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[38213] 【ネタ】はいすくーるN×N (ハイスクールD×D)【完結】
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/15 00:12
「我、働いたら負けかなと思っている」

どーん。

俺の自室、ベッドの上で。黒ジャージを着た寝癖だらけの少女がのたまった。
両手には携帯ゲーム機が握られ、先の宣言時にも彼女の視線はその小さな液晶に釘付けである。

初対面において、

「我、ドラゴン」

などと阿呆な電波を吐き出す幼女と出会って、早一年。今日は俺とこいつが出会って一周年という記念すべき……かどうかは少々考えるところではあるが、ともあれそんな感じの日なのだ。

元は前面ガン開きでドレスとは名ばかりの逆びんぼっちゃまスタイルだった自称『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』も、いつしか俺のお古の黒ジャージが普段着となり。
俺の奢りで町内食べ歩きを連日敢行していた暴飲暴食の輩が、今では俺の自室に居座り外気に触れれば灰になると言わんばかりの出不精っぷりを発揮していた。

これでは無限の龍神(笑)どころか無職の龍神(嘲笑)である。『無職の龍神(ニート・ドラゴン)』オーフィスである。

「おいオーフィス」
「少し待つ。今、イベントシーン」
「とか言いながら俺のお布団にお菓子の食べかすポロポロ零さないでくれませんかねぇ……」

遡ればおおよそ四ヶ月ほど前から、この阿呆ドラゴンは俺の自室を出ていない。一切、全く、欠片も、出ていない。

ドラゴンはトイレに行かないとばかりに排泄行為を行わないのは良い、小さな子供相手とはいえ、俺の自室でしーしーされたらマジギレしてしまっただろう。こいつがトイレ行かないで済む謎生物である事実も構わない。一切風呂に入らない癖に全然臭わないのだって無視してやる。俺に不都合があるわけではないのだから。

では何が問題かと言えば、遡ること二週間前――。

「オーフィス。俺、分身出来るようになっちゃったよ! ババーン!」
「我、おなかすいた」
「素麺で良い?」
「我、肉が良い」

めんでぇ。
面倒くさいことは分身一号にやらせる。味付けはシンプルに塩胡椒のみ。男の料理というのは無駄に塩気が多いのだ!

「ヘラッシェー!」

テンションの高い分身である。だが本体の俺に可能なことはそっくり全部出来るという素敵仕様なので便利過ぎて嬉しい。当初は俺って偉大なるNINJAの末裔だったのKA☆などとふざけつつもドッペル的な怪奇現象にビビッていたものだが、今では面倒事を全て分身に任せることで存分に遊べるのが最重要だ。

俺は学校も家事もアルバイトも、全て分身に任せて昼過ぎまで惰眠を貪り、オーフィスは普通に24時間遊び倒す。
――かくしてうちにはニートが二人居る。

俺は…俺は悪くねえぞ、だってオーフィスが言ったんだ……そうだ、オーフィスがやれって!

とかなんとか親善大使ごっこをしても仕方が無い。日がな一日ニートをやっている自称ドラゴンに影響されたのは確かだが、代わりとして分身出来るようになったので対外的に見れば俺は今日も立派な勤労学生である。
無駄に艶々した金色の篭手が、今では手首で光る小さなブレスレット、ただの変な輪っかにしか見えない何かに変じて以降、生きるのが楽で大変よろしい。大変よろしい!

「我のおかげ」
「意味が分からんぜよ」

無表情でダブルピースする駄ニートが一体何をしたというのか。おファンタジーな篭手がピカッと光って現れた時もびっくりしたが、あの柔らかな金色の表面にどこぞから取り出した真っ黒いニョロニョロをぐいぐい擦り込むというこいつの奇行にも何か意味があったというのか。意味不明過ぎてドン引きだったんですけど俺。というかダブルピースやめろ。やめて下さい。

よし、考えるのはやめよう。セイクリがどうとかなんて俺にはよく分からん。トゥワ、クリ……、とかオーフィスの説明も意味不明だったし。日本語で喋れし。
俺が分身したのはどうやらこのブレスレットのせいらしいのだが、便利なので全て良しとする。
今この瞬間も、家事を執り行う者とは異なる分身が他県で生活費を稼いでいる。家事用と通学用も合わせれば総勢三人ぽっちの分身術だが、今後も頑張ればその数を増やせるかもしれない。そうなれば夢が広がる。
そうとも、俺は悟ったのだ!

――働かずに食う飯は、美味い。

「いざ、生涯ニート宣言!」
「我、宣言」

ちなみに食後、出会って一周年の記念日ということで一緒にケーキを食べた。
うまい! テーレッテレー。



キャラ紹介

○ニート1号
栄えある1号。怠惰に目覚めた伝説のドラゴン(自称)。
引き篭もっている現状に対して特別な理由など何も持たない、本能で生きる少女(性別可変)。時期的に弱体化もしていない、実相世界における最強生物。でもニート。
禍の団(カオス・ブリゲード)から見れば、既に四ヶ月ほど音信不通の行方不明状態である。
実は課金厨。

○ニート2号
不滅の2号。禁手に至った勤労学生(自称)。
謎の少女が自室に居着いている現状に対し、最早 彼自身は何も違和感を感じていない。
分身に雑事の全てを任せ、自身は死ぬまで食っちゃ寝するのが夢。
実は銀髪オッドアイ。



[38213] 第二話 王は課金厨の心がわからない
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/08 00:12
最近 真っ黒な海で溺れる夢を見る、夢見るニート、俺です。夢見るというフレーズが重複したけど気にしない。

「答えろオーフィス、お前、今月いくら注ぎ込んだ……!」
「大丈夫。我、無限の龍神」
「わいは無限の龍神やから無限に課金するんやー! とかそういう親父ギャグは誰も求めてないから! モウヤメルンダッ!! その先には修羅道しか無いぞっ!」
「次こそリーアのSレアが出る。我、信じてる」
「出ねぇよ。始めると際限無くなるからソシャゲには課金するなって言っただろう!?」

オーフィスの見せる小さな画面には紅髪巨乳のキャラクターが笑っていた。これのレアな奴が欲しいらしい。悪いが俺の好みは黒髪清楚タイプなんだ、そんなものに絆されたりしない!

家賃を一銭も入れない癖に浪費に関しては日毎に加速していく駄目ニート、オーフィス。
浪費を押し留めるためにこいつの月の小遣いを減らすべきかもしれない。若い時分からこれでは、先が思いやられる。

「トゥ!ヘァー!」

そして気が付けばオーフィスの横で格ゲーやってる俺の分身。格闘系のゲームを操作する時ってキャラに合わせて身体動くよね、よくわかるよ。でも何で居るのかなテメェ?
なにやってんだよと聞くと、家事は一通り終わったから母(ママン)の真似を、とか言ってる。意味分からない。本当に意味が分からない。母って誰だよ、この部屋には俺と分身一号と自称ドラゴンしか居ないぞ。そもそも俺の分身なら母親は俺と同じじゃねえの? DNA的に俺と同一なんじゃねえの?
なんか俺の分身って一人残らず言動が可笑しいんだけど。バグってんの?

「またノーマル。もういらない」
「……おい、俺さっきやめろって言ったよな? なんでまだガチャやってんの?」
「我、ドラゴン。体制には屈しない」
「反体制派がかっこよく見えるのは若い内だけだぜオーフィス。そしてそれ以上続けるなら、俺は月の小遣いを減らすことも視野に入れるッ!」
「反逆者(トリーズナー)や!」

分身うるせえ。何でお前はオーフィス推しなんだよ。俺の味方しろよ。
この金はなぁ、俺の分身達が毎日毎日汗水垂らして稼いでる金なんだぞ。戸籍的な同一人物が複数居る事実を誤魔化すためにわざわざ一人ずつ県を跨いで頑張った結果なんだぞ!
毎食ジャムパン一個と牛乳だけでアルバイトを頑張る分身達にはほんま頭が下がる思いやでぇ……。

「またソヲナ……。我、冥界滅ぼす」
「お前まだやってたの!?」

俺が分身達の献身に目頭を熱くしている傍らで、懲りずにガチャガチャを回す阿呆が一人。出会った当初は何を言っても素直に頷くピュアガールだった気がするのだが、今のこいつにはその頃の面影など残っていない。Sレアなんて幻想なんだよ、オーフィス! ガチャのレア率なんて信用しちゃいけない最たるものだ!

「目を覚ますんだっ、オーフィス!」

寝癖だらけの黒髪を丁寧に梳かしながら諭すが、頑なになったオーフィスが聞き入れることは無い。淀みなく動くニート・フィンガーが我が家の家計を更なる課金地獄へと誘い込む。止めたいが、以前 無理矢理引き剥がそうとした時は謎の馬鹿力によってビクともしなかった。鉄で出来てるのかコイツ。
そして分身は格ゲーをやめてPCで恋愛シミュレーションに手を出していた。俺はそんなもの買った憶えが無いのだが。

気が付けば部屋に居る面子は俺以外ゲームに夢中である。寂しい。

「反抗期、……か」

なんとなく黄昏てみるが、そんなものが事態の打開に繋がるわけも無く。
することも無いので俺は最近始めたネトゲにログインする。そしたらネトゲの知り合いに「君っていつ来ても居るよねwwww」などと言われ、謎の敗北感に打ちひしがれることになった。クソァ! ちゃんと分身が学校行ってんだろうがっ! 酷い言いがかりだ! つーか、いつログインしても居るのはお互い様じゃねーか!

失礼なフレンドプレイヤーへ適当に文句をぶつけていると、くいくい袖を引かれてそちらを見る。
オーフィスである。

「お腹すいた」
「おう。分身、出番だぞー」
「待って! 今Hシーン! すぐ終わるから! すぐ終わるから!!」

分身のお前に必要なものかよ、それは!?
やめて下さい!小さい子もいるんですよ! などと棒読みで怒鳴りつつ蹴り飛ばし、18歳未満プレイ禁止の恋愛シミュレーションゲームを強制停止させる。悲痛な叫び声を上げながら台所に向かう分身の尻を再度蹴り上げ、ゲームはこっそりアンインストール。

「うん。家事用の分身は、明日から別の奴と交代させよう」
「何故?」
「お前の教育に悪い」

首を傾げるオーフィスの頭を撫でれば、遊んでいた携帯端末を放り出して俺のブレスレットに変なニョロニョロを擦り付け始める。こいつは相変わらずこの金物が大好きらしい。以前は暇さえあれば篭手を弄っていたものだ。
しかし、毎度思うけどこの蛇みたいなのは何なんだろう。きもいんですけど。本当にきもいんですけど。

引き攣った顔で見ていれば、何時の間にやらニョロニョロが消えていた。ツッコまんぞ、俺は。今更不思議現象の十や二十、余裕でスルー出来るのさ。おとなになるってかなしいことなの!
黄金に輝くブレスレットを恐々見つめていると、オーフィスに名前を呼ばれる。何ぞ。

「我、待つ」
「何をだよ。ご飯? 今分身が作ってるぞ」
「『無限』になるの、待ってる」
「うん?」

……うん?

首を傾げる俺を見上げて。
オーフィスが、小さく。
笑った気がした。

――といった事があり、不可思議な気持ちでご飯を食べる俺なのであった。
あと分身一号はバイト組に左遷しました。もう帰ってくるなよ。



○ニート1号
栄えある1号。一部怪しい表現があったけど別にそれ目的で居着いているわけではない、伝説のニート(自称)。
やめろと言われればやりたくなる、ソシャゲに嵌る最強ドラゴン。冥界滅ぼす発言は単なる八つ当たりなので、別に運営元を知っているわけではない。八つ当たりで冥界を滅ぼせるハイレベルニート。
頑張ればシリアスもいける、出来る幼女。ただ純粋に、二号が自分と同じ『無限』になれば良いと思っている。
旗印たる『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』が禍の団のことを放り出しているせいで、組織は瓦解寸前である。

○ニート2号
不滅の2号(意味深)。1号の不可思議な部分に対しては深く考えない、平凡なニート。
クラスの女子に「彼、最近かっこよくなったよね!」などと噂されている男の子。ばっかもーん!そいつがルパンだ~!
出せる分身の数が七人になったので収入が倍増。加えて一号による人外フラグも立っている。
最近無数の黒い『蛇』の海に溺れる夢を見るが、2号が神器内部からのSOSに気付く様子は無い。



[38213] 第三話 イザナミだ
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/19 00:24
「さむい」
「あー、こたつ最高っすわー」

全世界の生真面目さん達が外出に二の足を踏む、冬の季節の訪れである。

だがニートには関係ない。もそもそと炬燵に潜り込むオーフィスも同意見だろう。
小さめではあるが、うちには炬燵がある。ストーブもエアコンも要らない、炬燵一つあれば良い。
睡眠なぞ不要とばかりに24時間遊び続けるオーフィスのせいで常に電源ON状態なのが少々気にかかるのだが、そこは分身達の頑張りによって、嵩んでいく電気代も一安心である。

「オーフィス、押すなよ」
「狭い。狭い」

確かにうちの炬燵は小さいが、それは炬燵に全身潜り込むお前が悪い。
俺の脚をぐいぐい押し込んでくる阿呆ドラゴンのポジション調整に付き合いつつ、緑茶を啜る。

外は乾いた風が吹き、世の若者達は寒空の下でも頑張っているのだろう。
それを考えるだけで、俺は――。

「ニート最高っすわ……!」
「狭い」

他者が労苦を積み重ねる最中、自分だけが快適な環境に身を置いて寛ぐ! そんな現状を思うだけで、俺は自身の幸福を実感出来る。卑しい心根であるとは思うが、そんなことはどうでも良いのだ。どうでも良いのだ!

ニート最高。分身最高。俺は今、正に、人生の絶頂期に居るのではなかろうか!?

