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[16372] ウィザードリィ・オンライン VRMMO物 
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/19 11:38
今回初めてSSを書かせていただきます。

ウィザードリィ#1の世界観を元にVRMMOで書いてみました。

ウィザードリィのプレイヤーだった方々が、頭の中で想像したであろう物語を小説という形で再現したいと思っております。

また知らない方にも内容と楽しさを少しでも伝えたいと思っており、説明的な文章がかなり入っております。

基本設定は主にプレイヤーが一番多かったと思われるファミコン版に準拠してあります。
・ウィザードリィの世界の独自解釈と#1以外のシリーズからの要素の導入
・各種の仕様、設定の変更、オリジナル要素の追加
以上の変更が有りますので御了承下さい。


本作ではウィザードリィのシステムに関してはかなりのチェックを行っています。
それでも本文中に疑問を感じる部分が有りましたら、下の用語を御確認した後に掲示板までご質問下さい。
変更部分は明記しております。変更の主な理由は小説にする上でのイメージの問題です。

作品中の設定に関して御質問があれば掲示板までお願いします。
全ての個別返答はできませんが、重要な物や多い質問にはできるだけ御返事をさせていただきます


それではよろしくお付き合いお願い致します。



2010/02/8  チラシの裏へ投稿開始
2010/05/12  その他版へ移行





以下の内容はウィザードリィを知らない方には意味が分かりにくいと思いますので飛ばしていただいて結構です。
ウィザードリィをよく知る方には、原作との違いの部分として確認程度に使って下さい。

------------------------------------------------------------------------------

用語に対して若干の簡易説明をさせていただきます。
原作の内容と違っている部分は、本作品での仕様となっております。



・特性値について

レベルアップに従って1ポイントずつ上昇又は下降する
ランダムで決められたボーナスポイントを好きな能力に割り振ることができる。
目的の職業に必要な値をクリアしないとクラスが作れない。
初期値+10を最大とする。(原作では全て18が最大値になる)

力:STR
直接攻撃の命中率に影響。またダメージにも影響する。(原作ではSTR15以上のみダメージボーナス)
飛び道具のダメージに影響する。(原作では飛び道具はない)

知恵:I.Q
高いと魔法使いの呪文の修得が早まる。
魔法使い呪文のダメージや成功率にも多少影響あり。(原作では呪文のダメージや成功率には無関係)

信仰心:PIETY
高いと僧侶系呪文の修得が早まる。
僧侶呪文のダメージや成功率にも多少影響あり。(原作では呪文のダメージや成功率には無関係)
蘇生魔法の成功率に特に影響有り。

生命力:VITALITY
HPの成長率、死亡時の蘇生成功率に影響
死亡の蘇生時に1ポイント減ることがある。

素早さ:AGIRITY
戦闘時の行動の速さや回避率に影響する。(原作では回避率には影響しない)
飛び道具では命中率に影響する。(原作には飛び道具はない)
また器用さも意味し、盗賊と忍者の場合は罠の識別、失敗時の罠の未発生率や回避に大きく影響有り。(罠の解除の確率自体にはレベルが影響する)

運の強さ:LUCK
魔法攻撃、ブレス攻撃のダメージ半減や各種異常ステータスの判定に使用。
罠ダメージ半減にも適応される。(原作では魔法攻撃や罠ダメージ半減には影響しない) 



・その他用語

職業       クラスとも呼ばれ基本職4種 ファイター(戦士)、シーフ(盗賊)、プリースト(僧侶)、メイジ(魔法使い)
          上級職4種 ビショップ(司教)、サムライ(侍)、ロード(君主)、ニンジャ(忍者)で構成される。
          それぞれメリット、デメリットがあり、上級職が全ての面で優れている訳ではない

種族       ヒューマン(人間)、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビットの5種族が存在し、それぞれに特徴がある。
          人間はバランス型だが信仰心が低く、エルフはスペルユーザに向き、ドワーフは頑強、ノームは信心深くバランス型、ホビットは幸運で素早い。

性格       戒律とも表現され、行動の規範となるもの。性格によってクラスが制限される。
          善、中立、悪の3つが有り、善と悪は街で同じパーティを組めない。中立はどちらにも入れる。
          迷宮内でのみ緊急避難として、中立がいれば善と悪でも同じパーティを組める。(原作では中立がいなくても組める)
          悪の性格はあくまでも考え方が自己中心的で利己的なだけであり、邪悪というわけではない。

AC        アーマークラス  主に回避率、防御率を表し、ダメージの軽減もする。(原作ではダメージの軽減はしない)
          10から始まり-10が最高値になる。-10とはシャーマン戦車の装甲並と言われている。

呪文       スペルとも呼ばれる  WIZではMPが存在しない。魔法系、僧侶系共に7段階のレベルがあり、同じレベルの物は回数制限が共有される。
           それぞれ最高9回までしか使用出きない。 使用する者はスペルユーザーとも呼ばれる。 

クラスチェンジ  条件を満たした時に他のクラスへ変更できる。引継ぎは覚えた呪文回数分の使用回数とHPのみ。レベルは1に戻る。
          本作品ではクラスチェンジは1回しかできず、期間は1週間掛かる(原作ではクラスチェンジは制限なし、期間は年単位)

装備制限     クラスによって装備できる武器、防具がある。また性格によっても制限があり、違う性格の装備をすると呪われる。

エナジードレイン レベルを吸い取り経験値を奪う。奪われたレベルは通常の方法では取り戻せない。レベル1に使用するとロストする。

ロスト      死んだ場合復活に失敗すると、死亡(DEAD)→灰化(ASHED)→ロスト(LOST)となりロストでキャラクターはゲームから消える。



[16372] 第1話  試験の説明
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/05/12 19:20


「さて試験の内容だが・・・君たちには午後から私が作ったバーチャルリアリティの世界であるゲームをしてもらう」

多くの学生が座っている前で、上野教授は楽しそうにそう告げた。


西暦の2052年の日本では、最先端の技術であるバーチャルリアリティシステムが隆盛を極めていた。
教育、医療現場、ビジネスといった物やライブや演劇のエンターテイメント等、様々な分野に利用され、将来性が高い分野とされていた。
当然そういった分野の人材の一員になるべく、理工系の大学を選択する若者もまた多く存在していた。

ここワズリー大学情報工学科でも計算工学分野は人気が有り、中でも特にある教授の講座が人気を博していた。

上野仁教授  世界を代表するバーチャルリアリティーシステムの専門家であり、天才と名高い人物である。

多くの学生がこの講座を受講しており、今から単位認定試験が行われようとしているところだった。


受講している学生の一人である保仁真司(ほひとしんじ)は、試験の内容を聞いて噂通りだなと思っていた。
曰く、「VR内でゲームをプレイし、その内容と結果で決まる」とは聞いていた。

(しかし本当にゲームをするとは思わなかったな)
真司は口の中でつぶやき、結構簡単に試験に合格するかもなと思い始めていた。

保仁真司(ほひとしんじ) 見た目は短めの黒髪で、背は中程度。目はクリッとしており愛嬌がある顔をしている。

真司は当然の様にゲームにも活用されていたVRゲームを趣味としていた。
彼は基本的に運動が得意ではない。
だが理工系の学生が運動が得意でない事は別に珍しい事ではなく、むしろ彼の友人達のように武術をやっている方が珍しいだろう。

ただしVRゲームにおいて彼はなかなかの腕前をしていた。
特に反射神経を必要とするゲーム等は、得意中の得意であった。
レースゲームやFPS系のVRゲームは上級者だったが、シミュレーションゲームやRPG等はあまりプレイしてはいなかった。
そういうゲームだったら良いのになと思いながら、尚もつづく教授の説明に耳を傾けるのであった。


「試験の内容は君達がゲームの中である目的を達成する事にある。目的を達成できた者には単位認定を認める」
そう言った後、学生たちを見渡しさらに続けた。

「また目的を達成後、さらにある目的も達成できた者には、来期から私の研究室への参加を認める。ちなみに言っておくが今回の試験を作ったのは、私と私の研究室の歴代の優秀な学生達だぞ」

この言葉を聞き教室はざわめいた。
上野教授の研究室への参加。それは卒業後の就職においてかなりの優位さを持つことになる。
また学生の内からVRシステムに触れることができるようになるかもしれない。
俄然会場にいた学生達の目の色が変わってくる。

真司は教授の横に並んでいる学生達に目を向けた。
皆堂々とした態度で、誇らしげに立っていた。
先程、上野研究室の学生達だと説明が行われている。
その中でもロングの髪の毛を縛った美しい女学生に目がいき、思わずしばらく見つめてしまっていた。
その学生は真司の視線に気づいたのか、にこっと笑顔を返してきて、真司を軽く慌てさせ目をそらさせていた。

(よく知らない女の子は苦手だな・・・)と真司は内心で思っていた。


上野教授の説明はさらに続く。
「さてゲームの目的だが、君達にはある迷宮に潜ってもらい、悪玉のボスを倒してもらう事となる。まあよくあるRPGだな。さらなる目的は倒した後に公表されるようになっている」
「その為には仲間と一緒に協力をしないと達成出来ない様になっている。6人まで組めるから、午後の試験の前に知人とでも組む約束をしておいた方が良いだろうな」
「実際の試験の時間は1時間だが、ゲーム内ではかなりの長い時間に感じられるようになっているし、実際それぐらいかかるだろう思われる」

教授は一旦水を飲んで喉を湿らせた後また説明を始めた。
「またある条件を満たした者はその時点で試験失格となり、単位修得はできない事になる。受講前に説明したと思うが、私の講座は簡単には単位が取れないぞ」
「また試験の公平さを保つ為に、ゲーム内からログアウトする際に試験内容を一切記憶から削除させてもらう。これには同意書も試験前に書いてもらう予定になっている」
「詳しいゲームの内容やルールは、ゲーム内で判るように手配してある。中で色々と確認しなさい」


「さて、何か質問はあるかね?」
説明を終えた教授は、会場内を見渡しながらそう告げた。
唐突な試験の内容に、多くの学生は何を質問したら良いのか戸惑っていた。

「教授、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
会場から1人の男性の声が響いた。
真司の友人の一人、伊藤飛雄馬(いとうひゅうま)だった。

「うむ、もちろんだ。さて何かな?」
「はい、ありがとうございます。一つはその単位修得に関わるボスは何回でも倒せるのでしょうか?もう一つはどの時点で試験が終了となるのでしょうか?」

それを聞いた教授は満足そうに頷いた。
「なかなか良い質問だな。まず一つ目は何回でも倒す事は可能だし、何回でも挑戦することができる。難しいが全員が単位を習得する事も可能にしてある」
「二つ目の質問だが、終了条件は3つある。1つ目はある条件を満たしてしまい試験に失敗した場合か、自分で諦めて試験を止める場合。2つ目はボスを倒して単位を修得した場合に自主的にログアウトをすることができる。」

そして少し間をおいてから話し始めた。
「最後はさらなる目的を誰かが達成した時点であり、その場合は全員がその時点で強制終了となる。もちろん単位をもっていれば強制終了しても単位は得たままだよ」

その答えを聞いた飛雄馬は少し考えてさらに続けた。
「そのある条件とはなんでしょうか? また単位を修得した後にその条件を満たした場合はどうなるのでしょうか?」

「条件についてはゲーム内で確認できるようになっている。また単位を修得した後であれば、条件を満たした場でも単位は修得したままだ。単位を取る事ができたらせひ新たな目標にチャレンジして欲しい」
いかにも楽しそうに教授は答えた。

「では・・・最後の質問です。さらなる目的を達成した者、すなわち教授の研究室に入れる者というのは1人ですか?それとも最大で何人まででしょうか?」

それを聞いた教授は本当に笑いながら答えた。
「ははは!本当に良い質問をするな!ここまで教えるつもりは無かったが君に免じて教えておこう。6人だ!最大で6人までだよ!つまり一つのグループまでが挑戦できるのだよ!」
それを聞いた飛雄馬は納得したようにうなずき、お礼を言って席に座った。

飛雄馬が座ると同時に男が手を挙げて質問した。
「教授!私も質問してもよろしいでしょうか!」

「もちろんだよ。何かな?」
そう答える教授に男はゆっくりと立ち上がりながらしゃべり始めた。

「ありがとうございます。私は阿久津と言います。必ずその6人になりますので以後お見知りおきを・・・ さて質問ですが、ゲームの目的などは判りましたが、この試験がゲームである理由と、なぜゲームで勝つ事が研究室への許可に結びつくのでしょうか?お答えいただけると幸いです」

「お答えしよう。私が考える理論ではバーチャル世界に携わる者は、バーチャル世界への理解と適応性が一番大事だと考えている。ここでその理論について語る時間はないが、バーチャルの世界で現実世界以上に適応できる人材を探しているというのが答えだ」
一転真面目な顔で答える教授に、阿久津は納得したかは判らないが、頭を下げながら座った。

「さてさて他に質問はあるかな?」
会場からは質問の声は上がらなかった。

「ではこれにて試験の説明は終了する! 午後から特別視聴覚室で試験を行うので、遅れないように」
教授はゆっくりと会場を出て行き、それに続いて研究室所属の学生達も後を追って退出した。

*

その後真司はいつもの友人達と食堂で食事をしていた。

「サッパリ意味が判らなかった!」
いつも元気な真司の友人、日向夕舞(ひゅうがゆま)はテーブルに頭を落としてそう叫んだ。
少し茶色の髪の毛にポニーテールに結んだ髪の毛がプラプラ揺れていた。

「だよな!俺もユマと一緒!もうぜーんぜん意味わかんねえ!さすが変人の上野教授だよな!」
これまた元気な口調で土破風太(どわふうた)が同意した。
短髪でがっちりとした体型をしており、無精ひげをはやしていた。
頭はそう悪くないのだがどうもお調子者なところがあり、仲間のムードメーカー的な存在だ。

真司の友人であるこの2人は理工系ながら、実家が武術をやっている事から実に鍛えた体つきをしていた。
夕舞は剣道、土破は空手を習得していた。
真司などはこの2人のそばにいると、己の肉体にコンプレックスを感じる程だ。

「よく判らなかったけど、ゲームでみんなで遊ぶんだよね?」
おっとりした声で野村望(のむらのぞむ)答えた。
メガネをかけており、背がかなり低い。長めの髪の毛は後ろで結んでいた。
一見おとなしそうに見えるが、怒ると意見を曲げない所が有り、一度そのモードに入ると土破やユマでさえすぐに折れるぐらいだ。

「違うわよ!ノム、寝てたんじゃないでしょうね?」
そう言うのは望と一番仲が良い森山江留(もりやまえる)
金髪に染めており、細い目をしているが美人と言える。
言葉がきつい時もあるが、実は一番涙もろく、誰にでも同情する癖があるくらいだ。

「試験の前までにみんなに僕が想定している事を説明するよ。確かにわかりにくい内容だったからね」
先程質問をしていたた伊藤飛雄馬(いとうひゅうま)が笑顔で答えた。
ストレートな髪の毛は長めにカットしてあり、精悍な顔つきをしている。
彼は実によくできた人間で、実家は新鋭系の電子メーカーを営む御曹司であり、頭脳明晰、性格良好で仲間思いの男であった。

「でもゲームなら僕もやるけど、真司に説明してもらった方が僕より詳しいかもね」
そう言って飛雄馬は真司に目を向けた。

「そうだなあ RPGって言ってたから結構長い時間プレイするのかもね。仲間と組む点と、迷宮といってたから普通のVRRPG物かな?」
保人真司(ほひとしんじ)にとって、ここにいるみんなは大事な友人だった。
同じ講座を取る事が多かった6人は自然と仲良くなり、一緒に行動するようになった。
上野教授の研究室に入れるのが6人までなら、この6人で入りたいと真司は思った。


「RPGってどんなゲーム?」
あまりゲームに詳しくない夕舞が聞いてくる。

「RPGってのは多いパターンだと剣とか魔法を使って敵を倒して、レベルアップをしてボスを倒すゲームだよ」
「だからこの試験の場合、バーチャルリアルティのゲーム内で受講者で組んでレベルを上げていき、ボスを倒せばそれで試験合格って感じかな」
真司は簡単に説明しながらある事に思い立った。

「そうだ。最終目的ってかなり狭き門みたいだが、研究室への参加はすごいボーナスだ。俺は挑戦したいが、みんなはどう考えている?」
真司自身は絶対に入りたいと思っていたが、皆の意志を確認したかった。

「僕はやるつもりだよ。VRを学ぶ以上、上野研究室はせひにでも入りたい」
「もちろんアタシも取るつもりだよ。せっかくのチャンスだしね」
「ユマは合格さえも危ないかもしれないけどな。俺もチャレンジするよ。男は尻込みしないもんだ」
「あなたは一言多いのよ!私も将来を考えたら入りたいわ」
「ユマちゃんとエルちゃんがやるなら私もやるよー。全員で入れば楽しそうだねー」

そう答える友人達を見て、真司は頼もしく感じ、また決意を新たにしていた。 

そうであればと、真司は普通のVRゲームを思い出して、皆に提案した。
「ゲームで名前を登録するかもしれないから、今の内にお互いの名前を決めておこうか」
「そうだね。本名が使えなかったら探すのに困るかもしれないね」
飛雄馬が賛成した。

「了解ー じゃあアタシは普段の呼び名でユマにするわ。望もノムでいいよね?」
「うんOKだよー じゃあ江留ちゃんもそのままでエルかな?」
「ハイハイ判ったわよ。後は男どもはどうしようか?」
3人の女性がどんどん決めていく。

「土破君はいつも名字で読んでるから、そのままドワにするー」
「名前通りでいいか。じゃあ飛雄馬はヒューマね。真司は・・・縮めてシンでいいよね?」
「いいんじゃない?私は呼びやすければ何でもいいわよ」



勝手に呼び名を決められていくが、男性陣は苦笑しながらいつもの事だと諦めていた。



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新たに設定とプロットを作り直し、再投稿となります。
かなり内容が変わった事をお詫びします。

皆様からいただいた御意見を参考にし、また視点も1人称から3人称に変更しました。

ネタをからめた名前を考えるのにとても時間を使いました・・・
一応ここの文章だけで種族が分るようにしてみました。


御意見、御指摘お待ちしております。

また作品中の設定やウィザードリィのシステム等に関して御質問があれば掲示板までお願いします。
特にウイザードリィのシステムに関してはかなりのチェックを行っています。
辻褄が合わない様にはしていないつもりですが、疑問があればお答えできます。

全ての個別返答はできませんが、重要な物や多い質問にはできるだけ御返事をさせていただきます。


以上今後もお付き合い宜しくお願い致します。



[16372] 第2話  性格テスト
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/11 19:45

食堂で騒いでいる6人にいきなり声がかかった。

「やあみんな。会うのは久しぶりだな」
そう声を掛けてきたのは、先程のもう一人の質問者、阿久津聖士(あくつさとし)であった。

テーブルの一同が軽く挨拶を返すと、飛雄馬に向かって話し始めた。

「やあ、伊藤。お父上は元気にしてらっしゃるかい?」
「阿久津か。久しぶりだね。 父も元気にしているよ。」

阿久津の実家も伊藤と同じく新鋭系の電子メーカーを経営しており、家族同士ぐるみの付き合いがあった。
ちなみに飛雄馬の名前はこの父親が昔好きだったアニメからとられていたが、現在の若者には全く馴染みが無くからかわれる事も無かった。

「ところで伊藤。先程の試験について少し相談したい事があるんだが、良かったら時間を作ってくれないか?」
「かまわないが・・・どんな要件かな?」
「スマン。 できたら2人だけで話せないか?」
軽く頭を下げてきた阿久津に、飛雄馬は少し迷うが了承した。

「判ったよ。 じゃあみんな少し行ってくるね」
テーブルの友人達に告げると阿久津と飛雄馬は離れた壁の方まで歩いていった。


その歩き去る2人を見ていた真司は、視界の隅に知っている顔を見かけた。
久しぶりに見た顔であり、話したい事もあった為、真司も皆に伝えた。

「ごめん。 俺も知り合いを見かけたからちょっと話してくる」
皆が了承したのを見てから真司もテーブルを離れていった。


*


壁際まで来た2人は向い合って話し始めた。

「それで、要件って?」
「ああ、今から行われる試験だけど、伊藤はどれくらい内容を知っている?」
「VRでゲームをやって試験を行う事は知っていたし、先輩などにも色々聞いていたんだが、余り情報が集められなかったな」
軽く笑いながらそう告げる伊藤に対し、阿久津は真面目な顔で問いかけてきた。

「そうか・・・じゃあ最終目標がどれくらい難しいかは知らないわけだな」
「そこまで難しいのか。研究室への自由パスが得れるとは確かに知らなかったが」
これから行われる試験に対する情報を、阿久津はそれなりに集めていた。

「ああ、6人までが入れるとは俺も初耳だったが、集めた情報によるとかなり厳しいらしい。達成出来なかった年もあったようだ」
「誰も入れない事も十分に在りうるのか・・・」
「そうだ。そこで相談だが、俺と組まないか? 俺はお前を高く評価しているし、ぜひ一緒に研究室に入りたいと思っている」
いきなりの勧誘に伊藤は驚いた。
阿久津からライバル視されているとは思っていたが、そういう風に思われていたとは知らなかったからだ。

「うれしい誘いだが・・・すまん。僕は友人達と組む事を既に約束しているんだ」
申し訳ない気持ちでそう答えた。

「そこなんだ、伊藤。 お前の友人達も優秀だとは思うが、それでも足りないかもしれないんだ」
「普通だったら試験に合格さえすれば、研究室の件は残念だったなで済むかもしれないが、俺とお前は周りと立場が違うよな」

伊藤と阿久津の実家の電子メーカーは新鋭系だけに斬新な技術で業界に斬り込んではいたが、やはり大手メーカーが壁として立ちふさがっていた。
ここで次期経営者候補の2人が、業界で絶大な影響力を持つ上野教授とコネクションを持つ事は企業にとっても深い意味を持つ。

一般的な研究室は筆頭試験と研究内容の説明を含む面接などによって決定するが、上野教授の研究室への入り方は一方的な指名制となっており、情報が公開されていなかった。
今回の様な試験以外にも、推薦といった形で入っているらしい事は判っているが、その条件は知られていない。

研究室への切符が見えた事で、伊藤も絶対に入りたいとは思っていた。
「なぜ・・・いや君と組む事で可能になる理由があるのか?」

「VRゲームという事で俺も事前に訓練したし、今回の受講者の中でVRゲームのプロ級の腕前を持つ者や、特に優秀な人物に事前交渉で組む同意も得ている」
「俺達はこの学年の中でも上位の成績を取っているし、そして何よりも合格への強い意志を持つ俺達が組む事は可能性を上げると信じている」
そう言い切った阿久津は、伊藤の返事を待っていた。

深く考えていた伊藤であったが、しばらくするとスッキリした表情で顔を上げ、力強く答えた。
「誘いは本当に感謝している。だが・・・僕は友人達の力を信じている。彼らも最終目標を目指しているし、一緒に絶対に成し遂げるよ。」

その答えを聞くと阿久津は納得がいかないように答えた。
「本当にその選択は正しいのか? 俺やお前は今後多くの従業員の生活を負う事になるだろう。 であれば、己ができる事を最大限に行う事が責務とは思わないか?」
「君の意見にも同意はできるよ・・・ だが仲間を信じるという事も同様に大事だと僕は信じている」

説得は不可能と感じた阿久津はためいきを吐きながら言った。
「ふう・・・まあお前ならそう答えるかもとは思っていたが・・・判った。 だがこれで俺とお前はライバルだ。俺は権利を渡すつもりはない」

「当然だね。僕も負けるつもりはないよ。 お互い試験を頑張ろう」

さわやかに手を出す飛雄馬に、阿久津は少し戸惑った後、手を出して握手を交わした。


*


一方、真司は先程見かけた知人の元へ駆け足で近づいていた。

「藤蔵!久しぶりだな! お前ほとんど大学で見ないから辞めたかと思ってたよ」
真司が声を掛けたのは、少し背が低めの痩せた体型をした男であった。

「お、真司じゃねーか。 確かに久しぶりだが、いきなりその挨拶はないだろ」
笑いながら返事を返すのは藤造久寿弥(とうぞうくすや)
古風な名前を持つ彼は、名に反しVRゲームの達人であった。

真司が藤造と知り合ったのは、VRゲームでいつも上位にいた名前と顔を覚えており、同じ講座で見かけた時に話しかけたのがきっかけだった。
同じ趣味をもつ友人として、2人はそれから長い間親交を深めていた。
真司としては自分よりVRゲームの腕前が上な彼を、尊敬さえしていた。

「で、今日は大学に何の用?」
そう聞く真司に藤造は呆れたように言った。

「おいおい、この時期に大学に来るのは試験を受けに来たに決まってるだろう?」
「え、もしかして上野教授の試験?」
「ああ、さっきも受けてたぞ。 お前の友達目立ってたな」
おそらく飛雄馬の事だろうと真司は思った。

「そうか、試験がVRゲームって事はお前の得意分野だもんな」
「まあな。 俺もそろそろ学業に身を入れないとな」
「ははは、似合わないセリフだな」
話が弾んでいた真司は、その時藤造の後ろに立っている女性に気づいた。

その視線に気づいた藤造は、振り向き女性を手招きしてから言った。
「ああ、紹介するよ。 俺の知り合いで相馬っていうんだ。こいつは真司」

「初めまして相馬理央と言います。 私も試験を受けるんですよ」
相馬理央(そうまりお)は人懐っこい笑顔で挨拶をしてきた。
肩までの黒のセミロングをしていて、美人というより可愛い感じの顔つきをしていた。

真司はいつも以上に自分が緊張してきたことを感じる。
「あ、お、俺は保人真司っていいます。 藤造の友達です」
初対面の女性の前で動揺する真司を藤造はニヤけて見ていた。

「保人君の事は藤造くんから少し聞いているよ。 試験を受けるんだよね?頑張ろうね」
「あ、う、うん。 ありがとう」
「保人君も藤造君と同じでVRゲームが得意なんだよね? すごいね、私ゲームとか苦手なの」
「ん、あ、いや、やると簡単だよ」

そのやり取りを見ていた藤蔵は時計を見ながら伝えた。
「あー真司、楽しそうなところすまんが、俺達まだメシを食ってないんだ。 時間がないからまた後でな」
手を振りながら藤蔵は相馬に合図をして、その場を離れていった。

簡単に別れの言葉を言った後、真司の心の中にここ最近感じて無かった感情が息吹いていた。


*


「さあ 準備はできたかな? 学生の諸君!トイレは今の内に行っておきたまえよ!」

特別視聴覚室は今回の試験に備えて、莫大な数のVRシステムが運び込まれていた。
定められていた自分の席に全員が座った後を確認後、上野教授は明らかなハイテンションで話し始めていた。

「さて試験を受ける前に一つやる事がある。机の上にあるコンピュータで今から性格判断テストを受けてもらいたい」
「正解はないから、深く考えずに直感で丸をつけて欲しい。 また最後に試験の同意書もあるのでこれにも記入をしてくれ」


各自のPCには10問の質問があり、3つの選択支の中から選ぶ形式になっていた。

例題1
少し離れた所に道を渡ろうとして困っている老人がいます。 あなたはどうしますか?

①近づいて助ける
②状況次第では助けるかもしれない
③頼まれれば助ける事もある

飛雄馬は考えた。
御老人が困っているならば助けるべきだろう。 老人は敬うべきなのが世の理だ。

真司は考えた。
助けたいけど・・・ 余計なお世話かもしれないな。 やっぱり様子をみるかな。

阿久津は考えた。
人は自分の事は自分で成すべきだ。 しかし自分を頼るならば助けるかもしれないな。

三者三様に自分の考えで丸をつけた。
このような質問が続き、最後に同意書に記入した者はテストを終えた。


「さて全員テストが終わったようだ。テスト結果が出るまでに試験の説明の補足を行おう」
上野教授は教室を見渡し、そう話した。

「まず君達はゲームに入ると、訓練所という所におり、すでに種族と性格が決定されている。まず一緒にパーティを組む仲間を探してから、相談してバランスよく職業を決めて欲しい」
「種族に関しては、大学で君達が受けてきた体力テストや学力試験の結果から、最適と思われる物になるようにしてある」

「次に性格について説明しよう。今受けてもらった性格テストによって決定され、性格には3種類がある。 それぞれ善、中立、悪と区別されている」
「ここで注意だが、これはあくまでもただの呼び名だ。 善が完璧な善人という訳ではないし、また悪も同様に悪人というわけでもない」
「むしろA,B,Cと大体の性格によって、グループ別にされているだけと理解した方が良いだろう。 たまに勘違いする者がいるのでな」
「善と悪は同じグループを組めないが、中立の者はどちらとも組める。 パーティを組む際には考慮して組んで欲しい」


「さてテストの解析も終了したようだ。いよいよこれから君達はゲームの世界に入ってもらう」
ここまで話した後、教授は態度を変えて学生一同に告げた。

「このゲームは厳しいぞ。 甘く見ていたら初日で試験失格となる事だろう。真剣な態度で試験に臨む事を希望する」
その言葉に学生達の表情が引き締まっていく。

「ゲーム世界では管理者と呼ばれ君達をサポートする者がおる。まずは彼らの教えに従う事が重要だ。 健闘を祈る」

「用意ができた者からログインしてくれたまえ。 それではこれより単位認定試験を開始する!」


学生達はVRシステムをセットし、ログインしたのか次々に体から力が抜けていく。
それを見ながら真司もログインボタンを押していた。


視界は白く染まり、光の中に意識が消えていく・・・




-------------------------------------------------------------------

やはり性格の概念を表現するのが一番難しいです・・・





[16372] 第3話  町外れの訓練所(前編)  
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/12 23:57
真司が目覚めると、そこは多くの人が騒いでいるところだった。

自分の姿を見える範囲で確認するが、普段どおりの真司の姿をしているようだった。
少し驚いたのは、今まで経験があったVRゲームに比べてかなり精密に作られている所だった。
さすが上野研究室の作成した物だけあるなと感心した。

多くのVRゲームと同じで、プレイヤーの姿は現実の世界と同じ物を使用しているようだった。
色々な理由はあるが、姿を変えると体の動きをコントロールしづらくなる。
慣れ親しんだ形から極端に姿を変えた場合、精神に悪影響があるともいわれている。

改めて周りの光景を見ると、広く取られた場所で周りには森があった。
かなり遠くには大きな岩と幾人かの人の姿も見える。
そばにある道の先には高い城壁があり、その城壁の上からは遠くにある城らしき物の姿が見えていた。
目の前には大きめの施設が建っており、その前で5つの受付らしきものが有り、そこを中心に人が群れていた。

状況が分からない真司はまずは友人達との合流をはたそうと探し始めた。

しばらく探したところ無事に5人が固まっているのを見つけた。
「よう! もうみんな揃ってたんだ。 今ってどういう状況なんだ?」

5人に会えた事を喜びながら、皆に問いかけてみる。
「遅かったな! 相変わらず寝坊グセを発揮してるな 。俺達はもうある程度情報を確認して、相談してるところだぞ」
土破がからかうように現状を伝える。

「相談って何を話しているんだ?」
「教授から説明があった種族と性格ってやつよ。 で今誰がどのクラスをやるか相談中なの」
真司の質問に江留が答えた。

「へー、ちなみにどうやってそれを確認するんだ?」
「管理者の人から教えてもらったんだけど、【ステータス】って念じれば見えるわよ。 真司のも確認して教えて」

そう言われた真司はこの辺は普通のVRゲームと同じだなと思いながらステータスを確認した。

名前??? 種族:ホビット 性格:中立

「俺はホビットで性格が中立らしい。 俺って中立な性格かなー?」
「お前はまさに中立向きだ。 女の子以外は結構なんでもうまく対応するだろ」
真司の問に、土破が笑いながら答えた。
  
「うるさいな。 ほっといてくれ。そういうお前は性格何になったんだよ」
「俺は善で種族がドワーフってやつだな。 まさに俺向きだ。ハッハッハ」
「どこが善だ。 むしろ悪人だろう、お前は」

そう言い合う2人に飛雄馬と望がとりなすように告げた。
「まあまあ2人とも。 教授も言っていたじゃないか。 あまり善とか悪とかこだわるなって。 こんなものただの呼び名さ」
「そうだよー それよりも真司君が来たんだし早く職業を決めちゃおうよー」

その声に改めて全員がお互いのステータスを確認した。


飛雄馬 種族:人間   性格:善
夕舞  種族:人間   性格:善
土破  種族:ドワーフ 性格:善
望   種族:ノーム  性格:善
真司  種族:ホビット 性格:中立
江留  種族:エルフ  性格:中立


「お みんな善と中立だな。 これって全員一緒のグループを組めるんだよな?」
「うん。さっき確認したけど大丈夫だってー 元々仲が良い人達って結構同じ様な性格になるらしいよー」
真司の問に望が答えた。

「ほー で誰がどのクラスになるかってもう決めたのか?」
「うーん 管理者の人に一応聞いたし、少しは決まってるんだけどねー。 これで作ちゃって良いかが不安かな」
真司の問に今度は夕舞が答えた。

聞くと、夕舞と土破がファイターをやりたいらしく、種族的にもOk。 これは現実の2人を考えるとピッタリだろう。
江留がメイジ。 何でも魔法を使ってみたかったらしく、種族的にも合っているらしい。
後が飛雄馬と望、そして真司がまだ決まってない状態だった。

悩んでいる6人に声がかかった。
「やあ 新人冒険者のみんな。 もう職業は決まったのかな? 判らなければ相談にのるよ」
そう声を掛けてきたのは革っぽい服をきた男性で、頭上に【管理者 ケン】というタグが付いていた
どこかで見た覚えがあるなと思っていたら、教授の説明の時に横に並んでいた研究室所属の学生の1人である事に真司は気がついた。

一同を代表する形で飛雄馬が答えた。
「管理人の方ですか。 ええ実はまだ決めかねている状況です。 これで良いのかアドバイスをいただけますか?」
心よく了承したケンという人物は誰がどのクラスに適性が有り、またバランスが良い組み方を説明し始めた。

管理者と呼ばれる人物は複数いるらしく、周りでもあちこちのグループと話していた。

「という事は、我々の種族、性格だとこのクラス分けが一番バランスが良いのですね?」
「そうだね。他にも組み合わせはあるけど、君達の希望と先の事を考えたら僕はこの基本な組み合わせをおすすめするね」
「特に君達は元々6人だから、何かなければ途中で人が入れ替わらないだろうし」

そうやって提示されたクラスは基本職で構成されていた。


飛雄馬 ファイター 種族:人間   性格:善
夕舞  ファイター 種族:人間   性格:善
土破  ファイター 種族:ドワーフ 性格:善
望   プリースト 種族:ノーム  性格:善
真司  シーフ   種族:ホビット 性格:中立
江留  メイジ   種族:エルフ  性格:中立


「先程他の方に上級職という物もあると聞きましたが、どういうものでしょうか?」
「上級職にもボーナスポイントが高ければなれるけど、僕はおすすめしないね。 成長してパーティ構成を考えてからでも遅くないよ。君達がこの6人でやりたいならば、この構成は冒険に必要な要素をほとんどカバーできる」
「ボーナスポイントという物は何でしょうか?」
飛雄馬の質問にケンは続けて説明した。

「ボーナスポイントはクラスを作る際にランダムで与えられるポイントでね。 自分の能力値に加える事でよりクラスに必要な能力を特化できる」
「またクラスを作る際に必要な能力値があり、それをクリアする為にも使うが基本職なら低くても作る事ができるよ」
「稀に高いポイントが出ることがあって、それを使えば上級職の2つ、ビショップと侍にはなれるんだが」
そういった後ケンは上級職の説明を始めた。


ビショップ: 性格:善、悪
魔法使い呪文、僧侶呪文を両方修得可能だが、レベルアップは若干遅めで、呪文修得は非常に遅い。唯一アイテムを識別する能力を持つ。

サムライ: 性格:善、中立 
魔法使い呪文が習得可能な戦士。最強装備の刀を装備することが出来る。レベルアップは遅めで、呪文修得は非常に遅い

ロード: 性格:善
僧侶呪文が修得可能な戦士。最強防具の鎧を装備する事ができる。レベルアップはかなり遅めで、呪文修得は非常に遅い

ニンジャ: 性格:悪  
作成が非常に難しく、レベルアップとHP成長が非常に遅い
敵の首をはねて一撃でしとめるクリティカルヒットが可能。同条件では、他の戦闘職(戦士・侍・ロード)よりも戦闘能力は高い。
盗賊には劣るが、罠の識別、解除も出来る。強力な忍者専用の武器を装備可能。
素手でも攻撃力は強く、何も装備していない時のACがレベルアップとともに良くなる。


「と言う訳で、強力なクラスだが作った場合周りとレベルが合わなくなる為、逆にしばらくは戦闘についていけなくなる」
「作らない方が良いという事ですか?」
「考え方によるね。 初めから上級職を勧める管理者もいるし。 まあBPが多い場合は先を見越して上級職になり易い様にポイントを振る事は良い事だと思うよ」

そこまで話てからケンは思い出したように付け加えた。
「あと今は関係ないけど、将来職業を変えるクラスチェンジは1回しかできないよ」

それを聞いた飛雄馬は理由を聞いた。
「ゲームバランスの為だね。 呪文を全て覚えているニンジャとかで攻略されてもつまんないってのが教授の言葉だよ」
「はあ・・・色々変わった方なんですね。 上野教授って」
思わず突っ込んでしまった江留に、ケンは全くその通りだと深く頷いた。

シンは自分がシーフの担当になっている事が気になったので質問してみた。
「俺、このシーフってやつなんですけど、理由があるんですか?」
「シーフは序盤は必要性が薄いし、戦闘能力も低いんだけど、将来必要なアイテムや隠し扉を発見する為にも絶対必要だね。君の種族のホビットが一番向いているし、善の人だと性格的になれないからね」
「序盤必要ないなら、後でそのクラスチェンジでなるってのは駄目なんですか?」
「うーん難しいところだね。 君ならメイジになれるからその手もあるが、シーフが必要になって来た頃だとまだメイジの呪文は全部覚えていなくてね。そこでクラスチェンジをするとその後が結構中途半端になる。 君がメイジとして育つまで、残り5人を他のフリーのシーフとメンバーを入れ替える手もあるが、君達はそれを望むかな?」
6人で事を成し遂げたいと思っているシンは首を横に振った。

「であれば、確かに序盤は苦しいが初めから6人で対応できる形の方が良いと思うよ。 6人でずっとやっているメンバーは、息が合っていてやはり強い物だよ」
その言葉に一同はお互いを見つめ合い、深く頷いた。

その後にも飛雄馬達はクラスに関する色々な質問をし、必要な情報はほぼ教えてもらった。
「じゃあこんな物かな。 質問がなければ他にもアドバイスをしなくてはいけないので失礼するよ」
お礼を言う飛雄馬に対して、クラスを作った後にまた説明会があるからと言い、ケンは立ち去っていった。


「よし、じゃあみんな問題なければこのクラスで作ろうか」
飛雄馬の問に皆は同意の声を上げていた。

しかし真司だけは自分の職業に少し不満というか寂しい物があった。
(俺も戦士で戦うとか、メイジで魔法とかやりたかったな。 シーフって聞いてる限り戦闘ではあまり役に立たないみたいだし)
VRゲームに慣れていた真司はゲームの戦闘では自信があった。
しかし、と真司は考える。 先程のアドバイスを聞く限り、みんなで目標をクリアするのであれば、誰かがこのクラスをやるべきなのだろうと。

(自分の種族が向いているならば、役割を果たさないとな)
気持ちを取り直した真司は皆に声をかけた。

「俺も問題ないよ。早速作りに行こうか」
真司の声で皆は受付まで歩き始めた。

*

「ようこそ、訓練所へ。 希望のクラスは決まったかな?」
受付でケンと同じ管理者で研究室所属の学生、マサルはそう告げた。

「はいケンと言う方からアドバイスをいただき、全員決まりました。 クラス作成をお願いします」
リーダーらしき男性が丁寧にそう答えた。

ケンの下でしっかり決めたようなら大丈夫だな。 そう思いながらマサルは説明を続けた。
「じゃあまず全員名前だけ先に登録してくれ。 ここを触ると入力デバイスが出るからね」
机の上に置いてあった小さな札を指差し、それに従い全員が決めておいた呼び名を入力した。

「これでOk。それでは1人ずつこの水晶球に手をあててもらえるかな。 ボーナスポイント(BP)の数値が決定するので、割り振ってクラスを決めてくれ」
「また各数字のMAXは初期値+10だから一つの所を上げすぎない方が良い」
「分かりました。誰からいくかい? いなければ僕が最初でもいいんだが」

その声にドワが大きく手を上げた。
「はーいはい! 俺が最初にいくぜ! 初物は縁起が良いってばあちゃんが言ってたしな」
「馬鹿な事言わないで。恥ずかしいじゃない。 順番なんて関係ないでしょ」
エルが少し頬を染めて、男性をたしなめている。

なかなか面白いグループだと思いながら、マサルは答えた。
「OK。 じゃあ君からいこうか。 これに右手を当ててみて」

ドワが元気に手を押し当てると、半透明の作成画面が浮かび上がった。

「うん。BPは6だね。 希望するクラスは何かな?」
「戦士なんだけど、このポイントって良い方かな?」

マサルは楽しそうに聞いてくるドワに本当の事を言うべきか迷うが、嘘も言えない為事実を話す。
「あーすまないが・・・下から2番目だね。戦士にはもちろんなれるから安心してくれ」
それを聞いたドワはガックリとうなだれ、ポニーテールをした女性、ユマが後ろで笑い転げていた。

「まあ気にしない方が良いよ。 みんなこんなもんだからね。 名前を入力してからポイントを割り振ってみて」
マサルはドワに告げて戦士への登録を促した。

「えーとどれに振るのがいいのかな?」
やっと持ち直したドワが聞いてきたので、試験のルールに従いマサルはアドバイスをした。
「まずにVITはどの職業でも生き残る為には非常に大事な為、ある程度まで確保するべきだ」
「戦士ならまずSTR(力)に11になるように入れて、余った5ポイントはSTRかVIT(生命力)に分けるね」
「戦士の場合はSTRに入れれば攻撃力が上がるし、VITならHPがより上がりやすく打たれ強くなる」

ドワはユマをチラッと見てからSTRに2、VITに4を入れた。
「攻撃はユマに任せるよ。 俺は守りを固めるさ」
マサルはその男の言葉に少し感心した。 意外にこのゲームの重要点である役割という物を理解していると。

「ふふん。じゃあ次はアタシね。アンタの分しっかりと攻撃重視にするわよ」
次はそのユマで、名前を入力してBPは9であった。
マサルはそのユマが善で人間な為アドバイスをした。

「君がある程度のレベルでサムライかロードを目指すなら、STRとVITの他にも少し入れると早めになれるよ」
少し考えた後、ユマはこう告げた。
「ううん、いいです。 みんなと一緒にレベルを上げたいし、初めは有効な能力値に振りたいです」
「なるほど、確かにそれも良い方法だ。 では振り分けをどうぞ」
ユマはSTRに5、VITに4を振った。

次に残り2名が登録し、名前がノムの方はプリーストでBPが8、エルの方はメイジでBPが7であった。
ノムには同様に善である為、ビショップになれる事を説明したが断ってきた。

次に残り2人の男性の内、先程のリーダーらしきヒューマが登録し、BPはなんと17であった。
「おお!すごいね。 10台後半はなかなかでないよ。 10人に1人ってところかな」
マサルの声にパーティからは喜びの声が上がった。

「さすがヒューマだな! お前は一番良い所を持っていきやがる! あの時の合コンでもそうだった!」
「だから恥ずかしいからこんな所でそういう事は言わないで! ふう、まあともかくヒューマおめでとー」
「良かったですねー 幸先が良いですよ」
「ほんと!誰かさんとは大違いね」
「うるせえ!俺を引き合いに出すな!」
「ヒューマ おめでとう。これ結構良いステータスにできるんじゃないか?」

皆が騒ぐ中、ヒューマは全員にお礼をいった後、マサルに告げた。
「アドバイスをお願いできますか?」
「もちろん。 そうだね、まず前提として君は善のヒューマンだから、ロードになれる可能性が高い。 サムライなら少しレベルを上げればなれるぐらいだ。 ここまでBPがあれば、将来はロードにならない方が勿体無いんだが、どうする?」
「目指した方が良いでしょうか?」
「ああ、僧侶系が2名以上いる事は深部では必須条件に近い。レベルが上がったら良いタイミングでなるべきかな」

マサルの発言を受け、ヒューマは深く頷いた。
「ではロードを目指した振り分けを教えてください」
「了解。まず特化せずに必要値にむけ均等に振る。 これで早ければレベル7~8ぐらいかな」
「まあレベルアップ時に下がる時もあるから実際はもっとかかるけどね」
言葉通りにヒューマが振り、登録は終わった。

マサルはリーダーらしき者が高BPを出した事に少し驚いていたが、本当に驚くのはこれからだった。


最後の黒髪の男性、シンが右手を出し、登録画面が出たのだが・・・。

「BPは・・・29!? まさか! いや可能性は確かに・・・しかし出るとは」
マサルは思わず声を出してしまい、目の前のシンを見直した。



シンは後ろのメンバー同様に、ポカーンと口を開けていた。



**********************************************************************


BPの確率はウィザードリィ@Wikiを参考にしました。

5~9 59050/65536(≒90.10%)
15~19 6316/65536(≒9.64%)
25~29 170/65536(≒0.26%)

だそうですので29だと0.05%ぐらいでしょうか。





[16372] 第4話  町外れの訓練所(後編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/16 20:21
シンは素直にこの状況を喜んでいた。

みんなが無事キャラ作成が終わらせ、自分の番だと思ったらなにやらすごい数字が出たらしい。

その場の仲間も自分の事の様に喜んでおり、シンに声を掛けていた。

「シン君すごいー。そういえばジャンケンとか強かったもんねー。運がいいのかな?」
「本当、シンすごいじゃない。 こういうのって妙にあなた強いわよね」
「シン、やるね。 君はゲームと本当に相性が良いんだなー」
「なんだよそれ! 男じゃ俺だけ低いじゃないか!」
「アンタとシンじゃ普段の行いが違うのよ。 シンおめでとー」

目の前のマサルという管理者はしきりに「いや・・・バグか? テストでは問題は・・・しかし」等とつぶやいている。
自分の作成画面を見ると、BPの欄に29という数字が出ていた。。
他のメンバーが10以下だった事を考えると確かに良いのだろう。
(結構良いステータスになれそうだな)とシンは笑顔で待っていた。

シン達が待つなか、周りでも騒ぎを聞いて他の管理人やプレイヤーが集まってきた。
幸運だったのは、シンジが遅れたせいであらかたの学生はキャラ作成が終わっており、比較的人が少なかった事だ。

「おい、見ろよあのポイント。 おれなんか5だったんだぜ。 不公平だろ」
「ほとんどの人が10以下だったよね? なぜあんな数字が出るの?」
「すごいな。 アイツら少しチェックしとくか?」
等と周りが色々言い始めた。

(うわ、あまり注目を浴びたくないんだけど。 みんなすっごい見てるし)
早く何とかして欲しいと思う程、シンは恥ずかしくなってきていた。

ようやく管理人の一人がマサルのそばに寄って何やら話し始めた。
するとマサルは少し顔を引きつらせ、慌てて言い始めた。
「いや、済まなかった! こんなBPが出るとは予想してなかったんで僕も少し慌てちゃってね」
「いえ 構いません。 それよりキャラを作りたいんですけど」

シンの答えにマサルはうなずいた。
「じゃあ早速作ろうか。 しかしすごいな。 これなら忍者も将来目指せるかな」
「忍者ですか? 本当ですか? 一番作るのが難しい奴ですよね?」
それを聞いたシンは目を輝かせた。 確か戦闘職だが罠や鍵が外せたからだ。

しかしシンのステータスを見ていたマサルは、心の中で今の発言を後悔した。
「すまん。僕の早合点だった。 君は中立だから忍者にはなれないんだ。忍者は悪のみなんだよ」
シンはその言葉に溜息をつく。 一度戦闘職を諦めていただけになおさらだ。

その様子を見てマサルは付け加えた。
「しかし侍なら中立でもなれるよ。 君のBPならすぐなる事も可能だ」

少し喜ぶシンだったが、先程のケンの話を思い出した為、確認した。
「俺が侍になるとパーティーはどうなりますか?」
「うーん。 まず前衛職が4人になるから誰か一人は何もできなくなるね。 他のパーティーとメンバーを入れ替える必要があるな」

それでは意味がない。 何よりも、自分以外の仲間がそれで外れるかもしれないなど考えられなかった。
がっかりした顔をしていると、皆に気を使わせるかもしれないと気づき意識を切り替えた。

「わかりました。ではシーフはどういう風にポイントを振れば良いのですか?」
「これだけあれば必要な物、VIT、AGI(敏捷性)、LUC(運の良さ)は最大の+10近くまで振れるね。STRにも振れるし、これはすごい事だよ」
「シーフって攻撃はどうするんでしょうか」
「そうだね。前列なら普通に攻撃できるけど、君のパーティーだと後列だな。 弓で攻撃できるし、シーフの場合は特典があれば後ろからでも攻撃できるかな」
「特典ですか?」
「ああ、詳しくは後の説明で聞いて欲しいんだけど、ほとんど取れないから弓を考えた方が良いね。 ただし、弓は近接攻撃に比べて威力が弱いから主戦力にはなれないよ」
「わかりました。攻撃に必要な能力はSTRですか?」
「ダメージ力はSTRだね。 ただし弓は命中率はAGIが関係してくるから弓なら両方いるね」
「となると・・・こんな感じですか?」
「レベルアップすると能力値も上がるから、最大まで上げるのはVITだけでいいかもね」
「じゃあこんな感じですか?」
「お 君はかなり理解してるな。 うん問題ない、なかなか慣れてるね」
シンが上げたのはSTR+3、VIT+10、AGI+8、LUC+8だった。
シンの場合はVRRPGもたまにプレイしていたので、こういう数値はなんとなく理解できるし、VITは最重要だとも聞いていたからだ。

「よし、これで全員作成終了だね。 次に君達には街の説明があるから、次の管理者の指示に従ってくれ」
マサルの発言で皆はその奥で待っていた管理人の元に歩いていった。

*

「私はメルといいます。 さてこちらでは皆さんにこの世界の説明と、街の機能の説明をしますね」
「私はブッチだ。 ちなみに私達は世界全体のシステム作成を担当している。 困った事があれば教えてくれ」
施設の一室で2人の女性管理人は一同にそう告げた。
メルはふわふわした髪型の柔らかい表情を持つ女性で、ブッチは黒髪をショートにしていて行動的な女性に見えた。

「まずこの世界の名前の発表です! 上野教授のメッセージをお聞き下さい!」
メルがそう宣言すると、前面の壁が横にスライドしスクリーンが現れ、照明が暗くなり、なにやら荘厳な音楽が流れてきた。

スクリーンには上野教授の顔のアップが出現し、音楽にあわせ重々しく話し始めた。


「ようこそウイザードリィ・オンラインの世界へ!

君はウイザードリィーの世界にあるリルガミンの街にいる。

狂王トレボーが命に従い、地下迷宮に立て篭もる悪の魔術師ワードナーから神秘のアミュレットを取り返せ!

VRの世界でウイザードリィを体験し、大いなる冒険を楽しむのだ!」


喋り終わると教授はニヤリと笑い消えていき、部屋はまた元の様に戻っていった。
目の前のメルの方は得意げな顔で、ブッチの方は苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。

「いやーカッコよかったですね! 今お聞きになった様にここはウィザードリィというゲームです」
ゲーム名よりも前半のセリフが信じられず、ブッチも含めて皆メルの顔を見つめた。

「はい! 皆さん驚いてますね! そうです! ここはコンピューターRPGの原点とも言われるウィザードリィをVRで再現した世界なのです!」
驚いているのはそこじゃないと思ったが、さすがのエルもツッコミが間に合わない。

「しかも今の映像は録画じゃなくてライブ映像なんですよ! 教授はみなさんをいつも見ております!」
ストーカーじゃないかとドワは思ったが、そう言うとメルが怒りそうなので黙ったままだった。


「では次に、今聞かれた目的について補足します! あなた方は地下10階に潜むワードナーからアミュレットを奪還し、トレボー王に返還して称号を手に入れれば、目的は達成されこの講座の試験に合格となります」
「そして更なる目標は、初めてワードナーが倒された時に全員に公表されます。 その目標を達成するかは皆さんの自由です。ただしかなり困難だと思って下さい」
「次に試験失敗の条件です。 この世界では地下迷宮に潜って戦闘を行います。その戦闘で死ぬ(DEAD)とカント寺院等で復活できますが、その際復活に失敗すると、1段階目は灰化(ASHED)になり、さらに灰化から復活に失敗するとロスト(LOST)になります」
「このロストになった場合が、この試験の失敗となりその人は試験終了になります」
「聞かれていた通り、一度合格すればロストしても単位は保証されますから、何よりもワードナーを倒す事を第一に考えて下さい」

「ここまでが基本的な事ですが、質問は有りますか?」
怒涛の説明に皆は必死に考えていた。

ようやくヒューマが質問した。
「そのロストというのはどれくらいの確率で起きるものですか?」
「カント寺院で復活すればそこまで起きません。 ただし死亡した人のVITにもよりますけどね」
メルがそう答えた後また続けた。

「プレイヤーによる復活の呪文もあるけど、かなり成功率が悪いからなるべく避けてね」
「あとどんなに頑張っても皆さんは死にます。 そういうバランスなの。 だからそこまでロストの確率が高いわけじゃないから安心してね」

死ぬと言われて安心はできないなと思いながらヒューマは聞いた。
「では我々はこれから何をすればいいのでしょうか?」
「一言でいうと迷宮に潜って戦闘していき強くなる事です。 戦闘に関してはこの説明が終わったら、次の戦闘訓練で聞いてね。」
「今後世界の事で知りたい事があったら、教えれることはいつでも教えます。 その時はこの訓練所に来てね」

エルが質問をした
「試験合格まではどれくらい時間がかかりそうなんですか?」
「そうですね、今までの例だとだいたいゲーム内時間で半年から1年ぐらいですかね」
1年と聞いて一同はこの試験がいかに難しいかをあらためて感じた。

「じゃあ何割くらいの人がが合格できるんでしょうか?」
「ごめんなさい。 色々理由があって、それは教えてはいけないことになってるの」
申し訳なさそうにメルは答えた。
結構厳しいってことじゃないかしら?エルは密かにそう思った。

「次に迷宮の説明をしますね。 迷宮は地下1階から始まって、1階ずつ階段で下りて行きます。 1階下がることにモンスターが強くなるので気をつけて下さい」
「迷宮では玄室と呼ばれる部屋にモンスターが住んでいます。 部屋に入ると戦闘になって、勝つと宝箱がでます。 これを開けるのがシーフの主な仕事かな」
「でも地下1階では宝箱を開ける時は気をつけてね。 罠が掛かっているからレベルが低い内は引っかかると大変なことになります」
「迷宮内で全滅すると、死体はそこに残って、あなた方の意識はそこでスリープ状態になります。 全滅した事はギルガメッシュの酒場でクエストとして登録されて、他のパーティーが救助に行く事もできます。 また事前に我々が用意するNPCレスキュー隊に依頼しておくと救出隊が出ますが、救出料はかなり高いです」
「また全滅した死体は回収された場合でも、アイテムを失っている場合がありますし、最悪死体が無くなっている場合があり、この場合はロスト決定です」
「回収されるまでの期間が長ければ長いほど、完全な状態で戻ってくる可能性が減っていきます」

ヒューマが質問をした。
「レスキュー隊は高いんですか?」
「地下の1F等は特に安くしてありますが、深く潜れば高レベルでも全財産掛かる程ですね。」
「つまり・・・始めのみの救済処置ですか?」
「そこまでは言いませんが、仲が良いパーティーを作ってお互いが助けに行く事を推奨しますね。 レスキュー隊は深層だと回収するまでに時間がかかりますし」

「迷宮内は入り組んだ作りになってます。 マップを作らないと絶対に迷いますので、ボルタック商店で買える白地図を購入し、誰か1人がマッパーとして書き込んでください」
「オートマップのシステムはないんですか?」
ゲームに詳しいシンが質問したところ、メルが申し訳なさそうに説明した。

「ごめんなさい。 初め私達が作ったんだけど、教授が邪道だ!って言い張って手書きになったの。 私達も理由が分からなくてね」
一同も理由が分からないが、何か深い意味があるのかもと納得した。

「次はイベントについて説明します。迷宮内では固定モンスターがいたりするんだけど、一回倒した経験があると、二回目以降は経験値がもらえなかったり、宝箱が出なくなったりします。一回限りのイベントだと思って下さい」
「またイベントモンスターを倒すと特典がもらえたりします。 頑張ってくださいね」
「まだ他にも色々あるんだけど、自分で探したり、他のパーティーと情報交換で集めて下さい」

シンが気になっていた特典の事について尋ねた。
「それも話せないの。 特典はお楽しみみたいなものだから、自分達で探してみてね」
確かに情報無しで特典を取るのは難しそうであり、諦めた方が良さそうだとシンは思った。

「さて、他に質問がなければ今からブッチさんに交代して街の説明をしてもらいます」
一同がうなずいたのでブッチが話し始めた。


「さて街の説明をするぞ。 街にはトレボー城、ギルガメッシュの酒場、冒険者の宿、ボルタック商店、カント寺院、町外れがある。」
「トレボー城は目的を達成後しか行く事はないだろう。 たぶんな」
「ギルガメッシュの酒場ではパーティーを組める。ここ以外ではパーティー機能は使えない。 また待ち合わせに使ってくれ。食事も酒もちゃんと用意してあるぞ」」
「冒険者の宿では泊まる事でHPの回復と呪文回数の復活ができる。ここ以外で呪文回数の回復はできない。 またレベルアップするには泊まる必要がある。 値段などは宿で聞いてくれ」
「ボルタック商店ではアイテムの売買ができる。 実際の利用の時に分からない事は店で聞いてくれ。」
「カント寺院では街に戻った時に、ステータス異常の場合や死亡の際に運ばれる。 治療費を払わないと出れないし、治療費はレベルに応じて高くなる」
「町外れにはここ訓練所と迷宮の入口がある。 訓練所にはクラスチェンジ等で今後も何回も来ることになるだろう」
「さて質問はあるかな?」

ノムが手を上げた。
「レベルアップするのには宿に泊まる必要があるっていうのはどういう事ですかー?」
「迷宮内で必要な経験値が貯まればレベルアップができる。 ただしそのレベルアップは宿に泊まった時にしか認識しないので、迷宮中では上がる事はないって事だ」
「レベルアップすると具体的にどうなるんですかー?」
「レベルが上がればHPや各特性値が上下する。 下がる事も忘れるな。戦士系は一定のレベル上昇で攻撃回数が上がるし、呪文系は新たな呪文を覚える事だろう」

「他に質問がなければ、いよいよ次はお待ちかねの戦闘訓練だ。 案内するから来てくれ」
そういうブッチに一同は椅子から立ち上がった。

*

訓練所の裏手にある広場にはカカシがあったり、弓の的などがあったりした。
一同はその前で説明を受けることになった。

「ウィザードリィの世界へようこそ! 戦闘システムを作ったガルマです。みんなこれからよろしくな」
男性の管理人ガルマは胸を張って挨拶した。

「さて戦闘のシステムだが、まずは基本的なことから教えていくのでよく聞いてくれ」
「まず基本システムとして、隊列という物がある。 これはパーティーを組んだ時に、前から3人目までを前衛、後ろ3人を後衛と呼ぶ」
「基本的に武器を使った近接攻撃は、前列しかできないし受けることはない。 また先頭の者ほど攻撃を受けやすい。ただし例外もあって、プレイヤーは飛び道具装備していれば後衛からでも攻撃ができるし、モンスターの場合は後列に攻撃してくる能力を持つ者もいる」
「前列が麻痺、石化や死亡した場合、パーティーの一番後ろにまわされる。 この場合4人目の位置のものが3人目に繰り上がり前衛となる」

皆が理解しているのを確認してからガルマは続けた。
「前衛は、防具を装備する事でAC(アーマークラス)を下げる事ができる。 ACが低い程、回避率や防御率が上がるし、ダメージ自体も減少できる為、少しでも下げた方が良い」
「後衛は、呪文や飛び道具で前衛をサポートする事が重要になる。 呪文を使える回数には限りがある為、戦闘の主体は前衛が行う事になるな」
「後はアイテムを活用することだ。 HP回復ポーションや読むだけで魔法が使えるスクロール等がある。持ち物は装備も入れて8個までしか持てないが、空きがあったらこの辺りも準備しておくと便利だね」
「戦闘はターン制を取られている。 どんなに早く行動しても1ターンでは1回しか行動できないからね。 もちろんAGIが早ければ、敵より早く行動できて有利だよ」
「基本的な所はこんな感じだ。質問はあるかな?」

ガルマの問い掛けに、エルが尋ねた。
「呪文はどうやって使うんですか?」
「ああ、この後クラス別に講習があるから、そこで教われるよ。 他のクラスもさらに詳しい事をそこで学んでくれ」

「じゃあ最後にこれだけを言っておくね。 戦闘に入った際には「逃げる」事もできる。 玄室を守っているモンスターはあまりそこから動きたがらないから、成功率は高い」
「特に序盤は無理だと思ったら、すぐに逃げ出す事。 ここでは逃げる事は恥ではない。 生き延びる事こそが、最も価値を持っているんだからね」
一同が頷くの見て、ガルマは満足げに頷いた。

「では、クラス別の講習に案内するよ。 他の参加者もいるから一緒に受けてきてくれ。 それが終わったらもう一度ここに集合して、集団戦闘の訓練をするからね」
ガルマの声に一同は立ち上がって、後についていった。

*

シンが入った部屋では、すでに3人の受講者がいた。
1人は全く見たことがない顔だったが、他は大学の講座で見かけた顔もおり、彼らもシーフになったのかと少し安心した。
軽く挨拶をしていると、ドアから講師らしき女性の管理者が入ってきた。

その女性を見て、シンは説明会の時に目が合った女性だった事に気がついた。

「こんにちは。私は管理者の一人でコトハって言います。 普段は違う担当なんですけど、今日はクラス訓練者が足りない為に呼ばれてきました。 皆さんよろしくお願いします」
ロングの髪の毛を綺麗に縛っており、背は普通ぐらいだが細い体型で全体的にスタイルは良く、特に胸がかなり大きめだった。
思わず胸に目がいったシンはまた目が合ってしまい、慌てて視線を上にずらした。

「実は私のクラスはシーフじゃなくて忍者なんですけど、共通する所が多い為、教える事は問題有りませんので安心して下さい」
「じゃあ始めますね。まずシーフの役割なんですが、宝箱を開ける事、隠し扉や罠を発見する事、鍵がかかった扉を開ける事です」
そこまで話したコトハにいきなり声をかける者がいた。 さっきみたシンが知らない顔の人物だった。

「あのさあ、アンタ。 それじゃあ俺達は戦うなっていう風に聞こえるんだけど」
乱暴な口の聞き方に、シンは少し顔をしかめるが、コトハは平然と答えた。

「そうですよ。シーフは戦うよりも今言った事を行えることの方が重要です」
「俺の組んでる奴らだとさ、俺前衛なんだよね。 それって戦うんじゃないの?」
「なるほど。 それは戦う必要が有りますね。戦闘訓練もちゃんとやりますから安心して下さい。 でもシーフって戦闘能力が低いのは本当ですよ?」
そういうコトハに男は顔に笑いを浮かべて黙っていた。

「では続けますね。 まず覚えて欲しいのは宝箱の罠の判別と、罠の解除方法です。 こちらにサンプルを用意しましたので実際にやってみましょう」
コトハが指先で空中を操作すると、コトハの横に宝箱が出現した。
「まずシーフの皆さんには、ステータス画面から出せるアイテムスロットの中に【シーフツール】というのが入っています。これは8個のアイテム制限には引っかかりませんので常に持つ事ができます。出してみて下さい」

そういったコトハは手の中にツールらしき者を出現させた。
シンも言われたとおりにステータス画面を操作して、シーフツールを出してみた。
「これを持って、宝箱のそばで【罠識別】をすると罠の種類が判るようになります。 この辺はやってみないと感覚的に分かりにくいです。 皆さんの机の上に小型の宝箱を出しますので、実際にやってみて下さい」

シンはツールを手に持って、小箱に向かってみた。
ぼんやりとウインドウの様なものが見えたので、それに意識を集中すると「罠の種類がわかった」というメッセージと共に【POISON NEEDLE】という文字が見えた。
顔をあげるとコトハがシンを見ており、また目が合った為、シンはすぐに箱に目を戻した。

「はい、皆さん罠が判った様ですので、今度は罠を解除してみましょう。先ほどと同じ様に今度は【罠解除】をやってみて下さい。 見えたらそこに先程見えた罠の種類をキーボードで打ち込んで下さいね」
キーボードで打ち込み?と思ったがシンは箱に意識を集中した。
すると先程とは別のウインドウが見え、そこに意識を集中すると空欄とキーボードが目の前に浮かび上がった。
(ここに打ち込むのか)シンはスペルを打ち込んでからリターンを押した。

「おっと、POISON NEEDLE」というメッセージと共に、シンは指先にチクっとした痛みを感じてしまい、反射的に手を引っ込めた。
ウインドウを見ると「POISON NEEEDLE」と打ち間違えていた。
俺は小学生かとシンは自分が情けなくなった。

「はい、失敗した人もいるようですが、これが基本です。 今回は難易度を最低まで下げましたが、通常はもう少し判断しにくいです。 AGIが低いと罠の判別で違う物が見えますし、正しく打ち込んでも解除に失敗することもおきます。 スペルの打ち間違いは完全に失敗になりますので気をつけて下さいね」
そう言いながらコトハがシンを見たため、シンは(くそ、恥ずかしい所を見られたな)と顔が熱くなるの感じた。


コトハはさらに様々な罠の種類や効果を説明した後に続けた。
「宝箱にはお金とアイテムが入ってますので、強くなる為には開ける必要が有ります。でもレベルが低い内は失敗する可能性も高いですから、開ける際にはよくパーティーで相談してから開けるようにして下さい」
「迷宮に潜って1回目の宝箱で全滅って珍しくないんですよ。 地下1階ではレスキュー隊が安いから、かけてるなら開けても良いかもしれません」
「扉の鍵開けは似たような感じですね。 隠し扉発見などの方法は少し違いますが今から説明します」
シン達はその後、扉の鍵開けと隠し扉発見も実際に行い、AGIとLUCの高さとの関係も学んだ。

「はい、お疲れ様でした。これでシーフ独自のスキルは説明終わりです。 次は外に出てシーフの戦闘訓練をしますね」
そう言って、コトハはドアを開けて全員を外の広場に案内した。

先程の男が妙にコトハの背中ばかりを見ながら歩いており、シンは少し気になった。
広場にでると、そこにはすでに他のクラスも戦闘訓練をしているところだった。
隅の開いているスペースまで着くと、コトハは全員に告げた。


「じゃあ皆さん。 これから死んで下さい」



----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

【ステータス】

名前   クラス   種族     性格 レベル  STR  IQ  PIE   VIT   AGI   LUC    (BP)

ドワ   ドワーフ  ファイター  善    1    12   7    10   14     5     6     (6)
ユマ   人間    ファイター  善    1    13    8   5   12      8     9     (9)
ヒューマ 人間    ファイター  善    1    13    8   8    13     10     11      (17)
ノム   ノーム   プリースト  善    1     7     7   14   12      10      7     (8)  
シン   ホビット  シーフ    中立   1     8     7   7     16      18     23     (29)
エル   エルフ   メイジ    中立   1     7    13   10    10      9     6     (7) 




今回説明ばっかりですみません。





[16372] 第5話  戦闘訓練
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/16 20:12
いきなりの言葉にシンは戸惑った。
それはそうだろう。 今まで講師を務めていた人から死んでくれと言われたのだから。

何の冗談かとコトハを見つめるが、冗談どころかとても真剣な顔でシン達を見ていることがわかった。
それでシンは何か意味があるのだなと理解して、気持ちを鎮めようと努力した。

「ちょっとアンタさ。 それどういう意味?」
先程の男が声を荒らげてコトハに尋ねた。

「ああ、すみません。 言葉が足りなかったですね。 今から戦闘訓練を始めますが、ここでは基本的な事を学んだ後、実際に死ぬ事も体験してもらいます。」
コトハが謝りながら告げた。
「この訓練所のエリアは、通常のルールの適応外に設定して有るので、死んでもペナルティがありませんし、魔法なども何回でも打てます。」
「ハイハイそういう意味ね。 分かった分かった。 で俺達は何をすればいいの」
「はい。 まず始めに近接攻撃の練習ですね。 こちらで武器や防具は用意してありますので、装備してからあそこのカカシに斬りつけてみてください」
そう言ってコトハは先程の宝箱と同様に、空中で何かを操作して、横に武具が詰まった棚を出現させた。


シン達は武器と防具を装備した後、カカシに向かって斬りつける練習をした。
革でできた防具はそれほど重くなく、動きの邪魔にはならないが、全力で斬りつけてもなかなかカカシには刺さらなかった。
力任せに打ち込むのだが、武器であるショートソードが軽めな為、表面に食い込む程度であった。

「ふう、上手くいかないな」
思わず出た独り言に、答える声があった。

「もう少しスピードで切るような感じがいいですよ。 シーフ系は素早さが高いですから、その利点を生かした方がダメージが大きくなりますね」
振り向くと、コトハがすぐ後ろに来ていて、シンの動きを見ているところであった。

落ち着けとシンは自分に言い聞かせながら、なんとか答えた。
「スピード・・・ですか?」
「ええ、あまり力を入れずに振り抜くような感じですね。 ちょっとやってみせますね」
そう言うとコトハはカカシの前に立ち、短剣を軽く構えて深呼吸を始めた。
何回か息を整えていたかと思うと、急にコトハの姿がブレて見えた。

気がつくと、空気が漏れるような音と共に、目の前にあったカカシにコトハは短剣を振り終わっていた。
光の線のような物が、空中に右から左に描かれていた。
斬りつけた残光だとシンが気がついた時には、カカシは綺麗な切断後を見せ両断されていた。

「と、こんな感じですね。 分かりましたか?」
「いや・・・全然見えなかった・・・」
シンが正直に話すと、コトハは困ったような顔で言った。

「あああ、ごめんなさい。 ちょっと気合入れすぎちゃいました。 次はゆっくりやりますから!」
言葉通り、その後何回かコトハはある程度ゆっくリと斬りつけ、今度はシンにも見ることができた。

しかし、とシンは考える。
目の前の女の子と、どれだけレベルの差があるのだろう? 俺もこんな風になれるのだろうか?
そう考えると、ゲーマーとしての血が騒いできて、シンはこの世界に来てから初めてワクワクする気持ちになった。

「ありがとうございました。 少し分かりましたので練習してみます」
「いえいえー お役に立てたなら良かったです。 シンさんは期待されてますし、頑張ってください」
その言葉にシンは、え? と思った。期待? 誰から?

