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[946] FATE/MISTIC LEEK
Name: Mrサンダル
Date: 2006/04/08 04:42
―SSを読む前の注意―

どうも、始めまして。
Mrサンダルと申します。
SSを書くのは初めてなので、目を通して下さった方々に不快感を与える事もあるかもしれません。
それでも宜しいという方々、拙い文章では在りますが読んで頂けるなら幸いです。

今回の投稿につきましても、簡単な概要に使用させて頂きます。

1:このSSはクロスオーバー「TYPE-MOON×ネギま」のアフターものです。
2:世界観は「TYPE-MOON」さんのモノで統一されています。
3:「ネギま」のキャラクターに関しては物語から4年後と、大分無理のある設定です。
4:基本的に、このSSは士郎の一人称で進行します。
5:FATEセイバールート後より物語が始まります。
6:独自の設定、独自の解釈により描写される場面が多々在ります。
7:独自のキャラクターはメインに据えません。が、物語の都合上登場する事も在ります。
8:ジャンルは特にありません、連載ものですので各話ごとにシリアス、ほのぼの、バトルと作者の力量の限り描いて行こうと思います。

最後に、作者は間違っても「TYPE-MOON」、「ネギま」等の作品を貶めるつもりはありません。
もし、その様な表現を見つけた方がいらっしゃいましたら即座にご連絡をお願い致します。
直ちに、変更或いは削除致します。

長々と失礼致しましたが、上記を読んで尚作者のSSを読んでも構わないという方、有難う御座います。
ご指摘、ご感想等お待ちしています。



[946] 第一話 日常境界 Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 06:06


  
 聖杯戦争は終わった………。
                          
 戦いは勝者を生むこと無く、その爪痕をそのままに、脆い日常(セカイ)をまわし続ける。
                                   
 俺と、遥か理想の果てに眠る彼女の心に、ほんの少しの悲しみと僅かばかりの思い出を残して。

 儚い、けれど何よりも尊いこの日常は、今もこうして廻っている。





FATE/MISTIC LEEK
第一話 日常境界 Ⅰ





 冷たい外気が頬をなでる、四月を半ば過ぎたとはいえ土蔵で朝を迎えるのは体に堪えたらしい。中途半端にストを起こす体に鞭をいれ伸びをする。

「ファ~、またやっちまったか」

 いい加減、土蔵で寝る癖治さないとな。治す気も無いくせにそんなことを考える。

「―――――――」

 辺りを確認すると視界に収まるのは「強化」を失敗した角材の山、山、山。聖杯戦争の時には結構成功していた「強化」の魔術が今は見る影も無くこの有様。つくづく自分の才能の無さを痛感する。
 あの戦いから早三ヶ月。
 遠坂に師事して結構経つがいかんせんこの有様じゃ、アイツにあわす顔が無い。進歩はしているんだろうがなんとも情けないぞ。

「―――っと。こんなこと考えてる場合じゃないか」

 俺は即座に思考を切り替えた。
 魔術は魔術、くよくよしていてもしょうがない。衛宮士郎に才能が無いのは今に始まった事じゃないんだから。
 我ながら思う。随分と短絡的な志向だよ。……まあそれとて兎も角、今は朝飯の支度を済ませるのが最優先事項のはずだ。
 そもそもだ。朝飯が遅れようものなら冬木の町で放し飼いにされている虎が、どうなるのか分かったもんじゃない……あー訂正。鮮明に想像できる。そんなワタクシ、だって彼女のブリーダー。
 そんなことを考えるうちに居間に到着。瞬間、味噌汁のいい香りが鼻腔をくすぐった。

「悪い、今日は遅刻しちまったみたいだ」

 我が家のミス・パーフェクト家政婦さん。桜に嘆く。彼女はお玉を可愛らしく肩に添えて柔らかく微笑んだ。

「そんなこと無いですよ。いつもどおりだと思います」 

 私、ちっとも気にしていません。なんて笑顔で言われたら何も言えないじゃないか。

「そっか、それとおはよう桜」

「はい、おはようございます先輩」

 日々の変わらぬ証拠を言って、言われて。自前のエプロンに袖を通す。
 ウム、今日の味噌汁はモズクか? 何気に、今日が初出ではなかろうか。順調にレパートリーを増やしつつある彼女の和食レシピ。危機感を覚えずにはいられないのだが、それはそれ。早速朝食の準備に取り掛かることにした。
 
「主采は何だ?まだなら俺が作るぞ」

「冷蔵庫に藤村先生の御爺さんから頂いた鮭があったはずですよね?」

「だな、じゃあ今日の主采はそれでよしっと……他には?」

「今作っている、レンコンの膾と昨日の切り干し大根がありますから………」

「十分だな」

 このテンポが実に心地よい。やはり朝は桜と一緒に料理をしなきゃ嘘だ。加えて、まごうことなき日本の朝餉、文句なしだぞ。

「ふふ、どうしたんですか先輩、妙にうれしそうな顔して」

 桜が嬉しそうに問いかける。そんなににやけているのか、俺の顔。

「いやなんだ、ここ最近、朝飯、洋風が多かったろ? 久々に衛宮家の朝が帰ってきたなって」

 そうなのだ。あの戦い以来、衛宮家の食客は今や三人と虎一匹、時々赤いあくま。
 言わずもがな、そのうち三人が洋食党。味気なくも、パンが王権を簒奪し我が家の食卓を支配していたのだ。

「確かにそうですね、遠坂先輩もイリヤちゃんも洋食党ですから」

 困ったように微笑む桜。
 だがしかし、俺は知っているぞ。桜も洋食党だって。まあそれは置いといて。

「だろ、だからなんか嬉しくってな」

 一家の主なのだから、自分の食べたい物を作ればいいと思うのだがすでに「朝食は洋風」と暗黙の了解が出来上がっているらしく、俺が台所に立つと決まって洋食を作らされていた。……主に、赤いのと白いのによって。
 俺だって命は惜しいのだ。朝飯ぐらいで身の保身が買えるなら安いもんだ。
 クソゥ、悔しくなんか無いぞ。

「先輩、日本食が食べたかったらいって下さいね。私が作れば皆さん文句も言わないでしょうから」

 思ったことが顔に出たのか、ズイっ! と割と切実に訴えかけてくる桜。
 苦労かけるね、ほんと。

「あぁ、そのときは宜しく頼むぞ間桐くん」

「はい、任せてください!衛宮チーフ!」

 俺の冗談をどう取ったのかキリリと振舞い桜は言葉を返す。俺は堪えきれなくなった頬の緩みをそのままに、目の前の鮭をひっくり返した。
 この何気ないやり取りがたまらなく尊い。あの辛い戦いも、このかけがえの無いものを守れたのなら、それはなんとゆう奇跡なのか。やはり日常とはこういうものを言―――

「おはよーー!!士郎~~~~~おなかすいたぞお~~!朝餉をもてい!!」

 玄関が開くと同時に号砲。
 言わない、こんなUMAのいる日常を断じて日常とは認めない。
 どたばたと遠くに喧騒が響いたかと思えば、それも束の間。

「もう、大河、朝からレディが。何言ってるのよ」

 俺の隣から、すっと透き通った声が。
 そんなのだから、シロウに愛想着かされるんだから。と、流し目で早速虎を攻撃するのは連邦(藤村組)の白い奴。
 イリヤさん、貴方いつの間にいらしていたんでしょう?

「あら、イリヤも私も藤村先生と一緒にお邪魔したんだけど」

 そこに居るのが当たり前のように冷蔵庫から牛乳を取り出し、ゴキュゴキュと飲み干す赤い影、今日も赤いコートにはしわ一つ無い。ああ今日は遠坂もいるのか………って!?

「プハー、やっぱ朝はこれねぇ~」

「と、遠坂っ!?」

 爺くさいぞ……なんぞ、間違ってもいえないけど。ええ、気を取り直して。
 いつの間に!? そしてなぜに口にも出していない俺の疑問にそんな的確な答えを!?

「おはよう。桜、ついでに士郎」

「おはようございます、遠坂先輩」

 俺はついでかよ……。

「……ああ、おはよう遠坂」

 台所で当然の様に朝飯にチェックを怠らない遠坂にジト目で返す。

「今日は日本食か、桜が作ったの?」

 当たり前のように俺はスルー!? まあ、俺程度の眼力じゃこんなもんか。

「はい。今日は何だかご飯が食べたくって」

「ふうん、まっ、たまにはいいかもね」

 恥ずかしげに舌を出した桜に、遠坂は男の俺にも出来ない格好良い笑みで返した。
 こんな二人のやり取りも最近増えてきて実に良い。聖杯戦争の時の様な、トゲトゲしたやり取りをそこには感じられない。
 なんて言うか姉妹みたいだ。
 ……でもな遠坂。それは口の挟みようが無いほどに微笑ましいのだけれど、俺が朝、日本食作った時とあまりに態度が違いすぎるってのは、どうやって納得させてくれるんだ?

「?どうしたのよ士郎、面白い顔して」

 俺が人生の不条理に本気で悩んでいると言うのにこいつは!

「いや、なんでもない気にすんな」

 まあ、どうでもいいか。そろそろイリヤが藤ねえを落ち着かせている頃だろうし朝飯にしよう。

「っと、桜、こっちは鮭焼きあがったぞ」

 思考を別に走らせても手は休むことなく料理を作り続けている。
 うーむ、何か男としてのイデオロギーというかアイデンティティーというのか、兎にも角にもそう言ったモノが薄れていくのは気のせいだろうか?

「ご飯もしっかり炊けていますし、準備オッケーです」

「そう、それじゃあ朝食にしましょうか」

 あの、遠坂さん? 何であなたが音頭を? 朝食を作ったのは桜と俺ですよ?

「士郎、何ぼうっとしてるのよ、藤村先生も静かになっているし速く朝食運んじゃって」

「ハイハイ、ただいま」

 苦笑いしながら盆を運ぶ。俺もなんだかんだで、この日常が好きなんだよな。

「士郎~、イリヤちゃんが虐めるよ~~」

 途中、手負いの虎が助けを求めてきたが、当然のように無視だ、無視。人類は虎の言葉など理解できません。

「お待たせイリヤ、ご飯よそうの手伝ってくれ」

「ハーイ、ほら大河も手伝って、これぐらいやらないと本当にシロウに嫌われちゃうよ」

「うう……」

 渋々ながらも手伝う藤ねえ、本格的にイリヤに手なずけられてきたな。まあ、人類虎科としてはそれも止む無しか。
 俺がイリヤと藤ねぇの漫才に苦笑しているうちに、桜と遠坂はいつもの指定席に腰を落ち着けていた。

 何やかやと姦しいやり取りを終えて、全員が食卓に揃い、合唱。

 藤ねえが、我ココヨリ戦闘ニ移行ス、とばかりに飯をかっ込み。イリヤのおかずをさっきの仕返しとばかりに奪い取り、彼女はぼうっとそれを眺める、桜は苦笑いしながら朝食を楽しみ、遠坂は我関せずと優雅に食卓を囲む。
 アイツのいないこの日常もこんな奴らに囲まれて変わらずに過ごせて行けるならば、それはなんて幸せ。

 そんな思いを噛み締めながら俺も朝の戦争に参加した。




 嵐のような朝食は藤ねえの登校で終わりを告げる。残るのはいつもの四人。残り僅かな朝の喧騒。さて、どうやって過ごそうか?
 しかしふと、いつもの朝のようで何か違和感を覚えた。いつもと同じ騒がしくも何気ない朝の風景。何時もなら確かこう………。

「なあイリヤ、今日何か元気が無くないか?」

 洗い物を済ませ、エプロンを外す。俺は畳の上ででれっと足を伸ばすイリヤに、なんと無しの思い付きを吐露してみた。

「え!? っな、なんで!? 私はいつも道理だよ?」

 そうだろうか?けど……何か物足りない。
 いつものイリヤなら、もっとこう文字道理、体を張った「ぼでぃーらんげーじ」があるはずなんだが?
 主にタックルとかタックルとか極めつけのトペ・アインツベルンとか。

「いやでも、今日は何か元気が無いと思うぞ、朝飯のときも藤ねえにおかず盗られてばっかりだったしな」

 思えばこれもおかしい。
 いつものイリヤなら藤ねえのあの程度の仕返し、押し返してしかるべきなのだ。

「それにな、イリヤ。気付いてないみたいだけど、お前、今朝の挨拶忘れてるぞ?」

「――――――――っ!?」

 何よりこのことがありえない。イリヤは正真正銘の淑女だ。それは俺も桜も遠坂も、そしてイリヤの親代わりである藤ねえが一番認めている。そのイリヤが、朝の挨拶を忘れるなんて、考えられない。

「な、何言ってるのよシロウ!?私、挨拶したと思うけど!?」

「―――――――――――」

 慌てまくるイリヤ。そして、いきなり顔を強張らせる遠坂。今の中が突然ぴりりとした空気に包まれた。
 俺がイリヤを慌てさせる図、なんとも珍しい。とりあえず、確認の意味も込めて、したっけか? と桜に視線で尋ねてみる。案の定桜も小首をかしげている。

「桜も聞いてないってさ、大丈夫かイリヤ?もし、体の調子が悪――――」

「そこまでよ、衛宮君。早く出ないと遅刻するわ?」

 いきなり声をかけて来たのは遠坂だ。俺はその声色に思わず怯んだ。

「それにイリヤ挨拶したわよ。あなたたちの勘違いじゃない?」

 これ以上の詮索は許さないとばかりに真摯な瞳を向ける。その瞳には暗い影がかかっている気がした。

「だけど――――――――」

「しつこいわ衛宮君、私の見立てでは問題なし。ほら、サッサと仕度、済ませなさい」

 学校、休むなんて許さないから、とにっこり微笑んで一喝。俺から視線を外し遠坂はイリヤに振り返る。

「イリヤ、そうゆうことだから、今日の夜私の家に行くわよ。言っとくけど、拒否権なんて無いからね」

「そう、分かったわ、だけど迂闊ね、シロウには気付かれない様にしていたんだけど………」

「馬鹿ね、それに気が付くとしたら衛宮君しかいないじゃない。本当に、気が利かない甘ちゃんなんだから」

 遠坂の声に力がない。それに「そうだね」そういって破顔したイリヤは、なんて儚い顔で微笑むのだろう。
 要領の得ない会話を終えた後、遠坂とイリヤは玄関に向かっていった。
 うやむやのまま身支度を済ませ俺も玄関に向かう。

「イリヤ、本当に体は大丈夫なんだな」

 言って、俺は見送りに来ているイリヤへと振り返えった。

「しつこいよシロウ。凛も言ってたじゃない、大丈夫って」

「分かった、イリヤを信じる。だけど無理はするなよ」

 出来るだけいつもの様な仏頂面を作って、雪のような髪をなでる。白雪の髪は、ただ温かかった。

「ほら、士郎。急がないと本当に遅刻するわよ!」

 そんな俺を尻目に、遠坂がガぁーと、まくし立ててくれた。
 俺があれこれ考えない様に気を使っているのが丸分かりだぞ。

「オウ、今行く。それじゃイリヤ、行ってくる」

「いってらっしゃい。シロウ」

 いつもみたいに軽く手をかざして、俺は遠坂達の背中にかける。それに答えたイリヤの貌はいつか見たアイツの笑顔に似ていた。
 眩し過ぎる日常、手を伸ばせば簡単に手に入るその世界を遠くから、ただ羨望するだけの遠い笑顔。その笑みが、どうしようもないほどにアイツと重なった。






 白状すれば、予感があったのだ。      
 沈夢、まどろむ日常が終わりを告げて。
 異なる世界に剣を穿つ事を。
 衛宮士郎が未踏の願いを持つのなら、この出会いは避けられない。

 ――――――――――だからこれは分かっていたこと。

 ただ、白状すれば、願っていたのだ。
 この脆い日常が、大切な人たちが笑顔でいられるこの日常が、いつまでも続いてくれれば良いなんて。

 脆い日常(セカイ)は廻り続ける。そして、非日常(セカイ)の幕が開く。







                   



[946] 第二話 白の雪 Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 06:20
  
「―――――同調、開始(トレース・オン)」

 慣れ親しんだ暗闇の中で、空気を震わす。嘆く言葉は常に一つ。
 自分だけの呪文を持って自己の中に埋没する。
 呪文は言霊。自分だけの自己革変。

「――――基本骨子、解明」

 物体の構造を把握する、いかにうまく魔力を流すか今はそれだけを考える。

「――――構成材質、解明」

 強化するのはただの木刀。材質の構造など用意に把握できた。

「――――構成材質、補強」

 やはり遠坂の言うとおり、俺の属性は剣なのだろうか?
 ただの角材では殆ど失敗していた“強化”の魔術は強化する概念が剣に変わっただけでこんなにもスムーズに行使することが出来る。
  
「――――全工程、完了(トレース・オフ)」

 視界が開ける。
 軽い酸欠に浸る高揚感を抑えつけ、出来上がった剣を振るってみた。

「うん。良い出―――」

「ヘぇ、中々いい出来じゃない」

 感心感心、と頷きながら土蔵の中に入ってくるのは――――遠坂?

「いつから見ていたんだ?」

「始めからよ、魔術行使を始めちゃったから声をかけられなかっただけ」

 覗きじゃないわよ、と苦笑しながら強化のすんだ木刀を弄ぶ。

「ま、そんなに大した魔術じゃないし、師匠に見られる分には問題ないでしょ?」

「確かに、で? 評価は?」

「75点。概念強化は十分だけど、慎重になりすぎ、行使のスピードを上げないことには、実戦で使い物にならないわよ、正義の味方さん」

 だよなぁ、と俺は目で頷く。
 遠坂は土蔵の門に寄りかかったまま木刀を投げてよこした。

「それでも大した物だけどね、以前とは比べ物にならない出来だもの」

 おお、遠坂に褒められた。ちょっと、いやかなり嬉しいぞ。
 ……にしても、今夜の遠坂は元気が無い。今朝もそして晩飯の後もイリヤと遠坂、妙に不穏なやり取りをしていたし。

「どうしたんだ遠坂? 俺を褒めるなんて変だし、それにいつもの覇気も無い。あれか? へんなモノつまみ食いさせたか?」

 まさか藤ねえや桜に続いて……もはや衛宮家の冷蔵庫は黄昏時を迎えたというのか。

「あんたね、私のこと、どうゆう風に見てるのよ」

 むぅーと半眼で睨んでくる。遠坂が想像している通りだと思うぞ。が、今はそんなことよりも。

「で、何の用だよ? お前晩飯食った後、イリヤと一緒に遠坂邸に帰ったんじゃないのか?」

 うん。確かに遠坂は八時過ぎ位にイリヤと衛宮邸を後にした筈だ。
 思案顔で顎を撫で付けながら、何を置いても言っておかなければならないことを忠告してやった。

「それに今何時だと思ってんだ?女の子が一人で出歩いていい時間じゃないぞ」

 あんたは相変わらずね、そういって力なく笑う遠坂に不覚にもクラッときた。ヤバイ、こんな儚げな遠坂は反則だ。
 腹の奥で出かけた表情を飲み込み、慌てて会話を続けようとする俺を尻目に、遠坂が零した。

「色々、考えることがあって―――ね」

 ぼそりと、消え入りそうな声でそんな言葉を口にした。
 ホント、理由が分からない。イリヤの事か? と尋ねる前に、遠坂が遮った。

「衛宮君、今時間あるかしら?」

 答える遠坂の貌は確かに魔術師のそれだった。そこに、先ほどまでの遠坂はすでにいない。
 なるべく平静を装い頷く。

「問題ないぞ。時間があるから、こうして鍛錬してる訳だしな」

 それもそうね、そう嘆いて遠坂は土蔵の外にきびすを返した。赤い背中が一歩一歩と遠のく度に、俺は言いようの無い不安を掻き立てられる。

「じゃ、居間で待っているわ、もう皆帰っているんでしょう?」

 振り返らずに言い放つ。遠坂の背中は何故か小さく見える。

「ん? あぁ、もう家には俺しかいないぞ」

「それじゃ、待っているから。それと、心の準備、しておきなさい」

 心の準備? なんでさ?

「お、おい!?遠坂!?」

 そこに尋ねるべき人影はすでに居ない。とにかく、遠坂の話を聞くために居間に行かなくては。

 土蔵から出る。
 見上げた明月。そこにあるはずの風景が、雲に隠れて見ることが叶わなかった。





FATE/MYSTIC LEEK
第二話 白の雪 Ⅰ





「イリヤの体が、もう――――持たない!?」

 居間の机を叩きつけ、遠坂の言葉を拒絶した。
 なんでさ!? わけが分からない。そんなの嘘だ、いくら遠坂の口から聞かされたとは言え、そんなの認められない、認められるわけが無い!!
 今日の朝だって今日の晩だって、イリヤは、アイツは普通に過ごせていたじゃないか。
 確かに今日は元気が無かったけどそれはっ。

「落ち着きなさい、衛宮君――半人前の貴方に彼女の状態の何が分かるの?」

 半人前。それは勿論俺の魔術の知識、技能の話だ。
 冷静になるまでも無い俺にイリヤの状態を知る術等無いのだ。遠坂の下した結論だ、遠坂が言うのだ、その答えに間違いなど無いのだろう。
 ――――――――だけどそれでも納得など出来ない。

「なんでさ……遠坂…なんで」

 無理やり腰を落とした俺は感情の命じるままに遠坂に問いだしていた。考える事を拒否したはずの脳みそは、それと同時に鈍間な思考を走らせる。

「……何で、どうしてイリヤの体が限界なんだ?」

 聖杯の泥? いやでも、目に見える異常だったら聖杯戦争後に遠坂がとっくに気がついて、処置を済ましていたはずだ。
 混乱する俺の前で、魔術師ぜんとした遠坂は重苦しさを纏ったまま小さな唇を開いた。

「―――――イリヤは聖杯の器、それは分かっているわよね?」

 無言の間を肯定と受け取ったのか遠坂は話を続ける。一瞬、彼女は何かを噛み締める様に唇を結んだ。

「そして同時に、イリヤは魔術回路を人間にしたホムンクルスでもある」

「俺なんかとは比べ物にならない魔術師ってことだろ? 何でそれがイリヤの体が持たない理由になるのさ?」

 当然の疑問を投げかけたつもりだったが、平静を貫いていた筈の遠坂の顔が歪んでいく。
 それが、俺の心臓をびくりと弾ませた。

「話は最後まで聞きなさい衛宮君。つまりイリヤは聖杯として機能するために作られたホムンクルスなのよ、この意味分かる?」

 それが何なのさ、全く要領を得ないぞ。そんな顔を作って遠坂の質問に返した。

「まだ分からない?使い捨ての道具と同じよ。目的のために作られ、目的のために使われる、目的を果たせたのなら後はゴミ箱の中。聖杯戦争のために作られ、聖杯として使われる、聖杯という機能を果たせたのなら後は一緒、ゴミ箱行きね。そんな物に余分な「人並みの寿命」なんて物、付加させていると思う?ようはそれが、無機物か人の形をしているかの違いだけなのに?」

 早口に言葉を突きつけられて、全身の筋肉がギチリ固まった。それと同時に崩れだす、バラバラになっていく俺の理性。
 空調分解した筈のソレは、そんな状態でも認められない答えを求めていた。
 簡単な事だ。
 つまりそれは、始めからイリヤには人としての“命”なんて、人としての“幸せ”なんて与えられて、―――――いない?
 頭に血が上る。いや、とっくに沸騰している。
 だってそれは――――あまりにも悲しいじゃないか。

「はじめっから―――あの戦争が終わったら、イリヤは」

「そう、つまりそういうこと。彼女が日常に生き続けるなんて無理なのよ。最初から決まっていた事なの」

 全身が灼熱しそうなのに、頭の中はとんでもなく冷え切っている。俺は間違いなく怒っている、イリヤを物みたいに扱うアインツベルツを。
 そして何より、そんな事にも気がつかなかった俺自身に。
 考えてみれば当然だ。
 イリヤは聖杯。そのことに気付いていた時点で、この問題に気付かなきゃならなかった筈なのに―――。


「遠坂―――お前は―――」

「ええ、気付いていたわ」

 冷ややかな肯定。そこに遠坂の意思は微塵も感じられない。

「だからできうる限りの手段を講じた、あらゆる可能性に手を伸ばし延命を試みた、だけどね士郎、ゴメン―――私じゃ、イリヤを助けることが出来ない」

 そして拒絶。魔術師じゃない、吐き出しの遠坂の思い。

「アインツベルツのホムンクルスは大したできよ。半端な技術じゃないわ」

 ほんと、自分に腹が立つ。
 遠坂は俺がのうのうと日常に浸っている間、ずっと一人で理不尽な非日常と戦っていたのに。遠坂は女の子だ、その苦しみに耐えることが出来ても、辛くないわけ無いじゃないか。

「聖杯として機能する器にイリヤという情報を固着、魔術師としての機能の付属。元々短命で脆弱なホムンクルスをあそこまで完璧に人間として機能さえる技術、それはすでに魔法の域と言っても過言じゃない」

 淡々と事実だけを述べる。その瞳はあまりに暗い

「悔しいけど、私じゃだめだった」

 そう言って笑う遠坂はホントに悔しそうだ。魔術師として、何よりイリヤの友達として。“死”という決別を納得できていない、そんな顔。
 だけど最後に、これだけは、辛くてもこれだけは遠坂に聞かなくてはならない。

「イリヤは……知っているのか?」

 この理不尽な決別を、手に入るはずの幸せが遠のいていく不条理を。イリヤは受け入れているのか? 
 それを知らなければ、衛宮士郎は先に進めない。だから、これは確認。これだけは、なんとしても聞かなくてはならない。




「―――――ええシロウ、知っているわ、そんなの当然じゃない」




 !?―――声の主に振りかえる。
 そこにはイリヤが、いつもと変わらぬ穏やかな微笑で立っていた。

「全く、リンはお喋りね。シロウに口止め、お願いしたはずだけど?」

「煩いわね、口止め料、貰ってないけど? 魔術は等価交換、そんなことも知らないのかしら? イリヤスフィール」

「あら、あれは友達としての“お願い”よ、リン」

「おあいにく様、自殺願望者の“遺言”を聞くほど、私は人間が出来ていないの」

 舌戦を開始した遠坂とイリヤ。おい遠坂? さっきのしんみりムードはどこいった?
 そんな二人を尻目に俺はイリヤにもう一度尋ねる。

「イリヤ、何で話してくれなかったんだ?」

 イリヤの体、確かに俺じゃあ手に余る問題だけど、俺にだって出来ることがあったはずだ。
 自分の無力を噛み締めながら、俺の前に腰を下ろしたイリヤに問いかけた。

「ん~、シロウに心配かけたくなかったし、今の生活、壊したくなかったから」

 息を呑む、ああなら答えは簡単だ。イリヤも今の日常が好きでいてくれている。
 なら――――、

「ならイリヤはここでの生活を続けたいと思っているんだよな?」

 そう、イリヤはここでの生活を愛してくれている。だから―――

「それは違うはシロウ、私は今の生活を“壊したくない”の、そこに私の在る無しは関係ないわ」
瞬間、世界が凍りついた。

「な――---」

 何で、と言いかけた言葉が出てこない。

「何で? それこそ、考えてみてシロウ。この身は聖杯の寄り代、アインツベルツ、その妄念の結晶。例えこの身が生きながらえたとしても、いずれアインツベルツは私を求める」

 イリヤが何を言っているのか、全く分からない。

「お爺様たちが今私を回収しに来ないのは、死体、まあ人間の機能が停止した後のほうが私を回収するのに事が荒立たないからよ」

 認めたくない、それじゃあイリヤは―――。

「仮に私が人としての生を得られたところでお爺様たちは私を回収するでしょうね。アインツベルツ一千年の奇跡を他の魔術師に奪われる分けにはいかないから。分かるシロウ、私が生き残ることは、この日常を彼らに犯させることに他ならない」

 イリヤの幸せは――どこに行けばいい? どこに行けば手に入る?

「だからねシロウ、私を、ううん私達、大河や桜、凛の日常を守りたいと思うなら―――」

 その先をいったら駄目だ。そんなの、イリヤの口から聞きたくない。

「私の命を――――望んじゃいけないんだよ」

 誰かを助けることは、誰かを助けないとゆうことなんだ――――昔、切嗣が俺に投げかけた言葉。
 そんなこと、分かっている。だけど何で、何でそれがイリヤなんだ。

「だからねシロウ―――貴方がそんな顔、しなくていいんだから」

 微笑むイリヤはアイツと重なる、得られるはずの幸せを、遠くから宝物を見るみたいな瞳で眺める。

「何だよ、それ―――――――」

 そんな顔、二度と見たくない。
 皆を守る正義の味方に憧れた、貫くと決めた。切嗣から貰った馬鹿みたいに綺麗な理想を。守ると決めた、アイツが得られたはずの幸せをせめて守りたいと願ったはずなのに。

「全然、守れてないじゃないか――――――」

「シロウ?」

 イリヤを直視する、諦めない。こんなの間違ってる。
 当たり前の幸せすら許されないなんてそんなの間違ってる。
 だったら―――――俺に許された事はなんだ? 俺に出来ることは、一体なんだ?

「分かった、つまりイリヤは今の藤ねえや桜たちの日常を守りたいんだな?」

「ええ」

「そのためにはイリヤが死ぬ以外に方法がないと」

 吐き気がする、イリヤが死ぬなんて、この先二度と口にしたくないぞ。

「そういうことね」

「ならイリヤ、ここを、冬木の街を出て行こう」

「「…………………………………………………………は?」」

 遠坂とイリヤの声が見事にハモル。そんなに意外なことを口にしたつもりは無いんだが?

「ど、どうしてそんな結論になるのよーーー!?」

「シロウっ!?一体何聞いてたの?」

 ガア~、と物凄い剣幕で赤と白の美女が吼える。

「なんでさ? 聞いた限りでは、イリヤ、俺たちの日常を守るために自分は消えるしかないと思っているんだろ?」

 イリヤの目が泳いでいる、どうやら図星だったらしい。

「それにな、イリヤ。俺たちの“今”を大切に思っているんなら自分から死ぬみたいなこと絶対に言わないでくれ」

「だけど――」

 イリヤは言いよどんでいる。それはそうだ、あの結論はイリヤなりに、精一杯考え抜いた結論なのだろう。
 アイツみたいに、綺麗な物をけして自らの手で汚さない真直ぐな答え。それでも、俺はその答えを認められない。
 とても綺麗な答えだけど、それは決して幸せな答えじゃないと思う。
 そんな思いをするのは、俺とアイツだけで十分だ。

「それにな、イリヤがいない日常なんてきっと壊れているのと何も変わらない」

 そう、これが俺の本音。
 俺も、きっと桜も遠坂も藤ねえもイリヤがいない日常なんて、もう考えられないはずなんだ。

「だからさイリヤ、俺たちの事を大切に思うならお前は絶対、元気に生きて貰わなきゃ嘘なんだ」

 真直ぐイリヤに瞳を向ける。

「だから、俺はお前が死ぬなんて認めない。皆で幸せになる方法を考えよう」

 イリヤが俺を見つめる、悔しさや悲しみ喜びや嬉しさをたたえたそんな瞳、そんな時間がどれだけ続いたのだろうか。そして。

「―――フゥ、シロウって随分我侭だったんだね」

 ポツリと。そんな、生気に満ちた声で微笑み返した。

「ああ、俺も知らなかったけど、俺、随分と我侭だったみたいだ」

 俺とイリヤで微笑み合う。
 どうやらイリヤは考え直してくれたみたいだ。うむ、やはり生きるだ死ぬだという様な殺伐とした物より家族はこう微笑み合ってこそだな。

「それで士郎、皆で考えようってのは分かったけど、それがどうして冬木を出て行くことに繋がるのかしら?」

 私、いま凄く怒っているの、お分かり?とばかりに笑顔を向ける、今そこにある遠坂。

「ああ、そのことなんだけどな。目下の問題はイリヤの命を救うことなんだよな?」

「ええ一番の問題はそれね、加えてアインツベルツの問題もあるわ。例えイリヤの命を延ばす事が出来たとしても、近いうちにあいつ等はイリヤを回収しに来るでしょうしね」

「よし。話を聞いた限り、そいつらは「イリヤ」を回収することよりも、「聖杯の器」としてのイリヤを回収したいんだろ? つまり、イリヤの「体」の回収が目的ってことであっているか?」

 うわ、自分で言っといて何なんだが、体が目的って、ちょっと卑猥だ。

「 ? 不思議な事言うわね、まあ、あいつらは「イリヤ」という個人を回収する前に聖杯の寄り代たる、魔具としてのイリヤだから。士郎の考え方で問題ないわ」

「それともう一つ、遠坂が試したのは、“延命措置”だけなんだな?」

「ええ、ありとあらゆる方向から考察してみたけど、イリヤの延命にはアインツベルツの技術力以上が必要だわ。これは間違いない」

 遠坂のことだ、本当にありとあらゆる角度から検証しての答えなのだろう。

「ああもう! じれったいわね! サッサと冬木を離れなきゃならない理由を教えなさい」

「そうね、私もそれを知りたいわ」

 遠坂とイリヤが先を促す。

「つまり、この状況を一番スムーズに解決するためには。イリヤをアインツベルツに返して尚且つイリヤの命を救い、桜や藤ねえ達に危害が及ばないようにすれば言い訳だ」

「それが出来ないから困ってんでしょうがぁーーーーーーー!!!!!」

 遠坂、ついに爆発。こらイリヤ、レディがはしたないわよ、なんて言わなくても良い事で、遠坂を挑発しないでくれ。

「でも、これについてはリンに賛成かな。それが出来ないから悩んでいるのよ?」

 イリヤの視線が痛い。
 でもなあ、昔、切嗣が話してくれた様な魔術師が本当にいるんなら、割と簡単に事が済みそうなんだけどなぁ・・・・・やっぱ難しいのか?

「ん~、やっぱ無理なのか?イリヤを他の「人型」に移し変えるのって?」

 遠坂が探したのは延命方法だけみたいだし、この方法ならイリヤの「体」を他の「体」に移し変えた後、オリジナルの体をアインツベルツに返してしまえば事は済むと思うのだが? 後は万が一、アインツベルツが「聖杯の器」ではないイリヤを求めた時に備え、冬木から姿をくらませば、皆が幸せな解決になると思うんだけどなぁ。
 でもま、こんな簡単な解決方法があるのに、遠坂が見逃していたら、遠坂のうっかりも此処に極まりだな。

「いや悪い。こんな半人前の魔術師が考えたような方法、遠坂が試してないはず無いよな?」

 やけに二人が静かだし、また馬鹿な発言しちまったのか?

「「…………そ」」

 ―――そ?

「「それだぁ~~~~~~~~~~~!!」」

 弾け爆ぜる赤いのと白いの。そして巻き込まれる哀れな俺。なんでさ?

「それよ!リン!なんでそんな簡単なことに気付かなかったのかしら!」

 いやそれは、遠坂のうっかりが感染したのでは?

「士郎、なんか物凄い失礼なこと考えなかったかしら?」

 いえ、ありのままの感想を思い描いただけなのですが。

「リン! 今はシロウを虐めるよりも、私の体よ! 今の体、あとどれだけ持ちそうなの?」

「見積もりだと後二週間といった所かしら?なんにしても、今から貴方が満足出来るような人型を用意するのは無理ね」

「この前のオークションカタログに載っていたアオザキの人型は?」

「無茶言わないでよ!今の私じゃ、とてもじゃないけど手を出せるレベルじゃないわ!・・・主に金銭面でだけど」

「――――――リン、友達のピンチなのよ!それ位家でも何でもうっぱらって都合つけなさいよね!?」

「――――っ!何いってんのよ!あの値段みた!!?首都圏のど真ん中に城建てられるか
もって値段なのよ!そんなの私んち担保に入れた位で都合出来るかぁ~~~!!」

「――――――!」

「―――!?」

「―--」

 俺は二人の喧騒に耳を向けつつ縁側に腰を下ろた。
 ふっと、彼女たちを顧みる。
 俺はもう眼中に無いのか二人のじゃれあいで加速度を増していく赤と白の永久機関。
 何か途中のシリアスが嘘みたいだ。
 まあ何だ、兎に角、俺たちの日常ってのは守れたって事で良いのかな?
 うん、そう納得しておこう。

「――――――――――――――ああ、晴れたみたいだな」

 月を探す。
 空が凪ぎ、夜の黒を照らし出す銀の月と翡翠の風。
 時刻は時期に日を跨ぐ。
 幻視するのはアイツの笑顔。
 今は遥かに遠き、空の月よりもなお遠い、遥か彼方の彼女の姿。

 此処に誓いを。

「お前が手に入れるはずだったこの幸せを―――」

 必ず―――――守りきって見せるから。
 見上げた空には雲ひとつ無く、輝く夜空はアイツの色に染まっていた。






「ちょっと士郎!!なにぼけっとしてんのよ!!暇だったらお茶ぐらい入れなさい!」

「そうよシロウ、レディをもてなすのはカッコいい男性の仕事なんだから」




 ――――――――――なんでさ?
                   



[946] 第三話 橙色の魔法使い Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 07:12
 
 世界でも有数の人口過密国、日本。
 その首都圏には当然ながら多くの人が集まる。
 そして、人間が集まればその意識は“世界”に留まり様々な“異常”を呼び集める。
 人の想念はそれ自体が流動する“力”であり、それを求めて集まる“魔”を古来よりその胎の中に詰め込んできた。
 人の衰勢の裏側には、常に影が付きまとう。人間はその異常を容認、そして排除することで、自己の繁栄を促して来たのだ。

 魔都。
 人が創りあげた繁栄の都は一概にそう言えるのかもし―――――――

「ちょっと、シロウ!? 何くだらないモノローグに浸ってるのよ! オヤカタって人が呼んでるよ!?」

 …………衛宮士郎、十○歳、学園中退、現在首都圏某所にてガテン系アルバイト中。





FATE/MYSTIC LEEK
第三話 橙色の魔法使い Ⅰ





 親方から今日一日分の給料を受け取り一人帰路に着く。
 東京に出てきて既に一ヶ月、黄昏に染まるオフィス街は未だに俺を嫌っているようだ。
 まったく、ビルを塗りつぶすオレンジ色の世界がこんなにも寂しい物だなんて、考えもしなかった。
 黄昏を顧みれば、鮮明に思い出せたはずのアイツの顔が今は霞んでしまう。帰る世界が異なるだけで、こんなにも人は孤独を感じられるのだ。

「どうしたの、シロウ?」

 頭の中に、イリヤの声色だけが響いている。ああそうだった、少なくとも俺は一人じゃない。ごめんと、頭の中で一人ごちる。

「いいよ、寂しいのは私も同じだし」

 冬木に、大河や桜の所に戻りたい? そんな意味を含んだ返答。
 俺は当たりに人がいないのを確認して、薄く微笑んだ。

「そりゃあな―――帰りたくないなんて嘘だ」

 だからといって帰れないだろう? と、あるはずの無い人影に返す。

「そうだね、あの時の大河と桜、本当に辛そうだったもの」

 結局、あの晩から一週間後、俺は身一つで冬木の町を後にした。
 ああいや、身一つ、というのは語弊があるか? こうして、“イリヤ”も一緒にいる訳だしな。

 結論から言えば、今のイリヤに“体”はない。

 イリヤの魂が肉体の限界に引き込まれる前に、遠坂が別の器、つまり宝石に移し変えたのだ。何でも遠坂の魔術は力の“転換”と“流動”、そして最も効率良く力を転換出来る器が宝石であるらしい。
 イリヤは最後まで宝石に移るのを嫌がっていたが、遠坂の説得の末、渋々納得した。
 何でも数多いる魔術師の中でさえ、魂の概念を確立、存在させられた魔術師は一人しかいないそうだ。
 それに加えて、魂というものは肉体を移し変える度に劣化していく物だという。
 だがしかし、そこは流石遠坂。
 宝石に移し変えるだけなら、その劣化すら無いということだ。此処が説得の決め手と、宝石へのイリヤの転換をあの手この手の絡めてで説得した。
 だけどな遠坂、流石にスタイルや金運は劣化しないと思うぞ?

 兎にも角にも、遠坂はイリヤという“存在”を宝石に移し変えることに成功した。
 とんでもない大魔術だったらしく「時計塔一発合格間違いなし!」の怒号と共に遠坂は俺に宝石となったイリヤを手渡した、このときの遠坂の顔は本当に綺麗だったと思う。

 その後はイリヤの体をアインツベルツに送りつけ、俺は冬木を離れる準備を、遠坂はイリヤの新しい体を探し始めた。
 しかし、イリヤの体となる“器”は結局見つからず、俺とイリヤが冬木を離れている間に、適当な“器”を探し出す、ということで決着した。
 そんなわけで、正常、異常を問わず様々な情報が集中する首都圏に新たな住居を決定したのだ。切嗣の遺産でどうにかなったが、首都圏の家賃の高さに俺と遠坂は目を丸くしたのはご愛嬌だ。

 俺が大変だったのはこの後、俺が冬木を離れること、イリヤのこと、真実を語れないもどかしさを嘘で塗り固めて説明した。
 桜も藤ねえも、当然分かってくれる筈も無く、出発の時まで殆ど口も聞いてくれなかった。仕方が無いと、そう納得していた出立の日。
 夜明けと共に衛宮低を後にするとき土蔵の前で桜と藤ねえが仁王立ちしていた。二人とも泣いているんだか怒っているんだか分からない顔で「いってらっしゃい」と一言。
 そのときの二人の顔は間違いなく悲しみで微笑んでいた。

 皆を守るため、ひと時の日常を切り捨てる、結局これも正義の味方の代償行為。
 夜が明けて、紫色の空に橙が灯る、この日の朝焼けは、何かを手に入れて、アイツを失った黄金の夜明けに似ていた。





「ほら、シロウ、思い出に浸るのも良いけど、家、通り過ぎちゃったんだけど?」

 冬木の思い出に浸っていたらあっという間に新居に着いてしまったらしい。ポケットの中から、イリヤが促す。不思議なことにイリヤはこの状態でも、簡単な魔術行使なら可能らしいのだ。
 なんでも魔術は魂に刻み込むモノ、そのおかげで共有の魔術を利用して俺の思考、視界、様々な機能をイリヤと共に共有している。
 にしても、考えた事がバレバレと言うのも如何な物か?

「大丈夫よ感じられるのは表層意識だけだから」

 それでも十分問題があると思うぞ。
 街の喧騒から離れた所にある古めかしい二階建てのアパート。
 そこが今の俺の家だ。
 数年前にこの近くでは殺人事件が頻発したらしく、事件が解決した今でも、入居希望者がいないらい。

「違うわシロウ、それ以前から入居者なんて一人しかいないって、大家さんも言ってたじゃない?」

 む? そうだっけ? 兎に角、今このアパートの住人は俺ともう一人同年代の女の子、藤ねえと同い年位の女性が一人と三人だけだったりする。
カ ンカンカン、と頼りなく鳴る赤錆の階段を登っていく。

「よう、今お帰りかい?」

 半分くらい階段を登ると、名前不詳、年齢査証のお隣さんがゴミ袋を持ってひょいと持って、こちらに向かってきた。

「ええ今日のバイトは全部終了ですから」

 中くらいの髪の毛を茶色に染めて季節はずれの赤い半纏を羽織るこの人は、凄腕のドラッグバイヤーらしい。

「そりゃよかった、じゃ今日は体力が残っているわけだ。発散させたけりゃいつでもいいな、相手になるからさ」

 ―――っ!? なな!? 慌てる俺を尻目にくすくすと笑った。
 思わず階段から足を踏み外しそうになったが、慌てて手すりを掴んで留まった。

「冗談、しかし、衛宮は単純だから好きさ、あの真っ黒坊やより分かりやすい男なんてあんた位のもんだよ」

 真っ赤になっている俺の髪の毛を撫で付けて、俺の横を抜けていく。
 カンカンと階段を下りていくお姉さんの足音が、いやに耳に残った。
 べ、別にデレっとしているわけじゃないぞ!? 誤解だイリヤ!

「ああ、あと和美の奴が、あんたの“探し物”についてなにやら手に入れたらしいよ?後で顔出せってさ」

 突然階段の音が止まったかと思えば、お姉さんはこちらに振り返りそんな事を告げた。
 朝倉の奴、速いな。情報収集能力が俺とは桁違いだ。
 俺は東京に出てきて初めて知り合った友達、彼女の狡賢そうなのに、何故か愛嬌の良い表情を頭に思い浮かべて、お姉さんに返した。

「分かりました、後で顔出して見ます」

 ん。と一つ頷いてお姉さんは階段を降りていった。

「シロウ」

 イリヤが急かす。

「ああ、速いとこ朝倉の部屋に向かおう。」

 わき目も振らずに上ったばかりの階段を駆け下りる。
 カンカン響く音色が心地よい。
 朝倉の部屋は、一階の角部屋。わき目も降らずに彼女の部屋へ駆け込む――――

「朝倉!イリヤのから……だ…―――---」

 そこには、桜規模の二つの丘があった。
 ―――見つかったのか?……言葉が続かない。
 状況を整理しよう、彼女は俺と同い年、普通なら学校に通っている年齢だ。
 そして彼女の学校はS県の一大学術都市に在る、麻帆良学園の高等科の筈。
 現在の時間は午後七時。あの学園を定時に終えたのなら、帰宅時間はこの時間帯の筈だ。帰宅して先ずすることは着替え。ああ、だからこの時間に下着姿でいても全く不思議じゃ――――――

「―――って!ゴメン!」

 俺は何やってんだ!? ノックもせずに女の子の部屋に飛び込むなんてどうかしてる! というか朝倉! 着替え中くらい鍵、かけておけ!

