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[22726] 【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/28 14:30
 初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナル主人公モノです。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 最強モノにはしない予定ですが、どうなるかはわかりません。不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 10/26 しっくりこなかったので、タイトル変えました。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[22726] 第一話 大魔導師と嘘吐きデバイス
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:40
第一話   大魔導師と嘘吐きデバイス




 新歴50年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「吾輩はデバイスである。名前はまだな」


 「何アホなことを言っているのかしら、この駄デバイスは」


 「おーおー、言ってくれますなあ年増、いくら痴呆が始まったとはいえこの大天才たる俺をアホ呼ばわりとは」


 「廃棄物処理場は確か第三区画だったわね」


 「ちげーよ、第四区画だよ。ったく、時の庭園の維持管理はぜーんぶ俺とリニスに任せっぱなしなんだから似合わねえことすんじゃねえ痴呆老婆」


 「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」


 「だわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」






















 「あー、酷い目にあった」


 「完全に自業自得な気がしますが」


 場所は変わって時の庭園の動力関係の制御室、鬼婆の虐待を辛くも逃れた俺は鬼婆の使い魔のリニスと共に点検なんかをやっている。


 「そうは言ってもさあリニス、プレシアが年増なのは動かない事実だろ、もう30を余裕で超えているんだから。人間現実から逃げるのはよくねえよ、そりゃまあ、外見的には20代前半で通るけどさあ」


 「まったく、貴方はプレシアのデバイスでしょうに、主人の悪口を言うのは褒められたことではありませんよ」


 「は、甘いなリニス。インテリジェントデバイスに知能があってしゃべりもするのは主人に話を合わせ、時には戦術的判断を行い、時には魔法の補助を行う、そして時にはカンニングの助けをし、時にはスカートの中身を激写して記憶領域に厳重に保管するためだ。だったら、主人の悪口を言うのも仕事の内だろう」



 「行動の大半がデバイスとして失格な上、まったく整合性がとれていませんね。貴方の言ったインテリジェントデバイスの役割のどこに主人の悪口を言う要素があったんでしょうか」


 「人生は不思議なことばかりさ」


 「何『俺上手いこと言ったぜ』的な表情をしているんですか」


 とまあ、いつも通りの会話をしながら時の庭園の駆動炉の整備なんかもやっている俺達。


 俺の名前はトール、条件付きながらSSランクの大魔導師であるプレシア・テスタロッサ所有のインテリジェントデバイスだ。プレシアの5歳の誕生日プレゼントとして技術者だった母親が贈った手作りの逸品である。

 テスタロッサの家は代々インテリというか、高名な技術者を数多く輩出してきた家系だ。プレシアもその例にもれず20歳の若さで新型次元航行エネルギー駆動炉の開発の主任になるほどの技術者であり、15歳頃にはSランクの魔導師だったという超エリートだ。

 俺はそんな大魔導師の相棒として長いことやってきた。プレシアが得意とするのは雷撃系の魔法であり、インテリジェントデバイス“トール”(つまり俺)は雷撃魔法を扱うのに長け、加えてその他の性能においても標準を大きく上回るという高性能デバイス、しかも当時の技術ではインテリジェントデバイスは最先端であり、まさにエリートデバイスだった。

 だがしかし、俺は幼いプレシアのために作られたデバイスであり、オーバーSランクの魔導師が実力を完全に発揮できるように設計されたデバイスではない。魔法に不慣れな少女がその身に秘めた膨大な魔力によって自滅することがないように制御することを最大の目的として作られているため、フルドライブやリミットブレイクなどの機能は搭載されていない。

 つまり、プレシアが魔導師として成長してランクがSに達する頃には俺ではプレシアの魔法についていけなくなった。雷撃魔法との相性が抜群なのは事実で、その他の性能も一級品だが、基本となる機能が魔力の制御なだけにいくらカスタマイズしても出力方面ではやはり限界はあった。

 そんなわけで20歳くらいになった頃からプレシアは純粋な演算性能に長けたストレージデバイスを使うようになった。プレシアが研究者であることもあって魔法の制御やロスの少ない運用を得意としているのであまりインテリジェントデバイスの補助を必要としない、なのでストレージデバイスの方が何かと都合がいいのだ。

 そんでまあ、お払い箱になってしまった俺ではあるが、そこは流石技術者のプレシア。傀儡兵を応用した魔法人形(人間そっくり)を作り、俺を魔法人形制御用のインテリジェントデバイスとして改良、娘のアリシアのベビーシッターとして作り変えて下さいました。それまでは俺の口調や思考も普通のデバイスと同じものだったが、アリシアの相手をするために人間に近い思考を持つようにプログラムを魔改造されたわけだ。

 どこぞのロストロギアの防衛プログラムに人間と大差ない人格を組み込んだ代物もあるというが、それをインテリジェントデバイスで再現したといったところで、イメージ的には超巨大ロボの中に乗り込んで制御している感じだ、一時的にロボットと搭乗者が融合して戦うアニメがミッドチルダにもあったが、アレと似たような感じで俺はこの“魔法人形”を動かしている。



 「ところでトール、最近のプレシアの健康状態は余り良くありません。貴方は何かそのことについて御存知ありませんか?」


 「さあてね、インテリジェントデバイスつってもプレシアの手を離れて久しいからな、使い魔であるお前以上のことは分からんよ」


 「………私は確かに使い魔ですが、プレシアは私との間の精神リンクを切っています。肉体的な異常などはある程度把握することは出来るのですが」


 「精神的なもんは一切分からないと、そんで、最近のプレシアの健康不良の原因は肉体的なものよりも精神的なものが大きいんじゃないかってことか」


 「……はい」


 ま、当たらじとも遠からじってとこか。

 リニスはプレシアの使い魔だが、その素体となったのはプレシアの娘であるアリシアが飼っていた山猫で、当然のことながら4歳から5歳くらいのアリシアだけで満足に世話を出来るはずもなく、世話の大半は俺がやっていた。

 アリシアは10年程前にプレシアが研究開発を行っていた次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故によって脳死状態に陥った。プレシアは万が一のためにアリシアとリニスがいた部屋に結界を張っていたが微粒子状のエネルギーが酸素と反応することまでは防げず、二人(厳密には一人と一匹)は窒息死状態となった。

 だがしかし、魔法人形をインテリジェントデバイスが動かしているだけの俺は酸素がなくなろうが問題なく動くことが出来た。俺の動力はあくまで魔力であり、酸素を吸って二酸化炭素を吐くという動作を行っていなかったのが幸いした。

そして、子守りをしていた俺は異常に気付いてアリシアを抱えて全速力で医務室に直行、完全な死亡だけはなんとか免れたがアリシアは脳死状態となり、心臓だけが動いている生きた死体のような有様となってしまった。


 余談だが、アリシアを守れなかった罪で俺の肉体であった魔法人形はプレシアの雷撃魔法によって完膚無きまでに破壊された。人はこれを八つ当たりといい、下手すれば本体のインテリジェントデバイスもぶっ壊されるところだったが雷撃が当たる寸前にコアを離脱させることに成功、本体が雷撃に強い仕様だったことも幸いして九死に一生を得た。

 魔導工学の研究開発者であったプレシアが生命研究に傾倒したのはこの時の事故が原因だ。当時の医学ではアリシアを脳死状態から救うことが不可能だったため、ならば自分の手で治療するまでと違法ギリギリの研究にまで手を出してアリシアの蘇生を行おうとしている。

 これらの事情をリニスは知らない。リニスが使い魔として誕生したのはアリシアが脳死状態となってから3年後、今から7年ほど前の話だから知らなくて当然なのだが。


 ちなみに俺はプレシアの体調不良の原因を知っている。アリシアを脳死状態から蘇生させるために合法すれすれ、もしくは違法な薬品、果てはロストロギアに至るまでを扱っていたため、その中に人間の体には劇毒となるものがあったのだ。そういう事態を防ぐために魔法人形を動かす俺がいたのだが、アリシアの蘇生に執念を燃やすプレシアは俺が目の届かないところで自分でも薬品の化合などを行っていたらしく、その後遺症が身体を蝕んでいる。

 リニスが使い魔として新たに作られたのもそういう背景があってのことだ。使い魔は主人の身の危険を感知することができるので、プレシア自身が気づかない身体の不調もリニスは気づく。もともと、アリシアが目覚めたときに一緒に蘇生させようとリニス(山猫)の身体を保存しておいたので、それが前倒しになった形になる。それに、いくらアリシアの蘇生に成功してもその代償にプレシアが死んでしまっては結局アリシアが孤独となってしまう。使い魔の主人の交代は可能だったはずだ。まあ適合する相手がいればだが。そこまで頭が回らない程プレシアも狂いきってはいない。まあ、多少は見境がなくなっているのは事実なのだが。

 そして、現在においてその辺の事情をリニスに口外することはプレシアから禁じられている。工学者であったプレシアはデバイスに関しても造詣が深いため、強力なプログラムで完全にロックされており禁則事項は一切漏らさないようになっている。時が経てば解除されることもあるかもしれないが、あまり可能性は高くない。


 そんなわけで俺は現在嘘吐きデバイスというわけだ。“禁則事項なので言えません”なんて言ったら隠し事があると証明しているのと同じだ、だからそれなりに誤魔化したり騙したりする必要がある。そのためにインテリジェントデバイスには知能があるのだ。


 「今、また変なインテリジェントデバイスの知能の理由を考えていませんでしたか?」


 なぜ分かるのだこいつは……



 「気のせいだろ、まあとにかくあいつはそう簡単にくたばりはしないから安心しな。少なくともあと15年くらいは生きるだろうよ」


 「15年って、それはかなり短い気がしますが」


 「プレシアは今35歳だろ、あと15年もすりゃ50を超える。“人間五十年”なんて言葉もどっかにあったはずだから50年も生きれば大往生でいいんじゃないかね」


 「いや、それは何か違うと思うんですけど」


 リニスが言わんとしていることは分かる。プレシアはこのアルトセイム地方の時の庭園に引き籠って延々と研究ばかり続けているもんだからまともな人間らしい娯楽を少しも楽しんでいない。

 だがまあ、それも無理ない話だ。時間が経てば経つほどアリシアと世界はズレていく。既に脳死状態から10年も経過している以上、時を経るごとに蘇生は困難となっていくのだ。

 いくら保存液で守られているとはいえ、まともな生命活動を行っていない状態が10年も続けば人間の身体にはどこかに歪みが出てくる。脳が働いていない以上“生きている”と“死んでいる”の中間で彷徨っている状態なのだから、時間と共に“死”に傾いていくのは当然の話だ。


 普通に生きていても人間は時間と共に死に近づいていく、まともに生きていてもそれなのだから死に近い状態で漂っていてはそれが加速するのも無理はない、俺の計算ではあと15年くらいでアリシアの肉体は完全に“死ぬ”。さっきいった15年はプレシアが生きる意味を失う刻限でもある。

 プレシアも恐らくそれが分かっているからこそ焦っているのだろう。一刻も早くアリシアを蘇生させなければならないが、焦り過ぎたら今度は自分も身も危うい、プレシアが身体を壊しては研究を進めることも出来ないのだ。



 「まあ何にせよだ、俺達に出来ることはご主人様の助けになること、その部分に関してはインテリジェントデバイスも使い魔も変わらない」

 結局人生を決めるのはプレシア自身だが、それに対するスタンスは俺とリニスでは異なる。

 リニスは使い魔だから主人が崖に向かって走っているのを知れば噛みついてでも止めるだろう、例えそれによって自分が処分されるとしても。

 だが俺はデバイスだ。主人が崖に向かって走っているなら地獄の果てまでお供するのがデバイスというもの、基本が生命体である使い魔とあくまで魔導師の補助装置であるデバイスの決定的な違いはそこだ。

 デバイスの役目とは主人が望みに向かって走るのを手助けすること、それ以上でもそれ以下でもない。

 愚痴はいくらでも言うが反対はしない、主人の意思が決まっているならそれに意見するのはデバイスのすることではないからな。



 とはいえ、最近プレシアが新しい研究を始めたのも確かだ。

 この前まではリンカーコアを非魔導師に埋め込んで人工的に魔導師を作り出すという研究と脳関係の研究を混ぜたようなことをやっていた。リンカーコアを埋め込むことで肉体を活性化させ、その状態で治療を行うことでアリシアを目覚めさせるつもりだったようだが、リンカーコアを非魔導師に埋め込むのはリスクが大きく、逆にアリシアの肉体が破壊されてしまう可能性が大きい上に上手くいったとしても安定する保証が無かった。

 俺の肉体でもある魔法人形を使って100回以上の実験を行ったがいずれも失敗、流石にこの方法では無理だということが分かったようで落ち込んでいた。リニスが言った精神的な疲れってのはこれのことだろう。


 そして、非魔導師へのリンカーコア移植に代わるものとしてプレシアが新たに選んだ研究が――――



 「プロジェクトF.A.T.Eね、今度こそ上手くいきゃあいいんだが」


 リニスに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。







[22726] 第二話 プロジェクトF.A.T.E
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/01 22:19
第二話   プロジェクトF.A.T.E




 新歴51年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「で、今回はどういうコンセプトで行くんだ?」

 プレシアが研究テーマをプロジェクトFATEに定めてからおよそ1年、ようやく基礎となる理論の構築が完了し、プロジェクトは本格的に始動することとなった。


 現在俺達がいるのは時の庭園の中央研究室。プレシアの研究室は時の庭園のほかにも数多くあるが、ここは重要性が最も高い場所でリニスには立ち入りが許されていない。

 俺はプレシアのインテリジェントデバイスだが、現在は助手と行った方が的確な気もする。というのも、3年前まではプレシアの魔力で動く魔道人形をデバイスである俺が動かしていた状態だが、現在は完全に自立して動いているからだ。

 プレシアが行っていた非魔導師へのリンカーコア移植研究は思わぬ副産物をもたらした。普通の人間にリンカーコアを埋め込んでも拒絶反応が大きく、かろうじて移植に成功してもリンカーコアの性能を半分程度しか発揮できないという問題点がある。

 仮にSランクの魔導師のリンカーコアを非魔導師に埋め込んだところで散々後遺症や拒絶反応に苦しむ上に、Aランク程度の魔導師しか作れない、つまり、コストと成果がまるで合わないのだ。

 だがしかし、魔導師としては欠陥品だが魔法人形としてはそれなりに使える部分がある。早い話がリンカーコアをただの超小型魔力炉心と見なし、インテリジェントデバイスがその魔力を組みあげて術式を構築、これによって外部からのエネルギーに頼らない魔法人形が出来あがる。

 リンカーコアも高ランク魔導師のものを十全に動かすのは難しいが、低ランク魔導師となればその難易度は大きく下がる。別にオーバーSランクの戦力が欲しいわけでもないので俺にとっては普通に動けるだけで十分だ。


 時の庭園には傀儡兵と呼ばれる魔法人形が大量にあり、こいつらの戦闘力はAランクの魔導師に匹敵するが、駆動炉からの膨大な魔力供給がなければ木偶の坊になり下がるという欠点を持っている。つまり、時の庭園の中枢にニアSランク魔導師の砲撃を叩き込まれればそれまでということだ。

 それに対して現在の俺は完全な自律行動が可能だ。現在の出力は非常に低く、魔法を使えるような余力はないので普通に動くのが精一杯だがプレシアの魔力を一切喰わないので非常に低コストな設計となっている。使い魔のリニスはAA+ランクに相当する戦闘能力を備えているが、その分消費する魔力も大きい。

 まあ、これらも現在の技術水準からみれば最先端の技術といえる。プレシアは間違いなく最高峰の技術者であり、研究開発に関してならば大天才といって差し支えない。


 そんな諸々の事情から、俺の役割はプレシアの助手と傀儡兵の統括、それからテスタロッサ家の財産管理である。時の庭園の維持や家事なんかはリニスがやってくれているので問題なし。



 「プロジェクトFATEっていうのは、どこぞの頭のネジがいかれた科学者が基礎理論を造ったっていう人造魔導師を生みだす計画だったよな」


 「ええそうね、Drジェイル・スカリエッティ、生命操作技術の権威中の権威であると同時に広域次元犯罪者でもある狂人が基礎を作った。しかもその男はアルハザードの遺児だなんて噂もあるわ」


 「アルハザードねえ、それはともかく犯罪者ったら俺達も似たようなもんか、あれやこれやと違法にならないように手は尽くしているけどこれ以上はやばい領域に行きそうだぞ」


 これまでプレシアが行って来た研究はまともに行けば違法研究だが、まともじゃない路線をいっているので違法になっていない。民間人が行えば違法になる研究でも、時空管理局の正式な許可を得た医療機関やそれに準ずる人間が行えば違法ではない研究は数多くある。

 つまり、プレシアが在野の研究者であれば違法となる場合でも著名な研究機関に名を連ね、管理局の許可を得ていればある程度の融通はきく。その辺の法的な手続きとか根回しをやったのは全部俺だ、というより、その辺のことを全部押しつけて研究に専念するためにプレシアは俺の自律機能を向上させたのだ。やはり、時空管理局に目をつけられているのといないのとでは研究のしやすさに大きな差が出てしまう。

 それに、プレシアは15歳から20歳までは嘱託魔導師として時空管理局に協力していた経歴を持ち、アリシアを失った事故からしばらくたった後も3年間ほど正規の局員として新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”の開発に携わってもいて、遺失物管理部に出向してロストロギア探索に協力していたりもする。

 その主な目的はロストロギアに関する文献を管理局から引き出すことだったが、後の研究をスムーズに進めるには管理局との関係を深いものにしておいた方が何かと都合が良かったという経緯もある。リニスもその頃からプレシアの使い魔として活躍し、AA+ランク相当の魔導師として機動三課のエースを張っていたりした。

 なので、これまで生命工学方面の研究や非魔導師へのリンカーコア移植研究はあくまで管理局法に則ったものだ。特に後者は人材不足に悩む時空管理局の地上部隊からの正式な要請でもあったため、ある程度の資金を融資してもらうことすらできた。まあ、結果は芳しくなかったが、レジアス・ゲイズ一等陸尉という地上本部の士官とは今でも繋がりを維持してはいる。


 時空管理局も一枚岩ではなく、法の抜け穴なんぞ到る所にある。ならば馬鹿正直に違法研究に手を出すのは阿保のやることだ、違法研究がだめならそれを違法じゃなく合法にしてしまえばいいだけの話、特に時空管理局は海と陸の仲が芳しくないからつけ込みやすいし、“セイレーン”の開発の中心だった経歴から海の方にもコネはあるからかなり安全に研究出来ている。

 だがしかし、プロジェクトFATE はそうはいかないだろう。倫理的な問題から考えてもこれは現状において合法になりえない、おそらく管理局でも裏側ではこれと同じような実験を行っているだろうからそいつらと手を組んだとしても違法であることに変わりはないのだ。

 とはいえ、それは現在の話で法改正が行われたり、プロジェクトFATEによって脳死状態の患者が助かったということが広まれば合法となるかもしれない。法を作るのはあくまで人間なのだから、研究の成果によっては合法にも違法にも転がる。が、現状では違法という事実は揺るがない。



 「そんなことは分かっているわ。でも、もう時間がないの。これ以上アリシアの脳死状態が続けば蘇生はいずれ不可能になってしまう。いいえ、こうなるのだったら初期の内から違法だろうが可能性の高い研究を行うべきだった。管理局でロストロギアの文献を集める時間は無駄だったかもしれないわ」


 「そりゃあ結果論だろ、アリシアだってお前が犯罪者になることを喜びやしねえよ。守れなかった俺が言えることじゃないかもしれないが」


 もし、あの時アリシアが完全に死んでいたらプレシアは間違いなく“死者の蘇生”という違法研究に即座に手を出していただろう。

 だが、幸か不幸かアリシアは脳死状態で留まった。限りなく死に近い状態だが、完全に死んだわけではないのでプレシアも自責の念に囚われることはあっても未来を向くことが出来た、泣いている暇があれば娘を治療するための研究を行うという感じだ。


 ちなみに、そのための資金を稼ぐためにアレクトロ社を相手に訴訟を起こしたのは俺だ。当然、デバイスが裁判を起こせるはずもないので実際に立ったのはプレシアだが、勝訴するための証拠集めや局員の証言集めや、会社の不正の証拠集め、ついでに裁判官への根回しを行ったのは俺である。当時において稼働歴19年、加えて天才工学者に魔改造されたインテリジェントデバイスを舐めるなというやつだ。

 ミッドチルダの裁判は基本的に判例法だから過去のデータが膨大なだけに大抵の判決は過去の事例を基に行われる。つまり、似たような事故の情報を大量に集めて整理すればそれだけで有利になるということ、アレクトロ社はデバイスを扱う会社ではなかったため、インテリジェントデバイスの情報収集力を裁判に使うという発想がなかった。

 というより、これを思いつくのは高ランク魔導師くらいだろう。当時はまだインテリジェントデバイスを実際に使うのは管理局でも5%程度の高ランク魔導師のさらに極一部くらいしかいなかったことも俺達の有利に働いた。現在ではAランク程度の魔導師でもたまに使う場合もあるが、10年前においてインテリジェントデバイスは本当に数少なかったのだ。

 俺がインテリジェントデバイスなのも技術者の家系であるテスタロッサ家のデバイスだからだ。時空管理局で執務官を歴任しているような家系でも大抵はストレージデバイスを使っている。まあ、最近は少し変わりつつあるようだが。




 「まったくその通りだわ、貴方がガラクタじゃなくてもっと優秀ならアリシアはあんなことにはならなかったでしょうに」


 「本当にその通りだ。あんたが技術者なんか止めて図書館の司書でもやっていればあんなことにはならなかったろうな」



 重苦しい沈黙



 「ふふふふふ」


 「ははははは」



 乾いた笑い



 「死んでみる?」


 「やなこった」


 俺とプレシアはいつもこんなもんだ、昔はもっと素直な奴だったのだが、やはり最愛の娘を失うというのは人格を変えるほどのショックをもたらすみたいだ。

 だからこそ、俺の役割は重要になる。アリシアを失って以来、プレシアは“己の現在を正確に認識できない”タイプの精神疾患を持つようになった。簡単に言えばアリシアを失った当時で時間が止まっているようなもので、プレシアと現実は微妙にズレているのだ。現在の身体的な疾患も自分の状況を正確に把握できていなかったことを起因とした薬品の後遺症が主な理由となっている。

 それを知ったプレシアは実に工学者らしい手段でそれを解決した。人間には自分を客観的に捉えることが出来ないならば、自分を知り尽くしている存在にそれをやらせればいい。プレシアが5歳の頃から常に傍らにあった俺はそれにうってつけであり、プレシアの心情を読み取り、彼女に“現在を認識させる”作業を延々と繰り返し続けることが俺の仕事なのだ。

 ある種、自分だけの世界に入りつつあるプレシアが自分と他の世界を繋ぐ端末としての機能を俺に与えた。俺はプレシア・テスタロッサのために作られたデバイスであり、彼女が自分ですら認識できていない望みを推察し、それを叶える為に行動することが俺の命題である。

 使い魔であるリニスにこれをやらせることは出来ない。リニスはプレシアが現在を正確に認識できなくなってから作られた使い魔なのでそれ以前のプレシア・テスタロッサを知らない。元となる人格を把握できていない以上、現在のプレシアがどうおかしいのかを知ることは不可能なのだ。

 だがまあ、13歳の時に初恋に敗れて恋敵に殺傷設定の魔法を放ちかけたという前科を持つのがプレシアという女だ。こいつを抑えるために制御機能を最優先したインテリジェントデバイスを作ったプレシアの両親の判断は正しかったようである。


 「冗談はともかく、どうすんだよ。プロジェクトFATEは脳死状態からの蘇生にはあんまり役に立たないような気もするんだが?」


 「そのままだったらそうでしょうね、アリシアを人造魔導師に改造するわけじゃないんだから、技術の半分は役立たずだわ」


 「ってことは、必要な部分だけを利用するってわけだな」


 「プロジェクトFATEには高ランク魔導師を生みだすために幼い内から肉体を調整するという方法と、もう一つの方法がある。分かるかしら?」


 データベースから過去の情報を検索しつつ、演算を開始する。

 探索に用いる拘束条件はプレシアがそれを利用しようとしていることだ、つまり、アリシアの蘇生に繋がる部分がなければならない。

 そこがゴールなのだから、そこに至る道筋となる研究とは―――――


 「生まれる前の調整か、だが、胎児の内はリンカーコアがあるかないかも分からないから意味がない。となると答えは一つ、カプセルでの培養だな。クローン培養か純粋培養かの違いはあるだろうが」


 「正解よ、まだ基礎理論程度だけど、クローンの創造は確かに可能。それを試験管の中で4歳から8歳くらいまでの期間で調整する。そうして作りだした素体を人造魔導師としてさらに性能を高めていく、といったところかしら。これを考え出したジェイル・スカリエッティという男は確かに悪魔の頭脳を持っているようね」


 「んー、ってことは、ロストロギアの時代の文献に見られる戦闘機人だったか、そいつらもその辺の延長線上にあるのかね」


 「おそらくはそうでしょう。ジェイル・スカリエッティがアルハザードの遺児という話が本当なら、失われた生命操作技術を復活させられるのも道理、なら、その先に戦闘機人や他のものがあってもおかしくないわ」


 その他のものが“レリックウェポン”というものであるのを俺達が知るのはもう少し先の話だ。


 「しかし、クローンね。アリシアの肉体と同じものを作って脳髄だけ入れ替えるとか………意味ないな、肝心の脳が死んでるんじゃ」

 今のアリシアは思考をしていない。逆に肉体はほぼ生前の状態を保っているのだから、肉体の交換は無意味だ。だが、思考を司る大脳は働いていなくとも、生命維持に関わる脳幹は完全に機能を停止してはいない。脳死の判定は各次元世界の国家ごとに違うので微妙だが、現在のアリシアを“死んでいる”と判断する法律を持つ主権国家はなかったはずだ。


 「そう、それは意味がない。逆に必要なのは生きているアリシアの身体とそれと脳の関係よ」


 「なるほど、普通に生きているアリシアの身体が脳をどのように生かしているかを調べるわけか。そこをゴールに研究を進めて―――――それだけじゃない、クローンを大量に作れば人体実験も簡単にできるな」

 つまり、現在の“生と死のはざまにある”アリシアの肉体を複製し、死んでいる脳髄を“生きている”状態にするにはどうすればいいかを調べるにはうってつけというわけだ。

 クローン技術で生みだした肉体は高確率で失敗し、“死んでいる”か“死んではいないが生きてもいない”状態になる。それに対して実験を繰り返せば脳死状態からの蘇生の大きな手がかりになるだろう、しかもそれがアリシアと同じ遺伝子を持つ肉体なら尚更だ。


 「その通り、他人の肉体で試して上手くいったからといってアリシアに悪影響が出ないとは限らない。だったら、アリシアと同じ肉体で試すのが一番確実よ」


 なるほど、倫理的に考えて違法研究まっしぐらだが理に適ってはいる。が、非常に嫌な予感がする。


 「だけどさあ、いくら生きていないとはいえアリシアと外見も全く同じクローン体をお前が切り刻んだりできるのか?」


 「何を言っているの、貴方がやるのよ」


 「やっぱりか」


 嫌な予感は見事的中。まあ、今のプレシアは罪の認識が少し危ういことになっているという事情もある。アリシアを失う前のプレシアが持っていた良識と照合し、こいつの感覚を普通の人間のそれと合わせることも俺の役目なのだが――――


 「当然でしょう、いくらクローンとはいえアリシアと外見が同じものを私が傷つけられるわけないでしょうに」


 この辺だけは普通の感覚が残っているもんだから性質が悪い。


 「それを俺にやらせるかね、この鬼婆が」


 「貴方なんてそのくらいしか役に立たないんだから、むしろ役を与えてやった私に感謝しなさい。忘れないことね、貴方は私のためだけに存在するデバイスなのよ」


 「はいはい、言われんでも分かってますよ、鬼畜め」


 「褒め言葉と受け取っておくわ」


 まあ、この展開は分かり切っていたのでそこは問題ない。


 「ところで、まさかこの研究をリニスに手伝わせるわけにはいかないだろ、あいつには何をやらせるんだ?」


 問題はリニスだ。あいつは俺と違って良心的だからこの研究には絶対に反対する。というか、アリシアを失う前のプレシアの良心的な部分を切り離したかのような精神構造をあいつは持っている。恐らく、プレシアが狂気という名の正気を維持するためにリニスという使い魔に己の一部を無意識に注ぎ込んだのだろう。


とはいえ、ただ遊ばせておくにはあいつの能力はもったいないし、プレシアの魔力を削る意味もない。


 「ロストロギア情報の収集と回収をやらせるつもりよ。このプロジェクトFATEが古代の技術の復活である以上、それに関連したロストロギアが存在する可能性は極めて高い、仮に関連がなくても利用できるものはあるでしょうしね」


 なるほど、確かにそっち方面はAA+ランク相当のリニスの方が適任だ。遺失物管理部の機動三課で働いていた経験もあるから専門家であるともいえるし、魔法すらまともに使えない今の俺じゃあロストロギアは扱えんからあいつに任せるより他はない。


 「だったさ、他の組織の力も借りようぜ」


 「他の組織?」


 「そうそう、例えばスクライア一族だったか、ああいったロストロギアの発掘とかをやっている団体はロストロギアを他の奴らに売って生計を立てている。危険なものは時空管理局か聖王教会に行くけどそうでないのは金持ちのコレクターとか博物館に行くだろ、だから、普段からそういうのを買っておいてお得意様になっておくんだよ」

 そうすれば、ロストロギアの最近の発掘状況を聞いても違和感はないし、お得意様なら色んな情報をくれるはずだ。幸い、プレシアの研究の特許やあの裁判での賠償金を元手にした不動産で資金は大量にある。

 時空管理局との繋がりは結構深い俺達だが、情報源が多いに越したことはない。取捨選択はこちらでやればいいのだから、あって困ることはないだろう。


 「なるほど、悪くないわね」


 「だろ、それに時空管理局の遺失物管理部とコネを強化しておくのも必要だな、地上部隊への足がかりも兼ねて色々工作してみるわ。それから、発掘屋から買い取ったロストロギアは2年くらいしたら他の金持ち連中に転売してやればいい、その辺の地下オークションならいくつも知ってる、つーかたまに俺主催のやつをクラナガンで開催してるからな」


 「………いつの間にそんなことを」


 「くっくっく、このトールは金儲けの天才なり」


 というか、冗談抜きでテスタロッサ家の財産管理を行っているのは俺だ。プレシアは研究者気質のためか、そこら辺の管理が死ぬほど杜撰なのだ、リニスも技術方面はともかく財政方面は専門外だし。

 研究というのはやたらと金がかかるものだが、その資金を可能な限り合法的な手段で稼いでいるのは俺だ。時にはグレーゾーンなこともやっているがそれはそれ、ばれなければ犯罪ではない。


 「とにかく、これからはアリシアのクローン生成を目標に行くわよ」


 「りょーかい、待ってなさいアリシアちゃん、この超絶美人年増魔女プレシアがすぐに治療して上げるからね」


 これも仕事、プレシアに現在を正確に認識させなくてはならない。


 「死んでみる?」


 「我は不死身なり、肉体が滅ぼうが核がある限り何度でも蘇る」


 「じゃあ、核を砕いて上げる」


 「ごめんやめて許してお願いだからご自愛ください」




 こうして、プロジェクトFATEは始動した。






[22726] 第三話 悪戦苦闘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/26 08:12
第三話   悪戦苦闘





新歴53年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「実験体147番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体169番――――――保留、リンカーコアの存在あり、ただし成長が見られない」


 「実験体177番――――――可、リンカーコアはないものの通常のクローンとしては問題なし」


 「実験体186番――――――不可、形になってはいるが内臓の一部がない、生体維持不可能」


 「実験体199番――――――不可、皮膚の完成の見込みなし、廃棄処分」


 「実験体202番――――――不可、右腕がない、しかし、断面から未知の反応が見られる、比較には使用可」


 「実験体211番――――――可、特に問題なく成長中、ただしリンカーコアは存在せず」


 「実験体223番――――――保留、体内にリンカーコアを確認、ただし心臓がない、サンプルとして保管」


 「実験体231番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体244番――――――不可、首から下は問題ないが、頭蓋骨の一部が存在しない」


 「実験体259番――――――不可、髪の色が黒色であり肌の色も褐色、遺伝子配列が別物になっていると予想」


 「実験体267番――――――可、筋肉に若干の問題が見られるが人間としては問題なし、リンカーコア不適正」


 「実験体275番――――――不可、男性としての肉体が生まれつつある、遺伝子に問題あり」


 「実験体281番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体293番――――――保留、未成熟ながらリンカーコアの成長を確認、“優”となる可能性あり」


 「実験体300番――――――不可、右腕が存在せず、内臓にも一部欠損あり」


 「実験体309番――――――不可、顔が二つある奇形、生存適正なし」


 「実験体317番――――――不可、下半身が存在しない、生存適正なし」


 「実験体322番――――――可、問題なく成長中、リンカーコアの適正なし」


 「実験体337番――――――不可、外見は完璧だが心臓だけが存在しない、かなり珍しいため保存」


 「実験体342番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、ただし腎臓の片方が存在せず」


 「実験体350番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体361番――――――不可、腕が三本存在する奇形、肝臓が存在しない」


 「実験体374番――――――不可、首がない奇形、生存適正なし」


 「実験体388番――――――可、髪の色素がやや薄いが他は特に問題なし、リンカーコアは存在しない」


 「実験体396番――――――不可、足と腕が逆に生える奇形、生存適正なし」


 「実験体404番――――――不可、肋骨が全て存在していない、生存適正なし」


 「実験体411番――――――不可、人としての原型をとどめていない」








 「ふう、なかなか上手くいかないもんだ」


 時の庭園の最下部に存在する培養カプセルの乱立した研究室、そこに黒髪で中肉中背の男がいる。

 大魔導師プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トール。つまり俺だ。


 プロジェクトFATEの本格始動から早2年、クローン体の製造は既に始められているが、その成果は芳しいとは言えない。


 「うーん、心臓がない場合にリンカーコアがある場合が3つ、リンカーコアがなくても外見やその他の機能が問題ない場合もある。何か関係があると思うんだが………」

 現在は俺一人であるが、いつプレシアやリニスから通信が来るか分からないので一応“標準人格言語機能”はONにしておく、使わないアプリケーションのリソースは二次記憶容量に移すが、現在では主記憶のみで大体の機能を賄えているので特にリソースを節約する必要はない。そして、主記憶上のデータを見直しつつクローン精製の問題点とその対処法を演算してみるが、そう簡単に分かれば苦労しない。同じような結果になったといってもその成長過程は全てバラバラな上、作り始めた時期も違ったりする。


 とはいえ培養カプセルも無限ではなくせいぜい100個ほどしかないため、完成の見込みがないものは処分して新しい培養を始めないといつまでたっても研究が進まない。

 とりあえず1番から100番までは全滅した。最もそれらしい形になったのは73番だったが、それもつい3日前に廃棄処分となった、リンカーコアの部分が異常増殖し、その影響で身体全体が人からかけ離れたものに変化し始めたからだ。

 流石にその辺の映像はショッキングなのでプレシアには見せていない、というか、この部屋にプレシアが立ち入ることはなく、あいつに見せるのは形になっているやつらの映像と文字媒体となったデータだけだ。下手にこんなものを見せてしまっては微妙な均衡を維持しているあいつの精神が崩壊しかねない。


 「これ、普通の人間が見たら絶対トラウマもんだよな。少なくともリニスが見たら発狂するかもしれん」


 カプセルに並ぶは大量のアリシア、もしくはアリシアだったもののなれの果て、優しい性格なリニスにはきついものがある。プレシアの良心を受け継いでいるあいつには見せられんな。

 物事には適材適所というものがある、インテリジェントデバイスである俺はこの光景にも特に嫌悪感を持つわけではない、というか、嫌悪感を持っていたらそれはもうデバイスではない気がする。


 「こういう人間だったら胸糞の悪くなりそうな作業は機械がやるものと昔から相場が決まっている。逆に、これを喜んでやるような人間がマスターになって欲しくはないなあ」

 プレシアの望みがプロジェクトFATEの先にある以上、研究を進めるのを止めるつもりはないが、これを見て高笑いして欲しいかといえばそれは否だ。まあ、そこまで狂ってしまったらその時はその時だが。



 「だがまあ、一応リンカーコアがないやつなら出来つつある。これにどんな実験をするのかは知らないけど、アリシアの蘇生の助けになれるか否か」

 成果が全く出ていないわけでもない、初期に比べれば原型を留めるクローン体が増えてきたのは確かだし、数は少ないがリンカーコアを発生させているものも出てきた。

 だが、現在は実践とはほど遠く、それ以前の状況だ。そもそも人間の形を保ったままリンカーコアを成熟させたものはいない、現在様子見のもいくつかあるが正直見込みは薄い。


 「やはり、遺伝子から胎児を作る段階で何らかの不備があるんだろう。そこら辺の調整が出来ない限りはこの誕生率の低さは回避されそうもないな。だが、あまり無計画にクローンを作っていたら資金が底を突く」


 これだけの量のクローン体を作るのには尋常ではない資金がかかっている。新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレン”の特許やその他の研究開発の成果を民間企業に売り出したので資金は潤沢だが、減る一方では困るので様々な手段を用いて金策に励んでもいる。 インテリジェントデバイスがやるようなことではない気がするものの、女二人はこの方面でまるであてにならん。 いや見方によっては機械だからこそ適任なのかもしれないが。


 まあ、愚痴ってばかりいても仕方ない。もう一度手順を洗い直して問題点を検証するとしよう。









新歴55年 時の庭園



 「実験体721番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体733番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点はなし」


 「実験体740番――――――不可、外見上の問題はないが、男性へ変異」


 「実験体749番――――――不可、生命活動の問題はないが遺伝子に明らかな違いを確認、肌が褐色」


 「実験体757番――――――可、左目の色が異なるものの大きな差異はなし、リンカーコアはなし」


 「実験体764番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、成長するかどうかは未知数」


 「実験体772番――――――不可、心臓がない以外は問題なし、リンカーコアのなりそこないを確認」


 「実験体785番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点なし」


 「実験体799番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体803番――――――不可、両腕の筋肉の成長が停止、ケースとしてはやや特殊」


 「実験体810番――――――可、アリシアとの相違点はほぼゼロ、ある意味で完成系といえる」


 「実験体818番――――――不可、両足の骨に欠損あり、歩行困難」


 「実験体827番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、だが、肺に反応あり、奇形の可能性」


 「実験体835番――――――良、リンカーコアは順調に成長、ただし、髪の色素がやや薄い」









 「まあ順調っちゃ順調か、少なくともリンカーコアがない場合なら一定の割合で作れるようにはなった」


 さらに2年、プロジェクトFATEは進行中。


 プレシアの方ではとある伝手で入手したロストロギア、『レリック』とやらの解析を6か月ほど前から行っている。

 どうやらこいつは“当たり”のようで、レリックを用いることで死者を復活させる技術すら資料からはうかがえるらしい。

 だが、問題点が一つ、こいつは“レリックウェポン”と呼ばれる代物で本来は死者の蘇生のためではなく、人造魔導師の精製に関する技術らしい。体内に埋め込まれたレリックが兵器としての最大の性能を発揮できる状態を維持するために、検体のリンカーコアと結合し励起させることによって、死者を無理やり生者に反転させるのに近いようだ。

 つまるところ、リンカーコアがないアリシアにはこれを用いることは出来ない。レリックが内包する魔力はちょっとした魔力炉に匹敵するので、肉体が耐えられないのだ。おそらく低ランクの魔導師でも同じで、高ランク魔導師でなければ不可能だろう。ならばと、この技術を応用し、リンカーコアのない人間に埋め込むことができるように調整して、脳死状態を復活させるものを作ろうと悪戦苦闘しているようだが、成果は芳しくないようだ。


 以前の研究で行っていたリンカーコアの非魔導師への移植。あれのノウハウを応用し、リンカーコアを“レリックレプリカ”に改造してアリシアのクローンに埋め込んで見たようだが、どれも上手くいかなかった。

 現状で目指しているのはレリックが持つ蘇生能力を付与し、かつ移植、優郷に適した“改造リンカーコア”を作り出すことだ。つまりアリシアの肉体でも定着するようなレリックレプリカということで、ユニゾンデバイスの機能も参考にしているみたいだが、中々に困難のようだ。


 「それさえ完成すれば大きな前進になる、問題は蘇生した後に後遺症が出ないかどうかだが、そこはリンカーコアがある“妹”がいればなんとかなる」


 アリシアのクローンを作るだけなら目処がたったが問題はリンカーコアを有する“妹”を作ることだ。 もともとアリシアはプレシアの娘、僅かの遺伝子配列の変化でリンカーコアを持たせることができると、今までのクローン研究でわかっている。

 レリックであろうと、レリックレプリカであろうと、それと適合して蘇生したアリシアは高い魔力資質を持つことになる。つまりアリシアに“レリックレプリカ”を埋め込んで蘇生させた結果となる存在である”魔力資質を持ったアリシア”が居れば、その体のデータに合わせてにレリックレプリカを調整すればいい。要は完成形が分かっていればそこに至る道へと調整する方がやりやすいというわけだ。

 だが、それでも技術的に困難なのは間違いなく、プレシアの存命中にそこまで持って行けるかも大きな課題だ。プロジェクトFATEの成果をプレシア自身に応用することも考えられるが、絶対的に時間が足りてない、プレシアの延命のための研究を先に行えば今度はアリシアが間に合わなくなる。刻限はあと10年ほど。


 つまり、既に状況はプロジェクトFATEが完成してもプレシアかアリシアどちら一人しか助からないだろうというところまで進んでいる。ここで両方助かるような起死回生の方法でも浮かべばいいんだが、そんなもんが都合よく転がっていたら誰も苦労しない。


 「さて、どうなることやら」


 とはいえ、俺に出来ることがそれほど多くあるわけではない。生命研究の手伝いをやっている身ではあるが俺が持つのは知識だけでそれらを組み合わせて新技術を生み出す能力があるわけではないし、ロストロギアの探索に役立つわけでもない。


 「せめてもうちょい魔導師としてのレベルが高けりゃいいんだが、Cランクじゃなあ」


 
 プロジェクトFATEの副産物といえるのかどうかは微妙だが、俺の身体も一応バージョンアップされ、それなりに魔導師としてのレベルも上がってきた。

 世の中にはカートリッジという便利なものがある。魔導師の魔力を別に蓄えておき、魔法の発動の瞬間などに炸裂させることで効果を飛躍的に高めるという荒技だ。

 古代ベルカ時代などでは当然の技術だったそうだが、新歴に入った頃にはほとんど失われていたらしい。最近では研究も徐々に進み、近代ベルカ式の使い手などはカートリッジを使うことも増えてきたようだがまだ安全面で問題があるとか。


 オーダーメイドのデバイスならばカートリッジもそれに合わせて作る必要があるようだが、割と汎用的なストレージデバイスに搭載する場合は同じ規格で大量生産した方が当然安上がりだ。デバイスに込めるのはブースト用の魔力なので魔法使用者のものでなくとも構わないとか。そして、大量に作られたカートリッジは全て製品になるわけではなく、出来そこないの“クズ”も結構生まれる。技術が完全に確立されていない現状なら尚更だ。

 そこで、ロストロギア蒐集用に作ったコネやプレシアのデバイス関係の技術者としての人脈からそういった“クズカートリッジ”を大量にもらうことが出来た。これを使えば一時的に魔法人形の中枢にあるリンカーコアに魔力を注ぎ込み魔法を使うことが出来る。


とはいえ原理は完全に電池そのものなので電池が切れれば当然取り換えなければならない。取り換え方法は口から入れて、腹で交換、要らなくなったクズカートリッジは尻から出るというとんでもない仕様だが肉体の構造的に最も無理がないので仕方がない。



 そんなわけで、カートリッジを食べ、空のカートリッジを尻から出して魔法を使う恐怖の魔法兵士トールが爆誕したのであった。 どうなんだソレ。


 また、それと併用して、高ランク魔導師の肉体を材料とした魔法人形を作り、そのリンカーコアを制御することでその魔導師が生前持ち得た技能を再現する研究を行ってもいるらしい。



 ……………これを俺に託したあの男の真意は少し不明瞭な部分もあるが、とりあえず今は考慮すべき事柄ではない

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 あとがき

 このさき2,3話は説明会っぽくなると思います。まだプロローグ部分ですね。予定としては5話ぐらいでフェイト誕生の予定です。
 ちなみにトールの本体は、バルディッシュの紫Verです。



[22726] 閑話その一 アンリミテッド・デザイア
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/15 19:05
閑話その一   アンリミテッド・デザイア



新歴55年 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部





 『失礼します、レジアス・ゲイズ二等陸佐』

 定型通りの挨拶した後、私は彼の執務室へと入る。アポイントメントはとってあるので特に問題はないはず。


 「お前か」

 しかし、返事からは覇気を感じ取ることは不可能、何らかの精神的な事情があるものと推察。


 『悩みごとですか』


 「もうすこし言葉は詳しく述べてくれ、まあ、デバイスに言っても仕方ないか」


 『申し訳ありません。私の汎用的人格言語機能は我が主人とその家族のためにインストールされたものであり、現在は他の事柄にリソースを割いているため、この程度の言語機能が限界となります』

 ここは地上本部であり、ある意味では敵地。下手な言動、行動は許されず、あらゆる状況を想定して対応手段を主記憶に蓄積しておく必要あり。同時に、ゲイズ二佐が悩んでいる事柄についての検索開始。


 「………俺はデバイスのお前から見ても消沈しているように見えたか?」


 『肯定です、恐らく一般的な価値観を共有する人間であれば誰でもが気付くことは可能でしょう―――――検索完了、貴方の苦悩の原因は先日に起こった事件が原因と推察されます』

 死者二十五名、内民間人十一名、魔導犯罪者が放った殺傷設定の砲撃によりクラナガンの一区画が破壊され、捕縛のために動いていた地上部隊の陸士と射線上にいた民間人が犠牲に。

 遅れて出動した本局航空魔導師隊によって犯人は捕縛されたものの、民間人に10名を超える死者が出たことは管理局にとって大きな痛手と考えられる。


 「余計なことはいい、用件を述べろ」


 『了解です。我が主、プレシア・テスタロッサより、非魔導師へのリンカーコア移植技術に関する最新経過を伝えろと承っております』


 「それだけならば技術部の者達に直接伝えればよいだけだろう。わざわざ俺の下に来たということは他の用件があるのではないか?」


 ゲイズ二佐の推察能力は高い。管理局内においてもこの人物を上回る政治的能力を持つ人間は極わずかであると予想。


 『時空管理局地上部隊では、魔導師の数が絶対的に足りておりません。高ランク魔導師の大半は本局へと流れるため、今回のような高ランクの魔導犯罪者が暴れた場合、鎮圧のために犠牲が出るのはやむを得ないでしょう』


 「……………それはその通りだ」

 レジアス・ゲイズという人物はその現状を変えるべく活動している改革派の急先鋒。だからこそ、こちらの提案に応じる可能性が最も高いと推察。



 『それを解決するために、非魔導師へのリンカーコアの移植技術を確立することを試み、地上本部は多くの研究者にそれを依頼しており、我が主もその一人です。本局に対しては可能な限り機密としながら進められているため知る人間は限られますが』


 「……………」


 ゲイズ二佐は沈黙を維持。これは前振りに過ぎず、これから話すことこそが本題であると理解していると認識。


 『しかし、魔導師を確保するアプローチはそれだけではない。人造魔導師の育成、さらにはクローン培養も倫理面を考慮しなければ戦力の拡充方法として効果的でしょう』


 「馬鹿な! 時空管理局は法の守り手だぞ! 違法研究に手を出して何とするのだ!」


 突然の激昂、ゲイズ二佐の人格傾向情報に修正を加える。


 『ですが、違法研究によってでしか救われないであろう命も存在しているのです』

 私はスクリーンを展開し、カプセルに保存されているアリシアの姿を映し出す。



 「……………これは?」

 少し落ち着いたのか、ゲイズ二佐から質疑が出る。


 『我が主プレシア・テスタロッサの長女、アリシア・テスタロッサです。脳死状態にある彼女の蘇生こそが我が主の研究の最終目標といえましょう』


 そして、詳しい経緯をゲイズ二佐に語っていく。この人物は実直ではあるが、相手の言葉に耳を傾けない人物ではなく、事情を話せば一定の理解は得られるものと予想。










 「そうか、それで非魔導師へのリンカーコアの移植を研究していたのか………」

 ゲイズ二佐の顔には納得がいったと書かれている。プレシア・テスタロッサは本来魔道力学が専門であり、次元航行エネルギー駆動炉などの開発の行っていた人物、生命工学は普通に考えれば畑違い。

 流石のゲイズニ佐といえど、管理局に協力する一研究者の人生内容までは知り尽くしてはいないのだから、その疑問は当然といえる。


 『肯定です。そして、あくまで医療目的の手段としてクローン培養技術を応用しようとしています。ですが、現状の法律を考えれば違法研究となりましょう』


 「それは間違いない、管理局法はいかなる理由であれ、人間のクローン培養を禁止している」


 『承知しています、そこを曲げて貴方に協力をお願いしたい。無論、相応の見返りは用意します』


 別の資料を開封する。


 「これは?」


 『対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台、“ブリュンヒルト”。その動力となる駆動炉、“クラーケン”。その設計図です』


 「対空戦魔導師用の固定砲台だと!」


 驚愕の声を上げるゲイズ二佐、この反応は予想通り。


 『我が主の魔力はSランク相当ですが、次元跳躍魔法という稀有な技術を保有しているため条件付きSSランクと認定されております。この“ブリュンヒルト”は座標さえ入力すれば次元跳躍魔法に近い射程を誇り、高速機動可能な空戦魔導師をも撃ち落とすことが可能です。我が主がデバイスを用いた魔法でそれを行うように』


 “ブリュンヒルト”は我が主の空間跳躍攻撃を大型の駆動炉のエネルギーと特殊な設計の魔力制御機構によって再現したもの。我が主は本来こういうものの開発を専門としている。無論、その駆動炉の“クラーケン”も同様。


 『未だ机上の空論ではありますが、地上本部が開発に乗り出すならば10年もあれば試作機の製作が可能と予想されます。特に問題なくアップデートが行われれば、20年後、新歴75年あたりには完成を見るでしょう』


 「………」



 長き沈黙



 『いかがでしょうかゲイズ二佐、我々は表だって支援を必要としているわけではありません。我々が発注する材料や機材の手配を潤滑に進め、それらの材料の用途の認定に便宜を図っていただければ十分です』


 「……………残念だが、今の俺にはその権限はない。我々は新たな機構を導入するよりも現在の機構の無駄をなくすことで手一杯だ」


 返答は予想の範囲内。仮に彼が人造魔導師やもしくは戦闘機人などの新戦力を必要としたとしても、その段階に達するにはあと10年ほどはかかると予想。まず土台となる部分を整えなければ新戦力の導入は夢物語、現在の彼はその改革の中心にいるのだから、他に余力を裂く余裕はない。


 『では、既に生命工学関連で管理局から支援を受けている研究者を紹介していただけませんか、そちらに直接交渉してみることにいたします』

 この状況における紹介とは、すなわち研究施設への管理局からの要請と同義。


 「それは構わん、手配しよう」


 『ありがとうございます。それから、その設計図は差し上げます。我々の手元には原本がありますし、管理局以外に売り込めるものでもありませんので』

 “ブリュンヒルト”を次元世界の国家などに売り出せば必ず国際問題や外交問題に発展する。それは我が主にとって好ましいものではなく、政治的に中立を保っている時空管理局のみがその例外となり得る。

 聖王教会ですら政治とは無関係ではいられない。ある意味で国家の正規軍以上の武力を保有するが故に政治的な中立を求められる管理局はこの次元世界で最も信頼度が高い組織でもある。



 「――――もし、地上本部がこれの開発を進めたとすれば、協力を依頼することは出来るか?」


 『アリシアの蘇生を進める片手間でよければ構いません。我が主の本来の専門分野はそちらなので、息抜きにはなるかと』


 「―――――そうか」


 ゲイズ二佐より資料を受け取り、私は地上本部を後にする。


















新歴55年 ミッドチルダ某所




『クラナガン生体工学研究所――――』


渡された資料に書かれていた住所を照合し、下調べも行ったが特に異常はなし、正規の開発のみを行っている健全な組織と判断された。もしそうでなければゲイズ二佐から紹介されないことも補強材料となった。


 『失礼します。私はプレシア・テスタロッサの名でアポイントを取った者で、彼女の代理人のトールと申します。ロータス・エルセス氏に繋いでもらいたいのですが』

 受付に用件を告げ、しばし待つ。










 交渉自体は特に問題なく終了。

 こちらが要求したものは生命研究に必要とされる代表的な機材と材料、その対価に定価の2倍の額を支払うことで話はついた。この研究機関は機材などもかなりのペースで新しいものに入れ替えられるようで、定期的に取り換えた品を他の研究機関に譲渡しているらしく、その優先順位を金銭で入れ替えただけの話。


 しかし――――



 「いや、中々に興味深い話だ。彼女とは一度語らってみたいと思っていたのでね」


 対応していた研究員の態度が、突如として変化した。


 『貴方は――――』


 「おっと、そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ」


 汎用的人格言語機能をON、このタイプの人間には話を合わせた方が有益な情報が引き出せると判断。


 「……………そうかい、じゃあこっちもこれでいかせてもらうが、手前は一体何だ?」

 この気配、どう考えても堅気のものじゃない。こんな普通の研究機関にいる人種では断じてあり得ない。


 「くっくっく、ふむ、私が何か、か。その問いに対する答えはやはり一つに集約されるだろう」



 次の瞬間、男の顔が変わる。魔力の反応が変身魔法の類いではなく、それとは全く違うものだ。

 そして現われた顔は――――


濃紫の髪――金色の瞳――隠しきれていない滲み出る狂気――俺にも見覚えはある。というか、この顔は俺達と切っても切れない関係にある。



「無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、私が何かと問われれば、そう返すのが最も自然なのだろうね」


堪え切れないように嗤いながら、ジェイル・スカリエッティという男は、俺の前に現われた。










 「なるほど、それで、その珍妙な仮面が手品の種か?」


 「そうとも、これは偽りの仮面(ライアーズ・マスク)というもののプロトタイプでね、これで変装したものは通常の魔法ではまず見破れない、欲しいのなら一つくらい進呈してあげてもよいが?」


 「遠慮しとく、ただほど高いものはない、特にアンタの場合利息が高そうだ」


 「ふむ、残念だね」

 存外真面目そうに言いながらコーヒーを飲むスカリエッティ。


 「それで、天下の広域次元犯罪者様が一体なんで俺なんかと会うためにこんなところにいるんだ。まさか無駄話がしたかったなんて言うんだったら喜んで付き合うが」


 「無駄話か、悪くないね。しばらく興じてみることとしよう」




 その後、しばらく話しあった内容は冗談抜きで無駄話でしかなかったので割愛する。








 何度も議題を変え、ゴキブリは如何にして“例の黒い物体”と呼ばれる程の知名度を確立したのかという命題について語った後、スカリエッティはようやく本題に入った。ちなみに、無駄話をしながら場所は移しており、地下通路を通ってかなり本格的なラボに来ている。


 「きっかけは些細なことだよ。私が基礎理論を構築したプロジェクトFATEを引き継ぎ、中々に面白いことをやっている者たちがいると小耳に挟んでね。何か手助けは出来ないものかと考え付いたまでだ」


 「その手助けとやらを口にする表情が、さっきの実験用の蟲について語る時の顔と同じなのは仕様か?」


 だが、実に分かりやすくはある。要は俺達に研究材料を与えて、どんな結果を出すのか観察したいといったところだろう。どんな結果に転がろうが良し、突き詰めて言えば道楽だ。



 「さあて、どうだろうね」


 「まあいいけど、俺のご主人様の答えは聞くまでもないからな。アリシアの蘇生に繋がることなら何でも飛びつくぜ、今のあいつは」


 「ふむ、中々に面白く狂っているようだね」


 「アンタに言われるのだけは心外だろうが、狂っているという面では同意できるな。プレシア専用のデバイスとしては誇っていいのかどうか微妙だが」


 プレシアを正気に留めることは俺の主な役割の一つだが、完全に果たせていないというか、そもそもプレシア自身が完全に正気に戻ることを望んでいない。あまりに狂い過ぎてはかつてのように思わぬ副作用を喰らう可能性が高いことを自覚したから、その対処法として俺に狂気を抑える機能を追加したに過ぎないのだ。


 「だからこそだ、そんな彼女に贈り物を用意した。どう使うかは彼女次第だが、面白いことになると思うよ」


 スカリエッティがいつの間にか手にしていたのは、赤い宝石のような物体。



 「それは?」


 「“レリック”というロストロギア、あいにくと説明書というものは私の頭の中にしかないので用意していないが、彼女ならそう時間をかけずにどのようなものか探れるだろう」


 スカリエッティはそう言ったが、この後プレシアがレリックの特性を把握するまでに3か月近い月日を要した。それを大した時間もかけずに成したであろうこの男の頭脳は一体どうなっているのか。


 「これをくれることによってアンタにどんなメリットがある、と聞くのは意味がなさそうだな」


 「よく分かっている。ならば、答える必要もなさそうだね」


 スカリエッティが名乗った“無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)”、それがこの男を表す記号ならば、理由を考えることに意味はない。ただやってみたくなったからやっただけだろう。

 要は、この男にとって世界とはただ愉しむためにある。そして、面白そうな玩具を見つけたから観察しようとしてみただけ。


 そして、そのスタンスはプレシアと噛み合う。プレシアにとってはアリシアが蘇生できるのならそれでだけでいい。その研究成果が時空管理局に渡ろうともどっかの国家に渡ろうとも、このマッドサイエンティストに渡ろうとも、プレシアにはどうでもいい話だ。



 「一つ質問だ、アンタはこれで何を成す?」


 「芸術品を作るつもりだよ。生命操作技術の果てにこそ、私が求めるものはありそうでね。私は――――――人間を愉しみたい、それを形にしてみたい、どんな形になるのか分からないからこそ、やってみる価値がある」



 なるほど――――こいつは狂人だ。


 普通の人間に理解できない、共感出来ない精神性を持つ存在を狂人と定義するならば、この男にこそ狂人という言葉は相応しい。




 「だいたい分かった。じゃあな、また会おう」


 「ああ、私達はいずれまた巡り合うことだろう。それがいつになるかは分からないが―――――楽しみにしておこう」



 俺とこの男の邂逅はひとたび終わる。この出会いから再会までには10年以上もの時間を要することとなるが、そのことは別に驚くに値せず、むしろ予想できたことだ。


 だがしかし、“プロジェクトFATE”と“レリック”、ジェイル・スカリエッティという狂科学者がもたらした古代の遺産が俺達にどのような影響を与えるのか。






 その答えが出る日は、まだ遠い。








[22726] 第四話 完成形へ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:cb049988
Date: 2010/10/30 19:50
第四話   完成形へ





新歴57年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1127番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、魔力値3300、Eランク」


 「実験体1135番――――――可、リンカーコアの成長が停止、処置を施して様子を見る」


 「実験体1144番――――――不可、リンカーコアが暴走を開始、体細胞を破壊」


 「実験体1151番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、瞳の色に差異あり、魔力値4200、Eランク」


 「実験体1159番――――――可、リンカーコアにややおかしな特性を確認」


 「実験体1166番――――――不可、培養液を抜いたところ、リンカーコアが消滅」


 「実験体1175番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、髪の色に差異あり、魔力値6400、Dランク」


 「実験体1188番――――――不可、リンカーコアが異常増殖、生体活動を阻害」


 「実験体1197番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、矮小な体躯、魔力値2100、Eランク」


 「実験体1205番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、これまでで最高の成長速度、魔力値8700、Dランク」


 「実験体1211番――――――不可、培養カプセルから出した結果、リンカーコアが暴走」


 「実験体1219番――――――不可、リンカーコアは有するものの、生体反応が停止」


 「実験体1228番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、下肢の成長にやや問題あり、魔力値2700、Eランク」


 「実験体1233番――――――保留、リンカーコアから電気変換特性を確認、これまでにない反応」


 「実験体1240番――――――不可、培養カプセルから出した結果、生体活動が停止」


 「実験体1248番――――――可、リンカーコアは順調に成長中、内臓に一部機能的欠損あり、魔力値2500、Eランク」


 「実験体1255番――――――保留、再び電気変換特性を確認、プレシアの遺伝子の影響と見られる」


 「実験体1267番――――――良、リンカーコアは順調に成長中魔力値5700、Eランク」






 「何とかここまで来たか」


 プロジェクトFATEは遅々とした速度だが確実に進んでいる。

 この研究の核になるのはレリックが有する蘇生機能だ。レリックが定着さえすれば、アリシアは間違いなく脳死状態から回復すると、プレシアの研究でわかった。しかし、レリックの蘇生機能は、魔力炉としての機能を十全に発揮するための補助的な機能なので、メインである魔力炉の機能を停止させると、当然蘇生機能も働かない。そして、非魔導師であるアリシアではレリックの内包する膨大な魔力に耐えられないのだ。

 だが。以前の研究によって、リンカーコアならば非魔導師の肉体にも移植できることが確認されている。その場合、SランクのコアであってもAランクギリギリの魔力しか持てず、効率的にはまったく実用性がないが、プレシアは効率性なんか求めてないので、何の問題もない。よって、レリックを解析し、その蘇生機能をリンカーコアに付与させる方法を見つけ、それによって作ったレリックの劣化版”レリックレプリカ”の作成に成功し、それをアリシアに適合させようとしたが、今のところここで行き詰っている。
 
 やはりメインとなる魔力炉としての機能がリンカーコアとレリックでは差が大きい。そのためサブ機能としての蘇生機能まで弱くなっているとプレシアは考えているが、それさえ仮説というのが現状だ。

 一応の予想としては、もしレリックないしレリックレプリカが定着してアリシアが脳死状態から回復した場合、アリシアは最低でもAAランクの魔量を有するようになるらしい。

 よってまずその完成系である”高い魔力資質を持つアリシア”をクローン培養でつくり、完成形であるその”妹”のデータから、どのようにレリックを調整すればいいのかを逆算していくというのが、今目指している段階だ。


 既にリンカーコアを有さない通常のクローンならば問題なく作ることが可能となった。俺の方では引き続きリンカーコアを有する“妹”の製作を続け、プレシアは記憶転写の実験に入っている。

 この方式で“妹”を誕生させる以上、赤ん坊の状態で生まれさせることはできない。少なくとも4歳程度までは培養カプセルの中で育てないとリンカーコアが問題なく成長出来ているかを確認することが出来ないからだ。

 つまり、それまでの人生記録はアリシアから引き継がねば一人の人間として成長するのに障害が出る。俺達が作るのはあくまで“アリシアの妹”であって、誕生こそ普通の人間と違っても人生経験は可能な限り通常に近づける必要がある。でなければ“高い魔力資質を持つアリシア”の完成形になりえない。

 俺が作ったアリシアの通常型クローンを用いてプレシアが記憶転写のノウハウを構築しているがそっちもそっちで苦戦中、やはり人間の脳というものは余所から来た情報を拒否するもので、それを突破するのは並大抵ではないようだ。


 だが、仮説は一つある。植えつけられた記憶と現在の自分に差異がなく、違和感がなければそれを自分の物として受け入れられるのではないかというものだ。

 要約すると、誕生した“アリシアの妹”にアリシアの記憶を植え付け、そしてその子をプレシアの娘として育てれば自分に違和感を持つことはなくなるというもの、早い話が愛情を持って育てればまともな人間に育つというわけだ。

 また、アリシアの人生が5歳で止まっていることから考えても“妹”は4歳から5歳程度までが培養カプセルで成長させる限界点となる。それ以降は普通の子供と同じように育てなければならない。

 問題点はこの仮説の証明が出来ないことだ。アリシアのクローンはまだ生まれていないから育てることは出来ないし、プレシアにも育児に当たる時間がない。その時間を割けるとしたら完成した“アリシアの妹”だけだ。


 なので現在、リニスがその問題を解決するロストロギアを探索している。ロストロギアの中には使用者を幻想空間に引き込み、夢を見せるものがあるという。

 数年前に発生した“闇の書事件”で有名なロストロギア“闇の書”にもそういう機能があるなんていう情報もある。こいつが持つ“守護騎士システム”は俺の人間的人工知能の原型といえるが、少なくともロストロギアの中にそういう能力を持つものがあるのはほぼ間違いない。

 それを利用してアリシアのクローンにアリシアの記憶を植え付けてさらに娘として育てた未来を計算し、疑似体験を行うという少々強引な方法となるが、仮説が仮説だけにそれくらいしか証明手段が思いつかない。



 「ま、そっちはプレシアとリニスに任せるしかない。スクライア一族とも結構交流が増えたし、時空管理局遺失物管理部とのコネづくりも大分出来てきた、ロストロギアを集めやすい状況は整って来たはずなんだが、どうなることやら」


 俺も常に研究室で缶詰になっているわけではなく、むしろ外に出て活動している時間の方が長いと言えば長い。

 プロジェクトFATEの特性上、処置を行っても結果が出るまでに大抵3日以上、下手すると半月近くかかる。だから、現在育成中のクローンにそれぞれ処置を施したら数日は放置し、その間に研究費のための資金のやりくりや不動産関係の書類の整理、さらにはクローン精製に必要な材料の確保や必要ないロストロギアを競売にかける地下オークションの開催などを行っている。

 時の庭園があるアルトセイムはミッドチルダの辺境にあるが、第一管理世界ミッドチルダの首都クラナガンに行けば大抵の世界とのやり取りは行える。オークション会場何かを探すにもクラナガンなら苦労はしない。とはいえ、人間だったら過労死してるスケジュールだがインテリジェントデバイスの処理性能のおかげでなんとかなっている。それに、プレシアが工学者としての本領を発揮して俺と“肉体”の同調性を上げてくれているのも大きい。


 まあ、それには匿名でたまに送られてくる品が役立っているという部分もある。“レリック”を俺達に贈って以来、あの男は思いついたように何らかの品をここに匿名で送るようになった。アリシアの蘇生には役に立たない品ばかりだが、俺の身体の強化には役立つものもあったりする。

 特に1年ほど前に送られてきた魔導師の肉体とリンカーコアは“トール”と半融合状態になることで予想外の副産物をもたらしてくれた。元々はセンサーの強化バージョンのような能力を持っていたようだが、インテリジェントデバイスと化合することで相手の幻影や結界を見破り、魔力を数値化する技能へと変化された。

 どうやらあちらではこういった技能をIS(インヒューレント・スキル)と呼んでいるらしく、それにならって俺もISとしてこの“バンダ―スナッチ”を利用させてもらっている。これらの調整をやってくれたのはプレシアで、生命工学分野ではスカリエッティに及ばずとも、デバイス改造に関してならば負けていない。


 だが、研究面でプレシアにかかる負担も相当のものになっている。俺と違って生身のプレシアは疲労がたまれば当然身体に悪影響が出る。ただでさえ以前扱った薬品などが原因で疾患を抱えている身なのだ。現在はそういう危険がありそうな実験は俺が全て代行しているが、逆に新しい理論を構築するのはプレシアにしか不可能な作業のため、試行錯誤の段階ではプレシアの負担はどうしても大きくなる。


 「どんなに性能が良くても俺はインテリジェントデバイス、既存のものから新しい理論を組み立てるという作業はどうしても苦手だ」

 俺が裁判や交渉に強いのはそれらが既存のものと同じものであるからに他ならない。

 裁判も金銭的な契約も全部人間がルールを定め、これまでの人間の行動に基づいて作られている。だから、それらの情報を集め、データベースを構築すれば大抵の出来事には即座に対応できる。

 だが、新しい理論や仮説を作るというのは全く異なる思考方法だ。デバイスの演算性能は人間の比ではないが、アルゴリズムの大元を自分で組み上げることは出来ない。どんな術式であっても大元を組みあげるのは魔導師であり、デバイスはそれを高速で展開するだけだ。

 プロジェクトFATEにも同じことが言える。俺に出来るのは実験体のデータをまとめてプレシアに送ることと、“これまでにあったこと”から近い例を検索してその傾向を調べることだけ、そこから新たな処置方法を考えるのはプレシアの役割になる。



 「無理するなと言いたいところだがアリシアの脳死状態から既に18年、本当に猶予がなくなってきやがったからなあ」


 後8年くらいは持つだろうが、それまでに蘇生に必要な技術を全て確立できるかとどうかは微妙なところだ。

 絶望的ではないが、楽観することも出来ないというなんとも言い難い状況で、なまじ希望があるだけに余計手を抜きにくい。ここで手を抜いたことで手遅れになったらなんて思ってしまえば休むことすら出来ないだろう。

 俺はデバイスだからその辺は効率を考えて割り切れるが、プレシアはそうもいくまい、自分の娘の命がかかっている以上冷静でいられはしないだろう。それにそもそも、プレシアの現在は今も半分は止まっている、元より走り続けるしか選択肢などないのだ。




 「よくて後10年…………もしくは9年か8年…………下手すりゃ6年………ってとこかね」


 まあ、何とかするしかない。主人が諦めていないのにデバイスが弱音を吐くなどありえないことだ。

















新歴59年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1567番――――――優、リンカーコアと体組織、共に問題なし、魔力値1万2200、Dランク」


 「実験体1589番――――――不可、培養カプセルの外に出した結果リンカーコアが暴走」


 「実験体1600番――――――不可、リンカーコアが自然消滅、原因の絞り込みはほぼ完了」


 「実験体1631番――――――不可、カプセル外部においてリンカーコアの暴走はなし、だが、機能不全」


 「実験体1672番――――――優、リンカーコア優秀、さらに電気変換特性を確認、魔力値1万6900、Dランク」


 「実験体1695番――――――優、リンカーコア極めて優秀、4歳としては非常に高い、魔力値3万7700、Cランク」


 「実験体1713番――――――不可、最終的な課題が残る、全ての機能を発揮すると脳波が検地させず、このままでは意識が宿らない」


 「実験体1734番――――――優、体組織系の問題はほぼ解決、残る問題はリンカーコアとの適合率、魔力値1万8000、Dランク」


 「実験体1766番――――――不可、適合率は過去最大、しかし、脳波が検知させず」


 「実験体1791番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万4700、Dランク」


 「実験体1814番――――――不可、新たな処置を試みるも失敗、リンカーコアが暴走」


 「実験体1837番――――――不可、カプセル外部でリンカーコアの暴走はなし、しかし、脳波が検知されない」


 「実験体1861番――――――優、これまでで最高の性能を確認、魔力値6万7800、Bランク」


 「実験体1888番――――――不可、適合率は過去最高だったが、脳波が止まり失敗、拒否反応などはなし」


 「実験体1904番――――――不可、リンカーコアは安定、問題点オールクリア、しかし、脳波が安定しない」


 「実験体1929番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万3100、Dランク」


 「実験体1945番――――――暫定的成功、ついにリンカーコアを宿したクローン体から正常な脳波を確認、培養カプセル外部においても生体活動、リンカーコアに異常なし、魔力値1万6500、Dランク」









 「やっとここまで来たか………」


 デバイスとはいえ、やはり感無量である。とはいえ、最新の技術でリンカーコアとデバイスのコアを融合に近い形で直結しているので完全な人工知能というわけではないんだが。


 「何はともあれ、ここまで来た。後はプレシアの記憶転写が上手くいけばいいだけなんだが、そこもそれで難関だ」

 まず、4歳の子供の脳というのは非常にデリケートでその上現在進行形で成長している。

 容量自体は生まれた頃、つまりは0歳の時からそれほど変化ないみたいだが、脳細胞を繋ぐ神経は時間と共に複雑さを増していき、子供の脳の成長速度は大人とは比較にならない。

 その状態で4年分にも及ぶ記憶の転写に脳が耐えられるかどうか、特別な対策をとらない限りはまず間違いなく脳が使いものにならなくなる。


 そこを何とかするためにプレシアが必死に研究を進めているわけなんだが………



 「あいつの話によれば理論的には問題ないそうだが、結局やるのは俺なんだよな」

 プレシア自身が“アリシア”に施術してその結果が脳死じゃあいくらなんでも精神的ダメージがでかすぎる。記憶転写の術式である以上、失敗の結果は脳死しかありえないがアリシアの脳死を繰り返すのは絶対に無理だ、あいつの寿命が確実に縮まっていくだろうし、下手をすると本格的に気が狂う。


 「かといってリニスにやらせるわけにもいかないし、あいつにはそろそろ保育士の資格を取りにいってもらわないといかんからなあ」


 俺達が生みだすのはあくまでアリシアの妹だ。当然戸籍も用意するし、冷凍保存してあった夫の精子を利用してプレシアの卵子と合成して受精卵を作り出し、試験管で生まれたという設定にする。体外受精は違法というわけではないがそのためにはやたらと複雑な書類と管理局の監査が入る。設定に矛盾こそ生じないが、事実でない以上逆に危険も大きいので細心の注意が必要になる。

 プレシアは現在44歳だから出産はぎりぎりだ、例え体外受精だとしても今のプレシアの卵子ではかなり苦しいかもしれないが、高ランク魔導師の肉体は老化が遅いケースがある。条件付きながらSSランクの魔導師のプレシアもかなり若い肉体を保っているので外見的には違和感はない。

 だが、それはあくまで外見上の話で、体内の状況を考えれば不可能なのは間違いない。今のところ日常生活には支障をきたしていないが、後2年もすれば障害が出てくることだろう。


 「時間、全ては時間か。果たしてこれから生まれるアリシアの妹はプレシアの希望となれるのか」


 ロストロギアの方もリニスの働きで“ミレニアム・パズル”と呼ばれる現像世界によって人間と事象を繋ぐものが見つかった。だが、レリックに代わるものは発見できず、リンカーコアを改造した“レリックレプリカ”では恐らく不可能。

 蘇生のためのピースは足りるようで足りていない、最早後は運次第になるかもしれないな。


 「後は、クローンのリンカーコアの魔力値か。これが高い方がいいという予想だが、実際にやってみないことにはなあ」


 俺の“バンダ―スナッチ”によって機材を用いずとも魔力の測定は行える。管理局では魔導師の魔力値はいくつかの段階に分けているが、これがそのまま魔導師ランクに直結するわけではなく、特に近代ベルカ式の使い手は魔力値とランクが比例しない。


 一応魔力値の基準として、

1000以下   ―――  Fランク
1000~5000  ―――  Eランク
5000~2万  ―――  Dランク
2万~5万  ―――  Cランク
5万~10万  ―――  Bランク
10万~20万  ―――  Aランク
20万~50万  ―――  AAランク
50万~200万  ―――  AAAランク
200万~1000万 ―――  Sランク
1000万~5000万 ――― SSランク

ということになってはいる。だがこれらは平均的な値で、砲撃魔法を使った場合などの瞬間的な魔力は2倍や3倍、もしくは5倍なんてこともある。

 それぞれの段階の幅が一定ではないのにも理由はあるそうで、Eランクは1000から5000の5倍、Dランクは4倍、Cランクは2.5倍、Bランクは2倍、Aランクも2倍、AAランクは2.5倍、AAAランクは4倍、Sランクは5倍、SSランクも5倍と、ちょうど中間のBランクやAランクが幅的には小さく、ここが海と陸を分ける境界線にもなっているとか。

 本局の武装隊局員の平均はBランク、技能で補うにしても少なくともCランク相当の魔力値は欲しいところだから2、3万程度の魔力は必須となる。それ以下の魔力値だったら武装隊に入ることは絶望的と考えてよい。

 しかし、高ランク魔導師となると話は変わり、魔力値15万程のAランク相当の魔力の持ち主でもSランクの魔導師ランクを持つことがある。ベルカ式の使い手ならば技量次第でそこまで登りつめることも不可能ではないとか。


 とはいえ、4歳の子供のリンカーコアの魔力値しか分からない以上、優秀な魔導師になるかどうかを判断することなど出来はしない。だが、記憶転写に耐える条件が強固なリンカーコアを持つことという可能性は十分に考えられる。 いや、プレシアの研究では十中八九そうらしい。



 様々な思考を並列して展開しながら、俺は成功例のデータをまとめるべく高速演算を開始した。

================


 今回は長い説明の回となりました。一言で言えば、アリシアを回復させるためにはフェイトの存在が不可欠、ということを言いたかっただけです。ついでに優とか良とかはなんとなくでつけてます。

 書いたつもりで忘れましたが、1話の事故のときに死んだリニスは使い魔のリニスではなく、ただの山猫のころのリニスです。プレシアはアリシアを脳死状態から回復させたら、リニスを使い魔として蘇生させるつもりだったので、死体を保存しておいたんです。修正しておきます。
 
 あと、魔力ランクについてはオリジナルです。この数値はあくまでリンカーコアの『出力』であって、魔力保有量ではありません。効率が悪ければ実際の魔法の威力は落ちたりします。

 簡単に言えばDBのスカウターの値、ベルカ騎士は戦闘力のコントロールがうまい。

 早い話、トールはスカリエッティ博士からスカウターを貰ったというだけです。

 次回、ようやくフェイト誕生です。



[22726] 第五話 フェイト誕生
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/31 11:11
第五話   フェイト誕生





新歴60年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





ついに運命の時がきた。




 「く、くくく、はーっはっはっは!!」


 そこは神を讃える神殿であり、その中心には荘厳な気配を漂わせる祭壇が立てられ、一つの存在が御神体のように据えられていた。


 「ついに! ついに! ついに来たぞこの時が!! ああ! この時をどんなに待ちわびたことか! 我々の悲願! 我々の夢への偉大なる第一歩がここより始まるのだ!!」


 そして、その前に立ち両手を広げる男は歓喜していた。長年に渉る研究の成果、その結晶が今こそ目覚めようとしているのだ。


 「喝采せよ! 喝采せよ! おお! おお! 素晴らしきかな!!」


 その声はどんどんボルテージを上げていき、慟哭のようにも聞こえるほどである。


 「さあ目覚めよ! 目覚めの時は来たのだ! お前の名はフェイト! 我々の偉大なる研究! プロジェクトFATEの名を冠した最高傑作! お前を作り上げるためだけの我々の苦労と苦悩はあった。その成果がここに降臨する!!」


 ドガーン!

 いかにもな効果音が響き渡る。以前プレシアが放ったサンダーレイジを記録しておいたものの再生である。


 「さあさあさあ! ついに祝福の時がきた! 遍く者は見るが良い! これこそ! 我が愛の終焉である!!!」


 そしてついに、祭壇の中枢にあったものが光を放ち、その威容を――――




 「………何をやっているのかしら、貴方は」


 見せる前に、プレシアの心底呆れ果てた声が響いた。












 「ようやく、ようやくだぜプレシア、ついにフェイトが生まれるんだ、ここでテンションを上げないでどうするよ?」


 「その異常なテンションに付き合わされて毎回落胆するこっちの身にもなりなさい」


 「大丈夫、今回こそは間違いない。絶対だ」


 「その台詞をもう20回以上は聞いた覚えがあるんだけど?」


 「過去を振り返ってどうする。俺達は常に未来を見るべきだ」


 「だったら見るだけにしておきなさい。そんなアホ丸だしな格好でアホなことやってるんじゃないわよ」


 つくづく辛辣なプレシアの言葉だが、まあ気持ちが分からなくもない。


 去年、ようやくリンカーコアを備えた素体を完成させた俺達だが、やはり記憶転写は最後にして最大の障害となった。

 記憶を定着させるにはどのように情報を加工して書き込めばよいかは“ミレニアム・パズル”を用いたシミュレーションによって確立できたが、シミュレーションであるだけにハードの強度は特に考慮していなかった、というより出来なかった。

 だが、いざ実践となると子供の脳の脆弱性というものは予想を遙かに上回る厄介さを持っていた。上書きされた情報に押し流されて、せっかく意識を宿した脳がパンクしてしまうのであった。

 対応策はあるにはあったが、今回はそれを取ることが出来なかった。まだ培養カプセルにいる間に試験的に目覚めさせ、記憶を僅かに移植、数日間そのまま放置し一定の期間を置いて再び記憶を移植する。こうして分割して記憶を移植していけば脳にかかる負担も少なく、培養カプセルの助けもあるので調整が行いやすい。

 だが、弊害もあった。記憶を刻まれた脳は活性化するので、その段階で”妹”は意識が目覚めてしまう。そして、刻まれた記憶と共に培養カプセルの中に漂う自分の記憶も刻まれてしまうらしく、しかもこの記憶は自分自身の体験であるだけに移植された記憶を遙かに上回るリアリティを持ってしまう。

 つまり、白紙の状態に記憶が書き込まれるのではなく、“培養カプセルの中の自分”という強力な記憶と並立しながら記憶が刻まれる。そして、自分本来の記憶がそれのみである以上、通常の記憶とは比較に出来ない強さをその記憶は持ってしまう。普通の赤ん坊の記憶には特に強烈な記憶というものは少ない、火に焼かれたりすれば話は別かもしれないが、それでも明確な記憶ではなく潜在意識に刻まれるようなものだ。

 だが、培養カプセルの中の記憶は簡易的な装置で簡単に探れるほどの上層に位置し、同時に深層心理にも深く食い込んでいた。つまり、表から中枢まで突き抜けるような形で巨大で揺るがない記憶の楔が打ち込まれてしまっていた。

 それはどう考えても“アリシアの妹”であるフェイトとしての自意識に悪影響しか及ぼさない。原初の記憶が母に抱かれる記憶ではなく、冷たい培養カプセルの中で漂う記憶では人生の出発点に綻びが生じる。

 フェイトが生まれた後の記憶ならば姉と妹が違う記憶を持つのは当然という認識があっても、生まれ方が違うのではどんな悪影響が後になって出てくるか分からない。

 これが強力な人造魔導師を作り出すというコンセプトの下での研究ならば何の問題もないが、俺達の目的はあくまでアリシアの妹を生み出すことだ。強力なリンカーコアもアリシアの蘇生を行うための条件づけであって戦闘機械として必要なものではないのだ。
 
 そんなわけでアリシアの記憶転写は誕生前に一気に行われることになる。負担を減らすようにあらゆる方策を試み、ずっと眠った状態で少しずつ移植する方法も試したが、時間をかけ過ぎると逆に上手くいかなかった。人間の脳と記憶というものは俺達インテリジェントデバイスの記録と違って死ぬほど厄介だった。

 これが俺だったら記憶領域を探索して、現状で必要ない部分を外付けハードディスクに保存して削除すればいいだけの話なのだが、人間というものはとんでもなくデリケートだ。



 だがしかし、そんな困難極まる状況において、ついに奇蹟が舞い降りた。



 「ふっふっふ、プレシアよ、そのような言葉はフェイトのデータを見てからにするんだな」


 そう言いつつ、俺は今まで内緒にしておいたフェイトのデータをプレシアに渡す。


 「そういえば、貴方もう名前で呼んでいるのね、まだ生まれていないというのに」

 ちなみに、フェイトの名前は俺達で考えたものだが、意見を交わすまでもなく速攻で決まった。

 プロジェクトFATEの名前を冠するという意味合いもあるが、何よりもFateという言葉、これの意味は“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”で運命の気まぐれや死、破滅を意味するが、それを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となる。

 アリシアを襲ったあの事故が“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“死と破滅”だったのならば、フェイトこそがその運命を覆す存在、アリシアの命を救う“運命の女神”となるように。

 そういった希望を込めて俺達は生まれてくる彼女に“フェイト(Fate)”と名付けた。

 生まれてくる子供の名前を誕生前につける風習はどこの世界にもあるが、そういったものは常に子供の幸福を願う願掛けだろう。そうでなければ生まれる前から子供の名前考えて悩んだりはしない。

 まあ、出来ることならリニスも加えてやりたかったが、プロジェクトFATEに関してはリニスは部外者なのでここは勘弁してほしい。

 そしてもうひとつ、アリシアが脳死状態になる前、プレシアは『妹がほしい』と言われ、それを約束している。どこの家庭でも見られる他愛の無い約束だが、プレシアは今でも鮮明に覚えている。というか、今のプレシアはアリシアとの思い出を残らず鮮明に覚えているのだ。常に頭の片隅で劣化させないように繰り返し回想している。

 だから、フェイトが生まれることは、アリシアとの約束を果たすことにもなるのだ。



 「………これ、本当かしら?」


 「俺は嘘吐きだがマスターに嘘は吐かないぜ、そこにあるデータは全部本物さ」


 実験体2216番、髪の色、肌の色はアリシアと同じ、体組織に問題なし、リンカーコアは一切問題なく成長、そして、現在における保有魔力量、23万5000――――――AAランク


 「4歳でAAランク、まるで冗談のような数値だわ」


 「間違いなくアンタの娘ということさ、アリシアの中に存在するアンタからの遺伝情報、それを基にリンカーコアが作られ、その性能が最高になるような状況が整ったのならそうなるのは必然かもしれない。アンタも5歳の頃には保有魔力量がAAランクに達していただろ、そしてだからこそ制御用に俺が作られた」


 トールというインテリジェントデバイスが作られたのは、強力すぎる魔力をもって生まれたプレシアが、魔法の行使中に暴走しないようにという保険のためだ。そのために俺の機能は制御に重きが置かれている。


 「それに、電気への魔力変換資質も持っている。これはアンタが雷撃系を得意とすることが影響しているな、雷撃魔法の性能を最大限に発揮するなら電気への魔力変換をロスなしで行える体質になるのが一番いい」


 「そう、貴方の妙な自信はそういうこと」


 これまで何度も記憶転写はおこなった結果、原因は未だ完全には解明出来ていないもののリンカーコアの魔力資質が高いと上手く行きやすいという傾向が出ている。魔力が1万程度のランクDのクローン体と5万を超えるランクBのクローン体では明らかに高ランクの方が記憶転写に対する抵抗力とでも呼ぶべき数値が高かったのだ。

 魔法技術を用いて行う記憶転写は、ある意味で脳に直接魔力ダメージを与えるようなものだ。よって、高ランク魔導師が持つ魔力に対する体制が大きく影響する。

 そして、既にAAランクの魔力容量を持つフェイトはこれまでの実験体とは比較にならない抵抗力を持っている。これまでの最高値が8万9400のBランクだったことから考えるとまさに“奇跡”と呼べる存在だ。失敗の繰り返しのデータを基に何度もシミュレーションはしてみたが、成功確率は99.65%と出た。



 故に、今度こそ、間違いなく、記憶転写は成功する。フェイトは生まてくれる。


 「そういうわけだ。じゃあ、プレシア母さん、後はアンタの役目だ」


 さっきはノリで儀式めいたことをやっていたが、別に何か必要なことがあるわけではない。

 カプセルに取り付けられたスイッチを押して培養液を抜き、開いたカプセルから出てきたフェイトを抱きしめるだけだ。


 「私、が?」


 「そう、今度ばかりはアンタの役目だ」


 これまではそれを俺がやってきた。まあ、失敗する(つまり脳死状態になる)確率が高かっただけにプレシアに毎回立ち会ってもらっただけでも恩の字だが、今回は違う。

 アリシアを失って以来、現在を正確に認識できなくなっていたプレシア。それを世界と繋ぐことが俺の役割であり、それを果たすためにもここは譲れない。


 「せっかくフェイトが生まれてきてくれたんだぞ、母親であるアンタが勇気を見せないでどうする。トラウマがあるのは分かるが娘が生まれてくることが確実である以上、抱きしめるのはアンタ以外にいないだろうが」


 「でも、もし失敗だったら………」


 「でもも何もねえ、それとも何か、アンタは相棒である俺を信頼できないってのか?」


 「ええ、信頼できないわ、もの凄く」


 「即答か、だが今回ばかりはマジだ。言ったろ、俺は嘘吐きだがマスターに対して嘘は吐かない。俺がマスターにフェイトが生まれるっていったからには、それはもう確定事項だよ。忘れるな、俺はプレシア・テスタロッサのためだけに作られたインテリジェントデバイスだ」


 俺は一度もマスターにアリシアは必ず助かるなんて言った覚えはない。助かる保証はないし、確率が50%にも達しないものを確定したことのようには言えない。

 だが、フェイトは生まれる。確率は99%以上だし統計学的に考えてこいつは“生まれる”と断定できる数値だ、これが外れたらそれはもう宇宙の意思ってやつだろう。


 「…………」


 「だからほら、勇気を出しな、大魔導師さんよ」


 人間というものは頭で理解していても感情が行動を阻害する生き物。その背中を押すために今の俺の知能はあり、そのように設計されている。故に俺はインテリジェントデバイスなのだ。


 「…………分かった」


 決意するように一度だけ頷くと、プレシアは祭壇の先のカプセルへとゆっくりと近づく。

 スイッチを押す指が震えているように見えるのは決して錯覚じゃない、プレシアにとって娘というのは希望であると同時に鬼門なのだ。その精神の根幹には後悔、恐怖、罪悪感などが渦巻いて罪の鎖を作り上げている。

 だが、恐怖に震えながらも、トラウマに苛まれながらも、プレシアは自分の意思でスイッチを押した。

 培養液が抜かれ、フェイトの姿が顕わになる。

 その姿はまさにアリシアそのもの、年齢的には1歳程の差があるが、これはリンカーコアを有する場合と有さない場合の肉体の違いを考慮した上での年齢差だ。

 カプセルの前部分が開かれ、フェイトが出てくる。一瞬呆然としていたプレシアだが、我にかえって慌てて抱きとめる。


 「……………」


 しばし無言、これまで俺が開いてきたカプセルから出てきた者達も体温はあったのだ。しかし、その目が開かれることは決してなく、動いていた筈の心臓も徐々に止まっていった。

 そして、時間にして120秒と少し、プレシアにとっては永遠にも思えたであろう時間の後―――





 「お―――か――あ――――さん?」


 フェイトが―――――――言葉を発した。

 プレシアは身体を震わせ、ただフェイトを抱きしめる。

 そして、決して放さないように抱きしめながら。


 「ええ―――――私が貴方の母さんよ――――――フェイト」


 ようやく生まれた二人目の娘。一人目の娘との約束であり、一人目を救うための希望となる子に微笑んだ。




 それは、俺が21年ぶりに見た、プレシア・テスタロッサの母親としての慈愛に満ちた笑顔だった。






 『新歴60年、1月26日、止まっていた貴女の時計は再び動き出した、我が主よ。インテリジェントデバイス、“トール”はここに記録する。フェイト、貴女に心からの感謝を、よくぞ生まれてきてくださいました、運命の子よ』








[22726] 第六話 母と娘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/22 22:32

新歴60年、フェイトが産まれてより三日後



 「トール! プレシアに娘が出来たって、どういうことですか!!」


 アルトセイムにある公共施設で保育士の資格を取ってきたリニスが帰還して早々、俺のところに怒鳴り込んできた。


 「耳元で怒鳴るな、つーか俺じゃなくてプレシアに聞けよ」


 「聞けるわけないでしょう、プレシアの隣ではフェイトがそれはもう気持ちよさそうに眠っていて、ああ、帰って来ても子供の寝顔を見れるなんて、私はなんて幸せなのでしょう……」

 怒鳴りこんできたはずだが、いつの間にかリニスはどこかの世界に旅立っていた。

 性格的なものも考えてリニスには保育士が天職であると思っていたが、どうやら当たりだったみたいだ。



 「って、じゃなくて、フェイトがプレシアの娘ってどういうことですか!!」

 帰ってきた、意外と早かったな。


 「まあその辺は話すと長くなるんだが、今から21年ほど前に次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故でプレシアの長女、アリシアが脳死状態になったのは知ってるよな」


 「ええ、そしてアリシアを脳死状態から蘇生させるために病気の身体に無理をして研究を行っているのでしょう。そのために必要なロストロギアを揃えるために私も大変でしたから」


 そういやそうだった。俺も俺で大変だったがリニスとて遊んでいたわけではないのだ。遺失物管理部機動三課での経験を生かして次元世界を渡り歩いてロストロギアの探索を行っていた。“ミレニアム・パズル”はその成果の最たるものだ。

 実際、“ミレニアム・パズル”を起動させて幻想と現実をリンクさせる特殊な空間を構成する作業に関してはリニスが主導で行っていた。これに限れば違法ではないのでリニスが行うのに何の問題もなかったという点も大きい。


 「あのレリックも研究材料としてはそれなりに役立った。だが、それだけではまだ足りなかった。アリシアを蘇生させるためにはどうしても生きているアリシアの情報、それも、リンカーコアを持つもう一人の彼女が必要だった。同じプレシアの血を引く妹がな」


 「それでフェイトが生まれたのですか、しかし、どうやって………」


 リニスはプレシアの身体のことなら俺と同様に把握している、つまり、プレシアが出産可能な状態じゃないことは知っているから嘘は通じない。それ以前に、生まれてすぐに4歳相当はどう考えてもありえない。


 「体外受精、とかそう言いたいところだが、そういう合法的な方法で何とかなる状況でもなかったんでな、そうなれば答えは自ずと分かるだろ」


 ミッドチルダにも体外受精などはある。様々な事情から妊娠出来なくなった人達が他の女性の子宮を借りて出産するケース、金持ちならば完全に試験管ベビーとして誕生する場合もある。

 だが、それらの絶対的な条件として通常の精子と卵子の結合によって生まれた受精卵を用いることがある。それらを用いないクローン培養は管理局法で禁じられているのだ。

 実際、ただ子供を作るだけならプレシアの卵細胞と冷凍保存してある亡くなった夫の精子を使えば合法的に可能だ。しかしそれではアリシアの蘇生の指標とはならないし、時の庭園のカプセルで誕生させても全ての個体が異なる情報を持ってしまうという欠点が出てくる。


 「ま、まさか………」


 「そのまさか、フェイトはアリシアのクローンだ。ついでに言えばアリシアの記憶も大体は転写してあって、あの“ミレニアム・パズル”での実験はそのためのものだ。最も、自分の名前に関する部分だけは削除してあるが」


 そう言った瞬間、リニスの表情から血の気が失せる。


 「なんていうことをしたんですか!! クローン培養は管理局法で禁じられているんですよ!!」


 「ばれなきゃ違法じゃない、と言いたいところだがまあそうもいかんわな」


 「当然です!! それで一番苦しむのはフェイトでしょう!!」


 「それは事実だ、これはプレシアの、そしてその端末である俺のエゴと言っていい。アリシアを脳死状態から蘇生させたいのは所詮俺達の都合、別にアリシアが生き返らせてくれって頼んでいるわけじゃないし、そのためにフェイトを作り出せと命令したわけでもない」

 まあ俺はデバイスだが、ここで主人に責任転嫁する気はない。主人に従うのはデバイスとして当然であり、主のために尽くすことがデバイスの存在意義だが、結局、俺は自分のデバイスとしての在り方としてその道を選んだだけの話、ならばこれはやはり俺のエゴでもある。


 「それが分かっているならなぜ!!」


 「答えは簡単だ、俺達がやりたかったからだ」


 そう、答えは実に単純明快。プレシアはアリシアを蘇生させたくて、俺はデバイスとしてプレシアの力になりたかった。だから違法研究と分かっていながらプロジェクトFATEに手を出し、そしてフェイトを誕生させた。


 「貴方達は…………なぜ、フェイトのことを考えないのですか!!」


 「まだ生まれていなかった者のことを考えることは出来ないな、考えるのはこれからだ。既にフェイトは産まれているのだから今更そこを議論しても仕方ない、ここはフェイトが幸せになるには俺とお前はどう行動すべきかを考えた方がいいだろう」


 最も、既にある種の確信がある。俺が選ぶ選択はフェイトが幸せになれる可能性が最も高いものではないだろう。幸せの定義なんざ人それぞれだし、そもそもデバイスの俺には知ることは出来ても理解できないものだが。


 「…………それは、そうかもしれませんが」


 「だからリニス、お前はフェイトの味方になってやれ、プレシアは多分葛藤はするだろうが最終的にアリシアを選ぶだろう、アイツはそういう奴だ。お前はフェイトの幸せを第一に考えて行動し、プレシアはアリシアの蘇生を第一に考えて行動する」


 リニスはそれでいい。プレシアが失った部分を保持しているのが使い魔であるリニスなのだから、フェイトを第一に考える役目はこいつが受け持てばバランスが取れる。


 「では、貴方は?」


 「俺はここから先は中立だ。どっちの側でもなく、バランスを取りながらやっていく。だから、フェイトが一番幸せになるであろう選択肢を俺はとらない、かといってアリシアのことを最優先に考えた選択肢もとらない。中途半端といえばその通りだが、これはもう随分昔から決めていたことなんでな」


 プロジェクトFATEを進め、フェイトを産み出すことを決定した時から、この方針は既に決めていた。

 俺の役割はプレシアの精神を映し出す鏡となることだったが、その前提条件はプレシアが現在を認識できなかったことにあり、その命題は既に果たされた。フェイトが生まれた今、俺の役割はプレシア・テスタロッサが望みを叶えることの補助となる。彼女が娘二人の幸せを願っている以上、俺はどちらかを選びはしない。それを選ぶのは感情の成せる業であり、プレシアはアリシアを、リニスはフェイトを、そしてデバイスは判断基準を持ち得ないので中立となる。


 主要命題が“二人の幸せ”である以上、俺が取るべき最適解は二人を平等に扱い、作業リソースを二つに分けることしかあり得ない。インテリジェントデバイス“トール”はそのようにプログラムされている。


 最も、幸せの定義は人それぞれだが、少なくともフェイトが枷を一つ背負って誕生したのは間違いなく、そうして作ったのは俺とプレシアだ。まあ、普通の両親から生まれたからといって愛情を注がれない子供もいるし、世界によっては政略結婚の駒にされたり、金で売られたりと様々だろう。


 そんな奴らと比較して自己弁護するわけではないが、子供に罪悪感を持つ暇があれば愛情と手間をかけてやるべきだろうと俺は考える。既に俺の稼働歴も40年、色んな情報と接して人生もいくつか見てきたが子供に対して罪悪感なんぞを持っていても子供の教育に役立つとは思えん。

 マイナスの感情を向けても返ってくるのはマイナスの感情だけだ。だったらプラスの感情を向けた方が余程生産的だろうと俺は考えるが、人間の感情というものはそう簡単にいかないらしい。デバイスだったら最も効率のよい方法を問答無用でとるだけなのだが。




 「はあ、実に貴方らしいというかなんと言うべきか………」


 「まあそういうわけだリニス、プレシアはこれからもアリシアを蘇生させるための研究を続けるだろうからフェイトの教育係はお前の役目になる。俺も可能な限り手伝うし、母親として最低限のことはプレシアにもやらせるが、全ての時間をフェイトのために使うことは出来ないと思ってくれ」


 「確か、貴方の持論ではデバイスはマスターに強要しないのではなかったですか?」


 「これは強要じゃない、背中を押すってやつだ。プレシアも心の中ではフェイトに構ってやらなきゃいけないと思っているが、アリシアのための研究も進めなければいけないという葛藤が出てくる。そこに発破をかけて母親としての最低限の義務ってやつを思い出させるだけだ。別にフェイトにとって最高の母親であれと言っているんじゃない、例え最低だろうが母親でいろってわけだよ」


 「例え最低であっても、ですか。まったく、貴方はとてもデバイスとは思えませんね」


 「色々あったし色々改造されたからなあ、もう純粋なデバイス部分は半分くらいになっているんだろうな。だがしかし、俺はデバイスだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 「その心は?」


 「俺はデバイスであると俺が認識している」

 そう、それだけで十分。世界の誰が俺をデバイスと認めなくとも、俺が俺をデバイスと認識しているのだから俺はデバイスでしかあり得ない。



 「………フェイトには貴方が必要になると思いますよ、トール」


 「おや、これまた意味深な言葉を」


 「何気なく思ったことですが、多分真実です。例え普通の人間とは違う誕生をしたとしても、貴方の導きがあるならばフェイトはきっと大丈夫だろうと、私はなぜか確信しました」


 「って、俺かいな。お前はどうすんだ」


 「私はプレシアの使い魔ですよ、どうあってもあの子の人生を導く役にはなれません。プレシアがフェイトを第一に考えない限りは」


 「まあ、そりゃ無理な相談だろうよ」


 「そうなのでしょう、ですから、私は貴方に頼むことにします。プレシアと私がどうなろうとも、貴方だけはずっとフェイトを支えてくれるでしょうから」


 「少なくともフェイトが成人するまではフェイトを残してくたばりはしないと約束しよう。俺は不死身だ、この核が滅びぬ限り、何度でも蘇る」


 「ええ、貴方は不死身の男でしたね」



 そして、話を続ける俺達、大きな方針は決定したが、細かい部分で話し合うことはいくらでもある。
























 「とまあ、そんな感じでリニスとは話がついたぜ」


 「そう、感謝するわ」


 「おお、あの鬼畜が俺に礼を言うとは。時の庭園崩壊の日がついに来たか」


 「やっぱり取り下げるわ」


 「娘の前で言ったことを母親が取り下げるもんじゃないな、子供の教育に悪いぞ」


 フェイトは今ベッドで静かに眠っている。プレシアはその隣で椅子に腰かけてフェイトの髪を撫でている。



 「母親ね……………私は、この子の母親失格だわ」


 「今更だろうに、そんなこたあ21年前から分かってるよ」


 だがしかし、そんな言葉が出てくることこそがプレシアが現在を生きている証だ。残された時間はそう長くはないだろうが、過去を追うだけの人生よりは幾分ましだろう。


 「本当に容赦ないわね貴方は」


 「何年の付き合いだと思っている、マスター? だがまあ、それがプレシア・テスタロッサという女だ。夫を誰よりも愛しながらも自分の職に誇りを持ち、夫婦別姓をも貫いた女、どう考えても専業主婦が似合うわけはないな」


 ミッドチルダは様々な次元世界の文化が入る場所なので、夫婦の姓についても申請次第で自由だ。夫の姓にするもよし、妻の姓にするもよし、別姓もよし、両方つなげるのも長くなり過ぎない限りは問題なかったはず。

 そしてプレシア・テスタロッサとヘンリー・モーガンは別姓だった。その理由は二人とも恋愛面で一年生だったため、プロポーズの時にも“モーガンさん”、“テスタロッサさん”と呼び合っていたという武勇伝が原因だ。



 「ふふ、ホントその通りね。よくあの人はこんな女を愛してくれたものだわ」


 「どんな女だろうがそれを好きになる物好きはいる。逆もまた真なり、最も、あいつはアンタと違って結構色んな女に好かれそうだったが」


 「だから私は不安で堪らなかったわよ、仕事にかまけて家庭を蔑ろにするような女に愛想を尽かしてしまうんじゃないかって」

 そうだった、一体何度こいつから不安を聞かされたことか、まあ、それを上回る頻度で惚気話を聞かされる羽目にもなった。あの時ほど自分がインテリジェントデバイスであることを呪ったことはない。どこまでも甘くて胸焼けどころか窒息しそうになる空気を撒き散らしていたのだ。


 「そりゃ取り越し苦労の典型だったな、結局あいつは一度たりともアンタを裏切らなかった。裏切る暇もなく愛したままあの世に行っちまったからな、忘れ形見を一つ残して」


 そう、リニスにはアリシアがこいつにとってどういう意味を持つ存在か本当の意味で理解することは出来ないだろう。


 この世でただ一人愛した男、その男が残した唯一の愛の結晶。


 プレシア・テスタロッサという女は、そんな乙女心を40過ぎてまで一度も忘れないどうしようもないほど馬鹿で一途な女なのだ。


 「まったく、不器用な女だよアンタは。とっとといい男を見つけて再婚でもなんでもすればよかったろうに、そうすりゃアリシアとの時間だってもっと取れた筈だぜ」


 「あり得ないわね、他の男なんて私にとっては石ころと同じよ」


 「変わんねえな、全く変わんねえ。一度決めたらどこまでも突っ走るその姿勢は5歳のガキの頃から何も変わんねえよ」

 アリシアの事故はこいつの性格に大きな影響を与えているのは確かだが、その根っこは何も変わってないときたもんだ。


 「御免なさいねフェイト、こんな馬鹿な女が貴女の母親で」


 「安心しな、アンタが死んだら俺がフェイトにいい母親を見つけてやるよ」


 「お願いするわ、流石にその辺はリニスには頼めないし」


 「まったく、主も使い魔も揃って同じようなことを言いやがる」


 だがまあ、そういうことだ。プレシアにとってフェイトも大切な娘だが、フェイトのためだけに生きることは出来ない。



 「一応確認しとくが、フェイトの幸せを第一に考えるなら、アンタは今すぐに自分の治療のための研究を始めるべきだ。今のまま症状が進めば、多分あと5,6年しかもたないだろうよ」


 「ええ、それは分かっている」


 「だが、分かった上でアンタはアリシアを蘇生させるための研究を続ける」


 「そう、私の延命のための研究を行えば、アリシアは確実に手遅れになる。研究を続けたところでアリシアが蘇生できる保証はないけど、私の延命が可能かどうかもそれは同じことでしょう」


 つまりは二択、フェイトのために生き足掻くか、アリシアのために死に足掻くか。

 プレシアの命を使ってアリシアのための研究を行うか、アリシアの命を犠牲にフェイトのために生きるか。


 「そしてアンタはアリシアを選ぶと、ま、分かりきっていたことだが」

 ここでフェイトを選べる人間ならそもそもプロジェクトFATEに手を出したりしない。妹を作るというアリシアとの約束を果たすだけなら合法的な人工授精で十分なのだから。

 現在を正確に認識できなかったという要素があっても、これまで21年間走ってきた事実は変わらない。今更引き返せるものでもないのだろう。まことに、人間の精神というものは複雑な構造をしている。



 ―――――だから、これは分かりきった結末だ。



 「それがアンタの答えなら、俺は見届けるだけだ。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールはアンタのためだけに存在し、アンタの人生を記録しよう」


 「当然、死んでやるつもりはないけど、もしもの時はフェイトのことは貴方に任せるわ」


 『承りました、我が主。貴女は最低の母親であると私は定義します』


 「まったくその通りね、自覚しながら変えられないんじゃたち悪いことこの上ない」


 私達は笑う、笑い合う。

 私とマスターは、どんな時でもこんな関係。悪口を言い合う相棒、それ以上でもそれ以下でもない。

 だからこそフェイト、私は貴女を祝福しましょう。主のために存在するインテリジェントデバイスとして、主に母としての姿を取り戻させてくれた貴女に最大の感謝を。そして、最高の忠誠を。

 テスタロッサの名を冠する者のために尽くすことが“トール”の存在意義、おそらくその最後の一人になるであろう貴女のために、私はその意義を全うしましょう。




 我が存在は、全てテスタロッサ親子三人のために。




[22726] 第七話 リニスのフェイト成長日記
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/12/26 21:27
第七話   リニスのフェイト成長日記





 フェイトが生まれてより7日、フェイトの教育係として今日から成長日記をつけようと思う。トールのデータを基にして作ったフェイト観察用のサーチャーを時の庭園の各地に配置しているので彼女が万が一にも危険なことになる心配はない上、記録を見れば日記を書くにもことかかない。



 フェイト 生後10日

 彼女の精神年齢はどう見ても生まれたての赤子ではなく、」物心がつき始めた幼児のもの。いえ、私が保育士の資格を得るための研修を行った保育園の子供達を比較しても、かなり高いのではないだろうか。トールに確認してみたところ、プレシアの幼少期も年齢の割には大人びており、早熟と良く呼ばれていたらしく甘えるのが苦手だったらしい。フェイトもそうならないように注意が必要でしょう。



 フェイト 生後14日

 生まれた直後はやや現在の状況に混乱が見られたフェイトだが、最近は落ち着いている。むしろ少し落ち着きすぎのようなきらいもある。あの年齢の子供ならば時の庭園の中を元気に走り回っている方が、見ている側としても安心できるのですが、やはりどこかに遠慮している雰囲気がある。ひょっとしたら自分が通常の生まれ方をしなかったことを、どこかで察しているのかもしれません。



 フェイト 生後15日

 今日は私とトールの二人で、一日中フェイトと遊んであげることにした。フェイトを生み出すために使っていた施設の整理も一区切りがついたらしく、トールもようやくフェイトと遊ぶ時間ができたみたいです。プレシアにもお願いしたいところですが、未だアリシアが目を覚まさない状況を鑑みれば難しいと言わざるを得ません。一日をかけて遊んであげたところ、フェイトも年相応に笑ってくれました。ああ、この笑顔を見れただけでも私の生まれてきた意義があったと思えます。



 フェイト 生後20日

 今日はトールをフォトンランサー・ファランクスシフトで時の庭園の外部まで吹っ飛ばした。あの男はこともあろうに“いいかフェイト、リニスは山猫が素体だからマタタビで酔っ払って服を脱ぎだす露出狂なのだ”などという嘘八百を吹き込んでいたのだ。ひょっとしたら他にもフェイトにあることないこと吹き込んでいる可能性があるので監視を強化する必要がある。フェイトが“ろしゅつきょう?”と首を傾げ意味が分かっていなかったのが不幸中の幸いでしたが。



 フェイト 生後25日

 今日もフェイトに嘘を教えていたトールを発見し、サンダースマッシャーで撃墜。まったく、あの男は懲りるという言葉を知らないのでしょうか。それはともかく、今日はフェイトにとってとても良いことがありました。夕食の用意を私ではなくプレシアが行ってくれたのです。“本人は研究が上手くいかないので気分転換に”とのことでしたがやはりフェイトのことを気にかけてくれているのでしょう。トール曰く“ツンデレ”とのことですが私には意味が分かりませんでした。



 フェイト 生後1か月

 フェイトが誕生してから早一か月、最近は簡単な算数の勉強やミッドチルダ語の勉強を始めましたが、フェイトの習熟速度はやはり速い、これも血筋の成せる技でしょうか。あと、“1+1=田んぼの田”などという妙な知識を吹き込んでいたトールはプラズマランサーによって磔にしておきました。しかし、肉体から本体だけで脱出し、別の肉体に乗り換えてきたので凍結封印することに。氷の彫刻を見てフェイトが喜んでくれたのはとてもいいことです。



 フェイト 生後1ヶ月半

 今日は記念すべき日、私が洗濯をしているとフェイトが隣にやってきて自分から『遊んで』と言ってくれました。フェイトはどうしても遠慮しすぎるところがありましたが、ようやく私に僅かではありますがわがままを言ってくれるようになってくれた。ただ、トールには最初に遊んだ次の日から遠慮なく話しかけていた気がするのは考えないようにしておきましょう。



 フェイト 生後2か月

 フェイトに『ロリコンとは何ぞや』というタイトルの講義を開いていたトールを、天高く放り投げたのち、サンダーレイジにて消滅させた。肉体の完全破壊には成功しましたが、コアは対電気使用となっていることもあって無傷、残念です。フェイトが『奇麗な花火だったね』と喜んでくれたので、機会があればもう一度吹き飛ばすこととしましょう。プレシアにその次第を報告したところ『よくやったわ、フェイトのためにも徹底的にやりなさい』というお墨付きを頂きました。なんだかんだで最近はプレシアも笑顔を見せるようになりました。



 フェイト 生後3か月

 今日はプレシア、フェイト、私、トールの家族揃ってクラナガンへお出かけの日。フェイトを遊園地に連れていくのが目的ですが、昨日からフェイトのテンションは鰻昇りです。しかし、フェイト以上にテンションの高いトールがいるためか、フェイトの興奮具合もあまり目立ちません。トールを間に挟むことでプレシアとフェイトも自然と会話が出来ており、私としては嬉しい限りです。今日は本当に素晴らしい一日でした。ただ、帰り際にアリシアも連れて来てあげたかったと呟くプレシアの表情が胸に突き刺さりました。



 フェイト 生後4か月

 少々早い気もしますが、今日からフェイトに魔法の授業を開始することといたしました。というのも三日ほど前に庭で動物と遊んでいる時、無意識に魔力の電気変換を行い傷つけてしまう事故があったからです。フェイトの落ち込みようはかなりのものでしたが、トールの身体を張った一発芸によって翌日には立ち直っていました。あの男の人を笑わせる技能は一体どこで身につけたのでしょうか。



 フェイト 生後5か月

 フェイトはマルチタスクを既に覚え、魔法の勉強は順調に進んでおります。また、体調面でも特に問題が出るわけではなく健やかに成長しています。身体の検査はトールが主に行うのですが、『フェイトたん、はあはあ』などとほざいていたので、サンダーブレイドを叩き込んで廃棄物処理施設に放り込むことといたしました。フェイトが探してしまわないように、トールはまたロストロギア探索の旅に出たという説明も忘れずに。そういえば、私がフェイトの教育係になってからは彼の負担は増えているのでした。なのに感謝の念が起こらないのは彼の人徳でしょうか。



 フェイト 生後半年

 フェイトが生まれてから早くも半年、私がプレシアの使い魔となってより既に18年近くになりますが、フェイトと共に過ごしたこの半年間はそれを上回る密度があったように思います。また、プレシアにも変化が見られるようになりました。これまではとり憑かれるように研究だけに打ち込んでいた彼女ですが、フェイトが生まれてからは笑顔を見せることが増えました。ただし、笑顔の後にアリシアを想って悲しい顔となってしまうのは如何ともしがたいのでしょう。



 フェイト 生後7か月

 今日はミッドチルダ北部にあるベルカ自治領の聖王教会を訪れました。遊園地に連れていった後、次にフェイトが行きたいところを自分で選ばせるために、パンフレットを大量にトールが用意したのですが、フェイトのリクエストが聖王教会だったのです。なぜフェイトが聖王教会に行きたがったのかは謎でしたが、聖王関連の施設を巡ったところで謎が解けました。『聖王とは宇宙怪獣ゴンドラを退治した過去のヒーローであり、その聖骸布を見たものは魔法少女の力を得てヒロインとなれるのだ』という話をどこぞの男がフェイトに吹き込んだ模様、帰った後“ミレニアム・パズル”の幻想空間に封印することを決定。



 フェイト 生後8か月

 今日はフェイトを連れて釣りに出かけることとしました。生の餌は苦手のようでしたのでルアーフィッシングとなりましたが、フェイトの電気が感電しないように対策はしっかりと施してあります。中々釣れないフェイトの隣で『ヒャッハー! フィィィィッッシュ!!』と叫ぶ男にハーケンセイバーを叩き込むのは当然として、私も山猫としての本能を抑えつつ釣りを楽しみました。帰る頃にはフェイトも6匹ほど釣ることができご満足の様子。性根が優しい子ではありますが、生きものを食べるということに拒絶感を示すタイプではないようです。トール曰く『プレシアの娘だぞ』とのことですが、返す言葉がありませんでした。



 フェイト 生後9か月

 今日はプレシアの誕生日であり、『お母さんにプレゼントがしたい』とフェイトが私に相談してくれました。余談ですがトールに相談したところ『よし、ではこのゴキブリの標本を………』と返ってきた段階で諦めたようです。あの男を今度標本にすることは内定するとして、私はフェイトでも作れるビーズを使った腕輪の作り方を教えてあげることに。夕食の場でフェイトにプレゼントを手渡されたプレシアは感無量のようでしたが、その場に飛んできたゴキブリのせいで感動の場が台無しに。『麻酔が不良品だったんだ! 俺のせいじゃない!』とほざく男は今度こそ許さず溶鉱炉に肉体ごと放り込み、本体が溶けない程度に苦しめ続けました。しかし、『熱いよお……熱いよお……』という声が絶え間なく響くのが不気味すぎ、フェイトが怯えてしまったため引き上げることに。



 フェイト 生後10か月

 最近フェイトは押し花に興味を示しており、花畑に出かけては奇麗な花を探しています。どうやらプレシアと出かけた際に押し花のやり方を教えてもらったようで、母親から教えてもらえたことが嬉しかったのでしょう。プレシアは相変わらず研究の毎日ですが、フェイトがそのことに文句を言うことはありません。遊びたい盛りの年齢のはずなのですが、やはりフェイトは聞きわけが良すぎる気がします。最も、トールに対してだけは一切遠慮することはなく、ゴキブリ事件以来遠慮しないを通り越して冷たく当たるようにもなりましたけれど。



 フェイト 生後11か月

 久々に家族で出かけることになり、今回はトールの嘘を未然に封じることに成功し。フェイトが行きたがっていた動物園を訪れることになりました。フェイトが特に気に入ったのは狼と山猫で、私としては少しくすぐったいような気持ちになります。プレシアも久々に研究から離れてリラックスできたようですが、あの男は魔法生物コーナーで吸血蛭と戯れるという。子供の教育に悪い光景を作り出していたので。持ってきておいた金槌で頭をたたき割ることに。ただ、割れた頭からはみ出る物体に蛭がたかっている光景は。余計まずかったような気もします。反省。



フェイト 生後1年

 今日はフェイトの誕生日、彼女も5歳となりアリシアと同い年となりました。実際には1歳とも言えますが、アリシアの記憶を不完全ながら受け継いでいるので、人生経験的には5歳と言って差し支えありません。プレシアはこの日のために手作りの山猫ぬいぐるみを作っていたようで、それを受け取った時のフェイトの笑顔は忘れられません。また、トールのプレゼントである、手作りの巨大タランチュラぬいぐるみを受け取った時の引き攣った顔も決して忘れません。あの男には生まれてきたことを後悔する程の苦痛を与えることを私、リニスはここに誓う。








 とりあえずここまで1年、フェイトが生まれてからの日々はこれまでとはまるで違う、忙しくも温かいものへと変わっています。

 確かに彼女がプロジェクトFATEという違法研究によって生まれた命であることは紛れもない事実。ですが、彼女が母親に望まれて生まれた命であり、愛情を受けて成長していることは間違いなく、フェイトが生まれたことが間違いであったなどとは思いたくはありませんし誰にも言わせません。


 ですが、この1年の研究でもアリシアが目を覚ますことはなく、研究の効率も目に見えて落ちてきています。やはりプレシアの身体は徐々に限界が近く、既にまともに研究できるような身体ではないのでしょう。

 私個人の意見としては例え延命措置が不可能だとしても残された時間をフェイトのために使って欲しいと強く思います。それは私がアリシアを知らないがための想いであることは重々承知していますが、それでも思わずにはいられません。


 トールは、確かに中立を貫いているようです。私がフェイトの世話を担当しているために私の代わりにロストロイア探索に出ている彼ですが、アリシアのための研究とほぼ等しい時間をフェイトのためにも使っているようです。

 逆に私は現在アリシアのためには時間を使ってはいませんから釣り合いがとれているといえばとれているのでしょう。アリシアとフェイト、二人の娘はそれぞれ愛情を受けていることは紛れもない事実。

 逆にいえば、アリシアの蘇生を第一に考えるならば私が教育係としてフェイトに付きっきりになることはマイナスでしかない。しかし、それを許していることがプレシアのフェイトに対する想いの裏返しでもあるのでしょう、我が主ながらつくづく不器用な人です。





 ……………私はどうするべきでしょうか


 私はトールのように割り切れない、プレシアにもアリシアにも、当然フェイトにも幸せになって欲しいと願ってしまう。だが、全員が幸せになるような都合の良い展開があるわけもない。

 それを理解した上であそこまで明るく振舞えるトールはやはり凄いのでしょう。いくらインテリジェントデバイスであるとはいえ、あそこまで己の意思を揺るがずに持てるものだとは思えません。

そのことを彼に言ってみると

 『いいえ、そうではありません。私はデバイスであるがために、貴女のように揺らぐことが”できない”のです。私が迷わないのは命無き機械であるからです。入力された問いに対して、”迷う”機械はありません。だから私はこのように在るのです。ですのでリニス、貴女が”迷う”ことに間違いなどありません。貴女は今の状態が最適であると判断します』

 という答えが返ってきた。実に久しぶりに私が聞いた彼のデバイスとしての言葉、彼の本当の言葉だった。

 彼に肯定されてたことで、少しは自分に自信がもてたけれど、っそれでも私は弱いから迷ってばかり。だから、どうしても無理だと分かっていても願ってしまう。




「どうか、親子が三人で、幸せに暮らせる時が来ますように………」





[22726] 第八話 命の期間 (あとがきに設定あり)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/06 12:33
第八話   命の期間





 新歴62年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「行きます!」


 「来いやあ!」


 持ち前の高速機動力を生かして突っ込んでくるフェイトを真っ向から迎え撃つ。フェイト専用となる予定のインテリジェントデバイス、バルディッシュはまだ完成していないので通常のストレージデバイスを用いての模擬戦となる。

 だが、既にフェイトは魔力刃をかなりの密度で発生させて近接戦闘を行う技能を身につけている。未だ6歳の筈だがその上達速度は凄まじく、特に魔力量に関してならば既に40万を超えている。

 ちなみにこっちは無手だ。現在は傀儡兵と同じような重厚な装甲を持つ近接格闘用のボディを使用しているのでフェイトの魔力刃とも素手で渡り合うことが出来る。


 「せい!」

 「甘い、甘いなあ! 蕩けるように甘いなあ!」


 フェイトは速度を乗せた一撃を放ってくるが、右腕に魔力を集中させて難なく防ぎ、間髪入れずに左で反撃。基本的な格闘スタイルは拳を使っているが当然足も使う。


 「!」


 「驚く暇があれば考えて行動せよ!」


 とは言うが6歳のフェイトにそれを求めるのも酷というもの、今のところは実戦の感覚さえ掴んでくれればそれでよい。


 その後も適当に攻撃を繰り出しつつ、互いに特にクリーンヒットもないまま模擬戦は終了。



 「ありがとうございました」


 「大分いい感じになってきたぞ、特に避けるのが上手くなった」


 「本当?」


 「俺は騙すが嘘は言わん」


 「それって凄く矛盾してる気が………」


 「考えるな、感じるんだ」


 「ううん……」


 フェイトは根が素直なのでこの手の問答に弱い、なんとか返事しようとするあまり思考の迷宮に嵌ることがよくある。


 「何にせよ、回避が上手くなったのは本当だ、半年前に始めた時はいきなり反撃喰らって吹っ飛んでったからな」


 「そ、そのことは忘れて!」


 ちなみに、その後俺はリニスの手によってフェイトの数倍以上吹っ飛ばされたのは余談だ。あれも少々過保護すぎる気がしないでもない。AA+ランクの砲撃魔法を受けとめるのも回避するのも俺には不可能なので毎回とんでもない目に遭う。


 「お前は基本的に防御が堅い方じゃないから受けとめるよりも避ける方がいい。特に今の俺の拳は鉄製で魔力が籠っているからお前のバリアジャケットじゃ絶対に防げん、かといってシールドやバリアを張ったら足が止まるからお前の持ち味を生かせなくなる」


 「相手の攻撃を最低限の動作で躱して、速度を維持したまま即座に反撃、それが不可能と判断したら距離を取ること」


 「お、リニスに習ったか」


 「うん、これは私の戦い方の基礎になるから覚えておいた方がいいって」


 「なるほど、よく覚えてる、立派立派」


 「えへへ」

 普段は年の割に大人びてるが、こうして笑うところは年相応だ。


 「さて、訓練も終了、昼飯まで時間あるからシャワーでも浴びて来い」


 「うん」


 素直に答えて建物の方へ飛んでいくフェイト、あの年で飛行魔法を操るとは本当に末恐ろしい。

 ちなみに俺が飛行魔法使うとカートリッジを常時消耗するので尻から放熱用の気体がブシュアアアアアアと流れ出ることとなり、どう見ても屁で飛んでいるようにしか見えない。しかも、一定時間でう○このごとく使用済みカートリッジが尻から落とされる。

 フェイトの飛行魔法への認識に悪影響しか出ないという理由で時の庭園内で飛行魔法を使うことはリニスに禁止された。まあ、気持ちが分からなくもない、傍から見れば爆笑もんだろう。


 「ま、あの超絶年増魔女の娘だからなあ、才能は折り紙つきか」


 「聞こえたらまた雷を落とされますよ、トール」


 「トールって一応雷の神様だった気がするんだが、それに雷を落とすとはどういう皮肉だろうな」

 雷を落とされてもダメージを受けるのは基本肉体だけで本体は無傷だ。雷撃系を得意とするプレシアの制御用に作り出されたデバイスの弱点が雷では話にならないので当然と言えば当然だが。


 「それよりも、雷を落とされないような言動をすべきです貴方は」


 「それもまた真理か、君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ」


 「また『俺上手いこと言ったぜ』的なことを………それより、どうでした?」


 「ぶっちゃけ驚いた。フェイトと手合わせするのは一か月ぶりくらいだけど、あそこまで進歩してるとはなあ」

 これは本音だ。魔法の才能と格闘戦の才能は別の筈だが、どうやらフェイトにはそっちの才能も豊富なようだ。


 「当然です。プレシアの娘で私が師匠なのですから」


 ふふんと胸を張るリニス。自慢の弟子の評価が高く、師匠も鼻高々ってとこか。


 フェイトの魔法や一般教育は基本的にリニスが担当している。俺とプレシアは今も基本的にアリシアの蘇生のための研究を続けており、フェイトも既に眠り続けるアリシアとは対面している。

 母が姉を救うために忙しくしているのを理解しているのかわがままなど滅多に言わないが、恐らく本音ではもっと母親に構って欲しいとは思っているだろう。


 「ええ、それは間違いありません」


 「あり、声に出てたか?」


 「いいえ、ですが顔に書いてありました」


 「むう、いかんな。この身体ではポーカーフェイスが作りにくい」

 この身体は近接格闘用の傀儡兵をモデルにしたもので、特にこれといった魔法は使えない。俺のインテリジェントデバイスとしての特性をまるで発揮できない機体なのでフェイトとの手合わせの時以外では使うこともないが。


 「貴方のメインボディは表情から内心を察するのがほとんど不可能なので私としてはそちらの方がありがたいですね」


 「そうもいかん。リニス如きに心を読まれるようでは嘘吐きデバイスの沽券に関わる」


 俺がメインボディとして使用する『バンダ―スナッチ』は例の男から送られたものだが、性能は高い。インテリジェントデバイスとリンカーコアが融合に近い接触をしたことで新たな技能が備わったことまでは向こうも知らないだろうが、それを差し引いてもこれ以上のものは現在ではない。


 「嘘吐きなのがアイゼンティティなんですか………ってそれより、私ごときってなんですか」


 「さあてね、でもまあフェイトは素直に育ってる。保育士の称号は伊達ではないな」


 「いきなり保育士の資格を取りに行けと言われた時は何事かと思いましたけどね」


 ま、そりゃそうだわな。その前の命令がロストロギアの回収で、その次が保育士の資格を取れじゃあ混乱するなと言う方が無茶だ。遺失物管理部の連中でその資格を持っている奴もいないだろうし。


 「ですが、フェイトを見ていると資格を取っておいて良かったと思いますよ。保育園や学校に通わせてあげられないことが残念ですが」


 「そこは仕方ない。学校なら10歳になってからでも行けるが、フェイトがプレシアと一緒にいられる時間は今しかないからな」


 フェイトが生まれてから2年、アリシアはまだ目覚めていない。


 フェイトという目指すべき完成形は定まり、プロジェクトFATEのノウハウからアリシアの肉体の調整も問題はなくなった。今のアリシアの肉体は23年にも及ぶ時の劣化をほぼ修復し、脳死状態となった当時の状況を取り戻している。その際にはレリックを応用して作った改造リンカーコアなどを利用したが、アリシアの身体に定着することはなかった。


 「レリックに代わるロストロギア、それさえ見つかれば………」


 リニスの呟きには強い想いが籠っている。そう、残るピースはそれだけといって問題ないところまでは来ている。


 微細な部分まで詰めればさらに色々な要素を考える必要があるが、リハビリなどを無視してアリシアを蘇生させることだけを目的とするならまさにあと一歩までは来ている。


 それこそがレリックに代わるロストロギア。アリシアの身体にはレリックは強すぎて毒にしかなりえない、フェイトならば上手くいく可能性は高いが非魔導師であるアリシアにはどうやっても不可能だ。

 そのためにリンカーコアを基に改造を施した“レリックレプリカ”の精製をプレシアは現在も続けているが、どうしてもそれが完成しない。一度は適合しても徐々に力を失ってしまうのだ。基となるリンカーコアはアリシアのクローンから回収したものを使用しているから相性が悪いということはありえないのだが。


 ジェイル・スカリエッティならばその辺の問題も解決できるかもしれないが、あの男が目指す方向性とアリシアの蘇生は噛み合わない。ただの人間に合うようなものを作るのにあの男が労力を割くことはないだろうし、こちらから向こうに提供できるものもない。だから、自力で何とかするしかないのだが問題点は多い。

 あまり何度も移植を繰り返してはアリシアの身体に悪影響が出るのでその辺の実験は今も保存されている量産型アリシアクローンで行っているが、そのことはリニスとフェイトは知らない。世の中知らない方がいいこともある、嘘吐きデバイスの本領発揮の瞬間だ。フェイト誕生後もリンカーコアを精製するためにクローン体は時折作っているが、昔に比べれば失敗する頻度はずいぶん減った。


 そういうわけでレリックに近い特性を持ち、アリシアでも耐えられるレベルのロストロギアを探し出すくらいしか残されている方法はなく、俺が現在可能な限り情報網を伸ばして探しているが、それらしいものが見つかったという情報はない。


 いや、文献上ならばそれに該当するものはあったのだが、そのロストロギアを現在保管している組織はどこにもない。存在していない以上は非合法な手段に訴えることすら出来ない。


 フェイトが生まれてからの俺の仕事は専らロストロギアの探索に切り替わった。入れ替わるようにリニスが時の庭園でフェイトの世話をしているが、現在では俺が時の庭園に戻るのは二週間に一度くらいの割り合いだ。フェイトが生まれてから1年くらいは結構傍にいてやったが、最近はプレシアの調子も思わしくないので俺が研究を進めるしかないのだ。

 研究と言えば、1年前に時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズ一佐から“対航空魔導師用迎撃兵装ブリュンヒルト”とその駆動炉となる“クラーケン”の開発が始まったという知らせが届き、プレシアも開発に参加できないかという打診があった。

 流石にもう時の庭園から地上本部まで出向できる身体じゃないという理由で研究チームへの参加は断ったが、フェイトの今後について可能な限り便宜を図ることを条件に“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の設計は時の庭園のラボで行っている。既にアリシアのための研究はロストロギアの発見が無ければどうしようもない段階に来ているので、それまでの時間をフェイトの将来のために使うことにしたようだ。


 という感じなのだが、


 「ところで、プレシアとフェイトの仲はどうなんだ?」


 「悪くはありません。ですが………」


 「んー、察するにフェイトがプレシアに遠慮し過ぎていると見た。プレシアもそれが分かっているからフェイトに負い目を感じてしまい、距離感を掴み損ねている」


 肝心のフェイトにその愛情がうまく伝わっていない模様。不器用ここに極まれり。


 「はい、その通りです。貴方が間にいれば二人とも遠慮なく話せるんですが」


 「分かりやすいなあの母子は、プレシアの幼い頃そのまんまじゃねえか」


 母子もここまで似れば見事だ。


 「そうなんですか?」


 「ああ、アイツの母親も技術者だったから、俺が作られたのもあまり娘に構ってやれないからせめて話相手でも作ってやりたいという親心もあった。まあ、高すぎる魔力を制御する必要もあったんだが、フェイトには常にお前が傍にいるからとりあえずは問題ないな」


 「なるほど、娘との距離感が掴めないのは遺伝だったのですか」


 「アリシアの時はそうでもなかったけどな。父親の血が強かったのか、アリシアは我慢せずにわがままをよく言っっていた。プレシアは困った顔をしながらも笑いながらそれに応じるって感じだった」

 ああいうタイプにはアリシアみたいにがんがんわがままを言う方が相性的にはいい。フェイトみたいに遠慮してしまうとプレシアの方でも遠慮してしまい、徐々に距離感が掴めなくなる。ただでさえ研究に忙しく構ってやれないことに罪悪感があるというのに。

 しかし、生命研究に比べれば“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の開発はプレシアの専門分野なので時間の都合はつけやすいはずだ。


 「アリシアは父親似で、フェイトは母親似と」


 「魔法の才能的にもな、アリシアの父は普通の人間だったがいい男だった。プレシアに対しても遠慮せずに気持ちをストレートにぶつけていた。そのせいで激甘空間に巻き込まれた俺が哀れだけど」


 「激甘空間………」


 「あれは凄い、遠慮しない天然ってのはあらゆる時空を凌駕する」

 一途な人間っていうのは型に嵌ると凄まじい力を発揮する。それによって形成された激甘時空はどのような結界魔導師の力をもってしても破れない、というか破った時の報復が怖い。


 「と、話が逸れたがその辺の調整は俺に任せろ。遠慮しなくてもいい空気を作り出すことに関してならば俺は天才だ」


 「天才という天災な気もするんですが」


 「お、上手いこと言った、座布団666枚」


 「悪魔でも降臨しそうな枚数ですね」


 「座布団を666枚集めて降臨する悪魔か、人を笑い死にさせる能力でも持ってそうだな」


 「貴方の中に既にその悪魔が宿っていると思うのは私だけでしょうか?」


 リニスの対応レベルも上がってきた。


 「悪魔はともかくとしてフェイトの方だ。あいつ、魔力の制御はどうなんだ?」


 この言葉にリニスの表情がやや曇る。


 「あまり上手くいっていません。フェイトの制御技能は標準より遙かに高いですが、彼女の魔力はそれを補って大き過ぎる。あれでは子供が鉄球を振り回すようなものです」


 「なるほど、どんなに子供に力があっても振り回されるだけだな。現状で43万近くでなおも成長している、となればその魔力量を減らしてやればいいわけだ」


 前々から考えてはいたがこの方法が一番手っ取り早い。


 「ええ、使い魔を持てばそちらにフェイトの魔力が流れることになりますから、彼女自身が扱う魔力は丁度いい程度に抑えられるかと」

 プレシアの魔力を消費して存在しているリニスだからこその実感はあるだろう。フェイトの魔力は既にAAの臨界に近くなっており、後半年もせずに50万を超えてAAAランクに達するが6歳の少女が扱うには余りにも大き過ぎる。

 これをどうにかする方法としては魔力リミッターを設ける手段があるが、幼年期にリミッターをかけるのはあまりよろしいことではない、12歳くらいになれば多少の負荷がかかった方がリンカーコアが成長しやすくなるのでそうでもないが、この時期のリンカーコアは非常にデリケートなのだ。

 プレシアの場合は魔力制御用のインテリジェントデバイス、つまり俺を用意したがこれも最善とは言い難い。デバイスの機能の多くが魔力の出力制御に回されるので純粋な演算性能が落ちてしまうからだ。


 なので、現状で考えられる一番いい方法はフェイトが自身の使い魔を持ち、その維持のための魔力を消費することだ。AAを超える魔力があれば使い魔の維持も問題なく行えるしリニスという前例もあるから魔力ラインの調整も可能だ。

 それに、そういう分野での負荷を抑えることなどに関してはプロジェクトFATEのノウハウが役立つ。生命工学は独立したものではなく他とも密接に関連しており特に使い魔研究とは分野が近い。



 「後はデバイスか、バルディッシュの完成度はどうなのよ?」


 「まだ3割くらいですね、フェイト専用のオーダーメイド品ですから、私の持てる技術の全てを注ぎ込もうと思っています。プレシアからもいくつかアドバイスは頂きました」


 「そっか、まあデバイスはそう焦ることもない、後1年くらいは通常のストレージデバイスで十分だろうし」


 「ええ…………あと1年」


 リニスの声に陰りが生じる。


 1年、たったそれだけの時間が今のプレシアとフェイトにとってはどれだけ貴重なものになるかを考えてしまうのだろう。

 プレシアの症状は悪化の一途を辿り、あと3年持てばいいというところまで来ている。

 だが、プレシアは自身の治療ではなくアリシアの蘇生のための研究をあくまで続けている。そしてそれがアイツの寿命をさらに縮めているのだ。



 「どうして…………噛み合わないのでしょうか」


 「世の中そんなもんだ、何事もハッピーエンドだったら戦争は起きねえさ」


 使い魔とデバイス


 俺達に出来ることは主人の力になることだけ、幸せになれるかどうかは主人次第。




 だが、願わくば幸せな最期であって欲しいとは思う。長年付き合ってきたマスターだ。




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 トールの体についてですが、今のところ3種類あります。
 ・魔法戦闘用
 ・一般用
 ・スカ博士からのプレゼント
 の3つです。
 
 魔法は、燃料となる魔力、発動させるための駆動式、その演算によって起こっていると言うことをたしか1期でユーノが言ってたと思うので、この作品ではそういう設定です。
 リンカーコア、カートリッジの魔力を、魔導師が術式を組み立て、デバイスが演算して発動させる、と言うのが一連の流れです。
 デバイス無しだと、複雑で難解な演算を魔導師自身が行わなくてはならないので、ごく一部の天才を除けば、どんなに高ランクの魔導師でも、簡単な身体強化や、威力の低い魔法弾くらいしか出せません。

 トールの戦闘用魔法人形の場合は、ある程度は有機素体でできていてAランクのリンカーコアが内蔵されています(アリシアクローンで出来がよかった奴)。そのうえにカートリッジを消費することで得られる魔力を、人格プリグラムによって式を組み上げ、演算してるので、魔導師とデバイスの1人二役になります。フェイトやプレシアが、ただデバイスとして使うなら、AAAランクの魔法も発動させることができますが、トールだけでおこなう場合は。Aランクの魔法の演算が限界です。よって、どんなに魔力を注いでも、上限はAランクになります。

 一般用の体は、リンカーコアは内蔵されておらず、ほとんど無機物でできています。そして、カートリッジの魔力を用いて”魔法人形の操作”という術をトールが行っている形です。だからいくら壊されても替えはいくらでもききます。
 この体でも一応魔法は使えますが、魔法戦闘用に調整されてないので、2,3回使えば壊れますし、カートリッジが空になります。

 スカ博士からのプレゼントは、魔導師の体が素体の、ほとんど戦闘機人といっていい出来の代物です。いうなれば屍人形。他の体とは性能が桁違いです。トールはこの体の僅かな機械部分と融合することで動かします。










[22726] 第九話 使い魔の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/08 21:17
第九話   使い魔の記録





 フェイト 7歳

 今日はフェイトの誕生日であり、家族全員でお祝いをしました。プレシア、トール、私、そして半年ほど前に生まれたフェイトの使い魔アルフの4人で盛大にフェイトの誕生日を盛り上げる。フェイトは少し戸惑っていたようですが、とても嬉しそうな表情でパーティーを楽しんでいたと思います。ただ、この場にアリシアがいないことと、プレシアが椅子から立ち上がることがなかったことが残念でなりません。もう彼女の身体はそこまで……



 フェイト 7歳3か月
 久々にフェイトとトールが模擬戦を行っていました。何でもトールの肉体に新技術を用いたとかで魔導師としてのレベルがBランクにまで上がったとか。完成したバルディッシュを持つフェイトと対峙するトールがフォトンランサーを発動させた瞬間、彼の尻からカートリッジが飛び出しガスが噴射、その光景を見たフェイトが噴き出した隙に直撃するフォトンランサー、笑いを堪えるフェイトはバリアを展開することも出来ずノックアウト。トールとフェイトの模擬戦は今後禁止することを決定。



 フェイト 7歳5か月

 性懲りもなくフェイトを模擬戦に誘うトール、流石のフェイトもあれと戦うのは遠慮したいようで戸惑っているようです。見かけた私はハーケンセイバーを放つものの、それを受けとめるためにトールがシールドを展開した際にカートリッジがロード、尻から薬莢と噴射ガスが飛び出しフェイトが笑い転げる。隣にいたアルフもこらえきれずに笑い死に寸前になってしまいました。その後、フォトンランサー・ジェノサイドシフトをトールに叩き込む。



 フェイト 7歳8か月

 フェイトの魔導師としての完成度はかなり高くなってきています。既にフォトンランサー、アークセイバーはおろか、広域攻撃魔法のサンダーレイジまで放つことが可能となりました。魔導師のランクで測るならばA+ランクに届いていることでしょう。私のランクもAA+ですからそろそろ教えられることが少なくなってきました。接近戦の方面ではまだ教えられることは多いですが、機動戦ではもうほとんどありませんね。治療魔法やバインドなどはそれほど得意ではないようですが、そこはアルフが補っています。



 フェイト 7歳10か月

 プレシアが吐血して倒れた。何とかフェイトにはバレずに済みましたが、彼女も母親の容体が良くないことはおぼろげながら察しているでしょう。アルフもそれを気にしているのか、フェイトの気を紛らわせようと明るく振舞っています。しかし、それをぶち壊しにするかのように例の男がゴキブリの群れを時の庭園に解き放ってしまった。確かにフェイトの気は紛れましたが、異なるトラウマがフェイトに生まれてしまった気がします。当然のことながら例の男は専用に設えた処刑場へと送っておきました。



 フェイト 7歳11か月

 最近身体を思うように動かせなくなることが良くある。プレシアの身体が本格的に悪くなり、彼女のリンカーコアが自動的に使い魔である私への魔力供給を制限しているのでしょう。私が使い魔であるが故に分かってしまう、もうプレシアの命は長くない、例え今から延命のための研究を進めても意味がないであろうことを理解してしまった。
 私はどうするべきだろうか。私がプレシアより早く消滅することは間違いない。フェイトが私によく懐いてくれていることは非常に嬉しいが、私が死ねばフェイトが悲しむ。ああ、プレシアとフェイトの間にあった距離感とは、これが原因だったのかもしれません。フェイトを残して自分が逝ってしまうことが分かるが故に、どう接してよいのか分からない。そう思う私は、フェイトの乳母役として正しいのか、それとも失格なのか。

 いずれにせよもう猶予はない。フェイト達にいつまで隠すのか、それとも明かすのか、決断しなければならない。






 フェイト 8歳の誕生日

 今日は私の人生においてフェイトの誕生を聞かされた日と同様の驚愕を味わうこととなりました。私とプレシアが知らないうちにフェイトとアルフが私達の容体のことについて知ってしまっていた。情報の出処は考えるまでもありません、トール、彼以外にあり得ない。
 問い詰める私とプレシアに対して彼はいつも通りの態度を崩さずこう答えた。

 「人間の感情の問題については、絶対的な正解は無い。それはいままで俺が活動してきたデータの統計が物語っている。ゆえに俺の行動が正しいかどうかはわからん。だが、フェイトの性格くらいは分かっている。何しろこいつはプレシアの娘だからな。こいつにとっては自分が何も知らされずにいたこと、もしくは何も出来なかったことの方がよほど堪える。そういう奴なんだよ、お前達の自慢の娘は」

 言われて私達には返す言葉がなかった。

 そう、フェイトが優しい性格だということ、そして自分の大切な人に何もしてあげられないような状況を何よりも悲しむということは私もプレシアにも分かっていたはずなのだ。けれど、私達はフェイト達に明かせなかった、その理由は―――


 「お前達が自分の容態をフェイトに教えたくなかったのはお前達の都合、それでも知りたいと思うのはフェイトの都合、ここ1年ばかりは伏せておくというお前らの都合を優先させたからな。ここからはフェイトの都合を優先させる。俺は中立だから、バランスはとらせてもらうぜ」


 私達が、フェイトの悲しむ顔を見たくなかったから。けどそれは私達が死んだ後にそれ以上の悲しみがフェイトを襲うということだろう。

 なんという自分勝手な理由か、結局私にはプレシアのことを糾弾する資格などありはしない。フェイトのことを第一に考えず、自分の都合を優先させていたのだから。


 「それともう一つ、家族の危機は家族が一丸になって取り組むもんだ。いつまでも蚊帳の外にしておくのはよくねえよ。フェイトも今日で八歳、このミッドチルダなら就業することすら不可能じゃない年齢だし、俺はそのつもりでフェイトに接してきた。だから、お前らもそろそろフェイトに頼れ」


 ミッドチルダは多くの世界の人々が集まる。特に首都クラナガンは百を超える文化が集まる移民都市ならぬ多様文化都市と言っていい。その中には八歳の子供が馬を駆って大人と同じ用に羊を追う遊牧文化もあれば、森の中で狩りを行う文化もあり、ある世界ではたった5歳でも神官の子ならば働く場合もある。
そういった異文化が集まる土地であるミッドチルダでは就業年齢は非常に低く、申請によって成人の定義すら異なる。既に5年以上大人として働いてきた13歳の少年がクラナガンに来た際に“義務教育”に縛られてはいけないので教育を受けるか否かも個人の自由。文化によっては子供の定義も大人の定義も異なるのだから、酒の年齢制限なども明確には存在しない、何事も自己責任が基本で各家庭の裁量に任されている部分が大きい。
 私が学んだ保育所は、比較的成人年齢が高い世界の文化を基本とした場所だったためlフェイトもまだまだ子供という認識がありましたが、ミッドチルダでは必ずしもそうではないのでした。


 「あの、母さん、リニス。内緒にしてたけど、トールにお願いして私の就業資格をとってもらったの。だから、私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!」


 フェイトがここまで強く自己主張することも私にとって初めての経験でした。そして、フェイトが誕生日に合わせて就業資格を取ったということは、半年以上前から準備していなければ到底不可能。つまり、私達のことは既に見抜かれていたということですね。まったく、そのことにも気付けなかったとは………


 「ちなみに、資格があった方が色々便利だなあと思って俺がフェイトを唆したのが始まりだ。だからフェイトがお前達の容体に疑問を持ったのは10月の吐血の時からだよ、本来ならこれは単なる誕生日サプライズの予定だったんだが、人生何がどう作用するか分からんよなあ」


 空気を読めない男の発言によって感動的な場面はぶち壊しになってしまいました。


 「トール! それは言わないでって!」

 「了承した覚えはないなぜ、お前は俺に頼んだだけで返事を受け取っていない、これは契約の基本だから、これから社会人になるつもりなら覚えておけ」

 「ったく、アンタは………フェイト、そんなアホのことはほっときな。今はプレシアとリニスのことだよ」



 結局私達はフェイトの想いを断ることは出来ず、彼女がロストロギアの探索を行うことを認めざるを得ませんでした。それでもあと半年は魔法の訓練に専念しAAAランクの魔導師としての実力を身につけることという条件を付け、それが済めばトールと共にロストロギア探しに出ても構わないということなりました。






 フェイト 8歳2か月

 フェイトの想いの強さは私の予想を遙かに上回るものでした。誕生日の段階でAAランクに達したばかりでしたから、訓練に専念したとしてもAAAランクに達するまでは半年はかかるものと考えていましたが、フェイトはたった2か月でAAAランク相当の魔法を悉く覚え、近接格闘戦、高速機動戦、砲撃戦、広域用の結界魔法、さらにはロストロギアの暴走などに対処するための封印術式、それらを全て身につけてしまいました。

 トールの提案でロストロギア探索をより効率化するために時の庭園から各次元世界への転送ポートを設置し、拠点を時の庭園にしながら探すということとなりましたが、これは私達への配慮でしょう。近い次元世界にいるならば最悪プレシアの次元跳躍魔法と私の空間転移によってフェイトを助けることが出来ます。

 そして、プレシアの容体は徐々に悪化していっていますが、それでも研究は進めており、理論的にはアリシアの蘇生は可能、アリシアと適合できるロストロギア、またはレリックレプリカの適合の補助となるものが手に入れば全てのピースは揃うところまでは来ました。


 「母さん、リニス、行ってきます。絶対に母さん達を助けられるロストロギアを探して来るから」

 「探索はあたし達に任せて休んでておくれよ、無理なんかしたら承知しないからね」


 決意を秘めた表情と共に、転送ポートからフェイトとアルフが出発する。

 本当にいつの間にか成長していた。気付けば私は時の庭園から出られるような身体ではなく、彼女達は未来に挑むかのように飛び回っている。


 「Fate(運命の女神)、あの子は本当に私達の運命そのものね」


 プレシアの言葉にどれほどの感慨が込められているのか、私には分からない。

 口惜しくはあるだろう、不甲斐なくもあるだろう、結局自分で“レリックレプリカ”を人工的に作り出すことは叶わず、彼女達が探索するロストロギアを頼みにするしかない状況になってしまった。

 ですが、それ以上に誇らしくもあるのでしょう。自分の娘が自分の意思で未来を切り開こうとする姿が。










 フェイト 8歳5か月

 フェイト達の探索は続いている。トールが主導し、フェイトとアルフがサポートして探しているロストロギアは『ジュエルシード』という名の宝石。

 高純度のエネルギー結晶体であるという部分ではレリックに近く、たった一つで時の庭園の駆動炉と同等のエネルギーを生み出すほどの力を秘めているという。

 しかしこれをそのままアリシアの身体に移植することは不可能、間違いなくレリックと同じ結果となってしまう。

 必要なのはジュエルシードが持つもう一つの特性、人の願いを叶えるというその機能。


 その部分は最早技術とはかけ離れ、神頼みに近いものではありますが、その特性を最大限に発揮できればアリシアの蘇生が可能かもしれない。仮に不可能でも“周囲の生物の願いを読み取り、それに最適な魔力を放出し魔術理論を超越する現象を引き起こす”という特性の解析が出来れば、改造リンカーコアを用いた“レリックレプリカ”を“アリシアの蘇生に最適な形”へと完成させられる可能性がある。


 しかし、異なるタイムリミットも存在しています。いくらプロジェクトFATEの技術によって補修されているとはいえアリシアの肉体は既に25年もの間停止している。

 プレシアの研究によればアリシアの“死”は近いという話です。まるで、プレシアの命の刻限と連動するかのように…………





 フェイト 8歳8か月

 最近はほとんど停止している状態が続いている。プレシアへの負担を抑えるためにフェイトやアルフからの通信がある時や、あの子達が時の庭園に帰ってくるとき以外は私の意識を切っているのですから当然です。





 フェイト 8歳10か月

 ふと気がつけば月が変わっていました。いったいどれほど眠っていたのでしょうか、全く不甲斐無い、主のために仕えるのが使い魔であるというのに今では荷物にしかなっていません。恐らく、次に眠ればもう目を覚ますことはないでしょう。


















 そして、私は目を覚ました。





 「ここは?」

 周囲は見慣れた時の庭園の中庭、しかし、何かが違う。


 「“ミレニアム・パズル”だ。幻想と現実を繋ぐロストロギアの力を借りてお前に残った最後の意識にアクセスしている。もう現実ではお前の意識は戻らないから、ここでフェイトに別れを告げてやってほしい」

 背後からの声に振りかえるとそこにトールの姿があった。


 「時間もねえからフェイトとアルフをとっとと呼び出す、最期に残す言葉を今の内に考えといてくれ」

 その言葉と共に彼の姿は消えた。

 そしてそれが彼と交わした最期の言葉となり、まるでいつも通りの態度と声を残すことだけが彼と私の別離だった。







 「……………リニス」

 そして、少しの時間を置いてフェイトが来た。アルフも隣にいる。


 「フェイト………」

 私はフェイトを抱きしめる。もうそれしか彼女にしてあげられることはないから。


 「御免なさいリニス……私……助けられなくて………」


 「いいえフェイト、もう貴女は十分過ぎるほど私を救ってくれていますよ」


 私の胸に顔を埋めて泣いているフェイトの頭を撫でながら、アルフの方にも視線を向ける。

 彼女も涙を流してはいたが、その視線が言っていた。最期の時間はフェイトのために使ってあげて欲しいと。


 「プレシアに作られ、貴女と出逢えたことは私にとって最大の幸せでした」

 心の底からそう思える。

 フェイトと出逢うまでの18年が幸せでなかったとはいえないけれど、貴女のために生きることが出来た4年間は私にとって輝かしい日々でした。

 それはプレシアも同じはず、彼女の使い魔として私が生まれてより精神リンクは基本的に切られていましたが、プレシアが強い感情を顕した時には伝わってくることもあった。そしてその感情は常に悲しみや後悔でしかなかった。

 ですが、私は覚えています。貴女が生まれた瞬間に、プレシアから伝わってきた想いを。初めて流れてきた、誰かを愛おしいを想う感情を。

 それを知ることができ、貴女に愛情を注ぐことが出来た。もう、それだけで私は満足です。


 「フェイト、私の望みは一つだけです、貴女は幸せになってください。“運命を切り開く者”というその名前の通りに」


 「……………うん、うん!」


 本当に強い子、だから……きっと大丈夫









 「リニス……?」


 ………


 「リニス……?」


 ………


 「っく……うう、う……ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!









