<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

エヴァSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[40706] ボクラノセカイ (エヴァ二次創作)
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:42
おーぷん2ちゃんで書いてますけど、こっちにも載せさせてもらいます
基本向こうで書きだめて、こっちに転載しますので、不定期になります



[40706]
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:45
「今度、隣に引っ越してきた碇です」

「……あ、そ」

ドアを開けて姿を見せた彼女は、ずいぶんと機嫌が悪そうにそう言った。
吐き捨てる……って言った方がいいのかもしれない。初対面だと言うのに、少しだけ不愛想過ぎる気がする。

(……あ、初対面だからこそ不愛想なのかも)

そんなことを考えていると、彼女は実にめんどくさそうにしながら、かつ、まるで不審者を見るかのようなジト目を僕に向け、口を開いた。

「……で?それがどうかしたの?」

「い、いや……どうかしたってわけじゃないんだけど……」

「だったらもういい?今、ちょっと忙しいのよ」

「あ、うん……」

「……フン」

そう言い残し、彼女は荒々しくドアを閉める。
引っ越したばかりだと言うのに、なんともとんでもなく先行きが不安になってしまった。そう思ったら――

「……はぁ」

――思わず、溜め息をこぼしてしまっていた。




[40706] 2
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:47
「――ただいま……」

「おかえりなさい、シンジ」

玄関を開けるなり、奥からエプロン姿の母さんが小走りで駆け寄って来た。とても優しい笑顔を向けて。

「挨拶はどうだった?ちゃんとやれた?」

「ああ……うん……やったのはやったんだけど……」

(……うまくいったとは、到底言えないな……)

「……なんだか煮え切らない反応ね。何かあったの?」

「ええと……」

少しだけ、考えてみた。ありのままの出来事を母さんに話すか、それとも黙ってるか……。こう見えて、母さんはかなり行動的だ。文句の一つでも言いに行ったら、後々面倒なことになるかもしれない。

「……何でもないよ」

――よって僕の思考は、8対2で“平和”という選択を可決させた。

「あらそう?……まあいいわ。ほら、ご飯出来てるわよ」

少しだけ疑うような視線を向けた母さんは、すぐに表情を笑顔に戻してパタパタと奥へと引っ込んでいった。

(……悟られたかな?)

母親に隠し事は難しい……そういうことだろうか。
何だか心の奥まで見透かされたような気分のまま、僕もまた母さんの後に続いて家の中に入って行った。


台所では、味噌汁のいい香りが漂っていた。
テーブルには既に食器が並べられ、中央にはおかずが3品ほど置かれていた。今日は、から揚げのようだ。

「……おかえり」

父さんは、顔を隠すように新聞を読んでいた。新聞が重力に負けて下に曲がれば、一瞬だけサングラスが姿を見せる。
……家の中くらい、外せばいいのに。

「ああもう!またサングラスかけてる!家の中は外してくださいって何回言えばいいんですか!」

母さんもまた、僕と同じことを考えたようだ。父さんの隣に立って声を上げていた。

「……問題ない」

父さんはいつものように言葉を返す。

「問題あります!ありまくります!」

「う、うう……」

母さんの圧力に、父さんは新聞で身を隠したまま身を小さくする。

(今日の勝負も、母さんの圧勝、と……)

というより、父さんが勝ったところを見たことがない。でも、これだけ言ってるけど、最終的にはそのままにさせるあたり、母さんのやさしさなのかもしれない。


それから、僕らは夕食を食べ始める。
その光景も、前に住んでいた家と何も変わらなかった。
笑顔で僕に話しかけながら食べる母さん。黙々と食べながら、時折母さんに怒られる父さん。そして、それを眺める僕。
これまでと何も変わらない、とても暖かい光景だった。

「――シンジ、明日の用意は出来てる?」

「あ、うん。終わってるよ」

「そう。失礼がないようにね」

「分かってるって……」

僕は明日から、新しい中学校に編入する。知らない街の知らない学校に転校するのは、これで何度目か分からない。元々父さんが転勤族ということもあり、ころころと家を変えている。
もっとも、今回はかなり長く住むらしい。父さんの仕事の拠点が、ここになるからだ。
……それと、僕のためでもあった。転校ばかり繰り返す僕を哀れに思った母さんは、父さんに詰め寄った。

『いい加減転校ばかりさせたら、シンジが可哀想です!次に引っ越した街の学校に、シンジは卒業まで通わせます。あなたが転勤になったら、単身赴任をしてください』

『……!!!』

あの時の父さんの顔、本当にショックを受けていた。それから、今の仕事場に長くいれるようにと、同じ職場の冬月さんに人知れずお願いしていたのを僕は知っている。よほど単身赴任が嫌なようだ。