「ああ、衛宮っち、随分速いね? それと覗きをするならもっとこっそりした方がいいんじゃないの?」

 ナニヲオッシャッテイルンデショウコノカタハ?

「覗きなんてするかぁ!!誤解だ~~!」

「はいはい、分かってる分かってる。衛宮っちだって男の子なんだよね?」

「人の話を聞けぇ!」




 結局、俺たちがまともに会話を始めたのは夜八時を完全に過ぎた時だった。




 俺の自室、大き目の畳で向けられた六畳程の空間に俺と朝倉は向かい合って腰を下ろしていた。五月とは言え、隙間風が堂々と居座るこの部屋は少し肌寒い。
 俺が入れたインスタントコーヒーで口を潤して、朝倉は切り出した。

「んでね、結論から言えばイリヤちゃんが満足しそうな器はアオザキ製の人形しか見当たらないわ」

 朝倉は俺が依頼していた調査内容様を報告する。
 これはこっちに出て来てから習慣になっている俺たちの日課。

「アオザキ製………ってことはやっぱり?」

「そゆこと、日本で全うな手段を使って手に入れようと思ったら法外な枚数の諭吉さんが必要ってわけ」

 はあ、結局振り出しか。
 俺は胡坐を解いて足を投げ出した。

「他にも色んな魔術師の器が流れているけど、それはあくまで“器”、衛宮っちが望むような完全な“人型”じゃないわ」

「それじゃ、今日は何が分かったんだ? その話の流れじゃ、今までと変わらないじゃないか」

 朝倉の瞳がキランと光る。
 何でも彼女は中学の時の担任教師が“こちら側”の人間だったらしく、それ以来、日常、非日常問わず情報を入手、販売し生業を立てているらしいのだ。
 とは言え、女子学生だろ? と始めの内は俺も内心で侮っていたのだが、その収集能力が半端では無かった。彼女自身、魔術を使えないらしいのだがそんなこと瑣末な問題だ。
 バイヤーのお姉さん曰く、「情報収集能力は真っ黒坊やの次くらい」に凄腕らしい。
 ところで、真っ黒坊やって一体誰さ?

「衛宮っち、聞いてる? それでねイリヤちゃんが気に入った人形、“アオザキの人型”、これの製作者がどうやら日本にいるらしいのよ」

「――――っ本当か!?」

 それは意外だ。それだけの人形を作るのだから、現役バリバリ、遠坂の言う時計塔辺りで活躍しているのかと思っていた。

「ええ、魔術協会でも曰くつきの人物でね。噂が絶えない人物らしいわ」

「それで? その人は何ていうんだ」

「名前を蒼崎橙子、偽名か本名か分からないけど協会にはこの名前で登録されていたわ」

 アオザキトウコ。はて? “アオザキ”と聞いた時にも何かデジャビュを感じたのだが。
 この名前はそれ以上だ、以前どこかで聞いたことがあるような?
 首をかしげる俺を無視して朝倉は続ける。

「学生時代の専攻はルーン魔術、凄腕の人形師で現在封印指定を受けて逃亡中。驚いたことに、彼女“三原色の魔法使い”の一人に数えられているわ……っと断言したいところなんだけど、ちょいとそこら辺の事情、錯綜してて分かんないんだな。オレンジだか、スカーレッドだか、まあ兎に角、すんごい魔術師のは確かだわさ」

「魔法使い!? その人、魔法使いなのか?」

 凄いな。魔術師じゃなくて、魔法使いか。

「ん~、彼女は“魔法使いに準ずる扱いを受ける魔術師”って事みたいね、ま、なんにしても、魔術の使えないあたしと半人前の衛宮っちじゃ、何が凄いのか? なんてわかんないしね~」

 けらけらと笑う朝倉。
 イリヤも、それもそうね、何て一人で納得するな! 結構傷つくんだぞ。

「んで、此処からがほんちゃん」

 俺の葛藤を笑いも隠さず十二分に楽しんだ朝倉は目の色を変えた。
 俺も彼女の前に構えて、言葉を待った。

「蒼崎さんが日本にいるってのは良いよね? それで所在なんだけど、これが全くわかんないのよ。何とか東京に滞在してるって情報はつかんだんだけど、そっから先はお手上げ」

 降参のポーズをしているがその目が情報屋としての誇りに満ちている。

「だがしかし! 美少女パパラッチ、朝倉和美は伊達じゃない! 聞いて驚け衛宮っち!」

 俺は彼女の声色に一瞬ひるんで、またかと諦める様に肩を落とした。
 そんな俺の脱力も気にせず、彼女は一人で回転数を上げていく。………一体何がお前をそうさせるんだ? 一人の友人として、疑問を浮かべるばかりである。

「なんと! この蒼崎女史! 明日、晴れてお披露目の、湾岸ブロードブリッジの民間企業スペースに人形画廊を確保していたのだ!!」

 じゃじゃーん!! と、未来から来た狸形ロボ宜しく、朝倉は派手な効果音が聞こえて来そうなほど白熱する。
 にしても、ブロードブリッジか。
 何でも以前、完成間近まで建築が進んでいたらしいのだが、数年前の殺人事件と同時期に謎の決壊事故を起こしたとか。それ以降も、結局住民の不満もお構い無しに建築作業を強行し、今に至るというわけだ。

「人形が押さえられないなら、後は直接本人を抑える! どうよ衛宮っち!?」

「ブロードブリッジ……か、その情報、信用できるんだろうな?」

「裏は取れてないけど、信頼できる人間からの横流し情報だから、十分信憑性があると思うわ」

 目と目で頷く俺と朝倉。
 うん、イリヤの奴も有益な情報を得られたんで喜んでいるな、善哉、善哉。

「それで旦那」

 む、突然朝倉の口調が変わる、女の子なのにそれはどうかと思うぞ?
 一応睨みを利かせては見るが効果など当然望めるわけも無い。ため息をこれ見よがしについてやり、僅かばかりに抵抗の後、何時もの通り俺が折れた。

「分かってるよ、報酬だろ?」

 何時もの事なので、ため息の後もやはり仏頂面。そうして返したのだが、やはり相手の応答にも変化は無い。

「衛宮っちは話が速くて助かるねぇ」

「気にするな、こんなことが報酬になるならお安い御用だ」

 冬木の町じゃ、何せ五人前用意していた訳だし。

「いや~助かるよ、衛宮っちのおかげで、ここ最近の食生活が夢のようだ」

「そんな大げさな物じゃないだろう?」

 幸せそうに冷蔵庫を見つめる朝倉に苦笑いしながら台所に立つ。
 一瞬、冬木での食卓を俯瞰した。

「元気が取り柄みたいな奴らだから、心配するだけ無駄だよな。」

 そう一人ごちる。
 嘆いた言葉は一体誰に向けた物だったのか――――――

 さて、今日はなにを作ろうか?



[946] 第四話 橙色の魔法使い Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 06:40
 目の前にあるのは巨大な橋。
 何でも、かの大企業、浅上建設の息がかかった画期的建築物だとか。朝のニュースの特番でもこれでもかとばかりに取り上げられていた。
 流石は日本の首都に堂々と建てられただけの事はある、そのスケールが冬木大橋とは桁違いだ。
 今日は五月の第三日曜日、加えて目の前には今日から開放された、首都の新たな名所。
 人が集まるのは当然のことだ。

「―――だけどさ、流石にこれは多すぎだろ?」

 入場ゲートの目の前、俺は初めてまみえる「某ねずみーランド」チックな洗礼に早くも挫けそうになっていた。





FATE/MYSTIC LEEK
第四話 橙色の魔法使い Ⅱ





「ほら、シロウ!早く進まないと邪魔になっちゃうよ?」

 だけどなイリヤ、この人の数は流石にありえないぞ?一体どこから集まって来たんだ?
 大体、進むも何もそんなスペース無いだろ?

「もう!シロウは一体何のために体鍛えてきたのよ!?」

 頭の中に声が響く。少なくとも、人ごみを掻き分けるために鍛えてきたんじゃないぞ。
 俺はイリヤの不当な罵倒にも耐えながら、人ごみを掻き別けて、何とかブロードブリッジに入場することが出来るのだった。




「…………圧死するかと思った」

 何とか人ごみを泳ぎきり、人がやけに早く流れる店舗の前。
 ブロードブリッジのエントランスに設けられたベンチに腰を下ろす。
 この橋にやって来て改めて思ったのだが、この橋は本当に大きい。
 現在、俺が腰を落ち着けている場所は4車線からなる車道の地下に設けられた巨大な空洞。天井を隔てた俺の頭上では時速何十キロとゆうスピードで車がいったり来たりしているに違いない。この車道の地下に設けられた巨大な空洞は、ショッピングモールとなっており、様々な店舗が所狭しと並んでいる。
 その数、実に200以上。
 その他にも博物館や水族館が詰め込まれており、橋なんだかアミューズメントパークなんだか分かったもんじゃない。
 どうでもいいのだが、海上にあるのに「地下にあるショッピングモール」とは如何な物か?

「下らない事考えてないで、早くアオザキを探しましょう、シロウ」

 今日のイリヤは、どこか落ち着きが無い、その気持ちも分からなくないが「急いては事を仕損じる」冷静になれ。

「う………シロウに言われなくても、分かってるんだから」

「そうか? ならいい」

 ふむ、しかしこのままじゃ埒が明かない、かれこれ二時間ほどモール内を歩き回ったが、“アオザキ”の文字や“人形”の文字など一つも無かった。
 こんなことなら朝倉について来て貰えば良かったなぁ……。

「あら、カズミがついて来てくれるって言ってたのに、シロウが自分で「駄目だ、朝倉は学生なんだから、こっちの都合で休ませる分けにはいかない」って断ったんじゃない」

 全くこれだからシロウは、なんて冷ややかな意識を送ってくる。

「仕方ないだろう、それはそれ、これはこれだ」

 む、なんかイリヤに呆れられている。

「でもホントにどうするの、これじゃ冗談にもならないわ」

 だよな、朝倉に此処までお膳立てして貰って、「見つかりませんでした」じゃ、あまりに情けない。

「インフォメーションセンターに行って聞いてみるか?」

 一抹の希望を持ってイリヤに尋ねる。

「恐らく無駄でしょうね」

 それをイリヤは当然の様に否定する。

「封印指定の魔術師だもの店舗自体に、人払いの結界を敷いていると思う、一般の人間じゃ入る事はおろか視界に入れるのもままならないでしょうね」

 何だって? 人払いの魔術?

「普通に探しても見つからないのか?」

「当たり前じゃない、相手は封印指定の魔術師。それ位していて当然よ」

 なるほど、どうりで俺じゃ気付かなかったはずだ。

「まさかとは思うけど、シロウ、貴方、魔術的な要素を考えず普通に見て廻っていたの?」

 イリヤが呆れている、何でさ?

「しっかりしてよね、シロウ、あなたの異常察知と構造把握の能力は中々のモノだって、リンから聞いているんだけど?」

 うわぁ、イリヤが遠坂みたいな殺気を送ってきた。
 一ヶ月ぶりの悪寒が全身を駆け巡る。

「お、おう任せろ!?」

 反射的に返事をしてしまったが一体どうすればいいものやら。

「先ずはこのショッピングモール全体の構造を把握してみて」

 思ったことが伝わったらしく、イリヤは呆れながらも指示を出してくれた。
 イリヤに言われた通り、橋全体の設計図を頭の中に描き出す。
 そこから更にショッピングモールに意識を向け、全体像をマッピングする。

「まだ、廻ってないところが少しあるな、所々に空洞が目立つ」

 俺はイリヤに先を促す。
 しかし、一向に答えは返って来なかった。

「………………」

 イリヤ? どうしたんだ?

「―――――――――っ、大丈夫。シロウの映像がこっちに流れてきて驚いただけ。それにしても面白いわね、シロウにはこういう風に映るんだ」

 たぶん設計図の事をいっているんだろう、妙にイリヤははしゃいでいる。

「まあ、魔術師としては余分な機能なんだろうけどな、それで次は?」

「私じゃ分からないんだけど、今の設計図にどこか異常なところ、ある?」

 言われて、設計図を入念に解析する

「問題ないな、構造自体にはなんら異常は見当たらない」

「それじゃぁ次ね。シロウは構造内の人の流れとか把握する事は出来るのかしら?」

 人の流れ? やったことが無いから分からないぞ、どうやったら出来るんだ?

「大まかな流れででいいの、人の動きを構造物の一つとして追跡してみて、常に一定のペースで人が流れている所とか、不自然に人がいないところとか、そんな場所見つからない?」

 まあ、とりあえずやってみるぞ。
 自己の中に埋没し、自身の設計図の中に「人の流れ」を把握、出来るだけ詰め込み追跡する。
      
「―――――探索、開始(トレース・オン)」

 周りに聞こえないよう小さく嘆く。そして。

「―――――っ、見つけた!」

 設計図の中、常に流れが一定であり、その空間に誰一人として足を止めない場所。

「それよ!シロウ!どこなの!?」

 イリヤが急かす。
 考えてみれば始めから不自然だった、人で溢れるショッピングモール、そんな中なんで俺達はゆっくりベンチに腰掛けて休んでいられる?異常といえば、始めから異常だったのだ。
 俺は顔を上げ、前を見つめる。

「ああ、俺たちの目の前だ」

 そこには。

 ――――――人形画廊/空の境界―――――――

「――――っつ!?」

 イリヤが息を呑む、当たり前だ、目の前にあったのに、俺たちがこの場所を“意識”するまで全く気がつかなかったなんて。

「視覚や触覚、に影響を与える人払いの結界・・・・じゃない?人の表層意識に介入する強制暗示型、リンの家にあるそれと同じか・・何にしても遠坂邸並の結界を張るなんて、人形師の癖にやるじゃない」

 挑戦的なイリヤの言葉に無言で頷く。

「とにかく入るぞ、いいな?」

 驚いてばかりじゃいられない、先に進まなけりゃ、イリヤの体が手に入らないのだ。
 ガラス張りのドアが勝手に開く。
 空の境界、この名に果たしてどんな意味があるのだろうか?




 俺たちは日常から非日常の境界を跨ぎ、全てが白で統一された直線型の店内に踏み込んだ。
 先ほどまでとは明らかに異なった空気を吸い込み、俺は辺りを見回した。

「―――――――――――――」

 そこには、古今東西、大小様々、人の手では決して届くことの出来ない「完全な人」が眠っている。無機質に、しかし確かに微笑んでいる冷たい体達に息を呑んだものの、刹那の間にそんな瑣末な記憶など思考の彼方に吹き飛んでいた。
 そうだ、俺にはそんなもの見えていない。
 幾多数多の人形と呼ばれる屍の群れの中、俺は美しすぎる記憶の琴線を震わせていた。

 ―――――自分の目を疑った。いや、正気なのかと疑った。

 アイツが、二度とこの瞳に映すことの無い彼女の姿が。

「―――――――」

 白で覆われた「棺」の中、
 静かに瞳を閉じて眠る、彼女を見た。

 歩みは止まらない。

 届くはずの無い遥かに遠い理想の地へ。
 人が届かぬ理想の果てに、彼女の姿を何度夢見た?

 届かないと。
 届かないならばせめて願おうと。
 遥か理想の果てに眠る彼女がせめて穏やかに眠れることを何度願った?

「―――――――――――」

 手の届かない夢。
 叶うことの無い理想。

 それでも目指すのは、

 彼女に会えると、
 その理想に届いたのなら、もう一度、彼女に出会えると信じたかったからだろう?

「―――――――――――――――――セイ」

「その人形、気に入ったかい?」

「!―――――っつ!!!」

 突然、現実の世界に引き戻された。

「ああ、驚かせちゃったみたいだね」

 一気に思考を引き戻された俺は、糸の切れた凧みたいに忙しなく取り乱していた。
 定まらない視界の中に、真っ黒い青年はいた。柔らかく告げた言葉と共に、すまなそうに頬を掻く姿はどことなく幼い仕草に感じられる。

「いえ、そんな」

 毒気を抜かれてしまった俺は、当たり障り無く返す。
 全身を店内とは正反対に黒で染めたスーツ姿のお兄さんは、よかった、とほっと力をぬいて微笑んだ。

「今日は開店日だって言うのにお客さんが全く来なくてね、待ち人も遅かったし、所長の機嫌を損ねたらどうしようかと思ったよ」

 ―――――お客さんが来ない? 待ち人?
 人払いの結界を張っていたのだ、そんなの当然じゃないか?

「えっと……」

「ああ、僕はこの画廊の添乗員だから。別に怪しい物じゃないよ」

 そう言って“黒桐”と書かれた名札を見せる。
 にしても、ここで葬式でもあるのか? 全身黒ずくめのスーツは葬式にだって出られるぞ。それに加えて、時代遅れな黒縁眼鏡、左目には伸ばした髪の毛で隠しきれてない切り傷が、何とも珍妙な印象を与えてくれる。
 ……とてもじゃないが堅気の人間には見られないぞ。藤村さんちのサラリーマンの皆様と同じ方面のお方でしょうか?

「それで、どう?その人形、気に入った?」

 そんな俺のの不安を感じとっていないのか、黒桐さんはにこにこしている。
 その笑顔だけで、今までの考えが馬鹿らしく思えてきた。
 うむ、この人は間違いなくいい人だ。断言できる。
 そして、気がつけば、俺は黒桐さんに嘘偽り無く返してしまっていた。

「ええ、正直見ほれました」

 本当に見ほれた、そっくりなのだ、衛宮士郎が幻視した、幸せに眠るアイツの姿に。決して届かぬ穢れなき理想、それでも手を伸ばさずにはいられない二律背反。
 その在り方に心を奪われた。

「そんな風に言ってもらえると僕も嬉しいよ」
 
 黒桐さんは、そう言って人の良過ぎる笑顔を向ける。
 この人は信用できる、だがここは蒼崎橙子の人形画廊。
 何があっても不思議じゃない。アイツの人形がある、警戒するには十分すぎる理由だ。

「あの、少し良いですか?」

「ん?なんだい?」

 思考を魔術師の物へと切り替える。

「この人形―――名前、あるんですか?」

 これは偶然なのか?アイツと同じ顔、アイツと同じ姿、なら、名前だって同じはずだ。
 これを作ったのは、間違いなく封印指定の魔術師、蒼崎橙子。
 なら。

「確か“アルトリア”だったと思うよ」

 ―――――知っていた。蒼崎橙子は彼女を、俺たちを知っている?

「―――っ!?」

「可笑しな、話なんだけどね、丁度三ヶ月位前かな?うちの所長が「おい、黒桐、アーサー王の生き人形を作るぞ、材料を準備しろ」、なんて言って、出来上がったのが可愛い女の子の生き人形」

 可笑しな話だろう? と黒桐さんは変わらぬ笑みを与えてくる。
 つまり、蒼崎橙子はあの戦いを、聖杯戦争を知っていた? 何で? どうして? 何のために?

「衛宮士郎、君?」

「―――――――――っつ!?」

 黒桐さんの変わらない声色、今はそれが恐ろしい。
 背筋が凍る、何でこの人が俺の名前を知っている!?
 そんなの決まっている、なんて間抜け。一番重要な事を忘れていた。
 魔術師は唯我独尊、その身に降りかかる火の粉に容赦などしない。
 蒼崎橙子は逃亡者、自身を探るものを許す筈が無い。
 魔術師の掟など、とうに分かっていた筈なのに。

「やっぱり――君の顔、あの時の僕の顔にそっくりだったから」

 ポケットの中の宝石、イリヤを握り閉める。

「―――――あの時?」

「あの時、大切な人の面影を、伽藍堂の人形に重ねていた僕の顔に」

 そう言って、黒桐さんは寂しそうに微笑んだ。
 一体何なのさ? 訳が分からないぞ?

「それじゃ行こうか?」

 言って踵を返す黒桐さん。

「行くって、どこへですか?」

「勿論、蒼崎橙子の事務所さ――――所長に、頼みごとが在るんだよね?」

 うまく働かない脳みそに活を入れる。
 それでようやく足が動く、体は黒桐さんの後を憑いていくだけのガランドウ。
 イリヤの声もうまく届かない。

 時刻は時期黄昏。
 俺を嫌うオレンジ色が海に溶け込む大橋を、

 ―――――――――――――――橙色に染めていた。

                       



[946] 第五話 橙色の魔法使い Ⅲ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 06:54
 黄昏の街を行く。
 無機質なビル群の墓地を抜けて、工場地帯沿いに影を追う。
 急速な都市開発による名残だろうか?
 陽の灯らない路地裏が置き去りにされた子供のように感じられた。
 黒い影は歩みを止めない。

 イリヤの体を求めてここまで来た。
 蒼崎橙子に逢うために、今日彼女の画廊に訪れた。

 そこで、――――――二度と回り逢う筈の無い“剣”に出会った。

 彼女ではない/彼女に違いない人型。
 死んでいる/生きている筈の無いアイツへの思い。

 訳が分からない。
 イリヤの事/アイツのこと。
 分からないことが多すぎる。

 思考が纏まらない。
 蒼崎橙子、彼女はアイツを知っていた。
 聖杯戦争、何でこの戦いを知っている?

 思考が考える事を否定する。
 知れば殺される。蒼崎橙子は魔術師/逃亡者。

 逃げろ。
 死にたくなければ逃げ出せ。
 まだ間に合う、目の前の男は素人だ。
 エミヤシロウはここで死ぬ訳には行かない。





 ――――――――否。





 逃げること、引くことなど既に頭の中に無い。
 あの人型に、あの人型の在り方に、「衛宮士郎」は奪われた。

 俺の理想を「創造」したその業に、―――――俺の心は犯された。

 あの「創造(ワザ)」は至高の魔法だ。

 届くことが無い理想、叶うことの無い夢を。
 衛宮士郎が目指した唯一の願いを、――――――彼女は創造ってしまったのだから。

 ああなんてこと、衛宮士郎は知りたいのだ、蒼崎橙子、オレンジ色の魔法使いを。
 ああなんて過ち、衛宮士郎は逢いたいのだ、蒼崎橙子、理想を叶えた至高の業に。

 黒い影の足が止まる。

「さ、着いたよ。ここが蒼崎橙子の工房だ」

 言われて顔を上げる。

 そこには―――――――橙色に陰る、巨大な廃墟があった。





FATE/MYSTIC LEEK
第五話 橙色の魔法使い Ⅲ






「驚いたかい?」

 階段を登っていく途中、黒桐さんは不意に話しかけてきた。

「――――ここ、廃ビルにしか見えないもんね」

 廃墟。
 ビルの形を何とか保っているものの内装など全くなく、所々でビルの骨格、素材が剥き出しのまま放置されているのが見て取れる。
 構造を解析した結果、このビルは元々六階建ての建築物であることが分かった。
 途中で建築を破棄されたのだろうか? 廃ビルは四階までしかなく、作りかけであろう五階が屋上のようになっている。
 二階、三階は構造を読み取れなかった事から考えて蒼崎橙子の工房に違いない。

「僕も初めてここに来た時は驚いたよ、まさかこんな所に人が住んでいるなんて考えもしないだろう?」

 黒桐さんはどうやら廃ビルの四階に向かっているらしく、ヒョコヒョコと頼りない足取りで階段を上っている。
 段々と思考が帰ってきた、俺は注意深く周囲に目を向け、黒桐さんの質問に返す。

「ええそうですね」

 平静を装った筈なのだが、黒桐さんは、やれやれと言って残念がった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、橙子さん直々の“ご指名”何だからね。そんな危険は無いはずだよ。………………だから、警戒した方がいいのかな?」

 真剣に悩みだす黒桐さん。……あの、一体どっちなんですか?
 幾分か緊張が解け、俺たちは階段を上りきった。
 目の前には鉛色の重扉。この先には十分な広さの空間が広がっている筈だ。恐らくここが、蒼崎橙子の“事務所”なのだろう。
 気を引き締めろ、俺が挑むのは、封印指定の人形師。
 やっと、ここまで来たのだ。イリヤのため、冬木の皆のため、俺がしっかりしなければならない。
 不意に、イリヤの緊張が宝石を通じて伝わって来た。
 先ほどまで途絶えていたイリヤのラインが帰ってきた。どうやら、このフロアには魔術的な措置が施されていないようだ。

「シロウ………」

 不安そうなイリヤの声。
 大丈夫、俺だってそれなりに死地をくぐり抜けて来たんだ、任せろ。
 根拠の無いから元気、それでもイリヤは頷いてくれた。

「所長、ただいま戻りました。入りますよ」

 黒桐さんはそう言って、ドアを開けた。
 夕暮れ、適度な広さのオフィスは見事にオレンジ色に染まっている。
 飾り気の無いオフィス、その中央に申し訳程度に設置されたソファーと机、その向かいにはここが仕事場であることを主張するかの様に立派なデスクがある。

「すいません、予定より遅れちゃいましたね」

 黒桐さんはそういってソファーに腰を下ろした。
 その正面、黄昏の太陽を背に受けてデスクに腰掛けていた人影が振り返る。
 瞬間、全ての思考を奪われた。

「―――――――――」

 ―――――――今日は本当、驚いてばかりだな。
 短く切りそろえられたサファイアの髪。紫水晶をそのまま埋め込んだような紫苑の瞳。
 まいったな、女性を宝石に喩えるなんて、これが初めてかもしれない。
 遠坂然り桜然り朝倉然り、世の中には綺麗な女の人が一杯なんだな。
 どれだけ硬直していたのか、オレンジ色の人影は鈴のような声で告げた。

「お久しぶりね、衛宮士郎くん。私がこの事務所の所長、蒼崎橙子よ」

 告げると同時に微笑み。
 ヤバイ、俺の顔、今間違いなく真っ赤だ。

「――――――――っつ!は、はじめまして!衛宮士郎です!」

 ん? あれ? 何か違和感が?

「そんなに緊張しなくてもいいわ、せっかく来たんですものゆっくりしていってね」

 ああ、この慈愛に満ちた笑顔、ぜひ遠坂に見習わせたい。………って、惚けている場合じゃない。
 しっかりしろ衛宮士郎、目の前にいるのが蒼崎橙子だ!

「それじゃ、黒桐君。彼と二人で話がしたいから、席、はずしてもらえるかしら?」

 デスクより優雅に立ち上がり蒼崎さんは黒桐さんに、お茶を入れるよう促した。
 黒桐さんは、「女性って怖いよね」と、呟いて給油室と思しき部屋に消えていってしまった。
 一体何が怖いのさ?

「ごめんなさいね、衛宮君。今日は色々驚いたでしょう?」

 俺が腰を下ろしたソファーの向かいに椅子を引き彼女は切り出す。
 アイツの人形の事を言っているのだろうか? 勿論です、完全に不意打ちでしたから。

「ええ、一体どういうつもりなんですか?」

 どういうつもり? 決まってるじゃないか、警告だ。
 「私はお前を知っている」、そんな意味を込めた蒼崎さんからのメッセージ。それでも、俺は理由を聞かずにはいられなかった。

「何で、アイツが――――」

 一つ頷いて、蒼崎さんは続ける。

「当然気付いていることと思うけど、私は聖杯戦争のこと、貴方たちのこと、ある程度知っているわ」

 緊張が走る、―――――それは、何故?

「逃亡中とはいえ、私も魔術師だしね、協会の資料にあった第七百二十六号聖杯、当然興味があったわ」

「―――どうやって、あの戦いを?」

 当然の疑問を吐露する。

「それは秘密。これでも封印指定の魔術師だしね。貴方たち程度の魔術師の目を掻い潜って、盗み見するぐらい、分けないわ」

 キャスターさんにはバレていたみたいだけどね、そう言って整った顔を綻ばせた。

「そんな訳で、戦いの概要はある程度分かっているの、彼女の事とかもね」

「―――――っ!?」

 彼女―――それは、アイツのこと? イリヤのこと?
 落ち着け、衛宮士郎。弱みを見せるな、飲まれたらお終いだ。

「両方よ。―――にしても衛宮君、顔に出しすぎよ。同じ魔術師として心配しちゃうわ」

 微笑を絶やさず彼女は続ける。

「アルトリアちゃんの人形については特にいうことはないわ。あの戦いの後、作成意欲の赴くままに、作っただけだから」

 蒼崎さんの瞳に作為の光は無い。
 ああ、―――きっと蒼崎さんもアイツのあり方に魅せられただけなのだろう。
 だから分かる、この人も俺と同じなんだ。でも。

「それじゃぁ、何でイリヤのことも?」

「それはまだ、仮定の域を出てないんだけどね。貴方たち、私のこと探っていたでしょう?」

 その通りだ、イリヤの体、それを求めて俺たちはこの人に近づいていった。

「丁度一ヶ月くらい前かな、私の人型について、色々探りが入れられてるのに気が付いたのは」

 俺が朝倉に調べて貰い始めたのもその時期だ。時期的には間違いない。

「私は協会から追われている身だからね。どんな奴が私を調べているんだろうと思って、黒桐君に、調査して貰った所、あら不思議――――」

「俺たちが浮かび上がった――と、言うわけですか」

「ええ、そのイリヤって子、聖杯だったんでしょ?」

 無言で頷く。

「なら話は簡単、イリヤちゃんの体は戦争終了と同時に終わりを迎える。だから貴方は、彼女の新しい「器」を求めて、私を探った。違う?」

 ど真ん中ストレート、相手の方が何枚も上手だ、駆け引きも何も無い。
 始めから、この人は全部知っていたのだ。

「ええ通りです」

 俺は降参の意味を込めて零した。

「後は知っての通りよ、貴方たちが私に害を与える人間じゃないのは分かったし、お客さんみたいだしね。黒桐クンに頼んでここまで案内してもらったというわけよ」

「それじゃ、俺がブロードブリッジの画廊に辿り着けたのも?」

「そ、黒桐君に画廊の場所を貴方の雇った情報屋さんに直接リークして貰ったってことよ」

「なんでまたそんな面倒なことを? 直接、場所を教えてくれても良かったのに」

「あのね、衛宮君、私は封印指定の魔術師よ?情報屋さんに自分の所在を明かせるわけ無いでしょう?」

 ああ、納得。そりゃそうだ。

「でも何で、あの画廊を?」

「あそこなら場所が割れたところで問題ないしね。あそこを発見したところで、協会のワンちゃん達は、私の所に辿り着けないモノ」

 下手したら、場所が分かってもあの画廊を見つけられないかもねぇ~、と笑っている蒼崎さん。

「それに、貴方への警告の意味も込めてね。流石に、あの人形を見れば警戒ぐらいするでしょうと思って」

 こちらを一瞥して、蒼崎さんはなおも続ける。

「私だから良かったものの、他の魔術師に同じことしてみなさい、殺されちゃっても知らないんだから」

 これからは気おつけなさいと、メッとポーズをとる、その仕草がとても気恥ずかしくて俺は顔を伏せた。

「分かればよろしい。―――それで衛宮クンは、イリヤちゃんの「器」が欲しいのよね」

 先ほどのことなど忘れて、勢いよく顔を上げる。

「!?――――作って頂けるんですか?」

「ええ、人形を作るのは構わないわ、だけど―――――」

 蒼崎さんの顔が一気に魔術師の貌となり、俺を射抜く。

「―――――それに値すべき代価を、頂けるのかしら?」

「――――っつ!?」

 魔術は等価交換、基本中の基本だ。
 だが俺は、一体何を差し出せばいいのか?

「貴方がここに来たのは、金銭という代価で私の人形を手に入れることが出来なかったから。なら当然、それに代わるだけの何かを差し出すのが筋でしょう?」

 蒼崎さんは魔術師の貌で静かに笑みを称える。
 息を呑む。ここまで、黙って事の成り行きを見守っていたイリヤも不安に飲まれている。
 蒼崎さんの人形に釣り合うだけの代価?
 そんなの、俺の一生を捧げた所で釣り合いがとれる筈無いじゃないか。だけど、それでも俺が差し出せる物など、最初から一つしか持っていない!
 前を見据えて、丹田に力を込める。そうして。

「俺の、体で支払います―――――――――――」

 ――――――――――――蒼崎さんの瞳を見据えて言い切った。

「………………」

 俺蒼崎さんは答えない、その瞳は深く、視る事は叶わない。俺にはこれしかないのだ。実験体だろうが何だろうが構うもんか。
 奴隷だって構いやしない、もとより俺にはこれしかないのだ。
 イリヤの体を手に入れる。ならば、差し出すべきは俺の体。代価として釣り合いはとれる筈だ。

「……………くく」

 その瞳光が灯り、そして―――――――盛大に笑い出した。

「ぷっはははははっはは――衛宮、ぷハ………く、おも……くく、――面、白すぎだ」

 なんでさ? 俺は大真面目だぞ?
 なんで、イリヤまで笑っているのさ?

「――く、いい、くくく、だろう……くく――その代価、くく、納得してやろう」

 ん、蒼崎さんの雰囲気が違うような? 気のせいか?
 俺が首を傾げたのも束の間、直ぐに蒼崎さんは先ほどの調子に戻り。

「ふふ、こんな可愛い子に体で支払うなんて言われたら、頷くしかないわね」

 そう言って、壮絶に艶っぽい視線を送ってくるのだった。

「―――――っつ!!!」

 ああ!? そういう意味ですか!?
 
「そ、え、あ、いや、違!? 俺が言いたかったのは!!?」

「あら、違うの?お姉さん、そこそこに期待してたのよ?」

「―――――――――――っつ!!!!!!!!」

 ヤバイ、死にそう。

「それとも私、魅力が無いかしら?」

「-――――っつ!?そんなわけ無いじゃないですか!?」

 ああー! 泥沼に嵌っていくー!!??

「そうなの、じゃあ問題ないわね?」

 いえ、ほんと頭がどうか成りそうです。助けてください。

「それで、どうするの? 衛宮クンは欲しくないのかしら?」

 蒼崎さんの濡れた瞳に、情欲が灯る。

「――――――――――――――――――――――――――」
 ――――――――――――死んだ、一回死んで帰ってきた。

「あらあら、冗談が過ぎたかしら」

「…………ホント、勘弁してくださいよ」

 思いっきり脱力して俺は切り返す。

「フフ。御免なさいね、ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな?」

 先ほど顔に戻り蒼崎さんは舌を出し笑った。

「でも、冗談抜きで今の話、代価としては十分かな。丁度、魔術的な方面も補佐出来る従業員を探していたところなの。今まで手伝ってくれていた一番弟子は時計塔に行っちゃっていてね、手が足りなくて困っていたのよ」

「 ? 黒桐さんだけじゃ手が足りないんですか?」

「ええ、彼は魔術師じゃないから。それ以外の事務的な仕事や、調べモノなんかは彼がやってくれるんだけどね。“こちら側”の仕事は私が一人でやらなくちゃいけない状況なのよ」

 ああなるほど、それなら黒桐さんのあの雰囲気も納得だ。

「そんな訳で、衛宮君が、この事務所に勤めてくれると助かるのよね」

 いかが? と視線で蒼崎さんがこちらを窺っている。
 そんなの、断る理由が無いじゃないか。

「そんなことでよければ喜んで。半人前の魔術師ですけど、宜しくお願いします」

 言って、俺は頭を下げた。

「良かった、そう言って貰えると嬉しいわ、半人前とはいえ、魔術師一人を雇うのだもの、多くは無いけど、生活に困らない程度のお給料も出させていただくわね」

 そう言う訳で明日から宜しくと手を差し伸べて来る蒼崎さん。
 でも、最後にもう一つ、どうしてもお願いしたいことが俺にはある。

「―――――あの!!」

「? 何かしら? まだ何かある?」

 蒼崎さんは手引っ込め、可愛らしく首をひねっている。
 それに俺は構わず、最後のお願いを口にした。

「―――――俺に、魔術を教えて貰えませんか!?」

 蒼崎さんに表情は見えない。
 驚き? 侮蔑? 当たり前だ、厚かましいにも程がある。
 それでも、それでも俺は。

「俺、蒼崎さんの人形に感動しました。同じ、いえ俺と蒼崎さんとじゃ全然違うかもしれないけど、魔術師として、心の底から震えたんです!」

 アイツに届かないと、二度と廻り逢うことが叶わないって思っていた。
 それを叶えてくれた、その「創造」に衛宮士郎は魅せられた。

「――――だから!」

「――――――――――、一つだけ条件があるわ」

 殺意にも似た、励声で俺の言葉は遮られた。
 これが、“蒼崎橙子”、封印指定の魔術師か―――――――!
 思わず息を飲む。
 俺は、紡がれるべき言葉を待つより仕方が無かった。

「私のことを、二度とその名で呼ばないで。それ以外ならなんと呼ぼうが構わないは、―――――その条件、守れるかしら?」

「―――――――――」

 無言の肯定。
 声を出せば殺される、そんな予感にも似た明確な恐怖をかみ殺し伝えた。

「よろしい、それじゃあ、明日から宜しくお願いね?衛宮士郎くん」

「―――――――――」

 “蒼崎”の名にどんな意味があったのか。
 それを約束しただけで、彼女の殺気は嘘の様に納まってくれた。

「――――それじゃ取り合えず、ポケットの中の、彼女を一晩預けて貰えるかしら? 人型は一晩あれば用意出来るし、明日には人間として機能できるはずよ」

「――――っ!? 本当ですか?」

 俺は驚き、イリヤが喜ぶ。こんなに早く「イリヤ」に戻れるなんて、思っていなかったのだろう、そのはしゃぎ様が半端ではない。
 喜び勇んで、イリヤを手渡した。

「はい、確かに受け取ったわ。イリヤちゃんの事なら安心してね、明日の朝には元の彼女に戻っている筈よ。明日の朝、黒桐クンに迎えに行かせるから今日はもう帰っていいわ」

 疲れたでしょ? 彼女はそう言って穏やかな笑みのまま立ち上がる。
 いや参った。本当に女性の理想ってあったんだな。間違いなく美女だぞ。

「はい。イリヤの事、宜しくお願いします、―――――――先生」

 そんな蒼崎さんに敬意を込めてそう返した。

「――――――っつ!?!?」

 今度は、何故だか先生が驚いた。何でさ?

「衛宮くん、――――それ」

「? 何か変でしたか、先生、名前で呼ばれるの好きじゃ無いみたいですから。それに、俺はこれから先生に師事する訳ですし、敬意も込めて“先生”と呼ぼうかと」

 うん、別に不思議じゃないよな?

「それじゃあ、今日はこれで、明日から宜しくお願いします」

 そう言って、先生に背中を向ける。
 オレンジ色の空は既に堕ち、オフィスには人口の光が灯っていた。

「――――――――――」

 何故だか、先生は俺から目を外さない、背中に刺さる視線が痛い。
 困惑、疑問、懐疑、嬉々、親愛。様々な思いが二つの瞳に込められている気がした。
 鉛色のドアのぶに、再び手をかける。
 訪れた時には俺を拒絶するだけだった、鉄の塊が今はこんなにも軽い。




「――――――――ああ、それとな衛宮士郎」




 カッラポの境界を跨ぐ。
 ドアをくぐり、その場をあとにする。
 重く、扉が閉じる直前、――――――――




「ようこそ、――――――――――――伽藍の堂へ」




 不意に、そんな言葉が耳に残った。




 一人、黒に犯された、街を行く。
 心を焦がす黄昏は、伽藍の世界に塗り替えられていた。

                    



[946] 幕間 橙色の魔法使い 了
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/02 07:03
「先生、―――――――ね」

 伽藍の内側から都心の灯を眺め、一人ごちる。

「アイツと同じ呼び名とはな、まったく―――――因果な物だ」

 それに、その呼び名が嫌ではないことが何より気に食わん。
 ジッポのつきがよくない。方が無いので「火」のルーンを描き紫煙を吹かす。吐き出した靄は、はしゃぐ様に虚空に消えた。





■ Interval. / arrive your broken blood. ■





「あれ? 衛宮君帰っちゃったんですか?」

 都会の灯の中に、薄く黒い影が浮かんだ。

「せっかく、お茶を入れてきたのに」

 その手には、二人分のカップしか運ばれていない。
 こいつも中々、狸になったものだ。

「よく言う、余計な口出しはしまいと、気を利かせて消えてくれたのだろう?」

「まあ、そういうことにしておいて下さい」

 黒い液体の詰まったカップを差し出された。

「何か言いたそうだな、黒桐」

 こいつの性格から言って今日のことは気に入らないのだろう。

「当然です。衛宮君にはどこまで話したんですか?」

 不機嫌にカップを弄ぶ、真っ黒の人影。

「どうせ、橙子さんのことです、もっともらしい嘘で衛宮君を懐柔したんでしょう?」

「君な、人聞きが悪いにも程があるぞ、上司の事をどういう風に見ているんだ?」

「ご想像にお任せしますよ」

 黒桐は依然不機嫌らしい。
 こいつがここまで怒るのも珍しいことではあるな。

「今日はやけに絡むじゃないか黒桐、式と最近ご無沙汰なのか?」

「橙子さん、―――――――まじめに話してください」

 ふう、最近の黒桐は実に詰まらんな。

「まあ、可もなく不可もなく、といったところか?」

「答えになっていませんよ」

「それが答えだよ、黒桐。ある程度のヒントは与えた、気付かない衛宮が甘いのさ」

 投げ捨てた言葉ごとカップに口をつける。
 おい黒桐、苦すぎだぞ。

「それじゃ、切嗣氏の事については、まるで話して無いんですか?」

「ああ、そうなるね」

「――――そうなるねって!? それじゃ何も話して無いのと同じじゃないですか!?」

 何をそんなに慌てる必要がある?

