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[183] EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:18
「…………あれ?」

 車を運転していた男はそう言ってブレーキを踏む。

 キキッと軽く音を立てて車は停車した。

「……ここ……どこ……?」

「…………………………」

 運転していた男は呆然と呟き、隣の助手席に座る男は無言を持って答えた。

 彼らの目の前には、無限の荒野に赤黒い空という、いかにも終末的な景色が広がっていた。




















 深緑に塗装された車の左右のドアが同時に開き、2人の男が降り立った。

 右の運転席側から降りた男は、年齢25~30歳くらい。

 身長180cm前後の無駄な肉のない引き締まった体。
 
 頭は少し茶色いサラサラした髪を中わけに。

 顔はやや軽薄そうな美形。

 どこか陽気ないたずら小僧のような雰囲気を纏った人物であった。

 左の助手席側から降りた男は、同じく年齢25~30歳くらい。

 身長190cm前後のこれまた無駄肉の無いガッチリした体型。

 頭は針金のようにツンツンした黒髪直毛を短くまとめあげている。

 顔は鋭い目つきをした仏頂面ながらもその造りはかなり整っている。

 全体的にハードボイルドなイメージを持った人物であった。

 2人は同じ色、同じデザインの服に身を包んでいる。

 緑と茶の独特のマダラ模様をした上着とズボン。

 いわゆる軍服というやつである。

 見れば彼らが乗っていた車も軍用車両のようである。

 そう、彼らは日本国陸上自衛隊に所属する自衛官であった。

「はてさて。こりゃあどーゆーわけだ?」

 茶髪の自衛官が辺りを見回しながら軽い調子で口を開く。

「俺たちはさっきまで演習場に向かって車を走らせていた。俺たちの車の前後には当然仲間の車もいた」

 彼は今の状況になった経緯を順序立てて思い出していく。

「で、ふと気がついたら周りの景色が激変していて、一緒に走っていた仲間の車も消えちまっていたと……」

 沈黙。

「……って、わけわかんねーよ!」

 ひとりノリツッコミをする茶髪の自衛官。

 対して、黒髪の自衛官のほうは無言状態。

「そもそもここは日本か? 『戦国自衛隊』よろしくタイムスリップでもしたか? 謎の光や霧とかに包まれるような前触れや演出もなく?」

「………………」

「夢……でもないな。それにしちゃリアルすぎる」

「………………」

「『どっきり』……はないか。上が撮影の許可出すわけがない」

「………………」

「おい。おめえも黙ってないで何か言えよ」

 茶髪の自衛官は無言を続ける相方に話を振る。

 すると、黒髪の自衛官は見かけのイメージに違わぬ、低いトーンの渋い声(ヴォイス)で喋り始めた。

「……ふむ……この状況は……」

 そう言いながら彼は、ポケットから煙草の箱を取り出す。

 箱から煙草を1本取り出して口にくわえつつ、次に銀色のライターを取り出す。

 カチン シュボッ

 ライターを着火し、そこにくわえた煙草の先端を持っていき、軽く息を吸って火を灯す。

 カチン

 煙草に火が灯るとライターの火を消し、煙草の箱といっしょに再びポケットにしまう。

 ふぅぅぅぅー

 深く飲み込んだ煙を一気に吐き出す。

 彼の目の前が紫煙で覆われる。

 その一連の動作はやけに様になっていて、映画やドラマのワンシーンのようであった。

 煙を吐き終えると、彼は先程の台詞の続きを言った。

「俺に分かるわけないだろう」

「だったら思わせぶりな喋り出しするな!」

 少し期待して聞いていた茶髪の自衛官が文句を言う。

 すると黒髪の自衛官は目だけ茶髪の自衛官に向け。

「では、お前には今のこの状況が分かっているのか?」

「いや、だから分からないからお前に聞いたんだが?」

 何言ってんだこいつと茶髪自衛官が答える。

 すると黒髪自衛官は得意気に。

「それみろ。自分でも分からないことで人に文句を言うな」

「はあ? なんだそりゃあ?」

 微妙におかしな会話展開に茶髪自衛官が脱力した感じで言う。

 黒髪自衛官は目を再び前方の景色に向けながら煙草を吹かしている。

「ったく、このハードボイルド天然め」

 茶髪自衛官は文句を言いつつ車のボンネットに腰掛け、胸ポケットをまさぐる。

 そして取り出したのは、コンビニやスーパーでも売っている、ごく普通の板チョコであった。

 チョコを包んでいる包装紙と銀紙を破き、露出したチョコにかぶりつく。

 しばし、パリパリとチョコを噛み砕く音と、煙草の煙を吐く息音のみが場を支配する。

 その間2人は、ボーと目の前に広がる末世的な景色を眺めていた。

 やがて黒髪の自衛官が、短くなった煙草を地面に捨て、足で火を踏み消しつつ口を開いた。

「さて、そろそろ行くか」

「(パリパリ……ポリ……んぐ……ごくん)行くって、どこへ?」

 チョコの最後の一欠けらを飲み込み、茶髪の自衛官が訊ねる。

「ここでじっとしていても仕方あるまい。普通の遭難とは違うのだからな」

「……ま、確かにな。どう見ても俺たちがいたのとは別の世界っぽいし」

「ならばここがどこか調べるためにも、とりあえず行けるところまで行ってみるしかなかろう」

「だな。幸い……と言って良いのか分からんが、燃料満タンの車もあることだしな」

 そう言って茶髪の自衛官は、自分が座っている車のボンネットをバンと掌で軽く叩いた。

「武器と食料もな」

 黒髪の自衛官が付け加える。

「ああ……しっかし、こんな訳の分からない状態に遭遇しているってーのに、全然動じねーのなお前」

 茶髪の自衛官は感心とあきれの混ざった顔で言った。

「そう言うお前も、いつもと変わらないようだが?」

「まーね。パニクったところでどうにかなるって訳でもないし……」

「マイペースなやつめ」

「お前が言うかね」

 そうして2人は再び車に乗り込み、昏(くら)い空と荒野が合わさる地平線に向かって走り出した。




















 無人の荒野を疾走する車。

 軍用車両だけあって、かなりの悪路も問題なく走破していく。

 あれから一応、車の無線で連絡を試みてみたが。

 予想通りというか、無線はどこにもつながらず、ザァーという空しい音が流れるのみであった。

「あーあ、元の世界じゃ今頃大騒ぎだろうな?」

「現役自衛官2人が武器を積んだ車ごと失踪したのだからな」

「こりゃマスコミや平和団体がうるさいぞ。ただでさえ例の海外派遣で波紋を呼んでるってーのに」

「タイミングが悪かったな」

「なーんか無事帰れたとしても、碌な事がなさそうだな」

「懲戒免職くらいは覚悟しておくべきか」

 車中での会話内容は結構深刻にもかかわらず、彼らの口調は極めて軽い。

 まるでどうでもいい雑談をしているようだ。

 いきなり変な世界に飛ばされても動じないだけあって、なかなか太い神経を持っている。

 ちなみに2人の会話の様子は、だいたい茶髪が話しかけ黒髪が相槌を打つという形だ。

 黒髪の自衛官は口数が少ないようである。

 しばらく走った頃だろうか、その口数の少ない彼から今度は口を開く。

「……臭いが強くなってきたな」

「臭い? ああ、この世界に来た時から臭っている……」

 茶髪の自衛官が顔をしかめる。

 この世界には、ある臭いが充満していた。

 今その臭いはどんどん強くなっている。

 つまりそれは進む先に臭いの元があるということ。

「何なんだろーね。この鉄が錆びたよう臭いは?」

 どこか白々しいトーンの茶髪の台詞に、黒髪が即答した。

「血の臭いだ」

「…………お前ね。人がせっかく触れないようにしているのに……」

 非難めいた目で黒髪を見る茶髪だが。

「そうだったのか? さっきチョコをばくばく食っていたから、気にしていないのかと思ったのだが」

「む……」

 確かに血の臭いの中で物を食っておいて、今さら気にするも何もないだろう。

 というより、彼の神経を疑うべきか?

 そして……

「ん? あれは?」

 前方に何かが見えてきた。

「………………ッ!」

 それが何か分かると、運転をしていた茶髪自衛官は思わず車を止めた。

 2人は前方に見えるものを凝視する。

「…………海だ」

「ああ」

 茶髪が呆然と呟き、黒髪が相槌を打つ。

「『赤い海』だ」

「ああ」

 そう。

 今2人の目の前に広がっている海は、血のような赤い色をしていた。

「まさか…………」

 茶髪自衛官がわなわなと言葉を紡ぐ。

 彼は分かった。

 分かってしまった。

 今いる場所がいったいどこなのか。

「まさか……ここは……」

 そう、『赤い海』というキーワードで導き出された答えは。














































































































「『羽生蛇村(はにゅうだむら)』なのか!?」










 ……………………いや、違うだろ。

「どうやら俺ら、ゲーム『サイレン』の世界に来ちまったみたいだぞ」

「おい」

「やっべー、屍人に襲われちまうよ。こりゃさすがに焦るぜ」

「おい」

「すぐさま武器と弾薬のチェックを「おい!」……なんだよ?」

 話の腰を折られて茶髪が黒髪を睨むが。

「ここは『サイレン』の世界じゃない」

「なぬ?」

「確かに『赤い海』と言ったら、今は『サイレン』が一番旬だろうが、『羽生蛇村』にあんなものはないだろ?」

 そう言って、黒髪の自衛官は赤い海の向こうを指差した。

 茶髪の自衛官は指差さされたほうに目をやる。

「おおっ……!?」

 そこには山ほどもある巨大な真っ白い少女の生首が、顔を半分にかち割られた状態でころがっていた。

「『赤い海』と言えばもう1つ、社会現象にまでなった有名なアニメがあったろ」

 驚いている茶髪に黒髪が声をかけた。

「……そっか。ここは『新世紀エヴァンゲリオン』劇場版完結編のラストシーンか」

 茶髪自衛官はポンと手を叩いて納得すると、その顔は見る見る苦いものとなる。

「つまりここは、専門用語で言うところの『EOE』の世界ってやつ? 『サイレン』の世界よりひでーじゃねーか」

 茶髪自衛官はゲンナリと言った。

 それもそのはず。

 この世界。

 公式には謎だが、とある少年少女の2人を残し、全ての生物が消滅しているだろうというのが通説だからだ。

「何もかも終わっちまった世界に来てもなあ。はっきり言ってどうしようもないぞ」

 茶髪の自衛官はハンドルに顎を乗せてぼやいた。

 どうでもいいがこの2人、外見に似合わず結構オタクのようだ。

 少ししてから黒髪の自衛官が訊ねる。

「……で、どうするんだ?」

「んんーどうすっかねえ……」

 茶髪の自衛官は少し考えるふうにしてから、ピンと何か思いついた顔をして言った。

「せっかくだから、『碇シンジ』に会いに行くか!」



[183] Re:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/07 23:16
「~♪」

 茶髪の自衛官は運転しながら歌を歌っていた。

 曲は’97年夏公開のエヴァ劇場版『THE END OF EVANGELION』テーマ……ではなく。

 その前の’97年春に公開した劇場版『シト新生』のテーマ『魂のルフラン』

「心よ原始に戻れ~♪」

 ……でもなく、そのシングルCDカップリング曲『心よ原始に戻れ』であった。

 なかなか渋い(?)選曲をする男である。

 現在、車は、赤い波が寄せては返す海岸線を走っていた。

「楽しそうだな」

 歌が終わったタイミングで黒髪の自衛官が話しかけた。

「そりゃまあ、このくそったれな状況で唯一の楽しみができたからな。

 例えるなら、後楽園遊園地にヒーローと握手しに行くガキの気分?」

 茶髪の自衛官は本当に楽しそうな笑みを浮かべて言う。

 次いで顔を引き締めながら。

「それにだ。俺たちが元の世界に帰れるとしたら、その鍵を握っているのはおそらく奴だ」

「……確かに、その可能性は高いな」

 茶髪の考えに黒髪は頷いた。

 そして。

「……ところで、碇シンジのいる方向はこちらで合っているのか?」

 彼は先程から気になっていることを聞いた。

 現在走っているルートは、当然運転をしている茶髪が決めたものだ。

 やけに自身満々に走ってはいるのだが。

「うん? テキトー」

「……なんだと?」

 茶髪の答えに黒髪が眉毛をぴくりと動かす。

「だーいじょぶだって。ここって間違いなく映画の最後に出てきた付近だろ?」

 ほら、と言って窓の外を流れる景色を見るよう促す。

 そこには確かに映画の最後に見たシーンがあった。

 機能停止し石化した量産型エヴァが、まるで墓標のように赤い海面にそびえ立っている。

「海岸線沿いに行けば確実に会えるって。景色が変わっても会えなきゃ、逆走すればいいんだし」

 茶髪は自信満々に言った。

 確かに彼の言うことは理にかなっている。

 だが、穴もある。

「……碇シンジがあの場から移動していたら?」

「あ!」

「おい」

 どうやらその可能性は考えていなかったらしい。

 車中に気まずい沈黙が訪れる。

 沈黙を破ったのは茶髪であった。

「いやいやいや! 野郎の性格からして、絶対まだあの場で体育座りして、いじけているはずだ!」

 気を取り直し彼は断言した。

 そしてなぜか格好つけた感じでこう付け加える。

「なんていったって『碇シンジ』だからな」

 無茶苦茶である。

「………………………………………………それもそうだな」

 黒髪は呆れてそう言った……のではなく本気で納得してしまっていた。

 一見、対照的な2人だが、思考パターンは似通っているようだ。

 そんなこんなで海岸線を進んで行くと。

「お? お、お、お! 『赤い海で発見!! シンジっち』!」

 茶髪が昔流行った携帯ゲームのパチモンのような名を叫んだ。

 現在前方数百m先には、こちらを驚いた風に見て佇む人影1つ。

 遠目からも学生服の夏服を着た少年であることが分かった。




















 ブレーキを踏んで車を止め、ギアをニュートラルに入れ、サイドブレーキを引く。

 エンジンは何かあった時のために切らずに、自衛官2人は同時にドアを開けて降車した。

 ジャリ

 軍靴が音を立てて砂浜を踏みしめる。

 2人の視線の先には中学生くらいの少年が1人。

 美少年……と呼ぶには少し荷が重いが、そのやや中性的な顔立ちは平均よりも十分整っている。

 彼はこちらを、驚きと怯えがブレンドされた表情で見たまま立ち尽くしていた。

    この容姿にオドオドした態度……

    碇シンジだ!

    間違いない!

 自衛官2人は同時に心の中で某漫才師のような台詞を吐いた。

 ふと、彼らはシンジの足もとに目をやる。

 そこには、オレンジの液体にまみれた、赤いプラグスーツが落ちていた。

「やはり惣流・アスカ・ラングレーは駄目だったか」

「ラストのあの状態では無理もない」

 茶髪の自衛官の口からアスカの名前が出ると、シンジと思しき少年はビクンと体を震わせた。

 そして恐る恐る口を開く。

「あ……あの……」

 声をかけられ、2人の自衛官は地面のプラグスーツから視線を上げた。

「ん? ……っと、ああ悪い悪い。えーと……碇シンジ君……だよね?」

 十中八九間違いないだろうが、茶髪の自衛官は一応確認をする。

「! は……はい、そうですが。あ……あの、あなたたちは……?」

 少年   碇シンジは肯定し、今度は自分の名が出たことにびくびくしながら、2人のことを聞いてきた。

 自衛官2人は一瞬だけ顔を合わせ頷きあうと、再びシンジに目をやり。

「どーもはじめましてだな。俺は日本国陸上自衛隊に所属する利根 厚志(トネ アツシ)2等陸尉」

 そう言って茶髪の自衛官ことアツシは、不敵な笑みを浮かべ崩れた敬礼をした。

 そして隣にいる黒髪の自衛官のほうを向き。

「で、こっちの無愛想なのが同じく陸自所属の……」

「筑摩 龍一(チクマ リュウイチ)。階級は2尉だ」

 黒髪の自衛官   リュウイチは、アツシの台詞を引き継いでクールに言い放つと、煙草を取り出してくわえ火をつけた。

「……はあ……」

 シンジは一瞬ポカンとするが、今の自己紹介の中に気になる単語があったことに気づく。

「自衛隊………………は! 戦自っ!?」

 戦自   戦略自衛隊。

 さっきまで自分たちを襲っていた相手。

 シンジはあわてて2人から離れようとするが、砂浜に足をとられてバランスを崩し、そのまま尻餅をついてしまった。

「っああ……! あ……あ」

 尻餅をついたまま手足をばたつかせて必死に後ずさるシンジ。

 それを見かねてアツシが言う。

「ああ、待ーて待て待て待て! 俺たちは戦略自衛隊じゃねーよ」

「え? でもさっき自衛隊て……」

 動きを止め困惑の表情を浮かべるシンジ。

「だから、ただの“陸上”自衛隊だ」

「…………え、と……確か、陸海空の全自衛隊はセカンドインパクト後、国連軍に編入されたんじゃ……?」

 恐る恐るシンジが確認すると、アツシは微笑し。

「へえ……学校の授業は真面目に受けているようだな。感心感心」

「あ、いえ……」

 およそ軍人らしからぬ軽い態度に、戸惑いを覚えるシンジ。

 まあ、自分の保護者兼上官であった葛城ミサトも、軽いノリの軍人だったが。

 はっきり言って、シンジは彼女のことを軍人として見たことは一度もなかった。

 それが良い意味でなのか、悪い意味でなのかは分からないが……。

 アツシは話を続ける。

「そして、『2003年の南沙諸島における中国とベトナムの軍事衝突を機に、固有の軍事力を持たない日本政府は、第4の自衛隊として戦略自衛隊を創設した』、という設定だったな?」

「は、はい(設定……?)」

 何か気になる言い方をしたが、とりあえず言ったことは合っているので頷くシンジ。

「だがそれはこの世界でのことだ」

 自己紹介以降、ずっと黙って煙草を吹かしていたリュウイチがいきなり喋った。

 ビクッとしてリュウイチの方を見るシンジ。

 彼は相変わらずの仏頂面で、赤い海に視線を向けながら煙草を吹かせていた。

 アツシが最初言ったように、本当に愛想の欠片も無いなとシンジは思った。

 その態度は父である碇ゲンドウを彷彿とさせたが、同時に何かが決定的に違う気もした。

 おそらくそれは、ゲンドウのあの態度が一種の虚勢だったのに対し、リュウイチのそれは全くの素であるためであろう。

 ……この場合、人としてどっちがアウトなのだろうか……?

 何にせよ、軽いアツシに比べ話しかけづらい相手ではあった。

 なのでシンジは恐る恐るリュウイチに、彼の言ったことついて聞く。

「……あの、どういうことでしょうか?」

「この世界が絶対ではないということだ」

「? ……それは、どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ」

「あう……」

 実際そんなことはないのだろうが、邪険にされているような受け答えに撃沈するシンジ。

「おいおい。いたいけな少年をいじめんなよ」

 見かねたアツシが声をかけた。

「別にいじめているわけではない」

 心外だとリュウイチは煙草を吸う。

「ま、分かってるけどさ……。

 すまないねシンジ君。こいつ悪いやつじゃないんだけど、ちょい天然でね」

 言いながら肩をすくめ苦笑するアツシ。

「誰が天然だ?」

 それにリュウイチが異議を申し立ててきた。

「お前だよ。お前」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうなのか?」

「そうなんだ」

「……そうか……」

 “お約束”でエンドレスに続くかと思いきや、あっさり天然が折れた。

 どうも続けるのが面倒臭かったらしい。

「はあ……で、さっき言っていたことなんですけど……」

 シンジは2人のやりとりに軽く脱力しながらも、先程の言葉の意味を訊ねる。

 ああ、と言うと、アツシは表情を真剣なものに変えた。

 そして……

「俺たちは、こことは別の世界からやって来た……と言ったらどうする?」



[183] Re[2]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:20
「………………………………………………え?」

 シンジはアツシの言ったことに数秒間停止した。

「ああ、やっぱそういう反応するよな」

 しゃーねーよなとアツシは肩をすくめて苦笑する。

「平行世界……パラレルワールドという言葉を聞いたことは?」

「あ……はい。ありますけど……」

 いきなりの質問にシンジは、目をパチクリさせながら答えた。

 それを確認してアツシは話を続ける。

「この世界と非常によく似ていながら、異なる歴史を歩んだ世界。俺たちはそこの住人さ」

「!」

「西暦2000年にセカンドインパクトは起こらず、使徒もまた存在しない。当然、陸海空の自衛隊も国連軍に編入されることなく存続している。俺たちはそんな平行世界の西暦2004年の日本からやって来た」

 そして、自分たちがこの世界にやって来た経緯について詳しく説明した。

 もっとも、どんなに詳しく説明しようにも、『演習場に向かって車を走らせていて、気が付いたらこの世界でした』としか言いようがないのだが。

 たとえ某機動戦艦の『イ○スのイはアルファベットのI(アイ)よ』でお馴染みの説明おばさん(私は脅しに屈してお姉さんなどとは言い直さんぞ!)でも、これ以上説明ボリュームを増やすことは不可能だろう。

 なので、当然シンジの反応は……

「そんな話……信じられませんよ」

 となるわけで。

「そーだろーけど、でも事実なんだよなこれが」

 アツシが少しおどけた感じで言うが、シンジはジト目で睨んでくる。

 それに対しアツシはうーんと少し考えるふうにした後、ピンと人差し指を立てて言う。

「……ほら! よく言うじゃん。『事実は小説よりも奇なり』て。今の俺たちがまさにそれ?」

 だがシンジはジト目をいっそう強くして。

「信じられませんよ……信じられるわけがない」

 と冷たく返した。

「なんだよ。巨大ロボットに乗って巨大怪獣と戦うなんてことやってたくせに、脳みそ硬いねえ」

 アツシは立てていた人差し指で自分の頭をつつきながら言った。

「関係ないでしょう」

 シンジは少しむすっとして言った。

 そして続けてこう言う。

「だいだい本当に異世界から来たっていうなら、なんで僕やこの世界のこと知っているんですか!?」

「アニメで見たからだ」

 答えたのは、リュウイチであった。

「……は……?」

 シンジは一瞬呆けてからアツシに聞く。

「あの、今のはひょっとして、天然……ですか?」

「いや、本当のことだ」

 アツシは首を横に振って答えた。

 その態度にふざけた様子はない。

「俺たちの世界では、お前たちのことが1本のアニメ作品になっている」

「!?」

 シンジの目が見開かれる。

「時に西暦2015年。

 南極の氷雪溶解による世界的危機(セカンドインパクト) から復興しつつある時代。

 箱根に建設中の計画都市、 『第3新東京市』に突如襲来する“使徒”。その正体も目的も不明な彼らは、 さまざまな形態・特殊能力で人類に戦いを挑んでくる。

 この謎の敵“使徒”に人類が対抗する唯一の手段が 『汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン』。国連直属の特務機関『ネルフ』によって主人公『碇シンジ』を含む3人の少年少女がその操縦者に抜擢される。

 人類の命運を掛けた戦い。
 
 “使徒”の正体とは?

