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[43867] 双日のアレス
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:d917e450
Date: 2022/12/28 18:02
皆様初めまして。理科係です。
最近某ダークファンタジー漫画を読みまして、自分でもこう言う話書きて〜となったのでここで書こうと思います。
まだ具体的なことはなに一つ決まっておらず、完全見切り発車なのですが、気ままに投稿します。
よろしくお願いします。

タイトルを変更しました。
渇望と双眼→ウラガワガタリ→双日のアレス

※著作権は作者が所有しています。


雑文
2022/09/07前回の投稿からかなりの時間を空けてしまい申し訳ないです。次の投稿も未定なので気長にお待ちいただけたら幸いです。

2022/12/28再び時間をあけての投稿となってしまい申し訳ないです。来年もこの調子での投稿となります。ではみなさん良い年末を!



[43867] 1 双日ー1
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:d8c4c1a7
Date: 2023/07/14 23:47
午前十時だが気温は三十度を超えていた。
 朝見た情報番組のお天気キャスターが、「昼過ぎまで気温の上昇は続きそうです」と言っていたのを思い出しながら、坂凪亜門はハンカチで汗を拭う。それでもなお、短くぴんと立った黒髪からは汗が流れ出て、シャツの襟元がじんわり湿る。

「なあ丈瑠、月曜までの課題ってなにがあったっけ?」
「数学のワークと英文の翻訳だな」
「うわ、だる」

 亜門は短いため息を吐き、昨日のうちに済ませておくべきだったと後悔する。亜門の横には長身の男がいた。細く流れるような目が特徴の丈瑠と呼ばれたその男は、ズボンのポケットに手を入れながら、背筋をぴんと伸ばし、汗もかかず亜門と並んで歩いている。

「あ、いた」

 亜門が短く呟く。そこには、これまた一人の男がいた。四十代くらいで白色の肌に無精髭が目立つ。民家の壁を背にあぐらをかいて座っているその男は、三十度越えの気温であるにも関わらず目深に帽子を被り、黒色のコートを羽織っていた。
 見るからに怪しい、不審者と思われても仕方のない格好である。

「……これ、どうする?」

 亜門が尋ねる。これ、とは眼前の男のことだった。

「どうするも何も、俺らは命令に従うだけだ」

 丈瑠が素っ気なく返す。しかし、それ以外に返事の仕様も無かったのだ。
 二人は共に連絡を受けて現場に向かっただけで、その場所に来てみれば得体の知れない男がいた。限られた情報の中では、誰も最善の策など持ち合わせていない。
 ましてや今日が土曜で、二人が高校生となればなおさらである。

「ったく、上の連中ももうちょっと指示をくれたっていいのに」
「過ぎたことに文句を言っても仕方ない。さっさと終わらそう」

 丈瑠は抑揚のない機械じみた返答をする。

「それもそうだな。えーっとお、もしもし、そこのおじさん聞こえてますか?」

 亜門はしゃがみながら男に声をかける。すると、男の肩がわずかに動いた。それから、男はうなだれた首を持ち上げ、帽子の隙間からなめ回すように見つめる。

「……なんだ」
「えと、俺が今からする質問に答えて欲しいんだけど」
「なぜだ」
「なぜ? ……なぜって言われてもなあ」
「私に何のようがあって質問するのか知らないが、理由もないのに答える義務はない。それに、得体の知れない男からの質問に易々と答えるほど私は愛想が良くない。拒否する」
「拒否って。いや、理由はあるんだけど、言えないっつーか、言っちゃだめっつーか……」

 男の意外に巧みな弁舌に口ごもる亜門。
 男は持ち上げた顔を再び下げ、帽子を深々と被った。亜門はあたふたしながらその様子をただ見ている。ついでに目も泳いでいる。

「どけ亜門」

 見かねた丈瑠が亜門のシャツの襟を強引に引っ張る。危うくバランスを崩して尻もちをつくところだったが、すんでの所で体勢を立て直す。

「おい、おっさん。怪異知ってるか?」

 亜門と入れ替わるようにして丈瑠が男の正面にしゃがみ込む。丈瑠が正面に現われてもうつむいたままだった男が、「怪異」の言葉に一瞬ではあるが体を強張らせた。
 些細な動きだったが、しかし丈瑠はその反応を見逃さなかった。

