな歴史の変動からすっかり置いてけぼりの一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:30/0(+30)
WG:80/100
EXP:143/8000
称号:炎の妖精

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:32貫



[11085] 第八十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/22 00:13
凪達が去ったため、新たなレスキュー隊員を補充しなければならない一刀。
だが残念ながら、斗詩や猪々子に凪達の代わりを務めることは出来ない。
どんな高級装備に身を包もうとも、彼女達では絶対的にLVが足りないからだ。

以前、華琳クランから『装備強化クエスト』の依頼を受けた時。
一刀自身の武器も大幅に強化された結果、気づいたことがあった。
それは、ステータス表示上の攻撃力や防御力だけが戦闘能力ではないことである。

確かに武器強化によって、戦闘が随分と楽になった。
一方でLVがアップした時も、武器強化に勝るとも劣らない戦闘力向上の効果があったのだ。
単純にステータスだけを比較すると、前者の方が圧倒的に加算されている。
しかし結果的に両者の差は、体感だとそれほどの開きを感じない。

この事実は、LV自体が戦闘力補正のパラメータであるということを示している。
つまり低LV者が最強装備で迷宮攻略をするよりも、高LV者が初期装備で迷宮攻略をする方が有利であるということだ。
尤も経験値テーブルの仕組みを考えると、前者はすぐにLVアップしてしまうため、実際に比べてみることは出来ないが。

システム上こういったLV依存方式のRPGは珍しくないが、今回の場合はそれがネックとなっていた。
かといって斗詩や猪々子を一刀だけでPLすることも出来ないし、やはりここは外部の力を借りるしか方法はなさそうだ。

一刀が頼った先、それはもちろん桃香クランである。
もともと一連の活動は桃香達との共同作戦なのだし、いくら策には直接的な関係のないレスキュー隊とはいえ、人のいい彼女達であれば否とは言うまい。
雪蓮達との同盟で忙しそうなのは誤算であったが、それでも桃香クランの人数の多さを考えれば、数人の融通くらいなんとでもなるというのが一刀の計算だった。

「じゃあ私がご主人様のお手伝いをするね。雪蓮さん達との探索だったら、愛紗ちゃんと朱里ちゃんがいれば……」
「駄目に決まってるでしょう、桃香様!」

乗り気だった桃香の色良い返事は、しかし愛紗よって即座に否定されてしまった。
雪蓮達との話は、紛いなりにも洛陽を代表する最有力クラン同士の合同探索なのである。
一刀の依頼とは規模が違い過ぎるし、愛紗の判断も当然であった。

もし桃香がいなければ、向こうに一方的に主導権を握られてしまうかもしれない。
また明確な決定権を持つ人間がいないと、クラン間で想定外の問題が起こった場合に困ってしまう。
桃香の言う通り、愛紗と朱里がいれば多少の調整はきくであろう。
だがあくまで他クランとのやり取りである以上、いつものようにナアナアで済ませるわけにはいかないのだ。

「でもご主人様の方だって、人の命を守る大切なことだもん! 私も協力したいの、お願い、愛紗ちゃん」
「そのお志は立派ですが、桃香様には果たさねばならない役割があるのです」
「無理に桃香じゃなくてもさ、他にこっちに協力してくれそうな子って、誰かいないのか?」
「ここにいるぞー! ……って、あれ?」

一刀の問い掛けにすかさず名乗りを上げたのは、興味なさげに話を聞いていたはずの蒲公英であった。
彼女の好奇心は、合同探索で未知の領域へと進むことにのみ向いていた。
にも関わらず手を挙げてしまったのは、おそらく条件反射のようなものだったのであろう。

「凄く助かるよ、ありがとう蒲公英」
「……まぁいっか。ご主人様のシーカースキルを盗むチャンスだもんね」
「桃香、最低でも後1人は欲しいんだけど……」
「うーん、他にご主人様に協力してくれる人、いないかな?」

そう桃香が尋ねても、各自は顔を見合わせるばかりで、積極的に応じるものは残念ながら1人もいなかった。
さもあろう、雪蓮達との合同探索がお互いの刺激となって、現在の彼女達は成長期とも言える状態なのである。
プレイヤースキル的な意味での上達、つまり戦闘技術の伸びに手ごたえを感じている今、それと比べて既に探索済みのBF16~20までを再び探索することには誰も魅力を感じなかったのだ。

「みんな気が進まないみたいだし、やっぱり私が行くよ。合同探索の方は、うちはサブリーダーの愛紗ちゃんに全権を委任しますって雪蓮さんに伝えれば、なんとかなると思うし」
「待って下さい! 桃香様が行かれるくらいなら、私が立候補します!」

そう言い放ったのは、焔耶であった。
いつかの探索時には焔耶から敵意を向けられていただけに、一刀は彼女の申し出を意外に感じた。
一刀と同じことを思ったのであろう、焔耶に向かって念押しをする桃香。

「焔耶ちゃん、本当にいいの?」
「お任せ下さい、桃香様!」
「げー、アンタも来るの? 筋肉女が一緒だと、暑苦しいなぁ」
「うるさいぞ、小悪魔娘! 桃香様のためなんだから、仕方ないだろ!」

ところが、一刀は知らなかったが蒲公英と焔耶は犬猿の仲なのである。
さすがにこの2人だけで一刀の元には行かせられないと、年長者らしく桔梗が彼女達のまとめ役を買って出てくれた。

こうして、新たなレスキュー隊が結成されたのであった。



絶体絶命。
一刀の目に映った光景を一言で表すならば、その表現が最も相応しい。

その場にいたのは、僅か数人。
団の首輪を身に付けていることから、彼等が団員であることは間違いない。
恐らく一方通行の迷路で小隊からはぐれてしまったのであろう。

そしてどういうわけか、全員が倒れ伏していたのだ。
わずかに痙攣して呻き声を上げているので、辛うじて息はあるようだった。

「あ、みぃつけたっと。すぅー、ここにあるぞーっ!」

蒲公英の発見したもの、それは痺れ罠である。
団員達は、多分これを踏んでしまったのだろう。

「蒲公英、迷宮内なんだぞ。あんまり大声出すなよ」
「だってこれをやらないと、加護スキルを使った気になれないんだもん」

そう、蒲公英の加護スキルは、周辺にあるトラップを発見する効果を持っていたのだ。
なんというか、実に地味である。
一刀など事前にその加護スキルの説明を聞いていたにも関わらず、その名称をすっかり忘れてしまっていたくらいだ。
蒲公英が大声を上げて自己主張したがるのも、無理はない。

しかし気持ちは分かるが、それは迷宮内では絶対にしてはならない行為であった。
なぜなら、蒲公英の声に惹かれてモンスターが寄って来てしまったからだ。

瞬く間に集まってきたのは、ガーゴイルの一団である。
このフロアでは魔術こそ使わないものの、頭上からの攻撃というのはLVの高い一刀達にとっても十分に脅威だと言える。
宙を舞う3匹のガーゴイルが、倒れ伏す団員達に襲い掛かろうと急降下してきた。

「おっと、そうはさせぬ!」

桔梗の声と共に火薬の弾ける音が鳴り響き、彼女の武器『豪天砲』から発射された鉄の杭がガーゴイルに炸裂する。
更に2発が撃ち出され、強制的に団員の傍から排除されるガーゴイル達。
どうやら当たる瞬間に拡散してしまう性質を持っているらしく、おかげで敵全体を上空へと押し戻すことに成功したのだが、その反面どうも威力に乏しいようだ。

「あんまり効いてないな……」
「ふっ、まぁ見ていて下され。ここからじゃ」

旋回しつつこちらの隙を窺うガーゴイルの群れに、桔梗が追撃ちを仕掛けた。
貫通力のない攻撃など、いくら撃っても無駄なんじゃないかと思う一刀。
しかしそれは、一刀の早合点であった。
なんと桔梗の放った鉄杭は、1匹目のどてっ腹を食い破って2匹目の下半身を砕き、更に3匹目の翼をも貫いたのだ。

まったく同じ武器から発射された攻撃なのに、どうしてこうも違う特性を持っているのか。
その答えは、桔梗の加護スキル【老公】にある。
桔梗は、自身の攻撃を『拡散』『貫通』『連射』と撃ち分けの出来る力を与えられていたのだ。

神話では燻し銀の活躍を伝えられる、いかにも厳顔らしい加護スキルだと言えよう。
なぜならこの加護スキルを活かすには、一瞬の戦況判断や属性ごとの照準調整などが必要不可欠であり、その名称の持つ響きと同じ老巧者でなければ難しいからである。
射手として熟練の腕を持つ桔梗に相応しい、匠の技巧を必要とするスキルなのだ。

一点突破の貫通属性であるにも関わらず、3匹共にダメージを与えられる軌道を読み切った桔梗。
その攻撃により地に落ちたガーゴイル達へと駆け寄り、自慢の大金棒を振り下ろす焔耶。

手負いのガーゴイル達に、その打撃を避ける術はないかのように思われた。
しかし翼を傷つけられたガーゴイルだけは、比較的ダメージが軽かったのであろう。
他の2匹とは違って焔耶の強攻撃をふわりと回避したガーゴイルが、無防備となった彼女を引き裂かんと襲い掛かった。

「スコーピオンニードル!」

だがそんな真似など、もちろん一刀が許すはずもない。
一刀の必殺技が、魔法生物であるガーゴイルの核を見事に貫いた。

ボロボロになって崩れるガーゴイルを見ながら、うっかり習慣になってしまった必殺技名を叫ぶ悪癖をどうにかしようと考える一刀なのであった。



ガーゴイルとの戦闘から僅かばかり遅れて一個小隊がはぐれた団員達を探しに来たことは、一刀達にとっては幸いであった。
団員達を地上まで送ってやらなくて済んだからだ。

今の一刀達にとって、その手間は出来るだけ避けたい所であった。
実はレスキュー以外にも、一刀達は比較的重要な目的を持っていたのだ。

「ご主人様、こっちこっち! ほら、あれだよ。すぅー、ここにムグゥ」

先程の戦闘に懲りず、またしても叫ぼうとした蒲公英の口を押さえた一刀。
彼女が発見したものは、なんと宝箱であった。
鍵を使わずに開けようとした場合、宝箱は罠が発動する仕組みになっている。
つまり蒲公英の加護スキルは、宝箱の発見にも役立つのだ。

「今度は焔耶の番だな。この鍵を使ってくれ」
「……ふんっ」

蒲公英がいれば仕掛けてある罠の種類まで判別出来るため、鍵なしで宝箱に挑戦しても高い確率で無事にアイテムをゲットすることが可能になる。
しかし、現状ではそれすらも無用なリスクと言えよう。
なぜなら一刀は、団員達から買い取った『銀の鍵』を余る程に所持していたからだ。

宝箱は、開けた者に相応しいアイテムが出やすいと言われている。
少なくとも今までの経験上、サイズ的にフィットする装備品が出ることは間違いない。
そのため一刀は、レスキュー隊員という貧乏くじを引かせてしまった焔耶達に宝箱を開けさせることで、便宜を図ることにしたのだ。

といっても鍵自体が私物ではないため、ケチくさい条件を付ける必要はあったが。
その条件とは、欲しいアイテムが出た場合は、通常の報酬と引き換えにそれを譲るという取り決めである。

尤もBF16~20の宝箱に高LV者の焔耶達が欲しがるアイテムなど、頻繁にポップするはずもない。
新たなレスキュー隊を結成してから今までのトレジャーハントにおける収獲は、蒲公英が今身に付けている可愛らしい小手くらいだ。
もちろん不要なアイテムは換金して団の財政に回せるため、そのことは大きな問題ではなかった。

「ちっ、武器か。私には『鈍砕骨』があるから、武器は不要だというのに……」
「運だよ、運。アンタ、日頃の行いでも悪いんじゃないの?」
「なんだと! 宝箱の中身も判別出来ない、肝心な所で役立たずな加護スキルの癖に!」
「蒲公英の加護スキルが役立たずなら、アンタのなんか害悪じゃない! 【反骨の相】だか知らないけど、味方攻撃時だけ威力が上昇とか、どんな加護よ!」
「ふん、お前みたいなブンブンと五月蠅い奴から桃香様をお守りすることが出来るじゃないか。なんだったら、今ここで試してもいいんだぞ!」
「言ったな! 今日こそアンタの生意気な態度を叩き直してやるんだから!」

ゴスッ!
と、2人の頭に落ちたのは、桔梗の鉄拳である。

(桔梗がいてくれて、本当に助かった……)

頭を抱えて悶絶する2人を叱り始める桔梗に感謝の念を送り、モンスターが乱入して彼女達の邪魔にならないよう周囲を警戒する一刀。
宝箱が沸いていたのは小部屋の中であったため、一刀達はそのまま小休止をとることにした。
しばらくして2人への説教が一段落ついた桔梗は、ところで、と一刀に話を振った。

「先程お館様が叫んでいた『スコーピオンニードル』とは、どのような技なのですかな?」
「あれはモンスターを一撃で倒せる技なんだ。失敗する可能性もあるんだけどさ。って、突然どうしたんだ?」
「いえいえ、ただ素晴らしい技術だと感心をしておったのですよ」
「ありがとう。改めて言われると、なんか照れるな。で、そういう桔梗さん達のは、どんな技なんだ?」
「残念ながら修練が足りず、未だ会得しておらぬのです。ですから蒲公英や焔耶も含めて、この機会にお館様からコツを学びたいと思っておりましての」

桃香のクランで必殺技が使えるのは、愛紗や星などの一握りである。
自分が役に立てるのであればと、一刀は言葉を尽くして武器スキルの感覚を説明した。

「えー、発想って言われても、難しいよぉ」
「というか、蒲公英の武器は槍だろ? それなら星の技が使えるんじゃないか? 翠だって似たような技を使ってたじゃないか」
「お姉様のなら何回か真似してみたことはあるんだけど、上手く行かなかったの」
「いや、季衣達もそうだったけど、多分練習じゃ無理だぞ。ぶっつけ本番で試してみな」

武器スキルの特性から考えても、おそらく槍であれば同種の技が使えるはずである。
そのため一刀は、蒲公英の必殺技については特に心配はしていなかった。

「参考になるか分からないけど、俺がボウガンを装備してた時は『ホーミングブラスト』って技を使っててさ。特徴は、敵を追尾して100%命中することなんだけど」
「ほほぉ。では儂も、次はそれを意識して撃ってみましょうかの」

桔梗に対しても、かつて似たような武器を使用していたので、それなりの助言が出来た一刀。
しかし焔耶にだけは、どうにもアドバイスのしようが無かった。

「同じ鈍器でも、季衣達の武器とは違い過ぎるしなぁ。『スイングアタック』も、焔耶の金棒じゃ振り回す鎖が付いてないし……」
「グズグズしてないで、私の分もさっさとアイデアを出せ!」
「うーん、そう言われてもなぁ。って、焔耶も考えろよ! なんで俺ばっかり悩んでんだ!」
「ずるいぞ! 桔梗様や小悪魔娘ばかり贔屓する気か!」

興奮して言いたい放題の焔耶に対し、ツッコミこそ入れるが一刀は決して怒らない。
上に立つ者が感情的になることは、迷宮探索では命取りの行為であるからだ。

(なんか焔耶が興奮するにつれ、胸のポッチも目立つようになってきたような……)

と、己の幸せ回路をフル活用して、自身の感情を巧みにコントロールする一刀。
これが最近身についてきた、彼のリーダーとしての処世術なのであろう。
ところが2人の会話を聞いていた蒲公英が、わざわざいらぬ波風を立てに来てしまう。

「へへぇんだ。脳筋女に想像力なんて、あるわけないもんねー」
「ふん、私だって少し頭を使えば……。そうだ、技の名前は桃香様にあやかって、『愛の桃香様スペシャルアタック』にしよう!」
「……ご主人様、考えさせるだけ無駄だって。こんな奴ほっといて、早く蒲公英の技を試しに行こうよ」
「なんだと! それならまずはお前に『ラブラブ桃香様デンジャラスアタック』を喰らわせてやる!」
「さっきと違うじゃん! しょうがないから、蒲公英の『影閃』でアンタの馬鹿を治してあげるよ!」

メゴスッ!



夕方頃に探索を切り上げた一刀は、宿に戻って頭を悩ませていた。
テーマはもちろん蒲公英と焔耶の不仲についてである。
このままでは一刀の精神衛生上もよくないし、なによりも仲違いしたままで攻略出来るほど迷宮探索は甘い物ではないのだ。
蒲公英と焔耶の険悪な関係が彼女達自身の命取りになる前に、そして桃香達の身をも巻き込む前に、これは早急に解決せねばならない問題だった。

彼女達の会話だけを聞いていると、いつも蒲公英から絡んでいるように見える。
しかし一刀は、桔梗こそ立てるものの自分や蒲公英の存在を無視しようとする焔耶の態度にこそ問題があると思っていた。
正直な話、蒲公英のいらつく気持ちが一刀には手に取るように分かっていたのだ。

仮にも自分から立候補したはずのレスキュー隊なのに、嫌々やっているという態度を取り繕う様子も見せない焔耶。
しかも戦闘中に連携を図ろうとする動きだって、彼女には皆無なのである。

今日のガーゴイル戦の時みたいに、たまたま焔耶の行動が状況にマッチしているならよいのだが、そうではない場面だって多々あった。
そんな彼女のフォローをやらされるのは毎回一刀か蒲公英であるのに、焔耶は感謝の言葉どころかこちらを一瞥すらしないのである。
せいぜい嫌みの1つ2つを言うくらいで焔耶のフォロー自体は決して放棄しない蒲公英を、むしろ一刀は褒めてやりたいくらいだった。

それにしても、と一刀は思う。
ひょっとして焔耶は、自分がフォローされていることを理解していないのではないのか、と。

考えれば考えるほど、それが的を得た答えのような気がしてきた一刀。
どうも焔耶は目先のことに捕らわれがちなタイプのように見えるし、思い込んだら融通のきかない性格のようでもある。
実際に今日行った戦闘でも、結局は焔耶だけが必殺技を習得することが出来なかった。
ノーヒントであったことを差し引いても、手掛かりさえ掴めなかったことを思えば、その事実は焔耶の頭の固さを証明していると言ってもよいだろう。

(脳味噌を柔らかく、か……)

自身の経験を振り返ると、一刀の態度に余裕が出来たのは祭との情事が切っ掛けであった。
思春期に少年から大人に変わるが如く、脱童貞によって生まれ変わった一刀。
その経験を、焔耶にも積ませてみてはどうだろうか?

なにやら不穏なことを考え出す一刀を止められる者は、残念ながら誰もいない。
とはいえ、さすがのエロゲ脳でも無理やりなのが許されるのはゲームの中だけという常識は辛うじて持っていた一刀。
それに焔耶は隠しているつもりでも、彼女が桃香を大好きなのは明らかなのだ。
焔耶の気持ちを踏みにじるような真似など、一刀に出来るはずもない。

(重要なのは、焔耶が桃香のどこに魅力を感じているかということなんだ……)

迷宮探索中にも自己主張の激しい焔耶のポッチをじっくりと観察し続けてきた一刀には、その答えがすぐにピンときた。
自分自身ですらターゲットとするような極度のおっぱいハンターであろう焔耶の気持ちを考えると、豊かな乳を持たない一刀が手を出すのは如何にもまずい。
ならば相手が女の子だったら、焔耶も文句はなかろう。
恋愛に関してはどこか故障している一刀の頭脳が、あっさりと短絡的な解答を弾き出したのであった。

この問題を解決するのは一日でも早い方がよいだろうと、さっそく桃香経由で焔耶を呼び出してもらう一刀。
3人で向かった先は、一刀が愛用している風俗店であった。

「それじゃ焔耶は2Pさんで。俺は今日はケロちゃんかな。桃香はどうする? 俺の奢りだから、遠慮しなくていいぞ」
「わ、私はまだ、こういう所は早いから。ご主人様と焔耶ちゃんで、楽しんで来てね」
「え? え?」
「はーい、2名様ご案内でーす! ゆっくりしていってね!」

こうしてミラクルフルーツライスシャワーの洗礼により己の殻を破った焔耶は、それをヒントに新たな必殺技を編み出したのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:30/0(+30)
WG:30/100
EXP:143/8000
称号:炎の妖精

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:18貫



[11085] 第八十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/25 18:36
五穀豊穣という言葉がある。
1人のお百姓さんが毎日一生懸命田畑を耕したとて、彼だけの力でそれを成し得ることは決して出来ない。
天と地と人、その全てがあってこその実りなのだ。

ある時は厳しい顔を見せる大自然に、隣人と力を合わせて立ち向かい。
ある時は優しい顔を見せる大自然に、隣人と共に喜びを分かち合い。

それら全てに対する感謝の気持ちこそが、何を隠そうミラクルフルーツライスシャワーの根幹を成しているのである。
慈愛の具現化とも言うべき、究極の性感マッサージ。
それを一身に受け続けた焔耶が、フルーツ(笑)の使い手となったのは至極当然のことであった。

「果物だものー!」

気合い一閃、焔耶が『鈍砕骨』を地面に叩きつけた。
迷宮中が揺れ動くような衝撃と共に、その大金棒に纏わせた焔耶の氣が敵味方に飛び散らばる。

美しい流星のような弾幕に、なぜか必要以上にうろたえる敵方。
しかし同じように焔耶の氣弾を浴びた一刀達が、その攻撃に痛みを感じることはなかった。
それどころか、なんと一刀達のHPは僅かながら回復までしていたのである。

残念ながら、焔耶の必殺技が敵に対してそれほどのダメージを与えた様子はない。
だがその代わり、不思議なくらいに怯んだ敵の隙を突いて、蒲公英が突撃した。
更に一刀も、反対側に回り込んで敵の群れを追い詰める。
一刀と蒲公英は同じタイプの冒険者なので、意志の疎通も図りやすい。
お互いの目配せでタイミングを合わせ、一斉に敵達を突き放した。

一刀達の働きで密集させられたモンスター達には、『豪天砲』の餌食となる未来が待っていた。
ここまでお膳立てをされていたら、例え桔梗でなくても敵を纏め撃ちするのは容易であろう。
鉄杭による『連射』攻撃を受けて瀕死状態のモンスター達は、そこに飛び込んできた焔耶の大金棒によって全身の骨を砕かれたのであった。



「俺達の連携も、ようやくまともになってきたな」
「ふん。私の実力を以てすれば、このくらいは当然だ」
「アンタ、今まで足を引っ張ってた癖に……」

蒲公英のぼやきも、今の上機嫌な焔耶には気にならない。
焔耶自身、それだけ最近の戦闘には手ごたえを感じていたのだ。
しかし練達者の桔梗から見れば、その戦い振りはまだまだであった。

「確かに今までの焔耶と比べれば、雲泥の差じゃ。だが、そこで満足してはならぬぞ」
「ああ。こっちを気にしてくれるのはいいが、今の焔耶はちょっと周りを見過ぎだな」
「なん……あ、いや、詳しく教えてくれ」

反発の言葉を飲み込む焔耶。
そんな彼女に、一刀は自分の意見を率直に伝える。

「俺や蒲公英に迷惑を掛けまいとするあまり、動きが消極的になってると思うんだ」
「だが私のフォローでお前達の行動を制限させてしまうわけにもいかんだろう」
「それが焔耶の持ち味を殺してしまっているのさ」

確かに焔耶が自分で対処出来る範囲内で戦う分だけ、一刀や蒲公英の攻撃回数は増える。
しかしそれらを足し合わせるよりも、焔耶が突っ込んで一刀達がフォローに回っていた以前の方が、敵に与えるトータルダメージは大きかった。

「ではお前は、私の戦い方を前の状態に戻した方がいいと言うのか?」
「そうじゃない。俺達が援護しやすいように突撃するんだよ」

例えば以前の焔耶だったら、敵に突っ込んだ勢いのまま向こう側へ走り抜けていた場面。
これを一刀のいる方向に変えてくれるだけでも、彼の行動選択肢は大幅に広がるのだ。

「ふむ、では次はそれを心掛けてみるか」
「周りの見えている今の焔耶だったら、すぐに出来るようになるって。それじゃ、ぼちぼち祭壇へ戻るか。焔耶、今晩はどうするんだ?」
「無論、行くに決まっている。2Pさん達には、まだまだ学ばねばならないことが沢山あるからな」

「そういえば最近は接客の作法も習っているみたいだけど、そろそろジャッ子は指名出来るのか?」
「ば、馬鹿、こんな所で源氏名を呼ぶな! それに、私が客なんか取るはずないだろ! あれはいつか桃香様にして差し上げようと……」
「まぁ、練習台がいるようだったら、いつでも声を掛けてくれよ。最大限に協力するからさ」

「ケロちゃんのお腹を膨らませて喜ぶような変態に、教わることなど何もない!」
「でもあれって、美容にもいいらしいんだぞ? 桃香も喜ぶかもよ」
「なに、それは本当か?! ……す、少しだけ聞きたいのだが、その、に、臭いとか、平気なのか?」
「めっちゃフローラル」

当然一刀と焔耶の会話は、すぐ傍にいる蒲公英達の耳にも聞こえて来る。
彼等の話の内容に、焔耶の保護者役として微妙に頬を引き攣らせている桔梗。
その時、ボソリと蒲公英が呟いた。

「……アイツ、随分と遠くに行っちゃったね」
「ま、まぁ、一概に悪しき変化とも言えぬ……のか?」

生温かい蒲公英と桔梗の視線を浴びながら、一刀と特殊プレイ談議で盛り上がる焔耶なのであった。



極一部の人生に多大な影響を及ぼしつつも、新生レスキュー隊の活動自体は順調であった。
桔梗達の給料も凪達の分を流用すればいいし、一刀自身は元から無給である。
もちろんその気になればかなりの額を貰うことは可能だったが、それが民達の血税だと思うと一刀は金を受け取る気になれなかったのだ。

幸いなことに、再建したてである馴染みの風俗店で酒を換金出来る一刀は、金銭には全く困らない。
まとまったお金が必要であっても『真珠』を取りに行けば済むし、焔耶を誘っての夜遊びにも全然不自由しなかった。

時にはムネムネ団の連中に酒や魚を振舞い。
時には団員達以外の探索者も救助し。
時には制式装備を大量発注して町に金を落とし。

気がつけば、一刀の人望は鰻登りであった。

一刀が愛用しているというだけで馴染みの料理屋はいつも満席となり、「嬉しい悲鳴だぜ」と店員さんを喜ばせるほどである。
逆に風俗店では一刀に遠慮して2Pさん達の指名が激減したのだが、一刀や焔耶が毎晩のように入り浸っているので、これもまた利益的にはプラスになっていた。

だからといって全てが問題ないのかと言えば、そううまく行かないのが世の常である。
現在の一刀を悩ませているのは、団員達の成長であった。

朱里達が考えた小隊制というのは、死傷者を大幅に減らすメリットだけがあるのではない。
実は通常の探索で考えると、かなりのデメリットが存在する。

1小隊25人が迷宮探索をするということは、敵との対峙を避けられないということである。
大人数のためにこっそりと移動出来ないのだから、そうなるのも無理はない。
そしてこれが、深い階層への移動を不可能にしていたのだ。
華琳や雪蓮などの有力クランが10人前後で迷宮に潜っているのは、探索が主目的だからなのである。

一刀が団長に就任してから早3ヶ月。
団員達も鍛えられ、そろそろ次のステージに進んでもいい頃合いだ。
しかし探索用のチームに編成し直して迷宮攻略を命じるという決断は、容易に下せるものではない。
当然これまで以上に死傷者が増えるであろうし、団員達の探索範囲が広がればレスキューだって難しくなるだろう。

一刀が麗羽からの呼び出しを受けたのは、丁度そういった過渡期の頃であった。



「大将軍?」
「おーっほっほっほ、そうですわ。特に何の宮廷工作もしておりませんのに、わたくしほどの人物になると、やはり黙っていても官位が上がってしまいますのね」
「……どのくらい偉いんだ?」
「大将軍っていったら、武官のトップなんだぜ、兄貴」
「今は大尉も空位ですので、実質的には軍部の最高位になりますね。確かに大出世なんですけど……」

と一刀に説明してくれる猪々子と斗詩。
だが猪々子はともかく、その言葉とは裏腹に斗詩は浮かない様子である。

「麗羽様、軍部の最高位ともなると、皇帝のいる長安に常駐せざるを得ません。折角自治権を手に入れたこの洛陽は、どうなさるおつもりですか?」
「大将軍になれるんだから、洛陽なんか欲しい奴にくれてやればいいじゃん」

非常に短絡的な思考の猪々子。
しかし意外なことに、その猪々子の意見を麗羽自身も支持した。

「斗詩さん。もともと洛陽は、近いうちに捨てるつもりでしたのよ。だからこそ、無茶な税率だったのではありませんか」
「で、でも、迷宮の攻略は……」
「わたくしのムネムネ団が一刀さんのお陰で急成長を遂げている今、もう数ヶ月もすればあるいは迷宮制覇も可能かもしれません。ですが華琳さんや雪蓮さんがいる以上、一筋縄では行きませんわ」

もちろん最終的に笑うのは自分の予定であり、そのための策もいくつか用意していた麗羽。
だが今はムネムネ団による迷宮制覇に固執して、中央に進出する絶好の機会を逃すべきではない。

迷宮攻略も終盤を迎えている現在、都市長としての観点から見ると、美味しい所は食べ尽くしたと言える。
多く見積もっても1年以内には迷宮も攻略されるであろうし、そうなれば洛陽の迷宮都市としての価値が激減することも間違いない。
その後を見据えていたがためのムネムネ団であり、そのための増税であったのだ。

麗羽の金の力で自治権が例外的に付加されているとはいえ、所詮は洛陽の都市長など官位五品に過ぎない。
それが今回、いきなり官位二品の大将軍に抜擢されたことには、恐らく自治権の返上に対する堪忍料も含まれているはずである。
今更洛陽が惜しくなったらしい皇帝の意図を考えれば、これは洛陽を高値で売り付けるまたとないチャンスであろう。

「わたくしの考えより数ヶ月ほど早いですが、この機を以てわたくし達は宮廷へと進出いたします。よろしいですわね、斗詩さん、猪々子さん、一刀さん」
「はいっ!」
「おうっ!」
「……え?」

ここまで麗羽達の話を、他人事のように聞いていた一刀。
しかし一刀はムネムネ団の団長なのだし、当然麗羽達も彼を戦力として数えている。
だからこそ、白蓮ですら呼ばれていないこの幹部会議に呼び出されたのだ。

「俺もなのか?」などと聞き返すことの無意味さを瞬時に悟った一刀は、頭脳をフル回転させた。
冷静に考えれば、決して悪い話ではない。
なにせ天下の大将軍、その親衛隊長なのだから。

しかも麗羽は、以前からそれを見越していた節がある。
である以上、大将軍は麗羽にとってあくまで通過点であり、決してゴールではないのだろう。
麗羽についていけば、一刀にも輝かしい前途が待ち望んでいるように思える。

「でもなぁ。ごめん、やっぱり俺、洛陽に残るわ」
「……わたくしについてくれば、出世栄達は望みのままなのですわよ?」
「というかさ、そもそも俺って外では役に立たないと思うんだよな。モンスターならともかく、対人とか無理だし」
「親衛隊長が自ら戦うなんて、そうそう起こりませんわ」
「でもさ、人を殺せって命令せざるを得ないことだってあるんだろ? そういうのは、絶対にやりたくないんだよ」

麗羽にとって、一刀の言葉は意外なものであった。
このご時世は、自分のために人を蹴落とすことなど日常茶飯事である。
直接人を切り殺すことに拒否反応を示す者はともかく、安全圏から他人に命令を下すということまで嫌がる者などほんの一握りであろう。
そのことに多少の抵抗を感じた者でも、麗羽から提示された身分を考えれば普通は目を瞑るところだ。

誰しもが垂涎するに違いない自分の親衛隊長の地位を、奴隷上がりの一刀がそんな理由であっけなく投げ捨てる。
麗羽はそのことに、いっそすがすがしいものすら感じていた。

「いいですわ、一刀さん。いずれ必ずわたくしと貴方の道が交わる時が来るでしょう。その時に貴方がどれほどの殿方になっているのか、わたくしも楽しみにしておりますわ」
「まぁ、ほどほどに頑張るよ。麗羽達も、元気で。宮廷は怖い所だって聞くから、気をつけてな」

迷宮探索要員から完全な軍兵に変化したことで、団員達の中にも退団する者がちらほらと現れた。
それに伴い給料が大幅に減ったことも、その動きを助長した。
しかし大部分の団員達は、麗羽の将来性に賭けてそのまま団に残ることを選んだ。

こうして麗羽の率いる地上最強の軍勢が、野に放たれたのであった。



さて、この一連の動きが朱里と雛里の策だったことは、今更言うまでもないであろう。
団の運営費をちょろまかし、以前BF20で手に入れていた『珊瑚』を使って行っていたこと。
それが一刀の宿屋で知り合った詠を通しての、麗羽に対する宮廷工作だったのである。

もちろん大将軍という地位を買うために必要な金は、それらだけでは圧倒的に足りない。
如何に皇帝との利害が一致していようと、最低限の金銭は必要なのだ。

その額、なんと50万貫。
慣例的には地位につくまでに半金、地位を授かってから残り納める取り決めなのだが、それでも25万貫は用意しなければならない。
浮かせた団費の流用と桃香達の私財を合わせても、せいぜいがその半分くらいにしか届かなかった。

そこで雪蓮との同盟の話に繋がるのだ。
華琳が不思議がっていた同盟の条件、それは桃香達への金銭的な援助と引き換えでの、雪蓮クランに対する迷宮攻略の援護であった。
ギルドの運営者である雪蓮でさえも、その膨大な金額を供出することは容易ではない。
しかし旧ギルドで差し押さえた財産を合わせることで、どうにか朱里達の要求額を負担することが出来たのだ。