 少年たちの、そして人類の運命は?

 パワフルなバトルアクション。

 謎が謎を呼ぶスリリングなストーリー。

 少年少女達の葛藤、そして心の成長」

「…………」

 アニメの内容を淡々と説明するアツシ。

 シンジは黙ってアツシの口から紡がれる言葉を聞いていた。

 その顔色は心なしか青い。

「『新世紀エヴァンゲリオン』。それがアニメの題名だ」




















 ざざーん

 波の音が静かな空間に響く。

 シンジは沈黙していた。

 アツシとリュウイチも黙って見守っている。

 どれだけ時間が経ってからだろうか。

 数秒? 数分? 数時間?

 先に口を開いたのはシンジであった。

「…………は……はは……ははは…………冗談でしょ?」

 シンジは引きつりまくった笑いを浮かべながら、縋るように言った。

 全身は小刻みに震え、拳を握っては開くというのを繰り返す例の仕草をしている。

 だが2人から返ってくるのは、無言という名の肯定。

「………………けんな」

 シンジは何か呟いた。

「ふざけんな!!」

 次に大声で叫んだ。

「さっきからなんなんだよ!? 訳の分からないことばかり言って。あげくここがアニメの世界だって!? 人をからかうのもいいかげんにしろ!」

 いきなり激昂し口調の変わったことに、アツシは目を丸くした。

 リュウイチは相変わらずの無表情だが。

「お前ら、本当は戦自の生き残りなんだろ!? それで仲間を……世界を殺したこの僕を殺しに来たんだろ!?」

「いやだから違「うるさい!!」

 アツシの台詞をシンジは叫んで遮る。

「……いいよ。殺して」

 そして俯きながら静かにそう言った。

「どうせ僕なんて生きていたってしょうがないんだ。いや……生きていちゃいけないんだ。世界を滅ぼして生きているなんて……生きていくことなんて……できない。死ぬべきなんだ。だから……」

 シンジは俯いていた顔を上げる。

 その顔には壊れた薄ら笑いが浮かんでいた。

「ほら、殺しなよ……さあ、殺そうよ。僕のこと憎いだろう? 許せないだろう? 殺したいだろう? だからほら殺しなよ。さあ殺そうよ。さあ、さあ、さあ……!」

 両手を広げて謡うように言うシンジ。

 だが、アツシとリュウイチは何もせず、ただ黙ってそんなシンジのことを見つめていた。

 2人の態度にシンジはくっと歯を食いしばり、

「……せよ。殺せよ!! 何やってんだよ!? 早く殺せよ! さっきまであんなに殺していたじゃないか! ただの中学生だ。簡単だろ? ……コロセ。ころせ。殺せ。殺せ! 殺せ!! 殺せっ!!!」

 壊れた機械のように、ひたすら殺せと繰り返すシンジ。

 それでも2人は動かない。

 シンジはがっくりと膝を付き、最後に搾り出すように言った。

「……お願いだから……殺してくれよ。もう……死にたい」

 ……ぷっ

 その時、リュウイチが動いた。

 くわえていた煙草を吐き捨てると回れ右をして、後ろに停車している車へと歩いていく。

『?』

 なんだろうと訝しげに見つめるアツシとシンジ。

 彼は車の後ろに回り込むと後部ドアを開けて、中の荷物をガチャガチャと音を立ててあさりだす。

 何かを取り出すとそれを持って、車の影から現われこちらへ戻ってくる。

『!』

 その手にあったのは、陸上自衛隊制式採用の『89式小銃』であった。

 思わずアツシが声をかける。

「……おい」

 ジャキン

 が、さっくり無視して、リュウイチは小銃のコッキングハンドルを引いて、初弾を薬室(チェンバー)へと送り込んだ。

 そして、セレクターを安全(セーフティ)から連発(フルオート)に切り替えると、銃口をシンジに向けて構えた。

「……え……」

 一瞬ポカンとして間抜けな声を漏らすシンジだが、すぐに状況を理解すると態度を一変させ、

「ちょっ……待っ……!」

 あせって何か言おうとするが、リュウイチは1mmの躊躇も無くトリガーを引いた。



[183] Re[3]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/07 23:32
 タタタタタタタタタタタタタッッ

 軽快な発砲音とともに89式小銃から吐き出される5.56mm弾。

 瞬くマズルフラッシュ。

 立ち込めるガンスモーク。

 タタタタタタタタタタタタタッッ

 砂浜に散らばり落ちる空薬莢。

 着弾によって舞い上がる砂埃。

 倒れる人影。

 タタタタッッ…………

 連続的に響いていた銃声が止んだ。

 フルオートでトリガーを引き続けた為、装弾数30発はあっという間に撃ち尽くされた。

 ガンスモークと砂埃が晴れた向こうにあった光景は、

「…………」

 砂浜に倒れ込み、頭を抱えて目をつむり、ぶるぶると震えているシンジの姿だった。

 怪我をしている様子は全くない。

 どうやら弾は全てシンジの足元に撃ち込まれたようだ。

 ガシャッ

 リュウイチは空になった弾倉(マガジン)を外し、

 ガション

 新しいマガジンに交換すると、

 ジャキンッ

 再びコッキングハンドルを引いて、初弾をチェンバーへ装填した。

 そして、震えるシンジのほうへ悠然と近付いていく。

「……ッ!」

 目を閉じていたシンジは、砂を踏みしめる音でリュウイチの接近に気づいた。

 とっさに立ち上がって逃げようとするが、

「!?」

 立ち上がれなかった。

 先程の銃撃により腰が完全に抜けていたのだ。

 タタタンッ

 ボボフボフ

「っ!」

 短い発砲音が聞こえると同時に、シンジが手を付いているすぐそばの砂がはじけた。

 考えるまでもなく、リュウイチからの再度の銃撃である。

 タタタンッ……タタタンッ……タタタンッ

 リュウイチは3点バースト(トリガーを1度引くごとに弾が3発連続発射される機能)による銃撃を放ちながら近づいてくる。

 タタタンッ……タタタンッ……タタタンッ

 シンジは付近への着弾に身を竦ませながら必死に後ずさろうとするが、それすらうまくいかない。

 タタタンッ……タタタンッ……タタタンッ

 弾は全てシンジの身体を掠めるようにして地面に着弾していた。

 むろん、わざとであろう。

 リュウイチはシンジのすぐ目の前にまで迫ると、

 スチャッ

「!!」

 シンジの額に銃口を押し当てた。

 息を呑んで硬直するシンジ、その顔は恐怖に彩られていた。

 対するリュウイチの顔は変わらぬ無表情で、それがいっそうシンジの恐怖を促進する。

 彼には銃を突きつけるリュウイチの姿が、大鎌を振りかざす死神に見えた(最近は、黒い着物姿で刀を持った死神もいるが)。

 何を今さらびびっているのかと思うことだろう。

 確かに彼は、EVAという神経を共有するようなイカレタ兵器に乗って、使徒という常識どころか半端な非常識も通じない怪物相手に、数々の死線を潜り抜けてきた。

 しかし、あの戦いはいつも無我夢中であったし、何だかんだ言っても1万2千枚の特殊装甲にA.T.フィールド、それに母の加護など幾重にも守られた状態であった。

 誰かの言ではないが、EVAの中は最も安全な場所だったのである。

 それに比べると、生身で銃火にさらされる恐怖はやはり桁違いであった。

 そして、これはよく失念されがちだが、シンジはEVAのパイロットであること以外は、あくまでただの中学生なのだ(彼の場合それ以下か?)。

 特別な能力があるわけでもなければ、勇者でもない。

 ここまでのリュウイチの行動に躊躇は一切なかった。

 もちろん次の行動にも……

「Hasta la vista,Baby.(地獄で会おうぜ、ベイビー)」

 映画『ター○ネーター2』の名台詞とともにトリガーが引かれた。

 カシンッ

「ひぃっ!」

 シンジが短い悲鳴を上げるが、弾は発射されなかった。

 弾切れである。

 偶然……ではなく、リュウイチがちょうど弾切れになるよう計算して撃ったのだ。

 3点バーストにしたのは、何発撃ったかはっきり確認するためである(なら単発(セミオート)のほうが確実では? という意見については、まあ、彼のノリということで……)。

 彼には最初から殺す気などなかった。

 ただ生意気なクソガキにちょっとした(?)お灸をすえたのだ。

 じょじょー

 シンジのスラックスの股間の辺りから座っている砂地に、じんわりとシミが広がり、ほんのり湯気を上げた。

 恐怖のあまり失禁したのだ。

「ふん!」

 それを見てリュウイチはいかにもつまらなそうに鼻を鳴らし、さっき捨てた吸いかけの煙草の代わりに新しい煙草を取り出しながら、

「死にたい? 殺してくれ?

 最初(はな)からそんな度胸も覚悟もないくせに、ほざいてんじゃねーよ!」

 毅然と言い放つと、新しい煙草をくわえ、ライターで火を点けた。

 ふうううー

 一仕事終えたとばかりに煙を吐き出す。

「……………………はっ!」

 今の今まで沈黙していたアツシがそこでようやく再起動した。

 足元の砂を蹴散らすように大股でリュウイチに歩み寄ると、

「テメェ何やってんだ!!?」

 怒鳴り声とともにリュウイチの手から小銃を奪い取った。

「……何か問題でも?」

 リュウイチはうざったそうにアツシに目をやる。

「ああ問題だね! 自分が何やったか分かってるのか!?」

 リュウイチの態度にアツシは、目に宿る怒りの色をいっそう強くして言った。

「クソガキの躾(しつけ)だが……まさか人道的意見を言って説教でもする気か? らしくもない」

「違う!!」

 リュウイチが少し嘲るように言うが、アツシは即座に否定した。

「俺が言いたいのは、そういうことじゃねーんだよ!」

 じゃあどういうことだと促すと、アツシの口から出た言葉は……





























































「2弾倉計60発も撃ちやがって!

 弾薬不足分の言い訳考えなきゃならんだろーが!」





















「あ、悪い」

「悪いじゃねーよ。この前の言い訳はもう使えねーぞ!」

「普通にどこかに落として失くしたでいいんじゃないか?」

「それはそれで問題だろう」

「ふむ、では武装したテロリストに襲われ、やもなく応戦というのは?」

「……おまえ真面目に考えてるか? 何だよその幼稚園児レベルの言い訳は!」

「根が正直なものでな。嘘は苦手だ……貴様と違って」

「ほーう、言うねえ。俺の嘘がなければ懲戒免職ものだったくせに」

「それを言うならあの時、俺の機転がなければお前こそ懲戒免職だったろう?」

「ぐ…………高校の時、昼飯2回奢ったろーが!」

「俺は13回奢らされた」

「しっかり数えてんじゃねぇ!!」

 …………………………………………………

 もうダメッ!

 全ッ然ダメッ!!

 分かっていたことだが、この2人、およそまともな自衛官じゃない。

 いや、まともじゃない中でもさらにトップクラスであろう。

 問題とするべき点はそこじゃいないし、だいたい“この前”とか“あの時”て、いったい何をした!?

 こんな2人に出会ってしまったシンジの明日はどっちだ!?

 それは、作者にも分からない(え?)



[183] Re[4]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:22
「……ぅえ……ひっく……ぐす……」

 アツシとリュウイチが小学生レベルの言い合いをしていると、下のほうからそんな嗚咽が聞こえてきた。

 2人がそちらに目をやれば、

『あ』

 砂浜にへたり込んでいるシンジがべそをかき始めていた。

「あらら。泣いちゃったよ」

「むぅ……」

 アツシが軽く非難する感じで言い、リュウイチは低く唸る。

 その様子は多少だが気まずそうだ。

「ふう。しゃーねーな」

 アツシはいかにも面倒くさそうに言うと、下を向いてべそをかくシンジに歩み寄った。

「ほらほら、泣くんじゃねーよ! 野郎2人の前で泣いてどうする?
 どうせ泣くならショタっ気のある綺麗なお姉さんの前で泣け!」

 阿呆なことを言いつつ、アツシはシンジの前に片膝を付いてしゃがみこむ。

 そして、シンジの頭に腕を伸ばし、掌をそっと乗せた。

 シンジがびくっと震える。

 何をされるのかと脅えていると、

「?」

 アツシは幼子をあやすように、シンジの頭をやさしく撫でた。

 普通、中学二年生にもなってこんなことをされたら、ほとんどの人は怒ったり、嫌がったりするだろう。

 だが彼は違った。

 シンジはこうして大人に頭を撫でてもらうのは始めてのことであった。

 彼はその特殊な生活環境ゆえ、幼少期に大人に頭を撫でられるという、あたりまえの行為を受けたことがない。

 母であるユイには当然頭を撫でられていただろうが、物心付くか付かないかという時期に初号機の中に消えた母の記憶は、ほぼ皆無に等しかった。

 父ゲンドウに関しては……語るまでもないだろう。

 預けられた(捨てられた)先では、父の悪評の所為で村八分状態。

 第3新東京市に来てからも当然そんな機会には恵まれなかった。

 という訳で、今の状態はシンジにとって初体験であった。

 嬉しさよりも戸惑いが先に立つ。

 シンジは目に戸惑いの色を浮かべながら、頭を撫でているアツシをゆっくり見上げる。

「ん?」

 見上げてきたシンジにアツシは小首をかしげながら微笑する。

 裏表のない笑顔。

 そして、自分を見つめる目。

 妻殺しの子を見る目でもなく、EVAのパイロットを見る目でもなく。

 道具を見る目でもなく、敵を見る目でもなく。

 ただ、碇シンジという14歳の少年を見る目。

 自分自身を見る目。

「……うっ……」

 なんだか心の底から熱いものがこみ上げてきて、次の瞬間決壊した。

「うあああああああああああああああああああああああっっっ!!」

 シンジはアツシの胸に飛び込み、恥も外聞もなく幼子のように大声で泣き出した。

 最初はキョトンとしていたアツシだったが、すぐに苦笑を浮かべると、

「…………よしよし」

 シンジの身体を片手で抱き、その背中をぽんぽんとさすってやる。

「お前は悪くないよ。今日まで必死にがんばってきたんだもんな」

「(こくこく)」

 シンジはアツシの胸に顔を埋めながら頷く。

「でも周りは何も分かってくれなくて、あげく最後はこんなふうに全ての罪を押し付けらて、つらかったよな」

「(こくこく)」

「大丈夫。俺はお前の味方だ。安心しな」

「(こくこく)」

「さっきの俺の話、信じてくれるよな?」

「……ぐすん………………それは……無理」

「……………………………………………………ていっ!」

 ずしゃっ

「ぶヴぉっ……!」

 アツシはシンジの頭を片手で掴むと、顔面からおもいっきり砂浜にめり込ませた。

「……ぶはっ! ぺっぺっぺっ、何するんですか!!」

 顔を上げたシンジが、口に入った砂を吐きつつ叫んだ。

 アツシは立ち上がり、膝に付いた砂を払いながら、

「ったく、どこまでも疑り深い仔猫ちゃんだなあ。今までこの俺が嘘なんてついた事あったか?」

 と言って、肩を竦めてみせる。

「いや、今さっき会ったばかりだし……」

 シンジがぼそぼそと言うが、無視して言葉を続ける。

「だいたい、あーいうシチュエーションじゃ普通、信用するもんだろ?」

「そ、そんなこと言われても……」

「人間、他人を信じられなくなったらお終いだぞ! って、そーいやお前のこれまでの人生、信じちゃ裏切られの連続だったな」

「……」

 アツシがふと思い出して言ったことに、シンジの表情は苦味を帯びる。

「んんー、それは、まあいいや。とりあえず今回は信じろ。じゃなきゃ話が進まん」

 自分の苦渋の人生を、まあいいやで流されたことに引きつりつつも、シンジは反論した。

「いや、だから無理ですって。
 だいたい、もし逆の立場で、あなたたちが初めて会った人に『私は異世界の住人です』なんて言われたら、信じられますか?」

 それに対し、アツシとリュウイチは互いに顔を見合わせてから、

「指さして笑うね」

「馬鹿にする」

 と交互に答えた。

 ハァと何か疲れた溜息を吐くシンジ。

「……つまりそういうことです」

 ザザーン

 波の音がやけに大きく聞こえた気がした。

「…………信じられないっスか」

「ええ、何か証拠でもないかぎりは……」

「証拠ってもなあ……」

 腕を組んで考えるアツシは、やがてピンと何か思いついた顔をし、シンジを見てニヤリと笑った。

 『何?』とシンジが不安にしていると、

『……最低だ。俺って……』

「え゛?」

 突然、アツシが誰かさんのモノマネをした台詞を言い、シンジの顔が面白いほど引きつった。

「お前、アスカの病室で何やってんの?」

「ぐはっ!」

 続くアツシの言葉に思わず吐血するシンジ。

「彼女の胸がはだけて、お前の荒い息遣いが聞こえている間、いったい何があったんだろーねえ?
 ちなみに、親戚の小学校低学年の汚れなき純な女の子は、お前の手についた液体をこぼれた点滴の液だと思っていたけどな」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 頭を抱え苦悩するシンジ。

 真綿で首を締めるような攻撃に、精神ポイントがガリガリ削られていく。

「あと病室に鍵かけるのはいんだけどさ、あそこ監視カメラあるんだぜ」

「ッ!!?」

 その言葉にシンジはあからさまに驚愕した。

「あっれえ? もしかして知らなかった? ま、だからこそ、あんなことできたわけか。
 きっと一部始終バッチリ撮られちゃったよー。ご愁傷さまー」

 がっくりと跪くシンジ。

 こんな世界に放り出され、もうこれ以上の絶望を味わうことはないと思っていたが、甘かったようだ。

「でも考えてみれば、よくアレだけで済んだよな。生の実物目の前にして。普通あの状況なら襲ってるぞ」

「そこまでする度胸はなかったのだろう?」

 アツシの疑問にリュウイチが答えた。

「ふーん……で、アレする度胸はあったんだ。
 なんつーか……中途半端に度胸があるというか、それとも中途半端に臆病?」

「何にせよ、いかにも『碇シンジ』らしいのではないか?」

「……だな」

 跪いているシンジを見ながら、納得しあう自衛官2人であった。




















「……で、どうかなシンジ君?」

 アツシは跪いているシンジの前にしゃがんで、声をかける。

「うううう゛……何がですか?」

 声をかけられたシンジは、心底恨めしそうに顔を上げた。

 が、もちろんアツシはそんなこと意に返さない。

「だーから、言ったろ? 俺たちの世界ではお前らのことがアニメになってるって。
 病室での事を知っていたのはアニメで見たからだ。それは俺たちが異世界人である証明にならないかな?」

 聞いてくるアツシをしばらく無言で睨んでいたシンジだったが、ふと口を開く。

「……カメラ……」

「ホワット?」

 ぼそりと呟かれた単語に疑問の声を上げるアツシ。

「監視カメラ……病室に付いているって言いましたよね。その映像見たんじゃないですか?」

 実のところシンジは、すでに8割がた彼らの言うことを信じかけていた。

 しかし、これまで散々騙され続けてきたことや、自分の恥ずかしエピソードによる精神攻撃の恨みが原因で、このまま素直には信じれなかった。

 シンジはこのことをすぐに後悔することになる。

 アツシが先程と同質のニヤリ笑いを浮かべ、シンジの背中に悪寒が走った。

「へえー、ほーう、ふーん。じゃあ絶対お前自身しか知り得ない事を俺らが知っていたら、信じるしかないよなあ?」

「え、ええ。まあ」

 プレッシャー込めて確認してくるアツシに、シンジはビクつきながら答えた。

「うし! じゃあ何にしようかなあ」

 アツシは勢い良く立ち上がり、考え始める。

 その様子はやけに楽しそうだ。

「あのエピソードの関連でいいんじゃないか?」

 リュウイチが提案してくる。

「……というと?」

「『Splitting of the breast』 or 『WEAVING A STORY 2:oral stage』」

「グッド!」

 リュウイチの案にアツシは親指を立てて同意した。

「??」

 シンジはリュウイチの口から紡がれた英語が分からなくて首をひねる。

 リュウイチが喋ったのは、一応、中学生レベルの英語だが、いかにも和製英語的発音のアツシに対して、リュウイチのそれは非常に流暢な為、慣れてない者にはとっさに聞き取り難いのだ。

 もっとも、意味が分かったところで、それが何を示しているのかまでは分からないだろうが。

 ちなみに、EVAマニアの方はすでにお気づきだろうが、アツシが言ったのは、TV版『新世紀エヴァンゲリオン』の英語版サブタイトルである。(CM後のアイキャッチで出るやつ)

 『Splitting of the breast』は、『死に至る病、そして』。

 『WEAVING A STORY 2:oral stage』は、『心のかたち 人のかたち』。




















『シンジ君。あたしとひとつにならない? それはとてもとても気持ちのいいことなのよ』

 ずざしゃああああぁぁぁーっっ

 アツシの裏声を使った誰かさんのモノマネに、シンジは砂浜におもいっきりヘッドスライディングした。

「な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛」

 頭から砂を被ったシンジが、身を起こしながら何か言おうと口をパクつかせるが、さらに追い討ちをかけるようにリュウイチも、

『碇君。私とひとつにならない? それはとてもとても気持ちのいいことなのよ』

 どずんっっ

 シンジはブリッジで首から上を砂の中にめり込ませた。

 リュウイチは相変わらずの無表情で、声色も変えず激渋低音のまま、しかも台詞棒読みなので、かなり不気味なものがあった。

 まあ、無表情無感情という点だけは、オリジナルの台詞主と同じであるが。

 ずぼっ

「ぶはっっ! けほっけほっ! はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 砂中に突き刺さった頭を何とか抜いたシンジ、息をととのえていると、すかさずそこを狙ってアツシがまた裏声で、

『シンジ。あたしとひとつにならない? それはとてもとても気持ちのいいことなのよ』

 ごろごろごろごろごろごろごろっ

 連続で砂浜の上をでんぐり返るシンジ。

 その後も2人は、シンジが虚数空間に取り込まれた時や、LCLに溶けてしまった時に見た夢(?)の内容から、特に恥ずかしい部分をピンポイントで選び出し、寸劇をやってみせた。

 シンジはあの時見た夢のことは誰にも話していない。(ていうか話せない)

 つまりこの事は、まさにシンジ以外絶対知り得ない事であるわけで、それを知っている2人は異世界人であることが証明されたわけで。

「%&$#¥#%&?!!<>>?¥**!!」

 が、今のシンジにはそんな事はどうでもいいわけで。

 ある意味、アラエル以上の精神攻撃に、シンジは人語にならない奇声を上げ、頭を掻きむしりながら、砂浜の上を転げ回るのであった。



[183] Re[5]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/07 23:40
 空。

 真っ黒な空。

 海。

 真っ赤な海。

 砂浜。

 真っ白な砂浜。

 そして。

 少年。

 真っ白に燃えつき、うつ伏せに倒れている少年。

「……西暦2016年。僕は、死んだ」

「生きてます」

 縁起でもないナレーションをかましたアツシに、倒れている少年シンジがぼそりとつっこんだ。

「おう! 大丈夫かぁ?」

 お軽い感じで聞いていくるアツシに、シンジは倒れたまま首だけをギギと向けて、

「……全然大丈夫じゃないですよ」

 死んだ目をして力なく言った。

 劇場版の時より元気がないように見えるのは、気のせいだろうか?