「大体、話す必要が無いだろう?」

「大有りですよ!? 橙子さんが衛宮君を知っているのは、彼が“子供”の時からだって、何で話してあげなっかったんですか!?」

「それこそ関係ない。私が今回の件に関して、その話を持ち出すメリットがまるで無いね」

 言い切って苦い液体を再度啜る。

「どうして素直に、衛宮君を知っていたのは、彼が心配だったから。って言えないんです」

「愚問だね黒桐。心配も何も衛宮士郎と逢ったのは過去一度だけだぞ? そんな奴に対して、何故私が気を割かねばならん」

 十年前の聖杯戦争、その終幕を飾った赤の大地で正義の味方が唯一救ってしまったガランドウの人形。衛宮はカッラポになった人形に「鞘」を埋め込み、その体に命を与えた。衛宮は体に埋め込んだ「鞘」が人形に害を為さないか調べるため、人形を「伽藍の堂」まで連れてきた。
 簡単な話だ、実に詰まらない。
 衛宮は“協会のヒットマン”と呼ばれるほどのハンターなのだが、ひょんな事から私と知り合い、それ以来着かず離れずのビジネスライクな付き合いが始まった。アイツ曰く、私は殺すべき対象ではなかったらしく協会のハンターであるにも関らず私を容認した。蒼崎橙子も随分と舐められたものだ。

「それじゃあ何で、僕に橙子さんの人形の値段を操作させたり、和美ちゃんに画廊の場所をリークさせたりしたんですか?」

「事態がより面白くなりそうだからだ」

「違いますね。嘘はよくないですよ、所長」

 何が違うというのだ。
 私は自分の事が探られるのが気に入らなかった。それを探った人間が気に入らなかったに過ぎない。それがたまたま衛宮の置き土産だった、ただそれだけのこと。

「橙子さんは衛宮君に逢いたかっただけです。昔の友達が、切嗣氏が残した、彼の大事だったものが橙子さんは心配だったんです」

「その理屈で言えば、私が直接会いに行けばいいだけの話しだろう」

「それじゃあ意味がないんです。橙子さんは素直じゃないですからね。「エミヤ」君に自分から橙子さんを求めて欲しかったんですよ」

「―――――――ゆうね、黒桐」

「ええ、橙子さんの気持ち。分からなくもないですから」

 式/識の事を言っているのだろう。黒桐の瞳に影がかかる。

「橙子さんは衛宮君が大切なんです。聖杯戦争、でしたっけ? その戦いを視ていたのも、衛宮君をここに置いてあげるのも、切嗣氏が残した奇跡を橙子さん自身の手で守りたかったからです」

 黒桐は手の内のコーヒーを飲み干して、一息。

「まあ面白そうだから、って言うのも、一概に嘘とも言い切れないんですけどね」

 黒桐は特別なものが何一つない微笑で私を見据える。
 ちっ、この手の話で私がこいつに勝てる筈もないか。

「―――ふん、想像するのは勝手だがね、よくもそんな青臭い台詞を吐けるものだ。君、一体、今いくつだ?」

 飲み終わったカップを差し出し負け惜しみで返す。
 まあいい、久しぶりに負けてやる。

「ええ、これぐらいで無いと、式の隣は歩けないんですよ。ちなみにです、僕は橙子さんと同じく、永遠の二十歳ですから、若いのは当然だったりします」

 黒桐はカップを持って踵を返す。詰まらん世辞だね、相変わらず。

「―――――ふん、今日は帰っていい。これから、衛宮の頼まれごとを片付けないとならんのでね」

 黒桐は嬉しそうに微笑む。
 なんだってお前は他人のためにそうやって笑えるのか、本当に詰まらない。

「もう一つ、明日は出社した後もう一度あいつを迎えに行ってやれ」

 頷いて、柔らかい黒色は事務所の闇に消えて行った。




 人工の暗がりの中、伽藍の内より先ほどよりも弱々しく灯る、人の檻を俯瞰する。

「―――――――――」

 穢れることの無い夜空と、人が作り出した脆い世界の境界線。
 在る筈の無いその隔たりに、彼らは何を感じたのだろうか。

「――――――まったく、私の男運の無さも困った物だな」

 柄にも無く不愉快な愚痴を零す。
 一人は、届くと信じた夜空に救いを願い。
 一人は、至ると信じた脆い世界に救いを願い。
 
「衛宮にしろ、阿頼耶にしろ、私の周りの男はマゾヒストばかりだ」

 境界を越えた先には、絶望/希望だけしか待っていないというのに。

「くだらないな、人の救いなど叶えてはならない願いだろう?」

 ――――――――それでも目指すのは。

「――――綺麗だから、か」

 衛宮士郎、あの馬鹿どもにそっくりな大馬鹿者。

「ああそうだ――――――十分すぎる理由だな」

 一人は、遥か遠く叶うこと無い救いを願う。か………。

            



[946] 第六話 伽藍の剣 Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 05:08
 夜が明けた。

「お~~~~~~~」

 昨日は本当に疲れた。
 太陽が昇りきるまで寝ているなんて珍しいこともあるもんだ。

「に~~~~~~~~~~~~」

 泥のような体を起こす。

「い~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 狭い部屋の中まどろむ夜を抜けて、光に手を伸ばす。

「ちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」

「――――――――――グフォあ!?!?」
 
 輝く朝の光。
 俺の意識は、白い妖精のスカイロリープレスによって再び夜に落ちた。





FATE/MISTIC LEEK
第六話 伽藍の剣 Ⅰ





「イリヤ、本当に死ぬかと思ったんだからな」

 イリヤが元に戻って最初の出会いがあれじゃあな。
 ロマンティシズムも何もあったもんじゃない。

「お兄ちゃんのイジワル、あれぐらいで怒ること無いじゃない」

 嬉しくてついやっちゃただけじゃない、とテレ怒る白い妹。
 義理とはいえ、実の兄を三途の川に送りかけておいて何を言うか。

「まあまあ、士郎君もそんなに怒らないで」

「そうだよ衛宮ッち、そんな可愛い妹さんが骨を拾ってくれるんだ、贅沢言うもんじゃないよ」

 食卓を囲うのは俺、イリヤ、朝倉、幹也さん。
 幹也さんとは、これからは仕事仲間だろ?と、いう事でお互い名前で呼ぶことになった。
 そして朝倉、お前の言い分は明らかに間違っている。

「それにしても、幹也さんと朝倉が知り合いだったなんて知らなかったぞ?」

「ほら、言ったでしょ?信頼できる人から情報を貰ったって。それが黒桐さんって訳さ」

 確認のため俺は幹也さんの方を向く。

(和美ちゃんは、僕と橙子さんの事知らないから。そこのところ宜しく)

 との事なので。

(分かりました。話をあわせます)

「ちょいとお二人さん。朝から何をこそこそやってるのかな?」

 そこに秘密があるのなら。そんな輝きを瞳にためて、嬉しそうにこちらを窺う朝倉。
 お前、根っからの情報屋なんだな。

「何でもないよ。それで、朝倉はどうして幹也さんと?」

 今日の食卓は、イリヤのリクエストでプレーンオムレツとハッシュポテト。久し振りのご飯の感覚に、イリヤは嬉しそうだ。
 そんな妹を眺めて、朝倉になんでもないことの様に続けた。

「ん、ああそのこと?黒桐さんは情報屋の世界じゃ既に生きた神話でね。曰く、黒桐さんに探し出せぬものは無し!情報、人、物、を問わずその全てを調べきる。まさに、ブンヤ業界の神みたいな人なのだ!」

 またまた一人で回転数を上げて行く朝倉。
 イリヤ、年頃の女の子をそんな目で見ちゃいけないぞ。

「正体不明、年齢不詳、男なのか?女なのか?その全てが一切不明、唯一の特徴が全身黒ずくめ。幻の様な、だけど確実に実在するとされる、それが―――――――」

 幹也さんは心なしか引いている。朝倉、これ以上は不味いって。

「黒桐幹也。その人なのだーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ああ、はいはい。
 結局、俺の質問に答えてないし。

「だからさ朝倉。何でお前は、幹也さんと知り合えたんだ?」

「テンションが低いぞ、衛宮っち!」

 やれやれと言って、肩をすくめる朝倉。
 朝だからな、今のお前とためを張れるのは冬木の虎位のもんだ。

「貴方が高すぎなのよカズミ、それで?どうして正体不明のコクトーのこと、貴方が知っているの?」

 ご飯を頬張りつつ、上品にイリヤは尋ねた。

「ん、薬売りのおネエが黒桐さんと知り合いだったらしくてね。彼女の紹介で知り合ったのさ」

 朝倉は幹也さんのほうを向いて同意を求めた。

「そう言うこと。それ以来、何かと情報交換とかも兼ねてね。和美ちゃんとは同業者のよしみで付き合って貰ってるんだ」

 用意したお茶碗を空にさせ、幹也さんははにかんだ。

「いや、私が一方的に助けてもらっているだけですけどね」

 情報屋としてのプライドの問題だろうか、朝倉は困った様に笑っている。

「それはそうと、ご飯美味しかったよ士郎君。ご馳走様」

「いや衛宮っち、いつもいつも悪いね」

「いえいえ、お粗末さまです。とゆうか朝倉、お前今日学校はいいのか?」

「今日は三限から出れば問題ないのよ、それじゃ、勤労青年、今日から頑張ってね」

 おい、お前朝飯食うためだけに残ってたのか?
 言うが速いか、朝倉はとっとと家を後にした。

「いってらっしゃい、和美ちゃん。それじゃ士郎君、僕達も出ようか?あんまり遅いと所長が怖いからね」

 幹也さんは本気で震えている。はて、あの優しい先生が怖い、何でさ?

「?そうでうすね、急ぎましょうか」

「イリヤちゃんも来て構わないからね。それじゃいこうか」

 イリヤの手をとって、家を出る幹也さん。
 あのイリヤがこんな直ぐ懐くなんて流石だ幹也さん。
 大人の落ち着きといい、憧れるぞ。

 そして、一路は先生の事務所を後にするのだった。






「遅いぞ黒桐、それに衛宮もだ、君らは亀か?今何時だと思っている」

 “壊れた幻想”―――この瞬間を表現するならば、衛宮士郎はこの現象をそう呼称する。
 美しき理想、信ずるべき願い。
 その思いの力は、とてつもない爆発力となってその身を焦がす。

「全く、これならば亀の方が幾分もマシという物だ。君達、亀に謝れ」

 一度目は赤いあくまに、そして今度は先生。
 在る筈だと。一度は裏切られた理想が、もう一度手に入れたはずの綺麗な理想が、

「役立たず、とは君達の為にあるような言葉だな、ここまで使えないといっそ清々しい」

 ――――――――粉々に砕け散った。
 あれは誰だ? ここはどこだ?
 もしここが白鳥座X-1の暗黒空間だったとしたらどれだけ楽なことか。

「みろ、君達が遅れた分、仕事が全く進んでいない。君達が仕事をしないで一体誰が仕事をするというんだ?」

 不機嫌に弄ばれていたのは真っ白な図面と何やら小難しい言葉が羅列した書類の束だった。一切手が付けられていないことから考えて、先生は仕事をする数には入っていないらしい。素晴らしいほど座った眼でこちらを見据える、まるで汚物でも見るかのよう。
 ――――――泣きたい。

「まあ、役立たずを雇った私の責任でもあるがね。君達に少しでも良心というものが残っているなら、早いところ仕事を始めてくれないか?」

 俺は無言で幹也さんを見た。
 幹也さんの瞳が俺に問いかける。

「士郎君、――――――――――――ついて、来れるかい?」

 無理です。
 幹也さんは磨耗しきった笑顔で先生から書類を受け取り、ため息をついた。

「それじゃ、僕は事務処理を始めるから、士郎君は、――――」

「衛宮は私の横で人形やら魔具やらの製図だ、-――-期待しているぞ、噂に聞くへっぽこ加減、精々楽しませてくれ」

 そう言って、昨日とは180度反転した綺麗な笑みを俺にくれる先生。
 イリヤ、助けてくれ。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、最後の望みを顧みる。

「それじゃ、イリヤちゃんはこっちでお茶していてね」

 幹也さんはイリヤにお茶を勧めている。既にイリヤの瞳に俺はいない。

「ほら衛宮、さっさとはじめろ。退屈でかなわん」

 ゴッド―――――俺、何か悪いことしましたか?
 そうして、俺の新しい非日常は幕を開けた。
 全く、衛宮士郎は“理想”とやらに随分と嫌われているんだな。

 だが不思議なことに、いやな気は全然しない。
 確かにショックだったけど、こんな先生も似合っているな、何てほくそ笑んでいる俺がいる。何だ、簡単じゃないか、俺はこんな先生だからこの人が好きなんだな。

「なんだ衛宮、気持ち悪いぞ。――――――やはりお前もマゾか?」

 ―――――――否。

 ――――――――――――断じて否。
                
 そうして俺は、彼女の下で新たな非日常に踏み出した。



[946] 第七話 伽藍の剣 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 05:15
「死ぬ…………」

 怒涛の様な伽藍の堂での初めての仕事が終わり、四階のサロン件仕事場の様な場所で、俺達四人でお茶を楽しんでいた。

「シロウ、お疲れ様」

 そういうイリヤは今は俺の膝の上。
 イリヤの笑顔は癒やされるなぁ。

「どうだった士郎君、初めての事ばかりで疲れただろう?」

 何時ものノンビリした口調で、幹也さんはいかにも高級そうな和菓子を俺に薦めてくれた。
 むむ、美味しい。

「ええ、でも楽しかったですよ」

 本当に楽しかった。確かに今日一日中先生にナジられっぱなしだったけど、それ以上に得られたモノが大きいと思う。

「あの程度の作業で根を上げておいてよく言う。一体今まで何を学んできたんだか」

 まあ想像はつくがね、と楽しそうにクツクツ笑う先生。
 この笑い方も慣れてくれば味があるものだ。

「それで衛宮、魔術の鍛錬はどうする? 今夜から始めるのか?」

 先生がにやりと笑う。
 ああ、昼間に続いて夜も虐められる訳ですか。まあ魔術となればそれでも願ったり叶ったりだけど。

「はい、出来れば」

 俺の嘆きに、先生は一つ頷く。

「だそうだ、黒桐、イリヤスフィール、お前らは如何する?」

「当然、私は残させてもらうは、トウコがシロウを食べちゃわないか心配ですもの」

「士郎君の超能力、どんなのか気になりますしね、僕も残りますよ」

 イリヤ、その発言はとんでもなく間違っていると思うぞ。

「衛宮、構わんな?」

「ええ、見られたからってどうということの無い魔術ですからね」

 手招きする先生の方に歩を進める。
 大丈夫だよイリヤ、そんなに心配するな。
 不安に俺を見つめるイリヤにそう視線で微笑む。

「それもそうだ。――――――――――――ならば、衛宮士郎」

 咥えたタバコで先生は虚空に文字描く。
 “ルーン”文字と言われるものだろうか? 俺には読むことが出来なかった。

「まず始めに、お前の属性を「自覚」させてやる」

 そんなもの、遠坂が教えてくれた、衛宮士郎の属性は剣だ。
 だっていうのに、――――――なんだって俺はこんなにも?
 大気に浮かび上がる歪な文字は“回帰”の概念を含んでいる。
 読んだわけではない、感じるのだ。

「阿頼耶の様な起源覚醒は興味ないのだがね、それでも真似事ぐらいは出来る」

 時が逆巻く。世界が揺れる。


「お前の“起源”に穿たれたものが何であるか、それを見てくるといい」

 意識が堕ちる/飛翔ぶ。
                                       
「間違えるなよ、衛宮。お前は衛宮士郎だ、そこはお前の「世界」であって、お前の「世界」ではない」

 最後に、――――――――――。

「君の世界は赤の墓標などではなく、――――彼女の為の、世界なのだろう?」

 そんな、優しい嘆きが残った。





FATE/MISTIC LEEK
第七話 伽藍の剣 Ⅱ






 赤い、紅い荒野が広がっている。
 
 知っている、だけど見たことの無い赤い大地。

 ■■■士郎が死んだ時、これとよく似た風景をみた。

 溶ける人間だったモノ、歪に千切れた人間だったモノ、その朱い地獄を彷徨った。

 たどり着いたのはどこだったのか。

 喩えるなら「虚無」だったのだろうと思う。

 死に対する明確な象など、それこそ無限にある。

 生まれながらその「虚無」を知っているものならば、その世界が「死」であると気付いたのかもしれない。

 だが生憎と、■■■士郎はそんなもの知らなかった。

 心象を犯した、あの朱い大地だけが■■■士郎の「死」に対する絶対的なイメージだ。

 朱色に染まる紅の大地、それが俺の虚無、俺という世界の『 』。

 そうして、切嗣と出逢った。
            
 切嗣がくれたのは理想という名の一つの剣。

 だから俺は「衛宮」士郎になった。

 なんて単純、それが俺の起源。

 『 』であるが故に『無限/有限』、俺の世界は『剣』になった。

 気がつけば、朱色の世界には無数の剣が突き立っている。

 アイツは、俺のあり方を酷く歪だと言った。

 なるほど、これが俺の世界なら俺はなんてガランドウ。

 ――――――だけど、違うよ。

 この世界は俺の世界じゃない、「無限に広がる剣の丘」これは俺だった世界だ。

 ―――――――――――――そう、だって
              
「――――――――ここには、“最愛の剣(お前)”がないじゃないか」

 世界が色を成す直前、視界は再び闇に帰った。






「お帰り、どうだい? 衛宮士郎生誕ツアーは」

 心底詰まらなそうに先生は言い放つ。
 見上げれば先生の顔が、どうやら俺は事務所のソファーで横になっているらしい。

「ええ、思いのほか楽しめました、アイツに逢えなかったのが心残りですけど」

 柔らかな感触より身体を離し、先生に告げた。
 俺が落ち着いているのが気に食わないのか、先生の目つきが大変なことになっている。

「それは残念だ。それで、分かったかな」

「ええ、『剣』でした」

 先生は、そうかと一つ頷いて紫煙を吹かす。

「幹也さんとイリヤはどこに行ったんです?」

「ふん、楽しみすぎだよ衛宮。時計を見てみろ」

 見ると、既に深夜。夜の静寂が辺りを包んでいる。

「イリヤスフィールのことは心配するな。黒桐が責任を持って預かるとさ」

「預かる? どういうことですか?」

「電車が止まる前に黒桐が連れて行った、無論彼の家にね。今日は式も一緒だそうだから
な、飯の心配もしなくていいだろう」

 しき? しきって誰さ?

「それじゃ、俺はどうしましょう?」

 この時間じゃ電車はおろかタクシーだって走って無いんじゃないか?

「ここで寝ればいいだろう?どうせ明日も出社するんだ、問題なかろう?」

 そう言って先生はソファーの方を顧みる。
 マジですか?

「それとも私のベッドに行くかね、別に構わんぞ」

 先生は淫猥に、そしてサディスティックな瞳で俺を舐めまわす、
 ――――――――ヤバイ。このパターンはヤバ過ぎる。

「そうだな、彼の騎士王を手懐けた衛宮だ、その技巧――――興味が尽きない」

「――――――――っつ!!??」

 雪のような指先が首を伝う。
 性格はあれだったけど、先生が美人であることに変わりは無いのだ。
 男として反応しないわけ無いじゃないか!

「ほう既に元気か? 嬉しいね、私に欲情してくれたわけだ」

 更に、淫蕩に、溶けるような銀鈴で俺を弄ぶ。
 まずい、まず過ぎる。俺にはアイツが、アイツが~~~~。

「!!!!!!!!!!!」

 真っ赤になった俺の頬を突然抓られた。

「冗談だ。お前程度の男が蒼崎橙子を抱けるはず無いだろう? 私を抱きたいなら、この私を欲情させる位の男になるんだな」

 そして、先生は悔しいほど格好のよい笑みを残して伽藍の奥に消えていった。
 助かったような、残念なような、なんとも珍妙な感情が湧き上がる。
 全く先生は、なんだってあんな性格が破綻しているんだ?
 人のことを虐めるは、こき使うは、オモチャにするは、仕事はしないし性格もきつい、おまけに自分の欲望に正直で、相手に楽しむ事しか求めない快楽主義者。
 ああでも、だから―――――

「先生みたいなのを、いい女って言うんだろうな」

 そんな嘆きを残して、まどろみの中、目を閉じた。
 暗がりの中、微かに灯る都会の火種が眠気を誘う。

 ――――I am the bone of my sword.

 眠りに落ちる前、そんな言葉が頭に響いた。  
                     



[946] 第八話 伽藍の剣 Ⅲ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 05:31
「おい、衛宮。――――これは何だ?」

 事務所の四階。
 サロン件仕事場の中央に備え付けられたテーブルの上、俺は忙しく朝食を並べている。
 時刻は朝八時、俺が用意した朝飯見て、先生はいつものデスクに就いた。

「何、って朝食用意しただけですけど?」

 朝。目を覚まし、ここの冷蔵庫を見て愕然とした。
 何も無いのだ、先生は一体何食べて生活しているんだ?

「そういうことを聞いているんじゃない」

 そういうわけで、俺は食材を求めて二十四時間営業のスーパーへ、食材を買いあさり朝飯を用意したというわけである。

「 ? ああ、今日のメニューはご飯と大根の味噌汁、ハムエッグを主菜に人参の朝漬け、小松菜の炒め物です。気に入らなかったですか?」
 
定番とも言える朝食がだめ? やっぱ洋食の方が良かったか?

「―――――――――――――まあいい、お前に言っても無駄だった」
 
 そうして、伽藍堂の朝は過ぎていく。
 朝食を片付け終えて、昨日のようにサロン兼用の仕事場へと戻る。
 朝の光が漂うオフィスは今日も清潔感に溢れていた。

「先生、幹也さんは何時ごろ出社なんですか?」

 朝食に難癖つけながらも完食しきった先生に尋ねる。

「基本は九時の出社だからな、そろそろ来るだろう」

 何処から持ってきたのか、先生は多種多様な新聞に目を通し返した。

「と言うことは、俺も今度からその時間に出社すれば良い訳ですね?」

 九時か。
 朝が早い俺としては、出社するまで時間を持て余すなぁ。

「君は八時だ。朝食が思いのほか気に入った、明日からも作れ」

 経済新聞らしき物をホッポリ投げ、大衆誌に手を伸ばし詰まらなそうにページをめくる先生。

「……………………………………」

 本当に身売りをしたみたいだな、実際その通だけど。
 しばしの静寂を破り、鉛のドアを開く音と共に、―――――――

「所長、士郎君、おはようございます」

「おはようシロウ、トウコ」

 ―――――――――朝の挨拶、ちぐはぐな三人組がやってきた。

「ああ、おはよう」

 視線を雑誌から外そうとさえしないクールビューティー。
 挨拶ぐらいちゃんとしましょうよ先生。

「おはようございます、幹也さん、イリヤそれと…………」

「よう、お前が橙子の新しいオモチャか?」

 ――――誰さ?





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第八話 伽藍の剣 Ⅲ





 先生が作った、抗魔力を高めるであろう腕輪を図面に起こす。
 構造把握を駆使して魔力線を辿り、この腕輪の最終効果を予想した結果、この魔具は使用者の抗魔力を増幅させるものだと当りをつけた。
 しかし可笑しなものだ、解析の魔術は元々得意だったが、昨日一日先生と一緒に仕事をしただけで魔術効果のシミュレートのコツを掴めて来た。
 正確には俺が仕事をして、先生はグチグチ俺を甚振っていただけだけど。

「不正解、その解じゃ正解はやれん。魔力線が腕輪の中央で基点となるのが分かるだろう?そこに「反転」と「盾」の概念を付加させた概念線が絡めてある。術者はそこに魔力を流し、自身とは正反対の属性に対し耐性を得る事が出来るわけだ」

 魔力線と概念線が何だって?
 昨日今日でそんなの行き成り出来るわけ無いぞ。
 構造解析から最終効果のはじきだしまで持っていけただけでも進歩したほうだ。

「加えてだ、その腕輪が東洋とも西洋ともつかないデザインなのは東洋の五大思想を西洋の魔術に応用したタットワの属性体系で構成したからだ。「水(アパス)」の属性を持つものなら「火(テジャス)」に対して耐性を得るという―――おい衛宮、聞いてるのか?」

 聞いていても全く分からないぞ。

「いえ先生、聞いてはいるんですけど、何を言っているのやら全く分かりません」

「ああ、君は本当に素人だったな、ふむ、今後の課題は物質、精神の把握に加えて概念理解のための知識だな。よし衛宮今日からお前のノルマは一日魔術書三冊だ」

「読めといわれても俺、魔術書なんて持ってませんよ?」

「心配いらない、前の弟子が使っていた入門用の魔術書が残ってる、今晩から本格的に鍛錬に入るからな、持ち出して構わないからその後にでも読め」

 問答無用で、読め。って事ですか先生?

「衛宮は私の様な「創る」魔術師にとってまさに理想の小間使いだからな、その解析能力に加えて魔具、術式のシミュレートが完璧になれば、どこに出しても恥ずかしくない自慢の小姓になれるぞ」

 爽やか過ぎる笑顔で俺を見つめる先生、それ全く嬉しくないです。
 色々なものから目を背けるため、ひたすら図面を睨み付けるのだった。




 何とかお昼を過ぎた辺りで、先ほどの図面を起こしきり仕事場のソファーに腰を下ろし肩を回す。目の前には先ほどの女性、両義式さんが詰まらなそうに腰掛けている。
 今時珍しく着物を着こなし、肩の辺りまで伸ばした髪は無造作に切りそろえられていた。
 俺よりも一つ二つ年上だろうか?鋭い眼光を放つ眼は、全てを見通す程深い黒に満ちている。
 そしてこの人も半端ではない美人だったりするのだ。

「なあ………衛宮士郎って言ったっけ? お前」

 不意に、式さんは気まぐれな猫みたいに話しかけてきた。

「ええそうですよ、式さん」

 年上の女性、それも幹也さんの彼女であるらしい人を下の名前で呼ぶのは抵抗があるのだが、上の名前で呼んだら殺す、みたいな殺気を送られたので仕方なくそう呼ぶことにしている。

「お前、なんだってこんな所で働いてんだ? そんな物好き、幹也ぐらいのものかと思ってたんだけどね」

 幹也さんとイリヤは現在昼食の買出し中、自然と会話は俺と先生、そして式さんの三人だけとなる。

「式、こんなところとは随分だな。愛しの黒桐の職場だ、そういってやるな」

 紫煙をなびかせ、いつもの調子で返す先生。
 幹也さんと式さんの馴れ初めは先生が事細かに話してくれた。
 超能力がどうだの神代の魔眼だの根源がなんたらと、とてもじゃないが色恋話と言うよりも殺伐とした伝奇物語だ。

「煩いな橙子。俺は衛宮に聞いてるんだ……少し黙れ」

 かわいい声で凄いこというなあ式さん。

「やれやれ、だそうだぞ衛宮、答えてやれ」

 それに全く動じない先生も流石ですね。

「どうしても何も、先生の人形に惹かれたからですよ。幹也さんと同じです」

 特にそのほかの理由はないなぁ。
 しかし、俺の答えに式さんの顔が不機嫌に染まった。

「それだ、こいつのガラクタのどこに惹かれたんだ? 幹也といいお前といい、頭おかしいだろ」

 うわ、式さん言い切った!?
 流石に先生も青筋立てているぞ。
 震える先生なんて始めて見た。

「よく言った。――――――式、表へ出ろ」

 先生は突然腰を上げてそんなことをのたまった。
 先生!? 行き成りそんな物騒な台詞はまずいですよ!

「――――いいね、橙子を切り刻むのは楽しそうだ」

 幹也さん、式さんって綺麗な顔して物騒な事おサラリとおっしゃるんですね。つーかすげー。こんな人が彼女の幹也さんって何様ですか?

「――――――――って二人とも何言ってんですか!? やめて下さい!」

 そうして俺は、二人の大怪獣に立ち向かっていった。
 俺が殺される前に幹也さんとイリヤが何とか事態を収めてくれたので、この騒動は事なきを得た、式さん、とんでもなく強かったんですね正直アイツと鍛錬した時よりも怖かったです。
 この二人を諌めるなんて流石だ、幹也さん。足、震えていましたけど。

 その後は何事も無く退社時間を向かえ、例によって仕事場件サロンにて皆でお茶の時間になった。今日のお茶菓子は式さんが差し入れてくれた如何にも高級そうなお饅頭と玄米茶。
 むむ、今度のお饅頭もトンでもなく美味しい。
 皆でお茶を楽しむさなか、先生がタバコに火をつけ此方を窺っている。

「人間には二属性二系統あるんだ、衛宮」

 紫煙を吹かして寛ぎながら橙子さんが口を開いた。

「例えば、黒桐なら『探るモノ』。式ならば『使うモノ』といった様にね」

 幹也さんも式さんもこの話には興味が無いのか、俺とイリヤだけが先生の話に耳を傾けている。

「これらは、一概に才覚、人の本質とも言い換えることも出来る」

 先生は俺の方に賢者の様な瞳で続ける。

「そして衛宮、君は私と同じ『創るモノ』それを忘れるな」
                               
 いつかの戦いで赤い弓兵に穿たれた言葉。その言葉が再び俺の心を鍛える。

「そういえばまだ聞いていなかったな、君が、「衛宮」が目指すものを」

 既に答えなんて知っているであろうに、俺を見据えて先生は言う。

「決まってます。『全てを救う正義の味方』です」

 今も、そしてこれからも変わることの無い俺のたった一つの願い。
 賢者の様だった先生は、いつの間にか不遜な貌に戻っていた。

「なら『創造』ってみせろ衛宮士郎。私の弟子だ、最低でもそれ位は創れ」

 それで、話はお終い。
 俺達は、再び束の間のひと時を楽しみ出した。




 伽藍の堂、二日目の夜が始まる。
 さあ、神秘の宴の幕が上がった。
                



[946] 第九話 伽藍の剣 Ⅳ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 05:37
「さて衛宮、今日からお前の魔術を本格的に鍛え創める訳だが」

 先生は辺りを見回す。
 時刻は午後九時、とっくに月が顔を見せている。

「何でお前達全員が残っている?」

 興味本位で残っている幹也さんとイリヤ、そして不機嫌そうな顔でやっぱり残っている式さんを眺める。

「昨晩は士郎君の超能力、見られませんでしたから」

「お兄ちゃんが気になるんですもの、残るのは当然だわ」

「…………幹也が残ってるからな」

 思い思いを口にする皆様。
 そんな面白いものじゃないぞ。

「まあいい、それじゃ始めるぞ衛宮。投影、それに強化だったか? お前の魔術は」

 俺は頷いて、先生が手渡してきたランプを受け取った。
 これ、遠坂が持っていたのと同じだ。割とポピュラーな魔具なのかもしれないな。

「とりあえずこれを「強化」してみろ、話はそれからだ」
  
 皆の視線が集まる中、神経を研ぎ澄まし。

「――――同調、開始(トレース・オン)」

 ランプは閃光と共に粉々に砕け散った、―――――――――――。





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第九話 伽藍の剣 Ⅳ





「シロウ、まじめにやりなさいよ」

「凄いな士郎君。それが君の超能力かい?」

「へえ、鮮花の奴よりも面白そうだな。燃やすんじゃなくて爆破か」

 はは、―――――何でさ?

「大したものだ。君にこそ“ヘッポコ王”の二つ名は相応しい」

 本気で感心している先生。
 幹也さんが、えっこれ失敗だったの?なんて驚いているし。式さんは残念がっているし。
 ――――――――泣きたい。

「まあいい、分かっていたことだしな、次は投影だ。出来ないとは思うが、間違っても最高位の武具なんて投影するなよ、ここの結界が破られる」

 サッサとやれ。と命令形で先を促された。
 まあ、やれと言われたらやりますけど。
 投影するのは、―――――自宅の包丁でいいか?

「――――投影、開始(トレース・オン)」

 自身のイメージを六節に分けて剣を鍛つ。
 昨夜、先生によって自身の属性を完全に自覚したからだろうか?
 以前とは比べられないほど「剣」が創りやすい。
 瞳を開けば、魔力で編まれた包丁が握られていた。

「これが士郎君の超能力? 日用品を作る能力なのかな?」

「包丁を作るだけだと? 衛宮、さっきの爆破の方が楽しめるぞ」

 …………口々に勝手なこと言って下さる。

「ちがうわコクトー、シキ。お兄ちゃんの魔術はね一度見た剣を完璧に複製するのが本質なの。しかも、投影した剣はほおって置けばそのまま存在し続けるでたらめさ。さっきの強化の失敗もね、この魔術から派生したものにすぎないわ」

 イリヤが俺に代わって代弁する。
 よく出来ましたお兄ちゃん、と言って俺に微笑をくれる妹。
 その笑顔、何度見ても癒されるなぁ。

「一度みた剣を完璧に複製?―――――それ、本当かよ衛宮?」

「ええ、そうですよ。ただ、俺に理解できた剣だけっていう条件がつきますけどね、よっぽどのものでない限り投影出来ると思います」

 式さんの笑顔が喜々に染まる。

「よし、お前明日、両義の家に来い。蔵の古刀、名刀を見せてやる」

 俺も剣が見られるなら嬉しいけど、何でさ?

「これで持ち出し禁止の刀が使いたい放題だ。衛宮、試し切りはお前でしてやるからな」

 喜べ、と怪しく笑いかけてくる式さん。
 それはどうも、全く嬉しくないですね。

「お楽しみのところ悪いのだがね、そろそろいいかな衛宮。それと、両義の蔵に行くのはまだいい、刀を視たところで今の君では投影できん」

 吐血覚悟ならそれも可能だがねって、なんでそんな笑えない事笑顔で言えるんです、先生?
 式さんも、別にそれでも………、なんて素晴らしい台詞呟かないで下さい。

「それはそうと、どうですか? 俺の魔術」

 フム、と頷いて先生はタバコに火をつけた。

「まあ、先ずは君の体の状態からだな。現在開いている魔術回路は全部で17本、その全てが神経に同化している。魔力容量は大体20~30程度か?そして、何より特筆すべきは回路の強度だ、なるほどこれなら自身の魔力量以上の過負荷にも耐えられるはずだな宝具の投影も可能だろうよ」

 先生は自身の専門は“肉体”にある、って言っていたが流石だな。
 一度視ただけで、俺の体の状態がそんなハッキリ分かるのか。
 にしても気になるのは。

「――――――回路の強度? 他は並以下なのに?」
     
「大方、衛宮の鍛錬法が原因だろう。私の知った事ではない」

 遠坂曰く、魔術回路は作るものではなく開くもの。
 ならば八年間、死ぬ思いで続けた鍛錬にも何かしらの意図があったのだろう。

「それと、強化についてはボロボロだ。媒介に回路が全く繋がっていない、流す魔力は出鱈目、救いようが無いほどに魔術ではない」

 ここまでハッキリ言われるともう笑うしかないな。
 ―――――泣いてなんかいない、俺は泣いてなんかいないぞ。

「剣の投影については、――――お前の“起源”に穿ち込まれた魔術だしな特に言うことは無いか」

 先生はタバコを灰皿に落とし、今後の指針について話しだした。

「今後の鍛錬についてだが、―――――――そうだな、投影は私の許可があるまで修練、使用の禁止。今後は強化、解析の鍛錬に加えて変化の魔術を中心に教えていく、いいな?」

 ―――――――投影禁止?確かに遠坂にも投影の魔術は俺の身に余るって言っていたけど、さっき包丁を投影した限りでは問題なかったぞ。

「あの先生? なんで投―――――」

「いいな。衛宮」

「了解しました! ご指導のほど宜しくお願い致します!」

 先生がとてつもなく綺麗な笑みで笑っている。
 喩えると「質問したら殺す」みたいな素敵な顔。

「分かればいい。それと、今日から式に剣の稽古でもつけてもらえ。場所は、――――屋上でいいか?自由に使え」

 必要だろう? と言って、席を立つ先生。

「おい、橙子。オレは何も聞いていないぞ?」

 不信感を隠そうともせずに式さんが身を乗り出す。

「別に構わんだろう?殺さないのなら何をしてもいい。久しく血を見ていないだろうし、衛宮は私のオモチャだ、これから毎晩一時間ほど貸してやろう」

 いいんだな、勿論だ。なんて言ってニタリと笑いあう大人の女性二人。
 ゴッド、どうして俺の周りの女性はこればっかり何ですか?

「そうことだ衛宮、少し式に遊ばれて来い。その後魔術の鍛錬だ。分かっていると思うが、帰宅後は、魔術書を読めよ、今の内に探して来てやるから楽しみにしていろ」

 そして先生は工房に消えていった。

「――――だってさ衛宮、屋上へ行くぞ。生憎ここには模擬刀なんて無いからな、お前は適当に見繕え」

 投影を禁じられていてどうやって見繕えと? さっきの包丁ですか?
                       
「オレのことは気にするなよ、いつも持ち歩いてる獲物(ナイフ)がある」

 短めの凶器を弄ぶ式さん。あの、もしかしてそれを使って斬り合うんですか?
 幹也さんとイリヤは、関ることに身の危険を感じたのか二人で和やかにお茶を楽しんでいる。
 ああ、なんか慨視感。

 現実逃避をしている俺は式さんに轢きづられて屋上へとドナドナされた。






 ――――――今夜は星が綺麗だ。

 目の前にはナイフを構え流麗に月を背負う式さん。
 ナイフを持っていなけりゃ、その美しさに見惚れたんだろうなぁ。
 
 俺はというと、もはややけくそで先ほどの包丁を構えている。
 夜の月の下、着物の美人が輝く銀色の殺意を握り佇む、相対するは凡庸な男。
 握る獲物は出刃包丁、実にシュールな光景だ。

「――――――さあ、衛宮」

 式さんの目が肉食動物のそれに変わる。
 さて衛宮士郎、現実逃避は終わりだ。
 曲がりなりにも剣を執った、なら目の前の脅威に全身全霊で答えるだけだ。
 美しすぎる殺意が走る。
 愚直な剣で立ち向かう。
               
「―――――――――存分に、楽しもうか」

「―――――――――――ええ、こちらこそ」

 この日、『伽藍の剣』に邂逅する――――――――。
 



[946] 第十話 錬鉄の魔術師
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 06:42
「アチイ…………」

 馬鹿みたいに熱い朝の光を浴びて、俺とイリヤは事務所を目指している。
 ただいま首都圏は夏真っ盛り。
 俺も真っ当な学生をしていれば夏休みを満喫していたはずだ。
 諦めろ衛宮士郎、今やお前は先生自慢の小姓だ、そんな幻想捨ててしまえ。
 畜生、熱いぞ太陽!
 朝の最高気温は38度とのこと、これが地球温暖化って奴なのかぁ!

「お兄ちゃん………私、もう駄目」

 雪国育ちのイリヤにはこの暑さが相当堪えるのか半分溶けている。

「日本が熱帯だったなんて、始めて知ったわ」

 水色ワンピースの胸元をパタパタさせながら、白い妖精は言う。

「―――冬木の夏はそんなでも無いんだけどな」

 なんで東京の夏はこんなに蒸すんだ?

「もう、なんで私たちはこんな日にもトウコの事務所に行かなくちゃならないのよ!」

「仕事だからな。仕方ない」

 それにしても暑い。
 まだ近場に出社だからいいものの、通勤ラッシュに数分間揉まれただけでクタクタだ。もしかして、日本のお父さん達って世界最強なのでは無かろうか?

「家で待ってても良かったんだぞ、朝倉もアパートで日がなごろごろしてるしな」

 いっそ預けてくれば良かったか?

「嫌よ、シロウのイジワル。今は私もトウコに魔術習ってるんだから休むわけには行かないじゃない」

 緩く三つ編みにした真っ白い髪をなびかせ、涼やかにイリヤは笑う。

 先生の事務所に勤め始めて早二ヶ月半、瞬く間に過ぎていった。
 解析能力の鍛錬も兼ねて、相も変わらず様々な武具、魔具、人形、宝石、建築物の設計図を図面に起こし。
 先生の「創作物」の魔術的な補佐をし(邪魔しているのと変わらないけど)。
 夜は毎晩式さんにライブで殺されかけ。
 その後、先生に強化、変化の魔術を習う。
 家に帰ったら帰ったで、魔術書を読み漁り、知識を蓄え一日を終える。

 前との唯一の違いは、イリヤも先生と式さんに教授している位か?

「しかし、イリヤも物好きだな。先生から魔術を習うだけならまだしも、俺と同じように式さんと鍛錬すること無いだろう?」

 俺はダレつつも真剣に、イリヤに問いかける。

「シロウ、またその質問?これで何度めかしら?」

 イリヤは凄いな、暑さで参っているだろうに、それでも女性の艶ややかさを保ってこちらに返す。

「何回だって言うぞ、イリヤは女の子なんだ、辛い思いをしてまで強くなることなんてないんだ」

 かなり女性蔑視の発言だが、俺は間違ったことは言っていない。

「ふう、同じことがトウコやシキにも言えるかしらね?シロウ」

 フフンと意地悪く微笑み、俺の前にテンポ良くステップするイリヤ。

「――――――う!」

 あの人達はまた別物だと思うぞ。

「それにねシロウ、辛くても嫌じゃないよ“強くなること”がね。今は昔みたいな魔術行使は出来なくなっちゃったけど、元気な体がある」

 イリヤはクルリとお姫様みたいに跳ね返り――――

「シロウは「皆を救う正義の味方」になるんでしょ? なら、シロウの隣を歩くためにも強くならなくちゃ」
 
 ――――夏のお日様よりもなお明るい笑顔をプレゼントしてくれた。

「――――――そっか、ありがとうイリヤ。でもな、あんまり無理するなよ」
 
 うん、わが妹ながら最高に可愛いいぞ。俺って兄バカ?
 先生曰く、イリヤの属性は「水」。
 その魔術特性は「叶える」事、例え術式の理論を知らずとも自身の魔力で望んだ結果を引き起こせるというものだ。
 反則だろ! なんてこの話を聞いた時は世の不平等に真剣に抗議したが、ソレは『聖杯』だった時の話。
 新しい体は魔力要領も魔力回路も前の体の半分以下のうえ、その魔術特性も自身の属性に限定されているらしい。

「心配なんて無用よ、半人前の魔術師さん」
                          
 まあそれでも、俺なんかとは比べ物にならないほど優秀な魔術師であるのだが。

「それもそうだな」

 夏の日差しの中、気がつけばそこには、通いなれた何時もの廃墟があった。

「それじゃ、今日も一日頑張るぞ」

「そうだね、頑張ろうシロウ」

 何時もと同じ、だけど同じ日など一度も無い今日が始まる。





FATE/MISTIC LEEK
第十話 錬鉄の魔術師 Ⅰ





「っちい、―――――――」

 夜の屋上、月明かりを縫うように式さんが俺に迫る。
 僅かに後退、半歩踏み込みを遅らせなければ、俺にあの凶刃は受けられない。
 式さんの獲物はただの竹刀、しかしそれですら彼女が扱えば十分すぎる凶器となる。

「遅いよ。――――――衛宮」

 一息の間に、俺との間合いを掌握された。

「くっ、―――この!」      

 上段から振り落とされた刃を、構えた二刀竹刀で受け流―――――せない!?
 体が沈む、何とか踏ん張り、堪えた左刀を下段より激しく切り返す。

「せい!!」

 式さんは刃を受けることも無く、僅かに体を捻り剣戟の間を広げ、――――

「―――――堕ちろ」

 回転力を加えた上段からの必殺を見舞う。

「くうっ!」

 右の刃で何とか防ぎきるも、視線の先に既に影は無く。

「惜しいな、左だよ」

 破裂音と共に、俺の脇腹は叩き斬られた。




「―――――――有難うございました」

 横腹を擦りつつ式さんに礼を取る。
 痛いぞ。
 意識が飛ばなかっただけでも、ここ二ヶ月殴られ続けたかいがあるというものだ。

「今日はまあまあ楽しめたかな、にしても衛宮、お前の二刀も段々様になって来たじゃないか」

 俺をたこ殴りにした後の式さんはいつもご機嫌だ。

「そう言って貰えると嬉しいですね、励みになります」

 とは言うものの、内心は複雑だったりする。何せ今の俺の双剣技はあの気に食わなかった赤い弓兵のものだからだ。

「変な顔してるぞ衛宮」

「――――――変な顔って、酷いですね式さん」

「お前の顔、変なのは何時もの事だから気にするな。大方、例の「赤い弓兵」とやらのことでも考えていたんだろ?」

「まあ、そうなんですけどね」

 何時ものことって………フォローになって無いですよ式さん。
 苦笑で返す俺に何を思ったのか、彼女は水をかけられたウサギみたいに俺を見ている。
 小動物の様な女性による、たこ殴りの刑にも飽きてきた俺は状況を打開するために色々創意工夫を凝らしてみた。

「面白くないことに、アイツの戦い方が俺に一番合っている気がするんですよ」

 先生に随分と虐められたおかげなのか、俺の解析魔術はかなりの上達をみせていた。
 魔具、武具は勿論のこと、術式、呪式そんな「象なきモノ」にさえ、そこに「存在」しているのなら解析し最終結果を予測できるのだ…………七割ほど間違うけど。
 その恩恵なのか、俺は「剣」に対して以前よりも深い理解が可能になった。
 そんな訳で、今現在俺が知る「剣」の中から、最も俺に向いているであろう剣を検索。銘を“干将・莫耶”。俺の剣技はその中に宿った戦闘経験を真似ているだけに過ぎない。

「合っているんだから別に構わないだろ、何をそんなに悩むんだ?」

 アーチャーの双剣技。
 構えなどなく、凡庸な人間が生涯をかけて積み重ねた守りの剣舞。
 勝てもせず負けもしない。双剣が俺に語った、――――――“エミヤシロウ”の戦い方。

「俺にもよく分からないんですけどね。ただ、納得できないんです」

 衛宮士郎は「創る者」だ、戦いになれば俺に勝ち目など無い。
 自分自身が言っていた、―――――とっくに分かってる。
 それでも――――違う、あの剣は今の俺とは決定的に異なっている。


「だけどな、お前えり好み出来るほど剣の才能無いぞ? 確かにお前は筋も良いし、強くなる。だけど其れだけだ、生死を別つ境界はさ“持たない奴”に容赦しないから」

 ソレも分かる。
 俺に足りない絶対的な何か。
 きっと、式さんは「持っている」。
 戦うものとして、衛宮士郎が決定的に欠けているものを式さんは「持っている」。
 其れが何なのか、俺にだって分からない。
 アイツや式さん、あの戦いで出会ったランサー、アサシンそしてバーサーカー、戦闘者として卓越した彼らは確かに「持っていた」。

「分かってます、だけど違う。この剣じゃおれ自身にだって克てやしないんだ」

「ふうん、難しいな。ああ、それでお前の剣はチグハグだったのか?」

「チグハグ?」

  はて、何のことだ?

「気付いてないのか? 無形の構えから受け流す守り、下段の型から苛烈な攻め。ほらチグハグだろ? お前、いつも攻めと守りの差が大きすぎるんだよ。」

 こと剣技に関して式さんの指摘は適確だ、その指摘に間違いは無いはず。
 うーむ、全く気付かなかったぞ。

「オレはてっきり、狙ってやってるのかと思ってた」

「いや、俺自身守りも攻めも一連の動きを意識しているんですけど……」

 確かにエミヤシロウの剣を真似るのはいけ好かないけど、一応式さんとの鍛錬中はオレの剣を模倣し続けた筈だぞ?

「まぁ、気長にやれよ。暫く黙って滅多打ちにされてりゃ、そのうち何とかなるだろ」

 俺の肩を叩き、式さんはかっこよく笑った。

「そうですね、頑張ってみます」

 俺も式さんの微笑みに笑って返した。






「お兄ちゃん、次、私の番だよ」

 夜の闇の中、イリヤの雪の様な声がした。

「イリヤ、先生の魔術講座終わったのか?」

「そうよ、次はシロウの時間、しっかりトウコに遊ばれて来なさい」

 イリヤは俺の竹刀を奪い取り、式さんとの鍛錬前の準備運動を始めた。

「あいよ、イリヤも頑張ってな」

 とは言ってもイリヤがするのは筋力の適度な増強と素振り程度の事だと以前式さんが話してくれた。

「心配するな衛宮、イリヤの面倒はオレがしっかりみてやる」

 式さんは無表情だけど、キチンとイリヤの面倒を見てくれるんだよな。
 幹也さん曰く、式さんは人見知りが激しく人間嫌いだって事だけど、俺達の前では、クールでカッコいい可愛げのあるお姉さんって感じだ。

「ええ、イリヤのこと宜しくお願いします」

 幹也さん式さんも、イリヤを可愛がってくれているし、イリヤも二人の事が気に入っている。良きかな良きかな。




 そして、俺は先生の屋上を後にした。

 ゆっくりとだけど確実に俺もイリヤも成長している。

 ――――――――だけど、何だってこんなにイラついているんだ、俺?

「―――――――くそ!」

 誰かの拳がビルの壁を叩きつけた。
 オレの剣、アーチャーが振るったオレの理想型。

「―――――――オレは」

 だけど、違う。――――――何が違う? 違わないさ、エミヤシロウ。

「―――――――俺は」

 だけど、認めてる。―――――認めている? それは違う、シロウ。

 在りえない声を俯瞰し、星のくすみ始めた夜を降りる。

「―――――――――先生の所へ急ごう」
 
 思考を切り替え師の下へ、それは助けを欲する安易な安らぎに似ていた。



[946] 第十一話 錬鉄の魔術師 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 09:30
「浮かない顔だね、衛宮」

 いつもの様に紫煙を吹かせて先生は俺を視ることも無く呟いた。

「―――――分かりますか?」

 式さんとの鍛錬の後、俺は先生の工房にやってきた。
 アーチャーの双剣、そして剣舞。
 式さんの指摘した俺の剣の不整合さ。
 心を掻き毟る、―――――――オレという他人の囁き。

「まあな、衛宮の解析はソコソコに使えてきた様だし、そろそろかと思っていた」

 先生は無貌の儘に振り返り。

「“エミヤシロウ”の双剣に辿り着いたのだろう?」

 ―――――――――――――当然の様に口にした。

「気付いて、――――たんですか―――――?」

 驚いた。
 エミヤシロウのことはまだ誰にも話していない筈、いや…………それ以前に、どうしてアーチャーが“エミヤシロウ”だって知っている?