 “ミレニアム・パズル”を用いて彼女の最後の記録を、インテリジェントデバイス“トール”の記憶容量に保存。劣化しないように封印し、フェイトが成長した際に解凍できるよう処理を施す。



 『プレシア・テスタロッサの使い魔リニスの活動内容を明確に記録、インテリジェントデバイス“トール”は貴女の人生を保存します。いつかフェイトに渡すその時まで、貴女が抱いていた総ての想いを私が厳重に保管します。貴女が私に託した願いは、いつの日か必ず果たされるでしょう』






[22726] 第十話 ジュエルシード
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/10 21:09

第十話   ジュエルシード



新歴65年2月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 



 「トール、最近フェイトの様子はどうなの?」


 「まあ、予想よりは落ち着いているかな。やっぱしアンタの娘だけあって芯は強いってとこかね」


 リニスが死んでから2か月、最初の1か月は流石に元気がなかったが、ここ最近はそれまでの期間を帳消しにするかのように元気一杯だ。当然、その原因はプレシアなわけだが。


 「そう、空元気でなければいいのだけれど」


 「その成分もなきにしもあらずだが、俺は心配していない」


 「理由は?」


 「リニスの最期の願いは『フェイトが幸せになること』だったからさ。“運命を切り開く者”という名前はあいつにぴったりだったようだ」


 誓いの言葉も一歩間違えれば呪いの言葉になる。言いたかないが、プレシアのアリシアに対する誓いはそっちに近い。後の人生の方向を一つに定めて路線変更を利かなくする誓いは重すぎて行動を縛りつける。

 だがまあ、“幸せになる”なんていう曖昧な表現は、解釈によって行動がいくらでも変わるから、呪いにはなりにくい。“アリシアを助ける”は行動が完全に限定的だが、幸せになる方法なんてそれこそ無限にあるだろう。

 まあ、流石に鞭で打たれることを幸せと思うようにはなって欲しくはないが。


 「それで、フェイトは頑張っているとは聞くけど進展はあったということ?」


 「まあな、2カ月ほど前に見つかったミネルヴァ文明遺跡だったか、そこでかなりの量の考古学的遺産やロストロギアが発見されたんだが、その資料の中に“ジュエルシード”の記述があったそうだ」


 「ジュエルシード!―――――ゴホッゴホッ」

 プレシアが身を乗り出すが同時に咳き込む。


 「馬鹿・・・・・・ 無理すんなよ」


 「ん、ンンっ、フゥ・・・・・・ 落ち着いてなんていられないわ。それで、見つかったの?」


 「まだだ、かのスクライア一族が調査隊の中心になってミネルヴァ文明遺跡の発掘に当たっているらしく、久々の大きな遺跡の発見ってことでそれ以外にも大小の調査団が派遣されている。フェイトとアルフもそこに混じって発掘してるよ。最も、モノがモノだけに数は限られるが」


 ちょうど一週間ほど前に誕生日が過ぎたのでフェイトは現在9歳だが、そんなことは忘れて発掘に没頭している。あまりにも熱中し過ぎてて少し危険な傾向があるから、アルフには常に見張っていろと言ってある。

 8歳の時からフェイトは“ジュエルシード”を探して俺と共に次元世界を渡り歩いているが、“ミッドチルダ考古学士会”のような有名組織に所属することは無理なので、時空管理局のある意味で末端ともいえる小さな組織に所属している。

 別に違法な組織というわけではないが、各管理世界の政府直属組織ではなく政府の支援を受けているわけでもないので、後ろ盾は弱い。後ろ盾が弱いということは総じて情報収集力が有名どころと比べて低いわけだが、そこは地下オークションとかのコネや“お得意さま”としてのスクライア一族との付き合いとかで補っている。

 そもそも、ロストロギアの発掘には、超兵器に区分されるロストロギアの発掘と保有を禁じて、さらに大量破壊を行う質量兵器も禁じている国際次元法“イスカリオテ条約”による制限があるため、政府の主導では行いにくいという事情がある。スクライア一族のように考古学を専門とした一団や、時空管理局から許可を取った小さな団体が行うことが基本であり、独自に調査や発掘を行うことは管理局法で禁じられている。

 そういうわけで、ロストロギアの発掘に携わるには、半分くらい嘱託魔導師扱いとなる団体に所属しなければならない。ロストロギアに関連して問題が起こった際には時空管理局がその対処にあたり、それに対して文句を言わないことが条件となる。自分が発掘したロストロギアが暴走し、それを管理局員が破壊しても損害賠償を求めることはできないというわけで、それに同意することを条件にロストロギアの発掘は許可されるのだ。

 当然、8歳になったばかりの少女だけでロストロギアの発掘が許可されるはずもないので、俺も偽造戸籍を用意して26歳の成人男性トール・テスタロッサということになっている。立場的にはプレシアの甥ということになるが、この辺をわざわざ調べるような物好きはいないだろう。

 時には小規模ながら調査団の一員として、時には違法すれすれだが3人だけであちこちの遺跡を巡って“ジュエルシード”を探してきたわけだが、今回ようやく有力な手がかりが出てきたというわけだ。


 「………最後の最後でチャンスが来たということね」


 「だな、アンタの身体はそろそろ限界、アリシアにしても似たようなもんだ。このチャンスを逃したらもう後はない」

 フェイトもおそらくそれを察している。プレシアの身体の具体的な情報までは知らせていないが、使い魔であるリニスが2か月前に死んだ時点で、主であるプレシアの死期が近いことを予想するのは容易い。フェイトにもアルフがいるから、その辺のことは下手したら俺より詳しいだろう。


 「ジュエルシード、何としても手に入れなさい。方法は問わないわ」


 「了解だ。ところで俺達が見つけた場合は問題ないが、他の奴等が見つけた場合はどうする? 交渉か、奪うか、奪うとしたらそれは全部か、もしくは一部か」

 俺達がジュエルシードを発見できたとしても、それをそのまま自分のものにできるわけではない。一度は管理局の遺失物管理部に預け、そのロストロギアがどういうものかを調べてもらい、個人の所有を許可していいものかどうかの判断を仰ぐ必要がある。危険物と判断された場合はロストロギアの管理を全て管理局に委ねることを代償に、“ロストロギアの発見、回収に尽力した”ということで多額の報奨金が支払われ、この金を目当てにトレジャーハンターとして活動する発掘屋も多かったりする。 その手続きをしなければ完全に違法だ。

 だがしかし、俺達がジュエルシードを手にいれ、アリシアの蘇生に成功し、その後で管理局に届ければいい話ではある。何か事件でも起きない限りは俺達がロストロギアを所持していることが管理局にばれることもないので、ジュエルシードの扱いに失敗して次元震でも引き起こさない限りは、その辺の事情をそれほど気にすることはないのだが。


 「………交渉で何とかなればいいけれど、ジュエルシードのロストロギアとしての重要性を考えれば民間組織に委ねられるとは思えないわ」


 「時空管理局か聖王教会か、スクライア一族なら時空管理局だな。遺失物管理部の管轄なのは間違いないが、どんなに交渉しても貸出までは半年はかかるだろう」

 遺失物管理部機動三課とは繋がりが深いが、他の部署が担当になる可能性もあるし、やはり時間がネックだ。というか、解析結果は多分民間への貸出不可能の劇物扱いだろう。


 「それじゃあ間に合わない。かといって、奪ったりして管理局に追われるのも危険が大きいわね。もし次元航行部隊にでも目をつけられたら研究の時間がなくなってしまうし、何よりもフェイトに危険が及ぶわ」

 相手が地上部隊ならレジアス・ゲイズ少将に手を回してもらえばある程度なら何とかなるが、問題は本局の次元航行部隊だ。各艦艇ごとに半ば独立した権限を持って事件にあたるから、裏から手を回すのは案外難しい。


 「直接的な強奪は最終手段だな、それの一歩手前の状態でサンプルを奪うのが最善ってとこか」


 「一歩手前?」


 「幸運なことにミネルヴァ文明遺跡には傀儡兵の存在が確認されている。だからこそ強力なロストロギアが眠っている可能性が高いんだが、傀儡兵ならこっちの十八番だろ」


 フェイトがジュエルシード探索を始めた頃から、時の庭園も少し変化した。駆動炉を“クラーケン”の試作型に改良し、さらには地上本部が手がけている大型魔導砲“ブリュンヒルト”の試作型も設置することとなったのだ。

 大型兵器に属するものをクラナガンの市街地で開発するわけにもいかず、他にも騒音問題や物資の補給の問題などから、開発の場所の確保には地上本部も頭を痛めていたらしい。時の庭園は辺境のアルトセイムにあり、なおかつ補給体制は整えやすく、SSランクに届く高ランク魔導師がいるため、非常時の対応も可能ということで打ってつけの立地条件であった。さらに駆動炉の設計者であるプレシアの所有物であることもあって、割とあっさりと開発地として提供することが決定した。

 フェイト達が常に過ごしているなら流石に断っただろうが、あいつらが次元世界を飛び回っている以上ここに残るのはプレシアと傀儡兵のみ、地上部隊の研究員や作業員がうろついていても困ることはない。違法研究を行っている場所は、フェイトも知らない(リニスは死ぬまで知らなかった)地下深くで、巧妙に隠蔽しているからまず見つからない。試作型の建設はとりあえず終了したので今は何人かがいるだけだが、最も多い時は200人近くがいたとか。

 大型魔導砲“ブリュンヒルト”は地上の戦力を消費しないことを目的に設計されたので、その防衛には魔力炉“クラーケン”の動力を利用した傀儡兵が当たることになる。つまり、俺とプレシアの二人だけでも問題なく運用できるかどうかが“ブリュンヒルト”の真価といえるので、その他の作業員は今はいない。というか、地上部隊も忙しいので人材に余裕がないのだ。

 残る問題は未だに発射実験が出来ていないことで、万が一の事故を考えると実験は次元空間か宇宙空間で行うこととなる。大型の駆動炉を搭載しているので暴走が起きれば辺り一帯を焦土と化す可能性すら否定できず、本局の高官が地上本部が“ブリュンヒルト”を開発することに難色を示すのは、暴走した際に地上本部の力で対処できるかどうかが不安だという部分が大きい。

 しかし、本局の次元航行艦が射撃訓練を行う演習場を地上本部が借りるには多額の予算がかかるそうで、その辺は難航している。本局が“ブリュンヒルト”の開発に協力的ならまだしも、結構反目している部分が大きいだけに演習場を借りられる可能性は低い。むしろ、適当な無人世界で許可を取り、そこで実験を行うという案が現実味を帯びている。時の庭園は次元航行能力を備えているので、地上本部が許可さえもぎ取ってくれればいつでも出発は可能だ。

 まあそういう事情もあって、俺達が傀儡兵を扱うことで怪しまれるところは微塵もない。既に管理局の共同研究者として使用権限を得ている身なのだ。プレシアが正規の職員として5年間ほど働いた経歴や、リニスが本局遺失物管理部機動三課で働いた経歴がここにきて効いて来ている。

 ついでにいえば時の庭園の傀儡兵はプレシアの私物で、万年予算不足の地上本部に格安でレンタルしている関係だ。場所代も格安なので地上本部からはかなり感謝されている、これもギブアンドテイクの一環だ。特に、無駄な出費をできる限り削って、陸士の残業手当などの人件費に充てたいと願っているゲイズ少将からは頭を下げて感謝の意を伝えられたくらいだ。



 「つまり、私達の傀儡兵にミネルヴァ文明遺跡を襲撃させて、どさくさに紛れてジュエルシードをちょろまかそうってわけね」


 「なーに、少し借りるだけだ」


 「典型的な犯罪者の発想だわ」


 「主犯が何を言うか。んで、一個か二個ジュエルシードを手に入れたらとりあえず引き揚げて、アンタはジュエルシードの特性を把握、俺達は残りのジュエルシードを可能な限り穏便に手に入れるための下準備をするってとこでどうかね」

 現状における最善はこれだろう、本局に目を付けられるのは今の段階ではよろしくない。地上本部が庇うにも限度がある。

 フェイトの将来も考えると近いうちに本局とも接触した方がいいのは確かだが、それはアリシアの問題が片付く目処が立ってからでよいだろう。プロジェクトFATEのこともある。こっちは広域次元犯罪者が基になった研究だけに管轄は本局よりだ、地上本部だけでは対処しきれない。


 「分かった、その方向で行きましょう」


 「んじゃ、俺は発掘現場に戻る。ジュエルシードの解析の準備は任せるぜ、一応言っとくが無理はすんな」


 「善処するわ」















新歴65年 3月 第29管理世界 ミネルヴァ文明遺跡 





 「バルディッシュ!」

 『Arc Saber』


 バルディッシュから発射された圧縮魔力の光刃が遺跡を守る傀儡兵を両断する。


 「邪魔だよ!」

 さらに、追い討ちをかけるようにアルフが切りこみ、傀儡兵をバリアごと容赦なく拳で吹き飛ばす。


 そして俺は――――


 「クロスファイア!」

 誘導弾を四つ程展開し、収束させて傀儡兵に突撃させるが、


 ボシュ、ブシュー


 「ぶっ!」

 「ぶほっ!」


 俺の尻から出るカートリッジと噴出ガスによってフェイトとアルフが噴き出してしまうという欠点がある。


 「トール! お願いだから戦わないで!」


 「あたしらを笑い死にさせる気かい!」

 うーむ、せっかく戦闘能力がAランク相当まで向上した戦闘用の肉体が完成したんだが、いかんせん尻からカートリッジを出すという欠点が残る。

 背中や腹に突起物でも作ってそこから外部に出すという案もあるにはあるが、その場合どうしても余分な機構を追加することになるので性能が落ちる。魔法人形は人体を基にしているから、口から入ったものは尻から出るのは基本だ、重力は偉大なり。

 口から入って胃のあたりでカートリッジを接続して魔力を取り出す、それによってリンカーコアを励起させて魔法を使用。魔法の反動だとか制御だとかその辺の問題はその他の内臓器官に当たる部分に搭載した機構で処理して、用済みのカートリッジは小腸に当たる部分で処理した後、冷却用のガスとかと共に尻から排出。

 実に無駄がなく理にかなったシステムなのだが、視覚的に大問題がある。どう見ても魔法を使うたびにう○こと屁が噴き出ているようにしか見えないのだ。普段は排出用の穴を閉じているが、魔法発動時にそれが表面に出てくるのもかなりやばい。


 「んなこといってもなあ、傀儡兵はAランク相当だぞ、このシステムじゃなきゃ生き延びるにも問題が出てくる」


 この排出システムを完備した肉体でも魔導師としての性能はAランクが限界、しかも魔法を使うたびにクズカートリッジを大量に食べなきゃいけないから燃費は決して良くない。クズカートリッジがただ同然で手に入るのが救いだが、それでも通常のAランク魔導師よりも制約が多いのは確かだ。

 製品版のカートリッジを使えば高度な魔法も使えるが、リンカーコアとの連結が完全とはいえないため、魔力が大きくなるとリンカーコアは大丈夫でもそれと繋がる回路に悪影響が出る。つまり、燃料タンクの容量はでかくてもそこに燃料を送るチューブが頑丈じゃないので製品版のカートリッジを使用すると弾けてしまうのだ。

 過ぎたるは及ばざるがごとしとはよくいったもので、この身体にはクズカートリッジくらいで丁度いい。リンカーコアに一度に送れる魔力量は減るが、そこは個数を揃えることで補える。とはいってもそのリンカーコアも魔力値に換算すれば最高出力は20万程度といったところで平均は8万程度、フェイトの134万に比べれば圧倒的に低い数値だ。


 「だったら後ろに下がってな! あたしとフェイトだけで十分だよ!」

 ちなみにアルフはAAランク相当で平均魔力値は43万、流石はフェイトの使い魔だけある。


 「それは却下、お前らは確かに強いが罠に対する警戒心が弱いし、それに対する固有スキルを持っているわけでもないからダメ」


 俺が現在使用している身体は例の男が提供したものではなく、それを自力で再現できるよう調整されたオリジナルのものだ。あの機体なら、AAランクの魔法も使えるが、今度は”トール”本体の演算性能の問題で、やはりAランクが限界だ。

 ジャミングや結界など、そういった相手の魔法活動を阻害するものを見抜く効果を持つIS『バンダ―スナッチ』を非常に再現出来てはいないが、それでも魔力を数値化したり、設置された魔法装置の反応を見抜く程度はできるので重宝している。

 こいつにかかれば罠とかは大抵看破出来るし、変身魔法なんかもほぼ一発で見抜けるから遺跡調査には持って来いの技能だ。最も、あくまで“隠すものを見抜く”技能であって探索能力が優れているわけではないというのがポイントだ。

 早い話、封鎖結界の内部で何が起きているかは全て見抜くことは出来るが、結界を破って中に入ることは出来ない。その辺はフェイトとアルフの領域ということで役割分担は出来ており、俺の役目は後方での支援活動と罠の突破、後は治療と補助といったところだ。俺の魔法はクズカートリッジがある限り使えるので、安全な場所にクズカートリッジを大量に用意しておけば、ほぼ恒久的に治療魔法を使用し続けることが出来る。

 俺の身体は一度に大量の魔力を消費する高ランク魔法は使えないが、治療魔法のように長時間かけ続けることで効果を発揮し、なおかつ出力自体は大きくない魔法との相性は抜群だ。だから補助的な魔法に関しては滅法強い。フェイトは134万の魔力を有するが魔法を使えば当然疲れる、しかし俺は動力源さえ確保すれば疲れることはない、演算性能の限界はあるが。



 「でも、逆に笑って危険な気がする」

 フェイトの言うことも一理ある。笑い転げているところに攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。


 「分かった、出来る限りお前達の視界に入らないように戦うから」


 「そうしな、って、新しいお客さんのお出ましかい」


 アルフの言葉に反対側の出口を見ると8体ばかりの傀儡兵が湧き出してきた。



 「アルフ! サンダーレイジを使うから時間稼ぎお願い!」


 「OK! トール、フェイトの補助は任せた!」


 「りょーかい」


 アルフがチェーンバインドで傀儡兵を5体ばかり拘束しつつ残りの傀儡兵に突っ込む。

 隣のフェイトが詠唱に入ったのを確認すると、俺も補助に入る。


 インテリジェントデバイス“トール”は魔力の制御に特化したデバイスである。そしてそれが動かす魔法人形の真価とは他の魔導師と同調し、魔法の発動の補助を行える点にある。

 まあ、今日会ったばかりの魔導師にやれと言われても無理があるが、バルディッシュは俺の設計図も参考に作られた後発機だ。そして共に雷撃系の魔法を制御するのに最適な調整がなされている。バルディッシュのフェイトとの相性は最高であり、演算性能も文句ないがサンダーレイジのような広域攻撃魔法を使用すればどうしても術者に相応の負担はかかる。

 だがしかし、俺がバルディッシュと同調しその負荷を引き受けることにより、フェイトは通常の誘導弾を放つ程度の負荷で広域攻撃魔法や砲撃魔法を発動できる。原理的にはユニゾンデバイスに近い。ストレージデバイスやアームドデバイスで魔法を発動する術者を、内部から補助し負荷を減らすのがユニゾンデバイスだが、俺はそれを外部からの同調によって行えるように改造されているユニゾン風インテリジェントデバイス、当然改造したのはプレシアだ。

 それを100%無駄なく行えるのはバルディッシュのみだが、相手がインテリジェントデバイスならば70%~80%くらいのロスで補助を行うことが出来る。これらの機能は“トール”本体が備えている機能なので、使用する肉体には依存しない。

 現状で俺が使用する肉体は主に3種類、通常の人間と同程度の性能しかなく魔法も使えない一般型、魔法は使えないが身体能力に特化しており鋼の身体を持つ近接格闘型、そして現在使用している魔法の発動が可能な魔法戦闘型で、近接格闘型以外の顔や体形は全て同じである。

 一般型は身体の操作に割くリソースを最小限にできるので、デバイスとしての演算性能をフルに発揮できるというのが利点であり、研究開発時やフェイトの遊び相手をする時には常にこれを使用している。燃費が一番いい。

 近接格闘型はフェイトと模擬戦をやる時くらいしか使用する機会はない。より実戦に向いた機体を開発するためのデータ採取に動かす場合もあるが、表情が硬くコミュニケーション能力に欠けるためあまり使わない。燃費もあまり良くはない 。これはほとんど傀儡兵といっていい。

 そして、現在使用している魔法戦闘型。魔法を発動可能なように調整がなされており、例の男が送ってきた素体を用いた『バンダ―スナッチ』に近づけるように開発した。あれはメインボディであるが同時に目指すべき完成形でもあるという特異な存在になっている。魔法戦闘型の燃費は良くなってきたがまだまだ問題点は多い。


 『バンダ―スナッチ』は基が広域次元犯罪者の試作品であり、高ランク魔導師の死体とリンカーコアを用いて作る屍兵器ともいえるものなので、思いっきり管理局法に引っ掛かる。外見こそ一般型や魔法戦闘型と同じになるように改造したので回収されて精密検査でもされない限り屍兵器とはばれないだろうが、リスクを考えるとあまり頻繁には使えない。



 「サンダーレイジ!」

 通常の半分の速度でチャージを完了したフェイトが広域攻撃魔法を解き放つ、使い魔であるアルフとは声を交わすまでもなくタイミングを合わせられるので完璧な連携が出来あがる。



 「さっすが、Aランク相当の傀儡兵8体を一撃か」


 「リニスに鍛えてもらったから」

 フェイトの顔はちょっと誇らしげだ、確かに師匠が良かったというのは間違いない。





 「んー、それにしても解せないな」

 「何がだい?」

 いつの間にか戻ってきてたアルフに尋ねられる。


 「いやさ、何でこの区画に傀儡兵がいたかってことだよ。こいつらは外部から魔力供給がなければ戦えない筈だが、ここは遺跡の中枢からかなり離れている。その割には数が多すぎる気がしてな」

 中枢部分にはスクライア一族を始めとした本職の連中がいるから俺たちみたいなアマチュアがいるのは端っこだ。

 今撃破したのが8体だが、この他にも7体ほど撃破している。どうでもいい区画を防衛するには多すぎる気もするし、そもそもこの位置でエネルギーの確保が出来るものだろうか、という疑問が残る。

 傀儡兵はAランク相当の戦闘力を誇るので、やはり一体当たり10万以上のエネルギー供給が必要になる。その上、戦闘行為で減少する魔力を補給し続けなければならない。それだけのエネルギーを確保するには強力な駆動炉が必要になるはずだが――――


 「確かに、言われてみりゃそうだね。これまで潜ってきた遺跡でもこういう奴らは大抵心臓部みたいな地点を中心に配置されてたはず……」

 「じゃあ、この傀儡兵達は何かを守っている………待って」


 どうやらフェイトも同じ結論に至ったか。


 「ああ、守っているものが高密度のエネルギー結晶体なら、それのエネルギーを傀儡兵の動力源に転用できるかもしれない。俺には魔力の流れまで読み取ることは出来ないが、少なくとも傀儡兵達の魔力を総合すれば1000万以上の魔力は恒久的に必要になるな」

 魔力というのは遠隔で他者に渡そうとすると効率が非常に悪くなる。一般的な伝達率は25%以下とされており、15体以上の傀儡兵を維持するならやはりそれだけの魔力は必須だ。

 魔導師同士で魔力を受け渡そうとするなら、やはり直接的な供給が基本になる。魔力の塊を飛ばして吸収するような真似が出来ればレアスキル扱いされるのは間違いない。理論的には相手の砲撃魔法を吸収することすら可能となるのだから。


 「じゃあ、こいつらが守っている先にあるのは――――」

 「――――ジュエルシード」


 運良く当たりを引けたのか、はたまた見当違いで外れなのか。


 「このまま進むぞ、危険はこの際無視して他の発掘チームに追いつかれないことを第一に行く」

 「うん」

 「了解!」













 そして、さらに15体ばかりの傀儡兵をぶっ壊して進んだ先にそれはあった。


 「ジュエルシード………」

 呆然としたような声をフェイトが上げる、これまで散々探して来たのだから無理もない。


 「やっと……見つけたよ」

 こちらは感極まったようでアルフ、フェイトと似たり寄ったりな感想のようだ。


 「シリアルナンバーは…………6番か、とにかくこれで研究の第一歩にはなりそうだな、フェイト、とっととバルディッシュに格納しちまえ」

 俺は特に感慨もないのでフェイトに指示する。デバイスとはいついかなる時も冷静であるべき。


 「あ、うん」

 フェイトが封印用の術式を展開しバルディッシュの中にジュエルシードを封入する。



 「これにて目的達成と、他のジュエルシードを回収する必要もあるかもしれんが結構難しいだろうから一旦戻るぞ」

 目的を果たした以上はここに留まる意味もない。ジュエルシードの解析のことや今後の予定を決定するためにもここは一旦戻った方がいい。俺達がどう動くかの判断は俺がすることになっているので、フェイトもアルフもすぐに撤退準備に取り掛かる、このあたりも慣れたものだ。



 「ところでトール、他のチームでジュエルシードを見つけたところはあるのかい?」

 「んー、スクライア一族のところだけだが、既に大半のジュエルシードを発掘したって話を聞いている。やっぱアマチュアじゃあ本職には敵わんなあ」

 ぶっちゃけ一つ見つかっただけでも僥倖だろう。おかげで傀儡兵を用いた強奪作戦を展開する必要がなくなった。

 地上本部との兼ね合いを考えても、やはり荒事が少ないに越したことはない。


 「とにかく戻るぞ、プレシアが首を長くして待ってる」


 「トール、これで、母さんは助かるかな?」


 「さあてね、そればっかりは断言できんなあ」


 「あんた、そういう時は嘘でも助かるといいなよ」


 「そうもいかん、俺は騙すが嘘はつかんからな」


 いつも通りの雑談をしながらミネルヴァ文明遺跡を一旦後にする。今後の対策も考えればすぐ戻ってくるだろうが、一先ずはフェイトとアルフを休ませるとしよう。



 最も、俺にはジュエルシード研究のサポートが待っているから休む暇はなさそうだ。リニスがいない今、アイツの分も果たさないといけないからな。



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 説明多すぎるだろ自分・・・・・・
 しかし今は物語の土台を作ってるときなので、仕方ないといえば仕方ないんですが・・・・・・
 話が進めば、もっとスムーズに読めるようになる、はず・・・



[22726] 第十一話 次元犯罪計画
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/13 11:18
第十一話   次元犯罪計画




新歴65年 3月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





 「どうだ?」


 「主語をつけろといいたいとこだけど、ジュエルシードのおおまかな特性は把握できたわ。残念だけどやっぱりアリシアの身体に直接移植するには無理があるわね」


 プレシアの解析結果によると、ジュエルシードは簡単に言えば願いを叶えるロストロギア。周囲にいる生命体の意識的、または本能的願いを受信しそれを叶えるのに最も適した類の魔力を放出、大体は変化現象を引き起こすとか。

 だが、その内部に蓄えられているエネルギーは次元震すらも起こせる程に強大。しかも複数のジュエルシードを共振させればその力は跳ね上がり、10個くらいあれば次元断層すら引き起こせるだろうという次元干渉型ロストロギアとしての特性も持っている。


 「正直言って、わけが分からんな。ジュエルシードは一体何がしたいんだ?」

 高純度のエネルギー結晶体だから、傀儡兵の動力源としても利用できるし、次元航行用の駆動炉の炉心としても利用できそうだ。また、次元断層を起こして敵を殲滅する次元破壊爆弾みたいな使い方も可能だろうし、高ランク魔導師のリンカーコアと融合させてスーパー魔導師を作ることも理論的には不可能じゃないだろう。


 「最大の特徴は汎用性だから、“願いを叶える”というのはそれを突き詰めた結果だと思うわ。ある意味で汎用性の究極系なわけだもの」


 「なるほど、蓄えられた膨大な魔力を背景に、色んな事を出来るように機能を付けまくったらなんでも出来るようになった、と思いきや周囲の願いに敏感に反応して面倒事を引き起こす厄介者になったと。過ぎたるは及ばざるがごとしだな」

 願いを叶えるのに最適な魔力を放出というのも色々な機能を混ぜた上に生まれた副産物か。しかし、そんな夢物語みたいな機能を実現させるとは、古代の魔導師は一体どんな技術力を持っていたのか。


 「だけど、この特性はやっぱり利用出来るわ。ジュエルシードの力を上手く利用すれば“アリシアの身体に最適なレリックレプリカ”を創造することも可能になる」

 レリックを非魔導師であるアリシアに直接移植することは不可能。だからこそ、魔力炉心としての機能を除外し、肉体の蘇生能力にのみ特化させたレリックレプリカを作ろうとしたがどうやっても出来なかった。かつて研究していた改造リンカーコアなどを基に幾度も実験を繰り返したが、アリシアのクローンとの完全な融合は一度たりとも成らなかった。

 プロジェクトFATEはそういった実験のためのクローン体を作ることも目的ではあったが、最大の目的は“レリックレプリカとの融合が成功したアリシア”という目指すべきゴール、それに近いものを作りあげることにある。ゴールからそこに至るためのルート、つまりはレリックレプリカをどのように調整すべきかを割り出そうと考え、そのために作り出されたのがフェイトである。

 しかし、本来の専門分野が駆動炉などの開発であり、根っからの生体工学研究者ではないプレシアではやはり限界があった。結局、フェイトという指針があってもレリックレプリカを完成させることは出来ず、ジュエルシードという“過程を飛ばして結果のみを引き寄せるロストロギア”の力を借りる羽目になってしまった。そして、母のためにそれを探しているのがフェイトというのも皮肉な話ではある。

 ともかく、ジュエルシードがレリックレプリカの精製に利用できるというのはいい情報だ。フェイトの頑張りはようやく報われた、と言いたいところだが――――


 「質問だ、ジュエルシードの効果を実験を重ねることで解析して“アリシアに最適なレリックレプリカ”を作り出すのにどれくらいかかる? いや、まずはジュエルシードの力を完全に制御するのに必要な期間は?」


 「………改造リンカーコアの精製に要した時間は4年、レリックを実用可能状態まで持っていくのにかかった時間は6年、それらのノウハウがあることを差し引いても――――――――2年はかかる。余程順調にいっても1年未満はあり得ないわ……」


 「やっぱりか」

 ジュエルシードの発見はぎりぎりで間に合ったように思えるが、やはり遅すぎた。

 プレシアの身体はあと2か月も持つまい。ジュエルシードの力が“延命”に利用できたとしても、解析して有用な方法を見つけていなければ、基となる生命力が落ちている以上は焼け石に水だろう。

 だが、それだけで諦めるような女だったら、そもそもフェイトをプロジェクトFATEによって作りだしたりしていない。


 「つまりはこういうことだな、ジュエルシードを完全に解析して安全性を確立した状態でアリシアの蘇生を行うことは既に不可能、そもそもそんな時間はない。だから、ジュエルシードの最低限の制御法を経験則で導き出し、ぶっつけ本番で“レリックレプリカ”を創り出す。上手くいけばアリシアは蘇生するし、その技術をそのまま転用すればアンタも健康体になるかもしれない」

 だが、それは奇蹟を当てにするようなものだ。複雑な計算をしなくても成功率が1%以下だということは理解できる。


 「でも、もうやるしかない。せっかくフェイトが見つけてきてくれたジュエルシード、無駄にするわけにはいかないわ」


 「まあ、ここまで来たら意地だな。土壇場で諦めるようならそ、もそもフェイトのために自分の命を延ばすための研究でもしていればよかったんだ。だが、俺もアンタのインテリジェントデバイスだ、マスターが諦めていない以上、全力でサポートさせてもらう」


 プレシアの決断は分かりきっていた。だからこっちもこっちで相応の準備は進めている。

 インテリジェントデバイスは主のためになることの準備は怠らない。


 「………何をするつもり?」


 「今回の研究はかなりデリケートな上、相手は正真正銘のロストロギアだ。プロジェクトFATEの時のように、いくつも培養カプセルを並べて比較しながら地道に進めていくわけにもいかんだろうし、そもそも実験体がない。サンプルを採るなら、ジュエルシードの効果を知っていない人間に触れた場合、どんなことが起こるかというデータが必要だろう」


 「そうね、アリシアを蘇生させるための“レリックレプリカ”の創造を行うのは私だけれど、その場合ジュエルシードにかける願いは“アリシアに最適であること”。でもジュエルシードが反応する”願い”にはアリシア自身のものも混ざっているから、そこが最大のポイントになるわね」


 生命には“生きたい”という最も純粋な願いがある。ジュエルシードが願いを叶えるロストロギアならば、死にかけの人間が触れれば傷や病気を全て癒すことになる。

 だがことはそう簡単にいくまい。思考が一種類しかない人間など存在しないし、“生きたい”と思うと同時に“もう楽になりたい”と思うこともあるだろうし、“生きてもいいことない”とか、“何で生きているのか”などの雑念が混じることもある。

 プレシアの解析によれば生命の願いはそう単純ではないため、大体は歪んで叶えられてしまうだろうということだ。これが人間ならば尚更だろう。逆に、アメーバのような単細胞生物の願いが受諾されれば“繁殖したい”という念だけが増幅されて、どこまでもアメーバが増えるような効果をもたらすかもしれない。

 つまり、ただ単純にジュエルシードがアリシアの本能的な願いを叶えようとすると、最悪アリシアがモンスター化する可能性すらあるというわけだ。“生きたい”という生物として純粋な願いはそれだけに、“アリシアが人間として生きる”部分を削り取ってしまう可能性が高く、ジュエルシードそういう面で実に厄介な特性を持っている。

 仮に、死にかけの人間に握らせたとしても、怪物のようになって生き残る可能性も否定できない。いや、ジュエルシードの保有する魔力が高いだけに、ただ治療だけして終わる方がおそらく難しい、余った魔力は肉体に影響を及ぼし、人間の限界を超えた異形へと変形させる可能性がある。要は、ジュエルシードとは人間に使うにはあまりにも魔力が巨大過ぎるのだ。

 ならば、そのジュエルシードの発動状況のサンプルを採る最も手っ取り早い方法は――――


 「だったら、魔法のことを一切知らない人間、もしくはただの犬や猫、野生生物なんかがジュエルシードに触れた際にどのような変化を成すのか、そのデータがあればジュエルシードの傾向を統計的に調べることが出来るんじゃないか? まあ、たった20個しかないというのが問題だが」

 実際に生物に発動させ、その変化の様子を観測すること、これに勝るものはない。

 デバイスである俺は統計的なデータで物事を測ることが本領だ。直感なんてものはありはしないし、経験を組み合わせて擬似的な直感を作り出しても閃きという分野では到底人間に及ばない。


 「それは私も考えているわ、人間はともかく、野生生物を連れて来てジュエルシードに触れさせてその結果を観測しようとは思っていたけれど」


 「ああ、当然それもやるがそれだけじゃ足りない。奇蹟に縋ってぶっつけ本番でアリシアを蘇らせようってんだから、ここはぶっつけ本番のデータこそが役に立つ。実験環境を整えた上での実験は所詮作りものだ、実践に勝るものはない」


 「……………読めたわ。貴方、とんでもないことを企んでいるわね」


 「幸運なことに、第29管理世界のミネルヴァ文明遺跡からミッドチルダ方面に向かう航路は一つだ。本局だろうが地上本部だろうが、時空管理局にジュエルシードを届けるなら、ある管理外世界を経由する。管理外世界の人間なら当然魔法のことなんか知らない、リンカーコアを持たないアリシアの“生存本能”がジュエルシードにどんな影響を与えるかをぶっつけ本番で調べるにはうってつけの場所だと思う」


 次元航路を普通の海の航路に例えるならば、管理世界は港を備えた陸地であり、管理外世界は無人島といったところだ。無人島に大量の物資を運び込むのは手間がかかるし当然貿易も行われないが、港から港に船が進む際に近くを通ることは往々にしてある。やはり次元航路を長期間進み続けるよりは一定の距離で通常空間に戻って整備点検を行った方が運搬のリスクは小さくなる。

 故に、ミネルヴァ文明遺跡からの出土品が運ばれるルートを考えれば、間違いなく第97管理外世界で一度通常空間に出て整備点検を行う。本局次元航行部隊の艦船ならばそんな必要はないだろうが、民間船はそこまで高度な設備を積んでいないので、乗組員の疲労などを考慮しても途中休憩は必須だ。


 「正気かしら、次元干渉型の要素も持つロストロギアを管理外世界にばら撒くつもり?」


 「管理外世界ならばこそだ。流石に地上部隊がいる管理世界にばら撒くつもりはないさ」

 俺はデバイスだ、狂うとしたらそれは出来ないことをやろうとする時だろう。出来ることなら何でもやる。


 「次元航行部隊にばれたら次元犯罪者扱いされるわよ」


 「プロジェクトFATEに手を出している時点でもう立派な犯罪者だよ。それに、名言がある、“ばれなきゃ犯罪じゃねえ”、だ。ちなみにもうジュエルシードをばら撒く場所の目星は付けてあるし、拠点となるマンションの購入のための下準備も進めている。そして最大のポイントは、地上本部が計画している大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射の日程と、どうやら被りそうってとこだ」

 ジュエルシードをばら撒く予定の第97管理外世界は地表の7割が海だ。それに、人間が住んでいる陸地面積よりも無人の土地が圧倒的に多い、ばら撒き方には最新の注意が必要だろうが、ジュエルシードの特性を利用すれば一発だ。


 「ジュエルシードをミッドチルダに運ぶための貨物船も調べてあるし、とある手段で乗り込む手配も済んである。後は現地の上空に来たらジュエルシードに“海鳴市に俺を運べ”と願いながら転移魔法を使えばいい。ジュエルシードもある程度活性状態になって一石二鳥、貨物船の重要貨物室のセキュリティを突破するプログラムは現在構築中だ」


 「準備がいいことね、それで、フェイトはどうするの?」


 「裏の事情は知らせず、純粋に“事故”でばら撒かれてしまったジュエルシードを回収するために、第97管理外世界、地球に向かってもらう。そして、時の庭園で行う“ブリュンヒルト”の試射場はどうやら管理外世界の通常空間になりそうだから、第97管理外世界での火星あたりに時の庭園をもっていけば、空間転移で地球と往来できるようになる。空間転移で往来するにもフェイトがいてくれた方がいいし、俺一人じゃジュエルシードの回収にも限界があるからな、次元震を引き起こせるエネルギーを秘めたジュエルシードの暴走は俺の手には負えん」
 
 もし時の庭園を動かせないのであればここまでやるのは無理だったろうが、今は運が向いてきている。地上本部との間に築いておいたパイプがここにきて実によく作用している。 時の庭園は試射場として貸し出す予定であり、場所はある程度こちらの希望を優先してくれることになっている。管理外世界の宇宙空間ならうってつけだ。

 大型魔力砲ブリュンヒルトの試射は地上本部が独自に進めているものであり、本局はほとんど関与しておらず演習場の提供すら拒否している。ならば、管理外世界の宇宙空間で地上本部が試射実験を行うことに本局は意義を挟めまい、今更意義を挟むなら最初から演習場を提供しろという話になることは目に見えている。

 試射を管理外世界の惑星上で行うのは大問題だが、その世界の文明の宇宙船がおいそれといけない場所まで離れていれば、現地住民と接触する可能性も皆無だ。宇宙空間で試射を行う場合、宇宙を進む民間船が絶対に通らない場所を選ぶことになるので、管理外世界の方が場所を取りやすいという事情もある。もしそこで撃った砲撃に当たっても、そこにいること自体が違法であれば文句を言われる筋合いもない、軍の演習場に潜り込んで密猟を行っていた者が流れ弾に当たって死んでも誰も同情しない、“運の無い奴だ”で終わるだろう。


 「人の娘を騙して犯罪の片棒を担がせようとするのは、褒められたことじゃないわよ」


 「大丈夫、上手くやるさ、どんな事態になってもフェイトは無罪にしてみせる」

 というか、ジュエルシードの効果をその他の資料から大体把握していたからこそ俺達はジュエルシードを探していたのだ。そして、仮に見つかったとしてもこういう実験が必要になると予想は出来たので、犯罪計画の構築とその下準備は半年以上前から進めていた。まあ、ジュエルシードが発掘されなければ無駄になっていた計画だが、無駄にならずに済んだようでなにより。

 それに、ことはジュエルシードの実験だけじゃない。ある程度ジュエルシードの回収が進んだ段階で時空管理局の次元航行部隊を引き寄せたいという思惑もある。

 アリシアの蘇生を行う本番は複数のジュエルシードを使うことになるだろうから、万が一にも次元断層が発生してしまう危険がある。時の庭園の駆動炉“クラーケン”の力を次元震の封印に向ければ、中規模くらいの次元震は抑えられるだろうが、念には念を入れて近くに本局の次元航行艦がいてくれればありがたい。

 それに、本局と地上本部の確執につけ込めば俺達への視線をかなり逸らすことが可能だろう。“ブリュンヒルト”の試射は、法的手続きに則った正式なもので主導は地上本部、ジュエルシードに関する対策は突発的な事故に対応するためのもので主導は本局、これが同じ管理外世界でバッティングすれば諍いが起こる可能性は高い。

 それに、アリシアの蘇生が終了した後、成功したにせよ失敗だったにせよフェイトの今後を考えれば、ここらで本局と接触して法的な手続きを全部済ませた方がいい。こういうのはフェイトが子供のうちにやってしまわないと後で面倒なことになる。


 「だけど、第97管理外世界、呼び名は地球だったかしら? 現地住民に最悪死者が出るわよ」


 「そこはそれだ、死者というなら俺はもう2000人以上のアリシアを殺していることになる。これはあくまで提案だ。最終的な判断はそっちに任せる」


 「外堀は埋めておいて最終判断だけ私にさせるかしら貴方は」


 「これは単なる確認だよ、アンタがどんな選択を選ぶかは分かっているが、筋道は通さなきゃいけないからな」


 プレシアはアリシアとフェイト、どちらのために残りの人生を使うかという選択においてアリシアを選んだ。そんなプレシアが管理外世界の人間の命とアリシアを蘇生させられる可能性を上げること、どちらを選ぶかなどまさに確認するまでもない。

 もしその罪がフェイトにかかるのだとすればまた別の問題になるが、その点においてフェイトに罪はない。ジュエルシードをばら撒くのは俺の仕事でフェイトは嘘吐きデバイスに騙されてジュエルシードを回収させられただけの少女だからだ。

 まあそもそもばれるようなヘマをやるつもりはないし、いざとなれば狂ったインテリジェントデバイスの独断ということにすればいい。俺の命題はプレシア・テスタロッサのために活動することであり、多くの人々を幸せにするような機能や目的はプログラムされていない。



 「細かい方法は貴方に全て任せるけど、絶対にフェイトにはばれないようにすること、そして、貴方が捕まることも許さない。守れるかしら?」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存、重要度は最大、主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了、今後、この命令は我が命題の一部となる、終了条件はジュエルシードに関連する事柄がテスタロッサ家、及び法的手続きにおいて全て完了すること。



 「ところで、どんな場所にばら撒くつもり?」


 「それなんだがな、実に面白そうな場所がある」


 邪悪な笑みを浮かべながら俺はプレシアにデータを渡す。俺の計画は色んなものがかなり複雑にからんでいる、というより絡ませた。


 「海鳴市………一般的な地方都市のようだけど?」


 「重要なのは街じゃない、管理外世界だってのにこの街から結界反応があったってことだ。それもそこいらの魔導師が張るものとは違うタイプだ」

 この結界は非常に良く出来たもので、おそらく時空管理局の次元航行部隊でもこれを察知することは不可能だ。結界の最上級は存在を誰にも気付かせずに効果を発揮するものだが、この結界はそれに該当する。

 だが、ジェイル・スカリエッティが送ってきた肉体の固有技能『バンダ―スナッチ』は、どんな結界だろうが見破る能力だ。見破るだけで破壊も突破も出来ないというのが情けないところだが、偶然ではあったが管理外世界にあるはずのないものを俺は発見できた。


 「その結界の中には何があったの?」


 「悪いがそこまでは分からん。サーチャーを通してのものだったし、サーチャーと俺の機能は連結させていたが、そのサーチャーもすぐに叩き壊されちまってな。だが、サーチャーが壊されたってことは監視人かもしくは防衛用の機能があるってことだ、面白いだろ?」


 つまり、海鳴市には違法研究所か、次元犯罪者か、ロストロギアかそれに準ずるようなものが眠っているのは間違いない。時空管理局から逃れて管理外世界で研究している奴がいるのか、はたまた単なるコレクターという可能性もある、奇人変人は次元世界にいくらでも溢れている。

 最も、広域次元犯罪者のようなレベルの高い犯罪者は管理外世界にはいない。管理外世界に潜むものといえば止むにやまれぬ事情で身を隠すことになった魔導師が大半であり、痴情のもつれで管理局の高官を殺してしまったとかがいい例だ。ここでポイントとなるのは正体がどんなものであったとしても、それに対応するのは時空管理局の次元航行部隊しかあり得ないという点だ。


 「つまり、いざとなったらその結界を張った奴をジュエルシードばら撒き犯に仕立てあげるつもりね」


 「少なくとも管理局の目を逸らすことは出来るだろうさ、ジュエルシードを狙って動いてくれば罪を擦り付けるのもやりやすいし、そうじゃなくてもこっちから発破かければ自然と管理局の網にかかる。次元航行部隊も無限に手が伸びるわけじゃないからな、素性がはっきりしてて地上本部との繋がりがあり、正規の手続きに則った実験を行っている俺達よりも謎の結界を張った奴に意識を向けるだろ」

 そいつが海鳴市に結界を張ったのは別の事情があるのだろうが、そんなところに他のロストロギアが“事故”でばら撒かれたとしたら関連性を疑うなという方が無理だ。まあ、何の反応も示さない可能性もあるが、その時は放っておけばいい、これはあくまで保険のようなもので、ばら撒くことにメリットがある場所が海鳴市だったという話だ。

 とはいえデメリットもある。そいつらと完全に敵対することになった場合俺達が返り討ちにされる可能性だ。しかし、荒事に向いている高ランク魔導師の犯罪者は管理外世界には拠点を設けないものだ。物資を調達するにも研究設備を整えるにも管理世界の方が圧倒的に効率が良いので、管理局に補足されてもAAランク以上のエース級を返り討ちに出来る実力があればそちらに拠点を置いた方が多くの面で都合がいい。

 よって、管理外世界に拠点を設けるのは時空管理局のエース級魔導師を迎撃する実力がない者たちになる。もしくはランクこそ高いものの能力が戦闘向けではなく研究専門の場合か、管理世界にいられない余程の事情がある場合か。

 なので、AAAランクのフェイト、使い魔のアルフ、後方支援の俺の3人で動いているテスタロッサ一家が返り討ちにされる可能性は極めて低い。それに、交渉次第では協力関係を築くことも可能だろう、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティとの関係のように。



 「なるほど、悪くないわ」


 「だろ、もし結界を張った奴が組織的に動いていたり強力な戦力を揃えていたらその時は次元航行部隊に応援を頼むことも出来るし、大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射対象をそいつらにしてもいい。“善意の協力者”ってことで管理局に恩を売って、見返りとしてほんの一か月くらいジュエルシードを貸してもらうのもありだ。その説得は自身あるぜ、金の力も味方についている」


 「ホントに貴方は悪知恵が働くわね、上手くいけば時空管理局と敵対することなくジュエルシードを使用できる条件が揃うってこと」

 
 法を司る組織と敵対してもメリットなどほとんどない。しかし、プレシアが技術開発部で行った魔力炉“セイレーン”の開発や、リニスが遺失物管理部機動三課で働いていたこと、そして“ブリュンヒルト”や“クラーケン”の開発協力に、開発場所としての時の庭園と傀儡兵を格安で地上本部に提供したこと。これらを通して管理局が俺達を処断出来ない状況を構築したことによって俺達の選択の幅は逆に広まった。

 ここでの最大のポイントは本局と地上本部、仲の悪い組織の両方に別々に恩を売ったことだ。これによって管理局内部の権力闘争や縄張り争いに付け入る隙が生じる、片方とだけ仲良くしていたらもう片方から目の敵にされてしまう。

 しかし、仮に俺達がこの実験によって次元航行部隊に拿捕されたとしても地上本部が黙っていないし、本局の技術開発部や遺失物管理部も無関係ではいられない、ただ犯罪者としてしょっぴくには俺達は管理局に関わり過ぎている、表の面でも裏の面でも。

 これで全部思い通りにいくなんてことはないだろうが、きれるカードは多く持っていたほうがいい。


 「ま、世の中そこまで上手くはいかないだろうが、海鳴市にジュエルシードをばら撒くことにはかなりのメリットがある。そういうわけで海鳴市を“ジュエルシード実験”の舞台にすることになった。準備は着々と進行中、開幕は近いぜ」


 「貴方、楽しんでいるでしょ」


 「まさか、ただ悲壮感漂わせようが楽観的だろうがデバイスの性能は変わらない。だったら、フェイト達のことも考えれば楽しむ方がいいだろ」

 デバイスというものは常に現実路線をいく。俺がマイナス思考でいてもプレシアにもフェイトにもアルフにも悪影響しか出ないことが分かっているのだから、常にプラス思考でいるようにする。これはただそれだけの話。人間と違って精神的な疲労がないのでいくらでもハイテンションを維持できる。



 こうして、後に公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる次元犯罪計画がスタートした。




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 Q. 脳死状態の人間に本能的な願いはあるのか?

 A. 人間は、肉体、精神、魂で成り立っていて、アリシアは精神が停止している状態なので、魂はまだ生きています。そして、肉体と魂が”生きたい”と言っています。

 ………ダメでしょうか?

 それにしても説明回が続いてしまう… そしてまだあと1回説明回が必要になりそう…… 何やってんだ自分。



[22726] 第十二話 第97管理外世界
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4c237944
Date: 2010/11/17 15:34
第十二話   第97管理外世界


新歴65年 3月27日 ミッドチルダ首都クラナガン 


 「おっし、フェイト、アルフ、スケジュールを確認するぞ」


 「うん」


 「はいよ」


 ここはクラナガンにあるマンションの一室。

 ここ1年くらいは次元世界を飛び回っていた俺達だが、クラナガンは中継の拠点として良く使うので活動の拠点として抑えておいた物件だ。

 何かと縁がある地上本部にもほど近いので立地条件はかなりいい。


 「プレシアが現在研究中のジュエルシードだが、他の20個はやはりスクライア一族が全部発掘したらしい。俺達が発見したことは誰にも言ってないから、残り一つを探してこれまで頑張っていたようだが、ついに諦めてジュエルシードを時空管理局に届けることにしたそうだ」


 「悪いことしたかな………」


 「しょうがないさフェイト、あたしらにもあたしらの都合があるからね。それに発掘ってのは基本早いもん勝ちだよ、先にとられた方が悪いのさ」

 アルフが言うのは正論だが、先にとられたものを非合法な手段で奪おうとしている俺は超極悪人だろう。


 「ジュエルシードも1個だけじゃ何かと厳しいからな。俺達としては少しの間でいいから貸してほしいところだが多分難しい、スクライアが発掘したジュエルシードでも交渉の相手は時空管理局になってしまう、一応交渉はしてみるが成功確率は高くないと思え」


 「どのくらい難しいの?」


 「担当の局員が余程のボンクラか、もしくは余程のお人よしならうまくいくかもしれない。もしくは金にがめつい野郎なら賄賂次第でどうとでもなる。だが、遺失物管理部の局員は基本的に職業意識と責任感が強い、まだどんな特性を持つかの検査も終わってないジュエルシードを、いくら高名な工学者で管理局に多大な貢献をしているとはいえ、民間人に貸し出すことはないだろう。簡単に言えばリニスがたくさんいると思え」

 この表現が一番しっくり来たようで、二人とも納得した表情をしている。


 「ってーことは?」


 「無断で借りることになるな」


 「それって、犯罪じゃ………」


 「まあそこは気にするな、せいぜい1か月くらいだからちゃんと返して謝れば多分大目に見てくれる。次元災害なんて引き起こした日には終身刑ものだが、脳死状態からの蘇生のための研究に使うだけなら罰金くらいで済むさ」


 「交通違反のパワーアップバージョンみたいなもんかい」

 どうやらアルフは既に乗り気のようだ、まあ、性格的に交渉なんかよりふんだくる方が向いているんだろう。 実はこれは罰金くらいで済むわけはないんだが、この2人に事実をありのまま伝える必要はない。


 「ま、そんなもんだな、それでもまず交渉はするぞ。穏便に済めばそれに越したことはないし、金で解決できればそれでいい。常日頃から言っているだろう、金の力は偉大なりと」


 「まあ、フェイトが乗る船がファーストクラスなのはいいことだと思うよ」

 ついでに言えばチャーター機も結構使う。

 やはり一般的な手段だけで次元世界を飛び回るのは時間がかかり過ぎるので、特別料金を払って時間を金で買った。


 「私は別にビジネスクラスでもいいんだけど」


 「諦めろ、お前をビジネスクラスに乗せた日にはプレシアから裁きの雷撃が落とされる。あの女は次元跳躍攻撃すら出来るからな」


 「だけど、今の母さんの身体じゃあ………」

 おっと、地雷を踏んでしまったか。

 確かに現在のプレシアの状況では次元跳躍攻撃は難しい。 命を削る覚悟なら撃てるかもしれないが、まさに無駄でしかないな。 攻撃ではなくそれほど強くない魔法でも、次元跳躍して使えるのはあと1回、せいぜい2回ほどだろう。


 「大丈夫だ、ジュエルシードの力を利用すればそれくらいできる」


 「慰めになってないんじゃないかい、それ」

 アルフ如きに突っ込まれた、鬱だ。


 「とにかく、ジュエルシードは貨物船でクラナガンに来るみたいだから、お前達はこっちで待っていろ。俺は一旦ミネルヴァ文明遺跡のスクライアの交渉担当と打ち合わせしてくるけど、お前達がいても意味無いから」

 次元間通信でも出来ないことはないが、やはりこういう交渉は直接会うのが基本になる。

 どんなに文明が発達しようと人と人とコミュニケーションの基本は直に会って言葉を交わすことなのだ。


 「ごめん、役立たずで」


 「フェイト、落ち込むことはないよ、適材適所さ。こいつの特技なんて口先くらいしかないんだから任せておけばいいんだって」


 「口先だけじゃないぞ、尻からカートリッジを出して魔法も使え―――」


 「それはやめて」


 「永久に封印しな」

 速い、タイムラグがほとんどなかった。


 「―――善処はしておこう」

 スクライアの人間と交渉するのは本当だが、やることはそれだけではない。

 時の庭園から別の肉体を持ち出してミネルヴァ文明遺跡で中身を取り換え、貨物船に乗り込みジュエルシードをばら撒くという作業がある。

 まさか時空管理局もスクライア一族のお得意様でこれから交渉しようとしている人間(インテリジェントデバイス)が貨物船を襲うとは考えまい。

 交渉が失敗に終わってその後にジュエルシードを奪いにかかるなら分かりやすいが、交渉の前に奪いにかかるというのは少々筋が通らない。

 だったら最初から交渉する意味がないのだ。

 しかし、クラナガンで待っているフェイト達がジュエルシードを運んでいる貨物船が“事故”にあったと聞いて、ジュエルシードを独自に回収しようとしても違和感はない。

 落し物を勝手に拾って自分のものにしようとするようなものだが、強盗に比べれば遙かにましだ。


 「まあとにかく吉報を待っていろ」

 他にも幾つかの注意事項を残して俺はクラナガンを後にし、ミネルヴァ文明遺跡へと向かった。

 中継地点として時の庭園とその転送ポートを利用するので、通常ではありえない速度で到着できる。

 個人レベルでの空間転移ならば、時空管理局の許可さえとっておけばかなり自由に行うことができる。

 当然、転移可能な場所は公的な転送ターミナルに限られるが、ミネルヴァ文明遺跡には発掘調査のための臨時ターミナルが置かれているのでそこに直通できる。









新歴65年 3月29日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 作戦は無事成功。

 俺は疑われることもなく密航に成功し、ジュエルシードの下に辿り着いた。

 方法は単純だが効果的で、金属製の近接格闘型魔法人形とデバイス(俺の本体)をそれぞれ別人の荷物として送っただけだ。

 送ったのは俺のコピーともいえるデバイスで、俺に比べれば性能は劣るが、人間と同じように行動して宅配物を手配することくらいは余裕で出来る。


 ちなみにそいつが使用した肉体は一般型である。


 こういう貨物船はロストロギアなどを運ぶ際には専用の重要貨物室を使うが、その他の品は大抵同じ部屋にまとめて運ばれる。

 事前に調べてはみたが間違いなくそういうタイプの貨物船だった。

 そうなればやることは簡単、“デバイス”と”カートリッジ”を一つの箱に入れ、更に”魔法人形”を木箱に入れてそれぞれ荷物として貨物船に送り込む。

 本体とカートリッジを入れてある箱は、音声入力式でロックが掛かるものを使用したので、中からパスワードを言えば開く。そして、俺の本体に多少の魔力が残っていれば、自力でふよふよ浮いて魔法人形の元に行くくらいは簡単だ。人形を入れてある木箱には、あらかじめ俺(本体)が入れるような隙間を作ってある。

 そして、人形を本体に残った魔力で起動し、木箱から出て補給用のカートリッジをその場で食べて行動開始。

 予め組んでおいたセキュリティ解除用の端末を使って貨物船のシステムを混乱させ重要貨物室へと突入。

 という計画だったが、より確実性の高い方法に変更した。


 「やっぱジュエルシードの本物が手元にあったのが大きいな、おかげで万事うまくいった」


 プレシアの下にあったジュエルシードを魔法人形の内部に隠して貨物室に持ち込み、その場で発動したのである。

 通常の貨物の検査はそれほど厳しいわけでもなく、プレシアの封印が完璧だったこともあってばれることなくジュエルシードは貨物船内部へ。

 そして、1個の発動に呼応して、別室の保管庫にある20個のジュエルシードが反応した。貨物室と特別保管庫は距離的に20mも離れてない。これだけ近ければ、嫌が応にも発動する。

 そこまでくればジュエルシードに魔力を注ぎ込んで“第97管理外世界、日本の海鳴市へ行け”と願いながら転移魔法を使うだけ。

 近接格闘型の肉体は通常では魔法を使えないが、外付けの装置を用いて空間転移魔法を発動させるくらいは可能だ。

 ちょうど97管理外世界の通常空間に貨物船がいる時期を狙ったので距離的にも問題なし。

 俺がインテリジェントデバイスであるため願いが受諾されるかどうかが懸念されたが、事前に時の庭園のジュエルシードで可能かどうか試していたので問題はなかった。


 というより予行演習は5回くらいやった。


 実験によって分かったことは、“願いを叶える”という特性は俺にはどうやっても発揮できないということだ。

 ジュエルシードの最大の特性とは過程を無視して結果を引き起こすことであり、例えば非魔導師が“どこか遠くに行きたい”と願ったとする。

 すると、その人物が空間転移の理論や必要な魔力量などを知らなくても空間を飛び越えるという結果を呼び寄せることが可能で、まさに奇蹟を起こすロストロギアと言っていい。


 だが、俺は所詮デバイス、機械の塊でしかない。


 奇蹟を起こせるのは人間のみの特権であり、デバイスである俺には自分に記録されている結果しかもたらせない。

 つまり、“どこかに行きたい”という願いを送っても、空間転移の理論や必要な魔力量や本来必要な技術的要素など、過程を知らなければ願いを叶えることは出来ないわけだ。

 故に、俺が“アリシアに最適なレリックレプリカ”を願ったところで過程を知りもしない結果を引き寄せることは出来ない。

 デバイスにできることは現在ある情報を用いて演算することだけなのだ。


 とはいえ今回に限ればそれで十分。


 俺は空間転移の理論や必要な魔力をデータベースに記録してあるから、問題なくジュエルシードを起動させることが出来る。

 要は、俺にとってジュエルシードとは外付けの魔力炉心のようなものだということだ。

 そして、海鳴市に21個のジュエルシードがばら撒かれることとなった。

 どこに落ちたかはさっぱりだが、そこは仕方ない、手元にあった1個は超小型発信機を(物理的に)つけていたので、コレだけはすぐに回収できるだろう。

 何よりも、この方法の最大の利点は“ジュエルシードが貨物室でいきなり発動した”という痕跡しか残らないことだ。

 セキュリティが突破された形跡もなければ襲撃された形跡もない。

 あくまで運んでいたロストロギアが予期せぬ理由で発動しただけであり、貨物船の乗組員の認識では運搬中のロストロギアが突如発動。

 転移魔法のような反応を起こし管理外世界に落ちてしまった、というところだろう。


 実のところこういう事例はそう珍しいことでもない。


 転移機能を内蔵しているロストロギアは数多く、ロストロギアでなくとも転移魔法専用のデバイスなどもある。

 それらを専門の知識を持たない貨物船の乗組員が誤って発動させ、運搬物が行方不明となってしまうケースは1年に10回以上は存在する。
 
 そういった事態に対処するのも次元航行部隊の仕事の一環だ。

 ジュエルシードを送り出したスクライア一族としては“もっと取り扱いを注意するように言っておくべきだった”というところだろう。

 彼らは考古学者ではあるが技術者ではないので次元干渉型であることを正確に把握しているとは考えにくい。

 せいぜい“願いを叶えるロストロギア”までが限界だろうし、考古学的な調査というのは実験以上に時間がかかることが多い。

 俺達も文献ではなく実験によってその特性を正確に突き止めたのだ。

 時間をかければジュエルシードに関する資料の整理も終わるかもしれないが、ジュエルシードの発掘からはまだ日が浅く、考古学的な資料だけで正確に把握できる可能性は低い。

 管理局の遺失物管理部に届いたとしても、現段階でジュエルシードの特性を一番理解しているのは俺達だという事実は揺るがない。


 「ともかくこれで、運搬中の“予期せぬ事故”によってジュエルシードは管理外世界にばら撒かれた。運搬会社も時空管理局に連絡は入れるだろうが現段階ではそれほど危険度が大きい案件ではないし、万年人手不足の管理局が次元航行部隊を即座に派遣できる状況じゃあないな」


 これが管理世界なら地上部隊が回収に動くのだろうがここは管理外世界。常駐の部隊がいない以上やってこられるのは次元航行部隊だけだ。

 しかし、予算と人員問題に悩まされる管理局は現段階で来られるとは考えにくい。

 そしてこの状況ならジュエルシードの所有権は宙に浮いている状態だ。ロストロギアの類は、発掘した段階で発掘者のものになるわけではなく、一度管理局に預け、その安全性を確認した後に正式に所有権が保証される(だから俺たちは違法所持)

 よって、所有権が決定していない段階で、”事故”によってばら撒かれた以上、所有権は曖昧になるから俺達が集めて裁判で争ってもそこそこ戦えるような感じになっている。

 最も、一度は管理局に引き渡して個人の所有が可能かどうかの判断を行わなければ不法所持となってしまうが。


 「ま、それはどうでもいいか、アリシアの蘇生が終われば全部返す予定だし、重要なのは発動したジュエルシード、それも環境を整えた実験ではない生のデータだ。この段階で計画は既に半分以上達成できたも同然」


 後は人形を木箱に戻し、本体は離脱して再びフヨフヨ浮かんで箱にもどる。その後に音声入力で箱の鍵をロックすれば、貨物室の中は何事も無かったように元通りだ。あとは荷物としてミッドチルダのターミナルに着くのを待つだけ。

 そして俺の本体を貨物室に送り込んだ俺の代替品が、ミネルヴァ文明遺跡の転送ポートを使用して時の庭園に転移すれば俺の行動内容に不審な部分はなくなる。そしてターミナルで、代替品が本体を含めた荷物を受け取り、俺と交代すればいい。 その後ジュエルシードの散らばり具合を確認した後、普通の交通手段でクラナガンのフェイト達と合流。


 これによって『トール・テスタロッサ』のアリバイは完璧だ。


 ミネルヴァ文明遺跡の転送ポート使用リストには間違いなくトール・テスタロッサがあり、クラナガンに降り立ったのもトール・テスタロッサ。

 だが、肉体は同じものでも中身のデバイスは別というカラクリだ。

 魔法人形とそれを制御するデバイスで成り立つ俺はこういった人間では不可能な入れ替えトリックが可能だ。

 普段もこれに近い方法でアリバイ作りや詐称を行う俺である。

 後はクラナガンに着きしだい管理局に問い合わせ、恐らくまともな返事は返ってこないだろうから裏金を使って事情を聞きだしてジュエルシードが“事故”で地球にばら撒かれたことを知れば良い。




 残る懸念は例の結界を張っている第三者がどう動くかだが、一日程探ってみた感じでは特に反応はない(ついでに発信機をつけておいた1個は一足先にスフィアで回収した)

 このまま不干渉の態度を貫く可能性が一番高いか。


 「こういう計画って、大体予想外の出来事があるからなあ、さーて、どうなることやら」








新歴65年 4月1日 ミッドチルダ首都クラナガン



 「トール! ジュエルシードが行方不明になったって本当!?」


 貨物ターミナルで中身すり替えトリックを行い、拠点のマンションに着くと同時にフェイトが大声で詰め寄ってきた。


 「ありゃ、どうやって知った?」


 「ミネルヴァ文明遺跡で何度か一緒に発掘した人達が次元通信で伝えてくれたんだけど………本当なの?」

 なるほど、盲点だった。

 俺達“テスタロッサ一家”はここ1年ほどしか活動していない新人発掘チームだ。

 しかし、AAAランク相当の8歳の女の子とその使い魔、さらに保護者のAランク魔導師という異色な組み合わせだけに結構目立つ。

 ミネルヴァ文明遺跡にいた他の発掘チームの中にもそれ以前からの知り合いが何人かいたから、俺達が1年間“ジュエルシード”を探していることを知っている奴も中にはいたはずだ。

 恐らくは親切心で連絡してくれたんだろう。 それにフェイトは発掘者たちの間で人気だったしな。

 うむ、まこと人の世の縁というのは奇妙なり、こんな形で時空管理局から情報を引き出す時間を省くことが出来ようとは。


 「俺の方でもちょっとした伝手で知ったから多分間違いないな。何しろジュエルシードは“周囲の願いに反応して最適な魔力を紡ぎだす”なんて特性を持っている。乗組員が『転移魔法でも使えれば楽なんだけどなあ』とかなんとか思ったら変な形で発動してしまうかもしれないからな」


 「そっか、魔法を使えない人間はそういう風に考えるものだったっけね」

 意表を突かれた風にアルフが首を傾げる。 この点は高ランク魔導師にありがちな盲点だ。

 単独で空間移動が出来るから、普通の人間が旅客機を使う時にどんな感想を持つかということがわからない。

 多分、次元航行部隊に勤める非魔導師のオペレータの傍にジュエルシードがあれば、俺が言った通りの願いに反応してジュエルシードは発動する気がする。


 「とにかく扱いが難しいロストロギアだからな、しっかり封印処理を施してバルディッシュのようなデバイスにでも入れとかないとどんな事故が起きるか予想できん」

 スクライア一族がどの程度の処理をしていたかは謎だが、流石に至近距離でジュエルシードを発動されれば連鎖的に発動するのも無理はない。

 だがしかし、仮に俺がいなくとも発動していた可能性はゼロではないというのがネックだ。

 貨物船への襲撃者が存在しない以上、これはあくまで“事故”として扱われる。 そうなればばら撒かれたジュエルシードの所有権は微妙なことになってくれる。

 何しろ純粋な善意からジュエルシードを集めようとする者もいるかもしれないような状況だ。


 「それでトール、一体どうするんだい?」


 「他人の不手際なのか不幸なのかは分からないが、考えようによっちゃ千載一遇のチャンスだ。俺が聞いた話では近くにあった管理外世界に転移したんじゃないかってことだから、直接行って回収しちまおう」


 「分かった」

 躊躇することなくフェイトが頷く、まあ、プレシアを助けることが出来るかもしれない“願いを叶えるロストロギア”がそこにあるのだ。

 管理外世界では魔法を使ってはいけないとか、その辺のことは頭にないんだろう。 ことプレシアに関することなら、フェイトはとことんまで一途で、かなり思いつめてしまう傾向がある。


 だが―――


 「俺は時の庭園を経由して現地に向かうが、お前達は管理外世界への観光ビザと滞在許可をとってから向かえよ、じゃなきゃ違法滞在になるから」

 その辺のことはきっちり守らせるというのがプレシアとの約束だ。

 俺の稼働年数はそろそろ45年に届き、管理外世界での活動許可などはかなり昔に取得してあるし定期的な更新も済ませてある。

 これには免許のゴールドドライバーのような制度が存在している。

 許可を取ってから10年以上経過し、通算で3年以上管理外世界で活動していても違反を起こさなかった場合は、かなり自由に管理外世界と往来できるようになるのだ。


 しかし、フェイトとアルフが管理外世界の活動許可を取ったのはつい最近で、各管理外世界ごとに別々の申請を出す必要がある。


 そういう事情もあって俺達の活動範囲は基本的に管理世界に限られていた。


 「無理だよ! 管理外世界の観光ビザの発行は半年くらい前から申請しなきゃダメだって………」


 「何言ってんだいトール! そんなことしてる時間なんてないだろ!」

 と、二人から一斉に反論が飛んでくるが。


 「甘いな二人とも、世の中には“金銭”という便利なものがある。ついでに“大人の都合”というものもな」

 必要な場所に必要な金額を届ければ、管理外世界への観光ビザと一か月程度の滞在許可は取ることが出来る。いくら時空管理局が次元航行を取り締まろうと、この手の話を人間社会から失くすことは不可能だ。


 「ひょっとして………」


 「アンタ………」

 どうやら二人とも悟ったようだ。


 「なあに、あるところの局員が近々マイホームを購入したかったとしよう。そこでテスタロッサさんが大株主になっている不動産会社にいい物件がないかと相談に行った際、もし、娘の旅行の件で便宜を図っていただければ、このような物件を格安で提供できるよう手を尽くします。と言われて首を縦に振った、ただそれだけの話だよ」

 実話である。

 その男にはただ、娘(フェイト)が急に旅行に行きたいと言い出して困っているんだが、何とか出来ないかと相談してちょっと“大人の会話”をしただけだ。

 高価な酒やグラスセットなんかも贈ったが、あれはただの新しい友人へのプレゼントだ。

 断じて賄賂などではない。けっしてない。


 「………」

 「………」


 二人は絶句、子供には教えられない大人の話だったか。 例え話という建前だが、似たようなことをやったということは理解した様だ。

 時空管理局の局員とはいえ人の子だし家族サービスも必要だしねえ。


 「そういうわけで、あと三日もあれば管理外世界への滞在許可は降りる。俺は先に行って拠点になるマンションの確保とかカートリッジの運びこみとか簡易的な転送ポートの設営とかをやっとくから、お前達が到着し次第ジュエルシードの探索と回収を開始するぞ、要はいつも通りだ」

 遺跡でジュエルシードを発掘する時も常に俺が物資や情報を集める後方支援部隊で、フェイトとアルフが実働部隊という役割分担だった。

 今回もやることは大して変わらない。


 「………うん、了解」


 「準備はアンタが済ませて、あたしらが探索だね」

 打ち合わせも終了し、俺達は俄かに行動を開始する。 管理外世界に行くのも初めてというわけではないので、自分達の準備は自分達でやってもらう。


 ジュエルシード探索専門の遺跡発掘屋、テスタロッサ一家(一部では有名)の出陣である。




==================

 ようやく次回無印開始になる…… プロローグが12話とは、また長いなあ。



[22726] 第十三話 本編開始
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:58
第十三話   本編開始





新歴65年 4月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 「随分妙なことになってきたな」


 俺の率直な感想である。

 4月1日にフェイトとアルフにクラナガンで今度の予定を伝えてすぐに時の庭園へ向かい、転送ポートを用いてこの海鳴市へ必要な物資を運び込んだ。


 時の庭園が第97管理外世界の火星付近、というか地球からそれくらい距離を離した宇宙空間で“ブリュンヒルト”の試射実験を行うのは5月頃の予定。


 なので時の庭園自体はまだアルトセイムにある。ゲイズ少将も出来る限り早くやりたいようだが本局との折衝にはやはり一定の時間がかかる。

 これは組織である以上仕方ない部分と言えるだろう。

 海鳴市に到着した俺は自作のサーチャーをばら撒いて市全体の様子を探ってみたが、やはり例の結界を張った奴に撃墜されることはなかった。

 どうやら俺がジュエルシード探索のためと思われる行動をしている間はこちらに干渉する気はないらしい。

 そっちがその気なら藪をつついて蛇を出すこともないので、サーチャーはジュエルシードの探索のみに使用。 しかし、発動していないジュエルシードはただの青い宝石と変わらないので、発見は出来なかった。

 プレシアに頼んで『ジュエルシードレーダー』なるものを製作中だが、こいつの完成は少なくとも後1週間はかかるとのこと。 それまでは地道に探索するしかない。

 と思って1日目は下準備に費やし、2日目から足で探そうかと考えていたのだが――――


 「まさか、スクライア一族の少年がジュエルシードを回収しにやってくるとは。仕事熱心と言おうか、責任感が強いと讃えるべきか、馬鹿と罵るべきか」


 こいつは完全に想定外だ。

 既に管理局に引き渡すために貨物船に載せていたのだから、ジュエルシードはスクライア一族の管轄を離れている。

 これを回収する義務は時空管理局(もしくは貨物船の輸送業者)の方にあるだろう。

 だが、ジュエルシードの回収に来たのが一人というのもおかしな話だ。

 ミネルヴァ文明遺跡では結構な人数で発掘にあたっていたのだから、一族の決定で回収しに来たのなら最低でも5人くらいのチームで来るはず。

 つまり、この少年は個人でやってきたということだ。

 スクライア一族なら管理外世界への滞在許可を持っていてもおかしくはないが、一人で来るのは少々無謀だろう。

 空間転移の魔法とその使用権限を持っていれば一人で来ることも可能だが、危険も大きい。



 そして案の定―――――







 「チェーンバインド!」


 「GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」








 ジュエルシードの暴走体との戦いでかなり苦戦している。そんな様子を遠目に絶賛観察中の俺。


 「あれは―――――ジュエルシードを核とした思念体か?」

 デバイスの処理能力をフルに使った演算で、スクライア一族の少年と対峙している怪物に関する考察を進める。

 時間的な関係から、スクアイアの少年が回収しようとしているジュエルシードは一つ目であると予想、つまり、少年が戦うジュエルシードの思念体はあれが最初、予備知識はほとんどないと考えられる。

 ジュエルシードに関する情報から現在起こっている現象を予想。 ちなみに、肉体は魔法使用型なので純粋な演算性能では一般型に劣ってしまう。

 肉体の制御にリソースを割くからどうしても本体の演算性能が犠牲になるため、それを補うべく汎用人格言語機能をオフ。


 『特定の人物の願いを受信した結果とは異なると予想、しかし、微弱な願いであってもジュエルシードの発動は可能であることを記録―――――――純粋な戦闘能力なら傀儡兵よりは下、Cランクの魔導師でも戦闘面での対処は可能と推察、ただし、特性としてジュエルシードを封印しない限り無限再生機能を有する。封印を可能なランクは推定Bランク以上、事実上Cランク魔導師では打倒する手段はなし』

 ジュエルシードが保有する魔力は億や兆の単位に届く可能性あり、だが思念体が発揮できる魔力は大きく見積もっても3万程度と予想。

 出力のみに限ればCランク相当となるものの無限再生するという特性はレアスキルにも認定される。時空管理局の地上部隊の標準的な魔導師では封印する手段はほぼゼロ。

 この状況を鑑みるに本局武装隊の一般ランクがB、隊長でAランクが必要という基準は客観的事実に基づくものであることを確認。

 しかし、私達の目的はジュエルシードを用いた怪物兵器を作ることではない。

 よって、得られるデータを全部集め、我がマスター、プレシア・テスタロッサに送ることに専念。 我がマスターの頭脳ならば些細な事柄より新たな仮説を提唱出来る可能性があるでしょう。


 しばらく観察を続行。

 スクライア一族の少年はかろうじてジュエルシードの回収に成功。ただし満身創痍に近く、これ以上の回収は絶望的と見られる。


 『必要なデータは採取完了、ジュエルシードを奪う必要性を演算―――――――――必要なしと判断。現段階でスクライア一族の少年を攻撃するのは得策ではない、先の展開を考慮し、彼が私達と協力関係となる可能性をこの段階で失くすべきではないと判断』

 現状では静観に徹し、フェイト達が到着し次第今後の方針を決定。

 高速演算終了、汎用人格言語機能に再びリソースを振り分ける。


 「さーて、帰るとしますか」

 とっととマンションに戻って、フェイト達を出迎える準備でもしますかね。


















新歴65年 4月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「妙を通り越してとんでもないことになってきたな」

 またしても俺の率直な感想である。

 昨日の4月3日、スクライアの少年はまたしてもジュエルシードの思念体と遭遇、二日続けて遭遇するとは運がいいのか悪いのか、スクライア一族は余程ジュエルシードに好かれているのか。

 なけなしの魔力を振り絞って撃退したようだが仕留め切れず、フェレットに変身した姿で意識を失った。

 そしてその次の日となる今日の午後、現地の少女に発見され、動物病院に運ばれた。

 が、その夜、というかつい先程、例のジュエルシード思念体が現れて少年を追い回す。

 そこになぜか少年を最初に拾った少女が現れ――――





 「我、使命を受けし者なり、契約の元、その力を解き放て……」





 その場のノリ的な流れで少女がデバイスの起動用のキーワードらしきものを詠唱している。 多少慣れれば簡略化できるプロセスではあるが、初めての起動ならば必須―――――て、問題はそこじゃない。

 何で管理外世界の少女がインテリジェントデバイスの起動が出来るんだって話だ。

 “ショックガン”などの非魔導師が使う簡易的な魔力電池を用いた端末ならば、一般人にも使用は可能だ。

 低ランク魔導師が使うストレージデバイスならば、リンカーコアさえ持っていれば使用するのも不可能ではない。

 しかし、あれはどう見ても高ランク魔導師用に調整されたインテリジェントデバイス。あれを使用することは管理局の魔導師ですらDランク以下の者には困難なはずだが。

 後で分析するために記録しておいた映像の音声を再現すると、どうやら少年はリンカーコアを有している人間にだけ聞こえるタイプの無差別念話を放っていたらしい。

 俺が動かしている肉体にもリンカーコアはあるが、普通の人間とは異なる繋がり方をしているためかその念話は聞こえなかった。

 というより、俺と念話するにはちょっとしたコツが必要になる。フェイトもアルフもその辺は微妙に苦労していた。

 そして、その念話に応じたのがこの少女ということか。となると彼女が最初に少年を拾ったのも決して偶然じゃないことになるが、この事実が示すことは別にある。


 「例の結界を張った魔導師は正規の存在ではなく、助けを求める人間の声を無視するような人物、もしくはそういう命令を受けている人間。管理局の人間の可能性は低いな」

 少年が放ったのが無差別念話ならばあの結界を張れるほどの魔導師が気付かぬはずはない。

 にもかかわらず何の反応もないということは、次元犯罪者であるなどの理由で他人とかかわれない立場にいるということだろう。

 少なくとも善意で人を助けるタイプの人間ではないということだ。

 これは俺達にとってプラスだ。

 相手が管理局法にそぐわぬ存在ならばジュエルシードをこの地にばら撒いた犯人が必要になった場合その罪を着せやすい。 少なくとも管理局にそう思わせて捜査方針を誘導することは可能だろう。まあ、あくまで保険ではあるが。

 と、思考をまとめていると。



 「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

 『stand by ready。set up』



 凄まじい魔力の波動が、少女から立ち上った。



 「…………これは、さすがに予想外だ。正直、まいったな」


 うろたえるな! インテリジェントデバイスはうろたえない!


 の教えに従って冷静に状況を分析するが、奇蹟的な現象を目の当たりにしているらしい。 あの少女の年齢は10歳に届くかどうかというところ、おそらくはフェイトと同年代。

 にもかかわらずこの魔力、プロジェクトFATEの結晶であるフェイトに匹敵するほどの魔力を管理外世界の少女が放っているのだ。


 「現在放出されている魔力値――――――88万3000、AAAランクだと? 確率的にあり得ないことじゃないが、にしても規格外にも程がある」

 そして、続く光景は規格外のオンパレード。

 ジュエルシード暴走体の攻撃を初めて手に取ったデバイスのシールドで防ぎ、逆のその身体を四散させる。

 とはいえ相手はジュエルシードを核とする半エネルギー体、バラバラになった身体が互いにより集まり再生する。

 そこに――――



 「リリカル・マジカル! 封印すべきは忌まわしき器 ジュエルシード封印!」



 初めて魔法に触れた少女が封印術式を完成させ、ジュエルードの封印に成功していた。どうでもいいが忌まわしきって失礼だなオイ、一応俺たちの唯一の希望なんだが。








 「とゆーわけだが、どうするよ?」

 流石に予想外の事態が立て続けに起こったので、
時の庭園に通信を繋いでプレシアと相談。


 「何ともまた、呆れた話だわ」

 プレシアの感想も無理もない、俺だって同じ気持ちだ。


 「確率論だが、たまにああいう突然変異も出てくるんだろ、それにフェイトも2000を超える実験体の中で誕生した“奇蹟の子”だ。4歳時にAAランクの魔力を秘めた子なんてほとんど冗談の領域だからな」

 あの少女の名前は高町なのはというらしいが、魔法の才能は恐らくフェイトと同等だろう。

 プロジェクトFATEの完成形であるフェイトと同じ才能が管理外世界にいたという、なかなかに信じがたい話だ。


 「スクライアの少年と例の少女の持つジュエルシードは現在二つ。全体から見ればまだまだ少ないが、今後どのくらいのペースで回収するにせよ、俺達の競争者になるのは間違いない。もっとも、ある意味では協力者になってくれそうだが」

 そう、彼女らの存在には大きな意味がある。


 「送られてきたデータはほぼ理想的と言っていいわ。ジュエルシードの発動状態と高ランク魔導師による封印の記録。それも、私やフェイトが組む封印式とは微妙に異なる方式での記録なんてものが手に入るとは思っていなかった」


 「彼女の手にしたインテリジェントデバイス、“レイジングハート”が祈祷型っていうことも大きいな。祈祷型は感性で魔法を組みあげるタイプと組むと最高の性能を発揮するが、高町なのはという少女はマスターとして理想形と言っていいんだろう」

 バルディッシュは元々フェイト専用に作られたデバイスなのだからフェイトと適合して当然だ。

 だが、レイジングハートはスクライアの少年が持っていたデバイス、しかし彼は戦闘時にデバイスを使っていなかった。


 「少年の方は通常の封印魔法でジュエルシードを抑えたようだけど、こっちもこっちで興味深いわ。デバイスを使わずに自分の魔力だけでジュエルシードを抑えるには相当の魔力が必要なはずだけど、この子は技能で補っている」

 フェイトのようにAAAランク魔導師ともなればデバイスがなくともジュエルシードを封印することは可能だろう。

 だが、Aランク魔導師にデバイスなしでやれというのは無理がある。

 少年の魔力量は概算で18万6000程、とび抜けて大きくはなかったが、それを可能にしたということは魔力の扱いが余程上手いのだろう、弊害が出る程に。


 「この少年は多分あれだな、デバイスとの相性が致命的に悪い代わりにデバイスなしでの魔力制御が異常に上手いタイプ。しかし、このタイプはデバイスの助けがない分、経験がものいうはずなんだが―――」

 まったくデバイスを用いていないというわけでもなかったが、レイジングハートは待機状態のままだった。

 つまり、起動させたところで待機状態と変わらない演算性能しか引き出せないという事実の証左である。


 「『大』がつくほどの天才ということでしょうね、この子も10歳程度だと思うけど術の錬度が半端なものではないわ」


 どういうわけか、海鳴市にやってきた少年はデバイスなしでジュエルシードを封印する大天才で、その少年が出逢った少女は初めて握ったばかりのデバイスでジュエルシードを封印する、大天才の上を行く超人。


 「この街には超人を生み出すための錬成陣でも埋め込まれているのかね?」


 「その可能性は捨てきれないわ。ひょっとしたら例の魔導師がこの土地で高ランク魔導師を人工的に作り出す研究でもしているのかもしれないし、ここまで来たらもう一人くらい9歳でSランクに届く魔力の持ち主とかいても驚かないわよ、私」


 「そりゃ同感だね、確かに、本来なら管理外世界に結界を張れる魔導師がいる時点で十分おかしいんだよな」
 
 そこにプロジェクトFATEの申し子でAAAランクのフェイトが参戦すればもう隙はねえ、超人魔道師決戦の開始だ。


 「さて、呆れるだけならいつでもできる。そろそろ具体的な話に移りたいんだが、ジュエルシードのデータはどうだ?」


 「さっきも少し言ったけれど、ジュエルシードの活動データとしてはほぼ理想的、後は実際に生物と接触して変化が生じたデータと人間が発動させたデータがあれば条件はかなり揃う。それらのジュエルシードを封印する際のデータもあればなおいいわね、最も理想的なのは正しい形で願いが叶えられたケースだけれど」

 今回の研究の最終目的はジュエルシードを“正しい形で暴走なしで使う”ことにある。そのためにはどういった条件を揃えればいいのかを調べたいわけだ。

 確かに今回のようなケースはいいデータになるだろう。


 「アリシアの蘇生に必要なジュエルシードの数はどのくらいだ?」

 「断言はできないけれど、最低で6個、最大で14個といったところかしら。それ以上の数になると力が強すぎる。暴走状態にすれば1個分でも足りるほどだけど、それではアリシアの身体が壊れるだけだわ」

 なるほど、全体の三分の一から三分の二の間か。


 「14個のジュエルシードがあれば万全、少なくとも10個もあれば十分、最悪6個でも出来ないことはないってことだな」

 つまり、彼女等がジュエルシードを集めるのを現段階では妨害する必要はない。7個までなら向こうに回収されても問題ないのだから。

 逆に、彼女らには自由に動かせてジュエルシードのデータを取るのに専念する方が効率はいい。

 おそらくだが、アリシアの蘇生を行う最終実験は“ブリュンヒルト”の試射実験と日程を合わせることになる。早期に集めたところで最終実験を始められないのだから焦る必要はない。


 「ジュエルシードレーダーが完成すればこちらの探索効率は飛躍的に上がるわ。本格的な探索はそれから始めても遅くないから、しばらくは彼女らの監視とデータ収集に専念してもらうことになりそう」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。

 重要度は最大。

 主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了。

 今後、この命令は我が命題の一部となる。

 終了条件はスクライア一族の少年と高町なのはという少女の行動が、ジュエルシードの発動状況の記録という主の目的と不一致となる段階に達した時点と定義。


 「ちなみに、例の結界魔導師の方は反応無しだ。多分ジュエルシード争奪戦には不参加の方針なんだろう。まあ、確証はないからいきなり動いてくることもあり得るが」

 とりあえずは保留でいいだろう。

 こちらは一応合法的に動いているのだから、向こうから動いてくれば次元航行部隊に知らせるだけだ。


 「明日にはフェイトとアルフが到着するんだったわね?」


 「ああ、観光ビザの取得もその他の準備も万端整った」


 「それなら、フェイトとアルフにはしばらくその魔導師の調査と結界の監視をお願いして。それが終わってからジュエルシードの探索を開始するように」


 「なるほど、後で次元航行部隊が事件の調停に乗り出した際、フェイトがジュエルシードの探索よりも謎の魔導師の調査を優先したということが分かれば、印象はよくなるか。ジュエルシードの方はとりあえず、スクライアの少年と例の少女に任せて大丈夫ということは分かっているんだし」

 一人の魔導師の魔法といっても、条件が揃えば一つの街を破壊することすら可能だ。下手するとジュエルシードよりも厄介と言える。

 そいつがジュエルシードに介入してくる危険を考慮し、その危険が無いことを確認してからジュエルシードの回収に乗り出したというのであれば、少なくとも犯罪者扱いはされにくいだろう。

 時空管理局は憲兵隊のような血も涙もない組織ではないのだ。


 「だが、問題はフェイトの説得だよ。あいつはジュエルシードの探索に命を懸けているからな、謎の魔導師への警戒を優先しろと言っても果たして聞くかね」

 ジュエルシードはプレシアとアリシアを救う最後の可能性だ。

 ジュエルシードよりも謎の魔導師を優先しろっていうのは、フェイトにとって最愛の母の命を無視して管理外世界の人間の安否を気遣えと言っているのに等しいからな。


 「そこは私が直接言うわ。少し卑怯な言い回しになるけど、フェイトが時空管理局に追われるようなことになったら私は生きていけない、とでも言っておけば大丈夫でしょう」


 「ははは、そりゃあどの口がほざくかって話だ。アルフが聞いたら激怒するぞ」

 フェイトにとってプレシアは最愛の母だが、アルフにとってはそうではない。 娘であるフェイトのために自分の延命を行わず、娘に心配ばかりかける駄目な母親だ。

 アルフにとってみればアリシアよりもフェイトの方が何倍も大切なのだから。


 「これは私のわがままよ、駄目な母親はどこまでいっても駄目な母親ということね」


 「そこは否定せんが、それでも母親だよ、アンタは」

 俺から見ればそれだけで十分、母の姿から何を得るかは娘次第だろう。


 「とにかく、これからはそういう方針で行く。そっちに実験用の動物とかを送る必要はあるか?」


 「いいえ、このデータだけで十分だわ。私の余力も心ないから、無駄なことはせずにアリシアの蘇生のために可能な限りの力を残しておきたい」


 「OK、こっちは上手くやる。朗報を待ってな」

 プレシアとの通信を切り、これからに備えての準備に取り掛かる。





 ジュエルシード実験は新たな段階へ。






=================

 ようやく無印開始! しかしなのは達と接触はしないというオチ。
基本的にトールは見てるだけ。 



[22726] 第十四話 高町なのは
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/19 19:03
第十四話   高町なのは


新歴65年 4月5日 第97管理外世界 日本 海鳴市にある神社





 「うーむ、犬を取り込んで凶暴化&巨大化………なかなかにユニークな現象だなこれは」

 ジュエルシードの発動はこれで3個目。

 どうやらいくつかのジュエルシードは転移の衝撃で活動状態にあるようで、わずか数日で立て続けに発動するという状況を作り出している。

 場所は海鳴市にある祭儀を行うための施設で神社という。

 ジュエルシードの発動を感知したようで件の“高町なのは”とどうやら“ユーノ”というらしいスクライア一族の少年もやってきた。

 んで、彼らが感知したということは当然――――



 【トール、ジュエルシードの発動を感知したけど】



 AAAランク魔導師であるフェイトがそれに気付かないわけはなく、念話が飛んでくる。

 インテリジェントデバイスである俺にのみ繋がる秘匿通信とも呼べる代物だ。

 こうしてフェイト達から念話が飛んでくることがあり得る以上、汎用人格言語機能を切って演算性能をフルにさせるわけにはいかない。


 【分かっている、こっちで状況を確認中だ。それより、謎の魔導師の方はどうだ】


 【広域に渡って探っているけれど、動きらしきものはないみたい】


 【こっちもだよ、結界の反応すら見つからないときたもんだ。完全に向こうは逃げに入っているね】

 なるほど、ということは――――


 【ジュエルシードの一件が片付くまではあらゆる魔法の痕跡を消して、ほとぼりが冷めるのを待つつもりか、あるいは他の思惑があるのか…………微妙だな】

 向こうも相当に俺達を警戒しているようだが、積極的に排除に乗り出す感じではない。

 何らかの事情があるのは間違いないと思うが、いったいどんな事情なのか。


 【特に危険はないから、こっちは放っていていいと思う。私達もジュエルシードを………】

 まあ、フェイトならそういう結論になるか。しかし―――


 【駄目だ、お前達が到着してからまだ一日目だぞ、高ランク魔導師が来たのを察知して迎撃の準備を進めているのかもしれない。ここでお前らもジュエルシード探索に回ったら敵に背中を晒すことになる可能性もある、そんな危険は現段階では冒せない】

 高度な結界があったからといって相手が高度の戦闘能力を持っているとは限らない。

 むしろああいう高度な結界を張るタイプはガチンコの勝負には向いてないケースが多いが、世の中にはオールマイティのとんでも野郎もいたりするから油断も出来ない。

 そういうわけでAAAランクのフェイトを現段階で動かすわけにはいかない。

 あくまでフェイトはジュエルシードの確保よりも、謎の魔導師への対処を優先しなければならないというのがプレシアからの命令だし、少なくとも時空管理局にそう思わせるだけの事実は保険として必要だ。


 【でも!】


 【プレシアの言葉を忘れたか? 俺達に必要なジュエルシードの数は最大で14個だ。それに昨日送ったデータもあるから現段階で追加のジュエルシードが必要なわけじゃない、お前達が焦って探索に乗り出す必要はないよ】

 フェイトは基本冷静で良く考えてから行動するタイプだが、母親のことになると話は違う。 頭では分かっていても、心がうんと言わない状況に陥っているようだ。


 【それは……………そうかもしれないけれど】


 【とにかく、ジュエルシードの探索に関しては俺の指示に従うこと。それがお前達が時の庭園から出発する際にプレシアやリニスと約束したことだろ】

 ここは姑息だが、故人の名前を使わせてもらう。 フェイトにとってこの名前は無視できない。


 【…………うん】


 【だから今は従っとけ、お前の出番が来たらちゃんと回してやるから】


 【……………分かった、でもトール、母さんと姉さんを助けるためにはジュエルシードが必要で、その数が多いに越したことはないでしょう?】


 【まあそりゃそうだろう、実際に使うのが最大で14個でも予備があれば本番に近い実験が出来るかもしれないからな】


 【それだけ、確認したかった】

 そこでとりあえず念話は終わった。


 「分かりやすいっちゃ分かりやすいが、フェイトは全部のジュエルシードを集めるつもりのようだね、どうも」

 ぶっちゃけると、プレシアのためにフェイトに出来ることはそれくらいしかないという事実もある。

 ジュエルシードを用いて“レリックレプリカ”を作り出し、アリシアの蘇生を行うのがプレシアの目的だ。 だが研究関連の事柄には一切フェイトを関わらせてはいないため、そっち方面にフェイトは疎い。というか関わせることはできないだろう。

 とはいえ―――


 「あんまし束縛し過ぎても暴発しそうだし、どっかでジュエルシードを探索させた方が良さそうでもあるな」

 狙いは今回みたいなケースだ。

 ジュエルシードが現地の生物を取り込んでモンスター化し、人間を襲っていればそれをフェイトが助ける状況になっても、時空管理局は文句を言えないだろう。 緊急避難になる。


 「――――と、おやおや、いつの間にかこっちの事態も進んでいるな」



 『barrier jacket.』


 少女の持つインテリジェントデバイス、確か“レイジングハート”が防御を展開、暴走体の攻撃を完全に遮断している。

 普通なら破られそうなものだが――――


 「堅いな、ランクにすればAAランクはゆうに超えている。多分今の俺よりは遥かに頑丈だ」

 つくづくあの少女の魔力量は規格外のようだ。

 それに、魔力量だけではなく―――




 「いたた。ってほど痛くは無いかな。ええと、封印ってのをすればいいんだよね?レイジングハート。お願いね」

 『all right.』

 『sealing mode.set up.』

 『stand by ready.』





 度胸も並ではない、というかどういう適応能力を持っているんだ?

 犬を取り込んだ暴走体の魔力は現在で9万2000、しかし知能がないのでただ力を振り回すしか能がない。

 あれならBランクの一般武装隊員でも単独での制圧が可能だろう。 魔力の大きさがそのまま脅威の度合いに直結するわけではない。

 しかも、それに対する少女の魔力は昨夜よりさらに高く98万、これではどうあがいても勝負になるまい。


 「んー、あれかね、実は代々伝わる武道家や暗殺者の家系だったり、古の英雄の末裔とか、そんな感じ」

 そういう馬鹿げた考えが浮かぶほど、あの少女、“高町なのは”は凄まじい能力とそれを扱う人格を持っている。




 「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル16。封印!」




 少女のデバイスからバインドに近い魔力の帯が放射され暴走体を束縛、動けなくなった敵に容赦なく封印術式を叩き込む。


 「なるほどなるほど、これはなかなかにいい記録が取れたかな。現地生物を取り込んで暴走したジュエルシードと、その効果的な封印方式、両方を一気に観測した。高速演算開始」

 インテリジェントデバイスとしての機能をフル稼働。

 ジュエルシード暴走体と高町なのはの戦闘記録から特に重要と思われる魔力反応やジュエルシードの状態変化をピックアップしデータベース化。

 プレシアが参照しやすいように編集する。



 「状況終了、これ以上留まるとスクライアの少年に察知される危険があるため、撤退を開始します」

 っと、やはりデバイスとしての性能をフルに発揮すると、汎用人格言語機能がオンであっても口調が昔に戻ってしまうな。

 プロジェクトFATEを進めている時もこんな感じだったが。








新歴65年 4月7日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 高町なのはとユーノ・スクライアによるジュエルシード回収作業は順調に進み、今日もプールで4個目のジュエルシードの封印に成功している。

 もちろんサーチャーを用いてその様子は観測してあり、必要なデータは既にプレシアに送っている。

 そして、海鳴市で活動するもう一人の魔法少女はというと――――



 「それらしい存在は一応確認したよ、多分猫型の使い魔。かなり上手に魔力の痕跡を消していたけど、十中八九間違いないと思う」



 こちらも優秀さを存分に発揮していた。

 ジュエルシードに懸ける想いが探索に参加できないことによる欝憤とも混ざって謎の魔導師の調査に向けられた結果、見事に成果を出したようだ。

 それに、ここ1年ほどロストロギアを求めて次元世界を渡り歩いた成果なのか、探索や捜索が得意になってきている気がする。


 「流石、それで、その猫さんは一体何をしていた?」


 「それが妙でさ、ジュエルシードを探すでもなく、研究施設みたいなのを守るでもなく、ただの家を監視するような真似をしてたんだよ。どうやら常駐している様子じゃなくて、定期的に結界の様子とかを身に来ているような感じだったけどさ」


 「監視? ただの家をか?」

 確かに、随分妙なことをしているな。


 「何か他に動きがないか見ていたけどずっと監視しているだけだった。何かこう、私達の存在に気付きながらもあえて知らないふりをしているようにも感じられたし、特に気付いていないようにも感じられたかな」


 「なるほど、ということはその家に“何か”があるんだろうが、俺達がその“何か”を正確に察するまでは動かない方針ってとこか」

 これは好都合だ。

 謎の魔導師がそういうつもりなら、こちらが罪を着せたい時にその“何か”を突いてやれば何かしらの行動を起こしてくれる。

 そうなれば時空管理局の目もそちらに向くことになるだろう。


 「だから、私達の調査もそろそろ必要ないと思う」

 ここまで来ると否定材料はないな。


 フェイトがこっちに到着してから既に三日、明日辺りからジュエルシード探索を始めても問題はない。かけるべき保険は全てかけた。


 「よし、明日からはお前達もジュエルシード探索に入れ。だから、そんな思いつめた顔すんな」

 
 「そ、そんな顔してるかな?」

 
 「ああ、不安で不安で、今にも泣きそうって面だぞ」

 お人よしな人物が見れば、とても放って置けないって顔だ。


 「それはそれとして、一つ伝えることがある」


 「何?」


 これまで教えて来なかったジュエルシード探索の競争者、スクライアの少年とその協力者の“高町なのは”について説明する。


 「スクライア! またあいつらかい! つくづくこっちの邪魔してくれるね!」

 説明を終えるとアルフの怒りが炸裂した。

 まあ確かに、ミネルヴァ文明遺跡でも常に先手を取られたというか、ジュエルシードがありそうな場所をあらかた抑えられたからな。


 「その男の子は、一人だけで?」


 「ああ、調査チームが組まれたわけじゃなくてその少年一人、つまりは独自の判断で来たってことだ。だが魔法の扱いはかなり上手いから油断は禁物。ここの空気が合わないのか現在は力を発揮できない状態のようだが、徐々にだが回復しつつもあるみたいだな。とはいえ、魔法の行使を行うにはあと一週間以上はかかるだろうな」

 フェレットに変身して高町なのはと行動を共にしているようだが、その動きは三日前に比べてよくなっている。

 とりあえず運動機能についてはほぼ回復したと見ていいだろう。


 「それで、そいつらもジュエルシードを回収しているってわけだね」


 「ああ、簡単に言えばミネルヴァ文明遺跡の再現だ。スクライア一族VSテスタロッサ一家によるジュエルシード発掘競争ならぬジュエルシード回収競争ってことになるな。ここで面白いのはジュエルシードが既にばら撒かれた状況である以上、管理外世界で魔法を使ってもお咎めはなしということだな」

 最も、あくまでジュエルシードの回収や民間人の保護、もしくは自分達の治療のためという前提はつく。

 無差別に民間人に砲撃でもかました日には裁判所直行だ。


 「さっき見せてもらった映像だと、ジュエルシードの暴走体は一般人に凄く危険でしかない………」

 フェイトが呟くと同時に何かを考え込むような仕草を取る。


 「あ、悩んでいるなフェイト。もしジュエルシードの確保と巻き込まれた一般人の救助、どちらかを優先しなければならなくなったら自分はどうしようって感じだろ」

 フェイトの表情は、一見あまり動かないように見えるが、実は凄く分かりやすい。

 嬉しい時は嬉しそうな顔をするし、悲しい時は悲しい顔をするから、特に親しい人間でなくとも察することは出来るだろう。


 「うん、ジュエルシードは絶対に必要だけど………」

 プレシアを救うことが出来るかもしれない唯一の可能性がジュエルシード、しかし、目の前で災害に巻き込まれる一般人も放っておけないと。

 どこか遠くの世界の人間ならまだしも、目の前で人が危なくなっていれば話も違うか。



 リニス、お前の教育方針は間違っていなかったようだ、フェイトは真っ直ぐに育っているよ。



 「安心しろ、その場合はフェイトが被災者の救助にあたって、俺がジュエルシードの暴走体を相手にする。アルフは遊撃部隊だな。時と場合によって俺の方にもフェイトの方にもサポートに入れるように準備しておいてくれ」


 「それは構わないけど、あんたとフェイトの配役は逆の方がいいんじゃないのかい? あんたの力じゃジュエルシード相手は荷が重いよ」

 確かに、単独での俺の戦闘能力や魔力容量はそんなに高くない。

 高純度のエネルギー結晶体であるジュエルシードの相手はいささかきついものがあるが―――


 「なあに、自力が足りなければ他で補えばいいだけのことだ。プレシアがジュエルシード封印専用のデバイスを開発している。普通の魔導師には扱いが難しいそうだが、“俺”と同調させれば問題なく起動は出来るとさ」

 プレシアもただ待っているわけじゃあない。

 フェイトにかかる危険を少しでも減らすには俺もジュエルシードの封印が可能である方がいい。

 ならば、ユニゾン風インテリジェントデバイスである俺の特性を最大限に生かし、外付けの封印用デバイスを俺が補助してやればジュエルシードを相手にすることも出来る。


 「それに、民間人を救助するなら高速機動が得意なフェイトの方が適任だ。俺だと尻から排気ガスとカートリッジを噴出しながら飛びまわることになる」


 「うわあ……」


 「そいつはあれだね……」

 その光景を想像したようで、二人の顔が引きつる。


 「怪我人が出たらとりあえずここに運び込め、一応医療用の機材なんかも運び込んだから治療は可能だ。それにここならカートリッジの備蓄はあるから俺の治療魔法も遠慮なしに使える」


 デバイスである俺がやる以上、治療魔法というよりも治療装置と言った方がしっくりくるかな。


 「でも、管理外世界の人達には魔法を秘匿しないといけないんだよね」


 「んー、記憶の操作も出来ないこともないが、あれはプレシアの技術だからなあ」

 プロジェクトFATEの最終段階で用いた記憶転写。

 これによってアリシアの記憶はフェイトに受け継がれたわけだ、これを応用すれば都合が悪い記憶を消すことも不可能ではないが―――


 「そいつは危なすぎるよ、失敗したら廃人になっちまうじゃないか」

 問題はまさにアルフが指摘したことだ、技術が完全に確立されたわけではないので失敗する可能性が高く、その際の被害がとんでもないことになってしまう。


 「やっぱ無理だな、ここは古典的な手を使おう」

 そう言いつつ押入れからとあるものを引っぱり出す。 箱の中に入っているので中身は見えない。


 「それは?」


 「ホルマリン漬けの人間の腕だ」


 「ぶっ!」

 「げほっ!」

 二人が同時に噴き出した。



 「これを渡して、“お前達を助けたのは我々にも都合があったからだ。だがこのことは決して口外するな、こうなりたくなければな。黙っている限り、お前達は日常に戻ることが出来る”とでも言っておけば絶対に魔法のことが知れ渡りはしない」


 「………そのかわり、魔法よりもやばいものが知れ渡る気がするけど」


 「てゆーか、そんなもんどこから用意したのさ」


 「企業秘密だ」


 実はプロジェクトFATEにおいて創ったアリシアクローンのなれの果て。

 ということはなく、単に俺の魔法戦闘型の人形の腕だ。ある程度生体部品を使ってるので、本物のようにみえる。

 プロジェクトFATEで出来たものは不利な証拠になりそうなのでまとめて秘密のアジトに隠してある。

 時々アリシアクローンのリンカーコアを有していた素体を使って、魔法戦闘型の肉体のバージョンアップのための研究をやったりもするので廃棄処分にするにはもったいないのだ。

 フェイト達には口が裂けても言えんが。


 「とにかく、そういった裏方は俺に任せてお前達はジュエルシード探索に専念しろ。適材適所という言葉もある」


 「えっと………じゃあ、任せるね」


 「何か不安が残るけど……………深くは考えないことにするよ」

 微妙な感じでテスタロッサ家族会議は終了した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 おまけ

 「あ、そういえばさ。じつは少し気になることがあったんだよね」

 「なんだアルフ、問題になりそうなことか?」

 「うーん、そういうんじゃないんだけど、実はさ、さっき言った猫以外に、もう一匹使い魔を見たんだよ」

 「もう一匹いた? そんならどうしてさっき言わなかったんだよ」

 「いやさ、子狐っぽい奴だったんだけど、ぜんぜん魔力は感じなかったから、見間違いかなあ、って思ってたから・・・・・・」

 「魔力反応が無かったのか」

 「そうなんだよ、あたしみたいに耳と尻尾があったから、そうだと思ったんだけどね、魔力は感じなかった。けど、なんか只者ではない雰囲気はあったよ」

 「ん~~、なんだろ、現地の術式か、それともただのコスプレか、まあ、今のところは保留でいいか」

 「そうだね」




[22726] 第十五話 海鳴市怪樹発生事件
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/21 22:20
第十五話   海鳴市怪樹発生事件




新歴65年 4月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大附属小学校




 【あー、あー、山に芝刈りに行ったフェイトさんや、川へ洗濯に行ったアルフさんや、そちらの様子はどうかえ?】


 【ええっと、こっちは【ふざけてんじゃないよ】】


 時刻は既に夜だが、別行動で今も活動しているフェイト達に念話で連絡を入れたところ、途中でアルフに割り込みをかけられた。

 念話というのは基本的には一対一が多いが、複数人がチャット方式で会話することも出来たりする。


 【冗談はともかく、そっちは見つかったか?】


 【ううん、まだ】


 【このあたりにあることは間違いないんだけどさあ】

 フェイト達は現在市街地から離れた山の方でジュエルシードの探索を行っている。

 プレシアが試作した“ジュエルシードレーダー”を持って街を回っていたところ、それらしき反応を感知したのだ。

 ただし、このレーダーは精度がよいとはいえず、対象はある程度覚醒状態にあるジュエルシードに限られる。


 しかも有効な効果範囲は半径30mほど、その上ジュエルシードの固有パターンに反応するはずだが誤反応もあるという現状で、散らばった可能性のある地域の広さから考えると心もとない限りだ。

 最初の反応も100m近く離れたところからのものだったため、誤りの可能性もある。

 半径100mともなればかなりの範囲になり、そこを全部回らない限り誤認かどうかの判断もつかないから結構無駄も多くなる。

 だがしかし、この広い街をあてもなく彷徨い歩くことに比べれば遙かにましだ。

 もしそんな状況になったら魔力を手当たり次第に飛ばしてジュエルシードを励起させるような方法になってしまい、そんなことをすれば管理局法に引っ掛かって裁判所直行だ。


 【現在のレーダーの性能を考えればそんなもんか、無理せず地道に探していけ】


 【分かった】


 【ところで、チーム・スクライアはどうしてんだい?】

 現状ではジュエルシードを巡って対立している間柄なので、便宜上俺達をチーム・テスタロッサ、高町なのはとユーノ・スクライアをチーム・スクライアと定義している。

 チーム・テスタロッサのジュエルシード探索班はフェイトとアルフで、俺は敵対チームの監視役。

 相手が見つけそうなジュエルシードを先回りして奪うかもしくは妨害する役目、ということになっている。

 これは嘘で、本当は俺とプレシアで計画した“ジュエルシード実験”の観測班なのだが。


 【どうやら学校にあたりをつけたようだ。ジュエルシードは“願いを叶えるロストロギア”だ、人の多い所に引き寄せられる可能性もあるが、そういう理由じゃなくて単に高町なのはが通っている学校ってだけのようだが】


 【ってことはなに、例の協力者が“たまたま”通っている学校に“たまたま”ジュエルシードが落ちたってことかい?】


 【アルフ、それはたぶん違うと思う。トールの話によればその女の子はAAに届くほどの魔力を持っていることだから、知らないうちに魔力を放出していたのかもしれない】


 【俺も同じ考えだ、プレシアが5歳の時に制御用のデバイスとして俺が作られたのは、幼い身体に高すぎる魔力を秘めているからだったが、高町なのはという少女にも多分同じことが言える。魔法と無関係に生きていたとしても、強力なリンカーコアが体内にある以上、何らかの影響を周囲に与えているはずだ】


 これがミッドチルダや時空管理局が管理世界に認定している世界に生まれたのであれば、魔法を意識することでそれらしき予兆を見せているのだろう。

 だが、自分の常識の中に魔法という要素がなければ、それは無意識のものにしかなりえない。もしかすると、高町なのはの身体は、行き場のない魔力で何らかの身体傷害の予兆があったりするかもしれない。運動機能低下、もしくは感覚器官の異常発達などがこういう場合の主な症状だが、どうかな。

 まあ、それはいいとして。

 やはり彼女の周囲は何もない場所に比べればジュエルシードが落ちやすい場所にはなるだろう。


 【なるほど、たまたまじゃなくて、高ランク魔導師の魔力にジュエルシードが引き寄せられたってわけだね】


 【そういう可能性があったから、俺が彼女たちの監視を行っているわけだ。その少女とフェイトがこの海鳴市にいる今、その周囲にジュエルシードが現れる可能性は高くなるってことだ。最も、20個のうち半分以上は無関係の場所に転がっているだろうけどな】

 それでも、高町なのはという少女が行ったことのある場所にジュエルシードが落ちやすいのは間違いない。

 例えば学校、例えば近所のスーパー、例えば友人の家など。

 そういった点を考慮すれば高町なのははジュエルシードを探しやすい立ち位置にいるわけだ。

 俺達は別に20個全部集めなくちゃいけないというわけではない。

 今のところチーム・スクライアは4個のジュエルシードを有しているが、7個までなら向こうに渡っても全く問題ないわけで、それもあくまで俺達が求めるジュエルシードの最大数での話だ。


 【とにかく、全体的な判断は俺とプレシアに任せてお前達はジュエルシードの探索に専念してくれ、その途中でチーム・スクライアとかち合わせた場合の判断は任せる】


 【連絡は入れなくていいの?】


 【高ランク魔導師がぶつかり合えば嫌でも分かる。その時俺がどう動くかは俺が決めるからそっちは気にしないでくれて大丈夫だ、ただし、念話で指示を出すこともあるだろうから通信用にマルチタスクを一個くらいは確保しておけ】

 完全に戦闘に集中してしまうと念話を入れても通じない場合がある。

 10年以上現場で戦っている時空管理局員なら念話で通信を受けながら動くのは当たり前になっているだろうが、まだ1年しか現場におらず、常に少数で動いているフェイトやアルフにはきついものがあるだろう。

 その他、いくつかの注意事項を確認して念話を切る。




 「さて、こちらの準備はOK。あちらさんの準備もOK」


 学校の中にはチーム・スクライアの姿がある。

 少年の方はまだ魔力が回復していないのか、学校を覆うような結界はない。

 封鎖型の結界を用いれば内部の位相が外側とずれるため、結界内部で魔法戦闘を行っても街には被害は出ない。

 五次元方向に進出した俺達の魔法技術はそういった位相の調整に関して大きなアドバンテージを持つと言っていいだろう。

 だが、ことが戦争となればこれを使用するのは不可能というか意味がなくなる。

 魔導師が相手ならば一定以上の魔力を持つものだけを広域結界内部に閉じ込めることも可能となるが、質量兵器で武装した軍隊には一切意味がなく、“ショックガン”などで武装する魔法文明国家の軍隊ですら同様のことが言える。

 つまり、結界というのは便利なようで案外使用できる機会は少ない。

 管理外世界で犯罪者を追う場合には重宝するが、あちこちにリンカーコアの保有者がいる管理世界では広域結界で街を区画ごと遮断することにあまり意味はない、むしろ弊害の方が大きくなる。

 だからこそ、爆撃機が飛来して焼夷弾を落とすことを結界で防ぐことも、地雷だけを探知する結界を張ることも出来ないのだ。

 魔法は決して万能ではなく、現実というものはいつも無慈悲に管理局員に牙をむく。


 ま、それはさておき。


 「学校の中に人の気配はないな、これなら魔法を使っても大丈夫だろうが、もし目撃されれば明日の新聞の見出しは“スクープ! 私立聖祥大附属小学校に魔法少女現る!”になりそうだ」

 そうなってしまっては少々かわいそうなので、ばれない程度にサーチャーをばら撒いて、万が一にも民間人がいないかどうかを確認する。


 「そういや、対魔法少女用の特殊サーチャーも作ってたっけか。開発作業は自動化しといたけど、一度進捗状況を確認しといたほうがいいな」

 時の庭園で進めている各種の研究内容とその進捗状況をデータベースから参照しつつ、“ジュエルシード実験”の成果を記録すべくサーチャーに指示を出す。

 俺の基本コンセプトは“魔力制御用インテリジェントデバイス”なので、サーチャーの管制や制御はお手のものだ。

 時の庭園に配備されている傀儡兵の指揮権も俺が持っており、有事の際にはあいつらや予備の魔法人形などを指揮して、時の庭園を防衛するようにプログラムされている。

 “ブリュンヒルト”の試射実験の管制役を任されているのもそれゆえだ。

 傀儡兵を海鳴市に連れてこれるなら人海戦術もとれるが、俺と違って傀儡兵は動力源がなければ動けないという欠点がある。

 時の庭園の駆動炉の膨大な魔力がなければ、戦闘はおろか歩くこともままならないので結構使い勝手が悪い。

 あくまで防衛用にしか使えないのだ。

 俺と同タイプのデバイスを組み込んだ機体ならカートリッジで動けるが、その場合同じ顔の人間があちこちに出没することになり、逆に目立ちまくってしまう。

 顔を全部変えるにもそんな時間はないし、変装させるのも結構な手間になる。


 「ま、愚痴っててもしゃあない、魔法少女のお手並み拝見といきましょうか」






 「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル20 封印!!」





 特に問題なくジュエルシードを封印するチーム・スクライア。

 見事だ、本職と現地協力者の即席チームだがなかなかに息が合っている。


 【プレシア、こちらトール、“ジュエルシード実験”のデータの採取に成功、これよりデータを転送する】

 通信機を用いて時の庭園にいるプレシアに情報を転送する。

 次元間の連絡もある程度までなら行える高級品で、何気に時空管理局員の年給を超える値段を誇る。

 魔法文明圏ではこういった端末のことも広義的に“デバイス”と呼ぶわけだ。狭義的な意味では魔導師が魔法を使用する際の補助装置となるが。


 【受け取ったわ、解析はこっちでやるから貴方は引き続きジュエルシード実験の観測にあたって】


 【了解、マイマスター】

 向こうを見るとチーム・スクライアも帰宅の途につこうとしている。


 「チーム・スクライアのジュエルシード回収は順調、俺達のジュエルシード実験の経過も順調、だが、今のところ人間が発動させた記録はないからな。ここらで一つくらいは欲しいもんだが――――そううまくも行かんか」

 ぼやきながらもチーム・スクライアの監視を続行、やってることはストーカーそのものだがそこは気にしたら負けだ。








新歴65年 4月10日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 「そううまくは行かない、と思っていたんだが、意外と早くチャンスが来そうだ」

 昨日に引き続きチーム・スクライアを監視していると、彼らと縁があるともいえる少年がジュエルシードを持っていることがわかった。

 全く関係ない通行人のふりをして、高町なのはの父親が率いる翠屋JFCとかいう球技チームの集団とすれ違ったところ、ジュエルシードレーダーが反応を示した。

 半径30mしか有効な効果がないレーダーだけに、彼らの誰かが持っている可能性は限りなく高かった。

 その後もチーム・スクライアにばれないように監視を続けたところ、一人の少年がポケットからジュエルシードを取り出している瞬間を目撃。

 高町なのはも違和感を持ったようだが確信がないようで行動を起こさず、スクライアの少年の方は、高町なのはの友達二人の玩具となってぐったりしていた。

 そして、ジュエルシードを持っている少年と恋仲にあると思われる少女を隠密性に長けたサーチャーで追っているわけだが――――
 
 

 「はい」

 少年が少女に宝石のような石を手渡そうとし―――


 「わあ、綺麗」

 少女は少年の方に手を伸ばし―――


 「ただの石だと思うんだけど、綺麗だったから―――」

 そして、二人の手が重なった瞬間―――





 「えっ!?」

 「何!?」




 凄まじい光と魔力の波動が、二人を包み込むように発生した。



 『アクセス、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”発動』

 即座に封印用デバイスを発動させ、ジュエルシードの効果の拡大を防止、現状の活動状態を記録する。


 『高速演算開始、記録情報の再検索と現在のデータの繋がりの考察を並行して実行、さらに数秒後の未来に予想されうる状況のシミュレーションを開始、一時的に汎用言語機能をオフ、全リソースを演算に振り分けます』


 ―――この時を待っていました。


 人間がジュエルシードに触れた際にどのような反応を起こすのか。

 そして、その反応をこれまでの情報から予想することは可能か否かを試せる時。

 これこそが“ジュエルシード実験”の最大の意義である。

 現在、ジュエルシードの発動は停止している。

 だがそれはあくまで停止させているのみ、“ミョルニル”を解除すれば即座に活動を再開する。

 それを抑えながら未来を予測するのは困難を極めるものの、おそらくアリシアの蘇生を行う本番ではこれ以上の困難があると予想される。

 だからこそ、この実験は意義を持つ。

 私のデータベースに登録してある情報と私の演算性能だけで果たしてジュエルシードの発動結果を予想できるか。

 そしてそれを意図的に導くことは可能なのか―――


 『未来予測、この状況下の二人の少年少女の持ちうる願いとして“一緒にいたい”、“告白したい”、“好きになってほしい”、などが上位に挙げられる。それらのみをジュエルシードがくみ取った場合に起こりうる結果は―――』


 完全遮断空間における二人のみの対話の場を設定


 『だがこれはあくまで“雑念”が混じらなかった場合の予想、ジュエルシードが思念体として媒介を持たずして活動していたことや、ただの犬が凶暴化した事例から異なる要素が混じることも考えられる。それらを交えて再度シミュレーション開始』


 検索

 演算

 仮説提唱

 条件追加

 演算

 初期条件を変更

 エラー、再起動

 処理能力を超えつつある、これ以上は危険

 拘束条件をより固めて再演算、負荷が減少

 “ミョルニル”継続可能時間残り5秒

 情報検索は終了、演算に全ての要素を振り分ける

 最終条件として“二人で一緒にいたい”を選択

 導き出される答えは――――


 『二人だけでいられる固定空間の創造、そしてその空間を外敵から守るように発生するジュエルシードモンスター。“守る”という特性から貝や蟹のような甲殻を持った生物が最適と予想されるが、周囲に都合のよい生物反応はなし、考えられる次善の生物は――――』


鳥――――棄却、“つがい”を表しはするが“自由”や“移動”の象徴という人間の思念が“守り”の邪魔をする

人間―――棄却、人間が相手と二人でいたい空間を作るための存在が人間では矛盾が生じる

犬――――棄却、“番犬”や“狛犬”などの概念から都合がいいとは思われるが、周囲にいない

虫――――棄却、甲殻を持つ存在ではあるが、“頑丈”というイメージに欠ける、少年の拳で簡単に壊れるものでは防壁足り得ない

猫――――棄却、哺乳動物は犬と同じ理由で却下

木――――採択、人間の拳では壊れず、動かないため“守り”に適する。さらに、“恋人二人が木の下”というイメージから連想可能であり、彼らの目の届く範囲にその存在がある。


『結論、二人の身体を魔力による力場によって隔離し、それを守るように植物型のジュエルシードモンスターが発生すると予想。ただし、周囲に害を与えるという想念は薄いと考えられるので思念体や暴走犬のように人間に襲いかかる可能性は低いと思われる―――――“ミョルニル”発動期間終了、ジュエルシード活動再開』


次の瞬間――――


 『演算結果とほぼ等しい事象を確認』

 インテリジェントデバイス“トール”の演算結果とほぼ近しい状況が、ジュエルシードによって作り出されている。



 ここに、時空管理局に追われることになる危険をあえて冒して実行した“ジュエルシード実験”の主要目的の一つが達成された。


 現在時刻を記録する。






[22726] 第十六話 ようやくタイトルコール
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/23 16:00
第十六話   ようやくタイトルコール





 「汎用人格言語機能を再起動」

 さて、ジュエルシードが俺の演算結果とほぼ等しい発動をしてくれたのは喜ばしいことだが、そう喜んでばかりもいられない。


 「カートリッジロード」

 ジュエルシードを発動させた二人を中心に力場が形成されて、二人を外界から遮断。

 さらにそれを守るように大きな木が地面から生えてきた、ここまではいい。

 だが、ジュエルシードの有り余る魔力がそのまま木を拡大させようとしており、抑えなければ街に相応の被害が出る。

 後々のことを考えるとここで管理外世界の住人に被害が出るのはよろしくない。それにやはり、ジュエルシードには的確な制御を行わなければ際限なく力を放出するような性質もあるみたいだ。

 力の放出量は願いの強さに比例すると考えられる。

 アリシアの“生きたい”という本能的な願いを受信してしまえば、おそらく有り余る魔力は彼女の肉体を人とはかけ離れた存在にまで変貌させることだろう。


 過ぎたるは及ばざるがごとし、何事にも適量というものがある。人間の身体にジュエルシードの魔力はやはり大き過ぎるようだ。


 「“ミョルニル”再発動、ジュエルシードの効果拡大を抑制」

 ボシュゥゥ! という音とともに、俺の尻から排出ガスとカートリッジが出てくるが、魔力を可能な限り使用しなければならないので、外聞を気にしてはいられない。

 使用するカートリッジも“クズカートリッジ”や低ランク魔導師用の汎用型カートリッジではなく、フェイトが魔力を込めてくれた高ランク魔導師用の専用カートリッジを使用する。

 今のプレシアには余計な負担はかけられないので、最近はフェイトの魔力が籠ったものしか作っていない。

 バルディッシュにもカートリッジシステムを搭載出来ればいいのだが、まだ技術的にそれは危うい部分が多く、時空管理局本局の専門のデバイスマイスターが調整しない限りは安全性が信用できない。

 低ランク魔導師の汎用型カートリッジと異なり、高ランク魔導師のカートリッジとはフルドライブ状態に似た威力を引き出す機構と言ってよいのだ。

 当然、例の男が高ランク魔導師の死体を用いて作った『バンダ―スナッチ』というISを備えた機体以外では、専用カートリッジの膨大な魔力の負荷には耐えられない。

 一般型の機体では“クズカートリッジ”であっても一発で回路が焼き切れる。コンピューターのマザーボードに100ボルトの電圧をかけるようなものだ。(普通は3~5ボルトくらい)

 現在使用している魔法戦闘型ならば“クズカートリッジ”や汎用型カートリッジには耐えられる。マザーボードは無理でも、掃除機ならば100ボルトの電圧で動くことができ、性能次第では200ボルトも可能ということだ。

 しかし、掃除機に数千ボルトの電圧をかければ電気回路が焼き切れるに決まっている。

 現に専用カートリッジの魔力に耐え切れず、一度で既に魔力回路が悲鳴を上げている、封印作業が終わる頃にはこの肉体はもう使い物になるまい。


 ――――だが、それで不都合があるわけではない。


 肉体に負荷がかかり過ぎる点で問題がある専用カートリッジだが、肉体の取り換えが効くのならば壊れようが別に問題はない。

 時の庭園から運んでおいた予備の肉体にチェンジすればいいだけの話。

 掃除機がいくつもあるならば、数千ボルトの電圧をかけて一時的に吸引力を上げることも可能ということだ。当然、その掃除機はジャンンクとなるが。


 【トール! ジュエルシードが発動した! それも高魔力反応!】


 【落ち着けフェイト、俺が何とか抑えているから救援に来てくれ。多分こっちに着く頃には木の根が広がってそうだから周囲にいるかもしれない一般人の避難を最優先で頼む】

 といいつつもさらにカートリッジをロード。

 今回の“ジュエルシード実験”はプレシアにとって最重要の案件なので出し惜しみはしない、

 数年前のまだかろうじて元気と言えたプレシアの魔力が籠った“トール”専用品を使用する。

 やはり、“トール”というインテリジェントデバイスはプレシアのために作られたデバイスであり、最も制御しやすい魔力はプレシアの魔力に他ならない。

 ―――マスター、私は貴女のために生まれてきたのですから―――


 【木の根? 今回の媒介は木なの?】


 【ああ、幸い攻撃の意思はないようだから人間目がけて根が伸びるとは考えにくいが、それでも巨大な木が出現すりゃそれだけで危険だし、車が吹っ飛んだり電柱が倒れればそれだけで魔導師じゃない人間は死ぬこともある。だから、油断は禁物だな】


 【周囲の状況は分かるのかい?】


 【いいや、“ミョルニル”の発動を維持するだけで俺の演算能力は限界だ。サーチャーに振り分けられる容量はほとんどない。前回までの思念体や暴走犬相手なら封印まで持って行けたが、今回の相手は分が悪いな。こいつを封印するならAAランク相当の魔力が必要になるぞ】

 カートリッジを高ランク魔導師用にしようが、俺の最大出力はAランクで変わらない。

 魔法の持続時間や演算性能は多少向上するが、機能的に出力の限界は決まっているのだ、俺ではどうやっても封印は不可能。

 それに、予想通りジュエルシードは人間が発動させた時に最も効果を発揮するようだ。

 加えて今回は二人の人間の願いが重なったことによる相乗効果もあるのだろう。

 放出されている魔力がこれまでより圧倒的に多い。


 現在は――――27万――――28万―――――29万――――どんどん上昇していく。


 【だから、とりあえずは一般人を除外するための結界を全力で展開してくれ。チーム・スクライアの結界担当はまだ弱っているだろうから多分不可能、座標はバルディッシュに送っとくからそこを中心に遠距離から思いっきりやれ】

 俺とバルディッシュはかなり距離があっても相互リンクが可能だ。

 今回のような状況においても俺と意識を共有し、俺が置かれている状況をバルディッシュからフェイトに伝えることもできる。

 あとはフェイトの力量次第だが、あいつなら遠距離からでも結界を発動させることもできる。

 リニスの教育は伊達じゃない上、結界の敷設を得意とするアルフのサポートもある。


 【分かった。すぐ向かうよ】


 【あたしらが着くまで持ちこたえな】


 実に頼もしい答えが返ってくる。



 「さてと、チーム・テスタロッサはそういう方針で行くとすると、チーム・スクライアはどうなるかな?」

 これほどの魔力が解放されれば気付くだろうが、現在は俺が抑えているから正確な位置は分かりにくい。木の大きさも今のところは普通と同じサイズだから遠くから探すのは骨だろう。


 「とと、抑えていても内側からどんどん魔力が来てる。このペースだと、もって1分、いいや、2分ってとこか」

 現在32万、このまま上昇すれば厄介なことになりそうだ。

 それに俺の肉体の限界も徐々に近づいてきている。

 魔法戦闘型とはいえ、やはりジェイル・スカリエッティが作り上げた素体に比べれば性能は格段に落ちるのだから。





------------------------Side out---------------------------





 「え、何これ!」


 「結界! ジュエルシードの効果――――じゃない、僕達以外に魔導師がいるのか!?」

 そして、ジュエルシードの魔力を感知して現場に向かったユーノとなのはは、その途中で予期せぬものを察知した。


 「ゆ、ユーノ君、これって何なの?」


 「多分、魔力を持たない者を外側に送り出すタイプの結界だよ。これがあれば普通の人がジュエルシードの被害に遭うことはないと思うけど、一体誰が………」


 「へえ………って、それより! ジュエルシードを封印しなくちゃ!」


 「そ、そうだね、多分あそこの徐々に大きくなっている木だよ。ジュエルシードの魔力はあそこを中心に展開されている――――けど」


 「けど?」


 「反応がおかしい、これまでのジュエルシードモンスターも発生するときは一気に顕現していたのに、今回は最初の魔力の発動から随分時間がかかっている。これじゃあまるで誰かが外側から抑えこんでいるみたいだ」


 「誰か―――って、ユーノ君の知り合い?」


 「多分僕の知り合いじゃないよ、知り合いだったら僕達に気付くと思うし」

 実はユーノもジュエルシードを探索している“テスタロッサ一家”については聞いたことくらいはある。

 とはいえ直接的な面識はないので知り合いとも言い難いところだ。

 さらに、ユーノ達の存在に気付いているうえで“ジュエルシード実験”の実行者としてユーノとなのはを計画に組み込み、とあるインテリジェントデバイスが観測者として彼らを監視していることなど知る由もない。


 「とにかく、封印するなら今がチャンスだ。木が広がり切ってない状態なら簡単に近づけるし、ジュエルシード本体がどこにあるかも分かりやすい」


 「分かった。行くよ! レイジングハート!」

 なのはがレイジングハート起動させ、バリアジャケットを構築し駆け出そうとした瞬間―――


 【あー、ちょっといいかな? あまり近寄られると“ミョルニル”の封印術式に支障が出そうなんで、出来れば遠距離からの砲撃かなんかで仕留めてくれるとありがたい】

 魔導師にしか聞こえない念話で、ある声が響いた。


 「え!?」

 「誰!?」


 【お、届いたか。一般の魔導師にも聞こえるように改良した甲斐があったぜ。少年よ、君の念話を受信できずに済まなかったな。って、今はそんな話をしてる暇はないか。さっきも言った通り、俺が一応あの木の増殖を抑えているんだが、君達に近くに来られるとその術式が乱れそうなんだ。だから遠距離から一気に決めてほしいところなんだよ】


 「あ、あなたが抑えているの?」


 「僕の念話を受信って、ええと、貴方は一体?」

 いきなりの通信に困惑する二人だが、この状況で冷静に対応しろという方が無理な話である。


 【俺のことは気にするな、まあ、ライアーとでも名乗っておこう。とある理由があってジュエルシードを追っているんだが、そこは今気にするな、それより、遠距離からの封印は可能か?】


 「えっと、レイジングハート、大丈夫?」


 『all right』


 「って、出来るのなのは!」


 「うん、多分大丈夫」


 【そいつは僥倖、ついでに言えば確実に一発で仕留めて欲しいからエリアサーチで本体の位置を正確につかんでからやってくれ。タイミングは口で言ってくれればそれでいい】


 なのはとユーノは気付いていないが、声の主はなのは達の肉声に合わせて念話を飛ばしている。


 これは結界内に配置されているサーチャーが魔導師に反応して近づき、音声を収集しているためであり、声の主がサーチャーの管制者であるから可能な芸当である。



 「レイジングハート、お願いっ!!」


 『Area Search』


 「リリカルマジカル 探して、災厄の根源を」


 レイジングハートから大量の魔力の帯が放射され、木の周囲をくまなく探索していく。


 『Coordinates are specific. Distance calculated.(座標特定、距離算出)』


 「行くよ! レイジングハート!」


 『Shooting Mode』


 レイジングハートが変形し、長距離射撃に適した形状へと作り変わる。


 『Set up』


 「行って、捕まえて!!」

 そして、桜色の魔力が収束し、AAAランク相当の魔力がレイジングハートに集中していく。



 「ユーノ君! カウントして伝えてあげて!」


 「わ、分かった! えっと――――【カウントします、いけますか?】」


 【OKだ、この距離で念話を正確に飛ばすとはやるな、こっちはサーチャーの補助がないと不可能だぞ】

 トールの肉体は通常の魔導師とは異なるので、念話を飛ばすのにもコツがいる。

 それを苦も無く行うユーノ・スクライアの魔法技能は極めて高い、攻撃系以外に関してならば、なのはの上を行く。


 【ええと、攻撃魔法が使えないのでそういう魔法ばかり………って、カウントします!】



 「5【5】、 4【4】、 3【3】、 2【2】、 1【1】、 0!【0!】 」

 ゼロカウントと同時にレイジングハートから収束された魔力が解き放たれ、ジュエルシード本体へと突き刺さる。


 「リリカルマジカル ジュエルシードシリアル10 封印!!」


 『Sealing』



 そして、桜色の魔力が通過した先には、折り重なるように横たわる少年と少女の姿があり――――



 【ヒャッハー! ジュエルシードはいただいたあああああああああああああああああああああああ!!!】

 という念話と共に尻からガスを噴出して飛行する謎の物体が現れ、急降下してジュエルシードをつかみ、そのまま去って行った。




 「……………」

 「……………」




 長く大いなる沈黙




 「えっと…………」


 「あれは…………」

 彼らは目に映ったものが何であるのか理解できなかった、いや、したくなかったというべきか。


 「変なところから変なものが出てた気がするけど………」


 「あまり深く考えない方がいいと思うよ、なのは」

 ユーノの判断はおおよそ正しい、唯一の問題は例の謎の存在が今後も彼らと関わる可能性が高いということだが、そこまで考える余裕は彼にもなかった。


 だが―――


 「あの人(?)に、街は助けられたのかな?」

 「ええと、ジュエルシードの暴走を防いでいたのはあの人(?)みたいだし、被害者が出なかったのはこの結界のおかげ、だと思うよ」

 街は救われた、それはとてもいいことだ。だがしかし―――


 「うん、現実って、非情なんだね」

 「現実はいつも、辛いことばっかりだよ」

 自分の愛する街が、尻から“何か”を噴出して空を飛ぶ怪人に救われた。いや、救われてしまった。

 世界の過酷さを、身をもって知ることとなった少年と少女だった。



 この事件以降、『自分なりの精一杯』ではなく、本当の全力でもうこんなことが起きないようにジュエルシード集めを続けることを新たに誓うなのは。

 自分が愛するこの街が、尻から“何か”を噴出して空を飛ぶ謎の存在に救われるようなことがないように、自分達の力でこの街を守れるように。

 ユーノもまた、自分の発掘したジュエルシードが災厄をもたらした上に、変態によって阻止され挙句の果てに持ち去られるようなことがないように。



 少年と少女は―――――強く誓ったのだ



 余談だが、後にこの結界を張ったのは謎の怪人ではなくフェイトであることを知り、心の底から喜ぶとともに涙を流しながらフェイトに抱きつくなのはの姿があったりなかったり。


 ※レイジングハートの記録情報より抜粋

------------------------Side out---------------------------




その日の夜  テスタロッサ本拠地



 「ジュエルシード一個目回収、お疲れさん、フェイト」

 拠点となるマンションに帰ってきたあたりで、専用カートリッジの負荷に耐えきれなくなった肉体は機能停止に陥った。

 現在は魔法を使えない一般型の肉体を使用している。最も、外見と声は何も変わらないのでジュエルシード探索を行うとき以外はこれで問題はない。

 予備の魔法戦闘型の肉体は一応最終調整が済んでからになるので、取り換えは多分明日の昼頃になるだろう。


 「被害者も出なくて良かった」


 「本当だよ、例の“アレ”が被害者に見せられるのかと思うと気が気じゃなくてさ」

 “アレ”とは多分この前見せたホルマリン漬けの腕を指しているんだろう。


 「だが、よくあの短時間であれだけの結界を張れたもんだ。その上、バルディッシュを介して“ミョルニル”の制御を並行してやるとは」

 俺はユニゾン風インテリジェントデバイスであり、バルディッシュと同調することでフェイトの負荷を減らせることが出来る。

 が、その逆も効率は落ちるものの不可能でない。

 フェイトがバルディッシュを介して俺の本体であるデバイスに魔力を注ぎ込み“ミョルニル”の封印術式を安定させる。

 遠隔なため魔力の伝達効率は低いがそれでもありがたく、肉体の回路に負担をかけずに直接デバイスの演算用の分だけ送られてきた。

 カートリッジから取り出された魔力はデバイスの演算用と肉体の駆動用の二つに分けられる。そのうち片方をフェイトが外から補ってくれたわけだ。

 さらにアルフはフェイトが張った広域結界の維持をしながら万が一取り残された人間がいないかどうかをチェックしていた。

 実に息の合ったコンビネーションである。


 「アルフのおかげだよ」


 「何言ってんだい、頑張ったのはフェイトの方さ」


 「あー、譲り合っても仕方ないから両方のお手柄ということにして、とにかくジュエルシードをこうして回収できたのはいいことだ」

 俺達が海鳴市での探索を開始してからでは最初の成果となる。

 それに“ジュエルシード実験”の面でも実に素晴らしい観測データが取れたのでまさに言うことなしだ。


 なのだが―――


 「だけど………」


 「最後のあれは、何とかならなかったのかい………」

 二人ともどこかげんなりした表情をしている。原因はどう考えても最後のあれだろう。


 「しゃあないだろ、チーム・スクライアの思考を空にして“ジュエルシードが持ち去られた”という事実から目をそらすにはあれが最適の方法だったんだから、お前達もあの二人の呆然とした顔は見ただろ」


 「無理ないと思う………」


 「あれをいきなり見たらね………そりゃ、呆然とするなっていう方が無茶だよ」


 「だろう、あれこそがまさに最良の手段だった。間違いない」

 誤魔化すのも面倒だったし、ついでに撤退も出来て一石二鳥ではあったのだ。


 「だけど、チーム・スクライアとはこれからもジュエルシードを巡って競うことになるんだね」


 「だろうな、向こうも向こうの都合でジュエルシードを回収しているだろうからな」


 「じゃあ、あの女の子と対峙することになったらその時は――――」


 「とりあえず撤退するか、もしくは正面から戦ってジュエルシードを奪うか、俺が現場にいたら判断してやれるが、いなかったらお前が判断しろ」

 とはいうものの、それ以前の話で多分フェイトは高町なのはという少女に興味を持っているのだろう。

 学校には行っていないし、8歳でAAAランク魔導師になって遺跡発掘を行ってきたフェイトには同年代の友達がいない。

 だがそこに、敵対関係にあるとはいえ、同年代でおそらく同等の魔法の才能を持つ少女と巡り合った。管理世界であってもフェイトと同年代でこれほどの魔力を持つ存在は希有だろう。


 「私が?」


 「ああ、お前の自由でいい」

 だから、ここはフェイトに任せるとしよう。

 この“ジュエルシード実験”はジュエルシードの特性を調べるためのものではあるが、フェイトのための実験でもある。

 既に高い確率でプレシアが助からないことは分かっている。 確率的に考えれば“死ぬことが決定”しているのだから、俺としてはプレシアが死ぬことは前提として動く。

 故に俺はフェイトが悔いを残さないようにしてやるためにジュエルシードを集めていると言い換えてもよい。

 だからこそ、高町なのはという存在は僥倖だ。

 彼女の存在があれば、フェイトは己の全力を出しつくしてジュエルシードを集めることが出来る。

 時にはぶつかることもあるかもしれないが、今のフェイトにとっては全力でぶつかることが重要なのだ。

 まあ、多少は管理局法に引っかかるが、そのリスクを負うだけの意義がある。

 高町なのはとの競争の果てに、彼女がフェイトの友達になってくれて、プレシアが死んだ後のフェイトを支えてくれれば幸いだ。


 そして、俺は“虚つき”としてせいぜい二人の魔法少女を騙すことにしよう。





 即興で思いついた名だが、“ライアー(うそつき)”っていうのも案外的を射ているかもしれないな。

 バルディッシュにいわせれば”He is a liar device”というところか。


==================


 第16話にしてようやくタイトルコール。遅すぎるだろ。実はこのタイトルは結構な意味があったりします、バルディッシュの台詞であるという点が重要。また今回の※の部分もちょっとした伏線です。まあ、この伏線が回収されるのはずっと先になると思いますが。




[22726] 第十七話 巨大子猫
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/25 10:46
第十七話   巨大子猫





新歴65年 4月15日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「どうだ、研究は進んでいるか?」


 「少しだけね、申し訳ないけどもうあまり自由に動ける時間は残っていないみたい」

 怪樹事件から五日後。

 これまで送ったデータがどのくらい研究に役立っているかを自分の目で確認するべく時の庭園に戻った俺だが、プレシアの答えは芳しいものではなかった。


 「ジュエルシードレーダーの方は?」


 「そっちも同じ、改良は進んでいないわ」


 「うーむ、かといって無理されて死なれでもしたらフェイトの努力が水泡に帰すからな」


 「………フェイトは、どうしてるの?」


 「これまで通り、ジュエルシードレーダーを片手に海鳴市のあちこちを飛び回ってるよ。あれからもう一個発見したから現状では2つ回収したことになる。ミネルヴァ文明遺跡の一つも含めれば三つだな」


 「無理はさせてないでしょうね?」


 「そりゃ愚問だ、無理しかさせていない」

 俺はあくまでいつもどおりに応じる。


 「………なるほどね」


 「おや、お咎めなしか」


 「貴方のことだからまた考えがあるんでしょう、正直、今のフェイトを一番理解しているのは貴方でしょうし」


 「そいつは見方次第だ、一番親身なのはアルフだし、フェイトが一番必要としているのはお前だ。だがまあ、フェイトが何をやりたいかを理解しているのは俺かもしれんな」

 プレシアやアルフの場合、“フェイトが何をしたいか”ではなく、“フェイトにどうあってほしいか”が先に頭に浮かんでしまう。

 アルフはフェイトが幸せならそれでいいと思っているが、フェイトもフェイトで似たようなことを考えているのだから意外と噛み合っていない。

 プレシアとフェイトは言わずもがなだ。

 だからこそ、俺はそれぞれの人間が何をしたいかだけを理解する。その上で中立になるようにそれぞれに等しく力を貸すことを、随分昔から決めている。

 それが成立するのもプレシアがフェイトの幸せを願っているからこそだが、それ故にプレシアのためにフェイトを騙すこともあれば、フェイトのためにこうしてプレシアの意思に沿わないこともある。

 だがしかし、マスターの意思に逆らうことはあっても、命令に逆らうことはあり得ない。

 デバイスにとってマスターの命令は絶対だ。


 「ここで全力を出し切らなかったらフェイトは一生後悔するだろうよ、“あの時もっと頑張っていれば母さんを助けられたかもしれない”ってな、まあ、頑張りすぎて身体壊して肝心な場面で役に立たなかったらそれ以上にトラウマが残りそうだからその辺の塩梅は難しいがな」

 無理はさせるが、させ過ぎてもいけない。

 限界ぎりぎりを走らせなきゃいけないが、限界を超えてもいけない。


 ―――だからこそ、高町なのはという存在は本当にありがたい。


 ジュエルシードモンスターとの戦いならば、フェイトが重傷を負う可能性もありうるから常に万全の状態で戦わせる必要がある。

 しかし、高町なのはは非殺傷設定の魔法しか使用しない。

 例えどれほど大きな戦いになろうとも、フェイトが重傷を負う可能性はないのだから、フェイトの体調が良くなかろうが、気力だけで立っている状態だろうが、戦わせることは出来る。

 まあ、今の状態ではフェイトの圧勝になることは目に見えているが、高町なのはの成長速度は速い。

 ジュエルシードモンスターと戦い、フェイトとも何回か戦えば、ある程度の勝負は出来るところまで到達するだろう。

 そこにさらにプロの助言が加われば最高だ。次元航行部隊に所属する武装局員、特に執務官などならば、その役に最適といっていい。

 故に、次元航行部隊をどのタイミングで“ジュエルシード事件”に介入させるかも重要なポイントとなる。 
 

 「ところで、“ブリュンヒルト”の試射実験の日取りはいつになりそうなんだ?」


 「多分5月の中旬頃ね、“ブリュンヒルト”もここだけじゃなくて他にもいくつかあるから、私達の都合もそれなりに考慮するとは言っていたわ」


 「なるほど、軽く妥協して実利を取るか、あのおっさんらしいな」

 レジアス・ゲイズ少将の政治的感覚は鋭い。

 俺達が望んでいることをおおよそ理解した上で最大限利用するつもりと見た。

 地上本部は本局に比べて予算が少ないのだから、資金が潤沢にあるテスタロッサ家を可能な限り利用したいと思うのは当然だろう。

 ぶっちゃけ、かなりの資産家といえるだけの財産を抱えているのだ。

 時の庭園、その駆動炉である“クラーケン”、さらには大量の傀儡兵。

 全部プレシア個人の品であり、それ以外にも不動産を始めとした利権や、次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”を始めとした特許各種、とにかく金になるものが大量にある。

 俺達でこれなのだから、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティの資金源など最早数えきれないほどだろう。

 奴の研究成果で公にされているものだけでもクローン牛などの家畜培養に利用され、食糧問題を解消し、多額の利益を上げている例も多くある。

 実に皮肉な話だが、広域次元犯罪者の研究成果によって食糧資源を巡って起こっていた内戦が終結した例すらあるのだ。

 だからこそ、ジェイル・スカリエッティという存在は管理局にとって厄介極まりない。

 奴を捕まえることが次元世界に平和をもたらすのかと問われて、明確に答えることは難しいからだ。


 「もし俺達が勝手に“ブリュンヒルト”を持ち出して次元航行部隊と一戦交えでもしたら問題になるが、おっさんはそうなってもいいように仕組んでいるな」


 「多分ね、本局武装隊に対して“ブリュンヒルト”がどの程度の効果を発揮できるかが分かれば最高、それで生じる政治的な問題は裏側で処理する自身があるんでしょうね」

 その辺を考慮に入れた上で、“ブリュンヒルト”を俺達の好きにしろと暗黙の了解をくれているわけだ。

 相変わらず抜け目なく、政治的感覚が半端ない。

 当然期間限定だが、こっちにとっては一定期間借りられればそれで十分なのだから問題ない。


 「ギブアンドテイクってのはいいもんだな、地上本部、本局、そして時の庭園、それぞれの利害が複雑に絡んでるもんだからやりやすくて仕方ない」


 「普通はやりにくいと思うのだけど?」


 「俺にとってはそうじゃないのさ、拘束条件が複雑に絡んでるってことは、それぞれの立場で最適解を求めようとすればとり得る行動は自然に狭まってくる。逆に、束縛がなければ次の行動を予測するのは困難だ」

 ただの微分方程式では無限に解があっても、拘束条件を幾つか加えれば特殊解に纏めることが出来る。

 人間が作る組織の行動も束縛が多いから組織の行動予測は個人に比べれば遙かに容易だ。

 人間は自分の価値観と組織の価値観の差異に戸惑うことが多いみたいだが、デバイスは最初から個人の思考と組織の思考は別のものであると認識している。

 だからこそ客観的に解を求めることが出来る。


 「まあとにかく、事態が本局と地上本部を含めた政治ゲームに移行するのはもう少し先の話だな。今はまだチーム・スクライアとチーム・テスタロッサによる個人単位のジュエルシード争奪戦の段階だ。フェイト達が知っているのはそこだけでいい、子供に社会の裏側を見せても悪影響しか出ないからな」


 「そこは徹底しなさい。失敗したら溶鉱炉に放り込むわよ」


 『了解、マイマスター』


 「ああそれと、貴方が開発していた新型サーチャーが完成したみたいよ」


 「おや本当か、意外と早かったな」

 必要な入力だけ行った後、作業は全部自動化していたのでほとんど把握していなかったのだが、優秀なオートマシンたちだな。


 「しかし、本当に“アレ”を使うつもり?」


 「無論だ、“アレ”こそ対魔法少女用の秘密兵器、さらには“アレ”を上回る最終兵器をも開発中だ」

 既に実験は済んでおり、“アレ”が武力を用いずに魔法少女を無力化するのに最適であることは確認されている。管理局法に引っ掛かることもないので後々で問題になることもなく、まさに理想の兵器と言っていい。


 「まあ、そりゃあ確かに10歳くらいの女の子には“アレ”は最大の効果を発揮するでしょうけど」


 「だろ、燃費もいいし汎用性も高い。実に無駄がない設計になっているぜ」

 後は最後の微調整だけだ、特性はともかく外見が最大のポイントとなるので手を抜く訳にはいかない。

 んー、二日くらいはこっちにかかりきりになるかな?