正直なところ、僕としてはどっちでもいい。
だけど、そんな二人(?)の気づかいには、本当に感謝している。

「……そういえば、アスカから何か聞いてなかった?」

「え?」

唐突に、母さんが言い出した。
そんなことを言われても……。

「……アスカ?誰?」

「あら?何も聞いてないの?」

僕が本当に何も知らないと分かるや、母さんは視線を逸らして何かを考え込む。

「……キョウコったら……何も言ってないのかしら……」

ぼそりと呟く母さん。

「え?なんか言った?」

「……なんでもないわよ。それよりほら。早く食べて今日は早く寝なさい。明日寝坊するわよ」

「う、うん……」

……なんだか、凄く誤魔化されたような気がした。



[40706]
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:51
夜。布団に寝転がったまま、色々と考えていた。
窓からの月のランプに照らされた室内は、まだ荷物を出していない段ボールが積まれている。
前の家より部屋が狭いからか、やけに荷物が多く感じる。

「……」

愛用のカセットテープを聞きながら、ふと、隣のあの子のことを思い出していた。

凄く不愛想で、感じが悪い。
だけど、長い栗色の髪はサラサラと風に揺れていた。そして何より……。

「――可愛かったな……」

心の声が、口に出てしまった。
確かにそうだ。凄く可愛かった。
……だがしかし、あんだけ気が強いのは勘弁してもらいたい。あんなのと一緒にいたら、きっと疲れてしまうだろう。

(何様だよ、僕は……)

そんな上から目線のようなことを考えていた自分がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。

……ともあれ、明日は学校だ。
母さんよろしく、今日は早く寝ることにしようか。僕は見慣れない天井の下で、見慣れた布団の中に潜り込んだ。


 ◆


翌朝。初登校で緊張するかもしれないと思いきや、悲しいかな、普段の癖で早朝から目が覚めた。
そしていつもの通り、朝ご飯を作る。

「……あらシンジ。今日は良かったのに……」

母さんが部屋から出て来た。出勤前ということもあり、薄い桃色のスーツを着て、軽くメイクをしていた。ナチュラルメイクって言うのかな?

「僕もそんなつもりはなかったんだけどね。でも、いつもと違うと、なんだか気持ち悪くて……。朝ご飯作ってた方が、気が楽だよ」

「ホント、主婦の鏡ね。私がお婿に貰いたいくらいだわ」

母さんは笑いながら言ってきた。……それ、褒め言葉なのだろうか。僕、一応男なんだけど……。

「あ、もうご飯出来たから。父さん起こして来る」

「はーい」

母さんは椅子に座り、両手を合わせながら返事をする。それを確認した後、父さんの部屋に向かった。

父さんの部屋では、布団に包まれた“物体”がもぞもぞと動いていた。
父さんの部屋は、少し狭い。ただ、荷物が少ないのか、すっきりとしていた。唯一ごちゃごちゃしているのは、机の上のパソコンくらいだろうか。パソコンのパネルには、たくさんの付箋が貼られている。仕事で使っているのだろう。

「……父さん、朝だよ。起きて」

「……うぅ……」

僕の声に反応して、もぞもぞは更に大きくなる。だが、目覚めには程遠いかもしれない。

「仕事遅れるよ?」

「……問題ない……」

「いや、問題だらけだよ……」

父さんは朝が弱い。これもいつものことではある。そして、ここから――

「――あなた!早く起きてください!何時だと思ってるんですか!」

ご飯を食べたのか、母さんが室内に怒鳴り声を響かせる。その声に反応して、一瞬だけ父さんの体がビクリと動いた。

「ほらほら!いつまでもダラダラと寝てないで、顔を洗ってきてください!」

母さんは強引に父さんの布団をはぎ取る。剥き出しになった父さんは、まるで冬眠中のクマのように、体を丸めていた。

「……ああ」

観念したのか、ようやく起き上がる父さん。頭をぼりぼりとかきながら、洗面台へと向かって行った。

「まったく……。こういうのは、普通シンジに言うことなんだけどね。あの人ったら……」

母さんは溜め息を吐きながら、そう呟いた。僕は、とりあえず苦笑いをすることにした。


玄関で靴を履いた母さんは、家の中に声をかけた。

「――遅れないように出てくださいね?ちゃんと鍵もかけてくださいよ?」

「わかった……」

奥からこもったような父さんの声が聞こえる。
これから、僕は学校に、母さんは仕事場に向かう。父さんは少しだけ遅く出勤するようだ。母さんが言うには、遅刻ギリギリで仕事場に来るらしいが。

玄関を開けると、朝の陽ざしが通路を照らしていた。昨日来たのは夕方だったから、これも初めての光景だ。純白の建物が光を反射して、少しだけ眩しい。

「――あらユイ。今から出勤?」

ふと、僕らに声がかかった。

「ああ、キョウコ。そうそう。今から出勤」

どうやら、母さんの知り合いのようだ。話す感じから、母さんと同じ会社なのかもしれない。
とても綺麗な人だった。長い栗色の髪は細く、僕のところまで柔らかい匂いを運んでいた。だがしかし、その髪の色は、どこかで見覚えがあった。

(これは……確か……)

