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[11788] 短篇集 BADEND
Name: ORANGE◆35074b61 ID:c6aae4b2
Date: 2009/09/12 17:58
 短篇集 BADEND

 ここでは、思いついた読みきりの短編を投下していこうと思います。
 設定も、登場人物も、舞台も、長さも全部バラバラですが、ハッピーエンドに終わらないことが唯一の共通点です。
 作品によって度合いは違いますが、悲しい話だったり鬱な話だったりすることが多いので、そういうのが苦手な人は注意して下さい。
 遅筆などで更新頻度は低いとは思いますが、じっくりと投下していきたいと思います。
 アルカディアに投下するのは初めてなので、何か至らない点があればご指摘下さい。


 ラインナップ 

 その1 ある日の八神家の暖かな夕食(As、はやて主人公、)
 



[11788] その1 ある日の八神家の暖かな夕食(As、はやて主人公、)
Name: ORANGE◆35074b61 ID:c6aae4b2
Date: 2009/09/12 18:07
 闇の書とその主を守るために産み出された、守護騎士ヴォルケンリッターは最強の騎士達だ。

 剣の騎士で、『烈火の将』という二つ名を持つシグナムは、ヴォルケンリッターのリーダーだ。

 身長が高くて美人な女性で、ロングストレートの髪をポニーテールにしている。

 使うデバイスは、炎の魔剣レヴァンティンだ。炎の魔力をもつシグナムは騎士道精神を持っていて、この愛剣で戦うのだ。
 
 鉄槌の騎士で、『紅の鉄騎』という二つ名を持つヴィータは、ヴォルケンリッターでは一番のちびっこだ。
 
 やんちゃでまけず嫌いだけど、優しくて可愛い女の子で、髪を三つ編みにしている。
 
 小さな体に似合わない大きなハンマー形のデバイス、黒金の伯爵グラーフアイゼンをぶんぶん振り回して戦う。

 湖の騎士で、『風の癒し手』という二つ名を持つシャマルは、ヴォルケンリッターの参謀だ。
 
 金髪でショートカットのほんわかした優しいお姉さんで、ちょっぴりうっかり屋さんだ。

 あまり自分で戦ったりはしないけど、振り子のデバイス、クラールヴィントでみんなの回復をしたり、戦いをサポートしたりしてる。

 盾の守護獣で、『蒼き狼』という二つ名を持つザフィーラは、アルフと同じ使い魔だから、青い狼の姿になれる。
 
 がっちりした体の男の人の姿で、無口だけどみんなのことを考えている。

 実は、四人は『闇の書』という、強力なロストロギアの守護プログラムなのだ。

 闇の書は魔導師の魔力を集めると白いページが埋まる本で、魔力を集めるためには魔導師を倒して魔力を吸い取らなければいけない。
 
 この闇の書は、魔力を集めないと持ち主の魔力を吸い取って病気にしてしまう。
 
 今の闇の書の持ち主は、八神はやてという優しい女の子で、魔力を集めるために魔導師を倒すのは悪いことだと思っていた。

 でも、四人の守護騎士達は、はやてが病気になるのがいやなので、はやてにないしょで魔力集めをすることにしたのだ。

 
 そして今、ヴォルケンリッターの四人は、海鳴市の空でなのはとフェイトとにらみ合っていた。

「お前達、うらみは無いが魔力をもらっていくぞ!」

「どうして、わたし達が戦わなくちゃいけないの!?」

「問答無用だあーっ」

 ヴィータがグラーフアイゼンをぐるぐる回してなのはに殴りかかる。
 
 ドッカーン! なのはは慌てて逃げたが、横のビルが大爆発を起こした。

 ハンマーが殴るだけではなく、ハンマーから魔力弾も出しているのだ。
 
「くっ、逃げるんじゃねーよ」

「どうして戦わなくちゃいけないの、お話聞かせてよ」

「話しとかしている場合じゃねーんだよ!」

 なのはの話しはヴィータには通じないようだ。

「レイジングハート、アクセルシュート!」

 バキューンバキューン!なのはも反撃をして、レイジングハートから魔力弾を打ち出した。

「利くかよ、そんなもんっ!」

 でも、ヴィータのグラーフアイゼンに全部叩き落とされてしまった。 

 ヴィータはもう一度グラーフアイゼンでなのはに殴りかかった。

 なのはは慌ててレイジングハートで受け止めたが、レイジングハートごと吹っ飛ばされてしまった。

「なのは!」
 
 フェイトはなのはに駆け寄ろうとしたが、その前にシグナムが来た。

「お前の相手は私だ」

「何ですか、あなたは」

「弱いものに名乗る名はない」

 そう言って、シグナムはレヴァンティンを取り出した。

 相手が剣なのを見て、フェイトもバルディッシュをサイズフォームへ変えた。

 キーン、キーン、ガキーン!
 
 剣と鎌で何度も切りあうが、中々勝負はつかない。

「結構やるな、お前は」

 シグナムは、フェイトが思っていたより強いに感心した。

「だが、その程度では私は倒せない。はああっ!」

 シグナムは、本気でフェイトに切りかかかった。フェイトのバルディッシュの鎌がぐらりと揺れた。

「もう一発だ」

 ガキーン! フェイトのバルディッシュに、シグナムのレヴァンティンが食い込んだ。 
 
 なのはのレイジングハートにもヒビが入り、二人とも絶対絶命だ。

 辺りには強力な結界が張られている。一体だれがこの決壊を張ったのだろう。
 
 ユーノはその犯人を探そうとするが、中々見つからない。

「何なんだお前たちは! フェイトとなのをいじめるなら容赦しないぞ!」

 アルフは同じ使い魔のザフィーラに殴りかかる。

「俺達にも理由があってやっているのだ!」

「ならまずその理由を言えよ!」

「それは言えない!」

 戦いは続くが、みんなつかれて、なのは達はヴォルケンリッターにやられそうになっている。

「何をしている! 時空管理局だ!」

 その時、大きな魔力に気付いたクロノがやってきて戦いを止めた。

「ちっ、勝負はまた今度だ」

 そう言って、シグナム達は帰っていった。


 
「おかえりー、遅かったねー、何してたの?」

 帰ってきたシグナム達を八神はやてはお出迎えした。

「どうしたの、こんな遅くに?」

「いえ、夜空がきれいだから散歩していたのです」

「へえー、うん、確かに今日は夜空がきれいだね。でも、わたしもう眠いよー」

 彼女がシグナム達のマスター、八神はやてだ。
 
 本当は自分も魔導師なのだが、それに気がついていてない。

 はやてを助けるために、シグナム達がこっそりなのはと戦っていたことも知らなかった。

「ええ、主はやて、もうお休みになった方がいいでしょう」

「そうだね。わたしはもう寝るから、みんなも早く寝ないとだめだよー」

 このはやては、今まで戦いの道具として使われてきたヴォルケンリッターを、初めて家族だと言ってくれたマスターなのだ。

 はやては、ヴォルケンリッターと仲良くしてくれるし、おいしい料理も作ってくれる。

 ヴォルケンリッターは、みんなはやてのことが大好きだった。
 
 だから、はやてが病気にならないために魔力を集めようとこっそり誓ったのだ。

 はやては、守護騎士達に、戦いなんかしなくて、家族としてずっと言えに居てほしいと思っている。
 
 でも、戦いは始まってしまった。また、シグナム達はなのは達と戦いをするのだろう。
 
「さあ、みんな、お休みー。いい夢見れるといいね」

「はやて、あたしまたはやてと一緒に寝たいー」

「うん、いいよ、ヴィータ。また一緒に寝よう」

 ヴィータは甘えんぼで、いつもはやてと一緒に寝たがっている。

 はやては、何も知らずににこにこ笑っていた。

 そして、今日の一日が終わった。


    続く。

  ―――――――――――――――――――――――――――――――――
  [1]滋賀さん◆75db35c1                     ID: b5f22623
  
   まずはチラ裏からやり直し~。
   なのはとヴィータ、フェイトとシグナム、ユーノとシャマル、アルフとザフィ
  ーラでとりあえず、4人にそれぞれライバルキャラをあてがいたいという意図は
  解った。でも最初に一気に二つ名だのデバイスだの何だのを語られても訳がわ
  からん。
   自分の考えたキャラを見て欲しいのは解らんこともないが、色々整理して書こ
  う。
   それから最低限のマナーだけど、読者のため投下の前に、アフター・オリ主な
  どの注意書きもつけるのが最低限の礼儀。
  
                           2005/Dec/01(Thu) 12:36 am
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――
  [2]( ◎∀◎)◆7e40ce53                    ID: f3a5aa45
  
   冒頭部分が設定の羅列になってしまっていて、導入としてこれを読ませるの
  は辛いと思います。それと、擬音とそれ以外の地の文は改行するか、「ドカン、
  と」などのように「~と」をつけるといいと思います。それとアリサ再登場希望。

                           2005/Dec/01(Thu) 01:08 am
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――
  [3]hakoko◆1e40c987                      ID: 8c159b3e 
   
   設定が唐突過ぎるかなぁ。
   せめて登場シーンからよろしく。
   しかし、まあ、マイナー好きだから期待するw
   女性キャラ三名に、野郎が一人だけとか大変ww 
  
                           2005/Dec/01(Thu) 01:11 am
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――
  [4]ヱセル◆aa27d688                      ID: 238e3462
  
   オリキャラの設定うぜー。いきなり設定なんか並べんなよ!文章も単調。国
  語の教科書百回くらい読み直したほうがいいんじゃない?、それに自己投影激
  しいと嫌われるよ。結論チラ裏に帰れ。

                           2005/Dec/01(Thu) 01:15 am   
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 薄暗い部屋の黙に、画面をスクロールするマウスのホイール音が短く響き、やがて止まった。
 デスクトップパソコンの前には少女が一人。固くマウスを握っていた指をだらりと開いて、嘆息を一つ。
 食い入るように見つめていたディスプレイから目を背け、彼女は寂しげに瞳を伏せた。
 9歳の少女には広すぎる私室は、雑多な本やDVDで溢れている。
 背丈の低い書架には、この部屋の主にしか解らない法則で、数多くの本がぎっしりと詰め込まれていた。
 小学生の少女にはやや難解なハードカバーから、齢相応の漫画や雑誌まで、そのジャンルは多岐に渡る。
 これらの書物は彼女の友だった。
 両親を喪い、広大な鳥籠のような屋敷に不自由な体一つで残された、彼女の孤独な時間を慰撫してくれる友だった。
 同じ年頃の夢見がちな少女の多くがそうであるように、それらの本やDVDの中で彼女が好んで観賞したのは、物語である。
 少女にとって、物語は空虚で孤独な生活の拠り所だった。
 数々の物語の登場人物達は、彼女の手を引き、車椅子で移動できる範囲のちっぽけな世界しか知らない彼女を、どこまでも無限に広がる世界へと誘ってくれる。
 家族も友も持たなかった彼女は、優しい物語の世界へと耽溺した。
 ―――当然のことだろう。彼女の住むこの世界は、彼女にとって過酷すぎるのだから。
 今や、ベッド横たわり軽く目を閉じるだけで、彼女は己の愛するジュニアノベルやアニメーションの世界へと飛翔することができる。