桃香達の目標は、洛陽の解放である。
麗羽の自治権が消失すれば、洛陽は自動的に漢帝国のものとなる。
そしてここからが重要なのだが、現状で最も地位の高い漢帝国の役人は月なのである。
つまり暫定的に洛陽を治めるのは、月達の漢帝国クランになるのだ。

宮廷での政争に敗れた月達であったが、定期的にある程度の成果をきちんと献上しているため、皇帝に対しての受けは良い。
この先も同様かそれ以上の成果を献上し続ければ、皇帝から余計な手出しをされる可能性は低いであろう。
最初は月を目立たせたくないと、この工作に難色を示していた詠。
しかし最終的には桃香に説得され、また洛陽の現状を憂う月の気持ちに負けてしまったのだ。

ちなみに今の月が望めば、宮廷に返り咲くことだって可能である。
なぜなら、LVの上がった月達に手出しを出来る者など、宮廷中のどこを探してもいないからだ。
暗殺はもちろん毒殺すら難しい今の月達にとって、宮廷はすでに伏魔殿ではなくなっていた。

尤も、宮廷に戻りたいという意志など、月は欠片も持っていない。
月がそういうガツガツした性格であれば、とうの昔に宮廷を牛耳るなり命を失うなりしていたはずだ。

そんな月が治めるのだから、洛陽の税率も最低限に設定された。
この時代、やたらと税率が高い主な理由は、太守の出世欲である。
出世のためには賄賂が必要であり、そのためには民から金を絞り取る必要があったのだ。

しかし月の場合、この人事はそもそも出世ではなかった。
元々は四品の州刺史であったのが、宮廷闘争に巻き込まれる形で無理やり中央へと召集されたあげく、洛陽へと追いやられた月。
実質は懲罰人事であっても名目上は皇帝の意志を汲んでの迷宮探索なので、官位が剥奪されたわけではない。
従って月の身分的には、洛陽の都市長はむしろ役不足なのである。
当然、それに対する礼金を払う必要もないのだ。

「それで全てがうまくいきましたってなればいいけど、一つだけ気になる所があるんだよな」
「なんでしょうか、ご主人様」
「結局朱里達は、半金しか払ってないんだろ? それで残りを払うつもりもないんだよな?」
「麗羽さんの莫大な財力なら、恐らく自力で支払えるのではないかと……」

「でもさ、麗羽的には官位を買ったんじゃないだろ。それが元でこっちの工作がバレて、騙されたって怒って戻って来るとか、ありそうじゃないか?」
「工作自体はいずれ分かってしまうでしょうけど、問題はありません。折角取り戻した洛陽を皇帝が再び麗羽さんに渡してしまうことなど、考えられないですから」
「一度宮廷という枠組みに入ってしまえば、いくら麗羽さんでもこちらに手出しは出来ないかと……」
「うーん、朱里や雛里がそう言うなら大丈夫、なのかなぁ」

一刀は自室で、朱里と雛里から今回の策の全貌を説明されていた。
どうもその話にひっかかりを覚えた一刀だったが、既に事は起こった後なのだから今更であろう。
晴れて自由の身になった一刀には、それよりも他に考えなければならないことがあった。

それは、宿屋の新たな運営方針についてである。
元宮殿である行政府の主となった月達には、もう宿は必要ない。
月達自身には今まで通り一刀の宿に住みたいという希望があったものの、今後の収入が定額の給金から洛陽の税収に変わった以上、無駄な出費は極力抑えねばならなかった。

「収入が無くなったんだから、客を入れていかないとまずいよな」
「段階的には、そろそろ見知らぬお客さんが相手でも大丈夫だと思います」
「子供達の情緒は安定してますけど、定期的なメンタルケアだけは怠らずに……」

などと朱里達と相談していた一刀の部屋の扉が、音高く鳴らされた。
「どうぞ」という一刀の声が消えぬうちに入室して来たのは、今洛陽で一番忙しいはずの詠であった。

「手が、どうしても足りないのよ!」
「って俺に言われても……。朱里達でなんとか手伝ってやれないのか?」
「それが、近いうちに雪蓮さん達との探索があるんです」
「空いている時間も、子供達への講義があって……」
「朱里達の頭脳も欲しいんだけど、そうじゃないの。今は純粋なマンパワーが足りないのよ。ボク達のかつての部下は呼び集めている所なんだけど」

今詠達が必要なのは、書簡などを運んだり身の回りの整理をしてくれる、秘書的な人材なのだそうだ。
仕事自体は難しくないが、機密に近い場所で働くために信頼のおける人物をある程度揃えないと、行政が機能しないらしい。

「頭脳労働じゃないなら、恋達だっているんだろ? 手伝って貰えないのか?」
「恋とネネは桃香クランに、霞は華琳クランに、華雄は雪蓮クランに、それぞれ出向させたのよ」
「なんでまた?」
「皇帝に報告する成果が必要だからに決まってるでしょ。この調子じゃボクと月はこの先も迷宮になんて潜れっこないし」

月が都市長に就任することは、どのクランにとってもメリットがある。
下手に新たな人物が都市長に任命され、迷宮探索に横槍を入れられてはたまらないからだ。
また漢帝国クランの優秀な人材が自クランに入れば、戦力的にも大きなプラスとなるだろう。
この件では利害が一致しているため、各クランとも出向者を受け入れたのである。

「お願いよ、ご主人様の力を貸して下さい。お願いします……」
「うーん。……まぁいっか、詠達の部下が来るまでなんだろ?」
「ええ、そのつもりよ」
「分かったよ。可愛い詠の頼みだしな。でもさっきの話だと、俺1人だけじゃどうにもならなくないか?」
「だからメイド達もセットで助けて欲しいのよ。あの子達なら人柄もよく分かってるし、安心だわ」

美羽と七乃はなぜか麗羽について行かず、未だに宿に残留していた。
まずは彼女達も含め、子供達に協力を求めなければと動き出す一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:30/0(+30)
WG:30/100
EXP:143/8000
称号:炎の妖精

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:23貫



[11085] 第八十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/30 17:45
まずは過去3ヶ月分、各商店からの税収の平均値を割り出して仮決めした減税分の係数で乗算し、新たな税収の大雑把な予測を立てる。
この時に注意しなければならないのは、業種別にそれぞれ割り出すことである。
元々の税率が違うため、減税率を業種ごとに設定する必要があるからだ。

上記で算出した値から、更に減税された分だけ活発になるはずの物品売買を加味して利益計画を上方修正する。
こうやって税収予測の精度を上げないと、実際に施行する時の減税率が不適当なものになってしまう。

今回の場合、単純に増税前の税率に戻せばよいという話ではない。
なぜなら苛酷な課税が続いた結果、今は民達が体力を消耗し尽くしているからである。
普段なら耐えられる負荷でも、現状ではあっけなく潰されてしまいかねない。

かといって、税率を下げ過ぎてもいけない。
漢帝国に対する納税と行政の運営費は当然必要なのだ。
そして税というものは、「下げ過ぎちゃったから、次からはもうちょっと上げるね」では済まされない。
ようやく下がった税がまた上昇したら、民達は余計な不安を抱くはめになってしまうだろう。

もちろん、他にも考慮しなければならない要素は沢山ある。

市場から25万貫という大金が一気に消えたことによる、デフレの懸念。
洛陽から500人という冒険者が一気に立ち去ったことによる、市場の冷え込み。

それらを考慮して最終的な決定を下すための判断材料としても、税収予測の正確さというのは必須条件であった。

「あ、しまった。装備系の店は、ムネムネ団がいない分だけ売上予測を下方修正するんだっけ」
「なによ、もしかして忘れてたの? そこが直接的に最も被害を受ける業種だって、さっきボクが言ったばかりじゃない」
「というか、武器・防具屋以外だって影響を受けるんじゃないのか? 飲食店や風俗店とかさ」
「そういうお店は一般の人達にも需要があるから、減税の効果で売上アップが見込めるの。逆に装備品なんかは、冒険者しか必要としないでしょ」
「あー、なるほどな。……ふぅ、なんか俺、ちょっと集中力が落ちてきたかも」
「いい頃合いだから、そろそろ少し休憩にしましょうか」
「あ、私がお茶を入れて来ますね、ご主人様」

と、それまで一刀と詠の会話を黙って聞いていた月が、真っ先に席を立った。
こういう時のためのメイド隊なはずなのに、一刀の分はなぜかいつも月が用意したがるのだ。
最初は余計な手間を掛けさせまいと止めていた一刀だったが、恐らくそれも月の気分転換になるのだろうと今では素直に任せることにしていた。

「それにしても、まさかご主人様がここまで役に立ってくれるとは思ってもみなかったわ」
「言われる程のことはしてないって。詠の指示がなきゃ、何も出来ないんだから」
「なにを謙遜してるのよ。前提条件と資料を渡しただけで、こんなに早くて正確な結果が出せる人材なんて、宮廷にだっていないわ」
「でも売上の上昇指数とかを決めろって言われても、俺には無理だしさ。やっぱり詠達には全然敵わないよ」

それはそうであろう。
たかが元高校生が、いきなり内政のプロである月や詠と肩を並べて活躍出来るはずがない。
しかし逆に言えば、10年以上も現代日本の平均的な教育を受けてきた一刀が、単純な計算問題で月達に負けることもまた、ありえないのだ。
つまり行政府における一刀のポジションは、非常に便利で使い勝手の良い電卓のようなものだったのである。

ちなみに普通の電卓であれば、太陽電池に光さえ与えてやれば、文句ひとつ言わずに動いてくれる。
しかし、ち○こ搭載二足歩行型電卓・イットゥギアの動力源は、萌えであった。

「お待たせしました、ご主人様。詠ちゃんも、はいどうぞ」
「ありがと。それにしても、やっぱり月はメイド服が似合うなぁ」
「へぅ……」
「あ、もちろん詠もだけどな。なんか、すっごく癒されるよ」
「……ボク達がメイド服を着たくらいでご主人様のやる気が出るなら、別にいいけどね」

一刀の性癖を照れながらも受け入れる月と、何かを諦めた様子の詠。
そんな2人の可愛らしいメイド姿に、一刀はなぜかデジャブを感じていた。
このシムシティ的な状況を、いつかどこかで体験したような気がしたのだ。

「うーん、なんかのゲームかなぁ。メイド達の補佐、都の運営、萌え……しょう?」
「きゃっ」

一刀が何かのタイトルを口に出そうとしたその瞬間、室内にも関わらず急に突風が吹き荒れた。
ひっくり返ったティーポットが股間を直撃し、悲鳴を上げて悶える一刀。
慌てて助け起こそうとした月が転倒し、そのキュートなおデコで一刀の股間に激しい追い撃ちを掛ける。
あまりの激痛に言葉も出ない一刀の顔面を、なぜか恋の愛犬である赤兎が友達を大量に引き連れて駆け抜けて行った。

(やり込み要素もあるといいな……)

と口の中で呟きながら、意識を失う一刀なのであった。



ところで、この大陸では州の独立性が高い。

漢帝国の法に矛盾しない範囲での条例の制定や、州内における裁判権。
州ごとに軍勢を揃える義務までもがあった。

麗羽の手に入れた洛陽の自治権とは、都市でありながら州と同等の権利を保有することと、ほぼ同じ意味合いなのだ。
しかも各州とは異なり、中央からの干渉もある程度まで免除されていた。
つまり出兵の義務や治外法権、宮廷から派遣される役人の受け入れなどである。

もちろん今の洛陽に自治権は存在しないため、本来ならば月達に律令を決める権限はない。
しかし洛陽はこれまで州の枠組みからは外れた存在であった。
そのため、様々な特権こそ剥奪されたものの、基本的には州と同じ扱いが継続して認められることになっていた。

実を言えば一刀には、このことを利用して是非とも成立させておきたい施策があった。
それは立法、司法、行政の三権を分立させることである。
麗羽に冤罪(?)を被せられかけた時の恐怖を、一刀は忘れていなかったのだ。

この件を朱里に相談した所、「三分の計でしゅ! さささ、三分の計でっしゅ!」と壊れたスピーカーのように賛同してくれた。
そのため一刀は自信を持って詠に提言したのだが、「今はそんな余裕ないの」とバッサリやられてしまった。

宿屋の方も掃除などの必要があるため、メイド長の七乃と美羽斑を留守居役に残し、残りの子供達と一緒に行政府入りした一刀。
双子達を筆頭にしたメイド隊も、詠の期待に応えてよく頑張ってくれていた。
それでも一族郎党を引き連れて離脱してしまった麗羽の穴を埋めるのは難しく、現状では最低限の行政機能を維持することしか出来ていなかったのだ。
この状況を考えれば、詠が一刀の提案を取り入れなかったのも無理はない。

可能そうな所から法の近代化を推し進め、いずれは奴隷制度の廃止を目論んでいた一刀の野望は、初手から躓いたのであった。



しかし現状の奴隷制度について憂いていたのは、何も一刀だけではなかった。

一刀と幾度も体を重ね合わせたことで、彼の考え方に染まっていった月や詠。
一刀との共同作戦をこなしていくうちに、剣奴の命を重く考えるようになっていった雪蓮達。
一刀の宿で働くうちに、元々否定的だった奴隷制度に対する考え方が更に強固になっていった桃香達。

唐突に一刀から提案された三権分立とは異なり、奴隷制度については各自に構想の下地が出来上がっていたのだ。

まず動きを見せたのは、月の率いる行政府だった。
大幅な減税のどさくさに紛れて、奴隷売買についてだけは税率を上げたのである。

すぐに廃止としなかった一番の理由は、上位である漢帝国法と相反するからだ。
それにいきなり解放された奴隷達自身も、生活に困ることが目に見えているからでもあった。

現在の大陸において、奴隷というのは必要不可欠な階級として生活に組み込まれている。
奴隷制度を廃止したがために起こる急速な変化は、確実に大勢の落後者を生み出すことになるだろう。
つまり現時点で改革を急に進めても、誰一人として幸せにはなれないのだ。

月達の狙いは最初の段階として、売買に課税することで奴隷購入を気軽に行えないようにし、現在所有している奴隷達を大切に扱うよう仕向ける意図があった。
更に高額になった奴隷は補充し難いことから、段々と彼等に依存しない生活体系へとシフトさせ、長期的な観点から需要を減らす目論見が成されていたのである。

それに追従したのが、雪蓮達の冒険者ギルドだった。
彼女達は大胆にも、BF5とBF10以外のテレポーター撤去を行ったのである。
これにより、ギルドでの剣奴の需要は一気に無くなった。
最大の顧客であったギルドが撤退したことで、奴隷市場は一気に冷え込むことになったのだ。

これらのダブルショックで混乱した市場のフォローには、桃香達が活躍した。
急速な税率アップと需要の落ち込みから売れ残る奴隷達が激増し、その中には売れる見込みがないと殺されかける者もいた。
そんな最底辺の人々だけは、桃香達が奴隷商人から買い叩いたのである。
例え赤字でも、殺してしまってゼロになるよりはいくらかマシだと、商人達もしぶしぶ桃香達の提示した額面を飲んだ。

この行為は、奴隷の需要を減らしたい月達や雪蓮達と逆行するように思えるが、そんなことはない。
なぜなら奴隷商人達に利益が出ないよう、朱里達が綿密に計算していたからである。
いくら売っても赤字であれば、それは必然的に供給量の減少に繋がるのだ。

買い取った奴隷達は、自立出来るように桃香達が手助けをする。
その方法としては、冒険者にしてしまうのが一番手っ取り早い。
最低でもBF5で死なない程度まで育てれば、後は魚取りなどで自活出来るようになるだろう。

この桃香達の活動は、すぐに行政府からの援護を受けることとなった。
奴隷達を解放する際にいくらかキャッシュバックする制度を作ることで、桃香達の資金源を増やしたのだ。
そしてこの施行が、他の冒険者達の所有するバックパッカー解放の動きにも繋がったのである。

LVの概念やパーティの普及により、冒険者達の所有する剣奴も使い捨てから育成へと考え方が変わってから随分と経つ。
彼等の間に生死を共にした絆が生まれるには、十分過ぎるほどの時間であった。
きちんと育成されたバックパッカーは抜群の働きをみせたし、そんな彼等を仲間として受け入れる土壌が冒険者達の間でいつの間にか築き上げられていたのである。
そんな彼等にとって、この政策がいい切っ掛けとなったのだ。

奴隷から解放されたバックパッカーがモチベーションを上げる。
他のパーティよりも迷宮探索の効率がアップする。
それを見た冒険者達も次々と真似をし出す。
ドロップアイテムなどの収獲量が全体的に増える。
売買で街が賑わって景気が良くなる。
彼女が出来る。

もちろん全てが上手く行ったわけではないが、それらの対応も想定内である。
こうして洛陽は、徐々に元の活気を取り戻していった。



「あら一刀、久しぶりね」
「元気そうで良かったよ、雪蓮」
「で、何の用事なのかしら。もちろん私に会いたかったって理由でも、大歓迎よ?」
「いや、残念ながら仕事の話だ」

一刀が冒険者ギルドを訪ねたのは、詠の指示であった。
洛陽の施策で様々な動きを見せている今、中央から余計な茶々が入る前に、こちらから先手を打ちたい。
そう考えた詠が思いついたのは、BF25で華琳が手に入れた『バミュータの宝玉』を皇帝に献上することだった。
見た目も性能も優れたこのアイテムは、月に対する皇帝の信頼度を大幅にアップさせてくれるだろうとの思惑である。

「今までにないくらい危険なクエストになると思う。実際に俺も死に掛けたしさ」
「どうしてその依頼を、私達の所に?」
「詠が言うには、華琳クランに頼むよりも安く済みそうだからって……」

雪蓮クランは現在、ようやくBF25に辿り着いた所である。
もちろん海岸の位置は一刀が既に教えていたが、それでも彼が同行するに越したことはない。
更に、既に『バミュータの宝玉』を手に入れている華琳達とは違い、雪蓮達には宝玉自体が報酬と成り得るのだ。

「詠としては、俺の貸与と引き換えに宝玉を1つだけ譲って欲しいって要求なんだけど、どうだろう?」
「……そうね。条件がそれだけで済むなら、願ってもない話だわ」
「そうか? 言っとくけど、本当に危ないんだぞ?」
「ちょっと一刀、貴方は私に依頼を引き受けさせに来たんでしょ」

危険性だけを強調している一刀だったが、雪蓮達にとってはメリットも非常に大きい話である。

一刀がいれば、雪蓮達を海岸へ確実に案内出来ること。
一刀がいれば、ピンポイントでアトランティスを釣れること。
一刀がいれば、戦闘経験者のフォローが受けられること。

今回の話がなくても、いずれは宝玉が欲しいと思っていた雪蓮達。
自力でアトランティスに挑むことに比べれば、この依頼を受けることにより、低いリスクでリターンが得られるだろう。
死者を出さないような戦い方のコツが掴めれば連戦も可能かもしれないし、そうなれば経験値的にもアイテム的にもウハウハである。

「華琳ちゃん達もそろそろBF26を目指すみたいだし、私達もこの辺で追い付かなきゃ」
「あれ、華琳達はまだBF25なのか? 結構前に凪達が華琳のクランに加入したんだから、もうとっくに進んだのかと思ってたよ」
「BF26からは敵が変化するでしょ。だから慎重になっているんだと思うわ」

「そういえば凪達で思い出したけど、華琳クランに入ってもアイテム交換はして貰えてるのか?」
「心配いらないわ。アイテム交換は一刀との約束だからって、向こうから定期的に通って来てくれてるわよ」
「そっか、良かった」

もちろん凪達は、そのために華琳の了解をきちんと取っていた。
華琳も彼女達の意志を妨げてまでアイテムを独占するほど、狭量な性格ではない。

凪達の律儀さに感謝の念を抱く一刀なのであった。



最近はずっとデスクワークだった一刀は、体が鈍っていることを自覚していた。
そのため詠に無理を言って出立日まで休暇を取り、ギルドに入り浸ったのである。

「あん、一刀。こんな所じゃ嫌よ。人に見られちゃう……」
「大丈夫、誰も来ないって。それにもし誰か来ても、見せつけてやればいいさ」

ギルドに併設された訓練所の片隅で、蓮華と共に激しいトレーニングを行う一刀。

「あー、お姉ちゃんばっかり、ずるーい!」
「シャ、シャオ?! いや、見ないでっ!」
「まぁまぁ、シャオもこっちにおいで」

時には小蓮の不意打ちを受けたりと、まるで実戦さながらの厳しい訓練であった。

「シャオ、感想はどうだ?」
「お姉ちゃんのここ、すっごく綺麗……」
「あ、そんなの……。お、お願い、言わないでぇ……」

気づいたことを互いに指摘し合うのは、彼等の技術の向上にとても役立った。

「ほら、一緒に責めるぞ、シャオ」
「うん。お姉ちゃん、シャオ頑張るね」
「あっ、駄目、そんなとこまで! うぅ、無茶、しないで……」

連携力の強化も、当然重要なことである。

「ふっ、くっ、俺、もう……」
「あんっ、シャオも、シャオも我慢出来ないよ!」
「はっ、ひうっ、げ、限界……」

互いの息を合わせた壮絶な攻防は、心身の虚脱と共に終わりの時を迎えることになった。

「……ふぅ。なんか、やっと調子が出てきたな」
「シャオも、まだまだ物足りないよぉ」
「お、お願い。少しだけ、休ませて……」

こうした猛練習を積み重ね、一刀は徐々に実戦の勘を取り戻していった。
その陰には、蓮華の尊い犠牲があったのを忘れてはならない……。



それはともかく、一刀も遊んでばかりはいられない。
雪蓮達との探索ということは、必然的に桃香クランとも行動を共にするということである。
ところが一刀は忙しさにかまけて、とある問題を放置しっぱなしであった。
言わずと知れた、美以との和解である。

「よ、よう、久しぶり。元気だったか? そのチョーカー、良く似合ってるぞ」
「あ、兄にゃ! 美以はいつでも元気だじょ!」

若干緊張していた一刀とは異なり、美以はごく普通の対応であった。
そのことに戸惑いながら、一刀は美以に恐る恐る尋ねた。

「あのさ、もう、怒ってないのか?」
「そのことは、もういいにゃ」
「……美以さえ良ければ、宿に帰って来てもいいんだぞ?」
「美以は桃香と一緒がいいにゃ」

その様子から察するに、美以の「もういいにゃ」には「どうでも」という言葉が入りそうであった。
数ヶ月も問題を放置していた一刀も大概だが、美以も美以で薄情ではある。
だが数ヶ月も会っていない一刀より、毎日接している桃香を美以が選ぶのは致し方ないことだ。
特に子供と言うのは、そういう生き物なのであろう。

「まぁ、美以が幸せならそれでいいか。とりあえず、なんか美味しいものでも食べに行こうぜ」
「美以はお魚がいいじょ!」

魚であればどこかの店に行くよりも、BF15のレアポップ魚『チュートロ』を釣ってきた方が、遥かに美味しい料理が作れるであろう。
美以のリクエストに全力で応えるべく、さっそく釣りに出掛ける一刀。
だが、さすがに2人で食べるには量が多過ぎる。
折角だからとの桃香の提案で、雪蓮達も呼んでの盛大な魚パーティを開くことにした。

その日の夜。
迷宮への出立を間近に控えていたこともあり、宴会は瞬く間に飲めや唄えやの大騒ぎになってしまった。
しかし一刀は、普段とは異なり周囲に溶け込んではしゃぐ気分にはなれなかった。

「こら、ち○こ男! なにをぼんやりとしているのですか!」
「ネネか。そういえば、宿を出て以来だな」
「一刀、震えてる……」
「久しぶりの迷宮攻略だからさ。武者震いってやつかも」

音々音と恋に苦笑を向ける一刀。
そんな一刀の手に、恋がそっと手を重ねた。

「大丈夫。恋がみんなを守る……」
「恋殿とネネがいるのだから、何の心配もいらないのですぞ!」

対アトランティス戦は、今までとはまるで状況の違う苛酷な戦闘である。
すぐ隣に死が待ち構えているということを実感していた一刀は、他の皆にはないプレッシャーを背負っていたのだ。
一刀の様子を敏感に察してくれた恋の呟きは、いつかの彼女の言葉を思い出させた。

(強くなればいい、か。……俺はみんなを守れるくらい、強くなれたのかな)

恋の温もりを感じて、いつしか手足の震えが治まっていたことに気づく一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:25
HP:454/399(+55)
MP:30/0(+30)
WG:30/100
EXP:143/8000
称号:炎の妖精

STR:38(+11)
DEX:53(+22)
VIT:28(+3)
AGI:41(+12)
INT:27(+1)
MND:20(+1)
CHR:53(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:294(+39)
近接命中率:118(+14)
遠隔攻撃力:160(+15)
遠隔命中率:106(+18)
物理防御力:194
物理回避力:122(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:41貫



[11085] 第九十話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/04/30 17:51
雪蓮クラン+一刀+華雄=11人。
桃香クラン+恋+ネネ=13人。

総勢24人での迷宮探索は、これまで行って来た数々の探索とは全くの別物だった。
はっきり言えば、探索効率が悪すぎたのだ。
それでも全員が高い実力を有しているため、初日はいつも通りにBF20まで辿り着けた。
しかし2日目以降、その攻略ペースは落ちる一方であった。

これはムネムネ団時代の一刀が悩んでいた、団員達の攻略ペースの遅れと同様の問題である。
つまり味方の人数が多すぎて、敵を回避出来ずに余計な戦いを強いられていたのだ。

元々雪蓮達は、全員が一丸となって敵と対峙する戦い方であった。
防1攻3という前衛陣の顔ぶれを見れば、それ以外の戦法が取れないことも確かである。
従って突破戦こそ強いが、夜営時には絶対的な安全地帯が必要不可欠なのだ。

このことを考えると、雪蓮達が階層を進めるためには桃香クランとの同盟が必須だったと言えよう。
だがそれで人数が増え過ぎ、攻略の難易度が高くなってしまうのは本末転倒である。
桃香クランから前衛を2,3人借りるのがベストだったし、今回の場合はそれすらも必要ない。
なぜなら一刀と華雄が雪蓮クランに参加すれば、2パーティに分けることは十分に可能だからだ。

それらを全て理解した上で、それでも全ての人数を動員することに決めたのは、雪蓮クランの頭脳である冥琳だった。
冥琳は、この大き過ぎるデメリットを甘受してでも、多人数であることのメリットが必要だと考えたのだ。

第一に、安全性が挙げられる。
各クラン2パーティずつ、計4チームでの迷宮探索。
余裕のあるローテーションは仲間達の体力の消耗を防ぎ、足は遅くとも確実に目的地まで辿り着けるだろう。
BF25へは到達した経験があり、そこから海岸までは一刀の導きがあるのだから尚更である。

第二に、多様性である。
今回の主目的は迷宮探索ではなく、対アトランティス戦だ。
未知の敵と戦うのだから、何が起こるか分からない。
だがどのような事態になっても、様々なスキルを持った仲間がいれば十分に対応出来る。

BF26以降へ進みたいならともかく、要するにBF25まで辿り着ければよいのだ。
それに主眼を置くのであれば、多少の探索効率低下は問題にならないというのが冥琳の判断だったのである。

さて、この辺りで一刀の入った蓮華パーティの構成を挙げておこう。

パーティメンバー:一刀、蓮華、思春、明命、亞莎、小蓮
パーティ名称:筋肉少女帯
パーティ効果:STR1.5倍、VIT1.5倍

普通の後衛にはあまり恩恵のないパーティ効果だったが、亞莎は暗器の、小蓮はチャクラムの使い手でもある。
このパーティ特性を活かすため、魔術や召喚は最小限に留めて物理攻撃を主体とした戦術を提案した一刀の考えは、これまでの所かなりの成果を上げていた。
今の彼女達は、紛うことなき物理特化パーティとなっていたのだ。

ちなみに雪蓮達の方は、それ以上に極端であった。
攻撃特化の雪蓮に、烈火の名を与えられる程の攻撃力を持つ華雄が加わり、更にそれを穏の固有スペル『侵略如火』でブーストした結果は、以下の通りである。

「はわわ、脳筋にも程がありましゅ!」
「あわわ、防御なにそれ美味しいの……」

「ふん、1発殴られる間に、3発殴り返せばいいのよ!」
「その通りだ。さすがは『江東の虎』と称された母御を持つだけのことはある」
「あら? 華雄は母様と知り合いだったの?」
「うむ。存命の時分には、よく手合わせをして頂いたものだ。尤も、私が勝てたことは遂になかったが……」

桃香クランの誇る優秀な軍師達からの酷評にも、雪蓮や華雄はどこ吹く風なのであった。



「ふっ!」

ゴーレムの重みのある一撃を、しっかりと盾で受け止める蓮華。
技術こそ姉の雪蓮には及ばぬものの、蓮華の秘めたポテンシャルは他の誰よりも高い。
母から譲り受けた頑健な肉体は、敵の苛烈な攻撃にもびくともしない。
常に最前線で攻撃を受けながらも動じない心は、厳しくも暖かく育ててくれた姉のお陰であろう。

2度目の攻撃も受け切った蓮華に、更に追撃が放たれる。
大重量のゴーレムから撃ち出されるという一点だけで、単純な左右のパンチが必殺の威力を纏う。
その衝車のような一撃を、蓮華は左に受け流した。

「せいっ!」
「はあっ!」

蹈鞴を踏んで体を泳がせるゴーレム。
その先には、狙い済ましたかのように思春と明命が待ち構えていた。
いや、狙い済ましたかのように、ではない。
そこにゴーレムが来ることを、思春達は知っていたのだ。

蓮華ならば、きっとこうするという読み。
思春達ならば、きっとそこで待つという読み。

お互いの意志がしっかりと噛み合った、見事な連携であった。
それだけではない。
蓮華は一刀の位置取りを横目で確認すると、即座に思春の前に回り込んだ。
そして思春に対して行われたゴーレムの反撃を、今度は右に受け流したのである。

ゴーレムの無防備な背中が、ちょうど一刀の目の前に現れるように。

一刀は、ただ全力で鞭を振るえばいいだけであった。
無論その軌道上に味方は存在しない。
まるで蓮華が初撃を受け止めてからここまでの流れが、全部お膳立てされているかのようだ。

(……もしかして、お膳立てをしてくれてるのか?!)