記憶の中を探っていると、母さんはその女性――キョウコさんの背後に向けて、声をかけた。

「――アスカも、これから学校?」

「……アスカ?」

母さんの言葉で、僕もその方向に視線を送る。そこには――

「あ……」

「……」

――昨日の、仏頂面が立っていた。 



[40706] 4
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:53
「……」

どうやら、彼女が昨日母さんが言っていた、アスカという子らしい。睨み付けるようにしながら、僕を見ていた。

「ええと……」

「……ママ。早く行こ」

反応に困ってると、彼女は我関せずのようにその場を歩き始めた。

「あ、ちょっと待ってアスカ」

そんな彼女を、キョウコさんは引き留める。

「アスカ、こちらは同じ職場の、碇さん。で、隣にいるのが、息子さんのシンジくん」

「今更だけど、よろしくね」

キョウコさんの紹介に、母さんは笑顔で会釈する。どうやら、母さんはアスカとも知り合いのようだ。

「……ヨロシク」

一応、形式的な挨拶する彼女。相変わらずの不愛想ぶりで。

「……アスカ、シンジくんを学校まで案内してあげて」

突然、キョウコさんは言い出した。言い出してしまった。

「……え?」

「はぁ!?なんで私が!」

それを聞いたアスカは、声を荒げる。だがキョウコさんは、ニコニコしながら続けた。

「だって、シンジくん、学校の場所をよく分からないじゃない。私もユイも、これから仕事だし。同じ学校なんだから、別にいいでしょ?」

「で、でも……!」

「アスカ―――“お願い”」

舌を出しながら、キョウコさんはアスカの頭を撫でる。

「……」

少しだけ顔を赤くしたアスカは、凄く小さめに頷いていた。

「……キョウコ、あなた、アスカに何も言ってなかったでしょ」

横で母さんが、小声でキョウコさんに聞いていた。

「うん。そうよ」

「そうってあなた……」

「だって、そっちの方がロマンチックじゃない!隣に引っ越してきた年頃の男の子と恋に落ちる……!――ん~、素敵!」

「あなたって人は……」

呆れる母さんと、頭上にお花を咲かせるキョウコさん。対照的な2人の前で、僕は固まりアスカは僕を睨んでいた。




[40706] 5
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/17 23:54
「……」

「……」

母さんたちと別れ、僕達は学校に向け歩いていた。……いや、“僕達”ってのは、少し違うかもしれない。
二人の間に、およそ数メートルの距離を保ったままだった。傍から見れば、きっと何一つ関係のないように見えるだろう。もっとも、昨日今日会ったばかりの僕らに、もともとそこまでの関係はないだろうが。

でも、こう重苦しい初日は嫌だったりする。まったくこちらを振り向かず歩き続ける彼女に、声をかけてみた。

「……ね、ねえ。その中学校ってどんなところ?」

「……」

「生徒は何人くらいいるの?先生はどんな人?」

「……」

……まったく反応がない。完全に無視されている。もしかしたら聞こえていないのかもしれない……そんな、雀の涙ほどの可能性にすがって、もう一度声をかける。

「ね、ねえ……」

「――一つ、言っておくわ!」

突然、彼女は足を止め、僕の方を振り返る。腕を組み、仁王立ちをする彼女。なだらかな上り坂で、彼女は僕を見下ろしていた。

「確かに、あんたのお母さんと私のママは友達だけど、私とあんたには一っっ切関係はないんだからね!そこんとこ、勘違いしないでよね!」

そう言い放った彼女は、踵を返し、再び歩き始めた。

僕はというと、彼女のなんとも言えない迫力に圧倒されていた。


 ◆


学校に着くなり、アスカはどこかへ行ってしまった。まあ、おそらく自分の教室に行ったんだろうが……。
それにしても、ずいぶんと嫌われたようだ。何か思い当たる節があるかと胸に手を当ててみたが、何も思い浮かばない。
……それも当然だろう。何しろ僕は、挨拶くらいしかしていないのだから。だとしたら、あの不愛想っぷりは元からなのかもしれない。
あそこまで露骨にされると、なぜか清々しくすらもある。見た目は可愛いが、あれでは彼氏などいないのかもしれない。いるとするなら、それはきっと、菩薩のような男なんだろう。

そんなことをぐだぐだと考えながら、僕は職員室に向かった。担任の先生に会うためだ。

「――失礼します」

ガララとドアを開ければ、中では先生たちがせわしなくそれぞれ動き回っていた。これから学校が始まるから、その準備なのかもしれない。

「――あ、来た来た!おーい!こっちこっち!」

並べられた机の一角から、僕に向かって声がかかる。その声に向かって、職員室の中を歩いて行った。
そしてその人の前に着いた時、その人は、僕に笑顔を向けた。

「碇……シンジくんね?」

「あ、はい……」

「私が、担任の葛城ミサト。ミサトでいいわよ。よろしくね」

「……」

ずいぶんと、軽い人のようだ。さすがに先生を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶわけにもいかないだろうに……。






[40706] 6
Name: 名無し◆df6f5276 ID:141cec78
Date: 2014/11/19 13:06
「みんないい子達ばっかりよ~?シンジくん、ついてるわね」