 ……半年程前、彼女はインターネットで読める小説も存在することも知った。
 それらの中には、既存の小説や漫画、アニメーションなどを題材とした小説が多く含まれている。
 彼女は気付いたのだ。今まで受け取るだけだった物語の世界を、己の手でどこまでも拡張することができることに。
 同年代の少女達とは比べ物にならない読書量に裏づけられた豊富な知識は、彼女の空想に、どこまでも羽ばたける翼を与えた。
 翼を得た彼女は、いかなる時も羽ばたくことを止めなかった。
 目覚めの時も、食事の時も、買い物の時も、眠りに就く時までも。
 そして彼女は、彼女に翼を与えた投稿掲示板サイトに戻ってきた。大きく成長した、その背中の翼を羽ばたかせながら。

「なんや、みんな冷たいなあ。もっと喜んでくれるかと思うたんに」

 ぷう、と頬を膨らませて彼女はウインドウを閉じた。
 その表情に落胆の色はあるが、悲哀と呼べるほどの深い感情を伴ってはいない。
 気軽な苦笑を浮かべ、彼女はタイピングで疲れた腕を大きく伸ばして、猫のように目を細めた。

「ま、仕方あらへんわな。みんなシグナム達のことを知らへんのやから。
 ようわからへんものは楽しく読めへんのは、みんな一緒やからな。仕方あらへんわ」
 
 大好きな大好きな物語。
 彼女だけが知っているその続きを、皆に教えてあげようとしたのだが、その試みは失敗に終わったようだ。

「でも、これはこれでええのかもしらへんね。闇の書とヴォルケンリッターのことは、うちと守護騎士のみんなの大事な秘密や。
 あんまり言いふらしたりしたらあかんもんね」
 
 ええんや、これでええんや、と自分を納得させるように頷くと、電動式の車椅子を動かした。
 12月に入ったばかりの廊下は氷のように冷え切り、消音仕様の車椅子のモーターの駆動音がやけに高く響く。
 緩慢な速度で動く車椅子で長い廊下を抜け、リビングの扉を開く。
 高い扉の向こうには、黒々とした闇が口を開けていた。
 家族の団欒の場である筈のリビングは、漆黒の暗闇と冷気に包まれている。
 彼女は平然と扉をくぐり、不気味な程の沈黙が支配するリビングで明かりも点けずにテレビを点けた。
 57インチの液晶テレビが、映画のスクリーンのように広大なリビングを照らす。
 
「よい……っしょっと……」

 ぎこちないが、慣れた動きで体を車椅子から柔らかいソファへと移す。
 至福の時間だ。最高のセッティングで楽しみたい。
 それでも、腕の力だけを使って、体をソファまで動かすのは一苦労だ。

「シグナム達は今お出かけ中やもんな。わがまま言っちゃあかんわな」

 彼女は、みんなの外出の理由を知っている。だが、面と向かってそれを告げたことは無い。

「うちのために、みんな戦ってくれとるんやもんな、感謝せんとあかんわな……」

 みんなが隠そうとしているのだ。気付いていても、知らないふりをしていなければいけないだろう。
 すぐに、全てが明らかに日は来るのだから。
 ―――そう、ハッピーエンドを迎えるその時に。

「さて、と」

 彼女はリモコンを握る。DVDは既にセット済みだ。
 幾度となく繰り返して観たお気に入りの物語を、彼女は今一度繰り返す。
 再生―――。
 ぼんやりと黒光りしていた画面が、明瞭な色彩を帯びる。
 美麗なアニメーションの景色がBGMと共にテレビ画面に広がった。
 鈴を転がすような声音で、画面の中の主人公の少女が、オープニングナレーションを唄う。

『この広い空の下には、幾千、幾万の人たちがいて。いろんな人が、願いや想いを抱いて暮らしていて―――』
 
 漆黒の闇の中、彼女の瞳には、テレビの中の長閑な世界が移りこんでいた。
 バスに乗り込む少女。フェレットのような動物、物語と舞台となる街並、―――魔法使いの姿に変身した少女。
 幾度繰り返し見たかも解らないその物語を、彼女は身じろぎ一つせず、食い入るように見つめる。
 彼女は知っている。この物語の全てを知っている。
 この小さな魔法使い―――主人公の少女が、誰と出会い、何を感じ、どんな戦いを繰り広げ、どのような終演を迎えるのかを。
 それは、夢と希望に満ち溢れた素敵な素敵な物語だ。
 何度繰り返して見ても飽きること無い、彼女のとびっきりのお気に入りの物語だ。

「ふふっ……」

 彼女は口元に小さな微笑を浮かべた。
 この物語の結末を、彼女は知っている。だが、知っているのはそれだけでは無い。
 彼女は知っているのだ。
 ―――世界中の誰一人として知らない、この物語の続きを。
 テレビの中のこの小さな世界に、新たにどんな登場人物が現れて、どんな物語を紡ぐのかを。
 どうしてだろう。
 どうして誰も知らない筈の物語の続きを、彼女は知っているのだろう。
 
「当たり前や。このわたし、八神はやても魔法使いなんやから」

 彼女は悪戯げにくすりと笑みを漏らすと、唇に人差し指をそっと当てた。
 そう、このことは内緒。誰にも内緒だ。
 彼女―――八神はやてと、その家族、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターだけの秘密なのだ。
 画面の向こうの主人公の少女に、はやてはそっと微笑みかける。
 57インチの液晶テレビの向こうから、肩にフェレットを乗せた栗毛の魔法少女は、はやてに微笑み返してくれた。
 そして、少女は高らかに歌い上げた。
 
『―――これからはじまるのは、そんな、出会いとふれあいのおはなし。
 魔法少女リリカルなのは、はじまります!』

 

  

             ある日の八神家の暖かな夕食





 八神はやての朝は早い。
 誰よりも早く目覚めたはやては、のろいうさぎの人形を抱いて丸くなっているヴィータを起こさないようないよう、そっとベッドから抜け出した。
 ダイニングに差し込む朝の光に目を細め、腕まくりをして朝食の準備にとりかかる。
 昨夜のうちにセットしておいた米は、真珠の粒のように白く炊き上がり、ほっこりと香ばしい湯気を上げていた。
 同じく昨晩から煮干で出汁をとっていた味噌汁を火にかけ、汁の実を用意する。
 同時進行で、手早く4つの卵をボウルに入れ、薄い出汁と少量の砂糖と共に手早くかき混ぜた。
 はやての所作はどれもよく熟れており、普段から家事に親しんでいることが伺える。

「~~~♪」

 鼻歌を歌いながら、はやてはフライパンの出汁巻き卵を裏返す。断面が綺麗な渦巻き状になるように、丁寧に。 
 軽く開けた窓から、初冬の心地良い冷気と共に、雀の囀りが聞こえてくる。
 うん、今日も良い朝だ。
 ――お早うございます、主はやて。
 背後から投げかけられた親しげな挨拶に、はやては破顔して振り向いた。

「あ、シグナム、おはようさんや~。ちょっと待っといてな。もうすぐできるさかい」

 ――毎朝のこととはいえ、我らにまで朝食を振舞って下さるそのご温情、感謝の言葉も御座いません。

「もう、シグナムはいつまで経っても大げさやなぁ」

 ――おはよーう、はやてちゃん。何かお手伝いすることあるかしら?
 続いて、シャマルと狼の姿のザフィーラもダイニングに姿を現した。
 今日も一番のねぼすけはヴィータで決まりのようだ。
 
「ああ、ええよええよ。これで出来上がりやからね」

 味噌汁の香の物を刻むはやての包丁の音が心地よい。
 ――シャマル、主はやての邪魔をすることはこの私が許さん。我々は食卓の準備をするとしよう。
 ――ふふ、今朝は大好きな和食だから、シグナムご機嫌ね。
 丁度朝食の全てが出来上がる頃、ヴィータがのろいうさぎの人形を片手に抱いて、瞼を擦りながら現れた。
 ――ん~、はやてー、おはよーー。
 ――なんだ、ヴィータ。主の前でだらしない。すぐに顔を洗ってこい!
 ――シグナムったら、早くご飯が食べたくて堪らないのかしら?
 ――そんなんじゃない、私はただ、最近のヴィータは気が抜けているから……。
 
 そんな、いつもの平和で幸福な朝の一時。それを、はやては目を細めて眺めていた。

「それじゃ、みんなで手を合わせていただきますしよか~、はい、いただきます!」

 ――いただきまーす!
 皆で揃って、出来上がった朝食に手を合わせる。
 食事の前の『いただきます』はみんなで一緒に。
 これは、はやてが定めた八神家の数少ない決まりごとだ。
 ――はぁ~、やっぱりはやての出汁巻き卵は美味しいなぁ~♪
 ――まったくだ。主はやての味噌汁を頂くと、一日の始まりが引き締まるようです。
 ――シグナムは和食党ですものね。

「みんな、おかわりもあるから、ぎょうさん食べてな!」

 ――はやて、おかわり~!
 勢いよく突き出されたヴィータの茶碗に、はやてはにこにこと新たに白飯をよそう。
 足元では、狼姿のザフィーラが、黙々とドッグフードを頬張っていた。

「みんな、今日のお昼の予定はどないする?」

 ――ん? あたしは老人会でじいちゃん達とゲートボールに行ってくるぜ。
 ――今日は、隣町の剣道場に出稽古に行く予定となっております。
 ――私はザフィーラと一緒にお買い物に行くつもりよ。そろそろ、冬が本格的になるから色々揃えないとね。
 シャマルは、はやてに向かってウインクを一つ。
 そう。はやては回想する。ヴォルケンリッターのみんなに出会ったのは、今年の誕生日だった6月3日。
 夜中に闇の書が目覚めて守護騎士のみんなが現れた時は驚いたが、それは今まで最高の誕生日プレゼントだった。
 それからは色々と大変だったものだ。
 住む部屋を決めたり、普段着を買ったり。
 のろいうさぎの人形を買ってあげた時のヴィータのはしゃぎようは、今でも思い出すと頬が緩む。
 はやてが、ずっと憬れていた家族との生活。それを、みんなと一緒にゆっくりゆっくり作り上げてきたのだ。
 ――主はやては、本日のご予定は如何なさるおつもりですか?

