とある丘に位置する小さな小屋、そこにあるベッドで、死を待つばかりの老人が横になっていた。
いや、老人と言うには他の人とは随分若く見える。
髪は黒く、瞳も髪と同じ黒曜石のように澄んでいる。
だがやはり体は昔とは勝手が違い、最早動くことすらままらない。
体はやせ細り盛り上がっていた筋肉は今は見る影がない。
しかしその老人には覇気があった。
死を待つばかりの自分に恐怖することなく、ただ天井を見上げている…。
ふと、その老人はどこか遠い目でこれまでの人生に振り返っていた…。
若い頃の自分はまさに傍若無人。
刃向かって来た者は平等に死を、役に立たないのなら喩え同族でも殺すのは躊躇わない。
冷酷非道、悪逆非道、残酷無慈悲、そんな言葉がピッタリな生き方をしていた。
しかし、そんな自分にある人物が立ちはだかった。
その人物は同じ同族でも最下級に位置する出来損ないの落ちこぼれだ。
そんな落ちこぼれが仲間を殺された怒りで自分に立ち向かう。
その男俺とは実力差では雲泥の差があった筈だった。
なのにあの男は…奴はそんな事もお構い無しに言い放つ。
『落ちこぼれも必死に努力すりゃエリートだって越えられるかもよ』
そして事実、アイツは俺を超えやがった。
最初の時は俺が圧倒していた、だが奴は……何時も俺の一歩俺の先を行っていた。
最初に超サイヤ人に覚醒したのも奴だった。
俺も奴に負けないよう死ぬ気で修行した。
奴を倒す為、奴を超える為、俺は自分の限界を幾度となく越えた。
だがそれでも……。
「超えられなかった」
老人の呟きに開いた窓から入ってきた風がカーテンを揺らす。
この小屋には自分以外いやしない、家族にはこんな自分を見せたくはない。
恐らくは俺を探しているかもしれないが、気が極端に小さくなっていく俺を見つけるにはかなり時間を有するだろう。
ブルマも俺を探してくれいるのか…?
だが、それにしても。
「家族……か」
思えばこんな自分に家族が出来るとは昔は思いしもしなかった。
何だかんだ言いながら俺を支えてくれたブルマ。
最初は下品な女かと思ったが中々どうして、かなり肝が据わっている。
俺の鍛錬するのに使われる修行場もアイツの手製のものだ。
偶に壊してしまうが。その度にブルマから小言を言われ、それでも徹夜して直してくれる姿に俺はすまないと思いながら口にする事が出来なかった。
今なら素直に言えるかもしれない。「すまない。そしてありがとう」と。
録に父親らしい事はしていないのに自分を慕ってくれたトランクス。
俺とは違い要領もよく俺には過ぎた……出来すぎた息子だ。
今は子供も出来て、その子供も今やカプセルコーポレーションの総帥だ。
後に産まれた娘、ブラはサイヤ人の血筋はあまり受け継げなかったがそれでも元気に幸せに育ってくれた。
………時折悪い虫が付いた時は徹底的にそいつ等を【教育】してやったが。
その娘も、悪い虫ではなく、誠実な男と幸せに暮らしていて、やはり子供も出来たようだ。
娘の結婚が決まった時はそれは暴れたものだ。
ウーブを始め、悟飯や悟天、トランクスにパン、果てにはクリリンに18号、天津飯や餃子、あのヤムチャまで俺を止めに来たのだから。
しかし、そんな奴らでも超サイヤ人4の、しかも半暴走状態の俺を止めるには少しばかり戦力が足りなかった。
だが……。
「いい加減にしてよお父さん!!」
「黙れ!お前が結婚なんて、許すものか!!」
「酷いよお父さん……分からずやなお父さんなんか…大嫌い!!」
「!?!?」
この一言で俺は意気消沈……いや、轟沈した。
それは以前髭を生やしていた時の「似合わない」発言よりも効いた…。
ある意味一撃必殺だ。
その後、俺の気持ちを察した悟飯は自身の仕事もあるのに俺の憂さ晴らしの相手になってくれた。
ブルマや他の女共には呆れられたりもしたが……今となっては良い思い出だ。
俺はきっと幸せな日々を過ごして来たんだろう。だが、それなのに俺は何処か虚しさを感じていた……。
「カカロット……」
一星龍との決戦の後、奴はドラゴンボールと……神龍と共に何処かへ消えちまった。
尤も、その事に気付いたのは俺とパンくらいだったが…。
奴が消えても、俺は修行を続けた。
それはきっとカカロットの代わりにこの地球を、宇宙を護ろうと俺の無意識の行動なのだろう。
……残虐なサイヤ人であった自分が他人を護ろうなど……おかしな話だ
だが危機という危機は訪れず地球は長い平穏に包まれた。
その間に俺はカカロットの奴を探し続けた。
地球は勿論、東西南北、全ての銀河を回って。
働かない俺にブルマは最早諦めたのか、最新の宇宙船を与えてくれた。
けど、やはりというかカカロットは影の形も見当たらなかった……。
カカロット、お前はあの世にいるのか?