「オーケーオーケー」

 オーケーじゃねえよとシンジは思ったが、言い返す気力もない。

「で、どう? 俺たちの言ったこと信じてくれた?」

「……ええ、嫌というほど……ていうか、信じざるをえないでしょう……」

 ハァ゛ーと重いため息。

 口からエクトプズムでも出そうな雰囲気である。

「あらら。そーとーキてるなこりゃ」

「無理もあるまい。自分自身しか絶対知らないはずの恥部を他人が知っていたのだからな」

 自分たちで恥部をばらしておきながらこの口ぶり、ひどいもんである。

 想像してみるがいい。

 もし、自分の恥ずかしい妄想(主にエロ関係)や自分の見た恥ずかしい夢(主にエロ関係)の内容を、他人にピシャリと言い当てられたらと。

 ………………………………こりゃ、舌噛み切るな(by 作者)。

「安心しろシンジ君! 俺たちの世界じゃ、アニメ見たやつはみんな知っていることだ!」

 全くフォローになっていないアツシのフォローに、シンジがぴくりと反応した。

 顔をゆらりと起こし、

「ね? ちなみにそのアニメって、視聴率は、どのくらいあったんですか?」

 と、恐る恐る聞く。

「あん? 視聴率? そうだなあ……」

 顎に手を当てて考えるアツシの答えを、戦々恐々として待つシンジ。

「詳しい数字は分かんねーけど、確かあんまよくなかったよなあ?」

「ああ。放送当時はあまりの視聴率の低さに、打ち切りの可能性もあったらしい」

 2人の答えにシンジはほっとした。

 アニメになってしまっているのは、もはやどうしようもない。

 ならせめて、自分の恥部を知っている人間は、1人でも少ないほうが望ましい。

 ……ふう、不幸中の幸いだよ……

 だがしかし……

「でも放送終了後、口コミとかで広がっていって、急速に人気が出たんだよな!」

「!?」

「ファーストガンダムのケースと同じだな」

「ああ。で、最終的にはそのガンダムをも越え、社会現象になるほど話題を呼んで。

 2度に渡る映画化で物語が完結してもう10年近くになるが、今だ根強い人気を誇ってるからな。

 大したもんだよ」

「海外にも進出して話題を呼んでいるしな」

「おう! 海外と言えば、ハリウッドで実写映画化されるって話があるよな!

 俺は絶対コケると思うんだけど、お前どう思う?」

「愚問だな。過去あそこが、アニメや漫画やゲームを映画化した作品を思い出してみろ」

「……『北斗の拳』、『ガンダム』、『マリオ』、『ストⅡ』、『ガイバー』、『FF』、『バイオ』……はははっ、こりゃ枚挙に暇がないな。

 連中、普通に創る映画はおもしれーのに、そっち方面は苦手なのかね?」

「ハリウッドに限らず、これに関して洋の東西は関係ない」

「確かに……『シティーハンター』なんか、普通にいつものジャッキー・チェン映画だったしな」

「そもそも、二次元の作品を三次元に変換しようとする考え事態ナンセンスなんだ」

「うーん、俺はそこまでは思わないけどな。成功例もあることだし」

「ほう。例えば?」

「ゴールデンタイムのドラマとか。あれってほとんど原作漫画じゃん」

「見て楽しんでいるやつらの大半は原作を知らない」

「いや、ま、そうだけどさ……」

「それに、見るやつらの目当ては、キムタクだ」

「……身もふたもねーなオイ」

「事実だ」

「んんー、まあ、な。皆さんキムタクなら何でもよろしいようで……」

「それよりあの男は、なぜどの作品でもキャラ付けが同じなんだ?」

「あっ! それは俺も思った」

 自衛官2人は雑談モードに入り、話も脱線していく。

 で、シンジはというと。

「…………………………」

 2人の会話など、もはや耳に入っていなかった。




















 ……え? 何それ……?

 最初は人気なかったのに、後から人気が出た? それも社会現象になるくらい?

 それって、すごくたくさんの人たちが知っているってことだよね?

 しかも、海外にまで進出?

 つまり、外国の人たちまで知っているってこと?

 あんなことも? そんなことも? こんなことも?

 あは……あはは……あははは……あはははは……あははははは。

 これが世界を滅ぼした代償だとでもいうの?

 ねえっ?

 カヲル君ッ?

 綾波ッ!?

『これが、あなたの望んだ世界そのものよ』

 ッッ!!?




















「うあああああああああああああああああああっっっ!!!!」

「なんだっ!?」

「!?」

 己の精神世界に入っていたシンジが突如上げた悲鳴に、雑談していた2人も驚いてそちらを見る。

「うああああああああああああああっっ!!」

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!

 シンジは叫びながら頭を地面に打ちつけ始める。

 やわらかい砂地なのでダメージはそんなにないだろうが、放っておくわけにもいかない。

「オイ! やめるんだ!」

 アツシがシンジを羽交い絞めにして、頭を打ち付けるのをやめさせた。

「あああああああっ!!」

 アツシの腕の中でむちゃくちゃに暴れるシンジ。

「こら! 落ち着けって!」

 ガブッ

「痛ッてぇ!!」

 悲鳴を上げるアツシ。

 シンジが腕に噛み付いたのだ。

 走った鋭い痛みに拘束が緩む。

 すかさずそのスキをついて、シンジはアツシの腕から抜け出した。

「うあああああああああああああーっ!!」

 そして叫び声を上げながら砂浜を、アツシたちが来た逆方向へと走り出す。

「待てどこに行く!?」

 アツシは噛まれた腕を押さえながら追おうとするが、すっと目の前に出された腕に阻まれた。

 腕の主はリュウイチである。

「? どういうつもり……ッ!」

 一瞬訝しげにした後、文句を言おうとしたが、彼の手にあったモノを見て固まる。

 リュウイチは持っているモノのピンを抜くと、逃げるシンジに向かって思いっきり投げた。

 投げられたモノはシンジの頭上を越え、彼の走る少し前方の砂浜にポテッと落ちた。

 リュウイチが耳を押さえて伏せる。

「ちっ!」

 アツシもそれにならう。

 次の瞬間。


 ドオオオオオンッッ!!!!!


 投げたモノから凄まじい閃光と爆音が生まれた。




















 砂浜の一角に煙が上がっている。

 アツシとリュウイチは伏せていた顔をそっと上げ、その煙を見た。

「お・ま・え・なー」

 アツシが横にいるリュウイチを睨みながら口を開いた。

「安心しろ。ただの閃光音響手榴弾(スタン・グレネード)だ」

 閃光音響手榴弾(スタン・グレネード)。

 その名の通り、目を眩ませる閃光と耳をつんざく爆音を出し、一時的に相手の視覚と聴覚を麻痺させ、行動不能にすることを目的に作られた非殺傷型兵器である。

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 煙が晴れたそこには、目をまわし、ピクつきながら倒れている、シンジの姿。

「ではどういうことだ?」

「……はあ。もういいよ」

「そうか」

 ……こいつにはもう何言っても無駄だ……

 2人は立ち上がると、倒れているシンジの元へゆっくりと歩いていった。




















「大丈夫か?」

「はい。まだ少し耳がキーンとしてますけど……」

「そいつはけっこう」

「あ」

「どした?」

「いえ……前にある人と、似たようなやり取りをしたなって」

「葛城ミサトか?」

「え? ……そっか。知っているんですよね」

 現在3人は、車座になって砂浜に腰を下ろしていた。

 シンジは1度気絶したせいか、だいぶ落ち着いている。

 これなら冷静な話し合いができそうだ。

 もしやこれを狙って、リュウイチはスタン・グレネードを使ったのでは、とアツシは一瞬考えるが。

 ……いや、あれは天然様特有の突飛行動だな……

 アツシはすまし顔で煙草を吹かしているリュウイチを見ながら思った。

「あの、さっきはすいませんでした。腕、大丈夫ですか?」

「ん? ああ。へーきへーき。服の上からだったし、せいぜい歯型付いている程度だ」

 噛んだことについて謝罪してきたシンジを、アツシは笑って許した。

 実際大したことなかったし、シンジが暴走したのは自分たちのせいでもある。

「なんか、色んなことが立て続けに起こって、頭の中ごちゃごちゃになっちゃって……」

「……だろうな」

 わずかに沈黙の時間が流れる。

 それを破るようにして、アツシが口を開いた。

「……でだ! とりあえず落ち着いたとこで、本題に入っていいか?」

「本題、ですか?」

「ああ。俺たちは別に、アニメのキャラに会いたいって理由だけで、お前に会いに来たわけじゃない」

「はあ」

「単刀直入に聞くぞ」

 アツシの顔が真剣なものへと変わった。

「はい」

 それを見てシンジも顔を引き締める。

「碇シンジ君。君は今……」

 ……ごくり……

 続く言葉を前にシンジが唾を飲む。

「使徒化しているか?」

「は?」



[183] Re[6]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:23
 使徒化――

 逆行モノ、EOEモノのEVA二次創作SSにおいて、最も使い古されている極めてポピュラーなパターン。

 しかし、裏を返すならばそれは、あのアニメ史上最悪と言っても過言ではないバッドエンドから、再び物語を紡ぐための、数少ない手段の1つであると同時に、最も有効な手段であることの証明。

 使徒化したシンジはその超常能力により、あるいは世界を再生させたり、あるいは過去に遡ったり、あるいは異世界に跳んだりするのである。

 利根アツシと筑摩リュウイチ。

 原因は全く持って不明だが、現実世界からEVAの、それも専門用語で言うところのEOEの世界に迷い込んでしまった自衛官2人。

 彼らにとって重要なのはやはり、先に挙げた使徒化シンジの3つ目の行動、すなわち異世界に跳ぶ場合である。

 この世界にとっての異世界、その中には当然、自分たちのやって来た現実世界も含まれる。

 つまり、元の世界に帰れる可能性があるのだ。

 ゆえに、アツシはシンジに対し、次の質問をするのである。




















「碇シンジ君。君は今、使徒化しているか?」

「は?」

 もちろん、二次創作SSのことなど知る由もないシンジに、アツシの言ったことが分かるはずもなく、口を半開きにして間抜けな声を漏らすのであった。

「シトカ? ……なんですそれ?」

「使徒化だ。つまり人間やめて使徒になっていないかと聞いている」

「ええっ!? 」

 思わず素っ頓狂な声を上げるシンジ。

「あの、なんでいきなりそんなこと聞いてくるのか、さっぱり分からないんですが?」

 それはそうだろう。

 シンジにとっては、あまりに脈絡がなさすぎる質問だ。

 アツシも少し唐突過ぎたなと思い、順序立てて説明することにする。

「お前も薄々気づいているだろう? 今この世界には俺たち以外の人間は、おそらくいない」

「……はい」

 うなずくシンジの顔に影がおびる。

 無意識に考えないようにしていたが、なんとなく分かっていたことだ。

 自分はあの時、確かに望んだ。

 たとえ傷つきあうことになろと、他人の存在する元の世界を。

 だが、いざフタを開けてみれば、このような世界に放り出されていた。

 原因は分からないが、自分の望みがかなわなかったこと、つまり他に人間がいないことは一目瞭然である。

「まだはっきりと確認したわけじゃないが、少なくともここに来るまでの道中では、誰にも会わなかった」

 それどころか、動植物すら見なかった。

 ここに来るまでにあったのは、無限に続くかのような荒野だけであった。

 下手をすると世界中が、そういう状態である可能性がある。

 いや、むしろその可能性のほうが高いだろう。

 はっきり言ってシャレにならない状況である。

 たとえ他に人間や動植物がいなくても、廃墟になった町などがあれば、少なくとも衣食住の問題はクリアできる。

 服も食料も漁ればいくらでも出てくるだろうし、住むところも思いのままだ。

 よくある説のように、サードインパクトで細菌類も死滅していれば、食物が腐敗する心配もない。

 だが、廃墟すら残っていない状態だとすると、生きる為に最低限必要な食がかなわない。

 車に積まれている食料は、どんなにうまく食いつないでも、一週間かそこらしかもたない。

 後は、緩やかな飢え死にが待つのみ。

 そのあたりを説明されたシンジは、今日何度目かの絶望に襲われ、顔を歪ませた。

「絶望に満ちた顔をしているな」

「えっ?」

 リュウイチが唐突に話しかけてきた。

 シンジはどこか警戒するようにそちらを向く。

 会ってまだ間もないが、シンジはリュウイチに苦手意識を持っていた。

 まあ、いきなり小銃で撃ちまくられたり、閃光音響手榴弾(スタン・グレネード)を投げつけられたりしたのだから、当然のことであろうが。

 リュウイチは返事を待っているのか、何も言わずにジッとこちらを見ている。

 しばし見つめあった後、シンジはおもむろに口を開いた。

「……そりゃそうですよ。ここにはもう、絶望しかない。終わりです」

 言って下を向く。

「人の歩みを止めるのは、“絶望”ではない。“諦め”だ」

「っ!?」

 リュウイチの言葉にシンジはガバッと顔を上げた。

 さらにリュウイチは続けて、

「そして、人の歩みを進めるのは、“希望”ではない。“意思”だ」

 そこまで言うと、手にある煙草を口に持っていき、一吸いして煙を吐き出した。

 吐き出された紫煙が、シンジの目の前まで流れていく。

「人の歩みを止めるのは、“絶望”ではなく“諦め”。人の歩みを進めるのは、“希望”ではなく“意思”」

 シンジがリュウイチの言ったことを、呆然と復唱した。

「つまり、全てはその者の心しだいということだ。
 覚えておくと良い。“絶望”は決して終着駅ではないということを」

 そう言うとリュウイチは、本当にわずかに微笑した。

    この人、こんなふうに笑うんだ……

 普段、仏頂面のせいか、その笑顔はひどく魅力的に感じられた。

 同時にリュウイチに対する警戒心が少し薄れる。

「話が脱線しちまったが、その考えには大いに賛成だな!」

 シンジがリュウイチの笑顔に見とれていると、アツシが話しかけてきた。

 それをきっかけに、リュウイチは元の仏頂面に戻ってしまう。

    あ……

 ちょっぴり残念に思うシンジにアツシは続けた。

「どんなに絶望的状況下でも、人間諦めさえしなきゃ、意外に何とかなっちまうもんだ!
 使徒と殺りあってきたお前なら、それがよく分かるんじゃないか?」

「! ……はい」

 シンジは神妙な顔でうなずいた。

 これまでの使徒との戦いを振り返ってみる。

 彼(彼女?)らとの戦いは、常に絶望的状況下であると言えた。

 作戦成功率が1割を切るのは当たり前。

 中には成功率0.0001%という、まさに万に1つの大博打な戦いすらあった。

 だが、最後まで勝ち抜くことができた。

 なぜか?

 初号機の暴走という、不確定要素に助けられというのもあるが、やはり1番大きいのは、“諦め”なかったからであろう。

 そして、死にたくない、生きたいという“意志”を貫いたからだ。

「だが、現在のこの絶望的状況が、並大抵の方法じゃ好転しないのもまた事実だ」

「…………」

 シンジは押し黙る。

 確かに諦めないにしても、この状況を何とかするには、容易ならざる手段が必要であろう。

 しかし、それはいったい……

「力が必要だ。非常識でデタラメなまでの強大な力。そう、例えば……」

「使徒、ですか?」

「イエス!」

 シンジの解答にアツシは笑みを浮かべ、正解を表す返事をした。

「ん? 使徒の力が必要だというのは分かりました。でもそれで、どうして僕が使徒化しているかって話になるのかがよく分から……あっ!」

 そこでシンジは思い出した。

 この自衛官2人の世界では、自分たちのことがアニメになっていることを。

「もしかして、アニメの話の展開だと、ここで僕が使徒になっているんですか?」

「へ? ああ! 違う違う」

 一瞬、疑問の表情を浮かべたアツシだったが、すぐにシンジの勘違いに気づくと、手をぱたぱたと振りながら否定した。

「??」

 あれ? 違うんですか? という感じ首を傾げるシンジ。

 それに対し、アツシは苦笑しつつ、勘違いを解くための説明をする。

「アニメ……というか、公式(オフィシャル)じゃ、こんなところまで話は続いていない。もうちっと前の部分で物語は終了している」

「はあ。じゃあ、どの辺まで語られているんですか?」

 よく分からんと思いながらシンジが質問した。

「えーと、それはだなあ……」

 その質問に、アツシが少し答えずらそうにしていると、

「お前がアスカの首を絞めて、気持ち悪いと言われたところで、話は終わっている」

 この男、リュウイチが事も無げに言ってしまった。

 シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 場が激しく沈黙した。



[183] Re[7]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:26
 問題です。

 あなたの前にアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公、碇シンジ君(EOE後Ver)がいます。

 彼はあなたに聞いてきました。

 自分の出ているアニメの最後はどういうオチなのかと。

 さて、何と答えますか?




<CASE1:現役自衛官Aさんの場合>

「うへぇ、答えづらいこときくなあ。
 どうすっかなあ……本人目の前にして、あのラストについて話すのは、さすがになあ……
 絶対トラウマになっているだろうし、ここはTV版の、みんなに拍手されて、おめでとう、ありがとう、のほうでお茶を濁しておくか?」






<CASE2:現役自衛官Rさんの場合>

「お前がアスカの首を絞めて、気持ち悪いと言われたところで、話は終わっている」




 ………………言っちまったよ、この天然(バカ)は………………




















「………………あー、俺が言うのも何だし、今さらのことでもあるが、今はあえて言わせてもらおう。
 リュウイチ。お前にはデリカシーってもんがないのか?」

 アツシはリュウイチを半目で睨みながら言った。

 が、対するリュウイチはどこ吹く風といった感じで、煙草をくわえながら、暗い空を無意味に見上げていたりしている。

 デリカシー? ナニソレ? ウマイノ?

 リュウイチの態度は、そんなふうに感じられた。

 アツシは盛大に疲れたため息を吐きつつ、

「頼むぜオイ! 俺たちの未来は、あいつに懸かっている可能性が、今んところ1番高いんだからさ」

 チラリとある方向、自分たちから少し離れた波打ちぎわで、こちらに背を向け体育座りをしているシンジに、目をやりながら言った。

 どんよりした暗く重い空気を背負い、誰の目から見ても、いじけモードに入っていることが分かる。

 先程彼の中で少し上がったリュウイチへのポイントも、±0(プラマイゼロ)になっていることだろう。

「別に可愛がれとまでは言わんよ。ってゆーか、俺もそんな気は毛頭ない!
 更生のための導き手になる必要もない。2人ともそんなに上等な大人じゃねーしな!
 だがな。シリアス系トラウマに触れるようなことには、も少し気を遣え!」

 言い放つアツシであったが、先程シンジを、アスカの病室でのことや、初号機に溶けていた時のアレな夢をネタにからかった(いじめた?)件に関しては、ギャグで処理できるから良いとでも言うのだろうか?

「とにかく! もうこれ以上余計なことは言うな。余計なこともするなよ! いいな!?」

 アツシは念を押すように指さしながら言い、それにリュウイチは、

「……ああ」

 と、いかにも気のない返事をした。

「…………」

    こいつ……ホントに大丈夫なんだろうな? いや、駄目だろうな……つーか、絶対駄目だ!