「ええと、その期待って何でしょうか・・・」
するとコトハは周りをキョロキョロ見てから、シンのそばに寄り話し始めた。

「シンさんってボーナスポイントで29を出しましたよね? 管理者の間でも話題になってますし、教授も注目してるんですよ。今も見られているかもしれません」
その言葉に恥ずかしいと思う前に、教授から見られている可能性に周りを見ながら慌てた。

「うわっ・・・教授ってそんなに暇なんですか・・・」
「そういうわけじゃ無いけど、この試験は教授と私達研究室の1年間の集大成ですしね。 ログは常に記録して解析してますし」
「だからシンさんがBP29を出してマサルさんが考え込んでいた時に、教授からお叱りの伝言があったぐらいですから。 マサルさん慌てていたでしょ?」
「そういえば・・・顔が引きつってましたね」

そう答えた後、少し間を開けてからコトハは続けた。
「だからかなりの確率を引き当てたシン君には、教授も私達もVRの可能性の一つとして期待してるんですよ。 あ、でもこの辺はオフレコでお願いしますね」
「そうなんですか・・・いや光栄ですよ。 俺、頑張りますから」
呼び名がいつの間にかシン君になっていたが、それを気にするよりも期待されているという事が、シンには純粋に嬉しかった。

笑顔で答えるシンに、コトハも笑いながら言った
「ええ、応援してますね。 でもそれは別にして一つシン君に文句を言いたい事があるの」

怒らせた心当たりが無かったシンは慌てて答えた。
「え? 俺何かしましたっけ。 気に障ったことをしてたら謝ります」

するとコトハはニコッと笑ってシンに答えた。
「説明会の時に目が合ったから笑いかけたのに、シン君無視するんだもん」
「いや! あれは・・・すいません。 俺結構照れる方でして・・・」
「ふふ、いいですよー。 その代わり今後は敬語はなしにして下さいね。 同じ学生なんですから」
「はい・・・いや、分かったよ」

シンはなんだか照れるなと思いながら、先程言われた特典について聞いてみた。
「そういえばさ、特典ってのがあると、後衛からでも直接攻撃ができるって聞いたんだけど」
「ああ、確かに特典があると、シーフの場合【隠れる】という行動ができて、隠れた後に【奇襲攻撃】で攻撃できますね。 隠れるのに1ターンかかりますが、その分奇襲攻撃は2倍ダメージが出せます」
「お、すごいね。 それって取れるものなの?」
「うーん。 特典は狙って達成するのは難しいでですね。 情報があれば別ですが、やっぱり弓を練習した方が良いと思いますよ」
「そか・・・ 分かったよ。ありがとう」

「じゃあ私は行きますね。 他の方が終わるまでそのまま続けて下さいね」
そう言って離れて行くコトハ。
シンはその後、色々試行錯誤しながら斬り方の工夫をし、なんとか納得出来るようにはなっていた。

全員が終了した後、今度は弓などの飛び道具の練習となった。
飛び道具はシンのステータスのせいか、かなり狙った所に飛んでいき、シンは十分な感触を得ていた。
コトハの説明では混戦でも味方には当たらないそうなので、構わず撃って良いそうだ。


「では次に実際の戦闘をしますね。迷宮の地下1階で出るモンスターを出しますので、戦ってみて下さい。ダメージも負いますが、死んでもすぐに生き返れますので安心して死んで下さい」
可愛い女の子が死ぬを連発するのは、それなりに違和感があった。
コトハが操作すると武器を持った3体の犬のような人間型モンスターが出現した。

「はい、ではどなたからでもいいので始めて下さい。3体相手ではかなり厳しいので、おそらく死ぬことになるとは思いますが」
先程言われた期待されているとの声を思い出して、シンは手を上げた。

「ではシン君どうぞ。武器を構えたら、モンスターを動かしますね」

シンは前に出ると、気合を入れて武器を構えた。
すると、3体のモンスターは急に動き出し、シンを半円に囲んで攻撃をし始めた。
そのままの位置にいるとマズイと思ったシンは、左手の敵のさらに左に移動し、残り2体の盾になるように誘導した。
上から振り下ろされる武器をサイドステップで避け、手に持つショートソードで敵の肩を狙って横殴りに振るった。
見事に剣は当たり、「キャン」という声と共に敵は後ろに下がった。

(よし当たる)とシンは思いながら、さらに追撃する為に一歩前に出た。
その瞬間1体の敵が割り込むように、シンの前に出て剣を振るってきた。
勢いが付いていたシンは、慌てて後ろに飛び下がったが、遅れた為か剣で腕を切り裂かれた。

軽い痛みは走るが、見た目に比べて痛みは殆ど無い。
VRゲームでは一定以上の痛みは精神的な負担を考慮され、安全域値内になるようにされているのが普通である。 このゲーム、ウィザードリィでも同様のようだった。
他のゲームと違う点があるとすると、斬られた方の腕が感覚が鈍くなっている所で、これは独自のシステムの様である。

後ろに下がったシンを目指して、今切り込んだ敵がそのまま無防備に突っ込んできた。
咄嗟にシンは動かない腕では剣を振るのは無理だと考え、剣を敵に向け、そのまま押し込んだ。
敵の胸に剣は突き刺さり、手にはちゃんと差した感触も伝わってきた。
モンスターの体から力が抜け、足元に倒れ込んだ。

(この辺の技術は本当にすごいな。他のVRゲームだとここまで再現なんてできないぞ)
戦いの最中であったが、シンは改めて技術力の高さに驚いていた。

残る敵は2体。1匹はケガをシュミレートしてるのか動きが遅くなっている。
シンは先に遅くなった方から仕留めようと、移動し始めた。
まだ元気な方の敵は、素早いシンの動きについてこれてない様だった。

(手強いと聞いていたが、動きは遅いな。 それとも俺のAGIが効いているのかな?)
シンが考えている事は正解であった。
通常のプレイヤーではVITを中心にポイントを振りAGIには振らないので、高めのシーフでも12~13。 この時点でシンのAGIは18であり、1Fでは破格の高さであった。
(そうであれば!)
シンは少し強引にいこうと、ステップを繰り返しケガをした敵にフェイントを掛けた。
体勢をくずした敵に、シンは先ほどと同じ様に剣先を向け、体ごと突きを放った。

少し位置がずれ脇腹に突き刺さったが、敵はもう瀕死のようで剣を落としていた。
剣を抜こうとシンは力を入れるが、その時敵が開いた両手でシンを抱え込んできた。
顔を上げるとNPCに関わらずモンスターの顔が「ニヤッ」とでも表現できる表情をしていた。

後ろに気配を感じ、顔をねじ曲げて見ると、もう1体が大きく剣を振りかぶってシンに振り下ろそうとしていた。

(NPCがこんな行動をするなんて! どんなAIを積んでるんだ!)
シンが心中で叫ぶと共に剣が振り下ろされ、肩から胴体半ばまで切り下げられた。

先程よりは多少痛みが強かったが、耐えられる痛みである。
だがシンが反撃する前に、意識は薄れていき、まるで眠りに入るかの様に最後には意識が途絶えた。


意識を取り戻すと、目の前にはコトハや受講者がいて、もうモンスターはいなかった。
「はい、お疲れ様でした。 これで痛みや死を経験できましたね。 これが実戦だとこのまま意識はスリープ状態に移行して、蘇生がかけられるまでそのままです」
コトハの言葉にシンは最後の状況を思い出す。

(あそこまでのAIが積んであるとは思わなかった。 今までやったVRゲームの感覚だと危険だな。 現実に近い感覚を持って挑まないと、単位修得どころの話じゃないぞ)
良い経験ができたシンは思う。
何も知らない状態で戦闘をしていたら、1回目で死んでいたかもしれない。
そうなれば場合によってはロストという試験失格も在りうる。 シンはコトハが教えてくれた事に感謝した。

その後他の受講者も戦闘をし、2人はシンと同じ様に1匹は倒すことが出来ていたが死亡し、横柄な口調な男は2匹まで倒していた。
(口だけじゃなくて実力もあるんだな)とシンは少し見直していた。

だがその男は蘇生すると共にコトハに噛み付いた。
「あれって何なの? 3匹相手って無理がないか? アンタ設定に無理が有るんじゃないの?」
「いえ、元々全滅させることが目的じゃありませんし、死ぬ事は初めにお伝えしたはずですが」

そう答えるコトハにさらに男は続けた。
「ふん。 アンタさ管理者とかいってるけど、俺達と同じ学生だよね? 単に研究室の学生ってだけで」
「そうですね。 私は初年度から参加する事になりましたので、学年自体は皆さんと同じです」

シンはコトハの言葉で、コトハが通常の講座での試験で研究室入りしたのではなく、推薦等で入ったのかもしれないと推測した。
「じゃあアンタはこれどこまでできるの? VRに対応できる人材だっけ? それ見せてみてよ」
「いえ、私は別のクラスですし、変な影響があると困るので、モンスター相手の実戦はお見せできませんよ」

無謀な事を言う奴だとシンは思い、そろそろ口を挟もうかと思い始めていた。

「じゃあさ俺と模擬戦やってよ。 俺の練習になるからいいでしょ?」
「それもちょっと・・・ごめんなさい」
「ふう。 なんだかなー 上野研究室は優秀だと聞いて受講したんだけど、みんなアンタ程度なら噂だけだったかなー」

シンはさすがに我慢できなくなって、男に文句を言う為に一歩踏み込んだ。

だが、その瞬間コトハの方から異様な雰囲気が伝わってきた。
思わずコトハの方を見ると、コトハが表情をこわばらせ、男に話し始めた。

「・・・私の事はどう言っても構いませんが、研究室の皆さんは素晴らしい人ばかりです。 取り消して下さい」
「だからさ、それを証明してよ。 俺と模擬戦してくれれば取り消すし、謝るからさ」

どうやら男も本気で言ったわけでなく、単に模擬戦の口実に使ったようだった。
わざわざ試験を受けている以上、単位を取りたいのは事実だろうし、研究室のメンバーの実力も見ておきたかったのだろう。

「・・・分かりました。 では離れて武器を構えて下さい」
「よし、そうでないとな。 本気で頼むぜ」

コトハとの実力差は理解しているらしく、どうも負けるにしても純粋に経験を積む為の言動だったようだ。

「よしいつでもいいぜ。 アンタも早く構えてくれ」
離れた位置に立った男は武器を持ってないコトハにそう言った。

「私はこのままでお相手をします」
その言葉を聞くと男は表情を歪ませた。 舐められてると思ったのであろう。

「そうかよ! じゃあ行くぜ!」
男は走り出し、勢いをつけて剣をふろうと考えたのか、すでに振りかぶっていた。
男が数歩走った辺りでコトハの姿が比喩ではなく、本当に消えた


シンが気がついたのは、コトハが男のかなり後方で、手刀を振り終わった状態で片膝をついて止まっている姿だった。
男に目を向けると、なんと首が胴体の数メートル上でクルクル回っており、胴体はいまだ立ったまま。
既に生き絶えているのが一目でわかった。


(今のは・・・なんだ! 素手で首切り・・・ あれがクリティカルヒットか・・・)
名前しか知らなかった忍者の技が、シンの目の前で今行われていた。
それはシンにとってかなりの衝撃を与えていた。


蘇生した男にコトハが土下座せんばかりに謝っていた。
どうも本気でやってしまった様で、管理者として申し訳ないとしきりに繰り返していた。
対して男は先程までの態度をがらっと変え、親しげに話していた。

「いやーコトハさんだっけ? あんたすごいよ。 俺も今までVRを体験してきたけど、まさか人があんなスピードで動けるとは思わなかったよ」

そうVRとはいえ、極端に人ができない動きはなかなか再現できないものなのだ。
あくまでも人が五感として感じる事がVRである以上、人間の限界を超えた動きは脳が処理できない為、危険ですらある。

その後にも研究室の件を謝罪した後、コトハをべた褒めする男を見て、シンは性根は悪い男じゃないのか、と思い直していた。
2匹倒した事からも、能力は高そうであり、何より素の男の性格は意外に無邪気であった。
ドワやユマであれば仲良くしないようなタイプだったが、シンはこういうタイプはそこまで嫌いじゃなかった。

「なあ君、名前を教えてくれないか? 俺はシン。 機会があればまた会うだろうし」

そういうシンを見て男は答えた。
「そういやお前も良い動きをしてたな、俺はガラと言うんだ。よろしくな」
他の2人とも自己紹介しあい、今後のシーフの情報の交換を約束した。



こうやってシーフの訓練と初めての戦闘は終わった。



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少し文章がくどいでしょうか? 
読むぶんには良いが、書くと加減が分からなくなりますね。



[16372] 第6話  街の施設
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/21 12:57


シンは訓練を終えた後、言われていた通り元の場所に戻った。
そこにはすでにエルとノムはおり、ファイタークラスはまだ終わってないようだった。

「あれ? 2人だけ?」
「うん。 なんだかファイターって人が多いらしくてー 時間掛かるらしいよー」
ノムの答えに納得したシンは2人に訓練の様子を聞いた。

「メイジのクラスは面白かったわよ。 魔法撃ち放題だったから、気持ちよかったし」
「へー そういやそんな話してたな。 どういう魔法を使ったの?」
「それぞれ覚えている魔法だけしか使えないけどね。 私はハリト(HALITO)ってのとカティノ(KATINO)の2つを覚えてたからその2つだけかな。 でもカティノは当たりらしいわよ。 ずーと使える使用頻度が高い呪文らしいから」
「ふむふむ。 どんな効果なんだ?」
「カティノは敵1グループを眠らせて行動不能にできて、寝た敵だとダメージが2倍になるわね。 ハリトは、小さな火の玉を撃てるんだけど、生き物相手ならカティノを使えって教わったわ」
「そうか、何か凄そうだな。 どうやって使うんだ? やっぱり杖を持って長い呪文を唱えるとか?」
そうシンが聞くと、エルとノムは顔を見合わせた。

やがてノムが話し始めた。
「えーとね、武器は杖じゃなくても何でもいいのねー それで使い方なんだけどー 使いたいと思ったら目の前に大きな半透明なキーボードが出るの」
「え? キーボード? そっちでもか? 俺の方の罠開けでもキーボード入力があったよ」
「そうなんだー それでね、呪文の英語のスペルをそのキーボードで打ち込むと魔法が完成するから、最後に呪文名を言えば発動するのー」
「そうなのよ。 それで講師になぜそんなシステムか聞いたら、初めは長めの呪文を唱えるシステムだったらしいんだけど、教授が、伝統だ!って言い張ってキーボード入力になったそうよ」
それを聞き、教授へのイメージがさらに変人化していくシンだった。

「それでねー スペルを打ち間違うと、そんな呪文は存在しない!ってメッセージが出て1ターン無駄になるのー」
「高レベルの呪文はスペルも長くなるそうだから、慌てると結構間違うらしいわよ。 なんでもTILTOWAITって呪文を高速で打てるようになると、メイジとして一人前になったなーと感じるらしいわ」
そんな話を3人がしていると、戦士組が帰ってきた。

「よ、お疲れ様。 長かったな」
「ごめんねー 人が多くてさ。 なんだか前衛3人とも戦士って多いらしくて人も多い多い」
シンの声にユマが答えた。

「まあな でも俺達バッチリ練習してきたから頼りにしてな。 結構俺達3人とも筋がいいらしいぜ」
「うん 特にユマとドワの2人は現実での経験から、体の動かし方にかなり影響があるみたいだよ」
ドワとヒューマがそう続けた。

VRの世界とはいえ、現実世界での経験はきちんと反映される。 体を動かす事が得意な者は、VRでも動きが良いし、頭の回転が早い者は呪文に適性がある。
種族が決定される時に、きちんとその辺のデータが反映されていた。


シン達は、6人揃ったので先程のガルマの所に報告に行く事にした。

「やあみんな、お疲れ様でした。 ちゃんと訓練を受けてきたかな?」
ガルマの問に一同が頷く。

「では最後の講座として集団戦闘訓練を行おう。 それぞれ習った事を思い出しながら色々試してくれ。 戦術は無限にある。 リーダを決めてその指示に従った方が、集団として良い動きができるから決めておいてくれ。 じゃあ戦闘スペースにいこうか」
ガルマの後ろについていきながら、一同は当然の様にヒューマをリーダーにした。

「よし、じゃあ隊列を組んで用意していた武器や防具を装備してくれ。 用意できたらモンスターを動かすからね」
ガルマはそう言いながら6体の赤い鬼、名前はオークと出ていた者を出現させた。


6人は相談して並び方を考えた。 ノムとシンの位置については悩んだが、ノムのHPがファイター並にあったので4番目にした。
先頭からドワ、ヒューマ、ユマ、ノム、シン、エルの順番だった。
ガルマはこちらの準備ができた事を確認後、オーク達を動かした。

初めに動く事ができたのはシンだった。 シンは真ん中のオークに狙いをさだめ、引き絞った小型の弓を打ち込んだ。
2ダメージを与えた。 だがよろけながらもオークは死んでいなかった。
「ち、やっぱり弓はダメージが低いんだな」
シンは聞いていたことを思い出し、止めの方が良さそうだと思った。
次に前列のヒューマ、ユマが動き出し、簡単に1匹ずつを仕留めるのに成功した。
その動きは先程のシン達シーフと比べて遥かに力強いものだった。

次にオーク側2匹がドワとヒューマに攻撃を開始し、ドワは盾をうまく使って攻撃を止め、ヒューマが掠って2ダメージを受けた。
次にノムが動けたがヒューマの指示はまだ回復は必要ないというもので、行動はなし。
次にエルが指示の下、両手を盛んに動かし、【KATINO】と唱えた。
これによってオーク側は3体が眠ってしまい、動けるのは既に行動を終えていた1匹になった。
最後にドワが眠っているオークにロングソードで切り裂いて、2倍ダメージの10ダメージを当てて完全に即死させた。
これで1ターンが終了である。

次のターンでシンも眠っているオークを弓で仕留め、ドワ達が残りのオークを全滅させて戦闘が終了した。


「よし!お見事!」
見るとガルマが拍手して一同迎え、みんなは少し照れながらお礼を言った。

「いやいや、みんななかなかの動きだね。 やはりこのパーティーが本命かな」
ガルマのつぶやきを聞いたエルが何の事か尋ねたところ、ガルマは慌てながら言い出した。

「何でもなさいさ! どのパーティーが最初にボスを倒すかで、教授主催でトトカルチョなんかやってないからね!!」
分り易すぎるガルマの解説に一同は呆れる。

その後も色々なパターンで戦闘を経験し、ガルマから合格のお墨付きをもらった。
「みんな1日お疲れ様でした。 慣れない事で疲れただろう。 この後は冒険者の宿に部屋を取ってあるから、そこでゆっくリと休んでくれ」
「初日は宿を無料にしてあるから、ぜひ担当が気合を入れて作ったロイヤルスイートルームを体験してくれ」

一同はガルマにお礼を言い、訓練所を後にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


街に入った一同は、その作り込みの精密さに歓声を上げた。
「これは・・・すごいな・・・ 時間を掛けて作ったというよりも、何か違う理論が働いているようだな」
「うん、俺もここまですごいVRゲームは経験がないな。 これが上野教授の技術か・・・」
ヒューマとシンが感想を言い合っているところ、ユマとドワは元気に走り回っていた。

「おお!見ろよこの石畳! 一つ一つに別のヒビがついてるぜ!」
「走ってる感覚もすごいねー 本当に現実のようなシミュレーションをしてるようね!」

「2人とも恥ずかしいから落ち着いて! 今からいくらでも見るんだから!」
「お腹すいたなー」
エルとノムがそれぞれの性格らしい発言をしていた。 これでも2人は一番仲が良いのである。


「あ!あれじゃない? 冒険者の宿って!」
走り回っていたユマがメイン通りに建っている大きな施設を指さした。
「それっぽいわね。 早く行きましょうか、お風呂とかあるのかしらね?」
「ご飯は出るのかなー」
女性3人が歩き出すのを見て、男性陣も後を追った。


施設に入るとすぐカウンターがあり、そこにはストレートのセミロングを肩に垂らした女性が待機していた。
頭上には【管理者 メグミ】と付いていた。

「こんばんわ!冒険者の宿にようこそ! 私は宿を作成した担当のメグミと言います。 よろしくお願いしますね」
楽しそうに挨拶をしてきたメグミに、一同も自己紹介をした。

「本日は宿の料金は無料だから、ぜひロイヤルスイートに泊まってね! 一生懸命に作った自信作なの」
「基本的な宿の説明は受けてるだろうから、部屋の紹介をしますね。 部屋の料金は全て1泊で、値段が高い部屋ほどHPの回復が多くなってます。 呪文回数回復とレベルアップはどこの部屋でも同じです。」
「だから回復したいときに安い部屋に泊まって、次の日に僧侶で回復してまた泊まる事でお金の節約はできるけど、泊まりすぎると他のプレイヤーはどんどん攻略しちゃうから、適正な部屋で寝た方が良いかもね。」
「料金表はお一人様こんな感じです!」

馬小屋           無料   1泊
簡易寝台          10G    1泊
エコノミー         50G    1泊
スイートルーム       100G   1泊
ロイヤルスイートルーム   300G   1泊

「この馬小屋って何ですか?」
ユマが尋ねた。

するとメグミはふるふると震え、泣きそうな顔になって言った。
「あのね! プレイヤー救済で無料の部屋って設定で、私は藁を敷き詰めて少しでも寝やすいようにしたの! そしたら教授が甘い! って言い出して、勝手に馬の糞をシミュレートし始めてね。 どこから持ってきたのか本物も研究室に持ち込んで、臭いとか、弾力とかも全部再現した物をわざわざバラまいたの! 上級者権限で撒いてるから無くせないので、絶対馬小屋には泊まらないでね!」
それは・・・・・・嫌だなと一同は思った。

「でもそれ以外は手を出されてないから、安心してね! エコノミー以上にはシャワーやお風呂もつけたから、入る必要は無いけど気持いいわよ。 もちろんプライバシー保護もバッチシ!」
「あと食事は出ないから、ギルガメッシュの酒場を利用してね。 何か聞きたい事ありますか?」
特に無かった為、一同は先に食事に行く事にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


酒場に入った一同は、NPCの店員に席を用意してもらい、テーブルに腰を落ち着けた。
周りでも他のパーティーがそれぞれ食事をしていて、くつろいでいた。
一同はそれぞれが食事と酒を注文し、もうテーブルの上に並んでいる。

もちろんVRで食事をする必要性はないが、あまり人の通常の感覚を無くすと、現実に戻った時のギャップが激しくなる為、どのVRでも擬似的に空腹を体験させている。
酒に関してもほとんど効果はないが、味覚的な意味でVRでは盛んに使われている。

「カンパーイ」

一同はデジタルな食事と酒を楽しみつつ、感想と今後の事について話した。
「しかしここまで作りこんでいるVRを見ると、なおさら研究室入りをしたくなるね」
ヒューマの発言に皆が同意する。

「戦闘っていうからどんな感じかと思ったけど、割と現実の感覚に近いわね」
「そうだな、多少ギャップがあるがな。 ファイタークラスの講師も言ってたけど、だんだんキャラとプレイヤーが最適化するって言ってたから、今後は良くなるのかな」
ユマとドワが体捌きについて話していた。

「それでヒューマ。 明日からどういう風に動こうか?」
シンの問にヒューマが少し考えて発言した。

「うん まず武具を揃えてから、迷宮に潜ると思うが、とにかく慎重に行きたいね。 特にレベル1だと簡単に死ねるらしい」
「ああ、そうみたいだな。 NPCのレスキュー隊とやらに登録しとくと、地下1階では安く済む割に安全度が増すらしいって言ってたな」 
「そう言っていたね。 僕もそれは覚えている。 値段次第だが考慮に入れておこう。 しばらくは1戦ごとに地上に戻るぐらいの慎重さで望むべきらしいし、僧侶とメイジの呪文を最大限に使って戦うべきらしい」
「賛成だな。 1戦目から全力でいこう」
「うん。 ガルマも言ってたじゃないか、俺達が本命かもしれないってね。 自惚れるつもりはないが、序盤はどこのパーティーだってこんな感じだろうし、焦らずいこう」
その会話に他の皆もうなずいた。

「あ、一ついい話があるかも。 シーフの講師に聞いたんだけど、俺のAGIとLUCはかなりいいから、1階でも宝箱を開ける事を視野に入れて良いかもだってさ」
「ほう? 気軽に開けない方が良いとも聞いたが、それなら可能なら開けたいところだね。 もう少し確認しておきたいな。 明日先に訓練所に行って、その人にもう少し聞いてみようか?」
「え? あー いや、特別講師とか言ってたから、いないかもー」
そのシンの言い方にドワが聞きなおした。

「なんだ、歯切れが悪いな。 いないのか? それとも会いたくないとか?」
「んー いや会いたくなくはないというか、むしろ会いたいというか」
その言い方に長年つるんでるだけにドワが食いついた。

「おまえ! さては講師って女だろ! しかも仲良くなったな! 詳しく教えろ!」
「うるさいな! 何でもないって!」
騒ぐ2人にエルが子供なんだからと溜息をついていた。



食事を終え、宿に戻った一同は、それぞれ無料という事でロイヤルスイートルームを選択し、休んでいた。
シンも部屋に入ってみて驚いた。
写真でしか見ないような豪華な内装に、広々とした室内。ベッドにいたっては5人ぐらい寝れそうなほど大きかった。
風呂なんて完全にジャグジーで1人部屋としては有り得ない広さであった。

「凝りすぎだろ・・・あのメグミって人・・・」

とにかく疲れたのは確かなので、ベッドに横になった。
明日からいよいよ迷宮だと思うと興奮するが、目的を忘れてはいけない事も心に刻み付ける。
(遊びに来てるんじゃないんだから)

そしていつのまにか、シンは眠りに入っていた。



翌朝、またいつもの様にシンが寝坊し、ドワにベットからたたき落とされて、ようやく準備が整った。
全員でメグミに挨拶した後、ボルタック商店に向かった。

一つ通りを挟んだ大通りにあるボルタック商店は、朝から大変賑わっていた。
他のパーティーも、今日から迷宮入りの為、皆装備を整えにきているのだ。
他の部署からも管理者がたくさんヘルプにきていて、昨日お世話になった人達もいた。

皆忙しそうだったので、まずは品物の値段表から装備できそうな物を全員でチェックした。
1人頭だいたい150Gほどあったので、合わせて900Gでの買い物になる。


まず前衛の装備を整えようという事で、
ロングソード       25G×3本=75G  
胸当て          200G×3=600G
盾            40G×3=120G  ここまでで795G

次に後衛の装備で
ショートソード      15G
メイス          30G
革の鎧          50G      合計  890G


これを計算した段階で残り10G これは今日中に50G稼がないと、誰かが糞まみれになるという事である。
いや、ドワとシンが第一候補になるのは間違いない為、2人が反対した。
ユマの私じゃないから構わないという問題発言に「いや、その理屈はおかしい」と、さらにもめる事となった。


10分ほど騒いでいると、それ見かねたのか、ようやく管理人から声が掛かる事になった。

「おはよう、諸君。 私がボルタック商店の管理人、ボルタックだ」

声の方を見ると、長い黒髪を腰まで伸ばし、メガネを掛けた理知的な女性だった。
武器屋には似合わない風貌であったが、確かに頭上には【管理人 ボルタック】とあった。

リーダーのヒューマが店を騒がせた謝罪をし、原因を説明した。
「なるほどね。 でもアイテムの選択はそんなに間違ってないようだ。 1回の戦闘で50~100Gは手に入るから、要は勝てば問題ない」
「負けた場合は・・・考えたらいけませんね。 分かりました」
「そうだ。 その考えで正しい。 とにかくレベルが上がるまでは、一番勝つ可能性が高い手段を選ぶようにする事だな。 もう少しお金が貯まったら、またおいで 相談に乗ってあげよう」
「あと迷宮で未鑑定の物が見つかったら、持っておいで。 鑑定料はとるが判別してあげよう。 まあ判別しないで装備するのは勝手だがな」
ボルタックはそこまで言った後、思い出したように付け加えた。

「ああ、あと残った10Gで冒険者セットを買っておきたまえ。 冒険中に色々使う物がセットになっている。 松明や火打石、キャンプを張る時に使う簡易結界道具、保存食や水の類、迷宮用の白地図等だな。 特に松明は明かりの魔法が使えるまで必須だな。 地下1階は壁に松明がついていて自分の周りぐらいは見れるが、2F以降は真っ暗闇だからな」 

全員でお礼を言った後に、皆で装備を整えて店を出た。
そのまま町外れにあるという迷宮入り口まで歩くが、誰も緊張の為か口を開こうとしなかった。



いよいよ迷宮への挑戦が始まる。

 

-----------------------------------------------------

【ステータス】

名前   クラス   種族    性格 レベル AC HP  STR IQ PIE VIT AGI LUC (BP)

ドワ   ドワーフ  ファイター  善   1   3 12  12  7  10  14  5  6  (6)
ユマ   人間    ファイター  善   1   3 10  13  8  5  12  8  9  (9)
ヒューマ 人間    ファイター  善   1   3 11  13  8  8  13  10  11  (17)
ノム   ノーム   プリースト   善    1   8  9   7  7  14  12  10  7  (8)  
シン   ホビット  シーフ    中立  1   10  5   8  7  7  16  18  23 (29) 
エル   エルフ   メイジ    中立  1   10  4   7  13  10  10  9  6  (7) 


初期のHP計算は以下の物で設定しました。

Fighter    Thief   Priest   Mage   Samurai   Bishop
1d6+7     1d3+4  1d6+5   1d4+1   1d4+12   1d4+3



毎回全てのステータス、HP計算、装備交換によるAC表記等を記述しようかと思いましたが、あまり本文中に反映するつもりがなく、 
またとても時間がかかり、本文を書く時間が減りますので、必要を感じた時だけにさせていただきます。

また小説である為、全てを厳密に再現もいたしませんので御了承下さい。

ただし基本的には設定を大きく逸脱するような事は無いようにしたいと思います。
   



[16372] 第7話  最初の冒険(前編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/03/03 12:34
地下迷宮の入り口には管理者が1人と、NPCの衛兵が数人いた。

「冒険者の皆さん、お早うございます。 私は迷宮システム担当で管理者のクサナギと言います」
線が細い感じのメガネを掛けた男性で、礼儀正しい感じの人だった。

「はい、おはようございます。 今から初めて迷宮に潜りたいと思います」
ヒューマが代表して挨拶を返し、一同も頭を下げた。

「貴方達は昨日ちゃんと講習を受けた感じですね。 説明は少しで大丈夫ですね」
その返事にユマが質問した。

「みんな講習を受けたんじゃないんですか?」
「うーん。 実は昨日の段階で迷宮に入った人達もいるんですよ。 止めたんですけど、人よりも早く攻略した方が有利だとのことでね。
我々は極力冒険者の方の自由意志を尊重しますので、許可しましたが」

すでに迷宮に潜ったパーティーがいるようであり、軽い焦りのようなものをヒューマは感じた。

「ちなみにそのパーティーはちゃんと帰還したのですか?」
 その答えにエルが重ねて問うと、クサナギは頭を振りながら悲しそうに言った。

「全滅されましたね。 レスキュー隊への依頼も掛けてなかったので、死体はまだ地下1Fにあるはずです。 
全滅とはいってもおそらく階段からそう離れていないでしょうから、助けるパーティーがいればまだ1日ですし、ロストの可能性はほぼ0ですが」

その言葉に一同は押し黙る。 講習を受けなかったからなのか、それともそれほどまでに迷宮探索は厳しいものなのか。 
判断できない一同の間に沈黙が落ちる。
その様子を見かねたのか、クサナギが声をかける。

「ああ、そこまで心配しないでください。 きちんと昨日習った通り慎重に行動すれば、早々地下1階では全滅はしませんから。 
だから君達も余裕があったら彼らの死体を回収してみて下さい」
「回収はどうやって行うのですか?」
ヒューマがクサナギに質問した。

「直接死体を見つけたら触って【回収】のコマンドを行えば、死体は消えてパーティーの付属物として扱われます。 
死体を背負うわけではないので、パーティーのメンバーに空きを作らなくてもOKです」
クサナギはそう説明した後、報奨についても話した。

「全滅した場合は冒険者の宿に情報が送られて、誰でも確認できます。 回収できた場合は、クエスト扱いで国から報奨金がでますよ。 
ただしプレイヤー同士の共謀による不正の回収を行った場合は、運営からペナルティが与えられますけどね」

ヒューマはそれを聞き、昨日の講師の言った(仲が良いパーティーを作る事)の意味が分かってきた。 
潜る前にお互いに予定を伝えておけば、最悪の状況は免れる保険になるという事か。
同程度のレベルのパーティーとのコネクション作りも、今後の予定に入れておこうとヒューマは思った。


「さて、君達も潜る前にレスキュー隊への救出依頼を掛けておきますか? 階層毎に個別で依頼をかける形で、地下1階のみで有効の場合は100Gとなってますが」
「ええ、掛けたいのはやまやまですが、我々は現在所持金が無いので諦めます」 
「了解しました。 迷宮では同時に入るパーティーが多い時は、クローンされた迷宮に振り分けられます。
しかし全滅した場合や、死体として残っている場合は同時に全ての迷宮に存在し、誰でも探す事が可能ですので覚えておいて下さい。
それでは幸運を祈ってます。 頑張ってください!」 

一同はクサナギに会釈をし、目の前にポッカリと穴をあける迷宮への階段を下ろうとした。
すると、目の前にメッセージが流れてきた。

【Entering Proving Grounds of the Mad Overload】

「狂王の試練場か・・・・・・嫌なメッセージだ」
シンのつぶやきに全員がうなずいた。



階段は松明が幾つもあって足元に不安は無かったが、1Fに降りた時点でかなり薄暗くなった。
北と東にそれぞれ道が伸びており、通路に設置してある松明のおかげで20メートル先ぐらいまでは確認できるが、そこから先は良く見えなかった。
床や壁は岩盤をくり抜いて構成されているようだったが、綺麗に整備されており洞窟のような物ではなかった。
地上のざわめきは聞こえなくなっており、地下は無音が支配していたが、時折硬いものがぶつかるような音も聞こえてきた。
匂いまでシュミレートしているのか、湿っぽいような、かすかなカビのような匂いまでしていた。

「いやいや、すごい臨場感だな」
普段と違い、いささか元気がないドワの声に皆が頷いた。

気を取り直した一同は、習ったとおりに隊列を組み、役割の最終確認をした。
地図を作る必要があるとのことだったので、シンが行うことにした。

「今のところ判断がつかないけど、とりあえず北に進んでみよう」
ヒューマの声に全員で北に進み始めた。

80メートルも進んだ辺りで通路は右に折れ、そのまま30メートルも進むと右手に通路が現れた。
シンがマップを確認したところ、真っ直ぐだと中心部に近づく為、階段に近い右手を選択することになった。
右に折れ、また30メートルも進むと、少し先に木でできた古めかしい扉が現れた。

いよいよ戦闘の可能性がある。
僅かに緊張した一同だったが、ヒューマが皆に声を掛けた。

「さあ、単位修得と研究室入りへの第一歩だね。 でも僕らには目的があるが、もう一つ忘れない方が良い事があると思うんだ」
何事かと全員がヒューマを見つめる。

「この世界は教授達が渾身の力を注いで作成した世界だ。 教授の趣味がかなり入ってるみたいだが、みんなこの世界を誇りに思っているように感じるんだ」
一同は昨日から会った管理者の顔を思い出す。 全員、胸を張って嬉しそうにこの世界を説明していた。

「それに対して僕達も答えるべきさ。 目的を忘れず、されど楽しむべきじゃないかってね」
そういって笑顔で語るヒューマに、一同も答えた。

「あったりまえよ! 私達は来期から研究室に入るんだからね! 先輩たちの作った世界を堪能しなくちゃ失礼ってものよ!」

ユマの叫びにノムとドワが答える。
「そうですねー そうでないと先輩方に失礼ですねー」
「ヒューマ! お前いいこと言うじゃねーか。 おし! 気合入れるぜ!」

エルが笑顔で答える。
「うん。 驚かされてばかりじゃ悔しいわ。 楽しんで攻略しちゃいましょう」

シンも皆に語りかけた。
「大丈夫! 俺達は楽しんで目的を果たす。 俺達のチームなら絶対にできるさ」

「よし! じゃあ行くよ! みんな!」

ヒューマ達は隊列を保ったまま部屋に突入した。


部屋の中には赤い肌を持ち、角を生やし豚に似ている顔をした人間型の生き物が6体いた。
シンが頭の上方に視線を向けると、「人間型の生き物」と出ていた。

(そういえば初めは名前が判からないんだっっけ)
シンは昨日習った事を思い出す。
レベルが上がれば呪文で名前が判るらしいが、初めの内は戦ってみないと判からない様になっていたはずだ。

こちらに気づいた生き物はバラバラに立ちながら戦闘態勢をとっていた。
隊列を組んでこちらの前列3人が敵に壁を作れば、前列が死んだり麻痺でもしない限り後列のシン達3人には攻撃はこない。
ヒューマが早口で指示を出し始めた。

「エルはカティノを頼む。 僕達3人はそれぞれ2匹ずつ抑えよう」

ヒューマの言葉を聞くと、皆はそれぞれ言われた行動に移り始めた。
シンとノマは今回はそのまま待機した。

エルが大きく手を上げ、空中で手先を細かく動かしている。

「KATINO!」

【KATINO】カティノ  レベル1のメイジでも唱える事が可能であり、魔法の初期呪文でありながら、最強の魔法とも名高い呪文。
効果はモンスター1群を眠らせて行動不能にする。 眠った敵には2倍ダメージが適応される為、深層以外ではもっとも役に立つ呪文とも言われる。


エルの手からもやっとしたエフェクトが出たと思うと、生き物の頭上からゆっくリと光の粒が下りていく。
すると3匹が顔をしかめたと思うと、急に床に倒れ込んだ。

(うまくいったみたいね。 打ち間違えなくて良かった~)
強気の発言が多いエルだが、内心は気が弱いところがある。
周りを気にしすぎたり、自分の役割が果たせないと、かなり落ち込んだりもする。
大学に入るまではその欠点のせいで誤解される事も多く、なかなか友人ができなかった。
今一緒にいる友人達は、そのエルの性格を知りながらも変わらず接してくれており、エルにとってかけがえの無い仲間であった。


ファイターの3人は昨日の動きを覚えていてくれて、ターゲットを眠った敵に変えて斬りつけていた。
一撃で死亡する3体。 残った3体は目の前の相手に反撃をし、ドワが掠り傷を受け他の2人は回避していた。

ユマは戦いながら、普段の練習を思い出していた。
剣道で使う竹刀とは全然違う剣の重み。 だが敵も重さの為か、剣を振るってくるスピードはかなり遅い。
(これなら!)
ユマは残りの敵が体勢を整える前に飛び込み、がら空きの胴体に向けて切り込んだ。
反応できない敵の胴体に見事に剣は食いこむ。 しかし竹刀と勝手が違うためか、剣の中央が当たってしまい、思うようなダメージが与えられなかった。
(マズイ!)
慌てて剣を引き抜こうとするが、その時にはもう1体の敵がユマに剣を振り上げたところであった。
思わず目をつぶってしまったユマであったが、痛みはこなかった。
目を開けるとドワが盾でその攻撃を防いでいた。

「ユマ! なに目を閉じてんだ! いつものお前らしくねーぞ!」

ドワの声にユマは自分が落ち着くのを感じる。
武道をやってる人間として落ち着きが無い、とドワの事をいつもからかっていたが、今見るドワは別人のように落ち着いていた。

「分かってるわよ! 見てなさい!」
照れる気持ちはあったが、いつもの様に言い返しユマは剣を構える。
(いつも通り、いつも通り)
落ち着いて敵の攻撃をよく見ると、剣を使うにはまったくなってない動きである。

ユマは斬りかかってきた敵の剣を空中で弾き落とし、そのままがら空きの頭に剣を振り下ろした。
その一撃で、敵は崩れ落ちていった。

ドワは2体の敵を手に持つ盾で、巧妙にさばいていた。
体捌きに自信があるドワは、この程度の敵が相手なら4~5匹でもさばけるなと感じていた。
無理に攻撃を仕掛けなくても、自分には信頼できる仲間がいる。 
ドワはそのまま敵の注意を引きつけていた。

ヒューマはドワが作ってくれた隙を見逃す気は無かった。
1匹がドワの盾で防がれた為、体勢を崩した。
素早く横に回ったヒューマは、その首筋めがけて剣を突き刺した。
狙い通りに剣は突き刺さり、また1匹が倒れ込んでいった。

ユマもさらに1匹を斬り殺して、戦闘は終了した。

後ろで見ていたシンは、仲間の頼もしさをうれしく思いながらも、何もできなかった自分が悔しかった。
手を握りこむシンに、後ろから肩に手がかかった。
振り向くとノムが優しく微笑んでいた。

「シン君、落ち着いて。 私達はこれからやることが役割だよー」
そう言ってノムは残りの皆に声を掛けた。

「みんなすごかったよー カッコ良かった~ エルちゃんの呪文もすごく良く効いたねー」
そのまま皆と談笑するノムを見てシンは思った。

(やっぱりノムにはかなわないな)
本当に強い人とは彼女の様な事を言うのだろう。 自分のできる事、できない事を理解し、自然に振る舞うことができる。

(俺も今から自分の役割を果たそう)
シンも皆の元に歩き、今の戦闘をした仲間を賞賛するのであった。


ドワの傷はHPが1しか減ってない為、回復はしない事にした。
皆が見まもる中、モンスターの死体は消えていき、それぞれに経験値とお金が入った事が分かった。

「ふー これで今日は馬小屋はまぬがれたな。 危うく糞まみれだったよ!」
おどけていうドワに皆、緊張が和らいだのか爆笑した。

そのドワの台詞の後に、部屋の奥に宝箱が出現した。
シンが皆を見ながら説明した。

「あれが宝箱なんだけど、罠が仕掛けられている。 罠にも色々あるんだけど、今の俺達じゃ引っかかった場合かなり危険なんだ」
シンは少し箱に近づいて、様子を確認した。
見ただけでは罠の判別がつかない。 シーフツールを持って【罠識別】をしなくてはいけないのだろう。

「さてどうする? 中にはお金と稀にアイテムが入ってるそうだが、レベル1だとそれなりに失敗もあるのは間違いない」
シンの発言にヒューマが皆に話した。

「危険なのは間違いないね。 でも僕らの現状ではもう少し資金に余裕が欲しいと思う。 虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うしね。 僕はチャレンシしたいな」

笑顔で話すヒューマに皆もある事に気づき、快く同意した。
全員がシンの性格と、なぜシーフを選んだかを理解しているのだ。 
普通に振舞っているが、シンが他人が危険な戦闘をしてるのを気にしていないはずがない。
ここからはシンが皆の為に選んでくれたクラスの仕事。
であれば、今度はみんながシンを信頼する番だと。

「よし、全員一致だな。 じゃあシン、悪いが頼んだよ」
「ふむ 皆がそういうなら頑張ってみますか!」

振り返って箱と向かい合うシン。
(みんな気を使いやがって)
皆の気持ちに気づいたシンは、照れ隠しもあって箱に集中した。

ツールを持ち、【罠識別】を試す。
出てきた答えは【POISON NEEDLE】
(またコイツか)
昨日の記憶が蘇って少し嫌な感じを受けるが、皆の期待に応えたい気持ちのほうがシンには強かった。

「じゃあいくよ」
気合を入れて、空欄にPOISON NEEDLEと打ち込み、スペルが間違いないことを確認して、解除を実行した。

カチッっと音と共に、箱の蓋が勢い良く開き、宝箱の開封に成功した事を知った。
シンは安堵の溜息を突き、皆に告げた。
「ふう、OKだ。 中身は80Gと・・・ん これは・・鎧かな?」

箱の中身はお金と鎧っぽい形状のものだった。
鎧である事は判るのだが、視覚的にモヤが掛かって何の鎧か判別できない。
皆に見せるが、全員同じ状況だった。

「今朝の説明にあった未識別アイテムってやつらしいね」
ヒューマの話で、一同ボルタックで説明があった事を思い出した。

「じゃあ 帰ってからボルタックさんに相談してみましょうか」
エルの発言に一同は頷き、パーティーのそれぞれの状態を確認した。

呪文はまだ残っているし、ケガも微小である。
一同は冒険を継続できる事を確認し、次の部屋を目指して歩き始めた。

先程の通路まで戻って、今度は東の方向に歩き始めると、すぐ右手に入った所にまた扉があった。
その扉を開けることにし、一同は突入した。

そこにいたのは、ゼリー状の物体で、緑色の何とも言えない泡の様なものが表面に浮かんでは消えていた。
パーティーの気配に気づいたのか、そのゼリーは一同の方ににじり寄ってきはじめ、全部で3体いた。
今度は初めから名前が判っており、「バブリースライム」と表示がされていた。

「スライムかー どのゲームでも気持ち悪いものだな」
他のVRゲームでも見たことがある名前にシンは思わずつぶやいた。

「シン、あれは一般的に強いのかい?」
「いや、ほとんどのゲームでは雑魚扱いだな。 変種は強いのがいるけど」
ヒューマの問にシンは答えた。

「分かった。 じゃあ前衛で片付けよう。 ドワ、ユマいくよ!」
そういいながら、ヒューマは剣を構える。
ドワとユマも1体ずつ受け持ち、近づいてくるのを待った。

ヒューマはスライムが攻撃できる範囲にきたと同時に、踏み込んでスライムに斬りつけた。
動きが遅いためか、真ん中を切り裂いてスライムは力を失った。
ユマも一撃で仕留めたが、ドワの担当のスライムは、先に行動し液状の何かをヒューマに飛ばした。
体ごとかわすヒューマだが、飛沫が少し腕に掛かる。

「く!」

実際の痛みはチクリとした程度だったが、音だけは「ジュウワアァ」と大げさな音をたて、ヒューマの腕を焼いた。

「大丈夫ー?」
ノムが心配そうに尋ねるが、痛みは殆ど無いため、ヒューマは手を振って安心させた。
遅れてドワがそのスライムを叩き潰し、戦闘が終了した。

「ドワ! あんたが遅いからヒューマが怪我しちゃったじゃない!」
「しょうがねーだろ! 俺の種族はAGIが低くて先に動けないみたいなんだよ!」
ユマとドワが言い合っている中、ヒューマが口を開いた。

「いや、2人とも落ち着いて。 音はすごかったが痛みは殆ど無いから」
実際ヒューマのHPは1しか減ってなかった為、本当に音だけだったようだ。
それを聞いてユマもドワを言い争いをやめた。

「よし、じゃあシン 先ほどと同じ様に宝箱をよろしくね」
ヒューマの言葉にシンは「そのことなんだが・・・」と皆に説明した。

毒を受けた場合、消す手段が無い今の状態では、おそらく死亡の可能性は高い。
その毒消しのポーションを買うにもお金がいる。
またダメージ系の罠は、1階ではそこまでダメージがこないらしいが、エルやシンだと死ぬ可能性がある事。
利点としては昨日コトハがシンの特性値を見て、罠の解除の信頼性が高いとの言葉は一応もらっている。

この説明というか事実を皆で話し合い、レベルが上がるまではやはり宝箱は避けようと決まった。
HPが伸びればダメージ系も開けれるし、毒消しも買えるだろうとの推測だった。


部屋を出て先程の通路を少し進むと、また扉があった。
MAPを確認すると20×20で区切られた白地図の丁度真ん中に出るようである。
シンは皆にそのことを伝えた。

「ふむ。 1日目からあまり無理はしたくないが・・・皆はどう思う?」
ヒューマの発言にメンバーはそれぞれの考えを述べた。
大方の意見は、まだ戦える状態であるし、全滅したパーティーも気になるというものであった。

全滅したパーティーを助ける事は、メリットは褒賞があり、デメリットはライバルが増える点だろうか。
シンとエル以外のメンバーはメリット、デメリット関係なくなるべく助けたいとの事。
特にヒューマの、将来助け合う可能性があるとの意見にシンもエルも特に反対は無かった。
ここまでの部屋では死体は無かったが、この扉の向こうにあるかもしれない。

「よし、ではここを開けてまだ戦えるようであれば、近くの部屋を探そう。 帰るタイミングは誰か一人でもそれなりの怪我をした時でどうだろうか?」
ヒューマの言葉に全員が頷いた。



隊列を保ったまま扉を開けるが、そこは部屋でなく壁が有り、左に目を向けると広々とした空間が目の前に広がっていた。





[16372] 第8話  最初の冒険(後編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/21 13:02
目の前には複数の通路が交差していた。
右手にはまっすぐ伸びた通路があり、すぐ左手には扉がある。
正面には暗闇があり、その手前に看板らしきものがある。
左手にも右と同じくまっすぐ通路が伸びていた。

「あの看板ってなんだろうねー」
ノムが皆に聞くが当然誰も分からない。

右手の扉も気になるが、一同はまず正面の看板を確認しに行った。
そこには大きな赤文字で警告が書かれていた。


*** 回廊の終わりを越えようとしている ***
引き返しなさい!


その先には松明の光も届かない暗闇が広がっていた。

「どうする?」
「まだ僕達には早そうだな。 先に決めた通り右の扉を開けてみよう」
シンがリーダーのヒューマに聞き、その決断に誰も反対しなかった。

少し戻り扉を開けようとしたが、扉のある壁側の少し先にも扉がある事に気づいた。
マップを作っていたシンが皆に発言する。
「扉を開けるより、先にこの通路を確認しておいた方が良いかもしれないな」

皆も同意し、そのまま通路を進むと左手の壁には扉が等間隔で並んでおり、行き止まりにも扉があった。
ここでシンが、この行き止まりの扉が、20×20の地図の端である事を伝え、どこにつながってるか分からないと言った。

全員でマップを確認する。
階段付近の南西のブロックに全滅した冒険者がいた場合はもう見つかってるだろう。
一番近いこの北東のどこかの扉の向こうにいる可能性は高いと思われた。
「ふむ・・・じゃあ一番手前にあった扉から開けてみようか」

ヒューマの発言でまた道を戻り、最初の扉をドワが開けてみるが、また北に通路が伸びていた。
そのまま道なりに真っ直ぐ100メートル位進むと行き止まりで、右手に扉があった。
ドワがまた押し開けると、そこは部屋となっていた。

今度の部屋はそこまで広くなく、中央には先ほどと同じスライムが2匹うごめいていた。
前衛3人が突進し、スライムが動き出す暇なく叩き潰し、切り裂いた。
50G程手に入れ、出現した宝箱は無視をする事にした。

部屋の右手の壁には扉が2つ有り、正面には扉が1つあった。
左の方の扉から開けることにした一同は、中に大きめな彫像がある事を発見した。
彫像は角と長い牙がついた豚の姿をしており、その横に伝言のようなものがあった。
伝言は死霊や悪魔がいるとの警告らしかったが、一同には意味がよく分からなかった。

「これだけ?」
ユマが呆れたように言うが、シンはゲームで得た経験を思い出して発言した。

「うーん。 これがイベントだったら探せば何かあるかもしれないな」

そこで全員で部屋の中を物色すると、彫像の裏側から何かの鍵らしき物を見つけた。

「お なんだあるじゃん。 やっぱりこういう意味深な所はなにかあるんだな」
ドワの発言に皆もうなずいた。

この鍵も未鑑定状態だった為、後で確認するとして全員で部屋を出た。
今度は右手の扉を開けて見たところ、そこに探していたプレイヤーの死体と、人間らしき姿をした集団がいた。

「おい! ヒューマ! どうやらお目当ての全滅したプレイヤーらしいぞ!」
ドワの声にヒューマもうなずく。
人間らしき姿をした集団は全部で4人。 頭上には【ローグ】と出ており、明らかにプレイヤーでは無かった。

「人間ぽいとやりにくいわね!」
「そうね! でも向こうはやる気みたいよ!」
ユマとエルの言葉通り、こちらが仕掛ける前にローグの一人が斬りかかってきた。

曲刀を振りかぶってドワに斬りかかったローグを、ドワは盾で受け止めてから他のローグの動きのじゃまになるように押し込んだ。
その曲刀のスピードは先程の小鬼とは段違いで、技術を持っているように見えた。

「こりゃ厳しいかもな!」
「エル! カティノを頼む!」
ドワが叫び、ヒューマは指示をエルに出した。
エルは2回目で残り最後の呪文を唱える準備をした。

ユマは味方に動きを邪魔された右端のローグに向かって切り込む。
それに気づいたローグは、素早くサイドステップをし、ユマの剣を空振りさせた。
その動きを見るだけで、きちんとした技術を持つ事が感じられた。

ここで他のローグの行動前にエルのカティノが完成した。
煙がローグを取り巻くが、頼みの綱のカティノが成功したのは1匹だけであった。
「うそ!」
エルの声が自然に出るが、状況は変わらない。

ここからは前衛3人がそれぞれ相手を決め、切り結んだ。


ヒューマは横薙ぎに斬ってきた曲刀をしゃがんで避け、立ち上がりながら相手の腕に斬りつけた。
深く切る事ができたが、相手はまだ倒れずに、反撃をしてきた。
体勢を崩したヒューマの肩に、曲刀が切り込み鎧ごと切り裂いた。
思わずロングソードを落としそうになるが、ヒューマは耐えながら再度攻撃を仕掛けた。
今度は胴体の中央に横殴りの一撃をいれ、切っ先がかすめるだけであったがダメージは与えた。
大きくのけぞった敵に対し、ヒューマはさらに渾身の突きをはなった。
怪我の為か動きが鈍っていた敵は、胴体を貫かれてようやくその動きを止めた。

「やっと1匹か・・・」
ヒューマはつぶやいた後、奥の方で寝た敵が動き出すの見て動き始めた。


ドワは得意の捌きで耐えていた。
右から左から襲う曲刀に、盾を合わせはじき飛ばしていた。
先程の小鬼とはスピードが違う。
種族の為か、スピードが遅くなっているドワにとっては苦手な相手であった。
5合まで耐えたところで、焦れたのかローグが大きく振りかぶった。

「AIでも焦れるんだな!」

勝機と見たドワは、盾を構えて潜り込んだ。
振り下ろしは予想以上に早く、盾が間に合う前にドワの頭部をかすって肩に当たって止まった。
ズキッとした痛みが起きたが、普段の空手の練習で痛みには慣れていたドワは、構わず盾をぶつけ、右手の剣を胴体に差し込んだ。
敵の鎧で途中で止まってしまったが、ドワはその状態から脚のバネを使って、剣を無理やり押し込んだ。
崩れ落ちるローグを確認して、ドワは戦いに勝利したことを確認した。

先程ユマの声が隣から聞こえた為、心配で姿を確認しようと首を曲げた。
「ユマ!」
見えたのは、敵の曲刀がユマを切り裂いているところだった。


ユマは剣の重さに苦心していた。
先程の小鬼は比較的早く勝負がついた為そうでもなかったが、この敵のように防御がうまいと一撃ごとに腕が重くなる。
慣れている普段の竹刀との重さの違いに、無理な力を使ってしまっているのだろう。
AIで動いてるはずのローグは、ユマの状態を理解しているのか、無理な攻撃をせずに防御に徹していた。

「まるで! 人みたい!」

思わず声に出しながら(どこまで技術の無駄遣いをしてるんだか!)と教授たちを恨んだ。
5合目が空振りに終わってユマの体勢が崩れる。
すると待ってましたとばかりに、ローグはするすると前進してきて、曲刀を下から切り上げた。
タイミングが合ってしまったのだろう。 ユマは自分が痛みの割にかなりのダメージを受けた事を認識した。
衝撃と痛みがかみ合わない。 武道家として鍛えたユマの肉体は、そのギャップに体の動きが止まってしまっていた。

「あ」

見上げると敵の曲刀が大きく振りかぶられていた。
だがユマの体は動こうとしない。

(ごめん、みんな! 私ダメかも)
だが振り下ろされた曲刀は、飛び込んできた何かに防がれていた。


「ユマ!」
ドワは切り裂かれたユマを見た瞬間、両手の武具を手放して、何も考えずに飛び込んでいた。
ユマを庇うように敵に向けた背中を、曲刀が切り裂く。
「ぐ!」
軽い痛みに声が出るが、まだ体は動く。

「ユマ!」
声を掛けて目の前のユマを見ると、呆然とドワを見ているだけだった。
(これはやばいかもな)
剣も盾も捨ててしまったのは痛かった。
だが、おかげで間一髪間に合った。
ユマのHPはもうわずかだ。 今の攻撃が当たっていたら死んでいただろう。
できたらユマに反撃して欲しいが、この状態を見ると無理か。
ヒューマは? と首を曲げると、起き上がろうとしていたもう1匹のローグに止めをさしながら、悲しい顔をしてこちらを見ていた。
ヒューマは間に合わない。
もう1匹が参戦していたらさらにやばかった為、良い判断だと思った。
後ろではローグがもう一度曲刀を振り上げたのが視界の隅に映る。

(もう一撃耐えられるか?)
避ければユマに当たる。
ドワは自分の体力に賭けてみるべく、前に向き直ろうとした。


ユマは目の前のドワが切り裂かれるの呆然と見ていた。
曲刀が振り下ろされる寸前、飛び込んできたドワの背中が切り裂かれた。
目の前の出来事が信じられず、体ばかりか思考まで止まってしまった。
(ドワが、ドワが、ドワが)
繰り返す思考の中、ドワが自分の名前を呼んだ。
ようやく頭が動き始める。
体を縛っていた衝撃も抜け始めた。
だが、腕が上がらず、脚も動かない。
怪我の為にシステム上鈍くなっているのだが、ユマには分からない。
分るのはこのままではドワがもう一度斬られる事。
(お願い! 誰か!)
そう心のなかで叫んだ瞬間、ユマの体にあたたかい光が入ってくる。


後衛もただ見ているだけではなかった。
呪文を使い切ったエルは、素手でも戦おうと心に決め。
ノムは回復呪文【DIOS】ディオスの準備にはいって手を動かし始めた。

そしてシンは・・・切望していた。
(俺に! 攻撃方法を! 弓を! 特典でも何でもいいから! 頼む!)
しかし、この場でシンにできることは無かった。
そう――― シンの様に本日多くの後衛のシーフが、同じ様な気持ちを抱いていただろう。

そしてとうとうノムのDIOSは完成した。
柔らかい光がユマを包み、僅かであるがその体力を回復させ、傷をいやした。


ユマの傷が癒されると共に、体の鈍さも急激に取れ始めた。
ユマは手に持つロングソードを握りしめ、前を見る。
ローグは曲刀を振りかぶり、ドワは腕をクロスさせて、その攻撃を受け止めようとしていた。

「させない!」

ユマは剣を正眼に構え、ドワの横に一歩踏み出す。
武器を持たない敵を斬ろうと振りかぶったローグが、その動きに気づき一瞬動きを止める。
その一瞬があれば十分。
練習でこそ、防具がある相手にしか使ったことが無い技。
ユマは大きく一歩踏み込んで、腕を真っ直ぐ伸ばし渾身の突きをローグの首めがけて放った。
半ば切断しかけた首の後ろから、大きく剣先をはみださせローグは絶命した。


ドワはユマが敵を突き殺したのを見て安堵した。
(しかし、さっきのユマはどうかしていたな! 少しからかってやるか)
いつもの様に軽口を叩こうと、ユマの正面に出て口を開こうとした。

が、ユマがドワの顔を見た瞬間、大きな目から涙をぼろぼろ流し始めたの目撃してしまった。
(え?)
予想外の反応にドワが言葉につまると、ユマがなんとドワに抱きついてきて泣き叫んだ。
「ドワー ドワー ごめんね! ごめんね! 私の為にごめんね!」

ドワは固まってしまい、ユマは泣き叫ぶ。
それを見ていたメンバーは思わず微笑んでしまい、やっと全てが終わった事に気がついた。


「さて、みんな色々思うところがあると思うが、それは地上に出てからだ。 まだ冒険は終わっていない。 まずはドワの回復、次は全滅したパーティーの回収、それが終わったら全力で地上に戻る。 いいな!」

こういう時リーダーシップが取れるヒューマがいてくれてありがたいと皆は思った。
特に泣き止んだユマと照れまくってるドワは指示がなければ動けなかったところだ。
言われたとおりにドワが回復される間に、シンとエルが死体の回収、ユマとヒューマは扉を警戒していた。
無事回収できて、死体が消えた後、全員で今来た道を戻ることにした。

幸い敵は出てこないですみ、メンバーは無事に地上への階段を登る事ができた。

地上に登ると先程のクサナギがまだ待機していた。
一同を見ると嬉しそうに声を掛けてきた。

「お! 皆さん無事に帰れましたね! 冒険者への第一歩おめでとうございます。 んん? しかもパーティーの回収までやってますね! 朝から多くのパーティーにこの件は話ましたが、1人も死なずに回収までするとはすごいじゃないですか!」
「ありがとうございます。 この回収した方々ははどうすれば良いのでしょうか?」
「私が引き取りますよ。 カント寺院に送って全滅時の救済処置の蘇生を行いますので」

どうやら全滅時には蘇生をしてもらえるようだった。
ヒューマは確認の為に聞いてみた。
「その費用はどこから出るのですか?」
「ああ、もちろん冒険者から取り立てますよ。 具体的に言うと、ボルタック商店で販売する時に自動取り立てとなりますね。 あと武具が無くなっていた場合は、特例で借金で最低武具の支給はしますよ。 高利ですが」

やはりそこまで甘くはないらしい。

「蘇生した時に、どこのパーティーに救ってもらったか分るようにしてますので、お時間があったら会われるといいですよ」
わかりましたとヒューマが答える。

「そして君達の報酬ですが、ここでお支払いしますね。 地下1Fの場合は500Gとなってます。 君達の働きに我々も感謝してますよ」
そう締めくくってヒューマ達から死体を引き取り、クサナギはカント寺院に向かっていった。

無理をしたかもしれないが、思わぬボーナスとなった回収に一同は笑みを浮かべた。
「さて、時間もまだ昼過ぎだし、ボルタック商店に行ってからその後酒場でミーティング。 その後は各自自由行動でいいかな?」
ヒューマの提案に、一同は同意の声を上げ、ボルタック商店に向かう事にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ボルタック商店に入った一同は、まず未鑑定のアイテムである、鎧と鍵をボルタックに見てもらうことにした。
「鍵は鑑定料無料だ。 イベントアイテムで【銀の鍵】という名前だ。 用途は教えられない。 鎧は鑑定すると375Gかかるが行うかね?」
「結構高いんですねー」
ノムの返答にボルタックは長い髪の毛を払いながら尊大に頷く。

「その通りだ。 鑑定料は買取額と同じってのががボルタックのルールでね。 まあとは言ってもそのうちビショップのクラスの奴で、もっと安く鑑定する者が出るだろうから、それまでの我慢さ。 さてどうする?」
ヒューマが頼もうとした時に、シンが口を挟む。

「お聞きしたいことがあるんですが」
「ん? なんだね」
「未鑑定物でも装備はできましたよね。 効果に変わりはないんですか? あと未鑑定の物を装備するデメリットはあるんでしょうか?」
「む? 貴様・・・。 まあ良いか、効果は変りない。 デメリットは呪われる時がある。 呪いの解除には売値と同額がかかる。 これで満足か?」
「もう一つ良いですか? 呪われていた場合の装備の効果はどうなりますか?」
「その場合は装備解除不可になって、攻撃やACなどにペナルティがある。 お前システムを理解しているようだな」
「はい。 ありがとうございます。 少しみんなで相談しますね」
シンは皆を連れて店の端まで行ってから口を開いた。

「鑑定せずに装備しよう。 朝の時にさ、買取額のことも聞いたんだけど半額らしい。 という事は鑑定の値段でアイテムの目星がつけれるってことだよ。 375Gの倍は750Gの鎧で間違いないと思う」

シンの話にドワが尋ねる。
「でももし呪われてたらマズイんじゃないか?」
「その場合は素直に375G払うしか無いね。 でも鑑定して呪われていた場合は差し引き0で何も無し。 正常だった場合は鑑定で375G払う必要があるけど、正常で鑑定無しで装備したら丸々儲けになるからね。、後は1階で出るアイテムが呪われてるかどうかの確率だと思う。」
「今なら呪いを解除できるお金があるから、装備して外せなくても375Gで済むので最悪は免れる。 あと俺は1Fではそう簡単に呪いのアイテムは出ないんじゃないかなと思ってるけど」
「なぜ?」
エルが聞いた。
「お金が無い状態で呪いのペナルティを受けたら、地下1Fでも危なくなって詰むかもしれないだろ。 だから地下2F以降は呪いが多いかもね」
「ふむ・・・ 分かった。 僕はシンの考えに賛成するよ。 確かに最悪は免れるわけだしね」
「Okー じゃあ俺が試しに装備してみようか」
ドワが言い出して皆も同意した。

着ていた胸当てをはずして、鎧?を身につけたドワはACが-1されていることに気づいた。
「おー シンが言った事ビンゴかも。 ほら、ちゃんと脱げるし、ACも鎧と同じだけ下がったし」
「へー 良かったねー お金0Gですんじゃったねー」
「こういう事はシンは得意ね。 色々なゲームの経験があるってこの試験だと有利かもね」
ノムとエルの声に笑顔で返したシンは、真面目な顔になって皆に頼み始めた。

「それでさ・・・余った分でみんなにお願いがあるんだ。 俺の装備で弓を買ってくれないか? 小型の弓ってやつで600Gもするんだが・・・・・・ 絶対パーティーの役に立ってみせるから!」

シンの発言で皆は先程の戦闘を、シンが相当気にしていた事に気づいた。
確かに周りが戦う中、自分だけが何もできないのは苦しいことだろう。
皆は頭を下げるシンに口々に話かけた。

「何いってんだ。 お前のおかげでタダでよろいがゲットできたんだ。 好きなものを買えよ」
「シン君なら弓もうまそうだねー」
「うん 有効なお金の使い方だと思うよ。 気にせずに買ってくれよ」
「そーそー 援護期待してるからねー」

「すまん。 大事なお金だが使わせてもらうな」
シンはそう言って皆とボルタックの所に戻った。

「ん? 話はまとまったのか?」
「はい 鑑定は結構ですから小型の弓を売ってもらえますか?」
「ふん そう言うと思ったよ。 ほらこれだ。 お前BP29出したんだろ? 有効に使えるはずだ」
ボルタックにまでボーナスポイントの事を知られているとは思わなかったシンは、少し顔を赤くしてお礼を言った。
「ありがとうございます。 頑張りますよ」