「見縊るなよ衛宮。解析能力を伸ばしてやれば自ずと剣の記憶を読み込めるようになる。式とまともに斬り合うには“エミヤシロウ”の剣技を模倣することが必須だったろう?」

「いや、それもそうなんですけど、どうして先生はアーチャーが俺だって知っているんです?俺だって最近気付いたんですよ」

 あたふたしながら、表情一つ変えない先生に尋ねる。

「其れこそ、知っていて当然だ。教えただろう? 私は聖杯戦争を“視ていた”と。その折“エミヤシロウ”の投影魔術を確認している。覚えておくといい、衛宮の魔術は後にも先にも君にしか使えない。ほら、道理だろ? “衛宮士郎”しか使えないはずの魔術をあの弓兵は使ったのだ、奴が“エミヤシロウ”ではなかったら何者だというんだ?」

 先生は算数を教える教師のの様に言い放つ。
 ―――――――全く、先生には敵わないな。





FATE/MISTIC LEEK
第十一話 錬鉄の魔術師 Ⅱ





「それで?何を考えている?」

 好奇に満ちる瞳が俺に向けられる。

「分からなく………なっちまったんです」

「ほう、何がだ?」

「“エミヤシロウ”の剣技。俺という人間が生涯をかけて鍛えた俺に最適の戦闘方法、―――――だと思ってた」

 先生は答えない、だけど――――

「俺は戦闘者じゃない。「創るモノ」として、“エミヤシロウ”が辿り着いた一つの答え。
勝てもしなければ、負けもしない。“エミヤシロウ”が戦うのは自分自身、自身に負けない「不敗」の剣、鍛え続けた錬鉄の剣」

 ―――――その瞳はいつか視た優しい光を讃えている。

「その「剣」を受け入れるオレがいる。その「剣」を否定する俺がいる!」

 いつの間にか感情的になっていた。
 式さんやイリヤの手前、先ほどは冷静を装っていたけど、俺、随分と参っているんだな。

「だから違う!何が違うのか分からないけど違うんだ!俺は!衛宮士郎は「負けない」だけじゃ足りない!それだけじゃ、アイツに届かないのに………エミヤシロウの剣を………否定できない…………」

 痛い沈黙―――――そして、

「そうだな、―――――」

 長い無音の大気を割いて。

「“エミヤ”と“衛宮”は、―――――違うから、な」

 びっくりするほど優しい声で先生は言葉を紡いだ。

「エミヤの「世界」と衛宮の「世界」はもう異なっているよ」

 独白は続く。

「君がかつて視た赤い丘。分かっているはずだ、そこは、君が辿り着く筈だった“世界”」

 いつもと同じ不遜な顔。

「エミヤの剣に“敗北”は無い、だが同時に勝利も無いといったな」

 だけど確かに、先生の瞳は、――――――

「そんな剣と君が同じ? 衛宮の世界に“勝利”が無い?―――はん、笑えないね」

 ――――――俺を導く賢者の瞳。

「君の『世界』は彼女のための伽藍なのだろう? 約束された勝利の騎士、勝利すべき黄金の担い手。―――――――――――」

 久しく感じることの無かった、切嗣の様な温かい瞳で、――――――

「―――――彼女のための『世界』に“勝利”が無いはずあるか」

 ―――――――俺の世界を確実に暴いていく。

「腹立たしいにも程がある、エミヤの剣を認めているだと? 嘘だね。本当にその剣を理解したいのなら、とっくにその全てを引き出せている。其の程度の技量、この私がとっくの昔に与えているからな」

 相変わらず、唯我独尊で。

「君が、衛宮士郎がエミヤシロウの剣を模倣しきれないのはね、お前とエミヤが決定的に異なっていることの証明に他ならない」

 これっぽっちも人のことを考えない、

「つまりだ、手遅れなんだよ衛宮。この私の弟子になった時点で、―――――」

 自分勝手な人だけど。

「君には、自身への“勝利”しか、許されないんだから」

こんなにも、俺を大切にしてくれる――――――――――――。

「分かったか、衛宮士郎」

 先生の貌は、やっぱり無愛想で、詰まらなそうだけど

「ええ、―――――俺、馬鹿だったみたいです」

 そんな先生の顔、俺、好きなんですよ。

「全くだ、気付くのが遅すぎだよ衛宮」

 ほんと、俺は馬鹿だ。
 エミヤシロウの剣、それはオレの理想だったモノ。
 空っぽだったオレが、自身の理想しかなかったオレが、ただ鍛え続けた“不敗”の剣。
 衛宮士郎の目指す剣、それは俺とアイツの理想。
 空っぽの伽藍を、今はアイツが満たしてくれる。
 自身に打ち克つため、アイツと鍛える“勝利”の剣。

「―――――――――それが、俺の唯一つの剣」

 迷いは無い。
 エミヤの剣技、古き理想に振り返る必要は無い。

 これから創る。
 衛宮士郎の剣技、ここで、伽藍の堂で、オレとは異なる剣を鍛つ。

「分かればいい、――――これで、やっと投影魔術を解禁できるな」

 やれやれと、先生は椅子にもたれてそんなことを言った。

「?――何で投影魔術が解禁になるんですか?」

 分かりません、とゆう顔を作って先生に尋ねてみた。

「分からないか?お前はエミヤの剣技を模倣するため自身の中から剣の経験を知識として読み取っただろう?」

 無言で頷く。

「もし衛宮が投影魔術で剣そのモノを投影すれば、その経験を「知識」として知るだけではなく「経験」として再現してしまう恐れがあったからだ」

 それの何が悪いのさ?

「剣の経験は、衛宮という人物を無意識の内にエミヤという人間に近づけてしまうからな。君が自分自身で衛宮士郎とエミヤシロウの差異を自覚するまで投影を禁止していたのはそういうわけさ」

 先生、俺のこときちんと考えてくれていたんだな。ちょっと感動したぞ。

「そうだったんですか。――――ってことは俺、アーチャーの双剣は使わない方が良いんでしょうか?」

 アイツの剣を真似ないのは決めたけど、あの双剣が一番俺に合ってると思うんだよなぁ。

「いや、あの剣が君に馴染むのに変わり無いからな、――――そう思って用意した」

 先生は机の下から50cm四方の黒いハードケースを取り出した。

「入学祝いの様なものか? 二ヶ月前には用意出来なかったからな、まあ見てみろ」

 妙に嬉しそうな先生を不思議に眺めながら、俺はケースを開けた。

「――――――――っつ!?!?これ、“干将・莫耶”!」

 そこには、現実を侵食する白と黒の“幻想”があった。

「―――――これ、どこで!?」

 本物だ、こと剣に関して見誤る事などありはしない。

「なに、アンダーグラウンドのオークションに出回っていたらしくてね。黒桐に頼んだら直ぐに見つけて来た」

「見つけて来たって…………」

 幹也さん、貴方一体何者ですか?

「なんと値段も破格でね。現存する宝具がなんとこれだけ」

 安いだろう、と値段を見せる先生。
 提示された値段は俺の給与が向こう20年は軽く吹っ飛ぶものだった。
 そんな高価な品を俺のために…………。

「とにかくこれなら、エミヤの戦闘経験など詰まってないからな、大事に扱え」

 俺、先生の事誤解していました。

「有難うございます、―――――先生」

 そう言って、干将・莫耶を手にかけようとした瞬間――――

 ――――――――――――――バタンと、

「そうか、それはよかった」

 先生は、ホクホクとケースを自分の方に戻してしまった。

「――――――へ?」

 なんでさ?

「私のコレクションの中に新たに加わった神秘の一つを見せてやったんだ、大切にしろよ」

 えーと、はい?

「ああそれと、これからの君の給与なんだがね、払えないんだ。こいつを手に入れたおかげで事務所の金が底を尽いてしまったのでね。」
 
 ナニヲオッシャッテイルンデスカ?

「そんな訳で、金に困ったら適当に見繕え」

「あの………干将・莫耶は俺に……プレゼントしてくれるん、じゃ……?」

「 ? 何を分からないことを、君は視ただけで全く同じモノを複製出来るのだろう? だったら、君にものをやるだけ無駄じゃないか。馬鹿か君は? ああ、馬鹿だったな」

 もう何がなんだか分からない。

「今日の魔術の鍛錬はなしでいいか? 思いの他時間を食ってしまったしな、今日はもう帰っていいぞ」

 先生は立ち上り、干将・莫耶の入ったケースを持って自身の私室に向かって行く。

「…………」

 俺も、イリヤが待っているであろう屋上へ踵を返す。
 もう何も聞こえない、何も考えられない。
 だと言うのに、―――――――――

「それとな衛宮、一つ頼みたい事が在るんだ」

「何です、…………先生」

「金、貸してくれないか? 宝具を手に入れてしまったのでね見ての通り、無一文なんだ」

 ―――――――先生、貴方って人は。

「お断りします―――――――――――――!!」

 力任せに、ドアを叩き付けて先生の工房を後にする。

 途端、夏の匂いが肌を伝う。
 屋上へ向かう階段、軽快な音が頭の上から聞こえた。
 どうやらイリヤは今日から式さんとの打ち合いを解禁してもらえたみたいだな。

 空が近づく、――――そんな錯覚。
 迷いは無い、自身を偽るのはもう止めた。

 始めからもう一度、アイツと出逢ったあの冬の様に。

 もう一度、この夏を彩ろう。
 



[946] 第十二話 白の雪 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 09:48
 今日は花の金曜日。
 時間がノンビリ流れる感じが実に良い。
 学生の時は特に感じなかったが、いざ会社勤めになると金曜日の夜というのは妙に嬉しい物だ。
 仕事と鍛錬を速めに終えた俺はイリヤと一緒に帰宅。
 イリヤは汗を流すため一人風呂へ、俺はというと今日も今日とて晩のメニューを考えながら、居間と隣接した狭い台所で冷蔵庫と睨めっこしていた。

 時計が七時の鐘を告げる前に台所の横に設けられた我が家の玄関が開き、艶やかな女性の香りが部屋の中に漂う。

「お帰り。今日の晩飯何にする?」

 冷蔵庫の材料を見渡しながら振り向きもせず、共同風呂より帰ってきたイリヤに尋ねた。

「そうね、今夜も暑いしサッパリした物がいいかしら」

 サッパリした物ね………パスタがまだ残っていた筈だし、トマトとほうれん草の冷パスタを主菜にかぼちゃのヨーグルトサラダ、それとアスパラのベーコン巻きでいいか?

「オーケー、主菜はパスタでいいよな? ちょっと軽すぎか?」

 晩御飯としては、少し軽すぎな感が否めないので、一応尋ねる。

「軽すぎも軽すぎ。私はもっとガッツリ食べたいね。夏はやっぱりスタミナ料理でしょ?」

 案の定不満の声。
 スタミナ料理ね、うーん今日の材料だとちょっと。

「悪い、今日の材料だと無理そうだ」

「えー、衛宮っち。配慮が足りないぞ」

 うだうだ言いながらパイナップルヘアーが残念がって揺れている。

「―――――――――――まて、なんで朝倉がいる?」

 だらだらと居間で足を延ばすインベーダー。
 別に晩飯食いに来るのは構わないけどな、挨拶くらいして上がれよな。

「階段の下でイリヤちゃんと会ってね、晩御飯まだだって言うから私もお邪魔しようかな~って」

 転がったまま、勝手にテレビをつけて寛ぎだした自称美少女パパラッチを一瞥。

「それはいいけどさ、挨拶ぐらいしろよな」

「そうよ、カズミ。礼儀がなってないわ」

 ドライヤーで長髪を乾かしながら優雅に一喝、我らがボロ屋のプリンセス。

「はは、イリヤちゃんに言われちゃあねぇ」

 苦笑しながらイリヤに挨拶する朝倉、………俺には無いのか?

「当然ジャン。衛宮っちに礼を取るのはご飯の前と後だけよ」

 何処まで本気なんだか、サッサと視線をテレビに戻す朝倉。
 イリヤも扇風機の近くに陣取り、朝倉と一緒になってブラウン管の向こう側。

「――――――――まあ、いいけどさ」

 俺のヒエラルキーって、一体?
 やっぱり一番下なのか?
 下らない事を考えつつ、包丁を構える。
 それと同時にこぼれるため息。

「はぁ、とっとと飯を作ろう」

 お姫様たちが待っているしな。





FATE/MISTIC LEEK
第十ニ話 白の雪 Ⅱ





「今日もご馳走様。衛宮っち」

 冷パスタを確り二人前間完食した朝倉が空になった茶碗を差し出しお茶を要求してきた。

「お粗末さまです。何茶にする?」

 朝倉とイリヤに食器を片しながら目で問う。

「私は麦茶、日本の夏はコレだって大河も言っていたしね」

「コーヒー。ネサカフェのシルバーブレンド、勿論アイスね」

「了解。ちょっと待ってろよな」

 洗い物を水に浸して備え付けの戸棚に手を伸ばし、お茶菓子とコーヒー、冷蔵庫から作り置きの麦茶を探す。
 がさがさとお茶を探していると、再びテレビの喧騒が耳につく。
 それと重なる様に、存在すら忘れていた我が家のインターホンが鳴った。

「邪魔するよ衛宮、―――――っと今日は和美も同伴かい?」

 顔を覗かせたのは今日も袢纏を着た薬売りのお姉さん。
 暑くないんですか? 今夏ですよ?

「あれぇ? オネェどうしたの? 晩御飯なら終わっちゃたよ」

 朝倉がテレビから視線を外しお姉さんに尋ねる。

「そいつは残念だね。―――衛宮、アタシはコーヒーな。ちょいと頼みたい事があるんだ時間あるよね?」

 言い終わるが速いか、お姉さんもお姫様方の団欒に混じり姦しく居間に腰を下ろした。




「それで、頼み事というのは?」

 全員分のお茶を用意し、どら焼きを居間のテーブルに備え俺は切り出した。

「言っておきますけど、薬関係の仕事だったら御免ですよ」

 真剣な瞳で彼女に返す。
 お姉さんが扱っているドラッグ。
 彼女に聞いた限り、扱う薬は他のそれと比べ依存性や耐久性は段違いに少なく、人体への影響もそれほどでも無いという物らしい。
 今は彼女の人柄が真っ当な事もあり俺も大人しくしているが、不信感は拭えない。

「分かってるよ、アタシも衛宮に嫌われるのは嫌だしね」

 俺の一睨みなど何処吹く風と、彼女はアイスコーヒーに口を付けた。

「それじゃ、何です?」

 こちら側の頼みごとは先ず在りえない。
 彼女には俺や朝倉が“こちら側”の人間だと話していない筈。
 当たり前だ、彼女は社会の裏側に生きてはいるが俺達の様に世界の裏に生きている人間じゃない。

「―――――ちょいと、厄介な事件がアタイ等の界隈で起きててね」

「ああ、例の変死体の話?」

 朝倉がお姉さんの言葉を受け取り返した。

「衛宮っちは知らない? 最近、ここいらで裏の人間が変死体で発見されてるって話」

「変死体? 知らないぞ、初耳だ」

 最近、忙しくてテレビも新聞も見てないからなぁ。

「知っているわ、さっきのニュースでも大きく取り上げられていたもの。何でも外傷が一切無く、人目のつかない路地裏や閉鎖された工場内で薬の売人やその交渉相手と思しき人間が死体で発見されたとか、それ以外にも一般人が何人か死体で発見されているみたいだけどね」

 こちらもはイリヤ、どら焼きを頬張りながら興味なさげに教えてくれた。

「それだけじゃないよ衛宮っち。ここからは公開されていない情報なんだけどね、この事件が面白いのは、その共通項、死亡時刻が全て一致しているとこなんだ」

「死亡時刻の一致? それはまた奇妙な共通項だな」

「でしょ、変な話よね」

 朝倉もどら焼きに手を伸ばし、お姉さんに目配り。

「それで? オネェは一体衛宮っちに何を頼むのさ?」

 お姉さんは真剣な面持ちを崩さない。そして、

「それなんだけどね衛宮。この事件を解決が解決するまでアタイを養ってくんない?」

 ずずず、とコーヒーを最後まで啜り理解不能な事をのたまった。

「――――――――――――――――は?」

 なんでさ?

「この事件のおかげで警察屋さんが夜中にウロウロしててね、お客さんが出てこなくてアタイの商売上がったりな訳よ」

 ゴツンと、テーブルに頭を擦り付けながら、先ほどまでのピリピリした緊張感を粉みじんにして下さいます。

「でね、この事件を起こしたアンポンタンのせいで金がないのよ。三食作ってくれるだけでいいからさ、頼むよ。御代はアタイのカ・ラ・ダ。文句無いだろ? 衛ぇ宮~」

 潤んだ瞳で俺を見つめるお姉さん。
 既に死語かと思われるこの台詞も、実際面と向かって言われるとかなりの破壊力だ。
 確かに問題な、―――――――くないわけあるか!? 俺の馬鹿!

「何で顔赤くしてるのよ、シロウ」

 妹の殺意さえこもった視線が痛すぎる。

「まま、妹君、衛宮っちもあれで男の子故、許してあげるのが女の器量かと」

 朝倉の奴が笑いを堪えながらイリヤの相手をしている。
 止めろ、朝倉。今のイリヤには火に油だ。

「それで衛宮ぁ~、助けてくれるのかぁ~、こんな美人に尽くせるんだぞぉ~、その上衛宮の望むがままだぁ、こんな破格な条件そこら辺に転がって無いぞぉ~」

 なおも猫なで声で袢纏をはためかせ懇願を続けるお姉さん。

「シロウ……………」

 ゴッド、俺に平穏は無いのですか?




 結局、何が何だか分からないうちに俺はお姉さんにこの事件が解決するまでご飯三食、洗濯、部屋の掃除を全て請け負うことになっていた。
 ご飯は分かるけど、後の二つは金欠と全く関係ないぞ。

「衛宮っちも大変だねぇ~」

「シロウの場合は自業自得よ、女には甘いんだから」

 ケラケラ、プンプン、ケラケラ、プンプン対照的な効果音が部屋を満たしている。

「まあなんだ、ふざけた話しはここまでにしておくぞ朝倉、イリヤ」

 お姉さんが帰った後、俺は洗い物を片付けながら朝倉に問いだした。
 途端、先ほどまでの空気はなりを潜めた。

「何の事かな、衛宮っち?」

 惚ける朝倉。
 ほう、そう来るか?
 ジャブジャブと洗い物と格闘しながら一つ考えを纏め、俺は口を開いた。

「お前がこの事件についてある程度情報を集めているって事は、この事件にそれなりの価値と裏があるんだろ? こっち側の仕業なのか?」

 俺の考えを振り返らずに投げつける。
 油汚れのフライパンは擦り付けたスポンジと共に綺麗に洗い流された。

「へぇ、衛宮っちも鋭くなったね」

 意外そうに朝倉が口を開く。
 俺だって先生に揉まれて来たのだ、洞察力だってそれなりに養われるさ。

「よく言うわね、カズミ。今日晩御飯食べに来たのも、その話しをするためなんでしょう?」

 イリヤが涼しげな声で追い討ちをかける。
 ナイスだ、イリヤ。

「は、ばればれな訳か。アタシもまだまだだね」

 例によって朝倉は万歳のポーズで降参を表す。
 だが、その瞳を見る限り自分の流れだと分かっているのだろう。
 不遜な態度のまま彼女は告げる。

「降参だよご両人。それで? 私の情報、買うのかい?」

 情報屋の本領発揮。
 買い手が買わずにはいられない状況を作りだし朝倉が俺に問う。
 この話しをすれば俺が首突っ込まずにはいられない事を分かって言ってやがるな、こいつ。

「勿論だ、この事件は放っておけない」

 正義の味方として、この事件は止めなくちゃならない。

「シロウが首を突っ込むんなら私も一緒よ」

 俺の答えなど予測済みだとばかりに、イリヤの声が重なる。

「妬けるね仲良し兄妹」

 一旦、エプロンを外し台所を離れる。

「――――――それじゃいいかい?」

 俺はイリヤの隣、朝倉の正面に腰を下ろした。

「事件の始まりは七月二十日の深夜………といっても日付が変わる前だからそれ程遅くも無いか。町外れの閉鎖された地下バーで麻薬の売人三名とその買い手二名がさっきイリヤちゃんが言ったように外傷が一切なく発見されたわ、コレが最初の死亡事件ね。んで、二つ目の変死体はやはり同時刻、港の倉庫街で残業中の従業員が死亡、翌日に出社した同僚が遺体を発見、これを通報。警察屋さんはこの時点で事件を関連づけて調査を開始。今日に至るまで首都を中心にその他多数同上の事件が発生するも警察屋さんは未だ解決は愚か手がかりすら掴んでいないわ」

「表向きの情報はいいよ、裏の方を教えてくれ」

「せっかちだね、衛宮っち。ご想像の通りこの事件は真っ当な人間の起こした事件じゃない」

 人差し指をピンと立て、注目を促す朝倉。

「警察屋さんは犠牲者の死因を解明しきれていないから、変死体って事で情報を公開しているけどね。私お抱えの諜報員によるとその死体には生命力を食われた痕跡があったとか。何らかの神秘が絡んでいるのは間違いない」

「朝倉お抱えの諜報員? お前、そんなのいたのか?」

 初耳だぞ。

「ああ、そういえば衛宮っちには話してなかったね。丁度いいから紹介しようか? 出てきなよ、さよ」

 言って、指をぱちりと鳴らす彼女。
 何故だか部屋の気温が下がった気がした。

「どうも~はじめまして」

 突然朝倉の横に明確な何かが浮かび上がり口を開いた。

「相沢さよって言います。衛宮さん、イリヤさん、和美ちゃんが何時もご迷惑おかけしています」

 礼儀正しく現れたのは十四歳ほどの少女の……………幽霊?

「………え~と、こちらこそ宜しく。衛宮士郎です」

 いきなり幽霊を見ても動じないのは喜んでいいのか微妙ではあるな。
 一応握手を試みる。
 ………が、手は一向に交わる気配が無い。

「ああ、すみません衛宮さん。私、幽霊なんで物質には干渉できないんです」

 ぺこぺこと何度も平謝りの自称幽霊。

「カズミ………こいつ何者?」

 って、どうしたイリヤ、怖い顔して?

「何って、この子の事? 見ての通り幽霊じゃない、足無いし」

「幽霊? 馬鹿なこと言わないで、一般に知られている幽霊は世界に残留した想念、世界に残された魂の記録を第三者が観測することで発生する現象よ。幽霊は世界という場に過去の記録を投射した唯の映像に過ぎない。だけどこいつは違う、明らかに自我を持った状態でこの世界に留まっている。明確な“存在”としてこちらに留まる現象は幽霊なんて言わないわ」

 イリヤの剣幕は殺気すら含んで朝倉に迫る。

「そう言われてもね、この子は私にとり憑いてる幽霊以外に説明の仕様が無いよ」

 流石の朝倉もイリヤの視線にたじろいでいるぞ。

「カズミ、真面目に答えなさい!魔術師が目指す一つの到達点、魂の物質界への固定、その成功例が目の前にいるのよ!?」

 イリヤの目が段々悪魔みたいに成ってきた。
 ヤバイ、この目は危険過ぎる。
 俺が朝倉に助け舟を出そうと身を乗り出した瞬間。

「あの~、何のことだか分かりませんが、私は気付いたら幽霊に成っていただけですよ?」

 さよちゃんは最強の一撃を持ってイリヤを粉砕した。

 無言のまま真っ白に崩れ落ちるイリヤ。
 俺も含め、朝倉とさよちゃんはイリヤの豹変振りに口を大きく開けている。

「……第三魔法……その足がかり………一千年の妄執………失われた道………アインツベルン……それが気付いたら?……はは、なんでさ?」

 ブツブツとかなり危ない雰囲気で俺の口真似をするイリヤだったもの。
 イリヤの面持ちはさよちゃん以上に幽霊じみている。

「ま、まあ何だ? それでさよちゃんはどうして朝倉の使い魔に!?」

 とりあえずイリヤが帰って来るまでに俺の質問も済ませておこう。

「使い魔、ですか? うーんちょっと違いますね、私達の関係は」

 ちょっと困った様にさよちゃんは俺の言葉を受け取った。

「使い魔じゃない?それじゃ一体どんな関係なんだ?」

「同級生でお隣さんだったんですよ私と和美ちゃん」

 誇るように胸を張りさよちゃんは視線で朝倉に言葉の続きを求めた。

「さよは私が初等科で学生していた頃に知り合ってね。その頃からの腐れ縁なんだ。だから使い魔ってよりもお友達って感じで付き合って貰ってるんだ。契約って言うのかね? とにかくこの子のほうからラインを繋いで貰って今の状態を維持してるわけ」

「それは分かったけど、さよちゃんはどうやって今の状態を維持してるのさ? 朝倉は魔術師じゃないんだから魔力の供給なんて出来ないだろ?」

「それはですね。私は和美ちゃんの学校に憑いていたんですけど今は和美ちゃんに憑いているんです。言い方は悪いですけど、私が和美ちゃんを呪う側で和美ちゃんは呪われる側なんで、魔力に還元される前の力、生命力を吸い取って維持してるわけです」

 さらっと怖いことをおどろおどろ、もとい、オドオドしながら俺の問いに答えてくれるさよちゃん。

「なるほどな、朝倉はさよちゃんにとり憑かれてるだけな訳だ」

 なんとも珍妙な関係なんだな。

「そう言う事。この子はこの世界に留まるために何かにとり憑く必要がある、だからアタシの体を提供する代わりに、この子に色々働いて貰ってるのよ」

「――――なるほどね。そいつの事は納得できないけど、魔術師じゃないカズミがそいつを使役できるのは、そう言う訳か」

 復活したイリヤが優雅に受ける。
 立ち直りは意外と速い方なんだな。

「なんにしても、魔術師でもない貴方がゴーストライナー使いなんて、笑い話にもならないわ」

 つぶらな瞳が先生の様笑いながら据わっている。
 お兄ちゃんは妹のそんな顔見たくなかったぞ。

「ゴーストライナー………確か最上級の使い魔の事だよな? うろ覚えだけど、人間より格上の存在、俺たちより神秘に近しい使い魔のことだっけ? それで、さよちゃんはどんなことが出来るんだ?」

 イリヤの視線でビビリまくってる朝倉とさよちゃんに尋ねる。
 最上級の使い魔だものな、かなりのことが出来るはずだ。

「わ、私ですか!? そんな期待された視線向けられても困ります!? 最上級の使い魔だとか言われても何も出来ませんよ!? ね? 和美ちゃん?」

 アタフタしながらさよちゃんは自身の相棒に助け舟を求めている。

「確かにねぇ。この子は魔術関連の人間にすら見つからない、気付かれないのを利用しての諜報活動ぐらいしか出来ないよ。最上級の使い魔だっけ? それにしちゃあまり役に立たないねぇ」

 苦笑しながら相棒を弄り始めた朝倉。
 だけど何だかんだで彼女達の信頼関係が見て取れる。

「ま、こんな子だけど仲良くしてやってくれよ衛宮っち、イリヤちゃん」

 さよちゃんを苛め抜いて満足げな朝倉が恥ずかしそうにはにかんで告げる。

「勿論だ。イリヤもそうだろ?」

「ま、私は構わないけどね」

 澄ましているものの、イリヤの顔は穏やかだ。

「照れるね、有難うお二人さん。それじゃ話しを戻すよ。さよ、アンタが気付いたことを話してあげなよ」

 朝倉の一言に、付き従うさよちゃん。

「はい。私が件の変死体を確認したところ、全ての死体から第二ないし第三要素が抜き取られた痕が見られました」

 さきほど朝倉も言っていたが姿の見えないのを利用して警察署に忍び込んだのだろうか?
 朝倉はさよちゃんを役に立たないと評価しているが情報屋として何処へでも侵入可能な目と耳を持っているのはとんでもないアドバンテージだと思うぞ。
 直接見てきたのならそのさよちゃんの見解に間違いは無いはず。

「精神と魂………やっぱり魔術師の仕業か?」

 聖杯戦争の時も慎二のサーヴァント、ライダーが学園に結界を敷き、生徒から生命力を奪っていた。なら、今回の事件も何らかの手段を用いて何者かが同じ事をしているのか?

「私はその可能性は低いと思うわ、シロウ」

 少し考え込んだ後、イリヤは俺の言葉を否定した。

「なんでさ?」

「魔術師は神秘を隠匿する。よほどの事が無い限り、人死にを犯してまで扱いの難しい第二、第三要素を蒐集するなんて考えられない。下手したら協会に処断されるわ。そうでしょカズミ?」

「イリヤちゃんの言う通り、この事件は魔術師とは別の何かが原因に間違いない」
イリヤの言葉に賛同を示し、朝倉はさよちゃんに視線を戻す。

「あくまで私の見解なんですけど。“魂食い”ではないかと」

 魂食い? なにさ、それ?

「以前シロウが言っていたと思うけど、人の想念はそれ自体が力なの。愛情や憎悪といった強力な想いは穢れたマナを媒介に象を成す、一時の象を得た“存在”は自身を確立させるため同種の力を食らう」

 俺の顔色を読み取ってくれたイリヤが答えてくれた。

「人間の想念が周囲のマナを体にして人を襲ってるって事か?」

「正解。たぶん、過去に何らかの神秘が行使された場所に穢れたマナが溜まってそれを媒介に色んな想念が象を持っちゃったんだと思うわ。魂ないし精神を食らう現象、それらを総じて“魂食い”というのよ。死亡時刻が共通しているのも、“魂食い”が世界干渉できる時間帯が決まっているからだと思う。そうよね、情報屋さん?」

 得意げにイリヤは自身の見解を告げた。

「やるねぇ、イリヤちゃん。その通り」

 朝倉が感心の意を込め心地よい唇の響きと共に口を開いた。

「それで?どうなのカズミ。ここまで分かっているんですもの、今までの死体発見区域から次に“魂食い”が象を持つであろう場所位、辺りをつけているんでしょう?」

 当然の様に朝倉の賞賛を受け取りイリヤは最後の情報を求めた。

「恐らく次に“魂食い”が発生するのは今週の日曜日の夜。湾岸ブロードブリッジの中だと思われます」

 それに返したのはさよちゃん。
 次の日曜か………問題ない。
 犠牲者が出る前にそいつを殲滅しなくては。

「分かった。次の日曜日だな?教えてくれて有難う。朝倉、さよちゃん」

「気にしなくていいよ。アタシと衛宮っちの中じゃないか」

「そうですよ衛宮さん。気にしないで下さい」

 豪快に笑う朝倉と、微笑で返すさよちゃん。
 笑い方が全然違うのに、彼女達の顔は本当にそっくりだ。

「それで、旦那」

 だからさ朝倉。

「………………なにさ」

「報酬は一ヶ月分の晩御飯ご招待ね」

 雰囲気をぶち壊すなよな?



[946] 第十三話 白の雪 Ⅲ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 09:58
「シロウ、人払いの結界敷き終わったわ」

 暗闇が支配する、夏の夜。
 空の星を地上に落としたように、遠くに街の火が灯っている。

「さよから報告あったよ。ここいらには民間人、残ってないってさ」

 イリヤ、朝倉、さよちゃんそして俺を含めた四人は日曜の夜に集まった。
 件の事件、その大本を駆逐するため湾岸ブロードブリッジの入場口前を徘徊している真っ最中。

「了解。それじゃこれから“魂食い”ってのを倒しに行くけど本当にいいのか?」

 この質問は何度目だろうか?
 当初は俺が一人で掃討に出向く心算だったのだが、何故だかイリヤを含む面々もついて来てしまった。

「情報を流した手前、衛宮っち一人だけ行かせる訳にも行かないでしょ」

「トウコからも頼まれているしね、お兄ちゃんが無茶しないようにね」

 今夜の事は一応電話で先生にも話しを通している。
 保険を送る、って言っていたけど一体何のことやら。

「それに“魂食い”は私達魔術師からすれば脅威なんて無いのも一緒よ。お兄ちゃんも経験していると思うけど、以前ライダーが使っていた結界と同じ理屈でね」

 得意げに、えっへんと胸を張る妹を横目に、歩き始める。

「――――――はぁ、分かった。でも二人とも女の子なんだから危険な事はするなよな」

 見張りとして入り口の前にさよちゃんを置いて、俺たちは不気味な気配の漂う巨大な橋に足を踏み入れる。

 風が強い。
 “過去に何らかの神秘が行使された場所”イリヤがそう嘆いた。
 遥かな海上。
 空と海の境界で、果たして如何な神秘が繰り広げられたのか?
 俺に知るはずの無い風景画。
 誰かと誰かの歪な死闘、そんな視界を俯瞰した。





FATE/MISTIC LEEK
第十三話 白の雪 Ⅲ





「どうだイリヤ? 不信な魔力は感知できるか?」

 アミューズメントエリア、ショップエリアを抜けて俺たちは丁度橋の中腹、中央エントランス広場を周回していた。

「駄目ね。………何も感じない。シロウはどう? 構造内に不信なところは無い?」

 苛立ちを押さえてイリヤが俺に返答する。

「無いな。この地区には何も感じない」

 否定と共に首を横に振り、朝倉に視線を投げる。
 イリヤも朝倉の方に目を向け言葉を待った。

「まだ見て廻って無いのは車道部分と地下駐車場ぐらいだね。どうする? 行くかい?」

 ハンドPCを弄りながら神妙な面持ちで彼女も答える。
 その言葉にイリヤが駐車場への道行きを探す。

「地下駐車場ね、……階段は、――――――――――っつ!?シロウ」

「ああ、こっちでも確認した。地下だ」

 案内板より勢いづいて振り返ったイリヤに告げる。
 まだ見ぬ敵、初見にして必敵の相手を求め、俺たちは暗闇に走った。






 一面暗闇。
 天井と地面を繋ぐコンクリの鉄塔は規則正しく乱立し、広大な空間に閉塞感をもたらしている。
 チカチカと不快に点滅するオレンジ色の外灯が俺たちに感じられる唯一の視界。

 閉じ込められた暗がりの中、不快な黄色を背にその異形は在った。
 腐臭さえ漂わせる様に、うごめく何か。
 二メートル以上の巨体。
 爬虫類とも昆虫とも視て取れる半透明の無機物は不快感しか与えない。
 すける体は圧倒的な存在感を放つと同時に、その存在が希薄であることを示していた。

 ズルズルと緩慢な動きで無機物は俺たちを顧みる。
 巨体に似合わぬ赤い窪み、小さく鋭利な二つの眼が俺たちという“食料”を捉えた。

「イリヤ………コレが“魂食い”なのか?」

 無機物の視線を正面から睨み返し、イリヤに告げる。
 吐きそうだ。
 コレが魂だけを食う? そんな筈あるか、こいつは間違いなく人を喰らう。

「まさか。“魂食い”だった物……かしらね?」

 冷や汗を流しつつも、イリヤが冷静に返す。
 俺もイリヤも魔術師だ、常に命は天秤の上。
 ただ、今の状態が“死”に傾倒しているだけだ。

「詰まりどういう事だい? イリヤちゃん」

 後ずさりながら、未確定の敵を見据え、早足に朝倉が答えを求める。

「人間の魂、ないし精神を食い続けて物質界に干渉出来る位に存在濃度を高めたんでしょうね。どうやったか分からないけど、周囲のマナを取り込んで体をエーテルで再構成しているわ」

 イリヤの周囲に魔力が収束を始める。

「ああ詰まり、プチサーヴァントみたいな物かな? イリヤ」

 腰を低く、正面に構える。
 倒すべき敵はアイツだ。

「喜んでいいわよシロウ、アイツ、プチプチプチプチプチサーヴァント位の奴だと思うから」

 何にしても、当初の仮想敵より厄介なのは間違いないか。

「カズミ、離れて」

 イリヤの声が魔術師のそれに変わる。

「了解。頑張ってね魔術師さん」

 イリヤの言葉を受け、当然とばかりにトンズラする朝倉。
 そんなハッキリ逃げ出されると、信頼されてるのかされてないのか分からないぞ。

「シロウ………覚悟はいい?」

 朝倉の逃げ出した先に歪な影が視線を向ける。
 撃鉄を起こせ、衛宮士郎。

「当然。俺は正義の味方だぞ」

 無機物が獲物を求めて沈み込む。
 奴を打倒するのは唯一、俺が投影可能な宝具。
 たった一つの夫婦剣。
 真似れても四割。とはいえ、身体への負担は否めない。
 血を吐く位、――――上等だ!

「――――投影、開始(トレース・オン)!」

 無機物が愚鈍な体を弾ませ、こちらに迫る。
 イリヤには近寄らせない!
 鉄の味をかみ殺せ。
 両手の幻想を握り込み、目の前の敵を切り伏せろ。

「イリヤ!――――――援護は任せる」

 叫びと同時に十間の距離を走りきる、敵と俺の距離は、――――ゼロ!
 目の前の巨体が不恰好な右腕を強力と共になぎ払う。

「――――――――っ!」

 遅い。
 式さんの其れとは比べるまでも無い。
 一息で間合いの外に飛び引き、豪腕が虚しく大気を凪ぐ。
 其れと同時に肉薄、出会い頭の一撃を叩き込め、――――――――。

「せい!」

 右の干将がその切っ先を閃かせ一薙ぎ。
 敵の巨躯が僅かに怯む。
 かがみ込む無機物は、倒れはしまいと人とは異なる間合いから左の凶器を振り上げる。

「―――――――っつ」

 紙一重。
 十字に結んだ干将莫耶が俺の体を不細工な殺意から防ぎきる。
 だがそれでも、俺の体は天井に近づく。
 狭い暗がりが広がる感覚。
 なんて、―――――馬鹿力、体が奴の一撃で浮遊する。
 俺の一刃など堪えた様子も無く、無機物が再びその敵意を剛直に掲げる。
 其れを、―――

「Eiskristall、durchdringen、―――――Ihr、Lanzette(雹晶、貫け、汝は刃針)」

 ―――――――冷淡な十二の氷柱が阻んだ。
 次々と撃ち出される氷の弾丸。力任せの術式とは言え、構築された神秘が大気を走る。
 俺の影を縫う様に背後から最高速で敵を撃つ。
 だが、其れすら奴には必殺足りえない。

「ちぃ!――――Wasserk&uuml;hlung、einfrieren、binden(水冷、縛れ)」

 無機物の頭上、1tは在ろうかという水の塊が敵を飲み込み即座に凍結。
 敵の動きを一時封じる。

「サンキュウ、イリヤ。助かった」

 イリヤの下に着地し頭を下げる。
 しかしイリヤの魔術には脱帽ものだ、何の媒介も無しにあれだけの魔術行使が可能なのか?

「呑気な事いわないでよシロウ。アイツ、私の攻撃呪を受けてまだ生きているのよ?」

 見ると、イリヤの呼吸は荒い。
 先ほどの魔術行使にかなりの魔力を持っていかれた様だ。

「く、また動き出した」

 イリヤに焦燥の色が濃くなる。
 無機物の動きは緩慢だが先ほど、イリヤの氷柱によって傷ついた箇所は既に治っている。

「なんでアイツ傷が治ってるんだ?」

 干将莫耶を再び構え、イリヤに問う。

「気付いてるシロウ? この辺りのマナの濃度が異様に高いことに」

 呼吸を整えながらイリヤが俺を視ずに続ける。
 俺は首を横に振り、イリヤの質問に返した。

「恐らく、大気中のマナを自身の体、エーテルに還元しているんでしょうね」

 そう言ってイリヤが唇を噛む。

「霊核の位置さえ掴めれば簡単に倒せるんだけど…………」

「何にしても、アイツの再生が追いつけない位のダメージを与えればいいわけだろ?」

 不快な無機物と視線が絡み合う。
 向こうは完全に戦闘体制に移行したようだ。

「そうよ、だけど手はあるのシロウ?今の私じゃ、さっき以上の攻撃呪は難しいわよ」

「大丈夫。前々から試してみたかった“必殺技”があるんだ」

 余裕を装い笑顔でイリヤに返す。

「もう一度俺が前衛。イリヤはさっきと同じ様にタイミングを見計らってもう一度最大出力で攻撃してくれ」

 イリヤが頷くのを確認する前に、暗がりを巨躯が駆け出す。
 ちっ、少しは待ってろってんだ。

「―――――――――頼んだぞ、イリヤ!」

 再び交差する、巨躯と矮小な人間。
 重なって振り下ろされた巨大な腕を、左の莫耶、黒色の刀身で真下に流す。
 肌に刺さる嫌な強風。
 人間があの腕に飲み込まれれば最後、この身を肉片と成すだけだ。
 無感情に俺を見つめる赤い目に殺気を叩きつけ、右の干将を硬い胴体に突き入れる。
 鈍い音が腕から体全体に伝わり、その剣戟が不快な無機物に防がれたの事を告げた。
 刹那、敵より放たれた一撃が真横より先ほどよりも冷酷な殺意となってこの身に突き刺さる。

「くぅっ!――――――このっ」

 咄嗟に突き出した莫耶が防ぎきるも、地面を無様に転がる俺の体。

「―――――――っつ!」

 意識が飛ぶ暇も無く、敵の右足、醜く曲がった膝が地面を抉る。
 必死の思いで躱し、跳び引き距離を取る。
 息が荒い、こんなピンチ位で焦るなんて情けない。
 何とか体を起こし、再び開けた敵との距離を把握する。

「――――――――――!?」

 ―――――――ちい!? 少しは休ませろ!
 巨躯の肉薄によってその距離は既に無いに等しかった。
 再び、人を狩るには大きすぎる死神の鎌が振るわれる。

「―――――――くぁ!!」

不 恰好な体勢でぎりぎり奴の一撃を防ぎきり、その場に踏みとどまり、――――

「は!――――――」

 ―――――腕を振り切り、隙だらけの巨躯に十字の殺意を刻み込む!
 痛みを感じる機構を持っているのか、その貌が痛みに歪んだように感じられた。
 苦痛にのたうつも、怯まぬ巨体。
 迫る脅威を薙ぎ払わんと暴風のような拳が俺に目掛けて叩きこまれる。

「―――――――――が!?」

 その数は果たして幾つだったのか?気付いた時には俺の体は中空に在った。
 体の真ん中が抉られた様な熱さと共に、俺の体は無機物の前方五メートルの所に転がる。

「痛っつ、―――――――」

 体を起こし、旨く握れない二振りの剣に視線を落とす。
 のそのそと俺の死がズルズルと這ってくる。
 頭を冷静に。
 呼吸を整えろ。

「―――――――――――――」

 暗がりが静寂を告げる、呼吸を抑え敵を見据えろ。
 落ち着け。
 俺たちで倒せない相手じゃない。

「―――――大丈夫、手はある。」

 イリヤの魔術じゃ足りないなら、俺が継ぎ足せばいい。
 自己の中に深く潜り込み、敵を粉砕するイメージを広げる。
 頭の中には十の剣戟。
 全て贋作、全て凡庸な西洋剣、全てが同じ魔力の剣。
 無機物が再び加速する。
 俺を壊すため、巨体に似合わぬ素早さで暗がりの中オレンジ色の光を抜ける。
 同時に、――――――

「Abholen Winterlicher Himmel、ich kalter Sake Brise(迎えし冬、その身は雪)」

 ――――――――――見知らぬ闇の中、雪のような声が聞こえた。
 再び交わる黒白の剣戟、醜い腕(カイナ)。
 天から叩き落としたかの様な激烈を従え、無機物の一撃に左の莫耶は粉砕された。

「Einige Hundert、Gletscher  Als Gefolge mitnehmen(百の氷河を従え)」

「――――投影、開始(トレース・オン)」

 頭の中で、十の剣戟が形を成す。
 俺の嘆きと、イリヤの銀励、二人の空想が闇の中に木霊する。

「―――Dies. Viele Pfeil hervorbringen(数多の矢と成す)」

 暴風と見紛う拳の嵐、人には受けきれぬ殺意が俺の体を射抜く。
 右の刃だけでは奴の攻撃は防げない。
 一つは俺の腕を、一つは俺の胴を、一つは俺の干将を。
 体が沈む、痛めつけられた俺の体が動くことを拒否する。
 それでも何とか意識を保ち、言葉を紡ぐ。

「――――っつ憑依経験、共感、―――っち終了!」

「――――――――シロウ!下がって!」  

 イリヤの言葉に必死には反応する俺の体。
 無機物の暴力により、体はボロボロ。

「――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレット・クリア)」

 最後の抵抗のため、残す力を振り絞り全力で敵より離脱する。
 くそっ!? 体がふらつく。
 確りしろ衛宮士郎、まだやることが残ってる!

「――――――――――――、全てを凍てつかす」

 暗がりの中、閉じた世界を凍てつかさんと冷酷な魔力が満ち、―――――――

「Abfeuern、――― zum Unheil werden.&nbsp;Pfeil(撃て、災いを成す弓人)!!」

 ―――――――――イリヤの神秘が世界を侵食した。
 紡がれた殺意と共に、圧倒的な冷気が敵を穿ち、五十に届く氷刃が乱れ斬る。無茶しやがって、イリヤの奴。
 何がさっき以上の魔術行使は無理だ。
 しっかり自分の限界無視してるじゃないか。
 だけど、それでも足りない―――――――――――だから!