 はあ、とまた1つため息。

 アツシは目の前の人物に対し、知り合ってから何度目になるか分からない見切りをつけた。

「さて、んじゃ、いじけ虫君のフォローでもしますかね」

 気分を変えるように言うとアツシは、いじけモード中のシンジへと近づいていった。




















「……ああ……その、何だ……落ち込んでいるところ悪いが、そろそろ話の続きをしてもいいか?」

「……………………」

 体育すわりをして顔を伏せているシンジの横に立ったアツシが、遠慮がちに話しかけるが、おもいっきり無視される。

 このクソガキ、シカトぶっこいてんじゃねーよ! と思いながらも、話しかけ続ける。

「あのなあ。済んだことでいつまでもメソメソしてたって、しょーがねーだろーが。
 だいいち、あの時のお前の精神状態は、普通じゃなかったんだし、情状酌量の余地は十分すぎるほどあると思うぜ」

「……………………」

「だからほら! 元気出せよ! 空元気でもいいからさ。で、とりあえずあのことは忘れろ。
 今は何より、これから先のことについて考えるのが重要なんだから」

 なんとか元気づけようとするアツシだが、

「……人ごとだと思って……」

 シンジが顔を伏せたまま、低い声でぼそりと言った。

「人ごとだもん」

 が、間髪いれずに返されたその台詞に、シンジは一瞬、う゛っとなり、また沈黙した。

 それを見たアツシは、再び話しかけようとするが、今度はシンジが先に口を開く。

「アニメ……僕がアスカの首を絞めて、気持ち悪い、て言われたところで、話が終わっているんでしたよね?」

「ん? あ、ああ……」

 いったい何だろうと思いつつ答えると、シンジがゆらりと暗い顔を上げた。

「続き、教えてあげますよ」

「!」

 アツシは一瞬だけ目を見開いて驚くと、シンジの話に耳を傾けることにする。

 シンジは赤い海を見つめながら話し出した。

「気持ち悪いって言ってからすぐに、アスカはLCLになって溶けました」

「うあ゛、それは、なんというか、後味最悪だなあ……」

 アツシが心底不味そうな顔をして感想を漏らすが、シンジは気にせず話を続ける。

「最初、何が起こったの分からなかったけど、アスカが溶けたんだって分かって、あわててプラグスーツからあふれ出すLCLを押さえました。LCLがあふれ出ないよう必死にがんばったけど、だめなんです。どんどん、どんどん、あふれ出して、砂地に吸い込まれて……」

 その時のことを思い出しているのか、シンジは両掌を見ながら、カタカタと震えていた。

「もういい」

 アツシが制止を促すが、シンジは続ける。

「あっというまに全部流れ出ちゃいました。あなたたちに会うほんのちょっと前のことですよ」

 ははっと力なく笑い、

「僕がアスカを殺したんです。殺したも同じだ。それにこの世界も……」

「もういい、やめろ。分かったから」

 アツシは話を強引に打ち切る。

 シンジがこれ以上自分を追い詰めるのを気にして……というわけではもちろんない。

    ただでさえ気が滅入る世界にいるってーのに、この上、暗い話なんざ聞きたくもねー!

「……分かった……?」

 その時、シンジの様子が変わった。

「何が分かったって言うんですか? あなたに僕の何が分かるって言うんですか!?」

 立ち上がり、言いながらこちらに詰め寄ってくる。

    おいおい、またかよ。勘弁してくれ……

 再び激昂しはじめたシンジにうんざりするアツシ。

 だがそんなことはおかまいなしに、シンジは叫び続ける。

「アニメ見たからって、僕のこと何でも分かった気でいるんでしょう!?」

「あ、いや、そんなことは思っていないが……」

 アツシが言うが、シンジはさっくり無視して、アツシの軍服の腹の辺りを引っ掴み、

「あんたなんかに僕の気持ちが分かるもんか!! アスカを、みんなを、世界を殺した僕の苦しみが、分かるって言うのかッ!!?」

 叫んでアツシの体を前後に激しく揺さぶった。

 だが非力なシンジの腕では、まがいなりにも屈強な軍人であるアツシの体を、ほとんど揺らすことはできなかった。

 それがくやしかったのかどうかは分からないが、さらに色々とわめき続けてくるシンジ。

 しかし、そんな叫びは、右の耳から左の耳へとスルーさせてもらう。

    中二病を患っているガキのたわ言なんざ、いちいち聞いてられっか

 ほっとけば、そのうち疲れて止まるだろうと思い、シンジがわめき叫ぶに任せておく。

 しばらくすると、予想通りに叫び疲れたシンジは、下を向き、軍服を掴んだまま、アツシにぶら下がるようにして沈黙した。

    終わったか?

 と思いきや、最後の台詞をぽつりと呟く。

「そうさ。誰も、僕のことを分かってくれない……理解してくれないんだ」

「!」

 その台詞に反応し、アツシの体が無意識に動いた。

 バシィィィン!

 乾いた音が響くと同時に、シンジの体が吹っ飛んだ。

 その勢いのまま、砂浜に少し滑りながら倒れ込む。

「あ」

 腕を振りぬいたポーズのアツシが、間抜けな声を漏らした。

 アツシがシンジを殴り飛ばしたのである。

「いっけねー、思わず殴っちまったよ」

 こめかみの辺りを人差し指でポリポリとかきながら、気まずそうに呟く。

 だが、殴ってしまったものは仕方ないし、最後の台詞にムカついたのもまた事実だ。

 ならば……




















 シンジが殴られた頬を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

「うあ……な、殴ったね」

 シンジがアツシを睨みながら言うと、

「……殴ってなぜ悪いか! 貴様はいい。そして、わめいていれば、気分も晴れるんだからなァ!」

 右手の拳を開いて、背中を向け、振り向きながら言い返すアツシ。

 その動きは、いささか演技がかっているようにも見える。

「ぼ、僕が……そんな安っぽい人間ですか!!」

 シンジはカッとなり叫んだ。

 するとアツシが駆け寄り、再び殴りかかる。

 パァン!

「ぐっ!」

 アツシの逆平手がシンジの頬を打った。

 激しくよろけるが、今度は何とか倒れずにすむ。

「二度もぶった! ……父さんにもぶたれたことないのに……」

「それが甘ったれなんだ。殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか」

 シンジはハッとして動きを止めた。

 アツシに言われて気づいたのだ。

 自分が今まで、大人に叱られて殴られた体験が全くないことに。

 父親であるゲンドウはもちろんのこと、彼の周りにいた大人でそういうことをしてくれる者は皆無であった。

 ミサトに叱られたこと(あれは半ばやつあたりに近かったが)はあったが、手を上げられることはなかった。

 考えてみれば、自分に一番手を上げていたのは、あの同居人の少女だ(しかも理不尽な理由で)。

 何だかなあ、という気分になり下を向く。

 兎にも角にもシンジにとって、大人に頭を撫でられるに続く、本日二度目の初体験であった。

 突然おとなしくなったシンジに、ちょっとやりすぎたかと、アツシが心配していると、

「人にさんざん注意しておいて、お前がそれか?」

 いつの間にか背後に来ていたリュウイチから、声をかけられた。

 アツシはばつの悪そうな顔をして振り返り、

「いやね。アニメで見てた時は同情的だったんだけどさ。いざ実物を前にしてみると、けっこうムカつくんだわコレが!」

 などと言い訳する。

 それにリュウイチは、ふんと呆れたように鼻を鳴らし。

「大人気ない奴だ」

「おめえにだけは言われたかねーぞ! さっき小銃乱射していたのはどこのどいつだ!?」

 赤い世界にアツシのツッコミが響いた。



[183] Re[8]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2004/07/05 00:36
 つっこむアツシを完全無視して、リュウイチはシンジのほうへと近づいていった。

 接近に気づいて身構えるシンジに、リュウイチはポケットから何かを取り出して差し出した。

「?」

 それはきれいに折りたたまれた、一枚のハンカチであった。

「使え」

 何に? と主語のない物言いに一瞬疑問に思うが、そこではたと気づく。

 殴られた時に口を切ったのだろう、自分が今、口から血を流していることに。

 つまりこれで血を拭けと言っているのだ。

「ど、どうも」

 シンジはおずおずとリュウイチの手からハンカチを受け取った。

 血を拭こうと受け取ったハンカチに目を落とし、

「………………………………」

 思わず凝視し、固まってしまう。

 折りたたまれたハンカチの端に、あるロゴ文字が見て取れた。

 漢字で『機動』と書かれている。

 文字はそこで終わりではなく、折り目の裏にまだ続いているようだ。

    機動…………何?

 シンジは文字の続きがとても気になった。

 そんなのはハンカチを広げれば全てが判明するのだが、なぜだがそれは躊躇われた。

 よく見ればハンカチの模様も、模様ではなく何かの絵が描かれているようだ。

    このハンカチ、広げたいような、広げたくないような、むしろ広げちゃヤバイような、うーん……

「どうした?」

 シンジがハンカチを睨みながら悩んでいるのを、訝しげに思ったリュウイチが声をかけてきた。

「あっ! いや、ナンデモナイデス」

 あわててそう答えると、シンジはハンカチで血を拭うことにする。

 一瞬このハンカチを使うのをためらうが、彼の厚意を無駄にする訳にもいかないので、ハンカチで口についた血を拭いはじめる。

 もちろん、ハンカチは広げず、渡された時そのままの状態で。

 血を拭い終わった後、ハンカチを見て顔をしかめるシンジ。

 自分の血痕による汚れがとても目立った。

「拭けたか?」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 リュウイチの問いに、シンジはあわてて答え、お礼を言った。

 それを聞くと、リュウイチはハンカチを返してもらうため、シンジに手を伸ばすが。

「あ、あのっ……!」

「?」

 シンジが何か言いかけたので、リュウイチは動きを止めた。

「その……ハンカチ、僕の血で結構汚れちゃったんで……ちゃんと洗って返します!」

 シンジは緊張もあらわにそう言った。

 基本的に生真面目で几帳面な彼は、このまま汚れたハンカチを返すのは躊躇われたのだ。

「………………」

 リュウイチは手を中途半端に伸ばした状態で固まったまま、無言でシンジのことを見ている(睨んでいる?)。

「あの……えっと……(汗)」

 そんな何を考えているのか分からない態度に、シンジは不安になる。

 何かまずいことを言ったか? もしかして怒らせてしまったか? 彼はお馴染みの内罰的思考をして、

「すいま……」

「……ああ、たのむ」

 いつもの誤り癖が出かけたところで、リュウイチが答え、ハンカチを受け取ろうと伸ばしかけていた手を引っ込めた。

「……はあ……」

 ドッと疲れた感じのため息を吐いていまうシンジ。

    な、何かこの人、疲れる……

「碇シンジ君」

「ッ! は、はい!?」

 油断してそんなことを考えているところをリュウイチに名を呼ばれ、心臓が跳ね上がりそうになるシンジ。

 いったい何かと思っていると。

「……済んでしまったことの後悔をするよりは反省をしろ。後悔は、人をネガティブにする」

 アスカのこと……いや、今までのシンジの人生全てに対しての台詞であろう。

「……はい」

 自分にとって、まさにこれ以上ないほどジャストミートな言葉だと思い、シンジは神妙に頷いた。

 この筑摩リュウイチという男。

 先程の件と言い、思わず頷いてしまうようなことを突然言う。

「それとだ……」

 リュウイチが心なしか言いにくそうな感じで言葉を続けた。

「先程は、俺の相棒がすまなかったな」

「ああ」

 先程……アツシがシンジを殴った件だ。

「許せ、とは言わない。ただ、あいつもお前のことを憎くて殴ったわけじゃない。だから、あまり悪く思わないでくれ」

 ガシィ!

 その時、リュウイチの背後からぬぅーと伸びた手が、彼の肩をおもいっきり力強く掴んだ。

「ちょっと待てや」

 続いて、地の奥底から響くようなトーンの声。

 アツシであった。

 そのこめかみには怒りマークが浮かんでいる。

「……何だ?」

 リュウイチが前を向いたまま、うざったそうに聞く。

「何だ? じゃねえよ。俺を悪(ワル)にして、ちゃっかり自分だけ善い人なるよう話を持っていってんじゃねーよ!」

「……何のことだ?」

「すっ呆けんなッ! 自分のやったことはオール棚上げにしやがって!
 そもそも、あーいうことなったは、元を辿ればてめーが原因じゃねえか!」

 リュウイチの肩を掴んだアツシの手に力が入り、指がぎりぎりと食い込む。

 かなり痛いはずなのだが、リュウイチの表情に変化は全く見られない。

 そして涼しい顔で言い返した。

「やれやれ、責任転換か?」

「! お・の・れ・は~」

「いいかげん離せ!」

 バシィン!

 リュウイチは自分の肩を掴んでいたアツシの手を乱暴に払い除けた。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 無言で睨み合う2人。

「……え? え? あ、あのー…………(冷汗)」

 突如訪れた険悪な空気にシンジがうろたえていると。

 バッ

「!」

 2人は相手との距離をとるべく、同時に後ろに跳んだ。

 ズザシャーッ

 砂浜の上を滑るように着地した2人は、相手を油断なく見ながら、ファイティングポーズを取った。

「……やはりてめえとは1度決着(ケリ)をつけなきゃならねーよーだな」

 不敵な笑みを浮かべながら言うアツシ。

「能書きはいい。来い」

 静かに言い放つリュウイチ。

 アツシの顔から笑みが消える。

「へっ! 楽に死ねると思うなよ!」

「お前がな」

 そこで2人の言葉を交わす時は終わりを告げた。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、2人は拳を交える時へと移行する。

 先に動いたのはアツシであった。

 僅かに腰を落とし、前傾姿勢になったかと思うと、一気にリュウイチ目掛けて駆け出した。

 対してリュウイチは動かず、その場で迎撃体勢をとった。

 砂埃を上げて突進し、リュウイチへと迫るアツシ。

 あっという間に両者の距離は縮まり、

「うおおおおっ!!」

 アツシが叫びながら拳を振り上げた。

 それに合わせるようにリュウイチは、拳を胸のあたりに引いて構えた。

 互いが拳を突き出そうとした、まさにその時……

「やめてください!!」

『!?』

 シンジが両手を広げて2人の間に割って入った。

 この少年、基本的にヘタレなのだが、アニメ本編中でも見られたように、時々発作的に、良くも悪くも勇気のある行動をする妙な部分があった。

 突然目の前に立ちふさがったシンジに、アツシは驚き、そして焦った。

 すでに拳は繰り出してしまっている。

 元々リュウイチのボディを狙った拳は、このまま行けば、シンジの顔面中央への衝突コースだ。

 止められるかどうかはタイミング的に微妙。

 だがやらねば!

 こんなモヤシっ子に、まがいなりにも軍人として鍛えられた自分の本気パンチが当たったりしたら……考えただけでも恐ろしい。

 アツシは必死に己が拳を止めようとする。

    うおおおおっ!!

 アツシには、自分の拳がシンジの顔面に吸い込まれていく様子が、スローモーションで見えた。

 徐々にシンジの顔に迫っていく拳。

 接触まであと10cmを切った。

    止まれェェーッ!!




















 拳はシンジの鼻っ面の先数cmの所でピタリと止まった。

 寸止めした拳が生み出した風圧で、シンジの前髪が舞い上がった。

「セーフ」

 と、アツシがほっとしたのも束の間。

 ぱこん

「!?」

 シンジは後頭部に何かが当たり、前につんのめった。

 そうなると当然、

 ばきゃっ!

「ぐはっ!」

「あ!」

 目の前にあったアツシの拳にぶち当たるわけで。

 鼻をしたたかに打ったシンジは、鼻を手でおさえてしゃがみ込んだ。

 その後ろには、拳を突き出したポーズで立っているリュウイチ。

 どうやらこちらは寸止めが間に合わず、攻撃がシンジの後頭部に当たってしまったらしい。

 まあ、威力の大半は削がれていたようなので大丈夫だろう。

 シンジがしゃがみ込んでしまっているのも、鼻はちょっとした攻撃でもけっこう痛く感じる箇所だからだ。

 その証拠に鼻は手でおさえていても、後頭部はおさえていない。

 あちゃーという感じで、痛がるシンジを見下ろす2人。

 気まずい雰囲気が流れる。

 だがその変わりに、先程までの険悪な空気は消え、2人ともすっかりクールダウンしている(萎えたとも言う)。

 というわけで、君の犠牲は無駄ではなかった。

 良かったねシンジ君。




















 後にシンジは、彼ら2人がああいうことになるのは、割と日常茶飯事のじゃれあいみたいなもので、(彼ら基準で)怪我をしない程度にしかやり合わないので、ほっておいても問題なしということを知るが、それはまた別の話。



[183] Re[9]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/07 23:43
 21世紀初頭。

 その日、陸上自衛隊に所属する私、利根アツシ2等陸尉と、同僚の筑摩リュウイチ2等陸尉は、高機動車にて演習場へと向かっていた。

 しかし、その途中、我々の車は何の前触れもなく、異世界へと飛ばされてしまう。

 そこは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』劇場版完結編、『THE END OF EVANGELION』の全エピソード終了後の世界であった。

 赤い海と、暗い空と、荒廃した大地が広がる世界で、我々はエヴァンゲリオンの主人公である少年、碇シンジと出会う。

 はたして、この世界に我々が飛ばされたのは、偶然なのか? 必然なのか?

 碇シンジとの邂逅には、どのような意味があるのだろうか?

 我々がこの世界で成すべきことは?

 そして、我々は元の世界へと帰ることができるのであろうか?

 答えは、まだ出ていない……










 赤い海の白い浜辺に3つの人影があった。

「アー、アー、アー、こんなものですか?」

 何やら発声練習をしながら訊く、白い半袖Yシャツに黒のスラックスという、典型的な夏の学生服姿をした中学生くらいの気弱そうな少年こと、碇シンジ。

「うーん……もうほんのちょい、心持ち低めかな」

 そう答えたのは、陸上自衛隊の迷彩服に身を包んだ、やや茶髪のお気楽そうな男こと、利根アツシ。

「…………」

 無言で見ているのは、同じく陸自の迷彩服を着た、黒髪のクールそうな男こと、筑摩リュウイチ。

「ア~、このくらいですか?」

「そう! そう! そんくらい! いい感じ! いい感じ!」

 アツシはグーと親指を立て、やや興奮気味にOKを出す。

 隣でリュウイチもウンウンとうなずいている。

「じゃあ、そのトーンでさっき教えたヤツを頼むわ」

「ええ、それでは、いきますよ……」

 わくわくといった感じで自分を見ているアツシとリュウイチに、シンジはオホンと一度咳払いをしてから、いつもより低いトーンの声で言い放った。


















































「綺麗な薔薇には棘がある……。

 ローーズ・ウィップ!!!!」











『おおーっ!!』

 パチパチパチパチパチパチ

 ポーズつきで言ったシンジのその台詞を聞き、感嘆の声を上げながら拍手する自衛官2人。

 さらにシンジは続けざまに、先程と同じ声のトーンで別のポーズを取りながら台詞を叫ぶ。


















































「新たな時代に誘われて、

 セーラーウラヌス華麗に活躍!!

 ワーールドーーシェイキング!!!!」











『うおおおーーっ!!』

 パチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッ

 先程以上の拍手と叫びと感激の自衛官2人。

 察するに、実際に会ったシンジの声が、アニメどおりの緒方恵美の声だったので、彼女の他作品の役の台詞を言わせてみたようだ。

 ようなんだが……何やってんのあんたら?

「うまい! うまい! そっくりだよ!」

「そ、そうですか?」

 興奮交じりに自分を褒めるアツシに、シンジは顔を赤らめ、頭を掻いて、照れながら答える。

「もう最ッ高! 本物とほとんど聞き分けがつかねえよ! っていうか、全く同じ!」

 テンション高く喋るアツシの隣で、リュウイチも「うんうん」と無言で肯定の頷きをしている。

「正直、最初はあまり期待していなかった。同じ緒方ボイスとは言え、所詮は演技ド素人の中坊だからな。

 だが結果はどうだ!? クリ・カンのルパンも裸足で逃げ出す勢いじゃねーかちくしょうめッ!」

 バッと大げさに両腕を広げながら、喜色満面で語るアツシ。

「うむ。これなら緒方恵美もいつでも安心して死ねるな」

 静かながらも内心興奮しているのか、縁起でもないことを口走るリュウイチ。

「ひょっとして小さい頃、劇団に入ったりしていなかったか?」

「いえ、そんなことはないですよ」

 アツシの質問に、首を横に振って答えるシンジ。

「ホントに?」

「はい」

「じゃあ、これは天賦の才能ってやつかな?」

「ああ。天才だ」

「ちょっと褒めすぎじゃないですか?」

「何をおっしゃる。初めてであれだけの演技ができるやつを、天才と呼ばずして何と呼ぶ?」

「チルドレンなどという仕組まれたものと違い、あれは君自信が生まれ持った才能だ」

「そう、ですか?」

「そうさ! もっと自信持っていいんだぜ!」

「君は自分を過小評価し過ぎるきらいがある」

「そうなんですかね?」

「おうよ! お前なら緒方恵美の声の影武者になれる!」

「むしろ緒方恵美を脅かせ。君にはその力がある」

「分かりました! 僕、緒方恵美になります!」

「よく言った! それでこそ主人公だ!」

「少年よ神話になれ、だな」

「ぷっ、なんですそれ?」

『あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ』

 ほがらかに笑い合う3人…………って、何かおかしいだろ!

 こいつらヤバくない?

 軽くヤバクない?

 何気にヤバくない?

『はっはっはっはっはっはっはっ……はあ……』

 笑っていた3人は、いきなりげっそりと疲れたため息をついた。

「……こんな現実逃避している場合じゃないと思うんですけど」

「うるせぇ。現実逃避でもしなきゃ、やってられねーだろが」

「………………」

 死んだ魚のような目で問いかけるシンジに、これまた死魚の目で答えるアツシ。

 リュウイチは、無言であさっての方向を見て、すっとぼけている。

 いったい彼らに何があったのか?