「あったかい」

無上の幸福を噛み締める傍ら、俺の膝の上を自身の陣地と見なしたオーフィスがようやくその動きを止める。そうだね、お前は小さいから、俺を座椅子代わりにした方が熱は保持出来るよね。でも自称ドラゴンの癖に冬の寒気に弱いのはどうなんだろうね。

ドラゴンは爬虫類区分で良いのだろうか。我が家の不思議生物オーフィスの生態に若干の疑問を掻き立てられつつ、炬燵机の上に手を伸ばす。

「あ゛ー、茶が美味いぜー」
「我、蜜柑食べたい」
「はいよ」

こういう何気ない時間こそが幸せと言うものなのだろうな。
蜜柑の皮を剥きつつ、窓の外を見遣る。ちらほらと雪が降っているのが見えた。
なんたる風流。炬燵の中から見る雪景色は何故こんなにも美しいのか。

「まじやべー。俺ってば今、すっげー人生満喫してる気がするぅー」
「すっぱい」
「あれ、あんま甘くなかったか?」
「甘いのが良い」
「おう。別のも剥いてみるか」

今頃学校では皆が冬季中間試験に臨んでいることだろう。そんな中、俺は分身に全てを委ねて ぬくぬくしているのだ。

「へへっ、ゾクゾクしやがる。最近、俺の中の人間力的なものが下がっている気がするんだぜ……っ!」

気のせいではないのが問題だが、ニートの道は修羅道なのだ。俺は心を鬼にして、分身達の稼いだ金で生きていく。すまねぇ…、すまねぇ皆……! でも寒くて炬燵から出たくないんだ……!
だけどきっと大丈夫さ。俺は自分(の分身達)を信じている。お外で頑張る彼らと違って引き篭もり続けているせいで、今では文武ともに分身達の方が俺より優秀だろう。自分の貧弱ぶりを自覚する日が怖い、だがその上で、俺は今の生活を手放す気が全く無い。

生活費や学業、果ては家事に至るまで。使役している相手が自分の分身でなければ、まるでブラック企業である。俺はブラックな社長様なのである。

「嗚呼、人はどこから来て、どこへ行くのだろうか――」
「甘い」

満足そうに蜜柑を食うオーフィスを抱き締めながら、俺は人の生の深遠に思いを馳せる。己の所業を直視することに耐えかねた現実逃避だった。しかしこれからも同じような想いを重ねていくのだろう。何故なら、俺はニートの星になると決めたからだ。

「二号ー、お汁粉食いたい」
「我も食べたい」
「ふ、混沌に染まりし甘き泥濘を啜るか……!」

新しく家事役に着任した分身二号は言語がちょっとおかしい。しかし俺の分身は基本どれもおかしいので気にするだけ無駄である。でも泥って言うな。お汁粉だよ。お前たまには普通に喋れし。あと喋る度にポーズ付けるもやめて。ビジュアル的には俺と同一なんだから、お前ら。見てると無性に恥ずかしい。
言動はアレだが炬燵机に転がる蜜柑の皮を回収し、オーフィスに緑茶を用意した上で部屋を出て行く様は、なんとも手馴れている。こいつらは何故オーフィスにだけ甲斐甲斐しいのか。俺のお茶も入れ直して欲しい。冷めてきてるんだぜ。

室内とはいえ寒い中を台所に向かい、黙々とお汁粉作りに取り掛かる二号を見ていると、ふと妙な気分になった。あいつらって本当に俺の分身なのかな。分身とはいえ、『俺』が、こんなに真面目に働くのだろうか。不思議だ。俺だったら絶対やらねえのに。俺だったら絶対やらねえのに!

「蜜柑」
「んがっ」

差し出されたオレンジ色を食べて、緑茶を啜る。
そうしてのんびり過ごしていると、炬燵机の隅に置いてある固定電話が着信を告げた。なんやねん。

特に考えも無しに受話器を取って。――そこで、俺は驚愕の事実を知る。

「『俺』が、死んだ……、だと……!」

……つまり、どういうことだってばよ。
どういうことだってばよ?



○ニート1号
栄えある1号。炬燵が気に入ったので二十四時間 炬燵布団の中で過ごし続ける、伝説のドラゴン(迫真)。
寒い時期には活動が鈍くなる生態が確認されたが、本人は「明日から本気出す」などと供述している。
夜毎、眠る2号の神器に『蛇』を追加するのが日課。無限過ぎて神器内の龍がやばいが、1号は全く気にしない。倍プッシュだ……!
こいつが居ない場合を想定すると、そろそろ禍の団が自然解散する時期に入っている。

○ニート2号
不滅の2号。順調に人間腐ってきているけど、これでも二、三回書き直して随分とマイルドな表現になった、この物語の主役格(微笑)。
食っちゃ寝し過ぎて自分の体力が落ちたと思っているが、日々高まりつつあるドラゴン属性によって肉体的にはむしろ強くなり続けている。ただし学力的には懸念の通りである。
分身の数は日を追うごとに倍加中。
最近溺れる夢を見る頻度が減ってきた。が、2号はその意味を分かっていない。神器内部に封印されている誰かさんの命脈は、既に秒読み段階に入っている。


※8/19 分身の番号を修正



[38213] 第四話 マイノリティ・リポート
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/10 00:16
「緊急会議を始める」
「始める」

俺の開会宣言を真似してオーフィスが炬燵机をたしたし叩く。やめろ、お前の馬鹿力だと机が割れかねん。
場所は俺の自室。集まるメンバーは俺、オーフィス、そして俺の分身達30人である。30人である。…………多いな!? 何時の間にこんなに出せるようになったんだよ俺は!?

現状を直視し つい平静を失ってしまったが、本当にどうしてこうなった。自室に入りきらない分身は廊下に鈴生りになってまで会議に参加している。生真面目で大変よろしいのだが、同じ顔がこんなに揃っていると正直きもい。見渡す限り、俺、俺、俺である。俺がゲシュタルト崩壊しそうだ。
30もの分身達の顔を見ていると、精神が不安定になる。俺ってこんな顔してたっけ、とか。本気で思う。30つ子とか人体の限界超えてるだろ、常識的に考えて。
そして部屋のドア開けっ放しだから寒い。

「まぁいい。繰り返すが、緊急事態だ。――お前らの意見を聞きたい」

正直に言うと自分の分身相手に意見求めるとか、寂しい人間そのものな気もするのだが。事態は切迫している。
バイト組の分身が一人、死んだ。
呆然とする俺に代わり遺体の確認に向かった分身達の代表が医者に聞いた話によれば――。

『過労です』

――だそうだ。

「くそっ、やられた!」

分身などという奇怪千万な存在の癖に、きっちり死ぬのかよ! お前ら半端にリアルだなぁオイ!?

ちなみに回収した遺体はうちに搬送された時点で黄金色に輝きながら俺のブレスレットに吸い込まれ、ソレが終わったら再び出現した。地面から。ニョキっと。黄金の燐光を纏って「もう二度と過剰残業なんかしないよ」などと爽やかに笑いながら語る分身は、今現在風呂場で反省の正座中である。
普通に死ぬ癖に簡単に復活するこいつらに、俺は今までちょっと甘かったんじゃないかと思う。色んな意味で。

「お前らさぁ……、いや、俺も悪いんだけどさ。でも、こう、……なぁ?」
「イミフ」

うるせえぞ分身一号。指差して笑うな。
ともかく、だ。

「どうしよっかなー……」

死んだのである。俺が。死亡確認まできっちりお医者さんの手で行われているのだ。死亡診断書も貰った。遺体の引き取りには相応の手間とお金がかかったらしいが、その辺は全て分身に任せた。だって俺そういうの知らないし。
しかしこれってヤバイんじゃないだろうか。俺って社会的に死亡手続きとかされたのかな。そう考えると不安になるんだけど。誰か教えてくれよ。
万が一を考えて通学用の分身も即座に帰宅させたが、俺という人間が死んだ場合の対応とか社会的なアレソレとかってどうなってるんだろうか。こんな事態は想定外過ぎる。
不安だ。どこからどこに連絡が回るんだろう。家にも住めなくなるのかな。というか俺生きてるし。でも死んだし。

どうしよう。すっげー不安なんですけど。
自分が死んだ時の冴えた対応とか、学校の先生は教えてくれなかったのだぜ?

「……そういうわけで、俺ってどうしたらいいんだろう?」

思えば俺は降って湧いた『力』に浮かれて、いかに日々を楽に暮らすかばかりを考えていた。
もっと真剣に向き合うべきだったのだ。スパイダーマンだって言っていたじゃないか! 力を持つ者には責任がどうとか! うろ覚えだけど!

「分身達よ、意見を頼む!」

さあ、俺はどうするべきなんだ! 分身ッ! 君達の意見を聞こうッ!

「母(ママン)が居ればそれで良い」
「母上が幸せならどうでもいい」
「お母さんと一緒におこた入りたい」
「正直、本体(おまえ)のために物考えるのだるぃ……」
「同感……」
「くくく、神滅具(ロンギヌス)を持たぬ者にはわかるまい……」

ご覧の有様である。

「くっそ、好き勝手言いやがってええええ!! お前らもっと俺に優しくしろよぉっ!」
「えー」
「えー」
「えー」

露骨に嫌な顔をしやがる。お前ら俺への対応がぞんざい過ぎやしないか。嫌われる心当たりは、あるけど。それでもあるだろうがっ、自分同士のなんやかんやがっ! バファリンを見習え! 半分も優しいんだぞ!
ちょっと下手に出れば調子に乗りやがってこのドグサレがァァ――ッ!!

そんな憤る俺の手を掴む、小さな体温。

「オーフィス……!」

こちらを見上げる黒い瞳に、呼吸が止まった。
そうだよ、俺にはこいつが居たじゃないか。こんな地面からいくらでも収穫出来る一山いくらの分身共じゃなくて、共にニートを極めんとする魂の同胞が!

ああ視界が晴れていくようだ。
大丈夫、俺はまだ終わっていない! きっと上手いこと事実を誤魔化す方法がある! 今度はちゃんとバイトのスケジュールを組ませて、健康診断を義務付けよう! そうすれば今までと変わらず、夢の食っちゃ寝生活が戻ってくるさ!

「ありがとう、オーフィス!」
「我、お腹空いた」
「ああ、そうだな。俺もだ」

よし、気を取り直したところで飯でも食おう。そして分身達はさっさと追い出そう。こんなやつらが、反省中の過労死野郎を含めて31人もぞろぞろ家から出て行くのは絵面が恐ろしいので、その辺りタイミングをずらして退出させるとして。

考えていると、暇をもてあましたオーフィスがテレビを付ける。
そこには――。

『――さん(15)が死亡。業務上過失致死の疑いで、労働組合からは普段の業務に』

俺が映っていた。

俺が映っていた。ニュースに。過労死の件で。
いつも鏡で見る銀色の髪に、青と金の月目、浅黒い肌。シャム猫みたいなイケメンが映っていた。
俺である。疑いようもなく俺である。死亡者として、テレビに写真と名前が出ていた。

「テレビ出演。祝う?」
「そうだね、プロテインだね」

ああ、なんであの分身はわざわざ履歴書が必要なバイトを選んだのか……。

っていうかー。
ニュース早ぇえええええええええええ!?
おかしいだろう! まだ死んでから24時間も経ってないんじゃねーの!? 経ったかな!? え? いつからこの国はここまで労働者に優しくなったの!? 天才なの!? 命大事にするの!?
おのれディケイドー!!

「お前ら荷物纏めろ! 逃げるぞ畜生おおおおお!!」

パニックを起こしている自覚はあるが、事実確認で「ある日唐突に分身の術に目覚めたんです!」とか言うわけにもいかない。俺みたいな不可思議現象に対して、現実にモルモット扱いとか有り得るのか、しがないニートの身ではわからないのだ。これが誤魔化せる状況なのかさえ俺には判然としない。分身を全て消した上で何食わぬ顔で生活していればワンチャン……!?
この情報化社会で死亡事件を報じられた俺に、果たして生きていける場所がある、のか!?

「う、うわああああああああああん!!」

オーフィスを抱え部屋を走り回る俺を余所に、分身達はせっせと荷造りをしていた。
ああ! 俺は一体、どうなってしまうのか!



○ニート1号
栄えある1号。およそ九ヶ月振りに部屋を出なければならなくなった、悲劇のドラゴン(自称)。
2号が慌てている理由が全く分からない、ある意味純粋な少女。テレビ出演は目出度い事だと思っている。
文中の「我、お腹空いた」というのが、憤る2号の手を握った理由の全て。でも結果オーライ。

○ニート2号
不滅の2号。予想外の事態にパニック起こして夜逃げを敢行する、悲劇のニート(自称)。
分身が半ば不死身であることが発覚したが、その事実は2号の怒りを煽るだけだった。ちなみに分身の死因は毎食安いジャムパンと牛乳だけで働き続けた末の過労死。2号、及び分身の自業自得である。
現在高校一年生。だが社会的には死亡。学校やバイト先の人々は死亡を報じたニュースに対して事件性を疑っている。



[38213] 第五話 兵士は畑で採れる
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/12 00:10
天国のパピー&マミー、この声が届いていますか。
俺が見えない敵との戦いを逃れ、生まれ故郷を離れ離れて旅路の果て。
短くも濃密な逃走の日々、世の中には不思議が一杯なんだと知りました。

「一号が死んだ!」
「この人でなし!」
「回り込め! 背中ががら空きだぞ!」
「へへっ、やっぱ俺って、不可能を可能に――」

今、俺の目の前に怪獣が居る。
人と蜘蛛を混ぜたような形をした、気味の悪い化け物だ。
それに抗うは冷厳なる勇者、俺の分身31人。

「どういうことなの……」

最低限の荷物を纏めて夜逃げを敢行し、街を一つ二つと通り過ぎ。あからさまな廃墟に腰を落ち着けて早数日。生活費は今まで稼いだバイト代を食い潰す事で賄っていた。
電気も通っていない侘しい屋内でジングルベー、とか歌ったクリスマス。もうどうでもいいから家に帰ろうかな、とか弱音を吐いた雪の日。よく考えれば今の状況も人に見つかれば不法侵入とかで捕まるよね、と現実を直視した大晦日。

道行く人々が全てエージェント・スミスに見え始めた俺は、ここしばらく廃墟の一室から一歩も出ていない。おんも怖い。
除夜の鐘を聞きながら膝を抱える俺と、もそもそお菓子を食べるオーフィス。あと分身の宴。
それを引き裂く怪獣蜘蛛女の襲撃。

伏線なんか無かったんや……ッ!

何の前触れも無く、ホモサピエンスとは系統樹を異にするクリーチャーと遭遇してしまったのだ。
ここにきて唐突なバトル展開とは、元引き篭もりには辛い状況である。あ、今も廃墟に引き篭もってましたね。

「なんということでしょう。裏寂れた廃墟の一角が、今ではまるで原始時代の再現のよう」

ただし分身達の武装は素手。相手は全身尖った怪獣である。
ぼやきながら、怪獣とそれに群がる分身達を見守る。昆虫に集る蟻の大群みてーだな、こいつら。

「命を大事に! げぶらっ!」
「いろいろやろうぜ! もげらっ!」
「負けたッ! 第3部 完!」

蜘蛛脚の一振りで分身が三、四人吹き飛んだ。だが金色の燐光となって散り逝く同胞の屍を踏み越えながら、生き残った別の分身達が怪獣の元へと駆け出していく。そしてまた吹き飛ぶ。
燐光が俺のブレスレットに集まると、俺の周囲に死んだ筈の分身が再生成される。「俺復活ッ!」「俺復活ッ!」などと奇声を上げてコロンビアのポーズを決める分身共。そいつらがまた仲間の屍を越えて、以下この繰り返しである。争え…、もっと争え……。
その戦闘BGMとして、俺の横に居るオーフィスが『愛のうた』を歌う。ピクミン的な意味なのか、それは。

多勢に無勢という言葉があるのだが、残機無限に加え31倍の人数差の癖に負けているのは大元の俺が貧弱だからだろうか。いや、あんなクリーチャーと俺のような一般人じゃ比較にならないだろうけど。
分身達による死に戻り前提の神風を受け続け、怪獣も無傷とはいかない。だがまだまだ余裕そうであり、このまま事態が進めば後方に居る俺とオーフィスに魔の手が及ぶのも有り得ないことでは無いだろう。

もしもを考えれば分身達を囮に、見捨てて逃げるのも、……ありだな。どうせ分身なんていくらでもリサイクル出来るんだし。最早あいつらに慈悲などいらぬと俺は知っているんだぜ。

さて撤退も視野には入れるが、縄張りをあんな怪獣に明け渡すのはちょっと嫌だな。いつまでも一箇所に留まるわけにもいかないだろうが、もうしばらく外には出たくない。せめて今ある「くっ! ここにも『機関』の魔の手がッ!」的な危機感は脱しておきたい。おちおちニートも出来ねーし。
しかしあの怪獣をどうするか。リアル・モンスターハンターとか専門外なんですけど。

「そういうわけで、オーフィスッ! 君の意見を聞こうッ!」

ババッ!と大仰なポーズで名指しすれば、歌を歌いながらブレスレットを撫でられる。どういうことだってばよ。
元は篭手だったブレスレット。オーフィスがニョロニョロを擦り付けたがる謎アイテム。分身達の製造機である。これをどうしろというのか。

思い出す。
オーフィスがかつて言っていた、トゥワ、クリ……。何だっけ。
セイクリがどうとか。――そうだ。

『……どらごん波』

確かテレビを観ていたオーフィスに乞われてドラゴン波をやったらピカッと光って、無駄にスマートな篭手が出てきたのだ。わんだほー。
ドラゴン波か。
あれをやれと。
あれをやれと?
此処で。
この状況で?

