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[28623] IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/07 00:28
はじめまして、人によってはお久しぶりです。東湖です。

型月板でも二次創作を掲載させていただいてます。そちらの方は少し訳ありで今は休止しております。

この作品はにじファン様にも投稿させていただいています。

この作品は織斑家と篠ノ之家ともう一つ幼なじみの家庭を突っ込んだ作品です。
平たく言ってしまえば、一夏の幼なじみのオリ主ものです。

相変わらずの遅筆ですが、それでも読んでいただければ幸いです。

ならびにこの作品は、

・オリ主、およびオリキャラ成分あり

・となると当然オリIS成分あり

・やはり戦闘描写は苦手です

・以前と比べると文章量が足りないかも

・オリ主×原作キャラの成分を含みます。それを認められない方はご退場下さい

 その他諸々の成分を含みます。

 それでもよろしければ、「IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士」の世界へお進み下さい。

 よろしくお願いします。



[28623] prologue 「はじまり」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 01:50





 懐かしい夢を見ている。

 いや。懐かしい、と言えるのかどうか怪しい。

 もっと適当な言葉で当てはめるとすればデジャブ。

 見たこと筈ないのに、知っている筈ないのにそのことを頭では知っていると認識できてしまう。

 だが懐かしいと思えるのであれば自分の記憶の片隅に刻まれていることなのであろう。

 何時?――――夕暮れ時。

 どこで?―――どこかで。

 誰と?―――――誰かと。

 何してる?――何かをしてる。

 重要な部分がまるで思い出せないがこれだけは言える。

 彼らとはまた、会える気がする。









「……さん、露崎仕種つゆざきしぐささん」

 アナウンスの声に目を覚ます。いけないけない、集中のために目を瞑っていたがまさかウトウトすることになるとは。

 呼ばれたのは自分の名前。次は自分が飛翔ぶ番であるという知らせ。

 大きく息を吸い、肺に溜めた空気を一気に吐き出す。

「緊張しているか?」

 後ろからよく知った女性から声をかけられる。それはここの関係者で私が非常にお世話になっている人物の声だ。

 どうやら深呼吸している様子から私が緊張していると見られたらしい。

 まあ、大抵は深呼吸して落ち着かせようと思うのが普通なのだが私の場合は単に大きな呼吸をしただけ。

 自分を落ち着かせようなんて気持ちはそこに微塵もないのだが。

「いいえ。でもどうしてここに?」

 かぶりを振って、声のする方に向き直る。

「なに、お前が出ると聞いてな。たまたま時間が空いていたから来ただけだ」

「わざわざありがとうございます。でも、そういうことは身内にしてあげればいいのに」

「あいつの時は丁度、試験官をしていたからな。時間が合わなかった方だけだ」

「またまた。この場で会いたくなかったからでしょう?」

 私の深く考えず言った軽口とともに女性の目が細くなり殺気立てようとするのを本能的に察知する。

 これ以上は狩られる!?

「まあ、いい。で、試験のほうはどうなんだ? お前は」

「問題ないです。私にとって勝つことは息をしているのと同じことですから」

 そして不敵な笑みで声をかけた女性に応える。

「勝つことは息をすることと同じ」

 それは私の口癖だ。

 常勝無敗。そんなありきたりなスローガンのような言葉では収まらない私を私たらしめる根底に沁みついたワード。

 息をするくらいに当たり前なこと。

 息をすることに何を恐れるだろうか? 何を心配するだろうか?

 人間は決してそんなことに怖がるように出来ていない。

 息を吸って、吐いて。血液に酸素を取り入れ、体内の二酸化炭素を吐き出し。

 それはごくごく当然のこと。

 私にとって勝つとはそれと同じくらい些細なことなのだ。

 しかし、それ以外に特別なことがあるとすれば勝負事独特の昂揚感。

 少しだけ心臓の鼓動が速い気がするが、こればかりは仕方ない。何せ性分なんだから。

「そうか。それは頼もしい限りだ。立場上、あまり肩入れ出来ないがこれだけ言わせてもらおう」

 そう言って女性は不敵な笑みを返して来た。

「頑張れよ仕種」

「ええ、頑張って来ます。千冬先生」

 世界最強のIS操縦者、織斑千冬に応援されることほど嬉しい激励など他に存在しない。

「では勝ってきます」

 大きな翼のようなスラスターを吹かせ私は紫雲を棚引かせてピットを飛び立った。















 そして――――――――――、















『試合終了。勝者、露崎仕種』









 少女は言葉通り息をするように一つの勝利を勝ち取った。















「まさか、山田先生を倒してしまうとはな」

 他の教師たちが騒然とする中、モニターに映る映像を千冬は感慨深げに眺めていた。

 山田真耶はあんな可愛らしい容姿をしてこそいるが元日本代表候補生。実力は折り紙つきなのだ。

 それをこうも簡単に打破してしまうとは、予想はしていたが内心は少し驚いていた。

 これで試験官に勝った人間はこれで三人、いや二人目なのだろう。

 もう一人も勝ったことになっているが、どう見たってあれは自爆の他に言いようがない。

 あいつがISを展開出来たことに気が動転してしまいそのまま直進し、かわされ、壁にぶつかって気を失ったという恥ずかしい失態を勝利というのは無理があるだろう。

 そのビジョンを思い出してしまい眉間を抑えながら千冬はハア、とため息を吐く。

「それにしても」

 もう一度、目をモニターに戻す。

 そこに映っているISを装着した一人の少女に彼女の面影を重ねる。

 容姿に戦い方、そして口癖……。その全てが彼女とダブって見えた。

「勝つことは息をしているのと同じこと、か……。やはり、あいつと同じなのだな仕種」

 誰にでもなく、千冬は小さく呟いた。








 IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士

 prologue「はじまり」



[28623] 第一話 「ファースト・インプレッション」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:06




「全員揃ってますねー。じゃあSHR始めますよー」

 IS学園、一年一組。

 黒板の前でにっこりとほほ笑むのは副担任の山田真耶先生。

 やや幼い顔つきにずり落ちた黒縁眼鏡、少しだぼついたサイズの合っていない大きめな服。

 ちなみにぱっと見の第一印象は「背伸びした大人」。

 うん、我ながら的確な表現である。

 ちなみに入試の時に私の対戦相手だ。あの時はお世話になりました。

「それではみなさん、一年間よろしくお願いしますね」

「………………」

 返答がない。まるで屍のようだ。いや、みんな生きてるけどさ。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 涙目になりながら進める可哀想な山田先生。

 ここが普通の女子高ならばこんなことになりはしないだろうに。

 こんなに教室に微妙な緊張感が流れているのかは簡単だ。

 原因は女の花園の教室、そのど真ん中の一番前に座っている男子、織斑一夏だ。

 あの織斑千冬の弟で、全世界で唯一ISに乗れる男性として世界的にニュースに流れた時の人だ。

 まあ、彼がここに来た……というか強制入学させられたのはここにいた方が都合がいいからだろう。

 第一に身の安全。

 普通の高校に通った日にゃ一夏が何故ISを使えるかの実験体にするためどこかの組織に拉致されるに違いない。最悪ホルマリン漬けなんてことも……。うえ、想像したら吐き気がして来た。

 それに比べてIS学園は在籍している間は国家などから一切の干渉を受けない。そんな感じの特記事項があった筈だ。

 そう言った意味で一夏はここにいた方が身のためなのだ。

 その他にも事情はたくさんあるが政治問題とか外交問題とか私の偏った学習しかしていない頭では理解できないので割愛させていただきたいで候。

 そしてあっちの窓辺の奥にいるのが篠ノ之束の実の妹、篠ノ之箒。

 剣道の全国大会で優勝するくらいべらぼうに強い。

 彼女が纏う張り詰めた雰囲気はまさしく古い時代の日本男子のそれなのだがこの六年でなんか鋭さを増してないでしょうか。

 もう一度視線を前に向けて映り込んできたのは落ち着きない一夏。まあ、それも当然ですよね。

 なんてったってクラスの男女比は男:女=1:28。

 周りからは奇異の目で見られるし私だって逆の立場にはなりたくない。

 そんな一夏は周りの空気に耐えかねて幼馴染みに助けを求めるような視線を送るのだが……、

(……ぷいっ)

 顔を逸らされた。

 うん、箒も相変わらずで何より。

 あ、次は一夏の番か。なのに箒に視線を送り続けていて呼ばれていることに気付いていない様子。

「……織斑くん。織斑一夏くんっ」

「は、はい!?」

 山田先生に目の前で大声で呼びかけられたため思わず声が裏返ったまま返事する。

 そのため案の定、くすくすと周りから笑い声が聞こえてきて余計に落ち着きをなくしている。まったく何やってるんですか。

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 ペコペコと謝る山田先生。

 先生、低姿勢なことはいいことかもしれませんが度を超してるのは流石に生徒に舐められますよ……。

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いて下さい」

「ほ、本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ? 絶対ですよ!?」

 涙目になりながら手を取り熱心に詰め寄る山田先生。

 自己紹介程度で涙目なんてこの先やってけないですよ……。

「えー………、えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 立ち上がって当たり障りなく言葉を選び自己紹介をする。そしてそのまま着席で終わり。

 これが織斑一夏が描いている自己紹介プランだった。

 だったのだ・・・・・

 彼はそうするつもりだったに違いない。てか、このなんともいえない間はこれで終わりにしようと思っていたと断言できる。

 しかし周囲の女子からの『もっと聞きたいなー』みたいな期待に満ちた眼差しが終わるに終わらせられない状況を作り出している。

「す、好きなことはお風呂。えー、特技は家事全般、です」

 しどろもどろになりながらも自己紹介を続ける。それでも『これで終わりじゃないよね?』みたいな空気に変わりない。

 さて、空気を読まないことに定評のある一夏はどのような言葉を選ぶのか。

 決意したのか一夏は大きく深呼吸をして、

「以上です」

 四文字で締めた。

 ガッシャーン! 一同は某お笑い養成事務所のようにずっこける。

 うむ、想像通りの終わり方だった。

「あ、あれ……?」

 拙かった? みたいなことを言いたげな一夏。

 バカヤロー、拙いに決まっている。

「いっ―――!?」

 なんて私の心の代弁するかのようにパアンッ! と出席簿が火を噴いた。

 その鉄槌を下した人物は私のよく見知った黒のスーツがよく似合う人物でその名も……。

「げえっ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」

 パアンッ! と再びいい音を立てて叩かれる。

 いや、寧ろ彼女の強さからすると呂布……。

「だから、何故私を三国志の英雄で例えようとする」

 チョークが私のおでこを捉えて砕け散った。単に当たっただけなのではない、砕けたのである。

 一体、万力の力を込めればこういうことになる? それを受け止めた私の頭も大概だけどさ。

 それに別にかわしてもよかったのだが、自分の責任で後ろの子にも被害が被るのは悪い気がするので甘んじて受けることにする。超絶痛いが。

 しかし、何故考えてることが分かった? テレパシー? 考えを顔には出さないようにしているのだが……。

「だ、大丈夫……?」

 隣の子がひそひそと話しかけてくる。まあ、出席簿あれの次にチョークこれなのだ。軽く引いてるのかもしれない。

「大丈夫じゃない、って言ったら何かしてくれる?」

 意地悪くそんなことをいうと小さな声でええっ!? と慌てる。

 あら、ブラックジョークはお気に召さなかったか。

「気にしないで冗談ですよ。見ている以上に重症じゃないから」

 くすりと笑っておでこを押さえながら視線を前に戻す。

「織斑先生、もう会議は終わられたのですか?」

「ああ山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてしまってすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですからこれくらいはしないと……」

 はにかみながら千冬先生と話している山田先生。あ、なんか初めて教師らしいとこを見たや。

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 なんという一方通行。なんというファシズム。

 そんなことを宣言する教師が全世界にいていいものか。

 が、私の思惑とは裏腹にクラスの女子たちが途端に黄色い声を上げ色めき立つ。

 クールビューティー、強い女性を見事に体現した女性が目の前に立つ千冬先生である。

 第一世代IS操縦者の元日本代表で公式戦無敗。しかも第一回ISの世界大会―――モンド・グロッソの格闘部門及び総合優勝者なのだ。

 つまりは世の女性たちの憧れの的である。

 ところがある日、突然現役を引退し姿を消した……ってことになってるけど一夏の驚きようを見る限りここで教師をしていることを当人に話してないみたいだ。

「キャ―――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」

 いや、別に南北海道からでもいいけどさ。

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 ミーハーな黄色い声援が飛び交う。

 千冬先生は見慣れ過ぎた光景なのか非常に鬱陶しそうだ。

 まあ、現役時代から今までずっとこんな調子だったとすると呆れも入ってきて当然だろう。

「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

「きゃああああああっ! お姉様! もっと叱って! もっと罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 躾というか一部嗜好の矯正が必要な生徒がいるような気がしないでもない。

「で? あいさつも満足に出来んのか、お前は?」

「いや、千冬姉、俺は……」

 パアンッ! 本日三目の出席簿がお見舞いされる。千冬先生、身内贔屓しないからってポンポン人の頭を叩いていいもんじゃないですよ。

「織斑先生と呼べ」

「………はい、織斑先生」

 頭を押さえながら席に着く一夏。

 それにしても学習能力低いよ一夏。何回千冬姉って呼んで叩かれてるのさ。

「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟………?」

「じゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係して?」

「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」

 ひそひそとそんな話が耳に入って来る。

 今のやりとりで一夏と千冬先生の関係がバレてしまったようだ。

 まあ、遅かれ早かれいずれバレることになるから別に深くは気にしないけどさ。

 いずれ、私や箒のこともバレるだろうし。





 その後も滞りなく自己紹介が進んでいく。

「次、露崎さん」

 教室全体を見渡していたら自分の番が来た。

「露崎仕種です。好きなものは自由、趣味は観葉植物です。よろしくお願いします」

 立ちあがり背筋をぴんと伸ばして自己紹介をしたところでクラスメイトの多くは織斑姉弟に首っ丈でほとんど生徒の耳に届いていない。

 ……なんだかなあ。自己紹介したのにリアクションがないってのは悲しいぞ。

「あ、一つ言い忘れてることがありましたが」

 思い出した、というか言っておかなければならないことがあった。

「私、専用機持ってます。そこんとこヨロシクです」

 最後に興味を引く一言をわざと残して席に座る。

 専用機。

 ISは世界に467機しかこの世に存在しない。

 しかも、ISのコアを作ることが出来るのは全世界で篠ノ之箒の姉、束さんだけ。

 その束さんは現段階ではISのコアをこれ以上増やす気はないという。

 現在その467機のISを国家や企業などに適当な数に割り振られている。

 つまり、私はそんな大変貴重な467分の1を保有していると言う訳だ。

「………………っ」

 クラスもその一言が効いたようでさっきとは違ったざわめきが生まれる。

「み、みなさん静かにっ! じゃあ次の方、お願いしますっ!」

 山田先生はいっぱいいっぱいになりながら自己紹介を進めるように促す。山田先生には悪いことしたなあ。

 自己紹介が一通り終わる頃にSHRの終わりのチャイムが鳴る。

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 ああ、折角あそこでの生活とはオサラバしてこれからは晴れて自由の身だと言うのにここでも自由はないのか。

 まあ、でもここは学校であるからあそこの万倍マシだろうし、ある程度の我慢で色々な自由を手に出来るから別にいいですけどね。

 そんなことを思いながらまだ痛むおでこを擦って机に次の時間までのエネルギー節約のために突っ伏した。





 * * *

 あとがき

 読んでくださってありがとうございます。東湖です。

 記念すべき一話が実にテンプレートでごめんなさい。

 でもやっぱりここから書き始めないと……。

 次回は箒と皆の大好きなあの人が登場します。



[28623] 第二話 「平民の心、エリートは知らず」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:18





side:織斑一夏



「あー……」

 第一声がこんなので申し訳ないが、俺は参っていた。

 正直、もう駄目だ。ノ―センキューだ。この後の授業を受ける気力すらない。

 一時間目のIS基礎理論授業が終わった休み時間、織斑一夏は机に突っ伏していた。

 周りからは奇異の目が授業中、休み時間を問わず絶え間なく注がれている。

 なにせ全世界において男でISを動かせる人間がここにしかいないのだ。否が応にも目立ってしまう。

 そうなると俺はもう客寄せパンダ。俺を一目見ようと休み時間の度、全学年からここまで俺を観察しに足を運びに来ることになるのだろう。

 これは精神的にかなりきつい。

 女の園をロマンだとかほざいていた悪友にじゃあ、代わってみるか? と言ってやりたい。

 しかも追い打ちをかけるように授業はチンプンカンプン。

 IS学園に入学してくる奴は事前学習しているというのは本当らしい。

 前の授業でも俺が頭を抱えているその横ですらすらとノートを取っていたのだ。

 うう、こんなことなら『必読』と書かれていた参考書に目を通しておくべきだった……。

 古い電話帳と間違って捨てそうになる時に気付いてよかったがそれきりだ。

 だいたい、あんな分厚いものに目を通せというのに無理がある。

 開始、三秒で止められる自信がある。

(誰かこの状況を助けてくれ……)

「……ちょっといいか」

「え?」

 天に俺の願いが届いたのか突然かけられた懐かしい声に顔を上げる。

「……箒?」

 目の前にいたのはさっき助けを求めていたのに助けてくれなかった薄情な幼なじみ、篠ノ之箒だった。

 剣道を続けていたのか平均的な身長よりもポニーテールと相まって長身を思わせる。

 そのうえ彼女の纏う雰囲気は六年前に比べると凛としたものになっていた。

「着いて来い」

 それだけ言ってすたすたと先に行ってしまう。

「早くしろ」

「お、おう」

 箒に叱咤されると急いで後をつける。

 もっともあの空気にいたんじゃ気が休まらない。それなら幼なじみの箒といた方が気が楽だ。

 それにあの箒から声をかけてきてくれたんだ。積もる話もあるんだろう。

 教室の外まで溢れ返っていた女子たちが箒の行く道をざあっと道を空ける。モーゼの海渡りかよ。





 箒というモーゼがいるおかげで一人では行けそうもなかった屋上に出ることが出来た。

 外ということで緊張感から解き放たれた解放感が心地よい。

 それでも何人かの視線を感じるが教室や廊下に比べれば幾分かましなものだ。

「で、何の用だよ?」

「………………」

「六年ぶりに会ったんだ。何か話があるんじゃないのか?」

「う……」

 箒はそこでばつ悪そうに黙りこんでしまう。

 気まずい。教室にいるとはまた何か違った意味で気まずい。何か会話をせねば。

 ていうかそれしなかったらなんで人目を気にして屋上まで呼んだんだ箒……。

「そういえば」

「何だ?」

 ふと言わなければならないことを思い出した。

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

 赤らめながら口をぽかんと空けている。

「なんでそんなこと知ってるんだ」

「なんでって、新聞で見たし……」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ」

 いや、逆に聞くがなんで俺は新聞を読んではいけない?

 あれ、褒めた筈なのになんで俺怒られてるんだ?

「あー、あと」

「な、何だ!?」

 興奮しすぎだ。ちょっと落ち着け。

「久しぶり。六年ぶりだったけど、箒だってすぐに分かったぞ」

「え……」

「ほら、髪型一緒だし」

 そう指摘すると顔を赤らめながら長いポニーテールを弄り出す。

「よ、よくも覚えているものだな……」

「いや、忘れないだろ。幼なじみのことぐらい」

「………………」

 その一言で急に視線が厳しくなる。いやいや、なぜそこで睨まれなきゃならない!?

 むしろ、覚えてたことに対してもう少しだけ感動して欲しいんだが……なんて希望を箒に持てる筈もない。

「まあ、仕種の方は自己紹介されなきゃちょっと分かんなかったけどさ」

「仕種か。私もあの変わり様に驚いたが、あれは変わり過ぎだ」

「だろ? あれを仕種だって言われても分かんねえっての」

 露崎仕種。

 箒と同じく、俺の幼なじみの一人。

 あいつは箒とは別の意味で見違えた。

 箒の場合、俺の持っている箒像そのままに成長した感じだったためすぐに判った。

 無銘の日本刀みたいな感じが名匠が作り上げた日本刀にランクアップしたような……そんな雰囲気だ。

 しかし仕種の場合、何もかもが違っていた。

 当時の面影すらない、虫の変態に近い感覚だ。

 アオムシがチョウに変わるのと同じようなあの感じ。

 あんな綺麗な紫がかった黒髪の似合う子になっているなんて思いもしなかった。

 目元は子供の頃の名残があるが、それ以外はまるで同一人物とは思えない変身振りだ。

 だから名乗られるまでホントにあの子が仕種だって判らなかった。

 会ってない期間は箒よりも短い筈なのに……月日というものはこうも人間を変えてしまうのか。

「なあ、一夏……」

 箒が何か言いかけたところで二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。

「俺たちも戻ろうぜ」

「わ、分かっている」

 他の奴と同じように教室へ戻っていく。流石はIS操縦者、行動が早い。

(ああ、この後もあの訳の分からない授業か……)

 帰り道で次の授業のことが頭をよぎる。

 そう考えるだけで頭が痛くなる。

 よし、後で箒か仕種に聞いてみよう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うし。

 土下座でもなんでもしたらきっと教えて貰えるだろう。





side:露崎仕種



 一夏と箒が外に出たそんな頃。

 私はちょっとした厄介事に絡まれていた。

「ちょっとよろしくて?」

 金の縦ロールに青のカチューシャ、そして淡いサファイアのようなブルーの瞳。そして『いかにも』今の女子という雰囲気を纏ったこの感じ。

 そう、これが厄介事である。

 今の世の中、ISの登場によって大きく女性が優遇されている、というか女性=偉いという式が完成してしまっている。

 そうなると男性の立場は完全に労働力、奴隷のそれと変わりない。そのため男性が女性のパシリとして走り回る姿が度々目に映る。

 それにこういった自分様は偉いという手合いはあまり好きではない。

 今まで偉そうな奴と散々相手にして来ただけあって適当なあしらい方は知ってはいるがそれでも好きになれない人種に変わりないのだ。

「なんでしょう?」

「貴女も教官に勝ったと聞きましたけど、その情報は間違いじゃなくて?」

 私が試験官に勝ったことを認められないと言いたげな雰囲気を醸し出す。

 彼女の雰囲気からすると実際いいとこの身分なのだろう。

「生憎と、その情報は事実ですが。それとも教官に勝った人物が二人もいては不服?」

 私の言葉に一瞬、悔しそうに顔を歪めるがすぐに体裁よく取り繕う。

「っ。いえ専用機持ちなら当然のことだと思いまして。イギリス代表候補生、このセシリア・オルコットに同じクラスで学べることを幸運に思いなさいな」

 要は自分は代表候補生だから偉いと、選ばれた人間―――エリートだから偉いんだと。だからラッキーなんだと。

 なんちゅう飛躍した思考してるんだ。それにホントに偉い人間って自分を誇らないらしいですよ?

「……まあ、そうですね。一年のこの時点で専用機持ちと同じクラスになれるのは運がいいといってもいいでしょうね」

「ええ、そうでしょう。そうでしょうとも!」

 私が調子を合わせてやっただけなのにえらくご機嫌だ。

 だって半分事実で半分投げやりな回答を全部真に受けているんだもの。

 あれ? もしかしてこの人、案外ちょろい?

「しかしそれを他人に押し付けるのはあまりよくないので次からは考慮していただきたいのですが」

「む。どうしてですの? わたくしの素晴らしさを理解してくださったのですから他の方も理解してくださるはずなのですが」

 勝手に理解したことにされちゃったよ。理解したつもりはないんですけど、ね……。

「……理解したつもりはないんですけどね」

「? なにかおっしゃいました?」

 いけないいけない思わず本音が漏れてしまった。しっかりせねば、口チャックっと。

「それにしても、どうしてあの男はここに入学できたのかしら? 前の授業でも一つも理解してなさらなかったようですし」

 ……後半の点だけは同意。いくら今までISとは無関係だったとはいえここは入学前に事前学習が必要な学校だ。そのための参考書を読んでなかったのだろうか?

「だいたい、男というのは無能なのよ。あの男もきっと何かの偶然が重なってここに来てしまっただけに決まってます! その点、貴女は物分かりが良くて大変聡明な方。よろしければわたくしが仲良くしてあげてもよくってよ?」

 つまりはわたくしと近しい立場にいる人間だから友人になってあげてもよくってよ? そういうことを言いたいらしい。

 二つ返事で返せばいい。それが穏便にすませる反応だ。









「ふっ。冗談を」

 しかし、彼女の放ったその前の一言が私の琴線に触れたためそれが出来なかった。いや、しなかった。

「は―――――――?」

 ピシリとセシリアの笑顔が張り詰める。

「私は友人を卑下する人間とはとてもではないですが仲良くは出来そうにないですね。残念ですが」

「あ、貴女それってどういう……」

 突然の出来事に訳が分からないといった風にうろたえる。

 セシリアは当然、肯定してくれるものだと思っていた。先ほどまで自分の意見を肯定してくれたし好印象だった。おまけに専用機持ち。この人物は自分に相応しいと彼女は勝手に思い込んでいた。

 だから私という人間が手のひらを返したように否定したということに思わぬ事態に狼狽した。

「織斑一夏、彼は私の友人ですが」

 セシリアはその言葉に完全に絶句する。

「半分は認めましょう。しかし偶然とはいえ男がISを動かしてしまったらその時点でここ以外に選択肢がなくなってしまったと考えるのが一番妥当でしょう」

「それに、一夏おとこは馬鹿であれ無能なんかじゃない」

 私の静かなプレッシャーに気押されてセシリアはたじろぐ。

「あ、貴女身の振り方を弁えた方がいいじゃありませんこと!? それはわたくしとブルーティアーズを敵に回してこれから平穏な学園生活を送れると思っての物言い?」

 挑発ともとれる言葉にふと過ったアレと今後の学生生活を天秤にかける。

「ええ、送れるでしょう。何の不自由もなく」

 鼻で一蹴しながら自信あり気に応える。

 自信を持ってこれは言える。

 私は人間としての最底辺を知っている。

 アレには一切の妥協は許されず、一切の自己意思は存在しない。

 あるのは繰り返し行われる作業、作業、作業の数々。

 そんな場所に比べ比べればここは極楽浄土のようなものだ。

 それに、私自身目の前で他人を見下して驕る人間には負けないだけの力は備えているつもりだ。

「それは私が取るに足らないということですの!?」

「そう思うのであればそうなのでしょう?」

 怒りがある点を超えると冷静になるらしい。目をすっと細める。

「日本は礼儀を重んじる国だと聞きましたが、貴女は些か口が過ぎますわね」

「生憎と大和撫子とは程遠い育ちで。平民の不作法くらい寛大な器で流して欲しいんですが、無理でしょうか?」

 にらみ合った二人の間にタイミングよく二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。

「まあ、いいですわ。詳しい話はまた後ほど」

 そう言い残してセシリアは自分の席へ戻って行った。

 言い過ぎたかな。まあいいか。あんな驕った人間に対しては言い負かすくらいでちょうどいい。









 二時間目の終わり、一夏も私とおんなじように絡まれていた。ご愁傷様。









 三時間目は一、二時間目とは違い山田先生ではなく千冬先生が教壇に立っていた。

「それではこの時間は実践で使用するための各種装備の特性について説明する」

 それに関しては既に詰め込んであるため特段問題はない。

 むしろ、私がヤバいのは一般教養。特に古文、漢文、英文法、数学……あれ、詰んでない?

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 そう思い出したように口にした。

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスに実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度、決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 色々と大変な役柄がごっちゃになったのだが、要するに小学校でいう学級委員みたいなやつだ。

 選ばれる人にはご愁傷様としか言いようがない。

 もっとも、選ばれる人間なんて決まっているようなものですけどね。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれがいいと思います」

 次々と一夏が推薦される。

 まあ、当然といえば当然。物珍しさとクラスの看板の意味を込めたら彼以外に適役はいないか。

「では候補者は織斑一夏……他にはいないのか? 自薦他薦は問わないぞ」

「お、俺!?」

 いや、織斑一夏は貴方しかいないでしょう。

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権はない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 おおう、なんという帝政。ここの国は民主政治じゃなかったのか。

「いや、でも―――」

「待って下さい! 納得いきませんわ!」

 一夏が反論しようとしたところでバンと机を叩いてて立ち上がるセシリア。そういえば、さっき一夏と揉めてたなあ。

「そのような選出は認められません! 大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 おーおー、言いますねえ。いまどきの女の子ってこれほどなまでに男嫌いだっけ。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 男を猿呼ばわり、ね。一昔前は男女平等とか言っていたのによくもここまで身分が落ちたものだ。というかイギリスも島国でなかったか?

「いいですか!? クラス代表には実力があるものがなるべき、そしてそれは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

 怒涛の剣幕で捲し立てる。普通ならここで一回落ち着くのだろうが、セシリアの自分自慢は益々熱がこもっていく。

 まあよくもこうも自己主張出来たもんだ。その一点にだけは感心させられる。

 ただ、相手を貶して自分の方が優れているという言い方が気に喰わない。

 それに私自身、恥ずかしい話だが気の長い方ではない。

 だから、もしこれ以上貶されるようなことが続くのであれば。

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い屈辱で――」

 我慢の限界だ、と思うより先にセシリアの言葉が私の堪忍袋の緒を切った。

 ああ、もうこれ以上エリート様の演説を聞いているのは耐えられない。

「イギリスだって「じゃあ、悪いですが帰っていただけません?」……し、仕種?」

 何かを言おうとした一夏よりも早く私の口が言葉を吐いて出た。

「な……! 貴女、何を言って!」

 予想外の方向から一言だったのだろう、自称英国淑女様は思わず狼狽している。

「こんなところにいるのが耐えられないのでしょう? なら、とっとと荷物まとめてお国へ帰っていただけませんかと言ってるんです」

「だ、誰がそのようなことを! 貴女、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「私が侮蔑しているのは貴女であって貴女の祖国ではないんですが。それともあれですか? 私が祖国ですとかいうクチですか貴女は?」

 くつくつと笑う。ああ、ダメだ。あの高慢ちき金髪縦ロールが赤くなってく表情が面白くて仕方ない。

 人の不幸は蜜の味……とはいかないが気に入らない相手を言い負かすことに関しては不本意ながら自分の好きなことの一つなのかもしれない。

「日本人を黄色人種イエローモンキーと馬鹿にするのも構いませんよ。貴女がどういう教育を受けてきたかの質がそこで図れますしどういう風に考えているのか分かるので」

 こう言う時に限って相手の上げ足を取るような言葉がスラスラと出てくる。

 舌好調女、露崎仕種です。どこの野球選手だ。

「しかし、貴女の言う猿がISを開発したと言うことを忘れていただいては困りますけどね。それすらも理解出来ていないなんて猿以下ということでしょう?」

 それこそが決定的にして致命的な一撃。セシリアが後進的と称したことの最大の矛盾点。

 周知の通りISを発表したのはまぎれもない日本人、篠ノ之束である。その彼女の多大な功績あっての今の世の中だ。

 つまりは彼女がISを作らなければ女尊男卑の世の中は有り得なかったのだ。

 このような世の中を作った人物の祖国を後進的と称するのはあまりにもおこがましい限りである。

「……あ、貴女、わたくしに喧嘩売ってますの?」

 顔を真っ赤にしながら睨みつけてくるセシリア。しかしその言葉は矛盾点を指摘された動揺が見て取れる。

「日本侮辱して喧嘩吹っ掛けたのはそっちが先でしょうに。私はそれに見合ういい値で買ったまで」

 それを席に座ったまま冷ややかな目で流す。

「あ、あの仕種、さん……?」

 一夏には何故かさん付けで呼ばれる始末。

 周囲の女子も険悪な雰囲気におろおろしているが、そんなことは別にどうでもいい。

 これほど言われっぱなしというのは周りがよくても私が我慢ならないのだ。

 耐え忍ぶというのは日本人の美徳かもしれない。

 しかし、言いたいことを飲み込んでしまっては駄目だと私は思う。

 自分に正直に。言いたいことははっきりと。

 強制に囚われていた自分とは違う。選択権を与えられなかったあの場所とは違う。

 ここには、私の求めていた『自由』がある。

 日の当たらないジメジメした空間ではない。

 ここには、私のしたいように出来る場所があるんだ。

「私、今の時代に珍しい男女平等思想の持ち主ですので男のこと、見下してる人にはどうにも我慢できないんですよね」

 くすくす笑いながらも言葉を続ける。

「男は奴隷なんかじゃない。ましてや猿なんかじゃない。彼らはれっきとした人間です」

 はっきりと全男の意思を代弁せんが如く侮辱したセシリア対して宣言した。

「決闘ですわ!」

 私に指差し、そう宣言する。手袋をしていたら投げつけてくれるんだろうか。

「受けて立ちましょう。それで、時間は何時がよろしいですか?」

「そんなもの聞かれるまでもありませんわ! 今日の放課後、第三アリーナで……」

「何を勝手に決めている馬鹿者。そういうことは教師を通せ」

 パァンッ! と小気味よい音が頭蓋骨に響く。

 いいのは音だけ。実際は無茶苦茶痛い。うおおおおお……何故私だけ……。

「明らかにお前が言い過ぎだからだ。それで、露崎は織斑を推すのだな?」

「はい。クラス代表は全体の意見を聞ける人間がいいと思いますので。強さなんて追々身につければいい話ですし」

 頭を押さえながらそう言ってちらりとセシリアの方を見るとぐぬぬと言い負かされて悔しそうに睨み返してくる。いい気味だ。

「では露崎が勝てば織斑が、オルコットが勝てばそのままオルコットがクラス代表となる。両者、それでいいな」

「ま、待てよ千冬姉! 俺はそんな……」

 反論しようとした矢先にガンと机に叩き伏せられる。

「織斑先生だ。それにこれは決定事項だ、お前の意見は聞く耳を持たん」

「……はい、織斑先生」

 目の前の光景はまさしく女尊男卑の体現。

 女子の無理が通れば男子の道理が引っ込む。

 クロすらシロに変えてしまうとはこのことだ。

「待って下さい。わたくしは織斑一夏とも決闘を申し込みますわ!」

「はあ!? なんで俺まで……」

「あら、露崎さんが男性に対してこれほど買っていらっしゃるのに貴方はそれを無碍にするおつもりですの?」

「ぐ……」

 セシリアにしては間違ったことを言っていないため一夏は反論できない。

「ここで買わなきゃ男が廃りますよ一夏」

「そうだぞ一夏。男を見せろ」

 私の面白の茶化しに何故か箒の援護攻撃。嬉しい誤算である。

「こう二人は言ってるが織斑、どうする?」

「だー! もう分かったよ! その勝負買ってやるよ!」

 一夏がそうやけっぱちに声を荒げるのを見ると千冬先生は口元をニヤリと釣り上げる。これは確信犯だな。

「決まったな。露崎とオルコットの勝負は二日後の水曜、織斑とオルコットの勝負は一週間後の月曜。それぞれ放課後の第三アリーナで行う。織斑と露崎、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 手をパンと鳴らして千冬先生が話を締める。

 準備するための期間は一夏よりも短いがまあ、経験もあるし後は相手のISのデータだけなんだが相手は代表候補生なんだからどこかに露出はあるだろうしなんとかなるか。

 そこに考えが行き着くと、授業に集中し直した。





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 みんな大好きちょろいさんことセシリア・オルコットの初登場。

 本作では仕種に絡んでますが、実は一夏に絡むのをちょっと変えただけっていうのは内緒だぞ(マテ

 マジでどうしてこうなったと言わざるを得ない。仕種とセシリアの会話。当時は変なテンションだったからなあ……。テンプレの中にちょいちょいオリジナルを混ぜていかないと。

 次で文庫の一話「クラスメイトは全員女!?」が終わります。一夏と箒と仕種の語らいを予定しています。



[28623] 第三話 「再会する幼なじみたち」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/01 02:30



 授業が全て終わり放課後。教室を後にして現在は職員室前にいる。

 理由は至極簡単。

「露崎、会議の前に少し話がある。着いて来い」

 との千冬先生から直接ご指名をいただいたからである。ちなみに一夏は授業後、授業内容の理解が追い付かず重度のグロッキー状態で私が呼ばれたことなど知る由もない。

 そんなことを考えていたらドアが開き呼び出した本人が出てきた。

「すまない、待たせたな」

 いえ、と短く返すと千冬先生は壁にもたれかかる。

「それで、うまくやっていけそうか?」

 千冬先生からそう切り出される。

 ただ声色は教師の時の厳しいものではなく、近所のお姉さんのような幾分か優しいものだった。

「まあ、それなりに。学校なんて久しぶりなものですから集団行動に馴染めるかどうか」

「ほう、それなのに初日から騒動を起こすのかお前は」

 上げ足を取るように意地の悪い笑みを浮かべる。

「う……」

 そう言われると反論に出来ず言葉が詰まる。

 そもそもきっかけは単に上から目線が気にくわないのと男を馬鹿にしたことに対して吹っかけた痴話喧嘩である。

 それがあれよあれよという間に事が大きくなり、その延長にたまたまISの勝負があったというだけのことであって。

 結局のところ、この両者の争いの根幹は「侮辱さやられたからやり返す」という実にガキの喧嘩みたいなものだ。

「仕方ないじゃないですか、腹が立ったんですよ。それに私が起こさなくても一夏がやっていたでしょうし」

「言いかけたところをお前に被せられたからな」

 とはいえ、一夏も結局あのイギリスの代表候補生と戦う羽目になったけど。何も言えなかったうえに勝手に戦うことが決められてしまって実にお気の毒様だ。

「で、勝算はあるのか?」

 そう聞かれると、私は質問の可笑しさに歪な笑みが零れる。

「勝算がある、ないの問題じゃないんですよ千冬先生。私は、全ての勝負に・・・・・・勝たなければ・・・・・・いけない・・・・んです。息をしなくてはいけないことと同じで私は勝たなきゃ生きていけないんですよ」

 勝たなければ明日がある保障がない。私の人生はそうであったしこれからもそうなのだろう。

 更に失敗すれば明日がない。一時期はそんな生活すら強いられていた。

 幸いと天の助けか敗北とは遠い生活を送れてきた――――というよりも勝負事から身を遠ざけていた――――がここは違う。

 IS戦に常に勝敗は存在する。ISを操縦する限り、勝負に身を置かなければならない。

 自分は人一倍負けてはいけない立場なのに勝ち負けがつく生き方しか選択肢がなかったとはなんとも皮肉な話である。

「そうだったな。お前も、あいつも難儀な宿命を背負ったものだな」

 そう思い出したように呟く。

「家系の問題ですし、こればかりはどうにもならないですね」

 抱えている問題のあまりのままならなさに思わず苦笑する。

 世の中にどうしようもないことは存在する。

 織斑の家も篠ノ之の家も私の家も世の中の不条理にさらされた。

 私たちの場合はその一つが家系のことだったというだけで……。

「それで、あいつの調子はどうなんだ?」

「ええ、割と良好らしいです。医者の方からもそろそろ仕事しても大丈夫だって言われてますし」

「そうか」

 それを聞いて安堵の表情を浮かべる。

「さて、私も行くか」

「これから会議ですか?」

「いや、その前にあいつの荷物のことを伝えにな」

「? 一夏は寮に入ってなかったんですか?」

「本来なら一週間は家から通うことになってたんだが如何せん事情が事情でな。急遽、部屋割りを弄って相部屋にした」

 ……もう何も言うまい。

「道草せずに帰れよ露崎」

 そう苗字で告げて先生として教室に向かっていった。

「そう言われて素直に帰るほど人間が出来てないんですけどね私」

 とはいえ今の時間から行ける場所なんて限られている。うーん、部活見学でも行きますか……。















 色々な場所を巡っていたら案外と時間が過ぎてしまった。

 部屋に帰る途中、夜は何食べようかな~なんて考えながら歩いていたら目の前に黒山の人だかりが出来ていた。

 こんなことになる騒動の元凶なんて鼻っから知れてますが。

「……まったく、なにやってるんだか」

 そう誰にも聞かれないくらいに小さく愚痴ると騒動の中心に向かってすたすた歩を進める。

「一夏」

「し、仕種か……?」

 廊下にへたり込みながら私を見上げる一夏。仏様にでもあったかのような表情だ。

「ええ、何があったんですか?」

「ああ、部屋に入ったら箒がいて……」

「分かりました。皆まで言わなくて結構です」

「え、俺まだ全部言ってないのに……」

 どうやら相部屋の住人は箒で、一夏が部屋に帰った時に偶然持ち前のラッキースケベが発動してしまって追い出された、とそれくらいの予想は朝飯前です。

「一応聞きますが、部屋は間違ってないのですね?」

「お、おう」

「ん、分かりました。なんとかしましょう」

「ねーねー織斑くんってさ露崎さんとどういう関係なの?」

 とりまきの女の子の一人が一夏に話しかける。

「どういう関係ってただの幼なじみだよ」

『え!?』

 周囲の女子たちがざわめく。また一夏がいらんことを言ったのだろう。

「い、いつからなのかな」

「小学校の頃からだけど。箒の家が剣術道場をやっていて仕種も俺より後からだけどそこに通ってた」

「じゃ、じゃあ織斑くん篠ノ之さんとも幼なじみなの?」

「そうだけど」

 その場にいた全女子が息を呑んだ。「これなんて幼なじみ補正?」とか「幼なじみとか……。くっ、鉄板じゃないの……!」とかがちらほら聞こえてくる。しょーもない。

 きゃいきゃいと後ろで質問攻めに合ってるのを知らん顔してコンコンとノックをしてドアに向かって話しかける。大勢の前でこれをやるのってなんかシュールな気が……。

 それにこのドア、いくつか穴が空いてボロボロになっている。打突で木製ドアを打ち抜くなんてどんな……いや、なにも言うまい。

「箒、仕種ですが」

「仕種か? 何の用だ」

 あまりにもつっけんどんな回答。箒の声から不機嫌が滲み出ている。

「要件を簡単に言います。一夏を部屋に入れてくれませんか?」

「な……! どうしてそのようなことを!」

「ここは一夏の部屋でもあるのですが」

「知るか! 廊下でもどこでも寝ればいいだろう!」

 ドアの向こうで声を荒げはっきりとした拒絶の意思を示す。おおよその構成成分は恥ずかしさと怒りによるものだろう。

「そうですか。このままでは一夏が他の人間に喰われることになるのですがそれでも……」

「ま、待てっ! 喰われるってどういう意味だ!」

 私が含みのある一言を言ったら案の定、食いついてきた。

「深く考えずその言葉通り、ぱっくりと」

 だってそりゃそうだろう。一対多。数の暴力に肉体的に普通の高校生の一夏が敵う筈もない。もっと分かりやすく言えば一夏のていそ……。

「一夏! は、早く入れ!」

 早かった。実に早かった。まさしく魔法の呪文のようだ。

「お、おう」

 凄みで押されながら返事を返す。

「サンキューな仕種。そうだ上がってけよ」

「いえ、そういう訳には」

「遠慮すんなよ。それに話したいこともあるし」

 こちらの気苦労も知らずに。

 後ろをちらりと盗み見する。ここで断ればどうなる? 繰り上げ式に後ろの女子が詰めかけてくること間違いない。

 そうなると一夏がまたほっぽり出されて以下エンドレス。

「……じゃあ、少しだけお邪魔します」

 そう言って入ろうとすると後ろから、「ああっずるい!」とか「二人を相手なんて……」と「やはり幼なじみは伊達じゃない」とか一部自重しろと言いたいような言葉が飛び交うが相手にしたくないので無視を決め込む。

 部屋に入るとむすっとした箒が仁王立ちしていた。

 すぐに着られるのが剣道着しかなかったのだろう。帯の締め方が緩い。

「何故だ」

 はい?

「何故、仕種がここにいる!」

 いやいや、第一声にそれはないでしょう箒さん。なかなかに失礼な言われようをした気がする。

「それは俺がここに呼んだからで」

 ギンッ! と箒の視線が鋭くなる。ヤのつくお仕事の人たちも真っ青な怖さだ。

 あまりのやるせなさに思わず溜息をつく。

「別にいいだろ、仕種も幼なじみなんだし」

「確かにそれは、そうだが……」

 箒の歯切れが悪い。

 まあ、箒からすれば二人きりでいたいところなのだが一夏が間違ったことをいってる訳でもないため強くも言えない。

 つまるところ、私はお邪魔虫なんだろう。なんか虫の居所が悪い。虫だけに。

「……お邪魔なら出ていきますが」

「気にすんなって。それに今出ていくの無理だろ?」

「……確かに」

 ドアの外には女子たちがひしめいているのをドア越しにひしひしと感じられる。今あそこに行くのは自殺行為だとしか言いようがない。

 ああ、千冬先生早く外の女子を散らしてください。

 それにしても私が気を使って二人きりにしようと思ったのにそれに気付きもしない相変わらずの唐変朴ぶり。むしろ、パワーアップしてる……?

「日本茶でいいか?」

「ええ、出されたものなら比較的なんでも」

「分かったよ。箒もいるよな」

「なんで、そんなもの」

「いいだろお茶ぐらい。せっかくこうして三人集まったんだからお茶でも飲んでゆっくり話そうぜ」

「……好きにしろ」

 そう言うとそっぽを向いてしまう。箒は昔から一夏に対して変に捻くれたところある。素直になるのが気恥ずかしいからそれを隠してるからなんでしょうけど。恋する乙女だなあ。








「それで一夏はどうするんですか?」

 一夏の淹れたお茶を飲みながら私から今後についてを切り出す。

「ん? 何がだよ」

 何がじゃないだろ。

「一週間後の代表決定戦。ISのこと全然理解してないようですしこのままじゃ勝ち目ないですよ?」

「う……」

「ふん、安い挑発に乗るからだ」

「私の言葉に同調したのはどこの武士娘でしょう?」

「う……」

 負い目があるらしくばつの悪そうな顔をする。

「悪い仕種、このままじゃ何も出来なくて負けてしまいそうだ。俺にISのこと教えてくれないか!」

 確かに私は専用機を持っている。ただそれは他の人間よりうまく扱えるだけであってうまく教えられる訳じゃない。やってみるのと教えるのはまるで違うものだ。

 それに私自身、大したことを教えられるほどISの事を理解している訳じゃない。教えられるとしたらひたすらに反復練習しろとしか言いようがない。

「箒に教えてもらえばいいんじゃないですか?」

「ど、どうしてそうなる!」

「同室だし私よりも一緒にいられる時間が長いじゃないですか」

「い、一緒……?!」

 箒は素っ頓狂な声を出しながら顔を赤らめる。

「ああ、それもそうか」

 しかもそれをそのままの意味で解釈する一夏。

「箒、教えてくれないか?」

「私よりも仕種に見てもらえばいいじゃないか」

 私の後に頼まれたのが不満なのかふん、と顔を背ける。仕方ない無理矢理にでも背中を押してやるか。

「あの時……」

「ええい! 分かった! 何度も言うな!」

「じゃあ、箒。教えてくれるんだな?」

「その前に明日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」

「え、でもISの……」

「見てやる」

「……はい」

 何とも言えない威圧感に押され一夏は首を縦に振るしかなかった。

 言っておくがたまたま、一夏の周りに強い女子が集まっているだけである。もしくはそういう星の下に生まれたというだけである。あれ、駄目じゃん。








 三人で夕食をとった後、二人と分かれ1032と書かれた自室のドアに鍵を差し込みノブを捻る。

 IS学園は全寮制で、生徒はすべて寮で生活することが義務付けられている。

 付け加えるなら部屋は個室ではなく二人で一部屋の相部屋である。

 本来なら私の部屋にも同居人がいる筈なのだが、クラスが奇数なため必然的に一人だけ余る。そしてたまたま私が余った一人に選ばれたというわけだ。

 本当はもっと事情があるのだろうけどそれを考えるのはあまりに無粋なものだろう。

 扉を開けると一夏の部屋と同様、国立が用意したヘタなビジネスホテルよりもずっとグレードの高いベッドが目に飛び込んでくる。

 ISは国防力に直結する。IS学園の生徒は何万分の一の狭き門を通っての入学のため基本的にエリート扱いされる。そして、エリートの私たちにはそれ相応の待遇があるわけだが。

「贅沢は敵とは言いませんが、慣れないものですね」

 一人小さくあるとしたらの不満を愚痴る。

 昔から割と質素倹約な生活を送っていたためこういう豪勢なものは落ち着かない。しかしまあ、くれるというのなら厚意に甘えて素直に受け取っておくべきだろう。

「ふわ……」

 広い二人部屋で小さく欠伸をする。

 大したことはしていないのに疲労感が眠気を誘う。

「シャワー……は明日の朝でいいか」

 そう結論付けると寝巻に着替えてベッドにバタン。いかん、このもふもふ感は眠気が加速する……。

 瞼が落ちて完全に眠りへ落ちる前のまどろみの中、ふと思った。

 そういえば。あの金髪ロール、私と一夏と勝負することになってるけど結局はどうなったら代表が決まるんだろ?





 * * * 

 あとがき

 東湖です。

 一夏も箒も平常運転で書けているでしょうか。

 地の文の質がブレるのは作者の未熟さゆえです。申し訳ないです。精進します。

 



[28623] 第四話 「剣をとる者」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/04 21:49





 入学式翌日の朝八時、私は洋食セットのトレーを学食のおばちゃんから受け取って座れる場所を探していた。ちなみにメニューはクロワッサンとロールパン、コーンスープ、ウインナー、マカロニサラダ、ロールパンにつけるプラケースに入った苺ジャム&マーガリンだ。懐かしいな~。

 きょろきょろと見回していると見知った顔が既に朝食を取っていた。

 二人の空気は会話がなく気まずいものの一緒にいてる時点で、

「相変わらず仲がいいというか、お節介を焼いているというか」

 箒はああいう性格なため、一人にしておくとすぐに孤立してしまう。しかも本人がそれを気にしていないのだから性質が悪い。そういうところを知っているから一夏は世話を焼いてるんだろう。

 私も人のことを言えないが、箒ももう少しだけコミュ力の向上に努めたらどうなのだろうか。いや、それこそ無理難題か。箒自身、変なところがあの人に似たんだろう。まったく世知辛いものです。

「一夏、箒、おはようございます」

「ん、ああ仕種か。おはよう」

「……おはよう」

「ええ。横いいですか」

「ああ、いいぜ」

「…………」

 私が気にくわないのかむすっとした表情をする。

 今更なことですが箒、一夏の融通の利かなさに一々目くじら立てていたら神経持ちませんよ。

「箒、なに不機嫌になってるんだ?」

「不機嫌になどなっていない」

 そうやって反芻してる時点で不機嫌だと言ってるようなものですが。

「箒、一夏はこういう人間だと諦めて割り切った方がいいですよ。そうでないとこれからがしんどいですから」

「分かってはいるが、なんか納得いかない……」

 そう言って味噌汁を啜る。……まったく世知辛い。

 それにしても、一夏に向ける視線は相変わらずだ。まあ、一日二日で態度が変わることはないだろうしそのうち自然なものになるだろう。問題は、

「ねえねえ織斑くんの横にいるのって誰?」

「昨日友達から聞いたけど幼なじみなんだって」

「幼なじみいいな~。私も織斑くんの幼なじみに生まれたかったな~」

 一夏を取り巻く私たちまで興味の対象にされてしまうことである。

 知り合いが一夏と箒と千冬先生しかいないんだから一夏たちとつるむのは必然というか。そういった意味で私たちまで見られるのは仕方のないことだというか。

「だから箒―――――」

「な、名前で呼ぶなっ!」

「……篠ノ之さん」

「…………」

 剣幕に押されて仕方なく名前で呼ぶと今度は顔をしかめてしまった。ああ、相変わらず苗字は駄目か。

「ね、ねえ織斑くん。ここいいかなっ?」

 見ると同じクラスの女子三人が朝食のトレーを持って隣に立っていた。

「俺は別にいいけど、仕種いいか?」

「好きにしてください。それとも、私と席代わりますか?」

 そう一番私寄りに立っていた女の子が「へ?」と声を上げたかと思うと頭からボッと音を立てて真っ赤になる。

「冗談ですよ」

「あ、あはは。そ、そうよね。露崎さんて案外お茶目なんだね~」

 照れ隠しに笑みを浮かべながら席に着く。これで六人掛けの席がすべて埋まってしまった。

「ああ~っ、わたしももっと早く声をかけておけばよかった……」

「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」

「昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるって話だよー」 

「なんですって!?」

 ……もう、後ろのことは正直どうでもいい。

「うわ、織斑くんって朝すっごい食べるんだー」

「お、男の子だね」

「俺は夜少なく取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」

 そうつらつらと持論を述べるが実は千冬先生の受け売りである。このシスコンめ。

「ていうか、女子って朝それだけしか食べなくて平気なのか?」

 三人のメニューは多少違うがパン一枚と飲み物一杯と少なめのおかずが一皿。

「わ、私たちは、ねえ?」

「う、うんっ。平気かなっ?」

「お菓子よく食べるしー」

 顔を見合せながら苦笑する。女にはマリアナ海溝よりも深い事情があるのだ。それ以上聞くのはあまりに無粋である。というかかなり失礼である。

「……織斑、露崎、私は先に行くぞ」

「ん、ああ、また後でな」

 食べ終わった箒は先に席を立って行ってしまう。

「露崎さんてそんなに食べて大丈夫なの?」

「食べないと頭が働きませんから」

「いいなー。そんなに食べて体型維持出来るなんて」

「ねーねー、なんかコツとかあるのー?」

 パンと手を打つ音が食堂に響いた。

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻した奴にはグラウンド十周させるぞ!」

 千冬先生が聞き耳を立てていた生徒たちが朝食を取ることに意識を戻す。

 ちなみにだがIS学園のグラウンドは一周五キロある。それが十週……軽く死ねる。ていうかフルマラソンを超えているよね?

 とはいえ、私は話しながら食べていたのでそれほど急がなくても食べ終えられる。そのままペースを崩さずに食べ終え、一夏たちよりも先に席に立ち教室へ向かう。















 二時間目が終わって、一夏は相変わらず授業内容が分からずうんうん唸りながら教科書を見ている。マジで大丈夫か? あれで一週間後に代表候補生と戦うんだぜ?

 そこに通達事項があるのか千冬先生が歩み寄る。

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 事の重大さを理解していないのか一夏はぽかーんとしている。

「専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

「ああ~。いいなあ~。私も早く専用機欲しいな~」

 まったく理解できないといった風の一夏。それを見かねた千冬先生がため息交じりに呟く。

「教科書六ページ。音読しろ」

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」

「な、なんとなく……」

 まあ一夏の場合、例外中の例外のためそのデータ蒐集の役割が大きいですけどね。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……」

 遅からず気付くと思ったけどね。千冬先生のことも一日と持たなかったし束さんもおんなじぐらいしか持たないか。ということは次は私の番か……。

 篠ノ之束。稀代の天才。ISをたった一人で作成し完成させた千冬先生と私の姉の同級生だ。

 私自身、何度か会ったことあるが普通の人間の思考を逸脱している。だからこそ『天才』と呼ばれるのだろう。

 人を食ったような態度を称するなら「狡猾な羊」だ。ちなみに千冬先生は「真面目な狼」、私の姉は「潔癖な山羊」と言ったところか。

「そうだ、篠ノ之はあいつの実の妹だ」

 言っちゃっていいのかそんな重要なこと。束さん今世界中の人が血眼になって捜索しているんですけど。でも当の本人はそれをけらけら笑いながら隠遁生活をしているんだろうな。何だこの必死さの雲泥の差は。

「ええええーっ! す、すごいっ! このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度IS操縦教えてよっ」

 それがバレた瞬間、クラス中の女子が箒の席に一斉に詰め寄る。

「あの人は関係ない!」

 箒はたまらなくなくなったのか声を荒げた。クラス中の女子は一瞬、何が起こったのか理解が追い付いていない。

「……大声を出してすまない。私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 周りにいた人間はそう言われてしまい渋々と席に戻る。私も箒の気持ちを分からなくもないけどね……。

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はい!」

 千冬先生に促されて授業が始まる。箒、大丈夫かな。
















「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」

 いつの間にか一夏の席の立っていたセシリアは、手を腰に当てながらそう言った。

「まぁ? 一応勝負は見えてますけど? さすがにフェアじゃありませんものね」

「? なんでさ?」

 あ、その口癖は何かヤバイ気がする。虎道場に四十回近く足を運ばなきゃいけないような猛者の姿が目に浮かぶ私はどうすればいい?

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

「……馬鹿にしてますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが。あ、そういや仕種も専用機持ってるんだっけ?」

「ええ、これがそうですが」

「コサージュか。それが仕種のISの待機状態か? ずっとオシャレアイテムだと思ったぞ」

「案外と待機状態はそういうものが多いですね。チョーカーであったり指輪であったり……」

「わたくしを無視しないでくださる!? そういう行いを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

 ババン! 両手で机を叩かれる。うるさいですね、こっちが話してる最中になんですか。

「……こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう? 世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか……」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか……」

「女尊男卑の割に男も頑張ってますね」

「そこは重要じゃないでしょう!?」

 ババン! ああ、教科書が落ちたじゃないですか。

「あなたたち! 本当に馬鹿にしてますの!?」

「「いや、そんなことはない」」

「だったらなぜそんなに同じタイミングで言えるのかしら……?」

 A.それはもちろん、心の中で馬鹿にしてるからでしょう。

「なんでだろうな、箒」

 そう言った瞬間に私に振るな! 的な視線が一夏を貫いた。……ホントに空気読めないですよね。

「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」

 ……空気を読めない馬鹿がここにもう一人いた。 

「妹と言うだけだ……」

 一夏を貫いた視線がそのまま、セシリアも貫く。私だってあれは怖いですし。 

「ま、まあどちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはこのセシリア・オルコットだということをお忘れなく」

 そう言い放って自分の席に戻っていく。世間一般、今のセシリアを尻尾を巻いて逃げだしたと言うのだ。勉強になりましたか?

「一夏」

「分かってるよ」

 こういうときの以心伝心は幼なじみで出来るので助かる。

「任せましたよ」

「おおい!? 話がちげえじゃねえか!?」

 あーあーきこえなーい。

 そのまま、一人でお昼へ向かうのだー。

 遠くで一夏の声が聞こえるがシカトを決め込むことにした。辛辣に扱われることは愛される証ですよ一夏。

 早く放課後にならないかな~。















side:織斑一夏



 で、時間は過ぎて放課後。

 箒との約束で剣の腕を一度確かめてもらうことになった、んだけど……。

「どういうことだ」

「いや、どういうことって言われても……」

 剣道場。手合わせして十分でのされてしまった。いやあ、強くなったな箒。流石、全国で優勝するだけの実力はある。昔はあんなに俺の圧勝だったのに。

「どうしてここまで弱くなっている!?」

「受験勉強してたから、かな」

「それならば私もしていた! 中学では何部に所属していた!」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 そうは言っているが家計を助けるためにバイトをしていた。とはいえバイトのせいにして剣を握るのを怠っていたというのは紛れもない事実で。

「っ! 鍛え直す! IS以前の問題だ! これから、毎日放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

「箒、それよりもISのことをだな……」

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 取り付く島もねえ……。

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

「そりゃ、まあ確かに格好悪いとは思うけど」

「格好? 格好など気にしていられる立場か! それとも、なんだ。やはり、こうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「な訳あるかよ。どこ行っても珍獣扱いだし、だいたい……」

「やはり今まで剣を取ってませんでしたか」

 剣道場の入り口から仕種の落ち着いた声が響く。なんか俺の寿命を引き延ばしてくれたような気がするのはなんでだ?

「仕種、どうしてここに?」

 まさか俺にISのことを教えに……。

「いえ、一夏が叩かれる様を見に来ようと思いまして。面白いものが見れました」

 いい性格してるなチクショウ! ええい、少しでも期待した俺がバカだったよ!

「まあそれはさておき、一夏、勝負しませんか?」

「え?」

 仕種は俺や箒と同じく篠ノ之神社で剣術を受けていた。無論、実力も把握しているのだが。

「ただし軽くですよ。明日のこともあるので一夏と違って根を詰めてやるべきでもないですし」

 そういえば、仕種は明日セシリアと戦うことになっているんだった。たしかにやりすぎて筋肉痛とかコンディション最悪だよな。

「それに私も三年、剣を取っていないのでいい勝負になると思いますよ?」

 挑発とも取れる不敵な笑み。その余裕がいい感じにムカついたので俺はそれに乗ってやることにした。

「ああ、いいぜ。やってやろうじゃないか」

 それを聞き届けた仕種は竹刀を借りるとそのまま……。

「ってこのままでいいのかよ」

 仕種は制服姿にソックスだけ脱ぐ。防具を借りれるんだったら借りた方が安全のためなんだが。

「私は構いませんよ。一本取れるんでしたら、ね」

 そう言ってすっと上段に構える。

 仕種は相変わらず構えに隙がなかった。三年間、剣を取らなかったといって腕は錆付いたとしても型は忘れていない。見覚えのある型は既に鉄壁。

「では、いつでもどうぞ」

 先制攻撃権を譲る仕種。なんていうか相変わらずなスタンスだな。

「はああああっ!!」

 その言葉に甘えて動く。

 あいつはいつも自分から動こうとしない。全ては受けてから、守りから攻勢に転じる後の先が仕種の典型的なスタイル。

「おおおおおっ!」

 縦に竹刀を振り下ろすが、読んでたとばかりに受け止め軽くいなされる。

「ふっ―――――――!」

 そのまま俺の勢いを利用し一気に後ろに下がられ距離を取られる。仕種との勝負、やりにくいんだよなあ。追えども追えどもあともう一押しのとこで上手く逃げられる。

 とにかく、攻めるしかない。打って感覚を取り戻さないと。









 何十合と打ち合っただろう、いや何度仕種に打ち込んだだろう。攻めては全ていなされその度に距離を離され仕切り直される。仕種の守りは城壁のように硬く、微塵も隙がない。三年間、剣を握っていないというのに相変わらずの集中力。流石は俺たちの中での技巧派だ。

「相変わらずの読みやすい太刀筋と分かりやすい力押し。掠め手とかないんですか?」

「生憎そんなものねえよ。仕種こそ、相変わらずの鉄壁の守りだよな」

 軽口を叩き合うが実力は俺の方が負けていた。

 仕種の決め手はカウンター。相手が攻め込んで来た中のどこか分からないような隙に反撃の手を打つ。そのタイミングは絶妙でどうしても剣で追い切れない瞬間にここぞとばかりに打ち込んでくる。

 仕種はその気になれば何本でも一本奪えただろうがそれをしなかった。馬鹿にしてることはないが、向こうも三年前の感覚を取り戻そうとしているのだろう。

 とりあえず、俺が出来ることは感覚を取り戻すために打ち合うしかない。それに俺から行かないと絶対に自分から攻めてこないし。





 記憶にある限り、露崎仕種は強かった。

 織斑一夏、篠ノ之箒と同門の仲間の中で一番「剣術」を扱えたのは仕種かもしれない。

 真っ直ぐな一夏や箒より、しなやかな仕種は強かった。袈裟で叩き切ろうが真一文字だろうが、全てを巧みにいなす。そしてその僅かな隙を縫うようにして一本を奪う。

 力ではなく技。強いのではなく巧い。それが仕種の剣術だった。

 しかし、こうして向かい合っていると思いだす。

 小学校の頃夕暮れの剣道場、俺と箒と仕種とこうして……。

(あれ……)

 ふと、思考が止まる。

 何か、違う……。いや、違うけど違わない? なんとも名状し難い違和感。

 言い表すならその時の光景と今見ている光景が一直線上にあるような気がしない。箒ではこのようなことはない筈なのに。

 それはまるで、脱線したレールの上を走り続けているような……。

「いっ!?」

 パシンっという音と共に目の前に閃光が走った。

 どうやら、違和感を探すのに必死になりすぎて面打ちを食らったらしい。打たれた場所ががじんじんと痛む。

「……一夏、勝負の最中に呆けるとはいい度胸です。集中力もそこまでおざなりになっているとは救いようがありませんね」

 顔は笑っているが、心は笑っていない。しかも心なしかいつも以上に辛辣だ。

「むう、一戦でなんとなく掴めてきましたがまだ足りません。もう一戦、要求します」

 そう言うと目を細めてすっと上段に竹刀を構える。その構えはさっき同様隙がないのだが、

「……やっぱりなんか違うような」

「? 何が違うというのだ」

「箒も仕種と剣持って向かい合ったら分かるって、ほら」

 竹刀を渡され言われた通り構える。

「む」

 仕種と向き合った箒は思わず声を漏らす。

「確かに……何とも言えない違和感を感じる」

「だろ? それのせいで集中力切れちまって」

「へえ、そんなに可笑しいですか私が剣を構えるのは」

 違和感があると言われて気にくわないのかじとりと睨む。

「いや、なんていうのかな。う~ん、なんていうか……。ああ、分かんねえなあ。なんて言えばいいのか言葉が出てこねえ……」

 もやもやした気持ちが残るがまあ仕方ない、こればかりは突然どこかでこのもやもやの正体が閃くかもしれないし今は保留だ。

「今度は私が見てやろう」

「ふふ、お手柔らかに」

「六年前とは違うことを見せてやろう」

 あれ? これって俺のためのことだよね?







[28623] 第五話 「紫陽花、開花」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/07 00:38





「仕種、お前なに食ってるんだ?」

 食堂に出会って第一声がそれってなんですか一夏。

 今日は珍しく箒とは一緒にいない。後に箒に聞いたんだが箒曰く、「今朝は顔も合わせたくなかった。それだけだっ」とのこと。昨日の晩にまた何かやらかしたんですか一夏……。

「何ってカツサンドですが。見れば分かるでしょう」

 そう言って断面を見せてやる。ソースカツがほんのりと焼けた食パンにはみ出んばかりの大きさに挟まれている。しかもカツがジューシーなことこの上ない。

「いや、分かってるけどさ」

 一夏は煮え切らないのか渋い顔のまま席に着く。私はそんな態度も全く気にせずカツサンドを頬張る。

「食堂のメニューにカツサンドなんてなかった気がするんだがなあ……」

「オバチャンに言って作ってもらいました。いわゆる裏メニューって奴です」

「んなこと出来るのかよ!?」

「トンカツ定食が出来るんですからこれも不可能ではないでしょう」

 それを聞いた一夏はあまりの唐突さにぽかーんとした顔をする。私だってダメ元で頼んだんですがまさか作ってくれるとは、IS学園の食堂のオバチャン恐るべし……。

「あー、カツ食べてるのってやっぱりゲン担ぎ?」

 頬張りながら喋るのは行儀が悪いので無言で縦に頷く。

 今日の放課後にはセシリアとの勝負が控えている。これもそのための下準備だ。

 勝負事がある日にはカツを食べると相場は決まっているのだ。これを食べるのと食べないのとでは安心感が違う、もう既に一種の儀式となっている。

 だがしかし、朝からガッツリ食べたくない自分にとってカツ丼やトンカツというのは胃に負担が大きいため、せめてものカツサンドということでここに落ち着いている。だったら昼にトンカツ定食を食えばいいじゃないかという無粋な質問は受け付けませんよ。

「仕種もジンクスとか担ぐんだな。ひょっとしてIS学園に入学する時も?」

「ええ」

 さもありなん。当然のことだ。

「これで後は昼寝さえ出来ればコンディションは完璧なんですけどね」

「仕種、千冬姉の授業でそれはいくらなんでも蛮勇過ぎるぞ……」

 一夏は呆れたと恐れの含まれた調子で説得を試みた。どちらかというよりもそんなことをした時の惨状を想像しているようでもある。

「出来ればと言っただけです。実際にするつもりはありませんよ」

 一夏の恐れに満ちた表情が滑稽でくすくすと笑う。まあ実際にやってしまいそうなのが今目の前に座ってたりするんですが。

「あれ、なんでだ? なんか今誰かすげえ馬鹿にされた気分だ……」

「気のせいでしょう」

 とはいえそれにどうしてこういうことにだけは鋭いんでしょう? 女性関係は貧血眼鏡殺人貴並かそれ以上に鈍いくせに。





















「仕種、大丈夫なのか?」

「それは一週間後に行われる貴方にかける言葉でしょう?」

「ぐ……」

 相変わらず辛辣な言葉を浴びせられる一夏。箒も隣でうんうんと頷かない。一夏がもっと凹むでしょうが。

 第三アリーナのAピット。時間は放課後、セシリアとの試合開始前に幼なじみがピットに駆けつけてくれた。

 IS学園のアリーナは放課後に全生徒に解放される。千冬先生がそれをなんとか確保してくれたがそれでも一時間が限度。それに専用機持ちの決闘を見ようと学園中の生徒が見に来ているらしい。

「さて、行きましょうか」

 そう呼びかけると髪につけていたコサージュが光を放ち、瞬時に鮮やかな紫色をしたフレームが身体を包む。

 四枚の多方向性推進翼マルチ・スラスター、両肩の展開式スラスターバインダー、脚部自身を覆うような巨大なスラスターユニット。更には肩部や腰部などに多数配置されている姿勢用制御用のノズル。

 多少重装甲にごつくなってしまったがそれでも機動力は折り紙つき。その上射撃補正などもIS自身がかなり学習している。

「これが、仕種のIS……」

 一夏は始めて身近で見るISの展開に感嘆の声を漏らす。

「ええ、紫陽花オルテンシア。カスタム元のデザインとは程遠いものになってますがかなり私好みに弄った優秀な子ですよ」

「カスタム元って、これは元々量産機なのか?」

 隣にいる箒が尋ねる。

「ええ。第二世代、疾風の再誕ラファール・リヴァイヴ。打鉄と同様、汎用性の高い機体です」

 ちなみに打鉄とは純国産の第二世代ISのことだ。ガード型で使いやすく多くの企業や国家が訓練機として採用している。

「露崎さん、準備はいいですか?」

「ええ」

 山田先生の確認に短く答え、そして一夏の方に向き直る。

「一夏、しっかり見ておいて下さい。参考になるかどうかは分かりませんがどうせ刀一本ブレード・オンリーの機体に乗ることになるでしょうから回避の仕方とかは見ておいて損はないでしょう」

「ちょ、ブレオンってなんでだよ!?」

「なんでって一夏は刀一本で世界を獲った千冬先生の弟ですよ? その人が用意する機体も刀一本に決まってるじゃないですか」

「なんだよそのカエルの子はカエル理論は!?」

 残念、カエルの子はおたまじゃくしなんだなこれが。

「言ってくれるな、露崎」

 一夏とやりとりを聞いていたのか、後ろから現れた千冬先生がすっと目を細める。やば、なんか死相が……。

「どうせそのつもりなんでしょう? 千冬先生?」

「まあ、否定はしないがな」

「おおおおおおおいっ!?」

 五月蝿い馬鹿者、とバカンッと一夏の頭に拳骨が落ちる。ご愁傷様。

「それに、お前だって似たようなものだろう?」

「それはまあ、そうですね」

 そう言われると尊敬するあの人のことを意識してしまい、少しだけ照れ臭くてくすりと苦笑する。

 織斑一夏が姉の千冬さんを尊敬するのと同じように。

 私もその高みに立ちたい人がいる。

 それはとても身近で、でも限りなく遠くて。

 私の憧れで、私のたった一人の肉親ねえさん

「ではってきます」

「あいつになんか負けるなよ!」

「ああ、勝って来い仕種」

 あの時と同じようにピットから飛び立った。違うことといえば背負っている人数。幼なじみ二人分、あのときよりも重い。

 それでも私の思いは揺るがない。息をするように、今度も勝ちを重ねさせてもらおう。















「あら、逃げずに来ましたのね」

 先に競技場に出ていたセシリアは私の少し上空で待っていた。相変わらず手を腰に当てているのが様になっている。

「それに、量産機のカスタム機とは笑止万全ですわ。だからそんな貴女に最後にチャンスを上げますわ」

「一応聞いておくことにしますが、それはどんなですか?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」

 セシリアは既に勝った気でいる。いくらオルテンシアが専用機とは言え相手は第三世代でこっちはあくまで第二世代。性能差はカスタムで埋めたとはいえこちらは機体独自の能力を持ち合わせていない。

 それでも。見識や情報で相手を侮るような相手に負けるほどこちらの腕は錆付いていない。

「それはありがとうございます。なら私はお返しと言ってはなんですが、お山の大将でお高くとまってる貴女の社会勉強こうせいのために貴女には敗北の二文字を差し上げましょう」

 私の皮肉に顔を歪める。恩情を仇で返されたのがお気に召さなかったらしい。

「そう、交渉は決裂ということですわね。それなら―――」

 警告! 敵IS射撃体勢に移行。トリガー、確認、初弾エネルギー装填。

 ハイパーセンサーが敵機が攻撃態勢に移ったことを告げる。

 ―――――来る!!

「お別れですわね!」

 閃光が放たれるとほぼ同時、身体を左へ回転させ光線をかわす。

「あら、初弾を避けるのですわね」

「冗談。先制攻撃権を貴女に譲って上げただけです」

「っ。その減らず口、どこまで通用しまして!」

 再びレーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫を構え引き金を引く。

 上空からのレーザーによる射撃の雨。本降りにはほど遠いがかなりの数が私を目がけて降り注ぐ。二百メートルのこの競技場で放たれたレーザーが目標に到達するまで僅か0.四秒。いくらISのハイパー・センサーで知覚が強化しているとはいえその時間はあまりにも短すぎる。つまり、かわすには銃口から判断するか完全に直感に頼るかしかない。

「さあ、踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲ワルツで!」

「やなこったです。一人で勝手に踊ってなさい」

 戦いは開幕した。









side:織斑千冬

「仕種!」

 一夏は思わずモニターに向かって叫んだ。

 篠ノ之も一夏のように叫ぶことはないがじっとモニター見入っている。

 そんな中、山田先生は不思議そうな、それでいて怪訝な表情を浮かべる。

「山田先生、どうかしましたか?」

「あ、いえ。私と戦った時もそうなんですが、戦い慣れているというか安定感があるというか」

 言葉を選びながらたどたどしく繋げる。

「オルコットさんは代表候補生として長い間ISの操縦してきたから彼女の実力も納得出来るんですが、それを代表候補生でもない露崎さんがオルコットさんを上回るなんて……」

 山田先生が言いたいことが分からないでもない。代表候補生でもないのに専用機持ち。そのうえ、代表候補生と渡り合う。何も知らない人間からすればあいつは異常なのだ。

 一年のことの時期で代表候補生となれば最低でも二百時間はこなしている。その上、オルコットは早くから代表候補生に選ばれていた。つまり、私の示した最低ラインは軽く通過しているに違いない。そのオルコットを以ってしても仕種には届かない。

「やっぱり、姉妹だからなんでしょうか……」

 ぽつり、と山田先生はそんなことを漏らした。その一言に思わず眉を顰める。

「山田先生。露崎も、あいつも、実力に見合うだけの努力を重ねている。才能のその一言で片付けてしまってはあまりにもお粗末です」

「そ、それはそうですよね。失礼しました」

 ばつの悪そうにしゅんと項垂れる。

「にしてもあの馬鹿者は一体何を考えている」

 違和感に顔を顰める。それに気付いている人間は私と篠ノ之だけのようだ。あいつも異変に気付いたようで顔を曇らせる。

 山田先生や一夏はまだ気づいていない。一夏はともかく、山田先生が気付かないのは拙いのではないだろうか。まあ、抜けたところがあるので仕方ないのかもしれないが。

 何気なくモニターを見る一夏の様子を盗み見た。

 ひょっとすると……。

 一つの可能性がよぎった。しかしそれは限りなく確信に近いものであった。

「そういうことか。あのお人よしめ」

 私が心底呆れながらそう呟いた隣で山田先生は不思議そうに首を傾げる。

 ホントに、姉妹揃ってお節介なものだ。

 真剣勝負の最中でIS戦闘のレクチャーなんて一体どこの馬鹿だ。












side:露崎仕種




「―――貴女、一体どういうつもりですの……?」

 先程まで降り注いでいたレーザー光線の雨はその一言と共に止んだ。

 何発が掠って僅かにゲージが減っているが目立った外傷はない。

 戦闘にも全然支障をきたさない、まだまだ戦えるレベル。

 あれだけの砲撃の嵐を小破もしていないとは自分で自分を褒めてやりたいものだ。

「どうして! 一度も引き鉄を引こうとしませんの!?」

 顔を真っ赤にしながらライフルの引き金から指を離して私を指差す。

 引き鉄を引こうとしていないとセシリアは言っているがそれは語弊がある。

 何故なら、私は武装を・・・・・展開すら・・・・していない・・・・・

 ただ、敵の射撃に合わせ回避行動を繰り返しただけ。

 途中からはBT兵器のブルー・ティアーズも投入してきて難易度が上がったが、それでも問題なく回避を続けた。

 徹頭徹尾かわすことだけに専念した結果、痺れを切らせたセシリアは攻撃の手を止め、今に至る。

 今の彼女は冷静さを欠いている。戦いにおいて冷静さでいることは鍵を握る。頭に血が上ると判断力が鈍る。判断力が鈍ればミスを犯す。そのミスが勝敗を分けることとなる。

 だからもう一押しをすることにした。

「一夏」

 プライベート・チャネルを開き、Aピットの一夏に繋ぐ。

『な、なんだよ急に』

 突然通信を入れられて驚き身構えている。

「もうそろそろいいでしょう? 後は任せますから」

『お、おいちょっと待てよ! 仕種、一体……』

 用件だけを告げると一方的に打ち切る。一夏は何か言いたそうだったが特に気する必要がない。というか、説明してる時間がないしこれだけで充分だ。

「まさか、貴女あの男のためにデータ収集をしていたと……?」

 セシリアの真っ赤だった顔がさっと血の気が引いていき青ざめる。

「まあ、そうですね。一夏は何分初心者なものでデモを見て回避の仕方ぐらい参考になればな、と思いまして。それに一夏のISがまだ届いてないので見て感じてもらうぐらいしか出来ないですし」

「どこまで、貴女はどこまでわたくしを愚弄すれば気が済みますの!?」

 青かった顔は再び真っ赤になり激昂する。真剣勝負のつもりがこれまで男のためにわざとかわすことしかしてこなかったのだ。もともとプライドの高い彼女だ。その誇りを汚されたことへの屈辱は私の想像を絶するものに違いない。

「本気を出さないというのなら、そのまま負けてしまいなさい!」

 私の態度がとうとう彼女の怒髪天を突いた。先程とは比べ物にならない光の豪雨スコールが降り注ぐ。しかし、その精度は先ほどよりも数段欠いている。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると昔の先人は言ったが、出る数なんて砲身一つにつき一つな以上狙いが荒くなれば当然それは無駄撃ちなのだ。

 これでかなりやりやすくなった筈だ。

「さて、いきますか」

 13分42秒。この試合初めての武装、二丁のハンドガン<フタリシズカ>を展開し構える。

「ふん、ようやく武器を構えましたわね。しかし散々馬鹿にしてくれた相手に慈悲をくれてやるほどわたくしは優しくなくってよ!」

 左手を横に振り、ブルーティアーズを飛ばしてくる。

 しかし私はもうこの兵器の特性は戦いの中で既に掴んである。

 このブルー・ティアーズはセシリアの癖なのか定石に乗っっかったものなのかは知らないがあれは私の反応のもっとも遠いところ――――死角からの攻撃をしてくる。

 後は簡単だ。どこに飛んでくるかが分かるということは逆を言えば、相手にどこへ飛ばさせればいいかを『誘導することが出来る』。

 BTのレーザーを回避しながらあらかじめ予想した入射角に合わせ、銃のトリガーを引いた。

 そしてビットはビームのマシンガンに吸い寄せられるように弾が命中し、爆発する。

「っ!」

 遠目であったがセシリアの息を飲む姿がはっきりと見て取れた。

「私にとって勝つことは息をすることと同じ、息をするように勝利をもぎ取って見せましょう」

 反撃の狼煙が上げられた。







[28623] 第六話 「その心に問う」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/11 15:28



side:セシリア・オルコット





「くっ、そんな……!」

 セシリアは焦っていた。対戦相手はカスタム機とはいえ所詮は第二世代。第三世代のブルー・ティアーズと代表候補生の自分なら造作もなく捻じ伏せられるという絶対の自信を持っていた。

 しかし、現実はまるで逆。捻じ伏せるどころか相手に叩き伏せられそうな嘘のような本当。

 機体スペックは確実にこちらが上回っている。操縦技術も同年代では抜きん出ているという自負を持っている。

 ではどうして。自分は今、相手に押されているのだろうか? 

「ええい、ちょこまかと……!」

 こちらの照準も相手の三次元躍動旋回クロス・グリッド・ターンにより思うように定まらない。

 仕種あいてはそんな様子を嘲笑うかのようにBT兵器ブルー・ティアーズする。そして、言うまでもなく自分は翻弄されている。翻弄すべき武器に自分が翻弄されては本末転倒もいいところだ。

 そんな思考の間にもまた一つ、ハンドガンによってブルーティアーズが撃墜おとされる。

「二つ」

 爆散するブルー・ティアーズを尻目に冷たい声で宣言する。

「くっ!」

 残るビットはあと二つ。冷静でありたいのに焦りはますます加速する。

 あちらにはまともな被弾がない。それは自分が一度も命中させられなかったから。

 なのに相手が動き出した途端にこちらの被害だけは増してゆく。まるで眠れる獅子を起こしたように……。

 冗談ではない。代表候補生でもない人間など赤子の手を捻るくらいに簡単に撃墜おとせる。いや、そうでなくてはいけないのだ……!

「いい加減にまともに当たりなさい!」 

「そんな無茶苦茶な命令は聞けませんよお嬢様。ほら後一つ」

 こちらの叫びも虚しく、またひとつBTが破壊され仕種のカウントは続く。

(たかが島国の庶民の生意気に……! どうして、どうして!)

 先ほどの挑発も相まってこちらの苛立ちと焦りが最高潮に達する。

 戦闘ではいかに自分が冷静でいられるかが求められる。そのことは重々理解している。しかし理屈あたまでは分かっていてもそうは言っていられない。

 ならば、どうしてこんなにも追いつめられる。こんなにも歴然とした差が存在する。

「ラスト」

 最後のBT兵器ブルー・ティアーズが破壊された時にと心に一雫が波紋を立てた。

 ……ああ、理解した。

 これは機体スペックの問題ではない。認めたくないことだが相手の操縦技術が私よりもずっとかけ離れているだけなんだ。

「さて、これで全部ですか」

 作業終了、と何事もなかったかのように言ってのける。

 ああ、わたくしを邪険に扱ったあの時の彼女の振る舞いは正しい。

 わたくしは露崎仕種にとってその辺に転がっている有象無象いしころに過ぎない。

 彼女の実力からすれば、IS学園の一年生は等しく「下」なのだろう。

 そう考えると何故かさっきまで沸き立っていた頭が不思議と冷めていく。

 その現実を思い知らされた戦慄。

 それを認められない己の矜持。

 板挟みになりながらも相手の瞳を睨み返す。そう、まだこの心が折れるまける訳にはいかない。

 わたくしはイギリスの代表候補生。敗北は許されない。強くあらなければ、オルコットの名を守れない。これくらいの障害てきを乗り越えられずしてこれからどうIS学園を過ごしていくことになるのだろうか。

「……どうやら立て直したようですね」

 仕種はそう感心したように呟く。

「ええ、おかげさまで。頭の方が冷めて参りましたわ」

 軽口で牽制しながら心に闘争心ねんりょうを再投下するとすぐさまに状況判断に移る。

 残された武器はスターライトmkⅢと近接戦闘用のインターセプター。

 そして弾道型ミサイルのブルー・ティアーズが二機。

 そのうえこちらは前半戦で撃ち過ぎたためエネルギーも残り弾薬も少ない。

 対する相手はシールド・エネルギーもまだまだ安全域。おまけに武装の把握もままならない。ホントにキツイ。

 とりあえず、あのハンドガンは射程距離がスターライトmkⅢよりも短いらしい。となれば、あれは必然的にこちらに近づかなければ当たらない。

 ならば近づいてくるのを誘いだして……。

 そう作戦を立てると後ろに飛ぶと距離を詰めるために追うように相手も動いた。

(かかりましたわ)

 あまりの作戦のハマリ具合に思わずにやりと口角が釣り上がる。

「お生憎様。ブルー・ティアーズは六機あってよ!」

 スカート状のアーマーを外しミサイルの砲身を向ける。このタイミングならいくら相手も回避は……!