「わたしは、今日はいつもの病院の診察やー。夕方までには戻ってくるから、心配いらへんで」

 ――そうですか。お供できず申し訳ございません。石田先生に、どうぞ宜しくお伝え下さい。

「大丈夫。病院は近いしもう慣れっこやから、一人でも全然平気やで!」

 付き添えが出来ず騎士として面目ないと、ひたすらに謝るシグナムにはやてはひらひらと手を振る。
 シグナム達は大事な家族だが、外出の時には無闇に一緒に歩く訳にはいかない。
 自分の家に闇の書の騎士達がいることは、誰にも知られてはいけない秘密なのだ。
 魔法使いは、家族や友達にもその正体を知られないよう、こっそりと戦わなければならないことを、彼女は学んでいた。
 ヴォルケンリッターのみんなにも、老人会の手伝いや剣道場の仮講師など、自分の楽しみがあるのだから邪魔してはいけない。
 ……それに、守護騎士のみんなには大事な戦いがあるのだ。
 みんな、はやてには気付かれていないと思っているだろうけど、はやては知っている。
 ヴォルケンリッター達は、はやての病気を治すために、魔導師達から魔力を奪い、なのはやフェイトと毎夜戦いを繰り広げているのだ。
 悲しいことだ、とはやては思う。
 大好きなシグナムやヴィータに、なのはやフェイトと戦って欲しくない。悪いことはして欲しくない。
 でも、これは仕方のないことなのだ。
 戦いを通じて、みんなが心を通わせあい、友達になるための試練なのだから。
 そして、最後に現れる本当の悪者に一致団結して立ち向かうのだ。
 ……そして、きっと。
 その最後の決戦では、自分も魔法使いの力に目覚め、なのはやフェイトと一緒に力を合わせて戦うのだ。

「……えへへ」

 はやては、その日が来るのが待ち遠しくて仕方がない。
 


     ◆



 はやての通う大学病院の石田幸恵医師は、彼女が最も心を開いている人間の一人だった。
 威圧感を与えない穏やかな風貌と、相手の心を開くことのできる話法の持ち主で、患者からの信頼も篤い。
 まだ十分に若いとされる齢の女性だが、優秀な神経内科医として、難病のはやての主治医を務めている。
 はやては彼女と会うのが楽しみだった。
 事務的な手つきで、注射や検査をするばかりの他の医師達とは違って、彼女ははやての話を親身になって聞いてくれる。
 はやての言葉に頷いてくれる。
 なんとなく、お母さん、という感じがする。

「はい、終わりましたよ。痛くありませんでしたか?」

 柔らかな笑顔と真摯な瞳で、石田医師ははやての顔を覗き込む。

「はいー、全然痛いことあらへんでしたよー。
 最近、うち、ちょう足がようなってきたかもしらんのです!」
「……どうして? 前より動かせるようになってきた?」
「いえ、まだ全然動かせへんのですけど―――。
 前に比べて、足に注射されたり、リハビリで動かされたりした時、あんまり痛うのうなってきたんですわ」

 にぱっ、と破顔するはやてに、石田医師は薄い笑みで返した。
 はやては、自分の素足を直視したがらない。
 長いこと動かすことができずに、肉が削げ落ちでガリガリの棒のようになってしまった青白い足。
 どうやっても、自分の思い通りにならない、苦痛しかもたらさない鬱陶しい足。
 はやては、それが自分の足だと認めるのが嫌だった。
 本当の自分の足は、『魔法少女リリカルなのは』のフェイトの足のような、すらりとした曲線の美しい足だと信じている。
 
「ねえ、石田先生」

 内緒話打ち明けるかのような悪戯っぽい顔で、はやては石田医師に囁きかけた。
 秘密だけれど。本当は誰にも言ってはいけない秘密だけど。
 石田医師になら、ほんの少しだけ、ちょっとくらいは喋ってしまっててもいいのではないだろうか。
 自分の大事な家族のことを。
 石田医師なら、きっと大丈夫と信じて。

「なあに、はやてさん?」
「実はうち……違ごうた、わたしには、今家族がおるんです」
「まあ、良かったわね! 親戚の方かしら?」

 石田医師は慈愛を籠めた表情ではやてに微笑みかけ、良かったわね、と言った。
 不治の難病を抱えていながら、独りきりで暮すこの少女のことを、彼女はいつも気にかけている。
 
「ええと、シグナムとヴィータとシャマルとザフィーラと言うんです。
 みんなが居てくれるおかげで、今うちはとっても賑やかなんです」
「そ、そう、良かったわね……」

 石田医師の表情が引き攣る。―――この年頃の子供には、別段珍しくもないことだった。
 ああ、やっぱり。
 はやての表情に失望の色が浮かぶ。
 大人たちは、みんなそうだった。優しくしてくれていても、本当はシグナム達のことなど信じてくれないのだ。
 優しい人ほどそうだった。大事な家族である守護騎士のみんなの話をすると、困ったような曖昧な笑みを浮かべるばかりで―――。
 
「しぐなむ、さんに、びーたさんね。新しいお人形さんのことかしら。良かったわね、新しいお友達が増えて」
「違うんです、シグナム達は本当に……」
「では、次の検診はこの日だから、忘れないようにね。じゃあ、はやてちゃん、お大事に!」
「本当に……」
「―――お次の方どうぞー」

 石田医師は、確かに思いやりある優秀な医師である。
 それでも、彼女にとってはやては、どこまで行っても、あくまで大勢の患者の中の一人でしかないのだ。
 体の治療には全力を尽くすが、その内心にまで踏み込むことはない。
 そういった意味で、石田医師がはやての真の理解者になることができないのは、ある意味当然の話である。
 しかし、若干9歳のはやては、まだそれがよく理解できないのだ。
 帰り道を車椅子で緩慢に下りつつ、はやては苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

「……違うんや」

 それでも、悄然とした表情で俯いていたのは一息の間。
 自らを鼓舞するように、ふふっ、と薄く笑って、ちらりと足元に目を落とす。

「この足は、闇の書に魔力を吸い取られてるせいでこうなってしもうたんや。
 石田先生がいくら名医でも、治せへんのは当たり前やな……」

 この足は、ただ病気なだけの足ではない。自分が、魔法使いである証なのだ。
 はやてはそう信じて、自分の足をスカート越しにぐっと見つめる。
 ヴォルケンリッターも、必死に戦ってくれている。この足を治す魔力を集めるためだ。
 全てが終われば、この足も治る。何もかも解決して、なのはやフェイトとも友達になれる。
 そして―――。

「お~い、ちょっと待てってば~」
「あはははっ、早く来いよ、バーカ!」

 留め金の外れたランドセルをカタカタと鳴らしながら、小学生達が朗らかな歓声を上げて走りぬけていく。
 丁度、はやてと同じくらいの年頃の、見るからに健康そうな男子達だった。
 冬も深まりつつあるというのに、Tシャツ一枚で白い息を切らして、じゃれあいながら闊達に走っていく。
 
「……そうや。この足が治ったら、みんなと一緒に学校に行くんや。
 うちも、聖祥大学付属小学校に入学して、なのはちゃんやフェイトちゃんと一緒に学校行くんや。
 真っ白なワンピースにリボンのついたかわええ制服、楽しみやな~。
 ほうや、一緒の学校行ったら、アリサちゃんとすずかちゃんもおる。みんなでお友達や~」
 
 それも、最後の戦いが終わるまでの辛抱だ。
 最後の戦いの悪役は―――そうだ、この足を病気にしている、闇の書の悪の部分だ。
 ヴォルケンリッターのみんなはいい人だけど、闇の書の本体は暴走していつしか悪に染まってしまったのだ。
 そうだ、そうしよう。はやては決めた。
 
「ヴォルケンリッターのみんなが来てくれたんはお誕生日やから、最後の戦いは―――きっと、クリスマスぐらいやな」

 それは今までに見たこともないような、最高のクリスマスプレゼントに違いない。
 最後の戦いが終わったお祝いを、ヴォルケンリッターのみんなと、友達になったなのはやフェイトと、盛大に祝うのだ。
 はやては、車椅子の肘かけの内側に作ったポケットから、一枚のDVDを取り出した。
 『魔法少女リリカルなのは DVD vol.4』いつも、半ばお守りのように持ち歩いている。
 そのパッケージには、魔力の羽を杖と靴に纏い、今まさに必殺技を放たんとする主人公の少女が描かれていた。
 はやては、パッケージに描かれた少女の足元に目を落とし、誰も見つめることのない、イラストの細部をじっと凝視する。
 魔力でできた、桜色の羽の生えた、可憐な少女の靴。
 このアニメを見て、感動したことの一つがこれだった。
 主人公の少女は、靴に羽を生やして空を飛ぶのだ。
 白い魔法使いの少女が、桜色の羽を生やした靴で華麗に空を舞う。なんて、素晴らしいんだろう!
 
「せやから、もうじき、うちも―――」

 だから、今は歩けなくたっていい。
 もうじき、この足に魔法の羽を生やして自在に空を飛び回ることができるのだから。



     ◆




「もうじき出来上がるから、ちょう待ってなー」
 
 鼻腔をくすぐり、食欲をそそるラードの香ばしい薫りが、ダイニングまで漂ってきていた。
 加えて、しゅわしゅわと泡を立てる揚げ油の音が耳朶を打ち、余計に空腹を加速させる。
 傍らのボウルには、予め用意された、針のように細かく刻んだ山盛りキャベツとプチトマト。
 ――はやてー、早く早く~
 もう待ちきれないとばかりに、はしたなく食器を叩いてヴィータが声を上げる。
 ――こら、ヴィータ。主はやても、もう少し待てと仰っているだろう!
 ――え~、だってぇ~。

「ほら、もうできたで! 八神はやて特製の特大トンカツや!」

 黄金色にからりと揚ったトンカツの皿が、ヴィータ達の前にずらりと並ぶ。
 ――うわぁ~!
 ヴィータは、目を輝かせて涎を垂らさんばかりにその皿を見つめる。
 
「さ、待たせて堪忍な。みんなでいただきますしよ」

 ――いただきます!
 合掌し、揚げたてのトンカツに一礼。八神家のダイニングに、家族の声が木霊する。
 ――とっつげき~。
 ヴィータは猛然とトンカツに取り掛かった。二切れ一片に口に頬張り、歓喜の声を上げる。
 ――うひょ~、うんめぇぇぇ~~! やっぱり、はやてのトンカツはうんめぇよ~。
 おあずけをされていた犬のように、ガツガツとトンカツを掻き込むヴィータをみて、はやては相好を崩す。
 普段はヴィータの行儀悪さを咎めるシグナムも、この日は何も言わずに、口元を緩ませて自分の皿を味わっていた。
 ドッグフードが盛られているザフィーラの皿にもトンカツが乗せられ、静かにそれを食む狼の姿も何処となく嬉しげに見える。
 ――ふむふむ、衣の厚さは、この位が丁度いいのね……。
 シャマルは、その味を楽しみながらも、トンカツの断面図を見つめてその構造を探っていた。
 きっと、自分が作る時の参考にするつもりなのだろう。
 事あるごとにはやての手伝いをしているが、彼女の料理はまだ美味と讃えられる域には達していない。
 歯に衣着せず言うなら、未だ仲間達が味見を敬遠する位の腕なのだが、向上心を持って日々努力をしているようだ。
 ……苦労した甲斐があった。
 9歳の、それも足に障害をもつ少女が家事を行うということは、それだけでも重労働である。
 それに加えて、はやての細腕で朝晩4人分の食事を用意することが、どれだけの過酷を彼女に強いているかは想像に難くない。
 それでもなお、はやてにとって、毎日の食事は無二の楽しみだった。
 美味しそうにはやての作った料理を頬張るみんなの顔を見ただけで、どんな苦労も吹き飛んでしまう。
 ずっと、ずっと、こんな暖かな食事を望んでいたのだから。
 ――はやて、おかわり、おかわり~!!
 口元にご飯粒を付けたヴィータが、あっという間に真っ白になった平皿が勢い良く突き出してくる。

「はい、いっぱいあるから、ぎょうさん食べてな!」
 
 はやては、眉尻を下げながらお替りのトンカツ乗せるのだった。

 食後に。
 ――あ~、美味かった~。満腹、もう食べられねー。
 ごろん、と膨れた腹を抱えて、ヴィータはリビングのソファに横になった。
 はやてが愛しげにその頭を撫でると、ヴィータは猫のように瞳を細める。
 食後の団欒の一時。八神家のリビングには、5人で寛ぐには丁度良い広さだった。
 その中央では、57インチの液晶テレビが知らない芸人ばかりの詰まらないバラエティを、背景音楽として流している。
 誰も、何も、言葉を発さない。
 ボリュームを抑えたテレビから、時折司会者の突っ込みと示し合わせた笑い声だけが、途切れがちに流れてくる。
 誰も、何も、言葉を発さない。……されど、みんなが此処にいる、幸福な団欒の時間。