「は、はあ……」

ミサトさん(最終的にはここで落ち着いた)に案内され、僕は教室に向かう。
新しい学校、新しい教室、新しい毎日……なんだか、昨日までなかった緊張が一気に押し寄せて来た。
それでも、今更引き返すことなんて出来ない。

(やるしか……ないよな……)

歩く足に力が入る。振る手を握り締める。
そして僕は、新しい扉を開けた。

「は~い!みんな席について~!」

ミサトさんが教室に入るなり、ガヤガヤと騒いでいた生徒達は、すたすたと自分の席に座る。そして全員が席に座った後に、教壇に立つミサトさんは話し始めた。

「今日は、転校生がいます。――さあ、シンジくん」

「は、はい……」

ミサトさんに促され、僕は教卓の横に立った。一度頭を下げた後、大きく息を吸い込む。

「……は、初めまして、今日からこの学校に通う、碇シンジで―――」

そこまで言ったところで、僕は気付いた。気付いてしまった。

……神様、を信じるだろうか。僕は、どっちでもない。
ただ、もしいるとするなら、その人はきっと、とても意地悪な人なのかもしれない。

「……」

「……」

教室の窓際、前から三番目の席に、彼女が座っていた。
栗色のツインテール。とても綺麗な顔立ち。……だが、今の彼女の表情は、驚愕に満ちていた。そして、おそらくは僕も同じだろう。

「ア、アスカ……?」

「な、なんでアンタがここに……!」

教卓の横、日当たりのいい机……それぞれの場所で、僕らの時間だけが止まった。

固まる僕らを交互に見ながら、ミサトさんは首を傾げる。

「……あれぇ?もしかして、二人は知り合い?」

その言葉に、アスカは我に返る。そして席から立ち上がり、バンと机を手で叩いた。

「ち、違うわよ!誰がこんなさえない男なんかと……!」

「さ、さえないは余計だろ!?」

「うるさい!あんたは黙ってて!ていうか、何さりげなく呼び捨てで呼んでるのよ!」

「キミだって、初対面から“アンタ”呼ばわりしてるじゃないか!」

「私は別にいいの!」

「わがまま過ぎるだろ!」

不毛な言い争いが、教室内に響く。ふと室内を見渡せば、全員がぽかんとした顔で僕らを見ていた。

「ふむ……つまり、二人は既に親しい仲、と……」

ふいに、ミサトさんが呟く。

「「親しくない!!」」

僕とアスカは、はもりながら全力で否定した。

「熱いの~!二人とも~!」

「夫婦漫才なら他所でやれ!」

静まり返っていた教室は、さっきまで打って変わり、僕らへのひやかしが飛び交う。

「……!」

その声に、アスカは顔を真っ赤にさせながら席に座った。
僕はというと……何だか、凄まじく帰りたくなっていた。


 ◆


それから授業は進み、ようやく昼休みになった。

「――シンジ……でいいのかな?」

突然、後ろから声をかけられた。振り返った僕の前にいたのは、ジャージ姿とメガネをかけた男子がいた。

「ええと……ごめん、名前まだ覚えてないんだ」

「気にせんでええって。ワイは鈴原トウジ。トウジでええで」

「僕は相田ケンスケ。ケンスケって呼んでよ」

「ああ、ありがと。僕、碇シンジ。よろしく」

「……それで、シンジ……」

名乗り終えたところで、トウジは耳打ちをしてきた。

「……アスカとは、どないな関係なんや?」

「え?」

驚いていると、ケンスケも続いた。

「とぼけるなよ。女帝とも言われたあのアスカと、あれだけ仲良さそうにする奴なんてそうそういないんだぞ?」

「じょ、女帝……?」

「シンジは知らなくて当然やな」

「あ、そっか。ほら、アスカって見た目はすげえ美人だろ?だからモテるんだよ。告白なんてざらに受けてるみたいだし。で、それをことごとく断る、と」

「きっつ~い言葉と一緒にな」

「……ああ、なるほど……」

それで女帝か。妙に納得してしまった。まあ、確かに見た目は可愛いからな。……見た目は、ね。

「なあなあ、教えてや。どうやって仲良くなったんや?」

「仲良くはないと思うけど……むしろ、毛嫌いされてる感じだと思う」

「でも、あれだけ正面から言い合えるのは、シンジくらいだと思うよ?」

「そ、そうなの?」

「うん。そう」

それから、執拗に二人からの質問攻めを受けていた。それを適当にあしらいつつ、ふとアスカの方を見る。

彼女は、パンを2つほど食べていた。あれが昼食なのだろうか……。


 ◆


放課後、一人来た道を帰る。
夕暮れ時の街並みは、全体がオレンジ色に染まっていた。鳥たちは巣へと向かっているのだろうか。今日の終わりを告げるように、空全体に鳴き声を響かせる。
前に住んでいた町よりも、高層ビルが多い。それでも、空の色だけは変わらなかった。

それにしても、今日は散々な目にあった。
まさか、あのアスカが同じクラスになるとは。最初の言い合い以降、ろくに目すら合わせなかったし。
それが、隣に住んでいるもんだから質が悪い。これからも顔を合わせることは多いだろうけど、いったいどんな顔をすればいいのやら。
そう思うと、思わずため息が出てしまった。