シンは皆の心遣いに感謝しながら、新しい武器『小型の弓』を受け取るのであった。



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今回の1Fのモンスターの簡易HPデータ

バブリ-スライム  HP:2~4(1D3+1)
オーク       HP:1~4(1D4) 
ローグ       HP:3~11(2D5+1)

ローグがいかに1Fの強敵か分かりますね。





[16372] 第9話  明日への準備
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/21 19:53

残金が余り無い為、もう買い物はできなかった一同は、ギルガメッシュの酒場に行くことにした。
奥のテーブルを借りて、一同は腰を落ち着けた。

「さて、一応今日の振り返りをしてみようか」
ヒューマが切り出すと、すぐにユマが言い始めた。

「まず私から言わせてね。 最後の戦いは完全に私の失敗だったわ。 剣の重さの感覚をつかんでいなかったからね」
そこまで一気に言った後、ユマがドワの方見ながら続ける。
「みんなを危険にさせて本当にごめんね。 特にドワ。 助けてくれてありがとう」

ユマの発言に皆が発言する。
「そんなことないよー ユマちゃんよくやってたと思うし」
「そうよ。 それを言うなら私のカティノが1匹しか効かなかった事にも原因があるわ」
「うーん。 僕もユマはよくやってたと思うけどね」

だが謝られたドワだけが腕を組んで、目をつぶって黙っていた。
他のみんなもそれに気づき、ドワの発言を待った。

しばらくしてドワが話し始めた。
「ユマ」
「は、はい!」
普段の会話とは違う2人の雰囲気に、周りは心配そうに見つめていた。

「で、何時から行く?」
「は? えーと?」
ユマはてっきり怒られると思っていたので、ドワの発言の意味が分からなかった。

「ん? 行くんだろ? 訓練所。 剣の重さを掴みに行くんだろ? 練習台になってやるよ」
そう言ってニヤリと笑うドワ。
「抱きついてもらったお礼もしないといけないしな」

「バ、バカ! 当たり前じゃない! 今日中に完全にマスターするわよ。 あと抱きついた事は今すぐ忘れなさい!」
顔を真っ赤にして叫ぶユマと、それをからかうドワ。 
いつもと同じ2人に周りはほっとした。

「しかし・・・ 誰も死ななかったし、俺は真面目な話よくできた方だと思うな」

シンはそう言ってギルガメッシュの掲示板に張られた、本日の全滅パーティの一覧を見た。
そこには初日にして、2組のパーティの名前が張られていた。
クサナギの言う事を信じれば、1日ぐらいではそうそうロストはしないようだが、僅かながらでも可能性があるのが恐ろしかった。
階段から遠くないだろうし、明日になればプレイヤーのパーティーが見つけるとしてもだ。

「うん。 危険な瞬間はあったが、それでも僕らは乗り越えた。 明日はもっとうまくやれるさ」
ヒューマの声に皆も力強く同意した。

その後くつろいでいる一同に、あるパーティーから声がかかった。
見ると、先程回収したパーティーの面々だった。

「君達が俺達を回収してくれた人達か。 俺はこのパーティはのリーダーのナオトって言うんだ。 一同君達にお礼を言いに来たんだ。 本当に感謝しているよ」
「いやいや、困った時はお互い様さ。 それよりも全員無事に生き返ったみたいで何よりだ」
「ああ、アイテムもほとんどそのままだったよ。 それも君らが1日目で回収してくれたおかげだ。 なにかお礼をできるといいんだが」
「必要ないよ それよりも一緒に少し飲まないか? お互いの情報を確認すれば、生き残る確率も高まるはずだ」
「良い案だな。 それじゃあ少しお邪魔するか」

もう一つテーブルを用意して、2パーティで色々な情報を話しあった。
ナオトのパーティーは中立のクラスがメインで、中立5人、善は僧侶が1人のパーティーだった。
話を聞くと、ヒューマ達と同じ様な経路を通り、鍵を手にいれる前にあの部屋でローグの5人集団にやられたそうだ。
1匹は倒したが、その後が前衛の3人が攻撃に耐えきれず崩壊したらしい。

初日から途中で講習を飛ばして潜ったのは、先を行くメリットが有るとの判断だったらしい。
それでもあそこの部屋まで行った辺り、パーティーの質は良いものだろう。
ヒューマ達から集団戦闘の訓練などの講習の内容を聞くと、ナオトは素直にメンバーに判断ミスを謝っていた。

ヒューマは良いパーティーだと判断し、皆に確認してからイベントアイテムの件を話した。
「良いのか? 大事な情報のようだが・・・」
ナオトが驚いてヒューマに確認するが、ヒューマは笑みを浮かべて答えた。
「先は長いんだ。 こんな情報はすぐに出まわるさ。 それよりも僕達としては助け合えるパーティーと今後も付き合いたいと思ってるよ」
「そうか・・・ いやこちらこそ今後とも頼むよ。 君らとは良いライバルになれそうだしね」

ナオトの同意にパーティーのメンバーはお互いに今後の健闘を約束した。

ナオト達と別れた後、訓練所に行くメンバーを確認すると、全員が行くつもりである事が分かった。
各々が今日の戦いに思うところがあるのだろう。
訓練所まで一緒に行き、その後はそれぞれのクラスの講習を受けに行った。



ヒューマ、ドワ、ユマはファイタークラスの講習を個別に受けていた。
昨日は初日に作成したての戦士で溢れていたが、2日目の今日は再講習を受けに来ただけの人数な為、それほど多くなかった。
だが参加していたメンバーは、皆強くなるために自主的に来ているだけあって熱気に溢れていた。

ヒューマはバランス良い戦闘を学びたかったので、剣技、防御等をバランスよく受けた。
戦士はどの様な武器でも装備できるのが強みだが、覚えたての現在では色々な武器に手をだす余裕も無く、ひたすら剣と盾を使ったコンビネーションを練習した。

ドワはAGIの低さから先制攻撃はあきらめ、カウンターを主体とした受けの技術を中心に学んだ。
体に染み付いた空手の技術を、うまく防御技術に転換できればとの思いがある。
足技は使うことはできないが、手技をうまく盾に使えれば、シールドバッシュとして使えそうなのが分かった。
(もうユマを泣かせるつもりはない)
ドワはみんなを守る事を念頭に考え、技術を修得していった。

ユマはカカシを前で剣を振るっていた。。
戦士の講師から学んだ剣の技術は、力を使って叩き潰すような物が多かった。
このVRの中ではユマはそこそこのSTRがあったが、今まで学んできた技術はスピードを生かすものであり、そのギャップに苦しんでいた。
そのユマの姿を見ていた講師が言葉を掛けてきた。

「ユマ君、君の持つ技術はもしかしたら戦士向きじゃなくて、侍の技術に似ているかもしれないね。 侍は剣で斬ることを主眼に置いて技を磨いているんだ。 もしよければ、特別に侍クラスの講習を受けれるようにできるが、どうする?」
その言葉に一縷の望みを持ったユマはぜひにとお願いをした。

話をつけてもらって行った侍クラスは2人しか受講者がいなかった。
初期ステータスに高BPを持った者しかなれない為、選択した者が非常に少なかったのである。
講師は着流しのキモノを着た男性で、ムサシと名乗った。
ムサシはまずユマに剣を振らせてから、アドバイスを始めた。

「成程、確かに侍の技に似ているようだ。 それでは戦士の力任せの技は大変だったろう。 まあ戦士と言っても色々なタイプがいるから、そのうち自然に自分に合ったやり方が身につくんだが・・・ 君は将来はサムライも考えているかい?」
ムサシの問にユマは考えてから言った。

「そう・・・ですね。 なるまでが大変と聞きましたから、なるつもりは無かったんです。 でも自分に合っているなら・・・時期がくれば将来選びたいとは思います」
「そうか、では問題ないな。 一度覚えてしまうと途中で変えるのは大変だが・・・ 元々の君のスタイルに合っているなら侍の剣技を教えよう」

ムサシが教え始めたその技術は、剣道をやっていたユマにしても難しかった。
刃を立てずに流すように斬ることで、より深く切り込む技術。 
力を直接剣に乗せるのではなく、引くスピード早くする方向に使う。
試し切りとして鎧を切ったが、ユマの技術では表面を斬る事がやっとだったが、ムサシが行ったそれは、完全に硬い鎧を見事な切断面で真っ二つにしていた。
それからユマは日が暮れるまで、この新しい技術を自分の物にしようとカカシを斬りつけていた。



一方、シンはシーフのクラスに来ていたが、いたのは昨日会ったガラだけであった。
「よ! シン、お前も無事に帰ってきたか。 まあお前は良い動きをする奴だったから当然か」
「やあ、ガラ。 そういう君も無事だったようだね。 初日はどうだった?」

ガラのパーティーは悪で固められたパーティーらしく、戦士、盗賊、僧侶、僧侶、メイジ、メイジの変則気味のパーティーであるそうだ。
「だから俺も前列の重要な役目なわけよ。 まあ思う存分切れて楽しいけどな」
そう言いながらガラはひたすらカカシに向かって切り込んでいた。
スピードを重視した斬り方は、昨日コトハに習ったようで、十分に堂に入っていた。

「お前の所は後衛ポジションだっけ?」
「ああ、それで弓を手にいれたので今から練習さ」
「ほー それボルタックの所で見たけどかなり高い奴だよな。 よく初日に手にいれることができたな」
感心するガラにシンは笑顔で答えた。

「ああ。 メンバーに無理を言ってね、こうして使わせてもらうことになったのさ。 だから気合入れて今から練習ってわけさ」
「ほほー 俺の所じゃありえないな」

シンはカカシに向かって弓を構え引き絞った。
狙いは頭部、的は小さいが当たればダメージはそれなりに出るはず。
一瞬後、見事にカカシの頭部に矢が突き刺さった。

「おお、うまいもんだな」
「ありがと。 だが動く敵にどれだけ当たるのか・・・」

そうつぶやいたシンに真後ろからいきなり声がかかった。
「あらら シン君うまいねー」
後ろを振り向くとコトハがすぐそばに立っていた。
シンが全く気づくことができなかった事に、コトハのレベルの高さがうかがいしれた。 

「お、コトハちゃーん。 今日も来たんだな。 もしかして俺に会いに来たとか?」
そう言ってニヤニヤ笑うガラ。
昨日の喧嘩腰の態度が嘘のようだ。

「全然! シン君には会いに来たけどねー 忍者クラス誰もこなくて暇なんだもん」
「そうかいそうかい。 ようシン、色男! ニクイねこの!」

ガラがしきりにからかってくるが、ドワで慣れているため反応せずにコトハに尋ねた。
「コトハさん。 そういやここのシーフの講師ってどこにいる?」
「あー 彼は人に教えるような人じゃないからねー。 どこ行ったかは私も知らないんだ」
それは講師に任命する方が駄目だろ・・・と思ったシンは話題を変えた。

「そうだ、コトハさん。 俺さ弓のコツとか教えて欲しくって来たんだけど」
「コトハでいいってば。 んー 弓かー 私もほとんど使った事ないんだよね。 忍者だとしゅりけ・・・ゴホゴホ。 とにかく私もよく分から無いな」
途中でごまかした言葉も気になったが、それよりも弓の技術は独学で覚える必要がありそうな事にシンは溜息をつく。

「ふう・・・ 動く敵にどうやって当てるかが自信ないな・・・」
「あ、なんだ。 それなら私が的になるよ。 ちょっと待っててね」
そういうとコトハはダガーを取り出し、10メートルぐらい離れた所で構えた。

「OK- いつでもどうぞー」
「いやいや! いくらココが死んでも平気なところだって、いくらなんでもそれはできないよ」

慌てて断るシンに、ガラが真面目な声で言ってきた。
「いや・・・シン。 たぶん本気で狙ってもありゃカスリもしないぞ」
コトハを見ると、手に持つダガーを準備運動のつもりか振り回していたが、すでにシン達の目にはダガーどころか腕が見えなくなっていた。

「問題ないってー 当たってもそんな矢じゃ今の私だとたぶん刺さらないよ」
どんなバケモノなんだとシンは思うが、コトハの言う事はおそらく事実なんだろうとも思う。
女の子に向かって弓を打つのは気が引けるが、せっかくシンのためを思っての行動を無駄にする方が失礼であろう。

「わかった! じゃあすまないがよろしくお願いします!」
「うん! どんどんきてー」
そう言ってコトハはゆっくリと動き始めた。

さすがにいきなり体は狙えなかったので、シンはその足元を目標に弓を構えた。
動く的は、やはり狙うのが難しかった。
シンはコトハの動く少し先を目指して、矢を放った。
吸い込まれるように矢はコトハの足を目指すが、呆気無くダガーで弾かれた。

「もっと本気出していいよー」
コトハの言葉に今度こそとシンは狙いを胴体に定め矢を放つ。
そして今度も簡単に弾かれる。

「すこしずつ動きを速くするねー」
コトハは言葉通りに動きを速くしていき、シンはもはや遠慮どころではなく本気で弓を放ち始めた。
ある時は弾き、ある時はかわし、一矢足りとも体に当てる事はできない。
夢中で矢を放つシンは、だんだんコツが分かってきた気がしていた。
どれだけ先読みすれば良いのか、相手が動きが止まる瞬間を予測する技術など、少しづつだが確実に覚えてきていた。

かなりの時間が過ぎた頃、コトハが動きを止めてシンに告げた。
「ごめーん。 そろそろ時間らしいから終わりかもー」
シンは弓を引き絞ったところだったが、コトハに言葉を返した。
「分かった! 本当にありがとう!」

シンの返事にコトハは笑みを浮かべて武器をしまい始めた。
シンも弓を戻そうとした瞬間、手が滑り、つがえていた矢を放ってしまった。
矢はこちらを見てないコトハの胸元に吸い込まれていく。

「コトハーーーーー!!」
シンの声にコトハはこちらを見たが、すでに武器を仕舞っていた為、弾くのも間に合わない。
矢はコトハの胸の真ん中に当たった。


そして弾けとんだ。
「え?」

間違いなく勢いがついた矢が、薄い服しか着ていないコトハの大きめな胸にあたり、そして弾けとんだ。
コトハの先ほど言ったセリフが、間違いなく本当だった事に改めてシンは気づく。

「装備なしであの硬さ・・・ あれが忍者か・・・」
昨日に続き、最難度の作成クラスの凄さを垣間見たシンであった。

そしてコトハは顔を赤くしながらシンにこう言った。
「シン君! 変な所狙わないで! 」

後ろではガラが大笑いをしていた。



こうして2日目は終わった。







[16372] 第10話  レベル2への道
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/22 19:23


冒険者の宿に泊まった一行は、翌朝酒場で合流した。

奥のテーブルで軽い朝食を食べた後、コーヒーや紅茶を飲みながら本日の予定を確認した。
昨日の戦闘で僅かにケガが残っていた戦士組も、簡易寝台で寝たおかげで完全な状態に戻っている。
本日の目標としてはレベルをあげる事。 昨日の戦闘でレベルアップまでの経験値は約半分ほど溜まっており、可能だと思われた。
ただし、無茶しないでエルとノムの呪文が切れたら帰還する。
また今後の為にも今日は各自で判断し、特殊な行動をする時は宣言すること。
宝箱も本日は無視する事。
全滅したパーティの事も念頭に入れて、可能なら助ける事。

このような事を決めてから、一同はギルガメッシュの酒場を後にした。



迷宮の入り口には、昨日と同じくクサナギがいた。
「やあ皆さん、お早うございます。 よく眠れましたか」
一同も挨拶を返す。

「昨日全滅したパーティは、もう救出されましたよ。 報奨金狙いで早朝から入ったパーティがいましたしね。 まあ救われる人がいるのだから問題ありませんが」
クサナギの言葉にヒューマは軽くうなずく。
(結果は良い事だが・・・あまり好きになれない行動だな。 それとも僕が甘いのかな)

「皆さんはレスキュー隊への依頼はされますか? 昨日説明した通り値段は100Gになってますが」
一同は相談したが、ぎりぎりのお金しか無い事と、遠出をしない限り他のパーティからの救出の可能性が高そうなので、断った。

そして一行は昨日と同じ『狂王の試練場』のメッセージを聞きながら地下に潜っていった。


地下に降りた一行は、昨日と違う東の通路を進むことにした。
50メートルも進むと通路は行き止まり、左手に扉があった。
一行はお互いに頷いてから、昨日と同じ様に玄室に突入した。


部屋には緑色の皮膚を持つ犬のような生き物が6匹いた。
名前は『人間型の生き物』としか出ていないが、戦闘訓練でも相手をした【コボルト】だろう。
前衛の3人はさっと部屋に展開し、持ち場を決めた。

一番最初に行動できたのはシンだった。
昨日は動けても待機するしかなかったが、今日は小型の弓を強く引き絞って、中央のコボルトめがけて矢を放つ。
矢は見事にコボルトの胸元に突き刺さり、絶命させた。
「よし!」
昨日散々味わった焦燥感はもはや無い。
シンはさらに矢をつがえようとする。

コボルトの1匹がヒューマに攻撃を仕掛けるが、ヒューマは軽く避けそれをかわす。

次にエルが指示される前に『カティノ』を唱えた。
今回はよく効き、4匹が眠った。
「やった!」
エルが嬉しそうに叫ぶ。 昨日のローグへのかかり具合が気になっていたのだ。

寝てる2匹をユマとヒューマが仕留める。
ドワは起きているコボルトに対し、力任せにロングソードを横殴りに振るうが、粗末ながらも盾で防がれてしまう。
(ち! やっぱりAIなのによく動きやがる)
ドワは生きているかの様に振舞う敵を見て、あらためてそう思う。

全員が行動した後、次に最初に動いたのはユマだった。
なるべく昨日教わった動きができるように、剣を滑らせるように斬りかかった。
ユマの攻撃は敵の肩の皮膚を切り裂いたが、まだ仕留めるには至らなかった。
(でも、昨日より腕が重くない)
教わった技術が自分に合っている事にユマは嬉しさを覚えた。

次にシンが寝ている敵に向かって矢を放つが、外れてしまう。
(昨日は動かない的にはほとんど当てられたのにな! やっぱり戦闘中は慌てるな)

切りかかってきたコボルトの剣を、ドワが盾ではじき飛ばす。
体勢が崩れた敵にすかさず剣で切りつけ、止めを刺す。

最後にまだ寝ている1匹にヒューマが攻撃を仕掛け、これは仕留める。

全員が動き終わったあと、寝ていた最後の1匹が頭を振りながら起き出していた。
だが動き出す前に、シンの矢が突き刺さり、止めをユマが決め戦闘は終わった。

「ふう、無傷で凌げたのは上出来だったね。 エルのカティノのおかげかな」
「そ、そんな事ないって。 みんなすごかったじゃない!」
ヒューマの声にエルが答えるが、照れているのは間違いない。

ドワがシンに声をかける。
「シン、 弓 いい感じだな」
「うん 練習した甲斐があったよ。 先制攻撃できそうなのは利点だな」
シンは練習に付き合ってくれたコトハに感謝した。
ついでに最後の胸に当たった光景も思い出してしまい、頭を振って失礼な考えを振り払う。


出てきた宝箱は打ち合わせ通り無視して、一行は部屋を出る。
階段の方に通路を戻っていると、暗闇に歩いてくる一団が見えた。

「他のパーティかしら?」
「そうかもしれないわね」
エルの声にユマが返す。

シン達はその場に留まって、人影が来るのを待つ。
しかし、現れたのは骸骨の集団だった。

「みんな! 戦闘態勢に!」
ヒューマの声が上がり、一同は慌てて武器を構えようとした。
(油断していた!)
シン達は通路にも敵が出る可能性を失念していた。
このままでは先制攻撃を受けるかもしれないとシンは考えていた。

しかし、一行の考えとは別に、その骸骨達は武器さえ構えずに無造作に歩いてきて、シン達の前で止まった。
頭上には【がいこつ】とだけ出ているが、実際の名前は違うのかもしれない。
骨だけでできている体は不気味な事この上ない。
顔にぽっかりと開いた目があったはずの空洞は、どこを見ているかも分からない。
そのまま攻撃をしてこない敵を見て、(何かおかしい)と一同は思った。

「みんなはそのまま待機していてくれ」
そう言うとヒューマは油断なくじりじりと近づくが、敵は変わらず反応をしてこない。
少しそのままでいた敵は、ヒューマを避け横を通り過ぎ、そのまま一同の横も通り過ぎて行った。
背中を無防備に向ける敵たちに対し、シンはチャンスかもしれないと思い、一同に声をかけた。

「今攻撃を仕掛ければ、かなり楽そうだがどうする?」
シンの発言に、ヒューマ、ドワ、ユマ、ノムが反対した。
敵対していない者に攻撃するのは気分が良くないらしい。
どちらでも構わなかったシンとエルは、皆がそう言うのであればと同意した。

「モンスターも敵対するだけじゃないみたいだね。 こういうのもイベントなのかな?」
「うーん どうだろうな。 この辺は他のパーティからも情報を集めてみるか」
ヒューマの問にシンは答えた。

「それよりも、今後は通路で敵に襲われる可能性もあるかもしれないぞ」
「うん これからは通路を歩く際にも対応できる体勢はとっておこうか」
ドワの発言にヒューマは答え、皆もうなずいた。


一行はそのまま階段を通り過ぎ、北に向かって道なりに歩き、昨日の最初に入った部屋の前まできた。
ドワが扉を蹴破り、そのまま全員で突入した。

中には先ほどと同じ骸骨の集団がいた。
全部で7匹おり、今度は初めから明らかな敵対行動をとっている。
頭上には【アンデッドコボルド】の文字があり、どうやら先ほどの犬型のコボルドの死体らしい。

「今度は敵さんやる気のようだな!」
ドワの叫びをかわきりに戦闘が始まった。

「敵の数が多いな!」
シンは叫びながら弓をつがえ、右端の敵に向かって矢を放つ。
矢は吸い込まれるように1匹の頭に命中し、半ば砕くがその動きは止まらない。

「さすがに死んでいるだけあって、あれくらいじゃ死なないらしいぞ!」
シンは皆に警告する。

骸骨の内2匹が先頭のドワに斬りかかってきた。
ドワは1匹の攻撃は盾で防ぐが、もう1匹の攻撃が避けれず、脇腹に傷を負った。

「ディスペル使うねー」
ノムが使えそうな敵には使うという作戦の元、手を掲げて「DISPELL」と唱えた。


【DISPELL】ディスペル アンデットを浄化するが、経験値は入らない。 プリーストはレベル1、ビショップはレベル4、ロードはレベル9から使える


全ての骸骨の足元から柔らかい光が立ち昇り、魔力を遮断する事に成功した3体が力を失い足元に崩れていった。
「ノム! ナイス!」
カティノは効かない為ハリトの呪文を使おうか迷っていたエルは、ノムの行動に声をかけ待機することに決めた。

ヒューマが斬りかかるが盾で防がれ、ユマは胴体に攻撃を当て骨を数本飛ばすが、まだ倒れない。
そのヒューマに2匹が、ユマに1匹が攻撃をしてきて、2人とも傷を負った。
戦士3人はまだHPに余裕があるが、敵もディスペルで倒した3体以外はまだ残っている。

ヒューマはもう一度ディスペルをしようかと考えるが、倒さない限り成長も無いのも事実と思い直す。
次のターン次第で決めようと思い皆に指示を出す。
「このまま倒すぞ! 後衛は待機しててくれ!」

また最初に動けるようになったシンは、最初に自分が攻撃した骸骨めがけてもう一度矢を放つ。
今度は胴体の真ん中に命中し、体を支えきれなくなった敵は崩れ落ちていく。

次にユマも手傷を負わせた敵に再度斬りかかり、今度は胴体ごと切断できこれも倒す。

敵1体がドワに斬りかかるが、ドワはこれを避ける。
ヒューマがその敵に横から斬り込み、頭頂から叩き潰すように粉砕した。

最後の1体はそのヒューマに剣を刺し込んできて、今度は少し深い傷を負わせた

それを見たノムは咄嗟に「DIOS」を唱え、ヒューマの傷が少し戻った。

やっと動く事ができたドワは盾を構え、骸骨に突進した。
盾ごとぶつかり敵の体勢を崩した後、ロングソードを横に振るい、かなりの骨を崩したが、まだ敵は倒れなかった。

次に最初に動けたのはヒューマで、走り込んでから残っていた骨の部分に器用に剣を当て、敵を沈めるのに成功し戦闘が終了した。

「骨になってからの方がこいつら強いな!」
ドワの言うとおり、骨になった方がしぶとい感じを一同は受けていた。

「ケガを治そうかー?」
ノムの問に、一番HPが低くなっていたヒューマはうなずいた。
「すまないが僕をお願いできるかな。 今の状態だと1人でも倒れるとやばそうだし」
ドワとユマもうなずいたのでノムはヒューマにディオスをかけ、全快までいかないが大方の怪我が治癒した。

「さてと、今日はまだ2戦しかしてないが、回復を使い切ったので無理をしたくないと思うんだ。 皆が良ければ戻ろうと思うんだが」
ヒューマの案はもっともである。
エルのカティノはまだ1回使えるが、今の様なアンデッド系だと分が悪い。

シンも皆に言った。
「経験値的には後1回ぐらいで全員レベルが上がりそうだが、ヒューマの言うとおり無理はよそうか」
確かに一番成長が早いシーフのシンはもちろん、遅いメイジのエルも上がりそうではあった。
一行はシン達の意見に賛成し、宝箱をあとにし部屋を出た。


階段までの通路を戻っていると、暗闇に浮かぶ人影があった。
「戦闘態勢!」
ヒューマの声に今度は素早く武器を構える一同。
その前に出てきたのは昨日と同じローグの集団であった。

そのローグ4人はさっき通路であったアンデッドコボルドと違い、攻撃を仕掛ける体勢をとっていた。

ヒューマの合図で生き残りを掛けての戦闘が始まった。


最初に動けたシンは弓を引き、左端の敵を狙って矢を撃つ。
あっさりと避けられて、シンは狙いが甘かった事を知る。
(動く先を狙うんだ!)

ローグ2体がそれぞれドワとヒューマを狙って斬ってきたが、2人とも盾をうまく使って攻撃を受け止める。

ユマが1体を狙い、片手で持ったロングソードをぶつけるのではなくて、引くようにして切る。
その刃は鎧で止まったにもかかわらず、意外な深さで敵の体を切り裂いた。
ユマは一激でいけるとは思ってなかったが、そのままローグは力無く倒れた。
(少し・・・感触が分かったかも)

ここでエルの『カティノ』が完成し、3体の内2体が意識を失った。
すかさずヒューマとドワが攻撃し、ヒューマの攻撃では死ななかったが、ドワは見事に止めを刺すことに成功した。

残りは眠り続ける傷を負った1体と、無傷な1体。

次にも最初に動けたシンは、慎重に狙いを定め、眠っているローグに矢を当てた。
体に深く刺さったローグはそれで動きを止めた。

残り1体がドワに剣を振るい、盾が間に合わなかったドワにかなりの勢いで当たり、深いダメージを与えた。
(くっ これは次はやばいかもしれないな)
一瞬昨日の事を思い出すドワの前で、飛び出したユマがなでるように斬り込み、これに相当のダメージを与えていた。

(ユマは1日で成長したな)
ヒューマはそう思いながら、ふらつくローグの頭部に剣を振り下ろし、戦闘を終了させた。


一同はその後階段まで無事に到着し、待ち望んだ日の元に帰る事ができた
クサナギに挨拶をし、皆は酒場で休む事にした。

「みんな、お疲れ様。 2回目の迷宮も何とか無事に終わったね。 最後の戦闘で全員レベルアップが可能になったらしいから、明日の午前中はその確認をしよう」

「そうね。 私やノムは新しい呪文を覚えるかもしれないから、訓練所で使い方の確認してからの方が良いと思うわ」
エルの意見に、ノムも頷く。
「うんー 訓練では覚えてる呪文しか使ってないからー 練習はいると思うよー」

「ちなみに俺達戦士組はレベルアップするとどんどんHPが増えるらしいから、戦闘がかなり楽になるらしいぞ」
ドワの声にユマもうなずき同意を表す。


(そういや・・・シーフはレベルが上がるとどうなのかな? 俺も明日は確認しとかないとな)

 シンは皆の声を聞きながらシーフクラスで確認しようと思っていた。



そして冒険3日目が過ぎようとしていた。




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今回の1Fのモンスターの簡易HPデータ

コボルド        HP:3~7(2D3+1)
アンデッドコボルド   HP:4~8(2D3+2)

少しだけアンデッドコボルドの方が強い感じですね。
 



[16372] 第11話  訓練所再び
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/23 21:28

今日も簡易寝台で寝たシンは、目が覚めると同時に陽気な音楽が聞こえてくるのに気がついた。
目の前にはウィンドウが浮かび、文字が羅列していた。

「次のレベルに上がりました!
あなたは力を得た。
あなたは知恵を得た。
あなたは生命力を失った。
あなたは素早さを得た。
あなたは運を失った。
HPが 4 上がった。   」

読むとレベルアップの恩恵らしい。
(上がるばかりでなく下がるとも言ってたが、2個も失ったのか・・・)
レベルアップ自体は嬉しかったが、特に大事な2つが下がった事に溜息をつく。
ただHPが増えた事は重要だ。
これでダメージ系の罠も開けれるかもしれないからだ。

準備をしたシンは皆が待つギルガメッシュの酒場に行く事にした。


ギルガメッシュの酒場では、もはや習慣化したように皆で朝食をとった。
全員無事にレベルが上がっており、やはり能力値は上がったり下がったりしていた。
エルとノムは新しい呪文を覚え、戦士組は多少なりにHPが増えたらしい。
呪文の確認の為、予定通り午前中は全員で訓練所に行く事にした。


ノムは僧侶クラスで講師を探したが、そこにいたのは受講者が1人だけだった。
講師の場所を知っているかもしれないと思い、セミロングの髪型をしたその女性の受講者に話しかけてみることにした。

「おはようございますー あのー少しお聞きしたいことがあるのですがー」
「あ、お早うございます! どんな事でしょうか?」
「講師の方を探してるんですがー ご存知ありませんかー?」
「ごめんなさい 実は私も探してるところなんですよ。 ちょっと前にきたんですけど、いなくて困ってたところなんです」
「そうでしたかー 遅れましたが私はノムといいますー」
「ノムさんですね。 私はリオって言います。 悪の僧侶やってますが、悪人じゃないから安心してね!」

元気に言うリオは確かに悪人には見えなかった。
ノムはそういえば僧侶になれるのが善と悪の性格だけだったなと思い出した。
「分かりましたー 私も善で僧侶やってます。 よろしくお願いしますねー」
「うん! 仲良くしようねー。 そうえいばノムさんは講師さんに何の用があったの?」
「新しい呪文を覚えたので、その確認ですねー」
「あ! 私と一緒だね! 私も呪文覚えたので実際に使ってみようかなって来たの」

そのまま2人はお互いの事情を話していた。
リオのパーティーは悪と中立のメンバーで構成されていて、やはりこの2日で全員レベルを上げており、何人かが訓練所に来て、残りのメンバーはボルタック商店に行ってるらしかった。
「私の友達はみんな一緒に訓練所に来てレベルアップの確認してるよー」
「ふむふむ さすが善のパーティーだね。 やっぱりこういう行動も性格が関係してるのかな? うちの方は自分の必要な事をそれぞれやってる感じかな」
「そうなんだー 性格診断テストってなんだか血液型占いみたいだよねー A型はこうですみたいな」

2人が楽しくおしゃべりをしていると、ようやく講師が登場した。
「お待たせしてもうしくぁけありません! 連絡を受けたので急いできました。 お二人ともレベルが上がったんですね」
少し噛みながら小柄な体型をした女性の講師が2人に挨拶をした。

「はい! テルさんに色々教わった甲斐がありましたよ。なんとかこなしてます」
「私も教わった通りやったら無事に回復できましたー ありがとうございましたー」
2人も挨拶を返し、本題の新呪文を教えてもらうことにした。

「なるほど、お二人が覚えたのは【KALKI】カルキ、【BADIOS】バディオスですか。 2つとも今後覚えて行く呪文の基礎みたいなものですから、よく確認して下さいね」
頷く二人にテルは説明を続ける。
「カルキはパーティーを祝福する事で、戦闘中のACを1下げます。 ACが下がれば攻撃を受けにくくなるので、長い戦いになる時は有効な呪文です」
「バディオスは僧侶の数少ない攻撃呪文です。 呪いの言葉を唱え敵1体に傷を負わせます」
「ただしまだお二人のレベルでは使わずに、ディオス用に呪文の回数を残しておいた方が良いと思います。 呪文の使い分けは戦いの経験が増えれば判断できるようになると思いますから」

その後2人は新呪文を実際に練習し、納得ができたところでテルに礼を言い、一緒にロビーまで戻ることにした。


シンはシーフクラスにやってきたが、そこでよく知ってる顔に出会う事になった。
「藤造! なんだお前もシーフだったのか! 今まで全然会わなかったよな」
そこにいたのは彼の友人でVRゲームの師匠とも言える、藤造久寿弥がいた。

「よう! シン。 元気にやってるみたいだな あと本名はよせよ。 今はクスヤって名乗ってるからな」
「そうか、それで今まで何をしてたんだ? 講習では会わなかったが」
「何してたって言われてもな。 普通に迷宮に潜ってたぜ? 俺はシンの噂を聞いていたけどな」
「噂? 何だそれ」

クスヤはにやっと笑って続けた。
「ボーナスポイントで最高値の29を出したんだよな? そこそこ噂になってたぞ」
「ああ その事か・・・ 運が良かっただけだしな。 て言うか噂になってるのってイヤだなー」
「いいじゃねーか、悪いことじゃないんだし。 それより調子はどうだ?」
「何とかやってるよ 今日もレベルが上がたので確認しにきたんだし」
「お前もか。 俺もレベルが上がったんで一応確認に来たんだが、講師がいやがらねえ」

そう言ってクスヤは周りを見渡すが、確かに2人の他には誰もいなかった。
「ま、もう少し待つよ。 そういえば今気づいたけどお前って悪なのか。 パーティーはどんな感じなの?」
「ん・・・ まあ普通だな。 順調にやってるよ・・・ おっとそんな事よりお前に良いニュースがある」
「良いニュース? 何?」
シンはクスヤがあまりパーティーの事を言いたくなさそうだったので、それ以上は聞かない事にして返事をした。

「試験を受ける前に紹介した、俺の知り合いの相馬理央って女を覚えているか?」
「え、 ああうん 覚えてるよ」
一度会っただけだったが強く覚えていたシンは、言葉を濁して答えた。

「あの子も俺と同じパーティで、今訓練所に来てるぞ」
「お、ほ、本当か。 で、でもそれが何で良いニュースなんだ」
「お前は本当に分り易すぎるな。 後でまた会わせてやるよ」
「別にそんな事しなくていいって! それより講師を探そうぜ!」
照れ隠しに叫ぶシンを見て、クスヤは呆れたように頭を振る。

「お前いくつだよ・・・ まあいいか。 確かに時間もあまり無いし、講師がいなければ他の管理者に聞いてみるか」
そう言ってクスヤは歩き出すが、ドアに着く前にドアが逆に開いた。

現れたのは背が高くひょろっとした体型をした男性で、表情は暗く下を見ながら歩いてきた。
「俺が・・・講師」
ぼそっとつぶやく男性に、2人は顔を見合わせた。
管理者らしからぬ雰囲気だが、確かに頭上には【管理者 ホーク】と出ていた。

「ああ 講師の方か、初めて会うが俺はクスヤ、こっちはシン。 2人ともレベルが上がったので、出来る事を確認しに来たんだ」
クスヤがそう切り出し、シンもこの初めて会う男性に頭を下げた。

挨拶も返してこない男性は、ずっと下を向いていたがやがてボソッとつぶやいた。
「できる事・・・無い」
「無いってアンタ・・・ レベル2ぐらいじゃ変わらないって事か?」
その態度に少しいらついたのか、クスヤがそう返すが男はそのまま何も言わない。
無言が続くのに耐えれなくなったシンが後を続けた。

「例えばレベルを上げると罠を外しやすくなるって聞きましたが、地下1階なら少しは開けやすくなったと考えてもいいんですか?」
シンがそう尋ねるが、今度は男は答えずに黙ったまま下を見続けた。

「おい! いいかげんにしろよ! 返事ぐらいできるだろ!」
とうとうクスヤが怒りだし、声を荒らげた。

そして2人が見る前で男は突然にその姿を消した。

「!!」
2人は周りを見渡すがどこにもおらず、閉まっていたドアも開けられてはいない。
だが確かに男の姿は消え、シーフの2人にも気配さえ感じられない。

「魔法か?」
クスヤがシンを見てそう話すが、シンにも分からない。
2人が呆然と立っていると、ドアが勢い良く開き、コトハが姿を見せた。

「お待たせしました! 講師で来ましたコトハです」
そう言って2人を見てさらに続ける。
「あ、シン君達でしたか! レベルが上がった方達が来てるからって連絡があったんですが、やはりあなた方二人だったんですね」
そう言って笑顔を見せるが、2人の表情がおかしかったのか聞いてきた。

「あのー どうかしました?」
「えーと コトハ 今までホークって名前の講師っぽい人がいたんだけど、消えちゃってさ」
シンの答えにコトハはドアの方を見た。
「あちゃー じゃあさっきドアを開けた時に逃げちゃいましたね。 すみません悪い人じゃないんですが、人見知りで」

「という事はあいつ講師で間違いないのか。 コトハさん、あれ本当に講師なのか? 強そうに見えなかったが」
クスヤも顔見知りだったようで、コトハに尋ねる。

「ええ、間違いなくシーフの講師ですよ。 レベルだって私より高いぐらいですからね。 それに強いですよ、あの人」
コトハがそう答えるがとてもそうは見えなかったシンはさらに尋ねる。

「なんかいきなり目の前で消えたんだどさ・・・」
「ああ、あれがこの前教えた特典の【隠れる】って技術ですね。 あれだけ高いレベルの人が隠れたら、私にもそう簡単には分かりませんね」
コトハはそう言いながら溜息をつく。
「才能がある人なんですが、極度の人見知りなんです。 やっぱりあの人に講師は無理だよねー 実戦とかなら教えられるんだろうけど」

「よく分からないが、もういいか。 でコトハさん、俺達はレベルが上がった事で変わったことが無いか確認しに来たんだが、何かあるようであれば教えてくれるか?」
クスヤは話が進まないと見たか、目的を話し始めた。

「えーとですね。 戦闘能力的にはそう変わらないんですし、レベルが1上がった程度では罠解除にはそこまで影響はないです。 ただしAGIが上がってれば失敗しても不発の可能性が増えますので、結果的に楽になりますね。 元々盗賊なら誰でもかなりの確率で罠を解除できますから、むしろ失敗した時に耐えられるHPがあるかとか、毒を消す手段が持てるかなどが重要ですね」
「なるほど、じゃあ全員のレベルが上がってるとか、お金が貯まってればそう危険はないのかな」
「ええ、毒消しを買えるようになった頃が、開けるタイミングと思いますよ」
「ありがとう、よく分かったよ。 そのように考える」
クスヤがお礼を言う。
その後シンも自分のAGIとの関係で聞きたいことを確認した。

(しかしさっきのホークとかいう講師って『隠れる』の技術があるんだよな。 教えてくれないだろうが話を聞いてみたいな)
シンはそう思いながらクスヤと一緒に部屋を出て、ロビーに向かった。


ロビーには既にシンのメンバーは集まっており、ノムと話している女性の姿が見えた。
それが先ほど話にあった相馬理央である事に気がついたシンは、胸が高鳴るのを感じた。
クスヤと共に合流し、メンバーにクスヤの事を紹介した。
お互いに自己紹介が終わった頃、リオがシンに話しかけた。

「シン君、覚えてる? 試験前にあった相馬理央です! ここではリオって名乗ってるけどね」
明るく笑いながら話すリオを見て、シンは自分でもハッキリと分る程動揺した。

「うん、覚えてる。 久しぶりだね げ、元気だった?」
「元気だよー クスヤ君と今同じパーティで頑張ってるよ。 あとノムちゃんとクラスで一緒だったから仲良くなっちゃった」
そう言いながらノムに手を振り、ノムも緩やかに手を振り返した。

「そ、そうだヒューマ 相談したい事があるから時間いいか?」
話題に詰まったシンは思わずヒューマに話しかけた。
「ああ もちろんだが・・・ 積もる話があるなら僕達は構わないから、話していたらどうだい? 時間はあるよ」
「いや! もう話すこと無いからいいんだ。 行こうぜ」

そう言い返すシンを見て、リオ以外の女性陣と、ヒューマ以外の男性陣全員が(あーあ)という顔をした。

「あ、ごめんね 忙しかったかな」
しょんぼりした顔をしながら謝るリオにシンは答えた。
「うん 今から迷宮に行くからこれで。 クスヤ! また今度な」
そう言ったあと、さっさと歩き出すシン。

残ったメンバーの女性陣はリオに話しかける。
「リオさんごめんね。 シンってああいう所があるのよ」
「アイツってば本当にバカね。 リオ、また今度ゆっくリ話そうね」
「シン君は照れてるだけだからー リオちゃん気にしないでねー」

ヒューマとドワは別れの挨拶をしてから先にシンの後を追った。
「なあドワ、シンがああいう態度を取るのは珍しいね。 シンは彼女のことが嫌いなのかな?」
そう真顔で言うヒューマにドワは答える。
「お前もか・・・ 鈍い俺でも分ると言うのに」
何の事か分からないといった顔をするヒューマの背中を押しながら、ドワは先に進んだ。

女性陣が去った後、不安そうな顔をしながらリオがクスヤに言う。
「どうしよう・・・ なんだかシン君を怒らせちゃったみたい・・・」
「ふう、こりゃ前途多難だな。 気にするなよ、俺から言っておくから」

そして2人は仲間に合流すべく迷宮の入口に歩いた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


女性陣と合流したシンは一斉に攻められ、ひたすら謝っていた。
「ごめんごめん! 次会った時にちゃんと謝るからさ! もう許してください!」
約束するシンにようやく女性陣は怒りを収めた。

「ところでシン 相談したい事って?」
ヒューマの発言にシンは助かったとばかりシンが先ほど聞いた話をする。

「成程、今のパーティーの資金だと1個は毒消しが買えるね。 保険で買っておけば宝箱も開けられそうなんだろ?」
「うん、おそらく大丈夫だと思う。 ダメージ系の罠は1階では数が少なく、運にもよるけどレベル2ならば何とか耐えれるらしい」
「他の危険そうな罠は無視すればいけるかな? 基本的にはどれぐらい解除できそうなんだい?」
「盗賊だと普通でもかなりの確率でいけるらしい。 失敗しても俺のAGIが19と破格に高いらしいから、ほとんど不発で済むかもってさ。 ただやはりその辺の安全度の判断は自分たちで経験しないとな」
「そうだね。 シンが幸運にも高いポイントを得れたんだし、今日は開ける事にチャレンジしてみるか」

一同も同意したので、ボルタック商店で1個だけ毒消しを購入後、酒場で全滅したパーティーを確認した。
昨日全滅したパーティーは既に救出されていたが、すでに今日全滅したパーティーが1組いた。
見つけたら救おうと決め、一行は迷宮入り口に歩く。

入り口ではクサナギが今日もレスキュー隊の確認をしてきた。
今日は少し探索の距離が伸びるかもしれなかったので、余裕は無かったが一応かけておいた。
1度掛ければ、お世話になるまで有効らしいので少しは安心ができる。


そして一同は今日も地下迷宮に入っていった。




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罠の確率などですが、FC版でのデータとほぼ同じだが、より解りやすいPS版リルガミンサーガのシナリオ#1の物を使用してます。

【罠識別】
THIEFは AGI*6 (%) の確率で成功する。ただし上限 95%。
NINJAは AGI*4 (%) の確率で成功する。
他のクラスは AGI (%) の確率で成功する。
CALFOは 95% の確率で成功する。

【罠解除】
LV-フロア数-7(忍者、盗賊の場合+50)/70
失敗時(素早さ/20)の確率で罠は不発 (ただし本作品では素早さの最高が20になる為、上限 95%にします)



ここからはFCの海外版NESのデータを使用

【罠ダメージ】
CROSSBOW BOLT
箱を開けた者に (現在の階層)d8 のダメージ

EXPLODING BOX
PT内の生存者がランダムでダメージを受ける。

個々の生存者について 1/4 の確率でダメージを回避できる。回避できなかった場合、以下のダメージを受ける:

2/3 の確率で (現在の階層)d5
1/3 の確率で (現在の階層)d8



[16372] 第12話  強敵現わる
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/24 19:34

一同にとって3回目の地下迷宮だが、圧迫感を持つような暗闇にはいまだ慣れなかった。
探索よりはまだ近場で戦闘中心に行うことにし、東の通路の部屋に行く事にした。

ドワが扉を蹴破ると、中にはオークが5匹いた。
一同は戦闘態勢にはいるが、昨日のがいこつと同じでオークの様子がおかしい。
こちらを見ているが、武器は構えず攻撃を仕掛けてくる様子も無い。

「ヒューマ、これ昨日と同じだな。 あれはやっぱりたまたまじゃなかったんだな」
「ああ、どうも敵対しないモンスターも用意しているみたいだね」

シン達2人の会話の後にユマとノムが話し始める。
「ねえ部屋を出ない? どうもアタシはこういう相手に攻撃をするのは嫌だなー」
「私も戦いたくないですねー」

「分かった、僕もやりたくない気持ちは同じだよ。 他の部屋に行くけど構わないかな?」
他のメンバーも反対しなかった為、そのまま扉を出て部屋を出た。

「でも、ああいう反応をするモンスターって攻撃したらどうなるのかしら?」
エルが聞いてくるが誰も分からない。

このパーティーが戦う事は無いだろうが、もしもの為に聞いておこうとシンは心に刻みつけた。

そのまま階段を越えて、通路を進みいつもの北側の部屋の前に到着する。
ドワが扉を押し開け、中にいたバブリ-スライム4匹と戦闘になった。
このスライムが1Fでは一番弱いのだろう。
ドワがカスリ傷を負うだけで戦闘に勝利した。
そして宝箱が現れた。

「じゃあ手筈通り開けてみるか」
シンが前に出てシーフツールで罠を識別してみた。
出た答えは【POISON NEEDLE】

「毒針らしいが毒消しもあるし、開けるけど良いよな?」
シンの問に皆が頷く。
シンがそのまま出てきた空欄に『POISON NEEDLE』と打ち込みスペルが間違ってない事を確認後、解除した。

『・・・・・・罠は外せなかった』
解除できた手応えはなく、代わりにメッセージが出てきた。

(開けるのに失敗したらしいが・・・罠の発動はしないか。 これが失敗の回避なのかな)
今朝聞いた話を思い出し、自分のAGIの高さに救われたらしい事を知る。
(もう一度・・・と)
シンが再度スペルを打ち込み解除を試みるが、出てきたメッセージはまた同じ『罠は外せなかった』だった。
(ふう・・・くそ! ビビらせるなっての)
さらにもう一度打ち込むとやっと罠が解除できた。

中身は66Gだけであったが、戦闘で得たゴールドと合わせるとまずまずの収穫だった。
「危険を冒す甲斐はあるようだな。 単純にゴールドが倍の収穫になるようだしな」

シンが皆に告げるとドワが答えた。
「悪くないな。 シンの能力を信じてガンガン開けてみるようにするか?」

「そうしたいところだが・・・やっぱり僕らはまだ弱いしね。 危ない罠だけは避けようか」
ヒューマの決定に皆も異論は無かった。

(でもようやくシーフとして皆の役にたてそうだな)
シンは少し心の重荷が軽くなるのを感じた。


一同は部屋を出て通路に戻り、次の部屋へと向かった。
ドアを開けるとそこには犬の姿をしたコボルドが4匹いた。
このコボルド相手の戦闘もだいぶ慣れて、動き方などが判る分そこまで苦戦はしなかった。
だがカティノを温存したせいもあって、さすがにスライムとは違い前衛の3人は1/3程HPが削られた。
ディオスを3回使い怪我を直したが、ヒューマの分が1HPしか回復しなかった。

「次はきちんとカティノを使うことにしようか」
少し苦笑しながら、慣れが判断を鈍くしたことに気づいたヒューマが言った。
「そうね。 私の呪文が余ってもノムの回復が切れたら怖いものね」
エルが答え、次の戦闘はきちんとカティノを使う事を皆に伝えた。

出てきた宝箱の罠は初めて見る【弩の矢】というダメージ系の罠だった。
これは開けた者にのみダメージがくる物で、それなりに強力な物であったが、シンはHPが減っていない為開けてみることになった。
1度失敗したが罠は発動せず、中身はまたお金のみであった。

「やっぱりなかなかアイテムは出ないな」
「そうですねー 初めの宝箱がラッキーだったのですかねー」
シンの発言にノムが返す。

「ま、お金だけでもありがたいけどな。 兜とか安かったし手に入れておきたいからな」
「そうねー。 やっぱり頭を守る防具が無いとちょっと怖いわよね」
ドワとユマも前衛らしい発言をする。

「よし、じゃあ次の部屋に行ってみようか。 ただし深めの怪我を負ったら帰還を考えよう」
ヒューマの発言に一同は同意し、部屋を出て通路に戻った。
次の扉は1Fの中央部分に出る扉であり、一行は一応警戒しながら扉をくぐった。

「さてどっちの方向に行こうか? マップだとまだ北西と南東が全く手付かずだが」
マップを見ながら言うシンにヒューマが答えた。

「北東に全滅したパーティーがいるかもしれないが・・・北西を見ておこうか。 そちらにいるかもしれないし」
その言葉で一行は左手に伸びる通路を歩き始めた。

両側を壁に挟まれた通路を少し歩くと右手に1つドアを見つけた。
入る前に先に伸びる通路を確認する事にし、そのまま西の方角に進んだ。
突き当たりまで行くと、そこには床にポッカリと開いた下層への階段があった。

「ここは・・・地下2Fへの階段かな? 僕らではまだ早いし、先に1Fを全て探索すべきだね」
「うん、階段より下が真っ暗だしな。 戦闘するには不利すぎるな」
ヒューマとシンはそう結論づけ、もときた道の扉を開けることにした。

扉をドワがゆっくリ開けると、狭い通路で左右に崩れかけた木の扉があった。
マップ的に右の方が行き止まりのようだったので、確認の為に先に開けることにした。

ドワがゆっくリ開けると、そこは縦横20メートルぐらいの広い部屋で、奥にはモンスターもいた。
戦闘態勢をとった一行に反応し、近づいてきたのは【アンデッドコボルド】5体であった。
作戦としてはカティノが使えない為、ノムのディスペルで数を減らす事になった。

シンとユマの攻撃で骨を崩すが1匹も倒れない。
別のアンデッドコボルド2匹からの反撃が来るが、これをドワとヒューマは回避。
次にヒューマが一撃を加えるが、敵は倒れない。

ここでディスペルが発動し2匹の呪いが解ける。

エルがハリトを使う事にし、本番の戦闘では初めての使用となった。

エルが空中を忙しく腕を動かし、不思議な動きを形作る。
傍から見てると呪文の印を結んでいるように見えるが、キーボードを打ち込んでいると知っている一同にはシュールな光景に見える。
呪文は完成し、エルの片手から頭大の火の玉が出現し、敵の1体に向かって飛んでいく。
火の玉は当たった瞬間破裂し、骨を焼く前より先に吹き飛ばし、1体が消えた。

「ハリトって呪文も結構強いよな」
ドワの感想にシンも同じ印象を持った。
(この世界じゃ呪文無しではとても攻略できそうも無いな)
自分のパーティーがバランス良いクラスが揃っていた事に感謝した。

最後にドワが剣を振るうがこれは盾で防がれた。
まだ行動していなかった敵の1体が反撃をし、ドワに軽症を与えた。

そして次のターンで傷ついていた2体をシンとヒューマが止めを差して、戦闘が終了した

「さあお宝お宝!」
ドワの陽気な声に思わず吹き出しながら、シンは罠を識別する。
(スタナーか・・・麻痺は治療代がかかるんだっけ)

ゴールドを得る為に開ける宝箱で、余計に費用がかかったら本当に馬鹿馬鹿しい話である。
シンは慎重に打ち込み、これは1発で解除できた。
「お、今度はアイテムがあったぞ。 種類は兜だな。 後お金がそこそこ」
久々のアイテムはやはり未鑑定状態で、地上に戻った際にボルタックで鑑定することにした。

「ふう、また少し怪我を負ったね。 状況的にはノムの回復が1回、ユマのメイジ呪文が2回残ってるが、前衛が皆怪我をしているな」
ヒューマが現状を確認しながら皆の意見を求めた。
「帰還する事を考えても良いが・・・ 皆はどう思う?」

「俺はHPは減ってるが、レベル1の時の最大HPと比べればそこまで変わらないしまだやれると思うぜ」
「アタシもまだいけると思うよ。 戦闘に慣れてきたから今までの敵なら問題ないわ」
ドワとユマがそう告げる

「私も2回カティノが使えるから比較的安全と思うわよ」
エルもまだいけると発言。

「うーん 私は安全を考えると戻っても良いと思いますよー」
ノムは帰還を主張する。

「レベル3になるまでは慎重でも良いんじゃないかな? なんだかもうすぐ上がりそうだぞ、これ」
シンの発言に皆も自分のステータスを確認する。

「本当だね、あと1~2回で上がりそうな感じだね」
「ああ、レベル1から2よりも、2から3の方が何故か必要な経験値少ないようなんだよ」

しばらく考えたヒューマは結論が出たのか、皆に話し始めた。
「今の状況でも総合的に見て、レベル1の全快状態とそう変わらないし、レベルを上げてから宿に止まった方が効率が良いと思うんだ」
「まだまだいけると思うし、次の戦闘が楽に終わればもう1回、厳しかったらそこで帰還でどうかな?」

ヒューマの発言にノムとシンが答える。
「了解しました― 回復頑張りますねー」
「分かった。 リーダーの決定には従うよ」
おどけた風な言い方でシンは言ったが、実際発言した事は大切な事だと思う。

(やっぱり迷宮で一番怖そうなのは、意見が割れる事だよな。 意志を一つにしないといざという時動けなくなる)

シン達のパーティーは元から仲が良い仲間だったし、普段から頼られてるヒューマが自然にリーダーになった。
この試験で初めて組んだ他のパーティー等は、うまくいってるのだろうか。
シンはまだ見ぬパーティー達の事を少し考えた。


その部屋にはもう扉は無いようだったので、一行は部屋を出て正面の扉を開けることにした。
扉を開けるとそこは先ほどの部屋と同じぐらいの空間であった。
北の端に先に進む通路があり、通路は北と西に分かれている。
北の正面には扉があり、西の方は行き止まりで左手の壁に扉がある。
マップを埋める為に西の扉を開けることになった。

「よし! じゃあ開けるぜ!」
ドワが皆に宣言する。



さてここでシン達は知らないが、この試験の元となったゲーム【ウィザードリィ】では一つの教訓がある。
70年前から多くのユーザーが、自分の判断が起こした結果に対して絶望し、悔やむ事になった鉄則。

「まだいける は、もう危ない」

そして時を経て、シン達もその教訓を体験することになる。



ドワが扉を開けるとそこは長方形に広がった部屋であった。
人間型の敵が5人おり、不確定名で【みすぼらしいおとこ】と出ていた。
詳しくは分からないが、見た目はローグの様だった。

「ローグが5体か! みんな全力で!」
ヒューマの指示に一同は散会し、攻撃を始めた。

一番初めに動けたシンは真ん中の敵に向かって弓を引き絞った。
放たれた矢は見事に敵の腹に突き刺さり、良い手応えを感じた。
だが、攻撃を受けた敵はほとんど動きを鈍らせていない。
(む? HPが高いのかな?)
シンは次の攻撃の為に矢をセットし始めた。

ユマが攻撃を仕掛ける為に近づき、剣を滑らせた。
敵は左手に持つ盾で防ぎ、剣で反撃を仕掛けてきた。
予想していたユマは素早く飛び退く。
しかし、ユマの予想以上に早い剣先がユマの肩を深く切り裂き、大きなダメージを与えた。
(くぅ! 何なのこれ!)
今まで味わった事が無い素早く重い攻撃に、ユマは嫌な予感がした。

用意していたエルのカティノがここで完成した。
眠りの雲は敵を取り巻き、2体が眠る事になった。
(良い方かな?)
全力との指示を受けていたエルは、もう一度カティノの準備に入った。

ノムはユマがかなりのダメージを受けたのを見て、ディオスで回復を試みる。
会心の手応えで、ユマの受けた傷は殆ど治ったように見えた。
(良かった~ でもこれで呪文は打ち止めですねー)
ノムは万が一に備えて手に持つメイスを構える。

眠った敵を見てヒューマは、攻撃目標をその内の1体にして近づいた。
だが攻撃を加える前に、横から飛び込んできた敵がヒューマに斬りかかってきた。
虚を突かれたヒューマに上から剣が振り下ろされる。
深く斬り裂かれた事に衝撃を受けたヒューマであったが、次の瞬間さらに驚く事になった。
下がっていた剣がさらに跳ね上がり、下方からヒューマの盾を持つ腕に当たり、その腕を斬り飛ばしたのだった。
「ぐあああ!」
思わず声を出すヒューマの目には、空中を回転しながら落ちて行く腕と盾が見えた。
そしてヒューマのHPは残り僅かになっていた。

ヒューマの光景を横目で見たドワは動揺した。
目の前にいた敵はその動揺を見逃さず、右から左に横殴りに剣を振るい、ドワの鎧ごと切り裂いた。
そしてその剣が今度は左から右に戻ってきた。
ヒューマの光景を見たおかげか、ドワは痛みを堪え半分カンで盾を合わせる事に成功し、2回目の攻撃だけは防げた。
「こいつらヤベエ! ローグの動きじゃない!」
たかが一撃でかなりのHPを削られたドワは、全員になんとか警告した。

さらにカティノをまぬがれた敵1体がユマに攻撃を仕掛けた。
ユマもヒューマを見てかなり動揺していたが、自分が乱れれば事態が悪化すると悟る。

(しっかりするんだ!)
己に気合を入れたユマは、振り下ろされる攻撃に剣を合わせ軌道をずらす。
強い力に若干体が押されたが、姿勢を保つ。
さらに連続攻撃が来るが、剣道では当たり前だった連続攻撃にユマは反応できた。
剣を構えたまま足を使い真後ろに飛び下がり、攻撃を空振りさせる事ができた。

その光景を全て見ていたシンは大声で叫んだ。
「逃げるぞ! 無理だ!」

その声を受けたヒューマが、気力を振り絞り答えた。
「みんな・・・ 逃げるよ」

そして全員の行動が終わった直後、敵の頭上の名前が変化していた。

【ブッシュワッカ-】


多くのウィザードリィのプレイヤーが、この1F最強の敵にはキャラクターを殺された経験がある。
出現頻度はそう多くない。
だが1Fで唯一のレベル3であり、そのHPの高さとダメージの大きさは、レベル1~2では勝つことは厳しい。
その敵の最大数である5体に、シン達は遭遇していたのだった。


「動ける者から早く逃げろ!」
シンの叫びにノムも叫び返す。

「でも! ヒューマ君が動けないですよ!」
「俺が助けに行くからノムも早く出ろ! こうやって全員残ると誰も逃げられないぞ!」

ここでエルが用意していたカティノを唱える。
眠りの雲は起きていた3体の内2体を眠らせる事に成功した。

このチャンスに全員が逃げる行動をとり始めた。
後ろにいたノム、エルが扉を開けて外に出る。
前衛の3人は残った1体に隙を見せないように、ジリジリと下がる。
シンも扉のそばまで来たが、何かあった時に備え待機する。

前衛の3人がかなりで扉に近づいた時点で、ブッシュワッカ-が素早く動き始めた。
怪我が一番深いヒューマに攻撃を仕掛け、傷ついたヒューマは避けられなかった。

胴体を切り裂かれたヒューマは、これで死亡した。

「「ヒューマ!」」
ドワやユマが叫ぶ。

それを見たシンは無言でヒューマの死体に駆け寄る。
視界の隅では寝ていた敵2体が動き始めたのが見えた。
シンは揺れる心を押さえて、ドワとユマに指示を出す。
「慌てるな! 死体をどうにかして扉の外に出すんだ! そうすればヒューマは助かる!」
(逃げないとどうにもならない! 仇を取りたくてもさらに死人が増えるだけだ)
リーダーのヒューマがいない今、シンは指示を取ることを決めた。

「ドワ! ユマ! ヒューマを引っ張り出せ! 俺がこいつを足止めする! いけ!」
そう言ってシンはヒューマの前にいる敵に立ち塞がる。
敵はシンを目標に定めたのか、武器を構え始める。

ドワとユマも話し込む状態でない事に気づき、おとなしくシンの指示に従った。
2人で腕と体を持ち、開いている扉まで全力で引っ張り始める。


シンは目の前の敵にどう対処するかを高速で考える。
弓を撃つ暇はない。 
ショートソードへの持ち替えもこの状態では余裕がない。

頼れるのは自分のAGIとLUCK。 
神の気まぐれで与えられた物だが、絶対に時間を稼ぐことを決意する。

敵が剣を無造作にシンの頭を目掛けて振るってきた。
シンは体ごと沈めてそれを躱す。

通り過ぎた剣が逆側から戻ってきて、しゃがんだシンの胴体めがけて飛んでくる。
考える暇も無く、シンは反射的に剣に向かって跳ね飛んだ。
体を伸ばして空中を飛ぶシンのすぐ下を、剣が通り過ぎて行く。

地面が迫ったところで、シンは片手を突きトンボ返りの要領で回転し、無事に足から着地した。
(俺、こんな動きができたっけ?)
  
驚くシンであったが、確かに生身の体では練習もして無いのにこんな動きはできない。
この世界のシステムが、シンの盗賊としてのクラスと、高い敏捷値に補正を与え、この動きを可能にしていた。

そして剣を避けたのにも補正は加わっていたが、これには他にも理由があった。
判断する力は、あくまでもその個人の資質にかかっている。
運動こそ苦手なシンであったが、長い間ゲームで鍛えあげた反射神経、判断力はVRの世界では十分にその力を発揮していた。

少し距離が開いたおかげで、シンは装備を切り替える余裕ができた。
アイテムスロットに弓を投げ入れ、ショートソードを引っ張り出す。
武器を構えたところで、ドワから声がかかる。

「シン! もういいぞ! 早く来い!」
ドアの向こうからドワが顔を出し、叫んでいた。

しかしシンとドアの間には、ブッシュワッカ-が立っている。
先ほど動き始めたブッシュワッカ-2体は、もうすでに立ち上がりこちらに視線を向けようとしている。
一瞬の時間も無いと判断したシンは、剣を縦に構えて突撃した。

ここでブッシュワッカ-が縦に切りこんでいたら、あるいは避けれなかったかもしれない。
だがシンのLUCKのおかげか、敵は横から切ってきてくれた。
剣を当てたシンは力に逆らわず、体を下に沈めて勢いを殺さぬままスライディングの要領で、ドアの方に向かって滑り込んだ。

音を立てながらドアの目の前まで滑り込んだシンは、膝をついて起き上がる。
目の前のドアの向こうには、メンバー全員と力を失ったヒューマがいる。
そこで気を緩めかけたシンに対し、叫び声がかかる。

「シン! 後ろ!」
ドアの取っ手を掴んで待機していたユマの声であった。

後ろを振り返る余裕も無いまま、シンは体のバネを使って前方のドアの向こうに飛び込む。

ガチン!!

後方で激しい音が聞こえ、体を捻りながらシンが見ると、先程のブッシュワッカ-がシンがいた位置に剣を振り下ろしていた。
シンが飛び込んだのを確認したユマが、渾身の力でドアを閉めようとする。
閉まりつつあるドアの隙間から、残念そうな顔をしたブッシュワッカ-の顔が見えた。
それを見たシンは体に怖気が立つのを感じ、ゾッとした。


すぐに動けそうも無いシン達であったが、閉められた扉は開けられる気配が無い。



こうして1人の犠牲を出して、強敵との戦闘が終了した。




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ブッシュワッカ- 簡易データ

レベル:3
HP:4~19(3D6+1)
AC:8
ダメージ:16(2回攻撃) [2~7(1D6+1), 3~9(2D4+1)]


こいつらは本当に強いですね。
最近やり始めたWIZ#1ノーリセットで、全滅寸前までいきました。



[16372] 第13話  カント寺院はサービス業?
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/25 19:45


シン達は扉を見つめたまま、しばらく動く事ができなかった。
さっきまで余裕もあり、今日中にレベル3への経験値も貯まりそうだったのが、たかが1戦で死人が出るほどボロボロになっている。

「ヒューマ君! あああ本当に息をしていない……」
ノムがヒューマの顔に覆いかぶさり、泣きながらそう言った。

「私が、ちゃんと回復してれば…… ごめんなさいヒューマ君、私のせいです」

「ノム、そんなことはない。 お前が回復しなかったらユマが死んでいたはずだ」
ドワが普段と違い真面目な声でノムに話す。

「うん、ノムの責任じゃないからね。 私を回復してくれたおかげで、余ってた1体の攻撃が防げたわ。 
怪我のままだったらヒューマも私も死んで、そのまま全滅したかもしれなかったわ」
ユマももう落ち着いたのか、ノムにしっかりとした声をかける。

「それにね、私達3人が戦士クラスを受けてる時に約束したことがあるんだ」
「前衛は敵の攻撃を受け止めるのが仕事。 死ぬ事があるのも当然。 だからそういうことがあっても誰も責めないし、責める気も無いってね」
「だからノムも悲しむ前にヒューマを褒めて欲しいな。 ちゃんと仕事したんだから」

その言葉を聞き、ノムも思うところがあったのか、泣き止みうなずいた。

「さあみんな! 反省は後でもできる! まず俺達がしなくちゃいけないのは地上に戻る事、次にヒューマの蘇生を急いでする事だ! いいな?」
シンはヒューマだったらこう言うだろうと意識しながら、わざと口調を変えて皆に伝えた。
リーダーでもないシンが、みんなに指示する理由はない。
それでもヒューマのためにも、生き残った全員で地上に帰りたいとシンは思ったからだ。

一同もそのシンの言葉に、ヒューマだったらそう言うだろうなと思い、またシンの口調に秘められた思いにも気がついた。
「おし! じゃあ行くぞ。 ヒューマの体はこのまま担いでいけば良いのか?」
ドワが質問をしてくる。
シンも仲間が死んだ時の場合は聞いてなかったが、他人のパーティー全員でさえシステムで回収できるのだから、方法があるだろうと思えた。
でなければ、1人だけ生き残った場合に、5人全員を担ぐ事など不可能だと考えたからだ。

「ちょっと待って、回収を試してみる」
シンはヒューマの横にしゃがみこみ、手を当てて【回収】できるか試してみた。
予想通りヒューマの体が光になって消えていったが、この前と違い5人しかいない為か、ステータス的には同じパーティとして扱われていた。
シンはヒューマのアイテムスロットも確認したが、腕と一緒に部屋に残ったはずの盾もきちんと戻っていたのをを見た。
全員にそれを伝え、急いで立ち去ろうと皆を促した。


一行が元来た道を戻り始めた時、シンは振り返り先程戦闘があった扉を見つめた。
(絶対に強くなってアイツらを倒してやる!)
シンはそう心に誓いながら、皆の後を追った。


帰り道にオーク4匹と通路で出会ったが、かすり傷だけで簡単に撃破できた。
ヒューマがいない為、ノムが3人目の前衛になっていたが、ノムもメイスで1匹を叩き潰していた。
プリーストのクラスでも戦闘訓練があったらしく、なかなか様になっていた。
この世界でのプリーストは装備も充実しており、戦士に次ぐ近接戦闘能力があった。


地上への階段を登ると、クサナギがおりシン達のパーティーに死人がいることに気づくと言った。
「1人死亡しましたか、死体は規則で私が預かりカント寺院へ運びます。 皆さんも蘇生する時にカント寺院へ行って下さい」
そのままヒューマの死体を引き取り、受け取ったNPCの衛兵がカント寺院へ運んでいった。
それを一同は無言で見つめていた。

クサナギが暗い雰囲気になっている一同に話しかけた。
「皆さんは初めての死亡でショックを受けてるかもしれませんが、この3日間で多くのパーティーが死人を出してます」
「説明があったかもしれませんが、この試験は死ぬ事は避けれないようなデザインになってます。 それも序盤からどんどん死にます」
「皆さんが今回死亡を経験したのはむしろ遅い方です。 ですからあまり深刻にならないで欲しいと思ってます」
「ただし、死亡はロストへの第一歩だという事は忘れてはいけませんけどね。 気軽に死んではいけませんが、怖がっては先に進めないという事です」

クサナギの説明にノムが尋ねる。
「えーと 今までに死んだ人の中でロストされた方はいるのでしょうかー?」
「はい、メイジの方で一人だけいますね。 能力を振り分ける時にVITに多く振るようにアドバイスされたかと思いますが
その方はVITに全く振らずに、早く呪文を覚える為にINTに振ったそうです」

クサナギは少し悲しそうに言った。
「我々のアドバイスはこの試験に合格するための物です。 教授も言われてましたよね、全員試験に合格できる可能性があると。
決して落とす為の試験でないと理解してもらえば、色々有効なアドバイスもできるのですが…… その方は我々管理者を信用されてなかったようでしてね」

「私達は信用してますよー ねえみんな」
ノムの声に全員が同意の声を上げた。

「ありがとうございます。 皆さんのお仲間もきっと完全に生き返るでしょう。 詳細はカント寺院で聞いてもらえばわかりますから、どうぞ行って上げて下さい」
一同はお礼を言ってから、初めてのカント寺院へ向かった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


カント寺院に着いた一行は、予想して以上の人の多さに少し驚いた。
周りからは盛んに話し声が聞こえる。


「あー くそ! 100G以上も足りないよ。 困ったな」
「うーん どうする? 誰かの鎧でも売る?」
「それじゃ今度は俺達が死んじゃうだろ! んー そうだ! 良い事を思いついた」
「え、何か良い案でも思いついた?」
「ああ、冒険者の宿の前にお前が立ってだな。 『お兄さん ちょっと遊ばない?』とや……」
「死ね!」
杖で殴られている男と女の集団とか。


「あーっらら 全然足りないな。 諦めるか」
「そうだな。 できるなら何とかしたかったが無理な物は無理だな」
「うわっ いくら組んだばっかりだって、それはひどいんじゃない? アンタ達さ、アタシが死んでてもそうするつもりだった?」
「そう言ってもなー 俺ら全員知り合ったばかりだしな」
「あー私はどっちでもいいけどねー でも新しく仲間を見つけるのも大変よ? もう少しだけ金策を考えない?」
等と物騒なことを言ってる悪と中立のパーティーとか。


「ささやき えいしょう いのり ねんじろ! 」
「ささやき えいしょう いのり ねんじろ! 」
「ささやき えいしょう いのり ねんじろ! 」
「やったー 良かったねーー 」
「うん! みんなで一緒に念じると成功率が上がるって本当かもね!」
等と可愛い事を話してる善の女性だけのパーティーとか。


なかなかカオスな場所であった。


一行が周りに圧倒されて立ち尽くしていると、声をかけてきた者がいた。
「いらっしゃいませ! カント寺院の管理者謙店長のカントと申します。 本日はご利用ありがとうございます!」
寺院とは思えない場違いな挨拶に、さらに一行は言葉が出ない。

「本日はどの様なサービスをご希望ですか? ただ今『新人冒険者応援キャンペーン』もやっておりますよ」
そう言ってカントはなにやらビラを取り出す。

「通常、蘇生にかかる費用がレベル×250Gのところ、キャンペーン中は3名様の同時蘇生でお一人様200Gですみますよ」
「見たら分るでしょ! 私達1人だけよ!」
ボケに強いエルが真面目にツッコム。

「お一人様でしたか。 これは失礼致しました」
そう言って違うビラを取り出す。

「ではこちらのプラン等いかがですか? レベル3までの方に限りますが、チケット制になってまして10回の蘇生が可能でなんと1500Gとお安くなっております」
「そこまで死なないわよ!」

「了解しました。 では通常のお一人様の蘇生ですね? 担当のご指名はありますか?」
「た、担当?」
「はい。 冒険者の方によっては、男性の野太い声で蘇生されたくないと言うご希望がありまして、少し割高になりますが、女性のプリーストも用意しております」
「そんなサービスいらないわよ!」

エル以外対応は不可能だと思った一同は誰も口を挟まない。 

「なるほど、では私が担当させていただきます。 なかなか評判いいんですよ、私の詠唱は」
「そ、そんなに蘇生の確率が良いの?」

「いえ、『いのり』の『い』のアクセントが良いとお褒めいただいてます」 
「発音なんかどうでもよいわよ!」


と色々あったが、皆のお金をかき集めてみると、なんとかレベル2×250G=500Gのお金があった。
ただしこれを払うと、今晩はあの馬小屋に泊まる事になる。
悲しそうな顔をする女性陣であったが、シンが毒消しを売ろうと提案した為、ともかくお願いする事にした。

「かしこまりました。 保険は掛けられますか?」
また変な事を言ってきたが、一同はエルに任せることにした。

「保険って何よ」
「蘇生に失敗して灰になった時に、通常の半分のお値段で灰化から蘇生の儀式を行えますが」
「縁起でもないわね! だいたい失敗しといてお金を取るつもり!」
「はい、我々カント寺院グループは全国一律このシステムで行っております。 御了承下さい」
「何処にチェーン店が存在するのよ! 保険はいらないから早くして!」
「かしこまりました」


カントは奥に安置していたヒューマの死体を運んできて、大きな魔法陣の真ん中に横たえた。
両手を上げ、目をつむり精神を集中させるカント。
カッ! 目を開いて一語一語を区切るように詠唱を唱え始めた。


『ささやき』
『いのり』
『えいしょう』

『ねんじろ!』


それを見つめるシンは不安な気持ちでいっぱいだった。
(もしヒューマの蘇生に失敗したら? 蘇生の金はどうする? その間のリーダーは?)