「そんなことだろうと――――――」

 考えを呼んでいたかのように腕に光が集まる。そして、またたく間武装を展開し構える。この間、僅かに零コンマ五秒。

「っ!?」

 ここの来ての大誤算。相手は回避ではなく迎撃を選んだのだ。

 いや、それ以上にこちらが誘い込んだと思っていたのがまるで逆でそれを読んだ相手にいいように誘い込まれたとでもいうの!?

 しまったと思ったところで時間は巻き戻らない、ミサイルは既に発射してしまっている。

 それをレールガン≪ストレリチア≫がミサイルを発射した直後、スカートのアーマーに偽造した左のブルー・ティアーズを打ち抜いていた。

「きゃああああっ!」

 至近距離でのミサイルの爆発に大きくシールド・エネルギーが大きく削られる。

「――――――思ってましたけどね」

 再び引き金は引かれ銃弾が放たれる。右側が打ち砕かれる。

「これで正真正銘、ビットは全滅ですね」

 そういうとレールガンを収納クローズしハンドガンを再び構える。

 それよりも煙幕によって隠されているその上から右のチェスト部分を撃ち抜くなんてどういう技術をしているのだ。まったく技量の差が一々表れてゲンナリする。

 とにかく、もう一度立て直そうと考え直す。

 相手は自分と同じ射撃型。射撃型の弱点は懐に飛び込まれると弱いところだ。故に間合いを詰めさせてはならない。近距離型は逆に距離を詰めなければ勝てない。

 ならば、ブレードの届くような間合いを詰めてくることはない。

 そう結論づけた瞬間。空中で停滞していた花は紫の閃光となり、爆ぜた。









side:露崎仕種





 瞬時加速イグニッション・ブースト

 内蔵される全てのスラスターを吹かし一気にトップスピードに持っていく強襲戦法ブリッツ・アクション

 おまけにあれだけの数のスラスターが一気に稼動しようものならその速度は現行の第三世代ですら余裕で上回る。

 紫電の如く相手に向かって突貫する。その速度は形容した通りまさしく雷。

 セシリアが間違えていたところはオルテンシアがブルー・ティアーズと同じ中距離射撃型ではなく、高機動・・・射撃型ということだ。

「な――――――!」

 セシリアが驚愕の表情を浮かべる。しかし、その一瞬ですら私にとっては十二分な隙だ。

 こちらの接近に驚きながらもスターライトmkⅢを構えようとした瞬間に、銃身に向かって思い切り鋭い回し蹴りを入れる。

 加速度による威力も相まって蹴りの衝撃で銃身が曲がってしまい使い物にならなくなってしまう。それにたとえライフルが無事だとしてもこれだけ接近された状態でライフルを取りまわすことは無理だ。

「くう……!」

「これで武装は全壊。そろそろ終幕フィナーレと参りましょうか」

 近接武器を呼び出しコールさせる時間すら与えない。

 両手にフタリシズカを構え離脱させる間もなくそのまま零距離射撃。

 撃ち出す有らん限りの光弾の嵐。あるいは数の暴力とでもいうのだろうか。

 前半戦と先程のミサイルの爆風によってかなり消耗していたエネルギーでは堪え切れる筈もなくは相手がようやく離脱に光を見出した頃には、





『試合終了。勝者、露崎仕種』





 勝利のブザーが鳴っていた。















「すごかったぞ仕種!」

 試合が終了してピットに入ったいの一番にそう感激の声を上げた。興奮冷めやらぬ状態を見るとやっぱり男の子なんだなあってしみじみ思う。

「ふん、勝てたからよしとしよう」

 箒も多少言葉に刺があるが喜んでくれている。持つべきは幼なじみだ。

「お前ならこれくらい当然だろう」

 そんななか千冬先生だけは辛辣だった。この人に褒められた試しがない。

「ちょっとくらい褒めてもいいんじゃないですか織斑先生?」

 そうそう、山田先生もっと言ってください。私って褒められて伸びるタイプなので。

「真剣勝負でIS戦のレクチャーする馬鹿に誰が褒めるか馬鹿者」

 酷い……。馬鹿って二度も言いましたよね? ……まあ、言われるだけのことをしたんだから当然といえば当然か。

「千冬先生、今日のIS戦のVTRって借り出しとか出来ませんか?」

「確かに資料として録画されるが……。週末になるが別に構わないか?」

「ええ。試合前に一度でも見られれば充分です」

 口頭で教えてもいいが映像資料があった方が分かり易いだろう。なにせ一夏だし教えるのならば懇切に懇切の二乗ぐらい丁寧でもまだ足りないぐらいだ。

「次は貴方の番ですよ。一夏」

「ああ! 俺も勝つからな!」

 私の試合を見たことにより気合いの入りようが違う。だが、

「どうだか。変なミスで負けるんじゃないですか?」

 一夏が気合いが空回りした場面をしょっちゅう見かける気がする。こういう手合いは調子づかせてはいけないとガイアが囁きかけてくるような……。

「待てえええっ!! 持ちあげた瞬間に落とすって何様だてめええ!? ワレモノの如く丁重に扱えよ!?」

「男の子なんだから多少ガサツでもいいじゃないですか。千冬先生はどう思いますか?」

「調子に乗った織斑ならありえんこともない話だな」

「ち、千冬姉ェ……」

 この二人に容赦の二文字はない。

 ちなみに千冬姉と呼んだ一夏にはおなじみの出席簿がお見舞いされた。いい加減学習せい。














「一夏、箒。今日、千冬先生が言ったこと覚えてますか?」

 夕暮れの寮へ帰る道、二人に問いかけた。

「なんのことだ?」

「私もどれか見当がつかないんだが」

 二人とも私の言いたいことを読み取ってくれない。これでは主体性がなかったか。むう、日本語ってこれだから難しい。

「一夏の機体のことですよ」

「あ、ああ。たしか刀一本がどうとかのくだり?」

 一夏の答えに頷く。

「千冬先生は刀一本で世界を極めた。ならばその人が弟に託す機体も刀一本っていうのが道理っていうんじゃないのですか?」

「んなこと言っても俺は千冬姉じゃないしなあ……」

 そういいながら一夏は腕を組む。

「謙遜しなくても一夏は剣の素質は充分あるんですよ。なにせ、一夏は箒を圧倒してたんですから」

「む、昔の話だ! 今では私の方が強い!」
 
 箒が真っ赤になりながら怒鳴る。あー確かにそのこと根に持ってたな。それに不甲斐なさがプラスされればむきになるのも無理はない。

「だいたい! 何故おまえたちは剣をとることをやめてしまったんだ! 剣の腕は三日欠かせば七日を失うというのだぞ!?」

 やべー。思いっきり地雷踏んづけたかも……。

「あー、それは……」

「一夏、素直にゲロンティしてしまいなさい」

「ゲロンティってなんぞ!?」

「説明がめんどいので省略します。どうせ、一夏のことだから千冬先生にいらん気を使って剣をとる時間がなかったんでしょう? このシスコン」

「な! そんな理由で剣を止めたのか!? 不埒だぞ一夏!!」

 これ以上は余計に遠回りになりそうだ。早く話題転換せねば。

「……とにかく、ISのことを教えるより一夏は箒との鍛錬に集中してください」

「え。なんでだよ」

「ISも所詮は人の延長、パワードスーツです。剣みたいな道に通じるものはそのまま腕がダイレクトに反映されますからね」

 ISそれを動かすのは所詮はヒト。ヒトの技術をISの知識と融合させることで真にISは強さを発揮する。

「そういやさ、仕種も剣強かったけどなんで銃なんだ? あんなに強かったのに」

「……あの人の影響ですよ。それに剣よりも適性が高いんです。僅かだけですけどね」

 一夏の問いに少しだけ戸惑いながらくすりと苦笑いする。それにたとえ剣の方が適性が高かったとしても私は銃を選んでいただろう。……なんていうか私も一夏のこと笑えないな。

「それに私のスタイルだとIS戦に合わないんですよ。後の先、確実に先手を許すのは大きなアドバンテージになりますし。巧くさばけたからといって決定打が与えられる訳ではない、リスクが大きいんですよ」

 私は一夏や箒のようにがしがし攻めるタイプではない。相手のほんの僅かな隙を縫うように埋めて攻める。それが露崎仕種が得意とする戦術だ。

 そのことは当然、ISにも反映される。セシリアの焦りを生じさせ、隙を作りそこを攻め立てる。それが私の戦術。

「とにかく、私はいつも通り一夏を鍛え直せばいいんだな?」

 意気揚々と言う箒。

「ま、そういうことです。あ、試合前の日は軽めにしてくださいね。セシリア対策をしますから」

「まかせておけ」

「こう箒は言ってるので、頑張りなさい一夏」

「お、おう……」

 明日からはきつい扱きになるでしょうね。頑張りなさい一夏。これも勝つために必要なことです、ええ。















「ふああ……」

 相変わらず駄々っ広い部屋の中に緩みきった欠伸が一つ。

 いつものように一夏たちと夕食を取り、その後室内のシャワーを浴びて寝巻に着替え後は寝るだけだ。

 今日はなるべく早く寝たい。模擬戦ではそれほど疲れていないが慣れない学校生活の方にかなり労力を持っていかれておりいつも以上に疲れている。

 身体を横たえ眠りに入ろうとしたそんな時、控えめで上品なノックする音が聞こえる。

「む、う。寝るつもりだったのに誰ですか?」

 ベッドに預けた身体をゆっくり起こしてのろのろと扉を開けるとそこには、

「少し時間よろしいかしら?」

 放課後に戦ったセシリア・オルコットがいた。

「よろしくないです。眠いので明日にしてください。失礼します」

 扉を閉める。ふう、危なかった。

「ちょっとお待ちなさい! その態度はあんまりですわ!!」

 がしっとドアに足をかけ閉じられないようにしている。うわ、なにこの人しつこい……。

「キンキン甲高い声で喚かないでください。こっちはもう寝るところだったのに……」

「わたくしが用があると言ってわざわざここまで足を運んでいるのですのよ!? 客をもてなすのが礼儀ではなくて!?」

 えー、相変わらずの上から目線、非常に面倒くさいです。

「だいたい、あの勝負は……」

「喧しいぞ」

 その一言と共にずがんと、出席簿ではなく拳骨がブロンドの頭に落ちる。ちなみにずがんというのは形容ではなく実際にそういう音がしたのだ。

 殴ったのは言うにあらず千冬先生。一夏の話によるとここの寮長をしているらしい。現れる時にダースベイダーのテーマが流れたのは私だけではないだろう。もしくはターミネーター。

「何を部屋の前で騒いでいる。他の連中に迷惑だ馬鹿者」

 頭を押さえながらセシリアは縮こまっている。うわ、ご愁傷様。

「露崎も少しくらい聞いてやれ。それでこいつが黙るんだろう?」

「え、しかし……」

 反論しようとしたノータイム、すがんという音が脳天に落ちる。実際受けるとずがん、ではなくずどんというのが正しいニュアンスだった。体験してみないと分からないこともあるものだ、まる。

「しかしも駄菓子もない。これは命令だ」

「い、イエスマム」

 教師じょうかんの命令は絶対らしい。一体、どこの軍隊だ……。

 ドアの隙間から覗き見ていた野次馬たちも千冬先生が振り返ると一斉にドアを閉める。

 そうして廊下に取り残されるセシリアと私。

「……入りなさい」

「ど、どうしてわたくしが貴方の指図など……」

「また殴られたくなかったらさっさと入ってください」

 先程の痛みを思い出したのかセシリアはびくっと肩を震わせた後、渋々頷く。人間、痛みには弱いらしい。

 ドアを閉めてパチンと部屋の明かりを点ける。そのまま備え付けの冷蔵庫を開ける。

「なんか飲み物とかいりますか?」

「いいえ。お気付かないなく」

 そう言うと上品にベッドに腰掛ける。そうですか、と短く返答すると椅子に腰かける。

 そして、そこに訪れる気まずい沈黙。

(何故そこで黙るんですか!? 話すことがあってここまで来たんでしょう!? なのにどうして黙りこくるんですこのパツキンロールは!?)

 そんなことを愚痴ってみたところでこちらの思いが通じそうもない。こちらから話しかけるしかないのか。

 とはいえ話題が……そういえば、

「先に言うべきことがありました」

 そう告げるとセシリアに向き直りまっすぐ見据える。相手もそれに応えるように見つめ返しは何を言われるのかと心待ちにして身構える。















「ごめんなさい」

 そう言って頭を下げる。

「へ?」

 突然、想像もしないような一言に素っ頓狂な声を上げる。

「以前、貴女のことを侮辱しましたね? 売り言葉に買い言葉でしたが、貴女を傷つけることを言ったのに変わりありません。ですので、その非礼を詫びます」

「あ、頭を上げて下さいまし! わ、わたくしもあの時は大人げなかったといいますか……」

 バツの悪そうになりながらもわたわたと慌てる。あ、微妙にかわいいぞこいつ。

「ですからっ! この件はお互いが悪かったということでおあいこということで。これでよろしいかしら?」

 そう言って始めて自然な笑顔を見せた。

「そうですね。これで仲直りということで」

 握手をする。白く、か細く、小さな手のひらだった。

「それで、何を話に来たんですか?」

「……わたくしの父はいつも母の顔色ばかりを窺うような人間でした」

 僅かの沈黙の後、意を決したのかセシリアは自信の過去を独白する。

「名家に婿入りしたことを引け目に感じていつも……。逆に母はISが開発される以前、女権があまり著しくない時代でも自信と誇りを持って生きていた。厳しかったけれどわたくしの憧れでしたわ」

 表情に華やかさが生まれるがそれも一瞬、すぐに暗いな表情に変わる。

 そう、だった・・・のだ。

「三年前、父と母を亡くしましたの。その時何故か二人一緒にいて鉄道事故に巻き込まれて……」

 話の内容のせいか沈痛な表情になる。仕方のない話かもしれない。嫌だったとはいえ一応の父と憧れの母を同時に亡くしたのだ。辛くない筈ないだろう。

 私の三年前といえば。あの頃か。

「それからは両親の遺産を守るのに必死でしたわ。さまざまな勉強をしているその一環でISの適性テストを受けましたらA+判定が出ましたの。そして国籍保持のためイギリス政府からISの代表候補生のお誘いを頂いて、即断しましたわ。色々両親の遺産を守るのに都合のいい条件も頂いてますし、世界最強の兵器を自身が操ることが出来るんですから、断る理由がありませんわ」

 明かされていくセシリアがそうならざるを得なくなった過去。

 顔色ばかりをみて過ごす情けない男を見て育ったんだろう。金に群がる男に嫌気は差したのだろう。

 男を見下すのはそういう男を見て育ってきたから。誇りを守るためにそれに降りかかる害虫おとこを払うためにそうせざるを得なかったから。

「その時からわたくしは将来、情けない男とは結婚しないと心に決めておりますの」

「露崎さん。貴女の言う通りならば、男は捨てたものじゃないかもしれない。けれどわたくしはいまいち信用することが出来ない。わたくしが見てきた男の中に少なくともそういう人間は一人もいなかったのだから」

 そう一息を置いて、まっすぐな視線を投げかける。

「だから仕種・・。貴女からみて織斑一夏あのおとこはどういう男なんですか?」

 それがここに来た理由。ならば、真面目に答えてやるというのが当然の筋だろう。

「あいつは馬鹿です。愚直なほどに一直線な男。それでいて他人の気持ちにまるで気付きもしない唐変朴な男。そして心に何と言われようと曲げない一本の柱を持ってる男です」

 それを聞き届けると張り詰めていた頬を緩める。

「随分と評価なさるのね。あの方に惚れてますの?」

「あいつに惚れる? 何を馬鹿な。あんな他人の心を読めない朴念仁に惚れるなんて地球が逆回転するくらいにあり得ないです」

「そ、そこまで言い切ってしまいますの……」

 当然です。私があいつに惚れるなど無料大数にひとつあり得ない。

「でも、気をつけるなさいセシリア・・・・。一夏は貴女の条件を満たした強い意志を持った男ですから。あいつに惚れたら骨が折れますよ」

「そこまで言われると興味が出てきましたわね。注意しておきますわ」

 くすくすと意地悪そうにそれでいて上品に笑う。

「ところで。貴女はどうして、そんなに強いんですの?」

「私の答えなんか聞いて、役に立つか分かりませんよ?」

「それでも、聞いておきたいんです。貴女はどうしてそんなに他人に媚びることのない強さを持っているのかそれを知りたいんです」

「私は巧く戦えるだけ。強い訳じゃない。それでもその根底にある強さを言ってしまうなら」









「誰にも負けたくないから」











[28623] 第七話 「始まりの白」
Name: 東湖◆9a761870 ID:058c9cd3
Date: 2011/07/14 01:05



 私とセシリアの戦闘から五日、土日を挟んだ月曜日の放課後。私の時と同じように第三アリーナのAピットにいた。

「―――――――なあ、箒」

「なんだ、一夏」

 あの日から一週間、一夏は物の見事に箒に扱かれ続けた。いや、確かに扱いてやってくれとは言ったけど根を上げさせられないところまで扱くとは流石、古き良きスポコン魂に溢れた数少ない人間だ箒。

 おかげで一夏は大分勝負の勘は取り戻せたようだが、それでも「錆だらけ」から「錆ついた」に変わっただけ、というかほとんど変わりない付け焼刃状態なのだがでどこまでやれるか分からない。

「いや、来ないな。俺のIS」

 そう。

 一夏の専用機は一夏が男故に少し調整に時間がかかっているらしい。

 らしい、というのはあくまで憶測だからで実際は間に合わなかったZE! だからまことに、ま・こ・と・に! 申し訳ないんだけど量産型の打鉄で戦ってもらうんだZE! なんて言われてもこの状況下では不思議ではない……って何を言っているんだ私は。不意に謎の毒電波が。

つまりは、試合の開始時刻を回っているが一夏のISはまだ来ていないのである。

「お、織斑くん織斑くん織斑くん!」

山田先生がわたわたとこけそうになりながら駆け寄って来る。足取りが危なっかしいこと限りない。山田先生はこれさえなければいい先生なんだけどなあ。

「山田先生、深呼吸して落ち着いてください。はい、深呼吸。すーはーすーはー」

「すーはー、すーはー。あ、ありがとうございます落ち着きました」

「いえいえ。で、何がどうしたんですか」

「それでですね! 織斑くん、来ました! 織斑くんの専用IS!」

 へ? と一瞬呆けたような顔をする。

「織斑、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えて見せろ。一夏」

「……同情しますが、やるしかないですよ。一夏」

「え、あの……?」

「「「「早く!!」」」」

 四人の声が見事にハモる。一夏、貴方がどもってる時間なんて一秒もないんですよ!

 斜めに噛み合った防壁扉がガコンと音を立てて開くと、

 ――――――そこに、『白』がいた。

「これが……」

「はい! 織斑くんの専用IS、『白式』です!」

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。出来なければ、負けるだけだ。分かってるな」

 千冬先生にせかされて一夏は白式に触れる。

 一夏は不思議そうに固まるがそれも一瞬、白式について理解したのか動くことを再会する。

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。あとはシステムが最適化をする」

 カシュ、カシュという機会音と共に一夏が白式と一つになる。

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬姉。いける」

「そうか」

 千冬姉って呼んでるのに一夏が怒られていない。まあ、千冬先生も「織斑」じゃなくて「一夏」って呼んでるから私人として心配してるんだろうけど。

「一夏、昨日私が教えたこと。忘れてないでしょうね?」

「ああ、ちゃんと覚えてるよ。対ブルー・ティアーズの必勝法、使わせてもらうさ」

 そう言って笑いかける。逆にその笑みが不安を誘う。

「……念を押しますが、最後の最後まで気を抜かないように。私からはそれだけです」

一夏の場合、平気で「やったか!?」みたいな死亡フラグを立てますからね。

「充分だよ。仕種」

「…………」

 隣の箒はなんて声をかければいいのか分からないのか黙りこくっている。

「箒」

「な、なんだ仕種」

 じれったいので、箒に助言をしてやることにする。ほんと、不器用ですよね箒って。

「こういう時は言いたいことを言っておきなさい」

 う、うむと首を縦に振る。うん、素直でよろしい。

「一夏」

「ん、なんだ箒」

「その、なんだ。勝ってこい」

「ああ、行ってくる」

 そう告げて一夏は飛び立つ。

 世界で唯一ISを動かせる男の公式戦が始まった。









side:織斑一夏




 飛び立った僅かな時間に思考を思いめぐらせる。

 箒と仕種と千冬姉の期待を背負って戦う。一人だけでも重いというのにそれが三人分となると流石に重い。

 世界最強ちふゆねえの弟ってだけでもハードル上がってるのに、周囲からの期待の目も充分に重しになる。

 けれど、

「負けらんねえよなあ……」

 そんな重圧にも負けず一人、静かに闘志を燃やし呟く。

 勝つと約束したからには、果たさねばならない。信頼に応えなければならない。

 やっと、守ることの出来る力を手に入れたんだから。

「来ましたわね。織斑一夏。レディをエスコートする男が遅刻するなんてマナー違反ではなくて?」

 空に飛んだその先に、蒼は腰に手を当てて試合の開始を待っていた。

 ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。先程白式から送られてきた情報を再確認する。

 もっとも、昨日に仕種たちと映像を交えての対策会議はやっているから相手の手の内は知り尽くしている。

 けれどそれで勝負が決まるわけではない。相手は代表候補生、国の未来の代表を担うために訓練を受けてきたエリート中のエリート。

 対してこちらは先日までISのIの字も知らなかった一般人に毛が生えた程度のズブの素人。到底、この差は埋められるものではない。

「悪い。少し立て込んでてな」

 軽口を牽制に戦うべき敵を見つめ返す。

 ふん、と鼻を鳴らしながら腰に手を当てているが以前の彼女とは態度が違う。ハイパーセンサー越しでなくても一週間前との対応の違いははっきり見て取れる。

 前なら俺の一挙一動に対してもっと侮蔑した目で見ていた筈だ。……それが原因でこんなことになっているんだが。

 それに彼女の纏う雰囲気がどこか張り詰めている。ピリピリと、真剣勝負に挑むような、何か見極めるようなそんな空気だ。

 なら、深いことはどうでもいい。

 侮られて試合をするより、真剣勝負で手を抜かれるより、本気でぶつかってくれるのならずっといい。

 この場に来てようやく彼女と対等の立場に立てた気がする。

「試合を始めるに当たって問いますが織斑一夏、貴方は何のために戦うのですか?」

 そんなことを聞かれると思ってもみなかった。

「え……と」

 いきなりの問いに思わずどもってしまう。んなこと急に言われてもうまく言いたいことが纏まらないっていうか……。

「結構ですわ。今答えられないのなら、答えが出た時に聞きましょう」

 おう、勝手に進めるぞこの女。やっぱり根っこは変わりないみたいだな。

「お互いの全てを賭けなさい織斑一夏! このセシリア・オルコットが全身全霊お相手致しましょう!!」

 開幕を宣言すると当時、スターライトmkⅢからレーザーが放たれる。

「うおっ!?」

 耳をつんざくような音のレーザーを間一髪でかわす。

「いい反応ですわ。ですが、それもいつまで続くかしら?」

 続けて引き金が引かれる。降り注ぐレーザーの雨。必死に回避するがそれでも二発、三発と雨に撃たれる。

(くっ! 白式が俺の反応速度に追いつけてない!)

 精密射撃がエネルギー・シールドをどんどんと削る。いくらなんでもこのままではジリ貧だ。

「武器はないのか……!」

 白式に問い、展開可能な武器一覧を開くと一覧の中には近接ブレードしかない……ってやっぱり刀一本これだけかよ!!

「ま、分かってた話だけどさあっ!!」

 悪態づきながらも、唯一の武器である一・六メートルほどのブレードを展開する。

「中距離射撃型に近接武器で挑もうなんて……笑止ですわ」

「これしかないんだから仕方ないだろ。それに剣には一応の心得があるしな」

「確かに素人に銃の扱いについて心得てる筈もありませんし。そっちの方が勝てる確率が上がるかもしれませんわね。しかしっ!」

 右腕を横に振り、背中に配置された非固定浮遊部位アンロック・ユニットのフィン・アーマーを飛ばす。ブルー・ティアーズだ。

「そんなもので経験の差が埋まるほど程、勝負は甘くありませんことよ!!」

 始まるブルーティアーズを含めてのレーザーの嵐。

 しかし、前回の戦いで札は見えているので対処の仕方は分かっている。

(ビットが狙ってくるのは俺の一番、反応が遠いところからだ)

 仕種の対策講義を思い出しながら、白式を撹乱するように飛びまわるビットのレーザー群をかわす。

 どこから来るかが分かるのならばその方向に注意深く意識を向けてやれればいい。

(それにあいつがブルー・ティアーズを扱ってる間はBTの制御に集中しなくちゃいけないからライフルを撃つことはない……!)

 身体をねじながらビットから繰り出されるレーザーのコンビネーションをかわす。

(だったらっ!)

 一瞬の隙を突き、スラスターを吹かしビットの包囲網を突破する。

 ビットを置き去りにして、無防備な奴の懐に飛び込めばいい。

「っ!?」

 一瞬、セシリアの顔がたじろぐのが見えた。

「はあああああああっ!!」

「くっ!」

 セシリアは僅かに遅れながら急いで銃を構え、ライフルから放たれる閃光を――――――かわした。

「うおおおおおおおっ!!」

 そのまま気迫で相手との距離を肉薄し、ついに刀の届く距離まで詰めた。

 近接武器を構えていない相手に対して確実に一撃が入ることは必至――――――だった。

 どくん、と心臓は跳ねる。これは罠だと本能が告げる。

 しかし、そんなもの本能でなくても理性でも充分に理解することが出来てしまった。

 何故なら、セシリアのその口元は全てが思い通りに言ったことを喜ぶように歪んだのだから。

「っ!?」

 嫌な予感と共に、予期せぬ方向から光がスラスターを撃ち抜いた。

「な――――!?」

 予測不能の事態に思わず動きを止めてしまう。

 今、一体何が……!?

「勝負の最中に余所見をしている暇はありまして!?」

「しま――――――!」

 セシリアの声に我に返るが、既に遅い。セシリアはライフルを素早く構え直すと放たれる閃光が右肩を撃ち抜く。

「ぐ、う!?」

 至近距離で攻撃を受けた衝撃で大きく弾き飛ばされる。

 正面から受けたライフルにシールド・エネルギーが削られる。

 詰めていた距離を一気に離される。その距離二十メートルあまり、近接武器の間合いとしては絶望的だ。

 失念していた。

 何故、こうも簡単にセシリアは突破を許した?

 彼女がこっちが対策をとっていることを分からない訳ではない筈だ。

 つまりは、

「まんまと誘い込まれたってことかよ」

 小さく悪態づく。ブルー・ティアーズの特性じゃくてんを理解し、それを利用したのだ。

 しかし、それだけでは説明出来ない。あれは仕種の時ではライフルとの両立はほとんど不可能だと対策講義では結論付けていた。

 では、何故ブルー・ティアーズのレーザー光がスラスターを撃ち抜いたんだ?

「驕りを捨てたわたくしは以前のわたくしとは違いましてよ?」

 誇り高くセシリアはそう宣言する。彼女が戦いに駆り立てるのは驕りではなく誇り。

 理解出来ないまま、一方的な豪雨が降り注いだ。とにかく、今は相手の手数を増やさせてトリックを見極めるしかない。















side:露崎仕種



「仕種! 話が違う! あいつはビットとライフルの併用は出来ない筈だろう!?」

 管制室で試合を見ていた箒がものすごい剣幕で突っかかる。

 無理もない。私たちが対策会議をした時点では想定していないことが目の前で起こっているのだから。

「……確かに私が戦った時点では併用してなかったし出来なかった筈です。私だってこんなの予想外なんですよ箒」

 私だって目の前で起こっている事に対して理解が追いついていない。

「あ……すまない」

 思わず感情的になってしまったのを自省しばつの悪そうに項垂れる箒。

「BT兵器、ブルー・ティアーズの特徴は毎回命令を送らなくてはいけない。その間どうしても操縦者は無防備になってしまう。正規のやり方ならこれは絶対の筈です。そのシステムが一週間やそこらで変わるとは思えない」

「しかし現に……!」

「自律制御だな」

 千冬先生はモニターを見据えながらそう呟くと一斉に視線が集まる。

手動操作マニュアルのような相手の死角を突くような多角的な動きは出来なくなるが、自律制御リモートにプログラムを任せることでライフルと同時使用のコンビネーションが出来るようになったというわけだ。あくまで推論だがな」

 そう考えるのが妥当だろう。だが本当にそれだけなのだろうか?

「でも、たった一週間のうちにBTの自律制御用のパッチを組み立てるなんて……」

「なに、あいつは代表候補生だ。協力者がいない訳ではないだろう」

 山田先生の懸念を切り捨てる。確かにそれは否定出来ない。国の威信を背負って立つ代表候補生ならば、バックアップ体勢は充実しているだろう。

「しかし、一週間で凄い人の変わりようだな露崎。一体オルコットに何を吹き込んだ?」

 そう言うと千冬先生はちらりと視線を移す。

「吹き込んだって人聞きの悪い。少し話をしただけですよ」

 まあ、某魔法少女のような肉体言語的なOHANASHIはしてないんですけど。

「……そうか。ならかまわん」

 それだけ言うと千冬先生はまたモニターに目をやる。千冬先生は必要以上に深く詮索しないでくれるのでこちらとしても非常に助かる。

 私も再びモニターに目を戻す。映っているのはライフルとBTに翻弄されながらも私に言われたことを実行する一夏。

「私の対策会議、無駄にしないでくださいよ。もう少しで、逆転の糸口を掴めるんですから」

 柄にもなく映るモニターに映像に対して語りかける。

 教えたのは必勝法だけではない。相手の機体、武器の特性。

 そして白式の状態。

 今はまだその時ではない。

 その時が来れば、きっと―――――――。









side:織斑一夏



「くぅ!」

 ボロボロになりながら相手の攻撃をかわす。反撃の糸口さえ掴めない。

 先程からはライフルとの連携ではなく同時攻撃ばかりだ。

 いや、ばかりではなくこの試合全ては同時攻撃?

 ひょっとすると、

 確認するために一端、距離を置く。

 それを見逃さずにセシリアはライフルが放たれる。それと同時、飛び回っていたビットも一斉にレーザーを放った。

 懸念していたことが当たり、ついに核心を突いた。

(見えた! BTとライフルが同時に使えるようになったカラクリが!)

「このBTは仕種の時と違って、お前のライフルの引き金がスイッチになっているんだ。だから、ライフルとビットを同時に扱うことが出来る。いや、扱っているのは結局ライフル一本か」

 右の目尻が引き攣った。ハイパーセンサーのおかげか微妙な表情の変化も見逃さない。

「最初はビットの連携もあったが、ライフルを交えてになるとどうしてもトリガーの方が優先度が高い。だから、連携はなくなり同時攻撃しか出来なくなる。違うか?」

「小細工は所詮小細工。対策が裏目に出て自爆すると思っていましたのに存外に戦況を見る目に肥えていますのにね」

 それは負け惜しみではなく、真に感心しての言葉。

 種が分かれば後は簡単だ。

 逆を言えば同期しているライフルを引かせなければBTは飛んでいるだけの飾りだ。

 そう思案したと同時、スラスターを吹かせる。

 だったらそれを撃たせる間もなく距離を詰めれば―――――――――!!

「ですが、これを忘れてはおりませんこと?」

 にやり、と口元を釣り上げると同時、ガコンと弾道型ミサイルの砲身を向ける。

「こちらは正真正銘、自律制御ですのよ!」

 まずい、飛んでいるレーザーのビットが印象が強すぎてこっちのことをすっかり忘れていた!

 真正面に突っ込んでくるミサイルなどかわす術もなくデッドラインを越え、爆発に巻き込まれた。







 昨日の対策会議を思い出す。

 はは、走馬灯って奴かよ。もうすぐ負けだってのに今更思いだすなんて。

『一夏、届くばかりの貴方の機体はまだフォーマットとフィッティングが済んでいません』

『フォーマットとフィッティングってなんだよ?』

『……言葉通りの意味だ。お前は英語も出来ないのか?』

『ぐ……』

『箒のいう通りですよ。初期化フォーマット最適化フィッティング。来たばかりのISはこの二つが行われていません。しかしこれが終了すれば、』

『すれば、どうなんだよ?』

『そのISは真の意味で貴方の専用のISになる、ということですよ。せいぜい、時間を稼ぎなさい』

 ああ、つまり。















「機体に救われたか。バカ者め」

「タイミングよ過ぎて笑えませんね。これが主人公補正って奴ですか」









 仕種が、時間を稼げと言っていたのはこのための布石というわけか。









 爆炎の中から白騎士ナイトの姿が立ち現れる。それは先程のような無骨なデザインではなくもっと洗練された中世の鎧をイメージさせる。

 受けたダメージも修復され、完全な状態が再現される。

 ―――――――――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください。

一次移行ファースト・シフト……。貴方、まさかフォーマットも済んでいないISで私に勝負を挑んだというの!?」

 急な展開にこちらも状況は掴めないがどうやら、そうらしい。

 ISのデザインだけでなく、手に持っている刀の形状も変わっている。そんなことよりも刀の銘が、

「≪雪片弐型≫……。雪片って千冬姉の」

 千冬姉はこの一振りで世界を取った。雪片はその時に使っていた刀の銘。

 そしてこの剣も雪片の名を冠する名刀。弐型というからには発展型なのだろう。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 三年前も六年前もおそらく十五年前も。俺はずっとあの人の弟であの人は俺の姉だ。

 でもそろそろ守られるばかりも嫌になってきた。だから、これからは。

「俺も、俺の家族を守る」

「貴方、何を言って―――――――」

「とりあえず、千冬姉の名前を守るさ!」

 剣を構え、セシリアに向かって突貫する。

「わたくしだって負けられませんのよ!」

 四機全部のビットを解放し群として飛ばす。

 見える。それにさっきよりも使いやすく、ずっとこっちの思いに応えてくれる。

 一瞬で飛んできたブルー・ティアーズ全てを振り切る。瞬間加速も先程の比じゃない。これならば、やれる!

「な……!」

 無視されるとは思ってもいなかったのだろう。次の行動の第一歩が遅れた。その隙は俺に廻って来た最高のチャンスだった。

(この一撃に全てを賭ける……!!)

 一撃必倒。

 千冬姉はいつもそうだった気がする。だから、弟の俺もそうであらねばならない。

 たとえ、まだ未熟なこの身でもその形に近づきたい。

 やられる前にやれ。

 ブルー・ティアーズを戻すには距離がありすぎる。ライフルを構えるにはあまりに遅すぎる。

 逃げる蒼の雫をついに捉えた。

「おおおおっ!!」

 下段から上段への逆袈裟切りで切り裂いた。

「きゃああああああっ!!」

 一閃。

 振り抜いた剣を構え直し、もう一撃を加えようとした時点で試合終了を告げるブザーがなる。









『試合終了。両者エネルギー切れにより引き分け』




「「え……?」」

 あまりにも唐突な事態に間の抜けた声が重なる。

 見るとシールド・エネルギーのゲージが空っぽになっていた。

 どういう原理か知らないがとりあえず雪片弐型で攻撃したのが原因なのだろうか。

「あーくそ、もう少しだったのに。やっぱつええな、やっぱ前半削られ過ぎたのが原因か……?」

「あ、あの……」

「ああ、そういえば言ってなかったな。俺が何のために戦うのか」

 俺は口を開いて、語った。

 俺の、俺が戦う理由を。









side:露崎仕種



「大見得切って、引き分けとはなんてザマだこの大馬鹿者」

 開口一番、千冬先生から一夏は相変わらずキツイお言葉を頂いていた。

 いや、正直言って代表候補生相手にズブの素人相手が引き分けるのは大健闘だと思うんだ、なんて目をしている一夏。

 甘いですよ一夏、そんな勝ってもいないのに労いの言葉をかける千冬先生なんて幻想に幻想による幻想のための幻想くらい甘いです。

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身を持って分かっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動させろ。いいな」

「まあ、負けてない分だけ今日はこれで許してやる」

「ま、負けてた時は……?」

「織斑、知ってるか? 好奇心は猫を食い殺すって言葉があるぞ?」

「い……。やっぱりいいです」

 ……千冬先生、脚色し過ぎです。本当は殺すだけでいいんです。

「じゃあ、はい」

 山田先生から手渡されるIS起動のための電話帳ルールブック。読んでおけということなんだろう。ご愁傷様。

「帰るぞ」

 箒の短い一言に打ちひしがれる一夏。

 にしてもホント、傷心の相手にも容赦ないですね箒。

 寮へ帰る道のり、箒が一夏に問う。

「一夏、悔しくはないのか?」

「そりゃ悔しいさ。後、もう一歩だったのに」

 その一言を聞いて安心したのか、ぶすっとした表情の中に安堵を浮かべた。
 
「なら、いい」

「あ、明日からはあれだな。ISの訓練も入れないといけないな」

「無理すんなよ。あれって申請に何枚も書かないといけないんだろ?」

 確かに一夏の言う通り、学園でISの使用許可の申請書は何枚も提出して初めて通る面倒くさい代物だ。

 専用機持ちには無縁な話だが、生憎と箒は専用機を持っていない……む? 束さんなら専用機押しつけててもおかしくないのにな。どうしてだろ?

「む、無理などしていない!!」

「ふーん、じゃ仕種は?」

「私は一夏が私の動く的になってくれるんでしたらお付き合いしますが」

「ひでえ役回りだな俺!?」

「後ろから刺されるよりはよっぽど本望でしょう」

「仕種の中の俺の評価はどうなってんだ!?」

「女の敵。今日もフラグひとつ立てやがって」

「フラグってなんぞ!?」

 知らなくて結構、時に無知は罪なのです。

「そ、それは本当なのか仕種!?」

 食いついてくる箒。

「ええ。私からも注意したのですが無理でした」

「いや、仕種はよく最善は尽くした、悪くない。全ては一夏、お前が悪いんだ!!」

「……もう、どうだっていいよ」

「とにかく、これからもこの『私』が教えてやるからな! 必ず放課後に時間を空けておくのだぞ!」

 そう声高らかに私のところを強調して宣誓する箒。

 にしても。

 進展しないなあ、この二人。

 方や世紀の唐変朴、方や恋に奥手な純情少女。押し倒して既成事実さえ出来ればそれでオーケーの筈なのに。

 ああ仲人、面倒くさ……。









side:セシリア・オルコット



 負けた筈なのに、今日の戦いは不思議と悔しさが込み上げてこなかった。

 逆に憑き物が取れたかのように清々しい気持ちにさせられる。

『俺が戦うのは……そう、守るためかな』

 彼は戦いを終えた空でそう私の問いに答えた。

『そのために強くなりたい、強くなって誰かを、大切な人を守れるようになりたい。そんな人間になってみたいんだ』

 あの決意と自信に満ちた表情を思い出すと途端に胸が熱くなる。

 母のように自信に満ちたあの目。芯の通った意思の持ち主。

 まさしくセシリアが求めていた男性像を体現したかのような男だった。

 だから知りたい。どうして、そんな風に強く生きられるのか。

 だからなりたい。彼の言う大切な人になりたい。

 ふと一週間前に話し合った彼女が見せた嫌そうな顔を思い出し、思わず笑ってしまう。

「ふふ、申し訳ありませんわ仕種。貴女の忠告無駄にしてしまいましたわ。でもこれで惚れない女は世界に広しといえど、貴女ぐらいなんでしょうね」

 彼女が彼の言葉に揺るがないのは彼と織斑一夏と同じ、もしくはそれ以上の決意を秘めているからなのだろう。

 もっとも彼女の根底にあるのは負けたくないというものだと聞いたところをみると、相当の負けず嫌いなのだろう。

 でも彼女には感謝している。おかげで世界を歪んだ視点で見ることから解放してくれたんだから。

 おかげで彼に出会えたんだから。

「織斑、一夏……」

 名前を愛おしげに口ずさむだけで思わず頬が緩む。それだけで胸がいっぱいになる。

 だから、今回の負けは特別この思いに満たされることで埋め合わせよう。

 セシリア・オルコットは生まれて初めて恋をした。









side:織斑千冬



 寮長室、ベッドに腰掛けながらおもむろに携帯を手に取り、ダイアルをかける。

 三度のコール音の後、ブツという音と共に電話が繋がる。

「ああ、私だが」

『もしもし千冬? 久しぶり。それといきなり私だがって止めた方がいいよ? どこのわたしわたし詐欺って感じだし』

 くすくすと笑い声が電話越しに聞こえる。その笑い方は流石姉妹、妹の笑い方とよく似ている。

 千冬の声をアルトとするならこの声はメゾソプラノ、もう一人の幼なじみはソプラノと称するのが適当だろう。

「お前が私だと分かれば別に構わん。だいたい、お前の携帯にかけてるんだ。お前以外の人間が出ることはない」

『相変わらず、強引というか大雑把というか……』

 はあ、と溜息を吐かれる。失礼な。

『で、要件は何? 千冬って必要最低限しか連絡くれないから私に何か頼みたいことがあって連絡したんでしょ?』

 声は真面目な雰囲気で聞きかえす。

 付き合いが長い分、こちらのかけてきた意図を読み取ってくれるので助かる。

「ああ。実は二組の先生が産休を取ることになってな。五月末までは出るらしいが六月からに休むことになるのだが今、臨時で教師を探している。出来れば腕の立つ人をと理事長は言っている」

『面白そうだね。それと私とどういう繋がりがあるの?』

「なに簡単なことさ。沙種さぐさ、IS学園の臨時教師をしてみないか?」

『それってさ、教職免許いるんじゃない? 私、千冬みたいに免許持ってないし』

「気にするな。大学では教職課程を取っていたんだろう? それに、教師は無理でも講師くらいなら出来るだろう」

『相変わらずああいえばこう言う……。いいよ、受けてみるよ』

「分かった。理事長には私から話を通しておく。と言ってもお前の名が出た時点で即採用だろうがな」

『……それってアンフェアじゃない?』

「仕方ないだろう? お前も私と同じ最強の名を冠する者なんだからな」

『ていうかさ千冬、最初っから私にIS学園の教師させる気でこの電話かけて来たんでしょ?』

「さて、どうだかな」

 笑っていた。ただ、幸いと電話越しなのでこの表情が相手に見えるわけじゃない。

『ま、いいか。そういうことにしておく。私もいつまでも無職ぷーたろーでいる訳にはいかないし』

『じゃあ千冬、また学園で。仕種のことよろしくね』

 そう言うと、プッと電話が切れる。それを聞き届けるとベッドに体を横たえる。

「よろしくね、か……」

 最後の一言を呟く。

 それは、まるで――――――――――。





 * * *

 あとがき

 投稿するのに頭がいっぱいであとがきを書くのを忘れてました。3回分書いてないかも……。

 とにかく、テンプレ展開に食傷気味の主人公で本当にごめんなさい。





[28623] 第八話 「宴と過去と」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:8bd111de
Date: 2011/07/19 23:33


「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 嬉々と山田先生が話す。クラスメイトもきゃいきゃいと盛り上がっているそんな中唯一人、一夏おとこは真っ白に燃え尽きていた。

「どうしてこうなった……」

 教室の朝一番、一夏は打ちひしがれている。アスキー的に表記するならOrzといった具合だ。

「それは――――――」

「当然だろう織斑」

 千冬先生が割って説明に入る。

「聞いてなかったのか? 織斑。私は言った筈だぞ、露崎が・・・勝てば・・・代表は・・・織斑だ・・・と」

 その一言を思い出したのかピシリと固まる。あー、そういえばそうだったなこの代表決定戦。

 私が勝てば織斑一夏、セシリアが勝てばそのままセシリアが。

 結果は私の勝ち。イコール代表は織斑一夏。うん、方程式が成り立ったぞ。

「じゃ、じゃあ俺とセシリアの試合って」

「はっきり言えばレクリエーションだ。といってもお前がどこまでやれるかの基準を測るのも一環だったがな」

 真剣勝負をレクと一緒て……。絶対、この人には敵わない。私の勘がそう告げている。

「しかし気落ちする必要はなくてよ。初めての戦闘で代表候補生のわたくしに引き分けたのですからむしろ一夏さんは誇りに思ってもいいぐらいですわ」

 出てきたよ、セシリア・オルコット。出しゃばりというかどこにかしこにもしゃしゃり出るというか……マテ、一夏さん、だと?

「それにそのようなことにならなくてもわたくしは辞退するつもりでしたけど」

「……なんでだよ」

 恨めしそうなのと意外そうなのの双方の入り混じった目で一夏は尋ねる。その声に不機嫌がいくらか籠っているが今の絶好調なセシリアにはスルーされるだろうに。

「IS操縦は実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 あーそれに関しては同意。下手な知識よりも実戦の経験の方が何倍も本人のためになる。

 ISは理屈だけで動かす訳ではない。ISは身体に装着するパワードスーツである以上、その動きを身に染み込ませる方が絶対に効率はいい。実際、私もそうしてきたし。

「流石セシリア、分かってる!」

「そうだよねー。折角世界で唯一の男子がいるんだから同じクラスになった以上持ちあげないとねー」

「私たちは貴重な体験が詰める。他のクラスには情報が売れる。一度で二度美味しいね、織斑くんは」

 最後、教師の目の前で営利目的で一夏を使わない。

「そ、それでですわね……」

 こほん、と咳払いした後、顎を手に当てる。お、これは今までに見られなかった行動だ。

「そちらがよろしければわたくしのような優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がISの操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ―――――――」

 あ、確信した。こいつ一夏にフラグ立てられやがった。それもベタ惚れだ。

「生憎だが、一夏の教官は私で足りている。私が、直接頼まれたのだからな」

 がたんと立ちあがり、反論する箒。私が、のところに力を入れているのは第三者の私から聞いても間違いではない。

 それに、昨日のこともあるから箒の心中穏やかじゃないっていうのも頷けるのだが、教室で殺気を振り撒くのはどうかと思うのだが箒さんや。

 しかし今日のセシリアは違った。絶好調女セシ……っとこのネタは天丼だから自重自重っと。

「あらISランクCの篠ノ之箒さん。Aのわたくしに何の用かしら?」

「ら、ランクは関係ない! い、一夏がどうしてもと懇願するからだな」

 してねーなんて目をするんじゃないです一夏。面倒くさいことになるじゃないですか。

「座れ、馬鹿ども」

 すたしたと二人の元に歩いていき、出席簿ぜんたいこうげきで一掃。恐るべし。

「お前らのISランクなんてゴミ同然だ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も敗れていない段階で優劣をつけようとするな」

 なんて千冬先生らしく分かりやすい表現だ。世界最強の言葉は違う。

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、生憎私の管轄時間だ。自重しろ」

 そう言い放つと何も言い返せずに二人ともすごすごと席に戻っていく。

「とにかく、クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 クラスに元気のいい返事がかえる。

 いちか、がんばれー、ふぁいとー。




















 一夏がクラス代表に選ばれて早いものでもう四月の末、桜も花びらが全て散り葉桜に変わった頃。

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、露崎、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 まあ、実践の例は私たち専用機持ちがするのですが、不出来な一夏にとってこれはかなり酷だろう。

 なにせ、何かをやらかす度にこうして衆目に恥ずかしいところを晒すわけだから。

 先日もあんな凡ミスを……、ああ情けない。

 余計な思考をしながらでもゼロコンマ秒数でオルテンシアを展開する。まさしく片手間。

「よし、では飛べ」

 そう千冬先生に指示された通りに飛ぶ。

「何をやっている織斑。スペック上のデータでは白式はブルー・ティアーズやオルテンシアよりも上なんだぞ」

 早速叱責の言葉を頂く一夏。ちなみに出力的なデータでは白式>ブルー・ティアーズ≧オルテンシアとなっている。しかし技術ではこれが面白いように逆になるんだが。

「自分の前方に角錐を展開させるイメージってなんだよ」

「イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方がよっぽど建設的でしてよ」

「そう言われてもなあ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだこれ?」

「そういうことを詮索するのは野暮ってものですよ。ISだから飛べる、それでいいじゃないですか」

 まさしく魔法の言葉だ。ISの摩訶不思議万能説は伊達じゃない。

「じゃあ、仕種は飛ぶ時どういうふうにイメージしてるだ?」

「私は飛ぶときは飛ぶとしか考えてないですね」

 ちなみに箒に聞くと『ぎゅん、という具合だな』とお言葉を頂いた。うん、分からん。だがなんとなく言いたいことは分かる。それとしか言いようがない。

 クラス代表の勝負以降、セシリアとも放課後に訓練している。もっとも毎回、セシリアと箒が一夏の指導のことで衝突して最後に一夏がフルボッコされてるのが定例のパターンとなりつつある。

 私? 傍観者ですが何か? 

「一夏さん、一夏さんがよろしければまた放課後にご指導して差し上げますわ。その時はその、ふたりっきりで――――――」

「一夏! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」

 ……箒、千冬先生の指示が出てないのに無理言いなさんな。

「織斑、露崎、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

「了解です。では一夏さん、仕種。お先に」

 そう言うとセシリアが先行して急降下していく。

 みるみる地表に近づいていき、千冬先生が指定した十センチで完全停止した。流石は代表候補生。

「じゃ、私も行きますか」

 そう呟くと地表に向けて背中のスラスターを吹かす。

 ぐんぐんと大地に近づいていく。そして、おおよその感覚で急停止。

 結果は地表五センチ。ん、こんなものか。

「よし、ラスト織斑!」

 千冬先生に促されると一夏も地上へ向けて急降下していく。が、ロケットブースターを背中に点火させたように白式が加速する。機体スペックの高さがよく表れている。

 あ。あのペースだと地面とキスする。

 そう思い描いたと同時、手にレールガン、ストレリチアを展開し落ちてくる目標地点の射線上に放った。

「ぶふぉおおおおおおっ!?」

 放たれた弾は落ちてくる白式に見事クリーンヒット。横からの力学エネルギーによって地面に激突することなくぶっ飛ばされる。ふう、撃墜マークがまた一つ増えちまったぜ。

「へ? え、ええええええ!?」

 一拍遅れて大いに驚いた悲鳴を上げる山田先生。周りの生徒もやってることのぶっ飛び度に軽くドン引きだ。箒やセシリアですらぽかーんと口を開けている。千冬先生だけ例外的にこめかみを押さえている。

「露崎、発砲許可は出してないぞ」

「いえ、あのままだと地表にクレーターを作りかねなかったのでこちらの判断で発砲しました」

「いっっっってえな仕種! 死ぬかと思ったじゃねえか!?」

「ISの絶対防御があるので死ぬことはありません。ですので撃ちました」

「俺は死ぬかと思ったけどな!!」

 ていうかそんだけ怒鳴れるんなら元気じゃないですか。

「では聞きますが、地面にぶつかってクレーターを作るのとレールガンでぶっとばされるの、貴方はどっちが良かったですか?」

「ぶっとばしてから聞くなよ!! どっちも嫌だよ!」

 あーいえばこういう。ホントにガキですね一夏は。

「情けないぞ、一夏。昨日、私が教えてやったじゃないか」

 箒からもお叱りの言葉が届く。と、いっても教えていたのはあの擬音のことを言っているのだろう。うん、だから無理。あんなの分かるの某プロのミスターしか分かんないし。

「大体だな、お前というやつは昔から――――――」

「一夏さん、お怪我はなくて?」

 箒のお小言を遮るようにずいとセシリアが一夏ににじり寄る。

「あ、ああ。別に問題ないけど……」

「そう。それは何よりですわ」

 ほう、これは怒っている箒に対してセシリアは優しくしてポイントを稼ごうという魂胆なのか。

 しかしそれだけでは一夏は落とせないんだな、これが。一夏は好意を厚意として受け取りますからね。それで何人の女が泣いてきたことか。

「ISの装備をしていて怪我をするわけないだろう……」

「あら篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していてもですわ。常識でしてよ?」

「お前が言うか。猫かぶりめ」

「鬼の皮を被っているよりはマシですわ」

「おい、馬鹿ども。邪魔だ。端の方でやってろ」

 ぐぬぬと、睨み合っていたところを千冬先生が二人の頭を押しのけ一蹴。やはりこの人に敵う人は世界に片手で数えられる数しか存在しないのか。

「なあ、仕種。どうして、セシリアと箒は喧嘩してるんだ?」

「分からないんですか?」

「ああ、さっぱりだ」

「……一夏、乙女の純情が理解できないというのなら―――――――女の嫉妬に溺れて溺死しろ」

「で、でき……!?」




















「というわけで、織斑くんクラス代表おめでとー!」

「「「おめでとー!!」」」

 パンパンパーン、と一斉にクラッカーが鳴り響く。

 今は夕食後の自由時間、寮の食堂で一組の生徒はみんな揃っていた。ただ二組や三組の生徒が混じってるような気がするのは気のせいかなあ……。

 それに、というわけでってなんですか。主語をつけなさい、主語を。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよね。同じクラスになれるなんて」

「ほんとほんと」

 ……ちなみにさっきから相槌を打っているのは二組の子だ。

「人気者だな、一夏」

「本当にそう思うか……?」

「客寄せパンダであることは間違いないですけどね」

「……否定できねえ」

 箒は機嫌が悪い。こういうところが好きじゃないというのもあるけど、一夏が女子にちやほやされてるのが気にくわないらしい。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新人、織斑一夏くんに特別インタビューに来ましたー!」

 おおっ! とクラスのみんなが盛り上がる。はいはい、勝手に盛り上がってくださいな。

「あ、私は二年生の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。これ名刺ね」

 そう言って名刺を一夏に手渡す。きっと一夏は画数が多そうな名前だなとかつまらないことを考えているに違いない。

「ではではズバリ織斑くん! クラス代表になった感想をどうぞ!」

「あー、ええと。まあ、なんというか頑張ります」

「えー、もっといいコメント頂戴よ。俺に触れると火傷するぜ! とか」

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 そういう貴女の言葉も随分、前時代的ですけどね。

「ま、適当に捏造しておくからいいとして」

 ジャーナリストが捏造するなよ! なんて突っ込みもスルーされるに違いないのでそっと横に置き去りにしていこう。

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ありませんわね」

 とかいいつつも満更でもなさそうな感じ。

「コホン。ではそもそもわたくしが何故、クラス代表を辞退したかというとそれはつまり――――――」

「長そうだからいいや。適当に捏造しておくから。織斑くんに惚れたからにしとこっと」 

「なっ、なっ、ななっ……!」

 あー、図星だ。みるみる内に顔がリンゴのように真っ赤になっていく。

「何を馬鹿な」

「一夏さん、何をもって馬鹿とおっしゃるのかしら!?」

「はいはい痴話喧嘩はそれくらいにしてー。じゃ最後に露崎さんにもインタビューしとこかな! 一組の専用機持ちだし、何せあの沙種様の妹だし!」

 沙種様、ねえ……。千冬様、千冬様とここに来て散々聞いたけどまさか実の姉を様づけで呼ばれるとは思ってもみなかった。

 ま、仕方のない話といえば仕方のない話かもしれない。なにせ、私の姉さんは――――――――。

「まったくよくもこんなに騒げるものだ。実習が本格的でないからといって体力があり余ってるようだな」

 千冬先生がゆらりと立ち現れる。相変わらず、黄色い声援が鬱陶しいそうだ。

「ち、千冬姉どうしてここに?」

「織斑先生だ。お前らが織斑を祝うと聞いて顔を見せに来ただけだ。なに心配するな、すぐ帰る」

「せ、先生! 露崎さんってあの沙種さんの妹なんですか!?」

 クラスの一人が興奮気味に尋ねる。……ああ、とうとう来たよ。

「ああ、そうだ。露崎は正真正銘、露崎沙種の妹だ」

 露崎沙種つゆざきさぐさ

 私の姉で元日本代表候補生。第一回大会は最終選考で千冬先生と決勝で戦い、敗れた。

 そのため日本代表に選ばれなかった。

 そして姉さんに勝利した千冬先生は世界大会でも全勝し格闘と総合部門で優勝した。

 その三年後の第二回モンド・グロッソ大会では射撃部門、及び総合優勝者を果たした。しかし、総合優勝については事件があったため姉さんはたまたま勝ちを拾っただけに過ぎない。

 一般、総合優勝者には「ブリュンヒルデ」という呼び名が栄誉として与えられるのだが、

「えええっ!? 露崎さんってあのジャンヌダルクの妹!?」

 私の姉はその強さ故に自由国籍権を持ち、その第二回大会はフランスの代表として優勝したことからその国の英雄になぞらえて「ジャンヌダルク」と呼ばれている。

 それに「ブリュンヒルデ」の呼び名があまりにも千冬先生に定着してしまったため、代わりに姉さんに別の名が送られたのだが。

「ブリュンヒルデ」――――織斑千冬。

「ジャンヌダルク」――――露崎沙種。

   「天才」  ――――篠ノ之束。

 三人の世界的有名人の弟妹が同じ学び舎、同じクラスにいるなんてなんとも奇妙な縁だ。

「なんだお前ら、気づいてなかったのか? こんなに分かりやすい苗字なのに」

「で、でも織斑くんに篠ノ之さんと二人も有名人が続いたんだから……」

「これ以上はまさか、ねえ……?」

 にしても今の今までよくバレなかったよホント。

「とにかく、露崎は沙種の妹だ。篠ノ之同様、こいつもそういう部分でデリケートだからあまり気にしてやらないように」

 確かにデリケートといえばデリケートですけど、姉さんとの二者間ではそれほど問題ないんですけどね。姉妹仲は悪いわけじゃないですし。

「では私はもう行くが羽目を外し過ぎるなよ小娘ども。今日のことが原因で明日のSHRに出席できなかったらどうなるか分かってるだろうな」

 そう公開処刑を宣告するとなにごともなかったように去っていく。うわ、かっこいい。

「じゃ、じゃあとりあえず何か一言だけでも頂けないかな!?」

「べつに」

「みじかっ! どこの女優さん? でも捏造のし甲斐があるわ! 沙種様の妹だしそれくらい過激な発言があってもいいわよね!」

 よくねーです。大体いつも過激なのは千冬先生ともう一人の天才の方で、姉さんはどっちかというと常識人なんですけど。

「じゃ、写真取るわねー。三人いるから織斑くんが真ん中でいいよわね?」

「はあ……」

 一夏は状況は掴めてないらしくなんとも覇気のない返事をする。

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら、いますぐ着替えて――――――」

「いってらっしゃい、その間に撮影は終わってると思いますけど」

「そんな冷たくあしらわないでくださいません!? このままでいいんでしょう!?」

 そうそう。何もたかが写真一枚くらい制服で構わないじゃないですか。

「それじゃあ、撮るよー。35×51÷51÷35×2はー?」

「えっと……2?」

「ぴんぽーんっ!」

 パシャ。っておおい。

「なんで全員入ってるんだ?」

 シャッターが切られる瞬間の僅かな時間ににクラスメイト全員がフレームに映る位置に移動していた。恐るべし、女子の行動力。箒もちゃっかり映り込んでいた。

「あ、貴女たちねえっ!」

「まーまー」

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー」

「クラスの思い出になっていいじゃん」

「う、ぐ……」

 結局はクラスメイトに丸めこまれてしまったとさ。









 部屋に戻り、部屋の電気を点けると一直線にベッドに身体を投げ出す。

 脇を見ると、時計は十時を回っていた。

「あー、しんど……」

 こうやって馬鹿騒ぎするのは苦手だ。

 一緒になって馬鹿騒ぎするんじゃなくて遠巻きにみて、事の成り行きを見守るのが私の性に合っている。

 でも、たまにはこういうのも悪くはない。箒の機嫌は結局パーティーが終わるまで治らなかったけど。

「ふう……」

 天井を見上げたまま、今日のアリーナでの訓練を思い出す。

 一夏の動きはまだまだ荒い。箒との剣道での訓練でいくらか勘は取り戻しつつあるがそれでも剣筋はまだまだ甘い。

 でも負けながら確実に成長している。敗北は成長の糧になる。負けの中で何かを掴めばいいのだ。

 実を言うと何度負けても這い上がる一夏が羨ましくあったと思う。

 昔から私に敗北の二文字は許されない。

 常勝無敗、負けない強さ。

 しかしその裏は誰よりも負けを嫌い、負けられない宿命を背負っている。

 だが、一度だけ負けたことがある。それが原因で大騒ぎになり、周りに大いに迷惑をかけた。

 特に私に勝ったあの子。たかがあれだけの勝負で大事になったのだ。その子にかけた心配は計り知れない。

 あの子は悪くないのに。悪いのは自分の体質なのに。

 病室に謝罪に来たその子は泣きながら謝った。ごめんね、ごめんねと。何度も泣きじゃくりながら謝った。

 あれから三年。元気にしてるかな。確か名を、

凰鈴音ファン・リンイン……」





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 鈴が出てない時点で既にボッコボコに言われてますが、これから進むともっと叩かれそうな勢い……。

 書いている以上ありがたいコメントをいただくだけでなく、厳しい批評も言葉を受けるのは当然だと思ってます。ましてや自分の文才のないのであれば尚更のことです。

 それを承知でこうして続けるのは厚顔かもしれませんがとにかくへこたれずに書いていきたいです。

2011/07/19
ご指摘により、あとがきの一部を変更させていただきました。



[28623] 第九話 「ファースト、セカンド、あれ私は?」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/07/19 22:48




side:???



「ふうん、ここがそうなんだあ……」

 IS学園の正面ゲートに着くと感慨深げに思わず呟く。まあ、世界で唯一ISの専門教育の場なんだしこれくらいのデカイ施設であって当然といえば当然か。

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ?」

 上着のポケットからくしゃくしゃになった案内用紙を取り出す。

「本校舎一階事務受付……って、だからそれがどこか聞いてんのよ」

 地図の一つでも書いてくれていればすぐに分かるのだが、生憎とこの案内は不親切で多種多様な言葉で案内が書かれてるくせに肝心なところは書かれていない。

 図画ほど万国共通の分かりやすいものはないのにどうしてそれをしないのよ。

「ったく自分で探せばいいんでしょ。探せばさあ」

 不貞腐れながらも足を進める。考えていて辿り着く訳でもなし、とにかく動かなければ始まらない。考えるよりも動く。口よりも先に手が出る。あたしというのはそういう人間なのだ。

 にしても出迎えがないってのは本当だとしてももうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないの?

 政府の連中もこんなイタイケな女子高生を外国に一人ほっぽり出してなんとも思ってないの?

 まあ、そんなことを愚痴ったとしてもあの人なら「なんだ、不満があるのなら好きに辞めてもいいんだぞ」とか言いかねない。マジで言いかねない。

 あたしが以前日本で暮らしていたからいいもののこの待遇は絶対おかしいわよ、そうに決まってる。

 くっ、こんなことならあの時にヘソを曲げずに素直にここに入学しておけばよかった……。

 それもこれも、あのバカが……。

 思考を止めるのと同時、足も止まる。

(面倒くさい……)

 開始五分、早速ダレた。昼間に来たのならまだ人影もあっただろうこの通りも夜の八時になると疎らを通り越して閑古鳥だ。

 うまく事が運ばないのに加え、飛行機に乗っていた疲労感の影響で今いい感じにイライラしている。

(いっそISを使って空でも飛んで……)

 一瞬、それは名案だと思い浮かんだが某天気予報士が使っている電話帳の三冊分もある学園内重要規約書を思い出し止める。

 流石に初日から規則を違反するのはマズイ。下手をすれば外交問題だ。それだけは勘弁してくれと政府の偉い連中が懇願していたのでしょうがなく、しょうがなく・・・・・止めてやることにした。

 なにせ今のあたしは国のVIPなのだ。だからその辺はあいつらの顔を立てるために自重してやらないしないといけないのだ。そう考えると少しだけ気が紛れた。

 昔から『年を取っているだけで偉そうにしてしる大人』が嫌いだったあたしにすれば今の世の中は住み心地のいいものだ。

 男の腕力もISにかかれば、児戯に等しいことも楽しい現実である。

(でもアイツらは違ったなあ……)

 そう二人の姿を思い出す。

「元気かなあ、一夏」

 なんて口にしてみたけれど、思い返せば一夏が元気じゃなかった記憶がない。

 風邪すら引いたところを見たことない。馬鹿は風邪引かないというのは真実らしい。事実、馬鹿だったし。

「それよりも……」

 いつも一夏とつるんでいた片割れの方が気になっていた。

 アイツはちゃんと普通に風邪ひいたし……ってそれはなんか変な言い回しだな。

 要するにアイツは一夏と違って人の子らしく病気も怪我もしたって言いたいのだ。

 それにアイツはあたしにとって特別な人間だ。

 あたしがアイツには許されないことをした。アイツはそれを許したが、あたし自身はそれを未だに許せない。

 でも――――――――もう、いいや。そこで考えるのをやめた。

 どれだけ思ったところで、ここで会えることもないし。

「――――――で、だな……」

 遠くから人の声がする。ちょうどいいや、受付の場所聞こっと。

「だからそのイメージが掴めないんだよ」

 聞きおぼえるのある声。あ、この声はひょっとすると……。

「一夏、いつになったらイメージが掴めるんだ。先週からずっと同じ所でつまづいているぞ」

「だからお前の説明が独特なんだよ。なんだよ、『くいっって感じ』って」 

「……くいって感じだ」

「それが分からないって言ってるんだ……って待てって箒!」

 一夏が女の子を怒らせたみたいですたすたと先にいってしまう。

(ていうか、またアイツ女侍らせて……)

 幼なじみの相変わらずっぷりに思わずゲンナリする。

 なにせアイツは少し優しくするだけで、笑うだけで、歩くだけで、軽く女が数十人がオチる一級フラグ建築士なのだ。

 弾がモテない男の敵だとか言っていたのが遠目から観察してみればよく分かる。

 それにアイツと付き合おうと思えばその前に立ちはだかるのが世界最強おりむらちふゆ

 うん、無理だ。あまりにも壁が大き過ぎる。

 あの人を認めさせるなんて幾千、幾万の策を弄したとしても全て捻じ伏せられてしまう。かといって正面突破できるような相手じゃないし。

 それにあいつの好きなタイプが千冬さんみたいな大人……っていうか年上タイプだし。あたしとまるっきり逆のタイプだし。

 そもそもあたしはどうしてかあの人のことが苦手だ。理由なんてない。苦手なものは苦手なのだ。

 あ、女も先に行ったみたいだしちょうどいいや。今のうちに受け付けの場所を聞いて―――――――。

「分かんねえよ。箒の説明、あれで理解出来たか?」

「あれで分かる方が希少というか……やっぱ私には無理ですね。一夏、ふぁいとです」

「……お前は理解できなくとも、動かせるから楽でいいよなあ」

 苦笑交じりで隣の女の子が一夏に話しかける。

 一夏の隣を歩く女の子に妙な既視感を覚える。

 知っている。あの顔、あの髪、あの目、あの口調。全てあたしはあの女のことを知っている。

 けれどそれはあり得ない。とても似ているがあれがアイツである訳がない。

 だって、アイツは……。

 我に返ると、一人暗闇に取り残されていた。一夏たちも寮に帰ってしまったらしくまた人影はなくなってしまう。

 それからすぐ、アリーナの方へ歩いていくとアリーナの裏に総合受付を見つける。

「はい、じゃあ以上で手続きは終了です。ようこそIS学園へ、凰鈴音ファン・リンインさん」

 明るい声がするが、残念と受け付けの声はあたしの耳に届いていない。心はここあらずだ。

「織斑一夏って何組ですか?」

「ああ噂のコ? 織斑くん一組よ。凰さんは二組だからお隣ね。そうそうあの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」

 聞いてもないのに次々と情報が送られてくる。噂好きは女の性とは言うが目の前の女性はまさにそれだった。

 同じクラスではないと聞いて少し残念な気持ちになったが、気持ちの切り替えは早かった。

(ま、いっか。クラス変えになったら一緒になれるかもしれないし)

 それよりも、この女性には聞きたいことがあった。

「あ、あともう一つ聞きたいんですけど。露崎仕種ってこの学園にいますか?」

 それは希望。そんな筈はない、目を覚ませと自分に言い聞かせるような一筋の願い。

「いるわよ。沙種さんの妹さんでしょう? 露崎さんも一組よ」

 そんな希望すらあっさりと一言で打ち砕かれた。

 じゃあ、あの場所で一夏と話してたのってやっぱり――――――――。

(仕種なんだ)

 気がつけば、部屋に入っていた。

 考えながら歩いていたらしい。自分の無意識の行動に少し戸惑いを覚えるが、今はそんなことも気にならなかった。

「―――――――、―――――――、――――――」

 同室の女子に声をかけられているみたいだが、心は別のところにあるみたいで一つも耳に入ってこない。

「ごめん、疲れたから自己紹介とか明日にして」

 これ以上は相手に悪いので素っ気なくそれだけ言ってベッドに身体を横たえると途端に疲労感と虚脱感から強烈な眠気襲う。

 今日は色々あり過ぎた。身体は睡眠を欲している。あたしもそれに抗うことが出来ない。

(露崎さん、か……)

 そこまでで思考停止。お風呂は……まあ明日でいいや。たまには朝風呂というのも優雅なものかもしれない。

 意識は眠気に勝てずにブラックアウトした。














side:露崎仕種



「ねーねー、転校生の噂って知ってる?」

 クラスメイトが朝一番に一夏に声をかけていた。相変わらず物珍しさというのは中々抜けないようで今朝も今朝で一夏の周りに女子が集まっていた。

「転校生? 今の時期に?」

 一夏が興味を示したのか話を始めた女の子に聞き返す。

「そうそう、なんでも中国の代表候補生らしいよ」

 代表候補生、ね。それにしてもどうしてこの時期なんでしょうか。入るのなら一学期の最初から入ってしまった方が学校としても本人としてもその方がいい筈なんですが。

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 ずいと、一夏の横に現れるセシリア。いや、それはないですから。どうしてそういう風に考えられるんでしょうか。超ポジティブ思考?

「別にこのクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 先程自分の席にいた箒もいつの間にか一夏の横に立っていた。

 それにしても中国、ね。随分と懐かしい人物を連想させる。

「今のお前に女子を気にしている余裕はあるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのだぞ?」

「そう、そうですわ、一夏さん! クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくしセシリア・オルコットが務めさせていただきますわ!」

 クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス同士のリーグマッチだ。スタート時点の実力指標を測るためにやるのだとか。

 ただ練習量からすると今の一夏なら機体性能抜きでも一回、二回くらいなら順当に勝ち上がれると思うが。

「まあ、やれるだけやってみなさい一夏」

「おう、そうする仕種」

「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝っていただきませんと!」

「そうだぞ。男子たるものそんな弱気でどうする」

「織斑くんが勝つとみんなが幸せなんだよ~」

 ちなみにみんなが幸せという意味は優勝クラスには学食のデザート半年間フリーパスが与えられる。甘味は女の味方であり、女の敵であることは彼女たちは知っている。

「というわけで織斑くん、頑張ってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから余裕だよ」

 へー。四組にもいるんですか。後で情報収集しておこう。ていうかこのクラスに専用機持ちが三人もいる時点で異様なんですけどね。

「その情報、古いよ」

 聞き覚えのある声が入り口から聞こえた。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に優勝は出来ないんだから」

「鈴……? お前、鈴か?」

 一同が唖然とする中、一夏がおそるおそる尋ねる。

「そうよ。中国の代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たって訳」

 ツインテールが小さく揺れる。どやっと言わんばかりに勝ち誇ったいい表情をしている。

「なに格好つけてんだよ、すげえ似合ってねえぞ」

「な!? なんてこと言うのよ一夏! あんたって相変わらずデリカシーの欠片もないわね!!」

 一夏の一言に破顔すると同時フシャーッ!と猫の威嚇みたいにツインテールを逆立てる。実際に立ってる訳じゃないけど、こっちの方が鈴らしい。

「おい」

「なによ!?」

 バシン! 世界最強ちふゆせんせい が現れた!

 千冬先生 の先制攻撃!

 鈴 はダメージを受けた!

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん」

「学校では織斑先生と呼べ。あと入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

 すごすごと退く鈴。千冬先生が苦手なのも相変わらずか。

「また後で来るから! 逃げないでよ一夏!」

 そう捨て台詞を残して、鈴は自分のクラスに帰って行った。

「ていうかアイツIS操縦者だったのか。初めて知った」

 私も初めて知りましたよ。中国と聞いて、予感はしていましたがまさか本当に鈴が来ることになるとは。人の縁とは面白いものです。

「一夏。今のは誰だ? 知り合いか? 随分と親しそうだったな」

「い、一夏さん!? あの子とはいったいどういう関係で――――――」

 その他のクラスメイトも一斉に一夏の席に詰め寄る。ああ、馬鹿。

「さっさと席につけ、馬鹿ども」

 バシンバシンバシンっ!! 

 情け容赦一切無用の出席簿が立っていた見舞われた。

 ついでに記しておくと、今朝のことが原因で授業でぼーっとしてたため箒とセシリアは何度も叩かれていた。









「お前のせいだ!」

「貴方のせいですわよ!」

「なんでだよ……」

 昼休み開始早々二人は一夏に食ってかかっていた。っていうか二人とも、それはあまりに理不尽な怒りでしょう。恋患いで勉強に手がつかないといっても相手に当たるのは拙い……一夏だからいっか。

「まあ、話ならメシを食いながら聞くから、学食に行こうぜ」

「む、それもそうだな……。お前がそこまで言うのならそうしよう」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 この程度の話題転換で宥められるって何か、子供か。恋する乙女とは分からないものです。

 一夏が学食に向かう道に何人かのクラスメイトがぞろぞろと着いてくる。この光景も慣れたものだ。人間、異様なものでも何度も見ていれば抗体が出来るんだな……。

「待ってたわよ、一夏!」

 どーんという効果音と共に鈴が待っていた。いや、実際しませんよ。そんな感じがしたというだけです。

 それになんで先に買って待ってるんですか、麺がのびるでしょう。一夏が来てから一緒に並べばいいものを……。

「まあ、とりあえずそこをどいてくれ。食券を出せないし、普通に通行の邪魔だ」

「う、うるさいわね! 分かってるわよ」

 悪態づきながらも丼を持ったまま一夏の横につける。

「それにしても久しぶりか。丸一年か。お前がISの操縦者なんて初めて知ったぞ。いつ代表候補生になったんだよ」

「それはこっちのセリフよ。テレビ見てたらアンタが出てくるんだからびっくりしたじゃない。あんたもたまには怪我病気しなさいよ」

「どんな希望だよそりゃ……」

 そんなふうに鈴と一夏は他愛もない話をしながら、席に移動する。

 箒とセシリアの表情が険しい。ていうか、嫉妬オーラをこれ以上出さないでください。他の女子もなんか修羅場か何かと興味示しちゃってるじゃないですか。

「一夏、そろそろ説明して欲しいんだが」

「そうですわ! もしかしてこの方とつっつつつつ付き合って……!」

「別にそんなんじゃないわよ。こいつが人の好意に気付いて彼女作れるタマだと思う?」

「酷い言い草だな鈴……。つーか箒、セシリア、仕種うんうんって頷くな!」

 え? 鈴の言うことその通りなんですけど何か文句でも?

「はあ……。見ての通り、ただの幼なじみだよ」

「幼なじみ……?」

 ぴくりと、箒が反応を示す。流石に幼なじみと聞いて黙ってられませんか。

「あーそういや箒とは入れ違いだっけ。箒が引っ越していったのが小四の終わりだろ? で、鈴が転校してきたのは小五の初め。そんで中二の終わりに中国に帰ったから一年振りってこと」

「前に話しただろ? 篠ノ之箒、俺のファースト幼なじみだよ」

「ファースト……」

 いや箒、そこ喜ぶところじゃないですから。

「で、鈴がセカンド幼なじみ」

「ふーん。そこはあんたバカあ?って言っとけばいいの?」

 感心なさそうに麺を啜る鈴。鈴その言葉は拙いです、モロ被りです。性格とか髪型とか立ち位置とか。

「んンンっ! 幼なじみがどうかは知りませんが、わたくしも忘れてもらっては困りますわ?」

「何、このコロネヘア?」

「人の髪型の悪口を言わないでくださる!? わたくしはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ! まさかご存じでありませんの!?」

「うん。悪いけど興味ないし」

 悪びれる様子もなく、鈴はけろっと言い放つ。

「い、言ってくれますわね……! 日本といい、中国といいアジア人はイギリス情勢を何一つ知りませんの……!? 言っておきますけど、わたくしは貴方にだけは負けませんことよ!?」

「言ってればー、あたし悪いけど強いし」

 きしし、と笑う鈴。何か確信があるのか嫌味を含んでいない。あれが素でそう思っている分、尚更に性質が悪い。

 セシリアがぐぬぬ、と拳をぷるぷるさせて箒は止めていた箸を再開する。

「で、アンタクラス代表なんですってね」

「おう、なんか成り行きでな」

 ま、あれは仕組まれたものと言っても過言ではないですけどね。

「ふうん、ま。頑張れば? そこの二人に教えてもらってもあたしとの差が埋まるとは思わないけど」

「「っ……」」

 箒とセシリアが顔をしかめる。自分が好いている人を貶されるのは気分のいいものではないようだ。

「ごちそうさま。お先失礼します」

 そんな隣はお構いなく最後に残していた味噌汁を啜ると手を合わせて合掌し席を立つ。うん、塩サバ美味しかった。

「あ。し、仕種。話あるんだけど……」

 鈴が呼びとめるが言葉はどこか歯切れの悪い。

「悪いですけど放課後で。それに急がないと次の授業に間に合わないですよ?」

 時計は次の授業の開始の十分前を指していた。だというのに一夏の皿はほとんど箸が着いていない状態だ。箒たちはなんだかんだ言いながら箸を動かしてたし。

「げ! 本当だ、仕種なんでそのこと言ってくれないんだよ!?」

「いやあ久々の再開なんですし、積もる話もあるんでしょうからお小言はお節介かなあ、と」

「そういうときは言ってくれよ! 仕種の鬼! あくま!」

「はいはい、そんなことに口を動かしている暇があるんなら食べる方に動かしなさい。それと、その言葉まるっと覚えておきなさい?」

 そう言って食器を返しに行くと後ろでちくしょー!とか哀れな断末魔が聞こえてくる。実にいい気味だ。常に女に囲まれてるハーレムな主人公体質はもげてしまえばいいと思います。

「仕種の一夏に対する態度も相変わらずね」

 あくせくと一夏が物を食べている横でスープをごくりと飲み干して鈴はそう小さく呟いた。













 放課後の第三アリーナ、そこにサムライがいた。

「し、篠ノ之さん!? どうしてここに!?」

「一夏に頼まれたからだ。それ以外に何がある?」

 いつもと違うところは打鉄を展開しているところだ。

 打鉄は純国産の第二世代量産型だ。安定性のあるガード型で初心者にも使いやすく多くの企業や国家、IS学園の訓練機として採用されている。

「打鉄の使用許可が下りたからな。近接戦闘が足りていないだろう、私が相手してやる」

 くっ、こんなに早くに使用許可が下りるなんて……と悔しがるセシリア。

「刀を抜け、一夏」

「お、おう」

 剣道のように距離を取り、剣を構える。

 場を独特の緊張が包み込み、動こうとしていた時、KYも動いた。

「お待ちなさい! 一夏さんのお相手はわたくしセシリア・オルコットでしてよ!?」

 割り込むように二人の間に銃弾を撃ちこむ。

「勝負の邪魔するな! 斬る!!」

「篠ノ之さんにそれが可能でして?」

 切りかかった箒をあらかじめ展開しておいたインターセプターでいなすと距離を取りスターライトmkⅢで連射する。

 こうして、一夏を巡る戦いが始まった。当の本人は完全に置いてけぼりだけど。

「うわ、戦闘始めちゃったよ。どうしたものかなあ仕種」

「一夏、一つ尋ねますが箒はファーストで鈴はセカンドなんですよね?」

「だからなんだよ」

「じゃあ、私は? そう言えば聞いてないですね? 私の方が、箒より付き合いが長いというのに?」

「あー……ファーストは箒だし、セカンドは鈴だろ。で、仕種は箒の前か。じゃあ仕種は幼なじみゼロだな」

「幼なじみ、ゼロ」

「おう、幼なじみゼロだ。ゼロ幼なじみだと語呂悪いだろ? だから幼なじみゼロ」

「ふっ」

「は、ははっ」

「んなコーラの商品名みたいな名前もらって誰が嬉しがると思ってるんですか? 私の敵さん?」

「神は死ん……みぎゃあああああああああああああっ!!」

 一夏が言い切る前に呼び出したストレリチアを容赦なくぶっ放す。これでもかというぐらいに、これでもかというぐらいに。大事なことなので二度言いました。

 結論。

 一夏のネーミングセンスは非常にいただけないです、まる。







[28623] 第十話 「ワン・プロミス/ワン・シークレット」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/07/23 22:44






side:織斑一夏



「も、もう無理……。流石にこれ以上はし、死ぬ……」

「と、一夏が申しているので今日はこれくらいにしますか」

 あれから三対一の一方通行ワンサイドゲームが数時間にも及び、日もすっかり落ちてしまった。

 箒からは籠手・面・胴を食らい、セシリアからは、弾幕のような射撃の嵐を食らい、仕種からは雪片を持っている右手のピンポイント狙撃を食らい、それはもう結果から言うと散々な惨状だった。

「そうですわね。今日はこれでお開きということで」

「これくらいで音を上げるとは、軟弱者め」

 ぐあ、箒の心ない一言に思わず涙が出そうだ。俺の周りにはこんな奴ばっかりなのか……? 千冬姉に始まり、箒に仕種、鈴……うん、こんな奴らばっかりだよな。

「いや、箒も三対一やってみろって……。めちゃくちゃ疲れるんだぞ」

「それはお前の行動に無駄が多すぎるからだ。自然体で行動出来ればそんなに疲れることはない」

 それが出来ねえから苦労してるんだって箒。二対一でも一方的なのにそれに一人加わるんだぜ。それはもう猫三匹と鼠一匹のほとんど勝ち目のないバトルロイヤルみたいなもんだ。どうしろってんだ。

「では一夏。またご飯時にでも」

「そうですわ。その時に今日の反省会をいたしませんと」

 うげ……、あれ今日もやるのか。

 反省会では容赦なく俺のわるいところをダメ出しされる。毎回、とんでもない数のミスが列挙される。

 つーかどんだけ悪いところだらけなんだよ俺。粗探しにも程があるぞあれ。

「もうやめて! 一夏のライフはもうゼロよ!」状態でも平然と言葉を続けるしなこの三人。

 けど、そのおかげで技術が向上してることにも変わりないんだよなあ。

「お手柔らかに頼みます……」

「拒否します。強くなるための薬です。耳の痛い話ですが、薬は苦くなくては利かないんですよ。特に馬鹿につける薬は」

 うあ、相変わらずの辛口だ……。言っていることが真実なため否定できない。

 仕種とセシリアは俺たちのとは逆方向のピットへ歩いていった。

「一夏、私たちも行くぞ」

「箒、先に行っててくれ。まだ、動けない」

「まったく、しょうがないな。先にシャワー使わせてもらうぞ」

「おう……」

 生返事を返すと天を仰ぎながら箒を見送る。

 しばらくすると息が整ってきたので、クールダウンを行ってピットへ戻る。

 誰も使われていないピットはがらんとしていていつも以上に広く感じる。 

「一夏、お疲れ」

 バシュっというスライドドアの開く音と共に鈴が入ってくる。

「鈴、もしかして今まで待っててくれたのか?」

 時間はもうけっこう遅い。食堂もほとんど最終だ。

「ん、まあそうね。はい、これ」

 手に持っているタオルとスポーツドリンクを手渡される。

 そうか幼なじみとは優しくて甲斐甲斐しいものだったのか。あれ、どうしてだろう。目から汗が出るぞ?

「相変わらず、仕種に優しくされなかったのね。よしよし」

 子供をあやすように優しく頭を撫でる。

 やべえ、さっきから止めどなく溢れてて止まらねえぞ。なあ知ってるか箒、仕種。幼なじみって本来こうあるべきものなんだぜ。

「落ち着いたわね。じゃ、はい」

 いい笑顔で手のひらを突き出した。うん、なんだこの手は。そうかこれはあれか、お手だな。というか鈴よ、俺は犬ではないんだがジョークのつもりなのだろうか。

 ぽんと、手のひらの上に手を乗せる。

「ちっがーう! 何間違った解釈してんのよアンタは! お代よ、お・だ・い!」

 バチンと乗せた手を振り払い、手のひらを再度突きだす。

 おだい? はて、お題のことか? IS学園――――――幼なじみと俺と時々千冬姉、なんちて。

「何つまらないこと考えてんのよアンタは。スポーツドリンク代とタオル代と優しくしてやった代アフターケア。本当なら一野口のところ、再会祝いだし五百円にまけてあげるわ」

「金取るのかよ!? つーか、一野口ってどんだけ守銭奴だよお前!?」

「いいじゃない、ワンコインにまけてるんだからさあ。払わなかったら十日で一紫式部の利子がつくわよ?」

 ぼったくりだあっ!? 関西の金融もびっくりな位なぼったくりだあっ!?