「……ふむ」

何が悲しくてこの寒空の下、除夜の鐘の鳴り響く中でドラゴン波。ドラグ・ソボールは確かに傑作だと認めるが、それとこれとは全く別問題だ。

俺を見上げるオーフィスを、見る。
復活しては死んでいく、31人の分身達を見る。
そしてまたオーフィスを見る。

「……マジでぇ?」

歌いながらもしっかり頷くオーフィスに、己の頬が引き攣った。
過保護な分身達によって多数の防寒具を身に付けさせられ、遠目から見たシルエットはほぼ球形となっているオーフィス。我がニートの友である。竹馬の友的なノリで。
快適なニート生活を約束された我が自室(アガルタ)から外へ出て、こんな廃墟で寒さに耐えながらも一緒に居てくれる良い奴なのである。本当に良い奴なのである。
その想いを裏切れようか。

「――やってやろうじゃねぇか」

同じ事をオーフィス以外が口にすれば満面の笑みで「死ねばいんじゃないっすかね!」とか言い返すところではあるが、既に俺の腹は決まっている。
どうせ誰も見ていないんだ! 今の俺に羞恥心なぞ存在しねえっ! 燃え上がれっ、俺の中の、厨二・ソウルッ!
ぬぅぉおおおおおおおおおおお!!

「ド・ラ・ゴ・ン・波ァア――――ッ!!!」

魂の奥底から込み上げる咆哮に並び、眩い黄金光が視界全てを埋め尽くす。
そしてそれが晴れた時、――俺の周囲には、今までの倍の数の分身が立っていた。

「そう来たかァ――!」

それはそうだよな! 分身に続いて怪獣まで現れて不思議現象が当たり前になってきたけど、現実にドラゴン波は無いよな! 出ないよなァ! 分かってたけどさ! でもちょっとは期待したんだぜ!? 俺だってなんだかんだと男の子だからさー!

そうして増加分を含めた分身の総数、63人。

今更になって気付いたんだけど、こいつらって俺を合わせた人数がそのまま倍々に増えてるんだな。最初は一人しか出てこなかったし。そう考えると、本当に増えたなぁ……。

「よし。多分これでなんとかなるだろ。多分」

多分ね。
いやはや不安だ。どれだけ増えたって俺だしな。俺が63人特攻してもあんな怪獣に勝てるのかな。逃げる準備しとくか。ふふっ。

「ドラゴン波――!」
「ドラゴン波――!」
「ドラゴ、ブフッ!」

おいコラァッ!!

ドラゴン波を掛け声に怪獣へと立ち向かう分身達。嫌がらせか! しっかり聞いてたのかよっ、クソ!

「どらごん波」
「お前もか」

俺に見せ付けるようにドラゴン波のポーズを取るオーフィス。そんなことすると泣くぞ、俺が。
しかしこれで随分と勝率が上がった、筈。あの怪獣が希少動物とかの類で、どこぞの愛護団体に守られているとかそういうので無い限り、このままいけば俺達は自らの縄張りを守りきれるだろう。弱肉強食は野生の掟なのである。

うむ。ドラゴン波やってから妙にブレスレットが温かい。
どくりどくりと、まるで俺の血管がそのままブレスレットに繋がっているかのようだ。……想像したらキモイなこの表現。

『……ぉお、まるで彼のカンダタに与えられた救いの糸のようだ。ありがたい、ありがたい。あっ、こら、ソレは余のものだ! やめ、やめよ! あ、あ、あああ――っ! あっ』

ん?
周囲を見回す。誰も居ない。

「なんだ、幻聴か」

ブレスレットの熱も消えている。やっぱり錯覚だったようだな。
お、怪獣が倒れた。ヒャッハー! 勝鬨をあげろ――っ!



○ニート1号
栄えある1号。ホームレスになっても全然気にしない、心の広い愛されドラゴン。
2号が進化する機会は望むところ。分身がいくらでも復活するのは知っているので犠牲は一切気にしない。
手元にお菓子や携帯型ゲーム機があるから現状に対する不満も無い。2号は目立ちやすいので、買い物は主に1号の役目。リアルドラゴン波の使い手であるが、撃ったら日本が沈む。
禍の団? ああ、いい奴だったよ……。

○ニート2号
不滅の2号。1号に対して罪悪感を覚え始めた、甲斐性の無い新人浮浪者。
いまだかつて無い強い意志(ドラゴン波)によって覚醒イベントが起こったのだが、そんなものより1号の『蛇』の方が強かった。本人の意思も実力も関係無しに禁手(バランス・ブレイカー)に至った、規格外の温室育ち。
次に分身の数が『倍加』したら三桁の大台に乗る事となるのだが、2号はまだその恐ろしさに気付いていない。学校の一学年分 全て2号、とか余裕で出来るようになるのだ。
神器の中は凄いことになっている。具体的に言うとタタリ神みたいな。


※8/12 誤字修正



[38213] 第六話 おれの名をいってみろ
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/12 00:10
いやあ、蜘蛛女は強敵でしたね。

「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」
「あけおめ」

円陣を組んで「あけましておめでとう」の大合唱を行う分身達を無視して、俺とオーフィスは携帯ゲーム機で一緒にネトゲを遊んでいた。あいつらいつまであの挨拶やってるんだろうね。もう正月過ぎてるぜ?

数日ぶりに会ったフレンドプレイヤーと「君って僕以外に友達居たんだねwwww」「屋上」などというやり取りもあったが、今の俺にはそれさえ心温まるエピソードだ。毎度自覚無く喧嘩を売ってくるそいつも誘って、三人で頑張る。
新年のイベント期間中はレアアイテムのドロップ率が大幅に上がるのだ。例え逃亡生活中だろうと、これを逃す気は無い。

「ごま団子うめぇ」
「栗きんとん」
「栗きんとん甘ぇ」

店売りの出来合い物ではあるが、御節を食べる。正月分の売れ残りなので大幅に値下がっていたらしい。これで炬燵もあれば日本の新年の過ごし方として言う事は無いのだが、この廃墟に電気が通っているわけもなく、携帯ストーブで暖を取るのみに留まっている。
そろそろホームレス生活にも慣れてきた俺達は、意外と適応能力に優れているのではなかろうか。

最早自分が何から逃げていたのかさえ忘れかけているが、意外と人間どこでだって生きていけるものだ。このままほとぼりが冷めるまでのんびり過ごし、そして数年後……、みたいなノリで生を謳歌したい。切実に。

「そのためには、何か手っ取り早く金を稼ぐ手段を探さないとな」

俺達は現状、分身達が今までのバイトで稼いだお金を切り崩しながら生きている。
逃亡初日に銀行から全額引き落とし、それ以降の収入は一切無い。これはやばい。現代社会でのサバイバル生活が想いの外 楽しくなってきたからのんびり過ごしていたが、このまま行くと確実にやばい。今のペースでは節約しても半年もたないのは確実である。

「分身の肉って食えるのかな……」
「分身、食べる?」
「いや、食べないよ? 食べないけどな?」

うっかりおかしな思考が過ぎった。だがまだだ、まだ俺は大丈夫だ。でも最後の手段として考えておこう。対象が分身というだけで禁忌に対するあらゆる忌避感が薄れるのは別に構わないのだが、発想そのものが人として凄く駄目な気がするからね。そもそも光って消えるあいつらが食用に為り得るかという疑問もある。

いや、そんな事を今から悩んでも仕方が無い。面倒事に思考を割くのは、本当に追い詰められてからにしよう。俺はな、明日出来る苦労は、明日やると決めているんだ!

「いっそ国外逃亡でもしたいぜ」
「高飛び」

顔の売れているかもしれないこの国を捨てて。ニート、世界へ――。
どうやれば国外脱出が叶うのか、方法はさっぱり分からないが。分身に筏でも曳かせるか? ふむ、……いけそうな気がしてきた!

『流石にそれは無茶ではなかろうか――』

ん?

左右を見回す。そうすると真似てオーフィスも見回す。
だが周囲に居るのは新年会に興じる分身達くらいのものだ。そこ、自分同士でレクリエーションのフォークダンスとかやめて。見てて居た堪れなくなる。そしてそっちの分身も、テンション上げて服を脱ぐな。あんまりやり過ぎると しまっちゃうおじさんになるからな、俺。

変態に掣肘を加えて。けれどやはり、他には何も無い。

「また幻聴か」

怪獣と出会って以降、時折耳鳴りがするのだ。やだなぁこういうの。
耳掃除とか徹底的にした方が良いかもしれないな。或いは現状を鑑みれば、お祓いの類かもしれない。

気を取り直してネトゲに目を戻すが、裾を引っ張るオーフィスの手に阻まれる。おう、どうした相棒。

「少し黙る」
『ちょ、やめ――』

お、おう?
珍しく文句を口にしながら、俺のブレスレットをぺちぺち叩く。何やってんのお前。
一頻り叩いたら満足したのか、オーフィスはゲームに視線を戻した。何だろう、思春期なのかな。てっきりこのブレスレットがお気に入りかと思っていたのだけど、一体何が気に食わなかったのか俺にはさっぱり分からない。
女の子ってむずかしーわー。とか考えながら、俺もゲームに意識を戻す。レア出ねぇな。

……思えば色々とあったものだ。両親が亡くなり伽藍とした我が家に風変わりな居候が増えたかと思えば、何故か分身の術を体得して。日常の一切を分身に任せニートになってのんびり過ごしていた筈なのに、今ではこんなどことも知れない街の片隅でネトゲをしている。

ああ、だけど後悔は無い。悲しいことも許せないこともあったけど。
けれど!
今を過ごす俺は、間違いなく幸せなのだから――!

「フラグ」
「え? なんだって?」

オーフィスの呟きに聞き返す俺の、視界の端を『霧』が過ぎる。
生きているかのようなその奇怪な動き。部屋の壁や天井、床に沿うように踊る霧が空間の全周を覆うと、どこか熱く、冷たい声が耳朶を打つ。

「ようやく見つけたぞ、『無限の龍神(オーフィス)』」

異様にギラ付いた目をした、中国っぽい中国風な中国男が、光り輝く『槍』を手にそう言った。
霧に包まれた部屋の中、集団阿波踊りを踊る分身達に囲まれて。未だゲーム機から視線を上げもしないオーフィスに向かって。突如現れた不審者が堂々と告げる。

「最早 組織と名乗るにも憚られる小集団だが、この窮状を覆すためにも。我ら『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップたる貴女を、迎えに来た」

……。

え? なんだって?



○ニート1号
栄えある1号。お迎えが来たけど正直目の前の男が誰なのかさえ忘れている、テロ集団の旗頭(本当)。
御節では甘いものばかりを食べるタイプ。
2号が『無限』に至るためのツールである神器はともかく、その中身には欠片も執着しない、薄情系ドラゴン。なので内部からの声を幻聴扱いして嫌がる2号のために折檻するくらいは普通。
禍の団はこいつが失踪したせいで瓦解し、その影響で今冥界は凄い事になっている。

○ニート2号
不滅の2号。必殺のドラゴン波によってここ最近の気鬱を吹き飛ばした、割と何処にでも居るフラグ建築士(準二級)。
食費を心配する余り分身を食料と見なしかけた、薄情系人類。脳味噌が悪い意味でドラゴン並になりつつある。節約のため、分身達の食事は配給していない。どうせ復活するからね。
ここ数日で幻聴が聞こえるようになったのだが、それは神器との繋がりが強くなった証拠。でも幻聴レベルということから、その強度はお察しの通りである。だがその か細い繋がりのお陰で封印されてる誰かさんの寿命が延びた。
こいつがキャラに似合わないあからさまなフラグを立てる事によって、この物語は最終章へと突入する。



[38213] 第七話 もう何も怖くない
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/13 00:10
オーフィスにお迎えが来た。

なので「捨てないでー!」と泣いて縋った。分身達が。

お前らどれだけオーフィス好きなの? ガン泣きするほどなの?
いや、俺も今更オーフィスが居なくなったら、嫌だけど。すっごく嫌だけど。本当に嫌だけど。泣くほどじゃないぜ? 本当だぜ?

ただ、迎えに来た妖しげな中国さんがすっごい暗い目してるのが気になる。あれ絶対何人か殺ってる目だって。俺の完全な思い込みと言いがかりだけど。次の犠牲者にオーフィスの名前が載るっていうなら、俺も断固として邪魔してやろう。

――そう決意した数分後。
俺達は新しいお家に居ました。やったね!

「何か重要なイベントがあった気がしたが、そんなことはなかったぜ」
「ソファ、ふかふか」
「すげえっ、この部屋電気通ってるぞ!」

思わず部屋の灯りを付けたり消したりしてしまった。実に文化的な絡繰である。素晴らしいですぞ。備え付けのキッチンにもちゃんとガスが通っている! ッパネェ! ここを我が第二の故郷と定めようではないかっ!
フハハハ――ッ!

「……今まで一体どういう生活をしていたんだ、君らは」
「てへぺろ☆」
「……、変わった神器だな。いや、禁手か?」

分身一号相手に何やら話している中国さんだが、気をつけた方が良い。一号はうざいからな。本当にうざいからな。

俺にはさっぱり事情が分からないが、中国さんが言うには今日から此処に住めという事らしい。マジでか、どこのボンボンだよこいつ。部屋に電気やガスが通ってるとか、ブルジョワ過ぎる。水道の蛇口捻ったら水が出るんだぞ!? おかしいだろがッッ!!