他のメンバーも不安そうな顔で儀式を見つめている。
エルなどは緊張のあまり胃が痛くなってきていた。

最後の真言が唱えられると、柔らかい光がヒューマの体に降り注ぐ。
光りに包まれたヒューマ。

それを見てカントは大きく頷き、一同に向き合った。




「失敗しました」


一同は一斉に顔を青くした。











「なーんちゃって! 初回のご利用の方への、カント寺院が送るドッキリでございます」 

数秒後にカントが放ったその言葉に、ドワとユマ、そしてシンが切れた。


「ふざけるな! テメエ!」
ドワが手を握り締め、カントに殴りかかった。
当たる寸前にカントの周りに光の壁ができ、拳を止める。
ユマもシンも一瞬で詰め寄り、殴りかかるが、カントは落ち着いて答える。

「こちらの光の壁はカント寺院特製の呪文、【カントフィック】と申します。 その効果は1F以上のみ有効でACが-15、呪文無効化率95%を誇ります。
今の皆様ではどうにもできませんので、落ち着いて下さいませ」

「やかましい! テメエがつまんねえ事言うからだろうが!」
そう言いながら、なおも壁を殴る続けるドワに対してカントが言う。

「これは失礼致しました。 多くの方が今のセリフの後には、慌てて遺体を見られて元気な姿に涙されるのですが……皆様反応が早すぎます」
そのセリフを聞いて一同はヒューマを見る。

そこには笑顔を浮かべたヒューマの元気な姿があった。

「「「ヒューマ!」」」

こうなるとカントなど、どうでもいい。
全員がヒューマのそばに近づいて、肩を叩いたり、口々に良かったと語りかける。
一同が落ち着いた頃、カントが近づきヒューマに声をかける。

「御生還、おめでとうございます。 皆様もすごく心配されてましたよ」
「ありがとうございます。 意識が戻ったらみんながこの人に殴りかかってたから、びっくりしたよ。 一体どうしたんだい?」

ヒューマの問に、エルが説明する。
「なるほど、それはびっくりするかもね。 カントさんと言いましたか、なぜそんな事を言われたのかお聞きしてよろしいですか?」


カントは少し上を見上げた。 しばらく上を見た後悲しそうに話しだした。
「ええ…… あの時の気持ちを忘れてもらいたくないという事です。 人は死に対してさえ――慣れます」

「それでもそんな時さっきの気持ちを忘れなければ、死に対して向き合う気持ちが変わります」
「もっとも一度でも蘇生されると、さっきの状態が成功というのは一発で分かりますけどね。 初回のみの脅かしに過ぎません」
「失敗した時は……燃え上がり、文字通り【灰】になりますから」


カントの言葉に一同は考える。
この男は今までの試験で何回もそのような状況――死に慣れた人々を見てきたのかもしれない。 
そしてこれが彼なりに冒険者に送る心遣いなのだろうか。

複雑な顔をする一同を代表してヒューマが話す。
「分かりました。 お気持ち受け取らせていただきます。 蘇生、ありがとうございました」
そういって頭を下げるヒューマ。
ドワ、ユマ、シン等はまだ気持の整理がつかなくて、横を向いたままだ。

カントは寺院の奥のドアに歩いていきながら答える。
「いえいえ、ご理解いただけたら幸いです。 では私はこれで」

そう言ってドアを開けて中に入る。
入りながら一同に聞こえるように、最後の一言を付け加える。



「なんちゃって」

ドアは閉まり、場は静まり返った。

ドワが走り出し、ドアを引っ張るがびくともしない。
さんざんドアを叩くが、誰も出てこないままだった。

「あの野郎! やっぱり単に騙したかっただけじゃねーか!」
「ムカツク奴ね! 次会ったらただじゃおかないわ!」
「管理者って人によって違いすぎだろ! どんな人材の集まりだよ」


ようやく落ち着いた一行は、ボルタック商店に今夜の宿代を求めて尋ねることにした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ボルタック商店に着いた一行は早速毒消しを売る事にした。
「ん? 良いのかお前たち これはかなりの間必需品になるものだぞ」
長い黒髪にメガネが良く似合う女性、ボルタックが確認をしてきた。

「はい、必要なのは分かってるんですが」
ヒューマが蘇生の事、宿代が無い事などを説明した。

「ふん まあそういう理由なら止めないが、常に金は用意しておけよ。 蘇生はもちろん、麻痺してもしばらくは金がかかるぞ」
「はい、気をつけます」

その後シンが迷宮で見つけた兜の鑑定料を尋ねたところ、50Gとの答えが返ってきた。

「やっぱり100Gで売ってる兜っぽいな。 未鑑定で装備しとくか?」
「そうねー でももし呪われてたら、今だと解除もできないのが怖いわね」
ドワの問に、ユマが答える。

「じゃあ明日稼ぐまで待とうか、確かに解除できないとリスクが大きいしね」
ヒューマの提案にドワとユマが頷いた。

それを見ていたノムがエルにこっそりと尋ねる。
「ねえー エルちゃん。 もし呪われてる物を装備したら、寝る時とかお風呂の時もはずせないのかなー」
「それは……いやね。 呪いって怖いわね」


毒消しを売った代金150Gを手に入れた一同は、酒場で軽く食事をする事にした。
酒場での飲食代は全員分合わせても、数G程度で済むのがありがたかった。
一同はゆっくリと食事しながら今日あった事を思い出し、話題に出した。
みんなの顔も一日の緊張から開放され、くつろいでいた。

冒険者が唯一ホッとできる時間である。


こうして4日目の夜が更けようとしていた。




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カント寺院のくだりは、昔ゲーム中によく思っていた事です。
灰化からの蘇生は何度経験しても、リセット有りでも微妙に緊張してました。


『~~~~~は埋葬されました』


『なんちゃって』


どちらにせよ腹が立ちますね。



[16372] 第14話  レベル3到達
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/02/28 18:25
簡易寝台で目覚めたシンの目の前に、ウィンドウが出ていた。

「次のレベルに上がりました!
あなたは力を得た。
あなたは知恵を得た。
あなたは信仰心を得た。
あなたは運を得た。
HPが 6 上がった。   」

(あれ? いつの間に俺レベルが上がる経験値が貯まったんだ)
シンは昨日の迷宮を思い出す。

シンの経験値は、ヒューマが死ぬまでは足りてなかったが、もう少しで上がる状況であった。
そして帰り道のオーク戦で、レベルアップへの経験値を得ていた。
シーフの利点として、レベルアップまでの経験値が全職業で1番早い事がある。

今回は特性値を失っていない事も嬉しかったが、何よりHPが大幅に増えて15になったのは意外だった。


ウィザードリィのHPの増え方は各職業によって異なる。
職業によって4つのグループに分かれ、それぞれ異なる増え方をする。
また、VIT値が16以上の場合は、さらにボーナス値が追加される。
シンのVIT値は現在15とホビットとしては非常に高いが、残念ながらボーナスはつかない。
今回の上がり方は、運が良かったといえる。


準備を終えたシンは、皆が待つであろうギルガメッシュの酒場に出かけた。

酒場ではいつもの様にすでにみんなは集まっていた。
「ほんとお前はいつも最後だな。 宿屋で夜遅くまで何かやってんのか? HAHAHA!」
胡散臭い外人のように笑うドワに、シンが慌てて返す。
「んなわけないだろ! お前は下品なんだよ!」
「でもお前 最近色々な女の子と知り合いになってるしなー。 怪しいもんだ」
「だ・ま・れ」

いつものおバカな2人はスルーして、ヒューマが話し始める。
「さてと、シンも来たし今日の予定を決めるか」

レベルを3にする事を目標にする。
ただし、玄室で昨日のような『みすぼらしいおとこ』の場合は、すぐに逃げる事。
近場で戦いたいが、今後の為にも探索も必要なので、できる範囲でマップを埋める事。

一同が確認したところで、シンがさっきのレベルアップを思い出し、報告した。
「あ、俺今朝起きたらレベルが上がってて3になったよ」
「えーなんでシンだけ? アタシ達まだだよ」
「確かシーフは早くレベルが上がるんだっけ?」
ユマとヒューマの声にシンが頷く。

「うん まあレベルが上がっても呪文を覚えるわけでもないけどな。 少しだけHPが上がったぐらいかな」
シンの言葉に皆がシンのステータスを見る。
「お、俺達戦士組とほとんど変わらないな」
「ほんとだね。 こういうのを見ると僕らは成長してるんだって感じるね」

頃合がいいところで、ヒューマの声で一同は酒場を出て、迷宮に向かった。


迷宮入り口でクサナギに挨拶をし、一行は地下への階段を下る。

【Entering Proving Grounds of the Mad Overload】

「何度聞いても嫌な感じだわ。 このメッセージ」
「ほんとよね。 この狂王って教授のことじゃないのかしら」
「それはピッタリだな。 狂った教授の下で実験台ってか?」
ユマ、エル、ドワのセリフにシンが答える。

「あー 教授って結構この世界の事見てるらしいぜ。 変なチョッカイを出されると嫌だから、その辺にしとこうぜ」
シンの言葉に一行は押し黙る。
ありえる話だからだ。


地下一階に入った一行は、今まで通りに南西のブロックの3部屋を制覇し、宝箱からそれなりのお金を得ていた。
毒消しが無い状態での罠外しは不安があったが、シンの罠識別と、罠解除は今までのところ失敗が無かった。
地味にシンの得た29という高BPは、パーティーに貢献していた。
シン達は知らないが、他のパーティーはもっと罠の識別に失敗し、解除にも失敗していた。
しかしそれを知らないシンは、今でもパーティーの中で一番貢献していないとの思いがあった。

1Fの中央部分に出たシン達は、左の通路の方は昨日の件で行きたくなかった。
そこで北東のブロックの扉を探索することにする。
まず、鍵を手に入れた部屋のドアがある部屋まで行き、モンスターを撃破。
次にこの前は開けなかった正面の扉を進むことにした。

そこは細長い通路で、正面に扉があるだけだった。
扉を開けた先は少し広めの正方形の部屋で、当然の様にモンスターもいた。

出てきた敵は骸骨が5匹であったが、おそらくアンデッドコボルドだろうと思われた。
今回もノムのディスペルは効果を発揮し、2体の呪いを解く事に成功した。
残りの3体を始末するのに少し手間取り、前衛の3人は今までの戦闘もあって、HPが半分以下まで下がってしまった。

ノムのディオスで回復を試みるが、それぞれ1、3、1と運悪く、殆ど回復できなかった。
「うー ごめんねー 全然回復してないねー」
「いや かなり回復の量にばらつきがあるんだよね? こういう時もあるさ」
ノムが皆に謝るが、ヒューマが気遣うように言った。

「エルの呪文回数はまだ2回あるが、ここら辺が限界かな」
一同はそれに同意する。
昨日の一件は、パーティーに危機意識をもたせていた。
無理をして探索を続けても、結果もっとひどいことになるのだと。

現在シン達が探索し終えたのは1Fの3分の1ぐらいであろうか。
地下2Fへの階段は見つかっていたが、探索し終えてない場所にも何かがあるかもしれない。
一行は全て探索するまでは2Fへは降りる気は無かった。

それから一行は地上への帰り道で敵と遭遇した。
出会った敵は、今朝話していた『みすぼらしいおとこ』が3匹だった。
「逃げるぞ!」
ヒューマが素早く判断し、皆に声をかける。

全員で話しあった事の一つに、通路で遭遇した敵から逃げられるか?というものがあった。
部屋からは、扉を閉めた段階でそれ以上追いかけてこなかったが、狭い一本道の通路ではどうなるのだろうか。
あれほど判断力に優れたAIである以上、そのまま追いかけてきて戦闘を仕掛けてくる事も考えられる。
どのみち今の状況では逃げるしか選択が無い為、一行はヒューマの声に従った。

全員で敵が行動する前に後方に走り出す。
30メートルも走ったところで、ヒューマが後ろを振り返るが、敵の姿は全く見えない。
あれだけ動きが速かった敵である。 本気で追いかけてきたら姿が見えるはずとヒューマは考える。

「おーい ちょっとストップ」
ヒューマの声に全員が走るのをやめ、後ろを振り返る。
戦闘態勢は保ったまま、しばらく待つが追いかけてくる敵はいない。

「これで逃げれたことになるのかな」
ヒューマが一同に話しかける

「もし普通の人間だったら追いかけてくるわよね」
「なんか法則とかあるのかもな。 逃げ始めたら追わないとか」
「でも一本道ですからー またあの場所にいるのかもしれませんよ?」
「それともパーティーが逃げたら、反対側に動き出すようになってるんじゃねーの」
一同は口々に意見を出す


実際はどれも間違っていた。
この世界、ウィザードリィの世界では逃げる事に成功した場合、敵はどうなるのであろうか。
答えは『消える』である。

リアリティが無い話であるが、この世界のシステムは多少のリアリティよりも原作のシステムを重視する。
例えば呪文を唱える動作など、リアリティを持たせようと思えば、よくあるようにそれらしい呪文を唱えさせるべきであろう。
そこまでさせたくないなら、初めからコマンド方式にすれば済むことである。
それをしない、あるいはできないのは、教授がこの世界をウィザードリィのシステムにできるだけ似せようとしていたからである。

ここで冒険者である学生が、この法則に気づく事ができた場合、今後の行動をかなり優位に運ぶ事ができる。
だが現時点でこの事に気づいたパーティーは存在しない。
この世界が圧倒的な現実感を持っていたから。
あまりにもリアリティがある世界でありながら、リアルさを持たない世界。
この世界の攻略は、ここに鍵があるのかもしれない。


一行はおそるおそる先程の地点まで戻ってみたが、敵の集団は何処にも姿が見えなかった。
「ふむ、ドワが言った通りこちらが逃げ出すと、向こうも逃げるのかもしれないね」
「なるほど。 じゃあ今後は危ないと感じたら、逃げるって選択はかなり有効かもな」
ヒューマとシンが意見を言い合う。

そのまま一行は、無事に地上への階段を登ることに成功する。

いつものミーティングの後、一行は宿に泊まり、また日が暮れる。



夜が明け、メンバーは全員レベル3に上がっていた。
戦士組のうちドワはHPが20を超え、残りの2人も10台後半になって、さらに戦闘に耐えれるようになった。
僧侶のノムはレベル1の【MILWA】ミルワとレベル2の【MATU】マツの呪文を覚え、レベル1が計4回、レベル2が1回唱えられるようになった。


【MILWA】30歩の間3ブロック先まで迷宮を照らし、隠し扉も見える
【MATU】 戦闘時 パーティ全員のACを2低下させる


メイジのエルはレベル1の【MOGREF】モグレフ、【DUMAPIC】デュマピックと、レベル2の【DILTO】ディルトの呪文を覚え、レベル1が計5回、レベル2が1回唱えられるようになった。


【MOGREF】  戦闘時 唱えた者のACを2低下させる。  基本的に使う事は無い。
【DUMAPIC】  城への階段からの座標を東、北、高さで示す
【DILTO】   戦闘時 敵1グループのACを2上昇させる。 無効化されない。


一行は午前中を訓練所に行き、新しい呪文の使い方や、それを使った集団戦闘訓練を行った。
訓練後はボルタック商店に行き、毒消しを再購入し、余ったお金は貯めておく事にした。
呪われても解除できるので、ヒューマが兜も装備してみたが特に呪われておらず、ACを-1させる事ができた。


そしてパーティーは今日も迷宮に潜っていった。

昨日と同じ様にまずは階段から東の通路を進み、玄室でモンスターを倒し、宝箱を入手した。
次の部屋へ進む為に、階段を通り過ぎてから南西ブロック中央の部屋を目指した。

部屋への通路を進んでいると、暗闇を歩いてくる一団を発見した。
「戦闘態勢!」
ヒューマの言葉に全員がすぐに準備する。
身構える一行に、同じく構えながら近づいてきたのはプレイヤーの一行であった。
シン達が迷宮内で生きているパーティーと出会ったのはこれが初めてである。
シンはどう対応すべきかと考えるが、こちらが話しかける前に向こうから挨拶してきた。

「やあ、プレイヤーの人達か。 連戦かと思って少し焦ったよ。 今後ろの部屋で一戦したばかりでね」
「こんにちは。 こちらも敵の集団かと思って身構えていたところさ」
相手のパーティーのリーダーらしき戦士が、気軽な口調で話しかけてきて、ヒューマもそれに合わせた。
パーティーのメンバーとしてはバランス良くクラスがいるようで、悪と中立で構成されているようだった。
特にこちらを警戒している感じでも無く、どちらかというと無関心のようだった。

「俺の名前はサジだ。 しかし君ら全員レベル3か、いいペースでやってるね。 やるじゃないか」
相手のパーティーは全員レベル2のようで、男は少し探るような感じで褒めてきた。 
「いや、たまたまさ。 僕の名前はヒューマ。 しかし君達は今そこの部屋から出たばかりか、じゃあまだ敵はいないかな」
ヒューマが軽く返したところ、サジは妙な顔をした。
「何を言ってるんだ? ん、ああ、もしかしたら君ら、知らないのか」
「知らないと言うと? こういう状況は初めてなものでね、よく分からないが」

サジは、ふむ……と言い、少し考えてから、自分のパーティーを向きながらボソボソと相談を始めた。
しばらくするとサジはシン達に向き直り、口を開いた。
「パーティ同士で迷宮にいる時に知っておいた方が良い情報があるが、知りたいかい?」
ヒューマもその言葉にシン達を軽く見てから言った。
「ああ、知っておくべき事ならぜひ教えてもらいたいね」
「そうか、じゃあ情報量として150Gいただくが構わないか?」

その言葉にユマが反応した。
「ちょっと! お金を取るって何よ! ちょっと知ってることを聞いただけじゃない!」
しかしサジは落ち着いて答える。
「お前こそ何を言ってるんだ? 情報を売り買いするのは、皆普通にやってることだろ。 俺達だっていくつか情報を買ってるんだぞ?」
その言葉にサジの後ろの何人かがうなずく。
「あとな、俺は今、彼と話してるんだが。 それともお前がリーダーだったか? どちらがパーティの代表なんだ」
サジは少しだけ声を強めて言った。
彼は仲間を代表して交渉している。 仲間の信頼を受けている以上、下手な譲歩をするつもりはなかった。

「あ、ごめん、ヒューマ。 ヒューマに任せる」
ユマは男の後の方の言葉を聞いて、自分が勝手に会話に割り込んだ事を後悔した。 
普段は頼っておきながら、こういう場面に自分がしゃしゃり出るということは、ヒューマを信頼していないと取られてもおかしくない。

ヒューマはユマのセリフに優しく笑いかけ、彼女の肩に手を置いてから話し始めた。
「150Gは安くないね。 どうしたものかな。 その情報は必要な物なのかな?」
「ああ、早めに知っておくべきだと思うぞ。 ロスが防げるからな」
「そうか…… じゃあ情報の交換ではどうだい?」
「交換? どんな情報なんだ」
サジはヒューマの言葉に訝しげに尋ねる。

「この1Fにイベントに使う銀の鍵というアイテムがあるんだが、その場所の情報だよ。」
「ん、聞いた事が無いな。 その話は本当か?」
「ああ、実物を見たほうが早いか。――これだよ」
ヒューマは預かっていた銀の鍵をサジに見せる。
「ほうー、本当みたいだな。 それは何に使うものなんだ?」
「それはまた別の情報になるね。 買いたいなら売っても良いけどどうする」
「……いや、場所の情報だけでいい。 交換に応じよう」

そしてサジとヒューマはお互いに知っている情報を交換し始める。
ヒューマが場所を教え、ザジも話し始める。
「つまり、パーティー別で部屋のモンスターは管理されてるという事かい?」
「そうだ。 そうとしか思えない。 俺達の経験では他のパーティーが戦闘後の部屋にすぐ入っても、敵がいたし、宝箱も出た。 行き止まりの部屋だったしな、湧いて出てきたとしか思えない」
「モンスターは歩いてあの部屋に行くわけでもないのか。 分かった、為になったよありがとう」
「いやこちらも良い情報だった。 イベントアイテムがあるなら、知らずに先に進んでも詰むかもしれないからな」
お互いに別れの挨拶をして、2組みのパーティーはすれ違い、別れた。

向こうのパーティーが見えなくなると、すぐにシンがヒューマに尋ねた。
「あのアイテムの使い方って分からなかっただろ? 何を話すつもりだったんだ?」
「ああ、あれは駆け引きだね。 あまり好きじゃないがその方が鍵の価値が増すと思ってね」
「まああの鍵の場所だと少し探索したら分かりそうだしな。 金を払わないで済んでよかったよ」

シンとの会話を終えたヒューマは、まだシュンとしているユマに声をかけた。
「ユマ、まだ気にしてるのかい? 何も問題ないからね」
「うん、ありがと。 でも今後は気を付けるね。 私だってヒューマを信頼しているし」

2人の会話を聞いていたエルが、思い出したことがあったので提案した。
「その意思決定の件なんだけど、サブリーダーも決めておくべきよ。 ヒューマが倒れた時に指示を取る人がいないと混乱するわ」
「あ、そうかもな。 あの時はシンが指示してくれたおかげでヒューマをすぐに回収できたしな」
ドワも賛成する。
「なるほど、もっともだね。 みんなは誰が良いと思うかい?」
ヒューマの問に全員が一斉にシンを見る。
「まあシンよねー。 ゲームにも詳しいし、判断も早いし」
「そうだな、コイツ女の子が絡まないと冷静な判断できるしなー」
「私もシン君が良いと思いますー」

皆の意見を聞いたシン少し考える。
前衛だとヒューマが死ぬ状況であれば、戦うのでさえ必死だろう。
後衛の2人も呪文を使うタイミングや、スペルを打ち込むのに集中してるかもしれない。
戦闘中で一番余裕がある自分が、パーティー全体を見るべきであろうか。

「分かった、じゃあ引き受けるよ。 ヒューマが指示できない時は俺がするってことでいいかな?」
全員がもちろん了承し、話は終わった。


それから一行は残り2部屋を探索し、宝箱も回収した。
昨日と同じく北東のブロックを探索することにして、手前から2番目の扉を開けた。
そこもかなり長い通路が北に伸びていた。
行き止まりの右横の壁には扉がある。
その扉を開けると短い通路になっていて、その奥にもまた扉があった。
そのまま2つの扉を開けた先に、ようやく広めの部屋に出た。

モンスターはおなじみになったコボルドが5匹。
レベル1の時はそれなりに苦戦した相手だったが、レベル3に上がった今は前衛のHPの大幅増大で楽になっていた。
特にエルとノムの呪文回数が大きく増えたのが、連戦を楽なものにしていた。
序盤でカティノとディオスの2つの呪文が切れた場合は、そこで冒険を切り上げる必要がある。
現状では毎回使っても4~5回は戦闘が継続できる様になっていた。

敵を殲滅し、宝箱が出現する。
シンがいつもの様に罠識別をすると、【爆弾】と出た。
爆弾自体は今までも2回ほど解除している為、シンは普通に罠解除を行った。

ドン!!

シンがいつもと違う手応えを感じた瞬間、宝箱の蓋は開かずにそれは爆発を起こした。
一番近くにいたシンは、体に衝撃波と熱を感じ大きく跳ね飛ばされた。
その勢いで壁に激突したシンは、一瞬意識を失いそうになる。
頭を振って意識をつなぎとめると、今起きた事がすこしずつ理解できた。

(初めて罠解除に失敗しちゃったか)
そこまで考えたシンは、仲間の事を思い出し慌てて周りを確認する。
全員が元いた位置から吹き飛んでいたが、死亡した者はいなかったようだ。
ホッと安堵の溜息を着くシンだが、怪我自体は酷い者が多く、エル等はHP2しか残っていなかった。

全員が立ち上がるとシンは皆に謝った。
「すまん! 解除に失敗した! 危険な目にあわせてしまって申し訳ない」

だがメンバーで怒っている者はおらず、エルも特に気にしていなかった。
「何言ってんのよ。 罠を開けるのはみんなで決めたことじゃない。 解除に失敗することもあるってぐらい、みんな理解してるわよ」
ごく当たり前のようにエルが言い、皆も口々に同意した。

その後、ノムの呪文回数が許す限り回復をし、帰還することになった。


この2日間の収穫はそれなりにあった。
全員がレベル3になったし、1Fのマップも少しは空白が埋められた。
資金的にも少し余裕ができた今、順調と行っても良いだろう。

だが、全体で見ると攻略はほとんど進んではいない。
目標は地下10階にいるのだ。 現在は地下1Fの半分の情報が分かったというところであろうか。
シン達に限った話ではなく、全てのパーティー達が同じ様に1Fでまだまだ苦戦している。


探索の中心は、まだしばらくこの1Fになりそうであった。


   

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14話でも1Fという事は単純に計算すると終わるまで140話!?
もちろん同じ様な描写は省きますので、もっと短くしますが。

戦闘シーンが同じ様な物があるのが長い原因かもしれませんが、もともと本作は戦闘シーンをメインで書くつもりでおりました。
ウィザードリィですからね。

しかし読まれてる方は戦闘シーンが多くて飽きないだろうか、とも思ってます。



[16372] 第15話  マーフィー先生とダークゾーン
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/03/03 13:45
それから4日程が経過し、シンと戦士組はレベルが5に到達していた。
特に戦士組はHPがまたもや大幅に増加し、全員がHP30を超え、特にドワなどは40に近いほどであった。
また以前から戦士組は、レベルが5を超えたら2回攻撃ができるからと言われており、午前中を訓練所で確認を行っていた。
他のメンバーも時間を無駄にせずに、訓練所で技術を磨いていた。

ヒューマがカカシを相手に練習していた。
上段から振り下ろした剣がカカシを切り裂く。 
普段ならここで、剣の重さに体が持っていかれないようにするのが精一杯だったが、下で止まった剣が軽く感じる。
手首を返し下からすくい上げるように、剣を上方に向かって振り抜く。
剣先が跳ね返り、カカシの胴体を切り上げる。

戦士が初めに習得する技、2回攻撃の完成である。
その能力は単純で、剣で与える攻撃を2回与えることが可能になる。 
3人の戦士の総合的な剣でのダメージが2倍になるという事は、パーティーにとって圧倒的な戦力のアップになるのだ。
とはいっても一回しか攻撃できない時もあり、あまり過信はできないのだが。

戦士にとってこのレベル5こそが、最初に超える壁であり、一つのターニングポイントにもなる。
パーティーにとっても今後の行動方針を改めることができる。

(あの時あれから味わった攻撃は、この2回攻撃だったんだな)
ヒューマは初めて死んだ戦闘で、ブッシュワッカ-という名のモンスターが行った攻撃を思い出す。
上から下に振り下ろされた剣が、跳ね上がってきてヒューマの腕ごと盾を吹き飛ばした。
(この技があれば、あいつらにも勝てるかもしれない)
新たな決意を胸に秘め、ヒューマは何度も剣の練習を繰り返した。

ドワとユマもこの新しい技術を練習していた。
STRの強さなどに関係なく、レベル5になるとシステムが補助するのか、途端に剣が軽く感じるのだ。
上から下、下から上に
右から左、左から右に
色々なパターンを試し、有効な斬り方を必死に覚える2人。
その心境はヒューマと同じであった。


戦士組や他のメンバーも訓練を終え、ギルガメッシュの酒場で昼食をとっていた。
午後からは迷宮に潜り、いよいよ今日こそは迷宮の端にある扉を越えようと話していた。

この4日の間にシン達は、南東のブロック以外は攻略を終えていた。
マップを見る限り壁の端にあるはずの扉
この先がどうなっているか分からない為、後回しにしていたのだ。
看板の先に広がる暗闇にも入ってなかったが、こちらはもっと不気味であり、入る事を躊躇していた。
目安として戦士組が大幅にパワーアップすると教わったレベル5になったら、壁端の扉を抜けようと考えていたのだ。

一同が色々と予定を話し合っていると、突然全員の目の前にウィンドウが開いた。
驚く一同の前に、メッセージが流れる。

「冒険者の諸君! たった今1Fの特典対象であった【マーフィー先生】が討伐された! Congratulation! なお討伐したパーティーには特典が与えられた」

それだけ流れるとウィンドウは自動的に消え、しばらくは酒場の中は静寂に包まれていた。
だが急に堰を切ったように喧騒があふれ、各パーティは口々に今の話題について話しあった。

「おい、特典ってなんだよ?」
「訓練所で聞かなかったのか。 何でも詳細は不明だが、条件を満たすとスキルとかアイテムとか貰えるらしいぞ」
「すげえじゃん。 俺達も取りに行こうぜ。 マーフィー先生だっけ? そいつを倒せば良いんだろ」
「どうかな 特典を発表したあたり、もう駄目なんじゃないか?」


横で騒いでいるパーティのそんな声を聞きながら、シン達も今のメッセージについて話しあった
「シン、どう思う?」
「隣が言っていた通りだろうな。 1Fに特典があって、どこかのパーティーが達成、それで1F分は終わりって感じかな?」
「ふむ、その考えだと2F以降にもありそうだね。 もしかして1フロアに1つ揃えてあるとか?」
「ああ、いい線かもな。 しかしマーフィー先生ってのはなんだろうな。 講師の誰かが待ち構えでもしてたのかね?」
「講師相手じゃ誰も勝てないよね。 どのあたりに居たのかな…… やっぱり南東ブロックかな」

ヒューマとシンの会話にエルが口を挟む。
「それよりも、どこのパーティーが達成したのかしら? 私達もかなり順調だと思ったんだけど、上がいるようね」
その言葉にユマも話しだす。
「そうよね、ソッチの方が大事かも。 ただでさえ順調なところがさらに特典で強くなるだろうし」
「うん、今後の事を考えると、接触しておきたいね。 助け合えるなら心強いしね」

シンはヒューマが口に出さなかった事について考えていた。
(敵対するようなパーティーだったら――どう対応すべきかな) 

 
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


迷宮に入った一行は、今回は階段そばの部屋には入らずに、真っ直ぐ目的の迷宮端の扉に向かった。
ドワがゆっくりと扉を開けると、そこには一直線の通路がさらに東に伸びていた。
「バカな!」
マップを作っていたシンは慌ててマップを見直す。
(確かにここが迷宮の端のはずだ。 訓練所の管理者も確か20×20の迷宮だと言っていたはずだし、他の所はちゃんと20×20に収まっている)
なおもマップを見つめている内に、シンはある事に気づく。
(この扉の反対側って通路が無かった所だよな。 もしかしたらここに繋がっているのか? しかしそれだと空間歪曲になるぞ。)
そこまで考えて、シンは己の考えの間違いに気づいた。
(バカなのは俺か、これはゲームだったな。 理屈に合わないが繋がっていても不思議はないのか。 ひとまず少し進んだ所でエルのデュマピックで座標を調べるか)

考えがまとまったシンは、待っていてくれた皆に自分の考えを話した。
「Ok じゃあ進んでから座標を確認しようか。 シン、確か1つの座標って10メートルで良かったよね?」
「ああ、ここだと10メートルぐらいで1マスが形成されているようだから、その分だけ進んでみたい」

そして戦闘態勢を保ったまま、一行はドアを先に進んでみた。
だいたい10メートルを越えた辺りで、デュマピックを唱える為にエルが準備をする。
デュマピックはカティノと同じレベルの呪文であり、現在の命綱でもあるカティノの回数を残す為に、これまで1回も使ってこなかった。 

エルがいつもの様に空中で複雑な身振りをする。
すると手から光が溢れ出し、周りの壁や天井に大きな光の点や小さな無数の光の点を映し出した。
「おおー プラネタリウムみたいですねー」
「ホント! きれいねー」
ノムとエルが可愛らしく感想を述べる。

シン達が見ても確かにプラネタリウムの様に見えた。
暗い迷宮では光の点が良く判り、幻想的な風景にも見えた。
しばらくすると星のような光が消え、文字が浮かび上がってきた。

『パーティーは東を向いています。 城から東に0 北に11 地下1階にいます』

出てきた文字を見てシンはマップを見ながら答える。
「間違いないな 後ろの扉をくぐるとマップの端から反対側の端へ通じるらしい。 この迷宮は無限回廊があるっぽいぞ」
「つまり場所によっては、ずっと同じ所をぐるぐる回ることも有りうるのか」
「そうだな。 ゲームではよくあるやり方だが、ここもそうらしい」

そこまで話した後、シンが不思議そうに言う。
「しかし・・・ここを真っ直ぐ行っても行き止まりなんだがな。 ほら」
そう言ってシンはマップをみんなに見せる。
確かにマップ上ではこの先は壁で行き止りになっている。
「奥に何か有るのかもしれないね。 とにかく進んでみよう」
ヒューマの声に一同はまた進みだす。


それが起きたのは歩き出してすぐだった。
体に一瞬浮遊感が起きたと思ったら、目の前の風景が全く変わっていた。

「ここは……どこだ? さっき変な感覚があったがあれが原因か?」
シンはエルに向かって話す。
「エル、もう1回デュマピックを唱えてみてくれ」
言われたとおりにエルは唱え、出てきた座標はマップ上での南東の真ん中だった。
さっきの浮遊感はどうやらワープらしき物だったらしい。
皆に説明しながらシンは考える。
(こりゃ本当に何でもありだな。 どこまでもリアリティを再現しながら、いきなりこんな有り得ない現象を起こすとは。 
様々なシステムでも感じたけど、何かリアリティを追求する物とそうでない物には法則みたいなものがあるのか?)

「ふう、ヒューマ どうやら南東へはこうやって来るみたいだな。 さてどの扉から開ける?」
シン達のいる場所は広めの長方形の部屋で、目の前には右に2個、左に2個、正面には3個の扉があった。
全員で話しあった結果、正面の真ん中の扉から開ける事にした。
扉を開けてみると、狭い部屋だが何もいなかった。
一応中に入ると、一行はまた浮遊感を感じ、さっき現れた部屋の同じ場所に飛ばされていた。
「意味が分からないけど、ハズレのようだね」

次はまた正面の左の扉を開けてみる。
中には頭が猫で、身体が鶏の、不気味な獣の彫像があった。
彫像は金属で、台座は黒い宝石の様な物でできているようだった。

「なにこれ」
ユマがつぶやくが、誰も意味は分からない。
普通の部屋にはこういう物は無かった為、シンがこの前の鍵と同じ様に彫像の裏側を探してみたところ、これまた同じ様に鍵が見つかった。
「これで鍵が2個目か。 どこで使うものかも分からないね」
ヒューマの声に一同もうなずく。
それ以上何も無いようだったので、部屋を出て今度は正面右側の扉を開けてみた。

部屋の中にはフードを被った、人間型の大きな彫像があった。
フードの穴から金色の光が漏れていて、彫像には、様々な形の宝石が散りばめられていた。
彫像の前には、祭壇があり、新しいお香が焚かれている。

「これまた意味が分からないが、お香が焚かれているってことは、誰かがいた可能性があるね」
「その可能性はあるな。 でもこの魔法の世界じゃ何でもありっぽいし、消えないお香かもしれないぜ」
ヒューマの声にドワが答える。 
「確かにね、ここも何かありそうだから調べてみようか」
先程と同じ様にシンが彫像の裏を探そうと、裏手に回る。
その時、シンは彫像の裏に人影が座り込んでいることに気づく。

「気をつけろ! 誰かいるぞ!」
パッと飛び跳ね、メンバーの方にシンは戻る。
彫像の裏からゆっくりと出てきたその何かは、足を引きずりながらパーティーの前に近づこうとしていた。
見た目は背中を曲げ前のめりになった中年の人間で、初めて見る敵だった
未確定の為か細部はハッキリと分からず、頭上には【正体不明の存在】と出ていた。
明らかにこちらを攻撃しようとする意志が感じられた。

「やる気だぞ! 全員攻撃!」
その声に一同は攻撃の準備に入った。

まずシンが動けたので弓を引き、それに向かって矢を放った。
放たれた矢はそれに向かって真っ直ぐ飛ぶが、直前で不可視の壁のようなものに当たって弾けとんだ。
「なに!」

次にユマ、ヒューマが動き出し攻撃するが、シンの時と同じ様に硬い何かに剣が当たる感触がある。
それでもユマの攻撃は少し貫通し、それの体に僅かに食い込む。
攻撃を受けたそれは、悲しそうな顔をしてユマを睨む。
「うう、何か気持ち悪い!」

次にエルが準備したカティノを唱えた。
それに向かって眠りの雲が広がっていくが、直前で雲がかき消された。
今までカティノが効かない事はあったが、今の様にかき消された現象を見たのは、一同にとっても初めてだった。
エルはこれが教わった呪文無効化の能力かと思い当たる。

これを見たヒューマが全員に警告する。
「こいつは今までの敵と違うようだ! みんな全力で当たってくれ!」

その隙を狙ったのか、それは両手を大きく振りかぶり、ヒューマに腕を振り下ろした。
警告の為後ろを向いてしまっていたヒューマは避けれない。
両手とも当たるが、それに反してほとんどダメージがこなかった。 

最後にドワが力任せに剣を打ち込み、これは2回とも障壁を抜け攻撃が当たり、それなりのダメージを与えたようだ。

ここでようやく敵の頭上の名前が変化し、【マ-フィ-ズゴ-スト】と書いてあるのが読めた。
(こいつがあのメッセージのマーフィー先生か? なんで先生なんだ?)
シンは内心思うが、倒したパーティーがいることも確か。 シン達でもやれるに違いないと思う。

それからは長い戦闘となった。
こちらの攻撃はその不可視の壁に邪魔をされ、思うようにダメージを与えられず、またいくらダメージを与えても倒れる様子が無い。
呪文攻撃も無効化され、ダメージが与えられなかった。
これを見たエルとノムは、訓練所で教わった呪文の効果について思い出し、それを試した。
エルは無効化されないと聞いていたディルトで敵のACを上げることに専念し、ノムは長期戦に有利なマツ、味方のACを上げる呪文でサポートに専念した。
これらの呪文の効果もあって、攻撃が当たり始めた。
マ-フィ-の攻撃は毎回両手で殴ってくるだけで、ジワジワと削られるが今のシン達には脅威では無かった。

そしてユマが切り込んだ攻撃がマ-フィ-の体に食い込むと、それが止めになってマ-フィ-は消えていった。

一行は間違いなく倒した事を確認すると床に座り込んだ。
「あー疲れた! もうやだ!」
「弱いんだか強いんだかホント分からない敵だったな!」
ユマとドワがそんな感想を漏らす。

宝箱は出なかったが、1人当りの得た経験値はかなりの物があった。
「これってすごく美味しくないか? 確かに長期戦になるが死ぬ心配はしなくて済みそうだし」
シンがそう言うとエルが答える。
「これって教わったイベントモンスターじゃないの? 1回倒すともう倒せないってやつ」
「あー そういやそんな説明あったな。 そこまで甘くはないか」
そう言いながらシンは内心思う。
(実際に勝てたんだから特典の件は惜しかったな。 こういう事を言ってもきりが無いけど)

その後もう一度部屋を探してみたが何も見つからなかった。
部屋を出た一行は、まだ入ってない扉を開けて進んでいった。
小部屋ばっかりの扉ばかりで、それから何回か戦闘になったが、危なげなくこれを倒した。
扉を抜けるとその扉が消えてしまう物も多く、戻れない仕掛けも多かった。
マップがあったおかげでようやく仕組みが把握でき、出口と思われる長い通路に出た一行は、ホッとした。
北に真っ直ぐ行って、道なりに南へ70メートルほど歩くと、行き止まりに扉を見つけた。

扉を開けるとそこは闇の世界だった。
「なんだこりゃ」
「この前見た看板の先の暗闇みたいだね」
「ちょっと待った、マップで確認するから」
皆でマップを見ると中央に縦で走る部分がまったく探索できておらず、特に上のほうは看板があってそこが暗闇の所だった。
目の前に広がる暗闇はあそこまで続いているのだろうか?
先程のマーフィーがいた部屋の周りは全て探索したが、出口はどこにも無かった。
どのみちここを通るしか無い。

一行は意を決して暗闇の中におそるおそる入り込んだ。
暗闇は自分達の手も見えないぐらいの真の暗闇になっており、方向意識さえ狂われそうだった。
扉の正面を進むと壁らしきものがあり、先には進めない。
左手も同じく壁だが、右手の方は空間が広がっているようだったので、壁伝いにゆっくリ進む事にした。

シンはマップが書けない代わりに、歩数を手探りで紙に記録していた。
他のみんなにも歩数を数えながら歩くように言っており、定期的に全員の歩数を確認し修正していた。
進んでも進んでも変化は無い。
どれくらい歩いたのだろうか。
実際はそこまで進んでないのかもしれないが、心細さが全員の感覚さえも狂わせそうになっていた。

それは唐突に終わりを告げた。
戦闘を歩いていたドワが壁に当たり、手探りだが扉らしきものもある。
一行は一縷の期待を込めてその扉を開けた。

扉を開けた先も暗闇だった。
「もう! どこまで続くのよこの暗闇は!」
そう叫ぶユマの声には、余裕が感じられない。
頬に当たる微妙な空気の流れから、そこは広い空間のようにも思えた。

シンはこの暗闇に入る前に必死で覚えた地図を頭で再現する。
歩数から大体の距離を考えると、もうそろそろ階段そばの壁辺りに着いても良い頃とは思う。
しかし――もし途中で先程あった様にワープしていたら?
浮遊感は感じなかったが、感じないからといって無かったとは言いきれない。
そんなルールがあると説明を受けた訳でもなく、そうだと信じこむのは危険かもしれない。

「なんでみんな黙ってるのー 怖いから何か話そうよー」
弱々しいノムの声が聞こえ、それに答えるようにエルとユマが声を掛ける。

(まずいな。みんな、特に女の子達がかなり不安になっているか)
そう感じたシンはヒューマに声をかける。
「ヒューマ、確証はないけど、この辺りは階段から見て西の通路を行った突き当たりに近いはずなんだ。 
あまり呪文回数が残ってないのは知ってるが、1回デュマピックを使ってもらえないか?」
「うん、僕も地図を頭の中で書いてみたけど、確かに近いかもね。 途中で道が変わってなければの話だけど……」
そういってヒューマはエルにデュマピックを使ってくれるように頼んだ。
これを使えば残りのデュマピックは1回だけ。
何とか今回で当たりを付けないとまずい状況になる。

デュマピックは暗闇でも成功し、手元の光は見えないが、壁や天井に当たる光の点は見える。
久しぶりに見た光に、一同は少し落ち着きを取り戻す。
出てきた座標は、間違いなく階段があった所から真っ直ぐ東にいった所だった。

「よし! みんな場所は確認できた。 後は壁沿いに歩きながら、扉を見つければ帰れるぞ! 
俺達のいる場所は間違いなく地下1階で、そんなに広い空間じゃない。 すぐに扉も見つかるさ!」
シンは普段出さないような明るい声で、皆を元気づけるように言った。

シンの思いに気がついたのか、全員が明るく声を返す。
「そうね! これだけ暗いのって初めてだからちょっと気分がナーバスになってたかも!」
「お前にナーバスなんて物があったとは驚きだなー」
「何ですって!」
ユマとドワが努めて明るく冗談を言い合い、暗闇に皆の笑い声が響く。

(少しは持ち直したかな)
シンがそう思っていると、すぐ隣に人が来た気配がある。
声を掛ける前にシンのそばで小さい声がした。
「シン、やっぱり君がいてくれて助かったよ。 これからもよろしく頼むよ」
声の正体はヒューマだった。
何気ない言葉だったが、それがシンにはとても嬉しく感じられた。

まず右手の壁に手をつけながら北に向かって歩く。
座標的には西が階段だが、そこには壁があり、隠し扉のようなものも無かったからだ。
マップでは北の方も行き止まりだが、今回嫌って程味わった一方通行の扉がある可能性は大きかったからだ。
かなりの距離を歩いた頃、いきなり一行は金属でできた箱のような物の中に入っていた。
後ろを振り返ると暗闇が広がっているが、箱との境目で光が遮断されているのは奇妙な光景だった。

久しぶりに見た強い光に、一同は目がよく見えず、光に慣れるまでしばらくかかった。
その箱はボタンが4つ付いており、上からA,B,C,Dと書かれていた。

「これ、エレベーターだよな?」
信じられなかったシンがみんなに確認してみる。
「そう……だよね。 これで一気に下におりれるのかな」
「でもヒューマ、階段もあったわよね。 ルートが2つあるのかしら」
「問題はどっちが正解のルートかってことか。 まあ普通に考えたらこんな暗闇の奥にあるエレベーターなんて怪しいけどな」
ドワがエルの考えに対して話す。

一同は口々に推測を出すが、今知りうる情報では判断がつかない。
ボタンを押して動き出して戻れなくなったら、それこそ終わりである。
一同はここの場所を忘れないようにして、再び暗闇に入っていった。

少しずつ分かってくる迷宮の仕組み。
だがまだまだ謎は深まるばかりであった。

今度はさっきと逆側の壁に手をつけて、隠し扉等を見逃さないように慎重に歩いた。
シンは先程のエレベーターでマップに歩数を書きこみ、大体であるが全体図が見えてきた。
(ここを真っ直ぐ南に行くと、本来迷宮の端で終わりだが、おそらく無限回廊になっていて北の所に出るのだろう。 さらに下にいけばあの看板の所に出るはずだ)

一行はまたかなりの距離を南に歩き、行き止まりに壁があった。
左前方に空間がある為、そのまま前方を進む。
進んですぐに先頭を歩いていたドワが声を上げる。
「おい! ここの壁に扉らしきものがあるぞ!」
全員で触ると確かに扉があった。
「中が部屋で戦闘の可能性はあると思う。 みんな、戦闘態勢で突入しよう」
ヒューマの声に皆が準備をし、扉を押し破って突入した。


部屋の中は場違いなくらいの本の山と、実験道具らしい物が溢れていた。
その中央にある机には同様に本が積み重なっていて、その奥に座っている人影があった。
その人物はかなりの高齢らしく、小柄で白い髭を長く伸ばし、白いローブを着ていた。
いかにも魔法使いのような雰囲気を見せていた。

「何じゃおまえたちは」

老人が尋ねるが、なんといって説明すべきかヒューマが悩んでいると、いきなり立ち上がり厳かに宣言した。

『異邦人たちよ、去れ 』

彼は、手を振り始め、念じた。
『マピロ マハマ ディロマト 』


空間が歪んだと思うと、一行はその歪みに飲み込まれ部屋から消え失せていた。
部屋の中では、老人が面白くなさそうな顔をしてそれを見ていた。
「ふん!」
鼻を鳴らすと老人は机に戻り、先程まで読んでいた本を読み始めた。



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ウィザードリィ序盤で印象深いマーフィー先生とダークゾーン。

一番初めに味わった時のダークゾーンでの心細さを思い出しながら書いてみました。

ちなみになぜマーフィーが先生と呼ばれているかと言うと、原作では弱いわりに固定で何回でも湧いて、大量の経験値を与えてくれるからです。
レベルが低い時にパーティーを鍛えてくれる彼は、いつの間にか先生としてウィザードリィプレイヤーに呼ばれ、慕われていました。


攻撃回数について

NES版#1やPS版リルガミンサーガで使われていた設定です。

攻撃回数はLVか装備武器のAT値(AT=攻撃回数)の多い方が使われる。

MAGE, PRIEST, THIEF, BISHOP の場合、1回か武器AT値
FIGHTER, SAMURAI, LORD の場合、LV/5 + 1か武器AT値
NINJA の場合、LV/5 + 2か武器AT値

SFC版リルガミンサーガではレベルでの攻撃回数と武器AT値での合計になっていて、戦士系がとても強くなっていました。



[16372] 第16話  マーフィー先生の特別授業
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/29 22:13

時はさかのぼり、シン達が暗闇をさまよう日の早朝の冒険者の宿。

まだ日も昇って間もない時間、すでに迷宮に潜るための準備をしている冒険者の一団がいた。
冒険者6人のリーダーは阿久津、試験の説明の時にヒューマの次に質問をした男。
今はアクツと名乗っていたその男は、同じパーティーのメンバーの様子を見ていた。

アクツはヒューマへの宣言通り、事前に交渉していた人物とパーティーを組んでいた。

ある者は金のため
ある者は自分のため
ある者はしがらみのため
そして、ある者は愛のために。

様々な理由はあったが、アクツとパーティーを組んだ人物はいずれも優秀な人物だった。

戦士をしているジョーは、このワズリー大学でアメフト部に所属し、プロへの道も誘われている程の選手であった。
実家があまり裕福でなく、学業とアメフトの練習の間にはバイトを入れまくっている程、金銭的に余裕が無かった。
アクツの謝礼を伴った勧誘がきた時に、一石二鳥だと乗ることにした。

魔術師をしているトロイは痩せた神経質そうな男であった。 
彼はこの試験を受けた受講生の中でもトップクラスの成績を持っており、そこが買われてアクツに誘われた。
彼自身、研究室入りは望みだったし、アクツの企業へのコネクションも考えて受諾した。

僧侶のユリは、普段からアクツの友人だった。 大学に入学後にある討論サークルで知り合い、それから良き友人として付き合ってきた。
もっとも彼女自身は友人という気持ちでなく、アクツに対して密かな恋心を持っていた。
アクツ自身はあまり恋愛に興味がある人物でなく、純粋に優秀な友人としてしか見ていなかったが。

シーフのクスヤ。 シンの友人でもある彼は、彼自身の理由ではなくこのパーティーに参加していた。
アクツは今回の講座を受講している人物リストの中で、VRゲームが得意な人物としてクスヤに声を掛けた。
彼は知らなかったが、クスヤの実家が電子部品のパーツの工場を営んでおり、最大の受注先がアクツの実家の企業であった。
そしてクスヤはその事を知っていた。
アクツ自身はクスヤが了承した理由を謝礼のためと思っていたが、クスヤにとっては断れるわけが無かった。

僧侶のリオは、クスヤの親戚にあたり、年が同じ事もあり小さい頃から仲が良く育った。
理工系に進んだのはクスヤの影響であったが、努力家でもあったリオは大学でもなかなかの成績を修めていた。
クスヤが今回の試験にあたってアクツと組むと事前に聞き、クスヤに内緒でアクツと交渉し、パーティーを組む約束をしていた。
リオにとってクスヤは兄弟のようなものであり、協力するのが当たり前だと思っていた。 

他にもアクツが交渉をしていた人物たちはいたが、戒律が合わなかったり、能力の問題で、アクツが選んだのはこの5人だった。


「よし、みんな。 準備はできたか?」
アクツの声に一同は同意の声を出す。
「今日も先に全滅した人達を助けてから、探索をするんだよね?」
リオが聞くとアクツが頷く。
「そうだ。 先程その掲示板で昨日全滅したパーティーは確認した。 2組みいるがおそらくいつものように北東だろう。
そこを回ってから今日はあのワープゾーンを通るつもりでいる」

アクツ達は順調に迷宮を攻略していた。
全員悪の戒律を持ち、既に全員レベル5に達していた。
戦士2名、僧侶2名、盗賊、魔術師という組み合わせのパーティーは、ウィザードリィの中でも鉄板の構成の一つである。

戦略的には毎回早朝から迷宮に入り、昨日の全滅したパーティーを救出して報奨金を稼ぐスタイルをとっていた。
その稼いだ金で他のパーティーから情報を買い、余計な行動はとらないようにしていた。
北西のエリアが、部屋は多いが何もイベントは無いという情報を得ており、探索さえしていない。
また中央から東の通路の扉の向こうがワープゾーンになっており、その先に『マーフィー』という奇妙な敵の存在の情報も得ていた。、

アクツは様々な情報を検討し、イベントモンスターらしき存在がその『マーフィー』しかいないと結論づけ、今日はそれを倒すつもりでいた。

「了解! じゃあいこうか!」
リオが元気よく答えた。
このパーティーは静かな人間が多く、よく喋るのはリオとジョーぐらいである。
クスヤはシンと一緒の時はよく話すが、このパーティーの中でリオ以外と気楽に話す気も起きず、普段は黙っていた。

「OK! じゃあリオちゃんいこうか。 今日こそはリオちゃんより多く敵を倒すよ」
ジョーが楽しそうに話す。

アクツのパーティーは前衛がアクツ、ジョー、リオで構成されていたが、そのリオが戦士顔負けに敵を倒すのだ。
アクツが一番多く倒しているが、次がリオ、最後がジョーである。
ジョーも普通のパーティーだったら間違いなくエース級に強いのだが、アクツは別にしてもリオの強さは異常な程だった。
スピードに乗った動きで飛び回り、手に持ったフレイルで敵をたたき潰し、跳ね飛ばす。
普段のリオを知ってるクスヤも驚いたが、当の本人も驚いていたらしい。
事前にVRゲームを少しは練習していたが、この試験中は現実と違い、時間がたつほど体がイメージ以上に動くのだ。

僧侶の回復と戦士の攻撃力を持つリオがいなければ、いくらアクツ達でもここまで順調にはこれなかったろう。

ジョーは内心思う。
(いやー、リオはやっぱり可愛いなー。 今まで付き合った女の子って頼ってくる子が多かったけど、リオは違うよな
俺より強い子なんて初めて見たぞ。 こりゃ試験が終わるまでに俺のモノにしないとな)
そんなジョーの内心を知らず、リオはにこやかに笑いながらパーティーの先頭を歩く。

(ユリもなかなかだが、彼女はアクツが好きなのがバレバレだしな。 アクツは気づいてないようだが)
ジョーは試験の前まではアクツとは面識は無かった。
成績優秀で、電子機器メーカー『Akutsu』の御曹司だということぐらいだった。
頭が良いだけのお坊ちゃんかと思っていたが、一緒にいる時間が増えるほどアクツの能力の高さが分かってくる。
今ではアクツの為に何かしてやりたい気分にさえなっている。
(こういうのをカリスマとでも言うのかね)
また他のメンバーもクセはあるが、なかなか面白い人間が揃っていた。
初めは謝礼だけが目的で組んだパーティーだったが、ジョーは今ではこの仲間達をすっかり気に入っていた。


迷宮に入ったアクツ達一行は、予定通り北東のエリアに先に行く事にした。
シン達がナオト達を救出した部屋の辺りである。
ナオト達に限らず、あの部屋の周りはイベントアイテムをの存在を知り、無理してきたパーティーがよく遭難する場所であった。

今回も6人パーティーを一組救出し、部屋を出て中央の通路に戻る。
通常であれば一度戻って死体を預け、再度次の全滅したパーティーを探すのだが、今回は先を進む事にした。

アクツが考えていたのは、ヒューマ達のパーティーのことだった。
噂ではアクツ達同様、順調に攻略し、レベルを上げていると聞いている。
(さすが俺が認めた男だな)
アクツ達がレベル5になっている以上、ヒューマ達もそろそろなっているだろう。
イベントモンスターを倒した場合、特典を得れる確率は高い。
時間的にはまだまだ早朝の時間で、ヒューマ達は迷宮に入ってないだろうが、万が一ということもある。

アクツ達はそのまま通路を進み、壁の端と思われる扉を開けてさらに通路を進む。
話に聞いていた通り、一瞬の浮遊感の後に周囲の光景が一変した。

「うわー 何コレ! 面白いですね!」
リオが何が面白いのか、はしゃいでいる。

扉で囲まれた部屋にいるのも情報通り。 左の扉がイベントアイテムで、右の扉がモンスターのはずである。
アクツ達はまず左の部屋に入り、鍵を手に入れてから、右の扉に突入した。
クスヤガ指示された通り彫像の裏を探すと、姿勢の悪い男性の幽霊のようなものが現れた。

「いくぞ!」
アクツは叫び、幽霊こと「マーフィー先生」との戦いが始まった。

最初に動けたのはリオで手に持つフレイルを振り回し、遠心力をつけてからマーフィーの頭に振り下ろした。

ガツ! という音ともに、マーフィーが体の周りに張り巡らせている防御膜に当たる。
通常であればそこで止まるであろう攻撃は、見事に膜を破りマーフィーに激突した。
それなりのダメージになったはずだが、マーフィーは変わらない恨めしそうな目で、リオを睨む。
「睨んでも怖くないですよーだ」
リオはそう言いながら振り下ろした体勢から後方にジャンプし、マーフィーからの攻撃に備える。

次に動けたユリは、少しでも前衛のみんなが怪我をしないように『マツ』を唱え、パーティーのACを下げた。

ユリにとってアクツの為だけで入ったパーティーだったが、今ではすっかりこの生活が面白くなっていた。
小さい時から勉強をすることが多く、ゲームなどもしなかったユリだったが、初めて味わうこのゲームに夢中になっていた。
達しなくてはいけない目標があり、その中で日々全力で過ごす毎日。
(呪文って面白い!)
物語でしか味わえなかった現象を、自分の意志で発動させる。
見た目は真面目な顔をしたまま、ユリは興奮していた。

次に動けたアクツは剣を振り上げ、力を込めて振り下ろす。
この攻撃もマーフィーの防御膜を破り、ダメージを与えていた。

アクツはこのVRゲームで行う試験を聞いた後、かなりの数のVRゲームを経験していた。
ゲームなど馬鹿馬鹿しい気持ちはあったが、自分達が学んでいる技術が形になっているのを経験すること自体は興味深かった。
もちろん、目的である研究室入を目指すために、必要な体の動かし方やイメージ力を強くする練習も行った。
リ-ダーをする自分が、他のメンバーより劣っていることなど許されないからだ。
アクツという人間は他人に厳しいが、自分が楽することを選ぶ人間ではなかった。

次にジョーも攻撃を加えるが、力に任せた一撃をマーフィーはゆっくリと避けた。
目標をジョーに定めたのか、マーフィーは両手を上げジョーに近づく。
体勢を崩していたジョーがその攻撃を受け、わずかだがダメージを負った。

次に魔法が効かないと聞いていたトロイは『ディルト』の呪文でマーフィーのACを上げた。

トロイは人付き合いが悪い人間だった。
大学で勉強する事は楽しかったので、そのまま院生になるのも良いかと思っていた。
だが専門的にバーチャルリアルティを学ぶのであれば、上野教授の教えを受けなければ意味が無いと思っていた。
しかしその研究室に入る方法が非公開であり、どうすべきかと考えていた時にアクツの話がきた。
以前から優秀な成績をとるアクツの事は知っていたが、話すのは初めてだった。
どういう進路をとるにせよ、VR関連の企業とのコネクションは必要になる。
そう考えたトロイはアクツの申し出を受けた。
トロイは、アクツも含めたこのパーティーをとことん利用するつもりでいた。
だが研究室入りは当然として、アクツやパーティーのメンバーから悪印象を持たれるのも得策ではない。
理想は全員で研究室入りを果たすことだ。
最大限の恩を売るためにも、今は全力でパーティーを支援していた。


マーフィー先生のHPはかなり幅があるように設定されていた。
早い時はある程度の戦士が数回殴るだけで倒れるし、長い時は数十回もダメージを与える必要がある。
ここがマーフィーの嫌らしいところで、レベルが低いパーティーでもあっさり勝てる時もあれば、それなりのパーティーでも長期戦に耐えれないぐらい長い時もある。

今回はどちらかといえば長い方の戦いになった。
ジョーやアクツの攻撃を何回受けても倒れそうな様子が無く、反対に前衛のHPがわずかずつ削られる。
アクツ達のパーティーが幸運だったのは僧侶が2名いた事であろうか。
削り、削られた戦いは、ようやく決着を迎えた。


マーフィーが消えると一同はさすがに荒い息を吐いていた。
僧侶1人であれば、厳しかったかもしれないぐらい長い戦いであった。

「あー疲れた! さすがに強かったですね」
さすがのリオも元気が無い。
一同は珍しいリオの声に反応し、同意の声をあげる。

その時一同の前の空中に大きな半透明なウィンドウが現れた。
呆然とした一同の前で、どこからともなく今まで聞いたことが無いメロディーが『ダーダッダダ ダッダダダン ダッダダン』と流れ出した。
ちなみに一同は知らなかったが、その音楽は名作と呼ばれたスターウォーズのダースベーダーのテーマであった。
そのまま見ているとウィンドウに画像が現れ始め、人物の姿が出てきた。

それは上野教授であった。

「諸君! おめでとう! 君達が一番初めにイベントモンスターを討伐し、特典を得る権利を手に入れたのだ!」
アクツがそれに答える。
「ありがとうございます。 全員の力を一つにできた結果でした」

「うむ! 良い答えだ。 これからも頑張りたまえ、先は長いぞ」
そう言った教授は、ニコニコしながらさらに言う。

「それでは特典に付いて教えよう。 あまり詳しく話すと今後に不公平になるので今回の特典だけ説明する」
教授はそう言った後、特典の習得方法を説明する

誰でもよいので1回サイコロを振り、次に全員が1回ずつまたサイコロを振る。
最初に振ったサイコロの目を越えた者だけが特典を得る事ができ、同じ目だった場合は負けとみなす。
権利を得た者は、もう一度サイコロを振り、出た目で特典が決まる。
特典の内容は武器や防具、アイテムやスキル、特殊能力などがあり、そのクラスが使える物が与えられる。

それを聞いたアクツ達はしばらく黙っていた。
まさかこんなところでも運試しをするとは思ってなかったからだ。

「分かりました。 では私が最初のサイコロを振ります」
アクツがそう宣言し、メンバーでは反対する者もいない。

「それ、このサイコロだ。 運もこの試験では大事な要素だぞ。 偶然にさえ影響を当たる人物であることを祈っているよ」
教授が言うと、全員のまえに縦横5cmぐらいのサイコロが現れた。
アクツはそれを握り、力を込めて転がした。

出た目は4であった。
それを見たアクツは少し表情を歪ませる。
悪くはないが、自分であれば運命さえ味方につけるとの思いがあり、良い数字が出ると信じていたからだ。
リーダとして振って、この数字では仲間に申し訳ないとの気持ちも強かった。

「よし、では全員サイコロを振りたまえ。 5以上を出した者には特典が与えられる。 最初に振りたい者はいるかな?」
教授の言葉にジョーが手をあげる。
「教授、俺から振りますよ。 5か6でいいんですよね」
教授が頷くの見たジョーは壁に向かって思いっきり投げつけた。
壁の間を2往復した後サイコロは止まり、出た目は2であった。
「うわ、マジかよ。 ツイてないな」
ガックリ肩を落とすジョー。

その後トロイ、ユリが振るが、いずれも5に届かなかった。

次にクスヤがあまり気乗りがせぬままサイコロを振り、5の目が出た。
「初めての特典者が出たか。 もう1回振りたまえ」
クスヤがサイコロを振ると3の目が出た。
「マーフィーの時のシーフクラスが3の場合はと。 ふむ、アイテムだな」
そう言った教授が何かを操作すると、クスヤの手の中に宝石がついた指輪が現れた。
「それは『RING of JEWELS』、宝石の指輪と言って、使用するとディマピックの呪文が使えるものだ。
何回使っても壊れないから、有効に使いたまえ。 序盤の迷宮探索の強い力になるぞ」

「……ありがとうございます」
クスヤは釈然としないまま、教授に礼を言った。
クスヤにとっては、この様な形で試験を受けていること自体が不満だった。
本来趣味でもあるVRゲームで有名講座の単位も取れるのであり、喜んで良いはずだったが、置かれた立場がそうさせてくれない。
シンみたいな友人と組むどころか、自分の為ですら無くて参加し、結果友人達の目標を邪魔している。
おまけに幼なじみのリオまで巻き込んでいる事が、彼の心をいらただせていた。
試験に乗り気もしないが、かといって手を抜いてアクツの心象を悪くすることも避けたい。
彼自身、自分がどう行動すべきか迷っていた。
そんな彼が特典を得れても、喜ぶ気持ちにはなれなかった。

「はいはい! じゃあ次は私ねー」
そんなクスヤの気持ちを知らないので当然だが、リオは元気に答える。
リオが軽く投げたサイコロはしばらく回り、出た目は6であった。
「やったー 何が貰えるのかなー」
リオは両手をあげて喜んでいて、周りの皆も驚きながらも素直に祝福をした。
この騒がしいながらも、元気なリオの事は皆が気に入っていた。