「ったく、払えばいいんだろ。ほれ、五百円」

「まいどあり~」

 受け取った五百円をほくほくと財布の中に蓄える。

「ねえ一夏。あたしがいなくて寂しくなかった?」

「そうだな、遊び友達が減るのは大なり小なり寂しいもんだけど」

「そうじゃなくてさあ。ま、あんたならこんなもんか」

「なんだよ鈴。なんか違ってたのか?」

「違ってなくないわよ。あんたが正しい、お世辞のひとつでも期待したあたしが馬鹿でしたよーだ」

 あー、女心はよくわからん。

「ね、一夏。記念撮影って続けてるの?」

「ああ、ついこの間アルバムが届いたからな」

 俺は千冬姉の影響で定期的に写真を撮るようになった。元々そんなことにあまり気にしていなかったが、前に千冬姉が周りにいた人を覚えておけにって言われてからそうかもしれないと思い、今も続けている。

「あのさ、今度見に行っていい?」

「ああ、いいぞ。整理終わってないからけっこうバラバラだと思うけど」

「別にそんなこと気にしないわよ」

「んじゃ、身体冷えてきたから部屋戻るわ。箒もシャワー使い終わっただろうし」

「箒って幼なじみの子よね? なんで男と女がおんなじ部屋で暮らしてんのよ。仕種じゃないの?」

「ああ、なんか俺の立場が特殊だから、特別に部屋を用意できなかったんだと。それで今は箒と二人部屋で―――――――」

「もういいわ。内容は分かったから」

 お手上げといわんばかりに万歳をする。おお、幼なじみは最後まで言わなくても理解してくれるのか。

「そういや、仕種がどうって……」

「ああ、あたしの勘違いみたい。忘れて」

 微妙に返事が素っ気ない。でもそんな表情もすぐに元に戻る。

「でもさ、あんた大丈夫なの? 年頃の女の子と同室なんてさ。ムラムラ~って来て襲っちゃったりしないの?」

「箒相手に? 幼なじみ相手にそんなことしないって」

 それにそんなことしようもんなら問答無用で木刀(竹刀にあらず)でぶっちKILLだし。俺だって命は惜しいんだ。

「はぁ……。そういや一夏は千冬さんで散々見慣れてるのよね。そりゃ壁高いわよね~」

 何を溜息ついてるんだ鈴、そんなんじゃ幸せが逃げるぞ。確かに千冬姉は下着姿でウロウロすることはあるけど。正直止めて欲しいよな、こっちだって健全な男の子なんだぞ。

「身体のことやたら気使ってるし、同世代の女に興味示してないし……。やっぱアンタ枯れてるわ」

 枯れてるってなおい。弾もおんなじことを言ってたけど、別に俺は女子に興味がないわけではなくてだな。

「あんたまさかそっち系!? 道理で弾といっつも……」

「待て待て待て! 勘違いするな、俺は断じてそっちの道に足を踏み入れてない!」

 っておい待て鈴! じゃ、とか言って勘違いしたままどっか行くなああああああっ!!















side:露崎仕種



 一夏と箒と分かれた反対側のピット。

「仕種、少し厳しすぎではありませんでしたか?」

 セシリアがピットに戻るといの一番にそう言った。

 クラス代表戦以降、セシリアの態度はだいぶ刺も軟化し取れてきた。それでも中身もとお嬢様もとなため時々出る上から目線もこう言う奴なんだと温かい目で見てやることにしている。

「何がですか? 一夏への態度? 練習?」

「……一夏さんへの態度は今に始まったことじゃありませんけど。練習に関してですわ。たとえ代表候補生でも三対一は流石にきついですわ。ましてや一夏さんはISに触れてまだ一月も経っていないんですのよ?」

「ならセシリアが譲ればよかったんじゃないですか。そうすれば二対二のタッグマッチが出来たというのに」

 今日の練習は四人いるから二対二で分かれて試合してみようと言ったものの、箒とセシリアがお互い譲らず。

 私が一夏と組もうとしても二人は許そうとしないので結局三対一ですることになった。何やってんでしょうね……。

「そんなこと出来るわけありませんわ! 箒さん、ましてや幼なじみの凰さんが現れた以上わたくしはこれ以上後れを取ることは許されませんわ!」

「……さいですか」

「しかし、今のままでは篠ノ之さんと対して変わりありませんわ。それどころか一夏さんと同じ部屋で暮らしてる向こうの方が歩があるようですし」

「じゃ、クラス対抗戦が終わったころにでもデートにでも誘えばいいんじゃないですか?」

 素っ気なく適当に返事をすると、

「で、でっでででででデートおおおっ!?」

 思いっきり顔を真っ赤にして反応した。

「そうですよデートですよデート。日本風にいえば逢引でしょうか」

「あ、逢び……!」

 ぼっ!と湯気を立てながらへにゃへにゃと崩れ落ちる。えー、そんなに刺激の強いこと言ったつもりないんですけどねー。

「し、ししししかし、一夏さんがわたくしの誘いを受けるでしょうか……?」

「日本の街を歩きたいとか適当に言い訳つければあの男は着いてきますよ」

「そうですわよね!?」

「ただネックなのは一夏がデートだって意識しないことですかね……」

「そうですわよね……」

 まったくそのとおりである。一夏は女の子と遊びに行っても、「女の子と遊びに行った」としか認識していないのだ。世間一般にそれをデートというのに。朴念神め。

「ま、その辺はご自分で頑張ってください」

「は、はひ!」

 や、何にもないところで噛まれても……ちょっとだけ可愛いなって思っちゃったじゃないですか。









 夕食を取りながら一夏の練習の反省会を三十分ほどした後、お開きとなり各々の部屋に戻っていく。

 シャワーを浴び疲れたたため少し早めの就寝を取ろうとした時、ドアが叩かれたので出る。

「しーぐさー。少し聞きたいことがあるんだけどいい?」

 ドアを開けるとそこにはネコがいた。中国産で人懐っこい奴だ。名前は鈴という。

「なんですか鈴。ISの訓練と一夏の会議で私は疲れてて明日にして欲しいんですが……」

「嫌よ。仕種ってそうやって有耶無耶にするじゃない」

 流石は幼なじみ、こちらの手の打ちはお見通しか。

「はあ、少しだけですよ」

「平気平気すぐ終わるって。ていうか、相方の了承なしで勝手に通していいの?」

「別に大丈夫です。私、一人身ですし」

「え……。一夏女と一緒の部屋なのに仕種は一人身なの?」

「ええ。寂しくはありますが、一人だと気楽です。ま、中に入ってください」

 中に入れるが奥の方まで入ってくるような気配がない。

 バタンとドアが乱暴に閉まる音に振り向くとドアのところで鈴は俯いていた。髪の毛でその表情を読み取ることが出来ない。

「鈴……?」

 近寄った無防備な一瞬、見逃さないように鈴が動いた。

 異変に気付いてこちらが構えるよりも早く鈴は両手を部分展開し、床に押し倒され組み伏せられる。

「くっ!」

 押し返そうにも部分展開された両手によって押さえられた腕はピクリとも反応しない。そもそも人とISでは敵う筈もない。

「どう? これならあんたも動けないでしょ? それに部分展開できないしね」

 鈴の言うことは事実。完全に拘束されている。いや、本気で逃げようと思えばまだいくらでも手段はあるのだが、それは穏便に済ませることを度外視した場合でそうした場合千冬さんの制裁を食らうことになる。

「で、もう一度聞きたいことあるって言ったけど遠慮なく聞かせてもらうわ。あんたがどうしてIS学園にいるの? いや違うか、どうしてあんたが・・・・ISに乗れるの・・・・・・・?」

 その質問に肝が冷える。

 そのことを聞くとはたぶん鈴は気づいている・・・・・・

 かといって鈴は竹を真っ二つに割ったような性格だ。誤魔化しが通じる相手じゃない。

 それにこんな状況だ。下手な冗談も打つことが出来ない。

 逃げ道を必死に模索する。

「ふうん、口を割るつもりはないんだ。なら、こっちから――――――――」

「クラス対抗戦……」

 ぽつり、と言葉を落とす。

「ん、何よ?」

 鈴は耳聡く言葉を広い聞き返してくる。 

「今度のクラス対抗戦、そこで優勝できたらその時に理由を教えます」

「な! そんな要求受け入れられる訳……」

「これがこちらの出来る最大限の譲歩です。それとも鈴は優勝出来ないんですか? 中国の代表候補生なのに?」

「っ! あーもう! 分かったわよ! 優勝すればいいんでしょ優勝すれば!」

 投げやりに語気を強めて言い放つ。発破をかけてやれば性格上、鈴はそれに乗らざるを得ないのだ。

「その代わり、優勝したらなんか驕りなさいよね」

 しかし鈴も転んでもただでは起きない。対価を要求するあたりかなりしたたかだ。

「駅前のクレープで手を打ちましょう」

「ぬるいわね。こっちは@クルーズの期間限定の一番高いパフェを要求するわ」

 待ちなさい。あれって一つ二千五百円する奴でしょう?

 学生が一回の食事にそんな膨大な量を払わなければならないのですか。

「あ、別に呑まなくてもいいわよ。その時は今この場でまるっとひん剥いてあげるから」

「はあ……、分かりましたよ。それで手打ちにしましょう」

「やり! 約束したからね!」

 納得したのか押さえていた拘束を解く。押さえられてた箇所が少し赤くなってる。

「見てなさいよ! あたしが優勝して仕種の口から本当のことを喋らせて見せるんだからね!」

 そんなことも気にせずに鈴はぴゅーっと出て行った。まさしく風のよう。

 出た直後に「ぷぎゃっ!?」って叫び声が聞こえたのは空耳のせいにしておきましょう。

 これはますます、一夏の訓練に熱を入れなければならなくなりましたね。

 その後日、一夏が鈴に宣戦布告を受けていた。

 かくいう当人の一夏は、

「俺、何か鈴を怒らせるようなことしたか……?」

 と首を捻りながら考えたとか。






























side:凰鈴音





「ぷぎゃっ!?」

 部屋を出るや否や頭に強烈な衝撃が走り、虫が潰れたような声を上げる。

「急に部屋から飛び出すな凰」

「ち、千冬さん」

「学校では織斑先生と呼べと言っているだろう凰」

 ぎん、と目から放たれる威光が強くなる。

「す、すみません」

 頭を下げながらふと思いつく。

 同年代で覚えがないんならこの人なら、仕種について知っているかもしれない。

「あの、少しいいですか?」

「なんだ、手短にしろ」

「はい、仕種のことです」

 千冬さんの眉がぴくりと動いた。それも微微たるもので注意深く見ていないと気付かないほど小さな変化だ。

 逆に、変化を見せたということは絶対仕種に対しての私の持っている違和感の答えを何かを知っている。

「やっぱり、何か知ってるんですか」

「……ここでは、拙いな。私の部屋に来い」

 そう促されると千冬さんに連れられて寮長室に行く。こんなところに入るのは寮則を犯した時と相談事ぐらいしか敷居を跨ぐことはないだろう。

 あれ、あたしってばけっこうレアな体験してる?

「まあ、適当な場所に座れ」

 そう促されるが、当のあたしは呆然と立ち尽くしていた。

(いやいやいや! この足場のなさは何よ……!? 座るどころの問題じゃないわよ!?)

 心の中でそう突っ込む。間違っても口にすることなど出来ない。

 一夏の家に何回か遊びに行ったことあるけどこんなに散らかっていなかった。むしろ綺麗だった。ていうかどんな散らかし方すればこんなに部屋を汚すことが出来んのよ。

 ていうことはこれ全部千冬さんが散らかした……? で、こんなのを一夏は毎日掃除してんの!?

 一夏の掃除スキルの高さを相変わらずに実感した瞬間だった。

「ほれ、飲め」

 缶のスポーツドリンクを手渡されるとはあ、と覇気のない返事をした後何気なくぷしゅとプルタブを開けて口を付ける。

「飲んだな?」

 それを見るや否や子供の悪戯が成功したかのように千冬さんはにやりと笑った。

「このことは口外するなよ? プライバシーは守られるべきだからな。それは口止め料だ」

 そこまでして生徒の夢を壊させたくないか。世界一になるというのも難儀なものだ。

「一夏に掃除させた方がいいんじゃないですか?」

「それもそうなんだがこの寮もあくまで学校だからな……。一個人をこき使うのは気が引けてな。もう少しだけ待ってあいつに頼むか……」

 千冬さんはそう呟くと缶ビールをぷしゅと開ける。

 千冬さんの言うあいつとは一体……。一組の副担任のヤマダマヤ?にやらせるんだろうか。それだとしたらかなりご愁傷様だ。ていうか個人を使うのが気が引けるというのと矛盾してないか。

「あのちふ、織斑先生」

「ここにお前と私の二人しかおらんだろう。そんなに畏まらんでいいぞ」

「はあ……」

 言いなおそうとしたところを意地悪そうに笑う。

 千冬さんは公私の区別をはっきりと分ける、それを逆手に人をからかう「私」の状態の千冬さんおとなはずるいと思う。

「それで聞きたいことというのはなんだ?」

「はい、どうして仕種がIS学園にいるんですか?」

「それは仕種がISに乗れるからだろう」

 にべにもなくさも当然のように答える。

「そうじゃなくて。どうして仕種がISに乗れるんですか?」

「では聞くが凰、何故男の一夏がISに乗れる?」

「いえ。千冬さんは分かるんですか」

「いや、私にもわからん」

 取り付く島もない。

「それにしても妙な物言いだ。まるで、仕種が・・・ISに・・・乗れる筈がない・・・・・・・というような言い草だ」

 千冬さんの厳しい眼光があたしの背筋を貫く。

 私人の目でも、教師の目でもない。現役のIS操縦者のように厳しい目だ。

「その様子だと、ある程度真実に近づいているようだな。どうして気づいた?」

「会ったときから違和感はありました。一夏とか幼なじみの篠ノ之さんの態度であたしも最初間違ってると思ってたけど、部屋割とか見たら不自然な気がしたので」

 いかに一夏が姉弟で暮らし慣れていたとはいえ、年頃の男女を同室にするのは拙い。

 男の一夏を仕種と部屋替えして一人部屋にすればいい。

 なのに、実際は交代されることなく女の仕種が一人部屋を使ってる。

 ここに大きく違和感を持たざるを得なかった。

 つまりは仕種が一人部屋を使わざるを得ない状況が存在する可能性があるかもしれないということ。

 ふむと足を組み代え、缶を振りながら千冬さんは思案する。

「変化に疎い一夏は当然として、篠ノ之はあんなことがあったからな。まともに仕種のことを覚えているのはお前ぐらいだからな……。本人はどう言っている」

「さっき話してきましたが、クラス対抗戦で優勝したら話すって」

 そうか、と呟くと缶ビールを飲み干して空にする。

「なら私から言うことは何もない」

「!? 知っている筈なのにどうして!」

「ああ、確かに仕種の抱える秘密について私は知っている。しかし仕種の意思がなければ他人の私が無闇に話すことも出来ない。それくらいに事は大きい」

 言われなくても分かっている。

 仕種が言い渋っている時点で大したことあるんだって重々に承知している。けど……。

「凰、仕種の話だが興味本位の生半可な覚悟で聞くなよ? 事はそれくらいに重いぞ」

「あ、あたしはそんなつもりじゃないです」

「そうか。だが、あの日のことを引きずっているのなら尚更やめておけ」

 その一言にあの日の記憶が鮮明に甦る。

 目の前で苦しそうに倒れている仕種、騒然とする教室、右往左往する担任教師。そして何が起こったのか分からずに立ちつくすあたし。

 全てが忌まわしく拭いされない一つの過去。それが今もあたしの心の闇を掴んで離さない。

「っ」

 フラッシュバックした光景にきゅっと唇を噛みしめる。

「あれは事故だ。誰でもが成り得た役をたまたまお前が引いただけの話だ。お前に責任はない」

 千冬さんは仕方ない、といった風に諭す。

「でもどんな形であれあたしは仕種を殺しかけた。親友を、あたしのこの手で……」

 大切な人を言葉通りこの手にかけようとした。

 その罪は消えることはない。許されることもない。許せる筈がない。

「あまり思い詰めるなよ。なにあいつは勝てば話すと言ったのだろう? なら、勝って正々堂々と奴の口を割らせればいいさ」

 ただし、と千冬さんは一言を添える。

「その口からどんな真実が告げられようと目を逸らさずに受け止めろ。私からの忠告はそれだけだ」

 それだけを聞き届けると寮長室を後にした。

 気分は仕種の部屋を出た時のような高揚でもなく、IS学園に来た時のようなやるせなくモヤモヤと言い表せないようなものだった。





 * * *

 あとがき

 東湖です。超・展・開で申し訳ありません。

 鈴のスーパー推理タイムに関しては目を瞑ってくれるとありがたいです……。



[28623] 第十一話 「アイ・ニード・インフォメーション」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/07/26 02:02




side:露崎仕種



「四組は、っとここですね」

 以前クラスメイトが話していた専用機持ちを見に行くことにした。クラス対抗戦までそれほど日がないため情報収集も大切だ。私が今探している情報は専用機に関するものである。

 ほとんどの生徒が訓練機を使う中、一組、二組、四組は専用機持ちだ。そのことも大きいようで上級生回からも注目を集めている。

 技量の差が機体の差に救われるかは分からないが一夏の技量なら上級生に苦戦することは間違いない。後は挙げるとしたら上級生が三人?専用機持ちだが、クラス代表なのかどうかの情報がないため少し厳しい。

 まあ今が上回生のことはともかく、一組の専用機持ちは一夏だし二組の鈴は代表候補生だからいくらか情報が探せばある。

 さてそうなると問題は四組だ。まったくのノーマーク、ノーデータだ。不気味なことこの上ない。

 専用機を持つということはそれ相応の実力があるということでもある。

 実力者相手にノーデータは流石に今の一夏の状況では拙い。

「ねえ、あの子が例の沙種様の……?」

「そうらしいよ。織斑くんとおんなじクラスなんだって」

「私、束博士の妹の篠ノ之さんとも同じクラスだって一組の友達に自慢されたんだけど……」

「いーなー、沙種様のサイン頼んでみようかな……」

 この間の就任パーティーの時に露崎沙種の妹とバレてから割と露骨に後ろ指差されるようになった。一夏の時ほど周りがざわついていないがないのだがこれはこれで辛い。

「ちょっといいですか」

 入口付近の手近な四組のクラスメイトに声をかける。

「ええと、沙種様の……」

 なんということだ、この子も姉さん信者なのか。というか私があの人の妹と露見して以来、姉さん信者が増えていないか?

「四組のクラス代表も専用機持ちって聞いたんですけど」

「ああ、ひょっとして更識さんのこと?」

「ええ。機体がどんな感じか教えてもらいたいんですが、よろしいでしょうか?」

 そう聞くと二人は顔を見合わせてなんとも言えない複雑な表情をする。一体どうしたのでしょう?

「教えるも何も私、見たことないからなー。更識さんの機体」

「???」

「実習の時も訓練機だもんね更識さんって」

 それは少しおかしな話だ。

 専用機持ちなら皆の前で実践を行う筈だ。一夏やセシリアや私のように。

 その時に専用機持ちが専用機を扱うのは当然のことだ。その方が早いし何よりIS自身に経験を積ませられる。稼働時間は長ければ長いほうがこちらの癖や特性を理解してくれる。

 私はそのことに関して主眼を置かれ、専用機が与えられた。現存する、誰よりもISの起動時間を長くするために私はISに乗り続けた。

 ……っと話が逸れた。要するに、専用機持ちなら専用機を使った方が強くなれるということだ。

 なのに、ここのクラス代表はその理論に逆行するように専用機の姿を現していない、みんなは見ていないという。これはかなりおかしい事態だ。

「その更識さんて今どこに?」

「うーん、いつもなら窓際の席でキーボード叩いてるんだけどお昼買いに行ったのかな。更識さん、今いないみたいだし」

 四組の子はそう言って一度、教室を見渡す。

 同じクラスメイトですら情報がナシではなんとも言えない。

 長居は無用なため、彼女が戻ってくる前に四組の子にお礼を言って大人しく引き下がることにした。








 放課後。

 第三アリーナへ向かう廊下は珍しく人気がなく静寂に包まれている。

 そんな中足跡が二つ。一つは自分。もう一つは後ろから付いてくる人の足音。完全に私の歩調に同調しているが気配が消し切れていない。むしろ、意図して消していないのでしょうか。

 間違っても後ろには誰にもいないなんてことも、足音がぺたぺたと一回ずれてたりもしないですよ、あぅあぅ……。

「誰ですか?」

「ありゃ、ばれちゃったか。私に気づくとは中々ね」

 その言葉を心待ちにしていたのか彼女はそう言って、あはっと笑う。

 外側にはねた薄い水色のショートヘア、十人が十人美人と頷く容姿。

 身体も同性ですら羨むプロポーションでそのスタイルの良さは制服越しでも充分に見て取れる。

「もう一度聞きますが、誰ですか?」

「さあて、誰でしょう?」

 うふふと笑い、右手に持った扇子を広げて口元を隠す。そこには「Who am I?」と英語を無駄に達筆に書かれている。

 余裕を持った大人の雰囲気とは対照的に子供っぽく面白がっている笑み。そのどこか含みがあるような雰囲気、面白がっている表情は束さんを連想させる。

 こういうタイプで一番怖いのはどこまで自分を見せているのかが分からないところ。不透明、掴みどころがないと言ってもいい。案外と苦手なタイプだ。

「ヒントを下さい」

「あら、一回会ってるじゃない。忘れちゃった?」

 さもありなん、とあっけらかんと言ってのける。確かに一回会ったら大抵の人は覚えているのですが、生憎とこの人は全くの覚えがない。

 これが初めて会話したようで。

 リボンの色からすると二年生だ。分かることはそれしかない。

「お嬢様~」

 のろのろと、もしくはトテトテと形容したような走り方でクラスメイトが走ってくる。見ていて転びそうなのだがこれが案外と器用に転ばずにこちらまで辿り着く。

「本音ちゃん、人前でお嬢様は駄目よ?」

「そうだった~。これはうっかり~」

 布仏本音。

 いつもサイズの合っていないだぼだぼの袖の長い制服を着ていて、行動が緩慢なこの子は一夏からのほほんさんと呼ばれている。一夏にしては珍しく的を射たネーミングセンスだ。

 なんでここに通れたのか結構不思議だが、座学が出来るのか成績は割と優秀らしい。

「かいちょー、書類のここのところなんですが~」

「んー、どれどれ~」

 会長。

 その一言にまだ記憶に新しいビジョンが映る。あれは四月。あの時も皆の前に姿を現した――――――。

 二人の会話にピースがかちりと噛み合う。

「ん? その顔じゃ答えに達したみたいね。じゃあ、答え合わせと行きましょうか」

 私が確信を得たのを見抜いたのか、先輩はパチンと扇子を閉じる。

「はい。学園最強の生徒会長にしてロシアの国家代表、更識楯無さん」

「うふふ、ご明答♪」

 再び扇子を広げ、ひっくり返す。裏には「You win!」とこれまた無駄に達筆な英語が書かれている。

「あ、でも学園最強は間違っても私じゃないからね。私、まだ織斑先生から一本取ったことないし」

 そんなことは先刻承知です。あの人から物理的に一本取れる人間なんて存在するんでしょうか。

「それで何の用ですか? 私、クラス対抗戦の情報集めの最中なんですけど」

「一組よね。仕種ちゃんって」

「ええ。二組は代表候補生ですしいくらか調べれば露見はあるでしょうし、四組は……何故か専用機がないみたいですし」

 四組の話をした当たりで微妙に表情が変わったような気がした。

「え~、しぐしぐ、かんちゃんに会ってきたの~?」

 入れ替わるようにのほほんさんが食いついた。

 かんちゃん、とは更識簪さんのことだろうか。で、しぐしぐとは文脈からするとどうやら私のことらしい。

 ちなみに一夏は「おりむー」、箒は「しののん」、セシリアは「せっしー」だった気がする。なんとも束さんと似たり寄ったりなネーミングセンスだ。

「いいえ、ちょうど食事時なので入れ違いだったみたいです」

「そうなんだ~。ざんねん~」

 そう言ってのほほんさんは残念のポーズを取るのだが、声もポーズも全然残念そうに見えない。

「で、これから上回生の情報収集です。織斑先生に聞けば知ってるんじゃないかって思って職員室に向かう最中です」

「じゃあその手間をおねーさんが省いてあげましょう」

 はい?

「二年生も三年生もクラス代表は専用機持ちじゃないわよ。それにあの子の機体も完成していないしていないみたいだし実質、クラス代表の専用機持ちは一組と二組の二つだけよ」

 やったね、大チャンスじゃない♪みたいな調子で楯無さんは教えてくれる。

「いいんですか。ペラペラ喋っちゃっても」

「いいじゃない。頑張ってる子って私好きよ。特に好きな人のために頑張ってる子はね」

「一夏は友人止まりです。それ以上は木星人がいるのと同じくらいにあり得ないです」

「あはは、辛辣ねー。一夏くんに対して」

「間違って覚えられるよりマシです」

 あはは、とまた笑い出す。

「まー、それと興味出たからかな。仕種ちゃんのこと」

 扇子で口元を隠したまま楯無さんはにやにやと笑うのを止めない。興味が出たとは絶対いいような気がしない。

「仕種ちゃんさえよければ貴女の挑戦、楯無おねーさんがいつでもどこでも二十四時間受け付けるわよ?」

「そうですね。じゃ会長が寝てるとこを襲うことにします」

「わあ~、しぐしぐってば大胆~」

 のほほんさん、そういう方向じゃなくて。

「勝てる確率が一番高い手段を私は選択したまでです」

「あら私、寝技けっこうデキる方だけど大丈夫?」

「……会長も何、そういう方向になってるんですか」

 うふふ、と笑う。

「初心ね~仕種ちゃんって。じゃ、仕事あるみたいだし」

 仕事が残っているのか颯爽と去って行った。

 少しの間なのにあの人と話すのは疲れる。それはきっと私自身の本来の姿を見せまいと知らず知らずに肩肘を張っているからなのだろうか。

「しぐしぐもお疲れだね~。きっと糖分が足りてないのだ~」

「ああいうタイプは苦手なんですよ。いつの間にペースを握られてるうえにこっちの言い分は暖簾に腕押し。厄介この上ない人です」

「わたしはお嬢様のこと好きだよ~。しぐしぐもきっと好きになれるよ~」

 苦手意識、とでもいうのでしょうか。腹に一物を持つ人間としてはああいう人が怖い。

 それよりもああいう人物はしたたかに内情を掴まれている可能性があるのが嫌だ。

「で、なんで楯無さんと仲がいいんですか?」

「布仏家は更識家に代々使える名家なんだよ~。でっ、わたしはかんちゃん付きのメイドさんなのだ~」

 ああ、だから楯無さんを「お嬢様」なのか。

 ちょうどいい。幸いここに彼女に近い人物がいるので情報収集といこう。

「のほほんさん、甘味奢ってあげるから教えて欲しいことがあるんですが」

「え~!? いいの~!? がってん承知なのだ~!」

 情報の対価に報酬は必要なものだ。今回はそれがお菓子だという話で五百円前後で内偵出来るのなら安い話である。

「で、なに~? しぐしぐの聞きたいことって~」

 あの会長と親しいということは当然、姉妹の彼女とも親しい関係にあるに違いない。しかも彼女付きの使用人だと言っている。

 つまり、何かを知っている筈だ、

「更識簪の専用機について」















「どうしたものですかね……」

 ベッドに寝ころび天井を見上げながらはあ、と溜息を吐く。

 得られた情報は思った以上に複雑なものだった。

『かんちゃんの機体はね~、おりむーの白式のために開発が遅れてて今も完成してないんだよ~』

 更識簪の専用機の開発元は倉持技研、奇しくも白式と同じ会社なのだ。

 早くから簪さんの専用機――――打鉄弐式――――の開発に着手していたが、そこに現れたのが世界中で唯一ISが扱える使える男、織斑一夏だ。

 一夏にはデータ取りの意味合いも含めて専用機が与えられることになった。その際、名乗りを上げたのが倉持技研である。

 その時に人事の割り当てを間違えたのか研究員を全て白式に回してしまったらしい。結果、本来なら四月の頭に届く筈だった専用機も一月経った今もまだ完成していない。

 既存のよりも新しい物作りがしたい、研究者魂が騒いだといえば聞こえがいいが要は頼まれていた通常業務を放棄したのだ。研究者たちが男ばかりだったからとかの内部情報は知らないが明らかに企業としてそれはおかしいでしょう。

『そうだよね! しぐしぐもそう思うよね~!』

 のほほんさんが珍しく力が入っている。やはり親友の機体の完成の遅延に怒っているのだろう。怒ってもたいして怖くなさそうですが。

『つまりね、かんちゃんの機体はおりむーに寝取られたんだよ~』

 いや、違うでしょう。間違ってはないが間違っている表現だった。

 はあ、ともう一度―――しかし先程よりも大きな溜息を吐く。

 どうにか出来ないものだろうか、と考えを巡らせる。

 ……方法がない訳ではない。

 姉さんの機体開発に携わった会社に頼めばいい。

 私の機体も少しばかり特別で、製造元が潰れているためそのデータを元に再現させたのが今のオルテンシアである。

 尤も、主任が完成したものに更に手を加えて別の機体になっていたのは起動させてから気づきましたが。姉さんの時もそうだったのでしょうか……?

 オルテンシアのハンドガン≪フタリシズカ≫やレールガン≪ストレリチア≫などの後付装備でもお世話になっている。姉さんの■■■もあそこで作られてそれで世界を獲った。

 あそこは割に合う仕事をしてくれると姉さんは好評しているし私もそう思っている。

(いらないお世話かもしれませんが、やっとかないと後々面倒事になりそうなんですよねー)

 私が見知らぬ他人のために行動を起こす時には必ず理由がある。特に理由がないことは今のところなく、何かしらの理由が存在する。中にはムカつくなど理不尽な理由もあったりしますが……。

 今回起こす訳は一夏だ。絶対後に問題になる。絶対、どこかで揉める。憂い元はさっさと断ち切って奥に限る。

 問題を起こしたら必ずフラグ回収に発展する。そういう男なのだ織斑一夏とは。

 現状はまだ少数ですが、これから何人一夏の取り巻きハーレムは増えるんでしょうか……。

(ま、それはさておき)

 専用機のことは姉さんを通して話しておいた方がいいでしょう。あの人から取り次いでもらった方が話は進むと思いますし。

 来週にはクラス対抗戦が始まる。一夏には頑張って貰わなければ。

 なにせこのトーナメント、専用機持ちが一夏と鈴の二人だけ・・・・・・・・・というバランスの偏ったものなのだから。

 専用機持ちのどちらかが姿を消せば一方が非常に有利になるこの試合。

 とにかく、もう一度一夏の癖を洗い出して徹底的に扱きあげなければ。私が負けないためにも、秘密を知られないためにも。






























 クラス対抗戦リーグマッチ、初日。

 一回戦の相手は天の悪戯か鈴だった。運がいいというべきか悪いというべきか知り合いとの勝負である。

 ピットにて最終確認を行っている。ここにいるのはセシリア、箒、私と選手の一夏といういつものメンバーだ。

「ISネーム、甲龍シェンロン。近接格闘型で一夏さんと同じくパワータイプのISですわ」

「一夏、甲龍の非固定浮遊部位アンロック・ユニットに注意してください。あれも第三世代型兵器です」

 おう、と一夏は短く相槌を打つ。

「ていうか仕種、鈴を倒したら他に専用機持ちはいないってその情報本当なのかよ?」

 一夏は半信半疑で尋ねる。まあ、実際信じられないような話だ。一応、間違いがあってはいけないのであの後千冬先生に確認に行ったら間違いはなかったのだ。

「ええ、先輩の中にクラス代表で専用機持ちはいないと確かな筋から情報を得ているので」

「その確かな筋の情報とやらは誰から受け取ったのだ」

 箒も納得していないのかぶすっとした表情で訝しげに尋ねてくる。

「生徒会長」

 セシリアと箒は息を飲むが、一夏だけ分からずにぽかんとしている。相変わらず無知ですね。

「……なら、確かなのだな」

 箒は生徒会長という言葉を聞いて食い下がった。やはりトップからの情報というのは影響力があるのでしょう。

「とりあえず、自分な得意な間合いを維持し続けなさい。相手が鈴ということもお忘れなく。性格の方は分かっているでしょう?」

「……なんかいつも前よりも口出ししているな仕種」

 焦っているのだろうか、いつもよりも饒舌らしい。そのことを箒に指摘される。

「そうでしょうか? ま、相手のペースに巻き込まれずに頑張ってください」

「おう。白式、出る!」

 そう言って一夏はピットを飛び出した。

 この後引き起こる事件など、この時点では誰も知る者はいなかった。















 side:織斑一夏


『両者、既定の位置まで移動してください』

 ピットを飛び出した後、指示に従い既定の場所までお互いは無言で移動する。

 甲龍の肩の横に浮いた刺付き装甲スパイク・アーマーであれで殴られたらとんでもなく痛そうだ。……つーか、あれで殴るなんて攻撃法なんて想像できないけど。

 試合開始までお互い無言でこんな調子かと思いきや、鈴が解放回線オープン・チャネルで話しかけてくる。

「一夏、リタイアなら今の内よ」

「誰がリタイアなんてするかよ。全力で来い」

 真剣勝負で手を抜かれるのも手を抜くのも嫌いだ。試合は全力を出してこそ価値があるし、相手を尊重するのなら尚更だ。試合中の手抜きなんて失礼にも程がある。

「一応言っとくけどISの絶対防御も完全じゃないのよ。シールド・エネルギーを突破するだけの攻撃力があれば本体にダメージを貫通させることが出来る」

 ちなみに鈴の言ってることは本当だ。

『殺さない程度にいたぶることは可能である』

 その事実は俺を気持ちを強張らせる。俺だって痛いことは嫌だ。嫌に決まってる。千冬姉にバカバカ好きで叩かれてるわけじゃない。

 だけど、

「だからどうした。俺以外の唯一の専用機持ちの鈴が一番の強敵なんだよ。代表候補生のお前に無傷で勝とうなんて鼻から思ってない」

 相手が自分より実力が勝っている以上、多少の傷は覚悟で倒す。そうでもしなければ、そういう覚悟でなければ鈴は倒せないだろう。

「っ、ちょっと待ちなさい。何よその情報」

 俺の言葉に引っかかるところがあるのか鈴はさっきまでの調子から一転し、いつも雰囲気で噛みついて来る。

「知らなかったのか? 仕種に言うにはこのリーグマッチ、俺とお前しか専用機持ちは出てないんだと」

 俺もそのことは試合前の対策会議で初めて聞いたが、箒やセシリアも納得するくらいに情報は確からしいし。

「つまり、あんたを倒せば他のクラス代表は専用機持ちはいないって。そういうことね?」

 鈴は今のやり取りでメリットを確信したかのようにふふん、と笑う。

 そうか、俺が専用機持ちのライバルが鈴しかいないのと同様に鈴もまた専用機持ちの・・・・・・ライバルは・・・・・俺しかいないんだ・・・・・・・・

「ああ、決勝戦のつもりでかかってこい」

「一夏のくせに一丁前に言うんじゃないわよ。あんたをコテンパンにして勢いそのまま優勝させてもらうんだから。そうしたらその時は……」

「その時は、なんだよ?」

「な、なんでもないわよ!」

 いきなり怒鳴られる。気になるから聞いただけなのに急に怒り出すなんて、変な奴だな。

『それでは両者、試合を開始してください』

 戦いのゴングが鳴った。





 * * *

 あとがき

 東湖です。いよいよ次回からクラス対抗戦開幕です。

 楯無さんは顔見せ程度、簪は名前程度先に登場させていただきます。



[28623] 第十二話 「encounter」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/07/31 23:43




side:織斑一夏




「おおおおおっ!!」

「はああああっ!!」

 試合開始直後、鈴の青龍刀と模した双天牙月と俺の雪片弐型がぶつかる。

「ふうんやるじゃない、初撃を防ぐなんて」

 けど!と言葉を続け鈴は青龍刀をもう一本を取り出す。

「はあっ!!」

 鈴はスラスターを吹かして間合いを詰める。

 左右から繰り出される剣戟の嵐。

 二本の鈴と一本の俺では手数が圧倒的に違う。

 そもそも代表候補生に選ばれるくらい技量の高い鈴だ。こちらの攻勢に転じる隙すら与えさせない。

 事実、俺は反撃することも出来ずに鈴の双剣をさばくのがやっとだ。

 その手数の差に段々と圧倒されていく。

 鍔迫り合いになった時に突き離す勢いを生かして一端、距離を離す。

「いつ終わりって言った? まだまだいくわよ!」

 今度は二本の青龍刀を連結させバトンを扱うかのようにくるくると高速で回転させて構え直す。

 上空に急上昇したかと思うと思い切りよく縦に両断する。

「ぐ、ぅ……!」

 手に受けた鈍い衝撃が雪片越しに伝わる。

 手数で圧倒していた先程とは違い、今度は一撃一撃の攻撃が重い。

 高速で回転しているのだから慣性の力も加わるのだから当然といえば当然だがそれ以上にこちらの支点を的確に狙った攻撃は情けない話だが剣を弾き飛ばされないようにするので精一杯だ。

 連結して重撃を加えたかと思えば、次の瞬間には刀を切り離し双刃による乱舞。

 その戦い方はまさしく変幻自在。蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさしくこのことだ。

(このままじゃ消耗戦になるだけだ。ここは一度距離を取って……)

 鈴の攻撃の切れ間を読んで、鈴との間合いを離そうとする。

「甘いわよ!」

 そう言うと肩のアーマーが開き中心のクリスタルが光るのが見えた瞬間、殴られたような衝撃が走る。

「……がっ!?」

 意識が刈り取られそうな一撃をどうにかISのブラックアウト防御のおかげで踏み止まる。

「ふふふ、今のはジャブだからね」

 もう一度、しかし今度は反対側の水晶体が光る。

「しま―――――!!」

 頭で理解するが既に遅く、先程の牽制ジャブに足を止めてしまった俺は本命ストレートを真正面から受けて殴り飛ばされる。

 勢いそのままに地面に叩きつけられる。

 セシリアの時には感じたこともない直接的なダメージが痛覚を襲う。

 シールドエネルギーもかなりのダメージを食らっている。このままでは、拙い。






side:露崎仕種



「なんだあれは!」

 箒がモニターを目の前にし声を荒げる。

「『衝撃砲』ですね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す兵器です」

 山田先生が一夏が吹き飛ばされた正体を説明する。

「仕種の言ってた通り、あれもおそらくブルー・ティアーズと同じ第三世代兵器ですわ」

 セシリアも声を落とす。同じ第三世代を扱う身としては複雑な心境なのだろう。

「あれの厄介なのは砲身も砲弾も見えないところだ。おまけに射角はほぼ無制限と来たか。中々中国もえげつないものを作る」

「つまり、あれには死角がない?」

「そういうことになりますね」

 衝撃砲に関する情報を列挙する内に、相手の圧倒的な兵器の前に全員が押し黙る。

「結局はそんなのは理屈。扱うのはあくまで一夏と同じヒトなのですから、やりようはいくらでもあります」

 そんな通夜のように意気消沈した空気を一蹴するべく私はわざと強気な発言に出ることにする。

「ほう興味深い意見だな。では露崎、お前ならどうする」

 だが藪蛇だったか、千冬先生はこれ見よがしに甲龍に対する攻略法を投げかけてくる。無茶振りもいいとこです。

「そうですね……。まず煙幕で相手の視覚を奪い、相手の死角を作りそこを徹底的に苛め抜く。それが出来ないとしたら、死角から急襲して隙を突くってとこですか」

 前者は一夏には無理だ。生憎と一夏の白式には射撃武器が一切積まれていない。

 それにこれは相手の視覚を奪うと同時、自分の視覚も奪うことになる。そんなリスクの高い破れかぶれな戦法が一夏に出来る訳がない。

 しかし後者は一夏の白式には一応それが出来る。

「どちらも死角を突くこと前提ですのね……」

「死角からの攻撃は定石ですからね」

 見えない場所からの攻撃は脅威だ。それにこれは戦闘の基本である。セシリアのブルー・ティアーズの戦法にしかり、一夏の現状にしかりだ。

「死角がないというのに、死角を突くというのか?」

 箒が矛盾している言葉を訝しげに尋ねる。

「言った筈ですよ。ヒトが扱う以上見えない死角は存在する。自分の真後ろとか真下、真上は目で直接視認出来ない場所はISの補助があるとしてもどうしてもそこの反応には弱い」

 ヒトの視野は草食動物に比べるとそれほど広くはない。つまり、それだけ見えていない盲点が存在する。

 ISのハイパーセンサーがいくら万能だとはいえ、所詮扱うのはヒト。見えていない場所は頭の中で一度整理する必要がある。その結果、視野外への対応はゼロコンマ何秒の遅れが生じる。

 つまりは、人間である以上どこかしら反応が僅かにでも遅れてしまうスポットは存在する。それがたとえ代表候補生であったとしてもだ。

 説明しているうちにモニター上の一夏の動きが変わった。回避優先といえば回避優先のままなのだが距離の取り方を非常に気にした、そんな飛び方だ。

「織斑くん、何かするつもりですね」

「イグニッション・ブーストだな。私が教えた」

「イグニッション・ブースト……?」

瞬時加速イグニッションブーストは一瞬でトップスピードに乗り敵に接近する奇襲攻撃だ。出し所さえ間違えなければ、アイツでも代表候補生と渡り合える筈だ」

「それって仕種が使ってた奴と同じ……」

 今日までの時間を近接武器しか積まれていない白式と一夏は近接格闘と移動の基礎訓練に費やした。

 その中で一夏は千冬先生に近接戦闘におけるとっておき、瞬時加速イグニッション・ブーストを教わっていたのだ。

 指導者が千冬先生とあってか、だいぶ扱かれてまだ不安は残るがなんとか実戦で使える形になった。

 それに一夏は以前、既に似たようなことをしていた。

 セシリア戦で見せた最後の一撃前の加速はその片鱗であった。

 元々武装が刀一つの白式だ。近づいて切るしか選択肢がない以上、その間合いの取り方は様々な技量が要求される。

 しかし、そこは姉譲りの天性の剣の才能のおかげで間合いや状況判断の目は代表候補生並に肥えている。

 一夏がこれを使いこなせれば千冬先生の言う通り、鈴と互角に戦うことが出来る。

「問題なのは通用するのが一回だけということだ」

 千冬先生が厳しい表情で言葉を続ける。確かにイグニッション・ブーストは出しどころさえ間違えなければ状況をひっくり返すことが出来るだろう。

 相手が即座に対応出来なければ。

 鈴は腐っても代表候補生。一度見たものを二度も食らうほど馬鹿じゃない。二度目には即時対応して返り討ちにされるだろう。

 つまり、鈴がどう足掻いても対応出来ない位置で使い、なお且つ必殺の一撃を打ち込まなければ相手の牙城は崩せない。

 勝負の行方をモニタールームの全員が一夏の行動に注目を集めていた。









side:織斑一夏



「っ!!」

 右からの衝撃砲≪龍砲≫を避ける。

 そのまま付かず離れず、衝撃砲をかわせる距離を保ちながら鈴の周りを旋回し続ける。

 今まで訓練で仕種やセシリアから一方的な攻撃を受けて来たためか焦れることなくとにかく回避優先で飛び回る。

「ちょろちょろと鬱陶しいわね! いい加減に当たりなさいよ!」

 対する鈴は回避し続けかわされ続ける現状に対して焦れ始め、さっきまで掠っていた衝撃砲の精度が徐々に落ち始める。

 代表候補生というエリートだった鈴はこんな展開になった試しがないのだろう。

 それにエネルギーだって無限じゃない。衝撃砲が実弾でない以上、そのエネルギーはISのエネルギーから持ってくることになる。

 千冬姉から教わった瞬時加速イグニッション・ブーストによる奇襲をしかけるべく見えない弾を一定の距離で回避を続ける、反撃の機会を窺いながら。

「っ!」

 今まで即座に対応してきた鈴の反応が一瞬、遅れる。

(ここだ……!)

 その隙を逃すまいと瞬時加速イグニッション・ブーストを発動させる。

「うおおおおおおおおっ!!」

 見事に不意を突かれた鈴は虚を突かれた表情をする。完全に出し抜いた。

 そしてもう少しで鈴に刃が届く――――――――――、















 その数歩手前、巨大な光の柱がアリーナのシールドを貫いた。









「な―――――――!?」

 突然の事態に思わず絶句する。何が起こったのか理解できない。いきなりビームがアリーナのシールドを突き破って……?

「な、なんだ? 一体何が起こって……」

『一夏! 試合は中止よ! すぐにピットに戻って!』

 こちらがうろたえてる所に鈴からプライベート・チャネルが飛んでくる。

 それとほぼ同時、ISのハイパーセンサーから警告のログが知らされる。

 ――――――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

『一夏、早く!!』

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって……女を置いてそんなこと出来るかよ!」

「馬鹿! アンタの方が弱いからしょうがないでしょうが!」

「別にあたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐにでも学園の先生たちがやってきて事態を収拾―――」

「鈴、あぶねえっ!」

 鈴を掻っ攫って飛ぶ。その直後、元いた場所は熱線が通り過ぎていた。

「ビーム兵器かよ……。しかもセシリアのよりも出力は上だ」

「い、一夏下ろしなさいよ! 下ろせってば!」

「お、おい、暴れるな! 今、下ろすからじっとしてろって!」

 下ろそうとするよりも早く俺の腕をするりと抜ける。むう、そんなに嫌だったのか。

 朦々と黒煙が立ち上る中、さきほどの攻撃の主は姿を現した。

「なんなんだ、こいつ……」

 そのISを一言で言うならば、果たしてあれをISと呼べるのかという疑問に尽きる。

 地面に付きそうなほどに長すぎる両腕、首なしの頭、そして『全身装甲フル・スキン』。

 機械的なデザインはその身体にも表れていて全身の至るところに姿勢制御用のスラスターがいくつも配置され、頭部には剥きだしのセンサーレンズが不規則に並んでいる。

「お前、何者だよ」

「…………」

 相手は返事を返さない。当然といえば当然か。戦国時代じゃあるまいし名乗れば名乗り返してくれるような気骨ある時代ではない。

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に向かいます!』

 山田先生からプライベート・チャネルが飛んでくる。いつもと違いはっきりした口調は少しばかり教師としての威厳があった。

「―――――いや、先生たちが来るまであれはが食い止めます」

 先生の言い分を拒絶する。大切に思ってもらっていることはとても嬉しく思うがここで素直に逃げ帰っても、客席に被害が及ぶ可能性が高い。

 なにせ、あいつは俺を狙っているのだから。それならば狭いピットに戻るより、広いアリーナで戦う方がよほど賢いと言える。

「ちょっと待ちなさいよ一夏! なんでそこにあたしの頭数が入ってないのよ!」

 鈴が俺の言い分が気に入らないのか食ってかかる。

「俺はなんかアイツからロックされてるみたいだ」

「はあっ!?」

 鈴は訳が分からないと言ったふうに堪らず聞き返す。

「だから、アイツの狙いは俺と白式みたいなんだよ! だから、俺がアイツの注意を引きつけてる間に鈴はここから……」

「ふざけんじゃないわよ! 素人のアンタ残してあたしにおめおめ尻尾巻いて逃げだせって言うの!? 冗談言うのは緊急事態以外にしてよね!?」

 鈴はいきなり噛みついて来た。代表候補生としての意地があるらしい。

「それにあんたあの機体にロックされてんでしょ。だったら尚更あたしが逃げるわけにはいかないじゃない。さっきまでの戦闘であんた一人でアレの相手出来るだけの余裕ないでしょうが」

 そう言われるとぐうの音も出ない。リーグマッチの戦闘に引き続き、乱入したISの相手だ。回復のピットインすら与えられないこの状況では正々堂々もクソもない。

「あたしが衝撃砲で道作ってあげるから、一夏はそれで思いっきり叩き斬ってやりなさい」

「そうだな。それでいくか」

『だ、駄目ですよ! 生徒にもしものことがあったら―――――』

「鈴、来るぞ!!」

 そこまでしか山田先生の言葉は届かなかった。突っ込んでくるISをかわす。

 幼なじみによる即興のコンビネーションを見せることになった。









side:露崎仕種



「お、織斑くん!? 聞こえていますか!? 凰さんも聞こえてます!?」

 モニターに向かって叫び続ける山田先生。傍から見れば危ない人認定されるだろう。

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみたらいいだろう」

「織斑先生もどうしてそんなにのんきなこと言ってられるんですか!」

 おおらかに構える千冬先生に対して、おろおろする山田先生。

「まあコーヒーでも飲んで落ち着け。糖分が足りないからイライラするんだ」

「先生、それ塩です」

 それを聞いた千冬先生の腕が塩のふたを開けたところでぴたっと止まる。危ない危ない、塩入りコーヒーなんて飲めるわけがない。

「なんで塩がこんなところにあるんだ?」

「さ、さあ……? でも大きく『塩』と書かれていますし」

「や、やっぱり織斑先生も弟さんのことが心配なんですねっ!? だから、そんなミスを――――」

 最後のそれは今この場において最悪の選択だった。正義の味方志望の赤髪の少年ならデッドエンド直行だ。

「………………」

「お、織斑先生……? そ、そっちは塩です! 聞いてください!ってあーっ!!」

 山田先生のきゃーきゃーという声も聞く耳を持たず塩を再び取り、コーヒーの中に投入。そのままぐるぐるとスプーンでかき混ぜる。無表情のまま行う様が非常に怖い。

「山田先生、どうぞ」

 ずずいと有無を言わさぬプレッシャーをかけて渡す。名誉の無駄遣いしょっけんらんようだ。

 間違いない、これは故意だ。

「で、でもそれって塩入り……」

「いいから塩の入ったコーヒーも一度試してみるといい」

 一介の教師である山田先生が世界最強の重圧を前に屈しない筈もなく千冬先生から渡されたそれを受け取ってしまう。

 それを啜る山田先生の表情は理不尽と苦くてしょっぱいコーヒーにこの世の終わりを見たような顔だった。

「織斑先生! わたくしにISの使用許可を!」

「そうしたいところだが、これを見ろ」

 電子パネルを数回叩く。どれも同じような数字が並んでいる。

「遮断シールドレベル4に設定……? しかも、扉もすべてロックされて―――あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは非難することも救助に向かうことも出来ないな」

 表面上はカリカリしていないが内心は焦れているのだろう、せわしなく電子パネルを何度も叩く。

「で、でしたら緊急事態として政府に助勢を――――!」

「やっている。現在も三年の精鋭部隊がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来ればすぐにでも部隊を突入させる」

 学園側は打てる手はすべて打っている。それなのに後手に回ったせいで何も対応出来ないのが歯痒くて仕方ないのだろう。

「織斑は自身がロックされていると言ったな? ならば、こちらに無理して帰還させるより向こうで敵と戦って時間稼ぎしてくれる方が都合がいい」

 そうは言うものの、一夏も鈴も万全の状態ではない筈だ。よくてあと数十分、それ以上はシステムクラックよりも早く一夏たちがダウンしてしまう。

「それに突入部隊にはお前は入れないから安心しろ」

「ど、どうしてですの!?」

「お前のISが一対多向けだからだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「わたくしが邪魔になるなんてそんなこと―――――――」

「では連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? ビットはどのように扱う? 味方の構成は? 敵はどのレベルを想定してある? 連続稼働時間――――」

「わ、分かりました! もう結構です!」

 千冬先生の指導にどんどんと青ざめていき、仕舞にはギブアップをした。分かればよろしいとばかりに千冬先生は頷く。

 ちなみに私もほとんどがスタンド・アローンの状況を想定しているので連携訓練はほとんど行っていない。

「あら? 篠ノ之さんはどちらへ……?」

 セシリアの一言にはっとして部屋中を見渡すが箒の姿が見当たらない。途端に、苦虫を噛み潰したような感触が口に広がる。千冬先生に至っては舌打ちをする始末だ。

「千冬先生、すいません。箒を探してきます」

 そう断って、一礼すると駆け出した。

「あ、ちょっと仕種!? 織斑先生、わたくしも……!」

「構うな。一人いれば十分だ」

 私の後を追おうとするセシリアを止める。

「あの馬鹿……。ISなしの生身の人間で何が出来ると言うんだ……」

 千冬先生の忌々しげな呟きは誰にも聞こえなかった。









side:織斑一夏



「何やってんのよ一夏!!」

 鈴から激しい野次が飛ぶ。敵ISに必殺の間合い、必中のタイミングの一撃がかわされたのだから仕方のない話かもしれない。

(だからって……!)

 こいつの回避率の高さはおかしすぎる。全身にスラスターが付いていてかわすのが自由自在だと言えども、見えていない場所からの攻撃を四度もかわすのは異常としか言いようがない。

「一夏、離脱!!」

 鈴の言葉にはっとし、その場を離脱する。

「くそ、タイミングとか絶対完璧な筈なのに……」

「だったらもっと早くにあいつが沈んでるでしょうが」

「分かってるっつーの」

「で一夏、エネルギーあとどれぐらい残ってる?」

「六十切ったとこだ。バリア無効化攻撃もあと一回が限界だな」

「そう、あたしとどっこいどっこいね」

 そうなると事実、次の攻撃で決めなければいけない。

 同じようにやって成功する確率は高く見込めない、ならば切り口を変えないと。

 普通ではだめだ。規格外のスピードで相手にぶつからなきゃいけない。既存のどのISよりも速く、相手の反応すら追い付かない速さで。

「……鈴。死角からの攻撃、視覚に頼らないで四度も回避に成功できるか?」

「はあ? 何よその神業。千冬さんくらいしか出来ないんじゃない? それかマサイの戦士とか」

 千冬姉とおんなじことが出来るって鈴の中でどんだけつえーんだよ、マサイの戦士。確かに視力とか脚力とかすげーけど。

「あいつ、俺のさっき言ったことを全部成功させてるんだ。機械的に」

「言われてみれば、あいつの行動パターンってどっか機械染みてるわよね」

 攻撃の後の反撃の手段もまるで同じ。回避パターンもほぼ一定。これを機械的と言わずに何という。

「けど、機械的に行動してるからって何が変わるなのよ。ISは人が乗らないと動かない。無人機なんてありえないわ」

「だったらさ、今の俺たちの会話の最中に攻撃してくる方が普通じゃないか? 待ってたって増援が来るだけだし、さっさと俺たちを潰すのが当たり前な思考だろ?」

 鈴はその言葉に息を飲む。俺の言い分に気がついたのだろう。

「つまり、一夏はあいつが無人機だって言いたい訳?」

 鈴の言葉は疑ってはいるが、大凡そうかもしれないといったニュアンスが表れている。

「ああ。それなら零落白夜、白式の全力を出しても大丈夫だしな」

 単一仕様ワンオフ・アビリティー、零落白夜。

 それはエネルギー兵器を無効にし、相手の本体に直接攻撃する――――バリア無効化攻撃が出来る元である。

 ただこの能力使い勝手が悪く、公式戦や訓練では威力が高すぎてまったく使えない。全力なんてもってのほかだ。

 しかし、こういった有事に際しては最大の武器となる。

「で? どうすんのよ。どっちにしろこのままじゃジリ貧よ?」

「大丈夫だ。俺にいい考えがある」

「いや、それって絶対ロクでもないから……」

 なんだよ知らないのか、この名台詞。

「まず……」

「一夏あああっ!!」

 俺が鈴に作戦を説明しようとした矢先、箒の声が飛んで来た。

 どこからと探して見れば、俺の飛び立ったピットに箒が立っていた。

「男なら、男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!」

 ハイパーセンサーで拡大するが、箒はさっきまで走っていたのか肩で息をしていてその表情は俺の不甲斐なさに対する怒りと今の状況の焦りの入り混じったようなものだった。

「だから、勝てえっ! 一夏ああああっ!!」

 それは最高の檄だった。そしてそれは致死量の毒でもある。

「拙い! あいつ、あの子狙って……!」

 鈴の言っている通り、敵は今まで俺たちかた逸らさなかったセンサーレンズを箒の方に向けている。

 今から鈴に説明してたら間に合わない……!

「箒、逃げろ!!」

 叫ぶ。箒もそのつもりのようだが、敵のチャージが早い、早すぎる……! 

 箒のところまで行こうにも距離という壁が立ちはだかる。

 そして、無情にもその腕から光の砲撃が放たれる。

「箒いいいいいいいっ!!」

 アリーナを一夏の悲痛な叫びと絶望が支配した。








[28623] 第十三話 「ペインキラー」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/12 19:58



side:露崎仕種



「あの馬鹿……! なんてことを……!」

 珍しく箒に対して悪態づきながら走る。

 オルテンシアにサーチをやらせた結果、箒は一夏の飛び立ったピットを目指している。

 箒がいないのを気づくと同時に駆けだしたものの、箒の身体能力の高さは抜きんでているため普通に走っていても追い付くことは出来ない。

 かと行ってこんな狭い廊下でISを展開しようものなら、逆にそこで動きが取れなくなってしまう。結果、走るしか手段がなくなるのだ。

『一夏あああっ!!』

 箒のハウリングが尾を引いた声がグラウンド中に響く。それほど大きな声が外で響いていれば館内にも聞こえてくる。

『男なら、男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!』

 箒は言葉を続ける。これしか出来なかったのだろう。だからと言って……。これは無謀としか言えないものでしょう。

『だから、勝てえっ! 一夏ああああっ!!』

 箒の鼓舞を聞き入れながら走り続けるが、オルテンシアの送られてくる情報に肝を冷えた。所属不明のISが箒に対して砲撃準備を開始しているのだ。

 ISを持っていない人間はあまりに無防備な存在だ。それに乱入してきた時の一撃を放とうものなら確実にその命はない。

「ああもう、間に合えええっ!!」

 ピットに辿り着くとそのまま走りながらIS装甲を展開、右足を踏み切ると両肩のスラスターを吹かしそのままスタジアムに出て箒の前に躍り出る。

「っ!!」

 咄嗟に箒を抱きかかえ、背中に敵のISから放たれたビームを浴びる。

 生憎と防御用の装備がオルテンシアには積まれていない。あるとすれば普通のISよりも分厚い装甲ぐらい。

「ぐ、うっ……!」

 奥歯を噛み砕かんばかりにぐっときつく食いしばる。

 焼けるような痛みが背中を襲い、絶え間なく熱い風が頬を撫でる。煉獄があるとしたら今この場のことだろう。

(耐えて……! お願い、オルテンシア……!)

 私の思いに応えたのか、光の流れが通り過ぎ耐え切った。

 額から赤がぽたりと地面に零れ落ちる。頭のどこかを切ったのか血が足りなくて頭が少しフラフラする。

「し、ぐさ……」

 箒の声は震えていた。その目は子供が悪いことをして怒られるかどうかを気にした、そんな目だった。

「……まったく、夫婦揃って世話が焼けるんですよ。ISの展開してない素っ裸で戦場に出るなんて正気かどうか疑います」

 憎まれ口を叩いてみせるが、相反するように私の機体はスクラップ寸前のボロボロ。立っているのも不思議なくらいだ。自慢の黒髪も毛先が血で赤黒く染まっている。

「にしても、なんつー馬鹿威力。ま、アリーナのシールドを破るくらいなんだからこれくらいの破損は当然ですか」

 ISの情報を呼び出して確認するがシールドエネルギーの残り残量は三ケタを切っていた。一撃で七割のエネルギーをごっそり持っていく威力は零落白夜に匹敵するほどだった。

 いや、それ以上に。零落白夜に攻撃されたものと比べても受けた物理的ダメージが大きい。

「仕種あっ!」

 一夏が叫んだ。他人を気にするそれは一夏の美徳ではあるが、今のこの場では不要なものだ。

「一夏、さっさと倒しなさい!」

 私は構わず叫び返す。

「私のことを気にする余裕があるんならさっさとそいつを止めなさい! あんな攻撃二度は持ちませんよ! 私と箒が蒸発してもいいんですか!?」

 珍しく声を荒げた。状況はそれほどに切羽詰まった状況なのだ。

「お前しか倒せる奴がいないのに、余所見する馬鹿がいるか一夏ぁっ!!」

 それが私に出来ることだった。一夏への檄、そして敵の注意をひきつけること。

 狙いはあくまで陽動。ボロボロの私が加戦したところで何の戦力の足しにもならない。それに守る術のない箒の傍を離れるわけにはいかない。

 一夏と鈴の準備が手間取る筈がない。幸いと相手はダメージの大きな私と無防備な箒に狙いを定めている。

「鈴、やるぞ! 衝撃砲を最大出力!!」

「わ、分かったわよ!」

 鈴が一夏に言われた通り最大出力を放つために補佐の力上展開翼が広がる。その鈴の前に一夏が立ち塞がる。

「ちょ、ちょっと何やってんのよ! どきなさいよ!」

「いいからやれ! 俺を信じろ!!」

「ああ、もうっ! どうなったってしんないんだからね!」

 破れかぶれにそう叫ぶと、ドンという音共に一夏は背中に衝撃砲を受ける。

 あんな砲撃を背中に受けて大丈夫な筈がない。白式を除いては。

 一夏の瞬時加速がはじけスーパーボールの跳躍のように、跳んだ。

 オルテンシアを爆ぜるような紫電とするならば、白式は夜を切り裂く白き流星。

 衝撃砲のエネルギーを変換して得たその加速力は鈴の不意を突いた時の何倍もの速さだった。

「許さねえ! 鈴を、箒を傷つけようとした、仕種を傷つけたこいつは絶対許さねえ!!」

 一夏が怒りを隠そうともせずに吼える。

「うおおおおおっ!!」

 雪片弐型のレーザー刃が一夏の気迫に応えんばかりに通常の何倍もの大きさを形成する。

 そして長い右腕を薙ぎ、断ち切った。その余波はアリーナの遮断シールドさえ断ち切らんばかりの余剰な風となる。

 その直後、左腕からカウンターのパンチが入り一夏は敵が落ちて来た時のクレーターの壁に叩きつけられる。

「「一夏っ!!」」

 箒と鈴が同時に叫ぶ。

「大丈夫ですよ」

 私の自分でも不思議なくらいに落ち着いた声の後ろをよく見知った蒼が通り過ぎてゆく。

「狙いは……?」

『完璧ですわ!』

 いつもの甲高い声とともに四機の雨が降り注いだ。

 さきほどの一撃で右腕諸共、遮断シールドは零落白夜によって壊された。あとは援軍を待つのみ。

 幸いとあの場に動ける専用機持ちがもう一人いた。

 セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にして自律兵器ブルー・ティアーズの仕手。

「決めろ! セシリア!」

「了解ですわ!」

 スターライトmkⅢの一撃がISを貫き、敵は動きを止めた。

「ギリギリでしたわね」

「セシリアならやってくれると思っていたさ」

「と、当然ですわ! なにせわたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生なのですから!」

 そのフレーズが好きですね、ホントに……。

 ハイパーセンサーに異常を感知。敵ISの再起動を確認!

「一夏! まだそいつ動いて……!!」

 鈴が叫ぶよりも早く、正体不明の敵は片方だけ残った左腕を最大出力形態バーストモードに移行する。

 エネルギーの切れかけた今の一夏では拙い。なのに、アイツは躊躇わずに敵に向かって突っ込んだ。

「一夏さん!」

「一夏っ!」

 セシリアと鈴は同時に叫ぶ。

「しょうのない奴です」

 発射態勢に入りエネルギーが放たれるゼロコンマ数秒前、機体に対してそれをさせまいと一筋の光が残った左腕を貫いた。

 セシリアのスターライトmkⅢでも、鈴の龍咆からの攻撃でもない。私の放ったレールガンだった。

 威力はフル稼働の域には到底届かないが、シールドエネルギーのない今回ではそれだけで充分だった。

「さっきのお返しです」

 にやりと口の端を釣り上げ弧を描く。意地悪な笑みを浮かべると同時、発射寸前で充填し切ったエネルギーのオーバーロードを起こした左腕はいとも容易く爆発を起こす。

「ぜああああああああっ!!」

 それを見逃すまいと一夏は気合いと共に敵の懐に飛び込んだ。ビームを放つにはあまりにも近過ぎる。かといって近距離の敵を排除する手段りょううではない。

 零落白夜が正体不明の機体の胴を通り抜けざまに一閃、真一文字に切り裂いた。

 攻撃する両腕のない相手は唯の木偶に過ぎない。ましてや拡張領域バススロットを雪片の制御に全て割いている攻撃に特化した零落白夜の前にはISの装甲なんて紙同然だ。

 灰色の機体は地面にぐしゃりと崩れ落ち、ようやく今度こそ完全に機能を停止した。

「なんとか、終わりましたか」

 そう呟いて膝を突く。貧血を起こしてるのか立っているのも少し辛い。

 一夏も緊張の糸が切れて意識が落ちたのかその場に受け身も取らず前のめりに倒れる。あれくらいのダメージなら残っているエネルギーで大丈夫だろう。

 少し遅れて突入部隊がアリーナに入って来たのを見届けると、安堵から容赦なく意識を手放した。









「あ……、いつっ……」

 全身の痛みの訴えにたまらなくなり目が覚める。

 軽く見渡すと寝ているこの部屋は学校の保健室らしい。頭を筆頭に身体のいたるところに包帯が巻かれている。時間も外の茜空を見る限り、放課後のようだ。

「起きたか露崎」

 千冬先生の声と共にしゃっとカーテンが開けられる。空けられた瞬間に西日! なんてこともなかった。思えば建物の構造的に逆ですし。

「最初にお前のISだがダメージレベルがCに達している。しばらく動かすのは禁止だ、実践は訓練機を使え」

「分かりました」

 これだけの怪我をして、私自身がキズものにならなかったのはISの絶対防御によるものが大きいだろう。

 ただ、それまで自分のISとは行動を共に出来ないというのがなんとも痛い。一分一秒と長く経験を積ませてあげなければならないというのに。

 焦ったところで仕方ない。よし今度の休みに一度、会社に見てもらいにいこう。今日の影響でパーツの補填などをしなくちゃいけないでしょうし。それにもう一つ・・・・の方の仕上がり具合も気になりますし。

「そういえば、一夏は?」

 あの場で私よりも早く一夏はぶっ倒れた筈だ。ということは一夏も起きるまでどこかの部屋で寝ている筈だ。ひょっとすると、私の隣に……。

「そんな訳あるか馬鹿者。男と女が同じ部屋に寝させると思うか? 別の部屋で寝ている、安心しろ」

 それは千冬先生なりの気遣いなのだろう。私と一夏が横にいて間違いが起こることがないとは言えない。

 私自身はそういう気はなくても向こうがそういう星に生まれた人間なのだ。流石姉弟、そういうところはよくわかっている。

「ああ、それと」

 バシン、と怪我人には重すぎる出席簿の一撃が頭に振り落とされる。ち、千冬先生、怪我人は労わろうって道徳で習わなかったですか……?

「あの馬鹿を守るために身を楯にする馬鹿がどこにいる?」

 呆れたように言ってのける。それってもっと上手くやれなかったのかと暗に言っているようなものだ。最善は尽くした筈ですが……。

「……あの馬鹿を守るにはあれしかなかったんですよ」

 ていうか箒がもし死にでもしたらその日の内にに束さんに全世界の核ミサイルがハッキングされて世界滅亡なんてあり得すぎて笑えない。

 というか人類の未来はそれしかないような気がするのは何故でしょう?

「だったら篠ノ之の行動に目を光らせておけ。あれはとんだじゃじゃ馬だということが身に染みて理解しただろう」

 ええ、十二分に理解しました。自分の命を賭けて激励とかどんな三大恥ずかしい告白ですか。一夏スキーにも程があります。

「……まあ、よく生きて帰って来た。知り合いが死なれてはこちらも寝覚めが悪い」

 千冬先生の声色はどこか柔らかかった。小さいころから露崎家と織斑家は似たような家庭からか付き合いが長い。だから千冬先生は身内同然に接しているのだろう。

 ふと先程の戦闘を思い出し、疑問が湧いた。

「千冬先生、あのISは……」

「まだ解析中だ。かといってお前らに口外することはないからお前が気にする必要はない」

 私の考えが見えていたのか先に質問の答えが出される。

 全身装甲フル・スキンの妙に機械的だった乱入したあのIS。

 最後の再起動が妙に引っかかる。

 ハイパーセンサーは一度、あのISが機能停止したことを告げていたにも関わらず、再び動き出した。

 人間ならば意識が落ちてしまえばすぐには戻ることはない。

「さて、私は行くが、露崎も一息ついたら部屋に帰れ。いつまでもここにいれる訳ではないのだからな」

「はい」

 そう返事すると、ふっと笑みを零して保健室を去って行った。

「入るわよ」

 その声とともに入れ替わるように鈴はこちらの許可するよりも早く敷居を跨いだ。まあ、鈴は私が断ったところで関係なく結局入ってくるのですが。

「さっき一夏んとこ行って来たけどやっぱ仕種の方が酷そうね。あいつ全身打撲で一週間は地獄だって」

「こっちも似たようなもんですよ。しばらくはISの起動禁止をさっき千冬先生に言い渡されました」

「心配したんだから」

 そんなふうに言われると罪悪感が湧き上がってくる。おまけにその言われる相手が鈴なために罪悪感が通常の二割増しだ。

「あ、それと試合で無効で対抗戦はもう中止だって」

 さらりと言ってベッド脇の手近な椅子に座る。

 あれだけの騒ぎになったんだからこれ以上続けるのは不可能に近いため仕方ないか。

「ねえ仕種。どうしてあんたはISに乗れるの?」

 ぽつりと夕日の入る保健室に鈴はぽつりと言葉を落とす。それは以前の時の凄みを利かせたようなものではなく、ぽろりと出た本音のようなそんな呟きだった。

「何を今更。先日の焼き回しのつもりですか?」

「別に。なんとなく聞いてみただけ。今なら答えがぽろっと出るかなあと思って」

「……何も初めから乗れた訳ではありません」

 え? と小さく意外そうな声が漏れる。

「私はISを起動おこせはすれど、今のように自由に扱えはしなかった。私のISランク知ってますか? Eですよ? E」

ISランクは潜在的にISを上手く扱える指数のことである。経験を得てランクの変動があったりするがそれでも伸び代の幅はだいたい決まっている。

 ランクはS~Fの七段階で表され、自分はその中でEランク、ISの稼動に問題をきたすレベルだ。その下のFは起動不可を指す。

 つまり、私のランクが稼動出来るか出来ないの瀬戸際なのだ。優秀なこの学園の生徒はEランクなんて私を残して他に誰もいないだろう。

 そんな私が奇跡的にもISに乗れるのは、ISを動かせるのはそれに見合った時間を専用機オルテンシアと共に過ごしてきたから。

 共にいた時間の分だけ、私のことを理解して心開いてくれたから。オルテンシアは私の手足となってくれるのだ。

「ただ乗れるようになった、と言っても正確には乗れるように身体を弄くったっていうのが正しいんでしょうけどね」

自虐的に苦笑する。

「じゃあ、あんたってやっぱり……」

 鈴はそこまで言って口を噤む。

 そして訪れる沈黙。

 なんともいえない空気が保健室を支配する。

 その沈黙を破ったのは私の方だった。

「……ふっ。それってもう答えを言ってるみたいなもんですよ、鈴」

「そうね。露崎仕種は・・・・・男なんでしょ・・・・・・・

 それが辿り着いた答え。そして露崎仕種の真実。

「はい、正解。で、どうしてその結果に至ったのですか?」

「最初はあたしも自分の記憶を疑ったわ。仕種は女だったかもしれないって」

「でも、そうは思わなくなる何かがあったんでしょう? それってどんな理由ですか?」

「あんたが大浴場に姿を見せないから」

 あまりに大雑把な回答に思わず面食らう。

「なんていうか短絡的な思考ですね」

「うっさいわね。ま、それ以外にも色々あるけどさ。部屋割とか昔の写真と比べてとか。でも決定的だったのは千冬さんがだんまりを決め込んだあたりかな」

 普段なら知らない、と一言で切り捨てる筈の千冬先生が切り捨てられなかった。

 私と鈴があの事件の当事者で馴染みが深いだけに捨てられなかった。

「で、一夏と篠ノ之に言わなくていいの? 幼なじみなんでしょ?」

「言わなくていいでしょう? 気付いてないんですし。気付かれるまでひた隠しにしますよ。案外、一夏は三年間気付かなかったりしてね」

「でも……」

 鈴は食い下がる。

「それに、私は知られたくないんですよ少なくともあの二人には。私の身体のことは姉さんと千冬さんと束さんが絡んでる。だからおいそれとあの二人に話せないんですよ」

「千冬さんに沙種さん、それに束博士が……?」

 束さんの名前が出て鈴は意外そうな表情をする。

「あの二人はまだ受け止めることが出来ない。私のせいでこれ以上、溝を作りたくない」

 あの二人は千冬先生や姉さんのように割り切った思考をすることが出来ない。だから私のことがばれるとなれば箒と束さんの間にある溝はますます広がるだろう。

 デリケートな問題とはよくいったものだ。私のせいで他人友人の姉妹仲を裂くことになるかもしれないなんて。

「仕種……」

 鈴はもどかしそうな表情をする。

「この話は終わり。このことは鈴と私の秘密ということで」

 明るく振る舞ってみせる。バレてしまったことは仕方ない。幸い、鈴は口が固い。鈴がヘマを起こさない限り私のことは漏れないだろう。もっとも、私がヘマしない保証もないのだけれど。

「ねえ、あの約束覚えてる……?」

 茜空であの約束と聞いて幼いころの記憶を思い出す。あれは六年生の頃だったか。

「覚えてますよ。『料理が上達したら毎日あたしの酢豚食べてくれる?』でしょう?」

「え。あ、ああう……」

 その言葉を皮切りに鈴の顔がリンゴのように紅潮する。この反応を見る限りビンゴのようですね。

「でもあの時言いませんでした? 酢豚だけ上手くなっても……」

「うっさい! あれから色々努力したわよ! 酢豚も、棒棒鶏バンバンジーも、青椒肉絲チンジャオロースも、回鍋肉ホイコーローも、麻婆豆腐も、炒飯も、天津飯も、カニ玉も、エビチリも、坦々麺も、餃子も、八宝菜も、飲茶も、なんでも作れるようになったわよ!!」

 私が振った時の口上を述べようとした時、被せるようにいきなり啖呵を切られた。一息で言い切ったためふーふー、と鈴の息遣いが荒い。

「……マジですか?」

「ええ、大マジよ」

 思わずそう聞き返すと、自信満々にそう言い返してきた。

 なんでもこの幼なじみは私を振り向かせるために中華料理一通りをマスターしたらしい。見上げた根性です。女はやはり強いです。

「で、どうなのよ」

 どうなのって……たぶん、嬉しいと思う。これだけ自分のことを思って料理が上手くなってくれたっていうんなら男冥利に尽きる。

 それに鈴は同年代でも可愛い部類に入る。女の子のレベルの高いIS学園でも上位に相当すると思う。

 何より、気心知れているのが一番大きい。幼なじみのため私のことをよく理解してくれているのは付き合うとしたらだいぶ気を使わなくても済む。

 それは、どんなに楽しいだろうなっって………。















 だけど――――。

「やっぱり、無理です。こんな身になったうえに例のアレもある以上、鈴の気持ちに応えられない」

 鈴の顔が苦々しく歪む。それを見るこちらも非常に辛い。

「治んないの……? それ」

「ええ、家系による呪いいでんですから。これとは一生付き合っていかなきゃいけないんですよ」

 勝ち続けなければ生き残れない、そんないつ終わるか分からない呪われた人生。そんな不安定な片道切符の列車に鈴を相乗りにすることは――――出来ない。

「だから、私は鈴とは―――――、」

「……違う。あたしが聞きたいのはそんなんじゃない。身体のこととか言い訳にして本心を隠さないでよ! 立場とか身体のこととか全部、取っ払って全部見せてよ!」

 鈴が批難する。

 それは私が一番言い返しにくい言葉だった。

 本音と建前が対極に位置する思惑を口にしてしまうとそれは承諾、ということになる。しかし鈴にいつ終わるか分からない旅に連れていくことはしたくない。

 両端に揺れる思いに言うのを躊躇っているところに。









 突然、不意打ちのようなキスに唇を塞がれる。

「ん……」

 色っぽい声が目と鼻の先から聞こえる。

 目の前に鈴の顔がスクリーンいっぱいに映る。

 何が起こったのか分からず、思考が置いてけぼりを食らい頭が回らない。

 それ以上に密着している鈴の唇に柔らかさに気が回って完全に思考が停止する。

 くすぐったいような、甘酸っぱいような、不思議な感覚にただ酔いしれるように。

「―――――――――――っ」

 いきなりのことに心臓が早鐘を打つ。

 今、どういう状態になっている? 