そんなことを考える僕の前のバス停に、バスが一台止まった。そして中から、ぞろぞろと人が降りてくる。
制服の学生、スーツの大人、カジュアルな服の男女……。みんな家路についているのだろうか。隣を歩く人物と話したり、前方斜め下くらいを見ながら黙ったりしながら、僕の方に歩いてきた。
道の端に移動して、その集団とすれ違う。

「――楽しんでる?」

ふと、そんな女性の声が聞こえた。

「――え?」

足を止めて振り返ると、その集団は既に僕から離れはじめていた。
あれは、僕に言った言葉なのだろうか。人も多かったし、友達と話す声が耳に入っただけなのかもしれない。

……だけど、その言葉は、やけに耳に残っていた



[40706]
Name: 名無し◆df6f5276 ID:ab7f50ab
Date: 2014/11/19 13:08
翌朝、いつもの通り朝起きてご飯を作る。
昨日は学校の様子を見るためだったから作らなかったけど、今日はお弁当も作ろう。
栄養バランスを考え、体にいい弁当を作るのが僕の楽しみだったりする。

(……こんなんだから、母さんに“主婦”って言われるんだろうな……)

そうまでして弁当をいそいそと作っている自分の姿が、なんだかとても滑稽に思えた。

(……そう言えば……)

ふと、思い出した。
アスカは、学校でパンを食べていた。友達と話してはいたが、とてもつまらなさそうにかじる姿が、とても印象深く残っている。
考えてみれば、彼女の家はどうやらお父さんはいないようだ。何か事情があるのだろうが、そこまで踏み込もうとは思わない。
だけど、キョウコさんは働きに出ていて、アスカは基本一人。弁当なんて作る暇はないだろう。

「……」

いつの間にか、僕の手は動いていた。普段よりも、少しだけ素早く。


(……さて、どうしたものか……)

見慣れない弁当箱を前に、腕を組んで考える。
とりあえず作ってみたのはいいものの、それから先のことを考えていなかった。
この弁当は、彼女の分として作ったものだ。
だがこれを彼女が食べるには、二つの大きな障害がある。

まず一つが、どうやって彼女に渡すか。
彼女は、おそらく今日も僕を避けるだろう。そんな中でタイミングよくばったりと会い、これを渡す機会があるかどうか……。学校で渡すことも出来るが、ひやかしにより阻止される可能性もある。出来れば、登校時に渡したい。
そして二つ目。これが、おそらく一番難しい。そもそも、彼女はこれを食べるのか。
あれだけ嫌われているなら、受け取る可能性の方が低いだろう。いや、おそらく受け取らない。受け取るはずがない。
それをどうやって食べさせるか……。

(……何やってんだろ、僕……)

ふと、無性に虚しくなった。
そうまでして、なにゆえ彼女に弁当を食べさせなければならないのか。僕は彼女の保護者か何かか?断じて違う。
それなら、そこまで僕がしてやる義理はない。ないのだが、せっかく作ったのだから、作った身分としてはぜひ食べてもらいたい。
気を引くわけでもない。同情……が強いのかも。

(……まあ、受け取らないならそれでもいっか)

最終的には、そんな妥協を脳内で決定し、玄関を出た。

「――あ」

「……あ」

玄関を開けた通路には、彼女が立っていた。ばったりと、偶然。

(タイミングがいいというか、ご都合主義というか……)

何だかあっさりと、彼女に会ってしまった。

「……」

「……」

僕らは通学路を歩く。何も言葉を発することなく。
アスカの歩く速度は早い。昨日と同じだった。後ろを振り返らず、ただ黙々と歩を進める。僕から離れようとしているのだろうか。
このまま離されるなら、それもいいかもしれない。でもその前に、一応声をかけてみることにした。

「――ねえ、アスカ」

「……」

意外にも、僕の言葉に、アスカは足を止めた。そのまま前を向いたまま、言葉だけを向ける。

「……何よ」

「ええと……あのさ、昨日昼御飯でパンを食べてたけど、いつもあんな感じ?」

「だとしたら何?別にいいでしょ。私の勝手だし」

そりゃごもっとも。まさに正論。もはや勝率は限りなく低いだろう。それでも、やっぱり一応言ってみた。

「あ、あのさ……良かったら、これ……」

「……ん?」

そして僕は、彼女にピンク色のハンカチに包んだ“それ”を渡す。
彼女はそれを手に取り、凝視していた。そのうち、それがなんなのか分かったようだら、すごく、驚いた表情を見せた。

「こ、これ……」

「お弁当。良かったら食べてよ」

「な、なんで――」

そこまで言ったところで、彼女は言葉を飲み込む。そして、口をグッと噛み締めた。

(あ、これは突き返されるな……)