教授がリオに向かって言った。
「おお、やはり君か。 よろしい、ではもう一度サイコロを振りたまえ」
「はーい」
リオはサイコロを振り、出た目は5だった。
「5が出ましたー。 何が当たったんですか?」
「ほう、5か。マーフィーの時の僧侶クラスが5の場合は……おお、特殊スキルだな。 君は『慈愛の心』を手に入れた。 
これはHP回復系の呪文の効果が1.5倍になる効果がある。 クラスチェンジしても有効だぞ」
「おおー それは良い感じですね!」
リオが嬉しそうに言う。  

最後に残ったのはアクツで、彼は少し弱気になっていた。
(俺が習得できないと、リーダーとしての面目がたたん。 だが、運に頼るしかないものをどうしろというのだ)
彼は彼なりに今のパーティーを大事に思っていた。
人の上に立つものは、下の者を思いやる気持ちも忘れてはいけない事を、彼は知っていた。
自分について来たメンバーのためにも、何としても特典を取りたいと思っていた。

不安ながらも振ったサイコロが出した目は5であった。
当たり前のような表情を取っていたが、彼は内心ほっとしていた。
「3人目か。 君も言葉だけでなくやるものだな。 それではもう一度サイコロを振りたまえ」
教授の言葉にアクツはサイコロを振り、出た目は2であった。
アクツにはその目が良いのか悪いのかが分からず、無言でいた。

「ふむ2か、マーフィーで戦士の場合は…… 武器だな。 ロングソード+1、別名が切り裂きの剣だ。
君の攻撃力は大幅に上がったぞ。 1Fで手に入れるには早すぎるぐらいの良い武器だ。 大事に使いたまえ」
「ありがとうございます」
そう言ったアクツは、緊張のため額にかいていた汗を拭いながら、床に置かれた剣を手にとった。

「よし、これで終わりだな。 君達が特典を習得したという事は、全受講生の中で現在最も早く迷宮を攻略しているということだ。
これからもより早く、より強くなって目的を達成してくれ。 期待しているぞ」

「はい! 頑張ります!」
思いがけない教授の激励にトロイでさえも感激し、クスヤ以外の一同は力強く答えた。



それからしばらくして全受講生は、マーフィーが討伐され特典を得たパーティーがいることを知らされた。



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【変更点】

探索のコマンドの設定を無くしました。
以前の描写の部分も削除してます。



たまには違う視点でと思い、外伝のような感じで書いてみましたが、とても難産でした。
何回か書き直ししましたが、あまり上手く書けてないように感じます。

御意見お待ちしております。



[16372] 第17話  コインは耳が好き
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/28 21:49

シン達が一瞬のめまいを感じた後には、目の前の風景が変わっており、そこは地上の迷宮の入口近くだった。
「今のは何!」
「浮遊感を感じたと思ったら……ここは地上かな」
ユマが叫び、ヒューマも驚いていた。
他のメンバーも驚いており、しばらく周りの状況を確認するが、幻想などではなく間違いなく地上だと判断できた。
暗闇でかなりの時間が経っていたらしく、辺りはもう暗くなりかけていた。

「魔法で瞬間移動もできるのか」
「確か……最高クラスの魔法でそんな事もできるとは聞いてたけど、講師の人って覚えてない魔法はあんまり詳しく教えてくれないのよね」
シンがエルに聞くとそう返事があった。

「でもよ、地上に戻してくれたんなら逆にありがたい話だよな」
「ですねー 結構疲れてたから助かりましたねー」
ドワとノムがのんきに話しているが、エルが返事をする。

「考えてもみてよ。 もし敵があれを使ってきた場合、地上じゃなくて地下の奥深くだったらそれで終わりよ」
「む、それはまずいな」
「うーん、そういう事もあるかもしれませんねー」
「うん、これに関しては情報を集めたいね。 そういう魔法を敵が使ってくるのかとかね。 まあなんにしても今回は助かったよ。 酒場で少し休もうか」
ヒューマの提案に皆も了承し、酒場へと向かった。


酒場で落ち着くテーブルを探していると、この前救出したナオト達のパーティーが座っているのを見かけた。
ナオトの姿は見えず、この前挨拶した3人しかいないようだった。
3人とも妙な雰囲気で黙ったまま座っており、表情は暗かった。

「やあ、久しぶりだね。 今日は3人だけかな」
ヒューマがいつもの様に人の良い笑顔で話しかける。
ヒューマ達に気がついた3人は、元気がない声で挨拶に応じる。
座っても良いかなと尋ねるヒューマに1人が答える。

「ああ、もちろんさ。 いや気が利かなくてすまないね、ちょっと取り込んでたもんで」
答えたのはパピヨンという善のビショップで、細身の体をした男性だった。
前回話した時は、かなり明るい感じの性格で常に笑っていた印象があったが、今見るパピヨンの表情は暗い。
クレオとラズという名前の2人の女性も、慌てて席を勧めた。

ヒューマ達は腰を落ち着け、NPCの店員に飲み物と食事を注文する。
注文が届くまでの間も、パピヨン達は一言も話さず黙り込んでいる。
たまに何かを言い出しかける素振りを見せるが、すぐに開いた口は閉じられ、言葉は発せられない。
自然とヒューマ達も話せるような雰囲気にならず、テーブルには沈黙が降りていた。

しばらくして注文が届き、ヒューマ達はとりあえず食べ始めた。
メンバーの食事があらかた終わったころ、ヒューマがパピヨン達に尋ねる。

「それで君達どうしたんだい? 深刻そうな様子だが、ナオト君達がいないことに関係してるのかな」
その言葉を聞いたパピヨン達はお互いの顔を見合わせる。
残り2人がパピヨンに頷き、その後パピヨンは語りだした。
「実は、昨日僕らは地下2階に初めて潜ったんだ」

その言葉にシンは驚く。
彼らのレベルを見ると3人ともレベル4であり、自分達の経験でいってもレベル4では1Fでもまだ危ない時があった。
その状態で2Fにチャレンジした彼らは無謀であり、自己分析ができてないのかと考える。
(そういえば、初めて救出した時も、初日の講義を飛ばして地下に入ったんだっけ)
どうも彼らのパーティーは無茶をしすぎると、シンは思う。

パピヨンの話は続く。
「それで初めの部屋で出てきたのはコインの塊だったんだ」
「コイン?」 ヒューマは尋ねる。
「ああ、僕らが普段使うゴールドが多数空を飛び回っていてね。 初めはすごくびっくりしたよ」
「それは敵なのかな」
「攻撃してきたからね。 とは言ってもこちらに飛んできて、耳元に息を吹きかけるだけだね」

エルやユマが怪訝そうな顔をして、パピヨンを黙って見つめる。
「ああっと、嘘じゃないからね。 彼女らにも聞いてくれよ」
その言葉にテーブルに黙って座っていたクレオとラズが、口を開く。
「本当よ、顔にまとわりついては耳に息を吹きかけようとするの。 かなりゾクゾクして気持ち悪かったわ」
「うん。 たまにゾクッとなると気分が悪くなるのよ。 そうなるとちゃんとHPも減るんだよ」
嘘みたいな話であるが、真剣に話す以上本当の話なのかとヒューマは思った。 

ヒューマは話の続きを促した。
「まあその敵は攻撃が当たればすぐ動かなくなるんで、なんとか倒せたんだけどその次の部屋がね」
そう言ってパピヨンは言葉を止め、言いにくそうにヒューマ達の内エルとユマを見る。
「何よ、早く言いなさいよ」
ユマが言う。

「ああ、その次の部屋で出たのが……ウサギの集団だったんだ」

言いにくそうに言ったパピヨンに、ユマとエルが食いつく。
「やっぱり嘘でしょ! なんでウサギが出るのよ」
「適当な話を私達にしてどういうつもりなの?」
「いやいや! 本当の話なんだ。 な?」
パピヨンが2人の女性に同意を求め、2人も頷いた。

「それで?」
ヒューマが先を促し、パピヨンが話しながら声を落としていく。
「そのウサギ達を見て僕達も驚いたが…… それは普通のウサギじゃなかった。 体も普通のウサギより大きかったし、前歯だけがものすごく長くてね。
油断していた僕達に、ウサギは飛び掛ってきた。 ナオトが首の辺りを噛まれたと思ったら……次の瞬間ナオトの首が宙を飛んでいたんだ……」
そう話すとパピヨンと2人のメンバーは、下を向き黙った。

しばらくそのままでいたパピヨンは、辛そうにまた話し始めた。
「他の2人の前衛は首こそ切られなかったが、長い前歯で全身を切り刻まれてね。 そのままHPが0になって死んでしまった。
それを見た僕らは逃げ出したんだ。 仲間の死体をそのままにしてね。 何とか地上まで出てこれたが、どうやって助ければ良いのか」
そこまで話すとパピヨンは、はぁーと深い溜息をついた。

話を聞いていたシン達は、言葉がすぐには出ない。
コインとかウサギとかありえないような話を聞いたと思ったら、仲間が3人死んで、しかも死体を回収できていないという。

しばらくした後、ヒューマが聞いた。
「レスキューの保険は掛けてなかったのかな?」
「いやもちろん掛けていたんだよ。 ただレスキューは迷宮に入る前にパーティー単位で掛けて全滅の時にしか効果が無いらしくて、
今回みたいな個別の救出は無理だそうだよ」

それを聞いたシンが次に質問をした。
「君達は死体の回収のやり方は知ってるのか?」
「ああ、手を当ててから【回収】のコマンドは知っていたよ。 それに今回の件については、昨日カントさんに色々確認したよ。 
やはり死体が無いと蘇生はできないそうだ。 それに死体のままだと、全滅してなくてもロストやアイテムの紛失の可能性があるらしいんだ。
クソッ! やっぱり何としてでも回収だけはすべきだったんだ」
ロストの可能性を考えると、パピヨンは冷静ではいられなかった。

「落ち着けよ。 そうしていたら君達だって戻ってこれなかったかもしれないんだぜ? 
そうだ、大事な事を聞いておかないとな。 他のパーティーでも回収はできるのか?」
「うん、パーティーを組んだ状態でも個別で死体の回収は可能だそうなんで、それは大丈夫みたいだ」

そこまでパピヨンが話した後、今度は横のクレオが口を開く。
「さっきまでどうやって救出しようか話てたんだけど、結局可能な方法ってプレイヤーがその場まで行って回収しないと駄目なの。
私達だけじゃ1回の戦闘にも耐えれないから、今朝から何組かにお願いしたんだけど、まだ地下2階は無理だって断わらて困っていたの」
  
それはそうだろうとシンは思う。
今日の昼になってようやく1Fの特典を得たパーティーがいたぐらいであり、ほとんどのパーティーはまだ1Fを探索中だろう。
そういう意味では、人よりも先に2Fにチャレンジしたことは、特典を狙う意味では正しいのかもしれない。
2Fの状況が分かっていたらの話であるが。

ラズも話し始める。
「うん、だからヒューマ君達が声をかけてくれた時に、お願いしようかと思ったんだけど……2回も救出を頼むなんて、図々しすぎて言えなかった」


「そうね、確かに図々しいわ」
エルの声にシン達はエルの顔を見る。
「エル?」 ノムが声をかける

だがエルはノムに答えず、整った顔つきに厳しい表情を浮かべ話し続ける。
「リスクを承知で危険なことをしたんだから、自分達で何とかするべきと思うわ。 余裕があるなら私達もついでに助けれるけど、地下2Fは無理ね」
そう言い切ったエルは、他に言うことはないとばかりに紅茶を飲み始める。

シンも同感だと思っていた。
無論助けれるなら助けたい。 だがこのレベル4のパーティーがあっさりと全滅した2Fで、大して戦力が変わらないシン達が行くのは危険すぎる。
だが、違う考えを持つメンバーもいた。

「えー エルちゃんー 困っている人は助けないとだめだよー」
「うーん、俺もきついとは思うんだが、義を見てせざるは勇なきなり、って親父にいつも言われてるしなー」
「アタシは何とかしてあげれるなら、何とかしたいと思うんだけど……」
ノム、ドワ、そしてユマがエルに遠慮してか意見を言う。

そこでシンも意見を言う。
「俺はエルに賛成だな。 現状の俺達じゃ、助けに行って二次遭難の可能性が高いんだぞ? もう少しレベルが上がるまで待つべきだと思う」

この試験が始まって、初めて意見が割れる事になった。 
そのままメンバーは言葉を重ねるが、エル等は初めの意見以来何もしゃべらない。

ここでみんなの様子を見ていたヒューマが、発言する。
「ちょっといいかな?」
リーダの発言に、一同は話を聞く体勢をとる。
「まず僕個人としては、助けたいと思う。 でもエルやシンの考えも、もっともだとも思う。 だから今すぐ結論は出さずに1日考えないか? 
まずパピヨン君達にもう少し詳しく状況を聞いてから、それを元に検討して明日返事をするってことでどうだろう?」

4人は頷き、エルも「ヒューマがそう言うならそれでいい」と言ったため、パピヨン達の話を聞くことになった。
場所は地下2Fに降りて2つ目の扉を抜けた先の部屋。
そこにいく途中で変な恐怖に襲われたが、無事に通過できたこと。
最低2回の戦闘があると思われること。
ウサギは1Fで出会ったどの敵よりも強かったこと。

それらを聞いたヒューマはパピヨン達に言った。
「情報ありがとう。 最後に聞いておきたいんだが、君達は僕らに本当に救出を頼みたいんだよね?」 
その言葉を聞いたパピヨンは表情を改め、シン達を見ながら言った。
「すまなかった。まだ正式に頼んでいなかったね。 ヒューマ君たちみんな、ナオト達は僕らの大事な仲間だ。 
できたら少しでも早く助けてやりたい。 救出に力を貸してくれないか」
そう言って頭を下げ、クレオとラズも同様に頭を下げて頼んだ。

それを聞いたヒューマは笑顔で答える。
「うん、気持ちは分かったよ。 じゃあ明日返事をすることでいいかな?」
パピヨン達は了承し、もう一度頭を下げてから席を立ち、酒場を出て行った。


残されたメンバーは、先程の話をもう一度検討し、1人ずつ意見を言い合う。
やはりエルが反対派で、4人は賛成、そしてシンは考え中だと言い、結論を出さなかった。

先程のパピヨン達が最後に見せた表情で、シンは迷っていた。
危険を犯さないならば反対、しかしこれが彼らと逆の立場だったら?
ヒューマやドワ、ユマが死んでシン達が逃げ出す。
その場合パピヨンの立場は、そのままシンの立場のはずだ。
そう思うと、何とかして助けたいと思ってしまう。

シンがそう悩んでいると、エルが話し始める。
「ちょっと外の空気を吸ってくるわ」
そういって席を立ち、足早に出口へと歩いていく。
「エルちゃん!」
ノムが席を立って追いかけようとするが、ヒューマが止める。
「シン、君が行ってあげてくれないか」
シンは少し驚くが、エルの本音を聞きたいと思いうなずき、そのまま席を立ちエルの後を追いかける。

外に出たシンは周りを見渡すが、エルの姿は見えない。
この街は試験のためだけに作られた町であり、他の場所に行くことはできない。
しばらく探した後、シンは中央にある公園の、木が生い茂っている芝生の所で、エルが座り込んでいるのを見つける。

「エル」
シンは声をかけるが返事が無いため、諦めてエルの横に座る。
しばらくすると、エルが話し始める。
「何しに来たの」
「ん、特に用事はないよ。 ただエルと話したいと思っただけ」
「話したいって、それが用事じゃない。 まあいいわ。 さっきシンは考え中って言ってたわよね。 理由を教えて」
シンは、反対する理由を話した後、先程考えていたことを話した。

それを聞いたエルは、しばらく黙って下を向いていた。
シンが気づいた時には、エルは大きな目から涙をこぼしていた。

「私だって! 助けてあげたいわよ! でも、でももし無理だったら、最初に死ぬのはヒューマ達よ!
シンだって分るでしょ! 後ろでそれを見るしかできない気持ち! またヒューマが死んじゃたらどうするのよ!」
そう言ってエルは泣き続けていた。

何とか泣き止んで欲しいと思ったが、こういう状況に慣れてないシンには、どうすべきか分からなかった。
(映画とかだったら抱きしめるんだろうけどな)
そう思うシンだったが、今のエルの言葉で、エルがヒューマの事をやっぱり特別に思っているようだと考えた。
以前からそういう感じは受けていたが、こういうはっきりとした態度を見るのは初めてだった。

(だったら抱きしめるのはヒューマの役だよな)
シンにできたことは、エルの肩に手をあて、自分の気持を告げるだけだった。

「エル、俺もエルの考えと同じ気持だよ。 誰にも死んで欲しくないし、後ろで見てるのは本当に辛い。
でも……やっぱり助けないか? パピヨン達は苦しんでいるよ。 後ろで見ていて、死体さえ回収できなかったことにね」
そう言った後、少し声を明るくして続けた。
「正直戦力的にはどれほど厳しいか分からないが、一つ朗報もある」
「朗報?」
いつのまにか泣き止んだエルが、目を赤くさせ、首を傾げて聞いてくる

(う……今のエルは何か可愛いな)
普段の強気の態度とのギャップに、軽く照れるシン。
「あ、ああ。 ステータスを見たら分るんだが、エルもノムも昼のマーフィーを倒して5レベル分の経験値貯まってるだろ。
2人ともまだレベル3の呪文は持ってなかったけど、あるいは今回のレベルアップで覚えられるかもしれない」
「え、あ、ホントだ」
「俺は呪文を詳しくは知らないけど、強力な呪文を覚えたら、2回だけの戦闘なら地下2Fでも何とかなるかもって思わないか?」

シンの言葉を聞き、エルは少し考えているようだったが、出てきた言葉は力強いものだった。
「私のレベルアップしだいってことね」
「そうだ、お前次第だ」
「ふん! 分かったわ。 絶対に何か覚えるわ。 私が覚えないわけないじゃない」
エルはそう言い放つと、元気よく立ち上がり、シンに言う。
「シン! なにボーとしてるのよ。 ヒューマ達の所に戻るわよ!」
そのままシンを置き去りにし、早足で立ち去って行く。
それを見たシンは思わずつぶやく。
「さっきまでのエルの方が可愛かったよな……」


ヒューマ達の所に戻った2人は、呪文の事を伝え基本的に賛成することを伝える。
ただし一戦目で厳しいと感じたら、必ず諦めることもヒューマに約束させる。

それから一行は残金を調べる。
兜を全員分揃えるぐらいしか使ってなかったため、金額の合計は1800G程あった。
明日レスキューは使用することにし、余ったお金は毒消しを1つ買うことにする。
夜も遅かったため、一行は準備は明日にして、宿に泊まる事にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


夜が明け、目が覚めたエルは5回目の奇妙な音楽を聞いていた。

「次のレベルに上がりました!
あなたは新しい呪文を覚えた。
あなたは力を得た。
あなたは知恵を得た。
あなたは信仰心を得た。
あなたは生命力を得た。
あなたは素早さを得た。
あなたは運を得た。
HPが 3 上がった。   」

「わお、初めて全部上がったわ」
自分の気持ちが通じたのかとエルは嬉しく思い、そしてホッとした。
シンの前では強気なことを言ったが、本来弱気なエルは、昨晩からずーと呪文を覚えれなかったらどうしようかと思い悩んでいたのだ。
早速新しい呪文を調べるために、呪文リストを開いてみた。

レベル3の呪文を1個覚えており、呪文名は【MAHALITO】マハリトと書いてあった。
「マ、マハリト? ヘンな名前ね。 ハリトと名前が似てるし、実際に使って練習しないと分からないか」
レベル1、レベル2の呪文回数も増えており、長く迷宮に潜るには頼もしかった。

準備を終えたエルは、皆が集まる酒場に向かった。


一行は酒場ではまだ来ていないシンが来るまで、食事とお茶を楽しんでいた。

エルはレベル3の呪文を覚えたことを話し、午前中は訓練所に行く必要があると告げていた。
ノムもレベル2と3の呪文を覚えており、皆に紹介していた。
「えーとですねー 【DIALKO】ディアルコと【LATUMAPIC】ラツマピックがレベル3で、【MONTINO】モンティノ 【MANIFO】マニフォというのがレベル2呪文ですねー」


【DIALKO】ディアルコ     味方単体のパラライズ(麻痺)を治療する事が出来る。
【LATUMAPIC】ラツマピック   冒険中永続で、出会うモンスターの正体(確定名)を知る事が出来る。 
【MONTINO】モンティノ     敵グループの魔法を封じる。
【MANIFO】マニフォ      敵1グループを固めて行動を止める。

いずれも僧侶の呪文の中でも重要なものばかりで、ノムの僧侶としての力は着々と上がっていた。
例えばラツマピックを使えば、以前の戦闘のようにブッシュワッカ-をローグと間違えたりせず、適切な行動が取れるようになる。
一ターンでいきなり全滅の危機におちいることがある、このウィザードリィの世界では、識別は重要なものであった。

シンがいつものように遅れてきて、今日の予定を決めていると、パピヨン達も酒場に顔を出した。
3人とも不安そうな表情をしていたが、シン達は救出に行く予定だと伝えると飛び上がる程喜んだ。
「ただし、状況が危なくなれば僕らは引き上げるつもりだ。 救えないかもしれないがその時は許して欲しい」
ヒューマの言葉にパピヨンが頷きながら返す。
「ああ、それはもちろんだよ。 僕らの為に君達が全滅したら何にもならないからね。 十分に気をつけて」

パピヨンはそういった後、ヒューマに手を差出し握手を求めた。
ヒューマと握手をしたパピヨンは、昨日とは全く違った顔で笑みを浮かべていた。


その表情を見て、一同は救出に行く事にして良かった、と満足していた。





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クリーピングコインの耳への息のネタが分る人がどれくらいいるのだろうか……

自分はどうしてもあの絵が忘れられず、これ以外のイメージができなかったので書いてしまいました。



[16372] 第18話  ウサギはどこ見て跳ねる(救出 前編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/05/12 19:07

訓練所へついたエルは、メイジのクラスに行き、新しい呪文について教えてもらうことにした。

「マハリトを覚えたのか。 じゃあ君もいよいよメイジとして一人前だな」
メイジクラスの講師、アーリンはエルにそう告げた。
メガネをかけた男性の管理者で、物腰が優しい感じの人である。

「これってどんな呪文何ですか?」
「君もハリトは知っているだろ? その上級呪文で1グループに対しての全体攻撃呪文だよ。
この世界では『MA』や『LA』等のトゥルー・ワードが付くと上級呪文として扱われるね」

アーリンの言葉に、エルはハリトと名前が似ていたのは偶然じゃない事が分かった。
「どれくらいの強さ何ですか?」
「そうだねー 地下3階ぐらいまでなら全滅させるぐらいの力があるかな」
予想以上の効果にエルは驚き、喜んだ。
(シンの言った通り地下2階でもこれがあれば、何とかなるかもしれない)
1回だけの切り札とはいえ、危険な状況をひっくり返すことが可能になりそうだ。

「私、使ってみたいんですけど! できれば相手は地下2Fに出てくる敵をお願いできませんか?」
「あーごめんね。 練習では地下1F以外の敵を出すことは禁じられてるんだよ。 それでもよければ広場に行って練習してみようか。
モンスターは動かないようにしておくから、呪文を使ってみて」
その言葉にエルは残念に思ったが、練習する必要はあったので頷いた。

2人はそのまま戦闘用の練習広場に行くことにした。
「じゃあ出すよー」
アーリンはそう言うと空中で何かを操作して、エルの目の前にモンスターを出現させた。
モンスターの名前は分からなかったが、不確定名は忘れもしない【みすぼらしい男】と出ていた。
聞いていた通り、剣を構えたモンスターはその場から動かない。
アーリンの合図を受けて、エルは早速マハリトの呪文を使ってみることにした。

エルは両手を上げ、空中に浮かぶキーボードに対して「MAHALITO」とスペルを打ち込み始める。
最後の文字を打つと、エルは敵の集団の内の1人をターゲットにして「マハリト!」と声に出した。
その途端にエルの両手から猛烈な炎が飛び出し、ターゲットの1体にまで伸びると炎が横に広がり始めた。
炎に焼かれた敵たちは、次々と地面に倒れ込んで行き、立っている敵はいなくなった。

「すご……い 本当に全滅しちゃったわ」
今までサポート系の呪文が多かったため、これ程の威力がある呪文が使えるとはエルも思ってなかった。
「そうだね。 これが使えるようになると、ぐっと迷宮探索が楽になるんだよ」
アーリンは、昔マハリトを初めて使った時のことを思い出しながら、エルに告げた。

アーリンはエルの事を才能がある子だと思っていた。
レベル1の初めての講習から、今まで使ったことが無い呪文という物を的確に使うことができたし、質問も的を得た物が多かった。
実際メイジでレベル5になったのも彼女が2番目だ。
パーティーにも恵まれているし、アーリンは彼女が目的を達成できる事を祈っていた。

それからエルは納得できるまで呪文の練習を行ったあと、アーリンに礼を言いメイジクラスを後にした。


エルがロビーに戻ると、すでに他のメンバーは揃っていた。

「エルー お帰りー 呪文どうだったー?」
ノムがエルの姿を見かけるとすぐに聞いてきた。
「うん、もうバッチシよ。 シンの言葉通り、これなら地下2Fでも1回だけは何とかなりそうよ」
エルはそう言いながらシンを見た。
シンは自分の考えがある程度当たった事にほっとし、話しかけた。
「そうか、じゃあそれ以上の戦闘は全力でやるだけだな。 だがそれでも危険はあると思うから、後は状況次第か」
周りのみんなも頷いて同意した。

エルはノムに話しかける。
「ノムの方はどうだったの。 結構新しい呪文を覚えてたわよね?」
「うんー 僧侶クラスでばっちり練習してきたよー」
そう言ってノムは呪文の効果の説明をした。
「お、敵の名前が分るのはありがたいな。 戦う時に動き方が把握できてないときついんだよな」
「麻痺が治せるのも助かるな。 宝箱で麻痺の罠って結構あるからな」
ノムの説明にドワやシンが感想を言う。

「よし、じゃあみんなそろそろ出発しようか。 毒消しも1つ買っておいたから後はレスキュー代だね」
ヒューマの声に一同は訓練所を出た。


迷宮の入口では、いつもの様にクサナギが冒険者を見送っていた。
シン達を見かけると、気軽に声をかけてきた。
「やあ皆さん。 今日も探索ですか、頑張ってますね」
「ええ、少しでも早く目的を達したいですからね」
ヒューマが答え、一同を軽く見てからさらに話しかける。
「それでですね、クサナギさん。 今日は一つお願いがありまして」
「ほう? 何でしょうか」
「私達は今日地下2階に少し降りる予定でして、地下2階のレスキューを依頼しようと思っているんです」

ヒューマの返事を聞くと、クサナギは表情をあらためた。
「地下2階……ですか。 皆さんはたしか全員レベル5になったばかりでしたよね?」
「ええ、今朝全員なりました」
「そうですか…… お気を悪くされないで欲しいんですが、忠告するのも私の役割なんで言いますね」
そう行った後厳しい顔つきでクサナギは一同に向って言った。

「皆さんではまだ早いと思いますよ。 聞いてるかもしれませんが、地下1階と2階では全く難易度が変わります。
麻痺や毒の対策がしっかりとできてないと、探索どころの話じゃありませんよ。
モンスターの強さや能力の多様さも変わってきます。 もう少し成長するまで1階で鍛錬しませんか?」
予想よりも厳しい言葉に、ヒューマは少し驚きながらも言った。
「ええ、私達もそう思います。 実は我々の目的はある人達の回収が目的でして」
その後ヒューマはクサナギに大体の事情を説明した。

「なるほど、壊滅しかけた方々の死体の回収ですか……。 事情があるのは分かりました。
お話だと2回の戦闘で済みそうなんですね? そしてマハリトが使えて、毒消しが2個あってディアルコも使えると。
うーん、何とかなるかもしれませんが…… 中止するつもりはないんですね?」
「はい、ご心配をかけて申し訳ありませんが、みんなでかなり考えた結果ですから」
「そうですか…… ではくれぐれも無理はなさらぬようにしてください。 レスキューも掛けられるんですよね?」
「ありがとうございます。 1000Gでしたよね。 これでお願いします」
ヒューマはクサナギに1000Gを支払い、地下2階でのレスキューを掛けてもらった。

「では、成功を祈ってます。 皆様にKALKI(祝福)あれ」
一行はクサナギに礼をしてから地下迷宮に潜っていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


階段を降りた一行は、まずノムが覚えたラツマピックの呪文を使った。
これでこの冒険の間、敵の名前が鑑定済として出てくるようになり、危険度がかなり減少できる。
麻痺を治すディアルコと同じレベル3の呪文なので、麻痺を治せるのが1回だけになるが、情報を得る方が優先だとの判断である。

そのまま迷わず北の通路を進み、一度中央のエリアに出た後、以前調べた2階への階段に向かった。
幸運にも通路をさまようモンスターには出会わずにすみ、無事に階段までたどり着いた。
2階への階段を覗き見ると、ほのかに壁の松明で明るい1階と違い、暗闇に包まれていた。

「ここからは僕達が、自分で松明を使わないといけないようだね。 以前買った冒険者セットの中に松明があったよね?」 
「ああ、まだ使ってないから3本丸々残ってるぞ」
白地図と一緒に預かっていたシンが、アイテムスロットから松明を取り出す。
その様子を見ていたノムが声をかける。
「ねー 2人とも。 その松明の明るさってあまり明るくないみたいだよ。 使えなくなるまでの時間は長いみたいだけど、自分達の周りが分るぐらいだってー 
僧侶のクラスで聞いたんだけど、レベル1の光の呪文の『ミルワ』だとそれに比べてかなり遠くまで見えるみたい」
「そうなのかい? 明るい方が良いのは確かだが…… ミルワはレベル1だからディオスで回復する回数を残しておきたいね」
「うんー 私もそう思う。 でも一応覚えておいてねー」
「了解、さすがに真っ暗ではどうしようもないからね。 ミルワの事は覚えておくよ」

ヒューマの指示でシンが松明に火をつける。
薄暗い通路にぼんやりとした光りが出て、一行の影を通路や壁に湧きださせる。
「それじゃ…… 行こうか。 みんな慎重にね」
ヒューマの声でドワを先頭に一行はゆっくりと階段を下りていく。


2階に降りた一行は、松明だけの光に照らせれた通路を見て、幾ばくかの不安を覚える。
降りたところは少し広めの空間になっていて、北西の方のみ壁が無く通路が伸びていた。
無言で前衛の3人は隊列を作り歩き始め、その後ろに後衛の3人も続いて歩き出す。
50メートルも歩いたところで通路は左に直角に曲がり、行き当たりの壁には扉があった。
「2つ目の扉の奥が目標地点だから、ここはそのままにしておこう」
ヒューマの声に一同は通路を曲がり、さらに歩きだす。
30メートル程歩くと、また通路は左に折れ曲がり、今度は突き当たりの右手の壁に扉があった。
「ここだね。 よし戦闘態勢をとって踏み込むよ」
一行は頷き、隊列を整えてから扉を開ける。

扉の中は玄室では無かった。
右手に通路が伸びているだけで、敵は出てこなかった。
「ふう、緊張させやがる」
ドワがそうつぶやいた時、それは起こった。

突然、天井の方から銀色の霧が降りて来た。
「みんな! 気をつけろ!」
ヒューマが叫び、一行も緩め掛けていた気持ちを引き締める。

すると銀の霧の中に、突然悪魔の姿が出現した。
それを見た一同は、訳も無く体が震えだし、頭の中に(逃げろ逃げろ逃げろ)と声が響きまくる。
何も考えられなくなり、一行はとにかく元来た扉の外に走りだしたい気持ちでいっぱいになった。

その時ヒューマの体が薄く光りだし、その光を見た一同は急に気持ちが落ち着くのを感じた。
ヒューマ自身も落ち着きを取り戻し、気づいた時には悪魔の姿も銀の光も見えなくなっていた。
「今の……何? なんだかものすごく怖くなったんだけど」
「ああ、俺も逃げ出したい気持ち以外、何も考えれ無くなったぞ。 だがヒューマの体の光を見たら急に落ち着いたが」
ユマとドワがそう話しながらヒューマの方を見た。

だがヒューマ自身、今まで味わった事が無い恐ろしい気持ちに心を犯され、そして急にその気持が消えていった事が不思議だった。
(今のは何というか……不自然な感じだったな。 パピヨン君達も同じ様な恐怖に襲われたと言っていたが、これもゲームの仕掛けか何かかな? )
そう考えたヒューマはアイテムスロットに入れておいた2つの鍵を取り出す。
明るく光る『銀の鍵』と鈍い光をもつ『青銅の鍵』
ヒューマは1Fで手に入れたこの鍵で、どこかの扉を開けるものだと思っていた。
だが持ってるだけで効果があったのだろうかと思い立ち、その推測を一同に述べた。

「ヒューマの考えって、さっきの変な感じ自体が扉の役割をしてるって事?」
エルがそう訪ね、ヒューマは頷いた。
「うん。 正確なところは分からないが、みんなの話を聞くとさっきの不自然な恐怖感が、急に僕を見たら消えたんだろ?
僕が持ってる変わった物って、この2つだけだからね。 可能性はあるかなと思っている」
「まあ何でもありな世界だからな。 通れた以上特に問題ないさ。 先を進もうぜ」
ドワが鷹揚に頷き、皆に告げる。
「分かったよ。 確かに考えるほど余裕は無かったね。 先を進もう」
ヒューマの声で一同も隊列を再度作って、先に進み始めた。

その通路はすぐに行き止まりになり、左手に扉があった。
ドワが無言で皆に頷き、全員が頷き返す。
そのままドワは扉を手で押し開けて入り、続けて全員が中に入った。

入った所は細長い部屋のようだった。
中にはスライムが4匹いた。
シンは一瞬1階のスライムを思い出したが、よく見ると色が全然違っていた。
1階のスライムは淡い赤色をしていたが、目の前のスライムは緑色をしていた。
頭上を見ると【クリ-ピングクラッド】と出ており、1階とは違う名前だった。
シン達の気配に気づいたのか、スライム達は1階のそれに比べて幾分速い動きで迫ってきた。

「戦闘だ!」
ヒューマの声が響き、一行は戦闘に突入した。


いつもの様に一番初めに動けたシンが、一体めがけて弓で矢を放つ。
床を這いずるスライムに突き刺さった矢は、ダメージを与えたように見えたがまだ動いていた。

次に動けたノムは、今朝覚えたばかりの呪文を試してみることにした。
「マニフォ!」
ノムの突き出された手から無形の力が飛び出していく。
スライムの集団を貫いた力は、軟体生物であるその体に作用し、一体は思い通りに動けなくなり引きつって固まった。
「1体だけだけどー 固めたよー」
前にいる頼もしい戦士たちに向かって、ノムは声を出した。

ユマは丁度目の前で固まったスライムに、剣で攻撃を加えた。
本当は習った斬り方で攻撃したかったが、低い位置にいるそれには不向きと思い、スピードを意識して振り下ろした。
固まってしまい避けれなかったスライムは、見事に一刀両断された。

スライム達も攻撃を始めた。
一体がドワにおどりかかり、その体が持つ酸でドワの肩と首筋を焼く。
声をあげることで集中を解くことを恐れたドワはぐっと声を噛み殺した。

もう一体がヒューマに襲いかかり、危うく全身を飲まれるところだったがヒューマは紙一重でそれを躱した。
地面に広がったスライムに対し、ヒューマは素早く動いて剣で切るように腕を振るった。
十字を書く様に切る事ができたが、体勢のためか表面を削っただけのようだった。

エルはマハリトを使いたい誘惑に駆られたが、優位に戦いが進んでいるのを見て思いとどまった。
代わりにカティノを用意して、眠りの雲をスライムに降らせたが三体のどれにも効かなかった。

最後の一匹がドワめがけて空中に飛び上がり、大きくその体を広げて覆いかぶさろうとした。
ドワは盾で防ごうかと思ったが、広がりすぎた敵の体全てを防ぐのは無理だと悟った。
代わりにドワは剣を縦に構えて、スライムの体の下を潜るように飛び込んだ。
剣にスライムの体が引っかかった感触を得る。
勢いが無い分切ることはできなかったが、ドワはむしろ好機と見て剣にさらに力を込める。
そのまま剣を捻り横にして、スライムの体ごと近くにあった壁に叩きつける。
その衝撃でスライムの体は散り散りになり、息の根を止めることができたが、飛沫がドワにもかかり多少ダメージを受ける事になった。

スライムの残りは二匹。

シンは構えていた弓でヒューマが傷つけたスライムを目標にした。
矢は当たったが、突き刺さった状態のまま、まだそれは動いていた。
だがその体はかなりのダメージのためか、ほとんど動かなくなった。

それに気づいたヒューマが近づいて剣を振り上げる。
振り下ろそうとした瞬間、それまで動かなかったスライムは急に触手を伸ばす。
勢いのため避けれなかったヒューマの腕にあたり、酸のダメージと共に毒素を注入した。
急激に力が抜けていく感覚にヒューマは戸惑うが、剣を振り落とすことに成功して止めをさした。

最後の一匹が、そんなヒューマの後ろから触手を伸ばしたが、触手は空中でユマの剣に切り落とされた。
「………」
声なき声をあげ、身をよじるスライム。
そのスライムに、ユマは斬り下げた剣で下から上に斬り上げた。
それが止めとなったのか、それは体を少し震わせてから動きを止めた。

そして戦闘が終了した。


皆に声をかけようと歩き出したヒューマは、体を焼くような苦痛を感じふらついた。
「ヒューマ君!」
みんなのHPを一番気にしていたノムが最初に気づき、ヒューマに近づいた。
「ん、大丈夫だよ。 まだ平気だが……これは毒を受けたのかな」
初めて受けた毒にヒューマは自分の体を注意深く観察する。
動かない限りはなんともないが、体を動かすと急に毒が廻り苦痛を受ける。
心配そうに見つめるみんなに、ヒューマは体の調子を述べる。

「確かに毒のようだな。 ほらみんなヒューマのステータスを見てくれ。 『ポイズン』と出てる」
シンが気づいた事実を皆に話す。
確かにヒューマのステータスウィンドウの、今まで何も書かれていなかった所に『ポイズン』の表示が出ていた。
「ヒューマ、大丈夫? 苦しくない?」
エルが心配そうに訪ね、ヒューマは動かない限り問題無いと答える。
「ヒューマ、毒消しを飲んでくれ。 ほらこれだ」
シンは預かっていた毒消しの一本をヒューマに渡す。
手のひらより少し大きいぐらいのガラス瓶に、ドロッとした青い液体が入っている。
「ああ、ありがとう。 でもなんだかマズそうな見た目だね」
ヒューマは瓶のフタを開け、そう言いながら中身の液体を飲み干す。
効果は迅速で、ヒューマは体が軽く感じてきた。
すぐに動けるようになったヒューマは、皆に治ったことを伝えた。

経験値は一階のスライムとは比べ物にならない程大きく、一階の手ごわい敵であるコボルト達より多かった。
「しかし、とうとう毒を持っている敵も現れたか」
シンが宝箱を解除したあと、一同にそう話しだす。
「毒消しはあと一個だけか……二人食らったらアウトだね。 次に敵と遭遇して、さっきのスライムだったら今度は逃げよう」
ヒューマの言葉に一同は同意した。

シンは考える。
敵の強さ自体はそこまでの物では無かったが、毒はマズかった。
これからも毒を持つ敵が多ければ、毒を消す手段も大量に必要とするだろう。
それはシン達に限らず、どこのパーティでも同じ状況になる。
つまり毒消し代の300Gを何個も買えるぐらい金を貯めるか、毒消しの呪文を覚えるレベルにならなければ、地下2階への挑戦は早いと言うことだ。
(前途多難だよな)
シンは思わず溜息をついてしまう。

「この先の部屋に死体があるはずよね。 まだ私達大丈夫よね?」
「ああ、ドワの怪我もノムに回復してもらったし、エルのマハリトもある。 大丈夫さ」
ヒューマの言葉で一同は再び隊列を整え、奥にあった扉を開ける。

入った場所は扉が3つある通路だった。
正面に一つ、右の行き止まりに一つ、左の行き止まりにも一つ。
「パピヨンから詳しく聞いていた話では、この正面の扉の部屋で戦闘になったようだね。 扉の向こうには死体があるはずだ。 準備ができたら突入しよう」
ヒューマの指示に一同は体勢を整え、いつものようにドワが扉を開けた。

初めは何もいないと思えた。
だが良く見ると、床に近い位置に赤く光る物が多数見られた。
「シン! 明かりをもっと前に!」
シンの松明が部屋を照らすと、それはウサギの集団で、こちらを見ていたことが分かった。


赤く光っていたのはウサギの目の色で、まるで血に染まったかのような色をしていた。




[16372] 第19話  答えは首 (救出 後編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/05/13 21:07
ウサギを見たノムが反射的に歓声を上げる。
「わぁ~ カワイィ……くない?」

ウサギはパピヨンが言った通り、普通の可愛いウサギとは大違いで、中型犬ぐらいの大きさをしていた。
またその目はどれも真っ赤に染まり、明らかにシン達を獲物と見定めているようだった。
何よりも目と目の間にシワを寄せ、目を釣り上がらせ凶暴な表情をしている辺り、普通のウサギとは比べようもなかった。

また目の下にはとてつもなく長い2本の前歯が床まで伸びていた。
見ただけでもその鋭さは分かり、戦士たちが持つロングソードの刃と比べても、幾分も劣ることがなさそうな物だった。

これが話に聞いていたウサギの集団だと理解したヒューマは、指示を出す。
「全員戦闘! 全力で!」


前衛の3人が前に立ち壁を作る。
それを見たウサギも動き出し、部屋の中にばらけながら広がっていった。
ウサギ達の名前は頭上に浮かんでいて、【ボーパルバニー】と出ていた。
ウサギは全部で6匹おり、部屋の隅にはナオト達らしい死体が3つ転がっていた。

シンは片手に持つ松明を持ったままでは、攻撃できないことに気づいた。
獣は火を恐れるから中央に投げようとも思ったが、万が一ウサギに消されたらかなり暗い中での戦闘になる。
ここ地下2階では地下1階と違って廊下や壁には松明の設置は無かったが、壁や床が薄くは光っていた。
初めは真っ暗と思っていたが、目が慣れると自分達の周辺ぐらいはなんとか見えるようになっていた。
ただそれでも松明の光と比べ様がない。
シンは少しでも不利になる事を恐れ、松明を壁の隅に投げ出し両手を開けて弓を構える。

珍しくシンより早くユマが動いた。
片手に持つロングソードを横に構えて、2歩踏み込んで間合いに入れた瞬間、鋭く横に振った。
剣は1匹のウサギの柔らかそうな白い毛を切り裂いて、白地を赤く染めていた。
吹き飛んだウサギは素早く立ち上がり、さらに凶暴な表情を浮かべ体を下に沈めてユマに跳びかかろうとしていた。

そのウサギの額にシンが放った矢が突き刺さる。
ウサギの目から急速に光が消えていき、体はそのまま力が抜けて床に崩れ落ちる。

1匹目を仕留めたシンは内心で安堵の溜息をつく。
(これで1匹! しかし今の攻撃はかなりスムーズに撃てたな。 考えるより先に体が動いた感じだ)

次にウサギの一匹がヒューマに攻撃を仕掛ける。
その長い前歯を首を振ることで叩きつけるように仕掛けてきた。
ヒューマは盾を構えてその前歯を受け止めたが、その攻撃の鋭さに驚いていた。
忘れもしない地下1階で戦って敗れたブッシュワーカーの、それに劣らぬ攻撃の速さであった。
しかしもっと驚いたのは、止めた前歯がもう一度ヒューマに飛んできたことだった。
前歯は避けれなかったヒューマの体に食い込み、鋭い傷口を作った。
(ふむ! こいつらも2回攻撃をするのか)

次のウサギが空中に飛び上がりながら前歯をドワに振るった。
右からの攻撃に盾を合わせれなかったドワは、とっさに剣で受け止めることに成功した。
止まった前歯を見ると、明らかに高さ的に首を狙っていたものと分かり、ドワを慌てさせた。
(本当に首を狙ってやがる! ウサギどころか凶悪な肉食獣じゃねーか!)

ウサギの動きは見た目通り素早かった。

3匹目のウサギも攻撃を始め、ユマに襲いかかった。
このウサギは全力で走ってきてユマの足元に潜り込んできて、頭を振るった。
盾で受け止めれる高さではないため、ユマは後に飛び上がりながらその攻撃を躱そうとした。
だがウサギの攻撃は素早く、前歯がユマのくるぶし辺りの肉を削った。
軽い痛みに着地の瞬間行動が止まってしまったユマ。
その瞬間をウサギは逃さなかった。
首を振った反動が無いかの様に、ユマの腹部に前歯を突きさそうと突進した。
ユマは体を捻り直撃を避けようとしたが、右脇腹を貫通する結果となった。

(痛いことは痛いけど、そこまでじゃない! HPが増えたせいかな!?)
実際に見た目と違ってユマのHPはまだまだ残っており、その為システムが痛みのフィードバックも緩和していたのだった。


同じ5ダメージでもHP10とHP100では全く受ける内容が違うのは当然である。
このゲームではダメージをHP制度と体への影響で表しており、HPに応じた割合で行動の制限も変わってくるようになっている。
つまり先程の例ではHP10であれば5ダメージは重症であり、かなり行動に制限を受けるが
HP100ではかすり傷と判断され、ほとんど行動の制限は受けないようになっていた。


次にエルが動けるようになった。
ヒューマの指示通り、初めからエルが使える現在での最強魔法【MAHALITO】マハリトを準備していた。
エルは不安でどうにかなりそうだった。
何回も訓練所で練習はしたが、本当にあのような威力が出るのだろうか?

(もし発動しなかったら…… またヒューマが死んでしまう)

そんな考えを振り払うようにエルは頭を振り、気合を入れる。 
真ん中のウサギを目標として、エルは呪文を発動させた。

「みんな! いくわよ! マハリト!」

エルの手から放たれた火炎は飛びかかろうとしていたウサギに伸びていき、当たると同時に猛烈な勢いで火勢を増して横に広がった。
5匹のウサギは瞬く間に火に包まれ、そこには見事な5本の火柱が立ち上がっていた。
数瞬後には白かったウサギ達は、物を言わぬ黒く爛れた物体に変わっていた。

これで戦闘が終了した。


一同はエルが放った呪文に驚いていた。
話には聞いていたが、まさか本当に呪文1発で全滅させるとは。

ノムが最初に驚愕から抜け、エルに声をかける。
「エルちゃんすごい! 今のが新しく覚えた呪文だよねー? 」

その言葉に他のメンバーも気を取り直し口々にエルに話しかける。
「今のはすごいな! 正直ウサギの攻撃がやばかったから助かったぜ」
「エル! やったね! カッコ良かったわよー」

シンも同様に声をかけながら、本当に安堵していた。
(昨日の話は思いつきに過ぎなかったけど、上手くいって良かった。 まあこれもヒューマの為に気合を入れたエルのおかげかな)

そう思いながらヒューマの様子をみると、当然のようにその思いには気づいておらず、優しく微笑みながらエルを見守っている。 

(ふう、 相変わらず鈍感なやつだな)
等とその心の声を聞いたらメンバー全員から「お前が言うか」とツッコミを受けそうなことを考えていた。


落ち着いた一同は目的である死体の確認を行った。
間違いなく見覚えがあるナオト達の死体であり、幸いな事に3人とも体の欠損はないようだ。
ヒューマが手をあてナオト達の【回収】を行う。
これでひとまず目的は達成できた。
後は無事に地上にまで戻れるかの話になる。

モンスターの死体が消えて行くと部屋の隅に宝箱が現れた。
地下2階で初めての宝箱である。
全員の視線がそれに集まったのを見て、シンは説明を始める。

「この宝箱なんだけど、シーフクラスで聞いた話しだと1階より良い物が出るみたいなんだ」

シンがコトハから習った話では、宝箱は階層が下になる程強力なアイテムが出やすくなり、また手に入るゴールドも増えていくらしい。
ただしそれに応じて罠も強力になるし、罠解除も難しくなるらしい。
シンとしてはまだ自信がなかったが、今後の事を考えるとアイテムも充実させていかなければならないのも事実である。

その辺りの事を説明して開けるかどうかを全員で相談する。
最終的にはリスクを負って戦闘に勝利したのだし、開けてみるとの結論が出た。

一応全員の負傷をディオスであらかた直した後、シンは皆を下がらせると宝箱に集中する。

シーフツールを使っての判別は【MAGE BLASTER】メイジブラスター 
メイジの呪文を使えるクラス、すなわちメイジとサムライを麻痺、または石化させる罠である。
罠の中では比較的マシな方で、石化してもカント寺院に行けばお金はかかるが問題なく治せる為、危険度は低い。

シンは慎重にスペルを打ち込み罠の解除を試みる。
無事に罠は解除でき、中には剣が1振りと盾が1つ、そして巻物が1つあった。

「お! なんかアイテムがあったぞ! ほら」
シンが皆が見えるように床にアイテムを並べる。

「本当だね。良いものだったら有り難いね」
「そうよねー、この前1階で拾った剣とか呪われてたものね」
ヒューマの話にユマが答える。


レベル4の時に1階で剣を手にいれることができて一同は大いに喜んだ。
売値を確認するとなんと500Gであり、買値は1000Gならばロングソードの25Gの40倍。
これは凄い物に違いないと、鑑定する前からユマとドワの間で取り合いが始まるぐらいであった。
「アンタじゃ遅いから勿体無い」との声でドワが落ち込んでいる間に、ユマがさっさと装備してしまった。

ところが装備した瞬間ユマはわずかながら力が抜ける感覚を覚え、慌てて外そうとしたが
「*おおっと* 剣は外せない」というメッセージと共にユマは呪われていた。
泣く泣く500Gをボルタックに払って呪いを解除してもらい、それをドワに笑われたことがあったのだった。


アイテムはそのままシンが保管することにして、一同はこれからを話しあう。
余力はまだあるが、もうエルのマハリトは使えない為、危険度は大きい。
2Fの敵の強さを考えると、戦えないという程の戦力差ではない。
ウサギの一撃は鋭かったが、首を狙ってくると知っている以上、油断をしなければ十分に戦えたかもしれない。
ただ懸念なのは、毒などの特殊攻撃に現状では対応できそうもない事があった。
少なくとも毒消しを人数分以上用意してから、2階の攻略に取り組みたいところであった。 

ヒューマが皆に声をかける。
「よし、では今日は早急に地上を目指して帰ることにしよう。 パピヨン君達も待っているだろうしね」
一同は頷き、準備を整えてから入ってきた扉を開けて部屋を出た。


慎重に先程通った道を戻る途中、前方から人の集団が向かってくるのがうっすらと見えた。

油断していなかったメンバーはすぐさま戦闘態勢をとる。
数瞬後現れたのは人間型のモンスターであった。

さすがに慣れてきたのでプレイヤーと人型モンスターの区別はすぐに付くようになった。
モンスターの方は表情が殆ど無く、また顔も同じ様な顔をしているのである。
対してプレイヤー達は、出会った瞬間から様々な表情を浮かべ警戒している。

敵は一番前にいるのがエルと同じ様なローブを着た年寄りが1匹で【レベル1メイジ】と出ていた。
後ろにいるのが鎖帷子を着て剣を構えた戦士風なのが3匹で【ハイウェイマン】だった。

両方共初めて見る敵だが、この2階にいる以上強敵だと思われる。
ヒューマの指示は「メイジを先に」であった。


今度は最初に動けたシンが弓を引き絞る。
先程の戦闘でも感じたが、シンは自分の体が今までよりもスムーズに動くなと感じていた。
弓の扱いにやっと慣れたのかもしれないが、シンには少し違うように思えた。
あえて言うならやりこんだゲームをプレイしている感じ。
格闘ゲームでコマンドを意識しなくても、目で見た瞬間に体が反応し適切なコマンドを打ち込めつつあるような状況。
ある意味懐かしい感じだなとシンは思っていた。

そう考えている間にもシンの体は的確に動く。
引き絞った弓を先頭にいるメイジに照準を定め、矢を放つ。
矢は呪文を唱える準備をしていたメイジの口の中に飛び込み、呪文を止めるどころか一撃で絶命させた。

後ろにいるハイウェイマンとファイター組の間にはまだ距離があった為、このターンでは双方距離を詰めるだけで終わった。

行動できるようになったエルが対人型であれば有効と思われるカティノをを唱える。
眠りの雲は綺麗に発動し、後ろで構えていたハイウェイマンに降りかかった。
2匹が呪文に抵抗できず顔をしかめて床に崩れ落ちた。

ドワは動いている一匹を受け持つ事を決めた。
「俺が引き止めるから先に寝たやつを頼む!」

次のターンが始まると、ヒューマとユマはスリープ状態の2匹に向かった。

やはり最初に動けたシンは同様に寝ている1匹を狙おうと思ったが、2倍ダメージならばファイターの一撃で
殺せる可能性が高いことに気づき、動いている1匹に狙いを定め矢を打ち込む。
目標が広い胴体を狙った為、当たるには当たったが鎖帷子を貫通できなかったようで弾かれてしまった。

次にハイウェイマンがドワに攻撃を始める。
袈裟懸けに右上から切り込んだ一撃目はドワが盾で上手くいなした。
振り下ろされた剣が左下から跳ね上がってくるが、それを読んでいたドワは相手の右側に踏み込むようにして避けた。
ドワの前には無防備に側面をさらす敵の姿があった。
ドワはさらに一歩踏み込んでから左手に持つ盾で殴りつけた。
ダメージは無いようだったが、これで敵は完全に体制を崩してしまっていた。
剣を横から野球のバットの様に力強く振り抜き、鎖帷子ごと敵の胴体を切り裂く。
振り抜いた剣はシステムの効果で急に慣性が弱くなり、それを感じたドワは刃を返して2回目の攻撃を行った。
これも敵を切り裂くことができ、止めとなった。

ユマは寝ている敵に2回攻撃を行い止めを刺していた。
ヒューマの攻撃は1回しか出なかった為敵は生き残ったが、エルが準備していたハリトを唱えて攻撃し、無事ターン内で殺すことができた。

戦闘は終了し、一同は1人頭80Gほど手にいれる事ができた。


その後は敵にも会わないですみ、メンバーは無事に地上への階段まで着くことができた。
地上に上がる前にキャンプを張り、残っていたディオスでメンバーの体力を完全に回復することにした。
ようやく張り詰めていた精神の緊張が溶け、一度にも笑顔が出始めていた。

そんな中ユマが唐突に大声を出す。
「あ! そういえばさっき2階でアイテム拾ったよね。 何かしらね。 楽しみだな~」

それに応えるようにドワが返す。
「懲りないやつだな、お前は。 この前のこと忘れたのかよ」
「うるさいわね! ほんと乙女心が分からない男って嫌よねー」

エルなどは「武具が好きな事は乙女心と言わないと思うんだけど……」と思うが口には出さない。

ヒューマがそんな2人に取り成すように声をかける。
「まあまあ2人とも。 それにユマ、もし良いアイテムだったとしても今の僕らにはあまりお金が無いからね。
鑑定するにしてももう少し後になると思うよ」

その言葉にユマは出発前にレスキュー代1000Gを払っていた事を思い出す。
「そっか…… じゃあしばらくはまた1階で行動かな?」
「ああ その辺は後でまた話しあおうか。 もう回復はOKかな? じゃあ地上に出よう」

一同はキャンプを解き地上への階段を登っていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


地上に登ると待ち構えていたようにクサナギが声を掛けてきた。
「皆さん無事でしたか! おお、回収も無事に出来ているようですね。 さすがヒューマさん達のパーティーは優秀ですね。
死体はここでお預かりしてカント寺院に送っておきますね。 お連れの方々にもそうお伝え下さい」

「御心配をお掛けしました。 なんとかこうして無事に戻ってこれましたよ。 伝言もお任せ下さい」

ヒューマがそう言うとクサナギ満足げに頷き、ヒューマ達からナオト達の死体を預って、NPCの衛兵に運ばせるよう指示を出した。
それを見たヒューマ達はパピヨン達が待っているギルガメッシュの酒場に向かった。


酒場でパピヨン達がいるテーブルに近づくと、それに気づいた3人はテーブルから立ち上がって聞いてきた。
「おお お帰りなさい! 良かった皆さん無事のようですね」

パピヨンは嬉しそうにそういった後、少し言いにくそうに聞いてきた。
「あの、それでナオト達はどうでしたか……?」

その質問にはヒューマが笑顔で答えた。
「はい、無事に回収できましたよ。 話に聞いていたウサギとの戦闘はありましたが、何とか倒した後回収してきてます。
今頃カント寺院に運ばれてるはずですよ」

その言葉にパピヨンは両手を上げて喜びを表し、後ろのクレオとラズはキャーと歓声を上げてお互いに抱きついている。
「そうでしたか! いやはや本当にありがとうございました! この御礼は必ずさせていただきます」
「いや、お礼等は結構ですよ。 それよりもナオト君達の蘇生代は大丈夫ですか? 4レベルで3人分だとかなり掛かりますよね?」
ヒューマらしい気遣った言葉にパピヨンはうなずく。

「ええ、3000G程かかるはずです。 私達は今2000Gちょっとはありますから2人分はなんとかなりそうです。
足りない分も私が鑑定で稼げるので、そこまでかからないと思いますよ」

ヒューマは今のセリフで分からない所があったので聞き直してみた。
「鑑定で稼ぐってのはどういう意味ですか?」
「ああ、私のクラスであるビショップは未鑑定のアイテムを鑑定する能力があるんですよ。 レベルが低い内は強いアイテムの鑑定は難しいようですけどね。
それでも1Fのアイテムぐらいなら何とかなりますから、ボルタックさんの所で鑑定するよりは安い値段で鑑定を請け負ってるんです」
「なるほど、そういえばボルタックさんもそんな事を言ってました。 では大丈夫なんですね?」
「ええ お心遣いありがとう。 今から2人を蘇生して今後の事について相談しますが、なんとかなると思います」

パピヨンはそう言ってから立ち上がり、ヒューマ達に頭を下げてからまた話し始めた。
「では今から2人を蘇生してきます。 その後改めてお礼を言いに来ますので皆さんはこちらでお待ちいただけますか?」
一同は同意し、パピヨン達はそのままカント寺院に向って出て行った。




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何とか再開できました。

お待ちだった方ありがとうございました。

今後も継続する意志があるという事で、今回からその他版に移動します。

ただし新生活がかなり忙しくなった為、これまでのような更新速度は難しいと思います。




[16372] 第20話  鑑定の結果
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/05/30 14:52


「良かったよ。 お金の面では彼ら大丈夫そうだね」
ヒューマの発言に一同もうなずく。

「しかし盲点だったな。 ビショップって鑑定ができたんだよな。 クラスを作る時にそういう説明を受けた覚えはあるけどすっかり忘れていたな」
シンの発言に皆も話し始める。

「そうねー ボルタック商店の前でたまに集まっていた人達って鑑定してたのかもね。 あ! そうだ私達のアイテムも鑑定してもらいましょうよ」
ユマの発言にシンが答える。
「そうだな、彼らもお金が必要だし、後でお願いしてみるか」


しばらく雑談をしているとパピヨン達が戻ってきた。
パピヨンの後ろにはナオトと戦士らしい女性、たしかマリーナという名前の2名が増えていた。

テーブルまで来るとナオトがヒューマ達に頭を下げながら謝罪を告げてきた。
「本当に今回は迷惑をかけた! すまない! 何とお礼を言っていいやら」

ヒューマが代表して立ち上がり返答をした。
「ナオト君、気にしないでくれよ。 お互い助けあおうって約束しただろう? とにかくみんなにも座ってもらおうよ」

そういってテーブルの周りの椅子を勧め、ひとまず全員が座ることになった。
皆が落ち着いたところで、改めてナオトが話し始める。

「それにしても本当にありがとう。 メンバー一同御礼を言わせてもらう」
そう言って頭を深く下げるナオト。
他のメンバーも同じくお礼を言って頭を下げる。

「うん、もうお礼は十分に受け取ったよ。 それ以上謝罪されても僕らも困るからこれでお終いにしよう」
「そうか…… うん分かった。 この借りは必ず返すよ」
ヒューマの返答にナオトもうなずく。

「しかしいきなり2階に突入するっていうのもすごいよな。 まだ1階も全部回ってないよな?」
シンの言葉にナオトが答える。 

「ああ、全ての責任は俺にあるよ。 無茶もいいところでメンバーどころか君らにも迷惑をかけてしまった」
そういうナオトの表情は本当に悔しそうであり、今回の事は彼もかなりこたえたらしい事が伺えれた。

「そう言わないでよリーダー。 地下2階に行く事は全員で決めたんだから、全員の責任よ。 ね?」
ナオトのパーティーで唯一善の性格で、プリーストのクレオのセリフに残り3人もその通りだと同意する。

「やっぱりアレかな? 先に入る事で2階の特典を狙ってたとか?」
「ああ、1階の探索がまだそこまで進んでなくてね。 君達とか噂に聞くアクツパーティーに比べたらかなり遅れていたから、1階は厳しいと思ったんだよ」
気になる言葉が聞こえたのでヒューマが聞き直す。

「アクツパーティーって阿久津の事かな? 彼らはそんなに進んでるのか」
「ああ、そういえばヒューマ君は知り合いだっけ。 うん、彼らと君らが俺が知っている限り一番攻略が進んでいるパーティーのはずだよ」

その会話にパピヨンが付け加える。
「ナオトは当然知らないでしょうけど、昨日の昼頃に1階のイベントモンスターが倒されて、特典を取った人達がいるようですよ。
ヒューマ君達でない以上、おそらくアクツ君達のところでしょうね」

「げ、本当か、まあ予想通りか。 いよいよこれは早く力をつけて2階の攻略も手をつけないとな」
ナオトはその頃死んでいたので初耳だったが、納得できる話ではあった。

そしてその言葉にシン達もお互いの顔を見つめ合う。
「やっぱりアクツ達かよ。 あいつカッコつけてるけど確かに実力あるもんな」
「そうだな、間違いなく実力はあるよな。 大学の成績もヒューマと張り合ってるぐらいだし」
ドワとシンがそう話しあう中、ヒューマは無言で何かを考えていた。

ノムはナオトの言葉が気になっていた。
「え~ 私達って有名人なんですか~」
「有名かどうかは知らないけど、そう言えば他に5レベルの人達って聞いた事が無いわよね」
ノムとエルの発言にユマも答える。

「うん、私も気になってファイタークラスで聞いたんだけど、他のパーティーって休日とかちゃんと決めて休んでるらしいわよ」
「そうなんだ~ そう言えば私達休んでませんね~ そのせいで早いんですかね~」

その会話に今度はナオト達のメンバーがギョっとした顔をして驚いていた。
「え、ちょっと待って。 もしかしてあなた達って1回も休まずに潜ってるの?」
マリーナが問いかけるとノムがうなずく。

「えー! ゲームとはいえあんなにリアルな殺し合いをやってるのよ。 2日も潜ったら休まないときついでしょ?」
その言葉に今度はシン達が顔を見合わせて驚いていた。

「え…… そうなの? 私とかスッゴイ楽しかったけど」
「俺も実家では毎日練習していたからそういうものだと思ってたぞ」
「みんなで潜るのって楽しかったですよね~」
ユマとドワ、そしてノムがそう言い合う。

「なあ、シン。 僕ら少し飛ばしすぎてたのかな?」
「うーん。 俺も休む必要性を感じ無かったけど…… 疲れとか知らない間に溜まってるかもしれないぞ?」
「疑問形で聞いてる内は大丈夫じゃないの。 でもそうねー 言われてみると休んでみたいかも」  
ヒューマとシンの会話にエルが提案する。


少し考えた後ヒューマが皆に提案する。
「じゃあ鋭気を養う為にも2~3日休みにしようか。 パーティーも解散するから各自自由に行動するって事でどうかな」

「了解しました~ エルちゃん、ユマちゃん。 明日はお買い物にでも行きましょうか~」
「いいわよ、と言っても買い物できるのがボルタック商店しかないけどね」
「OKー 街で着れる普段着みたいなものもあったみたいだから、見繕ってみようか」
ノムの言葉にエルが答えてユマも賛成した。

「俺は訓練にでも行くかな。 宿屋にいてもベッドしか無い部屋じゃ何もできないからな」
ドワは訓練することに決めたようだった。

シンが自分はどうするかと少し考えたが、その前に先程出た話しを聞いてみようと思った。

「話は変わるけど、パピヨンにお願いがあるんだけどさ、話を聞いてくれないか」
「どうぞどうぞ、私にできる事なら何でもしますよ」
「サンキュー 俺達今日の迷宮で未鑑定アイテムを手に入れたんだけどさ、良かったら鑑定してもらえないかな」
「もちろん、お安い御用ですよ。 じゃあアイテムを見せて貰って良いですか」

その言葉にシンはアイテムスロットから未鑑定だった3つのアイテムを取り出してテーブルに並べた。

「ほうほう、これが2階で手にいれた物ですか。 じゃあ早速剣から試してみますね」

パピヨンはそう言うと剣を慎重に掴み、自分の手元に持ってきて目をつむる。
テーブルの全員がその様子を見ていると、急にパピヨンが頭を振って言った。

「これは少し難しいですね。 今3回試しましたけど鑑定できませんでしたよ。 先に他の2つを試してみます」
「順番って何か関係あるの?」
「順番ではないんですが、鑑定に酷く失敗すると一晩経たないと鑑定できなくなるんですよ。 だから難しい物は後に回すようにしています」
「へー 色々難しいんだな」
初めて聞く話にシンは興味津々であった。

「あとこれはビショップクラスで聞いたんですが、完全に失敗した場合、それがビショップでも装備出来る場合強制装備しちゃうらしいです。
それが呪いアイテムであった場合、ボルタックさんにお願いしないと解除できないらしいんですよ。
しかもそれが高額アイテムだった場合は売値を払う事になりますからね。 依頼を受ける時はその場合は依頼者に払ってもらうと説明してます」

「うへ、それって結構リスクあるな」

「そうですね、でも毎回ボルタック商店で鑑定していると、鑑定額と売値が同じですから何時までもアイテム売却では資金が増えませんからね。
敵を倒して手に入れるゴールドとアイテム売却の値段では桁が違いますから、やはりプレイヤーが自分達で鑑定した方が良いと思います」


パピヨンの言葉にシンは考える。
この世界ではお金を稼ぐ事は必須に近い。 何故なら死にやすい迷宮の仕様なのに、蘇生費や治療代が馬鹿高い。 
現にナオト達も一度の失敗だけで、今まで貯めたゴールドを全て出してもまだ足りないようになっている。
シン達が仮にレベル6で3人死んだら、蘇生費用は3人×6レベル×250でなんと4500Gも掛かる計算になる。
敵を倒して手に入れたり、宝箱からの入手だけじゃとても足りないだろう。
その点アイテム売却の場合はまた極端に高くなっている。 
ボルタックに置いてあった商品の中で、高額な物は1万Gを超える物もゴロゴロあった。
足りない分は、アイテム売却で補うようにゲームデザインがされているのだろう。
この場合ボルタックで鑑定は意味が無いから、ビショップの仲間を作るかパピヨンのような知り合いに頼むしかないという事だ。
そういう意味ではパピヨン達と協力体制ができつつある現状は、運が良かったとも言えるだろう。


そこまで考えたシンは顔を上げ、パピヨンの鑑定の様子を見直した。
既にアイテム2つの結果は出ているようで、皆に名前の説明をし始めていた。

「盾の方は【シールド+1】と言うようです。 巻物の方は【眠りの巻物】という名前ですね」
「へーー どんな効果があるの?」
「すみません、ビショップの鑑定は効果までは分からないんですよ。 噂に聞く特典には効果まで分る物が有るらしいですが」
目をキラキラさせたユマが聞くが、パピヨンはすまなさそうに告げる。

「でもある程度は想像はつきますよ。 盾の方は+1がついてる事から魔法が掛かっているのでACがより良いはずです。
巻物の方はメイジのカティノの呪文と同じだと思います。 巻物系のアイテムは誰でも使えますので便利なはずですよ」

そこまで話した後パピヨンは先程の剣を手にとって話し始める。
「さて次にこちらの剣を鑑定しますね。 呪われた剣でも私は装備できませんから、強制装備の心配はありません」