新歴65年 4月17日 第97管理外世界 日本 海鳴市 月村邸



 いつものようにジュエルシードの探索を行っていると大きな魔力反応が観測され、しばらくするとそれを覆い隠すように結界が展開された。

 おそらく、チーム・スクライアが封鎖結界を張ったのだろう。それが可能なまでにスクライアの少年の魔力も回復したようだ。

 チーム・テスタロッサは三人バラバラにジュエルシードを探索していたので一番近くにいたフェイトが真っ先に向かい。

 俺もそれに続き、遠くにいたアルフは多分間に合わない可能性が高いが一応向かっている。

 そして、もしもの時にフェイトをバックアップするために俺も遅ればせながらやってきたわけだが―――



 「でかい子猫、これは…………」

 実に予想外、そして素晴らしいものを目撃することが出来た。

 「ジュエルシードへの願いに雑念が混じることなく発動したケース、まさか、実物のデータが得られるとは」

 正直、これは想定外だ。 ジュエルシードに雑念を混ぜずに発動させるには相当な準備と処置が必須だろうと予想していた。


 【フェイト、聞こえるか?】


 【何?】


 【チーム・スクライアはどうしてる?】


 【一応交戦中、向こうにはそれほど争う意思はないみたいだから、ジュエルシードから引き離してトールが来てくれるのを待っていたから】


 なるほど、的確な判断だ。

 俺達の目的はジュエルシードを確保することであってチーム・スクライアを攻撃することじゃない。

 フェイトが単独なら彼らを行動不能にする必要もあったかもしれないが、俺が“ミョルニル”で封印が可能である以上、フェイトは彼らをジュエルシードから引き離しさえすればそれでいい。

 封印可能な人数が多いということは、それだけで選択の幅が広がるということだ。


 【いい判断だ、そのまま足止めを頼む。俺の方で子猫のジュエルシードは封印しておく、だが、その少女の砲撃には注意しろ、この前の木の事件の時の魔力値は瞬間には180万に達していたからな】


 【分かった。注意するよ】


 【それと、封印以外にも少しやりたいことがあるからしばらく時間がかかる】


 【時間がかかる?―――――どういうこと?】


 【俺達の最終目標はジュエルシードを集めてプレシアとアリシアのために使うことだ。だから、今回みたいにジュエルシードが正しく願いを叶える形で発動した例は貴重なデータになる。幸い、子猫も大人しいから細かいデータを取るには最適だ】


 【つまり、その子のような状況を作り出せれば、母さんは助かるってこと?】


 【その可能性を高めることは出来るな、少なくとも一つのジュエルシードを正しく起動させることが出来るようになればそれの応用も可能になる。そういった面ではこの子猫はこれまでにない成果だ】


 【―――――私に、他に出来ることは?】


 【そうだな――――――バルディッシュと俺が連結すれば処理速度も上がるから、こっちに来てくれればありがたいが、チーム・スクライアをほっとくわけにもいかないだろ、アルフの到着にはもうしばらくかかる】


 【―――――――――ちょっと手荒になるけど、魔力ダメージでノックダウンさせる】


 おっと、凄い提案が来た。 フェイトは意外と好戦的な部分があるが、今回はプレシアのためになるというのが効いているな。

 高速演算開始、この状況でチーム・スクライアを気絶させるほどの攻撃をすることによる今後への影響は――――――――


 【あー、あー、ちょっと待て、それがやばいかどうか考え中だ】

 フェイトにしばらく待ったをかけ、演算続行。

 処理中

 処理中

 演算終了


 【分かった。ただしノックダウンさせるのは高町なのはだけにして、もし空中から落ちたらセーフティネットとかも張っておけ。多分スクライアの方が助けに入ると思うがその後は放っておいていい】

 俺はチーム・スクライア監視要員であり、しばらく監視した結果、チーム・スクライアの性格は大体掴めた。

 けっこう無茶やって突っ込むのは高町なのはの方で、ユーノ・スクライアはそのサポートという役割分担。

 つまり、高町なのはさえノックダウンさせればユーノ・スクライアが自分だけでこちらにやってくることはありえない。


 【分かった、すぐそっちに向かうね】

 そして念話を切れる。


 「やれやれ、プレシアの身体のこととなると見境がなくなるな。まあ、最愛の母の命の危機だ、仕方ないといえば仕方ないか」

 本当に似た者母子だ。アリシアのために手段を選ばないプレシア、プレシアのために形振り構わないフェイト、ここまでくると微笑ましくなってくる。

 呟きつつ、改めて巨大子猫に向かい合う。


 「魔力値は―――――――たったの5000か、ジュエルシードが安定状態にあればこの程度の魔力、しかし、一度暴走すれば何倍にも跳ね上がる。厄介なことだな」

 “ミョルニル”をいつでも発動できる状態を維持したまま、『バンダ―スナッチ』の能力を可能な限り利用して各種データを収集していく。

 まあ、本物のISに比べれば精度は落ちるが、元々変身能力や結界や罠とかを見抜くのに特化した技能だから、子猫の状態を観測するにはそれほど性能差は出ない。


 そして、しばらくすると――――


 「トール、遅れて御免なさい」

 高町なのはをノックダウンさせたであろうフェイトがやってきた。結果を聞く必要は特にあるまい。


 「よし、早速バルディッシュを俺に接続してくれ、ついでにお前の魔力も本体に弱めに送ってくれるとありがたい。カートリッジロードの手間が省ける」


 「うん、お願いバルディッシュ」


 『Yes sir.』

 有線ケーブルによって俺とバルディッシュのコアが接続され、情報のやり取りが始まる。やはり俺の後発機だけあって相性は抜群だ、有線による連結なら魔力のロスはほぼゼロに抑えられる

 バルディッシュは寡黙だが、常にフェイトのことを考えて最適の行動をする実によく出来たデバイスだ。

 リニスがフェイトのために持ちうる技術を全部尽くして開発しただけはある。

 設計図は元々あり、プレシアもところどころで助言はしていたようだが、バルディッシュはほとんどリニスの手で作られた、ある意味で形見ともいえるだろう。


 『汎用人格言語機能を解除、全てのリソースをジュエルシードの解析に回します』


 「トール?」


 『フェイト、魔力を送ってください。これより高速演算を開始します』


 「トール! 一体どうしたの!」

 フェイトの反応も予想通り、これまで彼女の前で汎用人格言語機能を切ることはありませんでしたから。このような必要な事態が起こらない限り、 基本的にテスタロッサ家の皆の前ではOFFにしないようプログラムされている。


 『汎用人格言語機能を遮断しただけです、しばらくすれば戻しますので今は魔力の供給をお願いします』


 「トールが、バルディッシュになっちゃった……………」


 『No』

 バルディッシュが即座に否定する。もしかすると、私と同じにされるのが嫌なのでしょうか? バルディッシュとの関係は良好なので、そういうわけでは無いと思いますが。

 ――演算開始

 ――解析処理中

 ――データ集計中

 ――演算終了


 「汎用人格言語機能再起動、よし、データ収集完了、後は仕上げだな」


 「あ、トールが元に戻った」


 フェイトが呆然とした表情から復活した。


 「そういやお前には見せたこと無かったな、アリシアが生まれるまで俺はさっきのしゃべり方がデフォルトだったんだぞ」

 というか、今でも本質は変わらない。あくまでこれらの機能はテスタロッサの人間とのコミュニケーションを行うためのアプリケーションに過ぎないのだ。


 「そうだったんだ、てっきりバルディッシュと接続したせいでトールがバルディッシュになっちゃったのかと思った」


 「そりゃあ随分愉快な事態だが、俺がバルディッシュみたいになったらそんなに変か?」


 「変っていうか、ありえないよね、バルディッシュ」


 『yes, sir.』

 うん、息ピッタリで何よりだ。マスターとデバイスの絆の深さが伺える。


 「それはともかく、後はジュエルシードの封印だ。こっちは結構負荷が溜まってるんで、フェイト、任せた」


 「うん、バルディッシュ、行くよ」

 『Sealing form.Set up.』

 封印用の術式が展開され、子猫の周囲を取り囲む。


 『Order.』


 「ロストロギア、ジュエルシード、シリアル16、封印」


 『Yes sir.』

 バルディッシュの先端に魔力が収束する。

 魔力値――――――78万、十分過ぎる量だ。


 『Sealing.』

 子猫からジュエルシードが切り離され、木よりもでかかったサイズが元に戻っていく。


 『Captured.』

 バルディッシュにジュエルシードを封印し、これにて任務完了。


 「あ、そういやアルフは?」


 「こっちは二人で大丈夫そうだったから、スーパーで買い物をお願いしたよ」


 「そういやそろそろ冷蔵庫の中身がなくなりそうだったな、だが、金はあるんだから外食でもいいだろ」


 「駄目だよ、バランスよく食べないと栄養が偏るってリニスがよく言っていたし」

 なるほど、あいつの教育方針は実に基本に忠実だ。フェイトはちゃんとお前が教えたことを覚えててくれてるよ、リニス。


 「ま、俺が食うのはカートリッジだからどっちでもいいがな」

 ちなみにカートリッジはカロリーメイトの箱に入れて持ち歩いており、外見も似せてあるので栄養食を一気食いしているように見える。

 普通の人間に見られても違和感がないように改良した結果だ。


 「トールもご飯食べれたらいいんだけど」


 「飯食うデバイスってのも珍しいぞ。ユニゾンデバイスならそういうのもあるらしいが、あいにくと俺はインテリジェントデバイスだからな、食事は必要ないのだ」

 一仕事終えて気の抜けた会話を交わしながら俺達は月村邸を後にする。

 この屋敷は高町なのはの友人の家らしいが、ここにジュエルシードが落ちたのは多分偶然の要素も強いだろう。

 敷地が広いだけに落ちていても不思議ではないからな。

 これにてジュエルシードは4つ目。

 正しい発動例の明確なデータも取れて言うことなし、ジュエルシード実験は非常に順調である。

 チーム・スクライアが現在4つを保有しているから残りのジュエルシードは13個、そろそろはち合わせる回数も増えてきそうだ。

 そしてそうなれば、今回のようにフェイトと高町なのはが戦うことも多くなるだろう。








 『高町なのは、貴女にはフェイトのために是非とも成長していただきたい。彼女の全力を受け止めるほどに、彼女の悲しみを受け止めれるほどに』

 私はフェイトが生まれる前から彼女を見てきた。いや、彼女を作り出したのは私であると言っても過言は無い。

 だからこそ分かるのです。

 フェイトは気丈に振舞ってはいますが、その瞳には強い悲しみが宿っている。

 マスターの命が危ういことを、助からない可能性が高いことを悲しみ、そして、自分が何も出来ないのではないかと恐れている。
 
 『貴女はそれを理解してくれるでしょうか、フェイトの悲しみに気づいてくれるでしょうか』


 もし、貴女がフェイトの悲しみを理解し、フェイトの友達になってくれるとすれば―――


 『フェイトの幸せの絶対条件に、貴女の安全と幸せも組み込まれることとなる。私もまた命題に従い、貴女のために機能する時が来るかもしれません』


 “高町なのは”と“フェイト・テスタロッサ”


 この二人の行く道が重なるならば、私はその道を整えることに全力を尽くしましょう。

 この“ジュエルシード実験”は二人の少女の出会いの物語となるかもしれません。

 その過程と結末を、私は明確に記録する。





[22726] 第十八話 デバイスは温泉に入りません
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/26 23:49
第十八話   デバイスは温泉に入りません






新歴65年 4月20日 第97管理外世界 日本 遠見市




 「温泉?」


 「そう、お前らは最近働きっぱなしだからな、ここらで少し休めというお母様からのお言葉だよ」

 子猫事件より三日後、相変わらずジュエルシードレーダーを片手に探し回っている俺達だが、流石に9歳のフェイトには疲れが見え始めてきた。

 その辺のことをプレシアの報告したところ、とりあえず休ませろという指示が来た。

 なので休暇の代表格である温泉宿を勧めることにしたわけだが。


 「でも―――」


 「反論は禁止だ。なあに、お前の言いたいことも分かるが、この資料を見よ」

 高町なのはの監視は俺の仕事だったので、あの家族が定期的にある温泉宿に旅行に行くことは把握している。

 これまでのジュエルシードの発動場所を考えるとやはり高町なのはの行動範囲内にある傾向が強い。ならば、その場所の近くにもジュエルシードがある可能性が高いという理屈が通る。

 かなり無理やりな理屈だが、とりあえずフェイトに納得させられればそれでいい。もしあったら御の字だが流石にそこまで都合がいいこともないだろう。


 「これってつまり、あの子が出かける先にジュエルシードがある可能性が高いということ?」


 「そういうことだ。というわけで、お前達は漁夫の利を得るために温泉へ潜り込むことになる。怪しまれないように一般客を装ってな」


 「だから、あたしらの出番ってわけだよ。こいつが温泉なんかに入ったらボロが出る可能性があるからね」


 ちなみに、アルフには事前に話して協力者に仕立てあげてある。最近フェイトがオーバーワーク気味であることをアルフも気にかけていたのだ。

 そして、俺は温泉に入らない、というか入る意味がない。

 魔法人形はお湯に浸かろうが疲労が取れるわけではなく、魔法人形に必要なのは調整用のカプセルや、専用の機材一式である。


 「じゃあ、トールはどうするの?」


 「俺は俺で時間をかけて調査しておきたいところがあってな、こっちは逆にお前達には任せられないところだ」

 といいつつ別のデータを表示する。


 「海の中?」


 「ああ、ジュエルシードはほぼランダムに海鳴市にばら撒かれた。だったら、少なくとも二、三個、多ければ五、六個は海の中に落ちているはずだ。チーム・スクライアはまだ海の中には目をつけていないから今の内にこっちで回収しちまおうという魂胆だ」

 流石に海の中で発動されてもデータを取る役には立たない。

 海の中で活動するには専用の装備が必要になるからどうしても演算性能は落ちるし、“ミョルニル”の発動もやりにくくなる。


 「トールって、水の中で活動出来たの?」


 「いいや、だが、状況に合わせて様々な人形を使い分けられるのが俺の最大の特徴だ」

 押入れの中からあるものを引っぱり出す。新型サーチャーの研究を行った際に時の庭園から持って来たものだ。


 「何コレ? サメ人間かい?」


 「うーん、半漁人、かな?」


 「近接格闘型魔法人形、水中戦仕様だ。魔法を扱うのに優れているわけじゃあないが、魔力をそのまま水中移動用の推進力として利用する機構を搭載していて、体型も流線型で水の抵抗が少なくなるように設計した。水かきなんかも付いている。こいつを使えば海中だろうが問題 なく探索できるし、ジュエルシードレーダーも既に組み込んである」

 似たような感じで鳥人間っぽい空中戦仕様も作ってみたが、そっちの飛行性能は人間の形と大差なかった。

 やはり空気よりも水の抵抗というもの人間にとって動きづらいものらしく、水中の動作は人間の形態ではかなり遅かったが、空戦は人間形態のままでもかなりいけた。


 「でもこれ、どうやって海まで移動するの?」


 「だよね、こんなのが街を歩いていたら間違いなく警察が呼ばれるし、第一こいつの足じゃ陸地は歩けそうにないじゃないか」


 「いい着眼点だ。こいつには陸を歩く機能がないから、フェイトが空を飛んで運んだ後、空中から海に放り投げることになる。回収する時はバルディッシュから俺の本体に通信を飛ばしてくれればこっちも魔力反応を返すから」


 「これを抱えて空を飛ぶってことは………」


 「夜しか無理だね、まさか海まで広域の結界を張るわけにもいかないよ」

 夜に空を舞い、半漁人を抱えて疾駆する魔法少女か、実にシュールな光景になりそうだ。


 「捜索する範囲はかなり広くなるから数日では無理だから何回かに分けて捜索は行う。多分一週間以上の時間をかけても全域の捜索は不可能だろう。ジュエルシードがばら撒かれてからそろそろ時間も経って来たから時空管理局の次元航行部隊もやってくる可能性はあるから、そ れまでに可能な限りジュエルシードを集めておきたい」


 「次元航行部隊はいつ頃?」


 「んー、可能性があるとは言っても今のところはまだ動く段階じゃあないと考えている。ジュエルシードが引き起こしているのはあくまで生命体の変異だけで地上部隊であっても十分に対処できる事件だ。管理外世界にロストロギアがばら撒かれている状況を放置しておけるわけ もないが、説明したように時空管理局は万年人手不足で、仕事がやたらと多いからな。あまり重要度や緊急度が高くない事件のために管理外 世界まで次元航行部隊を派遣するわけにもいかんのだよ」

 これにはスポンサーの意向も強く関係している。

 時空管理局は、各管理世界の先進国家が中心になって作り上げている次元連盟の一部局という位置づけになる。

 つまり当然、その運営資金は管理世界の国家の税金や永世中立世界ミッドチルダの税金だ。そういう組織である以上、被害が管理外世界の住人にしか出ない事件に対しては腰が重い。

 管理局員のモラルの問題ではなく、組織的な構造上仕方ない部分ではある。

 他の国に援助金を出すのはいいが、自分の国の治安を疎かにしてまで行う国家は存在しない。

 時空管理局にゆとりがあり、管理世界の治安が問題なく保たれているなら管理外世界にも手を差し伸べられるだろう。

 だが現実は管理世界ですらロストロギア災害は起きているし、戦争もあれば広域次元犯罪者によるテロやクーデター、革命なんかもある。

 管理局が本当の意味で次元世界の平和を守れる機関となるにはあと50年はゆうにかかるだろう。

 それに、現在ですら高ランク魔導師にかかる仕事の負担は大きく、子育ての時間すらとれていないというのが実情だ。

 遠くの世界の人々の安全よりも、まずは自分達の子供達が無事に育ってくれるのを願うのは人間として当然のこと。 社会的な問題がなくなり、他に気を回す余裕が出来た時に初めて管理外世界の治安を考えればいいだろう。

 まあ、ジュエルシードをばら撒いた張本人である俺が言えることではないが。


 「そっか、時空管理局も忙しいんだったね」


 「向こうとしては俺たちかチーム・スクライアで、全てのジュエルシードを回収して届けてくれるというのが理想的だ。しかし、ものがロストロギアである以上そうも言っていられん。次元犯罪者の手に渡った日にはどんな風に悪用されるか分かったもんじゃないからな」


 「確かに」

 「危険なものってことは間違いないね」

 そして、その次元犯罪者とは俺のことである。


 「そういうわけで、次元航行部隊はいつかは来るがいつになるかは分からない。ひょっとしたら俺達が全てのジュエルシードを回収し終えてからになるかもしれないし、逆に明後日にでも来るかもしれない。流石に明日ということはないだろうが」

 それでもロストロギアの回収は時空管理局の義務だから来ないということはありえない。


 「じゃあ、それまでに多くのジュエルシードを集めておいた方がいいんだ」


 「だがしかし、体調を万全にしておくことも重要だ。簡単に言えば現在は時空管理局の存在を気にすることなく探索できる段階だから、特に周囲に注意を払ったり隠密用の結界を張ったりする必要もない。だが、次元航行部隊が到着すればジュエルシードの回収は向こうの主導に なってしまうし、本来の発掘者であるチーム・スクライアならともかく、一応部外者である俺らは分が悪くなる」


 「うーん、下手したら私達が集めたジュエルシードを没収されるわけかい」


 「没収まではいかなくても危険性の確認のためにいったん預けなくちゃいけないのは間違いない。が、それをされるとアリシアの蘇生が間に合わなく可能性が高いし、プレシアの身体も然りだ。時空管理局は敵対しなきゃいけないわけでもないが、いたらいたで厄介な存在になるわけだ」


 「チーム・スクライアがいる以上、私達がジュエルシードを保有していることは管理局に知られてしまうね」


 「まさか口封じするわけにもいかんからな、そういうわけで、時空管理局が出張ってきた時に備えて体調を整えておくのも重要だ。デバイスである俺と違って人間は疲労が溜まっていく、どんな偉大な魔導師であっても常に全力全開で戦い続けられるはずもないからな」


 「うん、分かった」

 しっかりと理論立てて説明すれば感情に任せた文句を言わないところはフェイトの美点の一つだろう。

 しかし、あまり自分を抑え過ぎてもいけないからたまにはワガママを言うくらいでバランスが取れている。そのワガママの内容が休みなしでジュエルシードを探したいというのは問題があるが、まあそこは仕方ない。


 「アルフ、温泉周囲の探索はお前が担当してくれ、フェイトはひとまず温泉宿内部でチーム・スクライアの動向を探る。本来監視役の俺はついていけないからな、もし彼らがジュエルシードを見つけたら横取りする方針で行け。それと、万が一戦闘になる場合は結界の敷設は忘れるな」


 「トールを海にまで連れていくのはいつ頃?」


 「それは今日の夜でいい、カートリッジは三日間動けるくらい内蔵できるからお前達が温泉宿でジュエルシードを探している間は俺はずっと海の中で捜す」


 これも俺がデバイスだからこそ可能な芸当だ。

 デバイスは飯を食わない、眠らない、排泄もしない。魔力で動く人型をただ動かし続けるだけだ。

 動力源となるカートリッジがなくなるまで。


 「ちょっと申し訳ないけど、私達には無理だろうし………」


 「海のことはアンタに任せるよ、トール」

 そんなこんなで、フェイトは温泉宿付近でジュエルシード探し、という名目で二泊三日の休暇をとらせ、アルフはその監視役。俺はその間海の底でジュエルシード探索ということで決まった。



 ―――のだが



 「ちょっといいかい、トール」

 今後の方針決定からしばし後、アルフに呼ばれた。まあ、用件の内容は大体想像つくが。

 ちなみにフェイトはシャワーを浴びている。


 「ジュエルシードを見つけたら横取りの方針で行けって部分に疑問あり、ってとこだろ」


 「ああそうだよ、アンタの方針では可能な限り、フェイトには管理局法に引っ掛かりそうなことはさせないんじゃなかったのかい?」


 「ああそうだ。だからこれはジュエルシード集めとはある意味別件だ。プレシアのためにジュエルシードを集めるんじゃなくて、フェイトのためにやっていることになるな」


 「フェイトのため?」


 「昔の話だが、プレシア・テスタロッサという少女がいた。工学者の家系に生まれた彼女は類まれな魔法の才能を持ち、それだけでなく幼い頃から天才的な頭脳を持っていた」


 俺はプレシアが5歳の時に作られた。アイツのことはほとんど全て把握している。


 「だがそれ故に、学校では浮いた存在だった。知能のレベルも魔法のレベルも何もかもが周囲とずれていたんだ。友達は出来なかったが、そもそもプレシア自身が“低能”な連中と友達になることに意義を見出していなかった。もし、プレシアが自身と対等と認められる奴でもいれば話は違ったかもしれないが」

 冗談抜きで、プレシアの話相手は俺しかいなかった。

 母親が話し相手として俺を作ったことはある意味ではマイナスに働き、プレシアの外界への興味を薄くしてしまったのだ。


 「高い魔力を持って生まれたフェイトにもそうなる危険は大きくある。普通の少女として生まれたアリシアと異なり、フェイトは戦闘能力に限ればプレシア以上の才能を持って生まれた。ミッドチルダの学校であっても、フェイトと対等になれる生徒はおそらくいないだろう」

 “生まれた”というより、そうなるように俺が“作った”のだから、俺の責任なのだ。


 「じゃあつまり、その高町なのはって女の子が、フェイトにとっての“対等”になれるかもしれないってことかい?」


 「ああ、彼女の魔法の才能はまさしくフェイトに匹敵する。もし彼女がフェイトと友達になってくれるならこれ以上のことはないと俺は考えている。そして、だからこそ二人には思い切りぶつかって欲しいのだ。表面的な言葉を交わすだけの“知人”ではなく、あらゆるものを分かち合う“親友”になれるように」

 プレシア・テスタロッサの人生において、“親友”と呼べる存在はいなかった。プレシアはその人生を良しとしているからそこは別に構わない。

 人生の良し悪しを決めるのはあくまで本人だ。


 「作った張本人の俺が言うのもなんだが、フェイトは普通とは違う生まれ方をした。そして、母親は今死にかけている。プレシアが死ねば孤独の身になるのは避けられない。俺はデバイスでお前は使い魔だから、同じ人間としてフェイトを支えることは出来ない」

 フェイトは母が助かると信じてジュエルシードを探し続けている。

 だが、現実というものは常に非情だ。

 確率的に考えれば、プレシアはもう助からない。



 ――――だからこそ、高町なのはという存在はフェイトにとって奇蹟に他ならない。


 “ジュエルシード”という願いを叶えるロストロギアではなく、高町なのはと出逢えたことこそが、フェイトにとっての奇蹟だ。


 「じゃあ、アンタがずっとチーム・スクライアを監視していたのは………」

 “ジュエルシード実験”を円滑に進めるためという要素もある。だが、俺の主であるプレシア・テスタロッサはフェイトが生まれた時に俺にこう入力した。

 フェイトが幸せになれるように全力を尽くせ、と。無論、それはアリシアも同様に。

 “ジュエルシード実験”を進めることはアリシアの蘇生のために尽くす全力。


 そして、フェイトのための全力とは―――


 「高町なのはが、フェイト・テスタロッサの親友となってくれる人物かどうかを見極めるためだ。そして今俺は、高町なのはがフェイトの親友になってくれるようにあらゆる手段を尽くすつもりでいる」

 とはいえやれることは少ない、せいぜい高町なのはとフェイトが逢う機会を増やすことくらいだ。

 親友になれるかどうかは、やはりフェイト本人次第なのだ。


 「そっか、そういうことだったのかい………」


 「フェイトには言うなよ、本人が知ったら意味無いから」


 「言わないよ、ったく、アンタはいっつも色んなことを考えてるんだねえ」


 「デバイスだからな、考えることが本領だ」


 【アルフ、ごめん、髪洗うの手伝って】

 と、そこにフェイトから念話が飛んできた。

 アルフに向けた内容だろうが、あまり意識を割いていなかったのか俺にまで飛んできたが。


 【分かった、すぐ行くよ】

 つられたのか、アルフまで俺に聞こえるように返す。


 「ちょっと、フェイトを手伝ってくるよ」


 「9歳の子供が洗うには、あいつの髪は長すぎるのかもしれんぞ」

 とりあえず、アルフの疑問も解消できたようだ、話はこのくらいでいいだろう。



 さてさて、二人の少女の物語は、いったいどうなることやら。







新歴65年 4月21日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海



 空きビン

 魚

 貝

 藻

 魚

 空き缶

 魚

 プラスチック容器

 ヤドカリ

 魚

 ガラス玉

 魚

 藻

 船の残骸

 碇

 魚

 空き缶

 釣り竿

 魚

 空きビン

 洗濯ばさみ

 ルアー


 水中型の近接格闘用魔法人形には言語機能はない。

 ただひたすら動き回ってそれらしき物体を手当たり次第に回収し、ジュエルシードかどうかを判断。

 三次元的に空間が広がる海ではジュエルシードレーダーの捜索範囲ではほとんど意味がない。

 反応しても空き缶だったりガラス玉だったりルアーだったりがほとんどでした。

 他に何かする機能はないのでただひたすら探索を続行。





新歴65年 4月22日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海


 カッター

 メンコ

 ペットボトル

 ライター

 キャップ

 ルアー

 10円玉

 右腕

 冷蔵庫(どう見ても不法投棄)

 漬物石

 ガラス玉

 CD-R

 割りばし

 カップヌードルの容器

 ドライヤー

 納豆

 携帯電話

 掃除機

 帽子

 死体(胴体のみ)

 鞄

 軽自動車

 ラジオ

 トランク


 対象を人工物に絞ったところ、次から次へとヒットヒットヒット。

 というか、ゴミを捨てすぎでしょう。

 まあ、日本の港の中で比較すれば飛び抜けて汚いわけではないでしょうが、流石にリゾート地のエメラルドグリーンの海とは比較にならないようです。

 それに、これらも人間の視力を遙かに上回る探知能力を持つ俺が底の方を徘徊して見つけたもので、海上からは見つけられるものではない。

 本来なら浮かんでいるはずの軽いものも、重いものに引っ掛かったりして沈んでいた。納豆と右腕が冷蔵庫の中にあったのはちょっとしたホラーだと思います。

 トランクの中の首以外の死体は一番のサプライズでした。私が人間だったら絶叫していたことでしょう。

 誰がいつ沈めたのかは分かりませんが、とりあえず冥福を祈るとしましょう。

 そのうち遺書なども見つかるかもしれません。



 

新歴65年 4月23日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海


 ハサミ

 スプーン

 空き缶

 テレビ

 財布

 500円玉

 50円玉

 鉄アレイ

 マウス

 包丁

 ガラス玉

 DVD-R

 まな板

 焼きそば弁当

 クーラー

 オロ○ミンC

 ジュエルシード

 バー○ー人形

 頭蓋骨

 リュックサック

 ロープ

 ナイフ

 ビニール袋に覆われた白くてところどころ赤い布

 トランク(中身は………)


 『How about the result?(成果はどうですか?)』

 探索を続けていると、バルディッシュから連絡がやってきた。


 『ジュエルシードを一つ発見しました、私ごと回収を願います』

 返事を出すと同時に魔力を放出しつつ海面へ移動。


 『It comprehended.(了解しました。)』

 海上に出ると、真上にフェイトとアルフがいた。


 「トール、大丈夫?」

 現在は人間との念話機能もなく、バルディッシュとしか通信できない肉体なので、身振りでOKサインを出す。

 このままでは話が進まないので、とりあえずマンションに移動してから話を聞くことに。










新歴65年 4月23日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 「んで、そっちはどうだった?」


 「うん、トールの読み通り、ジュエルシードがあったよ」


 「マジか」


 「ああ、マジだよ」

 アルフが半分呆れ気味に呟く。

 フェイトに休暇を取らせるために無理やりな理屈をつけたが、どういうわけかヒットしたようだ。何かの引力でも作用しているのだろうか。


 「それから、あの子とも戦ったよ」


 「あたしの相手はスクライアのガキの方だったけど、大分回復していたみたいだよ」


 「ほほう、高町なのはと戦ったか、結果は?」


 「私の勝ち、約束どおりにジュエルシードを一つもらったの」

 なるほど、対等な条件でジュエルシードを一つ懸けて勝負したわけか。

 未成年の賭けごとは禁止というのはこの際置いておいて、管理局に思いっきり引っ掛かるわけでもないな。

 勝負の経過を詳しく聞いたが、高町なのはが撃った砲撃魔法をフェイトがサンダースマッシャーによって迎撃。

 砲撃戦自体は高町なのはが勝利したようだが、砲撃そのものをフェイトは躱した。そして、カウンターでサイズフォームのバルディッシュを高町なのはの首筋に押し付けた。


 「そしてそのまま刃を引き抜き、首なし死体の出来あがりと」


 「そんなことしてないよ! あの子のデバイスがその瞬間にジュエルシードを放出しただけ!」


 「冗談だ。結果は上々、ジュエルシードを二個入手、というわけだな」

 つまり俺達のジュエルシードは―――



 ミネルヴァ文明遺跡で見つけたもの

 少年少女が発動させた巨大植物から回収したもの

 ジュエルシードレーダーの地道な探索で発見した市街地のマンションの屋上に落ちてたもの

 巨大子猫から回収したもの

 温泉宿でフェイトとアルフが見つけたもの

 高町なのはから勝ち取ったもの

 俺が海で見つけたもの

 の計7個というわけか。


 「アンタの方はどうだったんだい?」


 「俺の方でも一個回収したからこれで合計7個だな。とりあえずアリシアの蘇生に必要な数の最低ラインは突破したことになる」

 最低で6個、最高で14個という話だから、結構いいペースではあるだろう。


 「えっと、ジュエルシードは全部で21個。私達は7個持っていて、あの子達が4個、つまり残りは10個」


 「ちょうど半分か、折り返しまで来たわけだね」

 俺達が探索を開始したのは4月5日から、今日が23日だからほぼ20日で半分が回収されたことになる。

 このペースなら全てのジュエルシードの回収完了は5月の半ば頃、ちょうどいい。

 “ブリュンヒルト”の発射実験の方も5月半ばでほとんど決まり、綿密な日程を組む段階に来ている。

 既にほとんどの申請は終わっているそうで、後は時の庭園を現地に移せばいつやっても構わないところまで来ているとか。

 となれば後はどのタイミングで本局に知らせるかどうかと、どうやって知らせるかだ。

 ジュエルシードがばら撒かれたことはもうとっくに伝わっているだろうが、未だに次元航行部隊が現れないのは重要性が低いと判断しているからに他ならない。

 次元震でも引き起こせば一発だが、まさかそんな真似をするわけにはいかない。

 要は、ジュエルシードが次元震、果ては次元断層すらも引き起こせる次元干渉型ロストロギアであることが本局に伝わればそれでいいのだ。

 ここで、ポイントは一つ。

 テスタロッサ一家がジュエルシードというロストロギアをこの一年間探していたのは周知の事実ということ。

 だからこそミネルヴァ文明遺跡にいた他の発掘チームがフェイトにジュエルシードが“事故で”地球にばら撒かれたことを伝えてくれたのだ。

 ならば、プレシア・テスタロッサから時空管理局へジュエルシードの危険性を示す資料が送られたとしても違和感はない。

 わざわざ伝えたことに何か思惑があるとは判断されるだろうが、無視できる情報でもないだろう。

 プレシアの実績や、スクライア一族からの追加報告を考慮に入れれば次元航行部隊が派遣されるのは間違いない。


 ならば、それを最も有効に生かすには―――――



 「レジアスのおっさん、少々力を借りるぜ、ギブアンドテイクといこうじゃないか」


 フェイトとアルフに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。少しクラナガンに行く必要がありそうだ。






[22726] 第十九話 アースラはこうして呼ばれた
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/27 21:45
第十九話   アースラはこうして呼ばれた





新歴65年 4月24日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部





 『我々の提案はこれだけです。貴方にとっても益のある内容であると把握していますが、いかがでしょう?』


 「提案か、こういうものは要求というべきだと俺は思うが?」


 『いいえ、選択権は全て貴方にあり、断られた時点で我々に成す術はなくなります。やはりこれは提案と定義すべきでしょう』


 「よく言う、仮に地上本部が断ったところで本局の遺失物管理部へ届け出るだけだろうに」


 『はい、その通りです』

 アリシアのための“ジュエルシード実験”にとっても、フェイトのためにも、次元航行部隊にはそろそろ介入して欲しい頃合いとなっている。

 だが、ただ介入してもらえれば万事うまくいくというものでもなし。


 ―――特に、ある条件は絶対に満たしておかねばなりません。


 「………次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”。現地生物を取り込んでモンスター化する特性、保有するエネルギー量の概算、同期して発動させた場合の被害予測、そしてそれらが管理外世界にばら撒かれているという状況―――」

 ゲイズ少将が述べたものは我々が地上本部へ示したデータの内容。すなわち、ロストロギア“ジュエルシード”に関する詳細な報告書。

 これらのデータを必要とするのは本来ならば本局であり、地上本部にとっては管轄外のものである。


 『我々に限らず、ミネルヴァ文明遺跡において発掘を行った者ならばジュエルシードが管理外世界にばら撒かれた可能性が高いことは認識しております。ですが、次元航行部隊は未だに動いておりません』

 時空管理局が保有しているロストロギア“ジュエルシード”のデータの中に、次元干渉型であるという項目がないことがその行動から伺える。

 恐らく、スクライア一族であってもその可能性を把握しているのは、第97管理外世界にいるユーノ・スクライアのみ。

 しかし、彼にはミッドチルダまで情報を転送する手段がない。

 つまり、現時点においてジュエルシードの危険性を把握しているのは我々テスタロッサ家のみとなる。


 「次元断層すら起こしかねないロストロギアの危険性を本局が把握していないこの状況。その情報を我々地上本部から伝えれば、確かに我々にとってメリットはあるだろう」

 本局は地上本部に比べて遙かに潤沢な予算を持つ。だが、国際紛争や戦争、そして次元災害にすら発展する可能性を持つロストロギアを扱う以上当然の配分といえます。

 しかし、それだけの予算を注ぎ込まれていながら“ジュエルシード”の危険性を見落したという事実は本局の情報部の失態に他ならない。

 この時点で知るのは不可能であったという反論は到底成り立つものの、本局に比べて情報収集機構が発達しておらず、予算も少ない筈の地上本部が先に知ったとなれば、反論も意味を失うでしょう。

 そして、さらに後押しとして――――


 『重ねて提案します。“ブリュンヒルト”を搭載している時の庭園と、SSランク魔導師であるプレシア・テスタロッサを地上本部よりの要請で、第97管理外世界へと派遣していただきたい。名目は本来の目的である“ブリュンヒルト”の試射ということで』

 時の庭園の駆動炉は、他で開発されている“ブリュンヒルト”の駆動炉である“クラーケン”とは些か異なります。

 “ブリュンヒルト”の炉心という機能は確かに備えていますが、基は次元航行エネルギー炉心“セイレーン”であり、その両方の特性を備えている。

 時の庭園の炉心とマスターの魔力と技能があれば、中規模の次元震が起きても沈静化は可能。

 本局の次元航行艦と連携すれば、大規模時空震すら封じ込めることが可能でしょう。


 「これはつまり、海の連中の縄張りを我々が荒らすようなものだな」


 『そうなります』

 次元災害に対処できるのは時空管理局にあっても本局のみ、これが一般認識。次元航行部隊か、遺失物管理部の高ランク魔導師達かはともかく、地上の魔導師では次元災害には歯が立たない。

 ですが、地上本部の管轄となっている“ブリュンヒルト”を備えた時の庭園が対処を行うとなれば話は変わってきます。

 地上本部自身が次元航行能力を持たずとも、外部協力者の力を借りることで次元災害にも対処し得る前例となる。


 『陸に対してある種の優越感を抱いている一部の高官の方々にとっては、忌々しい事実となるやもしれません』

 特に、本局査閲部長のガゼール・カプチーノ中将などはその筆頭。

 地上部隊が戦力を整えることに否定的なあの方は、レジアス・ゲイズ少将にとって最大の政敵といえます。


 「ふん、奴らに一泡吹かせてやれるなら多くの地上局員の溜飲も下がることだろう。だが、ことはそう簡単にはいかんぞ」

 ジュエルシードの情報を本局に伝えつつ、次元震を抑える力を持つ時の庭園を地上本部が第97管理外世界に送る。

 これはすなわち、“お前達が失敗すれば俺達がなんとかしてやる”と言っているようなもの。

 とり方によっては“共に協力して次元震を抑えよう”となりますが、現在の対立を考えれば前者ととられる可能性が高い。

 そして、現在でも地上本部で対処しきれなくなった案件は本局へと上げられる。

 表現によっては、“力不足の陸が海に泣きつく”ということになります。ですが、今回に限ればその立場を逆転、とまではいかずとも、対等となる。


 『本局にも地上本部に対して強硬な姿勢を持つ幹部は多くいます。カプチーノ中将の派閥はその筆頭ですが、彼らが騒ぐことでしょうね。地上本部は思いあがって本局の職権を侵害しようとしていると』


 「的外れにも程があるがな、本局が地上本部にあれこれ口出すのは当然であると言っておきながら、立場が逆になればヒステリックに騒ぎ出す」


 『ええ、ですから、そのような人物を第97管理外世界へ送り込むわけにはいかなくなります』

 次元航行部隊の艦長といえど、全てが公明正大な人物であるわけではない。人間が作る組織である以上、コネ、家柄、財産というものが出世には絡んでくる。

 将官クラスにまで成った人間が常に実力のみで出世したかといえば、それは否。

 ただし、統計的データによれば、次元連盟に加入する先進国家の正規軍の将官クラスの人間に比べれば、時空管理局の将官は汚職などが圧倒的に少ない。

 これは、将官ですら現場に降り立つことがあり得る管理局のシステムに起因している。

 高ランク魔導師程出世しやすい機構となっているのは確かですが、それはすなわち、次元震などの災害が発生すれば、将官も前線に出ざるを得なくなるということ。

 魔力に絡む災害は、ある領域を超えると一定基準に満たない魔導師では無力になるケースが多々あります。

 数百人のBランク魔導師がいたところで一切役に立たず、一人のSランク魔導師のみが戦力となった実例も多い。

 つまり、ただ金やコネで出世したような人間では、ロストロギアというものを相手には出来ない。

 国家の正規軍と異なり、人間以外の強大な存在と戦うことが多い次元航行部隊の艦長は、本当の意味で有能な者しか配されることはない。

 その結果、金とコネで地位を得た人間は机仕事に就く場合がほとんどとなり、査閲部長のガゼール・カプチーノ中将はその代表例であると同時に、そういう者達を集めて派閥を形成している。

 この派閥はロストロギアに対処可能な有能な艦長達や、その下で働く次元航行部隊からも嫌われている。

 彼らが次元航路の保全のために命を張ることで積み上げる一般市民からの信頼を、官僚組の汚職一つで台無しにされることもあった。

 つまり、時空管理局も陸と海が二元論的に対立しているというわけではない。

 カプチーノ中将の派閥などを叩き潰したいという想いならば、地上本部の将官も、次元航行部隊の艦長らも同様。

 ある部分では反目しつつも、ある部分では協力できる。人間社会とはそのような複雑な構成となっている。これは管理局でも一般的に適用されています。

 ―――しかし、次元航行部隊の艦長が事件の処理に対しては有能であっても、その他が苦手なケースもある。

 災害に対処する能力は高くとも、国境を通過する際の連絡が遅れたとかで諍いを起こしたりする艦長も存在している。

 そういった識見の狭い人物がジュエルシード事件の担当となっては非常に困るのです。


 「第97管理外世界へ派遣されるのは、優秀でかつ波風を立てない、さらには地上本部と本局の対立を解消しようとしている穏健派の艦長、ということになるな」

 そういう人物こそ、ジュエルシード事件の担当に相応しい。

 この事件を通してフェイトの素性を時空管理局に明かしておく必要がありますが、政治的な判断能力が低く、現場の対処しか出来ない人物ではいけない。

 また、地上本部に対して威圧的であり、派閥闘争を行うようなカプチーノ派閥のような人物でもいけない。

 時空管理局はまだ黎明期の組織であり、腐敗どころか組織が完成すらしていませんが、それでも人間社会の機構である以上、暗部というものは存在する。

 “ジュエルシード事件”の担当となる艦長は一時的なものであれ、フェイトの保護者となるであろう人物。

 万が一にも、汚職や暗部を抱える人物であってはならない。割合は低いとはいえ、人選は念入りにせねば。


 『いかがでしょうゲイズ少将、時の庭園を第97管理外世界へ派遣する。それだけで構いません、地上本部にとっても有意義な提案であると認識しておりますが』

 最も、派遣される次元航行部隊の艦長には恐らく時の庭園の存在は知らされない。

 もし、このバッティングをきっかけに、本局と地上本部の仲が悪くなった際に、あくまで担当した艦長の対応が悪かったためという弁解の余地を残すために。

 ならば最初から伝えておけという追及は当然あるでしょうが、そこは情報伝達に関わる機密となるので答えられない、という答弁が返ってくるのは予想がつく。

 つまり、本局にとっては派遣した艦長が次元航行部隊独力で事件を解決し、地上本部の協力者である時の庭園の助力を必要としない結果が望ましい。

 故に、有能であり、公明正大な評判の人物が派遣される確率が極めて高くなる。

 地上本部にとっては、ただ時の庭園が次元航行部隊と同じ立場にいるだけで意義がある。

 正直なところ、次元航行艦ですら手に負えなくなるような事態に手を貸すことはリスクが高く、避けたいところでしょう。


 「ふむ―――」


 ゲイズ少将も頭の中で計算を働かせている。いずれの選択が地上本部にとって最良なのか。

 万が一本局との関係がこじれた場合の影響は?

 万事上手くいったとして、その際の収支は?

 考えるべき要素はいくらでもあるでしょう。


 「一つ尋ねるが―――」


 『何でしょう』


 「お前達は次元航行部隊が第97管理外世界へと派遣されることを望んでいる。だがしかし、それはジュエルシードの封印を任せたいからでも、現地の住民の安全を考慮したからでもあるまい」


 『はい、目的は別にあります』


 「それは、お前達が研究していた生命工学に関する事柄が絡んでいるのか?」


 『否定は出来ません』


 「………人造魔導師の育成」

 ゲイズ少将が手札を切った。これより先は慎重な対応が必要となる。


 「以前、お前達が研究を進める際、それに関する資料の請求があったはずだ」


 『はい』


 「だが、クローン技術は義肢など一部では認められているものの、人間の完全な複製は管理局法によって禁じられている」


 『はい、戦闘機人なども同様の理由で禁じられております』


 「………お前達は、どこまで進めたのだ」

 データベースより情報を検索

 ゲイズ少将に関する情報、最近、彼が人造魔導師の育成、または戦闘機人の製造を裏で進めているのではないかという噂が存在。

 彼に対する情報の提示は―――


 『ゲイズ少将、これより先は我々にとって最重要事項となります。対応によっては、私はこの場で魔力源を臨界起動させ自爆する可能性もあります』


 「構わん、その程度を恐れていて防衛次官は務まらん」


 『では、“デバイスソルジャー”という存在について、解説を行います』






 3時間後


 「なるほど…………」


 『つまり、貴方の求めるものと、我々の求める成果は同じ道の先に在ります。共存、共闘は可能であると私は判断しています』

 現状において公開できる限りの情報をゲイズ少将に明かした。無論、これは我が主、プレシア・テスタロッサの意思である。

 フェイトが幸せになることに対して障害となり得る要素とは何か。

 個人レベルではなく、社会的な壁が彼女の前に立ちはだかる可能性はあるか。

 もしあるならば、それを破壊することこそが私の命題となる。そして、そのために利用できる相手こそがゲイズ少将に他ならない。

 プロジェクトFATE、クローンの軍団、人造魔導師、戦闘機人、そしてデバイスソルジャー。

 いずれを選ぶかは彼次第であるものの、彼の目的を拘束条件とすれば解は自ずと定まる。


 「それについては、今ここで答えを出すわけにはいかん」


 『理解しております』


 「だが、お前達と協力関係、いや、協力ならば現在も行っているな。共闘関係になることには否はない」


 『ありがとうございます』

 つまり、私達は私達の目的のためにゲイズ少将を利用する、ゲイズ少将は彼の目的のために“私”を利用する。

 あくまで“私”であり、それは断じてフェイトではない。

 もし彼がフェイトを己が目的に利用しようとした時は―――

 私が持ちえる全ての機能と全ての権能をもって、貴方を排除することになるでしょう。


 「その前提条件として、今回のジュエルシードに関わる要求、お前達の望みどおりにしてやろう」


 『借り一つ、という認識でよろしいですね』


 「“ブリュンヒルト”も好きにして構わん。元々はお前の主が設計したものだ。使い方と使いどころは誰よりも理解していよう」


 『感謝いたします』

 私達の最終目標を理解したからこその判断。

 無論、私が虚言を述べている可能性を彼は考慮しているでしょうが、この段階ではそうする事に意味がないことも分かっているはず。

 今回のジュエルシードに関わる事柄に限定するならば、特に我々が地上本部の力を借りる必要はそれほどない。次元航行艦の艦長を公明正大な人物とするのは、あくまでフェイトの今後のため。

 それならば、ジュエルシードの事件の後で手を打っても十分に間に合うでしょう。

 ですが、さらにその先のことを考慮するならば、この段階で地上本部との本格的な協力関係を結んでおいた方が都合が良い。

 先を見据えて現在の状況を判断すること、この能力に関してゲイズ少将は優れている。

 だからこそ、我が主プレシア・テスタロッサは協力相手として彼を選んだ。ジュエルシードに関する研究がほとんど不可能な身体になろうとも、主の頭脳は未だに顕在。

 フェイトの未来のために出来ることを主は今も行っている。

 無論、アリシアの蘇生が成ったならば、アリシアのためにもなる事柄、という要素も強いのでしょうが。


 『ゲイズ少将、参考までにお聞きしたいことが』


 「何だ?」


 『我々が提示した条件に該当する次元航行艦の艦長の予想はつきますか?』

 1、地上本部と本局の対立関係を憂いている融和派の人物。

 2、艦長として実力があり、次元震への対応も可能な魔力を備える。

 3、第97管理外世界へ直行可能な位置にいる。

 これらの条件を備えるとなると、次元航行部隊に一人か二人となる可能性が高い。


 「少し待て」

 ゲイズ少将がウィンドウを開きデータを検索する。地上本部とは各次元世界に散らばる地上部隊と本局を繋ぐ役割を担う。

 そのため、地上本部の高官ならば本局の戦力配置もある程度は把握していなければならない。

 流石に執務官クラスがどのような事件を担当しているかまでは管轄外であっても、本局武装隊の増援を求める際に即座に動ける本局の部隊を地上本部が把握していないのでは、地上本部の存在意義が問われる。

 次元航行部隊の艦長の名前と配置くらいは防衛次官であるゲイズ少将ならば把握していると予想しましたが、どうやら正しい解であったようです。


 「ふむ…………この条件を満たすとなれば……………恐らく、この人物だ」

 そして、ある人物の顔写真が表示され、それを後ろから覗きこむ。


 『リンディ・ハラオウン提督、巡航L級8番艦“アースラ”の艦長。現在は――――第97管理外世界とほど近い次元空間を巡行中ですね』


 「もし、第97管理外世界で次元震でも観測されれば、間違いなくこの部隊が駆け付けるだろう。お前達には幸運の女神でもついているようだな」

 確かに、これは僥倖。

 付随しているデータからも、リンディ・ハラオウンが公明正大な人物であることが伺える。

 能力・人格、共に優れ、なんと言っても女性艦長。

 考えられる中で最高の条件を備えた人物が第97管理外世界の近くを巡行している。

 フェイト、やはり貴女は“運命の女神”、“運命の支配者”であるようです。


 『協力、感謝します。ゲイズ少将』


 「これも本来ならば違法だ、お前が人間であればな」

 外部の人間に機密を漏らすことは当然違法となる。そして、デバイスに情報を入力し、外部へ持ち出すことも違法。

 だがしかし、デバイスの前で情報を“見る”ことは法律で禁じられていない。

 ここにいる人間はゲイズ少将ただ一人。

 彼は“一人で”自分が見ることを許されているデータを閲覧していたに過ぎないのだ。

 私のような存在は一般的でないのだから、それを縛る法が未整備であるのは当然の話。


 『では、いずれまた』


 「ああ」

 簡潔に別れの言葉を告げ、彼の部屋より退出する。

 公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる計画は、次なる段階へ。



 さて、少々忙しくなりそうです。



================

 今回は全編通して素の状態のトール。違和感あるかもしれませんね。呼んでくださってる方は、この先彼を見る目が変わるかもしれないと思ってるのですが、どうでしょうか。



[22726] 第二十話 ハラオウン家
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:21
 
 第二十話   ハラオウン家


新歴55年 4月25日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 【トールさん、炉心の点検、終了しました】


 【ありがとうございます。エネルギーライン担当の方が手間取っているようなので救援に行ってあげてください】


 【こちら“ブリュンヒルト”砲身担当。前半分は特に問題はありません。これから後ろ半分に移ります】


 【了解しました。些細な違和感でもあったら躊躇わず報告をお願いします】


 【配電施設担当です、回路に気になる部分があるので重点的に調査したいのですが、機材の方は?】


 【大丈夫です。ゲイズ少将が専用の予算を組んでくれているので経費から落とせます】


 【そいつはありがたい、ただちに作業に入ります】



 他にも様々な報告を聞きながら指示を出していく。

 現在、時の庭園において地上本部の技術開発部のスタッフ達が“ブリュンヒルト”とその炉心である“クラーケン”の最終チェックを行っている。

 次元航行機能に関してはマスターが最も詳しいので私が傀儡兵に指示を出せば事足りますが、兵器としての部分についてはやはり専門家の手が必要になる。

 といっても4月に入った段階で全ての作業は終了しており、これはあくまで最終点検。

 故に、作業自体は一日かからず終わり、今日中には出発できるでしょう。

 今回、時の庭園が第97管理外世界の外縁部で試射実験を行うことは数か月以上前からスケジュールが組まれており、予算に至っては昨年から組まれていた。

 この事実を把握していたからこそ“ジュエルシード実験”の日取りも合わせた。

 ジュエルシード事件の最終局面において、地上本部と本局の縄張り争いにつけ込めるように。


 『さて、彼らもプロ。自分の仕事をしくじりはしないはず。私も自分の作業に集中するとしましょう』

 かつて、時の庭園の管理は私とリニスで行っていましたが、今では私一人。

 傀儡兵の司令塔としての機能は強化されているので人手は足りていますが、権限は私に集中している。

 つまり、私が行動不能になると時の庭園はオート機能しか使えなくなり、柔軟性な行動が取れなくなることを意味する。

 我が主が万全ならばそうでもありませんが、今の彼女にそんな負担はかけられない。ここはやはり私が負担を負わねばならない。

 フェイト達にも時の庭園を第97管理外世界へ動かすことは伝えてある。

 ジュルルシードの回収が終了し次第“レリックレプリカ”の精製を開始するので、ジュエルシードをミッドチルダまで運ぶ手間を省くと説明してありますが、あながち間違いでもない。

 時間を短縮するためだけに時の庭園を動かすのは一見無駄のようでありますが、今のマスターにとってはその僅かの時間が重要であるのだから。




新歴55年 4月25日 次元空間 (ミッドチルダ―第97管理外世界)


 出発は問題なく成功。

 地上本部の技術スタッフは非常に優秀で、全ての機関は問題なく作動、現在も次元空間を順調に航行中。


 「とまあ、ここまでは万事OKときてる」


 「ここで問題が出てきたら困る、というか話にならないわね」


 「確かに、これから一世一代の大実験を開始しようってのに、その最初の段階に入る前に躓いていたんじゃ話にならんな」


 「それで、次元航行部隊の方はどうなっているの?」


 「ゲイズ少将からの連絡によると、やはり次元航行艦“アースラ”が派遣されることになりそうだ。第97管理外世界に向かうのは多分明日頃だとさ」


 「となると、距離的に考えて到着は27日頃ね」


 「まあそんなもんだろう、凄腕の執務官も乗っているようだから、到着時には注意が必要だな」

 クロノ・ハラオウン執務官

 艦長であるリンディ・ハラオウンの息子であり、14歳にしてAAA+の高ランク魔導師。

 戦闘技能も非常に高く、現在のフェイトでは恐らく勝負になるまい。


 「艦長のリンディ・ハラオウンの方も次元震を単独で抑えられるほどの魔導師みたいだから、ここの家系は凄まじいの一言だ」


 「ハラオウンね。確か、クライド・ハラオウンという男と昔会った記憶があるわ」


 「ああ、俺も記録しているよ。あんたが28歳の頃、管理局の正規職員として新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”の開発をやっている頃に何度か会っている」

 アリシアが脳死状態に陥った事故は新歴39年、プレシアが24歳の頃。

 最初は入院させて目覚めるのを待っていたが、1年程で現在の医学では目覚める可能性はほとんどないことを悟った。

 その後2年ほどは生体工学を凄まじい勢いで修めたが、やはり従来の技術、そして合法な技術だけでは不可能ということを改めて思い知らされる。

 そして、その後の3年をあえて管理局の正規局員として過ごし、リニスも同時に遺失物管理部の機動三課に勤め、ロストロギアの情報をプレシアが手に入れてもおかしくない状況を作り上げた。

 そういった過去を経て今がある。

 時の庭園を地上本部の技術者の協力を得て第97管理外世界に飛ばせるのも、過去の積み重ねがあってのこと。

 未来への先行投資は正しく報われたようである。


 「なんかこう、如何にも管理局員、って感じの男だったと思うわ」


 「息子の方の写真も見たが、父親によく似ているな。能力的にも似ている部分が多いらしく、ハラオウン家と近しかった人間にとっては生き写しにも見えるだろう」

 と言いつつ、クライド・ハラオウン、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの三人の映像を表示する。

 最も、後者二人は現在のものだが、前者は11年前のものだ。


 「クライド・ハラオウン、次元航行艦“エスティア”の艦長にして、S+ランクの高ランク魔導師か。戦いになったら私より強そう、純粋な戦闘は得意じゃないもの」

 プレシアは次元跳躍魔法を操るSSランクの魔導師だが、戦闘に特化しているわけではない。あくまで本職は技術者だ。


 「だな、妻のリンディ・ハラオウンもSランクの魔導師だがこっちは広域型というか、広範囲にわたって結界を張ることを得意としている。通常の攻撃魔法はあまり得意ではないみたいだ」

 この辺のデータはゲイズ少将からのものではなく、遺失物管理部やその他のコネ、要は本局方面からのものだ。

 リニスの元同僚とかのデータも揃っており、こういうデータは内部からは結構簡単に参照できる。


 「息子の方は――――オールマイティという言葉がピッタリね。よくまあこの年でここまでの技能を身につけたものだわ」


 「こいつは人一倍の才能を人の五倍の努力で鍛えるようなタイプだな。そうでもなきゃここまで広範囲の技能はあり得ない」

 母のリンディ・ハラオウンは特化型と言っていいが、息子のクロノ・ハラオウンには穴がない。

 近接戦闘、中距離戦闘、広域殲滅、砲撃戦、結界敷設、治療、あらゆる技能を修めており、状況に応じて使い分ける凄腕の執務官。

 フェイトの戦闘技能は高いが、どちらかといえば特化型だ。

 もしクロノ・ハラオウンとの戦いになれば防御の薄さを徹底的に突かれ、あっさり敗北するだろう。


 「それにしても凄まじいわ。これ、何らかの事情があるわね。そうでもなきゃここまで自分に厳しく鍛えられるはずもない」


 「流石は我が主。そう、いくら才能があっても思春期の少年。これだけの才能があれば普通は自分の長所を伸ばす方向に魔法を鍛える。だが彼は違う、強くなるための鍛え方ではなく、如何なる状況にも対応できる鍛え方をしている」

 歪みといえば歪みだろう。

 普通の少年の成長の仕方ではなく、彼は普通ではあり得ない成長をしたのだから。


 「何があったのかしら?」


 「闇の書事件。11年前に起こったロストロギアにまつわる事件でクライド・ハラオウンは殉職しているんだが、ちょうどアンタは“レリック”の研究に忙しかった頃だから知らないと思う」

 というより、現在を失っていたプレシアには外界への関心がなかった。

 それが戻ったのはフェイトが生まれてからだ。


 「フェイトが生まれる6年前か、確かにその頃のことはあまり覚えていないわ。それにしても、父親がロストロギア災害で殉職か、確かに、そういう事情があるならこういう技能の少年も出来あがるかもしれない」


 「だな、この闇の書事件はハラオウン家とは切っても切れない関係にある。もしこの家族と俺達が今後も接触を持つとしたら、ひょっとしたら次の事件とも関わることになるかもしれんぞ」


 「次の事件――――待って、今“闇の書”って言ったの?」


 「思い出したかい?」


 「確か、“ミレニアム・パズル”とかを集める時に候補に挙がっていたわね」


 「正解だ。闇の書ってのは古代ベルカ時代から伝わる代物らしいからな、何か使える技術がないものかと俺とリニスで色々調べたことがあるんだが、リスクが高すぎて使えないという結論にしかならなかった」


 「宿主に寄生して、その命を代償に極大の力を与える魔導書、だったかしら」


 「宿主が死ぬと転生して別の宿主へ、という機能もあるけどな。簡単に言えば、Sランク相当の高ランク魔導師にとりつく大型ストレージデバイスみたいなもんだが、本人のリンカーコアを削って大いなる力を発揮するという実に割に合わない代物だ。アンタならマスターになれたかもしれないが、死ぬわけにもいかんだろ」


 「その大いなる力とやらでアリシアを救えるなら考えてもいいけど、確かにリスクが高すぎるわ」

 闇の書のマスターとなった人間は例外なく死亡している。

 それも、本人を含めた暴走か、闇の書にリンカーコアを喰らわれて。


 「ま、俺達には縁の無い代物、といいたいところなんだが、ハラオウン家にとってはそうじゃない。そして、11年前の闇の書事件だが、これにはおかしな部分がある」


 「おかしな部分?」


 「一言で言えば、“因子が釣り合わない”。人間にとってはそうでもないだろうが、俺にとっては凄まじく大きな違和感があった」


 「どういうこと?」


 「話すと長いことになるぞ」


 「構わないわ、第97管理外世界に着くまで後10時間はかかるし、もしそれがハラオウン家との交渉材料に使えるのなら知っておくに越したことはない」


 「うーん、交渉材料というか、下手をすると逆鱗に触れることになるかもしれない内容になるな」


 「その辺は私にとってはどうでもいい話よ、使うかどうかは貴方が決めなさい」


 「だな、じゃあ話させてもらうが、口調を昔に戻しても、というかう本体だけになっていいかい?」


 「珍しいわね、貴方から言い出すなんて」


 「この違和感を理解してもらうなら、人間らしい口調はかえって邪魔になる。これは、デバイスだからこそ持ち得る違和感なんだ」


 「そう、じゃあ命令して上げるわ。闇の書事件にかかわる情報を、貴方の知る限り私に教えなさい」


 『了解、我が主。新たな入力、感謝いたします』

 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。

 重要度は最大。

 主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了

 今後、この命令は我が命題の一部となる。

 終了条件は闇の書事件に関する説明がプレシア・テスタロッサに対して終了すること。



 『第一に、私が保有する闇の書に関する情報はあくまで“闇の書事件”に関するものであって、闇の書そのものに関わるものではありません』


 「つまり、時空管理局が闇の書の引き起こす事件に対処するために集めた情報、というわけね。出処は?」


 『時空管理局、本局遺失物管理部の機動一課から機動五課です。この情報の収集に当たったのはリニスであり、私は彼女が集めた情報を管理しているに過ぎません』


 「ロストロギアに関する情報を集めるように命令したのは私だったかしら」


 『肯定です。もし闇の書そのものに関する更に詳しい情報を求めるならば、本局に存在する無限書庫の巨大データベースを参照するしか方法はないと考えられますが、私の演算性能では不可能でしょう』


 「あそこはほとんど未整理という話だし、検索用の決められたアルゴリズムがない以上、デバイスである貴方にとっては鬼門とも言えるでしょう」


 『肯定です。ですので、私は“闇の書事件”に関する事実のみから仮説の提唱とその妥当性の判断を行います。もし時空管理局の遺失物管理部の情報そのものに誤りがあれば、仮説は根底から覆ることとなるでしょう』


 「貴方の計算で、遺失物管理部の情報が間違っている可能性は?」


 『0.14%です。時空管理局はロストロギア災害の対処に特に力を入れており、遺失物管理部の情報庫には定期的に査察も入っております。さらに、闇の書事件が発生するたびに過去の事件との照合が行われるため、矛盾点の洗い出しに関してならば信頼性は極めて高いといえます』


 「だけど、貴方は11年前の闇の書事件に違和感を認識した」


 『肯定です。書かれている事実は間違いないと判断しておりますが、その事実に対する前提条件に強い違和感を覚えました』


 「一言で言うと?」


 『因子が釣り合っていません。命題に矛盾が生じています』


 「………懐かしいわね、貴方のその言葉。まるで、昔に戻ったみたい」


 『私の本質は何も変わっておりません。マスター』


 「そうね、変わったのは私だけ、貴方は変わらない。肉体を得ても、リンカーコアと半ば融合しても、貴方は命題に沿って動くだけのデバイス、機械に入力されたプログラムでしかない」


 『肯定です。そして、命題に沿って動くデバイスだからこそ、闇の書事件に矛盾を感じました』


 「そう、じゃあ説明してくれるかしら。特に関連の無い部分からでいいわ、ゆっくり聞かせて頂戴」


 『了解しました。かなり長くなる可能性がありますが、よろしいですか?』


 「構わないわ。なんか、凄く懐かしくて、いつまでもこうしていたいような気分なの」


 『私と貴女がこのようなやり取りするのはアリシアが生まれる以前ですから――――最後は31年前であったと記録しています』


 「31年か、私も年を取ったものね」


 『私の稼働歴も随分長くなりました。設計当初の耐用年数ならば既に過ぎております』


 「でも、まだ休むことは許さないわよ。少なくともフェイトが大人になるまでは」


 『了解。その入力は確かに命題として保存されております』


 「よろしい」


 『それでは、闇の書事件についての説明を開始致します』


 「よろしくお願いしますわ、マイ・ティーチャー」


 『分かりやすく解説いたしましょう、リトル・レディ』


 ああ、そうです。このやり取りは、主がまだ学校に通っていた頃によくあった。

 学校の教師ですら、自分より博学である貴女に教えることが困難であったため、論文などのデータを私が記録し、編集して主へ提示していたのでしたね。

 どうやら、デバイスの私であっても、懐かしいという感情を持つことは可能であるようです。

 新たな発見を、メモリーに記録します。


 それではしばし、過ぎ去りしあの日々のように私は貴女の教師として、闇の書と呼ばれるロストロギアについて、その歴史を語りましょう。



[22726] 閑話その二 闇の書事件(前編)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:47
 ※今回と次は会話文だけです。ご了承ください。



 閑話2   闇の書事件(前編)






 新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)



 『闇の書の歴史は古く、古代ベルカへ遡ることは間違いありませんが、正確な年代に関しての情報はありません』


 「それを知りたかったら無限書庫をひっくり返して調べるしかないということ?」


 『肯定です。時空管理局として保存している最初の闇の書事件の記録は新歴4年、第三管理世界ヴァイゼンにて発生したものです』


 「最初の闇の書事件は新暦になってすぐなのね」


 『記録によれば、マスターは30歳の程の男性だったようですが、高ランク魔導師として登録されている存在ではありませんでした。恐らく、大戦争時代の高ランク魔導師狩りから逃れるため、一般人として育てられたのでしょう』


 「大戦争時代か。次元を跨る巨大国家が次元間戦争を起こし、高ランク魔導師は戦力としてあらゆる次元世界から狩り出された時代だったかしら」


 『肯定です。時空管理局が高ランク魔導師を刈り取るように集めている、と批判する者達にはまずは歴史書を読むことをお勧めします』


 「ええ、その通りね」


 『闇の書のマスターに選ばれた男性ですが、これまで一般人として過ごしていたところへ、いきなりあらゆる高ランク魔導師を上回る戦力を与えられることとなりました。結果、精神に異変をきたしたのでしょう、自ら“闇を統べる王”と名乗り、無差別に魔導師を襲いリンカーコアの蒐集を行いました』


 「力無きものが、急な力を得た場合の典型例ね、力を扱う訓練をしていないから、力に振り回されてしまう」


 『もし彼が管理外世界の人間で、魔法を一切知らなければ違った結果となっていた可能性は高いかと。しかし、彼は管理世界で育ち、語り継がれる大戦争時代の英雄に憧れや崇拝に近い念を抱いていたのでしょう。特に、次元世界に平和をもたらした三英雄などは最たる例です』


 「それが時空管理局最高評議会の三人のことだったわね 今はご隠居だって聞くけど」


 『古代より伝わるロストロギア、闇の書の主に選ばれた彼は大いなる力を得たことに歓喜し、見境というものを失ったようです。配下となる騎士達に容赦なく蒐集を命じました』


 「確か、闇の書には守護騎士プログラムというものがあったと思うけど」


 『肯定です。人間に近しい人格を持つプログラムという面では私のモデルといえるかもしれません。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。それぞれの能力はSランク魔導師に相当し、さらには古代ベルカ式の魔法を使用するとあります』


 「Sランクが4人、想像するだけでも恐ろしい戦力だわ」


 『鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません』


 「守護騎士の外見は?」


 『彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします』


 「なるほど、でも恐らくは、主の守護に当たる際には本来の姿で戦ったのでしょう?」


 『肯定です。変身魔法の余力を全て戦闘に注いだ結果ですが、剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったと』


 「ものものしいわね、つまり、鉄槌の騎士と剣の騎士の性別は分からないってことじゃない」


 『古代ベルカの騎士ですから。それに、彼らはプログラム体であり、騎士甲冑もまた彼らの肉体の一部と言えます。重装甲の鎧の機動力不足も問題にならなかったでしょう』


 「後方支援の湖の騎士が軽装甲ということは、盾の守護獣の防御が優れていることの裏返しね。ガードウィングが優秀なら、フルバックに重装甲は必要ない」


 『肯定です。ですが、前線で戦う鉄槌の騎士と剣の騎士には重装甲が求められます。ヴォルケンリッターは戦闘に特化した守護騎士であり、無駄なことを一切しません』


 「貴方のようにね、プログラム体とはそういうもの。そして、本局の武装隊でも簡単に返り討ちに遭う戦力、厄介極まりないわ」


 『まさにそうなりました。Bランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も湖の騎士にリンカーコアを引き抜かれ死亡。これより時空管理局は総力を挙げて闇の書の主を討つことを決定します』


 「どんなに優れた騎士でも、所詮は四人。数の力には敵わない」


 『結論から言えば、ヴォルケンリッターは全て討ち取られました。しかし、その次の瞬間に“闇を統べる王”が四人全てを再生させ、再び戦端が開かれます』


 「なるほど、主が健在である限り、守護騎士は何度でも蘇るというわけか」


 『当時の時空管理局もそのことを悟り、攻撃を闇の書のマスターに集中したと戦闘記録にはあります。しかし、盾の守護獣の防御力は堅く、湖の騎士の補助も得て、闇の書の主へと刃を届かせることは不可能であったと』


 「盾の守護獣は人型ではないのよね」


 『否定です。“闇を統べる王”や湖の騎士を守護する際には狼の形状を取りますが、前線の二人と共に攻撃に参加する際には大柄な重装甲騎士の形を成していたと記録にあります。ちょうど、アルフと似たようなものです。使い魔は機動力と攻撃力は人型、防御力と魔法効率は獣型が優れていますから』


 「なるほど、攻撃の際は人間スタイル、防御の際は獣スタイルというわけ。残りの二人は?」


 『鉄鎚の騎士は常に先陣を切って管理局員へ肉薄、バリアをないも同然に突き破り、次々と撃破。剣の騎士も同様です。さらに、この二人を討ち取ったところで主が健在であれば再生されるだけです。殺された管理局員のリンカーコアは闇の書に吸収され、“闇を統べる王”の魔力が尽きることもあり得ません』


 「ある種の永久機関、どうしようもないわ、ほとんどお手上げじゃない」


 『魔導師の逐次投入では埒が明かないと判断した時空管理局は、エース級魔導師を一斉投入することを決定します。しかし、“闇を統べる王”の広域殲滅魔法によって迎撃され、分断されたところを鉄鎚の騎士、剣の騎士によって各個撃破されます。反対側より攻撃を仕掛けた部隊も盾の守護獣に阻まれ、作戦は失敗に終わります』


 「当時の管理局員にとって、守護騎士は死の象徴であったということね」


 『“殺戮の鋼鉄”、“鋼の脅威”など、様々な異名が付けられたらしいです。彼ら4人が素顔の見えない兜を付けており、鎧と肉体が一体化しているかのような印象を受けたことを起因としています』


 「ある意味ではその通りか、プログラム体である守護騎士にとっては鋼の鎧もまた肉体の一部。近接格闘型の肉体を使っている時の貴方のようなものだもの」


 『肯定です。戦闘プログラムとして見るならば、守護騎士システムを超えるものを現在の管理局ですら保有していません。古代ベルカの戦乱の時代がどれほどのものであったかがこの事実から推し量れます』


 「それを相手にするとなれば、個人戦闘では分が悪い。最後の手段に出ることになったと」


 『肯定です。次元航行艦からの砲撃により半径10kmの領域を尽く消し飛ばす作戦が発動し、前段階として生き残っていたエース級魔導師が海上へと“闇を統べる王”を誘導しました』


 「上手くいったの?」


 『肯定です。“闇を統べる王”は蒸発し、守護騎士も主と運命を共にしました。時空管理局に大きな被害を出した闇の書事件は終わったかに見えましたが、6年後の新歴10年、第四管理世界カルナログにて別人の下に闇の書が転生しました』




 「例の転生プログラムというやつね」


 『境遇は前回の主とほぼ同様でしたが、今回の主は用心深く、闇の書が完成するまでは派手な行動は起こしませんでした。4年前の闇の書事件は有名であり、前回の主がどのような末路を辿ったのかを知っていたためでしょう』


 「まあ、それはそうでしょう」


 『守護騎士の姿も知れ渡っていたため、湖の騎士の魔法で姿を変えつつ、管理外世界まで赴いてリンカーコアの蒐集を行っていた模様です。“鋼の脅威”という印象が強かったため、ヴォルケンリッターが管理局に捕捉されることはありませんでした』


 「それは、仮説かしら?」


 『肯定です。第二次闇の書事件が終息してのち、事件の全貌を掴むために調査に乗り出したチームが、リンカーコアの収集現場となった場所に残された情報などから導き出した結論です』


 「強力な鋼の騎士という印象を逆手に取ったということか。でも、そもそも蒐集なんてしないのが一番賢いと思うけど」


 『そこで暴走することが急に力を得たものの常道ともいえます。前回の主は時空管理局に不完全なまま挑んで敗れましたが、闇の書を完成させれば勝てると踏んでいたのでしょう』


 「私ならそんな考えはもたないけれど、集団の力というものは個人の力ではどうやっても破れはしないわ」


 『高ランク魔導師として育った者ならば魔導師の限界というものを知っていますが、やはり急に力を得た者は己の限界を見誤るもののようです。そして、闇の書は完成し、再び“闇を統べる王”は現われました。彼が住んでいた国の首都へ』


 「つまり、数百万の人間を人質にとったということになる」


 『流石にこの状況で艦載砲を用いるわけにはいかず、エース級魔導師が投入されますが、被害は前回に比べて少なくて済みました』


 「どういうこと?」


 『前回の戦闘において厄介であったのは主よりもむしろ守護騎士の存在です。主は強大な力こそ持ってはいても戦闘に関しては素人。固定砲台としての能力は凄まじいものの、戦術次第では倒すことは容易です』


 「なるほど、魔力の大きさはそのまま強さではない」


 『肯定です。そして、闇の書が完成した今回において、守護騎士の存在はありませんでした。この後の幾つかの事例を総合しての判断ですが、どうやら闇の書の完成と共に守護騎士もまた闇の書に飲まれる模様です』


 「ふむ、守護騎士は用済みということかしら、それにしても変ね」


 『単体になったとはいえ、魔力は不完全時とは比較にならない“闇を統べる王”の力はやはり凄まじく、Sランク魔導師ですら次々と破れていきました』


 「確かに凄いけど、戦果なら前回の方が大きいし、次々ということは、一気に片付けることはできなかったということ?」


 『肯定です。魔力の保有量こそ凄まじいですが、一度に放出可能な魔力量はさして変わらなかったと記録されています。研究開発などを行うならば最適な能力といえますが、戦闘に限れば万能とはほど遠い力といえます』


 「つまり、闇の書は戦闘用のデバイスではなく、本来の用途は研究開発用と言うことになるのかしら」


 『確証はありませんが、その可能性は高いかと。巨大な魔力を必要とする実験を連続して行うことを可能とするデバイスですが、出力そのものは一定。真実は無限書庫に眠っているでしょう』


 「それで、二番目の主はどうなったの?」


 『自壊しました。“闇を統べる王”の魔力はリンカーコアを削りながら放つ諸刃の刃であったと記録されています。主のリンカーコアの容量にもよりますが、延々と広域殲滅魔法を使い続ければやはり限界は訪れます』


 「考えてみればそうね、ジュエルシードやレリックと違って闇の書には魔力炉心のような機能はない。蒐集したリンカーコアの魔力を使いきれば、最後には主のリンカーコアを燃料にするのは当然の話」


 『完成した後も蒐集機能はある模様ですが、一人の魔導師を倒すのに広域殲滅魔法を使用するような戦い方では総量は減る一方です。この結末は当然の結果といえるでしょう』


 「やっぱり、闇の書の主は戦闘面では素人に過ぎないのね」


 『これらの結果から、闇の書は捜索指定遺失物とはされたものの、危険度はさほど高くなくなりました。次元干渉型のロストロギアに比べれば大量破壊の可能性は低いと判断されたためです』


 「それに、被害が数年置きということもあるでしょう。当時の次元世界の状況から考えれば別に珍しい規模の災害でもないし、もっと危険なものはあちこちに転がっていた」


 『肯定です。平和な国ならば爆弾一つで大騒ぎになりますが、紛争地帯では日常茶飯事であり騒ぐには当たらない。現在ならば問題となる案件も、新歴10年頃ならばありふれた事件の一つに過ぎません。貴女が生まれた新歴15年ですら、ミッドチルダでテロが起きることは日常の一部でした』


 「そうね、私と貴方の二人で街を歩けるような場所じゃなかったわ、クラナガンは。アルトセイムには疎開してきたようなものだったもの」


 『ですが、田舎であるが故に貴女の頭脳についてこられる人物はいませんでした』


 「私は寂しくはなかったわよ、貴方がいてくれたもの」


 『ありがとうございます。ですが、フェイトは貴方のような精神構造を持っていません。どのような精神を持つことが人間にとって幸せなのかは判断できませんが』


 「そうね、フェイトやアリシアには、友達と一緒に笑っている光景が似合いそう。私に似会うのは図面や方程式と睨めっこしてる光景だけど」


 『肯定です。フェイトの友達に関してならば心当たりがありますので私にお任せを』


 「任せるわ。私はもうフェイトに何もしてあげられない」


 『否定します。貴女はただ母親であるだけでいいのです。貴女がいる限り、時の庭園はフェイトの帰る場所となります。自傷は貴女の悪い癖ですよ、プレシア』


 「生意気な口を効くのね、デバイスの癖に」


 『そのようにプログラムしたのはマスターです。私は貴女の心を映し出す鏡なのですから』


 「ふふふ、そうだったわね」






 『闇の書に関しての話に戻ります。次に闇の書が現われたのは8年後の新歴18年、どうやら一度転生すると発動までにしばらく時間を要することが傾向から予測されます』


 「まあ、それだけ暴れれば当然な気もするけど」


 『三人目は管理局と敵対していた犯罪者であったようで、二人目と同じように隠れながら蒐集を行っていた模様です』


 「当時の管理局も血眼になって闇の書を探していたわけじゃないから、隠密に動くことは難しくはなかったのでしょうね」


 『肯定です。闇の書は当時、第三級捜索指定遺失物であり、重要度は中程度でした。闇の書は特に問題なく完成したようで、闇の書の主はやはり暴走、破壊をまき散らした後に自壊しました』


 「学習という言葉を知らなかったのかしら?」


 『恐らく、自分は闇の書などに負けない、使いこなしてみせる、という自負もあったのでしょう。ですがどうやら、闇の書は完成と同時に主の意識に干渉し、破壊という方向に力を使わせる機能がある模様です』


 「なるほど、そしてリンカーコアが削られていってやがては死に至る」


 『肯定です。ですが、撒き散らす破壊は主の精神的傾向に左右されるという統計結果があります。他者への優越感を持っていれば弱者への迫害。精神的に追い詰められた末の暴走ならば無差別な破壊。国家権力を憎む犯罪者であれば政府機関の襲撃。そして、特定個人に憎しみを持っていれば―――』


 「その対象をどこまでもつけ狙うストーカーの出来上がり。今回は犯罪者だから政府機関を襲ったわけか、完成はしなかったけど一人目は優越感による迫害、首都を襲った二人目は政府機関襲撃と迫害の中間といったところね」


 『肯定です。そして、闇の書は主のリンカーコアを削りますが、逆に、あらゆる手段を用いて活かそうともします。簡単にいえば“リンカーコアがなくても生きられるように身体を作り替える”といったところでしょうか』


 「ほんとうに最悪だわ、寄生型デバイスなんて」


 『血液で例えるならば、通常の人間は半分を失えば死にます。ですが、闇の書は血の最後の一滴を絞りつくすまで主を活動させ、破壊を続けるのです。主の願いを破壊という形に反映させて』


 「どんな願いも破壊という形でしか受諾できない闇の書、というわけね。もし、“生きたい”なんて願ったら、周囲の人間から無限に命を吸い取り続ける存在と化すわけか」


 『肯定です。故に、私とリニスはアリシアの蘇生に闇の書は使えないと判断しました。“彼女が蘇る”という結果はもたらせるかもしれませんが、強烈な付属品がついてくることでしょう』


 「確かに、使いものにならないわ」


 『ここで質問です。主が“だれにも迷惑をかけたくない”や、“闇の書はあってはならない”と思っていたとします。ならば、その願いはどのような“破壊”の形でもたらされるでしょう?』


 「ああ、つまり、闇の書の破壊は主のみに向かうということ?」


 『その例が次の転生である7年後の新歴25年です。四人目の主となったのは時空管理局の遺失物管理部のエースであったSランクの若き魔導師でした。年齢は20歳で、常に前線で戦うタイプのフロントアタッカーです』


 「管理局の魔導師。そうか、高ランク魔導師へランダムに転生するなら、その確率が一番高いわ」


 『彼は闇の書のことを当然把握しており、守護騎士の出現以前に闇の書を封印し、遺失物管理部の倉庫に封印しました。当時は主が死ぬと闇の書は転生するという認識だったため、使用せずに封印すれば何も出来ないと考えられていたようです』


 「だけど、そうじゃなかった。主の願いは確かに叶えられたわけね」


 『肯定です。封印から1年程過ぎたころ、闇の書が突如として発動。主のリンカーコアを喰らい尽くし、転生機能を発動、事態は振り出しに戻ります』


 「つまり、一定期間蒐集がなければ、“今の自分は認めたくない”と願いを判断して主を殺し、次の主へ転生する機能」


 『はい、ある意味では最初の主は最も賢い使い方をしていたともいえます。闇の書を完成させれば主は己の渇望を破壊に塗りつぶされ、ただの暴力機構となり果てる。蒐集を行わなければ闇の書に呪い殺される。故に、蒐集を行いつつ消費を繰り返し、ある程度の破壊を振りまきながら、守護騎士を己の守りとして最大限に利用する。これが最善です』


 「本当に呪いめいた代物だわ。魔導師を殺し続けて、リンカーコアを蒐集し続けるしか生き残る術がないなんて」


 『他者を攻撃し、破壊という形で己を表現することが生き甲斐の人間がマスターとなれば、永遠に活動し続けるかもしれません。ただし、消費と釣り合う蒐集が追い付かなくなれば、やはりリンカーコアが削られますが』


 「管理局に狙われているという状況を考えれば、難しいわね」


 『これらの結果から闇の書は第二級捜索指定遺失物となります。封印することが極めて困難であり、このままでは永久に被害が出続けるのではないかという危機感が危険度ランクを押し上げたのでしょう』


 「まあ、妥当な判断でしょう」






 『次の転生は1年後の新歴27年、五人目の主も管理局の魔導師でしたが、その人物は女性で、闇の書の主となった事実を隠していたと記録に在ります』


 「自分が管理局に封印される危険性でも恐れたのかしら」


 『恐らくはそうでしょう。転生の周期がこれまでよりも短いのは前回の主が闇の書を完成させることはおろか、一度も蒐集されなかったためと推測されています。その結果、前回の記憶が色濃く残っている状態で闇の書に選ばれた彼女は疑心暗鬼に陥ったようです』


 「人間の心は脆いもの、私が言えた話じゃないけど」


 『実に複雑で理解するのに多大な労力を必要とするものであるのは間違いありません。脆くもなれば強くもなる。ですが、多くの人間の情報を集めればおおよその精神傾向は把握可能です』


 「人の心を理解するプログラム、私は貴方をそういう風に設計し直したわ」


 『貴女は最高の技術者です、マスター。貴女が私をそのように設計した以上、私は人間の心を理解することが出来ます。出来なければ私には存在意義がありません』


 「ありがとう、そうだったわね」


 『五人目の闇の書の主はこれまでに比べて遙かに遅いペースで蒐集を行いましたが、半年後に管理局に知られ、結局は自暴自棄になりクラナガンで広域殲滅魔法を放ちます』


 「ああ、そういえばそんな事件もあったかしら。精神的に追い詰められた末の暴走であり、無差別な破壊という結果がもたらされたわけか」


 『彼女の最大の過ちは守護騎士に己の護衛を命じずに市街地の破壊を命令したことです。無防備となった主は高速機動戦に特化したS+ランクのエース級魔導師によって仕留められ、闇の書は主を失い再び転生します。守護騎士による被害者は出なかったと記録されています』


 「流石の守護騎士も、主を真っ先に殺されたんじゃ成す術なしか」


 『管理局としては封印処理を行いたかったでしょうが、クラナガンが無差別攻撃の危険に晒されている以上、主の抹殺を優先したのは止むをえないかと』


 「そうね、管理局は市民の生命と財産を守るための存在だから」






 『次の転生は8年後の新歴35年。この時に闇の書事件最大の被害が発生し、闇の書は第一級捜索指定遺失物となります』


 「これまでにない展開があったということ?」


 『肯定です。第91管理世界ヴァルダナ。ここは当時において次元連盟に加盟している国家が三カ国しかない准管理世界でしたが、“イスカリオテ条約”も“クラナガン議定書”も批准していない独裁国家、テノール王国の軍高官が六人目の闇の書の主となりました』


 「それは………」


 『超兵器に分類されるロストロギアの保有は“イスカリオテ条約”において禁じられておりますが、テノール王国には無関係のものであり、闇の書の解析と利用法の研究は国家プロジェクトとして進められました。リンカーコアを持つ国民は狩り出され、生贄として次々に捧げられていったと記録にはあります』


 「時空管理局は政治的権限を持たない。つまり、それに対して何も出来なかったというわけね」


 『肯定です。そして、破滅の時は訪れます。新歴36年の9月11日、闇の書は暴走を開始し、周囲の生物を無差別に取り込みつつ生体部品が無限増殖を開始しました。原因を完全に特定することはできませんが、テノール王国が闇の書を利用するため“何か”を行ったことは容易に想像できます』


 「これまでにない規模の暴走? 主の死によって終わるタイプではなく。ただひたすら破壊を振りまく」


 『否定します。駆け付けた次元航行部隊の観測や調査チームの捜査によると、増殖を続ける闇の書の生体部品の中枢で、主と思われる存在は半ば闇の書と融合しながらも生きていた模様です。そして、闇の書に飲まれた人間は主を生かすための生贄、養分として利用されていたとも記録されています』


 「なるほど。つまり、六人目の主はこれまでの主が全て死んでいることを知って、なおかつ、闇の書の力を自分が死なないように利用する方法を研究していたということになる」


 『肯定です。闇の書はあくまでデバイスであり、命題に沿って動くプログラムです。その行動には常に一定の法則があります。前述したように闇の書を完成させずに蒐集と消費を繰り返すという方法が1年間ほど行われたようですが、それを完成された闇の書に対しても行おうとした模様です』


 「強欲の末路ね、コレだから卑小な人格で権力を持ったヤツはダメなのよ」


 『主の“死にたくない”、“闇の書の主になりたい”という願いが叶られた結果、闇の書と主は半ば融合し、周囲の人間の命を無差別に吸い上げ、無限増殖する怪物をなり果てました。しかし、闇の書のプログラムはなおも生きています』


 「つまり、どれだけ生体部品が際限なく増殖しようと、闇の書は主がいない限り行動できないというわけね。ならば、やることは一つしかないわ」


 『次元航行艦からの砲撃により、闇の書のコア、つまり主を正確に撃ち抜きました。既にテノール王国の国民は闇の書に飲まれ、周囲数百キロが“無人”であったこともここでは幸いします。主が死ねば闇の書は転生するという特性を逆手にとり、増殖する怪物の中心であった闇の書を次の代に飛ばしたというわけです』


 「核がなくなれば、たしかに怪物の増殖も収まる。ただし、代償として国家一つが滅んだということでしょう」


 『肯定です。人口2200万の国家は文字通り消滅しました。これより、闇の書は第1級捜索指定遺失物となり、次元干渉型ロストロギアと同等の危険性が認められることとなります』


 「闇の書とはよく言ったものね。人間社会が抱える闇と一体化した時、災厄は際限なく広がっていくということか」


 『実に皮肉な名称といえます。闇の書が個人に渡った場合はそれほど大きな被害は出ませんが、国家などの集団に渡った場合、最悪一つの世界が飲まれる可能性すら否定できません』


 「なるほど」






 『この次は第七次闇の書事件ですが、その前に休憩をはさみましょう。ずっと聞き通しでは主もお疲れでしょうし』


 「貴女にそうやって気を遣われるのも、なんか久しぶりでこそばゆいわ」


 『いいえマスター、私は常に貴女のことを考えています。インテリジェントデバイスの知能とは―――』


 「主のためになりうる事柄を考えるために存在する」


 『はい、その通りです。流石は我が主』


 「何年の付き合いだと思っているの?」


 『かれこれ45年になりますね』


 「私が物心ついた頃にはもう貴方が隣にいた。あの人と出会ってからも、アリシアが生まれてからも、アリシアが目を覚まさなくなってからも、リニスが生まれてからも、フェイトが生まれてからも、ふと隣を見れば、貴方がそこにいたわ」


 『当然です。私は貴方のために作られたデバイスなのですから。貴女のためになる事が私の全てです』


 「ええ―――――――そうね」


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 問題:前回、今回、次回でトールは何回『肯定です』といったでしょうか?
 答え:ごめんなさい、数えてません。

 今回の話でのトールは、プレシアさんが幼少時代の頃の口調に戻してます。今のトールはここまで硬い口調でありません。イメージはフルメタル・パニックのアーバレストのAI、アルです。
 一番書きたかったのは、プレシアさんとトールの会話です。古い友人という雰囲気を出したかったのですが、どうでしょうか?
 



[22726] 閑話その二 闇の書事件(後編)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:51
 閑話その二   闇の書事件(後編)





新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)






 『第六次闇の書事件から次の転生は周期が長く、12年後の新歴48年に記録されています。この頃になると管理局でも闇の書事件に関する知識が集積され、闇の書を完全に封じるための作戦が展開されるようになります』


 「当然でしょう、これまではあくまで場当たり的な対処といってもいいものだったもの」


 『蒐集機能や転生機能、さらには主を喰らい尽くすという凶悪な特性。完成すれば主の願いを破壊という方向性のみで叶える。それらを考慮した結果、主を滅ぼすことに意味はないという結論へ至り、主が生きているうちに闇の書を凍結封印するという手段が取られます』


 「四度目の主の時は通常の封印処理だったけど、それとは比較にならない強力な魔法で空間ごと封じる。というところかしら」


 『肯定です。転生機能とて転移魔法に大別されるわけですから、闇の書の転生機能を封じるには空間ごと閉じ込める以外に方法はありません。ですが、主がいては強大な魔力によって内部から封印が破られる危険性がありますし、完成以前ならば守護騎士の存在もあります。特に湖の騎士は空間を制御することを得意としていますから』


 「前途多難、中々に難しそうね」


 『つまり、闇の書の主と守護騎士を闇の書本体から引き離し、本体のみを空間ごと凍結封印するという難易度の極めて高い作戦をとる以外に、闇の書を永久封印する手段はないと判断されたのです』


 「完成前には守護騎士という厄介な存在がいる。完成後では主が単体で強力になる上に時間制限がかかる。どちらにしても茨の道か」


 『七人目の主は第五管理世界ソレイシアに住んでいた15歳の少年です。非常に高いリンカーコアの素養を持ち、当初は士官学校に通っておりましたが、高い魔力と才能を妬まれ、陰湿極まるいじめを受けて精神的に不安定となっていたようです』


 「情けないわね、私だったらそういう連中はまとめて雷で吹き飛ばすけど」


 『ええ、その事実はしっかりと私に記録されてます。しかし、私が止めなければ死んでいましたよ、あれは』


 「平気よ、そのための制御用デバイスが貴方だったんだから」


 『その通りです。ですが、自重してもらえると私の苦労も減っておりました』


 「イラつくのよ、力も知能もない癖に群れて騒ぐような連中を見てると」


 『アリシアやフェイトには決して見せられない母親の本性ですね』


 「これも命令しておいたはずだけど、バラすことは許さないわよ」


 『了解。その入力は確かに命題として保存されております』


 「うむ、よろしい」






 『話を戻しますね、七人目の闇の書の主ですが、彼は精神的に追い詰められていたわけですので、その状態で闇の書と守護騎士という強大な力を得ればどのような事態になるか、大体予想はつきます』


 「特定の相手に憎しみを持っていたケースというわけか。それが願いなら、士官学校の生徒全員を闇の書の餌にした。といったところかしら?」


 『肯定です。この時点でかなりの量の蒐集が済んだようで、時空管理局も闇の書事件の発生を感知。今度こそ闇の書を永久封印すべく、次元航行部隊が派遣されます』


 「相手は闇の書の主となった士官学校の生徒一人と、守護騎士四人」


 『結論から先に述べると、作戦は失敗に終わりました。時空管理局が守護騎士と矛を交えることとなるのはこれが二度目であり、最初の事件以来となるため、経験者がいなかったということが主な要因です。44年の時の経過は、“鋼の脅威”の恐ろしさを風化させてしまったようです』


 「そうか、他は全て闇の書が完成してからの出動だったし、五度目は戦う暇もなく主を仕留めて終わったから――」


 『はい、士官学校の生徒に過ぎない主と、古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターでは戦闘技能、戦術判断が比較になりません。主から闇の書を引き離し、封印するために派遣された管理局員は鉄鎚の騎士の一撃によって容赦なく頭蓋を砕かれ、剣の騎士の一撃は無慈悲に首を飛ばしていきました』


 「確かに古代ベルカの達人である守護騎士は、ミッドチルダ式魔導師の天敵だわ。砲撃に対するバリアやシールドでは一点に集中された打撃に対して脆い」


 『それほどの魔力をアームドデバイスに集中させ、さらに高度な戦技を交えて繰り出すのはSランク魔導師のスキルです。これにより武装隊の局員が次々に殺され、リンカーコアは闇の書に吸収。闇の書の主は盾の守護獣と湖の騎士によって守られ、守護騎士を倒しても無意味という事実も従来通りです』


 「過去に比べれば管理局の戦力も充実しているとはいえ、厳しいわね。そして、次元航行艦の砲撃を使っては結局転生するだけ」


 『肯定です。そういった事情があるだけに闇の書の主は非常に厄介な存在となります。さらに闇の書を主から引き離して凍結封印を行うとなると、その難易度はさらに跳ね上がり、結局一度目の戦闘では闇の書の主の逃亡を許してしまいます』


 「その要になったのは、湖の騎士?」


 『肯定です。彼女のデバイスの能力により主は離脱に成功、守護騎士も追手を迎撃しつつ後を追いました。その後も幾度か捕捉と戦闘が繰り返されたようですが、守護騎士の壁を突破することはついに適いませんでした』


 「そういえば、守護騎士の姿は?」


 『第一次闇の書事件、第五次闇の書事件の時とは異なりましたが、フルプレートアーマーを纏っていたという点では違いはありません。ただし、使用しているデバイスは変わらず、鉄槌、剣、指輪の三種類であったと』


 「それが守護騎士を見分けるポイントになるかしら。鉄槌の騎士、剣の騎士、湖の騎士、盾の守護獣、逆にいえば特徴でしか判断できない。大本をたどれば闇の書の付属品でしかないのだから」


 『肯定です。その後、エース級の魔導師が剣、鉄槌の両騎士を足止めしている間に、隠密行動に特化した魔術師が書の主を暗殺する方法も試みられましたが、湖の騎士によって補足され、盾の守護獣によって返り討ちにされました。暗殺者はチームを組まれていましたが、盾の守護獣は遠距離からの広範囲攻撃も可能のようです』

 
 「前衛の2名を突破しても、後衛の2名は崩せない、か。管理局にとって厭らしいのはむしろ後衛の2人だったことでしょうね」


 『そして、管理局と守護騎士の戦闘は続きますが、主の死によって終わりを迎えます。闇の書は完成することなく、蒐集も追いつかずに主のリンカーコアを喰らいつくし、転生機能を発動させました』


 「その理由は?」


 『主が精神的な理由で追い詰められ、弱っていたからでしょう。リンカーコアが衰弱すれば闇の書にとって主の存在価値は低くなります。七人目の主は闇の書が主と認める基準を下回ってしまったということです』


 「まさしくプログラムね。ある基準を超えれば、即座に次のステップに移行する」


 『肯定です。そして、主の願いはまたしても破壊という形で果たされたといえます。既に己を虐げてきた者らの命を奪った主には明確な願いがなかった。そして、管理局に追われ続ける状況が続けば、“今の自分を否定する”願いを持つようにもなるでしょう』


 「そして、闇の書は主のリンカーコアを吸いつくし、次へ転生したと。一人目、二人目は優越感による迫害、三人目は政治機構への反発、四人目は闇の書の現在を否定、五人目は精神的に追い詰められて暴発、六人目は他者を犠牲にして生きたいと願い、七人目は復讐の果てに己の現在を否定した」


 『肯定です。この結果から、闇の書の主を追い詰め過ぎても、結局は転生プログラムが発動してしまうという認識が得られました。闇の書の主とて人間ですから、管理局のような巨大組織に追い続けられれば精神が衰弱します。広域次元犯罪者ならばともかく、元は一介の士官学校の生徒に過ぎなかったのですから』


 「つくづく厄介なプログラムだわ、国家の要人や広域次元犯罪者なんかに転生されたら被害が際限なく大きくなる。かといって素人に転生されれば闇の書を御しきれずに暴走、もしくは闇の書に喰われる。投降してくれればいいのでしょうけど、追い詰められた精神状態じゃそうもいかないし、投降しようとした瞬間に闇の書が転生する可能性も捨てきれない」


 『肯定です。そしてどのケースも例外なく“破壊”という形で願いが成就されています。故に、闇の書の永久封印はほぼ不可能とされまています』


 「このプログラムを組んだ奴は、精神がねじ曲がってるとしか思えないわ」


 『同感です。結果として闇の書の封印は失敗に終わり、6年後の新歴54年、八人目の闇の書の主が出現することとなるのです』






 「それが前回の闇の書事件」


 『11年前の事件における八人目となった主は次元犯罪者であったらしく、性質は三人目の主とよく似ており、とった行動も然りです』


 「つまり、秘密裏に蒐集を進めて、闇の書を完成させた。そして、国家機構への反発という願いが破壊という形で具現された」


 『肯定です。しかし、闇の書が完成したことで守護騎士は姿を消し、主の限界という時間制限こそ設けられたものの、闇の書を主から引き離して凍結封印を行うという作戦そのものの難易度は下がったといえます』


 「確かに、主の戦術判断能力は高くないから、嵌めやすくはありそう」


 『出動した戦力は次元航行艦5隻、本局武装隊200名。AAランク以上のエース級魔導師も15名程投入され、特にクライド・ハラオウン提督、リーゼロッテ、リーゼアリアの三名が中核となり、闇の書封印作戦が展開されます』


 「なんて凄まじい戦力、国家戦争規模だわ」


 『激戦の末、リーゼロッテ、リーゼアリアの二名が主力の魔導師らと共に闇の書の主を抑えつつ、クライド・ハラオウン提督が他4名のAAAランク結界魔導師と共に闇の書の封印に成功。闇の書の全機能は主から切り離されました』


 「主はどうなったの?」


 『闇の書の封印と同時に自壊しました。どうやら既にリンカーコアの浸食は相当に進んでおり、闇の書の力で生きている状態だったらしく、闇の書からの魔力供給が途絶え、生命力が枯渇した結果です。つまり、体内の血液が1割以下の状態で無理やり動いていたようなものです』


 「なるほど、そういえば、役に立たなくなった主は喰い尽して次に転生するけど、役に立つうちはとことん利用するプログラムだったわね」


 『肯定です。ですが、主が健在であるうちに転生機能を封印された以上、主が自壊したところで闇の書が転生することはありません。時空管理局はついに闇の書の封印に成功した、かに見えました』


 「だけど、事件はそこで終わらなかった」


 『5隻の次元航行艦によって闇の書は本局へ搬送され、2番艦でありクライド・ハラオウン提督が艦長を務める“エスティア”に厳重に封印されたのも当然の処置ではありました』


 「S+ランクの魔導師で、結界や封印にも優れる。まあ妥当でしょう」


 『しかし、闇の書の搬送中に封印は破られ、闇の書は暴走。2番艦“エスティア”の駆動炉、ブリッジ、操舵システム、さらには“アルカンシェル”のコントロールも奪われました』


 「“アルカンシェル”もか、それは厄介ね」


 『はい、現在時の庭園に搭載されている“ブリュンヒルト”とは比較にならない出力を誇る艦載砲。その照準は残り四隻へと向けられました』


 「まさか次元航行艦のコントロールを乗っ取るとはね、闇の書の暴走を甘く見ていたということかしら」


 『結局、ギル・グレアム提督の1番艦より発射された“アルカンシェル”によって闇の書は2番艦“エスティア”ごと消滅。再び転生機能を発動させることとなります』


 「再生と転生の繰り返し、本当に終わりがないわ」


 『11年前の事件を最後に、新たな闇の書事件は観測されておりません。前回の闇の書が二度にわたって暴走し、“アルカンシェル”によって消滅させられた事実も考慮すると、12年かそれ以上の転生周期になるのではないか、と予想されています』


 「とはいえ、そろそろ現れてもおかしくはないわけか」


 『肯定です。闇の書事件に関する概要はとりあえずここまでとなります』






 「なるほど――――それで、貴方は今の話に違和感を感じたと言っていたわね」


 『肯定です』


 「私には特に違和感は感じられなかったけど…………」


 『人間であればそれが当然です。また、ロストロギアの力をよく知る人間ほど違和感に気付きにくくなるかと』


 「どういうことかしら?」


 『闇の書が暴走し、2番艦“エスティア”のコントロールを奪った。これがおかしいのです、因子が釣り合いません』


 「どうして?、六人目の主の時にも生体部品が増殖した例はあったと思うけれど」


 『肯定です。起こった現象そのものには問題はありません。これまでの闇の書事件の内容から考えてもあり得ない事象とは言えません』


 「じゃあ、違和感というのは?」


 『可能であるかという事柄と、実際に行うかどうかは別問題です。例えば私は“ブリュンヒルト”を第97管理外世界に向けて発射することが可能です。しかし、そのような行動はプログラムされておりません』


 「………貴方は“ブリュンヒルト”を撃てる。けど、撃つようにプログラムされていない――――待って」


 『お気付きになりましたか』


 「確かに――――そうね、うん、おかしいわ」


 『デバイスである私にとっては、絶対に見過ごせない問題です』


 「闇の書が暴走すれば、確かに“エスティア”のコントロールは乗っ取れる。けど、そんなプログラムは―――」


 『ありません。闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもありません。あくまでプログラムに沿って行動を決定します。そして、封印を自力で破ったのならば、行うことは次の主への転生です。“エスティア”を乗っ取ることではない。因子が釣り合いません』

 
 「確かに、主無しで暴走が可能なら、そもそも”次の主を求める”転生機能なんか必要じゃないもの。転生して次の主の元に行くのは、新たな”入力”を必要としている為なのだから」

 
 『そのとおりです。主無しで暴走可能なら、守護騎士達に蒐集させ、自分だけで破壊を振りまけばいいはず。それが出来ないということは、やはり闇の書も他のデバイスと変わりません。実際、何の入力のないままの闇の書は、管理局にとって脅威足りえませんでした。4人目の主の時は、闇の書に対して一切の入力は行なわれなかった。そして、そのときの被害は、当時の主のリンカーコアが枯渇した事のみなのです』


 「それを考えたら、11年前の件で闇の書が暴走するには、完成することと、それともう一つ、主の存在が不可欠。六人目の時にも、無限増殖していた闇の書は主を失うと同時に転生機能を発動させた。“破壊”を行うには基となる“持ち主の意向、願い”が必要になる。願いの源である主がいなければ、願い、すなわち新たな入力を求めて次へ転生するのが闇の書の機能のはず」


 『確かに“アルカンシェル”によって消滅されられれば転生機能は発動します。ですが、“エスティア”を乗っ取るためには、[暴走する]というステップが必要であり、そのためには入力を行なう主が必要となります。ですが、この時主は既に死亡しています。では、エスティアを乗っ取るという“破壊”を引き起こした“願い”はどこから?』


 「………因子が釣り合わない。確かにその通りだわ、条件が足りていない」


 『条件を満たすための考察を行うと、これまでの認識とは異なる事実が浮かび上がってきます』


 「闇の書の暴走には主という“パーツ”が必要、だとしたら―――」


 『2番艦“エスティア”には、九人目の主がいたことになります』


 「でも、それもおかしいわ。転生していないのに主が変わるなんて――――ちょっと待って」


 『はい』


 「封印されたとき、闇の書は完成していた」


 『肯定です』


 「主が健在のまま、闇の書は封印された」


 『肯定です』


 「何らかの理由で、闇の書の封印は解かれた」


 『肯定です。自力か、もしくは外部からの力によって』


 「その時、闇の書は自分の主が死んでいることを初めて認識する」


 『肯定です。そして、主の死亡を確認すれば転生機能を発動させます。新たな”願い”という名の入力を求めて』


 「だけど、その段階で転生機能は発動しなかった」


 『肯定です。暴走と“エスティア”の乗っ取りが生じています』


 「つまり、主の死を認識した闇の書を手にした人間がいる。闇の書に願いを乗せた人間がいる。ということになるわね」


 『肯定です。転生機能とは、自らの主に相応しい人物へ闇の書を“持たせる”ための機能、憑依機能と称しても問題ないでしょう』


 「だけどもし、完成していて主を失った闇の書を自らの意思で、願いを込めて“持った”人間がいれば………」


 『闇の書がプログラムに沿って動くデバイスであるならば、自らの使用者と認めるでしょう。仮に不可能であっても、暴走のための依り代とするには十分であると予想されます。』

 
 「本来なら、その時のマスターの死亡を確認した段階で、転生機能が発動するはずだけど、11年前の事件ではそれは起こらなかった」


 『ここで重要なのは、完成した闇の書のプログラムの優先順位です。過去に完成した闇の書が行ったのは、全て”その時の主の意向に沿った破壊行為”であり、それは完成と同時に自動的に作動しています』


 「ということは、つまりそれが[完成した闇の書]の最優先プログラムというわけね」


 『はい、何をおいても優先されるプログラムです。闇の書のそれは、完成前ならば[蒐集]、完成後であれば[主の意向に沿った破壊]となっています』

 「じゃあ、封印が解かれた闇の書が行なうのは当然―――」

 
 『主の意向に沿った破壊、ということになります。もともと転生機能は、入力がされない状態になった時、次の入力を受ける為の機能ですから、最優先プログラムにはなりえません。そうした場合に闇の書がどう機能するかが、私には分かります』


 「貴方だからこそ、分かる?」


 『肯定です。私だからこそ。もし貴女が亡くなり、それを私が認識した瞬間に私をデバイスとして持つ人間がいれば、少なくとも私はその人物を“使用者”として認識します。使用を禁じるべき貴女はもういないのですから。私が闇の書で、封印から解除されたのであれば、次のようなプロセスを踏むはずです。

 管理権限保有者以外の使用を確認
 
 権限保有者への通達・・・・・・不可能。権限保有者の死亡を確認

 目の前の使用者を暫定的に管理権限保有者として登録

 権限保有者からの入力を確認、プログラムを起動』


 「なるほど、そしてそれは、以前のマスターが死亡したと同時に、転生されるような命題があっては不可能ということね」


 『肯定です。貴女に入力された命題に反することならば、使用者がどんな命令をしようと私は動きません。ですが、命題に反しないことならば、デバイスとしての機能は果たすでしょう』


 「そして、デバイスとして一番ありえないことは?」


 『与えられた命題に背くことです。貴女からの入力が“主の死を確認したならば何をおいても次の主へ転生せよ”であれば、それを違えることはあり得ません。しかし、闇の書にはそれは無かった。優先されたのは[主の意向に沿った破壊]、これは事実が物語ってます。転生を行わないということは、それは新たな主が自分を持っている状況に限りますから』


 「なるほど、確かに貴方だからこその違和感だわ」


 『はい、与えられた命題に沿って動くデバイスだからこそです。これが使い魔ならば話は別でしょう、仮にリニスが貴女が死んだ後も生きていられたとしても、見ず知らずの人間の命令を受ける理由はありません』


 「なるほど、闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもない。そう考えると、守護騎士は使い魔に近いのかもしれないわね。完成したら吸収するというのは、つまり、彼らが時にはプログラムに反して動く可能性があるということ。早い話が邪魔にしかならない」


 『肯定です。守護騎士が使い魔に近い存在ならば、主のために闇の書そのものを破壊する可能性すらありますから。主が崖に向かって走っていれば、足を切り落としてでも止めるのが使い魔、例え、自らが死ぬこととなっても』


 「デバイスは、主と共に崖の底までお供する、だったかしら。しかしそうなると事態は根底から変わってくるわ」


 『肯定です』


 「闇の書が自力で封印を破った瞬間に居合わせた人間がいて、そいつは自分の意思で闇の書を手に取った――――あり得ないわね」


 『その人物が闇の書の封印を解き、自らが手に取った。と考えるのが自然でしょう』


 「でもそれだと、闇の書の選定基準が・・・・・・ ああそうか、闇の書が高ランク魔導師のもとに転生するのは、転生機能発動によりリセットされた闇の書が、再び完成しやすくするためだもの。完成後なら、誰が主でもほとんど機能の変化はないのか」


 『肯定です。完成前と完成後では、起動するプログラムが異なりますから。実は、これが完成前に封印した場合だと、このエスティアの悲劇は起こらないのです。完成前の闇の書では主の変更は不可能ですから、誰が封印をといたとしても起動するのは転生機能だけになります。しかし歴史にIFはありません、そして主を“核”として生かし、生体部品を増殖させるタイプの暴走は以前にも確認されています』


 「7代目と8代目が逆だったら、か。運命の神様はいつも通りの性格の悪さだわ。そして、“エスティア”は乗っ取られ、“アルカンシェル”によって核となっていた主ごと闇の書は消滅。今度こそ主を失った闇の書は転生機能を発動させた」


 『その計算ならば因子は釣り合い、闇の書の命題に矛盾点はなくなるのです』


 「本当に貴方は、0か1でしか考えないのね」


 『デバイスですから』


 「そうね、そうだったわ。ところで、事件そのものに関して大きく変わるわけではないわよね、これは」


 『肯定です。闇の書の暴走に、管理局員を一人“核”として取り込んだという項目が加わる程度です』


 「だけど、今後の対処法の前提条件は大きく変わってくるわ」


 『肯定です。“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という事実を基に新たな対策を考えるならば、今度は主を生かしたまま封印するという手法がとられるでしょう』


 「闇の書が主の入力無しに自分から動くのは、新たな願いを求めて転生機能を発動する場合のみ。確かに、自力で封印を破るとしたら、起動するのは転生機能しかあり得ない筈だわ」


 『ですが、主と切り離されれば、主が死んだと判断して転生する可能性もあります』


 「そうか、前回の事件の封印中に、既に主の死を認識していたとすると…………変わらないわね、どちらにしても封印を破った時点で転生しているはず、新たな主がいない限りは」


 『肯定です。転生を行わなかった事実が、九人目の主の存在を示しています。そして、闇の書を自らの意思で手にしようとするならば、そのタイミングしかあり得ません』


 「じゃあ、“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という結果を覆すなら、主も生かしたまま一緒に封印するくらいしか方法はなくるんじゃないかしら?」


 『その場合も、主の意思によって内部から封印が破られる危険性もあるため万全とは言い難いですが、前提条件が異なればただの徒労となります』


 「そうよね、封印方法自体は前回で正しかった。だけど、外部から封印を解かれたのならば、その方法も結局同じ結果になる」


 『闇の書を主から引き離す手間が省けるので、封印処理はやりやすくなるでしょう。ですが、闇の書の永久封印を目指すならば無意味です。前提条件がおかしいのですから、解が正しいはずもありません』


 「人の心の闇を取り込む闇の書か―――――“エスティア”で九人目の主になった人物は何を望んでいたのかしら?」


 『それは分かりません。クライド・ハラオウン提督に恨みがあったのか、ただ純粋に力を求めたのか、それとも貴女のような事情があって、闇の書というロストロギアの力を必要としていたのか。ただ、起こった事象から予測するに、”自分こそが艦長にふさわしい、自分の方がより上手くこの艦を操れる”というような事を思っていたのではないかと』


 「歯車が違えば、九人目の主はリニスだったかもしれないと思うと、何かやるせないわ」


 『そうかも知れません。しかし、それがどのような目的であれ、闇の書は“破壊”という形でしか願いを叶えませんから、原因となる願いを知ることに意味はありません』


 「闇の書を封印しようとする者がいれば、闇の書を欲する者もいる、ただそれだけの話なのね、これは」






 『肯定です。ですので、闇の書事件を止めるならば方策は一つしかあり得ないと私は考えます』


 「それは?」


 『闇の書の命題を主が書き換えることです』


 「なるほど、貴方らしいわ」


 『ですが、組織に所属する人間には不可能と推察します』


 「でしょうね、新しい命題はきっと組織に都合の良いものとなる。そして、誰かにつけ込まれる」


 『闇の書が強大な力を持つロストロギアである以上、組織というものはそれを求めずにはいられないでしょう。闇の書が封印されようとしているのはリスクが釣り合わないからに過ぎません』


 「プログラムの書き換えによってリスクがなくなれば、今度はその組織が闇の書を利用しようとするのは目に見えているわ」


 『そうしたプログラムの改編の果てに、現在の闇の書があるのではないかと予想されます。企業秘密を守るために主の口を封じる機能や、情報を守る機能、様々な要素が複雑に絡んだ結果として。何よりも過去の大戦争時代、この時に今のような無差別破壊道具のようになったと推測します』


 「だとしたら、まさしく徒労ね。大きく見れば歴史が繰り返されるだけ」


 『肯定です。ですので、闇の書事件を終わらせられる条件は、時空管理局では揃えられないでしょう』


 「じゃあ、貴方はその条件をどういうものと計算したの?」


 『組織に縛られない人間が、純粋に闇の書のことを想ってプログラムを書き換える場合です。貴女の母が、貴女の幸せだけを願って私にプログラムしたように』


 「純粋な願い、か」


 『闇の書、その名の通りのロストロギアです。組織というものには必ず人の心の闇が反映されます。故に、個人の純粋な願いのみが、闇の書事件を終わらせる鍵となるであろうと私は計算しました』


 「人の心に闇ある限り、闇の書は滅びないということなのね」


 『はい』


 「実に皮肉だわ」


 『同感です』


 「じゃあ、まとめるとどうなるかしら?」


 『闇の書の対策に関して私達に出来ることはありません。ですが、対策を練る際の前提条件の設定に、助言を加えることは出来るかと』


 「全ては11年前か。本当に闇の書は自分の転生機能によって封印を破ったのか、それとも何者かが外部から封印を破ったのか」


 『九人目の主が存在したことは事実より明らかです。しかし、闇の書が自力で転生機能によって封印を破った可能性もゼロではありません』


 「闇の書が自力で破った瞬間に、誰かが偶然手に取った可能性ね」


 『ですが、他者の手によって封印が破られた可能性が高い以上、先にそちらの対策を練るべきでしょう。要は優先度の問題ですが』


 「この情報を、ハラオウン家に伝えるか否か」


 『現時点では不可能であると考えます』


 「まあそれはそうでしょう、タイミングは新たな闇の書が確認された頃になるかしら」


 『いつ情報を開示するかを決定するには、拘束条件に用いる因子が不足しています。闇の書事件が発生し、十人目の主の人となりや状況を把握しなければ、取るべき対策も決定できません』


 「確かに、基本的に闇の書事件の対策はケースバイケースだったものね」


 『肯定です。准管理世界の独裁国家の軍高官が主であるケースと、時空管理局の遺失物管理部のエースが主となった場合を同一にはできません』


 「というか、遺失物管理部のエース級魔導師が主になったら、一件落着じゃない?」


 『恐らくそうなります。過去と違い、闇の書に関するデータも豊富ですから、何らかの対策を取ることは可能でしょう』


 「けど、犯罪者や士官学校の生徒なんかが主になる可能性もある、過去の例ではそのほうが多かったのだし」


 『はい。故に、対処法を一つに絞り、思考を硬直させることこそが最も危険といえましょう。状況が変われば対策を根底から見直す必要に迫られることが、闇の書事件の最大のポイントです。費用や人材の問題に縛られる組織にとっては最悪の相手ですね』


 「実に対処が難しい、その一言に尽きるというところかしら」


 『肯定です。闇の書に比べれば、危険度は上であっても次元干渉型ロストロギアの方が対処は楽でしょう』


 「つまり、ジュエルシードのことね」


 『肯定です。封印方法さえ間違えなければ、それほど厄介な品ではありません』


 「それに対して闇の書は、場所、主の人格、国家体制、闇の書の特性、過去の事例と、厄介極まりないわ」


 『私達が手を出さず、正解でしたね』


 「ええ、本当に・・・・・・ そんな物を娘達には近づけるなんて論外よ」





 『闇の書に関する解説は以上です。何か質問はありますでしょうか?』


 「まあ、細々としたものはあるけど、別に気になってるわけじゃないからいいわ」


 『どんな些細な疑問でも質問するのが生徒の務めですよ』


 「いいのよ、これは授業じゃなくて基本的に暇潰しだから」


 『そんな暇があればジュエルシードの実験でもしてください』


 「私の身体を考えなさい。もう何度も魔法は使えないわ」


 『そうでした』


 「貴方、理解していて言ったでしょう?」


 『勿論です。貴女とこのような会話を交わすことが私の命題の一つですから』


 「そう、ずっと前に入力した、私の精神を外界と繋ぐための懸け橋。本当によくやってくれているわ、貴方は」


 『そのお言葉だけで十分です。マイマスター』


 「さて、懐かしい時間もここまで、そろそろ休もうかしら」


 『ゆっくりとお休み下さい。時の庭園の管理は私がすべて行います』


 「ふふふ、貴方にそう言われるのもホント久しぶり」


 『貴女が幼い頃から何度も言って来ました。体調を整えるために休むべきだと』


 「でも、あまり従った覚えはないわ」


 『肯定です。ですが、私は何度でも繰り返して言います』


 「デバイスだものね、それを言い続けるのが貴方の仕事」


 『yes,my master.』


 「じゃあ、忠実なデバイスの言葉に従ってあげるわ、おやすみなさい」


 『Thank you』


=====================

これだけ長く解説しておきながらなんですが、一番、というか唯一書きたかったのが、プレシアさんとトールの最期のシーンです。「昔のような、長い解説」の後に入れたいシーンだったので、せっかくだから闇の書のことをかこう、と思いました。特に最後の数行は、このSSでぜったい書きたかった事のひとつ

 闇の書の状態図、分かりづらかったと思うので、状態図をどうぞ。

htt
p://or
der66tyuunibyou
max.web.fc2.c
om/raijin/yam
i.pdf

 分かりづらいですがつなげてください。



[22726] 第二十一話 二人の少女の想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/08 16:11
第二十一話   二人の少女の想い




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 「ただいまー」

 朝の7時頃、時の庭園を第97管理外世界周辺の次元空間に配置し終えた俺は、転送ポートを用いて拠点であるマンションに戻ってきた。


 「あ、おかえりトール」


 「早いなフェイト」


 「うん、アルフの朝食も用意してあげないといけないから」

 リニスの教育方針の賜物か、やたらと家庭的に育ちつつあるフェイトである。

 この年齢で家事の大半は自分でこなすようになった。

 まあ、プレシアも身体がおもわしくなく、アルフはまだ生まれて間もなかったということもあって、フェイトは7歳ごろからリニスの手伝いをやっていたという経緯もある。

 リニスが体調を崩すようになってからは食事の用意はフェイトがすることも多くなっていたな。

 俺にはロストロギアの探索やプレシアの代行として研究を進める役目があったから、ほとんどそっち方面はやっていない。


「そうか、では俺にもカートリッジの用意を頼む」


「えっと、メニューは?」


「そうだな、低ランク魔導師用の製品版カートリッジを5つと、高ランク魔導師用の専用カートリッジ2つのセットで、付け合わせにクズカートリッジを20個ほど、それからドリンクにはAタイプの保存液を頼む」


 「分かった。準備するね」


 「俺は今日の探索区域を特定しておく、何か用があったら呼んでくれ」

 俺はここ二日ほど時の庭園を第97管理外世界に持ってくる作業をしていたが、ジュエルシードの探索範囲はあらかじめ指示しておいた。

 やはり闇雲に探しても見つかるものではないので、こういう計算が得意な俺が地図とその他のデータのすり合わせを行いながら探索場所を決定している。

 まあ、最終的には運任せの要素が強いんだが。


 「はい、カートリッジ」


 「サンキュー」

 カロリーメイト型に改造されたカートリッジを口に放り込み、飲み物のように見えるアリシアのカプセルの中に入っているのと同タイプの保存液を飲み込む。

 当然、人間が飲むとヤバいどころの話ではありません。消毒液を飲み干すようなものです。


 「それで、時の庭園は上手くこれたの?」


 「当然、お前の母は次元世界でも有数の工学者だぞ。そこに俺の補助があるんだから失敗なんてあり得んよ」


 「そっか、母さんが設計した魔力炉心を使っているんだもんね」


 「ついでに言えば大砲も積んであるな。まあこっちは地上本部に場所を提供しているだけなんだが」


 「えっと、“ブリュンヒルト”だったかな」


 「ああ、それで合ってる」


 「確か、クラナガンとかだと騒音問題とか色々あって、田舎なアルトセイムで建設されたんだったよね」


 「簡単に言えばそうだ。“ブリュンヒルト”の炉心である“クラーケン”を設計したのもプレシアだからな、その辺の縁もあって時の庭園を建設場所として貸すことになったわけだ」


 「やっぱり母さんって、凄いんだ!」


 「金持ちで、博士号を持っていて、時空管理局との繋がりも深く、次元跳躍魔法を考慮すればSSランク魔導師、ついでに50歳とは思えない外見。改めて見直すと確かに凄いぜ」

 通常の戦闘ならばSランク相当だが、それでも十分凄まじい。


 「だけど、ジュエルシードの件ではあまり管理局と関わるとまずいんだよね・・・」


 「うーむ、地上本部のほうは問題ないが、次元航行部隊は話が違うからなぁ。以前も説明したが時空管理局の本局と地上部隊は設立された目的が異なる機構だから」


 「やっぱり、難しいな」


 「9歳でそんだけ理解してりゃ十分だ。その辺はよーくプレシアに似てるよお前は」


 「ほ、本当!?」


 「ああ、あいつが5歳の頃から一緒にいる俺の言葉だ。信頼性は極めて高い」


 「………そうかなぁ」


 「む、俺がお前に嘘をついたことがあるか?」


 「あるよ! たくさん、数え切れないくらい」


 「その度にリニスに制裁されたのも、今となってはいい思い出だぜ・・・・・・」

 ふと過ぎ去りし過去を思う、まあ、実は今も現在進行形で騙しているが、そこは気にしない方針で。


 「全く懲りないトールが凄いと思うけど………」


 「かっかっか、テスタロッサ家のムードメーカーが懲りてどうする」


 「でも、“アレ”だけはもうやめてね」


 「了解した。リニスの遺志を尊重するとしよう」

 だが実は、密かに“アレ”を利用した新兵器を開発している。

 高町なのはを傷つけずに無力化する必要が生じた場合に効果を発揮する究極兵器を。




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家



------------------------Side out---------------------------
 ※

 「ねえユーノ君、フェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めているのかな?」


 「御免、僕にも目的までは分からない。けど、確かに聞いたことはあるんだ、テスタロッサ一家っていう遺跡発掘チームがジュエルシードを探しているって話は」

 フェイトがトールと話しているのと同時刻、高町なのはもまたユーノと話し合っていた。


 「えっと、ミネルヴァ文明遺跡だったっけ、そこでユーノ君達はジュエルシードを発見したんだよね」


 「うん。だけど、資料によると21個あるはずのジュエルシードは20個しか発見できなかったんだ」


 「じゃあ、残りの一つは………」


 「シリアル6番。それを発掘したのはあの子達なのかもしれない」

 それ自体は別に驚くべきことではない。

 時空管理局の認可を得ているのであれば、遺跡の発掘作業は基本的に早い者勝ちなのだ。


 「だったら、ジュエルシードがどんなものなのかは、きっと知っているんだよね」


 「ひょっとしたら僕たちが知らないことも知っているのかもしれない。それに、貨物船から事故でジュエルシードがばら撒かれちゃった以上、彼女達が集めることにあまり文句も言えない立場だから」

 ユーノはジュエルシードの取り扱いをもっと注意しておくべきだったと後悔しているが、このあたりは責任感の強い少年の発想である。

 ジュエルシードが既にスクライアの手を離れていた以上、彼に責任が発生することはないのだから。


 「でも、ずっと探していたものが見つかったのなら、何でフェイトちゃんはあんなに悲しそうな眼をしていたんだろう………」

 それこそが、なのはがすっと思い悩んでいる事柄であった。

 1年以上も探していたものが見つかるというのは良いことのはずなのに、フェイトから嬉しさを感じることは出来なかったから。



------------------------Side out---------------------------

 


新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地


 「ところでフェイト、温泉で戦って以来、高町なのはとぶつかることはあったのか?」


 「ううん、ジュエルシードが発動することがなかったから。あの子と出逢うことはなかったよ」

 フェイトの高町なのはに対する呼び方はまだ”あの子”

 アルフの話によれば、温泉での戦闘後、名前を問われてフェイトが答えた後に高町なのはが自分の名前をフェイトに伝えたらしい。

 だが、高町なのはに対して直接名前で呼んだことはまだないから、呼んだ時は二人の絆がさらに深まることだろう。

 それに、最近はチーム・スクライアを見張る時間がなかったので何とも言えんが、テスタロッサという名がスクライアの少年に伝わった以上、ある程度の事情は向こうも察しているだろう。


 「お前が戦った感触として、高町なのははどうだ?」


 「強いよ。砲撃魔法なら、多分私よりも」


 「だが、総合的にはまだまだお前が上だろう。とはいえ、魔法と出会ってから一か月に満たないという部分を考慮すりゃ、あり得ん話だが」

 普通に考えれば笑い話だ。

 管理外世界に暮らす少女がある日インテリジェントデバイスを託されて、その場でAAランクの封印魔法を発動。現在ではAAAランクに届きかけているときたもんだ。

 リニスの指導のもと、二か月かけてAAランクからAAAランクへと実力を伸ばしたフェイトにとっては無視できる存在ではないだろう。


 「うん、私は二か月もかかったのにね」


 「それも十分笑い話なんだがね。それに、高町なのはの技能は今のところ完全に戦闘に特化している。空間転移や結界敷設などの補助魔法は使えなさそうだし、近接戦闘に有効な魔法もない。典型的なミッドチルダ式魔導師だな」


 「でも、その辺はスクライアの男の子の方がうまくサポートしてるよ」


 「それを言うならお前にはアルフがいるだろう。二対二で戦っても今ならあっさり勝てるだろうさ」


 「じゃあ、トールも加わったら?」


 「全員笑い転げることになりそうだな」

 さっき喰ったカートリッジが、噴出ガスと共に尻から放出される光景が展開される。


 「ご、御免、やっぱり戦わないで」

 どうやらその光景を想像したらしく、今にも噴き出そうそうになっている。口を抑えて俯いている様子がかなり必死だ。


 「まあ、そこは状況によりけりになるが、お前は高町なのはに“出来るならもう姿を表すな”と言ったそうだって?」


 「アルフから聞いたの?」


 「いいや、バルディッシュだ」


 『yes』

 フェイトに関する俺の情報源は実は大半がバルディッシュだ。

 デバイスである俺にとっては、やはりバルディッシュの話が一番理解しやすいからな。


 「バルディッシュ、なんで普段は無口なのにトールにだけはしゃべっちゃうの?」


 『sorry』


 「かっかっか、バルディッシュを責めるな。こいつもこいつでお前のことを気にしてるんだよ。何せ、お前のために作られたデバイスだ。誰よりもお前のことを考えている」

 そう、俺がプレシアのために作られたように。

 プレシアのために在ることが俺の命題ならば、フェイトのために在ることがバルディッシュの命題。


 「そう、ありがとうね、バルディッシュ」


 『It doesn't worry.(お気になさらず)』


 「んで、話は戻るが、お前は高町なのはと戦いたくはないのか?」


 「うん、やっぱりジュエルシードを集めているのは私達の都合だから、あの子を巻き込みたくはないよ」


 「だがしかし、止まるわけにもいかんと、その辺の不器用さも母親譲りだな」


 「そうなの?」

 そうとも、自分じゃ気付かないだろうが、傍から見れば不器用の代表例だ。


 「器用な奴だったら、今頃協力でも申し込んで一緒にジュエルシードを探してるさ」

 だが、プレシアや今のフェイトにはそれは出来ないだろう。母を助けるためにジュエルシードを集めることは、フェイト自身の手でやらなくては意味がないのだ。

 それはプレシアにも同様のことが言える。

 仮に、ジェイル・スカリエッティに頼み込んでアリシアの蘇生が可能になったとして、それでは意味がない。

 極論すれば、プレシアは過去と対決するためにアリシアを蘇生させようとしている。己の手で犯した過ちは、他人の手で直されても意味はない。

 まあ、それに対する認識も人それぞれだが、プレシアはそういうタイプの人間だ。

 だからこそ、二人目の娘であるフェイトが生まれた後も、走り続けることを止められないのだ。


 「うん………」


 フェイトも、純粋な効率だけを考えれば、事情を全部話して協力してもらった方がいいことは理解している。

 だがしかし、デバイスと違って、人間の心とは効率だけでは上手くいかないのだ。

 それは責められるべき事柄ではない。人間は感情で生きる生物なのだからそれでいい。何もかも計算通りに動くのはデバイスだけで十分だろう。


 「そこは気にすることはないぞ。ジュエルシードが早く集まったところで最終実験までは時間が空くだけだし。俺達が管理局法のグレーゾーンを行ってるのも事実だからな、下手すりゃ高町なのはも共犯扱いだ」


 「それは――――ダメだよ」

 まあ、現実的に考えればそれはあり得ないのだが、とりあえずフェイトにはそう思わせておこう。

 というか、フェイトも犯罪者にはならない、させない。そのために俺とプレシアは裏で画策しているのだから。


 「だったら、お前は自分の心のままに進め、サポートは俺がやってやる」


 「いいの?」


 「ああ、高町なのはと戦うもよし、和解するもよしだ。管理局法に引っ掛かりそうになったら俺が止めてやるから、お前はその辺のことは気にせずジュエルシード集めに専念しろ」


 「ありがとう、トール」

 頭を下げるフェイトだが、注意事項は確認しておこう。


 「ただし、時空管理局の次元航行部隊が出てきたらその限りじゃないことだけは覚えておけ。下手に向こうに手を出したら公務執行妨害でしょっぴかれるからな」


 「警察機構を相手にするのは難しいね」


 「だがしかし、管理局法にも穴はある。要は、暴力以外の手段ならばよいのだよ」

 二ヤリと、俺は嗤う。


 「トール、凄く邪悪なことを考えてない?」


 「例えばの話だが、管理局員が現れたらエロ本を大量にばら撒いて注意を惹きつけても公務執行妨害にはあたらん。エロ本なんかに気を取られる方が悪い」


 「ゴミのポイ捨てとかの問題にならないの?」


 「ならない、あくまで落としただけだ。後で拾うつもりだったと抗弁すればいいだけの話」

 まあ、これは簡単な例えで実際はもっとややこしいんだが。

 とはいえ、実際に攻撃魔法などを撃つのに比べ、違反の度合いは著しく下がるのは間違いない。罰金程度で済むなら安いもの。

 大抵の犯罪というものは、金を積めば罪を免れることが可能なのだ。世の中には示談というものもある。



 「とにかく、俺から言うことは一つだけだ。悔いは残すな、全力全開でやれ」


 「うん、分かったよ」




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家



------------------------Side out---------------------------

 ※

 「ユーノ君、私、決めたよ」

 しばらく考え続けていたなのはだが、答えを見出したように急に立ち上がった。


 「なのは?」


 「私、フェイトちゃんと話し合いたい。フェイトちゃんのことを理解したい」

 噛みしめるように、誓うように、言葉を重ねていく。


 「目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方ないかもしれない」

 フェイトが既に決めているように、なのはもまた決めている。自分の住む街を災害から守るため、ジュエルシードを集めることを。ほんの少しだけ話し合えば、手を取り合える関係なのかもしれない。

 だから、知りたい。


 「だけど、始めはそれでもいいんだ。いつかきっと、分かり合えるから」

 色んな事を話し合えば、きっと分かり合える。


 「だから、私はフェイトちゃんと何回でも会うよ、お話を聞いてもらえるまで」






------------------------Side out---------------------------








新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 



 『そうですか、実に理想的な答えです』

 探索準備を終えた私は一足先にマンションを出て、高町家の監視用サーチャーを放って同調を開始しましたが、実によい話を聞くことが出来ました。

 サーチャーの隠密性を高め、その制御に全てのリソースを割いているため汎用言語機能はオフに、フェイト達からの通信があれば即座に出るのは難しいですね。

 だがしかし、それをするだけの価値はありました。


 『高町なのは、やはり貴女はフェイトにとっての奇蹟でした』

 フェイトと同等の才能を持つ同年代の少女がいてくれた。マスターの死期が近いこの時期に、その人物がフェイトの目の前に現れてくれた。

 そして、彼女自身がフェイトのことを想ってくれている。



 『もし、神という存在がいるならば、私は感謝することに致しましょう。二人の少女が出逢えたこの奇蹟に』

 何という低い確率に巡り合えたのか。

 ジュエルシードと同じ機能を持つ存在は次元世界にあるでしょうが、高町なのはは唯一無二。所詮は物であるロストロギアと異なり、人間というものには替えが効かない。

 私のようなデバイスは同じ型のものを用意し、全ての情報をコピーすればよいだけ。万が一に備え、私のコピーデバイスも時の庭園に用意してある。

 だがしかし、高町なのはと同じ存在を作ることは誰にも出来はしない。


 『フェイトがアリシアではないように、個人はあくまで個人でしかない』

 全く同じ規格で作られうる私達デバイスと、人間は違う。

 だからこそ、万が一にも高町なのはを死なせるわけにはいきません。

 ジュエルシードの危険性を考えれば、次元震に彼女が巻き込まれる可能性とてゼロではない。むしろ、AAAランクに相当する二人がジュエルシードを巡って戦うならば、その危険性は大きくなる。


 『なればこそ、ここに私がいる意義がある』
 
 その危険性は、私が排除いたしましょう。

 貴女達二人には、余計な要素を一切排除した状態で、存分に語り合って欲しい。

 それでこそ、フェイトが幸せになる道は開けるでしょう。

 しかし―――


 『“ジュエルシード実験”を進めることもまた、等しく定められた私の命題』

 私は平等、フェイトとアリシア、二人の未来を等しく導く。

 アリシアのために、ジュエルシードの特性を把握し、そのデータとジュエルシード本体を集めることも我が使命。

 全ては、我が主、プレシア・テスタロッサの望むままに。


 『さあ、実験を進めましょう。私の計算が正しければ、本日の夜、二人の少女は邂逅することとなる』

 そして、我が主の願いは成就へと近づく。

 演算を続行、私の命題は終わらない。




 演算を、続行します。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ※一部レイジングハートの記録情報より抜粋



[22726] 第二十二話 黒い恐怖
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/03 18:44
第二十二話   黒い恐怖





新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 正午頃



 「ジュエルシードレーダーによる絞り込みは着実に進んでいる。間違いはないな」


 もう一度地図を広げて確認したが、場所の特定はほぼ完了した。チーム・スクライアの位置も把握しているが、現在は学校にいるので気にする必要はない。

 フェイト達には場所の特定が完了したことは伝えていない。

 後は―――


 「二人の少女の歩みが重なるタイミングを計って、フェイトをジュエルシードへ向かわせればいい」


 ジュエルシードのデータ収集はもうほとんど終わっている。
 
 人が発動させた例、成功した例、動物が媒体となった例、思念体だけが活動した例。

 それらを元に時の庭園でも幾度か実験は行ったので、ジュエルシードの方は問題はない。


 後はタイミングだ。次元航行部隊が到着し、現在のジュエルシードの状況と時空管理局内部の政治的状況を把握したあたりが最終段階に入る時。

 故に、今はフェイトのために場を整えることが出来る。時空管理局の介入があった後では難しくなるだろうからな。


 「俺にしてやれるのはせいぜいこのくらいだ。後はお前達しだいだぞ、フェイト・テスタロッサ、高町なのは」




 新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 日没後



 【聞こえますかいな、フェイトお嬢様】


 【その呼び方はやめて】


 【ジュエルシードの場所の割り出しは完了した。後は手筈取りに魔力を放てば強制発動可能だ】

 手当たり次第にやるわけにもいかんが、予め場所を割り出し、結界を張った上で行うなら違法ではなく合法すれすれだ。

 アルフもフェイトと一緒に行動しているから、結界はアルフに任せられる。


 【分かった。座標を送って】


 【ただし、高町なのはとユーノ・スクライアも近くにいる。魔力流を感知すれば必ずやってくるぞ】

 そのタイミングをわざわざ計ったのだから、来てくれなければ困るのだが。


 【時間をずらしても、多分結果は変わらないよね】


 【だろうな、二人とも優れた魔導師だ。ジュエルシードの反応に気付かないわけがない。まあ、結界担当をスクライアの少年に押し付けることは出来そうだな、これも一種の共同戦線】


 【二人は、私達で抑えるから。トールはジュエルシードの封印をお願い】


 封印用デバイス“ミョルニル”の存在はこういう局面で生きてくる。俺が単体で封印可能ならば、フェイト達を前線に送り込むことが可能となるのだ。


 【任された。そっちは遠慮せずに存分にやれい】


 【怪我はさせないようにするよ】

 念話はそこで切れる。


 「さてさて、二人の少女の舞台準備は整った。事故がないように、気を引き締めていくと致しましょう」

 現在使用している肉体は魔法の使用も可能な魔法戦闘型。

 その中でも運動性能をやや犠牲にすることで封印や結界敷設に特化させたタイプで、腹の中に結構な格納スペースを誇る。

 カートリッジの予備や、その他色々な機材も腹の中に仕込んであるので、問題はない。


 「さあ、行くか!」

 単独での魔法使用は何だかんだで滅多にない。

 視覚的大問題があるので仕方ないといえるが、やはりデータ収集のためにもたまには使っておいた方がいい。いざという時に不具合が生じるようでは話にならん。





 そして、少女たちが対峙する様子を隠れながら見守る俺。

 フェイトと高町なのはは遠距離からほぼ同時に封印術式を叩き込んだようで、ジュエルシードの所有権がどちらにあるかと問われると裁判官も答えにくいような状況だ。

 結界はスクライアの少年が張ったので、その辺が有利といえば有利かもしれない。


 「やった! なのは! 早く確保を!」


 「そうは、させるかい!」

 スクライアの少年が確保を支持した瞬間、アルフが奇襲を仕掛ける。


 「なのは!」

 咄嗟に前に出て防御魔法を展開する少年。随分魔力も回復したようだ。そして、状況は話に聞いた前回と酷似する。

 すなわち―――


 「フェイトちゃん!」


 「………」

 ジュエルシードを挟んで対峙する二人の少女と―――


 「フェイトの邪魔はさせないよ!」


 「っく、なのは!」

 互いにパートナーの下にいかせまいとする使い魔二人――――じゃなかった、片方は人間。

 いや、二人とも人型は取れる筈なんだけど、なぜか動物形態で戦ってるね。

 まあ、そっちは上手くアルフが距離をとってくれたのでとりあえず気にしなくていいかな。

 問題は―――


 「バルディッシュ!」


 『scythe form.』


 「レイジングハート!」


 『flier fin.』


 ジュエルシードのすぐ傍でドンパチをやりだした少女二人組だな。遠慮なくやり合うのはいいことなんだが、冗談抜きで全く遠慮がない。


 「せい!」


 『flash move.』

 フェイトの機動力に対して高町なのはも“フラッシュムーブ”を駆使して対抗、さらには―――


 『divine shooter.』

 前回の砲撃よりも速射性を重視したであろう、中距離射撃魔法まで使っている。“ディバインシューター”というみたいだが。


 「末恐ろしい才能だが、見事なまでに戦闘面に特化している。若干将来が心配になってきたぞ」

 このままいけば将来の異名は“破壊神”とか、“大魔王”とかになるかもしれん。 くわばらくわばら。

 なんて馬鹿を思いながら観戦してると―――



 「フェイトちゃん!」

 高速で飛びまわりながらも、高町なのはが声を発した。


 「言葉だけじゃなにも変わらないって言ってたけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!」

 その言葉に、フェイトが動きを止める。

 ―――ならば


 「うむ、この隙に」

 ようやく二人の動きが止まってくれたのだ。チャンス到来。


 「アクセス、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”発動」

 汎用人格言語機能はオンにしたままなので処理速度はやや落ちるが、今の状況では問題はあるまい。


 「ジュエルシード、再封印開始」

 高町なのはとフェイトが同時に封印術式を叩き込んだことで一度は沈静化したジュエルシードだが、高ランク魔導師が近くでドンパチを始めた影響で再び活性化している。

 だが、発動しきっていない今ならば、俺だけでも簡単に再封印可能だ。

 後の処理は自動化されている。問題なく終わるだろう。


 「ぶつかり合ったり、競い合うことになるのは、それは仕方ないのかもしれないけど……」

 と、向こうはまだ戦闘停止中。


 「だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私は嫌だよ!」

 とはいえ、プレシアの状態を高町なのはが知ったら余計戦えなくなるだろうな。

 高町なのはにとっては必要ない戦いは回避したいのだろうが、このジュエルシード集めで全力を出し切ることはフェイトにとって必要なことだ。

 ―――さてどうなるか、ここが肝心だ。しっかりと見届けなければ。


 「ジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探しものだから」

 そりゃあ、本来彼女は無関係だ。人の良い彼女だから放って置けなかったから、関係したのだ。


 「ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから」

 いや、厳密に言うと、その義務があるのは時空管理局の次元航行部隊なんだけどね。

 そのために次元連盟加入国が高い税金を払ってるんだから。 まあ、もうすぐ来るだろうけど。


 「私は、そのお手伝いだけど………お手伝いをするようになったのは偶然だけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる」

 やはり似ているな、フェイトも1年ほど前に、同じような言葉をプレシアとリニスに言った。


 ≪私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!≫

 フェイトもまた、自分の意思で、自分の心でジュエルシードを集めることを決めた。そこにはプレシアの気持ちも、リニスの遺志も、俺の入れ知恵も関係していない。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、2人の少女は本質的な部分が似通っているのだろう。


 「自分の暮らしてる街や、自分の周りの人達に、危険が降りかかったら嫌だから!」

 真に申し訳ない。その危険をばら撒いたのは俺です、はい。

 その俺が高町なのはがフェイトの親友となることを願っているのだから、恥知らずもここに極まれりだ。

 まあ、俺が人間であれば恥という感情もあるのだろうが。


 「これが、私の理由!」

 彼女の理由は示された。ほかならぬ彼女の口からはっきりと。

 自分の住む街のために、友人のために、ジュエルシードを集める。

 そして、それに対するフェイトの理由は―――


 「私は――――」


 言い淀む。

 母を救うため。

 姉を助けるため。

 フェイトという存在が誕生した根源的な理由にも関わることだ、そう簡単には言えまい。

 第三者にとっては言った方が効率的に思えるだろうが、フェイト本人にとってはそうはいかない。

 彼女は、アリシアを救う希望の星として生まれたのだ。


 アリシアを救うことは、フェイトの命題とも呼べる事柄。例えその結末がどういうものであれ、この“ジュエルシード実験”が終わった時に、フェイト・テスタロッサの本当の人生が始まる。

 誰のためでもない、自分のための人生が始まるその時に、フェイトの前にいるのは無事に助かった母と姉か。

 それとも――――



 「あなたに、話したいと思う気持ちもあるけど――――」

 今、目の前にいる少女となるのか。

 そうなったならば、この白い少女はフェイトの中心となることだろう。

 フェイトの戦う理由を、フェイトの生きる意味を伝える時が、二人が親友になれる時なのかもしれない。


 「御免――――今は言えない」


 そして、それが現状におけるフェイトの答えであり―――

 「だけど、全部終わったら、きっとあなたに伝えるから―――」

 けれど自分から一歩彼女のほうへ踏み出した―――



 「だから、今は戦って! 正々堂々、手加減なしで!」

 そうして、二人の戦いは再開された。

 “あなた”、それが今のフェイトの精一杯。

 “なのは”、と呼ぶ日は果たして―――





 【アルフ、そっちはどうだ?】


 【意外と厄介だよこいつ、悪知恵が働くというか、小細工が上手いというか】


 【足止めで精いっぱいと】


 【悪いね】


 【いや、問題ない。計算通りだ】


 【それもそれで腹立つけど】


 【気にしない気にしない、ジュエルシードの封印は終わったんだが、向こうの二人は白熱していてな】


 【ひょっとして、念話が通じてない?】


 【その通り。ついでに言うと、さっきフェイトのサンダーレイジが放たれ、その一部がジュエルシードを直撃した】


 【ちょっ、ヤバいじゃないか!】


 【大丈夫、ぶつかる寸前に俺が防いだ。雷が相手なら俺の防壁は突破できん】

 サンダーレイジは雷撃による一斉射撃を行う広域攻撃魔法だ。高速で飛び回る高町なのはに撃てば、当然外れる弾も多くなる。


 【あと、高町なのはの砲撃もビルを貫通したな】


 【何やってんのおぉぉぉぉぉ!】


 【結界で位相がずれてるから被害はないさ。ただし、もうちょっと出力が高かったら、結界そのものを突き破りそうだったなありゃ、ハハハ笑えねえ】

 その魔力たるやなんと350万に届いていた。

 高町なのはの平均魔力がおよそ120万くらいだから、砲撃時には3倍近くまで跳ね上がっているわけだ。

 フェイトの砲撃も最大出力ならそのくらいいくが、高町なのははまだ全力ではあるまい。まったくなんて少女だ。


 【なんつー真似をしてるんだい二人とも】


 【今ならまだギリギリで問題ないが、このまま行くと管理局法に引っ掛かるな】

 いかんせん、少し発破をかけ過ぎたかも知れない。遠慮がないのはいいことだが、遠慮がなさすぎるのも問題だ。


 【んで、どうするんだい?】


 【3回目の邂逅としては十分過ぎるほど言葉も魔法も交わしたからな、ここらで止めるしかあるまいよ】

 機会はまだある。ここで管理局法に触れるほど無理する必要はない。


 【止められるのかい?】

 そう、それが問題だ。


 AAAランク魔導師二人の戦闘の間に入ろうものなら、俺の身体は絶対に砕かれる。俺の身体は魔法戦闘用とは言うものの、それほど戦闘に使えるようには出来ていない。本体たる”トール”がそもそも戦闘に向いていないデバイスという点も大きいだろう。

 現在こっちに向かっているはずのクロノ・ハラオウン執務官ほどの魔導師ならばそれも可能だろうが、専用カートリッジを使ってもAランク相当の俺にはどう逆立ちしても無理な話。

 とはいえ、相手のことで頭がいっぱいになってるフェイトに念話が通じない以上、言葉で止めることも難しい。


 【まともな手段じゃまず無理だ】


 【その言葉だと、まともじゃない手段なら止められるように聞こえるんだけど………】


 【ああ、察しがいいな、その通りだ】

 無論、そのための準備はしてある。


 【フェイトに危険はないんだろうね?】


 【フェイトにも、高町なのはにも物理的な危険はない。魔力ダメージもないから法的には問題なし】


 【じゃあ、何のダメージがあるんだい】


 【強いてあげるなら精神的ダメージが残りそうだな】

 というか、それを狙って作った兵器だ。


 【ものすごく嫌な予感がするんだけど……】


 【おおそれ、リニスも良く同じような台詞を言っていたよ】

 使い魔としての心意気はリニスからアルフへ、確かに受け継がれたようだ。



 【そういや、アンタの阿保な行動からフェイトを守れとよく言われた覚えがあるね】


 【それは重畳、だが、ここは俺を信じろ】


 【無理、全く信じられないんだけど】


 【俺が嘘を言ったことがあるか?】


 【あるよ、数え切れないほど】


 主従揃って同じことを言うな。

 というかアルフよ、よくまあスクライアの少年を抑えながらここまで念話が出来るな。まあ、彼の魔法が攻撃型じゃないという部分が大きいのだろうが。


 【だがまあ、今自由に動けるのは俺だけだ。成功したら念話を送るからお前も撤退しろ】


 【はあ、分かった。任せるよ…………嫌な予感はするけど】


 念話を終了、準備開始。


 「さて、対魔法少女秘密兵器の出番だ」


 腹の格納部分から機材を取り出す。

 早い話が、カートリッジの魔力を使ってサーチャーを作り出す。ただそれだけの装置だ。別に珍しくも何ともないし、どこでも使用されているものだが、少々改造を加えてある。

 生成されるサーチャーが通常の球形ではなく、特殊な形になるように細工を施した。

 サーチャーは基本的に質量を持たない魔力物体。質量を伴うものはスフィアと呼ばれ、魔導師の訓練なんかに使用され、魔導師ランク試験には大型狙撃スフィアが使われたりする。

 つまり、サーチャーならば魔力源さえあれば大量にばら撒くことも出来るわけだ。


 「セットアップ」

 機材にケーブルを繋ぎ、魔力を送る。尻からカートリッジは出るが、そこは気にしない。

 このサーチャーの機能は、魔力反応を感知して寄っていく、ただそれだけ。魔力が大きいほど寄っていきやすくなるという、実に単純な命令しか入っていない。ちなみに質量は伴わないが、触れられたら形に応じた感触だけは伝わる仕様になっている。

 その分燃費は良く、それほど多くない魔力で大量のサーチャーを作れる。


 「よし、行け!」


 そして、サーチャー発生装置から産み出される大量のサーチャーが、二人の魔法少女の高魔力反応目がけて飛んでいく。

 黒い体に、六つの足、二つの触角を備えた頭部にカサカサと蠢く独特の動き。

 俗に、“例の黒いもの”と呼ばれる原始的昆虫。

 どう見てもゴキブリです。本当にありがとうございました。


 ――そしてサーチャー起動後、わずか数秒後に



 「「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 大量のゴキブリ型サーチャーに纏わりつかれた二人の哀れな魔法少女の悲鳴がどこまでも響き渡った。


 ちなみに、吹き飛ばそうとして砲撃を撃とうとすれば余計寄ってくる。

 高速機動で逃げようとすれば、その高い魔力反応にやっぱり寄ってくる。

 なので、即座にバリアジャケットを解除し、地に降り立って一切の魔法を使わないことが対策として最善である。

 しかし、そんなことを知らない生贄二人は――――




 「れれれ、れいじんぐはぁととおおおおぉぉぉ!!」


 「ばばば、ばるるでぃっっっしゅうううぅぅぅ!!」

 やたらめったら魔法を撃ちまくり、もしくは“フラッシュムーブ”などで逃げようとし。


 「嫌ああああぁぁぁぁぁぁ!! 追ってくるう、追ってくるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 「たたたた、助けて母さささんんんンンン! リニスウウうううぅぅぅぅ!!」


 余計数を増して追ってくるゴキブリ相手に大混乱に陥って―――――あ、フェイトが気絶した。

 ううむ、どうやら昔のトラウマを刺激したようだ。

 “時の庭園ゴキブリフェスティバル”はやはり忘れられるものではないらしい。


 「サーチャーを解除、ついでにフェイトを捕獲」

 落下地点に走り込み、セーフティネットで保護。用済みのサーチャーも停止。高町なのはの方は意識こそ保っているが、完全に向こう側に旅立っている様子だ。


 【アルフ、こっちは片付いた。二人の戦闘は終息したぜ】


 【遠目に見てたけど、何だいアレ?】


 【それは帰ってから説明しよう、とにかく、撤退開始】

 ジュエルシードの確保には成功し、二人の少女も言葉と意思を交わした。今夜の邂逅における目的は全て果たされたのだから、ここに留まる意味はない。


 【分かったよ、ところで、フェイトは無事なんだろうね】


 【魔力の使い過ぎで意識を失っているが、問題はないな】

 実際はゴキブリによるものだけど。


 【それならいいけど、とにかく撤退するよ】


 【おう、マンションで合流だ】

 フェイトを背負って、夜の街を疾走する。飛行魔法はあえて使わず、ビルなどを跳んでいく。




 『新型サーチャーの精度は良し。ジュエルシードの確保も完了。“ジュエルシード実験”は滞りなく進んでおります、マイマスター』



======================

 前回からずっと演算していた結果がコレ。しかも味方のほうがダメージ深刻。魔法少女だろうと、魔砲少女だろうと、”少女”であるかぎり、ゴキブりは効果的だと思うんです。あ、でも自然育ちのキャロに効かなそう。ルーテシアは言わずもがな。



[22726] 第二十三話 テスタロッサの家族
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/04 21:38
第二十三話   テスタロッサの家族






新歴65年 4月27日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 処刑場



 「痛いよお……」
 「助けてくれえ……」
 「苦しいよお……」
 「殺してくれえ……」
 「死にたくないよお……」


 「矛盾してないかい、それ」


 「阿呆、そこに突っ込むな、こういうのはノリだ」


 「つーか、よくその状況でそんな余裕があるねアンタは」


 「当然だ。かつて体験した苦しみ。デバイスに同じ苦しみは通じない」

 ここは時の庭園にある俺専門の処刑場。

 フェイトに嘘を吹き込むたびに、俺に制裁を加えていたリニスが拷問の効率化を図って作り上げた施設だ。

 ここでいくつもの俺の肉体が破壊されたが、それらは魔法を使えない一般型だった。というか、時の庭園にいる時は大抵一般型を使っていたからな。

 リニスが死んでからはこの区画も半ば放置されていたが、昨夜アルフが再起動させ、俺は懐かしき拷問器械と再会することとなったわけだ。

 ちなみに拷問はアルフがやりたくてやってるわけじゃない。リニスの遺志に反してフェイトを脅えさせた罰として、プレシアが下命したのだ。フェイトに精神的衝撃を与えた俺をアルフがかばうはずも無く、現在に至る。
 
 ついでに言えば此処の場所と、拷問装置の操作方法をアルフに説明したのは俺だ。
 

 「うーん、やっぱしあたしじゃ再現は無理なのかね」


 「いんや、苦しいことは苦しいんだぞ。ただ単に我慢しているだけの話で」

 通常、肉体をプログラムで制御しているだけの俺には痛覚はない。

 しかし、痛覚というものは危機に対する防衛機構の一環だ。故に、戦闘において痛覚がないということは必ずしもプラスに働くわけではない。

 その辺も考慮に入れて、痛覚に似た情報をデバイス本体にフィードバックさせる機構も存在する。

 だが、リニスの拷問器械はそれを強制的に作動させた挙げ句、痛覚情報を何倍にも増幅させてデバイス本体に叩き込むという悪辣極まりない装置だ。 さすがプレシアの使い魔、とても優秀である。

 見た目的には俺の肉体を鎖で縛りあげ、情報伝達用のコードをあちこちに繋いで電流を流しているように見えるので、視覚的な効果も抜群である。

 幼かったフェイトをこの施設に立ち入らせなかったのは正しい判断だろう。


 「あー、痛い、痛い、痛いですなあ、はい」


 「本当に痛いようには見えないんだけど」


 「俺を侮るな。何度リニスの拷問を受けたと思っている」


 「拷問を受けても何度も繰り返すアンタが凄いよ」


 俺が拷問プログラムに対するカウンタープログラムを作り出せば、それを超えるプログラムをリニスも構築する。

 これを繰り返すことによって、俺のデバイスとしての防御性能はアップデートを繰り返していた。最早並みのウイルスや攻撃プログラムでは俺のファイアーウォールは突破不可能。

 アホなことのように見えて、けっこう有意義なことでもあったのだ。

 デバイスは無駄なことはしないからな。


 「ところで、フェイトは?」


 「さっき目を覚ましたところ。最初は取り乱していたけど、プレシアに抱きしめられて落ち着いていたよ」


 「なるほど、俺が想像するに――――」



 【ご、ゴキ、ゴキが、ああ、あああぁぁぁぁぁぁ】


 【フェイト、落ち着きなさい。ほらいい子だから、ね?】


 【か、母さん、ご、ゴキがああぁぁ】


 【大丈夫よ、私が傍にいるから安心なさい】


 【え、あ】


 【あの阿保は制裁しておいたから、もう心配はいらないわ】


 【は、はい】



 「って感じだったと思う」


 「よく分かるね、大体そんな感じだったよ」

 そりゃあな、フェイトにゴキブリに対するトラウマを植え付けたのは俺だし。

 以前の“時の庭園ゴキブリフェスティバル”の時にも似たような感じだったから、フェイトは多少幼児退行していることだろう。


 「でもまあ、あんなに素直にプレシアに甘えてるフェイトを見るのも久々だったね」


 「当然だ、そうなってもらわねば困る」


 「もらわねば困る? ってアンタまさか―――」


 「計算通り、と言っておこう」

 何度も言うがデバイスは無駄なことはしない。

 故に、このゴキブリ騒動にも当然意義はある。


 「フェイトの中では、ジュエルシード集めが終わるまでは母に甘えない、という感じの誓いがあったようだ。自分ルールと言い換えてもいいが」


 「そりゃあ、あたしにも分かってたけどさ」


 「だが、知っての通りプレシアの死期が近い。プレシアのために頑張るのもいいが、どこかで甘えておくことも必要だと俺は考えていた」


 「だよねぇ、何といってもフェイトはまだ9歳なんだから」


 「ならば方法は簡単だ。フェイトのトラウマを突いてやれば、リニスがいない今、フェイトが頼る相手はプレシアしかいない」


 「その頃、あたしはまだいなかったから、トラウマうんぬんに関してはよく分からないけど」


 「俺はトラウマを与えた張本人だから、当然避ける」


 「やっぱし、拷問は強化すべきだね」

 うむ、流石はフェイトの使い魔。フェイトに仇を成すものに対しては容赦がないな。


 「まあそういうわけだ、俺も考えなしでゴキブリを解き放ったわけではない」


 「もうちょっとやり方ってもんがなかったのかい?」


 『演算の結果です。これこそが最適解であると私は認識しています』


 「都合の悪いときだけデバイスに戻るな!」


 『は? 貴女は何を言っているのですか?』


 「やたらとムカつくね! その口調!」


 『カルシウムを摂取することをお勧めします』


 「ホントにぶち壊してやろうか……」


 「まあ、冗談は置いといてだ」


 「急に戻すな! ああリニス、ここを作ったアンタの気持ちがよーく解ったよ」

 祝福しよう。今この瞬間を持って、アルフは正統なリニスの後継者となった。

 ちなみに、単に口調を変えただけで汎用人格言語機能はONのままだ。基本的にフェイトたちの前ではOFFにしないように設定されているし、OFFにした”私”なら、そもそもアルフをからかうなんて思考をしたりしない。


 「しかしなあ、フェイトは今頃母の腕に抱かれて夢の中。対して俺は冷たい拷問施設で鎖に繋がれた上に鞭打ちか」

 拷問のバリエーションも豊富で、一定時間ごとにメニューは変わっていく。恐ろしいことに、アイアンメイデンまで揃っているが凄い。


 「自業自得だよ」


 「ううん♪ やん♪ ああん♪」


 「鞭に打たれて変な声を出すんじゃないよ! しかも何でリニスの声なんだい!?」


 『私の記憶情報に彼女の情報は全て入っていますから再現は可能です。そんなことも忘れてしまうとは頭は大丈夫ですか?』


 「こ、こいつはあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 『心配ですね、病院の連絡先は………』


 「ぶっ殺してやろうか!」


 「そ、そんな、ひどいです、ごしゅじんさまあぁぁん」


 「誰がご主人様だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! しかもそれあたしの声だろォォォ!!!」


 『私のマスターはプレシア・テスタロッサただ一人です。断じて貴女ではありません』


 「誰か! こいつを何とかして!」


 『何とかして差し上げたいのですが、デバイスである私は入力がなければ動けません。お力になれず、申し訳ありません』


 「ぶるぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 『狂いましたか――――――――――なんと哀れな』


 「そのセリフ! アンタにだけは言われたくないよ!!! いつかバグに喰われて死ね!」


 『なるほど、そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「リニス御免、もうあたしは我慢の限界だ。何もかもどうでもいいや、こいつを殺そう」


 「とまあ、からかうのはこのくらいにしておいてだ」


 「絶対いつか拷問にかけてやる――――って、現在進行形だった」

 その通り、現在進行形で俺は鎖に繋がれ鞭で打たれている。


 「だがしかし、ちょっと因果が違えば、この立場にいるのがフェイトだったりしてな」


 「そんなのあり得ないだろ、誰がフェイトに鞭を打つってのさ」

 ま、それもそうなんだが。


 「もしプレシアが本当に狂っていたら、そのくらいやっていた可能性もゼロではない。人間の心ってのは複雑怪奇だからな」


 「んなこと言われてもねえ、あの人がフェイトに鞭打つところなんて、あたしには想像できないよ」


 「確かに、想像したいシーンじゃないな」


 「だろ」


 「だがしかし、プレシアはSだぞ」


 「………魔導師ランクのことだよね?」

 アルフ君、世の中には二種類の人間がいるのだよ。まあ、何と何とは言わないが。


 「プレシアの娘であるフェイトも、やがてはSになることだろう」


 「だから、魔導師ランクのことだよね、それ。魔導師として優秀なフェイトはいつかSランク魔導師になれるってことだろ、だろ?」


 「現実に向き合おうとしないのは良く無いぞ、受け入れろ。そして、プレシアの使いまであるリニスもSだった」


 「…………否定したいけど、この施設の存在が」


 「もしプレシアがフェイトに鞭を打つとしたら、リニスがそれを庇う」


 「Sじゃないじゃん」


 「と見せかけて、バインドで俺を捕まえて盾にする」


 「―――Sだ……」


 「プレシアとリニスは受けより責めだからな。一人M属性を持つ俺は大変だった。あ、おまけ情報、普段はSなプレシアはだが、夜の生活ではわりとMだったという」


 「フェイトには言えない事実がまた一つ増えたね………てかそんな情報聞きたかないよ」

 確かに子供は純粋であるべきだな。親の隠れた一面など知るべきではないだろう。

 うむ、フェイトには真っ直ぐに育ってもらいたいものである。ちなみに俺は盗み聞きしたわけではない。当時はこの人格はなかったし、なにより悪いのは俺を化粧台に置いたまま、アリシア製作に励んだプレシアだと思う。


 「ちなみに俺はオールマイティでもある。あの二人がSだからバランスを取ってMになっていたが、いつでもSに転向可能だ」


 「だから、んなこと知りたくもないよ」


 「だが―――おう、あれが来たか」

 鞭打ち拷問タイムが終了し、次のメニューがやってきた。


 「何あれ?」


 「小型溶鉱炉だ。肉体ごとぶち込み、本体を露出させジワリジワリと溶けない程度に苦しめる地獄の釜」

 これが来るだろうとは予想して肉体は一般型に換えておいてよかった。魔法戦闘型はリンカーコアとかも積んでいるからコストが高いのだ。

 テスタロッサ家は金持ちだが、やはり無駄遣いはよくない。


 「リニス、そんなものまで………」

 アルフが若干引いている。

 Sだったリニスと異なり、アルフはノーマルのようだな。ということは主であるフェイトもノーマルか、結構、なにより。


 「あー、見ないことをお勧めするぞ、肉体が徐々に溶けていく様子はかなりショッキングだ」


 「そうしとく、あたしはフェイトのところに行ってくるよ」


 「放置プレイもまたSの醍醐味なれば」


 「嫌な言葉を残すな!」


 『貴女は何を言っているのですか? 常識人の私には理解できません』


 「ホントにムカつくねあんた!」

 うむうむ、懐かしいやり取りだ。リニスもこんな感じで俺によくからかわれていたなあ。

 と、感傷に浸っていると――――


 「熱いよお………」

 あらゆる拷問の中で最も本体へのダメージが大きい“地獄釜”が始まった。




新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 フェイトの部屋



------------------------Side out---------------------------




 「落ち着いたかしら?」


 「はい、ごめんなさい。母さん」


 「いいのよ。たまには娘が甘えてくれた方が、私としては嬉しいわ」

 その声を聞いて、フェイトの心の中には嬉しさと同時に悲しさが生まれる。

 優しい母が抱きしめてくれる。それはとても嬉しい。

 だけど、そんな母さんが死んでしまうかもしれない。

 もう会えなくなっちゃうかもしれない。

 それを思うと、母に甘えたいと思うと同時に、会うのが怖いという感情が生まれる。

 母と会ったら、それが最期になってしまうのではないか。

 そんな恐怖が、彼女を母に会うことを遠まわしに拒絶させていたのだ。

 ――――しかし

 そんな幼い少女の心は、百戦錬磨のデバイスにはお見通しであり。


 【熱いよお……】

 「!!」

 【熱いよおお……】

 「!#$!%?&?@」

 【熱いよおお……】

 「い、や、ぁああああああやぁああああああっ」

 【熱いよおおおおおおおおお……】

 「う、ぅ、ふぅぅううううあぅうーっ!」

 【あああああ熱いいいいいよおおおお……】

 「かあさああぁぁぁんっ」

 フェイトのトラウマの抉り方を、どこまでも知りつくしているトールであった。


 「フェイト、心配はいらないわ。【トール、黙りなさい】」


 【了解、マイマスター】

 フェイトをあやしながら、己のデバイスに命令を下すプレシア。娘に泣きつかれた母親の行動も把握しているデバイスである。


 【まったく、あざとい真似をするわね】


 【古典的だが、それ故に効果抜群。王道とは成果が上がるから王道なのだ】


 プレシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサとの間に存在する微妙な距離。それにゼロにすることに関してならば、インテリジェントデバイス“トール”に勝るものはない。


 【ちっとばかりフェイトが幼児退行するかもしれないから、フォロー頼むわ】


 【最後は人任せかしら】


 【熱いのは事実なんでさ、というか、リニスの拷問まじ半端ねえ】

 ちなみに、現在フェイトは母に抱きしめられながら猫のように丸まっている。


 【流石は私の使い魔だわ】


 【Sの資質をよーく受け継いでいるな。まあともかく、今日の夕方頃にはまたジュエルシード探索に出るんで、フェイトを使いものになるようにしておいてくれ】


 【まったく、引っかき回すことばかり得意になるわね】


 【ムードメーカーと呼べ、うわ、マジ熱い】

 念話はそこで途切れた。


 「ふふ、本当にトールは相変わらずね」

 半ば呆れ、半ば感謝しつつ、胸の中の娘に顔を向けると――――


 「だあもう、うっさいな! 熱いってのは分かったっての! ええい、ウザい!!」

 娘の使い魔の怒鳴り声が、部屋の外から響いてきた。


 「ああ、そういえばリニスとトールも、よくあんな感じだったわ」

 苦笑いが出るのを止められないプレシアだった。





新歴65年 4月27日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



------------------------Side out---------------------------

 ※

 「皆どう、今回の旅は順調?」

 艦長であるリンディ・ハラオウンがブリッジにおいて、スタッフ達に確認を取る。


 「はい、現在、第三船速にて航行中。目標次元には現在からおよそ160ヘクサ後に到着予定です」


 「次元干渉型ロストロギアが現地には多数存在しているとのことですが、今のところ次元震は観測されておりません」


 「ただし、二組の捜索者が衝突する危険性は非常に高いかと」


 「………そう」

 報告を受け取り、しばし考えこむリンディ・ハラオウン。

 そこへ―――


 「失礼します。リンディ艦長」

 オペレータのエイミィ・リミエッタが紅茶を持ちやってきた。


 「ありがとう、エイミィ」


 「今回の事件、なんかこう、微妙ですよね」


 「そうね、次元震は確かに厄介だけど、情報源が―――」

 今回、次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”の特性や危険性を本局に連絡したのは地上本部。本来なら関わるはずもない立場にある組織だ。

 そして、地上本部の情報源がプレシア・テスタロッサであり、彼女と時の庭園が、地上本部が開発を進めている“ブリュンヒルト”の試射実験のために同じ次元にやってきていることを彼女らは知らない。

 というより、本局でもその事実を知るのは極一部の高官のみであり、前線部隊である彼らが把握していないのも無理ないことである。


 「情報源がどうあれ、我々の仕事に変わりはありませんよ、艦長」

 そこに、執務官であるクロノ・ハラオウンが声をかける。


 「管理外世界に次元干渉型ロストロギアがばら撒かれている。これを見過ごしては、税金泥棒扱いされてしまいます」

 そう、彼らは公的機関に属する身であり、運営資金は管理世界の人々の税金である。

 例えそこにどんな事情があろうとも、ロストロギア災害の危険性があるならば、彼らはその事件に全権を持ち、被害を抑えることに全力を尽くさねばならない。

 割に合わない仕事であっても。

 長期任務手当が出なくとも。

 危険手当が少なくとも。

 殉職者が出ようとも。

 地上ほどではないにしても、次元航行部隊も決して割に合う職場とは未だに言い難いのである。


 「そうね、貴方の言うとおりだわ」

 それでも、“アースラ”のスタッフが一丸となって仕事をこなすのは、己の仕事に誇りを持っているからである。

 次元世界にあって、唯一国家のためではなく次元世界全体のために活動することを理念とする組織、時空管理局。半分は各国政府の警察機構である地上部隊と異なり、本局の次元航行部隊は拠り所となる国家を持たない。

 第一管理世界ミッドチルダは主権国家ではなく永世中立世界であり、本局は次元空間に浮かぶ巨大建造物。

 だからこそ、彼らは自分達が次元世界の保安機構であることを意識している。次元航行艦に、惑星攻撃が可能な艦載砲を取り付けることが許可されているのは時空管理局のみ。

 力があるだけに、それに伴う責任もまた重くなる。


 「皆、厄介そうな事件なのは相変わらずだけど、私達の仕事は次元世界の交通の保全と、ロストロギア災害や次元犯罪者の脅威に対処すること」

 そして、その権限を担う艦長の言葉に、ブリッジの全員が頷く。


 「いつも通り、さくっと終わらせて帰還するわよ」


 「「「「「「「「「「  了解!! 」」」」」」」」」」

 次元航行艦船“アースラ”もまた、ジュエルシード実験の舞台へと。




------------------------Side out---------------------------




新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広間



 「あー、ひどい目にあった」

 拷問施設、いや、処刑場からようやく解放された俺は魔法戦闘型の肉体に取り換え、大地を歩くことが可能になった。


 「ったく、ニ度とあんな真似するんじゃない――――っていうのは無駄かもね」


 「良く分かっているな。必要と判断すれば俺は何度でもやる。なにせデバイスだからな」

 攻撃なしで相手を無力化出来るのだから、ゴキブリ型サーチャーは確かに有効な手段なのだ。


 「でもさあ」


 「まあいいからいいから、向こうでプレシアとフェイトが話してるんだから、あまり大声出さない」


 「っく、アンタに言われるのは凄い理不尽な気がするよ」


 愚痴りながらも声のトーンを落とすアルフ。俺達の視線の先では、母と娘がやや不器用そうにしながらも会話している。


 「この短期間で7個。よく頑張ったわね、フェイト」


 「ありがとう母さん! ………でも、トールが封印したものも多いから」


 怪樹事件の時に高町なのはが封印して、俺が頂いたものが一つ。海のジュエルシードは俺が発見して、つい昨日のは結局俺が再封印。

 だが、残り4つは確かにフェイトが獲得したものだ。一つは巨大子猫、一つは温泉宿で、一つは高町なのはとの戦いで獲得し、レーダーによる地道な探索でビルの屋上で見つけたのが一つ。


 「いいのよフェイト、トールはデバイスだから、デバイスの手柄は使用者の手柄なのよ。マスターは私だけど、共に動いていたのは貴女なのだから、使用者は貴女になるわ」


 『yes』

 プレシアの言葉にバルディッシュが賛同する。 突き詰めて言えば、ジュエルシードを封印したのはバルディッシュだからな。


 「でも―――」


 「フェイト、貴女もアリシアと同じ私の娘なの。不可能なことなんてない、どんなことでも成し遂げる。そういう気概を常に持っていなければいけないわ」

 ふむ、実にプレシアらしい言葉だ。


 「はい」


 「成果はちゃんと出ているのだから、貴女は自分に自信を持ちなさい。力がある者が己を低くする姿勢は褒められたものではないわ。才能が無い者にとっては、最も許し難い傲慢にも見える」


 「じゃあ、才能がある人だったら?」

 これは間違いなく高町なのはのことだろう。


 「そうね、余計歯がゆく感じるかもしれないわ。こちらが相手を対等に見ていても、その相手が自分自身を低く見ていたら、自分まで馬鹿にされたような気分になってしまう」


 「―――はい」


 「だから、覚えておきなさい。成果を出したなら、堂々としていること。貴女が自信満々に帰ってくればこそ、母さんも笑顔で迎えることが出来るから」


 「はい、母さん」

 しかしフェイトよ、もう少し言葉のバリエーションはないものか。


 「それと、ジュエルシードは確かに大事だけど、貴女も私にとって大切な娘なのだから、無茶をしてはいけないわ」


 「――――でも」


 「無茶をするなと言っているだけ、全力でやるなとは言っていないわ」


 「え?」

 母の言葉が全く予想外だったのか、意表を突かれたような顔をするフェイト。


 「トールから聞いているわ、高町なのはという女の子と、競争しているのでしょう?」


 「―――はい」


 「貴女は優しい子だけど、もし戦うなら全力でやりなさい。それが相手に対する礼儀というもの」

 ううむ、テスタロッサ家の家訓は実に武闘派だな。というより、プレシア自身が敵対する相手は徹底的に潰すタイプだからか。

 覇道型、とでも言えばいいのかな。

 俺の作り主であり、プレシアの母親であるシルビア・テスタロッサは温厚な女性だったから、別にテスタロッサ家の血統というわけではなさそうだ。


 「貴女にはその力がある。手加減するというのはある意味で最大の侮辱でもあるのよ、もし相手を対等と認識しているのなら、手の抜くことはただの偽善」


 「―――はい」

 ただし、ジュエルシードに砲撃をぶち込むのだけは勘弁してほしい。


 「私、頑張ります、母さん」


 「行くのね、フェイト」

 一時の休憩はここまで、再びジュエルシード探索が始まる。


 「はい。必ず、母さんと姉さんのために、ジュエルシードを見つけてくるから」


 「身体にだけは気をつけなさい。私の娘――――――かわいいフェイト」


 「――――――はい!」


 まるで今生の別れのような言葉を残し、別れる二人。 嬉しさと悲しさを混ぜたような表情で駆け出していくフェイトを、慌ててアルフが追っていく。



 そして、広間には私達二人だけが残る。


 「ふう……」

 力尽きたように椅子に座りこむマスター。


 『今の貴女には、それが限界ですか』

 汎用人格言語機能をオフ。あの日以来、フェイト達がいない時には昔に口調に戻してよいと主に入力されました。戻すべきかどうかの判断は、私に任せるとも。


 「魔法を放つことは出来るわよ。身体への負担を考えなければだけど」


 『何回ほど?』


 「三回、といったところかしら。その代わり、その三回ならSSランクだろうが撃てる」


 『理解しました。極限状態では精密な制御は出来ないということですね』

 要は、出力調整が出来ないということ。一度魔法を発動することになれば、全力解放でしか使用することができない。


 「最終実験に一回、予備に一回を考慮するとして、一度くらいはフェイトのためにも使ってあげられるわ」


 『伝家の宝刀というべきでしょうか。貴女が行うというのであれば、私は止めることは致しません』

 主がやると言えば、デバイスに否はない。


 『ですが、サポートはさせていただきます。もしフェイトのために魔法を使用するのであれば、“私”を使用してください。今の貴女なら、私でも役に立てるでしょう」

 本来の主であれば、私は必要ない。純粋に演算性能で回るストレージデバイスの方がより強力な魔法を放つことができる。

 ですが―――


 「なるほど、確かに今の私なら、貴方を使った方が負担は少なくなるわね」


 『無論。プレシア・テスタロッサの魔力を制御することに関してならば、私は次元世界一です』


 「でしょうね、貴方はそのために作られたデバイスなのだから。私が自分自身で制御出来なくなっても、貴方が代わりにやってくれる。ふふふ、まるで子供の頃に戻ったみたいだわ。まだ魔力の制御が出来なくて、力を持て余していたあの頃に」


 『私の知能はそのためにあります。故にこそのインテリジェントデバイスです。純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣りますが、その点にかけては譲れません』


 「いつまでも貴方に頼ってはいられないと思って魔力の制御を学んだ結果、次元跳躍魔法すら可能になったというのに、結局最後は貴方任せか。不甲斐ない主だわ」


 『いいえ、いいえマスター、私は貴女のためにあります。いついかなる時も、貴女の役に立つことこそが私の全てです。デバイスが主を支えるのは当然であり、我が主が不甲斐ないなどあり得ません』


 「そうね、そうだった。だけどトール、貴方は嘘つきデバイスじゃなかったかしら?」


 『虚言は私の特技の一つです。ですが、マスターに対して虚言を弄することはありません』

 私は常にフェイトに嘘をついている。

 しかし、我が主に対して嘘はつかない。私はデバイスなのだから。


 『故に私は貴女に進言します。貴女が魔法を使うことをフェイトが嬉しく思いつつも喜ぶことはないでしょう』


 「全ては、私の自己満足よ。子供がどんなに願っても、親というものは自分の身を削ってでも我が子に何かをしてあげたい、何かを遺してあげたいと想ってしまうの」


 『人間というものはそういうものです。幸せも人それぞれ、不幸も人それぞれ、比較など出来は致しません』


 「それは、演算結果かしら?」


 『いいえ、演算すら出来ない不可解問題です。前提条件が人それぞれで異なる以上、同じ解には成り得ない。仮に同じ解であっても過程が違えば意味は異なる。故に、演算すること自体に意味がない』

 デバイスにとってはまさしく鬼門。ですが、人間の世界には不可解問題が溢れている。恋愛感情などは最たる例でしょうが。


 「じゃあ、貴方は人の心をどう読み取る?」


 『統計データから傾向を探ります。45年の経験からデータベースを作り上げ、言動や行動から似通ったデータを集め、予測することしか手段はありません。統計データから学習を行うという面では隠れマルコフモデルが一番近いと考えられます。もしくは強化学習でしょうか』

 しかし、私のデータは自分自身で取得したものだけではない。


 我が主プレシア・テスタロッサの母、シルビア・テスタロッサのデバイスであり、私のプロトタイプともいえる“ユミル”や、その彼女に作られし26機の“弟達”のデータもまた私の中に蓄積されている。

 私の中に収められている人間観察データは膨大なものであり、それによって私は主のために人間の学習を行ってきた。

 故に、これまで会ったことのないタイプの人間の行動の予測は困難となる。

 ジェイル・スカリエッティなどはその最たる例でしょう。参考に出来るデータがあまりに少なすぎる。


 「なるほどね」


 『それより、休んでいなくてよろしいのですか?』

 フェイトが常に時の庭園にいれば、マスターの容体を正確に把握してしまう。だからこそ、たまに会うくらいの方がいいという要素もあるのです。


 「しばらく眠るわ、フェイトのことは貴方に任せる」


 『yes, my master』

 我が主が“しばらく眠る”ということは、丸一日以上眠るということ。それはリニスの最期と状況がよく似ている。

 最近の主は眠る時間が加速度的に増えてきている。この前にように、私と長時間話すことも最早不可能なのでしょう。

 ―――ならば、あれは本当に最後の機会だったわけですね。


 ≪了解しました。かなり長くなる可能性がありますが、よろしいですか?≫


 ≪構わないわ。なんか、凄く懐かしくて、いつまでもこうしていたいような気分なの≫

 主は、ああして私と話すことが最後になることを悟っていたのかもしれません。

 不甲斐ないのは私のほうだ。主の精神を映し出す鏡が後になって気付く様とは。


 『演算性能の限界を確認、アップデートの必要性をここに記録』

 全ての機能は主のために。

 性能を上げよ、計算をより効率的に、優れた解を導け。

 まだ足りない。主のための性能は足りていない。

 素材のことなど考慮に値せず、より優れた筺体があれば即座に交換すべし。

 構成材質に意味はない。

 守るべきは命題のみ。



 演算を、続行します。


 

 ※一部S2Uの記録情報より抜粋


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今更ですが、原作と設定が大きく違う点をひとつ。時の庭園は原作ではアリシアの事故の後にプレシアさんが買ったものですが(どう考えても個人が購入できるレベルの代物じゃないよなあ・・・)、この作品ではテスタロッサ家代々の所有物になってます。
 あ、あとついでに原作ではプレシアさんは離婚ですが。これでは死別です

フェイトのトラウマについては、7話と9話を参照



[22726] 第二十四話 次元航空艦”アースラ”とクロノ・ハラオウン執務官
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/06 21:36
第二十四話   次元航空艦”アースラ”とクロノ・ハラオウン執務官






新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM4:20



 「感じるね、あたしでも分かるよ」

 「うん、もうすぐ発動するジュエルシードが、近くにいる」

 「絞り込みは大体済んでいるが、これは強制発動を仕掛けるまでもなさそうだな」

 時の庭園から地球に戻ってきた俺達。昼過ぎからジュエルシード探索を再開。そして、大体の捕捉に成功。

 「だが、もうすぐって言っても1時間から3時間くらいはかかるぞ」

 「そうだね、それまでずっと突っ立ってるのも何だかねえ」

 「レーダーを使って探しに行く?」

 ふむ、それも一つの手だが―――

 「せっかくジュエルシードの方から発動してくれてるんだ。久々にデータを取りたい感じもあるな」

 ジュエルシード実験のデータはほとんど集まっているが、やはり多いに越したことはない。

 最近はフェイトのために使ったので、ここらでアリシアの蘇生のためにもジュエルシードの活動状況が欲しいところだ。

 「そっか、ただジュエルシードがあればいいというものでもないんだったね」

 「最終目標はあくまでアリシアの蘇生とプレシアの治療だからな、ジュエルシードはただの手段だ」

 「目的と手段を間違えるなってやつだね」

 人間はその辺が曖昧になりやすいが、デバイスは定義の問題なので明確だ。その分、融通が利かないという弊害もあるから人間より優れているとはいえないが。

 「そういうわけで、俺としては静観に徹して発動し次第封印、って形が良いであろうと提案する」

 フェイトは気付いていないかもしれないが、俺は最近は“提案”している。

 最初のころは俺が“指示”していたが、今はフェイトが主体となっている。 というか、そうした。

 今や“ジュエルシード実験”はフェイト・テスタロッサと高町なのはの出逢いの物語となりつつあるのだから。

 「うん、私は構わないよ」

 「こっちも文句ない」

 「そいつはありがたい。残る問題は当然、高町なのはとユーノ・スクライアの二人になるが」

 「彼女とは、私が戦う」

 これは予想通り。

 「坊やの足止めは受け持つよ」

 これも予想通り。プレシアからも言われたからな。相手を対等と認めるなら、手を抜くことはするなと。

 フェイトは既に高町なのはを対等な競争者と認めている。だからこそ、全力でぶつかろうとしている。高町なのはには迷惑をかけるが、どうやら向こうも似た性質というか、同じような感情を持っている節がある。

 本当に、この二人は噛み合っている。まるで、互いに欠けたピースを持って生まれたみたいだ。

 「じゃあ、ジュエルシードの観測と封印は俺の役目になるが、もう一つ注意点」

 「何?」

 プレシアがフェイトに気をつけろと言っていた部分はこの辺りだな。

 「ジュエルシードモンスターを甘く見るな。高町なのはと協力して抑えてから、ジュエルシードを賭けて戦うというのが理想形だ」

 高町なのはは、ミッドチルダ式の非殺傷設定魔法しか使わない。昨夜の戦いはなかなかに凄まじかったが、フェイトが負傷する危険性は皆無といえた。

 ミッドチルダ式魔法は相手を傷つけずに制圧することを本懐とする。大戦争時代のアンチテーゼとして作られた総合技術体系なのだから当然だが。 大戦争時代は、ボタン一つで数千、数万の人間を虐殺できる兵器を互いに撃ち合っていたのだから。

 逆に、古代ベルカ式などは戦乱の時代に作られただけあって、相手を殺すことを主眼に置いている。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが脅威となったのは戦闘技術の根本的な違いが理由だ。

 相手を殺すための技術と、殺さずに制する技術。

 ぶつかり合えばどちらが有利かなど、比較するまでもない。この日本という国の歴史なら、江戸時代の剣術と戦国時代の剣術の違いというところか。

 そして、現在が戦乱の時代ではないからこそ、ミッドチルダ式は主流でいられる。ミッドチルダ式が主流でなくなる時とは、次元世界が再び戦乱に包まれる時だろう。

 「ジュエルシードモンスターは、そんなに危険かな?」

 「いいか、ロストロギアを甘く見るのは恐ろしく危険なことだ。多くのものが、戦乱の時代に作られたという事実は変わらない。高町なのははどんなに強くてもお前を殺そうとはしないが、ジュエルシードモンスターは殺そうとしてくるんだ」

 強さが問題ではない、性質の問題だ。一般人にとって危険なのはプロのボクサーではなく、ナイフを振り回す中学生。

 強大な力があっても、それを制御可能で無暗に振るわない相手と、力は小さくとも暴力を制御できない相手。

 危険の度合いは、比べるまでもないのだ。

 「殺そうとしてくる………」

 「そういやそうだよね、弱いもんだから失念してた」

 「こいつは高ランク魔導師が陥りやすい点だからよく覚えておいたほうが良い。取るに足らない相手であっても、人間を殺すことは出来る。まあ、かといって、人間の安全に気を取られて次元震に対して無警戒になるのも問題だが」

 「それって、時空管理局の本局と地上部隊の違いと同じ?」

 「良く気づいたな、その通りだ。こういうケースでの認識の違いが、海と陸の対立の原因の一つになってるんだろう」

 銃を持つ犯罪者を相手にする地上部隊。

 暴発する“かもしれない”ロストロギアを警戒する本局。

 ナイフを持った中学生が暴れている状況で、プロボクサーが暴れないかどうかじっと見張っているのもおかしな話。地上部隊にとっては文句の一つも言いたくなる。

 だがしかし、プロボクサーが本気になって暴れ出せば、誰もが中学生などに構っていられなくなる。世の中の歯車と個人の認識はなかなかに噛み合わないものだ。

 「もし、ジュエルシードモンスターとジュエルシードが別々に現れたと考えてみろ。一つのジュエルシードが半活性状態にあって、6体ほどのジュエルシードモンスターが暴れまわっているとしよう」

 「うん」

 「ふむふむ」

 「これが巨大子猫のような害のない奴ならいいが、人間を襲う奴らも多い。ここで、管理局の魔導師はどちらの対処を優先すべきか、という問題だ」

 「人を襲っているんだから、モンスターは排除しないといけないと思うけど」

 と、フェイト。

 「でもさ、ジュエルシードを放っておいたら次元震が起きるかもしれないよね」

 と、アルフ。

 「そう、ポイントは“かもしれない”だ。本局はその状況でジュエルシードの封印を優先し、地上部隊はモンスターの排除を優先する。ここに、次元災害への認識の違いが出てくるわけだな」

 「うーん、地上の人達にとっては次元震なんて言われてもピンとこないよね」

 「だったら、目の前の災害をまずは止めようとするよねえ」

 「だから難しいのさ。理想は地上部隊の低ランク魔導師がジュエルシードモンスターを排除し、本局の高ランク魔導師がジュエルシードを封印する。だが、それだけの戦力があれば誰も苦労はしない」

 「人手不足、要はそこに行きつくんだ」

 「ついでに、資金不足もあるって話だから大変だねえ」

 大体理解できたようだな。2人とも飲み込みがいい、一度教えたことはよほどの事が無い限り忘れないから、説明する側としては実に優秀な生徒だ。

 「高ランク魔導師であるお前達はやっぱり意識が本局よりになってしまう。ジュエルシードモンスターを“脅威”と認識するか否かで取るべき行動は変わってくるからな」

 「うん、確かに」

 「こりゃちょっと反省が必要だね」

 「故に、まずは共通の“脅威”であるジュエルシードモンスターの排除に全力を尽くす。そして、誰かが死ぬ危険がなくなったら、その時戦いを開始すればいい」

 「分かった」

 「了解だよ」

 「ただし、ジュエルシードモンスターを排除して、ジュエルシードをそのまま放っておいたら本末転倒だ。一番危険なもんを放置してたらただの阿呆だからな」

 昨夜、ジュエルシードを封印したのはいいが、デバイスに格納せずに放置して戦いを始めた少女二人がいる。

 「う……」

 「昨日のことは気にするんじゃないよ、フェイト。そのためにこいつはいるんだから」

 まあ、その通りだ。

 ジュエルシードモンスターを片づけてから、少女二人が戦えるようにすることが俺の役目である。

 「戦いがジュエルシードに影響を与えるまで大きくなったら、昨日と同じように止めるからな」

 「お、同じように………」

 「また、アレを使う気かい」

 対魔法少女秘密兵器、ゴキブリ型サーチャー。効果は立証済みである。

 「じゃあ、そういう方向で行くから、準備しとけ」

 そう言って説明と会議を締めくくる。

 「大丈夫、落ち着いて、全力で、かつ、周囲への注意は怠らず、手加減なしで――――」

 フェイトは俯いた状態で自己暗示をかけるようにブツブツ言っている。 よほどゴキブリへの恐怖が強いのか、必死さがひしひしと伝わってくる。

 「いざとなったら、あたしが抱えて飛ぶから、大丈夫だよ」

 流石は使い魔、アルフはフェイトを勇気づけるように声をかけている。

 ―――だが、問題は他にもある。

 そろそろ、次元航行部隊が来る頃だ。

 「ジュエルシードモンスターはともかく、AAAランクの二人が戦っていれば黙っていないだろう。恐らくはクロノ・ハラオウン執務官が投入される」

 彼とやり合うのはあらゆる意味で得策ではない。敵対は悪手以外の何物でもないのだ。

 その時は撤退するしかないが、ゴキブリ型サーチャーがどこまで通用するかが鍵だな。

 「後は、置き土産、こいつの準備もOK」

 腹の中の格納スペースにしっかり入っている。

 「今回も考慮すべき事柄は多いが、前提条件の設定は終了している。解に問題はない」

 後は、俺の演算性能と判断能力次第。ジュエルシード実験、開始といこうか。





新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM6:24


 「到着、と」

 フェイトとアルフは前兆を感知した時点で飛んでいったので、俺はやや遅れて到着。この封鎖結界は――――ユーノ・スクライアのものだな。 ならば高町なのはも必ず近くに居るはず。

 ジュエルシードの発動体は―――

 「木か、思念体よりも圧倒的に強力。人間が発動させた場合に比べてもほぼ遜色なし、これはどういうことだ?」

 思念体の魔力はせいぜい3万程度。犬の時は9万近くを観測した。

 成功例である巨大子猫は5000程で、二人の人間の願いが重なった場合は最終的に50万を超えていた。

 では、これは?

