「我、働いたら負けかなと思っている」
どーん。
俺の自室、ベッドの上で。黒ジャージを着た寝癖だらけの少女がのたまった。
両手には携帯ゲーム機が握られ、先の宣言時にも彼女の視線はその小さな液晶に釘付けである。
初対面において、
「我、ドラゴン」
などと阿呆な電波を吐き出す幼女と出会って、早一年。今日は俺とこいつが出会って一周年という記念すべき……かどうかは少々考えるところではあるが、ともあれそんな感じの日なのだ。
元は前面ガン開きでドレスとは名ばかりの逆びんぼっちゃまスタイルだった自称『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』も、いつしか俺のお古の黒ジャージが普段着となり。
俺の奢りで町内食べ歩きを連日敢行していた暴飲暴食の輩が、今では俺の自室に居座り外気に触れれば灰になると言わんばかりの出不精っぷりを発揮していた。
これでは無限の龍神(笑)どころか無職の龍神(嘲笑)である。『無職の龍神(ニート・ドラゴン)』オーフィスである。
「おいオーフィス」
「少し待つ。今、イベントシーン」
「とか言いながら俺のお布団にお菓子の食べかすポロポロ零さないでくれませんかねぇ……」
遡ればおおよそ四ヶ月ほど前から、この阿呆ドラゴンは俺の自室を出ていない。一切、全く、欠片も、出ていない。
ドラゴンはトイレに行かないとばかりに排泄行為を行わないのは良い、小さな子供相手とはいえ、俺の自室でしーしーされたらマジギレしてしまっただろう。こいつがトイレ行かないで済む謎生物である事実も構わない。一切風呂に入らない癖に全然臭わないのだって無視してやる。俺に不都合があるわけではないのだから。
では何が問題かと言えば、遡ること二週間前――。
「オーフィス。俺、分身出来るようになっちゃったよ! ババーン!」
「我、おなかすいた」
「素麺で良い?」
「我、肉が良い」
めんでぇ。
面倒くさいことは分身一号にやらせる。味付けはシンプルに塩胡椒のみ。男の料理というのは無駄に塩気が多いのだ!
「ヘラッシェー!」
テンションの高い分身である。だが本体の俺に可能なことはそっくり全部出来るという素敵仕様なので便利過ぎて嬉しい。当初は俺って偉大なるNINJAの末裔だったのKA☆などとふざけつつもドッペル的な怪奇現象にビビッていたものだが、今では面倒事を全て分身に任せることで存分に遊べるのが最重要だ。
俺は学校も家事もアルバイトも、全て分身に任せて昼過ぎまで惰眠を貪り、オーフィスは普通に24時間遊び倒す。
――かくしてうちにはニートが二人居る。
俺は…俺は悪くねえぞ、だってオーフィスが言ったんだ……そうだ、オーフィスがやれって!
とかなんとか親善大使ごっこをしても仕方が無い。日がな一日ニートをやっている自称ドラゴンに影響されたのは確かだが、代わりとして分身出来るようになったので対外的に見れば俺は今日も立派な勤労学生である。
無駄に艶々した金色の篭手が、今では手首で光る小さなブレスレット、ただの変な輪っかにしか見えない何かに変じて以降、生きるのが楽で大変よろしい。大変よろしい!
「我のおかげ」
「意味が分からんぜよ」
無表情でダブルピースする駄ニートが一体何をしたというのか。おファンタジーな篭手がピカッと光って現れた時もびっくりしたが、あの柔らかな金色の表面にどこぞから取り出した真っ黒いニョロニョロをぐいぐい擦り込むというこいつの奇行にも何か意味があったというのか。意味不明過ぎてドン引きだったんですけど俺。というかダブルピースやめろ。やめて下さい。
よし、考えるのはやめよう。セイクリがどうとかなんて俺にはよく分からん。トゥワ、クリ……、とかオーフィスの説明も意味不明だったし。日本語で喋れし。
俺が分身したのはどうやらこのブレスレットのせいらしいのだが、便利なので全て良しとする。
今この瞬間も、家事を執り行う者とは異なる分身が他県で生活費を稼いでいる。家事用と通学用も合わせれば総勢三人ぽっちの分身術だが、今後も頑張ればその数を増やせるかもしれない。そうなれば夢が広がる。
そうとも、俺は悟ったのだ!
――働かずに食う飯は、美味い。
「いざ、生涯ニート宣言!」
「我、宣言」
ちなみに食後、出会って一周年の記念日ということで一緒にケーキを食べた。
うまい! テーレッテレー。
◇
キャラ紹介
○ニート1号
栄えある1号。怠惰に目覚めた伝説のドラゴン(自称)。
引き篭もっている現状に対して特別な理由など何も持たない、本能で生きる少女(性別可変)。時期的に弱体化もしていない、実相世界における最強生物。でもニート。
禍の団(カオス・ブリゲード)から見れば、既に四ヶ月ほど音信不通の行方不明状態である。
実は課金厨。
○ニート2号
不滅の2号。禁手に至った勤労学生(自称)。
謎の少女が自室に居着いている現状に対し、最早 彼自身は何も違和感を感じていない。
分身に雑事の全てを任せ、自身は死ぬまで食っちゃ寝するのが夢。
実は銀髪オッドアイ。