半ば諦めの予想が脳裏を過る。仕方ない。トウジにでも食べさせて――

「――仕方ないわね。いいわ。食べてあげる」

「だよね。別にいいよ。あんまり期待は…………って、へ?」

「だから、もらってあげるって言ってんのよ」

「え、ええと……」

……これは、予想外だった。

「もういい?」

「え?」

「私、学校行くから」

そう言い残したアスカは、颯爽と歩いていってしまった。

それにしても、よくわからない。
普通出会って二日目の男子から、弁当を受けとるのか?僕が言うのもなんだが。
これは本来安堵する場面だとは思う。作った弁当を受け取ってもらったことだし。でも不思議と、頭の中は戸惑っていた。
物事がうまくいきすぎると、こうなるのかもしれない。

神様のイタズラか、はたまた彼女の気まぐれか。

ちょっとした超常現象を目の当たりにした気分のまま、僕もまた学校に向かった。



[40706] 8
Name: 名無し◆df6f5276 ID:ab7f50ab
Date: 2014/11/19 13:09
結局、学校では、昨日と同じようにアスカは僕と接することはなかった。
昼御飯の時は、他のクラスの友達のところへ行っていたようで、姿は見えなかった。きちんと食べてくれたのだろうか……。

「――はい、これ」

「え?」

「弁当箱。返すわよ」

……そんな割とどうでもいい疑問を払拭するかのように、放課後の正門で、彼女は弁当箱を渡してきた。
手に取ってみれば、明らかに軽い。ちゃんと食べてくれたようだ。

「なかなかだったわよ。あんた、料理できるのね」

彼女は視線を合わさないまま、“お褒めの言葉”を授けてきた。
美味しいなら美味しいと言ってほしかったけど、女帝なんて言われる彼女なりの、精一杯のお礼なのかもしれない。そう思うと、自然と頬が緩んだ。

「……うん。家で作ってるからね」

「ふ~ん……。変わってるわね」

「そうかな?……でも、こうやって誰かに食べてもらうの、悪くないよ」

「……やっぱ、変わってる」

そのまま彼女は、歩き始めた。

別に他意はあったわけじゃない。ただなんとなく、作ってみた弁当。
それでも、これで今の関係が多少なりとも改善されれば、少なくとも、朝から憂鬱になることは減るだろう。

(……なんて、そんなに都合よくは……)

「――なにしてんのよ」

ふと、彼女の言葉が聞こえた。慌てて視線を向けると、僕から少し離れたところで、彼女は立ち止まり、僕を見ていた。

「……え?」

「あんたも帰るんでしょ?」

「あ、うん。帰るけど……」

「だったら早く行くわよ」

そして、彼女は再び歩き出した。

「……」

……やっぱり、よくわからない人だ。

「……」

「……」

帰り道は、いつものとおり僕らは無言のままだった。
それでも、朝よりも二人の距離は近い。付かず、離れず。リードに繋がれた犬みたいに、僕は彼女の2歩後ろを歩いていた。
心なしか、雰囲気が柔らかくなった気がする。それは単に、僕の勘違いかもしれないが。
黄昏の光に照らされた彼女の足元からは、長い影が僕の近くまで伸びる。
特に意味はないが、なんとなく、僕は彼女の影を踏まないように気を付けながら、後ろを歩いていた。

「――なんでわざわざ作ったの?」

ふいに、彼女の方からそう聞こえた。

「え?」

「弁当。なんで私に作ったのよ」

これも、いつも通りの光景だった。
けっして振り返ることなく、僕を見ることなく、彼女ははなしかけてくる。

トウジ達は言っていた。やりとりをする奴は珍しいと。ゆえに女帝と。
でも実際は、なんてことはない、少し無愛想なだけの、普通の子なのかもしれない。

……そう思うと、なぜか嬉しくなった気がした。

「……ご飯、つまらなさそうだったから」

「は?」

「昨日、パン食べてたよね?その顔が、凄くつまらなさそうだったから、なんとなく。美味しいものを食べたら、少しは楽しくしてくれるかなって思って……」

「……」

「僕の家じゃ、ご飯を食べるときは楽しいんだ。母さんは笑顔で話しかけてきて、父さんは時々母さんに怒られてる。僕は、それを見て笑うんだ。
食事って、食べ物を食べるだけじゃないと思うんだ。きっと食べ物と一緒に、いろんなものを取り入れるんだよ。きっと」