思えば今までの戦闘も、いつもより遥かに気を配らずに済んでいた。
皆をフォローする一刀の戦闘スタイルを考えると、こんなことは偶然では起こりえない。
逆に言えば、これは彼女達がパズルのピースを埋めるようにして戦闘を進めている証拠である。
特に戦いのイニシアティブを握っている蓮華が、2手先3手先を読んで敵を誘導しなければ、こうして戦闘の流れを作ることなど不可能であろう。

技術的には雪蓮に劣ると蓮華を評した前述は、撤回せねばなるまい。
桃香クランのメンバーが雪蓮達との合同探索で腕を上げたように、蓮華達もまた桃香クランと共に戦闘を行うことで成長していたのだ。

蓮華達に負けてはいられぬと、彼女達の位置取りや動きに追従する一刀なのであった。



いつもの倍以上の時間を掛けつつも、2日目にはBF22、3日目にはBF24まで辿り着いた一刀達。
LV24~25の混成部隊だけのことはあり、道中の安定度は抜群であった。
その順調過ぎる行程の中、一刀のステータスにあまり嬉しくないご褒美が追加されていた。

【武器スキル】
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

遠隔武器ということで半分予想していたが、今更こんなスキルが追加されても使い所などあるわけがない。
意味のない死にスキルに、一刀は溜め息をついた。

正直に言えば、残りの半分くらいは期待感を持っていた一刀。
元々はダガーなのだから、デスシザーやインフィニティペインなどの必殺技が復活するかもと考えていたのだ。

「もしくは、『眉目飛刀』の目から怪光線が出るとかさ。そのくらいのことはあってもいいじゃないか」
「それはもう分かったから、ちょっと声を落としなさい。みんな寝てるんだから」

一刀の愚痴を窘めたのは、蓮華である。
3日目の夜営、今は蓮華達が見張り番だった。

「大体、悩みが贅沢なのよ。私なんて、そんな特殊技能なんか1つも持ってないわ」
「蓮華の武器は、雪蓮と同じ両刃剣だろ。なら、雪蓮と同じ技が使えるはずだぞ」
「……桔梗さんからもそう言われたんだけど、駄目だったのよ」
「となると、単純にスキル不足ってことか。雪蓮に比べると、蓮華はどうしても盾が主体の戦い方に……待てよ、盾か」

ステータス上の名称は『武器スキル』であり、盾は『防具』である。
従って、普通に考えれば盾スキルの上昇と必殺技の習得に関連性はないだろう。
しかしRPGでは、シールドバッシュなど盾を使った技も多く採用されている。
試すだけならタダなのだから、挑戦しない手はない。

「考えられる効果は、強烈なノックバックだな。後は全体防御とか絶対防御とか、もしかしてシールドブーメランみたいな遠隔攻撃の必殺技かも」
「よくそんなに思いつくわね。……私には出来ない発想だから、羨ましいわ」
「素敵で可愛らしい蓮華の役に立てると思うからこそ、アイデアがいくらでも湧いて来るのさ」
「ふふ、一刀。貴方のそういう所、好きよ」

一刀の美辞麗句には、そろそろ慣れてきたのであろう。
大げさな一刀の言い回しに、軽い口付けを返す蓮華。
いい雰囲気になりつつあったが、残念ながらここは迷宮内である。
そして見張り番についているのは、一刀と蓮華だけではないのだ。

「蓮華様、一刀様。お忙しそうなところ、申し訳ありません」
「ひゃん! ……明命、気配を消さないでよ」
「すみません。お2人の邪魔をしてはと」
「で、どうしたんだ?」

夜営している場所の周辺を見回っていた明命の報告によると、突然向かいの小部屋に宝箱が湧いたそうである。
このフロアの宝箱には、恐らくキメラのドロップする『金の鍵』が使えるはずだ。
鍵は探索中にもいくつか出ていたし、一刀も以前手に入れた物を所持していた。

「見つけたのは明命なんだから、明命が開けろよ。雪蓮達を起こすのもアレだし、鍵は俺のを使っていいからさ」
「いえ。一刀様の鍵なのですから、一刀様が使って下さい」
「私達はこれまでにも何度か宝箱を取ったことがあるの。だから、遠慮しなくてもいいわよ」
「……ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうな」

その場に蓮華を残して、明命と共に向かいの部屋に向かった一刀。
彼が開けた宝箱の中には、液体の入った小瓶が5つほど入っていた。
BF16~BF20までの宝箱は装備品が中心であったが、どうやらBF21~25の宝箱は消耗アイテムがメインのようである。
どんな効果があるのか分からないが、とりあえずそれらを大事にしまって、一刀達は蓮華の元に戻った。

「お、帰ってたのか、思春。周りはどうだった?」
「付近に敵はいない。もうしばらくはゆっくり出来るだろう」
「残念だわ。早く一刀のアイデアを試してみたいのだけれど……」
「明日だってあるんだしさ。正直、敵が来ないのはありがたいよ。小蓮や亞莎を起こさなくて済むんだから」
「それもそうね。後衛は精神力も消耗するのだし、休める時にしっかりと休んで貰わないと」

敵が来たらいつでも参戦出来るよう、部屋の隅で寝転がっている小蓮達。
一刀の提案した戦術に基づいて普段よりも多く物理攻撃を行ったために、彼女達は見張り番をする体力が残っていなかったのである。

小蓮や亞莎の特別扱いに不公平さを感じる者は、この中には誰一人としていない。
ここまで深いフロアだと、後衛の消耗度が迷宮探索に大きく影響するからだ。
従って出来る限り休むのは、言わば魔術師の義務であるし、下手な遠慮をされる方が余程迷惑なのである。

もちろん余裕のある時にも手を抜いた方がいいという話ではない。
消耗を抑えるという意味では正着手でも気の緩みが発生するのは避けがたく、それがいずれ最悪の事態を招くからである。
要は自己管理をしっかり行いましょうね、あと無理は禁物ですよ、というだけの話だ。

あどけない顔で眠る小蓮と亞莎で目の保養をし、明命や思春と交替して周囲の索敵に向かう一刀なのであった。



4日目の夜。
たかが5階層の移動に丸3日を費やしながら、一刀達はようやくBF25海岸へと到着した。
探索終了予定日まで残す所あと3日、ここからが本番である。

海岸へ辿り着いた夜のうちにアトランティス対策を練り、実戦で確かめることになった一同。
それはまさに、軍師達の独壇場であった。

参謀:冥琳
作戦:アトランティスを【赤壁】で囲み、魔術攻撃のみで決着をつける。
一言:「熱光線が物理攻撃ならば、敵は手も足も出ないはずだ」
結論:敵の攻撃は【赤壁】をも貫いた。冥琳を庇った一刀の魔術攻撃無効マントも貫通したので、熱光線はどうやら特殊攻撃に分類されるらしい。
感想:「ふっ、やはりそう上手くは行かないか」「冥琳、格好つけてないで、さっさと逃げろって!」

参謀:穏
作戦:蓮華を『不動如山』などで最大限に強化し、熱光線を防ぐ。
一言:「これで敵の攻撃が防げればぁ、ぐっと戦いやすくなりますよぉ」
結論:土系統の魔術は一部有効であったが、敵の攻撃を完全には防げなかった。
感想:「てへっ、失敗失敗ですぅ」「……穏、ちょっと向こうでOHANASHIしましょう」

参謀:亞莎
作戦:恋にタイマンを張って貰う。
一言:「恋さんなら、恋さんならきっと何とかしてくれます!」
結論:確かに何とかしてくれたが、さすがに連戦までは無理そうだった。
感想:「こんなの、策とは言えませんね。もっと勉強しないと」「お腹空いた……」

参謀:朱里
作戦:翠の【錦馬超】で敵の攻撃を防ぎ、その間に力を溜めた鈴々が一撃必殺の攻撃で仕留める。
一言:「はわわ! 穏さんと被っちゃいました!」
結論:具現化した錦は熱光線を通さなかったが、近距離で全てを受け切るのは不可能だった。
感想:「翠さんの身体能力でも、難しいですか……」「翠は根性が足りないのだ!」「なんだと、このっ!」

参謀:雛里
作戦:自身の加護スキル【連環の計】で敵の足止めを行い、遠隔攻撃のみで倒す。
一言:「敵の熱光線は直線的で軌道が読みやすいですので、遠距離であれば確実に避けられるかと……」
結論:弓などより遥かに敵の攻撃回数が多かったため、結果的に苦戦を強いられた。
感想:「雛里ちゃん。私みたいな年寄りを、あんまり扱き使わないでね」「年寄りだなんて、そんなことない。紫苑さんは十分に魅力的だよ!」「あわわ……、ち○こもげろ……」

様々な作戦を試し、効果を検証する参謀達。
彼女達が特に注目したのは、穏の作戦で使用した土系統6段階目の魔術『泥の形代』であった。

土系統を得意とする魔術師がLV25から使用出来る『泥の形代』は、実に160ものMPを消費する大魔術である。
その効果は敵の攻撃を一定回数だけ無効にするというものであり、アトランティスの熱光線も例外ではなかった。
通常の探索では効率が悪過ぎて使用出来ないこの魔術も、今回の場合に限っては非常に有効だと言える。

敵が確実に単体であり、戦闘がパターン化されていること。
敵の攻撃は単調で避けやすいため、被弾自体が少ないこと。
敵はHPが低いので、少人数で撃破可能であること。

これらの条件が出揃っているため、『泥の形代』をベースとした戦術を選択することが可能だったのである。



「次、行くぞ。それっ!」

合図と共にアトランティスを釣り上げ、それと同時に横っ跳びで地に伏せる一刀。
この瞬間、5割程度の確率で熱光線が一刀に向けて放たれることが分かっていたからだ。

一刀の真上を熱光線が通過する。
このパターンの場合、こちらの最初の1手は雪蓮の斬撃だ。
銃という武器は撃ち終わりの隙が出来にくいが、それでも無防備に伸ばされた右手は格好の的である。

ここでアトランティスの行動は、雪蓮の攻撃を避けるか、それを無視して左手で更に攻撃を加えようとするかに二分化される。
今回は後者を選んだアトランティスの右腕が宙を舞い、しかしその左手に握られた銃は雪蓮をロックオンした。

「姉様!」

そこに飛び込んできたのは、アトランティス討伐メンバー最後の1人である蓮華だ。
自慢の盾で敵の腕をかち上げ、蓮華はその照準をずらす。
しかしタイミングが微妙に合わなかったのであろう、発射された熱光線が雪蓮の左頬を焼いたかに見えた。

その瞬間、雪蓮の姿が一瞬だけ霞んだ。
焼き爛れるはずの雪蓮の顔面の代わりに、幻想の形代が燃え上がる。

だが今は、そんなことに構っている暇などない。
蓮華によって弾かれたアトランティスの左腕を、鞭で絡めとる一刀。
そうなってしまえば、決着はついたも同然だ。

正面から背後から、雪蓮が蓮華が、唐竹割りで袈裟切りで、アトランティスに襲い掛かる。
一瞬で昇天するアトランティスの姿がやたらと満足気げに見えたのは、恐らく一刀の不純な願望が入り混じってしまったせいであろう。

「雛里、『泥の形代』が切れたわ」
「あ、わかりました……」

そう雪蓮に答えたものの、雛里のMPが160を切っているのが、一刀には分かっていた。

NAME:雛里【加護神:鳳統】
LV:25
HP:360/309(+51)
MP:122/352(+100)

これまで見た中で誰よりも高いMPを持つ雛里だったが、それでも『泥の形代』を3人にばら撒き続けるのはキツいように思える。
しかし一刀は、何も口出しをしなかった。
雛里には鬼性能の加護スキルがあることを、一刀は知っていたからだ。

≪-落鳳坡-≫

鳳統が主君の身代わりとなって命を落としたとされる故事。
その伝説が嘘か真かは知りようもないが、一刀だけには雛里の身に何が起こったのか一目瞭然であった。

NAME:雛里【加護神:鳳統】
LV:25
HP:122/309(+51)
MP:360/352(+100)

雛里の呪文は、まるで上記の故事のように自分のHPとMPとを入れ替える効果があったのだ。
『泥の形代』を雪蓮に掛ける雛里と、彼女を支えるようにして『癒しの水』や『活力の泉』を唱える朱里。
だが彼女達は、その貢献度に相わしい恩恵を全く授かっていなかった。

そう、雪蓮達は3人だけでパーティを組んでいたのである。

この非情とも思える措置は、意外なことに朱里達自身の提案であった。
LVが平均的なパーティよりも突出した人物がいた方が、迷宮探索において有利であることは周知の事実である。
それを最大限に利用したのがPLであることからも、その法則は分かり切っている。
更に言えば、前衛のLVさえ高ければ後衛は多少低くても問題ないが、その逆はありえない。

これらのことから、雪蓮クランの攻防の要である雪蓮と蓮華のLVを集中的に上げようというのが、軍師達の総意であった。
もちろん可能であれば一刀も外したかったのだが、残念ながら敵を釣った時点でタゲを取ってしまうので、それは不可能である。
従って一刀達が3人でパーティを組み、対アトランティス戦を集中的に行うことになったのだ。

朱里と雛里を含めた5人だけを残し、他のメンバーはそれぞれ近場でLV上げを行っている。
そのLV上げにも参加出来ない朱里達の献身に報いるためにも、1体でも多く敵を倒そうと頑張る一刀達なのであった。



戦闘自体は極めて短時間で終わるため、一刀達の連戦速度は凄まじいものがあった。
朱里達に負い目を感じていた分だけ、自分達を追い込んでしまったというファクターも見逃せない。

普通であれば気が狂ってしまうような地獄の3日間は、彼等の心身を確実に蝕んでいた。
それが最終日の後半ともなると、特に一刀を見る雪蓮の目が常軌を逸しているほどにやばかった。

「あっはぁ。わ、私、もう……」
「……姉、様?」
「欲しくて、欲しくて……」
「雪蓮、蓮華。次の奴、行くぞ」
「……堪らないのよっ!」

一刀に飛び掛かった雪蓮は、そのまま彼に馬乗りとなって自身の服を引き裂いた。
『泥の形代』があったとはいえ、彼女達を貫こうと飛び交う熱光線の脅威自体が消えることはない。
長時間に渡る過度の緊張と、命を危険に晒し続けた反動により、雪蓮は極度の発情状態へと陥っていたのだ。

「ごめんなさい! 妹達や冥琳の彼だからって、ずっと我慢してたけど! 愛してるわ、一刀!」
「むくちゅっ、ぷはっ! 待って、ちょっと待てって! その気持ちは嬉しいけど、朱里達だっているんだからっ!」

「はわわ! す、すぴー、すぴー」
「あわわ……、ぐうぐう……」

「とにかく続きは、帰ってからにしよう! 蓮華も雪蓮を止めてくれ」
「一刀、姉様のことを好きなら、このまま抱いてあげて。私、ずっと自分の気持ちを抑えてた姉様の思い、よくわかるから……」

あまりの突然さに思わず止めに入ってしまったが、元々一刀は倫理感の強い方ではない。
雪蓮のムチムチとした肉体感に、だんだんと子供達の前であることがどうでも良くなってきた一刀。

(むしろ朱里達の性教育になって、かえっていいんじゃないか?)

などと一刀は、遂に自己正当化をし始めた。
しかし、なぜか性行為にのめり込めない一刀。
歳の差に関係なく愛情を抱いた季衣達や、元からエロティックだった小蓮とは違い、朱里と雛里はあまりにも初月である。
一刀はそのことに、どうしても罪悪感を覚えてしまったのだ。

そんな一刀の様子を察した蓮華が、ここで参戦してきた。
初めての時以来、なぜか複数プレイの機会に恵まれている蓮華。
彼女の戦技が防御特化ならば、その性技は3P特化と言える。

「れ、蓮華。そ、そんなとこ、汚いわ……」
「姉様の体は、汚くなんてないです」
「はぁん! ふふ、蓮華もいつの間にか、あっひ、ず、随分と大人になったのね」
「ぺちゃ、はむっ、はぷぅ……、姉様、気持ち良くなって下さい……」

姉に尽くす蓮華と、彼女を愛おしげに抱きしめる雪蓮。
彼女達の痴態は、一刀の罪悪感をあっけなく吹き飛ばしてしまった。

2人の絡み合いが、それほどまでに官能的であったのか。
いや、決してそれだけが理由ではない。

性行為を通じて伝わる、蓮華の姉への敬意。
そして雪蓮の妹に向ける愛情。
彼女達の間には、ただエロスとだけでは表現しきれない何かが、確実に存在していたのだ。

結局の所、積極的に彼女達の交わりに参加することとなった一刀。
雪蓮と蓮華を交互に相手取りながら、姉妹の絆をしっかりと感じていた一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:27
HP:487/432(+55)
MP:30/0(+30)
WG:70/100
EXP:6472/9000
称号:○○○
パーティメンバー:一刀、雪蓮、蓮華
パーティ名称:棒姉妹
パーティ効果:クリティカルヒット率アップ

STR:40(+11)
DEX:55(+22)
VIT:30(+3)
AGI:43(+12)
INT:29(+1)
MND:22(+1)
CHR:55(+18)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、ハイパワーグラブ、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:301(+39)
近接命中率:125(+14)
遠隔攻撃力:167(+15)
遠隔命中率:113(+18)
物理防御力:197
物理回避力:129(+24)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:41貫



[11085] 第九十一話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/05 13:47
迷宮探索を終えた一刀達。
狂気混じりの対アトランティス連戦は、多大な経験値を一刀達にもたらした。

しかし一方で、アイテム的には予想外の不作でもあった。
アトランティスがドロップした『金の短剣飾り』は、おおよそ250個。
これは総撃破数の3割程度であり、『増ドロップ香』を常に使用していたことを考えれば妥当な数と言える。
だが肝心の『バミュータの宝玉』は、僅か23個のドロップ数であったのだ。

これは、宝玉がレアアイテムであることを示している。
オーガを例に挙げると、通常ドロップ『ミスリルインゴッド』に対して『鬼のパンツ』がレアドロップに該当する。
レアアイテムのドロップ率は通常アイテムの1割程度であり、短剣飾りと宝玉の割合から考えても辻褄があうだろう。

そして短剣飾りは今までの傾向からして、アトランティス固有のアイテムではない。
つまりアトランティスには、通常ドロップがなかったということだ。
華琳達の時に1発目で宝玉が出たのは、鬼引きだったのである。

ともあれ、僅かという表現をしたのはあくまでも期待値に対する評価であり、クランで使用するには十分過ぎる数量だ。
無限にアイテムが入るわけではないが、1個の宝玉で1クランが1週間不自由しない程度の荷物を余裕で収納出来るのだから、むしろ23個の宝玉は雪蓮達にとって些か多過ぎると言えよう。

「でも、だからって契約より多く俺に渡すことはないだろ。レアアイテムなのも分かったんだし、持っていて損することもないんだから」
「いいのよ、他人に売るつもりはないし。このまま持ち腐れになるよりは、ね。1個は献上用、1個は月達に、そして1個は自分のために使いなさい」
「……それじゃ、大切に使わせて貰うよ。ありがとう、雪蓮」
「こっちこそ、色々と助かったわ。また一緒に潜りましょうね、一刀」
「ああ、その時はよろしくな」

本来であればこの後は打ち上げの流れであるはずなのだが、残念ながらそんな余力はどこにも残っていない。
とにかく今はゆっくり休みたいと、宿に戻る一刀なのであった。



都市長が月になってから、洛陽の街も徐々に活気づいてきた。
その変化を最もよく表していたのが、天和達3姉妹の活躍であろう。
だんだんと生活に余裕が出てきた民達。
彼等の今までの鬱憤晴らしにと、芸人達の需要が急速に高まっていたのである。

これまで芸人に掛かる税率は、極端に高かった。
苛税を課した麗羽からしてみれば、民達が一度に集まるライブは危険極まりないものであったからだ。
集団心理や音楽による高揚感で、民達に暴発などされては堪らない。
もちろん貧困に喘ぐ民達に、娯楽に使うお金などあるはずもなかった。
結果的に、洛陽は火の消えたような殺伐とした街になっていたのだ。

「だからね、璃々もお歌でみんなを元気にしたいの!」
「それは分かったけど、なんで俺に相談するの? 確かに璃々ちゃんのファンクラブには入ってるけどさ」
「だって天和お姉ちゃん達が、カズPに色々と助けて貰ったって言ってたの。璃々はプロデューサーさんがいないから……」
「そっかぁ。にしても、カズピーって呼ばれ方も懐かしいな」

フランチェスカ時代、友人のいない一刀に気を使って、頻繁に話しかけてくれたクラスメイトの及川祐。
妙な渾名で呼ばれるのは辟易としたが、彼の明るさに何度も心を助けられてきた一刀は、口にこそ出せなかったが内心では非常に感謝をしていた。

そんな及川が、よく教室で口ずさんでいた歌。
JASRAKの存在しないこの異世界であれば、もしかしてパクり放題なのではないか。
一刀は、ついそんなことを考えてしまった。

「よし、それじゃ璃々ちゃんに新しい歌を教えてあげよう。『オマーン湖』ってタイトルなんだけど」
「どんな歌?」
「気持ち良く生きようぜって感じの曲さ。一緒に歌おう、璃々ちゃん!」
「うん!」

若者を中心に人気のあるアイドルユニット『数え役満☆シスターズ』。
主に中年層に対して圧倒的な支持を誇るソロシンガー璃々。

彼女達の活躍と共に、カズPの名も洛陽中に広まっていくのであった。



当然ながら、一刀も遊んでばかりいたわけではない。
一刀が貰った休暇はあくまでも雪蓮達との探索までであり、璃々の相談に乗ったりしながらもきちんと政務はこなしていた。

実は月達の部下は洛陽へと集まりつつあり、一刀も既に個人分の報酬(宝玉に関する分)とメイド達の分を含む政務に関する報酬を受け取っていた。
前者は一刀の財布に、後者は宿の財布に入れる分である。

というわけで一刀達はそろそろお役御免なはずなのだが、一気に引き上げては業務が滞ってしまうため、一刀は月達と相談して特に優秀であった5人のメイドを派遣として貸し出すことで合意した。
これはつまり、彼女達のメイド見習い卒業を意味する。

ちなみに彼女達も含めたメイド見習い達は、既に一般人としての身分を取り戻している。
労働力として拘束するならともかく、一刀の宿の場合だと彼女達を奴隷のままでいさせることに意味はなかったからだ。

一刀のやり方とは、宿をメイド見習い達にとっての職業訓練所と孤児院を兼ねたものとする方式のことである。
教育や遊びの時間を多めに取り、その代わり給料はお小遣い程度としている。
これは客観的に見ると、生活保証の面では奴隷に対する扱いと大差ない。
つまり行政府からのキャッシュバックが来る分だけ、彼女達の身分を解放した方がお得だったのである。

月達の定めた律令によると、身分解放された時点でそれまでの借金は全てチャラとなる。
そういうルールでないと、金銭欲しさに形だけの解放をされてしまうからだ。
奴隷という身分による拘束が借金という鎖に代わるだけでは何の意味もない以上、これは当然の措置であろう。

従って一刀の宿の場合でも、メイド達が出て行くのは自由である。
派遣扱いとなった正規メイド達が、そのまま月達の所へ就職してしまうのもありだ。
一刀的にも、やや寂しい気もするがそれはそれで構わない。
彼女達の自立こそが、一刀の最終目的であるからだ。

無論のことではあるが、派遣という業務体系をとった方が宿の収入は増える。
だが就職先の選択を彼女達の好きにさせてやりたいという思いもまた、一刀の中にはあった。

そのためにも、多少のことでは動じないくらい宿の利益を上げることが、今の一刀にとっては最重要課題だったのである。

「というわけで、そろそろメイド宿屋としてオープンしたいんだけど、七乃はどう思う?」
「メイド見習いから昇格させても大丈夫なのは、10人程度ですよ。残りの子達には、まだ荷が重いですー」
「となると、やっぱり全室解放ってのは厳しいか。最大収容人数の半分くらいなら、いけるか?」
「そのくらいなら、なんとかー。でも料金設定を見直さないと、利用者がいないかもしれませんよ。今はようやく不況から脱出した所ですから」

といって、これも簡単な話ではない。
月達と違って正規の客であれば、日々の食事もメイド達と同じものという訳には行かないだろう。
つまり客に掛けるコストが上がるのに対して、利益は下がってしまうのだ。

食事を出さないという一手も、あるにはある。
その分だけ宿の料金を下げるという具合だが、元々は高級志向が売りの宿なのだ。
普通こういう形式の宿では、代金に含まれる食事などの利率が最も高い。
その美味しい部分を捨ててしまうのは、いくらなんでも愚策であろう。

このことからも分かるように、薄利多売方式は一刀の宿にはマッチしない。
宿自体の減価償却費が高い分だけ、損だからである。
せっかく高級宿にメイドというプレミアまでつけたのに、それが意味を失ってしまうのだ。

「とにかくこっちは素人なんだし、やるだけやってみよう。一度試してみないことには、問題点も分からないからな」
「そうですねー。いざとなったら、一刀さんが迷宮で稼いで来てくれればいいんですし、気楽に行きましょう」
「……何か釈然としないけど、まぁいいか。ところでさ、なんかメイド達がやたらと増えてないか?」
「先日も一刀さんに相談したじゃないですかー。ちょっと前から、生活苦でこの宿に子供を預けたがる方が増えましたって」
「あー、そう言えば、そんなことを聞いたような……」
「一応厳選はしているんですが、この宿も駆け込み寺として有名になっちゃいましたからねー」

麗羽が都市長だった末期の頃は、桃香達が炊き出しをしなければならない程、洛陽の民達は貧困を強いられていた。
そのため少なくとも3食が約束されている一刀の宿は、労働力にならない子供を預ける格好の場所として認識されていたのである。
七乃はその中でも特にヤバそうな、つまり命の危険がありそうな子供だけを引き取っていたのだ。

「遣り繰り出来る範囲なら、全然文句はないさ。但し、情に負けて共倒れになることだけは避けてくれよ」
「分かってますよー。宿が潰れたら、美羽様だって路頭に迷っちゃいますからね」
「そこら辺は俺なんかより七乃の方がよっぽど上手く調整出来るだろうし、よろしく頼んだぞ」
「はいはーい。お任せくださーい」

今まで通り、宿に関しては全て七乃に丸投げした一刀。
しかし一刀には、まだ解決すべき問題が残っていた。

それをどうにかすべく、華琳の屋敷に向かう一刀だった。



一刀の抱えている問題。
それは、季衣と流琉の去就についてである。

一刀が宿を手に入れた頃の話になるが、季衣達は彼に自分達を宿で雇って欲しいと頼んだことがあった。
2人が華琳クランに入って間もない頃だったので、それは不義理だと断った一刀。
その時、いずれ機会を見てその件を華琳に話すと約束していたのである。

税率の下がった現状であれば、宿の従業員として2人を受け入れることが出来る。
華琳クランへの凪達や霞の加入によって、季衣達の穴もなんとか埋められよう。

「というわけで、季衣と流琉が辞めたいのなら、タイミングは今だと思うんだ」
「……確かにそうね。今まで良く頑張ってくれたし、もし季衣達が望むなら、こちらは快く送り出すわ」

意外なことに、華琳もまた季衣達のクラン離脱に反対することはなかった。
実は華琳には彼女達に対する負い目があったのだ。
それは自分のクランに誘った時、巧みな弁で季衣達の意志を誘導したことである。

華琳クランの人員が僅か4人だった当時、彼女は一刀のパーティメンバーを是が非でも自分のクランに引き入れたかった。
そのための繋ぎとして、桂花育成依頼を無理にねじ込んだのである。
もちろん桂花の成長を期待する面もあったが、主目的は一刀達との関わりを増やすことだったのだ。
一刀が剣奴から身を買い戻す時にやたらと気前が良かったのも、一刀達に自らの器の大きさを見せつけたい思いがあったことは否定出来ない。

稟と風は華琳の狙い通り、自分からクランへの参入を申し入れてきた。
しかし星が桃香の所に行ってしまい、また一刀達もクラン加入に対する反応がいまひとつであった。
そのことに業を煮やした華琳は、常と異なり強引な手段に出てしまった。

当時の季衣達に対して言った、一刀に対する依存や自立の必要性など、単なる言葉遊びに過ぎない。
つまりそうまでして季衣達を、そして一刀のことを欲していたのだ。

とはいえ、華琳には似つかわしくない下策だったと言えよう。
現に一刀の参入も結局はなかったし、季衣達にも早くから迷いが生まれていたのがその証拠である。
そしてそのことは、誰よりも華琳自身が理解していた。

「とにかく、あの子達の気持ちを尊重しましょう。季衣達を呼んで来るわ」
「ああ、頼むよ」

部屋から出て行った華琳は、すぐに季衣達を連れて戻ってきた。
一刀に会えた喜びで笑顔だった彼女達は、しかし話を聞いていくうちに困惑の表情を浮かべ始めた。
二つ返事で了承すると思っていた一刀は、そんな2人の反応が意外であった。

「あれ? 元々は季衣達が望んだことだろ? 随分と遅くなったのは悪かったけどさ」
「でも兄ちゃん、今はBF26へ挑もうとしてる、大事な時期なんだよ」
「私達が抜けたら、それだけ他のみんなへの負荷が大きくなってしまいますし……」
「季衣、流琉。その気遣いはありがたいけど、自分がどうしたいのかを最優先に考えなさい」

そう華琳に諭されても、はきとした返事の出来ない季衣達。
冒険者を辞めて一刀と共に安全な場所で働きたいという気持ちは確かに強い。
しかし、これから苦難の道へ向かう仲間達を守りたいという思いも、彼女達の中には根強く残っていたのだ。

「慌てることもないわ。自分達が後悔しないよう、しっかり考えて決めなさい。一刀も、それでいいわね?」
「ああ、もちろんだ。ありがとうな、華琳」
「いいのよ。私にも落ち度があったのだし。ところで一刀、礼を言うなら口ではなく、態度で示すべきだと思わない?」
「……なんか依頼でもあるのか?」
「当たりよ。季衣が言ったように、私達は次の探索でBF26を目指すつもりなの」

その際に、華琳達はやっておきたいことがあった。
BF25のGキング討伐である。

「貴方がいなくても倒せる位には鍛えたつもりだけど、保険はあった方がいいわ。報酬は、そうね。BF26のドロップアイテムから作った装備なんてどうかしら」
「……確かに、悪い話じゃないな。どうせ乗りかかった船だし、参加するよ」

報酬の装備品も美味しいが、BF26の敵に対して華琳クランと共に戦えることが、一刀にとっては何よりのメリットとなる。
現時点でのクラン単位での実力は、やはり華琳の所が突出しているからだ。
初見の敵と戦うとなれば、華琳クランで行うのがベストであろう。

「出立はいつなんだ?」
「3日後の予定よ」
「それじゃ、早速準備しなきゃ。あ、そうだ。稟に鑑定して欲しいアイテムがあるんだけど、いいか?」
「ええ。季衣、稟に声を掛けて来て頂戴」
「はーい!」

『バミュータの宝玉』を握りしめ、前回の探索で手に入れた消耗品アイテムと大神殿で得た『贈物』を、脳内に浮かび上がったリストから選択する一刀。
すると彼の目の前に、光の粒子を放ちながら該当アイテムがポップした。

ドーピングポーション:WGを瞬時に100%まで上昇させる。
昴星道衣:防50、耐200/200、HP+15、DEX+8、AGI+8、近接命中+8、物理回避+8
極星下衣:防48、耐200/200.HP+37、近接攻撃+15、遠隔命中+11

如何にも終盤戦を思わせるハイスペックな『贈物』もさることながら、ドーピングポーションはGキング戦に使えば非常に有効であろう。
こうして一刀は、新たな迷宮探索に向けて活動を開始したのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:27
HP:509/432(+77)
MP:30/0(+30)
WG:70/100
EXP:6472/9000
称号:カズP

STR:39(+10)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:46(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:315(+54)
近接命中率:136(+22)
遠隔攻撃力:166(+15)
遠隔命中率:126(+29)
物理防御力:228
物理回避力:139(+32)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:211貫



[11085] 第九十二話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/07 07:39
もう明日には迷宮に赴かねばならない一刀。
出立日の前日ともなれば、風俗店などで英気を養っておく必要があるだろう。
命の洗濯による精神的な癒しが時に一瞬の生死の境目と成り得る、それこそが迷宮探索なのだ。

既に熟練の域に達している一刀は、そんな冒険者の心得だって当然理解している。
にも関わらず、一刀は最後の夜をストイックに過ごしていた。

一刀はこの夜、亞莎に呼び出されて彼女の部屋で相談を受けていたのである。
前回の迷宮探索時に軍師達が策を出し合う中で、唯1人だけ何の衒いもない凡策を提示してしまった自分を恥じた亞莎。
彼女はそれ以来、寝る間も惜しんで勉学に励んでいたそうだ。

とはいえ、書物だけでは当然限界がある。
そこで冥琳や穏など、先達の助言を受けて回った亞莎は、その時に彼女達から一刀の評価を聞いたのだと言う。

「奇才ともいえる発想力だけは敵わないと、冥琳様をして言わしめる一刀様の頭脳を是非ともお借りしたいんです!」
「それは構わないんだけどさ」
「もしかして、ご迷惑だったでしょうか……」
「うーん。まぁ、可愛らしい女の子と2人で勉強ってのも、命の洗濯には違いないか」
「か、可愛らしいだなんて……」

長い袖で顔を覆い隠してしまう亞莎。
もし仮に『裸Yシャツで一緒にモーニングコーヒーを飲みたい人物』の人気投票があったとしたら、迷わず1票を入れてしまいたくなる。
そんな亞莎の愛らしい姿は、一刀をとても和ませた。

「で、具体的にはどうするんだ? 一緒に勉強すればいいのか?」
「いえ。出来れば私に、その発想力のコツなどを伝授して頂ければ……」
「そう言われてもなぁ」

一刀の発想力の源は、言わずと知れたゲーム知識である。
つまり一刀的には、奇策でもなんでもない定石なのだ。
その定石を知っているか知らないか、純粋にそれだけの違いなのである。

「発想ってのは、色々な経験の蓄積から生まれて来るものじゃないかな」
「と言いますと?」
「例えばさ、勉強に疲れて甘いものが食べたいなぁって時、亞莎は何を食べる?」
「えーと、桃饅頭かお団子でしょうか?」
「まずそこで、亞莎は2つの選択肢が出たわけだ。でも、例えば冥琳だったら50の選択肢が瞬時に出て来るかもしれない」
「なるほど。その知識量の差こそが、発想の差に繋がるというわけですか?」
「そうじゃないんだ。それはただ食べたことがあるかないか、そういった土台の問題だけだろ?」

そう言って、一刀は『バミュータの宝玉』からゴマ団子を取り出した。
迷宮探索時のおやつにと買っておいたのだが、まさかこんな所で役立つとは一刀も思っていなかった。

「これを見て、どう思う?」
「美味しそう……ですけど?」
「それは自分が食べることだけを想定した結果だろ? じゃあ、こうしたらどうだ?」

ゴマ団子を摘み、亞莎の口元へと持って行く一刀。
戸惑う亞莎だったが、一刀に促されて小さく口を開く。

「美味しかった?」
「は、恥ずかしいです……」
「つまり亞莎は、ゴマ団子で美味しさ以外のことも味わえたわけだ」
「……あ、ホントだ!」
「亞莎はさ、冥琳や穏にアドバイスを貰ったり、書物で勉強したりしたんだよな。それ自体は大事なことだと思う。でもそれは、オヤツの選択肢を増やすだけの行為なんだよ」

発想力で肝心なのは、そうではない。
だが最初に提示したオヤツで何が出来るか、ということでもない。

「では一体、どういうことなのでしょうか?」
「全ては目的を達成するための手段に過ぎないってこと。だから恋を使うという亞莎の策が駄目なものと思い込んでる所から違うんだ」
「ですが……」
「連戦こそ出来なかったけど、アトランティスは倒せただろ。つまり、亞莎の策は他の軍師達に劣っていなかったのさ」

残っていたゴマ団子をパクつく一刀。
そんな一刀を、未だ釈然としない面持ちで見つめる亞莎。

「分かり難かったかな。例えば、さっきゴマ団子の話を持ちだしただろ? そのお陰で、亞莎とイチャイチャ出来たわけだ」
「は、はい……」
「もし俺に恋愛経験がなかったら、美味しかったね、で終わってしまったかもしれない。いくらゴマ団子以外のオヤツの種類を知っていても、亞莎が可愛らしく照れた姿なんて見れなかっただろ」
「あ、あんまり言わないで下さい……」
「ごめんごめん。つまり発想ってのは、策だけの知識を得るんじゃなくて、色々な経験を積むことが大事なんだと思うぞ」
「経験、ですか……」