「急に何を言うかと思えば」

 男は先ほどと変わらない調子で続ける。

「なんだそのカイイというのは。 若者の間で流行ってるのか?」
「簡単に言えば人外の総称だ。そいつらは特殊な力を持っていて危険なんだ。そして、俺らはそれを駆除してる」
「駆除? 暇だからか?」
「いや、怪異は一般人に危害を加える。今までにも例外がない。ただ被害の大小はあるけど」

 冗談交じりの質問を軽く受け流し、淡々と説明する丈瑠。その後ろで亜門がばつが悪そうな顔をするが、お構いなしに続ける。

「だからなんだ。私がその怪異だといいたいのかね」
「それを確かめたい。コートを脱いで見せてくれ。怪異は体に特徴的な紋様がある」
「なるほど、それなら最初からそうってくれれば」
「手間取らせて申し訳ない――――」

 わびの言葉を伝え終えたとほぼ同時に、丈瑠の目の前が真っ暗になる。
 急な出来事に一瞬体が硬直するが、すぐに短く横にステップして視界を元に戻す。しかし、コートの奥に男の姿はなかった。

「くそ、どこいきやがった」
「丈瑠、上上」

 亜門が上を指さす。見ると、電信柱になにかがいた。この世のどの生物にも分類しがたい異形の様相だったが、肩にある紋様とそばに落ちている帽子からすぐに男だと断定した。

「ばれたか。こうなったらお前らを殺すしかねえなあ!」

 男の言葉には熱がこもっていた。よそ見をせず二人を注視するその様は、さっきまでの中年と同一人物なのかと疑いたくなるほどだった。

「んのやろう、やっぱり怪異だったか」

 男の眼圧に睨みで対抗する丈瑠。その横では亜門が男を横目で捉えながら、

「なあ、俺がやっていいか?」

 その申し出を断るように丈瑠は亜門に手のひらを向ける。それから、ゆっくりと丈瑠の体が膜のようなものに覆われる。ゆらゆら揺れるオーラのようなそれは、丈瑠だけでなく怪異の男も纏っている。

「いや、おれがやる」

 その言葉を最後に、しばらく睨み合いが続いていた。
 睨み合いの最中、風が吹いて男の帽子が移動した。

 その時、男が丈瑠に襲いかかってきた。

 一直線なその軌道から丈瑠は体を逸らせ、無防備な脇腹に蹴りを入れる。男は鈍痛を相殺するように短く唸り、すぐさま体勢を立て直して力のこもった拳を振りかざす。
 丈瑠はとっさに腕を交差させ、男の渾身の一撃を防ぐ。しかし殺しきれなかった余力に押され、そのまま後ろへ押された。

「ってえ……」
「交代するか?」
「いや、問題ない」

 手首を振って痛みを逃がす丈瑠と、戦いを楽しそうに見守る亜門。そして挟まれる会話は昼下がりのような軽快なもので、その裏で怪異の男は自分の拳と相手を交互に見ている。
 軽微なダメージで済んだことがオーラ――――つまり魔力による効果だと気付くには、時間がかからなかった。

「よし、今度は俺からだな」
「起術使うか?」
「いや、魔力だけで十分だ。使うほどの強さじゃない」

 対面にいた男は、さらりと侮辱されたことにふつふつと怒りが湧くが、それよりも丈瑠の動きは速かった。みぞおちに肘鉄を入れ、痛みに悶え膝を付くその前に顎に膝蹴りを喰らわせる。
 男は大の字で道路に倒れた。丈瑠は短く息を吐くときびすを返す。体を覆っていた魔力はいつのまにか消えていた。