「……詭弁ね。食事なんて、しょせんは栄養やエネルギーの補給でしかないわ」

「まあ、それもそうなんだけど。ただ、それでも、楽しいと食事もいいもんだよ」

「……よく、わかんないわ、その感覚」

「アスカは、お母さんとご飯食べないの?」

「……ママは、忙しいのよ。優秀だからね。仕事で必要とされてるし、その期待に応えるだけの能力がある。
私は、そんなママを誇りに思うわ。だから、特になんとも」

「……」

彼女は、毅然とそう言った。でもどこか、寂しそうにも聞こえた。
まるでガラス細工みたいだ。見た目は綺麗だけど、どこか脆くも見える。

そう考えると、なんだかほっとけなくなった。

「――アスカ、うちでご飯食べる?」

「……は?」

あまりに驚いたのか、彼女は振り返った。

「一人の時とか、僕の家に来なよ。父さんも母さんも、きっと賛成してくれるだろうし。
一緒に、ご飯食べようよ」

「な、なんで私が……」

「いいじゃない。ご近所さんだし、母さんとアスカのお母さんも友達だし」

「で、でも……」

「無理にとは言わないよ。良ければってこと。気が向いた時でいいから。あったかいスープ、作っておくからさ」

「……考えとくわ」

そう言った後、彼女はプイッと背中を見せて歩き出した。

それから、また僕達の間には沈黙が流れる。
だけど、周囲の空気は、一段と柔らかくなった気がした。



[40706] 9
Name: 名無し◆df6f5276 ID:ab7f50ab
Date: 2014/11/19 13:12
それから数日後の夕暮れ時、玄関からチャイムが響いた。

「――はぁい」

僕は夕食作りを一旦中断し、玄関へと向かう。そしてエプロン姿のまま扉を開ければ、そこには見知った人物が立っていた。

「……」

どこか申し訳なさそうに立つ彼女。長い髪はポニーテール状にまとめられ、風に靡いていた。視線を逸らし、目を合わせようとしない。
もしかしたら、躊躇しながらようやく来たのかもしれない。
だから僕は、彼女――アスカに笑顔を向けた。

「……いらっしゃい」

僕の顔を見て、少し安心したのかもしれない。ここでようやく、彼女は口を開いた。

「……き、来てやったわよ」

「うん。上がってよ。ご飯、もうすぐ出来るからさ」

「……」

家の中に彼女を招く。でも彼女は、その場を動こうとしない。

「ん?どうしたの?」

「……変なことしないでしょうね?」

「しないよ!するわけないだろ!」

「ちょっと!それってどういう意味よ!」

「どうって……!――ああもう!とにかく入ってよ!」

「言われなくても入るわよ!」

……僕は、変態か何かと思われたのだろうか……。


「へえ……綺麗にしてんのね」

アスカは部屋の中を見渡しながら、キッチンへ入ってきた。

「適当に座っててよ。もうすぐ母さんたちも帰って来るからさ」

「ええ。そうさせてもらうわ」

席に座ったアスカは、一度体を伸ばした後に、もう一度キッチンを見渡した。よほど人の家が珍しいのだろうか……。
ある程度首を動かした後、今度は彼女は、僕の方を見はじめた。

ご飯を作っていると、背後から視線をひしひしと感じる。しばらく様子を見たけど、いっこうに視線が収まる気配がなかった。

「……ええと……なに?」

僕の問いに、彼女は不機嫌そうに言った。

「……あんた、本当に料理出来るのね」

「信用してなかったの?」

「そういうわけじゃないけど。ただ、男子で料理をする奴が珍しいだけよ」

「ん……アスカは、料理したりしないの?」

「……したことない」

少しだけ、言い悪そうにしていた。

「そっか。今度作ってみる?」

「気が向いたらね……」

それから、彼女は口を閉ざした。時折僕の方を見ながら、机につっぷくしたりして時間を潰していたようだ。
室内には料理の音と、時計の音だけが響く。ぐつぐつ……じゅーじゅー……いつも聞いている音ではある。でもどこか、その音は僕の心を緊張させていた。


「ただいま。……あら?」

母さんは帰るなり、そのお客さんに気が付いた。そして優しく彼女に微笑みかけた。

「――いらっしゃいアスカ。待ってたわよ」

「気が向いただけよ。それに、ご飯食べたら帰るし」

「相変わらず、素直じゃないわね……」

母さんは笑顔のまま呟き、テーブル上に荷物を置く。アスカはというと、何だか言い負けたような複雑な顔をしていた。
これぞ、大人の対応って言うのかもしれない。

「もうすぐご飯出来るよ」

「ありがとう、シンジ。……あらあら。いつもよりも気合入れちゃって」

クスリと笑う母さん。それは言わないで欲しかった。
今の、当然アスカも聞いてたよな……。
ちらりとアスカの方を見てみたが、そっぽを向いていた。ホッとしたような、がっかりしたような……。人の気持ちとは、かくも難しいものなのかもしれない。

それから父さんも家に帰り、四人で食卓を囲む。
一応キョウコさんはいいのかとアスカに聞いてみたが―――

「ああ、ママはいいのよ。どうせ遅くなるし、勝手に食べてるだろうし」

――とのことだった。
これも一種の信頼関係なのかもしれない。ただどことなく、そう話すアスカが寂しそうにも見えたのは、僕が気にし過ぎてるだけだろうか。

「……アスカ、どう?シンジのごはん、美味しいでしょ?」

相変わらずの、母さんスマイル。アスカはご飯をもぐもぐと噛みながら、素っ気なく答える。

「まあまあね。悪くないわ」

「あら。アスカとしては、最高の褒め言葉ね。よほど気に入ったみたいね」

クスクスと微笑む母さんを、ジト目で見つめるアスカ。

(……凄い。完全にアスカを圧倒している。さすが母さん……)