 そうだ、鈴とキスをして――――。

 しばらく口づけをした後どちらからという訳でもなく、お互い重なっていた唇を離すと唾液の銀の糸がつーっと橋を架ける。

 鈴はほんのりと気恥ずかしさで目を潤わせ頬を桜色に染めている。私も似たようなことになっているに違いない。心臓の音が大きく聞こえて落ち着かない。

「仕種、あたしはそういうの全然気にしない。女の子みたいになっても仕種を好きな気持ちに変わりはないから」

 真っ直ぐとただ私を見据えながら告げる。

「だからあたし、諦めないから。絶対、仕種のこと振り向かせてやるんだから」

 それは告白というよりも宣言だった。

「そこはあたしを取らなかったことを後悔させてやるんだから!とか言わないんですか?」

「嫌よ。あたし、諦めるつもりないし」

 あっけらかんとさも当然かのように言い放つ。

「絶対、仕種が何もかもを投げ出してあたしを取るように女を磨くから。だから、首を洗って待ってなさい」

 そう言い切ると顔を真っ赤にして保健室を後にした。

「なんていうか、困ったなあ……」

 一人残された保健室で大きな独り言を呟く。長らく使っていなかった男口調で。

 零れる茜色の夕日は、全てを見ているだけでなにも語ってはくれなかった。















side:織斑一夏



 夕食を食べ終えて部屋に戻ると、真っ暗闇が迎えに出た。

 誰もいないのかと電気を付けると、真っ黒な空間の中でベッドに腰掛けている同居人がぴくりと肩を震わせる。

「箒……?」

「…………一夏」

 返ってきたのは今にも消え入りそうな声だった。箒にしては柄にもない虚ろな受け答え。

「どうしたんだよ。部屋の電気も点けないで」

 しな垂れたポニーテールは箒の沈んでいる感情そのままを表しているようだった。

「……あれは私のせいだ」

ぽつりと箒は言葉を落とした。何を……と言うより早く、今日のことについてだと認識する。

「私が余計なことをしたばかりに仕種に傷を負わせてしまった」

「ちげえよ。あの応援が余計なことなわけあるかよ」

「違わない! 私があんなことをしなければ仕種は出ずに済んだし、お前も今傷つかずに済んだ……」

 俺の言葉を強く否定する。

「一夏。私は、弱い。実力も、心もお前たちに及ばないほどに。心の弱さを上辺だけの力で塗り固めた虚勢を張って……」

 独白。

「私は私を許せないんだ! 無力な、自分が……!」

 それは悲痛な叫びだった。いや、今まで心の奥に閉ざしていた箒の弱音かもしれない。

 専用機ちからのないもどかしさ、悔しさ、歯痒さ、焦燥感。そして友人を傷つけたことへの恐怖、そして後悔。

 ありとあらゆる感情がごちゃまぜになって整理がつかない、パンク寸前で剥きだしな感情は聞いているこちらの心も痛くなる。

「私は、私は……!」

「箒!」

錯乱する箒をぎゅっと抱き寄せる。

「は、離せ、一夏!」

 拘束から逃れようと暴れる。剣道で培った肉体は強靭で箒が暴れる力は生半可なものではなかった。

「いいから、このまま聞け」

 それでも離さないようにするために箒を押さえつけるようにきつく抱きとめる。

 いつもなら相手を尊重して解放するのだが今回はしなかった。今、離してしまうともう箒がどこかに消えてなくなってしまいそうだったから。

「俺だって自分の力のなさを悔しく思うことだらけだよ。今回のことだってもっと上手くやれた筈なのにさ、自分の不甲斐なさに情けなくて泣きたくなるさ」

 抱き寄せた箒に優しく話しかける。

 思い返せば織斑一夏はあまりに無力な存在だ。

 二年前のあの時だって、自分の無力さのせいで千冬姉の経歴に泥を塗ることになってしまった。

 今日も自分の力が足りなくて仕種を傷つけてしまった。

 そして今、箒をここまで追いこんでしまった。

 これほどなまでに自分の無力さのせいで迷惑をかけていると情けな過ぎて、あの時に戻れるのならもっと上手くやれと殴りとばしてやりたいくらいだ。

「けど前を向かなくちゃ進めない。前を向かなくきゃ強くなれない。そう俺は思ってるから」

 一歩でも遠くへ、一歩でも強くなるために歩みを止めない。

「やっちまったことは仕方ない……って言ったら開き直りかもしれないけど、それはしっかり反省して次に生かせばいいさ」

 後悔と反省は違う。後悔は悔やむだけ。後悔だけでは次に進めない。

 反省は失敗を生かし次につなげる。強くなるためのステップアップ。

「そうやって少しずつ強くなることが仕種へのせめてもの罪滅ぼしだって俺はそう思っている」

「いち、か……」

 震える声で呟く。

「あ……、れ……。涙、どうして……」

 箒の目から涙がぽろぽろと零れる。

「箒、辛いこととか泣きたいこととかあったら我慢しなくていいんだぞ。俺がそういうのちゃんと受け止めてやるから」

「………っ!!」

 俺のその一言に今まで堪えていた涙が決壊した。

 その泣き方は六年分、溜めに溜めたような感情の氾濫だった。

 箒は子供のように泣き続けた。えんえんと人目を憚らないような大声で泣き続けた。

 俺はそんな大きな子供をあやすように優しく背中と頭を撫でてやるしか出来なかった。















 しばらくすると箒も泣き止み、いつもの落ち着きを取り戻した。

「すまない。情けないところを見せたな」

 涙をぬぐいながら恥ずかしそうに言う。目は泣き腫らして真っ赤になっている。

(そういえば、箒が泣くの始めて見た気がするな)

 ふとそんなことを思った。俺の知る限り箒はいつも毅然としていた。他者を寄せ付けない見えない白刃を常に周りに向け、鉄面皮を被って血も涙もない女か、と思うくらいにきついような面もある。

 しかし、それも裏を返せば弱さを見せないための高い壁。外敵から身を守るために有刺鉄線で囲い、何人も近づけない魔城のような中にいた囚われの心はなんと繊細なことか。

「一夏、お前は強いな」

「別に強くなんかねぇよ。強くなりたい理由があるから、止まりたくないだけだよ」

「強くなりたい理由、か……」

 箒はその言葉を聞くと考え込む。

 あの事件以降、決勝を放り出してまで俺のことを助けに来てくれた千冬姉みたいに俺も守られるのではなく、何かを守れる存在になりたいと憧れた。そのために強くなりたいと、初めて心の底からそう思った。

 だが、それも未だ敵わない。脆弱にして惰弱な自身の腕では他人は愚か自分の身を守ることすら敵わない。

 だけど、諦めない。それは絶対に諦めたくない目標ゆめだから。今まで守ってくれていた千冬姉に恩返しをしたいから。

「すまない、よく分からない。私はただあの人と比べられたくなかったぐらいしか思いつかない」

 思い返せば束さんと箒が一緒にいて笑いあってる絵は見たことがない。

 劣等感。よく出来た姉を持つと弟妹は必ず姉と比べられる。自分がどれだけ劣っているかを見せつけられるような形で。

 箒の場合、それがより顕著でより敏感だったのだろう。

 幸いと世界最強の姉を持つ身として俺自身は劣等感に悩むなんてことは特になかった。

 そのことを囃し立てる周りの目にウンザリすることはあれど千冬姉を恨むようなことはなかった。むしろ、誇らしかったりする。思った以上に俺はお気楽な性格なのかもしれない。

「私にはどうして強くなりたいのかという確固とした理由が、ない。そういうことを考えてこなかった。なあ一夏、強くなりたい理由がなければ強くなれないのか?」

「どうだろうな。強くなりたいと思う理由って力の使い方の道標みたいなもんじゃないのかな。そういう目標があるから頑張れるっていうのもあるし」

 こう言ってはいるものの俺自身もよく分かっていない。あくまで感覚論な訳だしそうじゃない人だっている。

 ……そういえば、仕種の強さの根底にあるのは一体何なのだろう。

「決めたぞ。私もお前と同じ目標にする」

「俺と同じって。箒はいいのか、それで」

「ああ。私もなってみたいんだ、誰かを守れるような強い私に」

 その時笑った箒の顔は泣き腫らしていたにも関わらず、とても綺麗だった。





 * * *

あとがき

更新が遅れてしまって申し訳ありません東湖です。

あともう一話で第一巻分は終了です。

ちなみに「脆いところに口づけを」と書いて「ペインキラー」と読ませます。無茶があるか……。



[28623] 終幕1 「紅の乙女は願う」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/14 01:05



side:篠ノ之箒





 気がつけば、走り出していた。

 思えば、私は焦っていたのかもしれない。

 専用機。その有る無しは専用機を持つ一夏との距離間に大きな揺らぎを与える。

 セシリア以上になす術のない私は、今回は行き場のない感情をどうにか飼いならすことが出来なかった。

 歯痒かった。自分は何も出来ない歯痒さ。一夏の隣に立てない悔しさ。

 苦しかった。辛かった。この感情を私は弄んでいたのかもしれない。

 だから叫んだ。

「一夏あっ! 男なら、男ならそのくらいの敵を勝てなくてなんとする!」

 思いの丈を。もどかしさを。私の中の醜い感情を。訳の分からない自分でも形容しがたい感情の塊を。

 全て吐き出した。吐き出さずにはいられなかった。

「だから、勝てえっ!! 一夏あっ!!」

 この言葉があってどうなるという訳でもない。

 言ってしまえば自己満足。我慢弱い自分の身勝手と自分可愛さを綺麗な形で昇華して見せているに過ぎない。

 目の前と敵対する一夏を鼓舞する形にして。

 なんて独善。なんて幼稚。

 なんて、惨め。

 それでも行動に移したのは自分にはそれしか出来なかったから。意地しかなかったから。

 一夏の力になりたいと思ったこの感情に嘘を吐きたくなかったから。

「っ!!」

 こちらに砲身を向けられる。

 当然のことだ。あれだけの大声を上げれば相手の注意を自分に向けることになる。

 おまけに今の私はISを装着していない制服のままだ。ひとたまりもない。

 いや、ひとたまりもないではない。確実に跡形もなく死んでしまう。

 それを認識した時にあったのは愚かしさに対する後悔ではなく全身を蹂躙するような恐怖。身も竦むような絶望。無機質に光るセンサーレンズに対する畏怖。

「箒、逃げろ!!」

 一夏が叫ぶ。私だってそのつもりだ。ここがどこよりも危険なことは今身を以って実感している。

 が。

 無情にも腕から光が放たれた。

 一夏と自分との距離はあまりにもかけ離れ過ぎている。

 物理的にどう足掻いても絶望的な距離。

 私はもうここまでなのだろうか。

「箒いいいいいいいっ!!」

 一夏の絶叫が響いた。














「っ!!」

 光が自分の目の前まで迫ったところで飛び起きる。

 息遣いは荒く、額も背中も冷や汗でぐっしょりだ。

「っ……。夢、か……?」

 虚ろな瞳が部屋の様子を探る。ここがあの場面のアリーナではなく、寮の部屋であることを確認すると安堵からか深い溜息が洩れる。

 まったく嫌な夢だ。記憶を蒸し返すような悪夢。焼き回しのような現実の再現。

 時計を見るが、まだ丑三つ時。眠りについてからそれほど時間は経っていなかった。

「…………」

 隣を盗み見るが、一夏には気づかれていないようだぐっすりと眠っている。

 一夏に少しだけ心配されたい気もするが、かえってこれ以上気を使わせたくないとも思う心もあり少し複雑だった。

 本来ならばクラス対抗戦のあったあの日、私は部屋の整理がついて別の部屋に移動する筈だった。

 しかし私が取り乱したため、不安定な精神の私を別の部屋にすぐには移すことは出来ないと、今回の引っ越しは見送られもうしばらく一夏と一緒の部屋にいれることになった。

 とはいえ、それも一時的な措置。すぐに一夏とも一緒にいれなくなる。

 男女七歳にして同衾せず。早く一夏と別の部屋にしないと学園側としても拙いものを感じるのだろう。

 無駄な思考をやめ、ひとまずシャワーを浴びることにする。

 これからどうすればいいかはそこで考えればいい。

 それにぐっしょりに濡れたこの嫌な汗を一刻も早く落としたかった。









 シャワーから上がるが一夏は今日、いやもう昨日か。昨日の出来事で疲れているためか起きる気配がない。

 太い神経をしているのだか、鈍いのだかよくわからないお気楽そうに眠っているその寝顔に思わずくすりと笑いが込み上げる。

 長いようで短かった一か月。出会いこそ唐突なものだったが、それでも久しぶりに幼なじみと一緒に過ごした時間は今まで離れていた時間を埋めるかのような嬉しいものだった。

 あまりの鈍さに腹の立つこともあったが、それはそれだ。

 一夏だから納得しなさい、と仕種ならいうのだろうがもう少しくらい人の感情の機微くらい読み取ってくれてもいいのではないのだろうか。

 身体をベッドに横たえるが眠気というのが全くやってこない。寝直すにしてもあんな夢の後のためか頭がそんな気にもならないのだ。

 脇目もくれずに剣道に打ち込んでいるせいか手軽な趣味という、こういう時のための時間潰しの手段もない。

 手になんとなく携帯電話を取り、電話帳を開く。

 今でこそクラスメイトの数人とメールアドレスを交換したが学園に来た当初はほとんど誰も登録されておらず新品同様な状態だった。

 転校を繰り返してきた自分と周りの人間とは浅い付き合いしかなく一夏や仕種のような幼なじみぐらいしか深い付き合いをした友人はいなかった。

 よくて剣道部の同じ部員。それ以上の関わりを持とうともしなかったし、何よりもあの時は周りに気を使おうという心の余裕がなかった。

 あの頃の私は擦り減っていた。

 一夏と離されたせい。仕種と離されたせい。家族と離されたせい。

 ISの開発者である姉、束のせいで転校を繰り返す日常。それに伴い姉の場所を探るためと重要人保護という名目のための政府主導の監視と聴収の日々。

 特に中学生の時は監視の目が一段と厳しかった。

 大人たちはいつも張り詰めていた。何かに警戒するように。その失敗を繰り返しをしないように。政府の大人たちはいつもそんな雰囲気だった。

 そのせいで神経がかなり参っていた。

 当時の私を称するならば触れるもの全てを傷付ける抜き身の刀。生徒は愚か、教師でさえ近づけないような気を常日頃から纏っていたらしい。

 そして、あの事件が起こってしまった。

 それは忌々しい記憶。自分が生きてきた中で、一番自らの醜態を晒したあの事件。封印したい筈なのに、それは時折ふとした拍子に甦る。

 忘れたいのに忘れられないその記憶は私にとっての戒めなのかもしれない。

 強い力を望み、道を踏み外した姿に目を決して逸らさせはしない。

 焼き付けろ。あれが己が道を踏み外した姿だと。もう一人の自分がそれを忘却させないことでその己が持つ危うさを知らしめさせようとする。

 ぼんやりと画面を眺めているとあるところで指が止まる。

 篠ノ之束。

 どうして彼女の名前がこんなところにあるのか自分でも不思議でたまらない。

 そもそも政府から手渡された携帯に一番最初からこの名前だけが入っていた。父や母でもなく、一夏でもなく仕種でもなく束の名が。

 ……もしかしたら。彼女ならば、姉さんならば自分の今の悩みを解消してくれるかもしれない。

「……っ。駄目だ、それは」

 一瞬よぎった悪魔の囁きに頭を振る。

 分かっている。姉さんにそれを頼むということは、身内贔屓以外のなんでもない。

 けれどもし今日みたいなことが起こった時自分はまた一夏の隣に立てないのかと思うとたまらなく胸が苦しくなる。

 それに、一夏のように自分を見失わないように私もなると誓ったのだ。

 今度こそ力に振り回されないように力を御してみせると。

「………………」

 しばらく携帯の画面とにらみ合った後、意を決してコールボタンを押した。





side:篠ノ之束




「むーん……」

 どことも知れぬ暗闇に一人、若い女はPCの前でにらめっこをしていた。

 特段、不思議な行動ではない。夜中のこんな時間にPCと向かい合ってるなんて光景は〆切が明日に迫った一般企業ではよくよく有り触れている光景なのだ。

 不思議なのはその女の格好にあった。

 ウサミミカチューシャを付け、青空のようなワンピースを着ているその様は一人『不思議の国のアリス』状態なのだ。常軌のセンスを斜め135°ほど傾いて盛大に逸脱している。とうてい普通の人間には理解し難い。

 この人物こそISを生み出した世紀の天才、篠ノ之束である。

 馬鹿と天才は紙一重と言うがまさしくその通りだろう。天才は凡人には思いつかないセンスを持ち、凡人には到底思いつかないようなことを平気でやってのける。

 見ていた映像は昨日、IS学園を襲った謎のISだった。

「なんとか形になるってな具合かな。あー、けどまだまだ先が長いなー。危うく箒ちゃん蒸発させそうになったし」

 何でもないようにあっけらかんと言ってのける。しかし一つ間違えると大惨事だ。自分のミスで肉親一人をこの世から消し去ってしまうところだったのだ。

 実のところ、学園の中継をハッキングしてそれを見ていたが当時は酷く取り乱していた。緊急自爆のプログラムさえ半分以上をリアルタイムで組み立てたくらいだ。

 ISのコアを作れるのは全世界において、篠ノ之束しかいない。登録されていないコアを作りだしたのも束自身。ISの独立稼働スタンド・アローン。束だけが唯一持ち得る技術の一つだ。

 しかし今回の襲撃さえ、あまり意味を持たない。試しに作った無人機の稼働状況を確認したいだけ。そのためにわざわざIS学園まで飛ばしたのだ。

 結果、所詮はまだまだ発展途上。では専用機持ち数人がかりだと相手にならないレベルだった。それでもそのうちの一人を大破させたという功績を残したが。

「ま、二人のナイトくんが助けてくれたからいいけどね」

 くすくすと笑う。彼女のいうナイトとはあの異形のIS―――ゴーレムを止めた織斑一夏と実妹、箒を身を楯にして守った露崎仕種のことだ。

 束も仕種の秘密を知る数少ない人間である。

 織斑、篠ノ之、露崎。

 束はこの苗字の幼なじみとその姉妹にしか興味を示していない。両親はかろうじて身内と認識できるが後は等しく他人。どうなっても構わない存在だ。

 自分に害をなすものは別に束自身は殺してしまっても構わないと思っているが、それは二人の親友である千冬や沙種が嫌がるためしていない。今のところは。

 しかし、それに準ずることは束は既に経験済みである。

 所謂――――――社会的地位の抹殺。

 ちゃらら~、ちゃらら~♪

 どこぞのシマ取り抗争のテーマソングが流れる。最初に断っておくが束は別にこのシリーズが好きだという理由でこの着信音を使っているのではない。かといって本人も何故この着信音を使っているのかは自分でもよくわかっていない。

「この着信音は! とう!!」

 行動が機敏だった。その行動の早さはまさしく脱兎のようだ、ウサミミなだけに。どこぞの世界のつけるとフィールドでの移動速度が1.5倍になる頭巾か。いや、あまりにメタ過ぎて分かる人間がどれくらいいるのだろうか。

「もすもす終日~! はろはろ~みんなのアイドル束さんだよ~」

『……姉さん』

 げんなりとした妹の返事が返ってくる。深夜のこの時間にハイテンションな姉に対して電話の向こう側で頭を抱えているに違いない。

「やあやあ箒ちゃん、箒ちゃんがかけてきてくるのずっとずーっと待ってたんだよ!」

『…………』

「うんうん。言葉にしなくてもこの束さんには要件は分かってるよ。代用無きものオルタナティブ・ゼロ。欲しいんだよね箒ちゃんの専用機」

『っ…………』

 電話越しから息を飲む音を聞く。それすらも楽しむかのように、実の妹からの電話を楽しむかのように、束は言葉を続ける。

「にしても意外と早かったな?。もちっと時間かかるかなーって思ってたのに束さんの読みが外れちゃったなー。どういう心境の変化って奴です?」

 うふふという楽しげな笑い声に一瞬、言葉に詰まるが箒は意を決したかのように告げる。

『力がなくて守れないのは、もう嫌だから。誰かが目の前で傷つくのは見たくないから』

「ふぅん。それって今日のこと?」

『どうしてそのこと!?』

「ふふふ、何言ってるんだい箒ちゃん、私は天才束さんだよ? 束さんが知らないことなんてこの世界において一片もありはしないのさ!」

 もっとも『この事件を起こした犯人は私、篠ノ之束なのだ~♪ 驚いた? ね、ね、驚いたでしょ~』なんて口が滑りでもしない限り言わないが。

 それにしてもまさかあの暴走がこんな形で箒と自分を繋ぐことになるとは束自身も思ってもみなかった。

 箒は昔から強い力を望むきらいがある。それが今回のことで大きく天秤が傾いたと見るのが妥当だろう。

「それで箒ちゃんの専用機だけど来月の終わりに個人戦のトーナメントあるよね? それに間に合うようには調整するから。だから、もう少しだけ時間が欲しいな~、なんて言っちゃってみたり」

「お願い、……姉さん」

 その一言に垂れていた耳がピーンと立つ。

 今日は吉日大安に違いない。嫌われていた妹に頼られるなんて自分の生きてきて最も嬉しかったベストテンに余裕でランクインするレベルだ。何がベストテンなのかは知らないが。

「天才束さんにぽぽぽーんと任せなサイ! 箒ちゃんに見合うだけの最高スペックの機体、『紅椿』をぜったいぜ~ったい用意するから!」

 ピッと電話が切れると電話を投げ捨て再びPCに向かい出す。その表情は先程のつまらなさそうな事後処理とは雲泥の差で創作意欲にあふれた子供のように生き生きしている。

「さてさて忙しくなりそうだね! ゴーレムのスペックアップ、箒ちゃんの紅椿も急ピッチで完成させなきゃ出しそれに、しーちゃんのISも調整しなくちゃね」

 そう言うと、PC画面からラボの別の部屋の映像が映し出される。中身はまだ未完成のようだがフレームだけは完成しているらしい。

 それらは白式と同様、無駄なものを削ぎ落としたシンプルなデザインだった。

 片や絢爛な真紅、片や繚乱な黄金。

 名は体を表す。その言葉通りなら、紅い機体は篠ノ之箒のために作られたIS、紅椿だろう。

 そうなると残りは、

「しーちゃんの第四世代IS、全能オールラウンダーにして特化型スペシャル。白式と紅椿、白騎士に暮桜と灼焼のノウハウを全て詰め込んだ最高性能ハイエンド。その名も、」

黄菊こがねぎく





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 これで一巻の終わりです。長かった……。

 箒さんの独白については独自解釈だらけです。三巻の落ち込みようからするに今回もこれくらい落ちるだろうなあという予想のもと書きました。

 次回からようやく話が進む! と信じたい。



[28623] 第十四話 「家族」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/14 01:13




 とある企業の大きな一室。

 高い天井、広い間取りの部屋は会議室とは似つかないほど大きくどちらかといえば工場の整備室のようだと言った方が正確だろう。実質はその通りなのだが。

 中央には紫陽花が鎮座している。その花こそ私の愛機、オルテンシアにほかない。

 ここは深桜しんおう重工の開発室。

 深桜重工は日本国内でも指折りの企業で国内のIS産業でも倉持技研に次ぐシェアを持つ大企業である。

 昔は一端の中小企業でしかなかった深桜の名はモンドグロッソ第二回大会で姉さんの沙種がこの企業の開発された武器を使ったことで注目を浴びるようになった。

 それ以降ISの武器を中心にシェアを展開、ラファール・リヴァイヴや打鉄の一部の武装の取り扱っている。また最近では新しいスタッフを加えたことにより機能特化のパッケージにも企業の手を広げていて倉持技研に次ぐとは言え引けを劣らない業績を残している。

 私はここにオルテンシアの整備や装備全般を任せている。姉さんがここを重用するというのも一因だが、一番の理由は昔からお世話になっている人がここで働いているからである。

 その人はオルテンシアの横で厳しい表情をしながら空中に投影されたディスプレイ上のデータを見比べている。

 年齢は二十代後半で日本人の黒髪とは趣の異なる括ったブロンドのポニーテールが揺れる。

 そのプロポーションもモデルであってもおかしくない位に抜群で、特に豊満な胸をアピールするかのようにワイシャツの谷間がざっくりと空いている。

 流石は外国人、オープンというか自己主張が激しいというかそんな着こなしは数少ない男性スタッフたちにとってはさぞかし眼福なことだろう。

 そのパソコンを眺める濃褐色ブラウンの瞳は彼女に流れる日系人の血の数少ない特徴である。

「……の稼働データは取れたみたいね。壊して帰って来たのがいただけないけど」

 ブロンド美女、シンリ・シュヴァリエはデータを確認し終えると席を立ちこちらにジト目を投げかけて来る。最後にちくりと述べた不満が反論を返す余地がないため胸に刺さる。

 昔は別の企業で開発スタッフの最前線に立っていたが、そこがとある事件によって潰れてしまい今の深桜の社長にその技量の高さを買われ引き抜かれたのだ。

 そんなシンリさんは生え抜きの他のスタッフを差し置いて深桜重工の開発主任で開発・整備において全権を与えられている。

 かといって他のスタッフたちとギクシャクしてるというわけでもなく、むしろ切磋琢磨、和気藹々と仲良くやっているらしい。

「まあ、いいわ。ブルーティアーズと白式に勝てる出力が出せるとデータは証明してくれた訳だし。篠ノ之博士のご息女を守ったということで今回は不問にしましょう」

 不満そうではあるがデータ収集の期待以上の成果により、今回は目を瞑ってくれるようだ。

「で、次に試すのがこれですか」

 そう言って新たに装着されたデータを確認する。

 一見すると大差ないように見えるがしかし、その細部は異なっていた。

 肩パーツと背部のスラスターは前とそれほど変化がないが、肩パーツに特殊な細工が施されている。

 足パーツはスラスターはそのままに地面にアンカーを撃ち込めるようにパーツが追加、改良されている。

 腕は以前は必要ないと廃止していたシールドを右腕に取り付けられている。まるで、何か兵器を隠すかのように。

 そして何よりも、格納クローズされている武器の種類がまるで違っていた。

 現行の武器は全て取り外され一新されているが、どれもこれも中々に無茶苦茶な武装ばかりだ。

「ええ。どう気に入ってくれた?」

 シンリさんが嬉々とした表情で尋ねてくる。

 この人がISを組むとどうしてか決まって重厚なデザインになる。武器を作る時はそうでもないのだが、ISの装甲を作らせるとこういうゴツイ仕様に必ずなる。ついでに言っておくが好きなタイプはゴツイ人とは言う訳ではない。

「え、ええ……。また今回もゴツイのを組みましたね」

 正直に言ってしまえばISの装甲が分厚くある必要はない。何故ならほとんどがエネルギーシールドで防御を行うため装甲は必要最低限で構わないのだ。

 だというのにシンリさんはその意に反して事あるごとに重厚なフレームを組むのだ。スラスターの拡大化に伴うことも一つの要因だがもう少しどうにかならないのですかね……?

「まあね。仕種クンの回避性能の反応も悪い訳じゃないし、多少装甲が肥大化したところで問題にはならないでしょう?」

 私のことを知り尽くしているかのような妖艶な笑みを投げかけてくる。いや……。ような、ではなく実際に私とオルテンシアのことを彼女は知り尽くしているのだ。

「それにしても、随分と懐かしいものを引っ張り出してきましたね」

 私はこのフレーム自体に見覚えがある。なにせ、このフレームのテストパイロットを務めていたんだから。

 シンリさんの勤めていた企業というのはオルテンシアの今の原型となるフレームを組み立てた会社でオルテンシアの製造以来、私はシンリさんと共にオルテンシアを育てて来た。

「とは言うものの、あの頃と違って出来ることが増えたからほとんど一から組み直したようなものだしね。私はまだこれでも足りないくらいよ」

 まだ足りないという言葉を聞いてもはや頬がヒクついた苦笑いしか出来ない。

 この人に任せていたらそのうちに全身装甲フル・スキンのISに乗せられたりするんじゃないだろうか。

「とりあえず、インストールは終了したから試運転して頂戴。相手はいつものでいいかしら?」

「いいえ。いつもの二倍でお願いします」

 シンリさんはそれを聞いて目を見開いて驚いた。

「張りきるわねえ。いつも通りローペース運行だと思ってたのに、何かあったの?」

 いつもと違う私のテンションにシンリさんは興味を示す。

「ちょっと、自分の限界を知りたくて」

 自分が守れる、自分自身の限界を。














 数十分後。

 深桜重工の地下特別アリーナに私はいた。

 足元には大量の薬莢をばら撒き、前面にはもうもうと弾幕煙が立ち込め、両腕にはガトリングガンが構えて肩で息をしていた。

 煙の奥には二人。先程まで展開していたISはシールドエネルギーが切れたため装着を解除されている。

『試合終了。勝者、露崎仕種』

「うあ……」

 無機質な音声が私の勝利を告げると、代わりに私の口からはなんとも言い難いような声が漏れた。

 全ての敵を沈黙させ試運転が終了するとISの装甲を解除し粒子状になって消えると膝から崩れ落ち地面に寝転がる。

『お疲れ様。初期起動にしては上々よ。どう? 初めてやった二倍盛りの感想は』

 モニタールームからのプライベート・チャネルが飛んでくる。シンリさんだ。

「初期起動で二倍は、もう、やらないです……」

 ぜえ、ぜえと息も整わずに荒い呼吸をしながら息も絶え絶えに答える。

 正直、初めての機体で二対一は死にかけた。武装の特性を開始前に一応把握したつもりでいたが、武装は想定の範囲を逸脱した代物ばかりだった。

 特にガトリングガンと最後に使ったとっておき・・・・・。あれはISの兵器の中でも異常な破壊力。今回の型にもっとも当て嵌まった最強の矛。そしてそれ以上の暴れ馬。使いこなすには骨が折れそうだ。

 しかも相手は元代表候補生。現役を離れて何年かのブランクがあるとはいえこうして毎回、私をギリギリのところまで追い詰める。それが今回は二倍なのだ、正直普通なら軽く死ねる。一夏なんて翻弄されて瞬殺だろう。

 武器の性能と装甲に救われるとはこのことか。無駄に厚くしたという訳ではなさそうです。

『その割にはあっさりこなしちゃうんだもの。よほどコアとの相性がいいのね』

 私はこのコアとしかシンクロ出来ない。オルテンシアが事故により破損中の間、訓練機を使うことになっていたのだが起動出来てもどうもこちらのイメージ通りにならない。

 これでも大分、マシになった方だ。昔はISが起きるだけで装着して動かすことも叶わなかったのだ。

 ……そのせいで、あんなことになったのだが。

 つまるところ、私はオルテンシア以外のISに乗ることが出来ない。乗れてたとしても訓練機では今の実力の十分の一も発揮することが出来ないのだ。

『妬けちゃうなあ。ISが恋人だなんて。人間の方にも恋人とか出来ないの?』

 シンリさんの何気なくからかったその一言に先月の保健室での出来事を思い出してしまう。

 あの時、交わした鈴とのキスの感触。そして、あの言葉。

『仕種、あたしはそういうの全然気にしない。女の子みたいになっても仕種を好きな気持ちに変わりはないから』

 忘れる筈もない。忘れられる筈がない。思い出すだけで顔が紅潮する。

 鈴からの告白。それは振り向かせて見せると同時、いつまでも待ってるという一途な思い。

 鈴のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。ライクかラブかの線引きは別にして。

 しかし、

「私の体質を知っているでしょう? それで恋人なんて……」

 どれだけ、勿体ない話か。

 鈴の思いを知っている以上、その思いに応えたい心と壊れることを恐れる心も同時に秘めている。

 脆く剥き出しの死への恐怖。負け=死の連立式を持つ私にとって身近過ぎる人物は逆に怖い。

 私がいなくなった時、鈴はどうなってしまうのか。そのサイアクを想像するのが怖い。身近過ぎるが故の悲惨な結末を。

 だから距離を置きたい。本当に大切なものだから、遠ざけて置かなければならない。

『仕種クンの体質が大変なのはよく知ってるからあんまり口出ししないけどね。あんまりそのことに憶病になって逃しちゃっても知らないわよ? でないと、私みたいになるから』

 シンリさんは、おどけた調子で笑いながら話す。けれど、その裏側には暗い影を落としているのを知っている私は安易に笑うことが出来なかった。

『ま、こんな話も終り。もう少しだけ調整して上がりましょうか』

「はい」

 そういうと頭を切り替えて作業に入る。

 私という存在はもう誰にも、何にも負ける訳にはいかないのだから。
















 午前中で起動実験は終わって、昼食は外で取ることになった。

 あそこの社内食堂でも良かったが、久々の外ということで鈴の実家の中華料理店に足を向けていたのだが。

「あー、そういえば……」

 鈴の親は離婚してしまったため店を止めてしまったのだ。それが鈴が中国に帰ることになった原因なのだが生憎とそのことを私はこの地にいなかったから後から口伝で聞いたくらいにしか知らない。

 かといってもう思い出すのが遅すぎた。既に店の周辺まで来てしまっている。会社に戻るにしても面倒なこと変わりない。

 とりあえずでも店のあった場所に行ってみるか。

 しばらく歩くと懐かしい町並みが出てくる。三年振りなこの町はあの頃と雰囲気は何も変わっていなかった。 

 店の様変わりはあるが、この土地にしっかりと調和している。まるで、昔からあったかのように。

 その中に見慣れた暖簾が店にかけられている。

「へいらっしゃい!」

 恐る恐る暖簾をくぐると威勢よく出迎えてくれたのは―――――鈴の父親だった。

「おう、なんだ仕種じゃねえか。久しぶりだな」

 気前よく、気さくな笑顔で対応する鈴の父。その屈託のない笑みはあの時と何も変わっていなかった。

「ええ。お久しぶりですね」

「おうおう、こんな美人さんになっちまってよ。ま、適当な場所にかけな。注文だが酢豚でいいよな?」

 促される通り、適当な場所に座る。私はここに来るとよく酢豚を食べていた。だからって人の注文を勝手に酢豚にするのはどういうものなのか。別に構いませんけど。

「ええ。少し、トイレに行ってきます」

 そう言って席を立ち、トイレに向かう。

 ドアを閉めて、鍵もかけると携帯電話をかける。発信相手は、鈴だ。

 プルル、プルル、プルルと長めのコールの後にブツと繋がる音が入る。

「もしもし、鈴ですか?」

『何よ、仕種……。せっかくの休みだから寝てたのに……』

 鈴からの返事は眠たそうな声だった。さては今日が休みだからって昨日夜更かしをしていたな、ぐうたらな奴め。

「鈴、すぐに鈴の前の家のところまで来なさい。説明は後でするので」

『は? ちょ、どういうことよ。今更、そんな場所に行っても……』

「いいから来なさい。後悔したくなかったら来なさい。分かりましたね? 絶対に来なさいよ」

 そう最後に念を入れて伝えると、電話を切る。そして何もなかったかのようにトイレを出る。

 店を見渡すとタイムリーな時間が外れてるからか客もほとんどいない。一通り終わって私が来たという感じだ。

「ほらよ、酢豚お待ちどう」

 酢豚をおじさん直々に手渡される。相変わらずここの酢豚は美味しそうだ。

「ったくよ中学に入ると同時にパッタリだったからな。ちょうど三年振りか、お前さんもお姉さんに着いて行ってたのかい?」

「まあ、そうですね……」

「てことは三年間フランス暮らしかよ。どうだったんだ? 向こうの暮らしは」

「土が合わないっていうか。やっぱりこっちの方が落ち着きます」

 答えながらも酢豚を口に運ぶ。

「そうか。やっぱ自分の国が一番だよなあ」

 そうしみじみと呟くとおじさんはうんうんと一人で頷く。

 その後もおじさんとやり取りをしながらも箸を進める。味わうのも忘れずに。

 そして皿も空になり、食事の時間は終わりを迎える。

「ごちそうさまです。確かお代は……」

「ああいいよ。帰国祝いと入学祝いだ。タダにしといてやるよ。その代わり、」

「鈴を頼む、でしょう?」

「ま、その通りだ。これからもアイツとよろしくやってくれ」

「勿論ですよ。末永く付き合っていきますよ」

 席を立ち、店を後にする。外は梅雨に入る前の夏日が眩しく輝いている。

 さて、鈴と顔を合わせると何を言われるか分からないので別ルートで帰りますか。









side:凰鈴音



「あー、もうなんなのよ仕種の奴……」

 眠りを邪魔された私は私服に着替えて早足で指定された場所に向かっていた。こう言う時にISが使えたらどんなにいいかと思うのだが、そうするとIS条約に抵触してしまうためしない。

 それに代表候補生という立場でそんなことで問題を起こせば代表候補生から外されてしまうかもしれない。下手をすれば国際問題だ。

 とにかくこんな太陽の照り付ける真昼間にあんな場所に呼び出すとはいい根性をしてる。出会い頭に文句の一つでも言いつけてやらなければ気が済まない。

 あの告白以降、最初の頃こそ意識してしまいうまく喋れなかったが一月という時間は元通りに直すのに十分な時間だった。

 今は以前と同じように仕種と会話出来るようになった。一夏のコーチングも一緒に出来る程にだ。

 しかし、仕種は振り向く気配はない。一夏のように鈍チン過ぎて気付かないのと違って、仕種の場合知っていて断っているから辛い。それが仕種も私のことを嫌いだから断っているのではないから尚更だ。

 しかし問題はない。最低、三年は一緒の学校にいれるのだから長期戦を予定してそのうちに……、

「え」

 目の前のものに目を奪われ思考が飛ぶ。

 一瞬、目を疑った。けれど、私の視覚情報に間違いはなくあれはそこにある。

「……なんで」

 その言葉が口に出た瞬間、早足がダッシュへと自然に変わる。

 なんで、なんで、なんで……!

「おう、いらっしゃ……って鈴!?」

「なんで店やってるのよ! あの時、店畳むって言ってたじゃない!」

 息も切れ切れに出会い頭に大声で怒鳴り付けた。父さんに。

 一瞬、面食らってぱちくりしていたがすぐに自分のしている前掛けを外す。

「文句は後だ。ほら」

 そういうと前掛けを投げて寄越す。

「ちょ、これってどういう……」

「仕込みの手伝いだ。早くしねえと夜の分が終わらねえから頼んだぞ」

「あ、あたしは学園に帰んないと拙いんだって!!」

「じゃあ尚更だ。ちゃっちゃとやってさっさと帰れ」

 そういうと奥に厨房の奥に引っ込んでいった。

 嵌めやがったわね。仕種の奴……。

 けれど、心は不思議とムカつくけど穏やかなものだった。

「こうやって二人で厨房に入るもの久しぶりだな。まるまる一年振りか」

 久しぶりの親子の会話のためか、どこかぎくしゃくしている。

「ねえ、どうしてまた店やろうって思ったのよ」

「まあ、な。あの時はあいつとお前とでやってこそ意味があると思ってたから、それが出来なくなった以上やる意味はないって思ってたんだけどよお……」

 そういう父さんの言葉はどうも歯切れが悪い。

「あの後考えたけどよ。やっぱ駄目だな、動いてなきゃ嫌な方へ嫌な方へって頭ん中が勝手にいっちまう。だから考えてる暇を与えないためにバイト数人雇ってまたここに店を構えたって訳よ。つっても店の手伝いしてた鈴に比べればあいつらもまだまだひよっこだけどよ」

 そういうとニカリと笑みを浮かべる。

 母さんは離婚して少し変わってしまったけど、父さんは離婚しても父さんのままだった。

 なにより父さんがまた店をやってることが嬉しかった。

 けれど、ここにもう一人足りない。

「どうして、母さんと別れちゃったの?」

「俺としてはお前にこのまま店の暖簾を継いで欲しかったさ。その内に俺の認めるような男に出会って店継いで……。そんな平凡な幸せでも俺はアリだと思ってたな」

 それは分かる。ISの代表候補生になってない時のあたしならそんな考えも持っていた。もっとも、一緒に仕種も中華料理やらせるなんて発想は今、父さんに聞くまでなかったけど。

「けどあいつもISに乗れた方がお前の将来のためだって譲らなくてな。確かに代表候補生って肩書きはつくだけで将来にやれることの幅はかなり広くなるからな」

 それも分かる。ISの代表候補生になって初めて分かる数々の優遇。女尊男卑の世の中、その象徴たるISの代表候補生となれば受ける恩恵も大きい。

 母さんはその恩恵を娘が受けられるのであれば、受けさせるべきだと考えたのだろう。

 平凡で有り触れた幸せとエリートで約束された幸せ。

「そこで意見が衝突して女房がそこで癇癪起こして、じゃああんたとは離婚だって。情けない話だが俺とあいつの終わりはそんなもんよ」

 父さんはそう簡潔に締めるが、そこに至るまでにはあたしの知らないようないざこざがあったのだろう。両親とも私を思って考えていてくれたのにどうしてこんな結末になってしまったのだろう。

 そんな乾いた自虐的な笑みを浮かべる父の背中がいつもより小さく見えた。

「ねえ、父さん」

「なんだ鈴?」

「家族って、難しいね」

「……ああ、そうだな」

 そういうと静寂が訪れる。

 一夏の家も、仕種の家も。聞く話によると箒の家も、セシリアの家も。どの家も問題を抱えている。

「なあ、鈴。あいつの電話番号分かるか?」

「分かるけど。どうするつもりなのよ」

「もう一度、話し合おうと思ってな。お前はどうしたいよ」

「あ、あたしは……また、三人で暮らしたい。三人でお店をしたい」

「そうか。じゃあ、ISの代表を引退したらそうするか」

 それは未来の約束。十年先か、二十年先か、はたまた三十年先か。

「うん!」

 だけどその日まで父さんはここで待っててくれる。

 その日がいつになるかは分からないけど。

 いつか、三人でまた……。










「にしてもお前も成長しねえなあ。あいつは人並みにはあるのに。ホントにあいつの娘か?」

「ど、どこ見てそんなこと言ってんのよ!? これから成長するからいいでしょ!! 変態オヤジ!!」





 * * *

 東湖です。

 第二巻分に突入しました。一夏が弾の家に遊びに行ってるそんな裏側の話です。

 鈴の家族問題ってちょっとくらい進展させてもいいと思うんですよね。というわけでそんな捏造日常回でした。

 ちょっとでも心温まってくれれば幸いです。

 この後に及んで新キャラを突っ込むとかどんだけ首絞めてるんだ自分。

 まあ、書いてるうちに元ネタとは性格が大きくかけ離れてしまいましたけど。



[28623] 第十五話 「代理教師は世界最強」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/14 10:09





side:凰鈴音



「おはよー」

 教室に入ると喧噪が飛び込んでくるが今日はいつも以上に騒がしい。

 今週からISを使用しての実践が始まることもありクラス中は既にISスーツの話で持ちきりになっていた。

 本来ならこの中で更に専用機持ちの門は狭まり多くは個人用のISスーツの必要性は難しくなる訳だが、そこは十代女子の他人との差別化したいという感性を優先させてくれるらしい。

「おはよー鈴。そういやさー、鈴のってどこの社製? やっぱ中国製?」

 同室のクラスメイト、ティナ・ハミルトンが話しかけてくる。

 どうでもいい話だけど中国製って聞くとなんか胡散臭く感じるわよね。自分の国のことなのに。

 ……まあ、パチ猫とかパチロボとかパチ鼠とか作ってたらそりゃそんな響きに聞こえるようにもなるか。

「あたしのは、確かー……」

「みなさん、おはようございます」

「「「おはようございまーす」」」

 私がティナの質問に答えようとしたところに副担任の先生が入ってくる。

「せんせー、藤崎先生はー?」

 一人足りない。いつもなら一緒に入ってくるか先に入ってくるみんなの先生アイドルが。

「藤崎先生は皆さんの知っての通り、今日から産休を取られることになりました」

「えーふじのん来ないのー? じゃあ、ISの授業は先生がするんですかー?」

 ふじのん、とは藤崎先生の愛称である。ざっくばらんな性格と私たちと年がそれほどかけ離れていない感性もも相まってあだ名で呼ばれて親しまれている。隣のクラスの副担任の山田真耶とはいい勝負だ。

「流石に先生一人でISも通常の授業もっていうのは厳しいです。ですので、今日からISの授業は代理の先生が就くことになりました。では、お願いします」

 先生がそう言うとがらりと教室の戸が開く。

「……え?」

 その反応は私だけでなく、皆が同じだった。

 しかし嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。しばらく唖然と硬直した後、待っていたのは二か月振りに響いた割れんばかりの歓喜の声だった。









side:露崎仕種



「い……!?」

 びりびりと響き渡る声に思わず耳を塞ぐ。廊下を介してなおここまで響く爆音を発するなんて十代女子の声量は侮れるものじゃない。

「静かにせんか、馬鹿者ども!」

 千冬先生の一括が飛んでくる。

「せ、先生! 私たち声出してません!」

「と言うよりも声の音源って二組だった気が……」

「なに……?」

 生徒たちの言い分に千冬先生は思わず眉を顰める。

「あの織斑先生。やっぱり……?」

「ああ。あの馬鹿が初日早々やらかしたか」

 山田先生は心配そうに耳打ちすると千冬先生は何か思い当たる節があるのかはあ、と盛大に溜息を吐く。

 あんなに溜息をつくのは一夏の馬鹿さ加減に呆れた時か、束さんの馬鹿さ加減に呆れた時かくらいしかみたことがない。どちらにしても馬鹿さ加減に呆れた溜息であるが。

「まあ、いい。その原因はお前たちにも後ほど嫌でも分かる。では山田先生、HRの続きを」

「は、はい。今日は転校生を紹介します! しかも二人もです!」

「「「え、えええええええええええっ!?」」」

 山田先生の通達に一拍遅れてクラス中がざわめく。今回は鈴の時と違って完全に情報がなかったのだ、驚くのも無理はない話だ。

 しかし転校生、ということはおそらくまた代表候補生なのだろう。

 それにどうしてまたこのクラスに編入なのでしょう? 普通ならバラして入れるのが妥当な判断だろう。

 現にこのクラスには代表候補生はセシリアがいるし、隣には鈴がいる。というよりもこのクラスに専用機持ちが三人もいること自体が異常なのだ。

 また代表候補生とあればまたこのクラスの専用機持ちが増えるのだろう。

 いくら担任が元世界一ブリュンヒルデだからといっていくらなんでもこれはちょっと思慮に欠けるような……?

「失礼します」

 教室のドアが開き二人の生徒が入って来た時、完全な沈黙が訪れた。

 無理もない、入ってきたうちの一人が「男子」生徒だったのだ。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 男かどうかとかそんなのは私の耳には入らなかった。

 入ってきたのは彼が「フランス」から来たということ。

「この国にも僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国から転入を―――――、」

「き、」

「……はい?」

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」」

 そんな思考を吹き飛ばすほどのクラス中に先程の廊下から響いたのと負けず劣らずの爆音が響いた。しかも起点はどこかが分からないのが怖いもので、といっても私と一夏と箒とセシリア以外の全員なんだろうけど。

「男子! 二人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

 きゃいきゃいと騒ぐ女子を横目に私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。それは前にいる転入生も同じだろう。とりあえず、精一杯笑顔を絶やさないようにしている。

「し、静かにしてくださーい! もう一人いるんですから~~~!」

 山田先生の言うとおり、ブロンドの貴公子の脇にはもう一人の転校生がいた。

 伸ばしっぱなしの銀髪。医療用ではなく本格的な黒い眼帯。その彼女はつまらなさそうに腕組みをして目を閉じている。

 十代のこういうノリを嫌う千冬先生と同様な対応だろうが、違う点を挙げるとしたならば他者を見下しているという点。

 そしてそれも僅かで後はずっと千冬先生に熱い視線を送り続けていた。

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 拉致が明かないというように千冬先生は腕を組んでいる生徒に面倒くさそうに挨拶するよう促す。

「はい、教官」

 そう言うとラウラと呼ばれた転校生はどこかの国の敬礼を向ける。そのあまりのズレっぷりに一同は思わず黙りこむ。

 彼女から受ける印象は軍人。しかも千冬先生のことを教官と呼んでいたのでかつての教え子なのだろう。

「ここでそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 敬礼を解くとこちらにぴっと向き直る。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 上官が下級士官たちに挨拶をするかのような簡潔な挨拶。

 一夏の時のようなもっと何か言ってよみたいな空気になったが、その空気もあまりの無愛想さに霧散してしまう。

「あ、あの、それだけですか?」

「それだけだが」

 笑顔で対応する山田先生だがまったく取り付く島もない。目の前の彼女はシャルル・デュノアと違って私たちに対して心を開くつもりはないらしい。

「っ! 貴様が……!」

 一夏と目があったのかつかつかと足早に一夏に近づいて――――――、

 次の瞬間にパシン、と乾いた音が教室中に響く。

 教室中が何が起こったのか訳が分からないというような空気が支配する。あの箒ですらポカンとする始末だ。

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認められるものか……!」

 そう静かに、なお且つ怒りに燃えるような絶対の拒否の言葉を一夏に突きつける。

「いきなり何しやがる!」

「ふん」

 一夏を平手打ちしたソイツは一夏の怒りを無視して今度は目敏く私を見つけ出し歩み寄ってくる。そして私の席の真ん前で立ち止った。

「貴様か。ジャンヌダルクの妹というのは」

 ラウラ・ボーデヴィッヒと名乗った転校生は静かにこちらを見下ろしてくる。その片方だけの真っ赤な瞳は底冷えするような絶対零度の威圧感を放っている。

 軍人だからなせる技の一つといっても彼女が放つ気配はあまりに異質なものだろう。それはまるで親の仇を見るような―――――。

「ええ。ですが何か? 一夏ですらもう少しマシな挨拶をしましたよ?」

 私はそれに怯むことなく真正面から見つめ返す。

「貴様ら姉妹さえいなければ教官の二連覇は達成された」

「だから許せないと? 恨む場所を間違えてるんじゃないですか? それとも貴女は決勝戦のあの後、何が起こったのかを知らないんですか?」

 お互いの言葉に刺々しくなる。この人は千冬先生しか見ていない。だから知る筈もないだろう。あの裏側で起こった惨劇のことを。

「何を―――――!」

「いつまでそこに突っ立っているボーデヴィッヒ。とっとと席に着け」

「っ。……了解です」

 千冬先生に促されて渋々ながら自分の席に着く。それでも僅かな間にチラチラとこちらを敵視する眼差しを送り続けてくる。

 なるほどね。一人は男。もう一人は千冬先生の教え子。しかもかなりの問題児と見た。だから転校生を二人とも一組にせざるをえなかったのか。

 それに両方が両方、私と因縁の深い相手とはなんとも世知辛いものでこれからは波乱に満ちた学校生活になりそうです。

「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組とごうどうでIS模擬戦闘を行う。では解散!」

 そう千冬先生が締めると一夏にシャルルはすぐに教室を出て行った。毎回、ISの実習の度に移動なんてご苦労さまです。

「さて、さっさと着替えてしまいますか」

 そう言って上着に手をかける。下には既にISスーツを着ているためぽぽぽーんと脱ぐだけでもう準備完了なのだ。

 それにあまり、女同士の着替えの場に長居したくないし。

「ではお先に」

 そう言って、一早くに教室を後にした。















「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 そう言って千冬先生は授業を始めの挨拶をする。

 ちなみに遅れて来た一夏はありがたい出席簿を受け、後ろで雑談をしていたセシリアと鈴もまたありがたい出席簿を受けていた。

「では今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど、活力溢れる十代もいることだしな。凰! オルコット! 前に出ろ!」

「は、はい!?」

「どうしてわたくしまで!?」

「専用機持ちが早く準備出来るからだ。いいから前に出ろ」

「でしたら! 一夏や仕種も前に出るべきではないですか!?」

「ごねるなオルコット。織斑では実践にならんし、露崎では面白みが欠ける」

 千冬先生に理屈で折られしぶしぶと前に出る。さっき、出席簿で叩かれたのもあってかテンションが低めである。

「元気を出せ。……アイツにいいところを見せられるぞ?」

「やはりここはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!!」

「アンタは単純でいいわよねー。ま、やるけどさ」

 何かを吹き込まれたかは分からないが二人はやる気になったようだ。セシリアに至ってはゲージを振り切る勢いだ。

「で、対戦相手はどなたですか? 鈴さんでもわたくしはよろしいんですが」

「アタシはいいけど? そういうのは一回、自分の対戦成績に聞いてみてからにしなさいよ」

 ちなみに私を除いた模擬戦の成績は鈴が一位、セシリアが二位、箒が三位で、ドベが一夏だ。特に鈴は機体性能的に相性がいいのかセシリアに勝ち越している。

「安心しろ。対戦相手は……山田先生、どうしてここにいるんです? 今日の演習をお願いした筈ですが?」

 千冬先生の言葉に後ろでこそこそしていたISスーツを着ている山田先生がびくぅっ!という効果音がつきそうなほどに驚いていた。

「お、織斑先生、その話なんですけど……。あの、言いにくい話なんですが変わって欲しいって頼まれて、その、断れなくて……」

 しどろもどろになりながら山田先生は言い訳をする。その様はまさしく小さな子供がなんとか言い訳を考えているような様子によく似ている。

「誰に?」

 目を閉じたまま不機嫌そうに短く聞き返す。千冬先生、これ以上山田先生にプレッシャーかけるのは可哀想なんですが。あーもう、なんか涙目になってますし。

「そ、それはぁ―――――」

「私だよ千冬」

 軽快な声が空から降ってくる。それはよく聞き慣れた声で、なお且つこの学園では聞き慣れない声で―――――。

「は?」

 なんとも間の抜けた声が出る。その言葉を発したのは恐らく私だけではないだろう。そうに違いないと信じたい。

 なにせネイビーカラーのラファール・リヴァイヴを駆って空から舞い降りて来たのがかつて織斑千冬と同じく世界最強の称号を獲った姉、露崎沙種なんだから。

 すらっと伸びたしなやかな肢体はモデル体型とでもいうべきか。カッコイイとキレイの均整のとれたそのボディラインはISスーツ越しにはっきり表れている。

 下ろされた私とよく似た紫がかった黒髪は毛先が軽くウェーブしていて我が姉ながら気品を感じさせる。

 そしてその穏やかそうなくりくりとした目は人懐っこそうな印象を受ける。

「その役目を山田先生に頼んだのだが」

「何よ、折角ISを使っての授業なんでしょー? だったら私たちがこの学園で一番ISについて知ってるんだから持っている技量全てを学生たちに見せるべきなんじゃないの?」

「お前とこのガキ達とを比べるな。自重しろ」

 千冬先生にぶーぶーと文句を言っていると姉さんが固まっている周囲の視線に気がつく。

「あ。千冬のクラスには自己紹介まだだったね。一組の皆さん、おはようございます。今日から二組で藤崎先生の代理教師をすることになりました露崎沙種です。教えるのはISについて全般になります。藤崎先生が戻ってくるまでの短い間よろしくね」

 そう気さくに世界一からの挨拶が終えると二組から響いたのと同じような爆音が校庭中に響いた。思ったんですが二倍の人数がいるから二倍じゃなくて二乗の歓声になるんですね。十代女子恐るべし。

「きゃあああっ! 沙種さまあああっ!!」

「千冬様に次いで沙種様も……!」

「織斑くんについで露崎さんも姉妹揃い踏みなんて!!」

「IS学園に入学してよかったああっ!!」

 流石はミーハーな花の女子高生。千冬先生の時と負けず劣らずの歓声だ。まるであの時の興奮を巻き戻したかのような状況だ。

「やー元気だねー。一組の子も」

 二組でも同じ反応をされたのだろう。姉さんはころころ笑いながらきゃいきゃいと騒ぐ一組の生徒たちの反応を楽しんでいる。対照的に千冬先生はかなり鬱陶しそうだった。

 この二人はいつもそうだ。

 人当たりがよく誰にでも寛容な姉さんと自他共に厳しい千冬先生はいつも対比される。

 ファンに対して愛想良く対応する姉さんと鬱陶しがって相手にしない千冬先生。

 そして、その得意とする戦闘スタイルも。

「織斑先生……? ま、まさか相手というのは……?」

 セシリアが恐る恐る千冬先生に尋ねる。

「本当なら山田先生のつもりだったが仕方ない。お前たちには特別に露崎先生と相手してもらう」

 ざわめきが一層大きくなる。世界一の戦い方をナマで見れるのだ。ISに関わっていない人でもなくても、ナンバーワンの実力を見られるというのは希少な体験だ。

 それに千冬先生はこういったような実演をしようとしない。それは実力があまりにかけ離れているからというのもあるが、自分の持つ力を見せびらかそうとしないのも理由の一つだろう。

「制限が欲しいなら一応聞くけど? 流石に仮にも世界一と現代表候補生がガチンコってのは大人げないしね」

「いいんですか?」

 貰えるものは貰っておくというのが鈴の主義だ。そのせいで先日約束してた@クルーズのパフェで何枚野口さんが飛んでいったことか。

「いいわよ。でもISを装備するなはナシね。そんな条件で勝てるのなんて千冬くらいしかいないからねー」

 コロコロと笑うが洒落になってない。というか姉さんもISの装備なしでも十分に勝てそうな気が……。

「じゃあ、射撃武器なしで」

 その言葉と共にざわ、と周囲が有り得ないといった風な音を立てた。

 姉さんの得意とする戦術は射撃戦だ。その技術は千冬先生の近接戦と並び立つくらいの実力を持つ。ようするに世界一の射撃。

 鈴はそれをハンデとして使用させないのだ。それはつまり千冬先生に近接武器を使用させずに射撃戦のみで挑むようなものだ。

 観衆としてもそれを期待していた筈なのにそれをさせない外道っぷり。鈴、後で刺されても知りませんよ……。

「鈴さん、いくらなんでもそれは……」

「言っとくけど沙種さん、千冬さ……織斑先生とタイマン張って互角に戦える数少ない人物なのよ。ハンデくれるっていうんならこれくらい貰わないと勝負になんないわよ」

 セシリアの懸念を鈴は一蹴する。確かにそれは一理ある。

「結局千冬には一回も勝てなかったけどね。そういえば私って千冬に一勝もしないまま引退しちゃったんだっけ」

「ああ、そうなるな」

 千冬先生は前人未到、公式戦無敗の戦績を誇る。練習試合においても負けたということを聞いたことがない。

 対する姉さんも戦績は異常で引退するまで千冬先生以外に負けた相手はいない。

 つまり、この姉さんは試合で千冬先生に当たらなければ必ず勝ちを取ったのだ。

「じゃあ、行きますか」

 そう姉さんが呼びかけると三人は宙に舞い上がる。

「では、始め!」

 その合図と共にブルー・ティアーズは先制攻撃とばかりにいきなりBT兵器を投入する。

 姉さんはそれを何ともないようにかわしていく。無駄のない最小限の動きでBTの嵐をユラユラと飛び回る。

 鈴もそれに応戦しようと衝撃砲を景気良く放つ。それでも数多の砲身から放たれるレーザーと空気圧の砲弾の弾幕も諸共せずにかわす。

「……っ。もうエネルギー切れですの!?」

 相手が世界一とあってか予想以上のハイペースの攻撃に三分もせずにエネルギーを使い切ってしまったBTを仕方なく引き戻す。

「ちょっとアンタ! エネルギー切れるのが早すぎるでしょうが!!」

「仕方ないでしょう!? 相手は彼のジャンヌダルクなんですし出し惜しみしてられませんのよ!」

 二人の言い争う様を姉さんは余裕があるのだろう、微笑ましげに眺める。

「射撃武器がない時点でアドバンテージが取れてるって思ってたでしょ? まずそこが大きな間違い。射撃武器を得意とする者は射撃について深く理解をしていなければ強くあれない」

 姉さんの知識量は千冬先生の持っている知識量とほぼ同等である。

 しかし知識があるのとそれを実践するのとでは訳が違う。戦術や戦略を理解していたとしてもそれを実践できなければ使い物にならない。

 それを机上の空論で終わらせないところに姉さんの強さがある。

「射撃武器を理解しているからこそ、その利点、特性、そしてその弱点についてよく熟知しているのよ?」

 そう言うと瞬時加速イグニッション・ブーストを使ってセシリアの懐に飛び込む。

「っ……!?」

 射撃戦を主体とするセシリアは距離を詰められれば近距離で取り回しの出来る武器を即時に呼び出しコール出来ないために非常に脆い。

 故に相手を近づけさせない試合運びが重要であるのに、それを実践することが出来ない。セシリアはまだその高みに立てていないということだ。

 しかし、その高見に立つ姉さんはそれが出来る。

「でしたらこれで……!」

 ミサイルの砲身を突撃する姉さんに向ける。私や一夏と戦った時のように至近距離での実弾兵器の砲撃で迎え撃とうというのだろう。

 しかも、イグニッション・ブースト時に急な旋回は難しいためそれを避けるのは困難極まりない。

「言った筈でしょ? 射撃武器に関しては熟知しているって」

 が、姉さんは何事もなかったように言葉を続け、セシリアの砲身から放たれたミサイルを既にかわしていた。

 懐を捉えた姉さんは、そのまま見事な一本背負いでセシリアを鈴に向かって投げつける。

 鈴もまさか「投げる」なんて思ってもみなかったのだろう。見事に虚を突かれたのか、回避をするタイミングが遅れてしまいガシャンとIS同士がぶつかりあう。

「ご両人、飛来する兵器にはご注意を♪」

 姉さんが楽しそうにそう言うとセシリアの放ったミサイルが折り重なっている二人目がけて飛来し、直撃して試合は決まった。

 ドゴンという爆発音の後に、きりもみしながら完全敗北した二人が落ちてくる。

 きりもみしながら落ちて来たのがアレなんだろう。二人とも目を回している。

「じゃあ、さっきの戦闘の反省に入るよ―」

 そんな二人を倒した勝者の姉さんが下りて来た。

「まずオルコットさんはビットを出すタイミングが早かったかな。出来る限り見せずにいて奥の手として奇襲に用いた方が効果的だよ。あと近接武器をすぐに取り出せる訓練もすること。減点1」

「う……」

「それで凰さんは衝撃砲を無駄に撃ち過ぎ。相手の武装に射撃武器がないからといって数で制圧しようとしても当たらないよ? エネルギー消費の効率がいい武器だからって無駄打ちしない。それにパートナーはBT兵器なんだし外してBTを壊したりするとそれだけで火力が減るわけだから状況に応じて自制すること。減点1」

「うぐ……」

 姉さんが丁寧に反省点を挙げていく。

「まあ、最後に即席でコンビネーションなんて無理かなとは思ってたけどこれは代表候補生でも酷過ぎ。いうよりもお互いに我が強すぎて好き勝手に行動してるため協調性ゼロ。何度か試合してるって聞いてるからお互いの武器の特性を理解してる筈だからそこを組み立てて行動すること。減点3」

「「ぐ、ぐぐぐ……」」

「で、合計すると五十点ってとこかな。補講つけて一応仮免発行ってレベルかな。ま、一対一ならもう少しマシな結果になるんだろうけど。もう少しお互いがお互い譲り合いの精神を持つこと」

「「は、はい……」」

 姉さんの正論を受けて二人ともシュン、と項垂れる。

「お前はいつも甘過ぎる。私から言わせればお前に勝てない時点で落第決定だ」

 それもそれでどうかと思いますが……。姉さんに勝てるのは貴女しかいないんですよ? それを十代そこそこの人間が勝てという時点で無理な気が……。

「よ、よくよく考えれば織斑先生と互角ということは織斑先生に試合を挑むようなものですわね……。射撃武器を封じただけで勝てる筈もありませんわ……」

「射撃なしで勝つなんて、やっぱどんだけ化け物なのよ、アンタの姉貴は……」

「さて当初の予定とは違ってしまったがこれでIS学園の教員……の実力も分かってくれただろう。以後、教師には敬意を持って対応するように」

 微妙に言葉に詰まる千冬先生。まあそうですよね。世界一の臨時教師ねえさんの実力を見せつけたところで他の教師に敬意を表するようになるとは思えないですよね……。

「専用機持ちは織斑、露崎、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の六人だな。では出席番号順に分かれろ。各グループのリーダーは専用機持ちが行え。いいな? では分かれろ」

 パンと手を打つとクラスメイトたちは一斉に別れる。

 一夏やシャルルの班の女子は喜んでたり、セシリアの班はビミョーといった顔をしていたり、鈴のところは一夏の情報を聞き出そうとしてたりと十代女子人によって様々な対応だったが、ラウラの班だけは悲しいかななんの会話もなく沈黙したままだった。

「いいですかーみなさん。これから訓練機を各班に一体取りに来て下さい。数は『打鉄』が三体、『リヴァイヴ』が三機です。好きな方を班で決めてくださいねー。早いもの順ですよー」

 山田先生はいつもよりも少しだけ張り切っているように見える。姉さんの試合に刺激されたのだろう、教師らしくしようという気持ちがその端々から滲み出ている。

「では、うちの班はリヴァイヴを取ってきますね。私のリヴァイヴが元なので教えやすいでしょうし」

 班のメンバーは皆同意したので、リヴァイヴを持ってきて訓練を開始する。

 流石は使いやすい初心者にも親切設計なリヴァイヴだ。特に装着、起動、歩行までは問題なかった。皆、授業で何度か乗っているのでその辺りはなんとかこなせるだろう。

 が、何人目かで直立させたままという簡単なミスをしていた。専用機と違って訓練機は終了するときはしゃがませないといけないのである。

「あーどうしよう、これ……」

 リヴァイブが直立したままのため次の人は途方に暮れている。よじ登るなんてこと一夏やシャルルのいる前で出来る訳でもなし、そんなことしようなんて毛頭思いつかないだろう。

「仕方ない。コックピットまで私が運びますので次からは注意してくださいね」

 一夏の班でも同じようなミスをしていたのでそれに倣ってオルテンシアを起動させる。もっとも、向こうはその度にきゃいきゃいと騒いでいたので千冬先生に厳重注意を受けていたりするんだが。

 頭に起動、と考えるだけで紫色のフレームした愛機が装着される。

 このISについても学園の生徒は見慣れたもので別段不思議に思っていないのが唯一、表情の変化した人がいた。

 今日、転校してきたばかりのシャルル・デュノアだ。

 その表情があり得ないものを見た、とでもいうべきか。

(まあ、当然か……)

 オルテンシアの今のフレームは深桜重工で製造されたものだが、これのオリジナルは「フランス」で鋳造されたものだから。

「デュノアくん、どうしたの?」

「な、なんでもないよ? 代表候補生でもないのに専用機持ちなんて珍しかったから……」

「それは言い訳でぇ~、ホントのところは露崎さんにお熱とか?」

「ち、違うよ!?」

「そんなぁー。薄い本の題材になると思ってたのに、デュノア君には意中のもうお相手がいるなんて……」

「それに露崎さんには織斑くんって強敵がいるよ? ハッ!? これは三角関係の予感!?」

「だから違うって~!!」

 ここからでは遠過ぎて話の内容が聞こえてこないがとにかく、クラスに溶け込んで仲睦まじいのはいいことだ。ドイツから来た人とは大違いだ。

 そして、その後も滞りなく訓練は続き午前中の授業は終了を迎えた。






* * *

 あとがき

 東湖です。

 世界最強は「マイシスター」とルビを振りたいです。

 ようやくキーキャラの一人である仕種の姉、沙種がきました。

 沙種とセシリア、鈴の対戦は何も言わないでください。突っ込まないでください。

 ごめんなさい、また踏み台にしてごめんなさい、セシリアごめんなさい、オルコッ党員の方々、本当にごめんなさい……。

 あれでまた叩かれるのは嫌なんですよ……。この回は難産だったんですよぉ……。



[28623] 第十六話 「暗躍する者たち」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/14 01:32




「……どうしてこうなったのよ」

 本日の昼食は鈴の不機嫌そうな一言で始まった。ていうかそのセリフきっと屋上でも使われていることでしょう。

 まあ、分からないでもない。あの告白以来、どこか鈴と私はぎくしゃくしてたがそれもようやく慣れてきて今日久しぶりに二人で食べることになっていたのだ。

 その不機嫌の原因というのは、

「あの、そんなに迷惑だったかな?」

 今日来たばかりの転校生、シャルル・デュノアである。

 元々は鈴と二人で食べようという話だったところにシャルルが来て一緒に食べてもいいかなと聞いて来たのだ。

 鈴も入学初日、右も左も分からない人間に冷たくするほど情がない訳ではないので断るにも断れずに了承したのだが、別に誰が悪いという訳でもないので行き場のない感情の怒りを持て余しているようだった。

「別にそういう訳でもないけど……。でもあんた、一夏に誘われてたじゃない」

 確かにあの授業の後、シャルルは一夏に昼食を誘われていた。その前に女子にも誘われたりしていたが、一グループずつ丁寧に断っていた。律儀なものだ。

 その一夏はというと屋上で食べるらしい。私と鈴も誘われたのだが箒が一夏と食べると約束したと聞いたので普通に、常識的に考えてそれを断って下の食堂で食べている。一人、二人っきりにはさせまいとそのお誘いを受けた恋する乙女がも一人いたりするんだが。

 ちなみに私は日替わり定食で今日はハンバーグで鈴はいつもどおりラーメン、シャルルはパスタだ。

「えっと、一夏に誘われた時に後ろに篠ノ之さんがいたんだけど、その時なんとも言えないような顔してたから……」

 断らざるを得なかったという訳か。その空気を読むシャルル、グッジョブ。というか有無も言わせない箒の形相って何ぞ……?

「ま、そんなにあたしは気にしないけどね。こっち来て正解よ。向こうにいたらセシリアの不味い料理食わされる可能性があるからね」

「そんなにオルコットさんって料理駄目なの?」

「駄目なんてものじゃないわよ、あれは料理に対する冒涜よ。この前のサンドイッチだってどうしてあんな単純なものをあんな味付け出来るってのよ。訳が分からないわ……」

 料理人の娘だからだろうか、食材を無駄に扱われることに対して憤りを感じている鈴。ああ、こんなところにも確執の原因があったんですね……。

「ま、元々包丁すら握ったことのない典型的なお嬢様ですしね。味見という大事なことを知らないのでしょう」

「あ、あはは。それはこっちに来て正解だったかなあ……」

 それを聞いて乾いた笑いを浮かべるシャルル。うんうん、料理は美味しく食べられるべきですよねー学食のように。

「露崎さんって結構辛口だよね」

「親しい人ほど辛辣になっていきますけどね。それと私のことは仕種でいいですよ」

「あたしのことも鈴でいいわよ。同じ代表候補生なんだしね」

「あ、うんよろしく仕種、鈴。僕もシャルルでいいよ」

 そう言ってはにかむシャルル。

「それで仕種が深桜重工でメンテナンス受けてるのって本当なの?」

「ええ」

「じゃあ、シンリ・シュヴァリエ博士が直々に調整してるの?」

「ええそうですが……、シャルルはどうしてその名を?」

「シュヴァリエ博士はフランスどころかヨーロッパ一の科学者といわれてるからね。彼女が深桜にスカウトされた時もフランスではちょっとした騒ぎだったんだよ?」

 確かに彼女の技術は一線を画している。それはオルテンシアや武装を通してひしひしと感じている。

 使いやすさにしても性能面にしてもそれらはラファールを改造しただけに過ぎないものが第三世代と十分に渡り合えるだけの物へ変貌を遂げている。

 本人曰く、篠ノ之束さえいなければ稀代の天才という謳い文句は自分であったかもしれないというのは伊達ではないらしい。

「深桜ってあれでしょ? 沙種さんが使ってた武器が有名になったからって世界的ヒットになったっていう」

 特注スナイパーライフル、≪春紫苑≫。姉さんの使ってた愛銃にしてビームと実弾を一丁で撃ち分けられる斬新で画期的な武器である。

 しかもビームのエネルギーを刃状に固定すれば突撃槍にも出来るという変態極まりない装備だ。姉さんはそんな使い方をしてなかったがギミック上それは可能らしい。

 ちなみに同モデルの形態を一個に絞った簡易版はISの武装業界では全世界でバカ売れしたとか。

「シャルルってやっぱそういうの気になるの?」

「ま、まあね。デュノア社の息子だし……」

 デュノア社といえばラファール・リヴァイヴを作った世界シェア第三位の大企業だ。で、シャルルはそんな一流企業の御曹司って訳ですか。

「やっぱお偉いさんの子供ってこうあるべきよねー。あっちの金髪なんかと違って!」

 ちなみにその一言をニュータイプ的なもので感じとったセシリアが放課後の訓練で鈴に対して盛大な国家間戦争が吹っかけたことをここに記しておく。















 side:織斑一夏



「ふう」

 ベッドに腰掛けて一息を吐く。先程まで訓練の方は休みにしてもらってシャルルの引っ越しの手伝いをしていた。

 引っ越しといっても荷物も数えるほどしかなかったのですぐに終わってしまった。やっぱり女子とは違うな、男子は荷物が少ない。

 その当のシャルルは引っ越しの手続きのために今、山田先生のところに行っている。

 コンコン、とノックの音が響く。

「はい、どちらさまでって……箒? どうしたんだよ」

 ドアを開けると箒がむすっとした形相で突っ立っていた。

「い、今お前一人か……?」

「ああ、そうだけど。どうかしたのか? とりあえず、部屋に入れよ」

「いや、ここでいい」

「そ、そうか」

「そうだ」

 そういうとそれきり黙りこくってしまう。気まずい沈黙。ていうかこういうこと前にもあったぞ。コミュニケーション障害か、コミュニケーション障害なのか箒。

「箒、用があって来たんじゃないのか……?」

「そ、そうだが私にも事情というのがだな……」

 ごにょごにょと言うが後の方は小さく口ごもっていて聞き取れない。

「なんか言ったか?」

「な、何も言ってない!」

 急に大声を出して、びっくりしてしまう。箒、大声出す癖直した方がいいぞ。

 その後、気持ちを落ち着かせるために箒は咳払いをする。

「それでだな……。こ、今度の学年別個人トーナメントだが……」

 微妙にそわそわと落ち着きがない。

「わ、私が優勝したら――――――」

 そこまで言うと、急に顔が真っ赤になる。ん? 風邪か? 熱でもあるんだったら早めに寝た方がいいぞ。個人トーナメントもあるんだな。





「け、けけけけけけ結婚を前提にお前と付き合ってもらう!!」





 びしぃっ! と指で突きつけて宣戦布告をされる。

 どうやらさっきのは熱じゃなくて恥ずかしさによる紅潮だったらしい……って。

「ま、待て箒。結婚ってのは、」

「わ、私の言いたいことは以上だ!! で、ではな!!」

 そういうや否や一俺の言葉も聞かずに一目散に退散していく箒。あまりの事態にそれをぽけーっと眺めることしか出来ない俺。

 結婚ってあれだろ? レッツマリッジって奴だろ? でも男子は18にならないと結婚出来ないんだが箒はそこんとこちゃんと知ってるのか?

「どうしたの一夏。今、篠ノ之さんが凄いスピードで走っていったけど」

 シャルルが手続きが終わったのか部屋に帰って来る。

「あ、いや何でもない。何でもないぞ……」

 そうやって自分に言い聞かせるように部屋に戻る。

(結婚、ねえ。俺と箒が結婚……)

 部屋に入ってもさっきのその一言だけが妙に頭の中でリフレインしてしまい、未来のビジョンを幻視する。

(なんつーか、カカア天下にしかなりそうもないな)

 今でも箒に頭が上がらないのに結婚なんてしたらますます頭が上がらなくなりそうだ。

 ただ、無意識ながらもそういうのもアリかなと心の中でそう思っていた。















 IS学園、地下50メートル。レベル4という高い秘匿レベルを設定された学園でも一部の権限を持つ者しか入ることのできないIS学園において隠された空間。

 この場に二人の世界最強は下りていた。

「すまんな。こんな時間にこんな場所に」

「別に気にしなくていいよ。私も気になってたし」

 千冬の気遣いは無用と沙種を連れて入る。時計の針は日付が変わることを指していた。職員の大半は明日のために就寝している頃だろう。

「それでコイツがこの間、アリーナに乱入してきたっていうIS?」

 横たわっているISを見下ろす。それは解析された後で今も今後のために解体せずに原形を残してここに安置されている。

「ああ。コアは登録されていないもので、」

「おまけに無人機ときた。世間にバレたら相当ヤバい代物だね」

 遠隔操作リモート・コントロール独立稼働スタンド・アローン。どちらか、もしくはこの両方が使われていたこの機体は現時点でどの国家もその技術の確立が行われていない。

 もし、このことが学外に知られればどの国家もこの技術を是が非でも欲しがるだろう。

 なにせ、戦争で人が必要としなくなるから。

「で、だ沙種。この無人機に関してだが、お前の意見を聞きたい」

「千冬だって薄々分かってるくせに。こんなこと出来るのアイツだけだって」

 沙種は悪戯っぽい笑みを浮かべる。千冬も察しはついているのかはあ、と息を吐く。

 二人には共通した人物が頭の中に映っていた。

 篠ノ之束。

 人を食ったような天才にして天災。ISの産みの親で現在においてもコアを作れるのは全世界において篠ノ之束しかいない。

「ただ、理解できないのはあいつが何故IS学園に無人機を投入したのかだ」

「あんまり真剣に考えない方がいいよ、束が無軌道なのは今も昔も変わらないからね。おおよそ、一夏くんの白式のデータでも取りに来たんじゃない?」

「……かもしれんな。あいつは白式がロックされていたと言っていたからな」

 千冬はそう言うと腕を組んだまま壁にもたれかかる。

 確かに教師権限を行使して、白式のプライベート・チャネルのログを確認した時にはそう残っていたのでこれは間違いない。

「ねえ、千冬。次に公式な試合があるのはいつ?」

「六月の終わり、学年別個人トーナメントがある」

「もしかすると束がまたそこにも何か仕掛けてくるかも」

 沙種の言葉に千冬は眉を顰めた。

「用意し過ぎて困ることはないよ。束に対してどれほど警戒したところで無駄骨だろうけど」

「何も警戒しないよりはよほどマシだ。ただし、生徒にばれないようにな」

 学年別個人トーナメントでは企業のスカウトマンや各国の重役が視察に来る。そこで大がかりな事が起これば、警備態勢が疑われる。それは日本の警備態勢が疑われるのと同義である。

 それにこんな大きなイベント事で束は何かを起こさない訳がない。

「千冬、無人機が乱入してきた時どうして出なかったの?」

「一夏と凰が任せろというから若い者に任せただけだ」

「嘘ばっかり。出られなかったんでしょ」

 千冬はいつも通りつっけんどんに答えるがそれは嘘であることをこの幼なじみはすぐに見破った。

「……まだなの?」

「ああ。かく言うお前もそうだろ?」

「まあ、そうかな。今日みたいに訓練機走らせれば出られないこともないけど、千冬とおんなじ。あれはまだ出せない」

 苦笑から一転、沙種は真剣な表情に変わる。

「千冬の『暮桜』も、それから私の『灼焼』も。まだ『その時』じゃない」

 沙種はそう言って無人機を見下ろす。それはまるで遠いものを見るような目だった。

 未だ現役を思わせる射手としての鋭い眼光は来るべき日のために備えられた尖兵―――――――。

「沙種」

「なんてね。湿気った話もこれで終わり。さっさと部屋に帰ろ? あ、それから今週末にアレをやるからね」

 張り詰めた表情もぱっと切り替わって沙種はすぐに明るく振る舞う。この切り替えの早さは千冬にとって羨ましいものだった。

「あ、ああ」

 鉄面皮を被っていることで有名なあの千冬が珍しくうろたえる。それほどアレは千冬にとって苦手なことなのだろう。

 そのアレとは何か。それは折を見て語ることにしよう。















 千冬と沙種が地下で語り合っているその頃、一人の生徒がとある一室で連絡を受けていた。

 その生徒はオレンジ色のラインの入ったジャージを着ているフランスの代表候補生、シャルル・デュノアだ。

 ただその電話に出る表情は年頃らしさはなく、事務的な―――――任務を告げられてるように答える。

『では、この学園にアイツが作った機体があるんだね?』

「はい、間違いありません。あれは『ミステール』の発展型と思われるものでした」

 ミステール。

 それはフランスにとって救世主的な存在であり、また忌むべき存在でもある。

 その作りは第三世代兵器とは趣旨が異なるが高い技術力が用いられているのは間違いない。

 それに、極端な話シャルルの扱う専用機のコンセプト元となったといっても過言ではないだろう。

『そうなるとおそらくあれを設計したのは彼女に間違いないだろうね。ということは彼女はまだ肩入れしてるのか』

「……おそらくそうであるかと」

 ふむ、と相手は短く電話越しで思考する。その実、深く考えているような雰囲気はしない。

『引き続き、内偵を頼むよ。出来れば今月末に行われる学年別個人トーナメントまでに結果を出してくれると嬉しいんだけどね。僕もその時にそっちに行くからいい報告を期待してるよ』

「し、しかし」

『何、問題ないさ。男が女に近づくのは当然のことだろう? それとも、あのこと・・・・を公開してもいいのかい?』

「そ、それは……」

 あのことを持ち出され、思わず言葉に詰まる。
 
『そうだよね。困るよね。君もデュノア社もこのことが知れれば信用がガタ落ちだ。それにたたでさえあんな事件のあった後じゃあ世界シェアの第三位といってもただラファールが売れているだけの会社だ。いずれは第三世代開発の波に取り残される』

 シャルルはただ押し黙って彼の電話からの言い分を飲み込むしか出来なかった。

 依頼主の言い分は全て正しい。ただ、その正しさが本当に正しいものかどうかは信用し切れなかった。

 胡散臭い、というよりも彼の言葉はどこか他人事のようで、まるで自分は目的のための捨て駒のような扱われているのではないかと疑問を持たざるを得なかった。

『だったら僕の命令には従うんだ。デュノア社だけでなく、フランスの再興は君にかかっている。分かったかい、シャルル・デュノア君?』

「…………はい」

 長い沈黙の後、彼の命令を了承した。

『うん。素直でよろしい。聞きわけのいい子って僕はスキだよ?』

 白々しいと思いつつもその言葉は心の奥底に飲み込まざるを得なかった。従わなければ、あの事をバラされてしまうのだから。

 その後もしばらく機械的な受け答えが続いた。

「はい、では……」

 そう言って電話を切る頃にはシャルルはぐったりと疲れていた。

 会社のためだ、国のためだとか言いながらも結局はただ単に彼が彼女に会いたいだけだ。ただ、彼女がフランスを救ってくれるかもしれない力を持っているというのもまた事実。

 ふと、ナイトテーブルに置かれた依頼主から送られてきた書類に目を落とす。

「ん……、シャルル……?」

 それを手に取ろうとした時、一夏が目を擦りながらのそりと起き上がる。

「あ、ゴメン。起こしちゃった?」

 そう言いながらもシャルルは慌てて書類を後ろ手に隠した。

「いや、別に構わねえけど。何の電話だったんだ?」

「うん、ちょっと本国の方に定時連絡をね」

「あーそっか。日本と向こうじゃ結構時差があるもんな。シャルルは来た時大丈夫だったのかよ?」

「来た時は治すの大変だったけど、今はもう大丈夫だよ」

「なら大丈夫だな。早く寝ないと明日も授業あるんだしきついぞ。じゃあおやすみ、シャルル」

「うん。おやすみ、一夏」

 そういうと一夏は十分もせずに入った。訓練でよほど疲れているのだろう、これほど寝付きがいいのが羨ましくもある。

 彼が寝たのを見計らうと隠していた書類を再び開き、中身を見る。

『シンリ・シュヴァリエと接触し、フランスに帰るように説得せよ』

 フランス政府からの特命であるようだが、それも依頼主のアイツが手回ししたのだろう。

 その中で一番手っ取り早いのが彼がいうように露崎仕種の接収し交渉材料にすることだ。

 でもそれは友達を売るということ。

 そんなことはしたくない。だけどしなければ秘密がバラされてしまう。

「ねえ母さん。僕は、どうしたらいいの……?」

 一人、小さく天国の母に問いかける。だが、悲しいかなその問いに答えてくれるものは誰もいなかった。

 シャルル転校初日、早くも波乱に満ちた生活が始まった。





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 今回は少し短めです。でも書き始めた当初はこれくらいだった筈……。

 本作はフランスの様子がちょっと複雑になっています。

 オリキャラが次々増えてくのでどう処理しようかと模索しながら続けるしかないのでしょうか……。が、頑張ります。



[28623] 第十七話 「縛られる過去」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/14 02:02


 side:織斑一夏





 シャルルが転校して来てから始めての土曜日の放課後。

 今さっきもシャルルと軽く手合わせをしてもらったんだが、見事にボコボコにされている。

 特に射撃武器を持っている相手とやった時は相性最悪でボロ負けがほとんどだ。

「どうして一夏が勝てないのか分かる?」

「えーと、たしかあれだろ。俺が射撃武器の特性について把握してないから、だっけ?」

 毎回の訓練後の反省会のおかげもあって自分の改善する点だけはよく知っている。

 正直、これも仕種がいなければけっこう危うい。何せ、自称俺専属コーチの二人の説明が訳分からな過ぎて反省会になってるのかなってないのか分からないのだ。

 箒は擬音語ばっかりで訳分かんないし、セシリアは理路整然過ぎて理解しろって言うのがきつい。鈴からも時々お言葉を頂くのだがあまりに感覚的過ぎていまいちイメージが掴めない。

 かろうじてマシなのが仕種だが、っていうか仕種以外に説明が分かる奴がいない。おまけに三人の分かりにくい意見を分かりやすく翻訳してくれてる(それでも分からないことが多いが)。

 あれ、これ成り立ってるの仕種のおかげじゃね?

 そう言った意味で転校して来てくれたシャルルの言葉は非常に分かりやすかった。おまけに男子同士、気楽なことこの上ない。

「一夏の答えはあってるけど付け加えるなら知識だけ知ってるって感じかな」

「とは言うものの射撃武器なんて使ったことねえからなあ」

「確か一夏の白式って後付装備イコライザがないんだよね?」

「ああ。この前調べてもらったときに拡張領域バススロットが全部埋まってて新しい武器を量子変換インストールするのは無理だって言われた」

「ワンオフ・アビリティーに拡張領域を全部割いてるのか……」

 そう言ってシャルルは考え込む。

 普通、拡張領域には五つから八つくらい装備出来るのだが白式はその容量全てを単一能力ワンオフ・アビリティー、零落白夜に割いているのだ。

 単純計算、俺の零落白夜がアサルトライフル五つ分の攻撃力を有しているといえば分かりやすいが、それがアサルトライフル五つ分の働きをしてくれているかと聞かれれば俺の実力不足のせいか微妙だ。

 おまけにその攻撃力を確保するためにシールドエネルギーからもエネルギーを持っていくため使えば使うだけ己を身を削る厄介な仕様となっており、使いどころを考えないと自分で首を絞める始末。

「割に合わないなあ……」

「そんなこと言わないの。その代わりにエネルギー兵器に対してはかなりの脅威だよ。それにシールドエネルギーを無効化出来る力を持っているんだからね。これって一夏が思っている以上に強力だよ」

 とはいうものの、エネルギー兵器を使っているのも今のところセシリアのブルー・ティアーズくらいだ。

 他の量産機だって実弾がメインだしシールドエネルギーを無効化する肝心の攻撃だって当てなければ旨味がない。

 そこで今回の射撃武器の話。おお、繋がった。

「大体、第一形態でワンオフ・アビリティーが発動してるってだけでも凄いことなんだから。しかもそれが織斑先生―――ブリュンヒルデと同じ能力なんだから尚更ね」

「姉弟だからで済まされないのか? それ」

「それはちょっと難しいかな。ワンオフ・アビリティーはISと操縦者の相性の問題だからね」

 言われてみればそうだ。白式はあくまで俺の機体で、千冬姉の使っていた機体ではない。

「ん、まあそういうのはおいおい考えるとして。今は射撃武器の訓練しようぜ」

「あ、うん、そうだね。じゃあ、はい」

 そういって渡されたのはさっきまでシャルルが使っていたアサルトライフル、ヴェントだった。

「あれ、本人以外は撃てないんじゃなかったか?」

「普通はね。でも使用許諾アンロックをすれば登録してある人全員が撃てるんだよ。―――うん、使用許可を発行しておいたから」

 ……待てよ。この方法が出来るんだったらもっと早くに知れたんじゃないのだろうか?

「私の使ってみますか? かなりクセの強い代物ばかりですけど」

 仕種の射撃武器といえば二丁のハンドガンにレールガン。確かにクセが強い。強いて使いやすそうなものはアサルトライフルか。

「素直にシャルルに借りときなさいよ」

「おう、そうする」

 鈴の後押しもあって、シャルルからヴェントを手渡される。

「か、構えはこれでいいのか?」

「えと、脇を締めて。それで左手はこっち。オッケー?」

 ふわりとISで浮いているシャルルが手取り足取り指導してくれる。うん、うちの自称コーチもこれくらい親切であるべきだと思うよ。

「火薬銃だから瞬間的に大きな反動がくるけど、は衝撃はISが自動で相殺してくれるから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」

「いや、さっきから見当たらないんだが……」

「格闘専用の機体でも普通は入ってる筈なんだけどなあ……」

「欠陥機らしいからな」

「100%格闘オンリーなんだね。じゃあ、仕方ないから目測で撃ってみて」

 ……ていうか千冬姉もこんな機体使ってたのか? いくら射撃武器を使わないからってセンサー位入れといてくれよ。ズブの素人なんだぜ俺。

「じゃ、いくぞ」

 引き金を引くと大きな炸裂音が響く。

「うおっ!?」

 思いのほかに大きな炸裂音にビビってしまう。

「どう、感想は?」

「なんていうか、アレだな。『速い』って感じだな」

「そう、『速い』んだよ。一夏の瞬時加速イグニッション・ブーストも速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえあっていれば簡単に当てられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻する時集中してるけど、それでも心のどこか無意識でブレーキを踏んでるんだよ」

「だから、簡単に間合いも開くし続けて攻撃されるのか」

「そういうこと」

 なるほど、そういうことだったのか。

「……まさかあんた、そんなことも理解してなかったの?」

「いや、そりゃそうだけど。銃なんて使う機会なんてないし分かんないだろ」

 やっぱり実践というのは知識の何十倍もためになるな。百聞一見に如かず、習うよりも慣れろって奴だな。

「はあ、本格的にダメねこりゃ」

 それは酷い言い草だぞ鈴。シャルルみたいにもっと分かりやすく俺に教えてくれたら理解したと思うんだぞ。つーか、銃の速さのことを感覚の一言で片付けようとするお前が悪いぞ、今回。

「そういえば仕種のオルテンシアとシャルルのリヴァイヴってどう違うんだ? 確かそれも元々はリヴァイヴだって言ってなかったか?」

 前にそんなことを言っていたような気がするがこうして並べて見比べてみてもどこが共通しているのかてんで理解できない。どう見たって完全に別の機体だ。
主に装甲ごつさとか装甲ごつさとか装甲ごつさとか。

「ええ。オルテンシアはリヴァイヴとの差別化するなら主に外装と機動性、それに使用する武器全般ですね」

「外見は別として、確かに仕種の武器って企業が使ってるようなものじゃないよな。いったいどこ製のだ?」

「私が扱っているのはシャルルみたいなメジャー企業の武装ではなくて、深桜の試作武器がほとんどです。しかもほとんどがワンオフ形体で中には市場に流れることもない物を使ってたりしますけど」

「ふうん。ていうことは仕種の使ってる武器の中からこれを元に深桜は武器を作ったりするのか」

 ごく稀にですけどね、と仕種が付け足す。

「シャルルのところは仕種みたいなことはないのか?」

「僕のところはISを作るところだから。武器よりもリヴァイヴの試運転とかはやらされたけどね」

 そういって苦笑する。その時、シャルルの表情が少しだけ陰ったような気がした。

「シャルルのも沙種さんの使ってたやつと形が違うよな。シャルルのリヴァイヴってカスタム機か?」

「うん。ちゃんとした名前はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。初期装備プリセットをいくつか外してそのうえで拡張領域バススロットを倍にしてあるよ」

「へえ二倍か。それじゃ、ちょっとした火薬庫だな」

 火薬庫か、言い得て妙なものだ。フランスなのにヨーロッパの火薬庫とはこれいかに。確か、あそこは旧ユー……。

「???」

「一夏、またしょーもないこと考えてたでしょ」

「失敬な。場を和ませるウイットに富んだジョークだ」

「あたしらから言わせればオヤジギャグに違いないの!」

 ん、待てよ。Ⅱってことは当然Ⅰもある筈だ。順番的に言えば。

「じゃあ……」

 そのことを聞こうとしたその時、

「あ、あれ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いたんだけど……」

 アリーナに小さなざわめきが生まれた。ドイツのアイツが現れたのだ。ソイツとコイツはどこへ行ったか知らないけど。

「「一夏(さん)!!」」

 うおっ!? 箒はともかくセシリアまで!? そんなに顔に出やがりますか俺のジョーク!?