「っ停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレル・フルオープン)!!!!」

 自らの幻想を弾丸と成し、敵を射抜く!
 以前、英雄王が用いた魔弾。
 宝具を撃ち出すなど今の俺には到底出来ないが、運動エネルギーを持って放たれた十の剣戟は必殺と称すに相応しい威力の筈だ。
 俺とイリヤ、持てる限りの火力を醜い魂に叩きつける。
 数多の雹矢、十の剣弾。
 もてる限りの魔力を注ぎ込み、刃向かう神秘を粉砕する。
 魔力で編まれた暴力は周囲を巻き込み砂塵を巻き上げ俺たちの視界は奪われた。

「――――――――――――――、やったか?」

 糸の切れた操り人形の様に俺の体は地面に倒れて動かない。
 視界が開ける。
 変わらぬ暗闇、オレンジ色が照らす箱庭の中には全身を切り裂かれ貫かれた歪なオブジェがあった。
 戦いの後に訪れる静寂の中、俺はイリヤに視線を向ける。

「ええ、終わったわ」

 不気味に映える奇怪な影は動かない。
 イリヤの瞳は冷たく何処までも澄んでいる。
 そして、――――――――

「――――――消えなさい、虚ろな幻想。貴方は醜くすぎたわ」

 ―――――――巨大な無機物は、イリヤの言葉に呼応し暗闇に溶け出すように足元よりその姿を消していった。

「―――――――終わった」

 そう考えたら突然体が痛くなって来たぞ。

「そうね。って、ちょっと大丈夫なの? シロウ?」

 ズタボロで倒れ込む俺の下にイリヤが心配そうに駆け寄ってきた。

「あんまり大丈夫じゃなさそうだ。アイツに何発も良いのを貰っちまったからな」

 倒れ伏した身体を無理や起こし、イリヤの肩を借りる。

「それにしてもシロウ、最後の魔術中々だったじゃない?あれがお兄ちゃんの必殺技かしら?」

 俺の体を重そうに、だけどシッカリ支えながらイリヤは笑顔を向けてくれた。
 情けない、普通兄貴が妹に肩を貸すもんだろ?

「まあな、先生の所で色々勉強しながら金ぴかの奴みたいに贅沢な戦い方が出来ないかと思って練習してたんだ」

 喋ると口が痛い。
 こんなに痛めつけられたのは聖杯戦争の時以来だ。

「ふーん、視た感じだと投影と強化の応用かしら?」

 地下駐車場から橋の中央入り口に向かう階段の中、イリヤはそんな事を聞いてきた。

「凄いな、正解だよイリヤ」

 俺の剣弾は投射した剣に運動エネルギーを付加、その力を強化して撃ち出すといううモノだ。先生の下で色々勉強したおかげで『銃を撃つ』イメージで割りと簡単に行使することが出来るようになったのだ。

「コレぐらいは当然よ」

 得意げに言い放ち、俺とイリヤは月の光が差し込む夜空の下に戻ってきた。
 潮風が軋んだ身体に突き刺さる。
 何度も言うが、痛いぞ。

「―――――――――――――随分とやられたじゃないか衛宮」

「―――――――――――へ!?式さん?」

 ああ、先生の言ってた助っ人ってのは式さんの事だったのか。
 というか、来るのが遅いです。

「アタシもいるぞ~、衛宮っち」

「大丈夫でしたか~?二人とも」

 今まで何処に隠れていたんだか元気な情報屋二人組みが顔を覗かせてきた。

「私は大丈夫。シロウはごらんの通りだけどね」

 勝ち誇った様な目で俺を見るイリヤ。
 くそぅ、なんか悔しいぞ。

「それよりも帰って手当てするぞ。幹也が車止めて待ってるからな家まで連れてってやるよ」

 月明かりさえ霞む美しい藍色の着物を靡かせ、可愛らしい声色で彼女はイリヤから俺を受け取った。

「へ!?いやちょっと!式さん!?」

 近い! 近いですって!?

「何だよ?」

 俺が慌てるのを尻目に、彼女は俺の体に腕を回す。
 肩が、胸が!? 当ってる!

「うわ~、衛宮っち役得だね~。知ってるかい? 式さんは黒桐さんの彼女だぞ~」

「衛宮さん。そんな人だなんて思いませんでした」

 ちょっと待て、何でお前らは俺の考えた事が分かるんだ?

「シロウが分かり易いだけよ。怪我が治ったら、お仕置きだからね」

 なんでさ?
 こんな美人が大接近してるんだぞ?
 普通、ドキドキするだろ?

「…………お兄ちゃんのヘンタイ」

「――――――――――――――――――――――――ぐふ」

 そこで俺の意識は途絶えた。

 あの戦いからもうすぐ半年、少しずつ俺もイリヤも強くなれたのだろうか?
 沈むまどろみ。
 その闇が明けたときには、全てが平和でありますように。
 そんな願いを顧みて、俺は眠りに落ちた。

 決して、イリヤのヘンタイ発言がショックだったからではないぞ。



[946] 第十四話 錬鉄の魔術師 Ⅲ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:05
「――――投影、開始(トレース・オン)!」

 頭に十の設計図を起こす、想い描くのはただの日本刀。
 俺に向かって疾駆する式さんに銃口を向ける。

「――――憑依経験、共感、削除」

 今求められるのはスピード、弾丸となる剣には経験など不要。
 迫り来る影を右の干将で何とか凌ぐ、――――目的地まで後数歩。
      
「――――工程完了(ロールアウト)っつ!」

 俺に距離を取らせまいと、八の斬撃が襲う。
 ヤバイ、防ぎきれない、―――――だが!

「っつ!シロウ、――――!」

 俺のピンチと、イリヤは式さんに向けて左手の白く輝く短刀を投擲する。

「――――――っち!」

 完全に不意打ちの投擲は式さんの化け物じみた脊髄反射で躱された。
 全く、猛禽の類でもあんな反射できないぞ?
 だが予測済み! 今はそれで十分、式さんとの距離は約5m――――この距離、取った!
        
「―――――――全投影、一斉掃射(バレット・フルオープン)!!」

 運動エネルギーを持って放たれる、十の弾丸、それを。

「―――――――――――はん、足りないな」

 冴える刃で――――――瞬く間に殺しきった。

「惜しかったな、衛宮、イリヤ。今のはいい線行ってたと思うぞ」

 なんでもなかった様に、着物の裾を払う式さん。
 そして今日の鍛錬は終わりを告げた。





FATE/MISTIC LEEK
第十四話 錬鉄の魔術師 Ⅲ





 七月も終わりに差し掛かかり、東京では珍しい涼やかな夜。
 俺とイリヤ、伽藍の堂の面々は鍛錬の後、月見を楽しんでいた。

「やっぱりシキの魔眼は反則よ、あんなの使われたら勝てるわけないじゃない」

 幹也さんに手渡されたスポーツドリンクに口を付けながらイリヤがぷんぷん不満を漏らす。
 まあ、神代の魔眼ってのは反則だよなぁ。

「反則な訳あるかよ。大体、オレはこれ以外普通の人間だぞ?反則って言うならお前等の方だ、上下左右どこからでも剣や氷の礫が飛んでくる、おまけに二対一で相手してやってんだ。それでも勝てないお前らが弱いんだよ」

 今日は実戦を想定した模擬戦。
 式さんは日本刀一本。自身の防御にのみ魔眼の使用が可能。
 対する俺とイリヤは何でもあり。いや、言葉もありません。
 俯く俺とイリヤを尻目に、先生がイリヤの剣について切り出した。                           
                          
「それよりも、どうだ?イリヤスフィール。私と衛宮で作った“青・倚天(セイコウ・キテン)”は?」

先生は、いつもの無関心な口調で団欒に混ざっている。

「うん、使いやすいし、いい剣だわ、流石ね」

 イリヤがニコニコと眺めているのは三国志に登場する二振りの剣、銘を“青・倚天”。“鉄を切ること泥の如し”と謳われる名剣だ。
 どうしてだか、イリヤは俺の“干将・莫耶”と同じようなタイプの双剣を自身の獲物にすると聞かず、先生がわざわざレプリカを作ってくれた。
 ちなみに、この剣の設計には俺も一枚噛んでいたりする。
 剣の事なら私よりも上だろう? とは先生談。
 初めて先生に褒められた俺は有頂天のままに設計図を起こした。
 オリジナルを念入りに解析しイリヤの身体に合わせて先生と一緒に創り上げたのだ。まだまだ、道具の作成は出来ないものの、設計くらいなら一人で出来る。
 魔術回路も順調に開発されているみたいだし、俺も着実に進歩しているぞ。

「俺もそう思います。形が違うけど構成材質は本物と変わらない。魔剣としてなら中々のできだと思います。イリヤの成長に合わせて今後も色々と能力付加も出来るよう、工夫された造りですしね」

 刀身は俺の干将莫耶より短く左右非対称の短剣。
 それなりの年月と経験を積ませればかなりの名剣に仕上がる筈だ。

「いやなに、それほどでもないさ」

 そうは言うものの、まんざらでもない様子の先生、紫煙が嬉しそうに散っている。

「ほんと、橙子にしてはいい出来だよ、これ。本物は扱いづらそうな大剣だったけど、これなら俺も欲しい」

 と、言うのは式さん。
 式さんが先生の仕事を褒めるなんて、俺がここに勤めてから初めてなんじゃないか? ちなみに、式さんの言う本物の“青・倚天”は先生の私室に眠っている。
 宝具級のコレクションが眠る先生の宝物庫件私室、いつかの金ぴかを思い出すなぁ。

「でも綺麗な剣ですよね、蒼と白の刀身、イリヤちゃんに似合っていますよ。あ、でも刃物が似合う女の子はいて欲しくないなぁ」

 微妙な発言ですね幹也さん。心中、お察しします。

「ほっとけよ幹也、別に構わないだろ」

 顔を紅くしてソッポを向く幹也さんの彼女。
 いやでも式さん、大学にナイフなんて持っていったら何者だって思われますよ?

「う~ん、確かにレディとしては大問題よね」

「別に構わないだろう? ここの男二人は剣の似合う女の子に夢中みたいだしな」

 ―――――――ってそんな危険なをサラリと!?

「せ、先生、―――――!」
「しょ、所長、――――――!」

 先生、クツクツ笑いながらとんでもない爆弾落とさないで下さい!

「そ、それはそうと、今日の模擬戦はどうでした!先生!?」

 話題! 話題を変えなくては!

「そ、そうです、橙子さん、先生なんですから、士郎君達にキチンと指導してあげてください!」

 絶妙のコンビネーションで話題転換を試みる男二人。
 笑わば笑え。
 伽藍の堂での色恋話は、たいてい式さんの爆発で終わる。
 俺はもう直死の魔眼で殺されかけるのは御免だ!

「そうね、今日は私も中々戦えたと思うし、トウコの意見が聞きたいわ」

 ナイスだイリヤ! お前も、式さんの暴走が怖いんだな。

「――――――――っち、うまく逃げたな、黒桐、衛宮」

 二本目のタバコに火をつけ先生は残念だと笑う。
 こっちは死活問題ですから。

「まあ、まじめな話。私の視る限りでは及第点だ。お前はどうだ、式?」

 気だるい感じは取れていないモノの、先生の空気は明らかに違う。

「ん、衛宮はそこそこ戦える。前のチグハグさが殆ど感じられないしな、斜に控えた無形の型に下段を意識した新しい構え、前の守備一徹、もしくは攻撃一辺倒だった時と違って、今は攻防一体って言えばいいのか? かなり楽しめる」

「へえ、式が褒めるんじゃ士郎君は本当に強いんだろうね。それじゃあ、イリヤちゃんも?」

「イリヤはこれからだ。今の双剣が合っているとは言っても、剣を持ってまだ二ヶ月、戦いになんて成らないさ。それでも、幹也より強いけどな」

 式さんの発言に苦笑するしかない幹也さん。相変わらずきつい。

「ええ~、今日の投擲とか結構うまくいったじゃない!? シロウが最後にへましたけど、私の活躍があったからこそ、最後の攻撃が出来たんじゃないの!」

 膨れるイリヤ。
 それにしても、最後のヘマとは何事か。
 式さんが相手じゃなかったらあれは絶対に決まっていた………多分。

「あのな、投擲は剣技じゃない。最後の投擲だって、衛宮がうまい具合に戦闘を運んでいたからこそ可能な攻めだ、違うか、衛宮?」

「ええまあ、イリヤの射程に誘い込むまではよかったんですけどね」

 見抜いていたのに付き合ってくれたんですね、式さん。

「ほう、――――頭脳的な戦闘など今の衛宮には到底不可能だと思っていたのだがね。どんな手品を使ったんだ?」

 酷いですね先生、しかもその台詞を笑って吐けるあたり、尊敬します。

「手品じゃなくて魔術です。解析の魔術を応用してみただけですよ」

 うまく出来るかは自信なかったけど。

「解析? なんでそんな魔じゅ、―――――なるほど、面白い使い方をしたじゃないか、衛宮」

 ニヤリと、そんな音が聞こえそうなほど先生は不適に微笑む。

「話が掴めないわ、説明してよシロウ」

 置いてけぼりが気に食わないのか少し不機嫌にイリヤが言う。

「でもさ、意外と単純なんだぞ、イリヤ」

 そう、面白くもなんともない。

「俺は戦闘に影響すると思った要素を片っ端から「解析」して戦闘状況を予測してみただけなんだ」

 先生にこき使われて、やたらと発達した解析能力。その技術を応用し「戦闘状況」を解析、様々な可能性をシミュレートし自身に最適な行動を予測する。
 戦闘の解析、と言っても言葉どおりの意味ではない。相手の身体状況、武装、運動能力、能力や魔術、俺の技量、身体能力そして地形状況や天候。それらを、俺の特化された解析能力で事細かに分析把握、戦闘には関係無いと思われる瑣末な事象さえも情報として頭の中に取り敢えず突っ込んでおく。
 所詮解析によって手に入れた膨大な情報があろうとも、結局それをどう使うかは、俺の頭にかかっている分けではあるのだが………。
 俺には天性が無いのだから、他のところで補うしかない。それ故の、解析による情報収集、集めたそれを自らの知恵と勇気と経験と技量で処理し、発展させた戦闘方法。穴だらけのシュミレート。
 面倒臭いんで、この度は“戦闘状況の解析”と十派一絡げに呼称した次第である。

「戦闘予測って言えば聞こえはいいけど、あくまで予想だから殆ど外れるし自分の体だってその通りに動いてくれる訳じゃないしな、さっきの鍛錬でも全く役に立たなかった」

「そう悲観することはあるまい、今はまだ肉体も、そして解析の魔術も未熟だからな。それも仕方ない。が、着眼点はなかなかだ、使いこなせれば衛宮の武器になるさ」

 先生は心なしか嬉しそうだ。
 ―――――――でもさ先生。

「しかしですね、先生。ピンチになったり、取れる行動が限られたりすると全く使えないんですよ、これ」

「君な、それは前提がまるで違うぞ」

 嬉しそうだった先生の顔が突然落胆にとって変わる。
 君はどこまで行っても馬鹿だな、ってそんな真面目に言わなくても。

「でも先生、もしもピンチに陥ったりしたらどうするんです? こう正義の味方宜しく、ババーンと乗り切る教え? とかないんですか?」

 なんか前も似た様な事言って、アイツに殺されかけた記憶が。

「だから前提が違う。ピンチになったら? 取れる行動が限られる? そうなったら死ね。一番手っ取り早い」

 うわあぃ! なんて素敵なお言葉。
 だけど、―――何故だか否定する気になれない、加えて先生の瞳にフザケタ色が一つもない。

「危機的な状況を乗り切ることが出来るのは式のような「戦闘者」、生まれたときから卓越した才覚と優れた肉体があるものだけだ。私達のような「創るモノ」には絶対に真似できん」

 先生の瞳は変わらない。
 俺を導くときの優しさを含んだ不遜な顔つきのまま続ける。

「いいか、絶対に忘れるな。お前がすべき事は“いかに冷静に、ピンチにならない状況を創り出せるか”。戦うのなら常に万全、逃げ道は確保済み、自身の最大戦力をもって敵を駆逐する。それが、私が教えられる唯一の心得だ」

 先生は、タバコを捨てる。
 その残り香が妙に甘く感じて嬉しくなった。

「はい、心に刻んでおきます。先生」

「分かればいい、―――――――って何だお前ら」

 気付けば、でこぼこの三人が俺と先生を注視していた。

「いえ、所長は士郎君には凄く優しいんだなぁと」

 にこにこ嬉しそうな幹也さん。

「橙子も伊達に年食っている訳じゃなんだな」

 本気で感心している式さん。

「トウコ! お兄ちゃんとっちゃ駄目だからね!」

 膨れ始めるイリヤ。

「――――――君たちな」

 あ。先生が青筋立てている、主に式さんの台詞で。

「先生!今日は止めましょうよ!? ね、月見、月見しましょう、ほら!」

 一難さって、また一難。
 今日はこればっかりだ。

「ふん、まあいい、今日は夜空の月に免じて許してやる」

 おお、先生が大人の対応をしているし!? 月の綺麗な夜はいい事もあるものだ。

「そうですね、こんな日に喧嘩は良くないです」

 幹也さんの声に全員、月を顧みる。
 
 夏の夜空。
 光に濡れる夜空が、俺達を照らしている。
 さて、今夜はも暑くなりそうだ。



[946] 第十五話 白羽の剣士 Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:12
「イリヤ……………重大な問題があるんだ」

 八月に入って最初の日曜日。
 イリヤと一緒に昼食の素麺を狭いアパートで楽しんだ後、俺は切り出した。

「何、冬木で何かあったの?」

 三つ網にしたイリヤの髪が緊張に揺れる。
 元々、俺達はアインツベルツの脅威がイリヤや関係の無い人たちに及ぶのを防ぐため姿を眩ませたのだ。案の定、アインツベルツはイリヤの体を返したことを不振に思い、使い魔を派遣してきたらしい、遠坂が教えてくれた。

「いや、そうじゃない、遠坂からの定期連絡では未だ衛宮の家は監視されているものの特に目立った動きは無いそうだしな」

 今の俺達の状態、イリヤの体が元に戻ったこと、先生の名前は出していないモノの俺が弟子入りした事も遠坂には話してある。

「他には桜が調子を崩しているらしいけど、声を聞いた限りで問題なさそうだったし冬木の街は平和そのものだそうだ」

 ちなみに、現在遠坂は将来お世話になるであろう時計塔に見学のためロンドンに渡って行った。夏休みに英国にご旅行とは、セレブ? は違うなぁ。

「 ? じゃ、何かしら。それ以外の重大な問題って」

 緩い三つ編みを弄んで小首を傾げるイリヤ。
 最近イリヤはその綺麗な銀髪を纏めている、そうしないと剣の鍛錬の時に邪魔なんだとか。じゃあ切れば良いとも思うのだが髪は魔術師にとっての切り札、そういう訳にもいかないようだ。

「……………覚悟して聞いてくれ」

 だがしかし、今話さなくてはいけない事は他にある。

「いいわ、何?」

 イリヤが喉を鳴らし構える。

「実は…………………………」

 俺達が直面する、東京に来から第二の敵。
 その名を、―――――――――――

「……………………金が無い」

 ―――――――――――――――――金欠。






FATE/MISTIC LEEK
第十五話 白羽の剣士 Ⅰ





「――――――――それじゃ、先生。そういう訳で、一週間程、事務所には行けません。金銭の都合をしないとならないので」

 俺達の金欠最大の元凶に電話で話を付ける、貯えは在るものの先生のおかげで向こう半年は給料が出ないのだ。これから一週間、何が何でも今月を乗り切れるだけの金銭を都合しなくては。切嗣の遺産を、こんな下らない事で使いたくない!

「――――――――いいよ、どうせ仕事も無いしな、有給休暇扱いだぞ?」

 そんなもん在ったのか、あの事務所?

「ええ、それで構いませんよ」

 まあ、休めるんだったなんでも良いか。

「それで、仕事は見つかっているのか?」

 ちっとも興味なさそうに、先生の声が電話越しに響く。

「ええ、朝倉に相談したら直ぐに見つけてきてくれました。“死徒狩り”、ですか? 何でも、通ってる学術都市にここ最近吸血鬼が一人潜伏したとか」

 吸血鬼。
 先生から渡された魔術書にその存在は記されていた。
 人の血を啜り夜の世界に生きるもの、夜の世界最大の禁忌。

「ほう“死徒狩り”ね。魔術師として奴等と交えるのもいい頃合いか。――――それで?狩場は麻帆良か?」

「そうですよ。知ってるんですか先生?」

「まあな、一応日本の魔術協会支部と言うことになっている。最も、いるのは衛宮の様な変人ばかりなのでね、時計塔の爺共は奴らを魔術師などと認めていない。そのため、意思の疎通など皆無だよ。魔術協会の支部が日本にあるにも関らず日本に協会、教会の人間が介入しにくいのはそのためだ。」

「変人は酷いですよ先生」

 まあ、別にいいですけど。

「それじゃ、魔術使いの集まりみたいなものですか? 俺と同じって事は魔術を用いて「根源」を目指していないんですよね?」

「そんなものだ、神秘の隠匿を主とする事しか頭に無い魔術協会の馬鹿共と、秘儀をもって人助けなんぞしている麻帆良のアホ共が相容れるはず無いだろう?」

 一人で笑い出す先生、そういう先生はどっちにも受け入れて貰えなさそうですね。

「まぁ何にしても、あそこの人間なら君に危害を加える事は無いからな。楽しんでくるといい」

 いや先生、これから殺し殺される戦場に弟子が赴くって言うのに、楽しんで来いってのはどうかと。

「死なないように頑張りますよ。それで、イリヤの事なんですけど…………」

「ああ、了解した。責任持って私が預かろう」

 流石に、イリヤを連れて行く訳にも行かないしな。

「ええ、お願いします」

「それで?出発は何時だ」

「今日の晩です、行きがけにイリヤを事務所に置いて行こうかと思っているんですけど、いいですか?」

「構わんよ。ふむ、曲がりなりにも“吸血鬼”と戦うんだ、ある程度の“奥の手”は必要だろう? ついでに、私のコレクションを全て視せてやる。楽しみにしていろ」

 それで、先生は電話を切った。
 にしても、先生のコレクションかぁ。
 式さん家の蔵にも宝具二、三歩手前の名刀、名槍がゴロゴロしてたもんなぁ。先生のコレクションだ、高位のアイテムも結構あるんじゃないのか?
 まだ視ぬ先生秘蔵のコレクションに思いを馳せながら、夜を待つのであった。

「お兄ちゃん、にやにやして気持ち悪い……」

 なんでさ?




「それじゃ、先生。イリヤをお願いします。イリヤも先生の言う事チャント聞かなきゃ駄目だからな」

 置いていかれるのそんなに嫌なのか、イリヤはツーンとした趣で事務所のソファーに寝転んでいる。レディがはしたないぞ。

「心配無用だよ衛宮、どうせ面倒を見るのは黒桐と式だ。子供が出来た時の良い予行練習になる」

 いつもの様にデスクに腰を下ろしキツイ目つきで頷く先生。
 また、微妙な発言を………。

「ふんだ、私は子供じゃ無いんだから大丈夫だもん!シロウこそ、やられちゃ駄目なんだからね!」

 素直に心配してくれてもいいんじゃないか、妹。

「大丈夫だよイリヤ。先生のコレクションの中に強力そうな魔具も結構あったしな。それに、――――――――」

 まあ、今の俺じゃ殆ど投影出来ないけど。
 吐血覚悟なら何とか…………いや多分無理だな。

「それに、吸血鬼なんて非常識な奴が隠れているんだ、正義の味方として、ほおっておけない」

 む、何でため息つくのさ?イリヤ。

「しょうがないわね、シロウだもの。でも本当に気をつけてよね」
そういって俺を守るように微笑むイリヤ。

 当たり前だ、俺には帰らなきゃならない場所がある、叶えなきゃならない誓いがある。
 そのためにもこんなところで立ち止まれるか。

「ああ、勿論だ」

 強く頷く。それに、――――

「うん、いってらっしゃい。シロウ」

 当たり前の挨拶。

「ああ、いってきます。イリヤ」

 だから、―――――――こんなにも心が満たされる。
 そう言って事務所を後にした。
 帰る場所がある、だからこんなにも強く生きることを願える。


 

 夏の夕闇、薄く揺らぐ月影を割いて、死者の狩場へと鉄の箱は走り出す。
 都心のビルを抜け、揺れる風景。
 どれだけ揺られていたのか、目に灯る風景はどこか中世を連想させる赤レンガのそれに変わっていた。

「――――次は麻帆良。――――――麻帆良」

 無機質な人間の声を耳に残し鉄の箱より夜の世界に足を踏み込む。
 驚いた、ここ、日本じゃないみたいだ。
 月の光を受けて、幻想的に染まる町並みは、いつか切嗣の話に聞いたヨーロッパのそれだ。

「凄いな。こんなところ日本にあったのか」

 時刻は既に10時を廻っている。
 吸血鬼のせいだろうか?
 普段ならもっと華やいでいるだろう駅の構内には人が一人もいない。

「まいった、朝倉の話じゃ、ここで魔帆良の退魔士と合流する話だったと思うんだけど?」

 誰もいないじゃないか。

「もし、貴方が“衛宮士郎”さんですか?」

 唐突に、いきなり、澄んだ刃物みたいな声で名前を呼ばれて、思わず振り返る。

「よかった。―――――――貴方が衛宮さんですか」

 どこかほっとした様子で黒髪の女の子は続ける。不自然に黒すぎる髪と瞳。
 アイツを思い出させる紗躯と佇まい。
 そしてその奥にある、弘毅な意思と危うげな儚さ。二律背反する鋭い美貌の少女が、降り注ぐ外光のヴェールに濡れている。亡羊と広がる暗闇の中でさえ、尚漆黒の瞳が、深い夜に佇んでいる。
 学校の制服だろうか? 整った身なりで小さい人影は手を差し伸べた。

「桜咲刹那です。この街で退魔を生業にしているものですので、以後お見知りおきを」

 そうして俺は彼女に出会った。
 いつかアイツと廻り逢った、美しすぎる夜のように。



[946] 第十六話 日常境界 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:18
「へぇ、それじゃ桜咲と朝倉は中学からの同期生なんだ?」

 夜の深まる西欧風の町並みを抜けて、俺は日本魔術協会の本部に案内されている。

「ええ、彼女との付き合いも長いですね」

 そう返すのは桜咲刹那。
 彼女は朝倉と同じくここ、麻帆良の高等科に通いながら退魔士をしている同い年の女の子。
 ちなみに、桜咲は「近衛木乃香」と呼ばれるやっぱり同年代の女の子と学生寮をシェアして暮らしているそうだ。何でも、麻帆等の学生は中学の時に自立性と協調性を慮るため全員が学内の同じ寮に入れられるとか、―――――――

「朝倉の奴、騒がしいからなぁ。中学のクラスメイトスメイトは大変だったんじゃないか?」

 ―――――――が、高等科に上がればその様な取り決めも無く。各々好きな所に住所を構え、思い思いの家から通学を許可されるらしい。桜咲宜しく、学内の寮に残るのもよし、朝倉のように辺鄙な都心のアパートに住むもよし。

「他のクラスメイトも負けない位騒がしかったですから、そうでもなかったと思いますよ」

「朝倉と同じくらい騒がしい? それじゃ毎日お祭りじゃないか」

 そんな学園生活は楽しそうだけど、想像を絶する喧しさだろうな。

「ええ今思えばお祭りでしたね」

 苦笑いしながらも、誇るように頷く桜咲。しかし、―――――

「こちら側の人間が多くいましたから」

 そう零して、彼女の顔は薄く影を帯びた。

「それって、朝倉も言っていた担任の先生の事か?」

「先生もそうですが、私も含め吸血鬼、忍者、傭兵、幽霊、拳法家、マッドサイエンティスト、未来人、ロボ」

 ―――――――――――どんなクラスですか?
 真面目な顔でそんなこと言われても反応のしようがないぞ。
 幽霊ってのはさよちゃんの事だろうけど、最後のロボって何さ?

「中学を卒業する時には、ほとんどのクラスメートがこちら側の存在を知ってしまいましたし、皆をこちら側に引き込んでしまった原因は私たちにある」

 何かどんどん暗くなってるけど大丈夫か?
 桜咲って割りと一人で抱え込むタイプ?

「私達と関らなければ、お嬢様も他の皆も、日常を日常のまま楽しむ事が出来たはずなのに…………」

 ああ――――こいつも、アイツと一緒。
 償う必要の無い自責に何時までも囚われている。
 馬鹿だなぁ、そんなこと、桜咲が気にする事じゃないのに。

「なんでさ? 桜咲は楽しかったんだろ? だったらそれでいいじゃないか」

 桜咲や朝倉の顔を見てれば分かる、例え非日常の世界でも、得られたものは決して間違いなんかじゃない。

「……………」

 何故だか、桜咲は固まっているし。

「どうしたんだ?」

 桜咲が先導してくれないと、道が分からないぞ。

「いえ、私が持っていた魔術師のイメージと、衛宮さんが大分かけ離れていたもので」

 少し驚いただけです、といって再び俺の前を歩き出す彼女。

「そうか?俺は半人前だしな、そう見られても仕方ない」

「そうでは無くて、魔術師は他人のことになど興味を持ちません。事実、私がであった協会の魔術師はみなそうでした」

 心なしか、嬉しそうに桜咲は歩みを進める。

「でも、衛宮さんは違った。朝倉が衛宮さんを紹介した理由が分かっただけですよ」

 理由って何さ?
 金欠だから払いの良い仕事先を斡旋してくれって俺から頼んだだけだぞ?

「さ、着きましたよ衛宮さん、ここに日本魔術協会の長がいらっしゃいます」

 連れて来られたのは、麻帆等の学園内のとある部屋の前。

「ここ、学園長室って書いてあるんだけど?」

 ――――――――なんでさ?





FATE/MISTIC LEEK
第十六話 日常境界 Ⅱ




「君が衛宮士郎君じゃな?」

 目の前には仙人、もとい日本魔術協会長、ならびに麻帆等を運営する最高権力者でもある、近衛近右衛門さん。
 重々しい雰囲気を纏い口を開いた。
 学園長室と称されたこの部屋の中には、俺と桜咲、協会の長とその横に控える男が一人。

「はい、朝倉さんの紹介でこちらに伺いました衛宮士郎です」

 一礼と共に自己紹介。

「話は朝倉君から聞いておるよ、半人前だが信用できる人材だとな」

 俺を測る様に老魔術師は視線を送る。
 その視線が魔術の技量も含め俺の人格を品定めされている様でいい気はしない。
 だというのに何故だろうか、老人の視線が俺に向けられていない様に感じるのは。
 しばしの沈黙の後、薄い笑みを浮かべ長は一つ咳払い。

「それで、君も知っての通り。この麻帆良に一人の吸血鬼が潜伏している」

 長は沈痛な面持ちで話を始めた。

「現在逃亡中の吸血鬼は魔術師上がりの奴らしくての。成る前は魔具関連の術者としてそこそこ優秀だったようじゃ。吸血鬼に成った後は自身で創り出した、又は蒐集した魔具を用い、イングランド北部で一般人女性、12人を惨殺。協会は神秘の隠匿のため討伐要員を派遣するもこれを取り逃し、日本への逃亡を許している」

 無言で俺は頷く。

「本件の通達を受けたのが一週間前、当協会はこれを受諾、逃亡中の吸血鬼が麻帆良に潜伏しているのを確認。既にここでも6名の一般人女性が惨殺死体で発見されている、無論非公式だがね。が、それでも未だ死徒を殲滅できないでいる」

 長の表情は変わらない、―――――――ちょっと待て!?

「―――――っ! 惨殺死体? ここで人死にが起きてるんですか!?」

 朝倉の奴からは何も聞いてないぞ?

「それだけではない、本件に当った当協会の魔術師も重傷者を出している、現在まともに動けるのは、桜咲君とそこのタカミチ君ぐらいだ」

 長の左に構えていた人物が前に出る。
 草臥れた背広にがっしりとした体つき、タカミチと呼ばれた影は一礼して顔を変えた。

「ここからは僕が話そう、いいかい? 衛宮君?」

「――――――っええ構いません」

 強い。
 アイツや式さんには及ばずとも、分かる。この人は一線級の魔術師だ。

「有難う。それじゃあ続けるよ。時計塔より本件を引き継いでから、僕達麻帆良の魔術師は警戒体制を敷き、これに対処。麻帆良都市内の主要地点に警護要員を配置するも、結果は学園長のおっしゃた通りさ。」

 潜伏中の吸血鬼、どうやら厄介な奴みたいだし、俺なんか役に立つのか?

「どうやら、この吸血鬼は単独で行動しているらしくてね。街の人間が死者に取り込まれない代わりに、あぶりだせないんだよ」

「それでフリーの魔術師を雇って人員不足を補おうと?」

 笑えない話だ。

「その通り、ただ協力してくれる魔術師は少なくてね、うちの情報部も奔走してはいるんだけどどうにも」

 顔は笑っているが、目には狼狽の色がある。
 当然だ、既に冗談じゃ済まされない数の犠牲者が出ている、今こうしている間にも誰かが殺されているかも知れないのに。

「分かりました! 吸血鬼の殲滅こちらこそ是非お手伝いさせて下さい!!」

 身を乗り出して、彼らに告げる。
 朝倉、感謝するぞ。
 正義の味方としての俺の本質を、その嗅覚で嗅ぎ分けていたんだな。

「――――――――――ええと、何か勘違いしているぞ? 衛宮君」

 勢い込む俺を尻目に、タカミチさんはそんな事を言った。

「―――――――――――――――へ!? 俺の仕事は死徒狩りですよね?」

 きっと俺の顔、今大変な事になっているだろうな。

「違うよ。今の話はあくまで現在麻帆良における脅威がどんな物であるか理解して貰うために君に話しをしたんだ。少なくとも吸血鬼は相当の手練だ、そんな相手に半人前の君では荷が重過ぎると思うんだよ。だから君に受け持って貰うのは別の仕事。あ、いやけして君の力を信用していない訳じゃないよ」

 タカミチさんが慌ててフォローしてくれる。
 考えてみれば当然だ。
 吸血鬼は厄介な相手みたいだし、半人前の俺が出張っても邪魔になるだけだよな。

「それじゃ、俺の仕事は何なんです?」

 俺を囲む三人に首を傾げながら尋ねた。

「ワシの孫娘の護衛じゃ」

 口を開いたのは長さん。
 孫娘の護衛? なんでさ? それって、職権乱用とか、その類じゃないのか?

「先ほどお話ししましたよね? 私のルームメイト、近衛木乃香お嬢様は学園長のお孫さんなのです。常時私が木乃香お嬢様の護衛を担当しているんですが、今回の件、私も死徒狩りに参加することになりまして」

「なるほど、桜咲の手が廻らないからその間俺がその子の護衛をすれば良いんだな?」

 一つ頷く桜咲。
 そう言う事なら、了解した。

「―――――――それで、衛宮さん。引き受けてもらえますか?」

 言って、手を差し伸べる桜咲。
 断る理由なんてない。
 だけどな、朝倉、仕事の詳細は事前に話しておけよ。

「勿論だ。―――――――半人前だけどな、宜しく頼む」

「助かるります、衛宮さん」

 二人で握手。
 小さい手だ、こんな手で退魔士だって言うんだから不思議なもんだ。

「それでは衛宮君。君の仕事は昼夜を問わず木乃香の護衛じゃ、宜しく頼むぞ」

 そういうのは魔術協会の長。
 なんとも考えの読めない薄い喜びを浮かべる。
 グランドの魔術師は皆こんな感じなのか?

「ええとそれで、俺の滞在先なんですけど……………」

「ああ、既に用意してある。後で刹那君に案内して貰うとよい」

「分かりました。それでは長、今日はこれで」

 一礼して、桜咲と夜の学園長室を後にする。

「それでは、衛宮さん。こちらです」

 桜咲についていこうとしたその時。

「それと衛宮君、細かい仕事内容は桜咲君に聞いてくれ。この事件が解決するまで仲良くやるんだよ」

 学校の先生みたいに微笑んでタカミチさんはまた今度と手を振った。

「ええ、俺は問題ないです。それじゃ、タカミチさん、また明日」

 振り向きざまに答え、夜の学園長室を後にする。
 静寂に満たされたこの街に、溶け込むべきでない異物がある。
 目に映らぬ脅威を睨みつけ、ひと時の宿を借り受けるため小さい少女の背中を追う。
 果たしてこの地でどんな非日常(セカイ)が廻っているのだろう?
               



[946] 第十七話 日常境界 Ⅲ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:23
「ふぁ~」

 昨晩、桜咲に案内されたのは町外れのログハウス、そこで俺は夜を越した。
 桜咲も話していた、クラスメイトの吸血鬼。
 その「工房」だったらしいこの家は今は空き家。
 ファンシーな室内は吸血鬼がここを離れてからもこのままの状態を保たれていたのだろう、部屋の中には、埃一つ無かった。男に宛がうにしちゃあ、ちょっと気が利きすぎている。魔術師を一人雇うって、実は結構気を使うことなのか?

「朝飯………作らないとな」

 一人で考えても、下らない思考のループに陥るだけだろうし、早速、普段道理の行動を忠実に実行する。
 嘆いて寝室を後にすると、味噌汁の香りが漂っているのに気がついた。

「ああ、おはようございます衛宮さん」

 ダイニングで朝食の準備を手伝っているらしい桜咲。

「おはよ~、あなたが衛宮はん?私、近衛近乃香、よろしゅうね」

 ぱたぱたと朝食を準備していた人影が振り返る、黒い髪、人当たりの良さそうな女性らしい顔つきは、まさに京都美人といったところか?

「おはよう、それと、はじめまして、近衛さん。俺の事は聞いているかな?」

 美人二人に朝起きたらお出迎え。……以前の俺なら、間違いなく卒倒モノだな。
 何だ、これが“美人は見慣れる”って奴なのか?
 いや、それよりも何でここにいるのさ?

「呼び捨てで、かまへんよ。衛宮さん、今日からウチの護衛してくれるんやろ?」

 微笑む、近衛。
 ホノボノした中に女性の艶やかさが満ちている。
 朝、男として色々と立て込んでいる時にその笑顔はヤバ過ぎる。
 やっぱり美人に見慣れることなんてないんだな。

「それじゃ、俺も呼び捨てにしてくれよ。桜咲にも注意したんだけどな、「さん」付けはこそばゆい」

 まあ、桜咲は未だ俺のこと「さん」付けで呼ぶけど。

「あはは、流石に呼び捨てには出来へんなぁ、衛宮君でもかまわへん?」

 女性らしい落ち着きで返された。
 桜みたいな女の人は最近見なかったからなぁ、心が洗われるようだ。
 主に、先生によって汚された部分とか。

「ああ、それでいい。それと、近衛が朝食を?」

 並べられたおかず各種を見渡す。
 京風と言えばいいのだろうか?薄く鮮やかに彩られた優雅な品々がそこにはあった。
 ここが木造のログハウスだって事を忘れさせるほど、見事な純和風。
 ――――――――食べるまでも無く、負けたな。

「このちゃんの料理は美味しいですよ。学校もありますから、早く頂きましょう」

 席に着く桜咲、それに続く近衛と俺。
 時刻は七時半、いくら同じ都市内に学園があるといっても、食べ始めないと遅刻させてしまう。何故に夏休み中なのに学校があるのかというと、麻帆良では休み中でも「講義」と銘打たれた夏期講習じみたモノが学内で催されているらしく、二人の優良女生徒はそれを受講しているのだとか、偉いぞ、一日中ゴロゴロしている朝倉に見習わせたい。

「悪いな、学校あるのに朝食の準備なんてして貰っちゃって」

 と言うかそのためだけに?有難いけど唯のアルバイトにこの扱いは破格過ぎるぞ。果報すぎて怖くなる。

「かまへんよぉ。これから、ウチの事守ってくれるんやろ?これぐらい、安いもんやん」

 食べよ食べよ、とにニコニコ箸を手渡す近衛。

「そっか、ありがとう、近衛。それじゃ、―――――」

 “守ってくれるんやろ?” なんかお姫様を守る騎士みたいだ、言われて悪い気はしないな。

「「「頂きます」」」

 麻帆良での初めての朝はこうして迎えられた。





FATE/MISTIC LEEK
第十七話 日常境界 Ⅲ





「それでは衛宮さん。学内は私が護衛に付きますので、昼間は街を見て廻るなり、室内で過ごすなりご自由にしてくださって結構です。では」

「ほなな衛宮君。行ってくるえ」

「おう、了解桜咲。それと確り勉強して来いよ、二人とも。学校中退者としては羨ましい限りだからな」

 朝食を食べ終え、二人は学校へ。さて、俺は特にすることもなし。
 
「何かの役に立つかもしれないし、昼間のうちに街の構造を解析しておくか」

 よし、決定。
 いざ麻帆良の街へ。




「ここ本当に日本か?」

 この質問何度目だ? というか、ありえないだろ?
 今俺がいるのはイタリア・フィレンツェと日本の近代的な町並みを融合させたような商業エリア。いや、イタリアなんて行った事は無いけど、たぶんそんな感じ?
 他にも、今、桜咲と近衛が通っているであろう学術エリアと学生寮などが存在する居住エリアなどがあるらしいが、とてもじゃないが一日でそんな広範囲解析出来ない。
 三つに分割された地区内で、最も人が集まる商業エリア。今日はそこを重点的に解析する。

「ふうん、建物の劣化とか、結構激しいな」

 欧風の建物は未だ堅牢にそびえ建っているが、街の所々に今にも崩れそうな物が幾つかあった。それのどれもが魔術で補強されている。

「建物の劣化もそうだけど、行き止まりや閉鎖空間も目立つな、当たり前か、欧風の町並を無理やり日本に詰め込んだ様なもんだし、路地裏が多くあっても不思議じゃない、っと」

 思い立ったことを口頭で反芻させながら、事細かにメモを取る。しかし、これで納得だ。
 桜咲の話では、このエリアで計5人の惨殺体が発見されたとのこと。
 これだけ入り組んでいるのだ、逃走経路だって何個か確保出来るだろうし、吸血鬼が主な狩場に定めているのも頷ける。
 だが、それよりも気になることが一つあった。

「この街、魔力の残留が濃すぎるぞ」

 魔力感知に疎い俺でも感じられる違和感、残留濃度が異常に高いのだ。

「それだけ、この街では魔術行使が多くされているって事か…………」

 “神秘を用いて人助け”先生が言っていたな、麻帆良の魔術師はアホだって。
 あの時は聞き流したけど、あれは嫌味でも何でもない、ただの真実。

「先生、俺に気付かせたかったんだろうな」

 エミヤシロウと同じ、神秘を持って人を救う。その矛盾を。

「全く、先生の言うとおり、俺、いつまで経っても大馬鹿だ」

 日常と非日常。
 その境界は酷く曖昧だ。
 神秘を持って人を、唯人を救う。
 それは決して救いなんかじゃない、だってそうだろ、―――――――

「それは、日常という平穏を、引かれた境界を侵すことに他ならないじゃないか」

 桜咲の暗い影。
 自分の存在が、知らなくていい「世界」に友達を引き込んでしまった自責。
 日常の尊さを知るものにとって、其れは膿んだ傷痕。
 それが誰に向けてのモノか、俺には分からない。
 非日常の世界が悪い訳じゃない、そこで得たもの、そこで手に入れたものは決して間違いなんかじゃない、それはアイツが教えてくれた。
 だけど、――――――神秘では人を救えない。
 こんな単純な事に、俺は何で気付かなかった?
 なら俺は、衛宮士郎は“正義の味方”として自らの魔術(剣)を一体何に振るえば良い?

「っつ! くそ、何だって俺はこんな!」

 今までの自分に、そのことに気付かない麻帆良の魔術師に何だってこんなに怒りを覚えなくちゃならない!?