そう言って先程と同じ様に剣を手元に抱え、目を閉じて集中し始めた。
今度は一分ほどそのままでいたが、ようやく終わったのか剣をテーブルに置いた。

「うん、成功しました。 今までで一番手こずりましたよ。 これは【ショートソード+1】という名前でした」
そういってパピヨンはテーブルの上に剣を静かに置いた。


机の上に置かれたそれらの武具はモザイクが取れ、全員の目にその詳細が分かるようになっていた。

シールド+1はそれまで使っていた盾とは見た目も違う。
今までの盾は一言で言えば大きな分厚い鉄の板とも言える。
大きな四角形が曲線を描いていて、持っていると視線が遮ることがあり、かなり重く振り回しにくい。
単調な攻撃を受け止めるだけなら問題ないが、先程のウサギのような左右から来る素早い攻撃には対応しにくい。

だがシールド+1は横幅がかなり減っており、縦に長く足元までカバーするように伸び、先の方ですぼまっている。
全体的な形で言えば上部が長方形で、下部が菱形であろうか。
厚さもそこまで無く、見た目にも軽そうな印象を受ける物であった。
また表面にも細工がしてあり、植物の蔦のような模様が規則的に描かれていた。

ショートソード+1も全体的な形が違っていた。
それまでのショートソードが直剣だったのに対し、逆反りに湾曲した片刃の短剣であった。
これを一言で言えばブーメランの様な形と言える。
剣道をやっている為比較的剣に詳しいユマは、ククリって武器かなと思った。
刃の先の方が大きく作られていて、重心が先にありあまり力を入れずに切り裂くことができるようだ。
柄の部分にも滑り止めを兼ねた細かい文様が刻まれていて、一種の美しさがあった。

盾にしても剣にしても、ボルタックで買った物が生産品とすれば、これらは武具と呼べそうな雰囲気があった。
また+1の効果だろうか、うっすらであるが青白いオーラのような物も見える。

 
「大変みたいだったな、ありがとう。 それで鑑定の値段って俺達相場しらないんだけど、いくらぐらい払えばいいのかな?」
シンは疲れた様子のパピヨンにお礼を言って、気になっていた鑑定額を聞いてみた。

それを聞いたパピヨンは少し驚いた様に言った。
「いえいえ、とんでもない。 これだけお世話になった人達からお金をいただこうとは思ってませんよ。
むしろ昨晩から3人で話していたんですが、シン君達のパーティーには今後鑑定を無料でさせてもらおうと思ってましたし」

その言葉に今度はシン達が驚く番だった。
「いやいや! それは悪いって。 ちゃんとお金を払うよ。 なあヒューマ?」
話を振られたヒューマは困ったようにナオトに話しかける。

「さてどうしましょうかナオト君」

「うーん。 俺達って協力し合おうって約束してるよな。 でも現状では俺達がお世話になりっぱなしだ。 
今後も対等な関係で付き合うなら、ぜひこの話受けて欲しいな」

「そうですね。 お互いがフォローしあえる関係でないと長続きしないと僕も思います。 申し訳ないですが、この話ありがたく受けさせていただきますね」
そう言ってヒューマはナオトに手を差し出し、ナオトも力強く握手を交わした。

「良かったですね~ じゃあこの後はお互いに親睦を深める為に宴会ですね~」
その様子を黙って見ていたノムがいきなり言い出した。

「お、それいいな、よし酔っ払うことはできないが酒をどんどん頼んじゃえ。 俺達明日は休日だしな!」
ドワの言葉にその場の全員が歓声を上げる。



冒険は苦しく、また時には死の危険も付きまとう。
だが若い彼らはそれらを吹き飛ばすだけのエネルギーがあった。

目的は地下10階の攻略。
まだまだかれら冒険者の試練は続く。




[16372] 第21話  休息日のトラブル
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/08 00:37


翌朝、シンとドワの2人は訓練所に向かっていた。
2人とも新しく手に入れた武具の調子を確かめるためであった。
昨日の宴会の後に手に入れたアイテムの分配があり、シールド+1はドワに、ショートソード+1はシンが貰っていた。

初めの話し合いではシールドは防御が一番うまかったドワで当然として、魔法の武器であったショートソードは前衛のファイターの3人が使うことになっていた。
だが実際に3人が剣を振った感想は、「扱い易いがリーチ、重さ共に心細い」というものであった。
やはりスピードを生かすクラス向きだろうという事で、シンの手に渡る事になったのだ。

そういう理由で2人は休日にも関わらず、皆の期待に答えるべく訓練所で訓練を行うつもりであった。


広い街でも無いためすぐに訓練所に着いた2人は、そのまま裏庭にある練習広場に向かったが、そこではちょっとした騒ぎが起きていた。

ぱっと見た目は、戦士らしい男性2人が後衛らしい女性2名、男性1名に激しく言葉を叩きつけている姿であった。
まだ朝も早い時間であった為人は少なかったが、それでも数名は足を止めて周りで様子を伺っていた。
入り口に近い場所であり、シンとドワの2人も自然にその様子を観ることになった。

途切れ途切れの話の内容を聞く限りでは5人は同じパーティーで、ある失敗について責められているようであった。

戦士らしい2人はさらに言葉を続けている。
「だから! もうパーティーは解散だし、責任も取れって言ってるの。 お前らもしつこいね」
「つーか お前らふざけんなよ! あれだけの事しといてまだ言うのかよ! 」

それに対して責められていた3人の内の1人である男性が声を小さく反論する。
「でも……あれは誰の責任ってわけでも……」

「ああ!? お前らの責任に決まってるだろうが! じゃなかったら全滅なんかするかよ!」
「お前ら人の人生狂わせたって分かってんのか? あいつはもうこの試験に受からないんだぞ? どう責任とるつもりなんだよ!」

なんとなくは事情が分かってきたシンとドワは顔を見合わせる。
「なあシン、あいつら全滅して、その責任が後衛の3人にあるって感じで責めてるのか」
「そうみたいだな。 だけどそんな事を今更責めてもどうにもならないだろうに」

そのまま様子を見ていた2人に近づいて声をかけてきた者がいた。
「よ! シン 久しぶり」
「あれ? ガラ? 久しぶりだな」

話しかけてきたガラは相変わらずシーフにしては重装備をしていて、小型とはいえ盾もきちんと持っていた。
シンはドワにガラを紹介してから、まだ揉めている集団を見る。

色々と気になるが詳しい状況が分からない以上、間に入るのも躊躇われる。
責められている方の内、特に革鎧を着ている1人の女性が一番責められているようだった。

「2人とも気になるようだな。 俺は結構前から見ているから事情を教えとこうか」
ガラがそう言ってシンとドワの2人に説明を始めた。

曰く、全滅して戦士が1人ロストをした。 全滅した理由は分からないが、残った戦士2名が後衛3人の責任だと言い始める。
元々戦士3人と後衛3人は別グループでパーティーを組んだのは最近らしい。
しまいにはロストしたやつの責任をとって賠償金を払えと凄んでいるとの事。

「あの戦士組のヤツらは元々タチが良くないはずだ。 色々なパーティーを渡り歩いては揉めてるのを見たことがあるぞ」
ガラがいかにも楽しそうに言いながら説明を終える。

それを聞いたドワが顔をしかめ不機嫌そうに言い出す。
「そうか、それじゃあれも言葉通りに後衛に責任があるってわけでもないんだな」
「そうだな。 まあ原因についてよく知らんが……大方無能なやつらが勘違いしているってパターンじゃないか?」

ドワが今にも参入しようとしているのを見てシンが止める。
「ドワ、気持ちはわかるがまだ確証があるわけじゃないぞ。 パーティー内でしか分からないこともあるし、事情をよく知らないやつが間に入っても
良い結果になるとは限らないだろ。 もう少し様子を見ようぜ」
「シン、お前は考えすぎだって。 困ってる人がいるのならまずは助けて、その後に事情を考えればいいんだよ」

2人が意見を言い合っているところで、急に状況が変化した。

「えーと 皆さん落ち着きましょう。 ちゃんと話しあえばお互い納得できるものですよ。 落ち着いて落ち着いて」

どこかで聞いた声にシンが振り向く。
見ると2人の戦士と後衛3人の間に女性が1人立って仲裁を始めていた。
シンはその姿を見て、以前クスヤに紹介してもらったリオである事に気づく。

ドワも気づいたのかシンに声をかける。
「おい、シン。 あれこの前のリオって子じゃないか?」
「うん リオみたいだな。 何してるんだ……」
「2人とも知り合いか?」

ガラの声にシンが振り向いて言葉を返す。
「ああ 俺の知り合いにクスヤってのがいるんだけど、そいつにこの前紹介してもらった子だよ」
「へー クスヤって名前は聞いた事があるな。 ふむそれにしてもなかなか可愛い子だな。 って何か雰囲気が悪くなってやがるぞ」
シンが再度振り向くと、2人の戦士がリオを囲むように凄んでいるところだった。

「お前誰だよ。 関係ない奴は引っ込んでろ!」
「人の事情に首を突っむな!」
「まあまあお二人とも落ち着いて下さい。 どこかに座ってゆっくり話しあいましょう」
「ふざけるな!!」

男の一人がリオの肩に手をかけて突き飛ばす。
いきなり押されたリオはバランスを崩し、後ろ向きに転んだ。
「あいたたた」
リオに怪我はないようだが、お尻を打ったのかしきりにさすっている

「あんた! 関係ない子に何するのよ!」
そう言ったのは先程特に男達に責められていた女性シーフであった。

「うるせぇ! お前にそんな事いう資格があると思ってんのかよ! だいたいお前らシーフは戦闘の時は何もしねえで後ろでボーとしてやがって!
あげくには唯一の仕事の罠の解除でさえまともにできやがらねぇ! この役立たずが!」

それを聞いたガラが思わず二ヤっと笑いしゃべりだす。
「おーおー やっと俺が絡めそうだ。 人のクラスを馬鹿にする奴にはお仕置きが必要だな」
そう言って一歩踏み出す。

「あの野郎 リオちゃんに手を上げやがったな。 男の風上にもおけねえ」
ドワもまた一歩踏み出しながらそうつぶやく。

だが2人の前にいたシンが、背中を向けたまま両腕を伸ばして2人を止める。

「なんだ! シン まだ止めるつもりか? 俺はもう我慢出来ないぞ」
そう言ったドワに対し、シンはゆっくりと振り向きドワの顔を見つめて一言つぶやく。

「俺が行く」

「お、おお 分かった分かった お前に任せる」
ドワがそう返事をすると、シンはゆっくりと集団に向っていった。
 
「ん? シンに任せてよかったのか?」
珍しいシンの反応にガラがドワに尋ねる。

「ああ あいつかなり頭に来てるな。 久しぶりにあの表情を見たな」
「へえ シンってあまり怒るようには見えなかったが」
「あいつって普段はおとなしいんだけどさ、稀に激怒するんだよ。 今回はリオちゃんが手を上げられたのが原因だろうけどな
あいつと知り合った頃にあの状態のシンと一度やりあった事があるが…… 当時段持ちだった俺と互角だったぞ。 
あいつ体力とかパワーはないんだけど、とにかく反応が良くてな」
「ほうほう そいつは楽しみだ」
二人は先に行ったシンを見ながら話すと、ゆっくりとシンの後を追った。


歩きながらシンは熱くなった頭で考えていた。
自分でも何をしたいのかはよく分かっていない。
だが何か熱い物が腹の中にあるようで、吐き出したくてたまらない。
原因は間違いなくあいつらがやったことというのは判る。
シンは好戦的な感情が頭に吹き出てくるのを感じていた。

「おい」
声をかけられた二人組みはシンの方を振り向く。

「なんだ。 何か用か」
短く刈り込んだ黒い髪をした一人が突然現れたシンに対し、少し警戒しながら声を返す。

「もうそれぐらいにしておけ。 言いたいことは言っただろうし騒ぎすぎだ」
無表情に言うシンを見てもう一人の方、茶髪に染めた男がイラついた風に話す。
「お前もかよ。 本当にここはお節介な奴が多いな。 いいか、お前には関係ない事だ。 黙ってろ! 」

それを聞いたシンは、まだ座り込んでいるリオを指さしながらさらに続ける。
「関係はある。 まずそこでお前らに突き飛ばされた子は俺の知り合いだ」

続けてシンは先程文句を言われていた女性を指差す。
「次にお前らはさっきその子に対してシーフのクラスの事を貶していたな。 俺もシーフだ。 さっきのセリフは取り消してもらおうか」

シンがシーフだと聞いて二人から若干の緊張が解ける。
揉め事になってもどうにかなると踏んだのだろう。
茶髪の男の方がシンに悪意を込めて話す。
「ハッ! 何だ、気に触ったのか? 事実を言っただけだろうが。 その女は戦闘中に本当に何もしてなかったぞ」

そのセリフを聞いた女性シーフは何かを言いかけたが、顔を下に向けるだけで黙り込んだ。

「そこの女は余計な事に口を突っ込んだのが悪いんだろうが」
黒髪の男が次にそう言って倒れているリオを指差す。
リオは急に間に入ったシンを見て驚いたのか、キョトンとした顔でシンを見つめている。

シンはそのリオの顔から目を離せない。
久しぶりに見るリオの顔。 肩まで伸びる髪は相変わらず真っ直ぐでつややかだった。
クスヤから紹介してもらったこの女の子と会うのはまだ三回目だ。
だが他の女の子と違って、このリオのそばにいると何故か緊張する。
シンにとっては今まで自分の感情がよく分からなかった。
だがここまで動揺すれば自分でも分る。 俺はこの子に惹かれているのだなと。

急に黙ったシンを見て、怖気付いたと勘違いしたのか黒髪の男がさらに続ける。
「お前、その女の知り合いとか言ったな。 じゃあお前が代わりに責任を取れよ。 対人戦で勝負したら許してやるよ」

周りには先程よりも人が増えてきている。
男もさすがにこのままここで金の話をするのは難しいと判る。
だがこのまま引き下がるには腹の虫が収まらないが、女にケンカを売るのも無理がある。
最後にこの男に対して憂さ晴らしをしてから、一旦離れるべきかと考えていた。
(相手はたかがシーフだ。 苦労することなく倒してそれで終わりだ)


シンはその言葉を聞くと、変な感じだが少し嬉しくなった。
少なくともこのリオに降りかかった災難を、自分がかぶることができる。

「そうか、分かった。 俺が相手になろう。 それで今回の件は終りにするんだな?」
そう言ってシンは二人に対して向き合った。

「おーい シン。 俺達も手伝おうか?」
様子を見ていたドワとガラの二人が、いつの間にかシンの後ろにきていた。
ガラが肩に手をかけながら言ったセリフに対して、男二人は少し慌てる。

ドワはファイタークラスの中でもトップクラスの実力で数少ないレベル5の戦士であり、2人もその噂と顔は知っていた。
ガラの方もシーフでありながら、何故かファイタークラスで練習している事が多く、戦士顔負けの戦闘力がある事が知られていた。

だがシンは後ろの2人に対して、はっきりと答える。
「2人ともサンキュー だがこいつらは俺がやる。 いいよな?」

その返事を聞いたガラとドワは一瞬の沈黙後、大きく笑い出した。
「おお! シンが珍しくやる気だな。 OK OK 軽くやってこい」
「クックック 良いねぇ イイ感じだな。 シン! カワイコちゃんの前で負けるなよ!」

逆にシンの言葉に男2人は舐められたと顔を赤くしていく。
「チッ! じゃあ望み通りにボロボロにしてやる! 来い!」
茶髪の男はそう言うと、広場の奥にある対人戦用スペースに向かって歩き出す。


ここ訓練所では対モンスター戦の練習が主流だが、あまり使われないが対人戦の練習もできるようになっていた。
本来深層に向かうパーティーが己達の実力を高める事を意図とされていて、まだ現状ではほとんど使われていない。
様々なシチュエーションに対応できるように、プレイヤーの設定で戦場も設定できるようになっている。
迷宮の戦闘のメインになる玄室の設定では、対戦者にとっては周りが見えない部屋の壁になるが、周りからは壁が透けて見える。
周りにいる練習者達からも戦闘の様子がちゃんと確認できるようになっていた。


シンと男2人が先を行くなか、ドワやガラ、リオがついて行き、その少し後ろからはパーティの後衛3人と野次馬がついていった。

対人スペースに着いた3人は早速設定をいじり始める。
茶髪の男がいじりながらシンに向かって話しかける。
「場所は玄室モードにするぞ。 勝利条件は相手のHPが0にすることだ。 装備はお互いの現在の装備。 1対1の勝負を2回戦だ
あとな、お前覚えてろよ。 簡単には死なせないからな」

それを聞いたシンは何も言い返さず軽く頷くと、男達から離れて装備の準備に入った。
男達の言葉を聞いてシンは、先程まで頭に渦巻いていた熱い物が消えて行くのを感じた。
急速に頭が冷静になっていく。 戦闘を前にして普段からの戦闘経験が心を落ち着かせる。
心は熱くなっても頭は冷静じゃないと戦闘はできない。 シンは既にその心構えを身につけつつあった。

そんなシンにガラ、ドワ、リオが近寄ってくる。
 
リオがシンに話しかける。
「シン君ごめんなさい。 私の行動でシン君に迷惑かけちゃってます……」

それに対してシンは顔をしかめながら答える。
「……いや、リオがとった行動は間違いじゃない。 本当は俺達が先に止めるべきだったんだ。
行動を遅らせたのは俺が2人に余計なことを言ったからで、責任はむしろ俺にあるんだ」

シンは本気で後悔していた。
性格テストでも似たような問題があったが、どうしても自分は様子を見てから動こうとする。
今回も考えすぎた結果が、自分が好きかもしれないリオのような子に嫌な思いをさせる。

「シン君……」
2人はしばらく言葉を交わさずにお互いを見つめる。

そのそばではそんな2人を見ながらニヤニヤ笑っているドワとガラがいた。


「おい! 早くしろ! こっちはもう準備が終わってるんだぞ!」
そこに戦士の装備に身を包んだ茶髪の方が呼びかける。

「じゃあいって来る。 リオ、心配するなよ。 きっちりカタをつけてくるから」

そう言って片手を上げたシンは、手に入れたばかりのショートソード+1を腰に刺し、対戦部屋まで歩き始めた。




[16372] 第22話  魔法の武器
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/09 18:40


そこはある一室であった。
縦横20メートル程の広さがあって中央には机が並んでおり、奥の方には少し大きめな机がある。
それぞれの机の上には端末替わりに使われているウィンドウが浮かんでおり、資料と思われるプリントした用紙がうず高く積まれていた。
部屋の中央の天井近くには大きなウィンドウが3つ浮かんでおり、映像が映っている事から擬似的にディスプレイの役割を果たしていることが分る。

壁にはゲームの映像らしき物のスクリーンショットがいくつも拡大されて貼りつけてある。
見る人が見ればその画像はこの『ウィザードリィ・オンライン』のゲーム画像だと分ることだろう。
一番大きく貼られた画像には、椅子に座った老人とその護衛らしき者の前で向かい合っている6名のプレイヤーの姿が映っていた。
その反対側の壁には同じくらいの大きさの画像が1つあり、両側に3枚ずつそれより少し小さめの画像が貼ってあった。
それらの画像は同じ様な構図であったが、プレイヤーらしき者たちが対峙しているモノの判別はつかない。
そう、それらは『モノ』としか言いようが無いほどに、形容し難い形状をもっていたからだ。

それらの画像を除けば部屋自体から受ける印象として一番適当なのは、『研究室』であろうか。
この部屋はこのウィザードリィ・オンラインの管理者達の待機場所としてVR内に作られた上野教授の研究室であり
この世界の全てをコントロールするという意味では『神々の部屋』でもあった。
そして本来並んでいる机の持ち主であろう人達が、奥の机の前に集まりウィンドウを見つめながら会話をしていた。


「それで教授、本当に止めなくてよかったんですか? あの問題を起こしていた彼らに対して警告等で止めることもできましたが」
そう話していたのはシン達が最初に出会ったケンと呼ばれる管理人であった。

話しかけられた上野教授は深く背を沈めていた椅子から体を起こすと、頭を振りながらその質問に答えようとした。

「構わんよ。 すでにこの世界は動き始めている。 我々は余程のことがなければ干渉をするべきではない
まあ彼らの行為も褒められたものではないが、あれぐらいの執着心は今後の事を考えればむしろ必要とも言えるだろう
また限度を越えた行動を取る人間は、自然にこの世界では淘汰されるはずだ。 それぐらいの事は受講生達に期待してよいだろう?」

「はあ…… 教授がそうおっしゃるならば異論はありませんが」
あまり納得しかねる様子でケンがそう告げると、教授はうなずき視線をディスプレイに上げる。

その様子を少し離れた所で見ている女性2人が会話をしていた。
街の施設全般担当のブッチと冒険者の宿(アドベンチャーズ・イン)担当であるメグミであった。
「あれさ、教授ってただ面白がっているだけだよね」
「ぜっーたいそうだって! また悪ノリのクセが出てるわよね!」

その隣では同じ街の施設担当のメルが、目を輝かせてつぶやいていた。
「ああ! さすが教授ですね。 何と言う深いお考えでしょう……」

それを聞いたブッチとメルはまた始まったという顔しながらハァーと溜息をついた。

その時、教授のそばの机で擬似端末をいじっていた戦闘システム担当のガルマが声をあげる。
「うーん 教授。 どうも彼らが設定した対人用の戦闘ですが、ちょっと公平と言い難い物にしてありますね
レベルや装備は彼らの権限じゃいじれませんが…… 今そちらのディスプレイに転送します」

送られてきた設定を教授と周りの管理者が確認をする。
「ふむ…… そうだな。 一応誰かにも現場に行っておいてもらうか。 顔見知りが良かろう
指導をしていたコトハ君と、そうだな一応シーフクラスのホーク君にも行ってもらおう」

心配そうにディスプレイを見ていたコトハだったが、名前を呼ばれたことで慌てて答える。
「はい! すぐ行きますね。 それで対応はどうしましょうか」
「今後の周りへの影響もあるだろうから、彼らが増長しそうなら君が得意な”指導”をしておいてくれ
それでホーク君の方は…… ん? おらんのかな」

室内にはほとんどの管理者が集まっていたが、特徴があるホークの姿はなかった。

「今調べてます。 ええと、ホークですが現在現場にいますね。 どうも初めから隠れて見ていたようですが」
「そうか彼らしいな。 分かった、彼には私から連絡をしておく」
すぐに調べ始めたガルマの答えに、教授はそう答えた。


しばらく目を閉じて何かを考えていた教授は、椅子から立ち上がり集まった管理者を前に厳かに宣言する。

「さて諸君、分かっているな? これは我々にとって良い機会だ!」

管理者達は自らが尊敬してやまない教授の言葉に耳を傾ける。




「さあ第8回目ののトトカルチョを始めよう! 前回は1階の特典を得るパーティー当てだったが、今回は難しいぞ!
ガルマ君、さっきのデータですぐにオッズを出してくれたまえ!  今度は私も負けんぞ!」

教授の言葉に管理者一同は子供の様にワァーと歓声を上げ、口々に予想を言い始める。
なんだかんだ言っても教授とその研究室のメンバーは似たもの同士が揃っているのであった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


訓練所の広場の隅には、迷宮の玄室を型どった建物が出現していた。
壁の一画にはドアが設置されており、ここからそれぞれの対戦者が入れるようになっていた。
壁やドア自体は半透明になっていて、周りの観客からも十分に中の様子は確認できる。
管理者達が対人戦のシステムを用意しているのはここ訓練所内だけであり、実際には迷宮内でプレイヤー対プレイヤーが戦える仕様にはなっていない。
作られた理由としては、やはりどれほど優れたAIよりも熟練したプレイヤーの方が手強いからである。
深層に挑むプレイヤー同士が戦うことで更なる高みを目指せるようにと作られており、今回の受講者全員が初めの説明時に使い方は教わっていた。

とは言ってもまだ地下1Fで探索を続けるプレイヤー達には無縁のものであり、シン達も実際には使ったことは無かった。
対して戦士2人組みの方は既に利用をしたことがあるらしく、設定も彼らが行い既に1人が部屋の中で待機していた。

シンも既に装備などの準備は終えていた。
頭は冷静だが心にはまだ熱いものが残っている。
シンは駈け出したい気持ちを抑え、ゆっくりとドアを抜ける。


中に入ると周囲の風景は一変した。
部屋の中の光景は迷宮でよく見る玄室のものになっていた。
床や壁は岩をくり抜いたかのように多少ごつごつしているが、明らかに人の手が入ったかのように仕上げられている。
部屋の広さ的には10メートル四方ぐらいで、剣を振り回すのに問題ない広さになっていた。

正面には茶髪の男が腕を組み、顔にはわずかながら笑みを浮かべて立っている。
1対1の設定なのでもう一人の黒髪の方は部屋の外で見ているのだろう。
男の装備は初めにドワ達も使っていた胸当てと兜、盾を持っており、武器は普通のロングソードを腰に差していた。
胸当ては肩までの上半身を覆う形に作られていて、下半身の防御効果はない。
プレートメイルに比べるとまだ軽い為、この世界では戦士系以外に僧侶も装備できるようになっていた。

対してシンの方は、防具は最初に50Gで買った革の鎧しかなく、武器はショートソード+1のククリを装備していた。
シーフでも小型の盾は装備できるのだが、シンは通常は弓を装備していた為、盾を使うことがなく買っていなかった。
その事に対しシンは少し不安を感じ、無意識に腰に差していたククリの柄をつかむ。
すると掴んだ剣から僅かであるが、力強いものが流れ込んでくるような気がする。
その感触に少し弱気になりかけたシンは改めて気合を入れ直すのだった。



このウィザードリィ・オンラインにおいて+1等が付いたり特殊名がつく魔法の武器と普通の武器との間にはある違いがある。

まず基本的な威力、切れ味が違う場合が多い。 
例えばロングソードの基本ダメージは1~8と設定されているが、ロングソード+2(真っ二つの剣)の場合は基本ダメージが1~10に設定されている。
加えて+の数字分だけダメージが加算される為、ロングソード+2の場合は実質ダメージは3~12となる。

次に命中率が高くなる。
通常、攻撃の際に相手の防御力(AC)を抜けるかの判定があるが、それぞれの武器にその抜けやすさが設定されている。
前述のロングソードでは4、ロングソード+2では6となり、敵に当たった際にそれが敵の防御を抜け、有効打になりやすくなる。

そして一番の違いが攻撃回数が付与されている事があるということだろう。
通常では戦士系などの戦闘職はレベル5を境に攻撃回数が増えていくが、その他のクラスでは攻撃回数が増える事は無い。
だが魔法の武器はそれを可能にする。
シンがもつショートソード+1であるククリは、ドワ達のように2回の攻撃回数を行う事を可能としていた。
これが例えば、ドワがこのククリを持っても3回攻撃ができるようにはならない。
レベルの上昇で上がった攻撃回数と、魔法の武器で上がる攻撃回数は多い方が優先されるのだ。
またあくまでも上限が2回攻撃になるだけで、状況によっては1回しか攻撃できない場合も多い。
これらの攻撃を有効に使うには、やはりそういう戦い方に慣れていくしかない。
だが攻撃回数を増やす武器の使い方を覚えるのは決して無駄にはならない。
なぜなら特に深層で見つかるこれらの武器では4回攻撃を可能とするような物さえあるからだ。

このように魔法の武器を手に入れることは、圧倒的な攻撃力の上昇を可能とする。
逆に言えばこれらの魔法の武具が無ければ、深層での探索は難しいという事でもある。
それゆえ、いやそれらを発見する為だけにシーフというクラスが存在すると言っても過言ではない。

現時点ではこれらの情報はプレイヤーの間では知られていない。
ただしボルタック商店に初期状態で1振りずつしか置いてない魔法の武器を購入できれば、問われればボルタックは説明を行うことだろう。
1万ゴールドを超えるような武器を購入した者には、それ以上の価値を持つ情報を手に入れることができるようになっていた。
また魔法の武器を使う者が増えれば、自然にそれらの差を感じ取れるだろうから、攻略が進めば情報が出回るのも時間の問題であろう。



シンが相手のステータスを確認しようと意識すると、種族はヒューマンでレベルは3と分かるが同じパーティーでない為HPまでは分からなかった。
シンのレベルは5でありレベルだけで言えば有利だが、なにしろ相手は戦闘職であり油断することはできない。
仮にドワ達を相手にするのであれば1対1で勝つのは難しいと思えたが、レベルから推測すればHP自体はそこまで負けてないはずである。
不安としては、最近は弓を使ってばかりで剣を持って接近戦をするのは久しぶりであり、まずは落ち着いて攻撃を避ける事に徹しようとシンは決めた。 

「用意はできたか? 始めるぜ。 少しは歯ごたえがあるところを見せてみろよ」
「ああ、いつでもいいぞ。 お前はシーフを馬鹿にしてたが、どれぐらいの事ができるか見せてやるよ」
「ちっ! うるせえよ!」
男の挑発にシンが返すことで戦闘が始まった。

茶髪は盾を構えると剣を抜き、振りかぶりながらシンに突進してきた。
左上からの斬り下ろしが迫ってきたところで、シンは慌てずに一歩後ろに下がる。
勢い良く振り抜かれた剣の軌道は、ユマのような鋭さは無かったがそれなりのスピードと威力がありそうだった。
男はさらに一歩踏み込み、下がった剣を跳ね上げるようにしてシンに斬りかかる。
先程のようなスピードは無かったため、シンは慌てずに男の盾側である左手にまわることでそれを回避した。
男を見ながらそのままシンはさらに進み、部屋の中央まで行って距離を取り直した。
男もすぐに振り向き、2回も攻撃が躱された事にいらだったのか顔を歪ませる。

「本当に逃げ足だけは早いな お前らは!」
挑発して隙を作ろうと考えたのか、男が叫ぶ。

対してシンは無言で男の動きを見つめながら考える。
(今の攻撃は本気なのだろうか。 わざと手を抜いてきて試された? それにしては悔しそうだがあれも演技か?)
攻撃はそれなりのものだったが、普段見ているドワ、ヒューマ、ユマと比べるとかなり差がある。
レベル3ということで差し引いてもそこまで驚異には見えないが、油断を誘っている可能性もあり気を抜ける状況ではない。

今度は男はゆっくりとすり足で近づいてきた。
自分の攻撃が簡単にかわされたことから、少し慎重にやろうと考えたようだ。
シンとしては真正面からはやりたくなかったが、下手に動きまわって壁に追い込まれると苦しくなる。
近距離で何とか攻撃をよけて、隙があれば攻撃に移ろうと決めて動かずに待つ。
剣を正面に構え、シンは体勢は低くとり重心を下に移して動きやすくする。

ジリジリと近づいた男は攻撃範囲に入った辺りで、剣を横殴りに振るってきた。
頭を狙われたシンは咄嗟にさらに体勢を低くしてそれを躱す。
力を入れずに振ったためか、体勢を崩さず通り抜けた剣は意外に早く次の攻撃に移ってきた。
男はしゃがんだシンに対し斜め上から垂直気味に剣を振り下ろす。
対してシンは右足を斜め後ろに1歩伸ばし、それに体を引きつけるようにして体ごと剣を避ける。

さすがにこの攻撃で男の体勢が崩れた。
シンは少し変わった形状を持つククリの扱い方が分からなかった為、普段のできるだけ素早く振り抜く攻撃でなく、かなり力を込めて振るってみた。
茶髪の男はある程度予想していたようで、手に持つ盾でしっかりとその攻撃を受け止めた。

それから数回お互いが攻撃を行うが、シンはすべて避けて見せ、男は盾と鎧で上手く攻撃を受け止め、お互いダメージを与えられなかった。

(さすがにACが低いせいで硬そうだな)
シンは1階でよく出る敵と比べてそう感想を持つ。
実際地下1階でよく出会うローグやコボルトのACは、8から10と見た目の防具に反してほとんど生身のように高い。
対して戦士のプレイヤーであるこの男で言えばACは2とかなり差がある。
厳しいと思われたこの試験でも、これだけプレイヤー側に有利にできているのであった。

均衡が崩れたのはそれからすぐであった。
男の振り下ろしてくる攻撃に対し、慣れてきたシンは不用意に右に避けてしまった。
男は盾の正面にシンが来たのを見て、剣での攻撃ではなく左手の盾を押し出すようにぶつける。
正面からきた幅広い盾の攻撃は避けるスペースもなく、シンの肩口に当たり体勢を崩された状態になった。

(よし!)
男は体勢が崩れたシンを見てチャンスと思い、振り下ろした剣に力を込める。
左足を一歩踏み込み、剣先を上げつつ渾身の突きをシンの胴体目がけて突き通そうとした。

(やば……い)
一歩たたらを踏んだシンは、相手の剣を持つ右手が上がらずに前に押し出そうと動き出すの見て、不利な状態だと悟る。
避けれない状態で突かれる事を予想したシンは、もう駄目かという考えが頭をよぎる。

その時シンの思考は高速で回り始める。
頭に浮かぶのは先程悔しそうな顔をしていた女性シーフの顔。
そしてリオのすまなさそうな顔が頭に浮かぶ。

(負けられるかよ!)
バランスを崩していた足に急速に力が入り始める。
だが片足しか地面についてない状態なため、左右に飛ぶことはできない。
低い位置から迫りくる突きに対し、シンは無意識に全力で頭ごと上半身をかぶせる。
前に傾いた重心の勢いで、残った足に力を込めてシンは空中に飛び上がる。
突きはシンの革鎧を削りながらも、体に突き刺すことはできなかった。

部屋の外から見ていた観客からは歓声が上がる。
避けれないタイミングで放たれた突きに対し、シンが華麗に前転宙返りを決めて回避したのを見た驚きの声だった。

男の左手側に着地したシンは体を回転させ、ほとんど無意識に攻撃に移る。
シンは右手に持つククリで無防備に側面をさらす男の左腕に斬りつけた。
深く腕を切り裂かれた男は手に持つ盾を保持しきれなくなり、床に落とした。
シンは切り裂いたククリから慣性が抜けていき、新たな力が吹き出るのを感じる。
深く考える前に腕が勝手に動き、男の胴鎧に守られた脇腹にククリを突き立てる。
剣先に重心があるククリは十分な重さを持って男の胴鎧をぶち抜き、深くその刀身を潜り込ませた。
シンにとっては初めての2回攻撃であった。

「ぐあっ」
男からそんなうめき声が上がる。
男は混乱していた。
経験上絶対に避けれないと思われた攻撃は、前転というありえない動きでかわされて一瞬の内に左腕と脇腹に攻撃を受けたのだ。
痛みから逃げるように反射的に飛び下がると、目の前にはシンが引き抜いたククリをまた構えるところだった。
半ば恐怖から逃れるように、右手に持つ剣を振り上げシンに向かって振り下ろそうとする。
シンは振り下ろされた剣に対し、半身をとりながらククリで斜めに受け止め、そのまま刃先を下げて衝撃を逃がす。
振り下ろした状態で無防備な相手に対し、横をすり抜けながらシンはククリを振るった。
左腕同様に深く右腕を切り裂かれた男は、これで剣も落としてしまう。
男はもう戦える状態ではなく、半ば呆然と立ちすくみ弱々しく声を上げた。

「クソッなんだあいつは 何でシーフがあんなことができるんだ」
男のHPはもうわずかしか残っておらず、後1~2撃も食らえば死んでしまうような状況だった。

シンはそんな男の様子を見て、勝負はついたなと思った。
剣も盾も使えない状況であれば、シンの攻撃を防ぐ手段はない。
対人戦の仕様は良く覚えてないが、初めの取り決めではHPが0になったら終りだと言っていたの思い出す。
死んでもここ練習所である限り、何のリスクも無く生き返ることができるが、だからといって無抵抗の男を殺すのもしのびない。
男が負けを認めて部屋から出て行けば、それでこの勝負は終りになるだろう。

シンは構えていたククリを下ろして男に近づいていく。
初めはボーッと見ていた男だったが、近づくシンに対して声を荒げる。

「おい それ以上近づくな!」
シンは言う通りに少し手前で足を止めて男に話しかける。
「もう終りで良いよな? 自分の状況は分かってるだろうし」

その言葉に顔を歪ませる男であったが、急に少しづつ表情に変化が起きはじめていた。
「お前…… なにを勝ったつもりでいるんだ? まだ俺のHPは0になってないぞ」
「……そうか じゃあ気は進まないが勝負をつけさせてもらおう」

男の言葉に仕方がないかと内心つぶやき、シンは止めを刺すべくククリを構えようとした。
その時シンの後ろからかすかな足音が聞こえてきた。

反射的に振り向こうとしたシンの背中に衝撃と激痛が与えられ、シンは為す術も無く前に倒れ込む事となった。






[16372] 第23話  新スキル
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/14 20:57
地面に倒れ込んだシンは頭を振って一瞬の混乱から立ち直る。
顔を上げると、先程まで戦っていた茶髪がシンの顔面を蹴ろうと足を振りかぶっているところであった。
慌てて動こうとしたシンであったが、背中の傷が一瞬痛み動きが止まる。 それでも体を振って横に転がり、蹴りは回避できた。
状況がわからぬまま、とにかく距離をとろうと必死に転がり続ける。
2メートルほど転がった時点で腕の力で上体を起こし、よろけながらもさらに距離をとる。
壁まで着いたところで後ろを振り返ると、そこには茶髪の他にもう一人男が立っていた。

それは間違いなく先程いた片方の黒髪の戦士であり、ばつが悪そうな顔をする茶髪に対し声をかけていた。
「おいおいお前、だらしないな。 1対1で問題ないって言っといて、勝てないってどういうことだよ」
「うるせえな! ちょっと油断したんだよ」
「完全に負けてたじゃないか。 まあいいや、それでポーションは持ってるんだろ」
「ああ 今から使うさ」
そう言うなり茶髪はアイテムスロットから赤い液体が入った瓶を取り出す。
震える手で栓を開けるとそれを一気に飲み干した。
茶髪の体が薄く青く光りだすと、先程シンに受けた傷が少しづつだが塞がっていく。
「ちっ、1本じゃ足りないな。おいお前の分もくれよ」
「しょうがないか、2人ならこれ以上やられることも無いしな」
黒髪の男は自分のアイテムスロットから同じ瓶を取り出し茶髪に渡す。
受け取った茶髪は今度はしっかりとした手で蓋を開け、また一気に飲み干す。
再度光りに包まれた男の傷は、かなり無くなっていた。
「あーこれでかなり治ったな。だいぶ体も動くようになったぞ」
言葉通り茶髪の両腕の傷は殆どなくなり、動かすことに関しては問題ないように見えた。

その光景を見たシンは理解し始めていた。
シンに対して攻撃をしてきたのは黒髪の方で、理由は分からないが普通に扉から入ってきて、背中を向けるシンに斬りつけたのであろう。
そして茶髪が先程飲んでいたのはボルタックにも売っている傷薬で、ディオスと同じ効果がある物。 しかも1人1本ずつ持っていたのだ。
「1対1の約束だっただろうが! それに薬を持ち込んでるのはどういう事だ! 」
シンが怒りに任せて大声を出すが、それだけの行為で背中の傷がジクジクと痛む。
もっとも本来であれば痛いでは済まない程の大きな切り口を見せている怪我であるが、VRの世界ではこの程度ですんでいた。
その声に対し黒髪が答える。
「おいおい、1対1で後から参加してはいけないって決めたか? お前もあの時頷いて了承してたじゃないか
 それにポーションはシステム的に1本持つ事は誰でもできるんだぜ。 お前も必要だったら自分でそう設定すればよかったじゃないか」
「……そんな事まで言ってないよな。 ポーションだってこっちが知らない事も分かってて設定したくせに」
「知らんな。 要は確認しなかったお前が甘かったってだけの話だ。 ま、とはいってもこっちも1対1で負けてたから偉そうなことは言えんけどな。
 さっきもお前をそのまま攻撃し続ける事だってできたんだぜ? 改めて仕切り直しするだけでもありがたいと思って欲しいな」
「……2対1でなんだろ?」
「その通りだ。 不意打ちだけで勝っても笑い者だからな。 今度は正面から戦うが、2対1はお前が了承したから問題ないさ」
そこまで話して黒髪の男は口の端を上げて軽く笑う。
「何で……こんなことまでする? 普通にやればいいじゃないか。 普通にパーティを組んで普通に攻略すれば単位だって取れるだろうに! 」
「お前に何がわかる! 」
その言葉を聞いた黒髪は、浮かべていた笑みが一瞬で消え憎々しげに叫ぶ。
しかしすぐに気を取り直したのか表情を改め、続けて話し始める。
「……お前、あのドワとかヒューマの仲間だよな。 いいか、誰もがお前らみたいに順調な奴ばっかりじゃないんだよ。
 俺はな、この講座の知り合いなんて誰もいなかったんだよ。 お前も知ってるだろ。 
 この情報工学科を卒業しても、上野教授の講座の単位を持ってない奴が希望する企業に就職できるわけがないって」
そう言って黒髪は隣にいた茶髪に腕をやり肩に手を回した。
「だから必死に仲間を集めて、ようやく余ったこいつらと組めたが全員戦士だぞ。 探索にだって出れやしない」
茶髪の男もその言葉に頷きながらシンを睨む。
「それとな、どれだけ戦士の数が多いのか、お前知ってるのか? 2倍だ。 他のクラスの2倍以上いるんだぞ。  
 半端な人数とクラスでパーティを組むのがどれほど難しいかなんて、初めから6人でバランスよく組めてたお前らには分からんだろうな。
 ……それでも俺達は色々なパーティを渡り歩いて少しづつレベルを上げてきた。 その挙句があいつらのミスでロストだぞ。
 あいつらにその責任ぐらいとってもらわないと、ロストしたアイツが浮かばれない」
そこまで話したあと黒髪は少しの間シンを見つめる。 5秒ほど見つめた後、また話し始めた。
「ちっ、つまんない事まで話しちまったな。 分かったか、俺達は負けるわけにはいかないんだよ。 
 お前で憂さ晴らしをした後でまたあいつらと話すつもりだったが…… もう憂さ晴らしはいいさ。 事情が分かったなら大人しく負けを認めとけ」

シンは男の言った言葉について考える。
確かにシン達は男のいう意味では幸運だったのかもしれない。 男達も言葉以上に苦労したのだろう。
だがそれとこれとは話が別だ。
ロストの責任は誰かに押し付けるなんてものじゃない。 それじゃあただの八つ当たりだ。
このまま勝負をせずに扉から出て、相手がやった不正を周りに告げることはできる。
だがその場合相手が引き下がることはしないだろう。 実際のところシンと男達とのやりとりは他の誰も聞いていない。
また男達の主張は屁理屈ではあるが、細かく設定を決めていなかったことも事実としてある。
先程の問題を蒸し返してまたパーティーのメンバーやリオに絡んでくるのは間違いないだろう。

シンは閉められたままの扉をに目をやる。
こちらからは見えないが、きっと扉の向こうではドワやガラが何とか入ろうとしているに違いない。
そしてリオはまた心配そうな顔をして、今もシンを見ていることだろう。
シンはまた黒髪の男に視線を戻す。
男は落ち着いてシンの動向を見ており、先程茶髪と一緒に喚いていた時とは雰囲気もちがう。
これがこの男の元の姿であり、喚いていたのはその方が弱気な相手との話し合いに有利と思いやっていたのかもしれない。
茶髪の方は黒髪が話し始めてからはシンを睨むだけで、一言も話していない。 彼らの間では黒髪がリーダー役だったのだろう。
結局のところ、シンが降参しても戦って負けても結果は変わらない。
出来る事といえば言質をとって勝つ事。 その約束も守らないようであれば、観客の証言とともに管理者に相談する事もできる。

「一つ聞いておくが、2対1で俺が勝ったらお前達もおとなしく引き下がって、俺の知り合いやパーティーメンバーにこれ以上文句は言わないって約束できるか」
「ハッ! 勝つ気でいるのか。 面白いじゃないか。 さすが順調に攻略している奴らは言う事が違うねえ。 いいさ、約束しよう。
 お前が勝ったらこの話は終わり。 だが俺達が勝ったら当然お前とその知り合いも二度と口を挟むなよ」
周りで見ている観客にも聞こえるように声を大きくして言うシンに対して、黒髪も同じ様に大きめの声で答える。
黒髪にとっては負ける気はまったくなく、むしろこれで邪魔な奴らが消えるとばかりに考え同意した。
「分かった。 じゃあやろうか」
そう言ってシンはゆっくりとククリを構え始める。

シンが黒髪のステータスを確認するとレベルが4のドワーフで、茶髪より1つレベルが高いが装備は茶髪と同じであった。
(レベル4か。 俺よりも間違いなくHPが多いな)
シンのHPは先程のまともに食らった攻撃で4分の1ほど減っており、これ以上戦士の攻撃を受けると動きが鈍くなり危険な状態であった。
茶髪の方も回復呪文のDIOSの2回分のポーションでHPが戻っていたが、完治にはまだ遠い状況でシンとあまり変わらないであろう。
先程の戦闘を見る限り、スピードを生かせばなんとかなるかもしれない。 背中の痛みはその間忘れることにする。
シンは2対1の戦闘を続ける危険を考え、先に茶髪を倒そうと決める。

男達はぼそぼそと相談してからシンを斜めから挟みこむように近づいてきた。 茶髪が左から、黒髪が右から慎重に距離を詰めてくる。
シンは作戦通り茶髪の方から攻めようとさらに左側に廻りこもうとするが、考えを読んでいるのかごとくシンの動きに合わせて男達も移動する。
広めといっても室内であるためさらに廻り込むことはできない。
茶髪も今度は慎重な行動をとっており、黒髪と並んできているが一歩引いた位置をキープしている。
無理に攻めると距離が足らず右側の黒髪に隙を見せることになる為、シンもまだ攻めあぐねる。
ある程度距離を詰めてきたところで黒髪が剣を振るってきた。 シンは一歩後ろに跳躍し剣の範囲から出る事でそれを回避する。。
すると息をつく間もなく茶髪が攻めてきて、剣を袈裟斬りにおろしてくる。
予想以上のタイミングに慌てながらもしゃがんで攻撃を避ける。
シンも負けずにしゃがんだ状態から足を狙いに飛び込むが、これは茶髪の盾で防がれた。
だが先程と同じ様にククリの勢いは止まらず、振り抜いた剣先が軽くなり2回目の攻撃を繰り出す。
逆方向から今度は斜めに斬り上げたが、茶髪が慌てて仰け反ることで胸当ての表面を滑ってダメージは与えられなかった。

男達がまだ次の攻撃の準備に入る前に、シンは体制が整えることができさらに攻撃を続ける。
今度は基本通りになるべく素早く振り抜くことを意識し、茶髪の右腕を狙う。
先程に比べると浅かったが、防具がない上腕を切り裂くことができダメージを与えた。
しかしそのシンの行動に対して、今度は黒髪が切り込んできた。
スピードを意識して振り抜いたため、体勢が崩れていたシンは躱すのが遅れる。
真上から下ろされる剣を必死にバックステップで避けるが、肩口を切り裂かれる結果になった。
茶髪も必死に剣を振るうが、怪我のショックで遅れた為シンには届かなかった。

踏み込んできた勢いのまま黒髪が大ぶりに剣を振るってきたため、シンは距離をとるため何歩か後ろに下がる。
気がつくとシンの背中は初めにいた壁に激突し、それ以上後ろに下がれなくなっていた。
(やばいな。 さらに怪我もしたし。 どこかで無理しててでも廻り込むべきだったかな)
シンの状況を見た2人はお互いに目だけで合図をし、さらに間隔を広げてジリジリと距離を詰めてきた。
そして攻撃範囲の一歩手前で足を止めて剣を正眼に構える。
廻り込むのは難しいが、逆に中央が比較的空いており、駆け抜ければ通れそうにも見える。 
シンの素早さならば可能性はありそうだった。
だがシンは茶髪の口元がほんの少し笑いの形をとられているのを見て気付く。
(罠……か? わざと中央をあけて入り込むのを待っているのか。 あいにく俺はAIじゃないんだ。 そんな型通りの反応をするかよ! )

実際のところ、2人はそれを期待していた。
少なからず2人は一緒に前衛で戦ってきており、この形で敵を仕留めてきた経験が何回かあったのだ。
いきなり中央突破されれば反応もできないかもしれないが、あらかじめ予想していれば十分に迎撃が出来ていた。
だがいつまでも動かないシンを見て、黒髪は作戦を変えることにする。
(左右に逃がさないように詰めてから同時に上下攻撃だな。 今までもやったことがあるし、あいつも覚えているよな)
黒髪はチラッとだけ茶髪を見る。 その視線に気がついた茶髪も頷き返す。
作戦は単純で、合図と共に一人は大腿部辺りに、もう一人は胸元に横殴りに剣を振るうことで上下の2段攻撃を出す。
しゃがんでも下の刃が、ジャンプしても上の刃が敵を仕留める。
盾などを持つ敵の場合はさらにもう少し間隔を開けて、膝と首あたりを狙ったりもする。
黒髪はシンの隙を作るために挑発を始める。
「しかしお前も馬鹿だよな。 あんなおせっかいな女の為にしなくても良い怪我をするんだからな! 」
狙い通りシンの体にぴくっと反応があり、表情にも反応が起きた。
「今だ! 」
その叫びと共に、男達は剣を同時にシンに向けて振るった。

シンに反応があったのは事実だったが、男達が期待していたようなものではなかった。
黒髪のセリフを聞いた瞬間、シンは腹から熱い物がこみ上げてくるのを感じる。
シンにとっては稀にしか味わう事がないものだったが、それは今日2回目の“怒り”と呼ばれるものであった。
体の隅々まで力が満ちてきて、怪我の痛みも全く気にならなくなっていた。
だがその精神はあくまでも冷静で、顔からも表情が消えて行くのを感じる。

その時男達が2人同時に剣を振るってきた。
実際にはそれなりのスピードだったのだろうが、今のシンにとってはゆっくりとしたものに映っていた。
上と下、逃げ場はない。 
左右に逃げれないこともないが、相手も予想していれば剣がその勢いのまま追ってきて切り裂かれる可能性は高そうだった。
さらに横に逃げてもその次は角に追い込まれるだけで、状況は好転しない。
つまりこの2枚の刃を避けながらも、仕切り直す必要があった。
実際にはシンはここまで思考していたわけではなかったが、既に体は動き始めていた。
背にしている壁に後ろ向きに片足をかけてから、思いっきり蹴り込む。
その勢いで宙に浮いたシンは、2枚の刃に頭から突っ込んでいった。

目前に迫る上下の2枚の刃の間に頭が入っていく。
片足で蹴ったため身体全体はゆるい錐揉みのように回転していた。
その中でシンは、刃が自分の上と下を通り過ぎていくのをはっきりと知覚する。
刃の壁が首、胸、そして腰を通り過ぎた。
高い敏捷性に支えられたシンの体は、失速すること無く長い距離を飛んだ。
気付くと目の前には床が迫っており、シンは勢いを殺さぬまま両手をついて体をひねる。
そのまま側転をしてさらに回転し、後ろ向きに両足が着いたところでさらに跳ねて距離をとる。
体が命じるままに動いた結果、シンは側転後方宙返りで綺麗に着地を決めた。


その光景を擬似研究室のディスプレイで見ていた教授は、興奮したように叫んだ。
「見ろ! あの動きはかのアクションスター、ジャッキー・チェンの映画であったやつだな! 」
さらに興奮してジャッキー・チェン、ジャッキー・チェンと片手を振り上げて連呼するが
趣味も世代も全く違うゼミ生達には理解できず、かわいそうな人を見る目で見られていた。


着地を決めたシンは急いで考えていた。
やはりプレイヤー2人同時に相手をするのは厳しいと。
片方の攻撃を避けることはできても、同時に繰り出されるもう一人の攻撃まで避けることは難しい。
持っている武器のリーチの長さが恨めしい。 どうしても相手に近づかなければならず、その分行動が遅くなる。
短剣やナイフでの攻撃の練習も本番も殆ど無いシンにとって、このリーチはかなりのハンデとなっていた。
(せめて盾を買っていれば! )
盾があればもう一撃の攻撃を避けずに受け止めることもできたかもしれない。
未練がましくアイテムスロットを見るが、当然のように盾は無かった。
入れてあったのはククリと入れ替えにしまっておいたショートソードだけだった。
そのショートソードを見たシンは、藁にもすがる思いで考える。
(これが盾の代わりにならないか)
シンはアイテムスロットからショートソードをだして左手に構える。



このウィザードリィ・オンラインにおいて、両手に武器を構える冒険者など誰もいない
もちろん戦闘職のプレイヤーであれば、訓練所で一度は試すし、管理者に聞いていたりはした。
だがシステムがそれを許していない以上、両手に武器を構えたまま攻撃などとてもできない事であった。
そんな事を練習するよりも、盾を構えて練習した方が防御力の点から言っても有用である事はすぐに理解できる。
もっともロングソードを両手に持って振り回すなど、実際の剣の達人でもそうできることではないのだが。
では装備ができないのかといえば、結論で言えば装備というか握ることはできる。
この世界では厳格なゲームシステムが支配しながらも、VRらしく自由度はかなりある為である。
奇しくも戦闘職でないシーフのシンは、できないという事実を知らなかった為、無謀にも左手にも剣を握ったのであった。



とにかく両手にショートソードを構えたシンは、試しに両手を振ってみる。
右手に比べればぎこちないが、何とか左手でも振ることができた。
(結構いけるか! )
シンは本気で力を入れて両手のショートソードを振り回し始める。 振り下ろし、切り下げ、切り上げ、突きと教わった動きを両手で行う。
やはり右手に比べれば鈍い感覚だが、贅沢はいってられないと判断する。
シンは右手のククリを順手で構え、左手のショートソードは逆手に持って盾の代わりにすることにした。
初めての試みをするには厳しい状況だが、このままやっても勝つことは難しいと判断した結果である。
両手の剣を前方に出して構え、顔を上げて2人の男達を睨む。

シンの驚くような攻撃を避けた動きと、その後の両手装備に驚いて、追撃もせずに2人は立ちつくしていた。
だがシンが剣を構えて戦闘を続ける意志を見せたことで、気を取り戻す。
「馬鹿じゃないのかお前! なに両手に構えてるんだよ。 できないこともわからないのか」
茶髪の男が馬鹿にしたように叫ぶ。
だが黒髪の方は2人の攻撃を避けたシンの動きから、警戒をした様子で黙って見たままだった。
そしてシンは先に攻撃を仕掛けることを決める。 せっかくの広いスペースを確保している今、押し込まれる前にこちらから押し込むつもりでいた。
2人までの距離は6~7メートル程、シンはまだ収まらぬ怒りを両足に込めて、ロケットのように飛び出した。
剣さえ構えずにシンをなじっていた茶髪に一目散に突っ込む。 その勢いに驚いた茶髪は慌てて剣を上げてシンに向ける。
シンはただ向けられただけの剣先を左手のショートソードで外側に弾く。 そしてがら空きになった胸元にククリを振り下ろす。
突撃した勢いもあって、正面から振り下ろされたククリの重い剣先は、見事に胸当てを突き破り根元まで刺さることになった。
「グフ……」
痛みと衝撃で動きが止まった茶髪の口からかすれ声が出る。
あまりの勢いに反応が遅れた黒髪は、ここで動きが止まったシンに対して剣を突き立てようとする。
ここで力を込めて斬り込んでいれば結果は変わったかもしれないが、茶髪にくっついた状態にいるシンに対して咄嗟に突きしか出せなかった。
そして当然攻撃が来ると思っていたシンは、この突きも左手のショートソードではじいて、力の方向を変える。
無事に横を通り過ぎる剣を横目で見て、シンはククリが突き刺さったままの茶髪の胸元を蹴り飛ばす。
その勢いでククリは抜け、茶髪は上体を後ろに反ってよろめいた。
シンは片足で蹴った状態のまま、もう片足に力を込めジャンプして茶髪に跳びかかる。
蹴った足を茶髪の肩に当ててその勢いで押し倒し、右手に持つククリで茶髪の頭頂部に対して振り下ろした。
結果を見ずにその勢いのまま前に転がって、黒髪の攻撃範囲から逃れるように距離をとる。
そのまま姿勢を正し、膝立ち状態で黒髪の動きを伺うが、黒髪は呆然とした表情でシンを見ていた。
その黒髪とシンの間には、脳天を砕かれて絶命した茶髪が横たわる。

普段のシンであればあくまでも中は人間のプレイヤーに対して、ここまでの攻撃を加える事はなかっただろう。
だが事情があるとはいえ横暴な2人の行動と、リオを馬鹿にされた事でシンは本当に怒っていた。
またあくまでもここは訓練所内であり、今も倒れたままの茶髪の死体も戦闘が終われば無事に復活する事は間違いが無い。
それらの思いがあって、シンの攻撃は熾烈なものとなっていた。

ここで黒髪がやっと口を開く。
「お前……何者だ? 1回目はまぐれかと思ったが…… 何だその動きは! 何だその装備は! 」
「俺はただのシーフだ。 この両手装備も今初めて使っただけだ。 ただの偶然だよ」
「偶然だと? 俺達の攻撃を避けたあんな動きが偶然でできるものか! 」
そこまで言って黒髪はハッとした表情になり、何かを考え始める。
「……そうか、お前はもしかしたら管理者か? 教授のスパイとして受講生に紛れ込んだとかじゃないのか」
「何を言っているんだ、そんな訳ないだろ。 それよりも勝負を決めよう。 決着がつかないと何時まで経ってもそいつも生き返らないだろ」
そう言ってシンは茶髪の死体を指さす。
黒髪はしばらく黙っていたが、ポツリと呟く。
「いや、断る。 管理者相手に喧嘩を売る馬鹿がどこにいるものか。 公平な試験だと思ってたがこんな仕組みがあったとはな」
そして茶髪の死体に近づき、手を添えて「回収」と一言呟く。
死体は見る見るうちに光と共に電子の塵に変換されていき、すぐに床には何の痕跡もなくなった。
回収が終わり立ち上がった黒髪は、シンの方を見ずに話し始める。
「だが覚えておけよ。 俺はこんなやり方は許さない。 いくら試験だといって管理者なら何でも許されると思ったら大間違いだ」  
そして黒髪は扉の方に向かって歩き出し、そのまま出て行った。

それを見送ったシンは、そのまま腰を下ろし楽な体勢をとってからようやく緊張の糸を解いた。
「何か…… すごい勘違いをされたみたいだけど、とりあえず無事に終わったか。 とにかく今回は迷宮よりも疲れたな」
そう言ってシンはそのまま後ろに倒れ込み、疲れた体に休息を与える。
扉の方からは戦闘が終わったため室内に入ってこれたリオやドワ達の、シンを呼ぶ声が聞こえてくるのであった。
 
 
 
一方、擬似研究室はディスプレイの前の管理者達は静まり返っていた。
「……教授、1回目の特典を獲得したのは彼ではなく、アクツパーティーのメンバーでしたよね。 何故、彼は特典スキルを使えてるんですか」
ガルマの問は、その場にいた管理者全員の疑問でもあった。
ディスプレイには、シンが両手に武器を持って戦う姿が映っていた。
それを可能とするには、特典の中にあるスキルを手に入れる必要があり、管理者であれば誰でも知っている事であった。

そのスキルの名前は『二刀流』
かつて彼らの先輩にあたる管理者が生み出し、特典スキルの中に組み込まれたものである。

上野教授は椅子から立ちあがり、もはや戦闘が終了したディスプレイを一瞥した後話し始めた。
「正直なところを言えば、私にも分からない。 彼が現時点でスキルを生み出せるはずが無いんだがな。
 可能性としては…… いや、ここで推測してもしょうがないな。 彼の状況は、私の方で確認しておこう。
 君達はこの件に関しては関わらないようにしてくれ。」
管理者達の間には少し不満げな表情をする者もいたが、全員が同意した。

指示を終えた教授は、自分の机に座って両手を組んで額に当てて、静かにうつむき考えに集中しているように見える。

だが誰にも見えないその手に隠された表情には、笑みが浮かんでいたのであった。



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6/14 ラストシーン改訂


今回からセリフの前後の一行改行や、まとまった段落以外の改行はやめてみました。
しばらく続けてみるつもりです。



[16372] 第24話  2人の美女
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/15 00:22
訓練所のシステムは対人戦闘が終わったと判断し、玄室のモデル部屋の構築を解除した。
一瞬の光と共に部屋は消え失せ、周りの風景は見慣れた訓練所の広場に戻っていく。、
戦闘の疲れからようやく抜けたシンは、周りに集まってきた皆と会話する気力が湧いてくる。
「お疲れさん。かなり危なかったけどよく勝てたな」
「相変わらずシンは良い動きするよな。お前、前衛の方が向いてるんじゃないのか」
近づいてきたドワとガラの声に、シンは軽く手を上げて返事をする。
「サンクス。いや、しかし今回は疲れたよ。まあ結果的にトラブルは無くなったし良かったけどな」
2人と話していると、リオがおずおずとした態度で近づいてきてシンに声をかける。
「……シン君」
「あ、リオか。何とか終わったよ。多分これ以上彼らに文句をつけることはないんじゃないかな」
黒髪の最後に見せた態度からそう推測し、リオにその考えを説明する。
黙って聞くリオであったが、その表情は暗く、浮かないものであった。
「うん、私もそう思う。助けてくれて本当にありがとう。でも……代わりにシン君が恨まれた感じだったよ」
「まあそんな感じもあったけど、事実無根な話だしな。そのうち誤解も解けるんじゃないかな」
シンの言葉を聞いて、そうだと良いけど、と言いながら、リオは少し笑みを浮かべて話を続ける
「本当に迷惑かけてごめんなさい。でも……私は少し嬉しかったよ」
「え、何が?」
「前会ったときは、何だかシン君に会話を避けられてる気がしてたから、私嫌わてるのかと思ってた」
「いやいや! そんな事無いから! あれは何と言うかさ、久しぶりに会ったからというか俺は元々人付き合いが悪いほうだし」
会話するのが照れていたとも言えないシンは、しどろもどろに説明をする。
そこに横からガラが嬉しそうに口を挟んできた。
「ほほう、またシンが女を口説いてるのか。いやいや、やっぱ腕が立つ奴は女の扱いもうまいね」
「何言ってるんだお前は! いつ俺がそんな事をしたんだよ! だいたいお前はリオのことも知らないだろ。
 あ、リオ、違うからな。俺はリオの事を口説くつもりはまったくないからな」
「リオちゃんとはお前が中には入ってる時にお互い自己紹介は終わってるぜ。 しかしお前はもう少し言葉を選べないのかよ」
シンがリオの顔を見ると、表情からは先程出ていた笑みも消え、少し口を尖らせて機嫌が悪そうに見えた。
もちろんシンにとっては、誤解を解いただけで何故機嫌が悪くなるかは分かっていなかったが。

リオは自分に芽生えつつある感情に驚いていた。
シンから興味がないと言われた途端、悔しいような、寂しいような気持ちに襲われたのだ。
目の前で慌てているシンの事は、直接会話する前からある程度は知っていた。
同じ大学に入った従兄弟のクスヤが、こんなやつと友達になったと楽しそうに色々話してくれていたのだ。
話を聞いている限りゲームが好きな、どこにでもいる男の子という印象しかなかった。
いざ会って話してみると、話に聞いているより無愛想で、友達になるのは無理かなという気もしていた。
だが今回、リオが自分でもどうしたら良いか分からない状況になったとき、何も言わずに助けてくれた。
何とも典型的なシチュエーションではあるが、いざなってみると予想以上に惹かれてしまった自分がいた。

会話を変えるためにシンはリオにとりあえず話しかける。
「リオ達って今日は迷宮探索はどうしたんだ?」
「えっと今日は休みですよ。次から2階を攻めるんだけど、その前に一度疲れを抜こうってことになったの。
 今まで休んでなかったから、休みって言われても何をしていいか分からないけどね」
「リオ達のところもか。俺達も今日が初めての休みなんだけど。やっぱり休んでないパーティも多いのかな。
 女性3人組は今日は買い物って言ってたから、合流してみたら? 」
横で聞いていたガラは少し呆れた声で「休まないのはお前たちの2組ぐらいのものだ」とつぶやく。
「買い物かー 面白そうですね。後で探しに行ってみますね」
「うん、あいつらも喜ぶと思うよ。そういえばクスヤは一緒じゃなかったの?」
「クスヤ君も訓練所に来てますよ。入り口でシーフクラスに行くって言って分かれましたけど」
「そうか、じゃあ俺も行くつもりだったから後で会えるかな」

そこで会話をしている2人の所に、先程のもめていた後衛3人が来て2人に対し謝罪とお礼を言ってきた。
特に女性シーフはしきりにシンとの距離を詰めてきて、色々と話しかけてくる。
話の内容はシンのとった言動と戦い方を褒めるものであり、褒められ慣れていないシンを上機嫌で照れさせることになった。
そんなシンの姿を見ているリオは、シンとは逆にだんだん表情が暗くなっていく。
それを見かねたドワとガラは行動に出た。
「シン、俺はもう少し詳しく彼女ら3人の話を聞いておくぞ。 他のパーティがどうなってるか色々と聞けそうだしな」
「じゃあシン、俺達はシーフクラスに行こうぜ。早くしないとそのクスヤが帰るかもしれないぞ?」
2人の機転により、それ以上雰囲気が悪化することなくその場は解散となった。
シンとガラの2人は、練習広場から少し離れたシーフクラスに歩いて行くことにした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ここ訓練所は街の施設の中でも、現在立入禁止のトレボー城を除けば最大の大きさを誇っている。
内部は入り口のロビーと受付、各職業で分かれている8個のクラス、中庭と裏手に用意されている練習広場等がある。
1つのクラス毎にも講習用の教室や訓練用スペースなどが在るため、施設内部を歩くとそれなりの距離を歩かされる。
この試験が始まってすぐは大勢の受講者が毎日の様に講習を受けに来ていたが、現在では目的がなければ訪ねる者は少ない。

そしてそのシーフクラスでは、クスヤが椅子に座って指にはめている宝石の指輪をいじりながらぼんやりとしていた。
先日地下1階の特典をクリアした為、明日からは地下2階の攻略に入るとリーダーのアクツから言われている。
まだ戦力不足の感はあったが、それなりのお金を使ってあまり出回っていない情報を集めた限りでは、地下2階の敵の強さは1階とさほど変わらないようだ。
集めた情報の中で一番危険と思われたのは“毒”の存在である。
もちろんど毒自体は1階でも危険な物であったが、地下2階では迷宮出口までの距離が問題であった。
地下2階で毒を受けた場合、屈強な戦士が持つHPでも生きて地上に出る事は叶わないだろう。
そして地下2階では罠以外にも、普通の戦闘でも敵が持つ特殊能力で毒を受ける可能性があるらしかった。
幸いクスヤのいるアクツパーティーは、全滅者救出による報奨金でそれなりに資金を溜め込んでいた。
他のパーティではその日を生き抜くのがやっとで、意図的に他人のパーティの救出を行うところまでできなかった為でもある。
その資金を使って、既にボルタック商店で毒消しをある程度揃えることができていた。
もちろんできれば毒を受けることは免れたい。 
そこでクスヤは難しくなると思われる地下2階の宝箱の解除について、講師のアドバイスを受けようとここシーフクラスに来ていた。
だが、待てど暮らせどシーフの講師は来ない。
受付で頼もうにも、普段いる管理者の姿も見えなかった為、おとなしく座って待っていたのだった。

もう一度受付を見に行ってこようかとクスヤが考えた頃、急に教室のドアが開けられる音がした。
とうとう来たかと思いクスヤが振り返ると、そこには久しぶりに見たシンが立っていた。
クスヤの顔を見つけたシンは嬉しそうに近寄ってくる。
そう、シンはいつもクスヤの顔を見ると嬉しそうにする。
初めて知り合った時も、シンは嬉しそうにクスヤに話しかけてきた。
曰く、クスヤのVRゲームの腕を尊敬している と、まるで子供のように嬉しそうにそう告げてきたのだった。
それから親交を深めてきた2人であったが、今のクスヤにとっては内心のじくたる思いがあり、顔を合わせづらかった。