「お疲れ、後処理は俺が手配しておくよ」

 ねぎらいの言葉と共に、少年のような無邪気な笑顔を見せる亜門。

「お前が率先して言うなんて珍しいな」
「へへへ、お礼は課題の答えで」
「……そんなことだと思った。わかった、後で答え送っておくよ」

 小さくガッツポーズをする亜門を横目に、丈瑠はその場を後にする。
 帰り道の途中で、先ほどのやりとりを思い出したが、すぐに頭を振って忘れることにした。



[43867] 2 双日ー2
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:18f1beb8
Date: 2022/05/30 11:48
数日経ったある日。
 この日の四時間目は世界史の授業で、教壇には初老の男が立っている。髪は薄く、痩せこけてはいたがはきはきとした物言いで授業をしていた。

「で、ここにはハプスブルク帝国があって――」

 初老の教師は一定のスピードで板書をする。説明口調な喋り声と板書を追いかけるクラスメイトのペンの音が教室にこだまし、クラスに奇妙な一体感が生まれていた。
 六月の中旬になれば正午になる前に既に日は高く昇り、それが高い湿度と合わさることで不快指数が高まる。生徒達は無言でノートを取っているが、皆一様に疲れをはらんだ顔つきで、ちらほらと居眠りする者もいる。授業終了まで時間は十五分程度残っている。

「亜門、何してるんだ?」
「見りゃわかるだろ。授業サボってんだよ」

 皆が真面目に授業を受けるその一方で、校舎裏には二つの影があった。亜門と丈瑠の影だ。
 等間隔で起立している木から生えた厚みのある葉が日陰をつくり、二人を覆っている。時折風が吹いて、さわさわと葉を揺らし、二人に涼しさをもたらす。

「授業サボるのはよくないぞ」

 丈瑠が言う。どこか間伸びした声が、その呼びかけが本心からのものではないことに亜門は気付く。

「お前が言えた立場かよ」

 もっともな意見だった。幅広の段差に腰を下ろし本を読む丈瑠のその姿は、注意するものとしては不相応だった。

「言えた立場だ」

 ページをめくりながら言う。さっきと同じく声に力はこもっていなかった。

「なんでだよ」
「本を読んでるからな。だから言える」
「なに読んでんだ?」
「ラノベだ」

 亜門はぷっと笑いをこぼした。表紙に目を向けると、デフォルメされた女の子が大きく描かれていた。男子の欲望を現実に下ろした表紙を一瞥した後で丈瑠の横に座り、嘲笑するように鼻息を鳴らす。

「おまえラノベも読むんだ」
「これが意外と面白くてな。昨日からずっと読んでる」
「ふーん、あっそ」
「そういうお前は何してたんだ? さっきから木の根元で蹲うずくまってたが、宝でも埋まってたか?」
「あー、あれ? 蟻に資本主義教えてた」そう言いながら、亜門は木の根元を指差す。
「……は?」

 聞きなれない単語の羅列に丈瑠は困惑する。
 指差す方を本の隙間から覗くと、黒い点が列を成しているのが見えた。その傍に――蟻たちからしてみれば長い距離ではあるが――蝶か何かの死骸があり、黒点はそれに向かって移動している。

「時々お前のことが分からなくなる」

 本に視線を戻した丈瑠が呟く。芯のある声だった。

「じゃあわかってるじゃん」
「……お前のそういうとこ好きだわ」
「ありがと」

 その時、四限の終わりを告げるチャイムが鳴った。さっきまでの静寂から途端に校舎の中に音が溢れ返り、その幾つかが外にこぼれた。

「ほら、四限終わったぞ。飯食おう」

 そう言いながら亜門は立ち上がる。制服についた土埃を軽く手で払い除けながら、校舎の中へと戻る。丈瑠も、ああ、と返事をして本に栞を挟み、亜門の後を続く。

 木陰の下では、蟻が蝶の死骸をせっせと巣に運んでいた。



[43867] 3 獅子身中?
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:ed5c0f94
Date: 2022/09/07 18:15
午後は平穏に過ぎていった。

 午前とはまた違った静けさが、学校に漂っている。空調が効いた教室は寝るのに最適な環境で、事実机に伏して寝る者や、ペンを握ったまま首を上下に小刻みに揺らす者など、多彩な生徒の姿が確認できる。