「…………おい」

 開放回線オープン・チャネルから声が飛んでくる。

 忘れもしない。あの時、俺の頬を引っぱたきやがったラウラ・ボーデヴィッヒの声だ。

「なんだよ」

「私と戦え」

「嫌だ。なんで俺がお前と戦わないといけないんだよ」

「決まっている。教官の唯一の弱みである貴様を叩き潰せば、教官はより完全に近づくからだ」

 ラウラの口から吐いて出る言葉はもはや崇拝の域だろうか。千冬姉や沙種さんの信者は学園に五万といるが、ここまで行き過ぎてるのは正直初めて見る。

「第二大会のあの日も貴様がいなければ、教官の二連覇は確実だった筈だ」

 あの決勝戦は、日本代表の千冬姉とフランス代表の沙種さんが戦う筈だった。日本での代表候補争いの頃からの戦績からすれば千冬姉に歩があると誰もが思っていた。

 しかしその決勝戦の当日、俺は謎の組織に連れ去られた。そのせいで千冬姉は俺を助けるために決勝戦を放り出して俺を助けに来たんだ。

 その時の千冬姉のことを忘れられないし、俺の力のなさも忘れない。

「だから、その障害である織斑一夏を私は認めない」

 そして、おそらくこいつがその後、千冬姉がドイツで教えていた時の教え子なの一人だろう。

「単純で何よりだ。俺が気に入らねえからわざわざドイツから俺をぶちのめしに来たってのかよ。ご苦労なこったな」

「少しはやる気が出たか」

 確かにそれはラウラが俺と戦いたがる理由だ。俺もそのことは理解できる。戦ってその確執が晴れるのであればさっさとするべきなのだろう。

「それでも、今ここでお前とやり合う義理はねえよ。今月末のトーナメントで嫌でもぶっ飛ばしてやるから大人しくしてろ」

 でも今戦いたい気分ではない。それにいずれ戦わなければならないのだから、少しくらい先延ばしにしてもいいだろうと思う。

 今の実力では到底、アイツには届かない。千冬姉が直々にアイツを鍛え上げていたとしたら強くない筈ない。そしてそれ以上の実力を秘めていることを直感的にそれを感じ取った。

「そうか。では戦わざるを得ないようにしてやる……!!」

 ラウラはいきなり戦闘態勢を取り、左肩のレールカノンが発射する。

「一夏、下がって!」

 そう言うよりも先、シャルルが俺の前に躍り出て即座に展開されたシールドが放たれたそれを防いだ。

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんてドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけじゃなく頭もホットなのかな?」

 シャルルは盾で防いだのと同時にアサルトライフルを構える。仕種の武器の収納クローズ展開オープンの早さもかなりのものだがシャルルはそれ以上に切替が早い、それも下手な国家代表よりも。

 二倍の拡張領域にこの武器の展開の早さ、特筆すべきはその器用さなのかもしれない。

「フランスの第二世代型アンティークごときで私の前に立ちふさがるとはな」

「未だに量産化の目処の立たない第三世代型ルーキーよりもは動けるだろうけどね」

 互いが互いを牽制し合いながら涼しい顔で睨み合う。

「誰が一対一でやるって言いました?」

 仕種もシャルル同様に臨戦態勢を取る。シャルルに加勢するつもりらしく右腕にはいつものハンドガンが握られている。

「私は雑魚が何人でも相手にしてやっても構わないぞ? 有象無象が群れたところで私の黒い雨シュヴァルツェア・レーゲンに届きはしないがな」

「そうですか。じゃあ、少し早いですけどこれの試し撃ちしてもいいですよね?」

 そう言って新たに展開した左腕に握られていたのは見たこともないガトリングガンだった。黒光りするそれを見たラウラの表情がわずかに陰る。

「貴様、その武器は……」

『そこの生徒、何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 ラウラの呟きをかき消すかのように教員からの怒鳴り声が飛ぶ。今の騒動を聞きつけたアリーナの担当教師だろう。

「……ふん、興が削がれた。今日のところはこれで引き下がってやろう」

 そう言ってラウラはアリーナを後にして行った。アリーナの出入り口では教師が待っているだろうが、あの言動ではちっとも堪えはしないだろう。

 それに今日のところは、ってことはまたいずれ戦いに来るってことだよな。

 それがトーナメントに入る前かどうかは分からないが俺が千冬姉の弟である以上いずれは起こるアイツとの衝突は免れることは出来ない。まったく、厄介なのに目をつけられたもんだ。

「一夏、大丈夫? 怪我はない?」

 シャルルはというと元の人懐っこい表情に戻っていた。

「ああ、助かったよシャルル。あと仕種のそれ、新しい武装か? 初めて見たんだが」

「ええ、初めて見せましたから。といってもトーナメント当日までは見せる予定もありませんけどね」

 そう言うと右腕のガトリングガンをすぐに収納クローズしてしまう。きっと深桜の新しい武器候補なのだろう。

「てことはまだ他に隠し玉があったり?」

 その問いに仕種はこくんと頷く。

「今は同じ装備ですがトーナメント前にもう一度、深桜に行って調整してもらう予定です」

 これがワンオフ機体と量産機のチューンアップの違いなのか!?

 こんなに手近に調整できるなんて羨ましくない、羨ましくないぞ……。

 追加武装とか追加武装とか追加武装とか! う、羨ましくないんだからね……!?

「羨ましいんでしょうが」

「…………はい、羨ましいです」















 寮への帰り道、二人の話声が聞こえた。というよりも片方が一方的に責めているような感じだった。

 声の方向へ歩いて行くとそこにいたのは、沙種さんとラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 とりあえず、木の陰に隠れてなりゆきを見ることにする。

「その栄誉は教官で受けるものであった筈だ。貴女が受け取っていいものではない」

 それは違う。沙種さんも千冬姉に匹敵するだけの実力を持った選手だった。千冬姉と対等に渡り合えるのも世界に数人でその中で一番千冬姉に実力も立場も近かったのが沙種さんだった。

「そう、かもね。ジャンヌダルクなんて自分でも過ぎた名前だって思うよ」

 けど、沙種さんから出た言葉はラウラの言葉を肯定するものだった。そこには頂点に立ったというはなく、代わりに申し訳なさや悔恨の表情が浮かんでいた。

「だから、私はけじめをつけた。正確にはつけようとした、だけどね」

 そう言って寂しそうな表情をラウラに向ける。沙種さんの「けじめ」というのはIS選手としての引退のことなのだろう。なのに、俺にはそれが引退以上に深刻な決断だったような気がしてならなかった。

「ならば、どうにかして教官をドイツに帰るよう説得を……」

「そこまでにしておけよ小娘」

「き、教官……」

「目上に対する態度がなっていないな。一度、痛い目を見んと分からんか?」

「わ、私はただ事実を述べていたまでです」

「ほう」

 千冬姉は目を細め、ラウラを見据える目が厳しくなる。

「教官はジャンヌダルクに第一回大会の時の選考会でも勝っておられます。それに第二回の決勝戦でも全戦全勝の教官ならたとえジャンヌダルクの相手であろうと万に一つ……」

「どのみち、私は負けを選んでいたさ」

 千冬姉の一言にラウラだけでなく俺も衝撃を受けた。千冬姉は俺を助けるために決勝戦を放り出して来たとばかり思っていた。

 そのせいで俺は千冬姉の大会二連覇の偉業を成し得なかったとばかり思っていた。

 しかし、千冬姉の口から告げられた答えはたとえ俺が攫われなかったとしても二連覇を諦めていたというものだった。つまり、それは戦う前から勝敗は決していたということで――――。

「教官、それはどういう……」

 ラウラは俺の気持ちを代弁するかのように千冬姉に問いかける。

「ボーデヴィッヒ。お前に大切なものはあるか? 世界中を敵に回してもこれだけは守りたいという物だ」

「わ、私は……。私は教官さえいてくれればそれで……」

「甘えるなよ十五歳。私は貴様の親でもなんでもない。ただの教え子と教官に過ぎない。所詮は他人だ」

 ぴしゃりと言い切る。こういうところの線引きが明確なのも千冬姉らしいといえばらしい。

「私が、守りたいのは―――。一夏かぞくと、私の友人姉妹だ」

「ッ!!」

 その一言が決定打だった。ラウラの表情は年相応、いやそれ以上に幼く歪んだ。千冬姉に選ばれなかったことのショックと、またあいつが選ばれたという二重の屈辱。

 居た堪れなくなったのかラウラは宿舎へ逃げ帰るように走り去ってしまった。それを見えなくなるまで見送った後、千冬姉は盛大に溜息を吐く。

「はあ。これだからガキの相手は疲れる」

 ラウラに関して千冬姉も相当頭を悩ませているのだろう。だってなあ、あんな千冬姉に心酔して俺を排除しようとする過激派な奴は始めて見たぞ。ドイツではそういうのが流行ってるなのか?

「にしても千冬も弟がいる前で堂々とそんなくさいセリフを吐けるのかねえ」

「っ!? い、一夏がいるのか!?」

 千冬姉もラウラのことで手一杯で俺の気配を探す余裕もなかったのだろう。ていうかテンパり過ぎて名前の方を呼んでるし……。

「早いとこ出て来た方がいいよー。今の内に面倒事は解消しておかないと明日にとばっちりを食らうことになるからねー」

 仕方がない。出なければ明日がない。出なければずっとこのままな気がする。勇気を絞り出して……!

「お、俺はしようとしてした訳じゃないし……。たまたま聞こえて来たからそれで……」

「ほー、立ち聞きとはいい趣味をしてるねー。異常性癖は感心しないよー?」

「どうしてそうなるんですか沙種さん!!」

 出鼻をくじくかのように沙種さんにからかわれる。束さんと違った掴みどころのなさ。それをくすくすと笑いながら人(主に俺を)をからかって楽しんでいる様を見るとああ、姉妹だなってすごく思う。

「千冬姉、さっきのどっちにしろ負けを選んでたって……」

「それは言う訳にはいかん。忘れろ」

 そっけなく返す。そこにあるのは拒絶に近い何か―――たとえ家族であろうと何人たりとも踏み込ませないようなプライバシー。

「でもそれってフランスのやお……」

「忘れろと言った。三度目は言わんぞ織斑」

「……っ」

 俺が言いきるよりも早く語気を強めて俺の言葉を封殺する。そんな風に言われては俺はそれ以上を言えずに口を噤むしか出来なくなる。

「……分かったよ、千冬姉」

「学校では織斑先生だ」

「う、はい。織斑先生……」

 うむ、と腕を組みながら縦に頷く。沙種さんがこういうことに緩い分、千冬姉は締めるところはとことん厳しい。

「けど、家族間での秘密主義も大概にしてくれよな。心配してるこっちの身にもなってくれよ」

 ドイツのことにしろ、今回のことにしろいつだって千冬姉は俺には何も話してくれない。あるのは学園で先生方から聞くたった少しの情報くらいだ。もう少し話し合いをした方がいいと思うんだ、絶対。

「勝手にお前がしてるんだろうが。私の預かり知るところではない」

 ですよねー。千冬姉はいつもこんな調子ではぐらかす。こうなった以上もう何を聞いても今日は教えてくれないだろう。

「そら、早く戻れ劣等生。このままでは、お前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ」

「分かってるって」

「ふむ。なら、いい」

 そう言って、俺は千冬姉と沙種さんと分かれて寮の方へ戻った。















「……家族だからこそ、言う訳にはいかんのだろうが馬鹿者」

 その一言は俺の耳に届かなかった。





 * * *

 あとがき

 東湖です。

 段々とモンド・グロッソでの出来事が少しずつ見えてきました。

 沙種の過去がこの物語の根幹を成しているといっても過言ではありません。全ての始まりの話ですからね、ここ。

 つーか、それ言ったら二巻終わったらどうするんだ……。



[28623] 第十八話 「カレの思惑/彼女の思惑」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/08/31 02:15




side:篠ノ之箒



 あの転校生が騒動を起こしそうになった後、もうすぐアリーナも閉館するとあって私たちは一夏たちと分かれ、ロッカーに移動した。

 途中、セシリアが一夏と一緒に行こうとしたがそんなことをさすまいと首を引っ張って連れて来た。まったく、油断も隙もあったものではない。

 現時点で目に見えて一夏に好意を寄せているライバルはセシリアだけだが、油断は出来ない。何しろ、男は一夏一人しかいないこの学園ではその容姿も相まってかかなりモテる。

 小学生の時分ではまったくそういった話はなかったが鈴に聞く限り、中学生でもかなりモテていたらしい。

 それに一夏は誰にでも優しい天然ジゴロ体質なのだ。優しさは一夏の美徳でもあるが、後のは正直余計なものだとつくづく思う。

 それに独占欲が強い自分からすればもっとそれを自分に向けて欲しいと思うが、毎度毎度ズレた解釈をしているので暴力で訴えてしまう。

 悪い癖だとは思ってはいるが、これはちゃんと理解しない一夏だって悪い。悪いったら悪い、そうに決まっている。

 とにかくこれ以上恋敵が増えないように願っているのだがそれは希望的観測だろう。来年になれば後輩という撃墜されやすい対象がまた増えてしまう。その前にどうにかして一夏と付き合わなければますます困難を極めるだろう。

 だからあんなに恥ずかしい思いをしてまで告白したというのに……。















「一夏に告白する?」

「そ、そうだ。このままでは埒があかんのでな。それに部屋も別々になってしまったし……」

 本当ならば部屋が変わったあの日に言おうと思っていたのだが、ズルズルとずれ込んでしまい結局言えず仕舞いで六月まで来てしまった。

 あれから言おう言おうという思いはあるのだが、どうしても最後の踏ん切りがつかずその一押しが欲しくて仕種を頼って部屋に訪れたのだが。

「で、どういう風に言うつもりなんですか?」

「わ、私が今度のクラス別の個人トーナメントで優勝したら付き合ってもらう……ってどうして仕種に言わなければならない!?」

 仕種の誘導尋問くちぐるまに乗せられて、これから一夏に言おうといていた口上を述べてしまう。

「やだなあ確認ですよ、確認。それでちゃんと一夏が正しい解釈をして受け取るかどうかの確認。で、実際のところどうなんです?」

「う……。正直、そう言われるとこれでも駄目な気がして来た……」

 何しろ相手は彼のキング・オブ・唐変朴なのだ。これで通じていたらとっくの昔に一夏は誰かと付き合ってる筈だ。「付き合う」の意味を男女交際の付き合うと取らなさそうな気がして来た……。

 それを聞くと仕種はふむ、と目を閉じて静かに思案する。すると何かを思いついたのかぽん、と手を打つ。

「でしたら、言おうとしてる言葉の前にこれを付け足しといてください」

 そう言ってぼそぼそと耳打ちされた言葉に、瞬間的に顔に熱が集まるのが分かった。

「な、ななななななにゃんてことを……!?」

 言葉にならないとはこのことだ。最後に噛んでるのは気にしている余裕すらないくらいにテンパりながら後ろにものすごいスピードで後ずさる。その早さは壁につくのに一秒も満たない。それくらいに仕種の言った言葉は衝撃的だったのだ。

「一夏に気付いて貰いたかったらそれくらいにド直球ストレートに言わなきゃ気付きもしませんって」

「し、しかしだな。そ、そんな、そんな言葉言える筈がないだろう……」

 もじもじとしていると仕種にはあ、と溜息を吐かれる。

「箒、はっきり言ってそれくらいしないと一夏の中で女友達のカテゴリから抜け出せないですよ?」

 その一言にむっとなる。

「私は幼なじみだぞ!? ファーストだぞ!? セカンドとは違うのだぞ! セカンドとは!?」

「ファーストもセカンドも幼なじみは幼なじみです。一夏にはそうとしか見てないんじゃないでしょう?」

 仕種のその言葉を否定しようにも否定できないのが恨めしい。

『箒? 幼なじみだろ、ファースト幼なじみ。それ以外? ……何かあったか? 同じ同門だろ、同じ小学校だろ、えと他にまだ何かあったか?』

 ……言いそうだ。すごく言いそうでこれ以上、一夏のことを考えるのをひとまず止めにする。

「だいたい、箒にしたってセシリアにしたって自意識過剰なんですよ。一夏は箒のことを箒が思ってる以上に意識してないと思いますけど」

「そんなことは……!」

「そんなことあるんですよ。だったら同じ部屋にいる時に何かアクションの一つでもありますって」

 そう言われると反論に困る。

「それにこの約束にしたって専用機持ちが私も含めて六人もいる一年の中で優勝出来るって考えてる時点で楽観的過ぎ。勝てるとしても剣の実力が上な一夏ぐらいだし、射撃型のセシリアやシャルルに対してどうするんですか」

「う、ぐぬぬ……!」

 そう言われるとぐうの音も出ない。私は専用機を持っていないため使うISは打鉄になる。その攻撃法は近づいて斬るしかないのだが、まずそれをさせてもらうのかどうか怪しい。

 セシリアにしたって鈴にしたって代表候補生に選ばれるだけの実力を有している。それはきっとフランスから来たシャルルとドイツのラウラも同じことなのだろう。まともに戦って勝てる見込みはかなり少ない。

「じゃあ、仕種は私のために負けてくれないか?」

「何言ってるんですか。嫌ですよ♪」

 仕種に笑顔でそう言われて思わずがっくりと肩を落とす。

 仕種が勝負事に手を抜かないことを分かってはいたが、こうもいい笑顔で返されると逆に諦めもついてしまう。

「まあ、秘策があるってのなら無鉄砲だっていったのも考え直しますけど」

 秘策。そう言われて先月の夜に交わした約束を思い出す。

「秘策なら、ある」

 姉さんは私のために機体を作ると言っていた。それは卑しい話だがきっと私のために心血を注いだ最高傑作であるに違いない。

 そして、それは個人別トーナメントまでに間に合わせるとも言っていた。つまり私も仕種たち専用機持ちと肩を並べられるのだ。

「へえ、何か策があるんなら別に構いませんけど。まあそれは別としてえっちいことの一つや二つでもすれば一夏だって嫌でも気付くんでしょうけどねえ」

「え、えっちいこと」

 そう言われると実際に一夏としていること―――つまりは具体的なナニをしているところを想像して。

「……ぶっ!! は、破廉恥だぞ仕種!!」

「何を今更。ただでさえそういうことに興味のある年頃なんですから仕方ないことだと思いますよ。おまけにこうやって女に囲まれて抑圧された生活を送ってるんですからかなり溜まってるんじゃないですか?」

「た、溜まって……」

 仕種から口に出たワードを反芻するだけで頭が上気に当てられたかのようにぐわんぐわんする。

 だ、駄目だ。これ以上具体的なナニを想像するのは刺激的過ぎる。ひたすら剣に打ち込んで来たためか私は如何せんこの手の話題には疎い。それとも仕種くらいの考えをしてるのが普通なのか?

「それに付き合ってればいずれそういうことだってあるんですよ?」

 そう言われて近未来、そういうことになったことを想定して想像もうそうするが……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ぼんっ!! ぷしゅーっ……。

「あ、あうう……」

 すぐに頭が情報処理しきれずにオーバーロードを起こしてしまう。

「……いや、別に箒にそこまで望んでませんけど」





 で、あの告白だ。

結婚を前提に・・・・・・、私と付き合って下さい』

 ぶっちゃけ、これってプロポーズじゃないか?と気付いたのは自分の部屋に帰ってからだった。その後は恥ずかしさと後悔による悶絶の繰り返しだった。同居人がドン引きだったのは言うまでもない。









「……さん! 箒さん! いい加減、放して下さい!」

「……え。あ、ああ、すまない」

 思考に埋没していたからかセシリアの声が全く聞こえていなかった。ぱっと放すと、後ろで「ああ、ISスーツの首が……」とか言っているが全くの無視だ。

「それにしても一夏め、私の説明の何が分からないというのだ」

 思い出しただけで腹が立って来た。私が懇切丁寧に教えてやっているというのにまったく理解していないのだ。おまけに男子に教えられる始末。

 ……確かにデュノアは優秀だが、それよりも私の方が長く一夏のコーチをしていたのだ。一夏のことなら私のほうがもっとちゃんと把握している!

「まったくですわ。せっかくわたくしが理路整然とお教えして差し上げていますのに」

 セシリアも思うところがあるのか、がうんうんと頷いて同調してくる。

「そりゃ無理よ」

 私とセシリアが共感しているところに鈴が横やりを入れる。

「私の説明のどこがいけないというのだ! 私の説明を理解しない一夏が悪い!」

「そうですわ! いくら入学して来たときに知識がなかったとはいえもう六月。わたくしの言うことくらい完璧に理解してもらいませんと!」

「無理ですよ」

 仕種も横やりを入れ始める。どうでもいいがこの二人、随分と仲が良くないか?

「じゃあ、一体」

「何がいけないというのかしら……?」

 ずいとセシリアと共ににじり寄る。すると二人は涼しい顔で、

「「だってそりゃあ、一夏だしねえ」」

 声を揃えてそう言った。その一言に凄く納得させられてしまうのがなんとも腹立たしい。この行き場のない怒りはどこにぶつけようか。それ以外にこの二人から生ぬるい眼差しを感じるのは気のせいだろうか……。

「それにしてもあのドイツの転校生、どうしてあんなにも一夏を目の敵にするのよ?」

「それは私も聞きたいくらいだ。私に聞くな」

 正直、私だって心中穏やかではない。それは仕種を除いたここにいる私たちの総意であるに違いない。

 一夏がいなければ。アイツはそう口にした。

 織斑一夏という存在の否定。

 それは一夏がいなければ全てが上手くいっていたような口振りだった。一夏さえいなければ千冬さんはより高みにいけると。二連覇が果たせただろうと。

 そんな妄信のような確信をあの女は抱いていた。一夏とアイツの間に何があったか知らないが、アイツのその言葉は一夏に救われた私まで否定されているようで苛立たしい。

 何よりも、アイツの目はまるで―――、

「……箒さん?」

 セシリアが心配そうに覗き込む。

「いや、済まない。少し考え事をしていただけだ」

 少し気にし過ぎてるようだ。アイツはアイツ、私は私だ。アイツと私は違う。

「仕種は知らないか? あの転校生があそこまで一夏を狙う理由を」

「さあ、ね。ただこんなこと、当事者でもない私たちが心配しても仕方ないんですけどね。さっさとあの二人にはこの問題を片づけてもらわないと」

 確かにこのことは一夏と千冬さん、ラウラの問題であって私たちが介入すれば即解決というそんな生優しい問題ではない。これはきっと私たちが思っている以上に確執が深いだろう。

 そしてこれを解決できるのは当事者である一夏でしかない。

「さ、暗い話題も終わり。さっさと着替えて、夕食にしましょう」

 そう仕種の一言で皆は着替えに取りかかるのだが鈴はうーっと唸ったまま動かない。その鈴の恨めしそうな目線を辿って見ると先にあるのは。

「ないものねだりですよ、鈴」

「う、うっさい! 分かってるわよ……」

 胸である。人がここにいる胸を都市の発展具合で表すならセシリアが政令指定都市、仕種が県庁所在地らしい。

 そして私がメガロポリスで、鈴が過疎……とのこと。誰が例えたかは知らないが失礼なもの言いである。

「だいたい、あんたら育ち過ぎなのよ! 何食べてたらそんなに育つ訳!?」

 鈴の怒りようはまるで親の仇を見るかのよう。こればかりは遺伝子だからしょうがないなんて言った日にはどんな目に合わせられようか。女の嫉妬ほど恐ろしいものはない。

「こんなものあっていいものか。あれば肩が凝るだけだし、合う服はないし、周りには奇異の目で見られるだけだが」

「り、鈴さん。落ち着いて。世の中には慎ましい方が好みという方もおられますし、そう悲観することでもありませんわよ……?」

 私が大きいことの不満を言い、セシリアがフォローするに入るも、

「持ってるあんたらが言っても説得力がないのよ! それに箒、アンタに限っては嫌味か!? あたしへの当てつけか!? 新手のイジメか!? それとも心理作戦か!?」

 半泣きになりながら訴えられた。これ以上は焼け石に水言うだけ無駄だ。放っておこう。

「じゃ、じゃあ仕種さんはどうなのかしら……?」

 こっちに振るな空気読めよセシリア、なんていたいけな視線がセシリアを穿つ。その視線は主は勿論、仕種である。

「あんたら二人のも納得いかないけどっ! 仕種のも納得いかないのよおおっ!!」

 鈴はズビシィッ!と音を立てるような感じで仕種を指差す。ああいえばこう言う、どないせいっちゅうねん。

 仕種は私たちに比べれば平均的で何ら問題がないように見えるがそこには私には理解出来ないような深ーい事情があるのだろう。

 ただ、揺るぎない事実なのは少なくとも仕種は鈴よりかはある・・

 あるものないものを羨ましがり、その逆もまた然り。仕種の言ったとおり、ないものねだりである。

「そんなデカパイは男でも女でも死ぬほど揉まれて消え失せろおおおおおおおおおおおっ!!!」

「鈴さん、落ち着いて! 貧乳はステータスだというこの国の格言が……ひゃあああああああああああああああっ!?」

 まあ、極論ぶっちゃけて言ってしまえばないやつのひがみであった。

 あとセシリア、それは言う人間を絶対に間違ってる。














side:露崎仕種



 あの後、部屋に帰ってすぐ軽くシャワーで汗を流して夕食のピークを避けるために明日の予習をしていると控えめなノックが聞こえて来た。

 ゆっくりと立ち上がりドアを開けると部屋を訪ねて来たのは、

「シャルル? 何の用ですか?」

 オレンジのラインの入った部屋着を来たシャルルだった。その華奢な肢体は制服を着ている時よりも更に儚げな印象を受ける。

「うん、ちょっと仕種の部屋を見ておきたくて」

 別に変ったものなんて置いてないですけど、まあいいか追い出すほどのことでもないし。

 ちなみにこれは関係のない話だが、セシリアの部屋はシャンデリアに天蓋付きのベッドが置いてある完全にお嬢様な部屋だった。なんでもああでなければ寝付けないらしい、子供か。

 まあ、枕が変わると寝られない人もいるという訳ですし、セシリアの場合それの酷い奴なのだろう。同居人の肩身の狭さには同情せざるを得ない。

「仕種が一人部屋ってホントなんだね」

 部屋に入ってそう第一声を上げる。まあ寮生の多くは二人部屋だし私が一人部屋でいるのが少し珍しいのだろう。かくいうシャルルも一夏と相部屋だし。

 その当のシャルルはというと何か気になるところがあるのかはキョロキョロと部屋を見回している。

「……何か可笑しなものでも」

「べ、別に何でもないよ? あ、僕が紅茶入れるよ」

「お気遣いなく。部屋の主がお茶の準備くらいしないと悪いですよ」

「そんないいって。いきなり僕が押し掛けて来たんだし」

 頑として譲ろうとしないシャルル。シャルルってこんなに積極的だったか? まあ時々強引なところもあるようだしこう言った以上、折れることはないだろう。

 それに入れてくれるっていうのなら人の好意を無碍にするのも悪いですしここは素直に受けておきますか。

「分かりました。勝手はどの部屋も一緒ですから。とはいえパックしかないんですけどね。あ、そこの棚の中に入ってますから」

 そう紅茶の場所を説明するとポットでお湯を沸かし、慣れた手つきで二人分の紅茶を用意する。

「はい」

 そうシャルルに手渡され紅茶を口に運ぶ。シャルルが淹れた紅茶は心なしか自分で淹れた時のものより上手に出来ているような感じがした。

「紅茶ってフランスのイメージがあんまりないんですけどね」

 どちらかといえばセシリアの国イギリスがそれに相当する。実際、食事のときでもコーヒーやお茶よりも紅茶を好んで飲んでるし。

「そうかな。フランスでも飲む人は飲むけど、やっぱりコーヒーが多いかな」

「ふうん。で、シャルルはコーヒー党ですか?」

「僕はどっちでもないよ。コーヒーも飲むし、紅茶も飲むけど。苦いのはあんまり得意じゃないかな」

 そうしてシャルルが部屋に来て話をして十分くらい経った時、急に視界がぐらりと揺れる。

「あ、あれ……? おかしいですね……。いつもこんな時間に眠くなることはないんです、けど……」

 人がいるのに欠伸が出てきそうになるのを必死に噛みしめる。

「きっと疲れてるんだよ。明日休みだからゆっくり休むといいよ。僕が戸締りしとくから」

「そんな、悪いですよ。戸締りくらい自分でします、から……」

 そう言って立ち上がろうとするが上手く立てずにテーブルに手を付く。足取りも覚束ないぐらいに眠いとは相当重症のようだ。

「いいからいいから。そんなんじゃ危ないよ」

「それじゃ、ご厚意に甘えて。お願いしますね、鍵はテーブルの上に置いてますから」

 シャルルに任せるとベッドに身体を横たえると一分も経たずに睡魔が全身を駆け巡る。

 起き上がろうにも力が入らず、ただただ我が身をベッドに預けるような情けない構図になっているだろう。

 駄目だな……。こんな誰かのいるところで無防備になるなんて。

 いけないことだとは分かっているけど正直、考え事するのももう限界、かも……。

 最後にそれだけを頭で理解すると瞼が完全に落ちて、世界は真っ暗闇に覆われる。

 その意識が完全に落ち切る手前、ごめんねという謝罪の言葉が聞こえた気がした。





 * * *

 更新遅くなってしまって申し訳ないです。東湖です。

 この回はすげえ難産で頭のアイデアをガリガリと削りながら捻りだして出来た物です。

 ですので色々と残念な場面もありますが、そんなものはご愛嬌と受け流してくれるとありがたいです。

 一夏のラッキースケベ? そんなものは(ご都合主義という名の)紙回避さ!



[28623] 第十九話 「女装男子/男装女子」
Name: 東湖◆300b56d4 ID:d2550b7b
Date: 2011/09/13 09:21





「う、ん……」

 目が覚める。

 思い出せはしないが、随分と懐かしい夢を見た気がする。

 まあ、そのことはいいか。変な時間に寝てしまったため、寝直すには妙に冴えてしまっている。とりあえずは寝汗を流すために一度、シャワーを浴びるとしますか。

 そう思い立つと覚醒しきっていない身体に鞭打ちながら起き上がろうとするが、身動きが取れない。

「……え?」

 一瞬、理解出来なかった。気を取り直してぐっと力を入れてみるが、うんともすんともいかない。

「っ!!」

 事態を把握したのか冷水をぶっかけられたように急激に頭が冷める。むしろ冷め過ぎて嫌な感じさえする。

 両手は縛られ、その縄はベッドにも繋がれていてベッドの上から離れられないようにされている。

 ならばとISを展開しようとするが、私のISはご丁寧にも机の上に置かせてもらってるため展開すら出来ない。まさしく八方塞がり、相手の思う壺という訳ですか。

 時計を見ると針は一時を少し過ぎたばかりだった。寝ていた時間も四時間くらいと思った以上に時間は経っていないらしい。

「さて……」

 動けない以上、相手の動きを窺うしか出来ない。受け身というのは剣道のスタイル上、慣れてはいるがこうもいいようにされるがままというのも少し悔しくもある。

 しばらくすると開く筈のないドアが控えめな音を立てて開く。続いて鍵をかける音が部屋に響く。

「これは一体何の真似ですかシャルル・デュノア、いえシャルロット・デュノア」

「あはは。どうして……ってやっぱり気付くよね」

 息を呑むような声が聞こえたがそれも一瞬で部屋の陰からシャルル、いやシャルロットは笑みを浮かべながら姿を見せる。その笑みはどうしようもなく疲れているような雰囲気を思わせていた。

 それにいつもしているコルセットか何かを外しているのだろう普段の時とは違い、身体のライン―――特に胸ががよく表れている。

 私の部屋は相部屋ではなくパートナーはいない。私以外にこの部屋を自由に開け閉めできる人間なんて寮長である千冬先生くらいだ。

 しかしもう一人、私のことを自由に出来る人間がいた。それが私の部屋の戸締りを頼んだシャルロットなのだ。

 どうやらあの時に睡眠薬を一服盛られたらしい。だからあの時頑なに私の提案を断っていたのだ。

「それにしてもどうして僕の名前を……?」

「二年前のあの時ですよ。それだけ言えば分かるでしょう?」

「ああ、やっぱり。あの時のミステールはやっぱり仕種だったんだね」

 得心がいったかのようにシャルロットはくすり、と笑う。

 シャルロットとは過去に一度手合わせをしている。その試合はデュノア社が申し込んで来たのだがお互いに専用機の試験データが欲しいということで合意した上での試合だった。

 お互いの名前データは都合により非公開だったが私はその時相手の名前をツテで教えてもらったためシャルル・デュノア=シャルロット・デュノアの式はすぐに成り立った。

 あの後、二人は会うことはなかったがそれもこの学園でISを展開した時点で私があの時の操縦者であることがバレてしまった。当然だろう、ミステールとはオルテンシアの原型でありその姿形はあまりにも似過ぎている・・・・・

 それにあの時はバイザーをして顔を隠していたとはいえ、私を取り巻く環境から推測すれば正体が割れてしまうのも時間の問題だっただろう。

「その、ごめんね。こんな強引な手段で」

「だったら、せめてこれを解いて欲しいんですが……」

 両腕を後ろ手に固く縛られているのを見せる。

「それは無理。僕の言い分を聞いてくれたら解いてもいいかな」

「随分と買被られたものですね。私はIS学園の一生徒に過ぎませんが」

「それでもバックについてる人物は十分に凄いと思うけどね」

 その言葉には同意しかしようがない。なにせ、織斑千冬ブリュンヒルデ露崎沙種ジャンヌダルク、おまけにISの産みの親、篠ノ之束まで知り合いと来ている。

 更に言えばヨーロッパの稀代の天才、シンリ・シュヴァリエや世界の深桜まで私のバックに付いているのだ。

 これでただの生徒というのはおこがましいにも程があるだろう。こんな事件に巻き込まれるとつくづく思い知らされる。

 ただ、それは同時に交渉材料ひとじちにされる危険性も孕んでいる。

 あの時もそうだ。私が露崎沙種の姉妹故に、あの日々は始まったのだ。それは織斑一夏が織斑千冬の弟であるのと同じように、篠ノ之箒が篠ノ之束の妹であるのと同じように。

 そして今回もそうであるが故にこうした事態になっている。

「それで、何の用ですか? 代表候補生を使ってまで私に要求を呑ませたいということはフランスは余程、行き詰まってると見えますが」

 一瞬、言葉に詰まったがシャルロットは口を開く。

「簡単なことだよ。シンリ・シュヴァリエ博士に会わせて。僕はあの人をフランスに連れ帰るように言われてるんだ」

 確かにシンリさんの持つ高い技術は第三世代兵器の開発には必要なものだ。事実、シンリさんは私と出会う前まで第三世代兵器の開発に携わっていたのだ。

『イメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』

 これは第三世代の謳い文句である。

 イギリスのブルー・ティアーズ、中国の甲龍、ドイツのシュヴァルツェア・レーゲン。いずれにおいても操縦者のイメージ、感覚的な物を重点に置いて兵器を組み込んだISである。

 しかしそのどれもが誰にでも乗りこなせるものではない。ブルー・ティアーズに至ってはBTを運用するに当たっての特別な資質スキルが必要だ。

 だから各国は互いに牽制し合いながら、稼働実績をあげるため第三世代兵器を開発しているヨーロッパ諸国の代表候補生が次々とIS学園ここに送られて来たのだ。

「…………」

 確かにフランス政府が彼女を欲しがる理由も納得できる。彼女の技術力ならフランスの硬直している第三世代兵器の開発現状を打破する力になるかもしれない。

 しかし、理解出来ないのは何故今更になって彼女をフランスに呼び戻そうと考えたのだろう。彼女があそこを辞める時に引き留めようと思えば可能だった筈だ。

 フランスの勅命として第三世代開発を命令すれば一介の技術者に過ぎないシンリさんを繋ぎ止めておくには非常に容易い。

 しかしその疑問はすぐに氷解した―――出来なかったのだ・・・・・・・・

 あの事件の余波で新型の開発にまで手が回す余裕が当時のフランス政府にはなく、各国への弁明と国内の鎮静化に手一杯だったのだ。

 結果、事後処理に追われてごたついているフランスを離れ、シンリさんは深桜重工のスカウトを受けた。

 それにシンリさんが第三世代開発に加わったところで望み薄だろう。あの人ほどの頭脳を持つ人が第三世代開発に携わっていたのにも関わらず進展していなかったのがいい証拠だ。

 その上、遅れに遅れてようやく第二世代兵器―――ラファール・リヴァイヴの開発だ。矢継ぎ早に第三世代兵器の話なんてコンセプトも方向性も何も定まっていないのに無理な話だ。

「一応、聞いておきますがノーと言った場合、どうなるんですか?」

 そう聞くとシャルロットが目を伏せる。

 シンリさんも企業の人間だ。深桜の開発主任を任されている彼女がその立場を投げ出してフランスへ帰るといって帰れるような立場ではない。それに開発環境が深桜の方がいいため、フランスに帰ったところでなんのメリットもない。

 しばらく俯いていたシャルロットだが、意を決したかのように上着のチャックに手をかける。

「……え」

 こちらが驚く様子にもろともせずにジッパーを下ろしていく。

 ジャージの下にあったのはブラジャーに隠された二つの膨らみだった。

 それらは主張しすぎることもなく、かといって控えめという訳でもなく。シャルロットの性格を表したかのようなほどよい大きさ。

 何をしているのか分からない訳はない。止めないといけない筈なのにそれを止めることが出来ない、いやその光景に見惚れていたのだろうか。

 そんな間にもシャルロットは僅かに躊躇ったがズボンにも手をかける。

「ちょっと、シャルロット……!」

 こちらの停止の声が逆にスイッチになったのか、私の声を振り切ってズボンも脱いで床に落とす。

 全てを取り払ったシャルロットの姿は見間違えようもなく女だった。そのシルエットは華奢ながら、均整のとれたラインで金髪によく映える陶磁器のような白い肌は綺麗、としか形容出来ない。

 そのシャルロットの顔は羞恥によるものか頬が若干赤い。

「その時はその時、絶対にイエスって言わせて見せるよ。……僕の身体を使ってでも」

 ハニートラップとはよくいったものだ。まさかこんなにも身近で遭遇することになるんなんて。

「切羽詰まってますね」

「それくらいに彼女の技術力が必要なんだ。フランスのためにも」

 ひたひたとシャルロットが近づいてくる。

「それに僕は知ってるんだよ? 仕種の身体のこと」

 今度は自分が息を呑んだ。

「どうして、そのこと……」

「さあね。でもこのことをバラされたら仕種は困るよね。だって、一人部屋にしてまでバレたくないんだから」

 その通りだ。ただでさえ面倒事をかかえている身としてはこれ以上バレる人間が増えるのは御免被りたい。

「それでも駄目なら僕が……してあげてもいいよ」

「……っ!?」

 拙い、それは非常に拙い。今のシャルロットならそれすらやりかねない。それくらいに彼女は追い詰められているのだ。

「だから、お願い。シュヴァリエ博士に口添えして帰るようにお願いして」

 シャルロットの手が伸びて……、

「はあ、仕方ないですね。分かりましたよ……」

 私のスカートに触れる前に止まる。これ以上はお互いのためにならないためこちらが折れることにした。

「ホントに……?」

「ええ。私のことをバラされて面倒事を増やされるのは御免願いたいですし、」

「じゃあ……!」

 シャルロットの顔にようやく光明の光が灯った……、

「それに、こんなことをしなくても私はシンリさんに貴方を会わせるくらいなら出来ますしね」















「…………ふぇ?」

 ような気はしなかった。あまりにも間の抜けた声がシャルルの口から零れ落ちる。

 それは今の今までの行動が何もかもが台無しになりそうな、シリアス全開な空気が一瞬で吹っ飛んでしまいそうなそれはそれはあまりに間抜けな声だった。

「ええ。フランスの代表候補生と企業の技術者を会わせるだけなら何の問題もないでしょうしね。まあ、彼女がフランスに帰るかどうかは別問題ですが」

 そうだ、よくよく考えればシャルロットとシンリさんが接触するだけでは何ら問題もない。

 シャルロットがデュノア社の令嬢というのがネックになるかもしれないがシンリさんにとったらそれくらいは瑣末な問題であろう。それにフランスのカスタム機が見れるとか嬉々としそうな気がします。

「そ、それじゃあ僕のやってきたことって……」

「あんまり意味ないですね」

「そんなはっきり言わないでよ!! 僕のこれまでのドキドキとか返してよ!! 僕、物凄く罪悪感感じてたんだからね!?」

「自分で勝手にしてたんでしょうに。私の知ったことじゃないです」

 シャルロットの抗議の声を涼しく受け流す。だってそうでしょう、人並みには感情の機微は読み取れるつもりですがそれはそれ。今回のは事情をある程度理解出来ますが、加害者の内情まで深く察しろってのも無理な話です。

「酷いよ仕種! ちゃんと責任取ってよ!?」

 ……段々となんかヘンな方向に向かっているような。これって他の人が聞けば絶対に誤解を招くような言い方じゃないでしょうか。

「こうなったら……」

「ちょ、待ちなさい、シャルロット。そのままじゃ倒れ……!?」

「きゃあああっ!?」

 そう言い切る前にシャルロットがバランスを崩してベッドに倒れ込む。

「いたたたた……大丈夫ですか? シャルロッ、ト!?」

 次の瞬間に私から言葉は失われた。

 二人距離はほぼゼロ、つまりはシャルロットが私に覆い被さるような形で折り重なった状態という訳で。しかも先程シャルロットは腹を脱いでしまっため向こうは下着姿。服の生地越しでも相手の肌の感触が嫌でも分かってしまうのだ。

 お、落ち着け、私。これは事故だ、故意じゃない。アクシデントだ。そうだ、そうに違いない、そうに決まっている、そうでない訳がない。

 これがもし狙って起こしたことだとしたらシャルロット、恐ろしい娘……!と戦慄を覚えることになるだろう。

「あ、あの、えーと……?」

 こっちがなんて言おうか戸惑っているとき、向こうは何を思ったのかきゅっと抱きついてくる。

「!?!?!?」

 あまりの驚愕で声にならずに口を金魚のようにパクパクさせるだけ。

 心臓の鼓動は煩いくらいにバクバクとスピードを上げていく。こんな姿をしているとはいえ心は女になりきれていないのだから当然と言えば当然だ。

 それともそういうことも計算済みでこのフランス娘は動いてるとでもいうのか!? やはりシャルロット恐ろしい……、

「今日はごめん。ちゃんと手順を踏んで話せばこんなことにならなかったのに」

 ぽつりと耳元でそう漏らす。それは自分のして来たことの謝罪であり静かな後悔だった。こんな異国の地に一人、しかも本当の性別を隠してまで任務に就かされていたら心細くもなる。

 それを聞き、今までパニックで軽くぶっ飛んでいた思考が落ち着きを取り戻す。

「別にいいですよ、気にしてないです。フランスだってあの事件以降、汚名を晴らそうと躍起になってるんでしょう?」

「……うん、そうみたい」

 あやすような私の問いかけにシャルロットは小さくそう頷く。本当だったら頭の一つでも撫でてやりたいが、こうやって縛られてるためそれが出来ないのが少々歯痒い。

 一昔前、フランスでとある事件が発覚した。

 それは発覚すると同時、すぐに情報の規制がかけられて被害者は誰であったのかは伏せられたが、それでも抜け道はいくらかあってフランスの上層部の一部の人間には知れ渡った。

 その被害者が誰でもない、この露崎仕種わたしであるということを。

 この事件は一人の人間の思惑によって私は巻き込まれた。

 その始まりにあったのはどんな感情だったのだろうかなんて知りはしないし、知りたくもない。

 ただそのせいでフランスは頂点を知り、英雄を失い、信頼を無くした。私にとってこれらの事実だけで充分だ。

 今回のこともそいつの思惑によってシャルロット・デュノアもその渦中に巻き込まれただけ。

「それに、対象は私だけじゃないんでしょう?」

「……仕種には敵わないなあ」

 男装であれば私に近づきやすい。男子が女子に近づくのは別に普通のことだから。それは学生生活であれば尚更だ。

 そして同じ特異なケースである織斑一夏にも接触しやすいのだ。それに男一人で今まで暮らして来た一夏は何のアピールをせずとも向こうからやってきてくれる。男同士の方が気楽なのだから。

「ただ、着替えまで強要しなくてもいいのに……」

 日常生活では何の問題もないが唯一、そこに困ってるらしい。まあ、一緒に着替えでもすれば一発でシャルルが女であることがバレてしまうし仕方のない話だがそんなに一人で着替えたくないのか、無駄に女子思考ですね。

 もしかして今の今まで女性に興味を持たなかったのはや・ら・な・い・かの化身だったからかもしれない。そうなるとシャルロットの貞操が危ない……!

「シャルロット、一夏が無理矢理近づいてきたらパイルバンカーでもなんでも撃ち込んでやればいいんですよ。そうすれば多少は懲りるでしょうから」

「え、ええ!? で、でも」

「シャルロット、貴女自身を守るためです。これは仕方がない犠牲なのですよ」

「う、うん。最後の手段として頭に置いておくね……」

 私に気圧されて一応、考慮しておくらしい。一夏なら近いうちにやらかしそうな気がするんですけど……まあ、ご愁傷様。

「それでその、シャルロット。さっきから胸当たってるんですが」

 抱きつかれれば必然的にお互いの胸が接触する訳で――――。

「~~~~っ!?」

 その言葉に意識したのか声にならない悲鳴を上げてすごいスピードで胸を隠すように飛び退く。

「し、仕種のえっち!」

「言いがかりはよしてください。こんな恰好をする貴女も充分に変態だと思いますけどね。いや、自分から脱ぎ出したから淫乱か」

「い、いんら……!?」

 聞き慣れない言葉にシャルロットは赤面する。流石に花の十五歳に淫乱はキツ過ぎたか。

「淫乱は淫乱ですよ。もしかしてシャルロットも少し期待してた?」

「い、言わないで……! あれはもう充分に反省してるから!」

「ならよろしいです。さっさと服を着て下さい」

 シャルロットは言い負かされて色んな意味でしな垂れていた。

「うぅ、仕種が虐めるよぉ……」

「シャルロット程度で口で勝てると思わないで下さい。ていうか、そういう誤解される言い方は控えなさい!!」

 結論、やはりシャルロットは恐ろしい娘だった。









 シャルロットは私の縄を解いて部屋を後にした。とりあえず上にシンリさんの接触出来ることを報告するらしい。律儀なことだ。

 ベッドに身体を預け、ずっと見ていた天井を再び仰ぎ見る。

 詳しい事情は教えてくれなかったが、なんとなく察しはつく。今回も・・・、アイツが動いているのだろう。

「シャルロット、貴方も踊らされているのですね。アイツに」

 フランスを裏から牛耳り姉さんを引退に追い込んだ張本人―――。

「ライア・シュヴァリエ」















 某所にそびえ立つ高層マンションの最上階のとある一室で男は電話で報告を受けていた。報告の内容は接収に成功、シンリ・シュヴァリエと接触出来る機会を得たとのことだ。

「そうかい。では今後とも抜かりなく頼むよ」

 電話を切ると男はと笑いを堪え切れなくなり、クククと声を漏らして忍び笑いする。

「随分と楽しそうね、ライア」

 ワイングラスを傾けながら部屋のソファに座る女性は電話が終わるのを待っていたかのように声をかける。

 豊かな金髪に女性も羨むようなプロポーション、そして耳に光る金色のイヤリング。誰もが振りかえるような美しさとは彼女のことをいうのだろう。

「ああスコール。もうすぐ、もうすぐなんだ。もうすぐ、彼女と会えるんだ」

「そう、それは僥倖ね」

「ああ、そうさ。神の前で永遠の愛を誓い合った僕たちは何人たりとも引き離せない。全ては解けることのないメビウスの輪のように、僕と彼女とは元に鞘に戻る運命なのさ」

 普段の道化な姿もさることながらテンションの吹っ切れた今のライアは普段にも増して饒舌さに磨きがかかっており、その様は狂気染みた雰囲気さえも思わせる。

 スコールと呼ばれた女性はライアの話を横目にふふ、と微笑む。その笑顔には性別を問わず誰もがドキリとするだろう。

「それはそうと貴方は会えるだけでいいの? 貴方の目的はもっと先のことだと思ってたけど」

「ああ、それに関しては問題ないよ。彼女は僕の元へ戻らざるを得なくなる」

 自信あり気に口元を歪めてライアは答える。かつて、とある英雄を追い込んだ時のやり口のように、そして現在を彼らを追い込んでいるやり口のように。相手の弱みに付け込んで狡猾に自身の傀儡に仕立て上げる。

 前回は少しばかり事を大きくし過ぎたのとその隠れ蓑が使い物にならなくなってしまったので、取り替えるための準備期間として有名企業に潜伏していたが今回はそれが功を奏したようだ。

「さて、と。僕はもう行くよ」

「あら、もう行くの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「ミセスといるのも悪くないけどね。僕は最後のもう一仕上げに行かないといけないのさ」

 そう言うと紳士が淑女をエスコートするかのように、はたまたどこかの騎士が王女に誓うようにスコールの手の甲にキスを落とす。

「じゃあ彼女にはよろしくね。貴女の一押しがきっと面白い事になると思うから」

 ああ、と相槌を打って部屋を出て行ったライアと入れ違いで女が入って来る。

「なあスコール、なんでアイツはここにいるんだよ。紳士気取りの道化のくせによ」

「あら、普段の彼はとても紳士よオータム。ただ、そう……思い人への思いが強すぎるために道化に見えてしまうのも仕方ない話かしら」

 そう言って楽しそうにスコールは愛を説く。

「あんなの私からしたら未練タラタラのキモイ野郎だぜ。その上根回しで有無も言えなくさせる、陰湿極まりねえ」

「それが彼のやり方ってものよ。言っておくけど表の人間なんてそんな連中ばかりよ?」

「それはスコールもだってことか?」

 ええ、とスコールは当然のように答える。

「私の場合はそこに楽しみが加わるけど。ねえ、貴女はどうなの?」

 話を振られたベッドの上に寝転ぶ女はのんびりと身体を起こす。

「教えて。貴女を貴女たらしめ、突き動かすその根本に存在する衝動を」

 それを聞き届けるとふふん、と鼻で笑って口を半月のように釣り上げる。その酷く歪んだ表情は先程部屋を後にしたあの道化師を思わせる。

 そして彼女は己の行動理由を短く、こう言い放つ。

 愛、だと。





 * * * 

 あとがき

 どうも東湖です。

 はい、シャルの暗躍回でした。

 まだまだ語らせ足りない部分とかがあるのでそこはまた別の機会、ということで。

 つーか、新キャラまた出たけど収拾つけられるんだろうか……。



[28623] 閑話1 「露崎沙種の受難」 (鬱注意)
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5
Date: 2011/10/03 14:42



 唐突な質問だが、世間は織斑千冬をどう評価するだろうか。

『ブリュンヒルデ』、『世界最強』、『鬼教官』、『(厳しい方の)お姉様』

 一般的なものから少々アブナイものまで人によって様々な評価はあるが、一貫して冷徹で自立した女性としての人間像を抱かせるようなワードが多い。

 事実、弟の一夏以外に家族のいなかった千冬は早くから自立し、たった一人の家族を養うために学業の傍らに就労に励んでいた。

 しかも学業も怠慢という訳ではあらず、常に生徒の模範とされるべき姿を取り続けて来た。その姿は誰が見ても自立であろう。

 しかし彼女の親友である露崎沙種の評価はこのどれにも当て嵌まらない。むしろこのような賛辞ある言葉の逆だ。

 彼女が織斑千冬を評価する時、こう表現する。

『真人間の皮を被った駄目人間』

 中々に酷い言われようだが残念なことにこの表現はあながち間違っていない。言い得て妙なものだが、実に的を射た表現なのだ。

 これは日本代表候補生として寝食を共にした沙種と実弟、一夏のみが共感出来る千冬の世間では見せられないようなあられもなくだらしない部分である。

 こんなことを知っているのは一番親しい者の特権とでもいうべきか、気を許しているからという信頼の表れなのか。兎にも角にも親近者にとってはいい迷惑である。

 では逆に、露崎沙種はどう思われているのか。

 第二回大会での射撃部門での優勝者ヴァルキリー、そして総合優勝を果たした織斑千冬の親友にして最高の好敵手。

 世間一般にジャンヌダルクと呼ばれ、学生時代では千冬同様に(ただし枕詞に優しい方のがつく)お姉様と持て囃されていた沙種。

 彼女を千冬はこう指す。

『私以上に真面目で、律儀で、潔癖で、どうしようもなく甘ったるいお人好し』

 これが千冬なりの賛辞なのか皮肉なのかは分からないが、嫌っている様な表現ではないのは確かである。

 むしろ自分にない丁寧さを羨ましがっているような、そんな感じのニュアンスが含まれている印象を受ける。

 ムチとアメ。格闘と射撃。ブリュンヒルデとジャンヌダルク。

 相反するような千冬と沙種。

 ちなみに彼女らの学生時代は薄い本のネタとして千冬×沙種なのか、沙種×千冬なのかという談義が後を絶えなかっただとか。

 これはそんな露崎沙種がIS学園に赴任してまだ一週間も経っていない初めての休日の出来事のことである。















 ピピピ、ピピピ、ピピピ……。

 目覚めは目覚まし時計のデジタル音だった。

 音に反応して半覚醒状態で耳を頼りに音のする方へ宙を彷徨うように手が伸びる。

 手だけで目覚まし時計を探している様子は本当にこの女性が世界一を取った人間なのかを疑いたくなるような醜態だ。

 ピピピ、ピピピ、ピピ。

 そして何度か空を切った後に目覚まし時計に行き着きアラームを止める。

「う、ん……。何時ぃ……?」

 時計の針が指す時刻は朝の六時過ぎ、休日に目覚める時間としては充分早い。

 この女性の日頃の生活リズムからすればもう少し遅い起床なのだが、枕が変わったせいかいつもよりも早い朝となった。

 もっとも同居している長年の親友はとっくの昔に起きて朝から書類の整理をしているのだが。

 しばらく虚ろな頭のまま、時計を見入っていた女性―――露崎沙種はほどなくして立ちあがりうーん、と伸びをする。

 同居人の開けて行った窓から差し込む太陽光はぼーっとした頭を否応なしに覚醒させる。

 何気なく壁にかかってあるカレンダーに目を移す。

 くるりと赤丸で囲まれた日曜日。

 大抵、何か特別な日であるという意味で囲ってあるのだが、沙種たちも例に漏れずにいる。

 今日がその例の日で、長いようで短い休日が始まる。







 食堂に着くと先に千冬が朝食をとっていた。今日が休日ということもあっていつもより人が若干だが疎らである。

「おはよ千冬、朝から事務仕事? マメだね~」

 そう言って沙種の前の席に着く。お盆には沙種同様、日替わり定食が乗せられていた。

「うちのクラスにはアイツがいるからな。他のクラスと比べて何かと書類が多いんだ。面倒臭い」

 朝から愚痴を溢す千冬。沙種が同じ職場の人間となったということもあり気が緩んでるのであろう。

 千冬の担任するクラスは織斑一夏という世界的にも特異な存在がいるため、必要書類も必然的に増えてしまう。

 しかも今週の始めに更に二人の転入生を一組に迎え入れることになったため、休日になった今でも書類を捌ききれてなかったのだろう。

 が、本人の性格からすれば今日は今日でやることがあるので残った書類は全て副担任の真耶に回してしまうのだろう。本当にご愁傷様である。

「ま、それも仕方のないことだけどね。しかし、どうして専用機持ちは一組にばっかり集まっちゃうのかね? うちのクラスなんて鈴ちゃんだけだよ?」

 一年生の専用機持ちは一組に一夏・仕種・セシリア・シャルル・ラウラの五人、そして二組の鈴と四組の簪の二人だ。

 明らかに一組に固まっている―――この中で意図して固めたのは五人中四人なのだが。

「仕方ない話だ。ラウラはともかく、デュノアは表向きは男なんだしな。同じ男である一夏と同じクラスにいれる他ないだろう」

「表向きはって、やっぱりあの子……」

「ああ、大きな声では言えないが十中八九、そうだろうな」

 千冬は転入初日からシャルルが女であることに気付いていた。生来の勘の良さなのか、培ってきた物を見る目の確かさなのか。

 沙種もなんとなくそうであるかもしれない、と察していたが千冬まで確証を得るまでは至れなかった。

「あの子が来た理由って一夏? それとも仕種?」

「さて、な。片方だけならまだいいが、両方もというのもあり得るな。どちらも今のフランスの情勢からすれば喉から手が出るほど欲しい物を持っているからな」

 一夏は世界で唯一ISを扱える男としてのデータを。仕種は世界の深桜とのコネクションを。

 もし仮に両方を手に入れることが出来ればフランスの立て直しは容易に叶う。それくらいに二人の立場は危ういものである。

「ま、そういう問題はおいといて。折を見て個人面談すれば? あの問題児ちゃんも一緒にさ」

「問題児……ラウラのことか。アイツはあれで自立してるんだがな」

「アレのどこがよ。千冬にべったりで自分で立ってないじゃない。千冬がべったりなのは一夏くんだけで充分だっての」

「誰がべったりだ、誰が」

「千冬以外に……っていっぱいいるか。ま、それでも一夏くんに依存してることに変わりないんだし。夏物だってどうせ一夏くんが用意してくれたものなんでしょ?」

「う……」

 実にその通り過ぎて何も言うことが出来ない。

「私に一夏くんにべったりだって言われないようにしたきゃ前に言ってたアレを私なしで出来るようにしないとねー」

 日替わり定食の鯖をつつきながらころころと笑いながら千冬に話しかける。

「アレ?」

「忘れたの? 私がここに越してきてしばらくしてから言ったじゃない」

「あ、ああ。そうだったな」

 沙種の言ってることを思い出したのかどこか不安げな相槌を打つ。

 いつもの鉄面皮はどこへやら、額から薄らと冷や汗が垂らしながら狼狽る様は世界最強ブリュンヒルデとしての威厳がまるで感じられない。

 人間、誰しも苦手の一つや二つは存在する。

 織斑一夏の女性関係然り、篠ノ之箒のコミュニケーション然り、セシリア・オルコットの料理然り。

 当然、完璧超人と思われがちな織斑千冬にも弱点は存在する。

 そう、それは。

「寮長室の大掃除よ」

 掃除―――もっと広く言ってしまえば家事全般だ。

 前々から沙種が計画していた休日返上の大掃除。

 それをせねばなるまい原因は二つあった。

 まず一つは織斑千冬の私生活のずぼらっぷりだ。

 千冬は働くことに一生懸命だった弊害か、炊事洗濯はおろか掃除すらまともに出来ない一人で暮らすには駄目人間一直線な人種に育ってしまったのである。根がそうであったのかもしれないが、その駄目っぷりはまさしく干物女と言ってもいい。

 しかも駄目人間っぷりに拍車をかけていたのは皮肉なことによく出来た弟だった。

 自分のために自分の時間を犠牲に働く姉のためにせめて家のことくらいは、と早くから姉を思って家事を覚えていった一夏だが、これに味を占めたのか気を許したのかはさておき段々と今まで駄目なりにやって来た家事はおざなりとなっていき仕舞いには全て弟に任せきりとなってしまっていた。

 本人曰く、「餅は餅屋だ。自分より一夏の方が上手いのだから任せている」、ということらしい。

 千冬がこういう性格であるが故、書類の皺寄せが全て真耶にいくのだろう。実に納得である。

 結果、千冬が一人暮らしをするとその私生活におけるあまりの駄目っぷりが遺憾無く発揮されてしまうのだ。

 そんな駄目駄目な姉の私生活を支えていた織斑一夏の頑張りがなければ、今頃二人はゴミ屋敷と化した織斑邸に埋もれていたことだろう。

「ったく。魚はこんなに上手に食べられるのにどうして部屋の片づけやら整理整頓が出来ないのさ?」

「潔癖症のお前に言われたところで何も響かないな」

 そしてもう一つの原因は露崎沙種の潔癖症だ。

 千冬が健全な暮らしを送れているのは一夏と沙種の二人がいてこそである。

 綺麗好きの沙種がいなければこの惨状は拡大していたに違いない。もしも沙種が潔癖でなければという仮定をした時の寮長室の惨状は予想の遥か斜め上をいくだろう。

 沙種の潔癖は生まれついての血筋に由来する。

 そうあらねばならない-―-そういう生き方を露崎の人間は強いられる。

 それは沙種はいうにあらず、仕種もまた同様だ。

 潔癖はそういう生き方についてきたおまけみたいなものだ。

「そーですかー。とりあえずそういう訳なんで飯食い終わったら掃除開始するんでそこンとこよろしく」

 ちなみに残っていた千冬の分の書類は大方の予想通り全て真耶に押しつけたのだとか。強く生きろ。














 朝食を取った後、寮長室に戻りジャージに着替えた時点で時計の短針は九時を指そうとしていた。

「にしても……。まあ、こんだけよく広げたもんだね、逆に感心させられるわ」

 部屋中をひっくり返ったような寮長室を一瞥してから沙種は大きな溜息を吐く。

 沙種がこの寮長室で寝泊まりするということが決まってから掃除したであろう跡が見て取れたがそれでもその場凌ぎ。そんなボロも沙種にかかればすぐに見破られていた。

 千冬は基本、片付けるのが苦手な人間だ。

 出したら出しっぱなし。元に戻すということをしない。

 知らないのではなくしない・・・というところに生来片付けの出来ない人間の性質の悪さを感じる。

 これほど酷いのであれば、職員室の自分の机も大丈夫なのだろうかと危惧したがそこは意外なことに思いのほか片付いていた。

 ここはこれほどの惨状であるのに、どうして職員室の机は綺麗に片付いているのだろうか。

 と、そのムジュンも一週間共に生活するうちに解けた。

 職員室の机も表面上片付いているように見えるが、あそこに必要書類を置いてないだけ、要は全て真耶任せなのだ。仕事に真面目だというのは嘘だったのか。情報操作も大概である。

 しかし、プライベートで気を許せるといっても限度がある。今回のこれはその範疇を完全に超えていた。

「お前が来たらしようと思ってな」

 沙種のぴしりとこめかみに青筋が走る。自慢げに言ったことが更に彼女の中の腹立たしさが二乗となった。

「つまりは私頼みと?」

 頬をひくつかせながら、精一杯堪忍袋の緒が切れるのを堪えている。

「好きだろう、掃除」

 その言葉に沙種の中の種的なナニかがはじけた。

「へえ、そんなこと言うんだぁ。千冬。そっかそっか。そうなんだぁ……」

 ハイライトの消えた沙種で振りかえると、千冬は思わずたじろぐがレイプ目になった虚ろな目が千冬のその姿を逃さないよう捉える。

 空鍋でもやるんではないかと思えるような重い雰囲気を纏っている沙種はフ●ースの暗黒面にでも堕ちたのかと思えるほど黒く、スーパーサ●ヤ人になったのかと思えるほど激昂していた。

 日頃ジャンヌダルクと呼ばれる気さくな人物とはおおよそかけ離れて入るがその威圧感は流石というべきか、並のIS選手ですら裸足で逃げだしそうなほどハンパない。

 こんな地雷を平然と踏み抜くのも世界広しと無二の親友と天災ウサギの二人しかいないだろう。

「い、いや。それはそういうつもりで言ったのでなくてだな」

 千冬はなんとか釈明してみせるがそんなものは今の沙種の耳に入らない。

「ああ、別に気にしてないわ。私のことをそんな便利な人間だと思ってたトリガーハッピーな千冬の頭にちょーっとカチンときただけ」

 いや、ちょっとどころでそんな虚ろな目にならないだろうという千冬の心のツッコミは軽く受け流して。

「言っとくけど、例のアレ・・・・まだ生きてるのよ? もしよかったら世間に大々的にバラしてもいいのよ? 初恋の人は中学の二年の時で相手は剣道部の顧問の……「言うなああああああっ!?」」

 今まで見たことのないようなうろたえ方を見せる千冬。

 普段の毅然とした面影キャラはベルリンの壁の如く完全に崩壊してしまっている。

 千冬の態度はまるで乙女の秘密を知られてしまったかのような―――まあ、事実その通りなんだが。

 露崎沙種は織斑千冬を弄ることの出来る数少ない人物である。

 それはあの天災、篠ノ之束ですら出来ない偉業の一つに数えられる。

 束の場合、悪ふざけをしても秘密を漏らそうとしても大抵千冬にのされて有耶無耶にされて揉み消されてそれでおしまいなのだが沙種の場合は違う。

 千冬の非常に繊細な部分の弱みを握っているため、まず勝てない。要するに青春時代の恋愛関係だ。

 それに束は学校では千冬と沙種以外に興味を示していなかったのでこういうネタで弄られるようなこともなかったのだ。

 そういう訳あって免疫の薄い千冬にとって沙種はこのネタで弄られるとどうやっても逆らえない人物の一人でもある。

「棺桶にまで持って入ろうと思っても入りきらないほどの千冬の恥ずかしい過去はこちとら山ほどあるのよ? リア充のノロケともいうべきかしら? それに日本代表選考の祝賀会で酔いつぶれた時に、あの人のことをまだおも……「だから言わないでくれええええっ!!」」

 ……正直な話人心掌握と言えば戦術的だが、ぶっちゃけ脅しである。











「さて、始めるわよー」

 ひとしきり弄ってスッキリしたのか暗黒面から解放された沙種はいつもどおりに戻っていた。

 で、相対する千冬はというと掃除開始時点で弄り倒されて既に草臥れていた。

「とりあえず私は冷蔵庫整理と。千冬はいらないものはゴミ袋に詰めてってね。あ、言っとくけどプラゴミとは分けて入れてね。そうでないと区の条例でひっかかるみたいだし」

「分かった分かった。相変わらず細かいなお前は。燃えればみんな同じだと有名な環境学者は言ってるぞ」

「そうじゃないって世間一般が信じてるから分けていれろっていう規制があるんでしょうが。それと前から言おうと思ってたんだけどさ、冷蔵庫の中身が酒と水とアテだけってどういうことよ……!?」

 その中に所狭しと並んでいるのは酒(ほとんどがビール)と酔いを醒ますための僅かなミネラルウォーター。そして食糧といえばタコワサやらイカの塩辛やらサラミやらチーズやら出るわ出るわお酒のお供のオンパレード。いつからこの冷蔵庫はお酒のおつまみのコーナーになった。

「食事は食堂にいけば出る」

「うん、それはその通りなんだけどね……」

 千冬のいう通り、食事に関しては食堂を使えばいいだけの話なので必然的に冷蔵庫の中身はこういうことになるんだろうが、なんていうかこれをリアルで見てしまうと色々と萎える。

 まさしくリアル自炊しないOLの冷蔵庫だ。いや、それでももう少しマシなものが入ってる筈だ。二十代半ばで既にこういうのってどういうことなんだおい、これは流石に一夏くんおとうとが泣くぞ。

「はあ……、とにかく千冬は風呂掃除とトイレ掃除が終わったらゴミ捨てもして来てね」

「待て。やること増えてないか?」

「失礼な。か弱い私は千冬がゴミをまとめたらこの後部屋中に掃除機をかけてるんですけど。それとも何? こんな状況になった本人には私的にはキリキリ働いてもらわないと不満なんですけど、何か反論あります?」

「いや、しかしだな……」

「例のアレの件だけど……「仕方がないな、今回だけだからな!!」うん、分かればよろしい」

 よく出来た主従(?)関係だった。









「はあああああ。一休みっと」

 掃除機を止め、ベッドの上に腰掛ける。

 二時間程で見違えるほど綺麗になった。

 ちなみに千冬は今、ゴミ出しに行って部屋にいない。

「もう少し、こまめにでも掃除してくれればこんな大掛かりなことしなくてもいいんだけどなあ……」

 それが無理な人種というのが織斑千冬なのだからしょうがないか、とすっぱり諦める。この思考の切り替えの早さは千冬に準ずるものがある。

「さて、待ってるのもなんだし仕上げに入りますか」

 そういってダンボールを崩すためにカッターを手に取る。

 カチカチカチ、という音と共に伸びる銀の刃。

 スムーズに動いていた沙種が急に刃物に魅入られたように動きが止まる。

 突然、言いようのない衝動に駆られる。

「あ―――」

 喉を奥から声が漏れる。

 カラカラと乾いて無意識に支配されそうになるのを必死にこらえる。



 キズツケタイ。



 どうしようもなく叫ぶ私の内なる衝動。

 もう許した筈なのにそれはまだその味を知っているからなのか子供のように駄々を捏ねて欲しがる。

 それはもうしないと決めた筈の―――、



 ワタシヲキズツケタイ。





 自傷衝動。



「沙種っ!!!」

 千冬の声が沙種を現実に引き戻す。どれほどの時間を刃物に魅入られていたのだろうか。

「ち、千冬……? あれ、もうゴミ捨てに行って来たんだ? 早かったね?」

 茶を濁すように力なく沙種は笑う。が、その顔色はとても千冬が見た数分前と同一人物のものとは思えなかった。

「そんなことはどうだっていい! 何をしようとしていた!?」

 ずんずんと歩み寄って沙種の手のカッターを乱暴に奪い取り手首を確認する。

 リストバンドで隠されていた手首の下には痛々しい傷跡が残されていた。

「あ、これ……? ダンボールバラそうと思ってカッターを取ったまではよかったんだけどそこで魅入っちゃって、ね」

 バツの悪そうに沙種が答えるが、千冬は表情を曇らせるばかり。

「沙種、まだ治ってないのか……?」

「……うん。刃物を見ただけでちょっと意識が、ね。今のままじゃ台所に立つのも難しいかな」

 自傷衝動。

 沙種が総合優勝を果たした裏で慢性的に悩まされていたものだ。

 第二回IS世界大会、通称モンド・グロッソ。

 優勝候補は当然、前回大会の総合優勝を果たした織斑千冬だった。名実ともに世界最高のプレイヤーであり、彼女を凌ぐプレイヤーは他にいないだろう。それが世間の目だった。

 優勝候補は彼女一強だったが、それに待ったをかける人物が一人だけいた。

 露崎沙種。強大な力を持つがために自由国籍権を持つ彼女は日本を離れ、フランスの代表として今大会に参加していた。

 確かに射撃では千冬に勝るものの、総合すれば沙種は千冬に一歩及ばずにいた。

 それが原因で第一回大会は日本代表としての参加資格を逃したのだ。

 今大会も大方の予想通りならば優勝するのは千冬の筈だった。実力差的にも、これまでの戦績からしても、相性的にも。

 が、事件は起こった。

 迎えた決勝戦の朝、千冬の元に一報が入った。

 織斑一夏が何者かに拉致された。

 その報を聞いた千冬はすぐさま飛び立った。

 たった一人の家族おとうとと己の名誉を天秤にかける筈もない。

 織斑千冬とはそういう人間であったし、千冬には弟を救いだすだけの力を持っていた。

 結果は織斑千冬の決勝戦棄権。不戦勝で沙種の優勝が決まった。

 大番狂わせとはこのことだ。第一回大会の代表選考の予選で破った相手が今大会で優勝するなんて誰が予想しようか。

 この逆転優勝は世界的に波乱を呼んだ。

 ある人はこの状況をひっくり返したこのフランス代表の若き乙女に過去の英雄になぞらえて異名を与えた。

 ジャンヌダルクと。

 世界が英雄が生まれ沸き立つその裏で、沙種の心を後悔の二文字が蝕み始めた。

 優勝は本来千冬に与えられる筈だった。大会二連覇という華々しい形で終わる筈だった。

 私がそれを奪ったのだ。

 勝つことに重さを感じたことはなかった。それが露崎沙種の勝負に対しての心構えであったし、勝つことは息をしていることと同じだと自身で言っていたほどだ。

 しかし、あの試合で千冬に勝った・・・ことに対してだけはいつまでも沙種の心の中の申し訳ない気持ちは燻り続けていた。

 自らを罰する何かが欲しい。

 懺悔では物足りない。そんな目に見えない何かで自分を納得させることが出来なかった。

 自分は目に見えるあかしが欲しかった。

 そして、自らの手首を切った。

 滴り落ちる鮮血。とたんに襲い来る眩暈、脱力感。

 ただ、それを眺めていると不思議と安息が生まれた。

 罰を与えることで自分が生きていることを許されているような気がして、自分が生きているための必要な手段として手首を切るようになった。

 沙種のリストカットは段々と常習化してきた。

 試合前に気持ちを落ち着かせるためにやることも多くなった。一日に何度も試合があれば何度も手首を切ることはそう珍しくなかった。

 そうやって自分を傷付けることで心の平穏を保ってきた。試合に臨める状態を強制的に作り出していた。

 手首から流れ出るつみを見ることで生きている実感が得られた。

 そうやって自分に罰を与えることで生きることを自分に許していた。

 そんな歪で不安定な生き方ながらもその後のフランスやEUの大会でも優勝を重ね続けた。

 そうしなければいけなかったから。そうしなければ生きてはいけなかったから。そうしなければ守れなかったから。

 そんなことも知らずに周りからの期待が大きくなる。その度に繰り返される自傷行動。

 まるでメビウスの輪のように終わることのない負の連鎖。それが終わるとすればそれはきっと―――。









 そしてEUの世界選手権の時にその時は訪れた。沙種は織斑千冬が引退した今、EUだけでなく名実ともに世界最強のプレイヤーとして君臨していた。

 沙種はいつも通り、待ち時間に自傷行為リストカットをし試合に備えていた。

 この大会は昨年、優勝して二連覇がかかっている――奇しくも千冬のモンド・グロッソと同じような状況となった。

 そのことが妙に可笑しい。

 立ちあがった瞬間、異変が生じた。

「あ、れ―――?」

 沙種の視界がぐらり、と傾いた-――否、傾いたのは沙種自身の方だった。

 沙種の身体は受け身を取ることなく地面に叩きつけられた。

 少し前から何度か体調を崩していたが、立てなくほどここまで酷いものはまだなかった。

 度重なるリストカットが原因となる体内の酸素量が急激に低下にしたことによる重度の貧血。

 沙種にとって繰り返して来た自傷行為のツケがこんな場面に現れるとは思ってもいなかった。

「駄目……。これから試合があるのに、どうして……」

 立ちあがろうと身体を動かそうにも身体が重くその場を動くことすらままならない。

 それ以上に今まで感じたことのないような虚脱感が身体を襲う。

「う、そ……」

 血が止まらない。いつもよりも出る血の量が多い、多すぎる。こんな血溜まりが出来る程の血の量が出るなんてことはなかった。

 動脈を切ってしまったのだ。

 動脈は心臓から送りだされる血液を送る血管で逆は心臓に帰っていく方の血管を静脈という。

 普段の場合、静脈を傷つけるのだが今回は痛覚が麻痺していたからなのかいつもよりも深く切り、動脈をつけてしまった。

 動脈は心臓から血液を送り出されるために動脈を傷つけるというのは血を外へ放出しようとするのと同義。

「い、嫌……。死にたくない。死にたく、ないよ……!」

 お願い、誰でもいいから私を助けて……!

 あの日以来、虚ろな生を生きていた沙種にとって初めての渇望だった。

 たった一人の妹を守るために自分を押し殺した望まざる生き方を強いられてきた沙種。

 自分を傷付けることでしか生が実感できなくなったそんな歪な存在は確かに生を求めた。

 生きたい、死にたくない、と。

 天にその望みは通じたのか薄れゆく意識の中、沙種は倒れた音を聞きつけて部屋に入って来た人間の悲鳴を聞いた。

 地面に広がる赤。私の周りを取り囲む喧噪。

 身体は持ち上げられ担架に担がれた時に悟る。

 ―――ああ、私はもう戦わずして負けたのか。

 そう沙種の中の結論付けられると今まで張り詰めていたものがぷつり、と意識と共に切れた。









 その大会のトーナメント一回戦。露崎沙種はアリーナに姿を現すことはなかった。

 結果は露崎沙種の大会棄権。皮肉にもあの時の意趣返しのような呆気ない幕切れだった。

 それが露崎沙種の大舞台での最後の戦いとなった。

 その年の終わり、沙種は現役を引退した。

 沙種自身がもう戦えるような精神こころではなかった。

 それがちょうど一年前。

 沙種と仕種はこの一週間後に日本に帰国した。





















 当時のことを思い出したのか千冬は顔を顰める。

「そんな暗い顔しないでよ。もう一年近く手首近く切ってないから大丈夫だって」

「だが……」

「もう心配性だな千冬は私が大丈夫だった言ってるんだから大丈夫……っておよ?」

 沙種の目にある物が目に留まる。その先にあったのは分厚い本で広げて見ると中身はアルバムだった。

「懐かしいね。私たちが高校に入学した時だっけ?」

「ああ、そうだな」

 頭一つ抜けたセーラー服を身に纏った千冬と沙種に束、それぞれの下には一夏、仕種、箒が写っていた。

 写真に写る姿は高校生の時のものでまだISが発表されておらず、親友の三人はただの学生でその弟妹たちもただの子供だった。

 同じような状況下にいた筈の千冬と沙種はまったく逆な性格だったが、それ故に引かれあったのだろう。

 そんな姉たちとは違い同じような境遇で育ったためか仕種も基本的に姉に迷惑をかけないような聞き分けのある子であった。

 ただ仕種は一夏と対照的に大人しい子で、活動的な一夏とは真反対の存在だった。

 それでも根は同じでよく遊んでいた。

「いやあ、もうアレがそんなに前になるなんて。時の流れの早さを感じるね」

「まったくだ。二人揃って小学校に呼び出されたときには何事かと思ったがな。今思うとまったく馬鹿なことで揉めたものだ」

 そう二人は先ほどの思い雰囲気はなくなりくすくすと笑った。

 パラパラと何ページかめくると、そこに束の研究室で撮られた写真が出て来た。

 その時の束の表情は他の写真に比べて非常に楽しそうだった。

「思えばISが出て、随分と私たちの立場も変わったね。ISなんてなかったら私たちただの苦学生だったのにさ」

「人は望む、望まざる関係なく変わらざるを得ないさ。その渦中にいた私たちなら尚更、な」

 千冬も沙種も束のIS関連に付き合わされていた。

 それは例の事件に端を発し、二人の世界は一変した。

 それはまるで、束が二人の立場を変えるために作ったかのように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そしてISの開発と操縦を初期段階から手伝っていた二人にとって敵はこの二人以外に存在しなかった。

 開発にも関わっていた二人は同じ第一世代を駆る相手との知識レベルが既についていたのだ。その上での訓練量と独自の戦術。

 その結果、二人は世界の頂点を知ることとなった。そしてその立場上の危うさも。

「だが、変わらないものだってあるさ。こうして二人でまた過ごせるんだからな」

「そうだよね。変わらないものもあるよね。なんだかんだで一夏くんに箒ちゃんに鈴ちゃんとも再会できたんだし」

 人の縁とは不思議なもの。知り合いは引き寄せられるように集まっていく。この分だとあのウサギ耳も……。

「とりあえず、掃除も終わったんだし祝い酒でもするか」

「真昼間っからビール? 今日だけだよ?」

「ほう、お前にしては随分と甘い処置だな」

「千冬にヤな思いさせたお詫びよ」

 そう言って冷蔵庫を開ける。

 取り出されたのは二人分のビール、そしてつまみのチーズ。

「ふむ、物足りないな。一夏を呼んでつまみでも作らせるか?」

「いや、そうしたら飲酒してるのがバレるから拙いでしょ」

 はっはっはと千冬は楽しそうに笑う。

「では掃除祝いとお前の帰国一周年を祝して」

「「乾杯」」

 カツン、と缶は小気味のいい音をたててぶつかりあった。





















 闇の中にそれはいた。 

 それは赤の瞳を闇の中で鈍く輝かせ、銀の髪は光のない部屋で仄かに光らせている。

 ベッドに倒れ込んだままの人形―――ラウラ・ボーデヴィッヒは動きを止めるように眠りにつこうとしていた。

 ピルル、ピルル、ピルル……。

 無機質な着信音が部屋に鳴り響く。

 眠りにつこうとしていた人形は身体を起こし、人へと姿を変え電話に出る。

「……貴様、何者だ」





 悪意が、動き出す。









 * * *

 思いのほか、重く長い展開になってしまいました。東湖です。

 元々は中盤みたいな軽い展開が続く筈だったのですが、何故か中盤以降シリアス全開に。

 で、ここから真面目な部分なんですがこの回では沙種の過去としてリストカットを扱っていますが、資料探してその文献を見ての表現ですから表現が足りないような部分があるかもしれません。

 作者自身そのような経験はありませんし、したいと思ったことも特にありませんので当然かもしれません。

 しかしだからといってこれは軽く済ませられないデリケートなことだと資料を読んで非常に感じたので一言添えさせていただきます。

 リストカットを助長するような発言だと言われればすぐに撤回致します。

 ただ、こういうのは一言断っておかなければいけないような重い内容なので書かせていただきました。

 蛇足ならばすいません。東湖でした。



[28623] 第二十話 「切開し節介する」
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5
Date: 2011/10/22 01:33


side:露崎仕種



「おはようございます」

 シャルロット―――学校ではシャルルにしておこう―――に部屋を襲撃されてから二日経っての月曜日。私はいつも通り学校に登校した。

 ただいつも通りというのは表面上の話。中身はシャルルにエンカウントした時の対処をどうしようと内心びくびく状態なのだ。

 まあ、下手をすればあのままえっちい展開になってたんだから無理もない話かもしれない。

「おはよう、仕種」

 シャルルも表面上はいつも通りだった。自分のコントロールが上手いのだろう、よかった鈴の時ほど確執は長くなさそうだ。

「あ、ああああ、ううううううう……」

 と、思った矢先何がスイッチかは知らないが急に紅潮し出す。

 ……前言撤回。シャルルお前もか。

 シャルルのことを除けば教室はいつも通りだった。

 他にあるとすれば学年別トーナメント行事ごとを心待ちにする特有のちょっとした高揚感。 

 そんな賑やかな雰囲気もラウラが教室に入ってくると霧散してしまった。

 一週間経った今でもラウラだけはこのクラスに馴染んでいない。十代女子特有の気難しさがあるのかもしれないが、それよりもラウラの方が狎れ合いだとクラスの輪に入るのを拒んでいる方が大きい。

 言葉を発してはいけない重い空気はまさしく冷や水をぶっかけられたかのよう。……なるほど『ドイツの冷や水』とはよく言ったものだ。

 実力は軍属とあって非常に基礎能力が高く、その上で織斑先生に指導を受けていたらしくその実力はセシリアや鈴と比べると目を見張るものがある。

 おまけに彼女の機体は第三世代のレーゲンモデル。あの慣性停止能力アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AICが積まれているのだ。実弾を主力とする私にとって厄介なことこの上ない。

 それにしてもアイツの視線がずっと私に注がれているのは気のせいでしょうか。

 転入初日以来、一夏を目の敵にしてきたラウラが今ここにきて私に対して何を恨むようなことがあるのでしょうか。

 それともアイツはあのこと・・・・に気付いたのでしょうか。

 そんなことを考えていると隣の席の子が話しかけて来た。ラウラがいるからか声を押さえての話声だった。

「ねえ露崎さんって例の噂信じる?」

「噂? 噂って何の話ですか?」

「あれ知らないの? 情報通っぽそうだから一番にキャッチしてると思ったのに」

「情報化社会においてそれは致命的だよ? 死活問題だよ? そんなんじゃ生きていけないよ?」

「仕方ないじゃない。だってほら、露崎さんってば篠ノ之さんやセシリアと違って織斑くんに興味なさそうだし」

 中々キツイことを言われてる気がするが気にしない。日頃キツイことを言ってるバチが当たっただけの話だ。しかし言いたい放題ですねあんたたち。

 女の子の間では一週間前からこんな噂が一年だけではなく三年まで流れている。

 曰く、今度の学園別個人トーナメントで優勝すれば織斑一夏と付き合える……って待て、この話どこかで聞いたことないか? 確か、どこぞのポニーテールが……。

「あ」

 ドンピシャリ。あまりに見事に合致しすぎて開いた口が塞がらない。

 ねえ、こんな時どういう表情をすればいいと思う?