なにやら深く納得した様子の亞莎。
若干こじつけ気味の話であったが、亞莎にとって刺激になったのならば、それはそれで良いのだろう。
一刀的にも、亞莎の小動物的な所が見られて大満足である。

もちろん亞莎に経験を積ませるために、一刀は協力を惜しまない覚悟だ。
次は股間のゴマ団子を頬張って貰おうかと、上手い誘導方法を考える一刀なのであった。



翌日からは、華琳クランとの迷宮探索である。
2パーティに分かれての探索は、効率の観点からはベストに近いと改めて認識した一刀。
少人数だと夜営や非常時に対応出来ないし、逆にこれ以上増えると戦闘回避が不可能になるからだ。

文字通り敵を蹴散らしながらの祭壇~BF20海岸。
慎重な行動が必要不可欠なBF21~BF25海岸。

そのどちらも僅か1日ずつで踏破して、華琳達はいよいよGキングへと挑むこととなった。

さして広さのない小部屋、そこに至る通路には他の敵を警戒すべく霞、凪、沙和、真桜を配置した。
小部屋の入口には3軍師、更には彼女達を守るべくWGを貯めた季衣と流琉が控えている。
中衛に秋蘭を残し、華琳を中心に一刀と春蘭がその両脇を固める布陣だ。

もちろんパーティ編成は、HP、MP2倍の『華琳党』である。
このパーティ効果の恩恵を華琳達に与えることが、一刀に期待される最も重要な役割だと評しても過言ではない。

そして肝心のGキングだが、その姿は通常のGと変わらなかった。
但し色がショッキングピンクであり、その一点だけが異彩を放っている。

(色違いの敵は確かにありがちだけど、ピンクはないよな……)

などと、物思いに耽っている場合ではない。
そのテラテラと輝く桃色の巨体を一個の弾丸に模して、Gキングが襲い掛かってきたのだ。
粘液を滴らせながら堅い甲殻に覆われた羽を震わせて、不快な羽音と共に体当たり攻撃を仕掛けて来るGキング。

だが、Gキングを好き勝手に動かせるわけにはいかない。
HP2倍効果を受けていない季衣達や元のHPが低い後衛達にとって、Gキングの接近は危険過ぎるからだ。

Gキングの突進を、その『七星飢狼』で敢えて受け止める春蘭。
動きの止まったGキングに華琳と一刀が両サイドから痛烈な攻撃を加え、部屋の隅へと押し込む。
思わず上空へ退避しようとするGキングだが、制空権は既に華琳クランが握っている。
秋蘭から放たれた矢ぶすまと、後衛達による炎の攻撃魔術が、Gキングの浮上を許さない。

早くも万策が尽きたのか、最終手段であるミニGを産み出していくGキング。
完全な勝ちパターンであったが、仮にも自ら王を名乗る敵である。
そんな安易な展開を許すはずもなかった。

「おかしい、GキングのHPが減ってない!」
「なんですって?!」

これまでのパターンからすると、ミニGが増える毎に本体のHPは減っていた。
もちろん具体的な数値まではわからないが、NAMEカラーの変化によって大雑把には把握出来ていたのだ。
本体が赤NAMEになった直後にカラミティバインドを始めとする必殺技で集中攻撃をすれば、今までは丁度良い感じに決着がついていた。

ところがその目安がないため、一刀には必殺技を放つタイミングがわからない。
しかも例えそれに成功した所で、殲滅出来るのはミニGだけなのだ。
その後はWGのない状態、つまりGキングの自爆に備える術を失った形での戦闘になってしまう。

だがある意味、その心配は不要であった。
ミニGの数は20匹を超えた辺りでストップしたのだ。
すわ爆発かと慌ててカラミティバインドを撃とうとした一刀。
その様を嘲笑うかのように、ミニG達は20個の弾丸となって一刀達に放たれた。

「くっ」
「うわっと!」
「なんなのだ、これはっ!」

前線にいた一刀達は堪らない。
ミニG達の突撃をその身に浴びてしまった一刀達に、すかさず後衛からヒールの呪文が掛けられる。

その攻撃は無視出来るほど軽いものではなかったが、もちろん爆発に比べれば被害は断然少ない。
単なる事故だと割り切って、本体を攻めようとする一刀達。

しかしミニG達の攻撃は、まだまだ続いていた。
一刀達にダメージを与えたミニG達が、そのまま消滅するわけではないからだ。
直線的な動きで壁に追突して跳ね返されることにより、上下左右からランダムに攻撃を加えて来るショッキングピンクの弾丸。

「ちっ、私がやるわ!」

言うや否や、華琳が『生者必滅の理』を発動させた。
華琳から放たれた死神の鎌は、ミニG達の命を容易く刈り取る。
だがその行為は、Gキングに新たなミニGを産み出させる役割しか果たさなかった。

「華琳、春蘭! 正面以外は俺が防ぐ!」
「任せたわ!」

一刀の提案に、即決して答えを返す華琳。
こういう時には、華琳の決断力がありがたい。
即座に華琳達の背後に回り込んだ一刀は、飛び交うミニGに対して鞭を振るった。

一刀のステータスの中でも、ずば抜けて高いDEXは伊達ではない。
ただでさえ素早いミニGの軌道に合わせ、鞭の1振りで数匹まとめて叩き落とす一刀。
撃ち漏らしは左腕の盾で弾き飛ばし、華琳と春蘭には指一本触れさせなかった。

後衛達は季衣と流琉が守られながら、また秋蘭も壁を背にして自分の安全を確保しつつ、前衛の援護を行っている。
臨機応変の見本のような戦い振りで、Gキングを黄NAMEとすることに成功した。

だが、華琳達の戦いはここからが本番のようであった。
なんとGキングが、4体に増殖したのである。

前線から抜けた一刀の穴を埋めて2人だけで1体のGキングを相手取ることもキツかったのに、その戦力差が逆転したのだから堪らない。
たちまち一方的な防戦を強いられながら、瞬時に頭の中で対策を巡らす華琳。

通路で待機している霞達を投入すべきか。
いや、そうするには部屋が狭すぎる。
むしろ霞達のいる所まで、1体ずつGキングを引っ張った方がよいだろう。
もちろんHP的にはリスキーだが、背に腹は代えられない。

そう決断しかけた華琳の思考に、一刀の言葉が待ったを掛ける。

「増えたんじゃなくて、分裂したんだ! だから本体さえ倒せば、ミニGみたいに消えるはずだ!」
「一刀、スコーピオンニードルで! 春蘭、一刀を守るわよ!」

自身の方針を即座に転換させる華琳。
Gキングには何をしてくるかわからない怖さがある。
下手に長期戦を行うより、例え賭けになっても一気に仕留めるのがベストだと判断したのだ。

ところが、これは一刀の考えとは僅かに違っていた。
一刀自身は、本体以外を無視した捨て身の集中攻撃で決着を付けたかったのである。
なぜならGキングは、即死効果無効などRPGのボスにありがちな特性を持っている可能性があるからだ。

戦闘中のため、詳細まで意見を言えなかったのを悔やむのは今更である。
既にリーダーによる決断がなされているのだし、必ずしも効果がないと決まったわけでもない。
である以上、リーダーの指示を素早く実行するのがパーティメンバーとしての役割だ。

その場にいる全員の期待を背負った一刀のスコーピオンニードルは、しかし痛恨のミス。
だが今の一刀であれば、『ドーピングポーション』により容易にリトライすることが可能である。

華琳達に守られながら、素早く薬を飲み干す一刀。
WGが即座に100%となり、必殺技の使用可能を示すカーソルがGキングに重なって点滅する。

「今度こそ決める! スコーピオンニードル!」

別に叫ぶ必要もないのだが、恥を捨てたその潔い態度が良かったのであろうか。
一刀の『新・打神鞭』はGキングの胸元を貫き、その脈動を永久に停止させたのであった。



激戦を制して『金の天使印』を手に入れた一刀達は、ひとまずBF25海岸へと撤退した。

華琳は3軍師を呼び寄せ、凪達に話を聞きながらアイテムの使い道について相談している。
だが部外者の一刀は、はっきり言って暇であった。

迷宮探索3日目の本日は、まだGキング戦しか行っていない。
確かに厳しい戦闘であったが、道中を含めてもたかだか数戦程度である。
そのくらいで疲労するほど、一刀は軟ではなかった。

ぼーっと空を見上げる一刀。
外は豊饒の季節となったにも関わらず、この海岸に変化はない。
いつでも魚介類が取れる迷宮内の海岸。
その作り物っぽさは、一刀に嫌悪感を抱かせた。

ふと華琳達の方に視線を移す一刀。
彼の瞳がある物を捉え、急速にその輝きを取り戻していった。
岩盤に腰掛けている華琳、その紺色のゴスロリファッションと魅惑の太股が織り成す、ハニカミトライアングルである。

「小さい秋、見つけた♪」

そのデルタゾーンの奥に輝く純白のトワイライトは、一刀の心を容易く捉えてしまう。
女性経験が豊富な一刀だが、チラリズムは別腹なのである。
加護で強化された視力で、心のフィルムにその光景を焼きつける一刀。

更にそのホワイトアルバムを増やすべく、一刀はさりげなくポジションをずらしていった。

華琳と同様、純白の下着を惜しげもなく覗かせている稟。
黒いタイツとガーターベルトが、得も言われぬコントラストを生み出している。
普段は鉄壁の防御を誇る濃緑のロングコートも、座ってしまえば無力であった。

透き通るような白い肌を、お嬢様ファッションで包んでいる風。
赤子のようなプニプニの素足が、その付け根まで見え隠れしている。
なぜか最奥まで肌の色そのままであったのは、もしや履いてないのであろうか。

順調であった一刀の写生大会、その最大の難関は桂花であった。
さすがに男嫌いを自称するだけのことはあり、座り方にも隙がない。

じりじりと接近する一刀。
そんな一刀の眼前に、健康的な2対の脚が立ち塞がった。

「兄ちゃん、華琳様達の下着を覗いてたんでしょ」
「ののの覗きちゃうわ! ただ俺は美をメモリアル的な意味で保存する作業を……」
「でも兄様、痴漢してましたよね? はい、いいえできちんと答えて下さい」
「いや、リアルに対して写像であることに、何故ですね……」

その騒がしいやり取りで、華琳達も一刀の痴漢行為にようやく気が付いた。
正座での反省を強要され、ねちねちといびられる一刀。

特に桂花などは水を得た魚のようであり、嬉々として言葉の暴力を一刀に浴びせかけた。
「だめだこれ」と吐き捨てた桂花のセリフに、一刀は深く心を抉られたのであった。



かなり長めの休憩を取った華琳達は、遂にBF26へ向かうべく海岸を後にした。
階段自体は既に発見済みなので、そこまでの道中も全く問題ない。

一刀達が降り立ったBF26は今までより一段と薄暗く、瘴気とも言えるくらいに空気が淀んでいた。
階段を発見していながらも華琳達が先へ進まなかった、その慎重さの理由が良く分かる。

だが、いつまで躊躇していても仕方がない。
華琳クランのほとんどはLV26であるのだから、各種ブースト香の効果を考えればLV的には十分である。
また初見の敵ということで対G戦と同じパーティ構成であり、保険という意味でも万全に近い状態だと言える。

そうやって自分を励まし、未知なる領域へと突入する一刀。
だが彼のやせ我慢も、新たなる敵と遭遇するまでだった。

NAME:ブシドー

古典的迷宮RPG『クレリックリー』を思わせる甲冑武者の群れに、嫌な予感しかしない一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:27
HP:941/432(+509)
MP:30/0(+30)
WG:30/100
EXP:7125/9000
称号:カズP
パーティメンバー:一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風
パーティ名称:華琳党
パーティ効果:HP2倍、MP2倍

STR:39(+10)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:46(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:315(+54)
近接命中率:136(+22)
遠隔攻撃力:166(+15)
遠隔命中率:126(+29)
物理防御力:228
物理回避力:139(+32)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:205貫



[11085] 第九十三話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/30 13:16
黒を主体とした武骨な甲冑、その中に人の気配はない。
だが不気味な顔当ての奥から覗く2つの眼光が、それがただの防具ではないことを知らしめている。

和風リビングアーマー。
それが一刀達に迫りくるモンスター、ブシドーの正体であった。

既に敵はこちらの存在に気づいている。
この段階から交戦を避けるには、この場からの逃走が必要になるだろう。
そしてそれは言うまでもなく、ハイリスクな選択である。
なぜなら敵を撒くまで逃走するということは、その最中に別の敵と遭遇する危険性が高いからだ。
つまり一刀が如何に嫌な予感を覚えようと、最早ブシドー達との戦いは避けられないのである。

「秋蘭、援護を!」
「はっ」

主の声に短く答え、矢を番える秋蘭。
彼女の放つ矢に合わせ、春蘭と華琳が左右から先頭のブシドーに攻撃を加えた。

ブシドーに気押され、出遅れてしまった一刀だったが、いつまでも躊躇してはいられない。
中距離に最も適正がある『新・打神鞭』で後列のブシドー2体を牽制し、自分の方へと引きつける。
と言っても、そのまま敵達を1人で相手にしようというわけではない。
秋蘭や後衛の援護を巧みに利用し、正面からの戦闘を避ける一刀。
そうすることにより、華琳達が1体に集中出来る戦場を作り上げているのだ。

秋蘭の矢が3連続でブシドーの片割れに突き刺さる。
もう一方のブシドーの腕を鞭で絡め取った一刀は、強引に引っ張った直後にその手を緩めて相手の体勢を崩した。
その反動を利用して突撃する先は、秋蘭の放つ4撃目の矢をうるさげに刀で打ち払うブシドーの懐である。
ブシドーが無防備になった所で小型バックラーを叩きつけて相手に蹈鞴を踏ませ、その隙に背後へと駆け抜けて再び敵達との距離を取る一刀。

今や攻撃力もアタッカーの一角として十分に通用する一刀だったが、本来はこういったせせこましい戦い方に分がある。
ずば抜けた器用さと回避力を活かして、敵の攻撃ミスを誘う一刀。
特に『六花布靴』を使いこなせるようになってからは、その人間離れした瞬発力が一刀の戦法を一段高みへと押し上げていた。

もちろんそのような立ち回りの成否は、集中力の持続こそが最大の鍵を握る。
そして命を掛けた戦闘である以上、その消耗は激しいに決まっている。
戦っている一刀本人には、たかが数分が何倍もの長さに感じられるのだ。

「一刀、こちらは片付いたわ」
「我々でもう1体貰うぞ」

ようやく先の戦いを終えた華琳と春蘭のヘルプに、思わず一刀が気を緩めてしまったのを責めることは出来ないだろう。
しかしその隙を敵が見逃してくれる道理もまた、あるわけがない。

音もなく一刀に近づき、武器を鞘に納めて溜めの動作を行うブシドー。
その動きに一刀が気づいた時には既に遅い。
咄嗟に飛び退こうとした一刀の首元目掛けて、ブシドーの居合が一閃した。

一刀が反射的にバックラーを構えることが出来たのは、これまでの戦闘経験の賜物であった。
だがその勢いを完全に止めることまでは出来ない。
本来であれば一刀の首を刎ねていたはずのブシドーの攻撃が、バックラーを左腕ごと切断するに留まったのは、僥倖と言っても差し支えないであろう。

「あっ、ぐぅ……」
「兄ちゃん!」
「兄様!」

いくら一刀が痛みに鈍いとはいえ、さすがに限界がある。
余りの衝撃で悲鳴も出せない一刀の様子に、それまで後衛陣の傍で戦闘を見守っていた季衣と流琉が飛び出した。
だが、動き自体はさして早くない季衣達が一刀の元に到達するまでの時間は、ブシドーが再度の溜めを行うには十分過ぎる。
先程一刀を襲った必殺の居合が、今度は流琉に向けて放たれようとしていた。

「華琳様、アレを使います!」

そう言って稟が手にした砂時計を傾けるのと、ブシドーの刀が流琉の首に喰い込むのとは、一体どちらが早かっただろうか。
いや、例えそれがどちらであっても、結果は同じである。
稟を中心とした光の洪水に包まれた戦場は、時を一刀の左腕が切断される以前まで巻き戻されたのだから。

予想外の出来事に混乱して立ち竦む一刀。
だが軍師達にとっては、それも想定内である。

≪-鉄皮―≫

桂花の唱えた呪文が、一刀の体を不可侵の鋼鉄に変化させる。
ブシドーの居合であっても、無機物となった一刀を両断するのは不可能であった。
攻撃が不発となっても、ヘイト自体は大幅に一刀へ傾いている。
無為な斬撃を繰り返すブシドーを一刀ごと焼き尽くすかのように、稟が火系統6段階目の大魔術『煉獄』を解き放った。
風や桂花も不得意な火系魔術を、稟の攻撃に重ね合わせて撃ちまくる。

コストを度外視した魔術による波状攻撃は、脅威の攻撃力を持つブシドーをあっけなく火刑に処したのであった。



パーティメンバーの混乱を立て直すため、華琳は一度BF25の海岸まで撤退することを決めた。
『鉄皮』の効果で2時間は身動きが取れないはずの一刀も、水系統6段階目の魔術『解呪の聖水』により呪文を解除されたため、行動に支障はない。

まだBF26に降り立って間もない頃だったこともあり、それ以上の新手に襲われることなく無事にBF25まで戻れた華琳達。
だが海岸に着くまでには、いくらかの戦闘をこなさねばならなかった。
そして戦闘中の季衣や流琉、一刀の動きは著しく精彩を欠くものであった。

それはそうであろう、同じく命が危なかったアトランティスとの初対戦時も、立ち直るにはそれなりの時間が必要だったのである。
ましてや左腕を切り落とされた一刀が精神的に回復するのは、容易なことではない。
海岸に着くなりその場にへたり込む一刀や他のメンバーに向けて、華琳が口を開いた。

「まずは『時の砂時計』の説明ね。これは『金の天使印』で手に入れたばかりのアイテムよ。皆が体感した通り、ある程度まで時間を巻き戻す効果があるわ」
「再使用までに多少の時間が必要になります。ですから、少なくとも同じ戦闘中には一度だけしか使えないことは覚えておいて下さい」

稟が捕捉したように制約こそあるものの、『時の砂時計』はバランスブレイカーとなりうる程の神性能を誇るアイテムであろう。
唯のゲームならいざ知らず、本来ならやり直しのきかない迷宮探索においてトライ&エラーが可能となるのだから、その恩恵は計り知れない。
但し、全ては失敗を受け入れる精神力があってのものだ。

「……兄ちゃん、やっぱりボク達、この後もBF26に行かなきゃいけないのかな」
「兄様、私、怖いです。さっきだって、首を……」

心が折れかけている季衣達。
まだ幼い彼女達がそうなってしまうのも、無理はない。

だが一刀に言うべきことは、何もなかった。
なぜなら、既に季衣達には選択肢を提示してあるからだ。
このまま冒険者を続けるもよし、引退して宿屋で働くのもよし、全ては彼女達の意志である。

無言で季衣達を抱き寄せ、震える彼女達の背中を撫でる一刀。
そんな一刀自身は、一体どういう決断を下したのだろうか。

一刀には宿屋があり、『伊吹瓢』もあり、『真珠』という金策まである。
今後の生活に困ることは、まずありえない。
しかも今回の依頼である「Gキング討伐」は、既に終了しているのだ。
ここで一刀が冒険者を辞めることを選んでも、責める者など誰もいないだろう。

「『時の砂時計』については分かったけど、もう一度BF26に挑戦する前に、ブシドーの居合について十分に対策を練った方がいいと思うぞ」
「当然そうするつもりだけれど……本当にいいの? 季衣や流琉と一緒に洛陽に戻っても構わないのよ? もちろん他の皆も、クランからの脱退は好きになさい」
「もう少し休憩が必要だけど、俺は参戦するよ」
「なぜなの、一刀? 貴方は私のクラン員ではない。危険を冒す必然性なんて、ないはずよ」
「それは、その……」

口ごもる一刀。
だが華琳に促されて、しぶしぶ自分の思惑を説明した。

「もちろん華琳達が心配なのも理由のうちだけど、正直に言えば『時の砂時計』があるからだな」
「いくら時を戻せると言っても、稟が説明した通り絶対に安全というわけじゃないのよ?」
「それでも『時の砂時計』を持っていない他のクランよりは、遥かに恵まれてるだろ。今回の探索で俺が敵の特性を把握出来るかどうかは、彼女達の命に直結する問題だからさ」

特に敵の攻撃を一手に引き受ける役割の蓮華が、ブシドーの居合のような技を知らぬまま戦えば、間違いなく死亡してしまうだろう。
最前線で敵にダメージを与える役割を担う雪蓮や思春だって、かなり危ないはずだ。
彼女達の命が助かるなら、手足くらい何度でも犠牲にして構わない。
それが複数の恋人を持つ一刀の、せめてもの誠意であった。

「本当は華琳達も含めた冒険者全員がこれ以上の迷宮探索を諦めてくれるのがベストなんだけどな。BF26以降の敵は危険過ぎるしさ」
「それはそれで、問題があるわ。一刀、貴方は忘れたのかしら? 迷宮探索は神々の覇権を賭けた争いの延長なのよ」
「……そうなんだっけ?」
「英雄神同士の熾烈な戦争は、伝説として残っているでしょ」
「それってそもそも、本当の話なのか?」
「漢女達による神託が、少なくとも単なるおとぎ話ではないことを証明しているわ」

戦いの余波で大陸が滅亡しないようにと太祖神が提案し、神々が作ったと伝えられている三国迷宮。
もし華琳の言う通りだったとしたら、挑戦者がいなくなった時点で太祖神の定めたルールは成り立たなくなる。
そうなれば、再び神々による直接の戦いが始まるのかもしれない。

伝説のように古の神々が受肉した状態で大陸に降臨し、再び戦乱の世となるのか。
超常の力を用いて、別次元での戦闘になるのか。

神々の争いがどのような形になるかはわからない。
だがいずれにしろ人類主導による大陸の歴史は、そこで終わってしまうことになるだろう。
もちろん太祖神のお告げを信じるならばの話だが。

「まぁ、伝説の信憑性については保留だな。どうせここで討論しても、結論なんか出ないんだから」
「そうね。それよりもブシドーの居合について話しましょうか。皆も気づいたことがあれば、進言してちょうだい」

必殺の威力を誇る居合だが、冷静に考えれば致命的な欠陥がある。
刀を鞘に納めるというモーションが分かりやすいことだ。

要するに息もつかせぬ連撃で、その行動をさせなければよい。
現に華琳と春蘭が相手にしたブシドーは、居合を1度も使わずに敗退していた。
またその読みやすい動作に注意を払っておけば、いざという時に対応することも可能であろう。

「但しその場合、受け止めるという選択は取らない方がいい。俺はちゃんと盾で受け止めたはずなのに、左腕ごと両断されたからな」
「鞘から抜き出す軌道なのだから、思い切って地に伏せるのも手ね」
「華琳様、それは危険過ぎるのでは。その後が無防備になってしまいます」
「姉者の言にも一理あるが、要は如何に周囲が上手くフォロー出来るかということだろう」

議論を重ねる華琳達。
しかし一刀は最初に発言してからというもの、その討論に加わることはなかった。
自分自身の言葉によって、左腕を落とされた時のことがまざまざと脳裏に再生されてしまったからだ。

思わず身震いをする一刀。
ずっと抱きしめっぱなしだった季衣や流琉にも、それはしっかりと伝わっていた。
しかし季衣達だって、一刀を慰めるような余裕などない。
季衣達に出来ることは、自分達が一刀にしてもらったように、自らの体温を彼に伝えることだけである。

強く寄り添い、3人はお互いの温もりを感じ合う。
まるで赤子のように、それだけで何か安堵を感じる一刀。
季衣達もおそらくは一刀と同じ心地であろう。

いつしか一刀の手が、季衣や流琉の尻方面へと位置取りを変えていた。
それは一刀の復調を告げる狼煙である。

ふにふにのまロい感触を味わいながら、次戦に向けて英気を養う一刀なのであった。



当然の話だが、BF26で出現する新たな敵は、ブシドーだけではない。

凶悪な全体麻痺攻撃を使って来る目玉の怪物・バグベア。
獅子の体とサソリの毒針を持つ合成獣・マンティコア。
これまでで最大級の膂力を誇る1つ目の巨人・サイクロプス。
魔法の武器も含めた物理攻撃が一切通用しない狂った精霊・ジン。
攻撃した相手を一定確率で石化させてしまう雌鶏の化物・コカトリス。

更にはBF21から出現していた敵達も、より力を増して華琳達の往く手を阻む。
対する華琳達も、経験値は度外視した総当たり戦により、敵の特徴を調べて対策を編み出していった。
『華琳党』のパーティ効果によりHPが倍化した面子が矢面に立ち、季衣達はリザーブとして前衛陣が欠けた場合の穴埋めを行う作戦である。

結局、誰一人としてクランを抜ける者は現れなかった。
さもあろう、ここで脱退者が出るような結束力の弱いチームなど、迷宮最終層であるBF26まで辿り着けるわけがないのだ。
だがそんなものは、このフロアでは最低条件に過ぎない。

≪-受傷転写-≫

マンティコアの老人のような口から、不気味な呪文が唱えられた。
傷だらけの獅子の体が見る見るうちに塞がり、その代償として春蘭の肉体が見えぬ刃で切り刻まれていく。

減ったHPだけなら『銀の短剣飾り』で回復出来るが、体中の傷を治すことは出来ない。
しかし今の華琳達は、その上位アイテムを手に入れている。

全身を苛む痛みをこらえ、春蘭は自らに『金の短剣飾り』を突き刺した。
すると見る見るうちに体中の傷が塞がり、その上でHPまで全快となった。
しかしその事実は、『銀の短剣飾り』が不要になったこととイコールでは結ばれない。

マンティコアが魔術使いであることを知った桂花が、『沈黙の風』を唱え始めた。
だがバグベアの麻痺光線を浴びせられ、詠唱が中断される。

麻痺に掛かったのは桂花だけではない。
バグベアの麻痺攻撃は全体効果なのである。

レジストしたのは風ただ一人。
その風が周囲の後衛陣とリザーバー達を、素早く『銀の短剣飾り』で突き刺していく。
この状態異常回復効果がある限り、『銀の短剣飾り』の価値は些かも落ちないのだ。

絶体絶命の前衛陣、その麻痺を解除したのは一刀である。
毒もそうだが、なぜか彼は麻痺の効果も効きにくい。
普通なら指一本動かせないはずなのに、ちょっと痺れているくらいの感覚で動けるのだ。
さすがに石化の無効化までは不可能だったが、それでも麻痺や毒から前衛陣を確実に回復させることが出来るのは、立派なアドバンテージである。

≪-覆水難収-≫

再び『沈黙の風』を詠唱しようとする桂花に先んじて、一刀が唯一使用出来る魔術を撃ち放った。
マンティコアの使った『受傷転写』を、回復魔術の一種だと考えたのである。
一刀の推測が正しければ、マンティコアの『受傷転写』はこれで防げるはずだ。

「馬鹿なっ! 何をしているの!」

しかし一刀の取った行動は、同じく前衛でありながら魔術を使用出来る華琳から見れば、愚挙そのものであった。
確かに一刀の考えは正しいのかもしれないが、今彼がいる場所は前線なのである。
そんな中で呪文詠唱のために精神を集中させ、棒立ちとなった一刀を見逃してくれるほど、敵は甘くない。

「……え?! あぐっ!」

サイクロプスの振るう木槌が、一刀の胴体にめり込んだ。
血反吐を撒き散らしながら、吹き飛ばされる一刀。
突然魔術が使用出来るようになったことによる弊害が、これである。
前衛として立ち回る中での魔術の使い所は、血の味と共に覚えていくしかない。

一刀の抜けた穴を塞ぎ、サイクロプスに対峙する季衣と流琉。
秋蘭がバグベアに矢を放って後衛の更に後ろへとおびき寄せ、霞や凪達が取り囲む。
マンティコアと相対するのは華琳と春蘭である。

内臓がろっ骨ごと破壊されたショックに震える腕で『金の短剣飾り』を握り、体に突き刺す一刀。
たちまち一刀の傷口が塞がり、その見た目だけは健常な状態を取り戻す。
尤も後で『再生の滴』を受けねば、欠損した内臓や骨が修復されることはないのだが。

(痛みに怯えるのは、後でいい……)

『新・打神鞭』を握りしめ、季衣達のフォローをすべくサイクロプスの元へと駆ける一刀なのであった。



『時の砂時計』がなければ、間違いなく死者が出ていたであろう激戦。
戦闘ペースこそゆっくりであったものの、その死闘は華琳達のLVや戦闘スキルを確実に向上させていった。
新たな敵と戦い慣れたこともあり、探索最終日予定の今日などは、これまで『時の砂時計』を唯の一度も使用しなかったほどだ。

「このまま敵に変化がないのなら、BF30まではいずれ辿り着けるわね」
「迷宮制覇が見えてきましたね、華琳様」
「姉者、華琳様。余韻に浸るのは洛陽に戻ってからにしましょう」
「それもそうね。折角一刀がいるのだから、最後に『バミュータの宝玉』をいくつか手に入れましょう。最低でも後1個は欲しいわ」

対アトランティス戦術は、既に雪蓮達が確立させている。
折角苦労して編み出した作戦だったが、一刀は今回の探索前に予め雪蓮から、華琳達に教えることの了解を取っていた。
その代わりに一刀が持ち帰ったBF26の敵情報を教える約束なのだから、雪蓮達からしてみれば僅かな対価と言えよう。

一方の華琳達にしても、BF26の敵情報に対して一刀の口を塞ぐ権利はなかった。
自分達の編み出した特別な戦術というわけではなく、BF26にさえ辿り着けば誰しもが手に入れられる一般的な情報という扱いだからだ。
端的に言えば、雪蓮達の使用した戦術を無料で教えて貰えるということなのだから、文句の出ようはずもない。

八方美人の名を以て偽善行為の業を成す者と自己認識する一刀の、まさに面目躍如といったところだろうか。

「なによ、その謳い文句は?」
「開き直りの一種かな。華琳にしろ雪蓮にしろ、俺の利敵行為は目に余るだろうけど、もうそういう風にしか生きられないってことを、最近実感してるんだよ」
「……まぁ、貴方らしくって、いいのじゃないかしら?」
「そう言って貰えると助かるよ。さて、それじゃ次のアトランティスを釣るぞ」

BF26で死線を乗り越えたことで感覚が麻痺したのか、海岸での対アトランティス戦を一刀はおままごとのように感じていた。
『泥の形代』を使っていれば無痛であるし、例えそれがなくても『時の砂時計』があるのだから、BF26に比べて命の危険は格段に低い。

特に波乱も起こらず、3時間ほど戦って2個の宝玉が出た所で、今回の迷宮探索はあっさりと終了したのであった。



その夜、華琳邸で行われた打ち上げは、常軌を逸するほどの盛り上がりを見せた。
互いの生を喜び、数秒に一度は音頭と共に打ち鳴らされる杯。
今回の迷宮探索は、それだけ苦しく辛いものであったのだ。

いつ終わるとも知れぬ宴の最中、不意に一刀の袖を引く者がいた。
ツンデレ比率、脅威の10:0を誇る鬼ツン少女、桂花である。
普段は怒った表情しか一刀に向けない桂花が、珍しく不安げな儚い雰囲気を纏わせていた。

無言でグイグイと袖を引く桂花、彼女に誘導されるがままの一刀。
辿り着いた先は、桂花の自室であった。

部屋に連れ込むなり、一刀にしがみつく桂花。
どうしたんだ、と声を掛ける一刀にイヤイヤと大きく首を振り、桂花はその顔を胸に埋めた。
訳がわからずに戸惑う一刀に、桂花はうううっと胸元で唸る。

猫耳フードから覗く、癖のある茶色の髪。
何とはなしに、指を絡める一刀。
桂花の唸り声が激しさを増す。

一体何なのだと思う一刀の疑問に答えたのは、華琳の声であった。

「その子はね、一刀。貴方を失ってしまうのが怖かったのよ」
「華琳様?! どうして……」
「ふふっ、夜伽を命じようと貴方を探していたら、一刀を連れ込むのを見つけたの。いけない子だわ、ご主人様に隠れて男を誘い込むなんて」
「そ、それは誤解なんです、華琳様! この万年発情男が無理やり部屋に押し掛けて、私に乱暴しようとしたんです! そうだわ、そうに決まってます!」
「……そんな見え透いた嘘をつくペットには、キツめのお仕置きをしなきゃね。一刀、手伝いなさい」

そう言われて、今更躊躇する一刀ではない。
宝玉にストックしてあった『性なる神器』を取り出し、臨戦態勢を整える一刀。

ところで、本日の華琳邸の状況を再度確認しよう。
現在行われている打ち上げは、常軌を逸するほどの盛り上がりを見せていたのだ。

「華琳ひゃまー、どこでしゅかー。わらしと一緒にもっろ揉みましぇんかー」
「飲むのだろう、姉者。揉んでどうするの……ひっ」

華琳を探しにきた春蘭と秋蘭が。

「兄ちゃん、桂花の所にいるのー?」
「兄様、私達とも、もっとたくさんお話を……うわぁ」

一刀を探しに来た季衣と流琉が。

「桂花、今回の迷宮探索での反省点をツマミに飲み直しま……ぷふっー!」
「おやおやー、凄い有様なのです。……稟ちゃん、風達もこっそり混ぜてもらうのですよー」

桂花を探しに来た稟と風が。

「みんな、どこに行ってしまったのだろう」
「なんか寂しいのー」
「どうもウチら、ハブにされとる気がせぇへんか、姉さん」
「うーん、せやな。ほな、探しに行こか?」

遂には宴会場に取り残された凪達と霞までもが。

桂花の狭い室内で繰り広げられた、BF26を思わせる激戦。
その二次会は翌朝になっても終わる気配を見せず、結局次の日の夜遅くまで続いたのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:カズP