 時間軸は今より少し遡る。










「SS……ですか?」

 シンジは首をかしげながら、その聞きなれない単語を口にした。

 浜辺での邂逅から、無駄に停滞していた物語も、今ようやく動き出そうとしていた。

 シンジがアホ自衛官2人の喧嘩(彼ら主観で軽いじゃれ合い)に、ヒロインよろしく割り込み、名誉の負傷(鼻と後頭部を軽く打つ)を負った後。

 いーかげん話を進めねばと、アツシはシンジに説明する。

 エヴァの二次創作であるネット小説……いわゆるSS(もしくはFF)の存在を。

 そのSSの様々なジャンルと内容について。

 今回重要となるエヴァSSでは有名なあのネタ、碇シンジの使徒化に関しては、特に詳しく語った。

 シンジは時々質問をしながら、アツシの話を真剣に聞く。

 リュウイチは、たまに分かり難い部分に補足説明を入れる以外は、基本的に黙って見守っていた。

 しかし、EOEラストの風景をバックに、自衛官2人が碇シンジに対し、エヴァSSについて真面目に説明する……。

 はたから見たら、何ともシュールな光景である。

「……なるほど。そういことですか」

 全ての説明が終わった後、シンジは得心がいったという顔で答えた。

「それにしても……皆さん色々とよく考えますね」

 先程説明されたエヴァSSのことを指して言うシンジ。

 その顔には、どこか複雑な感じの苦笑が浮かんでいた。

 自分の知らない所で、色々な人に、自分を主人公とする様々な物語が書かれていたのだ。

 本人としては複雑な気分にもなろう。

「ま、あの結末には、みんな相当腹に据えかねたんだろうな」

 アツシはあれだけ多くのエヴァSSが生まれた理由について語る。

 確かに、もしエヴァが過半数の人に納得いくような終わり方だったら、あれほど膨大な数のSSは生まれなかっただろう。

 しかし、実際は賛否両論の内、否の方が多い結末だった。

 納得できなかった者たちは、各々自分たちなりの決着の場を求める。

 その1つがSSであった。

 彼(彼女)らは、物語を理想の形に導こうと奮闘する。

 ある者は、結末部分をハッピーエンドに差し替え。

 ある者は、物語全体を再構成する。

 ある者は、キャラを物語の始まりにタイムスリップさせ、人生をやり直させ。

 ある者は、オリキャラもしくは作者自身が物語へと介入する。

 様々なSSが書かれ、それらがさらに亜種を生み。

 結果、エヴァのSSは、ネット上にあふれかえった。

「……ある意味、復讐だな」

「おう、まさにその通り!」

「復讐?」

 ぼそりとリュウイチが言ったことに、アツシは同意するが、シンジは意味が分からない。

「そう。自分たちの期待を裏切った監督への復讐さ」

 アツシは不気味な笑みと声色で疑問に答える。

 思わずびくりとするシンジ。

「現在ネットにあるエヴァSSのほとんどが、逆行物と本編再構成物なのが良い証拠だ。

 あれらは庵野秀明に対する怨念が、具現化したものに他ならないのじゃよ。

 ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ……」


 何故か後半、年寄りモードになり、『源平討魔伝』のババアのような笑いをするアツシ。

 それにシンジは、顔を引きつらせて後ずさる。

「……っと、話が脱線したな。つまりお前が使徒化するってのは、あくまでSS上のネタで公式のものじゃないが、あながち的外れな考えでもない」

 アツシはきりりと真面目な顔になり、話を本筋に戻した。

 その代わり身の速さに、シンジは感心するやら呆れるやら。

「あれだけの儀式の依り代になったわけだし、劇中の生命の実を手に入れ、神に等しい存在に云々というような台詞もある。

 副作用で使徒化くらいしてても、おかしくはないと思うわけだが……ここまではOK?」

「あ、はい」

 話が理解できたか訊かれ、こくりと頷くシンジ。

 確かにあの凄まじい儀式の中心にいたのだから、体に何らかの変化が生じていてもおかしくはない。

「……で、どうなんだ?」

「どうとは?」

「だから、今、使徒化してそうか?」

「ああ! そう、ですね…………すいません。正直分かりません」

 アツシの問いに、シンジは少し考えた後、申し訳なさそうに答えた。

「今なら世界征服くらい軽くやれちゃいそうだ! っていうような気分は?」

「全然ないです。というか、使徒になるとそういう気分になるんですか?」

「いや、何となく」

「何となくって……だいたい、使徒になっているかどうかなんて、どうやって判断するんですか?」

「……劇中じゃ、パターン青が検出されると使徒だったが……」

「マギがないと分かりませんね」

「そうなんだよなあ」

『うーーーーん』

 2人して悩んでいると、今まで沈黙を守っていた人物から、天啓が来た。

「A.T.フィールドを展開できるか、試してみたらどうだ?」

『あ!』

 リュウイチに言われ、2人は一瞬、間抜けに口を開いて固まった後、

「そうだよ! A.T.フィールドだよ!」

「すっかり忘れていましたね!」

 行き詰まりから抜け出せたことを喜び合う。

 A.T.フィールド(Absolute.Terror.Field=絶対領域)。

 それは、ヒトを分かち、形作るもの。

 誰もが持っている心の壁。

 だが使徒の持つA.T.フィールドは、ヒトのそれとは出力が桁違いである。

 自分の周囲に物理的障壁として展開することが可能で、それは絶大な防御力を誇り、あらゆる攻撃を遮断する。

 A.T.フィールドの展開こそ、使徒であることの証明となるのだ。

「A.T.フィールドの展開の仕方は分かるよな?」

「はい。そのへんはエヴァで何度もやっているので、展開の感覚は覚えています」

 アツシが念のために訊くが、シンジは自信を持って答えた。

「んじゃ、さっそく試してみよーか」

「はい」

 頷くとシンジは、A.T.フィールドを展開した時、2人を巻き込まないよう、少し距離を置いて立つ。

 そして、静かに瞑目し、集中を開始した。



[183] Re[10]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/03 10:13
「いよいよだな」

「ああ」

 アツシとリュウイチは、A.T.フィールドを展開するべく、精神集中を開始したシンジの後姿を見ながら言った。

 このまま終末の世界で、ゆるやかに野垂れ死ぬか。

 使徒のミナクルとびきり全開パワーで、この絶望的局面を打開するか。

 彼らの命運は、眼前の頼りない少年の肩にかかっていた。

「さてと、うまくいくといいんだが……というより、そうじゃないと困るんだが」

「今は彼を信じるしかあるまい。他に俺たちにできることはない」

「……そうだな……」

 そう言ったのを最後に会話は終わり、2人は静かに、フィールド展開に孤軍奮闘するシンジを見守る。

 その瞳には信頼の光があった。

 このどうしようもなく頼りない少年ではあるが、彼はいつもここぞという時には決めてくれている。

 いざという時には、きらめく人物であった。(劇場版の時はアレだったが……)

 現在、本当にシャレにならない超絶望的状況下だが。

 それでもシンジなら……シンジならきっと何とかしてくれる……。

 理屈では説明できない強い信頼がそこにはあった。










   10分後。

「まーだー?」

 自分たちの乗ってきた高機動車に寄りかかったアツシが、チョコバットをかじりつつシンジに訊いた。

 リュウイチもその横で同じように車に寄りかかり、煙草を吸ってくつろいでいる。

「すいません。もうちょっと待ってください」

 シンジは頭だけ振り返って謝った後、再び前を向いて集中する。

 A.T.フィールド展開の兆しは、まだなかった。










     さらに10分後。

「まーだー?」

 高機動車のタイヤにぐでーと寄りかかって座ったアツシが、プチチョコビスをぼりぼり食べながら訊いた。

 リュウイチにいたっては、その横に仰向けで寝転がり、煙草の煙をぷかぷかとドーナツ状に吐いていたりしている。

「すいません。もうちょっと待ってください」

 頭だけ振り返って謝るシンジ。

 その際、だらけた自衛官2人の姿が目に入り、一瞬顔が引きつるが、再び前を向いて集中する。

 A.T.フィールド展開の兆しは、まだなかった。










     さらにさらに10分後。

 やっぱり、 A.T.フィールド展開の兆しは、まだなかった。

 シンジもそろそろオーバーロード気味で、「うーん、うーん」などと、ウンコが詰まったような唸り声を上げている。

 チロルチョコを1個、口に放り込んだアツシは、ふと視線を横にずらす。

「ZZZZZZZZZZ……」

 そんな状態のリュウイチがいた。

 さらに視線を離れた向こうの方に移動すると。

 砂にまみれた赤いプラグスーツが視界に入った。

「…………」

 アツシは無言で立ち上がり、何となくプラグスーツの方へ歩いて行く。

 そして、しゃがんでそっと触れてみる。

 プヨン

「お」

 プヨンプヨン

「おお」

 プヨンプヨンプヨン

「おおお! プヨンプヨンしてて面白れー♪」

「何やってんだ?」

 新しいおもちゃを発見したガキのようにはしゃぐアツシの背後に、いつのまにか起きたリュウイチが立っていた。

「おう! お前も触ってみろ! 面白いから!」

「…………」

 ニコニコしながらプラグスーツを目の前に差し出され、少し逡巡の後、リュウイチはそれに触れてみた。

 プヨン

「む」

 プヨンプヨンプヨン

「ほう。確かに面白い触り心地だな」

「だしょ! だしょ!」

 そう言ったアツシが何気にスーツの腕の部分を引っ張ると、ビヨーンとゴムのように伸びた。

「おおっ? これ結構伸びるぞ♪」

 スーツはアツシが両腕一杯まで広げて伸ばしても、まだ全然余裕があった。

「よし! どこまで伸びるか見てみよう! リュウイチ、お前は足の方持ってろ」

 そう言ってスーツの両足を掴ませ、自分はスーツの両腕を掴んだ。

「いいか? しっかり掴んでろよ……そぉれっ!」

 リュウイチに最後に念を押すと、アツシはスーツを掴んだまま、後ろに早歩きし始める。

 ビヨヨーーーーーーーーーーーーーーン

「おお! すげー! すげー!」

 スーツは歩いた分だけ、どんどん伸びていく。

 ビヨヨーーーーーーーーーーーーーーン

「おいおい! まだ伸びるよコレ!」

 思いのほか伸びるそれに、はしゃぎまくるアツシ。

「おい! 絶対手ぇ放すなよなー!」

 アツシは、それなりに距離が離れたリュウイチに、さらにまた念を押す。

 だが、その裏では……。

(くっくっくっ。スーツが限界まで伸びきったところで、手を放しちゃる。死ぬがよろし)

 などという、お約束なことを考えていた。

 そうこうしているうちに、スーツの伸びも限界に近づき。

(くらえッ! ゴムゴムのー……)

 だがそんなお約束なことをしようとすれば、当然相手もお約束の行動を取るわけで。

「……バズーカ」

 リュウイチはボソリとそう言うと、アツシより先に掴んでいた手を放した。

 バチィンッ

「ぶべらっ!!」

 ドサッ

 アツシは勢いよく縮んだスーツに顎を一撃され、変な悲鳴を上げながら盛大にぶっ倒れた。

「ぐっ……おのれぇー、読んでいたか」

「阿呆が」

 赤い顎をして悔しがるアツシを、リュウイチは冷たく見下ろす。

「あんたら何やってんですか!!?」

 赤い世界にシンジの怒声が響き渡った。










「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」

 シンジは、おもいっきり怒鳴ったことと、怒りによる興奮で、息切れをしていた。

「だってヒマなんだモン」

「モン、じゃないですよ」

 幼い子が拗ねたよなアツシの言い草に、シンジのムカツキ度は増す。

 リュウイチは例の如く、我関せずといった感じで、一歩下がった所で部外者気取り。

「アスカのプラグスーツで遊ばないで下さいッ! おもちゃじゃないんですから!」

 というより、遺品である。

 そりゃあシンジも怒る。(そのことで怒っているかどうかは分からないが)

 なのに、この男ときたら、

「もしかして欲しいとか?」

 などと言って、赤いプラグスーツをシンジに掲げて見せる。

「…………いりません!」

「間があったぞオイ」

「とにかく!!」

 シンジは誤魔化すように叫ぶ。

「騒がれると、気が散って集中できないんで、静かにしていて下さい!

 静かにしていて下さるなら、何やっていても構いませんから」

「りょーかい」

 へらっとした笑みを浮かべながら、気の抜けた返事をするアツシ。

 シンジは、「本当に分かっているのかな? まったく……」などと、ぶつぶつ言いながら、A.T.フィールド展開作業を再開する。

 足を開き気味に立ち、拳が腰の横に来る形で腕を曲げる。

 武道家や応援団などに見られる、いわゆる押忍のポーズだ。

 体全体が力んでいるのが、アツシたちから見ても分かった。

「……はあああああああああああ」

 気合を入れるあまりか、シンジの口からそんな声が漏れ聞こえた。

「おいおい。超サイヤ人に変身するんじゃないんだからさ」

 アツシの小声のツッコミに、しかしシンジは敏感に反応する。

 がばっと勢いよく振り返り、髭のパパもびっくりのメンチを飛ばしてきた。

 どうやらフィールド展開がうまくいかず、相当いらついているようだ。

 睨まれたアツシは軽く肩をすくめると、口端に手を持っていき、チャックを閉める真似をして口を閉じた。

「ふん」

 それを確認したシンジは、前に向き直り、構えをとり、集中を開始しようとして、

 ぐぐぅぅーーーーーーーーーー

「っ!!」

 腹の虫が、後ろの2人にも聞こえるほど盛大に鳴った。

 最後に食事をとったのは何時だったろうか?

 考えてみれば、かなりの長い時間、食事をしていない。

 いじけてたり、戦自が攻めてきたり、サードインパクトが起こったり、アスカの首しめたり、変な異界人に会ったりと。

 この間、初号機に乗った時のLCL以外は何も口にしていない。

 そりゃあ腹の虫も盛大に鳴く。

「…………」

 無言で固まるシンジは、羞恥のため耳まで赤くなっていた。

 それを見たアツシは苦笑し、腕時計を見る。

 “自分たちの”日本時間でも、そろそろ昼時であり、ちょうど良いのでアツシは言った。

「一旦休憩にして飯にするか」




















(注意)今回作中でのプラグスーツの表現は、本作独自のもので、公式設定ではありません。



[183] Re[11]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/09/27 22:51
「ふふんふふふん♪ ふふんふふふん♪ ふふふふふふふふふふっふーふん♪」

 終末の世界に響く、不釣合いなメロディー。

 それは、『3分クッキング』のテーマの鼻歌。

 アツシは鼻歌を歌いながら、車の中からダンボール箱を2つ降ろす。

「…………」

 リュウイチは無言で、先程シンジに乱射した小銃を車に戻してから、ガチャガチャと何かの道具を取り出している。

「ふんふんふんーふん♪ ふんふんふんーふん♪ ふんふんふんふんふんふんふんーふん♪」

 アツシはダンボール箱を開けると、それぞれからオリーブドラプ色をした四角いパックを3つずつ取り出した。

 片方の3つは、パックの一部が透明になっており、中身が見えた。

 中身は何の変哲もない、白米ご飯であった。

 これこそは自衛隊の誇るレーション、『戦闘糧食Ⅱ型』(通称・パック飯)である。

 旧型である缶詰め方式の『戦闘糧食Ⅰ型』(通称・缶飯)は、調理に手間がかかる上に(米飯缶は缶ごとに5分以上茹でなければならない)、歩きながら食べられないなどの欠点もあった。

 それらを改善すべく、80年代後半から数種類の試作を経て、90年に正式採用されだのがこのパック飯である。

 調理時間が短縮され、持ち運びに便利で、食べた後のゴミも少なくすむことから、現場の隊員からも好評らしい。

 アツシが取り出したうち、白飯が主食パックで、透明部分がない方は副食パック、つまりおかずである。

 ちなみに、この副食パックの内容はビーフカレーセット。

 現在彼らは、昼食の調理の準備をしていた。

 まあ調理と言っても、パック飯はいわゆるレトルト食品なので、湯せんで温めるだけだが。

 リュウイチは取り出した3つの飯盒に水を入れ、それぞれを携帯燃料(固形燃料)を使って火にかける。

「ふんふんふんーふん♪ ふんふんふんーふん♪」

 湯が沸いてきたところで、アツシは副食パックを袋の端の切込みから裂いて開け、中身を取り出した。

 その際、完全には引き千切らず、端をつなげたままにしている。

 これは不用意にゴミを残さないための配慮で、そうするように指導されているのである。

 副食パックの中から出てきたのは、カレーにツナサラダ、それに福神漬けの計3つのパック。

 アツシはその中からカレーパックを、主食の白飯パックといっしょに、それぞれ飯盒の中に入れていく。

「ふん♪ ふん♪ ふんふーんふん♪

 やっぱ飯盒はⅠ型がいいなあ。新しいⅡ型に比べてかさばるけど、パック飯がすっぽり入るからな」

 新型の飯盒Ⅱ型はⅠ型に対し、コンパクトな割りに蓋と中蓋が深く、ハンドルで蓋と中蓋が結合出来るので片手で蓋と中蓋を一緒に持つことができる。

 つまり鍋としての機能よりも食器としての機能を優先させた自衛隊独特の飯盒なのだ。

 大きさが従来の半分近くになり、持ち運ぶのにもかさばらなくなったが、代わりに缶飯もパック飯も、はみ出てしまうので温められなくなった。

 また、この飯盒ではインスタントラーメンが作れないので、隊員からは不評であった。

「待ってな。あと10分くらいでできっからさ」

 アツシは、今まで自分たちの作業をぼーっと見ていたシンジに向かって言った。

「はあ……」

「? 何だよその気のない返事は。腹減ってんじゃないのか?」

 シンジの反応にアツシが眉をひそめる。

「あっ、いえ、お腹は空いているんですが……」

「が?」

「その、のんきに食事なんかしてて良いのかな、て……」

 最後の方は消え入るように言うシンジ。

 A.T.フィールド展開が全然うまくいかなかったので、気が引けるのだろう。

「良いの良いの。疲れ腹減り状態でがんばったとこで、何もうまくいかないから」

 だがアツシは、何だそんなことかといった感じで、軽く返した。

「それに、こんな臭いがする場所で食事なんて……」

 背後の赤い海に視線を向けながら言うシンジ。

 確かにこの海のせいで、辺りには血のような臭いが漂っているが。

「こんだけの時間ここにいれば、お互い、いいかげんもう慣れちまったろ?

 血の臭いつったって、しょせんはただの鉄臭だし。

 ま、これで周囲に無数の惨殺死体でも転がっていたら、視覚効果も相まって事情は異なるがな」

 はっはっはっ、とアツシは軽く笑い飛ばす。

「いや、でも……」

 しかし、なおもごにょごにょと言うシンジに、アツシの片眉がぴくりと跳ね上がる。

「っとーに、おめーは」

 アツシはため息を吐くかのように言うと、

「ウジウジウジウジ」

 シンジに背を向けながら、そんな言葉を口にし、

「ウジウジウジウジ!」

 さらに続いて同じ言葉を、前より少し大きな声で言い、

「イライラするぞっと!」

 叫ぶと同時にシンジに急速接近して、

 ぐわしっ

「うわっ!?」

 彼の頭を思いっきり掴んだ。

「あったくよー。煮え切らねーやつだなあ」

 やや据わった目でそう言うと、掴んだ頭の拘束を強めていく。

 ぎりり……ぎりぎりぎりり……ぎり

「痛っ! ちょっ、いたっいたたっ! 痛いっ! 痛いですって!!」

 シンジが悲鳴を上げてもがくが、アツシはお構いなしに質問する。

「小僧。貴様は飯が食いたいのか? 食いたくないのか? イエス? ノー?」

「いっ、イエース! 食べたいです!!」

 シンジが正直な答えを、必死に叫んだところで、アツシの拘束は解かれた。

「最初っから素直にそう言えやいいんだよ」

 やれやれだぜといった感じで、アツシはパック飯を温めている飯盒の所まで戻っていく。

 そんなアツシの後姿を、シンジは「うー」と唸って頭を両手で押さえながら、涙目で恨めしそうに睨んでいる。

 そのシンジの様子は、はっきり言って、腐女子様のハートに直撃弾モノで。

 もう、ときメモって、ラブにコメって、シンジきゅん萌え~、押し倒してもOKだろコレ? といった感じであったが。

 今ここにいるのは、シンジと陸自の野郎2人だけであった。

 残念、無念、まーた来世ー(意味不明)。










「あちちっ」

 熱い湯に指が軽く触れてしまい、顔をしかめるアツシ。

 あれから約10分が過ぎ、自衛官2人は、出来上がったバック飯を湯から引き上げていた。

 まず主食パックを開け、ご飯を飯盒の外蓋によそう。

 続いて副食のビーフカレーのパックを開封すると、湯気とともにカレー独特の香辛料と牛肉の香りが広がった。

「……(ごくり)」

 いやがおうにも食欲を刺激する美味しそうな香りに、シンジは思わず生唾を飲み込んだ。

「ふっ」

 そんな様子を横目で見て微笑しながら、アツシはカレーを、よそったご飯の上にかけていく。

 そして福神漬けをカレーをかけたご飯の端に添え、最後にツナサラダを飯盒の中蓋に盛って完成である。

「さあ食うぞ。ヘイ、ボーイ! カモーン!」

 アツシが、自分の分の食事を確保しながら座り、今だ突っ立っているシンジを招く。

 その横では、すでにリュウイチが黙々と食べ始めていたりする。

「あ、はい」

 シンジはとてとてと歩いていくと、残された自分の分の食事を手に取り、自衛官2人の前に腰を下ろした。










「美味しい」

 食事を口にしたシンジの第一声がそれであった。

「軍隊のこういう食事って、味気なくてまずいイメージがあったんですが。こんなに美味しいなんて、意外です」

 シンジは称賛のコメントをすると、カレーを結構速いペースで次々と口にかっ込んでいく。

 そのキャラに似合わぬ食べっぷりは、それだけ腹が空いていた証拠であろう。

「そりゃそうさ。なんたって、我が自衛隊の戦闘食のうまさは世界一ィィッ! だからな」

 シンジの称賛にアツシが得意気に答えた。

「(もぐもく、ごくんっ)そうなんですか?」

 口の中のものを飲み込んだシンジが、軽く驚いた様子で聞いた。

 アツシの言うとおり、自衛隊の戦闘食は、世界的に見ても質・味ともに非常にレベルが高く、92年のカンボジアPKOの際には、参加した各国軍隊によって開かれた戦闘食コンテストにおいて、堂々の第1位に輝いている。