幾ら長寿族のサイヤ人でも全宇宙を探し回るのには時間が掛かる。
だがこれほど探しても見つからないとなると心当たりは一つしかない。
「カカロット……直に俺もそっちに逝く。首を洗って待ってやがれ」
老人は口元をニヤリと歪めていた。
もしカカロットがあの世に居るならば、閻魔の奴を脅してでも会いに行かなければ……。
「カカロット、俺はあれから強くなったぞ、俺がそっちに逝ったらトコトン…ゲホゴホッ!はぁっ戦ろうぜ…!」
もう直ぐ俺は死ぬと言うのに……これもサイヤ人の性か、俺の頭はカカロットとの決着でいっぱいだった……。
「ガハッゴホッ!はぁっはぁっ…ゲホッゲホッ!」
どうやらお迎えが来たらしい……段々意識が薄れていきやがる…。
「はぁっはぁっ待ってろよ、カカロット!今度こそ、俺は貴様を……ゴホッ、超えてやる!!」
薄れゆく意識の中、カカロットとの決着だけを考え、そして俺は……。
「………」
意識を……手放した……。
「父さん!!」
勢い良く扉を開け、少し老けめの男性が小屋に入ってきた……。
「父さん!何処にいるんだ!?」
男性は小屋の奥へと入っていく。
男性はつい先程目つきの鋭い老人がこの小屋に入っていくのを見たという情報を頼りに文字通り飛んできたのだ。
間もなく親友の悟天も来るだろう。男性は……トランクスは小屋の奥へと向かい、扉を開けた。
「父さん!!」
バンッと大きな音を立ててトランクスは雪崩れ込むように入るが、次に見たものに驚愕する…。
「父……さん?」
後ろから悟天や悟飯の声が聞こえるが、トランクスの耳には入ってこなかった…。
何故なら……。
その部屋には誰も居なく、【誰かが寝ていた】という形跡のあるベットと、窓から入ってくる風にカーテンが揺れているだけだったのだから…。
「おき………タ」
「んん?」
「起きろベジータ!」
「のわっ!?」
突如聞こえてきた声に老人……ベジータは跳ね上がるように目を覚ます。
「こ、ここは……?」
ベジータが辺りを見渡すが周りは白い霧に包まれているようでどうも見渡しが悪い……。
「お〜いベジータ、こっちだぞ〜」
とそこに後ろから聞き覚えのある声がベジータの意識を覚醒させていく……。
「その声……カカロットか!?」
後ろを振り返るベジータの表情はどこか明るく見える。
「オッス」
ベジータが振り返るとそこには嘗ての宿敵、カカロットこと孫悟空が子供の姿で座りながら此方に手を振っていた。
「あはは、ベジータ、おめぇスッカリお爺ちゃんだな〜♪顔が皺だらけだぞ、チチやブルマ程じゃねぇけど」
「漸く見つけたぜカカロット!!此処がどこだか関係ねぇ、今すぐ俺と勝負しやがれ!!」
悟空の出現に、ベジータは老いた体にも関わらず、臨戦態勢に入る。
「まぁちっと待てよベジータ、オラはおめぇと闘いに来たんじゃねぇんだ」
「ふざけるなよカカロット!!俺はこの瞬間を心待ちにしていたんだ!それにどうせここはあの世なんだろ?だったら時間はタップリあるんだ!逃がしゃしねぇぞ!!」
「ああ、分かってるさ、オラはずっと見ていた。オラが神龍と消えちまってからずっと……それに、ここはあの世じゃねぇ」
「何だと?どういう事だカカロット」
「おめぇが死ぬ直前、オラが神龍に頼んでおめぇの体をこの空間に連れてきた。ここは全ての時間が止まった場所だ、おめぇの体も今はそんなに辛くねぇはずだぞ?」