 笑えばいいと思うよ? ……全然、笑えないんですけど。

「ん? 露崎さんどうしたの?」

「い、いえ。何でもないです」

 言葉を濁し、動揺を隠す。しかしその裏には激情が渦巻いていた。

 し、篠ノ之箒いいいいいいいいいいっ!!

 何をどうとち狂えばこんな噂が流布するようになるんですかああああっ!?

 こちらが篠ノ之箒おさななじみの行動に理解に苦しんでいると、となりの女の子は話しかけてくるのだがどこか様子がおかしい。

 擬音語ならそわそわといったところか。それとそれはどこか一大決心を伴ったようなそんな感じだった。

「それで、頼みたいことがあるんだけど。もし、露崎さんが優勝したら織斑君と付き合える権利譲ってくれない? お願い!この通り!」

 ……なるほど、そういうことですか。

 自分たちでは専用機持ちと戦っても勝ち目はない。訓練機とは性能は一線を画す上になんてったってこの学園に来てからISの稼働訓練をやってる彼女たちと違って専用機持ちはこの学園に来る前より何かしらの訓練を受けて来たため稼働時間が段違いなのだ。

 専用機持ち同士が潰し合えば万に一つチャンスはあるかもしれないがそれでも確率は万分の一。そんな宝くじの一等を当てるような真似が到底出来る筈もない。

 しかし、トーナメントで優勝しなければ織斑一夏と付き合うという千載一遇のチャンスを無に帰すことになる。

 そこで彼女たちは考えた。

 じゃあ、専用機持ちにも勝てる相手を立てることで自分たちの代わりに優勝してもらおうという魂胆なのだ。

 そういう意味で私に白羽の矢が立てられた訳だ。実力は一年の中でもトップクラス、専用機持ちにも全勝。

 おまけに他の専用機持ちたちと違って一夏に対してあまり恋愛対象として見ていない。彼女たちにとってはあまりに美味しいパイなのだ。

「ああっ! ずるい! あたしにその権利譲ってくれたら三年間、デザートは奢って上げるけどどう!?」

「わたしなら上とのコネクションを使って露崎さんに色々便宜図って上げられるわよ? 卒業後もばっちりサポートよ?」

「私なら今作ってる一シャル本を出来たら一番にあげるからっ! 他にも色々一夏本付けるよ!!」

 どれだけ賄賂を積まれたって誰からの誘いも受けるつもりはないんですけど……って最後のは待ちなさい、私にそういう趣味はありません! 一夏のナニとか興味ありませんから!!

とりあえず、これ以上広がらないよう情報統制という抑止をかけよう。

「……その噂、千冬先生も公認なんですか?」

「「「え゛……!?」」」

 温暖化、温暖化と騒がれているがここの一角に氷河期が訪れた。

「え? だってそうでしょう? 女の園でたった二人の男子と付き合うってことは必然的にも千冬先生の耳にも入る。向こうが認めてないのにも交際してたら授業も気まずいったらありゃしないですよ?」

 もっとも千冬姉千冬姉と日頃言ってる一夏が同年代との恋愛に興味を示すなんてあり得そうもないんですけど。

「そ、それは、ねえ……?」

「どう、だったかなあ……?」

「あ、あははははは……」

「あ、あたし情報のウラ取りに行く……!」

「ま、待ちなさい……! もうすぐ織斑先生のHR始まるのに今出て行くのは自殺行為だって!」

「大丈夫だ、問題ない」

「それは死亡フラグ……って今ホントに出てっちゃ拙いからあああっ!!」

「織斑先生に隠れて育む禁断の愛……。そしていつの間にかデュノアくんとの三角関係……。ジュル、そそるわあ……」

「あんたもなんかおかしいから!? 変態思考は本だけにしなさい!! 現実にそれを持ちこんだら血で血を洗う修羅場に発展するからあああああっ!!」

 まさかここで織斑千冬の名前が出るとは思わなかったのだろう、彼女たちの動揺の色は激しかった。指揮系統は一気に崩壊。戦線は維持できずHRが始まり解散となった。

 一夏と付き合うということは上手くいけば将来的に千冬先生が義姉になる可能性があるということでもある。

 強過ぎる姉なんてうちの沙種ねえさんで間に合ってる。それに私生活でいい話聞きませんし。姉さんそのことで愚痴ってばかりだったしなあ。

 これで噂も広まるのが止まってくれればいいのですが。はあ……。









 結果を先に伝えておこう。

 うん、無理♪ 無理に決まってるじゃないですか♪

 女子の妄想力というのは恐ろしいもので事象を勝手に都合のいいように書き換える能力でもあるのだろうか、織斑先生も公認なのかという確認通達はいつの間にか織斑先生のお墨付きという確定情報として学園中に出回っていた。

 女子の情報の伝わる早さを甘く見てましたよ!! それが誤報だとしてもお構いなしに広まるんですから性質が悪いったらありゃしないですけどね!

 結果として私が止めようとして流した情報は昼休みになった今も余計に悪い状態で噂は全校に広まりつつあったのだ。

「うあああああ……。ホントに頭が痛い」

「仕種大丈夫?」

 顔を覗き込んでくるシャルル。男装をしているとはいえ女だと分かればホントに女にしか見えないのは不思議なものです。

「体調的には何も問題ないです、精神面だけですので。それもこれも噂のせいです。なんで私がこんなにきにしなきゃいけないんですかあ……」

「噂? ああ、一夏がどうとか?」

 一夏がどうとかの話はあってもシャルルがどうとかの話はとんと聞かない。

 何故に? 会社の娘として嫁ぐには夢が大き過ぎるから皆遠慮してるんでしょうか?

 それとも何か神聖化されてるのでしょうか? ん? 遠くでぶるあああああああああああ!!とか、おおおおおおううううるはあああああああああいる!! ちょめちょめああああああああ!!って叫び声が聞こえたのは気のせいだろうか。

「ホントだったら箒が・・個人別トーナメントで優勝すれば一夏と付き合ってもらうって内容なんですけどねー……」

 それがどこでどう間違えたのやら。今や全校中は『個人別トーナメントに優勝すれば織斑一夏と付き合える』と広まっている。

 そもそも各学年の優勝者と付き合うのか。三股か、公然と三股が許されるのか。そんな光源氏が許されていいのか。

「ああ。あの時、篠ノ之さんの様子がおかしかったのはそのせいなんだ」

 ピシリと私の表情が固まる。ソレッテドーユーコト……?

「シャルル、なにか心当たりでも……?」

「あ、うん。ちょうど一週間前だけど僕が部屋の手続きとかで部屋に帰ったらちょうど帰って行ったんだ。凄いスピードで」

 そっか、あの時はそういうことだったんだ、と一人納得しているシャルル。

 そんな穏やかな思考のシャルルとは正反対に私の感情の海が一気に荒れた。

 ば、ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?

 どうしてそんなことを廊下でやってるんですか!? 屋上とか裏庭とか体育館裏とか人気のない場所を選びなさいよおおおっ!?

 頭ん中は乙女思考おとめチックモード全開のくせに行動がそれに伴ってないじゃないですか! 廊下で宣言とか漢らし過ぎるわ!?

 それにここはIS学園ですよ!? 乙女の園ですよ!? 噂好きおんなの巣窟なんですよ!?

 迂闊にも程があります! それこそこんなこと引き合いに出すのはいけないことなんでしょうけど千冬先生の授業で居眠りかます位に迂闊すぎますよおおっ!?

「う、はあ……」

 非常に激しいツッコミの嵐(ただし、頭の中で)を終えた後、溜息が洩れる。

 溜息を吐くと幸せが逃げるとかなんとか言うが、一夏関連のことに首を突っ込んでる時点で既に私の幸福のパラメータはガリガリと削られているのだ。実にいい迷惑である。

「だ、大丈夫? 仕種」

「……大丈夫です。幼なじみの行動の軽率さに呆れ返って脱力してるだけです」

 まったく、一夏にしても箒にしても迂闊過ぎます。もう少し慎重になるべきです。せめてシャルルくらいには……ってシャルルも似たようなものか。

「それでこれからのことなんですがどうするつもりですか? このまま三年間隠し通せるとは私は到底思えないのですが」

「確かにそれは自身がないかな。だから必要なデータが集まったらお払い箱かな」

 確かにそれは政府としては当然の方策だろう。データ収集が済み、シンリ・シュヴァリエとのコネクションが確立すればフランスの黒い部分を知るシャルルは不要となるということを聡いシャルルは理解していた。

 だからシャルルは諦観している。これから起こるであろう運命に身を任せ、抗うことなく流され終えていくつもりだろう。

 使い捨ての人生もしょうがなかったと諦めれば色々と悟れることもあるだろう。

 だから気に入らない。そうやって諦めているのを。悟った気になっているのを。

 あるがまま、為すがままを受け入れることも重要だが流されるだけでは運命を勝ち取ることが出来ない。

 私自身もあるがまま、為すがままを受け入れざるをえないような生活を送ってきたがその心まではあいつらに捧げたことは一度もなかった。

 あいつらの喜ぶことをしようがそれは私との利害が一致したからであって屈服した訳ではない。

 あるがままの偽りの安息の終わりを求めていたから、今に繋がっているんだと私は信じている。

 だからシャルルにもせめて、一矢くらい報いて欲しかった。あいつらのいいなりのまま、負けたまま終わって欲しくなかった。

「シャルルはそれでいいんですか。そんな終わり方で。そんな決められたレールで」

「良いも悪いもないよ。僕はただその方針に従うだけ。悔しくはあるけど、僕にはそうする以外方法は取れないんだ」

 その一言に言いようもない感情が胸を燻る。それは今まで感じたことのない一瞬にして煮えたぎった熱湯のような激情だった。

 ああ、きっと鈴も同じ気持ちだったのだろう。こうやって本心ではSOSサインを送り続けているのにそれを見て見ぬ振りをして心を偽られるということはこんなにも見ていてもどかしいものか。

 私もこうやって自分の本心を偽って本当を隠してきたのだろう。

 『仕方ない』と言い訳して。建前という嘘の仮面を被って。

 きっとその気持ちと向き合うのが怖かったんだ。

 本当に選びたかった道はどうしようもなく困難で心が折れそうで。どう足掻いたって上手くいく算段なんて見つからなくて。ならばいっそのこと見なかったことにしたくて。

 そうやってホントウを偽って、騙して。見たかった世界に蓋をして。

 おそらく今の感情は自己嫌悪。自分で自分の醜いところを鏡合わせにされたような錯覚。

 でもそれが私の今の姿、真実の姿。助けを求めているのに助けての一言をどうしても言いだせない弱い自分。

 本当は好きなのに好きの二文字がこれから起こるかもしれない絶望に押しつぶされて口にすることが出来ない憶病な自分。

 あまりに脆くて、か弱くて、どうしようもなく孤独な自分を映し出した姿。

 シャルルの中に露崎仕種の弱い部分を投影したのだ。

「僕は短い間だったけど、この学園での生活は楽しかったよ」

「だからそういう話じゃなくて……! なんでそんな終わったような言い方なんですか! なんでもっと出来ることを探さないんですか!」

 だからこそ強く思った。諦めて欲しくないと。そんなに簡単に折れないでと。辿り着きたい未来に足掻き進めと。

 だからこそキツイ言葉が口を吐いて出る。それは変な期待の裏返しか。単なる弱い自分を見たくない八つ当たりか。当の本人でさえ感情の昂りにより何が正しいのかさえもあやふやだ。

 しかし、そのおもいはぶれることはない。この少女も幸せになるべきだと。もっと普通を謳歌すべきだと。

 それが叶わなかった仕種わたしはそう思って止まなかったのだ。

「そもそもこの学校にはですね……」

「デュノア、こんなところにいたのか」

 声に振り向くと千冬先生の姿がそこにあった。トレイには食べ終わった食器が乗せられていてこれから返しに行くところだろう。

「放課後、お前とボーデヴィッヒに個人面談がある。場所は会議室でだが、分からなければ山田先生に聞くといい」

「は、はい」

 この時期に個人面談とは珍しい。といってもやる人物が人物だから仕方がないか。

 相手はフランスとドイツの代表候補生。学園サイドとしても気を遣うところがあるのだろう。

「なんだ露崎、不機嫌そうだな珍しい。喧嘩でもしたのか?」

「そんな、喧嘩にもなってませんよ織斑先生。僕が、僕が悪いんですから」

 三人の間に微妙に気まずい空気が流れる。

「そうか、露崎」

「………………はい」

 バシンッ!! う、うおおおおお……。な、何故にこのタイミングで出席簿……? 私が悪いのか? とりあえず全部私のせいなのか……!? それで四角い世の中がまあるく収まるのであればいくらでも叩かれ役に……なりたくないなぁ……。

「お前が私のことを引き合いに出したような気がしたのでな」

 気がした、という理由で殴らないでください。した、という明確な根拠なしで殴らないでください。疑わしきは罰せずです。

 バシンッ!! 読心術とか勘弁してください……。















 side:シャルル・デュノア



 昼休みの仕種の言葉を思い出す。

『なんでそんな終わったような言い方なんですか! なんでもっと出来ることを探さないんですか!』

 嬉しかった。本当に自分のことのように考えてくれていた仕種が嬉しかった。

 焦れてあんなキツイ言い方になってしまったけど真に私のことを考えてくれていた。諦めてしまっている自分を叱咤してくれているような―――いや、実際その通りなのだろう、その言葉が私の胸を突かない筈はなかった。

 確かに仕種の言う通りだ。私は既に事を諦めていた。

 しかし、それも仕方のないことだ。

 あまりにどうしようもないほどに事は仕種が考える以上に大き過ぎた。

 事の始まりは一年ほど前。

 デュノア社で非公式ながら代表候補生をやっていた時には突如と現れた。

 元々は別の会社をやっていたという経歴が買われ古参を押しのけて彼はデュノア社の幹部、引いては右腕となる存在になった。

 思えば、それが全ての始まりだったのかもしれない。

 四月。

 彼は私に交渉を持ちかけて来た。

 いや、交渉というのもあまりにおこがましい。あれはあまりに唐突であまりに酷い一方通達めいれいだった。

『唯一のIS操縦者である織斑一夏のデータ収拾、及びにシンリ・シュヴァリエと接触しフランスへ帰るよう説得を図れ。出来なければシャルロット・デュノアの素性をばらす』

 あまりの無茶に眩暈すらした。

 時の人である織斑一夏への接触は子供ながらの自分でもその真意は理解出来た。それが如何ほどに貴重なサンプルであるかも。

 しかしフランスの稀代の天才、シンリ・シュヴァリエとの接触はどのような意図があるかは理解出来なかったが、それもすぐに理解することになる。

 この男、異常なほどに彼女に執着しているのだ。

 フランスには彼女のほかにも彼女に劣らない実力を持つ科学者たちは多い。

 が、彼は彼女しか認めようとしなかった。

 彼女の作りだすISこそが至高。彼女こそがEU最高の頭脳であると是が非でも譲ろうとしなかった。

 その妄念は尚も熱を持ち続ける。

 そして彼女への思いは形を変えて手段として篭絡せんと策を張り巡らせる。

 取られた策はハイリスク・ハイリターン。勝った時の配当は大きいがその倍率はあまりに高すぎる賭け。

 おまけに私への見返りなどそんなもの最初からアリはしない。全ては勝っても負けても親の総取り。

 その親というのがフランスではなく、彼個人というところに嫌らしさを覚える。

 だが私は彼の命令に乗らざるを得なかった。

 彼の取った人質はデュノア社の全社員の生活いのち

 彼の言い分を呑まなければ、何万という人間が路頭に迷うことになる。見捨てるにはあまりに数が多過ぎたのだ。

 いや、そもそも人質を取られた時点で私という人間は『見捨てる』という選択肢を選べないのだ。

 故に、縦に頷く以外に私に道はなかった。

 だってそうだろう。我が身一つと何万の生活。天秤にかけずともどちらが重いかは明白である。

 愛人の子であるという負い目のある私にとってそれが唯一の救いの道であり、唯一の親孝行であると彼は私に吹き込んだ。

 私の心が揺れたのは言うまでもない。

 きっとそれすらも彼は計算の内だったのだろうか。

 我が身ひとつを犠牲にすることで何万を救えるのなら、きっと差し出すだろうと。

 そんな心の隙間を縫うように彼の甘い言葉は私の揺れた天秤こころを大きく傾けた。

 そして、その命令を受け私はこの学園に来た。

 仕種の言葉は確かに嬉しかった―――しかしだからといって反抗したところで状況は好転しない。

 それも私にとっては過ぎた願い。心配してもらって引き返せるような場所に私はもう立っていないのだ。

 だから進むしかない。足掻くことは許されない。その先が泥沼でも、真っ暗闇でも、救いがなくても。茨の道を行く他に道はないのだ。

 そうしなければ私の守りたかったものは、デュノアの名はきっと―――。









「――――――ぁ」

 気が付けば授業は終わっていた。

 授業の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。

 授業が山田先生であることと席があまり前の方でないことが幸いした。上の空であったことに気付かれずに授業を終えていた。

 嫌なことを思い出していたせいか全然、授業内容が頭に入ってなかった。

 織斑先生ならばそんな状態の私に出席簿の一発や二発、軽く飛んで来ただろう。むしろ、今の私にとってはそっちの方が良かったのかもしれない。

「シャルル、今日も練習付き合ってくれよ。こないだの凄い分かりやすかったからさ」

 そして一夏はいつものように話しかけてくる。いつもなら嬉しい筈のそれが今回ばかりは胸に刺さる。

 仕種の方を見ると仕種は授業が終わるとこちらを見向きもせずに教室を後にする。

(仕種……)

 やっぱり怒っているんだろうか。次に会ったら絶交とか言い出すんじゃないだろうか。様々な疑念や不安が次々と湧いてくる。

 かといってずっとは気にしていられない。この後に個人面談が控えている。場所は以前に確認したからきっと分かる筈だ。

「ごめん一夏。今日、個人面談があるから練習には参加出来ないよ」

「あ、そうなのか。じゃあ、終わって時間があれば参加してくれよな。第三アリーナで待ってるから」

「うん。時間があれば、ね」

 曖昧に返事を返す。そんな自分の弱さに少しだけ自己嫌悪。

「一夏! 何をしている! 置いて行くぞ!」

「いつまでレディを待たせるつもりですの? 時間というのは有限ですのよ?」

 教室の入り口で篠ノ之さんとオルコットさんが急かす。

「っと箒とセシリアが呼んでるから俺も行くな」

「うん、頑張ってね」

「おう」

 そう言って一夏たちはアリーナへ向かって行った。

 とはいうものの今日は訓練をするような気分じゃない。

 だから今日は早く面談を終わらせて、早めにシャワーを浴びて、早めに寝てしまおう。

 そう指針が決まると、身体は楽に動き出し教室を後にした。







 

「デュノアです」

「入れ」

 二つノックをした後、会議室から厳かな声が返ってくる。

 会議室内は予想していた通り味気のない部屋だった。長机を並べて囲まれた大きな死角は大人たちがいかにも仕事をしてそうな空間だ。

「まあ、適当な場所に座れ」

「はい、失礼します」

 織斑先生に促され席に着く。

 しかし、こうやってブリュンヒルデと面と向かって一対一で話すなんて珍しい体験をしてるのかもしれない。

「さて、今日で転入して来てから一週間が経つが学校の方には慣れたか?」

「はい。周りにはよくしてもらってますし」

「よくしてもらって、か。お前の周りにお節介は多いし心配は無用だったな」

 仕種も一夏もお節介だと言ってるようなものだ。

 しかし、その仕種を怒らせてしまった。

「授業態度についても特に問題はないな。二カ月も先に来ている織斑に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ」

 その後も続く取りとめもない会話、談笑。

 このまま、何もなく終わって欲しいのだが―――。

「最後にデュノア、お前についてだが」

 そうも問屋が卸さない。

 織斑先生がこんな他愛ないことを話すために呼び出したりはしない。

 少なくとも、何かしらの明確な目的があってここに呼び出されている。そうでない筈がないのだ。

「何が目的だ?」

 その言葉に世界は絶対零度の世界に突入する。

 世界を切り離されたかのように感覚が痛いほどに鋭敏になる。

 織斑先生がすっと細めた目は怯えに満ちた私の心を射抜くかのように、端整な顔立ちから放たれる威光は私の弱い心を捉えて放さない。

 まるで狩人たる鷹の如く、いつでも弱者である私を狩らんとする目に心底震えた。

「な、何のことですか……? ぼ、僕はフランスの代表候補生に選ばれて、それで……」

 しどろもどろに言い訳を紡ぐ。そのちぐはぐな言葉を一体誰が信じられようか。

 しかし私はそう言うしかなかった。否、それしか言えなかった。

 各国が世界唯一のIS操縦者である織斑一夏のデータサンンプルを欲しがる中、フランスはその情報を特に欲していた。

 何せ未だ第三世代の開発に着手出来ていない上にあんなことが発覚したのだからその分を取り戻そうと躍起になるのも仕方がない話かもしれない。

 だからといって他人事では済ませられない。その役回りが不幸なことに自分に回ってきたのだ。

「ふむ。お前がそう主張するのならばそれで構わん。プライバシーの問題である以上、私も深く詮索出来ないしな」

 含みの持った言い方。ここで見逃してくれればどれほど楽な話か。

 しかし、織斑千冬だいまおうからは逃げられはしない。

「だが、お前が男にしては些か筋肉の付き方がひ弱だな。そんな軟弱な男子がこれから三年間大丈夫か?」

 シャルロットはこの時点で悟った。自分が性別を偽っていることがばれていると。

 IS学園の生徒では細身の男子として通っているのだろう。それこそフランスから来た貴公子と周りが騒ぎ立てるほどに。

 しかし、彼女の目は違った。いや、視点が違ったと言えばいいのだろうか。

 中性的なシャルルが女であるかを真っ先に疑った。

 確かに一夏と比べれば線も細いし、筋肉も男子として見ればかなり少ない。下手をすれば女子と間違えられるレベルだ。……事実、女子なのだからそれは仕方のないことなのかもしれないが。

 以前の事件の影響があるからなのか。それとも情報の裏が取れているのか。はたまた勘というものなのか。

 どの道、織斑千冬に既にばれているという一点の事実は変わりはしない。

「……僕は、どうしたらいいんでしょうか?」

 最後まで白を切り通せばいいものを、気付けばそんなことを口にしていた。

 簡単な話だ。私は観念して逃げるということを諦めたのだ・・・・・

 それに担任である織斑先生から何故かどうすればいいのかを教えてもらえるのではないか、と淡い期待をしてしまう。

 自分の正体を知られた敵に助けを求めるとはなんと浅はかなことか。

 だが縋らずにはいられなかった。

 降りしきる雨の中大きなな木の下で雨宿りしたくなるのは道理。

 それは伝わり辛いかもしれない、私の精一杯の『タスケテ』―――。

「さてな。自分で考えろ」

 しかし、縋り付きたかったその希望すら砕かれる。

 それはあまりに残酷な仕打ち。

 後ろめたいことを抱えている自分にとってそれは暗にこの学園を出ていけと言われているような気がしてならなかった。

 一言の圧力。下手に多弁で言い負かされるよりも時としてその威力は大きいことこの上ない。それが世界一の言葉であるのならば尚更だ。

 男装であることがばれどうしようもなくなり、そしてどうすればいいかすら分からなくなり。

 進退窮まり、これ以上の活動は無理だと心が折れてしまいそうになった時、

「ああ、言い忘れていたがうちの学校の校則にはこんなものがあってな」





 特記事項第二十一。

 本学園における生徒はその在学中にありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。

 本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。





 織斑先生がわざとらしく何かを思い出したかのように語りだした。

 その様子に訳が分からないとあまりにシュール過ぎる光景に思わずぽかんとする。まさか突然、校則を読み上げられもしたらたとえ普段冷静な仕種あってもぽかんとするだろう。

「……おかしいな。どこか間違っていたか?」

「いえ、間違ってない……と思いますけど。それってどういうことでしょうか……?」

「お前がここにいたいと言えばこの三年間この学園で学ぶことは約束される―――そういうことだ」

 織斑先生の言葉の真意が分からずに私は目をぱちくりさせる。

「ああ、ただし留年するなよ? あくまで三年間だけだ。それ以上は私も面倒は見切れん。三年でここで学べる全てを学んでさっさと出ていけ」

 その言葉にますます頭が余計に混乱する。

 ええと、それはここにいろということなのか? しかしさっきの出ていけとは矛盾しているような……?

「シャルル・デュノア」

「は、はい!!」

 急に名前を呼ばれて反射的に返事をしてしまう。

「この特記事項は受ける受けないはお前次第だ。よく考えろよ。お前が考え、お前が選べ。周りがどうこう言おうがお前がここにいたいという意思があればIS学園わたしが全力で守ろう。たとえそれが国家権力であろうとしてもな」

 そこまで聞いて初めて理解した。この人は私が女だと気付いても見て見ぬふりをしてくれるのだ。

 そしてそのことがばれてフランスが私を咎めようと手を伸ばしてもこの人は私が助けてと一言助けを求めれば守ってくれるのだ。まるでテレビの中のヒーローかのように。

 こと武力においてこの人ほど頼りになる人物はいない。それにこの学園にはもう一人の最強がいる。

 たとえIS学園を巡って世界と対立したとしてもこの人がいれば数日は持ち堪えることが出来るだろう。

 ああ、納得した。こんなお姉さんを持った一夏が彼女に憧れを抱かない筈がない。彼の中の彼女に勝つということは簡単ではない。

 諦めるにはまだ早い。

 ああ、そうだ仕種の言うとおりだ。まだ終わってなどいない。むしろ、まだ始まってすらいない。

 私にはまだ出来ることが残っている筈だ。その希望の芽が完全に摘み取られるまで諦め、屈するにはまだ到底遠い。

「それ、今からあいつらのところに行って訓練するんだろう? 頑張れよ男の子・・・

 その言葉が耳に届く頃には迷いなどすっかりと消えていた。私の行くべき道は決まっていた。

「はい! ありがとうございました!」

「ふ。礼を言われるようなことはしてないぞ」

「はい。でも言いたくなったので言いました。それじゃ駄目ですか?」

「勝手に言ってろ。後ろがつっかえてるんだ。行くのならさっさと行け」

 織斑先生はしっしと邪険に扱う。その裏は照れ隠しなのだろう。ああ、本当によく似た姉弟だ。

「はい、失礼します」

 一礼をし、会議室を後にする。

 扉を開くと外にはラウラ・ボーデヴィッヒが待っていた。

 転入してきた時と同じように目を閉じ、壁に寄り掛かっている様はお人形のように儚い存在感を醸し出している。

 あんな冷たい雰囲気を纏わなければ残念じゃないのに、という他の女の子たちの声にも納得出来る。

 そんな風に思うのも一瞬。次の瞬間には土曜日の対峙した時のことを思い出し自然と身構えてしまう。

「そんなところに突っ立っていると入れないんだが」

「あ、ごめん……」

 確かにいくら目の前の彼女が小柄とはいえこんなに堂々と入り口を塞いでいては中に入れない。

 反射的に謝ってから入口を譲ると不遜な態度で何事もないようにラウラは動きだしたかと思うと、

「……人攫いの国が」

 通り過ぎざまにそう呟いた。

「っ!?」

 その言葉の真意を聞こうとした時には既に彼女は会議室に入って行った。

 思いもしなかった一言に呆然と立ち尽くさざるを得ない。

 一つの希望を手に入れ、一つの空白を手に入れた。

 狂乱たる戦いの日はすぐそこまで迫っていた。





 * * *

 どうも亀更新で申し訳ありません、東湖です。

 ちなみにこの回、最初は黒い嵐(シュヴァルツェア・シュツルム)と付ける予定でしたが、なんかシュヴァルツェア・レーゲンのセカンドシフトっぽいなということでボツ。

 しかし千冬姉がマジイケメン。前回の醜態と足して引いてもカッコよさが上回る。
 それがちーちゃんクオリティ。世界最強の名は伊達じゃない。



[28623] 第二十一話 「avenger」
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5
Date: 2011/11/18 03:05




 side:織斑一夏



 第三アリーナ。

 織斑一夏は完全に息詰まっていた。

 その原因は言わずもがな、自称俺専属コーチの箒とセシリア+鈴のせいである。

 とりあえずいつも通り模擬戦をして悪い所の駄目出し。そういう流れだったのだが、問題はここからだった。

 解説がちんぷんかんぷんである。

 擬音語マスター箒の説明は相変わらず意味不明だし(てか、ずばばばばといった後にひゅいっってなんだ。ぽぽぽぽーんってのとどう違うんだ)。

 セシリアは屁理屈で固めた論文を聞かされてるような感じだし(今のは斜め45度前進の後、75度旋回? ごめん、生憎とそんな戦いながら角度計算なんて出来る聡明な頭脳を持ち合わせていません……)。

 鈴はフィーリングだし(こんな感じかと聞いても違うとか言うし、どないせいっちゅうねん)。

 しかもいつもはいる筈の解説役の仕種が体調不良を訴えて今日は不参加。そのせいでコーチ陣の御三方の解説ほんやくが全く分からずにいた。

 うああ。こんなんだと俺の頭も、もう限界……。

「「聞いているのか(んですの)一夏(さん)!」」

「一夏聞いてるー? ってありゃ、こりゃ駄目ね。完全に頭のブレーカー落ちっちゃってるわ」

 なあパト●ッシュ。俺もうゴールしてもいいよな……?

「一夏っ!」

 天の救いかシャルルが遅れて来た。おお、今のこの状況下だとシャルルが女神さまに見える。いや男だけど。

 どうやら個人面談は思いのほか早く終わったらしい。

 その表情は教室で会話した時のようなどこか鬱蒼としたものではなく、いつも通りの人懐っこい笑顔に戻っていた。

「ごめん、遅れちゃって。あれ、仕種は?」

「いや、調子が出ないみたいらしく今日は練習に出ないって言ってたぞ」

「そう、なんだ」

 シャルルの表情が僅かに翳る。

「ん、どうした? 仕種と何かあったのか?」

「あ、うん。大したことじゃないんだ。それより練習しようよ。トーナメントまでに詰め込むべきことはまだまだある訳だし」

「おお、そうだな」

 食い気味にツッコんでくるのが気になるが、とりあえずその通りだ。トーナメントまであまり時間がない。その間にレベルアップ出来るのであれば可能な限りしておかないと。

 そうでなければ、次にアイツと出会ったときに……。

「っ!!」

 飛んで来た砲弾を避ける。俺のいた場所には小さなクレーターが出来ていた。

 その先にいたのは、

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」

「アンタ危ないわね。密集地帯にところ構わずとりあえずぶち込むのがドイツ軍人の流儀あいさつなの? 授業ではそんなこと千冬さん教えなかったわよ?」

 仕種を見続けたせいか相手を的確に抉るように皮肉る鈴。

「黙れ。貴様が教官を知ったように語るな。不快だ」

 ラウラは嫌悪を隠すことなく俺たちに向かってぶつけてくる。どうやら、千冬姉について触れることはアイツの鬼門らしい。

「あっそ」

 相手の気分を害せたためか気分が少し晴れたらしく、鈴は適当にあしらう。

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』、そして日本の『白式』か。ふん、データで見た方が強そうではあったがな」

「言われてるわよセシリア。なんか言い返しなさいよ」

「なんでわたくしが!? 鈴さんも言われてますわよ!?」

「嫌よめんどいし。言い返したところでまたムカツクの言われるの目に見えてるし」

「ああもう! 一夏さんも何か言い返すことはありませんの!?」

「悔しいけど、事実だしなあ」

「どうして認めちゃうんですの!? 男の子でしょう!?」

 珍しくセシリアのツッコミが冴えまくる。こんなキャラだったか?

「はっ。こんな連中が専用機持ちとはな、余程の人材不足と見える。数くらいしか能のない国と古いだけが取り柄の国に、猿真似がお得意の国はな」

 カチン。その言葉は聞き捨てならない。

「言ってくれるじゃない。最近じゃ技術革新で世界経済の中核になって来てる国に向かってどの口聞いてるの? あと中国四千年の歴史舐めんな」

「千冬姉の祖国だってのに言いやがるじゃねえか。それは技術大国日本って言われてるのを知っての狼藉か?」

「えーと、えーと……。イ、イギリスにも誇れるところはたくさんありますわ!」





「「「「「………………」」」」」





 その一言と同時、微妙な空気が場を支配する。

 具体的に言うと、何この色々言いたいことはあるが纏まらず、とりあえず抽象的だけどいいところはたくさんあるよ! ってなざっくりきっぱり何の遜色もなく言ってしまえば、色々と残念な感じ。

「……言うことに欠いてそれはないわセシリア。素直にメシが不味いでいいじゃない」

「おいおい鈴、それは流石に可哀想だろ。本初子午線が通ってるとか東インド会社作ったとかメシがまずいとか無敵艦隊を落としたとか色々あるだろ」

「なんでそんな微妙なものばかりなことばかりですの!? あとさらっと食事のこと混ぜてません!? ていうか時期が集中してません!?」

 ちなみに向こうイギリスの大航海時代はだいたい日本の戦国時代にあたる。

「ふ、ままごとはそれで終わりか? ではかかってこい」

 ラウラは見下したように俺たちを品定めする。

「アイツは俺がやる。セシリアも鈴も手を……」

「却下」

 鈴が俺が言い終わる前に一蹴する。

「な……」

「何水臭いこと言ってんのよ。一夏一人じゃ荷が重いっての。ただでさえ弱っちいのに見栄張っちゃって。これだから男の子ってのは」

「そうですわ。一夏さんの今の実力で本当にあの人に勝てるとお思いですの? でしたら、それは思いあがりでしてよ」

「鈴、セシリア……」

「別に複数を相手するのは構わないが。それで勝機があるのならな」

 それは絶対の自信の表れか上から目線は変わらない。

「そんなのやってみなきゃ分かんないだろうが。日本では諺で三人寄らば文殊の知恵ってのがあるんだぜ」

「無能は三人だろうが、何人寄せ集めたところで無能だ」

「あたしまで一緒にしないで欲しいわね。無能バカは一夏だけで充分だって」

「同感ですわ。代表候補生を無能バカ呼ばわりするのは織斑先生だけで充分ですわ」

 お、俺がいる目の前で好き勝手言いやがって。後で覚えてやがれぇ……。

「シャルル。箒を頼む」

「一夏はどうするのだ!?」

「アイツの狙いは俺だ。だから俺が引きつけておけばここから出られる筈だ。」

 少しの間でいい。アイツの気を引ければシャルルの腕前ならここから引き離してくれる。

「分かった行こう、篠ノ之さん」

「デュノア!? しかし一夏が!!」

「今、ISを着けてない篠ノ之さんがここにいても足手まといになるだけだよ。それに相手が相手だけに周りにまで気にしていられる余裕はない」

「くっ!」

 箒は悔しそうに下唇を噛みしめる。

 分かっている。箒だけがこの場で戦えない悔しさを俺だって痛いくらいに理解出来る。

 力がなくて周りに迷惑をかけるのは本当に辛いから。

「箒」

「……分かっている。デュノア、頼む」

「了解、篠ノ之さんしっかり掴まってて。ちょっと飛ばすから」

 そう言ってシャルルは箒をおんぶするとアリーナの入り口に向かって飛ぶ。

「私から逃げられると思っているのか?」

 ジャキ、とレールガンの照準を合わせる。

 狙いは、シャルル。そしてISスーツしか身に纏っていない箒。

「あら、では逆に聞きますがそんなことやらせるとお思いですの?」

 その一言が合図。

 ブルー・ティアーズのBTがシュヴァルツェア・レーゲンの狙いを定めるを防がんと頭上より土砂降りの雨のようにレーザーが降り注ぐ。

「ちっ……!」

 忌々しげに舌打ちをするが、そんなものはどうでもいい。今、アイツのしようとしたことが俺の何かに火を付けた。

「せああああああああああっ!!」

 体制の崩れた敵を目がけ切り払う。

 しかし感情と同時に動いた剣は見切られ、大きく後退し距離を置く。シャルルたちの方を見るともう姿はアリーナの出口付近にいた。どうやら無事に出られたようだ。

「アンタ、今本気で撃とうとしたでしょ? ISを装着してない人間に対して銃口を向けるなんていい度胸じゃない」

「戦力的に弱い奴から潰し、拮抗を崩す。戦略の基本だろう?」

 その一言に俺だけでなく鈴の堪忍袋の緒も完全にぶっちぎった。

「気が変わった。アイツを絶対殴る。ISアーマーで絶対防御が発動するまで殴る。謝るとは思えないからつまんなそうな顔が出来なくなるまでアンタの横っ面を思いっきりぶん殴る……!」

「やってみるがいい。出来るならな……!」

 その言葉と同時、両肩からワイヤーブレードを伸ばす。雪片を通常のブレードに戻して切り払いながらどうにか捌く。

 鈴の衝撃砲が援護し捌ききれなかった部分を押し返す。

「一夏、アンタが前に出なさい! あたしとセシリアがお膳立てバックアップしてあげるから雪片それできっちり決めなさい!」

「鈴の分は!?」

「とっとかなくていいわよ。一夏がぶちのめした後にしこたま殴らせてもらうから!!」

「鈴さん勝手に役割を決めないでくださる!? ……まあ、一夏さんには雪片しかないのですから必然的にそうなるんでしょうけど」

 セシリアは文句を言いながらも渋々鈴の意見を聞き入れてくれるようだ。

「小細工を弄したところで私とシュヴァルツェア・レーゲンに敵うものか」

「そんなもの知ったことじゃないわよ。少なくとも、弱い者虐めする奴にだけは負けたくないわ」

 鈴は昔いじめられていた。中国の出身と名前のこともあって転校してきたばかりの鈴はいつも男子にからかわれていた。

 その度に俺が大立ち回りして助けていたんだが、それでも止めないってのが幼さ故の残酷さというもので裏では何度かそういう陰湿ないじめがあったらしくそっちは仕種が潰して回っていた。

「そんなもの弱い奴が悪い。強さが正義だ」

 弱肉強食。分かりやすい世の理だ。

「いいわ、だったらアンタの理屈に則ってやろうじゃない! 弱者が強者を倒すってのは歴史が常に語ってるからね!」

 激戦が幕を開ける。












side:露崎仕種



 放課後の廊下。

 さっさと自分の部屋に戻ればいいものを、どうしてかうろついて夕食までの時間つぶしをしていた。

 一夏たちの誘いを受ければ気晴らしにはなったかもしれないと思いつつも、受けなくてよかったかなと思う自分もいた。

 今の私はどうしてかイライラしている。

 契機はあの時のシャルルの諦観し切った態度もだが、自分の短絡さにも腹が立つ。

 諦めてるって口では言ってるくせにその実はタスケテって言ってるんだから尚更にもやもやが募る。

 もし、一夏たちの誘いを受けていたら一夏の出来の悪さと箒とセシリアの痴話喧嘩で余計にイライラしていたかもしれない。

 その一点だけに関しては参加しなくてよかったと心からそう思える。

 とりあえず、このイライラの原因は今日という日のせいにしておく。

 そうでなければ、またあんな醜態を繰り返してしまいそうになる。

「仕種!」

 後ろから呼びかけられる。声の主はISのスーツのままの箒だった。

「箒、一体どうしたんですか? 廊下を走るなと―――」

「それどころでは、ない!」

 肩で息を吐かなければ呼吸もまともに出来ないくらいに箒の息は荒い。きっとアリーナからここまでずっと走り続けていたのだろう。

 つまり、それだけ自体は切迫しているということ。

「い、一夏がドイツの転校生と……!」

 予感的中。悪い予感は連鎖する。まるで泣きっ面に蜂だ。

 しかもその一言だけで全てを悟れてしまう自分が恨めしい。

「……場所は?」

「だ、第三アリーナだ! シャルルは今、織斑先生を呼びに行ってもらってるが……」

 模擬戦ならば、静観ということなのだろう。だからこれを止めることができるのが同じ生徒である自分しかいないと、走り回って私を探したのだろう。

 体調の悪い時に面倒事を頼まれるのは厄介なことこの上ない。

 ……少しだけ、仕事を押しつけられる山田先生の気持ちが理解出来た。頼まれたらノーと言えないところまで。

 ああ、もうちょうどいい。

 ドイツの彼女にはコイツの試験を付き合ってもらう。















side:織斑一夏



「所詮、三人が束になったところでこの程度か」

 つまらなそうにラウラは零した。

 白式は機体の至る所が中破していてISのアーマーもほとんどないに等しい。さっきからイエローゾーンの警告が鳴りっぱなしだ。

 セシリアと鈴も俺ほどではないが、かなり攻撃を食らっておりこれ以上は拙いのが素人の俺でも分かる。

 一方のラウラはかすり傷などの小破はあるが俺たちと比べればまだまだ充分に戦えるレベルだ。

「ち、きしょう……」

 さっきからこちらからの攻撃は届きはしない。俺が近づこうともある一定のラインで身体が前にも後ろにも動かせなくなるのだ。

 あいつの周りはまるで見えない糸を張り巡らされているかのように。

 その見えない糸は俺だけでなく、鈴の衝撃砲すらも受け止める。飛び道具でまともに通るといえばセシリアのライフルとブルー・ティアーズのビット攻撃だけだ。

 しかも胸糞悪いことに俺を停止結界で捕まえた後、セシリアのブルー・ティアーズや鈴の衝撃砲の攻撃コースに放り出すのだ。

 結果、援護の筈の攻撃をモロに食らってしまいこの中で一番ボロボロだ。

「まさか、AICがここまで完成度が高いなんて……」

「相手を知らば百戦危うかず。貴様らに欠如していたのは圧倒的な情報ということだ」

 ISの国際条約で原則として使われている技術は開示しなければならない。

 しかしそこで弱点をバラすようなバカなどいない。

 有用性だけ見せておいて欠陥というのは伏せるのが一般的だ。

 ならばあれもある筈だ。≪ブルー・ティアーズ≫や≪龍砲≫と同じように致命的な弱点が。

「お前らは同士討ちがお似合いだな。どうだ織斑一夏、仲間の攻撃を受けてなぶり殺しにされる感覚は」

「じゃあ、逆に聞くが俺を盾にする感覚はどうだよ……」

「無様だな。私が手を下すまでもなくやられていくのは本当に無様なことこの上ない」

「ああ、そうかよ」

「これで証明されたな。お前らは何人集まろうと無能であるとな」

 そこに自分の方が優れているという絶対的な確信を持って言い放つ。

「ああ、分かったぜ」

 ハイパーセンサーなしでも拾えるように呟く。

「お前、俺が怖いんだろ? だから俺を直接手を下そうとしない。零落白夜いちげきひっさつっていう一発逆転を恐れて。だから直接殴りに来ない」

 俺の物言いにぴくり、と反応する。

「ほう、それだけやられて尚も減らず口を叩くか。だが見え透いた挑発だな。そんなものには乗るつもりはない」

 冷静さが勝っているのだろう、俺の誘いに乗ってこようとしない。

「それにお前は前に千冬姉は完璧に近づけるだって言っただろ? それは間違いだ。完璧な人間なんかいやしない」

 その一言にアリーナの空気が歪んだ。

「もう一度言ってやる。完璧な人間なんていない。完璧な人間なんて出来やしない」

 二度目の言葉に大気が重くなるような感じに囚われる。が、そんなことには怯まずに言葉を続ける。

「千冬姉だってお前が思う以上に完璧じゃない。血も涙もある普通の人間だ。確かに千冬姉は強いけど、それでも千冬姉もお前と変わらないただの人間なんだ」

 片付けなんてロクに出来なくて。掃除洗濯も俺に任せっきりで。帰ってきたらビールばっか呑んでて。

 そんな一面もあるけれど、そんなだらしない部分があるから千冬姉は人間なんだ。

 そうでなければ人間らしくない。

 そうでなければ不完全にんげんではない。

 そうでなければ織斑千冬らしくない。

「言うことを欠いてそれか。どうやら、私には貴様が死に急いでいると見える」

 千冬姉を凡俗と言われたためか、アイツは親の仇を見るようにぎらついた赤い右目で俺を睨みつける。

 その目に少しビビったが、正直ここまで来て後には引けない。

「馬鹿! 一夏、なに考えてんのよ!」

「そうですわ! 自棄になるのは早すぎますわよ!」

 鈴とセシリアから酷い罵声が飛ぶ。

 あいつらはああ言ってはいるが、こっちに策がない訳ではない。

 挑発にはちゃんとした理由がある。

 このままでは埒が明かない。決定打もない。長期戦はこちらが不利なのは目に見えている。

 だからこの零落白夜でアイツを切り裂くために奴と直々に対する必要があった。

 しかし相手は相当の実力者。失敗すればそれこそ今の白式じゃ完全なスクラップだ。

 エネルギーはギリギリ。チャンスは一度きり。

 やれるか、あれ・・を。

 いや。やれるか、じゃない。やるんだ・・・・

 遠い日の記憶を探り、イメージを鮮明に思い描き、思考をクリアにし、アイツの次の一撃に全てを賭ける。

 アイツとの因縁共々次の一撃で断つ。

 イメージに応えるかのように雪片弐型から零れる光は細く、鋭く、シャープな剣に形を変える。それは西洋の剣というよりも日本刀。

 そして刀を腰に添え、居合抜きの姿勢に入る。

 それに見覚えがあるのか、ラウラの表情が歪む。

「紛い物のちからで私を切ろうというのか。所詮は借り物、付け焼刃ということを思い知れ」

 アイツが低く屈み、エネルギーを溜める。

 ああこの技は借り物かもしれない。

 でも、志は俺のものだ。

「行くぞ」

 来る。瞬時加速イグニッション・ブースト

 その加速が爆発しようとした瞬間、横からの砲撃にラウラのアーマーが大きく爆ぜる。

「っ!?」

 アリーナにいる誰もが驚愕した。何が起きたのか一瞬理解出来なかったが少し考えればすぐに理解出来た。

 こんなタイミングに加勢に来る人間なんて一人しかいない。

 そのために箒とシャルルは走り回ってもらったんだから。

 奴を捉えた攻撃の軌跡の先には、ストレリチアを構える仕種の姿がそこにはあった。

「く、クハハハハハハっ!! 来たか、ついに来たか……!」

 場内にアイツの高笑いが響く。狂ったような、待ちわびたような、愛おしむような見たこともないような歪んだ笑みに聞いたこともないような歓喜。

「ち、ちょっとアイツのテンションヤバくない?」

「え、ええ。一夏さんを見ていた時よりも明らかに異端な……」

 鈴とセシリアが思わずアイツの表情に戸惑いを隠せないでいる。

 正直、俺も戸惑っている。あんな歪な笑い方を人間は出来るのか……?

 仕種はというとその表情は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

「まったく、とんだ甘ちゃんだな。仲間がピンチとあらばすぐに飛んでくるか。本当に都合のいいヒーローだ」

 セシリアと鈴はその言葉にはっとし、アイツの本当の目的を理解する。

「じゃあ、あたしたちは……!」

「仕種を引っ張り出すためだけのダシに使われたんですの……!?」

 アイツの狙いは元々仕種だった。それを俺たちはいいように引っ張ってこさせちまったっていうのか……!?

「まあ、いい。役者は揃った。後は叩き潰すだけだ。専用機持ち四人をここで潰してしまえば残りは第二世代アンティークだけだ。個人別トーナメントで勝ち抜くことは造作もない」

 クク、と愉悦に口元を歪めながら仕種を睨みつける。

 そこにいるのは先程の冷淡な兵士とは程遠く、これから始まるメインディッシュを前にして待ちかねているような愉悦に狂った人形だった。

「潰させると思っていますか?」

 仕種はいつものように静かに問う。いや、いつもと比べると逆に静か過ぎて怖いくらいだ。

「関係ない。全てを捻じ伏せるだけだ。ああ、そうだ。貴様さえ、貴様さえいなければあんなことにはならなかったんだ! 教官が二連覇出来なかったのもお前が全てのっ!!」

 元凶。

 怨嗟の咆哮は向けられた仕種だけでなく俺たちにまで飛び火する。全方位に向けて放たれる方向性のない絶対零度の殺気は肌を刺すような痛みをヒシヒシと感じさせる。

「言いたいことはそれだけですか?」

 それを何事もないかのようにいつも通り涼しく受け流す。その瞳には憐みにも似た感情が滲み出ていた。

「三人とも下がっててください。アイツの狙いは私のようですので、私が相手をすればアリーナから出るくらいは出来る筈です」

「でも仕種! いくらなんでも一人じゃ!」

「では聞きますが、三人ともそのダメージレベルでまだ戦うつもりですか? この後、個人別トーナメントで間に合わなくなるかもしれないのに?」

 それを聞かされると二人とも口を噤んでしまう。

 確かに。これ以上のダメージは拙いかもしれないのはなんとなく理解出来る。

「分かったら三人ともアリーナから出て下さい。修復期間的にこれ以上のダメージはトーナメントに出られなくなりますよ?」

「そんなの、そんなの攻撃を喰らわなければいい話でしょ!」

 鈴が珍しく食い下がる。

「では、どうして私が来るまでにそんなにボロボロなんですか?」

「ぐ! そ、それは……そう! 一夏! 一夏、アンタが悪いのよ!」

 な……! 責任転嫁とは卑怯な!

 はあ、と大きく息を吐く。珍しくイラついているように見える。

「はっきり言ってここに留まることは私の邪魔になります。流れ弾で撃ち落とされたいのならばどうぞアリーナに残ってください」

「でも仕種っ!!」

「いい加減に聞き分けて黙れ。今日はすこぶる虫の居所きげん>が悪いんですよ」

「っ!!」

 仕種が珍しくはっきりと厳しい語調で断った。それは初めて見る仕種の確かな拒絶。

 こんな乱暴な仕種は見たことがない。こんな荒れてる仕種は見たことがない。こんな冷たい仕種は見たことがない。

「し、ぐさ……?」

「………………」

 呆然とする鈴を尻目にレールガンを収納クローズし新たに武器を構える。

 それは見覚えのある黒鉄クロガネ機関砲ガトリング。あの時はよく観察できなかっただが改めて見るとその銃は明らかに異質なものだった。

 銃口の口径は明らかに通常のアサルトライフルなどの域を軽く逸脱していて、その大きさは戦闘機に装備されているそれに近い。

 銃というよりも砲台。そんな印象を受けた。

 仕種の腕に装備された機関砲は先日のように左腕だけではない。右の腕にも装備された雄々しくも禍々しい黒のファランクス。

「そろそろ拙いですわね。一夏さん、鈴さん、引きますわよ」

「でも……。あたしは……」

「鈴。仕種を思うんだったら引いてやってくれ。頼む」

「っ……。分かった、わよ」

 最後まで渋った鈴をどうにか説得し第三アリーナを後にする。仕種一人でアイツと戦わせるのは後ろめたかったが、仕種に従うしかなかった。

 それは仕種が望んでいたから。鈴を巻き込まないようにするためだって信じたかったから。

 そして会場には二人しか残して後は誰もいなくなった。

 相対する距離は規定の位置よりも少し遠く向かい合っている。

「まったく、予定を繰り上げて日曜に深桜に行っておいて正解でしたよ。まさか大会も始まってもいないのにいきなり切り札を切ることになるんですからね」

 やれやれといった風に仕種はおどけて見せるが、対するラウラの表情は先日に見た時と同じように硬い。

「ああ、仏頂面の原因はこれですか? ご心配なく、一度バラしてIS用に作り直してますから大丈夫ですよ。まさか、軍人たる貴女がこの武器の正体を分からない筈がありませんよね?」

「知らない訳がないだろう。“アヴェンジャー”。まさか、こんなところでお目にかかれるとはな。開発者はよほどの酔狂か、バカだと見える」

「酔狂なのは否定しませんけどね。常軌の考えじゃ新しいものを生み出せないってのが信条らしいんでその辺は勘弁してやってください」

 対戦前の言葉のキャッチボールは終了し、戦いは今か今かと開幕を待ちわびている。

 ゴングはいつ鳴るのか。レフリーのいなくて大丈夫なのか。

 そんな心配は無用だ。勝負は既に始まっていて、内容は時間無制限一本勝負。

 つまりどっちかが力尽きれば負け。これ以上に分かりやすいルールはない。

「さあラウラ・ボーデヴィッヒ、戦争をしましょう」

 そして第二ラウンドの幕が開けた。














「一夏、セシリア、鈴! 無事だったのか!」

 箒とシャルルがアリーナのピットにいた。

「ああ。今、仕種がラウラと戦闘中だ」

 とりあえず、ここだと無事だし何より三人もIS状態だと狭さ的にも問題なのでISを解除する。

 瞬間、どっと疲れが押し寄せて崩れる。あれだけのダメージのフィードバックが一気に来たのだ、立っていられる筈もない。

「一夏!」

 完全に崩れ落ちる手前、箒に支えられる。

「あ、悪い。箒……」

「馬鹿者! こんなになるまで無茶をして……」

 箒からの罵倒を浴びせられるが、正直ここに帰ってこれた時点でよしとしたい。

「三人とも下がってて。一人じゃやっぱり心許ないよ」

 シャルルがISを展開しようとしたところをセシリアが制する。

「デュノアさん、行かれない方が賢明ですわ」

「でも仕種が!」

「仕種自身が援護を必要としなかったのです。行ったとしても足手まといにしかなりませんわ」

 納得出来ないのかシャルルの真剣な目がセシリアを真っ直ぐと見据える。

「それに、今のあそこは―――地獄ですもの」

 セシリアの視線はシャルルの目を離れ、モニターに移る。

 ピット内のモニターに映し出される姿に箒とシャルルの二人だけでなく、皆は絶句した。

 地面を抉られる度に舞い起こる土煙。

 回避出来るのかすら分からないほど一面を圧倒的な数で埋め尽くすの弾幕の嵐。

 工事現場の削岩機の撒き散らす地鳴りのするような酷く耳障りな音。

 全てが全て、受け入れ難いことにこの壁一枚を隔てた向こう側で繰り広げられている嘘のような事実。

 そこでは戦闘ではなく、戦争は起こっていた。

「一体、何なんだ……これは」

 箒は目の前の状況を見てようやくそれだけを絞り出す。

「まったく、デタラメな兵器ですわね。あの時、ボーデヴィッヒさんが攻めるのを躊躇うのも道理ですわ。こんな、ISの兵器としても度の越えた武装をよく許容したものですわ」

 目の前の光景を目の当たりにし、セシリアの言葉に皆は同じ気持ちにならざるを得なかった。

 それはただただ暴力を撒き散らすだけの武器のようであり操縦者を、また対戦相手のことを全く度外視した武器のようにも見えた。

 それはまさしく規格外。

 その異常性は規定内の中の規格外。

「そういえば彼女、仕種とあの武器について何か話してませんでしたかしら?」

「ああ、確かそんなこと言ってたわね。たしかアヴェンジャーがどうとかって言ってなかった?」

 セシリアと鈴の会話を聞いていたシャルルの顔から血の気が失せる。

「嘘……。ホントにそんなこと言ったの……?」

「確かにそう聞きとったが。なんだ? 何か拙いのか?」

「拙いも何も、最悪だよ。それはきっとGAU-8。通称、アヴェンジャー。数あるガトリング砲の中でも比べ物にならないほど逸脱した凶悪な代物だよ」

 復讐者アヴェンジャー

 まさしく今の仕種を象徴するような言葉だ。その名称だけでも充分に不吉さを醸し出している。

「毎分3900発。それがあのガトリングから撃ちだされる数だよ。戦闘機のバルカンや空母のファランクスなんか目じゃない数字だよ」

 その数字に一同はぎょっとする。

 単純に計算して一秒あたり65発。それが片腕から放たれる数だというのだから恐れ入る。

 その数、単純にいくならば2倍。つまりは両腕から毎秒130発の銃弾の嵐が面となり襲いかかってくるのだ。

 そんなものを相手にアイツは戦い続けているというのか。

「ねえ一夏。アヴェンジャーにはこんな逸話があるんだ。これを撃ちながら飛んでいた飛行機がその反動で前に進めなくなって墜落したって。あまつさえ、後ろに後退したなんてのもあるくらいなんだ」

「何よ、その馬鹿げた逸話はなし。ガセなんじゃないの?」

「勿論、脚色ふいちょうしてる部分もあるだろうけど言いたいことはそういうことじゃない」

「……? どういうことだ?」

「つまりね、このガトリング砲の反動は戦闘機の推進力に匹敵してる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。そういうことなんだよ」

 ……待てよ。

 戦闘機の推進力といえば、かなりのものの筈だ。それとあの仕種の持っている銃の反動がほとんど同等?

 しかも戦闘機の機関銃はだいたい一機に一つだ。今の仕種はそれを二つも付けているんだぞ?

 ISにPICがあるとはいえそれはなんて、

「馬鹿げてる」

 箒が隣で俺が言おうとした言葉をを放った。

「そんな無茶苦茶な兵器をISの武器に転用しようなんて馬鹿げている」

「でも所詮はISも兵器ですわ。そこにそれ以上もそれ以下もない。そうでしょう?」

「分かっている。でもこれでは、余計に本来の使われ方ではなくなってしまうではないか……」

 ISは本来、外宇宙に進出するためのマルチフォーム・スーツだった筈だ。

 それを世界は兵器に変えた。

 その力を軍事に転用し、従来の兵器を大きく上回るかつてない性能の各国の抑止力として。

 そして今の形がある。

「でも今度の個人別トーナメントでは仕種と戦う場合、いずれアレと相手をしなきゃいけないのよね?」

 それは確かに言う通りだ。トーナメントで勝ち続ける限りいずれ仕種とは戦わなければならない。

 それは優勝するためにはあの弾幕を攻略しなければならないということでもある。

 そう鈴が言うと全員がモニターに目を向ける。

 仕種の表情は相変わらず変わらない。

 無機質に敵を掃討する瞳には何がどう映っているのか―――。今の俺には全く分からなかった。















side:露崎仕種



 宣戦布告から十分。

 流石、この学年のトップクラスの実力者といったところか。こちらの攻撃の合間にも反撃をしてくる辺り

 銃弾を避け、あるいはAICで受け止め撒き散らした大半は凌がれた。

 それでも状況は圧倒的有利に傾いているのは変わりない。

 何しろ大半が食らっていないとはいえ、数が数だ。アサルトライフルのマガジンを使い切るのとは訳が違う。

 圧倒的物量による展開された弾幕。それは確実にドイツの黒い雨を追い詰めていた。

「どうしました? 自慢の停止結界とやらも発動していませんよ? 集中力・・・が足りてないんじゃないですか?」

 その言葉にラウラの表情が翳る。

 AICの弱点はシンリさん曰く、対象に集中力を傾け続けなければ維持することが出来ない。

 それに集中力というのはちょっとしたことで途絶えてしまうものだ。

 例えば、耳を塞ぎたくなるような騒音。

 例えば、目も開けていられないような土煙。

 例えば、口の中に入り込む不快な土の味。

 少し上げるだけでも今の戦いの中だけでこれだけの集中力を妨げる要素がある。

「ま、視覚と聴覚を封じられなお集中力を維持し続けるというのが無理な話ですよね」

「ふん、そう言いながらお前も限界ではないのか? そんな高反動の武器を何分も使い続けていられる訳がない。持ってあと一、二分がいいところだ」

「それだけの時間があれば充分ですよ。貴女のシールドエネルギーも大分削って残り三割ってところですし。それに、私の腕がもう持たないと思っているみたいですがまだまだ余裕ですよ?」

 ただし、ちょっと変則的な動きになりますが。

「はっ。強がりを」

「ならば試してみますか?」

 双方、最後の激突をしようと―――、





『警告! 上空より飛来するものが接近中!』

 ISから突然、警告が発せられる。

 先月、謎のISが乱入して来たせいもあったか自然と上空から来るものに対しての戦闘態勢をとる。

 向こう側もISからの警告があったのだろう、こちらよりも上空に注意を向けている。 

 ISからの警告が遅れること数秒、スガン! と二人の間を割って入るかのように人参が落ちてきた。

 それは比喩でもなんでもなく、紛れもなく人参である。何度も言うが、見間違うことなく人参である。

 ただ普通の人参と違いがあるとすれば、それは人参にしてはやけに大きくて、いやに機械的マシンナリーな部分だ。

 更に付け加えるならば驚くべきにこの人参、アリーナの遮断シールドをぶち抜いて侵入してきたのである。

 セキュリティレベルを上げてシールドがより強固になっている筈なのに、なんで?

 そんなメカニカルな人参が包丁で真っ二つにしたかのようにぱかっと割れる。ところで桃太郎っておばあさんが真っ二つに包丁を入れたのに桃太郎が真っ二つに切れずに出てくるなんて軽くマジックだよねー、いやそういうことにツッコミを入れるなんて野暮なことかー、なんて現実逃避をしていると、

「やーやーおひさ慎吾! この天才束さんがIS学園に来たよ、しーちゃん!」

 言葉通り、天災が目の前に現れた。

 ……ところで慎吾って誰さ。



 * * *

 投稿遅くなって済みません。作者の東湖です。

 納得いくまで書き直して埋め合わせてたら……ヤバイ、最近書く量がハンパなく増えて来た。

 気合い入れまくってた処女作と同じくらいの量かも。



[28623] 第二十二話 「天災、襲来(前編)」(修正・一部加筆)
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5
Date: 2011/12/27 23:50
side:織斑千冬



「ふう……」

 先程までラウラの個人面談をしていたがどうして中々に面倒なものなのだろう。

 どちらもどちらで癖にある人物で疲れるものだ。

 デュノアは人当たりもよく真面目な優等生だが、どうも抱え込みすぎる嫌いがある。

 現に今日の個人面談でも私が後押ししてやらなければ潰れてしまうまで抱え込んでいただろう。

 そしてラウラはラウラで相変わらず私しか見ていない。

 私以外を見ることを進言したが、それも聞こうとしないだろう。私がいなくなりでもしない限り。

 デュノアの方は本人に任せておけばいいとして、当面の問題はラウラなのだが、一体どうしたものか。

「……難しいものだな。教育者として教え子を導くというのは」

 ラウラに教えた時は元々操縦に関しての素養があったためか、部隊最強の立場を築いていった。

 しかし私が教えられるのはあくまで戦闘の技術であって、人間らしさを学ぶ道徳や倫理観といったものをそれほど奴に教えることが出来なかった。

 むしろ、そういうものが欠如していたラウラにはそれを先に教える必要があったのかもしれない。

 結果、アイツは絶対強者である私を妄信し、その地位を穢した一夏を憎むことになってしまった。

『強さが正義』

 そうラウラの考えの根底を作ってしまったのは、まぎれもなく自分である。

 自分がこういうことに向いていないというのは重々承知している。

 教育者としてこれからの未来ある若者を育てるより、剣が振れなくなるまで現役選手として第一線に立ち続ける方が性にあっていることは自分がよくわかっている。

 もしくはそんなしがらみを全て捨てて隠居生活が出来ればどれほど心労が減るだろうか。

 しかし地位が、名誉が、築いてきた立場がそれをさせてはくれない。

 束や沙種と共にISを手に取ったその日からもう普通の女性には戻ることが出来ないのだ。

 普通の生活も、普通の幸せも、普通という言葉が言葉の方から私の元を遠ざかっていく。

 そんなことはとっくの昔に覚悟を決めた筈なのに。

「まったく、ままならないことばかりだな」

 そんなことを考えていると、突然携帯端末のコール音が響く。

 徐に取り出すと緊急回線を使ってのもので相手は山田真耶だった。

「織斑先生! 今どこにおられますか!?」

 回線を開くやいなや切迫した真耶の声が飛んで来た。

「会議室で個人面談をした後の書類整理をしていたのだが、どうしたのだ山田先生。緊急回線を使って」

「第三アリーナに何かがシールドを突き破って侵入しました!!」

 その言葉に思わずその眉を顰める。

 先月の謎のISの襲撃によって学園の警戒レベルを上げていた筈だ。当然シールドエネルギーの強化にも努めた。

 だというのに、それを許した。つまり相手は前回以上の性能を持った敵であるということ。

 その事実はまるで先月の焼き回しのような悪いイメージを思い起こさせる。

「状況は」

「現在、職員は第一次警戒態勢で待機しています。前回のように遮断シールドが設定されるということも今のところ起きていません」

「そうか。第三アリーナの映像はないのか」

「今、そちらに画像を送ります」

 すぐに転送された画像に目を疑った。

「……これは」

 送られてきた画像に思わず張り詰めていた緊張感が霧散する。それだけでなく頭痛すら覚えるくらいだ。

 相対しているのはISの色を見る限り、露崎とラウラだろう。

 そして両者の間に割って入るかのようにアリーナの大地に深々と刺さっているのは見間違うことなく、

「はい。これってやっぱり人参、でしょうか……?」

 人参である。それも普通ではあり得ないサイズの。たとえ突然変異によって異常成長したとはいえアリーナのシールドエネルギーを破ってまで侵入する人参があろうか、いやある筈がない。

 しかもどこかプラスチック調にデフォルメされているようなデザインがどこか馬鹿にされているかのようなそんな感じに腹が立つ。

「あの馬鹿が……。また面倒事を運んできてくれたな」

 はあ、と溜息を吐いた後に目頭を押さえる。

「えーと、あの、織斑先生どうしましょう?」

 あまりの事態と目の前の光景のギャップに真耶は戸惑いを隠せないでいる。

「私が行く。山田先生は警戒態勢を維持。他の職員にもそう伝えろ」

「分かりました。でも織斑先生一人で大丈夫ですか?」

「心配するな、アレに心当たりがある。それと、それを使いそうな馬鹿にもな」

 通信を切りもう一度、しかし先ほどよりも深く溜息を吐く。

 その原因は先程見せられた画像によるものである。

 十年来の付き合いからかなんとなくそんな雰囲気はしていたが、あんなものを見せられれば嫌でも理解してしまう。きっと沙種も似たような感情を抱いているだろう。

 天才バカが来た、と。









side:露崎仕種



 さて、一旦目の前の光景を整理しよう。

 今、私のいる場所は第三アリーナだ。

 箒に援護要請を求められて(というよりもイライラを発散するために)一夏たちの模擬戦に介入、そのままラウラと一対一タイマンの勝負となった。

 その勝負も後もう一押しというところまでシールドエネルギーを減らしたのだが、バトルの最中に訳の分からないデカさを誇る人参が落ちて来た。強化されている筈のアリーナのシールドを突き破って。

 そして、桃太郎よろしく中から出て来たのが、

「やほー、しーちゃんお元気ー?」

 人参太郎ならぬウサギ姫。

 青いワンピースを身に纏い、頭にウサミミカチューシャを付けて一人不思議の国のアリスな服装をしているこの人物こそ篠ノ之束。

 世界的な天才にして天災。ISの開発者で信じがたい話だが、この行動が支離滅裂な人物があの篠ノ之箒の姉である。

「やほーじゃないですよ束さん。何しに来てるんですか……」

「何ってやってみたかったから? こう、空からズドンっ!て的な展開。ウェイクアップ、ダ●! みたいな」

「そんなことせずにちゃんと正面から入って来てください。どこの誰が好き好んでアリーナのシールドをぶち抜いての入場するアホがいるんですか。ああ、目の前にいましたね」

 ていうか伏字してるつもりですがほとんど隠せてないですよ。

「酷いよしーちゃん、いくらちーちゃんでもアホは言わなかったよ? 馬鹿はしょっちゅう言われたけど」

 アホもバカも大して意味は変わらないと思いますが。

「いやあ、昔ミサイルで飛んでた時にどこかの偵察機に撃墜されそうになったから今回は人参型ロケットにカモフラージュしてたんだけど、いやあ結構気付かれないもんだね。意外と世界の警戒ってザル?ちょろい?はて、金髪が浮かんだのはなして?」

 普通に考えれば、宇宙デブリに人参があったのなら何かの見間違いだろうと誰だってそう信じ込むだろう。

 束さんはその裏をついたのか、単に人参型のロケットで降下作戦を実行したかったのかとどちらかと聞かれれば恐らく、1:9で後者だろう。

「束、IS学園に来るなら一言断ってから来い。それからあのような入り方をされるとこちらとしても困る」

 その声をキャッチするとまるでレーダーに何かがヒットしたかのように束さんのウサミミがぴーんと立つ。実際その通りなのだが。

 振り返ると千冬先生がこちらに向かって歩いて来ていた。束さんが相手とあってか非常に歩きながらでも面倒くさそうだった。

 そして束さんは脱兎の如く千冬先生の方向へ走り出した。ISの補助なしでIS並のスピードを出せるのは束さんだからということにしておこう。

「ちーちゃんちーちゃんちーちゃああああん!! こうして面と向かって合うのもお久しぶりだね!! さーさー束さんと熱い抱擁を……ぷげらっぱ!?」

 アイアンクロー……と見せかけて伸ばされた腕はそのまま束さんの服の襟を掴み慣性に任せ―――そして投げられる。

 あまりにも綺麗な一本背負い。ビタン!!とでもいう効果音の付きそうなほど見事に束さんは地面に吸い寄せられた。

 その威力は千冬先生に向かって猛チャージしていた慣性の力もあり、叩きつけられた束さんへのダメージは相当なものだろう。具体的に言うならば成人一般男性なら即病院送りレベル。女の人が出すような悲鳴を出していないあたりその威力の大きさを窺い知れる。

 投げ飛ばされた束さんはぴくりとも動かない。まるで屍のようだ。

「これで沈黙してくれれば話は早いのだが……。よし、もう一度やるか」

 不穏な呟きが耳に入る。束さん相手になると容赦も情けも人間扱いもしなくなりますからねえ千冬先生。

「いやあ、いつも通り片手で束さん溢れんばかり愛を受け止めるかと思いきやまさか地面に叩きつけるとは。ちーちゃんは予想の斜めをイクよね~」

 そして服をぱんぱんとなんでもなかったかのように払って立ち上がる束さんも束さんだ。本当に人間か?

「ほう、そんなにアイアンクローこれを所望か。言葉尻に変なアクセントを感じたのは気のせいか……?」

 起き上がった束さんの頭をがっちりとホールド・アンド・デストロイ。メキョとかバキャとか人間の出してはいけない音がしているがそんなものは見ざる聞かざるしらんぷりでござる……!

 ていうか完璧に頭蓋骨の陥没するような音じゃないですよね?

「ふう、相変わらずちーちゃんの愛って殺伐としてるよね。これがいわゆる殺し愛って奴ですかいアネゴ」

 千冬先生に拘束されている筈なのにそれを何ともないかのように抜け出す束さんも常識はずれにも程があるがここは華麗にスルー。

 この人に関しては常識?なにそれ美味しいの?ってな具合に常識外れのバーゲンセールなのだ。

「誰が姐御だ。それで束、何のために来た」

「ひっど~い。この前に電話した時に近々行くって言ってたじゃなーい」

「私はそんな電話は聞いてないぞ」

 束さんはそれを聞くとはて、と首を傾げる。そして数秒した後、ぽんと手を打つ。

「あ、そっちは箒ちゃんだったか。クール系で似てたから間違えちった。ごめんりんこ」

 てへぺろ~といた感じに舌を出し、自分の頭を可愛らしく叩く。正直二十歳過ぎの女性のやることじゃない。

「……その年でそういうのはかなりイタイから止めろ」

 千冬先生が頭を抱えながらドン引きしてる。かくいう私もこればかりはドン引きなんですけど。

 イタイ系が板についてるからこそ出来る芸当なんでしょうか。もしくはネタにまみれた電波さん。

「とにかく、試合は中止だ。模擬戦をやるのは構わないが、どこぞの誰かバカがこんなに穴だらけにしたせいでグラウンドの整備に時間をかけなければならなくなったからな」

 うぐ……。そう言われると何も反論のしようがない。

 こんな穴ぼこのグラウンドで練習をするのは他の生徒にもよくない。

「今日はもう上がれ。私もこいつの面倒を見なければいけないからな。お前らの試合の面倒までは見切れん」

 千冬先生は踵を返し、アリーナの入り口へ歩き出そうと―――、

「ま、待ってください教官! まだ決着はついていません!」

 したその時、対戦相手であるラウラが引きとめた。

「野戦ではこの程度の地形の悪さはよくあることです。私はまだ戦えます!」

「お前が良くても他の生徒が良くない。こんな穴だらけのグラウンドでは怪我のもとに繋がる。教師としてそれを見過ごすことは出来ん。それと学校では織斑先生と呼べ」

 千冬先生の言葉は実に理に叶った言い分だった。

 軍属のラウラと違い、ここの生徒の大半は今まで普通教育を受けて来た至って普通の女子なのだ。

 あまりISに慣れていない一年生は勿論、二・三年生もこんな悪環境なグラウンドで練習してトーナメントを目前に怪我をしたら洒落にならないだろう。

「し、しかし……!」

 いつもなら千冬先生の命令ならすぐに聞く筈なんですけど今日は珍しく千冬先生に食い下がる。

 それほどまでに私との決着を望んでいるのでしょうか。

「誰、このチビっ子?」

 束さんはさも関心なさそうに千冬先生に聞く。

「私がドイツにいた頃の教え子だ」

「ああ、いっくんが捕まった借りを返しにいってた時の……。ふうん」

 そういってしげしげと見つめていたが数秒で飽きたのか、千冬先生にちょっかいを出す。

「お願いです教官! この試合だけでも完遂させてください!」

「しつこいなあ。ちーちゃんが終わりって言ってるんだから終わりでいいじゃないか。それとも日本語が理解出来ないのかな」

「なんだと? 他所者がえらそうな口を挟むな」

「おやおや、何を言ってるんだいチビっ子ちゃん。ちーちゃん関係と言えばこの篠ノ之束を第一に上げられる程外せない人物であることを分かっていないのかな」

 束さんは実に下らなそうに見下した目つきで、ラウラは自分を窄められた相手を恨むような目つきで二人の視線がぶつかり合う。。

「まったくちーちゃんも災難だよね。こんな出来の悪い子に捕まっちゃうなんて」

「出来が悪い……!? この私が!?」

「そういうことを自認出来てないのが出来が悪いってことなんだけどな。いいよ、教えてあげるよ。君が抱える矛盾ってヤツを」

 白ウサギは黒ウサギに牙を向いた。









 side:ラウラ・ボーデヴィッヒ



「私の抱える矛盾、だと?」

 そう教官の横に立つ人物、篠ノ之束は言った。

「そうそう。君は凄く歪なんだよ。在り方も考えもすごく歪で脆弱。ちーちゃんは言うにも及ばず、いっくんにも遠く及ばない」

 歪であことは自分でも重々承知している。自分は戦うためだけに大人の都合によって作り出された人間なのだから。

 しかし、織斑一夏にすら劣るとは身内贔屓も甚だしい。

「ちーちゃんは借りを返すためにドイツに出向したんだよね? 織斑一夏の捕まっている場所の情報をいち早く手に入れたドイツに借りを返すために。そして、君はいっくん―――織斑一夏がいなければいいと思ってる」

 一言一句分かり切った事を目の前の女は喋り出す。まるでここまでの情報を再確認しているかのように。

「でもそれって矛盾してないかな。こんなにも簡単なことなのに、どうして気付かないのかな」

「……何が言いたい」

「分からないかな? それとも気付きはしてるけど見ない振りをしてるのかな。なら言葉にして言わせてもらうよ」

 そう言って、一歩前に進み出る。

「確かにいっくんが攫われなければ―――君の言葉にするといっくんがいなければにしておこうか。そうなればちーちゃんの二連覇は確実だっただろうね。あの時の面々で行くと苦戦するのはさっちゃんだけだとしてもちーちゃんの方が日本の国内選考の時からずっと勝ち越しだったし、何より当時の技術では相性が如何せん悪いからね」

 モンドグロッソの第一回、第二回大会では現在のような第三世代技術の開発は進んでおらず、各国の代表の機体はよくて第二世代機で一部では第一世代での参加すらあった。

 独自の技術はなく、純粋に技術が求められる試合。その点では教官は誰よりも抜きん出ていた。

 瞬時加速イグニッション・ブースト。射撃型の天敵ともいえる技術を持っていた教官に射撃型の露崎沙種ジャンヌダルクが叶う筈がない。

「だから、私はそうだと……!」

「だけど、そうなればその先にはちーちゃんと君が交わる未来はない」

 …………え?

 一瞬、彼女の言葉に思考がフリーズした。

「だってそうでしょ? ちーちゃんがドイツに行ったのはいっくんが攫われた借りを返すためなんだもの。それがないってことはわざわざちーちゃんはジャガイモ畑まで足を運ばなくてもいいってこと。お分かり? ドゥーユーアンダースタン?」

 あまりの一言に、凍りついた思考が解答に辿り着くまでの時間がかかる。

 それとも、答えに至っているのを理解できていないふりをしているだけなのか。

「確かにいっくんがいなければちーちゃんは二回目のモンド・グロッソで優勝することは可能だったろうね。でも本当に君はそれでいいのかな? そうなれば君とちーちゃんを結ぶたった一本の細い細い糸は簡単に切れてしまう。そうなればここにいる君を否定することになるけど、本当にいいのかな」

 段々と目の前の女の言いたいことがいやでも理解出来てくる。

 ああ、そういうことか。

「つまり、こう言いたいのだな。織斑一夏が攫われなければ私は教官と出会う訳がないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そうそう。むしろ、君はいっくんに感謝すべきなんだよ。攫われてくれてどうもありがとうって。おかげで愛しの教官にご指導いただけましたってね」

「ふざけるな!! どうして私が織斑一夏に感謝しなければならない!? アイツは教官の経歴に泥を塗った男だぞ!」

「束、言い過ぎだ。そこまでにしておけ」

 やっかみになる私を見て教官も止めに入る。流石に自分の弟が攫われたことを肯定されるのは聞いていて堪えられなかったのだろう。

「やだなぁ、ちーちゃん。私は夢見がちな目の前の女の子に現実を見せてあげてるだけだよ」

「止めろと私は言っているのが聞こえんのか?」

「……はぁい」

 叱られた子供のように目の前の女は聞き分ける。

「ボーデヴィッヒもコイツの言うことは冗談半分に流しておけ。でないと、潰れるぞ」

「……もとよりそのつもりです」

「そうか」

 そうは言うものの、アイツの言葉は納得いかない。許せる筈がない。

 私は織斑一夏の存在を認めることが出来ない。

 しかし、その存在を認めなければ今の自分の存在はないと語られることもまた事実であることを認められる筈もない。

「では今後、個人別トーナメントまでに間、いかなる私闘も禁止する。分かったな。では解散!」

 思考の海の中に、パンという教官の手を叩いて締める音が響く。

 手を叩く音がやけに大きくアリーナ中に残った。









side:織斑一夏



 保健室のベッドの一角。あれから一時間ほど経ったが、怪我は絶対防御のおかげでかそれほど重いものではなく打撲の手当て程度で済んだ。改めてISってすげえなと感心させられる。

「はい、一夏。お茶でよかったよね」

 ペットボトルのお茶を差し出される。

「サンキュ、シャルル。ああ、お茶が上手い」

「ともかく、一夏さんに大事なくて何よりですわ」

 セシリアは本当にほっとした様子でそう言う。俺より軽傷とはいえ、手首の包帯が痛々しい。

 確かにアイツの戦術だとはいえ、何発もセシリアのレーザーを食らったからな。そのせいで後遺症が残りでもしたら気が気じゃないだろうな。

「保険医の先生によると大したことはないらしいから少し休んだら部屋に戻ってもいいってさ。それにISの方も今ならギリギリトーナメントまでには修復が間に合うって山田先生がさっき言ってた」

 なんでも、後もう一撃でも食らえば今度のトーナメントの出場も危うかったらしい。いや、仕種には感謝だな。

「とはいえ、あんまりゆっくりしてられないな。明日からまた訓練してアイツの対策を考えないと」

「駄目だよ一夏。しっかり休ませなきゃ」

 何故か訓練することをシャルルが止める。

「む。確かに結構手酷くやられたけど、それでも俺も白式も多少の無茶が効かない訳じゃないぞ」

「そうじゃなくて、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ」

「……すまん、どれのことかさっぱりなんだが」

 頭の中で検索をかけるが、似たようなことばかりで知識の引き出しからは何もヒットしなかった。チープな頭脳ですいません……。

「……『ISは戦闘経験を含む全ての経験を蓄積することで、より進化した状態に自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれ、ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊バイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時での稼働に悪影響を及ぼすことがなる』。これくらい専用機持ちですので覚えていただけないと」

 セシリアの説明に記憶の引き出しから欲しかった情報が出てくる。

 要は筋トレみたいなものだ。ただ苛めればいいというものではない。筋肉が傷ついている状態でやり過ぎれば、それは怪我の原因にもなるしこれからの発達の阻害する。つまりはそういうことだ。

「そういうことだから、今週いっぱいはISを使った訓練は無理かな」

「くそ、時間がないってのに……」

「それだったら私が剣の相手をしてやろう。白式も近接主体だからやっておいて損はないだろう」

 箒が名乗りを上げる。そういや白式が来てから剣をほとんど振ってないな。とにかく白式に慣れるのに必死だったから、そういうことも大事だったなと思い出す。

「んー、ISの訓練が出来ないのは悔しいけど今週はそれでいくか」

「そうか! ISが使えないのであれば仕方ないな、うん。では、今週は私がみっちりと面倒をみてやるからな!」

 箒の表情がぱああっと明るくなるのと対照的にセシリアが何故か悔しそうな表情をしていた。何故に?

「それにしても仕種とあの転校生の間に割って入った人物はどなたなんでしょう? 織斑先生や仕種の知り合いにも見えましたが」

「ああ、あれは」

「私の姉だ」

 俺が説明しようとしたことを箒が間に割って入る。

「箒さんのお姉さんってことは……。え、もしかしてあの方がかの有名な篠ノ之束博士!?」

「そ、篠ノ之束さん」

 ISの産みの親で、世界で唯一ISのコアを製造出来る人間。

 千冬姉や沙種さんの幼なじみで俺や仕種の小さい頃を知っている人物だ。

 しかし現在絶賛逃亡生活中の人間が危険を冒してまでこの学校に何で来たのだろうか。

 いや、むしろ逆にあらゆる法が適用されないIS学園だからこそ来たのだろうか。

「あ、言っておくけどあの人にISを見てもらおうなんて考えるなよ。あの人、身内以外はほどんど興味示さないからな。たぶん無視されるぞ」

「そうなの?」

「ああ、あの人は私と一夏と仕種、織斑先生と沙種さんくらいしか認識出来ないからな」

 後はかろうじて両親は認識できるが、他の人間はその辺の路傍の石にしか見えていないのだろう。勿論、サインなんてお断りだ。

 天才というのはどこかおかしいというが、束さんもその例外に漏れることなく充分におかしい。主にあのテンションが。

 そういえば騒がしさが足りないなあと思って、隣を見る。

 葬式のように静まり返ってる人が一人、鈴だ。

 珍しく大人しくさっきから一向に会話に入ってこない。

「鈴、どうしたんだ? ぼーっとして」

「うえっ!? な、なんでもない! なんでもないわよ!」

 突然、声をかけられたからか鈴はうろたえる。

「でもなあ、あんな無防備にぼーっとしてたら何かあったって言ってるようなもんだぞ」

「だからなんでもないって言ってるでしょうが! ジロジロ見るな!」

 うあ、わざと包帯の巻かれてる場所を叩きやがったな……。すげえ、痛む……。

「ふん!」

 機嫌を損ねたのか鈴はツインテールをなびかせて保健室を出て行った。

 しかしどこに怒る要素があったんだ? 女の地雷スイッチの場所は未だに分からんな。

 ていうか「デリカシーのない奴め……」「この愚鈍……」とか不穏なことを後ろで呟くんじゃない!!