STR:39(+10)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:318(+54)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:168(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:229
物理回避力:142(+32)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:205貫



[11085] 第九十四話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/16 08:27
洛陽に戻った一刀が、普段の生活には戻ることはなかった。

宿の開業準備を七乃に任せ、ギルド通いを始めた一刀。
雪蓮クランのほとんどは一刀の恋人である。
一刀はそんな彼女達への、BF26から出現する敵のレクチャー役を買って出たのだ。

無論のことだが、一刀にその情報を内輪だけで独占するつもりはない。
桃香達や恋達にも話を通して、その訓練への参加を促した。

しかし桃香クランが単独で迷宮探索に赴くことは、最早ないであろう。
洛陽の解放という大目標を達成している以上、彼女達が迷宮へ潜る理由は消滅していたからである。
既に桃香達はクランとしての活動を、奴隷や低所得者に対する自立支援へとシフトさせていた。
もちろん同盟クランのリーダーである雪蓮の要請があれば、その援護を行うことはあり得るので、訓練がまったくの無駄になるわけではなかったが。

尤も、その訓練が本当に有効なのかどうかは微妙である。
口で特徴を伝えるだけなら、1時間もあれば十分だ。
それにいくら敵の特徴を掴んでいるとはいえ、一刀が完全に敵役を再現出来るはずもない。
ブシドーなどの人型モンスターならともかく、マンティコアやコカトリスなどとの戦いは、やはり実戦でないとコツが掴めないであろう。
つまり訓練と言っても、実戦的な対策になるかという点では疑問が残る内容なのだ。

それでもギルドへ日参せずにいられない一刀。
『時の砂時計』がない雪蓮達では、たった1度のミスが命取りになりかねない。
その事実に一刀は、言いようのないプレッシャーを感じていたのである。



「隙ありですっ!」

気勢を発した明命の斬撃を、バックラーではじき返す一刀。
そのまま連撃を続けようとする明命に接近し、一刀は力押しで彼女の体勢を崩そうとした。
一度は成功したかに見えた一刀の目論見は、しかし明命の見事なステップワークにより受け流されてしまう。

体重を預けていた対象を失って、逆にバランスを崩される一刀。
その首筋へ、背後に回り込んだ明命の長刀『魂切』が突き付けられ、

「あうっ!」
「しまった、ごめん!」

手の甲を『新・打神鞭』で痛打された明命が、思わず刀を取り落した。
訓練だからと寸止めをしたその手を打たれては、明命も堪らない。

「大丈夫か、明命? つい反応しちゃって……」
「は、はい。平気です、一刀様」

慌てて明命の小手を外した一刀は、持っていたハンカチを濡らして彼女の手に巻いた。
不意に手を取られ、あわあわと言葉にならない明命。

「腫れないといいけど。本当に悪かったな、明命」
「いえ、大丈夫です……」

一体何が明命の琴線に触れたのであろうか。
ぽやっとした顔で、ハンカチの巻かれた自分の手を見つめる明命。
そんな明命を見るともなしに見つめながら、一刀は先程までの訓練を振り返っていた。

今日の特訓は、明命とのマンツーマンであった。
このパターンは、それほど珍しくない。
なぜなら明命と一刀は似たような戦い方であるため、訓練がお互いの参考となりやすいからだ。

もちろん、明確な違いもある。
先の戦闘にしても一刀が明命の立場であれば、相手のバランスを崩した後は一度距離をとって仕切り直したはずだ。
追撃ちで仕留めようとする明命とは、その部分が決定的に異なる。
一刀と明命の差をジョブで例えたなら、シーフと忍者の違いであると言えよう。

「待てよ、忍者か。これって、ひょっとして……」
「どうしたのですか、一刀様?」

BF26で出現するブシドーを見ても分かるように、この世界は『クレリックリー』をリスペクトしている部分が多分にある。
そしてかの名作RPGにおける忍者で最も有名なのが、『全裸忍者は戦車の装甲に匹敵する』というシステム的な特徴だ。

これが明命にも適用されるかどうかは、実際にやってみなければわからない。
だが試してみるだけならばノーリスクなのだし、成功すればハイリターンは約束されている。
一刀に躊躇う理由など、どこにもない。

もちろん明命にとっては、清水の舞台から飛び降りる位の思い切りが必要であった。
だがそれを言い出したのは、自分が師として崇拝する一刀なのである。
その素直過ぎる性格も災いして、明命は一刀の提案を断り切れなかった。

「あうあう。は、恥ずかしいです……。こ、こんな姿で本当に強くなったのでしょうか?」
「エロいなさすが忍者エロい」
「え?」
「いや、なんでもない。とりあえず戦ってみよう。行くぞ、明命!」
「は、はいっ!」

その引き締まった肉体を余すところなく一刀の目に晒しつつ、健気に訓練を続行する明命。
顔をこれ以上ないほどに赤く染めながら、明命が太刀を振るう。

ところが相手の一刀が明命の裸体に気を取られてしまい、彼女の攻撃を受け損なってしまった。
そして、防御どころか肝心の攻撃すらも覚束ない一刀。

「……ホントにごめん。明命のヌードが魅力的過ぎて、訓練にならないや」
「それなら、もう服を着てもいいですか?」
「ちょっと待ってくれ。……いっそ、塗るのもありか?」
「あうぅ、もう許して下さい」

こうして一刀達は、過酷な特訓を積み重ねて行くのであった。



前回の迷宮探索、その報酬が用意出来たとの連絡を受けて、一刀は華琳の屋敷を訪ねた。

「前の時みたいに、敵の攻撃を防ぐべき盾が斬られてしまうのでは、話にならないでしょ」
「これはブシドーがドロップした『隕鉄』にコカトリスの『魔物の血』を混ぜて粘性を出し、ウチが3日3晩の鍛造を重ねた至高の1品や!」

蛮盾:防24、耐300/300、STR+5、物理回避+3

装着部にはマンティコアの『幻獣の皮』が使用され、フィット感を生み出すと同時に耐久性アップの役割も果たしている。
今までの盾に比べて重量の増した鉄製バックラーは、ステータスの上昇した今の一刀にとってはバランス的にも丁度良かった。

「へぇ、盾の大きさも邪魔にならないギリギリの所だ。さすがは真桜、分かってるな」
「隊長の癖ならバッチリ把握しとるし、扱いやすさだけを見ても市販品とは比べもんにならんはずや」

一刀が最も戦いやすいようチューンされたバックラー。
それは『贈物』にも匹敵する、まさに一刀のためだけに作られた装備であった。

「真桜はもちろんだけど、華琳もありがとうな。貴重な材料を俺のために使ってくれて」
「このくらいは当然よ。せめて『贈物』と同等くらいの価値がなきゃ、Gキング討伐の報酬として相応しくないわ」
「あ、そうそう。『贈物』と言えば、また稟に鑑定して貰いたいアイテムがあるんだよ」
「ふむ、どれでしょうか?」

一刀が宝玉から取り出したのは、巻物である。
このアイテムこそ、LV28になった一刀への『贈物』であった。

「どうやらこれは、『七箭書』という敵に対する呪殺効果を持つアイテムのようです」
「呪殺?! なんか随分とまた、禍々しいアイテムだな」

稟の説明によると、一刀が遠隔攻撃を行ったモンスターは、5分後に必ず死亡する呪いが掛かるとのことだ。
但しその5分間に『七箭書』を失うか、別の敵を遠隔攻撃した場合、呪いは解除されるらしい。

尤も『七箭書』は、使用する際に特別なアクションを起こさなくても良いそうだ。
所持しているだけで効果を発揮するタイプのアイテムなのであれば、対人ならともかくモンスターとの戦闘時に失うことなどまず考えられない。
従って実質的な制約は、遠隔攻撃の使用制限だけになるだろう。

こういった『死の宣告』系統の技は、敵にされるとやっかいだが、自分が使おうとすると不便なのがゲーム上でのセオリーである。
しかし実戦においては、極めて有用性が高いアイテムだと言えよう。
初撃の後はただ逃げていれば勝手に敵が死んでくれるというのは、一刀の戦い方にもマッチしている。

「にしても、このLVになると反則的な『贈物』が増えてくるな」
「そうね。私も今回『贈物』を貰えたのだけれど、国宝級の代物だったわ」
「へぇ、どんな性能だったんだ?」
「全ダメージの半減と、即死効果無効の服よ」
「……そんなの華琳が着たら、無敵のようなもんじゃないか」
「あら、一刀は私がより安全に迷宮探索を行えるようになったことを、喜んでくれないわけね」
「いやいや、そういう意味じゃないけどさ」

加護にしろ『贈物』にしろ、主役格が最も優遇されているのは仕方のないことだ。
ムネムネ団の団員達と比べれば、まだしも一刀の方がステータス的には恵まれていたのだし、これ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。

それでも、内心ではライバル意識を持っている華琳に対して、多少の嫉妬を感じてしまう一刀なのであった。



ところで、迷宮探索を行っていない時の一刀の元へは、割と頻繁に客が訪れる。
華琳屋敷から戻ってきた一刀を待っていたのは、今をときめくアイドルユニット『数え役萬☆しすたーず』の面々であった。

「お、久しぶりだな。天和達の活躍は聞いてるよ」
「一刀さん、ご無沙汰してます」
「ちぃ達、最近はホントに忙しくてさぁ」
「それでようやく休暇が取れたから、遊びにきたの」

元々、湯屋の専属アイドルとは思えない程の力量を秘めていた天和達。
加護を受けたことによる身体能力アップで、その才能は完全に開花したと言えよう。
芸人への苛税による不遇の時代が終わった今、彼女達の人気は留まる所を知らない。

そんな天和達が、たまのオフにも関わらず、一刀をデートに誘うためにわざわざ宿まで来てくれたのだ。
全裸で待機してくれている明命には悪いが、今日は訓練を中止して彼女達に付き合おうと決めた一刀。
大喬をギルドまで使いに出し、早速彼女達と街へ繰り出した。

右腕には天和が、左腕には地和が抱きつき、一刀は両手に花の状態であった。
このような状況だと、普通はガラの悪い冒険者に絡まれそうなものだが、一刀自身も洛陽ではかなり顔が売れている。
遠巻きに視線こそ感じるものの、不躾に近づいてくる輩はいなかった。

「……姉さん達ばっかり、ずるい」

大人しく一刀の後ろをついてきていた人和の呟きが、一刀の耳に入った。
どうせ既に目立っているのだから今更だろうと、寂しそうだった人和を地和ごと抱き寄せる。

「ひゃあ! 急になによ!」
「か、一刀さん……」
「久しぶりに会ったんだから、もっとスキンシップを図りたいなぁと思ってさ」

ゴリラ並の筋力を活かして、そのまま2人を左腕でダッコしながら、天和の腰にも残りの手を回した。
一刀にとって、まさにこの世の春であった。

だが、一刀が楽しかったのはここまでである。
目的地の服屋についた途端、一刀は恋人から従者へとその役柄を強制変更されたのだ。

「店員さーん! ここからここまで、全部下さい」
「ちょっと一刀、こっちのとさっきの、色違いがあるはずだから、あるだけ持って来て」
「一刀さん、これは似合いますか? 私にはちょっと派手過ぎる気がするけど……」

大人買いをする天和の荷物を持ち。
わがままな地和の要求に対応し。
マイペースな人和の相談に乗り。

数軒の店を回ってようやく買い物が終わった頃には、一刀は身も心も疲れ果てていた。
一刀にとって天和達の付き添いは、下手な訓練よりも余程きつかった。

ぐったりしている一刀を喫茶店に誘い、そのまま話に興じる天和達。
話題といえば、璃々の新曲についてだ。

「一刀さんがプロデュースした璃々ちゃんの新しい歌、大胆だよねー」
「でも、かなり人気があるんだよ。璃々ちゃんって加護も受けてないはずなのに」
「幼女が歌うインモラルな曲、そのギャップ差が受けているのかしら」

ちなみに璃々は、一刀達との迷宮探索でLV6になっている。
天和達にはもちろん敵わないが、子供とは思えないほどの歌唱力や声量は、そのステータスの恩恵であろう。

「ねぇねぇ、一刀さん。お姉ちゃん達にも新曲を作って欲しいな」
「璃々ちゃんばっかり贔屓したら、ダメなんだから!」
「お願いします、一刀さん」

いくら一刀がゲーオタだったからと言って、さすがに高校生にもなれば歌の引き出しくらい多少はある。
だが璃々の件で、一刀は先日紫苑から大目玉を喰らったばかりだ。
ここでもし天和達に新しい曲を提供したら、それが引き金となって璃々がまたオネダリしてくることは目に見えている。
一刀としては、なんとか誤魔化したい所であった。

「人に作って貰った曲だと、天和がファンに訴えたいものって表現しきれないんじゃないか?」
「うーん、それはそうかもー」
「歌に篭った心こそが大事になってくる、地和の実力は既にそういうレベルにあると思うな」
「そ、そんなの当然よ!」
「人和が自分で作った方が、きっといい曲が出来るはずさ」
「でも最近は本当に忙しくて、創作意欲が湧かないんです……」

後一押しである。
創作の切っ掛けとなるアイデアを提示すべく、頭を悩ませる一刀。
そこで不意に、一刀は名案を閃いた。

フランチェスカでも、『三人のおじさん』など神話をモチーフにした歌が流行っていた時期があった。
そしてこの世界では、神話はとてもリアルなものなのだ。

「伝説を題材にした英雄譚、なんてのはどうだ?」
「……それ、いけるかもしれません」
「ちぃは曹操様の短歌行をアレンジして歌ってみたい!」
「華琳さんの業績とミックスしても、楽しそうだよね」

たちまちそのテーマに夢中になる3姉妹。
彼女達は本当に音楽が好きなのだろうということが、傍から見ていても良く分かる。

(しまった。この調子だと、夜までずっと話してそうだ……)

今晩ベッドの上で行われる予定だったシークレットライブ。
その延期になりそうな気配に、がっかり感を隠せない一刀なのであった。



一刀が遊んでいる間にも七乃は苦労を重ね、ようやく宿の開業まで漕ぎ着けた。
だが残念なことに、その成果は芳しくなかった。
強気の価格設定が仇となり、客がほとんど入らなかったのである。

「どうします、一刀さん。もう値段を下げちゃいましょうかー」
「うーん、そうするしかないのかなぁ」

この宿は、以前から上級冒険者用としての位置付けであった。
高級感溢れる建屋もそうだが、迷宮に最も近い一等地だという付加価値まである。
それに加えて一刀ほどのネームバリューがあれば、宿の1つや2つくらい直ぐに満杯になりそうなものだったが、現実はそう甘くなかった。

現在の洛陽には加護持ちの冒険者がほとんどいない。
彼等の大半は麗羽の親衛隊となっていたからだ。
そして高級宿というのは、冒険者以外の洛陽市民にとっては利用価値がない。
つまり、そもそもの需要がない状態なのである。

「いっそ、宿以外の事業で稼ぐか?」
「どうするんです?」
「メイド付きお化け屋敷なんかどうだ? 洛陽の人達って、今は娯楽に飢えてるみたいだしさ」

その場合、もちろんメイドさんは怯え要員だ。
抱きつきサービスは有料オプションである。

「そんなこと、美羽様にはさせられませんよー」
「というか、子供達だって嫌がりそうだよな。……うん、考えが煮詰まった時には、原点に立ち返るべきだ!」
「原点って、何かありましたっけ?」
「メイド喫茶、やろうぜ!」

というわけで、中庭の見渡せる広いダイニングを喫茶店風に改装した一刀達。
改装と言っても、業者を呼んで工事をしたわけではない。
客用の食堂だったのだから、多少の手を加えただけでも飲食店として十分に通用する。

メイド喫茶のオープン時には華琳や雪蓮、桃香や月に頼んでお客として来て貰い、一気に名を上げる作戦に出た一刀。
その宣伝効果は抜群で、翌日からは店の前に客が行列を成した。

もちろん店自体も、唯のハリボテではない。
一刀に引き取られてからの教育の成果により、子供達のメイドとしてのサービスは一流である。
唯一料理だけが平凡であったが、それをフォローしたのは『伊吹瓢』から無限に沸き出る極上のアルコール類だ。
初期の頃には泥酔してメイド達にセクハラをかます客もいたが、バイトに来ていた季衣がチップの銅貨を引き千切ると、途端に行儀よくなってくれた。
同じくバイトの流琉が子供達の調理技術を底上げし、メイド喫茶の料理に対する評価も少しずつ上がっていった。

「でもさ、兄ちゃん。これって喫茶店じゃないよね」
「どちらかというとお食事処ですよ、兄様」
「俺の中ではあくまでメイド喫茶なんだ。そこだけは譲れないぞ!」

なんだかんだで充実した日々を送っていた一刀。
だがそんな一刀の日常は、突如として終わりを告げることになる。

きっかけは、洛陽中に広まった皇帝崩御の噂であった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:○○○○○

STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:162貫



[11085] 第九十五話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/16 08:31
一刀のメイド喫茶は連日の大盛況だったが、しかし客の回転効率が悪いという欠点もあった。
そのため行列に一度は並んだものの、待ち時間の長さに入店を諦めて帰る人達も多い。
美羽達の斑は今、そんな客達をターゲットにした軽食の売り子をしている真っ最中である。

「「「お帰りなさいませー!」」」
「主様、妾達の作ったお菓子、買うてたも?」

無邪気な笑顔を浮かべながら、班長の美羽が率先してお客さんに声を掛けていく。
そんな彼女のオネダリに負けて、大きなお友達が次々とお金を落としていった。

「予想以上の売れ行きだな。すぐに外販用のお菓子を追加で作らないと、足りなくなるかも知れないぞ、七乃。……七乃?」
「はうぅっ! 美羽様、可愛いぃ!」
「なんで七乃まで並んでるんだよ! さぼってないで、ちゃんと働け!」
「あうー、後生ですから、美羽様の手作りお菓子を買うまで待って下さい」
「流琉が作った見本を味見した時、お前が一番喰ってただろ!」
「それとこれとは、別腹なんですよぉ!」
「全く同じお菓子だっ!」

と、一刀と七乃が漫才を繰り広げていた時。
行政府では月と詠が、それとは比べものにならないほど深刻な討論を重ねていた。

「宮廷ではあの麗羽を味方につけた第三皇子が勢力を増大させているらしいけど、いまだ後継者争いは趨勢が定まらない様子よ」
「麗羽さんが主権を握ったら、きっと洛陽を支配下に置きたいって考えるよね。詠ちゃん、どうしよう……」
「くっ、朱里や雛里の策に乗ったのは失敗だったわ。1,2年じゃ政変は起こらないって見通しが、大甘だったのよ!」
「仕方ないよ、詠ちゃん。皇帝陛下がこんなに早く亡くなるだなんて、いくら朱里ちゃん達でも予測するのは無理だよ……」

ことの始まりは、宝玉の献上であった。
普段なら最優先で取り次がれるはずの謁見が、理由にもならない理由ではぐらかされ続けたのである。
不信に思った詠が諜報員を放った所、皇帝崩御の情報を掴んで帰還したのだ。

「今は様子を見るしか手はないわ。最悪でも都市長の座を降りれば、それ以上の混乱には巻き込まれないでしょうし」
「でも、苛政から解放されたって喜んでいるみんなを見捨てて逃げるなんて、出来ないよ……」
「月の気持ちは尊いものだけど、その情が仇になって民達を戦乱に巻き込んでしまうかもしれないの」
「へぅ……」
「とにかく、ギリギリまで推移を見守りましょう。その上で、よりベターな選択をする必要があるわ」

そのためにも、最新情報を素早く入手する必要がある。
子飼いの諜報員だけでは、詠が満足する結果は得られないだろう。
月のためであれば、高官達への賄賂も惜しまない覚悟の詠なのであった。



ちなみにこの世界でのスパイ行為のし易さは、現代とは比べものにならない。
その最も大きな理由は、高い身分の者ほど奴隷の存在を気に留めないことにある。
密談のために人払いをした室内の掃除を奴隷が続けていた、なんて冗談のような話まであるほどだ。

余程注意しないと情報が筒抜けになってしまう世情の中、皇帝崩御などという重大事項をいつまでも隠し続けられるはずもない。
そして秘密を保てないという意味では、同じことが月や詠にも言える。
もちろん機密事項の管理は厳格に行われていたが、月達だけが情報を取得出来るというわけではないからだ。

洛陽が閉鎖された城塞都市だった時ならともかく、今では人の出入りも普通に行われている。
当然そこからは、様々な噂話も入って来る。
街にアンテナを張り巡らせておけば、情報を入手するのは簡単であるし、それらの精度を確認する術などいくらでもあろう。

特に華琳などの有力者にとっては、皇帝崩御の事実を知るのは至極容易いことだった。

「洛陽を去る?!」
「ええ、そうよ。私達は迷宮探索を一時放棄して、一族の本拠地である許へ戻るわ」

ある日、華琳から呼び出しを受けた一刀。
華琳の話は、一刀にとって予想外の内容であった。

「迷宮制覇は華琳にとって、そんなにあっさり諦められるものだったのか?」
「優先順位の問題よ。このまま探索を続ければ、きっと半年も掛からずに大望は果たせる。でも今の政情だと、その数ヶ月は取り返しのきかない位に重要なものとなるの」

華琳の野心は、迷宮のクリアだけに向けられたものではない。
いや、元々はそれがメインだったのであろう。
紛いなりにも皇帝の下に治世が営まれている中で名を成すには、迷宮探索しか手段がないからだ。

一方で迷宮というのは、己の爪や牙を砥ぐにも恵まれた場所でもある。
日々の探索によって自らを鍛えながら、雌伏の時を過ごしていた華琳達。
皇帝の崩御をきっかけとした争乱は、そんな彼女には絶好の機会だった。
『治世の能臣、乱世の姦雄』と謳われた曹操を加護神に持つこの少女にとっても、同じく乱世こそが最も輝ける舞台となり得るのだ。

「もちろん積極的に争いを起こすつもりはない。でもいざ戦乱となった時、それを制する力を保持しておかねば私達は歴史の露と消えてしまう。それだけは絶対に認められないわ」
「そのための準備の方を、迷宮攻略よりも早急に行う必要があるってことか」
「もし私が考えているような争いが起こらないのであれば、集めた軍を解散させて洛陽に戻れば済む話だしね。その間に誰かが迷宮制覇を成していたのなら、それもまた天運よ」

逆に誰も迷宮の攻略が出来なかったら。
その時は、乱世を治めてから改めて迷宮攻略を再開すればいい。
神の視点で考えれば、数年単位の誤差などゴミのようなものであろう。

不老不死を望んでいた皇帝は、今まで後継者を定めることがなかった。
その事実は、早くから華琳に戦乱を予測させていたのである。

皇帝の死が一年ほど後だったら、おそらく華琳の名は大陸中に轟いていたはずである。
そういう状況の方が天下取りには理想的だったが、欲を言えばきりがない。
予想より早い事態ではあるが、この展開もまた華琳の想定内である。
一刀には唐突に思えた華琳の宣言も、彼女にとっては予期していた選択のひとつに過ぎないのだ。

「一刀、これが最後の誘いになるわ。私の後について……いえ、私と共に、これからの乱世を歩みましょう」
「悪いが、答えは否だ。人を殺す覚悟なんて俺は一生持てないし、持つつもりもないから」
「……そう、なら仕方ないわね」

文官としてでもいいから、などと未練がましいことを言うような華琳ではない。
それに一刀ほどの強者を後方で遊ばせておくような贔屓をしては、軍の秩序崩壊を招くだけである。
戦わない一刀を自軍に迎えることは、百害あって一利なしの行為となってしまうのだ。

「貴方と初めて出会った時のことを思い出すわ。もし私が貴方を買っていたら、今頃どんな関係になっていたかしら」
「どうだろうな。たぶん従順に働いていたんじゃないか?」
「ふぅん、従順な一刀っていうのも悪くないわね。そんな貴方を軍服姿で踏みながら罵るプレイなんて、とても楽しそうだわ」
「そんなことを言ってると、閨で優しくしてやらないぞ」
「ふふ、ならば私を従わせてみせなさい、一刀」

華琳の誘いに乗り、彼女を抱きかかえて寝室へ向かう一刀。
腕の中の華琳に口付けを落としながら、残り僅かとなった彼女との逢瀬を心おきなく楽しもうと考える一刀なのであった。



瞬く間に時が過ぎ、いよいよ華琳が洛陽を去る日が来た。
彼女達の見送りをすべく洛陽の城門前に待機していた一刀。
そこに騎乗した華琳達が姿を現した。

別れを惜しむべく、一刀の目前で馬から降りた華琳達。
真っ先に一刀へ声を掛けたのは、クランのリーダーである華琳だった。

「ごしゅじ……こほん、一刀。わざわざ来て貰って、悪かったわね」
「そんなこと気にするなんて、華琳らしくないぞ?」
「うるさいわね。私だって、何の感傷もないわけじゃないのよ」
「それもそうか。……本当に、寂しくなるな」

そう言いながら、華琳を抱き締める一刀。
一刀の温もりを体に感じ、脳裏に刻み込む華琳。

しかし華琳は、すぐに一刀から身を離して言った。

「私はもういいから、皆との別れを惜しみなさい」
「そうだな、時間もあんまりなさそうだし」

あっさりと同意した一刀の背中に、「バカ」と呟く華琳。
そんな彼女の言葉には気づかず、一刀は他のメンバーに別れを告げる。

「春蘭、秋蘭。元気でな」
「うむ。お前の方こそ、軽々に命を落とすんじゃないぞ。華琳様が悲しまれるからな」
「姉者の言う通りだ、一刀。生きてさえいれば再び会えることもあるだろう。だから命だけは大切にしてくれよ」

熟練の冒険者である春蘭達にとって、出会いや別れはこれまで繰り返し経験してきたことである。
二度と会えないというわけではないのだから、その言葉に悲嘆の色は見えなかった。
そのことは、一期一会を旨とする旅人であった稟や風にも共通して言える。

「一刀殿、これまでお世話になりました。どうかご壮健でありますよう」
「ようやくお兄さんのアレに体が慣れて来た所なのに、風は残念なのですよー」

稟の真摯な別れの言葉で重くなった空気から、風の軽口によって湿っぽさが取り除かれる。
そして霞もまた、飄々とした態度を崩さなかったうちの一人である。

「そういえば、霞も華琳達と一緒に行動するんだって?」
「政治的な判断ってやっちゃ。まぁウチも月達に頼まれたら断れんし、なんだかんだでここも居心地がええからな」

元々が軍人である霞なのだから、各地での転戦も慣れたものである。
霞は固く再会を誓って、一刀と拳を打ち合せた。
いつの間に仲良くなっていたのか、そんな霞の傍には凪達の姿もあった。

「凪達も、華琳について行くことにしたんだな」
「はい。自分達のような亜人でも差別されない世の中に、と華琳さんもおっしゃっていますし」
「沙和達、そのお手伝いを頑張るのー!」
「実力が正当に評価されるっちゅーのは、ウチのような職人にとっても魅力的やしな」

この日の出立のため、凪は数日ギルドに篭って短剣飾りをアイテムにする作業を行っていた。
先日雪蓮が大量に入手した『金の短剣飾り』の分もあり、凪がいなくてもしばらくはアイテムに困らないはずである。

また本来は逆であるべきなのだが、真桜と沙和は一刀への餞別を用意してくれていた。
『新・打神鞭』と『蛮盾』に対する特殊性能の追加である。

「いくら隊長が人と戦いたくないって言っても、もしかしたらそういうことが起こるかもしれないのー」
「だから、武器と盾にはそれぞれ『手加減攻撃』の機能を追加しといたんや。例え赤子を相手に思いっきり攻撃しても、命だけは保証するで」

少し前に「預からせて欲しい」と引き取った武器や盾を一刀に手渡しながら、そう説明する沙和と真桜。
当然ではあるが、この不思議な機能を追加するのは技術だけではどうにもならない。
そのために彼女達は、『時の砂時計』を作成した際に出た『金の天使印』の余りを、わざわざ華琳に頭を下げてまで使用してくれていた。
その魔力を使って武器の殺傷能力だけを削除した『手加減攻撃』は、なるほど今後の一刀にとって最も必要となる機能であった。

もちろん設定は一刀側で容易く変更出来るし、非殺傷というだけでダメージ自体は与えられるため攻撃力を損なうこともない。
いざ対人戦闘に巻き込まれた時、人を殺す覚悟のない一刀にとって、この『手加減攻撃』は欠かせないものとなるだろう。

沙和達へ礼を言う一刀に、とうとう我慢出来なくなったのであろう季衣と流琉が飛びついてきた。

「兄ちゃん、お願いだよ! ボク達と一緒に来てよ!」
「ずっと傍にいて欲しいです、兄様……」

目に涙を浮かべながら、一刀に懇願する2人。
だがこの問題は、既に幾度となく話し合ってきたことである。

「……ごめんな、季衣、流琉」
「ううん、こっちこそ、ぐすっ、ボク達、最後まで、我儘ばっかりで……」
「兄様、今まで本当に、本当にありがとうございました……」

季衣達は、貧困に喘ぐ小さな村の出身である。
治世下でも子供を売らなければ不作を乗り超えられない村など、もし乱世になったら一瞬で滅び去ってしまう。
そういった寒村が生き残るための最善策は、華琳の支配下に入れてしまうことだと2人は考えたのだ。

泣いて一刀にしがみ付きながら、それでも華琳に協力するという決断は変えない季衣達。
一刀とパーティを組んでいた頃から考えると、すっかり精神的な成長を遂げていると言えよう。
当時一刀が気になっていた依存気味な部分など、最早欠片も見当たらない。

季衣達は華琳から預かっていた金(いつかの報酬の一部)を一刀に渡し、赤くなった目を擦りながら、それでも笑顔を見せようとする。
そんな季衣達の頭を撫でた一刀は、1人離れた場所にいる桂花の元へと向かった。

「ふんっ。私は別にこれっぽっちも寂しくないんだから。かえって清々するくらいだわ」
「……桂花」
「もうアンタなんか、さっさとどっかに行きなさいよ!」
「……桂花、そんなに泣くなよ」
「なによっ! 私がどうしようと、私の勝手でしょ!」

ポロポロと溢れ出す桂花の涙を、一刀は指で拭う。
普段なら嫌がる素振りを見せるはずの桂花も、大人しくされるがままである。

「大体、アンタがついてくれば全て解決なのよ! 季衣達だって喜ぶわ!」
「悪いけど、俺は絶対に戦争には関わりたくないんだよ」
「別に戦に出なければいいじゃない! 許での後方支援だって、仕事は一杯ある!」
「形勢が圧倒的に有利な状況ならともかく、俺みたいに戦える奴がそうすると士気が保てない。桂花だって、そう言ってただろ」
「そんなの、私の智謀でどうにでもなるわ! アンタが私達と一緒にいたいかどうか、それだけの問題でしょ!」
「おんぶ抱っこで華琳達の足を引っ張るような真似、出来るわけないだろ」

今まで何度も繰り返されてきた、桂花との問答。
いつまでも終わらない2人のやり取りを見兼ねて、華琳が割って入った。

「悪いけど、そろそろ時間切れよ。桂花、もう二度と会えないわけじゃないのだから、そろそろ聞き分けて頂戴」
「……はい」
「皆、そろそろ出立するわ! 我等はこれより、歴史の表舞台へと立つ。だが、我が往く道は覇道! 堂々と胸を張って進み、決して意志を曲げることはない。その覚悟が出来た者から、騎乗しなさい!」

華琳の号令で一斉に馬に乗り、毅然と歩を進める一同。
その雄姿を、一刀はただ見上げるばかりである。

「また会いましょう、一刀」
「ああ。またな、華琳」

華琳達の未来に幸多かれと、その姿が見えなくなるまで手を振り続ける一刀なのであった。



華琳立つ。
その話題は、瞬く間に洛陽の街を席巻した。

皇帝崩御の噂で浮足立っていた民達には、そんな華琳の行動が古代の勇者のように思えたのだ。
更に3姉妹の歌う華琳の英雄譚が、人々の妄想を刺激した。
いや、洛陽中に広まっているのは、華琳のものだけではない。

母の無念を晴らすべく迷宮へ挑み、遂には新しいギルドを創設した雪蓮も。
困窮に喘ぐ民のため尽力し、洛陽を解放へ導いた桃香も。
そして剣奴の身から短期間で立身出世し、稀代の冒険者となった一刀も。

天和達の歌う英雄譚は、洛陽の著名人達が全て出て来る壮大な内容であった。
それが大流行していったのは、おそらく人々の政情に対する不安の裏返しなのであろう。
月の善政を保護してくれる英雄の誕生を、民達は待ち望んでいたのである。

ところが、その期待を裏切る出来事が起こった。
麗羽によって一方的な濡れ衣を着せられ、月と詠の官位が剥奪されたのだ。

あわよくば迷宮制覇を自分達の勢力によって成し遂げたい麗羽にとって、洛陽を支配する月達は単純に邪魔だったのである。
もちろん無官となった月達に行政を司る権限はない。
麗羽子飼いの文官が、洛陽の都市長として送り込まれて来ることになった。

「悔しいけど、ここは恭順を示すべきだわ。元々が濡れ衣なのはあちらも十分に承知しているのだし、素直に洛陽を開け渡せばそれ以上のことはされないはずよ」
「でも、かつて苛政を布いた麗羽さんの支配下に再び入ることなんて、民は認めてくれないよ……」
「そこを上手く説得するのが、私達の仕事でしょ。下手に抵抗して反逆なんて烙印を押されたら、私達も洛陽の民も一巻の終わりよ」
「へぅ……。それじゃ、十分に時間を掛けて根回しをしないと……」

そんな月と詠の相談は、残念ながら有効に活用されなかった。
新たな都市長に任命された者が、予想外に早く洛陽へ入ってしまったからだ。

そしてあろうことか、事前に何の告知もされていない民衆を相手に都市長の交替を宣言する麗羽の部下達。
月達の出方がわからないため、おそらく民衆に話を浸透させることで既成事実を作ろうとしたのであろう。

だが、それは逆の効果しか生み出さなかった。
街で流行っている英雄譚の影響もあり、強気になっていた民達は公然と反旗を翻したのである。
子供に石を投げられて怒り狂った兵士が、無礼打ちにせんとその頭上へ剣を振り降ろす。

ボッ!