「―――――っ、忘れろ、衛宮士郎。今お前が考えるべきは、他にあるはずだ」

 近衛の護衛、今はそれが最優先事項。
 自惚れるな、今俺に出来るのは目の前の問題に挑むことだけだ。
 今の俺に、人を、誰かを救う事など出来はしない。

「戻ろう、夜が近い」

 見上げれば、空が赤く染まっていた。
 街の中央にそびえる大樹、この世界の境界を絡め取るように佇むそれは、俺の心を締め付ける。

 ――――――――さあ、狩りが始まる。



[946] 第十八話 日常境界 Ⅳ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:29
「おはようございます、衛宮さん。朝、早いんですね」

「おはよ~、衛宮君」

 朝飯の準備をしていると、ダイニングと直接繋がった玄関より声がした。

「おはよう、まあ早起きは俺の数少ない特技だからな」

 昨日、買い揃えた食材で適当に朝飯を用意しながら二人に返す。

「ありゃ?衛宮君、料理出来るん?」

 おいしそうやね~、言って俺の作った朝飯を眺める近衛。

「まあな、一人暮らしが長いんで勝手に身についたんだ。昨日の朝飯、近衛に作って貰っちゃったからな、今日はそのお返しだ」

 まあ、近衛の朝飯ほど手の込んだ物作れないけどな。

「そんなんええのに。衛宮さん、昨日はお仕事夜遅くまでしとったんやろ?」

 近衛と桜咲の手には食材と思しき物が詰まった袋が。
 どうやら今日も朝食を用意する気だったらしい。

「大丈夫だ、昨日はそんな疲れなかったし、問題ない」

 昨日は桜咲やタカミチさんが夜を徘徊していた間、近衛の部屋の周りを警護していただけ。
 昨晩は一般人女性の惨たらしい死体が桜咲の見回っていた地区で発見されたらしい。
 桜咲は今晩から、もっと念入りに捜索範囲を絞り込んで行くそうだ。

「しかし衛宮さん、休める時に休んでおかなければ体が持ちませんよ?」

 尤もらしい事を厳しく指摘する桜咲。

「それは桜咲も一緒だろ?お前だって、夜は見回りをしながら、昼間は学校に行っているじゃないか?お相子だ」

「それはそうですが…………」

 釈然としない趣で食い下がろうとする、小柄な背中。
 何でもかんでも一人で背負い込もうする所とかアイツにそっくりだ。

「なら話しはお終い。ほらとっとと朝飯食うぞ」

 全く、こいつは心配症だなあ。

「そうやね、せっちゃん、はよ食べよう。折角衛宮君が作ってくれたんやし、ね? ウチ、男の人の手料理食べるの初めてねん。楽しみやわ~」

 ニコニコしながら食卓につく近衛。

「……このちゃんがそう言うなら」

 付き従うは、小柄な従者。
 正反対のこの二人だけど、案外いいコンビなんだな。

「それじゃ、いいか」

 三人分の箸を並べ、皆で食卓を囲う。
 そして、―――――

「「「頂きます」」」

 ――――――――合唱。





FATE/MISTIC LEEK
第十八話 日常境界 Ⅳ






 桜咲がサトイモの煮っ転がしに箸を伸ばしたとき、俺は駄目もとで聞いてみた。

「なあ、桜咲」

 何です? と視線で返された。

「今日の昼間なんだけどな、お前らが通ってる学術エリアに行っても良いか?」

「?―――衛宮君。うちらのガッコに何か用事でも在るん?」

 ご飯を進める手を止めて、近衛が聞き返す。

「いや、直接の用事はない。ただ麻帆良の地形は可能な限り把握しておきたいからな、そのための見学だ」

 駄目か? と再度、桜咲に問う。

「ああ、そう言う事でしたら構いません。先生方に話しを通しておくので、いらして下さって結構です」

 言って、幸せそうにサトイモをほお張る彼女。
 意外と御口に合ったようで。そんな顔されると嬉しいぞ。

「そっか~。衛宮君今日ガッコに来るんか~。ならせっちゃん、私達でガッコを案内してよろうよ」

 こちらもサトイモに手を伸ばしながら朗らかに近衛が続けた。

「いいのか?」

 そりゃ、一人で廻るより皆で廻った方が楽しいけどさ。

「構へんよ。来るのはお昼頃やろ?今日は午前で授業は終わるし、衛宮君さえ良かったら、ウチらが案内するえ」

 護衛対象を守る意味でもその方がいいかな?

「サンキュ、助かるよ」

 というか、これもある種のデートなのでは無かろうか?

「せっちゃんもいいよな?」

「いいですよ、どこで待ち合わせますか」

 完全にデートの乗りになってきた。
 ヤバイ、意識しだしたら急に恥ずかしくなってきたぞ。

「そやね~、“世界樹”の前なんてどうや?あそこなら目立つし、待ち合わせ場所には最適やろ?」

「そうですね。では衛宮さん、一時に世界樹の前で」

 ああもうこれ完全にデートの待ち合わせみたいじゃないか。
 みたいじゃなくて、そうなのか?―――――――落ち着け、俺。

「あ、ああ問題ないぞ。世界樹ってのはあれだな!? 街の中央にあるでかい木!」

 声、上擦っているし!?

「そうや。でも、どうしたん衛宮君?突然元気になって」

「心なしか、落ち着きもないのですが?」

「いや、なんでもないぞ!それじゃ一時に世界樹前だな?楽しみにして――っつぐふ!?」

 そう言って無理やりご飯をかっ込み、咳き込む俺という馬鹿一人。
 最後まで、不思議そうな目で俺を見て、彼女達は学校に向かった。




 そうしてお昼。
 三人分の弁当を作り、麻帆良市の中央部、学術エリアのど真ん中にある非常識な木の前で、俺は二人を待っていた。

「…………でかすぎる」

 在りえない。
 こんなデカイ木在りえないから。

「驚きましたか?」

 俺が慄いていると突然、澄み切った刃物の様な声が後ろから聞こえた。

「当たり前だ。大きさもそうだけど、魔力容量が半端じゃないぞ?」

 振り返り桜咲に告げる。
 特筆すべきはその巨大さよりも内包された魔力だ。
 下手したら聖杯に届くんじゃないか? 魔力感知に疎い俺でも圧倒されるんだぞ。
 こんなもの人前に出して大丈夫なのか?

「衛宮君も余所の魔術師さんと同じなん?」

 桜咲の後ろに控えていた近衛が心配そうに尋ねてきた。

「俺、も?」

 はて? どういう事だ?

「外来の魔術師は、麻帆良の思想や表立って神秘を揮うことをよしとしませんから」

 ああなるほど、確かに一般の魔術師じゃ麻帆良の“人助けの為に魔術を使う”ってのは、納得出来ないだろうし、この馬鹿でかい樹みたいな神秘を放っておくのはご法度だろう。

「確かになぁ」

 非常識な巨大樹を見上げ嘆く。
 遠坂辺りが視たら、この樹を根元からへし折りそうだ。
 アイツがベアでこの樹を殴ってる姿が鮮明に想像できる。………怖いような面白いような。

「なんで、余所さんは麻帆良の魔術師を目の敵にするん?」

 俺の表情をどう取ったのか、近衛が、わからへんわぁ、とため息を吐いた。

「桜咲の言う通り、基本的に神秘は隠匿すべきものだし、人助けの為に神秘を行使するここの魔術師とは相容れないからだろうな」

 魔術は隠匿するべきもの、それはこの日常を守るため、絶対に必要な掟だ。

「それではやはり、衛宮さんも麻帆良の魔術師の事が?」

 俺の言葉に、不安そうに桜咲が視線を泳がせた。

「正直な話、俺にはどちらが正しいかなんて分からない」

 神秘を用いて人を助ける。
 その行為は日常の境界を犯すこと、これは間違いない。
 だが、“人を助ける”、その思いは正しく、誇るべき願いだ。
 だから伝える、その願いは決して間違いじゃないと。

「でもさ、“人を助ける”その行為は間違いじゃない、その願いは正しいものだと思うから」

 うん、それが今の俺に出せる精一杯の答えかな?

「だから俺は麻帆良の人たちを守りたいと思うし、手伝える事なら何でもする。俺が麻帆良の人たちを嫌うなんて在りえないから安心してくれ」

 正義の味方を目指すんだもんな。
 人を救う、志を同じくする者として目指す道は違えど応援するぞ。

「どうしたんだ?二人とも?」

 というか何で二人して変な、もとい、呆気に取られた顔してるのさ?

「いや、衛宮さんは本当に魔術師なのかと・・・・・」

 呆れている桜咲。

「衛宮君、お人よしってよく言われるやろ?」

 可笑しそうに優しく微笑む近衛。
 なんでさ?
 真面目に考えてチャント答えたんだぞ!?

「――――――ほっとけ!ほら行くぞ、早く案内してくれ!」

「はいはい、ほな、せっちゃん行こうか?」

「そうですね、このちゃん」

 くすくす、笑いながらこっちをみてるし。
 ああもう知らん、勝手に行くぞ。
 真面目に答えたのになんでさ。

「冗談やん衛宮君、それじゃ最初はウチらの通う女子校エリアから・・・・・かな?」

 ……今なんと仰いましたか、近衛さん?

「……女子校?」

「そうですよ。私たちが通う、麻帆良学園高等科は女子校です」
 
 ――――――ヤバイ、壮絶にヤバイ匂いがする。

「…………いや、そこはいいよ。俺、男だし」

 逃げ出せ衛宮士郎。
 そこは自らの理想と同じ、決して至ることがない世界のはずだ!
 衛宮士郎はそこに踏み込んではいけない!

「ほな行こうか? 最初はウチたちの学校や」

 両脇から、がっしり決められた。
 この細腕の何処にそんな力が!?

「いやだ!? 無理!? 女子高!? 俺は男だ!? そこ以外を案内してくれぇ~!?」

 綺麗どころ二人に引きづられて女子高エリアの門を行く。

「大丈夫、大丈夫。衛宮君かわええし、大人気間違いなしやえ?」

 ええ、女の園に男が紛れりゃ、違う意味で大人気でしょうよ!

「衛宮さん、コレも仕事のためです。諦めて下さい」

 た~す~け~て~。




「先ずはここ、中央エントランスです。初等科、高等科の共通フロアでもあり、テストの成績発表などが、全校規模で行われます」

 連れてこられたのは、大学の様に悠然としたクリーム色の壁が眩しい大講堂。
 
「―――――、―――――、―――――!!」

 視線が!? 下校時刻とはいえかなり残ってる女学生の視線が!?

「ここは第二体育館やね、ここでは主に初等科、高等科合同の室内系部活が主に活動しとるえ、麻帆良の運動系部活は全部で二十一個あって、―――――――」

「――――!?――――!!!―――――#%#$」

 痛い、視線が痛すぎる!?
 なんでさ!? 何でよりにもよって新体操部が活動してるのさ!?
 や~め~て~。
 生ごみを見るかの様な瞳を向けないで~!?

「お、蒔絵が手ぇ振ってるやん?衛宮君も振り替えさなあかんよ」

 近衛。
 お前には俺に向かってる、直死の視線が感じられないのか?
 おわ!? なんか色々飛んできた!? え、何だコレ? リボンが体に!? ちょ!? ま!?

「衛宮君、凄いなぁ、リボンで空を飛ぶなんてカッコええ魔術やん」

 え!? いや! 地面が!? 天井に堕ちる!?

「なんでさ~~~~~~~~~~あ!?」

 ―――――――――――星が見えた、スター!!??


「さて、衛宮さん、次は女子寮なのですが、―――――」

「お願いします。それだけは勘弁して下さい」




「死ぬ、―――――――――」

 女子高エリアを抜け、今は桜咲と近衛の担任だった先生が良く腰掛けていたという銅像の前。既に全身ボロ雑巾のよう。

「衛宮さん、これでほとんど廻ったと思うのですが、地理的な問題は解決できたでしょうか?」

 銅像の下に腰を落ち着けてそんなことをのたまう桜咲。

「まあ、何とか。それとエリア中央の湖に浮いてる変な建物はいいのか?」

 あそこ、何が在るんだ?

「あそこには鋭敏な結界が敷いてありますから。もし吸血鬼が侵入すれば即座に分かります」

 クールに切り返される、ここまできたら全部紹介してくれてもいいじゃないか。

「案内してもいいちゃう?」

「必要ありません。それにそろそろ日が落ちる、このちゃん、帰りましょう」

 桜咲が、剣士の趣で答える。
 気がつけば、確かに日が落ち始めていた。
 夏の日長とは言え、時刻は六時、それも当然か。

「そうだな、それがいい。近衛も有難う」

「ええよ別に。でも折角だから最後まで案内してあげたかったわぁ」

 本当に残念そうに落ち込んでいるな、近衛の奴。

「それじゃ、この仕事が終わったらまた案内してくれよな?今度は妹も連れて来るからさ、ガイドさん頼むぞ?近衛」

 麻帆良みたいな町並みは、イリヤ、好きそうだもんな。
 うん、それがいい。今度の休み辺りに二人でここに来よう。

「そうか?悪いなぁ衛宮君。そういう気の使い方、ウチ結構すきなんよ?」

 くすくすと奥ゆかしい笑みが零れた。
 ほんと、近衛にはその顔が良く似合う。

「それでは、衛宮さん、今夜も私は夜の街に繰り出すのでこのちゃんの事、お願いします」

「了解。それじゃまたな、桜咲」

 桜咲はタカミチさんと落ち合うため、足早に駆け出す。

「それじゃ、お姫様、今宵も貴方の騎士が全霊を持って守護させて頂きます」

 冗談めかせてかっこよく一礼。

「期待してるえ、衛宮君」

 小さく笑って彼女は踵を返す。
 向かうべきは彼女の小さなお城。
 今夜も、その一時の日常が守れます様に。

 さあ、今夜も夜を狩出そう、―――――――――。



[946] 第十九話 一刀大怒 Ⅰ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:35
 桜咲と分かれてから日は直ぐに落ちた。
 時間が駆け足に針を刻み、時計は焦るようにその針を廻す。

 時刻はじき頂点。

 今夜も蒸し暑い。
 見上げる星空は曇天、不恰好に大きい雨雲が俺の頭上何千メートル上を行く。

「――――――――――桜咲達は大丈夫、だよな」

 近衛が住むマンションの正面入り口の前で俺は腰を下ろしていた。
 理由も無く俺の胸に迫り、焦がす焦燥。

 ――――――――――来る。

 桜咲、もしかしたら俺と近衛の所に肉食獣が近づいている。
 アイツの様に未来予知じみた感性を持っているわけでは無い。
 唯の人間、脆弱な人間、それ故に感じる。
 自己より上の存在。
 狩られる側と狩る側、その存在が迫っていることを矮小な本能が警鐘を鳴らす。

「――――――――どないしたん? 衛宮君?」

 不安そうに背後から現れたのは近衛。
 パジャマ姿につっかけを履いてトコトコこちらにやって来た。

「危ないぞ近衛、部屋に戻ってろ」

 見ると、その手には二つのグラスが。
 茶色の液体に氷が浮いている事から考えて、差し入れの麦茶を持ってきてくれたようだ。

「大丈夫やん、これ位」

 水滴の滴るグラスの片方を差し出された。

「ちび刹那もおるしね」

 近衛は自身の頭上の小さすぎる人影を指差した。

「いいえこのちゃん、衛宮さんのおっしゃる通りです。早くご自分の部屋に戻って下さい」

 可愛らしくふわりと近衛の周りを周回するのはミニチュア大の桜咲の人型。
 桜咲の法術と言う物らしく、連絡員として近衛の部屋に待機していた。

「いいやん、せっちゃんのけちんぼ」

 はあ、なんとも緊張感の無いやり取りだ。

「近衛。気を使って貰えるのは嬉しいけど、本当に戻った方がいい」

 受け取った麦茶を一気に飲み干し帰れとばかりに突き出す。

「でも…………」

「デモもストも無い。自分がこの街で一番狙われやすい存在だって理解しているか?」

 日本魔術協会長の孫娘という立場上の問題だけじゃない。
 桜咲の話しだと近衛の魔力容量は日本最大規模だという、俺はあまり感じないが一人前の魔術師が見れば違いは一目両全だという。
 そんな獲物を件の吸血鬼が狙わない筈無いじゃないか。
 優秀な魔力を含んだ血液は、吸血鬼にとってご馳走以外の何者でもないんだから。

「だから、―――――――――――っち!」

 弾ける悪寒。

 ―――――――――――――来た。

 近衛の魔力を察知されたのか?
 それとも偶然?
 どちらにしても、夜の住人が俺たちを獲物に定めたのは間違いなかった。

「――――――――――――なんや? 何かが、来る」

 俺と同じく魔術師としては半人前と近衛は言っていたが、魔力感知は俺より数段筋がいい。明確に殺意の方向を睨めつけている。

「やあ、ご機嫌如何かな? 麗しの贄たち」

 近衛の借りているマンションの頭上。
 曇天の夜空を背負い、真っ黒の人影は口を開いた。





FATE/MISTIC LEEK
第十九話 一刀大怒 Ⅰ






「ああ、男もいるのかね? 失礼、君は美しくないな」

 マンションの屋上、地上五十メートルは在ろう天上より音も無く降り立ち不愉快な事をのたまいやがった。
 赤色のレンガが敷き詰められたマンションの前庭に黒一色に纏めた高級そうな外套が翻る。

「コレはコレは。お嬢さんそんなに脅えないで頂きたい」

 やせ細った顔立ち、厭らしく後ろに靡かせた白髪交じりの黒髪。
 大仰に歩みを進ませ、くすんだ瞳が近衛を嘗め回す。
 妙齢のご老体、着込んだ雰囲気と合わせれば上流階級の老紳士と見られなくも無い。

「――――――――下がれ、近衛」

 最も、全身から発する精魂の腐った臭いをどうにか出来ればの話だが。

「それ以上近づいたら串刺しにするぞ、くそ爺」

 殺気を込めて、黒い影に言葉を投げつける。
 近衛が俺の後ろに下がったのを確認し、頭の中に設計図を起こす。
 一本の西洋剣、読み込むのは中近東の文化、真っ直ぐな棟と緩やかな曲線を描いた70センチの刀身。
 宝具などには到底及ばぬ唯の片手剣。
 それでも、こいつと打ち合うには充分すぎる!

「ふん、ナイト気取りかね? まあそれもいいがね、命は大切にするべきだ。先達からの忠告だと思って受け取りたまえ」

 黒い外套が背中を丸める。

「今夜の贄は後ろのお姫様だ。君は退け」

 影は背中に垂らした鉛色の鞘に手をかけ、一気に銀色の殺意を引き抜いた。

「――――――――――男を殺すのは趣味では無いし、血を啜るなどもっての他だ」

 剣に宿った経験からあの剣が吸血鬼の作品だと読み取れた。
 腐った影は上段に大刀、ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソード(片手半剣)と称される全長145cmの剣を掲げ、不愉快な嘲笑を俺に投げる。

「だからね君。―――殺さぬよう、生かさぬよう四肢をばらす位に留めておこう」

 ―――――――疾駆した影。

「行くぞ――――投影、開始(トレース・オン)!」

 俺の右手に質感を共に現れるファルシオン。
 桜咲の到着など待っていられるか、こいつはここで叩き伏せる!

「近衛、下がってろ―――――――!」

「グラデーション・エア?―――――はは、魔術師か!」

 言葉と共に、俺の体の駆動部、太ももを薙ぎ払わんと刃が迫る。
 迅雷の如き刀身。
 剣技とは呼べないその一太刀も、人外が振るえば充分すぎる兇器に昇華されていた。

「く!?」

 俺の反射ではその一撃を躱せない、迫る刃を力の限りファルシオンで迎え撃つ。
 鉄の弾ける鈍い音と共に、俺の体はたたらを踏んだ。

「脆弱だな、―――――――――人というのは!」

 迫る鉄塊。
 一息に三つの刃が叩き込まれる。
 一つはいなし、二つを叩きつけ、距離を取るため後方に飛び引く。
 だがそれも、奴の身体能力の前には無意味な選択でしかなかった。
 なおも追撃する影。
 俺の剣と奴の剣では間合いが違う、奴の間合いで打ち合っても勝ち目は無い。

「そら!次はもっと力を入れるぞ!」

 再び落ちる稲妻。
 踝に力を込めて頭上の凶撃に耐え切る。
 俺の幻想は奴の力にだって負けちゃいない、ただ。

「――――――――――――ぐぅ!」

 ―――――――俺の体が悲鳴を上げる。
 たった五合、奴の剣戟を受けただけで手の感覚が薄らいできた。
 畜生、自分の体に強化がかけられたらもう少しまともに戦えるのに。

「どうしたのだ?――――――――まさかもうギブアップかね!」

 醜い笑い顔と共に死徒の体がさらに回転を上げていく。
 右より刹那に二つ、頭上より力任せの鉄塊が一つ、左より暴風が三つ。
 出鱈目に振るわれた刃が、同時に振るわれたかと錯覚するほど打ち込まれる。
 ――――――――見える。
 この剣戟を防ぎきること自体、そう高度な技術を要求される分けではない。

「――――――――――こ、のぉ!」

 全身全霊を持って捌ききる事、六合。
 奴の太刀は一刀たりともこの身に受けていない。
 だというのに、―――――――――

「――――――――どうしたのかね? ほら、早く剣を握りなおしたまえ」

 ―――――――――腕が痺れて剣を取り落とした。
 馬鹿みたいだ、まともな一撃なんて貰っていないのに、腕がかしいで激痛が走る。
 奴との距離は約二間。
 奴の意思次第で簡単に俺の首が飛ぶ。

「やれやれ、拍子抜けも良いところだ。その程度で私と打ち合うなど身の程知らずにも程がある。ロンドンには君ぐらいの年齢で私の右腕を“焼き尽く”し、退ける程の魔術師達がいたのだがね」

 不快に微笑んで、自らの右腕を嘗め回す死徒。
 今まで気付かなかったが、右腕を、――――――――――火傷、している?

「彼女達に比べれば、君など害虫以外の何者でもない。殺すにしろ、殺されるにしろ、全ては麗しくなくてはならないからね」

 視線を戻し、冷ややかに俺を睨む。

「気が変わった。やはり害虫は駆逐するべきだ、――――――――そうだろ魔術師?」

 吸血鬼はその身を振りかぶり、断頭台を俺の目の前に掲げた。
 絶体絶命。
 ピンチ以外の何者でもないその刹那、――――――――――

「その通りだ、害虫は駆除しなくてはな、―――――――――吸血鬼」

 ―――――――俺の真横を一息で駈け抜け、白銀の閃光が曇天の夜空を裂く。

「―――――――――なに!?」

 全くの予想外、袈裟に叩き斬られた死徒は一瞬の躊躇のもと現れた閃光より距離を取った。

「大丈夫ですか? 衛宮さん」

 死徒のほうを睨みつけ、静かに佇み桜咲はこちらの安否を気遣った。

「問題ない。腕が痺れているけど外傷は一切無いぞ」

 まさに間一髪。
 本当に助かったぞ桜咲。

「良かった。それでは下がってください衛宮さん、ここは、―――――――」

「桜咲君と、―――――――僕で、かい?」

「な!?―――タカミチさんも?」

 いつの間にやって来たのか、ポケットの中に手を突っ込み、俺の真後ろに佇むタカミチさん。
 改めて感じたが、この人の強さは俺や吸血鬼とはレベルが違う。
 緩やかな態度を崩さず、タカミチさんは死徒へと視線を向け殺気を膨らませた。

「――――――――――どうもご老体。はじめまして、かな? 麻帆良の街は楽しめましたか?」

 ―――――っつ!?
 怖い、なんて殺気だ。
 コレが、タカミチさんの裏の顔。

「ソコソコね、今夜の贄が最上だったのだが、今夜は諦めねばなるまいて。―――――――――まさか、これほどの魔術師が極東の島国にいたとは、いや大したものだ…………過去の“大戦”以来、強き魔術師は軒並み滅びたはずなのだが、まだ君の様な魔術師が残っていたのか? 喜べ、君の実力は協会の執行者と比べてもなんら遜色が無いぞ」

「褒めすぎですよ。“大戦”を駈け抜けた魔術師達はこんな物ではなかった筈だ」

「―――――――確かにね。今の魔術師はあの時に比べ廃れすぎたよ。私程度吸血鬼が蔓延出来るのがその良い証だ」

 自嘲気味に笑い、死徒の顔は人の貌に近づいた。

「世間話もこれぐらいで良いでしょう? 覚悟は出来ましたか? イカレタ死徒殿」

「死徒? ああ、君たちは何か勘違いしているぞ。私は親殺しなど成していない、この身は眷属、格はヴァンパイヤだ。なって間もない私が過ぎた力を振るうには“公”の人力なくしてありえんよ」

「―――――――――――――“公”もしや、“白翼公”か?」

「どうだかね、お喋りが過ぎた。魔術師、よもや私を前に引くなどあるまい?」

 人外の貌を取り戻した死徒は一歩踏み出し、再び町は静寂に包まれる。

「………勿論です、それを聞いては尚更ここで沈めなくては、ね」

 タカミチさんの殺気が刃のように鋭利に研ぎ澄まされ、二人の人外の視線が溶け合う。

「――――――――――っシ!」

 先手はタカミチさん、目にも留まらぬ一撃がポケットの中より放たれた。
 甲高い音のみが夜の街を裂き高らかと鳴り続ける。
 タカミチさんの視えない乱打が、適確に奴の体を射抜く。

「――――――――――――っぐう、流石にやるね。魔術師!」

 目にも留まらぬ 拳戟から、己が身体能力を駆使し脱出を試みる吸血鬼。
 だが、奴の能力を駆使してもその乱打からは逃げ切れない。

「―――――――――――――――シッシ!」

 なおも手を休めぬタカミチさん。
 揺ぎ無い力の差、タカミチさんは身体能力の劣勢を覆せるだけの技量がある。
 嵐のような拳撃が見る見るうちに吸血鬼の体を削り取る。
 彼の勝利は確定しているも同じ。

「――――――――――やはり、“アレ”が無くては分が悪いかね」

 そう、もしも奴がタカミチさんと戦う事を選択したのなら。

「悪いな魔術師殿。今夜はここまでだ」

 必死の防戦でタカミチさんの猛攻を掻い潜った吸血鬼は体をタカミチさんと体を入れ替え。

「―――――――――っつ!?しまった!衛宮君!?」

 ――――――――自らの剣を俺目掛けて全力で投擲した。
 完全に不意打ち。
 衛宮士郎はこの必殺を躱せない。

「くっ!?――――――――衛宮さん!!」

 俺の横に控えた桜咲が、人間の限界を超える反射神経を持って俺へ向けて放たれた剣弾を弾き返す。
 だがそれで十分、タカミチさん意識が逸れた一瞬を持って、吸血鬼はその身を高き空へと飛び跳ねる。

「いや、――――――肝を冷やしたよ。今宵はそこの害虫に感謝しなくてはね」

 曇天の空から水が滴る。
 視界はぼやけ、既に死徒の姿を捉えることは不可能。
 生ぬるい雨は絶える事無く大地にを濡らす。

「―――――――――――逃がしたか」

 遥か頭上、暗く沈む町並みを不自然に跳ぶ影を睨み、タカミチさんは零す。

「―――――すいません、俺のせいで」

 自分の無力さに腹が立つ。
 戦闘では時間を稼ぐことも満足に出来ず。
 あまつさえ足手まといになって吸血鬼を取り逃がす。

「奴を逃がしたのは君のせいじゃないよ、衛宮君。君の仕事は近衛君の護衛だ、よくやってくれたね」

 静かに踵を返しその場を離れるタカミチさん。

「桜咲君、衛宮君の手当てを頼む。木乃香ちゃんならそれぐらいの痺れ、簡単に治せるだろ」

 雨に濡れる背中で、タカミチさんは語る。

「分かりました。高畑先生はどうなさるんです?」

「僕かい?もうちょっと街を見て廻る。学園長への報告は僕がしておくから君も休んでくれ」

 タカミチさんは振り返らない。
 背中に在るのは怒り。
 敵を、死徒を取り逃がした自らに対する苛立ち。

「それじゃ、頼んだよ桜咲君」

 頼もしい背中は、夏の雨の中滴るように消えていった。



[946] 第二十話 三角遊戯 Ⅰ」
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:44
「――――――――コレで治療は完了や。衛宮君、手ぇ動かしてみて」

 吸血鬼との緒戦。
 完全に敗北を喫した俺は近衛の自室でシャワーを借り、そのまま手当てを受けていた。
 時刻は午前二時。
 人工的に整えられた空気は涼やかさと共に、自らの無力さをも浮き彫りにする。

「…………うん、問題ない。凄いな、近衛の魔術は」

 試しに、手を握り開き反応を確認する。
 吸血鬼の力任せの攻撃をよくも耐え切ってしまったものだ。

「よかった。衛宮君腕の筋断裂しかかっとたし、手首の骨なんかひびはいってたんよ?守ってくれるのは嬉しいけど、そないな無茶したらいかん」

 怒っているんだか心配しているんだか。
 どちらとも取れる声色で近衛は俺の手を取り、彼女の暖かな手を重ねた。

「…………ありがとう、近衛。でも、そう言う訳にはいかない」

 吸血鬼を取り逃がしたのは俺の所為だ。
 それは拭いきれない事実、偽ってはならない真実。
 唯一の救いは、この手に重なる小さな温もりを守りきれた事だけ。

「奴はまた近衛を狙う。だから、今度こそ、――――――――――」

「今度こそ、―――――――――死にますよ、衛宮さん。もし、もう一度彼と戦えばね」

 俺の背後、小柄な体にそぐわぬ野太刀を磨きながら、自然体で俺の言葉は遮られた。

「―――――――――っそんなこと無い! 俺だって戦える!」

 死ぬ気になって戦えば、あんな奴なんかに負けない筈だ。
 アイツは許してはいけない奴。
 奴は近衛を、人間を人間と視ないあの瞳は我慢なら無い。
 俺が正義の味方を目指すなら、今度こそ奴を倒さなくてはならない。

「間違えないで欲しい、貴方の仕事は木乃香お嬢様の護衛だ。貴方があの吸血鬼と戦う必要など無い。今夜の戦いで分かった筈です。貴方の力量では吸血鬼に届かない、それどころか時間稼ぎすら間々ならないということが」

 瞳を閉じたまま、桜咲は無表情で言葉を叩きつけ、俺の思いを否定する。

「俺の仕事が何であるか何て分かってる、だけど、――――――――――」

「自惚れないで下さい、衛宮さん。今回の襲撃、何故お嬢様を連れて逃げなかったのです? 確かに貴方があの場で打ち合い、私達の到着まで時間を稼ぐのも一つの選択でした。ですが、あの戦い方は何です!? 少なくとも私には身の程をわきまえた戦いをしている様には見えなかった!」

 俺の言葉を桜咲が歯軋りをかみ殺し拒絶した。

「貴方がこの街の人たちを脅かす吸血鬼を許せないのも分かる。衛宮さんは優しい人です。だが貴方が取った行動は間違いだ、あの時成すべき事は死徒の殲滅では無い、目の前の命を、このちゃんを守る事だけが貴方のすべきことだった筈だ!」

 敵意を含み俺を見据える瞳。
 俺が敗れれば近衛は死んでいたという、もしもの話し。
 自らの大切な人間を、守るべき存在を死に傾倒させた俺を許さないと、彼女の瞳が訴える。

「―――――――――――――――っつ!?」

 吸血鬼との緒戦、俺は何を考えた?
 ―――――――――こいつと打ち合うには充分すぎる!――――――――
 まさか。衛宮士郎の戦いはいつだってギリギリ。
 何故あの時俺は全霊を持って自らの魔術(剣)を振るわなかった?
 ―――――――――こいつはここで、叩き伏せる!――――――――――
 馬鹿な。あの時俺の行うべき事は何だった?
 吸血鬼を倒すこと?
 近衛を守ること?
 正義の味方が取るべき選択はどちらだった?

「せっちゃん! 言い過ぎやない。衛宮君が可哀想やんか!」

 桜咲の怒りは正しい。
 死ぬ気になれば、―――――――戦える?
 笑えない。
 衛宮士郎の安い命で一体何が出来る?
 聖杯戦争、あの戦いは自身の価値など、命の価値など無いに等しいと教えてくれた筈だ。
 そんなもの賭けた所で、それ以上の神秘の前には紙くずほどの奇跡しか起こせなかっただろうに。

「衛宮さん、はっきり言います。今の貴方が戦場に出てきたところで今夜の二の舞だ」

 桜咲の言葉が俺を締め付ける。
 先生の教えを思い出せ。
 戦うなら常に万全、――――吸血鬼の強襲、この時点で俺の敗北は必至。
 逃げ道は確保済み、――――桜咲が来てくれなければ、俺の死、近衛の死は確定。
 自身の最高を持って敵を倒す、――――何故、俺の持てる最高を行使しなかった?

「そうだな。桜咲の言うとおりかもしれない」

 何も、何も守れていないじゃないか。
 衛宮士郎は“創るモノ”。
 ピンチに陥ったあの瞬間、死徒と対峙したその刹那、俺はもう敗北していた。
 なら、あの時俺の取るべき行動は全力で近衛を守ること?
 たった一人を守るため、見知らぬ誰かを犯すあの吸血鬼から逃げること?
 桜咲は正しい、だけど俺は、衛宮士郎はその想いに頷けない。

「分かっていただければいいです、衛宮さんは木乃香お嬢様の護衛だけに専念して下さい。貴方が、命を賭けて吸血鬼と戦う必要は無い。この街は私達が守ります。ですから衛宮さんはお嬢様を、―――――私の代わりに、お願いします」

 俯き頭を垂らす桜咲。
 何を犠牲にしてでも守るべき存在/自らの手で其れを守れぬ焦燥。
 守らなくてはならない、見知らぬ誰か/自らの手で其れを守らなくてはならぬ矛盾。
 ―――――――桜咲の痛み、俺とは正反対の想いが俺には分かる。
 桜咲は唯一人を守るために、吸血鬼を追う。
 俺は全てを守るため、吸血鬼を追う。

「俺は、――――――――――――――」

 衛宮士郎は正義の味方にならなきゃいけない。
 だけどそれでも、今だけは、目の前の少女の願いのために、唯一人の味方でも良いのだろうか?

「―――――――――俺の今すべきこと、出来る事はそれだけしかないもんな」

 桜咲の懇願、奥歯を噛み締め返す。
 ―――――――――それでも、辛い。
 力が無いが故に、全てを守れず/力を持つが故に全てを守らなくてはならない。

「はい、お願いします。―――――衛宮さん」

 桜咲が先ほどまでの雰囲気を脱ぎ捨て、微笑む。
 だが、その顔には力が無い。
 きっと、俺も桜咲も沈んだ顔で笑い合っている事だろう。

「――――――――――――――――――――暗い」

 俺と桜咲が脳内で色々悶々としているのが不愉快なのか、大気を震わせ近衛が低く嘆いた。

「二人とも、暗すぎや! さっきから聞いとったらなんやん! 二人して陰険な顔で話し合って、今夜の事だって皆無事だったんやからそれでええやん! 何でそんな顔するん!?」

 がーと、一気に爆発する近衛。
 バンバンと机を叩きつけ、コレでもかとばかりに先ほどまでの空気をぶち壊す。
 可愛らしく、何処となくコミカルな空間が目の前に開ける。

「こ、このちゃん?」

 付き合いの長い桜咲でもこの反応が予想できなかったのか、近衛の豹変振りにオロオロしながら顔を引きつらせている。

「せっちゃんも衛宮君も一体どうしたん!?そんな暗い顔のままウチの事守るとか、街の皆を守るとか言われても不安なだけやんか!?」

 なんかもう止まりませんよ、このお嬢さん。
 俺にどうしろと?

「―――――――――――決めた!明日は三人でデートするえ!ガッコも休みやし、丁度ええやろ。覚悟しい、この陰険な空気ウチが全部うっちゃちゃる!!」

 ――――――――――ってなんでさ?





FATE/MISTIC LEEK
第二十話 三角遊戯 Ⅰ





「お待たせ~衛宮君。待ったかえ?」

「………おはようございます衛宮さん」

 例によって、俺の目の前には非常識なデカイ樹。
 時計の針が十時をさす前に、俺の後ろから対照的な声が聞こえた。

「いや、俺も今着たばかりだ」

 こんな台詞を言わなければならない辺り、今日は本当にデートなのかと考える。
 まあ、事実その通りな訳だけど。

「それに、今日は随分とお洒落さんなんだな」

 ただいま夏真っ盛り。
 太陽はギンギンに町を照らし、東京の夏とは正反対のカラッとした初夏を彩っている。
 目の前には真夏の太陽に負けじと夏を彩る美女二人。
 揃いのワンピースが眩しすぎる。

「近衛も桜咲も良く似合ってるぞ」

 それはいいんだが目のやり場に困る。
 季節は夏。当然、皆さん薄着になる訳で。

「そうか? お世辞でもうれしいなぁ~」

「……………どうも」

 近衛は素直に賛辞を受け取り、桜咲は照れているのか怒っているのかイマイチ読めない。何にしても、これからデート。
 しかも男一、女性ニ。

「どうしたん衛宮君? 急に難しい顔して」

 そして困った事に俺のお相手は厳しく見ても美人のお二人。
 アイツとしかデートした事の無い俺にしてみれば、考えられない事態である。エマージェンシー! 緊急時用マニュアルの手配を求む?

「なぁ近衛、今日は本当にデートするのか?」

 俺がびびっているのもあるが、昨晩は近衛が襲われているのだ。
 常識的に考えて危険すぎる。
 何処であの野郎の目が光っているか分からないのに。

「衛宮さんの言うと通りです。やはり危険ですよこのちゃん」

「だいじょうぶやん、今日は護衛が二人もついてるんよ? 襲われても平気や」

 襲われなれとるしね、と自慢げに舌を出し歩みを進め始めた近衛に俺と桜咲は慌てて彼女の背中を追う。

「それじゃどこ行く? 今日はせっちゃんと衛宮君の為にデートするんやで、二人は何処にいきたいん?」

 隣を見ると、桜咲も諦めたような顔してる。
 何が何でも近衛はデートするみたいだし、お姫様のご命令だ、やけっぱちで楽しもう。

「私は特に。衛宮さんはどうです」

「う~ん、俺、デートなんて一回しかした事ないし良く分からないぞ」

 アイツとのデートは参考にならない気がするしな。

「主体性が無いなぁ、二人とも。お昼まで時間在るし、ウィンドウショッピングでもしながら時間を潰すのがええか? はい決定、ほな行くで~」

 何が楽しいのか近衛はサッサと先陣を切って、商業エリアに歩みを進めて行った。

「はぁ、それじゃ行こうか桜咲」

 俺の横で口を空けている桜咲に声をかける。

「どうしたんだ? ぼうっとして?」

「っつ!? ああ、すみません。あんな楽しそうなお嬢様を見るのは久し振りでしたので」

 桜咲は少し幼く微笑んで駆け足で親友の背中を追った。

「なあ、それってロンドンに留学してるっていう友達と関係でもあるのか?」

 小走りで桜咲の後ろに追いつき尋ねる。

「ええ、このちゃんにとっても私にとってもあの人たちとの出会いは一番の思い出ですから」

 桜咲は目を瞑り、立ち止まる。
 何故だろう、その顔が笑顔にしか見えないのは。

「衛宮さんと一緒にいると何故だかあの時を思い出すんです、このちゃんも私も、ね」

 その笑顔が何を意味しているのか分からないけど、そんな笑顔を今日一日独り占めできたら俺も嬉しいぞ。

「衛宮君~何してるん!? 早く来ないと置いてくえ~!」

 それじゃ、今日一日その思い出とやらに付き合おうか。






「俺、デートをすると疲れてばっかだな」

 近衛お勧めの喫茶店の中、だらしなく椅子に腰掛け嘆く。
 あれから大体二時間ほどだろうか?
 本屋で料理本片手に近衛と日本食について語り合い。
 刀剣店にて桜咲と共に剣の品定めをしてみたり。
 ファンシーショップでお人形さんに囲まれ。
 人形遊びの如くとっかえひっかえ俺の洋服を選んで貰ったり。
 まあ、色々と商店を冷やかし時間を潰した。
 そしてとうとう男どもの嫉妬の視線に耐え切れなくなった俺はこうして喫茶店の中。

「それにしてもお嬢様、遅いですね」

「だな、アイツの注文したのって、こんなに時間かかるのか?」

 因みに、俺と桜咲は近衛が注文をしている間に席取り。
 どこかギクシャクした空気が中冷房の効きすぎた瀟洒な店内を覆っている。
 向かい合って木の香りの漂う机を囲む俺達はどこか孤独なマラソンランナーのよう。

「普段はこんなにかからない筈なのですが」

「そうなのか」

「遅いですね、このちゃん」

「そうだな」

「…………」

「…………」

 ヤバイ、会話が続かない。
 さっきの刀剣店の様に話題があれば別だが、俺は女の子と喫茶店でお喋りするスキルなど持ち合わせていない。
 昨日の事もあるし、ただいまライブで大ピンチ。
 一人悶々としていると、桜咲と目が合った。

「あの、衛宮さん。一つ聞いても良いでしょうか?」

 この空気に耐え切れなくなったのか、唐突に桜咲が口を開く。
 机の上で手をモジモジさせながら俯き加減に尋ねるその姿が、どうしようも無い位女の子らしくて、頬が緩んだ。

「ん? なにさ?」

 喜びを悟らせまいと普通に返す。
 辺りの喧騒を突然遠くに感じる錯覚、桜咲の瞳はどこか俺を悲しげに見ている。

「――――――――――衛宮さんはどうして魔術を?」

「っ! おい桜咲!? 人前でその単語はまずいって!!」

 思わず辺りを見回す。
 慌てる俺を尻目に、冷静そのもので桜咲は続ける。

「大丈夫ですよ、喫茶店の中とはいえ小声で話せば問題ありません」

 桜咲はそう言ってこちらに身を乗り出してきた。
 俗に言う、内緒話スタイルだ。
 机を挟んでお互い身を乗り出し、顔を近づけコショコショ話。

「――――――――――――って!? 近い! 近いって!?」

 桜咲も近衛も、自分が美人だって自覚しているのか?
 少なくとも俺は美人に大接近されれば、ドキドキする健全な男の子だぞ。

「せっちゃんも衛宮君も、仲良しやねぇ~、ウチお邪魔やったかな?」

「「―――――――――――――――――っっつ!?!?」」

 ここここ近衛!? いつの間に!?

「いや! あの? このちゃん!? コレは、違、―――――――!?」

「ええて、ええて、かわええもんな衛宮君」

 真っ赤になって弁明を試みる桜咲。
 新たなる恋の芽吹きと、訳の分からない事を頷きながら笑顔で席に着く桜咲の親友。

「近衛、あんまり桜咲を虐めるなよ」

 真っ赤になって今にも泣き出しそうな桜咲を一応フォロー。
 というか桜咲。お前も恥ずかしかったんならあんな真似するなよな。

「うふふ、良かったねせっちゃん。衛宮君、せっちゃんの事心配してくれとるよ」

「このちゃん!?!?!」

 なんか俺の発言により泥沼化していく桜咲、ついに真っ赤になって俯いてしまった。

「近衛…………」

「分かってるよ、衛宮君。それで魔術の話しやろ? ちょっとしたお茶目やんか。今遮音
の結界敷くから睨まんといて」

 自分の頭を軽く小突いて、ゴメンと謝る彼女。
 それと同時に喫茶店から俺たちの空間を囲う様に薄い膜が張られる錯覚。

「――――――――――っと、一応括ったよ。コレでお話し出来るやん」

 軽く微笑んで、近衛は各々が注文したサンドイッチとコーヒーをトレイより手渡していく。

「だな。それで、どうして俺が魔術を学んでいるか、だっけ?」

 こんなこと聞いてどうするんだ?
 疑問に思いながらコーヒーを一口、爽やかな苦味が口の中に広がる。

「そうです、何で衛宮さんは魔術を? こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、衛宮さんはとても魔術師には見えない。外来の魔術師は勿論の事、麻帆良の魔術師ともどこか雰囲気が違う」

「そうやね、ウチもそう思うわ。はじめて会うた時は麻帆良の魔術師さん見たいやと思っとったけど、それも違う感じやし、何で魔術師なんて習ってんのか気になるわ」

 二人の目は真剣に此方を捉える。
 辺りの空気が二人の心象を映し出し、効きすぎた冷房は俺を気遣う優しさと僅かの悲しみを運んでいる様に感じられた。
 こんな眼差しを向けられちゃ、はぐらかす訳にはいかないよな。

「はぁ、そんな面白いものじゃないぞ?言ってもいいけど、―――――笑うなよ」

 照れ隠しに、無理やり笑う。
 だというのに、二人の表情は真剣そのものだ。
 彼女達は瞳で頷き、先を促す。

「俺はさ、正義の味方になりたいんだ。そのために魔術を学んでる」

 口に出して思わず自嘲気味に口元が歪んだ。
 全てを救う正義の味方、馬鹿げている、そんなもの絶対に届かない。
 いや、人が届いたらいけない願いなんだと思う。
 それでも追いかけ続けるこの矛盾。
 決まっている、この願いを叶える事が俺の生きている確かな証。
 だから、追いかけるんだ。
 この決意だけが、アイツと残せた唯一つのものだから。

「笑えるだろ? この歳で正義の味方だ、笑って良いぞ」

 自分で言って、どんどん卑屈になる。

「………………」

「………………」

 長い沈黙が痛すぎる。
 気を使うぐらいなら、せめて笑ってやってくれ。

「おーい、桜咲、近衛。大丈夫か?」

 俺の言葉に焦点を取り戻し桜咲と近衛は二人で顔を見合わせてから、俺に向き直る。

「――――――――――――正義の味方、ですか」

 最初に口を開いたのは桜咲、安心した様な困った様な顔で俺に微笑む。
 目を瞑り、コーヒーカップを弄びながらどこかお姉さんじみた口調で澄ましている。

「らしいなぁ衛宮君、はまりすぎやんか」

 嬉しそうに桜咲の後に続き、心底楽しそうに微笑むのは近衛。
 サンドイッチを口に放り込み、安心したように体を揺らす。

「―――――――――笑わないのか?」

 なんでさ? 正義の味方だぞ? 何で二人とも納得したように笑ってるのさ?