家具だのキッチンだの、生活に必要な一切が全て揃った広い一室。ドアが二つあり、開けてみればトイレと風呂まで付いている。窓は無い。俺達に引き篭もれと言わんばかりの楽園である。もう此処に骨埋めようかな。

「へーい!」
「へーい」

オーフィス共々、ふっかふかのベッドにダイブする。ふっかふかやぞ! 遠い昔、かつて俺が住んで居た自室のベッドとは比べ物にならない高級品な気がする。家具の良し悪しなんて全然分からないけど。

「はは、気に入ってくれたようで何よりだよ」

爽やかに笑う中国さん。いっそ様付けでもするべき この高待遇。一体オーフィスは彼に対して何をやらかしたのか。どんな悪事を働けばこんな部屋をぽんと与えて貰えるのか、是非ご教授願いたいものである。切実に真似したい。

唐突に現れたこの不審者に いつ分身を嗾けるべきかと悩んではいたのだが、杞憂だったようだ。オーフィスとはこれでお別れかと悪感情を抱いていたのは俺の考えすぎだったんだ。親切な人じゃないか。
今はただ、――嫌な目してるなぁ、とか思うだけである。

「今は少々立て込んでいてね。こちらが落ち着くまでは、申し訳ないけれど、この部屋で過ごして欲しい」
「望むところだ!」
「望むところ」

そんなやり取りに笑って、『霧』に包まれ姿を消す中国さん。イリュージョンすなぁ……。
結局最後まで彼の片手から『槍』が離れることは無かったが、現状にいっぱいいっぱいの俺には関係無い。きっと思春期特有の病を拗らせているのだろう。お大事に。

ベッドの上で寝転がると、オーフィスが背中に乗ってきた。空調のお陰で暑くも寒くも無い。
うむ。あの廃墟とは比較にならない、快適過ぎる環境だ。ここなら寒さで風邪をひく心配もしなくて大丈夫だろう。
しかし俺が此処に居ても良いのだろうか?

「……駄目?」

駄目じゃない。元々暮らしていた家よりも良い部屋だ。だけど居て良いかどうかを決めるのは俺じゃない。
中国さんに御呼ばれしたのはオーフィスだけだ。それくらいは分かる。むしろ何故俺の存在を追及もせず、一緒に連れて来られたのかが分からない。面倒臭そうな二人の会話を聞き流してネトゲしてたらいつの間にか此処に居たし。

もぞもぞと俺の背中で身体を動かすオーフィスに、顔を掴まれる。
そしてうつ伏せのまま上げた顔に、黒いニョロニョロがグイグイ押し付けられた。なんでや。

「我の『蛇』、食べる」

なんでや!

俺、今 一年ぶりにシリアスやっとったやないか! グレートがどうとか、キュー魔王派がどうとか、ネトゲやってる横から色々聞こえてきてたから俺なりに真面目に考えたんやないか!
というかお前ってマジでドラゴンなの? リアル神龍(シェンロン)なの? 願い叶えるの?

「ギャルのパンテ――」
「カノッサの屈辱!」
「ぐぼぁっ!」

分身一号と二号が何か遊んでいたが、うるせえ!とだけ怒鳴って放置する。あいつら分身の中でも特別面倒臭いんだよな。変態と厨二病のコンビで。あれが俺の分身とか、ねーわー。マジねーわー。

でだ、オーフィス。真面目な話なんだけど。
……オーフィス?

「……寝ていやがる」

枕元でぴちぴち跳ねるニョロニョロだけを残して、人の背中の上で眠っていた。亀の甲羅干しみたいに。
お前がそこで寝ると、俺が動けないんだけどね。だからどうにか退かそうとしたら、部屋に居る分身達が揃って口元に人差し指を立てて「しーっ」ってしてた。相変わらず、俺よりオーフィスを大事にする畜生共である。別にいーけどさー。

暇なのでブレスレットを摘んでニョロニョロに押し付ける。そうすると、黒いのがどんどん輪っかの金色に溶けていくのだ。ホントなんなのこれ、ホラーだろ……。オーフィスさん、せめてこれの説明だけでもしてくれませんかね。ドーピング疑惑あるよ、このブレスレット。

『ら、らめぇ……っ』
「また幻聴かぁ」

ひょっとするとこれも何かの不思議現象なのだろうか。異星からの毒電波とか。
いい加減、俺もそういうのがあると認めてはいるのだ。俺の上で寝てるニートがドラゴンとか、そこはすっげー嘘臭いけど。現実に廃墟からこの部屋まで一瞬でテレポートしたからな。あの『霧』が臭いとみるぜ、俺は。
ともあれ此処ならオーフィスものんびり過ごせるだろう。多分、俺も含めて。

胡散臭い事態の連発で、あの中国さんの事も今一つ信用ならないのだが、大丈夫だ、問題ない。そこは小さいオーフィスよりも、年上の俺が気を付ければ良い話だ。幸い分身バリアーもあるからな! オーフィスと俺を守るくらいは余裕だろう。まぁ見てな!

そんな感じに現状の安全性を確認して、全身の力を抜く。パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ……。なんだか、とても眠いんだ……。

おやすみなさい……。

「ウェーイ……」
「ステンバーイ……」
「ステンバーイ……」

無駄に間を取るからと数を減らした分身達の密やかな応答を耳にしながら、眠りに付く。
ゆっくりと沈んでいく意識の中、背中のオーフィスの体温だけを感じていた。

この時の俺は。
まさかあんな事になろうとは、思いもしなかったのです。
本当に、思いもしなかったのです。



○ニート1号
栄えある1号。ニートさえ出来れば何処だろうと関係無い、怠惰の化身。
実はグレートレッドとか禍の団の問題に2号を関わらせてしまった現状に もやっとしている最強ドラゴン。
こう見えて、割と今の状況に迷いを抱いていたりする。

○ニート2号
不滅の2号。あからさまに監禁されているのに全く気付いていない、鈍感系主人公。
死亡フラグを立てる事に秀でた才を見せる、準二級フラグ建築士でもある。
未だに天使や悪魔などの裏事情を正しく知らない、一般人(笑)。



[38213] 第八話 偉大な人間には三種ある
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/14 00:13
目を開けば、視界全てを埋め尽くす巨大なタタリ神が居た。

っぎゃああああああ! ばばば化け物おおおおおおお!!
いやあああああああ! 誰かあ助けてえええええっ!

『むむむ。失礼な宿主め! あっ、……いや、まぁ確かに見た目は酷い事になっているが。余としても不本意なのだぞ! 本来はもっと優美な蛇体を拝ませてやれたのだが……なぁ』

無駄に可愛らしいアニメ声しおって。ビジュアルで損するタイプかテメエ! やっ、やんのかオラァ!?

『そこまで怯えられると傷付くぞ……、ではなく。宿主よ! 現状は理解しているか?』

あ゛ー? 宿主とか、やめてよね。俺の中にお前みたいなウゾウゾしたのが寄生してるみたいに聞こえるじゃないか。きもい。

不平不満を遠慮無く飛ばしつつ、周囲を見渡す。
気が付けば黒い海の上に立っていた。

いや、海じゃないな。何これ。やばいくらいキモイぞ。オーフィスのニョロニョロが視界下方の全てを覆って、俺が立っている場所だけが動きを止めて大人しく俺のための地面を演じている。そこ以外はわらわら動いて目の前のタタリ神に向かっていく。食うのかアレを。

『き、きもいのか。余はきもいか……。うっ、ううう、とにかく! 余の声は聞こえるのだな!?』
なんでお前泣いてんの?
『泣いてないぞ!』

酔っ払いが酔ってないと言い張るレベルの説得力である。
あと、余り 身を捩らないで欲しい。見上げるような巨体が震えると、下に位置する俺に向けて無数のタタリ神が――じゃなくて、これもあいつのニョロニョロじゃねえか。なんでお前こんなにくっつけてんの? 全身が砂場に落とした磁石みたいになってるぞ。

……いやお前、何で疑問を呈しただけで震えてんだよ。

『いやじゃー…、もうニョロニョロはいやじゃあ……。助けてえ、余を助けてよう……!』

えー。
俺みたいな一般人・オブ・一般人に言われても……。妖怪ポストにでも頼めよ。多分管轄内だろ。

『もう宿主しか居らぬのだっ! 見よこの身体! 鱗も牙も、余の七つ首も! ほとんど全てが取り込まれて最早戻って来ないのだ!!』

えー。

ていうかお前七つも首あったの? どう見ても一つしか無いじゃん。見栄張るなよ。頭なんか沢山あったって自慢にならないぞ? どこの辺境部族の価値観だよ。ポケモンの進化形じゃねーんだからさ。

うーうー唸るな。……まったく。
俺に何をしろって言うんだよ。言ってみろ。

『おおっ! 流石は余を宿すほどのオノコよ! もしも余がメスならば即座に交尾に移行して卵を孕んでいるだろう気風の良さだな!』

気味悪いこと言うなよタタリ神の癖に。ていうかお前、オスの癖にぴーぴー泣いてたのか。やーい、お前の母ちゃん金平牛蒡~。

『ふふっ、性別は無くした! そこら中に居るニョロニョロ達に、余を構成するモノは殆ど食べられてしまったからなっ! 余は最早 自分の名前も思い出せぬのだ!』

お、おう……。その、ごめんなさい。
俺ってばちょっと無神経だったね。うん。よく分からないけど、原因だろうオーフィスは後でちゃんと叱っておくからさ。あ、あと俺に出来る事ならなんでもするんで。ホントなんでもするんで。ご、ごめんな?

『む? なにゆえそこまで卑屈になるか。宿主はちゃんと余の呼び掛けに応えて神器の最奥まで来てくれたではないかッ! まったく、よもやここまで焦らせおるとは、余の想像をたやすく超える伊達男よな!』

……せ、せやな。

まぶしい。見た目完全にリアル・タタリ神なのに、なんでこいつはこんなにも眩しく見えるのか。
呼び掛けって何ですか? とか聞けない。言ったら絶対泣くだろこいつ……。何なの此処、黒いニョロニョロの蠢く光景にはどこかデジャブを感じるけど、俺って何をどうして此処に居るの? でも聞けない。聞いたら意図せず迷い込んだって悟ったこいつがどうなるか分かり切っている。
今までこういう状況を分身に押し付けてきたのが俺なのだが、今は手首にもブレスレットが見えない。夢なのだろうか。夢だとしても、こいつはちょっと放っておけない。罪悪感すげえもん。

――さあ、俺は何をしたら良い?

『うむ! 知らぬ!』

ぶん殴っぞテメエ。

『ぴ!?』

こんな明らかに質量超トン級のニョロニョロ達を俺にどうしろっつーんだボゲェ! 助けろっつーんなら方法ぐらい用意しとけぇ! こちとら一般人だっつってんだろがッ!

『う、うえぇん……。だってえ……っ』

だってじゃねえ! ゆとり世代舐めんなッ! 人に助力求めるなら最初っからゴール用意しとけやァ!!

『ご、ごめんなさい』

ちっ。
帰りてえ。無性に帰りてえ。夢の中で寝たら目が覚めるんだっけ? 試してみたいけど、地面らしき所は全部ニョロニョロで埋まってるから恐え。寝たらそのまま飲み込まれたりしないかな。オーフィスのなんだから大丈夫か?

『し、しかし宿主も窮地に居るではないかぁ……』

あーん?
きゅーち? ああ、ピンチ? 何が?

『あの怖い槍で穴を開けられ、風前の灯であろ?』

やり? あな? んん? おまえは何をいってるんです?

……。
あ。
やべっ。

――俺死んでんじゃね? これ。

『いや、即座に意識が此処に落ちて来たのだ。宿主はまだ生きておる。命数が尽きたならば余も宿主と共に在る事は叶わぬのだ、つまりこうして顔を合わせているという事は、未だ宿主の魂魄が現世に留まっている証!』

なるほど。わからん。

そんな事よりオーフィスがやばいんじゃねーのか。なんか、こう、……あれだ。人気も印象も薄い癖に持ってるスキルだけはえげつない中ボスみたいなビジュアルのアレに捕まってたし。ンバッて。ヨッシーかよアイツ。じゃあ捕まったオーフィスが卵になってアレの尻から出て来んの? 大丈夫かオイ。

『……あの化け物の心配か。余は気に食わぬ。あの黒いの、此処をこんなにニョロニョロまみれにしおってからに!』

やっぱり此処ってオーフィスのせいでこうなったんだな。予想通り過ぎる。

でも俺はあいつを見捨てたくないのだ。あいつには本当に世話になったんだ。
オーフィスが痛い目に遭うのも、酷い目に遭うのも、嫌だ。あいつが本当に危ないというのなら、それを俺が無理してどうにか出来るなら、十や二十の苦労は受け入れられる。それだけは本気で言えるぞ。

『……。余は、余を助けてくれるなら、良い』

じゃあ助けてやる。
どうすれば良いかなんて分からないけど、それでどうにかなったら、お前も協力しろ。

『うむ! 余は宿主の『神器(もの)』であるからな!』

うむ。でもその言い回しはやめてくれませんかね。響きが不穏過ぎる。

『間違ってないぞ?』

そうですか。とりあえずスルーしておこう。
それじゃあ頑張ってみるか。分身居ないから俺とお前だけで頑張るしかないけど、どうにかしないとな。このまま死ぬのも嫌だしな。
ああ、それと――。

『む?』

オーフィスは『化け物』じゃないぞ。だから、もうさっきみたいな事は言うなよ。

一拍の間を置いて、酷く愉快気な笑いが空間に響き渡った。無茶苦茶うるせえ。あとニョロニョロ落ちてくるから動くなっつったろ。

さて。
――大見得切ったはいいが、どうしようかね。



○ニート1号
栄えある1号。いつの間にか幕外でピンチに見舞われている、この物語のヒロイン(笑)。
今回は内面世界のお話なので一回休み。今現在、冗談抜きで生命の危機に陥っている。

○ニート2号
不滅の2号。遂に神器内部の存在との交信を果たした、この物語の主人公。
分身達が1号に甘いのは、本体である2号の精神を反映しているから。自分と同じ顔の野郎よりニート系美少女を選ぶのは実相世界の絶対法則。つまり2号は分身に文句を言う前に己の価値観を矯正しなければならない。

○中の人
神器の中の人。敢えて呼ぶなら悲運の3号。
2号の所有する神器に封印されている多頭の『龍(ナーガ)』。多分封印という形で括られていなかったらとっくに滅ぶレベルの被害を受けている、悲運の存在。昔はぶいぶい言わせていた気がするが、その頃の記憶も既に『蛇』によって喰われている。



[38213] 第九話 そげぶ
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/15 00:11
新たな住居を与えられ、しばしの時が過ぎた。

家具は上等で部屋の間取りも広く、冷蔵庫の中身さえ気が付けば補充されているという至れり尽くせりの状況に、俺もオーフィスもヘブン状態と言って差し支えない。
最低限の掃除と食材の調理さえ行えば良いので、俺の分身達も普段はボンバーマンの数合わせくらいにしか使わない。夜逃げを敢行した当時を考えるとどうにも拍子抜けではあるが、ニートとして満たされた生活だった。