「へえ、すごいんですね」

「まあな」

 感心するシンジに、アツシがまた得意気に答える。

 そこで、ふと気づいたことをシンジが言う。

「でも、このカレーって、味的にはスーパーとか売っているレトルトカレーに近い感じですね」

「って言うか、そのものだな」

「へ?」

「これ、ハウス食品製だもん」

「そうなんですか!?」

 アツシの口から出た会社名に、シンジは驚く。

 軍隊の戦闘食を民間食品会社が作っているのが、意外だったからだ。

「他のメニューもみんな民間の食品会社が作ってるぜ。意外に思えるかもしれないけど、『餅は餅屋』にってことさ」

「なるほど」

 アツシの説明にシンジは納得する。

「それより、こっちにもやっぱハウス食品はあるんだ?」

「え? ああ、はい」

 その後も、取り留めのない話をしながら、食事は進んでいった。

 その間、リュウイチだけは、何かを考えているように、ずっと無言であったが。

 無口なのはいつものことなので、アツシも特に気にはしなかった。










「ふう……ごちそうさま」

 食事を食べ終わったシンジが、満足の穏やかな笑みともに言った。

 ちなみにアツシとリュウイチは、一足先に食べ終わっている。

 普段より食べるペースの速いシンジであったが、やはり現役陸自隊員2人の食べっぷりには敵わなかった。

「ほい!」

「わっ! と」

 シンジはアツシに何か小さい箱を投げ渡され、あわてて両手でキャッチする。

 手の中に収まった箱を見てみると、それは『きのこの山』と言うチョコ菓子であった。

「デザートだ。疲れている時は甘いものが良いぞ」

 そう言うアツシの手には、シンジに渡した菓子の姉妹品である『たけのこの里』がある。

「どうも…………あの、いったい、いくつお菓子をどうやって隠し持っているんですか?」

 先程、自分がA.T.フィールドの展開に挑戦していた時も、後ろで様々な菓子を食べていたのを思い出し、シンジが聞く。

 あれだけの菓子を持てば、彼の制服は着膨れするはずだが、実際にはそんな様子はない。

 中には明らかにポケットからはみ出る形状のものもあるのにだ。

 で、シンジの質問に対するアツシの答えは……。

「うふふv 女には男にはない秘密の引き出しがあるのよ。坊やv」

 ぞわわぁぁぁーーーッ

 裏声女言葉、おまけに“しな”まで作って言ったアツシの台詞に、シンジは盛大に引いた。

「きっきっ、気持ち悪いこと言わないでくださいッ!!」

 真っ青な顔で冷汗をかきながら後ずさるシンジ。

 だがアツシは、

「言った俺の方が気持ち悪いわ!! 見ろ! このさぶイボ!!」

 逆切れし、制服の袖をまくり上げ、鳥肌の立った腕を見せた。

「だったら最初から言うなあーッ!!」

 赤い世界にシンジのツッコミの叫びが響く。

 碇シンジは、原作ではどちらかと言うと、(天然)ボケな属性のキャラであったが。

 この馬鹿2人といると、どうもツッコミ属性になってしまうようだ。

 ……どうでもいいことだけどね。

『…………………………………………』

 ちょっと気まずい沈黙が流れた後、アツシがおずおずと口を開いた。

「今のことは、記憶から抹消してください」

「はい」

 シンジが静かに頷くのを確認し、アツシは話題を変えることにする。

「さて。一休みしたら、A.T.フィールド展開に再チャレンジするわけだが……。

 ちなみに、フィールドを展開する時のイメージって、どんな感じなんだ?」

 たけのこ里を1個つまみながら聞くアツシ。

「イメージ、ですか? そうですねー……盾や壁というよりは、拒絶、といった感じですね」

 シンジもきのこの山を1個つまみながら、少しの思案の後、そう答えた。

「あ、やっぱり(サクッ)」

 アツシがたけのこの里を口に入れる。

「え? やっぱりて?(ボリッ)」

 シンジもきのこの山を口に入れた。

「二次創作上の解釈も(サクサク)、大体そんな感じなんだよ(ゴクン。たけのこの里うめえ)」

「(バリボリ)そうなんですか?(ゴクン。あ、これ結構美味しいかも)」

「だが(サクサク)、午前中の結果を見る限り(ゴクン)、そのイメージ方法じゃ駄目みたいだな」

「ええ(バリボリ)。やっぱりエヴァの時とは(ゴクン)、勝手が違うんでしょうか?」

「だろうな。あれはエヴァのA.T.フィールドであって、パイロット自身のA.T.フィールドじゃないからな(サクリ)」

「ですよね。となると、どうしましょうか?(バリボリン)」

 菓子をパクつきながら悩む2人。

 と、アツシが何か思いついた顔をする。

「1つ妙案があるが」

「……すごく嫌な予感はしますが、一応なんですか?」

 どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべるアツシに、シンジは訝しげな視線を送りながら聞いた。

 この男がこういう顔をした時は碌な事がないと、短い付き合いながらシンジは理解していた。

「いや、少年漫画によく見られる、ひっじょーにベタな方法なんだがな。

 お前を死の危険にあわせ、その極限状態によりA.T.フィールドの展開を「却下!」

 シンジが説明の途中で被せるように叫んだ。

「そんな一発勝負の方法、できるわけないでしょう!

 だいたい、その方法で成功するなら、さっき銃で撃たれた時、フィールドが展開されているじゃないですか?」

「ああ、そういやあそうだな……(ちっ)」

「……(今、『ちっ』て言った!?)」

 シンジの理にかなった説明により、残念そうにだが納得するアツシ。

 それじゃどうするかと、再び悩みだす2人に声がかけられた。

「無理だと思うぞ」

 振り向けば、食事の用意をしている時からずっと無言だったリュウイチが、食後の一服をしながら冷ややかな視線を向けていた。

「ああ? 何言ってんだよ。諦めたらそこで試合終了だって安西先生も言ってるだろーが」

 いきなり弱気発言をしたリュウイチを、アツシは非難するが。

「試合そのものができない状態なんだよ」

「? ……どういう意味だ?」

「彼は……使徒化していない」

『!?』

 リュウイチにはっきりと断言され、シンジとアツシは目を見開く。

「おいおい。そう決め付けるのは早計だろ?」

 まだ分からないだろうと、アツシが反論するが、

「使徒がスタンドアローン可能なのは何故だ?」

 リュウイチは、いきなりそんな質問をしてきた。

「は? そりゃあもちろん、永久機関であるS2機関が…………あ?」

 何故突然そんなことを聞くのかと、アツシは首をかしげながらも答えようとし、ふと何かに気づく。

「……あ……ああ……」

 そして、だんだん目と口を開き、驚愕の表情へと変化していき、


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 次の瞬間には大声をはり上げた。

「ダメじゃーーーん!」

 ずでーんと仰向けにぶっ倒れるアツシ。

「え? 何? どういうことですか?」

 まだ理由の分からないシンジが、アツシとリュウイチを交互に見ながら訊ねる。

 それに答えたのはリュウイチであった。

「使徒は例外なく、無限のエネルギーを生み出すスーパー・ソルノイド・エンジン、すなわちS2機関を備えている。

 もしお前が使徒になっているなら、腹なんて減らんだろ?

「……あ」

 シンジは一瞬呆けたような顔をした後、


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 先程のアツシ同様、絶叫した。










 レッドオーシャンのホワイトビーチには、重苦しい沈黙が漂っていた。

 波の音以外は聞こえない。

 『使徒の力でうまいことやっちまおう作戦』は、シンジが使徒化していないという根本的なところでコケてしまった。

 やはり現実は小説のようにうまくはいかないのである。

 当然だ。

 当然なのだが……。

 結構、いや、かなり期待していただけに、3人のショックは大きかった。

 リュウイチは、シンジに使徒化していないことを教えた後、再び口を閉ざしてしまった。

 アツシは仰向けに寝っ転がったきり、一言も言葉を発していない。

 で、使徒化していなかった当の本人であるシンジはというと、おもいっきり気まずそうにしていた。

 例によって例の如く、内罰思考MAX状態であることは、想像に難くない。

 そんなわけで、沈黙に耐え切れず、最初に声を発したのは彼であった。

「あの……すいません」

 いつもの癖で、とりあえず謝罪の言葉を口にするシンジ。

 すると、今まで寝ていたアツシがのっそりと起き上がり、シンジに視線を向けた。

「…………」

 そのまま無言でジィーと見つめられる。

 シンジは居心地が悪くなり、何かを言おうと思ったちょうどその時、

「……なあ」

「はっ、はいっ!」

 声をかけられ、あわてて返事をする。

 ドクッドクッドクッドクッドクッドクッ

 いったい何を言われるのだろうか?

 緊張で心臓が早鐘のように打ち始めた。

「お前って……」

 ドクッドクッドクッドクッドクッドクッドクッドクッ

「やっぱり……」

 ドッキンばくばくドッキンばくばく

「声は緒方恵美なんだな」

「………………………………はい?」

 かくして、物語の時系列は、前々回の冒頭へと戻るのであった。



[183] Re[12]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/10/22 14:35
 ザザーン

 ザザーン

 赤い海。

 白い砂浜。

 昏(くら)い空。

 十字のポーズで石化して方々に突き刺さっているウナゲリオン(EVA量産機)。

 半分しかない白いでっけー綾波レイの顔。

 そんなとってもお馴染みの風景が広がるここは、EVAのEOE(専門用語)の世界。

『…………』

 現在2人の自衛官、アツシとリュウイチが、砂浜に無言で向かい合って座っている。

 彼らが向かい合う間には、高さ20cm前後の砂山があり、その頂上には、89式小銃用の銃剣(バヨネット)が刺さっていた。

 2人はその砂山を、戦闘前の作戦会議に出席しているような真剣な面持ちで見つめている。

「…………」

 アツシが動いた。

 砂山におもむろに手を伸ばすと、

 ズザザーー

 山の端から一掴みほどの砂を取り崩した。

「…………」

 続いてリュウイチが動いた。

 ズザザーー

 アツシと同じように、砂山の砂を一部取り崩す。

「…………」

 次にまたアツシが動き、

 ズザザーー

 先程のように砂を崩し、

「…………」

 ズザザーー

 続いてまたまたリュウイチが、同じように砂を崩す。

 以後2人は、その動作を無言で繰り返していく。

 必然、砂山はどんどん小さくなり、そこに突き立った銃剣は不安定になっていく。

 それにともない、彼らが1度に取る砂の量は減っていき、動きも慎重になってくる。

「…………」

 ズザ……ザザ……ザ……

 何度目かの砂の除去。

 銃剣の刺さった根元に、わずかに残るまでになった砂山から、アツシがそーっと人差し指と中指で、軽く砂を取ろうとする。

 その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

 ……ズズ……

「!」

 その時、銃剣がわずかに傾いた。

 思わずアツシの動きが止まる。

 だが、銃剣は何とかそこで踏み止まり、倒れることはなかった。

「……ふう」

 アツシは安堵のため息をつくと、途中だった砂取り作業を続行する。

 ……ズザ……ザ

 無事に砂の除去を完了し、さあ次はリュウイチの番だというところで、

 ……ズ……ズズ……

「!!」

 多少傾斜した状態で持ちこたえていた銃剣が、再びゆっくりと傾き始めた。

「お……おおお……!」

「……!」

 アツシとリュウイチが固唾を呑んで見守る中、

 ズズズズズズ……パタン

 突き立てられていた銃剣はついに倒れた。

「だあっ! くそっ」

「フッ……」

 アツシが自分のひざを叩いて悔しがり、リュウイチは微笑して倒れた銃剣を拾うと、それを使って地面に何かを書き込む。

 そこにはすでに、2×6のマス目で分けられたスコア表が描かれていた。

 リュウイチは、『あ』と書かれた右隣のマスに×を、『り』と書かれた右隣のマスに○を、それぞれ書き込んだ。

 対戦結果を書き終わると、2人は砂を掻き集め、先程と同じくらいの砂山を作り、その頂上に銃剣を銃剣を突き立てた。

 そして今度はリュウイチから砂山に手を伸ば……

「どりゃあっ!」

 ドシャッ

『!』

 ……そうとしたところで、シンジが横から乱入し、砂山をおもいっきり蹴り崩した。

 さらにシンジはその勢いのまま、地面のスコア表もゲシゲシと蹴り消してしまう。

「ああっ! 何すんだよ!?」

「それはこっちの台詞です! あんたらこそ、こんな時に何してんですか!?」

 アツシが抗議の声を上げるが、ちょいキレ気味のシンジは受け付けず、逆に彼らの行動を問いただす。

「おい」

 するとリュウイチがシンジに声をかけた。

 彼に苦手意識を持つシンジは、ついつい身構えてしまう。

「まさかこの世界には……」

    世界!? もしかして、けっこう重要なこと言おうとしている!?

 シンジがそんなことを考える中、リュウイチの口から出たのは……。

「棒倒しはないのか?」

「………………」

 天然ボケた答えに、シンジは一瞬呆けた後、


「そんなこと聞いてるんじゃありませーん!!!!」


 大音量で咆哮した。

 ちなみにその瞬間、怒鳴られた自衛官2人は、やけに慣れた様子で耳を塞いでいたことを、ここに明記する。










「まあ落ち着け少年。とりあえず、『FTO、GO!』って言ってみ」

「声優ネタはもういいです!」

「じゃあ、砂で城でも作るか?」

「あの時、実際できたのは墓(ピラミッド)だったがな」

「精神世界ネタもいいです!」

「会った時から思ってたけど、お前情緒不安定気味なんじゃねーか?」

「ま、あんな目に遭った後じゃ、無理もないが」

「9割方はあんたらのせいですから! うぐっ……!?」

 ボケ自衛官2人にツッコミを入れていたシンジだったが、突然、胃のあたりを襲った鈍痛に呻いた。

 どうやら急激なストレスが胃にきてしまったらしい。

「……いつつ……い、胃が……」

 軽く脂汗をかき、胃のあたりを押さえるシンジ。

「おいおい、大丈夫かよ?」

「サードインパクトで溶けた状態から再構成する過程で、何か不備でもあったか?」

「だから誰のせいだと……というか、怖いこと言わないでくださいよ」

 シンジはアツシを恨めしい目で見つつも、リュウイチが言ったシャレにならないことに恐怖する。

「とにかく! さっきも言いましたが、今はそんな現実逃避をしている場合じゃないでしょう!」

 気を取り直してシンジが、2人に言い放った。

「そだね。じゃ、具体的にどうすんだ?」

「うっ」

 しかし、アツシにそう切り返され、言葉に詰まる。

 それを見たアツシはふふんと勝ち誇った笑みを浮かべ。

「はっ。代替案もないくせに偉そうに。だからお前はケツのまだまだ青いガキなんだ!」

「ううっ」

 ビシッと指をさされて言われ、うろたえるシンジ。

「で、でも、だからって、現実逃避してて良い理由にはなりませんよ!」

 だが何とかそう言い返す。

 そこだけは譲れなかった。

「『逃げちゃダメだ』ってか?」

「は、はい」

 自分の名台詞で揶揄され、ややどもりながらも頷くシンジ。

『くっくっくっくっくっ』

「!?」

 するとアツシとリュウイチが突然、頭に手を当て、怪しく笑い始めた。

 いったい何事かと、困惑するシンジを他所に、2人の笑い声は大きくなっていく。

『はっはっはっはっはっ』

「ちょっ……え? なに??」

 シンジは笑う2人をきょろきょろと交互に見る。

『あーっはっはっはっはっはっ!!』

「何がおかしいんですか!?」

 ついには、体を後ろに仰け反らせた高笑いなり、シンジは悲鳴に近い声を上げる。

「……いや、すまない」

 2人は笑いを止めると、アツシが一言そう謝り、説明を開始した。

「実はな。次の策はもうすでに発動しているんだよ」

「えっ……!?」

 意外も意外なその答えに、シンジは目を丸くして驚いた。

「い、いつから?」

「お前が使徒化していないことが判明したその瞬間から」

 シンジが驚きの表情のまま、無意識に漏らした疑問に、リュウイチが律儀に答えた。

「どこぞの作戦部長と違い、本物の軍人ってやつは、つねに二手三手先を読み、複数の策を用意するものなのさ」

 そしてアツシが得意気に語る。

「はあ」

 感嘆のため息。

 一見おちゃらけていても、目の前の2人はやはり本職の軍人なんだと、シンジは心底感心する。

 同時に、自分たちNERVが如何になんちゃって軍事組織であり、あの戦いが如何に綱渡りだったかが、今さらながら分かり、薄ら寒いもの感じた。

 ……まあ、あれは、戦う相手も、取り扱う兵器も、非常に特殊だったので、一概に比べられるものではないかもしれないが。

「それで、その策とは、いったいどんな策なんですか?」

 期待に目を輝かして聞くシンジ。

 それにアツシは、にやりと不敵な笑みを浮かべて答えた。

「名付けて、奇想作戦『理性の術策』!」



[183] Re[13]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/11/12 21:48
 神の企てか?

 悪魔の意思か?

 現実→エヴァという体験をする羽目になった、2人の現役バリバリ陸上自衛官、利根アツシ&筑摩リュウイチ。

 しかも、トリップした時間軸が、EOEアフターという駄目っぷり。

 だが、能天気で神経の太い2人は、特に焦ることもなく。

 せっかくだから、この世界唯一の人間であろう、エヴァ主人公こと碇シンジに会いに行く。

 そして、シンジに会った2人は、彼がネット上のSSでよく見られるように使徒化していて、そのミナクルな力で元の世界に帰してもらおうなどという、とんでもなく虫のいいこと考えるが……。

 現実はもちろん、そんなに甘くはなく、シンジは全く使徒化していなかった。

 望みが絶たれたことで、現実逃避行動に精を出す陸自隊員2人。

 これに腐っても一作品の主人公であるシンジがキレた。

 『逃げちゃ駄目だ!』『そんな大人、修正してやる!!』

 ところが、一喝したシンジに対し、なぜか彼らは、八神式三段高笑いをかました。

 困惑しながら訊ねるシンジに、アツシは意外な答えを返す。

 『次善の策はすでに弄してあります』

 彼の口から出た、奇想作戦『理性の術策』。

 果たして、いかなる作戦なのだろうか……?










「理性の術策……? それはいったいどんな作戦なんですか!? 教えてください! お願いします!」

 期待に瞳を輝かせ、やや興奮気味にアツシに訊ねるシンジ。

「まあまあ、落ち着きたまえ少年。そんな興奮しなくても教えてやるから」

 そう言っていったん間を置くと、アツシは話し始めた。

「説明しよう! 奇想作戦『理性の術策』とは、エヴァSSにおける、EOEからの話展開パターン其の弐を基にしたものである! あ、ちなみにパターン其の壱は、さっきポシャった使徒化ね。パターン其の弐では、この赤い海辺でうな垂れているお前の前に、ある人物が現れる。それは、ミカエルだったり、ルシファーだったり、神様だったり、平行世界の力をつけたお前だったり、多作品のキャラだったり、最強オリキャラだったり。とにかくスゲーやつが、いきなり何の脈絡もなく現れて、お前に力を与え、逆行なり、異世界トリップなりしてくれるという、最高にイカレ、もとい、イカシタ話だ! つまり! 奇想作戦『理性の術策』とは、そういった『通りすがりの超存在』が現れるのを、俺たちもじっくり待ってみよーじゃないかという、シンプル・イズ・ザ・ベストで、すばらしく、ありがたい、由緒ある、霊験あらたかな作戦なのデス(死)!!」

 ギレン総帥の演説の如く、身振り手振りをしながら、アツシは一気に作戦概要を説明した。

「………………………………………………………………………………………………って、おい!」

 説明を聞き終えたシンジは、しばらくポカーンとフリーズした後、ツッコミの声とともに再起動した。

「そんな頭のてっぺんから足の先まで、ご都合主義で煮しめたような展開が、現実に起こると本気で思っているんですか?」

 シンジが身を震わせ、盛大に顔をひきつらせながら訊く。

「アニメのキャラがアニメの世界でなーに言ってんだか」

「使徒戦の大半はご都合主義で乗り切っているしな」

「ここにいっしょに存在する時点で、僕らにとってここは現実世界でしょうが!」

 茶化すようなことを言ってきたアツシとリュウイチに、シンジが怒鳴る。

「だいたい何なんですか? 奇想作戦『理性の術策』って!