「今のは一夏が悪いよ」

 ぐあああ。シャルルさん、お前もかよ……。

「にしても今日は珍しく仕種が気が立ってたな」

 仕種がイライラを隠しそうともしないのは珍しい。仕種は静かにキレるタイプだが、時々怒りを隠そうとしない大激鱗に触れることがある。

 あんなのを見るのはあの時以来か。あん時も結構荒れたからなあ。

 その本人はここにはいない。いたらきっと気を悪くする人がいるだろうと来なかった。

 まあ事実、鈴とはあんなことがあってすぐだから顔を合わせづらいだろうな。

「デュノアさん、何か知ってませんか?」

 シャルルに疑問の声が向けられる。

 仕種は確か今日の朝はそうでもなかった筈だ。ただ、昼を境に機嫌が悪くなった。

 その時、食事で同席していたのは確かシャルルだったと認識している。

「……っ」

 シャルルはアリーナで会った時と同じようなバツの悪い表情だった。とりあえず、何かがあったのは間違いない。

「シャルル、あんまり根掘り葉掘り聞くつもりはないから話してくれないか。出来る範囲で構わないから」

「詳しく話せないけど、仕種が僕の境遇に一方的に腹を立ててるだけだから別に仕種が悪いって訳じゃないよ」

「境遇? デュノア社の御曹司ってポジションに?」

 仕種がそういうのを僻むような人間には思えないのだが。

「そういうのじゃなくて、なんていうのかな。僕の立場ってかなり微妙だからそういうのに腹を立ててるんだよ」

「イマイチ、要領を得ないのですけど……」

「それはゴメン。時が来たらちゃんと話すからそれまではあまり詮索しないでくれると助かるかな」

「まあ、デュノアさんがそういうのでしたら」

「別に言いたくなければ無理に話そうとしなくても構わないぞ」

「ありがとう、オルコットさん、篠ノ之さん」

 ほっこりとシャルルは笑みを浮かべる。

 とはいえ、シャルルのことの他にも問題は山積みだ。

 まるで歯が立たなかったアイツとはトーナメントでいずれ戦わなければならない。この短い期間でどれだけアイツに追いつけるだろうか。

 今は不安がっても仕方がない。そのためにもまずは、身体を休めないとな。









side:織斑千冬



「にしても生意気だったよねあのチビっ子。あんなにちーちゃんのこと思ってるんだったらちーちゃんの心境の一つでも考えろってのにねえ」

 移動中はずっとラウラの愚痴だった。そう言ったものに一々返事を消すのは面倒なので適当に聞き流すことにする。

「それにあの子、まだ指摘してないけどもう一つ矛盾を抱えてるんだよ? 聞きたい? ねえ聞きたい?」

「聞きたくない」

「ちぇー、面白くないのー」

 ぶーたれるが気にしない。

「だいたい、お前も言い過ぎだ。私が止めなければアイツの心をへし折るまで言ってただろう?」

「ちーちゃんだって散々付きまとわれてうんざりしてたんでしょ? いい機会だよ。こうでもしないとアイツ、一生ちーちゃんから離れないよ」

 うんざりはしていないがそれは正論かもしれない。私から突き放そう日ならアイツはこの世の終わりのような思考に至るだろう。だから、誰か他の人間から諭される必要があった。

「あ、別にあのチビッ子のためを思ってやってるんじゃないよ? ちーちゃんの負担が減らさればいいなって束さんは思ってる訳で」

「だったら、普通に校門から入って来い。たまには常識的に行動した方が周りが驚くぞ」

「おお、なるほど! 普通に校門から入って普通に手続きして普通に職員室に通される束さん……。斬新過ぎるね!!」

 会話をしながら束の生活スペースへ向かって歩を進める。

 束は数日間―――個人別トーナメントが終わるまでの間、ここに宿泊する予定らしくあの人参ロケットの中にはちゃっかりとお泊まりセットも一緒に入っていた。

 そしてその宿泊場所というのが、

「ここがお前のVIPルームだ」

「あれれ~おかしいなあ。束さんの目には普通の部屋にしか見えないんだけどな~。それとも、ここには束さんにも理解出来ないようなびっくり機能がついていたりするんですかい?」

「残念ながらここは普通の寮長室だ。お前はこの学園にいる間、私たちと暮らしてもらう。嬉しいだろう?」

「そうりゃあもう! ちーちゃんと寝泊まりするなんてISの開発試験以来だよ!! ……なんてはしゃぐと思ったのかい? ちーちゃん」

 一瞬、本気ではしゃいでいたかのように見えたが……。

私たち・・・ってことはもう一人、ちーちゃんと暮らしてる人間がいるってことだよね? 場合のよってはそいつ排除してもいいかな? ていうかしてもいいよね? 答えは聞いてないけど」

 束は千冬や箒といった身近な人間しか心を開かない。病的なほどに他人とのコミュニケーションが取れないのだ。

 これでも大分改善された方だが、昔はホントに酷かった。何せ、他人のことを無視していたぐらいだ。

 今日の場合はそれぐらいで丁度よかったのだがいい傾向だと、解釈しておく。

「そう警戒するな。安心しろ、同居してるのは沙種だ」

 それを聞くと束の張り詰めた空気はすぐに元の雰囲気に戻る。

「あ、ちーちゃんの同居人てさっちゃんなんだ。いやあ、よかったよ。見ず知らずの人間と月末まで一緒に過ごすなんて考えたくもないからね。それに道理で部屋が片付いて……」

 言い切る前にアイアンクロー。

「片付いて?」

「いやいや、ちーちゃんと暮らしてて赤の他人同士でも平気で暮らせる人種なんて世界を探したってさっちゃんぐらいしかいないんじゃないかな。あ、モチのロン家族のいっくんは省くけどね」

「なんだかんだで沙種には世話になってるからな。部屋の掃除とかもな」

「花嫁修行が疎かな男の人よりも男らしいちーちゃんだもんねー。もういっそちーちゃんが男の子だったらよかったのに。そしたら束さんがお婿さんに貰ってあげようと……」

「黙れ」

 アイアンクローを解放すると同時バカン、と束の頭に拳骨が振り落とす。

「あいたあ!? そうやって図星だからってやたらめったら殴るのよくないよぉ……。束さん、そんな方向に目覚めたくないけどハジメテの相手がちーちゃんだったら別にいいかも……」

「勝手に言っていろ。それでまだ聞いてないんだが。お前がここに来た理由を」

「ん、ああそうだったね。私がここに来た理由はこれなんだけど」

 そういうとディスプレイが空中に投影される。映し出されるその機体が専用ワンオフ機であることはすぐに見て取れた。それが誰が扱う物かも。

 問題はそのそのスペックデータで、その性能に思わず驚愕する。

 私の知る中でこの機体は抜きん出ている。いや、抜きん出過ぎている。それは最新鋭機の白式ですら霞んでしまうほど。

「やり過ぎるなといっただろうが、馬鹿者」

「ん? そうだっけ? いやー、いいことあったから束さん張り切っちゃってさ~。テンションゲージが振り切れちゃって、落ち着いてみてみたらなんじゃこりゃーって感じ? ま、最高傑作作って上げたいって気持ちもあったしこのままでもいいかなあなんて思ったり」

「いい訳があるか。こんな代物は投入してくれて、お前が何がしたいんだ」

「でもでもこれでもまだ完全体じゃないんだよ? これ・・だってまだデータが取れてないからそう言った意味ではまだ試用段階だし。ま、そのデータも白式いっくんのを戴くけどね」

 くすくすと束は私に笑いかける。その笑い方は無邪気な子供っぽさと妖艶な大人っぽさが同居したようなものだった。

「調整は?」

「出来れば早い方がいいね~。それに付け加えるなら人に見られない時間帯が良かったりしちゃったり。あ、こっちのほうが重要ね」

「分かった。今日の9時から第二整備室で行う。人払いは私の方で行っておくからお前はその機体の準備をしておけ。時間が来たら私の方から迎えに行く。それまでこの部屋を出るな」

「おっけ~。かしこまりー」

 そして時間は過ぎていく。

 まだ見ぬ紅の目覚めは近い。




 * * *

 作者の東湖です。

 束さんがフライング登場するばかりか暴れ回った回になりました。というか束さんが出て来た時点でしっちゃけめっちゃかにかき乱すのは目に見えてますけど。

 束さんがラウラに酷いことを言ってるかもしれないですけど、他人を窄めると言うよりも現実を見せてる感じです。一夏を否定したら君の今を否定することになるよ?的な。

 登場した初期のキャラ(女尊男卑に凝り固まってるセシリアとか、力が全てとか思ってるラウラ)の調理法が難しい……。


2011 12/04
ご指摘いただいた箇所を修正・一部加筆しました。



[28623] 第二十三話 「天災、襲来(後編)」
Name: 東湖◆02aa5e3d ID:c9b788d5
Date: 2011/12/27 23:47




side:篠ノ之束



 やあやあ前回振りだね。歌って頭も冴える皆のアイドル、篠ノ之束さんだよ~。

 もしかしてこの私が時間が来るまで大人しく部屋に籠ってるとでも思ったかい? ところがぎっちょん! そうはいかないんだな~、これが。

 こんな娯楽も何もない密閉空間でじっとしてられるほど束さんの知的好奇心は枯れてはいないのさ! むしろ旺盛すぎて持て余しているくらいなのだよ!

 そしてそんな溢れんばかりの探究心が燻っているというのに扉の向こうには建築物ダンジョンがご馳走とばかりに待ち構えているというのに探検しない訳がないじゃないか!

「というわけでレッツらごーなのだ!!」

 ドアを勢いよく開け、缶詰状態からの脱出を図る。

 建物の構造についてはここに来るために予習してきたからばっちり把握してあるのだ! こういう時の下準備の良さは自分でもびっくりするよね。

 ところでさっきから誰に向かって話しかけてるんですか?ってな野暮な質問はコンクリートに固めて東京湾にでも沈めてね。そういうことは分かってても言っちゃ駄目なんだぞ! お姉ちゃんとの約束だぞ!





「んで、ここがそうだねえ、第二整備室。いやー、金かけてるだけあって施設は上等なものだね」

 流石国立、ビバ国立。下手なIS関係の施設よりも上等なものがちらほらある辺りお金をかけている。

「ただ、この施設の使い手がヒヨッコの学生ってのも勿体ないよねえ。束さんに貢いでくれるんだったら十全に使ってあげられるっていうのに」

 そのお金も結局は新しいものを作るための軍資金にするつもりだけど。

 そういえばそろそろ軍資金の調達に行かないと拙いかな。ゴーレムの開発費もそうだし、箒ちゃんの機体も思いのほか費用がかさんじゃったし、それにしーちゃんの機体のためにもお金集めないといけないかなあ。

「んー、まあそれはくーちゃんに任せておけばいっか」

 あの子、なんだかんだで株の運が凄いし。

 五万円分の株券を一晩で十倍にした時は、この子は未来視でもしてるんじゃないかってぐらいに驚いたね。今頃、上げたお小遣いは始めの何倍になってるだろうなあ。

「そして今夜ここでフィッテイングするんだね。箒ちゃんの専用機、紅椿が」

 感慨深くポツリと呟く。

 紅椿は箒ちゃんに合うように束さんの持てる技術の粋を尽くした最高傑作だ。

 面白半分興味半分で弄った白式やまだ試作段階のゴーレムとは違い、最高傑作である紅椿は最高傑作に相応しい出来となっている。

 完璧において十全でなければ意味がない。それは篠ノ之束の持論であり、紅椿はそれを体現していた機体と言っても過言ではない。

 ただし、大前提として箒ちゃんにはあること・・・・をしてもらう必要があるが、それも些細な問題。きっと箒ちゃんならすぐに乗りこなすことが出来るだろう。

「しっかし、誰もいないなあ。ご飯時だからかなあ。束さん、暇すぎてイタズラしたくなってきちゃうよ」

 いくらこの学園で力のあるちーちゃんが人払いをしてくれたとはいえ、その時間まではまだまだある筈なのにこの時間帯に既に人がいないのはちょっと異常だ。

 まあ、ちーちゃんがノーと言ってることに口出し出来る生徒ゆうしゃがこの学園に何人いるかなんて片手で数えられるほどだろうけど。

 誰かいないかなあ、とキョロキョロと探していると整備室の奥の方に少女A―――名前なんて知らないし知ったところでどうでもいいのでとりあえず呼称として少女Aとしておく―――がいた。

 遠目からではあったがISの調整らしいことをしているのが見て取れる。

 ISのこととあれば束さんの出番。ぶっちゃけ旧型のデータマップなんかに興味なんかはないが、なんとなく好奇心に惹かれ忍び寄ってひょいと彼女のパネルを除き見たが、

「うーん、中々に酷い数値だね。どうしたらこんな数値が出るのか全くもって凡人の弄り方は理解出来ないよ」

 気が付けばその言葉は自然と口からぽろりと出ていた。









side:更識簪



「うーん、中々に酷い数値だね。どうしたらこんな数値が出るのか全くもって凡人の弄り方は理解出来ないよ」

 聞き捨てならない言葉に振りかえると、変な人がいた。

 何が変というとまず格好が変だ。ウサミミカチューシャを付け、青いワンピースを着ている一人メルヘン状態な女性。しかもワンピースもサイズが合ってないのか胸の部分がきりきりと引っ張られている。

 この学園では見かけない……いや、外でも絶対に見かけないような不審人物だ。

「駆動系はまだマシだとして、推進系、出力系はこのままじゃ稼働に悪影響をが出るね。それに、適正値もかなり酷いね。一体この子にどんな装備させるつもり?」

 私のディスプレイを見ながら次々と駄目出しをしていく。お互いに初対面で何も知らないのに辛辣言葉をお構いなしにぶつけてくる。しかもその言葉が実に理に適っているので余計に言い方が腹立たしい。

「……貴女、誰?」

「おやおや。君はこの私、篠ノ之束を知らない? これだからゆとりは……」

 その言葉に息を呑む。

 目の前の彼女が? 世界的天才にしてISの産みの親、篠ノ之束博士?

 だがよくよく考えれば、ISを発表して少し経ってからに姿を眩ませたのだから私たちがその姿を知らなくても仕方ない話かもしれない。

 ―――この人に手伝ってもらえば、打鉄弐式をトーナメント前に完成させられるかもしれない。

 そのような希望が頭を駆け巡るが、一瞬でその考えを放棄する。

 この人に指摘してもらえば確かに機体の完成に近づくことが出来るだろう。

 しかし、それは私の為すべき事と矛盾している。

 一人で作り上げなければならないのに、篠ノ之博士に手伝ってもらえば本末転倒もいいところだ。

「この子のことをよく知らないのにとやかく言われたくない……」

「駄目なことに駄目って言って何が悪いのかな。そんな数値じゃいつまで経っても完成する日は来ないよ?」

 束の言葉に下唇を噛み締める。

「……分かってる。今のままじゃ、駄目だってことは自分が一番、分かってる……」

「ふうん。だったら、どうして自分の手に余るものを自分でしようとするのかな? ISの弄り方も碌に知らないトーシロが弄って完成する代物じゃなんだよ?」

「……そうしなきゃ姉さんの後を追う資格すらない、から……。だから、今は上手くいってなくても、いずれ一人で完成させてみせる……」

「今は、ねえ。だったらいつになったら出来るのさ?」

「いつになったら……?」

 その言葉が胸にチクリと刺さった。

「それを完成させる期限だよ。今月末の個人別トーナメントまで? 年内? 卒業するまで? それとも一生?」

「そ、それは……」

 捲し立てるように束から矢継ぎ早に質問攻めされ言葉に詰まる。

 いつになったら?

 完成させることに焦点を置いていたため、何時という期限を設ける言葉は完全に盲点だった。

「教えてよ。いつになったらそれが完成するのか。それとも、本当に完成させる気があるのかな」

「そんなのあるに決まってる……! だから、私はこうして……!」

「だから現に出来てないじゃん。出来ないんだったらどうして他人を頼ろうとしないのかな。ザコは群れてこそその真価を発揮できるんだよ。イワシの映像とか見たことないのかな。あっちのほうがよっぽど賢いよ」

 昔、テレビで見たことがある。

 イワシは海を何万匹と群れて泳ぎ、それはしばしばマグロなどの回遊魚を凌ぐ大きさになることもある。

 そして魚とぶつかりそうな時は大きな魚を避けるために散り散りに分かれ、また元の大きな群体となる。

 イワシは字の如く魚に弱いで鰯。一匹一匹では弱い、他の魚にとってはあまりに取るに足らない存在。

 だからイワシは本能的に群れなければ身を守れないことを知ってる。群れなければ生きていけないと知っている。

 しかし、人は知性をもってしまったがためか時に群れることを望まない。それが更識簪わたしという人間である。

 群ではなく孤。個性オンリーワンではなく孤独ロンリーワン

 群れることなくたった一人で宛もなく大海を泳いでいる孤独なイワシ。その航海はなんて寂しいことか。

「群れてしか何かを為せないザコがたった一人で何しようが無理、無駄、無価値。出来ることも出来ないよ」

 その言葉に反論することが出来なかった。

「で、君のいう姉さんってそんなに大層すごいわけ? 興味ないけど、一応耳に通しといてあげるよ」

「…………姉さんは、ロシアの国家代表、だから……。私より、ずっとすごい……」

 姉、更識楯無は代表候補生ではなく、代表なのだ。未来の国家を担うのではなく、今の国家を担う猛者。

 代表候補生の自分と比べてもずっと遠い存在。私がイワシならば姉さんはクジラだ。その差はあまりにかけ離れすぎている。

「ふぅん、学生のくせに国家代表とかちーちゃんレベルならともかく、ここで一番てだけで代表になれるなんて世も末だね」

 そんなことも興味なさそうにただ聞き流した。

「そもそも姉より優れた妹なんて存在しないんだよ。賢姉愚妹とはよく言ったものだね」

「私が出来が悪いのは分かってる……。でも……、せめて姉さんと同じことが出来ないと認めてもらえない、と思うから……」

「ちゃっちいプライド。そのせいで君は貴重な467分の1のコアを私欲のために遊ばせるのかい?」

 その言葉が我慢ならなくてキッと睨みつける。

「貴女に何が分かるの……!? 姉さんと比べられて、追いかけて、届かない悔しさが……!」

 啖呵を切ったように彼女の知ったような物言いに不満が爆発する。

 これでも姉に負けないように努力はしてきたつもりだ。必死に縋りついてために弛まずに鍛錬を積んできたと胸を張って言える。

 それでも、才能の差なのか姉との距離は年を重ねる毎に開いていく一方で、気づけば姉とは既に手を伸ばしても届かないほどに姉は先へと進んでいた。

 ずっと姉の背中を追いかけて来た。その埋まらない実力差に嫌気が差してその姿を直視出来ないほど精神こころが鬱屈してまでも、健気に追いかけ続けた。

 憧れや羨望ではなく自分も姉のようにそうあらん、と言い聞かせ直向きに直向きにただ姉の掻き分け作ってきた道をがむしゃらに追っていった。

 この気持ちが分かる訳がない。姉と比べながらもその道を歩まなければならないのは。そのレールを歩み続けなければならなかったのは。

「はあ?何言ってるんの? そんなの分かる訳ないじゃないか、君じゃないんだから。それとも、君はその苦しみを私に分かってもらいたいのかい?」

 束は私の言葉を否定するがそう意味で言ったんじゃない。

 ただ、私の気持ちの知らずに私の思いを踏みにじられるのが我慢ならないのだ。

「それに比べられて当然だよ、姉妹だもの。比べない方がおかしいよ。人は比べる生き物なんだよね。大きい小さい、善い悪い、長い短い、高い安い、男女、姉妹。別に比べようととしなくても無意識にその善し悪しを比べる。オンリーワンだなんだって言ってるけど、結局は優劣を決めたがる生物だよね人間って」

 煩わしそうに束は言葉を吐いて捨てる。その口調は人間自体を鬱陶しがっているかのようでもあった。

「そして劣等生のレッテルを張られた人間は劣等感を昇華するために努力したり思考を置き換えたりする殊勝な人も中にはいるけど、大抵は自分より劣る連中を見下したり、諦めたり、環境のせいにして擦り付けたりする。君は諦めた人間だよね」

「私はまだ諦めてない……! 何も、何も知らないくせに……!」

「知らないからなんでも言えるんだよ。ま、赤の他人の心情なんて知ったこっちゃないけどね。興味ないし、そこまで考えを及ばせるの疲れるしめんどいし。それはそうと君自身はISを一人で組み立てられると思ってるのかい?」

 その一言にドクンと心臓が撥ねる。

「え……?」

「いや聞くまでもないか。そんなことは自分自身が一番分かってるもんね。自分一人では組み立てることは出来ないって」

 その一言に得も知らぬ恐怖が体中を支配する。

 先ほどまで渦巻いていた怒りは熱を失い、今は零下の恐怖が全身を襲われている。

「そんなこと、ない……。無理だなんて、私は……」

「ふうん、見てみぬふりするんだ。だから、今の今まで完成しなかったんだよ」

「ぃ、や……。言わないで……」

 それは絶望の呪文。

 今まで胸の内で飼い慣らしていた劣等感が檻を食い破り感情の中に這い出てくる。

「絶対に出来ない無駄なことを無駄と分かっているのにやり続けるの、これって無能って言うだよね」

 不意に重なる。

『簪ちゃんは何もしなくてもいいの。全部、私がやってあげるから』

 面影が。

 声が。

 瞳が。

 どうしようもなく届かない完全無欠の楯無あねの姿と重なる。

 その掴みどころのない口ぶりが似ているのか、完璧無比なところが似ているのか―――自分でもどうしてそう思ったのか分からないが、ただ目の前の女性の言葉が全て楯無の代弁されているように聞こえてしまう。それがたまらなく恐ろしい。

 そんな訳ないのに、何故か姉に否定されているようで、その実力差を知らしめさせられているようで、どうしようもなく自分が惨めになる。

 簪は未熟故に恐怖の感情を撥ね返す術を知らない。そんな自分の未熟さをよく知っているためこの場から一目散に逃げ出してしまいたいのに足は地面に縫い付けられたかのように動かない。

「だから、」

『だから、』





「『貴女(きみ)は無能なままでいなさいな』」





 耳を塞いでも意味をなさないかのように彼女の言葉が頭に直接染み込んでくる。

 どれだけ拒絶しても、彼女の言葉は私の背中に這い寄ってくる。

 まるで影。見えないもう一人の自分の姿に得体の知れないを覚え恐怖に歯がかちかちと鳴る。六月の始めだというのに背中に寒気が走る。

 そんな目の前の彼女の口元は悪意に溢れた弧を描いたような半月が嘲笑っているかのように見えた。

「止めて……! そんなこと、言わないで……!」

「どうして? 仕方ないじゃない、これが現実だもの。一人でどうにか出来るだなんて夢見てないで、さっさと人に手伝ってもらって作ってもらえばいいじゃないか」

 甘い毒が私の弱い心をゆっくりと侵す。それが出来ればどんなに早く打鉄弍式が完成するだろうか。それが許されればどれだけ後れを取らずに済んだのだろうか。

 そんな甘い理想をふるふると頭を振って彼女の言葉を拒絶する。それだけは譲れない。それをしてしまったら、人に頼ってしまったらきっと私は一人では立ち上がることが出来なくなってしまう。

 そんなのは、甘えだ。姉さんはこの苦しみの中、一人で完成させたんだ。ならば、同じ所業を自分もせねばならない。

 それが更識に生まれた私に背負うべきこと。楯無の名を冠する姉を持つ私の必要なこと。

「馬鹿だねえ。そうやって人の話を聞かないでどんどん一人になっていく」

『気付けば周りに誰もいなくなる』

「そして思考の坩堝るつぼに嵌って」

『ますます私の背中に届かなくなる』

 ぐるぐると楯無と束の声が交互に聞こえてくる。聞こえる筈もない楯無の声が心をおかしくしていく。

 気を確かに持たないと、すぐに気が触れてしまいそうなそんな雰囲気に眩暈すら覚える。

 いや、いっそ気を失ってしまえればどれほど楽なことか。

「止めて……。私が、一人でやらなくちゃ……。そうでないと、お姉ちゃんに追いつけなくなる……」

「誰にも頼ることの出来ない君なら一生かかっても無理だよ。そもそも、君の鼻っからおかしいんだよ。一人で出来る筈もないことを一人でやれと誰が決めたんだい?」

 誰が……? そんなの、自分が……。

「そうだよ。自分で決めた。自分でそう決めつけた。誰かにそんなこと強いられたわけでもない。誰かにそうしろって命令されたわけでもない。誰でもない自分が自分にそうしろって強要してるんだよ。勝手にルールを作って、やれとも周りに強制されていないのに自分でそうだと脅迫されて追い込んで。そういうことしてるんだよ?」

 彼女の言葉が私の心を暴く。自分でも知らないような―――知っていたが見てみぬふりをしてきた闇を腸から引き摺り出し曝け出す。

 姉と同じことをせねば届かないと思っていた。そうでなければ楯無の影を踏むことさえ敵わないと思っていた。

 だからたった一人独力で完成させようと思った。完成させなければならないと思った。

 けどそれは全部自分が勝手に強いてきたこと。

 全て、私の思いこみ……?

「分かったでしょ? 全部、君の被害妄想なの。君が自分で勝手にそう思い込んで、どんどん背負い混んでるだけ」

「そんな筈……、ない……。私、一人でやらなくちゃ……」

 彼女の言い分を否定するが、己の闇を暴かれた私はもう弱々しい言葉しか出なかった。

「自分一人ではそれがどうにもならないことを知って尚も続けるっていうんなら無理強いはしないよ? 結果が見えてるんだもんね」

 束は言葉を続ける。

「自分でどうにか出来るかもって楽観してやってるわけじゃない。自分もやらなくちゃって思ってる。そして、自分では出来ないことも分かっている」

 私の行き着く結論が彼女の中には既に見えている。トリックの割れた推理物ほど退屈なものはない。

 そして、そのネタバレを彼女は平然とするような人間であることはこの短いやりとりのなかで熟知させられた。

 直感的に嫌な予感が走る。

 その言葉を聞くなと体中がアラートを発する。それは自分を壊すと警告が響く。

 だが、止める術はない。耳をふさいでも、目を閉じても、口を噤んでもその言葉はどこからともなく私の中に入り込み、私を壊す。

 そう分かっている筈なのに対抗策がまるでない。どうしようもない。

 そして、彼女の口は開かれる。









「そんなの届きたくてそうやってるんじゃなくて、」

 ―――自分ではどうしようもなく届かないって諦めたくてやってるんだよ。









 その言葉が私の全てを否定した。

 ふっと自分の体を自分の意思では支えきれなくなり思考と共に崩れる。

 立っているのもやっとだった状態なのだ。そんな状況であんな一言を突きつけられれば、心がそれほど強くなくても挫けてしまう。それが弱ければ尚更だ。

 もう、心も体も耐え切れなくなったのだ。

「こら、束。うちの生徒を泣くまで虐めるんじゃないの」

 声がすると同時、体が崩れ落ちるのを誰かに支え留められる。

 涙で滲んだ目でスーツ姿を仰ぎ見ると、支えていたのは紫がかった黒髪のよく映える女性―――世界大会モンドグロッソの第二回大会の総合優勝者、露崎沙種だった。

「やあ、さっちゃん。お久だね」

「何を呑気にやあ、じゃないわよ。千冬に部屋で大人しくしてろって言われたんでしょうが。一人にしておけば脱走するだろうと思ってたけど、案の定脱走したか。千冬もこういうときこそ仕事押しつけてでもずっと監視してろってのに……」

 沙種は珍しく愚痴を零す。千冬や束の対応に手慣れているようで、過去にも同じようなことが何度もあったのだろう。

「ちーちゃんも仕事が忙しいのだよ。だから束さんは大人しく一人遊びと若者への薫陶をだね……」

「だったら私の手も煩わせないでください。阿呆なこと言ってないで部屋に帰るわよ。この子送ってったら後でカツ丼持ってってあげるから先に、一直線に帰ること。いいわね?」

「束さん、カツ丼じゃなくて親子丼がいいな! カツ丼ってムショに突っ込まれてるみたいじゃない?」

 はいはい、また考えとくわねと適当にあしらいながら整備室の見回りを始める。私の目の前にいた脱走犯は気が済んだのかテテテテと去って行った。

「ごめんね。束に変なこと吹き込まれなかった? あのウサギ、赤の他人には容赦なくズバズバ言うから気にしなくていいわよ」

 優しく声をかけられる。辛辣な言葉の後だからか不思議と安心させられる。

「い、え……」

 一縷の涙が頬を伝う。

 その目の端に流れ落ちる涙が情けなくてぐしぐしと拭う。

「じゃ、今日はここ夜は使用禁止になるから早めに帰ってね。出来れば一緒に出てもらえると助かるけど、他に使ってる人とかいる?」

「いえ……。私、一人です……」

「ん、そう? じゃ、行きましょうか。立てる?」

「え……。ぁ……」

 立とうとするが腰砕けになってしまっってうまく足に力が入らない。何度か立とうと試みるがいずれも失敗だった。

「負ぶっていくわ。捕まって」

 沙種はくすりと笑ってしゃがむ。

 その背中に抱きつくと沙種は何の苦もなく立ちあがる。体重は軽い方だと自覚しているがこんなに簡単に、しかも女の人に運ばれてしまうと少し悲しくなってしまう。

 だが、それが彼のジャンヌダルクならば仕方ないと納得してしまう自分もいた。

「あ、あの……」

「ん? なに?」

「さっきは……その、ありがとう、ございました……」

「ああ、気にしなくてもいいわよ。私の役割ってこういうのばっかだしもういい加減に慣れたわよ。千冬に泣かされたファンを宥めたり、束にボロクソ言われた子のアフターケアをしたり」

 うんざりしたように沙種は語る。

 なんでもないように彼女は言うが、それはさりげなく凄いことだろう。何せあのブリュンヒルデと世界的天才とが起こしたいざこざの事後処理役を一手に引き受けているのだ。

 彼女はいつだってこうなのだろう。さりげなく気をつかい周りを円滑に回すために潤滑油の役目をする―――こういうフォロー役は虚さんに似ている。

 そのさりげなさが誰からも好かれる。誰からも信頼される。誰からも人気を集める。

 その姿が今の私には眩し過ぎた。

「けど……、あの人は間違ったことは言ってないんですよね……?」

 そんな彼女の眩しさに嫌気が指して思わず卑屈な質問をしてしまう。

「んー、まあそうなるのかね? 多少、言葉が暴力的ではあるけど束が間違ったことを言ってたような記憶はないかな。大体は極論で言い過ぎだけど」

「そう、ですか……」

 予想していた答えが返って来て短くそれだけ返事を返す。

 薄々感づいてはいたんだ。あの人の言ってる事はそれほど間違ったことではないということを。

 たぶん、間違っているのは私の方なのかもしれないということを。

 けど、それを認めることが出来なかった。認めてしまったら私の今までの在り方を壊すことになるのだから。

 しかし、彼女の言葉はどうしようもなく認めざるを得なかった。

 自分の考えはあまりに一人よがりで、幼稚で、利己的で。



 ―――自分ではどうしようもなく届かないって諦めたくてやってるんだよ。



 そんな筈ない、そんな筈ないと何度も自分に言い聞かせるが、彼女の言葉が耳について離れない。

 それは一人では完成させることが出来ないと言われた悔しさよりも、自分の駄目さに嫌気が指した。

「……何か、気に触ることでも言われた?」

「………………いえ」

 長い沈黙の後、彼女の心配の言葉を否定した。代わりにきゅっと回した手を強く締める。

 結局、部屋の入口まで連れて行ってもらった。その時にはちゃんと自分の足で立てるようになっていた。

 部屋に入ると心身共に疲れ果てた身体を休めるために一直線にベッドに横たえる。

 余程疲れていたのだろう、身体を横にするとすぐに眠気が襲ってきた。抗うことなくそれを受け入れて瞼を閉じる。

 全ては悪い夢であってと願いながら。














side:織斑千冬



「てなことが昼間にあったんだけど」

 その一部始終を聞いていて頭が痛くなった。あの部屋を逃げ出すことは予想出来ていたが、まさかまたうちの生徒に迷惑をかけるとは。

 やはり縄で縛ってその上から簀巻きにしておかなければならなかっただろうか。これからは甘やかす必要はなくなったな。

 時は少し流れて時間は9時手前。第二整備室にいるのは束と私の二人だけだ。沙種は箒を呼びに行っている。

「しかし、親子丼を頼んでたのにカツ丼持ってくるなんてさっちゃんも酷くない?」

 それは部屋から出ることを許されない―――いや、その気になれば出ていけたがそれを怠った束に対してののささやかな嫌がらせだろう。

「自業自得だ」

「ちぇ。それにしても知らない人間に見られながら調整するのってうざったいからさー。人払いしてくれたちーちゃんには感謝感激雨霰だよ!」

 束の極度の人嫌いのために締め出したのもあるが、あまり公にしたくないという事実もあった。

「それに神秘ってのは知る人間が少なければ少ないほどいいんだよ。その方が希少価値が上がるからね」

「貴様は既にそれを独占してるじゃないか。ISのコアの作り方。今の世界においてこれほど希少なものはないぞ?」

「ん? ああ、そうだね。別に作り方さえ分かれば大量生産出来るんだけどね。その作り方が分からなくて躍起になって探してるんだよねえ。いやあ、愉快愉快」

 束は楽しそうにころころと笑う。

「何が愉快愉快だ。そのしわ寄せが全部、表側の私たちに来るというのにお前は一人で優雅な隠居生活をしおって」

「だいじょぶじょぶ。時が来ればちーちゃんも一緒に暮らせるようになるから」

 時が来れば、か。

 束のことだきっとまた世界をひっくり返すようなロクでもないことを考えているのだろう。

 それこそ、今度は世界征服だとか言い出すのだろうな。

「にしても待ってる間暇だね。久しぶりにちーちゃんと組んず解れずあんなことやこんなことを……」

「するか馬鹿者」

 バシンと出席簿を束の頭に振り下ろす。だいたい、そのようなことをしたという記憶の改竄を勝手に行う束の頭の中身を見てみたいものだ。

「千冬、箒ちゃん連れてきたよ」

 そんなちょうどいいタイミングで沙種が箒を連れてきた。

「ご苦労だった、沙種」

「ん、別にいいってことよ」

「……姉さん」

 束と対面した箒の表情はどこか固い。

「やあやあ箒ちゃん、久しぶり。こうして面と向かって合うのは何年ぶりかな、大きくなったね。特に胸が……」

「姉さん、遺言はありますか? ないのならそのまま斬りますが」

 束が言い切る前にシュインと日本刀を抜き、束に向ける。目が本気と書いてマジと読みそうなほどにアブナイのは私からしてもよく分かる。

「おおう、いきなり日本刀を向けるなんてちーちゃんでもこんなバイオレンスな愛の表現方法はしなかったよ?」

「貴方にはそうされるだけの理由がある筈です」

「んん~? そうだっけ。まあ、いいや。パパッと済ませちゃおうか」

 そうとぼけて何事もなかったかのように話を進めると部屋の奥を照らし出す。

 奥にはいつ運び込まれたのか分からない真紅の機体が姿を見せる。学園の訓練機は打鉄とラファールの二つを採用しているが、こんな鮮やかなISはここで見たことがない。

 その趣は白式と同様に無駄なものを一切に排除した至ってシンプルなデザインになっている。

「これが、紅椿」

「そう。近接戦闘を基礎とした万能型。現行の全てのISを上回る束さんのお手製のISなのだよ」

 現行のIS全てを上回る。白式も中々に高スペックだったが、これはそれすらも上回るという。これは篠ノ之箒が持つ力としては充分過ぎる。

「束、初期化と最適化はどのくらいかかる?」

「んー、私が手を加えればざっと三分くらいで済むかな」

「そうか。では篠ノ之、最後に問う。これを受け取る覚悟はあるか?」

 箒に向き直り、問いかける。

「専用機を持つということはそれ相応の責任が付き纏う。力を手にするという責任がな。それにコイツは束の作りだした最新鋭機だ。他の専用機持ち以上に責任がかかることがあるだろう。それでも、お前はこれを欲するのか?」

 それが最後の問いだ。

 篠ノ之箒がこれほどの力を欲するその覚悟の程を私は知りたかった。

 半端な気持ちでこれを受け取ることは非常に危うい。この機体に秘められている技術は世界に狙われるレベルのものだ。

 それを選ばざるをえなかった私や一夏と違い、彼女はまだ戻れる場所にいる。

 だから先人として修羅の道を進む覚悟があるのどうか、それを聞き確かめる必要があったのだ。

「はい。姉さんに頼んだ時からそのことは承知の上です」

 澱みなく私の目をまっすぐ見据えて答える。

「それに、私はもう守られてばかりいるのは嫌ですから」

 ―――私も、誰かを守れるようになりたいんです。

「……そうか」

 箒の覚悟を聞き、それ以上追求しなかった。理由としてはあまりに弱いが、その瞳は曇りのない真っ直ぐな決意に溢れた目だった。

 箒は束のことを嫌っていた。

 束がISを発表したせいで家族が離れ離れとなり、一夏とも離ればなれとなった。一夏に恋心を抱いていた篠ノ之にとっては辛い出来事だっただろう。

 そして要人保護の名目で何度も転校を繰り返したという。その窮屈さというのはきっと私の想像をはるかに超えるものの筈だ。

 その嫌っていた束に頼み込んでまで力が欲しいと言わせるのであれば、先日の事件はそれほど箒の中で大きかったのだろう。

 ならば、私がこれ以上口を出したところで考えを変えないだろう。

「束、始めてくれ」

「おっけー。かしこまり~」

 そう言って紅椿の調整を始める。

「じゃあ、まずフィッテイングを始めるね。あらかじめ箒ちゃんのデータはだいたい入ってるから後は最新のものに更新して調整するだけだね」

 そう言って六枚ものキーボードを展開する。そしてそれら全てを使い、処理を開始する。

 それら一つ一つは刻一刻とリアルタイムで変化しているのに対応しながら束はそれに合わせてキーを叩いてるのが驚きだ。

「そういえば私はまだ会ってないけど、いっくんとか変わってなかった?」

「……はい、一夏は相変わらず馬鹿のままですよ」

「んーそっかそっか。じゃあ会うのが楽しみだなあ」

 会話の間も手を休めることなくキーボードを弾き続ける。並列処理の速さは流石、天才といったところか。

「仕種は」

「ん?」

「仕種は大分、変わってしまいましたけど」

「そう? 話してみた感想からすると、変わったのは見た目だけだと思うけどなあ」

「根は変わってないのは自分でも分かってるんです。でも昔は、もっと違ったような気がしてならないんです」

「それはきっと箒ちゃんが忘れてるだけだよ。それか、勘違いしてるだけなのかもね」

「勘違い、ですか?」

「そそ。先入観とも言うね。箒ちゃんの記憶をもっとちゃんと思い出せばその謎も解けるよ」

「………………」

 その言葉きり、二人の会話は途絶える。箒が束の言葉の意味を探ろうと記憶を辿っているのだろう。

 その後も束は何枚ものコンソールを叩き続ける音だけが響く。

 そして、三分が経った。三分間の待ち時間というのは長いようで短いものだ。

「ん、これで終了だよ。お疲れ様。じゃあ、これから試運転でもするかい?」

「どうせそう言いだすと思って第二アリーナが取ってある」

「さっすがちーちゃん! じゃあ、行こうかってその前に」

 入口の方に目を向ける。

「そろそろ出てきたらどうなんだい? 盗み聞きなんて趣味の悪い」

 観念したのか、姿を晒す。

 姿を現したのは、ラウラだった。

「ボーデヴィッヒか。この時間帯はここの使用は禁止だと言った筈だが」

「納得出来ません。身内というだけで最新鋭機が与えられるなど。優れた兵器は優先して強い人間に与えられるべきです」

 ラウラの言い分も理解できる。しかし、束がそんな一般論で怯む筈もない。

「おや、知らないのかい? 有史以来、世界が平等であったことは一度もないのだよ?」

「だからといって肉親に最新鋭機を渡すか。ISランクCの出来損ないに。いや、足してプラスマイナスがちょうどゼロか」

「ホント、いちいちムカツクよね。ちーちゃんにちょっと見てもらったからっていい気になっちゃってさ。元は落ちこぼれの出来そこないのくせに」

「っ!!」

 その言葉が琴線に触れたのかラウラはISの腕部を部分展開する。

「ボーデヴィッヒ。学内でISを展開するのは禁止されている」

「……すみません」

 私に指摘されたため部分展開を解く。

「丁度いいや、箒ちゃんの試運転のぼこられる相手やってよ」

「束」

「いいじゃない。ちーちゃんの監督の元だから何の問題もないし、対人戦のデータも欲しいんだよね」

「いいだろう。いくら貴様の最新鋭機といえど、乗り手が素人では使い物にならないことを証明してやろう」

 ボーデヴィッヒも束の物言いが気に食わないのか戦うことに乗り気だ。

 止めておけと言ったところでやる気満々の二人は聞きはしないだろうし、宥めすかすより実際に束の言うとおり戦わせて吐き出させたほうが手っ取り早い。

 はあ、と溜め息を一つ落とす。

「では、十分後。第二アリーナで模擬戦を行う」

 それが長い夜の始まりだとはこの時、知る人などいなかった。





 * * * 

月二回の更新が出来てホッとしている作者の東湖です。いいタイトルが思いつかなかったので前と合わせて前後編ということで。

というか自分で書いてて思うのだが、束がただの原作キャラの行動原理を否定するただのアンチ野郎(野郎じゃないけど)になり下がってるような気がするけどどう卍解しようか。

まあ、元が元で他人の考えなんて知ったこっちゃねえを地でいく人ですから仕方ないのかもしれませんけど。いろいろ関わらせすぎたかな……。



[28623] 第二十四話 「真夜中の死闘<マヨナカ・アリーナ>」
Name: 東湖◆267d4d5b ID:0229b401
Date: 2012/02/07 00:58




side:露崎仕種



 時刻は九時過ぎ。いくら寮で暮らしているとはいえ、皆が寝静まるにはまだまだ早すぎる時間。

 明日の予習する者もいれば、女三人寄れば姦しいと言うように各々仲良しグループで一室に集まって雑談している者もいるだろう。

 おまけに後者に関しては学校中に出回っている織斑一夏と付き合えるという噂という話のタネがあるため、当分尽きることがない。

 お楽しみの時間はまだまだこれからだ。

「はああああ……」

 そんな時間の中、私こと露崎仕種は自動販売機で適当に紅茶を見繕って談話スペースに腰掛け、失業したサラリーマンのような深い悲しみを背負った溜息を落としていた。

(やってしまった……)

 事の原因は昼間のあの事件だ。

 あれが適切な判断だったと思ってはいるのだがしかし、退去を命じるその言い方が少々―――いや、今思えばかなり乱暴だったと思う。

 いくらイライラしていたからといって、周りに当たり散らすというのは人間としていかがなものか。

 そのことをアリーナで一人ふと振り返ってから気分が急転直下、イライラから一転、デロデロと火の玉が飛んでるんじゃないかというぐらいに急降下したのである。

「はあああああ……」

 ちなみに夕御飯からずっとこんな調子だ。しかも周りにかなり迷惑をかけている自覚があるので余計に気分が滅入ってくる。

 人と話していたほうが気が紛れていいかもしれないが、今の状態で人と会うのは本人的にも周りにも非常に会いづらいものがある。

 かといって部屋に篭っていると余計に気持ちが塞ぎ込んでくるので、気分転換に誰もいないような場所に出てみたのだがこれもたいして効果はなく現在も絶賛自己嫌悪中である。

「仕種……?」

 そんな落ち込んでる時に不意に声をかけられて振り向くと鈴がそこにちょこんと立っていた。

 右手のコーラから察するにのどが渇いて飲みものを買いに来ていたのだろう。

 完全にオフ状態なのかトレードマークのツインテールは下ろされている。

「え、と鈴もですか……?」

「あ、うん! そう! 日本の夏って蒸し暑くてのど渇いちゃってさ!」

 鈴はその言葉と同時に挙動不審に慌て出す。

 そういえば鈴は島国の暑さが苦手だとか言っていたような気がするのを思い出す。なんでもじめっとした暑さがムカツクんだとか。

「そ、そうですか」

「そ、そうなのよ! ホントに奇遇よね!」

 昼間の一件のせいかお互いともどこか会話も行動もぎこちない。

 普通を意識すると逆に普通ではなくなってしまうような、そもそも普段ってどんなんだったっけと思い返してみるがそれは別段おかしい点は見当たらない至って普通な感じで、ってあまりにも普通を意識しすぎて普通普通と普通を羅列しまくった気持ち悪い文になってるう……!?

「……う」

 落ち着け。一旦落ち着こう。ビークールだ。

 お互いに話を切り出しにくい状況だ。ここは分かっている。

 そして、その言いにくい状況を作ったのも自分なのだろう。ここも理解している。

 そうなれば、この後にするべきことも何なのかもなんとなく分かっている。

「鈴」

「な、なに?」

 言いにくいが勇気を振り絞って口を開く。

「その、昼はすいませんでした」

「……え? あ、そのこっちもごねてゴメン……」

 一瞬、虚を突かれたような表情を見せるがすぐに内容を察して、向こうも謝る。

「けど珍しいわよね。仕種が自制出来ずにカリカリするなんて」

「……ですよね。自分でもどうかしてるとは思うんですが、ブレーキが効かなくて」

 紅茶を一口つけてから適当に返事を濁す。

「シャルルと何かあったの?」

 その一言にどくんと心臓が跳ねる。まさか、あの場面を鈴に見られていたのでしょうか……?

「……どうしてそう思うんですか?」

「仕種、シャルルと昼ごはん取るまでそんなに機嫌は悪そうじゃなかったから。後は……勘?」

「勘って……。まあ、その勘が当たってるんですけどね」

 別に見られていた訳ではない、というのと勘で私の問題を言い当ててしまうおかしさに笑ってしまう。

 女の勘+野生の勘というものですか。それは、下手に隠し事を出来そうにないですね。

「それでどうしてそうなったのよ」

「ちょっとした自己嫌悪みたいなものですから」

「自己嫌悪、ね」

「自分で言っといてなんですが、自己嫌悪とは少し違うと思うんですけどね。まあ、ちょっとここは言いにくい部分なんですけど、かい摘んで言ってしまえばシャルルの家の問題なんですよ。そのことでちょっとイラってすることがあって」

 シャルルは諦めていた。家のことについて為されるがままそれを甘んじて受け入れていた。それが我慢ならなかったのだ。

 シャルルの性格上、反抗するというのは難しいのだろうが、それでもアイツに完全服従させられているかと思うと腸が煮えくり返って仕方がなく、あんなことになってしまった。

「だから私たちがどうこう言おうと最後に決めるのはシャルルですから。私の怒ってるのはあんまり意味のないことだって思っててください」

 そう、あくまでこれはデュノアの問題。この問題に関われるとしたら、後は私くらいで……。

「ねえねえ露崎さん……と鳳さんも。ボーデヴィッヒさん知らない?」

 廊下の向こう側から彼女のルームメイトの女子がラウラの行方を尋ねてくる。しかし、彼女のことを他人に尋ねられるとは珍しいこともあるものです。

「いえ、見てませんけど。どうかしたんですか?」

「うーん。いや、どうってわけでもないんだけどね……。普段、授業と食事とトイレ以外はずっと部屋にいるから部屋にいないのは少し変だなあって思ったんだけど」

 どこ行っちゃったんだろうなあ……、とルームメイトの子は頭を抱えながら廊下の向こう側に消えていこうとする。そういえば、気になることがあった。

「あ、箒は見かけませんでした?」

「篠ノ之さん? 織斑先生が話があるって連れてかれたけど、どしたの?」

「いえ、ちょっと……。特に用事はないので忘れてもらっていいですよ」

「んー、そー」

 そう言って今度こそ廊下の奥に消えていった。

「しかし、あの転校生はどこいったのかしら? 箒に関しては千冬さんと一緒にいるだろうけど」

 彼女が今日のことに不満を持っているとしたら―――?

 それを言いに行く相手といえば―――?

 決まっている。担任の千冬先生だ。

 その千冬先生は誰といる―――?

 それは先ほどの証言の通りならば、篠ノ之箒だ。

 では何故、篠ノ之箒は織斑千冬に呼び出された―――?

「あ……」

 束さんがぽろっと漏らした箒からの電話、箒の言っていた秘策、そして第二整備室の出入り禁止。それだけのヒントがあれば答えを導き出すのは容易である。

 箒に送られる束さん特注の専用機。そしてその準備。

 そういうわけで第二整備室を出入り禁止にし、束さんの貸切状態にしたのだろう。

 そして束さんのことだから新しい専用機の試運転もする筈。そうなればアリーナへの移動は自明の理だ。

 ではどこに?

 真っ先に第三アリーナが浮かんだが、今のあそこは駄目だ。

 あそこは昼に私が一日がかりで整備しなければならないほどに荒らしてしまった。そんなところで荒れ果てた場所で性能テストをするだろうか?

 となれば、残るは第一、第二、第四、第五、第六アリーナと会えるのは五分の一。確率20%は心もとない。

 いや、待てよ。

 確か第二整備室から一番近いのは……。

「第二アリーナ……」

「え? 第二アリーナがどうしたのよ?」

「いえ、束さんがここに来た理由を見に行きに、ね。もしかしたらラウラもそこにいるかもしれませんしね」

 そう言ってアリーナのほうへ足を向ける。

 それが、長い夜の始まりだとも知らずに。









side:篠ノ之箒



「うん。これで武器と紅椿のおおまかな説明は終わり。後はぶっつけ本番の実践でものにしてね」

 さもなんでもないかのように姉、束はのたまうが実際問題かなりのハードな課題だ。

 いきなり渡された専用機を乗りこなし、ドイツの専用機から勝ちをもぎ取らなければならない。

 しかし、専用機をもらっていきなり実戦のぶっつけ本番とはまるで一夏の初めての戦いの時の焼き回しではないか。それを思い出すだけでなんて因果なものかと笑みが溢れる。

 アイツはその零落白夜の仕様を知らなかったが故に引き分けになったが、今回は訳が違う。

 一夏を、セシリアと鈴とを同時に相手にしながら圧倒した相手で、並の代表候補生とは一線を画す猛者だ。

 そんな相手のことを考えると自然と体が強ばり、唇をきゅっと噛み締めてしまう。

「箒ちゃん、あんな偉そうなチビッ子に負けないでね。というよりも負けないように設定してあげてもいいけど」

「結構です。自分の力で勝ちにいきますから」

 そんな姉の言葉に対しても語気が強まる。この人の苦手意識もさることながら時々、無茶苦茶なことを言い出すので普通に接していたとしても自然と同じような感じになるだろう。

「うんうん、箒ちゃんならそう言うと思ったよ」

 そんな態度にも嫌な顔一つせずに、対応する姉さん。

 それは世界に一人しかいない妹に向ける自愛の目。興味対象にしか見せない人懐っこく、そしていたずらっぽさもある無邪気で大人びた瞳は暖かい眼差しで私の初陣を心待ちにしていた。

「ま、あれが発動して使いこなすことが出来れば世界中の誰と試合しても箒ちゃんの勝ちは揺るがないよ。もっとも、発動出来ればの話だけどね」

 その一言に思わず目を見開く。

 この機体のスペックがやたらめったら高いことはさきほどの姉からの説明を受けて重々承知している。

 紅椿は一夏の白式と同じレベルのISであり、白式を上回る性能を持つ。その性能は全ISトップと言っても過言ではない。

 だからといって世界中の誰とでもとは穏やかじゃない。それは同年代のセシリアや鈴はともかく、世界一の千冬さんや沙種さんにも勝つことが出来ると暗に言っているようなものだ。

 そんなものがこの機体には積まれているというのか……?

「姉さん、貴女のいうあれってなんですか」

 そう姉に聞くと姉さんは振り返ってくすり、と子供っぽくしかしどこか妖艶に笑い口を開く。

唯一仕様ワンオフ・アビリティー―――絢爛舞踏」





















 黒い夜空が空一面に広がる中、アリーナの照明が光々と初夏の仄暑い空間を照り輝く。

 篠ノ之箒は目を閉じ試合開始までの間、思考の海に己を沈めていた。

 専用機を持つという高揚感は今まで感じ得なかった優越感に似ている。普通ではない、特別な存在に選ばれたという一種のステータス。

 それは浮ついていると言われればそうだろう。

 篠ノ之箒の心にも少なからずそういう思いはあった。

 一夏に言い寄る恋のライバルは専用機持ちで私は何もない普通の汎用機。しかもその汎用機は毎回借りられるわけではない。

 対する相手は専用機であるがために、毎日乗ることが出来、その度に一夏との差を詰められているような私だけ出遅れていたような、そんな焦燥感を常日頃から感じていた。

 だが、少なくとも実戦を行おうとする今はそんな気持ちを微塵も持っていなかった。

 むしろそんなことよりも当初の目的を果たすための思いの方が強かった。

 私が専用機を欲した理由―――それは力がなく何も守れない弱い自分と決別するためであった。

 仕種が助けてくれたあの時、助かったと思うよりも先に別の感情が胸を襲った。

『また、誰かを傷つけた』

 あの時は力に溺れた訳でもない。逆だ。力がない故に誰かを傷付けた。

 人を傷付ける力なんていらないと思っていた。

 しかし、力がなくても人を傷つけてしまう。

 力がなければ守られるだけ。自分の代わりに誰かが傷つき、身を挺して守ってくれるだけ。

 自分は何も出来ずただ無力なだけ。

 その時の無力感というものをあの時に嫌というほどに痛感させられた。

 辛い。もどかしい。苦しい。

 そのマイナスの感情は脆弱な私の心で耐えきるにはあまりにも強大すぎる大波だった。

 篠ノ之箒という人間の感情のキャパシティは多いほうではない。むしろ、常人よりも少なく尚かつ繊細だ。

 剣道によって培われた凛として見えるその風貌、それは言ってしまえば弱い自分を守るためのうってつけの隠れ蓑だった。

 だがそれを一枚剥いでしまえば、その心はあまりに傷つきやすい硝子の器だった。

 弱い心を守るためには鎧が必要だ。だから力を欲する。

 力という鎧で身を守り、弱い心を守る。

 それが今までの私であり、これからも変わらず私はそう有り続けるであろう。

 だが、せめて。

 自分を守ることの出来るだけの力が欲しい。

 過ぎた物かもしれない。独善かもしれない。贔屓かもしれない。

 けれど、欲しい。

 力を。一夏の隣りに並び立つことが出来る専用機ちからを。

 今度はその扱い方を間違えないように。溺れないように。

 決意と呼ぶに相応しい思いを抱き、目を開く。

 そこには相対するように漆黒の機体を駆る敵がいる。

 その目は人間のだし得る最も冷たい殺気を放っている。まるでジャックナイフのように鋭く尖った。

(あれは、過去の私だ)

 力に溺れ、強さとは何たるかを知らなかった強さと暴力とを同一に捉えていた、私の心の弱さ。

 あれに勝たなくては真に、自分の心の弱さと決別するすることは叶わない、そう思っていた。

「始めに言っておいてやる。止めておけ。どうせ勝つのは私に決まっている。お前もあいつら同様に痛い目をしてトーナメントに出られなくなっては敵わないだろう?」

 ラウラの口から最終警告が告げられる。これはあいつなりの優しさなのだろう。

 代表候補生、加えて現役軍人の彼女と剣道日本一というだけの自分とではその実力差はあまりにも歴然である。

 いくら最新鋭の専用機を手にしたからといって相手にとって赤子の手を捻るほどに容易いことだろう。

 だが、

「生憎と試合を降りる気はない」

 その誘いをきっぱり断る。

「私はお前に勝つ。そして、今度のトーナメントでも私が勝つ。お前はその第一歩となってもらう」

 そう、先制口撃を相手にかます。

「そうか。ならば、手心なく壊すとしよう」

 そう、冷たい殺気を飛ばす。軍人よりももっと異質な、もっと憎しみに満ち満ちた殺気。

 鍛えられた大人の飛ばす殺気よりも何倍に鋭いジャックナイフのような視線。人を殺せる視線とは本当にあるのではないかと疑うほどだ。

 試合が始まるまでのなんとも言い得ない緊張感が競技者以外誰もいない無人のアリーナを包む。

『では両者、試合を開始してください』

 そして、開始の合図が告げられる。





「はあああああああああっ!!」

 真っ先に紅の閃光が駆ける。

 二本の刀を呼び出しコール、開始直後一気に距離を詰める。 

「そんな猪武者のような戦法が通用すると思うか?」

 その箒の開幕攻撃を読んでいたかのように、箒の進路からひらりと右に逸れると両手両足のワイヤーブレードを射出する。

「思わないな!」

 それをかわし、再び差を詰めるために大地を蹴り跳躍する。

「だが、貴様に食らいつくことは出来る!」

 一気に距離を詰め、近距離の高速戦に持ち込む。

 両手のレーザー手刀とワイヤーブレードの乱舞。それをもろともせずに二本の剣と脚部の展開装甲を巧みに操り、弾き距離を詰めるべく前に出る。

 それをラウラは食らいつかせない距離まで逃げながらもワイヤーブレードを回収しつつ、連続して射出する。

 戦いはその繰り返しだった。

 距離を取らせないように私が攻め、向こうが牽制しながら射程圏内に入らないように後退する。

「はああああああああああっ!!」

 一見、押しているように見えるが、内心はまるで逆だ。

 距離を詰めているのは得意な間合いを取っているのではなくあくまでそれは慣性停止能力―――AICを発動させないために詰めているに過ぎず、決定打を与えるための攻めの詰めではなく守りのために詰めているに過ぎない。

「どうした、最新鋭機の名が泣くぞ?」

 手数の多さから、余裕があるのかラウラは挑発する。

「く、ぅ……!!」

 幾重に飛び交うワイヤーブレードを切り払い、懐までの距離を詰めようとするがあまりの数の多さに攻めきれずに足踏み状態が続く。

 おまけにAICの存在があるために、迂闊に近づきすぎることも叶わない。今出来ることはこのワイヤーブレードを捌き切り、どうにか相手の隙をこじ開けることだ。

 そんな千日手のような集中力を欠くことも許されない状況でも集中力というのは欠いてしまう。

 捌き損ねたワイヤーの一本が足に絡まり、右足の自由を奪う。

「しまっ……!」

「もらったぞ!」

 ぐいと万力の力によって強引に引き寄せられた放物線を描き地面に叩きつけられる。

「かは…………!!」

 一気に肺の空気が押し出され、一瞬呼吸を忘れてしまう。

 生身ならば意識がブラックアウトしてもおかしくない一撃だが、ISによって意識のノックアウトは防がれる。

 その一撃によって、三半規管がシェイクされたために生気のないままゆらりと立ち上がる。

「気に入らないな。力もないくせにどうしてそこまで食い下がる」

 まったく理解出来ないといった風な口振りで尋ねる。

「誰かを叩きのめして、誇示するような力は本当の強さじゃない。それは、ただの暴力だ」

 それはかつて私が犯した過ちだった。

 中学時代、政府からの執拗な事情聴取と監視によって精神が不安定だった。

 それは昔に始まった話じゃない。転校するようになった小学生の時からも、そういったことはよくあったしここに来てからも定期的な事情聴取は執り行われている。

 しかし、中学の頃が特に酷かった。

 中学に上がる頃、そしてモンドグロッソの第二回大会の後は特に最悪で、大人たちの隠しもしないギスギスした雰囲気は子供ながら不快でたまらなかった。

 そういった経緯があり、その時は誰かに当たり散らかさなくてはならないくらいに、自分のストレスは限界だった。

 その結果は、目に見えたものだった。

 別に誰かに自分の強さを誇示しようと思ったわけではない。日頃の憂さが晴らしたかっただけだ。

 それがたまたま自分の打ち込んでいた剣道であり、自分の強さを最大限に発揮できる場であり、自分が一番になれるものであった。

 そして、その結果が全国優勝じこけんお

 その時にもう一度誓った。力の使い方を見誤らないと。

「だからお前にだけは負けられない。暴力を強さと勘違いしているお前にだけは、絶対に!!」

 誰よりも負けられない相手。それは過去の自分を鏡合わせで見ているような気持ち悪さ。

 それを拭い去るためという我ながらも情けなく、しかし始めの一歩として相応しい大事な一戦である。絶対に負けるわけにはいかない。

 そんな私の言葉にも対戦相手は実にくだらなそうな目で見下していた。

「お前といい織斑一夏といい、弱いくせによく吠える。本当に、気に食わないな!!」

 今度はラウラから攻め込んで再びワイヤーブレードの乱舞が始まった。

 が、先程とは攻め方が何か違う。攻撃が激しいことは変わりないのだが、どこかおかしい。

 右のガードがやや、甘い。今まで鉄壁だったのが嘘のようだ。

 罠かもしれない。すぐにそれを感じ取った。わざと隙を作り出して、つけあがらせたところにカウンターを狙うつもりだろう。

(だから、どうした……!)

 それを力尽くで崩し、敵の思惑通りに右のガードをこじ開ける。

(虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ……!)

 敵がわざと隙を見せているのであれば、相手の想定を上回る一撃を見せればいい。

「舐めるなあああああああっ!!」

 そのまま崩して、こちらのペースに持ち込む!!

 相手の攻撃のスピードを上げていく。

「ぐ、うううぅぅっ……!?」

 息もつかせぬ猛攻の前にラウラが体勢を僅かに崩す。

 今が攻め時……!

「もらったぞっ!!」

「く……! しまった……!?」

 詰めた距離をさらに詰めるべく、前に翔ぶ。この一撃が決まれば試合を振り出しに戻せ―――、









 しかし、奴の顔に焦ったはまるでなく狡猾な罠に嵌めた時のようなにやり、と孤を描いていた。

「っ!?」

 拙いと思った時には既に遅く、身体はシュヴァルツェア・レーゲンを守る見えない糸―――AICに阻まれ指や首を動くことすら叶わなくなる。

「と、言うとでも思ったのか?」

「ぐ、ぅ……!」

 抵抗を試みるが、AICの捕獲は完璧で全てを貼り付けにされたかのように動くことが出来ない。

 あれだけ崩されてもまだ余裕があるというのか……!?

「私の思い描いたように飛び込んできてくれたな。分かりやすい思考のおかげで、捕まえる手間が省けたぞ」

「くっ!!」

「さて、見え透いた小細工も終わりか。これ以上策がないのならここでゲームセットといこうか」

 つまらなさそうにそう言い捨てるとガコン、と砲身は確かに紅椿に向けられる。

 これ以上という他ない至近距離。しかも砲弾は対ISアーマー用徹甲弾。当たりどころが悪ければ一撃で敵を堕とすことの出来る代物で、先程のダメージと合わせるとこれを食らってしまえば一撃で沈んでしまってもおかしくはない。

 手足はAICにより捕捉され逃げることも許されない。

 逃げ場はどこにも存在しない―――まさしく絶体絶命だった。






side:露崎仕種



「箒!」

 鈴が、ガラスにへばりつき声を大にして叫ぶ。

 第二アリーナが第二整備室に一番近かったためそのままそこに移動して試用運転するだろうと思って来たのだが入った時にはまさしくドンピシャ。箒とラウラが一対一の勝負を最中だった。

「仕種! こんなところにいる場合じゃないわよ! すぐに箒の増援に……」

「露崎、鳳。こんな時間に何をしている」

 後ろから高圧的な声がかけられる。

 圧倒的な存在感、そして同時にこの世が終わったかのような絶望感に思わず振り返る。

 そのオーラを出している人物こそ、

「ち、千冬さん……」

「学校では織斑先生、だ」

 世界王者ブリュンヒルデ、見間違うことなき我が担任織斑千冬である。

「それで、使用禁止時間のアリーナになんのようだ?」

「う……。そ、それは……」

「就寝時間はまだ先の筈です。それに第二アリーナに入って観戦すること自体は使用禁止ではありませんですよね?」

 鈴が苦手意識から言葉に詰まるのをフォローするように真っ向から千冬先生の言葉の揚げ足を取るような言葉で意見する。

 こうふてぶてしく返したものの内心はびびりまくりだ。

 なにせあの白を黒に変える千冬先生に口答えしているのだ。これでびびらない奴がいるとしたらソイツの肝は大層座っているかアホのどちらかだ。

「ふん、減らず口が立つものだ。確かにそこまで行動を制限にしていなかったからな」

 面倒くさそうにため息を吐く。今回は見逃してもらえるようだ。

「それで千冬先生、箒の乗っている機体は束さんが作ったものですか?」

「ああ。篠ノ之の専用機、紅椿だそうだ」

 紅椿。

 それが箒が前々から言っていた秘策ということか。

 なるほど、それを箒が秘策と呼ぶに相応しいと頷ける。

 なにせ、世界一の技術を持つ篠ノ之束特注のISなのだ。普段から疎遠の実の妹から頼まれれば、そんなもの問答無用で現行のISにおいて最高性能に決まっている。

「あれは試験運転だそうだ。本来なら一人で軽く飛び回らせて終わりのつもりだったが、試合形式の方がよりデータが取れるということで勝負役目をアイツ自身が買って出た」

「なんでなんですか!! アイツは仕種や一夏を……!」

「篠ノ之自身も承認している。両者合意の上での勝負だ。手出し無用だ」

「そう、ですか」

 その一言に全てを悟る。

 相手は並大抵の相手じゃない。一年生で確実にトップレベル、下手をすれば専用機を持っていない二年生よりも強敵かもしれない。

 そんな相手と戦うこということを箒自身が了承しているということは、箒はもしかすれば今日の一夏―――下手すればそれ以上の怪我を負うかもしれないという覚悟を持って挑んだということだ。

 そうなれば私自身が横槍を入れる資格がない。

「何、簡単に諦めてるのよ仕種!! アイツの強さわかってんでしょ!? だったら無理にでも止めないと箒が!」

 鈴がいつも以上に千冬先生に噛みつく。

 実際にラウラと戦ったためにその強さを充分に理解しているからか、普段に増して反抗の声が激しい。

「鳳、お前は真剣勝負に横槍を入れられて嬉しいか?」

「そ、それは……」

 鈴は千冬先生の言葉に詰まる。流石にそうでも言われてしまえば手出しすることは出来なくなってしまう。

「そういうことだ。篠ノ之を思うのであれば見守っていてやれ」

 そう諭されるが鈴が納得しているような表情ではないのは一目瞭然だった。

「そうそう、叩かれる内が華ってものだね。ちーちゃんの愛情みたいに」

「いつから私が暴力系幼馴染のポジションになった」

「ぎにゃああああああああああっ!? 言ってる内からアイアンクロおおおおおおおおおおっ!?」

 突然、現れた声に対して何の戸惑いもなく即アイアンクロー嵌め。まあ、その人物が誰であるかが分かっているからそうしてるんでしょうけど。

「おうふ……束さんの頭骸骨に罅が入るかと思ったよ。お昼ぶりだねーしーちゃん……と誰ちゃん?」

「……束さん。お元気そうで」

 そんなシリアスな雰囲気をブチ壊すかのようにいつも通りのペースでISの産みの親が現れる。この人が来ると空気が弛緩するのは何故なんでしょうか……。

「あ、さっちゃんにムショで食うカツ丼は美味かったって伝えといてー」

「オッケー。じゃ、明日も明後日も明明後日もカツ丼ということにしとくわね」

「さ、さっちゃん。さっきまでピットにいるとか言ってた筈なのにいつの間に……」

「これが忍者の本来するべき登場の仕方だね。あと言質取ったからね」

 テープレコーダーから『あ、さっちゃんにムショで食うカツ丼は美味かったって伝えといてー』という先程の束さんの声が流れてくる。こういう悪戯事の徹底さは我が姉ながら恐ろしい。

「い、嫌だよ! 束さんだって折角IS学園に滞在してあげてるんだから国のお金でカツ丼以外の美味いものを食べたいよ! 具体的には酢豚とか酢豚とか酢豚とか!!」

「中国人いる前で中華おちょくってんのか!? ていうかなんでそんなピンポイントな訳!? もっと他にあるでしょうが!」

「……おう? まさか、酢豚に反応するとはお主、酢豚になにやら小っ恥ずかしい思い出トラウマがあるとみた! 束さんの酒の肴として聞かせておくれよ。さあ! さあ!」

「……話を戻すぞ」

 カオスに片足をつっこみかけた場の雰囲気を良識人である千冬先生が元に引っ張り上げる。……よかった、酢豚の話で自分まで飛び火しなくて。

「ああ、試合の話だっけ? 確かに箒ちゃん押されてるわよね。まあ、相手が代表候補生だから仕方ないか。おまけに千冬の教え子だもんね」

「あれはあれで性質が悪い。力を力としか見ていないんだからな」

「大丈夫なんですか?」

「おや、どこぞの誰かが箒ちゃんのことを心配してくれるのはひっじょーに嬉しいことだけれども大丈夫だよん。箒ちゃんは追い込まれてからが強いんだから」

 そう何の確信もなく束さんは言い切る。

 いや、束さんの中には確固たる確信が存在する。それは私たちのおよびもしないような姉妹の繋がりのような、他人からすれば酷くあやふやなそんな確信。

「まあ、火事場の馬鹿力が出せれば箒ちゃんの勝ちだよ。そう、あれ・・さえ開花すれば勝ちは揺るがない」

「あれ?」

 姉さんのオウム返しのような言葉に束さんはくすり、と無邪気さを持った笑みを浮かべる。

「またまた~、ちーちゃんもさっちゃんも大体の目星をつけてるくせに~。あ、そろそろ試合が動くかな」

 その一言に再び、アリーナに視線は落とされる。

 決着は近そうだった。









side:篠ノ之箒



(そんな、私は姉さんに頼ってまで専用機を貰ったのに、負けてしまうのか……?)

 そう敗北という絶望が心に侵食するように走馬灯が駆け巡る。

 みんなの顔が、笑顔が、一気に雪崩込んでくる。

 セシリア、鈴、シャルル、山田先生、クラスのみんな。

 織斑先生、沙種さん、姉さん。

 仕種。そして、



(……一夏)

 彼の笑顔が心に一雫を落とした。

(――けたくない……)

 振るうことも出来ない頭を心のなかで振る。

(負けたく、ない……! こんなところで、負けていられない……!)



 思った。



 ―――……は、………みますか?



(一夏のように、なりたい……! 折角、守れる力をねだってまで手に入れたのに……)



 強く、思った。



 ―――貴女は、何を願うのですか?



(いや。なれるか、じゃない。なるんだ! 誰かを守れるような私に、私はなるんだ!)



 強く、強く、そう篠ノ之箒という人間は思ったのだ。









 ―――貴女の思い、確かに受け取りました。私でよろしければ力を貸しましょう。









 途端、機体を包み込むように黄金の奔流が逆巻く。

「!?」

 突然の眩さにラウラは思わず目を背ける。同時、その光の眩しさによりラウラの集中力は妨げられAICの縄が外れる。

 その一瞬の隙をつき、箒アリーナの上空に一時離脱する。

唯一仕様ワンオフ・アビリティーの使用が承認されました。絢爛舞踏、発動』

 紅い装甲はその展開装甲の隙間を縫って黄金色の光が満ち溢れてくる。

 それはまるで、アリーナに迷い込んだ蛍が紅椿の全身を包み込むような幻想的な風景だった。

 ―――展開装甲とのエネルギーバイパスの構築、完了。エネルギーの充填開始。

 ―――展開装甲、《ヒノエ》。エネルギーバイパスの構築完了後全ての展開装甲を攻撃アタックに回します。

(これは、エネルギーが回復して……!?)

 その状況にはっと試合前に話した姉の言葉を思い出す。

 これを使いこなすことが出来れば世界中の誰と試合しても勝ちは揺るがない、と。

 それはそういう意味だったのか。

「確かにこれならば負けることはないだろうな」

 思わず自虐的な笑みが溢れる。

 なにせ、無限にエネルギーが供給されているのだから使いこなすことが出来れば相手はエネルギーをゼロにすることは敵わない。

 これが姉さんが危惧していたワンオフ・アビリティー。

 エネルギーを無限に増幅する永久機関。

 完璧にして十全な束の作り上げた最高傑作。

「これならば……!」

 敵は目の前。

 さあ、第二ラウンドの開始だ。










side:露崎仕種



 先ほどまで紅かった機体は黄金の光を帯び、黒の機体に向かって空を駆ける。

 そんな目の前の光景に三人が四人とも驚いていた。唯一驚いていないのは開発者の篠ノ之束だけだが、それも開発者なのだから当然といえば当然の話だ。

「束、答えろ。あれは一体なんだ」

 千冬先生の問い詰める厳しい表情とは対照的に束の表情は実に楽しそうだった。

「やだなあちーちゃんなら分かるでしょ? あれは紅椿のワンオフ・アビリティーだよ」

 あっけらかんとさも常識かのように束はころころ笑いながら唱える。

「ワンオフ・アビリティー、『絢爛舞踏』。エネルギーを一対百で無限に増幅する零落白夜と対をなす、まさしく永久機関そのものだね」

「永久機関、ですって? じゃあ、あれのエネルギー切れは……」

「発動してるうちはまずありえないね。おまけにその無限のエネルギーの恩恵によって開放された展開装甲、丙。これが揃った時点であのドイツのチビっ子は可哀想だけど詰んだね」

 展開装甲という聞きなれない単語の他に丙、という言葉も新たに登場する。

「丙ははっきりと言ってしまえばじゃんけんのチョキ。攻勢に富んだ最強の矛。たとえ普通の攻撃だとしても丙でブーストした攻撃を止めるのは指南の技だよ」

 すらすらと自身の作り上げたISのギミックを説明してみせる。

「じゃんけんを引き合いに出すということは、それを絢爛舞踏や丙を止めるためのグーや、そのグーを止めるパーも存在するってことだよね?」

「お、さっちゃんなかなか鋭いね。ふふ、そうだよ。グーはいっくんの零落白夜。あれこそが無限に増幅するエネルギーを断ち切る唯一の剣だからね」

 確かに相性としては限りなく最悪である。

 いくら、無限に増えようと零落白夜はそのエネルギーを根幹からばっさりと消滅させる力を持っている。

 ゼロに何をかけてもゼロにしかならないのだから。

「では零落白夜を止める“パー”はなんだ?」

 千冬先生が問い詰める。エネルギーを消滅させる零落白夜を止める鍵となる

「それはね『百花繚乱』といってね、開発中のしーちゃんの機体のワンオフ・アビリティーだよ」

 そう、天災は華やかに、妖艶に、無邪気に言い放った。















「あれは、ワンオフ・アビリティーか……! しかし、こんな……!」

 出鱈目なと、言おうとしたところにエネルギーが完全に回復した箒が袈裟切りにかかる。

「はああああああっ!!」

 それを後ろに避け一度距離を取る。

 エネルギーは回復しているようだが、肉体的ダメージや機体の損傷までは修復されていない。

 回復したのはあくまでエネルギーだけ。そう、ラウラは自分に言い聞かせた。

「ふん、どうにか持ち直したようだが……だったら何度でも叩き潰すまでだ!」

 そう意気込み再度、六本のワイヤーブレードを飛ばす。

 しかし、先程までとは勝手が違った。

 力任せに振るわれた剣によって射出したワイヤーブレードが一本残らず全て弾かれる。

「……っ!?」

 今までにない出来事に思わず驚くが、遅れて紅い帯状のエネルギーがラウラを目掛けて追尾してくるのを間一髪で避ける。

 そして、それを好機と見たか、すぐさまに次の手を迫る。

 先程とは一線を画すように攻撃の威力もスピードも段違いに上がっている。その激しさはまさしく鬼神の如く。

 エネルギー切れの心配のいらなくなった紅椿は全展開装甲を開放しているのだ。

 それは限定的に開放していた数分前とは段違いの性能―――否、これが本来想定されていたスペックなのだろう。

 普通ならばフル稼働すれば数分で切れるエネルギーを常にISが自動的に供給する。

 そんな無茶苦茶な理論もこうしてワンオフ・アビリティーの発動によって成り立っているのだ。

 つまりはエネルギー供給を前提に考えられた、ワンオフ・アビリティーを発動することで十全の力を発揮することが出来る機体。

 それこそ篠ノ之束にしか考えつかない、奇天烈な解決法。

「くっ……! しかし、停止結界の前ではいくら機動性が上がったとしても捕まえてしまえば羽をもがれた蝶のようなもの!」

 回収したワイヤーブレードを再度、順番に発射する。

 先程とは攻め方を変え、相手にとって捌きにくいところを重点的にしつこく攻めていく。

 その行動はさながら蜘蛛のように、箒がわずかにでも動きを止めるのを待つ。

 そして何合、何十合と剣戟が響く。

 それでも、今度はラウラがじりじりと押され始めているのは傍目から見ても明らかだった。

 焦れた訳ではない。が、このままでは押し負けると察したラウラは紅椿から距離を取り攻め方を変えることを決断する。

 その下がる瞬間を箒は見逃さなかった。

 箒はその場で素振りのような、鋭い突きをその場で放つ。

 すると離れた場所から放たれる突きは遅れて打突から繰り出される無数の赤いレーザーが後ろに下がったシュヴァルツェア・レーゲンの装甲を撃ち抜いた。

「……っ!」

 ラウラの顔が苦々しく歪む。

 空間を制圧するAICは実態武器に対しては無類の強さを誇る。しかし、AICはエネルギー兵器に対して効き目が薄い。

 ただの二本の実体剣かと思っていたが、まさかビームを飛ばすことの出来る刀だったとは、初見ならば誰だって到底思うまい。

「ぐ、う……! まさか、そんな」

「隠していたからな。だが、武器は二つだけではないぞ」

 その言葉にラウラは紅椿の今までと異なるフォルムにはっとなるが、時すでに遅し。

 気を取られすぎたのかいつの間にか紅椿のもとを離れた自律兵器がレールカノンに取り付き自爆する。

 最大の攻撃源を奪われ、おまけに爆発によって起こった煙幕によって相手を見失ってしまう。

 そして、爆風の中から紅い閃光が死角から現れた。

 始めは踏み込むことすら叶わなかった敵の懐に、箒はついに飛び込んでいた。

「き、貴様あああああああああああっ!!」

 ラウラの怨嗟によく似た叫びがアリーナ中に響く。ここまで侵入を許してしまえばAICによって全身を停止することは叶わない。

「はあああああああああああっ!!」

 帯状に伸びたエネルギーは雨月を収納クローズし、両腕で握られた空裂を纏うように光が集まる。

 空裂は斬撃に合わせて攻勢エネルギーを帯状に飛ばすことができ、刀を振った範囲に展開する自動で展開することが出来る一対多を想定した装備である。

 それを刃に纏うことで零落白夜にはほど遠いものの、実体剣より多くのダメージを与えられることが出来る。

 言うなれば、擬似零落白夜。

 その恒星のような光を纏った空裂は、紅い光を吸収しまるで伝説の黄金の剣のような眩い光へと変わる。

「これで、終わりだああああああああああっ!!」

 気合一閃、薙ぎ払うような激しい胴。それでいて華のように美しい見事な一撃。

 攻勢エネルギーを纏った刀を振り抜いた。

 中学生の全国大会のあの時のような無様な剣ではなく、己を強く持った綺麗な太刀筋。

 強さを見誤ることない曇りのない清水の一滴は、心で剣を振り黒を断ち切った。

 箒はこの光の剣を瞬間的に考えたが、結果これは正しいものだった。

 AICは先ほども説明したようにエネルギーに対して効き目が薄い。AICに弱い実体剣をエネルギーでコーティングしてしまうことで止まられる可能性を克服したのだ。

 もっとも、その剣を振るう腕を絡め取ってしまえばいいだけの話だが、それもラウラと箒の距離があまりにも近すぎるために叶うことはなかった。

 全身全霊の一撃は零落白夜に匹敵する威力―――はたまたそれ以上お威力だったのか――――なのか相手のエネルギーシールドをごっそり奪っていき、ばたりとラウラが倒れる。

「勝った……。勝ったのか」

 ぽつり、と思わずその言葉が漏れる。

 思わず言った自分の一言に実感が遅れて沸々と沸き起こってくる。

 ああ、ようやく同じ舞台に立てた。

「ふ、ふふ……。これで、一夏や仕種にもようやく合わせる顔が……」









 その時、異変が起こった。

 紫電が走り、黒い雨はその名の通り、水の状態変化のようにその姿をぐにゃり、と変えていく。

「あ、ああああああああああああああああああああっ!?」

 ラウラは苦しそうに苦悶の悲鳴を上げるが粘土に飲まれ、黒い塊の中に消えていった。

「っ!!」

 箒は戦慄を覚えるが、迂闊に動くことも出来はしない。

 だから、それを見続けるしかなかった。

 そしてシュヴァルツェア・レーゲンだったものはどろりと跡形もなく溶け、その姿形を粘土細工のように、それでいながら己の意思を持ったかのように作り上げていく。

 それは段々と人の形を模していき、その見慣れたフォルムを象っていく。

「この姿は、千冬さん……!?」





 異形のブリュンヒルデの再臨がした。









 夜は、まだ終わらない。



 * * * 


一ヶ月遅れの明けましておめでとうございます。作者の東湖です。
今年一発目がガチな戦闘もの……というハードルが上がりまくりな始まりになりましたがぬるい目で見てやってください。
量を書いたものの上手く出来ているのか不安です……。
遅れた経緯とかは活動報告に寄ってもらえれば分かります。マジで死んでました。

早期参戦した紅椿には色々と設定を追加させました。その辺りは後々説明させていただく予定です。

ISが打ち切りという噂が出てますが花の銃士はのんびりと丁寧に描いていきたいと思います。では次回。



[28623] 第二十五話 「原典 対 模倣」
Name: 東湖◆267d4d5b ID:0229b401
Date: 2012/03/12 00:43




side:篠ノ之箒



 雪片。

 一夏の白式の握る雪片弍型の原型でかつて織斑千冬が駆るIS、暮桜の唯一無二の武装にして頂点を究めた最強の名刀。

 その一振りは単一仕様能力ワンオフ・アビリティー、零落白夜の力もあり当たれば一撃必殺の威力を誇る。

 しかし代償は大きく、シールドエネルギーを変換せねばならない程のエネルギーを必要とする。攻撃すればするほどその身を削るようにシールドエネルギーは減っていく。

 最大の攻撃力は最大の防御を犠牲にして生まれる、その一撃はまさしく乾坤一擲。現代の妖刀村正と呼んでも差し支えがない。

 しかし刀として扱う分にはそのようなデメリットは存在せず、同じ日本製の打鉄の近接ブレードと比べても特段違いはない。

 その名刀を目の前の敵が握っていた。

「くっ……!」

 しかしあくまで敵の握るそれは雪片のカタチを模した剣であり、そのエネルギーを無効化する単一仕様能力まで付与されているわけではない。

 単一仕様能力はあくまで機体が持つ能力であり、機体を介し武器に付与する二次的なものはありはしても武器自身の持つ力ではないからだ。

「ぐ、うううう……!」

 だからといって、そのバリアを無効化する零落白夜を抜きにしても剣戟の激しさは本物に勝るにも劣らない。

 目の前の敵、ラウラ・ボーデヴィッヒだったもの・・・・・は織斑千冬の姿を借り再び箒と剣を切り結ぶ。

 織斑千冬に似せた姿かたち、織斑千冬の愛刀、そして、

「この太刀筋……。千冬さんのものとしか思えない……!」

 その太刀筋までもが完璧に模倣トレースされている。

 一夏がいれば激昂してこの難敵に勝つ腕もないくせに真っ先に飛び出していくだろう。

 私自身も千冬さんの剣の腕を尊敬してるため、あまりいい気分ではないがそんな無駄な思考をしている余裕などなく、敵の鋭い剣によってじりじりと追い詰められていく。

 中学時代に剣道で日本一になったとはいえ、相手は世界一の実力者。

 期待性能では紅椿が上回っていたとしてもその操縦者の実力差は歴然としたもので、展開装甲の補助があっても敵の攻撃の激しさに押し負ける。

 敵の激しい斬撃によって装甲が削られていく。圧倒的な戦力差を前に普通ならば心が折れてしまいそうになるだろう。

(それが、どうした……!)

 しかし少女の闘志は折れていない。

(たとえ相手が千冬さんだとしても、私は勝つ……! 勝つんだ……!)