 そして授業が終わると、まるで水を得た魚のように皆一斉に活動し始め、各々が目的を持ってそれぞれの方向に散る。教室や廊下のあちこちでおしゃべりが繰り広げられ、グラウンドでは野球部の野太い声が一定の間隔で檄を飛ばし、北舎と渡り廊下でつながった南舎からは吹奏楽の軽やかなメロディが流れてくる。

 その光景を背に、亜門と丈瑠はいそいそと校舎を出る。寄り道せず最寄り駅を目指し、電車に揺られながら所定の駅で降りる。そこから再び歩き、夕方のセールで賑わう駅前の商店街を通り抜け、幅が狭くなった道を更に進む。

 しばらくして歩道の右手に雑居ビルが見え、二人はためらいもなくその中に入る。築年数が経ち、外壁が黒く煤けた雑居ビルの階段を登る音がいやに大きく響くだけで、それ以外に音らしい音はしない。やがて左手に扉が見えたので、亜門はドアノブをまわし部屋へと入る。そばにある明かりのスイッチに手を伸ばすと、数秒遅れて部屋が明るくなった。


「ほら、やっぱり誰もいない」
「あれ、おっかしいな」
「お前の直感が当たることはまず無いからな」


 亜門の後ろにいた丈瑠が言う。最初から期待していないような口ぶりだった。明かりのついた部屋はがらんとしていた。人の気配はなく、窓際に椅子と机が並べられ、ホワイトボードが奥に立っていた。見たところ商工会議や何かの話し合いに使われる中規模程度の部屋だ。


「帰るぞ。誰もいないし腹減ったし」
「くそ、骨折り損のなんとやらってやつか」
「やあ! 亜門君、丈瑠君」


 二人して踵を返したその時、背後から女性の声がした。想定外の声に一瞬背中を震わせて驚いた後でそろって振り返る。ウェーブがかった短い髪と端整な顔立ち、オフィスカジュアルな服装がホワイトボードに寄りかかっていた。二人は見知った顔と判断するやいなや、すぐに鞄をがちゃがちゃと揺らしながら女性の方へ歩き出した。


「シュロさん、いるならはじめからいてくださいよ」


 強張った口まわりをほぐすかのように丈瑠が言う。シュロは笑顔で答える。目元に皺が寄る。


「ん? 私ははじめからここにいたよ?」
「いやはじめからって、俺たちが見たときは確かに――――」
「シュロさんがここにいるってことは俺らに任務持ってきたんですよね?」


 何かを察知したのか亜門が丈瑠の話を遮って強引に話をさえぎる。ご名答、と言わんばかりに口角を上げたシュロはもたれていた壁から背を離して二人へ書類を渡した。渡された二枚綴りのA4サイズの紙を何度も交互に確認する。そのうちに二人は目を丸くし動揺しているのが見て取れた。


「シュロさん、これ……何かの間違いじゃないですか?」


 怪訝な目で丈瑠がシュロを見る。平静を保っているつもりだろうが、しかし声は震えていた。


「いや、そこに書いてあることが今回の君たちの任務さ」


 あっけらかんとシュロは言った。丈瑠達はもう一度書類に目を通す。しかし何度目を通してもそこに載っている情報は変わらなかった。


「じゃっ! 任務頑張ってね!」
「あ、ちょっと!」


 返事を待たず短い応援の言葉を残してシュロは姿を消した。説明責任を逃れるようにも見えるが、消えたことにさほど動じることなく二人は部屋を出た。




 二人に渡された書類には、次のように書かれていた。
『在学の高校にて敵を確認。速やかに駆除又は捕獲せよ。尚、敵の詳細は以下の通りとする。』
 その詳細には敵の顔写真と情報が載っていた。そしてその情報こそが、二人が狼狽した原因でもあった。


 その情報とは、二人のクラスメイトである花宮周(はなみやあまね)のものだった。



[43867] 4誘導と告白
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:ed5c0f94
Date: 2023/08/02 09:55
 空は灰色だった。
 日の光は分厚い雲に遮られて地表は鈍く照らされる。曇天の影響か、教室の雰囲気も沈んでいた。教師の声もいつも以上に張りがなく、鬱屈とした気分が表情から見てとれる。海の底のような静けさと暗さが体と心を勝手に疲弊させる。