「――そう。そんな貴女は要らない。だから『代わり』を用意するんだ」

満たされた生活、だった。

定期的に訪れていた中国さんが、『霧』と共に部屋へと現れた。
彼が傍らに連れた眼鏡の男が召喚した、メガテンに出てきそうな怪物にオーフィスが捕まり。状況に着いて行けず呆けていた俺に向けて――。

突き出された『槍』を遮ろうと飛び出した分身ごと、刺し貫かれた。

「残念だがこの一月で君の神器の能力は知れている。その応用性は計り知れないが、性能的には俺の『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』を抑え込むどころか対峙する事さえ叶わない」

――素手でも良かったのだが、そこは君への手向けと受け取って貰いたい。

笑いながら告げる中国を見て、今更ながらに状況の危険性を垣間見る事が出来た。
本当は、今も何が起こっているのか分からない。目に見えるものだけで満足していた俺は、必要が無いのだと思い、何も知ろうとしなかった。オーフィスの事情も、目の前の男の名前さえ。
ただ、こいつの目が尋常じゃない事くらいしか分からなかった。

「制御できないのは良い。だが行動の予測さえ出来ない強大過ぎる存在など不要だ。それを助長出来る君もまた、厄介だった」

やはり…私は…間違って……なかった…。

「もっとも、その結果『禍の団』から真っ先に離脱した旧魔王派は存外良く踊ってくれたよ。まさかその結果が三陣営の和平とは驚いたが。あそこまで多方面に波及すれば流石に――」

が……ま……。

「お陰でハーデスとのパイプが出来た。その末が今のこの状況だ、感謝しよう。ああ、――そういえば君の名前は何だったかな?」

一人 揚々と語りながら、黒い球体に包まれたオーフィスを助けるため中国野郎に立ち向かう分身達を『槍』で薙ぎ払う。
そんなに鬱憤が溜まっていたのか中国よ。お前の話す内容は殆ど理解できないが――。

お前が俺とオーフィスに悪意を持っている事くらいは、分かる。

『Increase!』

最早 見慣れた黄金光。
今までは派手な色だとしか思わなかったその色が、今は煌びやかな輝きとして目に映る。

「……監禁した初日にオーフィスの『蛇』を一匹、与えられたのを見た。だから或いは初撃を凌げるか、なんて想定はしていた、だが」
「ごちゃごちゃと五月蝿いぜ、中国。ああ、――そういえばお前の名前は何だったかな?」

分身が部屋を埋め尽くした。床は勿論家具の上にも、壁や天井にさえ張り付くように立ち尽くし、『槍』を持った中国を睨み付ける。
視界の端でオーフィスを捕まえた球体に触れた分身が、全身を金の燐光に還しながら消滅していった。いや、何やってんだお前ら。ここは精一杯格好を付ける場面だろうに。そのザマは出オチ過ぎるぞ。

『ペロ。こ、これは……龍殺し(ドラゴンスレイヤー)! ――勝手だが汚染された分身を処分するぞ、宿主!』

タタリ神が言っている事の意味は分からないが、別に絶対数の内 百や二百の分身が減ったところで何の問題も無いからいいんじゃね?という事で遅蒔きながら許可を出す。

ついでにそこの胡散臭い眼鏡野郎も叩き潰そう。
謎の召喚術師に関して分身に指示を出すと、俺自身は前へ踏み出した。

「ゲオルク!」

残念だけど、ゲオルク君は『転校』しちゃったんだ。ドナルドにもどうにも出来なかったよ。

「くくく、祝福と滅びの狭間を抉れ……!」

相変わらず意味の分からない分身二号は捨て置くとして。――おい、デュエルしろよ。

眼鏡の名前を叫ぼうとも、欠片も視線を逸らさずに俺を睨み付ける中国。だが、腹が立っているのはこっちの方だ。危うく臨死体験するところだったんだぜ。
あのタタリ神と一緒に、単行本に直すと二巻分くらいの大冒険の末ようやく現世へと帰還した俺に、少しだけお前の時間を割いてもらおう。

「……せめて、もう少し君の力を見定める機会を設けるべきだったか。そこは素直に反省しよう」
「やっても同じだったと思うぜ? お前じゃラスボスにもなれねえよ、どうにも三下臭いからなあ」
「俺が重要視したのは、こちらの『準備』が終わるまで『無限の龍神』が目の届く場所に居る事だ。君はそもそも数にさえ入っていなかった」
「その員数外の俺が言ってやろう、――ざまあ」
「いや。――まだ終わっていない。笑うのは早いさ」

相手の手の内で『槍』が輝いた。並んで、俺の手首で小さな輪状の『王冠』が緩やかに燐光を放つ。

「『槍』よ――!」
「殴り潰せ、俺の『首(ぶんしん)』共!」

吼えるが早いか、同時に飛び出す。

駆け出した分身が『槍』の一振りで複数人 殺されていく。散った黄金光を『王冠』に帰還させるより早くまた別の分身が飛び出せば、『王冠』内で待機していた分身を生成する端から一呼吸ごとに散らされた。ならばと更に数を補充していく。

『Increase!』

そもそも一突きで殺された本体(おれ)の分身が、多少 数を増やそうと中国に敵うわけが無いのも分かっている。
次から次へと、文字通り息つく間も無く攻め込ませるが、互いの実力差を認識する以上の役には立たない。攻撃の切れ目も見えない体捌きと、何の抵抗も無く分身を貫き引き裂く御大層な『槍』。なんだよあれ、伝説の武器か。卑怯過ぎる。

ああしかし、よく分かった。
――こいつを上回るなんて、俺には無理だ。

「――見えているぞ。いくら分身に紛れようと!」

真っ直ぐに駆け出した。
俺を前へと進ませるために、一心不乱に中国を襲っていた分身達の動きが僅かに、乱れる。
その隙を。俺にはこの人数差の戦場でどうやれば見出せるのかも分からない極小の隙を、目の前の男は全力で切り拓いた。

身体ごと『槍』を振り回し、周囲の分身を殺し尽くす。
全身の捻りと共に迸る輝きが、更に殺す。
空いた空間を利用してこちらへと向けられた『槍』の切っ先が開くと、視界が白に染まった。

貫かれるなんてものじゃない。直線状の全てが消し飛ぶほどの――。

「痛えだろうがッ!」
「なに!?」

腕を伸ばす。
部屋の一角を巻き込んで消し飛ぶ分身達。その残滓たる黄金の霧の中を真っ直ぐ突き進み、ようやく俺は、目の前の阿呆の襟首を掴み取った。

「馬鹿な、あれを耐えられるわけが――!」
「耐えてねえ! あの一瞬だけで多分五十回ぐらい死んだぞボケエ!」

視界が金色に染まってよく見えない。
吹き飛んだ眼球の再生成がまだ済んでいないのだ。声が出せるだけ運が良い。こいつを捕まえるために左腕だけを先に創り上げて、喉から下は肺や背骨、腰骨、両脚の基礎だけを取り繕って、足りない部分は金色の光で埋めて間に合わせている。

耐えていない。分身を数十人貫いても余裕で部屋の一角に大穴を開けてしまえる馬鹿げた攻撃、俺に耐えられるわけが無い。ならば逆転の発想だ。

――死んでも生き返れば問題ない。

「馬鹿げている……っ!」

おいおいそんな目で見るなよ糞野郎。傷付くぜ畜生め。口に気を付けろよ塵虫が。

周囲に沢山の分身が居たお陰で、目眩ましには事欠かなかった。お前が殺し過ぎたせいで視界前方は黄金一色だったろう? 期待通りだ。充満する分身達の生命の霧で気配も何も嗅ぎ分けられなかった筈だ。

生まれた間隙は僅か一、二秒。お前は俺が見えない。だけど俺には、――この部屋にまだいくらでも『眼(ぶんしん)』が居るんだ。

あっちで眼鏡をリンチしている奴らでも良い。手持ち無沙汰にオーフィスの囚われた球体を囲む奴らでも良い。そいつらが視たものなら、俺にそれを伝える事が出来る。
最初から、お行儀の良い一対一の決闘なんかしてないんだよ。

「このッ、化け物め。お前なんぞに!」

知った事かと再生成の終わった右腕を目一杯振りかぶる。
罵声と同時に胴体を『槍』で貫かれ、続いて吐き出された光でまた身体が崩壊していく。
心臓も腰骨も塵と化し、目が見えなくなっても右腕だけは無事だった。
だったらそれで充分だ。

『Increase!』

周囲にもう一度分身を敷き詰め、俺と、俺の目の前の男を取り押さえさせる。
相手の位置さえしっかりと固定できれば、あとは俺が殴るだけ。身体の足りない部分は分身達に支えさせて補う。どれだけ暴れようと、取り押さえる分身を殺そうと、この距離ならもう逃げられない。

「俺は『英雄』曹操だ! まだ何もっ、まだ、俺は! こんな所でェ――ッ!!」

人が珍しく頑張っているんだぞ、ここらで終わっておけよボケナスが。

「『英雄』如きが、俺達の邪魔をしてんじゃねえよ」

全力で突き出した右拳が顔面を撃ち抜いて、押さえていた分身ごと、男一人を殴り飛ばした。

部屋の壁に叩きつけられ、幾度か床で跳ね返った後に動きを止める。
首から上は真っ赤に染まり、血溜まりを広げながら転がる様は死体そのものとしか思えなかった。

「……やり過ぎたかな」
「いいんだよ」
「グリーンだよ」
『うむ! 素晴らしい!』

分身とタタリ神が俺の行いを肯定してくれるが、一時の感情で全力振り絞った俺としては予想外過ぎる結果である。
これで中国が死んだら殺人罪だ。……いや、正当防衛に入るのか? あいつのせいで一度、明らかに死んだからな。俺の心臓真っ直ぐ突いて殺してきたからね、あいつ。
じゃあ良いのか。

「いいんだよ」
「グリーンだよ」
『うむ! 大金星であるな!』

そういうことにしよう。

向き直ると、眼鏡くんを襤褸雑巾にした分身達が凄く良い笑顔で汗を拭っていた。空調効いてるから汗出ないんじゃないかな。単なるポーズかアレ。

状況が落ち着いたところで例の変な、オーフィスを捕まえていたヨッシーみたいな奴が消えていく。
召喚者が気絶したからだろう。ゲームでもそんな設定は多いからな。
中国との喧嘩の前半部も、結局はあの眼鏡くんを叩き潰すための時間を稼ぐ意味合いが大きかった。時間稼ぎだけでなくそのまま勝てれば言う事は無かったのだが、そこは結果オーライで。

ヨッシーが消えれば、当然捕まっていたオーフィスも開放される。――見たところ怪我も無い。
歓声を上げる分身達を放って、歩を進める。すごく長い間離れていた気もするが、無事だったのなら良かった。本当に良かった。
自由になったというのにその場で俯いたままのオーフィスは、相変わらず寝癖だらけで黒ジャージである。

どうした、元気無いな。

「我、『無限』じゃなくなった」

ふーん。
よく分からん。
分からんが、別に良いんじゃねーの?

「何故?」

ふ。
そんな事も分からないなんてまだまだだな、お前は。

「引き篭もるのに、『無限』なんて必要無いだろう?」
「――! ……至言」

そうだろうそうだろう。
驚くオーフィスなんて初めて見た気もするが、そんな事を指摘するなんて無粋過ぎる。

さあ、とりあえず此処から逃げようぜ。このまま留まっていると、俺が殺人罪でしょっぴかれ兼ねない。
冷蔵庫から日持ちしそうな物を見繕って、家具もいくつか運び出そう。あって困るものじゃない。そしたら――。

また何処か探そう。のんびり暮らせる場所を。

「うん、一緒」

ああ。

オレ達は ようやくのぼりはじめたばかりだからな。この はてしなく遠いニート坂をよ……!



○ニート1号
栄えある1号。『無限』じゃなくなったけどニートだから問題ないよねっ。――という結論に達した、伝説のドラゴン(自称)。
時間の関係で、奪われた『力』はおおよそ半分ほど。でも再び必要になるまでは取り返そうともせず、放置する気満々である。そのせいで世界は未曾有の危機を迎えるかもしれないが、ニートだからそこまで考えない。
とりあえず向こう数万年は今の生活で良いと思っている、時間感覚のおかしい寛大な幼女。
現状でも、片手間で各神話の主神クラスを滅ぼせる力がある。

○ニート2号
不滅の2号。『龍の手』で『黄昏の聖槍』を打ち破った、ごく普通のニート(自称)。
『聖槍』で破壊された肉体は全て分身と同じ要領で再生成され、それに伴って肉体的にはほぼ十割ドラゴンとなった。だが本人は無自覚である。未だに自分の事を『ちょっと変わった特技を持つ普通の人間』だと思っているが、ここまで来ると妄想の域。
神器に封じられていた『龍』から不死性や暴力性を取り込んでいるので色々な意味で強くなった。『龍』からの助命の対価というよりも、神器の制御の成果。無数に居た1号の『蛇』も既に2号の一部となっている。未だ完全に使いこなせていないが、成長すると凄い事になる。
本気を出せば国一つ滅ぼせるけど、面倒臭いからニート。

○中の人
悲運の3号。2号の活躍で命を繋いだ、黄金に輝く蛇の王(自称)。
神器内の混沌は沈静化し、失われたモノは一切戻ってこないが、これ以上悪化する事も無くなった。
現在は2号の片腕くらいの大きさの金色の蛇の姿で纏まっている。2号が頑張れば分身の身体を与える事も出来るが、外に出ると1号と顔を合わせなければならないのでビビって出てこない引き篭もり。

●2号の神器(セイクリッド・ギア)
禁手『無限頭の黄金蛇王(ナーガラージャ・オブ・ナーガラージャ)』。
元はありふれた神器である『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。禁手化した際の形状はナーガ王の装飾品である王冠。でも手首に嵌るくらい小さい。そのサイズは所有者の格を示しているとも取れる。
封印されていた七つ首の『龍(ナーガ)』と『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』の影響によって発現した亜種。2号の意思が一切反映されていない禁手。
所有者のコピーを生み出す『多頭龍』の体現であり、『無限』の模倣。
分身の性格は所有者の精神の多面性を写し取っている。変態だろうと厨二病だろうと、どれも2号の一面に過ぎない。つまり過労死も2号の可能性の一つ。
所有者と『龍』との繋がりが強化され、分身との感覚の共有が出来るようになった。
名前に反して、未だ『無限』には遠い。



少し先の、ある日の事。

「う~、おっぱいおっぱい」

頭のおかしな呟きを漏らしながら通学する男子学生を横目で見送りつつ、朝食のアンパンを齧る。
隣に座るオーフィスは、先の変態男子学生を目で追っていた。どうした相棒。

「ドライグ」

ぽつりと呟いたきり、自分用のアンパンに齧りつく。
ふむ。知り合いだろうか。しかしこいつの知り合いってどうにも嫌な前例があるからな。関わりたくない。

空を見上げて、もう一口パンを齧った。
俺も順当に高校へ通っていたら、もう二年生だったんだよなあ。そんな事を考えて、春の陽気に頬を緩ませる。

「ハイスクールD×D、はじまります!」

唐突に出てきて奇声を上げる分身を蹴り飛ばして、吐き捨てる。

――ハイスクールとか、行きたくねえっつーの。


ハイスクールN×N おわり



~あとがき~

実は原作前です(挨拶)。
旧魔王派の奮闘から波及して三勢力の和平が結ばれていたり、曹操とゲオルクが生死不明だったり、色々と原作崩壊していますが原作ファンとしてきっと何とかなると信じています。

最終話の「う~、おっぱ(略」のために書き上げました。
今作はここで終了です。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。



[38213] AFTER ハッピーパウダー250%
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/17 00:10
兵藤一誠は歯噛みしていた。

――俺は、なんでこんなに弱いんだ!