「そうや!」

 ぱっと、はやては思いついたように車椅子を起動し、来た廊下を引き返した。
 ――主はやて?
 シグナムの声を背中に受けながら、大急ぎで自室に向かい、学習机の奥を探る。どこに置いただろうか?
 目的のものは、簡単に見つかった。すぐにリビングに引き返し、満面の笑顔でそれを広げた。
 
「なあ、ちょうみんなの似顔絵、描いてもええかな?」

 はやての広げたものは、スケッチブックと色鉛筆だった。
 ――まあ、素敵!
 ――うわー、すっげー、はやて、描いて描いて~。
 ――私はその……、少し恥ずかしいものがありますが、主はやての命とあらば……。 
 守護騎士達は、三者三様の反応を返しながらも快諾し、狼姿のザフィーラも小さく頷いた。
 はやてはきりりと表情を引き締め、色鉛筆を手に取った。その色は青。
 まずは、ザフィーラから。

「ええと、ザフィーラは青い気高き狼や。
 足にはこう、銀色の鎧みたいなのが付いとって、首の周りはライオンのたてがみみたいに、白くフサフサになっとるんや。
 あ、そや、アルフと同じ使い魔やから、額に宝石みたいなのをつけて、っと……できあがりや!」

 ずっと、犬を飼いたいと思っていた。それも、特別大きくて、賢くて、優しい犬を。
 はやては、目の前とスケッチブックの中の、二匹の守護獣を見比べてみる。
 うん、そっくりだ。満足して大きく頷き、黄色の色鉛筆を手にとった。次は、シャマルを。

「シャマルは、ええと、金髪の美人さんで……」

 シャマルのバリアジャケット姿は、前線に出るシグナムやヴィータに比べて明確な特徴に乏しい。
 はやては、同じ後方支援の魔導師であるユーノの姿を思い浮かべながら、シャマルの姿をスケッチブックに現していく。
 バリアジャケットの色は心安らぐ薄い緑、顔立ちは石田医師に似て優しげに、帽子の形はナースキャップのイメージで。
 
「よおし、シャマルもできあがりや! 次は―――」

 ――はいはい! あたし、あたしを描いてよ、はやて!
 身を乗り出して手を上げる挙げるヴィータに、はやては少しだけ苦笑を漏らす。
 さあ、大事なヴィータの番だ。手に取るのは深紅の色鉛筆。

「ヴィータのお洋服は、赤くて可愛ええ、ふりふりのドレスや。帽子には、のろいうさぎの顔がついとる。
 髪の毛は、綺麗な赤毛の三つ編みになっとるんや。それからそれから―――」

 可愛い妹分を飾るように、各所にリボンや十字の意匠を散りばめる。
 ヴィータを描くのは簡単だった。ヴォルケンリッター達の中でも、一番近くにいたのが彼女だったからだ。
 そう、朝起きる時も、眠る時も、はやてはヴィータと一緒だ。

「最後に、おっきなグラーフアイゼンを描いて……、ヴィータ、可愛く描けたで!」

 はやてのスケッチブックを覗き込み、ヴィータは顔を輝かせて歓声を上げた。
 ――うわぁ、本当にあたしそっくりだぁ! ありがとう! はやて!
 最後は、シグナム。色鉛筆の箱の箱の上で、はやては指を迷わせる。
 シグナムのイメージカラーは炎の赤だ。しかし、赤はヴィータで使っている。
 できれば、被らせたくはない。少し迷った末、その指はピンクの色鉛筆を掴んだ。
 
「さあ、シグナムの番やで~ 格好良く描いたるからなー」

 ――はっ、恐縮です!
 背筋を伸ばして居住まいを正すその表情は、凛烈として一部の隙も無い。
 侍を連想させるしなやかなロングポニーテールが、ざらりと肩に流れる。
 シグナムは、ヴォルケンリッターのリーダーだ。無敵の騎士だ。
 だからきっと、どんなことがあっても自分を守ってくれる。……はやては、そう信じている。
 彼女のバリアジャケットは、ファンタジーに登場する騎士を連想させるように凛々しく仕上げ、その手には愛刀レヴァンティンを握らせた。
 
「さあ、これで出来上がりや!」

 スケッチブックを覗き込んだシグナムは、頭を下げ、恐縮した様子で慇懃に礼を述べた。
 ――私のようなものを、これほど立派に描いて頂き、感謝の言葉に言葉もありません。それにしても、主はやては絵画にも才覚が有りとは。感服致しました。
 ――うんうん、はやてがこんなに絵が上手だったなんて知らなかったよ!
 一枚の画用紙の中に、ヴォルケンリッターの四人がその勇姿を揃えていた。
 画用紙の左側にはザフィーラとシャマルが、右側にはヴィータとシグナムが、全員笑顔で並んでいる。
 ――とっても、素敵な絵ね。
 シャマルの言葉に守護騎士達の全員が頷いた。
 ――でも、この絵には一つだけ足りないものがあるわ。
 再び、全員が大きく頷く。口元に、微かな笑みを浮かべて。

「え……わたし、何か描き忘れてしもうたやろか?」

 ――ここですよ、主はやて。
 シグナムが、白い指先を伸ばして画用紙の中央を指し示す。
 そこは、ヴィータとシャマルに挟まれて小さな空白となっていた。
 ――ここに、はやてちゃんを描かないと、この絵は出来上がらないわ。
 ――シャマルの言う通りだぜ! これは、八神家全員の絵なんだから!

「……うんっ!!」

 狭い中央の空白に、車椅子姿の自分の姿を描き加える。
 守護騎士達の隣にこんな自分を並べるのが少し気恥ずかしい。はやては、少し小さめに、ちょこんと自分の姿を描き足した。
 絵の中の自分は、大事な家族、守護騎士達に囲まれて幸せそうに満面の笑顔を浮かべている。
 ――よーし、これで出来上がりだー。
 ヴィータが万歳をして飛び跳ねた。

「うん、うん。……あれ? あれれ?」

 不意に、出来上がったばかりに絵に、小さな雫がこぼれ落ちた。
 それが自分の涙と気付いたのは、頬を触れてからだ。
 悲しいことなんて何もないのに、涙が溢れて止まらない。
 八神家の幸せな肖像に、次から次へと涙が溢れて零れ落ちていく。

「あはは、おかしいなぁ、何で涙なんて出てくるんやろ。目にホコリでも入ってしもうたんやろか……」
 
 涙で、完成したばかりの絵がふやけてしまう。
 止めようと思ったが、どうしても涙は止まらなかった。何故自分が泣いているのか解らず、はやては俯いて肩を震わせる。
 ――大丈夫、みんな、一緒だからね。
 その頭を、シャマルが優しく抱きとめ、母のように撫でた。
 視界は涙でぼやけて何も見えない。
 けれど、はやての瞳には微笑みながら彼女を囲むヴォルケンリッター達の姿がはっきりと映っていた。



     ◆

 
 
 はやての私室に、小刻みに机を叩くペン先の音が響く。 
 時計の針が指しているのは既に12時前、小学校3年生の少女が起きているには若干遅い時間だ。
 和英辞典を左手に、万年筆を右手に固く握り、はやては机にかじりつくようにして便箋に向かっていた。
 
「ええと、『お返事お待ちしています』、『I can't wait to hear from you soon.』、っと。
 よし、これで今週のお手紙は出来上がりや! グレアムおじさん、今度はお返事くれるやろか……?」

 現在、はやての養育費をほぼ全額負担している、父方の親戚ギル・グレアムへの手紙である。
 はやて自身は何の面識も無かったが、介護士から礼状を出してみてはどうかと助言を受けたのが切っ掛けで、週に一度手紙を書くようになったのだ。
 知らない相手に手紙を書いたことなど無かったので、苦心に苦心を重ねて一枚の礼の手紙を書き上げ、保護司に預けた。
 知己のないはやてにとって、手紙というのは他人と触れ合える新たな機会だった。
 もし返事が来たらどうしよう、と胸を高鳴らせながら返信を待ったが、返事の手紙は来なかった。
 そんなことを幾度か繰り返しているうちに、はやては大きな誤りに気付いた。
 『おじさん』ことギル・グレアムはスコットランドに居を構える生粋のイギリス人である。
 日本語で手紙を書いたところで、読める筈が無いではないか!
 その日から、はやての英語の勉強が始まった。休学中の小学校の課題に加えて、テキストを買い集めて独学で英語を学ぶ。
 勿論、小学校低学年の少女にできる事などたかが知れている。
 それでも、一年と少しという短い期間で、曲がりなりにも手紙としての体裁を持った文章を作成できるようになったのは、はやての執念というべきものだろう。
 どんな僅かなものでもいい。はやては人との繋がりに飢えていた。
 
「グレアムおじさんは、きっと忙しい人やさかい、なかなかお返事書く時間が無いんやろうけど……。
 きっと、読んでくれとるよな、うちの手紙」

 手紙の末尾に、はやては必ずこう記す『お返事お待ちしています』。
 未だ、グレアムからはやてへの返信が来たことは無かった。
 何通の手紙を書いても、返事が来ることは無かった。
 それでもはやては飽きずに書き記す。

『お返事お待ちしています』

 ……これは、彼女の与り知らぬ話しである。
 ギル・グレアムは日本人を憎んでいた。
 そもそも、イギリスの古き富豪の血筋である彼は、強い選民思想の持ち主であり、極東の島国などに興味は持っていなかった。
 そんな彼にとっての不幸は、末娘が放蕩の限りを尽くして家を出奔し、よりにもよって日本人の男の結婚したことである。
 無関心である筈の日本人という民族は、嫌悪の対象となった。
 更に、娘を奪った憎き男の弟の遺児―――つまり、赤の他人の養育費を負担することになったのも、グレアムの日本人嫌いに拍車をかけた。
 無論、グレアムは養育費負担の件を断ろうとした。しかし、娘に拝み倒され、不承不承請け負うことになったのだ。
 別段、金銭が惜しいわけではない。金ならある。資産家のグレアムからすれば、小娘一人養う程度何の痛痒も感じない。
 それが娘を奪った日本人の男の血縁者という事実が、グレアムの癪に障るのだ。
 加えて、近年彼の元に届くようになった件の小娘からの手紙が、グレアムの感情を逆撫でした。
 小娘のことは癪ではあったが、時と共に忘却される些事として己を納得させていたというのに。
 だのに、その小娘は週毎に手紙を送りつけ、消えかけていたグレアムの憤懣を掘り返すのだ。
 一度だけ、それを開いてみたことがある。
 そこには、キンダーガーデンの子供でも書かない稚拙な英文で、グレアムには何の興味も無い小娘の日記じみたものが綴られていた。
 養育費援助の件に関しては、グレアムは顧問弁護士に一任してあり、やりとりは小娘の法定代理人との間で済んでいる筈である。
 従って、これらの手簡は小娘の私信であることは間違いなく、グレアムにとっては気分を害するだけの塵に過ぎない。
 今週もまた、グレアムは鬱陶しげにはやてからの手紙を一瞥し、家政婦のアリアに焼き捨てるように命じたのだった。

「でも、グレアムおじさんからのお返事、難しい英語で書かれてたらどないしよ?
 また、いっぱいお勉強せなあかんなぁ……」

 真実を知らぬことが、はやてにとっては、ほんの小さな救い足り得た。
 丁寧な手つきでピンク色の便箋を折りたたみ、国際郵便の封筒に収めて、口を閉じる。
 明日買い物ついでに投函してこよう。一仕事終えたという満足感と共に、睡魔が襲い掛かってきた。
 はやては大きく伸びをして、ふと、学習机の脇に置かれていた黒い洋書に視線を落とす。
 ふっ、と口元を緩めて、はやてはその本の表装を撫でた。