 そんな中での救済が授業の合間にある小休憩の時間だった。十分という短い時間ではあるが、この限られた時間で、喋ったり廊下に出て体にたまった陰険な気を少しは吐き出すことができるのはありがたい。
 亜門と丈瑠も廊下に出て開いた窓のそばに立っていた。ひんやりした風が体を撫で付ける。

「で、結局どうするんだよ」

 亜門がそっけない口ぶりで言う。手をズボンのポケットに突っ込み、廊下の壁に体重を預ける。会話がいきなり接続詞から始まったが、その言わんとすることはお互いに理解していた。

「一応考えはある」

 腕を組んだ丈瑠は平然としていた。会話は亜門に、目線はクラスにいる花宮周に向けられていた。
 花宮周は、クラスの後ろで何人かの女子と話している。透明感のある肌と対比するかのように髪の色は黒く、毛先がゆるくウェーブしている。放物線を描く二重瞼はくっきりとその形を表していた。

「なんだよ、その考えって」
「簡単な話だ。まず――――」

 説明を一通り終えても二人の表情に変化はなかった。休憩の時間が終わりに近づき、次々に教室に入っていく。やや遅れて二人も教室に入った。教室の中は騒々しく、休憩終了の最後の一秒まで余すことなく三々五々言葉が飛び交う。
 小休憩とて侮れない。


 
 花宮周の席は窓際の列の真ん中だった。昼時になると、周の席に数人の女子がやってくる。手にお弁当箱を持ち、空席を集めて輪を作るようにして楽しく談笑するその空間が、周にとって数少ない癒しになっていた。会話の合間にリズムよく箸を動かす。

 そんな輪の外から、見慣れない人影が現われた。

「花宮さん、ちょっといいかな」

 周は体を硬直させた。それから示しをあわせたようにまわりの女子達が振り返る。遅れて周も視線を上げると、そこには丈瑠が立っていた。目線をやや下に、申し訳なさそうに和顔して周を見ている。

「楽しくおしゃべりしてるとこ悪いんだけどさ、ちょっと……着いてきてもらえないかな」
「あ……はい」

 周が席を立つ。先導する背中について行く。丈瑠の顔立ちに見とれてなぜ呼び出されたのか聞けずじまいだったが、あまり深く考えることはしなかった。
 渡り廊下を渡って南舎に入った。そのまま階段を上り、四階についた。目の前には屋上につながる扉があるだけで、昼間でも薄暗く、どこか落ち着かない。

「ねえ、今更言うのもなんだけどさ、私に何のよう?」

 思い出したように尋ねる。はじめに感じた胸の高鳴りは元に戻りつつあった。

「それはこの先で伝えますよ。さ、入ってください」

 丈瑠は質問に答えず、扉を開け中に入るよう催促する。その様子に周は訝りながらも素直に足を踏み入れた。直後に丈瑠も入り、後ろ手で扉を閉める。午前中の曇天から一転、空には薄雲がたなびいていた。気持ちの良い澄んだ空気にあてがわれて、周は思わず伸びをする。

「で、式嶋君、私に何の――」

 振り向いてすぐ異変に気付いた。体が動かない。
 足を踏み出そうとしても、手を前に出そうとしても、体が動いてくれない。いや、正確には頭で指令は出せているのだが、手足に届いていない。水をせき止めるダムのような分厚い壁がある感覚。
 何が起きているのか理解できず、目を丸くして言葉を飲み込む。

「そのままだ、花宮」

 眼前の丈瑠が言う。しかし、明らかにさっきまでの丈瑠とは様子が違う。温和な顔つきも、柔らかい雰囲気も、丁寧な話し方も、どれひとつとして当てはまらない。

「ねえ! これ何なの!」

 周が声高に叫ぶ。その後で、首から上は自由に動かせることを知った。助かった、叫び続ければ誰かが来てくれるかも知れない、と一抹の安堵を覚える。

「大きい声を出すな、おい亜門」

 直後、首筋に悪寒が走る。周の視界の端に、青光りする刀とそれを持つ亜門が現われる。首と刀、薄皮一枚ほどの間隔が明確な死のイメージを植え付ける。

「私……どうなるの?」

 声量に気をつけながら声を出す。数十分前まで楽しく喋っていたのに、今は数センチ右に死が待ち構えているこの状況に色々な感情が入り交じって嗚咽が漏れそうになるが、必死にこらえる。