 奇想は……ある意味分かりますが、あの内容のどこをどう取ったら、理性の術策なんですか!?」

「いや、別に、カッコイイでしょ?」

 特に意味はなかったらしい。

「『カッコイイでしょ?』じゃないですよ! ……はあ。まったく、名前からして胡散臭いと思ったら」

「何だと貴様! あやまれぇっ! 大高総理にあやまれぇーっ!!」

「誰ですか大高総理って!? ……あ、話がまた脱線しかけてるし」

 そこでシンジは、軽く深呼吸をして気を落ち着けると、真剣な顔をアツシとリュウイチに向ける。

「お二人とも、正直に答えてください」

「スリーサイズと体重以外なら」

「さっきの質問なんですが……」

 シンジはアツシのボケを無視った。

 「ちっ」とつまらなそうに舌打ちをするアツシ。

「本当にそんな都合の良い超存在が現れると信じていますか?」

 その問いに自衛官2人は、フッと余裕の笑みを浮かべ、

「ああ、信じている」

「『果報は寝て待て』だ」

 と、自信満々で、さわやかで、格好つけた感じで答えた…………が。

「目が物ッ凄い泳いでいるんですけど」

『!』

 2人の両の目は、それは見事な泳ぎっぷりであった。

 アツシの目はクロールで、リュウイチの目はバタフライで、バッシャバッシャと勢いよく泳いでいる。

「はあ? んなことあるわけねーべ。気のせいだよ。幻覚だよ」

「おそらく、補完計画の依り代にされた後遺症だろう」

「いやっ! おもいっきり泳いでたじゃないですか! あと、だから怖いこと言わないでください!」

 あからさまにとぼけるアツシに叫びつつも、リュウイチの言ったシャレにならないことに恐怖するシンジ。

「だーじょうぶじょぶ! 必ず助けは来る! ま、ここはじっくりいこーや」

「この世にあり得ないなんてことはあり得ない」

 今度はシンジの目をしっかり見て言いながら、アツシはまた、どこからともなく板チョコを出してかじり付き、リュウイチは煙草をくわえ、ライターで火を点ける。
 
 それを見たシンジは、

「利根さん、チョコの銀紙むくの忘れてますよ。あと筑摩さん、煙草が逆さまです」

 と、ジト目で静かに言い放つ。

「あっれー? どーりで、歯がギンギン痛いと思った」

「む、火がうまく点かないわけだ」

 言われた2人は、銀紙ごとかじり付いていたチョコと、逆さにくわえていた煙草を、それぞれ口から放す。

 そんな彼らを、シンジはジト目で睨み続け。

「もしかして……表面上は余裕ぶっこいてますけど、実は現状にかなり動揺してます?」

『ッッ!!』

 その言葉に、アツシはおろかリュウイチまでも、おもしろいように反応する。

 図星だったらしい。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 3人の間にしばし流れる沈黙。

 それを破ったのは……アツシであった。

 彼は何かぼそぼそと呟き出し、何だろうと、シンジとリュウイチが訝しげに目をやると。


「……っていうか!
 
 綾波レイか渚カヲル、その辺に隠れてんじゃねぇーのかぁっ!!?」



『!?』

 突然のその叫びに、驚くシンジとリュウイチ。

「綾波レェェーーイ!! 出てこぉーーい!! あーやーなーみー!! 出てこいやあッッ!!

 綾波さんちのレイちゃーーん!! 出てきなさぁーーい!!

 レイさん、いや、レイ様!! ホント頼んますから出てきてください!!」

 アツシは、驚く2人にかまうことなく、そこらじゅうに向かって叫び続ける。

「どど、ど、どうしちゃったんですか利根さん!? まさか暴走!?」

 アツシのその奇行に訳が分からず、どもりながら横にいるリュウイチに訊ねるシンジ。

「……ああ、なるほどな」

 だが、リュウイチは納得顔で言った。

「何がなるほどなんです?」

「EOEから始まるSSパターン其の参だ。いや、其の弐補足かな?」

「?」

 首を傾げるシンジにリュウイチは説明する。

「ここでいじけているお前を、綾波レイや渚カヲルが現れて、助けてくれるというのも、SSでよくあるパターンなんだ」

「あ!」

 リュウイチの説明を聞くと、シンジが何か気づいたような声を上げた。

「どうした?」

「あの、僕、この浜辺で目を覚ました時、綾波を見たんです!

 すぐ消えちゃったんで、幻かと思っていたんですが、もしかしたら……!」

 現状打破の有力な手がかりなのではと、意気込んで話すシンジであったが、

「知っている。そのシーンはアニメにも出てきた。おそらくSSのも、そのシーンが基となって生まれたネタだ」

「そう、ですか……」

 返ってきたリュウイチの答えに、がっくりと首をたれる。

「おい! おまえらもいっしょに呼びかけろや! ゴラァッ!!」

 意気消沈していると、アツシが拳を振り上げ、血走った目で言ってきた。

 互いの顔を見て、頷き合うシンジとリュウイチ。

 逆らわぬが吉と判断し、言うとおりにする。

「綾波ィィーー!!」

「綾波ー!」

「綾波ー」

 アツシの叫びに、リュウイチとシンジが追随する。

「レイレーイ!!」

「ッ!(レイレイ!?) 綾波ー! いたら出てきてー!」

「綾波ー」

「おーーい!! レイちゃんやーーい!!」

「綾波ー!」

「綾波ー」

「赤目ぇぇーー!!」

「(赤目って……)綾波いるのー!?」

「綾波ー」

「綾波っちーー!!」

「(“ち”はやめてよ)綾波ー!」

「綾波ー」

「綾波ィィーー!!」

「綾波ー!」

「林原ー」

「林原ぁぁーー!!」

「はやし……え!?」

「めぐみのー」

『東京ブギーナイト!!』

「!??」

 いきなりリュウイチが違う苗字を言い、アツシが続き、シンジが言いかけて止まり、リュウイチが今度は違う名前を言い、最後はアツシとリュウイチの叫びがハモった。

 シンジは何が何だがさっぱり分からず困惑顔。

「……って、連想ゲームかよッ!!?」

 アツシがリュウイチの左側頭部めがけて、ツッコミ代わりの鋭い回し蹴りを放った。

 ドガッ

 しかしリュウイチは、あっさりと左腕で防御する。

 そして、当然ながら今のネタが分からないシンジは、ただ呆然とするばかり。

(……何なのこの人たち? もしかして軍人て、みんなこんななの……?)

 そんなことを思うシンジの頭には、ビールが大好きだった上官の、微笑んでいる顔が浮かんでいた。










【林原めぐみの東京ブギーナイト】
 綾波レイ役の声優、林原めぐみがパーソナリティを務める、TBS系ラジオの長寿番組。
 内容は、基本的にリスナーからのお便りを読みながらのトーク番組。たまに、ゲストを呼んだり、ラジオドラマを放送することも。
 ここ数年聴いていないが、たぶんまだやっていると思う。



[183] Re[14]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2005/11/27 14:10
 このエヴァEOEアフター世界において、現状を打開する数少ない手段の1つ   『綾波レイ様召喚作戦』。

 マジで切羽詰った彼らにとって、それはエヴァSSお約束的展開という、本来の目的以上の意味を持っていた。

 はたして、救いの女神(リリス)は降臨するのであろうか……?










 ……はい、降臨しませんでした♪

「ちぃっ。あのウサギめ! SSじゃ、いつも話の導入部で、ソッコー姿現すくせに……」

 アツシが吐き捨てるようにぼやいた。

 あの後   しばらく呼びかけを続けたが、綾波レイの現れる様子はまるでなかった。

 ちなみに、アツシがレイをウサギと言ったのは、彼女の目が赤く、肌が色白だからである。

「こういう時に現れない綾波レイなんて、チャーハン作れない母ちゃんくらいイラネーぜ!」

「アンタ! 母親と綾波を何だと思ってるんですか!?」

 アツシの訳ワカメな例えに、シンジの鋭いツッコミが飛ぶ。

「……で、どうするんだ?」

 リュウイチがアツシに訊いてきた。

 暗に、これ以上呼びかけても、時間の無駄だと言っている。

「そうだなあ……」

 アツシは腕を組んで、ほんの数秒ほど思案すると、

「よし! 綾波レイは諦めよう」

 さっきまで、必死に大声で呼びかけていたのが嘘のように、あっさりと言った。

 そして……

「というわけで次、渚カヲルいくぞ!」

「ええ?」

「…………」

 今度は渚カヲルを呼びかけようと言う。

 それに対し、あからさまに嫌そうな顔をするシンジとリュウイチ。

「ほら、そんな顔すんなよ」

「だって、さすがにそれは、無理があるんじゃ」

 難色を示すシンジ。

「そうだ。渚カヲルは二十四話でこいつがぬっ殺してるだろ」

「ッ!」

 リュウイチも隣のシンジを指差しながら言った。

 相変わらずのデリカシーのない物言いに、シンジの顔にどんよりと暗い影がさす。

「はい! そこの中学生! 暗くならない!

 元気出していこう! 日本男児でいこう! 侍でいこう! 声掛け合っていこう!」

「いや、意味分かんないんですけど」

「うん。俺にも分からん」

 アツシの意味不明な励ましの台詞にシンジが問うが、返ってきたのは支離滅裂な答え。

「自分で言ったんじゃ……」

「とにかく! 今は藁にも縋る状況だろーが! つべこべ言わずにやるぞ」

 シンジのさらなる疑問を口にしようとするが、アツシはそう言ってさえぎった。

「はあ、分かりました」

「ふぅ。了解」

 まあたしかに、アツシの言うことも一理あると思い、シンジとリュウイチはダメモトでやってみることする。

 かくして、またこの赤い世界に、人名を呼ぶ大合唱が響き渡る。










「カヲルーーっ!!」

 アツシががなる。

「カヲルくーーん!!」

 シンジがヤケクソ気味に叫ぶ。

「渚カヲルーー」

 リュウイチがあまりやる気がなさそうに呼ぶ。

「なーぎーさー!!」

「カヲルくーん!」

「カヲルー」

「カーヲールー!!」

「カヲルくーん!」

「カヲルー」

「若白髪ーーッ!!」

「(若白髪ッ!?)カヲルくーん!」

「カヲルー」

「KA・WO・RU・NA・GI・SA!!」

「(何故にローマ字口調?)カヲルくーん!」

「カヲルー」

「ホモーーっ!!」

「ホッ……!?」

「ホモー」

「ホモー!!」

「いや……」

「ホモー」

「ホモー!!」

「ホモー!」

「ホモー!!」

「ホモー!」

「あの……」

「ホモー!!」

「ホモー!」

「モーホー!!」

「モーホー!」

「ちょっと……」

『ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! 保ー毛!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! 保毛尾田!! 保毛男!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!! ホーモ!!』

 ぶちっ


「ちょっと待てやッッ!!!!」


 いつしか始まった、アツシとリュウイチの『ホモ』の大合唱を、シンジが怒声を上げて止めた。

「……何だよ?」

 アツシが、せっかくノってたのに邪魔すんなよ、という感じで、顔をしかめて言った。

 デフォルト無表情のリュウイチも、やや不満そうな顔をしている。

 だがシンジは、そんな2人の様子に怯むことなく訊く。

「誰がホモなんですか?」

 2人は一瞬だけ顔を見合わせ、

「ンなもん、第十七使徒タブリスこと渚カヲルのことに決まってるだろーが」

「そう。渚の『・・・・・』(かぎかっこ)こと渚カヲル」

「って、古いなオイ」

 などと、相変わらずの微妙なネタをまじえつつも、あっさり答えた。

「なっ!? カヲル君は別にホモじゃないでしょ!」

 裏切られたとは言え、一応は心許した友達だった相手をホモ呼ばわりされ、怒りをあらわにするシンジ。

 だがそれに対し、アツシとリュウイチはもう一度顔を見合わせ、

「えーと、お前それ、マジで言ってるの?」

「あ、あたりまえじゃないですか!」

 信じられないといった感じで訊いてきたアツシに、少々とまどいながらも、はっきりと答えるシンジ。

『ふぅーー』

 シンジの答えを聞いた自衛官2人は、同時に呆れたようなため息をつき、やれやれと肩をすくめる。

「な、何ですか?」

 2人の態度にますますとまどうシンジ。

 そんな彼に説明するため、アツシが口を開く。

「あのさあ。人とのふれあいに飢えているのは知ってるけどさあ。もう少し警戒心を持とうぜ」

「警戒心、ですか?」

「そう! お前、警戒心なさすぎ!」

「! そ、そんなこと、ないと思うんですけど……」

 びしっと指さされて言われ、びくりとしながらも、否定の言葉を口にするシンジであったが。

「ほう。いかに父親からとは言え、『来い ゲンドウ』としかない怪しさ大爆発の手紙で、のこのこ呼び出されて行くやつがか?」

「うぐっ……」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。

 思えば、あの手紙の呼び出しに応じたのが、ケチのつきはじめだった。

 いや、もっと前、母親がエヴァの実験で消滅してからか。

 いやいや、そもそも、あの両親の子として、この世に生を受けたことがすでに。

 そんなことを考え、軽く鬱に浸っているところに、アツシが話しかけてきた。

「まあ、お前の目にどう映ったかはともかく、客観的に見たら十分ホモだからアレは。

 モーホーッスわ。ジュネッスわ。ヤオイッスわ。HGッスわ。そりゃ女の子たちがウハウハするわ。

    ありゃ狙ったねガイナ」

 最後にいらんことまで言う。

「うーーん……そうかなあ……?」

 それでもまだ煮え切らないでいるシンジに、リュウイチが爆弾を投下した。

    N2級の。

「アニメ製作初期段階じゃ、お前とキスする予定もあったらしいしな」

「何ですとッ!!?」

 シンジはリュウイチの方に、がばっと勢いよく振り向き、これでもかというほど驚愕した顔を見せた。

 その驚きぶりたるや、使徒戦でピンチに陥った時以上だ。

「何を驚く? そうでもなきゃ、あんなキャラ生まれるかよ。ヤツの言動をつぶさに思い出してみろ」

 しかしアツシは、シンジの驚く様子を見ながらも、事も無げに言った。

「はあ。言動、ですか……?」

 言われてシンジは、渚カヲルに会ってからの彼の言動を思い出してみる   









『知らないことはないさ』
(初対面で自分の名を知っていることを訊ねたら)

『カヲルでいいよ』
(初対面なので苗字で呼ぼうとしたら)

『君と?』
(いっしょに風呂に入っている時、消灯時間で明かりが消え、もう寝なきゃと言ったら)

『好意に値するよ……好き、てことさ』
(風呂でいきなり手を握られ、色々語られた最後に)

『僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない』
(彼の部屋に泊まった時、ふと隣で寝てる彼を見ると、自分を微笑んで見つめながら)









「……そ、そう言われてみれば……」

 シンジはややかすれた声で呟いたかと思うと、見る見る顔が青ざめていき、ガクガクブルブル震え始める。

「ようやく自分が、いかにヤバイ状況にあったか、理解したようだな」

 ガクブル状態のシンジを見て、ウンウンと頷くアツシ。

「そんなことよりどうするんだ? 渚カヲル出てこないぞ」

 ガクブル状態のシンジを黙って見ていたリュウイチが、視線だけアツシに向け訊いてくる。

「まさか、俺らがいるから出てこないんじゃないだろーな?」

「……あり得るかもな」

 アツシの何気なく言った一言を、わずかな逡巡の後、リュウイチは肯定した。

 考えてみれば、逆行モノのプロローグで出てくるレイやカヲルは、大抵シンジのこと以外はアウト・オプ・眼中……いや、むしろ邪魔とさえ思っている節もある。

 だとすると、今はシンジにだけコンタクトを取る隙をうかがっているのかもしれない。

 自分たちを極秘裏に始末し、シンジには元の世界に帰したとか言う気かもしれない。

「くっくっくっ……そうはいくかよ」

 そこまで考えたアツシが、低い声で笑って言った。

 あくまで可能性の話。

 しかも、二次創作の設定を参考にしたものなので、かなり低い可能性。

 だが可能性としてあることが分かってしまった以上、無視すことはできない。

「なら、無理にでも引きずり出してやるぜ」

 にやりと口元に怪しい笑みを形作ったアツシは行動に移った。

 未だガクブルしているシンジの背後に移動し、その肩にポンと手を置く。

 びくっとして振り返るシンジに視線を合わせることなく、アツシは中空を見つめている。

「? ……あの」

 シンジが疑問を口にしようとした時、アツシが中空に向かって叫んだ。

「綾波レイ&渚カヲル! どっちでもいいから、いたら聞けェッ!

 今から10数える間に、俺たちの前に出て来ぉい!

 もし姿を現さなかったその時は……」

 そこでシンジの首に腕を回して、ぐいっと引き寄せ、高らかに言い放った。

「この少年にイタズラをする!

 くり返す! 姿を現さない場合は俺はマイケルと化し、この少年にすごいイタズラをする!!」



「え゛え゛ーーーーッ!!!!??」



[183] Re[15]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2006/01/02 01:14
「この少年にイタズラをする!

 くり返す! 姿を現さない場合は俺はマイケルと化し、この少年にすごいイタズラをする!!」



「え゛え゛ーーーーッ!!!!??」

 レイとカヲルをいぶり出すべく、アツシの口から放たれた衝撃的台詞。

 そのとんでもない内容に、シンジは当然ながら吃驚仰天した。

「ちょっ、なな、何言ってんですかいきなり! じょ、冗談ですよね!?」

 超が付くほど焦ったシンジは、大量の冷汗をかき、どもりながらアツシに訊くが。

「ファオ! ファオ! ッダッ!!」

 そんな声を上げながら、華麗にダンスを踊っていて、アツシは何も答えてくれない。

「ねえッ! 本気じゃないですよね!? ブラフですよね!?」

「ファオ! ファオ! ッダッ!!」

 再度の問いかけも無視された。

 おまけに、やけに上手いムーンウォークまで披露され、とっても嫌な感じである。

「踊ってないで答えてくださいよ!!」

「10(zehn<ツェーン>)……9(neun<ノイン>)……8(acht<アハト>)」

「ぢょわっ!!?」

 そうこうしている間に、リュウイチが無情の10カウントを開始した   何故かドイツ語で。

 思わず、原作でもしなかったような、変な叫び声を上げてしまうシンジ。

「7(sieben<ズィーベン>)……6(sechs<ゼクス>)」

「わわわっ! ちょっと待ってください!!」

 シンジはあわてて、両手を前に出してバタバタ振りながら、カウントの中止を求めるが……。

「5(funf<フンフ>)……4(vier<フィア>)」

「うわあーッ!! ストップ! ストーップ!! やーめーてーッ!!」

「ファオ! ファオ! ッダッ!!」

 もちろん、リュウイチは無視してカウントを淡々と続け、アツシは相変わらず高音で叫びながら踊っている。

「3(drei<ドライ>)」

「ああーっ!!」

「2(zwei<ツヴァイ>)」

「ああああーーっ!!」

「1(eins<アイン>)」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっっ!!!!」

 シンジが泣こうが喚こうが、カウントは止まらず。

「0(null<ヌル>)」

「あ……」

 ついにカウントが終了してしまった。

 ザザーーーーン ザザーーーーン

 辺りは波の音以外聞こえない静寂に包まれる。

 結果として、綾波レイと渚カヲルは姿を……現さなかった。

『………………』

 しばしの間、無言でたたずむ3人。

 その沈黙を破って、最初に言葉を発したのはリュウイチであった。

「……現れないな。やはりいないか。それとも、あるいは……」

 と、シンジにチラリと目を向けて続ける。

「見捨てられたか?」

 ピキッ

「ううっ……綾波ー。カヲルくーん」

 リュウイチのその一言に、ちょい泣きしながら、いじけるシンジ。

「ま、たぶん前者だと思うがな」

 それを見て、一応フォローを入れるリュウイチ。

 彼にしては珍しい。

 そしてリュウイチは、未だ沈黙を続けているアツシに声をかける。

「さて、どうする?」

 それに、いじけて下を向いていたシンジが、ハッとして顔を上げ、アツシを見る。

 現在、彼はこちらに背を向けており、その表情はうかがえない。

「……(ごくり)」

 シンジは、緊張と不安が混ざった面持ちで、アツシの後姿を見ながら、生唾を飲み込む。

 すると、それを合図にしたかのように、アツシはゆっくりとシンジに振り返った。

 そして……。

「でもイタズラはしまーーーーす☆」

「わっ!! かん高い声っ!!」

 やけにかん高い声で叫んだかと思うと、驚くシンジに速攻で襲いかかった。

「ファオッ♪ ファオッ♪」

「わーーーー!! やめてマイケルぅ~~~~!!」










「おーーい。何もしないから、こっちに戻っておいでー」

「……(ふるふるふるッ!)」

 アツシが優しい声音と笑顔で、少し離れた所に転がった、人一人が隠れられるくらいのコンクリートの残骸(恐らくは破壊された町の物)に向かって手招きをする。

 だが、その残骸の影に隠れたシンジは、恐怖に彩られた顔を、残骸の影からわずかに覗かせ、しきりに首を横に振るのみで応じない。

 完全に怯えて巣穴に引きこもる小動物状態である。

「……だめだこりゃ」

 アツシはため息を吐きつつ、リュウイチの隣に腰を下ろす。

「悪乗りするからだ」

「ぐ……」

 腰を下ろした途端、隣に座るリュウイチから言われたことに、アツシは唸った。

 あの後   

 マイケルと化し、シンジに襲い掛かったアツシであったが。

 もちろんアツシにソッチの気は無く、イタズラ宣言もブラフであった。

 当初の予定としては、自分がシンジに向かって突進し、彼が「うわっ」となったところで、「なーんちゃって、うっぴょーん♪」と言ってやめるつもりであった。

 しかし、シンジのあまりのびびりっぷりに、何か面白くなってしまい、つい勢いのまま、陸自式格闘術で砂浜に押し倒してしまった。

 脅えた表情でこちらを見上げるシンジに、さらに悪乗りするアツシ。

 倒れたシンジの上にまたがり、両手を上げ腰を反らす独特の変なポーズを取ると、「オッケ~ィ! フォーーーーーー!!!!」と叫んで、腰を前後に高速で振りまくるという奇行で、恐怖を煽った

 シンジはそれを見て、「ひぃ……っ」と短い悲鳴を上げる。

 その様子にますます調子に乗ってしまう自分に、「俺ってSかしらん★」などと思いながら、ついにシンジのズボンを脱がしにかかった。

 「うああああッ!!」と使徒戦の時のような叫び声を上げ、必死……まさに必死の全力で抵抗するシンジであったが。

 もやしっ子が精強な陸自隊員に力で敵うはずがなく、「げへへ」というアツシの下卑たる笑いとともに、ズボンは脱がされていく。

    が、膝下まで脱がしたところで、シンジが泣いちゃいそうになり、それを見たアツシは、さすがに悪ふざけが過ぎたと、あわててズボンから手を放した。

 解放されたシンジは、「いやあ、メンゴメンゴ。ジョークだよ。ジャストジョーク」というアツシの言葉も聞かず、脱兎の如く駆け出した。

 ズボンを上げながら走るシンジは、何回か素っ転びながらも、浜辺の片隅に転がっていたコンクリート残骸の後ろに逃げ込み、今に至るというわけである。

 あれから、何回かアツシが出てくるよう説得を繰り返しているのだが、全て徒労に終わっていた。

 アツシの「いやっ、そのっ、もりあがってしまって」という言い訳に対し、「もりあがるな!!」というツッコミが返ってきた以外、口もきいてくれない状態だ。

 まあ、無理もないことである。

 ちょうど渚カヲルホモ説で戦慄していたところに、あの悪ふざけである。

 タイミング的に最悪だった。

「あーあ、まいったねえ。思春期の子供を持つ親の苦労が分かるよ」

 シンジは完全に残骸の裏に引っ込んでしまい、アツシはがしがしと頭をかきながらぼやく。

 だが、今回のケースで思春期は、はっきり言って関係ない。

「なあ。お前からもアイツに言ってやってくれよ。俺はノーマルだって」

 アツシは、例によって静観を決め込んでいるリュウイチに、助けを求めた。

「自分のケツは自分で拭け」

 しかし、返ってきたのは、やはりというか、彼らしい冷たい反応であった。

「つれないなあリュウさん。朋友(ポンヨウ)だろぉ?」

「くっつくな。離れろ。うっとうしい!」

 しなだれかかってきたアツシを、眉間にしわをよせたリュウイチが振り解く。

「いや、でもよう……ん?」

 振り解かれたアツシは何か言おうとして、ふと背中に視線を感じた。

 何だか嫌な予感がすると思いながら、後ろを向いてみると、明子姉ちゃん状態でこちらを覗いているシンジと、バッチリ目があった。

「!」

 ハッとなるアツシ。

    今のシーン(自分がリュウイチに抱きついていた)を見られたのは、ヒジョーにまずい!