「なあ、闇の書、わたしが寝とる間、あんまり悪さしたらあかんで。
 いつまでもわたしから魔力を吸えると思うたら大間違いやからな。
 最後の決戦の時には、わたし達となのはちゃん達で、力を合わせてコテンパンにやっつけたるから、覚悟しとき」

 『闇の書』。
 シグナムらヴォルケンリッターの本体とも言える、危険なロストロギア。
 今もなお、はやての魔力を吸い取り、蝕んでいる諸悪の根源。
 この邪書に魔力という餌を与えるため、ヴォルケンリッターは法を犯し、はやての目を盗んで魔導師狩りを行い、なのは達と刃を合わせている。
 その装丁は闇の書の名に相応しく、禍々しい内部を封じるかのように剣十字の装飾が刻まれ、幾重にも厳重に鎖で戒めてある。
 確かに、それは魔力を宿し不気味に胎動する異形の本だった。
 ―――例えそれが、父の遺品の古い洋書と、母の遺品のアクセサリーを、ペンチと接着剤で不器用に繋ぎ合わせたものであったとしても。
 深い情念を受けた器物は、その内に魔を宿し人を虜にするという。
 細く白い指が、不器用に鎖が巻かれた古書の表装を撫でた。
 ……ヴォルケンリッターのみんなは、確かに居る。誰が否定したとしても、絶対に居る。
 ここに在る闇の書が、その証拠だ。
 覚えている。この闇の書からヴォルケンリッターのみんなが現れた誕生日の夜を。
 睡魔に引き寄せられるようにベッドに向かいながら、はやては確かにその声を聞いた。
 ――ねえねえはやて、今夜も一緒に寝てもいい? あたし、もう眠いよ。

「ヴィータは、ほんま甘えん坊さんやな~。ええで、今夜も一緒に寝よ。
 わたしも、もう眠くて堪らへんのや……」

 蒲団に潜り込み、毛布に包まりまがら、はやては手垢で汚れたのろいうさぎの人形をぎゅっと抱きしめた。
 向かい側から、一緒に抱きしめるヴィータの体温を感じながら。
 嬉しそうにのろいうさぎに頬擦りをするヴィータの無邪気な表情に、はやては相好を崩す。

「ヴィータ」

 ――ん、何? はやて?

「ずっと、ずっとみんな一緒やで」

 ――当たり前だぜ。あたしも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、ずっとずっとはやてと一緒だよ!
 柔らかい赤毛にそっと手櫛を通し、その温もりを確かめる。
 はやては片笑みを浮かべながら、穏やかな微睡へと落ちていった。



     ◆

 

 
 カリカリに焼けたベーコンの上に黄身の鮮やかな卵が落ちて、快音を上げる。
 今朝の朝食は洋風仕立て。滑らかな挙措でフライパンを揺すると、ベーコンエッグが軽やかに宙で一回転。
 フライパンに軟着陸を果たすと動じに、トースターからチン!と音を立てて焼きたてのトーストが飛び出した。
 油の焦げるベーコンエッグの香りに、一筋の焼きたてトーストの甘い香りが混じり、馥郁と鼻腔をくすぐる。
 食卓の中央には、色鮮やかに野菜の散りばめられたサラダの大皿。
 目玉焼きの焼き加減も、はやてはきちんとみんなの好みを把握している。
 ヴィータは黄身が柔らかめのサニイサイドアップ、シグナムとシャマルはターンオーバーで、シグナムは固い黄身が好きなのだ。
 
「さあ、これで全員分焼きあがったで! 座って座って! みんなでいただきますしよ!」

 ――いただきます!
 食事の前のお約束。家族全員の声がダイニングに木霊する。 
 12月3日、土曜日。寒さは深まるばかりの毎日だが、八神家は今朝も団欒の温もりに包まれている。
 机に並んだ色とりどりのジャムの瓶。
 シグナムはバターを、ヴィータはブルーベリーのジャムを、シャマルはオレンジマーマレードを。各々好みでトーストを楽しむ。
 ――うん、今朝もはやてのご飯は美味しいよ! ほら、こうやって、パンに目玉焼きを乗っけて食べるのも美味しいんだぜ!
 ――切り方も揃ってるし、彩りも綺麗で本当に素敵。早く私もこの位作れるようになりたいんだけど……。
 はやてのサラダをつつきながら、シャマルは少しだけ羨ましそうに嘆息する。
 ――シャマルに出来るのは、トースターのスイッチを入れるくらいだろ。
 ――まあ、ひどいわヴィータちゃん!
 ――まずは、目玉焼きを崩さずに作れるようになってからだな、シャマル。
 ――もう、シグナムまで……。
 はやての作った朝食に舌鼓を打ちながら、和気藹々と談笑する面々。
 いつもと変わらない朝の光景。幾度となく繰り返してきた幸せな朝食。
 ずっと、ずっと、続けばいい。ずっと、ずっと、変わらなければいい。
 窓の外に目を向ける。白く結露した窓の向こうに、ちらちらと舞う白いものが。
 粉雪。
 これが、今年の初雪になるのか。はやては、胡乱にそんなことを思った。
 はやての住むこの街では、雪は小さく舞うことはあっても積もることは稀だ。
 日が高く昇れば、消えて無くなってしまう、一睡の夢のような、か弱い粉雪。
 
「……―――?」

 不意に、ぞくりとした。冷たい手で背筋を撫でられたような、肌が粟立つ感触。
 目を瞑って大きく頭を振る。どうして、自分は窓の外など見つめていたのだろうか。まるで、時間が止まっていたようだった。
 食卓に目を戻すと、今まで通りの守護騎士達の食事風景が。
 ――目玉焼きには塩と胡椒だろうよ、シグナム。
 ――いいや、私は断固として醤油だ。
 肩の力が抜けた。はやては、小さく笑うと、自分の食事に取り掛かる。
 自作の目玉焼きをトーストに運んで口に運ぶ。……やけに冷たく、味気なかった。きっと、今朝の気温が低いせいだ。
 ――ところで、主はやて。本日のご予定は如何なされますか?

「せや、忘れとった! 今日は午前中にいつものヘルパーさんが来るんや。みんな、堪忍な」

 ――頭を上げて下さい、主はやて。我らはいつも通り各々の時間を過ごすだけです。なんの不都合もございません。
 ――そうそう、あたしもいつもの老人会に顔出してくるよ。今日は土曜だからさ、じいちゃん達きっとたくさん来てるぜ!
 
「堪忍な。お詫びに今晩の夕ご飯はカレーにしたるからな」

 ――え、本当かよ! やったー、はやてのカレーだ~!
 拳を突き上げてはしゃぐヴィータの姿に頬を緩めながらも、はやては少し複雑そうな顔をする。
 この日は、数日に一度の介護福祉士による家庭訪問日だった。
 足が不自由で車椅子の生活を余儀なくされているはやてにとって、ホームヘルパーによる補助は生活の生命線とも言えた。
 いかに家事長け、強かに毎日の雑事をこなしているはやてと言えど、やはりその限界はある。
 難しい場所の掃除や洗濯など、ホームヘルパーの手を借りずには行えないものが多い。
 更に、生活態度や、健康状態の入念なチェックも行われる。
 元々、身体の不自由な9歳の少女の一人暮らしなど、簡単に認められる筈が無いものなのだ。
 介護福祉士の徹底した管理の下で、はやてはなんとか父母の遺した家に、独り暮すことを許容されていたのである。
 ……本当は、もう、ホームヘルパーの助けなんていらない。はやては、秘かにそう思っている。
 今は、シグナム達が助けてくれる。だから、厳しいヘルパーの助けがなくてもきっとやっていける筈だ。
 そう思ってはいるが、決して口には出さない。
 ヴォルケンリッターのみんなが家に居ること自体、はやての大切な秘密なのだ。
 身元の判らない三人の人間を家に同居させることなど、ホームヘルパーが許す筈ない。
 犬猫を飼うことも禁じられている。
 はやてにもその辺りの分別は十分にあるので、ホームヘルパーが訪問している間は、ヴォルケンリッターのみんなには外出してもらうようにしてた。
 大事な家族を仲間外れにするようで、心苦しいが仕方ない。
 ……だって、八神はやてが魔法使いであることは、誰にも言えない秘密なのだから。



     ◆

 


「こんにちは、はやてさん。調子はどうかしら?」
 
 件のホームヘルパーは昼前に八神家を訪問した。
 眼鏡をかけた中年の女性で、柔和げな微笑みを絶やさない。
 はやては、決して彼女の事が嫌いな訳ではなかった。
 生活の手伝いやリハビリの指導をしてくれるし、何よりはやてと真っ直ぐに向き合い話を聞いてくれる数少ない人間だ。
 それでも、今のはやてにとって彼女は決して歓迎できる来客ではない。
 ヴォルケンリッターのみんなと一緒に暮らしていることを隠さなければいけない後ろめたさもある。
 何より―――過去に一度だけ、ほんの少しだけ守護騎士達のことを打ち明けようとしたことがあった。
 その時の、ホームヘルパーの女性の表情を、はやては忘れない。
 先日の石田医師と同じ、困ったような曖昧な笑み。
 はやての言葉に頷きながらも、本当は何一つ信じてはいない大人の笑み。
 優しい人には間違いないのだろう。 
 しかし、守護騎士達のように、はやての理解者には、家族には決してなれない存在として、彼女と自分の間に線引きをしたのだ。
 
「はやてさんは料理も得意だし、いつもお部屋も綺麗に掃除してるわね。来る度に感心しちゃうわ。
 お勉強の方は毎日きちんとやってるかしら? 後で、またいつもの課題を見せてね」
「はい、勉強の方はばっちりです! 3年生の勉強なんて簡単ですさかい、もっと難しいのもやってみたいです」
「頼もしいわね。でも、勉強に焦りは禁物よ。今やっているとこを完全にできるようにしてから、次に進みましょうね」

 他愛も無い会話。
 トイレ、バス、洗面所。はやてとホームヘルパーの女性は、独りで住むには広すぎる家をゆっくりと巡る
 時に褒められ、時に指導を受けながら、はやてはぼんやりとヴォルケンリッター達のことを思った。
 今、何をしているだろうか。
 シグナムまた剣道場に出稽古に行っているかもしれない。ヴィータはきっと老人会でゲートボールに加わっているだろう。シャマルとザフィーラは気軽な散歩でもしているだろうか。
 ……それとも、また禁断の魔力収集を行い、なのはやフェイトと刃を合わせているのだろうか。
 
「……――てさん、はやてさん、」
「はいい!」
 
 はやての自室。雑多な本やDVDは多いが、それらは決して乱雑に置かれている訳ではなく、シンプルに整頓された部屋。
 この年頃の少女は文房具や雑貨などにファンシーな意匠のものを好むものだが、はやての机の上は大人びた万年筆や古めかしい竹定規などが並んでいた。
 学童期の嗜好は学校などでの横の交友関係に多大な影響を受けて形成される。
 小さな学習机は彼女の内面の表出、それらの文房具は、彼女が誰にも寄らず独りで成長してきた証とも言えた。
 その上に置かれた、少女らしい一面をみせる一枚の画用紙。
 ホームヘルパーの女性は、それを広げてはやてに微笑みかけた。