そう嘆く彼は『悪魔』である。
少々込み入った事情の末に人間から悪魔へと転生した一誠は今、夜空の下で必死に努力していた。

悪魔である彼の『主』となったリアス・グレモリーは優しい女性だった。あと乳がでかい。
彼と同じくリアスの下僕である、眷属仲間達とも馴染めてきたと思う。そして美人が多い。
少しだけスリリングで、とても楽しい時間だった。だからそれを引き裂くものがあるというのなら、抗うのもまた当然。

僅か数日後に訪れる、主リアス・グレモリーの未来を決める一戦。
勝てば将来の自由を得る。だが負ければあの美しい主は、彼女自身の事を見もしない、あのいけ好かない男と結婚する。

気に喰わない。許せない。ならば勝たねばならない。だが、――兵藤一誠は弱かった。

自身と同じリアスの眷属である他の誰よりも弱い。堕天使と争いながらも命長らえ、後に悪魔として迎え入れられた理由たる神滅具『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を有していようと、己自身の弱さは誤魔化せない。
こうして日付が変わった後もずっと身体を苛め続けているが、こんなものが何の役に立つのか。

己の中の弱気に膝を折りつつあった彼の耳朶を、玲瓏たる声音が叩いた。

「くくく、天を支配する銀月の煌きに、己が無様を晒すか……!」

弾かれるように視線が走る。
そこに、居た。

聖銀を溶かしたかのような柔らかな銀の頭髪。あの瑞々しい浅黒い肌にこそ映える、表情豊かな月の色を思わせる蒼と金の双瞳。女好きを標榜しイケメンを唾棄する一誠でさえ息を呑む、その麗しき美貌。

「あんたは、――Zwei(ツヴァイ)!」

兵藤一誠が悪魔へと転生した切欠、アーシア・アルジェントとの運命の出会いと、彼女を救うために駆け抜けた数日間。その全てを共に戦った、一人の男。

『ふ、……Zwei(ツヴァイ)と。そう呼べ、戦友(とも)よ』

全てが終わり、一誠とアーシアの生命の保証が得られたその時。
喜びを分かち合おうとその姿を探す二人の前から忽然と姿を消した、――戦友。

「無事だったのか!」
「是。この身は不滅。かの『聖槍』とて滅ぼせぬさ」

ドヤ顔で語る姿さえ美しい。相も変らぬ奇矯な物言いに苦笑を零しつつも、再開の喜びに頬が緩む。
だがそんな感傷は許されない。いつだって、この輝くような男は一誠に厳しかったから。

「脆弱な有様だな。腑抜けたか、戦友よ」

突き刺すような視線だった。
己の弱さを全て見抜かれているような、人間であった最後の数日間に味わい慣れた、涼やかな瞳。

「……ああ。いや。負けたくないって思うんだ、でも」
「非才の身か。成程、言い訳としては有り触れるがな」

才能が無いというのは言い訳だろう? そう言われて思わず怒鳴りつけたくなったが、Zweiに貶める意図が無いのは経験から分かっている。分かっている、だが痛烈な物言いだ。歯噛みせずにはいられない。
才能が無いとは言われた。神器が非凡であろうと、使いこなせなければ意味が無い。どれだけ身体を鍛えても、強くなった実感など無いままで。役立たずなまま変われない自分に嫌気が差していた。

「手を貸してやろう」
「いっ、要らねえ!」

男の意地で拒否すれば、柔らかな笑みで迎え撃たれた。

――う、美しい……ハッ!

俺はノーマルだ! おっぱい最高! などと自己暗示を必要としたが、精一杯のしかめっ面で一誠は耐え忍ぶ。その最中にも神の造形、などという言葉が脳裏を過ぎった。兵藤一誠はこの日からしばらく、男は顔ではないと思いつつも、鏡を見る事が出来なくなる。

ぐぬぬ……、と葛藤している間に、男の手が一誠の左腕にある『赤龍帝の篭手』へと触れていた。

「あ――!?」

夜の帳を、僅かに黄金が引き裂き消える。
一秒にも満たない間に消えた輝きは、一誠の目には、触れる事さえ躊躇う荘厳な貴色として映った。

「ふ。似合わんな、俺には」

そう笑って、ようやく会えた戦友が森の中へと消えていく。
だから一誠は堪らず声をかけた。

「待てよ! アーシアだってあんたに会いたがってたんだ! せめて少しくらい――」

言葉は、向けられた掌によって止まる。遮られた想いが胸に詰まり、もう一誠には何も言えなかった。

「またいずれ、――相克する螺旋で待つ」

言い捨てて、彼の姿が消えた。
やはり何を言っているのか分からない。分からないままだが。

「また会えるってのは、間違いないんだな、戦友(ツヴァイ)」

小さくも雄々しい笑みを浮かべる一誠の左腕で。『赤龍帝』の息吹が、熱く、熱く、脈を打っていた。


そして森を駆ける男、Zweiはふと足を止める。
梢の茂る一角へと視線を向けて、掌で顔を覆うと。低く、何よりも鋭い声を叩きつけた。

「きさま! 見ているなッ!」

顔を覆う側と逆の手が指差す先には何も見えない。彼の指摘には音も返らず、だが行動への無反応とは裏腹に、Zweiは酷く上機嫌な様子で再度駆け出す。
その後を追う者は居なかった。

だが。

警戒の視線と共に、その頬に冷や汗を流す影は。
間違いなく、そこに居た。

「……あれが、イッセー達の言っていた?」
「ですわね。間違い無く察知などされていなかった筈ですのに……っ」

呟きはその場に留まる二人以外には届かず、走り去る男を追う者も居なかった。


「くくく、卜占の儀 開かれる時、凱旋の笛が鳴り響く!」
「んあ。二号じゃねーか、朝帰りかよお前」
「二号、不良になった?」
「ふ、友を持たぬ者には分かるまい……」
「誰がボッチだゴラァ!」
「――ドラゴンさん達、お部屋の中で暴れちゃ駄目だにょ」



○Zwei(ツヴァイ)
 今代の『赤龍帝』兵藤一誠が歴史の表舞台に姿を現した通称『聖女事件』において、同じく名を知られ始めた、謎の存在。神秘的な風貌と謎めいた数々の言動により、その実態は底知れない。
「風は偏在する」「我らが『太母』の望む静寂(へいわ)のために」「神滅具(ロンギヌス)を持たぬ者には分かるまい」「我は『王』の有する十三万千七十一の仮面(ペルソナ)が一つ」等々、特に『太母』や『王』と呼ばれる何者かの存在を示唆する発言により、何処かの地下勢力の所属構成員と見なされている。加えて、前述の言動から現状未確認の神滅具所有者とも察せられる。
 戦闘記録は一切残されていないが、『聖女事件』において堕天使勢力を率いた幹部コカビエルと、独自の理由により戦場へ踏み込んだ上級悪魔ディオドラ・アスタロトの二名を、単独で撃破したとされている。が、真偽は不明。
 兵藤一誠と彼、並びにグレモリー&シトリー両眷属の奮闘により、揺るぎかけた三勢力間同盟は無事継続される運びとなった。
あからさまに偽名であろう『Zwei(二号)』ではなく、彼自身が称した金色に輝く右目『邪王真眼』を暫定個体名称として、三勢力は彼とその背後組織の調査を開始することとなる。



~あとがき~

Zwei……、一体分身何号なんだ……。という話。

ニートの方の1号2号が原作に関わる展開は思い付きませんでした。ニートですから。
多分曹操限定のカウンターとしてしか機能しないかと。



[38213] AFTER 2 うみねこのなく頃に
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/19 00:17
「最近、母(ママン)が魔法少女コスを普段着にし始めてな。それが可愛いのなんのって……。何で本体(キング)さんはあの状態の母にじゃれ付かれて賢者保てるのかなーって」
「そうなのニャ」
「ああ。永遠の謎だな……」

むしろこの状態こそが謎だ。
はぐれ悪魔『黒歌』は死んだ魚のような目で水平線を眺める。

何故自分は筏に乗って海上遭難しているのだろうか。謎である。しかも同乗者は謎の銀髪オッドアイ。本当に謎である。そして何故自分はこの銀髪オッドアイの語りに律儀に相槌を打っているのだろうか。謎過ぎる。

「あ、釣れたにゃん」
「マジでか。俺未だにボウズだぜ? だぜだぜ? だぜだぜだぜ?」
「うざい」
「あ、はい」

波間に揺られる筏の上。二人のんびりと自作の釣竿を振るって食料を確保する。
空を見上げれば悪魔の身をじりじりと灼き上げる太陽が輝く。本当にどうしてこうなったのか。

切欠は、そう。――『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』の失踪だろう。

妹を守るため悪魔へと転生し、更に妹を守るために主を殺し、黒歌は見事はぐれ悪魔となった。
その後は冥界に残してきた妹の無事を想いつつも生きる事に必死で、転げ落ちるように犯罪者としての立場を確立してしまった。
仮宿のつもりだった。犯罪者として後ろ盾も無く生きる黒歌は、己の身の安全を確保するための一時の傘を求めて『禍の団(カオス・ブリゲード)』へと身を落ち着けて、――組織が潰れた。

にゃんでやねん、である。

旗印である『無限の龍神』の力こそを求心力として成り立っていた組織の、その一番肝心なドラゴンさんが失踪。それから四ヶ月が過ぎる頃にはもうボロボロだった。
まず真っ先に旧魔王派が離脱。どうしようもなくプライドの高い彼らは「『無限の龍神』が居ないというのなら、他の有象無象と組むなぞ御免被る!」とか何とかそれっぽい事を言って禍の団を抜け、現魔王達に喧嘩を売ろうとヤンチャした結果――【見せられないよ!】になったらしい。恐ろしい事だ。そして自業自得である。ざまあ。

一番声が大きくネームバリューも抜群だった旧魔王派が離脱した事で日和った者達や、利に聡い者達が少しずつ、櫛の歯が欠けるように禍の団を離れ始めれば、後はもう転げ落ちていくだけ。
各人にテロ組織に属した理由があったのだろうが、己の力だけで現体制に歯向かうだけの気概を持たず、群れなければ事を起こそうと考えられない時点で瓦解は約束されていたようなもの。気が付けば自然解散の流れへと落ち着いていた。

黒歌自身も構成員の四分の一が姿を消した時点で見切りを付けた。
実はもう少しくらい残っていても良かったのだが、彼女にとっては組織の先行き等どちらでも良かったのだ。仮宿は仮宿、要らぬ苦労を背負う前にとスタコラサッサ。その後しばらくは同時期に組織を抜けた『猿』と同行していたが、言動が下品過ぎたのを耐えかねて途中で撒いた。あれで意外と情が深い方なので、はぐれたのかと心配して今でも黒歌を探しているかも知れないが、黒歌本人はそこまで深く考えていなかった。嗚呼外道。

「ルフェイ達は今どうしてるのかにゃー……」
「にゃー」
「うざい」
「すいません」

そしてこの銀髪オッドアイも割合下品なのだが、顔が良いから辛うじて見逃している。イケメンは得である。

「畜生! 本体さんは今も母とチュッチュしてるだろうに、何で俺はこんな所でマゾ垂涎のプレイに身を窶しているんだ……!」
「馬鹿だからじゃないかにゃん?」

あとは変態だからではないだろうか。割と本気で黒歌はそう思った。
いい年してマザコンらしい銀髪オッドアイの母親大好き発言はそろそろお腹一杯なのだ。本体(キング)さんとやらがそのお相手だろうか。銀髪オッドアイがうざいので、是非とも仲睦まじくあって欲しい。完全な嫌がらせ目的でそう願う。

「あ、また釣れたにゃーん」
「魚類は俺が嫌いなんですかね」
「大丈夫、私も嫌いだから」
「……へへっ、ガラスのハートに、響きやがるっ」

この阿呆なやり取りが楽しくなってきている自分を若干危険視しつつ、黒歌は釣り上げた魚を調理し始める。
爪で適当に捌いて、魔力を使って火を付ける。あとは焼き具合を見るだけで良い。

「すげー、人間チャッカマンだー。え、手品ー?」
「いや、悪魔だからだにゃん」
「ん?」
「にゃ?」
「悪魔って何?」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「……」
「えっ」
「……」
「えっ」
「うざい」
「はい」

どうやら実在する種族としての『悪魔』を知らないらしい。どういうことだ。黒歌は若干の冷や汗が頬を滑る感触に背筋を震わせた。

黒歌は元『ねこしょう』と呼ばれる妖怪であり、仙術の使い手である。
難しい事を割愛すると、気や生命力的な なんやかんやを知覚出来るデキル女なのである。その感覚が言っている。――あっ、こいつ化け物だにゃん。具体的に言うとドラゴン的な何かね!――と。

この独特な気配には憶えがあった。かつて目にした『無限の龍神』にも通じる生命の鼓動。あれとは比べ物にならない程みすぼらしく見えるが、同種であろうと理解出来る。
なのに悪魔を知らないらしい。どういうことだ。ひょっとして出来の良いパチモンなのだろうか。

「まあいいか」
「えっ、ここは解説シーンに突入する流れじゃね?」
「だってめんどいにゃん……」
「本当に面倒そうだ!?」

だって本当に面倒臭いし。

いい具合に炙った魚に齧りつく。美味しい。元が猫っぽい何かである黒歌としてはこんがり焼いたものよりも表面だけを加熱処理したものの方が舌に合う。調味料の不足に関しては釣りたての鮮度によって相殺出来た。
そんな食事風景を物欲しげに見つめる銀髪オッドアイはガン無視する。

「放置プレイ キタコレ……! 悔しいでもビクンビクン……ッ!」
「きもい」
「ありがとうございます」

めげない変態である。小さく溜息を吐いて、複数釣った内の一匹、ちゃんと中まで火の通った焼き魚を対面へと放る。

何故自分がこんな怪しげな生命体に食事を恵んであげなければならないのか。愚痴愚痴と考えながらも、姉属性完備で妹の世話をしていた過去故 見た目に反して面倒見の良い黒髪美女である黒歌さんはちゃんと変態の分の食事を用意していたのだ。でもそんな自分の行動が若干不服なので、魚を分けてあげながらも視線は相手から逸らし、言葉も無く一心不乱に自分用の魚を齧っている。

ツンデレだった。

「マーベラスや……っ!」

海上遭難の同道者たる銀髪オッドアイは、そんな彼女の姿に胸打たれていた。
まさか現世にこれ程のツンデレ強度を誇るオナゴが存在したとは! 二次元の外も捨てたもんやないで工藤! 放り投げられた焼き魚を丁寧に食べながらも、銀髪オッドアイは感動に打ち震える。なんちゅうもんを見せてくれたんや…なんちゅうもんを……!