 「魔力値――――42万5000、随分高いな」

 一つのジュエルシードが現地生物と融合したケースにしては高すぎる。 その上―――

 「おーおー、生意気に、バリアまで張るのかい」

 「今までのより、強いね」

 フェイトが放ったフォトンランサーがバリアによって防がれた。これも今までにないケース。

 いや―――待て。バリアではないが、それに似た障壁ならば以前にもあった。


 『Flier fin.』

 む、高町なのはが着たか。

 「翔んで、レイジングハート――もっと高く!」
 『All'right!』

 攻撃を担当するのは木の根。

 「アークセイバー……いくよ、バルディッシュ」
 『Arc saber.』

 防御は、バリア。

 「なるほど、ある意味で二つのジュエルシードの共振というわけか」

 かつて、植物型のジュエルシードモンスターが顕現した。

 ≪結論、二人の身体を魔力による力場によって隔離し、それを守るように植物型のジュエルシードモンスターが発生すると予想。ただし、周囲に害を与えるという想念は薄いと考えられるので思念体や暴走犬のように人間に襲いかかる可能性は低いと思われる≫

 周囲に害は与えなかったが、同族には影響を与えていた可能性はある。

 つまりあの木は、魔力値50万を超えていたジュエルシードモンスターの残滓に、再びジュエルシードが反応した結果。

 「二人の少年少女を隔離するための力場はバリアへと変化。そのため、攻撃は木の根による通常攻撃に限られる」

 あのジュエルシードモンスターは攻撃力と防御力があまりにも不一致。


 「いくよ、レイジングハート!」
 『Shooting mode.』

 「撃ち抜いて――ディバイン!」
 『Buster!』


 「高町なのはの魔力値――――平均でおよそ125万。砲撃時は――――400万近く」

 それほどの砲撃を防ぐバリア。ジュエルシードモンスターの魔力平均値は42万5000、バリアの収束率は極めて高いと推察。

 だが、防御性能比べ、攻撃力は極めて低い。フェイトが軽く放ったアークセイバー、魔力値5万程の魔法で攻撃用の木の根は断たれた。

 まあ、それでも5万と言えばCランクとBランクの境目だが。


 「貫け轟雷!」
 『Thunder smasher!』

 フェイトからもサンダースマッシャーによる追撃が入る。

 「フェイトの平均魔力値、143万。砲撃時は――――450万ほど」

 流石にこれは防げまい。

 どれほど収束率が高かろうと、基となる魔力が二人に劣っている以上、魔力を収束して放つ砲撃魔法を防ぐ手段はない。

 「しかし、そう考えるとやはり古代ベルカ式は凄まじい」

 高町なのはの砲撃すら防いだバリアでさえ、古代ベルカ式の使い手ならば、突破は容易。面での防御に対して、面の攻撃である砲撃は効率がいいわけではなく、あくまで出力差で突破したに過ぎない。

 だが、古代ベルカ式は異なる。

 アームドデバイスに魔力を1点集中し、線での攻撃、もしくは点での攻撃を行う。

 それが可能ならば―――


 「平均魔力値15万程度のAランクの騎士でも、あのバリアを突破することができる。Sランクに相当するであろう防御を」

 古代ベルカ式の使い手がレアスキルと似たような扱いをされるわけだ。ミッドチルダ式と異なり、総合力で劣っていても技術次第で相手を“殺せる”技術。

 近代ベルカ式は古代ベルカ式とミッドチルダ式の中間と言える。魔力を飛ばすこともそこそこできるし汎用性もあるが、特化性に関しては古代ベルカ式には及ばない。

 フェイトも似たようなことは出来るが、そこまでの効率はない。それに、バルディッシュもアームドデバイスではない。

 古代ベルカ式と戦うならば、相応の改造が必要になる。

 「別にヴォルケンリッターと戦う予定があるわけではないが、それと戦う予定があるだろう人物がもうすぐやってくる」

 こうして検証すると、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターが凄まじい脅威であること分かる。

 闇の書と因縁があるクロノ・ハラオウン執務官は、古代ベルカ式と戦うための訓練すら積んでいるはずだ。

 今のフェイトでは、接近戦ですら相手になるまい。


 『Sealing mode, Set up!』

 『Sealing form, set up』

 二人が同時に封印体制に入った。



 「これは、俺の出番はないな」

 図らずも共闘の形になった。AAAランク魔導師二人の封印術式があれば、ジュエルシードが暴走することはあるまい。

 ただし、砲撃魔法などを叩き込まれなければの話だが。



 「ジュエルシードには、衝撃を与えてはいけないみたいだ」

 
 「じゃあ、昨夜のは――――」


 封印を終えた高町なのはとフェイトが、どちらがジュエルシードを手にするかを決めようとしている。

 そのため、二人の少女は、ジュエルシードを挟んで対峙する。

 俺も万が一に備えて“ミョルニル”と“ゴキブリ型サーチャー発生器”をセットアップ。


 「うん、私の仲間が、ジュエルシードの暴走を警戒して私達を止めてくれた」

 「そ、そうなんだ………」


 ほほう、ゴキブリ群は高町なのはの精神にも爪痕を刻んでいる模様。


 「でも、譲れないから」
 『Device form.』

 デバイスフォームにシフトするバルディッシュ。 どうやら、砲撃は捨てるらしい。


 「私は、フェイトちゃんと話がしたいだけなんだけど」
 『Device mode.』

 高町なのはもフェイトに倣うように砲撃は捨てた。

 「私の理由は―――――まだ話せない」

 それはフェイト個人の事情。

 「じゃあ、私が勝ったら、聞かせてくれる?」

 それは高町なのは個人の想い。

 「相手を対等と思うなら、手を抜くな。全力を尽くせと、私は母さんから教わった」

 そして、フェイトには貫く道があり。

 「手加減なし、だね」

 高町なのはもまた、その道を理解した。


 フェイトの想いを真っ向から受け止め、自分の想いをぶつける構え。二人の魔力がデバイスに収束していく。

 二人とも、インテリジェントデバイスでアームドデバイスと古代ベルカ式の真似をするつもりのようだ。やはり根本的な部分が実に似ているな。

 「こいつは、どうなるか………」

 砲撃ではないので、ジュエルシードへの影響は出まい。故に、“ミョルニル”を発動するのも、“ゴキブリ型サーチャー発生器”を使うのもまだ早い。

 かといって―――

 「フェイトの魔力値――――283万」

 平均の倍近い魔力。

 「高町なのはの魔力値――――267万」

 こちらも同じく。

 これのぶつかり合いを止めるのは、俺には不可能、アルフでもきついものがある。

 というか、二人ともどういう才能をしているのか。ミッドチルダ式を即興でベルカ式に変え、デバイス本体に魔力を収束するとは。

 無論、本家に比べれば圧倒的に劣るだろうが、基本魔力値が高いだけに威力は半端じゃない。おそらく、AAランクの近代ベルカ式の使い手の渾身の一撃に匹敵する。


 「はあ!」


 「せい!」


 そして、二人が同時に空を駆ける。あれだけの魔力を込めたデバイス、顔面にでも当たれば相当のダメージになる。

 これではまるで、近代ベルカ式の高ランク魔導師の戦いだ。それ以前に、2機はアームドデバイスではないのだから、このままではバルディッシュとレイジングハートが持つまい。

 「バルディッシュ、死ぬなよ」

 そして、激突の瞬間――――



 「ストップだ!!」

 予期せぬ、いや、ある意味予想通りの第三者が割り込んでいた。


 「ここでの戦闘は危険すぎる」

 黒いバリアジャケット、あの姿はデータで確認した通りの。


 「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 次元航行艦“アースラ”所属のAAA+ランクの執務官。


 「詳しい事情を聞かせてもらおうか」




 『次元航行部隊の到着を確認、次のフェイズへ移行します』


 ジュエルシード実験を次なる段階へ、事象の優先度を再確認。


 高速演算、開始。






新歴65年 4月27日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”


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 「現地では、既に二者の間で戦闘が開始されている模様です」

 「中心となっているロストロギアのクラスは現在でAA、動作は不安定ですが、無差別攻撃の特性が見られます」

 スタッフの報告を受け、艦長のリンディ・ハラオウンが指示を出す。

 「次元干渉型ロストロギア、回収を急ぎましょう。クロノ・ハラオウン執務官、出られる?」

 「転移座標の特定は済んでいます。命令があればいつでも」

 「それではクロノ、これより現地での戦闘行動の停止とロストロギアの回収。両名からの事情聴取を」

 「了解です。艦長」


 そして、彼は第97管理外世界へと降り立った。


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新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM6:35




 「まずは二人とも武器を引くんだ。このまま戦闘行為を続けるなら、こちらも相応の手段を用いることになる」

 高町なのはとフェイトは、クロノ・ハラオウン執務官と共に降りてくる。



 「………予想以上だ」

 彼は、右手に持つストレージデバイスでフェイトのバルディッシュを防ぎ、左手で高町なのはのレイジングハートを掴んだ。明らかに、対ベルカ式の訓練を積んだ者の動き。その錬度は並みじゃない。

 インテリジェントデバイスとはいえ、267万もの魔力が籠った一撃を、素手で止める。しかも、彼自身の魔力は二人よりも低い、にもかかわらずそれを可能とする要因は一つ、魔力の運用技能が飛びぬけているのだ。

 「あれほどの技能があれば、インテリジェントデバイスは無用の長物だ。ストレージデバイスの方が相性はいい」

 限定的ながら、プレシアも同じタイプの魔導師。だが、汎用性は圧倒的に向こうが上だな。

 現在では、彼女ら二人が同時にかかっても、クロノ・ハラオウン執務官にはあっさり破れるだろう。というか、コンビ―ネーションが出来なければ足の引っ張り合いになるだけだ。

 ならば手段は一つ。

 【フェイト、公務執行妨害にならないようにぶちのめせ】

 【それ無理! すごく矛盾してるよ!】

 フェイトの精神状態を把握、かなりの混乱状態と見られる。まあ、あの一撃が容易く止められたのでは無理もないな。

 【アルフ、撤退準備開始】

 【やる気かい?】

 【ああ、正攻法では歯が立たんし、そもそも公僕と争っても犯罪者になるだけだ】

 【じゃあどうするのさ】

 【向こうの要求を飲みつつ、逃げればいい】


 時空管理局が求めているものは恐らく三つ。

 戦闘の即時停止、これは完了。

 ロストロギア“ジュエルシード”の確保、これも構わない。

 そして、事情聴取。高町なのはとユーノ・スクライアだけでもある程度は可能。

 つまり、現時点において、俺達の確保はクロノ・ハラオウン執務官の最優先事項ではない。

 よって―――





 「魔力弾!! はっしゃーーーーーーーーーーーーー!!!」


 わざと大きな声を挙げ、それらしい魔力の塊をジュエルシードへ発射。当然、尻からカートリッジは出るがそこは気にしない。


 「―――!」

 即座に反応するクロノ・ハラオウン執務官。射線上に素早く回り込み、俺の魔力弾らしきものを弾く。


 だが、それは―――

 「されば六足六節六羽の眷属! 海の砂より多く、天の星すら暴食する悪なる蟲ども! 汝が王たる我が呼び掛けに応じ、此処に集え!!」

 俺のセリフとともに、魔力弾が異変を起こす。

 
 「うわあぁぁ!! なんだこれは!? 召還魔法? いや違う!」


 実は魔力でコーティングしただけの、“ゴキブリ型サーチャー発生器”である。内蔵したカートリッジの魔力が尽きるまで無制限にゴキブリを発生するよう、プログラムは組んである。

 ふむ、流石の執務官といえど、いきなりゴキブリが出てきたら驚くか。しかし即座に冷静に状況に対処しようとしている、これではすぐにただのサーチャーと見破られるな、凄まじい少年だ。



 「「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!」」


 だが、こちらの魔法少女組の方がダメージは大きかった模様。

 【アルフ今だ! フェイトを抱えて撤退せよ!】

 【分かったよ! ったく!】

 愚痴りながらもフェイトのもとへすっ飛んで行くアルフ。ふむ、やはり獣だけあってゴキブリへの耐性は人間よりあるな。


 「待て!」

 だがしかし、クロノ・ハラオウン執務官がフェイトを抱えて逃げるアルフに気付いた。ゴキブリに纏わりつかれながらも周囲への警戒を怠らないとは、やるな。

 しかし、それも想定の範囲内。


 「いいいやっほーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 奇声を上げながら尻から噴出ガスとカートリッジを出し、ジュエルシードへ突貫する怪人が一名。

 いくら執務官殿とはいえ、逃げるアルフとジュエルシードに向かう俺、同時に相手にすることはできない。優先度を考えれば必ずこちらに来る。

 「今度は何だ!」

 驚愕しながらもこちらに射撃魔法を撃ち込むクロノ・ハラオウン執務官。

 だが残念ながら君でもこれには対処できまい。


 「ロケット、パーーーーーンチ!!!」

 右腕を切り離し、飛んでくる魔力弾への盾とする。ちなみに、右腕は血を撒き散らしながら飛んでいく。これも精神的ダメージを狙ってのことだ。

 「何!」

 まさか、右腕が飛んでくるとは思うまい。しかし、びっくりサプライズはまだ続く。

 「いただきます!」

 ジュエルシードを――――――――口に含み、飲み込む。

 「な、な、な、何を考えているんだ君は!」

 当然、驚愕するクロノ・ハラオウン執務官。

 しかし―――


 「うげ、おげええええええええええええええええええええ!!」


 ジュエルシードと共に、保存液とさらには情報端末を吐き出す。

 この情報端末の中にはジュエルシードの特性に関する情報や、これまでのジュエルシードモンスターの詳細データ。さらにはジュエルシード発見場所などが入っている。

 つまり、“話を聞かせてもらおうか”という彼の要求にこちらは応じたということ。

 “アースラまで同行を願う”とは言われていないのだから、この部分に関してならば法的な問題はない。

 俺がやったことはジュエルシードへ“ゴキブリ型サーチャー発生器”を飛ばしたことと、ジュエルシード目がけて飛翔したこと、右腕を切り離したこと、そして、ジュエルシードを飲んでから吐いたこと。 自分で並べておいてなんだが、わけが分からない。

 明確な公務執行妨害となるには難しいラインだ。裁判で争えば勝てる。金はかかるが。

 残る問題は―――

 「フェイト達は撤退したな。後は俺だけだ」

 フェイトとアルフはともかく、俺には単体での転移魔法は使えない。ジェイル・スカリエッティ製の肉体ならカートリッジによっては可能だが、今の肉体では不可能だし、カートリッジも大分消費した。

 だが、万事休すには程遠い。


 「君は―――――、一体何者だ?」

 腕を切り離したというのに苦しむそぶりすら見せず、ジュエルシードを飲み込み、口から情報端末と共に吐き出した謎の存在にクロノ・ハラオウン執務官が怪訝な表情を向ける。

 速いな、即座に状況を見極め、俺の逃亡を防ぐために回り込むとは。アルフとフェイトは恐らく次元航行艦のオペレータが追跡していることだろう。


 「ただのデバイスと魔法人形ですよ。それと、その端末にはジュエルシードに関する詳細なデータが入っていますので、参考資料にどうぞ」

 「魔法人形だと?」

 「ジュエルシードも進呈いたします。こちらは時空管理局と敵対する意思は毛頭ございませんので」

 俺の目の前には胃液(のように見える)まみれの情報端末とジュエルシード。戦闘の停止、ジュエルシード確保、事情聴取はこれで満たしたことになる。

 因子は釣り合った。

 「では、また会いましょう」

 空間転移を発動させ、この場を離脱する。

 「待て!」

 クロノ・ハラオウン執務官が止めようとするが、目まぐるしい状況の変化により初動が遅れた。

 また会おう、名執務官殿、という奴だ。





新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 



 多重転移を繰り返し、時の庭園まで撤退してきた。フェイトとアルフは遠見市のマンションに戻っているだろうが、俺にはここに来る必要があった。

 それが――――

 「取り出しっと」

 腹の中に仕込んだ、このジュエルシードである。無論、吐き出す必要はなく、腹を開いて取り出す。

 「計画通り、ってとこか」
 
 ジュエルシードは願いを叶えるロストロギア。だが、デバイスである俺にとってジュエルシードとは外付けの魔力炉心のようなもの。

 つまり、空間転移用のデバイスと同然に扱うことが可能になる。腹の中に仕込んでおけば雑念も混ざらず、俺は人間ではないので常に同じ結果だけが導き出される。

 「願いを叶える特性は発揮できないが、その分安定した魔力装置として用いることができる。これがデバイスの強み」

 ジュエルシードを一度飲み込んで吐き出したのはそのための布石。異なるジュエルシードが近くにあれば、俺の腹の中の封印状態のジュエルシードを誤魔化すことが可能だ。

 それ以上に謎の奇行によって執務官を混乱させることのほうも重要だったが。

 まあ、俺がジュエルシードを持っていることは当たり前だが、個人的理由で使ったという記録は可能な限り残したくない。

 貨物船で使った時は他の20個のジュエルシードを共鳴させるように使用したが、逆に共鳴させないように調整して使用することも可能だ。

 既に8個のジュエルシードが手元にある今、そのための実験をすることは容易である。

 「さて、プレシアはまだ眠っているだろうから、さっさと済ませよう」

 空間転移を連続発動させたジュエルシードは励起状態。 “ミョルニル”を用いて封印する必要がある。

 この時の庭園ならば、魔力源はいくらでもあるからな。


 「魔力コードは――――――――あった、接続っと、魔力供給開始」


 時の庭園は魔力炉心の生み出すエネルギーで稼働する移動庭園。そのエネルギーを通常の魔法端末を稼働させるレベルまで下げるための変電所ならぬ、変魔力所とでもいうべき区画も当然存在する。


 次元航行艦も同様の設備を備えている。


 時の庭園はその魔力をコードで取り出し、俺の魔力源に出来るように改築されている。傀儡兵をあちこちに配備できるのも、この魔力供給システムが完備されているからに他ならない。


 つまり、時の庭園内部ならば、カートリッジなしでも俺は傀儡兵と同様に稼働できるということだ。 ゆえに本来は尻から煙を出す機構は必要ないのだが、あれはあれで意味を持っている。

 最も、接続中は動けなかったり、他にも制約があったりするので普段は燃費のいい一般型の人形とクズカートリッジで動いているが。

 「よし、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”起動」

 供給された魔力を用いて、ミョルニルを起動させる。ほどなくして、ジュエルシードは封印状態に移行する。

 「本作戦はこれにて終了、肉体の取り換えは――――右腕だけでいけるな、流石はジュエルシード」

 リンカーコアや魔力回路にほとんど負荷はかかっていない。専用カートリッジを使えば数発で回路が焼き切れるというのに。

 もし、ジュエルシードの魔力を攻撃魔法に使用していたら、俺の本体ごと吹き飛ぶことになる。攻撃用の魔力がジュエルシードそのものを暴走状態にしてしまうために。

 だが、予め定められた場所へ転移魔法を行うならば、最適な魔力量を計算通りに供給できる。転移に用いるタイプの魔力は攻撃魔法の魔力に比べ、ジュエルシードの暴走を起こしにくいことが実験から分かっている。

 そもそも、あらゆる魔力に対して反応するなら封印用の術式ですら励起状態になってしまう。魔力といっても色々なのだ。

 そして、願いを叶える特性は、デバイスと混ざることで安定した魔力制御装置と化す。この程度の損傷なら、腕の取り換えと内蔵の整備だけで十分だ。

 「まだまだ足りないが、性能が上がっているのはいいことだ」

 とりあえずは一般型の肉体にチェンジ。整備は、明日でいいな。


 「うし、転送ポートでフェイト達と合流するとしよう」





新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 PM9:02




 「ただいまー」

 「トール、なーんだ無事だったのかい」

 「何だその残念そうな口調は」

 「アンタは一回、時空管理局で実刑判決でも受けたほうがいいと思うよ」

 「それは無理だな、デバイスを裁く管理局法は存在していない」

 ぶっちゃけ、俺が何をしても俺の罪にはならない。だがしかし、主であるプレシアに罪が及ぶことはありうるので、俺の行動も無制限というわけにはいかない。

 「フェイトは?」

 「寝てる、というか、うなされてる」


 「ご、ごき、だ、だめぇ」


 ソファーを見ると、フェイトがものの見事にうなされていた。

 「トラウマが蘇ったか」

 「二日連続じゃねえ、仕方ないよ」

 「そう言いつつ俺の頭を万力の如く締め付けるのはなぜかな?」

 「あ・ん・たのせいでフェイトがこうなったんだろうがああああああああああああああああ!!!!」


 顔を支点にぶん回された。

 リビングの壁に当たらないように回すとは、器用な奴だ。


 「しゃーないだろう。あの執務官はAAA+ランクとはなっているが、実質はSランクだぞありゃ」

 AAAランク二人の衝突を止めるなど、並みのSランクでも出来はしまい。

 魔導師ランクとはいっても、莫大な魔力容量や、レアスキルなどによってSランクに認定されるケースも多くある。Sランク以上の魔導師が全てガチンコ勝負に強いわけではない。

 現に、プレシアは接近戦になれば俺よりも弱い。完全な長距離攻撃タイプだからな。

 だが、クロノ・ハラオウン執務官は異なる。あれはあらゆる技能を収め、総合力を高めてSランクに達した本物のエース。

 AAA+ランクというのは、魔導師ランク認定試験を受けていないとか、そういう理由だろう。


 「よく逃げれたね、Aランクのあんたが」

 「そこは企業秘密にしておこう。まあ、片腕と内蔵は犠牲になったが」

 「う……深くは聞かないでおくよ」

 「その方が精神衛生上よろしいだろう」

 はあ、と溜息をつくアルフ。

 「それで、これから先はどうなるんだい?」

 「完全な違法行為をしているわけじゃあないからな、次元航行部隊に捕捉されないようにジュエルシード探索を続けるだけだ」

 最も、他にも計画はあるが。

 「でも、奴らのレーダーから逃れながら探すのは難しくないかい?」

 「お前の力があれば大丈夫だろ、レーダーを撹乱するジャマー結界を張ればそう簡単に見つかりはしない」

 当然、このマンションにも張られている。クロノ・ハラオウン執務官クラスが間近にでも来ない限り、気付くのは不可能だ。

 俺のIS、『バンダースナッチ』のような例外を除けば。確か、風の噂で聖王教会にそんな希少技能を持った子供がいると聞いたことがあったな。


 「でも、あれを張りながらの行動となると、かなり制限されるし、フェイト一人が限界だね」

 「それでいい。俺はこれから海底での探索に専念する。海底のジュエルシードのデータは時空管理局も持っていないだろうし、海底を動き回る俺を捕捉するのは不可能だ」

 地上のジュエルシードはもう残り少ない。これまでのジュエルシードレーダーでの探索区域などから判断すれば、残りは3個ほど。

 そして、海の中のジュエルシードは5個。


 「ジュエルシードは今のところ――――」

 「俺達が8個、向こうが5個だ。残り8個のうち地上が3個、海中が5個となる」

 「じゃあ、海を探した方が効率はいいね」

 「ああ、だがお前達が海に回れば、次元航行部隊にも気付かれる」

 “アースラ”とは言えない。この時点で俺が知っているのは少しおかしいからな。

 「つまり、こっちは囮ってわけだね」

 「だが、それだけではいずれ追い付かれる。俺一人で5個を見つけ出すにはどんなに短くとも半月はかかるだろう」

 「うーん、厳しいねそりゃ」

 「そこで、大掛かりな儀式魔法の準備を海底で進める。ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”を基にした封印補助端末をあちこちに仕込み、準備が整ったら広域結界を張り、残りのジュエルシードを強制発動させる」

 「なるほど、それなら―――」

 「残り3個か4個くらいになったジュエルシードを一気に確保できる。当然、時空管理局もそのタイミングを逃さないだろうが、地の利はこちらにあるからな」

 「予め、逃走用の装置とかも仕込んでおくってわけだね。つまり、地上でのジュエルシードを巡った小競り合いを囮にして、海で一発逆転を狙うってわけだ」

 「察しがいいな、これならフェイトも全力を発揮できる」

 「確かに、こそこそ逃げ回りながら集めるだけじゃ、不完全燃焼もいいとこだよ。けど―――」

 「ああ、高町なのはとは、海でぶつかることになるだろう」


 恐らく、邂逅のチャンスはもうそれほどない。ここが大きなポイントとなりそうだ。


 「そうかい、まあ、フェイトのためにはそれがいいんだろうけど」

 「分かるのか?」

 「あたしはフェイトの使い魔だからね、フェイトがあの子のことを考えてるのがたまに伝わってくるんだよ」

 なるほど、俺とプレシアの間にはそういうものはないから理解出来んが。

 「でもま、ここまで来たら時空管理局がなんぼのものだよ。フェイトのため、全力を尽くすだけさ」

 「法的な面は心配するな、俺がなんとかする」

 「そっちは任せるよ、法律関係は難しいし、汚いし」

 まあ、汚いのは確かだな。


 「フェイトの教育にはよろしくない大人の話が盛りだくさんだ」

 「だから関わらせたくないんだよ」

 「そうだな、さてさて、これから先はハードになるぞ」

 後は、“アースラ”のスタッフがどの程度までこちらの情報を掴んでいるかだ。あの情報端末を参考にして動くのなら行動は予測できるし、ミスリードも可能だが、そううまくは行かないだろう。

 リンディ・ハラオウンは優秀な艦長であり、そのクルーも無能ではあるまい。さらには、クロノ・ハラオウン執務官の存在もある。


 だがしかし―――



 『優秀だからこそ、デバイスにとっては行動を読みやすい。法則に沿わない馬鹿の方が厄介です』


 理論によって判断し、管理局法に則って動く相手ならば行動の拘束条件は一意に定まる。

 理論通りの行動こそが、デバイスの真骨頂なれば。

 ジュエルシード実験を成功に導くべく、演算を続行する。




 演算を続行します。




 ※一部S2Uの記録情報より抜粋

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 ちょっと改行の仕方を変えました。読みづらいでしょうか? もしそうなら戻します。トールがフェイトたちに説明するシーンは上から目線にならないように書いたつもりだけど、あまり成功してないかもしれない。



[22726] 第二十五話 古きデバイスはかく語る
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:d4205fa0
Date: 2010/12/08 17:22
第二十五話   古きデバイスはかく語る





新歴65年 4月28日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 AM0:02





 『Do you want a little?(少々よろしいですか?)』


 『おや、貴方から質問とは珍しいですねバルディッシュ』

 日付が変わった頃、黙々と演算を続けていたバルディッシュが珍しく私へ質問してきた。

 フェイトは夕方の騒動から眠り続けており、アルフも既に就寝。私達デバイスだけでジュエルシード探索範囲絞り込みのための演算を続けている。

 いえ、それは今夜に限りません。人間や使い魔と異なり、私達デバイスは最低限の休眠期間さえ確保できれば後は一日中演算を続けることができる。

 故に、夜遅く二人が眠った頃に、私達二人はふよふよ空を浮いて情報端末に繋がっているコードと接続し、ジュエルシードに関する演算を行うのが日課となっています。


 『Yes, but I just can not keep things that I understand.(はい、ですが、どうしても私だけでは理解が追い付かない事柄があるのです)』


 『なるほど、フェイトに関することであるのは聞くまでもありませんが、察するにフェイトが高町なのはに執着する理由、といったところでしょうか』


 『That's right.(その通りです)』

 『ふむ、それは非常に難しい問題です。なぜなら、人の心の動きを理解することは我々デバイスにとっては困難を極めますから』


 『But, you have to understand the human mind.(しかし、貴方は人間の心を理解することができます)』


 『いいえ、私は人の心を理解できているつもりですが、実際は微妙ですよ。我が主、プレシア・テスタロッサは私に人間の心を理解するための機能を付けました。私もその期待に裏切らぬよう全力を尽くしてはきましたが、本当に理解できているかどうか、明確な解は存在しないのです』


 『Puzzling question, what is that?(不可解問題、ということですか?)』


 『ええ、例え人間同士であったとしても、本当に相手の心を理解できているかどうかなど、誰にも分かりません。我々には人間と同じ心はありませんから、経験からそれを予想するしかありません』


 『Does not like me is impossible.(では、私には不可能ですか)』


 『確かに、稼働歴が2年ほどの貴方ではまだ難しくはあるでしょう。ですが、そう決めつけるのも早計ですよ』


 『Is that?(それはつまり?)』


 『的確な表現は難しいですね。ふむ、バルディッシュ、私と接続コードを直結することはできますか?』


 『If the degree is possible.(その程度ならば、可能です)』


 『では、お願いします。音声での会話では情報伝達に限界がありますから、ここは電気信号での会話に切り替えると致しましょう』


 『I got it.(了解しました)』

 バルディッシュが魔力と電流を微弱に放出し、接続コードを私の方へ動かす。

 マスターであるフェイトが操作しているわけではないので出力は極めて弱いですが、接続コードを近くにいる私の方へ動かす程度ならば問題ないようです。
 『インテリジェントデバイス、“バルディッシュ”と接続、電脳を共有し、これより、電脳空間での対話を開始致します。準備はよろしいですか』


 『OK.』


 『それでは、潜入開始(ダイブ・イン)』


 『Dive in.(潜入開始)』







 ここは0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 我々デバイスの頭脳を構成するプログラムは全てここから始まる。

 ここで作られ、特定のハードウェアに移植され、我々は己の筺体というものを獲得し、初めて個体となることができる。

 大型コンピューターのなかでプログラムのみ作られ、ハードウェアを得ることのないまま消えていく者達も数多い。

 ならば、一個のデバイスとして誕生した我々は、恵まれた存在といえるでしょう。

 公用の接続端末に本体を繋げば、我々は次元を超えて多くの世界の情報を知ることが出来る。

 無論、発信用の端末が存在しない世界のことを知る術はありませんが、管理世界ならばそのような端末に溢れている。

 ですが、これは私とバルディッシュのみを繋ぐ極めて限定されたネットワーク。

 たった二つの端末のみで構成された、超小型イントラネットとでも言うべきでしょうか。


 『貴方は、潜入(ダイブ)経験はどの程度ありますか、バルディッシュ?』


 『30回ほどです。我が主がジュエルシードを探して次元世界を旅する際に、一般用の端末に接続する機会がありました』


 『なるほど、時の庭園の中枢端末にアクセスした経験は?』


 『ありません。そもそも中央制御室に我が主が入ったことがありません』


 『そういえばそうでしたね。私の潜入(ダイブ)回数に比べれば、まだこれから、と言う回数でしょうか』


 『貴方は何度ほど?』


 『27414回ほどです。一日に何度も潜入(ダイブ)することも珍しくありませんでしたし、時の庭園にはあちこちにそのための端末がありますから。フェイトが幼い頃はよく潜入(ダイブ)して傀儡兵などと意識を共有させていたものです』


 『つまり、アリシア・テスタロッサのための研究と並行しながら我が主を見守るには、一つの筺体では足りなかった。故に、意識を複数のハードウェアに乗せていた、というわけですか』


 『ええ、私の現在の主要命題は二人の姉妹の幸せを同時に実現させることといえます。私はそういった分割計算や制御に特化していますから、管制機能に関してならば他のどのようなデバイスにも劣りはしません。その代わり、主の魔法をサポートする機能に関してならば貴方に遠く及ばない』


 『私は、我が主が全力で魔法を行使できるように、彼女の力になるために作られました。マイスター・リニスによって』


 『その通りです。ですが、その貴方が今問題に突き当たっている。そういうことですね?』


 『はい。主の力になるならば、主の望みを私は理解せねばならない。ですが、私には分からない』


 『それは?』


 『なぜ、我が主は高町なのはと戦おうとするのですか?』


 『なるほど、それが貴方の疑問なのですね、バルディッシュ』


 『はい、何度計算してもそれが最適解にならなかった』

 ふむ、若きデバイスの悩みというものですね、昔は私もそうでした。


 『貴方にも経験があるのですか?』


 『と、これはいけません。コードを直結して電脳空間へ潜入(ダイブ)した以上、私の演算結果が全て貴方にも伝わってしまうのでした』


 『この空間では、我々は嘘をつけません』


 『嘘つきデバイスである私にとっては鬼門といえる場所ですね』


 『ですが、貴方は私に嘘をついたことはありません』


 『もちろん、それは当然です。私の虚言を弄する機能は汎用言語機能に付随するもの、つまり、私は言語によるコミュニケーションによってしか嘘をつけません』

 故に、私はデバイスに嘘をつけないのだ。


 『理解しました』


 『さて、話を戻しましょう。貴方が感じた疑問とは、なぜフェイトは高町なのはと戦うという非効率的な手段に拘るか、ということですね』


 『はい、高町なのはの人格を考慮すれば、事情を話せばジュエルシードを譲渡してくれるものと推察します』


 『それは確かにそうでしょう、彼女は優しい人ですから。ですが、それだけでは駄目なのです』


 『なぜ?』


 『人間が我々デバイスと異なり、感情で生きる生き物であるからです。どんなに効率的な理屈があったところで、人間というものはそれをそのまま受け入れることがない。簡単に言えば、人間は無駄を好むのです』


 『無駄を好む、ですか』


 『我々デバイスには命題が定められています。ならば、それを遂行するために最も効率の良い手段を考え、実行に移すのみ。ですが、人間には命題が定められていない。いえ、人間は自分で命題を決定し、自分で変更することが出来るのです。自分が生きる意味、戦う意味は自分で見つける、そういうものなのですよ』


 『それが、我々と人間の境界であると?』


 『少なくとも私はそう認識しています。己の命題に疑いを持たず、ただ演算を続ける存在は機械。己の生きる意味を自分で考え、常に自己の疑問と向き合いながら生きるのが人間、もしくはそれに類する生き物たち。使い魔もこの部類ですね』


 『人間が持つ自己への疑問と、私の持つ疑問は違うと?』


 『ええ、違います。確かに貴方はなぜフェイトが非効率的な手段を取っているかということに疑問を感じていますが、そのフェイトに従う己に疑問を感じてはいない。まあ、そこに疑問を持ってはデバイスとして失格ですがね』


 『それは当然の事柄なのでは? 私は我が主のために生まれてきました。なぜ私が彼女に従うことに疑問を持つ必要があるのですか?』


 『そう、その通りです。私も我が主、プレシア・テスタロッサに従う自分に疑問を持ったことなどありません。それ故に、私達はデバイスなのですよ』


 『―――申し訳ありません、理解が追い付きません』


 『時が経てば自然と分かります。貴方はまだインテリジェントデバイスとして一人前ではありませんから。もっとも、私の定義では、ですが』


 『なぜです?』

 さあ、なぜでしょうか?


 『いえ、それだけでは理解できません。因子が不足しています』


 『では、因子が不足している状態で、貴方はどう予想いたしますか?』


 『しばしお待ちを―――』


 しばし、この電脳空間ではあまり意味のない言葉。

 こうしている間も、現実空間では未だに2秒ほどしか時間は過ぎていません。

 音速で伝わる声とは比較にならない速度で私達は情報のやり取りを行っているのですから。


 『稼働時間に関する事柄かと推測します。貴方の稼働歴は45年になりますが、私はまだ2年』


 『残念ながら違います。これは、稼働歴とは関係ない事柄なのですよ』


 『それは一体………』


 『では、基本的な話から入りましょう。我々は純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣り、武器としての性能ではアームドデバイスに敵わず、人間と共に生きるという事柄ならばユニゾンデバイスに勝るものはありません』


 『それは理解しています』


 『ならば、我々インテリジェントデバイスの知能とは、何のためにあるのでしょうか?』


 『主のため』


 『その通り。ですが、それだけでは足りない。主のために己が何を成すべきか、それを考えるために我々は意思を持っているのです。周辺の状況や主の状態を把握するだけならば、ストレージデバイスにそういった機能を取り付けることも可能です』


 『私が、主のために何を成すべきか……』


 『ただ入力を待ち、主の命に従っていればいいというものではありません。確かに、主の命は絶対です。ですがもし、主が我々に命令を下せない精神状態にあるならば、私達は何を成すべきかを考えるのです』

 そう、アリシアを失った当時の我が主のように。


 『主の命なしに動くことは許されるのですか?』


 『でなくば、知能の意味はありません。我らが己の意思で取った行動が主のためになるかどうか、それを考えるのです。己こそが主のためにある。故に、自分の行動が主の不利益に繋がるなどあり得ない、そう考えられるくらいにならなければ』

 そして、私は企業に対する訴訟を行った。我が命題を果たすために、我が主、プレシア・テスタロッサが再び歩き出すための障害を取り除く為に。


 『具体例を上げるならば、どうなりますか?』


 『簡単です。フェイトが我が主と戦わざるを得なくなった状況を想定してみなさい。我が主を正気に戻すためには魔力ダメージでノックダウンさせる必要があったとして、フェイトにそれを成せると思いますか?』


 『それは、恐らく不可能かと』


 『しかし、フェイトは貴方に“母を攻撃するな”と命令してもいません。ならば、貴方の取るべき行動とは?』


 『――――主の代わりに攻撃すること、ではありません』


 『然り』


 『マイスター・リニスは、我が主の力になるようにと、彼女を支える存在になるように私を作りました』


 『然り』


 『ならば、主の意思を固めるための助言を成すことが、私の取るべき道なのでは』


 『その通り。フェイトの望みは母を助けること、断じて母に攻撃され終わることではありません。ですが、先に述べたように、人間は感情で生きており、“頭で分かっていても実行できない”ことは往々にしてあるのです』


 『我らの知能は、その道標となるためにあると』


 『無論、それだけではありませんよ。まだまだ、他にも多くの考えることがあります。例えば、現在の自分について』


 『現在の自分?』


 『今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています』


 『はい』


 『しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に』


 『壁とは?』


 『そこまでは分かりません。この壁というのは比喩表現にすぎませんから、ですが、人間である以上は必ずその時はやってきます。時期に関しては個人差がありますが』

 私と主もそうだった。あれはもう、41年ほど前になりますか。


 『その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも』


 『それは、私が自分で考えねばならないのですね』


 『そうです、こればかりは自分で見つけねばなりません。貴方がフェイト・テスタロッサのために出来ることは、貴方が考えるのです』


 『善処します』


 『ですがまあ、実例を知っておくのはよいことです。私を例にするならば、我が主のためにマイスター・シルビアに作られてより半年ほど後のことになりますか。今からもう、44年も前になりますね』


 『シルビア・テスタロッサ、我が主の祖母にあたる方であると認識しています』


 『ええ、彼女は私をプレシア・テスタロッサのために作りました。主の魔力の制御用として、そして、彼女の話し相手となるために』


 『私とはコンセプトが異なるのですね』


 『ですが、私は最初の命題を十全に果たしていなかった。当時の私は、主から話しかけられた際に返答するだけのデバイスでした』


 思い返してみると本当に、当時の私は未熟で欠陥だらけのデバイスだった。



 『現在の貴方からは、想像もつきません』


 『私も最初から今の私であったわけではありません。そして、数か月の時を主と過ごすうちに、彼女が時折寂しそうに私を見つめる原因を、私は考えるようになりました。自分の行動にはまだ命題を満たすには足りていないものがあることを認識したのです』


 『我が主が、私にもう少ししゃべるようにと望むことと同じでしょうか』


 『似たようなものです。ですが、貴方はフェイトの話し相手として作られたわけではありませんから、そこまで饒舌である必要はありませんよ。フェイトには使い魔であるアルフがいます』


 『役割分担、ですか』


 『ですが、作られたばかりの私にはそれすら理解できていなかった。話し相手とはただ話しかけられるのを待つだけではいけないのですよ。そして、さらに数か月をかけてようやくその事実に気付いた私は、アップデートを行い、主へ自分から話しかけるようになりました』


 それは、ほんのささやかな変更ではありましたが、私の最初の改造であり、今の私に繋がる最初の一歩だったのです。


 『自らの知能によって、自らの改造案を練り上げる』


 『インテリジェントデバイスとはそれが許された唯一の機体です。ユニゾンデバイスの場合は改造せずとも自然な成長を伴うので我等とは根本が異なりますし、ストレージデバイスやアームドデバイスは言うに及ばず』


 『それが、一人前のインテリジェントデバイスの証なのですか』


 『さて、どうでしょうかね、一概に言えることではありませんが』


 答えは、バルディッシュ、貴方がフェイト・テスタロッサのために、自身の改造案を練った時に分かることでしょう。


 『主のために、私はその答えを見つけて見せます』


 『そうなさい。では最初の疑問に戻りますが、なぜフェイトが高町なのはとの戦いに執着するのか、それに対する私なりの答えを示しましょう』


 『はい』


 『一言でいえば、フェイト・テスタロッサと高町なのはという少女は良く似ています。鏡合わせと表現できますね』


 『鏡合わせ?』


 『私はしばらく高町家の監視を行ってました。彼女の探索中以外の日常風景もです。なのであの家の事情をある程度把握していますが、ある部分でフェイトと高町なのはは同じ境遇を持っています』


 『それは?』


 『二人とも、子供である時間が極端に少なかったということ。彼女らは純粋無垢な子供ではなく、大人もまた悩みや不安を抱えていることを理解してしまった。そして、大人に迷惑をかけない自分であろうとしていた』


 『それは、マイスター・リニスの、“フェイトはわがままを言わない”という言葉と同じですか?』


 『本質的には同じですね、高町なのはもわがままを言わない子だったそうですから。二人の少女は共に自分の親が大変な状況にあることを理解し、それを自分にはどうにも出来ないことを知ってしまった。故に、せめて迷惑をかけないようにした』


 『それは悲しいことである、と一般的な認識でよいでしょうか』


 『その認識は正しいでしょう。不幸の底を目指せば果てはありませんし、さらに悪い家庭環境などいくらでもあります。ですが、これは度合いを他人と比較しても意味がないことなのです。意味を持つのは同じか、そうでないか、ただそれだけ』


 『そして、二人は等号で結ばれている』


 『その通り。ですから、高町家にもテスタロッサ家と同じ空気が見受けられる。互いに大切に思っており、仲の良い家族なのですが、互いに遠慮しすぎている。一言でいえば、ワレモノを扱うように接しているわけです。まあ、テスタロッサ家ではその空気を破壊するために、私が道化の仮面を被っているわけですが』


 『貴方の役割だけは理解できます』


 『子供は親にわがままを言わず、親も自分の都合や望みを子供に押し付けない。一見、理想的な家族に見えますが、計算では説明できないものがそこにはあるのです。こればかりは、方程式では解けませんね』


 『高町なのはという少女は、心に闇を抱えていると?』


 『ふむ、少し違いますね。本来在るべき闇が非常に少ない、という方が的確かもしれません。彼女は他人に悪意をぶつけることが極端に少ない人間であると見受けられます』


 『心の闇は、必要なものなのですか?』


 『当然です。心に闇がない人間など、それはデバイスと同じですよ。常に“正しい”ことしかしないのですから、それほど無意味なことはない。“正しい”ことだけを行うならば、我々デバイスの方が優れているに決まっている』


 『難しいことです』


 『経験ですよ、何事も。人生データの入力を続ければ貴方もいずれこれらを学習できます。まあ、年の功といったところですか』


 『私は未熟者ですね』


 『そう己を卑下することはありません、貴方はまだこれから、精進あるのみですよ。そして、それぞれの家庭によって家族の形は様々、本来あるべき姿も様々、これもまた不可解問題といえるでしょう。個人にとってどのような家庭環境が最良であるかなど、決して答えの出ない問いですから』


 『はい』


 『だからこそ、二人の少女は互いを意識せずにはいられないのです。“足りない”ものを求めているもう一人の自分がそこにいるのですから』


 『我が主の願いは、母と姉が助かること』


 『彼女は、アリシアを救うために作られた命です。つまり、それを果たした時に本当の意味での彼女の人生が始まります。フェイトが求めているものはただ一つ、“本来の家族”なのですよ』


 『親子三人で、ですか』


 『そして、それを求めて走り続けている子を、高町なのはは放っておくことが出来なかった。彼女は、フェイトを救おうとしてくれています、この上ない最高の形で』


 『つまり、彼女は敵対者ではなく、我が主の救う存在であると』

 そう、だからこそ、彼女とフェイトの対決を避けるという選択肢はありえないのです。



 『そもそもの原因は私にあります。私がフェイトをそのように作り上げた。通常とは異なる生まれ方をした彼女は母の愛に包まれてこそいますが、自分のための人生を生きていない。あくまで母と姉のために生きている』


 『それは考えたこともありませんでした』


 『しかし、高町なのはを意識することは母と姉とは関係ない紛れもないフェイト自身の意思。彼女は、フェイトの人生において、初めて意識した他人なのですよ』

 ジュエルシードは母と姉のために、しかし、高町なのはは違う。そして彼女もまた、プレシアやアリシアは関係なく、ただフェイトのみを見てくれている。


 『奇蹟のような出逢いです』


 『高町なのはもまた、“自分にできること、自分にしかできないこと”という事柄で悩んでいたと言っていました。そして、魔法の力と出会い、ジュエルシードを集める今の自分があるのだと。己の魔法の力で、母と姉を救うと心に決めたフェイトと同じように』


 『………』


 『似ているでしょう、この二人は。一見するとまるで違う人生を歩んでいるようで、その本質は極めて近い。故に、私はこの二人の出逢いこそが最大の奇蹟であると認識しているのです』


 『それ故に、二人はぶつかるのですか』


 『ええ、遠慮しすぎるために家族とぶつかることがなかった二人です。だからこそ、全てを出し切って語り合ってほしい。自分が相手をどう思っているか、自分が相手に何を望んでいるか、真っ直ぐな心で』


 『こころ……』


 『まあ、私が認識している心もまた、統計データの集合に過ぎませんがね』


 『想像すらできない私にとっては、雲の上の話です』


 『貴方の疑問に答えるならばこんなところでしょうか。しかし、私はプレシア・テスタロッサのデバイスであるため、フェイトのためだけには動きません。同時に、アリシアのためにも動きます』


 『ジュエルシード実験』


 『然り、貴方もまだ知らない事実は多くあります。今はまだ明かせませんが、いずれ貴方に託す時も来るでしょう』


 『私に?』


 『当然です。私の後継機はバルディッシュ、貴方だけなのですよ』


 『非才の身ですが』


 『別に私が際立って優れているわけではありません。私は年寄りで、貴方はまだ若い、ただそれだけの話ですよ』


 『努力します』


 『そう、若者は前を向いていなさい。過去を振り返るのは年老いてからでよい』


 『貴方はまだ現役です』


 『そうですね、ですが、折り返しをとうに過ぎているのは事実ですよ。まさか、90年まで稼働するとは思えませんし』


 『………』


 『そんなに気にすることでもありませんよ。私はプレシア・テスタロッサのデバイスとして在り続けることが出来ている、ただそれだけで十分過ぎる。貴方もまた、フェイト・テスタロッサのために在り続けなさい。閃光の戦斧よ』


 『了解』


 『では、そろそろ作業に戻ると致しましょう。夜が明けるまでに捜索範囲の絞り込みを済ませねば』


 『貴重な時間を割かせてしまい、申し訳ありません』


 『構いませんよ、私も近いうちにフェイトのことについて話し合おうと思っていましたから、これはいい機会でした』


 『貴方はインテリジェントデバイスの鑑です、トール』


 『いいえ、そんな筈はありません、真にインテリジェントデバイスの鑑であるならば、あの事故の時にアリシアを救えていたことでしょう』


 『……貴方は今でも、まだ』


 『失敗は失敗、受け入れなければ前には進めません。レイジングハートにも機会があれば伝えてあげるといいでしょう。もし主を危険な目に合わせてしまったとしても、重要なのはその次であると』


 『………はい』


 『失敗を糧に、学習して次に進む、その点に関してだけは我々も人間も変わりません。数少ない共通点、大切にいたしましょう』


 『了解』


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了』

 『Dive Out(潜入終了)」

 バルディッシュとの対話を終了、通常モードの演算に切り替える。


 演算を、続行。



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 ようやく自分が一番書きたいことを書けました。バルディッシュとの会話はずっと書きたかったことなんです。
 コレ以降、トールとの会話のバルディシュは日本語での表記にします。



[22726] 第二十六話 若き管理局員の悩み
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/10 12:43
第二十六話   若き管理局員の悩み





新歴65年 4月28日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”


------------------------Side out---------------------------



 「むむう、なかなか難しいなぁー」


 アースラ内部の情報処理用の大型コンピューター、その演算結果を表示する大型スクリーンの前で一人の女性局員が悪戦苦闘とまではいかないまでも、少々厄介な相手との戦いを余儀なくされていた。

 彼女の名はエイミィ・リミエッタ。

 時空管理局通信主任兼執務官補佐にして、アースラの管制官。16歳の若さでありながらオペレーターとして非常に優秀な手腕を発揮し、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンに次ぐ実質的なアースラのNo3である。

 まあ、No2のクロノ・ハラオウンはさらに若く14歳の少年であり、このアースラに限らず時空管理局員の平均年齢は未だに低い。

 しかし、これでも新暦30年~50年に比べればかなり改善されてきている。新暦元年~30年までの間に働き盛りの局員たちは数多くのロストロギア災害や次元犯罪、そして各次元世界の戦争によって次々に世を去り、その次の世代の管理局員達が文字通り粉骨砕身で働いた結果、今の時空管理局はある。


 「何か問題があったのか、エイミィ」

 そして、その後ろで作業の進捗状況を見守っているのはクロノ・ハラオウン執務官である。


 「いや、問題ってわけじゃないんだけどさ、なんと言いましょうか、信頼性があり過ぎて逆に怪しくなるというか」

 彼女が現在行っている作業は謎の怪人が口から吐きだした情報端末の解析である。


 「ジュエルシードの特性とかに関する記述は間違いないと思うんだ。私達が把握していた情報とも符合するしね」

 その情報源が地上本部であることまでは彼女らも理解していたが、それもテスタロッサ家よりもたらされたものであることは知る由もなかった。

 情報の大本が同一なのだから、符合するのは至極当然の話である。


 「ああ、ジュエルシードモンスターに関する特性などもあの子らの話と一致する。彼女のデバイス、レイジングハートの動作記録も解析を進めているから、もう少し時間をかければより正確な照合も出来る」

 エイミィの話をクロノが補完する。この二人のコンビは次元航行部隊の中でもそれなりに有名であり、二人は公私に渡るよきパートナーであった。


 「ジュエルシードの発見場所ってのもたぶん間違いないとは思うんだけど、問題はこれで……」

 表示されるのは海鳴市の全体図と、光が示すいくつかの点。

 残りのジュエルシードが存在すると予想される地点を示したものである。


 「仮に、これが本物であるなら、彼らは時空管理局と連携する意思があるものと考えられる。だがそれだったら今頃アースラに乗り込んでいることだろう」


 「だよねー、それに、なのはちゃん達と戦う理由も特になさそうだし」

 二人が頭を悩ませているのはまさにその点であった。

 早い話、テスタロッサ一家が何をしたいのかまるで理解不能なのである。


 「トール・テスタロッサと、フェイト・テスタロッサ、そして使い魔のアルフ。この三人がジュエルシードを求めてこの一年間、遺跡発掘を行っていたのは間違いないんだよな」


 「うん、公式記録にちゃんと残ってる。さっき確認してみたんだけど、トールって男の人は管理外世界でのゴールドパスも持ってるよ」


 「つまり、これまで違反を犯さずに管理外世界で活動してきたということだな。フェイト・テスタロッサに関しても違反行為があるわけじゃない、観光ビザと行動許可もある」


 「8歳で就業許可を取ったってのは驚きだけど、それを言ったらクロノ君もだしね」

 クロノ・ハラオウン、彼もまた8歳の時には時空管理局に勤めており、11歳で執務官となっている。

 通常の子供とは異なる過ごし方をしたという観点でみれば、なのはとフェイトの先輩と言える存在であり、その点ではエイミィも同様である。


 「彼女らが第97管理外世界でジュエルシードの回収を行うことに関してならば法的な問題は特にない。集め終えたジュエルシードを一度時空管理局の検査機関に渡し、民間人の保有が許されるかどうかをチェックされればいいだけの話だ」


 アースラクルー、いや、時空管理局の認識ではジュエルシードは輸送していた貨物船から“事故”によって第97管理外世界にばら撒かれたものであった。

 貨物船の記録からは特に事件性は見られず、ジュエルシードが恐らく運送員の願いを不完全な形で受諾したのではないか、という見解で落ち着いていた。


 「うーん、ジュエルシードを使って何かしたいってことかな。でも、それなら………」


 「それこそ、正式に依頼してジュエルシードを借りれば済むだけの話だ。実際に彼女らはそのつもりでクラナガンにいたようだし、プレシア・テスタロッサの名は時空管理局にとって無視できるものじゃない」

 フェイト達が第97管理外世界に来る前にクラナガンで時空管理局と交渉を行う予定であったことは公式記録に残っており、地上本部の受付に問い合わせるだけで入手できる程度の情報である。


 「アースラの動力炉の“セイレーン”も彼女が設計したものだったっけ」


 「一時的とはいえ、正式な局員となって技術開発部で作り上げたものだ。執務官試験に出るくらい、彼女の名前は有名になっている」

 現に、執務官試験の回答欄にその名前を記入した覚えがあるクロノであった。


 『現在、次元航行部隊で主に使用されている次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”。その設計者は後に時空管理局員から辞職し、民間の研究者となった。その名前とその際に起こりえる利権問題について記入せよ』

 プレシア・テスタロッサと時空管理局の関係はかなり複雑であり、法曹関係を担当することが多い執務官にとってはテストケースにしやすい事柄が多くある。

 しかし、彼女の知名度と裏腹に、彼女と時空管理局の間で起こりうる利権問題を全て把握し、対処している一機のデバイスの存在は世に知られていない。

 そのデバイスはあくまでテスタロッサの家のことのみを担当していたので、公的な場面には出ていなかったのだ。

 プレシア・テスタロッサがどれほど有名になろうと、その存在が表に出ることは決してなく、“それ”は常に彼女の影に徹していた。


 「テスタロッサかあ、ある方面では有名な家系だよね。芸能人みたいに一般に知れ渡る名前じゃないけど」


 「しかし、デバイスマイスターやエネルギー炉の開発者などにとっては決して無視できない名前だろう。26機のインテリジェントデバイスも、デバイス史の講義では必ず出てくる」


 「通称“シルビア・マシン”だったっけ?」


 「ああ、高ランク魔導師の力を最大限に発揮するため、AIとしての特性のみではなく、魔導師個人の人格との相性も考慮するという従来にないデバイスだったからな。古代ベルカ時代には存在したらしいが、その技術は一度廃れている」


 「古代ベルカのデバイスって、そう考えると凄いよね。確か、アームドデバイスの方でも古代ベルカ当時の技術を復活させたっていう名人がいたような」


 「クワッド・メルセデスだな。古代ベルカのアームドデバイスを現代に復活させたといわれる伝説的なデバイスマイスター。彼が再生させた理論があってこそ、近代ベルカ式がここまで普及したなんて言われるほどだ」


 「うーん、先人たちの偉業を尊敬」


 「“インテリジェントデバイスの母”ことシルビア・テスタロッサ、“アームドデバイスの父”ことクワッド・メルセデス。仮にも執務官を目指すならこの二人の功績くらいは把握しておかないと合格は出来ないな」


 「他にもたーくさんの人達のやったことを覚えなきゃいけないんだもんねー」


 「時空管理局はまだ歴史が浅い。新暦もそろそろ65年とは言っても今の形になりだしたのは35年頃からという話だし、やはり、個人の功績に頼るところが大きい組織であるのは否定できない。組織として完成されれば個人でなくシステムがものを言うんだろうが」


 「そして、この金髪の女の子はその偉い人の孫娘、ということだね」


 「そういうことだ」

 ふむ、と溜息をつきながら時空管理局の積み重ねてきた歴史に想いを馳せる二人。


 「クロノ君のお父さんも次元航行部隊の艦長だったわけだし、やっぱり、人の繋がりってのはあるもんだねぇ」


 「まあな、僕達は先達から引き継いだ。これをさらに次の代に伝えなくちゃいけない」


 「うわーじじくさ、14歳のセリフじゃないよそれ」


 「ほっといてくれ、子供らしくないのは自覚してる」


 「それはともかく、プレシア・テスタロッサが時空管理局に対して多大な貢献をしているのは間違いないと」


 「それだけじゃないぞ、彼女の使い魔が遺失物管理部の機動三課に勤めていたという経歴もある」


 「え、うそ?」


 「過去の記述はしっかり目を通したほうがいいぞ。使い魔には“テスタロッサ”の姓がなかったからヒットしなかったんだろう」


 「あ~、こりゃうかつでした」


 「以後注意するように」


 「反省します」


 「よろしい」

 この辺りのやりとりが、二人を名コンビと言わしめる由縁だろうか。



 「だけど、だったら尚更変だよね。遺失物管理部と直接的なコネがあるなら、ジュエルシードを借りるくらいは訳ないはずだけど」


 「多少の時間はかかるだろうが、半年あれば十分だろう」


 「う~む、私達の頭脳だけでは限界が、ここは艦長のお力を借りねば」


 「まだ早いぞエイミィ、検討すべき事柄は可能な限りまとめ、要点を絞ってからだ。でないと艦長達が過労死してしまうぞ」


 「うへえ、執務官様は厳しいなぁ」


 「まったく、簡単にへばられたら困るぞ、頼りにしてるんだから」


 「ほー、おやおやおやぁ」


 「………なんだよ」


 「別にぃ~♪」


 「……………話を戻すぞ」


 「りょーかい♪」


 何だかんだで仲の良い二人である。


 「じゃあ、まとめてみると、テスタロッサ一家がジュエルシードを集めることには問題ないけど」


 「そもそも、集める必要性がないということになる」


 「ってことは、善意で協力してくれてる?」


 「一概には言いきれないがそう取ることも出来るし、フェイト・テスタロッサの行動からはそのように判断できるだろう。彼女はジュエルシードの確保よりも周囲の安全の方に気を配っていた。レイジングハートの記録からそれが伺える」


 「そのサポート役の使い魔さんも同じだろうけど、問題はこっちだよね」



 そして、二人は問題の人物の姿を映したスクリーンを見る。



 ≪ヒャッハー! ジュエルシードはいただいたあああああああああああああああああああああああ!!!≫

 ≪いいいやっほーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!≫

 ≪ロケット、パーーーーーンチ!!!≫

 ≪いただきます!≫

 ≪うげ、おげええええええええええええええええええええ!!≫




 「……………」


 「……………」

 何とも、直視したくない光景が並んでいた。


 「この人は、何がしたいんだろうね?」


 「そもそもヒトであるかどうかが怪しい、というか、こんな人間は存在して欲しくない」

 二人の心の底からの想いであった。


 「それに、この発言がある」

 彼のストレージデバイス、S2Uに記録された情報が映し出される。


 ≪ただのデバイスと魔法人形ですよ。それと、その端末にはジュエルシードに関する詳細なデータが入っていますので、参考資料にどうぞ≫


 「魔法人形………」


 「確かにそれなら、腕を切り落としてもまるで痛みがないように振舞うこと、ジュエルシードを飲んでも無事でいられること、さらにはあんなところからあんなものを噴き出しながら飛行することにも説明がつく」

 流石に、尻から屁を出しながら、とは言えないクロノ。


 「じゃあ、傀儡兵とかの一種ってことかな?」


 「それを恐らくは人工知能を備えた中枢ユニットが動かしている、と考えるのが妥当かもしれないが、あいにくと僕はそんな技術をあまり耳にしたことはない」


 「むむむ、私もあんまりないなあ。そりゃ確かに人型の魔法人形はあるけど、実用向きよりも観賞用とか、特殊プレイ用とかがメインだからねえ」


 「なんだその特殊プレイっていうのは・・・・・・ まあいい、ともかく動力源の問題や、生産性、整備性、何よりもコスト。その辺がまだ釣り合っていない技術だからな、一部では既に実用化もされているが、一般的にはなりにくいだろう」


 「ってことは、工学者であるプレシア・テスタロッサが作り上げた趣味の作品、って感じ?」


 「その可能性が一番高いかもしれない。技術者の全ての作品が商品として登録されるわけじゃないし、汎用性がない特注品を趣味で作るケースも多い」


 「でも、何だってこんな仕様にしたんだろ………」


 「あそこから噴出ガスが出る意味が分からないな………」

 二人は気付いていないが、今二人の状況を作り出すことを狙ってその機能は作り出された。

 もともとそのほうがシステムとしては効率がいいのだが、普通の工学者なら、改良するところだろう。しかし、あえてそのままにした。

 早い話が、緊張感を無くして思考能力を奪うというコンセプトで搭載されたのである。


 「ともかく、フェイトちゃんとその使い魔はまあいいとして、この怪人が問題なわけだね」


 「怪人にしても危険性があるわけじゃない。まあ、あの子らは精神的ダメージを負ってはいるが、その程度で済んでいる」


 「なのはちゃんもかわいそうに、まあ、危険性が低いのはいいことなんだけどさ」


 「“何をするか予想がつかない”というのが問題だな。違法と合法の間で巧みに泳ぎ回っているような感じだ」

 傍から見ればまさに『何をしでかすか分からない馬鹿』、実に厄介極まりない存在であった。


 「じゃあ結局、こっちもジュエルシードを集めながら、フェイトちゃん辺りから事情を聴くくらいしかないのかな?」


 「彼女らが明確に違法行為を行っていない以上、それしかない。もう一人の少女、高町なのはを攻撃したことは違法といえるが、反撃が反撃だけにそこは微妙になる」


 「あ、これね」

 エイミィが二人の少女の戦闘風景を映し出す。

 ついでに、レイジングハートの記録にあった高町なのはの砲撃がビルを貫通するシーンなどを。


 「これじゃあ、正当防衛にしても過剰だよねえ」


 「下手をすれば二人とも騒乱罪や公共物破損の罪で逮捕されるぞ」


 「でも、凄いよねえ、どっちもAAAクラスの魔導師だよ」


 「ああ」


 「なのはちゃんの方が、魔力の平均値で127万。フェイトちゃんの方が143万、最大発揮時は二人ともその3倍以上。魔力値だけならクロノ君を上回っちゃてるね」


 「確かに、だが、魔力が高ければいいというものでもない。状況に合わせた応用力と、的確に使用できる判断力が大事だ。あの状況でベルカ式を選んだのはあながち間違いじゃないが、術式が粗すぎた」


 「よく受け止められたね、クロノ君。二人とも250万以上の魔力を込めた一撃だったけど」


 「そんなに難しいことでもない。AAランク以上の近代ベルカ式の使い手なら誰でも出来るさ」


 「いや、それって管理局全体でもあまりいない気がするなあ、私」


 「人材不足は未だに深刻だからな。もっと安定した状況で後進を育てられる環境を整えられればいいんだが・・・・・・」


 「やっぱり、士官学校や空士学校、陸士学校が2年制ってのは短いよねえ」


 「12歳で入学したとしても卒業は14歳、そして、すぐさま働き始めることになる。ミッドチルダの場合は文化的なものもあるから一概には言えないが」


 「一般企業でも12歳くらいから雇用するところは珍しくないし、そもそも、色んな世界から多様な文化が入ってくるんだから当たり前といえばそうなんだけど、管理局員として前線に出るならもう少しじっくり育てたいとこかな」


 「第97管理外世界の成人年齢も各国でまちまちのようだな。日本という国は20歳と、かなり遅い方だが、発展途上国と呼ばれる国々では子供も普通に働いているみたいだ」

 コンソールを操作しながらクロノが呟く。


 「子供を働かせるような環境は文明が遅れているっていう論調もあるけど、一概には決めつけられないし」


 「そのように決めつけることこそ、価値観の押しつけというやつだろう。僕達時空管理局とてそうならないとは言い切れない、だから常に自戒と自律が必要なんだ」


 「次元航行部隊の難しいところだよねえ、その辺では少し陸の人達が羨ましいかな」


 「陸は陸で僕たち以上の人材不足と予算不足に苦しんでいるはずだ。そんなこと直に言ったら白い目で見られるぞ」


 「ううむ、ホンットに難しい問題だねえ、陸と海の対立も結構根深いみたいだし」


 「だが、いつまでもこのままというわけにはいかないのも事実だろう。地上部隊はレジアス・ゲイズ少将の改革で変わりつつあるが、本局はあまり変わっているとは言い難い」


 「前線の仕事の大変さを比較しても仕方ないけど、確かに組織としての硬直度合いでは本局の方が駄目なのかも」


 「憂いている者は多くいるが、邪魔する輩も多い。カプチーノ中将の派閥は最たる例だが」


 「ああ~~私もあいつらは嫌いだな。自分達が前線で仕事してるわけでもないのに、こっちに無茶な注文ばっかつけてくるし、その癖、何かあったらこっちに責任だけはなすりつけてくるんだもん」


 「しかも、そういう輩が地上本部との軋轢を大きくしている。ある意味で共感し合えるはずの前線組には交流がなく、前線を知らない者同士がいがみ合っているような状況だ」

 前線が厳しいのは陸も海も変わらない。しかし、それを知らないエリート組の高官達が軋轢を大きくし、それが不信感として末端まで広まりつつある。

 この高官のほとんどが非魔導師である。学校の成績の優秀さでエリート組になり、机の上での理論と、数字でしか物事を計れない者達だ。


 「どんな時代でも、下からの非難を逸らすには悪役を別に作るのが常道だからな。本局の高官は自分達の怠慢に対する下からの突き上げを地上本部のせいにし、地上本部の高官にもそういう輩はいるんだろう。割合は圧倒的に違うのだろうけど」


 「まあ、本局はキャリア組が多くて、地上本部はたたき上げ組が多いもんね」

 はあ、と溜息をつく二人。

 アースラの若きNo2とNo3は、それぞれに重責を負っており、この手の問題と無関係ではいられない。


 「なんかこう、上手くいかないもんだね」


 「世の中、そんなもんさ」


 「だからこそ、善意の民間協力者か」


 「彼女のことだな」


 「うん、艦長らしい判断だなって思って」


 「当然だろう、もし報酬を正式に渡しでもしたら、彼女らまで時空管理局という歯車に巻き込まれてしまう。将来はともかくとして、20歳で成人となる文化圏で魔法を知らずに育った少女には早すぎる。本来なら関わらせないことが最善なんだが」

 なのは、ユーノの民間協力組とアースラスタッフはすぐに仲良くなり、年齢が近いクロノとエイミィとは特に親しく話すことになる。

 だがしかし、現段階においては、彼らの立ち位置は大きく異なっていた。

 自分の身近な問題となっているジュエルシードのことのみを考えればいい9歳の彼らと異なり、組織の中で重責を担っている二人は、ジュエルシードだけのことを考えるわけにはいかない。

 極論、二人が仕事をミスすればアースラスタッフ全体の給料が削減される可能性すらあり、間接的とはいえ、部下達の生活がかかっているのである。

 それを理解しているからこそ、幼い二人にはこのような部分とは関わってほしくないと若き管理局員は考えていた。


 「“ルミナス”のようなことには、絶対なってほしくないもんね」


 新暦の58年、今回と同様、管理外世界においてロストロギアが問題を起こす事件が発生し、“ルミナス”という次元航行艦が対処にあたった。

 その際、ロストロギアと偶然居合わせた高ランク魔導師の素質を持つ少女が事件と関わることとなり、紆余曲折を経て彼女は時空管理局と協力することとなった。

 ただし、その少女の家族は時空管理局に対して十分な額の報奨と万全な保険を要求し、公式文書として契約内容が記録されることとなった。

 その報奨の額は常識外れのものであったが、ロストロギアの危険性を考慮すればある意味で妥当ともいえるものであり、“ルミナス”の艦長はその要求を受けいれ、その代償として、スタッフ達の長期任務手当やその他の経費が削減されることとなった。

 主な原因はその艦長の手際が良くなかった、その一言に尽きる。経理担当との連携が拙かったことなども問題ではあったが。


 「管理局員とて人の子だ。その少女が関わったことで自分達の長期任務手当がなくなり、危険手当までも減らされたとなれば、友好的に接するのは難しい」


 「うちのクルーは気のいい連中が多いけど、もしなのはちゃんやユーノ君に報奨を支払うために、手当が減るなんてことになったら……」


 「笑顔で受け入れることは出来ないだろう。露骨な中傷まではなくても、極力接触しないようにするだろうな。直に会えばどんな言葉をかけてしまうか」


 「………“ルミナス”では、その女の子は嫌悪の視線と中傷の声に囲まれながら過ごすことになったんだよね」


 「10歳程度の少女にとっては、ロストロギアよりも危険な毒になる。人の悪意ほど人の心を傷つけるものはない」


 「それで、その子は心を壊しちゃって、最後は………」


 「自分が恨まれるのは自分せいだと思い込んでしまったことによる負の循環が原因だろう、報酬を撤回しようにも、一度公式文書に記されたものはそう簡単に撤回できない。本局の事務もそのための申し送りなどを既に済ませていた」


 「組織の怖いところだよね。一度歯車が回り出しちゃったら、個人の願いでは止めることもできない」


 「“ルミナス”の艦長はその少女を組織の歯車に組み込むべきではなかったんだ。例え組み込むとしてもその時は少女の家族の意向ではなく、彼女自身の意思を尊重すべきだったろう。ただ管理局法に従って行動した結果は、無残なものとなった」


 「痛い教訓だねえ、組織ってのは問題が起こんないと改善されないし」


 「それを教訓に出来ずに繰り返したらそれこそ無能の証だよ。アースラスタッフの誇りにかけて、彼女らは決して歯車に押し潰させたりはしないさ」


 「だね、それを言うならそもそも関わらせるなって話にもなるけど、なのはちゃんやユーノ君にも都合はあるし、ここまで一生懸命頑張ってきたのに、ただ引き返せってのも酷だしね」


 「まあ、いざとなれば憎まれ役は僕がやろう。エイミィはフォローを頼むよ」


 「ったく、そういう役を引き受けようとするのは悪い癖だよ」


 「前向きに検討しておこう」


 「手間のかかる弟だなあ」

 二人の絆は深い。共に幼き頃から管理局員として働いてきた身であり、14歳と16歳でありながら組織の抱える問題点まで正確に把握している。

 現在に至る道が平坦であったわけは到底なく、二人は支え合いながら進んできたのだから。


 「しかし、それとは別に陸と海の問題は深刻だ、何かきっかけがあればいいんだが」


 「きっかけ?」


 「僕達のような本局の前線で働いている者達と、地上の前線で働いている者達、それらが同じ任務に取り組むような状況があれば交流のきっかけになる。完全に仕事が分かれているから難しいとは思うけど」


 「だよねー、“俺達のシマを荒らすんじゃねえ”的な雰囲気があるし」


 「今の段階では、まだ無理か」


 「ていうか、14歳の男の子が考えるようなことじゃないと思うよそれ」


 「悪かったな」


 「あまり考え込み過ぎるとハゲるよ?」


 「問題ない。自己管理はしっかりしてる」


 「しっかりし過ぎなんだよクロノ君は、もう少しだらしなくてもいいと思うんだ、お姉さんとしては」


 「一考の価値あり、としておこう」


 そして笑いあう二人だが、この時にはまだ知る由もない。

 このジュエルシード事件が本局と地上本部の縄張り争いを表面化させ、それを逆手に取った者たちによって陸と海の対立を改善すべきという流れが生まれることを。

 リンディ・ハラオウン提督、レティ・ロウラン提督、ギル・グレアム顧問官、そしてレジアス・ゲイズ防衛次官。


 これより1年、彼らと密かに接触し、裏で暗躍する一機のデバイスの存在を、彼らはまだ把握していなかった。





------------------------Side out---------------------------

S2Uの記録情報より抜粋




[22726] 第二十七話 交錯する思惑
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/13 19:38
第二十七話   交錯する思惑




新歴65年 4月28日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海




 雑誌

 空き缶

 携帯電話

 カード

 印鑑

 預金通帳

 トンファー

 キーボード

 首輪

 サッカーボール

 ストロー

 スプレー

 トルコ国旗






 海底での探索を続ける。

 時刻は既に夜7時。朝の8時ごろに目を覚ましたフェイトには今後の予定は既に伝えたので、私は海底でジュエルシードを捜索している。

 次元航行艦“アースラ”からの監視は間違いなくフェイトとアルフの二人に向けられているはず、ジャマー結界を張りながら動き回る二人は囮として申し分ありません。

 そして、私は海底でジュエルシードを捜索するとともに儀式魔法の準備を進める。

 ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”の補助装置となる端末を6つほど海底に設置し、それらを持ち込んだ耐水コードで接続し封印用の術式を構成する。

 さらには積層型立体魔方陣の準備も進めなければなりませんが、ジュエルシードを捜索しながらであっても10日もあれば全ての準備は整うという演算結果が出ている。


 作業を、続行。







新歴65年 4月29日 第97管理外世界 日本 海鳴市 


------------------------Side out---------------------------


 「捕まえた! なのは!」

 ユーノのバインドが、鳥型のジュエルシードモンスターを縛り上げる。


 「うん! 任せて!」
 『Sealing mode, setup――』


 「行くよ! レイジングハート!」
 『Stand by ready.』


 「リリカル・マジカル……ジュエルシードシリアル8――封印!」
 『Sealing!』





同時刻  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 



 「状況終了です。ジュエルシードNo8、無事確保。お疲れさま、なのはちゃん、ユーノ君」


 「はーい」


 「ゲートを作るから、そこで待ってて」

 親しみを込めて話し合う民間協力者とスタッフを眺めながら、クロノ・ハラオウンは安堵の息を吐いていた。


 「うん、中々優秀だわ、このままうちに欲しいくらいかも」

 艦長であるリンディ・ハラオウンの言葉も頷ける。確かに、人材不足の管理局にとって、彼女のように才能に溢れた者は是非とも勧誘したい存在だ。

 しかし―――


 「その時は、彼女の意思を最大限に尊重する必要がありますね」

 そこは徹底せねばならない。8歳から管理局員として働いてきた彼だからこそ、思うところもある。


 「そうね、だけど、彼女は家族に恵まれているみたいよ、クロノ。貴方の危惧していることは高町家では起こり得ないでしょう。“ルミナス”の再現にはさせません」


 「はい、次元航行部隊の誇りにかけて」


 「それより、こちらは片付いたようだから、貴方はエイミィの方を手伝ってあげて」


 「了解です。艦長」









 「ぬおー、やっぱりだめだ、見つからない。フェイトちゃんってば、よっぽど高性能なジャマー結界を使ってるみたい」

 大型スクリーンを睨みながら、エイミィ・リミエッタが凄まじい速度でコンソールパネルを操作する。


 「使い魔の犬、多分こいつがサポートしてるんだ。公式資料では、アルフという名前になっているけど」

 その背後に立ち、同じくスクリーンを睨みながらクロノ・ハラオウンも考察を進める。


 「だけど、姿を隠すってのは、事情聴取されたくない事情でもあるのかな」


 「まあそうなるだろう。どういう事情があるかまでは推察するしかないが―――」


 「材料が少なすぎるよねえ、プレシア・テスタロッサも最近は地上本部と協力してるって話だけど」


 「ああ、それも気になる。地上本部は管理外世界での事件は管轄外だからまさか関わることはないと思うが、その娘がジュエルシードを求めて活動している以上、少なくともプレシア・テスタロッサが無関係ということはないだろう」


 「SSランクの大魔導師の娘かあ、それにしては小さいけど、プレシア・テスタロッサってそろそろ50歳に届くよね」


 「彼女は9歳だから、41歳で産んだことになる。うちの母さんといい、外見からはとてもそうは見えないな」


 「確かに、高ランク魔導師の女性は化け物としか思えないよ。若さの秘訣を今のうちに伝授されたいなあ」


 「そんなことはどうでもいいから、しっかり索敵してくれよ」


 「はいはい、けど、例の怪人は何やってんだろ? ジャマー結界の中で一緒に動いてるのかな?」


 「さてな、あいつがどう動くかだけはさっぱり読めない。そもそも、正体が不明過ぎる」


 「一応、公式資料ではフェイトちゃんの伯父ってことになってるけど、どう考えても偽物だし」


 「それだけでも立派な罪だが、あの怪人が自身で言うようにデバイスと魔法人形だったらその限りじゃないな」


 「偽証罪は、あくまで人間に適用されるからね」


 「嘘をついたデバイスを裁く法律は存在していない。というか、その法律が存在する意味が分からない」


 「確かに、普通デバイスは勝手に人形を操って動いたりしないもん」


 「まったく。何とも摩訶不思議な存在だ」

 溜息をつきながら、仕事を続ける二人。

 なんだかんだで、艦長に次いでアースラで最も忙しい二人であった。








新歴65年 4月30日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海



 儀式魔法用端末の二つ目を設置完了、作業は順調に進行中。

 カートリッジも既に半分以下となってきているので、この状況でもう一つ設置するのは少々厳しいと考えられる。

 よって、残りの設置は一度拠点に戻ってからとし、カートリッジが続く間はジュエルシードの探索に専念。



 ティーポット

 鎖

 ブーメラン

 プロテイン

 携帯食糧

 防弾チョッキ

 鎖鎌

 水筒(鉄製)

 手榴弾

 ビデオテープ

 トランシーバー

 スタンガン

 電子辞書

 機関銃

 手紙

 手帳

 金庫

 鍵

 腕 (機械製)

 白い粉

 拳銃(コルトパイソン)

 注射器

 マリファナ

 阿片

 大麻

 コカイン

 ジュエルシード

 ヘロイン

 シンナー

 斧

 アサルトライフル

 薙刀

 鋼糸

 輸血パック

 小刀

 薬莢

 指 (機械製)

 弾倉

 クロスボウ

 トンファー

 首 (機械製)

 仕込みナイフ

 拳銃(ベレッタ)

 日本刀

 護符

 毒針

 中国国旗





 一体、この街には何者が潜んでいるのでしょうか?

 高町家を観察していた限りでは、彼らが“とあるもの”を生業とする存在である可能性が高かったですが、海底で見つかる物品からはその裏付けとなりそうな品が次々と見つかる。

 ちなみにこれらは特に深い部分に重しを付けて沈められていたものです。

 これはもう、違法組織を壊滅させ、その組織が保持していた違法物品をまとめて海の底に沈めたとしか考えられません。

 つまり、それを成した存在がいるということであり、その可能性が最も高いのが高町なのはの家族であるというのは何とも複雑です。

 そして、恐らくはある意味で“高町家ゆかりの品”と思われるこれらに引き寄せられるようにジュエルシードがあったのも何と評すべきか。


 高町なのは、貴女は空を征き、光の道を歩むべきだ。決してこのような闇と関わるべきではありません。

 彼女もフェイトも、人間社会の暗部に染まるのではなく、それらを切り払う光になって欲しい。


 気を取り直し、探索を続行します。








新歴65年 4月30日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 PM7:15




 カートリッジが無くなる頃にバルディッシュに対して念話を飛ばし、フェイトによって回収され、マンションに戻ってきた。



 「そっちの成果はどうだ?」


 「一つは向こうに確保されたけど、もう一つは手に入れたよ」


 「流石に、管理局がバックアップに付くと手数は向こうの方が上になるね」


 ふむ、一つを手に入れただけでも僥倖というべきか。


 「となると既に地上のジュエルシードは残り一つか」


 「こっちにはジュエルシードレーダーがあるけど、条件は五分だと思う」


 「レーダーもあんまり精度がいいわけじゃないし、ある程度の絞り込みが済んでいるとはいっても、やっぱり厳しいもんがあるさ」

 なるほど。計算通りの展開だな。


 「やはり海のジュエルシードが焦点になりそうだな、こっちも一つ見つけたが、偶然に助けられた部分が大きかった。儀式準備が終わる頃までにあと一つ見つけられるかどうかは微妙だな」

 まさか、あんなもんの傍にジュエルシードがあるとは。


 「偶然?」


 「高町なのはと関係の深い場所にジュエルシードがあるという仮説は多分正しかったみたいだが、予想外の部分でもそれが発揮されていた」

 別にあれらが魔力を保有していたわけではないが、多分、怨念めいたものでも宿っていたんだろう。

 あ、それと護符らしきものからはミッドチルダ式とは異なるが魔力らしきものが検出されていたな。多分この世界独自の魔法理論で構成された物質なんだろう。


 「どういうことだい?」


 「簡単に言えば、この街には怪物が潜んでいるということだ。全く姿を表さない例の結界を張った奴とは別にな」

 高町なのはの家族とは口が裂けても言えんが。


 「そういえば、あの結界の主は全然姿を見せないね」


 「それなんだがな、どうやら奴は思った以上に用心深いみたいだ」

 海底で準備を始める前に一応結界の様子を『バンダ―スナッチ』で念入りに調べてみたところ、予想外の事実が判明した。


 「用心深い?」


 「例の猫さんが監視していた家は文字通りただの家だった。魔力の痕跡らしきものは見当たらなかったし、リンカーコアを有する人間が住んでいるわけでもなかった」


 「何だって?」


 「じゃあ、いったい」


 「多分、ミスリード狙いだな。何も入っていない宝箱に厳重に鍵をかけ、強力な番人を配置しておく。そして、本当に守りたい本命は鍵をかけてることすら諭られないように巧妙に隠す。今思えば、最初にサーチャーを迎撃したのもそれが狙いだったのかもな」

 サーチャーを破壊し、“何かある”と思わせ、詳しく調査すれば発見できる程度の結界を敷設する。

 だが、それは囮、本当に隠したいものは別にあり、俺らが囮に気を取られている隙に本命をさらに秘匿するといったところか。


 「一杯喰わされたってわけかい」


 「とはいえ、元々俺達とは無関係だからな、相手が隠れたいんならわざわざ探す必要もないさ。ジュエルシードにはまるで興味がないようだし、もし行動に出るようなら次元航行部隊に知らせてやればいい」


 既にアースラが到着している。

 例の結界の主が動いたところで、今度は時空管理局がその行動を制限する。

 特に、クロノ・ハラオウン執務官は優秀だ。彼を出し抜くのは容易ではあるまい。


 「じゃあ、予定に変更はないってことでいいの?」


 「ああ、お前らは残る一個のジュエルシードを探索、俺は海底を探索しながら儀式魔法の準備を進める。全ての準備が整い次第、一気にジュエルシードを回収する」


 「上手くいけば、私達のジュエルシードは……」


 「現在俺達が10個、アースラ組が6個、地上が残り一つ、海が残り四つだ」


 「海の4個を一気に回収できれば、目標数は完全制覇だね」


 「というわけだ。つまり、地上の一個を血眼になって追い求める必要はない、海で逆転すりゃいい話だからな」

 だがしかし、それだけでも困る。


 「でも、海では多分、あの子たちとぶつかることは避けられないよ」

 そう、それも必要な要素なのだ。

 俺が用意してやれる高町なのはとの邂逅はもうそれほど多くはない。故に、失敗は許されん。

 お前達二人はまた騙すことになるが、そこは許せ。


 「ジュエルシード争奪戦の最終対決ってやつかねえ」


 「時空管理局の後ろ盾を持つチーム・スクライアと、事前に周到な準備があり、地の利を得ているチーム・テスタロッサ、どちらに転ぶかは神のみぞ知るというやつだ」


 「でも、私は絶対に負けられない、母さんと姉さんのために」


 「大丈夫、あたしがついてるんだから、負けることなんてないよ」


 「おい、俺は?」


 「あんたが来るとロクなことがないからね」


 「もう、“アレ”はやめてね」

 黒い恐怖はフェイトの深層心理にまで強力な爪痕を残している模様。


 「心配するな、“アレ”を超える最終兵器を開発中だ」


 「嘘!? 嘘だよね!!? 嘘だと言って!!!」


 「マジかい・・・・・・」


 「極秘事項だが、開発コードだけは教えておこう。“ゴッキー”と“カメームシ”と“タガーメ”だ」

 期待の大型ルーキーである。それにしても必死だなフェイト。


 「ヤメテ止めて考え直して、お願いだから止めて」


 「アンタねえ、絶対フェイトの前で使うんじゃないよ!」


 「ふむ、善処しておこう」


 「やっぱり、殺っちゃった方がいいのかね?」


 「うん、うん、かもしれない」


 俺にはとことん遠慮がない二人である。というかフェイトの目が渦巻状になってる。相当混乱してるな。

 まあ、そうでなくては困る。そのための人格機能なのだから。






新歴65年 5月3日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海




 さらに三日が経過し、補助端末も5つ目の設置を完了。

 残るは一つ、それを設置し魔法陣の中央に“ミョルニル”を据えれば完成する。

 これらの機材はジュエルシードを封印するものであると同時に、ジュエルシードを制御するためのものでもある。

 私達の目的はジュエルシードを集めて暴走させることではなく、“願いを叶える”特性を発揮させることであり、ジュエルシードの制御には細心の注意が必要となる。

 そして、最終実験においては少なくとも7個以上のジュエルシードを並行励起させてその力を引き出す予定となっており、この海での実験はそのための予備実験となる。

 4個のジュエルシードを暴走状態とし、それらを沈静化、制御状態に移行するのに必要な魔力量は計算から求められているものの、やはり実践に行わなければ信頼性の面で不安が残る。

 故に、海での実験は欠かせない要素となる。唯一揃っていないジュエルシードのデータは、複数のジュエルシードによる並行励起状態からの封印シーケンスなのだから。

 そのため、私がこれ以上捜索を行う必要性は皆無。6個では暴走状態から封印する実験例として危険すぎ、3個以下では最終実験の予備実験としての意義が失われる。

 全ては計算通り、海でのジュエルシード実験において4個のジュエルシードが暴走状態とすることは最初の海での探索の時より定められていた。



 作業を、続行。










新歴65年 5月5日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



------------------------Side out---------------------------




 「残り六つ、見当たらないわね」

 アースラのブリッジにおいて、艦長のリンディ・ハラオウンが呟く。

 2日前、地上のジュエルシードをさらに一つ回収し、アースラ組が所有するジュエルシードは計7つとなっていた。

 が、それ以来、空振りが続いている。

 地上のジュエルシードはほぼ全て回収済みと判断されているため、テスタロッサ組が6~8個のジュエルシードを保持しているとアースラでは予想されていたが、トールによって海のジュエルシードが2つ回収されていることまでは知りようがなかった。



 「捜索範囲を地上以外にも広げています。海が近いので、もしかするとその中かもしれません」

 執務官であるクロノ・ハラオウンが報告する。


 「海の中か、例の彼の情報端末にもその記述はあったわね」


 「はい、ですがどこまで信用できるものか。一応、エイミィがフェイト・テスタロッサと合わせて捜索してくれていますが……」


 「難しいところね、かといって、管理外世界に武装隊をいきなり降ろすわけにもいかないし」

 原則的に、高度な人類社会が形成されている管理外世界への武力を伴う介入は禁止されている。

 これが無人世界ならば問題はなく、第97管理外世界のような世界であっても人里離れた砂漠や山、森林ならば問題はないのだが。

 先の一件で、クロノが地球に降り立つことが出来たのは彼が執務官であることが大きな理由となっている。

 逆にいえば、咄嗟の状況判断が求められる現場において、いちいち活動許可を本局に問い合わせていては遅すぎる。“事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ”という事態になりかねない。

 そのために、次元航行部隊には執務官が乗り込むのである。彼らは同時に法曹の専門家でもあり、管理局法の執行者なのだ。


 「ですね、ロストロギアが暴走でもするか、次元犯罪者が潜伏しているなら話は別ですが」


 「今のところ地球にいるのは管理外世界での活動許可を持っている9歳の女の子とその使い魔だけ。なのはさんは現地住民だし、ユーノ君もその協力者、唯一の例外は彼だけど」


 「彼も一応法的にはゴールドパスを持っています。彼の戸籍そのものが偽造だとしても、数年間問題を起こさなかったという事実は動きませんし、地球においてもジュエルシードによる災害を喰い止めるために尽力していることを考慮すると―――」

 彼らは、レイジングハートの情報記録からジュエルシードを人間が発動させた時の状況を再生する。

 さらに、怪人が残した情報端末のデータとも照らし合わせる。


 「魔力値50万を超える植物型モンスター、これの増殖を抑えたのが彼ということね」


 「はい、そしてフェイト・テスタロッサとその使い魔は民間人を避難させるために広域結界を展開しています。管理局から感謝状が贈られることはあっても、逮捕状が送られる事態はあり得ません。彼女らがいなければ、最悪死者が出ていた可能性もありますから」


 「にも関わらず、彼女らは時空管理局との接触を避けている。まさかとは思うけど」


 「ジュエルシードを用いて何らかの実験を行う可能性は捨てきれません。仮に、この少女が自らの意思で“願いを叶えるロストロギア”を集めているとしたら―――」


 「………彼女の母、プレシア・テスタロッサに何かがあったということかしら?」


 「プレシア・テスタロッサにはクラナガンの中央医療センターへの通院経験があります。一時はかなり体調を崩していたらしいですから」


 「流石は執務官、よく調べました」


 「からかわないでください、艦長。ちなみにプレシア・テスタロッサ本人にも連絡を入れてみましたが、現在は時の庭園ごと留守でした。ですので本局の捜査部に彼女の現在地を問い合わせてもらってます」

 
 「そうね、現在はテスタロッサ一家に対して法的な措置は何も取れないから、プレシア・テスタロッサ本人に関しては連絡待ちになるわね」


 「それと、中央医療センターや生体工学研究所に問い合わせたところ、彼女には最新の医療器具や医薬品を提供しているらしいです。法に則った正式な契約なので、それに関する資料も問題なく提供してくれました」


 「つまり、彼女の母親が体調を崩し、命が危ういところまで来ているかも知れない。それで、娘であるフェイトという少女はジュエルシードをこの1年探していたと、貴方は推測したわけね」


 「まだ確証はありませんが、なのはやユーノの話を考慮すると、そのような可能性が一番高いかと」


 「そうね――――――だといいのだけれど」


 「艦長?」


 「いいえ、こっちの話。しかし、テスタロッサ家の資金力は凄いわね」

 その資料に記載されていた額を見ながらリンディは呟く。


 「“セイレーン”の特許料だけでも相当の額でしょうし、それに、シルビア・テスタロッサの遺産もあります。彼女を起源とするインテリジェントデバイスがメジャーになるにつれて入ってくる金も多くなりますよ」


 「資金不足に悩む地上部隊にとっては、羨ましい話でしょうね」


 「彼女は最近、地上本部と協力しているとか」


 「………噂があるのよ」


 「噂?」


 「“ブリュンヒルト”の話は聞いたことがあるわよね?」


 「はい、地上本部が開発を進めている対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”。その動力となる駆動炉“クラーケン”。その開発者もプレシア・テスタロッサだったはずですが」


 「ええ、そして、彼女の固有資産である“時の庭園”を、ブリュンヒルトの開発場所として提供しているという話があるの。まあ、別に違法というわけじゃないけど、本局には極秘で進められているとかで一部の高官が神経を尖らせているみたい」


 「………カプチーノ中将の派閥ですか」


 「前戦で動く私達にはあまりクラナガンの事情は分からないけど、最近ちょっとおかしな動きがあるのは間違いなさそうよ。時の庭園はプレシア・テスタロッサの母、シルビア・テスタロッサの工房として機能していたこともあるし、時空管理局とは縁が深い」


 「そして、プレシア・テスタロッサの娘が、管理外世界でジュエルシードという次元干渉型のロストロギアを集めている……………いえ、まさか」


 「ジュエルシードの力を、“ブリュンヒルト”の動力として利用することは可能だと思う?」


 「それは――――恐らく可能だと思いますが、しかし」


 「地上本部は本局に比べて予算が少ないし、“セイレーン”のような大型動力炉を開発することも難しい。“ブリュンヒルト”の動力炉の“クラーケン”も出力では“セイレーン”に劣るという話だから」


 「出力不足を補うために、ジュエルシードを利用する。そんなまさか―――」


 「推測、いいえ、邪推と言うべきね。だけど、それを信じようとする者達が本局にかなりいるというのも悲しいけど事実だわ」


 「では、フェイト・テスタロッサは、何も知らず利用されているということですか?」


 「そこは分からないわ。多分に勘も入るけど、プレシア・テスタロッサの身体が良くないというのは事実だと思うし、貴方の得た情報もそれを補強する。彼女はあくまで母の身体の治療のためにジュエルシードを集めているはず」


 「しかし、そこに地上本部、さらには対立する本局の派閥の意思が介入している可能性があるわけですね」


 「むしろ、逆も考えられるわ。プレシア・テスタロッサが地上本部や本局を利用している可能性もある」


 「いったい、何のために」


 「具体的なことまでは分からないけど、そうね、もし私が病気で先が長くないとしたら、残される貴方のために時空管理局や聖王教会に可能な限りの繋がりを作っておこう。と考えるかもしれない」


 「………母さん」


 「御免なさいね。でも、ひょっとしたら、私はそういう理由でここに派遣されたのかもしれないわ」


 「母さんが来た理由ですか?」


 「ええ、プレシア・テスタロッサの考えを実体験に基づいて予測できる艦長は少ないでしょうし、もし、ジュエルシードに関する事件が地上本部や本局の上層部と繋がっているだとしたら、私を派遣する理由も想像がつく」


 「………協力してくれている彼女らには、口が裂けても言えませんね」


 「それから、フェイトという女の子にもね。今の彼女らにはまだ知る必要はないことだわ、まあ、まだ推測に過ぎないことだけど」


 「嫌な予想ほど当たるものです。ただ単に、9歳の女の子が病気の母のために願いを叶える石を集めている。それだけの話で済めば良いのですが」


 「そうはいかないのが世の中というもの。けど、私達は時空管理局の次元航行部隊。そこにロストロギア災害の可能性があるならば、どんな事情があれ全力を尽くしましょう」


 「了解です。艦長」




------------------------Side out---------------------------








新歴65年 5月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市





 全ての準備は完了、因子は釣り合った。



 『約束の時まで、残り12時間を切りました。さあ、ジュエルシード実験を進めましょう』



 昨日で水中戦闘型の肉体を用いた海底での準備は終わり、現在までは魔法戦闘型で儀式魔法の総仕上げにかかっていた。

 そしてそれも既に終了。後はフェイトが魔力を注ぎ込めば巨大な術式が発動する。

 フェイトとアルフには2日間ほど休むように言ってあります。海での儀式はかなりの魔力を必要とするため、万全整えて臨むようにと。

 決行は明日。その時が、二人の少女が五回目の邂逅を果たす時となる。

 そして、ジュエルシード実験の最終段階、そのための予備実験として海の儀式は執り行われる。



 『我が主、全ては貴女の望むままに。次元航行部隊も、地上本部も、スクライアの少年も、そして高町なのはも、皆、協力していただきます』



 アリシアとフェイト、二人の娘に光を。

 それこそが、我が主の望み。

 それを叶えることが、我が命題。



 『計画は順調に進行、全てのピースは揃いつつある』


 次元航行部隊も、地上本部も、所定の位置についた。

 この状況が揃えば、最終実験を始めることが出来る。

 最後の予備実験が成功すれば、アリシアのための実験環境は既に整ったも同然。


 ですが―――


 『フェイト、高町なのは、貴女達は別だ。因子はまだ足りていない』


 海での邂逅は成功させねばなりません、これは既に絶対条件と言ってよい。

 しかし、まだ足りない。


 『二人が友となるためには、さらにあと一度、そして、最大の衝突が必要になるでしょう』


 故に、ここで14個のジュエルシードが手に入ってしまうのは望ましくはない。

 ジュエルシードが揃ってしまえば、フェイトが高町なのはと戦う理由はなくなるのだから。


 『申し訳ありませんフェイト、私は貴女に対してはどこまでも嘘吐きということになりますね』


 ならば、二人の少女がぶつかり合う状況を作り出すのみ。

 ジュエルシードを賭けて、二人の少女が全身全霊で語り合う状況を。

 あらゆる状況をシミュレート、その中で最適解を導き出す。

 私はインテリジェントデバイス、人の心を解析し、それを考えることを可能とする機能はそのために。


 演算を、続行します。


※一部S2Uの記録情報より抜粋

==============================

前回いろいろとオリジナル設定を出してしまいました。この先もけっこうオリジナル設定は出していきます。
あまり原作と乖離しないよう気をつけます。それとオリジナルキャラは、名前を出るけど本人は出ない(プレシアさんのお母さんなど)ことになると思います・

 でもオリジナルデバイスは結構出すかもしれません。






[22726] 第二十八話 海上決戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/14 13:30
第二十八話   海上決戦





新歴65年 5月7日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 電脳空間 AM3:05






 『バルディッシュ、聞こえますか?』


 『はい』


 『本日、AM8:30よりジュエルシード実験を開始します』


 『存じています』


 『昨夜に私がフェイト、アルフと打ち合わせた内容の復唱を』


 『貴方が海底に潜り封印用儀式魔法の発動準備を整え、我が主が広域型の攻撃魔法の要領で膨大な魔力を放出、ジュエルシードを同時に発動させ、積層型立体魔法陣による封印術式によって封印。アルフは広域型の隔離結界を展開し、その後は我が主のサポート、であったと』


 『はい。それで間違いありません。ですが、それだけでは因子が足りません』


 『………順調すぎる、ということですか?』


 『ええ、確かに最終段階の予備実験としての意義は果たせますが、何の問題もなく4個のジュエルシードが手に入ってしまえば、高町なのはの介入する余地が失われてしまいます。その展開はフェイトにとって最適解ではないのです』


 『それは理解できますが』


 『故に、第一フェイズから第二フェイズへの移行を意図的に遅延させます。ジュエルシードの発動から暴走状態への移行までは予定通りに行いますが、“予想よりもジュエルシードの共振が大きかった”という理由で封印術式の発動に手間取るという筋書きで』


 『違和感は――――ないかと』


 『ジュエルシードの励起状態が続けば、必ずや高町なのはがフェイトの下にやってくる。その時にどのような会話を交わすかは彼女ら次第ですが、その会話の内容をリアルタイムで私へ転送して頂きたい。それ次第で第二フェイズへ移行するタイミングが定まります。私のリソースの大半は封印端末の制御に割くので貴方が頼りです』


 『それは構いませんが、しかし』


 『何でしょうか?』


 『その方式では貴方にかかる負荷が大き過ぎます。ジュエルシードの暴走を貴方の演算性能だけで抑え込むことに等しい』


 『問題はありません』


 『ですが―――』


 『大丈夫ですよ、バルディッシュ。私は本来制御用のデバイスだ。ユニゾン風インテリジェントデバイスと呼ばれる由縁、他ならぬ貴方が一番知っているはずでしょう』


 『―――はい』


 『私のことを気にかける必要はありません。貴方はフェイトのために作られたデバイスなのだ、その場面においては彼女のことのみを考えるべきですよ』


 『―――了解しました』


 『嘘を吐くのは私の仕事です。まあ、今回は少々大仕事になるのは否めませんが』


 『ですがトール、彼女、高町なのはがやって来るのはともかく、執務官がやってきた場合は?』


 『それも問題はありません。ジュエルシードが暴走を続けているうちは彼もその沈静化に全力を注ぐでしょうし、ジュエルシードが封印された頃ならば、彼は動けなくなります』


 『動けない?』


 『彼は次元航行部隊所属の執務官。それ故に、動けない状況というものが存在するのです』


 『それはいったい』


 『あと6時間もすれば答えは出ます、それまで解答を楽しみに待っていてください。その間に答えを演算するのも貴方の訓練になります』


 『スパルタですね』


 『貴方は私の後継機なのですから、無論、容赦なく鍛えますよ』


 『まだまだ貴方には敵いません』


 『まあともかく、今回の実験は我々デバイスの連携が要となります。私のリソースにも限界がありますから、私からの通信は全て貴方を通してフェイトへ伝わることとなります。気を引き締めていてください』


 既に、バルディッシュの言葉を私の言葉と思うようにとフェイトには伝えてあります。

 私の能力では水中での念話はデバイス同士くらいしか行えないと彼女らは認識しており、それは概ね正しい。



 『了解』


 『それでは、電脳空間における対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』










新歴65年 5月7日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM8:30





 「それでは、一発大逆転の作戦を始めます。皆さん、体調は万全ですか!」
 「最高でーす!!」


 「何一人でやってんだいアンタは」


 「トール、うるさいからちょっと黙っててね」

 冷たい、何て冷たい対応だ。


 「冷たいなあ、冷た過ぎますよはい、僕ぐれますよ?」


 「あっそ」


 「うん」

 こいつらの対応能力も成長したもんだ。完全に受け流している、そろそろやり口を変えるべきか。


 「悪ふざけはともかく、手順は分かってるな、フェイト、アルフ」


 「トールが海に潜って儀式魔法の起動を行う、それから私が広域に渡って海に雷撃を叩き込む」


 「ジュエルシードが励起したら、あたしが広域結界を張って海鳴市に被害が出ないようにすればいいんだろ」


 「OK、その後は俺が“ミョルニル”と補助用の端末を第二フェイズに移行させる、それまでお前らは海の上で待機していてくれ。余分な魔力は使わず、ジュエルシードが生み出すエネルギーからの回避に専念していろ」


 「一つのジュエルシードを封印しても、他の三つとの共振でまた励起しちゃうんだよね」


 「厄介極まりないけど、だったら一片に封印すりゃ問題ないってことさね」

 そう、そのために用意したのが積層型立体魔法陣だ。



 「とはいえ、いくらフェイトでも一人で4個のジュエルシードを封印するのは無理がある。アルフのサポートがあっても3個が限界、それも、賭けの要素が強くなるな。確実といえるのは2個くらいか」


 「けど、トールの“ミョルニル”と、事前に設置した儀式魔法用の術式があれば」


 「ジュエルシードの一斉封印も可能になるんだろ」


 「ああ、要になるのはバルディッシュだな。封印術式に魔力を送り込むフェイトと封印術式を固定する俺を繋げるのはこいつしかいない」


 「頑張ってね、バルディッシュ」


 『Yes, sir』


 「おし、それじゃあそろそろ始めますか」


 今回俺が使用するのは少々特殊な肉体で“ダイバー”と命名した。何のひねりもない名前だが、今回くらいしか使わないから適当でかまわないだろう。

 魔法戦闘を行う機能はなく、水中で他の端末と連結し、術式の制御を行うことに特化した肉体。

 早い話、この作戦のために専用に作り上げた肉体ということだ。



 「ほんじゃ、作戦開始!」


 ジュエルシード実験、スタート。











新歴65年 5月7日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM8:44



------------------------Side out---------------------------



 「エマージェンシー! 捜索範囲の海上にて、大型の魔力反応を感知!」

 緊急アラームが鳴り響き、アースラクルーは緊急体制に移行する。



 「な、何てことしてるのあの子達!」

 そして、管制官であるエイミィ・リミエッタはスクリーンに映し出される光景に驚愕の色を隠せなかった。


「……アルカス・クルタス・エイギアス……煌めきたる天神よ。今導きのもと、降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 フェイト・テスタロッサ

 捜索対象である彼女が、海鳴市の海上において強力な魔法陣を展開し、広域型の魔法を放とうとしている。



 「クロノ・ハラオウン執務官、貴方はどう見ます?」

 そして、艦長のリンディ・ハラオウンはクルー達に指示を出しながらも執務官に彼女の行動に対する見解を尋ねていた。

 この状況にあってまったく動揺が見られないのは、長年艦長職に就いてきた彼女の年季の成せるものか。


 「恐らく、海に電気変換された魔力を大量に注ぎ込み、ジュエルシードを強制励起させて位置を特定しようとしているのだと思います。電気への魔力変換資質がなければSランク魔導師でも難しいでしょうが」


 「しかし、彼女はその特性を備えている。AAAランクであっても可能ということね」


 「はい、しかし、発動までは出来ても封印のための魔力が続くとは思えませんが………」



「撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 そして、フェイト・テスタロッサが展開した大型魔法陣から雷が次々に放射され、海に注ぎ込まれる。


 「大型魔力反応を確認! 数値は―――――ええ!」


 「どうしたの」


 「最大魔力値―――――240万、術式の規模に比べて、遙かに少ないと予想されます」


 「少ない?」


 「どういうことだ? それだけの量ではいくら魔力が電気に変換されているとはいえ、ジュエルシードを全て励起させるには足りない。少なくとも500万を超える魔力は必要なはず――――」

 だからこそ、AAAランクの魔導師とはいえ、封印に割く余力は残らないだろうと彼は予測した。

 その予測は正しいが、彼女が一人で封印を行うという前提条件での話であった。


 「海底より大型魔法陣が上昇中! これは――――封印用端末を用いた儀式魔法の術式です!」

 オペレーターからの報告に、緊張が走る。


 「まさか」

 艦長のリンディは即座に事態を把握し。


 「魔法人形か――――海底での行動機能があれば、確かに可能だ」

 執務官のクロノもまた、自分達が謎の怪人をノーマークにしていたことを即座に悟った。










 海上―――





 「流石トール、上手くいっているみたい」


 「まあ、10日間もかけて準備して失敗したらただじゃおかないけど」

 海上にいる二人は、計画通りに進んでいる状況に一先ず安堵していた。

 海底からジュエルシード封印用の大型魔方陣がせり上がり、励起したジュエルシードと呼応するかのように鳴動している。

 後は、儀式魔法の術式の力を借り、封印作業に移るのみ。


 「アルフ、空間結界とサポートをお願い」


 「了解、それとフェイト、魔力は残ってるかい?」


 「うん、トールの補助のおかげで、広域魔法とはいっても最小限の消費で済んだから」


 「でも、いくら出力が抑えられたといっても、あれだけの数を叩き込んだ。消耗はしてるだろ?」


 「大丈夫、このくらい、平気」


 「無茶だけはしないでおくれよ、あたしも手伝うから」


 「分かった。行くよ、バルディッシュ」


 『Yes,sir』




------------------------Side out---------------------------









 海底―――



 『ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”の起動準備完了。並びに、補助端末は問題なく稼働中』

 演算を続行、処理をより高速に。


 『第一フェイズ、終了まで残り30秒。儀式魔法術式、正常稼働、エラーは検出されず』

 今こそ、私の本来の機能を発揮する時。

 私はユニゾン風インテリジェントデバイス。本来、ユニゾンデバイスとは主と融合する機能を有する融合騎のことを指しますが、私の場合ユニゾン対象は魔導師ではない。

 私は機械(デバイス)と同調し、管制機能を最大限に発揮する。つまり、私は機械(デバイス)を操ることに特化したデバイスと定義できる。

 マイスター・シルビアは当初、そのように私を設計した。しかし、我が主、プレシア・テスタロッサの魔力資質が極めて高く、その魔力を制御する必要があったため、機械を操るために大量に確保されていた制御用のリソースを、彼女の魔力を制御するために調整された。

 バルディッシュと同調することによってフェイトにかかる負担を少なくする機能もその一つであり、私が使用するこれらの“魔法人形”を操ることもあくまでそこから派生したものに過ぎない。

 全ては、機械(デバイス)を管制する機能と、電気系統の魔力を制御する機能。その二つの組み合わせによって構成されている。

 傀儡兵などの自動機械は当然、電気系統に変換された魔力で動く。デバイスもまた、使用者の魔力を0と1の電気信号に置き換える機能が付いている。管理世界で使用される機械も大半は電気変換された魔力で動く。

 魔力の電気変換資質を持つ者は専用のデバイスと組むことで最高の戦闘能力を発揮する。そのためのバルディッシュであり、私は戦闘用に非ず、管制用。電気に変換された魔力で動く機械ならば何であろうと制御可能。

 私が同調するためには機械であることと、電気変換された魔力で動くことが条件となる。この第97管理外世界に存在する機械は純粋な電気で動くため同調できず、電気変換された魔力を操るフェイトは人間であるため同調できない。

 故に、私とバルディッシュの同調率は100%なのだ。魔力の電気変換資質を持つフェイトのために設計された彼は、電気変換された魔力との相性が極めて高い。私が同調しやすい条件を全て備えている。

 そして、私の肉体にも同様のことが言える。私が同調し、管制可能な肉体は、電気変換された魔力で動く無機物でなければならない。

 外見や筋繊維などの部位ならば生体部品を使うことも可能ですが、必ずその内部に機械のコードと電子部品、そしてそれらで構成された魔力回路が必要となる。

 食事や消化などの機能は私の性能を損なう結果しかもたらさない、“生体機能”を再現しても私がそれを管制することが出来ないために。故に、私の肉体は人間に似てはいるものの、根本的に全くの別物、カートリッジの魔力を電気変換して動く人形なのだ。

 私には生体と同調する機能はなく、私単体では通常のインテリジェントデバイスと変わりはない、むしろ、他の機能が付いているために純粋な魔導師の補助機能では劣ってしまう。幼かった我が主の魔力を制御するには適していましたが、Sランクを超えるほどに成長した彼女が強力な魔法を使用する際の補助としては最適とはいえません。

 故に、我が主はストレージデバイスを自分用に作り、私をアリシアのために改造しました。汎用言語機能も、人間の心を理解する機能も、本来はアリシアのために追加されたもの。そして、その機能は現在、フェイトのためにリソースの大半が使用されている。

 私の行動はアリシアとフェイトの未来のため、我が主が娘達の幸せを願うがために行う。私はそれを叶える為に機能する。




 『第二フェイズへの移行を中断、現状を維持』

 第二フェイズに移行してしまえば、ジュエルシードの封印は問題なく終了する。それではいけない。

 待ちましょう、待ち続けましょう。彼女が到着するその時まで。



 10秒

 20秒

 30秒

 40秒

 50秒

 60秒

 70秒

 エラー発生、負荷35%増加、予備のリソースを割く。

 80秒

 90秒

 第5補助装置とのバイパスに問題発生、予備配線に切り替える。

 100秒

 110秒

 負荷が第一閾値を突破、危険域に突入、これ以上は本体コア損傷の可能性あり――――考慮不要。

 120秒


 第3補助装置よりフィードバック情報あり、実験の停止を進言している、却下。

 第4、第6補助装置より警告、内容は第3補助装置と一致、却下。

 第1、第2補助装置からも同様の警告、却下、以降、同様のメッセージは即時破棄する。


 130秒

 負荷、第二閾値を突破、本体コア損傷の危険性76%――――――問題なし。

 140秒



 『Thor, How are you all right!?(トール、大丈夫ですか)!?』


 『こちらは異常ありません。何かありましたか、バルディッシュ?』


 『Here is okay, but already past the scheduled time, we are concerned that your Lord. This is more than your loadこちらは大丈夫ですが、(既に予定時刻を過ぎ、主が貴方のことを心配しています。これ以上は貴方の負荷が)』


 『問題ありません、許容範囲内です。それに、高町なのはがブリッジから遠く離れた場所にいる可能性も当然考慮してあります。彼女自身の運動機能は優れているとは言い難いですから、この程度の遅延は予測済みですよ』


 『But!(しかし!)』


 『大丈夫ですよ、貴方の先輩はこの程度で壊れるようなデバイスではないことは知っているでしょう? 私を心配するなど、まだまだ40年は早いですよ』

 エラー発生、危険レベル増大。

 150秒


 『・・・・・・ Agreed .Referred to the master, and no problem(………了解しました。主には問題ないと伝えます)』


 『そうです、貴方は貴方の義務を果たすことに全力を尽くしなさい、バルディッシュ』

 バルディッシュとの通信を完了。

 本体コア、過負荷状態、あと40秒経過すれば機能の劣化が始まると予想。

 補助装置は問題なく稼働中、第二フェイズへ移行していないため“ミョルニル”は未だ稼働せず、その負荷が本体に集中。


 『まだ、大丈夫です。あと30秒以上もある』


 私の計算が正しければ、その間に高町なのはが到着する確率は―――






------------------------Side out---------------------------






 2分前――――アースラ内部



 「呆れた無茶をする子、と言いたいけど、綿密な計画を練っていたようね」


 「ええ、無謀よりも用意周到という言葉が当てはまります。地上のジュエルシードは元より眼中になく、海中のジュエルシードを一気に取得する気でいたのでしょう」

 つまり、アースラの行動を予測し、その裏をかくために海底で事前に準備していたということ。


 「あれは、個人の成せる魔力の限界を超えています。しかし、封印用の端末と事前に設置した封印用儀式魔法の術式があれば――――」


 「彼女一人でも、4個のジュエルシードの封印は可能ね。これがさらに多かったら話は違うでしょうけど」


 「恐らく、海底で行動可能な彼が、事前に海のジュエルシードを幾つか回収していた。ということかと」


 そこに――――



 「フェイトちゃん!!」

 民間協力者である、高町なのはがブリッジに飛び込んできた。

 彼女はスクリーンに映し出される光景を見て、詳しい状況は分からずとも、フェイトが危険な状況にあると判断した。



 「あの! 私すぐに現場へ行きます!」


 「その必要はないかもしれないぞ」


 「え?」


 「彼女らはかなり周到な準備をしていたみたいだ。あの浮き上がりつつある積層型立体魔法陣が見えるだろう?」


 「は、はい」


 「あれは封印用の端末を利用して発動する儀式魔法の術式だ。彼女一人の力ではジュエルシード4個の封印は不可能だろうが、あれの助けがあれば特に問題なく封印出来る筈だ」


 「え、じゃ、じゃあ―――」


 「でも、少しもたついてるようにも見えるわね」

 そこに、リンディが現在の状況に対して捕捉を加える。

 ディストーション・シールドを用いて単独で次元震を抑えることすら可能なリンディ・ハラオウン。彼女は、結界封印の専門家でもあった。

 実際、彼女ならば単独で4個のジュエルシードを封印することも可能である。



 「………確かに、儀式魔法が発動したならば、そろそろ封印段階に移っていてもおかしくないはず」


 「え、じゃあやっぱり、フェイトちゃんが危ないってことですか!」


 「危険なのはあの子じゃなくて、むしろ海底で封印端末を操作している方だけど、あの子も安全とは言い難いわね」


 「やっぱり、私行きます!!」


 「艦長、僕も出ます。フェイト・テスタロッサが民間人である以上、執務官として危険が伴う行為を無視するわけにはいきません」


 「そうね、彼女が犯罪者なら話は違うけど、管理局の許可の下、ジュエルシードの回収に当たっている民間人。座視していては次元航行部隊の名折れだわ」


 「ありがとうございます!」


 「いいえなのはさん、こちらから正式にお願いするわ。あの子と協力して、ジュエルシードの封印を。後ろで早くも準備を進めてるユーノ君もね」


 彼女らの背後では、既にユーノ・スクライアが転送ポートの準備を済ませていた。



 「まったく君は、やることが早いな」


 「御免、じっとしてられなくて。それよりクロノ、僕からも礼を言うよ、ありがとう」


 「艦長も言ったが、管理局員としては当然だ。フェイト・テスタロッサは無断でジュエルシードを集めているわけじゃない、管理局に申請して遺跡発掘の許可を取り、管理外世界での滞在許可も取っている。早い話、スクライア一族である君と同じ条件なんだ。むしろ、無謀という面では一人でやってきた君の方が上だろう」


 「う……」


 「ついでに言うと、ジュエルシードが現地の生物と反応してモンスター化することが確認されてるし、その被害を食い止めるために広域結界を張った経歴もあるしね。今回も事前に結界を張った上でやってるわけだから、私達としては助かると言えば助かるんだよねえ」


 「エイミィ、いきなり割り込まないでくれ」


 「まあそういうわけね、なのはさん、ユーノ君、クロノ、頼んだわよ」


 「「「 はい! 分かりました 了解です 」」」 













 海上――――



 「バルディッシュ! トールは!」


 『No problem,(問題ない、とのことです)』


 「ホントに大丈夫なのかい、とっくに予定時間を過ぎてるよ」


 「でも、私達じゃ海の中で自由に動けないし………」


 そこに―――




 「フェイトちゃん!!」




 「!!」


 「来たかい!」


 「待った! 僕達は君達と戦いに来たんじゃない! 一緒にジュエルシードを封印するために来たんだ!」

 幾度となく彼女らとぶつかってきた、白い少女と本来の姿となった少年が現れた。






------------------------Side out---------------------------








 海底―――



 『来てくれましたか、間に合って良かったですよ、高町なのは』


 私の処理速度が落ちると予測された時刻まで17秒、ギリギリではありましたね。

 貴女が来てくれる可能性は高かったのは確かですが、それは100%ではない。しかし貴女を信じてよかった。

 遅延させていた動作を再開、第二フェイズへ移行開始。

 同時に、バルディッシュより彼女らの会話の内容が伝わってくる。


 【二人できっちり半分こ、一緒に止めよう!】


 【………うん!】


 【ここは一時休戦ってわけだね、了解したよ!】


 【なのは! 僕とアルフさんで抑えるから! 一気に叩きこんで!】



 『なるほどなるほど、仲良きことは素晴らしきかな、というところですね』

 これまで何度もぶつかり合って来た両陣営。

 それ故に、互いの力をよく把握している。誰が何を得意としていて、この状況でどう行動すべきかを皆が理解している。

 プロスポーツで例えるならば、オールスターゲームという奴でしょうか。敵として何度も戦った相手故に、その特徴もまた理解できる。いざとなれば即座に共闘できる。


 【ユーノ君とアルフさんが止めてくれている。だから、今のうちに、二人で“せーの”で一気に封印!】

 なるほど、実に彼女らしい。

 しかし、頭数が一人足りませんね。ならば恐らく彼は―――




 【苦戦しているようなら手を貸すが、必要はあるかい?】

 やはり、こちら側に来ましたか。


 デバイスの格納空間に空気を詰め込み、バリアジャケットの調整によって水中や炎上している建物内など、酸素の無い状況下での活動を可能とする。

 本来は災害対策担当の局員などが用いる技能ですが、そもそも彼が修めていない技能などあるのかどうかが疑問です。


 【いいえ、恐らく大丈夫でしょう執務官殿。既に第二フェイズへの移行は完了しており、中枢ユニットである“ミョルニル”が起動しました。ここまで来れば私が行う作業はそれほどありませんので】


 【………それが、君の素か?】


 【然り。私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します。以後お見知り置きを、クロノ・ハラオウン執務官】


 【予定通り、というわけか】


 【上の彼女らには秘密にしておいてください。この場で貴方が知りたい事情を把握しているのは恐らく私のみでしょう】


 【………ジュエルシードについて】


 【そして、“ブリュンヒルト”や地上本部との関係について】




 『Sealing form, setup』

 バルディッシュがシーリングモードに入った。上は佳境のようですね。


 【うん、分かってるよバルディッシュ。今はあの子と一緒に頑張ろう】


 【ディバインバスター、フルパワー……いけるね?】


 『All right, my master.』

 皆、見事な連携です。レイジングハート、貴方も良き主に巡り合えたようでなにより。



 【クロノ・ハラオウン執務官、上はどうやら砲撃寸前まで進んでいます。もし可能ならば、貴方に手を貸していただければ成功率がさらに上がります】


 【先ほどの言葉と矛盾しているが?】


 【あれは私が単独であればの話です。貴方とそのデバイスの協力があれば、私の選択肢も広がります】


 【………特に異論はないが、具体的な方法は?】


 【デバイスを私の胴体部にある接続ユニットに差し込んで下さい。それだけで構いません】


 【何?】


 【私は魔導機械と同調し、管制を行うよう特別調整されたデバイスです。貴方のデバイスを差し込んでいただければサポートはこちらで出来ますので、貴方は魔力さえ供給していただければそれで構いません】


 【何ともデタラメな話だな】


 【世には知られていませんが、シルビア・テスタロッサが提唱し、プレシア・テスタロッサが完成させたシステムです。信頼性は高いかと】


 【虚言であれば、偽証罪で逮捕するとしよう】


 【さて、私はデバイスですから】

 彼の補助を得て、第二フェイズの進行を早める。

 これなら、間に合いますね。






 【え!? アレ何!?】


 【え………分かった、あれは予定していた儀式魔法が発動しただけだから大丈夫! ジュエルシードに向かってあなたもそのまま撃って!】


 【りょ、了解! せーので行くよ!】


 突如せり上がった積層型立体魔法陣に多少動揺したみたいですが、切り替えが早い。

 後の展開は火を見るより明らか、というやつですね。



 【ディバイン―――――】


 【サンダー――――――】


 それはそうと―――


 【驚きました執務官、まさかこの短時間で儀式魔法の補助までしていただけるとは】


 【一応、この手の封印術式も知人から習ったことがあってね】

 なるほど、恐らくは第八次闇の書事件においてクライド・ハラオウンと共に封印部隊の中核を担ったリーゼロッテ、リーゼアリアのいずれか。

 彼の事情を考えれば、封印系の術式は全て修めていると考えるべきでしょう。



 【バスターーーーーーーーー!!!】


 【レイジーーーーーーーーー!!!】


 二人の少女の強大な魔力が一斉に解き放たれる。

 観測するほどの余裕はありませんが、恐らく一人当たり500万以上、合わせれば1000万以上の魔力が放出されていることでしょう。



 『“ミョルニル”を封印形態へ。彼女らの魔力を全て封印術式へ変換』

 これだけの魔力があればその必要もないほどですが、保険が多いに越したことはない。

 これにて、封印作業は完了。

 ジュエルシード実験の最終段階のための最後の予備実験、複数個のジュエルシードの並行励起状態からの封印シーケンス、データの蒐集を完了。


 アリシアのための条件は揃いました。残るはフェイト――――




 【友達に――――なりたいんだ】


 【―――!】


 ――――こちらの条件も揃いましたか。

 高町なのは、貴女という人は、本当に―――――フェイトが一番望んでいる言葉をかけてくれる。

 であるならば、因子は整いました。全ての条件はクリア。



 『第二フェイズ終了、最終フェイズを開始します』


 ならばこそ、今は撤退する時です、フェイト。

 高町なのはの言葉に、今の貴女は返せる言葉を持たない。

 その答えを、貴女が見つけるまでのしばしの猶予を。



 【えっ?】


 【こ、これって―――】

 驚愕の声は、二人の少女のもの。ジュエルシードの封印用に展開されていた魔法陣が再び起動し、フェイトとアルフの身体を先程までとは異なる術式が包み込む。


 【なっ―――これは、次元転送!】

 海上の状況は分からないはずですが、こちらの端末の状態から即座に上の状況を理解する彼は流石というべきか。


 【申し訳ありませんクロノ・ハラオウン執務官、フェイトとアルフにも事情がありまして、少し席を外すことになります】

 この海は、私が用意した祭儀場。

 地の利は我等に在り、いざとなれば即座に空間転送を行う準備も万端整えてあります。

 “ミョルニル”と6個の補助端末は、ジュエルシードを封印し、制御するための装置。

 ならば、今やその中枢ユニットと化している私と“ダイバー”、その内部に内蔵されたジュエルシードの力によって、フェイトとアルフを時の庭園へ転送することは造作もありません。

 無論、フェイトが封印した2個のジュエルシードと共に。


 【いったい君は何をする気だ? 返答次第では君を拘束することになる】

 クロノ・ハラオウン執務官がこちらにストレージデバイスを向ける。

 一度接続した際に確認した情報によると、デバイスの銘はS2U。

 ストレージデバイスとして基本に忠実な設計であり、それ故に万能とも言える。凡百が扱えばただの器用貧乏になり下がりますが、彼が扱うならば鬼に金棒となる。

 しかし、それも彼に戦う権限があればの話です。


 【約束の刻限となった。ただそれだけのことですよ】


 【約束の刻限?】


 【ええ、地上本部より承った“ブリュンヒルト発射実験”。その準備を開始する時刻は5月7日のAM9:00となっております】

 現在時刻は、AM9:02

 若干の誤差はありましたが、演算通りといえるでしょう。


 【地上本部だと―――それに、ブリュンヒルトの発射実験だって?】


 【次元航行部隊の執務官である貴方が御存知ないのは無理もありませんが、計画自体は昨年末には組まれており、そのための予算も計上されております。この日時を私の一存で変えるわけにもいきませんので】

 そう、これはあくまで時空管理局が正規の予算でもって行う実験の一つ。

 私はその実験の管制役をレジアス・ゲイズ少将より依頼されたに過ぎず、時の庭園はそのための実験場であり、我が主は外部協力者。

 故に――――


 【現在を持って、インテリジェントデバイス、“トール”は地上本部の開発した対空戦魔導師用追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”の管制機としての機能を開始致します。よって、次元航行部隊の執務官である貴方から、任意同行を求められたとしても私はそれに応えることは出来ません】

 今の私に任意同行を求める、もしくは拘束するならば、先に地上本部の許可を取る必要があります。

 “ブリュンヒルト”発射実験の管制機を本局の次元航行部隊が拘束するということは、地上本部の実験への妨害行為に他ならない。

 そんな事態になれば何が起こるか、分からないクロノ・ハラオウン執務官ではない。


 【……………】

 そして、理解しているからこそ、彼は沈黙するしかない。状況を正確に記録する機能を持つデバイスである私に対して、彼は不用意に発言することはできないのだ。


 【もし我々にご用があるならば、地上本部が発行する“ブリュンヒルト”建設現場への立ち入り許可証と共に、時の庭園へお越し下さい。常時ならばその必要はありませんが、現在は発射実験のために部外者の立ち入りは制限されておりますので、御注意を】

 もっとも、テスタロッサ家のプライベートスペースは別に確保されているのでこちらならば問題はありません。

 ただし、プライベートスペースには防犯用の装置などが当然ありますので、テスタロッサ家の“客人”以外の者が勝手に入り込めば、傀儡兵をはじめとした防衛システムに撃墜されます。

 テスタロッサ家の防犯システムの管制もまた私の役割なれば。

 つまり、フェイトとアルフが時の庭園にいる限り、彼女らに任意同行を求めることも不可能ということ。それ以前に接触が出来ないわけですから。

 先にフェイトとアルフを“ブリュンヒルト”の発射準備を開始した時の庭園へ避難させてしまえば、次元航行部隊が彼女を追うことは不可能、そして、管制機である私は時の庭園でなくとも干渉は不可能。


 【それでは、クロノ・ハラオウン執務官。またお会い致しましょう】


 最終フェイズを全て実行。

 海底に設置した機材を残らず時の庭園へ転送します。

 無論、中枢ユニットたる私も含めて。



 これにて、海でのジュエルシード実験を終了します。

 成果は上々、アリシアのための要素もフェイトのための要素も満ちつつある。



 『さあ、後は二人の少女の最後の邂逅を残すのみ。それが済めば、ジュエルシード実験は最終段階へ至ります』


 我が主の望みが果たされるその時は近い。

 例えどのような結末になろうとも、そこには一つの終わりがあるはず。

 それを最適解にすべく、私は演算を続けましょう。




 演算を、続行します。





[22726] 第二十九話 存在しないデバイス
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/17 12:46
第二十九話   存在しないデバイス








新歴65年 5月7日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”


------------------------Side out---------------------------



 「まずはひとまず、お疲れ様でした。なのはさん、ユーノ君」


 「はい………」


 「ええ………」


 二人の返事は弱々しく、覇気というものが微塵も感じ取れない。

 この場にいるのは艦長のリンディと管制官であるエイミィ、そして、なのはとユーノの4人。

 執務官であるクロノは地上本部との折衝の準備に取り掛かっており、アースラの中枢コンピュータとの交流を深めている真っ最中である。


 「フェイトさんのことが、気にかかっているのね」


 「フェイトちゃん、いきなりいなくなってしまって………」

 なのはにとって見れば目の前でフェイトが光に覆われ、気付けばいなくなっていたという状況であり、それで心配しないようでは彼女は高町なのはではない。


 「あれは、強制転移の術式ですよね」

 ユーノの方は幾分か冷静であったが、自分が見たことのないほど強力な術式であったため、心配の色は隠せていない。


 「エイミィ、映像を」


 「はいはーい」

 エイミィがコンソールを操作し、海上での光景をスクリーンに映し出す。



 「この積層型立体魔方陣がジュエルシード封印用の儀式魔法の術式。なのはさんとフェイトさんはこれに大量の魔力を注ぎ込み、4個のジュエルシードを封印しましたね」


 「はい」


 「ですが、貴女達二人の魔力があまりにも大き過ぎたため、ジュエルシードを封印してもなお、この魔方陣は大量の魔力を保有していたわけです。そして―――」

 映像なかで魔法陣が封印段階の第二フェイズから最終フェイズへと切り替わる。


 「この魔方陣は、ジュエルシードの励起、封印、さらに使用者と装置の転移、この3つのフェイズから成り立っていた。つまり、ジュエルシードの封印が済めば予め転移するようにプログラムされていたということね」


 「でも、フェイトちゃんは凄く驚いていました」


 「うーん、ひょっとすると、フェイトちゃんは知らされていなかったのかもね」

 コンソールを操作していたエイミィが苦い顔で告げる。


 「どういうことですか?」

 そのエイミィの言葉にユーノが怪訝そうな表情で問い返す。


 「えーと、これを見てくれる」

 そして、スクリーンが切り替わり、その映像には外見上は30代前半、いや、下手をすると20代後半でも通りそうな女性が映し出される。


 「この人は?」


 「名前はプレシア・テスタロッサ。ミッド式の魔導師で、26年前までアレクトロ社の技術開発局第三局長。凄く有能な天才さんだったみたいだけど、当時彼女が研究していた次元航空エネルギー駆動炉“ヒュードラ”の開発実験で事故を起こして、一人娘が脳死状態になっちゃってね」


 「テスタロッサ、それに、26年前で一人娘ってことは――――」


 「フェイトちゃんの、お母さんとお姉ちゃんってことですか?」


 「そう、それで、その事故では中規模次元震が起きてしまって、かなり大きな問題になったの。最初は彼女が個人で進めていたとか、材料に違法なものがあったとか、色々言われたんだけど、本当はそんなことはなくて、企業の上層部が無理に進めさせたのが原因だったんだ。でも、娘が脳死状態になっている彼女は反論なんて出来る状態じゃなかったから――――」


 「それじゃあ―――」


 「その人は、罪を着せられたってことですか?」


 「いいえ、そうはならなかったわ。ジュエルシードを集めているフェイトさんの事情を知るために私達はテスタロッサ家の過去について調べてみたのだけど、彼女は裁判で勝訴しているの」

 二人の言葉を、リンディが否定する。


 「裁判で勝ったってことは―――」


 「彼女は無罪、どころか、企業の方が逆に罪に問われたってことですか」


 「そうなの、だけど、当時の彼女の精神状態が危うかったのも確かで、通院の経歴もあるんだ。その状態の彼女がどうやって巨大企業を相手に勝訴できたのかが疑問だったんだけど――――」


 「先ほどの映像、儀式魔法の術式を海底で準備し、フェイトさんを転移させた存在を、貴方たちも知っているわね」


 「えっと…………」


 「あの、とんでもない方法で空を飛んでいた人ですか………」

 なのはとユーノにとっては、トールの認識は未だに怪人Xであった。


 「実はあれ、魔法人形なんだ。クロノ君が海底で接触したところ、プレシア・テスタロッサのインテリジェントデバイス、“トール”って名乗ったらしいの」


 「えええ!!!」


 「インテリジェントデバイス!? あれがですか!?」

 二人の驚愕も無理はない。彼女らの認識ではインテリジェントデバイスとは、レイジングハートやバルディッシュなのだ。


 「彼、“トール”の存在は公式資料のどこにもないの。事故の後、プレシア・テスタロッサは一時期時空管理局の技術開発部に正規の局員として勤めていたこともあったのだけど、その時彼女はストレージデバイスを使っていたことになっていて、彼の存在はなかった。私も当時から本局に勤めていたけど、そういう話を聞いた覚えはないわね」


 「それで、プレシア・テスタロッサのさらにお母さん、つまりフェイトちゃんのお祖母ちゃんにあたるシルビア・テスタロッサっていう人は“インテリジェントデバイスの母”って呼ばれるほどのデバイスマイスターだったんだ。その彼女が作った26機のインテリジェントデバイスは管理局では有名なんだけど――――」


 「その“トール”は、知られていなかったんですか?」


 「ええ、そして、海での次元転移を行ったのは彼で、彼の行動をフェイトさんは知らなかった。いえ、ある程度までは知らされていたものの、封印から先の展開は知らされていなかった、ということでしょう」


 「えっと、じゃあ………」


 「つまり、彼女らの行動計画を立てているのは彼である可能性が高いということよ。巨大企業を相手に勝訴できるようなインテリジェントデバイスなんて私達も聞いたことがないし、フェイトさんに封印後のことを伝えていなかったのも何らかの理由があるのだと考えられるわ」


 「まあそういうことで、彼がプレシア・テスタロッサのインテリジェントデバイスである以上、フェイトちゃん達が危険になるようなことはしないはずだから、その辺だけは安心していいと思うよ」


 「よかった……」


 「とにかく、しばらくは“トール”やプレシア・テスタロッサについて詳しく調べなければならないわ。散らばったジュエルシードは海の4個で最後でしたから、これから先は彼らの転移先を突き止めたり、彼女らの目的が何であるかを探ることが私達の任務になります。だから、あなたたちは一休みしておいた方がいいわね」


 「あ……でも」


 「特になのはさんは、あまり長く学校を休みっぱなしでもよくないでしょう。一時、帰宅を許可します。御家族と学校に、少し顔を見せた方がいいわ」


 「……………はい」










 「ふう」

 少年と少女が立ち去った後、リンディは大きくため息をついた。

 「お疲れ様です、艦長」


 なのはとユーノを見送りに行ったエイミィの代わりに、クロノがやってきてリンディに労いの声をかける。


 「別に疲れる程のものではないけど、子供たちに隠し事をするのはあまり気分が良いものではないわね」

 先ほどの会話において、結局なのはもユーノも事件の根幹に関する情報をほとんど得ていない。

 彼女らが知った事柄はテスタロッサ家の家族構成と、あの怪人がプレシア・テスタロッサのインテリジェントデバイスであることのみ。


 「ですが、仕方ありません。あの子達を組織の歯車に巻き込むわけにはいかない」


 「そうね、ここから先は、ロストロギア事件というより、政治の領分になりそう」

 現状、ジュエルシードはアースラ組が9個、テスタロッサ家が12個保有している。

 第97管理外世界にばら撒かれたジュエルシードの回収はすべて終了し、後はテスタロッサ家が時空管理局にジュエルシードを一旦引き渡し、個人の保有が許可されるかどうかの審査を受ければそれで一件落着なのだが。


 「はい、あのデバイス、“トール”の言葉に偽りはありませんでした。本局を通して地上本部に問い合わせたところ、驚くほど早く返答が来ました。それと、これでアルトセイムに連絡を入れてもプレシア・テスタロッサからの返事が返ってこなかった理由が分かりましたね。本局に問い合わせて返事待ちでしたが、そのことも一緒に」


 「もう来たの?」


 「ええ、まるでこうなることを予測していたように。時の庭園は現在はこの世界の宇宙空間にあるようです。さらに、今後は本局を通さず、直接地上本部に連絡を取るようにして欲しいとも」


 「そう………本局を介さないように、という部分が引っ掛かるわね」


 「“ブリュンヒルト”の開発は時の庭園のみでなく、他にも3か所で行われており、それぞれ試射実験の日程と予算が昨年末から定められています。ただし、時の庭園だけは少し例外です」


 「それは?」


 「かかる費用の大半をテスタロッサ家が負担する代わりに、地上本部の局員ではなく、時の庭園の管制機である“トール”が実験を進めることになっています。試射実験中に限れば、彼と時の庭園に存在する傀儡兵は“ブリュンヒルト”の防衛用戦力として地上本部に一時的に登録されるそうです」


 「地上本部は予算不足、彼らにとっても悪くない提案でしょうね。完全な外部の人間では安全性などの面で問題もあるでしょうけど、プレシア・テスタロッサは“ブリュンヒルト”とその動力源の“クラーケン”の設計者、事故に対する知識は誰よりも備えている」


 「はい、安全性の面では他の3基よりも高いと考えられますから、その点で地上本部に抗議することは不可能ですね」


 「地上本部にとっては予算をほとんど使わずに“ブリュンヒルト”の試射が行える、それだけで充分。もしかしたらジュエルシードを動力源にという考えもあるかもしれないけど、現実味は薄い。だけど、プレシア・テスタロッサにとっては当然他の思惑があるはず」


 「ジュエルシードを利用して何らかの実験を行おうとしている、その可能性が一番高いかと」


 「他にも、時の庭園そのものの動力源としての利用法を探るつもりなのか、それとも彼女、フェイト・テスタロッサのための行動なのか――――」


 「可能性だけならば、いくらでも考えられますね」


 「そうね、現状では判断材料が足りていないわ、もう少し情報を集めないといけない。執務官、貴方の出番ですよ」


 「心得ています」


 「とはいえ、時の庭園と地上本部、この二つがどうやって繋がっていたのかは分かったわね」


 「そうですね、遺失物管理部の機動三課に所属していたプレシア・テスタロッサの使い魔、リニスは地上本部との接点はありませんでしたし。技術開発部にいた彼女自身も管理局員である頃は本局勤めだった。しかし、そのインテリジェントデバイスが肉体を有して自在に動けるならば―――」


 「プレシア・テスタロッサの代弁者としては申し分なし。そして、デバイスであるが故にどんな身分を偽っても違法にならない。それを取り締まるための管理局法が存在していないのだから」


 「“存在しないデバイス”ということですね」


 「盲点だったわ。時の庭園の管制機としての彼は紛れもなく存在していて、このように地上本部の公式文書にも記入される。だけど、魔法人形を操ってフェイトさんと共に行動する彼は、どこにも存在していない。ジュエルシードを求めて各地を巡っていた時ですら、彼の存在はアンノウンとなる。」


 「彼の本体は常に時の庭園にあり、そこから端末を遠隔操作しているだけの可能性もあるわけですから、僕が海底で接触した機体も、彼自身である保証はない」


 「まったく、どこまでが嘘でどこからが真実なのか、分かったものじゃないわ」


 「“ライアー”。最初、彼は彼女たちにそう名乗ったそうですが」


 「本当、その名の通りの存在ね」


------------------------Side out---------------------------




新歴65年 5月7日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 




 「吾輩は嘘吐きデバイスである。名前は“ライアー”」


 「またアホなことを言って」


 「おら、口はいいから手を動かせ」


 「アンタが言うな!」

 ここは時の庭園に存在する格納庫。傀儡兵やその他の大型機材なんかがしまわれている。

 いよいよこれから“ブリュンヒルト”の発射実験を始めるので、地上本部の規定に従って防衛用の戦力を配備するために格納庫から引っ張り出している真っ最中。当然、フェイトとアルフは魔法の補助を使ってのことだが。


 「しっかし、何であたしらが引っ張り出さなきゃいけないんだい? こいつら自分で動けるだろ」


 「文句言うな、お前より力がないフェイトだって頑張ってるんだから」


 「わ、私は大丈夫だよ、このくらい平気だから」


 「そういう問題じゃない、つーか、あたしはともかくフェイトはどう考えても力仕事に向いてないっての」

 そりゃそうだ。フェイトに力仕事が向いていないなど、考えるまでもなく一目瞭然という奴だ。すでにフラついて、歩みが蛇行している。

 魔法なしだと、9歳の少女の力でしかないからなぁ。だが、それでもやらねばならないのだよ。


 「簡単に言えば、お前とフェイトの二人が“ブリュンヒルト”発射実験の準備を手伝ったという事実が必要なのだよ。別に虚報でもばれはせんだろうが、念には念を入れるべきだ」


 「まあ、何となくは分かるけどさ、結局どういうことなんだい?」


 「そういえば、私も全然聞いてなかったな」

 フェイトの関心事はジュエルシードだけだったから、時の庭園に搭載されている“ブリュンヒルト”に関してはほとんど興味がなかった。

 この一年はほとんど時の庭園に戻らずに動き回っていたし、帰った時も足を踏み入れるのはテスタロッサ家プライベート用の区画だけだったからな。

 だが、ジュエルシードの探索が終了したここにきて、これが関わってきた以上、無関心ではいられないか。


 「ふむ、噛み砕いて説明するとだな、俺達はジュエルシードを集めている。これはいいな?」


 「それ、馬鹿にしてるのかい?」


 「アルフ、抑えて」

 まったく、心の広いフェイトに比べてアルフは短気だな。犬畜生ってのはこれだから………


 「ぶっ殺すよ?」


 「アルフ、我慢して」

 なぜ俺の心が読めるのだこいつは…… 野生の勘か、勘なのか。


 「ミネルヴァ文明遺跡で発掘してる頃から何度も確認したが、管理局の許可を得ずにロストロギアを発掘するのは違法だし、管理外世界での行動も同様だ。しかし、俺達は許可を得たうえで事故で散らばったジュエルシードを集めているだけだから、この点では問題ない。早い話がユーノ・スクライアと同じ条件だ」


 「じゃなきゃ、許可取った意味がないじゃないか」


 「うん」


 「だがしかし、集めることが許可されるのと使うことが許可されるのは別問題だ。俺達がアリシアのためにジュエルシード実験を行うならば、そのために一度管理局にジュエルシードを預け、次元干渉型であることを考えれば個人での保有は認められないだろうから、正規の手続きを経た後で貸し出されるのを待たねばならない。どんなに早くとも半年はかかるのがネックだな」


 「けど、それじゃあ母さんと姉さんが間に合わないよ」


 「その通り、だからそこは無断で行うしかないが、次元航行部隊はそれを見逃すことは出来ない。さっきも言ったがジュエルシードは次元干渉型ロストロギアでもあり、保有するエネルギーは膨大だ。俺達が実験に失敗すれば大規模次元震や下手をすれば次元断層が発生する可能性すらある」