「よく出来た絵ね。真ん中ははやてさんで、えーっと、この横にいる人たちは、マンガに出てくる人たちかしら?」

 昨晩、はやての描いた家族の肖像。
 闇の書を机の最下段に隠すのに気を取られて、仕舞うのを忘れていたようだ。
 はやての両脇を挟むように、剣や鉄槌を持った、異装の人物が原色で描かれている。
 
「それは、うちの―――違ごうた、わたしの―――」

 はやては、自分が魔導師であることを強く意識した時、一人称を『わたし』へと変える。
 幼い頃に病院で子供に関西弁をからかわれた事もあって、自分の言葉遣いを少しだけ恥じている節があったのだ。
 やがてヴォルケンリッターを新たな家族に迎え、魔導師としての特別な自分を意識する時に、一人称を変える癖が自然と身についた。
 なのはやフェイトと対等の友となれる自分であれるように。あの世界には、関西弁のキャラクターなど居ないのだから。
 
「それは、わたしの―――」

 家族です。
 そう答えたかった。勿論、偽るのは簡単である。だが、シグナム達を裏切るようで、はやてはどうしても答えられなかった。

「とても、上手に出来てるわよ」

 ホームヘルパーの女性は、にっこり微笑んで机の上に画用紙を置いた。
 ……はやては、小さな安堵を覚えながら、無言で頷いた。
 大事無く家を一周し、最後にキッチンへと辿り着いた。
 はやてが普段から執心しているキッチンは美しく整頓され、調理器具も、シンクも水周りも清潔に保たれている。
 無論、冷蔵庫の中の食材の管理も万全である。
 並の努力では、足が不自由な9歳の少女が独りでここまで出来るものではない。
 ―――そこに、一筋の異臭さえなければ。
 ホームヘルパーの女性は、その異臭の源を―――大きめに設えられた残飯入れの蓋を開く。
 にこやかだったホームヘルパーの表情が、さっと強張った。

「……どういうことかしら、はやてさん。前にも注意をしましたよね?」

 彼女は、強い口調ではやてを詰問した。その悲しげな瞳は、腐臭を上げる残飯入れを注視している。
 ……残飯入れの中には、独り暮らしの少女では有り得ない筈の量の残飯がうず高く積まれていた。 
 ベーコンエッグ、サラダ、トンカツ。
 一度も箸を付けられぬまま廃棄された数々の料理。
 ベーコンエッグもトンカツも、棄てられた料理はそれぞれ数人分ずつであり、最初から余計に作られたものである事は間違いない。
 昨夜の晩には食欲をそそる見事な料理だった筈のそれは、薄汚い残飯となり果てて、残飯入れの中で無惨な姿を晒していた。
 それらの下にも、出汁巻き卵や大量の白飯など、口に運ばれることなく廃棄された食品が厚く積み重なっているだろう事は、一目瞭然だった。

「前にも注意した通り、食べ物を粗末にしてはいけませんよ、はやてさん。
 この食べ物は、農家や漁師の方々が心を籠めて作ってくれたものなのよ。
 それに、世界中にはご飯を食べたくても食べられない、可哀想な子供達も沢山いるの。
 それなのに、あなたが食べられないのに沢山の料理を作って棄てるような勿体無いことをしてはいけないと思わない?
 はやてさんが今ご飯を食べることが出来るのも、お金があってのことよ。この食べ物も、ただじゃあないの。
 お金を送ってくれている、グレアムおじさんにも申し訳ないことなの。
 料理の練習をしたい気持ちは解るわ。でも、作るのは自分の食べる分だけにしなさい。わかりましたか?」

 はやてはきょとんとした顔で、真摯な表情で自分を叱り付けるホームヘルパーを見つめていた。
 ……彼女は、何を言っているのだろう。
 ヴォルケンリッターのみんなは、自分の作った料理を喜んで食べてくれる。おかわりまでして、いつも綺麗に食べ上げてくれる。
 はやては、じっとホームヘルパーの顔を見つめる。残飯入れが見えないように、見ないように。
 一体、何を、言っているのだろう。
 食べ物を粗末になんてしていない。大事なみんなの食事になるのだ。
 作るのは自分の分だけだなんて、そんな事はとても出来ない。
 シグナムやヴィータがお腹を空かせてしまうではないか!
 
「わかりましたか、はやてさん?」

 じっと、はやての瞳を覗き込むホームヘルパーに、はやては表情一つ変えずに返答をした。

「はい、わかりました」

 こう答えないと、この話は終わらないのだ。それは、以前に散々身に染みている。
 普段のはやては、ホームヘルパーが来る前に片付けて処理をしているのだが、ここ数日は楽しいことが多くて忘れていたようだ。
 一度、夏場に放置していて大量の蛆が涌いたことがあったが、冬場になってその心配もなくなり、気が緩んでいたのかもしれない。
 それから、と付け加えるようにホームヘルパーは足元を指差した。

「犬を飼いたい気持ちは解るけど、まだ飼ってない犬のためにドッグフードを出したりしちゃあ駄目よ。
 まずは元気になって、それから本物のワンちゃんと遊びましょう」

 はやてはこくりと頷く。

「はい、わかりました」
「じゃあ、次だけど……」

 ホームヘルパーの言葉は、どこか違う国の言葉のようだった。
 シグナム達は今頃どうしているだろう。なのは達と戦っているのだろうか。
 はやては上の空でヴォルケンリッターのことを夢想しながら、ふと視線を落とした。
 その先にあった、ヘルパーの手によってゴミ袋に纏められた残飯の山が、否応無く彼女の視界に飛び込んできた。

「……違うんや」

 今にも泣きそうな瞳で、はやては俯いてぽつりとそう漏らした。



     ◆

 

 図書館に行こう。
 陰鬱に翳った気分を晴らすために、はやてはそう思い立った。
 守護騎士達は夕方まで戻らないだろうし、買い物のついでに新たな本を探すのもいいだろう。
 車椅子で外に出ると、予想した以上の寒気に身震いをした。
 いつの間に、こんなに冬は深まっていたのか。マフラーと手袋をしてくれば良かったかもしれない。
 白く曇る吐息を指に吹きかけながら、はやては空を見上げる。
 今朝初雪を降らせた空に雲は少なく、寂しげな冬の青空がのぞいている。
 市内での有数の蔵書量を誇る大きな図書館が近所にあるのは、はやてにとって幸いなことだった。
 小学生に入学する齢から2年を数えた頃から、はやては足繁くこの図書館に通っている。
 幼い頃からはやての友として、その傍らにあった本達。
 成長過程で他人と触れ合う機会があまりに少なく、人付き合いが若干苦手なはやてにとって、図書館という空間は至極居心地の良い場所だった。
 誰にも邪魔されない、物語の世界との対話の時間。
 それは、はやてにとって至福の時間だったが、家族であるヴォルケンリッター達と過ごす時間がつれ、徐々に減っていった。
 以前に比べ回数は減ったが、それでも週に一度は図書館を訪れるのは、はやての変わらぬライフワークだ。
 車椅子で向かうこと十数分、磨耗しきった点字ブロック沿いに進む先に、その図書館はあった。
 白く、健全な建物。その入り口で、はやては車椅子を止めた。
 段差。
 車椅子用のスロープは無い。
 僅か数段の階段だったが、車椅子のはやてにとって、それはどうしようも無い障害だった。
 バリアフリーの徹底されていない地方都市の施設では、別段珍しくもないことである。

「すみません……」

 入り口に向かって声を掛ける。冷気が胸に入って、喉が痛い。
 声が小さかったのか、誰も応えない。
 他の利用者達が、車椅子のはやてをじろじろと無遠慮に横目で見ながら通り過ぎていく。
 
「すみません―――!」

 はい、はい、と返事が聞こえ、二人の男性司書が階段を下りてきた。
 二人は慣れた手つきで、はやてを車椅子ごと抱え、えいやと持ち上げる。

「あの、いつもすみません、よろしくお願いします……」

 はやてが図書館を利用するためには、階段を乗り越えるために、誰かに運んでもらう必要がある。
 司書に頼んで運んでもらうのは、図書館を利用する時のはやての常なのだ。
 最初の頃は、まだ幼く、足の不自由なはやてに司書たちは同情的で、優しい言葉をかけて貰えることも多々あった。
 しかし、回数を重ねるごとにその手つきは事務的になり、来館の度に業務を中断させられるはやてに、うんざり顔を見せる司書もいる。
 はやても心底申し訳ないとは思っているが、こればかりはどうしようもない。
 どすん、と車椅子がやや荒い着地の衝撃で揺れる。

「あ、ありがとうございました……」

 慌てて頭を下げるはやてに、それでは、と軽く会釈をして司書達は自分の持ち場に戻っていった。
 はやては少しだけ寂しげな表情を浮かべたが、気を取り直して目当ての書架へ向かう。
 子供向けのジュニアノベルも大好きだが、最近では少しずつ一般書籍の棚にも手を伸ばすようになっている。
 はやてにはまだ少し難しい内容のものも多いが、根気強くゆっくりと読み進める。
 手に取ったは、以前借りた際にいい所まで読んだのだが、返却期限までに読了できず一旦返してしまった一冊だ。
 読みかけだった項を開くと、はやての中で中断されていた物語が色鮮やかに再生された。
 暫し、時間を忘れて本の世界に没頭する。
 自分を囲む世界のあらゆる苦衷を忘れ、この一時、はやては優しく刺激的な物語の主人公だった。
 しかし、蜜月の時は短いものである。
 物語はハッピーエンドの終焉を迎え、はやては只の平凡な八神はやてに戻ってしまった。
 手の中の本を見つめ、物語の余韻に嘆息する。
 自分も物語を形にすることに挑戦してみたが、予想以上に難しくて、ほんの少しを書くのに一週間以上費やしてしまった。
 もっと沢山を読んで、もっと沢山勉強すれば、素敵な物語が書けるようになるだろうか。
 自分とシグナム達との物語を、美しい言葉で紡ぐことができるようになるだろうか。
 ……そうすれば、今度はちゃんと読んでもらえるだろうか。今度はみんなに褒めてもらえるだろうか。
 はやては、次の本へと手を伸ばす。
 予め目星はつけている。どうしても読みたかった一冊だ。

「……―――んっ」

 手を伸ばす。手を伸ばす。目的の本は、書架の上段にあった。
 健常者なら何なく届く距離。はやてはそれを遥か彼方の星のように見上げる。
 届かない。
 書架に指は架かる。本の背表紙に触れることは出来る。だが、届かない。
 腕が痺れるまで試行錯誤を繰り返すも、どうしても抜き取ることが出来ない。
 丁度良く、他の利用者が通りかかった。少し内気そうな男性だった。
 彼は、はやてと同じ書架を見つめていたが、はやてと目が合うと気まずげに足を速めた。

「あの、すみません、この本を―――」

 はやてはおどおどと声をかける。知らない人に話しかけるのは苦手だった。
 聞こえなかったのか、聞こえない振りをしたのか。男性は早足で通りすぎていった。
 はやては寂しげな、それでいて何かを諦めたかのような苦笑を浮かべてその背中を見送った。
 もう、人の力は頼らない。
 左手で力を籠めて肘掛を押し、指の架かった右手を大きく伸ばす。
 背表紙の頭に指がかかる。目的の本まで、あと少し―――。
 寸前で体勢は崩れ、反射的に掴もうとした指が書架の列を大きく薙いだ。
 音を立て、はやての目的の本を巻き込んで崩落を起こす本、本、本。
 忽ち、図書室の床には崩れ落ちた本ぶちまけられて散乱した。
 