『絢爛舞踏、発動』

 その思いに応えるかのように機械音声がワンオフアビリティーの発動を告げると尽きかけていたシールドエネルギーが最大まで回復する。

 更にエネルギー切れによって閉じられていた展開装甲が息を吹き返す。

「はああああああああっ!!」

 展開装甲・丙の助力により敵の攻撃を力づくで押し返し、一気に後退し距離を取る。

「は―――、は―――、は――――――」

 敵が来ないことを確認すると大きく肩で息を吐く。

 いくらISのエネルギーを何度でもフル充填出来るからと言って、あくまでもISを扱うのは必ず人間である。

 使われる側きかいに限界はなくとも使う側にんげんには限界があるのだ。

 いくら体力が人並み以上にあるからといって代表候補生と世界一のダブルヘッダーは誰であってもかなり体力的にも精神的にもきつい。

 それがつい先日まで代表候補生でもなんでもないただの女子高生だった自分であればなおさらだ。

「な―――!!」

 疲労により一瞬の判断に遅れ、気付いた時には既に敵が上段に構え今にでも振り下ろそうしていた。

「ぐ、う……!」

 上段からの袈裟斬りをどうにか二本の刀で受け止めるが、刀の上から込められる万力によって上から押さえつけられる。

 疲れのせいで足の踏ん張りが思った以上に利かない。

 敵の押さえつける力は予想以上に重く、下手をすれば肩ごと持っていかれそうだ。

 押さえ付けられる力に抗うことに精一杯で反撃に転ずることもままならない。

 一人ではもうどうしようも出来なくなったそんな時、不可視の迫撃が敵を襲った。

 無駄に図体のデカイ敵は無鉄砲に発射された不可視の弾丸によろめく。

(今……!!)

 見えない攻撃に敵の重心が揺らいだところに便乗し抑え付けられていた刀を跳ね返し脱出する。

 不可視の攻撃を行えるISなんてそうそう存在しない。

 しかし私はその攻撃には見覚えがある。それはクラス代表トーナメントで一夏を苦しめた衝撃砲。

「箒! 無事!?」

 それは一夏と同じく専用機持ち、鈴の甲龍によるものだった。

「鈴……、仕種……! どうしてここに!?」

「そんな説明後回しよ! とりあえずこいつを止めるわよ!」

 黒の機体が加勢する二機に反応を示す。

 仲間が増えたところで黒の動きは揺らがない。再び刀を構え射程圏内に捉えるべく人形は飛び出そうとしていた。

「一夏みたいに近づいて斬るってのしか出来ないんだったら、近づかせばきゃいいのよ!」

「言い方はあれですが、それは確実な戦術ですからね」

 その言葉とほぼ同じタイミングで鈴の衝撃砲と仕種のアサルトライフルの嵐が巻き起こる。

 圧倒的なほどの面制圧と数の暴力。

 銃弾と衝撃砲の猛攻をくぐり抜けるような隙間などほとんど皆無。代表候補生ならばその制圧力に容易に屈しているだろう。

「………………」

 しかし黒いISはそんなものをもろともせずにこちらに接近する。

 攻撃と攻撃の僅かな隙間を縫うような体捌きで弾幕の薄いところを効率よく機械的に回避していく。

「なんで、なんで怯まないのよ!」

 その機動は人間の動きでありながら、人間技を越えている。

 地を爆ぜ拍子もなく鈴のところまで差を詰める。

 その動きは古武術における無拍子のそれに非常に近い。

 鈴が対応出来ないのは鈴の拍子と敵の拍子があっていないからで、敵はそれを意図的に外しているのだ。

 だが、それは人間であるから意図的に合わせたり外したり出来るものであって、機械がそんな人間の技を使うことを使うことに驚きを隠せない。

「っ!!」

 一瞬で距離を詰められた鈴は双天牙月を構える暇も与えられない無防備な状態に対し、黒は大きく上段に振りかぶる。

「鈴!!」

 二体の間に割り込むように紫電が滑り込み、振り下ろされる一刀両断を左肩の鎧で受ける。

「仕種!!」

「大丈夫、重装甲ごついのは伊達じゃないんですよ……!」

 とはいうものの攻撃を受けた部分がギシギシ、と不快な音を立てて軋む。

 本来であればISの装甲は厚くある必要はない。シールドエネルギーがあるからだ。

 シールドエネルギーがあれば身体の安全は絶対防御によって守られるため、機動性を確保するために見た目の装甲くらいしか残さない。

 その上、ごつくなれば当然その分表面積が増えて被弾率が上がる。

 そういったマイナス点は仕種のISの場合、各部に設けられたスラスターによって十二分に補われているんだが、これは製作者がかなりの特例なためあまり一般論では参考にならないだろう。

 しかし、そのようなデメリットも物理攻撃に対しては絶対的な防御力を誇る最強の盾にも成り得る。

 そういった点ではオルテンシアは対近距離戦仕様の甲冑を背負った射撃型ガンスリンガーなのだ。

「………………!!」

 敵は次の攻撃に転じようと刀を引き抜こうとするが深く刺さって抜けない。ISの力をもってしても抜くことが出来ないという事実が今の一撃の重さが物語る。

 が、裏を返せばそれはブリュンヒルデが決して見せないような素人でも分かる絶対的な隙。

 それを好機と見た仕種は素早くをガトリングを展開オープンする。その顔はしてやったりといやらしく歪んでいた。

「馬鹿力が裏目に出たようですね。全弾もってけええええええええええっ!」

 そして無情にも引き金が引かれる。

 二門から放たれる弾丸の暴力。復讐者アヴェンジャーによる苛烈な報復は敵の黒い鎧を問答無用に剥がしていく。

 黒いISもこの攻撃を受け続けるのは拙いと判断し、たまらず刀を捨てて後退する。

 それでも止まない追撃によってアリーナの地面からは朦々と砂煙が立ち込める。

 その猛攻は装填されている弾薬が尽きるまでガトリングの音は止まらなかった。

 対人戦であれば確実にゲームセットになったであろう弾丸の嵐。

 付け加えてゼロ距離射撃。

 数千、数万の弾丸を一身に受けて無事である訳がない。

「……っ!」

 朦々と舞い上がった砂煙が晴れるとそこに何発も銃弾を間近で浴び銃弾だらけの黒の鎧がアリーナの真ん中にさも問題ないかのように姿を現す。

 痛々しいダメージを負いながらも平然と直立する無機質な鎧の姿は先日の乱入者とはまた違った不気味さを思わせる。

 その漆黒の鎧をダメージを受けた部分を覆うように―――銃弾を吸収して生物のようにぐにゃぐにゃと変形させて傷口を修復し、もとの織斑千冬の姿を形取る。

「ちょっと……。いくら原型が崩れたからって自己回復とかアリ……?」

「これでも駄目ですか……。ダメージを与えても表面上でもそれをなかったことにされるのってけっこう堪えますね……」

「しかし雪片はここにある。武器がない以上、相手は手出しすることはない筈だ」

 そんな箒の思惑とは裏腹に、黒い偽物は粘土細工かのように体から自由に切り離し再び雪片を精製する。

「……相手、武器の取替は自由らしいですよ」

「ホント、なんでもアリね。一体どうやったらこっち」

 雪片を構え、再び大地を爆ぜて鈴のそばまで翔ぶ。

 その跳躍ぶのは先程同様なんの迷いもなく、なんの気配もない。

 その機動はまるで同じで先程の巻き戻しを見ているかのよう。敵のリプレイと同じように鈴もまた敵の第一歩に対して対応することが出来ていない。

『武器を捨てろ、鳳!』

 突然、千冬さんからのプライベート・チャネルが入る。

『そいつは武器や攻撃に反応する。逆を言えば武器を放棄すればそいつが襲ってくることはない! だから捨てろ!』

 その仮説が正しいのならば確かに鈴が襲われる必要がなくなる。

 しかしその仮説が間違いであれば、鈴は自ら雪片を受け止める剣をみすみす捨ててしまうことになる。そうなれば、袈裟で切られることは目に見えている。

「鈴! 千冬先生を信じて! 早く!」

「っ! 信じるわよ! 置き土産よ! こいつでも持ってきなさい!」

 一瞬、躊躇ったがすぐに仕種の言葉に決断し大きく振りかぶって双天牙月を投擲する。

 黒い人形は雪片でそれを弾き追撃するかと思われたが、先程の進撃が嘘のように黒い人形は目標を見失ったかのように沈黙する。

「どうなってのよあいつ。絶好の機会に攻撃してこないなんて……」

 千冬さんの仮定通り、あれは武器や攻撃に反応するらしい。

「これでとりあえずは攻撃しなければ危害を加えられることはありませんね」

「しかしどうするのだ。あの中にはまだあいつが取り込まれたままだぞ」

「あいつって……。ということはあの中にいるのは……」

「シュヴァルツェア・レーゲンの操縦者、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 それを聞くともう一度黒の異形に注目が集まる。

 あれが千冬先生の姿を模したのは彼女の中の最強のイメージが千冬先生であるからだろう。

 そして彼女のイメージをISが形にした?

 そんな馬鹿な。いくら外見を真似ようとも千冬さんの剣の腕前までは真似することは出来ない筈……。

『お前たちは一旦後退しろ。そいつの対処は我々が行う』

 そんな思考の折りに千冬先生から通信が入る。

「しかし……」

「ここは素直に引きましょう。三人がかりでも防戦一方が精一杯なんですよ?」

「だが仕種……!」

「トーナメント、出られなくてもいいんですか?」

「う……」

 そう言われると分が悪い。なにせ私自身、今度のトーナメントに一夏との交際がかかっているのだ。

 ここで無用な怪我をしてはその権利を試合に臨む前から放棄することになってしまう。

 仕種に協力してもらった以上、何がなんでも成功させなければならない。

 そうでなければ、あの告白はなんだというのだ……。

「…………うう」

「どうしました? 顔赤いですよ?」

「う、うるさい! 戦闘の疲れが出ただけだ! そんなに気にするな!」

 そう照れ隠しにずんずんと歩くが、それでも後ろ髪引かれる思いで何度も振り返りながらピットまで後退していく。

 アリーナの中央に黒い彫像を残して。









side:露崎沙種



 三人がアリーナから出ていくのを確認すると千冬は手に持ったインカムがキーボードの上に置かれる。

 そのままモニターに移るアリーナに残された己と同じ姿をした真っ黒な泥人形を厳しい表情で見据える。

 それは教師織斑千冬としての表情ではなく、IS操縦者織斑千冬としての表情だった。

「それであの三人はピットに戻すとして……。どうする? 職員に非常召集かけて包囲網を敷いて取り押さえる?」

 それが考えつく最善の策であろう。千冬と私が出られない以上、他の職員の要請が必要になる。

 幸いにもまだ夜も浅い時間だ。非常召集をかければ大半がそれに応じてくれるだろう。

 だが、

「そこまで大事にするつもりはない。私が出る」

 千冬は私の言葉を制し、自らがその役を買って出た。

 当然、私も束ですらもその言葉に驚きを隠せない。 

「千冬、いいの? 今までずっとISに乗ってなかったんでしょ?」

「なに、馬鹿な教え子の面倒は馬鹿な教師が見るさ」

「でも千冬」

 不敵な笑みを浮かべる千冬の言葉にどうしても不安を拭い切れない。

 他の職員に話を聞く限り、IS学園に来てまだ一度も・・・ISを動かす姿を見たことがないという。

 実習の実践も他の職員に任せ、座学にしかISに関わろうとしない。

 そうまでしてISを遠ざけ、ISに乗らなくなった・・・・・・・のには何か重大な理由があるのではないかと勘ぐってしまう。

 あんなことにならなければ、私自身まだまだISに乗っていたいし前線で戦っていたい。それが私の本音だった。

 ただ、世界最強ちふゆが現役を退いたから私もそれに倣って身を引こうと思っただけの話。

 だからその千冬が再び戦場に帰ろうということに私は不安を隠せなかった。

「……なあ沙種、私があんな偽物に負けると思うのか?」

「それは、ないけど」

「なら問題ないじゃないか」

 千冬がそうは言うものであれば問題ないことは頭では理解できているのだが、それでも実際には心配なのだ。

 少なくとも一年以上はISに乗っていなかった千冬、おまけに専用機『暮桜』ではなく一般の訓練機―――おそらく打鉄だろう―――での戦闘になる。あまりにも条件が悪い。

「ちーちゃん。訓練機程度のアップデートならこの束さんがちょちょいのjoyでしてあげるけど」

「いや、必要ない。あんな見慣れた剣筋、私にはこれ一本で充分だからな」

 そう言って、ポケットからあるものを取り出す。

「千冬、それは……?」

「これは私の剣だ。束に言ってこれだけは量子変換してもらってるからな。何かあった時のためにいつも持ち歩いているのさ」

 それって銃刀法違反なんじゃ……と言いかけたが、それを言い出したら専用機を持つ人間なんて全員それ以上に厄介なものを持っているんじゃないだろうかということに気付き深く追求しないようにする。

「では、行ってくる」

 千冬が部屋を出ていく。

 そしてそれを見計らったかのように束が口を開く。

「さてちーちゃん、行っちゃったけどさっちゃんはどうする?」

「どうするって……。私は束見張っとかないといけないし」

「え~。そんなことしなくても束さんここにいるのに~」

「どうだか」

「な~んて言ってるけど、さっちゃんのそれは本心は違うよね?」

「…………」

 図星。

 今の千冬はどうも気負い過ぎているように見える。

 いくら教え子が問題に巻き込まれたからといって普段では考えられないくらいにあまりに自分から動きすぎている。

 それに、嫌な予感がしてならない。

「行ってあげなよ」

「そう気軽に言ってくれるけどねえ……。束、絶対にこの部屋から出ないって約束する?」

「ん~それはどうだろうねえ~? 約束って破るためにあるもんだし」

 おい待て。

「あはは冗談だってば~。今はここにいるのが一番面白いし、アレが収まるまではここから出るつもりないよん」

「じゃ約束破ったら今後束のいる間の朝昼晩の食事全部、カツ丼だからね」

「うぐ。じゃあ、私はその約束を守れたらここにいる間の三食を束さんの好きなメニューを頼んでもいいという権利を主張するけど、いいのかい?」

「オッケー、交渉成立。一歩でもここから出てみなさい? 二度と体重計に乗れない身体への第一歩を自分で踏み出すことになるんだから」

「うさぎさんは寂しいと死んじゃうからなるべく早く帰ってきてね」

「だったら政府にお縄になりなさいってのよ。じゃ、おとなしくしてるのよ」

 そう子供にしつけるような言葉を残して管制室を出る。

 そしてポケットに手を突っ込み、底に眠るものをきゅっと握る。

(って人のこと言えないんだなあ。自分もこれ持ってるのにさ)

 そうさっき考えた小さな疑問が自分にも当てはまることを苦笑しながら千冬の後を追った。









side:織斑千冬



 スーツ姿の上着を脱ぎ後はそのまま打鉄を装着し、アリーナの地面に降り立つ。

 それは何年ぶりかの感覚。

 ISと一体となった全ての感覚は再び戦闘のために研ぎ澄まされていく。

 黒い敵の真正面に武器も持たずに立つ。

「ラウラ」

 黒の自身を象った人形に対して話しかける。

 声が届くことはないと分かっているが、それでも語りかけずにはいられなかった。

 相手は敵が目の前にいるにも関わらず、動こうともしない。

 それはそういう風にプログラミングされているからなのか、それともその死合を待ちわびているのか微動だにしない。

「いつまで私しか見ていないつもりだ」

 それは嘘だ。

 私が至らないばかりに今回の事態を招いたのだ。

 私の言葉が足りなすぎるが故にラウラはそうなってしまい、正しい方向へ導いてやれなかった。

「お前の世界は私とお前の二人で完結しているのだろうが、甘ったれるな。人は人に依りて人となる。それはお前も同じだラウラ」

 だから自らの手で清算し引導を渡す。

 これが彼女の全てだというのならば、その閉じた世界を私が壊し導かねばならない。

「だからこれは制裁しおきだ。少々痛い目を見てもらうぞ」

 それが師として出来るせめてもの償いというものだ。

 使い慣れた近接ブレードを展開するのと同時、黒のISが動き出す。

 その速さは随分と久しい感覚。

 目の前の黒は刀を据えて眼前までわずか一足で跳ぶ。

 一閃。

 そのはやさは本家本元と劣らず鋭く飛ぶ燕を切って捨てるのではないかと思わせるような一撃。

 薙ぎ払われる刀の銘は、敵を一撃で葬る最強を関する剣。















「――――――遅い」

 対するように私は構えた雪片を閃く。









 それはまさしく瞬く間の出来事だった。

 敵の腰から鋭く抜き払われたそれが打鉄の装甲に届くよりも速く、逆袈裟で切り上げ黒い鎧を裂く。

 その太刀筋はISの補助があるとはいえ、神速と呼ぶに相応しい。

「その頃の私は―――当の昔に越えている」

 一閃二断。

 一で閃き、二で断つ織斑千冬の居合いの真剣の技。それを躱すのは容易ではなく、沙種も例外なくこの型に苦しめられた。これが現役時代、絶対王者たる織斑千冬を支える必殺の型だった。

 だが今の攻撃はそれすらも抜き去る圧倒的な速さを持っていた。

 その一撃はまさしく二の打ち要らず。

 ただ、敵の動きに閃くだけ。

 敵の一が届くよりも遥か速く、自身の一の太刀で切り伏せる。

 敵の第一手よりも問答無用で先に行く絶対的な先行/閃光の剣。

 瞬極しゅんごく

 織斑千冬が苦節三年の末にたどり着いた一閃二断に取って変わる新たな真剣。

 残念なことといえば、この境地にたどり着く頃には既にISを降りていたことだろう。

 公式の場には見せられなかった幻の秘剣。

 その技を使って切った初めての相手が教え子というのは皮肉なものであろう。




 ブリュンヒルデの腕前は確かに恐ろしい。

 間合いの取り方、崩し方、駆け引き、制圧力。

 近距離戦において圧倒的に有利な試合運びをするその技術はたとえ模倣だとしても、この学園の誰もが一対一では倒せないだろう。

 だがしかし、そこに織斑千冬の意志はなく織斑千冬ブリュンヒルデの思考はない。

 そう動くようにプログラミングされただけのただの真似事。

 そのような紛い物の強さでは、本当の強さには及ばない。

 本当の強さはその意志に技術が融合して初めて本当の強さ足りえるのだ。

「ぁ…………」

「馬鹿者が。余計な手間をかけさせおって。そら、帰るぞ。お前には聞きたいことが山ほどあるのだからな」

 そうおもむろに手を伸ばす。

 その姿をラウラの瞳が捉えると、何かが弾けた。














「あ、ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 突然の咆哮。

 ラウラの叫びに呼応するかのように辺りに再び紫電が走り黒い鼓動が息を吹き返す。

「ちいっ! まだ動くというのか!!」

 紫電に弾かれ体勢を崩しながらも雪片を構えたまま、距離を離す。

 黒い粘土は再びラウラを飲み込みぐにゃぐにゃと形を変える。

 その姿を一言で言い表すのであれば、「歪」であった。

 ところどころがシュヴァルツェア・レーゲンのパーツであったり、暮桜であったり別のISであったりとその姿は先程とは似つかないほどにあまりにもチグハグ。

 先程の一撃によりエネルギーが足りないのか全身を被っていた鈍い漆黒の鎧は、最初の半分以下しか纏われていない。

 顔の右半分は私の顔をした仮面に覆われ、左の瞳には彼女である証の越界の瞳ヴォーダン・オージェの金色が虚ろな光を灯している。

(とはいえ、もうエネルギーは底を尽きかけている筈だ。後一撃、奴に食らわすこと出来ればあれから開放することが出来る……)

 これ以上囚われ続けているのも体力的にも心配だ。

 ぎゅっと雪片を握る手に力が入る。

 虚ろな金色の瞳がグリン、と動いた。

「っ!?」

 私が動くよりも早くラウラが右腕を突き出す。途端に身体が宙に繋ぎ止められ後退することも叶わなくなる。

 私の初動は確かに半歩出遅れた。しかしそれでも普通ならば、逃げ切ることが出来ただろう。

 だがそれは普通に対しての相手の話だ。

 ラウラは普通ではない。その動体視力は私の僅かな動きでも見ることの出来るオーディンの瞳。

 その右の瞳に宿した最高の動体視力からはたとえ相手が世界最強わたしだとしてもは逃れることが出来ない。

「馬鹿な、AICだと……!?」

 打鉄の動きを止めたのはシュヴァルツェア・レーゲンの第三世代兵器AIC。

 しかし、ラウラが囚われているあれの中にはこんな最新のデータがあるわけがない。

(まさか、これはISの自己進化だというのか……!?)

 だとすればかなり拙い。早めに止めなければこいつはものすごい勢いで成長を遂げてしまう。そうなれば、私ですら止めることが叶わなくなる。

 それこそ、まさしく暴走だ。

「私は、勝たなくては……。また、あの暗い闇に墜ちてしまう。だから、負けるわけにはいかない。それが、たとえ教官が相手でも」

 譫言うわごとのようにラウラの唇が動く。

 さっきのアレも今のコレも勝ちたいという想いが産んだ産物。

 勝つことに、力に執着する彼女の心。

「それが紛い物の力でもか」

「……?」

 その言葉にラウラは反応を示す。

「そんな紛い物の力に振り回され、偽物の力を借りてまで勝ちたいのか? ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「しかし、私は……。私には……」

 ラウラの声の調子が尻すぼみに弱々しくなっていく。

「う、ぐああああああああああっ……!!」

 再び紫電が弾け、ラウラの苦悶の叫びと共にぐにゃりと阿修羅像の如く第三の腕が背中から生えた。その腕に握られていたのは、見覚えのある銃だった。

「春紫苑……! やはり、こいつは……!」

 千冬の思惑が正しくあれば、全ての説明に納得がいく。

 だがISの形態を無理矢理に変形させるこんなにも異形のものだとは聞いてはいない。

「それでも……! 私は、勝たなければならない……! 負けることは許されない。負ければ、私の存在価値はなくなる。だからっ……!」

 ラウラの顔が苦痛に歪みながらも春紫苑は狙いを定める。

 銃弾が放たれるまさにその直前、一発の衝撃が黒い異形のISを捉える。

「ぐ……!」

 その一撃によりAICの拘束は解かれ、一気に後退する。

 そこにいたのは、

「うーん。本当はあの銃にぶつけるつもりだったのになあ。若干腕が鈍ったのかな? ま、長かった入院生活のせいにするか」

「沙種……」

 敵の構えるそれと全く同一規格のライフル銃を握っている授業初日以来ラファール・リヴァイヴを駆る沙種だった。

「やっ。助けに来たよ」

「束は」

「取引してきた。部屋を出れば三食絶対カツ丼、出なければ三食自由なメニューを選べる。そう交渉のカード切ったら喜んで食いついてきた」

「なんなんだ、その小さい取引は……」

「そういうのって案外と死活問題なんだって。ま、実際にあの部屋が一番観察するにはもってこいの部屋だしね。よっぽどのことがない限り出ることはないよ」

 確かに管制室はアリーナの状況を見渡すのには最適な場所だ。データを取るという目的のためならそこにとどまった方が多くのデータが集められるだろう。

「しっかし、世界最強を二つくっつければその強さが二倍になるとでも思ってるのかしらね、あの装置とやらは」

「ブリュンヒルデにジャンヌダルクの合成品か。まったく頭が痛いことこの上ない」

「ま、千冬にかかればヒュドラだろうがケルベロスだろうが別に問題ないでしょ?」

「言ってくれるな。私はどんなヘラクレスだまったく」

 そう言いながらラウラを見据える。

 形は変化したがあれは自衛のための装置。少なくとも自ら討ってくることはない。

 その根幹は変わっていることはない。たとえ操縦者が意識を取り戻そうと、あれの本質は模倣し返り討ちにする機械。

「奴のエネルギーは風前の灯火だ。一撃当てることが出来ればあれはすぐに朽ち果てるだろう」

「ふんふん。で、その一撃を当てるために私に協力して欲しい、と」

「……別に嫌ならやらなくてもいい」

 沙種の言い方が鼻につくからか、むっとした表情になる。

「冗談だって。だいたい近距離殺しのAICを装備してるんだから援護があったほうがいいに決まってるでしょ」

「勝手にしろ」

「はいはい、勝手にしますよ。で、作戦は?」

「あいつの体力もそんなに残ってない。やるならば短期決戦だ」

「了解。それじゃ適当に牽制するから千冬がそれに合わせてあいつを止めるって作戦で。仕留めるのよろしくね」

 ああ、と短く相槌を打つ。

 あまりにもざっくばらん過ぎる作戦だが、私たち二人にはそれぐらいで丁度いい。緻密過ぎず、その場の感性フィーリングによって柔軟に対応する。

 後は以心伝心、幼馴染としてお互いどれくらい分かり合っているかの問題だ。

「今思えば、お前とこうして仲間として同じフィールドに立ったことがなかったな」

「モンドグロッソにダブルスがなかったもんね。第三回は作ってもらう?」

「いらん。私たちは引退した身だ。後は下の奴らが勝手にする」

 そうだ、老兵ロートルは去るべきだ。

 今回出てきたのもアイツが絡んでいて、尚かつ止められる人が他にもいなかったから。そして、大事にしたくなかったから仕方なくISに乗ることを選んだ。

 それにまだアレ・・を明かすわけにはいかない。

「準備はいいか、沙種」

「いつでもいいわよ。最初で最後の大盤振る舞い。道は切り開くから思い切って千冬は後から突っ込んで」

「ふっ、間違って私を撃つなよ? バラ撒きはお前の専門分野だからな」

 沙種の腕に握られていたのは愛銃ではなく、連射性に優れるアサルトライフルを二丁。

 先に沙種が飛び出すと、それに倣うように私も翔ぶ。 

 最初に両手にアサルトライフルが握られていたが、弾薬が尽きると一秒と待たずにその手には新たにアサルトカノンが握られていた。

 高速切替ラピッド・スイッチ

 射撃において最大限のアドバンテージを獲得することの出来る技術。

 射撃型は近接型と違い、多種多様な武器をロスなく選別し展開することが必要となる。

 それらを戦局ごとに一瞬で最適を導き出し、自分が有利である状況を

 沙種はライフル一本で成り上がったと誰もが思っているが、その答えはイエスでありノーでもある。

 確かに春紫苑の性能が沙種の世界一に貢献したことは大きいが、それを行う沙種の射撃武器の知識の豊富さ、それを実行に移せる技術もまた彼女が世界を取ることの出来た理由の一つである。

 その中でも一番目を見張るのは、高速切替の技術だった。

 実際、春紫苑に触れるまでは何十丁もの射撃武器を場面場面に合わせて取っ替え引っ替え撃ちまくるのが彼女の本来のスタイルだった。

「最適」を常に「最速」で選び出し敵の反撃の隙も与えることなく制圧する。そのスタイルは何を隠そう、今の仕種のスタイルに確実に受け継がれている。

 だが多くの人間は知らない。その「制圧」こそが彼女の本来の戦闘スタイルの一つであるということを。

「ちっ! これ弾なくなるの早い! 次!」

 ライフル、アサルトカノン、ショットガン。沙種は飛翔速度を上げながら次々と銃を切り替えながら弾丸をバラ撒いていく。

 それはさながら戦闘機の襲撃のよう。

 そしてバラ撒く銃弾に乗じて敵すら抜き去りその死角を点く。 

 敵の死角を点くと先程まで握られていたライフルは既に収納され、沙種の手には馴染みの春紫苑が収まっていた。 

 春紫苑を扱う以上、その強みも弱みも知り尽くしている。おまけに担い手は露崎沙種ジャンヌダルクの思考を持ち合わせているとすればその裏をかかねばならない。

 だからその弱みを見せる場所を選んでいたのだ、本当に使うべき「最適」の場所を。

 「最適」の場面で始めて、春紫苑が展開される。

「その贋作、消させて貰うわよ」

 実弾モードによって春紫苑から放たれる凶弾は同じ姿を模した銃を第三の腕ごと吹き飛ばす。

「千冬!」

「分かっている!」

 その言葉と共に黒の鎧の前に躍り出る。

「っ!!」

「終わりだラウラ! これ以上子供の駄々に大人を付き合わさないでもらおうか!」

 雪片を腰から抜き払い、相手の刀を弾く上段に大きく振りかぶり頭から一閃、唐竹割りのような鋭い一撃が黒いISを捉える。

 ラウラも複製された雪片でどうにかそれを防ごうとしたがエネルギーが足らず強度が不足していたのか、それとも千冬の一撃が凄じかったのか、紛い物の名刀は脆くもまっぷたつに叩き折られた。

「あ……」

 ラウラを覆う黒い鎧も今の一撃にエネルギーが底を尽きたのか完全に動きを止めラウラを開放する。

 解放されたラウラのその姿は目に見えて弱りきっていた。

 シールドエネルギーが発動出来てないのか雪片の切っ先が触れたのか額に切り傷が走った。

「教官……。私は……」

「今は何も喋るな。ゆっくり休め」

「…………はい」

 諭すようにそう告げると安心したのかラウラは目を瞑り意識を深いところに落とす。

 私はそれを見届けると表情を苦悶に歪めた。

「……馬鹿者が。助けて欲しいなら素直に助けて、と言えばいいものを」

「そういうことを言えるような子じゃないでしょ、この子って」

「分かっている。それくらいは分かっているんだ。それでも、言わなければ気づかないだろうが」

 そう愚痴りながらラウラを抱える。眠っているラウラは大の女が抱えているにも拘らず軽かった。

「本当に、私はいつも遅いな。一夏といい、お前といい、ラウラといい。気づくのはいつも事が起こってからだ。……どうして私はこうも鈍いんだろうな」

「それでも千冬はちゃんと助けてるよ。一夏くんも、私も、彼女のことも」

「お前にそう言ってもらえるだけでも救いだよ」

 だから、今度こそ救ってみせる。何かが起こってからではなく、何かが起こる前に。

 私が食い止めてみせる。命をかけてでも。











[28623] 第二十六話 「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
Name: 東湖◆267d4d5b ID:0229b401
Date: 2012/06/16 21:32




side:ラウラ・ボーデヴィッヒ




 私の生まれは闇と共にあった。

 暗い暗い闇の中。人の温もりも知らず、試験管の冷たさの中に私は産み落とされた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 それは私を識別するための記号であり、社会に紛れ込むための名称。

 最強の兵士になるべく産み出された、人間の都合によって生み出された遺伝子強化素体アドヴァンスド

 その作られた生命が故に私は優秀だった。幼い頃より戦うためだけに学び、育てられ、鍛えられた。

 私はその期待通り銃を取り、白兵戦をこなし、あらゆる戦闘機を操った。

 その最強の地位を我が物として固めつつあった頃、一つの誤算が生じた。ISの登場である。

 ISの機動性は戦闘機を上回り、攻撃力は戦車を軽く超え、防御力は機関銃や砲弾の一斉射撃では歯が立たない。

 戦車や戦闘機といった戦争のための兵器はISの前ではただのガラクタに成り下がり、男たちの世界はISによって女たちの世界に一転した。

 当然、現存する最強の兵器であるISは軍にも重宝され、軍にも配備されることとなるのは時間の問題だった。

 女しか扱えないISは当然生物学上、女である私にもその役目が回ってきた。

 私はその地位が揺らぐ不安はなかった。ありとあらゆる兵器を扱ってきた私が遅れを取る訳がない。

 そんな自尊心と自信を少なからず持っていた。

 そんな最強を更なる高みへと導くべく、軍は私たちにナノマシン移植を薦めた。

 脳への視覚信号の伝達速度の向上と超高速戦闘下での動体反射の強化を目的とした肉眼のナノマシン移植手術。

 そのナノマシン移植した瞳は北欧神話に登場する神の名になぞらえて、『越界の瞳ヴォーダン・オージェ』と呼んだ。

 理論上、まったく危険性はないとされていた。事実、移植手術を受けた隊員全員がその移植手術を成功し、後遺症も不適合も何も見られなかった。

 ―――たった一人、私を除いては。

 起こる筈のない事故は私の番に回ってきた時に起こった。

 それは意図して起こされたことなのか、本当に不具合があって起きたことなのか今となっては分かることはない。

 だが残された事実として私の左の瞳は常に金色に染まった稼動状態になり、それを扱い切れない私は再び闇の中に突き落とされることになった。

 人の不幸は蜜の味。

 優秀であった人間が出来ないようになった時、人は優越感を得る。それは私の出生の特殊性のためか一層酷いものだった。

 人の形をしたナニカが自分たち以下だという安息。それに対する侮蔑、嘲笑、蔑み。

 私が失敗する度にその批難は日を追うごとに激しいものなっていった。そしていつしか私は「出来損ない」と呼ばれるようになった。

 人の黒に塗り潰され私を覆う闇は更に深くなり、ついには私自身すらも見えなくなった。

 ある時、一筋の光が差した。私の手を差し伸べるように伸びた一筋の力強い光。

 それは救いの光だった。私を変える―――そんな予感をさせる光。

 闇に落ちぶれたあの時だからこそ強く憧れを抱いた織斑千冬きょうかんという、眩い光。

 私はその光に手を伸ばし―――。












「………………ぁ」

 気がつくとベッドの上だった。首をもたげると眩い光がカーテン越しに零れてくる。

 どれほど長く眠っていたのだろうか。

 最後に覚えているのは真っ暗な闇から差し込む光、眉間に走る痛み、教官に抱かれた時に感じた温もり。そして、教官が私を助け出した時のあの何とも言えない切なげな表情。その表情はブリュンヒルデらしからぬ感傷的なものだった。

(そうさせたのはおそらく私なんだろうな……)

 私が勝ちに固執するあまり力に飲まれたがために教官は手を下すことになった。

 紛い物とはいえ最強の剣士ブリュンヒルデを止められる実力者を即席で用意しようと思えば、あの場には教官とジャンヌダルクの二人しかいない。

「っ……」

 思案の最中に眉間に痛みが走る。その痛む場所を手で押さえると布の手触りがした。

 恐らく教官の最後の一撃が運悪くも眉間に入ったのだろう。その時肌が切れる感覚はおぼろげに覚えている。

 それが報いであるのであればどれほどよかっただろうか。

「気がついたか」

 聞きなれたアルトの声と共に個別に仕切られたカーテンを開いて入って来たのは、この時間にはいる筈のない織斑千冬だった。

「教官……。授業の方は」

「それなら山田先生に任せてきた。それよりも、あれからたっぷり半日寝ていたぞ。全身に無理な負荷がかかった事による筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けんだろうが、まあそれだけ寝ていられれば心配あるまい」

 そう言ってベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろす。

「何が起きたのですか」

 筋肉痛に痛む身体を押しながら、上体を起こす。

 何かが起こったことは分かる。しかし何が起こったのかが分からない。それを当事者が何も知らないでは済まされない。

 教官の端整な顔を赤と黄金の両目オッドアイがまっすぐに射抜く。

 しばらく黙っていたが一度ため息を吐き、開かれたカーテンが再び閉じられる。第三者に聴かれては拙い機密事項なのだろう。

「束が調べたところ、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが積まれていた」

 篠ノ之束が私の機体を弄り回したことにわずかながらの嫌悪を覚えたが、その嫌悪感を包み隠すほど教官から告げられた事実が衝撃的だった。

 ヴァルキリー・トレース・システム。

 VTシステムと略されるそれはその言葉通り、誰もが過去のモンドグロッソの部門優勝者ヴァルキリーの動きを模倣トレースすることの出来るシステムである。

 最強の動きを再現し、敵を屠るそんなシステム。

 そんな夢のようなシステムには当然リスクもつきものである。

 当初はヴァルキリーの動きを模倣まねするために作られた筈だった。しかし、その姿かたちまでも似せなければ動きの伝達に支障をきたすことが開発が進むにつれ露見していった。

 それはシステムの稼動と再現に人の感情というのはあまりにもノイズが大き過ぎるためだろう。

 開発はヴァルキリーの動きを再現することを優先していったその結果、VTシステムの使用者の自由意思を封じることになった。

 今回のように部門優勝者の完全に模倣をするために使用者を閉じ込めることが開発中の起動実験で起こっていたことが押収された研究室のデータから報告されている。

 結局、起動実験の暴走事故の多発は改善されず被験者の多くが廃人同然となり、その影響もあり開発は頓挫しアラスカ条約にもその研究開発・使用は固く禁じられまともな形になることなくVTシステムは表舞台から姿を消すこととなった。

 そんな社会の闇へと消えた非合法の技術がシュヴァルツェア・レーゲンに積まれていた。

 そしてそれを意図せずに起動させてしまった。いや、例の男・・・に乗せられたとでも言うべきか。

「あれの使用には機体の蓄積ダメージ、操縦者の精神状態、そして操縦者の意志、というよりも願望という方が正しいか。それが起動のキーになっていたそうだ。現在、学園は極秘裏にドイツ軍に問い合わせている。今のところ知らぬ存ぜぬで通しているようだが、近々委員会によって関係施設には調査が入るだろう」

 教官の言葉は耳に届いてはいたが、事の大きさに頭にまったく入ってこなかった。

 VTシステムを使って始めて理解する。

 確かに私は強大な力を望んだ。比類なき最強を。全てを排除出来る絶対を。

 それを欲したことには違いない。

 しかし実際にその力を手にしてみてあったのは教官の動きを再現出来た嬉しさとか強大な力を持った優越感とかそう言った感情は全くなかった。ただただ無機質にブリュンヒルデの技を再現して敵を排除する機械に成り下がった屈辱感だった。

 機械に感情を閉じ込められた世界。そんな人らしい感情さえも失われてしまう世界に、どうしてか私は恐怖した。

 自分が自分でなくなる感覚、ラウラ・ボーデヴィッヒがなくなる感覚。

 私は最強の兵士として完成されることに意味があった。

 そこに感情という余分ノイズは必要無い筈だった。

 情は正しい判断を鈍らせる。それを乗り越えて判断してこそプロフェッショナル。

 そうあることが私には求められている。少なくとも、以前の私にはそれが可能だった。

 情けもかけず、正しい判断を下せたそうであったと信じていた。

 しかし、そのノイズが私を作る思想と相反することとなる。

 では一体私は何になりたかったのか……? 何をしたかったのか……?

 そもそもどうして私は―――。

「――――――あ」

 一つの結論が心に波紋を落とす。

 ああ、そうか。

 私はただの一兵卒ではなく―――。

 一人の人間になりたかったのだ。

 兵士である前に人間でありたかったのだ。

 でも人になることにはどうしたらいいのか分からなかった。そう生き方を教えられなかったから。そんな在り方を求められなかったから。

 だから憧れた。

 織斑千冬という存在に。

 強く、気高く己を持つブリュンヒルデに。

 それが理解出来ると涙が頬を伝う。

 機械は涙を流さない。

 涙は生物ヒトである証。感情は人が生み出した慈しみの産物。

 それを今私は大いに噛み締めているのだ。

「何を泣いている」

「私は、貴方のようになりたかったんです。どこまでも突き抜けるように強く、凛々しく、はばかる壁もなんともしない、そんな圧倒的な強さに私は憧れた。私は憧れただけなんです……。
貴方になりたかっただけなんです……」

 それが15の少女わたしの全てだった。

 事故によってどん底を味わい、拾い上げてくれた時のあの時の感情が今の私を作り上げている。

 私が生きていく理由は憧憬それしかなかったのだ。

 教官のように強くありたい、負けない力が欲しい、あの戦いの内にそう思ったのは間違いではない。

 失敗作の烙印を二度と押されないようにするために。

 憧れることはいけないことなのですか? 貴女のようになりたいと思うことはいけないことなのですか?

 その問いに答えられる者はいない。

 それは決して悪いことではないことを知っているのだから。

「だから、お願いです……」

 ―――捨てないでください……。

 両目から堪えきれずにぽとり、ぽとりと熱い雫が手の上に落ちる。

 そんな不安の前にどうしようもなく自己を制御出来ない。

 見切られてしまうだろうか。嫌われてしまうのだろうか。

 そう考えるだけで手足が恐怖に震える。

 支えを失った私はまた暗闇に身を投げることになるだろう。

 そして次はきっと戻ってくることは出来ない。

 その再び落ちるという状況というのがどうしようもなく、恐ろしいのだ。

 それを静かに見ていた教官は呆れたように大きくため息を吐いて、

「誰が捨てるか、戯けめ。お前のような問題児を外にほっぽり出すわけにはいかん。この三年で社会に出しても恥ずかしくないよう矯正してやるから覚悟していろ」

 そういつものようにごくごく普通に、吐き捨てるように言い放った。

 その一言は厳しく、けれども温かく不安に怯える私の心を溶かし、安心感が心を満たしていった。

「ありがとう、ございます。教官……」

 溢れ出す涙を拭いながらそれだけをどうにか絞り出すと、そこで感情なみだは決壊した。

 今まで吐き出されていなかった分まで流し出すかのようにひたすらに泣いた。

 私を落ち着かせるために背中を摩る教官の手は、温かく優しかった。









 ひとしきり泣いて気分が落ち着くと教官にみっともない姿を見せたという羞恥の念が瞬時に襲った。

「き、教官。その、みっともない姿をお見せして申し訳ありませんでした」

 教官自身はそんなことを気にする素振りもなく、なんでもないかのように頭を振った。

「いや、泣くことはみっともないと私は思わない。それに、強くなることを望むことは間違いではない。お前が問題なのはその“強さ”について何も知らないから問題なんだ」

「“強さ”……」

「何のために力を振るい、何のために戦うのか。貴様にはその使い方を示していなかったな」

 そう言ってしばらく思案した後、口が開かれる。

「“私のために戦うな”」

「え……?」

 教官のその一言に思わず耳を疑った。

「お前は私を中心に思考が動いている。私に仇なす物は貴様の敵。そう考え、そう思い込むから今回のことに発展するのだろう。だから、私のために戦うな」

「し、しかし……!」

「私は新興宗教の祖になるつもりはないぞ? 思考を放棄するな。若いお前にはまだ無限の可能性が秘められているんだ。それを私への盲信で棒に振るな」

 そう言い切るがそうなれば私は今後、どうしていいのかが分からなくなってしまう。それほどに自分とは何もない存在だ。

 だから教官の存在が必要だった。私を導く道標だった。教官のために戦うことは私の中の確立された一つの在り方だった。

 しかし、そのあまりに大きな柱を否定されてしまった。

 そんな不安に俯いている私に教官は口を開く。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。私はお前が思うように強い存在ではない。昨日のようにお前を傷付けてしまう時もあるし、一夏を危機に晒したこともある。織斑千冬という個人はあまりにちっぽけな存在だ。あまりにちっぽけであまりに弱い生き物だ。そう言った意味で私は貴様とそう対して変わらん」

 教官の言葉に思わず目を見開く。教官は自分を“弱い”と称した。だから私の口から次に出る言葉は決まっている。否定だ。

「そんな筈は……!」

「買い被りすぎだ。私は全知全能の神なんかじゃないただの人間だ。だいたい世界経済や宗教問題に女尊男卑を私一人でどうにか出来るとでも思うのか?」

「………………」

 そんな薄っぺらな私の答えも教官の言葉にはかき消されてしまう。

 軍人だって出来る範囲がある程度限られていることは理解している。

 教官にしても世界一のネームバリューがあればその出来ることの範囲は私よりもずっと広いだろうがこの世に蔓延る全ての問題を解決することは出来ないだろう。

 そんなことを出来るとすれば、きっと世界征服を出来る人間だけ。

「以前、束は『一夏がいなければと私とお前と出会わない』と言ったな? 一夏がいなければ私は大会二連覇することが出来ただろう、と」

 確認するように教官はそう口にする。

 その意見は悔しくも当たっている。教官と出会わなければ、私は今も闇の中に囚われたままだっただろう。ひょっとしたら私という存在はなくなっていたかもしれない。
そう考えればやはり彼女の言葉は真に間違ってないのだろうか、と考えが及んでしまう。

「だが考えてみろ。それは言い換えればお前を教えた織斑千冬わたしがあるのは一夏がいるからということなんだ。あいつがいるから、強さとはなんたるかを心のなかで持ち続けることが出来る。
あいつがいなければ、おそらくは力に溺れていたのだろうな」

 そんな筈はありません、とすぐに否定しようとしたがそれが出来なかった。

 それは私が道を誤ったように。織斑千冬もその可能性がゼロであることが否定出来ない。

 教官の口から出た言葉は織斑千冬がどうしようもなく人間であることを感じさせる。

 織斑一夏をなくして、織斑千冬の存在はありえない。

 それをまざまざと感じさせられることが非常に歯痒かった。

「お前が私のことを憧れようが恨もうが勝手にしろ」

 だが、と教官は言葉を区切る。

「お前は私のようになることは出来ても・・・・・・・・・・・・・・私自身になることは出来ん・・・・・・・・・・・・

 そうきっぱりと教官は言い切る。

「お前はお前だ。ラウラ・ボーデヴィッヒという人間は一人しかいない。誰もお前の代わりにはなれないし、お前は誰にもなることは出来ん」

 織斑千冬がこの世界にたった一人しかいないように。

 ラウラ・ボーデヴィッヒもこの世界にたった一人しかいないということ。

「そしてお前自身をお前を作れ。胸を張って私とはこういう人間だと胸を張って言えるようになれば、そうだな半人前くらいには認めてやるさ」

「そ、そんなことを仰られても……。私には何もありません……」

「何もないというのならばなおさらちょうどいい。その空っぽな器にこれからいくらでも好きなように詰め込めるじゃないか。それともお前が私を尊敬しているというのは嘘だったのか?」

「い、いえ! そんなことはありません! 私は教官をお慕い申し上げております!」

「ほら、あるじゃないか。お前のものが」

 教官の意地悪な質問に呆気に取られ思わず、あ……と小さく声が漏れる。

 そうだ。教官に抱いた憧れも、織斑一夏に抱いたあの憎しみも、篠ノ之箒に負けたくないという想いも全て私が感じたもの。

 私がそう思い、そう感じた私の心。綺麗なものも、醜いものも私から生まれた「ラウラ・ボーデヴィッヒ」のもの。

「そうやって色んなものを詰め込んでお前はこれから何者でもない、ラウラ・ボーデヴィッヒになればいいさ」

 ―――私が私になる。

 おかしな言葉だが、それは私の心のなかに深く染み込んでいった。

 それは当然の筈なのに、どうしてこうも胸を熱くさせるのだろう。

 ラウラ・ボーデヴィッヒを始める。

 きっとこれはそれを表している言葉なのだろう。

「ああ、その傷跡だがな。医師が言うにはそれほど深くないようだから時間を置けば綺麗に消せるそうだ。心配するな」

 女の顔に傷など残れば貰い手がいなくなるからな、と教官は続ける。

 容姿は無頓着な方だが確かに顔に傷が残れば嫌なものだなと思い馳せる。

 しかし、

「いいえ、これは残しておきます。私の過ちの証として。私の始まりの証として。そして教官を苦戦させた名誉の負傷として」

 こればかりは別だろう。

 この傷こそが私が進むために必要な新たな道標。

 過ちを犯しそうになった時に立ち止まらせる戒めとして。

 自分を見つめ直すための印として。

 教官は一瞬呆気に取られたような表情をするが、それもすぐにいつもの表情に戻りふっと鼻で笑う。

「物好きがいたものだ。後からキズモノにしたと騒ぎ立てても責任は取らんぞ?」

 そう言って教官は椅子から立ち上がり保健室を出ていこうとするとああそれと、と言って思い出したかのように一枚の紙切れを渡す。

「織斑先生、これは……?」

「今月末の学年別トーナメントだが、どこぞの馬鹿がやらかしてくれたおかげで急遽タッグマッチになった。そこにペアの名前を書いて期日までに提出すること。提出がなかった場合、抽選でペアの選出となるので不参加扱いにはならんので安心しろ」

 目の前の紙切れに対しての簡単な説明を受けるが、気後れしてしまう。

「なんだ、理解できんのか?」

「あ、いえ……。あんなことのあった後だというのに、私にペアを決めろと……?」

「お前に足りないのは人と関わることだ。人を見下してたお前には丁度いい薬だ。この機会にもっとお前自身を見つめ直してみてはどうだ」

 私自身を見直せと言われても私には何も―――、

「何もないなんて言うなよ? 搾り出せ、捻り出せ。そうすればお前という人間のエッセンスが多少なりとも出るだろう」

 言おうと思っていたことを先に口に出されてしまい、それを封殺されてしまう。流石、教官……。

 では、と今度こそ用事がなくなった教官は部屋を出ていこうとする。

「教官は織斑一夏がそんなに大切なのですか?」

 質問に足を止める。

「まあ、そうだな。家族だからな」

 僅かな思考の末、振り返らずに質問に答える。

「教官に多大な迷惑をかけているのにですか?」

「迷惑をかけられたとは一度も思ったことはないさ」

 その言葉に息を呑む。

 モンドグロッソであれだけの仕打ちをされて尚、迷惑と感じないなんて。

 しかし思えば彼と教官の二人しかいない家族だ。その片割れを失うことを迷惑に感じることがあるだろうか。

 そこまで言われてしまえば二人の絆に入り込む余地のなさを感じさせられてしまう。

 ああ、ただと教官は振り返る。

「面倒事を運んできたなと頭を痛めたことは何度もあるがな。あいつの姉であることはそれなりに苦労するのさ」

 その一言に思わず笑いがこみ上げてくる。

「何がおかしい、ボーデヴィッヒ」

「いえ、教官は彼のことを思ってらっしゃるんですね」

「どこをどう解釈すればそうなる」

 教官から訝しげな視線を向けられるが笑いは一向に収まりそうにない。

「泣いたり笑ったりおかしな奴だ。だが、そうやってる方が前よりずっと人間らしいな。これからも人間になれるように励めよ小娘」

 最後にそう言うと授業のために部屋を出て行った。

 教官が出て行った後もしばらくは笑いは収まらなかった。

 好き放題言って出て行ったがあれだけ言って結局のところ、解決策を何も提示せずに自分で考えろというのだから厳しいことこのうえない。

 でもそれが教官の優しさなのだろう。この答えは私にしか出すことが出来ない難題なのだから。

「織斑一夏、か……」

 あれほど憎かったのに、教官の話を聞いていると織斑一夏への憎いという感情は不思議と消えていた。

 いや、今まで憎いと思っていた感情はきっと嫉妬だったのだろう。

 自分よりも教官に近い存在でいる織斑一夏がどうしようもなく妬ましかったのだ。

 気づいてしまえばおかしな感情だ。私よりも彼の方が近くにいる時間が長いに決まっている。

 だから私と彼とでは優先順位では向こうの方に歩があることぐらいすぐに理解出来る。

 でもそれを認めることが出来なかった。あれだけのことをしておきながらのうのうと過ごしてきたのが許せなかった。

 姉の名を汚したことの罪悪感があるのならば、もっと力に貪欲になってもいいはずだ。

 私はそういう闇の中を足掻いていたから、教官の名を汚すことにならないように必死に足掻いてきた。

 だから許せなかったのだろう。姉の名を守ると言いつつも、そういう努力を怠り今日という日まで過ごしてきた織斑一夏を。

 あとはそう、羨ましかったのだろう。家族の絆というやつが。

 私はそういうものとは全くの無縁だったのだから。

 だから教官が彼のことを話すときの憮然とした顔が緩むことが落ち着かなかったのだ。

『知りたい』

 それが今の織斑一夏に対する想いだ。

 織斑千冬の心の支えであり、その強さの根幹である織斑一夏を。

 教官が強くいられるその拠所とはどんなものなのか―――私は知りたくなってしまった。




 * * *

 3ヶ月振りであります。作者の東湖です。

 しばらく二次創作を書くことから離れていましたが、やっぱり未完よくないということで帰ってきました。

 これからもペースが不安定になると思いますが、長い目で見てやってください。よろしくお願いします。

 さて、ラウラの話も終わっていよいよトーナメント。今後の展開は一応、構想はあるんですがどうしましょう……。



[28623] 第二十七話 「セレクト・コネクト・パートナー」
Name: 東湖◆267d4d5b ID:0229b401
Date: 2012/10/22 01:27





side:露崎仕種



 昼休み、食事を終えた私は目の前の紙をぼんやりと眺めながら誰がいたかと思案する。

 個人戦と違って誰と組むかという駆け引きも勝ち残るための重要なファクターである。

 私の主な手札は射撃。それを考えて近接タイプと組んで攻守のバランスを保つか、同じ射撃型と組んで相手に自分の戦いをさせないようにするか……。

 そのうえ今度使わなければならない装備は相当の暴れ馬だ。これに巻き込まれないようにするためにはこちらの細心の注意だけでなく、相手側もこちらを気にしてもらう必要がある。

 どちらにせよ、勝ち残るには専用機持ちと組むのが妥当だろう。

「ペアの相手、ねえ」

 真っ先に浮かんだのが鈴だった。

 鈴は中国の代表候補生なので実力は保証されているし、鈴のISである甲龍も近距離、遠距離をバランス良くこなせるのはこちらとしては大変戦略の幅が広がる。

 ペアを組もうと誘えば二つ返事で了承するどころか、向こうから申し込んでくるに違いない。考えがまとまらないうちにそんなことされると困るけど。

 その他のペアもきっと問題なく決まっていくだろう。

 まあ、そのペアを組むことに問題があるとすれば一夏とシャルル、そしてラウラ・ボーデヴィッヒだろう。

 ラウラは専用機持ち三人に優位に立ち回るという一年生のトップクラスの実力を持ち、おまけにドイツの第三世代ISシュヴァルツェア・レーゲンを駆るこの軍人はトーナメントの優勝候補であることは間違いない。

 ただ問題は周りを見下したような性格で、それが災いしてペア探しはきっと難航するに違いない。下手すれば当日抽選になることも充分に有り得る。

 そのような立ち振る舞いのおかげでセシリアたちからも嫌悪されてるため、ラウラが代表候補生と組む可能性がほぼないのがまだ救いだろう。

 そして一夏はというと、

「織斑くん! あたしとペア組んで!!」

「いやいや、このワタシと!!」

「ダメ絶対! 私と!!」

 我先にペアを組まんという勢いで一年生の女性陣に囲まれていた。ペアということは訓練する時間も増えるわけでそれだけ親密になる期間が増えるわけである。

 だが、そんな短期間で仲良くなっただけではあの一夏は篭絡することは出来ないだろう。一夏がたいてい口にする好きはラブではなくライクなのだ。

 そうとも知らずにアタックをかける女子学生のミーハーな感性に敬礼。

 そんな一夏を囲む輪の中からずいと金髪ロールが現れる。あの特徴的な髪型はセシリア以外にいないだろう。

「一夏さん! わたくしとペアを組みましょう! わたくしのブルー・ティアーズと一夏さんの白式で近距離と遠距離を補い合うのですわ!」

 まあ、理由としては納得出来る。一夏の白式には射撃武器が一切搭載されてないし、セシリアのブルー・ティアーズは近接武器のコールが苦手だからお互いの弱みをカバーし合うためにはこの組み合わせが妥当だろう。

「ああセシリア、ずるい!!」

「専用機同士で組んだら私たちの勝率が下がるでしょー!!」

「おだまりなさい! わたくしも勝負がかかってるんです!」

 外野からのブーイングが飛んでくるがキッと代表候補生の威光を見せつけんばかりの鋭い眼光が睨み返される。

 勝負って……ああ、あれか。トーナメントで優勝したら一夏と付き合えるとかいうあれ。どこかの誰かさんのせいで、ここまでややこしい噂に広まってしまった例のあれ。……その一役分、私も買っているあれ。

 ただ、実際に優勝出来たとしてそれが一夏に通用するのだろうか。

 箒の場合は事前に私が結婚を前提に・・・・・・と言わせておいたのでいくらあの馬鹿な一夏でも間違えることはないだろうが、何も知らないほかの女子の場合はただ付き合ってくださいだけじゃ通じない気がするのだが。

「あーゆーの見てて元気よねーって思わない? 恋する乙女は絶対無敵みたいな?」

「恋は盲目とか言いますけど、そのあとのこと絶対考えてないですよねー」

 そんな様子にも我関せずといった風に鈴は落ち着いた様子でずずずとラーメンをすする。

 それはそうと私、この学園に来て鈴がラーメン以外に食べてるの見たことないんですけど。

「で、箒は行かなくていいんですか?」

 そんな二人の会話の横でぐぐぐ、と一夏の姿を憎らしげに睨みつけている箒の姿があった。

「落ち着いてから行こうと思っているのだが……」

 一夏の周りの人だかりは昼休みが半ばに差し掛かったところで減るどころか益々人が増えているようにも見える。

 あれではペアが決まるまで落ち着くことはきっとないだろう。おそらく授業の間の小休憩の間も忙しなく女子に取り囲まれる図がありありと目に映る。

 そしてもう片方の男子であるシャルルはというと一夏ほど酷くはないがそれでも逃げ出せないようにがっちり囲まれていた。

 たった二人しかいない男子学生なのだからその高い倍率を競って女子ひとが集まるのは必然なのだろう。

 まあ、周りの方々には大変残念ながらその片方の中身は男装した生娘なんですが。

 そんなシャルルと一瞬、視線がかちりとあったような気がした。

(気のせい……かな)

 が、それは事実だったようで私のことを見つけると人の波をかき分けて歩み寄ってくる。

「し、仕種! 僕とタッグ組んでくれないかな!?」

 直々の指名が飛んできて思わず目をぱちくりさせる。一緒にいた箒と鈴も鳩が豆鉄砲を食らったような表情だ。

「え? わ、私?」

 思いもしなかった突然の呼びかけに思わず言葉が吃る。

「う、うん! ほら、オルテンシアってフランスのリヴァイヴのカスタム機だって聞いたし、色々話したいこととかもあるし!」

 シャルルがいつもよりもアグレッシブに話しかけてくる。絡み方いつも以上に切羽詰っているようにも見える。

 まあ、シャルルが躍起になる理由は言われずとも自分の中では既に答えは得ている。

 色々な理由をかこつけてはいるが、ぶっちゃけて言えばシャルルは女子だってバレることを恐れているのだ。

 女子とペアを組むと連携の練習やそのフォーメーションの確認などで長い間女子とも接しなければならないわけであるし、そんな中で恋愛感情なんて芽生えられると尚更厄介である。

 そう言う意味では私だけがシャルルの素性を知っているわけだし他にも知られないようにするためにも自分がそう言う意味では一番の適任である。戦闘スタイルにしてもシャルルの距離を選ばない柔軟性は私としては大変助かる。

「ちょっと待ちなさいよ!! 仕種はあたしと組むの! 外野は引っ込んでなさいよ!」

 が、そうは問屋が卸さない。相席していた鈴が今の一件について噛み付いてきた。さりげなくするっと腕を回して来てぎゅっと抱き寄せられる。……なんで?

 だが少し考えてみれば鈴の心情からしてみればそれが当然の反応というか、惚れた相手がぽっと出の男にかっ攫われようとしてるのだから危機感を抱かないわけがない。

 それに鈴からしてみれば仕種じぶんが男であることをバレないように庇ってくれているようでもあるのだが……残念ながら既に正体がバレてる身としてはその気遣いは徒労なんだけど。

「ていうかなんで急に仕種と組みたいなんて言い出したのよ」

「そ、それは……。仕種じゃないと駄目なんだ! それ以外の人じゃ駄目なんだよ!」

 え……?

 シャルルの発言に頭がフリーズしたと刹那、周囲からはきゃあああああああああああっ!と黄色い歓声が上がる。

 な、なんてことを言ってくれるんですか……! 今の発言はどう取ってもそういう・・・・風にしか解釈出来ないじゃないですか!

「な、ななななな! 何言ってるのよ!! あたしだって仕種じゃなきゃイヤなのよ!」

 そう啖呵を切り返すとぎゅうううと絡めた腕の抱き寄せる力を強める。

 もうやめてー! 張り合うの止めてー! そんなことしてこれ以上私に関する女の子の耳寄りなネタを増やさないでー!!

「仕種! あたしと組むんでしょ! ていうか組みなさい!!」

「仕種! 僕と組んで! お願い!」

 そんな私の頭の中が小パニックをしている間に二人して私の方にずいと詰め寄ってくる。

 え、なにこれ、どういうこと?

 片や好意を寄せられている幼馴染み。片や自分の素性を知られている男装女子。

 どうして一夏みたく私が二人から迫られなけれりゃならん? こういうのは全然柄じゃないんですけど、なんで? モテ期?

 こういう問題で面倒なのは片方を立てれば片方が立たないところだ。二つに一つ。究極の選択とも言う。

 だがしかし。前門のとら、後門のシャルルおおかみ。こんな状況でどちらかを選べというのに問題がある。選べる奴の神経を知りたい。

「え、なになに修羅場?」

「露崎さんを巡っての三角関係みたい! お相手はデュノアくんと鳳さんみたいだよ!」

「へー渦中にいるのが露崎さんってば以外ー。織斑くんだけじゃなかったんだー」

 ……それに早く収集をつけなければ野次馬たちがまたいらんガセネタを面白おかしく流布させるに違いない。そうならない可能性もなくはないと信じたいが、現にこの席には犠牲者がいるのだ。
自分がその二の舞にならない保証などはどこにも存在しない。

 しかしそんな都合よく解決策なんて早々と浮かばないもので……。

「「仕種っ!!」」

 二人から詰め寄られ責められる始末である。

 ああ、もう一体どうしろっていえばいいの……。





「ダメダメ。箒ちゃんはしーちゃんと組まないとダメなんだよ。それがトーナメントの出場条件って決めたんだから」

 そんな二人の希望を掃いて捨てるかのように淡白な声が後ろを通り過ぎる。

 声の方を向くと本日の日替わりであるサバ味噌定食をトレイに乗せた束さんがちょうど席に座ったところだった。

「ちょ、なにそれ! 一体どういうこと!?」

「身内だから心配なのはわかりますけどいくらなんでもそれは横暴じゃ……」

「うるさいな酢豚と金髪は黙ってなよ。今から国のお金タダでご飯をいただくんだから邪魔しないでくれる? ご飯が不味くなるから」

 酢豚!? 金髪!? と鈴とシャルルは思わずたじろぐ。ていうか鈴ことを酢豚って覚え方いくらなんでもあんまり過ぎるでしょ……。

「束さん、私からもその説明聞きたいんですけど? てかそんな話今始めて聞いたんですけど……?」

「ん? しーちゃんが困ってるから私が今、決めたんだよ?」

「え……?」

 あっけらかんと眼前で美味しそうに鯖味噌を口に運ぶ天才はそうのたまう。

「箒ちゃんのデータ取るために態々ここに残ったんだからたくさん試合に出られた方がいいでしょ? で、戦う形式はトーナメント。それだったらしーちゃんと組ませれば問題解決じゃないかーってね。しーちゃん、いっくんよりも強いしねー」

「はあ……」

 束さんの珍しく至極まっとうな意見に覇気のない返事を返す。束さんとしてみれば紅椿のデータが欲しい訳だし、妹分が変な奴の毒牙にかかるくらいならば身内で組んでしまえと。まあ束さんらしい発想だ。

「それに! 私は国際結婚なんて認めない口だからね! 箒ちゃんは当然、いっくんやしーちゃんもお付き合いする人がいたら私の前に連れてくるんだよ! ま、ソッコー切って捨ててやるけどね!」

 にゃははー、と笑いながら味噌汁を啜る。え、何それ。それって結婚は身内以外に絶対に認めないってことじゃ……。

「お前は私の弟の何なんだ、束」

 束さんの自由奔放な言動に頭痛に顔を顰めながら空になったトレイを持って千冬先生が歩いてくる。

「あの、織斑先生。どうにかならないんですか……?」

 シャルルがおずおずと千冬先生に尋ねる。どうしても私と組みたい身としては唯一どうにか出来る千冬先生にどうにかしてもらいたいのだろうのだが、

「こいつがこう言いだした以上、梃子でも動かん。諦めろ」

 そんな最後の砦も既に束さんの手によって篭絡済みだった。いくら幼馴染である千冬先生を以てしても束さんを諌めることは出来ても、決定事項は覆すことは出来ないのだ。

「そんな……」

「でも千冬さん!」

「学校では織斑先生、だ。そら、散った散った。次の授業に遅れでもしたら食べた直後だろうがグラウンドを走らせるからな」

 パンパンと解散を促すために手を打ち鳴らす。その合図によって集まっていた人間は一人また一人と散っていく。

「姉さん、どうしてあんなこと言ったんですか……!」

 皆が立ち去っていく中、箒は身を乗り出しながら束さんに噛み付いていく。箒にもプランがあったようだが束さんの発現のせいで完全にオシャカだ。怒るのも無理はない。

「えー? 何をそんなに気にするところがあるの? 名案だったじゃない?」

 そんなことを何も気にしたこともない風に束さんはとぼけたように首をかしげる。

「だから……!」

「大ジョブジョブ。いっくんと組むよりもしーちゃんと組んだほうが勝率は確実に高いに決まってるから」

「そういう問題ではなくてだな!」

 一夏と組むのを諦めきれない箒は一夏の方に目配せをして落ち着かない様相を浮かべる。まあ、これで簡単に諦められるほど人間簡単に出来てないですからね。それに、それを勝手に決めたのが嫌っている姉であるというのであれば余計に反発したくもなる。

「でもいいのかなー。箒ちゃんは絶対に勝たなくちゃいけないんだよねー?」

「ぐ、それは……!」

 箒は束の痛いところを突いた言葉に言い負かされて悔しそうな呻き声を上げる。

 そう、箒が一夏に持ちかけたあの約束が果たされる条件はトーナメント優勝なのだ。一回戦突破でも三位入賞でも準優勝でもない、一番にならなければ意味がないのだ。

 それ以外は別の人間に一夏と付き合える権利が渡ってしまう。それだけは箒としてはなんとしても避けたいところである。

 幸い、束さんが指名してきた私は一年生の間では五本の指に入る実力があると自負はしている。

「ていうかちょっと待て。なんで姉さんがそのこと!?」

「うふふ~。束さんは面白そうなことには興味は人一倍興味を惹かれる人間なのだよ? それがいっくんの恋模様だということなら尚更……」

「束。食事中くらい少しは黙っていろ」

「へいへいほー」

 そう千冬先生に注意されて食事を再開してそれ比例しておとなしくなる。うまうまとか言いながら鯖味噌をつついてる。

 そして秘密を知られてしまった箒はというと、

「最悪だ……一番面倒な人に知られた、もうダメだ……この世の終わりだ……」

 完全にネガティブスイッチが入って譫言うわごとを死んだ魚のような目でorzの格好でぶつぶつと呟いている。とりあえずこの人間をこっち側に引き戻す作業から始めたほうがいいのだろうか。

「箒ー? 大丈夫ですかー?」

「……しぐさ? なんだ? わたしはいまじぶんのあさはかさをあらためてかみしめているのだ……。そっとしておいてくれ……」

 うわぁ……こりゃ重症ですね。復活の呪文よろしく並ぶ言葉ひらがなの羅列に狂気を感じますよ……。

 しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないので少々手荒になりますがこちら側に引き戻してやりますか。

 なにせこのまま放っておけば千冬先生がさっきお達しのとおり、50キロのフルマラソンを超えた地獄ツアーが目に見えているのだ。あの地獄マラソンに知られたくない秘密を束さんに知られたというショックだけで箒をやるのは友人としてあまりに忍びない。

 ただ今の状態を見ても分かるようにそっとやそっとじゃ元に戻りそうにない。何か強い刺激があれば話は別なのだが……。

(あ……)

 その時、思い浮かんでしまった。確実に箒をこちらに戻す悪魔の方法を。だが、そういうことをするのには些か抵抗感がある。主に私自身の道徳と倫理的に。
かといってこれ以上先延ばしにするのはそろそろまずい……。

(あーもう! いい加減に覚悟を決めて男を見せろ露崎仕種!)

 ええい、ままよ! と心の中でどうにか決心を固めると、









「ほーうきっ」

 むにゅっ。

 背後からがっしりと掴んだのだ。箒の肉体の最大のアイデンティティであるあの胸を。

「ひゃわああああああああっ!?」

 箒の口から今まで聞いたことのないような悲鳴が上がる。

 キャラにもないようなことはするもんじゃないですけど……まあ、たまには女の子らしいこともしとかないとですね。こういうことはホントに同性の特権ですね。

 それよりも、なにこれ。スイカみたいな大きさしてるくせにマシュマロみたいに柔らかくて指が沈みこむ、ですって?

 やっぱり大きさのおかげでそれなりに質量もあるけど、箒って肩とか凝らないんでしょうか?

「ひぁ……そこ、ひぅん!」 

 まあ、こんだけあれば肩凝りで無縁だとか言われれば女の敵だと言われること必死でしょうね。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるし。どんだけハイスペックなんですか篠ノ之の家系の女は。

「あ、ぅん、ふあ……」

 まあ、別に私は大きさにはこだわりないけど何故か少し羨ましくもある。無い物ねだりって奴でしょうかね? 控えめな自分からすればおっきい人にはそれなりに憧れとか持っちゃうし。

 それにしても触り心地いいなー。

「って、いつまでお前はそうしているつもりだああああっ!?」

「はうああああっ!?」

 堪能していると正気に戻った箒からきついローキックが飛んでくる。今の一撃で膝がカクンってなったぞカクンって。

 その攻撃者はというと先の一撃がよほど強烈だったのか胸元を隠して羞恥心で真っ赤な顔で抗議の目で訴えかけてくる。女同士とはいえ初心な箒の場合、ことさら恥ずかしいだろう、可愛い奴めー。

「何ってスキンシップ?」

「今までお前がそんなことをしたような記憶がないぞ!?」

「そういう気分なんですよ、わかってください」

「わ、分かるか馬鹿者!」

「でも、現実に帰ってきたでしょ?」

「む、ぐ……」

 図星を突かれ思わず口を噤む。少なくともさっきの偏屈状態は胸を揉まれたショックで吹き飛んだようで普通の受け答えが出来る状態にまで戻ったのは荒療治をした甲斐があったというものだ。

 だが私になんの理由も断りもなく胸を揉まれたことが納得いかないようで訝しげな表情でこちらを睨みつけてくる。

「んーまーそのことはまた別の時に置いといて」

「置いとくな!」

「成り行きでペアが決まってしまいましたけどホントに私と組むということでいいんですか? 箒が嫌と言えば私はまたあの二人と話し合ってみますけど」

 箒の意思を出来るだけ尊重するといった意思を伝えた上で尋ねるといや、と箒は軽く頭を振る。

「一夏がダメだった場合は仕種に頼もうと思っていたのだ。よろしく頼む、仕種」

 そう言ってまっすぐに手を差し出して、私はそれを握り返した。

 さて、私のペアは決まったが鈴とシャルルはどうしよう。鈴は別に何の問題もないが、シャルルに関してはかなり爆弾を抱えてるのだが。

 まあ、なんとかなるか。後で深奥に行く相談を兼ねて会いに行こ。










 side:シャルル・デュノア



 手につかないとはまさに今の状況がそうなんだなあと絶賛実感中である。

 今朝から気もそぞろだった。今受けてる授業も半分くらいは頭の中に入ってこない。代表候補生としてIS関係のことは学習済みなのであまり問題はないのだけど。

 それもこれも一枚の紙が原因である。

 授業の合間に机から紙を覗かせるように取り出して眺める。これが織斑先生であれば即出席簿が飛んでくるのだが幸いと今の授業は他の先生だ。

 例年通りであれば個人戦だった学年別トーナメントが今朝になって急遽、ペアのエントリーなったのだ。

 何故今年になってと言われているが自分の予想としては今年は専用機持ちが多いための特例措置なのだろう。
それと皆は何も口にしないがどうやら五月の末にも何かあったらしいし、そのことも今回のタッグマッチに関係しているのかもしれない。

 個人戦であれば別に何の問題もなかった。しかしそれがペアとなると話はまるで変わってくる。

 ペアとなれば女子との交流する時間は当然増える。そうなれば自分が女子であることをバレる可能性が高くなる。

 先にペアを決めてその後一方的に交流を断ち切っても構わないのだが、そんなことを出来るような性分ではないのは自分でも重々承知している。

 その分、正体が既に知られている仕種であれば都合がよかったのだがその頼みの仕種も篠ノ之さん以外組ませてもらえないみたいだし。

 休み時間の度に大勢の女子が押しかけてくるんだけど、とりあえず断っているがかといって自分自身もペアを決めないとそろそろまずい。

 昼休みはあの騒動によってどうにか逃げることが出来たけど、今度はそうもいかないだろう。

 そしてその影響のせいかおかしなことが一つ。

「デュノアくん!」

「えっとなにかな?」

 放課後に入ると実践で同じグループだった女の子が話しかけてくる。興奮しているのかその言葉尻は心なしか力が入っている。

「私、応援してるから!」

 いきなり見当していない方角からの言葉に思わず面食らう。急に応援してるからなんて言われてもなんのことなのかさっぱりわからないが応援してるってやっぱりトーナメントのことなのだろうか?

「えっと、ありがとう?」

 とりあえず、応援されてるようなのでお礼を言っておくのが筋かと思うので返しておく。

「うん! 頑張ってね!」

「ちゃんと捕まえるのよ!」

 そうすると次々と女子が集まってきてねぎらいの言葉をかけられる。頑張ってと言われて悪い気はしない。けどその中に不思議な言葉が入っていることに気がつく。

「あ、ありがとう。って捕まえるって何を……?」

「もう!そんなこと言って~。昼休みの熱い告白見てたよ~?」

「ぇ……?」

 そこで思考がフリーズした。

「そうそう仕種じゃなきゃ駄目だーってあんな情熱的な言葉、普通じゃ出てこないよ」

「やっぱり外国の人の方が色々とオープンなのかな?」

 そう言われて始めて昼休みのあれを思い出し、それがどんなことを意味するのかを始めて理解する。

 あの時は鈴に仕種を取られないようにするために無我夢中だったため、勢いで言ってしまったが
今思い返せばあれは愛の告白であるとそう取られてもおかしくはない。むしろ彼女たちからすればそっちの方が面白そうであるためにそう取るに違いないのだ。

 シャルルはそれを完全に理解すると内心はさっと青ざめていき、しかし顔は正反対にどんどんと紅潮していく。

「あ、あああああれはそういう意味じゃなくて!」

「隠さなくてもいいって。思えばずっと露崎さんのこと気にしてたみたいだし」

「それは、そうだけど。でも、そういう方向じゃなくて!」

「綺麗だしISの操縦もうまいしねー。まあ、ちょっと素っ気ないのが玉に傷だけど」

「後は時々ちょっと口が悪いとこ?」

「それも露崎さんの愛嬌じゃない」

 だんだんと仕種談義の華が盛り上がっていき、完全に蚊帳の外になっていく。ああ、もう僕=仕種にお熱の方程式は覆せないんだろうなと後悔しても後の祭りだろう。まあ彼女たちの言ってる仕種のことは否定しないけど。

「だけど誤算はまさか二組の鳳さんも露崎さん狙いだったとはね」

「たしか露崎さんは織斑くんと篠ノ之さんと幼馴染みだったんだよね。そして鳳さんとも幼馴染みであると」

「幼馴染みってだけでアドバンテージだからね~」

「でも最近では幼馴染みよりも振り回す系の美少女とくっつく話とかも多いよ?」

「幼馴染み補正って舐めてたら駄目だよ! 王道だからこそ、それだけでも警戒するに値するよ!」

 次第に話題は逸れていく。

「まー、一番の関門はやっぱり露崎先生かな」

「え? でも優しそうだし大丈夫と思うよ?」

「ところがぎっちょん。そういう人間こそ案外とこじらせちゃってるかもしれないのよ」

「こじらせるって何を?」

「そこは本人の名誉のために明言しないでおきましょう。おまけに身内がたった二人しかいないって言うのでしょ? そうなるときっと尚更よ」

「じゃあ織斑くんとこもそうなのかな……?」

「おそらくはねー」

 思えば一夏は織斑先生に出席簿で一番ぐらいに叩かれてるしなあ。それが愛情の裏返しっていうのかな。そういうことならば実に納得だ。

「とにかく私は応援してるからね! シャル×しぐこそ私のジャスティスだから!」

「何を! ここはあえてのしぐ×シャルでしょう!」

「いやいやここは大穴のしぐ×シャル×鈴というのをだな……」

「じゃ、じゃあ僕、練習あるからこのへんで」

 最後の方の用語に関してはまるで分からないが、あまりロクな目にあわないような気がしたために乾いた笑みを返すことしか出来なかった。

「おおシャルル、丁度よかった。お前に頼みがあったんだ」

 廊下に出ると一夏がいた。

「あのさ、シャルル。よかったら俺と組まないか?」

 え? とその問いに一瞬耳を疑った。

「本当に僕でいいの?」

「ああ。男同士の方が気楽だし、あのまま周りの女の子にあーだこーだ言われ続けるよりもこの際スパッと決めちまった方がラクだし。それにペアを決めるのが早い方が連携の訓練出来る時間が増えるしな」

 普段は全然そんな素振りみせないくせに時々、女の子のこと変に意識してたりするし。

「やっぱり俺ってシャルルのお眼鏡に適ってなかったりするか……?」

「ううん、そんなことないよ。ISを習い始めて数ヶ月なのに代表候補生相手にそこそこやれるっていうのは凄いことだよ」

「そこそこなんだな……」

 そこそこと言われ、一夏の顔から苦笑が漏れる。実際、戦った感じだとまだまだ動きに無駄は多いし戦術的にも荒削りな部分が目立つ。

 けど潜在能力はまだまだ底が知れない。それに織斑先生の弟という血筋を持った魅力的な原石だ。基礎訓練を積めばもっと強くなれる。

「いいよ。こんな僕でよければペアを組んでくれないかな?」

「ありがとうシャルル! いやあ、よかった! 正直、断られるかどうか不安だったんだよ」

 本当に心底安心したような笑みを浮かべる。

 とりあえず、今の状態で問題がないのだし現状を維持していれば大丈夫だろう。それに一夏の白式に近づく機会もこれでぐんと増えた。

 仕種のことは残念だったけど、これはこれでよかったと思いたい。




 
「くっ。やはり時代は一×シャルだったのか……」

「シャル×一……は望み薄そうね」

「やはりノーマルでは満足出来ないのか。禁断の愛しかないのか……!」

「で、あそこでは何の話をしてるんだ?」

「さ、さあ……?」

 ただ言えることと言えば、知らない方がいいような事ってことかな……?






side:鳳 鈴音



「…………はああああああ」

 あたしの心情を一言であらわすのであれば最悪の一言に尽きる。

 飲み物を買いに出ていく足取りが非常に重い。夏の暑さから来るものもあるが今回はもっとメンタル的なものだ。

 当初予定していた仕種とペアが組めなかったからである。

 仕種をダークホースの箒に持っていかれたショックも大きいがライバルがいたということも大きい。まさかシャルルがあそこまでグイグイ来るとは思っていなかった。

 ぐっ、一人の戦いかと思ってたのにまさか仕種が同性に言い寄られることになるなんて……!

 おかげでその後の授業もまるで身に入らなかったし、訓練も調子出なかったし時間の浪費である。

 思い描いていたプランは丸潰れでおまけに敵同士、最悪の一途を辿る一方だ。唯一の救いが同じようにペアを組みたがっていたシャルルとも組まなかったことか。

 仕種はぎったんぎったんに叩きのめして考えを改めるような人間じゃないし、まず仕種を叩きのめせるのかすら怪しい。

 上手くいっていればペアになって取り入るように少しずつ意識させていくのがあたしの考える仕種の攻略術だったのに、

(それもこれもあいつのせいよ……)

 頭に浮かんだのはあのへらへらと人を食ったようにいっつも笑っている変人、篠ノ之束。

 世界的天才で、篠ノ之箒の姉で、常識破綻者。

 あいつの目にはあたしたちはまるで映っていない。そう、人を石ころから何かと勘違いしているようなどうでもよさげな目。映ってるのは一夏と箒と仕種と千冬さんと後は沙種さんといったところか。

 それ以外は全部等しく「無関心」。

 いようがいまいが関係ない。むしろなんか人がうじゃうじゃいて気持ち悪いぐらいに思っていても不思議じゃない。

 そんな常識破綻者がわざわざそんな環境に身を置いてまでも箒の専用機のデータが欲しいのだろうか。

 自動販売機から炭酸飲料のペットボトルを取り出すとソファに座り込んで思考を再び巡らす。

(それにしてもトーナメントのペアなんて誰と組めばいいのよ。ティナの相手は決まっちゃってるし、それ以外のクラスメイトとはそんなに親しくないし。下手すりゃ当日抽選? 心許な過ぎるっての……)

「「はああああああ……」」

 腹のそこから出ていくようなため息が二つ重なる。

 ……って重なる?

「「うわあああああああああああっ?!」」

 同時に悲鳴を上げて離れる。漫画のような話だがあまりに二人同時で驚くとリアクションすらも同じになってしまうらしい。

 目の前の彼女も指を指しながら口を金魚のようにパクパクしている。

「セシリアいつからそこにいたのよ!? いつからアンタはモブキャラAに成り下がったのよ!?」

「そういう鈴さんこそもっと存在感出してもらえませんこと!? さっきの貴女ものすごく背中すすけてましたわよ!?」

「なによ!!」

「なんですの!!」

 売り言葉に買い言葉。お互いぐぐぐ、といがみ合う。

 普段ならここでもっと口論に発展するのだが、今日はその口論する元気すらないらしい。どちらともなくふん、とそっぽを向いてソファーに座りなおす。

 そして訪れるしばらくの沈黙。

「一夏さん、デュノアさんと組むことになったみたいですの」

 セシリアがぽつりと言葉を落とす。

 あー案の定か。そりゃアイツの思考からすれば女子いせいと組むより男子どうせいと組むわよね。アイツ変に女の子のこと意識するし。うん、ヘタレね。

「あ、そ。そいつはお気の毒様」

「鈴さんも残念でしたわね。箒さんに持っていかれて」

 仕返しとばかりにニヤニヤしながらセシリアが反撃してくる。ぐ、傷心中なのにまったく痛いところをついてくる……!

「あ、あれはあたしのせいじゃなくて……! そう、向こうの横槍がなかったらまだ分かんなかったわよ!」

「そうですか。でも知りませんでしたわ。鈴さんが仕種のことを慕っていたなんて」

「そ、そそそそそういうのんじゃなくて!」

「ああでもわたくしは咎めようとは思っていませんわよ? 愛の形は色々ありますから、何しろここはIS学園じょしこうですし。
そういう関係が一組二組出来てもおかしくはないとは思っていましたが、まさかその内の一組が鈴さんだったなんて……」

「だから、そういう話じゃなくて仕種は―――!」

 男の子なんだから、と叫ぼうとしたところで急に脳が冷静になる。

 仕種は自分の性別を偽ってここにいるのだ。それを自分の勘違いを解くためだけに大声で言いふらしてしまっていいのだろうか? そんなのノーに決まってる。

「仕種は?」

「………………やっぱりなんでもない」

「なんですの。そんな寸止めにされたら気になるじゃありませんか!」

「うっさいわね! なんでもないったらなんでもないの! こっちにも事情ってもんがあんのよ! しつこいと衝撃砲でぶっ放すわよ!?」

「……なんで逆ギレされなきゃいけませんの?」

 そっちがこっちの事情プライベートにしつこく入り込もうとするからでしょ。

 ふん、鼻を鳴らしてぐびぐびと炭酸を飲み干す。ゲップが出そうになったが流石に人前でそれをやるのはマナー違反なのでぐっと堪える。

「とりあえず、お互いに思い通りにいかなかったみたいですわね」

「そうね」

 そう言葉を交わすとはあああ、とまたお互いにため息が零れる。

 このままだとどんどん悪い方向に転がっていきそうだ。なんとか話題を変えないと。

(…………あ)

「丁度いいわ。セシリア、あたしとペア組まない?」

「鈴さんと? どうして急にまた?」

「べっつにー。中遠距離が出来るブルー・ティアーズはあたしの甲龍との愛称もいいわけだし。それにアンタの射撃の技能は一応買ってやってるのよ?」

「何ですのそれ。明日は槍でも降るんじゃないのありません?」

「酷い言い草ね。褒めたんだから素直に受け取っときなさいっての」

「はいはい、ありがとうございます」

 なんか釈然としない。ほんとにどうしてこいつこんなに余裕あんの? 恋のライバルじゃないからって気ィ抜いてんの?

「ま、トーナメント優勝とまではいかなくても最低でも上位には食い込んどかないとうちの上司から何言われるか分かんないからさ。組むなら強い人間のほうがいいってこと」

「なるほど。それに何度も模擬戦してますし、お互いの手の内はだいたい把握してますしね」

 ふっと鼻で笑えるくらいの元気は出てきたみたいだ。

「オッケー、決まりみたいね」

「こちらこそよろしくお願いしますわ鈴さん」

 そう言って握手を交わす。

 こうしてドラフト一巡目を逃した再抽選凸凹コンビが結成された。





 * * *

 東湖です。

 帰ってきたと思ったらまたの長期離脱……。言ってることが支離滅裂の公約違反でまことに申し訳ないですorz

 出来れば期待せずに「あ、更新されてる」程度にのんびり待って頂ければすごくありがたいです。そういうスタンスでこれからもお願いします。

 ところで秋アニメの武装神姫の一話があれ?モロISじゃねえかwwwって笑いました。


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