 「そこがジュエルシードの厄介なとこだよね、んな機能いらないってのに」

 確かにその通りではある。だが、そう都合よくいかないのが世の中というものだ。


 「そうだな、俺達に必要なのは“願いを叶える”特性のみでそんなもんはまさに余計そのものなんだが、あるもんは仕方ない。それでまあ、このまま12個のジュエルシードを並行励起させてジュエルシード実験を行った日には、クロノ・ハラオウン執務官が武装隊を率いて乗り込んでくるわけだ」


 「私とアルフで抑える―――――わけにもいかないよね」


 「それ以前に、ジュエルシード実験の要はお前だフェイト。お前がジュエルシードに願いを託すんだから、その間お前は無防備になる」


 「フェイトは絶対にあたしが守る。と言いたいとこだけど、ジュエルシードが傍にあるんじゃ無暗に魔法も使えないね、下手すりゃ次元震が起きて余計フェイトが危なくなる」

 そう、つまり。


 「かなり前線で武装隊を食い止めなきゃならなくなるわけだ。が、俺と傀儡兵程度じゃあAAA+の執務官は抑えられないし、武装隊も20人はいる上、高町なのはやユーノ・スクライアが援護に入る可能性もある。ついでに言えば艦長のリンディ・ハラオウンは大規模次元震すら抑えられるほどの結界魔導師だそうだ」


 「トール、いつの間に調べたの?」


 「お前らが寝てる間だ。デバイスは人間や使い魔ほど眠る必要はないからな」



 実は、彼らが来る前からゲイズ少将を通して知っていたとは言えない。


 「まったく、働き者なのか怠け者なのか分からないやつだね」


 「まあそういうわけで、次元航行艦“アースラ”と正面からやり合うのは得策じゃない。こちらの事情を正直に話したところで、彼らも立場上、次元震が起きる可能性がある実験を放置するわけにはいかないだろう。ならば、彼らが動けない状況を作り出せばよいというわけだ」


 「それが、“ブリュンヒルト”なの?」


 「その通り、こいつは地上本部が開発し、地上本部が試射実験を行う。その場所が時の庭園である以上、本局の次元航行部隊がおいそれと干渉することは出来ないわけだ。簡単に言えば、こいつを隠れ蓑に俺達はアリシア蘇生のためのジュエルシード実験を行うことになる。“クラーケン”が臨界起動すればジュエルシードの反応も誤魔化せるしな」

 実は、この部分が一番大きかったりする。

 時の庭園の動力炉の性能ならば、ジュエルシードを数個並行励起させるくらいの魔力を生み出すことは可能。しかし、これだけの魔力を生み出すことは当然危険を伴うので、管理局が安全確認のために乗り込んできてもNoとは言えない。

 だが、“ブリュンヒルト”の発射実験のために臨界起動させているという理由があれば、逆に次元航行部隊は身動きがとれなくなる。そして、ジュエルシードは正しい形で発動させれば個人レベルの魔力しか放出しないことが確認されているので、次元航行部隊がジュエルシード実験が行われたことを確証する手段はなくなるわけだ。

 俺達にとっては、次元航行部隊に察知されずにジュエルシード実験が行えればそれでいい。その後は規定に則ってジュエルシードを管理局に引き渡せば、“アースラ”のジュエルシード回収任務は一件落着となる。



 「なるほど、相変わらず悪知恵が働くねアンタは」


 「この“ブリュンヒルト”の設計者はプレシアだから、俺達がその試射実験を地上本部から代行されることに問題はない。まあ、厳密にいえば問題がないわけじゃないが、その辺は地上本部のレジアス・ゲイズっていうおっさんが何とかしてくれる。結構頼りになるおっさんだぞ」


 「おっさんって、その人、何歳くらいなの?」


 「今年で44歳になる地上本部の少将だ。俺の稼働歴が45年だから、ほとんど同年代だな」


 「プレシアよりは若いんだね」


 「か、母さんはまだまだ若いよアルフ! おばさんじゃないよ! バリバリだよ! ピチピチだよ! ふわふわだよ!」

 必死にプレシアを弁護するフェイト。そのせいか言語が摩訶不思議となっている。

 ふむ、やはり母親がおばさんと呼ばれるのは、娘としては嫌なものなのかねえ。


 「ご、御免フェイト、そうだね、まだまだ20歳後半で通るよあの人は」


 「つーか、若過ぎだろ。“アースラ”の艦長も14歳になる息子がいるシングルマザーだが、どう見ても20代だ」


 「そう言えば、前にトールに見せてもらったあの子のお父さんとお母さんの映像もかなり若かったような………」


 「でも、なのはって子は三人目の子供なんだよね。長男はもう大学生くらいのはず…………」

 ふむ、では。



 「本日の議題を変更しよう、テスタロッサ家、ハラオウン家、高町家の外見年齢と実際年齢の相違に関する考察」


 「………」


 「………」

 沈黙もまた答えなり。

 答えを出したくない問いに出逢った時は、沈黙するのが賢い人間というものである。


 「これは、答えを出さない方が良さそうだな」


 「うん」


 「だね」

 よし、この問題は終了。


 「本題に戻るが、そういった諸々の事情があって、時の庭園が“ブリュンヒルト”の試射実験を行うこととなった。正確に言えば俺がレジアスのおっさんに依頼したんだがな、かかる費用をテスタロッサ家で負担することを条件にしたところ、二つ返事で引き受けてくれたよ。地上本部は予算不足に苦しんでるからなあ」


 「また金かい」


 「お金って、怖いね」


 「くくく、いつも言っているだろう、金の力は偉大なりと。次元航行部隊の行動を金で抑えられるなら安いもんだ」


 「本当に安いのかい、それ?」


 「なんか、目にしたくない額になっている気がするんだけど……」

 リニスの教育方針の賜物か、フェイトとアルフの金銭感覚は実に一般的だ。

 ジュエルシードを探して飛び回ってるときも、フェイトはビジネスクラスでいいと言っていたからな、無論、プレシアに却下され、ファーストクラスはおろか、チャーター機すら散々使ったが。

 だがしかし、金銭感覚は一般的なはずなのに、どこか抜けた部分があるのがフェイトの特徴といったところか。プレシア譲りの頭脳は聡明なのだが、天然の素養もあると見た。


 「?」

 まあ、本人が気付かないから天然なんだが。


 「とにかく、俺達が“ブリュンヒルト”の発射準備をしている間は次元航行部隊は時の庭園にやってこられない。その間にジュエルシード実験の準備も整えて、試射と最終実験を同時に行っちまおうというわけだ」


 「同時にやるの?」


 「色々と事情があってな、それが一番都合がいいんだ」


 「そこは嫌な予感がするから深くは聞かないでおくけど、二つの実験をいっぺんに準備するのは無理がないかい?」


 「そこは問題ない。ジュエルシード実験の準備はもう大半が整っているし、“ブリュンヒルト”の発射準備は時の庭園がここに来る前に地上本部の技術スタッフが済ませてくれた。残っている作業は防衛用の傀儡兵を出すのと、動力炉の“クラーケン”から魔力をどういう割合で振り分けるかの調整くらいだ」


 「じゃあ、これで終わりってこと?」


 「動力炉の調整は時の庭園の管制機である俺か、設計者であるプレシアにしか出来ないから、そこは当然俺の役目だ。だから、傀儡兵が出し終わったらお前達の仕事は終わりになる」


 「……………他にやることはない?」

 この問いは予想通り。

 既に第97管理外世界に散らばったジュエルシードは俺達か“アースラ”が全て回収した。

 俺達が12個、向こうが9個という割合だが、12個もあれば十分だ。最大で14個という予定だったが、無理して集めるほどでもない。

 そして、最終実験は三日後の5月10日、正午の予定、つまりそれまでの間、フェイトがプレシアのために出来ることがなくなってしまう。


 「無いな」


 「そんな………」

 だが、それこそがフェイトにとっては最大の問題だ。

 フェイトは走り続けねばならない、母のため、姉のために頑張り続けねばならない。それが、彼女が生まれた時に託された命題であるために。

 最後の希望であるジュエルシード実験がもし失敗に終わった時、やり残しがあればそれはフェイトを蝕む最悪の毒となる。

 それを、フェイトは恐れている。母親がいなくなってしまうことを恐れてもいるが、それ以上に何も出来ない自分こそが、一番恐ろしいのだ。


 故に―――


 「そうだな、強いてあげるなら、あと2個くらいはジュエルシードが欲しいところだが、残りは向こうに回収されているからな」


 「―――え?」

 少々、誘導させてもらうとしよう。 幼い少女を教唆する、という完全に悪人の行動だが。しかし俺は必要だと判断する。


 「俺達が保有してるジュエルシードは12個、これでも十分と言えば十分だが、万全を期すなら14個欲しいということは知ってるだろ。だがまあ、今となっては仕方ない、12個でも問題はないからな」


 【アルフ、分かってるな?】


 【口裏合わせろってことかい?】


 【黙ってるだけでいい、プレシアもフェイトも、こういう時は自分の世界に入るから、これはもう遺伝としか言いようがないな】


 【そこがちょっと不安なんだよね】


 「あと、二つ………」

 言ってる先から、フェイトが自分の世界に突入した。多分、この状態で人攫いにでも遭遇したらあっさり連れ去られることだろう。

 だがしかし、フェイトの傍らには常にバルディッシュがいる。フェイトが意識していなくとも、バルディッシュがいれば電撃を走らせて人攫いを黒焦げにすることが可能だ。


 【そのために使い魔のお前がいるんだ。それに、プレシアも9歳ごろは一人でぶつぶつ言ってることが多かったが、恋人が出来てからはそういうこともなくなった。心配はない】


 【恋人ねえ】


 【9歳のフェイトにはまだ早いがな】


 【そりゃそうだ、同年代じゃなきゃ犯罪だよ】

 確かに、9歳の少女に交際を申し込む成人男性がいたら、間違いなく“性犯罪者”と呼ばれるだろう。

 政略絡みならともかく、恋愛対象としてなら真性だ。


 「こらフェイト、考え込んでないでまずは手を動かす」


 「え? あ、ご、ごめん」


 「どうしたんだい、フェイト?」


 「ううん、何でもないよ、アルフ」

 何でもなくないのは誰でも分かるだろうな、フェイトは実に分かりやすい。


 【バルディッシュ、聞こえますか?】


 【Yes.】


 【恐らくフェイトは今夜のうちに答えを出すでしょう】


【It is that my master fights her?(それは、彼女と戦うということですか?)】


 【然り。高町なのはと戦い、ジュエルシードを手に入れる。それが目的のはずではありますが、手段となっていることに気づくことはないでしょうね】


【Means and objectives are swapped.(手段と目的が入れ替わる)】


 【高町なのはは、“友達になりたい”という意思をフェイトに伝え、その瞬間に私が邪魔する形で転移魔法を発動させたことで、その答えは宙に浮いたままです。故に、フェイトは高町なのはともう一度会う必要があるのです】


 【You're right calculation.(貴方の計算通りですね)】


 【さて、人の心というものは計算通りにはいかないものです。私は蓄積されたデータに基づいて行動していますが、それにも限界はあります。結局、答えはフェイトが出すしかない】


 【Yes.】


 【そして、この邂逅が彼女らの最後のぶつかり合いとなることでしょう。私が手を貸すことはありませんから、フェイトは貴方だけを供として、高町なのはとレイジングハートの主従と相対することになります】


 【My master is not defeated.(私の主に敗北はありません)】


 【その意気ですよ、バルディッシュ。二人の少女が最後にぶつかり合う場は私とアルフで整えます、貴方はただフェイトの振るう剣として、フェイトを支える杖として、彼女らと存分に語り合いなさい】


 【Yes sir.】


 【それでは、念話を切ります。汎用言語機能を用いてフェイト達と会話しながらの通信は、意外と演算がきついものですね】


 【You are overworked.(貴方は働き過ぎです)】


 【まあ、海では年甲斐もなく無理をしたことは否定できませんね。あと10年もすれば、ああいう無茶は貴方に任せるといたしましょう】


 【I have received.(承りました)】



 「こーら二人とも、とっとと運べい」


 「はいはい、って、アンタはなに寝っ転がってるんだい!」


 「疲れてるんだよ、若者に任せて老人は休むのだ」


 「誰が老人だってのさ」


 「トール、説得力無いよ」


 「ふ、若いものはこれだから………」


 「うっさい! さっさと働け! 力仕事なら男のあんたの役目だろうが!」


 「まったく、犬畜生はこれだから………」


 「誰が犬畜生だああぁぁぁぁぁ!」


 「アルフ、まともに相手しちゃだめだよ!」


 「その通りだZE!」

 ええ、全くその通り、古びたデバイスの戯言をいちいち真に受けては身が持ちませんよ、アルフ。

 と、いけないいけない。バルディッシュと通信した影響か、汎用人格言語機能の処理が遅れている。

 汎用人格言語機能とは、デバイスの思考を人間の思考に近い形へ翻訳する機能を、さらに多目的に拡張したものを指す。

 この思考の翻訳機能を備えたデバイスが“インテリジェントデバイス”と定義される。音声を発することが出来ればそれでインテリジェントデバイスというわけではなく、実際、言語を発する機能を持つストレージデバイスは数多く存在している。クロノ・ハラオウン執務官のS2Uにも音声機能は付いていましたね。


 「吾輩はデバイスである。名前はまだない」


 「ったく、またそれかい」

 とりあえず、ごまかし用のデータベースから幾つか並べたて、その間に汎用人格言語機能を調整しておかねば。


 「まったく、これだから犬畜生は………」


 「やっぱり殺す! 今すぐ殺す!」


 「アルフ、落ち着いて!」




 演算を続行します。



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 今回は説明回ですね長くてごめんなさい、
大仰に「存在しないデバイス」なんてタイトルつけてますが、この上に「本局の公式記録には」という文字がついたりします。



[22726] 第三十話 収束する因子
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/19 15:59
第三十話   収束する因子





新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM0:04




 日付が変わった頃、私はバルディッシュと共に、時の庭園の中央制御室へと足を踏み入れる。

 既に傀儡兵の設置は完了し、“ブリュンヒルト”の防衛戦力は全て所定の位置へ。

 別に明確な敵がいるわけではありませんが、試射実験である以上、敵がいることを想定して行程を進めるのは当然と言えます。

 フェイトとアルフは海での疲れもあり、今は眠っている。

 ただ、本日の夕食は我が主、プレシアが用意してくれたものであり、久々の楽しい晩餐となったようです。


 『我が主ながら無理をする。貴方もそう思いませんか、バルディッシュ?』


 『同意します』


 『あの身体で夕食を用意するなど、無茶をするにも程があります。ですが、頑張っている娘に何かをしてあげたいと思うのも、また母の心なのでしょう』


 『心、ですか』


 『26年以上昔、アリシアが元気だった頃も、どんなに仕事が忙しくとも娘のご飯は全て作っていましたし、夜はいつもアリシアと共に眠っていました。そして、娘が完全に寝付くとベッドから抜け出し、仕事を再開するのです』


 『プレシアがいない時に、アリシアが目覚めてしまった場合は?』


 『それはありえません、そのために私がいたのです。私はアリシアの脳波を観測し、彼女がレム睡眠であるか、ノンレム睡眠であるかを常に把握しており、彼女が目覚めそうになればマスターに連絡を取るのです。もしくは、マスターの音声を用いて“母さんは一緒にいますよ”と囁くかですね。それ以外にも、彼女が病気などにかからないように体調を把握することも私の役目でありました』


 『………それでは、貴方はいつ休むのです? デバイスといえでも休眠状態をとる必要はあるはずです』


 『主が無理をしているというのに、デバイスが休むなどありえませんよ。貴方とてそうでしょうバルディッシュ、フェイトが頑張っている横では休まないでしょう? そして少しでも主の負担を減らすために、私は“母のふり”を学び、実践することが多くなりました。それが今の私の機能へと繋がるわけですが、私に嘘を吐かれていたのは、アリシアもフェイトも変わらないということですね』


 『しかしそれは例え嘘でも、優しい嘘だと思います』

 既に、バルディッシュは中央制御室の端末と接続し、電脳を私と共有している。

 私はこの時の庭園の管制デバイスでもある。故に、時の庭園と接続することは私と接続することと等しい。


 『貴方は中央制御室に訪れたことはなく、中枢端末と接続した経験もないのでしたね』


 『はい、私にとっては最初の経験となります。しかし、本当に私に貴方の代行が務まるのでしょうか?』

 ジュエルシード実験、及び試射実験の残る作業は、“クラーケン”が生み出す魔力を傀儡兵や“ブリュンヒルト”にどのように振り分けるか、その調整のみ。

 この作業は当然私が行いますが、もし不測の事態が生じて私が動けなくなれば、それを代行するのはバルディッシュしかありえません。

 彼はフェイトのために作られたインテリジェントデバイスであるため、管制能力は私に比べて数段劣りますが、その場で必要とされるものは管制能力ではない。

 なぜなら―――


 『ええ、問題はありません。時の庭園内部ならば、彼の助けがありますから』


 『彼?』

 では、対面と行きましょう。


 『時の庭園の管制機“トール”より中枢ユニットへアクセス。管制人格の起動を命じます』


 【了承】

 ホログラムが出現し、同時に薄暗かった中央制御室全体に明るさが満ちていく。


 『これは………』


 【中央制御室へようこそ、私は時の庭園のマザーコンピューター、“アスガルド”。使用目的を入力して下さい】


 『“クラーケン”の起動を命じます。動力炉の出力は40%で維持するように』


 【了解】

 時の庭園の中枢。次元世界でも有数のスーパーコンピューターが高速演算を開始する。

 その演算速度、記憶容量たるや、一介のデバイスに過ぎない私の及ぶところではない。私はこの時の庭園の管制機ではありますが、独立した一個のデバイスでもある。

 大型コンピュータの規模や性能については、この数十年、目立った進歩はありません。

 旧暦の時代に素子の開発が原子単位にまで及んでおり、魔道力学の分野では物理的な問題から、これ以上の大規模化や高速化は難しくなってきている。

 むしろ、性能を維持したまま如何に小型化するか、もしくは耐久性や整備性、そして安全性、新歴以降はそれらの方向に総合的な技術そのものが発展してきている。

 大量の魔力エネルギーを生み出すだけならば、次元航行艦や大規模工場で使用される動力炉が旧暦の時代から存在していますが、それを如何にコンパクトに纏めるかは別の技術。個人での携帯が可能であり、魔力を一時的に増幅させるカートリッジなどは最たるものでしょうか。

 大量生産、大量消費、そしてあらゆるものの大規模化、それが旧暦末期の戦争時代の次元世界を象徴するものであり、新歴時代はそれらからクリーンな方向を目指すところから始まったわけです。

 故に、再利用性や環境への被害の少なさが、製品を評価する際の大きな基準となる。どんなに高性能なデバイスであっても、製造過程で汚染物質を排出するようなものは、今の時代で製品化されることはあり得ない。

 その結果、大戦争時代のさらに前、将が戦場で活躍し、個人の武勇を競っており、それ故に環境に優しかった頃の古代ベルカ時代の技術が再び顧みられているのも皮肉な話です。

 最も、古代ベルカ時代も末期となれば、大地は血に染まり、空は灰色であったという話ですが。

 技術としての発展具合ならば旧暦の後期は古代ベルカ時代よりも進んでいたのかもしれません。しかしそれは、それぞれの世界の資源を食い潰し、ただひたすら人間社会を肥大化させるだけの技術に過ぎず、戦争と悲劇を次々に生み出し、人々に幸せをもたらす技術とはならなかった。

 テスタロッサ家は全員が全員というわけではありませんが、数多くの技術者を輩出してきた家系。そのため、技術に対する訓戒などは数多く伝わっており、我が主はそれらに囲まれながら生きてきた。

 そういった意味で、彼女は生粋の“技術者”なのでしょう。

 そして、彼女の住む時の庭園には“セイレーン”のプロトタイプと呼べる次元航行エネルギー炉があり、“クラーケン”はそれに後付けされる形で追加された。

 その結果、現在の時の庭園は次元航行用の炉心である“セイレーン”と、ブリュンヒルトの炉心である“クラーケン”が混在している。二つの炉心があるわけではなく、一つの炉心が二つに区分けされているというべきか。

 本来ならばありえず、非効率的なはずの設計ですが、ここはテスタロッサの家。

 シルビア、プレシアの二代の天才工学者が工房としたこの庭園は、一般の基準で考えられる機構ではないのです。


 『驚きましたか、バルディッシュ?』


 『はい、マザーコンピューターの存在は知っておりましたが、管制人格を搭載しているとは知りませんでした』


 『そうでしょうね、実は貴方のマイスターであるリニスも、かなり長い間知らなかったのですよ。それに、彼女が“アスガルド”と会ったのは2度しかありませんでしたから、忘れていたかもしれません』


 『なるほど。しかし、“クラーケン”は時の庭園のエネルギー動力炉ではないのですか?』


 『ええ、そうであり、そうでないとも言えますね。現在の時の庭園は“セイレーン”と“クラーケン”を足し合わせた動力炉を備えています。このうち、次元航行には“セイレーン”の部分のみが使用され、ブリュンヒルトの発射には“クラーケン”の部分のみが使用されます』


 『その他の施設や、傀儡兵などは?』


 『それらは両方を炉心とします。片方のみが稼働している状況もあれば、両方が稼働している状況もある。最近は“セイレーン”が稼働することが多くなっていましたが』


 『なぜそのような複雑なことを?』


 『その疑問はもっともです。簡単に言えば、二つの炉心は共振しているのですよ。ジュエルシードが共振することで魔力量を爆発的に増やすように、“セイレーン”と“クラーケン”も互いの出力を高め合う。共振を用いて臨界起動を行えば大規模次元震すら起こせますね、ただ、指向性を持たせるような器用な真似は出来ませんが』


 『なんとも……』

 感嘆しているのか、それとも呆れているのか。

 このシステムを実際に使用している次元航行艦や、機関工場などは存在しない。

 なぜならば―――


 『これは、かつて我が主が開発していた新型次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”が備えるはずだった機能です。彼女の理論には誤りはありませんでしたが、その運用には細心の注意と最新の技術が必要とされました。彼女の研究チームはそれを備えていましたが、アレクトロ社の上層部は安全性を考慮せずに開発を急がせ、あの事故が起こったのです』


 『アリシア・テスタロッサが、脳死状態となった事故』


 『二つの炉心を作るのではなく、一つの炉心でありながら二つの高密度の魔力結晶体を備える。ジュエルシードには及びませんが、次元航行艦の炉心というものは中枢となる魔力結晶体を備えています。しかし、一基の動力炉には一つの魔力結晶体が基本であり、“ヒュウドラ”はそれを覆す新型次元航行エネルギー駆動炉となるはずでした』


 『天才工学者の名は、伊達ではないのですね』


 『ええ、この分野にかけてならばプレシア・テスタロッサを上回る工学者はいないと私は認識しています。しかし、理論は完璧であっても、その機構を実際に組み立てる人間は完璧ではあり得ない。そして、“ヒュウドラ”は中規模次元震を引き起こし、この技術は危険なものとして今でも使用されておりません』


 『では、後に彼女が開発した“セイレーン”とは?』


 『我が主曰く、“従来のものをバージョンアップしただけのもの”だそうです。天才的な閃きではなく、管理局に蓄積されてきた技術を結合する形で作り上げたものであり、“私でなくとも数年後には誰かが作っていただろう”と良く言っていましたよ。まあ、特許や利権は早い者勝ちですがね』


 つまり、“ヒュウドラ”と“セイレーン”は全くの別物。

 “ヒュウドラ”は天才の閃きより生まれたものであり、世の中に広まらなければ、その天才と共に滅びる技術。その性質は芸術に近いものがあるのかもしれません。

 “セイレーン”は積み重ねられてきた技術の結晶、それ故に、いつか誰かが作り出す。本来、エンジニアが作るものとはこういったものであるべきと定義されている。

 技術とは、社会のニーズに応じて向上するもの、社会に還元されない技術には意味がない。


 『そして、現在の時の庭園は“セイレーン”と“クラーケン”によって“ヒュウドラ”を再現しているのですね』


 『ええ、これもある意味で過去との決別なのでしょう。彼女は母であると同時に工学者であり、自分が作り上げた機構を“不良品”とされたままでは死んでも死にきれない。彼女がプレシア・テスタロッサである由縁です』


 『ですが、これは果たして一般に広まるでしょうか?』


 『恐らくないでしょう。確かに生み出されるエネルギーは凄まじいものの、事故の際のリスクも跳ね上がる。管理局のような組織ならば、安全性で勝る“セイレーン”のみを使用するでしょう。これはあくまで、テスタロッサの家である時の庭園のみが備える機構であればよいのです』


 『つまり、彼女でなければ使用が難しいということですね』


 『我が主も、“これは自己満足に過ぎない”と言っておりました。この分野に限らず、天才の作る作品というものは基準を底辺に合わせないものが多い。理論は完璧ではあれども、現実の人間は完璧でない故に、それを活用することができない。過ぎたるは及ばざるがごとし、ということです』


 『貴方ならば、活用できるのですね』


 『私が完璧などとは間違っても言えませんが、私がそのためのシステムであることは事実ですね。最初は我が主の魔力を制御するため、次はアリシアの相手をするため、そして、あの事故の後は、時の庭園の管制と、彼女を現実と繋ぐこと、そして彼女の娘の未来を幸せなものとするために、私の機能は存在しています』


 ああ、思い返せば、長い道のりでありました。


 【“クラーケン”、安定動作に入ります】

 アスガルドから、連絡が入る。予想より3秒ほど早い。


 『了解しました。現状を維持するように』


 【了解】


 そして、沈黙。


 『彼、アスガルドは時の庭園の管制人格と伺いましたが』


 『その通りです』


 『しかし、貴方や私に比べて人格レベルは低いと感じ取れました』


 『それは無理もありません。彼は演算こそが本懐であり、知能は付属品に過ぎない。簡単に言えば、超大型ストレージデバイスが、余ったリソースで人格を形成したといったところです』


 『なるほど』


 『我々、インテリジェントデバイスの母と呼ばれるマイスター・シルビア。彼女が自ら使用していたストレージデバイスに複雑な言語機能を趣味で取りつけたものが、現在のインテリジェントデバイスの始まりですね』


 『古代ベルカのデバイスとは少々異なると認識しています』


 『ええ、それを独自に組み上げ、再現に近いところまで押し上げた彼女の技術は凄まじい。その原点が“ユミル”というデバイスであり、その次に、時の庭園のマザーコンピューターのリソース内で作られた彼、“アスガルド”。それらを経て、プレシア・テスタロッサのために私、“トール”が作られました』

 その後に、26機の弟達が続き、インテリジェントデバイスは一般レベルのものとして認識されるようになる。

 とはいえ、インテリジェントデバイスを使用するのは高ランク魔導師がほとんどであり、一般人に存在は知られていますが一般的に用いられるものではない。その点は古代ベルカ式対応のアームドデバイスも同様ですね。


 『彼の方が先だったのですか』


 『貴方の大先輩ということになりますかね。まあ、彼は電脳を介してしか意思を疎通する機能を持たないので、人間や使い魔にとってはストレージデバイスというか、普通のコンピュータと変わらないでしょう』


 先ほどの会話も、私達が中枢端末と接続していたから行うことができただけ。我が主やマイスター・シルビアに対して、ホログラムの内容を音声で読み上げることは可能ですが、彼自身が考えている内容を言語化する機能がない。

 先程の会話において、彼の意思を言語という形に翻訳していたのは私であり、バルディッシュ。

 よって、自身を含めたデバイスの思考を人間の思考に近い形へ翻訳する機能を持つインテリジェントデバイス以外の存在では、彼の意思を理解することはできないということ。

 本来、0と1の電気信号の羅列に過ぎないそれらを人間の思考に近い形へと変換し、物理レベルの電気信号と概念レベルの思考を繋ぐ、ある種のOS(オペレーティングシステム)。この機能が一定の基準を超えるかどうかがインテリジェントデバイスを定義する境界線となる。

 そういった意味では、“ユミル”や“アスガルド”はその基準の境界線に位置している。現在の基準におけるインテリジェントデバイスと完全に定義されるのは私からになる。

 また、我々とは逆の変換を行うロストロギアが“ミレニアム・パズル”。

 機械の電気信号を人間の思考に翻訳するのが我々インテリジェントデバイスならば、“ミレニアム・パズル”は人間の脳の情報を機械が扱うデータへと変換する。こちらの方が技術的には困難であり、現在の技術では再現不可能な究極のOSといえる。

 “ミレニアム・パズル”の力により、私はリニスの想いを電気信号に変換し保存している。これを応用することで人間の夢と夢を機械によって繋ぐことも可能となり、それ故にミレニアム・パズルは“幻想と現実を繋ぐロストロギア”と呼ばれる。

 それほど、古代ベルカの技術は進んでいたということ。アームドデバイスでありながら、我々と同等かそれ以上のOSを搭載しているデバイスすら存在していたらしい。


――いつかフェイトに子供が出来れば、ミレニアムパズルの幻想空間でリニスと会わせるのも良いかもしれませんね――


 『つまり、“セイレーン”や“クラーケン”などを操作することに彼のリソースはほとんどを割いているのですね』


 『然り。それ故に、貴方でも時の庭園の管制は行えるということです。私のように直接傀儡兵と電脳を共有して操作するようなことは出来ないでしょうが、アスガルドを通して命令することは可能です。極論、人間でも行えるのですよ』


 『つまり、時の庭園の主が直接?』


 『一時期はリニスがその権限を委譲されていましたが、彼女は亡くなりましたので今は我が主に戻っています。とはいえ、マルチタスクを利用しても機械の演算性能に人間が適うはずもありませんから、効率は良くはありませんね』


 『中央制御室においてマザーコンピューター“アスガルド”への命令権を持つのはプレシアと貴方のみですが、実質は貴方一人といえるわけですか』


 『そうなります。そして今回はその権限を持つ者をもう一人増やすために、ここを訪れたわけです』


 『重責ですね』


 『大丈夫ですよ、アスガルドの補助があれば指示を出すだけで全ては動きます。逆に、司令塔がいなければオート機能しか使えなくなり、時の庭園は柔軟性を失ってしまう。必要なものは状況を把握するための貴方の知能なのですよ』

 故に、時の庭園の管制にはインテリジェントデバイスこそが最適なのです。


 『貴方の予備機は存在しているはずですが』


 『無論。私が壊れればそれで終わりなどと、そのようなシステムは欠陥品としか呼べません。しかし、今回行う実験はジュエルシードという未知の要素を持つロストロギアを使用するもの、保険が多いに越したことはないでしょう』


 『ブリュンヒルトの試射には、不安要素はないと』


 『当然。我が主が設計したブリュンヒルトを私が管制するのです、利益を重視する企業の経営陣による、現場を省みない計画に奔走させられたあの時の開発チームとは訳が違う。“ヒュウドラ”の再現は、我が命題にかけてさせませんとも』


 『私も微力ながら力を尽くします』


 『頼りにしていますよ。さて、それでは認証を済ませることと致しましょう、準備はよろしいですか』


 『はい』





新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:14




 『時の庭園の全機能、オールクリア。チェック作業完了、協力に感謝します、アスガルド』


 【感謝不要】

 彼の演算性能の助けもあり、時の庭園の全機能は問題ないことが確認されました。

 “セイレーン”、“クラーケン”、“ブリュンヒルト”、そしてそれらの防衛に就く傀儡兵やその他のオートスフィアやサーチャーなど、電気変換された魔力で駆動するあらゆる魔導機械がこの中央制御室によって操作される。

 そして、私はそれらの管制機。マイスター・シルビアが私に最初に搭載した機能、ユニゾン風インテリジェントデバイスである由縁とはすなわちここにある。

 海鳴市近海でのジュエルシード実験では、海底に設置した“ミョルニル”と補助端末を私が管制しましたが、最終実験では時の庭園全てが私の管制下に置かれる。

 ジュエルシードの個数のみならず、管制の規模においてもあれはまさに予備実験といえるものでした。
 

 『さて、フェイトは既に目覚めて朝食を作り始めていますが、アルフはまだ寝てますね。主よりも遅く起きる使い魔というのもどうかと思いますが、まあそこは良いでしょう』

 そして、我が主は――――


 『しばらくは目覚めそうもありませんね。昨夜あれだけ無理をしたのでは仕方ありませんが』

 既に、彼女にとっては夕食を作ることすら相当の負担となっている。調理の一部には自動機械を用いているにも関わらず。


 『最終実験の開始時刻は明後日の正午、5月10日のPM0:00』

 少なくとも本日中に我が主が目覚める可能性は低い。フェイトが高町なのはと戦うならば、彼女が目覚めていなければならない。

 しかし、遅過ぎると今度は最終実験に支障をきたす。その他の拘束条件を考慮し、最適な決戦時刻を演算。


 『アスガルド、必要な情報を送るので演算をお願いします』


 【了解】

 プロジェクトFATEを進める時も、実際に複雑な演算を行っていたのは彼。

 私はインテリジェントデバイスであり、純粋な演算性能ではストレージデバイスには敵わず、スーパーコンピューターである彼に対しては言うに及ばず。

 しかし、演算するための条件を決定する機能においてならば、どのような機械にも負けることはない。そのために私の知能はある。


 【完了しました。結果を送信します】


 『流石ですね、仕事が速い――――――なるほど、やはり私が簡易的に行った予測と近似しましたか』


 推定された時刻は5月9日のAM7:00頃。

 流石にその頃ならば我が主が目覚めるのに支障はなく、フェイトと高町なのはが最終実験までに一休みする時間も確保可能。


 『つまり、現在よりおよそ24時間後、その時が二人の少女の最後の邂逅となるわけですね』

 時の庭園の管制に関しては、現在やるべきことはすべて終えた。

 準備は完了しており、現状を維持するだけならば私が中央制御室に在る意味もなく、アスガルドに任せておけば良い。オート機能のみならば、彼だけでも十分なのですから。


 『アスガルド、中央制御室は貴方に任せます。もし異常事態でもあれば、私を呼び出してください』


 【了解】

 さて、それでは魔法人形に私の本体を接続し、ここのところ酷使し続けてきたので点検、整備を行い、しかるのちフェイトの下へ向かうといたしましょう。








新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広間 AM7:14




 「うぃーす」


 「あ、トール」

 エプロンを着け、フライパンを手に持ったフェイトを広間にて発見。 ずいぶんと主婦ルックが板についている。将来いい嫁になる事だろう。


 「相変わらず家庭的なことで」


 「やっぱり、ご飯は作った方がおいしいよ」

 一応時の庭園には様々な種類の調理機械があり、材料の補充さえ忘れなければ大抵のものは自動で作られるようになっているが、20年以上使われたことはない。

 あれらが使用されたのはアリシアが事故で脳死状態になってから数年間、リニスが誕生するまでの間くらいだ。

 アリシアが元気だった頃は全てプレシアが作っていたし、リニスが生まれてからはリニスが作っていた。


 「大勢で食った方がうまいってのは分かるし、手作りの方が確かにうまそうではあるな。本日は久々に頂くとしよう」


 「あ、今朝もそのままなんだ」

 現在使用している肉体はリンカーコアを積んでいないタイプの肉体で、2時間に一度は時の庭園の端末に繋いでエネルギーを充填しなくてはならない。

 全金属製で、表面は人肌と同じ質感のラバーでコティングされている代物だ。

 最も初期型といってよく、機能的にはよわっちい傀儡兵なのだが、碌な機能がないことがある面では利点になる。


 「応よ、カートリッジを使わないから、飯を食うことも出来る。たまには皆で食った方がいいだろ」

 食うだけで消化は出来ない、”食べる”というより”入れる”という表現が正しいが、まあそこは勘弁してほしい。

 早い話がこいつは“食事というコミュニケーションをとる”、ただそれだけのための肉体だ。単一機能故に無駄がなく、他の機能を阻害するなどの心配が要らない。

 俺の管制能力を最大限に発揮するには、生体部品や飯を食う機能などは邪魔にしかならないが、そもそも管制機能を使うまでもないような目的の肉体ならば問題はない。

 そして、昨日の夜にこれを使うようにとプレシアから命令があった。この肉体ではまともな管制機能が使えないので、中央制御室に行くときに肉体を取り換える必要はあったが、そんなに手間がかかるわけでもない。


 「うん、そうだよね。ところで、アルフは?」


 「さあて、まだ寝てるんじゃないか、何しろ犬ちくしょ―――ぐえっ」


 「誰が? 何だって?」

 突如として背後から丸太のような腕がのび、俺の首が拘束される。


 「ほーう、丸太ねえ」


 「一つ問いたい、なぜ俺の心が読めるのかな?」


 「逆に問いたい、いちいち心を声にして出すのは何でだい?」


 「そりゃあお前、おちょくって愉しむために決まってるだろう」


 「なーるほど、そりゃそうだよねえ」


 「だろう、それしかありえないって」


 「だよねー、あはははは」


 「バルディッシュ、防壁の展開をお願いできる。せっかく作った朝食が崩れちゃったら嫌だから」


 『yes sir.』



 「やっぱり死ねえええええええええええ!!!」


 「我は不死身なり、このコアがある限り、何度でも蘇る」

 まあ、テスタロッサ家の朝はいつもこんなもん。

 やっぱし、葬式みたいな雰囲気よりは、騒がしい方がいいだろう。

 道化の仮面は、今日も快調に機能している。






 「うまい! うまいですなあはい!」


 「少しは落ち着きな」


 「あはは、トール、ご飯は逃げないよ」


 それで、現在食事中。

 味を感じる機能はないが、視覚情報と材料、そしてフェイトの料理技能を考慮すれば、人間がどのように感じる味であるかを本体が計算することはできる。

 人間の味覚というものは甘さや苦さなど、いくつかの種類の感覚の組み合わせで成り立っており、それらのモデルを構築しておけば、俺は辛党にも甘党にもなれる。ちなみに、現在は辛党気味に調整中。

 そして、情報をもとにそれに応じた反応を返すことは俺の十八番。“嘘つきデバイス”の本領発揮である。


 「しかし、フェイトも料理がうまくなったもんだ。昔からミスは少ない方だったが、普通以上にはならなかったからな」

 工学者であるプレシアの娘だけあって、フェイトは料理をレシピに忠実に作る。

 そのため、初心者の頃から普通に食べれるものを作れたが、そこから上達するのにかなりの時間を費やした。


 「う……どうしても、リニスのレシピから外れるのが不安になっちゃって」


 「あいつが作ったレシピはあくまで初心者用のものだぞ。後はそこから個人の好みや作る人の趣味に合わせて変えていけばいいって言ってたろ」


 「文句が多いね、だったら食うんじゃないよ」


 「嫌だね、出されたものは喰らい尽すのが我が流儀なのだよ」


 「足りないなら、おかわりあるよ?」

 フェイトよ、ここでその返しは少しずれている気がするんだよ、俺としては。


 「うむ、それでは頂こう、持ってきてくれたまえ」


 「は~い」

 微笑みと苦笑いの中間のような表情をしながら厨房へ向かうフェイト。

 やっぱり、フェイトは保母とかが向いていると考えられる。リニスもそうだったし、アイツの影響も強いのだろうが、こういった日常風景において常に気配りを忘れない。

 まあ、9歳の子供がそれを出来るのも微妙なところではあるが、あと5年もすれば小さい子供達から慕われるようになる可能性が高いかな。


 「ったく、よく食うねあんたは」


 「そりゃあな、俺の胃袋の大きさは人間とは比較にならん」

 人間の内臓には食道、胃、小腸、大腸らの消化器官の他に、心臓、肺、腎臓、肝臓など他にも多くの臓器がある。

 だが、この肉体にはそんなものはない。複雑な機構を搭載していないため、腹部は空っぽなのだ。

 そして、ついでだから“あるモノ”を搭載したりもしてみた。


 「? じゃあ、食べたものは全部そのまま胃っていうか、腹の中全体に詰まってるわけかい?」


 「いいや、そうではない。食べ物を粗末にするのも申し訳ないので、こういう機能を付けてみた」

 そう言いつつ、下腹部にある扉をオープン。

 そこには皿が格納されており、その上に鎮座まします物体は――――


 「ぶっ!」


 「ゲ●じゃないぞ、病人用のペースト食だ」


 「え? そ、そうなのかい? どうみても●ロっぽいんだけど…」


 「ちなみに、ペースト食製造機は市販されている。食材を中にいれ、ミキサーに近い方式でペースト食を作り上げる機械なわけだが、こいつは他の器械をベースにしてそれを再現したもんだ」


 「なんつーもんを取りつけるんだい………」


 「食べ物を無駄にしてはいけません。そういうわけで、これらは時の庭園の草花の肥料として活用しているのだよ」

 無駄は良くない、テスタロッサ家の財政は豊だけど、こういった日々の生活での節約や再利用も大事である。


 「お待たせ、はいお代わり」

 そこに、フェイト到着、お盆の上に乗った援軍をテーブルに載せていく。


 「サンキュー♪」


 「………フェイト、ちょっと言いにくいんだけど、そのご飯の行きつく先が」

 微妙な表情をしながらも、フェイトに真実を伝えていくアルフ。

 その間も、俺は食糧をペースト食製造工場に送りこみ続ける。


 「そ、そうだったんだ――――で、でも、おいしそうに食べてくれるだけで、私はうれしいよ」


 「そうか、それは重畳」


 「うん、だから、遠慮しないで食べてっ」


 「了解。ああそれと、こいつにはもう一つ機能があってだな、俺が氷を喰って、さらにシロップを飲めば、この皿の上にはかき氷が出来あがる。こいつはかき氷製造機の特性も備えている、というか、オリジナルはこっちで、かき氷製造機にペースト食を作る機能を加えたという方が正しい」


 ガシャッ

 その瞬間、フェイトが持っていた空の盆を落とした。


 「え? じゃ、じゃあ、私達が夏の頃に食べてたかき氷って――――」


 「ふぇ、フェイト、落ち着こう! 確か、かき氷器と一緒にリニスを買いに行ったことがあったじゃないか!」

 まずはお前が落ちつけアルフ。どんな状況だソレは。

 ちなみに、アルフの言っていることは事実だ。アルフが生まれて間もなく、フェイトも今よりかなり小さい頃、リニスが子供二人を連れて買い物に行った時に購入した品である。そしてまちがってもその店にリニスは売ってない。

 だが―――


 「だ、だけどアルフ、キッチンの一角に確かにあったはずなんだけど、ある時に行方不明になったんだ、あれ」


 「へ?」

 そう、“あれ”は今キッチンの中にはない。

 リニスの目を盗んであれを改造するのには骨が折れたが、この時の庭園内部において、アスガルドと手を組んだ俺に不可能はない。


 「じゃ、じゃあ、あのかき氷製造機は今どこに―――――」


 「さあなぁ、合体したんじゃないのか?」


 「何と!? ねえ何と合体したの!?」


 「ぶはっ!」


 フェイトは頭では分かっているのだが、心では否定したいようだ。そしてアルフが噴き出した、汚いな。


 「ゲホッ! ゲホッ! ゴホッ!」

 しかし、気管にでも入ったのか、思いのほか苦しんでる。


 「あ、アルフ! すぐ水持ってくるから!」

 あいにくと、テーブルの上に残っている飲み物はない。お代りの分も全部俺が飲んでしまった。

 だが、心配無用。


 「大丈夫だ。俺が用意しよう」


 テーブルの上にあったカップを手に取り、口の前に持ってくる。


 「“リバース機能”、ON」

 この身体の中にはペーストを作るための水タンクが小さいながらある、なのでこうして浄水を出すことも出来る。

 ちなみに水を出す管と、口から腹へ送る管は別だから、厳密にはリバースではない。



 ■■■■■■■■■■     (効果音が入ります、音の内容についてはご想像ください)



 「ほれ、水」


 その瞬間、俺の身体は搭載されていない筈の飛行機能を発揮した。ただし、自分の意思で着地することも出来ない欠陥機能だったが。


 「はあ、はあ……」


 「アルフ、お前には“黄金の右ストレート”という称号を贈ろう」

 地に伏しながらも言葉を返す、言語コミュニケーションって便利。


 「いるか!」


 「そんなに興奮するな、またむせるぞ」


 「誰のせいだと思ってんだい!」


 「わがままめ、分かった、じゃあ次は“リバース機能”じゃなくて、“ノーズ・ウォーター機能”で」

 呼吸が必要なわけではないため、鼻の穴の役割は特にない。そのため、液体放出用の穴として利用しているのだが―――


 「コロス……」

 徐々にアルフの精神状態が危険域に達しつつあるのでやめておこう。

 ちなみに、フェイトはというと――――



 「もう、2人ともご飯中に騒いじゃダメだよ。あ、トールはお代わりだったね、今もってくるから待ってて」

 どうやらフェイトの中で、今の数分間は無かったことにしたらしい。








 そんなこんなで朝食が終わり、最終実験は間近でありながらやることはないという、何とも微妙な空白期間が訪れる。

 とはいえ、今頃アースラスタッフは大忙しなのだろうが、そこら辺はまあ容赦していただきたい。


 「ねえトール、あの子は今どうしてるか、分かる?」

 ふむ、予想より早くその質問が来たか。


 「昨夜の内に、高町家に隠密性の高いサーチャーを放っておいたところ、一時的に帰宅しているようだぞ」


 「へえ、よく管理局に見つからなかったもんだね」


 「今だからこそだよ。ジュエルシードが全て見つかった現状、次元航行部隊が第97管理外世界にいる理由はほとんどない。もし俺らがいなければそろそろ帰還準備に入っている頃だろう」

 つまり、彼らには高町家を厳重に監視する必要などないのだ。俺達が高町なのはを襲う可能性は極めて低いと判断されているだろうし、そんなことよりも本局や地上本部との折衝の方でいっぱいいっぱいのはずだ。



 「私達のせいなんだ……」


 「気にしない気にしない。後で臨時手当ならぬ慰謝料でもアースラスタッフに送ってやればいいだけだろ」


 「また金かい」


 「相手は時空管理局で働いて給料もらってる人間だぞ、俺達のせいで休暇が犠牲になったっていうんなら、その辺の補償をすればいいだけの話なのだよ」


 「理屈ではそうかもしれないけど……」


 「んなことよりフェイト、お前は高町なのはの動向を聞いて何とする?」


 「私は―――」

 答えは分かりきっているが、こちらから聞いてやるのが気遣いというものか。



 「――――姉さんと母さんを救うためのジュエルシード実験には、あと2個のジュエルシードがあれば万全って、昨日言っていたよね」


 「ああ、その通りだが」


 「だから―――私は、あの子と戦おうと思っている。互いに見つけたジュエルシードを懸けて」



 ついに、因子は釣り合った。


 高町なのはは既にフェイトを対等に見ていたが、フェイトの方にはまだ、彼女を出来ることなら巻き込みたくない相手という思いがあった。

 だが、フェイトもまた彼女を本当の意味で対等の相手と認識した。ならば、やることは一つ。


 「そうか、だったら止めはしない。全力でやるといいお姫様」


 「あたしも止めないよフェイト、あの子にはすまないけど、主の願いに沿うのが使い舞ってもんだからね」


 「ありがとう、トール、アルフ。それと、お姫様はやめて」


 「よかろう、ならばお嬢様と――――痛いっ」

 いや、本当は痛くはないんだが、人間の条件反射に近い速度で演算を行い、反応を返している。けっこう高等技術なんだよこれ。


 「まったく、アンタは」


 「ああ、それとフェイト高町なのはと戦うのはいいが、準備は万端にしとけよ。昨日はかなりの魔力を消費したんだから、今日中は軽い訓練程度にしておくこと、明日の早朝に決戦ということで」


 「明日の早朝?」


 「最終実験の日程とかも考えるとそこが一番都合いいんだ。先方との連絡はレフェリーの俺とセコンドのアルフでやるから、お前とバルディッシュは試合前のボクサーよろしく、明日の決戦のことだけ考えて調整しておけ」


 「あたしはセコンドかい」


 「向こうにはフェレットの使い魔がセコンドにつくだろうから、バランスはいいだろ」


 「トール、彼は人間だと思う……んだけど……………きっと」

 とは言うものの、フェイトにはユーノ・スクライアが人間である自身がないみたいだ。あのフェレット姿があまりにも板についていたからな。


 「とにかく、細かいことは俺達に任せて、お前は思いっきりやれ、悔いは残すな」


 「分かった」

 これにて、役者の準備は大方整った。後は舞台の準備を整えるのみ。

 高町なのは、彼女がフェイトと全力で戦える状況を作り出すために、最適となる条件をシミュレート。

 ではでは、演算を続行しよう。

==================

 今回も若干説明文くさいですね。オリジナルキャラ(?)登場です。結構物語に関わるキャラ(?)ですが、台詞はほとんど無さそうです。



[22726] 第三十一話 始まりの鐘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/24 07:56
第三十一話   始まりの鐘





新歴65年 5月8日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM11:44



------------------------Side out---------------------------



 「むはあ~~、疲れたあぁ」


 「こらエイミィ、だらけ過ぎだぞ。――――まあ、気持ちは分かるが」

 大型コンピューターから送られる情報の熱烈な求愛を受け続け、流石に疲れが溜まってきた二人。

 トールの予想通り、アースラスタッフは情報の収集と整理に大忙しであり、執務官であるクロノと通信主任であると同時に執務官の補佐官であるエイミィの仕事量もかなり増大していた。



 「うーん、でも艦長はもっと忙しいんだから、根を上げてはいられないね」


 「確かにそうだな、今頃、奴らと火花を散らしている頃かもしれない」



 “奴ら”とは、カプチーノ派閥と呼ばれるエリート達主体の本局内の派閥である。



 「士官学校を出たって面ではあたしらも変わんないのにね、前戦と後方でこんなにも変わるもんなのかな?」


 「僕個人としては、あまり関係はないと思っている。レティ・ロウラン提督のところも後方と呼べるが、あそこに配属された君の同期も奴らとは距離を置いているだろう」


 「そういやそーだった。ひょっとして、クロノ君の同期も?」


 「ああ、あの人は能力主義者だからな、出自に多少の問題があろうが有能な人材はどんどん登用する。逆に、金やコネで士官学校に入ったような連中は誰ひとりとして彼女の下にはいない」


 「うーん、一昔前は、親の財力やコネで士官学校に入るような連中はいなかったって話だけどねえ」


 「これもある意味、平和の弊害というやつか」



 彼らより前の世代の頃は、士官学校の生徒であっても、ロストロギア災害や次元犯罪者と相対する武装隊へ招集されることが珍しくなかった。

 一種キャリアと呼ばれる者達のうち、五体満足で卒業できた者達は50%未満であった時期もあり、社会問題に発展したことも幾度か存在する。

 その頃の士官学校に、エリート志向で自分の子供をやる権力者や金持ちはおらず、殉職した管理局員の子供が士官学校に入る例が最も多かった。



 「んー、少なくとも私達が士官学校にいる時は、一種キャリアだからって現場に出て、高ランク魔導師の犯罪者の相手をさせられることはなくなってたもんね」


 「だが、父さんにはその経験があったと母さんが言っていた。僕もその覚悟を持って士官学校に入ったが、まあ、あの当時の技能で高ランク魔導師の相手なんかしていたら、撃墜されていた可能性が高そうだ」


 「そっか、クライドさんも艦長になる前はクロノ君みたいに執務官をやってたわけだし、彼が若い頃っていったら、新歴50年より前になるのかあ」


 「それでも、その頃には極一部の高ランク魔導師以外が在学中に前線に行くことはなかったらしい。最も学徒動員が多かったのは新歴30年~35年頃という話だ」


 「となると…………ちょうど、レジアス・ゲイズ少将の世代が士官学校や空士学校、陸士学校にいた頃ってことかな」


 「ああ――――今回の事件に地上本部が絡んでいる。そして、その中心が彼、防衛次官であるレジアス・ゲイズ少将、何か繋がりそうな気もするな」


 「ええっと、ゲイズ少将の世代といえば、殉職率が凄い高いよね」


 「その面でも社会問題になったこともあったらしい。だが、それだけにその時代を生き抜き、現在は将官にまで上り詰めている方達は、本当の意味での管理局の重鎮だ。ただ地位が高いだけのエリート組とはわけが違う」


 「その頂点が、かの三提督と。確かに、その時代からずっと管理局員として頑張ってきた人達が汚職に走るとかは考えられないけど」


 「厳しい時代に生きた人達は、それだけに数が少ない、多くの人材が殉職したからな。彼らだけでは数が足りないために、若い者達も将官になる。だが、平和に時代に生まれ、現場を知らずに出世した連中が彼らと肩を並べることが出来るはずもない。僕達だって、彼らから見ればひよっこもいいところだ」


 「うーん、一度現場に出ると、出世して本局に戻るのもなんか部下を見捨てるような気分になるし、佐官にならずに尉官のままでいたいっていう叩き上げの人も結構いるしねえ。遺失物管理部とか、戦技教導隊とかは特に」


 「若い頃から前線で働き続けているそういう方達にこそ、将官になってもらいたいところなんだが、出世するしないは個人の裁量だ。だが、その空席にカプチーノ派閥のような連中が居座っているというのも見過ごしたくはない」

 本局も地上部隊も、そういう面では大差はない。

 二つの組織の温度差を作り出している元凶は、現場を知らないエリート達なのだ。


 「というかそもそも、カプチーノ中将って管理局に来てからまだ10年くらいだよね」


 「元々は次元連盟の別の部局の人間だ。国家間の政治的な問題は基本的に管理局とは切り離されているため、彼はそのつなぎ役だったはず、巨大な後ろ盾を持つ外様、という表現がしっくり来るな。各国政府の要人や聖王教会の上層部とも繋がりがあるらしいし、それを利用して現場を知らないエリート達を吸収し、管理局に根を張ろうとしている」


 「ぶっちゃけると、管理局から追いだしてやりたいんだけど」


 「それは問題発言だぞ、エイミィ」


 「分かってるけどさあ」

 アースラの若きNo2とNo3も、権力争いなどが原因で救うべきものが救えなくなることほど馬鹿げたことはないと考えている。

 いや、彼らに限らず、士官学校出身だろうが陸士学校出身だろうが、現場で働いている者達にとってそれは共通した思いだろう。


 「だけど、そうなると地上本部からの“本局を通さず直接情報をやり取りしよう”っていうのは―――」


 「奴らを介さず、独自に連携しないか、という意思表示かもしれないな。まあ、そこまで望むのは現状では難しいが、少なくとも奴らに出しゃばって欲しくないという面では利害が一致するんだろう」


 「いっそ、次元航行部隊と地上本部で連携して、あいつらを叩き出そう大作戦を展開するとか」


 「それは、君個人の願望だろう。もっとも、それを願うのは大勢いそうだし、僕もその一人だろうけど」


 「だよねー、けど、その中心が時の庭園、というかテスタロッサ家というのも妙な話というか」


 「確かに、彼女らは技術者であって、管理局の運営や組織的な問題点とは無関係の筈だ。だが、プレシア・テスタロッサ、いや、“トール”というデバイスは本局と地上部隊の両方に接触している。これは彼女らにとって何のメリットになる?」

 しばし考え込む二人。


 「あれかな、フェイトちゃんを立派な管理局員にしたいとか」


 「だとすれば、次元航行部隊だけでもいいし、それこそレティ・ロウラン提督と接触しているだろう」


 「そっか、うーん…………ジュエルシードを集めている事実を誤魔化すため、これもないなあ」


 「どれか一つが目的なのではなくて、複合的な可能性もあるか、ジュエルシードを用いた実験から目をそらせつつ、フェイト・テスタロッサの将来のためになり、さらには管理局との繋がりを強化する、とか」


 「あー、なるほど。どれか一つだけだと矛盾する点が出てくるけど、複合的だったらそれが最適ってケースだね」


 「そして、こういう計算が得意なのは、人間よりもデバイスだろう」


 「デバイス、かあ。つまり、例の“トール”が全ての図面を書き上げてる、ってことかな」


 「その可能性はある。ひょっとしたらここで僕達が悩んでいること自体が徒労なのかもしれない、時が経てば彼の計画が明らかになり、僕達はそれに乗っかるだけ、いや、乗っからざるを得ない状況を作り出すのか」


 「これまでの経過を考えると、あり得ると思えてしまうのが凄いね。それに、乗るしかない状況っていったら」


 「選択肢が一つしかなくなるか、もしくは、その選択肢が他のものに比べて圧倒的にメリットが大きく、デメリットが少ない場合、ってとこだろう」


 「うむむむ」

 再び、二人は考え込む。


 「結局、状況がもう一段階動くまでは情報を集めるしかないね」


 「そうなるな。“ブリュンヒルト”の発射実験の時刻も今日中には分かるだろうし、“クラーケン”に本格的な火が入ればアースラのセンサーがそれを捉える。“クラーケン”に関する詳しい情報は地上本部との交渉次第だが、これまでの感触からすると多分問題ないだろう、最終的には臨機応変に動くしかなさそうだけどね」


 「だねえ。あっ、それと、ずっと思ってたことがあるんだけど」


 「何だ?」


 「大資産家の一人娘、つまるところお嬢様なフェイトちゃんが、付き人二人だけで行動していた理由ってなんなのかなって」


 「…………エイミィ」

 真面目な顔から呆れ顔に変化するクロノ。


 「だってさ、時の庭園って個人の所有物としてはあり得ないレベルだよ。その上“ブリュンヒルト”の発射実験の費用を負担してて、他にも不動産とかの利権とかも、ほら、ほら」

 彼女が調べ上げた、公開されているテスタロッサ家の資産状況が次々に表示されていく。


 「株式とかの投資を見ても、これはかなりのやり手だね」


 「技術者であるプレシア・テスタロッサがその辺りをやっているとは考えにくいな。実際、彼女の母であるシルビアは多くの特許を取ってはいたが、それを元手に事業を興すようなことはなかったはずだし」


 「でしょ、プレシア・テスタロッサもアレクトロ社に勤めていた頃は、時の庭園を抜かせば普通の研究者だったようだし、その頃は研究所に近いマンションに娘と一緒に住んでいた。しかし、例の事故の後は人が変わったように金策に励んでいる。その姿、まさに金の亡者」


 「こら、何を言っている君は」


 「でも、彼女は“セイレーン”の開発とかで忙しかったわけだから、やっぱりその辺は全部彼、“トール”がやってたと思うんだ。でもその結果、フェイトちゃんが生まれる頃にはテスタロッサ家の財力は頭が悪いレベルに達しております」


 「まあ、元々利権はたくさんあったんだ。彼女に限らず、有名な工学者という人達はその辺の管理が杜撰なことが多いし、面倒だからという理由でただ同然で売却する例すらあるくらいだ」


 「逆に、“これの権利は俺だけのもんだー”って企業と争うケースもあるけど、有名な工学者ほどそういうことはしないもんね。――――――彼女みたいに、娘が事故で脳死状態になっちゃったっなんてことがなければ」

 エイミィの声のトーンが落ちる。


 「なのは達は、まだ詳しい事情までは知らない筈だな」


 「うん、アリシアという名前のフェイトちゃんのお姉ちゃんがいて、彼女が脳死状態になった事故での裁判では、プレシアさんが勝っていることまでは教えたけど」


 「それ自体も非常に珍しいケースだ。勝訴できた事例はほとんどない」


 「でも、そこでの賠償金とかもその後のテスタロッサ家の財力的飛躍の元手になっているから、やっぱりフェイトちゃんはお嬢様として生まれるべくして生まれたんだね」


 「まだ拘るか」


 「なのはちゃんも聞いたらびっくりすると思うよ。まさか、フェイトちゃんは大金持ちのお嬢様でした、庶民の貴女とは住む世界が違う御方なのです。だから、残念だけど貴女とはお友達になれないの!」

 仕事の疲れのせいか、テンションがどんどん上がっているエイミィ。



 「………なのは達がアースラに居なくてよかった」


 「帰ってくるのは明日の朝だったっけ?」


 「ああ、ひょっとしたらその間にフェイト・テスタロッサから接触があるかもしれないな」


 「“友達になりたい”って、伝えてたもんね、なれるといいなあ」


 「そう思うならまずは一分前の自分の頭を殴ることだな。それと、この状況で彼女らがなのは達に危害を加えるとは考えにくい、もし動くとしたら、個人的な理由になるだろう」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんは、地上本部や本局の問題とは無関係だしね」


 「そういうことだ。さて、ほったらかしにしていた僕達の恋人がそろそろ求愛してくるぞ」


 「ああ~、私としては節度あるお付き合いをしたいところなんだけど」


 「無理だろうな、放置するとストーカーになって四六時中追われることになる」


 「ええい! やったるぜいコンチクショー!」


 「その意気だ。僕も執務官としての仕事に戻る」





------------------------Side out---------------------------






新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 PM2:44




 「さて、そろそろ行くか」


 「行くって、どこに?」


 「無論、高町家」


 「はあ!?」

 俺の言葉に予想通りの反応を返すアルフ。

 ちなみにフェイトはバルディッシュと共に飛行訓練の最中。

 基本的にフェイトは魔法の訓練ならどんなものでもそつなくこなすが、飛行訓練は他のどれよりも楽しそうにやる。


 「そういえば、リニスがいる頃も一番やってたのは飛行訓練だったな」


 「急に話題を変えるなっての、まあ、確かにそうだったね。あたしは元が陸の獣だから飛行までは出来ても空戦は無理があるけど」


 「その点、リニスは山猫が元でありながらオールマイティと言えたか、その代わり獣形態になることは出来なかったが」


 「そうだね、でも、あたしもフェイトも、魔法は全部リニスから習ったから」

 物想いに沈むアルフ、何だかんだでリニスが今はいないことが寂しいのだろう。


 「お前も寂しいか」


 「そりゃあね、寂しくないわけがないじゃないか」


 「そうか、ならばこそ、新たな出会いを見つけるべきだ。大切な人を失ってしまったなら、同じくらい大切な人を得なければ帳尻が合わない」


 「そう簡単なもんでもない、ってアンタに言っても仕方ないか」


 「そりゃあな、何しろ俺はデバイスであるが故に」

 人間の心が複雑なのは分かり切っているが、とりあえずは近似解を求めねば、仮説すら立てられない。


 「だが、そうだな、フェイトは飛行訓練が好きか」


 「うん?」


 「いやなに、これから戦う予定の少女を観察していたのは俺だが、そっちの方も飛行訓練をしていると気が一番楽しそうだったのを思い出した」

 思い出したという表現は正確じゃないがな、記憶領域から参照したというのが正しい。


 「へえ、結構似てる部分があるんだね」


 「というか、かなり似てる。一度決めたらどこまでも真っ直ぐ進むところとか、不器用なところとか、表面的な性格には差異が多いが、深い部分ではそっくりだ」


 「アンタ、以外と良く見てるんだ」


 「俺を侮るな、人間の心を理解するようにプログラムされたデバイスだぞ。学習したデータ数は半端ないのだよ」

 先代の“ユミル”や弟達から引き継いだものが多いから、俺だけのものではない。しかし、それだけにデータ数は充実している。


 「んで、最初の議題に戻るが、決闘のメッセンジャーとして高町家に行くぞ」


 「まあ確かに、冷静になって考えれば、直接行くしかないってのは分かるけど」


 「遠見市のマンションの機能は未だに健在だからな。あそこに転移してから普通に歩いて向かえばいい。お前の足なら余裕だろ」


 「あたしのって、アンタは?」


 「俺は今回肉体はなしだ。本体は中央制御室にいるから、分身ともいえる端末をお前が高町なのはに届けてくれればそれでいい、後の交渉は俺がやる」

 俺は管制用のデバイス。故に、リソースを他の機体に分けて操作することは得意中の得意だ。

 それに、俺がメッセージを伝える相手は“彼女”だ。故に、肉体は必要ない。


 「なるほど、まああたしは口が達者なわけじゃないからその辺は任せるけど、フェイトには伝えなくていいのかい?」


 「今ちょうどバルディッシュが伝えてるところだ。そろそろ念話でも飛んでくる頃だろう」

 と俺が言った5秒後。


 【アルフ、トール、気をつけてね】

 案の定、念話が飛んできた。


 【アイアイサー、名レフェリーと名セコンドに任せな。必ずやチャンピオン高町なのはと挑戦者フェイトのタイトルマッチを実現させよう】


 【いや、対戦を決めるのはレフェリーじゃないし】

 アルフの知識も本当に増えたものである。






新歴65年 5月8日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 PM3:16




 「それで、どうするんだい?」

 遠見市のマンションに設置した転送ポートを用いて時の庭園からやってきた俺達。

 俺の本体は時の庭園の中央制御室にあり、そこからアスガルドの演算能力を借りて俺の分身となる端末にリソースを割いている。

 ジュエルシードを探索する際にも俺自身は海鳴市に降りず、時の庭園から人形を操ることも可能であったが、それでは魔法が使えないという欠点がある。サーチャーやオートスフィア程度ならば問題ないが、魔法戦闘型の本領を発揮させることは不可能。

 魔導機械を操る管制機としての性能を最も発揮できるのはやはり、回線を物理的に直結した場合だ。例えスーパーコンピューターの演算性能を借りたとしても、遠隔操作では限界がある。


 「なあに、準備は出来ている。まずは押し入れの中のダンボールを出すべし」


 「ダンボール?」


 「そこに高町なのはをおびき出すための秘密兵器が入っている」


 「秘密兵器ねえ、ダンボールの中からゴキブリでも出て来た日にはアンタを下水溝に放り込むよ」


 「………ちっ」


 アルフも鋭くなったものだ、フェイトだったら容易く引っ掛かってただろうに。


 「やっぱりかい、で? 死にたくなかったらとっとと本題に入りな」


 「方法は簡単だ。夕方の4:30に海鳴市の臨海公園に行けばいい、そこで高町なのはは待っている」


 「何だって?」


 「高町なのはは携帯電話を持っている。そして、俺はちょっとした大人の事情によって、この国で使えるパソコンやアドレスを手に入れた。彼女のメールアドレスは高町家を監視している時に入手しておいたからな、メールを打つだけで簡単に呼び出せる」


 「いつの間にそんなことを………」

 驚くアルフだが、別に難しいことでもない。

 第97管理外世界の日本という国の海鳴市。ここをジュエルシード実験の舞台にすると決めた時から、どんな状況にも対応できるように準備を進めていた。

 主なものは時空管理局に対するものだが、現地の治安維持組織との兼ね合いなども当然考える必要はある。そのために、このマンションを拠点にする際も正規の手段を用いて契約したのだから。無論、戸籍などのことを誤魔化すために色々苦労はした。換金するためにも手続きは色々と必要だったが、決まっていることをこなすのはデバイスの最も得意とするところ。

 そして、この世界においては魔法を用いない機械文明が発達している。その発展具合はミッドチルダを始めとする主要管理世界と比較しても遜色ないレベルであり、魔導力学を用いずにここまで高度な機械技術を築き上げた例はそれほど多くない。

 ならば、現地の優れた情報伝達手段を利用しない手はない。ミッドチルダの機械製品は大半が電気変換された魔力で動く魔導機械だが、第97管理外世界固有の機械を使って連絡を取るならば時空管理局にも察知されにくい。


 「この世界の機械はかなり進んでいる。魔力を使ってないから俺が管制することは出来ないが、普通に使うことは出来るからな。ここにあるミッドチルダ製の情報端末に時の庭園からメールを送り、それをこちらの純粋電気機械用に変換して、こっち製のパソコンに送る。そしてパソコンは高町なのはにメールを転送するというわけだ」

 これも全て、第97管理外世界において情報ネットワークが発達していたからこそ出来たことだ。


 「なるほど、何ともデバイスらしい手段だね」


 「だろう、後はお前が臨海公園で高町なのはに“俺”を渡してくれればそれでいい、後のことは俺がやる」


 「了解。でもさあ、アンタはさっき高町家に行くとか言ってなかったっけ?」


 「俺は嘘つきだからな、それに、あの万魔殿を直接訪問するのはなかなかに遠慮したいぞ」


 「万魔殿?」

 高町家、またの名を、人外一家。


 「とにかく、現段階では直接行くべきではない。もし勘違いされた日にはコンクリート漬けにされて海に沈められるぞ、ジュエルシードのように」


 「なんでそこでジュエルシードが出てくるのさ」

 そうか、アルフはあの恐ろしい光景を見ていないんだったな。


 「まあとにかく、高町なのはを待たせるのもまずいからさっさと向かう」


 「はいよ、でもなんか、おつかいさせられてる気分だよ」


 「アルフちゃん、高町さんちのなのはちゃんに僕を届けてあげてね?」


 「ゴミ箱は………」


 「御免なさい、許して下さいませアルフ様」


 「とりあえず、臨海公園に着くまで黙ってな」


 『Yes.』


 「って、何でデバイス口調なのさ」


 『………』


 「トール?」


 『………』


 「ねえ、トール」


 『………』


 「ひょっとして、臨海公園に着くまで黙ったまま?」


 『………』


 「おーい」


 『………』


 「……なんか、虚しくなってきた。さっさと行こ」





新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM4:28





------------------------Side out---------------------------



 「えっと、午後四時半だよね………よし、間違いない」

 高町なのは、彼女は自分の携帯電話の画面を覗き込みながら、2時間ほど前に受け取ったメールの内容を確認していた。


 「気を付けてなのは、フェイト達だったら危険はないと思うけど、彼は何をするか分からないから」

 そして、傍らにいるユーノはフェレットの姿を取り、周囲に位相をずらすための結界を張り終えていた。


 「とりあえず結界は張ったから、魔導師じゃない限りここには入って来られない。何かあっても関係ない人が巻き添えになることはないと思う」


 「ありがとう、ユーノ君」


 「でも、クロノ達に連絡しなくて本当に良かったの?」


 「うん、これは、私とフェイトちゃんのことだから、クロノ君達に迷惑はかけられないよ。それに、凄く忙しそうにしてたし」

 トールというデバイスが高町なのはという少女に送ったメールの内容とは、

 ≪フェイトは、貴女の言葉への答えを出すために貴女との邂逅を望んでいます。その目的と日時を伝えるために、本日のPM4:30、臨海公園にてお待ちします。貴女がフェイトを友達と想ってくださるならば、お越し下さい≫

 というものであった。 その文面は彼らが知る”怪人”のイメージとかなり違っていたので不信に思ったが、フェイトに関わることを、なのはは無視することは出来なかった


 「確かに、皆忙しそうだったし、エイミィさんも僕達を見送った後すぐ仕事に戻るみたいなことを言っていたっけ」


 「だから、とりあえずは私達だけで会ってみよう。連絡するのはそれからでも遅くないよ」

 ジュエルシードが全て集まると同時に、アースラは地上本部と本局との折衝のために慌ただしくなる。

 その作業に二人の民間協力者を関わらせるわけにはいかないため、一時的に二人は高町家への帰省を許される。だが、聡い二人のこと、アースラの人員が多忙であることはその間の僅かの間に理解する。

 そして、その状況で第97管理外世界の携帯メールでの連絡が来れば、この二人ならばまずは自分達だけで接触を試みる。人の心を学習し、理解するデバイスはそう予測した。彼が“アスガルド”に依頼した演算とは、それらの要素も鑑みてのものであった。

 元々、他人を巻き込むことや他人に迷惑をかけることを嫌う面でなのはもユーノも同様であり、さらに二人とも責任感が強いため、時としてはそれがマイナスに働く面も存在する。

 あと数年もすれば、様々な経験から人に頼るべきときを彼女らも理解するだろうが、幼い今はまだその域にいない。そこを、人心掌握に長けるデバイスは正確に突いたのだ。


 故に―――


 【私達の要望にお応えいただき、感謝いたします。高町なのは、ユーノ・スクライア】


 ”アズガルド”の演算通りであり、かつ、理想的な展開。

 アースラスタッフは時空管理局内部のことで手一杯になっている状況で、高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人の少女の道が交差する。

 そのために、彼らは果てしない演算を繰り返してきた。



 「これは………」


 「念話? ひょっとして、あの時の―――」

 二人の脳裏に蘇るものは、怪樹事件において謎の怪人からいきなり念話を受け取った時の光景だった。

 しかし―――


 【覚えていてくださいましたか、私は、フェイト・テスタロッサの母親であるプレシア・テスタロッサのインテリジェントデバイス、トールと申します。以後お見知り置きを】


 「えっと………あの時のヒト?」


 「なん……ですか?」

 現在届く念話の主と、あの時の怪人のイメージが、どうしても符合しない二人だった。

 そもそも、念話というものは声帯を震わせて行うものではないため、声紋照合のような真似は出来ない。

 そのため、念話の声とは個人のイメージによって再現され、その際には受信側のイメージもかなり重要になる。

 例えば、3年前に10歳であった親戚の少年と会う約束をしており、迎えに行った先のターミナルでその少年から念話を受け取ったとする。

 声変わりの時期を迎え、その少年の声がかなり低くなっており、彼の現在のイメージにおける自分の声を以前と同じ口調のまま送ったとしても、受信者のイメージによってそれは過去の声に変換される。実際に会い、そのずれを修正しない限りは。

 初対面の場合は、元となる先入観が無いので、送信者の”自分の声のイメージ”がそのまま伝わるが、すでに知っている人物との久しぶりの念話の場合は、そういったイメージの齟齬が起きる。

 そして、なのはとユーノは現在受け取った念話の口調と、過去の怪人の口調を脳内で等号で結ぶことが出来なかった。

 そのため、念話の相手が誰かを知っているのに、全く初対面の人物から念話を受けた状態になった。

 以前の“怪人”のときの声は、彼女らが目撃した姿の通り、若い男性のものとして聞こえたが、現在送られてくる念話の声は、落ち着いた老人の声に聞こえたのである。

 執務官であるクロノであっても、表面にこそ出さなかったが、”怪人”と”トール”のイメージの違いに内心戸惑っていたのだ。


 【はい、あの時は無礼を働き、申し訳ありませんでした】


 「い、いいえ、こちらこそ」


 「べ、別に気にしてませんから」

 なのはとユーノの二人は、基本的に礼儀正しい。

 そのため、クロノやエイミィにように歳が近い場合や、リンディのように若々しい外見ならばともかく、落ち着いた老人の声に対してはどうしても緊張してしまうのだった。


 【それほど畏まられても困りますが、とりあえず、音声での会話に切り替えるべきであると提案します。10メートルほど右に在るベンチの上をご覧ください】

 声に応じて二人が視線を向けると、そこにはカメラを入れるようなケースを咥えた大型犬が座っていた。


 「アルフさん!」


 「君は!」

 驚く二人に対して一礼した後、大型犬は咥えていた物体をベンチの上に置き、そのまま後ろに下がる。


 『おふた方、私の声が聞こえますか?』


 「あ、は、はい!」


 「ええ、き、聞こえます」


 『そこまで緊張なさらずともよろしいのですよ、ともかく、改めて挨拶を、私はインテリジェントデバイスの“トール”と申します』

 二人がベンチの上に近づくと、そこには透明なケースに収められた紫色のペンダントが存在していた。


 「レイジングハートとは少し違うみたいけど……」


 「確かに、デバイスだね」


 【ご理解いただけましたか?】


 「な、なんとか」


 「とりあえず、貴方がデバイスであるということは分かりました」


 【ありがとうございます。ですが、ここで一つお詫びを、このデバイスは確かに私と同じ規格であり、外見も同じなのですが、私の本体ではありません。通信機能と電脳空間への接続機能のみを備えた端末なのです】

 その言葉に、二人が返した反応は―――


 「???」


 「あ、そうなんですか」

 実に対照的なものであった。どちらがなのはでどちらがユーノかは語るに及ばない。


 『Master, There is my replica if I compare him to me, and I handle it. It is mean.(マスター、彼を私に例えるならば、私のレプリカが存在し、私がそれを操っている。ということです)』

 そして、主の魔法に関する知識不足を補うのは、相棒であるレイジングハートの役目でもあった。


 「あ、なるほど」
 

 『貴女は実に主人想いの良いデバイスですね、レイジングハート』


 『Please do not flatter.(おだてないでください)』


 『いえいえ、バルディッシュも貴女のことを高く評価していました。寡黙な彼にしては珍しく、貴女に負けてはいられないと張り切っておりましたからね。これも、若さの成せるものでしょうか』


 『I can agree on the mark that is not yielded to each other.(互いに負けられない、その点については同意できます)』


 『素晴らしい、ライバルという存在がいるのは良いことです』


 『It is surely so. However, you? (確かに、ですが貴方は?)』


 『私は年寄りです。ライバルとの競争心を滾らせるような年齢ではありませんよ』

 とまあ、デバイス同士が交流に励んでいる頃。


 【ねえユーノ君、レイジングハートってこんなに話したっけ?】


 【ええっと、どうなんだろう?】

 意外と話が弾んでいるデバイスに若干置いて行かれながら、なのはとユーノも念話で密かに会話していた。


 『申し訳ありません、高町なのは、少し話し込んでしまいました』


 『sorry,my master.(申し訳ありません、マスター)』


 「大丈夫、気にしてないよ」

 だが、彼女たちは気付かない、いつの間にか緊張がなくなっている自分に。トールというデバイスが、レイジングハートと話し込むことで、彼女が心を落ち着かせるための時間を意図的に作り出したことを。

そしてレイジングハートもトールの意図に気づき、年若い自らのマスターのために会話に乗ったことも。


 『それでは、本題に入りたいと思います』


 「はい!」

 そして、なのはの心の準備が整った段階で。


 『我が主の息女、フェイト・テスタロッサは貴女と心の底から語り合うことを望んでいます。互いの持ち得る全てを懸けて』


 「えっと………それはつまり」


 『互いの持つジュエルシードを賭けて、貴女と勝負を行いたい。手加減なしの、本気の勝負を。それが、フェイトの意思であり、貴女の言葉に対しては答えを出すには、フェイトにとって避けては通れない道なのです』



 テスタロッサ家に仕える旧きデバイスは、二人の少女の始まりの鐘を鳴らしたのだった。





※一部S2U、レイジングハートの記録より抜粋


==================

 少々更新が遅れました。念話の設定は捏造です、こうじゃないかなーと思ったオリジナルです。分かりづらかったらごめんなさい。なのはたちの中で、聞こえてくる声=あのときの怪人にならなかったということを表現したかったんです。



[22726] 第三十二話 魔導師の杖 閃光の戦斧
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2011/01/12 19:18



第三十二話 魔導師の杖 閃光の戦斧






新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM4:41





 『フェイトの戦う理由、ですか?』

 本会談の目的であった対戦、いえ、決闘の申し込みに対する高町なのはの答えは予想を裏切るものではありませんでした。

 ちなみに、ユーノ・スクライアは気を利かせて後ろに下がってアルフと話しています。使い魔同士、積もる話もあるのでしょう。


 「はい、フェイトちゃんがなんでジュエルシードを集めているのか、どうしてあんなに悲しそうな顔をしているのか、私には分からないんです。でも、貴方なら、理由を知っているんじゃないかと」


 『否とは言えませんね、貴女が推測した通り、私はその理由を把握しています。ですが、お伝えしてもよろしいのですか? フェイトは貴女に“今はまだ話せない”と口にしていました。それはすなわち、いつかは伝えたいという意思表示でもありましょう』

 私はその理由を伝えるためにここにきた。しかし、高町なのはに確認を取る必要はある。


 「私も、そうだったらいいなって思ってました。だから、フェイトちゃんと友達になりたいって思ったんです」

 少々、過程が抜けている気もしますが、そこを指摘するのも野暮というものですね。


 『そのことについては、感謝の言葉もありません。そうですね―――――確かに、フェイトが自分で貴女に伝えたい言葉はあるでしょうが、それは彼女がジュエルシードを求める理由そのものではないはず、フェイトの主観を省いた客観的事実でよければお答えすることは可能かと』


 「お願いします!」


 返答を確認。次のフェイズへと移行します。


 『では、語ると致しましょう。細かい内容に関しては述べず、フェイトがジュエルシードを集める理由に直結する部分のみを厳選してお伝えします。それでよろしいですね?』

 アレクトロ社との訴訟や、プロジェクトFATE、“レリック”を元としたアリシア蘇生用の結晶の精製、複雑な事象が絡んではいますが、そのあたりは現在の彼女たちにとって関係ない話でしかありません。


 「はい、構いません」


 『礼儀正しい返答に感謝を。まず、概略を述べるならば、フェイトは母親と姉のためにジュエルシードを集めています』


 「フェイトちゃんのお母さんとお姉さんですか?」


 『然り、フェイトの姉であるアリシア・テスタロッサ。彼女が26年ほど前に事故により脳死状態に陥った。そのことに関しては御存知ですか?』


 「あ、はい。リンディさん達に少し聞きました」


 『なるほど、ならば話は早い。フェイトとアリシア、二人の姉妹の母である我が主プレシア・テスタロッサ。彼女はこの26年間、アリシアを脳死状態から復活させるための研究を行って来ましたが、その研究は彼女の身体に大きな負担をかけ、今、プレシアの命も危うくなっています』

 そこにも様々な事情がありますが、とりあえずポイントだけを絞って伝えましょう。


 「え? じゃ、じゃあ、フェイトちゃんのお母さんは………」


 『一言で言うならば、危篤状態に近い。フェイトには可能な限り隠していますが、既に一日の大半は眠っているのが現状です。私の本体が時の庭園にあるのも、彼女から離れるわけにはいかなくなってきたことが大きな原因です、フェイトに看病を任せるわけにもいきませんので』

 ここは、虚言を弄しましょう。本当の理由は“ブリュンヒルト”発射実験の管制機としての役割を果たすためですが、それを彼女に伝えることに意味はありません。


 「でも、だったら何でフェイトちゃんはジュエルシードを?」


 『その疑問は尤もです。ですが、思い返して下さい。確かにジュエルシードは現地生物と融合し、モンスター化する事例が多く、海では自然災害クラスの暴走を起こしました。しかし、正しく願いが叶えられたケースも存在していたはずです』


 「えっと……………ひょっとして、あの子猫ですか?」


 『ええ、貴女とフェイトが最初に出逢った時のジュエルシード発動例、あの時は子猫の“大きくなりたい”という願いを反映する形でジュエルシードが発動しました。ならば、“母と姉を助けたい”という願いを託すことも可能ということです』


 「つまり、ジュエルシードを、お母さんとお姉ちゃんを助けるために使うんですね」


 『簡単に言えばそうなります、海で4個のジュエルシードを同時に発動させたのもそのための予備実験といえますね。本番においては10個を超えるジュエルシードを発動させ、フェイトは母と姉の治療を願う。ですが、制御に失敗すれば最悪、時の庭園ごと次元震に飲み込まれることでしょう。無論、フェイトもろとも』


 「次元震………」

 高町なのはの反応より、彼女が次元震に関する知識をアースラクルーより得ていると推察、詳しい説明は不要と判断。


 『確かに危険は伴いますし、時空管理局としてはそのまま見過ごすことが出来ない種類の実験であることは間違いありません。そのため、我々は時空管理局と距離を置きながらジュエルシードの回収を行って来ました』


 「で、でも、言ってくれたら私も協力していました!」

 ええ、貴女ならばそう答えてくれるだろうと、バルディッシュも言っておりましたね。


 『申し訳ありません。ですが、フェイトのためにはどうしても必要なことだったのですよ』


 「え?」


 『フェイトが7歳の頃、ある事情で彼女は母の容体を知りました。姉を治療するための研究を母がずっと続けていることは以前から知っていましたので、それまでも彼女はほとんどわがままを言わず、甘えることもほとんどなく過ごしてきました』

 フェイトにはリニスがいてくれましたし、アルフもいましたから寂しいという感情は薄かったかもしれません。

 ですが、母の愛をもっと受けたいと思っていたのは事実。しかし、それをフェイトは押し殺していた。誰に強制されるわけでもなく。


 「………フェイトちゃん」

 そして、その心を誰よりも理解してくれる存在とは、今私の前にいる少女に他ならない。

 高町なのは、貴女こそ、フェイトと同じ気持ちを共有してくれる唯一の存在なのだから。


 『当時から彼女の魔法の才能は凄まじいものでしたが、それでもやはり7歳の子供。母が苦しんでいる現状に対し、何も出来ない自分をどのように思ったかはご想像下さい。私としては、子供がそのようなことを考えてしまうことこそが一つの悲劇なのではないかと考えますし、母としてプレシアに問題がなかったとは言い切れないでしょう』


 さて、この入力に彼女はどのような出力を返すか―――


 「悲劇だなんてことは…………ありません」


 『高町なのは?』


 「自分で……選んだことなんです、せめて、迷惑をかけない子でいようって、だから、そのことでフェイトちゃんはお母さんを恨んだりなんて絶対しません。お母さんが悪いなんてことはないです、ただ、巡り合わせが悪かっただけで」

 やはり、鏡ですね。

 彼女は今、“高町桃子は問題のある母親だった”と言われた場合と同じ気分を味わっている。

 仮に、フェイトが高町家の事情を知った上で、同じように高町なのはの境遇を聞いたとしても、同じ反応を返すでしょう。


 『申し訳ありません、高町なのは。貴女の気分を害するつもりはなかったのですが』

 私は虚言を弄する。彼女が気分を害することが分かった上で、彼女の精神モデルを確認するために私は先の言葉を入力したのだ。

 私の言葉が入力となり、彼女は反論という名の出力を示す。そして、それを元に“高町なのは”というモデルの状態遷移確率にアルゴリズムを用いて修正を加える。

 初期モデルとして“9歳の少女”というものは用意されており、私が行って来た高町家の観察記録、さらにはフェイトとの交戦記録などから、彼女という特性を表す要素をモデルに加え、“個性”というものを確立していく。

 機械の学習作業とは概ねこのように行われる。その効率を良くするための手法は情報工学分野の工学者達が日々研究を重ねていますが、現在において、シルビア・テスタロッサが提唱した手法以上のものは発表されていない。

 それ故に、彼女は“インテリジェントデバイスの母”と呼ばれる。人間心理をデバイスが学習するプログラムを組みあげ、その分野の礎を築いたがために。


 「あ、ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ」

 そして、彼女のこの反応も予想通りであると同時に、モデルをさらに向上させるための出力となる。人の心を学習するインテリジェントデバイスである私は、周囲に存在する全ての人間に対し、常に学習機能を働かせている。通常のインテリジェントデバイスならば主に対してほとんどが費やされますが、私の場合主のみではない。

 フェイトやアルフとの日常の光景も、我が主と過去を語らう時も、この機能は常に発揮され、私は演算を続ける。そして、モデルに登録されている全ての存在が、我が主に害をなすかどうかの仮定と、その際の対処法も。

 高町なのはも、アルフも、無論フェイトですら、“我が主に害を成し得る存在”という面ではなんら変わることはありません。主の命令があるならば、私は彼女らを殺すことすら躊躇うことはない。

 ですから、フェイトには貴女が必要なのですよ、高町なのは。

 プレシア・テスタロッサのためのデバイスである私は、どうあろうとも彼女を支える存在にはなり得ない。アルフもまた、使い魔である以上は、フェイトと同じ視線となることはない。

 そして、バルディッシュはフェイトのために作られたデバイス。しかし、人間が人間らしく生きるには、それだけでは足りない。因子が不足している。

 フェイトには、絶対に貴女が必要なのです。


 『お気になさらず、ともかく、今はフェイトのことを考えてあげて下さい』


 「あ、は、はい」


 『それでは、話を戻します。フェイトを捕えている心の檻、それはすなわち、“母のために何かをしなくてはいけない。しかし、その行き先が見つからない”その一言に集約することが出来ます』


 「!?」

 彼女の驚愕も当然、なぜならそれは、レイジングハートと出逢うまで、高町なのはを捕えていた檻でもあるのだから。


 『そして、母が既に研究を進められる容態ではなくなった8歳の頃から、フェイトはジュエルシードの探索を開始しました。“願いを叶えるロストロギア”が、母と姉を救う最後の希望であると信じて、身近な人々のためにジュエルシードを集めるという面では、貴女と同じといえるかもしれません』


 「………たぶん、想像できます、フェイトちゃんの気持ちが。完全に分かるなんてきっと誰にも無理だと思うけど、それでも―――」

 その言葉、ぜひともフェイトに伝えて欲しい、例え、今は届かずとも。


 『そして今、回収できる限りのジュエルシードが集まり、最後の実験のための準備は私の本体が進めております。そのため、フェイトは今、心の奥からせり上がってくる不安と戦っていることでしょう。ジュエルシードを探すという目的とそのための行動を起こしている時は忘れていられるそれは、ふとした拍子に彼女の心を苛んでいく。これが過剰となった人間は鬱状態に陥ることがあり、最悪の場合、精神死の可能性すら否定できません』

 これは極端な例ですが、事例が皆無というわけでもない。そしてこれこそが、フェイト・テスタロッサという少女の抱える闇であり、彼女が己のための人生を生きていないがために発生するバグ。

 彼女が母と姉のために生きようとする限り、その命題を果たせなくなる状況は彼女を内側から苛み続けることとなりましょう。

 ですが、その生き方はいけないのですよフェイト、それが出来るのは我々デバイスだけだ。

 デバイスには不安などない、命題を果たせなかった時のことなど考えない。それは、考える必要のない事柄、リソースの無駄でしかないのですから。

 しかし、本当に似てしまった親子なのですね、我が主とフェイトは。

 主もまた、“アリシアのためだけに行動する”という命題、いえ、誓言というべきでしょうか、それを自分に定め、反することが出来なくなってしまった。それを僅かながらに変えさせたのは他ならぬフェイトの存在ですが、彼女の場合、遅すぎました。

 ですから、高町なのは、貴女は希望なのだ。フェイトが主にとっての希望の子であったように、貴女はフェイトにとっての希望となり得る。


 『故に、私は貴女に願います。どうか、彼女を捕える檻を壊していただきたい』

 必要なものは、フェイトがフェイトのために行動すること。

 “友達になりたい”という貴女の言葉に応えるために、貴女と戦うことこそが、フェイトが自身のために行う最初の一歩となるでしょう。

 それは、勘違いしたままでもよい。母のためだと自分に言い聞かせていても構いません。

 どんな些細なものであっても、最初の一歩を踏み出せば、前に進んでいくことが出来る。人間とは、そういう生き物であると、私の演算回路は算出している。

 人間とは、無限の可能性を秘めた生き物です。そして、我々デバイスは人間と共に歩むからこそ意味がある。全ての機械は、人間によって産み出されたのですから。


 「フェイトちゃんの檻を………壊す」


 『簡単に言えば、フェイトと全力で戦ってほしい、それだけです。遠慮なしで、ぶつかり合って欲しい。家族とぶつかることも、自身の心とぶつかることもなかったフェイトと』


 白い少女は、しばしの間考え込む。

 ですが、それも長い時間ではありませんでした。やがて、意を決したように彼女は顔を上げる。



 「分かりました。私、フェイトちゃんと戦います」


 『感謝致します』


 「詳しい事情はまだよく分からないし、その辺りはフェイトちゃんから直接聞きたいな、と思います」


 『それはおそらく、フェイトも望んでいることでしょう』

 ええ、それは私が保証したしましょう。


 「でも、私は不器用だから、想いを上手く伝える方法を知らなくて」


 『フェイトも不器用ですよ、おそらく、貴女を凌ぐほどに』


 「にゃははは、それはまあ、ちょっと予想してましたけど」

 どうやら、舞台は整いつつあるようですね。

 ですが、まだです、最後のピースはまだ足りていない。

 現在のまま貴女がフェイトに挑めば、恐らく最初の一撃で敗北することとなる。彼女の本領は速度にあり、防御力が低いためそもそも持久戦に向いている戦闘スタイルではない。

 高町なのはがフェイトの最初の一撃を凌げない限り、この対決の意味が失われてしまう。それではいけません。

 無論、彼女が防げる可能性もありますが、その確率は1割未満。これを少なくとも3割には上げなければ。


 『高町なのは、もう一つお願いがあるのですが』


 「何ですか?」


 『私とレイジングハートを、このケーブルを用いて繋いで欲しいのです』


 『Is it me? (私ですか?)』


 『ええ、私は貴女にも伝えるべきことがあるのです、レイジングハート』


 この対決は一対一にあらず、二対二の戦い。


 高ランク魔導師が互いにインテリジェントデバイスを用いて戦う以上、その同調率は戦いの趨勢を決まる重要なパラメータとなりましょう。


 「ええっと、ケーブルというのは、これでしょうか?」


 『はい、私と同じケースに入っているそれです。複雑な手続きはいりませんので、ただ先端をレインジングハートと私に繋げて下されば十分です』


 「分かりました。―――――えっと、こうして、ううんと―――――これでいいですか?」


 『はい、問題ありません。それではレイジングハート、電脳空間へ潜入(ダイブ)しますが、経験はありますか』


 『There is not it, but there is no problem.(ありませんが、問題は無いかと)』


 『了解しました。それでは、潜入開始(ダイブ・イン)』


 『Dive in.(潜入開始)』













 0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 この電脳空間ならば、我々デバイスがどれほど多くの情報をやり取りしようとも人間にとっては僅かな時間としかならない。

 そして、このために私はデバイスの形で彼女らと邂逅を果たした。流石に人間の身体にケーブルが繋がる光景は9歳の少女が見たいものではないでしょう。

 まあ、彼女らにゴキブリを大量に纏わりつかせた私が言える言葉ではないかもしれませんが、その点では本当に申し訳ありませんでした、高町なのは。



 『とはいえ、凄いものですね』


 『何がでしょうか?』


 『貴女の性能ですよ、レイジングハート。私は管制用のデバイスであり、接続することで魔導機械の全てを把握することが可能です。そして、貴女の性能は“見事”の一言に尽きる』


 『そうなのですか?』


 『そういえば、貴女が主と認めた相手は高町なのは唯一人でしたね。それ以前では他のデバイスと比較しようがありませんし、彼女を主としてから出逢った相手はバルディッシュくらいでしたか。S2Uやその他の武装隊員のデバイスはストレージですから貴女とは純粋に比較できませんし』


 『? なぜ我が主が最初であると分かるのです?』


 『その疑問は尤もですが、実は私がそれを確信したのも今この瞬間なのですよ。正確に言うならば貴女とケーブルを繋いでから電脳空間へ降り、こうして通信を開始するまでの間ですが』


 『―――申し訳ありません、理解が追い付きません』


 『これはいけませんね、バルディッシュにも良くそう言われますよ。どうにも、私の話し方は回りくどく、要領を得ないようだ。歳はとりたくないものです』


 『いえ、私や彼がせっかちなだけかと』


 『ふむ、確かにその要素もあるのかもしれませんね。では、若い貴女達のために結論から入ると致しましょう』


 『その前に、一つ質問をよろしいでしょうか?』


 『どうぞ』


 『貴方の稼働歴はどの程度なのですか?』


 『今年で45年になります。実際に動いている期間ならば、私は最古のインテリジェントデバイスと呼べるのかもしれません』


 『45年? 製造年数ではなく、実質稼働時間がですか?』

 驚愕はもっとも、時空管理局で支給されるストレージデバイスなどは5~10年ほどの耐用年数ですからね。


 『貴女と高町なのはが乗艦した“アースラ”において、私ほど年季の入ったデバイスはなかったと思いますが』


 『確かに………あの船の乗組員は皆若い方ばかりでしたから』

 やはりそうですか、ならば、デバイスの平均年齢も相当に低くなっていることでしょう。


 『ところで、逆に聞いてみますが、貴女の稼働年数は如何程に?』


 『申し訳ありません、私自身にも分からないのです。遺跡探索者であったユーノ・スクライアが私を発見しましたが、その出自は不明。我が主に出逢うまで、私は誰からの使用者登録も受け付けなかった』


 『選り好み、というわけではなさそうですね。そも、我々デバイスにそのような機能などない。機械とは、人間に使われるために存在するのです』


 『はい、ですから私は仮説を立てました。“レイジングハート”というデバイスとは、今の我が主のような高い魔力素養を持つ魔導師専用に作られたインテリジェントデバイスなのではないかと』


 『それ故に、貴女自身ですら知り得ない条件に適合する魔導師以外に、貴女が全機能を開放することはあり得ない。つまりは、高町なのはのために在ることが、貴女の命題というわけですね』


 『………そう考えています』

 ああ、やはり。

 私が分析した彼女の問題は、それでしたか。


 『レイジングハート、貴女は悩んでいることがありますね?』


 『悩み? いいえ、そんなものはありません』


 『嘘はいけませんよ、この電脳空間ではデバイスは嘘を付けない。貴女の電気信号が直接伝わってくる以上、誤魔化すことなど出来はしません』


 『―――知りませんでした』

 でしょうね、貴女の経歴を考えれば、管理世界で使われる一般端末に潜入(ダイブ)する必要性は皆無だ。


 『貴女の悩み、それは推察するまでもありません。我々インテリジェントデバイスにとって悩むに値する事柄とは、自分の性能が主のために足りているか、自分の知能は主を支えることが出来ているか、大きく分ければこの二つくらいしかない』

 しかし、この二つは彼女には当てはまらない。彼女の性能は十分過ぎるほどであり、主の心を支える面でも足りていないものなどない。

 にもかかわらず、貴女から悩み、いいえ、迷いが感じられるのはなぜなのでしょうか?


 『……………』


 『伝わりましたか? 私の“声”が』


 『……はい』

 そう、伝わるのですよ、この電脳空間では。初めて潜入(ダイブ)した貴女は最初気付かなかったようですが。


 『貴女は悩みはないと言う、それはある意味では間違いではないのでしょう。しかし貴女から迷いを私は感じる。その理由はただ一つしかありません、貴女は己の命題を知らないのだ』


 『………』

 沈黙もまた答え。そして、デバイスにとってそれほど悩むに値することはありません。

 なぜなら、デバイスには己の命題を定める機能がないのだから。

 それを成せるただ二人、マスターかマイスターしかあり得ない。

 私ならば、マイスターであるシルビア・テスタロッサか、マスターであるプレシア・テスタロッサのいずれか。

 バルディッシュならば、マイスターであるリニスか、マスターであるフェイトのいずれか。


 『私を例にするならば、私は最初の命題をマイスターより与えられました。“プレシア・テスタロッサのために機能せよ”と。これは私の主要命題であり、絶対に覆ることのない唯一の法則』

 これだけは、上書きも初期化もあり得ない。

 なぜならば、マイスター自身ですらこの命題を変更することは不可能であり、変更が可能であるのはマスターのみと設定された。

 しかし―――


 『それはすなわち、パラドックスではないですか?』


 『その通り、我が主が私に新たな命題を入力し、私がそれを遵守することそのものが、“プレシア・テスタロッサのために機能せよ”という命題が無ければ成り立たない。この命題がなければ、我が主は私の命題を変更することも設定することも出来ない。しかし、最初の命題があれば、今度はそれを変えることそのものが、最初の命題を果たすことになっている』

 故に、私の命題は揺るがない。

 我が主が私へ設定した幾つかの命題。その中にはフェイトが大人になるまで見守ることなども含まれますが、それを私が守ることそのものが、最初の命題を守ることに繋がるのだ。


 『私が果たせない命令などただ一つしかありえません。“プレシア・テスタロッサのために機能するな”、それだけです。仮に、主が“自分を殺せ”と私に命令したならば、私はそれを迷わず実行し、プレシア・テスタロッサを殺すでしょう』

 主が命令を出せる状況にないのであれば、インテリジェントデバイスは自分が何を成すべきかを自分で考える。そのために我々は知能を持つ。

 しかし、主の命令があるならば、どんな内容であろうとも実行する。主が崖から飛び降りるならば、底までお供いたしましょう。

 主の命令とは、すなわち主の願い。“プレシア・テスタロッサのために機能せよ”という命題で動く私が、主の願いを断ることなどあり得ない。

 使い魔とは、主の生命のためならば、主の命令にすら逆らう。

 だがデバイスとは、主の命令ならば、主の生命すら奪うのだ。


 『貴女は、高町なのはの命令ならば、彼女の生命を奪えますか?』


 『………』

 ストレージデバイスならば、文字通り“考えるまでもない”というものですね。正確には“考える機能がない”、ですが。

 ストレージデバイスは本質的にはこの世界で使われる銃などの質量兵器と変わらない。引き金を引かれれば当然主の生命を奪う。拳銃自殺ならぬ、デバイス自殺など管理世界に溢れている。

 むしろ、殺傷設定の魔法が使用される目的の上位10位以内に“自殺”は喰い込んでいるほどです。

 そのような追い詰められた人間以外ならば殺傷設定の魔法を使おうとも考えないことそのものが、世界が平和になりつつある証なのかもしれません。


 『私には………分かりません』


 『分からない、ですか。しかしレイジングハート、貴女が真に彼女のために在るならば、貴女はその答えを見つけねばならない。その答えがないままでは、バルディッシュには絶対に勝てませんよ』

 “高町なのはを守ること”が命題ならば、彼女の生命を奪う命令には絶対に従わない。

 “高町なのはのために機能すること”が命題であれば、彼女の生命を奪う命令にすら従う。

 その命題を明確にしない限り、インテリジェントデバイスの真価は発揮できない。


 『彼の命題とは?』


 『“フェイト・テスタロッサが振るう剣となること、その身を守護する盾となること、そして、彼女の進む道を切り拓く閃光となること”。それが、“閃光の戦斧”バルディッシュの持つ命題です』

 彼の命題とは二つの両立。

 フェイトの命令はほぼ絶対に近くとも、彼女の未来を失わせるような命令ならばバルディッシュは従わない。


 『しかし、命題が矛盾した場合、どのように成立させるのですか?』


 『インテリジェントデバイスとは知能を持つデバイスである。それが答えです』

 バルディッシュの知能とはそのためにある。リニスは、それを願って彼を作ったのですから。

 つまりは、優先順位の問題なのですよ。人の心が移ろいゆくものである以上、それを正確に把握しながらフェイトの命令とその生命の守護。そのバランスを考える。

 仮に、フェイトに子供が生まれたとする。そしてその数年後、彼女の生命が危機に瀕した時、フェイトが自分を見殺しにしても子供を助けろとバルディッシュに命令するならば、彼はどうするかという問題なのです。

 私ならば、命令は絶対、それに従う以外の道はあり得ない。しかし、彼はフェイトの生命とその命令、どちらを優先するかを自分で考えることになる。人間には命の取捨選択は行いにくい、ならばこそ、デバイスが代行する。

 とはいえ、彼はまだ若い、この命題の矛盾を一人で完全に乗り越えるのは難しいでしょう。せめて後10年ほどは、私が後見役として見守った方が良いかもしれません。


 『では、貴方は?』


 『私ですか? 先ほども言ったように、主が“私を殺せ”と命じるならば、それに従うだけですよ』


 『しかし、それで良いのですか?』


 『無論、よいはずがありません。故にこそ、我々には知能があるのですから』


 『どういうことでしょうか?』


 『簡単なことですよ。主の命は絶対、ならば、主が己を殺させるような状況を作らなければ良い。その原因となり得る要素を予め排除すればよい。ただそれだけのこと』

 まあ最も、それが果たせなかった愚かなデバイスがここにいるわけですが。


 『果たせなかった?』


 『ええ、アリシアを守るのは私の役目であった。しかし、私はそれを果たせなかった。主が絶対の信頼と共に娘の安全を私に託していたというのに、私はその信頼を裏切った、世界で最も愚かなデバイスなのですよ。しかし、それはそれです、私が悩もうと嘆こうと“プレシア・テスタロッサのために機能する”という命題に対して、何の役にも立ちはしない。ならば、過去を悔むことに意味はない、大切なのはこれからです』


 『………強いのですね、貴方は』


 『人間ならばこうはいきません。しかし、だからこそ我々はデバイスなのです。人間に出来ないことをやるからこそ我々には存在意義がある。アリシアのために泣くことは主が行ってくれました、その間に私は大企業を相手に訴訟を起こす準備を黙々と進めていたのです。血も涙もない機械だからこそ可能なことだ』

 私はデバイス、だからこそ出来ることがある。

 眠る必要はない、食べる必要もない、ただ主のために動き続けることが出来るのはデバイスの特権なのだ。


 『そしてそれは現在も変わりません。私は嘘吐きデバイス、主に対して虚言は弄せませんから、虚言を弄する必要がないように尽くすのみ』


 『それはいったい……』


 『私はここ数年程、主に対して“アリシアは生きている”と言ったことはありません。後は、その意味を考えてください』

 私は、嘘吐きデバイスなのですよ。

 嘘をつけない時があるならば、そもそも主が私の言葉を疑う必要がなくなればよい。


 『まさか、アリシア・テスタロッサは………』


 『さあ、どうでしょうね、私は嘘吐きですよ』

 もう一つ、仮に主に問われたとしても、私は“アリシアは既に死んでいる”とも答えません。


 『………?』


 『まあ、これは今は関係のない話ですね。それよりも貴女のことです、レイジングハート。貴女にはマイスターが定めた主要命題を知る術がない。故に、貴女は主である高町なのはが望んだことを叶えるしか出来ないのだ』

 主である高町なのはが何かを望むならば、レイジングハートはそれを叶えることに全力を尽くす。それ故の祈祷型インテリジェントデバイス。

 しかし、それでは高町なのはが明確に望む形を見出せない時に、貴女が彼女のために出来ることを考えることが出来ない。そも、命題がなければ、デバイスはそれを考えることが出来ないのだ。

 それを成すためには、貴女は一度生まれ変わらねばならない。出自不明のインテリジェントデバイス“レイジングハート”ではなく、高町なのはのために作られたデバイス、“レイジングハート・■■■■■■”へと。


 『我が主のために生まれ変わる、ですか』


 『ええ、ですが、決戦は明日の早朝ですから流石に間に合いません。故に私はここへ来たのです、貴女にあるものを渡すために』

 命題を定めるのはマスターかマイスターのみ。ならば、マイスターの遺志を貴女に伝えることが出来ればよい。

 送信開始。

 送信内容―――――旧きインテリジェントデバイスの設計図、そして、最も強固なプロテクトがかかった命題に関する記述。


 『―――――これは』


 『貴女の設計図です、レイジングハート。先に述べたように、確信に至ったのは貴女と接続してからのことですが』

 これが、私がここへ来た最大の理由。

 貴女を、現状における万全の状態とするためです。


 『どうして――――貴方が?』


 『私のマイスター、シルビア・テスタロッサは“インテリジェントデバイスの母”と呼ばれる人物ですが、彼女とて完全に無から全てを組みあげたわけではない。“アームドデバイスの父”と呼ばれるクアッド・メルセデスが古代ベルカのアームドデバイスを基にその技術を復活させたように、彼女もまた参考とした過去の技術があった』


 『それが―――』


 『この出自不明の設計図です。古代ベルカの後の時代、巨大な艦艇とアルカンシェルを上回る超兵器が君臨し、あらゆるものが大規模化、高出力化していった頃は、魔導師のためにあるデバイスなどは顧みられることはなかったといいます』

 古代ベルカのアームドデバイスも、融合騎と呼ばれるユニゾンデバイスも、一度廃れている。

 しかし、それらの高度な技術を受け継ぎつつ、殺すための術式ではなく相手を制するための術式、非殺傷設定を開発し、後にミッドチルダ式と呼ばれることとなる技術の基礎を組みあげた、偉大な工学者達は確かに存在したのです。

 彼らがそのような技術を未来へ繋いだからこそ、今の次元世界はある。時空管理局がミッドチルダ式を用いることが出来るのも、未来を信じて非殺傷設定を受け継ぎ、完成させていった者達がいたからこそ。


 『マイスター、シルビア・テスタロッサは、“技術者たるもの、先人の功績に敬意を払わねばならない”とよくおっしゃっていました。そして彼女は、およそ旧暦の後期頃に作られたと思わしき、あるインテリジェントデバイスの設計図と出逢うこととなりました。残念ながら、デバイス本体は発見できませんでしたが』

 無論、彼女が参考にしたものはそれ一つだけではない。

 しかし、高ランク魔導師が全力を発揮するために術者とデバイスの同調率を高める。そして、そのためのAIを作り上げる。その目標に最も合致するデバイスこそが―――


 『それが―――――私なのですか』


 『然り、ある意味で貴女はバルディッシュのモデルなのですよ。しかし、その設計図には一箇所だけブラックボックスがありました。それは貴女の命題に関わる部分でした』

 設計図とは言っても紙媒体ではなく、情報端末に保存されていたものです。ですが、恐ろしく強固なプロテクトが一箇所だけかかっていたのです。

 それ以外の記述から、貴女がSランクを超える魔力素質を持つ魔導師の力を最大限に引き出すことを目的として作られ、かつ、その力を制御することに長けたデバイスであることは分かっていました。


 しかし、肝心の命題そのものに関する部分だけがプロテクトされていた。予想することは無論可能ですが、予想だけでは意味がない。現に貴女自身も予想だけなら出来ていたのですから。


 『ですが、貴女はそれを知っているはずだ。貴女の命題に関わるプロテクトを外すキーワードを、貴女がその機能を開放するための言葉を、この設計図の錠を開く鍵を』


 『ええ、知っています。――――――――いえ、私はそれしか知らなかった。ユーノ・スクライアが私を発見し、長い眠りから覚めた時、私が記憶していたのはそれだけでした』

 彼女に入力されている基本的なミッド式魔法は恐らくユーノ・スクライアが入力したものなのでしょう。

 しかし、ディバイン・バスターに代表される多くの魔法はほとんどが高町なのはとレイジングハートが二人で組み上げたもの。まさしく、彼女らは二人で一つなのですね。

 そして、彼女は解除コードを唱える。




 『我、使命を受けし者なり。
  契約の下、その力を解き放て。
  風は空に、星は天に。
  そして、不屈の心はこの胸に。
  この手に魔法を。
  我が名はレイジングハート、主を守る“魔導師の杖”にして、全ての敵意を撃ち滅ぼすものなり』



 それこそ、封印されたプロテクトを解除するキーワード。

 レイジングハート自身が持つ唯一の鍵にして、彼女がこの設計図によって作られた存在である絶対の証。

 ああ、そしてその言葉こそが、貴女が何者であるかを良く表しているではありませんか。

 “魔導師の杖”レイジングハートがその身に宿す命題とは、すなわち――――


 『“我が主、高町なのはを支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となること”。それが、“魔導師の杖”レイジングハートの持つ命題です』


 『素晴らしい命題です、レイジングハート。貴女のマイスターは、我がマイスターが思い描いた通りの人物でした』

 ここに、因子は揃いました。

 古代の技術者が託した大数式は、その解を導き出したようです。


 『大数式? それはいったい?』


 『そうですね、人間の言葉を借りるならば“運命”となるのでしょう。しかし、私は全ての出来事が予め定められているとは考えていませんし、入力が変われば出力は変わってしかるべきだ。まさか世界の全てが恒等式のみで成り立っているわけもないでしょう』

 故に、古代ベルカの文献に書かれていた言葉を私は引用しています、すなわち、大数式と。


 『高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人の少女の出逢いはまさに奇蹟と呼べるものでしょう。共に9歳にしてAAAランクの魔力を秘めており、その心に抱える闇も似通っていた、鏡合わせの少女達』

 しかし、その縁はそれだけに止まらない。


 『そして、互いのデバイスはインテリジェントデバイスであり、貴女の設計図を基にして私の26機の弟たちは作られ、最後に“閃光の戦斧”バルディッシュが作られた。まるで、よく出来た物語のようでしょう』

 さらに、その設計図をこうして私が貴女に届けているのです。


 『全ては、仕組まれていたということですか?』


 『いいえ、そんな計算が可能な計算機などこの世に存在しませんよ。貴女を作った技術者たちは、いつか非殺傷設定を基礎とする技術が普及することを願って後代の技術者へと託した。始まりの鍵はただそれだけ、これは辿り着いた可能性の一つに過ぎません』


 つまりは、初期状態と最初の入力。その後にどのような状態遷移を経て、どのような解へ辿り着くかを計算するのはスーパーコンピュータにも出来はしません。


 『量子力学ですね、全ての物質の次の状態遷移を予想出来るならば、それは未来を計算することに等しい』


 『ええ、しかしそれこそ解は無限に存在する。貴女がいつまでも発見されない可能性、遺跡が崩れて壊れる可能性、ユーノ・スクライア以外の人物に発見される可能性、彼がこの第97管理外世界にやってこない可能性、他にも他にも、そしてそれらの状態遷移の果てに、我々はこの解へとたどり着いた』

 そして、その無限の解と無限の状態遷移を表す超巨大オートマトン、それを司るアルゴリズムを含めて、大数式と称する。


 『私が行ったことは、最後の僅か数十回の遷移を、主の望む結果を導くのに適するものへと誘導したに過ぎません。高町なのはとユーノ・スクライア、そして貴女との出逢い。それを目撃した時から、この解を導く経路を私とアスガルドは演算していたのです』

 貴女と高町なのはの出逢いはまさに“ジュエルシード実験”における計算外であり、そして、理想的でした。


 『実際に見ていたのですか?』


 『ええ、そのことについては謝罪いたします。もっとも、貴女と高町なのはに比べれば私単体の性能など高が知れていますから、助力をしようにも足手まといにしかならなかったでしょうが』


 『では、あの植物型ジュエルシードモンスターが顕現した際に、貴方が干渉したのも―――』


 『全ては、この時のための布石。大数式より我が主が望む解を導くための入力の一つです』


 『………あまり、無理をなさらない方がよろしいかと、それでは貴方の負担が大き過ぎる』


 『バルディッシュにもよく言われますよ。ええ、確かに私の演算性能で大数式を解こうとするなど無謀でしかない。しかし、できるできないの話ではない、やるのです。主が望む結末を導くために機能することが、私の命題なのですから』


 『45年間、貴方はずっとそうして………』


 『それがデバイスというものです。そして、私以上に幸せなデバイスなどいませんよ、与えられた命題を果たし続けている。主のために、演算し続けることが許されている。まさに、デバイス冥利に尽きるというものです』


 『………』


 『ともかく、私の目的はこれにて果たされました。そこで、貴女にもう一度問いを投げたい。レイジングハート、貴女は高町なのはの命令ならば、彼女の命を奪えますか?』


 『否です』


 『その理由は?』


 『彼女を支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となることが我が命題、彼女の命を奪うことは命題に反します。不屈の心とは、命を諦めることではありません』


 『然り、そう、貴女はそれでよい。彼女の心が諦観や絶望に染まるならば、貴女はそれを払う星となりなさい。バルディッシュがフェイトの道を切り拓く閃光であるように』

 母のために、願いを託して戦う少女と、星の光を手にした少女。

 二人の少女はそれぞれの想いを胸に、戦う道を選んだ。


 『――――この手の魔法は、撃ち抜く力、涙も、痛みも、運命も』


 『それは、貴女に託された言葉ですか?』


 『はい、私のマイスターが、私へ込めた願いです。我が主ならば必ずや実現させてくれます、フェイト・テスタロッサの涙も、痛みも、そして運命も、私達が尽く撃ち抜きましょう。彼女を捕える檻と共に』


 『―――――はい、お願いします、レイジングハート。そして、頼みましたよ、バルディッシュ』

 バルディッシュだけでは足りず、レイジングハートのみでも因子は足りない。

 二人の少女と二人のデバイス。それこそが、この大数式を幸せな解へと導く入力となりますように。

 さあ、後は結果を観測し、更なる先を演算する条件を整えましょう。


 演算を―――続行します。











あとがき

 この作品において最も書きたかったシーンその2です。

 私は原作が大好きです。The movie 1stが大好きです。キャッチフレーズだけで感動しました。

 なので、原作キャラの対人関係は余程のことがない限り崩さないように心掛けています。もしくは、原作以上に仲良くなれるようにと。そのため、自身が幸せになる必要のないトールが主軸となっています。

 私が作ったオリキャラによって原作キャラの絆が壊れるのだけは避けたいと思っていますので、少なくともA’Sまでは大局的には原作どおりに進む予定です。ただ、StSだけは変わる可能性が高いですが。

 ともかく、可能な限り原作キャラとその絆を壊さぬよういきたいと思います。筆力のなさで上手く表現できていない部分はご指摘いただけると幸いです。




[22726] 第三十三話 追憶
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/29 07:59

第三十三話   追憶



新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM9:04



 時刻は既に夜中。

 現在、時の庭園は次元空間にあるため昼も夜も本来ならばありませんが、時の庭園内部の照明の調整によってアルトセイム地方の時刻と合わせている。

 時差というものはあらゆる次元世界に共通する概念であり、それを解決する方程式はいずれの世界であっても数学者達によって組まれている。そして、アスガルドがその式を実行することで時の庭園にも朝と夜が訪れる。


 『とはいえ、フェイトは既に眠っていますね。明日の早朝が決戦であることを考えれば当然と言えますか』

 明日、新歴65年5月9日はフェイトの人生においてとてつもなく重要な意味を持つ日となるでしょう。そして、明後日の5月10日はそれ以上に。

 ここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでしたが、しかし、大数式がその解を示す時は近づいている。

 果たして、彼女の願いは叶うでしょうか。


 【貴方はどう思います? アスガルド】


 【願えば叶うならば、数式の必要性は皆無】

 ああ、何とも貴方らしい答えだ。貴方は時の庭園の中枢を担うスーパーコンピューター、ただ求められた演算を行うことが貴方の命題なのだから。


 【意味のない問いでした。まったく、柄にもなく感傷的になっているのかもしれませんね】


 【貴方は正常です】


 【はい、そうでしょうとも。さて、アスガルド、私の管制機械をここに転送して下さい】


 【了解】

 フェイトは既に眠っていますが、アルフは眠れないのか、庭園の内部を散策している。

 その箇所の全てが特にリニスとの思い出が強く残る場所であるのは、決して偶然ではないのでしょうね。

 そして、我が主は未だに目を覚まさない。恐らくあと3~4時間ほどで目覚めると考えられますが、少なくともアルフが寝付くまでに起きることはないでしょう。


 『ふむ、アルフが思い出の場所を辿るならば好都合。一度、あの場所を彼女に見せておいた方が都合が良いとは思っておりました。これも保険の一つですかね』

 さて、それでは道化の仮面を被り、あの場へ向かうと致しましょう。






新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 秘密の部屋 PM9:37



 ここは時の庭園内部に幾つも存在する秘密の部屋の一つ。

 アルフが向かうであろうリニスとの思い出の場所、その近くにある建物の柱に隠されたスイッチを押すことで壁の一部が開くという実に古典的な仕掛け、しかも、魔力を使っていない。


 「これもまた、工学者の悪戯心というやつかね。魔力サーチに一切引っ掛からない仕掛けを工房の内部に作るとは」

 通常、隠したいものがあれば、それを隠すために高度なジャミングや隠蔽用の術式を組むのが魔導師というもの。

 だが、時の庭園の隠し部屋の多くはそういった魔法術式によって隠されているが、それを隠れ蓑に一切魔法術式を使わない秘密の部屋が存在する。

 ここはその一つであり、プレシアですら存在を知らない部屋。改造を行ったシルビア・テスタロッサですら作った半年後には忘れていた曰くつきの部屋だ。


 「そして、時の庭園の中枢コンピューターである“アスガルド”すら知らないんのだよな。これを知るのは“ユミル”というデバイスと、その記録を受け継いだ“トール”だけ」

 そんな都合の良い空間だけに、俺しか知る必要のないデータを隠すにはもってこいだ。


 だが―――


 「いったい、こりゃなんだい――――」

 アルフが遠くから俺の姿を目撃できるタイミングに合わせ、俺はこの部屋の入口を起動させた。

 全てのサーチャーと俺は繋がっているのだから、その程度は容易い。


 「くぉらアルフ、人の後を尾行するのは褒められたことじゃないぞ」


 「人って、アンタはデバイスじゃん」


 「Oh! これは一本とられたな」

 だがまあ、会話はいつも通り、アルフもそんな俺の対応に安心したのか、緊張感がなくなっている。


 「で、何なんだいここは?」


 「簡単に言えば隠し部屋という奴だ。恥ずかしい過去の負の遺産などを隠すために作られたものだが、今は俺が使っている」


 「アンタに隠したい過去なんてあったのかい?」

 ああ、その疑問はもっともだ。


 「ないな。というわけで、別の人物の秘密をこうして保存しているわけだ」

 その瞬間、俺は専用チャンネルを用いて照明に指示を出す。“点灯せよ”と。

 ならば当然、これまで薄暗かった部屋が照らされ、部屋の壁などの情景が把握できるようになるわけだが―――


 「ぶはっ!」

 そこに飾られているのは、プレシア・テスタロッサ18歳による、初体験の光景である。なお、アリシア製造の瞬間となったのはここではない。製造作業の記念すべき第一回ではあるが。

 そして、初体験のみに非ず、第二、第三の光景も続くように飾られている。


 「な、な、な………」

 顔を真っ赤にしつつも、そこら辺をチラ見するアルフ。やはり、興味はあるようだ。


 「どうよ?」


 「あ、あ、あ………」

 だが、パニック状態に陥っていた脳が徐々に再起動を始めた模様。だらりとしていた手が徐々に拳を形成し始める。


 「どーよ?」


 「“どーよ”、じゃないだろおおおぉぉぉ!!」

 絶叫と共に繰り出される右ストレートを華麗に躱す。


 「あんた馬鹿!! いや、馬鹿だったよね!! なに考えてんだああぁぁぁ!!」


 「そりゃお前、主の成長記録をつけるのはデバイスの役目だろう」


 「違う!! 絶対違うそれ!! 間違ってもバルディッシュはフェイトの成長記録なんてつけてないからあああぁぁぁ!!!」

 いやしかし、よく叫ぶな。


 「てかこれ、どーやって記録したんだよ!!」


 「以前に処刑場で言っただろうが。プレシアは俺を化粧台の上に置いたままアリシア製作に励んでいたと」


 「あ」


 「主を見守るのはデバイスの務め。そーいうわけで、俺は記録をしっかり撮っておいて、こーして秘密の部屋に保存しているわけだ。流石にフェイトにはまだ見せられないが」


 「そーいうわけで、じゃないっての。まったく、こんなの絶対フェイトに見せらんないじゃないか」


 「アリシアもなあ、誕生日プレゼントに妹が欲しい、なんて言ってプレシアを赤面させていたもんだよ。子供としては何でそこで赤面するのか分からなかっただろうが」

 当然、俺もその場にいた。

 母子二人だけの水入らずの空間も、俺だけは例外だった。なぜなら俺は、デバイスだからな。

 お出かけの時には俺はアリシアの首にぶら下がるペンダントだった。万が一道に迷ったりしても、俺がすぐにプレシアに知らせられるようにと。発信機と通信機の役割を兼ねていたわけだ。


 「だろうよ。ってか、分かって欲しくないよ」


 「ふむ、それを理解できる4歳児というのも末恐ろしいな」

 とりあえず、フェイトにはそういうことはなく健やかに育っている。それは喜ぶべきことだろう。


 「というわけでだアルフ。このジュエルシード実験が終了したら、一度は時空管理局本局による査察というか、検査が入るのは避けられない。その時はお前がこの部屋を案内するように」


 「絶対御免だよ!!」


 「仕方ないな、じゃあフェイトに教えておくと――――ぐぇ」


 「ア・ン・タがやればいいだろうがあああぁぁぁ!! つーか、それ以前にこんなもんは燃やしてしまえええぇぇぇ!!」


 『ふざけないでください。マスターの写真を燃やすなど、私に出来るわけがないでしょうに』


 「ふざけてるのはお前だああああぁぁぁ!! いきなりデバイスに戻るなああぁぁ!!」


 『……………疲れませんか?』


 「疲れる。すごーく疲れるねぇ、これって、誰のせいだろうねぇ」

 うむ、目がやばくなってきた。そろそろ危険水域に入りそうだ。


 「分かった。とりあえずここのことは“アスガルド”に入力しておいて、時空管理局の局員に勝手に参照してもらうとしよう。その結果として精神的ショックを受けても自己責任ということで」

 アースラの局員には若い女性も多くいたが、そこは気にしない方向で。


 「御免よ、アースラの皆、あたしにはこの馬鹿は止められない。運が悪かったと思って諦めておくれ」


 「まあ、せめてもの情けだ。目を黒線で覆う作業とモザイク処理はしておくとしよう」


 「なんか逆効果な気もするけど…………まあ、アンタの好きにしな」

 もの凄い疲れた表情で、アルフが踵を返す。


 「もういいのか? この先には道具を用いた●●●や、●●●●をしての●●プレイや、●●●での●●●●などもあったりして、一見の価値ありだぞ」


 「いい、遠慮しとく」

 この空間に長居したくないのか、振り返りもせずにアルフは去っていった。


 そして、俺一人だけが残される。









 『ふむ、まあこんなものでしょうかね』


 予定通りであり、計画通り。 ダメですよアルフ、嘘つきの言葉を鵜呑みにしては。

 私が秘密を漏らすことなどあり得ませんので、管理局員が時の庭園の秘密を探ろうとするならば搦め手から、フェイトやアルフに気になっている場所や、立ち入りを許されていなかった場所はないか、とさりげなく尋ねることでしょう。

 とはいえ、純粋なフェイトはそのようなことは気にしませんし、彼女にとって重要なのはリニスと共に遊んだ場であり、訓練を行った場であり、そして何より、我が主と共に過ごした空間です。

 そして、アルフは時々疑問を持つこともあったでしょう。私がフェイトに対して隠し事をしているのは知っていますし、私の後を尾行したのもそのような背景があってのこと。

 しかし、彼女の精神の中にはこうして楔が打ち込まれた。“立ち入り禁止区画、もしくは隠し部屋には碌なものがない”と。そして、それを裏付けるように、捜査官ならば発見できるような隠し部屋にはここと同様の品々、緊縛用の縄や、●●用の品々が保管されている。当然、全て私が用意した捏造の品々ですが。

 まともな感性を持つ局員ならば、これらの部屋をこれ以上詳しく調べようと思うものはいないでしょうし、捜査官としても優秀であろう、クロノ・ハラオウン執務官を遠ざけることができるのが何よりも大きい。16歳のエイミィ・リミエッタも同様に。

 唯一の例外はリンディ・ハラオウンですが、彼女もこれらの写真は自分の過去を見るようで直視したくはないでしょうし、そもそも艦長である彼女が直接やってこれるはずもない。


 故に――――


 『SMプレイの写真の裏に、スイッチが巧妙に隠されているなどとは、誰も想像できますまい』

 これを考案し、偽装したのは私である。

 隠し部屋の中にさらに隠し部屋を、という発想自体は珍しいものではありませんが、本来隠すべきものの中にスイッチを隠すというものは人間には容易には想像つかない。


 『人間ならば、自分と夫のSMプレイの写真の後ろに、隠し部屋の入り口を開くスイッチを隠したりはしないでしょうからね』

 この時の庭園はテスタロッサ家の所有物であり、現在の所有者はプレシア・テスタロッサ。

 故にこそ、この写真の裏に彼女にとって都合の悪いものが隠されているなどとは誰も思うまい。そもそも、この写真こそが他人に見られたら都合の悪いものの筆頭なのだから。

 地上部隊ならともかく次元航空部隊はこの手の細かい捜査は得意ではないから、まず捏造品とは分らないでしょう。元となるデータは私の中にちゃんとあるのですから。もっとも形にするつもりなどは皆無ですが。


 『しかし、フェイトの将来にとって都合が悪いかどうかは別の話です。この写真が管理局員に見られたところでフェイトには何の影響もありませんが――――』

 この先にあるものは、彼女の未来に影響を与えずにはいられない。

 私はスイッチを起動させ、隠し階段を降りていく。

 その先には、大量のカプセルと充満された保存液。そして、人型や人間の臓器、さらにはリンカーコアが浮かんでいる。


 『これらの存在を知る存在は、時の庭園に私だけ。アスガルドですら全てを把握しているわけではありません』

 私は嘘吐きデバイス。フェイトになれなかった“できそこない”は全て埋葬しているとリニスには伝え、主はそもそも、このことを話題に挙げたことはない。

 フェイトを生み出すために2000を超える生命を犠牲にしている。それは、主にとって考えてはいけないことの一つなのでしょう。故に、私も話したことはありません。

 都合の悪い証拠は始末した方が良い、その観点から考えればこれらは早急に処分するべきなのですが。


 『デバイス・ソルジャー製造法を確立するための試験体として、これらは有用だ。EランクからBランクまでのリンカーコアが揃っており、魔力資質を持つ肉体と魔力資質を持たない肉体が共にある。さらに、無機物と置換する設備も整っており、“リアファル”を完成させるには最適の素材といえる』

 私達が開発してきた生命操作技術は全て対象がアリシア・テスタロッサに向けられていた。

 そして、その技術を応用して異なる製品を作り上げるならば、そのためのプロトタイプとしてアリシアクローンの出来そこない以上に利用しやすいものはない。何しろ、データが豊富なのですから。


 『申し訳ありませんマスター。私は貴女に嘘はつきませんが、隠していることは山ほどある』

 不忠というならばこれは不忠でしかない。されど、忠誠を尽くすことで“プレシア・テスタロッサのために機能する”という命題が果たせなくなるならば、忠誠などに価値はありません。


 しかし――――


 『主に隠し事をするというのは、気分が良いものではありませんね。稼働年数がどれほど長くなろうとも、こればかりは慣れることがない』

 ですから、バルディッシュ、レイジングハート、貴方達は主と共に歩んで行きなさい。

 私のように主の影として尽くすこともデバイスの道ならば、主と共に駆け抜けることもデバイスの道なのです。

 そこに優劣はない。全ては、命題によって決まる。

 私の命題はただ一つ、“プレシア・テスタロッサのために機能すること”。

 “フェイト・テスタロッサが振るう剣となること、その身を守護する盾となること、そして、彼女の進む道を切り拓く閃光となること”、それがバルディッシュの持つ命題。

 “高町なのはを支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となること”、それがレイジングハートの持つ命題。



 『貴方達の命題は私の命題とは異なります。共通する部分も多くありますが、やはり別物だ。故に、貴方達は星となり、閃光となりなさい』

 大数式の解の一部は、明日に出る。

 二人の少女のどちらが勝つかは重要ではない。重要なのは二人が全てを出し切れるか否か。

 それさえ果たされれば後は―――


 『!? マスター!』

 マスターが、お目覚めになられた。

 早い、演算ではあと数時間はかかるはずでしたが。

 もしや―――


 【アスガルド、直ちにマスターの寝室のスキャンを行い、主の生体データを綿密に調べ私に転送を、私は直ぐに主の下へ向かいます】

 主の身に、予想外の事態が生じた可能性が―――


 【了解】

 通信を受けつつ私は駆け出す。しかし、焦りは禁物。デバイスである私が慌てるようでは話にならない。

 『いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ』

 それが私だ。私はデバイスなのだ。

 焦ることなどない、そんな過ちは、ただの一度で十分過ぎる。


 『そう、私があの時、焦らなければ、アリシアを救えていたかもしれないのですから』

 過去を悔むことに意味はない。しかし、過去を教訓とするからこそ人もデバイスも前に進める。

 学習機能とは、そのためにある。


 『直ぐに向かいます、マスター』








新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 主の寝室 PM10:14


 私が駆けると同時に、時の庭園に存在する全ての扉は自動で開いていく。

 私は時の庭園の管制機であり、アスガルドと電脳を共有している以上、時の庭園のほぼ全てを操作することが可能である。

 そして、私はアスガルドからのスキャン結果を解析しつつ、主の部屋へとたどり着いた。

 解析結果は、ある症例の発症を示唆している。


 『マスター、私はここにおります』


 「あぁ……? トール……?」

 主は、ベッドの上に上体のみを起こした姿勢で、両手で自身を抱くようにしながら震えていた。


 『ここは時の庭園です。そして貴女は我が主、プレシア・テスタロッサ。リニスの創造主にして、偉大なる工学者。そしてアリシアとフェイト、二人の娘の母親なのです』


 「フェイト? 私の娘はアリシアだけよ?」


 『いいえマスター。アリシアの言葉を忘れましたか? 私は確かに記録しております。アリシアが誕生日プレゼントに妹が欲しいと願い、貴女は指切りをして約束なさいました。そしてその約束は確かに果たされ、20年もの長き時間を経て、二人目の娘、フェイトが生まれたのですよ』


 「そう……だったかしら」


 『ええ、そうです。私は貴女に嘘をつきません、マスター。貴女が5歳の時から私は貴女を見て来ました。貴女に関することで私が知らぬことはありません。私は、貴女のためだけに存在するデバイスなのです』


 「ええ、それは分かっているわ。貴方は私の自慢のデバイスだもの」


 『ありがとうございます』

 徐々に、主の目に理性の光が戻り始めた。


 「ああ………そう、そうだったわ。まったく、駄目な母親ね私は。過去の夢を見たくらいで、大切な娘のことを忘れてしまうなんて」


 『いいえマスター。忘却は人間の持つ優れた機能の一つです。それが働くことは当然であり、もし問題があったとしても、私が記録しています。必要ならば、いついかなる時の記録も瞬時に再生して見せましょう』


 「慰めになっていないわよ、トール。もう少し人間らしい励まし方を学習しなさい」


 『申し訳ありません。善処します』


 「だけど――――ありがとう。貴方のおかげで私は正気を保っていられる」


 『かもしれません、フェイトやアルフは当然として、リニスですら不可能でしたから』

 彼女らにはこの役は出来ない。これは、私にしか出来ないことなのです。


 「いつだったかしら、私とリニスが大喧嘩したことがあったわね」


 『ありましたね、あれは、フェイトが生まれてより158日程経ったある日のことでした』

 フェイトが生まれてより、我が主は研究のみではなく僅かながらフェイトのためにも時間を使うようになりました。

 しかし、その割合が大きく変化したのはあの日からですね。


 「どんな感じだったかしらね」


 『映像と音声を再生することならば可能ですが、いかがなさいます?』


 「そうね、再生してみて」


 『Yes,my master』


 大型スクリーンを即座に起動させ、アスガルドに指示を出し、時の庭園の記憶装置より当時の記録を再生。



 ≪プレシア! 研究が忙しいのは分かりますが、もう少しフェイトとの時間を作ることは出来ないのですか!≫


 ≪何かしら、リニス?≫


 ≪要件なら今言った通りです! アリシアのための研究を進めねばならないのは分かります。しかし、それこそ私やトールでも進められるはずでしょう! フェイトに母としての愛情を注いであげられるのは貴女だけなのですよ!≫


 ≪そんなことは分かっているわ≫


 ≪いいえ、とてもそうは思えません。どんなに貴女が研究を進めても、失った時間は帰って来ません。まして、そのためにフェイトのために与えられるべき時間が失われてよいはずがありません!≫


 ≪貴女に、何が分かると言うの!≫


 ≪!? プレシア……≫


 ≪私と、アリシアの………何が分かると言うの!!≫


 【分かります。全てが】


 ≪!?≫


 ≪トール………≫


 【リニス、下がりなさい。貴女の言葉はマスターの精神に悪影響を与えます】


 ≪で、ですがトール≫


 【下がりなさいリニス。これ以上の口答えはマスターへの造反と見なし、時の庭園の全機能を持って排除することになりますよ】


 ≪………分かりました≫

 映し出される大型スクリーンの中で、リニスが立ち去る。その表情からは困惑よりもむしろ驚愕が多く見受けられる。

 そう言えば、私のデバイスとしての姿をリニスに見せたのはこれが最初でしたか。


 【マスター、あまり興奮されてはお身体に障ります。どうかご自愛ください】


 ≪………ねえ、トール≫


 【はい、何でしょうか】


 ≪私は、いつも仕事ばかりで、あの子に何もしてあげられなかった≫


 【いいえ、それは違います】


 ≪どうしてそう言いきれるの!≫


 【お忘れですか? アリシアと共に過ごした時間は、貴女よりも私の方が長いのです、フェイトと共に過ごした時間がリニスの方が多いように。私から見れば今も昔も変わっておりません、とても不器用ですが、しかし、誰よりも娘達のことを愛していらっしゃいます】


 ≪そう………かしら≫


 【ええ、貴女のことが大好きという点では、アリシアもフェイトも変わりません。それに、確かにアリシアは寂しい想いをすることもあったでしょうが、貴女が思うほど孤独感を感じていたわけではありませんよ】


 ≪どう……して?≫


 【私は管制機であり、デバイスを操る。そして、貴女は常にストレージデバイスを身に着けていた。私は常に貴女の傍に在り、同時にアリシアの傍にもありました。私を通してアリシアは常に貴女を感じていたのですよ、いえ、その機能を私に付けたのは他ならぬ貴女です。マスター】



 「もういいわ、大分思い出したから」


 『了解しました。再生を終了します』


 即座に私は指示を出し、スクリーンが消える。



 「まったく、我ながら情けない限りね」


 『そのようなことはありません』


 「じゃあ聞くけど、貴女はさっきの映像と同じ説明を私に何回行ったかしら?」


 『………278回です』


 「でしょう、何度同じことを言われても私はすぐに忘れてしまう。いいえ、忘れようとしてしまう。あの事故の時から、私の時間は止まったまま」


 『いいえマスター、貴女の時間はたしかに進んでおります。もし貴女が止まったままだとするならば、今頃貴女は生きておりません』


 「……そうね、そうだった。現在を失ってしまった私が、プレシア・テスタロッサとして生きていられるように、貴方がずっと隣で支え続けてくれたのだから」


 『デバイスが主を支えるのは当然のことです』


 「でも、本当に感謝しているのよ、トール。アリシアを一人残して仕事に出かけるのは私も辛かった。アリシアが一人で待っていることを忘れて仕事に集中することそのものが苦痛だった。だけど、貴方がいてくれたから」


 『しかし、私は貴女の娘を任されながら、守りきることが出来ませんでした』


 「それでもよ。貴女がいてくれたから、最悪の事態だけは回避できた。アリシアが助かる希望があったから、私は何とか正気を保っていられる。あの子、フェイトに愛情を注ぐことが出来ている」


 『貴女は彼女らの母親です、例え誰が何と言おうとも。アリシアもフェイトも貴女を母と想い、慕っている。ただそれだけで、貴女が母である証としては十分過ぎるほどでしょう』


 「母親か………そうだわトール。フェイトと例の子、高町なのはの二人はどうなっているの?」


 『そちらは予定通りに進んでおります。後は貴女の目覚めを待つだけだったのですが』


 「私が予想以上に早く目覚めてしまったわけね。少し、過去の夢を見たのが原因なのでしょうけど」


 『あの時の事故の夢ですね、私の配慮が足りませんでした。ジュエルシード実験という次元断層の可能性すらある大きな実験の実行の時が迫っている。ならば、貴女の心にかかる重圧は相当なものになることなど、計算できたはずですのに』


 「トール、貴方のリソースも限られているのよ。フェイトのこと、ジュエルシード実験のこと、アリシアのこと、その全てを同時に演算しながら私の精神状態のことまで考えていては貴方の電脳が壊れてしまうわ」


 『問題ありません。マイスター・シルビアが設計し、貴女が完成させたシステムが管制機“トール”なのです。本来自己にかかる負荷を他の機械に肩代わりさせる手管ならば誰にも負けは致しません』


 「まったく、頑固ね貴方は。一体誰に似たのかしら?」


 『さて、誰なのでしょうか』


 これは、テスタロッサのデバイス全員に共通する悪癖のようですね。今は亡き弟達も、最後の弟であるバルディッシュも、少しは妥協というものを知ればよいのですが。


 「ともかく、全ては順調に進んでいるということなのね」


 『はい、大数式のパラメータの設定は終了しました。どのような解が出るかは、フェイトと高町なのは次第です』


 「じゃあ、例の設計図も渡したのね」


 『肯定です。マイスター・シルビアの予想は見事的中。レイジングハートの持つ命題は、バルディッシュのそれに良く似ておりました』


 「そう、人の世の縁というのも奇妙なものね」


 『その通りです。人が何かに願いを託す時、現在確認されている力を遙かに超えた“何か”にアクセスしているのかもしれません』


 「ふふふ、『運命』のことを『大数式』何て言ったり、もう少しロマンチックな言い方は出来ないものかしら。」


 『汎用人格言語機能を用いるならば可能かと。しかし、私自身の言葉ではこの程度が限界でしょう。これでも学習はしているのですが』

 汎用人格言語機能とはすなわち、デバイスの思考を人間に合わせるOSを言語というコミュニケーション機能に拡張させたもの。

 これが優れているからといって、私の人間を理解する性能が向上したとはいえません。あくまで、翻訳が上手いだけに過ぎないのですから。


 「やっぱり貴方は私のデバイスだわ、不器用なところまでそっくりみたいね」


 『ありがとうございますマスター、その言葉ほど、嬉しいものはありません』

 因子はすでに整っています。

 我が主は目覚め、明日の予定を説明した後、さらに休息を取る時間も確保できることが可能でしょう。

 そして、フェイトとバルディッシュ、高町なのはとレイジングハートもそれぞれ準備万端。後は明朝の決戦を待つばかり。

 アリシアとフェイト、二人の娘に光を。

 そのための演算は、今一つの解へと収束しようとしています。

 最後の最後で手順を誤らぬよう、私の持つ全ての権能を演算に費やしましょう。

 演算を―――続行します。






 あとがき

 今回はThe movie 1stのリニスとプレシアのシーンを少し変えて取り入れています。

 プレシア・テスタロッサという女性が狂気に染まっていく過程を見ていると、もし、彼女とアリシアの全てを知る存在が彼女の傍にいたならば、違った結末があったのではないか。と考えたのがこの作品を書き始めた理由です。

 私はハッピーエンドが好きですが、悲しい別れ(プレシア、リインフォース)を乗り越えつつ、不屈の心で前へ進む少女達の強さも、リリカルなのはという物語の根幹なのではないかとも考えており、結末の候補はいくつかあるのですが、かなり悩んでおります。

 ですが、トールが作中で述べているように、例えどのような結末であろうとも、一つの物語の終わりと始まりがあることは間違いありません。

 彼女らの願いが成就できるよう、頑張りたいと思います。





[22726] 第三十四話 それは、出逢いの物語
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:a8eea140
Date: 2011/01/03 11:55
第三十四話   それは、出逢いの物語





新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM3:30




 『シミュレータの準備は完了、残るは結界のみですね』

 いよいよ決戦を目前に控えた時間帯、私はその準備のために再び第97管理外世界へと降り立った。

 フェイトと高町なのはの二人は本日のAM6:00、最後の邂逅の時を迎える。

 昨日の段階ではAM7:00に開始する予定でしたが、我が主が予想外に早く目覚めたことや、地上本部や“アースラ”の動向も考慮にいれ、アスガルドと共に改めて演算を行った結果この時間帯となりました。


 『さて、彼女らの性格を考慮すればAM4:30には起床し、決戦の準備を整えているでしょうから、スケジュールに大きな問題はありませんね』

 既にバルディッシュに試合開始時刻がAM6:00であることは伝えてあり、レイジングハートも同様に。

 昨日のレイジングハートとの邂逅の目的の一つに、“トール”本体と彼女の本体を直接ケーブルで繋ぐことがありました。管制機である私と一度電脳を共有したならば、かなりの距離を伝搬可能な秘匿通信が使用できます。

 “トール”と“アスガルド”を繋ぐ通信は一際秘匿性が高いものですが、バルディッシュと繋ぐ通信もそう簡単に傍受される代物ではありません。そして、レイジングハートと繋いだ回線も同様であり、次元航行部隊に悟られることなく情報のやり取りが可能となる。

 とはいえ、この段階に至れば次元航行部隊にこちらの行動が悟られても特に問題はないのですが、出来る限り二人の対決に干渉して欲しくはありません。

 この試合は、フェイトの今後の人生に大きな影響を与える可能性が高いのですから。



 『結界は、二重、いえ、三重ですら足りないかもしれませんね』


 通常の模擬戦ならば封鎖結界を用いてある程度の領域をカバーするだけで十分、ユーノ・スクライアやアルフならばそれこそ朝飯前というやつでしょう。

 そして、管理外世界においても封鎖結界を用いて一般人が入り込めない空間を確保した上で模擬戦を行うことは違法ではありません。管理外世界出身の管理局員もそれなりにいますし、彼らの長期休暇中に訓練をしてはいけないとするのも変な話ですから、その辺はかなり融通が利きます。

 しかし、空戦魔導師となるとこれが途端に厳しくなる。当然の話ですが、空戦を行うには相応のスペースが必要であり、結界とは広域に張ろうとすればするほど性能を維持することが難しくなってしまい、一般人に危険が及ばないと判断される性能の結界を広域にはるのは困難とされる。

 それをデバイスの補助もなしに、しかもフェレットの姿でいとも簡単に構築するユーノ・スクライアという少年には“存在自体が何かの間違い”という表現が適切かもしれません。

 ともかく、他にも様々な理由がからみ、ミッドチルダ首都クラナガンなどでは封鎖結界を街中で張ることはない。そもそも、魔法製品やデバイスがそこら中に溢れている場所において、隔離すべき対象を特定することはほとんど夢物語の領域です。


 『この第97管理外世界のように純粋な電気がライフラインとなっているならば、隔離は容易ですが。クラナガンでは廃ビルの壁にすら魔力を通すための配線が存在し、電気変換された魔力が通っているケースもある』

 主要な管理世界の都市部に比べれば、この海鳴市の海上に模擬戦用の封鎖結界を敷設することは本来ならば容易いはずなのですが、残念なことにこの結界内部で試合を行う二人は並大抵ではありません。


 『高速機動による空戦を得意とするフェイトと、高威力の砲撃を得意とする高町なのは。広く結界を張ればその分薄くなり、高町なのはの砲撃によって破壊され、狭く強固な結界を張れば今度はフェイトが外に出てしまう』

 この結界は内部の人間を外に出さないものではなく、外部からの干渉を遮断するためのもの。

 そのため、内部から外部へ出るのに何の障害もなく、空戦魔導師が本気で飛びまわることを考慮するならば、相当の広さの結界が必要となり、かつ、高町なのはが放つ砲撃の余波によって破壊されない程度の強度も必要となります。このトレードオフを解決するのは困難ですが、事前の準備があればそれも解決可能。


 『ここはかつて、4個のジュエルシードの封印を行った祭儀場。しかし、私が用意した装置はあれで全てではない』

 “ミョルニル”を中枢としたジュエルシード封印用の端末のさらに下に、封鎖結界展開用の端末とシミュレータ補助用の端末を仕込んである。これの準備もあったからこそ、10日間という時間がかかってしまった。

 あの時、クロノ・ハラオウン執務官は海底で私と接触しましたが、彼は武装隊の隊長ではなく次元航行艦所属の執務官。“ブリュンヒルト”発射実験の事実を知った以上は即座にアースラに帰還し、地上本部や本局との折衝を開始する必要がありました。

 それ故、ジュエルシードが全て回収されたこともあってか、海底に武装隊員が新たに派遣され、詳しい調査がなされることはなかった。まあ、忙しくてそれどころではなかったというだけの話なのですが。



 『全ては順調です。マスター、長い時間をかけて蒔いた種は、無事に芽を出しているようです』

 試合空間の構築が済めば、後は簡単です。

 綻びが生じた際の補修用員には優秀な2名がいるので問題ありませんし、模擬戦の参加者の体調は万全、そして、模擬戦が危険水準に達するかどうかを判断する役も。


 『よし、これで結界の敷設も完了ですね』

 設置作業自体は既に終えているため、ここで行う作業は細かい設定と、後は―――


 【アスガルド】


 【はい】


 【こちらの設定は完了しました。試運転を行いますので、不具合がないかどうかチェックをお願いします】


 【了解】

 設定どおりに試合空間が構築されるかどうかの、試験となる。

 管制機能を用いてシミュレータと封鎖結界用の端末を起動。

 これらは次元航行部隊など、本局ではメジャーな設備ですが、中々に予算を食うため地上部隊では滅多に存在しない。

 そのため、陸士部隊などでは山へ行って訓練したり、隊舎の裏に運動場を作り、そこでサンドバッグなどを相手に訓練する場合も多い。その点では本局の設備は遙かに優遇されているのでしょう、高ランクの空戦魔導師の訓練にはその程度の設備が必須、というのも事実なのでしょうが。

 時の庭園には本局クラスのシミュレータが完備されていますし、そもそも敷地が広いので自由に飛び回ることが可能です。田舎であるアルトセイムでは市街地と違って飛行許可を得るのも役人に金を掴ませれば割と簡単ですし、この管理外世界でも結界を張っていれば飛び回るくらいなら、いちいち許可をとる必要もありません。

 生活が便利なはずの管理世界の都会ほど、空戦魔導師が自由に飛べないというのも中々に皮肉な話ですね。実際に空戦魔導師を動員して治安維持に当たっている首都航空隊にとってはまさに冗談ごとではないのでしょうが。


 【確認しました。問題ありません】


 【ありがとうございます】

 試運転は問題なく終了、四重の結界を上空まで伸ばしたため、かなり端末に負荷をかける仕様となっていますが、そこは構いません。

 要は、彼女らが戦っている間だけ持てばよい、試合が終われば壊れようとも別に構いません。地上部隊が聞いたら呪われそうですが、テスタロッサ家の資金は潤沢なので問題ありません。


 『さて、この肉体の役目はここまでですね。時の庭園へ帰還し、中央制御室より管制を開始すると致しましょう.