という風切り音と鳴らして武器を蹴り飛ばしたのは、たまたまその場にいた一刀である。
緊急事態に慌て、思わず本気で蹴ってしまった一刀だったが、その威力に自分自身が驚いていた。
無茶苦茶な効果音もそうだが、剣自体がお星様になる勢いでかっ飛んでいったのだ。
今の一刀にボされたら、たかが一般兵など首から上が無くなってしまうだろう。

しかし、騒動はまだ収まったわけではない。
麗羽から新たな都市長に任命された文官は、武に疎いこともあって一刀を数の力で抑え込めると判断した。
そして部下達に、一刀を斬り捨てる命令を下したのだ。
自分だけなら専守防衛も手のうちだが、見せしめの効果を狙ったのか彼等は民衆にも刃を向け始めた。
こうなると一刀も、人と争いたくないなどと言っている場合ではない。

「来いよ。建物は壊したくない。こっちだ、ついてこい」

などと挑発し、一刀は兵達の攻撃を自分へと集中させる。
『手加減攻撃』が可能なよう武器を改造してくれた真桜に感謝しながら、非殺傷設定にした『新・打神鞭』を振るう一刀。
どうやら攻撃をしてもHPの1割は必ず残るシステムらしく、一刀は麗羽の部下達を次々と赤NAMEにして昏倒させていった。

とりあえず武器を持った者はあらかた倒した一刀だったが、そこから先の考えなど全くない。
これはあくまでも突発的な事件だったし、とっさに場の収拾をつけられるような機転も働かなかった。
新たな都市長やその部下達が民衆によって洛陽から追い出される様を、茫然と見ていることしか出来ない一刀。

こうして天和達の大げさな英雄譚に謳われた『天の御使い』として、叛乱の象徴に祭り上げられてしまう一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:天の御使い

STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:735貫



[11085] 第九十六話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/18 07:11
詠が街の騒動を聞いた時には、全てが手遅れであった。

一刀の軽率な振る舞いに怒り狂う詠。
100歩譲って民を守るための争いは仕方がなかったとしても、その後の対応がまず過ぎる。
せめて麗羽の部下達を街から追い出さずに行政府へ連れて来てくれれば、いくらでも手の打ちようはあったのだ。

新しい都市長が損得勘定の出来る人物であったなら、詠達の方針を聞けば街でのことは水に流してくれたかもしれない。
民に認められた月の協力があればスムーズに権力交替が行え、それは麗羽からの評価に繋がるからだ。
例え利が通じない相手でも、それならそれでやりようはある。
極論を言えば、尋問なり拷問なりで情報だけ絞り取って行方不明になってもらうだけでも、ある程度の時間は稼げたはずだ。

「ごめん。でもあの時はみんな興奮しちゃってて、手がつけられなかったんだよ。まさか普通の人達を攻撃するわけにもいかないしさ」
「……まぁ、今更言っても愚痴になるだけね。それよりも、今後のことよ。もうボク達だけでどうにか出来る段階じゃないわ」
「雪蓮さんと桃香さんを行政府に招いて、対策会議を開きましょう」

冒険者達の元締めであるギルド長の雪蓮と、民達の支持を一身に受けている桃香は、月と合わせて洛陽の3大権力者と言える。
彼女達が動かなければ、いくら策を立てても全ては机上の空論となるだろう。
その意味では、最初から打ち合わせに参加して貰った方が合理的である。

緊急事態と聞いて参謀と共に集まった雪蓮や桃香を交え、対策会議は始まった。



「ボクの考えは、徹底抗戦よ。こちらには飛将軍の恋や、一騎当千の冒険者達がいるんですもの。どんな相手だろうと、ボク達の先制攻撃に対抗出来る力なんてないわ」

真っ先に口火を切ったのは詠だった。
桃香の号令で義勇兵を集め、雪蓮の指揮でLVの高い冒険者に部隊長をさせ、城塞都市・洛陽を防備する。
そうしておいて、飛び抜けた実力を持つ者だけで組織した小隊で敵の本陣を突くのだ。
麗羽や親衛隊を打ち取ることも、十分に可能であろう。
そうなれば、後に残るのは烏合の衆である。

「私は反対ね。この洛陽は、優れた拠点とは言い難いわ。残った烏合の衆が立ち消えるわけでもなし、こちらは囲まれたら一貫の終わりなのよ?」

そう反論したのは、雪蓮である。
たった十数人で徴兵により兵数の補充出来る漢帝国軍を全て討ち取れるわけもない以上、最終的に籠城戦となることは間違いない。
そして一見防衛に適しているように思える洛陽だが、その本質は巨大な消費都市なのである。
外部から食糧を供給してやらないと成り立たないこの街で籠城など、雪蓮から言わせれば問題外であった。

それに相手だって馬鹿ではないのだから、個人の武ではこちらに分があることは理解しているはずだ。
従って主要人物が戦場へ来ることも考えにくいし、指揮官が倒れても命令系統が混乱しないよう、きっちりと調えてくるだろうことは想像に難くない。

しかもこちらは義勇兵と冒険者、つまり戦の素人集団なのだ。
恋と華雄は、なるほど一流の軍人である。
将軍位ではないものの正規の軍事訓練を受けている音々音や、体系だった軍略を学んでいる詠も、かなりの戦力になるはずだ。

一方で雪蓮や冥琳は、心得こそあるものの実際に軍を指揮した経験がない。
それでも従軍経験を持つ祭が補佐をすれば、優秀な指揮官として数えてもよかろう。
しかし蓮華や思春など年若いメンバーが指揮官として一流かと問われれば、現時点だと疑問符をつけざるを得ない。
蓮華達ですらそうなのだから、一般の冒険者など推して知るべしである。

そして桃香達は、更に当てにならない。
なぜなら彼女達のクランは、基本的に一般市民の集まりだからだ。
当然軍事教育など受けたこともないし、例えどんなに素質があっても一朝一夕で指揮能力は身につかない。

桃香達に指揮官が務まるかどうかは、賭けの要素が非常に高いだろう。
一刀の得意なSLGゲームで例えると、武力は高いものの統率力の低い(もしくはマスキングされている状態の)武将ばかりで戦闘を行うようなものなのである。
雪蓮にとって詠の策は、如何にも希望的観測だけを述べているように思えたのだ。

「でも、迷宮のお魚だってありますし……。それにしばらく耐えていれば、華琳さんの勢力が助けてくれるかもしれません」

詠と同じく抗戦派なのであろう、控えめに持論を主張する月。
なるほど霞を華琳の元に出向させたままなのは、その可能性を考えて繋がりを残すためだったのかと感心する一刀。
しかし雪蓮は、月の意見もまた楽観に過ぎないと断じた。

華琳の言う覇道、それは多分に彼女自身の美意識から成り立っている。
宮廷での勢力を増した麗羽との対立は、現段階では錦の御旗に逆らうことと同義である。
それはつまり、一刀と同様に反逆者の汚名を被せられることなのだ。
もちろん逆に華琳特有の美意識から、窮地に陥った一刀を救う決断を下すかもしれないが、可能性は高くないと雪蓮は踏んでいる。

「月ちゃんも詠ちゃんも、気が逸り過ぎだと思う。麗羽さんだって、話せば分かってくれるよ」

と発言した桃香は、降伏論者であった。
まずこちらが洛陽を開け渡すことで誠意を見せれば、酷いことはしないだろうと主張する桃香。
洛陽が地元の彼女としては、この街を戦火に巻き込むことだけは避けたかったのだ。

「それは考えが甘過ぎるわ。ボク達は新しい都市長を暴力で追い払ったのよ? 少なくとも加担した民達は、全員処罰されてしまうでしょうね」
「もちろん、ご主人様も……」

そう、月や詠が抗戦を唱えた理由は、ここにあった。
降伏してしまっては、一刀の身の安全が保証出来ないのである。
月達だけなら、管理不行き届きという咎こそ責められるであろうが、恐らく命まで取られることはない。
だがいくら麗羽が気に入っているとはいえ、実行犯である一刀にはさすがに厳罰が下されるであろう。

また相手にバトンのある現状では、民達に麗羽を受け入れるよう説得する時間もない。
例え今回の叛乱が許されても、またすぐに暴動が起こることは目に見えている。
そうなれば麗羽としても、厳罰で対処するより他に手段がなくなってしまう。

八方塞がりの様子を見せ始めた討論。
そこに雪蓮が、ある意味で止めを刺した。

「抗戦にせよ降伏にせよ、どのみち私達は麗羽達が来る前に呉へ戻るわ。皇帝が死んだ以上、もう無理に迷宮探索する理由はないもの」

母の名誉回復も大事だが、それに拘って現実を見失う雪蓮ではない。
洛陽に留まるメリットよりもデメリットの方が大きい現状できちんと撤退の決断を下せるのは、さすが雪蓮と言ったところだろう。

だが一方で、雪蓮は決して不義理な人物ではない。
罪人から浮上する切っ掛けを作り、また自分と冥琳の命を救ってくれた一刀の窮地に手を差し伸べないはずもなかった。

「だから一刀、貴方は私達と共に呉へ来なさい。それで麗羽が諦めてくれればよし。もし呉まで攻め込んで来るというなら、迎え撃つまでよ」

一族の本拠地である呉でなら、麗羽との徹底抗戦も是である。
長江という地の利に依れば、多少の勢力差など問題にならないという自信が雪蓮にはあった。

「それがいいよ。ご主人様が逃げちゃえば、頭に血が上ってる洛陽のみんなも少しは正気に戻るかもしれないし」
「『天の御使い』だったかしら。大した評判だものね、一刀」
「あれは俺の出身地が不明だからって、天和達が勝手にでっち上げた創作だよ」

天和達には東の果てにある東京という村から来たと説明したのだが、いまいち納得させられなかった。
誰一人として知らない村なのだから、それも当然だ。
アイドルと表現すると安っぽく聞こえるが、天和達は言わば芸術家である。
そんな彼女達の感性が一刀を、その隠しきれない不思議さも含めて『天の御使い』と表現させたらしい。

「それはともかく、私達は麗羽さんを受け入れるようみんなを説得するよ。洛陽はまた閉鎖されちゃうかもだけど、命さえ無事ならいつかきっと……」
「もし一刀について行きたいって民がいたら、こっちで引き受けるわ。暴行に加担した者なんかも、一緒に逃がした方がいいわね」

雪蓮や桃香の協力が得られない以上、抗戦も何もあったものではない。
こうなっては、彼女達の指針に従うより他に選択肢のない一刀なのであった。



ところが、ここで大問題が発生した。

貧困層のほとんどが、一刀達と行動を共にしたいと申し出たのである。
そこには、桃香の靴屋を始めとした商店街の面々までが含まれていた。

「どういうことだよ、桃香」
「だってお母さん達が、もう圧政はこりごりだって言うんだもん。みんなで一致団結しちゃってて、こっちの説得にも聞く耳を持たないし」

庶民ならともかく立派な店を構えている者が、それを捨ててまでついて来る決断をするとは、随分と思いきったものである。
だが冷静に考えると、その選択は決して悪いものではない。

洛陽を抜け出すチャンスが今しかないこともあるし、大陸に動乱の気配が立ちつつあることも、恐らくは大きな理由となっているのだろう。
なんといっても洛陽は大陸の中心地であり、戦が起これば真っ先に被害を受けることは目に見えているからだ。
それに比べて長江という自然の要塞に守られた呉は、理想的な疎開先と言える。

もちろん新しい土地に慣れる苦労は並大抵のものではなかろう。
だがそこの支配者は、これまで有能だったギルド長の雪蓮である。
しかも『天の御使い』と称えられた一刀までが随行するのだ。

これらの事実は、民達にとって新天地への希望を託すに相応しい条件だったのである。

「だから、結局は私達もついて行くことになっちゃった。これからもよろしくね、ご主人様」
「よろしくするのはいいんだけど、それだけじゃ済まない……よな?」

あまりの桃香の軽さに、案外たいした問題じゃないのかもと思い始めた一刀。
もちろん、そんなはずがない。

洛陽の貧困層が全てとなれば、万単位での民族大移動となる。
受け入れ側の呉だって、彼等を養うだけの余力はない。
つまり必然的に、雪蓮は支配下の土地を増やすための活動を余儀なくされる。

また、律令上の問題もある。
洛陽のように周囲を城壁で囲ってまで人の出入りを制限する都市こそ珍しいが、人々が勝手に流民化するのは税の増減に直結するため、基本的には禁止されている。
尤も応用的には金の力でなんとでもなるし、数人単位であればそこまで咎められることもない。
行商人などが存在する以上、厳密に取り締まるのは不可能だからである。

現に洛陽の冒険者は、剣奴を除いてそのほとんどが元は農民階級の次男や三男だった。
家業を継ぐ必要のない者に対しては、お目溢しが暗黙の了解となっているのだ。

しかし、万に達する人数となれば話は別である。
そんなものを認めては国が成り立たない。
流民化の扇動は、帝国が呉の征伐に乗り出す理由としては十分過ぎる。

つまりこれは、更なる戦乱を巻き起こす最悪の一手と成り得るのだ。

しかし民達としても、今回の件で精神的にギリギリの所まで追い詰められている。
ここで彼等の要求を拒めば、今度こそ暴動を起こして誰にも止められなくなるだろう。
それはつまり、民達の破滅と同義である。
当然、桃香達がそんなことをむざむざと許すはずもない。

情を説く桃香、理を説く朱里、利を説く雛里。
雪蓮クランの首脳陣は、彼女達と連日連夜の激論を交わした。
金よりも貴重な時間を費やしていることは自覚しながらも、骨子はお互いに譲れない。

ようやく最終結論を得た時には既に遅く、麗羽出陣の知らせに臍を噛む一同なのであった。



「今のままだと、麗羽達が洛陽まで進軍するのに2週間。こっちの行軍速度を考えると、その倍は時間が欲しいわ」
「ごめんね、雪蓮さん。私達が無理なお願いをしたから……」
「なんなら今からでもキャンセルを受け付けるわよ?」
「それは、そのぅ……えへへっ」
「まったく、調子がいいんだから」

桃香の態度に呆れながらも、苦笑してしまう雪蓮。
これでいて桃香の仲間は、彼女も含めて実力者揃いだというのだから恐れ入る。

桃香との同盟関係では、今のところ雪蓮側の持ち出しの方が多い。
だが確実に頭角を現すと思われる桃香達との関係を切るつもりは、雪蓮にはなかった。

そう、雪蓮は桃香達の要求を飲み、流民を呉へと一時避難させる決断を下したのだ。

無論、その後のこともしっかりと打ち合わせた上での話だ。
確かに時間の消費は痛かったが、ノープランで行動を起こすリスクを考えれば必要経費であろう。
だが当然そのツケは、誰かが支払わねばならない。

「貴重な時間を使わせてしまった責任は私達にあります。ですから、麗羽さん相手の時間稼ぎには私が出ましゅ! あうぅ、噛んじゃった……」
「朱里だけじゃ、どうにもならないでしょ。他に誰か、というより桃香達全員が出ないと、2週間も稼げないんじゃない?」
「雪蓮さんもそう思う? 朱里ちゃん、やっぱり私達も行くよ」

雪蓮の言葉に逡巡する桃香。
事前に朱里から自分1人でよいとは言われていたものの、内心では不安だったのだ。
一方で、住み慣れた洛陽を離れる民達の心を慰撫出来る者も、やはり桃香しかいない。

「はわわ、でも不安であろう民達には、桃香様の人望が必要です」
「それじゃあ、せめて愛紗ちゃん達だけでも……」
「万を超える民のフォローをするのですから、桃香様だけじゃ手が足りなくなっちゃいます」
「……恋が一緒に行く」

その時、唐突に恋が口を開いた。
ボーっとしているように見えて、桃香達のやり取りをしっかりと聞いていたのだろう。

一騎当千である恋の申し出は、確かに心強い。
だがそれでも、1人から2人に増えただけである。
数万との報告があった敵の進軍を、果たして止められるものなのであろうか。

しかし朱里は、自信あり気に胸を張るばかりである。
そんな彼女の智謀を、今は信じるしかない一刀達なのであった。



そうと決まれば、すぐにでも行動を起こさねばならない。
限られた時間の中、決死の作戦に従事する2人を全員で見送る。

「恋殿、ネネも連れて行って下されー!」
「駄目。ネネは民の統率……」

音々音の懇願をあっさりと却下する恋。
正規の教育を受けた指揮官の少ない中で、音々音の持つ指揮能力は民達の行軍に必要不可欠なものであるからだ。
そうしておいて、恋は愛犬のセキトに声を掛けた。

「セキト、トランスフォーム……」
「ワンッ!」

するとセキトの体がメキメキと巨大化し、猛々しい一頭の巨大馬となった。
恐らくこれも恋の加護スキルなのであろう。
あっけにとられる一同を余所に、颯爽とセキトに跨った恋は、朱里の手を引いて自分の前へ乗せた。

「あ、ありがとうございます」
「いい。それよりパーティ登録……」
「は、はい」

恋達がパーティを組んだ瞬間、彼女達の体から強烈なオーラが立ち昇った。
その膨大な氣は、百戦錬磨の一刀達をも怯ませるほどだ。
タイミング的に考えて、それはまさしくパーティ効果の影響であった。

三国志史上で最高の叡智を持つ諸葛亮と、最強の武勇を誇る呂布。
その加護を受けた朱里と恋が手を組んだのだから、普通はあまり性能に期待出来ない2人組であっても、そのパーティ効果が絶大なものになるのは当然の結果と言えよう。

傍目からもわかる程の強力なパーティ効果を得た2人ならば、きっと数万の軍勢を足止め出来る。
そんな期待の眼差しを一身に受けて、今まさにセキトが駆けようとした、その時。

「待ってくれ!」
「……なに?」
「俺も、俺も連れて行ってくれ!」
「はわわ、ご主人様?!」

無論、今でも一刀の戦争を厭う気持ちに変わりはない。
だが事の発端は自分であるということもまた、一刀はきちんと認識していた。
月などに「仕方がなかった」と慰められても、それを誤魔化すことは出来ない。
いや、決して誤魔化してはならないのだ。

一刀が1人の子供を救ったせいで、大勢の命が危険に晒されようとしている事実。
そこから目を背け仲間達に尻拭いをさせてまで己の手だけは綺麗にしておきたいなど、卑怯にも程があると一刀は思い詰めていたのだ。

リアルの頃の一刀であれば、それでも構わなかった。
なぜなら、全ては一刀の中だけで完結する事柄だったからだ。

しかし、今は違う。

自分を兄と慕ってくれた季衣や流琉。
自分を共に歩むべき存在だと認めてくれた華琳。
自分を純粋に愛してくれた雪蓮達。

(そんな彼女達に対して、今の俺じゃ相応しくないだろ!)

そう思うだけで、腹の底から力が湧いてくる一刀。
今の一刀は、決して1人きりではない。

もし同じ場面に遭遇したら、何度でも子供の命を救ってやる。
それで大勢の命が危険に晒されるのなら、そうならない世の中を作ってやる。

そこには最早、気弱なゲーオタだった一刀の面影はなかった。

「もし麗羽の親衛隊が出て来てたら、俺がいれば出足が鈍るかもしれない。それに俺の『封神』を使えば、戦場の加護持ちを無力化出来る。頼む、連れて行ってくれ!」
「ネネが頼んでもダメだったのに、ずうずうしいですぞ! ち○こは引っ込んでいるのです!」

シリアスな雰囲気なのに、1人だけ空気の読めない音々音。
そんな音々音を華麗にスルーして、恋が一刀に手を差し出した。

「……恋の後ろ、しっかり捕まって」
「恋、ありがとう。朱里も、いきなりごめんな」
「ちょっとびっくりしたけど、ご主人様が来てくれるなら心強いです。パーティ登録しますね」

恋の体越しに小さな手を伸ばす朱里。
その手が一刀に触れた瞬間、彼女達を包んでいたオーラが掻き消えた。

なんというか、傍目にも非常にがっかりである。

「いや、ほら、別に無理やり俺をパーティに入れなくてもいいからさ。なんかパーティ効果も微妙になっちゃったし」
「どんな効果なんですか?」
「加護スキルの効果アップだって」
「はわわ、凄いです!」
「そ、そうか? 朱里達がそれでいいなら構わないけど、別に気を使ってくれなくてもいいんだぞ?」
「時間がたくさん経った。もう出る……」
「うおわっ!」

恋の意思を汲んで、いきなり猛スピードで走り出すセキト。
見送りの仲間達に手を振る余裕もなく、恋の腰にギュッと抱きつく一刀なのであった。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:天の御使い
パーティメンバー:一刀、恋、朱里
パーティ名称:恥部無双
パーティ効果:加護スキル効果アップ

STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:696貫



[11085] 第九十七話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/22 07:52
単独で敵の行軍を足止めしようと考えていた朱里の作戦とは、次の通りである。

1. 洛陽で工作兵の志願者を募る。
2. いくつかのトラップポイントを作らせる。
3.朱里が単独で敵の軍勢に接近し、そこまで誘い出す。

この策は「言うは易し、行うは難し」の典型的な例であろう。
なにせ敵は既に行軍を始めているのである。

人集めと現地への移動を考えると、洛陽付近しか場所が選べないこと。
朱里自身は指揮を取れないため、トラップが意図通りに設置されたか分からないこと。
数万の軍勢を朱里だけで思い通りに誘導するのは難しいこと。

これらの難関を考えると、例え朱里クラスの智謀を持っていようと、綱渡りの策になることは明らかだ。
それ故に朱里も、恋と一刀が同行している現状で上記の作戦に固執することはなかった。

数万の軍勢に対してこちらは3人なのだから、当然その99.9%は遊兵となる。
前衛の恋、中衛の一刀、後衛の朱里と、パーティのバランスも良い。
敵軍に奇襲を仕掛けることは、十分に可能である。

ヒット&アウェイを繰り返すことで、そのうち行動不能となる部隊も現れ始めるだろう。
後はそれを積み重ねれば、いつかは軍本体の作戦継続能力も自動的に失われるはずである。

「策など必要ありません。全ては私達の奮闘次第です」
「戦う回数を稼ぐためにも、最初は出来るだけ長安側で戦いたいな」
「……セキト、お願い」

恋に首筋を撫でられて鼻息を荒くし、これまで以上にスピードアップするセキト。
その態度に、どこか親近感を覚える一刀なのであった。



行軍で2週間かかる道のりを、セキトはわずか3日で走破した。
無論、進軍速度と単騎駆けのそれを、純粋に比較することは出来ない。
だが3人乗りであることを考えれば、セキトの能力が尋常でないことは言わずと知れよう。

ちょっとした丘のような場所で足を止めた一刀達の眼下には、大勢の兵士が雲霞の如く集まって休息を取っている。
加護により視力の強化された一刀ですら、その切れ目が見えない程だ。

それはそうだろう。
体育館が満杯になってしまうフランチェスカの全校集会でも、総数は1000人に満たないのだ。
その数十倍もの大規模な集まり自体を、初めて目の当たりにした一刀。
さすがにノープランでの突撃は、無茶なように思えてきた。

「せめて何か作戦はないのかよ。ほら、後方の輜重部隊に火を放って逃げるとかさ」
「残念ながら、輜重部隊は別行動なんです。でなければ、2週間で洛陽まで到達するのは不可能ですよ」

もし一刀達に襲撃されたら、いくら堅固に輜重部隊を護衛しても突破されるのは明らかである。
であれば、輜重部隊と軍隊を一緒に行動させるのは無駄以外の何物でもない。

補給線を襲われる対策は、至極単純である。
麗羽達にとって叛乱した洛陽以外は全て味方なのだから、1部隊が襲われても困らぬよう圧倒的な物量を各方面から送れば済む話だ。
そして宮廷の権力を掌握しつつある麗羽には、その物量を揃えることが出来る。

当然、足を引っ張る輜重部隊がいなければ、行軍速度はアップする。
そんな余禄まであるのだから、麗羽が採用しないわけがなかった。
参謀達が算出した敵の行軍速度は、こういった事情を読み切ってのことなのだ。

「強いて言えば、出来るだけ相手を殺さないようにして下さい。傷を負った兵士が多くなるほど、相手の士気や行軍速度に影響が出ますから」
「……そろそろ行く」
「わっ、もう?!」
「ご主人様、遅れないで下さい! 固まって行動しましょう」

セキトを丘に残し、恋が敵陣へと駆け降りた。
一刀と朱里も、その後に続く。

慌てふためく敵兵の目前でふわりと体を宙に舞わせ、『方天画戟』の一凪で複数の敵を頭上から戦闘不能に追い込む恋。
朱里の背後に位置取り、左右から襲い掛かろうとする敵に『新・打神鞭』を振るう一刀。
2人に挟まれて、大魔術のための長い瞑想に入る朱里。

最初は敵の大軍に腰の引けていた一刀だったが、戦いが始まってしまえば、なんてことはなかった。
一般兵達の実力では、一刀に対抗することなど出来るわけがなかったからである。
彼等に足りない物、それは情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ―――

「そしてなによりも、速さが足りない!」

嵐のような攻勢に出る恋を迂回し、術者の朱里を目掛けて左右から同時に襲い掛かって来る敵兵。
その一方をロッド状にした鞭で殴り飛ばして残った敵側の方へ回り込み、攻撃を盾で受け止めた勢いでそのまま相手を弾き飛ばす。

傍目からは残像すら映った一刀の動きだったが、戦闘モードに入った彼自身には、まるで敵兵がスローモーションのように見えていた。
つまり一刀にとっては、例え相手が同時攻撃のつもりだろうと、全く関係なかったのである。

高いLVと加護による身体能力、それに『六花布靴・改』の効果で、一瞬の内にトップスピードへ達することの出来る一刀。
その速度を活かして、一刀は次々と朱里の周囲から敵兵を追い払っていった。

仮に非殺傷設定の武器や盾がなければ、ここまで思い切り良くは戦えなかったであろう。
敵に痛みこそ与えているものの、血飛沫ひとつ飛ばない戦場は、人を殺す覚悟のない一刀でも十分に対応出来るものであった。

ところが、ひとつだけ問題が発生していた。
一刀のWGは戦闘開始前から100%溜まっていたのだが、肝心のカーソルが湧かなかったのだ。

基本的に武器スキルは、戦闘状態だと自分が認識している時、武器の選択に沿った必殺技のカーソルが光る。
例えば『眉目飛刀』を持っている状態だと、片手では鞭が操れない(とシステム的に判定されるらしい)ので、ホーミングブラストの黄色のみが輝くことになる。
そして今は鞭を両手で握っているため、スコーピオンニードルの赤とカラミティバインドの青が点滅するはずなのだ。

だが冷静に振り返ってみると、過去にも同じことを考察した記憶があった。

これまでの迷宮探索で、スコーピオンニードルやカラミティバインドを示すカーソルが仲間達を指したことは一度もない。
それがパーティ登録の問題じゃないということは、複数パーティによる攻略を行って来た経験上、確実に断言出来る。

恐らく一部のスキルには、対モンスター戦のみの制限が掛けられているのだろう。
ホーミングブラストの黄色が味方に対して点滅した事実を考えると、スキルの説明文に対象が『敵』と明記されているものは該当すると思われる。

「と、いけねっ!」

うっかり考え込んでしまった一刀の隙を突き、敵兵達が槍を腰だめに構えて一斉に突進してきた。
実に錬度の高い槍衾ではあったが、一刀にはその肝心な槍が玩具にしか見えない。
桃香りんランドの花を手折るような気楽さで、ペチペチと槍の穂先を折っていく一刀。
と言っても敵兵達にとっては「ペペペペペチチチチチッッッッッ」くらいのスピードではあるのだが。

必殺技が使えない程度のこと、一刀にとっては何のハンデにもならなかった。



恋が攻撃一辺倒だったので、防衛寄りの戦い方でバランスを取る一刀。
だがどれだけ強くても、初陣の一刀は戦場の機微に疎い。
相手があまりにスローモーなため、一刀はつい深追いをしてしまった。

敵方へ踏み込んだ一刀が攻撃モーションに入った瞬間、周囲から朱里に向けて多数の矢が放たれた。
無理やり軌道を修正して鞭を伸ばし、朱里へと降り注ぐ矢を防ぐ一刀。
だが体勢が崩れていたため、その全てを処理することは出来なかった。

「朱里!」

危急を告げる一刀の叫び声に、しかし朱里は慌てず騒がず、即座に魔術を放棄した。
そしてなんと、両腕を開いて左右から飛来する矢を掴み取ったのだ。
更に前方からの矢を右足で蹴り落とした朱里は片足立ちのまま、ここでバチッと決め台詞である。

「はわわ~」
「いや、合ってないから……」

荒ぶる朱里のポーズはともかく、如何に後衛とはいえ彼女のLVは25なのだ。
腕力だけで勝負しても、そこらの雑兵を一捻りにすることは容易い。
逆にそのくらいの身体能力がなければ、単身で敵の足止めなどという発想は出て来ないだろう。

中断した魔術を再び詠唱するための瞑想に入る朱里。
今度こそ守り切ると防備を固める一刀。

だが先程の射撃を契機に、敵の攻撃が飛び道具一辺倒になってきた。
接近しても痛い目をみるだけであることを、これまでの戦いで十分過ぎるほど学んだのであろう。
もちろん防御に徹した一刀が、飛来する矢を朱里まで届かせることはない。
鞭で打ち払い、盾で受け止め、危なげなく遠隔攻撃を防ぎ続ける一刀。

しかし、敵は圧倒的な大軍である。
単体を狙い撃つ方法が通用しないのであれば、面を制圧するような撃ち方に変えればいい。

一刀達を完全に包囲し、360度からの一斉射撃で矢の雨を降らせる敵軍。
如何に一刀が素早くとも、雨の日に頭からつま先まで一滴も濡れずに済ますことは出来ない。
一刀に残された選択肢は、朱里を体で庇うことだけであった。

「くっ……あれ?」

歯を食いしばって痛みに備えた一刀。
しかし、その矢が彼の体を貫くことはなかった。

そう、この戦場にいるのは一刀と朱里だけではない。
いつの間にか一刀達の頭上に来ていた恋が、2人を守ってくれたのである。

飛将軍という名の通り、宙に浮かぶことの出来る恋。
だが彼女の加護スキルの本質は、空を飛ぶことではない。
それはあらゆるものに縛られないという、概念的なものなのだ。
極めれば、ありとあらゆるものから宙に浮き、無敵となるのが恋の加護スキルの真骨頂である。

一刀と初めて迷宮探索した時には、体を浮かすことしか出来なかった恋。
しかし漢帝国クランがピンチに陥った当時、恋は更なる強さを手に入れると一刀に約束した。
その誓い通り、恋は立派に成長を遂げていた。

「……恋に飛び道具は効かない」

そう呟く恋に向かって、更なる矢の嵐が襲い掛かる。
しかし恋に当たる直前で矢は急速に向きを変え、明後日の方向に飛び散ってしまった。
その様子を確認することもなく『方天画戟』を振り上げた恋は、素敵な脇を晒しながら頭上で回転させ始めた。

「……夢想封印」

高速で回転する戟から、光のシャワーが敵兵に降り注ぐ。
すると、それを浴びた敵兵のステータスに劇的な変化が現れた。
敵兵のLVが、その数値を急激に減らし始めたのだ。

一時的なレベルドレインを喰らって動きが鈍り、パニックに陥る敵兵達。
混乱した敵陣に、満を持して朱里が大魔術を解き放った。

≪-孔明の罠-≫

敵陣の布かれた地面が一気に陥没し、敵を奈落の底へと飲み込んだ。
といっても底は当然あるのだが、巻き込まれた数千人がこの深い穴から脱出するのには、それなりの日数が掛かるであろう。

この『孔明の罠』は、天才軍師と名高い全知神・諸葛亮の加護だけのことはあり、実にフレキシブルな特性を持っている。
場の状況に最も相応しい魔術効果が、自動的に選択されて発動するのだ。

そして今回のように長い時間を掛けて集中力を高めることで、魔術の効果範囲を広げることも可能である。
ちなみにこれは、朱里だけが特別なわけではない。
雛里の『連環の計』も同様であるし、詠の『離間の計』は効果範囲こそ広がらないものの、敵のレジスト率を下げることが出来る。

地上最高の魔術師・朱里と、史上最強の武人・恋。
彼女達の規格外な加護スキルの前では、一刀の誇る速さなど微力に過ぎる。

大活躍の2人を交互に、素早く見ることしか出来ない一刀なのであった。



その後も数回ほど敵軍と交戦した結果、足止め作戦は見事に成功を収めた。
結局は親衛隊を萎縮させる必要などなかったし、『封神』や『覆水難収』を使う機会もなかったが、目的は達成出来たのだから一刀にとっても十分に満足のいく結果だった。