「簡単な話だ、俺たちととある場所へ行ってもらう」
「とある場所……?」
「お前が知る必要は無い」
「知る必要はないって……で、でも今学校だよ、連れ出すなんて無理だよ!」

 丈瑠はにやりと笑う。目線の高さまですっと手を上げ、指をぱちんと鳴らす。
 すると、三体の人影が現われた。はじめはのっぺりとしていたそれは、うねうねと動きゆっくりと見覚えのある形になる。それはこの場にいる三人にそっくり、というよりは三人そのものだった。頭のてっぺんからつま先まで、寸分違わぬ精巧な影が直立している。

「こいつらが代わりになってくれる。だから心配は無用だ」

 影が人になったこと、突然現われたこと、そもそも不思議なこの状況、現実の中の非現実に周はただただ圧倒されるばかりだった。気づけば考えることは放棄して、大人しくしていた。

「あらかた説明し終えたな。じゃあ行くぞ亜門」
「おっけ」
「えっ……ぅわっ!?」

 亜門が周を担ぎ、丈瑠とともに屋上の床を勢いよく蹴る。そのまま忍者のように屋根をつたって三人は目的地まで向かった。

 だんだんと小さくなる三人を見届けて、コピーたちは校舎へと戻った。かちゃんと扉に鍵がかかった音がした。



[43867] 5ここが本丸?
Name: 理科係◆0b5ca150 ID:d10e5e9d
Date: 2023/11/24 16:25
眼下の景色は流動していた。
 いつも見ていた家や外壁や電柱が、一体となって流れていて、それが生き物のような感じがして、無意識に龍の背を連想していた。そうだとしたら、頭はどこになるんだろうかと細かなディテールを考え始めた時、体が持ち上げられた感覚があって、周ははっとした。

 そうだ、私連行されてるんだった――ほんの数分前なのに遠い過去を思い出すような感覚。
 不必要な非日常に圧迫されて思い出すのに時間がかかったのか、それとも思い出すことそのものを拒否しているのか真相は定かではないが、しかし思い出してしまった物は仕方が無いと周は小さくため息を漏らす。

「ねー、まだ着かないの」

 頭を持ち上げ丈瑠の方を向く。

「もう少しだ」

 丈瑠の返事の中に感情の起伏は無かった。これもその原因かも知れないと周は感じていた。AIのような定型文の答えが返ってくる。この先に何があって誰が待ち構えているのかそのすべてが見えてこないから、尋ねることはやめて流れに身を任せていた――淡々と過ぎる時間の中で脳の動きも鈍くなったのかもと自分を強引に納得させる。
 それならば妄想力でも鍛えるかと再び視線を下に落としたとき、途端に流れが止まりがくんと周の体が大きく揺れる。直後、周の体を支えていた腕がのけられ、地面に水平だった体が垂直になる。

「着いたぞ」
「……もうちょっと丁寧にできないの?」
「落とされなくて良かったな」
「答えになってないわよ」
「ま、まあそう怒らずに、そういうアトラクションだと思っちゃえばさ」

 フォローのつもりで言葉を掛ける亜門。しかし周の低い声色と正面を向いたまま視線を動かさない丈瑠とのさめた空気に言葉は弾かれた。亜門もそれを察したのか、それ以上喋ることはなく正面をむき直した。ほとんど同時に丈瑠を睨んでいた周も前を向いた。

 三人の視線の先にあったのは民家だった。目立った特徴も無い二階建ての民家。鉄筋コンクリート造りの、外壁の白壁にところどころ汚れがあって、ベランダが付いている。家の佇まいを見て拍子抜けする周とは対照的に特段驚く様子もなくドアに手をかける丈瑠と亜門。