「ようクスヤ、久しぶり。お前とはギルガメッシュの酒場とかで全然会わないよな」
「あ、シンか。 久しぶりだな。 酒場は……何故だろうな」
急に入ってきたシンにクスヤは少し驚きながらも挨拶を返す。 
酒場の質問にも初めは普通に答えようとしたが、クスヤ達のパーティの普段の行動が判る可能性がある為、とっさに言葉をにごす。
アクツからはパーティの行動や情報に関しては、あまり他言しないようにと言われている。
リオ等は気にしてなかったようだが、クスヤにとってはアクツに悪い印象を与えられない為、言われたことは守ってきていた。
そこでクスヤはシンの隣にいる人物に気がついて、不審に思う。
彼の名はガラ。
シーフでありながら前衛を勤めあげていて、しかも凄腕だと聞いている。
同じ悪の戒律からか、何度か親しげに話しかけられた事はあった。
だが何か危険な雰囲気を持つガラに対し、警戒心から当たり障りが無い対応しかしなかった。。
そのガラの顔を見ると、薄ら笑いを浮かべており、クスヤに向かってウインクを1つしてきた。
何の意味なのかとガラの顔を注視していると、それに気がついたシンが紹介を始める。
「クスヤ、紹介しとくよ。こいつガラね。それともすでに知り合いだった?」
「こいつ扱いかよ。お前じゃなければぶん殴るところだな。まあ知り合いといえば知り合いだな」 
シンの紹介にガラが笑いながら答える。
「そうか、同じシーフだしな。それでクスヤは今日はシーフクラスに何か用事? 」
「ん、ちょっと講師に質問があってな。それよりシンの方こそ珍しいな。何か用事があったのか?」
クスヤは隣にいるガラが気になる為、とりあえず詳細は隠して逆に話を振った。
「俺? 俺は新しい武器を手に入れたから試しに来たんだよ。あ、でももう試さなくてもよくなったけどね」
「そりゃーあれだけ本番をやればな。いまさら案山子相手に試す意味はないよな」
「そうだね。でも我ながらぶっつけ本番はまずかったな。うまくいったから良かったけど」
シンとガラのやりとりを聞いても意味がわからなかったクスヤは、不審な表情をとる。
それに気がついたシンがクスヤに向かって言う。
「ちょっと色々あってね。後でリオに聞いといてよ」
言いにくそうなシンを見て、クスヤはこの場で下手に事情を聞かずに後でリオに確認しようと思った。
「それよりクスヤ、お前のパーティって1階の特典を獲得したんだって? さすがだよな。おめでとう」
「ん、いや……ありがとう。ちなみにその話って結構噂になってるのか?」
満面の笑みを浮かべて祝福してくれるシンを見て、クスヤは無碍に否定ができなかった。、
「どうだろうな、俺も人から聞いただけだしよく分からないな。それで特典ってどんな感じだった?」
「そうか……すまんが内容は教えられないんだ。申し訳ない」
「いやいや俺が聞いたのが悪かったよ。ちょっと無神経だったな」
頭を下げるクスヤを見てシンが慌てて謝る。
それにしても、とクスヤは考える。
シンとこんな風に内面で色々考えながら会話するのは、思っていたよりもきつい。
早くこの試験を終わらせて、前のように何も考えずに馬鹿騒ぎがしたいなと切実に思っていた。


シンを中心に3人が他愛も無い会話をしていると、教室のドアが開けられてコトハが入ってきた。
「あれ? 何か珍しい組み合わせですね。シーフクラスのトップスリーが何を話してたの?」
「コトハ? 久しぶりだな。ちなみにそのトップスリーって何? 俺も入ってるの?」
コトハの挨拶にシンが自分を指さしながら返答する。
「シーフの総合的な技術力の指標ですよ。鍵開けの成功率とか戦闘力とかをログで出した物だけど……
 ちなみにシン君、トップって誰か分かってます?」
「へぇ、俺も入れてもらえてるんだ。トップか、難しいな。戦闘だったらガラかな? でもクスヤもVRゲームってうまいしな。
 パーティ単位だとクスヤの方が進んでるみたいだけど。ううん、ちょっと分からないな」
ぶつぶつ言いながら考えるシンであったが、どちらも実力者なため判断がつかなかった。
「……いえ、分かってないならそれで良いです。それもシン君の持ち味だしね。 さてそれでは3人の用事をどうぞ。
 相変わらず講師のホークさんがいないので、私が代わりに対応しますよ」
「俺は……地下2階の罠について確認したい事がある」
「オレは特に無いよ。 シンに付き合っただけだからな」
「俺も武器の使い方を練習しに来たけど、もう終わったしな。あ、地下2階の罠の話は聞いておきたいかな」
3人の返答にコトハは頷く。
「了解しました。どのみち3人とも必要な知識ですからまとめてお話しますね」
そう言ってコトハは3人に机に座ってもらい、地下2階での罠について講義を始めた。
1階よりも危険な罠の出る確率が増える事や、ダメージ系の罠の威力が増すこと等を説明した。

講義が終わりクスヤが礼を言って教室から出て行き、ガラとシンも出ようとする。
「シン君、ちょっと時間いいですか? お話したいことがあるので残ってもらえませんか」
コトハに呼びかけられたシンは立ち止まり、了承する。
教室に2人だけが残り、お互い手近な椅子に座り向かい合う。
何の話か見当がつかないシンはコトハを見るが、コトハは何やら視点が定まらずモジモジしている。
「コトハ、どうかしたのか? 言いにくいこと?」
「いえ……あの、今って2人きりだよね? 緊張しない?」
「いや、全然してないよ。 大丈夫」
シンはコトハが講師と生徒として2人だと緊張しないか、と気を使って聞かれたと思い、素直に返事を返す。
その返答を聞いたコトハの態度が急に不機嫌に変わる。
「ふうん。私だと緊張しないんですね。そうですか、分かりました」
まずいことを言ったかと慌てるシンだが、何がまずいのかまでは分からない。 
「それで、シン君」
「はい!」
とりあえず神妙な態度でシンは返事をする。
「さきほどの対人戦闘の練習の件ですが、何であんな無茶なハンデで戦ったんですか?」
「え、コトハも知ってるの?」
「はい、管理者であればその場にいなくても分かりますよ。その前のトラブルも知ってます。それで何故ですか?」
シンは事情を知っているならばと、説明をする。
「つまり、戦闘は了解したけども設定は相手に任せたので不利にさせられたんですね? ふう、分かりました。
 てっきりシン君がそれでも勝てると思い上がってるのかと思ってました。よく考えればシン君はそんな風には考えませんね。
 さすがに勝手に決められたかどうかまでは知りませんでしたよ。でもそういう事情ならあの場で止めてもよかったんですよ。
 調べる気になれば会話の過去ログもチェックできますから、後は教授や管理者が判断しますし」
「そうか……前に聞いた気もするな。じゃあ俺がやったことって無駄だったんだな」
コトハの言葉にシンは軽く落ち込む。
さすがにあれだけ覚悟を決めて戦ったことが、無駄であったと聞くのは恥ずかしかった。
「いえ、無駄じゃありませんよ」
コトハはそう言ってにっこりと微笑む。
「少なくともシン君が大事にしたい気持ちがあって戦ったんだよね。あの後衛の人達も嬉しく思ったはずだよ」
「そう……かな」、
「絶対そうだって。私も話を聞いてすっごく嬉しく思ったもん」
いつの間にか機嫌も直り、言葉使いも変わったコトハの言葉にシンは励まされる。
「そうだよな。うん、ありがとう、コトハ」
シンが気持ちを込めてお礼を言うと、コトハは初めのおたおたとした態度に戻った。
「う、うん。ほら結果オーライってことで。あはは」
誰もいない教室で2人はしばらく笑いあう。
「あ、そうだ。そういえばシン君あの戦闘の時さ、左手にも武器を握ってたよね」
「うん、盾替わりにできないかってやってみたんだけど、意外にできるもんだね」
「え、でもそれって。普通はでき……」
そこまで話してコトハは急に目をつぶって眉をひそめる。
10秒ほどそのままでいたあと、コトハは目を開けて話し始める。
「シン君、ごめんちょっと用事ができちゃった。私戻るね」
「ええと…… うん分かったよ。俺ももう戻るから」
急に今用事ができたようなコトハの態度を不審に思うが、聞いてはいけないことかとシンは納得し、返事をする。
「シン君はもう少しこの教室に残っていてくれないかな。ちょっと理由があって」
「ああ、それは構わないけど。何分ぐらいかな」
「ごめん。ちょっと分からないの。あの人だしね…… 指示があるまで待っててもらっていいかな?」
「分かった。すぐにコトハは行くんだよな。今日は励ましてくれてありがとうな」
「うん、じゃあね。また今度ゆっくり話そうね」
そう言うとコトハは席を立ち、シンに手を振ってから教室を出て行った。


「ふう」
一人教室に残されたシンは息をつく。誰かここに来るらしいが、見当もつかない。
そのまま15分、30分と待つが、教室のドアが開けられる気配はない。
「忘れられたんじゃないのか……」
さすがに不安になったシンは、体をひねりしばらくドアを見つめるが、溜息を付いて視線を前に戻す。
すると先程までコトハが座っていた椅子に、いきなり誰かが座っていた。
「うわ!」
慌てたシンは椅子から転げ落ちる。
床に座った状態で、その人物をよく見るとどこかで見た記憶がある。

少し落ち着いたシンは、頭上に浮かぶタグに気付く。

そこには『管理者 ホーク』と名前が浮かび上がっていた。



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6/14 第23話のラストシーンを少し改訂しました



[16372] 第25話  その名はホーク
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/17 21:10


シンはホークが何か説明をするだろうと思い、しばらくの間黙って見つめていた。 
ホークは相変わらず長身で細い体型をしており、何とも言えない雰囲気がある。
だが肝心のホークは斜め下を向いて目を合わせようとさえしない。
今さらながらホークの性格を思い出して、諦めたシンは自分から声をかける。
「ホークさんですよね? 俺が会う人物ってホークさんだったんですか?」
するとホークは黙って頷き、肯定を示した。
「分かりました。 では用事ってのは何でしょうか」
そのまま待つが、当然のように返事はない。
(どうしろって言うんだよ)
向こうからの言葉は期待できないと思い、シンは自分から問いかけようかと考えるが、大前提の用件が思い当たらないのだ。
それによく考えたらコトハが出た時から一度もドアは開かれてない。
つまり、最低でも30分はホークはこの部屋にいた事になるのだが、それでも声をかけてきていない事になる。
付き合いきれないな、とさすがのシンも腹がたってきた。
「すみません。俺疲れてるんで今日は帰りますね」
シンはそう言いながら席を立ち、ドアに向かって一歩踏み出す。
片足が床につくかつかないところで、シンの首筋に冷たい感触が当たる。
視線を落とすと、背後から奇怪な形をした短剣がシンの首元に押し付けられているのが見える。
声も出せないシンがそっと後ろを振り返ると、真後ろには長身のホークが立っており、「駄目……」と呟いた。
机を挟んでいたはずのホークが、あの僅かな時間の間に音もなくシンの後ろについていたのだ。
コトハが以前言っていた、あの人強いですよと言うセリフが思い出される。
「あの、席に、もどります、から、これ、外して、もらえます?」
喉に押し当てられた刃のために、とぎれとぎれになりながらシンが言うと、ホークは無表情に頷いた。
すっと引かれた刃に安堵しながら、シンはおそるおそる元の席にもどる。

どうしようかと考えながらホークを見ていると、アイテムスロットから何かを取り出して机の上に置いた。
それは高さ20センチ程度の黒く不恰好な石像で、顔の位置には目と口が一個ずつ付いているものだった。
シンが見ているとその石像は急に震えだし、しばらく震えた後にぴたっと止まった。
「失礼した、シン君。私はホーク。会うのは2回目だな。先程の無礼な行為については謝罪させてもらう」
なんとその黒い石像の口の部分が動いたと思ったら、透明感のある落ち着いた男性の声が流れてきた。
思わずホークの口元に視線をやるが、ホークの口は全く動いておらず、明らかに人形がしゃべっていたのだった。
「おっと、慌てさせたかな。この人形は『悟りの石像』というアイテムで、契約者の言葉を代弁できるものだ。
 私はどうも口下手でね。長い話をする時のためにボルタックと共同で開発した一点物なんだ」
かなり驚いたシンであったが、所詮VRゲームの世界であり、技術さえあれば何でもありかと納得する。
だがこの喋り方と声がホークの物だと言われるのは納得し難いものがあったが。

「初めからこうすれば良かったか。さて今回私は教授からの指示で君と会っている。話す内容は教授から伝達されたものだ。
 そして本題に入る前にシン君には一つ約束して欲しいことがある」
「はあ、何でしょうか」
「今から話すことは内密にして欲しい。君のメンバーであるヒューマ君達にも言わないと誓って欲しい」
「……分かりました。多分大事な話でしょうから口外はしませんよ」
「ありがとう。では……何から話すか。そう、今日君が使ったスキルの事は覚えてるか?」
「スキルですか? いえ…… 何の事かもわかりません」
「そうか、やはりスキルとは意識してないわけだ。言葉を変えよう。君が対人戦で使った両手装備、つまり二刀流の事だ」
「ああ、あれですか。いえ、あれは単に苦し紛れに左手に装備しただけですし…… スキルなんですか?」
「そうだな形だけでいえば間違いなく二刀流のスキルだ。ただし現状では誰にも与えられておらず、使える者はいない」
「でもそれだと俺も使えませんよね。両手に武器を持つのって誰でもやったらできるんじゃないんですか」
ここまで話したシンは何か自分がまずいことをやったらしいと考えた。
少なくとも意図的に何かをした事は絶対にないのだから、その辺りは主張しなければいけない。

そういうシンの表情と口ぶりで気づいたのか、ホークが説明してきた。
「誤解しないでもらいたいが、私達は君が何かをやったとは全く思ってないよ」
「そうですか、安心しました。だけど俺がやったことはただ武器を左手に持っただけですよ」
「ふむ、問題はその左手の武器をちゃんと使いこなせたって部分だ。本来システム的に使いこなせるはずが無くてね」
「そう言われましても…… すみません俺にはわかりません。問題があったのならばもう左手装備は使いませんよ」
「うん、実はそこら辺の話が本題なんだ。今までの質問で君が意識して使ってた訳じゃないのは理解できた。
 そこで教授が君に望んでいる事を話そう。今後色々な技術やスキルを自力で開発した場合、使う前に連絡して欲しいという事だ」
「……よく意味がわかりませんが」
「ではまずスキルについて説明しよう。この世界でのスキルは2種類あって、一つは君らが良く知っているクラス固有スキル。
 シーフの罠開けやメイジの魔法等だな。これはシステム的に認められていて、条件を満たせば誰にでも使える。 
 そしてもう一つは特典スキル。特典を得た際に稀に与えられる特別なスキルだ。ここまでは良いかね」
「はい、特典スキルってイベントモンスターを倒したパーティーに与えられるんですよね」
「そうだ。それではここで質問だ。その特典スキルは誰が考えたと思う?」
「普通に考えたら教授とゼミ生の先輩たちだと思います」  
「ある意味では正解だ。だが正確には歴代の管理者達が、君達と同じ様にこの試験を受講していた時に生み出した物だよ」
シンにとっては予想外の返答が返ってきた。ゲームである以上、初めから全てが決まっているのが当たり前だと思っていたからだ。
一番可能性が高そうな話を思いついたので話してみる。
「ええと、システム的にスキルが自由に作れるようになっていたんですか?」
すると本体の方のホークが首を横にふり、少し遅れて人形の口から言葉が出てくる。
「違う。このVRの設計では決められた事以外はできない仕組みになっている。 だがそれでもスキルを生み出す事ができたのだ。
 もっともそれができたのは歴代の管理者の中でも僅かだし、ある条件が満たされた後での話だが」
「はあ……」
「混乱させたか。できないはずなのにそれができた。教授とその時のゼミ生は相当驚いたと聞いている。
 君も知っている通り、VR技術の歴史はまだまだ短く、全てが分かっているとは言い難い。
 人の精神の力が、プログラムにそのような影響を及ぼす。そんな事例は今まで聞いたことが無い。
 だからこそ教授は、そこにこそVRと人の新しい可能性を見たそうだ」
ホークの表情は相変わらず無表情だが、内心で興奮したのであろうか、人形の喋り方がどんどん早くなっていく。
「そして君もまた、その管理者達のように覚えていないスキルを使うことができた。しかも詳細は言えないが、ある条件が満たされる前にだ。
 その意味では教授は君に期待しているわけだが、さすがに試験という関係上、現状で新しいスキルをどんどん使われても困る。
 そこでしばらくの間、万が一新しいスキルを覚えたら私を通して教授に連絡し、判断を仰いで欲しいという訳だ」

初めて聞くこのウィザードリィ・オンラインというVRゲームの仕組み。
シンが無我夢中で左手に武器を持った事が、何やら変な話になってきている。
自分がVRゲームに向いているとは思ったことはあるが、システムでできない事がやれるなど眉唾ものだ。
だが管理者であるホークが、嘘をついてまでシンに接触をする理由も思いつかない。
どのみち一受講者であるシンが、教授の意向に逆らえる訳もなく、自分だけならともかく他のメンバーに不利になる事は避けたい。 
シンはおとなしく話を受け止めるしか無いだろうと考える。

「分かりました。 何か変わったことができたらまず相談します。それで二刀流、ですか。使わなければいいのですか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。確認してみる」
そう言ってしゃべり続けた人形は停止し、ホークを見るとコトハの様に目をつぶって何かに集中している。
しばらくするとホークは目を開け、人形がまた話し始める。
「現状では封印。君がもし特典を得ることがあったら、その回の分に足して二刀流も正式に与えるそうだ。
 正式に特典として与えられれば、システムのサポートがつくからかなり使いやすくなるし、周りへの説明にもなる」
「そうですか、じゃあ使わないようにします。……でも、それって不公平じゃないですか?
 試験ということで皆頑張ってるのに、俺だけスキルを多く得るのってズルをしているようで何か嫌なんですが」
すると人形の口から、はは、と笑い声があがる。ホーク自身は無表情なのが、また何とも言えず怖い。
「君のその気持は好感がもてるが、元々君が手に入れた物を返すだけだ。それにそれくらいで不公平とは言えないな。
 どんなスキルがあっても、それだけで攻略できるほどこの世界は甘くない。皆と力を合わせること。これだけが生き残る道だ」
今までのハキハキとした口調と違い、後輩を導くような話し方にシンは少し心を打たれる。
「……分かりました。特典を得れるかどうかも分かりませんから気にしないようにします」
いくらか気分が楽になったシンは、もう一つ気になっていた事を確認することにした。
「あと話とは関係ないんですが、目をつぶってるのって教授と話してるんですか?」
「ああ、管理者は全員いつでも教授と話せるようになっている。君達の前ではあまり使わないようにしているので、一応秘密にしておいてくれ」
その返答を聞いて、あの教授にずっと見張られている管理者達がいささか不憫になった。
「これで用件が終わりなら、もう帰っても良いですか?」
相変わらず下を向くホークに向き合って言うと、無言で頷かれた。
「それじゃあ、帰りますね」

席を立ち、扉に向かって歩き出したシンに、後ろからホークの声がかかる。 
「それともう一つ教授からの伝言だ」
まだ何かあるのかと立ち止まり、シンが振り返る。

「試験を突破できることを祈っている。そしてその先にあるものを見て欲しいとのことだ」

そう語る石像の一つしかない目玉が、ウインクしているかのように閉じられる。
「……ありがとうございます。頑張りますと伝えて下さい」
思いがけない激励に、疲れていたシンの足取りも少し軽くなる。 
思い悩む前にまずは行動だ、と気持ちを新たにし、シンはシーフクラスを後にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


シンが色々あった休日の日、女性陣は朝遅くまで惰眠をむさぼってから、ギルガメッシュの酒場で遅い朝食を取っていた。
メニューはパンに目玉焼き、コーヒーなどである。栄養になるわけではないが、そこは気分というものだろう。
「やっぱりたまにはこうやってのんびりするのもいいですねー」
「そうね。先は長いんだし適度の休日は必要かもね」
ノムの言葉にエルが答える。
彼女らは今日は冒険に出ないとあって、普段の冒険者姿ではなく特徴の無い布着の上下を着ていた。
「でもアタシはやっぱり体を動かさないと落ち着かないな。ちょっと訓練所に行ってみようかしら」
腕を頭の後ろに組み、茶色の髪にポニーテールが似合っているユマが声を出す。
「だめだよー。今日は買物に行くって決めてたでしょう。たまにはのんびりしようよー」
「はいはい、分かりました。でも買い物って言っても何か買う予定あるの?」
「そこら辺は実際に見ないと分からないわね。いつもあそこに行った時は、冒険に関係ある物しか見てなかったしね」
ユマの質問に、一人だけ紅茶を飲んでいたエルが声を返す。
「ま、その辺は行ってからのお楽しみか。せめてこの地味な普段着だけは買い替えれるといいね」
「奥の方に洋服も置いてあったよねー。楽しみだなー」

お腹も膨れた3人は街をゆっくりと歩きながらボルタック商店に向かう。
普段の冒険前と違い、精神的に余裕があるせいか普段見慣れた街並みも少し違って見える。
この街の構造的には、トレボー城が一番奥にあり、そこから中央の表通りが伸びる形になっている。
トレボー城から真っ直ぐ伸びた所に公園兼広場があり、そこから放射線状に左右にも道が伸びている。
冒険者の宿とギルガメッシュの酒場はその広場の一角にあり、一番多く人の姿が見られる。
その広場と街の入口の間にボルタック商店がある。店の前で人がたむろしている光景もよく見られる。
カント寺院などは広場から右手にかなり進んだ所にあって、用が無ければ行く事はない。
街の入口の外には広大な土地を持つ訓練所があり、城壁沿いに広がってかなりの森もそれに含まれている。
訓練所から離れた所には大きめの岩がそびえ立ち、迷宮への穴がぽっかりと口を開けている。
ここはNPCの衛兵がいつも数人立っているので、遠目からでもよく目立つ。

3人はゆっくりと石畳の街並みを抜け、ボルタック商店に到着する。
商店の前には最近良く見られる光景として、いくつかの人の輪が出来ていた。
昨日パピヨンに言われて初めて気がついたが、あれが流しのビショップによる鑑定なのであろう。
急ぐわけでもない3人はその中の輪の一つに近づいた。

そこでは女性のビショップが丁度鑑定をしているところであった。
「これは少し鑑定が難しいですね。何回か試して鑑定ができなかったので、普通の鎧じゃないと思います。
 ただ呪われている可能性もありますから良い物とは限らないですね]
そう言ってビショップは、手元に置いてあったお金を目の前の女性の戦士に渡す。
「一旦お金はお返しします。先程説明したように、失敗する可能性がありますので、続けるなら基本料金からかなり値段が上がりますけど、どうします?」
その場にいるショートカットの元気そうな女性の戦士。どうやら彼女が持ち込んだ鎧の鑑定が難しいようだ。
「え、そうなの。100Gじゃ足りないんだ。ちなみにいくらぐらい?」
「失敗したら今日は店じまいになりますから、500Gはいただかないとできませんね。もし呪われたら解除代だけはいただきますが
 鑑定代は無料ということでお返しします。だからあまり持ち合わせが無いならやめた方が良いかもしれません」
ビショップは申し訳なさそうに女戦士に告げる。
「確かにちょっときついかな。おとなしくボルタックさんにお願いしてみるよ。そのまま売れば少なくとも損はしないしね」
「了解しました。確かにまだ良いアイテムってあまり出てませんからね。じゃあまたの御利用お待ちしてます」
残念そうに言う女戦士にビショップは頭を下げていた。

その光景を見た3人は小声で話しあう。
「結構高いよね。100Gはともかく500Gじゃ気軽にできないね」
「そうね。 私達はパピヨンさんの好意でやってもらって助かったわね」
「でも失敗したら1日使えなくなるって言われてましたよねー。あまり迷惑をかけたくないなー」
そう話しあう3人に、女性のビショップが軽く頭を下げて話しかけてくる。
「お待たせしました。そちらの方々どうぞ」
「ええと、ごめんなさい。私達はちょっと見させてもらってただけなの」
エルの返答に了解です、と女性は返し、カバンから紙の束を取り出し読み始める。

しばらくそれを見ていた3人だったが、ノムが何かを思いついたように話しかける。
「すみませんー もしお時間があったらお聞きしたいことがあるんですが」
その声に女性は頭を上げ、ノムを見る。
「はい、構いませんよ。どんな事でしょうか」
「鑑定って結構難しいって聞いたんですけどー 実際に鑑定成功ってどれぐらいの確率何ですか?」
「そうですね、今の私だと3回に1回ぐらいしか成功できないですね。まだレベルが3で低いですから。
 なんでもレベルが上がれば、もっと鑑定が成功しやすくなるそうですよ。あとはアイテムの価値でも難しさが上下しますね」
あまり知らないクラスの初めて聞く話に、3人は興味深そうに耳を傾ける。
一番興味を持っていたノムがさらに質問をする。
「さきほど失敗する可能性があるって言われてましたけどー 鑑定できない事と失敗って別の事なんですか?」
「鑑定できなかっただけの場合は何回でも続けられますけど、失敗した場合は次の日まで鑑定自体ができなくなります。
 あと気を付ける事として、呪われた装備を失敗するとたまに強制的に装備となるそうです。幸い私はまだ経験ないですけど」
「そうなんですかー 勉強になりました。 ありがとうございます」
3人は快く質問に答えてくれた女性にお礼を言って、ボルタック商店の入口に向かう。

歩きながらユマがノムに話しかける。
「ノム、何か熱心だったね。ビショップに興味があるの?」
「うん、やっぱりパピヨンさんに頼ってばかりだといけないと思うの。すぐってわけじゃないけど必要になったら考えようかな」
「そうね、先の事は分からないけど、その時がきたらみんなで相談しましょう。転職って1回しかできないから慎重にやるべきよ」
「ノムも色々考えてるのね。アタシはどうしようかな。サムライが向いてるって講師には言われたけどまだ自信がないな」
2人の話を聞いていたエルも自分の考えを話す。
「私は今のところメイジ一本ね。高レベルになるほど呪文も強力になるって聞いているし」

3人の戦う乙女達は、それぞれ自分の目指す道を考えながら、ボルタック商店の扉をくぐるのであった。



───────────────────────────────────────────────

以下はNES(FCの海外版)ウィザードリィ#1でのデータから引用です。

ビショップのアイテム鑑定。
鑑定成功率はキャラのLVに依存する。また、呪われたアイテムの鑑定に失敗した場合はそのアイテムを強制的に装備させられてしまう可能性がある
(確率はキャラのLVに依存する)。

鑑定成功率の計算式

・LV >= 18 の場合、必ず成功する
・LV < 18 の場合、(10 + 5*LV) / 100

呪いアイテムの鑑定時の失敗時の強制装備確率

LV >= 12 の場合、装備させられることはない
LV < 12 の場合、(35 - 3*LV) / 100



本作品では鑑定失敗時には1日経たないと鑑定できないため、上の計算式より甘めに設定しております。
また色々調べましたが、設定ではアイテムの価値による確率変動はないようです。
しかし私の体感的には、レベルが上がっても深層のアイテムほど鑑定を繰返す必要があったと感じてました。
よって本作品ではその設定を付け加えました。

「?ぶき」の鑑定の焦らされ具合が、思い出補正になっているだけかもしれませんが。



[16372] 第26話  それぞれの事情
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/19 11:53
ボルタック商店に入った三人は、いつきても相変わらずの商品の山に目を見張る。
店内は大きい棚がいくつも並び、どの棚にも天井までぎっしりと道具が詰まっている。
それらは一応分類別に分かれており、武器と防具のコーナーは特に広くとってある。
武器などは一つ一つの棚に種類ごとに並べられて、壮観な光景になっているし、防具は人型の案山子に掛けてある物がいくつもある。
それらの道具の間をぬって奥に行くと、巨大な木でできたカウンターがある。その両側にはガラス棚があり指輪などの小物が飾られている。
カウンターの棚には色とりどりの瓶が並んでおり、瓶にはラベルが貼ってある。そのどれもが魔法のポーションであった。
ここがウィザードリィ世界で唯一の商店であるボルタック商店であり、冒険者にとっては必要不可欠の施設でもあった。
カウンターには長い黒髪を無造作に腰まで伸ばした妙齢の女性が立っており、メガネを押し上げながら3人を迎え入れた。

「む?女性陣だけとは珍しいな。男どもはどうした」
「ボルタックさん、こんにちは。今日は休日にしてまして、男の子たちとは別行動なんです。今日は私達だけでショッピングに来ました」
ボルタックの問にユマが神妙な態度で答える。
このボルタックは妙な迫力と威圧感があり、自然に態度もおとなしくなってしまう。
「クク、ショッピングか、そうかそうか。お前達も女の子だからな。よかろう、今日は色々と掘り出し物を見せてやる」
上機嫌に笑うボルタックを見て三人の間に安堵感が漂う。場合によっては忙しいから帰れと言われた可能性も考えていたのだ。

「それで? 何から見たいんだ」
「ええと、まず私達の普段着を変えたいと思ってきたんです。この服って着やすいんですけど、ちょっと地味で」
エルが自分の服を引っ張りながらボルタックに見せる。
「ああ、確かにな。確かデフォルトの服の設定は戦闘関連の担当だから、見た目まで気にしてないだろうしな
 分かった。少し待っていろ。今色々と見つくろってきてやろう」
そう言ってボルタックはカウンターの奥にある倉庫らしき部屋に入っていく。
しばらくして戻ってきたボルタックは、両手に山のように洋服を持ってきた。
カウンターの上に並べられたそれらの服を、全員で広げながらチェックしていく。
服はどれもワンピースのように上下で一枚の布で出来ていて、デザインも色合いも華やかで、細かい刺繍が入っているものもあった。
「ボルタックさん。 この洋服ってどうしたんですかー」
「これは私が暇な時にローブのデータを改造して作ったものだ。完全に趣味だから店には置かないがな」
ノムの質問にボルタックが答える。
「あら? これ可愛いわね。私はこれにしようかな」
「ん、いいじゃん。じゃあ私はこっちの色にしようかな」
最終的に三人が選んだのは、エルが薄い赤、ノムが淡いオレンジ、ユマが目に痛い程に蛍光色なピンクであった。
ユマを除く三人は、嬉しそうに着替えるユマを見て意表をつかれるが、エルが目尻に涙を浮かべながらつぶやく。 
「ユマ…… ずっと稽古ばっかりで…… かわいそうな子」

着替え終わった三人にボルタックが告げる。
「お前ら、洋服以外はいいのか? アクセサリーとかもあるぞ。首飾りとか指輪がそこの棚に置いてあるが」
その言葉に三人は顔を見合わせるが、ノムが代表して答える。
「欲しいんですけどー 棚に置いてあるのって高くてちょっと買えないです。無駄使いできる程余裕がないですねー」
「そうか、確かにそこに置いてあるのは何らかの魔法の効果があるからな。ちょっと待て」
そう言ってボルタックはカウンターの引き出しを探し始め、目的の物を見つけてカウンターに置いた。
「これも昔に自分用に実験的に作ったやつだが、効果が無くてな。見た目は悪くないからお前らに1つずつあげておこう」
カウンターに置かれたのは、宝石ほど透明度はないが不思議な青い色合いをしている石を指輪につけたものだった。
「わー きれいですねー でも結構な数がありますね。 ボルタックさん、これは何の効果を出そうとしたんですか?」
「ああ、噂に聞く若がえ…… ゲホン。気にするな。いいから黙ってもらっておけ」
ノムの質問に反射的に答えようとしたボルタックは、慌てて言葉を濁す。
その態度に気付かなかった三人は、それぞれの指に指輪をつけて、お揃いだと少女のように喜んでいた。
それを見ながらボルタックは「若い……」と羨ましそうな声でつぶやいた。

三人はボルタックにお礼を言って、店を出た。するとそこでユマがある光景を見つけて、二人に話しかける。
「ね、ね、あの街外れに向かってるグループさ。あの中にドワっぽい後ろ姿があるんだけど」
二人も言われたとおりの方向を見ると、確かにそろそろ外に出ようとしているグループの中にドワらしき人物が見える。
「ほんとね。あの体型とかそっくりね」
「でもドワ君は朝から訓練所で練習って言ってましたし、あそこのパーティーは今から迷宮に行くようだから違うんじゃないかなー」
「うん、まあそうなんだけどね。仲間の女性とも親しそうだし」
やがてグループの姿が見えなくなる。3人はその話題を打ち切って、お茶でも飲みに行こうと歩き出した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


それから次の日も休みにしていたシン達は、三日目の朝にギルガメッシュの酒場に集合していた。
全員が揃うのは二日ぶりである。試験が始まってからは毎日一緒に行動していたので、顔を見るのも新鮮味がある。
女性陣が休日の話で盛り上がってるのを聞いたシンが、三人に話しかける。
「そういえば初日に買い物に行ってた時にリオが来なかった? 合流するとか言ってたけど」
その言葉に三人はけげんな表情をする。
「会わなかったですよー リオちゃんが来る前に私達が帰ったのかもしれませんね」
「そうか、なんか楽しみにしてそうだったから、てっきりすぐ行ったのかと思ってた」
「へえ、シンは休日にリオとデートしてたんだ!」
ノムの返事に頷いているシンに、ユマが目を輝かせて聞いてくる。
「いや、ちょっと色々あってね。真面目な話だぞ?」
シンは女性陣に休日の対人戦の話を説明した。

「だから俺だけじゃなくて、ドワとかも一緒だったんだよ。そういえば、ドワの方はあれからどうなったんだ?」
「俺の方か。そうだな、色々話を聞いて思ったのは、俺達のパーティーは恵まれてたってことかな」
珍しく真剣な顔をしながら話すドワの言葉に、全員が思わず注目する。
「ドワ、それは一体どういう意味かな。何があったのかは大体分かったけど、その後での話で何かあったのかな」
それまで話の輪に入らずに黙っていたヒューマがドワに尋ねる。
自分のセリフに全員が注目しているのに気づいたドワが、片手で頭をゴシゴシと力強くかきながら話しだす。
「いやな、これまで俺達ってなんだかんだ言って順調だったよな。それでよそのパーティーもそうだろうと思ってたんだが、かなり違うそうだ。
 例えば知り合い六人でパーティーを組んでる所ってほぼ無いってさ。足りなかったり、逆に多すぎて組めないらしくてな」
「多いのだったら問題ないんじゃないの?」
ユマが不思議そうに尋ねる。
「じゃあ聞くが、例えば俺達が七人でいつも行動してたとしよう。それでこの試験が六人が定員だからって、そいつだけ一人でほっとくか?」
「あ……」
「そうだ。たぶん俺達だったら三人と四人で分かれるだろうな。そういう奴らが大勢いて、親しくない奴と組むことがほとんどだそうだ。
 親しくないからチームワークもうまくいかなかったり、パーティー内で分裂したりで大変だってよ」
今まで考えたことが無かった事実を突きつけられて、五人は沈黙する。
「それであの事件の三人の事情を聞いていたんだが、基本的な役割分担とか、迷宮の地図とかもほとんどできてなくてな。
 知り合った縁もあるから、他で前衛を二人集めてから俺も参加して、休日はずっと一緒に1Fの攻略を手伝ってたのさ」
「え、じゃあドワって全然休んでないの? 体は大丈夫?」
「お前も知ってるだろ、俺は頑丈にできてるんだよ。毎日しごかれてたからな、これぐらいは屁でもないさ」
ユマが心配そうに尋ねるが、ドワは笑いながら肩をすくめて答える。
「ただまあ、だからといってこれから俺達に何かができるわけじゃないけどな。目の前にすれば助けもするけど、俺達も目的があるしな」
「……そうだね。僕達だって余裕があるわけじゃないね。たまたま今はうまくいってるが、明日にはどうなってるかも分からんない」
ヒューマが珍しく声を落とし、苦しそうな表情を浮かべる。
その様子がシンには気にかかる。ヒューマは常に明るく前向きな人間で、およそあんな表情をしているところは見たことがない。
休日が終わってから少し様子がおかしく、この休日の過ごし方も言葉を濁して答えていない。シンは何かあったのだろうかと心配する。

ふと気がつくとパーティー全員が何かを考え始めているようで、全員黙ったまま立ち尽くしている。
シンはリーダーの調子が悪い時は、サブリーダーの俺ががフォローすべきだよなと考えた。
「よし! 色々と考えることもあるけど、一日はまだ始まったばかりだ! 考え事は夜にして、まずは今日の予定を立てようぜ!」
シンは場違いな程明るい声を出し、少しでも全員の気持ちを奮い立たせようとする。
「俺もずっと考えてたんだけど、地下2階はまだ危険が大きいと思うんだ。一番の問題は毒の対処ができてない点だと思う。
 それで提案としては、最低でも六個は毒消しが買えるまで地下一階で金を貯めるべきだと思う。皆の意見はどうかな?」
シンの提案に、メンバーのそれぞれも気持ちを切り替えたのか、少しづつ意見を出し始めた。
結局シンの意見がほとんどそのまま通り、今後のパーティーの方針が決まる。
一行はそれぞれに様々な思いを秘めながら、迷宮の入口に向っていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


初めての休日の後の話し合いから、それなりの期間を費やしてシン達は地下1階で資金を貯めていった。
その中ではあのブッシュワーカーとも戦うこともあったが、前衛のHPが大幅に上がっている今、そこまでの驚異ではすでに無くなっていた。
毒消し一つが300G、6個分で1800Gが貯まる頃には、シン達のレベルも全員が6に上がっていた。
戦士組はHPが上がっただけであったが、スペルユーザーであるノムとエルは新しい呪文を覚え、また下位の呪文使用回数も増えていた。
僧侶であるノムは、レベル3の呪文帯である『ロミルワ/増光』、『バマツ/祈願』を覚え、レベル1の『ディオス/薬石』は6回も使えるようになっていた。
魔術師であるエルは、同じくレベル3の呪文帯の『モリト/迅雷』を覚えた事で、レベル3の呪文は3回も唱えられるようになった。
そして2人が訓練所でしばらく使い方を覚えた後に、いよいよ地下2階を本格的に探索する事となった。

迷宮の入口でクサナギに地下2階の攻略を始める旨を告げると、シン達の状況を聞いて問題ないだろうと太鼓判を押してくれた。
地下に降り立った一行は、1階の探索はしないですぐに地下2階への階段まで向かった。
幸運にもさまよう敵とは出会わないで階段に到着する。一行は降りる前にまず永続呪文を唱えることにする。


ウィザードリィの世界の呪文には、継続時間というものがある。
ほとんどの呪文は戦闘中に唱えれば、その戦闘が終われば効果は消える。
だが一部の例外として、呪文の中にには永続呪文という物があり、これは一度唱えれば迷宮から出るまで効果が持続するものである。
僧侶呪文の3レベル帯に属する『ラツマピック/識別』や今回覚えた『ロミルワ/増光』、そして僧侶4レベル帯の『マポーフィック/大盾』等である。
永続呪文は強力かつ便利な呪文が揃っており、迷宮の探索にあたっては欠かせないものとなっている。


キャンプを張った一同が見守る中、ノムは精神を集中し、覚えている呪文を発動させる。
今回唱えた呪文は『ラツマピック/識別』と『ロミルワ/増光』の二つである。
ラツマピックによって一行に柔らかい青い光が張り付く。見た目的には変わらないが、今までと同様きちんと効果は発動しているはずである。
そしてロミルワの効果によって、迷宮の光景は一変した。
ノムの頭上に光が輝き始め、50センチほどの光球になったかと思うとすぐに弾け、同時に光が通路を走っていく。
それまでは壁の松明の光で薄暗いながら見える程度の視界が、通路のかなり先までかなり鮮明に見えるようになっていた。
「話には聞いていたが…… これはすごいものだね。これで地下2階でも明かりに困ることはなさそうだ」
「そうですねー 僧侶の講師の話によると、隠された扉とかも見つけやすくなるそうですよー」
ヒューマの感に堪えないと言った感想に、ノムが少し誇らしげに答える。

ノムの言葉に、シンは地下1階での隠し扉について思い出す。
あまり数は多くなかったが、1階にもいくつかの隠し扉があった。
そのどれもが巧妙に隠されていて、普通に見ただけでは全く判別がつかなかった。
壁を念入りに調べたり、叩いてみて、初めてそこに扉があることに気付くレベルで隠されている。
だがシンのクラスであるシーフの場合は、個人差があるもののそれを発見できる能力があった。
例えばシンの場合、隠し扉がある壁を見ると、何か違和感を感じるといった形で分かったりする。
コトハに聞いた話では、扉に気付くのはシーフと忍者だけに与えられた能力であるが、能力値や個人の資質で発見率が違ってくるらしい。
だがこれだけ明るい視界が取れていれば、確かに以前よりも見つけやすくなるのは確実だと思われた。

地下2階への階段をゆっくりと降りていく一行。
以前来た時と違い、見える限りの通路の隅々まで光りに照らされていて、不安感がずいぶん薄れている。
そのまま北に伸びている通路を30メートル程進んでいくと、通路はL字型に左に折れており、正面には扉がある。
前回は通り過ぎた扉だが、今回は探索なために扉を開けることにする。
いつもの隊形で扉を開けると、そこは玄室でなくさらに通路が伸びていた。
一行はそのまま進み、通路はしばらくすると右に折れ、また通路が直線に伸びていた。
さらに一行は進むが、今度も通路は右に折れまた通路が続く。途中で左壁に扉があったが、とりあえず通り過ぎる。
その後も数回同じ様に右に折れ曲がるのを繰り返した先で、やっと突き当たりになる。
そこには地下3階への階段と思われる穴が、ぽっかりと口を開けていた。

「いきなり地下3階への階段を見つけちゃったね。運がよいのか悪いのか」
「でもよ、2階に降りてすぐに3階への階段があるのって怪しくないか? 何か誘ってるみたいだな」
ヒューマとドワの会話にシンが口をはさむ。
「今さ、地図を書いてみたんだけど、この通路の部分は渦巻き状になってて、この北東のエリアってこの階段への通路だけでできているな。
 ドワが言うように残りのエリアに何か仕掛けがあるんだろう」
「そうだろうね。1階みたいに何かイベントがないと他のエリアが無駄になるからね」
「了解、それじゃ戻りますか」
ヒューマの声にドワが答え、先頭にたって歩き始める。一行は来た通路を逆にもどり、途中にあった扉の前までたどりついた。

「いくぞ」
ドワの声を合図に一行は扉を開けて入っていく。
扉の向こうは今度は玄室だった。1階と同じ様な10メートル四方の部屋の中には、立ち尽くしている人影が5つほど見えた。
素早く頭上の名前を確認するとゾンビと表示されており、着ている物はボロボロで肉体との区別がつかない程であった。
一行に気がついたゾンビ達は、ヨタヨタと手を振り回しながら近づき始める。元は人であろうが、崩れた肉体は嫌悪感をもよおわせた。
「うわ! 気持ち悪い!」
ユマが思わず叫び声をあげ、その声を合図かのように一行は戦闘に入る。

いつものように最初に動けたシンは、弓を構えて真ん中のゾンビに矢を放つ。
動きが鈍い目標を外すわけもなく、矢は綺麗に胴体に吸い込まれていった。
矢は腐って柔らかそうな肉体を難なく突き抜け、根元まで埋まった所で止まるが、ゾンビの動きにはあまり変化は見られない。
(元々ボロボロだから、ちょっと穴が開いたくらいじゃダメージは薄いのか? 体をバラバラにしないと駄目なのかな)


原作のゲームでは、ただの数値だけで管理されており、どんな武器で攻撃してもダメージに差は生じない。
だがこのVR仕様では、見た目から想定される抵抗と弱点という物が設定されていた。
このゾンビの様な肉体では、突き刺すような攻撃ではダメージがあまり与えられない。
また非常に固い装甲を持つ敵であれば、内部にも衝撃が与えられる打撃武器等が弱点である。
逆に柔らかい外皮の敵であれば、打撃武器よりも切断武器で切り取る方が向いているだろう。
そしてこれらは魔法での攻撃にも同様に適応される。
濡れている敵には炎が不向きだろうし、燃えやすければ逆に弱点してに有利になる。
プレイヤーには敵の耐性と弱点を戦いの中で想像し、覚える事が要求されるのであった。


ゾンビの動きは遅いため、戦士組の3人の攻撃が先手を取る。
ヒューマは正面から敵の肩口から斬り込み、柔らかく抵抗が少ない肉体の腹部まで一気に切りさく。
重心のバランスが崩れた敵は、上半身の重みに耐えきれず横倒しになりながら体が裂けていき、動きを止めた。

ユマは剣先を下に構え、無防備に近づいてきた敵の腕を下から切り飛ばす。
そして腕がまだ空中にある間にさらに剣を振るい、敵の首を見事に斬り飛ばした。
首を失った敵は床に倒れこむ。それでも少しの間動いていたが、やがてその活動を停止した。

ドワは豪快にも走りながら剣を横に構え、得意技になりつつある野球打法で敵の胴体の真横から剣を振り抜く。
上半身と下半身が綺麗に真っ二つになり、上半身は宙を回転しながら吹き飛んでいく。

一気に三体を葬った戦士組を見て、ノムとエルは用意していた呪文をキャンセルし、前衛に任せることにした。
ノムは今の三人の戦い方を見て思う。
私達の戦士さん達は、本当に頼もしくなった。
以前であれば一挙動のたびに怪我をしないか、死にかけてはいないかと心配でハラハラしていた。
でも最近では一撃を食らったくらいでは、安心してみていられる。
心優しいノムにとっては、それが一番嬉しく感じることでもあった。

だがそんなノムの安堵感は、次の光景を見ることで崩れ去った。

そして残ったニ体は緩慢な動作でドワ一人に襲いかかってきた。
ほぼ二体動時に攻撃してきた敵に、ドワは迷いが生じ上手く防御をしそこねた。
一体が振り下ろしてきた腕でドワを打ち付ける。力任せな攻撃だが激しい打撃にドワのHPが削られる。
(だがこれくらいなら!)
ドワのHPはパーティー全員の中で一番高く、レベル6となった現在では何と50近くまであり、多少のダメージは問題でなかった。
だがその余裕は、もう一匹の攻撃を食らうまでであった。
もう一匹は爪で引っかくように腕を振るってきて、ドワの腕に三本の深く赤い線をつけてきた。

その攻撃を食らった瞬間、ドワの体に異変が起きる。
意識はあるのに体が動かなくなり、その肉体は重力に引かれ床に崩れ落ちた。

「ドワ君!!」

ノムの悲壮な声が迷宮に響きわたる。



─────────────────────────────────────────────


今回から呪文の名称を英語表記から日本語と日本語略記の並列表記にしました。
雰囲気で言えば英語を使いたいですが、ウィザードリィを知らない方が、何の呪文か解りやすいようにとの配慮です。
ただし作中の人物がスペルを打ち込むときは、英語表記で打ち込んでおります。


また呪文の内容もウィザードリィ#1以外から使用します。
例えば『モリト/迅雷』は#1では『火花』と訳されてることが多かったですが、他のシリーズで使われている雷属性になってます。
変更の理由は小説にする上での処理の問題です。


抵抗と弱点につきましては、#1での内部設定と共に作品中のように扱わせていただきます。
こちらも小説にする上での処理の問題です。





[16372] 第27話  地下2階の探索(前編)
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/24 01:56
ドワの意志が効かなくなった肉体は、床に叩きつけられる。
それを見たノムはとっさにドワの元へ駆け寄り、状態を確認しようとする。
頭を抱きかかえてドワの顔を見ると、表情は弛緩しているが目には力があった。
噂に聞いていたクリティカルヒット――首切りのような一撃死でない事に安堵のため息をつく。

だがこの時のノムの行動は、戦闘中ということを考えると少し常軌を逸した行動であった。
目の前に現れた新たな得物に、一匹のゾンビがすぐ反応し食いつこうと動き出す。
しかしその行動は、シンの素早い反応によって阻まれる。
シンが放った矢は腐って一個しか残ってない目玉に命中し、そのまま後頭部を突き抜けて矢尻が頭を出す。
これによって視界が失われたゾンビはそれ以上動けず棒立ちとなった。
そしてその隙を逃さなかったユマが首をはねて、永遠にその動きを止めさせた。
もう一匹もヒューマが軽々と仕留め、戦闘は終了した。

「ドワ君はたぶん麻痺状態になってます! でも私の呪文で解除できると思います!」
ノムは普段と違い、少しものんびりとした口調など感じさせずに皆に説明する。
すでに覚えている呪文の中から必要な呪文のスペルを思い出し、空中に現れたキーボードに入力する。
このレベル3の呪文帯の残り回数は2回分しかない。焦りながらも打ち間違いが無いように確認後発動させる。
「いきます! お願い効いて!『ディアルコ/柔軟 』」
ドワにあてられたノムの手が白く光りだし、その輝きはドワの体に染み込んでいく。
輝きが全て吸い込まれてすぐに、ドワの体を縛っていた麻痺の解除が行われ、体に力が戻っていく。
「あー、ひでえ目にあった」
ドワは頭を振るって体内に残っている虚脱感をふるい落とし、体を起こす。
しばらく手を開いたり閉じたりして、力が戻ってきたことを確認する。
「ドワ、大丈夫かい? 体の調子は戻ったのかな?」
「ああ、もう大丈夫だ。いや面目ない、油断してたぜ。弱いと思ったらこんな特殊能力があったなんてな」
ヒューマの声にドワが悔しそうに答える。
「いや同時攻撃を避けるのは難しいさ。それにしてもやっぱり2階は侮れないな。毒以外にもこんな攻撃があるなんて予想してなかったよ。
 とにかくまだ探索は始まったばかりだ。一戦一戦を大事にして少しでも情報を得よう」
ヒューマの声に全員が頷く。
その後シンが出現した宝箱を開けるが、今回はお金しか入ってなかった。

気を取り直した一行は部屋を出てさらに探索を続ける。
渦巻き状の通路をさらに戻り、最初に開けた扉のところまで戻ってきて、今度は折れ曲がった通路の先を進む。
前回開けた扉を抜けると、まったく同じ銀色の霧が降りてくるが、前回と同じく無事に通過することができた。
次にナオト達のパーティーを救助した部屋の前まで着いて、今度は通路にある他の二つの扉の内、左の扉を開けることにする。

開けた先は横に細長い玄室で、奥には新しい扉も見える。
敵はいないように見えたが、すぐにそれは間違いうことに気がつかされた。
部屋の奥にひとまとめにしてあった小さな金貨の山から、生き物のように金貨が飛び出し、空中を飛び回り始めたからだ。
「これ! パピヨン達が言ってた奴じゃない?」
「そうね。まさかと思ってたけど、本当だったようね」
ユマが思い出したように叫ぶと、エルが珍しそうに同意する。
その間も空中を飛び回る金貨の数は増え続け、元の金貨の山が消えたところで急に動きが変わる。
金貨達の上には『クリ-ピングコイン』と出ており、9匹が1グループでそれが2グループあった。
「戦闘になるようだね、危険は少ないらしいから色々やってみようか」
ヒューマの声で戦闘が始まった。

まずは小手調べとシンが弓を構えてコインを狙おうとするが、一枚一枚が小さすぎて当たる気がしない。
スピードはそれほどでもないなと思いながら、シンは集団の中央辺りに矢を放つ。
風切り音を鳴らしながら放たれた矢は、どれにも当たらず天井に当たり跳ね返りながら落ちてくる。
「これは弓じゃ無理だぞ。 俺も剣を構えとくな」
シンは全員にそう伝えてからアイテムスロットから出したククリと弓を交換し、装備しなおす。

それからの戦闘はかなり時間がかかるものとなった。
剣などの武器であれば、かなり当てにくいが当たることは当たるし、一撃当たるとそれで動かなくなるのだが、とにかく飛び回る数が多くて減った気がしない。
おまけに向こうの攻撃は方法といえば、前衛後衛関係なく顔の周りを飛び回り、弱い熱い息を吹きつけてくるものであった。
「キャ!」
「いやーん。 なにこれー」
しかもこれも話に聞いていたとおり、それが耳とか首筋に吹きかかると悪寒がしてHPが1だけ下がったりする。
男だと顔をしかめる程度で済むが、女性陣にはかなり気持ち悪く感じられ、教授のセクハラじゃないのかと憤慨した。
特に怒りをぶつけられる前衛と違って、されるがままの後衛陣のストレスはかなりの物があった。
ようやく最後の1枚を始末したときは、一同はぐったりと疲れ果てた。辺りには力尽きて床に広がるコインの残骸が残されている。
「この死体って本当のコインとしても使えるのかなー」 、
ノムの何気ない言葉に、怒りを我慢していたエルが近くに落ちていた力尽きたコインを拾う
エルがコインをよく見ると、表面にはすまし顔をした教授が彫刻されており、無駄に良い出来栄えをしていたがゴールドとして使えるわけがなかった。
それを確認したエルは、「バカ!」と力任せに壁に投げつける。
「うー、次にこいつらとあったら『マハリト/大炎』で一気に始末するからね! ヒューマ! 構わないわね」
「あ、ああ、1グループはそれでまとめて始末しようか」
エルの顔を赤くして怒っている姿に、ヒューマは逆らう気が起きなかった。

「でもこれって結構な経験値になってるぞ。1匹当たりの経験値がさっきのゾンビの倍ぐらいあるっぽいな」
経験値などのデータもをチェックしていたシンが、異常に経験値が増えてることに気がついて皆に教える。
「どれどれ、ほう本当だな。今の戦闘でさっきのゾンビの30匹分ぐらいか?」
「うん、それぐらいかな。時間はかかるけど危険度は殆どないし…… ボーナスキャラなのかな?
 色々なゲームでも大抵ボーナスキャラっているしね。俺が前やってたDQ28ってゲームだとメタルな敵がそうだったな」
ゲーマーらしいシンの意見に一同はそういうものなのかと納得する。 
その後出現した宝箱からは未鑑定の杖が出てきたので、シンが預かることにした。

一行は準備を整え、部屋の奥にあった扉を開ける事にした。
扉を開けるとそこは狭い部屋で、小さい台座の上に、これまた小さな熊の彫像があった。
その後ろの看板には、" 俺は何百万も奴等を殺したぞ! "と書いてあった。

「……何の意味があるんだろうか」
真面目な顔をして悩むヒューマにユマが声をかける。
「きっと意味なんてないわよ。あるとすれば私達が悩むことを楽しんでいるぐらいじゃないの」
ずいぶんなユマの言葉であったが、今までの経験から一同は納得し、部屋の中を探し始める。
1階と違って部屋には他には何も無かったが、熊の彫像自体が取れるものであったため、エルが預かることにした。

部屋を出た一行は先程の通路まで戻り、もう反対側の扉を開ける事にした。
そこで出た敵は『レベル1プリースト』という名前の人間タイプが4匹であり、すぐに戦闘となった。
名前通りレベルが1なのか、戦士たちの攻撃が当たると一撃で死んでいく。
一同はあまりの歯ごたえのなさを不思議に思っていると、残った1匹が呪文を唱えてきた。
唱えられた呪文は『バディオス/障害 』であり、後衛のエルが対象になった。
不可思議な力が飛んできたと思うと、エルの肩に大きな切り傷が出現した。
「ツッ!」
いきなりの激しい痛みにエルが顔をしかめる。戦士組と違ってエルの最大HPは17しかなく、この攻撃はかなり効くことになった。
すぐにユマが最後の1匹を仕留めて戦闘が終了したため、皆は心配そうにエルの周りに集まる。
「すぐ治すからねー エルちゃん少し我慢してね」
ノムがすぐに『ディオス/薬石』を唱えるが、まだ怪我が治らないためもう1回使用する。
ようやく痛みが消えたエルがノムに質問する。
「ねえ、今の呪文って何? 詠唱が聞こえたと思ったら急に傷ができたんだけど」
「あれは僧侶のレベル1の呪文帯にある物ですねー ディオスの逆呪文で怪我を治す代わりにダメージ1~8の怪我を作る呪文なの。
 私達はディオスを使う回数が減るから使うことはないけど、結構危険な呪文でしたねー」
「うん。私ってHPが少ないから、さっきのを3回も受けたら死ぬ可能性があるわね。弱いと思ったけど……あれも危険な敵ね」
「そうか、数が多いときは即効で倒した方が良いかもしれないね。僕らを狙われて5~6発受けても平気だが後衛は危ないな。
 一斉にエルが狙われたら本当に危険そうだ。エル、5匹以上出たらマハリトを使ってくれ」
ヒューマの指示にエルは心配されたことが嬉しくて、微笑んで黙って頷く。

その後一行は周りの部屋もすべて探索し、2回の戦闘があったが無事に終わらせて本通路に戻ってきた。
そこでキャンプを張って、シンが描いた地図を全員で確認しながらこれからの行動を話しあう。


キャンプとは迷宮に潜る冒険者が、安全な空間を作って呪文などが唱えられるようにしたものである。
テントなどを張るようなレジャーではなく、そこでは一時的な結界を作ることで敵の侵入を防ぐ効果がある。
初めて迷宮に潜るときにボルタック商店で買った結界道具セット。
それは清められた聖水に魔法陣などを描くチョークや魔力が込められた魔石等が入っている――わけではない。
単に細かくたたまれた紙が入っており、広げると書かれている魔法陣が効果を発揮し、周辺に不可視の障壁を作る。
元々は前述のような道具を使って準備が必要にしていたそうだが、冒険者から「面倒だ」との意見が相次ぎ、現在の形となった経緯がある。
当初にノリノリで結界発動の設定を考えプログラムした管理者は、かなり落ち込んだと言われている。


全員の状況を確認すると、エルのグループ呪文はまだ丸々3回使えるし、ノムの呪文も大部分は使っていない。
一同は探索を継続できることで合意する。方針としては先に全体図を作るために優先して本通路を先に進むことになった。

一行はキャンプを解いて長い通路を南に向かっていく。
すぐに途中に右手に扉があったが、先に通路を進むことにし、その先の突き当たりに扉がある場所に着いた。
左手にも通路は伸びているが、すぐに行き止まりになっていたためその扉を開けて侵入する。

扉を開けてすぐに上から黄色味を帯びた黄金色、すなわちブロンズ色の煙が一行に舞い降りてくる。
その途端、以前も味わった逃げたしたい衝動にかられるが、これもヒューマの体から光が出ると急激に収まった。
「今のはさっきの銀色の光とそっくりだね。色から考えるにこれが効果を発揮したのかな」
ヒューマはアイテムスロットからブロンズのカギを取り出して言った。
「銀の煙では銀の鍵、そしてブロンズの煙ではブロンズの鍵か。手に入れたアイテムがないと通れなかったって訳だね
 さっきの熊の彫像もどっかで使うのだろうね。 熊の扉ってのは想像がつかないけど、少し……可愛いよね」
おどけた調子で言うヒューマの言い方に、一同は珍しいと思いながら笑う。

煙を無事に通過できた一行はそのまま通路を進み突きあたりにある扉を開く。
そこはかなり大きい空間で、普通の部屋の何個分もある広場のような所だった。
中にあった小部屋で1回戦闘があったが、探索は順調に進む。そして広間の隅の壁に仕切られた空間で、それに遭遇する。

小さい銀色に輝く円盤に、赤と青のケープを羽織った蛙の彫像が乗っている。
それは金属製だと言うのに、不思議にも、命を吹き込まれているかのように、前足を左右に振りながら、
" イエィ!!!... "と甲高い声を発して、踊っていた。

「「…………」」
さすがに今回は誰も何も言わずにそれを見つめていた。
シンがエルをに合図するが、エルは首を振る。仕方なくシンはまだ踊っている蛙の彫像をつかむとアイテムスロットに投げ込んだ。

広場の探索を全て終えた一行は他に何もないと判断し、途中にあった扉のところまで戻ろうとする。
だがブロンズの煙を抜けたところの通路で、さまよう敵と遭遇してしまった。
以前と違い『ロミルワ/増光』の効果のおかげで、ある程度遠くにいるうちから敵であるとの判断はすぐついた。
それらは全員が黒尽くめの姿をした人型の敵であり、全部で6匹いてこちらに向かってくる。
両手にはそれぞれダガーと同じくらいの長さである片刃の短刀を装備している。その目は赤くギラギラとした光を放っている。
シン達が戦闘態勢をとった頃には、頭上に出ている名前もはっきりと読むことができた。
『レベル1ニンジャ』 そこにはそう書かれていた。
「忍者だ! 気をつけろ。 クリティカルヒットがあるぞ!」
シンが叫び声を上げ、戦闘が始まった。

先手をとれたシンが弓を放つ。だが狙った忍者は手に持つ刀で飛来する矢を切り落とした。
その動きにシンは驚く。
(ああいう防御もされるのか、人型はやっぱり手強いな)
次に動けたのは2人の忍者たちで、1人はユマ、1人はヒューマに攻撃を仕掛ける。
ユマに飛びかかった敵は右手の短刀で切りつけてくるが、ユマは剣で受け止める。
だが受け止めた瞬間、敵は左手に持つ短刀でさらに切り込んできて、意表をつかれたユマの肩を切り裂く。
さらに攻撃は止まらず、短刀を振り抜いた勢いを止めずに体を回転させて、回し蹴りを放ってきた。
まともに腹部に受けたユマはその衝撃で後ろに吹き飛ばされるが、なんとか受身をとって立ち上がり考える。
(飾りかと思ったら……二刀攻撃か。いや蹴りも入れたら3回攻撃? でも傷自体は大したことないな。回数で押すタイプか)
実際にユマがうけたダメージは合計しても僅か5。ドワにはかなわないにしても40台のHPのユマにとってはかすり傷だ。
ヒューマの方も初めての二刀流に戸惑い、攻撃が避けれなかったようだが同様に大したダメージは無いようだった。

ここで珍しくドワが2人より先に行動ができ、ロングソードを振り上げ忍者の1匹に斬りかかる。
忍者は両手の短刀を交差させて剣を受け止める。
だが一瞬止まったかに思われた剣は、その勢いを止めずに短刀を押し下げ、その下に守られていた頭頂部に当たり、砕き潰した。

その後はエルによる『カティノ/誘眠』による催眠で3匹が眠り、その間に戦士組が順調に敵を倒していく。
途中でユマが明らかに首を狙われた攻撃を受け、なんとか剣を滑り込ませて一命を得るということがあり、見ていた後衛をハラハラさせた。
気を抜けば危ない。だがそれさえ気をつければレベル1の敵ではもはや相手にならなかった。

一行は先に進んでいくが、シンは先程の忍者の攻撃について考えていた。
どうやら敵は普通に二刀流で攻撃をしてくるようだ。元からそういうデザインなのだろう。
だが剣を交えたユマに聞いたところ、あれは形を変えた2回攻撃のようなものらしい。
タイミング的に逆手の攻撃に間があって、その間が2回攻撃と同じらしく、慌てなければ対応出来るとの話だった。
自分の二刀流が秘密にしろと言われたのは、もっと別なものなのだからだろうか。
「シン、シン!」
「え?」
顔を上げると皆がシンの顔を見つめていた。
「どうしたんだい、何か考え込んでたようだけど。いまから扉を開けるけど準備は良いかな」
ヒューマの声に周りを見ると、さっき素通りした扉の前まで戻ってきており、シン以外は戦闘準備が整っていた。
「ああ、すまん。ちょっとボーッとしてた」 
シンは皆に手を上げて謝り、自分も戦闘の準備を始める。
(考え事は後だな)
シンの準備ができたのを確認したドワは、新たな扉をゆっくりと開けた。

目の前には真っ直ぐ伸びる通路がある。一行は通路をそのまま進み、扉と三叉路がある場所についた。
まずは全体図を把握しようという取り決め通り、扉は無視して通路を真っ直ぐ進む。
その後いくつもの扉を見るが、全て無視して通路だけを進む。
そうして全体図が把握できた後に、今度は通り過ぎた扉を一つずつ開けていく。
その中でも初めに無視した扉の奥には、少し変わった事が起きた。

その部屋の奥にある壁には扉があったのだが、普通に開けようとしも開かない。
扉には20センチぐらいのくぼみがあるが、他には鍵穴さえ無かった。そこで一同が悩んでいると突然変な音が聞こえる
「クマー」
さらに流れる音の出所を探すと、エルが持っていた熊の彫像から聞こえるようだった。
「これ?」
エルが半信半疑で彫像を掴みそのくぼみに押し当てると、今まで開かなかった扉が自然に開いていく。
「こんな彫像じゃなくて……普通の鍵じゃ駄目なのかな」

その次の部屋も扉があり、似たようなくぼみがあった。
今度は予想がついたシンが、アイテムスロットの中でもまだ動いていた蛙の彫像を取り出すと、途端に鳴き声を上げた。
「ゲコ―」
シンは何も言わずにそのくぼみに押し当てる。まだゲコゲコ鳴いている蛙を乱暴にスロットに投げ入れて、一同は無言で先に進んだ。

扉の向こうは暗闇が広がっていた。1階で経験したのと同じ暗闇で、ロミルワの効果も消されてしまっった。
一行は一度部屋に戻り相談するが、地図的にもこの先に何かあると思われたため先に進むことになった。
手探りで調べると、どうも左右に通路が伸びているようである。一行は右の通路を地図を作りながら進む。
道なりに通路を進むと扉が一つだけあったが、それでも先に進むとどうも元の場所らしい所に戻った。
明るい部屋でできた地図を見ると、ある程度の区画で閉ざされており、怪しそうなのは先程の扉のところだけだった。
そこの扉まで戻り開けてみると、そこは小さな部屋であった。

部屋には、頭が猫で、身体が鶏の不気味な獣の彫像があった。彫像はブロンズで、台座はオニキスで出来ている。
飾り台の上に、不自然な傷跡がある。

彫像は大きい物だったので部屋を探してみると、金色に光る鍵を見つける事ができた。
これもどこかの鍵になるのは間違いなさそうであったので、ノムが持つことにした。
「ふう、イベントづくしだね。結局この金の鍵を手にいれる為に1階と2階のイベントがあったことになるね。
 問題はこの彫像を何処で使うかなんだが…… この2階なのか、それとも3階なのか」
ヒューマの問いにシンが答える。
「その場所に行けば判るんだろうな。今までを見てもかなリ判りやすくできてたからな。単純にフラグっぽいし」
「フラグって何だい?」
「ああ、ゲーム用語で条件を達成したかどうかの判断基準って感じだな。
 それを利用してどうこうするんじゃなくて、持ってることが条件とか、そういう意味合いかな」
「なるほど。シンの言うことが正しいか。とにかくエリアの地図の空欄を埋めていくだけか」
2人の会話を聞いていたエルが進言する。
「今日はそろそろ戻らない? 戦闘が多かったから呪文もそこそこ使ったし、初日でちょっと疲れちゃったわ」
そういえばと気がつくと、迷宮に潜ってからかなりの時間が経っていた。
「そうだね。それじゃあ今日はこれで戻ろう。明日は残っているエリアを一通り探索しよう」
ヒューマの言葉に一行は頷き、1階の階段へ向かって戻りだした。

こうして2階の探索は初日にして半分以上の探索ができ、無事に終了した。
徐々に探索のスピードは上がってきており、地下10階への距離は少しづつだが縮まっていた。



[16372] 第28話  地下2階の探索(後編)&地下3階
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/26 19:10


翌日もシン達は地下2階の探索に専念することにした。
目標は全てのエリアの探索と、特典のイベントがあるのならばそれを達成すること。
特典に関しては、地下2階にあると決まったわけではない。あくまでもあるならばという過程の話だ。
準備を終えた一行は、迷宮への穴に入っていく。

地下2階に降り立った一行は、真っ直ぐに昨日の探索終了地点に向かう。
三叉路まで着いた時点で、全員で地図を確認する。南西の全てと南東の一部がまだ空白が多い。
それから一行はしらみつぶしに一つ一つの部屋を探索していく。
戦闘以外に変わったことが起きたのは、あるT字路の通路であった。

その通路に足を踏みいれると、地面近くに立て看板が立っているのが見えた。
そこには『地下廊の暗闇は…………』 とだけ書いてある。
「どういう意味かな?」
「全く分からないな。これだけで分かったら天才だよな」
「何かのメッセージでしょうけどー 攻略に関係あるのかな」
皆で看板の意味について推測していると、ユマが大声を出す。
「みんな! こっちにもあるよー」
ユマが通路の少し先の所で地面を指さしている。全員で行ってみると、確かに同じ様な看板があった。
それには『灯りが無い時には…………』と記されていた。
さらに前方を見るとまた看板が立っているのが分る。
そちらには『 気をつけよ、さもなくば…………』と書かれていた・

「並べると『地下廊の暗闇は、灯りが無い時には、気をつけよ、さもなくば』か。 警告のようだね」
ヒューマがそう言って前方を見る。
ロミルワの明かりに照らされた前方は行き止まりで、いかにも何かありそうに見える。
「警告を信じるか、それとも先に何かが隠されてるのか。どちらだろうね」
「どちらもありそうだから困るわね」
ヒューマとエルの話にシンが提案する。
「じゃあ俺が一人で調べてみるよ。罠だったらシーフの仕事だろうし、全員だと逆に危ないしな」
「……そうだね。シン、危険だけど頼めるかな」
「任せとけって」