……ここでふと、父さんの方を見てみた。

「……ユイ、醤油……」

ぼそぼそと呟くが、アスカと話す母さんには届いていなかった。

「……ユイ。醤油……ユイ……しょ……」

しばらく呟いていた父さんだったが、戦意を喪失したのか、最終的には自分で取りに行ってしまった。

(……父さん……)

僕が、取ってあげれば良かったかもしれない。ごめん、父さん……。


 ◆


「……一応、お礼言ってて上げる。まあまあだったわ」

(いや、それはお礼とは言わないんだけど……)

「――あ、そうだ。アスカ、これ……」

僕は彼女に、小さな鍋を渡す。

「……これは?」

「今日の夕飯の残り。キョウコさんがお腹空いてたらいけないし。もし食べなかったら、明日にでも食べてよ」

「……あんた、つくづく変わってるわ」

「そ、そうかな……」

褒められたような、バカにされたような……。まだ僕には、母さんみたいに上手い返しは出来ないようだ。

「アスカ。キョウコによろしくね」

「ええ。分かったわ。――じゃあね」

最後まで彼女らしく、玄関は閉められた。
それと同時に、母さんが言ってきた。

「……あの子はね、寂しいのよ。キョウコは忙しくて、小さい頃から一人で過ごすことが多かったし。誰かに甘えるっていうのが、よく分からないのよ」

「……」

「シンジ。アスカをよろしくね。一番近くにいれるのは、たぶんあなただから」

「……よろしくって言われても、こんな感じだからね」

「ええ、そうね。凄くいい感じよ」

「ええ……嘘でしょ……」

「いずれ分かるわ……」

小さく笑みをこぼした母さんは、そのまま奥へと歩いて行った。
母さんの背中を見送った後、僕はもう一度閉められた玄関に視線を戻す。

誰もいない部屋。暗い部屋。そこへ帰る彼女は、どういう気持ちなのだろうか……。それはきっと、父さんも母さんもこうして家に長くいる僕には、分からないのかもしれない。

(……明日も、弁当作るかな……)

そして僕は仕込みをするために、キッチンへ向かって行くのだった。



[40706] 10
Name: 名無し◆df6f5276 ID:ab7f50ab
Date: 2014/11/19 13:13
翌朝。玄関を出れば、相変わらずの朝日が見渡す景色を明るく照らしていた。
近頃は学校にも慣れたこともあり、陽の光が余計に眩しく見える。

何気なく、アスカの家の方を見てみた。
扉は閉められ、開く気配はない。キョウコさんは仕事だろうが、アスカはどうだろうか。学校に行ったのか、はたまた寝てるのか……。これまで数日、遅刻はしたことなかったみたいだから、おそらくは前者だろう。

(待つのもあれだし、僕も行くかな……)

軽快に階段を降りる。
背中にはリュック。片手には手提げ袋。その中には、青いハンカチに包まれた弁当箱。そして――

「……あれ?」

「――遅いわよ。何してたのよ」

階段を降りた道路。その壁際には、アスカが立っていた。
腕を組み、相変わらずご機嫌ななめの御様子。ていうか、未だかつて機嫌がよかったところを見たことがない。
彼女も、笑うことがあるのだろうか……。

「……と、何してるの?こんなところで」

「……別に。ただ、なんとなくよ」

(全然答えになってない……)

その時、彼女に用件があることを思い出した。理由は分からないけど、こうして目の前にいるのはちょうどいい。

「はい、これ……」

彼女に、手提げ袋の中のもう一つの弁当箱を差し出す。

「……また、作ったわけ?」

「うん。いらなかった?」

少しだけ、彼女は弁当箱を見つめていた。何を想ってるのだろうか。同じ体勢で、大きな瞳をピンク色のハンカチに包まれたそれに向けていた。そして――

「――仕方ないわね。受け取ってあげるわ」

彼女は、弁当を受け取る。――笑顔を見せながら。

「あ……」

「……何よ。バカみたいな顔して……」

「いや、アスカも笑うんだなって思って……」

「え?」

「初めて見たよ。アスカのその表情。……うん、いいと思うよ。とっても」

「~~~~ッ!!」

突然、彼女はたじろぎ始める。その場を後退りながら、手で顔を隠そうとしていた。

「……?どうしたの?」

「な、なんでもないわよ!」

「いやでも……」

「なんでもないって言ってるでしょ!」

彼女はそっぽを向いて、学校へと向かう。一瞬見えた彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。

そして彼女は、顔を見せないまま声を荒げる。

「ほら!さっさと行くわよ!――シンジ!!」

「……え?」

(今、僕のことを名前で……)

……どうやら、彼女は自分の感情を表すのが“かなり”苦手なようだ。もちろん僕も人のことは言えないけど、彼女の場合、段違いにそれが強い。
女帝なんて言われてるけど、とても人間くさい。でも、なんだかとても安心した。

そんな不器用な彼女を、僕は追いかける。なだらかな上り坂を駆けあがって……。

「遅いわよ!シンジ!」

「待ってよ!アスカ!」

空には雲一つない。今日もよく晴れそうだ。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.014532089233398