「ああっ」

 通りかかった若い司書が、その惨状を見て声を上げた。

「あの、ごめんなさい、うち、本が取りたくて……」

 俯いてしどろもどろに言い訳をするはやてに構うことなく、司書はてきぱきと片付けを始めた。
 手馴れた挙措で、収まるべき場所に戻されていく本。その中には、はやての目的の一冊も含まれていた。

「あの、うち、その本を……」
「注意して、本は大事に扱って下さいね」

 億劫そうにそう告げると、司書は高い靴音を響かせて去っていった。
 はやては無表情でその背中を見送っていたが、突然何かを思い出したかのように、伏せていた顔を上げ、ぱっと輝かせた。

「そうや、前にここに来た時は、すずかちゃんと会ったんやった。
 わたしが手の届かへん本を、すずかちゃんは優しく取ってくれたんや。
 すずかちゃんも本が大好きで、わたしと同じ本も色々読どって、いっぱいお話したんや。
 なんや、今日はすずかちゃん、来とらへんのやな。ちょっぴりがっかりや。
 でもええんや。この間、約束したんや。また会おう、また遊ぼうって。
 すずかちゃん、言うてくれたんや。紹介したい友達がたくさんおる、って」

 そして、すずかの家を訪れた時にはやては出会うのだ。なのはとフェイトに。
 未だ、お互いの正体を知らぬまま。
 そんな中で、シグナム達となのは達の戦いは激しさを増していき、遂に最終決戦が迫る。
 みんなの危機に、はやては魔導師として覚醒し、みんなで一致団結して本物の悪者である闇の書の悪の部分と戦うのだ。
 お互いを傷つけあうのは辛いだろう。苦しいだろう。
 だが、それらは乗り越えなければならない試練なのだ。
 そう、ハッピーエンドを迎えるために。
 ……沈んでいたはやての表情には、いつしか薄い笑みが浮かんでいた。
 その左手に、『魔法少女リリカルなのは』のDVDを固く握り締めながら。



     ◆

 


 ―――冬の夕焼けは短い。
 長く延びる影ぼうしを引きずるように、はやては電動車椅子で緩々と帰途を歩んでいた。
 はやての買い物袋の中には、人参、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉。今夜のカレーの材料でぎっしりだ。
 早く帰らなくては。
 早く帰って、カレーを作ろう。きっとみんな、お腹を空かせているだろうから。
 早く、自分の作ったカレーを食べて、喜ぶみんなの顔がみたい。
 電動車椅子の進む速度が、やけに遅く感じる。
 吹き荒ぶ寒風がやけに冷たい。早く家に帰りたい。
 みんなの居る、暖かい我が家へ。
 
「よし、帰り着いたで」

 夕日が家々の陰に隠れ始める頃、はやては漸く家へと辿りついた。
 勇んで門を潜ろうとした時、買い物袋から零れ落ちたものが。
 それはころころと転がり、小さな赤い靴に当たって止まった。
 ……夕日を背にするように、はやてより更に年下の少女が、指を咥えて立っていた。
 知っている。確か、隣の家に住んでいる女の子だ。
 その足元には、カレーに入れる予定のジャガイモが一つ。
 少女は、胸元に人形を抱きしめ、ぼんやりとした瞳ではやてを見つめていた。

「ヨウコちゃん、やったかな? あの、それ、取ってくれへんかな?」
 
 少女は、応えない。

「それ、のろいうさぎの人形やろ。可愛ええなぁ。うちも同じの持ってるんやで。
 ……あの、それ、取ってくれへんかな?」

 少女は、応えない。

「それや、足元に転がっとるジャガイモさんや。ちょっとうちに取ってくれへんかな?」

 少女は、小さく口を開いた。

「ダメ」
「……え?」

 思わぬ否定の言葉に硬直するはやてに、少女は重ねて言葉を投げかけた。

「隣の『かたわ』に近づいちゃダメって、おばあちゃんが言ってた」
「――――――」

 絶句するはやてを他所に、少女の母親らしき女性が焦った表情を浮かべて駆けてきた。

「ヨウコ、もう暗くなったんだから、お外に出ちゃあダメでしょ! 早くお家に帰りなさい!」

 少女の腕を引っ張りながら、はやてには引き攣ったような作り笑いで会釈を一つ。
 荒い足取りで、はやてから逃げるように家に駆け込んで、勢い良く玄関の扉を閉めた。 
 付き合いも無いはやての隣人が、幼く足も不自由な少女が、独りきりで大きな家に暮らしているという不自然な状況を、どう思っているのかは想像に難くない。
 すぐに薄い壁越しに、喧々囂々と言い争う男女の声が聞こえてきた。

“あなたっ、お義母様が、またヨウコにいけない言葉をっ!”

“解ってくれよ、何度も言ってるだろ、お袋は昔の人間なんだよ!”

“あなたは何時も何時もお義母様の肩ばかり持って。今ヨウコが何て言ったか解る!?
 『かたわ』よ『かたわ』! 信じられないわ!
 ヨウコがもし学校やご近所でまた同じことを言ったら、恥をかくのは私なんですからねっ!”

“まったく、何度も言ってるがお袋のことを俺のせいにするのは止めてくれよ!
 そもそも、隣にあんなおかしな子供が1人で暮らしてるのがいけないんだろ!”

 はやては、感情の抜け落ちた顔で、延々と続く言い争いを聞きながら、ぽつりと漏らした。

「……違うんや」
 
 太陽が西の空に沈みきった頃、八神家の門の前にはジャガイモが一つ、所在無さげに転がっていた。



     ◆

 

「ただいまー、今帰ったで~」

 買い物袋を下ろし、一息をつく。
 日も沈み、家の中はもう真っ暗だった。はやては玄関から廊下、リビングにかけて一つずつ電燈を灯していく。
 冷え込みが厳しい。身震いをして、エアコンのスイッチを入れる。

「……あれ? おかしいなあ」

 反応は無い。幾度押しても、エアコンが作動する気配はない。

「暖房、壊れてもうたのかなぁ。……でもまあ、明日業者さんに来てもらえばええわな。
 今日のとこは厚着で我慢しとこ」

 自分を納得させるように二度頷き、ダイニングの照明を点ける。

「ただいまや、みんな」

 ――お帰りなさい、はやてちゃん。今日は寒かったでしょう。
 ――お帰りなさいませ、主はやて。む、少し帰りが遅かったようですね。最近外は物騒です。門限はどうかお守り下さい。
 ――おっかえりー! はやて、待ってたぜ! 早くカレー作ってよー! 
 はやての帰りを待っていた守護騎士達が、三者三様の笑顔を浮かべてはやてを出迎えた。
 ……お帰りなさい。優しくそう告げて。

「遅くなって堪忍な、さ、すぐカレー作ったるさかい、ちょう待っといてな」

 リビングで一心地ついたのも束の間、はやては腕まくりをして早速料理に取り掛かった。
 まずはジャガイモと人参の皮剥き。カレーは煮込む時間に比例して味が良くなるので、手早く済ませてしまうことにする。
 皮が剥けたら乱切りにして、櫛形に切った玉ねぎと混ぜて牛肉と炒める。ここで摩り下ろしたニンニクを入れるのがポイントだ。
 十分に色が変わるまで炒めたら、適量の水を入れて暫し煮込む。
 はやては大鍋をかき混ぜていた菜箸を置いて、ストレッチをするように腕を伸ばした。
 四人分もの根菜の皮を剥き、刻み、炒め、煮込みながらかき混ぜるのは一苦労である。
 昼間に図書館などに出歩いたせいだろうか。今日は、普段に比べてより疲労が大きい気がする。
 細長く息を吐きながら、灰汁取りを手にした。
 丁寧に、丁寧に、浮かんでくる灰汁を掬い取る。美味しいカレーが出来上がるようにと、祈りを籠めながら。
 ある程度煮詰まったら、最後にルー割り入れてかき混ぜ、一応の出来上がりだ。
 蓋を閉じ、野菜が煮崩れ汁にとろみがつくまで、コトコトと煮込む。
 底が焦げ付かないようにやや弱火で、時々かき混ぜながらゆっくり出来上がりを待つのだ。
 ヴィータもはやてもシグナムも、八神家の住人は、みんなさらりとしたものより、とろみがついたカレーを好んでいる。
 ――うわぁ、いい匂いだ! はやてのカレー、早く食べてぇな~♪
 いつの間にか、はやての作業を後ろからヴィータが覗き込んでいた。

「ヴィータ、もうちょっとやさかい、ええ子で待っててな!」

 ――そうだぞ、ヴィータ。あまり主はやての邪魔をするんじゃない。
 ――そんなの解ってるぜ、シグナム。……うん、あたし、テーブルの上片付けとくな!

「宜しくな~、ほんま、ヴィータはええ子やなぁ~」

 ――えへへっ!
 さて、カレー作りが一段落しても、はやての料理はまだ終わりではない。
 カレーが煮詰まる間に、つけ合せのサラダ作りだ。
 予め茹でておいたジャガイモの皮を剥き、潰し、細かく刻んだ人参やパセリなどと共にマヨネーズ和える。
 レタスの葉の中に丸くよそい、見た目も麗しいポテトサラダに仕上げた。
 皿や米の準備などに追われている間に、時計の針は7時を指し、時間も丁度頃合いである。
 カレーをお玉でかき混ぜると、とろみも心地良く、味見をすると会心の出来だった。
 
「よし、バッチリや!」

 これなら、みんなも喜んでくれるだろう。
 うきうきとしながら、最後の仕上げに取り掛かる。
 食卓には人数分の取り皿とジュースを並べ、サラダを盛り分け、箸とスプーンを用意。
 ザフィーラの餌皿にも、ドッグフードをたっぷりと盛り上げた。
 カレー皿には、炊き上がったばかりの湯気を上げる白飯をよそい、お玉でゆっくりとカレーを注いだ。
 とろり、と香ばしいスパイスの匂いがはやての鼻をくすぐる。
 不公平にならないよう、全員分を等量に、人参や肉が不足したりしないようにと、気を配りながら注いでいく。
 全員分を注ぎ終わっても、鍋にカレーはまだたっぷり残っている。
 おかわりの分もばっちりだ。
 ――来た来た! いやっほぅ! はやてのカレーだ~!
 カレー皿を盆に載せたはやてがダイニングに入ると、スプーンを握り締めたヴィータが歓声をあげた。

「さ、できたで!」

 椅子に座る三人の目の前に、一つずつカレーの皿を並べていく。
 ――わぁ、素敵な香り。急にお腹が減った気がするわ。
 ――ふむ、今夜もまた見事なお手並みです、主はやて!
 ――あたし、もうお腹ペコペコだぜ! さあ、早く食べよ食べよ!
 最後に自分の前に皿を置き、はやてはふと手を止めた。
 大事なものを忘れていた。福神漬けだ。
 福神漬けの瓶は……確か、食器棚の上の方だ。しばらく使わなかったから、少し奥の方に仕舞ってしまったかもしれない。
 ダイニングに設えられた食器棚を開くと、目的の瓶は簡単に見つかった。
 しかし、高い。
 普段余り使わないものや、季節のものはホームヘルパーに頼んで上部に仕舞うのだが、その中に混じってしまったようだ。
 手を伸ばすが、当然、届かない。
 ……一瞬だけ、はやての脳裏を昼の図書館での出来事が過ぎった。
 伸ばされていた指が自信無げに萎む。大丈夫だろうか。届くだろうか。
 はやては決断した。構わない、きっと、今度こそ届く筈だ。
 食器棚の扉の取っ手を掴み、腕と上半身の力を使って、体を持ち上げる。
 腕で引き上げるようにして車椅子から腰を浮かせ……届いた。
 はやては、遂に福神漬けの瓶をしっかと右手で握り締めた。
 