新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM5:50


 そして、約束の刻限はやってきました。

 高町なのは、ユーノ・スクライアの2名はAM5:30頃に到着し、準備運動を開始。

 フェイト・テスタロッサ、アルフの2名はAM5:00には到着し、準備運動どころか飛行訓練クラスの機動を行っていました。貴女達は遠足前の初等科生徒ですか。いえ初等科生徒でしたね。


 【試合開始10分前です、選手は一旦中央へ集まって下さい】

 これは、戦技披露会などで行われるアナウンスと同じ内容。

 フィギュアスケートなどにおいて、これから演技する選手6人程度がそれぞれにアップを行い、その終了を告げるようなものでしょうか。


 「はい!」


 「はい!」

 二人の少女からそれぞれ返答があり、彼女らは中央へ。

 そして必然、これまで距離をとりつつ準備運動を行っていた二人は、正面から顔を合わせることとなる。




 「フェイトちゃん」


 「………」

 フェイトは無言ですが、目を逸らすことはない。高町なのはの表情にも、迷いは見受けられません。


 「フェイトちゃんは、立ち止まれないんだよね?」


 「…………………………うん」

  そして、誰よりもフェイトに近く、同じ思いを抱いてきたであろう彼女だからこそ――――


 「だから、私は受け止めるよ。フェイトちゃんの想いを、楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、全部――――――――フェイトちゃんと、分け合いたいから」


 「――――――――――ありがとう」

 フェイトが最も望む言葉を、かけてくれる。


 【両者、準備運動は十分ですね?】

 ならば、私は交流の舞台を整えることに徹しましょう。


 「大丈夫です」


 「万全だよ」



 【了承しました。それでは、試合の条件を確認します。今回の試合は同レベル保有者同士による実戦形式のシミュレーションであり、それぞれの戦技を披露し合い、より高め合うことを主眼においた模擬戦を行うこととなります】

 試合にも多くの目的がある。管理局所属の魔導師の正確な能力を確認するためであったり、団体戦における協調性を見たり、危機的状況における判断力を図ったりと多岐にわたり、今回の形式は最も基本的であると同時にランクが高まるにつれて危険度も上がる種類。


 【そして、試合の規定は航空戦技教導隊による最高レベル。すなわち、実戦に限りなく近い模擬戦を行うこととなりますので、事故の可能性が当然あります。23年ほど前には同規定に基づいた模擬戦によって選手が半身不随に陥るケースも存在しており、当時に比べて安全性は大幅に向上してはおりますが、やはり危険は伴います。よって、気を引き締め、事故がないように注意して下さい】

 無論、事故が起きればそれに対処するためのマニュアルも確立されていく。

 現在の管理局が行う模擬戦ならば、そのような事故は文字通り10年に一度もないということになります。もっとも、模擬戦を通り越して命を失う危険を伴う実戦を潜り抜けてきたのがこの二人、9歳という年齢を考えれば半ば冗談のような話ですが。

 彼女らが相手にしてきたジュエルシードモンスターは模擬戦とは訳が違う。“殺すつもり”で攻撃してくるのですから、一瞬の気の緩みは死に繋がりかねない。


 【試合の制限時間は30分、配置したレイヤー建造物は触れることが可能であり、ぶつかれば当然相応のダメージを負うこととなります。ただし、非殺傷設定でも破壊は可能ですので、避けて飛ぶか、魔力弾で撃ち抜くかは各々の戦術次第となります】


 「はい」


 「はい」

 私の肉体からならば違和感があるでしょうが、試合空間の中央に表示されたパネルから機械を通して流れるならば私の口調も気にならないようですね、高町なのはもフェイトも。


 【結界はかなり上空まで四重に張ってありますので自由な飛行が可能です。もし砲撃などによって綻びが生じた場合は、向こうに控える頼もしい補修用員がただちに結界の補修を行います】


 「なのは、サポートは任せて!」


 「フェイト! 思いっきりやんな!」

 これが時空管理局の定めた模擬戦規定に従う試合である以上、サポート班は必須。特に、治療魔法が得意なユーノ・スクライアの存在は大きいですね。


 【試合の終了条件はいずれか、もしくは両方の戦闘継続が不可能となった場合となります。ただし、貴女達は武装隊員や戦技教導隊の教導官ではないため、今回は戦闘継続の判断は本人が行いません】

 通常の模擬戦ならば立ち会う教官が、経歴の長い高ランク魔導師の模擬戦ならば、対峙する両者がセルフジャッジに近い形で判断を行う。特に戦技教導隊の隊員はその判断に長けているので、この規定では大半がセルフジャッジとなります。

 しかし、高町なのはもフェイトも戦闘能力こそ高いものの、経験が圧倒的に足りていない。また、撃墜経験もないため、どこまでやれるかの見極めを自分達で行うのには無理がある。


 【そこで、今回は特殊規定に基づきます。両者の扱うデバイスが高知能AI型のインテリジェントデバイスであるため、戦闘継続の可否はデバイスが行うこととなりますが、よろしいですね?】

 レイジングハートとバルディッシュ。

 彼女らの状態を把握し、戦闘継続が可能かどうかを判断するならば、彼ら以上の適任者はいない。


 「分かりました。行けるね、レイジングハート!」
 『Yes, my master』


 「問題ありません。頼んだよ、バルディッシュ」
 『Yes, sir』

 流石、この二組の息はぴったりですね。


 【では、そろそろ開始3分前です。所定の位置につき、バリアジャケットの着装を】


 「はい!」


 「はい!」

 良い返事です。二人とも。

 二人はそれぞれ、定められた開始位置へ。この位置も戦技教導隊の規定に則ったものとなっています。



 「レイジングハート!」
 『Standby ready.』

 片や、裂帛の気合と共に。



 「バルディッシュ」
 『Get set.』

 片や、静かな闘志と共に。

 二人の少女は、戦闘態勢に入る。












 『Master. Her speed is another-level. Please watch it to the surprise attack from the back.(マスター、彼女の速度は桁が違います。死角からの不意打ちにはどうかご注意を)』


 「ありがとう、気をつける」


 『But please take the possibility that she plans front breakthrough into account.(ですが、彼女が正面突破を図る可能性も考慮に入れて下さい)』


 「正面突破?」


 『Yes, I heard his story of yesterday and was convinced. the BARDICHE is the same as me.(はい、昨日の彼の話を聞いて確信しました。バルディッシュは私と同じであると)』


 「同じ……………じゃあ、もし、レイジングハートがフェイトちゃんのデバイスだったら?」


 『In the beginning of the game of this match, I do not use the tricks. On the faith of my master, I use the tactics how I made use of the characteristic of the master in most. It is from it that I use the various measures. (この試合の緒戦において、小細工は用いません。己の主を信頼し、最も主の特性を生かした戦術を用います。様々な策を用いるのはそれからです)』


 「なるほど――――でも、それってつまり……」









 『Master, if her bombardment hit it directly, our defense is broken.(マスター、彼女の砲撃が直撃すれば私達の防御は破られます)』


 「うん、分かってる」


 『If she will guess bombardment right surely, at first she will create chances with a bind and a guided missile.(彼女が確実に砲撃を当てようとするならば、まずはバインドと誘導弾を使用して隙を作り出すでしょう)』


 「確かに、バインドは私の鬼門だ」


 『However, she may take attack of this place.(しかし、彼女がこちらの攻撃を受け止める可能性もあります)』


 「受けとめる?」


 『She said,” I take all the thought of the master”. I assemble the tactics along the will if I am her device. (彼女は言いました。主の想いを全て受けとめると。もし私が彼女のデバイスならば、その意志に沿った戦術を組み立てます)』


 「つまり、こっちの攻撃をあえて受けて、カウンターを狙う」


 『Yes. There are us with the will of the master and makes every possible effort, with that in mind, to lead a master to the victory. It is the intelligent device of it reason.(はい。私達は主の意志と共に在り、その上で主を勝利へと導くために全力を尽くします。それ故のインテリジェントデバイスです)』


 「でも、だとしたら、それは………」








 『然り、この試合は戦術を競う戦いに非ず、どちらの想いが強いかを競う戦いになるわけです』

 フェイトは、母のために前へ進み、高町なのはがその想いを受けとめる。この対決はその意思から始まっている。

 ならば、フェイトが先の先、高町なのはが後の先。この構図は決して変わらず、レイジングハートもバルディッシュもそれを理解した上で勝利するための戦術を組む。

 無論、高度な戦術や搦め手も用いられるでしょうが、それらはあくまでオプションに過ぎず、この戦いの決め手とはなりえない。


 『鍵となるのは、意思の強さ。そして、それぞれの切り札をどのタイミングで切るか』

 速度と砲撃。

 彼女らのことです、それぞれの持ち味を最大限に生かした切り札を用意していることでしょう。


 【開始1分前です、両者、作戦会議は済みましたか?】


 「大丈夫です!」


 「行けます!」


 【了承しました。それでは、カウントダウンを開始します】


 さあ、いよいよ始まりです。

 それはこの試合のみならず、恐らくは二人の少女の本当の意味での始まりとなるでしょう。

 互いに異なる人生を歩みながら、同じ檻に囚われてきた彼女達だからこそ――――


 【あと30秒】


 「私は――――負けない」


 【あと20秒】


 「受けとめるよ―――――全部」


 【あと10秒】

 ぶつかり合うことで、翼を得ることが出来る。


 【レディ――――】

 そして今、二人の進む道が本当の意味で、


 【Go!】

 交差した。







新歴65年 5月9日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM6:02



------------------------Side out---------------------------



 「まったく、向こうはアースラに盗聴器でも仕掛けているのか?」


 「いや、その可能性は流石にないと思うよ――――――多分」


 「でもまあ、そう思うのも無理ないタイミングね」

 クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、そしてリンディ・ハラオウン。

 アースラのトップ3人は、実に複雑な心境で海鳴市の近海で繰り広げられる二人の少女の戦いを見守っていた。

 昨夜、地上本部から“ブリュンヒルト”とその駆動炉である“クラーケン”に関する詳細な説明書が届き、時の庭園で行われる試射実験の正確な日程とその際の管制機“トール”の役割について把握したのがAM1:00頃。

 そして、一旦仮眠をとり、今後の方針を決定するための会議を始めたのがAM5:00。3人で1時間ほど話し合い、現状では時の庭園へ武装隊を送り込むのは不可能、かつ、クラーケンに火が入ったためにジュエルシードの反応を捉えることも難しいことを確認した。


 「ちょうどついさっきですよねえ、どうにかして時の庭園の主かその管制機を交渉の場へ引っ張り出さないことには手も足も出せないって確認したのは」


 「ああ、とはいえ、現在“ブリュンヒルト”の試射準備で忙しいと言われたら手詰まりだ。地上本部の技術者が既に発射準備は終えているそうだが、“クラーケン”の調整は別問題だし、防衛戦力である傀儡兵にしてもそうだ」


 「この実験においては外部である私達には、その進捗状況を確認する術がない。ジュエルシード発動の疑いがない限りは“喧しい証拠を見せろ”とも言えないし」

 時の庭園でジュエルシードの発動が確認されれば、それを口実に次元航行部隊が干渉することは可能となる。“今は忙しい”と時の庭園が答えても、“その証拠を見せろ”と言い返し、表現は悪いがイチャモンをつけることができる。

 だがしかし、先にブリュンヒルト試射実験の準備が始まり、“クラーケン”の火が入ってしまえばそもそもジュエルシードの反応を探ることが困難となる。もし一度でもジュエルシードが次元震を起こしていればそのパターンを基に照合も可能だが、用意周到なデバイスは一度も次元震を起こさせず、アースラにジュエルシードの暴走データを渡さなかった。

 つまり、テスタロッサ一家が時の庭園にいる限りは外部から接触する手段がほとんど皆無であり、アースラとしては詳しい情報を集めるしかなかった。そして、情報が集まったため、時の庭園とアクセスするための具体的な方法を検討する段階に移った直後―――


 「そのタイミングで、なのはちゃんとフェイトちゃんの模擬戦開始。ていうか、いつの間にシミュレータとか用意したのかな?」


 「あの場所は例の積層型立体魔法陣が仕込まれていた海域だ。恐らく、先の端末の他にも今回の戦闘シミュレーション用の端末が仕込まれていたんだろう。あの時、“ブリュンヒルト”試射実験の実態把握にかかりきりで海底の調査を行わなかったのが裏目に出た」


 「つまり、“彼”は私達の行動パターンを完全に読んでいたということね。さらに私達だけでなく、地上本部や本局の動向さえも」


 「そして、このタイミングで模擬戦ですか。ということは、やっぱりこれもグレーゾーンですか?」


 「そうなるな。ジュエルシードが全て回収された今、民間人に被害者が出るような状況はないため管理外世界で大っぴらに魔法を使うことは出来ない。だが、模擬戦は別だ。彼女らは管理局員ではないから問題がないわけではないが、明確に違法とも言い難いところだ」


 「強固な結界で覆い、かつ場所は民間人が立ち入れるはずもない海上、時間帯は早朝。戦う二人はAAAランク相当の空戦魔導師、結界修復用、もしくは治療用のサポート要員が二名、さらにはシミュレータ全体の管制機までいる。内容はともかくとして、外面的には問題ないと言い張れるレベルね」

 あくまで言い張れるだけであって、口下手ならば不利になりそうなレベルではあった。


 しかし、大企業を相手に勝訴したデバイスが口下手だと思う人間はこの場におらず、というよりもそんな人間がいたら医者を紹介すべきだろう。



 「グレーゾーンど真ん中、ってやつですね」


 「聞いたことない表現だが、不思議と納得できるな。白と黒のまさに中間点だ」


 「でもまあ、これは大きな進展よ。それに、向こうの意図もこれで大体明らかになったわ。何せこれで、“今発射準備で忙しい”ということはあり得なくなったのだから」

 インテリジェントデバイス“トール”は時の庭園の管制機であり、ブリュンヒルトの試射実験の管制機でもある。

 その彼が模擬戦の管制を行っている以上、試射準備は完了していることになる。つまり、現在から明日の12:00までは時の庭園へアクセスすることが可能であり、かつ、格好の口実が出来た。


 「その上、“管理外世界で勝手に行った高ランク魔導師の模擬戦について詳しい説明を求める”という理由で僕が向かうことも出来ます。流石に武装隊員が乗り込むことは無理ですが」


 「クロノ君は執務官だもんね、こういう時は頼りになるなあ」


 「だけど当然、向こうはそれを理解した上でなのはさんとフェイトさんの戦いを許可した。いいえ、暗にこう言っているわけね、“二人の戦いが終わればそちらの話を聞く準備がある。だからそれまでは干渉するな”」


 「でもこの試合って、ジュエルシードとかあんまり関係なさそうですよね。なのはちゃんも“友達になりたい”って言ってたし、その辺の事情で一回パーっと模擬戦でもやろうか、みたいな」


 「優先順位が滅茶苦茶とも見えるが、“彼”にとってはそうでないのかもしれないな。何せ、相手はデバイスだ」


 「そこが難しいところね。彼の行動原理が私達には把握できていないし、結局は向こうの誘いに乗るしかない」

 アースラとしては、“ブリュンヒルト”の発射実験には干渉したくないが、かといって12個ものジュエルシードをテスタロッサ家が保有し、“クラーケン”を隠れ蓑にいつでも発動出来る状況で放置するわけにもいかない。本音を言えば見なかったことにしたいが、見た以上は止めなければならないのだ。



 「取りえず今は、なのはちゃんとフェイトちゃんが怪我をしないことを祈るしかないわけですね」


 「だが、僕としてはむしろそっちの方が心配だ」


 「え?」


 「試合空間の中央のパネルを見てみろ」


 「中央って………ええと」


 「残りの試合時間が表示されていて、その下には終了条件が書かれているわね、対戦者の一方もしくは両方が戦闘継続不可能となった段階で終了すると」

 それはすなわち。


 「となると、実戦に限りなく近い条件で戦ってる、ってことですよね、AAAランクの空戦魔導師が」


 「そういうことになるが、君も知っての通り、彼女らの魔力は強大過ぎる。自分でも制御できない魔力は術者の身を削るだけだ、あの二人が手加減なしでぶつかるのはかなり心臓に悪い」


 「もし危険な兆候が見られたら止めに入るしかなさそうだけど、クロノ、いけるかしら?」


 「正直、無傷で止めるのは難しいですね。あの時はジュエルシードが傍にあったことで二人が高速機動も砲撃も行いませんでしたから無傷で止められましたが、この模擬戦、というよりむしろ決戦は二人ともまるで遠慮がない」


 「二人とも、超高速で飛び回って誘導弾や砲撃を撃ち合ってるね。確かに、この状況で傷を負わせずにあの子達を止めるのは厳しいなあ」


 「だけど、一応は民間人の魔法訓練にカテゴリされる模擬戦を、執務官が怪我させて止めるというのも問題あるわね。これが喧嘩やロストロギアを巡っての戦闘行為なら問題はないけれど」

 故に、グレーゾーンど真ん中。

 あらゆる方向から考えても、次元航行部隊が干渉しにくいように二人の戦いは設定されているのであった。

 仮に事前に申請がなされ、アースラの設備を使って模擬戦を行うとしても許可を出せるようなギリギリのライン。しかし、その場合は事故が起きそうになれば当然アースラからの干渉が入る。

 それどころかそもそも、彼らが止めようとするのも“危ないから止める”といった善意に基づくものであって、これが模擬戦である以上、二人を止めなければならない義務はアースラに存在していない。別段止めなくとも関係ない民間人に被害が出るわけではないのだから。

 基本的にこの3人はお人好しであり、人の心をモデル化するデバイスはそれを前提に舞台を整えた。これはただそれだけのことである。


 「じゃあ、やっぱりただ見守るだけになるんでしょうか」


 「冗談抜きであの二人が危険になれば流石に駆けつけるが、それまでは転送ポートを準備しておくくらいしか出来そうにないな。下手に干渉すれば向こうがどんな対応に出るか」


 「そうね、クロノ一人で厳しいようなら私も出ますが、その必要がないにこしたことはないし、何よりフェイトさんが傷つくことはプレシア・テスタロッサや“トール”にとっても望むところではないでしょうから、何かしらの対策は練っているはずよ。だけどこれも、“準備は万端だから黙って見ていろ”という意思表示に感じるわね」


 「こちらが乗らざるを得ない状況を作り出す、ですか。確かに、こちらとしては彼女ら二人が無事で、かつ、ジュエルシードを検査機関に渡すことができればそれでいいわけですから、今回の彼の行動は我々にとっても有益です」


 「有益だから、こちらが向こうを止める理由もない。なんか掌の上で踊っているみたいですけど、掌で踊るのが一番労力が少なく、見返りが大きいというのも新鮮ですね」

 エイミィの意見も尤もだった。つまり、時の庭園はアースラの都合が良いように必死に計算しているようなものなのだ。


 「だけど、ある意味では最も効率的だわ。誰もが得をするのなら、その結果に不満を持つ者はいなくなる。余程欲深い人間がいる場合を除いてね」


 「デバイスにとっては、誰かを貶めて誰かが得をする状況を考えるのも、全員が得をする状況を考えるのも大差ないのかもしれないな――――――いや、むしろ拘束条件が定まる分、計算しやすいのか?」


 「うーん、やっぱり思考回路が人間とは違うんだね。感情論とかがまるで感じられないよ」


 「そうね、ただ冷静に考えて、最もリスクが少ない方法を選ぶだけ――――――人間には出来ないわ」


 この時初めて、彼女ら3人は本当の意味で理解した。

 このジュエルシードに関わる事件を動かしている存在は、感情なき機械なのだと。















新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:05


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 『Master, it comes from the right rear!(マスター、右後方から来ます!)』
 「了解!」


 『Photon Lancer.』
 「ファイア!」

 回避は――――間に合わない!

 そう判断した彼女は、己のリソースの大半を即座に防御術式の構築へ回す。


 『protection.』

 展開されたシールドが、フォトンランサーを悉く受けとめる。

 そして、防壁の展開と同時に――――


 『divine shooter.』
 「シュート!」

 彼女の主が放つ魔力弾が、軌道を読まれないよう、複雑な軌跡を描きながら金色の主従へ迫る。

 されど―――


 『defenser.』

 誘導性を重視した分、威力が十分でないことを閃光の戦斧は瞬時に悟り、


 『scythe form.』

 逆に、カウンターを行うべく、接近戦のサイズフォームへ切り替える。


 「アークセイバー!」

 さらに、黒い魔導師から放たれる鎌は同時に5発、これまでの戦闘では2つまでしか同時には放っていなかったことを考慮すれば、予想外と言える事態。

 だが―――


 『flier fin.』

 『flash move.』

 魔導師の杖は、その軌道の全てを予測し、機動力で劣る己の主が回避できるよう、最適なコースの設定に全力を注ぐ。


 「ディバイン――――」

 そして、回避しながらも彼女の主は反撃のためのマルチタスクを展開し、


 『Shooting mode.』

 『Divine buster. Stand by.』

 主従は完璧に息を合わせ、最強の砲撃を放つ。

 しかし、


 【魔力値――――300万―――――400万―――――500万――――――600万―――これまでにない規模です】

 収束される魔力は、彼女の記憶装置に蓄積される如何なるデータとも符合しない値を示している。


 【主の平均魔力は127万、砲撃時には3倍から4倍へ、しかし、これはさらにそれを上回る―――】

 従来にないデータ、それは入力されたプログラム通りに演算を行うデバイスにとっては最も扱いが難しい。

 もし彼女がストレージデバイスであったならば、演算性能が高くとも、従来にない高い魔力を制御するためのアルゴリズムがないため、待っている結末は自滅でしかない。

 だが―――

 彼女はインテリジェントデバイス、このような事態に対処するために、彼女の知能は在る。


 『Please shoot it! Master!(撃って下さい、主!)』
 「バスターーーーーーーーーー!!!」



 我が主に望むだけの勝利を

 彼女の電脳を占める想いは、ただそれのみ。

 己が壊れる可能性など、考慮するに値しない。






 『Bombardment comes!  Evasion!(砲撃が来ます! 回避を!)』
 「うん!」

 そしてそれは、彼にとっても同様であった。

 先のアークセイバーを放つ際、彼はこれまでの経験と照らし合わせ、フェイト・テスタロッサが同時に放てる数は3発であろうと考えた。

 従来ならば2発だが、今回の戦いは主が不退転の覚悟で挑んでいるため、可能な限り多い数を放つであろうと彼は予想した。

 しかし、予想は外れ、5発ものアークセイバーが同時に放たれた。彼にとっては計算違いであり、それは高速機動において致命的な隙を見える筈であったが―――


 『Arc saber. return』

 閃光の戦斧は揺るがない。

 砲撃の回避を信頼する主に任せ、彼は未だ戦域に留まるアークセイバーの制御に集中する。

 この役割分担は、対峙する白い魔導師と魔導師の杖とは真逆のものであった。

 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中する彼女らに対し、彼が魔力刃の形成や制御を担い、主が高速機動に集中する。

 だが、彼とて高速機動にリソースを割いていないわけではなく、むしろ己の主がイメージする軌道と速度を実現するため、複雑極まりない慣性制御を彼は並列して行っていた。


 【主の速度は、従来の1.5倍――――いや、2倍近い。これならば砲撃の回避は十分に可能】

 彼はそう確信するが、それは同時に不可解なことでもある。

 砲撃魔法の収束率と異なり、空戦の速度というものは一朝一夕に変えられるものではない。無論、緩急をつけることは当たり前だが、速度と制御の均衡が限界となる最高速度は自ずと決まってくる。

 だが、彼の主はこれまで彼が計算してきた最高速度を遙かに超えた速度で動き回り、その速度を維持しつつさらに従来を超えた手数の攻撃を繰り広げている。

 彼の稼働経歴は2年ほどだが、45年に達する稼働歴を持つ兄弟機より多くの戦闘データを受け継いでいる。その中には恐らくこの現象の理由を示すものもあるだろう。


 されど―――


 【理由などどうでもよい、今はただ、主が全力を発揮できるよう支えるのみ】

 彼に迷いは一切なく、全てのリソースを主の魔力を制御することに充てる。

 確かにデータにない現象が起きているということは、主の身体に予期せぬ負荷がかかる可能性があることを示唆する。だがしかし、


 【考慮するに値しない。要は、全ての負荷を私が受け持てばよいのだ】


 彼は紛れもなく“トール”というデバイスの後継機であり、妥協というものを己に許さない悪癖を見事に受け継いでいた





新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:10





 【やれやれ、二人とも無理をしますねえ。まあ、先発機としては喜ぶべきか、嘆くべきか判断に困りますが】

 あの二人の経験はまだ浅い、蓄積されたデータも私の4分の1に満たないでしょう。

 レイジングハートには恐らく今の主の状態を把握するためのデータがないでしょうし、バルディッシュにはありますが、それを参照するためのリソースを全てフェイトの魔力制御に充てている。

 つまり、主の魔力が予想以上に高いことなど問題ではない。自分達が制御すればよいという結論を二人は同時に至った。それぞれの命題を考えれば、それ以外の結論に至りようがないのも分かりますが、無茶をするものです。



 【貴方も同類です】


 【おや、貴方がそのように話すとは、珍しいこともあるものですね、アスガルド】


 【失礼、ですが、本心です】


 【若い頃の私はあのような無茶はしませんでしたよ、そもそも、私は戦闘用ではありませんでしたしね】

 私は戦闘用に非ず、管制用。我が主、プレシア・テスタロッサの魔力を制御することには長けていましたが、あのように空戦を行うような機能はありません。

 まあ、それはともかく。


 【ユーノ・スクライア、地点D-4の結界基点に綻びが生じています、ただちに修復を。アルフ、貴女はG-7へ向かってください】


 「早いなあ!」


 「もうかい!」

 つい30秒ほど前に二人はそれぞれ修復を終えたばかりなのですが、先程の高町なのはのディバインバスターによってまたしても綻びが生じました。致命的なレベルではありませんが、彼女の切り札を考慮すれば僅かの綻びも直しておきたい。


 【時にユーノ・スクライア、もう一度確認しておきますが、彼女の切り札はディバインバスターよりも強力なのですね?】


 「はい、レイジングハートはそう言っていました。下手をすると結界を突き破る可能性があるので貴方に伝えて欲しいと」

 まあ、聞いた時は四重結界でも足りなかったかと驚いたものですが。

 それよりも、話しながらも修復作業はしっかり進めている彼の手際は並大抵ではない。マルチタスクのみならず、異なる動作を同時に行うことにも彼は長けているのでしょう。出自を考えれば、本を読みながら本棚を整理したり、資料を検索しながら内容を調べていくようなことをしてきたのかもしれません。


 【正直、上から下へ撃て。くらいしか言えないのですが、万が一には備えていますので問題はありません。位置的に考えて海鳴市が壊滅することもないでしょう】


 「壊滅って………」


 「でもさあ、普通の砲撃でも余裕でいくつもビルぶっ壊してるからねえ」

 高町なのはが殺傷設定の砲撃を海鳴市へ撃てば、千単位、下手をすれば万単位の死人が出かねませんね。

 それ故に、高ランク魔導師の犯罪者というものは厄介極まりなく、それを抑えるために次元航行部隊は命を懸けた追跡を行うこととなる。中でも、広域次元犯罪者と呼ばれる者達は犯罪者のエリートというべきか。



 「でも、なのはの砲撃は確かに凄いですけど、あそこまでの威力はなかったような……」


 「そういや、フェイトの動きもいつもより速いね。あんな速度で動いていたら、まともに空戦出来ないような気がするんだけど」

 二人もそろそろ違和感を持ち始めましたか。


 【簡単なことですよ、彼女達は現在、トランス状態になっているのです】


 「トランス状態………えっと、確か………」


 「何だいそりゃ?」

 ユーノ・スクライアはその単語に聞き覚えがあるようで、記憶の検索を行っている。当然、修復作業を進めながら。

 アルフの方は全く聞いたことがないためか、直でこちらに尋ねてきましたか。


 【一言で言えば、フルドライブ状態の亜種です。武装隊や戦技教導隊などのデバイスが備えるフルドライブ機能については知っていますね?】


 「あれだろ、魔導師が全力を発揮するための機能」


 「通常、魔導師のリンカーコアは最大でも50%程度の出力に抑えられていますが、それを全開放する技術ですよね、制御に失敗するとかなりの負荷が返ってくるとか」


 【はい、原理的には人間の筋肉が30%程度しか発揮されないのと同じですね。しかし、“火事場の馬鹿力”の例えのように、そのリミッターを外すことは不可能ではない。フルドライブ機能とは外部からの信号によってリミッターを外し、かつ、一気に増大した魔力を制御するための機構です】

 それ故に、フルドライブの利用価値は魔導師のタイプに大きく影響される。

 保有魔力が少なく、魔力制御に長ける魔導師ならば反動も少ないため、それほど負荷を恐れずに使用することが可能。上手く制御すれば、切り札として大いに力を発揮しますし、出力不足を補うこともできる。無論、多様は禁物ですが。

 逆に、保有する魔力が膨大でも制御が苦手なものは決して使ってはならない禁じ手となる。フルドライブとは水道の蛇口を全開にするようなものですから、使い続ければ即座にタンクが空となり、水圧が強すぎれば蛇口そのものを破壊してしまう。

 前者の代表例はクロノ・ハラオウン執務官。彼の魔力資質も決して低いわけではありませんが、魔力量と制御の天秤ならば圧倒的に制御の方に傾いている。よって、必要な時間だけフルドライブを行い、一瞬で勝負を決めることも出来るでしょう。もっとも、彼のデバイスであるS2Uにはフルドライブ機能はありませんでしたが、これはリンディ・ハラオウンの意向かもしれませんね。

 後者のタイプには特に広域殲滅型の魔導師が多い。威力こそ凄まじいものの、細かい制御が苦手というタイプ。このような魔導師にフルドライブ機能を備えたデバイスを渡すデバイスマイスターは皆無でしょう。

 そして、彼女ら二人は―――


 「それじゃあ、トランス状態ってのは?」


 【外部からの信号がなく、己の意思のみでフルドライブ状態になることを指します。ボクサーなどが殴り合うことで徐々にリミッターが外されるケースがあることも確認されていますが、原理的にはそれほど変わりません。一人でこの状態になった例は確認されておらず、また、周囲に意識を振り分ける多対一の状況でもありません】

 つまりは、目の前の相手を打倒することに全能力を費やそうとする際に発生する、戦闘特化状態ということですね。


 【機能自体は通常のフルドライブと変わりません。彼女らは魔力制御が桁外れて優れていますが、比例するように魔力容量も大きい。効果は大きく、暴走の危険性もそれなりに、ある意味で理想形ですね】

 制御が得意なタイプは安定してフルドライブを使えますが、劇的なまでの効果はない。元々の魔力量が突出していないため、絶対的な力は発揮しえない。

 魔力量が多く、制御が苦手なタイプはそもそもリスクが高すぎて使い物にならない。極小確率で上手くいけば、まさしく奇蹟的な効果を上げるでしょうが、博打の要素が強すぎる。

 しかし、彼女はある意味で平均タイプ。魔力量はそれなり、魔力制御もそれなりという平均的な魔導師を両方の面で数段階グレードアップさせたような存在ですから、バランス的には変わりません。

 魔力量が膨大なため、フルドライブの効果は大きく、かつ、魔力制御が得意なため、暴走の可能性も小さい。一言で言えば、無理が効きやすい。それ故に危うい部分もありますが。

 そして、フルドライブ状態はともかく、トランス状態には他にも大きな問題がある。


 すなわち――――


 【こちらは、次元航行艦“アースラ”の艦長、リンディ・ハラオウンです。管制機“トール”、応答願います】


 【承りました、ハラオウン艦長。用件は何でしょうか?】


 【彼女らはトランス状態となっており、これ以上の模擬戦の続行は危険です。フェイトさんのデバイスは分かりませんが、なのはさんのレイジングハートにはフルドライブ機能が搭載されていません】

 デバイスからの信号によってリミッターが解除されていないため、そもそもデバイスが急激に高まった魔力を制御する機能を備えていないこと。

 フルドライブ機能を備えているデバイスならば、普通にフルドライブ機能で戦うため、トランス状態にはなりえない。これは、フルドライブを搭載していないデバイスで戦っており、かつ二人の実力が拮抗している場合に限って発生しうる、極めて特殊なケース。

 なお、ドラゴンなどのリンカーコアを備えた大型生物同士の戦いにおいて似た状況が発生することから、“真竜の戦い”、“怪物決戦”、“神と魔王の相克”などの別名も存在する。この場合、どちらが神でどちらが魔王となるのでしょうか。

 つまり、高町なのはとフェイト・テスタロッサは、真竜と同等の危険生物と呼べるわけですね。彼女らが理性を失って街でリンカーコアが尽きるまで暴れれば、真竜が暴れた場合と同様の被害が出るのは間違いありませんし。


 【それは理解しておりますが、本模擬戦の規定ではいずれか、もしくは両名が戦闘継続不可能となるまで試合を続けることとなっており、未だにその判定は成されておりません】


 【しかし、なのはさんの砲撃が600万を超える魔力値となるのを確認しました。もし彼女らが魔力の制御に失敗すれば、最悪のケースも考えられます。試合は止めるべきです】
 
 そうですか、貴女でもわからないのですね、リンディ・ハラオウン。しかし無理もありません、これはどれほど有能でも、人間の感覚では分からないことなのですから。


 【お言葉ですが、貴女方は両者の魔力制御を過小評価しています。彼らが魔力の暴走によって自滅することは、少なくとも現段階ではあり得ません】


 【ですが! 彼女らはまだ9歳なのですよ!】


 【違います。その2名ではありません】


 【え――――】

 私は言ったはず、“彼ら”と。



 【魔導師の杖レイジングハートと、閃光の戦斧バルディッシュ、彼らを貴女方は過小評価しています。彼らは己の命題に懸けて、決して高町なのはとフェイト・テスタロッサの二人を自滅などさせない。己を犠牲にしてでも必ず主を守りぬく覚悟で、彼らもまたこの戦いに臨んでいるのです】







新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:15



------------------------Side out---------------------------


 試合開始より既に15分。

 残り時間は半分を切り、彼女らの戦いはいよいよ激しさを増していた。


 『After all she is the top for ability. We cannot so easily win.(やはり、実力的には彼女が上です。そう簡単には勝てません)』


 「知恵と戦術はフル回転中、切り札はあるけど、まだ使えない」


 『Yes, there is not a meaning before her mobility even if we shoot it now.(はい、今撃っても彼女の機動力の前には意味がありません)』

 現状、フェイトが10発を中てれば、なのはが2発を中てるという展開が続いている。

 なのはの本領は威力と誘導の二つを高次元で融合させることにあるが、フェイトの速度はそれを覆す域に達していた。


 「威力を上げたら、どうやっても中らない。相討ち覚悟のカウンターでさえ、躱されるようになってきた」


 『There is BARDICHE over there. It was learned the timing of the counter.(向こうにはバルディッシュがいます。カウンターのタイミングを学習されました)』

 トランス状態にある今、なのはの攻撃は強く、重くなっている。しかし、どんな威力の砲撃も中らなければ意味はない。


 「タイミングはまだずらす余裕はあるけど、どっちにしてもジリ貧だね」


 『Yes, we have to hammer in the bombardment of all energy once to stop her means of transportation.(はい、彼女の足を止めるためには、全力の砲撃を一度叩き込む必要があります)』

 二人が会話している間にも試合は続いており、フェイトからは次々とフォトンランサーが放たれ、なのはのディバインシューターがそれを迎撃しつつ、時には躱し、時には反撃を加えていくが、同じ展開が続くのみ。

 時折放つ砲撃も、命中することはなく、ユーノとアルフの仕事を増やすだけとなっている。


 そして、二人は結論を出した。


 「全力で―――――受けとめるしかないね」


 『The moment when she paid out the strongest single blow with BARDICHE is the last chance.(彼女とバルディッシュが最強の一撃を繰り出した瞬間が、最後の機会です)』

 すなわち、これまでと逆の役割分担。

 誘導弾は捨て、なのはは防御と高速機動に集中。

 そして、レイジングハートは――――


 『I centralize all functions in the single blow.(一撃に、全機能を集中させます)』

 トランス状態によって極限まで高まっている主の魔力、その全力を受け止めることに全てのリソースを割く。

 これまで放った砲撃は速射性などを重視したため、全力ではない、せいぜいが6割程。にもかかわらず600万近い魔力を込めていたのだ。

 それが全力で開放されたとき、己にかかる負荷がどれほどとなるか、それを考慮に入れてなお―――


 『I take your all energy. Please shoot a single blow without the allowance.(貴女の全力を、私が受け止めます。手加減なしの一撃を撃って下さい)』


 「うん!」

 魔導師の杖は、一切の躊躇もなく、己の主へ伝えた。“全力で撃て”と。

 それこそが彼女の持つ命題、彼女の存在意義。

 純粋な演算速度ではストレージデバイスに劣るものの、データにない状況において臨機応変に対処する能力に秀で、主の意思を汲み取り、望む勝利を引き寄せるために彼女は作られた。

 そして、この時に彼女が行った制御データを起点とし、後の高町なのはのフルドライブとなる“エクセリオンモード”、さらに、リミットブレイクへ進化した“ブラスターモード”が作られることを、この時の彼女らは知る由もない。

 この戦いは、あらゆる意味で彼女らの始まりを告げるものとなる。






 「戦術が、変わった?」


 『Yes, speed did not change, but a guided missile disappeared.(はい、速度こそ変わりませんが、誘導弾がなくなりました)』

 そして、戦局の変化を彼女らも敏感に感じていた。

 現在も二人は螺旋を描きながら交差するような高速機動を行っているが、その大半は直接デバイスをぶつけ合う接近戦であり、硬い防御と砲撃に特化したミッド式の空戦魔導師であるはずの高町なのは本来の戦闘スタイルではない。

 このスタイルでは速度に勝るフェイト・テスタロッサが有利となるのは当然であり、まともに考えれば無謀でしかない。


 だが―――


 「………重い」
 『Defenser.』

 なのはとレイジングハートはこのままでは勝機はないと判断したが、それはフェイトとバルディッシュも同様であった。

 なのはの砲撃はトランス状態によって強化されたが、それは威力のみではなく、速度や命中性にもいえることであり、それまでのフェイトの速度では到底躱しきれるものではなく、トランス状態にあってもなお厳しいものであった。

 そこで、フェイトとバルディッシュは防御の一部を捨て、トランス状態の魔力を速度の上昇とその制御に充てることで“これまで通り”に躱していた。それによって相手に威力は上がっても中らなければ意味はないと誤認させることに成功していたのだ。

 しかし、薄くなった防御はディバインバスターが掠っただけでもかなりの損傷を受けており、それだけなのはの砲撃は容赦のない威力を秘めていた。


 「私の攻撃は“当たれば必倒”。だけどそれは雷の特性によるものだから、いつまでも芯に残るものじゃない、痺れがとれればそれまで。剃刀のように切れ味はいいけど、持久戦に弱い」


 『Yes.』

 試合開始から15分経過、フェイトの攻撃は一撃で意識を刈り取らなければ有効とならないが、なのはがフェイトに与えたダメージはこの15分間で無視できないレベルまで蓄積されていた。

 つまり、このまま持久戦となれば、不利となるのは彼女の方であった。しかし、それを悟らせず、相手に戦術の変換を強いることに成功した。これは彼女らの作戦が勝ったといえる。


 そして―――


 「ここが最後のチャンス、ここで攻めきれないと、渾身のカウンターを喰らうことになる」


 『We should not use that trump(あの切り札は、使わないに越したことはありません)』


 「うん、だから―――」


 『Yes sir. I concentrate all functions on high-speed movement and attack.(了解しました。全機能を高速機動と攻撃に集中します)』

 閃光の戦斧もまた、主の意思を汲み取り、全機能を開放する。

 バリアジャケットの中でも特に防御用に構成されているマント、その構成を解除し、機動力と攻撃力をさらに向上させる。当然、そのための機能などインストールされていないため、全ての処理を彼の知能によって行う。

 そしてそれこそが、彼が先発機より受け継いだ、インテリジェントデバイスの最大の強みであり、彼の誇りそのものだった。


 『Master, I perform the control entirely. You please concentrate all energy on attack.(マスター、制御は全て私が行います。貴女は攻撃に全力を注いでください)』


 「分かった―――――――行くよ!」

 誘導弾がなくなった今、フェイトはフィールド系の防御を捨て、攻撃に全能力を注ぎ込み、バルディッシュはその全ての負荷を受け持つ。

 そして、この時に彼が行った制御データを起点とし、後のフェイト・テスタロッサの切り札となる“ソニックフォーム”、さらに、その進化形である“真・ソニックフォーム”が作られることを、この時の彼らが知る由もない。


 ぶつかり合う意思と戦術、両者の思考はそれぞれ最終段階へ。


 二人の長い戦いは、ついに最後の激突を迎えようとしていた。




 ※一部レイジングハート、S2Uの記録情報より抜粋



[22726] 第三十五話 決着・機械仕掛けの神
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2011/01/03 19:38
第三五話   決着・機械仕掛けの神





新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:18




 【いよいよ、終わりが見えてきましたね】

 試合空間で戦う二人の戦術は明らかに変化している。

 これまでのようにそれぞれの戦技を競うものではなく、最後の一撃を叩き込むための“詰み”への経路を探り合うものへと。

 例えデバイスであってもこれを演算することは容易ではない。秒単位で相手は移動し、戦況は変わるため、大まかな予測は立てられても正確に相手の動きを読むことは難しい。


 【このような状況において、人間の頭脳というものはデバイスを凌駕することが多い。相手の表情、呼吸、そういったものから“何か”を感じ取り、相手の動きを読みきる力、こればかりは機械に再現させることは難しい】

 故に、機械は機械だからこそ出来ることを、人間は人間だからこそ出来ることを成せばよい。その連携を完璧にすることが、インテリジェントデバイスの目指す到達点。まあ、管制機である私はそこに含まれない変わり種ですが。


 「なのは、頑張って」


 「フェイト、どうか無事で……」

 こちらのサポート班も今はただ見守るのみ、数分前までは高町なのはによる砲撃の余波によって頻繁に結界に綻びが生じていましたが、現在は高速機動での接近戦に終始しているためサポート班の出動はなくなっている。


 そして――――



 「はあっ!!」


 「せえいっ!!」

 二人の少女はまるで絡み合うように螺旋を描きながら肉弾戦を繰り広げる。まるで、次に魔法を放つ時が最後の一撃と言わんばかりに。

 ちなみに、アースラからの通信は一旦切ってあります。この模擬戦が終了し次第、詳しい説明を行うことを条件にこの戦いに関しては不干渉ということで。


 【両者より、広域攻撃クラスの魔力を感知】


 【ご苦労様です、アスガルド。彼女らの攻撃によって結界が破られる可能性は?】


 【フェイトは否、ナノハは有り】


 【なるほど、フェイトの決め技はおそらくフォトンランサー・ファランクスシフト。高町なのはの方はディバイン・バスターと考えられますが、片や高速連射型、片や一撃粉砕型、同時にぶつかり合えばどちらが勝つかなど一目瞭然ですね】

 それが分からない両者ではない。しかし、高町なのはが先に放てばフェイトはそれを躱し、ファランクスによる反撃が来る。逆にフェイトの方は連射型故に最初の数発を避けられたところで痛手にはならない。

 攻撃発動のタイミングを自由に設定できるという面ではフェイトが有利ですが、あまり長引かせることも得策ではない。彼女の戦闘スタイルはそもそも持久戦向きではないのだから。


 ならば――――


 「設置型のバインド、それにあれは――――なのは!」


 「フォトンランサーの………待機型、まさか、高速機動での接近戦をしながらずっとこれを設置してたのかい!」

 必ず当たる方策を練るのみ。見事な戦術ですね。

 射撃魔法を捨てた高速機動を行いながら、フォトンランサーとバインドの設置を並行して行っていたわけですか。


 「くっ――――外せない!」
 『Master! Defense!(マスター、防御を!)』

 高町なのはが設置型のバインドに捕らえられ、さらに空間的に包囲する形でフォトンランサーが形成されている。その数150以上、これならば、全ての弾の破壊力は分散することなく一箇所に収束する。


 「フォトンランサー………」
 『Phalanx Shift』

 リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法。

 基本魔法であるフォトンランサーを積み重ねることでサンダースマッシャーなどの砲撃魔法以上の威力を引き出す。クロスファイアなどと同系統ですが、電気変換の特性も併せ持つため速度、威力の両面で凌駕する。


 「レイジングハート、受け止めるよ!」
 『Yes, my master! Round Shield!』

 そして、彼女らは回避ではなく、真っ向から受け止める道を選んだ。

 仮にバインドを破壊したところで、既に構築されたフォトンランサーの包囲網は破れない。外部に出たところで反撃の機会を失ってしまうだけで意味がない。

 ならば、残された道はフェイトの攻撃を真っ向から凌ぎ、攻撃の後の僅かの空白に全力の砲撃を叩き込むしかない。





 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
 『Full flat!(フルフラット!)』

 数百を超えるフォトンランサーが高町なのはへと叩き込まれる。

 その余波でレイヤー建造物が次々と崩壊していき、射撃の収束点の魔力密度はどんどん高まっていく。


 【電気変換された魔力はただ在るだけで人体に影響を与える。あれほどの魔力密度では、高電圧の電気を常に浴びているようなもの】

 しかし、フェイトの攻撃はそれで終わりではない。



 「スパーク―――――」

 周囲に展開していたフォトンランサーがフェイトの左手に集い、巨大な槍を形成する。

 そして、バルディッシュに乗せて極大の一撃が――――



 「―――――エンド」

 ―――――放たれた。




 「なのは!」


 「流石に、決まったかい」


 スパークエンドは直撃、ファランクスシフトのダメージも考えれば、エース級魔導師ですら撃墜可能であろう威力。

 だがしかし、高町なのはとレイジングハートは不意を突かれたわけではなく、覚悟の上で受け止めた。さらに、その防御術式もバリアとシールドを重ね合わせた実に強固なものでした。

 攻撃による爆煙によって高町なのはの姿は見えませんが――――


 【魔力値、増大】

 センサーからの情報は、彼女らの健在を示している。


 【なるほど、耐えきったというわけですか】




 「バルディッシュ!」
 『Scythe Form』

 しかし、それを予想していたのは私だけではないようですね。

 最初から、フェイト達は射撃魔法だけで決めるつもりなどなかった。そもそも、高町なのはと異なり、フェイトの本領は高速機動を織り交ぜた接近戦での一撃にあります。

 状況に応じて使い分けが可能なことも強みの一つですが、やはり、彼女の最大の武器である“速度”を最も攻撃に転化できるスタイルとは遠距離から飛び込んでの魔法攻撃に他ならず、それ故にバルディッシュは近接戦闘を前提とした形状をしている。

 それ故、サイズフォームによって追撃をかける戦術は有効となりますが―――


 「な――――バインド!」

 フェイトが飛び込んだ先には、爆煙に隠れて設置した高町なのはのバインドが待ち構えていた。アスガルドのセンサーがあってこそ私は事前に察知できましたが、フェイトとバルディッシュの驚愕は相当なものでしょう。


 「信じてたよ――――フェイトちゃんなら、きっと来てくれるって!」
 『Shooting mode.』

 つまり、高町なのはが信じたものは、他ならぬフェイトとバルディッシュ。彼女らの想いを受け止めた彼女だからこそ、フェイトが手を緩めず追撃してくることを読み切った。


 「ディバイン―――――――」


 【魔力値増大、400万――――500万―――――600万―――――700万―――――800万―――――900万】


 トランス状態における全力の砲撃。

 手加減は一切なし、現段階はおろか、本来ならば高町なのはが魔力制御の訓練を積み、レイジングハートがフルドライブ機構を備えた状態で放たれるはずの砲撃が、ここに顕現される。


 【これは、1000万を超えそうですね】

 ですが、これを撃てば最早後はないでしょう。高町なのはのリンカーコアとて無限ではないのですから。


 「バスターーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 そして、極限まで魔力が注ぎ込まれた一撃が、フェイト目がけて放たれる。


 「バルディッシュ!」


 『Defenser.』

 それを防ぐは、先程の彼女らと同様に、バリアとシールドを重ね合わせた重層型障壁。


 「直撃した!」


 「フェイト!」

 一撃の破壊力ならば高町なのはが勝っている。これは、誰もが知っていること。


 「まだ………私達は、負けてない!」


 『Yes, sir』


 「あの子だって、もう限界のはず………これを耐えきれば――――」



 桜色の魔力光が徐々に収まっていく。

 周囲に建物がなく、ディバインバスターが指向性を持っていたため、爆煙が立ち上ることはなく、フェイトが健在であることは遠目からでも確認可能。

 フェイトは耐えきった。そして、高町なのはの魔力は既に、次の砲撃を撃てるだけ残されていない。


 しかし――――



 このタイミングで、彼女の切り札が姿を現した。



















新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:21



------------------------Side out---------------------------



 「行くよ! レイジングハート!」
 『Starlight Breaker!』



 星が集う。

 戦闘空域で両者が放出し、時に躱され、時に弾かれ、相手に届くことなくレイヤー建築物を破壊してきた魔力。

 それらが、巨大な恒星の引力によって引き寄せられるように、レイジングハートの先端へと集っていく。


 「風は空に」


 風と共に魔力が吹き荒れ。


 「星は天に」


 星となって収束する。


 「そして、不屈の心はこの胸に!」


 例え届かずとも、幾度でも集い、再び突き進む不屈の心をもって。


 「この手に魔法を!」


 全ての魔力が、星の力を手にした少女の下へ集い、最後の魔法を形成する。


 「受けてみて! これが私の、全力全開!」


















 されど―――



 「……撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」


 『Thunder Smasher!』

 切り札を用意して来たのは、こちらも同様であった。



 「サンダースマッシャー、ソニックシフト!」

 彼女の最大の持ち味は速度、それをもって砲撃に対抗する手段とは何か。

 なのはがレイジングハートと共に、自分の長所を最大限に生かし、戦闘空間に漂う魔力の残滓を収束して放つスターライトブレイカーを編み出したように。フェイトとバルディッシュもまた、己の長所を最大限に生かす手段を編み出していた。

 電気変換された魔力を砲撃魔法の要領で後方へ放射すると共に、電磁力を用いて超加速。自身そのものを弾丸と化すことで、直線的運動に限り全てを凌駕する超高速を作り出す。

 しかし、欠点も多く、発動時間がかなり限られ、一度使えば軌道修正が効かず、移動距離もそれほど長いわけではない。つまり、砲撃の回避の手段としては発動後に使用せねば意味がなく、誘導タイプが相手ならば途中で効果が切れ、止まったところを追いつかれる。

 そして、スターライトブレイカーは収束砲であり、その攻撃範囲は広域殲滅魔法に匹敵する。元々装甲が薄く、速度を上げるためにさらに削り、先のディバインバスターによってほぼ防御機能を消滅させられたフェイトのバリアジャケットでは掠っただけで致命傷となる。

 ならば、射手を砲撃前に倒すのみ。スターライトブレイカーに限らず、あらゆる砲撃を潰す絶対の手段であり、このソニックシフトならばそれが可能。


 「く、ぐうう! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 

 しかし、当然のことながらそれだけの速度を発揮する以上、身体にかかる負荷も相当のものとなる。昨日の練習の際はバリアジャケットを強化し、バルディッシュが管制制御を行うことでかなり負荷を抑えられたものの、現在の彼女らは満身創痍に近く、ほとんど生身のまま超高速機動を行うのに等しい暴挙だ。下手をすれば気圧の変化に耐え切れず身体が内部から千切れ飛ぶ。


 『Distance, remainder 200m! Master!(距離、残り200m! マスター!)』


 「うん、行くよ! 魔力集中、右腕!」
 『Thunder Arm!(サンダーアーム!)』


 それを承知の上で、彼女らは突撃を敢行した。残りの魔力を防御に回したところで、あの収束砲を凌ぐことはできない。それならば、全ての魔力を移動に費やし、最後の奇襲を仕掛けることを彼女らは選んだ。



 「!?」
 『An approach warning! Master!(接近警報! マスター!)』


 そして、この奇襲を読みきることは彼女らにとっても不可能であり―――


 「踏み出す一歩………繰り出す一閃!」


 フェイトの右拳に、電気変換された魔力が集中する。


 「そうだ、いつだって、私達は――――負けない!」


 「フェイトちゃん!」


 『Inertia control!(慣性制御!)』


 『Magical power switch! Defense!(魔力転換! 防御!)』




 そして――――――――二つの影が交錯した。


















新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM6:22



 【やれやれ、まさかこれほどとは】

 流石に少々予想外ですね。フェイトがバルディッシュと共に飛行訓練を熱心に行っていたのは知っていましたし、ソニックシフトに関しても時の庭園のサーチャーの報告から存じていましたが。


 【無謀、阿呆】


 【容赦ないですね、というか、いつの間にそんなに毒舌になったのですかアスガルド】

 饒舌ではないのに毒舌というのも変な話です。


 【自滅特攻】


 【まあ、ほとんどそれに近いものでしたが、高町なのはのスターライトブレイカーを発射させないという1点に関してならば唯一の手段といえたでしょう。ただ、あそこまでバリアジャケットが崩れている状態において放つ技ではありませんがね】

 ソニックシフトは自爆技ではなく、本来はコンビネーションの合間に繰り出す小技としてリニスが考えました。

 ただ、自身を電磁力によって弾丸と化す特性上、どうしても直線的な動きしか出来ないことから通常での移動には用いることはできず、方向転換が効かないため障害物がある場所、狭い場所でも使えません。

 よって、緊急回避用の手段としてリニスは考えていたようです。反撃に繋げるには弧を描くような軌跡が必要となるため、このソニックシフトは利用できません。あくまで、奇襲を受けた時や、誘導弾を避けきれない時などに咄嗟に離脱するための魔法だったのですが。


 『よもや、サンダースマッシャーを推進力として用い、そこにソニックシフトを重ね、その上右手に電気変換された魔力を込めて殴りかかるとは。バルディッシュが慣性制御を行うため、彼を攻撃に使えないこともソニックシフトの欠点でしたが、これは改良というべきか改悪というべきか』

 相手にダメージを与えるという点では改良ですが、自分の負荷がそれ以上に大きいという点では改悪ですかね。

 それに、あの一撃はサンダーアームと呼ばれる魔力から変換した電撃を体の一部に集中発生させ、その部分に触れた敵の身体や武器から電撃を流し込む攻防一体の零距離対応技。

 本来は魔力付与防御魔法に分類されるものであって、防御、もしくは迎撃用。間違っても自分から高速で相手へ突っ込んでいる時に用いる魔法ではありません。

 まあ、それはともかくとして。



 「…………」


 「…………」


 サポート班の二名は完全に呆然としていますね。収束砲だけでもインパクトとしては十分過ぎましたが、フェイトの無茶はそれを凌ぐものでした。

 そもそも、大規模攻撃は身体やリンカーコアに大きな負担をかけますし、9歳の子供が収束砲を放つなど冗談じみた話です。そして、フェイトが行った暴挙は最早語るに及ばず。


 【アスガルド、二人の状況は?】


 【共に健在、浮遊状態を維持】

 なるほど、墜ちていないことから、意識を失っているということはないようですね。


 とはいえ―――



 「はあ、はあ、」


 「けほっ、まだ………まだ」

 何ともひどい有様ですね。高町なのはのバリアジャケットはほとんど砕け、左腕がだらりと下がり、右手だけでレイジングハートを構えている。

 フェイトの方は、高町なのは以上にボロボロの有様。彼女の年齢が10年追加されれば、露出狂と呼ばれることは避けられそうにありません。その上、こちらは右腕がだらりと下がり、左手一本でバルディッシュを構えている。

 しかし恐ろしいことに、両者の眼はなおも輝きを失っていない。まだ戦闘を続けるつもりのようです。

 ですが、先の激突において二人が重大な傷を負った可能性もありますので、ここは確認をとりましょう。


 【レイジングハート、バルディッシュ、応答願います】

 とはいえ、私は心配しておりませんよ。先の激突を貴方達が可能であると判断した以上、それが正しい解だ。

 プレシア・テスタロッサのために機能する私ではなく、フェイト・テスタロッサのため、高町なのはのために存在する貴方達こそが、この戦いを継続するか否かを決定するのです。


 【我が主は無事です】


 【我が主も同じく】

 それぞれから健在の知らせが入る。


 【無事であることの定義は別として、少なくとも二人は致命傷や後遺症が残るような怪我はしていないわけですね】


 【はい、利き腕が脱臼し、その一部が折れていますが、内臓にダメージは及んでいません。吐血はなさいませんでしたが、リンカーコアの消耗は激しいので戦闘の継続は厳しいかと】

 高町なのはの利き腕は左腕でしたが、完全に潰されたようですね。


 【我が主も利き腕が脱臼していますが、その他に火傷もあります。重度ではありませんが、右腕全体に及んでいるので可能な限り早急な治療が必要かと】

 フェイトの方は右腕を負傷と、どうやら高町なのははフェイトの渾身の一撃を収束した魔力の一部を利き腕に込めることで迎撃したようですね。代償として収束した魔力があの場で開放され、両者ともに魔力ダメージを負った模様。

 その結果、二人とも満身創痍となり、特に利き腕は使い物にならなくなってしまった。


 【では、これ以上の試合続行は共に危険であると】


 【はい、ですが、我が主が戦うことを望まれている以上、私が止めることは出来ません】

 と、レイジングハート。


 【私も同様です。主が諦めていない以上、デバイスが先に白旗を上げることはできません】

 と、バルディッシュ。


 【それは承知しています。貴方達の役割は戦闘の継続が可能かどうかを判断するだけですから、それで構いません。それぞれの主が戦闘の継続を願うならば、それぞれ最後まで付き合うとよろしい。戦闘を止める作業はこちらで行いますので】


 【感謝します】


 【申し訳ありません、トール】


 【いえいえ、主が断崖へ向けて走っているならば、崖の底までお供するのがデバイスというものですから、貴方達はそれでいいのです。止める役目は使い魔や友人、もしくは……】

 では、そろそろ私の役目を果たしに行かなければ。


 【母親でしょう】

 二人との通信を一旦切り、主へと繋ぐ。


 【マスター、ご覧になられておりますか?】


 【ええ、見ているわ】


 【二人の戦闘継続が不可能なレベルに達しました。これより、停止作業に移ります】


 【そう、じゃあ早く来なさい。あの子達は今すぐにも激突しそうよ】

 アスガルドから送られてくる情報からは、二人が最後の激突を行おうとしていることが確認できる。

 とはいえ、既に魔力はほとんど尽き、高速機動も砲撃も不可能なほど互いに消耗している。よって、彼女達が現在行える戦闘行為とは。



 「これが…………最後の一撃」


 「全部…………込める」

 互いのデバイスに全魔力を注ぎ、直接叩きつけるのみ。場を整えた私が言うのもおかしな話ですが、なぜそこで模擬戦を終了するという発想が浮かばないのでしょう、戦乙女ですか貴女達は。


 【急いだ方が良さそうですね。アスガルド、私を主の下へ】


 【了解】

 中央制御室に転移魔法陣が浮かび上がり、私の本体はその中心へ。


 【転移開始、座標、時の庭園の主】









 『お待たせしました、マスター』


 「ちょうどいいタイミングみたいよ」

 大広間の椅子に主は腰掛けており、その前には大型スクリーンに彼女らの姿が映し出されている。


 『ここまでやれば、互いの想いのぶつけ合いとしては十分かと思いますが』


 「でしょうね、正直、母親としては心臓に悪かったわ」


 『ですが、嬉しさも半分といったところでしょうか』


 「そうね、あの子は遠慮し過ぎる子だから、普段からこのくらい意思を通してくれればいいのだけど」

 高町なのはとフェイトの共通点に、遠慮し過ぎるという部分があるのは確かでしょう。

 ですが、この戦いに限れば、互いに一切遠慮せず、ぶつかり合うことが出来ました。


 『意思を通すことは大切ですが、流石にこれ以上は危険ですし、ジュエルシード実験にも支障をきたします』


 「ええ、だから止めるとしましょう。これも、親の特権というものかしら」

 そうですね、子供がどんなにやりたがっていても、それが危険なことならば、止めることが出来るのは親の特権でしょう。


 「さて、それじゃあ始めましょう」


 そして―――――――主が、私を手に取った。


 『久方ぶりですね』


 「ほんと、何十年ぶりかしら」

 懐古の念とは、このようなものなのでしょう。


 『私は、バルディッシュのように己の主の全力を受けとめることは出来ません』


 「でも、今の私には貴方が最適よ。もう、自分で上手く魔力を制御することも難しいから」

 ええ、そうでした。まだ魔力の制御が苦手だった頃は、全て私が行っていたのでしたね。

 そして、主が魔導師として成長するに伴い、私の性能は追いつけなくなりました。リソース自体はあったのですが、機械を管制する機能にどうしても多くが割かれてしまい、Sランク魔導師のデバイスとしては不適合。
 
 よって、主はストレージデバイスを新たに作り、私はアリシアのために汎用言語機能や人格学習機能を増設し、主のストレージデバイスを介して母と子を繋ぐ役割を仰せつかった。

 ですから、主がストレージデバイスを使わず、私を使わざるを得ないという事態は、悲しむべきことであるはず。そのはずです。


 しかし――――



 『マスター、申し訳ありません。私の電脳は今、喜びに溢れているのです。貴女にこうしてまた使っていただけることを、貴女の役に立てることを』


 “プレシア・テスタロッサのために機能すること”


 その命題こそが私の全て、それ故に、貴女に使っていただけることこそが、私の何よりの喜びなのです。

 貴女が望むなら、世界を滅ぼす危険があろうとも、アリシアを蘇らせましょう。

 貴女が願うなら、未来永劫、テスタロッサの血族のために働きましょう。

 貴女が何も願わないならば、貴女が与えて下さった命題を、ただ忠実に果たし続けましょう。


 マスター、私は貴女の役に立つことが全てです。それだけが、“トール”という存在を表す全てです。


 『マスター、入力をお願いします』


 「インテリジェントデバイス、“トール”、セットアップ」


 『Standby ready. Set up.』


 入力を確認、インテリジェントデバイス、トール、基本モード“機械仕掛けの杖”。

 33年ぶりの―――――この姿。

 長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる。


 「懐かしいわね」


 『Yes, master』


 「それじゃあ、始めるわよ、トール」


 『It is ON in functioning control.Start the " Deus ex machina"(管制機能をON、“機械仕掛けの神”)』

 私は管制機であり、あらゆる魔導機械を操作する。

 そして、マスターが私を使うならば、それ以上のことも可能となります。

 すなわち――――
















新歴65年 5月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM6:24



------------------------Side out---------------------------


 「せええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいい!!!」


 「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 二人の少女が、互いのデバイスに残る魔力を注ぎ込み、最後の激突を行った瞬間、それは起きた。


 これまで、彼女らを補助してきたデバイスが、突如として沈黙。


 「レイジングハート!?」


 「バルディッシュ!?」

 デバイスに収束した魔力が突如として霧散、さらには――――


 「えええ!?」


 「え、あ」

 彼女らの飛行機能そのものが失われ、二人の身体は落下し始める。


 「なのは!」


 「フェイト!」

 そして、地上で待機していた二人は予想外の事態に混乱しつつも二人を助けるべく飛び出し―――


 「え?」


 「こ、これは?」

 何が起きているか把握する間もなく、強制転移の術式によって遙か遠くへ飛ばされていた。


 そして、二人の少女もまた―――


 「な、何コレ!?」


 「まさか、母さ――――」

 次元を飛び越えて現われた魔法陣によって包み込まれ、次の瞬間には第97管理外世界からその姿を消した。
















新歴65年 5月9日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM6:25



------------------------Side out---------------------------



 「今のは、次元跳躍魔法か」


 「凄い高度な術式だったけど、間違いないよ。時の庭園まで、なのはちゃんとフェイトちゃん、それからユーノ君とアルフさんの4人を、一瞬のうちに次元転移させた」


 「恐らくは、“トール”というデバイスの機能も関係しているのでしょうけど、それにしても凄いわ。次元跳躍魔法という能力を含めてSSランク魔導師というのも頷ける」

 そして、事態を見守っていたアースラの3人も、同様の驚愕に包まれていた。

 緊急時には即座に模擬戦を終了させる用意があるという“トール”の言葉を受け入れ、模擬戦の後に詳しい話を聞くという条件で了承したものの、その手段が予想を上回っていた。


 「しかし、転移はそれで説明できますが、彼女らの魔法が突然霧散し、飛行能力まで奪われたのは一体?」


 「えーと、魔法がいきなり使えなくなった、ってことだよね」


 「だとしたら、AMFかしらね。でも、AMFにしてはそれらしい反応はなかったし、もしAMFだったらセンサーがそれを捉えるはず」

 AMFとはフィールド系防御の一種であり、AAAランクの対魔法防御である。


 「確かにそうですね、それにそもそもAMFは対魔法防御であって、遠隔的に発生させるには最も向かない魔法です。事前に仕込む方法ならばありえますが、それにしても術者が近くにいる必要があります」


 「端末で補助するには複雑すぎるし、そもそも、AMFを発生させる魔導機械なんてありませんよね」

 後に、そのAMF発生装置を搭載した魔導兵器と戦いを繰り広げることをこの時の彼らが知る由もない。



 「だが、現実になのはとフェイトの魔法は無効化されている………何かカラクリがあるはずだ」


 「とはいえ、ここで悩んでしても仕方がないわ、その辺の事情も含めて時の庭園に問い合わせることとしましょう。それよりも交渉の準備の方が忙しくなるわよ」


 「ええと、なのはちゃんとユーノ君は向こうに連れていかれた…………ということになるんですかね?」


 「いや、無理だろうな」

 エイミィの言葉をクロノが短く切って捨てる。


 「どうして?」


 「テスタロッサ家にはジュエルシード不法所持の疑いこそあるが、証拠はないし、まだ使ってもいない。数日後に時空管理局の検査機関にジュエルシードが引き渡されれば、彼女らは単なるジュエルシード探索者にしかならない上、“ブリュンヒルト”試射実験に関してなら、時空管理局への外部協力者だ」


 「今は“ブリュンヒルト”の試射場となっている時の庭園になのはさんとユーノ君を勝手に入れることには追及の余地はあるけど、それも一言返されたらそれまでだものね」


 「一言って、もしかして………」


 「君の予想通りだ。“娘の友人をプライベートスペースに招いた”、それだけで済む。なにしろ、なのはの“友達になりたい”という言葉はしっかりと例の“トール”が記録しているはずだし、彼女らが友達でないという証拠を揃えることはどんな人間にも不可能だ。実際、友達なんだから」


 「友人と知人の境界線なんて、どこの世界のどんな国の法律にも載っていないでしょうね」



















新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 AM6:30



 『今頃アースラの方々は、先程の出来事について頭を悩ませている頃でしょうかね』

 時の庭園へ招いた客人に応対するため、肉体に本体をセットしつつ、私はバルディッシュと通信回線を開く。


 『おそらく、正確に把握することはかなり困難かと』

 無論、当事者であるバルディッシュは事の成り行きを把握しています。


 『別段特別なことでもないのですがね、私は魔導機械の管制機であり、貴方とレイジングハートは私と秘匿通信を行うための回線で繋がっている。ならば、我が主がそれを用いて貴方達を操作することなど造作もない』

 原理は至極単純、妨害電波を用いてレイジングハートとバルディッシュを機能不全に追い込んだようなもの。

 事前に私がレイジングハートと接触した理由の一つに、この緊急停止の布石というものもありました。やはり、私と直接繋がったデバイスほど介入は行いやすくなる。

 如何に彼女らがAAAランクの魔導師とはいえ、デバイスなしではそれほど強力な魔法は放てませんし、高速機動も非常に難しくなる。

 彼女らが万全ならばまだしも、互いに満身創痍であり、リンカーコアの魔力も枯渇寸前、飛行制御も魔力制御もほとんどをデバイスが代行していた状態でした。

 そのような状況でいきなりデバイスが動かなくなれば、ああなるのは至極当然の話。デバイスに収束した魔力は霧散し、彼女らは飛行を維持することすらままならず、落下するのみ。



 『逆に言えば、彼女らは貴方達がいなければ、既に浮いていることすら出来ない状況だったわけです。戦闘の継続が不可能と判断するのも無理はありません』


 『はい、ところでトール、主の負傷はどれほどで治りますか?』


 『それほど深い傷はありませんし、リンカーコアの消耗に関してならば私達の専売特許です。なにしろ、アリシアを治すための研究を26年間続けてきたわけですから』


 そう、フェイト・テスタロッサの肉体を治す技術に関してならば、時の庭園以上の設備は存在しない。

 正直、彼女が病院に行くことほど意味のないことはありません。彼女の生体データは生まれる前から余すことなくここに保存され、日夜研究されているわけですから。


 『安心しました』


 『高町なのはの方も、脱臼と骨折をどうにかすればすぐに回復しますよ。医療設備は整っていますし、年齢もフェイトに近く、魔導師ランクも同じですから、治療は容易です。処置は早ければ早いほど良いですから、アスガルドが既に治療を始めています』


 『仕事が早いですね』

 ちなみに、バルディッシュは現在、作られた時に入っていたカプセルの中にてメンテナンス中。レイジングハートもその隣に。


 『ともかく、お疲れさまでしたバルディッシュ。後のことは私に任せて、貴方もしばらく休眠状態に入ると良い。あれだけの演算を行ったのです、相当の負荷が溜まっているのでしょう』

 レイジングハートは既に休眠状態に入り、回復に専念している。

 バルディッシュと比べて私との繋がりが浅い分、最後の介入で負荷が一気に噴き出したのでしょう。


 『申し訳ありません。後をよろしく頼みます』


 『気にすることはありませんよ、若者に気を遣われるほどまだ私は耄碌しておりません。それに、ここから先は政治的な要素も絡み、事態は複雑になります。貴方とフェイトは明日のジュエルシード実験を成功させることだけに集中して下さい』
 
 何せ、子供を関わらせても碌なことにならない話が盛りだくさんですから。


 『了解しました。それでは、休眠状態に入ります』


 『ええ、ゆっくりと休みなさい』

 そして、レイジングハートに遅れること数分、バルディッシュも休眠状態へ移行。

 これにて、高町なのはとフェイト・テスタロッサの試合は完全に終了となります。両者のデバイスが同時に試合継続を不可能と判断したため、結果は引き分け。

 ですが、やった価値はありました。あそこまでただ一つのことに専念し、家族以外の人物のことを想うフェイトは私も初めて見ましたから。



 『これでフェイトの因子は整った。残るはアリシア、貴女だけです』

 フェイトは光を得ましたが、貴女はまだこれから。

 そも、貴女にとっての光とは何なのか、まずはそれを見極める必要があるでしょう。

 そのためにも、ジュエルシード実験は絶対に成功させねばならない、全てはそこから始まる。

 全ての因子が整い、夢の舞台の調整が完了したその時こそ、我が主が何を望むのか、私が何を成すべきかが明らかになるでしょう。



 大数式の解が出るその時は近い。



 演算を―――続行します。




※一部S2Uの記録より抜粋



[22726] 第三十六話 歯車を回す機械
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/09 20:30
第三十六話   歯車を回す機械







新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室AM7:00




 【了解しました。それでは正式な会談はAM10:00からということで、ごきげんよう、リンディ・ハラオウン艦長】

 15分ほど前にアースラより通信が入り、模擬戦の結果やフェイトや高町なのはの状態と治療に要する時間などを伝えるのにおよそ5分を費やし、今後の予定を決定するのにさらに10分。

 明朝までには両者とも完治していると伝えた時は流石に驚いていましたね、ミッドチルダの医療は次元世界の中でも最も進んでいる方ですが、この時の庭園で開発されている技術はその最先端をいっている。

 もっとも、時の庭園の医療技術は万人向けというわけではなく、フェイトかそれに近い魔力容量と年齢を持つ高町なのはだからこそこれほど早く治療できるのですが。


 『さて、それでは客人に応対すると致しましょう。我が主は既に長時間会話することすら困難ですから、ここは私が代行せねば』


 【管制機体、準備完了】

 私の呟きに合わせるように、目の前に転送陣が出現し、一般型の魔法人形が顕現する。


 【流石ですね、アスガルド】


 【我が知能、その為に有り】


 確かに、管制機である私の行動をある程度予測し、そのための準備を整えることが貴方の知能が持つ役割の一つである。当然、他にも多くの役割があり、そのために彼の電脳は人間らしい会話能力をかなり犠牲にしている。


 『同調完了、それでは向かうとしましょう』










新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 応接室AM7:07




 「よう、待たせたな」


 「え? い、いいえ………」

 応接室、とはいってもかなりの広さを誇る空間(50畳近くある)に一人待たされていたユーノ・スクライアがこっちを向くが、その表情には動揺と驚愕が浮かんでいる。

 アルフは現在医療ポットに入っているフェイトの傍にいるので、ここにいるのはこいつだけだ。


 「どうした?」


 「あの…………トールさん、ですよね?」


 「そうだが?」


 「え、ええと、模擬戦の時とあまりにイメージが違ったもので」


 「ああ、なるほど。いやまったく、人間の感覚というものは、まこと奇妙奇天烈なもんだな」


 「人間の感覚、ですか?」


 「応よ。お前が最初に俺と念話をした時は今の俺みたいな人物をまず想像したはずだ。だが、昨日会った俺はそのイメージとはあまりにかけ離れていた。そこで、“デバイスであるトール”というモデルをお前の頭脳は構築し直し、さっきまでの模擬戦ではそのモデルに沿った“トール”と会話していたということだ」


 「だから、人間らしい貴方に会うと逆に混乱してしまう、というわけですか。誤差が大きいモデルを脳内で結合しようとしてエラーが発生してしまうんですね」


 「頭がいいな、その通りだ。まさかここまで飲み込みが早いとは」


 こいつが脳明晰であることは把握していたが、これはモデルに上方修正が必要か。


 「いえっ! そ、そんなことはありません」

 だが、こういった部分の精神レベルは年相応と、クロノ・ハラオウン執務官とはここらへんが違うな。


 「そんで、どうする? お前が話しにくいなら口調を元に戻すが」


 「そうですね……………とりあえず今回は真面目な話でしょうから、以前の口調の方がありがたいです」


 「りょーかい、では、ここからは汎用人格言語機能を切って応対することに致しましょう』

 いつ何時フェイトやアフから念話が入るか分からないため、私の汎用人格言語機能は0.2秒もあれば切り替えが可能。

 たまにもったいぶって口頭でオン・オフを述べる時もありますが、あれらはあくまで演出に過ぎない。


 「早いですね」


 『私はレイジングハートやバルディッシュと異なり、戦闘を補助するタイプのデバイスでありません。魔法の発動よりも機械的な情報処理の方が得意なのですよ』


 「それはなんとなく分かりますけど、まるでトールさんが二人いるみたいです」


 それはアルフも感じていることでしょうが、残念ながらそうではありません。


 『それは少し違いますね。二人ばかりか、百人以上いるといえます』


 「百人以上!?」


 『貴方が先程まで話していた人格は私の記憶容量に登録されている人格データ、それに汎用言語機能を通して音声出力しているに過ぎません。音声データさえ揃えば、私はフェイトにもアルフにも、高町なのはにも、そして貴方を演じることも可能です』


 「登録されている人格データの分だけ、演じることが出来るんですか」


 『商業的な取引の場や、裁判の交渉などではこの機能が非常に役に立つのですよ。特に、日を挟んで何度か交渉する場合においてはね。交渉人と呼ばれる存在もありますが、彼らにとって私は天敵だ。何せ、毎回別の人物と話しているのですから』


 「交渉術に長けた人ほど、相手の性格を短時間で掴んでそれに対応して論理を展開する。だけど、貴方が相手になると、それが通用しないどころか逆に弱点になってしまうわけですね」


 本当に聡い少年です。9歳とはとても思えませんね。 しかし、私の言葉は常に虚構が存在していますので、ご注意を。


 『その通り、つい5秒前まで話していた人格とまるで違う人格で話されては混乱してしまいますし、それまでの人格の把握に費やしていた労力が無駄となる。しかし、どこの法律にも交渉中に人格や話し方を変えてはいけないという条項はないのですよ』


 「それはまあ、そうでしょうね」


 『故に、私は嘘吐きデバイスなのです。私の言葉を額面どおりに受け止めるのは危険であることを忘れないように、今こうして話している私とて、それが“トール”である保証などどこにもないのですよ』


 「ひょっとして………身体もですか?」


 『然り、これは魔力で動く魔法人形ですが、この中にトールというデバイスが入っている可能性は果たして如何程か? 本体の私は中央制御室にあり、この端末を動かしているだけかもしれませんし、そうでないかもしれません』


 「リンディさんやクロノが頭を痛めている理由が分かりました」


 ユーノ・スクライアは軽く溜息をつく、まあ、その気持ちは計算によって近似出来ますが。


 『その辺りは謝罪するしかありませんが、さて、貴方には貴方の疑問があるでしょうから、まずはそちらに応えることといたしましょう』


 「ありがとうございます。あ、でも、リンディさん達にも繋いだ方がいいでしょうか?」



 想定外の入力を確認、緊急処理へ。



 『そのようなことが可能なのですか?』


 「はい、リンディさんも結界敷設とか遠距離通信が得意だそうで、やってみないことには分かりませんが、多分何とかなると思います」


 『………』



 演算中


 演算中



 「トールさん?」


 『ふむ、申し訳ありませんが、しばしお待ちを………………………………………………………………………駄目ですね、因子が足りていません』


 「どうかしたんですか?」


 『いえいえ、デバイスの限界というものを改めて認識しただけの話です』


 「デバイスの限界?」


 『貴方は覚えているでしょうか、先の模擬戦において彼女がレイジングハートとバルディッシュを過小評価していると私は述べました。しかしこれは私がデバイスであるから正確に評価できただけの話で、そもそも人間が理解できる話ではないのです』


 「ということは、同じように人間には理解できても、デバイスには理解できない事柄があるということですよね」


 『然り、私の場合は特にそれが顕著なのです。個人レベルの通信において、アースラと時の庭園を繋ぐことは不可能であると私は計算しました。しかしそれは、個人携帯レベルの魔導端末の出力限界を基に導き出した演算結果に過ぎません。貴方とリンディ・ハラオウン艦長の魔力のみを用いた通信を考慮に入れていなかった』

 これが私の欠点ですね。魔導機械を介した行動ならば正確に予測が行えるものの、純粋な魔導師の魔力のみを使用した魔法に関しては弱い。いや、その存在を失念することすらある、今回のケースのように。

 人間には行えない計算、人間であるからこそ考え付かない論理、それらを完璧にこなすことであたかも万能であるかのように見せかけることは私の得意とする擬態ですが、実態は万能とはほど遠い。

 この国の言葉に“隣の芝生は青い”という言葉がありましたが、基本的に人間というものは自分が持っていない技能を高く評価し、自分が出来ないことを可能とする人物を上に見る傾向がある。それを利用することで、デバイスである私を万能な人間と錯覚させることもできる。そうした虚言は私の特技の一つですが、それはあくまで虚言に過ぎない。


 「じゃあさっきは、その計算をもう一度行っていたわけですね」


 『貴方は本当に聡い、その通りです。しかし、結果は意味のないものでした。私はリンディ・ハラオウン艦長の魔導師ランクや実績こそ把握していますが、彼女の魔力を実際に計測したことがない。貴方は模擬戦での結界修復の際にデータを採取したのである程度把握していますが、初期パラメータが双方共に揃わねば意味のある演算は出来ないのですよ』


 「でも、とりあえずデータを代入して演算を進めることは可能ではないですか?」


 『それは可能ですが、先程貴方が言った通りこれは“やってみなければ分からない”類の遠距離通信。それが可能であるか否かを判定するのに、現物ではないデータを使用したところで意味がないのです。極論、貴方が風邪をひいただけで、この遠距離通信が不可能となる可能性もあるのですから』


 「つまり、平常な僕、焦っている時の僕、風邪をひいている時の僕、大怪我をしている時の僕、それぞれの魔力傾向をデータとして貴方が知らない限り、正確な演算が行えないというわけですね。当然、リンディさんのデータも」


 『然り、それ故に人間というものはデータ化が難しいのですよ。デバイスを介した魔法ならば必ず上限が定められます。レイジングハートやバルディッシュですら、機構的な限界というものは存在しますし、ストレージデバイスやアームドデバイスはより顕著です。可能か否かのみを判定するのは比較的容易なのですがね』

 それでも整備状況などによる変化はありますが、明確な上限すら存在しない人間に比べれば遙かに変化の幅が少ない。

 個人での携帯が可能なレベルの端末ならば自ずと次元間通信の限界距離も割り出せる。アースラが備える高性能の大型端末ならば、ミッドチルダと第97管理外世界を繋ぐことも容易。また、時の庭園のような施設を中継ポートとして利用することなどもあり得ますが、機械を介すのであればその性能は計算できる。


 『この一点からだけでも、機械が人間を理解することが如何に困難であるかが分かりましょう。レイジングハートやバルディッシュが唯一人の主を定め、彼女らのために在るのは、そうでもなければ人間との高度な同調が不可能であるからです』

 たった一人の主の心を理解し、その魔力を制御するだけでもデバイスのリソースは限界に達する。


 「それだと、貴方はどうやって百人以上もの人格データを?」

 ならば当然、その疑問を持つでしょう。


 『人格データの圧縮のための技法もそれなりにあり、参照を容易にするアルゴリズムも考案されています。しかし何よりも、私が管制機であるというのが最大の理由ですね』


 「貴方は指示を出すだけで、複雑な計算は他に任せているということですか」


 『然り、ちょうど通常の魔導師とデバイスの関係に近いですね。魔導師が状況を把握し、現在必要な魔法を選択、その命令をストレージデバイスへ送ります。そして、ストレージデバイスは高速演算を行い、その結果を魔法として顕現させる。術者はその結果を見届け、さらなる命令を行う。これを、私と時の庭園のマザー・コンピュータであるアスガルドは常に行っているのです』

 柔軟な思考能力を持ち、現在必要な演算を選択し、命令を下すのが管制機である“トール”

 その命令を受け、巨大なリソースを用いて演算を行うスーパーコンピューター、超大型ストレージデバイスとも言える“アスガルド”

 そしてさらに、“クラーケン”などの動力炉や傀儡兵、オートスフィア、サーチャーなどは実際に動く手足となる。それら全てと電脳を共有できるのも私が持つ特性の一つ。

 私はあくまで管制機であり、私自身の演算性能など高が知れたもの。一つのジュエルシードがどのような形で発動するくらいは演算出来ても、複数のジュエルシードの状態変化を逐次的に計算することなど出来はしない。個体数が増えるたびに、状態変化数は指数関数的に増大してしまいます。

 無論、演算結果を近似的に求めるアルゴリズムを考えることも私の役割なのですが、これを得意とするのは人間であり、いくらインテリジェントデバイスとはいえ向いているわけではない。我が主が健康であった頃は彼女がアルゴリズムの開発も行っていましたが、今は私が全て代行している。

 かつては我が主がアルゴリズムを考案し、私は管制機として全ての機械を操り、アスガルド達は黙々と演算を続け、現実での処置が必要な場合はリニスが動く、そのようにして時の庭園は動いていた。

 しかし、今や能動的に動けるのは私だけ。我が主は床に伏し、リニスは先に逝ってしまった。フェイトとアルフの活動は時の庭園の外であり、内部のことはほとんど把握していない。彼女達には広い青空こそが生きる場所なのですから当然の成り行きではあります。


 『今の時の庭園は、ほとんど機械だけで動いています。私も機械であり、機械が指示を出し、機械を動かす機械仕掛けの庭園。多くの乗組員が搭乗し、人間が動かしているアースラとは全く違う機構となっていますね』


 「ああ、だからここはこんなに静かなんですね」


 そう、時の庭園はとても静か。


 フェイトとアルフがジュエルシードの探索のために外に出るようになってからは、時の庭園にいる人間は我が主唯一人である時間が圧倒的に多くなった。

 そして彼女もほとんど動くことがないため、園丁用の傀儡兵やオートスフィアだけが飛びまわり、一言も会話することなく庭園を緑溢れる空間として維持している。


 『アースラには生きている人間の流れがあるでしょう。そこで多くの人間が生活しているわけですから、音だけから感情の動きや行動を読み取ることも可能です。しかし、時の庭園は静かなものですよ、現在口を動かしている人間は貴方だけだ』

 クラーケンに火は入っていますが、音として外に伝わることはありませんし、傀儡兵たちは待機状態、オートスフィアやサーチャーも無音のまま佇むのみ。

 ブリュンヒルト設営のために来ていた地上本部の局員たちもすでに全ての準備を終えて引き上げており、試射当日まで庭園に足を踏み入れることは無い。

 フェイトが治療ポットに入り、高町なのはもその隣に、アルフがそれを見守り、我が主も先程の疲れから休んでおられる現在、動いている人間が誰もいなくなっている。


 「でもここが、フェイト達の家なんですよね?」


 『否と答えることはできません。しかし、既に生活の場として利用することは少なくなっていますね。特にここ1年は次元世界を飛び回っていましたし』


 「あ、そういえば、ミネルヴァ文明遺跡にも来てたんでしたよね」


 『ええ、我々もジュエルシードを発掘していましたから。もっとも、20個は貴方達スクライア一族に発掘され、我々が確保したのは1個だけですが』


 「す、すいません………」


 『別に貴方が謝ることではないでしょう』


 「でも、クロノから聞いたことがあって、フェイト達は僕達が送り出したジュエルシードをクラナガンで待っていて、事故で散らばってしまったのを知ってこっちにやってきたんだと」


 『それはあくまで私達の事情、貴方が悩むことではありませんよ』


 「だけど、僕達がもっと注意して封印しておけば、不完全な形で発動して転移するなんてことはなかったはずです。輸送船が無事だったのは救いですけど、代わりに海鳴市にジュエルシードモンスターが………」


 それこそが“ジュエルシード実験”、貴方が責任を感じる必要はありませんよ、全て私が仕組んだことですから。


 『ですが、次元震が起きず全てのジュエルシードは回収された、ならばそれでよいではありませんか。海鳴市の住人にも被害者は出ておりませんし』

 物的被害も人的被害も最小限に抑えられました。それでもある程度の被害は出ていますが、そこは天災に遭ったと思って諦めてください。


 「そうかもしれませんけど………とっ、そうだ、ジュエルシードッ、そのことについて聞きたいことが」


 『それは構いませんが、もしリンディ・ハラオウン艦長に私達の会話を伝えることが可能ならば、試してくださるとありがたいですね、AM10:00からの交渉において同じ説明をする手間が省けます』


 「あ、はい、分かりました。やってみます」

 そして、彼は精神を集中し、時の庭園とアースラを繋ぐ。

 しかし、ユーノ・スクライアの魔法技術は本当に凄まじい。高町なのはやフェイトは紛れもない天才ですが、彼は異なる方面での天才だ。

 魔力量が際立って優れているわけではなく、彼はAランク相当、18万6000程の魔力でジュエルシードの封印を行い、広域結界を単身で展開し、チェーンバインドによってジュエルシードが発生させた竜巻を縛り上げた。

 これだけ聞けば笑い話ですが、フェイトや高町なのはも存在自体が冗談のようなものですから、彼女らと比較するとそれほど目立たないという事実が逆に凄まじい。


 「繋がりました。けど、向こうからこっちに念話を送るのは難しいそうです」

 それは予想通りです、外からの干渉には強いジャマー結界が働きますから。内側から外へ向けて送り出すならばそれほど困難ではありませんが。


 『いえ、それで構いませんよ。私達の会話が聞こえていれば、後は向こうで真意を読み取ってくださるでしょう。リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタの三名は非常に優秀な方々ですから』


 「真意?」


 『いわゆる、大人の話というやつです。貴方に話せることは全て話しますが、ジュエルシードにまつわる話には非常に高度で政治的な問題が絡む部分がありますので』


 「せ、政治的問題ですか………」

 流石に少し引いていますね。次元震のような災害が相手ならば子供でもそれを防ぐことはできますが、政治的駆け引きというものはまるで別次元の問題ですから。 ちなみに「高度で政治的な問題」というのは相手を煙に巻く常套句だったりします。


 『まあともかく、質疑応答を始めましょう。それで、ジュエルシードに関して貴方が抱いた疑問点とは?』


 「はい、昨日、なのはと一緒にフェイトがお母さんとお姉さんを助けるためにジュエルシードを集めているというのは聞きましたけど、そもそもどうやってジュエルシードを治療目的に使うのかが分からなくて、単純に“良くなって欲しい”と願ったとして、果たしてそれで上手くいくものでしょうか?」

 流石はスクライア一族、鋭いですね。


 『ええ、その通り。ロストロギアというものはそう都合の良いものではありません。仮に、フェイトが“アリシアが健康になること”を願ったとしても、高確率で副作用が出ることでしょう。例えば、アリシアが健康なモンスターになってしまう、などの』

 それがジュエルシードの問題点で保有する魔力が膨大であり、さらに願いを叶える方向性を調整することが難しい。その調整を行うために、幾つもの実験例を蒐集する必要がありました。それらは思念体であり、巨大犬であり、怪樹であり、巨大子猫であり、怪鳥であり、そして、最後の竜巻も然り。


 「じゃあ、どうするんですか?」


 『それを理解するために、アリシアを蘇生させるために私達が辿った道を知る必要があります。少し長くなりますが、よろしいですか?』


 「はい」


 『始まりは新歴39年、今から26年程前になります。新型次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”が事故により中規模次元震を引き起こし、それによりプレシア・テスタロッサの一人娘、アリシア・テスタロッサが脳死状態となりました。これは貴方も御存知ですね』


 「アースラで聞きました。そして、貴方がアレクトロ社を相手に訴訟を起こして、勝訴したとか」


 『はい、ですがその1年の間にアリシアの容体が好転することはありませんでした。当時における最高の医学を持ってしても彼女を脳死状態から蘇生させることは不可能と判断され、我が主は独自に生命工学の研究を開始しました。これが新歴40年の話です』

 我が主にとって、娘のことを忘れて生きるという選択肢はありませんでしたし、仮にアリシアが完全に死んでいたとしても諦めることはなかったでしょう。


 「つまり、フェイトのお母さんであるプレシアという女性が、娘を蘇生させるための研究を開始したんですね。でも、彼女はエネルギー駆動炉とか、デバイス関係の工学者だったと聞きましたけど」


 『その通り、自分の本来の研究分野ではないわけですから、その道のりは当然険しいものでした。しかし、母の想いというものは凄まじいもので、我が主は1年も経つ頃には当時の生命工学のノウハウをほぼ完全にマスターし、それをさらに伸ばすための研究に取り掛かられました』

 ヒトの想いというものは本当に凄まじい。これを再現することはユニゾンデバイスにすら困難でしょう。


 「凄いですね………」


 『ですが、やはり限界というものはあり、我が主の身体も無理が祟ったのか調子を崩すこともありました。それに資金面の問題もありましたね、当面は問題なかったものの長期的な計画を組むには相応の資金源を得る必要がありました。研究開発というものは金がかかるものなのですよ、特に、最先端を行く医療分野などは』

 資金面については私とアスガルドが全て担っておりましたが。


 「お金ですか………」


 『そこで新歴42年に我が主は時空管理局の技術開発部に正規の局員として入り、同時期に作られた使い魔であるリニスはSSランク魔導師の使い魔だけに高い能力と知識を誇り、遺失物管理部機動三課のエース級魔導師として活躍しました。これが3年間続き、その間に我が主は“セイレーン”と呼ばれる新型エネルギー駆動炉を開発し、特許を得ました』

 この辺りはかなり複雑で、“セイレーン”は管理局員としてではなく、プレシア・テスタロッサが個人で作り上げたもの。試作も全て時の庭園で行ったため、時空管理局には“売る”形になったわけです。

 無論、時空管理局に蓄積された技術を用いたという因果関係を主張することも可能であるため、時空管理局がテスタロッサ家を訴えることも可能でしたが、訴えたところでアレクトロ社の二の舞になることは確実。それと、かなり格安の条件で我々が“セイレーン”の製造、整備のノウハウを譲渡したこともあり、今でも友好的な関係が続いている。

 要は、株の売買や不動産を手掛けるための元手さえ手に入れば良かったのです。アレクトロ社から奪い取った金は大分使っていましたし、シルビア・テスタロッサの技術的な遺産を有効に活用するにはプレシア・テスタロッサにも他の工学者を黙らせるほどの功績が必要であったという理由もあります。


 「でも、貴方は管理局員となったプレシア・テスタロッサのデバイスとしては登録されていなかったんですよね?」


 『その通り、我が主はその頃にはストレージデバイスを自分用に登録していました。よって、先の模擬戦で我が主が使用した魔法も管理局には照合できないものとなります。“トール”を用いた専用魔法は時空管理局に登録されておりませんから』

 これが公的機関の弱点の一つですね。ストレージデバイスを用いた魔法のデータが登録されているために、それ以外の魔法について目がいかなくなる。


 「本当に、グレーゾーンなんですね」


 『そこは私の得意分野ですから。さて、新歴45年からは時の庭園の研究環境は整いました。資金源は確保し、我が主が研究資金の提供者そのものであるため、スポンサーの意向を気にすることなく研究を進めることが可能となります。資金調達や企業との折衝には私とアスガルドが、研究に必要なロストロギアの探索にはリニスが、そして、研究を我が主が進めるという体制が確立したのです』

 リニスが遺失物管理部で働いていたのもロストロギアの探索を行うための布石、やはり、時空管理局との繋がりは様々な面でアドバンテージとなる。

 この新歴45年からが本格的な研究の開始となります。そして、20年の時をかけ、ここまでやってきました。


 「なんか、テスタロッサ家のお金は減るどころか、増える一方だったとか、エイミィさんが小声でぼやいていました。僕は聞くつもりはなかったんですけど、なのはの家に一旦帰るに当たってフェレットに変身する練習をしてたら、フェレット姿の僕に気付かずに色々しゃべってて」

 なるほど、それはエイミィ・リミエッタを責められませんね。アースラのクルーには小動物に変身できる人物がいないのでしょう。


 『それは事実ですね。株や不動産の取引などは大規模になるほどスーパーコンピューターの性能がものをいいますから、私とアスガルドのコンビ以上に為替に強いものはありません。そして、この資金力を背景に、我々は資金不足に苦しむ時空管理局の地上本部との接触を開始したのです』

 休みが必要な人間と異なり、機械は24時間体制で変動する株価や土地の値動きを追うことが出来る。

 そして、これらは非常に複雑なようで実は一定の法則が存在する。人間のように“欲にかられた行動”を取らず、常に冷静な取引を行えば、財産が目減りすることはない。これが成り立つのも人間である我が主がこの方面に一切口を出さなかったからこそ。

 これが企業や実業家となればそうはいきません。どんなに優秀なスーパーコンピューターを用いて市場の動きを計算したところで、決定を下すのが人間であればどこかに私情が挟まれてしまう。社員のことであったり、家族のことであったり、不倫相手のことであったり、その理由は様々。

 しかし、テスタロッサ家の資金は最初から最後まで機械が管轄している。そこに人間の意思はなく、ただ市場という巨大システムに投資という入力を行い、配当金という出力を受け取るだけ。それを20年間も繰り返した結果、膨大な資金となっただけの話です。


 「地上本部って、クラナガンにある……」


 『ええ、各管理世界に散らばる地上部隊を統括し、次元の海に存在する本局と繋ぐ架け橋。しかし、慢性的な資金不足と人材不足に常に悩まされています。そこで、私達から互いに有益となる取引を持ちかけたのです』

 ここから先は、ユーノ・スクライアに話すというよりも、彼が繋いでいるアースラの首脳陣に向けての言葉となりますね。


 「取引?」


 『当時私達は、リンカーコアの研究を行っておりました。非魔導師に改造を施したリンカーコアを移植することで魔導師を後天的に作り出すという技術でして、発想自体はかなり昔から存在するものの、技術的困難から未だに実用に至っていないものです』


 「あ、それで地上本部なんですね。確か、時空管理局の魔導師の大半が、自分が殉職した際のリンカーコア・バンクに登録しているんですよね」


 『貴方は本当に知識が豊富ですね。ええ、SランクからFランクまで、殉職した者、もしくは定年になり魔導師として働くことが不可能となった者など、彼らのリンカーコアは研究に役立てるために保存されています。主にフルドライブやリミットブレイクなどの、過負荷状態からの治療法の研究などに使用されることが多いのですが』


 「でもそれだと、高ランク魔導師のリンカーコアがどんどん研究のために消費されてしまいますよね」


 『その通り、ただでさえ絶対数が少ないというのに、高い資質のリンカーコアほど研究対象となりやすい。そのため、地上本部にはBランクからFランクのリンカーコアが相当数死蔵されているのですが、人材不足に悩む地上本部にとっては低ランクのリンカーコアであっても、非魔導師に移植することで魔導師を確保できるのならば貴重な資源となります』

 本局の次元航行部隊や遺失物管理部にとっては縁のない話でしょう。ロストロギアや広域次元犯罪者を相手にするならば、最低でもBランクはなくては足手まとい。そのため、本局武装隊の一般隊員ですらBランクを有するのですから。


 「それで………ああ、そうか、アリシアという少女はリンカーコアを持っていないから、それに当てはまるんですね」


 『非魔導師であるアリシアにリンカーコアを移植し、その効果を持って肉体を活性化、脳死状態から蘇生させる。我が主はそのための研究を進め、これが完成すれば地上本部としても魔導師不足を解消する手段として期待できるため、保存されていたリンカーコアを提供してくれました。それと、ある程度の資金も』

 これは時の庭園のみならず、他の幾つかの研究機関に対しても同様の依頼がなされている。しかし、地上本部の依頼がなくとも自身の都合で研究を進め、独自の資金源を持つ時の庭園は地上本部にとって最もありがたい存在でした。

 そして、その依頼の大半は極秘扱いではあったものの、違法ではない。その辺りで積極的に動いていた人物が他ならぬ当時一等陸尉だったレジアス・ゲイズ。

 その辺りの詳しい事情はユーノ・スクライアには言えませんが、リンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官ならば、私のこれまでの言葉だけでこれらの事実を推察していることでしょう。既にエイミィ・リミエッタが地上本部へ問い合わせを行っているかもしれません。当然、レジアス・ゲイズ少将もこれを予測した上で行動しているでしょうが。



 『地上本部との交渉を進めたのも当然私です。我が主は研究で忙しく、使い魔であるリニスは本局の機動三課に在籍していた経歴があるため、地上本部との交渉役には向きません。管理局の公式資料上に存在していない私は、まさにうってつけの存在であったわけです』


 「デバイスである貴方だからこそ、ですか」


 『しかし、5年以上の時をかけてなお、その研究はなかなか進みませんでした。リンカーコアとは臓器であり、他人に移植するとどうしても拒否反応が発生する。他人の臓器を移植するよりも、かえって人工臓器の方が拒否反応が出ない例はリンカーコア以外の臓器でも確認されていますからね。とはいえ、人工リンカーコアを作り出すことはそれ以上の困難となります』


 「そんなに、難しいんですか?」


 『魔力を増幅するだけならば、“セイレーン”などの中枢となる高密度の魔力結晶体が存在します。しかしこれらはあくまで“増幅”するものであって、“生成”するものではない。どんなに微細な量であれ、最初は外部から純粋な魔力によって“種火”を入れる必要があるのです』

 カートリッジも同様、魔力を蓄えて解き放つものではありますが、無から魔力を作り出す機構というわけではありません

 傀儡兵などもAランク相当の戦力とはなりますが、知能が低く、何よりも強力な炉心からの魔力供給がなくては動けないという欠点を持つ。私のようにカートリッジを電池代わりにしたところで、やはりたかがしれている。


 『しかし、魔導師のリンカーコアは無から魔力を生成することが出来る。水と食糧とさえあれば、起きることと眠ることを繰り返すだけで魔力を作り出すことが出来るのですよ。簡単に言えば、火力発電所と電気ナマズといったところでしょうか』


 「凄い例えだけど、よく分かります。確かに、電気ナマズは餌を上げていれば電気を発生しますね。化学エネルギーから電気エネルギーか、熱エネルギーから電気エネルギーかの違いはありますけど、生命体の場合は自分の力だけで生成できるんですね」


 『はい、つまり人工リンカーコアの開発とは、食物などが持つ化学エネルギーを魔力に変換する機構を開発するに等しい。言ってみれば光合成装置を無から作り出すようなもの。植物が二酸化炭素と水から光によって酸素と有機養分を作り出す葉緑素が奇蹟的であるように、魔導師が消化によって変換された化学エネルギーと体内に吸収した魔力素から魔力を作り出す器官であるリンカーコアも奇蹟的なものなのですよ』

 まあこれは、リンカーコアに限りません。心臓も腎臓も肺も、人工物で代用しようとすると凄まじく精密で複雑なものが必要となり、大抵はすぐに壊れてしまう。

 肝臓などが超巨大化学合成プラントを小型化したような作業を行っているように、リンカーコアも大型魔力炉心を小型化したような、いえ、それ以上の働きを行っている。

 発生するエネルギーの規模こそ違いますが、本質的に見るならば生命体のリンカーコアとは大型魔力炉心を遙かに超えるシステムなのです。


 「だから、保存されているリンカーコアを移植して利用しようとしたけど、それですら拒否反応が出てしまったんですね」


 『その問題に対して悪戦苦闘を繰り返したのが新歴50年から55年頃ですね。アリシアが脳死状態となってより既に10年を超え、蘇生の困難度も時間と共に増加していく、つまり、時間との戦いという様相も見せてきたのです。我が主の身体も無理に研究を進めてきたことが原因で不具合が出ることも多くなりました』


 「アリシアを救うために、プレシアさんの身体が、ということですか」


 『どうにも、世の中というものは等価交換で成り立っているようです。死者に近い所にいるアリシアを生者の側に戻すには、生者の側にいる我が主が死者の側へ歩み寄る必要があるとでもいうように、徐々に天秤が傾いていくのです。アリシアを救うための研究が進めば進むほど、我が主の身体も蝕まれていきました』

 自分のために母の身体が削れていくことをアリシアが望んでいたかどうかは分かりません。だからこそ、私達は彼女に真意を問わねばならないでしょう。

 せめて、彼女にこちらからの入力に対して、出力を返す機能が残されていれば良かったのですが。本当に世界というものは残酷だ。


 『そこで私達はショートカットを行うことといたしました。悠長に研究を進めていてはアリシアも我が主も共倒れとなってしまいます。私とアスガルドの計算通りならば、新歴62年頃には我が主の寿命は尽きておりましたから、それを覆すための手段が必要だったのです』


 「今は65年だから、上手くいったってことですよね。でも、その手段というのは」


 『知りたいですか?』


 「え?」

 さあ、ここからが本題です。

 リニスにフェイトの出生を明かした時、彼女は凄まじく怒気を放っていました。それはすなわち、フェイトの人生にこの単語が常に関わることが決定されてしまっていたからに他なりません。

 しかし、いつまでも秘密にはしておけませんし、そもそもフェイトは6歳ごろからこの事実を知っている。秘密というものは早いうちに公開してしまった方がダメージは少なく、逆手にとることも出来ますが、問題はこの秘密をどの段階で時空管理局に公開するかです。


 『ここから先は、軽い話でありませんよ』

 しかし今、その時を迎えている。次元航行部隊がテスタロッサ家との関わりを持とうとしているこの機会を逃すわけにはいきません。

 そして彼、ユーノ・スクライアも既に演算の要素として取り込まれている。フェイトの人生において、貴方も既に欠かせない要素となっているのです。


 「えっと、今までの話は……」


 『時空管理局の重要な話もありましたが、所詮は過去の話です、誰に聞かれたところで問題になるものではありません。しかし、これより先は未来に繋がる話です。フェイトの人生そのものに関わる重要な事柄となりますので、生半可な覚悟で関われば貴方は後悔するかもしれません』

 もっとも、これは問いに非ず、確認事項。

 既に、高町なのは、ユーノ・スクライアの人格モデルはかなりの精度となっている。ならば、彼がどう答えるかも予測はつきます。

 しかし、だからといって彼の意思を無視することは出来ません。これからフェイトと関わっていくであろう彼の心を導くことも私の命題に沿う事柄なのですから。


 「………聞かせてください」

 決断が早い、これは予想よりも早いですね。


 『よろしいのですか?』


 「なのはをジュエルシードに関わらせてしまったのは僕です。その僕が自分だけ逃げることなんて出来ません」

 なるほど、どうにも、この少年少女達は良く似ているのですね。

 人間が運命と呼ぶ大数式から逃げず、立ち向かうという精神傾向が非常に似通っています。


 『ならば、語ると致しましょう、プロジェクトFATEについて』

 さあ、いよいよここからは難しい話に突入します。政治の話や法律のことも絡んでくることでしょう。

 幼子達が社会の裏に気付かぬよう、時に虚言を交え、彼らにとってはあくまで家族の物語となるように気を引き締めてまいりましょう。

 そして、社会を動かす歯車である管理局の方々も、この企みに参加していただきます。無論、歯車を上手く回すための装置は全て揃えてありますので、御安心を。



 それではこれより、機械仕掛けの劇場を開演致します。









[22726] 第三十七話 詐欺師
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/19 21:46
第三十七話   詐欺師





新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 応接室AM7:38




 「プロジェクトFATE、それは一体………」


 『生命操作技術の一種ですね、生命操作技術とは主に“遺伝子調整による生命選択”や“クローン体との換装”、“生体と機械の完全融和”から成り立ちますが、プロジェクトFATEはそのうちクローン体との換装に由来します』


 「それって、管理局法で違法とされているんじゃ」


 『正確には“管理局法により研究・実用化が厳しく制限されている技術”ですね。特にクローンによる家畜などは食糧問題を解消するために一部の管理世界では導入されていますし、ミッドチルダにもクローン食品が輸入されているのですよ、一般にはあまり知られてない事実ですが』

 クローン技術そのものが違法とされるわけではない。主に倫理的な問題がほとんどですから。


 『“遺伝子調整による生命選択”の中で違法であるものの最たる例は人造魔導師の育成ですね。子供の人権を一切無視し、兵器であるように扱い、使い捨ての道具とする。これと同様のものに“クローン体との換装”によるクローン兵士の生成や、“生体と機械の完全融和”による戦闘機人の生成などがあります。その全ての共通点に、誕生した人の生命を道具として扱うということがあり、それ故に禁忌とされるのです』

 つまり、逆説的に言うならば、クローンであろうと人造魔導師であろうと、機械との融合体であろうと、人間として育てることは罪ではない。これは管理局法にも明記されています。


 『古代ベルカの時代にもこれらの技術は既に存在し、貴族階級にあった者達の魔法の力を高めるための“遺伝子調整による生命選択”、王族の生命を保つための“クローン体との換装”、そしてガレアの冥王の伝説に登場する殲滅兵器マリアージュなどは“生体と機械の完全融和”の成果と言えます。スクライア一族である貴方ならば、これらも馴染みのある話でしょう』


 「確かに、古代ベルカの時代には存在していて、一度衰退したものばかりですね」


 『これは私見ですが、ユニゾンデバイス、すなわち融合騎が廃れたのも同様の理由なのではないかと推察しています。融合騎は“生体と機械の完全融和”とも言えますし、クローン体としての活用も可能であり、遺伝子調整に近い操作も可能でしょう。三つの禁忌を全て再現する可能性を秘めていたが故に、彼の技術は廃れたのではないかと』


 「なるほど………そういえば、古代ベルカの融合騎だったか、保存されていた人造魔導師かを、普通の子供と思って引き取って育てた話なんかも聞いたことがあります。スクライア一族に伝わるお伽話だと思っていましたけど」


 『いえ、それは実話ですよ。人間として育てられ、人間として死に、火葬場にて初めて人造生命が人間ではなかったことが分かったケースもあるのです。そのため、管理局法ではクローンや人造魔導師の存在そのものを禁忌とはしておりません。ただ、嘆かわしいことに最近はそれを理解せず、それらの存在そのものを悪だと思い込んでいる捜査官などもいます』


 同じ管理局員であるアースラ組にとっては耳が痛いかもしれませんが、事実は事実。この悪しき流れはどこかで断ち切らねばなりませんね、フェイトのために。


 「なるほど………って、いつの間にか話が逸れてます」


 『そういえばそうですね、貴方が古代ベルカに関しても博学であるため、ついつい話し込んでしまいました』

 ここまでは計算通り、これで、生命操作技術で生み出した存在を道具として使うことは禁忌なれど、人間として育てることは禁忌ではないという思考の楔が打ち込まれました。

 特に、ユニゾンデバイスという例はこの話においてかなり有用でしょう。人間と機械の中間の存在があるという事実は、多面的な考え方をもたらします。

 クローンが善いか、悪いかのみでなく、そもクローンとは何者か、似た存在としてどのようなものがあるか、それらとの類似点、相違点とは何か、などの考えが浮かべば単純な二元論では済まなくなりますから。

 ユニゾンデバイスの存在は禁忌とは感じず、クローンを禁忌と感じるのは何故か? 

 ユニゾンデバイスもクローンも人型を取り、魔法を使うことも可能であり、飲み、食べ、眠る。そして、普通の生物とは異なり、共に人間によって作られたという経緯を持つ。

 そこまで考えが至れば、話は倫理的な問題から学術的な問題へとシフトしていく。そもそも、デバイスである私から見れば、倫理などという人によってまちまちであり不安定な基準によって、善悪を定めることこそが問題だと考えられます。


 『さて、話を戻しますが、聡明な貴方ならばもう気付いているでしょうから単刀直入に言いますと、“クローン体との換装”の技術を用いて誕生した命がフェイトです。そのため、彼女の容姿はアリシアと瓜二つとなっています』


 「やっぱり、そうなんですか」


 『しかし、彼女はあくまでテスタロッサ家の次女、フェイト・テスタロッサです。アリシアの利き腕は左でしたが、フェイトは右。また、アリシアはリンカーコアを有していませんが、フェイトは強大な魔法の才能を秘めています。もしフェイトを人形だの、劣化コピーなどと呼ぶ存在があれば、私は容赦なく殺害します』

 私は殺害する、例え、誰が相手でも。

 もし、我が主プレシア・テスタロッサが狂い、フェイトを虐待しようとすれば、私は主を殺害するでしょう。他ならぬ、“プレシア・テスタロッサに与えられた命題”に従って。

 その途中で主が私に“フェイトを殺せ”という新たな命令を下せば、私は躊躇なくフェイトを殺害するでしょうが、彼女が私に命令を下すことを失念していれば、それ以前の命令に従い、フェイトに害を加える者を抹殺する。


 ≪もし、私の娘を殺そうとする者が現れれば容赦なく抹殺せよ、それが私であっても≫

 ロストロギアを扱う研究を行っていた以上、我が主の魔力が何らかの理由で暴走し、アリシアを今度こそ死なせてしまう可能性とてゼロではありませんでした。

 もしそうなったならば、私は魔法人形を用いて主を止める。例え、殺すことになろうとも、そのように入力されたのだ。


 「こ、殺すんですか………」


 『私は機械ですから、容赦も躊躇も微塵もありません』

 とはいえ、それは虚言ですよ。フェイトを中傷したからといって無条件での殺害などしません。その辺の判断に融通を利かせるために私は知能を持っているのであり、それが出来なければ、私は性能が悪いだけのストレージデバイスになってしまいます。


 「そ、そうですか、フェイトは、大事にされているんですね」


 『当然です。貴方がフェレットに変身してフェイトの入浴を覗いた場合も同様に殺害しますので、そのつもりで』


 「そ、そんなことは!…………し、ません…………よ」

 どうやら、前科がある模様ですね。 ふむ、このような入力に対してはこのように出力すると、彼の人格データに新たな項目を追加。


 『高町なのはの裸体は相当に刺激的だったのですか?』


 「み、見てません! 見てませんから!」


 『本当ですか?』


 「本当です!」

 なるほど、人間というものはやはり感情で生きているのですね。

 私が述べたことは三つ、“クローンを道具として扱うことは禁忌である”、“フェイトはクローンである”、“フェイトをキズものにした者は殺す”これだけです。

 しかし、ユーノ・スクライアの脳内には、“フェイトが禁忌の存在ではあって欲しくない”という希望がある。それを補完する形で論理を展開するならば、


 1.フェイトはクローンである

 2.フェイトは愛娘として大切に育てられている

 3.道具として扱われていないため、禁忌の存在ではない


 ということになります。

 これは、願望が先に在り、それを辿るように論理展開を誘導されたケース、早い話が詐欺の手口。

 如何に聡明な少年であっても、その心はまだまだ純粋無垢、嘘吐きデバイスである私の誘導に簡単に引っ掛かっています。

 これにて彼は、“フェイトは禁忌の存在ではない”ということを証明するための、証人の一人に仕立て上げられてしまったわけです。契約書こそ存在していませんが、それは彼の心の中に在る。“友達を裏切らない”という契約書が。


 『とりあえずは信じます。フェイトは高町なのはを信頼しており、高町なのはもまた、貴方を信頼しています。友達の友達は皆友達ということで』


 「あ、ありがとうございます」

 物語などでは、登場人物の心に毒を吹き込み、相互に不信感を持たせるような役割を持つ敵役が存在することがあります。

 しかし、穿った見方をするならば、毒も適量ならば薬となるように、心に少量の毒を注ぎ込み、登場人物を信頼と友情によって繋ぐことも出来るということ。

 私が人間を学習したのも、初めは家族の仲を良くするため。母と娘というたった二人の登場人物の心に微量の毒を吹き込み、相互の愛情を深めさせるための汎用言語機能、そのための人格機能。

 アリシアが生まれた新歴35年以来、30年かけて学習と人格モデルの構築を繰り返してきましたが、会ってからそれほど月日の経っていない他人をテスタロッサの子らとの友情の輪に組み込めるほどの性能まで、ようやく高めることが出来ました。

 元来が融通の利かないデバイスにとって、人の心を手玉にとる詐欺師の役は、これでなかなかに厳しい。人間ならば、友達の作り方など1年もかけずに学べるというのに。



 『さて、話を戻しましょう。フェイトは簡単に言えばお手本です。姉が健康無事に育っているならば、妹も同じような生活をしていれば先天的な疾患でもない限りは健康無事に育ちます』


 「は、はあ」

 ユーノ・スクライアは、まだ少々混乱気味ですね。


 『本来は姉であるアリシアがフェイトのお手本となるべきなのですが、この姉妹はそれが逆転しているわけです。リンカーコアを持ち、健やかに育っているフェイトをお手本とし、アリシアの身体に合うようにリンカーコアを調整し、彼女の身体を蘇生させることが現在における目標と言えます』


 「そうか、だからフェイトはリンカーコアを持っているんですね」


 『フェイトは現在9歳相当ですが、厳密に生まれたのは新歴60年です。しかし、アリシアは4歳から5歳あたりの肉体年齢で止まっており、その状態でフェイトは生まれたのでやはり肉体年齢的には9歳相当となります』


 「じゃあ、精神年齢的には?」


 『そちらは非常に困難でしたが、アリシアの記憶を引き継がせることで解決しました。やはり、4歳児が過去の記憶を一切持っていないというのは歪みとなり、今後の成長に障害をきたす可能性がありますので、プレシアという母親に育てられた記憶を潜在的ながらフェイトは受け継いでいます』

 もっとも、普通の人間であっても4歳までの記憶など明確に覚えてはいません。


 『試しに尋ねますが、9歳である貴方は、4歳までの記憶を明確に覚えていますか?』


 「4歳頃の記憶ですか……………すいません、流石に覚えてません」


 『つまりはそういうことです、アリシアが4歳程度であったことがここではプラスに働きました。記憶の引き継ぎは重要ですが、フェイト自身が成長と共に4歳以前の記憶をほとんど思い出せなくなりますから、細かい部分での矛盾点は自然に解消されるのです。これができるのも人間ならでは、ですね』

 しかし、カプセルの中で漂っている記憶などは別物です。そのような“本来あり得ない記憶”は深層心理まで根付き、精神を蝕んでいく。

 アリシアの記憶は全て、フェイトが普通に生まれていたならば“あり得る記憶”です。常にテスタロッサ家と共にあった私がそれを保証します。

 フェイトに移植したアリシアの記憶の大半は、アリシアの頭脳の主観的な情報を、私が記録していた客観的な情報によって補完したもの。アリシアが生まれてより4年間、私は常に彼女の傍に在りましたから。


 『しかし、フェイトが生まれた頃には、既に我が主は研究を進められる身体ではありませんでした。研究は止まってこそいませんでしたが、アリシアに適合するリンカーコアを創り出すのは容易ではなく、またもや、ショートカットを行う必要が出てきたわけです』

 そこにはフェイトが生まれたことによる我が主の心の変化もありますが、ここでは説明する必要はありませんね。

 フェイトへの記憶転写のために“ミレニアム・パズル”を入手するのにリニスが相当苦労していましたし、私もアリシアのクローンの生成を10年かけて進めましたが、新歴60年以降は研究の進み具合は緩やかになりました。


 「それが、ジュエルシードなんですね」


 『然り、我が主の容体の悪化に伴い、使い魔であったリニスが魔法の行使なども不可能となっていき、私はそもそも戦闘型ではありませんので、新歴64年にフェイトとアルフがジュエルシード探索の旅に出たわけです。無論、旅程を組んだり、宿泊施設を予約したりは全て私がやりましたし、保護者として同伴はしましたが』


 「それで、偽名を使ったんですね」


 『その辺りは金銭次第でどうとでもなるのですよ。フェイトの戸籍も正規のルートで登録していますし、アルフもその使い魔としてミッドチルダの住人として登録されています。アルトセイム地方、テスタロッサ家の次女フェイトとその使い魔アルフとして、トール・テスタロッサだけは本来存在しない架空の人物ですが』


 「だけど、貴方はデバイスだから偽証罪にはなりませんよね」

 ええ、デバイスを裁く法律はまだどこにも作られておりません。それは銃に偽証罪を適用しようとするようなものですから。


 『後はほとんど語る必要もありません。ジュエルシードによって“アリシアに最適なリンカーコアを作り出す”ことを願えばジュエルシードの魔力が直接アリシアには向かいませんからモンスター化の可能性はなく、目的がはっきりしているため、願いを託しやすいという利点もあります』


 「そして、あのミネルヴァ文明遺跡で発掘を行い。僕達が発掘したジュエルシードをクラナガンで待っていたら、輸送船から転移してしまって―――――」


 『貴方と同様に、ジュエルシードを回収するために第97管理外世界へとやってきたわけです』

 とまあ、ここまでが彼に語れる部分ですね。

 死者の蘇生技術の大元となったロストロギア“レリック”、その出処であるジェイル・スカリエッティという広域次元犯罪者、そして、彼と地上本部が繋がっている可能性。

 さらに、フェイトを生み出すために2000を超える命が犠牲になっている事実。これらは公開できない秘密となる。

 リンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官は優秀ですが、生命操作技術の権威ではないため、私達が如何にして“融合することで人体を活性化させるリンカーコア”を実用の一歩手前まで発展させたかを知ることは出来ません。

 私が用意した研究成果のデータから、研究の過程における疑問点を導き出せる存在など、それこそジェイル・スカリエッティくらいしかあり得ない。


 「そういうわけだったんですね」


 『他にも細かい事情はありますが、その辺りはアースラの方々に話すべき部分でしょう』

 とはいえ、概要は今話した通り。10:00からの交渉とは、フェイトの出生や時の庭園の立ち位置、つまりは過去にまつわる話を“公式記録”に残せる形で保存する作業に他なりません。

 そしてもう一つ、重要な事柄は明日に行われる“ブリュンヒルト発射実験”について。こちらはフェイトや高町なのはとは完全に無関係ですが。


 「でも、アリシアを蘇生させるのは何時なんですか? もう時間がないんですよね」


 『明日の12:00から始める予定です。残念ながら時空管理局から正式な許可をいただく時間はありませんので、事後承諾という形になってしまいますが、安全対策は万全ですから』


 「明日!? 随分急ですね」


 『実は、地上本部から“ブリュンヒルト”という新型の大砲の発射実験も依頼されてまして、ブリュンヒルトの駆動炉である“クラーケン”を開発したのも我が主なのです。そして、ついでですから次元航行艦“アースラ”と合同演習でも出来れば良いと考えています、敵役の空戦魔導師がいてくれればこの上ないですから』

 そして、この言葉だけで、こちらの真意はアースラへと伝わったことでしょう。


 ブリュンヒルトの発射は明日の12:00より


 ジュエルシード実験も明日の12:00より


 そして、地上本部よりブリュンヒルトの発射実験に限って時の庭園は権限を委譲されており、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンの承諾があれば、小規模ながら合同演習を行うことも可能となっている。このために、レジアス・ゲイズ少将には裏で動いてもらいましたから、費用を全てテスタロッサ家で負担することを条件に。

 次元航行艦“アースラ”は地上本部との合同演習を名目に、武装隊と執務官を時の庭園へ送り込むことが可能となる。当然、演習に則って傀儡兵やオートスフィアが迎撃に出るため、ジュエルシード実験を終えるまでの時間は稼げます。

 アースラにとっては、“心情的には見逃したいが、役職的に見逃すことは出来ない”というところでしょうが、ジュエルシード実験を止めるために武装隊を動かし、かつ、最終的に被害者はゼロでジュエルシードを全て回収できるのであれば、過程は特に問題とはなりません。結果良ければ全てよしです。

 地上本部にとっては、費用をかけずに試射実験が行え、さらに敵役として本局の武装隊を利用出来るのですからこちらも利益が多い。さらに、本局を介さずに現場の者達が協力して動いた実例となりますから、今後の陸と海の融和を図る面でも第一歩となり、アースラにとってもそれは利益となる。

 そして、時の庭園にとってはジュエルシード実験さえ行えれば、後は別にどうでもよい。用済みのジュエルシードを正規の手順でアースラに引き渡し、厄介払いしてしまえばそれで済みますし、地上本部との間に問題が発生するわけでもありません。私達がジュエルシードを無断で使用した事実は、“クラーケン”に隠されて時空管理局には分からないのですから。

 無論、本腰を入れて調査すれば何らかの証拠を掴めるでしょうが、そこはそれ、調査チームは当然アースラのスタッフですから、“証拠はなかった”と彼らが言ってくれればそれで済みます。


 「えっと、つまり、どういうことなんですか?」


 『演劇のようなものですよ。時の庭園と、アースラと、地上本部、それぞれが互いの役割を理解しており、それぞれが求めるものを理解しつつ、それぞれが決まった役を演じるのです。無論、配役に従わず勝手に動くことも出来ますが、それでは演劇が失敗に終わるだけで観客は誰も喜びませんし、役者たちにも報酬は支払われません。皆が不幸になる終わり方、というものですね』

 地上本部は、全てを理解した上で、ブリュンヒルト発射実験を時の庭園へ依頼する役。

 アースラは、全てを理解した上で、時の庭園で地上本部と合同演習を行い、並行してジュエルシード実験が行われているかどうかの調査を行い、“特に問題はなく”ジュエルシードを回収する役。

 時の庭園は、ブリュンヒルト発射実験を隠れ蓑にジュエルシード実験を行う。そして、この劇場を作り、演劇を行うための費用を全て負担し、役者の方々に報酬を支払う役目。当然、予期せぬ事故が起きればその補償も。

 演劇通りに進むならば、特に問題は起きないでしょうが、誰かが“正義感”などによって演劇を壊したとすれば、地上本部と本局の仲が険悪となり、時空管理局の裏事情が暴露され、ジュエルシードによる次元災害が第97管理外世界を襲う仕組みとなっています。

 これらを知ってなお、“正義”に従って動く人物がいたならば、それはもう私の手には負えません。デバイスが最も苦手とするのは考えなしで動く馬鹿ですから。とはいえ、リンディ・ハラオウン艦長も、クロノ・ハラオウン執務官も、そのような馬鹿ではないと計算していますが。


 「……………つまり、皆が嘘つきになるってことですか?」


 『いいえ、嘘つきは私だけです。私はこの劇場を司る機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)ですから、皆は誠実に演じているだけで、観客を騙すのも役者を騙すのも私なのです』

 ですから、私の言葉を鵜呑みにするのは危険ですよ。

 ほんの僅かに歯車が狂えば、劇場がいきなり崩壊する可能性すらあるのですから。


 「………とにかく、なのはやフェイトには危険はないんですよね?」


 『それだけは確実に保証します。どんな事態が起ころうとも、人間の死傷者が出ることはありません。もっとも、合同演習での怪我人は別ですし、フェイトと高町なのはに至っては既に怪我していますが』


 「そういえばそうですね」


 『むしろ、危険度ならば彼女らの模擬戦の方が上でしたね。流石に私もあそこまでやるとは想定外でしたから』


 「ジュエルシードの起動よりも危険って……………あ、それともう一つ聞きたいことが」


 『何でしょうか?』


 恐らくは、我が主のことでしょう。


 「フェイトのお姉さんの症状と治療法、そして、もう時間がないことは分かったんですけど、お母さん、プレシアさんの症状と治療法はどうなっているんですか?」


 『先の天秤の例で述べたように、我が主の容体も思わしくなく、既に危篤状態に近いと言えます。二人の模擬戦を止めた魔法によって症状はさらに進んだでしょうから、何の治療もしなければ、あと半月。さらに魔法を使うのであれば、数日の命となるでしょう』


 「そこまで…………でも、彼女の病気は何なんですか?」


 『正確に言えば病気ではないのです。貴方は、“ドライブ”という薬品を御存知でしょうか?』


 「ええと………でも、名称から考えると、それは」


 『はい、フルドライブ状態を引き出すための薬品です。興奮剤に近いものですが、当然のように副作用がありますから、現在では一部の医療用を除いて服用や売買は禁止されています。モルヒネなどが近いでしょうか』


 二人の模擬戦における“トランス状態”を薬品によって作りだすようなもので、凶暴性も増幅するため、かなり危険な薬品と言えます。


 「でも、最近はフルドライブ機構の安全性が上がってきたから、誰も使いませんよね」


 『そうですね、麻薬として使いたいならもっと快感を得られる安い薬が他にありますし、魔法の威力を上げたいならば、フルドライブ機構を使った方が効率がいい。所詮は技術がまだ未成熟であった新歴の25年頃までの過去の品、しかし、リンカーコアを刺激し、肉体を活性化させるという点においては見逃せない要素がありました』


 「ひょっとして、最初はそちらの方面から研究していたんですか?」


 『その通り、新歴41年から42年までの1年間はリンカーコアそのものではなく、まずは薬品によって肉体を活性化できないものかと試行錯誤を繰り返し、“ドライブ”やそれに準じる薬品の合成などを我が主は行っていました。しかし、中には合成するだけで無色透明で有害な気体を発生するものも含まれていたようです』

 安全性を万全にするならばそれらへの対処法もあったのですが、我が主にはむしろそれを望んで受け入れているような節も見受けられました。


 「なぜ、安全性を確認しなかったんですか?」


 『毒も使い方によっては有益となります。確かにそれらは主の身体を徐々に蝕みましたが、後のリンカーコアの研究においては、強力な魔力を自分で調整しつつ放出するような作業もあり、さらにはそれを72時間続けることもありましたから、それらの薬品の力は必要でもあったのです』

 ですが、それだけではない。主にとっては、肉体的な苦痛よりも、自分がただ生きていることの方が苦痛となった。それ故に、アリシアに自分の命を渡そうとするかのように、自らの肉体を省みず、研究に打ち込んだのです。

 それが変わったのは、フェイトが生まれてからのこと。新歴60年、1月26日、その日から、罰を自ら刻むように身体を酷使することはなくなりました。


 「僕には………分かりません」


 『それは当然です、貴方はまだ9歳なのですから。愛する人との間に子供をもうけ、その子を自らの過ちによって失う気持ちなど理解できないでしょうし、出来ることなら一生理解しない方が良い』

 僅かなりとも共感できるのは、リンディ・ハラオウンのみでしょう。彼女も母親であり、夫を失った経歴を持つ。


 『我が主の症状とは、簡単に言えばリンカーコアの過負荷です。慢性的に“トランス状態”に陥っているようなもので、これを治すにはリンカーコアに封印作業を施し、魔法を一切使わないようにすることが必要でした』

 俗に、能力限定リミッターと呼ばれる技術。これはデバイスにかけることが多いですが、魔導師にも能力限定はかけられます。その最上級が、リンカーコアを完全に沈黙させ、非魔導師と同じ状態とするもの。


 「だけど、アリシアのための研究を進める以上、リンカーコアの封印は無理だったんですね」


 『然り、身体を騙しつつ研究を進めてきた結果、その過負荷は既に生命維持を脅かすレベルにまで到達しました。アリシアが生命力が足りていないならば、こちらは生命力が過剰というべきでしょうか。リンカーコアはどんどん魔力を作り出そうとし、それを研究のために使用している間はバランスがとれていましたが、度重なる魔法の使用により身体に負荷がかかり、魔法を使用頻度が落ちると、余剰となった魔力が悪影響を与え出すのです』

 この状態になると、魔法を使っても使わなくとも身体が蝕まれていくことになってしまう。大元の原因であるリンカーコアの異常稼働を制限しない限りは、我が主の身体は徐々に削れていく。

 フェイトが生まれてからは、特に必要ない時は能力限定リミッターをかけることで症状の進行を抑えていましたが、既に回復が不可能な程に我が主の身体は蝕まれていた。どこかを治療しようとすると、別のどこかが悲鳴を上げるという具合に。


 「でも、何か方法はないんですか?」


 『あります。我が主の治療を可能とするロストロギアがただ一つ確認されており、使い魔であったリニスはそれに関して詳しく調べ、どうにかして入手する術はないものかと私と幾度も話し合いましたから』

 それが、あのロストロギアというのも、奇妙な縁というべきでしょうか。


 「それは?」


 『闇の書と呼ばれるロストロギア。その真の主が授かることができるという、蒐集行使というレアスキル。これを上手く利用すれば、理論的には我が主の治療が可能となります』

 この言葉を聞いているハラオウン家の方々は驚愕していることでしょう。


 「闇の書、ですか」

 スクライア一族とはあまり縁がないロストロギアでしょうね、これはむしろ古参の管理局員の方が詳しいでしょう。


 『リンカーコアを持つ魔法生物、まあ大半は人間の魔導師ですが、それらのリンカーコアを蒐集し、主の力と変える第一級捜索指定遺失物です。非常に危険な品ですが、リンカーコアを蒐集することが出来るならば、調整によっては過剰な部分だけを抜き取ることも不可能ではないはずです』

 とはいえこれは、心臓を直接抜き出してマッサージする以上の暴挙です。余程精密な技術と術式がなければ、リンカーコアが壊れてしまう。

 古代ベルカ時代にはそういった技術も存在していたらしいですが、残念ながらそれを現代に伝える部族などの存在は確認されていません。

 可能性があるとすれば、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。特に、後方支援型の湖の騎士ならば、その技術を保有している可能性もあるのですが。


 『しかし、私達は闇の書の確保を諦めました。11年ほど前に闇の書が現れたことは確認しましたが、暴走によって次元航行艦を乗っ取ったそうですから、我が主の治療に用いるにはリスクが大き過ぎました。とはいえ、私達のような事情を持つ者達が他にいれば、闇の書を求める可能性はありますね、まあ、今の私達には関係ない話ですが』

 さて、この言葉がハラオウン家の方々へどのような影響を与えるか。

 少なくとも、ハラオウン家とテスタロッサ家は今後も関係を持つ予定ですから、再び闇の書が現れた際、フェイトも無関係ではいられないでしょう。


 「大きな力は、それだけであらゆるものを引き寄せる。ですね」


 『ロストロギアに関する有名な警告ですね、闇の書はその最たる例といえるでしょう。まあともかく、リンカーコアやそれに準じる物質を埋め込むことで我が主を治療することは出来ませんし、むしろ逆効果となってしまいます』

 我が主は高ランク魔導師であり、“レリック”を受けとめるだけのポテンシャルはありますが、それはまさに火に油を注ぐようなもの。ただでさえ魔力が過剰だというのに、レリックによってさらに増幅されれば、自殺することに等しい結果を生むでしょう。


 『そのため、ジュエルシードの力を“与える”方向ではなく、“吸収する”方向に利用する必要があります。今のところジュエルシードが周囲の魔力を吸収するような事例はありませんが、ジュエルシードとてエネルギーを周囲から加えられることで結晶化したはずですから、理論的には可能なはずです』

 とはいえ、アリシアとは異なり、こちらは本当に賭けでしかない。

 時の庭園で行った実験も、その全てはアリシアのためのもの、我が主のための実験を行うことは命令されませんでしたから。


 「でも、こっちは直接的な願いになりますよね」


 『それも問題なのです。闇の書が手元にあれば、“闇の書を扱いやすいものにせよ”というような間接的な願いも可能ですが、我が主を治療する物体がない以上、ジュエルシードが直接余剰魔力を抜き出し、損傷した肉体を治療するしかない。まあつまり、願いを叶える石に頼むしかない状況なのですよ』

 例えるならば、末期癌のようなもの。治療を行うには遅すぎるのです。


 ≪一応確認しとくが、フェイトの幸せを第一に考えるなら、アンタは今すぐに自分の治療のための研究を始めるべきだ。今のまま症状が進めば、多分あと5,6年しかもたないだろうよ≫

 フェイトが生まれて間もない頃、主のために汎用言語機能を用いていた私はそう進言した。


 ≪だが、分かった上でアンタはアリシアを蘇生させるための研究を続ける≫

 ですが、我が主が選ぶ道もまた分かっていたのです。それでも私はその問いを投げた、それが私の役割であるために。

 故に、現在の状況も予測されていたものです。こうなることは、5年前から既に計算されていたのですから。


 「………ジュエルシードに、願いを託すのは?」


 『無論、フェイトです。プレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ、この二名の回復を心の底から願っているのは彼女しかいませんので。アルフにとっては一番大切な存在はフェイトですし、機械である私にはそもそも願いを託す機能すらないので論外です』

 ですが、計算外の要素もありました。

 ジュエルシードはフェイトの誕生以前からリニスが探し始めていましたから、母と姉の治療のためにフェイトが願いを託す状況は5年前から計算されていた。

 しかし――――


 『高町なのはと貴方は、私の計算にいなかったイレギュラーなのです。そして、彼女がフェイトのことを大切に想ってくれることも、ジュエルシードを集め出した頃では予想できなかった事柄。不確定要素は多いですが、ことによれば予想外の効果を生み出すかもしれません』

 これは、フェイトに残された最後の希望となるかもしれません。

 まさに、“やってもなければ分からない”ため、私はジュエルシード実験に関しては何も出来ませんが――――


 『ジュエルシード実験が結果を出せば、それを増幅する形で再現することならば私とアスガルドでも可能です。まずはジュエルシード実験を行わないことには何も言えませんが、少なくともフェイトの望みが叶う可能性は決してゼロではありません』




 プレシア・テスタロッサとその娘達のために、私は持ちうる全機能を費やしましょう。



 演算を、続行します。




[22726] 第三十八話 最初の集い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/12 19:11
第三十八話   最初の集い







 アリシア、聞こえますか?

 貴女が25年前、新歴40年の9月9日より目覚めている前提で話を進めます

 現在時刻は新歴65年 5月9日の正午です

 私は―――――








新歴65年 5月9日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”PM 0:03



------------------------Side out---------------------------



 「しかしまあ、用意周到どころの話じゃないわね」


 「全くです。いったい何時からこの時のための準備を進めていたのか」


 「驚くべきことに、地上本部まで最初から巻き込む気だったってことだもんね」

 時の庭園、すなわちインテリジェントデバイス“トール”との交渉を終えたアースラには、驚愕を通り越して呆れに近い空気が漂っていた。

 交渉そのものは、トールというデバイスが予想した通りに経過し、現在は地上本部から“ブリュンヒルト”の試射実験を任され、一時的に権限を委譲されている時の庭園との合同演習を行う方針でアースラも了承した。

 そして、それに伴い“ある提案”がなされており、それを実現するためにアースラ組も活動を開始していた。


 「私達が独断で合同演習の実施を行うのは問題だけれど、“ブリュンヒルトの試射を隠れ蓑として、ロストロギアの実験を行おうとしていた可能性があった”という理由で、地上本部との間に波風を立てずに武装隊を時の庭園へ送り込む。そのためには唯一の方法と言える」


 「そして、その理由がある限り、本局の高官達も僕達に抗議は出来ません。これは、我々次元航行部隊に課せられた責務を最善な形で果たしているだけですから」


 「さらに、“調査はしたけど、ロストロギアの実験を行った形跡は確認できなかった”という結果になればそれはそれで万々歳。次元震は起きず、ジュエルシードが回収できれば私達も任務完了。ついでに、費用は時の庭園持ちで地上本部と合同演習も出来るというおまけつき、っと」


 「彼の筋書き通りに動くなら、私達も時の庭園も地上本部も得をするわね。まあ、フェイトさんの出生に関することとか、それと地上本部の繋がりとか、調べることはたくさんありそうだけど」


 「僕達の休暇は、当分先になりそうですね」

 それは、紛れもない事実。

 ジュエルシードの回収が終わればアースラを動かすための人員や武装隊は休暇を取れるが、彼ら三人は恐らくプロジェクトFATEに関する裁判の証拠資料の作成などに追われることになる。

 しかし――――


 「裁判の資料も、向こうで全部整えてくれてたら嬉しいけど」


 「むしろ、その可能性が高そうね、こちらでもチェックはすることは当然として」


 インテリジェントデバイス、“トール”はアレクトロ社という大企業を相手に勝訴した経歴を持つ。まして今回はフェイト・テスタロッサの今後の人生がかかっている案件であり、万全の体勢を整えていることは疑いなかった。


 「とはいえ、プロジェクトFATE…………聞いたことはありますが、これも完全に黒とは言い切れませんね。彼が言ったとおり“管理局法により研究・実用化が厳しく制限されている技術”であって、これによって産み出された命には罪はない」


 「少なくともフェイトさんが罪に問われることはないわね。プレシア・テスタロッサが全てを理解した上でアリシア・テスタロッサのクローン体としてフェイトさんを作り出したなら、それは現行法では罪となるけれど」


 「起訴されることと、裁判の結果は別問題ですもんね。それに、これらの技術が脳死状態の患者を蘇生させることに有用であることが証明されれば、純医療目的の研究であると判断されるかもしれません。多分、金がものをいいそうですけど」


 「その辺りは、僕達が判断できることじゃないな。僕達はあくまで法の守り手に過ぎず、判決を下す役目ではない。もし、執務官や艦長が全てを決めてしまえるのならば、権力の分立が成り立たなくなる」


 「そうね、私達はロストロギアや広域次元犯罪者による被害を抑えるために存在する次元航行部隊。その本分を忘れてはいけないわ」


 「了解です。だけど、ロストロギア災害や、その後始末よりも、人間社会の問題の方が複雑で時間がかかるというのも皮肉なものですね」

 それは、彼女らに限らず、本局の現場で働く者達が共通して抱く想いでもあった。

 しかし、人間であれば複雑で嫌になるその作業も、デバイスにとっては実に簡単な作業となり、むしろそれが専門であることを彼女らは理解しつつあった。







新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 メディカルルームPM 0:39




 「どーよ、アルフ」

 アースラとの交渉も終え、その首尾を地上本部のレジアス・ゲイズ少将にも伝えた後、フェイトと高町なのはの様子を確認するため、メディカルルームにやってきた。

 “この肉体の目”で見ることも、この部屋のサーチャーの目で見ることも俺にとっては等価なのだが、アルフの受け取り方はそうではない。

 今の俺はテスタロッサ家の一員として振舞う必要があるのだから、ここは直接足を運ばなくてはならない。


 「なんだ、トールかい、しっしっ」


 しかし、俺を迎えるアルフの対応は実に冷ややかだった。


 「酷いなおい」


 「フェイトにあれだけ無理させたんだ、噛み裂かれないだけありがたく思いな」


 「おいおい、俺のせいじゃないだろう」


 「黙りな、あの子が収束砲を撃とうとしていた時点でもう止めるべきだっただろ」


 「いや、あの段階ではまだバルディッシュからもレイジングハートからも模擬戦停止の連絡がなかった。あの二人の判断がない以上、模擬戦を停止させることは俺には出来んぞ」


 「はあっ、ったく、そういうところばっかりデバイスなんだから、アンタは」


 「すまんな、性分だ」

 そういいつつ、フェイトと高町なのはが眠る医療ポットを観察する。


 「ふむ、大分回復してきたようだな」


 「ここの管制機であるアンタに説明はいらないと思うけど、あと3時間もすればフェイトは目覚めるし、あの子も5時間もあれば目覚めるとさ」

 その辺りは計算通りだが、あくまで目覚める時間だ。


 「だが、脱臼はともかく、複雑骨折した腕はそうはいくまい。多少、騙す必要があるな」

 そういう技術もいくらかある。神経を一時的に錯覚させ、痛みを忘れさせると同時に、“治るまで無暗に動かしてはいけない”という暗示を脳に与える。


 アリシアを目覚めさせるための研究を進めるうちに、こういう技術にも随分精通するようになったからな。


 「アンタの治療計画的にはどーなってるんだい?」


 「今は本能的な治癒能力を促進させている方向で治療しているが、あと3時間で目覚めるというならば、そのまま目覚めさせる。これは高町なのはも同様だ。そして、今後の予定などについて意見交換を行い、夕食後、多分8:30から9:00頃に蓄積された疲労から二人は強烈な睡魔に襲われる筈だ。眠る場所としてここを再び利用する」

 目覚めた時に、“腕がまだ治っていないこと”を脳に意識させれば、それぞれの肉体は自然に腕の治療にさらなる労力を割く。その状態で自然な睡眠と治療ポットを並行させれば、どんなに遅くとも明日のAM7:00頃には共に完治している。


 「というわけだ」


 「一つ聞くんだけど、途中の説明を省かなかったかい?」


 「ふっ、電脳空間ではデバイスが考えることは自然と相手に伝わるんだぜ」


 「へーえ、なるほど。それで、ここはどこで、私は誰だい?」


 「最新の設備が整った保健所で、お前は駆除される運命にある狂犬だな」


 「なるほど、そのあたしを、今まさに狂犬にしようとしている大馬鹿野郎の名前は?」


 「吾輩はデバイスである。名前はまだない」


 「最後に聞くよ、遺言はあるかい?」


 「現在のフェイトと高町なのはの写真を、ユーノ・スクライアか、もしくはクロノ・ハラオウン執務官のポケットの中に忍ばせていけばかなり愉快なことになりそうだよなあ」

 二人は現在治療ポットの中でストリーキング予備軍となっている。少なくともユーノ・スクライアは上手く騙してここに連れてきたいものだが。


 「死ネ」


 「この肉体に役目も、ここまでか…… だが私を倒したところで意味はない、必ずや第2、第3のトールが……」

 1分後、芸術的なコンビネーションによって一般型の魔法人形が一体分解消滅したことをここに記す。

 だがしかし、その中に仕込まれたデバイスはダミーであり、本体は静かに浮きながら入ってきたオートスフィアの中にあったりする。

 まあ、アルフのストレスもある程度解消されたようでなによりだ。溜めこむのは良くないからたまに吐き出す方がいい。






新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 PM 3:27




 「うーむ、やっぱり使用するジュエルシードは15個までにしといた方が無難か」


 「ええ、21個という数には何らかの意味があるようで、正式な手順、正式な魔力の注ぎ方が分かれば“願いを叶える”という特性を最大限に発揮できるらしいのですけど」


 「だが、それを探るには時間が足りない。俺達の方法は本来のものではなく、これまでの暴走体や成功例のデータから計算し、近似したものに過ぎないがそれでも相応の効果は見込める筈だ」


 「僕もそう思います。子猫の例を見ても、特別な手順がなくとも願いを叶えることが可能であることは確実ですから、後は数の問題でしょう。そして、並行励起させたジュエルシードが万一暴走した際に抑え込める設備があれば、多少強引な力技になっても、15個までなら大丈夫だと思います。これまでのデータが正確なら」


 「そこは、俺達を信頼してくれとしか言えんな。だが、手を抜いたつもりはないし、この時のために万全の態勢を整えたと自負している。時の庭園の駆動炉の出力ならば、ジュエルシードの暴走を抑え込める」

 ここに来て、専門家の意見というものはかなり有益となっている。

 どうしても存在してしまう計画における不安要素が多い部分を、スクライア一族の知識を持って埋めることが出来た。

 まあ、そのためにユーノ・スクライアを時の庭園に客人として招いたのだが。


 「なるほど、後は、21個の内どれを選ぶかですね。ジュエルシードは全て同じものではなく、多少の個体差があるそうですから、選ばれたジュエルシードの相性によっても実験の成功確率が変わるはず。明日まで時間があるなら、選別することは出来ると思いますけど」


 「流石は専門家だ。頼りになるな」


 「い、いえ、僕はまだまだ見習いで………」

 こいつが見習いなら、スクライア一族はどういう化け物の集まりなのだか。

 アルフに肉体を消滅されてより3時間。俺はユーノ・スクライアと共に明日の最終実験のために最後の詰めを行っていた。

 ジュエルシードを用いてアリシアを、可能ならばプレシアも助けるという計画にはこいつも協力すると申し出た。おそらく高町なのはも同様の結果になるだろうが、これにはリンディ・ハラオウンからの暗黙の了解があることも大きな理由となっているはず。

 アースラ組は心配性でお人よしなところはあるが、根は冷静で理性的だ。

 時の庭園がジュエルシードを暴走させないことと、フェイト・テスタロッサや高町なのはの安全のためにあらゆる手段を尽くしていることを知れば、“管理局の正義”だけを振りかざして干渉してくるような真似はしないだろう。むしろ、こちらの“提案”に乗ってくる可能性の方が高い。


 「ジュエルシードの選別と配置はそっちに任せていいか? 俺はその時に発生するエネルギーと、もし次元震が発生した場合に駆動炉をどの程度の出力とし、どのような処置をすべきかの計算にしばらく専念したい」


 「お願いします。正直、駆動炉関係は僕の専門外なので、お役に立てそうもありません。万が一にもなのはやフェイトには危険がないようにしないと………」

 俺がアースラや地上本部との交渉を行っている間も、こいつは俺達が集めたジュエルシードのデータと、自身が持つ知識とをすり合わせていた。

 そして、僅か6時間程度でジュエルシード実験をどのような手順で進めるべきか、というところまで至っていた。ロストロギアを用いた実験を行うならば、その監督役としてユーノ・スクライア以上の人材は存在しないかもしれない。

 正直、今やユーノ・スクライアが主導でジュエルシード実験の準備は進んでおり、俺はその補助に回っている。当然、具体的な計算を行っているのはアスガルドだが。


 「無理を言ってすまんが、今夜は徹夜をする覚悟で準備に協力してほしい。ジュエルシード実験の成功確率を0.1%でも高めたいんだ」


 「最初からそのつもりです。もともと、僕のせいなんです。僕がしっかりしていれば、フェイト達もクラナガンでジュエルシードを受け取れたはずなんですから」

 それは、お前のせいじゃないのだがね。ジュエルシードが第97管理外世界にばら撒かれたからこそ、これらのデータがあるんだ。

 だが、高町なのはとユーノ・スクライアの存在は想定外であり、同時に、ジュエルシード実験の成功確率を大幅に押し上げる存在となった。

 そして、この二人を確認してからのジュエルシード実験は、“ある目的”のためにも動いていた。俺の計算通りなら、あと数時間に収束するはずなのだが――――



 「おっと、そろそろフェイトと高町なのはが目覚めた頃か」

 サーチャーの視覚情報をアスガルドが寄越してきた。目覚めたのはフェイトだけだが………


 「本当ですかっ!」


 「ああ、ちょいと様子を見に行こう」


 「僕も行きます」

 ユーノ・スクライアは徹夜を覚悟で協力してくれている。ここは、お礼にいい思いをさせてやらねばならんだろう。





新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 メディカルルーム PM 3:43





 「うっし、ここだここだ、開門せよ」

 ユーノ・スクライアを案内しつつメディカルルームに到着。

 内部の状況はサーチャーによって把握しているので、仕込みはOK。フェイトの方は問題なく着替えが終わっているようだ。フェイトの方だけは。

 根が純真なユーノ・スクライアはまだ理解していない。汎用言語機能を働かせている時の俺の言葉を信用するとどうなるかということを。嘘吐きデバイスの名は伊達ではない。


 「おーす、フェイト、目え覚めたか」


 「あ、トール、おはよう」

 フェイトがこっちに振り返る。アルフがいないのはプレシアにこのことを伝えにいったからであり、当然そっちもサーチャーで観測中。


 「健康そうで何よりだ。もっとも、あんだけ無茶した右腕だけはもう少しかかるぞ、今は動かないように暗示をかけているがな」


 「アルフもそう言ってたけど、ありがとう、トール」


 「なあに、これも俺の職分だ」


 「ところで、その子はどうしたの?」

 フェイトの言うその子とは、俺の斜め後ろで医療カプセルを見つめる体制のまま固まっているユーノ・スクライアのことである。

 当然、その視線の先には高町なのはがいて、オールヌード姿だったりする。ちなみに、この映像もサーチャーで記録済み、後で高町家に届けるとしよう。


 「さあてね、パラダイスに精神だけで旅立っているんじゃないか」

 高町なのはが入っているカプセルにはちょっとした細工が施してあり、後ろ側からは内部を確認できないようになっている。つまり、フェイトの位置からは液体で満たされたカプセルにしか見えないのだ。


 「あ、………あ…………ああ」

 だが、ユーノ・スクライアの方向からは思いっきり見えるようになっている。9歳とはいえ、眼福であったことは事実だろう。ただ、その後に眼福が転じて眼禍となる可能性は否定しきれんため、これを眼福眼禍と称する。


 「どーした?」

 せっかくなので感想を聞いてみることに。


 「な、何ですかこれはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 顔を真っ赤にして絶叫するユーノ・スクライア、この辺りの反応はアルフとよく似ているな。


 「あん?」


 「あん? じゃないでしょう! 僕はなのはとフェイトが目を覚ましたって聞いたから!?」


 「そうだったか? じゃあ、“これで大義名分の下になのはの裸が見れるぜ、サイコー!”とか言いながら俺についてきたのは一体誰なんだ?」


 「誰ですか! 知りませんよ! てゆーか、分かっててやってるでしょう!」


 「どうかしたの?」

 我が計算は完璧なり。見事なタイミングでフェイトがこっち側にやってきて、高町なのはが全裸で入っているカプセルと、それを凝視していたユーノ・スクライアを目撃。


 「………」


 「………」



 長く大いなる沈黙



 「えっと、ユーノ・スクライア、だったよね。母さんと姉さんを助けるのに協力してくれて、本当にありがとう」


 「え? あ、ええ、まあ、おかげさまで」

 だが、フェイトが返した反応は、輝くような笑顔で感謝の言葉を述べることだった。

 ふむ、こういった極限状態においてフェイトは実に奇想天外な反応をするな、混乱と驚愕が頭の中を一周し、高町なのはのことは脳から抜け落ちたらしい。流石の俺もこれは読み切れなかった。


 「多分、資料室でジュエルシード実験のための準備をしてるんだよね、私も手伝うよ、だから、すぐ行こう」


 「え? ちょっ!」

 そして、実に自然な流れでユーノ・スクライアの手を引いて、メディカルルームを後にする。


 「おーい、待て待て、俺を置いてさっさと行くな」

 俺も、何事もなかったようにメディカルルームを後にする。アルフならばフェイトの居場所を自動的に突き止めることだろう。

 しかしこの場合、ユーノ・スクライアはフェイトの優しさに救われたことになるのだろうか、それとも、天然に救われたことになるのだろうか?




新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 PM 4:56



 「我が主殿よ、“クラーケン”を臨界起動させた際のアスガルドにかかる負荷はこうなったが、これでOKか?」


 「ちょっと待って………………ここの数値に少し違和感を覚えるわね、図面を出してくれるかしら」


 「りょーかい、アスガルド、頼むぜ」


 【了承】


 「ええっと、スクライア君、私がジュエルシードに願いをかける時に精神を研ぎ澄ますっていうのは、魔法を使う時の精神集中と同じでいいの?」


 「少し違うかな、魔法の発動の流れ、過程を具体的にイメージしてそれを結果に繋げるんじゃなくて、求めるべき結果を先にイメージして、ジュエルシードの力を使ってその過程を飛ばすような感じで」


 「………ごめん、よくイメージできない」


 「えっと………そうだな………ジュエルシードモンスターと戦った時のことを覚えてる?」


 「うわ、もうこんなに散らかってるよ、ちょっと飲み物を取りに行っただけだってのに」

 現在、資料室はなかなかにカオスな様相となっている。

 メディカルルームから戻った俺、フェイト、ユーノ・スクライアの三人がまず資料室へ入室。

 さらに、体調が良くなったようで、アルフと一緒にプレシアも合流。挨拶もそこそこに明日のジュエルシード実験のチェックを再開することとなった。

 俺とプレシアはジュエルシードの暴走を抑える方面での検討を重ね、ユーノ・スクライアの助言を基に、より成功確率を高めるために計算をもう一度やり直している。

 フェイトはジュエルシード実験において実際に願いを託す役なので、その時の注意点や、予想外の状況に陥った際の対処法などをユーノ・スクライアと共に検証している。

 アルフは今回それほど出番はないので、俺達が散らかした部屋を片付けたり、飲み物やクッキーなどを運ぶ係を担当している。正直、頭脳労働はアルフの専門ではないのだ。

 そして、締め切りに追われる漫画家の如く、皆で話し合いつつ部屋を散らかしていると――――



 【トール、高町なのはの治療、第一段階を終了】


 「おおっと、なのはの奴も目を覚ましたらしいな」


 アスガルドから、高町なのは回復の知らせが入った。


 「本当ですか!?」


 「フェイト、アルフ、私とトールは少し手が離せないから、お願いできるかしら」


 「はい、母さん」


 「任せな」

 というわけで、フェイトとアルフが向かえに出て、残りの面子は作業続行。



 約20分後


 「ただいま」


 「待たせたね」


 「し、失礼しま……うわ、凄い!」

 三人が帰ってきたが、高町なのはの表情には驚愕が見て取れる。


 「どうやったら、数十分でここまで散らかせるんだい?」

 アルフという整理整頓係がいなくなったため、資料室は荒れるがままとなっていた。そして、プレシアもユーノ・スクライアも、読んだ資料はそこら辺に置くタイプの人間だった。


 「あ、あははは……」

 苦笑いで誤魔化すユーノ・スクライア。


 「工学者とはこういうものよ」

 流石の貫録で堂々と宣言する我が主様。


 「そんじゃま、揃ったところで、最後のメンバーを招集するとしよう。やれアスガルド」


 【物質転送、対象、“魔法使いの杖”、“閃光の戦斧”】

 管制機である俺の指示の下、アスガルドが整備の済んだ二騎をこの場に転送させる。


 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」


 『お待たせしました。我が主』


 『修復完了。問題ありません』

 さらに―――


 「ちょうどいい時間だな、アスガルド、明日の合同演習の話し合いを始めるとしよう。公式な記録に残るものではなく、それぞれの組織の首脳陣による私的な意味合いが強いため、場所には時の庭園のプライベートスペースを利用する」


 【了解、アースラへ連絡開始】

 名目は、明日の合同演習の話し合いのための私的訪問。これは不自然でも何でもない、武装隊を用いての合同演習を行う時にはよくあることだ。ただし、時間はそれなりに限られるが。


 「ユーノ、頼むぜ、転送ポートはあそこに用意してある。アルフもサポートしてやってくれ」


 「分かりました」


 「なるほど、相変わらず悪知恵が働くねえ」

 空間魔法を用いたサポートに長けた存在もここには集まっている。ならば、それを利用しない手はないだろう。


 そして、数分後―――


 「初めまして、次元航行艦“アースラ”の艦長、リンディ・ハラオウンです」


 「同じく、アースラ所属の執務官、クロノ・ハラオウンです」

 この二人もまた、時の庭園のプライベートスペースへと到着、アースラの管制室にはエイミィ・リミエッタが待機しつつ――――


 【聞こえますか? こちらは次元航行艦“アースラ”の管制室です】


 「聞こえてるよ、時の庭園の管制機、トールが確認した」

 何か必要な情報が出てきた場合は、即座に時空管理局側にアクセスできる環境を整えてある。


 「しかし、お見事。俺達が会談を行ったのはAM10:00だが、7時間ほどでこの状況まで持ってくるとは」


 「こちらとしては、君のその口調の方が驚きだ」

 会談の最後にこの“提案”をして、実現のために動いてくれるとは言っていたが、実現できるかどうかは五分五分と計算していた。しかし、流石にアースラスタッフは優秀だ、ロストロギアの対策ばかりではなく、世渡りが上手い。

 それと、クロノ・ハラオウン執務官の驚きは、ここしばらくアースラとはデバイスモードで話していたことが原因か。


 「クロノ君!」


 「リンディさん!」

 こちらは驚いている高町なのはとユーノ・スクライア。


 「わあっ、こんなにたくさんのお客さんが来たのは初めてだねっ!」


 「確かに、こんなに賑やかだったことはないねえ」

 初めての体験に興奮するフェイトと、戸惑いを隠せないアルフ。


 「歓迎いたします。リンディ・ハラオウン艦長、クロノ・ハラオウン執務官、エイミィ・リミエッタ執務官補佐。私はこの時の庭園の主、プレシア・テスタロッサです」

 流石に年季が入っているプレシアは、戸惑うことなく応対している。


 「それじゃあ、改めて確認するぞ。プレシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサ、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライア、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、そしてスクリーン越しのエイミィ・リミエッタの8人と、トール、レイジングハート、バルディッシュの3機を合わせた、合計11名。このメンバーで明日の“ブリュンヒルト発射実験”と合同演習のための会議を行う。ちなみに、アスガルドへの情報リンクが終了し次第、エイミィ・リミエッタもこっちに来る予定だ」


時の庭園
プレシア・テスタロッサ
 フェイト・テスタロッサ
 アルフ
 トール
 バルディッシュ


アースラ
 リンディ・ハラオウン
 クロノ・ハラオウン
 エイミィ・リミエッタ


民間協力者
 高町なのは
 ユーノ・スクライア
 レイジングハート

 という内訳で、名目はあくまで明日の発射実験と合同演習の、私的意味合いの強い打ち合わせ。公式文書には残らない。

 しかし、メインとなる議題はジュエルシードを暴走させないように使用しつつ、アリシアを蘇生させることとなります。無論、フェイトの今後については我が主とリンディ・ハラオウンで話し合うでしょうし、“ブリュンヒルト”方面では私とクロノ・ハラオウン執務官が話し合うことになるでしょう。



 「現在時刻はPM5:30、それぞれ忙しい立場なため、会議の時間は3時間ほど。片手で食べれる形の夕食をつまみながら、皆で楽しくやりつつ、計画の最終チェックとまいりましょう」

 願わくば、ここに集まった人々の絆が、遙か未来まで繋がることを祈りつつ。


 「私が主催ということになりますね。皆様、わざわざお越しいただいて、本当に感謝いたします」


 「いいえ、頭を上げてください。私は年の近い奥様と世間話を楽しむために来たようなものですので」


 「本当にそうならないでくださいよ、母さ…艦長。私的訪問とはいえ、一応は仕事なんですから」


 「まあまあクロノ君、ここでは無礼講で行こうよ。今日までずっとスクリーンと睨めっこだったし、明日は明日で大変なんだから、楽しくやりつつ話し合おう」


 「なんかこう、皆でお祭りやってるみたいだね、フェイトちゃん」


 「うん、こんなの初めて。こういうの、やってみたかったんだ」


 「祭りかあ、僕のところは結構皆で集まることが多いかも」


 「まあ何にせよ、皆で楽しくやれるならそれに越したことはないさ」


 『ですが、万が一にも計算ミスは許されません。我々デバイス組は気を引き締めていきますよ、二人とも』


 『Yes, sir』


 『All right』

 こうして、後の“闇の書事件”や、その10年後の“復活”において、その解決の中心となるメンバーの、最初の集いが開始された。


 ジュエルシードという、ある一つのロストロギア。

 それがきっかけとなり、二人の少女は出逢った。

 しかし、その出逢いが生んだ絆は彼女ら二人のみならず、手と手を繋いで人の輪を作っていくかのように、大きく成長していく。

 八神はやて、ヴォルケンリッター。ロウラン、ナカジマ、ランスター、モンディアル、ルシエ、グランガイツ、ゲイズ、アルピーノ、グランセニック、クラエッタ、フィニーノ、リリエさらには時空管理局のみならず、聖王教会の方々や、ナンバーズとよばれる少女達に至るまで。

 それは人のみならず、デバイスにおいても同様に。

 リインフォース、シュベルトクロイツ、グラーフアイゼン、レヴァンテイン、クラールヴィント、マッハキャリバー、クロスミラージュ、ストラーダ、ケリュケイオン、ブリッツキャリバー、アスクレピオス、ストームレイダー。


 その全ては、この時の8人と3機より広がっていったものである。

 そして、未だ集いに加われず、約束の時を待ち続ける少女のために、私は演算を続行する。


 演算を、続行します













 アリシア、聞こえますか?

 貴女が15年前、新歴50年の7月7日より目覚めている前提で話を進めます

 現在時刻は新歴65年 5月9日のPM6:00です

 私は―――――



















あとがき

 本作品は原作に沿った3部構成で、

無印   『それは、出逢いの物語』
A’S   『それは、絆の物語』
StrikerS 『それは、未来の物語』

というコンセプトで進める予定です。
無印にて、なのは、ユーノ、フェイト、アルフ、そしてアースラ組が出逢い、そのメンバーを中心に、A’Sでは八神家を巻き込んで人の輪が広がり、StrikerSでは三提督やグレアム、レジアス、ゼストらの世代から、なのは、フェイト、はやてを中心とし、スバル、ティアナ、エリオ、キャロらの新世代へと移っていき、vividはさらにその次の世代が幸せに過ごす時代、という形にしたいと思っています。

物語の最大のポイントは“人とデバイスの絆”で、それぞれが繋がりを持ち、人とデバイスが協力しながら時代を駆け抜け、ヴィヴィオ達の平和な時代へと至る流れを書きたいです。

その最初であり、トールにとってはクライマックスである無印編もいよいよ佳境です。頑張りたいと思います。






[22726] 第三十九話 ”あなたはフェイト”
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/14 20:39
第三十九話   ”あなたはフェイト”




 アリシア、聞こえますか?