「笑いませんよ。むしろこの三日間で衛宮さんの人となりに触れれば笑うことなど出来ません」

「そうやな、言われてみると今までの事とか全部納得やん。衛宮君が頑張り過ぎる理由とか」

 憑き物が剥がれた様に、サッパリとした笑顔で俺の疑問を完全否定。
 聞いた俺が馬鹿みたいじゃないか。

「それにしても、正義の味方かぁ~。この職業、衛宮君の為にあるんちゃう?」

 パクパクとサンドイッチを飲み込みながら近衛は桜咲に尋ねる。
 正義の味方は職業じゃないぞ。

「そうですね、衛宮さんらしいです」

 澄ました微笑を崩さず、こちらも返す。

「なんだよ、聞きたいのはコレだけか?」

 一体なんだったんだ、全く。
 俺はサンドイッチをかっ込み半眼で美人のツートップに尋ねる。

「そうですね、本当は衛宮さんが無理をする理由を遠まわしに聞きだそうと思って。ですがそのものズバリでしたね」

「そうやね、正義の味方見習いやもん、無理するなってゆうのが無理な話やわ」

 一睨みなど堪えた様子も無く、笑いあう二人。

「ふん、ないならサッサと食べて店出るぞ」

 俺の被害妄想か?なんか馬鹿にされている気がするのは。

「あ、ウチまだ聞きたい事があるんやけど、ええか」

 コーヒーもサンドイッチも食べ切り、手持ち無沙汰の近衛がなにやら怪しい笑顔で俺を見ている。
 嫌な予感が背中を焦がすが一応頷く。

「さっき衛宮君、“デートは一回しかしたこと無い”って言ってたやろ? ズバリ聞くけど、衛宮君、今彼女とかおるん?衛宮君、童顔やけどかっこええやん?今までの女性遍歴とかききたいなぁ~?」

 吹いた、それはもう盛大に。
 黒い液体が豪雨の如く。

「ななななななな、何でそんな事教えなくちゃならないんだ!?」

 今までの話しと何の関係も無いぞ!?

「ええ~気になるやん。せっちゃんもそうやろ?」

「私は、別に…………」

 きゃいきゃいはしゃぎながら、俺のほうを期待に満ちた目で見ないでくれ近衛。
 桜咲もなんか妙にこっちに注目しているし。
 どうして女の子はこの手の話しが好きなんだ?

「ねねね、どうなん衛宮君?」

 にじり寄る女の子1。
 なんか話さないとこの店から出られなさそうだし、少し昔話をしてみるか。
 アイツの事久し振りに思い出してみよう。

「分かったよ、それじゃ少しだけ、――――――――」

 輝く夜に出会った、美しすぎる運命の話を。




「――――――ってな感じかな。話せない事の方が多いけど、俺とアイツはこんな感じだった」

 ほんの少し胸が痛い。
 ――――――――やっぱり、未練なのかな。
 いや違う、アイツの事はもう振り返らない。
 そう決めただろ? 衛宮士郎。

「………ゴメン、衛宮君」

 俺が首を振ると、どこか寂しげに腕を抱え込み、近衛は場違いな言葉を紡いだ。

「何でさ?俺とアイツ、望んだモノが違っただけだぞ」

 アイツが思い出に変わる。
 悲しいけど、それが正しいことだから。

「嘘やん、そんなの。全部話してないのは分かるけど、それでもそれは嘘だって分かるよ。だったら衛宮君、そんな顔せえへんもん」

 言って、近衛は俯いてしまった。
 どんな顔、していたんだ、俺?
 なんだか悪いことしちまったな。

「大丈夫だって、そんなに気にしなくて。アイツの事に後悔なんてないよ、辛気臭い話は終了。ほら、デートの続きをするぞ」

 伝票を机より掠め取って、席を立つ。
 白けた雰囲気にしちまったし、せめて御代を持たなくては立つ瀬が無い。

「――――――――――――それこそ嘘ですよ、衛宮さん」

 誰かの聞こえない嘆きが、冷たい空気を伝いチクリと見知らぬ心臓を突いた。




 それからは何事もなくデートは終了。
 俺と桜咲のギスギスした関係もなくなったし、近衛発案の無理やりデートも、気分を入れ替えるのには最適だったな。

「さて、日も暮れて来た事だしそろそろ帰るか? 近衛、桜咲」

 昼間よりも多少過ごしやすい、夏の日暮れ、長い昼が終わりを告げる。

「そうやね、今日は充分楽しめたし帰ろうかせっちゃん?」

 にこやかに近衛は紅く染まる町並みに振り返る。

「―――――――――――――せっちゃん?」

 近衛の焦点を失った声に俺も桜咲の方を向く。
 見ると、彼女は薄暗く陰る細長い通路、路地裏を睨みつけていた。

「どうした、桜咲」

 只ならぬ気配が背筋より駆け上がる。
 ―――――――――――――この脳髄を蕩かす様な鉄の香りは。

「衛宮さん、―――――――血の臭いだ」

 駆け出す。
 桜咲が先頭、俺は近衛の手を引き警戒を怠らず跡に続く。
 死徒の気配は無い、奴が放つ腐った魂の臭いがしないから。

「―――――――――――――――――っつ!?」

 人の臭いが無い路地裏。
 驚く声は一体誰のモノだったのか、俺は反射的に近衛の目を覆う。

「…………これで八人目だよな」

 紅く匂う空間で、人だった物を直視する。
 腸が煮えくり返る、吸血鬼、人間を超えるってのはこういう事なのか。

「ええ、酷いものです」

 桜咲は死体から目をそらす。
 暗がりの路地裏に昆虫標本の如く貼り付けられた裸体。
 喉もとより魔剣で串刺しにされ、白い体はズタズタに刻まれている。

「近衛、タカミチさんに連絡出来るよな。そのまま下がってくれ」

 近衛は何も言わない。
 目を瞑ったまま反転、携帯電話を取り出し震える指で助けを呼ぶ。
 死体はまだ温かい、人の温もりでないその生ぬるさは否応にも其れが殺されて間もないものだと教えてくれる。

「直ぐにこっちに来てくれるって、其れまでにその子を、その………」

 頷いて、白い有機物より剣を引き抜く。崩れ落ちる肉塊。
 血の池に落ちたそれは、壊れた蛇口のように仄暗い血を吐き出す。
 魔術師上がりの吸血鬼だと聞いたが、この剣も奴の作品だった、中々によい出来の剣だ。
 初めて奴と対峙したとき感じた苛立ち、アイツは俺と同じものに惹かれている。
 それが俺の怒りを掻き立て、俺の頭を冷却する。
 どうやら俺は苛立ちが臨界点を超えると冷静になる性質らしい。
 
「……落ち着いているんですね」

 桜咲は未だ死体を直視出来ないでいた。
 退魔士といってもこのような人死にには縁が無かったのだろう。

「まあな、生憎とこれ以上の地獄を知っているんでね」

 慣れているんだ、と桜咲に返す。
 嘘だ。
 こんな地獄に慣れるわけが無い。
 は地獄を楽しむことが出来ても、慣れることなんて出来やしない。

「今までの犠牲者も、こんなフザケタやり方で?」

「いえ、確かにまともな殺し方でなかったのはそうですが、今回は特に酷い」

「なるほど、挑発って事か。血を吸った後はないし、完全に遊んでやがる」

 殺したい。
 こんな衝動、あの似非神父と殺しあって以来だ。

「すまない、遅れた」

 突然、路地裏に影が降ってきた。

「死体の隠匿は僕が行う。すまないね、辛かっただろう」

 無貌を崩さず、タカミチさんは死体を抱き上げ俺達に告げる。

「いえ、その子の事宜しくお願いします」

 自分の無力、そして人殺しを楽しんで行う吸血鬼に殺意を向け、近衛の手を引く。

 血溜りを抜け出す刹那。
 突き刺さるような死臭の中に、哀れむべき尊さを感じた。

「――――――それでは衛宮さん。今日はコレで、楽しかったですよ」

 日が落ちる、辺りが黒に塗り替えられていく。
 肌を伝う暑さはこんなにも不快だっていうのに。

「行くのか?」

「ええ、このちゃんの事守って上げて下さい」

「分かってるよ。桜咲の代わりに、――――だろ?」

 安心した様に頷く。
 自分の出来る事、今はそれをなすべきだ。
 だけど、心が軋む。
 桜咲は女の子なのに、なんでこいつが戦わなくちゃならない。
 俺は正義の味方を目指すのに、俺には奴を倒す力が無い。

「―――――せっちゃん、気おつけてな」

「はい、ちび刹那を預けておきますので、何か在ればすぐに駆けつけます。このちゃんも気を付けて」

 小柄な背中が遠のく、再び、――――――捻じれた夜が来る。



[946] 第二十一話 一刀大怒 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 10:55
Interval. / feathers.

 私は肌にまとわりつく汗を拭い、暗く灯る街頭の中、対峙する二つの影を注視する。
 腰に下げる夕凪が異様に重く感じるのは、あの二人の殺気に押されているからだろう。

「今夜で終わりにしましょうか、ご老体」

 無傷で佇む影は高畑先生、麻帆良が誇る練磨の魔術師。
 目にも留まらぬ拳撃に膝をつくのは昨晩の吸血鬼、ボロボロに打ち抜かれた外套が劣勢を明告に表していた。

「やれやれ、やはり、―――――――――“公”に力を借り受けているというのに、私では君に勝てんのかね?」

 厭らしく口元を歪ませ、ゆっくりと立ち上がる黒い布切れ。
 昨晩の雄雄しさは微塵も感じられないほどふらつき、高畑先生に嘲笑を投げる。
 その顔が私をこんなにも不安にさせる。
 夕刻の路地裏、明らかに此方を挑発した吸血鬼。
 案の定、奴は今夜私達の前に姿を現した。
 黒い侮蔑をその身に纏い、無骨な………剣、だろうか?
 赤いボロ布に包まれた何かを肩に下げ高畑先生に挑んだ。

「それは分かっていた事でしょう?」

 結果は目の前の通り。
 残酷なまでの殺意と共に一歩踏み出し高畑先生が告げる。
 同時に噴出す魔力と“気”。
 “気”。
 東洋に伝わる独自の魔術体系。
 魔術師は、自身がそこに存在しているという概念、生命力と言えるべき其れを、魔術回路という濾過器を通し魔力に生成、これを用いて魔術を行使する。

「ほう、まだそんな隠し玉があったのかね、君は本当に容赦が無いな。この死に損ないを葬るのにそんな力は必要ないぞ? 魔術師」

 其れに対して私達日本の退魔士、あるいは法術師達は魔力以外の力、“気”を用いて神秘を行使する。
 “気”は生命力を回路に通さずそのままエネルギーとして外界、内界に干渉させるものだ。ゆえに誰にでも習得可能だが、“気”によって行使できる異能は「概念強化」に限定される。腕に気を流せば腕力を、足なら脚力を、剣なら切れ味を、御札なら浄化能力を、速い話、気を用いて行使できるのは魔術では万能であり、極めるのが困難とされる「強化」の魔術だけなのだ。

「この力をご存知でしたか?“気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)”」

 呪文と共に高畑先生は魔力と気を合成させる。
 “咸卦法(かんかほう)”と呼ばれるそれはこの世界に使えるものが数えるほどしか存在しない超高難易度技法。魔力と気、本来相容れぬその力を自身の内と外に纏い強大な力を得る。

「私とて君の技術を目の当たりしたのは初めてだよ。いや若くして大したものだ」

 拍手という賛辞を持ってゆらりと死徒は握り締めていた剣を捨てる。
 あの力を前にして、何故あんなにも余裕を保てる?
 力の差が、高畑先生の力が分からないのか?

「最後にします。塵一つ、残しませんよ」

 高畑先生が嘆く言葉と共に、草臥れたポケットの中、拳を握る。

「―――――――怖いな。死ぬのは」

 心底残念そうに肩にかけたボロ絹を纏ったまま大刀を上段に構える黒衣の男。
 勝負は一瞬。
 互いの距離は三間。
 刹那にその距離は、殺意と共に緊張し、―――――――――――――。

「――――――豪殺・居合い拳――――――」

 圧倒的な力の咆哮が、怒号を纏い放たれる。
 ランクAの魔術に匹敵する一撃は、その一瞬。

「つまらぬ肉だが、今宵もその輝き、私に見せておくれ―――――――――」

 剣の赤布がほどかれる、現れる大太刀、遥か神代を駆けた古き魔剣。
 銘など知らぬ、だがその輝きに思わず心を奪われた。

「――――“一刀大怒(モラルタ)”――――」

Interval / Out





FATE/MISTIC LEEK
第二十一話 一刀大怒 Ⅱ





 雲の流れが速い。
 桜咲と近衛の自室、俺はそのベランダより切れ目の見えない厚い雲を睨みつけていた。

「大丈夫だよな、あの二人なら」

 今夜も桜咲とタカミチさんは深い深い夜の中。
 今の俺が二人の戦いに加わった所で、足手まといは明白。
 タカミチさんには勿論のこと、俺は桜咲にも敵わないだろう。

 ―――――――今は俺に出来る事をしなくちゃならない。

 正義の味方、皆を救うには今の俺じゃ余りに無力。
 ――――――――この街に来て、俺は変わった。
 俺の魔術で人は救えない。
 ――――――――この街に来て、俺は悟った。
 俺の力で人は守れない。

 魔術で人を救えず、力で人を守れない。
 今の俺は、理想を追うのにあまりに無力。

 ――――正義の味方になりたいんだ。そのために魔術を学んでる――――

「なあ切嗣。正義の味方って一体何なんだろうな?」

 切嗣は魔術をもって人を救った、今までそう思っていた。
 だけどそれは違う。
 俺を救ったのは衛宮切嗣。
 魔術でも正義の味方でもない、唯の人間、一人の父親。
 なら切嗣は、何で魔術を用いて正義の味方をはっていた?
 その力を、何のために振るっていたんだ?
 助けること、救うこと、守ることは全然違う。
 切嗣はどうして魔術を、――――――――――――

「―――――――衛宮君!!!」

「―――――――っつ!?!?」

 突然の乱入、近衛がただならぬ面持ちで俺の下へ駆け込んできた。
 何を馬鹿な事を考えている衛宮士郎。
 今お前のすべきことは桜咲の代わりにこの少女を守ることだ。

「どうした近衛?何があった!?」

「せっちゃんとの連絡が、ちび刹那との交信が途絶えてしもうた」

 震える体を締め付けて、近衛は言葉を選ぶ。

「せっちゃん、今戦かっとる。こっちの事に気が回らん位一杯一杯であの化け物と殺し合っとる!」

「――――――――っつ!」

 つまりそれは、タカミチさんが………やられた?
 あり得ない、あの人の力は本物だ。あの程度の吸血鬼に遅れをとる筈が無い。

「衛宮君!せっちゃんの所に行ってあげて!!」

「―――――――――――」

 桜咲に助太刀は必要なのか?
 昨日のように拮抗した戦況において俺の様な半人前に何が出来る?
 大丈夫だ、桜咲は強い。
 あんな奴にやられる筈ないじゃないか。

 ――――――――――――――本当にそれでいいのか、衛宮士郎。

「何で黙ってるん!? 衛宮君!」

 俺の魔術は、俺の力じゃあの吸血鬼には敵わない。
 下手に桜咲を助けに行くことは同じ鉄踏むことになりかねない。
 だから今俺がすべきことは、近衛を安全な場所に避難させること。
 桜咲が倒れれば、次に奴が狙うのは近衛だ。
 俺たちの居場所は奴にばれている、だから一刻も早く、―――――――――

 ――――――――――――――逃げる、のか?

「衛宮君!?」

 近衛の手を引いて玄関に向かう。
 そうだ、それが一番の選択だ。
 桜咲の願い、今は近衛を守ることを優先する。

 ――――――――――――――それは本当に?

「衛宮君!!」

「――――――――――っ痛!」

 軽快な音が響くと同時に右の頬に血が集まるのを感じた。
 どうやら近衛にビンタされたらしい。

「衛宮君、何考えているん?」

 近衛の瞳が真直ぐ俺を貫く。
 怒り、悲しみ、そして俺に対する困惑の念が彼女から毀れる。

「衛宮君は正義の味方なんやろ? どうしてせっちゃんを助けに行ってくれへんの?」

 ――――桜咲に頼まれた、アイツの代わりに近衛を守らないと。

「私のため? 違うよ、衛宮君。正義の味方って目標にどんな意味が在るかなんてウチは知らへんよ。だけど今の衛宮君は怖がってるだけやん! かっこつけてウジウジ悩んで、正義の味方に届かへんのを自分が無力だ~って認める事で逃げてるだけやんか!」

 近衛は俺の手を振り解き、涙を堪える。

「無力なのがなんなん!? 力がなくちゃ、正義の味方になれへんの!? 今の衛宮君みたいに、せっちゃんを見捨てて、それが最善だからって私を助けるのが正義の味方なん!?」

 ああそうだ、自身を見誤っては救える筈の命さえこの手から零れ落ちる。
 だから、逃げる/逃げない。
 だから、桜咲を切り捨てる/切り捨てない。
 違うだろ/そうだろ。

 俺が目指すものを思い出せ。

「そんなの正義の味方と違うやんか!正義の味方は皆を助けてくれるんやろ!? ウチも、せっちゃんも皆を守ってくれるんやろ!」

 全てを救う/全てを守る。
 無力でも例え力がなくとも。
 そんなこと、本当に出来るのか?

「力があるから皆を救うんやない! どんな時でも、どんなピンチだって何とかするから正義の味方はかっこええんやんか!」

 出来ないんじゃない、やらなきゃならないんだ。

「だから衛宮君は、ボロボロになってもかっこええんやんか!」

 ――――――――――だって、俺は正義の味方を目指すんだから。

「―――――――――――――――近衛」

 だから、迷うな。
 近衛を守る、桜咲も守る。
 全てを守るため剣を執れ。

「桜咲の居場所、分かるのか?」

 魔術で人は救えない、ああ知っている。

「――――――――――――――衛宮君」

 だから切嗣は銃を執った、全てを守るため泥だらけで、傷だらけで、その手を真っ赤に染めて、それでも守るため正義の味方を追い続けた。
 だから俺も守らなくちゃ、このフザケタ非日常(セカイ)から皆を守るんだ。

「うん、せっちゃんとはラインがつながっとるから分かるえ。商業エリアの丁度中心部や」

 涙を拭う近衛を見ないようドアに手をかける、悪いな切嗣、女の子泣かせちまった。
 正義の味方失格だ。

「行ってくる、それと近衛。サンキュウ」




Interval. / feathers.

 馬鹿な、一体何が起きた?

「ん~心地いいね」

 何故、あの吸血鬼が生きている?

「やはり最高位の幻想で肉を抉るの実にいい」

 何故、高畑先生が血塗れで倒れている。

「まあ雌で無いのが詰らぬが、コレも仕方あるまいて」

 何故、奴の剣はあんなにも尊く、美しい―――――――――――。

「驚いているね、いいよその顔、昨晩の贄を刻み損ねたのは残念だが君も良い。人と……ふむ、何かねこの臭い? 噂に聞いた混ざり物か……楽しみだよどんな味がするのかね」

 吸血鬼が私に視線を向けた。
 狭いモール街の中、人工的な光を受けて砂塵が光沢を放ち静かに辺りを包む。
 芝居がかった死徒の口調が下品な口臭さえ漂わせる様で、私の思考を苛立たせる。

「貴様」

 夕凪の柄に軽く手をそえ、姿勢を落とす。
 たったそれだけで、私の思考は水を撃ったかの様に冷却された。

「答えろ、貴様の武器。それは何だ?」

 高畑先生の必殺を“両断”した奴の大剣、“一刀大怒(モラルタ)”といったか?
 それがあの剣の銘なのだろうか?
 どちらにせよ、高畑先生の必殺を破ったのは死徒ではないあの剣だ。
 奴に似つかわしく無く、尊い誇りを放つあの大剣が私の最も警戒すべきもの。

「コレは私が吸血鬼になる前に蒐集した最高の一品でね。過去の英雄が振るった殺戮の証だよ。美しいだろ? 私はね生来剣に引かれ続けて来た、以前は魔術師というよりも刀剣、魔具の収集家といった方がいいかな? そんな時、“一刀大怒(モラルタ)”と出会ったのだ、心が壊れたかと思ったよ。これ程の輝きがこの世にあったなんて」

 モラルタと呼ばれた剣を愛しそうに撫で回し、吸血鬼の貌が悦楽に歪んでいく。
 奴の独白は謳うように、踊るように私の心を歪ませる。

「この剣と永遠に在りたい、この剣を振るえるだけの力が欲しい。その願いを叶えるために私は“公”を求め、吸血鬼になったんだ」

 快楽に狂った笑みで私を撫で回すかの様な目で私を一瞥し、不釣合いな剣を構える。

「最高だよ! 吸血鬼に成った後は贄を刻んで殺して喰らい続けた。するとどうだ!? 鮮血に剣が染まる、刃がやわい肉を抉り刻む、その瞬間こそ私の剣は輝きを増す!!」

 心臓の蠕動を抑えつけろ。
 私は奴に呼応するかの如く踝に力を込め、前を見据え。

「やはり、剣が輝くのは殺戮を成すその逡巡。君の様な麗しい贄を喰う時だ」

 ―――――――――――開始の合図もなく、奴に斬りかかった。

「下衆が、ここで斬り伏せる、――――――――――」

 一息で奴の懐に潜り込み一閃。
 これ以上奴の戯言に付き合うわけには行かない。
 高畑先生の出血量、アレまずい。
 一刻も早くこの場を離脱しなくては。

「そう焦るな、少し戯れよう」

 私の剣戟を軽口と共に避け、上段より愚鈍な一撃を見舞われた。
 笑止、この程度刃で受ける価値も無い。
 体を捻り、吸血鬼との距離を一定に保ち尚も奴を追撃する。
 奴と私の剣間はほぼ同じ、勝敗を分けるのは自身の技量のみ。

「――――――――――疾!」

 俊足抜刀の一薙ぎは、人外の出鱈目さを持って防がれる。
 不適に笑う黒い外套、人では振るえぬ強力を持って返す大剣が私を襲う。

「そら!」

 放たれた三撃は先ほどの比では無い。
 人外の速さ、力を持って放たれたそれは刃の激烈。
 まともに受ければ腕が死ぬ。まともに受ければ刃が折れる。
 だが、受けきれぬ筈が無い。
 技量の伴わぬ一撃などで私の剣を破れはしない。
 襲い来る、三つの刃。
 眉間、胴、肘を出鱈目に狙うその剣を、いなし、流し、躱し切る。
 刹那の間に刃を鞘に収め。

「神鳴流、―――――――斬岩剣」

 裂帛の踏み込みで放つ刃。再び間合いごと黒衣を斬る。

「いい一撃だ、それでもこの剣には届かぬがね」

 最高の機会を持って放たれた私の必殺はその輝きに阻まれた。
 岩をも断つはずの私の剣戟は、低い鉄の音色と共に防がれる。
 瞬間の驚愕、――――――それが、私の四肢から自由を奪う。

「ふん、――――――――ほら、必死に躱せ」

 この隙を見逃すほど、この敵は甘くない。
 暴風の様な乱撃が逃した好機と共に撃ち乱れる。
 
「―――――――――――く!?」

 果たして今の一撃は、幾つ目なのか?
 もはや数えるのを諦め、目の前の剣雨の様な連弾を必死に払う。
 奴と私の力は拮抗している。
 身体能力は奴が、技量は私が互いの優位を保っている。
 いや、奴の獲物が並みの武装ならば私の方が強い。
 だが戦況は圧倒的に死徒が優勢。
 私はこの敵に対して決め手に欠ける、否、確かに奴を屠る必殺はこの身が修めている。
 だがそれも、奴の必殺の前には分が悪い。
 必殺の撃ち合いになれば、私に勝機は無い。
 奴が私を侮る内に勝負を決めなくてはならない。
 だがどうやって?
 隙を窺い、奴がその刃を振るう前に吸血鬼を倒す。
 力が拮抗している以上現実的に不可能だ、だが他に方法があるのか?

「そら!―――――――こいつは受けきれるかな!?」

「――――――――――――――っち!?」

 まずい!?
 戦闘中に迷いを為すなど、なんて未熟。
 人外の一撃が激烈に脆い横腹を抉ろうと走る。

「――――――――――――くぁ!!?!?!」

 咄嗟の反射で手首を返し、夕凪を壁に脆弱な体を守りきる。

「痛ぅ、―――――――――」
 
 右手首を代償に、命を繋ぐ。
 だがそれも風前の灯、泳ぐ身体、中空に投げ出された私の身体は迫る追撃を受けられない。

「―――――――――――――よく粘った方だ」

 薄汚い黒衣に、尊い輝きが巻きつく。
 綺麗な刀身だ。
 それを振るう死徒は、さながら捩れたボロ雑巾のよう。
 ああ、この輝きに倒れるなら剣士としてそれも悪くは無い。

「さあ、鮮やかにこの剣を彩っておくれ」

 時が止まる。
 心残りは、このちゃんだ。
 だけど大丈夫、きっと出会ったばかりの正義の味方が守ってくれる。
 彼はそう約束してくれたんだから。
 だからだろうか?




「工程完了――――全投影連続層写(バレットクリア・ソードバレル・フルオープン)」




 彼の優しい声を幻視したのは。

「な!――――――――に、投影魔術か!?」

 私を守るように現れ、吸血鬼を囲むのは八つの刀身、コレは全て夕凪!?
 驚きも束の間、その全ては離脱を試みる吸血鬼に弾丸の如く放たれた。
 正しく剣雨。
 出会って初めて、奴が苛立つ貌を覗かせる。

「害虫が、――――――――やってくれる」

 数本の剣戟にその身を貫かれ怒りの形相で吸血鬼は唸る。

「――――――衛宮さん?」

 黒衣の視線の先、映える赤髪をなびかせ、正義の味方が立っていた。

「逃げるぞ桜咲、起きろ」

 私に視線を落とす事無く、吸血鬼を睨みつけ、彼はタカミチさんに駆け寄った。

「はは、逃げる!? 馬鹿を言うな。逃がすわけなかろう、害虫風情が調子に乗るな」

 さも不愉快だと言わんばかりに、吸血鬼は自身の獲物を担ぎ上げ笑う。
 その剣に逡巡を持って衛宮さんは視線を送った。

「――――――――――“一刀大怒(モラルタ)”、現存の宝具か。手前がタカミチさんを倒せたのはそう言うわけかよ」

 奥歯を噛み締め、タカミチさんを担ぎ上げた衛宮さんは一見しただけで奴の剣の名を看破した。

「――――――ほう、分かるのかね?この剣が?」

 衛宮さんは死徒の剣を悲しげな瞳で捉え、吸血鬼の問いに返す。

「まあな、ダーマットの振るった“一太刀で全てを倒す”魔剣、か」

「そこまで分かって、尚も私から逃げ切れると」

「ああ」

「言うね、君が相手にするのは宝具だよ」

「関係ないよ、それに、―――――」

 衛宮さんは吸血鬼の頭上を睨みつけ、

「“尊い幻想”、振るえるのがお前だけだと思うなよ? 凍結・解除(フリーズ・アウト)」

 奴の真上、商店の一角に、剣とは思えぬ弾丸を打ち込んだ。
 突然血を吐きふらつく衛宮さんはこちらに向き直り叫びを上げる。

「っつ、走れ!桜咲、―――――――――!」

 言葉と同時に、建物を補強していた魔術基盤が破戒された。

「馬鹿な!?―――――――宝具を投影だと!?」

 死徒の頭上、積み木の家の如く崩れる落ちる建築物。

 ―――――――私は、衛宮さんに手を取られ夜の街より逃避した。

 Interval. / Out.



[946] 第二十二話 心眼/正義の味方 
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 11:07
Interval. / .

「所長、時計塔から手紙が届いていますよ?」

 士郎君が事務所を休み始めて三日目。
 彼がいない分仕事は増えるし所長の機嫌は悪いしでもう最悪だ。恨むよ、士郎君。

「ほう、時計塔から? 珍しいな」

 どれ、と手を伸ばして、所長は手紙に目を通し始めた。

「ネエ、コクトー。トウコって封印指定を受けているから協会を逃亡しているんでしょ?なんでトウコに手紙が届くのよ?」

 居場所がばれているなら、捕まえに来れるんじゃない? と、最もな疑問を口にするイリヤちゃん。なんて答えればいいかなぁ?

「魔術協会って所も一枚岩じゃないからね、協会の汚れや、手出し出来ない事柄を処理するときに彼らは表立って動けないだろ? そうゆう厄介ごとを処理するためには、橙子さん達の様な「協会に関係の無い人物」が事に当って処理しなくちゃ手が廻らないんだ。だから、協会の一部の人間は橙子さんと水面下で繋がっているんだよ」

「ふ~ん、大人たちは大変なのね。結局、自身の暗部を隠すためには建前なんていらないのかしら?馬鹿みたい」

 随分キツイねイリヤちゃん。

「―――――――――――――――――」

 あれ? 所長の顔が凄いことになっている。

「どうかしたんですか? 所長」

「――――――――式。至急、麻帆良に行け」

 顔に焦りの色を浮かべ、ソファーで寝転がっている式にいきなり告げた。

「 ? ―――――何でだ、理由を言え。衛宮がどうかしたのかよ」

「ああ、不味い事になっている、衛宮が討伐に向かっている吸血鬼なんだがな、かなりの大物だったらしい」

「大物、――――強いのか?」

 式の顔が喜々を占める。

「ロンドンではこの吸血鬼の討伐に鮮花を派遣したらしいんだがね、奴が取り逃がすほどの相手だ。何でもこいつ、祖の眷属で現存の宝具を所持していたとの事だが、協会の爺ども、潜伏中の吸血鬼が宝具を所持しているという情報を麻帆良の魔術師に伝えていないらしい」

「ちょっと、所長!? 何で鮮花がそんな危険なことやってるんです? 聞いてないですよ!?」

「教えてないからな。それに鮮花は優秀だが新人だからね、大方時計塔の爺どもの嫌がらせだろう。私も時計塔に居た時はよく使われたよ」

「ねえ、トウコ、それで吸血鬼の宝具って何なの?」
 
「“一刀大怒(モラルタ)”。フィアナ騎士団の英雄ダーマット・オディナの所有した魔剣だ。マナナーン、もしくはブラフのアンガスが与えたとされているが真意は分からん。協会の見解では刀身部分に真名と共に魔力を流すことで“両断”の概念を可能な限り“強化”するというものらしい」

 不機嫌そうに、タバコに火をつけてイライラを募らせる所長。

「くそ、あそこにはあいつ等の置き土産が残っているから安心だと踏んだのが間違いだ。高畑の奴でも初見で宝具相手はきつい」

 士郎君のこと、大切なんですね。

「鮮花の奴が存在概念ごと右腕は「焼き尽くした」ということだがね、こいつは今の衛宮の手に余る、式、お前が行って片付けて来い」

「嫌だね。手負いの上に、鮮花の尻拭いかよ?そんな奴と殺し合っても萎えるだけだ」

「おい、式。聞いてなかったのか? 鮮花がてこずった程だぞ? 今の衛宮じゃ相手に成らん。何をふざけている? アイツが死ぬぞ」

 顔には出ていないものの、橙子さんは心配で心配で仕方が無い様子だ。
 愛されているなぁ、士郎君。

「橙子こそ何言ってんだ? 弟子を過保護にするのは構わないけどな、今の衛宮をちゃんと視てやれ」

「何を馬鹿な、衛宮は半人前の魔術師だぞ? それはお前も分かっているだろう?」

「知らないね、魔術の事なんて。橙子、宝具だか何だか知らないがな、そんなものにアイツは負けない」

 式は一つ息を吐いて、橙子さんを突き放す。

「―――――今の衛宮、“強いよ”。オレが、心の底から殺し合いたいくらい、ね」

 それで、僕達の話は終しまい。
 式にここまで言わせた男の子って、君が初めてなんだよ?
 少し妬けるね、――――正義の味方さん。

Interval. / Out.





FATE/MISTIC LEEK
第二十ニ話  心眼/正義の味方  





 暗がりの路地裏、一時的に逃げ切った俺達は息を堪えて状況の打開策を検討していた。

「それじゃ、近衛の所までタカミチさんを運べば助けられるんだな?」

 彼の応急処置を終えた桜咲に問いかける。

「はい、近乃香お嬢様ならそれも可能です。しかし、――」

 タカミチさんは呼吸こそ正常を保っているが、肩から袈裟に入った刀傷は深い、何時までもノンビリしてはいられない。

「分かってる、どちらかが奴を足止めしないとな」

 負傷したタカミチさんを抱え二人で逃げ切るのは不可能、冷たい現実が圧し掛かる。

「だから、俺が打ち合って時間を稼ぐ。その間に桜咲はタカミチさんを近衛の所へ、その後増援を呼ぶなり、単身で戻って来るなりしてアイツを倒そう」

 うん、今はこれがベストの選択だ。
 今は一刻を争う、悠長に二人で吸血鬼の相手をしていたらタカミチさんが危ない。
 しかし、俺の発言に不満の声を上げるのは桜咲だ。

「貴方は馬鹿ですか!? お嬢様の護衛を頼んだにも関らず、私を助けに来る! 血を吐きながらの魔術行使で私と高畑先生の逃げ道を作る! あまつさえ一人で奴と打ち合うなどと!? 奴の持つ未知の武器、貴方の技量、どう考えても昨夜の焼き直しは明白です! 死ぬ気ですか貴方は!? 残るなら私が、衛宮さん、助けてくれた事には感謝しますが今は高畑先生とお嬢様を! 何度でも言いますよ、今の貴方では時間稼ぎも出来ません」

 があーと怒りも顕に俺を叱りつける。
 夜の街に彼女に似合わぬ怒声が通る。
 昨晩はここで頷いたけどな、吹っ切れちまった大馬鹿者は強いんだぞ。

「駄目だ、残るなら俺じゃなきゃいけない。だってお前、右手首壊してるだろ?」

「―――――――――――っつ!?」

 狼狽の色を強めて彼女は庇うように右手を引いた。
 おいおい、気付いてないと思っているのか?

「それにな桜咲。俺は死ぬ気なんてこれっぽっちも無い。俺がお前を逃がすのは、それが奴を倒すのに必要だからだ。今はお前の回復が絶対必要なんだよ。俺じゃアイツを倒すのに決め手に欠けるし、そのお前が剣を振るえないんじゃ話しにならない。お前が近衛の所で回復に努めるのは勝利条件を満たす上で外せないんだ」

 そう、それは絶対。
 俺では奴を倒せない。
 俺に出来ることは、奴を倒すため、必殺の機会を創ること。

「しかし…………」

 尚も食い下がる桜咲。頑固すぎるぞ。

「俺の心配なら無用だよ、俺はあんな奴なんかに二度と負けない」

 先生の教えを刻み込め。
 近衛が教えてくれた事を思い出せ。

 ピンチにならない状況を創り出す/どんなピンチも切り抜ける。

 半人前の魔術師、衛宮士郎はピンチになってはならない。
 正義の味方見習い、衛宮士郎はピンチを乗り越えなくてはならない。
 全く、むちゃくちゃに勝手なこと言ってくれる。
 でもさ、叶えてみせるよ。両方とも。

「なんたって俺は、―――――――正義の味方を目指すんだから」

 夜に落ちた沈黙を俺の決意で塗り替える。
 陰気な夜は正義の味方の舞台じゃない。
 輝く夜空に塗り替えろ。
 正義の味方はいつだってかっこよくなきゃならないんだから。

「ふふ、そうでした。衛宮は正義の味方でしたね」

 俺の言葉に力強い微笑で彼女は頷く。
 やっと呼び捨てにしてくれたな。うん、そのほうがお前らしくてカッコいいぞ。

「では、この場は衛宮に任せます」

「ああ、任された。でもさ、なるべく早く戻って来いよな。流石に十分以上は辛いぞ」

 ああ、なんとも情けない。
 でも事実は事実、自分の限界は話しておかなくては。

「ええ、貴方の信頼、最大の力を持って答えます」

 俺の言葉を受け止め苦笑いしながら強い意志を持って返された。

 そして、――――――――

「もう、鬼ごっこは終わりかね?」

 ――――――黒衣の剣鬼は舞い降りた。

「そうだな、俺も逃げ回るのはいい加減飽きてきた所だ」

 努めて、冷静を装う。
 奴の身体にタカミチさんとの戦闘の後はない。
 ボロボロの外套をそのままに、殆ど癒えていた。
 あれが“復元呪詛”の力って奴か?

「そうか、それは結構」

 吸血鬼は火傷の痕が残る右腕で外套を靡かせ、“一刀大怒(モラルタ)”を執る。
 怒りを覚える程に奴とは不釣合いのいい剣だ。

「それでは、狩りを再開させようか、魔術師」

 満足げにモラルタを振りかざし俺たちに愉悦の笑いを振り回す。
 その目は自身の宝具で人を刻む快楽に浸っている。
 全長2メートル10センチ、刀身部分は鉛色に薄く輝きを纏い、全体の半分以上を占める真っ赤な柄はどこかランサーの槍を彷彿させる。
 対人戦闘よりも騎馬戦において効果を発揮するその武器。
 ファルクスと称されるその形状は、さしずめポールウェポン、日本における斬馬刀と言ったところか。
 青い槍兵と起源を同じくする英雄、ダーマットが振るえばその輝きはこんなものでは無いだろうに。

「だんまりかね? 女はそれもそそるがね、男は止めたまえ見苦しいだけだ」

 何が楽しいのか、俺たち、いや桜咲を嘗め回すように顔を歪ませる。

「月並みな台詞をどうも、その剣に見惚れていただけだよ」

 桜咲より一歩前に踏み出し、あの剣とまみえるべき剣を執る。

「―――――――――――投影、開始(トレース・オン)」

 両手に現れる、確かな重み。
 干将・莫耶、俺の信ずるべき誇りある幻想。
 赤レンガの町並みに月が差し込む、夜を遮る厚い雲に切れ目が走る。

「投影魔術。それも宝具を………先ほどといい貴様、何者だ」

 暗がりに風が吹く、頬を伝う汗が心地よい熱を帯びる。

「さあね」

 奴が干将・莫耶を眺めまわす、ほんと全身の血が沸騰しそうだ。
 英雄達が振るう最高の幻想を。

「―――――――“正義の味方”、かな?」

「ふざけたことを、―――――――――!」

 そんな目で、―――――――視るんじゃねぇ!!

「行け!桜咲」

 夜を走り出す三つの人影。

「ぬ、女を逃がすか。――――何を考えている?魔術師」

 俺の干将を軽く払い黒い影が俺に問う。

「―――――お前を倒す事だけだよ」

 迫り来る大刀を受け流し左の莫耶で弧を描く。

「フン、笑えない冗談だ」

 余裕で俺の剣戟を掻い潜り、更に速さを増す奴の剣。

「――――――っつ!」

 右、右、左真横払い、人間を超えた身体能力を駆使し剣の暴風が俺を襲う。
 まともに受ければ俺の身体は耐え切れない。
 ならば流し、いなしきる。
 剣技と呼べぬ攻勢ならば、俺にだって出来るはず。
 一息の三連斬を吸血鬼の刃に滑らせ剣群を掻い潜る。
 だがそれも束の間、新たな刃が苛烈に落ちる。

「どうした? 昨夜と同じく、もうついて来れんかね?」

 くそ! 舐めやがって。

「―――――フっ!」

 猛攻を何とか凌ぎきり、干将を下段より力の限り振り上げる。

「はは、中々!」

 虚しく大気を絶つ俺の一刀、まずい!?

「ほら!これはどうか!」

 脳天目掛けて捉えきれぬ、受けきれぬ一撃が刳りだされる。それを。

「―――――――――っちい!!」

 全身のバネを総動員して真横に飛び引く。

「ハっ、ハ、っつ、―――――」

 転げまわる俺の体、何とか奴の刃を無傷で躱し体を起こす。

「くくく、健闘するじゃないか?」

 くそ!
 桜咲の奴、良くこんな化け物と女の子の体で打ち合えたもんだ。
 痺れた手に力を込めて、呼吸を正す。
 落ち着け、闇雲に戦っても無駄死には必至。

「充分休んだかね?それでは行くよ、先ほどの贄を追わなければならないのでね」

 影が疾駆する。
 奴の攻撃は単調だ、式さんの其れとは比べるまでも無く、醜く単純。

「フン!!」

 力任せの一撃。
 昨日も奴の一撃は経験してる。
 なら、読みきれないはずが無い!

「―――――ハ!」

 激しい剣雨を自身の感覚を頼りに渾身の思いで捌きつつ、自己の中に埋没する。

「そらぁ! まだまだ行くぞ!」

 人外の一撃一撃が更に重みを増していく。

「―――――――っつ、く!?」

 腕が根元より軋みをあげだす脆い身体。
 持ってくれよ!!

「こ、のぉ!――――」

 反撃の狼煙を左の莫耶と共に突き出す。

「―――――――ぬ」

 だが俺の剣戟は吸血鬼のバックステップで軽く躱され、

「――――惜しいね」

 体を捻り俺の間合いの外より“一刀大怒”が振るわれる。だが、――――

「ああ、―――――惜しかった、な!!」

 間合いの外から切りかかるのは読んでるんだよ。
 真後ろに全力で飛び引き、干将・莫耶を力の限り投擲する。

「――――ぐぬ!?」

 俺の手から放たれた干将莫耶が奴の両肩に突き刺さった。
 奴を怯ませるには、――――充分!

「まだまだ!――――投影、開始!」

 転がる身体を弾ませ、大地を踏みしめる。
 空想を持って剣を鍛える、脳内にはファルシオン。
 一つで敵わぬならば、その十倍でどうだ。

「――――――――憑依経験、共感削除!」

 奴の顔が殺意に引きつる。
 人間風情と侮り嘲笑に染まっていた眼は怒りに満たされていた。
 突き刺さった干将莫耶もそのままに吸血鬼は刃を振りかざす。

「魔術師風情が!! やってくれる!」

 吸血鬼が俺の目論見に気付いたのか、“一刀大怒”に魔力を込める。
 まずい、奴の方が速い。奴の剣に対抗できる、何か!?

「――――――――仮定凍結、投影再開(バレット・フリーズ、トレース・オン)!」

 くそ!? 間に合え。

「――――――――っくう!投影、終了(トレース・オフ)!!」

 呪文の終了と共に全身を張り裂けそうな激痛が走る。
 人が振るうには大きすぎる刃が俺の手に現れる。
 奴が振るう“モラルタ”じゃない。
 ダーマットの振るう奇跡がこの手に現れた。
 ルールブレイカーの時もそうだが、今の俺じゃ干将莫耶以外の武器は真似られて四割。
 とてもじゃ無いが真名の開放なんて出来はしない。
 それでも、お前に英雄の誇りが宿るなら、――――――――

「――――“一刀大怒(モラルタ)”――――」

 ――――――――――――奴の一刀、耐え切ってみせろ!!
 互いに否定しあう真作と贋作、弾け爆ぜる大気の中で二つの刃が鬩ぎ合う。
 幻想の炸裂は俺の腕を、足を、胴を容赦なく削り取る。
 それでも、奴の剣だけには負けたくない。
 彼らを、宝具を振るう眩しすぎる英雄達を知る者として、奴だけには負けられない。

「――――――――――――――――――――」

 辺りに静寂が訪れる、先ほどまで焼けるように地上に咲いた剣の火花の跡はそこに無く。
 月明かりと、巻き上がる砂塵だけが世界を支配していた。

「いやいや、驚いてばかりだな」

 視界が晴れる。
 そこには、――――――夜を支配するかの様に佇む吸血鬼がいた。

「まさか私の剣まで作り出せるとは、全く君の魔術は凄まじい」

 残された強がりで、膝が落ちるのを耐え切った。
 ほんと、大したものだ。
 真作の一撃をまともに受けても俺の“贋作”には傷一つ無い。
 ―――――――お前も奴に振るわれる真作が許せなかったんだな。

「時計塔の魔術師でさえ、ここまで見事な投影は行えまい」

 使命を果たし夜に霞む贋作に告げる。
 ゴメン、俺の身体が限界だ。

「君の創った干将・莫耶、かね? 素晴らしいなこれほどの剣、視たことが無い」

 吸血鬼が俺の干将・莫耶を引き抜き弄ぶ。

「なんだ、消してしまうのかね? もっと見せておくれ、その剣に刻まれた殺戮の歴史を」

 勝手な事ばかり抜かしやがって。
 “尊い幻想”に刻まれた想いを、そんな言葉で貶めるんじゃねぇ。

「これだけの贋作を創るのだ、君も感じるだろう? 英雄達が奏でた、栄光と狂気の声が。素晴らしい、君は素晴らしいよ、こんな極東の地でまさか宝具に出会えるなんて!」

 ―――――ぶん殴りたい、なのに体が動かない。

「ああそうだ、君を“公”の眷属にしよう。今までそんなものに興味は無かったが、君なら話は別だ。それほどの投影魔術、他にも何か投影できるのだろう? 君ならば、彼らに劣らぬ騎士になれる。それほどの、魔術だ」

 人外との打ち合い。
 限界を超えた投影。
 衛宮士郎はそんなものに耐えられるほど頑丈に出来ていない。
 視界が狭まる、身体が沈む。
 これ以上戦えない。

「まだ動けるのだろぅ? さあ、次の宝具は一体なんだ? グラム? デュランダル? 何でもいいぞ、宝具という殺戮兵器、古の殺戮者が振るいし羅刹の業。イカレタ殺人者達の悦楽、その歴史を見せておくれ!」

 ―――――――――――――だって言うのに、アイツは何を言っているんだ?

「そら、死ぬ気で創れば、私に届くやもしれん!」

 撃鉄を叩き熾せ、――――――。
 お前は正義の味方、全てを守る、全てを救う。
 なら、アイツ等の誇りも守れなきゃ、嘘だろう?