「ちょっと、ここでほんとにあってるの?」

 当然ともいえる疑問だった。いきなり連れ去られたかと思えば、行き着いた先がただの民家という結末である。例えばこれがビルであるとか、あるいは一目でそれっぽいと思わせるような建物であればまだいくらか状況を飲み込むことも容易かっただろう。
 しかし、現実に周の目に映るのは普通の民家である。

「こんな、友達の家に遊びに行くんじゃないんだから――――ってちょっと!」

 呆れた様子の感想などには聞く耳も持たず丈瑠と亜門は玄関を開け中に入っていく。慌てて周も後ろをついて行く。扉がかちゃんと閉まる。


部屋の内装も予想通りだった。土間も、二階への階段も、リビングへとつながる廊下と扉でさえもそのどれもが予想の範囲内であり、新鮮味はなかった。三人は靴を脱ぎそろえるとそのままリビングへとつながるドアに向かう。

「え、、この奥に誰かいるってこと?」
「奥にいると言えばいる」

いまいちキレの悪い丈瑠の返答に怪訝な表情を見せる周。続けて

「もしかして、お、お母さんに会わせようとしてる? そんなだったらすぐ帰るからね」
「そんなわけないだろうが!!!」

などと冗談交じりに話しつつ、突然扉の前で二人は歩みを止めた。後ろを付いてきていた周は困惑し、二人の間から様子をのぞき込む。しかし、突然立ち止まるような異変はそこにはなく、それが周の理解を更に苦しめる。

「急にどうしたの? はやく開けなさいよ」
「そのまま開けても意味ないんだよ」
「意味ない? 意味ないってどういうこと?」

丈瑠の言葉が指す意味がよく分からない周は、至極当然の行動として扉のドアに手を掛けそのまま開けた。その先にあったのはリビングで、右手にはソファとテレビが、左手にはキッチンが備え付けられている。生活の気配が感じられないほどに整えられたその空間には、同時に人の気配も感じられなかった。

「あれ……誰もいない」
「だから言っただろ、そのまま開けても意味ないって」

気だるそうな言葉と共に扉を閉める。

「とりあえず、花宮、下がってろ」
「え、あ、うん」

言われた通り最初の位置に戻る周。再び丈瑠がドアノブに手をかける。

「"接続"一番通路」

丈瑠の放った言葉は廊下にこだまして消えた。

「……何か変わったの? これで」
「大丈夫、これが正規の方法だから」

周の気持ちを知ってか補足する亜門。今度はその言葉が届いたのか、周は落ち着いた様子で目も据わっていた。丈瑠は扉を開き、奥へと歩みを進める。残りの二人もそれに着いていく。




扉の先は蛍光灯がまばらに光を放ってはいたが、それでも全体的に薄暗い光景だった。
 全体に広がる薄闇と目視できる範囲に出口らしきものが見当たらず、周は生唾を飲み込む。踏み出すのをためらうがしかしここまで来て引き返すわけにもいかず、先行する二人を追いかける。

 二人に追いついた周。通路の幅は広く、自然と三人は横並びになる。弾む呼吸を整えて、周は二人に話しかける。

「ここってどこなの?」
「通路」
「……そうじゃなくて! 全体の話をしてるのよ」
「全体って……なあ」
「んー、本丸って言い方がベストかな」

 返答に窮する丈瑠の代わりに答える亜門。その返答を受けて、周は改めて周囲を見渡す。まず目に入ったのは剥き出しの配管だった。大きさ、形、長さがてんでバラバラなそれが、上下左右に張り巡らされている。そして迷路のように複雑で入り組んだ配管の、その隙間を縫うように細い線が通っていた。配線だった。蛍光灯の明かりはここから来ていた。

 立ち止まって周は壁を伝うそれらに指先を沿わせた。ごつごつとした手触りと入り組んだ配置を眺めていると、ここが巨大な生物の体内なのではないかと錯覚してしまう。手のひらが触れているこれが、ゆっくりと胎動(うご)くのではないかとも思ってしまう。
 亜門が言った本丸という言葉を今一度脳内で反芻する。手を離し、駆け足で再び二人のもとへ。


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