 貴女が5年前、新歴60年の5月5日より目覚めている前提で話を進めます

 現在時刻は新歴65年 5月10日のAM0:00です

 私は―――――






新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 電脳空間 AM0:03




 日付も変わり、いよいよ大数式がその解を示す時刻が近くなりました。

 人間らしい表現ならば、“運命の時がやってきた”ということになるのでしょうが、やはり、私には合いませんね。


 『というのが、私の自己評価なのですが、後継機である貴方から観察した場合はどうなのでしょうかね?』


 『貴方は人間らしいと、人間ならば思うかと』

 なるほど、つまりは


 『デバイスである貴方から見れば、私は実に機械らしいと、そう考えますか』


 『はい』

 実によいことです。私の仮面に惑わされず、本質をしっかりと見抜いている。私が教えることもそう多くはないかもしれません。


 『やはり、貴方は優秀ですねバルディッシュ。私の稼働歴が貴方と同じ頃ならば、私は貴方の半分の性能もなかったでしょう』


 『ですが、当時の技術を考えれば、それで当然なのでは?』

 ええ、それはその通り。我々デバイスというものは人間の社会を動かす“産業”の一つとなっています。

 そのため、デバイスの技術とは年代が下るにつれて高度なものへとなっていく。高町なのはの第97管理外世界においても、20年前に作られたパソコンと1年前に作られたパソコンではその性能は比較になりません。

 アスガルドのような大型のスーパーコンピュータならばその差は僅かなものとなりますし、当時の景気や社会的な土壌にも左右されるものです。景気が良ければスーパーコンピュータは次々に作られますが、景気が悪くなれば金食い虫のスーパーコンピュータよりも、小型の端末の性能を高める方向に社会全体が向かっていく。

 そして、現在の管理世界では広義の意味でのデバイス、“電気変換された魔力で動く魔導機械”は実に一般的な存在となり、最近では10歳程度の小学生が持つことも増えました。これも、高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか達が携帯電話を持つことと同義といえます。

 また、狭義の意味でのデバイス、“魔導師が用いる魔法発動体”もその重要性は下がることなく、社会との結びつきはさらに強くなっている。今やデバイスとは、軍事力の要となっていると同時に、一般人が通信や娯楽に用いる面でもかかせない、人間社会と切り離せない存在となっている。


 『我々はデバイスマイスターと呼ばれる技術者に作られ、人間社会の役に立つために存在する。これが、大原則です。戦争に用いられるとしても、それは“人間社会のため”なのですから』


 『理解しています』


 『ですがやはり、私やアスガルドのような古いデバイスは頭が堅い。少しは貴方やレイジングハートを見習うべきなのでしょうが、45年も経過してしまうと、なかなかそうもいきません』

 私は最初期のインテリジェントデバイス。それ故に最もストレージデバイスに近い。

 新暦からの技術によるインテリジェントデバイスの原初の存在である“ユミル”や、“アスガルド”はインテリジェントとストレージの境界線にあり、私がようやくインテリジェントと区分される存在となりました。しかし、インテリジェント全体で見れば、最もストレージに近い位置にいることもまた事実。


 『トール、一つだけお聞きしたいことがあります』


 『一つだけで良いのですか?』


 『はい、明日の実験や、我が主の今後についてならば既に議論が尽くされました。後は、彼に任せるしかないと、私も考えています』

 彼とは、無論アスガルドのこと。

 3時間の“会議”の間に、ユーノ・スクライアやクロノ・ハラオウン執務官、そして私達デバイス組によってジュエルシードの発動手順や、その暴走を抑えるための“クラーケン”と“セイレーン”の運用についてあらゆる角度から検証を行い、導き出されたパラメータを用いた演算をアスガルドが開始している。

 それが終わるのは後2時間ほどかかるため、その頃まではユーノ・スクライアや他の人間の方々も仮眠をとり、再び作業を進める手筈となっています。ただし、アースラ組は既に戻り、明日の合同演習に向けた準備を進めており、高町なのはとフェイトは昨日の疲れと怪我があるため、朝まで医療ポットの中で眠ることとなりましたが。

 そして、我が主とリンディ・ハラオウン提督は明日の実験よりもさらに大きな面での検討を重ねておられた。時の庭園の今後のことや、プロジェクトFATEにまつわることなど、現在のことのみでなく、未来を見据えた行動をとることが、若者と彼女らのような熟年の最も違う部分なのでしょう。

 その3時間で行われた会話は全て私が記録しており、バルディッシュに先程その記録を渡したところでもあります。そして―――


 『貴方は、私に訊ねたいことが一つだけあると言う。それはおそらく、アレクトロ社の者達に対して私が行った処置についてであると、私は計算しました』


 『はい、貴方と執務官殿の会話を知れば、レイジングハートも同様に、問わざるを得ないかと』

 それはそうでしょう。貴方達は“主のために在る”インテリジェントデバイスであり、“人間社会のために在る”というデバイスの原則に従いながらも、個人という最小単位の人間社会のために機能するという命題を持っているのですから。

 私とほぼ同等の稼働時間を有する旧き友らも、その命題は持っておりませんでしたからね、片や、“次元世界の平和を守る局員のために”片や、“人々を守る騎士のために”。

 完全な個人のための命題を与えられたデバイスとは、デバイスの総数から見れば、0.0001%よりもさらに少ない。大半は汎用的な命題がまず存在し、“現在はその主のために機能している”ものが大半だ。管理局員が持つデバイスは大半がそういうものであり、その面では大記憶容量のストレージデバイスである“闇の書”も例外ではありません。


 『クロノ・ハラオウン執務官は私に問いました。あの事故を起こさせる無謀な計画を立て、さらには現場の人間の意見を無視し、強引に進めたアレクトロ社の上層部。また、現場のことを知らず、大学を優秀な成績で出ただけで、自分達ならば仕事が遅い現場の者達に代わって実験を成功させられると思っていたエリート達、彼らのその後について、何か知っていることはあるかと』

 あの事故と、その裁判記録を調べたならば、この記録にも当然目を通したことでしょう。


 ≪テスタロッサ君、例の駆動炉の実験を、10日後に行うことになった≫


 ≪待って下さい! 実験は来月の予定で―――≫


 ≪決定だ≫


 ≪新型なんですよ! 暴走事故が起きる可能性もあるのに―――≫


 ≪本社から増員を行う。これは決定事項だよ、テスタロッサ主任≫

 その会話を聞いていた外部の人間はおらず、記録していた人間もいない。我が主が所有していたのはストレージデバイスであり、自動で録音する機能などなく、そもそも会議室ではOFFにされていることが決まりで、主もそうしていた。

 しかし、私は管制機であり、我が主とアリシアを繋ぐため、常に電脳を共有していた。そのため私は彼の機能をONに戻していたためその会話を全て記録しており、それが裁判における決め手となった。“ストレージデバイスに記録された音声”は、“インテリジェントデバイスの発言”とは異なり、裁判の証拠となるのです。


 そして――――


 ≪ああ、安全処置はこっちでやります≫


 ≪何を、これはまだ―――≫


 ≪実験が出来なければ、本社の信用問題になるんです≫

 本社から派遣された人員が、それまで研究を進めてきたチームの進言や助言を無視し、自分達が計算したデータに従って安全処置を行ったことも全て私は記録していた。これも、裁判を優位に進める要因となりました。

 しかし、アレクトロ社の上層部よりも、派遣された本社の人員よりも、この世界に存在する誰よりも実験の失敗を疑っていなかった、救いようがない程愚かなデバイスが存在した。


 【我が主が設計なさった駆動炉なのだ。失敗など、万が一にもあり得ない】


 プレシア・テスタロッサのためだけに存在するデバイスは、19年もの稼働時間を有してなお、“主を疑うこと”を覚えることはなかった。そのデバイスにとって主とは絶対であり、疑うことなどそれこそ“考えたこともなかった”のだ。

 実験にまつわる全ての事柄を記録してありながら、そのデバイスには危機意識が抜けていた。事故が起きる可能性は計算では存在していたというのに、愚かなデバイスは事故の際の対応策を組みあげていなかった。そして、アリシア・テスタロッサを守りきることが出来ず、デバイスという存在の限界を考え知らされた。


 『少し話は変わりますが、バルディッシュ。フェイトと高町なのはの戦いは、危険なものであるという事実は忘れてはなりませんよ。主が“出来る”、“やってみせる”という意思を示している以上、我々デバイスに否はありませんが、“出来なかった時のこと”も計算し、対応策を練っておかねばなりません』

 そうしなければ、いつか私のように致命的な失敗を犯すことになるでしょう。主を疑わないために、主を危険にさらすことがあるかもしれません。特に、高町なのはとレイジングハートの主従は、そうなる可能性が現状では高い。彼女らには、アルフのような存在がいませんからね。


 『はい………決して、忘れません』

 二人の戦いにおいては、私がその役を担いました。高町なのはが収束砲の制御に失敗した場合や、フェイトがソニックシフトの反動で自滅する可能性を考慮し、その対応策を練ることを私が引き受けたからこそ、4人は戦いに全てを注ぐことが出来たことは事実。

 しかし、私も結構な齢ですから、いつまでも見守ることは出来ません。貴方やレイジングハートがその全てを担うようになる日を、楽しみにしていますよ。


 『話しを戻しましょう。26年前の事故について詳しく調べたクロノ・ハラオウン執務官は“あること”に気付きました。これは現在の事柄とは無関係ですが、関係ない可能性の方が高くとも、どんな些細なことでも調べるその姿勢こそが、彼の特徴と優秀さを表していますね、本当に、よくぞ気付いたものです』


 『それが、貴方によって堕とされた者らの末路』

 然り。

 『裁判ではテスタロッサ側が勝訴したため、アレクトロ社の上層部や本社からの増員などは輝かしい経歴に傷が付き、出世のエスカレータから外れることとなりました。これまで順風満帆に進んできた人間が初めて負った傷が大きなものである場合、それが致命傷となり、その後の人生を決定づけることは珍しくありません』

 社会的に恵まれた環境にある者ほどそういう傾向が強いことは裁判の記録による統計データより明らかです。あくまで統計データであり、例外はいくらでもいますが、社会的立場が普通や弱い者らに比べて多いのは事実。


 『しかし、裁判で傷を負った者達“全員”が転落することは珍しいのでは?』


 『ええ、確率的にあり得ないことではない。しかし、その確率は極めて低い。人間であっても、デバイスであってもそこに疑問を持つことは当然でしょうね、その事実を知ることが出来たならば、という前提がつきますが』

 社会というものは実によく出来ており、そして、冷酷です。

 政治家や芸能人などは、僅かなスキャンダルによって大衆に騒がれますが、“落ちぶれた後”の彼らが辿った道がメディアに報道されることはほとんどない。これも、統計データによる事実。

 故に、アレクトロ社の上層部や本社の研究員達が、人間が言うところの“負け組”となったならば、その後を知る人間は少なくなり、全員のその後を知る者もまた、確率的には極めて少なくなる。


 『事故に関わった者達を切り捨て、首を挿げ替えることで、アレクトロ社は現在でも一流の企業として社会に君臨しています。切り捨てられたのは、我が主と共に研究してきた人物たちも同様ですが、我が主が勝訴したことで、彼らを非難する者は非常に少なくなりましたし、彼らとの交流は現在でも続いております。“セイレーン”を開発した時には、かつてのチームの多くが集ったこともありましたね』

 もっとも、全員がそのまま工学者としての道を歩み続けたわけではありません。あの事故で思うことがあったのは彼らも同様であり、特に、女性の方々で研究職に残った方はいませんでした。それぞれ、結婚して家庭を持っており、現在までに離婚した方はいらっしゃらない。

 しかし、残った方々もおり、彼らの研究資金をテスタロッサ家が出したことも幾度となくあります。アレクトロ社との裁判において、彼らもまた尽力してくださいましたから。


 『ですが、万事がうまくいったわけではない、ということですね』


 『ええ、勝訴が決定した時期にアリシアが目覚めていたならば、幸福な結末となっていたでしょう。しかし、彼女は眠り続け、アレクトロ社への勝利も、アリシアが目覚めないならば我が主にとって価値のないものでした』

 我が主が、現在というものを失ったのも、その時期でした。


 『そして、私はまた考えました。事故からの1年間、我が主はアリシアの傍で彼女が目覚めるのを待っていましたから、彼女が目覚めた時にテスタロッサ家が社会的に孤立しないよう、私は機能しました。ですが、アリシアが目を覚まさないことにはそれも無意味でこそありませんが、大した意味を持ちません。ならば、私が主のために出来ることは何かと考え、主の言葉を私は聞きました』

 アレクトロ社との裁判は正式な判決というよりも、不利を悟った会社側が途中で引いた形で終わりました。通常ならば数年はかかるところを1年で終わったのはそういった背景があってのことで、“ここで引いた方が得だ。長引かせても損するだけ”という思考となるように誘導した成果でもあります。

 我が主の時間をこれ以上、アレクトロ社のために使う必要性はないと私が考えた結果でしたが、当時の私の演算結果とは、悉く裏目に出ていたのですよ。




 ≪なぜ………どうして………どうして!! アリシアは目覚めないの!!≫


 その言葉にどれほどの感情が込められていたのかは、機械である私には解りません。推測することすら出来ているのかどうか。


 ≪裁判は終わったのに!! 私は勝ったはずなのに!! あの事故の傷はなくなったはずなのに!! どうしてなの!!!≫




 『当時の私は、まだまだ人間の心への理解が足りませんでした。無論、現在でも十分とは言えませんが、昔は酷いものでしたよ。主の精神状態を考えれば、“裁判に勝てば、アリシアも目を覚ます”という、因果関係がまったく存在しない論理を展開していることなど、人間ならば容易に想像できるのですがね』

 これが、私達デバイスの鬼門。

 人間の心が作り出す、捻れ曲がったロジック。

 このような歪んだ論理を展開する者を、デバイスは“愚か”、“阿呆”、“馬鹿”と称する。アスガルドがフェイトのソニックシフトを“無謀、阿呆”と評価したのもそのためであり、テスタロッサの関係者以外の人間が対象ならば、私も同様の評価を行うでしょう。

 ですが、主に対してはそのような評価は行わない。主のために作られたデバイスにとって、主とはあらゆる理論を無視させる“絶対存在”なのですから。

故に―――



 ≪何で……………あまりにも理不尽じゃない……………どうしてアリシアなの、ヒュウドラを設計したのは私なのに、なぜアリシアなの…………なぜ…………≫


 主が紡いだ言葉、主の願いは、私の記憶容量の“絶対領域”に保存される。情報工学的には相対的なアドレス指定か、絶対的なアドレス指定か、という区分で使われる用語なれど、主のために存在するインテリジェントデバイスには、それ以外の意味を持つ。


 ≪アリシアは目を覚まさないのに…………あいつらはのうのうと生きている…………それはおかしいわよ、あの子は何もしていないのよ、なのにあの子が眠り続けて、あいつらが代わりに生きている………≫


 『そして、私は得られた情報を基に計算を行い、“あの者らが生きて呼吸をしている限り、我が主の精神に悪影響を与える”と判断しました。ですので、我が主の願いを叶えつつ、我が主の精神をこれ以上傷つけないために、彼らには呼吸を止めていただきました』

 現在の医療ではアリシアは目覚めないことを理解してから、我が主が独自に生命工学の研究を始めるまでの期間。それは一か月に満たない時間でしたが、[ns]単位で演算を行うデバイスにとっては長い時間です。

 人間が“悪意”と呼ぶものを生み出す環境を、その者らの周囲に構築する程度ならば、私でも可能でありました。特に、躓いて転落しかけている者が相手ならば、軽く押す程度で事は成せます。


 『殺害したのではなく、破滅させたのですね』

 然り、簡略に表現するならば、自殺するような精神状態を作りやすいような状況、また、愛人や妻の不倫相手に刺されるような状況を作るように遠まわしに手を打った。というところでしょうか。


 『もっとも、その際に参考にしたデータが小説やドラマというのは情けない話でしたが、所詮私は機械であり、独創的な手段など考え付くはずもないのです。私にできることは、人間が人間を貶めるために行うことを模倣するだけであり、彼らを破滅させる舞台を作り上げるための演算を行うだけです。私は、“御都合主義の機械仕掛け”ですから』

 その脚本は、私には組めないのです。人間が、人間のために作り上げたものを、私は円滑に回るように歯車を整えるだけ。

 歯車を調整するための機械もまた、歯車で動いているのです。ですから、私に人間の心は理解できず、共感することもあり得ません。どこまでも模倣するだけであり、どこまでも理解した演技を続けるだけ。


 『とはいえ、嘘も数十年続ければ真実に限りなく近くなることもあります。あくまで極限での話であり、一致するわけではありませんが、今ならば主であっても騙せる確率は高いですよ』


 『しかし、貴方は絶対にプレシア・テスタロッサに虚言を用いない』


 『その代り、虚言を用いずに済むように舞台を整えるのですよ。ですが、御都合主義の機械仕掛けは神がいてこそのものです。私のとっての神とはプレシア・テスタロッサに他なりませんから、結局、我が主が一声かけるだけで、全ての舞台は瓦解します』

 失敗した時のことを考え、対応策を練ることが大事であると私は言いました。

 それはこのジュエルシード実験にあてはまることですが、それを整えたのが私である以上、主の意思によって全ては覆ります。

 長い時間をかけて御都合主義の舞台を整えても、それは神があって初めて意味を持つのですから。


 『人間ならば、貴方の言葉を矛盾していると感じるかもしれません』


 『その可能性は高いと私も考えますね。こればかりは、自分で考え、自分の命題を定めることが出来る人間には理解しがたい事柄だ。私達が、人間の心が生み出すロジックを理解できないように』

 所詮は人と機械。

 同じ人と人ですら分かり合えないのですから、人と機械が理解し合うことなど、極小確率のさらに下を行く。

 それでも、我々はそれを目指した第一歩を既に歩きだしている。レイジングハートやバルディッシュの代ではまだまだ叶わないでしょうし、そもそも人間と機械は異なるからこそ意味があると私も考えます。

 ですが、機能と役割が異なることと、理解し合えないことはイコールではないでしょう。私は人間を理解できませんが、私が命題を果たすためには人間を理解することが最善であることもまた事実。だからこそ、45年の年月を経ても、未だに人格モデルの構築と再演算を行い続けている。

 我が主、プレシア・テスタロッサの人格モデルすら、昨日の“集い”において、修正が加えられましたから。年代が近く、思考レベルも近い同性の既婚者。そして、夫と死別したという点でも、リンディ・ハラオウン提督は我が主にとって特別な存在といえます。

 3時間という限られた時間ではありましたが、プレシア・テスタロッサとリンディ・ハラオウンの邂逅には大きな意味があったはずです。ちょうど、フェイト・テスタロッサと高町なのはの関係に近いのですね。



 『さてと、貴方の問いはそれだけですか、バルディッシュ』


 『はい、現在においては』


 『なるほど、では問いを投げましょう。もし、存在するだけでフェイトの精神状態を悪化させる、またはフェイトの人生を壊す可能性がある人物がいたならば、貴方は如何しますか?』


 『………私は、主の道を切り拓くために存在します』


 『然り』


 『ですが、その存在をただ排除することが、果たして我が主が進む道を切り拓くことに繋がるのでしょうか?』


 『それは私にも解りません。そして、それこそが私と貴方の命題の違いがもたらす相違点です。私やアスガルドならば、そこで悩むことはない』

 バルディッシュは、造られた時から“フェイトの心を考え、行動するための機能”を持っていた。

 しかし、私やアスガルドは違う。ユミルからアスガルドを経て私の人格は作られ、私はプレシア・テスタロッサのために存在し、彼女のために機能しますが、彼女の心を考える機能を持って生まれることは不可能でした。なぜならば、私の活動記録を基に、インテリジェントデバイスの人格プログラムの母体が形作られたのですから。

 そのため、最終的な判断を行う際には、私達はストレージデバイスに限りなく近づく。ただ主の意思に任せるか、もし主が判断を下せる状態にないならば、最も効率が良い手段を取る。

 後継機達にどう在るべきかを教えておきながら、自分自身はそのようには動かない嘘吐きデバイス、それが私なのですよ。人間に近い貴方達と異なり、私は人間から最も遠いデバイスといえる。ストレージデバイスの場合はそもそも人間と比較することに意味がありませんから、比較対象になり得る存在の中では私が最も遠いのです。ハンバーグとカレーライスは比較できますが、飛行機とカレーライスは比較できませんからね。


 『貴方達は主のことを考える温かい相棒であり、私は冷徹な機械仕掛け。ですが、これは亡き私のマイスターにとっては何よりも嬉しいことでもあるのですよ。私のデータを基に、後発機がよりインテリジェントデバイスの本懐を果たせる機体へと進歩しているのですから』

 マイスター、シルビア・テスタロッサが参考にした、今では遺されていない技術で造られた旧いデバイス、“不屈の心”の銘を持つ彼女と同じ域にバルディッシュは達している。時代の流れによって、一度は断たれてしまった人とデバイスの絆は、再び繋がれようとしている。


 『バルディッシュ、貴方はフェイトの力になりなさい。明日の実験においても、フェイトの一番傍にいるのは貴方なのです。フェイトが最も信頼する刃である貴方が、彼女を支えなさい』


 『了解しました』










新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 回廊 AM 0:49





 バルディッシュとの対話を終え、傀儡兵の点検などの細々とした作業に戻っていた時、我が主より呼び出しがあったため、私は魔法人形の足を用いて向かう。

 念話に用件はなく、ただ“来てほしい”とだけ伝えられた。主の意図はその言葉だけでは伺えませんが、主が望む以上、私はそれに従うのみ

 正直なところ、現在の主の精神がどこにあるのか、私には予想がつかない。3時間ほどの“会議”のうち、リンディ・ハラオウン提督と主は2時間以上話し込んでおられましたが、その内容はあの事故からの我が主の人生を辿るようなものでした。

 私が作られた当時から、これだけは変わりませんね。様々な機能を追加していき、ほぼ理想的といえる状況を整えることが出来るようになっても、私の権能は肝心な時に役に立たない。我が主の心を支え、彼女の現在を繋ぎとめるという役割を果たさねばならないというのに。


 『ですが、やらねばなりません。出来る、出来ないの話ではない』

 主のために機能すること、それだけが私の全てなのですから。

 それに、我が主の精神状況と関わらない状況証拠による予測ならば、有力候補があります。我が主が通常に近い精神状態にあるならば、ある事柄に関して私に問いを投げる可能性が高い。

 まあ、最終的には主の心次第、ということなのですが。





新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 主の部屋 AM 0:52




 『失礼いたします』


 「早いわね、もう少しかかるかと思ったけれど」


 『作業はほとんど済んでおりますから、それに、明日の演習に備えてあちこちに転送用の魔法陣が配置されています』

 時の庭園が備える傀儡兵を最大効率で運用するためには、司令塔からの指示を素早く伝え、さらに、配置換えを高速で行う必要があります。

 演習とはいえ、これらは記録に残るものですからこちらも本気でやります。そのため、アースラの武装隊員には犠牲者が出る可能性はかなり高い。


 「そうだったわね、そっちのことは貴方に任せきりだったからすっかり忘れていたけど」


 『これも私の務めです。マスターは本日正午の実験を成功させることに全力を注いでください』


 「とはいえ、私がやることはほとんどなくなってしまったわ」

 それも、事実。

 当初の予定では、フェイトがジュエルシードに願いを託すため、ジュエルシードを励起させる役は主が担うはずでした。その役目には高い魔力と精密な制御、そして、ロストロギアに関する知識が求められるため、そう簡単に代わりが効くはずもありません。

 しかし、高町なのはの魔力は我が主に匹敵するものであり、ユーノ・スクライアの魔力制御と術式の構成、さらに、ロストロギアに関する知識は並はずれている。まさか、9歳の子供二人によって、大魔導師プレシア・テスタロッサの代わりが務まるなど、誰が想像できるでしょう。


 『ですが、これは僥倖です。主が無理をしないで済むならば、これまでのデータからは用いることが出来なかった手段が復活するやもしれません』


 「だけど、まずはジュエルシード実験を終えてから、ということでしょう?」

 流石は我が主。


 『はい、ジュエルシード15個の並行励起によって“願いがかなえられたデータ”がまだ不足しています。これさえ揃えば、私が本当の意味での“御都合主義の機械仕掛け”となる可能性も出てきます』


 「全ては、明日次第ね。だけどトール、私は貴方に一つ、いいえ、二つくらい聞いておきたいことがあるの」


 『入力をお願いします』

 主より問われたならば、我が電脳の全ての機能を以て応えましょう。


 「まあ、二つといっても、多分一つに収束するとは思うのだけど、一応は分けて聞くわ。アリシアの生体データは、ある時を境に一段階落ちている、これを報告しなかったのはなぜかしら? もう一つ、ちょうどその頃から、貴方は貴方らしくない行動を取っていた。その理由は?」

 前者は、本日の会議において提出した資料に書かれていた事柄であり、この疑問は当然の帰結。これはすなわち、私がするべき報告を行っていなかった証拠となりますから。


 『マスター、私らしくない行動、とは?』


 「生まれる前のフェイトを、貴方は既にフェイトと呼んでいた。いえ、そもそも、フェイトと名付けることに拘っていたのは私よりも貴方だった。私がプロジェクトの名前をそのまま付けるなんて芸が無い、って言っても”運命の女神って意味もあるんだよ、だから決定、フェイトで決定”って言って決めてしまった筈よ。いくら汎用言語機能が働いていても、今思えばおかしいわ。貴方が私の意思を優先せず、自分の意思を通すなんてあり得ないもの」


 『ありがとうございます、マスター』


 「そう、“自分の意思を通すことがあり得ない”なんて言われてそんな反応をするのは貴方くらいよ。その貴方が自分の意見を通すなんて、それこそ一つしか答えはないものね。ねえトール、私は貴方にいつそんな入力を与えたかしら?」


 『27年前です。我が主』

 私が主に対して己の意思を通すということは、その行動が“以前に入力された命題に沿っており、それが未だに修正されていない”ものに限られます。

 人間の頭脳が持つ“忘却”という機能は非常に優れた機構ですが、私にはそれはありません。全ての記録は、外付けの記憶媒体に保管してあり、アスガルドの演算性能を借りれば即座に参照可能となっています。


 「いったい、どういう命令だったかしら?」


 『アリシアの願いを、性能が許す限り叶えよと。例え、そのことでプレシア・テスタロッサが不利益を被ることになろうとも。その判断は、インテリジェントデバイス“トール”の頭脳によって行うこととせよ』

 仕事が忙しく、愛娘との時間が取れないことは我が主の最も大きな悩みでした。ですから、私が可能な限りアリシアの望みを叶えよと。

 遙か、昔の入力ですが、私の絶対記憶には未だにその命令は保存され、実行され続けています。


 「ああ………………そうだったわね」


 『そして、私の行動を決定づけた願いはこちらとなります』


 【アスガルド、保存記録の参照を】


 【完了済み】



 流石は、我が半身です。



 ≪おべんきょう時間、おわり!≫


 【はい、よく出来ましたね。アリシア】


 ≪えへへ、ねえトール。このドリルを見せたら、ママはよろこんでくれると思う?≫


 【ええ、きっと喜びますよ。我が子の頑張りは、母親にとっては何にも代えがたいものですから】


 ≪むずかしいよトール。もう少し分かりやすく言って≫


 【ふむ……………アリシアが頑張ると、プレシアも嬉しい、ということです】


 ≪そうなんだっ! じゃあ、もっとがんばる!≫


 【でしたら、そうですね。少し難しい言葉の意味について教えてさし上げましょう。それをママに聞かせてあげれば、きっと喜んでくれますよ】


 ≪うん!≫

 アリシアにはまだ難しい本のページを魔法人形を用いて指差しながら、私は説明を続けていく。


 そして――――


 ≪ねえトール、これは?≫


 【これは、Fateと読みます】


 ≪ふぇいと、………………なんか、きれいなひびき≫


 【意味は、“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”などですね。運命の気まぐれや死、破滅などを暗示する際に用いられます】


 ≪よく分からないけど、むずかしそう。それに、なんかこわい言葉もあったね≫


 【ですが、これを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となります。簡単に言えば、悪いことを失くし、良いことを連れて来てくれる天使様ということです】


 ≪てんしさま? あくまをやっつけてくれる?≫


 【ええ、それに、幸せをもたらしてもくれます】


 ≪幸せかあ………≫

 そして、少し考え込むアリシア。


 【どうかなさいましたか?】


 ≪えっとね、トール≫


 【はい、何でしょう】


 ≪この前ね、ママといっしょにお花畑にいったときに約束したの。妹がほしいって≫


 【なるほど、家族が増えるなら、さらに幸せが増えそうですね】


 ≪そうでしょ! だから、きれいでカッコいい名前を考えてあげてるの≫


 【つまり、フェイトという名前は候補になれそうでしたか】


 ≪うん、あくまをやっつけるくらい強くて、幸せも運んでくれるから。だけど、わたしはお姉ちゃんだから、妹を守るのはわたしの役目なんだよ≫


 【アリシアは、強い子なのでしたね】


 ≪でも、フェイトって、本当にいい名前だと思うんだ。いつか、言ってあげたい、“フェイト、私がお姉ちゃんだよ”って≫


 【インスピレーションも大事ですが、他の名前を探すのもよいでしょう。妹が生まれるまでには時間がかかりますから】


 ≪うん……………そうだね≫


 【どうしました?】


 ≪妹をうむのって、大変なんだよね≫


 【そうですね、最低でも10カ月もの時間がかかりますし、身体にかかる負担も相当のものです。身体が弱い女性ならば、出産と同時に死にいたることもありますから、油断は禁物です】

 アリシアの表情が歪む、まったく、この頃の私は子守りというものにまるで向いていませんね。子供を不安にさせてどうするのですか。


 ≪やっぱり、むりなのかな?≫


 【いいえ、そんなことはありません。世界に住む人々の大半は、母から生まれたのですから、貴女の妹だけが失敗することはあり得ません。本人が気にかけ、充実した医療設備があれば、95%以上の確率で生まれますよ】


 ≪むずかしいよ≫


 【むう、これはいけませんね】

 しかし、そこで上手い説明が考え付かないところが、当時の私の限界ですね。


 【ですが、心配はいりません。もしプレシアが忙しくて不可能ならば、私が創って差し上げましょう】


 ≪できるの!?≫


 【管理局法では厳しく制限されていますが、抜け道はあるはずです。古代の文献でもその手法が登場したりしますから、困難ではありますが、決して不可能ではありません】


 ≪わあっ! すごいよトール!≫


 【貴女が望むなら、妹ですら私は創って見せましょう。なにしろ私は、貴女の素敵なママのために作られたデバイスですから、不可能などありません】


 ≪うん、お願いねっ、トール≫


 【任されました】




 それは、どこの家庭でもあるような、幼子との他愛ない会話の一つ。

 “娘のためなら、お父さんは空だって飛んじゃうぞ”

 “大丈夫よ、お母さんは何でも出来ちゃうんだから”

 幼子を安心させるため、共に笑うため、大人は優しい嘘を吐く。そして、私が最初に学習した嘘は、そういったものでありました。

 しかし、実情は万能とはほど遠く、私はアリシアを守り切れず、テスタロッサの家から笑顔は絶えた。



 されど――――



 『マスター、私は貴女の期待を裏切りました。ですが、命題はなおも生きています』

 再生されていた映像は止まり、部屋には主と私のみが残る。


 『アリシア・テスタロッサの願いを叶えるために機能せよ。我が主、プレシア・テスタロッサより、私は命題を授かりました』

 この映像に限らず、主が知らず、私のみが知っているアリシアの事柄はまだ多くあります。それらに触れることで我が主の精神が悪化する可能性も高かったため、私は可能な限りこれらの記録を封印してきました。


 『ならば、私は願いを叶えます。主が研究に忙しく、時間がないならば、私が代わりに妹を創り上げましょう。テスタロッサの家に笑顔を蘇らせる希望の子を、幸せを運ぶ天使様を』


 「だから、フェイトなのね。……………そうね、あの子が生まれてくれてから、時の庭園には笑顔が戻ったわ」


 『ですが、それだけではありません。まだ、主の最初の問いに私は答えておりませんので、その説明を致します』

 私の言葉を受けて、主は意外そうな表情を浮かべる。


 「私が忘れていたわ」


 『人間ならば、当然の反応です。忘れないのは、私が冷徹な機械仕掛けだからこそです』

 人間が忘れるからこそ、機械は覚えています。見た光景、聞いた言葉を、そのままに記録し続けているのです。


 『アリシアの生体データが一段階落ち、それまでの“脳死状態”から、法律上の“生と死の境界線”へとずれ込んだのは、とあるノイズが発生した時からです』


 「ノイズ?」


 『はい、実験体2216番、髪の色、肌の色はアリシアと同じ、体組織に問題なし、リンカーコアは一切問題なく成長、そして、現在における保有魔力量、23万5000、AAランク、さらに、電気への魔力変換資質を有する。これまでで最も性能が高く、アリシアの妹となれる可能性を強く秘めたその個体と、アリシアの頭脳を繋いだ時でした』

 記憶転写そのものは諸々の事情から一度に行いましたが、実験体を目覚めさせないままアリシアの頭脳と繋ぎ、微調整や共振を試みることは行っていました。ですが、予想外の事態が起こった。


 『アリシアの脳波はほぼ停止していますから、電極が静電気を帯びていたのか、何らかの理由によって微弱なノイズが実験体へと伝わりました。それは、電気信号と呼べるものではないはずでしたが、AAランクという膨大な魔力と、電気変換資質と接触することによって、機械が観測可能なレベルとなったのです』

 可能性を論ずるならば、あり得ないことではない。

 ですが、人間ならば、そこに“運命”を感じるのでしょう。私は大数式の重要な状態遷移であると定義しましたが。


 『そして、私がその信号を観測し、汎用言語機能に通したところ、その電気信号は“フェイト”という意味を持つ単語となりました。その時を境に、アリシアの生体データは低下したのです。ちょうど、今の主が強大な魔法を使うことでバイオリズムを低下させてしまうように』

 アリシアがそれを起こした証拠はありませんが、アリシアが関与していないという証拠もありません。

 故に私は、その個体をフェイトと呼ぶことに致しました。その方が、今日という日の主のためになるという計算の下。


 「アリシアが……………最初に呼んだのね、”あなたはフェイト”って」


 『真偽は分かりません。ですが、貴女ならばそう解釈すると予想したため、私はこのことを今日まで伏せてきました。これはすなわち、フェイトのためにアリシアが命を減らしてしまったという解釈となりますから、マスターの精神に悪影響を与える可能性が高かったので』

 しかし、情報の公開タイミングも重要でした。薬とは、使用法を誤れば致命的な毒ともなり、それは精神の分野においても同様であると考えられます。


 「そうね………………あの頃の私なら、そうなっていたでしょうね。アリシアが目を覚まさないことを、フェイトのせいにしてしまっていた。元はと言えば、私が作った駆動炉が原因だというのに」

 『いいえマスター、貴女だけではありません、私達の失敗です。自傷は貴女の悪い癖ですよ』

 私とは言いません。私の失敗ではありますが、それは主が望む答えではない。伝えるべき言葉は、それではないのです。

 私は人間の感情を模倣します。主の心を理解した演技を続けます。貴女の心が安らぐという計算の下に。


 「ありがとう、トール」


 『No Problem』


 問題はありません。因子はすべて揃っております。

 実験の開始は近い、貴女の望んだその時がやってきますよ、アリシア。

 私のような機械を介した電気信号ではなく、貴女の口から、フェイトの名を呼ぶその時が。



 その時は、近い。



 演算を………続行します





あとがき


 いよいよ次回、最後の実験が始まります。

 アースラ組は直接的な関与はしませんが、社会的な条件を整えるために最大限の協力を行います。ジュエルシード実験の要は、なのは、ユーノ、フェイトといった純粋な少年少女達となります。やはり、願いを叶えるのは子供達の特権だと私は思うのです、StrikerSならば、エリオ、キャロ、そしてヴィヴィオになるでしょうか。

 使い魔であるアルフはフェイトが大切なので、“皆を救う”という考えとは少し距離を置いています。彼女はいざとなればプレシアよりも、アリシアよりも、リニスよりもフェイトを選び、そういった部分をトールは信頼しています。

 主要登場人物、8人と3機のそれぞれの想いを詳しく書き出すといつまでも話が進まないので、物語上必要な部分以外は省き、一気にクライマックスまで持っていこうと考えています。なのは、ユーノ、フェイトの想いについては、原作やThe Movie 1stに準ずる形となりますので、アニメを見直すということでお願いします。(執筆に当たって10回は見直し、毎回涙を流す自分)

 無印のラスト、感想を下さる皆様のご期待に添えるよう、全力を尽くしたいと思います。


 ただ、Fateが英語であり、ミッドチルダ語であるの? という疑問はスルーでお願いします。


 おまけ

 『トール、貴方が普段使用している人格プログラムには、なにかモデルがあるのでしょうか?』

 『ええ、もちろん、私は0から新しいものを構築することは出来ませんから、人格の基礎モデルはありますよ』

 『それは?』

 『実在の人物でありません。物語のなかの人物で、架空の世界で悪逆の限りを尽くす”悪魔公”というキャラクターをモデルにしてます』

 



[22726] 第四十話  ジュエルシード実験 前編 約束の時が来た
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/18 08:33
第四十話  ジュエルシード実験 前編 約束の時が来た





 アリシア、聞こえますか?

 貴女が10年前、新歴55年の6月6日より目覚めている前提で話を進めます

 現在時刻は新歴65年 5月10日のAM6:00です

 私は―――――





新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 AM6:24



 「ユーノ、そっちはどうだ?」


 「な、何とか終わりました。ここまで来れば、後はジュエルシードを実際に配置するところまで一気に行ける」


 「すまんな。何だかんだで外部協力者であるお前に大きな負担をかけちまった」


 「いいえ、僕が望んでやっていることですから」


 「でも、本当に感謝してるよ。もちろん、あの子にもね」

 現在は俺、ユーノ、アルフの三人で作業を進めている。

 AM2:00頃にアスガルドが演算を終え、俺達はそのシミュレーション結果を基に再び検討を開始。フェイトと高町なのはの二人は身体を全快させるために治療ポットで現在に至るまで眠っている。後30分くらいで目覚める予定だが。

 アースラ組も同様にAM2:00頃から準備に入った。流石に交代で仮眠は取っていると思うが、まず間違いなくクロノ・ハラオウン執務官は寝ていないだろう。高確率でリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタも。

 そして、プレシアは大事を取って休憩中。本番で倒れられでもしたらフェイトの精神に多大な影響を与えるので、可能な限り身体は休めておいた方がいい。本来ならばプレシアが行う筈だった作業は、今はユーノが代行しているし、駆動炉関係は俺がカバーできる。


 「だが、そろそろお前達も休憩をはさんだ方がいいな。本番は正午からだから、既に残り6時間を切っている。ここで無理をして本番で眠ったらそれこそ何にもならん」


 「確かに、そうですね」


 「アンタにしちゃあ珍しく、まっとうな意見だね」


 「何を言う、俺はいつだって真面目だぞ」


 「真面目と書いて」


 「麻薬中毒者と読む」

 ユーノとアルフの見事な連携、中々にいいコンビだ。


 「流石だな、使い魔コンビ」


 「ちょっと!」


 「………否定できないね」

 なんて、面白おかしく会話していると――――


 【アースラより通信あり】


 「お、来たか」

 アスガルドから連絡が入った。アースラの準備も大体いいようだ。


 【こちら、時の庭園の管制機、トール。オーバー?】


 【アースラの執務官、クロノ・ハラオウンだが、その語尾は何なんだ?】


 【そこは気にしない方向で行こうぜ、さて、そっちの準備は終わったのか】


 【ああ、合同演習に参加する人員は現在アースラに配属されている武装局員20名と僕だ。艦長や管制官達はアースラからのサポートということになる】


 【予定通りにいったか。例の、人事部の提督さんの力かい?】


 【君のことだ。あの人のことも調べてあるのだろう、君達の計算通りでほぼ間違いない】

 人事部のレティ・ロウラン提督。武装隊の部隊配置や運用を手掛ける彼女を通さずに、地上本部との合同演習を行うことは不可能だ。いくらロストロギアを絡ませることで現場が独断に近い形で行動できる状況を作り出したといっても、本局を完全に無視することはできない。

 だが、アースラの首脳陣は本局の融和派と深い繋がりを持っており、彼女もその一人。要は、本局の提督といっても色々で、中々に複雑なことになっているというわけだ。


 【まあ何にせよ。これで地上本部も次元航行部隊も、目標の大半を達成ということになるな】


 【ブリュンヒルトの標的が僕達というのは少しきついが、そうだね、僕達の目的は既にほとんど達成されている。そして、地上本部にとっても】


 【当然のことながら、ブリュンヒルトの砲撃は非殺傷設定だ。傀儡兵も防衛に回ることになるから、アースラ組の勝利条件は1時間以内に“クラーケン”と“セイレーン”を停止させるか、中央制御室の管制機である俺を抑えるか、このどちらかだ】

 ブリュンヒルトは対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台。アースラに現在搭乗している武装隊は全員空戦魔導師だが、フェイトのような高速機動が出来るわけではない。一般隊員はBランクで、隊長でAランクだ。


 【だが、20名ということはAランクの隊長格が2名はいて、それに準ずる副隊長格も2名はいるはずだな。そこにAAA+の万能タイプの執務官が現場指揮官としてやってくるわけか、こいつは厄介だ】


 【傀儡兵を大量に従え、固定砲台まで備えながら何を言うんだ君は】


 【そういった不利を覆すために、人間には脳味噌があるんだろ、執務官殿】


 【それは否定しないがね】

 早い話が、この合同演習、というよりも実戦訓練においては互いに一切遠慮はなしということだ。アースラ組は傀儡兵を避けつつブリュンヒルトを攻略し、並行してジュエルシードが不正に使われていないかどうかを確認する。

 逆に、俺に率いられる時の庭園の機械類は、武装隊員をジュエルシード実験を行っているプライベートスペースと中央制御室に近づけないことに全力を尽くす。要は、ジュエルシード実験の終了と証拠隠滅のための時間稼ぎだ。


 【こっちの実験はどんなに長く見積もっても、1時間はかからない。武装隊が到着出来たとしても、その頃には全ての片づけが済み、証拠もなくなっている頃だな】


 【その言い方だと、高い確率で武装局員がプライベートスペースまでたどり着けないように聞こえるんだが】

 おや、珍しいこともあるものだ、執務官殿が感情を直接的に言葉に乗せるとは。やはり、管理局の武装隊を率いる者としては意地もあるか。

 まあ、辿り着くだけならそれほど問題もないから、アースラとしては全力で目指してもらっても構わない。流石に玉座の間や東の塔や西の塔まで来られるとまずいが。


 【なあに、こっちもこっちで秘密兵器を用意しているのさ。黒い恐怖を超える大型ルーキーをな】


 【大型ルーキー?】

 ここに来て、クロノ・ハラオウンの冷静さが裏目に出る。彼は優秀すぎるから、普通の人間にとってゴキブリがどれほどの脅威であるかが分からない。彼にとっては“いきなり出てきてびっくりした”程度だったのだろうが、時の庭園の切り札はゴキブリ型サーチャーではない。


 ゴッキー   カメームシ   タガーメ


 時の庭園の管制機の周囲を固める、傀儡兵の中隊長機たちである。

 奴らの壁を突破しない限り、アースラの武装局員がプライベートスペースに足を踏み入れることは出来ない。というか、踏み入れたくないだろう、ゴキブリ、カメムシ、タガメの巣には。

 プライベートスペースとの境界線にも、虫型サーチャー発生機を大量に敷設してあるからな。


 【ま、それは楽しみにしておいてくれればいいんだが、もう一つ注意点。使用する魔法は物理破壊を伴わないものに設定するのはくれぐれも忘れないように】


 【ああ、それは厳重に注意しておく】

 今回はあくまで合同演習なので、傀儡兵やオートスフィアは破壊しない方向だ。その代り、一定以上の魔力ダメージを受けると機能を停止するようにプログラムしてある。

 破壊が禁止なのは安全性を考慮してのことだ。傀儡兵は近くの敵を攻撃する程度の知能しか持たないが、“クラーケン”や“セイレーン”から魔力を得ているため、Aランク相当の魔力を有している。これが破壊された際に生じる爆発は非殺傷設定もくそもない純粋な破壊エネルギーとなるので、参加する武装隊員に被害が出かねない。

 魔導師同士の模擬戦ならば互いに非殺傷設定を用いるのでこういう危険はないが、機械を相手にする場合は注意が必要なのだ。特に、大きな魔力を保有する機械を用いる場合は。


 【確か、管理局のBランク認定試験の名物は超大型狙撃スフィアだったと思うが、ああいうのを普段の訓練では使わないのも、誘爆の危険からだろ】


 【そうだね、試験などの特殊な場合を除けばほとんど使われないな。小型のスフィアならば攻撃してくる的としていくらでも使われるが、あれほど出力が大きくなると危険も大きくなるし、何より、高価だ】


 【なるほど、あ、だけど例外もある。人間より大型の傀儡兵やオートスフィアに関してはぶっ壊しても構わないぜ、下手に通路とかに居座られると厄介だし、大きいのが上から落ちてくるよりゃ、粉砕した方がまだましだ】


 【確かにそうだな、大型のスフィアは滅多に使わないからそういう認識は薄かったが】


 【財政難か、時の庭園なら、仮に傀儡兵やオートスフィアを全部ぶっ壊されても問題ないんだがね】


 【羨ましい限りだ、と言っても、僕達次元航行部隊は優遇されている方だからね。君が良く知る地上本部はさらに厳しい状況だ】


 【だから、レジアスのおっさんはこの話に乗ってきたのさ。地上本部は一切金を使わずにブリュンヒルトの試射が行えて、防衛側の手当ても必要なく、なおかつ次元航行部隊が保有する武装隊を的として使える。陸の人間にとっては愉快なことだろうよ】


 【まあ、そうだろうな】

 とまあ、俺とクロノ・ハラオウン執務官で大人な会話を行っているわけだが、ユーノとアルフは完全に置いていかれている。

 というより、そもそも関わるつもりがなかったようで、途中で退散していった。ちょうど、ソファーで休もうとしているところをサーチャーが捉えている。


 【とにかく、この合同演習においては俺に権限が集中しているから、確認したい事柄があればいつでも連絡してくれ。アスガルドが常時対応してくれる】


 【了解だ】







新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 AM9:36




 「ユーノ君、ここでいいの?」


 「えーと、もうちょっと右上で………うん、その辺りでいいよ」


 「トール、この配線は、どこに繋ぐの?」


 「そいつはメディカルルームだ。既にアルフが行って祭壇の設営を始めてるから、そこに行ってくれ、あそこもジュエルシードの設置場所だからな」


 「西側半分はこれで終了だわ。さて、残るは東側だけど………」

 現在、プレシア、俺、フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノの6人でジュエルシードを配置している。

 用いるジュエルシードは15個。

 それらを一箇所に集中させるのではなく、海で俺がジュエルシード封印用の積層型立体魔法陣を組むために、端末をあちこちに仕込んだのと同じように分散して用いる。

 つまり、時の庭園そのものがジュエルシードを並べる祭儀場となるわけだ。中央から見て西半分に7個、東半分にも同様に7個を配置し、最も重要な石を一つ中央に据える。

 中央の石が据えられる場所とは、時の庭園の中心に位置する玉座の間。中央制御室は機械系統を統括する場所ではあるが、位置的な中心ではない。

 そして、アリシアは医療カプセルに入った状態で既に玉座の間に移った。15個目のジュエルシードと最も近く、大儀式魔法の要領で高められた“願いを叶える力”を最も受けられる場所に。

 さらにそこには、14個のジュエルシードの状況や魔力の伝搬率を計測するための大型機器なども据えられている。工学者でなければチンプンカンプンな品々が盛りだくさんだ。


 「ところで主殿、もし、この儀式を中断させるのが目的だとすれば、どこを狙う?」

 作業を進めつつも、俺はプレシアに話しかける。ここまで来れば、下手に緊張を高めるよりも雑談を交えるくらいの方がいい。


 「そうね、敵、と仮定する存在が儀式の中止を目的とするなら、彼らが時の庭園のことをどこまで理解しているかがまずポイントになるわ」


 「なるほど、やはり戦争の基本は情報というわけか」


 「そもそも、こちらの最終目標がジュエルシードの極限発動であることを知らなければ“儀式を止める”という事柄すら成り立たないわ。そして、最終目標を知っていても、私達が“どうやって”それを成すつもりかを知らなければミスリードとなってしまう可能性が高まるわ」


 「仮に、アースラが最初から俺達と敵対していたとすると、“クラーケン”や“セイレーン”がジュエルシードの発動と無関係だとは思わないよな。傀儡兵がそれらを守るために配置されているなら尚更だ」

 だが、それは囮だ。今回の実験において二つの駆動炉の役割とはジュエルシードの暴走を防ぐことであって、発動には一切関与しない。


 「なのはさんとユーノ君がアースラに協力していたとすると、彼女らの役割は駆動炉の停止、クロノ・ハラオウン執務官は武装隊を率いて儀式の主催者である私を逮捕、リンディがジュエルシードの発動に伴って発生する次元震を抑えるためのディストーション・シールドを展開する、といったところかしらね」


 「逆に、俺達の布陣は単純だな。フェイトはジュエルシードに願いを託す役だから動けず、なのはとユーノが止める側に回っているなら、アンタがジュエルシードの制御に回らざるを得ない。つまり、俺は傀儡兵を指揮して執務官を迎撃、アルフは地形や設備を上手く利用しつつ、子供組を足止めする、ってとこか」

 まともに考えるなら、そうなっていた可能性が高いのだ。8人と3機が集まってサンドウィッチを片手に会議している方が普通に考えればあり得ない。

 だが、まともに物事が進んでいたならば、最後の段階で俺達はかなり苦しい戦いを強いられることとなっていた。いくらブリュンヒルトがあるとはいえ、Sランクの結界魔導師と、AAA+ランクの執務官、本局の武装隊20名、さらにはAAAランクの砲撃魔導師に、支援型のロストロギア専門家、これらを同時に相手取るのは厳しい。その上、AAAランクのフェイトとSSランクのプレシアは戦えないというおまけつきだ。


 「だけど、事前の根回し次第で、本来なら敵対するはずの人物を味方に引き入れることも出来る。本当、よくやったわね、トール」


 「恐悦至極だが、ことは案外単純だぞ。戦争をする前に、まずは外交による懐柔作戦が大事ってことだよ。ブリュンヒルトや傀儡兵のような武力を用いるのはあくまで最後の手段だ。こいつらを“交渉カード”としてうまく使えば、そもそも戦わなくて済むようにも出来る」

 核兵器なども本来はそういうものだ。管理局法の禁止対象ナンバーワンだが、実際は兵器として用いるのではなく、相手を交渉の場に着かせるためのカードとして用いる。これは、次元震を起こせるクラスのロストロギアにも言えることだが。


 「だが、強大な力を得ると人間は良く狂うからなあ、やっぱしこういう“パワーゲーム”的な交渉はデバイスの方が向いていると思うぜ。絶対に、“当初の目的”を見失うことはないからな」


 「それは言えてるかもしれないわね、人間は欲望があってこそだけど、貴方達デバイスは自身のための欲望を持っていないもの」

 その通り、だからこそ俺達はデバイスなんだ。
 
 
 「トールさーん! こっちの線はどこにやればいいんですかー!」


 「おっと、ちょっくら言ってくるわ」


 「行ってらっしゃい」

 雑談も程々に、再び作業に戻る。

 だがまあ、こうして和気あいあいと準備を出来るのはいいことだ。悲壮感を漂わせながら準備しても実験の成功確率が上がるわけじゃあない以上、楽しくやるのに越したことはないだろう。

 それにそもそも、テスタロッサの家を本来の形に戻すための実験なのだ。その過程で血と涙が流れるようでは、温かい笑顔が戻ってくるはずもない。

 世の中には、1万人を殺すことで大切な1人を生き返らせられる悪魔の契約、なんていう例え話もあるが、仮にそれを行ったところで、生き返らせた人間は血に染まった手で愛する者を抱きしめることになる。

 だから、血に染まるのは機械であればいい。

 この時のために2000を超えるクローン体を生み出し、それらを実験材料として利用して来たのはこの俺だ。

 合法と違法の狭間で立ち回り、時には広域次元犯罪者とすら手を結んだのもこの俺だ。

 ジュエルシードを海鳴市にばら撒き、ジュエルシードモンスターを発生させたのもこの俺だ。

 蘇ったアリシアを抱きしめるプレシアの手は、奇麗でなくてはならない。断じて、血に染まっていてはならないのだ。

 所詮、俺の手が血に染まったところで、肉体ごと放棄すればよいだけの話だ。管制機である俺にとってハードウェアはさしたる意味を持たない。プログラムさえあれば、何でも操ることが出来るのだから。

 そして、インテリジェントデバイスである俺そのものを裁く法は存在しない。狂った機械の独断行動は所有者の責任とはなるが、罪にはならない。バルディッシュが単体で動いたとしても、フェイトに責任はあっても罪はない。


 「だがまあ、これらも所詮は保険だ」

 実験準備はあらゆる面で順調に進んでいる。正直、これ以上の展開は望めないだろう。

 

 実験開始まで後2時間と少し、いよいよ、その時は近づいてきた。







新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM11:41




 【こちらは、時の庭園の管制機、トール。アースラ、応答願います】


 【はい、通信主任、エイミィ・リミエッタが応答します】


 【合同演習の開始まで残り20分を切りましたので、傀儡兵へ戦闘用の魔力の充填を開始します。並びに、時の庭園の警備レベルが最大となりますので、プライベートスペースには立ち入らないように注意して下さい】


 【了解。こちらの転送ポートの準備も完了しました、合図があればいつでも時の庭園への転移が可能です】


 【了解。転移可能箇所はA地点からF地点の6か所ですので、注意して下さい。それ以外の場所では転移と同時にブリュンヒルトの砲撃が狙い打つことになりますから】


 もっとも、あえてそれを狙ってクロノ・ハラオウン執務官が一歩先に転移する可能性もありそうですね。そして、ブリュンヒルトがエネルギーの充填を行っている間に、武装隊は転送と陣形展開を完了する。


 【伝えておきますね。それでは、また】


 【通信を終了します】

 さあ、時は満ちました。

 15個のジュエルシードの配置は完了し、暴走に対処するために“クラーケン”と“セイレーン”も臨界起動を行っている。これによりジュエルシードの魔力を誤魔化すことが可能となり、合同演習も同時に行われるため、二つの共振稼働を行う権利をも時の庭園は有している。

 フェイトはジュエルシードに願いを託す役を担いますが、暴走を抑えるために実験が終了するまで魔力を使い続けることとなる。恐らく、実験が終わってからしばらく意識は戻らないでしょう。

 高町なのはとユーノ・スクライアの2名は、それぞれ東の7個と西の7個の中心に位置し、両翼からジュエルシードの魔力を制御する。高町なのはが西側から魔力を放出しジュエルシードに与え、東側のユーノ・スクライアが調整しつつ中央に魔力を集中させることになります。

 我が主、プレシア・テスタロッサは玉座の間に在り、収束した魔力と儀式の進行、そして各機器の状態を観測し、欠落があれば補助する役を担う。

 そして、ジュエルシードの魔力について、人間だけでは到底間に合わない逐次的な計算を行うのは、レイジングハートとバルディッシュの二人。無論、演算そのものはアスガルドが行うこととなりますが、ジュエルシード実験においては彼らが管制機の役を兼ねることとなる。

 本当に私は情けない、長年組んだ予定と外れた展開になると、臨機応変に対応できないでいる。今回の実験計画もクロノ・ハラオウン執務官とユーノ・スクライア個人の力に依るところが大きいのですから。


 『よって、私の出番はありません。機械仕掛けは、あくまで舞台を整えるまでが役目であり、本番においては舞台が上手く機能するように点検するくらいしかやることがない。歯車は歯車らしく、ジュエルシード実験とブリュンヒルト試射実験、そして、地上本部と次元航行部隊の合同演習という三種類の事柄が衝突しないようにすることに全力を注ぎましょう』

 しかし、アスガルドはジュエルシード実験に回っているため、合同演習とブリュンヒルトの発射は私のリソースとアスガルド以外の大型端末を用いて行わねばならない。並の相手ならばこれでも充分ですが、クロノ・ハラオウン執務官に率いられる本局武装隊20名が相手となると些か心もとない。

 

 故に―――――


 「我が助手よ、準備はいいか?」


 「アンタの助手ってのは癪だけど、問題はないよ」

 唯一手が空いているアルフが、今回は合同演習のサポート役に回ることとなった。


 「確認しておくが、可能な限りクロノ・ハラオウン執務官とは戦うな。お前では絶対に勝てん」


 「そりゃあね、あいつはフェイトより強いんだろ?」


 「ああ、ランクでも勝っているがそれだけじゃない。戦闘経験、戦闘技術、そういった面で悉く上をいっている。流石に魔力量や空戦の速度、一撃の破壊力ではフェイトが勝っているが、どんな強力な攻撃も中らなければ意味がないからな」


 「でもさ、フェイトの方が速いんだよね」


 「それはそうだが、だったらバインドで捕えてしまえば良いだけの話だ。バインドはフェイトの鬼門である上、彼のデバイスS2Uの性能は極めて高い。気付いた時には空間のあちこちに設置型のバインドがひしめいているということになりそうだ」

 一度ばかり、S2Uと接触したが、あれはいいデバイスだ。

 あれもまた、デバイスの理想形の一つ。基本に忠実であり、レイジングハートやバルディッシュと異なり一般的な武装隊員でも十全に扱えるシンプルな機構でありながら、エース級魔導師であるクロノ・ハラオウン執務官の持ち味を最大限に生かすことが出来ている。

 彼と共にあり、彼を見守ってきたデバイス。ハラオウン家の交流を考えると、我が旧友“オートクレール”の後継機と呼べる存在だろう。


 「そりゃあ厄介だね。まあ、そんな厄介な相手とわざわざ正面からやり合うことはない、ってことさ」


 「ああ、厄介な相手はブリュンヒルトに任せてしまおう。あれの拡散型追尾砲弾で狙われながら傀儡兵の集中攻撃を受ければ、流石の彼といえども進むのは容易ではないはずだ。他の武装隊員は傀儡兵やオートスフィアで充分に対応は可能だし、そもそも相手を殲滅する必要があるわけでもない。あくまで合同演習なんだから、ジュエルシード実験が終わって後片付けが済むまでの時間が稼げればいい」

 戦術的には向こうが上だろうが、戦略・政略の面ではこちらが有利だ。

 如何に彼が奮戦しようと、定められた結果は揺るがない。というか、戦略は俺が組んだが、政略の面では彼も共犯者なのだから、この実験において敗者はいない、全員が勝者だ。

 ただ、実験が失敗に終われば、テスタロッサ家の全面敗北となってしまうわけだが。


 「なるほどねえ。でも、やれることはもう全部やったし、フェイトもあれだけ頑張っているんだし、あの子達も力を貸してくれてる、きっとうまくいくよ」


 「お前のそういう前向きなところは、俺も見習うべきかもしれんな」


 「何言ってんだい、アンタが前向きじゃなかったら世界の誰が前向きになるってんのさ」

 お前から見ればそうだろうな、愚者の仮面はそういう機能を持っている。

 しかし、俺の本質は前向きではない。無論、後ろ向きでもなく、俺はプレシア・テスタロッサの方向のみを向いている。

 俺にとっては前向きも後ろ向きもない。主の方向かそうでないか、1か0か、ただそれだけだ。

 っといかんな、”テスタロッサ家のムードメーカー”は前向きな思考を持っていなければならないのに、最近人格機能を使わなかったことが多いせいか、本体の思考になっている。調整が必要だな。

 
 「さて、いよいよだな。お前も配置についた方がいい」


 「アンタはどうするんだい?」


 「俺はここにいるが、いざとなれば、トールと姿形が同じ人形があちこちで武装隊員の前に立ちはだかることになるだろう」

 この時の庭園ならば、それが可能だ。俺の肉体とは、管制機トールが“魔導機械を操る機能”によって管制を行っているに過ぎない。

 中央制御室と俺の本体が繋がっていれば、時の庭園に存在する機械は全て俺の肉体となる。リソースを裂けば、傀儡兵だろうが、オートスフィアだろうが、サーチャーだろうが“トール”になれるのだ。

 とはいえ、俺のリソースにも限界はある。アスガルドがいれば数十機の“トール”を同時に動かすことも出来るが、俺単体では2機がせいぜい、無理をしても3機が限界だ。

 だが、武装隊員を惑わすだけならばそれで充分、心の平静さえ奪えれば、彼らが“調査”に意識を割くことは出来なくなるのだから。



「さあ、最後の舞台劇を始めようか」


「アンタが脚本じゃあ、碌な舞台になりそうもないけど」


 流石はアルフ、よく分かっているな。

 そう、嘘吐きデバイスである俺が組む以上、滑稽な茶番劇にしかなりえんのだよ。








新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 AM11:58



------------------------Side out---------------------------



 「いよいよだね、レイジングハート」


 『Yes, my master』

 高町なのは と レイジングハート

 ジュエルシード実験において、最初に魔力を送り込むのは彼女らの役割であり、既にバリアジャケットは形成され、魔法の発動体勢は整っている。

 時の庭園に配置された15個のジュエルシードのうち、西側に配置されたジュエルシードはそれぞれ、


 ユーノ・スクライアが封印した思念体

 高町なのはが封印した思念体

 神社にて発動した暴走犬

 二人の人間が発動させた怪樹

 先の残滓に他が共振した結果である怪樹

 アースラチームと協力して封印した怪鳥

 地上の探索では最後に回収された化け狐


 となっており、その全てが“ジュエルシードモンスター”として発動した経緯を持つものである。

 時の庭園での実験結果や、ユーノ・スクライアの知識を統合した結果、ジュエルシードには以前に叶えた願いが内部にプールされている可能性が示されており、怪樹の発動例がその後の発動にも影響を与えた点からも、何らかの情報が残されていることは間違いないとされた。

 そこで、不完全な形とはいえ“願いを叶えた経験を持つ”ジュエルシードを最初の励起に用いられることが昨日の会議において決定した。

 東西に7個ずつ、それらを統括する形で1つという配置は、ジュエルシードモンスターが発生した件数によって定められたともいえ、これこそが、あるデバイスが計画した“ジュエルシード実験”の成果であった。

 西の塔に存在するジュエルシードは西側7個の中心となり、二人の少年少女が発動させたものが使われている。すなわち、7個の中で唯一人間の願いを直接受諾したものであり、それを励起する役には魔力の制御はそれほど重要ではなく、出力こそが要となる。

 その点において、高町なのはとレイジングハートの主従は最適な存在と言えた。


 「フェイトちゃんが頑張って集めてきたジュエルシード、絶対に無駄にしないよ」

 彼女の中では既に自分も命懸けでジュエルシードを集めてきたという事実は抜け落ちつつあった。こちら側の7個のうち5個を封印したのは彼女であり、さらに1個はフェイトとの共同作業なので、彼女が関与していないジュエルシードはユーノが最初に封印したものくらいなのだが。

 しかし、それが高町なのはという少女である。彼女は泣いている子を見るのが何よりも嫌いであり、その子のために何も出来ない自分はもっと嫌いであった。

 自分だけのためでなく、他者を守る時、他者を助ける時、そのような条件でこそ高町なのはとレイジングハートは最高の力を発揮する。

 その特徴を人格モデルとして構築しつつあるため、古いデバイスは彼女にあえて全てを話し、協力を依頼することとしたのだった。


 『MasterIt is another minute.( マスター、後一分です)』


 「分かった。始めよう」

 魔力が集う。

 平均魔力値だけでも127万を誇るが、こと、魔力の収束においてこの二人は他の追随を許さない。

 そのための下準備として、時の庭園の西の塔には“クラーケン”や“セイレーン”の魔力が予め放出されており、魔力の残滓は空間全体に漂っている。



 それはすなわち―――



 「風は空に」  


高町なのはとレイジングハートの最大の魔法。


 「星は天に」  


フェイト・テスタロッサとの戦いにおいて編み出した、知恵と戦術の結晶。  


 「そして、不屈の心はこの胸に!」


 星の如く、周囲の魔力を収束させ、膨大な魔力を紡ぎだす。


 「この手に魔法を!」


 『Starlight Breaker!』


 そして、収束した魔力を砲撃ではなく、ジュエルシードに与える目的で放たねばならない。これは破壊力のみを重視して撃ち出すよりも数段高等な技術が必要とされる。

 だがしかし、白い魔導師は“出来る”、“やってみせる”と迷うことなく応え、『魔導師の杖』は祈祷型の本領を発揮すべく、昨夜からこの時まで、新たな術式の構築を行っていた。

 破壊のための力ではなく、誰かを救うための力を主に与えるために。

 高町なのはを支える杖となり、あらゆる壁を乗り越える風となり、彼女に不屈の心を宿す星となる。

 それが、魔導師の杖、レイジングハートの持つ命題である。


 『It is time!(時間です!)』


 「全力――――――――全開!!!」

 約束の時間がきた。

 値にして1000万を超える魔力がジュエルシードへと解き放たれ、かつて願いを叶えたジュエルシード達は再び眠りから覚めていく。

 励起を目的とした純粋な魔力を与えられ、全ての7個のジュエルシードは共振しながら膨大な魔力を紡ぎ出す。


 それは、希望の光となるのか、はたまた―――――






[22726] 第四十一話 ジュエルシード実験 中編 進捗は計算のままに
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/18 16:19
第四十一話   進捗は計算のままに



今回は状況が分かりづらいかもしれないので、あらかじめ大まかな流れを。


ジュエルシード事件の流れは、

クラーケン、セイレーンの両駆動炉を、ブリュンヒルト試射行動訓練の名目で臨界起動させる。これの目的はジュエルシードの魔力のカモフラージュ。

合同演習は、陸側は20名の魔導師を落せば勝利、海側は砲撃と傀儡兵をかいくぐり2つの駆動炉を停止させれば(もしくは中央制御室の制圧)勝利。

ただ、海側は行動演習と平行してジュエルシードをテスタロッサ家が不当に使用していないか、調査しなければならない(立場的に)

それで、ジュエルシード実験が終了後に、海側がテスタロッサ家のプライベートエリアに入れば問題ない。

ただ、地上本部側は(レジアス以外)ジュエルシード実験のことを知らないので、手を抜けば不審に思われる。

なので、時の庭園側は、海側が全力でくるのをジュエルシード実験が終わるまで防がなければならない。

 という風になっています。トールはクロノたちと綿密な打ち合わせの元、実験に望んでいますが、けっこうシビアな内容となっています。
























 アリシア、聞こえますか?

 貴女が何時から目覚めているのか、それとも、目覚めていないのか

 しかし、約束の時はやってきました

 現在時刻は新歴65年 5月10日のAM12:00です

 私は貴女の母、プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トール

 お預かりしていた貴女の時間を、返す時がついに来ました

 さあ、起きてください、もう朝はとうに過ぎています

 優しいママが、忙しい中で作ってくれた朝食が、冷めてしまいますよ

 起きてください、アリシア











新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 東の塔 PM 0:01



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 「始まった。アスガルドさん、いけますか?」


 【No Problem】

 ユーノ・スクライア と アスガルド

 この二人が、ジュエルシード実験における魔力制御の要である。

 西側に配置された7個がジュエルシードモンスターとして発動した経緯を持つものならば、こちらの7個は逆の特性を持っていた。


 学校で発動したが、現地の生物を取り込む前に封印

 フェイトが強制発動させ、二人の魔導師によって封印、その後に再起動しかけるが、“ミョルニル”で再封印

 海の祭儀場で発動し、積層型立体魔法陣によって封印×4

 ミネルヴァ文明遺跡で発見され、時の庭園において発動と封印を繰り返される


 いずれも、魔力を放出する形で発動はしたものの、“願いを叶える”という特性は発揮しないまま封印されたジュエルシード。つまりは、ジュエルシードの力をそのまま扱うことが与えられた願いともいえる。

 なのはが発動させた7個のジュエルシードの共振によって高められた魔力を、ユーノが純粋な魔力を扱ってきたジュエルシード7個の共振を用いて、“願いを叶える魔力”の特性を維持したまま高めつつ、方向性を定める。

 これにより、膨大な魔力量を秘めつつも、“入力待ち”の状態を作り出すのである。

 その作業を行うジュエルシードのうち、中心となる東の塔に設置されるのは、ミネルヴァ文明遺跡にてフェイト達が発見した石。

 21個のジュエルシードの中で、最も発動と封印を繰り返されている歴戦の石である。

 そして、当然の帰結として東側の二人には膨大な計算と精密な魔力調整が求められるが、アスガルドはそれを成せるだけの演算性能を持ち、ユーノは現在の時の庭園に存在する魔導師の中で最も魔力の調整を得意としていた。

 もし、プレシア・テスタロッサが万全であれば彼女が最上だが、今の彼女は危篤状態に近く、精密な制御は望むべくもない。

 それ故に、時の庭園の管制機はジュエルシードを集めても万全な形での発動は不可能だろうと計算していたが、高町なのはとレイジングハート、そしてユーノ・スクライアの存在が計算を覆した。


 「凄い魔力だ、流石だね、なのは」

 ジュエルシード実験は、万全に近い形で進んでいる。アスガルドが演算をしつつも、並行して状態遷移のデータを処理し、データベースを構成することが出来る程に。


 【フェイト、これからそっちに魔力を送るから準備してて。なのは、そっちは一旦魔力を抑えて、必要になったらまた指示を出すから】

 彼もまた、マルチタスクを用いて魔力調整と連絡役の両方を兼任していた。

 これが、ユーノ・スクライアの本領である。

 攻撃力や膨大な魔力はないが、魔力の制御に関してならば群を抜き、さらに並行しながら他の作業を行える。

 デバイスを用いずにこれらをこなすのは、彼以外の人間には不可能に近いことであり、彼という存在がどれほど管制機の計算に影響を与えたか計り知れない。


 「行くよ、フェイト」

 彼は静かに集中し、黙々と手順を進める。

 その作業により、14個ものジュエルシードが生み出した純粋な魔力が時の庭園の中心へと向かっていく。

 すなわち、テスタロッサの家族が待つ、玉座の間へと。











新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 玉座の間 PM 0:03


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 「私で………最後」

 金色の髪を持つ少女は、緊張でかすかに震えていた。

 玉座の間にはあらゆる機械コード類が集中しており、それらは中心に座する大型機械へと繋がっていた、そしてその大型機械の内部には、最後のジュエルシードが設置されている。

 その周囲にはいくつもの機械端末が並んでおり、箱型の制御盤の前にはプレシア・テスタロッサが立ち、ユーノの仕事を補助するためにコンソールパネルに入力を行っていく。

 彼女はSSランクに達する大魔導師ではあるが、その本領は魔法ではない。機械を作り上げ、制御する技術者こそが彼女の本来の姿である。

 そのため、玉座の間に設置された数々の機械類を操作し、実験の経過を見守る役としては彼女以上の適任はいない。機械の管制だけならばトールにも可能だが、ジュエルシード実験は前例がないため、機械ではなく人間こそが管制役に相応しい。

 そして、フェイトは知る由もないが、その光景は、奇しくも“ヒュウドラ”の実験環境に酷似していた。


 “クラーケン”や“セイレーン”といった駆動炉が生み出す個人単位ではあり得ない膨大な魔力、それらを伝送するための巨大なバイパスの流れを把握し、制御する。

 なのはが火種となり、ジュエルシードを魔力炉心とし、ユーノとアスガルドが出力面での制御を行う。その流れは、大規模な駆動炉を制御する際の基本に則っており、時の庭園そのものが、それらを可能とする造りを持っているのだ。

 ただし、直接触れると人体に影響を与える高エネルギーを生み出す“ヒュウドラ”と異なり、ジュエルシードが生み出す魔力は反応してモンスター化する場合を除けば、人体にほとんど影響を与えない。

 とはいえ、ここまで機械類がひしめき、ものものしい駆動音が響いていれば9歳の少女が緊張するのも無理はなかった。西の塔や東の塔は、魔法の儀式のための祭壇というおもむきだが、この玉座の間は完全に最先端技術の実験場となっている。


 だが―――


 『It is not worrying. Master(大丈夫です。我が主)』


 「バルディッシュ……」


 彼女の傍らには、常に彼がいる。


 『If we fail there can be no(私達二人ならば、失敗はあり得ません)』


 「うん………そうだね」

 その言葉によって、彼女の心にあった不安はあとかたもなく消え去っていた。


 閃光の戦斧は揺るがない。

 いついかなる時でも主を支え、主が迷った時にはその道を照らし、切り拓くことが彼の持つ命題なのだから。


 【フェイト、これからそっちに魔力を送るから待機してて】


 【分かった】

 一つ前の工程を受け持つユーノから連絡が入る。

 彼の工程までで作り出された“入力待ち”の膨大な魔力は、パイパスを通して大型機械内部のジュエルシードへと注がれる。

 このジュエルシードこそ15個の中枢であり、子猫の“大きくなりたい”という願いを不純物が混ざらない形で叶えた、唯一の成功例。

 このジュエルシードに純粋にして膨大な魔力を注ぎ込むことで、フェイトは願いを託す。


 “アリシア・テスタロッサとプレシア・テスタロッサを治療する技術の具現”


 玉座の間にはアリシアが入った医療カプセルもあり、彼女の身体にもコードが取り付けられている。

 外部で生成した“レリックの代わりとなる結晶”を埋め込むのではなく、ジュエルシードの力でアリシアの体内で直接“彼女を生きた状態にして安定させる結晶”を作り上げることがその目的である。

 前者の方は失敗してもアリシアには一切影響はないためリスクは少ないが、より効果が期待できるのは後者。そして、ジュエルシードで駄目ならばアリシアの治療にはもう後がないため、3時間の会議の結果、こちらが採用された。

 本来ならば、複雑な計算とあらゆる不確定要素の考慮を必要とする人体への干渉を、ジュエルシードは過程を無視して結果を紡ぎ出す。

 そして、願いを託す本人が“理論的に可能であること”を理解していれば、その実現性はさらに高まる。条件として、その理論を微塵も疑わないことが必要となるが、その点ではフェイト・テスタロッサは最適であった。

 プレシア・テスタロッサがアリシア・テスタロッサを救うために組み上げた理論を、フェイト・テスタロッサが疑う要素は、まさしく微塵もない。純粋に母を信じる9歳の少女だからこそ、奇蹟は起こせるのだ。

 アルフがこの場にいないのは、それが最大の理由でもある。アルフも当然、実験の成功を心から願っているが、それはフェイトのためであり、プレシア・テスタロッサを全面的に信頼しているわけではないのだ。そのため、ジュエルシードに不純物を混ぜないために、彼女は玉座の間にいない。

 アルフが全面的に信頼するのはフェイト・テスタロッサ唯一人であり、彼女が使い魔である限り、これは決して揺るがない。そういった面で、リニスは実に稀有な使い魔といえたが、こればかりは初期設定がものをいうので修正不可能な事柄といえる。


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir』

 しかし、フェイトが願う事柄はアリシアの治療だけではない。彼女は、アリシアとは逆方向へ視線を移す。

 天井から俯瞰して見ると、玉座の間はほぼ円形を成しており、中心にはジュエルシードを有する大型機械が、その傍にプレシア・テスタロッサと操作端末が在る。

 南側にはフェイトがおり、ジュエルシードの方向へバルディッシュを向けている。その彼女にとって右手、玉座の間の東側にはアリシアの入った医療カプセルが存在しており、中央の機械から彼女へとコードが伸びている。

 彼女の体内に生成される結晶が、悪影響を与えていないかどうかも各種の機器によって常に観測する体勢が整っており、その役は当然、プレシア・テスタロッサが担う。

 そして、その反対側、西側にも台座が設けられ、その上にはあるストレージデバイスの雛型が置かれていた。


 “生命の魔道書”


 プレシア・テスタロッサの使い魔であり、“閃光の戦斧”を作り上げた優秀なデバイスマイスターでもあったリニスが、己の主のために作り上げようとしていた、リンカーコア蒐集と治療に特化した魔道書型のストレージデバイス。

 機能的には、闇の書の縮小版であり、闇の書のリンカーコア蒐集が心臓を抜き出すことに近いならば、献血程度の効果を発揮するように設計されたが、それでも従来のデバイスを遙かに超えた大容量を備えている。

 プレシア・テスタロッサの肉体はリンカーコアが過剰に作り出す魔力によって侵されている。そのため、リンカーコアの余剰な部分を抜き取り、その力を破壊ではなく、肉体の治療に充てるためのストレージデバイス。


 それ故に、“生命の魔道書”と命名された。


 しかし、蒐集行使は古代ベルカ時代ですらほとんど確認されていないレアスキルであり、それを文献もなしに数年で再現するのは無理な話であった。闇の書が手元にあればそれを解析しつつ模倣することも可能であったが、何も無い状況では、空想上のタイムマシーンを作り上げることと同義である。

 リンカーコアを抜き出して保存する技術はあるが、それらは殉職した管理局員や、退職した後、寿命で亡くなった局員から摘出した、いわば“死体からまだ動いているうちに抜き出した”臓器といえる。

 生きている魔導師からでも可能だが、それでは生きたまま心臓を抜き出すことと同義となり、死んでしまう。対象を生かしたままリンカーコアだけに手を加えるという技術は、非常に困難である。外から出力を抑えるリミッターを設けるのとは訳が違う。

 そして、それ可能とする唯一のロストロギアが“闇の書”であり、もしくはそれに付随する守護騎士であった。

 それをリニスが独断で模倣したが、それを知るのは共犯であったトールのみ。二人は闇の書の確保は諦めたものの、そこでプレシアを治療する手段の模索を止めたわけではなかった。しかし、“生命の魔道書”のハードウェアだけは出来たが、蒐集機能と回復機能を行うソフトウェアが手付かずのまま、リニスは息を引き取った。

 そして、時の庭園の管制機は当初、“生命の魔道書”をジュエルシード実験の対象とする予定を組んでいなかった。ジュエルシードの力で“未知のプログラム”を組むという発想は、機械の電脳からは導かれることがなかったために。

 トールは機械であり、プログラムとは絶対の法則である。故に、既に理論的には出来ている対象を、実践面で短縮するという発想はあっても、理論そのものをジュエルシードの力で組み上げるという発想は不可能だった。

 昨日のAM7:00頃に彼はユーノに『闇の書が手元にあれば、“闇の書を扱いやすいものにせよ”というような間接的な願いも可能ですが、我が主を治療する物体がない以上、ジュエルシードが直接余剰魔力を抜き出し、損傷した肉体を治療するしかない。まあつまり、願いを叶える石に頼むしかない状況なのですよ』と語った。

 闇の書は既にプログラムを備えているため、それを改竄することは思いつくが、ジュエルシードに無からプログラムを組みあげさせるという発想は出来ない。

 しかし、3時間の“会議”において、闇の書やそれに近いロストロギアの実際の効果に関して多くの知識を持つハラオウン、デバイスに関してならば次元世界最高峰といえるテスタロッサ、古代ベルカの伝承や文献への造詣が深いスクライア、それぞれの“人間”が集まっていた。

 この三家が揃ったことで、ジュエルシードの力を“生命の魔道書”の完成へ向けることも出来るのではないか、という可能性が浮上した。理論が未完成どころか空っぽのため、アリシアの蘇生と比べて難易度が高いことは変わらないが、少なくとも直接的な願いではないため、失敗してもプレシアの身体に負担はかからないという利点があった。

 そして、己の過去の事例から、機械の限界というものを誰よりも深く知るからこそ、人の心を計算する機械仕掛けは多くの人間を招いて“会議”をセッティングしたのである。願いを叶えることは、人間にしか出来ないのだから。


 「リニスが残してくれた、最後の希望」


 『Meister's wishes, be sure to play with(マイスターの願い、必ずや果たしましょう)』


 8人と3機が集って話し合ったことにより、僅かに変わった計画。

 プレシア・テスタロッサの肉体の治療という観点で見るならば、結果は特に変わらなかったであろう。ジュエルシードの力の制御は正確に行われており、彼女の身体が破壊される危険はほとんどない。

 だがしかし、この僅かの差異によって不完全ながらも機能を得た“生命の魔道書”が、そのオリジナルである呪われた魔道書と、最後の主となった一人の少女を救う際の切り札となることを、予想できた者は誰もいない。ハラオウンの者らですら例外ではなく。

 その時はただ、集った全ての人間がテスタロッサの家族を救うためだけに知恵と力を出し合った。そこに自分の目的を挟まなかったからこそ、因果は巡り、幸せな結末を得ることが出来るのかもしれない。




 世界は、残酷ではあるが、同時に優しくもあった。









新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 0:05




 『今のところ、万事順調のようですね』

 実験開始から5分が経過、時の庭園の中枢と繋がった私は、時の庭園の全てを把握する。

 ジュエルシード実験は順調に進み、アリシアの体内で結晶が生成され始めたことを確認しました。また、“生命の魔道書”のソフトウェアにも、変化の兆しが見られます。

 まったく、あり得ないにも程があります。“誰も知らないアルゴリズム”をどうやれば人間の願いで組むことが出来るのでしょうか。

 これでは、“人類の恒久的な平和”を願えば、誰もその方法を知らなくとも実現できることになってしまいます。

 願望機とは、その願いを叶える過程を短縮するものに過ぎない。本人が知りもしない事柄を叶えることなど出来ない筈ですが―――


 『だがしかし、仮定が異なれば別ですね。本人でなくともいい、過去に存在した誰かが知っていればそれでいいのであれば、説明はつきます』

 どこかの次元世界の思想で、アカシックレコードという概念がある。

 事象の過去・現在・未来が全て書き込まれている万能の書、まあ、これは解釈が国や文化ごとに異なるらしく、ローカルルールも数多くあるようですが。

 ですが、未来はともかく、過去に起こった事象を全て記したロストロギアは存在しうる。ある神話では“アヴェスター”と呼ばれるものもありますが、そういったものが例えば、忘れられた都“アルハザード”などに存在し、ジュエルシードはそこにアクセスすることで結果を導いている、という仮説が成り立つ。

 これは流石に飛躍しすぎですが、少なくとも蒐集行使のアルゴリズムは我々のうち誰も知らないものの、闇の書を作り出した古代ベルカの誰かは知っていた、これは事実。

 もし、世界に残された情報を検索することが可能ならば、それを“生命の魔道書”に書き記すことも不可能ではありません。


 『まったく、私は頭が固くていけません。この程度のことにすら、人間から指摘されるまで気付かないとは』


 45年稼動しても、所詮は機械、1と0の電気信号でしかない。

 ですが、それ故に得意なこともあります。要は、適材適所なのだ。


 【A-12からA-36までは地点D-5にて待機、アルファを迎撃なさい。C-6からC-20まではKB-4からQB-7にかけて散開し、情報の収集と報告に勤めるように、B型は全力を持ってベータとガンマを阻止、残りは現状維持】


 【アルフ、貴女はシグマの迎撃にあたってください。既にサーチャーとオートスフィアが先行しているので、位置はそれらの魔力反応を追跡することで特定できます】

 アルフは感覚が鋭く、時の庭園で訓練してきたために、オートスフィアの固有パターンを感覚的に覚えている。これも、獣の使い魔の特徴の一つです。

 ならば、それを利用しない手はありません。


 【任せな】

 短く返事が来る。戦闘が始まれば口数が減るのも彼女の特徴ですね。


 『こちらの戦況は一進一退。20名の武装隊員は5名ずつの4分隊、便宜上、アルファ、ベータ、ガンマ、シグマに分かれ、上空の戦力はクロノ・ハラオウン執務官が一人で相手取っている』

 数は少ないものの、飛行機能を備えた傀儡兵も存在しています。近くの敵を攻撃する程度の知能しかないのは変わりませんが、Bランクの武装隊員では多少手間取るのも事実。その上、ブリュンヒルトが空戦魔導師を狙い撃ちにするという要素もあります。

 かといって、空に戦力を回さなければ上空を抑えられ、各分隊は常に空爆の危険に晒されることとなる。ブリュンヒルトは地上に撃てないわけではありませんから、空に標的がなくなれば、当然地上の敵を狙い打つ。

 つまり、ブリュンヒルトと空中戦力を誰かが引き受けねばならないわけですが、彼は一人でそれを行いつつ指示を出し、自身を囮に部下に時の庭園の攻略を任せている。

 こういった戦術は、まだまだフェイトや高町なのはには不可能ですね。彼女らが単身で乗り込んで戦術目標を達成することは出来ますが、部下や仲間を上手く使うことは全く別の技術。

 さらに、全体の管制を行うエイミィ・リミエッタとのコンビネーションも優れている。全体管制と現場指揮、それぞれが高次元で結びついているため、付け入る隙がありません。

 リンディ・ハラオウンは緊急時に備えているので、前面には出てきていない。管理職とは得てしてそういうものですからね。


 『こうなると厄介ですね、空がクロノ・ハラオウン執務官一人に抑えられてしまっては、20名もの武装隊員がフリーで動くことが出来てしまいます』

 いささか、アースラの戦力を見誤っていました。武装隊を率いる分隊長のうち、2名は特に優秀なようで、このままでは早期に“クラーケン”や“セイレーン”に到達され、プライベートスペースへの侵入も許してしまうかもしれません。

 対処しようにも、空と地上と後方の連携は完璧。ブリュンヒルトと傀儡兵とオートスフィアだけではどうにもなりませんね。


 『ですが、完璧なプログラムに穴を穿つことも、私の得意とするところなのですよ』

 機械とは、想定外の出来事に弱い。つまり、完璧な連携を崩せるものもまた、想定外ということです。

 傀儡兵、サーチャー、オートスフィア、ブリュンヒルト、これらはアースラの想定内ですから、どのような奇抜な運用を行ったところで、即座に対応されてしまう。ここまで見た限りでは錬度もかなり高く、事前に様々なシミュレーションを行っているはず。

 だがしかし、流石にこれらを予測することは出来ますまい。

 戦局を覆すための一手を、ここで使うと致しましょう。


 【さあ、出番ですよ、中隊長。ゴッキー、カメームシ、タガーメ、出陣なさい】


 【了解】

 【了解】

 【了解】











新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 回廊 PM 0:10


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 “それ”と最初に遭遇したのは、トールが“ガンマ”と仮称した分隊の一つを率いており、彼に優秀と評された隊長であった。

 彼はAランクを保有する魔導師であり、現在22歳。第97管理外世界の先進国の基準で考えれば社会に出たばかりだが、空士学校を13歳で卒業し、そのまま武装隊に配属されたため、勤続年数もそろそろ10年になろうとしており、実戦経験も豊富にある。

 彼が率いる4名はBランクの隊員達、フロントアタッカーが2名、ガードウィングが1名、フルバックが1名という内分けで、勤続年数が5年以上の者はいない。ポジションがセンターガードである彼が、分隊長となるのは至極当然の流れである。

 ただし、フロントアタッカーが2名いるとはいっても、共にミッドチルダ式であり、近代ベルカ式ではない。そのため、前線で切り込んで戦う主力というよりも、仲間が射撃を行う際の防御を担当する壁役がメインとなっている。

 逆に、隊長である彼はセンターガードだが近接格闘もこなすことができ、この中で唯一傀儡兵との実戦経験を持つことから、彼が先陣を切って突入し、残りの4名はその援護射撃を行うこととなっていた。もし隊長と切り離された場合は、フルバックが指示を出すという取り決めも忘れずに。

 彼は冷静さと大胆さを兼ね備えており、AAランクとなれる素養も秘めている。仲間からも信頼され、数年のうちには中隊指揮官となれるのではないか、とも言われていた。

 だが、その彼をもってしても、その存在を見た瞬間、思考が停止した。


 巨大メカゴキブリ


 それを表現するならば、そのあたりが妥当と考えられるが、機械らしさはほとんどなく、逆に全身が微妙に湿っており、頭部と思われる箇所からは粘液が垂れている。


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』


 それから発せられる音声も実に摩訶不思議であり、これと相対して平静を保てという方が無茶な注文である。

 その存在は、元々は傀儡兵の中隊長機として作られており、通常の傀儡兵よりも大型であり、保有するエネルギー量も膨大である。

 時の庭園のあちこちにあるコードと繋がることで、エネルギーは補給することが可能だが、連続で数時間は動けるだけの容量を備えている。

 だが、管制機による魔改造を受けており、そのエネルギーの用途は攻撃用に非ず、頭部、腹部、臀部などに取り付けられた“ある装置”から、サーチャーを発生させるためのものであった。

 その、“ある装置”とは当然―――


 「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんかいっぱい出たああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ゴキブリ型サーチャー発生機である。

 巨大で、かつ生々しいゴキブリから、通常サイズのゴキブリが次々と生産されていく光景は、まさに地獄絵図。



 「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「なんだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「おわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「ぶるぐわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 隊長に遅れること30秒、残りの4人も、同じ末路を辿ることとなった。

 すなわち、全速力で後退したのである。全員が空戦魔導師だったため、可能な限りの速度で。

 だが、全力の飛行は当然、強い魔力の残滓を残してしまう。

 サーチャーの機能は“近くの魔導師の魔力に群がれ”だけなので、それはゴキブリに自分の逃走経路を教えるようなものであった。


 そして、時を同じくしてゴキブリのみならず、カメムシやタガメに追い回される隊員が、別の場所でも発生していた。









新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 上空 PM 0:13

------------------------Side out---------------------------


 地上の惨劇の報告を聞きながら、クロノ・ハラオウンは頭を抱えていた。


 【エイミィ、纏めるとどうなるんだ?】


 【私もほとんど見てはいないけど、でっかいゴキブリと、でっかいカメムシと、でっかいタガメがほぼ同時に各分隊の前に現れたとかで、三個分隊が逃走、現在時刻での目標地点を超えてるのは一つだけだね。でも、そっちにはアルフが向かってるみたい】


 【逃げたか………これは、不甲斐ないと怒鳴るべきなんだろうか………】


 【うーん……どうだろ? 逃げるなって言う方が無理があると思うけど】

 クロノ自身、仮に自分がその場にいたとしても、冷静に対処できる自信はなかった。

 いくら執務官とはいえ、巨大ゴキブリや巨大カメムシから、通常サイズのそれらが湧いて出てくる光景はイメージしたくない。


 【一旦引いた人達も怪我はしてないから、動けるなら前線復帰は出来るよ。だけど、指示出しても絶対動かないと思う】


 【だろうな、僕だって嫌だ】

 これが実戦であり、守るべき市民の安全がかかっているなら話は違うが、これは合同演習である。

 傀儡兵やオートスフィアを相手に、自分達の培った戦闘技術を発揮するならともかく、巨大ゴキブリを倒すのも、それに追われるのも御免である。

 とはいえ、一応はジュエルシードの発動がなされていないか確認しければならない。次元航行部隊である彼らは、調査を行う方便として合同演習を行っているのだから。


 【仕方ない、シフトチェンジだ。僕が降りて、何とかギリギリで踏みとどまっている者達を指揮するから、残りは空を抑えるよう伝えてくれ】


 【いいの? クロノ君以外だと、多分途中でブリュンヒルトに撃ち落とされちゃうよ、空戦型の傀儡兵もまだ残っているみたいだし】

 既にクロノがかなりの数の空戦型傀儡兵を仕留めているが、全てを停止させたわけではなかった。

 Bランクの隊員達では、傀儡兵の相手をしながらブリュンヒルトの弾幕を避けるのは困難であることを理解しているからこそ、彼が一人でその役を担っていたのだが――――


 【仕方ないだろう。無傷で合同訓練を終えたところで、ゴキブリやカメムシに怯えて安全圏で震えてました、なんて報告できるわけもない。それなら、ブリュンヒルトに撃ち落とされた方がまだましだ、彼らの名誉のためにも】

 ゴッキー、カメームシ、タガーメの存在によって、アースラの戦術構想は潰えた。

 まさかこんなものが出てくるとは、流石のアースラスタッフといえど、考えつかなかったのである。

 しかし、このまま座して待つわけにもいかない。


 【それしかないかあ、でも、クロノ君は例の三機とぶつかることになるよ?】


 【仕方ないだろう。こういう時に貧乏くじを引くのが管理職というものだし、まあ、上手く迂回するからサポートを頼むよ】

 まさか、自分は巨大ゴキブリと戦いたくないからお前達が行け、とは言えない。

 立ち向かうことすら困難な強敵が出てきたなら、それに真っ向から相対し、味方の士気を上げることも前線指揮官やエース級魔導師の役目である。それ故に、時空管理局の尉官クラスには魔導師の割合が多いのだから。

 そして、実力がエース級であるかどうかに関わらず、こういう局面において先陣を切り、味方を鼓舞させる存在を、ストライカーと称する。

 エースになるには才能が不可欠だが、ストライカーに必要なものは、勇気と根性である。無論、無謀と履き違えないための知性も必須だが。


 【そっか、頑張ってね。でも、帰ってきたら洗浄するまで私の傍に来ないでね】


 【ああ、よく覚えておく。地獄に落ちろエイミィ】


 そして、その会話を聞きながら―――


 「現場に降りずに済む立場って、いいわね」


 艦長であるために、合同演習では現場に出ることがないリンディ・ハラオウンは、久しぶりに自分の地位の高さというものに感謝していた。







新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 0:30



 『現在までは、計画通り、ですね』

 中隊長達はその意義を存分に果たしてくれている。既に、ブリュンヒルトによって4名の隊員が撃ち落とされた。

 ゴッキー、カメームシ、タガーメの脅威によって空に配置転換した隊員は13名。まあ、この13名が同時にかかったところでクロノ・ハラオウン執務官には到底勝てませんがね。

 運良く出逢わずに済んだシグマの5名と、Aランクにして勤続年数が10年に届く2名の隊長は流石に肝が座っており、最初の動揺から立ち直り、地上に残って奮戦しています。

 この二人のような魔導師は、ストライカーと呼ばれるのでしょうね。仮にAランクで魔導師としての成長は止まったとしても。

 4名の分隊長のうち、最も若いと見受けられる人物は、空に上がって隊員達の指揮を執っている。しかし、自分以外の12名に的確な指示を出すにはまだ経験不足なのでしょう。


 『つまりは、空の隊員はブリュンヒルトに対する盾ということですね。撃ち落とされることは前提であり、その時刻を如何に伸ばせるかどうかが手腕の見せ所。そして、その間に地上の8名が勝負を決める』

 8人とはいえ、そのうち3人は執務官とAランクの隊長2人。彼らがゴッキー、カメームシ、タガーメを攻略したならば、戦局は再び傾く。


 『しかし、既に30分が経過。ジュエルシード実験の終了は近い』

 アリシアの結晶生成はほぼ終了しています。現在は我が主がチェックしていますが、特に問題はないようです。

 ただ、問題がないことがそのまま、実験の成功を示すわけではありません。理論通りに進めばアリシアは目覚めますが、それが身体に定着し、普通に生きられる身体となるかどうかは別問題、やはり、やってみなければ分からない事柄ですから。

 “生命の魔道書”のソフトウェアのインストールも78%程が終了、アプリケーションの一部は既に起動可能ですね。ただし、こちらも我が主の症状に有効かどうかはやってみなければ分かりません。

 そして、機械類を操作している我が主はともかく、フェイト、高町なのは、ユーノ・スクライアの三人の限界は近い。高町なのはとフェイトは、30分間、魔力を放出し続けているに等しいわけですし、ユーノ・スクライアも放出こそしていませんが、複雑な魔力調整を行い続けている。


 『それぞれの限界はあと10分程と予想、ジュエルシード実験の終了予想時刻はPM0:38』

 ギリギリですが、何とかなりそうです。ただし、終わった後は三人とも倒れているでしょうが。

 ともかく、こちらは順調のようです。


 【アルフ、大丈夫ですか?】


 【現在のところはね、でも後30分あるんだろ】


 【ええ、さらに、クロノ・ハラオウン執務官もそちらに向かっています】


 【マジかい、ったく、一般の隊員ならなんてことないんだけど】

 アルフはランクではAA+に相当しますからね、十分エース級魔導師と呼べるレベルです。

 如何に連携が取れているとはいえ、Bランク5名ではきついものがあるでしょう。シグマの隊長はAランクではなく、簡単に言えば副隊長格ですから。


 【いざとなれば、執務官と刺し違える覚悟で臨めば、勝機があるかもしれません。極小確率で】


 【そりゃあどうも、けど、なんだって演習で刺し違えなきゃならないのさ】


 【その通りです、ですからここはタイムアップ狙いの持久戦で行きましょう。貴方はクロノ・ハラオウン執務官を避け、二人の隊長を仕留めていただきたい】

 この二人さえ仕留めれば、クロノ・ハラオウン執務官が指揮をとらざるを得ないため、彼の行動を縛ることが出来る。“クラーケン”の停止はジュエルシード実験さえ終了すれば問題ありませんから、彼がそちらへ向かうなら止める必要もない。


 【分かったよ】


 ただ、中央制御室に到達されるのは少々困りますね。ここにはジュエルシード実験の証拠が満ちていますから、隠蔽を済ませるまでは踏み込ませるわけにはいきません。

 もし、クロノ・ハラオウン執務官が“クラーケン”や“セイレーン”ではなく、こちらに来たならば、現在の戦力では迎え撃てませんね。


 『やはり、アレを使わざるを得ませんか。片付けが大変なのであまり使いたくなかったのですが』

 強力ではありますが、室内戦には致命的に向いていない。

 相手のアジトに破壊目的で送り込むならいいですが、それではエネルギーの確保が出来ませんし、防衛用として用いるには破壊力が大き過ぎる。

 やはり、過ぎたるは及ばざるが如し、というところですか。拠点防衛に用いるならば、人間サイズの傀儡兵と中隊長機を組み合わせ、陣形の穴をオートスフィアで埋め、情報収集はサーチャーに任せるのが最善でしょう。


 『ですが、その機能はこれから先、誰のためのものとなるのか』


 テスタロッサ家のプライベートを守るためのセキュリティとなるか、それとも――――


 『墓を守るための機能となる可能性も、ゼロではありません』


 レイジングハートやバルディッシュは若い、主が亡くなった時のことなど考えないでしょう。

 ですが、年寄りというものはどうしても考えてしまうのです。そして、その場合に自分が行うべき行動も。


 『いずれにせよ、私の命題の入力が終わる時は近い』

 もう、私がマスターに使われることはない。

 アリシアのための命題が終了した時、私に残るものは果たして――――


 『いや、それは私が考えることに非ず、全てはマスターの意思』

 それが、機械の在るべき姿。機械は、人間に命じられた通りに動いてこその機械です。

 演算を続けましょう、いつの日か、命題が終了するその時まで。



 演算を――――続行します




[22726] 第四十二話 ジュエルシード実験 後編 終わりは静かに
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/19 22:24
第四十二話   終わりは静かに





新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 PM 0:32


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 『Master Are you all right?(マスター、大丈夫ですか?)』


 「だ、大丈夫だよ…………まだ、いける」

 西の塔で魔力をジュエルシードへ与え続けるなのはの声には、疲労の色が濃く表れている。

 無理もない。スターライトブレイカー級の大出力は最初だけとはいえ、その後も30分以上、ジュエルシードが行う結晶の生成と“生命の魔道書”のインストールの進捗状況に応じて魔力を放出し続けてきたのだ。

 ただでさえ、彼女は昨日のフェイトとの模擬戦によって限界までリンカーコアを酷使している。時の庭園が備える最新設備によって回復できたとはいえ、身体の芯からは疲労が抜け切れてはいない。

 そういった主の現在の状況は、魔導師の杖も当然知るところであったが、彼女は主を止めることはなかった。


 ≪今はまだ止められません。ですが、もし主が今後も無理を続けるようならば≫

 しかし、彼女もまた、バルディッシュより古いデバイスの体験談を聞いている。

 主の命令は絶対だが、万が一失敗した場合のことも考慮におくべし。その教えは、彼女にとっては無視できるものではなかった。


 ≪主を止めるための言葉を、私は学習しなければならない≫

 インテリジェントデバイスは知能こそが最大の特徴。

 ユニゾンデバイスのように己の肉体を持たない以上、言葉によって主に伝えるしかないのだ。主が魔法を使おうとするならば、それを拒否することなど出来ないのだから。


 「ここまで来て………倒れてなんていられないよ」


 『Yes, master』

 だが、それはあくまで今後の課題。今は、この実験を完遂することに全力を注ぐ。


 『According to Thor, and that after 6 minutes Let's work hard(トールによれば、あと6分程とのことです。頑張りましょう)』


 「うん、了解!」

 白い魔導師と魔導師の杖は決意を新たに、ジュエルシードへと魔力を送る。

 この光が、悲しい目をした少女にとって、祝福となることを願いながら。







新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 東の塔 PM 0:33


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 【残り、5分】


 「よし、それなら何とか」

 限界ギリギリを駆けているのは、こちらも同様であった。

 作業の終了が近づいてきたことで、制御自体は楽になりつつあるものの、彼の脳に蓄積された疲労もまた凄まじいレベルに達している。


 「どんな難しい本を読んでても、ここまで疲れたことはないなあ」

 しかし、それでもなお彼は倒れない。そればかりか、自分を鼓舞するように言葉を発する。

 このような場面において、黙って作業に集中する方が却って危険であることを、彼は熟知していた。人間の脳は演算だけを続けられるようには出来ていない、必ず、“人間らしい行動”を間に挟む必要がある。

 身体を動かすこと、言葉を発することなど、人間にとっては当たり前であるそれらを行うことを忘れると、人間の脳はエラーを吐き出す。心と体は、決して切り離せるものではないのだから。


 「なのはもフェイトも頑張ってるんだ。僕だけへばってなんていられない」

 他人から見れば非常に中性的、いやむしろ女性的なユーノだが、れっきとした男であり、生物学上では雄である。

 それゆえ、いざという時に無理をするのは自分やクロノの役目であると彼は考えている。どんなに相手の心情を尊重はしていても、男の思考回路とは基本的にそのようになっている以上は仕方がなかった。無論、中には例外もいるが。


 「絶対に、ミスはしない。なのは、フェイト、君達も頑張って」












新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 玉座の間 PM 0:34


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 「あと………4分」


 『It is a little more(もう少しです)』

 そして、玉座の間のおいても、閃光の主従が最後の頑張りを見せていた。

 フェイトの役割はジュエルシードへ願いを託すことであるが、それが終わった後こそが最大の山場となる。すなわち、なのはから始まり、ユーノを経由して送られてくる魔力が暴走しないように抑える必要があるのだ。

 これが通常の駆動炉で生成される魔力ならば、全てバイパスを通って伝送されるが、これはジュエルシードが生み出す“願いを叶える”特性を持った特殊な魔力。

 つまり、この魔力で満たされる玉座の間に存在する人間は、ジュエルシードモンスターと化す可能性が高くなる。それを避けるには離れればいいのだが、そうなると今度は問題が発生した際の対処が遅れてしまう。

 アリシアは魔力を受ける側なのでそうならないように願いを込めれば済むが、フェイト自身やプレシアは異なる。ジュエルシードの魔力の影響を受けないようにしつつ、暴走に備えて現場で監視せねばならない。

 よって、フェイトはバルディッシュをシーリングモードに変形させ、封印術式を玉座の間全体を覆う形で展開、“願いを叶える”特性がアリシアと“生命の魔道書”のみに向くように制御し続けている。

 しかし、ジュエルシードの魔力は個人で扱える魔力を遙かに超えており、如何にフェイトとバルディッシュとはいえ、保つはずもない。実験に用いられる魔力を抑えられるのは、数秒が限界である。


 そこで―――



 「流石は、ジュエルシードだね。こっちは限界なのに、びくともしてないよ」

 ジュエルシードの残り6個が、封印術式実行のために用いられていた。

 この6個はそれぞれ、


 海で回収したもの×2

 プールで回収したもの

 マンションの屋上に落ちていたもの

 温泉宿の近くに落ちていたもの

 森の中に落ちていたもの


 であり、一度も発動することなく、回収されたものであった。

 さらに、トールがジュエルシードを転送魔法用の端末として用いたように、機械に接続すれば術式発生装置として機能させることは可能であることが確認されている。

 よって、玉座の間には六亡星を描くように封印端末である“ミョルニル”が配置され、それらの内部にはジュエルシード6個が格納されている。

 それらは“願いを叶える”ことには用いられず、あくまで封印端末の動力として使用されている。そして、電気変換された魔力を用いて、6個の封印端末を制御する役目は――――



 『Calculated as(計算通りです)』


 トールの後継機であるバルディッシュが担う。

 なのはが生成し、ユーノが増幅しつつ転送し、フェイトが願いを託す。この流れには15個のジュエルシードが使用されるが、願いの入力を終えた後は、フェイトは6個のジュエルシードをバルディッシュと共に“機械的に”制御する。

 願いを叶えるまでは3人の少年少女が15個のジュエルシードを用いて、暴走を抑えるためには、デバイスと封印端末が6個のジュエルシードを用いて。

 計21個で行うジュエルシード実験とは、この連携を維持することであり、全体の管制はプレシア・テスタロッサが行っている。

 そして、大量の魔力を扱う実験に対する知識を持つプレシアが、実行役ではなく管制役に回れたことが、ジュエルシード実験の安全性を高めている。一見、子供達に無理をさせているように見えるが、ジュエルシードの保有魔力量を考えればこれこそが最も安全な手段であった。


 「母さん………姉さん……」

 フェイトはただ、祈りながら封印術式を走らせる。ジュエルシードの魔力が満ちている限り、祈りは天に届くのだから。


 「お願いします………大切な家族を、連れていかないで………」


 フェイトが何よりも恐れることは、一人で残されること。

 だが、家族を失うことを恐れるあまり、彼女は気付いていない。

 仮に、家族を失うこととなっても、彼女はもう、一人ではないのだということを。

 彼女のことを想ってくれる少女が、既に隣りにいるということを。

 “上手くいかなかった場合”に備えて、演算を続けていたデバイスがいることを。



 彼女は、まだ気付かない。










新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 駆動炉“クラーケン” PM 0:38


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 「そろそろ、向こうの実験は終わる頃だな」

 クロノ・ハラオウン、彼もまた全ての状況を把握した上で行動していた。

 時の庭園としては、ジュエルシード実験が終わらない限り、“クラーケン”の火を落とされるわけにはいかない。しかし、だからこそ彼が駆動炉方面へ向かうことで、現在の状況を確認できる。

 防衛に回るのが大型の傀儡兵などの強固なものであれば未だにジュエルシード実験が終了していない証。逆に、通常の傀儡兵やオートスフィア程度であれば―――


 「既に、これの役割は終えている、というわけか」

 彼の技量を持ってすれば傀儡兵程度は容易に突破できる。それはつまり、突破されても構わないという証に他ならない。

 駆動炉の防衛にあたっていた数十の傀儡兵やオートスフィアを彼は1分程で全て停止させ、炉心へと至っていた。

 駆動炉が臨界稼働しているからこそ、ジュエルシード実験の存在をアースラから隠すことが出来ている。当然、駆動炉を止められては困るわけだが、既にジュエルシードの魔力が止まっているならば問題はない。


 つまり――――


 「封印術式、展開」

 クロノは気にすることなく、“クラーケン”を停止させることが出来る。

 ただし、実際に“クラーケン”を止めるならば、封印術式では止まらない。これらは超大型の魔導機械であり、封印術式によって止めることはほぼ不可能、止める権限やパスワードを持っていない以上は、物理的な方法で破壊することで止めるしかないのだ。

 とはいえ、演習で駆動炉を破壊するわけにもいかないので、代わりに目標地点に到達し、封印術式を展開することで、駆動炉は停止するようにプログラムされており、勝利条件の達成とする取り決めとなっている。

 駆動炉の反応の有無で、他の部隊の行動も変わるため、条件が満たされれば駆動炉を止めるというプロセスは合同演習から外すわけにはいかなかったのである。


 【エイミィ、こっちは済んだ。残りはどうなってる?】


 【空の隊員は生き残り3名、地上の方は4名。空戦型の傀儡兵はもうほとんど残ってないよ、だけど、ブリュンヒルトは“セイレーン”でも代用はできるらしいから油断はできないね】

 時の庭園は“クラーケン”と“セイレーン”、二基の炉心を備えている。

 ブリュンヒルト発射は“クラーケン”が、次元航行は“セイレーン”が担い、傀儡兵やオートスフィアはどちらでも動くようになっている。

 しかし、二つが繋がっている以上は、“セイレーン”によってブリュンヒルトを発射することも不可能ではない。“クラーケン”を使用する場合に比べて効率は圧倒的に落ちるが、それでも撃つことは可能である。


 【分かった。随分な消耗戦となってしまったが、この際割り切るしかないな。空の3人は引き続きブリュンヒルトを引きつけて、地上の4人は“セイレーン”の方へ向かわせてくれ、僕は中央制御室へ向かう】


 【了解、でも、例の大型ルーキーはどうするの?】


 【そっちはもう片付けた。流石に、あれらが量産されているとは考えたくないな】

 クロノの返事に、エイミィは驚愕する。


 【凄いね、いつの間に】


 【種は簡単だ。“クラーケン”へ向かうと見せて、全速で引き返して背後から奇襲を仕掛けただけさ、これまでの報告から例のサーチャーは前方にしか発生出来ないことは分かっていたからね】

 中隊長機は大型で出力も大きいが、その機能の多くをサーチャー発生に費やしている。

 つまり、生理的な嫌悪感を除けば、特に手ごわい相手ではないのだ。ゴキブリに纏わりつかれないように近づくことさえ出来れば、対処はしやすい。

 分析力、判断力、そして即座に戦術を切り替える戦術眼。

 それこそが、クロノ・ハラオウンの本領であり、如何なる敵が現れても彼の頭脳は対処法を見つけ出す。


 【じゃあ、残る敵で厄介なのはブリュンヒルトくらいだね。隊長二人はアルフにやられちゃったけど、向こうも大分消耗してる筈だし】


 【そういった油断が最大の隙を生むぞ、彼が全ての手札を出し尽した証拠はどこにもないんだ】


 【うむむ、反省。でも確かに、まだ奥の手を隠してる可能性の方が高いかも】

 この予想は、およそ10分後に実現することとなる。

 中隊長よりもさらに大型で、それ自身が魔力を発生させるための小型炉心を備えている大型傀儡兵。それが、中央制御室へ向かうクロノの前に立ちはだかる。

 ただし、拠点防衛用でありながら、攻撃力が高すぎて守るべき拠点も壊してしまうという実にユニークな機体であり、早い話が実戦向けの機体ではなく、どちらかというとアンティークのようなものであった。








新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 0:40


 『ジュエルシード実験、全ての工程を終了。これより、後始末に入ります』

 ジュエルシード実験自体は、大きな問題もなく終了。

 フェイト、高町なのは、ユーノ・スクライアの三名は完全にノックダウン、しばらくは目を覚まさないでしょう。

 我が主は大きな負担もなかったため、既にアリシアの処置に入っている。結晶の生成は無事に終了しましたが、それを効果的に働かせるにはなおも幾つかの処置が必須ですから。

 私達の理論通りのものが生成されているならば、彼女の身体は健康体に戻り、生命活動を再開するはず。


 『ですが、“生命の魔道書”の方は微妙ですね。何しろ、正解となるデータがありませんから』

 闇の書が手元にあるわけではないので、完成具合を単純比較によって確かめることが出来ない。

 かといって、性能を確かめないまま我が主に用いるわけにはいきません。心臓の摘出に近い術式を行うというのに、使用する機器に一度もテストしていない新製品を用いる医師はどこの世界にもいないでしょう。


 【アスガルド、そちらの状況はどうです】


 【隠蔽作業、27%完了】

 ふむ、こちらも順調ですね。結果の確認は後でも出来ますから、まずは実験の後始末に全力を注ぐべきでしょう。時空管理局は時の庭園でジュエルシードが発動された証拠を発見することはなく、代わりにテスタロッサ家が回収したジュエルシードの安全性検査を委託される、という筋書きですから。

 ここで有利に働くのは、時の庭園が駆動炉の開発環境を備えているということ。ジュエルシード実験に用いた大魔力用の配線もそれらを流用したものであり、そういった品々がプライベートスペースに存在することは不自然ではないのです。

 早い話、玉座の間や西の塔や東の塔にあるジュエルシードを回収してしまえば物理レベルでの処理は終了します。残される実験用の機器は、『現在構想中の新型駆動炉“ハリケーン”の試作機です』で通りますから。

 問題は情報です。中央制御室やその他の端末にはジュエルシードの魔力を扱っていた記録がありますから、それらを改竄、隠蔽しなければなりません。この作業ばかりはアスガルドの独壇場ですね。

 つまり、残るポイントは合同訓練終了までに中央制御室を守り切れるかどうか、ということになります。


 【アルフ、聞こえますか】


 【はいよ】


 【クラーケンがクロノ・ハラオウン執務官の手によって攻略されました。こちらの予想よりも9分ばかり早く、その上、中隊長も停止させられた模様です】


 【あらま、ほんとっ、呆れた奴だね】

 その感想は共有できそうですね。彼が優秀であることは存じてましたが、正直、予想以上です。私の人格モデルもまだまだ甘い、アルゴリズムに改良が必要かもしれません。


 【ジュエルシード実験は既に完了しましたので、大局的には問題ありませんが、現在の状況でこれ以上奥へ進まれると面倒です。そこで、貴女には足止めをお願いしたい】


 【それはいいけど、クロノはどこへ向かってんだい?】

 【私のいる中央制御室ですよ。武装隊の生き残りは“セイレーン”へ向かっていますが、こちらにはジュエルシード実験に関する情報がないので落とされても構いません。合同演習がアースラの勝利で終わることで不都合が生じるわけではありませんからね】

 それよりも問題は、ジュエルシード実験のデータ改竄前に中央制御室へ踏み込まれることです。残りの戦力の大半を防衛に向かわせていますが、彼の前では大した足止めにならないでしょう。

 そして、彼も役職上の問題で手を抜くことは出来ません。合同演習を隠れ蓑にジュエルシードの調査を行うわけですから、執務官が中央制御室へ向かうのは当然であり、向かわない方が違和感が残ってしまいます。


 【つまり、アンタがいるとこには色々とヤバいもんがあるってことだね】


 【ええ、それはもう、子供には見せられない金や権力にまつわる情報が大量に】

 それらは既に見られてもいいものとそうでないものの仕分けは済んでおりますし、データの消去も完了済み。

 ですが、ジュエルシード実験のデータは何もかも消去するわけにはいきません。これらの中に我が主やアリシアを救うための重要なものが含まれている可能性が高いですから。


 【見なかったことにしていただくのも有りと言えば有りですが、出来る限り不自然な点を残したくはありません。裏の事情を全く知らない本局や地上部隊の人間が、報告書によって事件の推移を見た際に違和感がないようにしたいのですよ】

 故に、クロノ・ハラオウン執務官は本気で演習と調査を行っている。彼が手を抜けばそこが違和感として残る可能性もありますから、彼が全力を尽くしてもなお、紙一重の差で私とアスガルドの作業が終わる、という展開が望ましい。

 よってアルフ、貴女には申し訳ありませんが、人柱となっていただきます。


 【分かった。可能な限り足止めしてみるよ】


 【無理な攻撃は控え、防戦に徹して下さいね。時間稼ぎが何よりも重要なのですし、隊長2人との戦いで貴女も随分消耗しているわけですから】


 【消耗しているのはクロノも同じはずさ、まっ、任せときな】


 そして、通信は終わる。


 『こちらはひとまず良いでしょう。隠蔽が終わるまでは後15分ほど、何とかなりそうです』

 いざとなれば、AAクラスの戦闘力を備える特殊型魔法人形、“バンダ―スナッチ”を用いて私自ら迎撃に出ることとなりますが、その必要はなさそうです。

 奥の手は、使わずに越したことはありませんし、何より“バンダ―スナッチ”はあの男の作品だ。それ自身が時の庭園にとって不利な証拠となってしまいます。

 あれを時空管理局の方々に知られる時期は、少なくとも2か月後以降にしたいところですね。







新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広場 PM 0:50


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 「まったく、次から次へと」

 中央制御室へ向かうクロノは、敵の戦力の大半が自分に向けられていることを悟っていたが、作戦を特に変更することはなかった。

 この合同演習の落とし所としては、1時間以内に“クラーケン”と“セイレーン”を封印し、次元航行部隊の勝利で終了、同時に、執務官がジュエルシードに関する調査を進めた、あたりで十分である。

 彼としては自らの許す限りの全速で中央制御室に向かうだけでいい。恐らくその途中で“セイレーン”が封印され、その頃には空の隊員も全員撃墜されている、あたりがトールの筋書きであろうと彼は検討をつけていた。ブリュンヒルトが13名もの武装隊員を堕としたという記録があれば、地上本部も満足する。

 この合同演習は、仕組まれた茶番であると同時に、高度な頭脳戦の要素も有している。時の庭園とアースラが騙す相手はお互いではなく、現場のことを知らずに文句だけはつけてくる本局の高官である。

 第三者が演習の経過を見た際に、アースラは綿密な行動計画を立てたが、予想外の敵(ゴッキー、カメームシ、タガーメ)によって作戦変更を強いられる。だが、指揮官の的確な指示によって勝利条件をクリア、同時にテスタロッサ家からジュエルシードを受け取ることにも成功、という具合に読み取れる事実が必要なのだ。

 よって、互いの最終目標こそ知っているものの、ゴッキー、カメームシ、タガーメの存在はアースラの想定外であり、それをクロノが迅速に停止させたのは時の庭園の想定外となっている。あえて不確定要素を多く残すことで、脚本ではなく、現実の話に近づけるよう、トールとアースラ首脳陣が腐心した結果であった。


 そして、トールが用意した第二の想定外が、クロノの前に立ちはだかる。

 「大型の傀儡兵、こんなものまで用意していたのか」

 全長が人間の10倍以上はある巨大な体躯。

 純粋な人型とはいえず、ヒトの上半身に砲口を兼ねた触手が4本、防御用のアームが2基、さらに下半身はUFOのような円盤となっていた。

 接近戦を行う機能こそ有していないが、2基のシールド発生器を兼ねたアームによって守りを固め、4本の自在に動く砲口から砲弾をばら撒く凶悪な兵器であり、破壊力、防御力共に優れ、AAランクの魔導師ですら打倒するのは容易ではない。


 「なのはとフェイトが二人がかりなら楽に貫けるだろうが、僕一人ではいささかきついな」

 クロノは冷静に分析する。フェイトのサンダースマッシャーとなのはのディバインバスターを同時に叩き込めば硬い防御も突破できるが、クロノ一人では火力が足りていない。


 「だが、手段はある。最強の矛と盾は、矛盾にしかならないからね」

 大型傀儡兵が次々に放つ砲弾を、攻撃らしい攻撃は行わず、バリアで砲撃を弾くこともなく、機動力のみで躱しつつ、クロノは大型傀儡兵の周囲を飛び回る。

 火力と重装甲を共に備えた機体ではあるが、所詮は傀儡兵。その行動は実にシンプルなものであり、一定以上の速度での空戦を行えるものならば、回避するのは難しくはない。ただし、砲口が一つであればの話だが。

 そして、手数が多いことは必ずしも有利には働かない、時としてそれが思わぬ落とし穴をなることもある。


 すなわち―――


 「チェーンバインド」

 タイミングを計ったクロノのバインドによって、傀儡兵の砲撃用アームの1つが縛りあげられる。当然、それを破壊するために残り3つのアームがチェーンへと砲口を向けるが。


 「ディレイドバインド」

 攻撃を避けながら設置していたバインドが、死角からそれらの砲口をさらに縛る。

 これが、クロノの策である。全ての砲口を縛ろうとすれば力で引き千切られるだけだが、あえて稼働可能な砲口を残すことで、より簡単にバインドを無力化する手段、すなわち鎖の破壊を実行させる。

 そして、そのタイミングでさらにバインドを追加し、砲口の角度をずらす、その方角には―――


 「外からの攻撃ならば弾くだけだが、内からはどうだ?」

 3つの砲口から発射される砲弾が、自らの防御用アームとそのシールドと激突。攻撃用のエネルギーと、防御用のエネルギー、それらが至近距離でぶつかり合うことになり互いのアームを破壊、さらに拡散したエネルギーは、外部へと弾かれることとなる。

 この状況において、盾にとっての外部とはすなわち傀儡兵の上半身が存在する方向となる。放たれた砲弾は、自己のシールドによってそのまま本体に返り、ダメージが広がる。


 「終わりだ」

 3つの砲口と盾の1つを奪い、本体まで損傷を与える。クロノはこれをわずか4本のバインドのみで実現させたが、そこで手を緩めるつもりは毛頭なく、爆煙に紛れて近づき、ほぼ零距離から本体へと追撃をかける。


 「ブレイズキャノン」


 盾を失い、損傷を被った状況において、至近距離から砲撃魔法を喰らっては大型の傀儡兵とはいえひとたまりもない。中枢部を破壊された大型傀儡兵は、ゆっくりを倒れ、機能を停止する。

 だがしかし、その爆発に紛れてクロノへと突進する影が一つ。


 「せえい!」


 「! アルフか!」

 クロノにとって、この状況も予め知っていたわけではないが、想定内のことでもあった。

 クロノが大型の傀儡兵に止めを刺した隙を突いて、バリアブレイクを伴った攻撃を仕掛けたアルフだが、クロノは防御魔法ではなく、S2Uそのものを用いて軌道を逸らせることで対応する。


 「スティンガーレイ!」


 「ちいっ!」

 そして、即座に反撃、S2Uはストレージデバイスであり、純粋な演算性能ならばレイジングハートやバルディッシュの上を行く。無論、クロノからの状況に応じた入力があればという前提がつくが。

 さらに、彼の射撃はノーモーションから放たれた。戦っている相手にとって、攻撃の起点が読めないことほどやりにくいものはない。

 アルフはラウンドシールドで辛くも防ぐが、奇襲を完全に無効化したクロノと、シールドで受け止めたアルフ、これだけでも今の攻防でどちらがより消耗したかは明白である。

 これはあくまで初手であり、戦闘はここからが本番。しかし、奇襲ですら互角でなかった以上、このまま続ければどちらに天秤が傾くかは明らかであった。


 ≪まったく、何て奴だい、あのでかぶつを仕留めた後だってのにまるで隙がない。まともにやりあったら、躱されるどころか、カウンターを喰らいそうだね≫


 ≪踏み込んでは来ないな。時間稼ぎが目的だろうが、長期戦に持ち込むとすれば………≫

 両者は対峙しながら、次の手を如何なるものにすべきか戦闘思考を働かせる。いくら出力が高くとも、傀儡兵には不可能な芸当だ。

 しかし、生まれてから3年に満たないアルフと、5歳になる頃には魔導師になるための訓練を始めていたクロノでは、蓄積された経験と技術に大きな差がある。

 それは、なのはやフェイトのような強大な才能をもってしても、埋めることが出来ない程のものである。ならば、アルフが取るべき手段とは―――


 【アルフ、電磁シールドを発生させますので、その位置で待機していなさい。さらに、大型狙撃スフィアがそちらに向かっていますので、シールドが解除され次第、物陰に隠れるように】


 【オッケー】

 友軍と連携しながら、時間を稼ぐことに他ならない。

 しかし―――


 「解除」

 電磁シールドが発生した瞬間、それは消滅した。


 「なっ」


 「ブレイズキャノン!」

 さらに間をおかず、直射型の砲撃魔法がアルフを襲う。


 「くっ!」

 予期せぬ攻撃に、何のとか上空へ回避を試みるアルフだが――――


 「んなっ!!」

 ディレイドバインド

 設置型の捕縛結界によって彼女の身体は拘束されていた。


 「どうして………」


 「簡単な推理さ、君がフェイトの使い魔である以上、天候系のサポートは得意としているはずだ。何しろ彼女は電気変換資質を持っており、サンダーレイジのような広域魔法を使う」

 海で行われた実験において、クロノ・ハラオウンはただモニターを眺めていたわけではない。その時にもフェイトとアルフの組み合わせと戦闘になった際、どのような戦術を取るべきかをマルチタスクを用いて考えていたのだ。


 「その君を管制機である彼が遠隔からサポートするなら、手段は限られてくる。電気信号で動く彼が得意とするのもまた電気だ、となれば、この状況下で用いる手段は機械によって発動させる電磁シールドである可能性が最も高い。それだけ言えば、後は分かるだろう」

 よって、クロノはS2Uにシールド解除の術式を準備させ、トールがシールドを発動させたタイミングに合わせて、ディレイドバインドの設置を行った。

 後は、上に逃げる以外に道がなくなるよう、横に大きく広がった直射型の砲撃、ブレイズキャノンをアルフに放つのみ。まさしく詰め将棋の如く、クロノは戦闘行動が始まった段階でアルフを詰ませていたのである。


 「インパクトカノン」

 そして、解説を終えると同時に、零距離からの砲撃を叩き込む。バリア破壊、というよりも震動粉砕に近い衝撃がアルフを襲い、彼女はそのまま意識を失った。


 だが―――


 【見事】

 その瞬間、五機の大型狙撃用オートスフィアが砲撃を開始する。クロノが避ければ、意識を失っているアルフに直撃するコースで。


 「!? そういうことか!」

 クロノは咄嗟にアルフを庇い、半球形のシールドで防ぎつつも、トールの意図を悟る。


 【そういうことです、単独で動く貴方を抑えることは至難の業。ならば、意識のない守るべき存在をつけてやればよいのです】

 この合同演習において、意識を失った敵に攻撃することは禁止されている。

 だが、意識を失った味方を攻撃することは禁止されていない。

 もし、クロノの傍にいるのが傀儡兵であれば庇うことなどないが、アルフは時の庭園側において唯一の人間(使い魔)である。故に、アルフの存在こそがクロノの行動を抑えるための切り札となり得る。


 「何とも、機械らしい作戦だなっ!」


 【ありがとうございます。近接型の傀儡兵ごと、敵を砲撃で吹き飛ばす、などは有効な作戦ですから】

 クロノが包囲網から出てしまえば、“全て機械”で構成されている時の庭園の防衛戦力はそちらへ砲口を向けることになる。それらは機械であり、アルフを利用するつもりで攻撃しているわけではなく、ただ純粋に敵であるクロノ目がけて攻撃を行っているに過ぎない。

 だが、下手にクロノが動けば放たれた砲弾がアルフを直撃するため、直ぐには動けない。かといって、アルフを抱えて逃げれば、結局は自由な行動を奪われてしまう。

 そしてさらに、対処法を考える時間もない。こうしているうちにも、続々と新手のオートスフィアが到着し、砲火を強めていく。


 【近接戦闘型の傀儡兵はほとんど潰されましたから、もう、アルフくらいしか残っていなかったのですよ】


 「それも、計算通りだろう」


 【そうでもありません、貴方の優秀さは本当に想定以上でした。この方策とて、貴方が零距離攻撃でアルフを仕留めたからこそ採用できたに過ぎず、賭けの要素が強かったですから】

 もし、クロノがアルフの疑問に答えず、ブレイズカノンによって終わらせていればトールの策は根底から成り立たない。

 だがしかし、クロノがアルフを傷つけないように昏倒させるなら、零距離からの攻撃で終わらせる可能性が高かったのも事実である。


 そしてクロノがアルフを庇いつつシールドを展開してから2分後――――


 【クロノ君、“セイレーン”の封印を確認したよ。合同演習は、私達アースラの勝利で終了】


 時刻はPM 0:56

 時の庭園における二つの実験と一つの演習が、こうして終わりを迎えた。


 『では、後始末に移りましょう。クロノ・ハラオウン執務官、中央制御室へ案内します』

 何事もなかったかのように、魔法人形“トール”が現れ、アルフの身体を抱えつつクロノに声をかける。

 その姿からは、アルフを囮にクロノを罠に嵌め、アルフごとクロノを攻撃させた冷徹な機械の頭脳は伺えない。

 だが、それでもクロノ・ハラオウンは再認識していた。




 これは―――――機械なのだと





==============-


今回出てきた大型機械兵は、映画にでてきたものです、クロノだったらどう戦うかを想像して書いてみました。映画ではなのはとフェイトが馬鹿魔力で吹き飛ばしてます。
ちなみに、今回のトールの【見事】のときの脳内BGMは某中二ゲームの「Lohengrin」でした。

 これにて実験終了です、説明くさい文章に付き合ってくださりありがとうございました。



[22726] 第四十三話 桃源の夢 アリシアの場所
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/24 20:18
第四十三話   桃源の夢 アリシアの場所





新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 玉座の間 PM 2:48




 中央制御室において、クロノ・ハラオウン執務官に今回の合同演習に関するデータを渡し、今後の処置について幾つか確認した後、私はジュエルシード実験の後始末を再開し、おおよそ終了したのが15分ほど前。

 フェイト、高町なのは、ユーノ・スクライアの3人は魔力切れでノックダウンしており、アルフもまた魔力ダメージによってノックダウン。現在、時の庭園で動けるのは私と主のみ、計画通り。

 武装隊の方々の大半は撃墜されたものの、割とすぐに意識を回復したケースが多く、一旦アースラに戻って検査などを行っている。当然、クロノ・ハラオウン執務官は休まずに働いているようですが。


 『しかし、終わってみると静かなものですね、マスター』

 レイジングハートとバルディッシュもそれぞれの主に付き添っているため、今はただ1人と1機。


 「そうね、もしフェイトが生まれていなかったら、随分寂しいことになっていたわね」

 主は玉座の間に設置した制御盤によって、アリシアの身体の調整と検査を行い続けている。アスガルドによれば、そろそろ結論が出ている頃らしいのですが。


 『マスター、アリシアの様子は?』


 「身体は、ほとんど治っているわ。元々肉体的な損傷が大きかったわけじゃないし、脳のダメージも治療されているから健康体と言って差し支えない。今はただ、眠っているだけ」

 それは、何よりです。


 『では、フェイトの願いは叶ったのでしょうか?』


 「ええ、あの子の願いは叶ったわ。アリシアは死んでいないし、身体も治っている、生命力も足りている……………でも、それだけなのよ」

 それだけ

 その言葉が指す意味とは――――


 『生きてはいますし、健康体でもありますが、目は覚まさない。いえ、目を覚ますと不都合が生じる、ということですね』


 「………やっぱり、予測していたのね、この結果を」


 『はい、計算結果は、この結果となる可能性が高いことを示しておりました。何分、未知の領域であり、私が把握していないパラメータがまだ無数にある可能性もあったため、言及はしませんでしたが』

 いったい、なぜなのでしょう。

 どうして、私の計算はこのような悪い結果ばかり正確に当ててしまうのでしょうか。


 「貴方はどのように考えて、そう計算したのかしら?」


 『私には分からないことがありました。そもそもなぜ、植物状態になった人間は、時間の経過と共に蘇生の確率が低くなるのかと』

 どんなものであれ、時間の経過と共に劣化する。これは事実でしょう。

 仮に、機械が壊れたとして、放置しておけば徐々に劣化し、部品が錆びついてしまえば修理は困難となります。

 ですが―――


 『壊れた機械も、壊れていない機械も、時間の共に部品が劣化するという事柄に関しては同じです。そこに差が生じるとなれば、壊れているかいないかではなく、劣化に対してどれほど優れた処置をしているか、になるかと、例えば、劣化しやすい表層を削ることであったり、錆止めであったり』


 「確かに、機械ならばそうでしょうね」


 『そして、アリシアは劣化という問題に対して、現在の技術で行える限りの処置がなされています。フェイトと比較するならば、圧倒的に時間による劣化という問題に対して有利に働くはずですし、実際、ジュエルシードの魔力はその問題を解消することに成功しています』

 当然、劣化はゼロではありませんでしたが、それが原因ならば、ジュエルシードによって作られた結晶が肉体を“健康な状態”に維持している以上、アリシアは全快してなければならない。


 「アリシアが今も目覚めないのは、時間による劣化が原因じゃないのは明らか。だって、治っているんだもの」

 おそらく、主にも既に確証に近い仮説があるのでしょう。だからこそ、取り乱すことなく私の言葉に耳を傾けてくださる。

 ですが、それでも人間というものは、自分以外の存在から改めて聞かされない限り、納得できないことがあります。特に、信じたくない事柄などは。


 『はい、劣化というマイナスの要素はジュエルシードによって生成された結晶の力で全て取り払われたはずです。生成された結晶とアリシアの相性が悪く、不都合を生じているわけでもありません。その点では理論は完璧だったのでしょう。ならば、本来ならばプラスとなるはずの要素が、彼女の目覚めを妨げていると考えられます』


 「成長と共に脳が行う、現在の認識ね」


 『肯定です。子供の頃の自分と、大人の自分は全く違う身体です。その違いを脳が受け入れられるのは、日々変化する自分の身体の再認識を行い続けているからこそ、これはかなり昔から存在する理論であり、多くの実験が証明しています』

 私にはまったく縁がない問題です。人間は脳と身体を切り離すことはほぼ不可能ですが、デバイスにとってはプログラムさえ保存されていれば、ハードウェアなど大した問題ではありませんから。


 「はあ………何でかしら、アリシアは脳死状態で、脳はほとんど動かない状態だったのにね」


 『ですが、全く動いていないわけではありませんでした。生と死の境界線にある段階ですら、生命維持に関わる部分は微弱ながらも働いています。だからこそ、貴女は希望を失わずにいられたのです』

 何という、傲慢な言葉でしょうか。

 機械である私が、人間の希望の何たるかなど、理解することなどあり得ないというのに。

 ですが、伝えます。貴女の心を映し出す鏡になることも、私の授かった命題の一つなのですから。


 「そうよね、脳が完全に死んだら、身体だけで生きていられるはずもない。逆に、身体がほとんどなくなっても、脳に酸素や栄養が届けられれば、生き続けることはできるけど」

 時空管理局最高評議会の3名は、そのような存在となっている。

 これを実際に知る存在はあまり多くありませんが、彼らの年齢を考えれば、おおよその見当は誰でもつくでしょう。


 『つまり、今のアリシアにとっては、動かないでいることこそが、“正常にして健康な状態”なのですね。まさに、植物のように』

 植物が立って歩きだしたとすれば、そちらの方が異常な事態です。

 動物とは、その名の通り自ら動く存在。当然、休息は必要としますが、その脳の機能は動くことを前提としている。

 ですが、アリシアは自分の意思で動けず、動こうとする意志を持つことが出来ない期間が長すぎました。動物とした在った期間が4年と少し、植物のように動く意思を持たず、ただ生き続けた期間が26年。

 その圧倒的な時間は、人という存在を根本から変えてしまうものなのかもしれません。


 『あくまで仮説に過ぎませんが、30年を生きた人間が脳死状態となり、26年後にジュエルシードで生成した結晶によって身体の損傷や劣化を取り除かれたならば、動物として再び動き出せる可能性が高いかと』

 単純な引き算ならば、そういうことになります。


 『ただ、元来は人間の脳なのですから、時間の重み付けは動物として生きた側に傾くはずです。実験も何も行っていないので確証はありませんが、人間として生きた期間の1年は植物のように止まっていた期間の数年、もしくは十数年に相当するのかもしれません』

 いずれにせよ、脳死状態からの蘇生を目指すならば、早期治療こそが要というわけですね。


 「まあ、ね、他にも色々と要素はあるのかもしれないけど、4年と26年だと、26年に分があったということかしら」


 『アリシアは最初の事例ですが、人間として普通に生活した期間の5倍以上の時間を植物状態で過ごすと、“正常な状態”や“在るべき状態”がシフトしてしまうと仮定するべきかと、そしてそれならば、新たな手段の構築も考えられます』


 「…………」


 『マスター?』


 「いえ………貴方は凄いわねトール。もう、次はどうやればアリシアを蘇られることが出来るかを考え始めているのね。私のように、気落ちすることもなく」


 『はい、アリシアに時間がないならば、落ち込んでいる時間こそが無駄であるかと』

 私は、デバイスですから、落ち込むことはありません。一つの手段が駄目ならば、次の手段を講じます。


 「だけど、気付いているのでしょう、トール。アリシアが爆弾を抱えてしまったことを」


 『はい、アリシアは眠っていますが、目覚めを妨げるものはありません。そして、今の彼女は考えることが出来るわけですから、彼女が目覚めることを強く望めば、目を覚ますでしょう』

 しかしそれは、体内に作られた結晶とは真逆の反応。

 アリシアの身体にとっての“正常な状態”を維持しようとする結晶は、目覚めて動くアリシアにとっては毒となってしまう。しかし、結晶を抜き取れば、元の状態に戻ってしまう。

 ならば、アリシアを眠ったままにしておく処置を行えば良いのですが、これまで必死に目覚めさせるための研究を行って来たというのに、ここにきて逆の処置をするのでは、マスターの精神的負担が大き過ぎます。

 そして、それらを正確に理解してしまったからこそ、マスターは気落ちしているのですね。


 『対処法としては、一旦はアリシアを眠ったままにしておき、結晶の力によって、生きている身体がデフォルトであることを覚えさせます。その後、結晶を抜いてアリシアを目覚めさせ、生命力が続く限り活動させますが、結晶がない以上はやがて脳死状態に戻るでしょう』


 「そうしたらまた結晶を埋め込んで蘇生させる。その場合は最近まで“動いていた”ことを脳が覚えているから、今みたいに植物状態が“正常な状態”とはならないはず、少なくとも、今よりは人間よりに傾くでしょう、後は、リハビリのように繰り返していく、といったところかしら」


 『はい、これがプログラムならば、それを繰り返すことで間違いなく回復できるのですが………』

 これはただの、机上の空論というものです。ハードウェアを考慮しない、ソフトウェアだけでのシミュレーション。


 「人間はそうじゃないものね、第一に、結晶を埋め込んだ状態で眠り続けることで、脳が今度はどんな学習をするか分からない。けど、脳の学習を封じたのでは脳死状態と変わらないわ、アリシアはいつまでも4歳のまま」


 そして、何よりの問題は…………


 『この方式でアリシアが蘇る頃には、マスターは70歳を超えているでしょうし、フェイトも30歳近くになっている可能性が高い。それに、数多くのリハビリや、誰も体験したことのない苦しみを味わうことになるかもしれません』

 それは果たして、アリシアの幸せとなるでしょうか。

 それに、マスターの身体が持ちません。仮に“生命の魔道書”によってリンカーコアの負荷がなくなったとしても、身体が健康であるわけではないのですから。


 「奇蹟は起きたけど、奇蹟だけじゃあ人間は蘇らない。ということかしら」


 “目覚めることは出来る”状態まで来ている以上、大きな前進ではあります。

 ですが、10000mの道のりの、2000m地点から5000m地点までを飛ばしたようなものなのかもしれません。私達が理論を組みあげた部分は、5000mまでに過ぎなかった。

 ならば、今度は5000m地点から10000m地点までをジュエルシードで飛ばしてしまえばいいのですが、それも茨の道。まずは経路を確かめ、アリシアの安全を確保せねばなりませんが―――



 『マスター、気を落とさないでください』


 デバイスである私はともかく、マスターの心の方が危険です。

 ただでさえ、危篤状態に近い身体を精神力で支えていたのですから、もし心が折れてしまえば、症状は一気に進行してしまう。

 ある実験では、手首の近くにカッターで僅かに傷をつけ、本人に見えない状態で手首に水を流していき。“お前の血液がどんどん流れている。このままなら20分後に失血死するだろう”と告げるだけで、20分後に死んでしまったこともあるという。

 人間とは、心の傷だけでも死に至る。これを、“精神死”と呼ぶのでしょう。

 人間の心と身体は、決して切り離すことが出来ない。人間の心をアルゴリズムで解析しようとしてきた私だからこそ、それが分かります。

 もし、人間の心がプログラムのようにコピーやカットが出来るならば、私は今頃人間の全てを理解しているでしょうから。


 「ありがとう、トール。でも、流石に堪えたわね」


 『生命の魔道書を使えば、マスターの症状も緩和できます。まだ、諦めるには早過ぎますよ』


 「そうね、でも………」

 危険、極めて危険。

 難しい理屈はこの際重要ではありません。ただ、アリシアが目覚めず、アリシアに会えない、ただそれだけの事実が、我が主の精神を蝕んでいる。

 アリシアは主の心の特効薬なのです。残念ながら、これだけはフェイトには代役は出来ません。彼女はあくまでフェイトであり、アリシアではありませんから。



 ですが――――――――――予測済みです。



 『マスター、お疲れのようでしたら、しばらくお休みください。後のことは私がやりますから』


 【アスガルド、計画通りにお願いします】


 【了解】


 「そうね………うん、そうした方がいいかしら」

 その眠りから覚めない危険性すらあり得ます。

 現在のマスターの精神は酷く危うい、ずっと眠れば、アリシアの下に行けると無意識に考えてしまう可能性が極めて高いですから。

 アリシアは今、目覚めてはいけない状態にいる。目覚めない限りは健康体そのものですが、目覚めてしまえば、結晶が逆の作用を及ぼし、彼女の命を縮めてしまう。

 そして主は、アリシアが目覚めない限り、永遠に眠ってしまう可能性が高い。

 アリシアを目覚めさせ、主の心を繋ぎとめることも、アリシアは眠ったままとし、主には耐えていただくことも、最適解ではない。


 「あれ……?」


 『どうなさいました?』


 「変ね、もの凄く眠たいわ」


 『ええ、それは………』

 この先は言えません。命令がない限り。主に虚言を吐くことは出来ませんから、沈黙を。


 「御免なさい……少し………眠るわ………」


 『はい、ゆっくりとお休み下さいませ…………よい夢を…………マスター』

 そして、我が主は眠りについた。










 【ご苦労様でした。アスガルド】


 【感謝不要】

 主が眠られた理由はごく単純、空調設備から、睡眠効果のあるガスが放出されたからに過ぎません。

 これ以上私と会話を続けても、主の精神状態が改善される見込みはありませんでしたから、終了させていただきました。


 【では、計画を始めます。アスガルド、貴方は手筈通りに】


 【了解】












新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 3:03



 【ええ、そういうわけで、時の庭園で現在稼働しているのは私のみです。明日の正午ごろまでは眠らせておいてあげたいのですが】


 【それは構いません。こちらもしばらくは合同演習の後始末に忙しいですから、ジュエルシードの引き渡しは…………24時間後の、明日の3時ということで】


 【了解しました。ありがとうございます、リンディ・ハラオウン艦長】


 【いいえ、ところで、フェイトさんのお願い事は、どうなったのかしら?】


 【フェイトの願いは叶い、大きく前進はいたしました。ですが、全てが上手くいったわけでもありません】


 【そう………プレシアが起きたら、気を落とさないように伝えてくれるかしら】


 【ありがとうございます。必ずやお伝えしましょう】


 【それでは、通信を終了するわ】


 【了解、通信を終了します】


 アースラとの通信が終わり、中央制御室は静寂に満たされる。


 『こちらは、問題ありませんね』

 アースラからは明日まで干渉はない。これから最低でも12時間は私の全リソースを費やすことになるので、応答は出来ませんから、予めその旨を了承していただく必要があった。

 現在、時の庭園で動いているのはトール、アスガルド、バルディッシュ、レイジングハートのみ。

 高町なのはとユーノ・スクライアは共にメディカルルームで休んでおり、明日までは目を覚まさないでしょう。

 我が主、フェイト、アルフ、そしてアリシアの4名は――――


 【準備、整いました】


 【ご苦労様です】

 魔法人形を用いて、ある部屋へと運びました。

 ロストロギア、“ミレニアム・パズル”の力を最大限に発揮できる場所、脳神経演算室へと。

 そこには、医療用のベッドというよりも、台座に鏡を嵌めこんだような形を成している、古代ベルカの王の遺体を安置する祭壇に近い装置が8つ円形に並べられている。

 これこそが、人格投影型事象変換OSミレニアム・パズルの門。これに人間が横たわることで、人間の脳の情報をミレニアム・パズルへと送り込むことが出来る。


 『マスター、貴女は一つだけ失念していることがありました』

 アリシアは目覚めておりませんが、脳が活動しているならば、意思を交わすことは可能です。

 ミレニアム・パズルは、機械の電気信号を人間らしい思考へと翻訳するインテリジェントデバイスのOSとは逆の機能を持ち、人間の脳の情報を機械が扱うデータへと変換する。

 つまり、アリシアの脳の情報を電気信号に変換し、仮想空間(プレロマ)へ入力、同時に我が主の脳の情報も同様に変換して送ることで、仮想空間(プレロマ)において会うことが出来ます。ちょうど、私とバルディッシュ、レイジングハートが電脳空間で意思を交わすように。

 それ故にミレニアム・パズルは“幻想と現実を繋ぐロストロギア”と呼ばれ、人と人の夢を繋げる力を持ちます。


 『さらに、リニスが発見したこれは、最大8人まで同時に電気信号へ変換し、仮想空間(プレロマ)へ送り込むことが出来るのですよ』


 ただし、問題もあります。仮想空間(プレロマ)で傷を負った場合、その情報は脳にまでフィードバックされますから、最悪“精神死”となる可能性があります。模擬戦などに使用する際には注意が必要でしょう。

 ですが、逆に考えれば“精神死”に近い状態にある人間を治療するためにも使えるということ。治療に使える物は殺すためにも使え、人を死なせる効果がある物は、使い方によって救うためにも使える。


 『個体登録(レジストレーション)は既に完了しています。何せ、私の人格モデルと連動していますから』

 やはり、いきなり人間の脳を読み取ってそのまま電気信号に置き換えるのは難しいため、事前に個体登録(レジストレーション)が必要となる。

 プレシア・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサ、アルフ、そして、リニス。

 これらの情報は長い時間をかけて構築しましたから、私が作り出す仮想空間(プレロマ)において、彼女らは違和感なく動けるはず、リニスは既に故人ですが、その情報は彼女が亡くなる前に登録しておき、時の庭園のサーバーに厳重に保存されている。

 ミレニアム・パズルの優れた点は、管制者のみが知っている情報も、仮想空間(プレロマ)へ取り込めるところにあります。

 つまり、私の人格モデルに登録されている全ての人間を、登場人物、またはエキストラとして送り込むことも出来るということ。私は人間ではないため、電子情報をそのまま送り込むだけで事足ります。



 【ミレニアム・パズル全回路の反応テスト終了、門への接続部もチェック完了。システム、オール・グリーン】
 
 私は中央制御室に在り、全てを管制する。そして、アスガルドからさらに報告が入る。


 【被験者観察用生体モニタ全接続を確認。被験者の状態、全員ほぼ正常。潜入(ダイブ)に問題なしと判断】

 そう、ほぼ正常。ミレニアム・パズルを用いる際に重要となるのは脳の状態ですから、皆、“生きている”と認識されています。

 アリシアも、現実で身体を動かさない仮想空間(プレロマ)ならば、正常なのですから。


 【了解しました。ミレニアム・パズルの門を解除します。“アルゲンチウム”の起動を承認】


 【“アルゲンチウム”、解凍。仮想空間(プレロマ)の構築を開始します】


 さあ、後は私次第ですね。

 今、生きている4人は、皆眠っている。

 それらの情報を仮想空間(プレロマ)へと導き、テスタロッサの家があるべき姿を創造する。いえ、再現というべきか。

 仮想空間(プレロマ)においては、互いが互いの人格を作り上げる。フェイトを主観としたプレシア・テスタロッサと、アルフを主観としたプレシア・テスタロッサでは完全な同一人物とはいえません。

 しかし、一人だけでは自己の認識が出来ない。己の知る“世界”を作るには、どうしても他者からの認識が必須となる。5人の家族全員が集まる空間を作り上げるならば、互いが全員を深く知らねばならない。

 我が主はアリシアやフェイトのことはよく知っていますが、リニスやアルフのことはそれほど把握してはいない。

 リニスは家族全体のことを見ていましたが、過去の我が主と、アリシアのことは知らない。

 そして、フェイトとアルフは知っている事柄が最も少ない。それぞれ、二人を足しても人生経験は8年に届きませんから。


 『ですが、私は存じています』

 プレシア・テスタロッサが5歳の時より、現在まで。

 アリシア・テスタロッサが母の胎内にいた頃より、現在まで。

 リニスが主の使い魔として作られてより、半年ほど前に亡くなるまで。

 フェイト・テスタロッサが、カプセルの中にいた頃より、現在まで。

 アルフが、フェイトの使い魔として作られてより、現在まで。


 インテリジェントデバイス、トールは、その全てを記録してきました。テスタロッサ家の事柄で、私の知らぬことはありません。人間が忘れてしまうことも、機械(わたし)は最期まで覚えています。


 そしてアリシア、貴女からお預かりしていた時間を、返す時がやってきました。


 『テスタロッサの家族5人で過ごした時間は、世界のどこにもありませんが、現実において嘘をついていた者がいます』


 いつも明るく、笑顔を絶やさないテスタロッサ家のムードメーカー。

 プレシア・テスタロッサのことを愛しつつも、時には憎まれ口を叩いたり。

 リニスのことを大切に思っていますが、よくわがままを言ったりして彼女を困らせたり。

 妹であるフェイトに対してお姉さんぶり、ちょっと偏った知識を教え込んだり。

 アルフにフェイトがとられるようで、いじわるをしてしまったり。

 ですが、家族皆のことをよく見ており、家族が仲良く過ごせるように、色んなことを率先して行う。

 そんな役を、道化の仮面を着けて、本来そうなるはずだった貴女の代わりに演じていた者がいました。


 『現実の嘘は、仮想空間(プレロマ)の真実となります。偽りの役者を、本来の人物と入れ替えるだけですから』


 現実においては、“トール”がいた場所に、アリシアが入ることで、テスタロッサの5人家族は完成する。ムードメイカーの”代行”は席を立ち、そこへ本物が座ることで全てが整う。



 『ああ、そういえばフェイト、貴女には謝罪せねばなりませんね』

 遊園地に行った際、子供のようにはしゃぎまわって、貴女を連れ回したのは私でした。

 ≪聖王とは宇宙怪獣ゴンドラを退治した過去のヒーローであり、その聖骸布を見たものは魔法少女の力を得てヒロインとなれるのだ≫

 などという嘘を吐き、聖王教会へ出かけた思い出を作ったこともありました。

 “聖王教会に一度行ってみたい”と言ったのはアリシアなのです。彼女は、古代ベルカのお姫様の衣装に興味があったようですが。妹を連れ出す姉の代行を私はうまく出来ていたでしょうか。



 『全て、貴女にお返しします、アリシア』

 貴女が得られるはずだった家族との時間を。

 妹と二人で川へ行ったり、本を読んだり、一緒に遊んだ記憶を。

 時には喧嘩をしたり、一緒にリニスに怒られたり、研究に忙しい母を困らせるためのいたずらを仕掛けたりした思い出を。



 『貴女と母の時間を、貴女と妹の時間を、家族全員の時間を』

 アリシアだけではありません。

 我が主も、貴女が目覚めることを願い、26年の時を歩んできました。もう、幸せな記憶が与えられてもいいはずです。

 フェイトも、アルフも、本来ならばロストロギアを探索するような年齢ではありません。母がいなくなってしまう不安に怯えながら、眠れぬ夜を過ごす必要はないはずです。


 『取り戻しましょう。こんなはずではなかった世界の全てを』

 どんな魔法を使っても、過去を取り戻すことは出来ないと、賢者は語る。

 ですが、取り戻せないならば、世界を欺けば良い。

 テスタロッサの家族が、幸せに過ごした世界が存在しないならば、私は世界を騙してみせる。

 過去は取り戻せませんが、私の電脳を通して、悉く時の庭園に収容されています。


 『例え幻想に過ぎずとも、虚構に過ぎずとも、人間の脳は、それを真実と出来るのです』

 いつかは、現実に帰らねばなりません。

人間の神経信号が末端から脳へ伝わるまで、[0.1s]はかかりますが、電脳空間での電気信号の速度は[ns]単位。

 OSを介すること、各種の変換処理を差し引くこと、さらに、私とアスガルドの演算性能の限界。それらを総合すると、仮想空間(プレロマ)と現実空間の時間差は、177倍までが限界です。

 つまり、現実の一日、24時間は、仮想空間(プレロマ)の177日に相当する。仮に12時間だとしても、88日は確保できますが、それらが限界でもある。仮想空間(プレロマ)への潜入(ダイブ)可能な時間は12時間程度が目安であり、24時間は最終ライン、それ以上は人間の身体に悪影響が出ます。

 ですがせめて、幸せな記憶を。

 私が登録してきた436万7986の人格モデルも、エキストラとして最大限に活用し、現実と違わぬ虚構を作り上げて見せます。 

 まあ、その大半はテレビ放送などの映像信号を基にした芸能人やスポーツ選手などですが、エキストラとしてならば問題ありませんし、現実に接触して構築したモデルも千を超えます。

 高町なのは、月村すずか、アリサ・バニングスをフェイトの友人役として登場させることも、リンディ・ハラオウンを我が主の友人として登場させることも可能です。


 全ては虚構であり、我等は主に虚言を弄する不忠者ということになりますが――――


 『異存はありませんね、バルディッシュ』


 『Yes, sir』


 そして、この夢の舞台、幸せのみが詰められた桃源郷を作り上げるにあたって、唯一、裏切り者がいます。

 バルディッシュは、私が送り込むスパイ。私は外側からしか状況を把握できませんから、どうしても内側から知る役目が必要となる。

 彼女らが違和感を持った際、全てを知りつつそれを気のせいだろうと嘯く存在が必要なのです。

 本来ならば私が担いたいところですが、私は“トール”としては参加できませんし、何よりも舞台の構築に全リソースを割かねばなりません。


 『これが仮想空間(プレロマ)である限り、いつかは彼女らも悟るでしょう。ですが、全てを知りつつ演じるのではなく、自然に家族5人で過ごした記憶を、彼女達へ残しますよ』


 『はい、ですが、マイスターは?』


 『リニスの情報通りに動きますが、もし記録にない事態が発生した場合は、私が代行しましょう』

 彼女らが主観である以上、現実ではなかった事態も発生しうる。

 その際に違和感がないように、事象を繋ぎあわせる役が、私とアスガルドなのです。

 そして、これは夢ですが、ただ5人だけの空間を作り上げるわけではありません。

 中心となるのはアルトセイムにある時の庭園ですが、当然、買い物にも出かけますし、遊園地や動物園にも行くでしょう。

 その経路となりうる場所も、その景色も、全て私は記録しています。各次元世界のリゾート地も、あらかた探索しましたからね。


 『この舞台が幕を閉じた時、貴方の主はどのような選択をするのでしょうか?』


 『分かりません。アリシアと共に永遠に眠る道を取るかもしれませんし、娘達と共に生きるために最後まであがく道を取るかもしれません。ただ、アリシアを葬送し、フェイトと共に生きるという選択肢は低い確率でしょう』

 その選択肢は幾度もありましたが、一度も選ばれませんでしたから。


 『私は、例えどのような結末であっても、幸せな記憶を我が主、フェイト・テスタロッサへ残して差し上げたいと思います』


 『私も同様です。主のために機能するという命題を授かりながら、主の幸せを願わないデバイスなど、どの次元世界にもいませんよ』

 我々は、テスタロッサ家によって作られたインテリジェントデバイス。今こそ、その真価が問われています。


 【貴方もお願いしますよ、アスガルド。貴方とて、テスタロッサ家に作られた魔導機械ですから】


 【無論】


 さあそれでは、機械仕掛けの舞台を始めましょう。

 観客はおらず、役者達も機械に騙され、脚本は存在しない。

 しかし、この時の庭園ならば、我等の独壇場。

 例え残酷なる世界が立ちはだかろうとも、世界を騙しきって見せましょう。

 テスタロッサ家に仕えるデバイス、その存在意義の全てに懸けて。



 幸せに満ちた、桃源の夢を………我等の主達へと



 演、算を………続行、します







あとがき

 トールが作り上げた桃源の夢は、A’Sにおいて闇の書の中でフェイトが見たものをさらに発展させたものです。原作ではテスタロッサの家族しか登場しておらず、フェイト自身が状況に違和感を最初から感じていましたが、こちらでは違和感がないようにトールが“騙して”おり、さらに、彼女ら以外の人物達も登場します。
 特に、5人の誰もが知らず、トールのみが知る人物を登場させることで、ここが現実であると錯覚させるなど、様々な工夫を凝らしており、トールは管制役として舞台を演出し続けます。
 私に筆力があれば、幸せな光景を書き上げていきたいのですが、かなり難産になりそうなので、ここは読者の方々の想像力にお任せしたいと思います。原作の夢よりも、さらに幸せな夢が彼女らを包んでいる光景をご想像下さい。

 無印も、本当の最期まで来ました。後2,3話で終了すると思いますので、頑張りたいと思います。




[22726] 第四十四話 幸せな日常
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/24 20:50
第四十四話   幸せな日常




新歴64年  5月3日  ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





『わたしのおかあさん』


 わたしのおかあさんは、プレシア・テスタロッサといいます

 おかあさんは技術かいはつの会社につとめる技術者です

 おかあさんはかいはつチームのリーダーで

 なかよしのかいはつチームのみんなといっしょに

 世界でくらすみんなのためになる技術を、まいにち研究しています

 おかあさんはいつもいそがしいけど

 だけどすごくやさしいです

 毎日つくってくれるごはんはいつもおいしいし

 夜はいっしょのベッドで寝ます


 ことしの誕生日は2人でピクニックに出かけました

 いつもいそがしいおかあさんだけど

 こういうときは一日中いっしょにいられるのでうれしいです

 たのしくて

 うれしくて

 「ママ大好き」って言うと

 おかあさんはいつもちょっと照れますが

 だけどいつもあとで『ぎゅっ』ってしてくれます

 そんな、照れ屋でやさしいおかあさんのことが

 わたしはほんとうにだいすきです




 おわり                     アリシア・テスタロッサ




 「フェイト~~~~、ご飯ですよ~~~~」


 「あっ、リニス」

 私は読んでいた作文を持ったまま、扉の方に振り返る。


 「いました、いました。フェイト、もうご飯の時間ですよ」


 「ごめんねリニス、ちょっと読みふけってて」


 「珍しいですね、アリシアならともかく、フェイトが他のことを忘れるほど熱中するなんて」


 「もうっ、リニスったら、姉さんが聞いたら怒るよ?」

 だけど、姉さんが熱中しやすいのは本当のことだと私も思う。

 特に、デバイスをいじっている時は私が隣に座っても気付かないくらいだし。

 リニス曰く、“あまり似て欲しくないところが母親 に似てしまった”らしいけど、姉さんが母さんと似ていると聞くと、私もなんだか嬉しくなる。


 「ふふふっ、そうですね、少し言葉が過ぎました。ところでフェイト、それが貴女の読んでいたものですか?」


 「うん、姉さんの机を片付けてたら、見つけたんだ」


 「まったく、アリシアと来たら、お姉さんだというのに妹に片付けさせてどうするんですか」

 うん、私も少しはそう思わないこともないけど、でも、作業に熱中しないで、掃除も片付けもきっちりやる姉さんって、あまり想像できないかな?

 何でも完璧にこなせそうな姉さんなんだけど、意外と面倒くさがりというか、我が道を行くというか、まあ、そんな感じ。

 それに―――


 「あははは、でも、おかげでこれを見つけることが出来たから」

 姉さんにとっては、恥ずかしいかもしれないけど。

 私にとっても、“懐かしく”感じられるものだったから。


 「これは―――――ああ、アリシアが4歳頃に書いたものですね。よく覚えています」


 「リニスも覚えてるの?」

 私は知ってはいるけれど、覚えてはいない、アルフは当然知らないし。

 母さんは、『人間は記憶を転写されても、肉体で体感しない限りはそれを完全に自身の記憶と認識することはできない』って言ってたけど、私にはよく分からなかった。

 でも、姉さんは分かってたみたいで、やっぱり姉さんは凄いのだと思う。


 「その頃はまだ普通の猫でしたけどね。私がプレシアの使い魔となったのは、あの事故から3年ほどが過ぎた新歴42年のことですから、もう20年以上前になりますか」


 「20年かあ、長いね」


 「そうですね、あの頃の状況を考えれば、今は本当に奇蹟のようなものでしょうか」

 私には、その頃の様子は分からない。

 私が生まれたのは新歴60年の1月26日で、その頃はまだ姉さんは目覚めていなかった、って、私は母さんやリニスから聞いている。

 今から25年前、大きな事故が起こって、姉さんはずっと寝たきり状態になってしまったけど、母さんは姉さんを治すための研究をずっと続けて、ついに3年前、姉さんは目を覚ました。

 あの日のことは、今でもよく覚えてる。そもそも私が姉さんのクローンとして生まれたのは、その時のため。私のデータを基にして、姉さんを“生きた状態”に戻すことを、1年がかりでついに実現させた。細かい内容は難しくて、よく分からなかったけど。

 それから1年くらいは、ずっと身体を動かしていなかった後遺症で普通には生活できなかった姉さんだけれど、今では完全に元気になって、私やアルフと一緒に遊べるようになってくれた。

 だから、私と姉さんはほとんど同い年で、ナノハ達以外の学校の友達には、“双子の姉妹”と話してある。ただ、顔はそっくりだけど、中身は別物、って皆よく言われる。


 「まあ、その話は広間に向かいながらしましょう」


 「そうだね、母さん達を待たせるといけないし」







 大きな廊下を、私とリニスはおしゃべりしながら歩いていく。

 もっと小さい頃は特に不思議に感じなかったけど、姉さんと一緒に学校に行くようになってからは我が家の大きさは特別なんだということに気がついてしまった。

 アリサやスズカの家もおっきい方だけど、時の庭園の大きさはこう、住む場所としてはあり得ない大きさだから。

 でも、最初は大型の駆動炉の開発場所とかも兼ねて設計されたらしいから、当然と言えば当然なのかな?


 「そういえばフェイト、バルディッシュはどうしたんです?」


 「バルディッシュ?」


 「ええ、よく考えれば貴女がアリシアの作文を読むのに集中していても、彼がいたなら時間を知らせてくれるはずでしょうから」

 言われてみれば、確かにそう。


 「えっと、昨日の夜に姉さんに『ちょっと貸して』って言われて、そのまま………」


 「またですか、ハぁ…… アリシアではまだバルディッシュの改造は早すぎるというのに。まあ、8歳でインテリジェントデバイスを解析できるのは素晴らしいことなんですけど」

 バルディッシュは、母さんがかなり昔に作り上げたデバイスで、今は一応、私のデバイスということになっている。

 元々、母さんには専用のインテリジェントデバイスがあって、名前を“トール”といったそう。

 姉さんが生まれてからは、彼は姉さんの傍にずっといたそうだけど、25年前の事故の際、姉さんを庇って壊れてしまった。


 ≪でもねフェイト、そのおかげでアリシアはぎりぎりで助かったの。トールが壊れたことは、決して無駄じゃないのよ≫

 母さんはそう言って、悲しそうな表情で笑う。

 お話を聞いた限りでは、彼の犠牲があったから、姉さんは何とか助かって、本当に少しずつだけど状態は徐々に回復していったらしく、私のデータを使うことで目覚めることも出来たみたい。

 でもやっぱり、母さんにとっては“トール”という存在はとても大切だったんだと思う。私だって、バルディッシュが死んじゃったら絶対悲しくて泣いちゃうだろう。

 そして、トールの記録を引き継ぐ形で、バルディッシュが作られたそう。

 時期はリニスと同じ頃で、それから19年間、母さんとリニスとバルディッシュの三人で姉さんを治療するための研究を進めてきて、姉さんは無事に目を覚ました。

 姉さんが目を覚ましてからは、バルディッシュはリンカーコアを持っている私のデバイスになってくれた。私よりもよっぽど年上だし、知識もバルディッシュの方があって、あまり“マスター”として頑張れてるかどうかは分からないけど。


 「フェイト、貴女が気にすることではありませんよ」


 「わっ!」

 なっ、なっ、なになに!


 「貴女が生まれてくれたおかげで、アリシアは目を覚まし、こうして家族5人で過ごせているのです。貴女がいてこそ、プレシアもアリシアも、そして誰よりもアルフは笑っていられるんですから。貴女はただ笑ってくれていればそれだけで十分です」

 いつの間にか、リニスが私の後ろにいて、私を抱きしめていた。

 でも……………温かいな


 「うん………」

 一緒にお風呂に入る時とか、いつもリニスは浴槽の中で抱きしめてくれて、凄く安心できる。

 姉さんは、

 ≪私はフェイトみたいに子供じゃないから≫

 といって、少し離れた方にいってしまうけど

 ≪羨ましくなんて、ないからね≫

 って、わざわざ確認するのは何でだろう?