「“尊い幻想”。その殺戮の願いを見せてみろ!」

 あの戦いで出逢った英雄達が殺戮者?
 そんな筈あるか、あいつ等は誰よりも何よりも尊く誇り高かった。
 ただイカレテ人を殺すお前と一緒にするんじゃねぇ。

「―――――――――――――――ふざけろ」

 誰よりも多くを殺して英雄になった/ああそうだ。
 誰よりも多くを傷つけて英雄になった/ああそうだ。
 誰よりも多くを切り捨てて英雄になった/ああそうだ。

 ―――――――――だけどアイツは、誰よりも傷ついて英雄になったんだ。

 奴は、触れちゃいけないものに手を出した。
 俺はアイツを知っているから、俺はあの戦いを知っているから。
  
「――――――――――アイツ等の輝き、手前なんかに穢させない」

 ギチギチと数多の剣達が俺の身体を縫い付ける。
 限界を超える魔力の装填に俺の回路が悲鳴を上げる。
 灼熱する血液、沸騰する脳髄。身体を食い破る痛覚を、怒りに身を任せ殺しきる。

 痛く、―――ない。
 この程度、遥か高みに至るアイツ等の痛みに比べるべくもない。

 身体が弾ける。痛みを振り切った愚直な瞳が、倒すべきどす黒い侮蔑を捕らえた。
 頭の中には使い慣れた二振り。
 さあ、お前らを貶めたあの外道に。

「――――――――――投影、開始」

 ――――――――――その輝きを見せてやれ!

「なんだ、またそれかね?ふう、どうやらそれ以上の宝具は創れない様だし、――――」

 黒い影が何か嘆いた。
 聞こえない。

「―――――――やはり、ここで死んで貰おう」

 凶刃が頭上より降る。
 単調な力任せの一撃、速い、見えない、それでも、――――

「―――――誰が、手前の一撃で」

 自身の経験より、その軌跡を読みきる。
 脳みそが溶け出す。その灼熱は発光と共にひだひだの裏側で弾け飛び、自身の思考は限界を超えて回転していく。
 残存魔力は殆ど無いも同じ。――――なら、今の俺に出来ることは何だ?

「―――――っぬ!?」

 奴の右手に飛び引き距離を取る。

「―――――――」

 思考を休めるな。
 奴を撃滅する為の手段、逆転の可能性を探し出せ。

 身体性能――――問題ない、まだ身体は動かせる。
 保有戦力――――投影は出来ても一度、必殺の機会を待つ。
 敵対戦力――――能力差は否めない、それでも数の上では互角。
 状況把握――――圧倒的に奴が優勢、―――――だけど、諦めない。
 地形要素――――理想的だ、奴の剣はこの地形で小回りが利かない。
 勝利条件――――決まってる、あいつをぶん殴る。

 敗北条件。

「――――そんなもの、正義の味方に在るはず無いだろ」

 どんなピンチにも陥らない、―――――こんなのピンチでも何でも無い。
 どんなピンチも乗り越える、―――――この程度、切り抜けて見せるさ。

「はは、来るかね!?」

 自身の経験を信じろ。
 拙い剣技、凡庸な才覚。
 それでもお前が見てきた戦いは、――――何よりも高みの戦場(いくさば)だ。

「―――――――――」

 行動予測、演算開始。

 凶刃が堕ちる。
 アーチャーの技は奴の剣より誇り高かった。

 捕らえきれぬ突きが降る。
 ランサーの槍は奴の剣より速かった。

 うねり狂うヤ刃が奔る。
 ライダーの短刀は奴の刃よりもしなやかだった。

 躱し切れぬ刃が薙ぐ。
 アサシンの刃は奴の剣より旨かった。

 非道な一撃を叩きつけられる。
 キャスターの理は奴の剣より狡猾だった。

 恐ろしい激烈が炸裂する。
 バーサーカーの力は奴の剣より恐ろしかった。
 
 醜い誇りが俺を切り裂く。
 アイツの剣は奴の剣より、―――――――――尊く、何よりも綺麗だったんだ。

 なら、目の前の剣を乗り越えなくては嘘だろう?

「そら! そら! そら! 先ほどからどうした? 受けるだけでは私は倒せんよ!?」

 無様な黒衣が何かのたまう。
 知ってるよ、俺はお前を倒せない。

「――――――――」

 だから、俺が戦うのは自分自身。
 俺が勝利するのは常にエミヤシロウだけだ。
 自身の経験、自身の予測を違う事無く実行する。ただ、それだけ。

「ぬ、下らぬ!」

 必殺の機会整った。

「ちい!ちょこまかと」

 さあ、覚悟しろ吸血鬼。
 
「また投擲かね!? 懲りないな君も」

 ―――――――――この輝き、屍(かばね)に刻め。

「は!――――――当らぬよ」

 第一刀、干将回避。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

 第二刀、莫耶回避。
       
「―――心技、泰山ニ至リ」

「はは、万策尽きたかね!?」

 まさか、アイツは必ず帰って来るさ。

「――――凍結、解除」

「またそれか、いい加減諦めろ!?」

「―――心技 黄河ヲ渡ル」

 倒れ伏す体を支えきる、まだだ、まだ俺はオレ自身に勝利しちゃいない。

「さあ、引導を渡してやろう!」

 言葉は信念、俺/オレはココに別たれる。

「―――唯名 別天ニ納メ。両雄、共ニ信ズルヲ叶ウ」

 俺はアイツと一緒に、信じた道を貫いたんだから。

「―――――――――な! 剣が」

 是、干将莫耶。

「だが!この程度で私を、―――――――っな、に!?!?!?」

 後は頼むぞ?

「衛宮の創った必殺の機会――――――――逃がしは」

「上空から!? 馬鹿な!? それがお前の!?」

「――――――――――しない!!!」

「っ貴様らぁ!!!!!!!」

「是、心眼也」

 ―――――――――――桜、ざ。



[946] 幕間 白羽の剣士 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 11:15
 夜の街を翔ける

 背中には醜い白羽の翼。
 月光を背に、白く輝く忌むべき“異能”。
 私の祖先は、古来より“鬼”と呼ばれる異端と交わり人とは相容れぬ力を得た。
 人に蔑まれ、疎まれる呪いの血印。
 だが、ソレも昔の話。
 この力を受け入れぬ、恐れる自分はもういない。
 四年前のあの出会いが、私を変えてくれた。
 だがそれでも、この姿は彼ら以外に見せたことは無かった。

「――――――――早く、急がなければ」

 烏族。
 本来鬼では無かった彼らは、その黒い翼と異能故に、人より蔑まれ、棲む場所を奪われ、その在りようが歪んでしまったモノ達。
 人との接触を絶った彼らは、長い時を経てその身を変質、人とは異なる化け物に成った。
 鬼に成れば後は簡単。
 人の望むまま人を喰らえばいい。
 簡単な話、彼らは加害者で在り被害者だ。
 鬼と成り果てた彼らはやがて力を求めた下賎な人間と交わった。
 それが始まり、私の祖先と成る“混血”の最初の一。
 私の中に眠る“異能”、なんてことは無い、唯空を飛ぶことが出来るだけ。
 ―――――――――異端で在るが故に、日常に溶け込めず。
 そして幸運な事に、私の中の“異端”の血は他の者より薄かったのだ。
 ―――――――――異端で無いが故に、非日常にも溶け込めない。

 宙ぶらりんの境界を誰にも理解されること無く唯歩き続ける。

 噂に聞く“紅赤朱”等には到底及ばない脆弱な血。
 本来黒で在るはずの“異能”は白く、儚い私の心を暴き出す。
 白い翼を持つが故に私は非日常に嫌われた。
 白い翼を持つが故に私は日常に嫌われた。
 ―――――――彼らに出会えてから、私の境界は無くなったのだろうか?

「―――――――――衛宮」

 正義の味方になると、迷いなく口にした赤毛の少年。
 魔術師の癖に純朴で真直ぐな同い年の男の子。
 ネギ先生と同じ、一生懸命でどこか放っておけない優しい人。
 きっと、衛宮もネギ先生と同じだ。
 非日常の世界にいながら、日常を大切に出来る人。

 彼は私の翼に何を思うのだろう?
 正義の味方。
 彼は、人に仇名す私に何を思うのだろう?
 人でもなく、鬼でもない。
 宙ぶらりんの、誰にも理解されることの無い私に、彼は何を思うのだろう?

 分からない、だけど是だけは確かな想い。

「―――――――死なせは、しない」

 ―――――俺はさ、正義の味方になりたいんだ――――――

 私は、救われたいのだろうか?





Interval / feathers.





 剣戟が聞こえる。
 静寂が、荒々しい剣の火花を運んでくれる。

「―――――――もう直ぐ」

 ―――――衛宮の所に辿り着く。
 そんな考えが、頭をよぎった瞬間ありえない光景が、見下ろす影の町に存在した。
 馬鹿な、人の身であの吸血鬼と互角に打ち合うだと!?

「――――そんなもの、正義の味方にあるはず無いだろ」

 衛宮の瞳に力が灯る。
 月明かりを背に受け、赤い騎士の空気が変わった。
 私とて、それなりの死線をくぐり抜け、数々の強者と斬りあった。
 なのに、その瞳に声を失った。

「はは、来るかね!?」

 黒い外套が、加速と共に剣を振り上げる。
 速い。
 唯の人間に、あの剣戟は受けきれない。
 迎撃のため腰を落とす衛宮、しかし、その瞳に敵など既に映っていなかった。
 一体何を見つめているのか? ワカラナイ、だが分かる。
 私の知る筈の無い強き武士の躍動、神代の時代ですら為しえぬ戦いを、衛宮の瞳は捉えていた。
 数々の強き兵と斬りあった?
 笑わせるな、衛宮の瞳に残る軌跡、知るはずの無い戦士達の輝きに比べれば、なんて酷薄。

「―――――――――」

 吸血鬼の剣雨が衛宮を薙ぎ払い、叩きつけ、突き抉る。
 そのどれもが必殺、人の体、人の反射では捕らえきれぬ必殺の数々。
 ソレを。

「――――――――」

 拙い剣技で凌ぎきる。頬を抉られ、肩を穿たれ、胎を裂かれて。しかし、その全ては致命傷になりえない。
 知っている、と。
 こんな物が必殺ではないと、真に振るわれるべき“必殺”はお前などでは届く筈が無いと、衛宮の剣戟が誇りと共に唱える。

 愚直な剣が唯月明かりの下、残光を翻す。

 剣の冴えなどそこには無く、
 閃くモノなど在りはしなかった。

 全て凡庸、されど―――――その全てが“必殺(英雄)”を知る輝きに満ちている。

「ぬ、下らぬ!」

 死徒が旋回運動と共に衛宮を捉える。
 下らぬものか、剣を執るものとして、その輝きは絶対だ。
 愚直で無様で在ろうとも、その輝きは目指すべき一つの真理。
 醜い貴様の剣戟で、衛宮の剣には届かない。
 一太刀で剣をいなし、衛宮が飛び引く。

「ちい!ちょこまかと」

 衛宮の体の限界は近い、彼のピンチに現実で私の思考が弾ける。
 助けなければ。

「また投擲かね!?懲りないな君も」

 私の体が、死徒に向けて引き絞られたその刹那。

(サンキュ、桜咲。もう少し待ってろよな、チャンスは創る。失敗するなよ?)

 ―――――――優しく、決意に満ちた正義の味方を幻視した。

「は!――――――当らぬよ」

 彼の渾身の投擲は虚しく死徒の影を裂く。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

 衛宮の内より声が毀れる。
 その瞳は不適に影を捉え、同時に。

「―――心技、泰山ニ至リ」

 ――――――――私への信頼に満ちている。

「はは、万策尽きたかね!?」

 まさか、衛宮の策を貴様などに読みきれるはずが無い。

「――――凍結、解除」

 言霊と共に現れる、黒白の中華刀。
 衛宮が信じる、二振りの夫婦剣。

「またそれか、いい加減諦めろ!?」

 違う。
 貴様には感じられないのか? あの剣が、その輝きを放つこの脈動を。

「―――心技 黄河ヲ渡ル」

 衛宮の体が沈む、助けに向かおうと、本能が体を動かす。
 駄目だ、衛宮は私を信じている。

 ―――――なんたって俺は、正義の味方を目指すんだから――――

 なら、私が彼に答えず、誰が彼を信じるのか?

「さあ、引導を渡してやろう!」

 衛宮は死に体、今なら赤子でさえ彼を切り伏せられるだろう。
 しかし。

「―――唯名 別天ニ納メ。両雄、共ニ信ズルヲ叶ウ」

 ―――――紡がれた信念と共に、衛宮の必殺は放たれた。
 彼の剣が命を持ち、地上に黒と白の月が光る。

 一閃、天の月を蹴り夜空を裂く私の白羽。

「―――――――――な! 剣が」

 驚愕に顔を醜く歪ませる吸血鬼、その不快な顔ごと。

「だが!この程度で私を、―――――――っな、に!?!?!?」

 夕凪に全霊の誇りを掲げ。

「衛宮の創った必殺の機会――――――――逃がしは、」

 渾身を持って、貴様を絶つ!!

「上空から!?馬鹿な!!?それがお前の、――――――!?」

 その身に受けよ。

「――――――――――しない!!!」

 神鳴る剣。

「っ貴様らぁ!!!!!!!」

「―――――――――真・雷光剣――――――――――」

 辺りを、包む迅雷の輝きが、凶つ人型を喰らい尽くす。
 塵すら残さず浄化された吸血鬼を一瞥し、羽を地に着け。

「――――――――――っ衛宮!」

 倒れ付した衛宮を抱え、再び輝く夜を抜けた。
                     



[946] 第二十三話 三角遊戯 Ⅱ
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 11:21
「知らない天井だ」

 強い日差しが目の裏を焦がすのを感じ、女性の香りが漂う部屋の中、俺は目を覚ました。
 冬木の自宅でもなく、狭いオンボロアパートでもなく、麻帆良で借り受けたログハウスでもない。一体ここは何処だ?

「冗談を言える元気が在れば大丈夫ですね、衛宮さん」

 ドアが開く音と共に俺の名前を呼ばれた。

「目を覚ましましたか? 良かった安心しましたよ」

 思わず毀れた溜め息を隠そうとしないで桜咲は俺に笑顔をくれた。
 身体を起こし彼女に尋ねる。

「桜咲? ここは?」

「私の部屋です。今このちゃんがお食事をお持ちするので、お待ちください」

 桜咲の部屋?
 言われて部屋を見回せば……ぬう、飾り気の無い部屋だ。
 しかし、俺は何だって桜咲のベッドで寝ていたんだ?

「どうしました? やはり気分が優れませんか?」

「ん、いや大丈夫」

 落ち着いた様子で俺の方に歩みを進め、桜咲はベッドに腰を下ろした。
 波打つように毛布が香る。
 そんな仕草が大人の女性を連想させて少し気恥ずかしい。

「それで衛宮さん。昨晩の傷はもう?」

 彼女は俺の身体を労わる様に視線を絡め零した。

「昨晩?」

 何故だか意識が混濁している、まだ夢の中にいるみたいだ。
 鈍く回転する脳みそに蜘蛛の巣が張られている

「 ? 覚えていないんですか?」

 少し驚いた様に身を引き、顔を傾げる彼女。

「ちょっと待て、今思い出す」

 ええ~と、昨日は桜咲たちとデートして、殺人現場を目撃して、近衛にビンタ貰ってそれから。

「―――――――――――っつ!? 桜咲!吸血鬼は!? タカミチさんはどうなった!」

 昨日のことが一気にフラッシュバック。
 タカミチさんの傷。
 吸血鬼。
 宝具“一刀大怒(モラルタ)”。
 それと■い………■?
 俺は混濁した思考をそのままに、桜咲に掴みかかり真相を問い詰めた。

「え、衛宮さん!?ち ょっ落ち着いて!?」

 微妙に上ずったイントネーションで桜咲は取り乱す。
 俺は彼女を押し倒さんばかりの勢いで迫った。
 そんな事構ってられるか、今は一刻も早く、――――――――

「ああーーーーーーー!?!? 衛宮君!? ウチのせっちゃんに何するん!?」

 ―――――――って近衛、何をそんなに怒っているんだ?
 ずばーん、と部屋のドアを壊さんばかりにやって来た怒声の主を顧みる。

「衛宮君がそんな人だとは思わんかった! いくらせっちゃんがかわええからて、それはいかん!」

 大仰に首を横に振った近衛はどこか納得したように、俺を人睨み。

「こ、このちゃん!? なに言ってるん!?」

「今助けたるよ! せっちゃんの純潔はウチが守ったる!」

 大慌てで俺の手を振り払い近衛に京都弁で必死に抗議する桜咲。
 もはや止める事が不可能なのか、半狂乱のすえとんでもない事を口走った近衛は手に持ったお盆を振りかぶり、――――

「何が正義の味方や!? 女の敵、―――――――――――天誅!」

 備え付けられた土鍋?らしき物ごと女の敵(仮称)にめがけて全力で投擲した。

「――――――――――――って、なんでさぁ~~~!?」





FATE/MISTIC LEEK
第二十三話 三角遊戯 Ⅱ





「―――――――――――近衛」

 冷水で身体を冷やした俺は不機嫌に畳が敷き詰められた純和風の居間に腰を下ろしている。

「あはは、そんなに怒らんといて衛宮君。ウチの早とちりやんか」

 とぼける様に乾いた笑いを浮かべた近衛を一つ睨み。
 途端にシュンと申し訳なさそうに彼女は身を潜めた。

「……まあ、俺も誤解されるような事したのがいけないんだけどさ」

 近衛の投擲した土鍋の中にはご丁寧に京風に調理された御粥がぐつぐつと詰まっていた。
 こちとら人間、当然そんなもの頭から被れば火傷をするわけで。

「そんなに睨なくてもいいやん。こうやって治療してあげとるんやし?」

 上目遣いに、自然治癒力向上の魔術を行使しながら俺を見上げる近衛。
 治れば良いってもんじゃないぞ、しっかり痛かったしな。

「衛宮さんも許してあげて下さい、このちゃんも悪気があった訳じゃないですから」

 困った様に親友の弁護を試みる桜咲。
 桜咲の発言に、近衛が天に昇りそうな瞳を向けている。
 まあ、いつまでも気にする事じゃないか。

「分かったよ。この事は保留、それで桜咲。昨日の事話してくれ」

 近衛の治癒魔術であらかた治った箇所をチェックし、桜咲に真剣に問いだす。
 俺の雰囲気を汲み取ってくれたのか、桜咲も近衛も真剣な面持ちで姿勢を正した。

「はい、先ずは衛宮さんにお礼を、貴方の活躍で無事吸血鬼を殲滅出来ました。本当に感謝しています」

 見事な正座で俺に頭を下げた桜咲、それに続いて近衛も軽く腰を曲げ、口を開いた。

「ウチからもお礼を言うね、せっちゃんの事守ってくれてありがとう」

「止めてくれ、俺は自分に出来る事をしただけだぞ」

 改まって、頭なんて下げられたら恥ずかしくて頭がどうにかなっちまう。

「それに、昨日の事あんまり覚えてないんだ。桜咲と分かれた後は吸血鬼の奴と必死になって斬りあって………」

 “一刀大怒(モラルタ)”を投影して、その後の記憶が曖昧だ。
 奴の一撃を食らって、フラフラになって。
 吸血鬼が気に食わない事を言いやがって、頭が真っ白になってそれで。

「…………どうなったんだ?」

 チラチラと脳みそが焼ける感覚。
 限界以上に脳でも酷使したのか、少し………頭痛がする?
 的を射ない俺の発言が意外なのか、桜咲も近衛も口をあけている。
 もしかして俺って、刃物を持つと人格が変わる危ない人なのかもしれない。

「本当に覚えてないんですか?衛宮さんが吸血鬼と互角に打ち合った事や、私との連携で奴を倒したことも?」

 先に口を開いたのは桜咲、よく分からないが困惑の色が隠しきれていない。

「う~ん、言われて見ればそんな気がしないでもないんだが、熱を持ったみたいに霞がかっているんだ。」

「それじゃ、せっちゃんの事とかも?」

 近衛が友を気遣う沈痛な面持ちで俺の瞳を捕らえている。
 嘘をつくなど許さないとばかりに、俺を射抜ぬく。

「桜咲? ああ! 俺がここで休んでいたって事は桜咲が奴を倒して、俺をここまで運んできてくれたって事だもんな、ありがとう桜咲、お礼を言うのが遅れたな」

 なるほど、さっきから桜咲がそわそわしているのはそう言う訳か。
 確かに、助けてくれた人に対してお礼を言わないのは間違っているよな。
 だけど、なにか、――――昨日の夜。吸血、鬼。

 ――――――――刹那、白い■を幻視した―――――――――

「――――――――――――――っつ!?」

 まさか、寝ぼけてるな、俺。頭を振って幻影をかき消す。
 何が気にかかるのか、桜咲は困惑する俺に疑心の眼差しを向けていた。

「いえ、何を勘違いしているのか知りませんが、その、衛宮さんは。私の、その」

 桜咲は踏ん切りのつかない面持ちで俺の顔色を窺う。
 一体どうしたんだ、桜咲の奴?

「まあええやんかせっちゃん、衛宮君、分かって無いみたいやしね」

 俺と桜咲で噛み合わない遣り取りに、笑みを零しながら近衛が遮った。

「ですが……」

「大丈夫や、せっちゃんはせっちゃんやもん、いつか衛宮君が気付いても、ありのままを
受け入れてくれるよ、今は離れ離れの皆みたいに、ね?」

 落ち着いた口調で桜咲を諌めた後、近衛は俺の方に信頼に満ちた目を向ける。

「 ? 何のことか知らないけどさ、俺は桜咲みたいな奴、好きだぞ。嫌いになるなんて在りえない、こんなことでいいなら幾らでも約束する」

 涼やかな空気が畳の上を流れた。
 まるで綺麗な翼が凪いでいるようだ。

「衛宮さん………」

「ほら、だからせっちゃん、気にすることないえ?」

 普段の雰囲気を取り戻した二人は本当に微笑ましく感じられた。
 この空気を壊すのは忍びないが、聞くべき事は聞いてしまわなくてはならない。

「それでさ、タカミチさんはどうなった?吸血鬼にやられた傷、かなり深かっただろ?」

 奴を殲滅したとはいえ、殺された犠牲者達は帰って来ない。
 苦虫を噛み潰した様な声色で俺は二人に尋ねた。

「それならば心配ありません、出血は酷かったですが流石は高畑先生です。咄嗟に急所を避けたようで、それほど大事には至りませんでした」

 だが、帰って来た響きは実に明るい物だった。

「そやね、せっちゃんが担ぎ込んできた時はもう駄目かと思うたけど、ウチもシッカリ治療したしもうピンピンしとるよ」

「そうか、――――――――安心したよ」

 本当に良かった。
 流石一線級の魔術師は違うな、初見で宝具の一撃に反応したのか。
 並みの人間だったら真名の発露と同時に肉塊になっている筈だぞ。

「でもこれで、俺の仕事は終わりか………」

 心配の種は全部片付いたし、今回の給料をゲットして帰路に着くだけ。
 ――――――四日間、色々在った。
 いろんな事が見えて、色んな事が分かって。
 正義の味方、遠すぎる理想の到達点に向けて、また小さい一歩を踏み出せた。
 救えなかった人たちもいたけれど、守れた命も確かに在る。
 全てを守る、その願いは未だ届かないけれど。
 今だけは、誇っても構わないよな?

「なんか安心したら、急にお腹が減って来たな」

 言葉と同時に流れた恥ずかしい音。
 節操無くストライキを起こす俺のお腹を抱え込み思わず口に出してしまった。

「それは嫌味やん、正義の味方さん?」

 先ほどの遣り取りを未だ気にしているのか、苦笑いしながら近衛は立ち上がる。
 いや、そんな心算はないぞ。

「ふふ、少しお待ちください衛宮さん」

 言って、桜咲も立ち上がる。
 どうやら彼女は近衛の手伝いをするようだ。
 うん、だったら俺も。

「よし! 俺も作るぞ! 仕事も終わったし、今日ぐらい羽目をはずしても構わないだろ?」

「あ、ええねそれ!せっかくやもん、お昼だけどパーティー料理を作って三人で食べよ」

 俺の提案にノリノリの近衛、正面には既にエプロンが装着されている。

「ええ、衛宮さんのお別れ会も兼ねてそれも良いでしょう」

 喜ぶ近衛に視線を送り、桜咲は目を細めた。
 桜咲は台所より男物のエプロンを持ってきて俺に手渡した。

「よし! 決まりだな」

 いい機会だし、近衛のクッキングスキルを解析してやる。
 今も刻一刻と腕を上げているであろう冬木の弟子一号に負けないためにも、新境地を開拓しなくては。

「ああ、衛宮さん一つ言い忘れていました」

 腕まくりをしながら近衛の背中に続く桜咲が俺に振り返る。

「今日の六時、長が学園長室でお待ちです。衛宮さんの仕事はこれで本当に終わりですね」

 気のせいだろうか?
 近衛も桜咲も残念そうに笑って台所をあさり始めた。

「そっか、了解した。今日の六時だな」

「はい、忘れないで下さいね。まあお給料が必要ないのならそれも良いですが」

 先ほどの空気を払拭するように桜咲は冗談めかせて笑う。

「衛宮君は正義の味方やもん、お給料なんていらないんちゃう?」

 それに続いたのは近衛、くすくすと笑みを零しながら包丁を握っている。

「おいおい、正義の味方が職業だって言ったのは誰だよ?」

 苦笑いしながら俺も近衛の横で包丁を取る。
 今日でこの街とも一時のお別れ。
 さあ、最後の朝をお姫様達と過ごそうか?



[946] 第二十四話 日常境界 了
Name: Mrサンダル
Date: 2007/02/03 11:26
「―――――――衛宮士郎、参りました」

 空がゆるりと黒に染まり始めた夕刻。
 清々しい夏の空気を吸い込み、学園長室と記された木の札が垂れる荘厳な扉の前、俺は緊張しながら門を叩いた。
 俺の斜め後ろに控えた桜咲は俺の態度が可笑しいのか、くすくす笑いを堪えている。

「そんなに緊張なさらずに。学園長も今回の件については衛宮さんに感謝していましたよ」

 とは言っても緊張してしまう。
 俺は魔術関連の仕事を請け負ったのはこれが初めてなのだ。
 俺の働き、魔術師としての俺が始めて他の魔術師に評価される瞬間。
 少しばかり肩に力が入るのも仕方が無い。

「―――――――――――衛宮君か?待っておった」

 しゃがれた老人の声色が扉より帰って来た。
 入室を許可された俺は、軋む扉に手をかけ麻帆良での総決算の場へと足を踏み入れた。

「―――――――――失礼します」





FATE/MISTIC LEEK
第二十四話 日常境界 了





「衛宮君、桜咲君、今回の君の働き大した物だ。よくやってくれたのぉ」

 皮しかない細い顎を撫で付けながら、日本魔術協会長は第一声で俺たちを労った。
 素直に頭を下げる桜咲に習い、俺も長の正面で腰を曲げた。

「今回の吸血鬼、報告はタカミチ君より受けておるよ。彼の死徒二十七祖、その十七位に身を置くTrhvmn Ortenrosse(トラフィム・オーテンロッゼ)の眷属だったとはの」

 やれやれと肩を目に見えて垂らし、疲れきった声で老人は続けた。

「おまけに宝具かね? これだけの情報を時計塔は伏せておったとわ、ワシ達の不仲もココに極まっておるのぉ、なんとも嘆かわしいことだ」

 老人の顔は変わらないが、漂う空気は長の気持ちに呼応している。
 困惑と苛立ちが、俺や桜咲に痛いほど感じられた。

「まぁ、何にしても、吸血鬼は殲滅できたのは喜ばしい事だがのぉ」

 冷たい空気を払拭するような明るい声で長は居直り、懐の中から一つの茶封筒を取り出しながら長は告げた。

「さて、お待ちかねの報酬じゃよ衛宮君。受け取ってくれ」

 ああ、これでこれからの生活も安泰、安泰。
 俺は喜びを隠しつつ一歩踏み出し、其れを受け取った。

「――――――――――――――――――――」

 あの、めちゃめちゃに重たいんですけど。

「 ? どうかしたかね?今回は気持ち程度じゃが多少上乗せさせて貰ったよ」
俺の顔が歪んだのが気になったのか、長は訝しげに俺の顔色を窺っている。

「いや、あの。これはいくらなんでも?」

 この茶封筒、手から落とせば間違いなく“どさっ”って感じで床に落ちるぞ。
 四日間の護衛と吸血鬼を殲滅しただけで、これは異常じゃないか?

「そうかね? 魔術師たちの相場では今回の仕事は五百万円位が適当だと思ったのだが、少なかったかね?」

 なんですと?
 ごひゃくまんえん?
 俺は失礼なのを承知で思わず茶封筒の中身を確認した。

「ゆきちさんがごひゃくにん」

 なんてこった。サラリーマンの年給とトントン位の札束を俺は今握っているのか?
 これだけあれば、買いたかったテレビショッピングの万能包丁がヒイ、フウ、ミイ。

「―――――――――ではなくて、貰いすぎでは?」

 現実に戻って来た俺は目を丸くして老魔術師に尋ねた。
 後ろで桜咲が笑いを堪えているのはこの際無視する。

「ほほほほほほ、そんなことは無いぞ衛宮君。桜咲君からも吸血鬼の殲滅が出来たのは君の働きによるところが大きいと聞いておるし、受け取ってくれ」

 長は笑いを隠そうともせずに、俺に言葉を投げかける。
 なんか、お小遣いを上げるお爺ちゃんみたいだな。

「衛宮さん、受け取ってあげて下さい」

 狼狽する俺の肩に手を乗せ、桜咲は困ったように笑みを浮かべ長の言葉を継ぎ足した。

「其れは学園長のお気持ちですよ。お孫さんを、木乃香お嬢様を守ってくれたお礼です」

 俺の抵抗など無意味な様相で優しい笑顔を送る彼女。
 まったく、その笑顔を見せられたら、俺の抵抗が馬鹿みたいじゃないか。

「分かりました。このお金はありがたく頂かせてもらいます」

「そうか、ありがとう、衛宮君」

 満足げに椅子を引く長は無表情の中にシッカリとした感情があるように感じられた。
 だけど、俺の意思も通させてもらいますよ。

「ただし、これはやっぱり貰いすぎですから、俺の“借り”にさせて貰います」

 ちょっとカッコをつけて、いや、照れ隠しに俺は伝えた。

「衛宮さん?」

 俺の後ろ、恐らく不思議そうな顔で俺を眺めているだろう桜咲にも聞こえるように、少し大きな声で俺は告げる。

「もし、また麻帆良の街に何らかの脅威が迫った時は俺にも手伝わせて下さい。この借りはその時にお返しします」

 最後に、最大級の感謝を込めて老魔術師に敬意を表しこの部屋を後にする。
 荘厳に整えられた部屋を僅かに視界にいれ、日の落ちた円居に帰るためドアに手をかけた。

「――――――――――――“衛宮”。最後に、老人の我侭を“もう一度”、聞いてみる気はあるかね?」

 俺の名を、いや違う、俺の知っている“衛宮”の名を刻まれた。
 瞬間のうちにドアノブにかけるはずの手を静止させ、俺は振り返らずに長の言葉を待った。

「君の願いも、ワシ達と同じ筈じゃろ? 麻帆良の魔術師として、君の魔術を世の為に振るってくれないかの?」

 老人の瞳は誰を捕らえているのだろうか?
 俺は、懐かしい誰かの残り香がこの部屋に満ちている様に感じられた。

 ああ、切嗣ならかつてこの地を踏みしめた事が在るのかもしれない。
 魔術を用いて、正義の味方を目指した切嗣。
 魔術を用いて、人を助ける、救おうとする麻帆良の思想は近しい物だろう。

 だけど、その願いは全く違うモノなんだ。

「―――――――――――――その質問、切嗣にも?」

 長は答えない。
 僅かな沈黙を俺は肯定と受け取り、振り返った。

「答えなんて、――――――――決まっています」

 その願いには頷けない。

「―――――――――――俺は、いえ、俺も」

 正義の味方を目指すから。

「――――――――言わんでも良い。すまないのぉ、無粋な事を聞いてしまった。忘れてくれ、所詮は老人の戯言じゃ」

 厳粛な笑いを噛み殺し、老魔術師は悟る様に目を閉じた。

「桜咲君、彼を送ってあげてくれ。とんでもない自惚れ屋じゃが、彼がこの街を守ってくれた事には変わりない、粗相の無い様にのぉ」
 
 皮肉げに口を歪ませた老魔術師の貌は、先ほどよりも若々しく感じられた。
 なら、その皮肉に俺も答えさせて貰いますよ?

「よく言うよ、爺さん。アンタだって俺に負けない位のエゴイストだろうに」

 瞬間、カチリと。
 俺の言葉が古びた誰かの願いと重なる感覚。

「ほほ、違いない。こればっかりは歳を食っても治らんかったのぅ」

「何を馬鹿な、死んだところで治りゃしないよ。そんなのお互い承知の上だろう?」

 誰かを救う、誰かを守る。
 結局、これもちっぽけな誰かの願い。
 全てを救おうが、全てを守ろうが。
 信じる誓いはいつだって、唯一つしかないんだから。
 交わる事なんて、あるわけが無い。

「ふん、本当に治らんとはな。大した物だ。のう? 衛宮」

 心底楽しそうに誰かの背中を俯瞰する老人。
 ああ、その背中はいつだってカッコ良かったよな、なんたって正義の味方だ。

「それはそうだろ? 俺の理想は何よりも綺麗なんだ」

 偽者の俺が何より誇れる綺麗な願い。
 爺さんの理想も綺麗だけど、俺は切嗣の道を目指すんだ。

「――――かかかか、逃げ口上まで同じとは不愉快極まり無いのぉ」

 言葉とは裏腹に、老人の笑い声は遥か過去まで遡る。
 優しいご老体もいいけどさ、その方が味がある。

「すぐに出て行くさ。俺が借りを返すまで、精々長生きしてくれよ」

 俺らしくも無いやり取りの末、切嗣の皮を脱ぎ捨てる。
 何だろうな、この感覚。嬉しい、かな?
 まだ、切嗣の事を知っている人がいてくれて。

「それでは衛宮さん、駅までお見送りいたします」

 俺と長の掛け合いを不思議に感じているのだろう。
 キョトンと、目を丸めながら桜咲が扉を引いてくれた。

「ありがとう、桜咲」

 振り返る必要は無い、きっと老魔術師の紡ぐ言葉は一つしか無い。
 過去との境界は音も無く閉ざされた。
 残された一つの願いは、きっと。

「――――――――よく言うわ、ワシより先に逝きおって」

 この言葉で終わるのだから。






「サンキュウ、桜咲、それと近衛も」

 時刻は夜の八時。
 吸血鬼事件も解決し、駅の構内はいつかの夜とは正反対の賑わいを見せていた。
 旅行に向かう家族連れ。
 都心より帰って来たのか、学生の団体。
 このクソ暑い中でベタベタするカップル。
 俺が今、視界に納める日常(セカイ)がこの街の真実。
 頭一つ高い位置に建築されたこの駅からは俺が駆け回った町並みを一望できた。
 俺が知らなかった麻帆良の町並みが、夜の星たちに負けじと地上に星を散りばめている。

「ええよ、せっかく知り合ったんやし、見送りに来るのが当たり前やん」

「はい、衛宮さんとは色々在りましたし、とても今日を含め四日の付き合いとは思えません。親しくなった方を見送るのは当然です」

 街の輝きを背に、俺を見送る二人の人影は言葉を預けた。
 そうだなぁ、確かにこいつ等と知り合って四日しか経ってないのか。
 随分濃い四日間だった。
 死にそうになったのは一度や二度じゃなったけど、楽しかったのかな?

「どないしたん、衛宮君? 急に面白い顔して」

 式さんの時もだけど、俺、真面目な顔をしている心算なんですが? 近衛嬢。

「具合が宜しく無いのでしょうか?」

「なんでも無い、忘れてくれ、――――っと、そろそろ電車が来るな」

 時刻表を確かめ時計を顧みる。
 うん、この時間なら伽藍の堂に皆残っているだろ。
 お土産も買ったし、帰ったら普段の様にお茶でもするかな?

「やはり、帰る場所が在るのは良いことですね」

 俺が手元のお土産を確認する仕草をどの様に捕らえたのか、突然、桜咲はそんな事を零した。

「 ? どうしたんだ、桜咲」

 思わず顔を上げて、彼女の瞳を窺った。
 絡んだ視線は、次の瞬間解けて消えてしまった。
 疑問に思って近衛に向き直ると、彼女も桜咲の言葉に俯いている。

「いえ、何でも在りません。失言でした」

 明るい顔で桜咲が顔を上げると同時に、甲高い電子音と共に都心行きの客車が滑り込んできた。

「―――――電車も来たし、それじゃ、また会おうな」

 何か煮え切らないが、俺は一応納得し、殆ど無い荷物を担ぎ上げ彼女達に一言。

「うん、妹さん連れてくるの楽しみにしとるよ」

 気さくに手を振る近衛に合わせ俺も軽く手をかざす。
 桜咲にも目配せし、彼女達より離れる。

「―――――――――――あの、衛宮さん」

 小さく、だけどハッキリと桜咲は電車に向かう俺を呼び止めた。

「ん? なにさ?」

 鉄の箱より彼女を顧みて答える。

「もし、もし私が人とは違う、人とは異なる化け物だったとしたら貴方はどうしますか?」

「―――――――――――なんでさ? 質問の意味が分からないぞ?」

 出会って間もないけれど、桜咲のこんな辛そうな顔、初めてみた。
 何にしろ、例え話にしても突拍子過ぎるぞ?

「―――――――――衛宮君」

 困惑する俺に真摯な視線を送るのは近衛、何なんだよ一体?
 電車出ちまうぞ?

「―――――――――――あー、よく分からないけど、関係ないぞ?おんなじ事繰り返すけど、桜咲が化け物だろうが何だろうが、俺は桜咲のこと好きだし、何より」

 二度目の電子音がプラットホーム内に響き渡る。
 夏の臭いは空に届かんと澄み切り、溶け出す肌に心地よい夜風がそよぐ。
 桜咲の瞳の漆黒が風を受けて輝き始め、近衛の髪が星へと流れる。
 俺の言葉は、彼女達に届くのだろうか?

 決まっている、これだけロマンチックな夜なんだ。
 神様だって俺の言葉を届けてくれる。
 だから、言わないと、――――――――。

「―――――――俺は、“全てを救う正義の味方”だからさ」
 
 嘆く言葉は夜に融け、鉄の箱は虚ろな故郷へと走り出す。
 せめて、振り返る彼女達の瞳が幸せでいられるように。

「――――――――――帰ろう。俺の日常へ」

 夜空に霞む、洒落た神秘の都を流し見る。
 霞む視界が開けたときには、尊ぶべき日常に帰れますように。

 馬鹿みたいな言葉は、大気を震わすことなく闇へと落ちた。
 



[946] First Epilogue 運命/境界
Name: Mrサンダル
Date: 2006/04/08 02:19
「―――――――――――まったく、皆騒ぎすぎだよな」

夏の夜風に当たりながら、火照った身体を落ち着ける。
麻帆良で見た月よりも、見上げる夜空が近い錯覚。
冬木で見つめる月の世界に、今の俺は何を思うのだろうか?

「―――――――士郎君が無事に帰って来たからね、嬉しかったんだよ」
伽藍の堂の屋上。
式さんと先生は未だ飲み比べ大会満員御礼開催中。
騒ぎ疲れたイリヤを寝かしつけた幹也さんが、ひょっこり現れ俺と同じように月を探しにやって来た。
隣に控えた黒い人影が何よりも普遍的な存在に感じられたのはきっと気のせいだ。
幹也さんは“普通の人”なんだから。

「士郎君は麻帆良で何を見てきたのかな?」
やや語気を強めて、幹也さんは穏やかな疑問の言葉を夜の闇に放り投げた。

「―――――――――何故ですか?」
俺に対しての質問では無いのだろうか?
幹也さんは夜から目を外さない。

「うん、どこか四日前と雰囲気が違うと思ってね。男子三日会わざれば活目して見よってよく言うけど、ちょっと実感しているのさ」
僕も歳かなぁ、なんて恥ずかしげに首の付け根をぽりぽりと掻く仕草は、言葉とは裏腹に幼さを証明している。
そんな彼の言葉に俺は偽り無く返した。

「そうですね、麻帆良の街でも色々なモノが視えました」
正義の味方、神秘、守ること救うこと。
桜咲や近衛に出会って、切嗣の足跡を縫い付けて。
半年前とは比べようも無く、俺は変わった。

「冬木の街を出た。たったそれだけで、俺の世界はこんなにも広がりましたから」

かつて世界を駆けた正義の味方、どれだけの矛盾を、どれだけの幸せを、どれだけの不幸をその眼に刻んだのだろうか?

「そうだね、人間はたったそれだけで変わることが出来る。だけど、君の願いはいつまでも変わることは無いのかい?」

違える事無く、俺を射抜く黒い天秤。
全てにおける普遍の指針が極一の願いを、否定する。

「ええ、全てを救う正義の味方。これだけは変わりません」

俺だって馬鹿じゃない、この願いは絶対に叶わない、叶えてはいけない願い。
だって、―――――――――。

「全てを救う、普遍的な幸福・・・・・・・・・それは、全てが否定された世界なのに、かい?」

幸福だけで満たされた世界/不幸だけで満たされた世界。
結局は同じだ。
極一、無限であるが故にそんな世界はオレと同じガランドウ。
全てがある故に何も無い世界。
俺の願いは世界征服なんてモノより性質が悪い。
それでも、――――――――。

「ええ、きっと永遠に、―――――――――――」

俺の願いは変わらない。

「そっか、正義の味方が悪の親玉なんて、テレビドラマは酷いよね」

静かな微笑が幹也さんの欠けた瞳より零れる。

「まったくです」

瞳を閉じて、俺も笑って返す。
夏の夜空に輝く風が満ちていく。
お互いに目配り、黒の人影と合わせる様に月を仰ぐ。

「―――――やっぱり、皆を幸せにするのは“最後の魔法”かな」

不意に、月に映る黒い人影が心にも無い事を笑顔で零した。

「まさか、そんなものじゃ足りませんよ」

「士郎君も、そう思うかい?」

「ええ、だって、――――――――――――」

人を幸せに、人を救うのに魔術でも、科学でも、ましてや魔法でだって届きゃしない。

「俺たちを救うのは、“人”って言うちっぽけな奇跡だけなんだ」

かつて俺を救った正義の味方がいたように。
かつて俺を救った最愛の剣がいたように。

彼らに出会えた、その奇跡が俺をこんなにも満たしてくれる。

誰かを守るのは、誰かを救うのはきっと、――――――――。

「信ずべき誰かに、―――――――――――愛すべき誰かに、出会えた時だから」

見上げる月世界は遥か夜の円居の彼方。

空が遠い。
届かぬ願い、届かぬ誓い。
正義の味方、お前が綺麗だと言ったこの理想。
未だ遥かに遠い永遠の向こう側だけど、この道の果てにお前がいるのならきっと辿り着く。

辿り着くから、目指すんじゃない。
お前がいるから、辿り着くんだ。

「―――――――――――そうだろ?」

誰かの名前は風に乗る。
この願いが理想郷の果て、辿り着けぬ最果ての地に眠る彼女に聞こえますように。

いつか辿り着く、その願いに踏み出そう、―――――――――。

得られる物は何一つ無く。
叶う願いなど在りはし無い。

きっと、残せる物は何も無いけど、――――――。

願いを叶えたその時は、―――――――――――。

「また、いつかの空の下で、―――――――――――」

The story will never stop from cathedral.
His wish has been wandered whole over the life.
Trust to get his wish, so, he believes to heroic fantasy.

The period, first contact, finished.
----------------Next to second season.
 



[946] 作者の後書きとお礼
Name: Mrサンダル
Date: 2006/04/08 02:33
作者の戯言

どうも、Mrサンダルです。
誤字脱字改訂版の投稿と同時に全話をまとめて投稿いたしました。
読者の皆様がご指摘されたスーパー橙子ですが余りに過剰表現した部分のみ改定しました。
読者の方々のご不満を全て解消とはいきませんでしょうがこのSSでの橙子さんはこれで許して下さい。

今回の投稿にて追加したエピソード“麻帆良編”本格的にネギまサイドを絡めたスペクタクルでお送り致しました。
吸血鬼は白翼公の眷属で宝具を使うというトンでも設定でしたがどんなモノでしょう?
プロットの段階では一介の死徒と言う設定だった彼ですが、そんなもん出したって桜咲とタカミチに瞬殺されるだろうと思い、唯の死徒ではなく“祖”の眷属で力の供給を受けるヴァンパイア+宝具、の方が強いなぁと月姫研究室の辞典などを読みつつ彼が生まれたわけです。
強さのバランスなどは違和感無かったでしょうか?そこの部分がただただ気がかりです。

アルク>>>>祖、サーヴァント>>>タカミチ>>桜咲≧今回の吸血鬼>士郎

今回もご指摘お願いします。
今後の話にも関ってきますので各人の能力差はハッキリさせたいのでここを重点的に。

最後に。

FATE/MISTIC LEEK 第一部・完であります。
完全に登場キャラクター達が入り乱れるクロスオーバーでは無く、主人公・士郎君をターニングポイントに見た立ててクロスさせるのも一つの手法かと思い、書き始めたこの作品、読者の皆様には受け入れて貰えましたでしょうか?

オリジナル設定、オリジナルスペル、オリジナル宝具、オリジナルの敵達、おまけに作者がSS初挑戦と色々問題を撒き散らしながらの投稿でしたが如何でしたでしょう?

読者の皆様の有益なご指摘やご感想は作者の励みになりました、本当に感謝しております。
アフター物は続け様と思えばいつまでも続けられるので、まだまだ作者は書き続ける筈です。第二部につきましても完結のめどが付き次第、投稿したいと思いますので、再びMrサンダルの名前を見つけましたら読んでやって下さい


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