手早く焼き魚を食べ終えた銀髪オッドアイはパチンと両手を合わせると、黒歌に向き合った。

「お姉さん!」
「……何にゃ」

大きな声で呼びかければ不服そうな声音で返答が返ってきた。思い返せばこの美女は逐一自分の物言いに言葉を返してくれていた。日頃、本体さんに「うるせえ!」としか声をかけてもらえない銀髪オッドアイは、ちょっと涙目になる。いつか本体に下克上をしよう、と。

真剣な瞳で黒歌を見つめれば、金色の猫目がぱちりと大きく見開かれた。この銀髪オッドアイ、顔だけは良いので真面目な顔をすればそれだけで異性からの評価が上がる男だった。口を開けば底値を割るのが難点だが。

「俺はッ! ――あっ、母とアニメ観る時間だ」
「えっ」
「ごめす。俺帰りますねっ☆」

そう言うが早いか、爽やかな笑顔を浮かべながら黄金色に輝き、――消えた。

ぽつんと残されたのは黒歌一人。筏の上で遭難中のはぐれ悪魔である。
数秒前までとある阿呆が座っていた場所を見て。広がる海と水平線を見て。空に輝く太陽を見て。

「……うん。次会ったら殺そう」

心からの言葉を口にした。



○変態
その場のノリだけで現世を生きる、銀髪オッドアイの変態の方。
黒歌が遭難したのはこいつのせいであり、呼吸をするより早くフラグを立ててはすぐに折る、一級建築士。
唐突に「『明日』を探して来る」とのたまって遠出したら黒猫と出会った、ロビンソン・クルーソー気取ったら遭難した、24時間耐久魔法少女アニメ鑑賞会の時間なので『王冠』に帰還、の3連コンボである。
『聖女事件』において分身二号を影からサポートしつつ、身代わりに二百とんで三回くらい【ウボァ】された影の功労者。それ故に二号からは「お陰で友達を最後まで手助け出来た(意訳)」と感謝されている、分身達の長兄。でも基本的に頭おかしい言動が多い。
こいつのせいで後に黒歌の罪状が歴史に残るレベルで重くなる。

○黒歌
猫耳であり元妖怪であり悪魔であり姉であり指名手配犯であり和服であり巨乳であり美女である、属性過多のはぐれさん(発情期完備)。
大よその引き際を見極めて禍の団から離脱した、ちゃっかりした猫。だが後にとある変態と出会う事で己の運気が底辺を抜くまで落ちる羽目になるとは、この時彼女は知らなかったのです……。
数ヵ月後 銀髪オッドアイのニートの方を襲撃(人違い)してしまったために、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めたスーパーニート(幼女)が爆誕する。これが後に言う『龍猫(どらねこ)大戦』である。決着は一瞬で着いたが、周辺被害だけで最終戦争が勃発しかけるという歴史的大事件。
一瞬過ぎたせいで何者か判然とせず『正体不明のドラゴンっぽい何か』と見なされたニート1号と違い、身元がばっちり判明した黒歌は当該事件の主犯として数多の勢力から指名手配される。
やばいレベルの刑罰が彼女を襲ったが、被害者であるニート2号が攫って逃げたので無事に生き延びており、しかし代償として裏社会における賞金首トップの座を不動のものとする。
それを知った彼女の妹は「黒歌姉様、やっぱり仙術のせいで……!」と姉との溝を更に深くした。以降、はぐれ悪魔『黒歌』の所業とされる数々の事件に対して「大体仙術のせい」というフレーズがあてられるようになるが、割愛する。


~あとがき~

これも全て仙術ってやつのせいなんだ!
変態と共に在る事によってお淑やかに見える黒歌さんの話。

ネタが無いので以降続いても後1,2話です。



[38213] AFTER 3 『その甘さ』 『嫌いじゃあないぜ』
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/20 00:26
冥界の空を翔け抜ける、黒い影。遠目に感じられるのは強大過ぎるその力。
見上げる一誠にもはっきりと分かる己との格の違いに、背筋が震えた。
東洋の龍にも似た、蛇のような長い体躯。光を反射することもない、闇を塗りこんだような黒い鱗。

あれは、何だ。

擦れた声音で、誰かが言った。答えは返る。場に似つかわしくない、美しい声が。

「我らが『太母』の力の一端。或いは、その成れの果てだ」

その場の全員が声の発生源に目を向ければ、その声音から一誠が咄嗟に予想した姿が目に映った。
美麗なる立ち姿。強大にして底知れぬ、『邪王真眼』と呼ばれる男。

「Zwei……」
「『邪王真眼』か。一度まみえてみたかった」
「後にしろ、ヴァーリ」

好戦的な笑みを浮かべる『白龍皇』ヴァーリと、それを素っ気無く諌めるのは堕天使総督アザゼル。
小さく名を呼ぶだけの一誠とは違い、その場に居るグレモリー眷属はそれぞれが身構えた。――否。

もう一人、切なげな瞳で彼を見る者が居る。

「……Zweiさん」
「ああ。久しいな、慈愛の聖女よ」

純粋に再開を喜ぶ笑顔を浮かべ、Zweiが呼びかける。
だが笑みを向けられたアーシア・アルジェントは顔を曇らせた。

「わ、私は、悪魔になりました」
「関係が無い。俺も、戦友も、そんな些細な事で君に対する想いを改める気にはなれない」
「もう、主に祈りを捧げる事も叶いません」
「それでも信じているのだろう? 例え、祈りを捧げるべき相手が、滅んでいても」

ただただ優しい笑みを浮かべる。

教会から『魔女』と呼ばれ、追いやられ。その原因となった一件さえとある悪魔の姦計に過ぎなかったのだと知らされ絶望しても。堕天使コカビエルによって傷を癒す便利な道具を入れた『匣』として扱われ、挙句の果てに殺されかけても。『聖書の神』が――死んだと聞かされても。

変わらなかったものがある。

アーシアが僅かに首を動かせば、彼女にとって大切な人の一人である兵藤一誠が小さく笑みを浮かべていた。

Zweiと一誠。似ても似つかない筈の二人の共通点。アーシアに向けてくれる笑顔の優しさだけは、初めて会った時からずっと変わらない。
アーシアの身の上を知っても。アーシアを助けるために血を流しても。そんな優しい二人を心の底から拒絶しても。

「君は『聖女』だ。他の誰が否定しても、俺達二人にとって、紛れも無い――」

――護るべき光であり、友達だ。

和平を打ち崩すための一連の小戦争。コカビエルと、その配下として動いた堕天使達にとっては道具の一つでしかなかったアーシア・アルジェントの救済こそを目的として戦い、事態を収束させた二人。

『赤龍帝』と『邪王真眼』。今や世を揺るがし得る力持つ彼らが戦った理由。
それは間違いようの無い事実。結局は、かつて教会から追放された、たった一人の『聖女』こそが全ての中心だった。

だからこそ、その戦いは『聖女事件』と呼ばれる。

「――はい!」

震える声で、けれど視線を逸らす事もなく頷いたアーシアに、Zweiはやはり優しい笑みを返した。

「あー……、空気も読まずに邪魔して悪いんだが。聞きたい事がある」

己の背負う職責を忘れる事無く手を挙げたアザゼルに、周囲の冷たい視線が注がれた。
だがそれで挫ける男ではない。でなければ堕天した後まで面倒な立場に居座っていないのだ。

「お前さんの言う『太母』ってのは、何だ?」
「ふ、神滅具を持たぬ者には分かるまい……」

この男、小馬鹿にするような仕草さえ美しい。だがアザゼルはそんなもので口を閉じる気は無い。

「『それ』もだ。神滅具に俺達の知らない何がある? お前が、滅んだ筈の『聖書の神』に通じる何かを持っている、なんて馬鹿げた想定もしていたが、こうして面と向かえば分かるものがある。――お前、『龍(ドラゴン)』だな?」

この状況で聖書の神の名が呼ばれる事に驚きを見せるその場の面々。加えて、今まで正体不明で通っていた彼の『邪王真眼』がドラゴンであるという言葉。アザゼルの視線は真剣そのものだ。
だが指摘されたZweiの態度は一切変わらない。不敵な笑みを浮かべて、揚々と口を開く。

「然り! 我が身は『王』の仮面(ペルソナ)が一つ。故に偉大なる蛇王(ナーガラージャ)の血を受け継いでいる」

ナーガラージャ。インド神話に登場するナーガ蛇と呼ばれる種族の内でも特別強大で、偉大なる者達の尊称。ナーガ達の『王』として崇められる蛇の王。

だがそれが分かっても彼の、Zweiの言動には不可解なものが多過ぎる。むしろその言葉によって謎が増した。
神はドラゴンを嫌った。楽園(エデン)から人間が追い出される理由を作った『蛇(ドラゴン)』。それに属する者が何故、神の生み出した神器(きせき)の最たるもの、『神滅具(ロンギヌス)』に秘められた謎を語るのか。

やはり彼の語る『王』と『太母』に秘密がある。恐らくは今の世を揺るがしかねない重大な秘密がッ!

「――答えて貰うぜ」
「不可能だな」
「自信満々、といった風情だな、この数を前にして」

『二天龍』に堕天使の親玉、今伸び盛りのグレモリー眷属。これらを相手にしても一切揺るがぬ『邪王真眼』の眼差しは、まさか本当に勝負にさえならぬのかと思わせる。
ああ、大した自信だ。もしもそれが自信に留まらなければ――。
不味いかもしれない。ふと過ぎった不安をアザゼルが振り払うより早く、Zweiが動いた。

「時は来た」

小さく、だがその場に立つ全員の耳に届く声で呟く。
我らが『太母』の力の一端。或いは、その成れの果て。彼がそう称した空舞う巨体が。

轟音と共に吹き飛んだ。

「言った筈だぞ、戦友(とも)よ」

驚きの声を上げる間もなく。偉大なる蛇王の末裔『邪王真眼』が兵藤一誠ただ一人を相手に告げる。

巨大な闇色の龍蛇と、それと戦う何者か。互い喰らい合う螺旋の宴を頭上に。
当然の、決まりきった事実を謳うように。

「「相克する螺旋で待つ」」

『赤龍帝』と『邪王真眼』。両者の声が重なった。

二人の言葉は、何か重大な事態が進行している徴を告げる鐘のように響き渡った。


冥界の各都市を目指し、数多の魔獣が進軍する。
異形の群れを従える少年はただ一人。己の周囲に護衛用の魔獣数匹を侍らせて制御に集中する。

都市を目指す魔獣達はただの目くらまし。上空で戦う『無限の龍神』の成れの果ても、結局は元となったオーフィスを惹き付けるためだけの消耗品。少年『レオナルド』は己の役目を十全に承知していた。

曹操のために。彼が『決着』を着ける機会を設け、それが終わるまでの時間稼ぎ。
戦術的に拙い自分ではどこまで出来るか分からない。それでも『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』によって生み出される数字は己の稚拙さを埋めるに足りる。
絶対にやり遂げる。決意と共に、魔獣の創造と龍蛇の制御に集中した。


そこから随分と離れた地では、一人の男が走っていた。

男が思い返すのは、一人の女性の事。
特別親しい間柄ではなかった。顔を合わせれば多少話はするがそれだけで。とある組織を抜けた時期が同じだったため、その後しばらく同行していたという、仲間とも呼べない仲だった。

だが。

もしも自分があの時、別にお互い理由があって一緒に居たわけではないのだから、なんて考えずに、姿を消した彼女の事を必死に探していたのなら。
あんな事にはならなかったんじゃないか。
そう考えると、居ても立ってもいられないのだ。

彼女が『須弥山』を半ば崩壊させるような大事件の主犯だなどと、男には信じられなかった。見た目も言動も軽くて信念なんて無さそうな猫耳だぜとか思ってはいたが、好き好んで誰かを傷付けるような女ではない。

だから、これはただの尻拭いだ。過去の自分が出来なかった事のツケを払う
男が女のために血と汗を流すなんて艶めいた話ではない。かつて出来なかった、やるべきだった事を今やるという、それだけの事。
そのために『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ籍を移したアーサー達にまで助力を請い、今ここに居る。

「待ってろよ、――黒歌」

一人の男の、つまらない意地の話。
ただそのためだけに美猴(びこう)は必死に走っていた。


所変わってとある一室。

「ん~、働いたら負け、なんて言ってる場合じゃないよねぇ」

携帯ゲーム機を弄りながら殊更重苦しい溜息を吐く。
のそのそと寝転がったソファから立ち上がり、相変わらずゲームで遊びながら部屋の扉を脚で蹴り開けた。

「今日は夜通し友達(フレンド)と遊ぶ予定だったんだけどなあ」

誰かは知らないけど、酷い事してくれるよね~。愚痴に聞こえない緩い声音で一人ごちた。
自分を呼びに来た眷族達へ適当に相槌を打ちつつ、ようやくゲーム機から顔を上げる。

「ピクニックかぁ、暇が出来たら是非行きたいものだね」

そう呟くと、四大魔王の一角ファルビウム・アスモデウスは自分の仕事のために歩を進める。


冥界のとある丘の上。
ピクニックシートの上で唐揚げを食べながら、一人の少年が龍蛇舞う空を眺めていた。

「うふふ……、きっとこれも何故か私のせいになるにゃん……。ふふっ、うふふふふっ」

また賞金が上がっちゃうにゃ~ん。などと歌う鬱病気味な黒猫の声を、意図的に聞き流しながら。そういえば聖剣伝説とかいう昔の事件も一部ではこいつのせいにされてるんだっけ、とか考えていた。

不憫な黒猫に声は掛けない。少年の好みは清楚系黒髪美少女なのだ。美人だけど雰囲気がビッチっぽい黒歌は余裕で守備範囲外である。そんなDT思考を流し、唐揚げを噛み切る。少年はレモンをかける派なので、フレッシュな口当たりだった。

「本体(おうさま)ー、ミルたんの魔法少女部隊が勝手に出撃してるぞー」

魔法少女とは名ばかりの筋肉集団。その動向など伝えられても困る。あいつらは何と戦っているんだ……。少年は自分と同じ顔の相手にそう返すと、今度はサンドイッチを口に運ぶ。美味い。顔があれなのに料理は上手だよなミルたんさん、などと小さく呟く。

空では大きな黒い龍蛇と、少年の家族が戦っていた。

「強いなあ、オーフィス」

でも怪我しないで早く帰って来いよ。心配そうな声音で空へと言葉を投げかけると、両の掌をウェットティッシュで綺麗に拭う。
ピクニックシートから立ち上がると、己の背後に向き直った。