洛陽に帰還した一刀達。
今後の行動予定が異なる2人と別れた一刀は、ひとまず宿へと向かった。

既に子供達は、七乃の指揮で呉へと旅立った後である。
尤も美羽と七乃は、そのまま呉へ居つくつもりはないらしい。

「雪蓮の風下に立つことだけは、まっぴら御免なのじゃ!」
「子供達の生活が落ち着いたら、2人きりで大陸中を旅しましょうね、美羽様」

一般人に比べれば高LV者と言える美羽達なら、その選択もありだろう。
不思議なカリスマを持つ美羽に、完全で瀟洒な従者の七乃がついていれば、きっと楽しい人生が送れるに違いない。

(喰い意地の張った美羽には、山中の得体が知れないハチミツなんかを食べないよう、しっかり忠告しとかなきゃ)

そんなことを考えながら、空っぽになった宿屋を見つめる一刀。
だがいつまでも感傷に浸っている暇はない。

人の気配がすっかり減ってしまった冒険者ギルド。
そこで一刀を待っていたのは、殿を務める雪蓮クランの面々であった。

難民を引き連れて呉に向かうのだから、雪蓮クランが民を先導して桃香クランが殿を引き受けた方が良いように思える。
しかし実際には、道中では桃香の存在こそが重要なのだ。
なぜなら桃香は洛陽の民にとって、最も身近な英雄であるからだ。
万単位の旅慣れぬ民を導ける者は、この状況だと桃香以外にはありえない。
逆に雪蓮達の場合は向かう先は一族の本拠地なのだから、到着が遅れても連絡さえきちんと取っておけば、多少のことはどうにでもなる。

それらの事情から、このような役割分担となったのである。

「お疲れ様。首尾はどうだったの? って、聞くまでもないわね」
「ああ。バッチリだよ。そっちこそ、避難状況はどんな感じなんだ?」
「予想外に順調よ。馬鹿みたいに家財道具を持って行こうとする者も、やっぱり洛陽を出たくないって駄々を捏ねる者も、こちらが驚くほど少なかったわ」

このことに対する貢献度が高かったのも、やはり桃香クランであった。
もっとはっきり言えば、全ては愛紗と鈴々のお陰である。

『ねぇ、愛紗ちゃん。このタンスは亡くなったおばあちゃんの嫁入り道具だったんだって。なんとか運んであげられないかなぁ?』
『絶対にダメです。そう、タンスは少し重すぎる!』
『もうっ、愛紗ちゃんの分からず屋! 鈴々ちゃんからも何か言ってやってよ。タンスはおじいちゃんの大切な思い出なんだから!』
『突撃! 粉砕! 勝利なのだー!』

基本的に甘い顔をしてしまう桃香には取り合わず、愛紗と鈴々はビシバシと民達の陳情を捌いていった。

情に流されず、公平かつ厳しめの判決を下す愛紗。
人々に未練が残らぬよう、重量物を処分する鈴々。

非道のようではあるが、積み荷の量は旅団の移動速度に直結するため、民達の命を左右するほどの大事である。
誰かが鬼にならざるを得ないのであれば、それは自分達の役目であると愛紗達は考えていた。
そしてこの場合、愛紗達の行動はそれで正解なのだ。
なぜなら2人には、桃香という義姉がいたからである。

『タンスを粉砕しちゃうなんて酷いよ、鈴々ちゃん! おじいちゃん、本当にごめんなさい! ……でもね、おじいちゃん。おばあちゃんとの思い出が壊れたわけじゃない。それはいつまでだって、おじいちゃんの心の中にあり続けるんだから!』

包み込むような慈愛で、全てを有耶無耶にする桃香。
無論、本人に誤魔化すつもりなど欠片もないのだが、桃香の高いCHRに裏付けられた暴力的なまでの魅力に抗える一般人など存在しない。
こうして民達は、不満どころか桃香に対する感謝の気持ちすら芽生えるという凶悪なシステムの元で、スピーディな荷作りを強いられたのである。

「なんか、随分と意地の悪い表現だな」
「あら、事実をそのまま説明しただけよ」
「桃香の真心と思いやりに胸を打たれてとか、もっと他に言いようはあるだろ?」
「……そうね、少し悪ふざけが過ぎたかしら。ともかく旅団は順調に移動を開始しているわ。街に留まる民達のことも、大神官が引き受けてくれたし」

新しい都市長を追い出した件での管理責任だけならまだしも、万単位の流民を出してしまった以上、月達がこの町に留まることは刑死を意味する。
だが大神官ならば、行政責任を問われることもない。
そもそも身分階級が、武官や文官とは別系統なのである。
「罪ある者は全て逃げた」と麗羽に伝え、居残った民にまで責任が及ばぬよう弁明するには、うってつけの立場であった。

「後は私達が出立するだけよ。疲れているかもしれないけど、早いに越したことはないわ」
「……雪蓮、その前にどうしても頼みたいことがあるんだ! 雪蓮やみんなの命、この俺に預けて欲しい!」

その言葉が切っ掛けとなり、これまで一刀と雪蓮の会話に口を挟まなかったクラン員の面々もざわつき始めた。
さもあろう、一刀が自分達の命を賭けてまで何をしようとしているのか、気にならない方がどうかしている。

雪蓮達に対する一刀の要望、それは最後の迷宮探索への同行であった。
いや、ここは素直に迷宮クリアと言い換えるべきであろう。
一刀はワンチャンスでの迷宮制覇に挑戦するつもりだったのである。

既に幾度となく述べてきたことだが、一刀は自分の失態が今回の件の発端だったことを十分過ぎる程に理解していた。
それ故に戦場へも出陣したのだが、それしきのことで自責の念が消えることはなかった。
故郷を捨て、呉へと逃れる人々。
いつか彼等を洛陽へ戻してやることが、自分に課せられた義務だと一刀は考えていたのだ。

洛陽という街は、戦略的な価値が非常に高い。
漢帝国の元首都だということもあるが、やはり迷宮の存在が大きいだろう。

だが、もしその迷宮がなくなれば?

加護やドロップアイテムを得ることが出来なくなり。
冒険者がいなくなるため、装備屋や宿屋などが減り。
奴隷などの需要も減って、行商人が姿を見せなくなり。

洛陽の価値が激減するのは、火を見るより明らかである。
もちろんクリアしたからといって、迷宮が消えるとは限らない。
しかし迷宮はそのままでもモンスターがいなくなったり、加護を受けられなくなる可能性だってある。

仮にどれかひとつでも実現すれば、それだけ洛陽の重要性は下がるだろう。
いや、クリアそのものだって、十分な意味を持っている。
洛陽に固執する麗羽の、その最も大きな理由が失われるからである。
そうやって洛陽の存在価値を削ることが、目標達成への近道であろうと一刀は考えたのだ。

「ひとつだけ確認させて。なぜ私達を選んだの?」

雪蓮の問い掛けは、一刀を深く悩ませた。
単純にこの状況では雪蓮達に依頼するしかなかったのだが、彼女の言葉には含みがあるように思えたのだ。

もしこの場に桃香や華琳がいたとしたら?
……それでも一刀は、雪蓮に頼んだであろう。

ではこの場に雪蓮だけがいなかったら?
……迷宮クリアの賭けになど、決して出なかったはずだ。

自問自答を終えて顔を上げ、真っ直ぐに雪蓮を見つめる一刀。
己の出した結論に苦笑しながら、それでも一刀はきっぱりと答えた。

「俺は今まで何度もそうしてきたように、女の子のためなら命を賭けられる。でも女の子の命なんて重過ぎて、雪蓮達の分しか背負えそうにないんだ」
「……ぷっ、あははっ! うん、決めたわ。私は協力してあげる。みんなも好きにしなさい」

一刀にとって最後の迷宮探索が、今まさに始まろうとしていた。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:天の御使い

STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:696貫



[11085] 第九十八話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/31 22:26
この世界で最も重要なものは、他の何をおいてもまずLVである。
純粋なLV差は個人の技量や経験、そして時には優れた加護スキルすらも圧倒する。

例えば最強の加護スキル【夢想封印】を持つ恋。
もし彼女が現時点で大神官と戦えば、かなり分の悪い勝負となるだろう。
凶悪無比なレベルドレインといえども、レジストされてしまえば何の役にも立たないからだ。

そのことを鑑みると、一足飛びでのクリアを狙うのは些か無謀なように思える。
今回の攻略メンバーの中で最もLVの高い一刀ですら、未だLV28に過ぎないのだ。
一度の探索でBF30まで到達するためには、相当な無茶を積み重ねる必要がある。

しかし仮に状況が切羽詰まっていなくとも、一刀が地道なレベル上げを選択することはなかっただろう。
その正攻法こそが危ういと、一刀は考えていたからである。

今後のLV上げでは、ブシドーを始めとしたBF26以降の難敵と戦わねばならない。
一度の事故が命取りになり得る性質の悪い特殊攻撃の前では、如何な強者であろうといずれ必ず凶運の訪れる時が来る。
事故死しかねない敵との連戦など、愚策中の愚策と言えよう。
古典的迷宮RPG『クレリックリー』を全シリーズやり込んだ一刀は、そのことを良く理解していた。

では、一体どうすればよいのか。
一刀の出した答えは、以前冥琳が倒れた時に雪蓮達と挑戦した策の焼き直し、つまりBF30までの強引な突破作戦であった。

もちろん前回失敗した作戦なのだから、そのまま流用するのは心許ない。
だが今回は、当時と大きく異なる要素が一点だけあった。

「T字路の右手からブシドー、コカトリス、サイクロプス、ゴーレム、ケルベロス。左手からはサイクロプスとバグベアが2体ずつ、こっちに向かって来てる」
「仕方ない、迂回路を探そう。おっと、その前に……」

≪-赤壁-≫

冥琳が張った炎の障壁に気づき、こちらに駆け寄って来る敵の群れ。
しかし道は既に塞がれている。
悔しげに唸り声を上げるモンスター達を尻目に、悠々とその場を後にする雪蓮達。

そう、今回は冥琳の加護スキルによって、戦闘の大半を回避出来るのだ。

下の階で戦うほど、経験値は多く貰える。
それは即ち、LVアップまでに必要な戦闘回数が少なくて済むということである。
しかも道中とは違い、BF30海岸を拠点とすれば相手を選ぶことが出来る。
海岸の敵なら単体であるし、それでも危険度が高いようであれば迷宮内で戦ってもいい。
仮に敵の群れが襲い掛かって来ても、海岸へ逃げ込んでしまえば追撃を受けないことは既に実証済みだ。

もちろん肝心の冥琳が麻痺などの状態異常に陥れば【赤壁】も自動解除され、この戦術は一気に破綻するだろう。
しかしそれは事前の作戦会議で、一番の問題点として十分に打ち合わせ済みだった。

解決策は単純である。
大神官に頼み込んで、状態異常を無効化する装備『深紅の髪飾り』を一時的に借り受けたのだ。
対価こそ支払っているものの元々は無理を言って買い取った品であるし、今は重病患者もいないからと大神官も快く応じてくれた。

三十六計逃げるに如かず。
その格言を実感する一刀なのであった。



今回の作戦上、参加人数は少数精鋭である方が望ましい。
とはいえ、パーティ人数が増えるほど強くなる雪蓮と蓮華がいるのだから、上限である7人までは選出すべきだ。

しかしパーティを最大人数で作ろうとした所、ボーナスがどうにも微妙なものばかりになってしまった。
逆に半端な人数の組み合わせだと、赤い点滅で表示されるような神性能のパーティ効果が2つも発見出来た。

思春、明命、亞莎、小蓮と組んだ時の『偽乳特戦隊』ボーナスも捨てがたいが、冥琳が入れないのであれば意味はない。
結局一刀はもうひとつの組み合わせである、雪蓮、蓮華、祭、冥琳、穏の5人をメンバーに選んだ。

その決定に思春と小蓮は猛然と反発し、亞莎も負けじと鋭い視線を一刀へと送った。
中でも意外なことに、明命が最も強硬に参戦を主張した。
全裸で訓練までさせられたあげくの置いてけぼりでは、いくら素直な明命でも納得出来なかったのであろう。

だが1人でも参加を認めてしまっては、結局我も我もと続いて人数が増えていってしまう。
冷酷なようだが、決して妥協は出来なかった。

参加を諦めさせるべく、年少組を相手に真摯な説得を続けた一刀。
頑なだった明命達も、一刀の誠実な行動に段々と態度が和らぎ、出立の日には快く彼等を見送ってくれた。
最後にものを言うのは真心であるという、典型的な好例と言えよう。

「まったく、一刀はあの子達をどれだけ甘やかすのよ。服や靴、猫のヌイグルミ、モノクル、果ては最高級の絹を使ったふんどしまで、手当たり次第に買い与えるだなんて」
「仕方がなかったんだよ。というか、最初から雪蓮が言い聞かせてくれたら良かったのに……」
「こら、甘えないの。そういうことは、しっかり自分でやらなきゃね」

出来の悪い弟に向けるような雪蓮の眼差しに、なんだか照れてしまう一刀。
迷宮内であるにも関わらず緊張感が持続しないのは、良くも悪くも雪蓮クランの特徴である。
しかし常に張りつめた状態だと疲弊が激しくなり、いざという時に実力が発揮出来ないこともまた事実なのだ。
どんな時も余裕を失わない雪蓮達の様子は、一刀にとって心強いものであった。

「今頃はあやつ等も、そろそろ街を出た頃かの。はてさて、しっかりと殿の役目を果たせるものやら」
「なに、心配は無用ですよ。亞莎にはこれまで、私がみっちりと軍学を学ばせてきましたから」
「そうは言うても、嘴の黄色いひよっこ共ばかりじゃ。この肝心な時に限って、華雄もおらぬしのぉ」

ちなみに華雄は、月の官位が剥奪された時点で既に洛陽を離れ、長安の宮廷へと戻っていた。
月を見捨てたとか性格が冷たいとか、そういった批判はお門違いである。
華雄は月個人の部下ではないのだから、これは漢帝国の将軍として当然の行動なのだ。
むしろ華雄と同じ身の振り方をしない恋や霞が、官として自由人過ぎるだけであろう。

「祭、彼女達なら大丈夫よ。ずっと一緒にパーティを組んできた私が保証するわ」
「そうですよぉ。彼女達は呉の次世代を担う、とっても優秀な人材ですぅ」

和やかなムードの中でも、当然だが周囲への警戒を怠るような雪蓮達ではない。
特に優れた第六感を有する雪蓮は、敵NAMEが視認出来る一刀と並ぶほどの索敵巧者であった。

「しっ! おしゃべりはそこまでにしなさい。先になにかいるわよ」
「あれはマンティコアだな。珍しく単体だから、倒した方がいいかも」
「逃げてばかりで退屈してた所だし、丁度いいわ。冥琳、戦場を造って頂戴」

強敵と戦う場合、何よりも怖いのが新たな敵の参戦である。
だが雪蓮クランには、その心配をする必要性が全くない。
冥琳の【赤壁】により戦闘フィールドを設定すれば、それ以上の警戒をしなくて済むからだ。
蓮華達が加護を得るまで、BF15以降をたった4人で探索していた雪蓮達の実績は伊達ではなかった。

真っ先に飛び出した雪蓮が、マンティコアの顔面に三連続の突きを放つ。
その攻撃を辛うじて避けたマンティコアの隙をついて、蓮華が盾を叩きつけた。

前に一刀と武器スキルの話をした時、盾の可能性を色々と聞き込んだ蓮華。
真面目な蓮華はそれ以来、雨の日も風の日も愚直に訓練を続けていた。
未だ必殺技を得ることは出来ていなかったが、その特訓が攻撃のバリエーションを増やす結果に繋がったのだ。

ノックバックで体勢を崩されたマンティコア、その無防備な胴体に雪蓮が刃を突き立てる。
しかしマンティコアの蠍を模した尾だけはシールドバッシュの影響を受けず、連激を繰り出す雪蓮の首筋に迫った。
その瞬間、祭の撃ち放った矢が尾の先端にある毒針を折り飛ばした。
神業というべき祭の妙技に感謝の目配せをして雪蓮、そして姉に遅れじと蓮華がマンティコアへと立ち向かう。

猛然とマンティコアを攻め立てる雪蓮。
敵からの反撃を確実に潰していく蓮華。

息の合った姉妹の連携に、たちまち体中を切り刻まれたマンティコア。
受けた傷を癒そうと、不気味な老人の口が呪文を紡いだ。
そこを見計らって、戦闘開始から後方で待機し続けていた一刀が魔術を解き放つ。

≪-覆水難収-≫

ずっと精神を集中させていたのが良かったのだろう、一刀の低いINTでもレジストされた気配はない。
そして『受傷転写』さえ防いでしまえば、後は消化試合である。

ホッと息を吐いた一刀の目に、炎の壁を通り抜けようとする敵の姿が映った。
恐れていた新手、精霊ジンの参戦である。

ジンは実体を持たないため、あらゆる物理攻撃が通用しない。
それは即ち、物理障壁である【赤壁】の効果も無効化されるということだ。
ギルドで行った作戦会議では、このことが完全な盲点となっていた。

このパーティに魔術師は2人いるが、冥琳は【赤壁】の維持があるため戦闘に手出しが出来ない。
つまりジンにダメージを与えられるのは、穏だけなのである。
物理攻撃の無効なジンは、このパーティにおける最大の難敵だと当初は思われた。

「そらっ、こっちだ!」

ジンに向かって『眉目飛刀』を投げ放つ一刀。
その攻撃はもちろんノーダメージであり、逆にジンの注意を引いてしまう結果となった。

ジンの唱える高威力の魔術が一刀に襲い掛かる。
だがジンに物理攻撃が効かないのと同様、一刀も魔法攻撃に対する完全防御のマントがある。

互いに有効打のないまま、千日手の様相を見せ始めること5分。
唐突にジンが苦しみで身悶えながら、あっと言う間に消滅した。

そう、『七箭書』による呪殺効果である。

ダメ元で試した所、物理攻撃の効かない敵に対しての投擲でも書物に登録されたのだ。
近接攻撃をしてこないジンは、『七箭書』と『杏黄のマント』を持つ一刀にとってお客さんも同然だった。

こうして一刀達は、一歩ずつ確実に迷宮内を進んで行った。



BF30に到達するための障害は、難敵の存在だけではない。
トラップ類もまた、致死に至るような種類のものがこれまでよりも増えていた。

「おっと、落とし穴だ。まったく、見え見えだっての」
「……待って、一刀。その罠、何か変だわ」
「いつもの勘ってやつか?」
「それもあるけど、どこか違和感があるのよ」

天性の才能を持つ雪蓮は、それ故にフィーリングで判断する場合が多々ある。
そのため雪蓮の思考を正確に推し量ることは難しい。

しかし雪蓮のことを、彼女自身よりも知り尽くしている冥琳だけは例外であった。
雪蓮の感覚的な言葉を手掛かりに、呉の頭脳はやがてひとつの答えを導き出した。

「これまでと違って、罠があからさま過ぎるんだ。……確かに妙だな」
「一刀、もう少し周辺を探りなさい」

雪蓮の指示に従って、慎重に周囲を調べる一刀。
結果は、驚くべきものであった。
その落とし穴は、巧妙に隠された他の罠と連動していたのである。

落とし穴を回避すれば安堵で気持ちが緩むのは、人としての必然だろう。
その心の隙をついて、起点となるトラップに引っ掛かれば最後。
右往左往しているうちに、遂には落とし穴へと追い込まれてしまう仕組みなのだ。

なんという孔明の罠。
「はわわ! ご主人様、死ねば良いのに!」という朱里の声すらも聞こえてきそうだ。
だがトラップの起点さえわかってしまえば、対策などいくらでも立てられる。

「さいしょはROCK……、こいつが転がって来るとヤバいんだな」
「こんな岩なんて、私が『南海覇王』で粉々にしてやるわよ」
「いやいや、それは無茶だろ」
「私で不安なら、蓮華に盾で受け止めさせる?」
「うーん、それならいけるかも……」
「一刀、少し聞きたいのだけれども。なぜ姉様には無理で、私なら大丈夫なのかしら?」

いい笑顔で一刀へと迫る蓮華。
もちろん一刀に悪気があったわけではない。
ただ、抜群の攻撃力と脆い防御力を併せ持つ雪蓮を豹に例えるならば、あらゆる攻撃を受け止める蓮華はさながらSGGKのようだと思っただけである。

しかし蓮華にとっては、乙女のプライドに関わる問題だったらしい。

「い、いや、別に蓮華の方が頑丈だとか骨太だとかふとましいとかって意味じゃないぞ?」
「……頑丈で骨太でふとましいって、一刀は私のことをそういう風に思ってたのね」
「だから、そうじゃないんだって!」
「へぇ、じゃあ一体どう違うのかしら?」

「おい一刀、いつまで遊んでいるんだ。単に【赤壁】でルートを塞げば済む話だろう」
「そうですよぉ。それに蓮華様もぉ、あんまりいちゃいちゃされると目に毒ですぅ」
「なっ、いつ私がそんなことをしたって言うのよ!」
「お主ら、いい加減にせい! ほれ、さっさと先へ進むぞ」

命懸けの道中でも決して殺伐とせず、賑やかに探索を進める雪蓮達。
互いに身内意識の強い雪蓮クランだからこそ、平時と変わらぬ雰囲気を保てるのだろう。

危険極まりない迷宮内にも関わらず、まるで家族と過ごしているような安心感に包まれる一刀なのであった。



BF25を出立して以来、夜営を張らずに探索を続けること丸2日。
初日に一昼夜を掛けて、祭壇からBF25まで一気に突破した疲れも残っていたのだろう。
いくら小休止を挟んでいたとはいえ、雪蓮達は疲れ切っていた。
特にその休憩中すらも【赤壁】を展開せねばならなかった冥琳は、もはや限界に近い。

セオリー通りに考えるなら、今すぐにでも数時間単位の睡眠を取るべきであった。
しかし無論のこと、冥琳が寝ている間は他のメンバーでキャンプ地に寄り付く敵を排除せねばならない。
そして現在地はBF29、既に雪蓮達の実力を超えるフロアなのだ。

冥琳抜きで敵に挑むこと、それは複数を同時に相手取るという意味である。
仮に2体以上のブシドーを含むモンスター達が襲い掛かってきたことを想定した場合、全員無事に敵の群れを撃退出来る確率は、恐らく半分を下回るであろう。

「冥琳、しっかり捕まっててくれよ」
「うわっ、ちょっと待て、一刀!」

ここが正念場だと、一刀は冥琳を背負った。
長身ながらもスラッと引き締まった肉体は、綿毛のように軽い。
RIKISHI並の筋力を持つに至った一刀にとっては、負担など無いも同然である。
むしろ背中に感じる柔らかな2つの温もりが、一刀の眠気を吹き飛ばしてくれた。

一方の冥琳も、驚きと照れが疲労を忘れさせたのだろう。
ゆらゆらと不安定になっていた【赤壁】が、その勢いを取り戻した。

しかし、その効果は一時的なものに過ぎない。
一刻も早くBF30まで辿り着き、海岸で休息を取る必要があることには変わりないのだ。
そもそも不完全な迷宮の地図を頼りに、僅か2日でBF29まで到達出来たことが奇跡に近い。
このまま都合良くBF30への階段が見つかるとは、とても思えない。

(それでも、このまま終わるわけにはいかないんだ―――!)

知らず知らずのうちに手を強く握り、背負っている冥琳の尻に指を喰い込ませる一刀。
そんな一刀の強い想いが、幸運を招き寄せたのか。
一刀達の目の前に階段が姿を現したのは、冥琳が尻の痛みに苦情を訴えた直後のことであった。

ところが、奇跡の大盤振る舞いもそこで種切れとなった。

「海岸が……、ない……」
「なんだと?!」
「魚がサーチに引っ掛からないんだ!」

BF30にある最後の扉を開けるだけでクリアになる可能性は、漢帝国軍によって数年前に否定されている。
『試練の部屋』のように、ラスボス的な存在がいるのは間違いない。
しかし海岸がなければ、そこを拠点にLV上げを行う作戦が根底から覆されてしまう。

『帰還香』による撤退か、このまま玉砕覚悟でボス戦へ突入か。
残された道は、2つに1つである。

「退却だ、一刀」
「そんなっ! 折角BF30まで辿り着いたんだぞ?!」
「お前も本当は、既に分かっているのだろう? 唯でさえ最後の戦いには実力が不足しているんだ。休憩もなしに挑んだ所で、勝率など無いに等しい」
「……そうだな、冥琳の言う通りだ。雪蓮、洛陽に戻ろう」
「ふふっ。2人共、気が早すぎるわよ。私が3つ目の選択肢を用意してあげるわ」

望外の幸運こそ終了したものの、まだ雪蓮には残されていたものがあった。
それは、今は亡き母親の愛情である。
地図には記載されていない貴重な情報が、遺言と共に伝えられていたのだ。

「最後の扉がある部屋にモンスターは出現しない。つまりBF20の小部屋と同じような場所ってことね」
「しかし、そこまでは随分と距離がある。残念だが、やはり今の状態で辿り着くことは難しいぞ」
「……この際だ、一気に駆け抜けよう」

地図上の距離では、最短ルートを普通に歩いたとして2時間。
戦闘を行いながらだと少なく見積もって倍、【赤壁】で戦闘を避けようとすれば、そこから更に倍の時間が掛かる。
今の一刀達に、そんな余力はない。

だが、まともに探索を行わないのであれば話は別だ。
大陸でも有数の実力を持つ超人の集まりである雪蓮クラン。
全力で走ると迷宮の床を靴跡状にへこませてしまう彼女達ならば、10分でゴール出来るはずである。

「敵は?」
「無視して突っ切る!」
「罠は?」
「強引に突破する!」

これまでと違ってBF30の地図が充実していたことだけが、この策を辛うじて現実的なものとする唯一の救いであった。
安全地帯という重要拠点があるため、漢帝国軍は大勢の死傷者を出しながらも周辺の偵察をしっかりと行ったのだろう。
逆に言えば、それ以外の面では無謀以外の何物でもない、極めて杜撰な作戦である。

だが威勢の良い一刀の答えは、疲労の極限状態であった皆の瞳に輝きを取り戻させた。
気力が充実し始めた彼女達に越えられぬ壁など、この世には存在しない。

穏の唱えた【其迅如風】を合図に、一刀達の生死を賭けたレースが始まった。



先頭は雪蓮、その後に蓮華と祭が並び、更に穏が続く。
冥琳を背から降ろした一刀は、彼女と共に殿の役割だ。

この配置は、主にバグベアの全体麻痺を始めとする状態異常対策である。
『深紅の髪飾り』を装備している冥琳と、麻痺などに特殊な耐性のある一刀が、『銀の短剣飾り』を手に後方へ控えることで皆をフォローしようと考えたのだ。

前からは新手が、後ろからは振り切れない敵が、一刀達に襲い掛かる。

「ちっ、マンティコアの毒針を避け損なうとは。儂も歳かのぉ」
「それだけ軽口が叩ければ十分です! 毒は治ったのですから、さっさと走って下さい!」

猛毒を受けて倒れ伏す祭に、冥琳が『銀の短剣飾り』を突き刺し。

「危ないですぅ!」
「穏?!」
「蓮華、振り返らない! 前方の敵に集中しなさい!」

壁から突然噴き出してきたガスに気づかぬ蓮華を庇って石化した穏は、一刀が担ぎ上げ。

「後ちょっとだ! 冥琳、頑張れ!」
「わかった、わかったから尻を押すな!」

疲労でスピードの落ちて来た冥琳をサポートし。

「こっちよ、一刀! 早く!」
「後ろにブシドーが迫ってるわ! 一刀、飛びなさい!」

ブシドーの居合に髪を数本斬られながらも、地を這うような猛烈ダッシュしゃがみジャンプで、虹色に輝く入り口を通り抜けた一刀。
異質な空気の漂う大部屋、中央には絶え間なく沸き出る泉、そして正面には荘厳な作りの巨大な扉が悠然とそびえ立っていた。



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:20/100
EXP:1081/9500
称号:天の御使い
パーティメンバー:一刀、雪蓮、蓮華、冥琳、祭、穏
           _  ∩
         ( ゚∀゚)彡
パーティ名称: (  ⊂彡
          |   |
          し⌒J
パーティ効果:近接攻撃力+100、遠隔攻撃力+100、魔法攻撃力+100

STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:312貫



[11085] 第九十九話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/30 13:59
石化した穏を『解呪の聖水』で治癒し、崩れ落ちるようにその場で熟睡する一刀達。
折角街で買い込んだ食材や寝具の準備どころか、着替える余力すらも彼等には残っていなかった。

だが一刀達にとって、それは束の間の休息に過ぎない。
この場に辿り着くことが一刀達の目的ではないからだ。
今回の迷宮探索は、むしろここからが本番なのである。

翌日から一刀達は、早速LV上げを開始した。

「よし冥琳、今だ!」
「いや、もう少し待つのじゃ!」
「一体どちらなのですかっ!」

無論のこと、返事を待っている暇はない。
仕方なく祭のタイミングに合わせて【赤壁】を張る冥琳。
しかしその選択は、大失敗であった。

「ちょっと冥琳、サイクロプスが壁の内側に入ってるわよ!」
「あのぉ、ここは撤退しませんかぁ?」
「いや、呪殺はちゃんと入ってるんだ。5分だけ耐えてくれ、蓮華!」
「分かったわ。その代わり、祭の釣ったケルベロスは任せたわよ、一刀」

≪-不動如山-≫

穏の詠唱をその身に受け、鉄壁の守りを固める蓮華。
雪蓮と祭が、サイクロプスを相手に奮闘する蓮華の援護に回る。

ケルベロスも上の階層とは比べものにならない強さだったが、蓮華達の戦いが終わるまでは一刀だけで相手せざるを得ない。
倒す必要まではないのだからと自分に言い聞かせ、一刀は青息吐息で時間を稼ぐ。
いじましい戦闘を繰り広げる一刀、しかし彼の努力を嘲笑うように新たな敵が現れた。

「げっ、ジンがこっちに来てる! 雪蓮、ケルベロスの相手役を交替してくれ!」
「姉様、こちらは後2分ですから大丈夫、向こうへ行って下さい! ……うぐっ」
「ほらほら、余所見しないの。祭、蓮華のフォローは頼んだわよ」

横腹を晒しているケルベロスに猛追を仕掛けた雪蓮。
不意を突いた彼女の一撃が大ダメージを与えたのであろう、ケルベロスは完全に雪蓮へとヘイトを移した。

行動の自由を得た一刀、しかしジンは既に【赤壁】の辺りで呪文を詠唱している。
急いでタゲを取るべく動いた一刀だったが、その行為は愚かと言うより他に表現しようがない。
一刀はジンに向かって、うっかり『眉目飛刀』を投げつけてしまったのである。

「一刀の馬鹿! 残り1分だったのに、どうしてそこで『眉目飛刀』を使うのよ!」
「ごめん、つい反射的に……」
「サイクロプスを相手に実力勝負は、今の私達では無理だわ。皆、撤退よ!」

BF26以降の強敵には、呪殺を仕掛けてから【赤壁】で遮り。
BF21以降で戦い慣れた敵だけを選んで、雪蓮達が押し包み。
戦況が不利になれば、躊躇せず扉のある大部屋へと逃げ込んで。

幾度かの失敗を繰り返しながらも、雪蓮達は確実に実力を蓄えていった。



扉前の安全地帯には、今までにはない特徴があった。
それは中央に泉が沸き出していることだ。
特別な回復効果はなかったものの、それでも泉の存在は蓮華達を喜ばせた。
戦闘で身に染みついた血と汗を、大量の真水で洗い流せるからだ。

就寝前の水浴びタイム、最初はもちろん一刀だけ仲間外れの予定であった。
だがこれまで様々な軍師達の薫陶を受けてきた一刀に、死角はなかった。

「……貴方って、どうしてこういうことには、異様に気が回るのよ」
「いや、ほら、こんなこともあろうかとさ」

一刀が宝玉から取り出したのは、全員分の水着である。
年少組へのご機嫌取りに贈物攻撃を仕掛けていた時、ついでに買っておいたものだ。

口では文句を言いながらも、やはり好きな男性からのプレゼントは嬉しかったのだろう。
蓮華を筆頭に、次々と水着に着替え始めた。

蓮華にはモスグリーンのマイクロビキニ。
雪蓮には蓮華と色違いのアイリッシュピンク。
冥琳にはネイビーブルーのスリングショット。
穏にはワインレッドのセパレーツ。

長い時間を掛けて悩んだだけのことはあり、みんな良く似合っている。
うんうんと頷く一刀の肩を、祭が叩いた。

「では一刀よ、さっそく儂の背を流してくれ」
「分かった。って、祭さん、水着は?!」

別に一刀は、祭だけを仲間外れになどしていない。
祭にはきちんとアイボリーブラックのチューブトップとCストリングのボトム、そしてパレオを手渡したはずだ。

「体を洗うのに布なんぞ身に着けておれぬ。ほれ、早くせぬか」
「あ、ああ……」
「これ、もそっと力を入れんか。こそばゆいわ」

これぞ熟女の鏡と言った所なのか、ベッドの上とは異なり、全裸でありながら微塵も色気を感じさせない祭。
その堂々たる態度の前では、如何な一刀でも大人しく三助に徹するしかない。

(もう少し恥じらいを持ってくれてもいいのに。自分の豊満な肉体に自信がありすぎるのかなぁ……)

信憑性はほとんどないが、もし噂の通りに迷宮クリアで何か願い事が叶ったとしても、こちらに大切な恋人達がいる一刀は、現実への帰還願望など既に持っていない。
だからその時には、是非とも祭をロリババアにして貰おうと思う一刀なのであった。