「いやっ、違うんだよシンジ君。今のは……!」

 これ以上誤解させてなるものかと、あわてて弁解しようとするが、皆まで言う前に、シンジはヒョイッと残骸の影に再び隠れってしまった。

「…………」

「おい。俺まで変な風に思われたんじゃないか? 勘弁してくれ」

 右手を「待て」といった感じで、シンジのいる方に突き出したポーズで、無言のままプルプルと震えるアツシに、リュウイチが迷惑そうに言った。

「……んだよっ! もうっ!!」

 アツシは駄々っ子のように叫ぶと、ドサッと砂浜に大の字で寝転がった。

 いわゆる不貞寝というやつである。

「説得は諦めるのか?」

「ああ? とりあえずはほっとく。今は何言っても無駄だ。少し時間を置く」

 リュウイチの問いに、アツシは寝転がったまま、気だるそうに答えた。

 リュウイチは「そうか」とだけ言うと、納得したのかそれ以上は何も聞いてこなかった。

 それを確認するとアツシは、このまま昼寝を決め込もうと目を閉じかけ、

「あー、でも、どっか遠くに1人勝手に行っちまわないかは、気にしていたほうがいいな」

 再び目を開けると、今のシンジの懸念事項を口にする。

「それは大丈夫だろ」

 だが、リュウイチはあっさりとそう言った。

「何故そう言い切れる?」

 身を起こし、怪訝な顔をして聞くアツシ。

 リュウイチは手にしていた煙草を1度吸い、紫煙をゆっくり吐き出すと、自分の考えを淡々と話し始めた。

「今この世界で生きている人間は、俺たち3人だけだ。そして、彼に俺たちから離れ、この世界で1人で生きていける力はない」

 言いながら、ちらりとシンジの隠れている残骸に目をやる。

「つまりはそれだけのこと。単純な損得計算だ。

 俺たちから離れることで得られるメリットよりも、デメリットの方が圧倒的に多過ぎる。その事は彼自身が一番理解しているよ」

 アツシの疑問にリュウイチは淀みなく答えた。

「それに、あのさびしがりやが、たった2人しかいない他人から離れられるとも思えんしな」

 最後に軽く苦笑しながら、そう付け加える。

「うーん……確かにそうだけどよう……」

 アツシは、リュウイチの考えは理に適っていると思えたが、納得しきれないでいた。

 それは……。

「あいつ、結構その場のテンションやシチュエーションに流されて、短絡的行動をとる傾向があるぜ」

 アツシは、対シャムシエル戦や対レリエル戦に代表される、シンジのその手の行動を思い出す。

「……本当に大丈夫か?」

 激しく不安であった。

「安心しろ。その危険はすでに回避されている」

 しかし、リュウイチは事も無げに、そんなことを言った。

「?」

 どういうことだと目で問うアツシに、リュウイチは説明する。

「そういう行動に出る場合、さっきお前から逃げた時点で、そのまま俺たちの前から姿を消している」

「あ、なるほど!」

 思わずポンと手を打つアツシ。

「あんな中途半端な距離で、こちらの様子を窺っているのが、離れる気のない何よりの証拠だ」

 そう言って、リュウイチが残骸の方を見ると、顔を覗かせていたシンジが、あわてて隠れる様子が確認できた。

「さしずめあれは、赤木のリっちゃん言うところの、ハリネズミのジレンマの距離ってやつか。

 あれ? ヤマアラシだっけ……? まあどっちでもいっか」

 アツシは、とりあえずシンジが、姿をくらます心配はないと分かり安堵する。

「自分の身の置き場所をちゃんと心得ている。碇シンジ。ああ見えてなかなか計算高いやつだよ」

「ん?」

 リュウイチの口から出た意外な言葉に、アツシは首を傾げる。

    碇シンジが、計算高い?

 そんな意見、少なくとも自分は聞いたことないし、自分もそうは思えない。

「……そうかぁ? アニメ本編を見る限り、とてもそうは見えんぞ」

「あれは周りが選択肢の多くを潰して狭めたからだ。

 それでも彼は彼なりに、残された数少ない選択肢の中から、比較的マシなのを選んで行動していたと思うぞ」

「その割にはバッドエンドだったじゃん」

 アツシは、今いる赤い世界を見渡しながら、皮肉を言った。

 だが、リュウイチは冷静に言い返す。

「それも選択肢を狭められたからだ。どのような選択をしようと、このラストに行き着く事は確定していた。

    いや、違うな。他の選択をしたほとんどの場合、物語の途中でGAME OVERだ」

「ハッピーエンドへの分岐は、全て消されていた?」

「ああ。少なくとも、アニメ第壱話の時点では、すでにな。

 だから、もし逆行してサード・インパクトを回避しようと思ったら、サキエル襲来よりもはるか以前に戻って、軌道修正する必要がある」

「ふーん、どのぐらいだ?」

 ちょっと興味をそそられたアツシが聞いてみた。

「30……いや、最低でも25年は遡りたい」

「そんなにか!?」

 予想外に大きな年数にアツシは驚く。

「ネルフやゲヒルン設立はおろか、セカンド・インパクトすらまだ起こってないじゃん」

 アツシのその台詞に、リュウイチの目がキラリと光った。

「そのセカンド・インパクトの阻止こそが、ハッピーエンドへの必須条件だと俺は考えている」



[183] Re[16]:EVA試作SSチャーリー
Name: A-JAX
Date: 2006/04/08 20:28
 バカ自衛官の悪ふざけのせいで、残骸の影に隠れてしまったシンジ。

 そんなシンジが出てくるのを待ちながら、軽く彼のキャラ分析をしたりする自衛官2人。

 だが途中から話の内容は、エヴァ世界における歴史改変談議へ。

 そして、リュウイチは、ハッピーエンドを迎えるにあたって、必須条件があると言った。

 その条件とは……。










「……セカンド・インパクトを阻止するだと……?」

 こいつはまたでっかく出たもんだ、とアツシは軽く目を見張った。

 そんなアツシにリュウイチは頷きながら話を続ける。

「そうだ。あの結末を避けるためには、まずゼーレ一極支配による世界体勢を変える必要がある。

 いくらがんばったところで、戦略レベルで負けている状態では、焼け石に水だからな」

「戦術は所詮、戦略的勝利を技術的にサポートするものでしかない、か?」

「ああ」

 仮にも本職の軍人である彼らには分かっていた。

 『人類補完計画』、すなわちサード・インパクトを起こそうとしているゼーレは、文字通り世界の支配者だ。

 その計画を阻止しようとすることは、世界を相手に戦うのと同義である。

 世界が敵……劣勢も劣勢、超がつくほどの戦略的劣勢だ。

 はっきり言って、逆行シンジや自分らのような介入者が、前回の記憶やら原作アニメの知識を使って、多少の戦術的勝利をものにしても、大した意味はない。

 戦術的勝利を戦略的勝利に変えることは、(一部の例外を除き)できないのだから。

 だからまずは、戦略レベルでゼーレとまともに渡り合えるような状態を作ることが先決なのだ。

「これは俺の推測だが、ゼーレがあそこまで絶対的な支配体制を確立したのは、おそらくセカンド・インパクト後だ」

「ほう……」

 アツシは話の続きを促す。

「セカンド・インパクトで破壊された世界の再建に大きく助力したというのも、もちろんあるだろう。

 だがそれだけでは、あそこまで絶対的な支配力を手に入れた理由としては、まだ弱い。

 そして、それだけで済ますような連中ではない」

「! おい、まさか……」

 アツシは、リュウイチの言わんとしていることに気づく。

 そんなアツシに、リュウイチは頷いて答えた。

「そう。セカンド・インパクトの混乱に乗じた、敵性勢力の徹底排除だ。

 おそらく、ゼーレは敵性組織の要人たちを暗殺し、求心力を失ったそれら組織を吸収していくことで、絶対的支配者へと成長した」

「うーわぁ……そんなバカな、と思いたいが、世界を巻き込んだ無理心中を画策するような連中だからな」

 作中の彼らゼーレを見るに、リュウイチの推測が当たっている可能性は極めて高く、アツシはゲンナリしてしまう。

 だがしかし。

「でもよう。ゼーレがセカンド・インパクト以前は、まだ世界の絶対的支配者じゃなかったと判断した根拠は何だ?」

 アツシは1つ気になっていたことを聞いてみた。

 リュウイチは、いい質問だといった感じで、口元を一瞬微笑の形で緩め。

「セカンド・インパクト以前。当時、単なる大学助教授に過ぎなかった冬月や、単なるチンピラ学者(?)に過ぎなかったゲンドウが、ゼーレのことを知っていただろう?」

「ああ……確かそうだったな」

 第弐拾壱話『ネルフ、誕生』のストーリーを思い出しながら、アツシは言った。

「つまりだ。秘密結社でありながら、一般人にその名が知らてしまうような存在だったわけだ。当時のゼーレは」

「なるほどね。その程度の防諜レベルの組織が、世界を裏から牛耳る支配者であるはずがない、か」

「そういうことだ。だからこそ、ゼーレが力を得るきっかけとなるセカンド・インパクトの阻止は、その後の戦いにおいて、大きな戦略的意味を持つことになる」

「……」

 無論、ここまでリュウイチの言ったことは、推論や憶測の域を出るものではない。

 多少飛躍した論理とも言える。

 オフィシャルでそのあたりの設定が公開されていない以上、真相は庵野監督の頭の中のみである。

 だが逆に言えば、後出し公式設定が出てこない限り、リュウイチの推論はかなり良い線を行っているとアツシは思う。

 だいたい世界支配、すなわち世界を1つにすることなど、余程のことがなければできるはずがない。

 それこそ、リュウイチが言ったような裏技でも使わない限り。

 かの冷戦が終結した時も、分かたれた東西は統合することなく、代わりにソ連崩壊に伴う多数の泡沫勢力の台頭で、世界はより複雑化した。

 結局、1999年に地球連邦政府は樹立しなかったしなあ、と頭にガンダム年表を思い浮かべるアツシ。

 そして再び思考をリュウイチとの話に戻す。

「……つまり25年遡るといるのは、セカンド・インパクト発生のXデーまでに10年の猶予を確保して、その間にインパクト阻止のための準備をするということか」

「ああ。だが10年というのは、あくまで最低限必要だと考えられるぎりぎりの年月だ。何しろやることが多いからな」

「やっぱ何たら会とか言う、政界・財界・知識人による精鋭集団でも結成するのか?」

 仮想戦記的浪漫を期待し、目をキラキラさせたアツシが聞く。

 そんなアツシにリュウイチはチラリと一度視線を向けてから、

「無理だな」

 きっぱりと言った。

「逆行した世界じゃ、俺たちは根無し草も同然の存在だ。

 そんな俺たちが組織をゼロから作るとなると……時間がかかりすぎる。

 Xデーにはとても間に合わない」

 リュウイチはそう断言すると、短くなった煙草を指でピンと跳ねて捨てた。

「まあ、確かにな」

 軽く肩を竦めながら納得するアツシ。

 10年もの年月があれば十分な気がするかもしれないが、裏表両方の世界で強い力を持つ組織を作るには、膨大な時間がかかるのだ。

 ゼーレに対抗し得る組織ともなれば尚更だ。

 莫大な資金の調達、優れた人材の選出と確保、各方面とのコネクションの確立。

 他にも色々とやることはあり、しかも彼らには、先にリュウイチが述べた根無し草というハンデまである。

 組織を形にするだけで、おそらく10年くらい軽く過ぎてしまうだろう。

 ちょっとしたIT企業を立ち上げるのとは訳が違うのである。

「んじゃあ、どうすんだ?」

 アツシの質問に、リュウイチは新たに出した煙草をくわえて火を点け、1度吸って紫煙を吐いてから答えた。

「既存の有力組織を利用する」

「何だ。世界警察アメリカにでも頼むのか? 悪いやつらがいるから、やっつけてくださいって」

「あの国の中枢にゼーレの息がかかっていなければ、それも1つの手ではあるな」

 冗談めかして言ったアツシに、リュウイチはわずかに苦笑して答えてから続ける。

「正確には、セカンド・インパクトに合わせて潰されるだろうゼーレの敵性組織に協力を仰ぐ」

「ふーん。なんかその組織を探すだけでも大変そうだなあ」

「だが不可能ではない」

 難色を示すアツシに、だがリュウイチは自信満々に言った。

「……その自信に根拠はあるんだろうな?」

 疑念の眼差し向けながらのアツシ。

 何しろこの天然野郎の言うことなので、いくら自信あり気でも手放しで信用はできない。

    今までの経験からして。

「……ふぅーー。無論だ」

 リュウイチは煙草の煙をゆっくり吐いてから答えた。

「先程も言ったように、当時まだ一般人だったゲンドウや冬月がゼーレの存在を知り得たんだ。

 しかもゲンドウにいたっては、碇ユイを介してゼーレに取り入り、高い地位まで得ている。

 ならば、俺たちがそのゼーレに敵対する組織を見つけ、取り入ることも可能なはずだ」

「まあ、道理だけどよう……」

 確かに理屈の上ではそうかもしれないが、実際には口で言うほど簡単にはいかないだろう。

 それに   

「仮にそういう組織に接触できたとして、セカンド・インパクト云々の話を信じてくれると思うか?」

 これが一番の問題であった。

 普通に考えてそんな与太話、誰も信じてくれない。

 信じてくれるのは関係者のみで、それに話した場合は消されてジ・エンドである。

 はたして、それに対するリュウイチの答えは……。

「何を言っている。そんな与太話、信じてくれるはずないだろう

「ぅおいっ!」

 相変わらずの訳の分からん返しに、思わず声を上げるアツシ。

「話は最後まで聞け」

「ぬ?」

 だが彼の答えには、まだ続きがあった。

 リュウイチはトントンと煙草の灰を落としながら話し始める。

「いきなりそんな話をしたところで信じてはくれない。だからまずは、組織との信頼関係を築くことから始める

 それから時期を見て、ゼーレのたくらみについて話す」

「いや、それでも……」

「ああ。それでもまだ信じてはくれないだろう。

 ……そのまま話したんじゃな」

「?」

「この時、情報を小出しにするのがコツだ。重要部分をあえて暈(ぼか)し、偶然入手した敵性組織の未確認情報という形にして」

「……! そういうことか!」

 言って、左掌に右拳をポンと打ち付けるアツシ。

 一見お軽そうな若者(ばかもの)で、事実そうである彼だが、頭の回転力は悪くないようで、即座にリュウイチの言わんとしていることを察した。

 アツシはやや興奮気味に察したことを話し始める。

「それなりに信用の置ける相手から得た、気になる敵性組織の未確認情報……。当然、裏付け調査がされる!

 そうすれば、防諜能力の低い当時のゼーレからなら、連中の悪巧みに関する情報が確実に得られる!

 つまり! 俺らの与太話の信じさせる材料を、その与太話を信じさせたい組織自身に集めさせるってわけだな!?」

「Da bomb!(よくできました)」

 リュウイチは手をピストルの形にし、アツシをビッと指さしながら言った。

 その顔には出来の良い生徒に対する笑みが浮かんでいる。

「……で、組織に話を信用させたところで、いよいよセカンド・インパクト阻止となるわけだが……。

 具体的にはいったいどうするんだ?」

「南極のジオフロント   白き月を特務部隊を以て襲撃し、アダムとロンギヌスの槍を奪取する!」

「なっ!?」

 何気なく聞いたことにとんでもない答えが返ってきて、アツシは一瞬絶句する。

「……そりゃまたなんというか……エヴァSSでもそんなの読んだことないぞ」

 やっぱこいつぶっ飛んでるわあ、と思うも、確かにそれが一番手っ取り早い方法であるのも事実であった。

    平和的話し合いで何とかなるような問題でもねーしな。

「けど、セカンド・インパクト防いだら、先の展開が全く読めなくなっちまうよなあ」

 そうなのである。

 何しろ『新世紀エヴァンゲリオン』という物語の根幹、ある意味全ての始まりと言える部分を破壊してしまうのだから。

 歴史は史実(原作)から大幅に狂うことになるだろう。

 つまり、先の展開(未来)を知っているという、逆行者や現実世界からの介入者の最大のアドバンテージを失うのである。

「ふう、何を言っている。原作ストーリーがバットエンド・ルートだからそれを変えると、最初にも言ったろう?

 それなのに、先の展開を読みやすくするために原作をなぞるなど、本末転倒だ”うつけ”」

 リュウイチがため息と煙草の煙を吐きながら言った。

「そりゃそうなんだけど……ん? っていうか、そもそもセカンド・インパクト起こらなかったら、使徒って来るのか?」

 ふと浮かんだ素朴な疑問。

「なんかプレステ2で出たエヴァのゲームじゃ、使徒はセカンド・インパクトで飛び散ったアダムの分霊みたいなこと言ってなかったけ?
 つまり使徒たちがアダムに惹かれるのはFF7のジェノバのリユニオンみたいなもの?

 あ、でもあれは、エヴァ2だけの独自設定か?」

 はてさてふ~む?、と考え出すアツシに、しかしリュウイチは、

「使徒が来ないなら、それに越したことはないだろう」

 つまらないこと考えるなといった感じであっさりと言った。

 あ、と納得顔になるアツシ。

「……それもそっか。使徒との戦いがなけりゃあ、戦(や)り合う相手をゼーレ1本に絞れるからな。戦略が立てやすい」

「そういうことだ」

「……にしても、アダムとロンギヌスの奪取か……。運ぶのにどデカイ船が必要だな」

 前髪をガルマよろしくいじりながら、アツシは原作アニメのシーンを思い出す。

 作中ではアダムと同じサイズ(だろう)エヴァシリーズの弐号機は、大型タンカーを改造したような輸送艦で運ばれていた。

 南極でゲンドウたちに回収されたロンギヌスの槍は、空母の甲板に括り付けられていた。

 つまり、アダムと槍を奪取して持ち去るには、タンカーや空母クラスの大型輸送艦が必要になる。

 ちなみに空輸は論外。

 作中で登場したステルス爆撃機のお化けのようなエヴァ専用大型輸送機など、その当時にはまだ作る技術もないだろう。

「んで、そうなると当然、その船を護衛する船も必要になるわなあ?

 アダムと槍を運ぶ輸送艦に、拠点制圧の陸戦部隊を積んだ輸送艦、そしてそれらを護衛する戦闘艦……」

 アツシは指折り、南極ジオフロント襲撃部隊の戦力を数えていき。

「おいおい……特務部隊と一言に言ってくれたが、すごい数になるぞ!」

 艦艇だけでもおそらく、海自の1個護衛隊郡に匹敵する数になるだろう。

「それだけの部隊、どうやって用意すんだ? 

 お近づきになった組織に、エグリゴリのイプシロンみたいな秘匿軍(シークレット・フォース)が都合よくあるとはかぎらんぞ」

「それについては1つ当てがある」

 だがリュウイチはまたも自信あり気に言った。

「さっき言ったろう」

「?」

「あの国の中枢にゼーレの息がかかっていなければ、それも1つの手だ、と」

「! アメリカか!?」

「そうだ。軍事面での無茶が利くのは、あの国をおいて他にない」

「…………」

 無言でリュウイチのことを凝視するアツシ。

    聞くまでもなく、米軍を動かす手立てについては、すでに考えているんだろうな。

 先程から彼はこちらの疑問に対し、考えるそぶりを一切見せずに、全て淀みなく答えている。

 つまり、リュウイチの頭の中では、すでに壮大なプランが出来上がっているということだ。

「……ちょっと待ってろ」

 アツシはそう言うと、停めてある高機動車へと小走りに走っていった。

 リュウイチはそれを無言で見送る。

 アツシは高機動車のドアを開けると、半分身体を車内に潜り込ませ、何かを漁り出す。

 やがて目的のものを見つけたアツシは、車内から潜っていた身体を出しドアを閉めると、再び小走りでリュウイチの所へ戻ってくる。

 その手には、1台の黒いノートパソコンが抱えられていた。

「せっかくだから、おおまかに草案をまとめておこうぜ」

 どうせヒマなんだし、と最後に付け加えてニヤッと笑いながら、アツシはノートパソコンを開いて電源を入れた。

 ピッ

 軽い電子音の後、液晶画面に光が灯る。

 カリカリカリカリ……

 起動画面が表示され、ハードディスクが目覚めの声を上げる。

 しばらくして、デスクトップ画面が出て、そこにいくつかのアイコンが表示され、ノートパソコンは起ち上がった。

 さあ、悪巧みの時間である。










 …………デスクトップの背景が、語尾に”にょ”をつけてしゃべる女の子キャラの絵なのがアレだが……。


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