「……っ、はぁ」

 達成感に頬が緩む。できた、届いた、掴めた。
 張り詰めていた緊張の糸が途切れた瞬間、食器棚の取っ手を握り、体を支えていた左手の握力が緩んだ。
 
 反転。
 衝撃。

 一瞬、自分に何が起きたか解らずに、はやてはきょろきょろと周囲を見回した。
 そして、普段の車椅子の際よりも更に低い視点で全てを見上げている自分に気付き、事態を諒解した。
 車椅子から転げ落ちたのだ。
 福神漬けの瓶は、眼前で割れて血のように赤い中身を撒き散らしていた。
 悔しいが、割れてしまったものは仕方がない。片付けは後にして、早く、冷めないうちにみんなとカレーを食べなければ。
 床から車椅子に乗り降りするぐらい、何という事はない。こんな事、今まで何度もあったのだ。
 はやては、腕と腰の力を用いて車椅子に戻ろうして、ふと違和感に気付いた。
 ……戻れない。今までのように、腰を捻って重心を変えることが出来ない。今まで、ずっとできていたというのに。
 はやての病は、彼女の足から腰へと徐々に広がり、全身を蝕みつつあった。
 ―――確実に、悪化していた。
 芋虫のように床に転がりながら、はやては呆然と見開いて唇を戦慄かせた。
 暖房が壊れたダイニングの床は氷のように冷え切っている。
 冷気が、染みのようにはやての全身へ広がっていく。
 それが、まるで病が全身を腐らせているかのような禍々しい感触に思え、はやては体を震わせた。
 悪寒がする。
 今、はやては、どうしようも無く独りだった。
 冷気と悪寒と恐怖と孤独が、床に伏せるはやてに重く重く圧し掛かってくる。
 彼女を、圧し潰そうとする。
 はやては目を見開き、血の気を失って青くなった唇を小さく動かした。

「……違うんや」

 唇を震わせながら、はやては搾り出すようにそう呟いた。

「……違うんや、こんなの全部、違うんや。
 こんなの、全部嘘なんや、こんなの、全部本当のことやないんや。
 本当のわたしは、魔法使いなんや。強くて綺麗な魔法使いで、羽の生えた靴でお空を飛んでまわるんや。
 なのはちゃんとフェイトちゃんと、一緒に魔法のお仕事して、アリサちゃんとすずかちゃんともお友達で……。
 わたしを守ってくれる家族がいて、シグナムがいて、ヴィータがいて、シャマルがいて、ザフィーラがいて……。
 今から、わたしはみんなと一緒にカレーを食べるんや。
 みんなみんな、わたしの作ったカレーを、おいしい、おいしい言うて食べてくれるんや……。
 だから、こんなの違うんや、こんなの嘘なんや―――!」

 ――本当に?
 はやての影が、無様に床に這い蹲る彼女の耳に囁いた。
 ――本当は、解っとったはずや。シグナム達の名前も姿も、漫画や本から格好いいのを見つけてきて、ノートに書き留めただけなんや。

「違うんや! シグナム達はみんや居るんや!」

 自分の内なる声に抗うかのように、はやては声を張り上げる。冷気に、息が白く曇った。
 ――全部、解っとったんや。おままごとと知ってやってたんや。
 ――独りで沢山の料理作って、独りでみんなとお話するふりしながらご飯食べて、余ったご飯を独りでゴミ箱に捨てとったんや。
 ――憶えとるやろ。ゴミ箱の臭いに顔を背けながら、全然箸のつけられとらん勿体無いご飯を捨ててたんや。
 ――ヘルパーさんの来る前の日には、こっそり纏めてゴミに出して、全部隠しといたんや。

「違うんや! みんな、わたしの作った料理を綺麗に食べてくれてた! 美味しい言うて食べてくれてた!」

 ――闇の書だってそうや。お父さんの本棚から古くて格好ええ本を探してきて、お母さんの十字架のアクセサリーをくっつけただけなんや。
 ――足の病気と何の関係もあらへん。最後の悪者でも何でもない、ただのおもちゃや。
 涙を零しながら、首を振る。
 一度決壊したら、もう止まらなかった。
 自分の中で、今までずっと目を背けていた事実が、雪崩のように溢れ出る。
 今まで八神はやてを支えてきた全てを押し流さんとするかのように。
 たとえ一瞬でも、今の生活に疑念を持ってはいけなかったのだ。苦しいだけの世界を、肯定してはいけなかったのだ。
 ずっと、蓋をして、檻に押し込めていたはやての影……現実を直視するはやての理性。
 影は、この暖かな世界に留まろうとするはやての腕を引く。夢から覚めろと現実に誘う。

「違う……闇の書が全部悪いんや! わたしの病気は全部、闇の書のせいなんや!
 ヴォルケンリッターのみんなと、なのはちゃんと、フェイトちゃんと、闇の書をやっつけたら、全部ようなるんや!
 きっと、クリスマスに最後の戦いがあるんや!
 その時には、わたしも魔法使いになって一緒に戦うんや! 悪い闇の書をやっつけたら、全部全部治るんや!」

 ――クリスマスになって、何も起こらへんやったら、どないするんや?
 影は残酷にそう囁いた。
 ――最後の戦いなんて来ぃへんのや。きっと今年もまた、一人っきりのクリスマスや。
 ――クリスマスになれば魔法使いになれるー、なんて言うとるけど、何も起こらんやったらどないするんや?
 ――その時、うちは耐えられるんか?

「違うんや、クリスマスには全部終わるんや、わたしは魔法使いになるんや、みんなとお友達になるんや」

 ――うちは、一人や。

「違う、わたしは一人やない、シグナムがおる、ヴィータがおる、シャマルもザフィーラもおる、ヴォルケンリッターのみんながおるんや!」

 ――うちは、一人や。

「ちがう、わたしは、わたしは」

 嘘も100回繰り返せば本当になるという。
 だが、はやては一体幾度嘘を繰り返してきたのだろう。
 何度繰り返しても何度繰り返しても、それは決して真実には届かない。
 影は、最後にこう呟いて口を噤んだ。
 ――わかっとるやろ。魔法使いなんておらへんのや。ただの、テレビの中の物語や。

「あれ? これは……?」

 はやての目の前に、銀色の破片が転がっていた。
 裏返してみる。そこには、二つに割れた魔法少女の顔の片割れが描かれていた。
 お守りのように持ち歩いていた、『魔法少女リリカルなのは』のDVD。
 それは、はやてが床に倒れると同時に車椅子から転がり落ち、落下の衝撃で真っ二つに砕けていた。
 
「うっ、ううっ、うううううぅぅぅっ」

 言葉に出来ない嗚咽を漏らしながら、はやてはこの物語と自分の出会いを想った。
 どんな本より、漫画より、一番大好きだった物語。
 どうして自分は、これ程までにこの物語に引かれたのだろう?
 すっかり暗記できてしまった、第一話のオープニングナレーションが脳裏に蘇った。
  

『―――これからはじまるのは、そんな、出会いとふれあいのおはなし。
 魔法少女リリカルなのは、はじまります!』

 
 すん、とはやては鼻を鳴らす。

「……うちには、そんな、出会いも、ふれあいも、一個も、あらへんやった―――」

 はやては寒さに体を丸め、母親に取り残された赤子のように泣いた。

「嫌や、嫌や嫌や! もう、こんなの嫌やぁ! 
 助けて、助けて、助けて、助けて、助けて! 
 なのはちゃん、フェイトちゃん、アリサさん、すずかちゃん―――。
 助けてシグナム、助けてヴィータ、助けてシャマル、助けてザフィーラっ!」

 彼女の泣訴に応えるものは無い。
 深々と、夜気の冷たさが体に染みこんでいく。
 口を噤んだ筈のはやての影が、言い忘れていたことを届けるように耳打ちした。
 ――ほら、誰も助けに来ぃへんやろ。やっぱりうちは、一人っきりや。

「違う、わたしは一人やない、わたしにはみんながおる、ヴォルケンリッターのみんながおるんや―――」

 はやては、自分の影を押し籠めるように、固く固く言い聞かせる。
 みんなの姿が見える、声が聞こえる、転んだ自分を心配して、みんなが自分に駆け寄ってくる。
 信じろ、信じろ、信じろ、信じろ―――見えた!
 ――きゃあっ! はやてちゃん、大丈夫!
 ――おい、はやて、大丈夫かよ、待ってろ、すぐ行くからな!
 ――大丈夫ですか、主はやて。さぁ、お手を!

「……大丈夫やで、おおきにな、シグナム」

 みんなの心配げな顔が見える。口々に励ましてくれる声が聞こえる!
 ほら、シグナムが手を差し出してくれている!
 今掴まなければ起き上がれない!

「さ、1、2の3で起き上がるで。ほら、1、2ぃの、3っ!」

 はやては、眼前に垂れたテーブルクロスの端を掴み、渾身の力で体を起こした。
 流石シグナム、力持ちだ。軽々と引っ張り上げてくれる、導いてくれる。
 掌の温もりを感じる、さあ、自分も頑張らなければ!
 テーブルクロスが引きずり落とされ、その上に並べられていたカレーやサラダが容赦なくはやての頭へ降り注ぐ。
 はやては渾身の力でテーブルクロスを引き、その反動でなんとか自分の体を車椅子に戻すことに成功した。

「おおきにな、シグナム……―――シグナム?」

 頭からカレーを被り悲惨な姿になりながらも、はやては体勢を整え、見るも無惨な状態になった食卓に着き。
 ……その向こう側に、誰もいないことを改めて認識した。

「―――あは」

 果たして、顔を抑えたはやての口から漏れたのは、乾いた哄笑だった。

「あは、あははっ、あはははっ、あはははははははっ!」

 腹を押さえ、俯いて、目の端に涙を浮かべながら、はやては笑い続けた。
 延々と続くかに思えた大笑だったが、次第のその声は掠れ、顔は下を向き、やがて、小さく肩を震わせるのみとなった。
 はやての膝の上に、小さな涙の雫が点々と滴り落ちた。
 一人で食事をするには広すぎるダイニング。滅茶苦茶になった4人分の料理。
 ただ一人、小さく肩を震わせ、見開かれた瞳から涙を零す―――。
 それが、はやての号泣だった。 

「ぅ、ぐすっ……」

 一頻り涙を零すと、はやては胸に手を当てて、大きく深呼吸をした。
 震えの止まらない両肩を両手で抱きしめるようにして自分を落ち着け、唇を固く噛み締める。
 涙でぐちゃぐちゃになった目元を、子供っぽい仕草でごしごしと手の甲で擦り、もう一度深呼吸をして。
 はやては、決然と顔を上げた。
 そして、両手を広げてにっこりと微笑みかけた。

「みんな、待たせてもうて堪忍な。これで出来上がりや。今夜はみんなが大好きなカレーやで!
 ―――さあ、みんなでいただきますしよか!」

 今夜もまた、八神家の暖かな夕食が始まる。
 
                 
 ―――END


  





 後書き

 一番最初の作品なので、一番長くてはっちゃけたプロットのものを書いてみました。
 次回からは、普通のリリカル世界の普通のBADENDの物語も書こうと思っています。
 妙なSSでしたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。
 色々なBADENDが書きたいというのがこのシリーズのコンセプトですので、
 また妙なSSを書くかもしれませんが、またお読み戴ければ無上の幸いです。


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