皆に少し下がってもらって、シンは目の前の場所を調べ始める。
なるべく壁に身を寄せてから全体を俯瞰してみると、床のそれなりに広い一部が他の場所に比べて色が僅かに違う気がした。
それは微妙な違いであり、ロミルワの明かりがなければシンでも気付くことはできなかったと思われる程であった。
軽く足の先で突付くが、特に変わったことは起きない。壁などもあらためて調べるが特に異常はなく、この床だけが怪しく見える。
シンは思い切って少しづつ体重をかけていく。重心はなるべく低くして、すぐに移動できるように心がける。
色が変化している床の中央まで来た時に、シンは足元で振動を感じ、全力で横に飛び移る。
それとほぼ同時に、突然床の広い範囲が中央から割れ、深い穴が出現した。
なんとか穴の外まで飛べたシンは、地面で受け身をとって回転して片膝をつく。辛うじて落ちることはまぬがれたシンは安堵の溜息をついた。
「シン!」
その光景を見た一同がすぐにシンのそばまで駆け寄ろうとするが、シンは片手を上げてそれを止める。
しばらく待つが他に変化が見られないため、シンは皆の所まで慎重に後退りをして戻った。
「やっぱり罠だったな。あれはロミルワの明かりが無かったら気付くのは難しいな」
「大丈夫か、シン。やはり危険なことをさせてしまったな」
「何言ってるんだよ。俺が自分で志願したんだって。それに罠の床の状態も覚えれたから、次からも注意すれば気づけると思う。
 そういう意味ではこのメッセージは今後の為の警告ってところだな。親切な事だよ、まったく」
そう言ってシンは背後にある床をもう一度見つめ、ロミルワの明かりに照らされた床の微妙な違いを脳裏に刻み込む。
次からは宣言通り足を踏み入れる前に気づくことができそうだとシンは確信した。

それから一同は地図を見ながら、もう一度足を踏み入れていない場所を探索に出た。
特典の為のイベントモンスターとの対戦はまだ起きていないため、どこかに隠し通路があるという事も考えられたからだ。
地図の上で空間がありそうな壁などは特に念入りに探すが、何処にもその気配はなかった。
地図をずっと確認したシンはヒューマに話しかける。。
「駄目だな。これで全ての通路を見たけど、どこにも扉がない」
「うん、確かに地図が全て埋まったね。2階には特典が設置されてなかったのかな」
「元々ただの推測だしな。さてどうする?このまま探し続けるか、諦めるか」
ヒューマはしばらく考えたあと、全員に告げる。
「諦めよう。この二日間で調べて見つからないものが、すぐに見つかるとは思えないからね。
 それに昨日分かった次のレベルまでの経験値で考えると、おそらく今日の分で貯まったはずだ。 
 明日からは3階に挑戦したいと思ってるんだが、皆はどう思うかい?」

宿屋で泊まったときにレベルアップしなかった時は、あとどれくらいの経験値で上がれるかが分かるようになっている。
確かにヒューマが言った通り、今日はかなりの戦闘をこなしてきたので既にレベル7への経験値が溜まっていた。
シン達は安全策をとって毒消しが貯まるまで2階に来なかったが、その間に2階に挑戦をし始めた他のパーティーが幾つ出初めていた。
無論それらのパーティーはまだ力不足な為、シン達のように2階をスムーズに探索はできていなかったようだ。
だがそれも僅かなアドバンテージであり、2階の敵の経験値の多さから考えると、すぐに追いつかれる可能性が高い。
皆で意見を交換したが、結論的にこのまま2階に固執するよりも、3階の探索及び特典探しに切り替えようという結果になった。
一同はそのまま今日の探索を終りにして、地上へと帰還した。

その夜に酒場で会ったナオト達と進行状況を確認したところ、ナオト達もレベル5になり2階を探索し始めたという話であった。
ここで良い機会だという事で、シン達とナオト達のパーティーは完全に協力体制を作る協定をとる事になった。
それまでは軽い約束のような感じであったが、今回からはきちんと文章を書いて取り決めを行なう。
これによりお互いに変な遠慮をしないですみ、効率的に協力ができそうだと思われた。
ヒューマの意向としては現状ではシン達が先に進んでいるため、情報という点では教えることが多いだろうが
先に進めばこれぐらいの差はすぐに無くなると思われるし、その時にはお互いが交換しあえるメリットが大きいとのことであった。
特に反対意見も出ない為この協定は結ばれることになり、2日間で得た情報を話すとかなり感謝されることになった。
代わりにパピヨンに2階で手に入れたアイテムを鑑定してもらったが、どれも普通のアイテムなためボルタック商店へ売ることにした。

翌朝、シン達の全員が予想通りレベル7に上がっていた。
戦士組はドワとヒューマがHP50以上、ユマとノムがほぼと同じでH40台後半まで伸び、シンでも30台に届くようになった。
またスペルユーザーの二人も新たな呪文を覚えた。
ノムが僧侶4レベル帯の『マポーフィック/大盾』と『ディアル/施療』そして今まで何故か覚えれなかったレベル2帯の『カンディ/所在』をようやく覚えることができた。
カンディは特殊な呪文で、対象者を決めながら唱えると、その現在地が判別できる。
そしてそれは死んでいる者でも判別できるものであり、迷宮内に遺体として存在する者の救出に今後役に立つと思われた。
エルは魔術師4レベル帯の『ダルト/吹雪』と『モーリス/恐怖』の二つを覚えた。
ダルトは氷系のグループ攻撃呪文であり、ダメージ自体が『マハリト/大炎』上回り、寒さに弱い敵に対してはさらに効果的である。
モーリスは相手の意識に恐怖を与えることで防御を手薄にし、1グループをACを4上げる効果があり、『ディルト/暗闇』の上位版と言える。


ウィザードリィの世界での呪文には僧侶系、魔術系を問わず大きく分けて3種類に分類される。
一つは魔力を物質化して相手に直接ぶつけることでダメージを与える物。主に攻撃呪文として利用される。
この魔力を伴なう物質化した呪文は相手の物質的抵抗、魔術的な抵抗によって増減される。
例えば以前述べられた『抵抗』、すなわち相手の物質的な特徴で効果が変わるし、高位の敵が持つ魔力無力化能力によっては魔力そのものが打ち消される。
二つ目は魔力によりある現象化を引き起こし、その結果として干渉する物。主に補助呪文が多い。
これはすでに結果が起きているため、無効化などはされないが、様々な条件によって100%効いたり、完全に効果がない場合もある。
例えばACを上げる効果の呪文系として『ディルト/暗闇』は空間を暗闇にする事でACを上げるが、視覚に頼らないものや暗闇でも視える者には効果が無い。
逆に言えば視覚に頼る者には100%効果が出る。また『モーリス/恐怖』も恐怖を覚えない無機物などには効果がないが、知能があれば高位の敵にも効果がある。
三つ目は味方に対して効果がある呪文で、これには様々な種類がある。
味方は呪文を100%受け入れるため、物質化、現象化を問わずほぼ確実に効果がある。


いつものように訓練所で魔法のチェックを行い、一行は迷宮に潜っていった。
地下に降りてすぐに永続呪文を唱える。
今回ノムが覚えた『マポーフィック/大盾』は僧侶の呪文の中でもトップクラスに役に立つ呪文であった。
その効果は『永続的にメンバー全員のACを-2にする』という物で、ACだけで言えば盗賊が持てる小型の盾と同じ防御効果があった。
メンバー全員に薄い魔力の層ができ、物理攻撃を受ける際にこれを緩和する。
前衛はもとより、後衛にも効果があるこの呪文は、深層での戦闘に無くてはならないものであった。

今日からは全く未知数の地下3階の探索であり、聞いている限りまだ誰も地下3階の情報は知っていなかった。
地下2階の渦巻き通路の先にあった階段から一行は地下3階に突入する。
長く斜めに伸びた階段から降りた場所は、十字路の通路の真ん中であった。エルが『デュマピック/明瞭』を唱え現在位置を確認して地図に記入する。
階段は緩やかに設置されており、予想はしていたが降りる前の座標とはかなり離れていた。
東西南北の全てに通路が伸びていたが、東西の壁には扉らしきものも見える。まずは全体像を確認するために通路を優先して歩くことにした。
とりあえず北に向かった一行はすぐに同じ様な十字路に出たが、そこには床に文字がこう刻まれていた。 
" 回れ 右! "
それを見つけたドワがヒューマに話しかける
「回れ右って言われてもな。これも警告なのか?」
「ここって十字路だしね。どの方向から来ても回れ右って警告だと意味が無いよね。戻るわけにもいかないし、とりあえず進もうか」
さらに同じ様な通路を北に進むと、また十字路が見えてきた。そこにも何か文字のような模様が見えたため、全員で近づく。
「ん? 全員離れろ!」
十字路の床を踏んだシンが皆に声をかけるが、その瞬間床が割れメンバーがのみ込まれる。
右を警戒しながら歩いていたユマは、そのまま右方にジャンプして穴の縁に剣を突き立てて落ちるの防ぐ。
シンもまたとっさに後方にジャンプし罠を回避した。
しかし他のメンバーは足掻くすべも無く飲み込まれ、床の底に設置してあった岩の上に落とされることになった。
「クッ!」
すでにプレートメイル等を身につけ、足元まで防御されていた戦士2人や鎖帷子のノムはともかく、柔らかいローブしか着ていなかったエルは声をあげる。
マポーフィックの効果で全身を覆われているとはいえ、全てのダメージを吸収できるわけではない。
底に不規則に置かれた岩は大小様々な形をしており、尖った部分に体をぶつければかなりの打撲や切り傷が生まれそうであった。
だが着地地点が平らであったり、きちんと着地ができればダメージはそれほどは受けないとも思われた。
しかし元からACが高いエルはそのHPの低さと相まって、全HPの3割ぐらいが削られてしまっていた。
「みんな! 大丈夫!」
剣を頼りに床までよじ登ったユマが声をかける。
「あー、何とか」「平気ですー」「ちょっとやばいかも……」
エルの返事だけが元気がない。
落とし穴の高さは3メートルもないぐらいで、シンとユマが手を伸ばす事で何とか全員を引っ張り上げることができた。
すぐにノムが『ディオス/薬石』を唱えエルの怪我だけ回復させる。いまだHPが20に届いてないエルにとってはその一回で全快できた。
「ふう、ノム、ありがとう。それにしても上手いこと仕込んであるわね。普通に文字が書いてあると思い込んでたわ」
「エル、すまん。俺もてっきりそう思って罠に気づけなかったよ。普通の床だったら気づいたと思うんだが、つい文字に目がいってしまった」
「シン、謝らなくて大丈夫よ。これは設計した方が一枚上手だったとほめるしかないわね」
他のメンバーの怪我はかすり傷だった為、一行は再び探索を続けることにした。

位置的には迷宮の端まで来ているはずだが、北の方角には変わらず通路が伸びている。
すでにこの迷宮は空間歪曲が多用されている事を理解している一同は、ひとまず一周するつもりでさらに北に進む。
歩き始めるとすぐに同じような十字路が見えてくる。一同はまたかと嫌な顔をした。
シンが皆を待たせてトラップの確認をし始めるが、落とし穴のような雰囲気もないし、文字なども彫られていない普通の床に見えた。
「じゃあ俺だけ踏み込んでみるから、みんなは何かあったら援護を頼むよ」
メンバーが黙って頷いたのを見て、シンは自分が信頼されていることが少し嬉しかった。
いつでも動けるように体の力を抜き、おそるおそる十字路に侵入するが、何も起こる様子はなかった。
「シン!?」
急に誰かの声が聞こえたので反射的に振り向くが、待たせてきた皆は誰もおらず、驚きがシンを捉える。
「シン! 何があった!」
さらに声がかかり、この段階で初めて声が前方から聞こえてきたことに気付く。
顔を正面に戻すと、そこには先程待機させたはずの仲間が心配そうに見つめていた。
(いつの間に追い越されたんだ? ワープ? 幻覚か?)
混乱するシンにさらに声がかかり、実在の仲間だと判断したシンはゆっくりと近づく。
「どうやって先回りしたんだ?」
シンが尋ねると、一番前に立っていたユマが声を返す。
「違うって! シンが前に進んだと思ったら急に向きが変わったの! 気付かなかったの?」
「え! いや、全然分からなかった。普通に進んだだけで何も違和感は感じなかったんだが」
ユマの説明でおぼろげながら何が起こったのかを理解する。つまりこれは本人が気づかないうちに進む方向を変える罠らしいと。
しかも落とし穴と違って、シンでさえ全く気づかなかったことから考えると、普通に進んでいたら誰も気づかなかっただろう。
シンの説明を聞いて皆もどういうものかが判り、対策を考えることになった。
「回転する床か…… 一人ずつ行けばどっちの方向に回転したかは分かるよな」
「うん、だがそれだとバラバラになるのが怖いね。まだ敵に出会ってないけど、バラバラになった時に敵と遭遇したら危険過ぎる」
ドワの発言に対するヒューマの意見ももっともなものだった。特に後衛が襲われた場合、全員が駆けつける前に危険な状態になるだろう。
「そうね、それが狙いなのかもしれないし。それより入る前に目印をつけてから全員で入って、目印を頼りに方向を見極めるのはどうかしら?」
エルの発言が一番効果的と思えたので、次回はそれで試してみることになった。
「しかし……落とし穴といい、回転床といい、そろそろ運営側も本気で仕掛けてきた感じだね。油断しないで進もうか」
ヒューマの言葉に一同はあらためて気を引き締める。まだこの地下3階では戦闘さえしていないのに、すでに疲れを感じていたからだ。

もう一度回転床に侵入する時に、シンが剣で床に大きく目印を刻む。これでこの傷がある方向が南になると考えて良いはずだった。
そのまま全員で床の中央まで来てから足を止め、目印を探す。
「ありましたよー 右にありますねー」
ノムの声に右を見ると確かに先程刻んだ目印が見える。つまり現在は東を向いていると思われた。
回転したことを感じなかった一同は口々に文句を言いながら、正しい方向である北に向きなおり、回転床を抜けた。
一応エルの『デュマピック/明瞭』で位置を確かめるが、今回は間違いなく北に進んでいることが分かる。
「ふー。通路を歩くだけで疲れるな。こりゃ地図を完成させるのはどれほどかかることやら」
ドワのぼやきは全員の気持ちを代弁しており、これからの探索の難しさに一同は気を重くする。

それから一同はしばらく通路をさまよって地図を作ろうとしたが、これが想像以上に時間がかかった。
大体判別できた感じでは、通路の全てが十字路で構成されていて、その全てに罠か、回転床、またはメッセージがあった。
どうしても十字路を抜けないと先に進めないので、何回も落とし穴には引っかかることになり、ダメージが蓄積されていくことになった。
「もうそろそろ回復の呪文が打ち止めですよー」
「私のデュマピックももう2回だけしか残ってないわ。ここらって階段に近いから今なら戻るチャンスね」
「分かった、じゃあ階段のそばにあった扉を開けて一度は戦闘して帰ろう。全力でやって離脱すれば危険は少ないはずだ」
スペルユーザーの言葉を聞いて、ヒューマが指示を出す。
シンが作った地図を確認して迷わないようにしながら、一行はなんとか扉の前まで来て戦闘準備を行う。

ドワが扉を蹴破ると、その玄室にいたのは信じられないくらい大きな蛙が6匹と、毛で覆われた獣が8匹。
そしてあの死のウサギことボーパルバニーが7匹もいた。
それぞれはシン達をみるや素早く動き始める。それは食事の得物を見つけた生物の原始的な反応であった。
蛙の名前はジャイアントトード。濡れた皮膚に長く大きな舌が特徴的であり、その姿は通常の蛙よりよりグロテスクであった。
獣の名前はコヨーテ。犬に似ているがより大型にしたような見た目であり、体長は約1メートル程。
完全に人を得物としてみている目は赤く輝いている。肉への期待からか、その口からはよだれがあふれ、床を濡らしていた。

かつて経験がない程の数の多さと、初めての3グループ相手に一同は顔色を青くするのであった。



─────────────────────────────────────────────────

地下3階には軽いトラウマが。

初回プレイの時は本当に長い間この階をさまよいました。
当時はインターネットもないから情報が無かったんですよね。



[16372] 第29話  地下3階の総力戦
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/06/29 21:30


ヒューマはあまりの敵の多さに一瞬逃亡を考える。
だがもし逃げられなかった場合、この数に襲いかかられてはそれこそ全滅の恐れがある。
エルの攻撃呪文は丸々残ってることから戦闘を選択することにした。
「全力戦闘! 最大呪文で!」
ヒューマの掛け声で戦闘が始まった。

最初に動けたシンは弓を構えようとしたが思い直す。この状況で一匹殺しても大勢に影響は与えない。
使うなら今しかない。そう判断したシンはアイテムスロットから2階で手に入れた巻物を素早く取り出す。
「カティノをウサギに使うぞ!」
横にいるノムとエルにそう宣言して、呪文が被らないようにする。
シンも実際に巻物を使うのは初めてだったが、ボルタックから開封して書いてある文字を読み上げるだけで良いと聞いていた
巻物の端に付いている紐を勢い良く引っ張って、巻物を広げ書いてある文章を読み上げる。
「眠りをもたらす安らかな空気となれ。 カティノ!」
シンの言葉と共にウサギの頭上に白く輝く光の粒が生じて降りていき、4体が床に崩れ落ちた。
そしてシンの手元からは、使い終わった巻物が塵のように消えていった。
初めて唱えた呪文の効果に、シンは僅かな楽しさを感じる。
呪文を使いこなす二人に前から羨ましさを感じており、一度くらいは呪文を使ってみたかったのだ。

その光景を見たヒューマはさらに細かい指示を全員に飛ばす。
「ドワ、ユマ! 僕らは蛙を狙おう。 ノムも蛙、エルは数が多いコヨーテを頼む!」
ヒューマもウサギの恐ろしさは分かっていたが、シンが半分眠らせたことで未知の敵を先に仕留めようと考えた。

エルがその指示を聞いて蛙に走りだす。蛙が嫌いな女性にとっては、大口を開けている蛙など悪夢のような光景であろう。
だが実家がこの時代でも比較的開発が進んでいない地区にあり、幼い頃から兄弟たちとお転婆に野原を駆け回っていたエルに苦手意識はない。
攻撃を仕掛けようとしたエルに対して、蛙の一匹がジャンプして頭上から襲いかかる。
ヒレが付いて鋭い爪がある両手を同時に振り下ろし、その口でも噛み付いてこようとした。
体重差に負けないように正面からは受け止めず、右手の攻撃は盾で流し、左手と噛み付きは体を捻って躱す。
ズンと派手な着地音を鳴らした蛙は、自分の体重の衝撃を殺し切れずに動きが止まる。
そのチャンスを逃さずに、ユマは右手に持つロングソードで蛙の膨れ上がった首を目がけて振るった。
近すぎて避けれなかった敵に対し、深い攻撃が2回とも入り、首筋からはドロドロとした液体が溢れでる。
なんとか瀕死にはできたようだが、それでも倒せるまでは至らなかった。
2階の敵よりもさらに増えている生命力に、ユマは全員に警告を出す。
「こいつらしぶといよ! 呪文もいるかも!」

ヒューマも指示の後、蛙に向かって飛び出そうとしたが、横からコヨーテ2匹が攻撃が仕掛けてきた。
一匹目はヒューマの太ももに噛み付こうとした。低い位置からの攻撃に盾では防ぎにくいと感じ、横に飛び下がることで回避する。
着地寸前に一緒に走ってきたもう一匹が空中に飛び上がり、ヒューマの右腕目がけて噛み付いた。
その鋭い牙は本来であれば深く肉に食い込んでたであろうが、ヒューマの腕までカバーしていた鎧はその牙を通さなかった。
冒険を始めた頃は胴体しか守れなかった胸当ても、現在ではプレートメイルになっており、その装甲は全身を覆っている。
現実であればいくらなんでもこのような鎧を着て動きまくることなど、人間ができることではない。
だがヒューマの職業であるファイタークラスは、システムのサポートを受けて本来の動きを妨げないのであった。
そして攻撃を凌いだヒューマは、コヨーテに構わず蛙に突撃する。
その勢いを殺さずに、まだうずくまったままの1匹の蛙の目の間に全力で剣を突き立てる。
蛙の苦しみ具合からそれなりのダメージは与えられたようだが、蛙はまだ倒れる気配はない。
戦士の攻撃だけではこの戦闘は長びくことは間違いない。ヒューマは深く潜るにつれてエルのような魔術師の呪文の必須さを感じる。

ここでエルが指示通り一番数が多かったコヨーテに向けて、『ダルト/吹雪』の呪文を完成させる。
エルが伸ばした杖の先から突風と雪と氷が吹き出し、固まっていたコヨーテに突き刺さる。
その威力はさすがにレベル4の呪文帯に相応しいものであった。
大きい氷の塊に頭を吹き飛ばされたもの、鋭い氷雪に全身を傷つけられそこから固まっていくもの、全身を雪で覆われ凍結したもの。
吹雪が吹き荒れたあとでまだ生きていたのは、9匹中1匹だけである。だがその1匹は意外に傷が少ないようであった。
エルはこれだけの破壊力にも関わらず、この結果に喜んでいなかった。そして講師から教わっていた抵抗と弱点について冷静に考える。
(あの犬たちは毛皮がある。もしかして冷気に強い? 蛙の方が冷気に弱そうな肌をしているわね)
メイジにとって最も求められるものは、呪文の効果的な使い方である。
エルは順調にメイジとしての経験と知識を身につけつつあった。

ドワは先に攻撃した2人が一撃で仕留められなかったのを見て、無理に攻撃をせずに防御を優先した。
(とにかく数が多い。一匹でも後ろに逃せば、後衛の行動に支障が出るな。なんとしても俺が食い止めるぞ)
動きを止めたドワを良い得物と見たのか、敵の攻撃が集中する。
数匹の蛙が後ろ足で跳ねながらドワに殺到する。動けるボーパルバニーも狙いをドワに定めてきた。
蛙は太い前足でのなぎ払い、顔面への噛み付き、伸ばした舌をムチのように飛ばしてくる。ボーパルバニーは鋭い前歯で斬りつけてくる。
そのすべての攻撃のほとんどを盾で跳ねのけ、避けきれない攻撃は剣で弾き、鎧で上手く受け止めて力を逃がす。
先日手に入れたシールド+1の軽さのおかげか、連続した攻撃のほとんどをさばくことができた。
だがここで敵も力任せな攻撃が通じないと分かったのか、方法を変えてきた。
少し離れた所にいた蛙が頬をふくらませたかと思うと、その舌を鋭く射出してきたのだ。
ドワは慌てて盾で受け止めようとするが、その舌は高速で飛びながらも宙で形を変形させ、盾を巻き込むように締め付ける。
そしてそのままものすごい力で舌を巻き取ってきて、ドワの手元から盾が剥ぎ取られた。
「くそ!」
ドワは思わず毒付くが、それ以上の余裕もなく目の前の蛙が前足を振り下ろしてくる。
避ける間もなくその巨大な爪がドワの兜を切り裂いた。
その攻撃の鋭さはレベル1の頃のドワなら即死に近いものだったが、今のドワならば十分に耐えれるものであった。
だがドワは急激に体が重く、嘔吐感が襲ってくるのを感じる。
「毒を受けた! だがまだ戦える!」
一度ヒューマの状態を見ていたので、毒だと予想したドワは全員に伝えると共に、まだ戦えることも申告する。
実際に体は重いが受けるダメージ自体は1ポイントずつである。高レベルになりつつあるドワにとっては戦闘は十分に継続可能であった。

「毒を受けた! だがまだ戦える!」
ドワの声を耳にしたノムは、反射的に用意していた呪文をキャンセルしそうになる。
だがノムも今までの失敗から成長をしていた。今することは回復ではなく、それ以上のダメージを防ぐこと。
気を取り直したノムは完成した呪文を蛙の集団に叩きつける。
ノムが唱えた呪文は『マニフォ/彫像』 敵1グループを固めて行動不可能にする呪文であった。
同じレベル帯に対呪文使い用の『モンティノ/静寂』と罠の判定に使う『カルフォ/透視』があるため、頻繁に使う呪文ではない。
だがこの状態であればベストの選択と言ってよかった。
不可視の力が飛び、4匹の蛙が座った状態で固まる。この状態であれば容易に攻撃が入るため、通常よりも高いダメージを与えられる。

次のターンではヒューマの指示で一同は全力で蛙とコヨーテの殲滅を目指した。
ボーパルバニーはまだ全て残っているが、まとめて呪文で倒したほうが効率が良いからだ。
ノムによって固められた蛙の内、まともにシンやヒューマの攻撃を受けたものは、大ダメージによって一撃で倒れるものもあった。
エルは優位な状況から虎の子のダルトは使わず、先程の考えを確かめるために蛙に向かって『マハリト/大炎』を唱えた。
マハリトが生み出す炎の渦は蛙達の中心で炸裂し、その体を焼き尽くそうとする。
これで元々傷を受けていた蛙は死に絶えたが、それ以外の2匹は煙を上げながらも生き残った。
(やっぱり濡れた皮膚の生物には火炎の効果は薄いのかしら?)
エルは今の手応えを今後の為に忘れないよう頭に刻みつけた。

生き残った二匹の蛙が、近くにいたユマに攻撃をしかける。
一匹が噛み付いてくる。だが焼け爛れた皮膚のせいかその動きは鈍く、ユマは余裕を持ってその攻撃をかわす。
もう一匹はさきほどドワに行ったように舌を飛ばしてくるが、やはりそのスピードは遅くユマは剣でその舌を切り飛ばした。
「Gigyaaa」
奇怪な声を上げ、舌を飛ばされた蛙はいきなり後ろを向き、部屋の反対側にあったもう一つの扉に向かって逃げ出した。
初めて見る行動に一同は気を取られる。まさか蛙のようなモンスターが逃げ出すとは思っていなかったのだ。
気を取り直したユマが反射的に走りながら追いかけようとした。
「待ちなさい! 逃がさないわよ」
だが、その考えずに行動した動きは無用心であった。
初めて見た蛙やコヨーテに気を取られていたが、眠らなかった四体のボーパルバニーはまだ無傷で残っていた。
このターンではじっと様子を伺っていたボーパルバニーは、他のメンバーから離れたユマをチャンスと見て襲いかかる。
4匹は連携をとって地面から、空中からと、その前歯の攻撃をユマに集中する。
危険に気づいたユマは慌てて盾で防ぐが、その内の一匹の前歯が盾の防御をすり抜け、ユマの首を刈り取った。
茶色のポニーテールを揺らしながらユマの首は宙を飛び、首を失った胴体は床に倒れこんだ。


今まで完全に優位に戦闘を進めてきた。怪我をしてる者もドワ以外はいない。
なのに一瞬の油断だけで、無傷の高レベルの戦士が簡単に死んでしまう。
これこそが『ウィザードリィ』の世界であった。


「キャァァァ!」
ノムの叫び声が部屋の中に炸裂する。
ドワとヒューマの二人も、目の前で死んでしまったユマを救えなかった衝撃から立ち直れていない。
しかしその中でも比較的冷静な人物が二人、シンとエルはこれからの対処方法を考えていた。
二人とも沸き立つ感情はあったが、シンはこれまでのいくつかの経験で、エルはその責任感でそれを押しつぶしていた。
あるいは前衛と後衛の違い、または善の性格と中立の性格の差であろうか。
何にせよ二人はこの戦闘を一刻も早く終わらせる事を考えていた。

前列に1人分の隙ができたことにより、シンは前列の壁として武器をククリと新しく購入した小型の盾に持ち替えて前線に立った。
横でまだ立ち尽くしている戦士たちに声をかける。
「ドワ! ヒューマ! 早くユマを助けるぞ! ウサギはエル、防御は俺に任せて生き残りを頼む」
シンの声に2人も気を取り直す。なんとか言葉の意味を理解してそれぞれが攻撃の態勢をとった。
残っている敵は蛙が1体、コヨーテが1体、バニーが1グループ。バニーの対処はエルを信じて残りに向かう。

エルはシンの声に我が意を得たりと頷く。
自分が考えていた通りの内容に、後の指示はシンに任せて全力でキーボードを呼び出し呪文を打ち込む。
完成した呪文はダルト。もし先程蛙に使っていたらユマは死ななかったかもしれない呪文。
若干の後悔が心を痛みつけるが、それを振りきって呪文を行使する。
「倒れなさい! 『ダルト/吹雪』」
出現した雪と氷の嵐は、バニーを完全に包みこみ即死させていく。
残ったのはちぎれ飛んだ死体と雪に埋まったバニーの死体が見せる膨らみだけであった。

それからドワとヒューマの2人は生き残った蛙達を完全に始末した。
ようやく息を付いた2人はユマの死体を見るが、あまりの凄惨さに思わず目を背けてしまう。
ここで動きを止めていたノムが、ゆっくりと動き出しユマの死体にふらふらと歩いていく。
その動作を見てヒューマは心を痛めるが、ここで何か違和感を感じた。
見るとドワも同じようで、ポツリとつぶやく。
「何か……おかしくないか?」
ゆっくりとユマに向かって歩くノムが、ボーパルバニーの死体の山のそばを通り過ぎる時にそれは起きる。
こんもりと膨らんでいた雪が突然動き出し、中から一匹のボーパルバニーがノムに向かって飛び出してきた。
誰もが膠着した一瞬。だが一人だけ動いた者がいた。
シンは予想していたかのように走りこみ、まだ空中にいるボーパルバニーをククリで胴体ごと真っ二つにした。
ちぎれ飛ぶボーパルバニーはそれで生き絶え、いつもの戦闘終了を知らせる小さな電子音が鳴った。

「シン、助かった。戦闘終了の合図が出ていなかったことに気づいていなかったよ……」
「防御は任せろって言っただろ。俺はずっとウサギを警戒してたから気づけただけだよ」
ヒューマの謝罪に、何でも無い事だと言わんばかりにシンは言葉を返す。
「危険な目にあわせてしまってゴメンね、ノム。やっぱり毛皮がある敵だと氷雪系の呪文は効きにくいのかな」
エルがノムに向かって悔しそうに言った。
ノムは驚きのあまり床に座り込んでいたが、やっと声を出す。
「シ、シン君、ありがとう。気が動転してて何も気づいてなかったです……」
「いいって、それよりも早く帰ろう。早くしないとユマが可哀相だ」
ノムに手をさし出して床から立たせ、ユマの死体を見ながら皆に告げる。
一同も同じ気持でユマの亡骸を見つめた。

それから一同はユマの死体を回収し、出現した宝箱も蘇生代のために開けてから地上へと戻ることにした。



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丸々戦闘シーンだけで1話分は初めてかな。大体6000字ぐらいといったところです。


以下のデータはワンダースワン版ウィザードリィのデータからの引用です。
PC版のオリジナルに忠実なステータスを持っており、ほぼ完全な移植作品になっているそうです。


●モンスターの最大攻撃回数  
麻痺・毒・石化・ドレイン・クリティカルの成功率は、攻撃回数が多いほど高くなります。(各攻撃毎に約 10%)

例えば最近出てきた敵の中では
ジャイアントトード 3回攻撃 毒持ち
ボーパルバニー   2回攻撃 クリティカル持ち
LV1 ニンジャ    3回攻撃 クリティカル持ち

もちろんこれらは攻撃が当たらないと発動しませんので、ACの値が重要になってきます。
またモンスターにも隠しパラメーターとしてST値による攻撃判定が行われており、STが高ければ当たりやすくなります。
よって、よく首を切られる印象があるボーパルバニーは、ST値が高いのかもしれません。

ただし攻撃時に最大で受ける可能性のダメージの多さはジャイアントトード>ボーパルバニー>LV1 ニンジャ
打撃力と能力の発動率でバランスを取っているようです。



[16372] 第30話  それぞれの夢
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/07/04 18:48


地上に出たシン達を迎えたクサナギは、死人が出ていることに対して驚いてはいなかった。
なんといっても地下3階は難易度が1階、2階と比べても格段に上がる。
敵の数も増えるし、特殊能力も当たり前のように使ってくる。
それに加えてあの迷宮の複雑さが追い打ちをかける。徐々に消耗させられ、帰り道さえ分からなくなることも多い。
クサナギはユマの死体を丁寧に受け取ると、衛兵にカント寺院に運ばせる手筈をとった。

それを見送ったシン達も一息ついてからすぐにカント寺院に向かう。
大通りの賑やかな街並みと比べて、閑静な建物のが多い場所にあるひときわ豪華な建物がカント寺院であった。
細かい意匠が施された豪華な門にはNPCの衛兵が立って見張りをしている。
その門から中に入ると、そこにはカントが既に立っていて、シン達を丁寧に迎える。
「皆様、お久しぶりです。もっともここに来られることが少ないのは良いことではあるのですが……」
カントは沈痛な表情をしながら、シン達に挨拶をしてくる。
前回の態度を忘れたわけではないドワやシンであったが、ユマのことが気がかりでそれどころではなかった。
代表してヒューマが挨拶を返し、用件を言おうとするが、途中でカントに遮られる。
「用件は先程運ばれましたユマ様の蘇生とお見受けします。その依頼で間違いないでしょうか?」
「はい、大事な仲間ですのでよろしくお願いします」
ヒューマはそう言って深々と頭を下げる。
「頭をお上げください。それが私達の責務です。全力で取り組みますのでご安心下さい。
 それで……ユマ様はレベル7ですので蘇生料が250G×7で1750G。これだけかかりますが御準備はよろしいでしょうか」
カントはヒューマの頭を上げさせた後、言いにくそうに料金のことについて説明する。

シン達は2階での探索とアイテムの販売でそれなりに所持金を稼いでいた。
特に2階ではボルタック商店で売っている店売りアイテムしか出なかったが、プレートメイルが売値350Gなど良い値で売れた。
全てはパピヨンによる鑑定のおかげであり、1階で稼いだ時と比べて格段に身入りが良かった。
メンバー一同は手持ちの所持金を出してヒューマに手渡す。それを数えてみると1700Gを少し上回るぐらいしかなかった。
「カントさん、申し訳ありません。今の手持ちが1700程度しかありませんが、すぐに用意して残りの分を持ってきますので
 ユマの蘇生を先にお願いできないでしょうか?」

神妙な顔でヒューマの話を聞いていたカントは、お金が足りないことを聞いた途端に表情が一変した。
「なんだと! 金が足りないだと!? 『ケチな背教者め!出て行け!』」
カントが憤怒の表情で大声で喚きながら片手を振ると、シン達は一瞬にしてカント寺院の敷地内から門の外まで飛ばされていた。
一同があまりの状況に呆然としていると、門から見えたカントが犬を追い払うようにシッシッと手を振っていた。
「テ、テメェ!」
真っ先にドワが切れて敷地に入ろうとするが、門の内側に見えない壁のような物があり、跳ね飛ばされて入れない。
それから全員で試すが誰一人入れない為、門のところに立っている衛兵に一同は話を聞いてみた。
すると蘇生代金を持ってくるまでは、ヒューマ達のパーティー全員が立入禁止に設定されていたことが分かった。

「はあ…… 君達がカント寺院の悪口を言っていたわけがやっと実感できたよ」
呆れたようにヒューマがドワとシンに言う。
「あいつ絶対おかしいだろ! あんなに態度が変わらなければいけない理由があるのかよ!」
「本当に意味が分からないぞ。普通に対応すればよいだろうに。なんで他の管理人もこれを許してるんだ?」
ドワとシンは前回のこともあって、なかなか怒りが収まらない。 

もっともちゃんとした理由はある。
このVRゲームでは原作を可能な限り忠実に再現したいという理由があるのだが、無論プレイヤーがそれを知るわけもなかった。

「それでどうするの? お金自体はあと少し足りないだけだから、本当に借りるか、何か売ればできそうだけど」
「そうだね、毒消しを1つ売るか、さっき3階で取れたアイテムを鑑定してもらってから売るぐらいかな」
エルとヒューマは現実的な相談をし始め、すぐに可能な毒消しを売ることに決まった。
それからヒューマがボルタック商店で毒消しを売り、NPCにお金を見せて話しかけると立ち入り禁止はすぐに解けた。
ドワとシンは禁止が解けるやいなや、中庭に立つカントに向かって突撃した。
前回と同じくドワが殴りかかるが、またもやカント寺院特製の呪文とやらの『カントフィック/無駄』が張ってあり、傷一つ与えられない。
そこにヒューマが歩いてきてお金の準備ができたことを伝えた。
すると先程の暴言を忘れたかのごとく、カントは真面目な顔をしてヒューマから蘇生料を受け取った。
「はい、確かにお預かりしました。それでは蘇生の儀式に入りますので皆さんもあちらにどうぞ」
どうやっても傷を負わせられない事が解り、シンとドワも半ば諦めてカントについて行く。

寺院の入口付近にある大きめの部屋には長い椅子がいくつも設置してあり、黙って座ってるプレイヤーの姿が見える。
軽度の治療――毒や麻痺の治療をする人が待っており、隣接した治療室での順番待ちをしていた。
さらに廊下を進み、寺院の奥の一室に一同は通される。他にも似たような部屋がいくつもあるが、今はプレイヤーの姿は見えない。
その部屋の中央には大理石のような材質の石の寝台が設置してあり、そこにNPCが運んできたユマの首と胴体が静かに横たわされる。
カントは一同に礼をしてから蘇生の儀式に入った。

「『ささやき』、『いのり』、『えいしょう』   『ねんじろ!』」

天に向かって高らかに唱えられた復活の呪文が終わると、ユマの死体が白い光に包まれる。
一同は固唾を飲んでユマを見つめていると、次第に光が消えていく。それからしばらくするとユマがゆっくりと動き出し、体を起こした。
「う……ううん。あれ? ここどこ?」
ユマのつぶやきを聞いたノムとエルは駆け出し、ユマに抱きついた。
「おかえり! 無事に帰ってきえくれて良かった!」
「おかえりなさいー ユマ、死なせちゃってごめんねー」
「え? えっと私…… ウサギが飛び掛ってきたところまでは覚えてるんだけど…… カント寺院ってことは私死んじゃった?」
まだ混乱しているユマに2人が交代で説明すると、やっとユマも事情がわかり、2人を抱きつき返してしばらくそのままでいた。 
それを少し離れたところで見ていた男性陣も、安堵で笑みを浮かべていた。

そしてさらに離れた所でそれを見ていたカント。
彼の表情もまたうれしそうなものであり、そしてそれは彼の嘘偽りない感情でもあった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ユマの復活を祝って遅くまで祝杯を上げていた一同は、翌日昼ごろになってようやくギルガメッシュの酒場に集まった。
全員集まったところで、朝食兼昼食としてギルガメッシュ特製のサービスランチを人数分注文する。
仮想現実とはいえ、定期的に食べる食事は冒険者の数少ない楽しみの一つであり、味覚もきっちり再現されている。
特に女性陣にとっては太る心配がない食事というものは、何者にも代えがたい価値を持っていたりする。
今でこそ各方面にVR技術が盛んに使われているが、初期の頃に一番利益を生み出したのは、食事を再現したデータ販売だとも言われている。

六人が食事を始めていると、厨房からシン達のテーブルまである女性が歩いてきて、柔らかい笑顔で声を掛けてきた。
「皆さんお久しぶりです。食事の方はいかがですか?」
声を掛けてきた人物は、この『ギルガメッシュの酒場』の主人であるジルであった。
この酒場兼食事処を運営する管理者で、出される食事や飲み物の基礎データをほぼ1人で作った人物である。
髪型は長めの髪を後ろで一つにまとめており、ふっくらとした体型で、人を落ち着かせるような雰囲気をもっている。
めったに厨房から出てこないため、シン達も初回の挨拶とそれから数回会ったぐらいであった。

ヒューマが礼儀正しく席から立ち上がり、挨拶を返す。
「ジルさん、こんにちは。お久しぶりですね。食事はいつものように美味しくいただいてます」
「あら、それは良かったわ。今日のランチは新作だったので皆さんの反応が気になっちゃって」
そう言ってテーブルの上に並べられた鶏肉を主体としたランチの様子をジルは確認する。
「いえ、見事なものですよ。新作と言われましたが、どこか懐かしいというか、舌に馴染んだ感じがする味ですね」
「おお、ヒューマさん鋭いですね。実はすでにデータとして存在するいくつかの料理から、色々抽出してアレンジしたんですよ」
ジルの説明では料理のデータは容量としてかなりの物があるらしく、あまり増やしすぎるとシステムに負担をかけるそうだ。
そこで改良する簡単な方法としては、データの一部を変えて味を甘いとか辛いとかに変化させることらしい。
今回ジルがやったのは、複数の完成された料理データから少しづつデータ抜き取り、調整と加工をして違和感がないように味を整えたそうだ。
説明すると一言で終わるが、VRを学んでいるヒューマ達にとってはどれだけの手間とセンスがあればできるのか、と驚かせるのに十分だった。
そのまま会話が弾み、女性陣からここまで凝ったデータを作成した理由を聞かれると、ジルは少し恥ずかしそうに話し始めた。
ジルの将来の目標としては、VRレストランを開くことがあるそうで、日々教授の丁寧な指導のもと学んでいるそうだ。
ここまで機材が整って優秀な人物が指導してくれる環境などそうあるものではなく、教授には感謝しているとのことだった。
最近は変人としてしか認識して無かった教授の意外な一面を聞いて、一同はあらためて教授を見なおした。

「あとは新しい試みとして、迷宮の中のモンスターを倒すとお肉が手に入って、料理の材料にできないかなと考えてます。
 自分で仕留めて自分で料理すれば楽しさも湧くんじゃないかなと思って。お肉が美味しく焼けたら楽しそうですよね。」
しかし次にジルが続けた言葉に、一同は一斉に押し黙った。
ヒューマが失礼ながら、と前置きしてから尋ねる。
「ジルさん。もしかしたら迷宮に入らずに、推薦枠とかで管理者になられました?」
「いえ、ちゃんと最終試験までクリアしましたよ。私、戦いながらいつも思ってたんです。捌きがいがありそうなお肉の子が多いなって」
「お肉……ですか」
尋ねたヒューマは、さらに予想以上の返答に呆然としながらつぶやく。
そのヒューマの表情と声に気がついたジルが、少し慌てながらさらに話を続けた。
「あ、もちろんお肉ばかりじゃないですよ。私も多少は栄養学も学んでますから、バランスには気をつけるつもりです。
 サラダに向いてそうな子や、煮こむと美味しそうな弾力がある体の子もいますしね。
 骨が多くて食べれる所は少ないですが、良いダシが取れそうな子もいますし。さすがに腐ってる子は無理でしょうけど」
いかにも楽しそうに語るジルを見て一同は確信する。
やはり教授に指導を受けるだけのことはあり、基本的には同類なんだと。


ジルが立ち去ってからは、シン達のテーブルの話題も自然に自分達の将来についての話題に変わっていった。
「ヒューマは前から聞いている通り、家業を継ぐんだよな?」
ドワの問にヒューマは笑顔で頷く。
ヒューマにとっては当たり前すぎる事実で、その為に幼い頃から自分を鍛えてきたつもりだった。
もちろん家業の会社に入っても平社員からのスタートであるが、それれも今後はVR技術がなければ会社でも役に立つことは難しい。
まずは自分の知識の習得、次に教授の教えの元で新しい技術にも精通したい。そこで教授とのつながりが出来ればさらに望ましい。

「そうだよな。じゃあユマとかはどうするんだ? 家業を継ぐのか?」
「親は望んでいるんだけどね。アタシも昔はその気だったけどちょっと最近変わったかな」
ドワが同じような環境のユマに話を振ると、ユマは多少戸惑いながらも話し始める。
「家の方は兄ちゃん達に任せて、アタシは仮想現実の方で剣道とか教えたいかなってね。前から考えてはいたんだけどさ。
 ほら、VRでの武術教室って今でもあるけど、すごくチャチなものじゃない? せいぜい型を教えれるぐらいで」
そこまで話したユマは目の前にあるコーヒーを一口飲んでからさらに続けた。
「だけどこの試験を受けてからは考えが変わったのよ。ここまで現実と同じ感覚が得れるなら、やる価値があるかなって。
 まあその為にはもっと勉強しないといけないし、やっぱりゼミに入らないとねって思ってる」
「へぇ…… お前も色々考えてるんだな。まあ俺も最近似たような考えになってきたかな。現実で道場開いたって門下生なんて少ないしな。
 趣味で覚えたVRだけど、せっかくだから俺にしかできないVR空手道場とか作ってみたいと思ってきてるな。
 実際にここの技術はすごい。立ち回りとか重心移動とかだって、なかなか現実との差が見つけられないぐらいだし」
ドワが宙を見ながら話すその姿を、一同は真面目な顔で見つめる。いつの時代でも若者が夢を語る姿はまぶしく映るものであった。

皆の視線が集中していることに気がついたドワが、少し顔を赤くして手を振りながら話を変える。
「なんで皆で見てるんだよ! もう俺のことはいいや。そういえばノムとかエルは将来何をするか決まってきたのかよ?」
「私はですねー 最近実験されている仮想保育園とか面白そうだなって思ってますよー」
「仮想保育園? 知らないな。どんな感じなんだ?」
「ほら、今って保育園って高いじゃないですか。それで完全監視型のVRベッドで子供さんを集めて保育園のようにお世話をするやつですね。
 子供に与える影響とか子育て放棄ではないか、とか賛否両論が出てますけどねー」
「うーん。仮想社会は大人じゃないと危険じゃないか? 今でも年齢制限とかあるわけだし」
「でも現実問題として保育園に通わせるお金が無い家庭も増えてるじゃないですか。特に養育支援の減少が続いてからは多いそうですよ。
 家で一人でお留守番をして育つほうが、私は害があると思います。もちろん安全性が確立されてからのお話ですけどね。
 その為に私でも力になれたらなーと思ってます」

普段はどちらかというと控えめなノムが熱弁を振るう姿は珍しく、一同は驚いた。
「そっか、じゃあノムもこれからだな。それでエルは?」
「私は…… 今すぐこの職業につきたいってのはないかな。みんなに比べて情けない話だけどね」
エルはそう言った後チラッとヒューマを見る。将来なりたいものならあるが、人前で言える話ではなかった。
「だから、進路としては大学院に進学するのも良いかなって思ってるわ。必要な時に役に立つようにね」
自分にとって大切な誰かが助けを必要とする時に、自分にその力が無い事ほど悲しいことはない。
少なくともエルはこの試験でその重要性を心から味わい、理解したのだった。

「そっか、そっか。エルは頭が良いからそれも良いかもな。あとは……シンか。お前はどうなんだ?」
ドワに問われたシンは言葉につまる。この話題が出てから考えていたが、どうにも皆のような答えが見つからない。
やりたい事――今のシンであればVRゲームだろうか。だがそれは進路とか、未来の将来像とは違う答えだ。
確かにVRゲームだけではなくVR技術全般に対する興味があったからこの進路を選んだ事は間違いない。
ただ、その学んだ技術でこうしたいという目的が見つかってないのだ。
シンはこのメンバーの中で自分だけが一人子供のような考えを持っていることに焦りを覚え、そんな自分が情けないとさえ感じる。
俺は何がしたい? 何が出来るんだ?
皆が見つめる中、シンは何かを言わなければと口を開こうとして――突然皆の目の前にウィンドウが開いた。

「これって! 前にもあった管理側からの報告のやつじゃないの?」
エルの声に一同もウィンドウの画面を見つめる。すぐに黒い画面が切り替わり、教授が姿を表した。

『冒険者の諸君! たった今2階の特典対象であった【ワーベア】が討伐された! Congratulation! なお討伐したパーティーには特典が与えられた』

それだけ流れるとウィンドウは前回と同様に自動的に消え、酒場にいた他の受講者達からどよめきが上がる。
「うわ! マジかよ! やっと2階に入れたと思ったのによ!」
「あーあ。結構探したんだけどなー どこのパーティーがやったんだ? 前と同じところだったら最悪だな」
「調子が良いところは良いわね。私達だとまだ1階がやっとなのに」

酒場のざわめきの中、シン達も今のニュースについて話し始める。
「クソッ、やられたな。2階には無いと思ったのにな」
ドワが悔しそうに話しだす。
「ああ、僕も無いと判断したんだが…… どうやって見つけたんだろうか」
「俺達って結構しらみつぶしに探したはずだけどな。あれを見つけるなんてどこのパーティなのかな」
シンとヒューマが話す中、エルが話に割り込む。
「普通に探しても見つけられなかったなら、何か条件があるとか。そのパーティを探して話を聞きたいわね」
「2階があったってことは3階もある可能性が増えたしね。2階の見つけ方が分かれば何かヒントになるかもしれないね。
 もしパーティが見つかったら、お金を渡してでも買ったほうが良い情報だと思う。皆はどうかな?」
ヒューマの意見はもっともなものであり、全員一致で可能であれば情報を買おうと決まった。
もっとも現時点では一同の所持金は100Gを切っている為、先に金を稼ぐことが必要であったが。

「情報を買うことには皆賛成なんだね。じゃあこれからの行動だけど、ユマの体調を考えて、今日は休みにしようと思う。
 明日から比較的安全な2階を中心に販売用のアイテムを集めようと思ってるんだが」
ヒューマが皆に提案するが、当のユマが反対した。
「ダメよ。私は全然平気だから今日から潜りましょう」
「しかし……」
「ヒューマ。さっきの皆の将来の話を聞いたでしょ? 実現させたいなら今は頑張るときよ。アタシは自分の為に潜りたいわ」
「ふう、分かったよ」
ヒューマは周りを見渡して、全員がユマと同じ意志を持っていることを見て同意する。
「じゃあプラン的には2階で良いね? 3階だと誰かが死亡したらもう蘇生代がない。毒消しはあるから麻痺にだけ気をつけよう」
ヒューマの決断に全員が席を立つ。

まだ大勢が騒いでいる酒場を尻目に、一行は迷宮に向っていった。





[16372] 第31話  意外な特典取得者
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4
Date: 2010/07/10 19:38
それから幾日かを過ごして、シン達は2階での資金稼ぎに励んだ。
2階では以前に比べてすれ違うパーティが増えてきていた。
ここにきてそれなりの数の他のパーティが2階に挑戦し始めているようだった。
それにともなってここ最近少なかった全滅救済のクエストが酒場に増えてきている。
1階で全滅するパーティは減ったが、代わりに2階で倒れるパーティが後を絶たないのだ。
シン達のパーティは『カンディ/所在』の呪文が使えるため比較的遭難の場所も特定できるのだが、懸賞金狙いと思われるのも嫌な話であり
結局頼まれたり、偶然見つければ助けるが、それ以外は積極的には狙っていかないことにしていた。
ヒューマ達の性格で言えば、全員助けてあげたい気持ちもあるのだが、試験という状況であれば可能な範囲でしかできないのだった。

また少し変わったことといえば地下1階への階段を降りてすぐの所に、冒険者がよく立っているのを見かけるようになった。
どれも6人パーティでは無く2、3人とかの人数で固まっており、場合によっては1人で階段に座っていたりしていた。
始めはトラブルかと思って話しかけていたが、向こうは逆に無言で睨んできたり、足早に離れていくため、理由はまだ分かっていなかった。

そしてこの資金稼ぎの間にも当然経験値は溜まっており、全員がレベル8に上がっていた。
戦士組はやはりHPが伸び、特性値もそれなりのものまで育っていた。
戦士にとって重要な特性値は主に3つ。力、生命力、素早さである。
力は近接攻撃のダメージと命中率に影響する。生命力はHPの成長率に直結する。そして素早さは攻撃の回避や、行動の順番などに関係する。
3人ともその特性値が平均以上に伸びていたが、特にヒューマの伸びが平均的によく、あと僅かなレベルアップでロードへの転職も可能なところまで来ていた。

スペルユーザー組も今回のレベルアップで特性値が伸び、また新たな呪文を覚えていた。
ノムなどはすぐにでもビショップになれるだけの特性値を得ていたが、まだクラスチェンジは早いと考えていた。
クラスチェンジをすると、今覚えている呪文の使用回数は激減するし、僧侶呪文の覚えるスピードも極端に遅くなるからだ。
言わば僧侶は専門職、僧侶と魔術師の療法の呪文が使えるビショップは万能職と言える。
局面によっても変わるが、現状の場合だとまだまだ専門職の方が有利だと思われたのだ。
実際に今回ノムが覚えた呪文はかなりの数になった。
レベル3帯の回復呪文の『ディアル/施療』、そしてその回復の反呪文であり単体攻撃呪文の『バディアル/征伐』
レベル4帯で念願であった解毒呪文の『ラツモフィス/解毒』、初のグループ攻撃呪文の『リトカン/炎塔』などである。
これがビショップであれば、同じ経験値でもまだレベル2帯の呪文を覚えたかどうかというところであろう。
エルが新しく覚えた呪文はレベル4帯のグループ攻撃呪文の『ラハリト/炎嵐』一つだけだった。
だがこれで『マハリト/大炎』を超えるダメージの攻撃呪文で、氷と炎の二種類を使い分けることが可能になったのは大きかった。

その日の探索を終えてシン達は酒場で体を休めながら明日からの計画を練る。
資金も貯まり、レベルも上がったので明日は休日として明後日からはまた地下3階に潜る事を決心していた。
そのまま皆で談話に耽っていると、迷宮から帰ってきたナオト達が同じテーブルにやってきた。
ここ数日は会う機会もなかったが、お互いに元気な姿を喜び合った。
席を空けて、全員が座ってから情報交換をしていると、そのうち話が2階の特典の話になった。

「しかしどこで見つけたのかな。今だに誰のパーティが見つけたのかも話題にもなってないし」
「うん。そろそろ3階に再挑戦したいし、それまでにヒントでも分かればいいな」
ヒューマとシンの会話にユマも自分の考えを述べ始めた。
「話題に出ないならアクツの所じゃないわよね。あそこって1階の時は結構吹聴してたらしいし」

シン達はひとしきり特典の話題で意見を出し合っていたが、ナオト達は誰も話題に乗ってきていなかった。
見るとパピヨンやクレオ達が、しきりにナオトに対して肘でつついたり、無言で合図を送っていた。
その動きに気づいたシン達も話すのを止め、ナオトを見つめる。するとナオトが一つため息を吐き、口を開き始めた。

「あー、最初に言っておくけど隠してたわけじゃないんだ。たださ、なかなか言うタイミングがなくてな。
 実は地下2階の特典を取ったのって俺達なんだよ。一応内緒にしておいてくれると有り難い」
「「え!」」
シン達はギョッとした顔をしてナオト達を見つめる。

ヒューマが代表して疑問を尋ねた。
「いや、僕らも隠してたとは思ってないよ。だけどまさかこんな近くに特典取得者がいたとはね……。良かったら話を聞かせてもらえるかな?」
「もちろん話すさ。協力しあうって約束した以上、隠すことはしないよ」
そう言ってナオトはこれまでの状況を話し始めた。

「俺達もレベル5になって地下2階に挑戦してた時に、地図を作るためにあちこち探索しててさ。そのうち変なメッセージが出たんだよ。
 明かりがない時は気をつけろ、みたいな内容だけどな」
「ああ、僕らもそこには行ったよ。先に落とし穴があるところだよね。うちはシンが見つけてくれて罠は避けられたけど」
ヒューマの言葉を聞くと、ナオト達のパーティでシーフを担当しているラズがなぜか急に下を向く。

「そうそう、そこだよ。それで俺達は……その……その落とし穴に全員で突っ込んじゃってな。
 なんていうか……隠された宝が! ってノリで。明かりが無いと宝に気がつきにくいから気をつけろって意味かなーって」
「何言ってるんですか。あなたがいきなり走りだすから、皆心配して追いかけただけですよ」
ナオトの言葉に、パピヨンが少し恥ずかしそうに付け加える。
相変わらず無謀なことをするわねと、呆れながらユマが感想を述べる。

「それで全員が穴に落ちて、気がついたら穴の奥に敵がいたんだよ。ワーベアって名前で二本足で立つ熊が1匹いてな。
 毒と麻痺を持ってて少しやばかったけど、1匹なのが幸いして何とか倒したら、教授が出てきて特典をくれたんだ」


ワーベア(WERE BEAR) 本来地下4階に生息するモンスターであり、名前の通り狼男などと同じ半人半獣のモンスターである。
不死身性こそ無いが最大HPは40にも達し、同階でも屈指のタフネフさを誇る。また最大出現数も8体と比較的多い。
また前足による強烈な一激を放ち、その爪には毒と麻痺能力がある為、地下4階に入りたての冒険者には強敵として立ち塞がる。
余談であるが、同じ4階には獣人のワーラットも存在する。ただしこちらは冒険者の得物にすぎない程度の強さしか無い。


ナオトの説明に、シン達は何とも言えない心境になる。まさか罠に引っかかることで特典が出るなど考えもしなかったからだ。
特にシンは良かれと思った行動が裏目に出たことに頭をかかえる。

「いやはや何ともすごい話を聞いたよ。やっぱり僕達のパーティではどれだけ頑張っても2階の特典は無理だったね」
「そうね。聞いた時はびっくりしたけど、特定のパーティだけが先に攻略して特典を取らないようにバランスを取ってるようね」
ヒューマの感想にエルも口添えをした。
「やっぱりそう思うよな。俺達はあまり後先考えずに動くところがあるから、損もするけど今回は得をしたってとこかな」
「ナオト、後先を考えてないのは君だけですよ」
ナオトの言葉にパピヨンがすかさず訂正をした。そのテンポの良さにテーブルに少し笑いが起きる。
「ナオト君、貴重な情報をありがとう。それで……特典の内容は口止めされているんだよね?」
ヒューマの質問にはナオトではなく、パピヨンが答えた。
「いえ、それが僕も気になったんで教授に確認したんだが、話しても構わないってことでね。話す権利も特典の内だって笑ってました。
 まあ普通は細かい情報までは他人に教えるところも無いでしょうけどね。もちろん僕らはヒューマ君達には全てをお伝えしますよ」

そしてシン達はパピヨンの口から特典の詳細について説明を受けた。
「サイコロか…… この試験って何か運とか、偶然とかにこだわってる印象をうけるね。考え過ぎかな?」
「上野教授が考えることだしな。あまり意味はないかもしれないぞ」
ヒューマとドワがそれぞれ感想述べる。
「それよりも! ナオト達は何人ぐらい特典を取れたの? どんな特典だった?」
ユマが好奇心一杯に目を輝かせてナオトに尋ねた。
「ユマちゃんは相変わらずだな。ええと取ったのは5人だな。で、特典の内容は……ああ、それぞれが答えたほうが早いか」
「5人! なんか多くない?」
ユマが予想より多い人数に驚く。
「ああ、初めの基準の出目が低かったんだよ。1だったからな。さすが俺様」
「なにが俺様ですか。バカ様でしょう。ラックが高いクレオが振るって皆で決めてる間に勝手に振ったくせに。
 まあ、あなたの運の低さがこの場合はたまたま良い結果がでましたけど、次やったらもう回復しませんからね。野垂れ死にしなさい」
胸を張るナオトに、パピヨンがすかさずきつい言葉を入れた。ここのパーティはリーダーが一番地位が低いように見える。
 
「そ、それで特典の内容を教えてもらっても良いかな」
ヒューマがなだめるように話の先を促す。
「それもそうですね。ではまず私から」
パピヨンが咳払いをひとつすると、話し始める。
「私はスキルで、『ボルタックの目』というスキルでした。鑑定の時に使用すると、詳細な内容まで判別できるそうです。
 1日に1回だけという限定条件がありますけどね。もう二度使いましたが、役に立ちましたよ」
ヒューマには、ビショップのみが使える鑑定のスキルが強化されたことから、当たりだろうと想像された。

「じゃあ次は私が紹介します」
中立が揃ってるナオト達のパーティの中で、唯一の善の性格を持つ女性僧侶のクレオが話し始める。
「私はスキルではなかったんですが、新しい呪文をいただきました。レベル3帯の呪文で『ダルクレア/冷雲』というものです。
 あまり強くはないんですが、1度唱えると1グループに継続してダメージを与え続ける効果がありました。
 1階の敵だと全員が2回目の行動する頃には倒せましたね。長い戦闘では役に立ちそうよ」
「えー、呪文ももらえるんですかー」
同じ僧侶のノムは、かなり興味を持ったようで身を乗り出して確認する。
「ええ、今回呪文をいただいたのは私だけですが、教授の口ぶりだと他にもありそうでしたよ」

ヒューマ達が初めて聞く特典の内容に驚いていると、シーフのラズが手を上げた。
「まあ、正直すごいと言える特典はこの2人だけなんだけどね。じゃあ次は私が紹介するね」
そう言ってラズはアイテムスロットから何かを取り出して、テーブルに置いた。
「ジャーン。これが私がもらった武器でクロスボウって名前です! 迷宮の宝では手に入らない特別武器だって教授は言ってたよ」
テーブルに置かれたそのクロスボウは、分厚い金属でできた台座に弓が横についてるような形をしていた。
シンが持っている小型の弓よりも弦が太く、見るからに威力が高そうなフォルムをしている。
「これって、シーフでも装備できるの?」
「うん、できるよー。それで威力もすごくて1階の敵だと1発で倒れるぐらいだよ」
シンの疑問にラズが答えるが、話を聞くかぎりではかなり優秀な武器にシンには思えた。
「これでもすごい特典じゃないの?」
「うん。実は種明かしをすると、これって戦闘中に1回ぐらいしか使えないの。1発撃つと、横についてるハンドルでこの弦を巻くんだけど
 すごく時間がかかるから、巻き終わる頃には大抵戦闘が終わっちゃうんだ」
ナハハと笑いながら答えるラズに、シンは成程、確かに微妙なところだと思う。
一発の攻撃で初回から敵を倒せれば、その後の戦闘が楽になる。だが止めをさしたり等、臨機応変に対応することはできない。

次に赤毛の髪をした女性で戦士のマリーナがすでに装備していた剣、『ドラゴンスレイヤー』を紹介してくれた。
「これはさ、何か名前が凄そうじゃない? でもパピヨンにさっきのスキルを使って調べてもらったら微妙な感じでね」
パピヨンの説明によると、竜系へのダメージが倍になり、さらに竜系の攻撃を緩和する力が備わるらしい。、
「それだけでも僕には凄そうに思えるんですが」
ヒューマの言葉にシン達も頷くが、通常の攻撃ではロングソードよりちょっと強いぐらい程度らしく、そこまで違いを感じないとのことだった。
「それに竜?ドラゴンでもいいけどまだ出会ったことも無いしね。役に立つかは今後次第かなって」

最後の特典は戦士のラオという男性だった。
割合大柄な体格だが非常に無口な人間で、ヒューマ達もほとんど話すところを見ていないぐらいだった。
パピヨンの説明では、ラオもスキルを得ていて『ブレスダメージ緩和』というものを得たらしい。
「ブレスってあれか、あの面倒なコインが吐いてた息の事か?」
「そうだと思うんですよ。でもほとんどダメージを受けない攻撃ですからね。何の役に立つやらって皆で話してます」
ドワの声にパピヨンが苦笑しながら答えると、ラオも頷き、同じ様に感じていたらしい。

「これで5人だから…… もしかして取れなかったのってナオト?」
ユマが確認するように尋ねると、パピヨン達5人が一斉に我慢しきれないように笑みをこぼす。
「そうなのよ。ナオトったらまた1を出しちゃってさ。どれだけ運が悪いんだか」
ラズが笑いながらナオトの肩を叩く。ナオトは何も言わず、ふてくされた表情で手に持つエール酒を飲み干していた。
それからしばらくの間ナオトを酒のツマミとして話は大いに盛り上がり、12人の冒険者は楽しい時間を過ごしていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


1日の休日を過ごしたあと、シン達は3階への再挑戦を初めていた。
レベルが上がった事と、慎重な行動を心がけた探索で、死人は出さずに少しづつ迷宮の地図の塗りつぶした部分を広げていく。
そしてかなりの期間を費やした結果、ある程度3階の攻略は終わっていた。
出来上がった地図は、通路が均等に縦横に伸びており、その通路に挟まれた部分が全て玄室で構成されていた。
全ての方向の通路はそれぞれがつながっており、無限にループをしている。地図なしではとても生きて帰れないような、まさに迷宮だった。
3階にもある程度の数のパーティが下りてきており、シン達も全滅した数組を救出している。

また玄室が多い分見返りも大きかった。玄室の敵を全滅させるとほとんどの場合は宝箱が出現する為、アイテムの入手数も自然に増えていた。
シン達はその宝箱から、いくつかの魔法のアイテムを手に入れることに成功していた。
戦士が着る鎧の中央部分に大きく「益荒男」と書かれた無骨ながら防御力が高そうなプレートメイル+1が二つ。
鈍い色の鎖が綺麗に磨かれ、光を放っている鎖かたびら+1が一つ
より薄いにも関わらず、革の表面がとても硬くなっている革鎧+1を一つ手にいれていた。
またドワがすでに持っていたシールド+1。これをもう一つ見つけることができた。
それぞれが通常の物よりACが-1ずつ良くなっており、これでメイジのエル以外は全員の防御力が上がることになった。

そして武器の方でも収穫があった。
通常のそれよりも根元が細いが、見ただけで切れ味が高そうであり、剣先まで綺麗な直線を描くロングソード+1。
長さは80cm、頭部は重く丸い球体でできており、当たればかなりの破壊力があるだろうと思われるメイス+1。
それぞれが今まで使っていた剣よりも攻撃力がありそうだった為、ロングソード+1がユマ、メイス+1がドワが持つことになった。
その他にも幾つかの魔法の飲み薬や、巻物を手に入れており、これらは売った分以外はシンが持つことになった。
またアクセサリーも一つ入手した。パピヨンに頼んで鑑定してもらったところ『宝石の指輪』という名前であった。
これは『デュマピック/明瞭』の呪文が封じられており、使用者の現在位置を知ることができた。
また何回使っても壊れない為、3階の探索の途中でこの指輪を手に入れてなければ、3階の地図を作るのはもっと時間がかかったと思われた。

だがこれだけの成果にも関わらず、シン達はいまだに3階の特典を発見することはできないでいた。


今日もシン達は3階の探索をしていたが、玄室の敵を全滅させたあとしばらくキャンプを開き休息を取ることにした。
「しかし2階と同じでイベントが見つからないね」
「ああ、3階の地図が完成したって言うのにな。2階があった以上、地下3階にも特典がある可能性は高いよな」
ヒューマとドワの会話にシンも意見を出す。
「また何かしらの条件がいるんだろうな。1階がイベントモンスターで2階が落とし穴、基本を学ばせる行動で特典が起きるなら……
 この3階の特徴だと迷路だからその辺に秘密があるのかもな」
それからメンバー一同で色々と推測していると、突然皆の前にあのウィンドウが出現した。

「3階の特典が出たのかしら……」
エルがそうつぶやき、一同はウィンドウから出るであろうメッセージを待った。
しばらくすると教授が画面に現れ、話し始めた。

『冒険者の諸君、元気に探索をしているかね。今回のメッセージは特典の知らせではないが、ある重要な告知をさせてもらう』
そこで少し区切った後、教授はまた話し始めた。

『現時点であるパーティが地下4階の探索を開始し、そこで初めての戦闘に勝利した。これはいよいよ諸君の探索が中盤戦に突入したことを示している。
 この地下4階はこのゲームにおいて重要な位置を占めており、ここで君達は探索の結果ある場所である物を手に入れるだろう。
 そしてそのある物を守護する敵がいるのだが、この敵は今まで戦った敵に比べて段違いに強く、君達は簡単に全滅をすると予想される』

「物騒なことを言いやがる」
教授の言葉にドワが吐き捨てるように言った。

『よって通常全滅した場合に死体はその場に残るが、この敵に限り死体はその近くに運ばれる事とする。これは2次遭難を防ぐ為の処置だと考えて欲しい。
 もちろんその死体の救出が遅れれば、死体自体が無くなることは同じであり、この場合はロストとして試験は失敗となる。
 このように最低限の安全は運営で確保しておいた。君達は安心して挑戦し、全滅することができる! 話は以上だ、健闘を祈る!』

話し始めた時と同じく、ウィンドウは唐突に消え去り、迷宮は先程までの静けさを取り戻す。

「何が安心して全滅をすることができる、よ。全滅するように作った奴が何を言ってるんだかね」
ユマが首を振りながら呆れたように言った。

「さてと、地下4階には余程大事な物が隠されているらしいね。しかももう挑戦し始めているパーティもいるらしいが、僕らはどうする?」
ヒューマの問に一同は顔を見合わせる。
やがてユマとドワが話し始めた。
「行くしか無いよね。このまま地下3階で特典を探すよりも、地下4階の方が重要ぽいし」
「ユマの言うとおりだな。わざわざ告知するぐらいだから特典も取れそうだしな。問題は……今の俺達でいけるかどうかだが」
その問題が一番心配な事であり、しばらく一同はその点について話しあった。

「やっぱり一度は戦闘してみないと分からないわね。4階で勝ったパーティもいるんだし今からでも行ってみる?」
「うーん、今日は呪文の回数が心もとないですねー 安全を考えて明日からが良いと思いますよー」
エルが強気に発言するが、ノムが現状を踏まえて反対した。

それから相談した結果、今日はこのまま3階で戦い、明日から地下4階でまずは敵と一戦してみようという方針に決まった。

次の玄室に向かう一行の中で、シンは一人考えていた。
(中ボス……なのかな。あの話の通りの強さならまた死人が出るのか……)


そしていよいよ舞台はウィザードリィ最大の山場、地下4階に移っていくのであった。




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やはり横書きでは詰まった文章は見にくそうなので、ある程度のセリフの前後に区切りとしてまた改行を入れ始めました。


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