そこには一人の男が立っていた。

右手に輝く『槍』を握り、楽しげな顔で少年を真っ直ぐ見つめる。見られている少年は、大げさに肩を竦めると溜息を落として口を開く。

「――で?」
「リベンジマッチだ、受けてくれるか?」
「嫌に決まってるだろ……」

辟易として返せば、相手の男は愉快そうに笑う。随分と雰囲気が変わったものだ。思っても口には出さなかったが。
男は『槍』を両手で掲げると、静かな所作で振り下ろす。

「禁手化(バランス・ブレイク)」

派手さは無い。威圧感も感じない。ただ空気は変わっただろう。
あくまでも光る槍でしかなかったソレが、掌で包めてしまう程度の小さな光の玉へと姿を変えていた。
男が光の玉を握り潰せば、光は先程までの槍と同じ形を模った。真っ白い、無垢な光で出来た槍。とことんファンタジーな光景だった。

「色々と考えたんだ。以前は一つで複数の効果を持つものを、なんて欲張っていたんだが。結局はたった一つに絞る事にした」
「ふーん」

気の無い返事。そもそも少年には、男が何を言っているのか理解するだけの前提知識が存在しないのだ。
そして男は、深い理解を求めていなかった。ただ自分が語りたくて、何より目の前の少年に聞いて欲しくて話している。

「この禁手(バランス・ブレイカー)に名前は無い。敢えて呼ぶなら『異形殺し』。正確な名付けは、――君を倒してから付けたいと、そう思った」
「……迷惑過ぎるぅ」

快活に笑う男は白光の槍を軽く振るい、笑みを浮かべたままで目の前の敵手を睨み据えた。

自信に満ち溢れ。真の英傑たる覇気に満ち。真っ向から挑みかかる意味を示し。輝くような英姿だった。

「俺の名は、曹操。――『英雄』を目指す男だ」
「ニートですぅ。夢は一生ニートする事ですぅ」

反して気だるげに肩を回すと、少年は適当な名乗りを上げて右手を掲げる。

戦意など感じられない所作にも曹操は不満など感じなかった。自分は挑む側なのだから。間違いなく強大であると認められる、目指すべき高みに挑むこの瞬間。未だかつて無い昂揚感に包まれながら、英雄志願の青年は相手の無気力な有様にさえ敬意を払った。

開始の合図など無い。互いが互いのタイミングで足を踏み出して、いつかのようにそれは重なった。

黄金光が場を満たし、王の『無限頭』が姿を見せる。
白光が黄金を引き裂いて、『無垢なる光槍』が戦場を抉る。


そんな事が、あった。



○中国
生きていた中国。本名は曹操。
禁手の形が原作とは変わったけれど、名前は特に考えていない。
白色の無垢な光が使い手の意思に従い自由自在な形状へと姿を変える、千変万化の光の槍。この槍で絶命させた相手が人間以外の場合、そのまま魂まで完全に滅ぼす事の出来る『異形殺し』。殺害手段以上の物にはなれない、対・人外特化の禁手亜種。
武器はあくまでも武器のまま、他の一切は人間の力によって成そうと決めた、中国の決意の形。
相棒のゲオルクは現在、銀髪オッドアイ恐怖症で臥せっている。

○黒い龍蛇
『無限の龍神』の半分を元に『魔獣創造』を利用して創り上げた、なんかすごいドラゴン。ニートだった頃の面影は余り無い。
レオナルドが頑張って制御していないと暴走する困った奴。つよい。
ニート1号はこいつを相手に格ゲーの練習をしている。



~あとがき~

分身二号が話の中心に立つと自然とシリアスになるのに、邪王真眼と打つ度に口が笑ってしまう病を患っています。
そして邪王真眼と呼ばれる度に「何故俺はそんな名前で呼ばれるのだろう」と内心首を傾げる二号。彼は基本的にその場のノリで生きています。

利用する筈だった伏線は、恐らく今回のこれで全部終わったかと思います。
後一話は、書いても一話目と同じニート話なのでAFTERはここまで。
お疲れ様でした。



[38213] AFTER 4 エル・プサイ・コングルゥ
Name: EN◆3fdefd77 ID:71ec6b22
Date: 2013/08/24 00:09
「「我、働いたら負けかなと思っている」」

どどーん。

――オーフィスが増えた。
何を言ってるのか わからねーと思うが、うちのニートがある日突然、『二人』に増えた。
既に分身の術は俺のアイデンティティと言っても良い、だというのに無慈悲にも分身するニートがここに居た。しかも俺のと違って、コイツの場合は穀潰しが倍増する。

「なんてこった、ネトゲ用にもう一個ゲーム機買わねーと……!」

今までは最大でも『俺』『オーフィス』『ネトゲのフレンド』の三人パーティだったというのに、ニートが一人増えた事で夢の四人パーティが組めるようになるのだ! すばらっ!
分身? あいつらにゲームさせても基本的にオーフィスの支援しかしねーもん。パーティ組んでる気がしねぇ。というか自分同士でパーティ組むとか……俺が寂しい奴みたいじゃないか。

「……問題無いな」

おかしい。駄ニートが増加したというのに、むしろ俺の生活は潤っていく。

見れば、ミルたんさんが仕立てた魔法少女的コスチュームに身を包んだダブルニートが、俺用の布団に寝転がってチェスをやっていた。チェスかよ。中学の頃に「チェスってカッケー!」とか考えて頑張ってルール憶えた記憶しか無ぇぜ。実際やった事は無いけど。全く無いけど。
何でそんな優雅(笑)なボードゲームで遊んでるのお前ら。

「二号がナイトになった」
「なった」

どういうことだってばよ。

主語と述語はしっかりしているが、言葉の意味が分からない。二号って分身二号だよな、あの難解な言語を操る奴。ナイトて。騎士(笑)。つまり、……どういうことだってばよ。

あいつ最近見ないんだけど、何やらかしたんだホント。職業・騎士、とかマジでやってるんじゃねーだろうな。
そしてそれがどうしてチェスに繋がるのかさっぱり分からない。駒の名前くらいしか共通点無いぞ。

「まあいいや」

世の中は不思議が一杯である。特にあの分身共に関して深く考える事は無駄だと、俺は経験で知っている。過労死した時の事とか、未だに根に持ってるんですからね、俺。実家が今どうなっているのか、俺は考えないようにしているんだぞ。家宅捜索とかされてないかな。

過去を振り返っても仕方が無い。前を向こう。
そう考えて視線をニートから逸らすと、そこには猫が居た。

「……メール来ないにゃん」

ミルたんさんに買って貰った携帯を握り締め、部屋の隅っこで体育座りする黒猫が居た。期待のルーキー、はぐれ悪魔の黒歌さんである。新入りの癖に家事もしない図太い猫だ。ところではぐれ悪魔って何。
こいつは一時期 重度の鬱病を患っていたのだが、数日前のピクニックで猿っぽい人と何かあったらしく、それ以降は若干 病状が上向いて、今ではこうして猿の人とメールのやり取りをしている。社会復帰のためのリハビリですね、分かります。猫の癖にアニマルセラピーとは、珍妙な奴だ。

だがあの黒猫、メールが来ないとまた鬱になる。メールよりカウンセリングに行った方が良いと思うのだが、こいつは現役賞金首とかいう非現代的な存在なので引き篭もるのも仕方ない。俺としてもこいつにはちょっとだけ引け目があるのだ。曹操とのガチンコでピクニックやってた丘を吹っ飛ばしたら、後々 何故かこいつのせいになってたからな。恐ろしい。いや、吹っ飛ばしたの曹操なんだけどさ。俺のせいじゃないけどさ。
ともあれそのせいで黒歌の首に懸かった賞金が上がったとか倍増したとか、俺にはよく分からんが仙術のせいらしい。すごいなSEN-JUTSU。

俺としてはこの黒猫には余り関わりたくない。この前メンバー足りなくて麻雀に呼んだら、ひたすら白牌だけ集めて「白音ェェ、白音ェェェェエエ~……!」とか意味分からない鳴き声上げてたし。「また発作か」と皆で無視して麻雀続行したけど。俺が白牌でツモったら悲鳴上げたんだぜ、こいつ。俺の白牌はお前にとって何物なんだよ。

メールが来ないぃ、来ないぃぃ……。と一人呟く鬱猫の目の前に煮干の入った袋をお供えすると、背を向ける。そうしたら背後からボソボソと煮干の咀嚼音が聞こえてきた。ホラーである。もうちょっとコミュニケーション取ってあげた方が良いのかな……。後で分身一号を向かわせよう。

『余は逆効果だと思うがなあ』
「だってあいつら以前からの知り合いらしいし?」

そのせいで初対面時、俺は黒歌から殺されかけた。なんでやねん。何をどうやれば、こちらを捕捉するなり殺しに掛かって来る知り合いが出来るのか、一生知りたくないものだ。

そんな一号も今では黒歌の専用サンドバッグである。たまに死んで再生成されてる。そしてまたサンドバッグだ。……別に殺されかけたのを恨んでるんじゃないですじょ? 彼女がストレス溜めないように気遣ってるんですぅ。

「一号だから良いものを、せめて俺の視界でやるなよな」

見た目は俺なので、見てると嫌な気分になる。一号だから良いけど!

『宿主は相も変わらず、……げふんげふん』

はっきり言ってくれてもええんやで? 俺の中に分身達への慈悲など無いと断言してやろう。

おやつの時間になったので冷蔵庫からミルたんさんお手製のケーキを取り出す。
一つは黒歌の前にお供えして、残り三つを持って自分の布団へ向かう。チェスボードの上を見たが、駒の動かし方しか憶えてない俺では、黒白同数くらいだとどっちが勝っているのか全く分からない。多分オーフィスが優勢なんじゃないですかね? どっちもオーフィスだし。

「ケーキ」
「ケーキ」
「はいはい、ケーキですよーっと」

あっさりチェスを放り出して甘味に群がるオーフィス達の、若干 声の高い方が俺の相棒である。
いや、本当に声が高いのかは知らないけど。何となく、どっちが俺のオーフィスかは分かる。的中率100%。シックスセンス的なアレかも知れない。

三人で手を合わせて、いただきます。

オーフィスと出会ってもう二年以上。何故か二人に増えたりしたが、その辺りはいつも通りにスルー。こいつの起こす不思議現象に対して毎回大真面目に考えていたら大変過ぎる。色々あったが、結局俺にとって不都合な事は無かった。曹操とか居たけど、あれはカウント外にしておく。勝ったし。

うむ。苺ケーキ美味ぇ。

「オーフィス」

呼べば二人ともが顔を上げて、それがちょっと可笑しかった。
こうなると若干不都合なので、新しく増えた方には識別のための名前を付けよう。オーフィス二号とかどうだ。分身の方の二号は最近見ないから、丁度良いかもしれないぞ。

「安直」
「安直」

まじでか。甲乙丙の方が良かったかな。

「ケーキ」

差し出されたフォークを口で受け取って、頷く。チーズケーキ美味ぇ。
そんな光景を目にして首を傾げるオーフィス二号。どうした、何が不思議だ。
右手の王冠からはのんびりとしたツッコミが聞こえてくる。なので適当に聞き流す。
部屋の隅っこでは黒歌がメールの着信に目を輝かせていた。良かったな。
今日もニートでケーキが美味い。

――かくしてうちにはニートが沢山居る。

こんな平和な日常がこれから数万年以上に渡って続く事になるとは、この時の俺には全く予想出来なかったのだった。



○ニート1号
栄えある1号。美味しい物は2号に「あーん」する習慣のある、『無職の龍神(ニート・ドラゴン)』。
最近になって自分がもう一人増えたけど、ニートだから気にしない。
基本的に2号と一緒に怠ける以外の全てがどうでもいい、マイペースに生きる少女。

○ニート2号
不滅の2号。1号に「あーん」されても普通に食べる、『無職の龍人(ニート・ドラゴン)』。
未だにミルたん宅でお世話になっているけど、受けた恩は全て分身達が返しているので気にしない。
1号と一緒に食っちゃ寝できれば、基本どこでも生きていける、まるで駄目な少年。



~本編の補填~

○1号が黒い龍蛇に勝ったので、ニートが増えた。二人はニー☆キュア。
○タイムテーブルが崩れたので、グレモリー眷属にゼノヴィアは居ない。聖魔剣イベント? ……な、なんくるないさー。
○勘違い要素盛り沢山で周囲からは『赤龍帝』と同格だと誤解されているけれど、分身二号はそこまで規格外に強いわけではない。きっと劇的なシーンで一誠を庇い、瀕死状態から騎士駒一個でグレモリー眷属化。悪魔転生後に死んでも『王冠』経由で復活する。そしてまた勘違いスパイラル。駒一個で足りなかった場合は多分都合よく変異の駒がある。
○黒歌が妹と和解出来るか否かは、美猴のコミュ力に掛かっている。
○須弥山は犠牲になったのだ。
○ニート部屋のインテリアとして曹操からの戦利品である★祝福された<<黄昏の聖槍>>を飾ろうか迷ったが、「なにも死ぬこたあねー」と思ったので没に。曹操の生死は皆の心の中にある。
○神器の中の人は結局神器に引き篭もっている。外部活動用の分身体を与えたら髪だけ金髪になる設定だった。性別は不明。
○当初、中の人は『蛇』によって吸収・同化される「かわいそうなドラゴン」枠の予定だったが、何故か感想で人気だったので方針転換して生き残った。本当にびっくりした。
○ミルたんの生態は謎に包まれている。魔王レヴィアたんと魔法少女対決する案もあったが没。
○2号には二人居る内のどちらが1号か判る。シックスセンス的なアレである。本当に只の『勘』だけで見分けている。
○「あーん」のシーンは蜜柑と栗きんとんとケーキの三つ。未遂だけど監禁された時の『蛇』も。
○『龍の手』の「力を2倍にする」能力に最後まで気付かない2号。
○2号の禁手は「みんな知ってるモブ神器『龍の手』をどう禁手化させれば役に立つか」がコンセプト。「じゃあ自分自身の人数を『倍加』させよう」と考えてこうなった。そして気が付けば主人公がニートに。敗因:便利過ぎた。
○第九話の2号覚醒以降、分身を出す際には神器が『Increase(増殖)』という音声を発する。英単語は多分合っている。
○第一話投稿直前およそ一分ほどで考えて決めたタイトルだけど、まさか一度もハイスクールに行かないとは思わなかった。今は反省している。
○タイトルの『N』は『NEET(ニート)』と『NAGARAJA(ナーガラージャ)』のダブルミーニング。そこに『ニート・ドラゴン』を加えても良い。
○第二話タイトルだけフレーズを改変して2号の禁手に関するヒントを出していたが、遠回しな上に些細過ぎて目立たなかった。
○今作は最初から主人公の名前を出さずに完結させようと書いたネタSS。エピローグで名前を出そうかとも思ったけれど、初志貫徹。一応設定的には『1号と同名』である。互いに同じ名前で呼び合う二人。
○ニート達はきっと地球が滅んでもニートをやってる。

~あとがき~

二回も終わりだと書いておいたのにこれでは終わる終わる詐欺ですが、前回で締めると据わりが悪いようなのでエピローグを投稿。
なので今回で本当に終わります。

ここまでお読み下さりありがとうございました。


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