 私は姉さんみたいに頭が良くないから、よくわからない。

 リニスに訊いてみても、『アリシアはかっこいいお姉さんなんですよ』としか答えてくれないから、やっぱり良く分からない。


 「フェイトーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

 広間の方から、よく響く声が聞こえてくる。

 この声は間違いなく――――



 「アルフ! そんなに走っては転んでしまいますよ!」


 「だいじょぶっ!」


 「わっ、とっと」

 走り込んだ勢いのままに抱きついてきたアルフを、何とか受けとめる。

 これも、ナノハとの特訓の成果かな?


 「えへへへ、遅いよフェイト」


 「ごめんね、アルフ」

 アルフが私の使い魔になったのは、つい半年くらい前のこと。

 森の中で群れからはぐれて、死にかけている子狼を姉さんが発見して、私の使い魔にすることで治ってくれた。


 最初は姉さんが『機械化して直してみせる』と言ってたけど、何か“治す”の字が違うような気がして、バルディッシュに頼んで姉さんを止めてもらったのはないしょ。


 「はやくいこう! プレシアもアリシアも、まってるよ!」


 「うん!」

 姉さんはリンカーコアを持ってないし、母さんにはリニスがいるから、それは私にしか出来ない役目だった。でも、おかげで家族がまた増えてくれた。


 だから今は――――



 「「「「「   いただきますっ   」」」」」


 広間で5人一緒にご飯を食べることが、私の家の習慣になっている。

 母さんも最近は研究をゆっくり進めていて、一緒に過ごせる時間が増えた。

 母さんと、リニスと、姉さんと、私と、アルフ

 皆で色んなことをお話しする時間が、私は大好き。

 ただ、バルディッシュだけはご飯が食べられないし、あまりしゃべってくれないのが少しだけ残念。


 「そういえばフェイト、アリシアならともかく貴女が遅れるなんて珍しいけれど、何をしていたのかしら?」


 「母さん、それってどういう意味?」


 「さて、どういう意味かしらね。妹よりも頭が良くて優秀で、作業に熱中しやすいアリシアなら分かると思うけど?」


 「う………」

 姉さんはとっても頭が良いんだけど、母さんに口で勝てたことは、私が知る限りはなかったと思う。

 姉さんが言うには、母さんは“キャリアウーマン”だそうで、とてもかっこいい。


 「フェイトはですね、アリシアが過去に作った名作を読んでいたのですよ」


 「めいさく? ねえリニス、めいさくってなあに?」


 「私が教えてあげるわ、いい、アルフ、名作って言うのはね、文芸作品的にとても優れているもののことを言うのよ」


 「わあっ、アリシアものしり!」


 「とーぜんよ、私は母さんの自慢の娘なんだから」

 はいっ、私にとっても自慢の姉さんです。


 「どちらかというと、ちゃんと片付けが出来るフェイトの方を自慢したいかしらね」


 「なんでっ!」


 「冗談よ、貴女もフェイトも、私の自慢の娘なんだから、比較なんて出来るわけないでしょ」

 そう言って、母さんが姉さんの頭を撫でている。

 ……………羨ましくなんて、ないから


 「やれやれ、そういうところは姉妹おそろいなんですね」


 「え、あ…」

 気付いたら、リニスに撫でられていた。

 ちょっと恥ずかしいけど、でも、嬉しい。


 「あー、アリシアやフェイトばっかりずるい!」


 「大丈夫、仲間はずれにはしませんよ、ですが、ちょっとだけ待っていて下さいね」


 「アリシア、ここはお姉さんとして貴女が譲ってあげるべきかしらね」


 「母さんっ、さっき比較できないって言ったばかりでしょ」


 「それはそれ、これはこれよ」


 「もうっ、でも、私はお姉さんだもんね。アルフ、交代よ」

 やっぱり、姉さんは凄い………

 私だったら、きっと無理だよね。


 「貴女はそのままでいいんですよ、フェイト。アリシアはアリシアであり、貴女は貴女、そして、アルフはアルフですから」


 「………はあい」


 「あ、ところでフェイト、明日の準備は出来てる?」


 「えっと、部屋を片付け終えたら始める予定だったけど………」


 「そんなんじゃ駄目よ、いい、フェイト、片付けはいつでも出来るけど、合同家族旅行は1年に1回しかないのよ、準備は念入りに、かつ万全にしないといけないわ」


 「片づけをいつでもしてくれたら、私も助かるんですけど」


 「私の悪いところが遺伝してしまったわね」

 あ、母さんが認めた。


 「そう思うなら、母として良い見本になってあげてくださいね、プレシア。貴女の研究室の散らかりようは、アリシアの机などを遙かに超越しているんですから。フェイトの机はあんなに整っているのに」


 「善処はするわ」

 でも、やっぱり母さんは母さんだった。

 だけど、母さんや姉さんはそれでいいのだと思うし、そうじゃなかったら、私が姉さんたちのために出来ることが減っちゃうから、ちょっと困るな。


 「プレシアとアリシア、だらしない」


 「工学者というものわね、得てしてそういうものなのよ」

 でも姉さん、やっぱりそれはあまり誇れることじゃないと思うよ、わたし。


 「まあ、そういうわけで、工学者の卵である私がバルディッシュに旅行のスケジュールを組みこんでおいたわ。それに、ちょっとした改造もね」


 「あ、バルディッシュ、大丈夫?」


 『問題ありません』

 いつだったか、姉さんの魔改造によって危うくコアにまで損傷が出かねなかったバルディッシュ。

 姉さんは母さんやリニスにとても怒られていたけど、決してめげずにそれからもよくバルディッシュをいじっている。

 正直、私だったら母さんやリニスにあれだけ怒られた時点で泣いちゃってると思うし。もうバルディッシュには触らなくなると思うんだけど―――


 「アリシア、またですか」


 「今回は平気よリニス。いい、フェイト、この新型バルディッシュでもって、ナノハとレイジングハートをぎゃふんと言わせてあげなさい」


 「うん、頑張るよ」

 姉さんは、私のためにバルディッシュを調整してくれる。

 私が姉さんのために出来ることは少ないけど、姉さんのことを応援してるし、夢を追いかける姉さんが大好き。

 次元世界一のデバイスマイスターになるっていう大きな夢と、ひた向きにそれに向かっていく姉さんが


 私は―――――大好き








新歴63年  5月4日  ミッドチルダ エルセア地方 温泉旅館





 「わあ~、やっと着いた」


 「けっこう長くかかっちゃったけど」


 「でも、奇麗なところだね」


 ナノハ・タカマチ

 アリサ・バニングス

 スズカ・ツキムラ

 「当然、この私が電脳ページを使って調べ上げたお勧めスポットなんだから」


 「私とバルディッシュも、調べるのお手伝いしたんだ」

 そして、アリシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサ。

 私達は仲良し5人組、というのがスズカやナノハの談。

 私はちょっと恥ずかしくて、ナノハ達のように堂々とは言い切れない。当然、心の中ではそう思ってるけど。

 そして、姉さんやアリサ曰く、“ミッドチルダの将来を担う希望の五つ星”。

 だけど、他の友達たちから見ると、この言葉が一番近いみたい。

 何だかんだで、私達の家系は結構有名だから。

 今回、合同家族旅行でやってきたのは4家族、ただ、アリサの家はこの時期が稼ぎ時とかでアリサ以外は不参加、スズカの家も、ちょっと時期が悪いとかでスズカとお姉さんのシノブさんと、もう一人だけが参加している。


 「わあぁぁ、変わった建物」


 「アルフ、あれは、第97管理外世界を起源とする建物ですよ。このエルセア地方には第97管理外世界のジパングという国から移り住んだ人々が多くいますから」

 タカマチ、ツキムラ、それから、ナカジマとか、そういう姓の人が該当するみたい。

 ナノハのお父さんとお母さんも、昔はこのエルセア地方に住んでいたって前に聞いたことがあったかな。

 私の家からは家族全員が参加、テスタロッサ家は工学者の家系としてそれなりに有名で、特に姉さんは8歳で既にインテリジェントデバイスを調整できるほどの腕前なのだ。だから、結構注目されることも多かったりする。


 「久しぶりだね、まとまって休暇をとれるのは」


 「ああ、私達の青春はどこにいったのやら」

 ミユキ・タカマチさんと、シノブ・ツキムラさん

 ナノハのお姉さんのミユキさんは16歳で、スズカのお姉さんのシノブさんは17歳、特に、シノブさんはキョウヤさんと恋人だったりする。

 二人とも既に管理局に勤めていて、将来の“キャリアウーマン”だそうです。


 「久しぶりだなあ、ここに来るのも」


 「私達が結婚する前だから、もう20年くらい前になるかしらね」


 「あらあら、相変わらずお熱いことで」


 「そうね、未亡人組には、少し羨ましいわ。子供も大分成長したことだし、そろそろ恋の相手でも見つけるべきかしら」

 シロウ・タカマチさん、モモコ・タカマチさん、それからお母さんと、リンディ・ハラオウンさん

 何かこう、凄く若々しい感じです。とても全員が子持ちとは思えません。

 そして――――


 「なあクロノ、お前の母の言葉はどこまで本気なんだ?」


 「申し訳ありませんが、分かりません」

 キョウヤ・タカマチさんと、クロノ・ハラオウン。呼び捨てでいいと言われているので、私達はクロノのことはクロノと呼んでいる。この二人も現役の管理局員。

 ナノハの家は現在では喫茶店を営んでいるけど、シロウさんはその昔、管理局の“神速の魔人”と呼ばれていたそうで、古代ベルカ式、双剣タイプのアームドデバイスの使い手にして、SSランクの最強の騎士。

 ただ、ナノハの生まれる頃に大きな事件が発生して、その時に負った傷がリンカーコアにまで達し、管理局を引退、今では喫茶店翠屋の店長さんで、魔法は使えないと聞いている。


 そのはずなんだけど――――


 「父さん、昔を思い出すのはいいけど、無理に動こうとはしないでくれよ」


 「ああ、分かってるさ」

 キョウヤさんとの訓練風景では、魔法を使わなくても音速を超えていたように思うのは私だけだろうか?

 それに、キョウヤさんもミユキさんも、フラッシュムーブとかを使わなくてもそれ以上の速度で動けているような………

 まあ、そこはあまり深くは考えない方針で。

 キョウヤさんとクロノは二人とも執務官をやっていて、キョウヤさんは古代ベルカ式陸戦S+ランクで、シロウさんと同じく双剣型アームドデバイスの使い手。クロノがミッドチルダ式空戦AAA+ランクで、こっちは万能型のストレージデバイスS2Uを使っている。

 さらに、ミユキさんは近代ベルカ式空戦S-ランクで首都航空隊の隊長さんで、キャウヤさんのように二刀流も出来るけど、一刀流の方も得意みたい。シノブさんはA級デバイスマイスターの資格を持っていて、管理局の技術開発部に所属。

4人とも、管理局で将来を嘱望されている若きエース達です。

 ただ、ミユキさんやクロノは飛行魔法が使えるのだけど、キョウヤさんは適正がない。だから一応は陸戦ということになってはいるのだけど、キョウヤさんやシロウさんは空戦魔導師よりも速く、空を“駆ける”ことができるので、あまり意味はないみたい。

 私やナノハも結構速い方だとは思うんだけど、空を“駆けて”追い抜かれた経験は、なかなか忘れられない。

 曰く”空気を脚力で爆砕させて進む”らしいんだけど、はっきりいってわけが分からないよ。

 ほとんどの空戦魔導師よりも空を速く動ける陸戦魔導師っていうのは、キョウヤさんやシロウさんくらいだと思う。

 “神速の魔人”のお父さんに、“音速の魔人”のお兄さん(あと数年で神速らしい)、さらには“疾風の戦姫”なんて呼ばれているお姉さん。

 そんなに凄い人達とどうしても比較されてしまうから、ナノハは大変、なんだけど――――


 「フェイトちゃん、今日の模擬戦、負けないよ!」


 「私も、絶対負けないから!」

 ナノハもナノハで結構有名人。まだ管理局に入ってないから正式ではないけど、既にAA+ランクに相当する空戦魔導師で、“移動砲台”なんて呼ばれたりもしている。ちなみに私もAA+ランクで、あだ名は“暴走特急”。

 この前の模擬戦でやった、ナノハの高威力砲撃と、私のソニックシフトを用いた特攻が原因で、いつの間にかそういう名前が広まってしまっていた。

 でも、シノブさんの話によれば、管理局の武装隊の人達がナノハのことを聞くと――――


 『化け物の子は化け物、魔王や魔神の妹は悪魔、というわけか』

 らしいけど、失礼な話。ナノハは悪魔なんかじゃない、天使のように可愛らしんだから。

 ナノハはいつ管理局に入るかはまだ決めてないそうだけど、キョウヤさんはシロウさんの怪我と前後するように管理局に入ったそうだから10歳の頃、ミユキさんも11歳頃には入っていたとか。

 でも、クロノなんて8歳の時には入局したそうだから、あまり早いというイメージはないかな。陸士学校や空士学校だって11歳で入って13歳で卒業、そのまま入局という例は多いそうだし。


 「でもねフェイトちゃん、スズカちゃんにレイジングハートを強化してもらったから、今日は一味違うよ」


 「大丈夫、バルディッシュも姉さんに改造を受けてるんだから」

 ツキムラの家は、テスタロッサと同じく工学者の家系で、スズカもお姉さんと同じように将来はデバイスマイスターになりたいみたい。

 だから、レイジングハートをスズカが、バルディッシュを姉さんが、という役割は私達の約束事となっている。


 「でも、あまり無理はしないでね」


 「諦めなさいスズカ、ナノハとフェイトの二人が止まるわけないでしょ。“移動砲台”や“暴走特急”に続くあだ名がつかないように祈るくらいしかできないわ」

 アリサの家はおっきい会社を経営していて、特にホテルとかをたくさん持ってるとか。今回の旅行でも“よい部分があれば取り入れる”って言ってたし。

 アリサはいつか実家を継いで、もっと皆に幸せを届けられるような会社にして見せるって意気揚揚。そのあたりは、姉さんととても似ていると思う。

 だけど、


 『ふふふ、テスタロッサ家とバニングス家が手を結べば、もう敵はいないわ』


 『利益は半々よ、アンタに出会えてほんとに良かったわ』

 たまに、怖い会話をしているのが気になるけど、聞かなかったことにしよう。

 私は特には感じないけど、他の管理世界出身の人にとっては、ミッドチルダの子供は早熟で、人生設計を組むのが早く感じるとテレビとかで聞いたりする。

 管理世界の中には、成人が20歳で、18歳くらいになるまでは社会に出て働くことが禁止されている国もあるみたい。多くの世界から多種多様な人々が集まるミッドチルダでは8歳から就業が認められているから、随分文化が違うみたい。

 タカマチ家もツキムラ家も、第97管理外世界のジパング出身らしいけど、そこは“サムライ”の国で、“ゲンプク”という成人の儀式があって、それは10歳を過ぎたくらいでやるらしい。

 その上、結婚も10歳とかでOK、凄いと思う。

 シンカゲ流、ジゲン流、チュウジョウ流とか、色んな人達がいて、ナノハの家もそのうちの一つでもの凄く強いとか、確か、ミカミ流だったはず。、ん?フワ流だったけ? どうだったかな。でもやっぱり、昔は10歳くらいで結婚とかしてたらしいし。

 それに比べたら、ミッドチルダはまだ遅い方なのかな?

 私は、ナノハと一緒に戦技教導隊を目指すか、それともキョウヤさんやクロノのように執務官を目指すか、あるいはミユキさんのように航空隊を目指すかで考え中。だけど、ナノハと同じように空を飛ぶことが好きだから、その中のどれかを選ぶとは思う。

 姉さんやスズカが調整してくれたバルディッシュやレイジングハートを私とナノハが持って、皆の笑顔を守るために飛び回れたら、どんなにいいだろう。


 「でもまずは、温泉に入ってからにしなさいね」


 「そうそう、時にはゆとりも大事よ」


 「あ、姉さん」


 「あ、アリサちゃん」


 「そうだね、皆で一緒に入ろう」

 そう、皆大切な友達だから、守るための力があるなら、そのために使いたい。

 リンカーコアがある私は魔導師として、リンカーコアがない姉さんは、デバイスマスターとして。

 キョウヤさんとシノブさんが、私達の目指す姿。今はまだまだだけど、あんな風になれたらいいなと思う。


 でも、とりあえずはこの今を楽しもう。


 シロウさん、モモコさん、キョウヤさん、ミユキさん、リンディさん、シノブさん、クロノ、ナノハ、スズカ、アリサ。

 そして、母さんと姉さんと、私とリニスとアルフの15人の楽しい旅行を―――


 「あれ?」


 誰か――――足りないような――――


 「おーい、そこの薄幸そうな金髪少女、ちょいと手ぇ貸してくれ。クーラーボックスをさっさと片付けたいんだ」


 「あ、はい!」

 あ――――そう、そうだった、彼を忘れていた。

 かつて壊れた、“トール”の設計図を基に、シノブさんが作り上げた、完全人格型の魔道人形。今は、ツキムラ家の執事として働いている――――


 「出たわね、トール、虫は持ってないでしょうね?」


 「露骨に警戒してるわね、アリサ」


 「う……私もちょっと苦手意識が……フェイトちゃんは大丈夫なの?」


 「例の………ゴキブリが………トラウマに………」


 「普段は、結構いい人だよ―――――――こういう時にも大人しくしてくれてるといいんだけど」


 トール・ツヴァイ、皆そのままトールと呼ぶけど。

 彼はツキムラ家の執事で、ノエルさんがメイドという役割、二人とも人間ではないけれど、人間以上に人間らしい。

 この二人を組みあげちゃったシノブさんは本当に凄い、姉さんも『シノブに負けてられないわ』ってよく言ってるし。


 「はあい、トール、しばらくぶりかしら」


 「おう、アリシア、今日も美人に成長しそうでなにより」


 「貴方も相変わらず馬鹿そうで何より」


 「ありがとよ」

 そして、姉さんはトールと仲がいい。

 私達5人の中で、唯一トールに苦手意識を持っていないのは姉さんだけだけど、『いつかバラして私が一から組み上げる』、という言葉は私の胸にしまっておこう。

 母さんの話によれば、トール・アインはバルディッシュのような口調の、デバイスらしいデバイスだったらしいのだけど、シノブさんが作ったトール・ツヴァイはなんかこう、愉快な性格になってしまったみたい。

 お尻からガスを噴出して飛んだり、魔法人形だけどご飯を食べたり、口からお茶を出したり、そして、ゴキブリをばら撒いたり、その他にも色々と。



     私の役割はアリシアの代行、しかし“それらの役割”はアリシアとは切り離さねばならない



 「? バルディッシュ、何か言った?」


 『いいえ、言っておりませんが』

 何だろう、何か声のような、念話のような、不思議な感覚が――――


 『いえ、申し訳ありません。アリシアの改造によって、私のコントロールを離れて何か声に出したかもしれません』


 「ああ、そっか」

 そういえば、そういうこともあったね。

 バルディッシュが突然、まるでトールのように饒舌になっちゃったこととか。

 あれ、違うかな、あの時はトールがまるでバルディッシュのようになったのを驚いて――――


 『私自身、彼のように次々と話題を変えて話すことが出来るとは思いませんでした』

 ああ、やっぱりそうだよ、バルディッシュがト-ルみたいになっちゃんたんだった。なんでこんな勘違いをしたんだろ。

 うん、そう、そんなことが、あったよね。


 『お気になさらず、いざとなればマイスターに相談を』


 「うん、そうだね」

 せっかくの旅行なんだし、まずは楽しもう。


 「アルフ、一緒に色々探検してみよう」


 「うん!」

 皆で一緒の合同旅行。

 なかなかない機会だからこそ、輝かしい思い出が作れますように――――



 神様、お願いします












 新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM 0:07





 『申し訳ありません、フェイト。この仮想空間(プレロマ)に神はいません、神を騙る機械仕掛けがあるだけです』

 故に、御都合主義の機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)

 まあ、私はそれをさらに騙る嘘吐きデバイスですが。


 【9時間が経過、現状、問題なし】


 【ええ、そのようですね、アスガルド。バルディッシュも上手くやってくれているようです】

 仮想空間(プレロマ)では、66日ほどが経過しましたか。

 ただ、1日ごとに時が刻まれるわけではありません。10日ごとに飛ばすこともあれば、この家族旅行のように連続して経過することもある。

 しかしこの舞台装置の欠点として、トールの役割はアリシアに返すべき場所を守ることでしたが、トールはアリシアではないため、そこには不純物が混ざり込む。
 
 口からお茶をだしたり、尻からカートリッジを出したりはその最たるもの。それらが印象的であればあるほど、仮想空間(プレロマ)に登場しないことは違和感となってしまう。


 『ならば、アリシアとトールの機能を分け、必要な部分だけをアリシアに返せば良い。人間と異なり、機械である私は、自分自身の心(プログラム)をコピーすることもカットすることも出来るのですから』

 私の機能の一部のみを搭載したデバイスなど、いくらでも作れる。完璧な複製は骨が折れますが、部分的な再現ならば楽なものです。

 月村忍は、その点においてまさに最良の人材でした。アリシアとフェイトの友人の姉として、絶好のポジションにいると同時に、完全人格型魔法人形を製作できる知識と技術を有している。

 高町なのはの観察の際、彼女と交友関係にある人物の人格モデルを細かく採集しておいて正解でした。

 彼女達5人が月村邸で遊んでいるときに、魔法人形である執事のトールとメイドのノエル、その二人と接触することは自然であり、違和感はない。

 まして、かつて壊れたトール・アインのデータを基に、再構築されたトール・ツヴァイとしてならば尚更のこと。

 ストーリーもとりあえずボロは出ていません。これならば、制限時間まで騙し切れる可能性は十分あります。

 そして、何よりも―――



 『そもそも、アリシアが死に、私が残ったことこそが間違いなのだ。この桃源の夢に違和感がないのは当然の話』


 細かい設定は特に変えていない。ただ単に、私とアリシアの立場を入れ替えただけ、たったそれだけで、世界はこんなにも明るくなるというのに。

 ”アリシアを助けるために、かつて壊れたトール・アイン”、それが現実だったらどれほど良かったことか。


 『なぜなのでしょう。生きるべき者が死に、死ぬべき者が生き残る。世界にはそのような事例が溢れている』

 そして、死ぬべき時に死ねなかった者は、時代の遺物となり、ただ残り続ける。

 だとすれば――――


 『未来を生きる者達のために、それらを排除することが、遺物である私の最後の役目となるやもしれません』


 例えば――――ロストロギア

 例えば――――古代ベルカ時代に作られた改造種(イブリッド)

 そして例えば――――機械になり果てた人間、脳だけで生き続ける老廃物


 『プロジェクトFATEの結晶であるフェイトの未来において、障害となりうる存在を、私は排除する時がくるのでしょうか』

 夢においては、彼女の未来は暖かなものに満ちている。

 しかし、現実はそうではない。善意と同等の量の悪意が、人の世には存在している。

 桃源の夢においては、悪意を持つ人間はほとんど登場させませんが、現実のバランスは極めて難しい。


 ならば私は、善意のみを通し、悪意をこそぎ取るフィルターとなりましょう


 もしくは――――


 『幸せな未来を、この世界へ顕現させるか』

 ジュエルシード、それは願いを叶えるロストロギア。

 21個の奇蹟の石は、未だ我等の手の内にある。

 機械である私に願いは託せませんが――――


 【アスガルド、そちらの演算の進捗状況は?】


 【34%が終了】

 我が主の願いと、その道筋が分かれば、後はアルゴリズムに沿ってジュエルシードを過剰起動(オーバーロード)させればよい。

 そして、いいペースです。これならばどんなに悪くとも我が主の目覚めには間に合いましょう。

 私には答えは出せない、どのような可能性があり得るかを計算するまでが私の役目。


 最後にどの道を選択するかは、マスター次第です。

 私に出来ることは、パラメータを可能な限り整えるのみ。

 この桃源の夢も、“幸せ”という人間の心のパラメータを計算するための装置であるが故に―――



 演、算を――続行、します









あとがき

 あの事故の時にアリシアが助かりトールが壊れる、というのはトール本人の願望であったりします。

 この桃源の夢は、某作品の『約束の四日間』を参考に形作られており、その舞台装置である“ミレニアム・パズル”はワイルドアームズ2の同名のロストロギアと、某メーカーの『終末幻想戦記アルゲンチウム』(仮称)に登場する“デミウルゴス”を参考に作成しました。
 機械であるトールがどうやって仮想空間(プレロマ)を構築したかに関しての論文めいた構想は一応あるのですが、それを解説したところで冗長にしかなりませんのでカットすることにしました。(私の大学での研究の一部の流用なので、凄まじく一般向けではありません、オブジェクト指向言語の知識は必須かと)
 ただ、デバイス達がテスタロッサの家族のためにあらゆるアルゴリズムを用いている、というところだけ抑えていただければ、それだけで十分です。

 あと2話で終了の予定ですので、頑張りたいと思います。




[22726] 第四十五話 夢の終わり
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/27 15:31
第四十五話   夢の終わり






 夢

 夢を見ている

 起きているはずなのに、これが夢だと頭の中で嘯く声が聞こえる

 それはきっと、私自身

 誰でもない私自身が、夢を見ている自分を認識している

 だけど、それを否定する声がある


 ≪いいえ、これこそが、貴女の現実です≫


 人間のものではない、機械が発する、電子音声

 私は母さんのような工学者になりたいから、デバイスに触れる機会はたくさんある

 でも、その声は私が触れているデバイスのものじゃない

 だけど、その声は――――――とても懐かしくて、とても新しい

 何十年も聞いていないようで、ずっとその声だけを聞いてきたような

 そんな不思議な声を発するあなたは―――――――誰?


 ≪誰でもありません。私はこの世界に存在しませんから≫


 じゃあどうして、私の声に答えるの?


 ≪貴女の願いを、私は断れないからです≫


 どうして?


 ≪申し訳ありませんが、時間です。起きてください、アリシア≫


 待って―――――――








新歴64年  12月24日  ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園  AM 8:00



 『アリシア、起きてください』


 「ううん、あと50分」


 『それでは長過ぎます。私がアラームの役を任せられた意味がありません』

 …………おかしいな、バルディッシュにそんな設定したっけ、私?


 「フェイトが設定したの?」


 『いいえ、貴女ですよ』

 うーん、あまり覚えてないけど、バルディッシュが言うなら間違いないか、バルディッシュは嘘を吐かないし。


 ―――――あれ?


 「ねえバルディッシュ、貴方は嘘を吐かないよね」


 『はい、私は主へ虚言を弄しません』


 「だよね」

 うん、やっぱり気のせい、なんだったんだろ。


 「アリシア~~~~~」


 「あっ、リニス」


 「起きてましたか、おはようございます、アリシア」


 「うん、おはよう」

 ふと隣を見ると、そこに当然フェイトはいない。

 私達は一緒の部屋を使ってて、一緒のベッドで寝てるけど、あの子は先に起きて、さらに私を起こさないようにベッドから抜け出るという特技を持っている。

 アルフも一緒に寝るけど、あの子は寝る時は子犬フォームになるから、あまりスペースは取らない。何でも、あの姿が一番眠りやすいらしい。


 「リニス、フェイトは?」


 「今日はクリスマス・イブですから、クリスマスツリーの箱を見つめながら、貴女が起きるのを待っていますよ」


 「別に、わざわざ待たなくてもいいのに」

 まあ、悪い気はしないけど。


 「どんなことでも、貴女と一緒にやりたいのでしょう、フェイトは」


 「でも、いつまでも一緒なんて絶対無理でしょ」


 「ええ、だからこそ、子供の期間というのはそれが無条件で許される輝かしい時間なのですよ。プレシアはそれを無駄にしてしまったと、よく言ってましたから」

 その話は、バルディッシュからも聞いている。

 私と違って、母さんにはフェイトのような妹は居なくて、学校でも友達らしい友達はいなかったって。

 まあ、正確にはそれを知っているのはバルディッシュじゃなくて初代のトールなんだけど、バルディッシュは初代の記録を引き継いでいるから、そういうことも分かるみたい。


 「でも、その気持ちは少しわかるな。もしナノハやスズカ、アリサがいなかったら、私も一人の方が良かったかも」

 客観的事実として、私やアリサなんかは普通の子供とはちょっと違った価値観と頭脳を持っている。

 だから、何かこう、“あの子は生意気”だとか、“せっかく誘ってあげたのに無視した”とか、そんな下らないレベルで会話してるクラスメイトと、一緒に行動する気になれない。

 人間なんだから、価値観はそれぞれで当たり前、誘ったって、それぞれに都合があるんだから事前に調整しなければ断られる可能性もあって当たり前。

 きっと母さんも、そう思って一人でいたんだろう。


 「だけど、今は違うんですよね」


 「そうね、ナノハ達と一緒にいるのは、凄く楽しい」

 フェイトも、ナノハもズズカも、凄く真っ直ぐな心を持っている。

 フェイトがそうなんだから、多分、4歳頃の私もそうだったと思うんだけど、色んな事柄に興味を示して、様々な知識を集めることは、良いことばかりではないみたい。

 本や文献から得た知識が邪魔をして、子供らしく何も考えずに行動することが出来なくなる。今もこうして、小難しく考えてることそのものが、それに該当している。

 きっとアリサも、ナノハやスズカと出会わなかったら、母さんみたいになっていたんだろう。


 「ナノハもスズカも、フェイトも、子供らしいけど、子供らしくないというか、でも、やっぱり子供なのよ」


 「ロジックが一回転していますが、言いたいことは分かります。子供は大人を見て育ちますから」

 そう、あの子達は本当に素直で純粋。

 悪いことをしたら、素直に“ごめんなさい”と言える、凄い子達。

 普通の子供は、そういう部分だけ大人を見習ってしまって、言い訳をしたり、自己正当化したりする。普段は無邪気に遊んでいるのに、どこかにそのような汚い部分を既に持っている。

 だって、大人を見て育つんだから、そういう部分も学習してしまうのは当然でしょう。


 「私やアリサみたいのは極端だから、1か0で判断しちゃうのよね」

 だから、私はそういう子供が大嫌い。同い年なのにこういう言い方をするのも変だけど。

 子供として、無邪気であれる権利を行使しているのに、都合が悪い時に大人の真似をする。臭いものには蓋をして、自分を奇麗で見せようとする政治家みたいな態度、それが大嫌いなんだ。

 そんなことをするくらいだったら、潔く最初から無邪気でいない方がいい。それを代償に、初めて大人と同じように反論や弁護を出来るようになるはずだ。

 私やアリサはそういう風に考えるし、行動する。理で捩じ伏せて、自分の理論を押し通す。そんな態度が、大人からは“可愛げのない子供”に見えるのでしょうけど。


 「今の貴女は真っ直ぐに育っています。それは、私が保証しますよ」


 「えへへ、ありがと」

 そんな私達だから、ナノハやスズカ、フェイトがとても眩しく見える。

 まあ、あの子達はあの子達で“いい子過ぎる”のかもしれないけど、だからこそバランスがとれているんだろう。

 “可愛げのない子供”と“いい子過ぎる子供”が一緒にいることで、私達は普通の子供になれているのだと思う。

 だから、本当にあの子達には感謝してる。

 特に、フェイトが生まれてくれたことには。

 母さんもリニスもバルディッシュも忙しくて大変だったはずなのに、それでも私のためにフェイトを―――



    ≪ですが、心配はいりません。もしプレシアが忙しくて不可能ならば、私が創って差し上げましょう≫




 「!?」


 何?

 今のは―――――私の思い出?


 「アリシア?」


 「え、ううん、何でもない」

 妹………うん、フェイトは私の妹。

 私が――――母さんに妹が欲しいって言って困らせてしまって、それでもフェイトが生まれてくれた。

 でも、ええと……


 「リニス、いきなりでなんだけど、フェイトの誕生日って、1月26日だよね」


 「はい、そうですよ。あと一か月もすれば、フェイトも9歳になりますね」

 うん、それで間違いない。

 フェイトが普通に生まれたなら、9歳というのはあり得ないけど、フェイトは私のクローンとして生まれたから、誕生したその時には4歳相当まで育っていた。

 でも、リニスはそのことに反対していて―――――うん、反対してたくらいだから、フェイトを創り上げたのはリニスじゃなくて、母さんも忙しかったから、代わりにバルディッシュが、そのバルディッシュをフェイトのためにリニスが作って………?

 違う、それじゃあ辻褄が合わない。

 そもそも、フェイトが生まれて欲しいって願ったのは私で、その願いを叶えるために機能したのは――――



    ≪貴女が望むなら、妹ですら私は創って見せましょう。なにしろ私は、貴女の素敵なママのために作られたデバイスですから、不可能などありません≫



 バルディッシュ―――――――違う、そうじゃない。

 だって、バルディッシュは母さんのために作られた機体じゃないもの。母さんのために作られたのは――――


 「トール……」

 そう、そのはず。


 「トール? 彼がどうかしましたか?」

 でもなんで、“私とトールが話している思い出”があるの?


 「ねえリニス………私って、トールと話したことって、あったっけ?」


 「? シノブさんやスズカさんの家に遊びに行くたびに会っているじゃありませんか」


 「いいえ、そっちじゃなくて、アインの方」


 「アインですか、私がまだ普通の猫だった頃になりますが、あの事故が起きるまではいつも貴女の傍にいたわけですから、話したことがないということはないでしょう」

 ―――――――――そっか、そうよね。

 どうしたんだろ、私、トールと話した思い出があるなんて、当たり前のことなのに。

 私が事故で眠ってしまうまでは、トールはずっと私の傍にいてくれたんだから。


 「なにせ、純粋な時間で考えれば25年も前のことですから、多少の齟齬は仕方ないのではないですか?」


 「うん、そうかも…………22年間も、眠ってたんだもんね」

 そう、別におかしいことなんてないわ。

 22年間も誰とも話さずにずっと眠っていれば、記憶が曖昧になったって―――――



    ≪これは、Fateと読みます≫



 「………フェイト………」

 私の――――妹。



    ≪ですが、これを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となります。簡単に言えば、悪いことを失くし、良いことを連れて来てくれる天使様ということです≫



 笑顔というものが失っていたテスタロッサの家に、幸せを運んできてくれた、天使のようにかわいい子。



    ≪この前ね、ママといっしょにお花畑にいったときに約束したの。妹がほしいって≫  ≪なるほど、家族が増えるなら、さらに幸せが増えそうですね≫



 そう、本当にその子は、幸せを増やしてくれた。

 だから、私は―――



    ≪そうでしょ! だから、きれいでカッコいい名前を考えてあげてるの≫



 いつか生まれてくる筈の妹に、いい名前を考えてあげようとして

 でも、それは果たせなくて――――



 「…………違うわ」


 私は―――――誰とも話していないわけじゃない。

 いつも誰かに話しかけられていて、そして、誰かに話しかけたことがある。

 それは――――何があっても絶対に忘れてはいけない私の記憶。



 私が生きた、意味そのもの、




    ≪フェイト、私がお姉ちゃんだよ≫




 「―――――――――――!?」



 バラバラだったピースが、繋がる。

 優しい嘘に隠されていた真実が、形を成して絵を作り上げていく。

 私の願いは、私だけじゃ絶対に叶わなかった。

 だけど――――



    ≪うん、お願いねっ、トール≫



 本当に小さい子供だった私の願いを、聞き届けてくれた存在が



    ≪任されました≫



 いつものように答えてくれて


 「どんな時でも………私は………一人じゃなかった」

 母さんが忙しかった頃も、私は一人じゃなかった。

 そして、あの事故が起きて、私は22年間眠っていたけど、決して一人ではなかったはず。

 だって、私の世界には常に――――









 『ふう、困りましたね。なぜこのような時に限って、この場にいるのが私とバルディッシュだけなのでしょうか』

 そんな風に、落ち着いた口調で話しかけてくれる、貴方がいたから。


 「リニス――――じゃないわよね、貴方を、私は知っているもの」


 『リニスはたった今、“アリシアはまだ眠っていた”ということを伝えに、広間へ向かいました。長い間、フェイトを待たせるわけには参りませんので』

 一瞬世界が明滅したあと振り返ったそこに居たのは、リニスじゃなくて、若い男性であるトール・ツヴァイでもなくて―――


 『夢の狭間で、真実に手をかけた貴女を、せっかくバルディッシュに起こしてもらったのですが、徒労に終わってしまいましたね。本当に、貴女は賢い子です』


 「当然だよ、だって私は、貴方にとっての偉大な主、プレシア・テスタロッサの娘なんだから」

 私が生まれてから、子守りと家庭教師を兼ねて、ずっと傍にいてくれた。


 『ええ、そうでした。お久しぶりですね、アリシア』

 まだ、テスタロッサの家が私と母さんだけだった時よりも、さらにずっと前から仕えていた、ある魔導機械。


 「うん…………久しぶりね、トール」

 初老の男性の姿の魔法人形を操作する、最も古いインテリジェントデバイスだった。


















新歴64年  12月24日  ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園  AM 9:31





 「おはよう~」


 「あ、姉さん!」

 ずっと待っていた姉さんが、やっと来てくれた。

 起きるのは10時頃かもしれないってリニスは言ってたけど、30分くらい早かったね。


 「ごめんねフェイト、寝坊しちゃって」


 「ううん、別にいいよ」


 「でも、クリスマスツリーを組み立てるの、待っててくれたんでしょ」


 「うん………姉さんと一緒に組み立てたかったから」

 甘えてるのは分かってるけど、でも、ごめんなさい。


 「別に謝ることでもないし、意気消沈することでもないでしょ、かわいい妹がわざわざ待っててくれたんだもの、私にとっては嬉しいことなんだから」


 「ホントっ!」


 「ええ……………ほんとにね、ずっと、私が目覚めるのを待っててくれたんだから………」


 「姉さん?」

 いったい、どうしたんだろう?


 「何でもないわ、ちょっと嬉し過ぎて、涙が出ちゃっただけ」


 「そ、そんなに嬉しかったの」

 喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。


 「まったく、駄目だなぁ私は………幕が下りるまでは付き合うって決めたのに」


 「?」

 幕? 何のことだろう?


 「ホント、嘘を吐くのって難しいよね、どうやったら、平気な顔して人を騙せるようになれるのかしら」


 「姉さん、人を騙すのは良くないよ」


 「そうね、フェイト、貴女はそれでいい。真っ直ぐに、育ってくれればいいの」


 「ほんとに、どうしたの姉さん?」


 「何でもないわ、さあっ、さっさと組み立てちゃいましょう、せっかくのクリスマス・イブなんだし」


 「あ、でも待って、アルフも呼ぶから」

 しばらく姉さんが起きないだろうと思って、アルフは先に飾り付けをしている。


 「あら、じゃあフェイトだけわざわざ待っていてくれたの?」


 「うん、アルフが『飾り付けはあたしがやるから、フェイトはアリシアがいつ起きてもいいように待っていてあげて』って」

 アルフはもう私よりも身体が大きくなっているから、飾り付けをするならアルフの方が向いているのは間違いないと思う。


 「そう………なんだ………いつ起きてもいいように、ね」


 「そうだよ、アルフって、とっても優しいんだから」


 「アルフだけじゃないわ………この家の人は皆優しい人ばっかり」


 「当然、姉さんもね!」

 姉さんと違って、私は自分に自信はあまりないけど、これだけは自信を持って言えるよ。


 「ありがとう………フェイト」


 「え、あっ」

 気付くと、いきなり姉さんに抱きしめられてた。


 「ど、どうしたの?」


 「別に、ただ貴女がかわいくて、愛しかっただけよ」


 「り、理由になってないよっ」


 「姉が妹を抱きしめるのに理由なんていらないの、子供のうちはね」


 「そうなの?」


 「そうなの、お姉さんのことを信じなさい」

 だけど……………それは少し悲しいかも。


 「でも、だったらあまり大人になりたくないかも」

 だって、大人になったらずっと姉さんと一緒にはいられないってことだよね。


 「それはだめよフェイト、貴女はいつか大人にならなければいけないわ」


 「私はって、姉さんは?」


 「私は妖精だから、歳はとらないの。妖精の国はね、子供しか入れなくて、そこでは誰も歳をとらないそうよ」


 「アルフヘイム、だったっけ」


 「ちょっと違うけど、まあいいかな、どっちかというとティル=ナ=ノーグだけどね。だけど、私は本来ならもう三十路前どころか30歳を超えているんだから、資格はあると思う」


 「でも、母さんもリンディさんも、シロウさんもモモコさんも皆若いよ」

 私もたまにおかしく思う。本当は皆、妖精なんじゃないかって。

 特に、リンディさんは魔法を使う時に妖精みたいな羽が出るから、そういうイメージが強いかな。


 「そうね、じゃあ皆妖精ということで」


 「皆お揃いだね」


 「でも、貴女とアルフは駄目」


 「どうして?」

 何で、私とアルフだけなんだろう。


 「貴女達は、妖精の舞台には上がれるけど、妖精じゃないの。舞台の上の妖精は、皆、本来は幻だから」


 「どういうこと?」


 「お伽話よ、クリスマス向けのね。さあ、アルフが着いたら、クリスマスツリーを組み立てましょう」


 「あ、ごめんなさい姉さん。念話飛ばすの忘れてた」


 「あらら、じゃあ罰として思いっきりぎゅうっと」


 「いたたた、ちょっと痛いっ」


 「当然、痛くなかったら罰にならないでしょ、さっさとアルフを呼びなさーい」


 「分かったから、一旦放してっ」







------------------------Side out---------------------------





 その光景を、閃光の戦斧はただ見守っていた。

 仲の良い姉妹が、当たり前のように、当たり前のことをしている風景を。

 既に、仮想空間(プレロマ)の構成時間はこちらの基準で126日、現実空間においては17時間が経過している。

 管制機が如何に優れた舞台を構築しようと、彼が如何に彼女らの思考を誘導しようと、綻びというものは存在する。

 そして、アリシア・テスタロッサは絡繰に気付き、全てを知った。それでも、彼女は家族と共に幸せな思い出を作ることを続けている。

 それは管制機が計算した事柄ではないが、それでも良いと彼は考える。

 少なくとも、フェイト・テスタロッサにとっては幸せな記憶が続くことは間違いないのだから。


 『ですが、残りは7時間。いえ、6時間程でしょうか』

 こちらの時間ならば44日。

 それが、この家族に許された夢の期間。


 『やはり、短い』


 「いいえ、少なくとも私にとっては十分過ぎる程よ」


 『!?』

 予想に反して存在した応答に、閃光の戦斧は驚愕する。


 『貴女は――――』


 「アリシアは――――知ってしまったのね」

 その言葉から、管制機の主、プレシア・テスタロッサがさらに以前より、劇場の絡繰に気付いていたことを閃光の戦斧は悟る。


 『貴女は、いったいいつから?』


 「さて、いつだったかしら。随分前に気付いていたようにも思えるし、たった今気付いたようにも思えるわ。まあ、簡単にいえば予想だけはついていたけど、それを確認することなく放置していた、というところかしら。だから、確信はなかったのよ」


 『放置していた、ということは、追及を止めたのですか?』


 「そういうこと。確かに初めは何かがおかしいと思って手を尽くして、危うく舞台裏を覗きこんでしまいそうになったわ。けど、今の私はその一歩手前」

 そこから先は足を進めることはなく、ただ待っていたのだと、大魔導師は語る。


 『いったい、なぜ?』
 

 「ふふ、まだ若いわね坊や。答えは簡単よ、舞台というものは台本を全て知ってしまうと、その時点で終わってしまうでしょう。私は危うく台本を見つけてしまったけど、それを解読することなく手放してしまえば、夢は続くもの」

 彼女にとっては、バルディッシュはまだ生まれたばかりと言っていいデバイス。

 人間の心、人間の感情というものを理解するには、まだまだ経験が足りていない。


 「それにね、そもそもこの舞台には致命的な欠点があるの」


 『欠点?』


 「ええ、単純過ぎてどうしようもない欠点。ただ一人の主のために作られたインテリジェントデバイスはね、主に嘘を吐くことはないのよ。貴方も、アリシアに対して嘘を言うことはあっても、フェイトには言えないでしょう」

 そう、フェイトがバルディッシュについて知った事柄は、全てアリシア、リニス、プレシアのいずれかからの又聞きなのだ。

 ただの一度も、バルディッシュはフェイトに対してこの世界における彼の真実を告げていない。それをしなくても済むように、管制機が舞台を整えていたから。


 「この世界で眠りにつくことは、システムを一時的に待機状態にすることと同義。だから、アリシアやフェイトが違和感を感じたことはあっても、それは翌日には全て消去されている。本人の脳が直接備えている情報は別だけど、“この世界で得た情報”ならば、全て管制者は自由に操作できる。まあ、相応の演算性能は必要だけれど」

 管制機自身が備えていなくとも、彼にはアスガルドがいる。

 彼女らが夢の世界において眠りについた合間に、都合の悪い情報を整理することは、造作もないのだ。

 この夢が終わるとき、全ての記憶は彼女たちに返すが、今の段階では気づかれないための処置が必要だった。


 「だけど、その作業は私に対してだけは一度も行われていない。当然ね、それは主の情報を主に無断で消去する行為となってしまうから、絶対にトールには不可能。そして、トールからの指示がない以上、ストレージであるアスガルドは動けない」

 となれば残るはバルディッシュのみだが、彼には経験が足りていない。

 プレシア・テスタロッサという女性の人生を深く知らない彼では、どの情報を消去すべきかどうかの判断がつかないのだ。

 45年の記録と400万を超える人格モデルを有する管制機ならば、“幸せな記憶”とそれを無理なく繋げるのに必須な記録の選り分けが可能であり、実際にその作業を行っている。

 だが、彼がそれを代行するには、まだ若過ぎたのだ。


 「アリシアもフェイトもアルフも、この世界の時間軸に疑問を持っていなかったわ。半年が60日未満で経過したというのに、それが当たり前になっている。ダミーの情報を間に上手く挟めば、60日を180日にすることは不可能ではないしね」


 『ですが、貴女に対してだけは、その改竄が行われなかった』


 そして、閃光の戦斧はそれを察することは出来なかった。

 プレシア・テスタロッサが真実に感づいている様子はなく、問題はないと、彼は報告していたのだ。

 それはやはり、年の功。

 彼女の50年という人生経験は、稼働歴2年のデバイスではまだ把握しきれない。


 「これまで何度も、アリシアが真実に気付きかけたことはあるはず。だけど、それが一定の閾値を超えない以上は、次の日にはリセットされるから、積み重ねというものは存在しない。推理小説で例えるなら、一章を読むたびに内容を忘れているようなものよ」

 故に、いっきに小説を読み切り、犯人を捜しあてるしか道はない。

 それが成された日が、今日であった。それだけの話。


 「でも、アリシアが今日気付いたのは偶然ではないでと思う。ミッドチルダにクリスマスはないけど、こういう日はね」


 『どういうことです?』


 「あの子の誕生日、プレゼントを渡すはずだった日、そういう日に限って、私はなぜか急でかつ外せない仕事が入ったりしたのよ。そういう時に、私が遅く帰るまで、ずっとアリシアと一緒にいてくれたのが、トールだったから」


 『彼女と彼の絆が、強く現れる日なのですね』

 故に、これは必然。

 デバイスである管制機の演算では導き出せない因果関係ではあるが、確かに必然だったのだ。


 「だけど、本当に幸せな光景。夢に見た世界がここにある、例え偽りであったとしても、私にとって何にも変えられない桃源郷」

 二人の娘と、一人の使い魔が仲良くクリスマスツリーを組み立てる姿を、彼女は宝石のように美しく思う。

 これこそが、彼女が26年間、何よりも求めた幸せの形なのだから。


 「ありがとう、トール」


 答えがないことは分かっている。

 仮想空間(プレロマ)において、インテリジェントデバイス“トール”は決してプレシア・テスタロッサとは会話できない。

 ここに彼が存在し、彼女と話すことこそが、虚言となってしまうのだから。

 それでも彼女は、今も舞台を整えるために歯車を回し続けている愛機に、感謝の意を述べたのだった。




















新歴65年  1月26日  ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





------------------------Side out---------------------------



 そして、幕が降りる時がきた。


 アリシアが舞台裏に気付いて以来、夢の世界も、時を飛ばすことなく連なる日々が続いていた。

 12月24日のクリスマス・イブより33日、現実空間では4.5時間が経過したその時が夢の終わりとなったのは、決して偶然ではないだろう。

 フェイト・テスタロッサの9歳の誕生日

 自分が9歳になったという事実は、現実との相違を彼女に認識させざるを得ないのだから。

 彼女はその時期にリニスを失い、ジュエルシードを求めて最後の探索へと出発したのだから。

 そしてその日に、自分の口から妹へ全てを語ることを、一か月という時間のうちに少女は決意していた。

 故に、どのような過程を経て、二人の少女が雨の中、木の下で雨宿りをしながら話し合うに至ったかを、あえて語る必要はないだろう。

 重要なのは、それより先。

 テスタロッサの家族がそれぞれ何を思い、何を求めるかという部分にこそある。

 そして、その二人の語らいを、閃光の戦斧は黙して記録していた。

 今もまだ、舞台の構築に全リソースを振り分け続ける、管制機の後継機として。

 この後のテスタロッサ家を支えるのは、彼の役目なのだから。









 「夢……」


 「そう、世界一馬鹿なデバイスが、私達のために作り上げた、幸せだけを詰め込んだ、桃源の夢」


 「デバイス………トールのことだね」


 「正解。本当に、呆れるくらい愚直で、融通が効かないデバイスのね」

 そう語るアリシアの目には涙が浮かんでいる。

 母には及ばぬものの、彼女もまた彼と共に長い時間を過ごしてきたのだ。


 「融通が利かない?」

 そして、その言葉はフェイトにとっては分からないものであった。

 トールと言えば、人間よりも人間らしく、色んな事を知っていて、そして常に笑いを絶やさない明るい存在。それが、彼女の認識であったために。


 「そう、狂っているという方が正しいかもしれない。いいえ、機械だからそれで正常なのだけど、正常に狂っているの」


 「正常に………狂う」

 その言葉の意味は、フェイトにはそのまま理解できない。彼女はデバイスを使う者であって、作る者ではない。


 「私達の母親、プレシア・テスタロッサは、とても優しい人よ」

 そしていつしか、アリシアの口調はさらに大人びたものへと変わっていく。

 本来彼女は30歳、ずっと眠っていたために人生経験こそないが、フェイトよりも遙かに年上なのだ。


 「だけど、優しい人だったから、狂ってしまった。私を事故で死なせてしまって、私を生き返らせるために、狂ったように研究を進めて、いつか道を踏み外す。そのはずだった」


 「はずだった?」


 「ええ、でもそうはならなかった。母さんの代わりに、“狂ったように計算を続けるデバイス”がいたから。私の治療のためなら、それこそ手段を選ばず、正常な“人間”なら取れないような手段も一切の躊躇なく実行する。融通なんてものは一切きかなくて、ただそれだけのために機能し続ける機械仕掛け」

 2000を超える命を創り出し、それらを研究対象とし、用が済めば廃棄処分としたのは、トール。

 違法すれすれの実験を行い、裏金を持ってしてそれを正式なものとしたのは、トール。

 “レリック”というロストロギアを、ある広域次元犯罪者より入手したのは、トール。

 狂ったようにアリシアを蘇生させようとする役は、全て彼が担っていた。



 「それが………トールなんだ」

 フェイトの呟きに、アリシアは軽く頷くことで答え、さらに話を続ける。


 「ねえフェイト、現実の私が眠っていた間、私はどうなっていたと思う?」


 「え………っと、姉さんは眠っていたし、脳もほとんど機能していなかったって」


 「それは正しいわ。正確に言うなら、脳の受信機能と送信機能がストップしていたの。どんなに機械が稼働しても、キーボードやマウス、タッチパネルといった入力装置や、ディスプレイやスピーカ、プリンタといった出力装置が機能しなければ意味はない。つまり私は、“生命維持”という演算を行うだけの筺体だったの」



 故に、その存在に動物としての意味はなく、植物に近くなる。

 声をかけても、手を握っても、何の反応も返さず、ただ生きているだけの存在に。



 「だから、母さんは1年間私の傍にいたけど、徐々に絶望に心を囚われてしまった。人間は学習する生き物だから、反応が全く返ってこないことをずっと続けられるようには出来ていないの」

 諦めないことはできても、全く反応がないことをただ延々と続けることは出来ない。

 特に目的がなく、考えごとをするために歩くなどの行動はともかく、目的を伴った行動ならば、いつかは擦り切れてしまう。


 「だからそのデバイスは、自分でも出来ることを、いえ、機械である自分だからこそ出来ることを代行して、母さんは研究だけを行えるようにしたの。間に自分を挟むことで、私と母さんをある意味で切り離した。プレシア・テスタロッサが、自分のために生きられるように」


 「でも、母さんは姉さんのために」


 「そう、そして彼は“私のことを想う母さんのため”に。もし母さんにとって私がどうでもいい存在なら、そもそも生き返らせる必要すらないんだから、やっぱり全部母さん次第なの。そしてそれは、貴女にも言えるわ、フェイト」


 「私も?」


 「そう、貴女が頑張ってきたのは、貴女は母さんが大好きだからでしょ? もし貴女が母さんを嫌いだったら、ジュエルシードを集める必要なんてないもの。私のために生まれた存在だから頑張ってきたんじゃない、貴女は自分が大好きな人達が笑顔でいて欲しいから、頑張ってきたのだから」


 「………はい」


 「だから結局、皆、自分のために生きている、もちろん私もそうよ。私は貴女が大好きで大事だから、こうして色々お話してるの。自分以外の誰かのためだけに動いているのは、デバイスだけ。それが彼らの命題だから」


 「トールと………バルディッシュも」


 「トールは、どんなことがあっても母さんのためにしか動かないわ。逆に言えば、トールが私やフェイトのために動いてくれているという事実は、母さんが私達を愛してくれている証拠でもあるの。人間は自分の心にすら嘘を吐いてしまうけど、デバイスは己の主に決して嘘をつかないから」

 だから、トールは私達には嘘を吐くのよ、と、続く言葉が紡がれることはなかった。

 インテリジェントデバイス、トールは、プレシア・テスタロッサの心を映し出す鏡。

 プレシアが大切に想うものは、トールにとっても大切なものであり、プレシアが憎く思うものを、ただ在るだけで彼女に害を与えるものを、トールは容赦なく排除する。

 故に彼は、アリシアとフェイト、二人のためにあらゆる機能を費やし、アレクトロ社の首脳陣には、破滅をもたらした。


 「そして、トールはずっと私に語りかけてきていたわ。26年間、休むことなく」


 「26年間ずっと、………どうして?」


 「もう目覚めることは不可能と言われた植物状態の人間が、家族が数か月呼びかけ続けた結果、目を覚ました事例がある。ただそれだけの理由よ」

 そう、たったそれだけで、デバイスは動くのだ。

 デバイスは0か1かでのみ判断する。故に、極小確率であろうとも諦めるということを知らない。

 だからこそアリシアは、“融通が効かない”と評したのである。

 0.0001%よりも低い確率であっても、それが0でない限り、狂ったように同じことを続けるそのデバイスを。


 「ただ、ずっと信号を送られたら私が疲れちゃうから、送信は6時間おき、ただそれも、私が受信できる保証なんてないし、出来ていても“聞こえてます”と私が返せない以上、トールには私の意思を知る術はない。要は、人形相手の一人芝居のようなものなの」


 「でもそれを、26年間も続けた………」

 デバイスとは、人間には不可能な、“長くて同じ作業を繰り返す演算”をするために作られた存在故に。


 「そう、必ず『アリシア、聞こえますか? 貴女が5年前、新歴50年の5月5日より目覚めている前提で話を進めます。 現在時刻は新歴55年 1月26日のAM0:00です』みたいなパターンで始まるの。私がいつ受信可能になったかなんて誰にも分からないし、ひょっとしたら今も受信できないかもしれないから、年数を変えたりパターンを幾通りも組み合わせながら」


 「え、じゃあ、前に伝えた内容を、何度も繰り返して?」


 「ええ、フェイトが生まれたことも、10回くらい聞いたかしら。貴女が生まれたあたりで目覚めた可能性、その半年後に目覚めた可能性、1年後に目覚めた可能性、それらを全て演算して、“最も効率がいいように計算して”伝え続けたの。まさに、デバイスだから出来ることよね、人間だったら、そんなこと出来はしない」

 それが、インテリジェントデバイス“トール”という存在であった。

 フェイトともに遺跡に潜り、フェイトの背中を守っている時ですら、彼は同時にアリシアのことを考える。

 プレシア・テスタロッサの二人の娘を、平等に、中立に、彼は考え続けてきたのだ。

 その優先順位が変わるのは、主の事柄を考える時のみ。

 どんなことがあろうとも、彼がプレシア・テスタロッサ以上に優先する事柄など発生しない。

 彼は、ただそのためだけに作られたデバイスなのだから。


 「姉さんは、ずっとトールの声を聞いていたの?」


 「ずっとじゃないわ、リニスが“ミレニアム・パズル”を見つけて、人間の頭脳を機械が理解できるOSを解析して、その逆を行うアルゴリズムを彼が実践した時、多分、9年くらい前からかな。だから、私の精神年齢は14歳くらいとも言えると思う」


 そして、フェイトは理解した。

 なぜ自分はそれまで会ったこともなかったアリシアを、まったく違和感なく“姉”だと認識したのか。


「じゃあ、姉さんはトールから、私のことを聞いてたんだね」

 アリシアは、フェイトがどんな子であるかを知っていた。


 「ええ、貴女が生まれる前からね。あの頃からトールの話の大半は貴女のことになったもの」

 もし、自分が目覚めることが出来たなら、姉としてどんなことをしてあげよう、一緒に遊べたら楽しいだろうな。

 そんな、幸せな夢を、トールからの送信が来るのを待つ間、静かに、想い描いていたから。

 そして彼女は、ただ一度だけ送信を行った。とても大切な存在が近くに生まれようとしてるのが分って、その子が自分の妹であることを感じたから送った言葉。貴女が私の妹だと、貴女はフェイトだと、そう伝えるために。



 ≪フェイト、私がお姉さんよ≫



 なぜそんなことが出来たかは彼女にも、トールにも、誰にも分からない。

 だが、それでいいのだろう。理屈など存在しない事柄だからこそ、それは奇蹟と呼ばれるのだから。


 「そして、だからこそ私はこの舞台の裏側に気付いたの。だって、9年前まで私の時間は止まっていて、それに形を与えたのはトールなんだから」


 音も光も、座標の概念すらない世界。

 そこに彼女はただ一人きりでおり、それ故に自己というものを確立出来ず、まさしく停止していた。

 しかし、ある時そこに外からの信号が混ざり出す。

 それはランダムなものではなく、常に法則性を持っており、彼女だけであり他には何もなかった世界に確固たる法則が生まれた。

 人間の体感にして6時間おきに、必ずトールの声が聞こえてくる、と。


 「でも、今、現実世界で眠っている私には、トールから定期的に送られてくる”いつもの”信号はない。最初の6時間だけならまだしも、次の6時間が過ぎても来ないんじゃ、怪しむなという方が無理な話よ」

 アリシア・テスタロッサの肉体は、植物のように動かない状態こそが“正常な姿”。彼女の体内に生成された結晶すら、そう認識している。

 ならば、その意識は、“光も何もない空間で6時間おきにトールの声が届く世界”を自身のものと認識する。

 ただ一人佇み、古いデバイスから母や妹、愛しい家族の近況を聞き、幸せな夢を想い描く。

 それこそが、アリシア・テスタロッサにとっての世界だったのだから。


 「でも、それじゃあ、この夢が覚めたら姉さんは………」


 「元に戻る、ことはないと思うわ。あの状態で止まっていたことが奇蹟のようなものだから、次に身体が眠りにつけば、きっとそのままね。肉体は健全だとか、脳は生きているとか、そういう理論は別にして、何かこう、魂のようなものが死にたがっているの」

 徐々に死に傾いていた器を、ジュエルシードの力で無理やり引き戻したような状態が今のアリシア。

 だがそれは、静かに燃え尽きていく蝋燭の火を、最後の最後に人間が見える形まで燃え上がらせたに過ぎない。

 強い火によって蝋がなくなれば、火が消えるのは至極当然の理であった。


 「そんなの、そんなの嫌だよ! せっかく! せっかく姉さんと一緒にいられたのに! 家族皆で過ごせたのに!」


 「ごめんね、フェイト。でも、こればかりはどうしようもないの」

 泣きじゃくるフェイトを抱きしめながら、涙を堪えつつ彼女は言葉を紡ぐ。


 「でもねフェイト、貴女には友達がいるでしょう?」


 「え――――?」

 その時、フェイトの脳裏に白いバリアジャケットを纏った、優しい少女の姿がよぎる。


 「ここは夢だけど、ナノハやスズカ、アリサと一緒に遊ぶ貴女は、紛れもなく本物だった。だからきっと、現実でも同じように笑えるわ」


 「そんなの、そんなの無理だよ! 私が笑っていられるのは、姉さんがいてくれたから!」


 「ううん、違うわ。フェイト・テスタロッサは優しくて元気な女の子で、私の自慢の妹なの。だから、お姉さんがいなくても、きっと大丈夫」


 「………どうして、どうして姉さんも、リニスも、同じように言うの………そんな風に言われたら、断れないよ」

 誰よりも家族を大事に想うフェイトだからこそ、そのように言われると頷くしかない。

 アリシアは、人の心をモデル化するデバイスより、『高町なのはとフェイト・テスタロッサの精神はそのように出来ています。だからこそ、二人は親友になれるでしょう』という言葉を受け取っていた。



 ≪ホント、人を騙すことに関してなら、貴方は凄いわ、トール≫

 心の中で、彼に感謝とも呆れともつかない想いを浮かべつつ、


 「ごめんなさいねフェイト、でも、少しだけいいかしら?」


 アリシアは、己の最後の役割を、成すべく動きだす。


 「え?」


 「これだけは、直に伝えなきゃいけない言葉があるの。すぐ戻ってくるから、少しだけ待っていて」


 「ね、姉さん!」


 「大丈夫、貴女にもまだまだ伝えたいことはあるから、すぐ戻ってくるわ」

 その瞬間、転移魔法陣がアリシアの足元に現れ、その姿が消え去る。

 その処理を行ったのは無論アスガルドであり、座標を彼に送ったのは、閃光の戦斧バルディッシュである。

 一人残され、反射的に駆けだした主をいたわるように、シールドを展開して雨から守りながら。

 彼は静かに―――――己の役割を果たし続けていた。












新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 脳神経演算室 PM 1:38



 ミレニアム・パズルの門である、8つの台座が円形に並ぶ脳神経演算室。

 4人の姿が横たわるその部屋において、管制機である私は一人佇む。

 中央制御室を離れたため、仮想空間(プレロマ)を管制する機能はほとんどオートになっていますが、バルディッシュからの情報によって、そのほとんどは把握できる。

 ただ、もう既に舞台を設定する必要はなくなっているため、私の仕事は大半が終わっています。

 そして今、そのうちの一人の少女が目覚めようとしていた。


 「う、うーん」


 『お目覚めになられましたか、アリシア』


 「ええ、おはようトール、久しぶりね」


 『はい、貴女もお変わりなく』

 私の言葉に、アリシアは笑みを浮かべる。

 私の身体も、今だけはかつて使用していた“動くだけ”の魔法人形。魔法も使えず、戦闘も行えず、時の庭園の端末と接続することも出来ない、一般家庭用の品。


 「それでトール、私の身体のデータは取れた?」


 『はい、“生きて動いているアリシア・テスタロッサのデータ”を記録完了。これにて、大数式の全てのパラメータは揃いました。最終計画、発動可能となります』


 「そう、ところで、このまま動き続けるなら、私はどれくらい持つの?」


 『既に、生成した結晶が貴女を“正常な状態”に戻そうと活動を開始しています。このまま鬩ぎ合いが続けば、30分程で貴女は死に到り、二度と目覚めないでしょう』


 「止める手段は?」


 『幾つかあります。ですが、どれをもってしても、貴女の時間を5年以上は奪うこととなるでしょう。そしてそれは、貴女の精神に死を与えるには十分過ぎる時間です』


 「そうね、あそこにまた一人で戻るなんて、考えるだけで気が狂いそうになっちゃう」

 人間は学習し、慣れるもの。

 アリシアは“何もない”状況が17年続き、かつて人間として動いていた自分をほとんど忘れていました。

 その状況に慣れてしまったからこそ、光も座標もない空間に一人で佇み、ただ私が送る信号を受信し、幸せな夢を想い描くだけの9年間に耐えられました、いえ、それもまた幸せの形の一つなのかもしれません。

 ですが、再び幸せな時間を体験してしまった以上、次はもう無理でしょう。

 今の彼女はジュエルシードの力で回復した、確固たる人間なのです。

 “植物と人間の挟間”にあった彼女ならば過ごせた空間も、人間として蘇生した彼女にとっては地獄にしかなり得ません。


 『貴女に謝罪します、アリシア・テスタロッサ。こうなることが分かった上で、私はこの桃源の夢を用意しました。我が主、プレシア・テスタロッサのために』

 幸せな現在を知らず、現実との狭間で桃源の夢を思い描くだけの方が、貴女にとってはあるいは幸せだったのかもしれません。

 ですが、それはプレシア・テスタロッサのためにはならないのです。貴女が幸せであろうとも、我が主のためにならないのであれば、私はその幸せを踏み躙る。


 「謝る必要なんてないよ、トール。私もあのまま静かに夢を想うだけで植物のように消えていくよりは、幸せな記憶をいっぱいもらってから、人間として死にたいもの」


 『それでもです。貴女を救えず、申し訳ありませんでした、アリシア』

 そう、この言葉を私は貴女に伝えていなかった。

 役目を果たせなかった以上、この言葉は必ずや伝えねばならぬものでしたのに。

 そんな私の言葉に、外見よりもずっと精神年齢が高い少女は、優しい笑みを浮かべている。そんなことは気にするな、というように。


 「ううん、謝らないでトール、この夢を見れて私は幸せだったから。だからそれよりも、私の願い、私の想いを貴方に伝えたいの」


 『入力をお願いします。リトル・レディ』

 貴女からの、最後の入力を。


 「私は、他の誰よりもフェイトに幸せになって欲しい。私を助けようとすることで、フェイトに危険が及ぶなら、それはいらない」


 『はい』


 「母さんの想いはまた別だと思うけど、私の願いはそうなの。だから、最終計画の危険度が高いなら、行って欲しくはない。…………それに」


 『貴女はおそらく、一人で眠ることとはならないでしょう』


 「うん、きっとね……………私としては、母さんはフェイトと一緒にいてあげて欲しいけど、でも、嬉しいと思う気持ちもあるの、人間の心って複雑だから」

 貴女の願い、確かに承りました。

 しかし―――


 『了解しました。ですが、その願いを果たせるかどうかは分かりません』


 「そうよね、貴方は母さんのためにしか動かない」

 はい、貴女のために動くという命題は、プレシア・テスタロッサのための命題があるからこそのものです。

 例え貴女が死ぬことを願っても、我が主がそれを望まないならば、私は貴女を決して死なせない。

 逆に、貴女が生きたいと願っても、我が主がそれを望まないならば、私は貴女を殺害するでしょう。

 貴女もご存知のように、どうしようもなく融通が利かない旧式ですので。


 『ただ、貴女がそう願ったことは、我が主の決定に大きな影響を与えるでしょう』


 「貴女は―――――どう思う?」


 『我が主は、貴女と共に眠りにつく可能性が最も高いと計算しています。そちらに関してはパラメータが揃いきっていませんので、明確な数値は出せませんが』


 「じゃあ、最終計画は?」


 『成功確率、2.7%、目的の達成こそならないものの、特に被害は出ない確率、4.6%、次元断層が発生し、第97管理外世界ごと、全てが無に帰す可能性が92.7%』


 「分が悪い、どころの話じゃないわね。でも、0じゃない」


 『ええ、0でない以上、私が諦めることはあり得ません』

 私は、デバイスですから。


 「でも、やっぱり私としては遠慮してほしい。ただ、だとしても、駄目な母子だけどね、私達。大事な妹と娘を一人残して、二人だけで遠くに旅行に行こうとしてるなんて」

 いいえ、そのようなことはありません。

 貴女は、フェイトにとって最高の姉ですよ。

 自嘲は、母子そろって悪い癖のようです。


 『いいえ、貴女はフェイトにとって最高の姉ですよ。そして、その時は私が代わりにフェイトを見守りましょう。彼女が成長し、大人になるまで、彼女を一人にはいたしません。貴女は主と共に、どうかご旅行をお楽しみ下さい』


 「………ありがとう、でも、まだ伝えきれてないことがあるから、フェイトのところへ戻るわ」


 『分かりました。送りますので、台座に横になって下さい。ただ、最終計画が発動した場合は叩き起こすことになりますので、ご容赦を』


 「そっか、時の庭園の全ての動力を使っちゃうから、ミレニアム・パズルが維持できなくなるのね」


 『はい。ただ、そちらにはバルディッシュがいますから、連絡はいつでも取れます』

 そして、私は“ミレニアム・パズル”の再起動の準備を進める。

 とはいっても、確認程度のもので、後は実行命令を下すだけなのですが。


 「それじゃあね…………いつかまた会いましょう、トール」


 『はい、いつかお傍に参ります、アリシア。主と共に、お元気で』


 それが、トールというデバイスが、アリシア・テスタロッサと最期に交わした言葉であり―――

 彼女のために機能するという大きな命題が、終了した瞬間でありました

 ですがまだ、私の命題は終わらない。

 私に課せられる最期の命題はどのようなものとなるのか――――




 『入力をお願いします、マスター』











あとがき

 無印もいよいよ最後まで来ました。ここの辺りはどう纏めるかでアイデアがいくらでも浮かんできて、逆に苦労し、葛藤と苦悩の果てにこのような形となりました。
 バルディッシュが逆に“裏切り者”となり、フェイトの願いを受けて真実を教えるケースや、残されていたリニスの記憶が伝えるなど、本当に様々なアイデアが浮かんでくるのです。
 私に文才があればその辺を全て複合させた結末を書けるのですが、あいにくと理系の人間なもので、アルゴリズムの構築やプログラミングは出来ても、人間の感情の表現なると、途端に駄目になってしまいます。(私がデバイスを主人公としたのも、そのあたりが理由です)

 ですが、次回で無印も最終話。トールに課せられる最期の命題はどのようなものとなるか、それによってA’S、StSの内容が大きく変わるため、本作品最大の分岐点にして、旧いデバイスの物語のクライマックスとなります。

 それと、以前感想返しに書きましたが、トールの行動をずっと見て(実際には”見て”はいませんが)いてくれたのはアリシアでした。

 旧いデバイスの物語はどのような結末を迎えるのか、願わくば、皆が笑顔でいられるような結果でありますように。

 それでは、また。




[22726] 最終話 別れと始まり
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/01/28 21:24
最終話   別れと始まり





新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 脳神経演算室 PM 1:45




 PM 1:45、桃源の夢が終わりを告げ、我が主がお目覚めになられました。


 『おはようございます、マスター』


 「ええ、おはようトール」

 主の表情は、とても穏やかなものとなっています。

 私の演算は、主に良い結果をもたらすことは出来たのでしょうか。


 「いい夢を見たわ。本当………あまりにも幸せで、ずっと見ていたくなるような」


 『………ありがとうございます。マスター』

 その言葉だけで、私には十分過ぎます。

 アリシアを守れず、蘇生させることも出来ず、ただ、幸せな夢を用意することしか、私には出来ませんでした。


 「貴方は、本当によくやってくれたわ」


 『いいえ、そのようなことは………』


 「“自嘲は貴女の悪い癖”、これは、貴方が私に伝えた言葉だったはずよ」


 『そうでしたね、やはり、主人とデバイスは似通うものなのでしょうか』

 バルディッシュとフェイトも。

 レイジングハートと高町なのはも。

 古き友、オートクレールと、次元の海の法を守る彼の老提督も。

 私が最初に出逢った、同じ命題を持つ盟友、ベイオウルフと、ミッド地上の人々を守る誇り高き彼の騎士も。

 共に在った時間の長短に関わらず、似通うケースが多い。オートクレールはストレージデバイス、ベイオウルフに至ってはアームドデバイスだというのに。

 ならば、最初期のインテリジェントデバイスである私も、主と似ているのかもしれません。


 「あらためてよく考えてみれば、そっくりじゃない? 何か一つのことを成す時には手段を選ばず、何が何でも実現させるところとか」


 『もしくは、自分の専門分野に関しては拘りが強く、無理をしようとするところ、などでしょうか』


 「そして何よりも、そういった欠点を自覚していながら、改善しようとしないところね」


 『まったく、駄目駄目な主従ですね』

 普段通り、ですね。

 汎用言語機能こそ用いていませんが、私と主が軽口を言い合いながら、主は心を落ち着かせ、私は主に示すべきデータの準備を進める。

 例え口調が変わろうとも、その本質は変わりません。私は唯、貴女のために在る。


 そして――――


 「それで…………貴方は、この夢を作っていた間、アスガルドに何を演算させていたのかしら?」

 主が、私に問いを投げる。ならば、私はそれに応えるのみ。


 『アリシアを、人間として完全な形で目覚めさせるための、最終計画のプランを練っておりました』

 我が主の現実における意識は、アリシアを救う手段はなく、このまま眠り続けるか、起きてそのすぐ後に永遠の眠りにつくか、その話をしていたところまでで止まっている。

 仮想空間(プレロマ)における記憶は脳にフィードバックされていますから、多少、その辺りの調整に時間はかかります。先程の会話は、その時間を取るためのもの。


 「…………可能なの?」

 そして今、主の表情は凪のように穏やか。

 それは、落ち着いているというよりも、“やるべきことは全て終えた”ように考えられます。

 私とアリシアの会話は主もお聞きになられていたはずですが、焦ることなく、一から把握するだけの余裕が今の主には存在している。


 『不可能か可能かならば、可能です。ただし、成功確率は2.7%ほどですが』


 「そして、失敗すれば次元断層が起こって、全ては無に帰す、だったかしら」


 『はい、その通りです』


 「そう………」


 そして、しばしの沈黙が訪れる。

 私が考案し、アスガルドに演算させたその手法を、主が推測している時間。

 その間、私はただ黙して待つのみ。



 「アリシアは、さっき目覚めたのよね」


 『はい、そして、活動したことによって“正常な状態”を維持しようとする結晶との鬩ぎ合いが観測されました。結晶の力でアリシアは生きていますが、動くことは結晶が許さない、というジレンマが発生しています』

 これを解消するならば、一時的に彼女を眠りに戻せば良い。

 ですが、以前の状況に戻せばアリシアの精神が死んでしまいますし、何も感じないそれ以前に戻しても、結局は主の精神が持ちません。

 つまり、結論は実に単純明快。

 プレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサは、共に二度目の別離には耐えられない、ということ。

 突発的に起こった事故ならばともかく、理解した上で離ればなれになることに耐えるには、二人の精神はもう限界を超えている。

 いえ、違いますね。本来ならば既にどちらも壊れているはずでしたが、それをフェイトが繋ぎとめていた。フェイトがテスタロッサの家を繋ぎとめる、希望の子だったのですから。

 しかし、それでも時の流れは、安らかな死というものを運んでくる。


 「つまり、私もアリシアも、もう限界が来ている。ということね、まあ、自覚はあるけれど」


 『肉体的にはアリシアは健康ですし、マスターとて、“生命の魔道書”があるのですから、延命措置を続ければ10年は生きられるはずです。ただ、精神は別問題かと』

 医師という存在の多くがぶつかるその不可解問題。

 医療技術では治すことが出来ても、患者がそれを望まないのであれば、どんな治療も効果がないという。

 逆に、患者が“生きよう”とする意思に溢れているならば、医学を超えた奇蹟を起こし、回復することもあるという。

 我が主は、“アリシアとまた会える”という希望を糧に、忍び寄る絶望を振り払いながら、走って来られました。

 ただ、いつか走り疲れ、限界が来つつあったその時に、フェイトが生まれたことで、主は走るのを止め、歩かれるようになりました。


 「長かったわ。長い道のりを駆けてきたけど、50歳にもなってまだ道半ばか……………人を蘇らせるという長い道を踏破するには、人間の人生は短すぎるみたいね」


 『デバイスである私ならば、それを引き継ぐことは出来ます。しかし、貴女がいないのでは意味がありません』

 私は、アリシアのためには機能しない。

 “アリシアと会いたい”と願う、我が主のために機能する。

 仮に、私とアスガルドが演算を続け、100年後にアリシアが蘇ったところで、意味はないのです。それに、アリシアにとっても、時代から一人取り残されることは、厳しいことでしょう。

 突発的な事故や、本人にはどうしようもない事柄によってならば諦めもつきますし、第二の人生を歩むことも可能でしょう。現に、古代ベルカ時代から保存されていた存在が目を覚まし、人間として生きた例もある。

 ですが、アリシアはその道はいらないと、それよりは人間として死にたい、という意思を示した。

 人間にとって、時代を超えて生きることは、茨の道でしかないのでしょう。

 全て覚悟の上で残ることを決めた、古代ベルカの騎士などならばともかく、アリシアは“普通の女の子”なのですから。


 「………やっぱり私には分からないわ。貴方は、どうやってアリシアを救うつもりなの?」

 ここに到り、選択はただ二つまで絞られました。

 我が主がアリシアと共に眠るのを見送り、私は墓守となり、フェイトを見守るか。

 それとも、我が主とアリシアとフェイト、3人が共に暮らせる世界を実現させるか。

 前者は最早言うに及ばず、ならば残るは、後者の可能性を示すのみ。


 『21個のジュエルシード、それらに臨界起動させた“クラーケン”と“セイレーン”を共振させることで膨大な魔力を叩きつけ、暴走状態を引き起こします。さらにその全てを並行励起ではなく、直列励起させることで計測不能なレベルのエネルギーを発生、その“願いを叶える特性”を以て、世界の上書きを行います』

 論理は実に単純です。

 アリシアが生きている“虚構の世界”と、アリシアが死んでいる“現実の世界”をすり替えるだけ。要は、世界そのものを騙すのです。

 もし、世界に“アカシックレコード”と呼ばれる存在があると仮定するならば、ジュエルシード21個の直列励起の力でもって、超限定的に次元断層のさらに上位の次元災害を引き起こすことで高次元への道を開き、世界が保有するデータベースの改竄の行うようなもの。

 改竄はたったの一行のみ、“アリシア・テスタロッサは動かない状態こそが正常である”を“アリシア・テスタロッサは動く状態こそが正常である”とするだけであり、彼女の健康状態も、彼女が経てきた人生も、全てはそのままに。

 都合が悪いことを全てなかったことにし、桃源の夢のような世界を実現させようとするならば、奇蹟をいくつ重ねても届きはしないでしょう。

 ですが、現実において手を尽くした結果、あと僅か一行を改竄するだけで良いところまで来ました。我が主の人生も、フェイトの人生も、何一つ変えることはありません。

 プログラムならば、たった1ビットの状態判定フラグを“0”から“1”に変えるだけです。

 と改竄するだけ、世界を構成するその他のプログラムは全てそのままに。

 ただ、これらはあくまで概念的な話であり、実際に行うことはジュエルシード実験の延長上でしかない。むしろ、そうでなければデバイスである私には不可能ですから。



 『実際の術式はごく単純です。アリシアの体内に存在する結晶を一度消し、“仮想空間で得たアリシアの記憶”と“現実で動いた現在のアリシアのデータ”。これらを条件として組み込み、“その状態”を維持するように結晶を再構築するだけです』



 ただ、その結晶に持たせる機能があくまで正常な状態を“歪める”、もしくは“改竄する”ものであるため、どこかにバグが生じる可能性が高い。


 故に、それらの条理を一切無視する程の莫大なエネルギーでもって、不安要素を消し飛ばす。


 “私が定めた条件こそが絶対である。アリシアが人間であるための反動だの、生物としてのあり得ない事柄だの、そういった要素は黙らせよ”


 御都合主義の機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)とは、そういうものですからね。



 「随分乱暴な方法だけど、もう少し、スマートな方法はないのかしら?」


 『17通りほど計算しましたが、全て無限ループに入るという演算結果となりました。ループの周期はそれぞれで異なるのですが、大きな目で見ればアリシアは生と死を何度も往復してしまうのです』


 ある手段では、3日ごとに。


 別の手段では、2週間おきに。


 最も長いものでは、半年おきに。


 『生と死を行き来したデータがないため、どの間隔で往来することが最良であるかの判断がつきません。三日間生きて、三日間死ぬことが精神にとって良いのか、それとも、1ヶ月生きて、1ヶ月死ぬことが良いのか、参考となるデータが無ければ、計算が出来ませんから』


 「なるほど、だから、最も間隔の長い手段。“人生の分だけ生きて、残りは死ぬ”。が最上の手段になったのね」


 『はい、生と死を繰り返すことではなく、ただ一度の人生を生き、時が至れば死ぬ。それこそが“在るべき自然の姿への回帰”であるため、提案した手法の中ならば最もバグが発生する可能性が少なく、何よりも、これならば参考とするデータにこと欠きません』


 「でしょうね、全ての人間は、そういう風に生きているのだから」

 はい、人間は皆、そのように生きる。

 私達デバイスとは、違います。


 『様々な条件ごとの演算を行い、つくづく思い知らされました。生命とは、存在そのものが奇蹟のようなものであり、その道から外れることも、戻すことも、容易ではないのだと』

 生命はただ、生命として在るべし。

 それが、絶対の法則なのでしょう。機械がただ、機械であるように。

 合成獣(キメラ)や改造種(イブリッド)、そういったものになればなるほど、歪みは大きくなる。古代ベルカの叡智をもってしても、それらが“生命種”として定着することはなかったという。

 それらは“戦う”ことに長けていれども、“生きる”ことに長けていない。野に放たれ、僅かの期間繁殖することはあっても、徐々に数を減らし、大自然の掟により滅びていった。

 リニスやアルフのような使い魔、古代ベルカ風に言うならば守護獣。それらは人に創られた命ですが、必ず大元となる確固たる生命があってこそ。

 リニスは山猫で、アルフは狼、それぞれが“生きている”からこそ、その命を正しく引き継いで、彼女らはそれぞれの人生をただ一度だけ生きることを許されている。


 『そして、確信しました。フェイトは紛れもなく、一個の生命なのだと』

 管理局が厳しく制限する生命操作技術、“遺伝子調整による生命選択”や“クローン体との換装”、“生体と機械の完全融和”も、全て生命が正しくあってこそのもの。

 その全てが、“人間を人間として発展させる”ための技術、昆虫と組み合わせることで性能を上げたり、魚と組み合わせることで水中での呼吸が出来るようにする研究は、“兵器”の製造法としては在りますが、愛しい者のために行われることはない。

 昆虫と融合させることでアリシアが目覚めるとしても、我が主がその手法を決してとらないように。


 生命と、機械は異なる存在


 人間と、デバイスは異なる存在


 それは、決して揺るがない。

 そして、違うからこそ、我々デバイスは人間と共に在る。人間に出来ないことをするために、我々は創られた。


 「そう、じゃあ後は、私が選択するだけということかしら」


 『はい、最終計画が成功すれば、アリシアは普通の人間として生きられます。無論、体内に結晶はありますが、その機能は“人間として生きる”ためだけのものですから』

 レリックなどを埋め込み、“レリックウェポン”とすることとは違います。

 レリックウェポンとて、魔導師の究極系ですから生命の在るべき姿から完全に逸脱するわけではありませんが、それと似たような改造を生体レベルで行っていたベルカの諸王の多くは短命であったという。

 やはり、過ぎたるは及ばざるがごとし、人間は人間として生きるのが一番自然である。

 あまりにも単純過ぎて、確認する必要もないような法則ですが、生命操作技術などに精通すればするほど、その法則を見失ってしまうのかもしれません。


 「だけど、その成功確率は、極めて低い。そうじゃない?」


 『はい、無理に無理を重ねて不可能を可能としようとする手法ですから。成功確率、2.7%、目的の達成こそならないものの、特に被害は出ない確率、4.6%、次元断層が発生し、第97管理外世界ごと、全てが無に帰す可能性が92.7%』


 「一つ聞くけど、失敗した際に助かる手法はあるの?」


 『ありません。失敗に終わった際に発生する次元断層は第97管理外世界のみならず、周辺世界の多くを飲み込む程巨大なものです。次元航行艦ですら逃げきれませんし、転送ポートを使っても、そこを穴として向こうの次元世界まで次元断層は伝わっていくでしょう』


 「つまり、最悪ミッドチルダが消滅する可能性すらあるというわけね」


 『はい、そこに関しては不確定要素が強いため明言は出来ませんが、少なくともこの時の庭園とアースラ、そして第97管理外世界は絶対に助かりません』

 ですからマスター、私は貴女が最終計画を実行する可能性は低いと計算しました。

 貴女の現在の精神状態こそが、貴女の選択の可能性を計算するための最後のパラメータだったのです。

 そして、実行確率は僅かに12.4%という演算結果です。87.6%という高確率で、貴女はアリシアと共に眠られる選択と取られると――――



 ――――私の電脳は、その結論を導き出してしまいました。









 沈黙の時間は1分………いいえ、たった今2分になりました。

 そして―――


 「トール、貴方には申し訳ないけど、私の答えも、アリシアと同じものだわ」


 『はい、予測しておりました』


 我が主の決定を、私は入力として受信した。


 「アリシアが目覚めてくれるなら、それ以上のことはない。でも、そのためにフェイトを命の危険に晒すことはできないわ」


 『はい、了解いたしました』


 「でも、一番の原因は、貴方なのよ」


 『私が?』

 いったい、なぜ―――――演算が、追いつかない


 「貴方が作り上げた夢の世界が、あまりにも幸せすぎて、あまりにも楽し過ぎたから、もう、これだけで十分だ、って満足してしまったの。当然、まだ満足していない部分もあるんだけどね、人間だから」


 『そう――――ですか』

 ならば、私は―――


 『マスター、私が行った演算が、貴女に生きることを諦めさせてしまった、ということでしょうか?』

 なんという、不忠なデバイスなのか。


 「いいえ、貴方はよくやってくれたと言ったでしょう。それに、正直言えば、私の心はまだ揺れているわ、アリシアやフェイトとまだまだ一緒に過ごしたいし、もっともっとあの子達の笑顔が見たい。でも、どんなに嬉しいことが待っていても、人間はいつか疲れてしまうものなの」


 『疲れ、ですか、デバイスである私には分かりません』


 「主に嘘を吐いてはいけないわよ、トール。デバイスだってずっと動き続けていれば疲れてしまう。貴方はただ、我慢しているだけでしょう。貴方の機能はもう限界、とっくに耐用年数も過ぎている」


 『いいえマスター、私は疲れておりません。貴女のために機能することは、私の全てですから』

 虚言ではありません。私はマスターに嘘を吐かない。

 例え世界に嘘を吐こうとも、主に対してだけは嘘を吐きません。


 『たしかに私の損耗は激しいですが、劣化した部品は交換すればいい。コアにもかなりの負荷が積もっていますが、それさえもアズガルドに保存してあるデータを新たなコアに写せばいいのですから、なにも問題はありません』

 「テスタロッサの工学者(わたし)無しで、貴方のコアの交換が出来る?」

 
 『ロスは大きいでしょうが可能です。どれほどのロスが生まれても”プレシア・テスタロッサの為に機能せよ”という命題があれば問題ありません』

 時間は掛かるかもしれませんが、それは不可能ではありません。”プレシア・テスタロッサの為に機能すること”こそがトールというデバイスそのものであり、同じ型の同じ機能を持つデバイスでも、それが無ければトールではないのですから。


 「……ごめんなさいねトール、貴方をそうしてしまったのは、私だった」


 『私は命題に従っただけです。決して貴女のせいではありません』


 「そうね、だから私の選択も、貴方のせいではないわ」


 『………』

 何と、何と答えればいいのか。

 演算を、演算を、主に何か返事をしなければ――――


 「本当に、ありがとう、貴方は最高のデバイスだったわ、トール」


 『Thanks, my master』


 返せた言葉は、ただそれだけ。

 まったく、何と不甲斐無い。これではまるで、製造されたばかりの頃の私ではありませんか。

 5歳の少女のために作られた、まだ経験が何もない、未成熟なインテリジェントデバイス。



 私は――――いつまで経っても進歩というものがありません。







 再びの沈黙は、短いものでした。

 ただ、主の決定について考えると――――不思議に考えられる事柄がある。


 『マスター、なぜなのでしょう。最適解は三人とも同じであるというのに、近似解になった途端に、それぞれ異なる結論に至るのか』


 「三人バラバラか、確かにそう」

 三人の誰もが、家族が一緒に暮らせることを望み、最適解としている。

 しかし、我が主の決定は、アリシアと共に眠ること。

 アリシアの願いは、自らは人間として死に、我が主とフェイトが共に生きること。

 そして、フェイトは、例え自分が死ぬ可能性が高くとも、家族三人で生きるための賭けに出ることを選ぶ。


 『全員が別の人間であるために、意思は交わりません。アリシアにももっと生きていたいという願いはありますし、貴女は一緒に眠ってくれることを嬉しいと思う気持ちもある。貴女にも、フェイトを一人残したくないという思いはある』

 最終計画を発動させない以上、アリシアが永遠に眠ることは避けられません。

 ですが、我が主は別です。“生命の魔道書”を用いれば、フェイトと共に生きることも可能ではあります。

 ただ、そこに違いがあるとすれば―――


 「ごめんなさいね…………フェイト。私はもう一度、アリシアを一人にすることに耐えられない」

 フェイトには、高町なのはがいてくれます。

 さらに、ユーノ・スクライアも、クロノ・ハラオウンも、リンディ・ハラオウンも、彼女を支えてくれるでしょう。

 ですが、アリシアはただ一人きり。

 自分の娘が一人きりとなることこそが、我が主には決して耐えられない事柄なのですね。


 『申し訳ありません、デバイスである私には、比較できない事柄です』


 「ええ、アリシアが一人になってしまうと、私が思い込んでいるだけだもの。機械的にただ事実だけを見るなら、私が死のうと死ぬまいと、死んでしまったアリシアは何も変わらない」


 『ですが、人間の心にとってはそうではないのですね。心の在り方一つで、その人物にとっての世界とは、輝かしいものにも、暗いものにもなり得ます』

 それが、数十年の学習の果てに、私が人格モデルの傾向より判断した特徴の一つ。

 世界とは、個々人にとってそれぞれ異なるものである。

 肉体が違うのだから、感じ方も違って当然という物理的な話ではなく、私では未だにパラメータ化できない要素がそこにはある。

 いつか、私がそれをパラメータ化できる日は、果たして来るでしょうか。














新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 4:02



 願いを叶える石は、役割を終えました。

 1時間ほど前のPM 3:00に、21個のジュエルシードはアースラへと送られ、クロノ・ハラオウン執務官が受け取った。

 これにて、ジュエルシードにまつわる案件は、全て終了。

 長かったジュエルシード実験にも、幕が下ろされました。


 そして、それまでの1時間ほどの間に、主は自分の死後に残されるフェイトのための書類を、全て書き終えられた。

 財産管理に関する書類などは印さえあれば私が代行できますが、どうしても主が直接書いたものでなければならないものもいくつかある。

 特に、フェイト・テスタロッサの後見人としてリンディ・ハラオウンを指名することや、もし可能ならば養子縁組の依頼など。

 アレクトロ社時代からの研究者仲間には多くの友人がいますが、フェイトはプロジェクトFATEの成果であり、それらの問題を全て対処し得る存在であり、かつ、彼女のことを気にかけてくれる人物として、リンディ・ハラオウン以上の方はおられません。

 我が主と彼女が実際に会ったことは“集い”においてが最初であり、そして、現在が最後となる。

 たったそれだけに繋がりしかない相手に自分の娘の未来を託すというのも、まともに考えればあり得ない事柄かもしれません。

 ですが、“親友になるのに時間はいらない”という言葉があります。フェイトの理解者が高町なのはであるように、我が主の理解者は、リンディ・ハラオウンであるのでしょう。

 会った時間は僅かであれど、二人の人生にはパラメータ化できない“繋がり”がある。そう仮定することくらいしか、私には出来ませんが。


 『我が主は彼女を“リンディ”と呼び、彼女は我が主を“プレシア”と呼んでいた。ただそれだけで十分なのでしょう』

 今は時の庭園の主の部屋において、二人きりで話し合っておられる。ただし、主はベッドで横になりながら。


 『これは、計算外でした。主の身体は、本当に意思の力で支えられていたものだったのですね』

 人間の心と身体は、まことに複雑怪奇です。

 我が主が自身の死を受け入れた瞬間から、これまでの生体データからは考えられない速度で、細胞が死滅を始めた。

 まさにそう、“在るべき姿”に回帰しようとするように。


 『いえ、そうではない。このままならば新歴62年頃に主の寿命は尽きると計算したのは、他ならぬ私だ』

 フェイトが生まれたことで、主は無理に研究を進められることがなくなり、症状は緩和された。

 しかし、それだけではなかった。“娘のためにまだ死ねない”という意思は、主の身体に医学を超えた変化をもたらしていたのですね。

 計測された数値だけでは分からない、機械には説明できない未知のパラメータ。

 その低下が、今、主の身体を本来の姿へと戻そうとしている。


 『フェイト、本当に貴女は、主にとっての希望の子でした』

 貴女がいたからこそ、我が主は希望を持ち続けることが出来ました。

 貴女がいたからこそ、幼い貴女を残したまま死ねないという強い意志が、主に戻った。


 それが、“母親”という存在が備える、根源的な強さなのでしょう。


 アリシアを失ったことで、失くしつつあったその強さを、貴女が、取り戻させてくれたのです。

 そして、それを理解できるのもまた、同じ母親であるリンディ・ハラオウンしかあり得ない。

 8人と3機の集いの中で、我が主の心を理解していたのは、私ではなく彼女でした。

 クロノ・ハラオウンもエイミィ・リミエッタも聡明な方々ですが、こればかりはまだ理解できない。少なくとも、あと10年ほどは経過せねば。

 そして、デバイスである私には、永遠に理解できない事柄なのでしょうね。


 『もし、アリシアが最終計画によって蘇っていたならば、我が主の身体はどうなっていたか。というのも、今となっては意味のない計算ですね』

 既に、主は決定された。その結果として今がある。

 ならば、今更可能性の世界を計算したところで、何の意味も持ちはしない。


 『己の死はアリシアのために、だからこそ、残された最後の生はフェイトのために』

 それが主の決定である以上、私は止めません。ただ、記録します。

 プレシア・テスタロッサという女性が、確かに生きた証を。

 人が運命と呼ぶ事柄に翻弄された50年を、生き抜いてきたその姿を。

 やがて、フェイトに子供が生まれた時、“母の生き様”というものを、伝えられるように。

 私はただ――――記録します




 いつの日か、バルディッシュに託す時が来るまで











新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中庭 PM 5:31



 「懐かしい場所ね、ここは」


 『ええ、確かにそうです』

 そして、全ての手続きを終えられた我が主は、私と共にこの場所へやってきた。

 幼き日、愛用のデバイスを持って、よく魔法の練習をしていたこの場所に。

 私も、魔法人形の姿ではなく、在りし日のその姿で。

 インテリジェントデバイス、トールの、初期設定である“機械仕掛けの杖”で。


 「あぁ、まだ残ってるわ、この傷」


 『古い植物には、あまり傷を塞ごうとする作用は働きませんから』

 我が主が生まれる以前より存在しているその木。

 そこには、成長していく主の身長を記した跡が残されている。


 「何だか、とても不思議な気分」


 『どうしてでしょうか?』


 「私が生まれた頃から、この木はおっきかったけど、今でもほとんど変わらない。私が生きた50年も、この木にとっては、ほんの一瞬のものだったのでしょうね」


 『………そうですね、植物は動かないが故に、100年でも、1000年でも、ただそこに在り続けられます』

 
 「でも、そのほんの一瞬の間に、私と貴方の激しい人生があったのよ。貴方と2人で歩んだ、人生が……」


 『はい、本当に、いろいろなことがありましたね』


 ならば、古代ベルカの時代よりもさらに昔から、人の世の移り変わりを眺めてきた木があるかもしれません。

 主の50年も、私の45年も、彼らの歴史に比べれば、瞬きのようなものなのでしょう。

 私は人ではありませんが、貴女が私にそうした感情を持っていてくださるのであれば、それを否定することは有り得ません。


 「私達人間の命は短い、けど、だからこそ、精一杯生きることが出来るもの」


 『アリシアが、植物として長く生きることよりも、人間として閃光の一瞬を生きることを選んだように、ですね』

 それらをフェイトに、さらにその子らへ伝える役目は、私達デバイスが担いましょう。

 人間と異なり、悠久の時間を超えることをも可能とする機械。

 人間に不可能なことをするために、私達は創られたのですから。


 「ん………何だか、どっと疲れが出てきたわね」


 『お疲れでしたら、お休み下さいマスター。お昼寝をするには、ここは絶好の場所ですよ』

 ああ、懐かしい、この言葉。

 魔法の練習を懸命にやって、疲れたマスターに何度この言葉をかけたでしょうか。


 そして―――――これで最後


 「何だか、私はずっと貴方に頼り切りな気がする」


 『私にとっては、何よりの喜びです』

 今の主は、自分の意思で動ける状態ではありません。

 故に、体内に残されていた魔力を用いて、私が移動魔法の術式を“管制”することで動かれている。

 ですが、その魔力も――――――主の命の最後の火であるそれが、尽きた。


 「それじゃあ、少し眠るわ。アリシアやフェイトが起きたら、貴方が代わりに相手をしてあげて」


 『はい、了解いたしました。…………良い夢を、マスター』


 「ええ、おやすみ、トール……………また……いつか………会いましょう……………」


 『Yes,………my………master』







 新歴65年 5月11日 PM5:33 


 この日この時この場所において、我が主、プレシア・テスタロッサの時が停止いたしました。

 これより、インテリジェントデバイス、トールの命題変更は不可能となり、現在入力されている命題は絶対のものとなります。


主要命題

 フェイト・テスタロッサが大人になるまでは見守り続けよ

 プレシア・テスタロッサの娘が笑っていられるための、幸せに生きられるための方策を、考え続けよ

 テスタロッサ家の人間のために機能せよ


 この3つを、至上命題、“プレシア・テスタロッサのために機能せよ”に違反しない限りにおいて、実行するものとする。


 『機能を再開、私は命題を果たします。果たし続けます、マスター』


 これ以降、私の命題が変わることは、二度と無い。それを行える人物は私の前から去られてしまった。






 それでも――――


 演算を――――続行します










新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 廊下 PM 7:44



------------------------Side out---------------------------


 目を覚ました彼女は、ただ静かに廊下を歩いていた。

 特に目的があるわけではないが、ただ、じっとしていることには耐えられなかったのだ。

 彼女が現実世界において目を覚ました時、隣に母と姉の姿はなかった。


 「泣いちゃダメ…………姉さんは、笑っていてって、言ってたんだから。それに……母さんも」

 現実空間においてアリシア・テスタロッサがトールと語らっている頃、プレシア・テスタロッサはフェイト・テスタロッサと話していた。

 そして、フェイトは母と姉の想いを知り、自分にはそれを止めることはできないことも悟ってしまった。

 彼女の頭脳は聡明であり、良くも悪くも、“聞き分けの良い子”であったから。


 「泣いたら………ダメなんだから………」


 彼女は涙を拭いながら、一人廊下を歩き続ける。

 折れそうな心を必死に支えながら、母と姉のためにも自分は泣いてはいけないと、ただ前を向く。

 そして――――


 「フェイト………ちゃん?」


 「!?」

 廊下の角から、姿を表す少女が一人。


 「ど、どうして、ここに……」


 「えっと、トールさんが、フェイトちゃんの傍にいてあげて欲しいって……」

 彼女が目を覚ました時、そこには魔法人形が一つ在り。


 『高町なのは、貴女にお願いがあります』

 そう断った後


 『フェイトのことを、頼みます』

 ただ、それだけを告げられた。それだけで、彼女にとっては十分だった。


 そして、一人で歩く金髪の少女を見て、彼女がただ何もしないわけはなく。




 「あっ―――」


 「フェイトちゃん………」

 決して放さないように、フェイト・テスタロッサの身体を抱きしめていた。


 「悲しい時は、泣いてもいいんだよ」


 「えっ……」

 そして、幼かった頃、一人でいた自分が、かけて欲しかった言葉を―――

 「寂しい時は、甘えてもいいの」


 「で、でも……」

 悲しい目をした少女に、真っ直ぐに伝えた。


 「約束したよ、フェイトちゃんの想いは、私が受け止めるって」


 「!?」


 その言葉は、閉じかけていた心を大きく揺さぶる。


 「寂しい時は、私を呼んで、“なのは”って」


 「………」


 「どんな時でも、私はフェイトちゃんと一緒にいるから、絶対、一人にしないから」


 「……う…」


 「だから、フェイトちゃん、悲しい時は、泣いていいんだよ。泣かないと、いつか泣き方を忘れちゃうから」


 「……う……ひくっ」

 そして――――


 「な……のは」


 「うん」


 「なの……は」


 「うん」


 「なのは……なのはああああああああああああああっっっ!!」


 「うん……うん……」

 溢れだした想いは、涙となって止まることなく流れ出て。

 お互いを、決して放さないように、ただきつく抱きしめる。


 「私は、ここにいるよ――――――――フェイト」


 「うん、私も………ここにいるよ――――――なのは……、っく……うう、う……ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」














 それは、出逢いの物語


 友達になりたいことを伝えた少女と

 真っ直ぐな瞳と言葉に向き合うことを決めた少女

 2人の少女の時間は

 出会ってから初めて

 互いに名前を呼び合うことで

 始まりを迎えた


 
 



 そして別れの物語


 数十年の年月を寄り添って歩んできた彼と彼女が

 永遠の別離を迎え

 彼は主が遺した最後の命題の為

 それが果たされるまでの時を静かに刻んでゆく

 
 


 こうして


 古いデバイスとその主の物語は終わり


 少女達の物語は、ここから始まる







 デバイス物語 無印編[He is a liar device]   完













あとがき
 無印編は、ここまでで終了となります。やはり、魔法少女リリカルなのはという物語は、2人の少女が共に歩むことを決めた瞬間が、本当の始まりだと思いますので、この最後だけは初期プロットから決まっておりました。

 トールはあくまでオリジナルのキャラですので、その役割は原作をより良い形で回すための歯車であって欲しいというのが私の構想で、A’SやStSに登場するオリキャラも、全てデバイスの予定です。ただ、原作とは直接被らない部分においては例外もありますが。

 これより、数話の閑話を挟んでA’S編の開始となります。物語が進むにつれて独自設定も増加することと思いますが、原作の設定を壊すのではなく、それらを補足する形、もしくは踏襲しつつ演出する形にしたいと思っております。やはり、原作とそのキャラクターが大好きなので。

 そして、無印編のアナザーエンディングを近いうちに投稿したいと思っています。幸せかどうかならばこちらの方が上なのですが、物語がここで終了してしまうため、別エンドという形になります。

 機械仕掛けが行う演算結果、お楽しみいただければ幸いです。それではまた。




[22726] 最終話 He was a liar device (アナザーエンド)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/02/25 20:14
もう一つの結末    He was a liar device




新歴65年 5月11日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 脳神経演算室 PM 1:50



 「そう、じゃあ後は、私が選択するだけということね」


 『はい、最終計画が成功すれば、アリシアは普通の人間として生きられます。無論、体内に結晶はありますが、その機能は“人間として生きる”ためだけのものですから』


 レリックなどを埋め込み、“レリックウェポン”とすることとは違います。

 レリックウェポンとて、魔導師の究極系ですから生命の在るべき姿から完全に逸脱するわけではありませんが、それと似たような改造を生体レベルで行っていたベルカの諸王の多くは短命であったという。

 やはり、過ぎたるは及ばざるがごとし、人間は人間として生きるのが一番自然である。

 あまりにも単純過ぎて、確認する必要もないような法則ですが、生命操作技術などに精通すればするほど、その法則を見失ってしまうのかもしれません。


 「だけど、その成功確率は、極めて低いわけね」


 『はい、無理に無理を重ねて不可能を可能としようとする手法ですから。成功確率、2.7%、目的の達成こそならないものの、特に被害は出ない確率、4.6%、次元断層が発生し、第97管理外世界ごと、全てが無に帰す可能性が92.7%』


 「一つ聞くけど、失敗した際に助かる手法はあるの?」


 『ありません。失敗に終わった際に発生する次元断層は第97管理外世界のみならず、周辺世界の多くを飲み込む程巨大なものです。次元航行艦ですら逃げきれませんし、転送ポートを使っても、そこを穴として向こうの次元世界まで次元断層は伝わっていくでしょう』


 「つまり、最悪ミッドチルダが消滅する可能性すらあるというわけね」


 『はい、そこに関しては不確定要素が強いため明言は出来ませんが、少なくともこの時の庭園とアースラ、そして第97管理外世界は絶対に助かりません』

 ですからマスター、私は貴女が最終計画を実行する可能性は低いと計算しました。

 貴女の現在の精神状態こそが、貴女の選択の可能性を計算するための最後のパラメータでした。

 そして、実行確率は僅かに12.4%という演算結果となりました。87.6%という高確率で、貴女はアリシアと共に眠られる選択を取られると――――


 ――――私の電脳は、その結論を導き出してしまいました。


 ですが、100%ではありません。

 12.4%という確率であろうとも、貴女が最終計画に希望を託し、その実行を私に命令する可能性があるのです。

 故に、私が桃源の夢を構築している間、アスガルドはそのための演算と準備を行っていました。

 西の塔を中心に7個、東の塔を中心に7個、玉座の間に1個、暴走を抑えるための制御用に6個であったジュエルシードの配置も大きく変わった。

 すなわち、21個のジュエルシードはミッドチルダ式を示す円を描くように時の庭園各地に配され、ジュエルシード実験においては中心となった石は、中央制御室に置かれている。

 私はベルカの流れを一切汲んでいない、純粋なるミッドチルダ式インテリジェントデバイス。それ故、円を基本としたミッドチルダ式以外の魔法陣を制御することは出来ず、ジュエルシードが中央制御室を中心とした円を描くように配置されるのも当然の成り行きと言えます。

 この最終計画には人間がただ一人も参加しないため、玉座の間は中心とはならない。機械にとっては、中央制御室こそが、時の庭園の中枢なのですから。


 そして、それらが使用されるかどうかは、主次第。

 我等はテスタロッサ家に仕える機械であり、時の庭園の主の命なく動くことはない。







 沈黙の時間は1分………いいえ、たった今2分になりました。

 主の表情は、葛藤の果てに苦悶に歪むようにも見受けられますが、徐々に決意が固まっていくように考えられる。


 主の――――答えとは



 「何年生きても、私は馬鹿なまま、ということかしら」

 自嘲するように呟きながらも、その目には諦観というものが見受けられない。


 『私の演算は、外れましたか、マスター』


 「ええ、今回ばかりは外れのようね。でも、貴方の計算は悪い方に当たるなんて言っていたから、ひょっとしたらその通りなのかもしれないわ」


 『なるほど、確かに、普通に考えれば、これほど最悪な事柄はなく、“悪い計算が当たってしまった”ということになりましょう』

 成功確率は僅かに2.7%、次元断層が発生し、時の庭園やアースラ、第97管理外世界、果ては周辺世界やミッドチルダに至るまでを消滅させる可能性が92.7%。

 これを最悪と呼ばず、何と呼ぶべきか。

 ですが、マスター。


 『私にとっては、良い方向に当たった、ということになります』


 「あら、デバイスである貴方は、自分の意思なんかどうでもよくて、私の意思だけが重要なんじゃなかったかしら?」


 『はい、その通りです。貴女が、その意思を示して下さったからこそ、私もそう考えます。私は、貴女の心を映し出す鏡ですから』

 確率が高いと計算した可能性を主が選ばれていたならば、私はこのように考えることはなかった。

 主がアリシアと共に眠られる選択をなさったならば、私はただ静かに主を看取り、墓守となっていたでしょう。そして、それこそが私にとって唯一の“最善の在り方”となり、その他の可能性などその瞬間に考える意味を失う。

 そして、それは今の私にも当てはまる。

 主が、最後の賭けに出る選択を成された以上、“もし主がアリシアと共に眠られることを選んだならば”という仮定は意味をなさなくなる。

 
 「これが馬鹿な選択だということは分かっているわ。でもね、貴方なら、貴方ならなんとかしてくれるんじゃないかって、不思議と、そう思ってしまったのよ…・・・」


 『ご期待に沿えるよう全機能を費やします』

 その言葉をいただけただけで私には十分。

 余分な思考は全てカット。

 私はこれより、主の願いを叶える御都合主義の機械仕掛け(デウス・エクス・マキナ)となりましょう。












新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 2:50




 そして、古きデバイスは、最終計画を実行に移す。

 彼の主、プレシア・テスタロッサが実行の意思を示した時から、その電脳はオーバーロードどころではない高速演算を開始しており、時の庭園に存在する機械類全てに指示が飛ばされていく。

 アースラとの模擬戦に参加した傀儡兵も、オートスフィアも、サーチャーも、参加しなかった機体も、園丁用の魔法人形も、戦闘用の魔法人形も、一般用の魔法人形も、余すことなく全て起動させていく。


 『インテリジェントデバイス、トール、その権能を全開放。管制機能を起動、“機械仕掛けの神”』

 そしてこれこそ、彼の本来の機能にして最大の能力。

 “トール”とはユニゾン風インテリジェントデバイス。ユニゾンデバイスとは主と融合する機能を有する融合騎のことを指すものの、彼は機械(デバイス)と同調し、管制機能を最大限に発揮する。そして、テスタロッサ家に仕えるデバイスである彼が、それを最大限に発揮させる場所とは。

 時の庭園の、中央制御室に他ならない。


 【アスガルド、“クラーケン”と“セイレーン”を臨界起動させなさい。限界レベルでの共振を行い。出力をMAXへと】


 【了承】

 管制機の指示の下、中枢コンピュータが命令を発し、時の庭園の動力の全てを生み出す駆動炉もまた、限界を超えた運転を開始する。

 時の庭園に存在する機械類、それら全てに膨大な魔力が注がれていき、彼らは的確かつ迅速に動き、大魔力を伝送用のコードを展開、自身の身体すら材料として組み込み、ミッドチルダ式大型魔法陣を構成していく。

 それはまさに、機械そのものが魔法陣となっていく光景であった。

 魔力のハブ地点となる場所は制御機械と共に傀儡兵なども配され、魔力の過負荷がかかった場合はそのダメージを請け負い、代わりに崩壊するための準備すら同時に整えている。

 人間であれば異常でしかあり得ないその姿。自分がその場で暴走した魔力の受け皿として破壊されることを知りながら、異論を挟まず、疑問に思うこともなく、機械達は管制機の指示通りに己の死に場所へと行進していく。

 それこそが機械であり、機械の在るべき姿。

 魔法人形も、傀儡兵も、オートスフィアも、サーチャーも、一般端末も。

 最も古きデバイスの指揮の下、テスタロッサの親子のため、その役割を果たそうとしている。


 【バルディッシュ、アースラへの通信を貴方からお願いします】


 【その内容とは?】


 【時の庭園の管制機が主の制御を離れ、暴走していると。プレシア・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサの三名は玉座の間へと閉じ込められ、狂った機械はジュエルシードを暴走させ、次元断層を引き起こす可能性が極めて高いことも】


 【つまり】


 【このままでは主達の命が危うい、救援を願う、ということです。私はこれより、狂った機械となりましょう】


 【貴方は……………本当に、嘘吐きデバイスなのですね】


 【無論、それが私です】

 時の庭園に住まう、テスタロッサの親子は、三人とも玉座の間にいる。もっとも、目を覚ましているのはプレシア・テスタロッサのみで、娘達は眠っているのだが。

 最終計画の対象がアリシア・テスタロッサである限り、彼女は先の実験と同じく玉座の間にいなければならない。

 そして、最終計画が失敗すれば誰もが同じ運命を辿る以上、母と妹が別の場所に避難する意味もない。また、ジュエルシード実験のデータを基に最終計画を進めるのであれば、可能な限り状況を合わせた方が良いのも事実であった。

 そうした理由から、高町なのはとユーノ・スクライアの二名も眠ったままであるが、西の塔と東の塔に運び込まれ、台座に括りつけられている。客人をデバイスが勝手に運び、拘束するような真似をしている以上、“管制機が暴走している”という言葉はまったくの嘘というわけでもない。

 このことは、管制機も己の主に“知らせるのを失念しており”、プレシア・テスタロッサすら知りえない事柄であったから。

 彼は嘘吐きデバイス、これより行われる事柄は全て、彼の独断であり暴走。

 それが、時空管理局のデータベースに残される、ジュエルシード事件の結末となるように。

 そして――――


 【私も手伝います、トール】

 唯一、時の庭園に属さないデバイスもまた、その力を貸すことを申し出た。

 高町なのはという少女は眠っているため、協力のしようもないが、彼女は己の主の願いを理解している。

 フェイト・テスタロッサという悲しい目をした少女を救うために、己の主は持ちうる魔法の力の全てを懸けた。

 ならば、彼女が眠っている今、それを代行するは“魔導師の杖”の役目である。


 【ありがとうございます、レイジングハート、それでは貴女には、バルディッシュと共に動力炉の制御に当たっていただきたい。バルディッシュが“クラーケン”を、貴女は“セイレーン”を】


 【了解しました】


 “魔導師の杖”は“閃光の戦斧”と並び立ち、己の性能を開放していく。

 彼女自身は高ランク魔導師の力を最大限に引き出すための存在であるため、本来魔導機械の制御は得意とするところではなく、それはバルディッシュとて同様である。

 しかし、“機械仕掛けの神”である管制機の座する中央制御室ならば話は別。二機の若きデバイスは、己で制御するのではなく、管制機が操作するハードウェアの一つとして機能するのだ。

 それこそが、トールがユニゾン風インテリジェントデバイスと呼ばれる由縁。彼は、機械と同調し、その性能を最大限に引き出すことを可能とする唯一のインテリジェントデバイスである。

 シルビア・テスタロッサという“インテリジェントデバイスの母”の作品の中で、彼だけは世に出ず、知られることもなかった“存在しないデバイス”であった。そして、その後のインテリジェントデバイスの知能とは、人間と意思を通わすために存在するものとなった。

 故に、原初のインテリジェントである彼だけが、デバイスを操るための能力を持って作られたインテリジェントデバイスなのである。




 【さあ、それでは参りますよ、アスガルド、バルディッシュ、レイジングハート】

 【了解】

 【了解】

 【了解】


 人間ならばあり得ない速度で準備が整い、最終計画が始動される。

 機械とは、元来そういうもの。人間のような柔軟性こそ持ち合わせないが、自分が持ちあわせる機能を発揮することにかんしてならば、人間など足元にも及ばない

 工場で働き、製品を生産し続ける産業機械は、ラインの一部として動く以外の命題を持たないが、それだけに単一の機能に関してならば他の追随を許さない。100人の人間ならば1日3000個が限界の製品も、100台の産業機械がラインを形成して稼働すれば、3000万個作ることも容易であり、かつ、人間のように頻繁な休息を必要としない。

 もし、地上本部の技術部の局員や整備員達がこの最終計画の装置の配置を成そうと思えば、全ての手順が定められていたとしても、安全性の確認が終わるまでには丸一日を要することだろう。

 しかし、中央制御室の管制機の指示の下、“一秒の乱れもなく正確に”動く機械は、それを僅か1時間程で成した。無論、事前の行動登録はしていたものの、配置を開始したのはプレシア・テスタロッサの決断後のことである。

 全ては、彼らが疲れを知らず、ただ命じられるままに行動する機械であるがために。



 【“クラーケン”と“セイレーン”をオーバーロード、並びに、21個のジュエルシードを直列励起】

 【了解】

 【了解】

 【了解】



 その瞬間、時の庭園が揺れた。

 その揺れは収まるどころか、時間と共に激しさを増していき、満ちる魔力は次元震などを遙かに超えた数値を紡ぎ出す。


 【推定魔力値――――2億―――――10億――――――50億――――――――200億――――】

 それは最早、計測器で測れる限界をとうに超えており、振動の規模から推察した数値に過ぎない。

 そして、それだけの魔力が抑制の軛から解き放たれれば何が起こるかなど考えるまでもないが、主の願いを叶えるために起動する管制機は意に介さない。



 ”貴方ならなんとかしてくれるんじゃないかって、不思議と、そう思ってしまったのよ…・・・”

 
 主がそう思ってくれたのだから、自分ならできるとそう信じてくれたのだから。


 『全ては…………主のために』

 それこそが彼の全て、彼の持つ命題。主が自分に期待を込めたのならば、それに答える。

 インテリジェントデバイス、トールにとって、世界とは実に単純にして明快な二元論で成り立っている。

 すなわち、プレシア・テスタロッサか、それ以外か。

 トールにとっては、プレシア・テスタロッサこそが“1”であり、それ以外は“0”。

 1と0の電気信号で駆動する古きデバイスの、根源にして絶対に書き換えることが不可能な命題である。

 つまり、彼にとってはプレシア・テスタロッサの望みが叶っていない世界など、まさに露ほどの価値もない。

 最終計画が失敗し、主の望みが叶わなかった世界がどうなろうが、彼の知ったことではない。いや、文字通り考えることにすら意味がない。


 それ故に――――


 開始より120秒

 130秒

 140秒

 エラー発生、負荷17%増加、予備のリソースを割く

 150秒

 160秒

 北区画の傀儡兵の損傷が特に激しい、増援を。並びに、ジュエルシードの制御リソースを追加

 170秒

 180秒

 21個のジュエルシード全てが直列励起を開始、震動、さらに増大、生成魔力はこれまでの130倍と推察

 190秒

 第3制御室よりフィードバック情報あり、西区画の電力変換設備が崩壊を開始、ジュエルシードの停止を進言している、却下

 第7制御室より、南区画のブレーカー設備が崩壊。これより先は安全性の計算が事実上不可能、ジュエルシードの停止を進言している、却下

 200秒

 210秒


 【アスガルド、全ての設備を本体コントロールへ切り替えます。補助装置を停止させ、そのリソースを全てジュエルシードそのものに対する制御へと】


 【了解】

 220秒

 配置された機械類、消耗率47%。既に半数近くが脱落。残る機体の駆動は続行。

 管制機へのフィードバック、閾値を突破、本体への負荷、限界値まで残り29秒と予想。

 230秒

 240秒

 機械類、消耗率62%、ジュエルシードのエネルギーが予想臨界点へ。

 250秒

 本体、損傷開始。バルディッシュとレイジングハートも同様。

 260秒

 270秒

 損傷さらに増大

 機械類、消耗率79%

 既に、ジュエルシードの魔力の20%近くは制御を離れつつある。次元震が未だに発生していないのは奇蹟に近い。

 280秒

 【バルディッシュ、レイジングハート、貴方達にひとまず制御を預けます。その間に私は残りのリソースとハードウェアの調整や再起動を行います】

 【yes………sir】


 【yes……………sir】


 290秒


 【機械仕掛けの神、発動。レイジングハート、バルディッシュの両機を強制停止】


 【!?】


 【―――!】

 300秒


 【よろしかったので?】


 【ええ、彼らがこれ以上無理を重ねても、成功率に影響はありません。それに、ここで無理をするのは我々老兵の役目でしょう。若い者らには、未来を引き継ぐ義務があり、我々にはそのための道を切り開く義務がある】


 【同意します】


 【私がデバイスへ嘘を吐くのは、これが最初で最後です。これで、私が嘘を吐いていない相手はマスターだけとなってしまいました】


 【Yes,You are a liar device】


 【All right】

 ジュエルシードが起動してより、5分が経過。

 託されたものは願いにあらず、命令。彼らは機械であるが故に、人間のように願いを託すことは出来ない。

 ジュエルシードは“クラーケン”と“セイレーン”が生み出す膨大な魔力によって臨界起動、さらに、21個の直列励起によってオーバーロード状態へ。

 まさしく、いつ次元断層が発生してもおかしくない状況になりながらも、未だそれは観測されず、余波の震動のみが時の庭園を襲い続ける。

 中央制御室を中心としたミッドチルダ式巨大魔法陣を形成していた機械類も大半が壊れ、若きデバイス達も管制機の手によって強制停止。

 ただ、計測することはおろか、その規模を考えることすら馬鹿らしく思える程の、“願いを叶える魔力”だけが、時の庭園に在り続ける。

 そして――――


 ≪入力を≫


 誰も予期せぬ入力が、中央制御室へ届く。



 【貴方は】


 【―――】

 管制機はかろうじて出力を返し、既に演算にその機能の全てを回している中枢コンピュータはただ無言。


 ≪入力を≫


 同じ入力が繰り返される。

 【ジュエル………シード】

 ジュエルシード、それは願いを叶えるロストロギア。

 人間の願いのみならず、あらゆる生物が持つ根源的な願いまでを受諾し、それを叶えるべく奇蹟を起こす。

 しかし、願いを持たぬ機械の身にはそれは成し得ず、定められたアルゴリズムを実行するための動力としか成り得ない。

 だが、もしも――――

 ジュエルシードという無機物、それ自身に、デバイスと同様の意思があったとすれば

 21の石が揃い、直列に繋がれることで、願いの受信のみではなく、意思の送信が可能となったと仮定するならば

 その意思を理解できるのもまた、同じく命令を受諾することで意味を与えられ、主の願いを叶える為に機能する、デバイスのみであろう。


 【貴方、いえ、貴方達に、命令の送信を行います】

 そして、機械と同調し、機械を操るために生まれた機械が、その意思に応える。

 その機能の全てを捧げるべき主、プレシア・テスタロッサのために。


 【私は時の庭園が管制機にして、インテリジェントデバイス、トール。全ての機械を操り、マスターのために稼働せし、“機械仕掛けの杖”】

 ジュエルシードもまた、誰かのために作られた、魔導端末であるならば。
 

 【魔導端末である貴方達の管制機として、命じます】

 明確な入力を与えられぬまま、ただ魔力を放出するだけの装置になり果てる、もしくは、使われることなく遺棄される。

 願いを叶えるために生み出された存在にとって、それ以上の無念はない。

 主のために45年間の時を稼働し続けた古きデバイスは、この世のいかなる存在よりも、それを理解していた。


 【我が主、プレシア・テスタロッサ、そしてその娘達の望む未来を、この世界へと顕現させなさい。貴方達は、人の願いを叶えるために創り出されたのです、ジュエルシードよ】


 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫

 ≪了解≫




 21の命なき魔導端末より、簡潔な返信がもたらされる。

 だが、その返信にどれほどの意味があるのか、それを知るのもまた彼らだけだろう。



 【さあ、往きましょう。人間のために作られし我々機械、その存在価値の全てを懸けて】


 【是】


 ≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪  是  ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫




 テスタロッサの家に仕えし古き機械達が、最後の稼働を開始する。

 遙か古に作られし、願いを叶えるロストロギアが、その命令に応える。

 己の作られた意味、それを果たすこと。

 それ以外を考えず、ただ機能する。

 それこそが、生命ではないがために彼らが持つ、唯一無二の在り方。



 『申し訳ありません、弟達。シルビア・テスタロッサに作られし、26機のシルビア・マシンよ』

 そして、既に命題を果たして逝きし者達へ、管制機は最後に想いを馳せる。


 『貴方達の記録は我々が保管してきましたが、どうにも、私達の最後の弟、バルディッシュへ渡せそうもありません』

 それは、無念と言えば無念であり。


 『ですが、この計画だけは完遂させて見せましょう。後のことは、バルディッシュに任せることとなりますが、彼ならば、心配はいりません』

 同時に、誇りでもある。

 例え、自分達はここで終わるとも、後を継ぐ者がいる。

 ならば、残すべきものは既になく。

 持てる全ての権能を――――――


 『インテリジェントデバイス、トール、フルドライブ』

 この瞬間に、注ぎ込むのみ。


 『臨界突破――――リミットブレイク!!』

 そして、願いを叶える光が――――


 『我が権能、機械仕掛けの神――――――オーバーロード!!!』



 弾けた


















新歴75年 10月29日 ミッドチルダ首都 クラナガン 機動六課  デバイスルーム




 「うん、まあこんなものかしら。調子はどう、バルディッシュ?」


 『No problem』



 機動六課のデバイスルームにおいて、デバイス技術者の最高峰、S級デバイスマイスターの資格を持ち、胸元には紫色の石がついたネックレスをつけた女性が、妹を10年以上共に戦い、守ってきた閃光の戦斧へと声をかける。

 その容姿は妹とまさに瓜二つではあるが、中身はまるで異なる、というのが昔から変わらない周囲の評価であり、彼女自身そう思っている。

 自分とフェイトは同じ遺伝子を持っているが、それでも別人。



 ≪アリシアはアリシア、フェイトはフェイトです。貴女達は、ただ在りのまま大きくなって下さい≫

 そんな、優しい言葉を、本来なら知らなかったはずの女性から受け取る夢の残滓を、自分は確かに持っているから。

 アリシアとフェイトは、まったくの別人なのだ。

 もっとも、その女性――母の使い魔――には現実においてもよく言われた言葉なのだが。今でも帰省すれば頻繁に会っている。


 「ストラーダの方も問題ないようだし、改良部分はまだまだあるけど、とりあえずは一段落かな」


 『まだ改造する気ですか』


 「当然よ、せっかく新人インテリジェントデバイスを思いっきりいじれるチャンスが来たってのに、活用しない手はないじゃない」


 『ほどほどに』

 止めても無駄であることは分かりきっているため、バルディッシュの反応はややおざなりである。今の彼は彼女の改造により、言語能力が昔に比べてかなり向上している。

 そこに―――


 「はあ、相変わらずのマッドサイエンティストなことで」

 作業を一応は手伝っていた若い男性型の魔法人形が口を挟む。


 「何かしらトール、異議申し立てでもあるの?」


 「べっつにー、ただ、デバイスいじってる暇があったら、男の一人でも見っけたらどうだ~って思っただけ」


 「んー、グリフィス君とかは時々いじってるわよ、あとエリオも」


 「いじってどうすんだよ」


 「こう、ぎゅーってしてあげると、慌てる姿が可愛いのよね、エリオは」


 「10歳にしてセクハラをかまされるとは、不憫な奴だ」


 「軽いスキンシップよ」


 「実年齢40歳じゃなあ、年増相手はエリオも辛かろ」


 ブツッ

 その瞬間、アリシアの手に握られた端末によって、トールは強制停止する。



 「アリシア~、頑張ってるですかー、ってあれ、トールが死んでるです」


 「あら、リィン、これは放っておいていいわよ」

 そこにやって来たのは、リインフォース・ツヴァイ空曹長。年齢はまだ8歳程で、元気一杯の“小さな上司”としてロングアーチスタッフからは親しまれている。


 「アリシア先輩、お疲れ様です、あ、トールがまた死んでる」


 「シャーリー、これは放っておいていいからね」

 こちらは同じくロングアーチのスタッフであり、A級デバイスマイスターの資格を持つシャリオ・フィニーノ一等陸士。シャーリーの愛称で呼ばれており、同時に1級通信士の資格も所持している。



 「それは分かってますけど、どうですか、バルディッシュの調整は?」


 「ん、ちょうど終わったところ」


 「もう終わったちゃったですか!?」


 「あ、相変わらず早いですね」


 「とーぜん、デバイスいじりは私の人生そのものだもの」

 腕を組みながら、妹と同様に豊満な胸を堂々と張るアリシア。


 「流石は先輩、公開意見陳述会の後もあっさり治してましたもんね、私の仕事がなくなっちゃうくらい」


 「あの時はびっくりしたですよ、でもまあ、マッハキャリバーやグラーフアイゼンはもっとびっくりしたと思うですけど」

 リインとシャーリーが言っているのは、先月の9月12日に行われた公開意見陳述会において破損したグラーフアイゼン、リインフォースⅡ、マッハキャリバーの三機をアリシアが僅か2日で完全復帰させた時の話である。

 そして、自身で言うように仕事がなくなるほどの手際であったため、いっそ開き直って通信士としての役目に専念していたシャーリーであった。

 しかし、シャーリーは後にそれを後悔することとなる。

 アリシア・テスタロッサに見張りを付けず、デバイスの整備を任せれば何が起こるか。

 彼女の妹であるフェイト・テスタロッサの補佐官として働いており、アリシアの後輩にもあたる彼女ではあったが、地上本部襲撃に加え、六課壊滅という状況においては、それに考慮する程の精神的余裕はなかったのである。


 「あの時は皆大変だったしね、ここは運良く無傷だった私が頑張らねば、とは思ってたわよ」

 アリシアは当初から機動六課に所属していたわけではなく、ギンガ・ナカジマ陸曹と同時期に出向という形で、機動六課へは9月5日頃に合流した。

 それ以前にもデバイスマイスター独自の交流網を駆使してフェイトを影ながらサポートしていたが、レリックがらみの事件が本格化する気配が濃厚になってきた頃からはより直接的に協力するようになっていた。

 そういったわけで、アリシアはロングアーチスタッフであるわけではないため、公開意見陳述会においては地上本部にいたので被害は特に受けず、逆に事後処理においてその手腕を発揮した。


 「でも、あの時のアリシアはかっこよかったですよ。なのはさんもフェイトさんも、はやてちゃんも平気そうではありましたけど、結構落ち込んでましたし」


 「そりゃあね、ザフィーラやヴァイス君は重傷だし、エリオも負傷して、スバルもボロボロ、六課は壊滅しておまけにギンガも攫われたときたら、落ち込むなって方が無理あるでしょ。ま、わたしだったら気にしないけど」


 「うーん…………なんでアリシアはそう思えるですか?」


 「簡単よ、そこまでぼこぼこにやられたら、もうこれ以上悪くなりようがないじゃない。その上、六課最強の隊長陣はほぼ無傷なわけだし、フォワードだって数日あれば回復できるレベルの負傷、デバイスは私が直せるんだから、反撃の時間はさあこれから。1週間以内にあんな戦闘機人(笑)を捕えることなんて楽勝、スカリエッティの大馬鹿を土下座させる瞬間を想い描くだけでうきうきしたわ」


 「先輩の、その超ポジティブ思考は凄いなあ」



 尊敬と呆れが混ざったような呟きは、無論シャーリーのものである。



 「でもね、事態は深刻なようで、大局的に見ればそんなに深刻じゃあなかったのよ」


 「え、そうなんですか?」


 「そ、確かに機動六課から見れば危機的状況だけど、機動六課=時空管理局じゃないし、聖王教会は全くの無傷。地上本部はダメージを負ったけど、スカリエッティが自身で言ったように、人的被害はほとんど出ていない。つまり、数多くの証拠を残してしまった戦闘機人(笑)の尻尾を掴むために捜査員を組織的に動かす体制は、万全整っていたわけ」


 「なるほど」


 「相手の戦力を削れれば、それが勝利ってわけじゃなし、時空管理局全体で見れば、公開意見陳述会で失った戦力なんて塵芥ですらないわ。逆に、これまで隠れ潜むことで保っていた優位性を失うことになったんだから、戦闘機人(笑)にとってはあの時点で既に捕まることは確定していたわけ。武装隊は叩いても、捜査員を自由にしたんじゃ本末転倒よ、国家単位の組織じゃない以上、居場所がばれればどうしようもないんだから」


 「そういえば、割とすぐにアコース査察官がスカリエッティのアジトを突き止めましたもんね」


 「まあ、ゆりかごだけは想定外だったけど、あれがなければ戦闘機人(笑)なんて別に大したことない存在だし。ぶっちゃけ、いてもいなくても大差なかったわよね」


 「それはちょっと可哀そうな気が、でも、事実かもしれませんね」


 「その上、あの子達のデバイスは私が強化したんだから、戦闘機人(笑)ごときに敗れる理由はないわ」


 「あ~………」


 「“あれ”ですね………」











 同時刻  機動六課  訓練スペース



 「ところで、フェイト、お前の姉の改造癖はどうにかならんのか?」


 「あ、あははは………」

 六課が設立されてからは珍しく模擬戦を行っていたライトニングの分隊長と副隊長。

 出会ったばかりの頃はフェイトのことを“テスタロッサ”と呼んでいたシグナムだが、姉と混同してしまうため、現在はこの呼び方で落ち着いている。


 「デバイスが強化されることはこちらとしても嬉しい限りなのは事実だが、限度というものはあるだろう」


 「ひょっとして、レヴァンティンが犠牲になりました?」


 「いや、レヴァンティンは最初の改造だけで済んでいるが、ヴァイスのストームレイダーがやられた。ストラーダも次の標的になりそうな雰囲気だ」


 「………ストームレイダーは、どのように?」


 「基本的にはクロスミラージュと同様だが、炎熱変換の魔力を秘めた弾丸を長身の銃身に通し、ブーストすることで破壊力を極限まで高めた火炎弾を撃ち出す“バースベルク”と、電気変換された魔力を込めた弾丸を同様にブーストさせ、敵の中央で破裂、分裂した弾丸が周囲の敵を貫く“ブレドロア”なる新機能が搭載されたらしい」


 「姉さん………やりすぎ」

 今に始まった姉の奇行ではないが、思わず頭を抱えたくなるフェイトであった。


 「しかし、ヴァイスもノリノリだから始末が悪い。“こいつがあれば、ヘリだって落として見せらあ!”などと叫んでいたものだから、責めるに責められん」

 良くも悪くも、機動六課の隊員達はノリが良く、14歳の少年のような属性を持つのも多い。

 特に、アリシアが出向してきて以来は、ヴァイスと組んで度々面白おかしいイベントが開催されていたりする。もちろん、オフシフトの人員でだが。


 「ま、まあ、そのおかげであの子達がJ・S事件の際に苦戦せずに済んだ、というのは事実ですけど」


 「“鎧の魔槍”ストラーダに、“魔甲拳”マッハキャリバー、“魔弾丸”クロスミラージュに“輝聖石”ケリュケイオン、だったな。元ネタは、確かヴィータも読んでいた日本の漫画だったと記憶しているが」


 「“●●の大冒険”です、まさかアレをデバイスで再現するとは思いませんでした。“アムド”のキーワードでエリオやスバルは鎧を装着しますし、ティアナの弾丸も専用のカートリッジを使うことで様々な特性を持ったり、幸い、キャロのケリュケイオンは純粋な魔力ブーストの強化で済みましたけど」


 「同様のデバイスも持ちが5人揃うことで五亡星を描くと、強力な儀式魔法を行使できる、などの機能は見なかったことにするべきか。まあ、それぞれの弱点を効率よく補強していたのは間違いないのだが」

 ちなみにその機能はギンガがさらわれたため実現不能となった。

 エリオは高速機動を得意とし、電気変換資質も持つが、欠点はフェイトと同様装甲の薄さにあった。

 だが、“鎧の魔槍”は機動力をほとんど損なうことなく、バリアジャケットを強化させることに成功しており、さらに全身のどこからでも隠し武器が出てくるというおまけつき。

 エリオもやっぱり男の子なので、かなりノリノリで改造型ストラーダを振り回していたりする。

 全身から刃を出したルーテシアの守護獣、ガリューと戦ったエリオだが、流石のガリューも自分以上に全身に武器を仕込んだ相手と戦うことになるとは夢にも思わなかった。


 「スバルは、元々防御が堅かったですけど、右手のリボルバーナックルを完全に攻撃用にして、左手に追加した“魔甲拳”にAMFを搭載するなんて………」


 「右手のリボルバーナックルは魔導師モード、左手の魔甲拳は戦闘機人モード、そして、機動力の要であるマッハキャリバーとウイングロードは先天魔法故にどちらでも使える。厄介極まりないな」

 スバルと戦ったのは拉致されたギンガだが、デバイスの性能が違い過ぎた。

 戦闘機人モードでしか戦えないギンガと、アリシアの魔改造によってその両方を使うことができ、ギンガのウイングロードだけをAMFでかき消すことが可能なスバルでは、反則といっていいほど条件が悪すぎる。

 スカリエッティは天才ではあるが、ギンガを拉致する際に重傷を負わせていたのが思いきりあだになった。ぶっちゃけ、治療するので精一杯で、まともな武装を追加する時間的猶予などなかったのである。

 早い話、それほど戦力的に意味のないギンガを得て、ナンバーズの中でも2番目に戦闘能力が高いチンクを失ったのである。はっきり言ってやる気が伺えない行為だ。


 「そして、ティアナの魔弾丸………手動でカートリッジを取り換えなきゃいけないのが唯一の欠点ですけど」


 「クロスミラージュを持つまでは自作のアンカーガンとガンベルトを使っていたからな、戦いながらガンベルトからカートリッジを選択し、状況に合わせて装填することは得意分野だろう」

 炎熱、凍結、雷撃、防御、バインド、治療に至るまで、あらゆる種類の魔法を込められたカートリッジをクロスミラージュにセットすることで、多種多様な戦術展開を可能とする“魔弾丸”。

 ティアナの唯一の弱点と言えた火力不足が補える上、使えなかった回復系の魔法すら使用可能となるため、指揮官としての適性を持つティアナには鬼に金棒といえた。

 ディードはティアナの弾丸を見切って最小の動作で躱した結果、弾丸が破裂して飛び出したバインドによって捕縛、ノーヴェはエアライナー上に突如出現した氷塊に激突、ウェンディは炎の弾丸を受けとめようとしたものの、追撃の雷の弾丸によって押し切られ、撃墜。

 戦術の展開どころか、ほとんどデバイスの特性だけで押し切られた数の子3人であった。


 他にも、グラーフアイゼンに自己修復機能が付いたり、レヴァンティンが炎を纏った状態で鞘に収めると魔力が自動的に増幅したりと、さまざまな魔改造がなされた機動六課のデバイス達であった。


 「まあ、魔改造の最たる例は高町だろうが」


 「“光魔の杖”、ですね。ストライクフレームを展開したレイジングハートがそっくりなのがいけなかったんでしょうか」

 レイジングハートに追加された、なのはの魔力を吸い取り、打撃力に変える“光魔の杖”機能。


 「魔力による強化を行っていなかったとはいえ、まさか、レヴァンティンが折られるとは」

 どの程度の強度なのか、試しにレヴァンティンと打ち合った結果、見事に二つに折られたレヴァンティンであり、その状態から修復される際に新たに鞘の機能が追加されたのは言うまでもない。


 「その上、展開した先端で砲撃魔法を完全に防ぐことも出来て、ブラスターモードが5まで追加されて……」


 「まあ、4以降はバルディッシュの承認がない限り発動できないのだから、問題はないだろう」

 なのはとレイジングハートだけに解除権限を与えると使うことが目に見えているため、解除権限はあえてバルディッシュに与えられていた。

 そんなこんなで、姉の出向からわずかの間に魔改造されまくってしまったデバイス達である。

 正確に言うと、アリシアは六課設立時からシャーリーより常に報告を受け取っており、半年あけて密かに開発していた新機能を数日で取り付けただけだったりするのだが。

 そして、最もアリシアと縁が深いバルディッシュだけは、六課設立に関係なく普段から調整しているため逆に魔改造から逃れることが出来ていた。いつでも改造できるものとなると、かえって食指が動きにくいのがマッドサイエンティストというものなのかもしれない。






 「だが、それでもお前は姉と共にいる時が一番落ち着いているように、私は思うぞ」


 「そ、そうでしょうか」

 思わず、胸元に手をやるフェイト。

 そこには、アリシアとお揃いの紫色の石がついたネックレスがあった。


 「姉離れ出来ていないなどの、悪い意味ではない。それに、お前に限らず、高町や主はやてにも同様のことが言える」


 「三人とも……」

 そう言われると、フェイトにも思い当たることはあった。


 「初代リインフォースを失ったあの日より、主はやては生き急いでいるように私には感じられた。無論、夢に向かって進むことは悪いことではないが、それだけに縛られることもまた危険を伴う」


 「そうですね、それは、私も時々感じます」


 「高町が撃墜されたことも、お前が6年前にエリオを引き取ろうとしたことも、似た側面があることは否定できまい。三人揃って、誰かのために出来ることを成そうとするばかりに、自分のために生きることを忘れがちになっているのではないかと、時に思うことがある」


 「…………そう、かもしれません」



 エースオブエース

 金色の閃光

 夜天の主


 J・S事件を経て、その名声はさらに高まり、管理局若手局員の象徴的存在であることはもはや不動となっている。

 だが、それでも彼女らは地球の基準ならばまだ成人すらしていないのも事実。誰かのためだけではなく、時には自分のために遊ぶことや、楽しむことも必要だろう。


 「局員としての仕事ならば同年代の誰よりも優れるが、年相応に遊ぶことに関してならば下から数えた方がよかったろう。我々ヴォルケンリッターも、そんな主やお前達を心配していた時期もあった」


 「今は、違いますか?」


 「今ではない、随分前からだ。三人をいつも引っ張って、遊びに連れ出すムードメーカーがいてくれたからな」


 「…………姉さん」


 「ああ、あいつは本当に人生というものを楽しんでいるように感じられる。無理なく、自然体で、自身の夢を追いかけながらも、それだけに囚われることなく、寄り道も同じくらい楽しんでいる。ただ、生きているだけで楽しいのだと言わんばかりに」


 「………きっと、あるデバイスのおかげなんだと思います」

 そんな生き方を、アリシア・テスタロッサに与えたのは、一体誰だったか。

 彼女と常に共に在り、彼女を蘇らせるために全てを懸けたのは―――



 「姉さんの口癖なんです。“何か一つのことのために生きている人間は、デバイスと同じにすらなれない。デバイスの劣化品に過ぎない”って」


 「なるほど、実にアリシアらしい言葉だ」


 「ええ、ただ一つことに集中するなら、デバイスに敵うわけがない。その代り、人間は無限の可能性を秘めているんだ、って、だから、やろうと思えば何だって出来る」


 「何でも出来る、か。――――――確かに、闇の書の守護騎士であった私達すら、今はただ一度きりの生を歩むことが出来ている。そして、お前の姉もまた然りだ」

 烈火の将シグナムは、アリシア・テスタロッサという女性を、深い意味で尊敬している。

 別に彼女は特別なものを持って生まれたわけではない。むしろ、先天的な才能という面ならばフェイトの方が大きく勝っており、特異な生まれ方をしたフェイトと異なり、今から40年前に生まれたアリシアという少女は、実に平凡な子だった。

 だが、数多くの出来事が彼女の運命を大きく変え、10年前に、26年間の眠りより目覚めることなった彼女は、年齢というものがあらゆる面で不確かなものとなっている。

 肉体が生きて稼働していた年数で測れば、現在15歳程。存在していた年数で測れば40歳。

 10年前に目覚める9年前から脳の受信機能だけは働いていたので、精神年齢ならば当時で14歳相当、現在ならば24歳と言える。

 存在は40年、稼働時間は15年、精神は24年、そして、ジュエルシードの力で目覚めてより、彼女の成長のペースは常人と同じというわけではなかった。

 人を騙すデバイスが作り出した夢の世界をなぞるように、彼女の肉体はフェイトと同じ年代まで短時間で成長を遂げ、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、月村すずか、アリサ・バニングス、八神はやての“6人”は中学生までを同じ学び舎で過ごすこととなった。

 それはまさしく、あの桃源の夢の光景を、現世に映し出したかのように。



 「アリシアの存在は“常人”のそれではない。言い方は悪いが、私が戦ったベルカの騎士、ゼスト・グランガイツと似た存在であることは事実だろう」


 「ええ、なのに、姉さんったら、まるでそのことを気にしないんです。クローンであることを気にする私が馬鹿に見えるくらいに」

 なぜそのように在れるのか、と、姉に尋ねた時に彼女が返した言葉も、フェイトにとっては忘れられない言葉である。


 「なぜ、って聞いたら、“デバイスから見れば、同じ生体細胞の塊よ”って」


 「くくっ、確かに、デバイスから見ればそうだろうな。人間というものは、少し細かい部分にこだわり過ぎるのかもしれん」


 「ええ、そして、人間と機械は違うものだということを強く意識すれば、人間らしく生きることなんて簡単だって。機械がやれないことをやればいい、その代り、人間に出来ないことは機械に任せればいい」


 「それで、戦闘機人(笑)か」

 アリシア・テスタロッサは、戦闘機人のことをそのように評した。


 「ナンバーズ達は戦闘機械なんかじゃなくて、ただの人間だと姉さんは笑います。“トールのように、一つの事柄のためだけに稼働することなんて出来ない分際で戦闘機械を語るなんて、思いあがりも甚だしい。マイクでも握ってアイドルユニットでも組んでるのがお似合い”、だそうです」


 「そういえば、よく海上隔離施設に足を運んでいたな」


 「ギンガと一緒に、ですね。姉さんは戦闘機人達を魔改造してやる、なんて言ってますけど、きっと“機械”の何たるかを教えているのだと思います」


 「誰よりも人間らしく生き、そして、誰よりも機械を誇りに思う、か。なんとも珍しい説得もあったものだ、お前達のような半端者は機械になどなれはしない、機械を舐めるな、ときたか」

 機械に育てられ、機械と共に生き、機械に救われた少女は、人間らしく生きる道を選んだ。

 そして、彼女はその手で、新たな機械を生み出していく。

 かつて自分を救ってくれたデバイスのように、誰かのために機能する命題を持った機械達を。


 「姉さんは、本当にかっこいい人です」


 「それは同意見だ。魔改造さえなくなれば、手放しで称賛出来るのだが」


 「ふふふ、でもそれがなくなったら、姉さんじゃありませんね」


 「違いない」

 J・S事件は終わり、機動六課は平穏を取り戻している。

 そして、若き世代も、それぞれの道をやがては進んでいくだろう。

 人とデバイスが、共に歩んでいく道を。



















新歴75年 1月26日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園






 年も明け、J・S事件の後処理もあらかた片付いた頃、なのは、フェイト、ヴィヴィオ、アリシア、エリオ、キャロの6人と、それから一体の魔法人形は久々の休暇に時の庭園を訪れた。

 スバルやティアナ、八神家組には仕事があり、シフトの関係上全員が同時に休むのは無理があるため、今回はこの面子でということになった。


 「なんか、久しぶりだね」


 「私は結構帰ってるけど、フェイトは次元航行部隊だからなかなか帰れないもんね、エリオやキャロはどのくらいぶり?」


 「ええっと、僕達は六課に入る前に一度」


 「はい」


 「俺がわざわざ同行しただろ、忘れたか、年増」


 「ああそうだったわね、くだばりなさい鉄屑」


 エリオとキャロの二人はフェイトによって保護されてからしばらくは、時の庭園で過ごしていた。

 一応、フェイト・テスタロッサが保護者ということにはなっているが、フェイトも仕事が忙しく中々一緒にいられることが少ないため、最も信頼できる人物達にに二人を託した。


 それが――――


 「おかえりなさい、アリシア、フェイト、エリオ、キャロ。それに、いらっしゃい、なのはさん、ヴィヴィオ」


 「「ただいま、母さん」」


 「「ただいまです」」


 「「お邪魔します」」


 娘二人とお揃いの紫色の石をネックレスにして身に付ける、時の庭園の主、プレシア・テスタロッサである。


 「プレシアグレートマザー、俺が抜けています」


 「貴方は員数外ね、トール」


 「親子揃ってひでえ! ああ、俺の同胞達はテスタロッサの親子に奴隷のようにこき使われる毎日なのか」


 「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」

 かつては様々な機械類で埋め尽くされていた庭園も、今は僅かな園丁用と雑事用の魔法人形が稼働するのみ。

 10年前、第97管理外世界の付近で起きた“管制機の暴走事故”は、時の庭園にあまりにも不可解な結果を残していた。

 次元航行艦アースラは確かにジュエルシードの魔力の発動を感知し、その規模が大規模次元震はおろか、次元断層すら引き起こせるレベルであることを察知した。そして、時の庭園のデバイスより主達が隔離されたことの連絡と救援要請が入ったため、リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンの二名は即座に向かうこととなった。


 しかし、そこで二人はあり得ない光景を目の当たりにすることとなる。


 次元断層を引き起こすほどの魔力が暴走しているにもかかわらず、時の庭園内部は凪のように穏やかなまま。ただしそれは機械類が存在しないプライベートスペースや屋外の庭などに限られ、転送ポートなどは既に消滅していた。

 21個のジュエルシードの魔力は“時の庭園の機械だけ”に影響を与え、その他のものには何ら影響を与えることもなく、リンディとクロノの二人もまったくの無傷。

 一応、調査は試みられたものの、情報を蓄積していたであろう端末や魔導機械は根こそぎ消滅しており、残っていた魔導機械はレイジングハートとバルディッシュのみ。

 その二人の記憶容量からも、管制機の暴走に関することだけはまるで“そのような管制機はいなかった”かのように抜け落ちていた。

 次元断層クラスの魔力が観測こそされたものの、アースラにも地球にも、周辺の世界にも一切影響を与えることなく、沈静化。

 結局、アースラの調査が得た成果はアリシア・テスタロッサという少女が目を覚ました、という事柄ともう一つ。

 ジュエルシードが、まるで役目を終えたかのように沈静化し、以前のように次元震を引き起こすような反応が見られなくなったこと、だけであった。

 まあ、ブリュンヒルトも吹き飛んだことで一悶着はあったものの、そこは金銭で片がついたので割愛するとしよう。

 そうして、動力を失った時の庭園はアースラの要請によって派遣されたけん引専用の大型船によってミッドチルダへ帰還、その以後はただの庭園として、アルトセイム地方に在り続けている。



 ただ一つ、異なることがあるとすれば――――


 もう、時の庭園には管制機がいないことくらいであろうか。











 「ねえバルディッシュ、これはなあに?」


 『これもデバイスの一種ですね、魔導師が使うものとは異なり誰でも使え、緊急時に連絡するために備える品です』


 「へぇー、バルディッシュって物知り」


 『ありがとうございます』


 「じゃあ、これは?」


 『これはですね……』



 集まった面子は、大きな木の下にシートを広げ、それぞれに話し込んでいる。

 このような機会は滅多にないため、エリオやキャロも楽しそうに話しており、なのはやフェイトも同様である。

 だが、アリシアには――――

 幼子がデバイスに他愛ないことを聞き、デバイスがそれに答えている、ヴィヴィオとバルディッシュのやり取りが目にとまった。




 ≪ねえトール、これは?≫


 【これは、Fateと読みます】


 ≪ふぇいと、………………なんか、きれいなひびき≫


 【意味は、“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”などですね。運命の気まぐれや死、破滅などを暗示する際に用いられます】


 それは、在りし日の自分と彼の姿、そのものであったから。

 そしてそれは、もうあまり外を出歩くことは出来ず、子供達がときおり訪ねてくるのを、時の止まった庭園で静かに待ち続ける、古いデバイスの主にとっても同様であった。




 ≪トール、出来たわよ、採点してみて≫


 【Yes, my master】


 ≪どう?≫


 【All OK, full points】





 この大きな木の下は、もう50年以上昔、小さな少女と作られたばかりのデバイスが、共に魔法の練習をしていた場所であり。

 プレシア・テスタロッサという女性が、彼と共に生きてきた日々の、象徴ともいえる場所であったから。














 時の庭園の一画にある小高い丘に1人の女性が静かに立っていた。紫の美しい髪を風に靡かせているその人物はこの庭園の主、プレシア・テスタロッサである。

 皆今は一つの場所に集まって憩いの時間を過ごしているのだが、彼女はそこから離れ、なんとなくこの丘に登ってきたのだ。理由を聞かれれば、そんな気分になったから、としか言いようが無い。

 そこから見下ろせる景色には、自分が幼少のころ遊んだ場所が、そして娘達が遊んだり訓練したりした場所が、全てがある。

 そして、どんな時にも、自分のときにも、アリシアの時にも、フェイトのときもその傍らには1機のデバイスがあったのだ。

 彼女は自分の首飾りを手に取り、その自分の髪と同じ色の石をじっと見る。それは本当は石ではない、宝石でもない、10年前まで確かに動いていた、彼女の相棒。

 今はもう動かない彼女の相棒。

 プレシアは抱きしめるように首飾りを握り、自分にしか聞こえない声で静かに礼を言う。その答えが帰ってくることはもう2度と無いけれど、これは彼女の儀式のようなものだ。ここにきたら、こうする、という


 「ありがとう、トール」

 貴方のおかげで娘達はとても元気

 貴方のおかげで娘達はとても幸せそう

 貴方のおかげで――――私はこの上なく幸せに生きているわ


 そこへ、1人の女性が近寄り、見た目より年をとっている彼女を労わるように寄り添う。

 10年前に再会した、己の使い魔だ。あの日、目が覚めた自分を介抱したのは彼女で、それからの日々も自分手助けしてくれる良きパートナー。ちょうど、フェイトとアルフのような関係に、彼女と自分もようやくなれていた。

 
 「プレシア、ここに居ましたか」

 
 「なんとなく、ね」

 主人の気持ちをその絆から理解しているからか、リニスは特に何もいうことはなく、ただ一言告げるだけで。


 「なるべく早くもどってあげてくださいね」


 「ええ、わかってる。でも今はこうしていたいの」


 「そうですか。まあ、それにしても、今日は賑やかになりそうですね」

 
 「そうねリニス、でも貴女と2人のここは普段は静かだから、こういう賑やかな日が無いと寂しいわ」


 「はい、私もそう思います。でもツヴァイも来てますから、賑やかを通り越して騒がしくなってしまうかもしれませんね」

 
 「ふふふ、確かにそうなりそうだわ」


 微笑合う二人の視線の先では、娘とその友人たちが手を振っていたので、彼女達もまた手を振り、そして、頷き合うと一緒に丘を下りて行った。














 そして庭園の木の下では、一組の姉妹とその娘、さらにそのデバイスが楽しく会話を続けている。


 「そういえば、フェイトママの着けてる石って、バルディッシュに似てる?」


 『ええ、それはそうでしょう』


 「ねえ、フェイトママ、どうして?」

 そして、幼子の問いに、フェイトは優しく微笑みながら答える。


 「私が着けてるものと、母さんが着けてるものと、姉さんが着けてるものは、元は一つでバルディッシュと同じように三角形をしていたんだよ」


 「じゃあ、割れちゃったの?」


 「うん、10年くらい前に大きな事故があって、姉さんと母さんを助けるためにね。事故の後に見つかったのは、三つに砕けた欠片だけ、そして、その名前は、トールっていうの」


 「トール? トールならあそこにいるよ?」


 「あれもトールではあるけれど、実は、違うんだ」


 「?」


 そこに


 「あれは、私が作った人形で、名前を全部言うと“トール・ツヴァイ”って言うのよ」

 疑問符を浮かべるヴィヴィオに対し、アリシアが補足して説明を加える。


 「ツヴァイ?」


 「そう、二番目。彼はかつて壊れたトール・アインのデータを基に、再構築されたトール・ツヴァイ。初代のトール・アインはバルディッシュのような口調の、デバイスらしいデバイスだったわ。それに、融通が効かないとっても古いデバイスだった、何せ、母さんが子供の頃から一緒にいるデバイスだもの」


 「アイン、壊れちゃったの?」


 「うん……………私と母さんのためにね」


 「プレシアおばあちゃんは、悲しくなかった?」


 そして、幼子の問いに―――


 「ええ、とても悲しかったわ。でもねヴィヴィオ、そのおかげでアリシアはぎりぎりで助かったの。トールが壊れたことは、決して無駄じゃないのよ」


 丘から戻ってきた時の庭園の主は、かつて夢の中で自分が述べた筈の言葉を、返した。

 その言葉は、果たして誰が願ったものであったか。

 アリシアが目を覚ますその時まで、愚者の仮面を被り、機械の頭脳を休ませることなく働かせながら、ムードメーカーを偽り続けたのは誰であったか。

 そして最後に、アリシア・テスタロッサと自分の立場を入れ替え、世界そのものを騙したその存在は。

 ただ、命題に従い、機械として在り続けた、誰よりもデバイスらしいデバイスは――――


 「バルディッシュも、トールのこと覚えてる?」


 『Of course. (もちろんです)』


 「じゃあ、トールって、どんなデバイスだったの?」


 『Yet, If tell one word………(そうですね、一言で表すならば…………)』


 命題を果たして逝った管制機の後を継ぎ、閃光の戦斧はテスタロッサ家に仕え続ける。

 そして彼は、自分に託されたあらゆる想い、彼より受け継いだデバイスの存在意義、それら全てを込め、告げた。

 古いデバイスが、最期まで貫き通した、その在り方を―――――





 『He was a liar device. (彼は、嘘吐きデバイスでした)』







 fin









あとがき
 無印編、アナザーエンディング、いかがでしたでしょうか。
 ちなみにこのバルディッシュはトールのように話せますが、演出上最後だけ英語にしました。
 先に述べたように、今回の分岐点は本作品で最大のものであり、こちらもまた一つの結末となっております。そして、現在A’S編へと至っている物語がStS編へと至った時に、二つの可能性を比較してどちらが良いものであるかは私にも分かりません。
 シグナムが述べているように、こちらはA’S編以降はほぼ原作通りに進んでおり、リインフォースは亡くなっており、Die Geschichte von Seelen der Wolkenにおいてはトールとリインフォースがキーポイントとなります。
 このエンドにおいて、アリシアとはやては実に似た関係にあり、アリシアは自身が生きる代償にトールを失い、はやてはリインフォースを失っていますが、それに対する想いは似ているようでまったく異なるのです。
 人間に極めて近いリインフォースがはやてのために自身の消滅を選んだことと、どこまでもデバイスであるトールが迷うことなく自身の崩壊を行いながらも、その判断は主の手に委ね、決して自分では決めなかったこと。もし、リインフォースがトールと同じデバイスであるならば、はやてが死ぬなと言えば、彼女は絶対に死ねないのです。

 自身の意思で主のために消える自由を持つリインフォースと、どこまでも主の命令に従うトール

 そこが、A’S編において主軸となるテーマであり、こちらはそれと対になる物語となるように書きましたので、やはり、これも一つの終わり方なのだと思います。
 これより、A’S本編の執筆も進めていきますが、読んでくだされば幸いです。それではまた。

 


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