格上相手の戦闘は時間の掛かるものだったが、こちらには『七箭書』がある。
どんなに敵であろうと確実に一定数を倒せるのだから、これ以上に効率的なLV上げ方法はない。
そして雪蓮達の取得経験値が増えていけば当然LVが上がり、相対的に敵は弱くなる。

数日後には、ブシドーやコカトリスなど凶悪な特殊攻撃持ちのモンスター以外とは、実力で渡り合えるようになっていた雪蓮達。
もちろんブシドー達とも戦えないことはないが、折角『七箭書』があるのだから、避けられる危険を冒す必要はなかった。
LVが上がれば経験値は減るものの、敵の選択幅は増えて殲滅速度が上がり、遂に全員がLV30へと達したのである。

後衛の『魔術レベル』も7に達し、新たなコモンスペルを覚えた。
実戦では消費MP320の魔術など使い物にならないが、第六段階目の系統魔術に対するコストが160から80に下がったことは、大きな戦力となるだろう。

しかし今後もLV上げを続けるかは、微妙なところであった。
LVアップのための必要経験値が、LV30から急激に増大したのだ。

「今のペースだと、全員がLV31になるまで後1週間ちょっとは掛かると思う」
「もう既に1週間以上経っているのだもの。いくら穏の【其静如林】があっても、それは少し厳しいわね」
「でも不可能ではないと思いますよぉ? 実力を上げてから挑んだ方がぁ、安全なのは言うまでもありませんしぃ」
「いや、もう十分に休憩も取ったんだし、今すぐに扉を開けるべきだ」

どちらかと言えば慎重派の一刀。
などと断言するには今までの実績からどうも嘘っぽく聞こえるが、少なくともより安全な策があるのならば、一刀はそちらを選ぶタイプである。
そんな一刀が決戦の判断をしたことには、もちろん自分なりの根拠があった。

必要経験値の増大が意味することはひとつ、メーカー側のバランス調整だとしか思えない。
恐らく緊張感あるラスボス戦に適しているのがLV30なのだろう。
制作者サイドの意図として、ユーザーにその位のLVで戦って欲しいが故の仕様だと一刀は考えたのだ。
言い換えれば、ラスボスはLV30でも十分に通用する相手だということである。

それにLV30となった今、BF30での戦闘に過不足はなかった。
である以上ゲームバランスの観点からも、同じフロアにいるラスボスが相手なら倒せないはずがない。

「無理にLV31まで上げて精神的に消耗しきった状態よりも、今の方が勝算は高いんじゃないか?」
「うむ、一理あるのぉ。儂も一刀に賛成じゃ。後1週間も戦い詰めなど、想像しただけで面倒だしの」

いい加減な意見に聞こえるが、年長者である祭の発言には重みがある。
穏と同調して拙速に反対だった冥琳や蓮華も、祭がそう言うならばと消極的な賛成に回った。

「よし、それじゃ行こう!」
「待って、一刀」

一刀を呼び止めた蓮華は、彼の左手を取った。
そして一刀の薬指に、ゆっくりと指輪を嵌める蓮華。

「これは私が母様から受け継いだ指輪なの。大切な人が出来たら、その人に渡しなさいって。一刀、この戦いが終わったら、私達と共に呉で暮らしましょう。だから、絶対に死んではダメよ……」
「ああ。ありがとう、蓮華。必ず生きて帰るさ。約束する」

蓮華をぎゅっと抱きしめる一刀。
ここで指輪の性能を確認するのは、無粋というものであろう。

そのまま蓮華の手を握りしめ、雪蓮達に続いて扉の向こうへと足を踏み入れる一刀なのであった。



岩肌が剥き出しになった、途方もない大きさの洞窟。
その奥に鎮座している存在こそが、この『三国迷宮』の主であった。

NAME:ファイアードレイク

古代中華風ファンタジーが舞台だったのに、なぜかモンスターは最後まで西洋風だったな、などと場違いな感想を抱く一刀。
見ただけで威圧感を受ける風貌も、心胆を寒からしめる咆哮も、雪蓮達はおろか一刀を脅かすことさえ出来ない。

幻獣の王、だからどうした。
そう言えるだけの実力を、雪蓮達は血と汗を流しながら必死で築き上げてきたのだ。
今更ヘビの親玉に怯えることなど、ありえようはずもなかった。

恐れもせず近寄って来る不遜な小さき生き物に烈火の如く怒り狂い、雪蓮に向かって炎のブレスを吐くファイアードレイク。
しかし雪蓮が、ブレス攻撃の単調な予備動作を見逃しているはずもない。
迫りくる炎を鼻で笑いながら余裕で避ける雪蓮だったが、それはいくらなんでもファイアードレイクを甘く見過ぎであった。
ファイアードレイクは巨大な首を振ることにより、炎のブレスを範囲攻撃へと変化させたのだ。

常人なら一瞬で骨まで溶かされてしまうだろう超高温の熱波を浴びれば、さすがの雪蓮でも唯では済まない。
だがそれは、あくまでもまともに受ければの話である。
いくら範囲攻撃とはいえ、ミクロな視点で見れば炎に晒されているポイントはひとつだ。
洞窟全体が炎に包まれているわけではない以上、確実に安全地帯は存在する。

炎の濁流を右へ左へと巧みに避けながら接近する雪蓮。
さすがに無傷とまではいかなかったが、穏と冥琳が重複して降らせた『治癒の雨』が、そのHPを回復させた。

雪蓮は渾身の力を込めて、『南海覇王』を振り降ろす。
加護を始めとした様々な効果で増幅された雪蓮の攻撃は、その鋼の鱗を容易く突き破り、ファイアードレイクに苦渋の雄叫びを上げさせた。

これだけの破壊力を持つ雪蓮の攻撃すらも、実の所は囮に過ぎない。
本命はその隙に接近し、『眉目飛刀』を投げ撃った一刀の遠隔攻撃である。

しかし残念ながら、『七箭書』にファイアードレイクの名は刻まれなかった。
ラスボスだけあって、恐らくは即死耐性持ちなのだろう。
尤もそれを半ば予測していたからこそ、一刀はすぐに書物をチェックしたのだが。

それに呪殺が通用しなくても、皆の戦意は些かも落ちない。
こちらの攻撃が十分に通用することを、雪蓮が身を持って示したからだ。
そして相手の攻撃が恐れるに足らぬものだと証明することは、もちろん蓮華の役割である。

鋭い牙と爪で報復を仕掛けるファイアードレイクに真っ向から対峙し、その攻撃から雪蓮を庇う蓮華。
轟音と共に地を足にめり込ませ、しかし蓮華はそこから一歩たりとも後退しなかった。
ドラゴンと戦う英雄譚は数あれど、その攻撃を避けずに受け止める選択をしたのは蓮華が初に違いない。

だが人としての枠を超えた蓮華の行為は、身の程知らずなものとしてファイアードレイクの逆鱗に触れてしまった。
バサリと翼を羽ばたかせたファイアードレイクは、そのまま宙返りに体を1回転させ、その勢いを以て自らの尾を蓮華に叩きつけた。
その攻撃をしっかりと盾で防ぎ、しかしその場に崩れ落ちる蓮華。
ファイアードレイクの尾に生えている猛毒のトゲが、体を掠めてしまったのである。

そうした蓮華の無謀とも言える一連の行動は、決して無駄ではなかった。
同じ場所に留まり続けてしまったファイアードレイクは、祭に照準を合わせる時間を与え過ぎたのだ。

満を持して『多幻双弓』から放たれた矢は、狙い違わずファイアードレイクの両眼に突き刺さった。
またもや苦渋の呻き声を上げるハメになったファイアードレイク。
その隙に一刀は蓮華を短剣飾りで回復させる。

そしていつの間にかファイアードレイクの後方へと回り込んでいた雪蓮は、妹の敵とばかりに丸太のような尾を一刀両断にした。
蓮華が受けた尾による攻撃を脅威と見た雪蓮、尻尾の切断は彼女のファインプレイと言えよう。

「行くぞ、カラミティバインド!」
「よしきた、儂の獅子奮迅を喰らうがよい!」
「私も合わせるわ! 因果応報!」

一刀の必殺技で動きを止められたファイアードレイクに、祭と雪蓮がそれぞれ奥義を放つ。
尻尾は雪蓮に落とされ、牙や爪は蓮華に防がれ、徐々にダメージを蓄積させていくファイアードレイク。
だがそれでもファイアードレイクのHPは、まだ黄色にもなっていない。

炎を避け損ねて焼かれる雪蓮。
爪を受け損ねて刻まれる蓮華。
突進を喰らって潰される一刀。

長時間、決死の戦闘が続けられた。
ようやくファイアードレイクが足を引き摺るようになった頃には、こちらも全員が満身創痍であった。
特に一刀は、たびたび蓮華を庇ったこともあり、五体満足ですらなかった。

後衛達に『再生の滴』を詠唱する余裕もなく、『金の短剣飾り』による血止めだけして後方で戦況を見守っていた一刀。
大暴れしているファイアードレイクのHPは赤、もはや瀕死の状態だった。
燃え尽きる寸前の蝋燭を思わせるファイアードレイクの最後の足掻きに、雪蓮達は攻めあぐねている様子である。
彼女達が止めを刺すきっかけを作るべく、一刀は行動を開始した。

一刀が洛陽で仕入れて来たのは、何も絹のふんどしや水着ばかりではない。
きちんと最終決戦に向けた準備もしていた。

一刀が宝玉から取り出したアイテム、それは巨大な魚網である。
迷宮に海岸が発見されて以来、このような物も街では作られるようになっていた。

魚網でファイアードレイクの動きを完全に止められるとは、一刀も考えてはいない。
だが少しでもその行動を制限出来れば、後は仲間達が何とかしてくれると信じていたのだ。

(釣りの神様の加護を受けた俺には、お似合いの役割かもな)

不思議な巡り合わせに苦笑しながら、魚網を潰れた左腕に巻き付け、折れた右腕で長いロッド状にした『新・打神鞭』を握る一刀。
感覚が鈍いで済む地点はとっくに通り越しているにも関わらず、一刀は全く痛みを感じていなかった。
耐えきれぬ激痛に、脳が神経を遮断した状態になっているのだろう。

幸い両足だけは無事である。
急加速してファイアードレイクに迫る一刀。

「届けっ!」

ロッド状にした鞭で地を突き、棒高跳びの要領でファイアードレイクを飛び越える一刀。
その左腕に巻き付けられた魚網が、敵の巨体を覆い尽くした。

魚網を引き裂こうと暴れるファイアードレイクに、一刀の左腕が持っていかれる。
もちろんそうなることは一刀も覚悟の上だ。
一刀の左腕と引き換えで行動の自由を奪われたファイアードレイクは、遂に断末魔の雄叫びを上げた。
その喉元にある逆鱗を、雪蓮の『南海覇王』が貫いたのだ。

やがてファイアードレイクの体が微細な粒子となり、光り輝く扉に変化した。



≪-再生の滴-≫

冥琳の魔術が、一刀の失った左腕や骨が飛び出した右腕を再構成していく。
ようやく両腕が復活した一刀の目に、扉を前に眉を顰めている雪蓮の様子が映った。

「どうしたんだ?」
「うーん、それがね……。どうも扉を開ける気になれないのよ」

他の誰でもない、雪蓮の勘である。
祭の意見と同様に、このクランでは最も尊重されるべきものの1つだ。

だが苦労の末にようやくここまで来たのだ。
何もせずに立ち去ることなど、出来るわけはない。

「姉様、私が開けます。防御さえ固めていれば、私なら何があっても耐えきれますから」
「……そうね。任せたわ、蓮華」

しかし、その決断を雪蓮はすぐに後悔することになる。
素直に自分の勘に従っておくべきであったのだ。
雪蓮がそれを理解した時には、最早手遅れだった。

『ふぅ。久しぶりの受肉だ。やはり現世は良いな』
「蓮華?! いえ、違うわ。貴方は誰なの!」
『む、兄上の依り代か。ならばその無礼な口の聞き方も咎めまい。さぁ、早く扉を潜るのだ』

NAME:孫権

HPもMPも表示されないパラメータは、蓮華のものではありえない。
姿形は蓮華そのままでありながら、彼女とは似ても似つかぬその様子に、一刀は警戒心を高めた。
いや、一刀だけではない。
雪蓮を始めとする一同も、既に臨戦態勢を整えていた。

『なんだ、その態度は。如何に兄上の依り代とて、増長が過ぎるぞ』
「……孫権様とお見受け致します。これは一体どのような仕儀なのでしょうか? 妹は無事なのですか?」
『ふん、こうしてお主の前に立っているだろう。予の依り代としてな』
「一体何を目的として降臨なされたのですか?」
『決まっている。天地人、その全てを支配するためだ。まずは古の昔に果たせなかった宿願である大陸の統一からだな』

まずは呉の英霊達を現界させ。
魏や蜀の薄汚い亡霊共の依り代は殲滅し。
この大陸に、孫呉の王国を築き上げる。

『呉の民草には、予に奉仕する栄誉を与えよう。他の畜生共は1000年王国の礎として、せいぜい血涙を流してもらうとしようか』
「馬鹿なことを! 御託はもうたくさんよ、さっさと蓮華を返しなさい!」
『お主等もこの場に立っている以上、迷宮で鍛えられた肉体は依り代として十分に耐えられるはず。自ら扉を潜らぬのならば、予が叩き込むまでだ』
「済まぬ、蓮華殿よ! この詫びは、あの世で必ず!」

いち早く行動を起こしたのは、祭であった。
このまま戦闘へと移行するのは、もはや確実である。
ならば雪蓮自らが妹に引導を渡すことだけは、避けねばならない。

祭の放った矢が、孫権の眉間へと吸い込まれる。
だが相手は神、いや、妄執に囚われた古の亡霊であるにしろ、その力だけは本物だ。

『小賢しいわ、黄蓋! 弁えよ!』
「ぐっ、げふっ」

飛来した矢を容易く掴み取り、数倍の勢いを以て祭に投げ返す孫権。
それは祭の胸に深く突き刺さり、なんと僅か一撃で彼女を戦闘不能へと追い込んだ。

「心臓に近過ぎますぅ! これでは矢が抜けないですぅ」
「まずは血止めの応急処置だ。祭殿、気を確かに!」
「ば、馬鹿者……。わ、儂のことより、優先すべきは向こうじゃ……」

だが相手とは、歴然とした力の差がある。
しかも蓮華が人質に取られているようなものなのだ。
身内意識の殊更に強い彼女達に、冷静な対処が出来ようはずもない。

いや、唯一人だけこの事態を無事に終わらせる可能性を秘めた者がいる。
【封神】の加護スキルを持つ一刀ならば、蓮華に害なく孫権だけを封じられるはずだ。
漫画史に残る名作『ソードマスターナデシコ』的な加護スキルかと思いきや、別にそんなことはなかったぜ、である。

無論一刀も、そのことには気づいていた。
だが問題は相手のHPを1割まで追い込まねばならないことだ。
非殺傷設定こそあるものの、相手の実力が高すぎるのである。

(それでも蓮華を無事に取り戻せるなら、俺がやるしかないんだ!)

「雪蓮、後ろに下がっててくれ」
「あまり見縊らないで! 私も戦えるわ!」
「そうじゃない。蓮華に血を流されると、俺が動揺しそうなんだ」

非殺傷設定の『新・打神鞭』を使ってすら、相手を敵だと思い込まねば攻撃に躊躇いを覚えてしまう一刀。
雪蓮の助力自体は、喉から手が出るほど欲しい。
だがそれで集中を乱され、唯一【封神】を使える一刀が殺されてしまえば本末転倒である。

俺に任せてくれ。
そう言って歩み出る一刀に、孫権が声を掛けた。

『ふむ? 呂尚……、思い出せぬな。呂蒙の血縁か?』
「誰でもいいだろ。どうせお前はここで終わるんだからな。さぁ、蓮華を返して貰うぞ!」
『この無礼者が! 大言壮語の罪、その身を以て償え!』

一刀のお株を奪うハイスピードで接近し、その勢いで剣を振り降ろす孫権。

1撃目は辛くも防ぎ。
2撃目は素早く避け。
3撃目は体を掠めて。

防戦一方に追い込まれる一刀。
しかし考えてみれば、防戦出来ていること自体がおかしいのだ。
祭を一撃で倒した時の動きを考えると、一刀など瞬殺されても何ら不思議ではない。

『ちっ、小娘が。依り代の分際で、いつまで予に逆らうつもりだ』

じりじりと一刀を盾ごと剣で押し込む孫権、その瞳から唐突に涙が溢れ出した。
そう、蓮華もまた、一刀と共に戦っていたのだ。

一刀の攻撃も、僅かながら孫権の体に当たっている。
10発貰って1発返す程度の割合だったが、その攻撃は確実に孫権へダメージを与えていた。

≪-赤壁-≫
≪-癒しの水-≫

一刀と孫権を囲うようにして【赤壁】を張る冥琳。
こうした配慮こそが、呉の頭脳たる冥琳の持ち味であろう。

仮に【赤壁】を展開せずに一刀を回復したら、孫権は先に冥琳達を潰しに来るかもしれない。
その可能性を予めゼロにしておくことで、冥琳は一刀が心置きなく戦える環境を造り出したのだ。

手数に差はあれど、【赤壁】の外から穏に回復して貰える一刀と、それが出来ない孫権。
一体どちらが有利なのかは歴然としているだろう。
だがこの事実を以てしても、確実に一刀が勝利を収めると断言することは出来ない。
なぜなら、この世界には即死攻撃という概念があるからだ。

祭が倒されてしまったように、どれだけHPがあっても心臓や脳を貫かれたら終わりなのである。
例え手足を犠牲にしてでも、急所だけは守り切らねばならない。

苦戦を強いられながらも、少しずつ孫権に対するダメージを積み重ねていく一刀。
1対1なので『グレイズの指輪』が効果を発揮し、WGも一気に溜まる。
しかし相手が蓮華の体を使っているためか、肝心の武器スキルは使用出来なかった。

(それが何だってんだ! 必殺技がなくても、何時間だって戦い続けてやるさ!)

一体何度、敵の攻撃をその身に受けたのだろう。
体の欠損を修復する魔術『再生の滴』を受けた回数だけでも、両手では全然足りない。
身も心もボロボロの一刀だったが、蓮華のことを思えばいくらでも力が沸いてくる。

ゾンビも顔負けの一刀に、やがて気押されていく孫権。
その隙を見逃す一刀ではない。
全身全霊を込めた『新・打神鞭』が孫権の腹部に撃ち込まれ、遂にそのNAMEが赤へと変化した。

即座に精神を集中させる一刀。
しかし蓮華の体を操っているのは、未だ孫権なのである。
蓮華なら昏倒したであろう瀕死状態でも、残念ながら孫権には当て嵌まらない。

無論のこと、一刀だってその可能性は十分にあり得ると考えていた。
だが最早一刀に対策を打てるだけの余力は、これっぽっちも残っていなかったのだ。

≪-封神-≫

蓮華の眼にいつもの凛とした輝きが戻った時、そこに映し出されたもの。
それは左胸から剣を生やしている一刀の姿であった。

「嘘、嫌よ……、いやあああぁぁぁ!」



**********

NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:30
HP:0/483(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:3739/15000
称号:天の御使い

STR:47(+15)
DEX:62(+26)
VIT:29
AGI:49(+15)
INT:30
MND:22
CHR:60(+22)

武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、ブライダルリング、奇石のピアス、崑崙のピアス

近接攻撃力:316(+42)
近接命中率:146(+22)
遠隔攻撃力:178(+15)
遠隔命中率:135(+29)
物理防御力:248
物理回避力:164(+45)

【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。

【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>

【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。

所持金:312貫



[11085] 最終話
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/31 22:24
「蓮華様、こちらにおられたのですか。随分と探しましたよ」
「どうしたのだ、思春?」
「はい。雪蓮様より書状が届きましたので」
「そうか。姉様は今頃官渡で麗羽を相手に戦の真っ最中だろうか。ご無事なら良いが……」
「冥琳様も付いていらっしゃるのです。それにこちらはあくまで魏の援軍、そうそう死地に追いやられることもないでしょう」

私を呼びに来た思春と、連れ立って城へと戻る。
思春は心配いらないと言うけれど、数年前と違い姉は孫策の加護を失っている。
それでも常人より遥かに強いことには変わりないが、流れ矢などで命を落とすことは十分にあり得る。

神々、いえ、古代の亡者達による代理戦争。
その勝者であるはずの孫権を封じたことが何らかの引き金となったのか、その舞台装置だった『三国迷宮』ごと人々の加護は消滅していた。

身体能力の低下に最初は戸惑ったものの、今では私もすっかり慣れてしまった。
でも姉様は、まだ時折自分の能力限界を見誤って特攻してしまうから困りものだ。
そういう時の不満げな表情を浮かべた姉様を思い出すと、思わず苦笑を洩らしてしまう。

不意にこちらを振り向く思春。
彼女の視線が私の顔から髪へと移った。

「蓮華様、まだ髪を元の通りに伸ばされないのですか?」
「そんなに似合わないか? これでも私は気に入っているのだがな」
「……その口調もです。今は戦場ではありません。もう少し気を緩められても、誰にも文句は言わせませんよ?」
「このままでいいんだ、思春」

納得が行かない様子の思春。
しかしこれは私なりのけじめなのだ。
思春には申し訳ないけれど、これだけは譲るわけにはいかない。



城に着いた私は、思春と別れて祭の元へ向かった。
ことあるごとに祭の顔を見に行くのは、既に私の日課となっている。

「穏、いたのか。祭の様子はどうだ?」
「いつも通りですよぉ。まるで眠られているかのようですぅ」
「そうか。……祭、いくら母様の代から働き詰めだったからといって、少し休み過ぎだぞ。そろそろ目を覚ましてくれ」
「大神官様も身体的な異常はないってぇ、太鼓判を押して下さったのにぃ」

最後の戦いで私に矢傷を負わされた祭は、それ以来ずっと深い眠りについたままだ。
『再生の滴』なり『解呪の聖水』なりが使えれば、きっとすぐに治ったことだろう。
もしくは『銀の短剣飾り』か『深紅の髪飾り』さえあれば……。
だがそれらの魔術や一部のアイテム類も、やはり加護と一緒に消えてしまった。

「祭様は蓮華様にお任せしてぇ、私はそろそろ出立の準備をしますねぇ」
「ああ。荊州だったか?」
「そうですよぉ。亞莎ちゃんが荊州の受け渡しの件で愛紗さんと揉めているらしいのでぇ。私は亞莎ちゃんの応援役ですぅ」

同盟を結んでいた桃香クランの面々は、新たな土地を求めて蜀へと移り住んでいた。
案の定というべきか、呉だけでは流民で膨れ上がった人口を支え切ることが出来なかったからだ。
一介の町人だった桃香が、どういうわけか蜀を取り仕切るようになっていた時には、私も随分と驚かされたが。

今亞莎が頭を抱えている荊州は、数年来うまくやってきた呉と蜀の問題に罅を入れかねない大問題だ。
正当性はこちらにあるが、領土の大半が痩せた土地である蜀は、荊州を手に入れないと民が飢え死にしかねない。
いざとなれば貸借地とするなどの譲歩をしてでも、互いに歩み寄らねばなるまい。

「亞莎も成長したとはいえ、まだまだ冥琳や穏のフォローが必要だろう。よろしく頼むぞ」
「はーい、頑張ってきますねぇ」

尤も、向こうだってこれ以上の戦乱は望むはずもない。
姉様達が現在行っている官渡の戦いにさえ勝利すれば、魏・呉・蜀の三国同盟による抑止力で、大きな戦は姿を消すはずだ。
数年間争乱の続いた大陸にようやく平和が戻りつつあるのに、あの桃香が再び時間を巻き戻すような真似をするとは思えない。

「ではな、祭。また来るから……。お前達、祭のことを頼んだぞ」
「「お任せ下さい、蓮華様」」

付き添いの侍従達は、全て見覚えのある顔ばかりだ。
いや、見覚えのある服装と言った方が正確かもしれない。
あの人の宿で働いていたメイドの子供達を、私が雇い入れたのだ。

宿屋の再建は、主が不在では出来ないものだったから……。

部屋から出ようとする私を見送ってくれる双子達。
その頭を撫でてから、姉様への返信を書くために私は自室へと戻った。



「蓮華お姉ちゃん、おそーい!」
「この子の面倒を見ていてくれたのか。偉かったな、シャオ」
「えへへーって、ちがーう! もうシャオ達、待ちくたびれちゃったんだから!」
「うん? もしかして約束でもしていたか? だとしたら、済まなかったな」
「約束はしてないけど、お姉ちゃん、今日は何の日か覚えてないの?」
「何だろう……、やはり見当がつかないな。シャオ、教えてくれ」
「もう! 蓮華お姉ちゃんの誕生日でしょ! だから2人でずっと待ってたのに、あんまり来ないから。ほら見てよ、すっかり寝ちゃった」

小蓮に促され、私はスヤスヤと眠る愛しい我が子を見つめた。
その眼元の辺りが、どことなくあの人を思い出させる。
今から将来が楽しみだが、浮気性な所だけは似て欲しくない。

私が妊娠に気づいたのは、最後の戦いが終わった直後の頃だった。
時期的に考えて、おそらく姉様と一緒だった海岸での情事が原因だと思う。

あの人は、私に最高の贈り物を残してくれた。
良き仲間と最愛の息子に囲まれて、私は幸せ者だ。

「……う、ううっ」
「お姉ちゃん、どうしたの?!」
「あ、ああ。なんでも……、なんでもない。シャオ、済まないが、もう少し子供の面倒を頼む……」

あっけにとられた小蓮を残して、私は部屋を飛び出した。



確かにあの人は、私に最高の贈り物を残してくれた。
良き仲間と最愛の息子に囲まれて、私は幸せ者なのだろう。

「けれどっ……、貴方がいないっ!」

生きて帰ると約束したのに。
ずっと一緒にいてくれると、そう信じていたのに。

でも私には、あの人を責める資格などありはしない。
あの人を殺したのは他の誰でもなく、私自身なのだ。

今でもはっきりと覚えている。
言うことを聞かない体に対して、必死に抗っていたあの時のことを。

あの人の胸に吸い込まれていく剣。
血を吐きながら倒れ伏していく姿。
その顔に浮かんだ満足気な微笑み。

気がつけばあの人の遺体は、忽然とその姿を消していた。
そんな現実味のなさも、私にあの人の死を実感させない要因だ。

あの人は、まだ生きているのではないか。
あの人は、天の御使いと呼ばれていたのだ。
あの人は、もしや天へ帰ったのではないか。

それならば、私が呼べばあの人はきっと来てくれる。
泣いている女性を放っておくことなんて、絶対に出来ない人だったもの。

「お願い、戻って来てよ!」

そう叫ぶ私の声は、ただ虚しく廊下の壁へと吸い込まれていった。






―『三国迷宮』呉編・完―






■□■□






「ふざけんなっ!」

聖フランチェスカ学園の寮内に、男の罵声が響き渡る。
その声の持ち主は、死んだはずの一刀であった。

日時は一刀の主観で、1年以上も前。
そう、『三国迷宮』を購入したその日である。

長い夢だったのかと思った一刀だったが、TVに映ったゲーム画面を見て、その考えを即座に否定した。
そこに映っていたものは、蓮華の嘆き悲しむ様子が描かれたエンディングだったからである。

時間帯から考えて帰宅直後のはずであるにも関わらず、未プレイの『三国迷宮』がエンディングまで進んでいたこと。
白昼夢というだけでは、その説明がつかない。

早く蓮華の元に戻らなくてはと思う一刀。
だがいくらゲーム機器の電源をオンオフしても、一刀があの世界に帰ることは出来なかった。



あの世界は一体なんだったのか。
それを調べるためには、まず手始めに『三国迷宮』の内容を知る必要があるだろう。
だが悠長にゲームをプレイしている余裕など、一刀にはない。
一刀は迷わずプロテクトを破ってゲームコードを解析し、ソースをテキスト化して読み出した。

重度のゲーオタだった一刀は、舐め回すようにゲームをするだけでは飽き足らず、お気に入りのソフトは改造という手段を用いてまで遊びつくそうとするタイプだった。
RPGであれば最強主人公を気どってみたり、敵の出現率をゼロにして景観を楽しんだり、そういったことにも喜びを見出せる人種なのだ。

寝食を忘れ、ひたすらモニターに映し出されるストーリーを追っていく一刀。
その結果分かったことだが、一刀の記憶とゲーム内容との差異は思いのほか大きかった。
スタート時に剣奴となる展開など無かったし、ゲームでは加護を受ける時に魏・呉・蜀の陣営を選ぶシステムだったこともそうだ。
もちろん身に覚えのある出来事も数多くあり、それらを思い出す度に一刀は眼を潤ませることになった。

更に呉ルートのストーリーを追っていった一刀は、あまりの怒りに打ち震えた。
実はファイアードレイクこそが正真正銘のラスボスであり、さんざん苦しめられた孫権との戦いは、ゲームでは唯のイベント扱いだったからだ。
つまり呉ルートを選んだプレイヤーが最後に死ぬのは、メーカー側によって決められた既定路線なのである。

その事実は一刀にとって、絶対に許せることではなかった。

一刀は普通のゲームファンから見て、唾棄すべきチーターではある。
それでも一刀なりに、制作者サイドに対する敬意を払う意味での自分ルールを持っていた。
ゲームデータは弄ってもストーリーには手をつけないという、チーター達による暗黙の掟を厳守することだ。

ちなみにそのルールは、ほぼ全てのチーター達が順守している。
それは良識という意味もあったが、それ以前に難易度の問題があるからだ。
フラグの強制ONや可変パラメータの改変とは異なり、ソースを書き換えるには桁違いの労力と周辺機器が必要となる。

だが現在の一刀が生データを直接読んでいることからもわかるように、ゲーム中毒症の彼は趣味が嵩じてディープな技術まで習得するに至っていた。
一刀がその気になれば、マーゾのプレイヤーとなってアッハーンへ勇者を倒しに行くような改造を施すことすらも可能である。
もちろんそれはゲーマーとして超えてはならない一線だし、これまでの一刀もその規律を破るつもりは毛頭なかった。

しかし今回ばかりは、ストーリーの改変を全く躊躇わなかった一刀。
とはいえ、これは蓮華達が血と汗で築き上げた歴史そのものだ。
全てを好き勝手にすることだけは、断じて許されない。

よって一刀が手を加えたのは、本当に極一部だけである。
なけなしの国語能力を用いて、一刀は出来るだけ最小限となるようストーリーを書き換えていった。

「あ、忘れてた。『あと祭さんは復活したけど、数年間寝込んでいたのでロリババアになってました』っと。よし、出来た!」

別に完成したからと言って、何かが変わるわけでもない。
それでも一刀は満足だった。

例え画面の中だけでもいい。
皆が笑顔で暮らしていてくれたら、一刀にそれ以上を望むつもりはなかった。

いつの間にか、外には太陽が昇っていた。
今日からまた、あの世界に行く前のように、一刀の平凡な日常が始まっていくのだろう。
だが蓮華達を始め、季衣や流琉、他のみんなと過ごした日々は、決して無かったことにはならない。
彼女達から貰った大切なものは、全て一刀の心の中に仕舞われている。

(学園に行ったら、クラスメイトにちゃんと挨拶しよう。まずはそこからだ!)

徹夜明けの眼には、朝日がとても眩しく感じる。
カーテンの開け放たれた室内も、全てのものが輝いて見える。
特に改造し終わったばかりのゲームソフトは、まるで自身が光を放っているかのようだ。

(そうだ。まだ時間はあるし、学園へ行く前にちょっとだけプレイしてみようっと)

『三国迷宮・一刀ver』を本体にセットし、一刀は電源を入れた。






■□■□






それならば、私が呼べばあの人はきっと来てくれる。
泣いている女性を放っておくことなんて、絶対に出来ない人だったもの。

「お願い、戻って来てよ!」

そう叫ぶ私の声に応えるように、光の粒が集まってきた。
やがてその粒子は、人の形を取り始めた。

「……か、かず、と、なの?」
「ただいま、蓮華」






―『迷宮恋姫』後編・完―



[11085] 後書き
Name: えいぼん◆2edcbc16 ID:fd94314f
Date: 2010/05/31 20:56
後書き

予想外の大長編になってしまった今作。
最初からお付き合い頂いていた方も、途中から読んで頂いていた方も、本当にありがとうございました。



お礼の言葉でさっくり終わろうと思ったのですが、ボツ話の書き直しで読者様方にプロットの心配をお掛けしてしまった件だけ。

実は魏クランへの加入は、一刀の成長フラグ的なイベントの予定でした。
状況に流されて魏クラン入り→雪蓮瀕死or冥琳病気→自分の意志で呉クラン入り、みたいな。
蜀クランの手助けで華琳と反目、などの細かい挿話は消えましたが、発生予定だったイベントも大体は流用出来ましたし、呉√魏エンド風味なのも当初からの構想通りです。

今振り返ってみると、そういうシリアス系の話をする作風でもないですし、あのまま進めていたら恐らく物語が変に重苦しくなっていたんじゃないかと。
元々の展開が強引だったこともありますが、そういった事情も含めるとやはり書き直して良かったと思っています。

というわけで「プロットへの影響はほとんどありませんので」とお伝えしたい気持ちはあったのですが、どうしてもネタバレになってしまうため、最後まで伏せさせて頂きました。
あの時ご心配をお掛けした読者様方には、この場を借りてお詫び申し上げます。



最後にもう一度。
拙作を読んで頂いた全ての皆様、本当にありがとうございました。


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