言われてみれば……確かに随分と体が軽い。
「……妙に舌が回るじゃねぇか、貴様ホントにカカロットか?」
「ひでぇ〜な、オラそんなに頭悪そうに見えるんか?」
心外だと悟空は顔をしかめらせる。
「それより、俺をこんな所に連れてきて一体何を企んでやがる?」
ベジータの問いに、悟空は表情を変え真剣なものになる。
「ベジータ、おめぇ人生をやり直してぇとは思わねぇか?」
「………何?」
「おめぇはこれまで戦いに次ぐ戦いの連続の人生だった……そこでな、おめぇには真っ当な人生を歩んで欲しいんだよ」
悟空は真っ直ぐな目でベジータを見つめる。
「オラが消えちまった後も、おめぇは平穏に身を投じる事なく、修行に明け暮れた……」
「…………」
「オラを探す為に宇宙を旅してきて、その星で出逢った人達の中で困っている奴がいる時は助けていたのも、知ってる」
「………」
「だから、オラはおめぇをもっと幸せな日常に過ごしてほしいんだ」
「……くだらんな」
「ベジータ……」
悟空の提案に、ベジータは一言で一蹴する。
「俺は誇り高いサイヤ人の王、ベジータ様だ。貴様は勿論、誰の指図も受けん」
「………」
「言いたい事はそれだけか?」
「やっぱり駄目か?」
「くどいぞ!」
「そっか……なら」
すると、途端に悟空の表情は明るくなり、悪戯を企む悪ガキの顔になる
「強硬手段に出るしかねぇな♪」
「なっ!?」
いきなり変わる悟空の表情に戸惑うベジータ。そして淡い光がベジータの全身を包んでいく…。
「こ、これは!?カカロット!何をしやがった!!」
「悪ぃなベジータ、おめぇがそんな事を言い出すと思って、コッチで準備を進めていたんだ」
「な、何を勝手な事を!俺をどうする気だ!」
「これからおめぇは全く別の世界に跳ぶ」
「何だと!?」
「跳ぶ先はランダムだが、おめぇの実力ならそうそう負ける事はねぇさ。頑張れよ、ベジータ……」
「ふざけるなカカロ……」
何かを言おうとしたベジータだが、淡い光が更に強まりベジータは光と共に消えていた。
辺りは静寂になり悟空は上を見上げる……。
『これで良かったのか悟空?』
「神龍か……ああ、いいんだこれで」
『だが、これでベジータはお前に恨みを残したんじゃないのか?』
「そん時は、またアイツが死んだ時に思いっきり闘えばいいさ♪」
『……相変わらず無責任だな、お前は』
「にしし♪」
悟空は笑みを浮かべるとどことなく寂しそうに呟いた…。
「ベジータ……幸せになれよ」
送るのは嘗ての宿命のライバルへ向けての言葉、それは傍にいる巨大な龍にしか聞こえてはいなかった。
「はっ!?」
風が髪を撫でる感覚にベジータは目を覚ます。
「ここは……一体?」
困惑の色が隠せないベジータだが、直ぐに憤怒の色に染まる。
「カカロットの野郎余計な真似をしやがって、待ってろよ、直ぐに戻ってやるからな!」
そう言ってベジータは勢いよく立ち上がるが、ある異変に驚愕する。
場所が庭園の様な所だからか?
違う。
悟空の思惑どうりになったから?
惜しいが違う。
ならば何だ?
それは……。
「が、ガキの姿だとぉぉ!?」
やたら視線が低くなった事に気付いたベジータは体をアチコチ触り、知りたくなかった現実に直面してしまった。
「く、くくく……」
いい知れぬ怒りがこみ上げ、……そして。
「くそったれぇぇぇぇ!!」
ベジータの第二の人生の幕開けの瞬間だった。