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椎名高志SS投稿掲示板


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[526] それでも明日はやってくる
Name: z
Date: 2005/10/21 17:58
① 虚構の洞

 それは学校が終わった後、いつもの様にバイトに向かった日の事だった。
 昨日までの予定では大口の依頼は無かったので、美神さんは溜まっていた書類仕事を片付けるつもりらしい。
 だから俺は今日はのんびりできるだろうと思って事務所を訪れたのだが、その見通しは………大外れだった。
「くっ、こいつ!」

 俺は無言でうつ伏せに寝そべりながら絶望を知らぬ麗しき戦士が震えている姿を見つめていた。
 恐怖に戦慄く美神さんの顔など手強い悪霊相手の除霊ですらも御目にかかれまい。
 美神さんが対峙している相手。
 おそらくこの世界で屈指の生命力と適応力を持ち、その威容から放たれるプレッシャーは彼女すらも怯ませる。
 そして何より、この敵には美神さんの悪知恵が全く通用しない。間違いなく彼女にとっては最も戦いたくない相手だろう。
 けれどここは彼女のテリトリー。
 たとえ劣勢だとしても、美神さんはプライドにかけて逃げだすわけにはいかない。
 逃げれば敵は事務所に居座り、美神さんは居場所を乗っ取られたGSという烙印を押されて赤っ恥を掻く事になるからだ。 

「極楽にいけぇぇぇ!!」

 やけくそ気味に神通棍をふり回しても、敵は美神さんを嘲笑うかのように軽々と飛翔して回避する。
 否、相手が避けたのでない。
 腰の引けた美神さんの体勢と相手を直視できないその精神状態とが相まって、神通棍の一撃は最初からターゲットから逸れていた。

 どんな悪魔が相手でも燃え立たせてきた闘志と勇気。
 だが目の前にいる褐色の敵の前では、それも虚しく。
 彼女の額には脂汗が浮かび、強靭な心はあっさりと折れてしまっている。
 いつもは機敏に動くその足も、焦りと恐怖から縺れに縺れ。
 それ故にあの美脚に秘められたカモシカの様な運動性は半減して。
 今の彼女の動きは、のこのこと陸に上がったカバの様に鈍重だった。
 しかし、だからこそ。

「中々アダルトな色っすね」

 俺は気絶した振りをしながら、美神さんの色っぽい姿を堪能していた。
 俺の視線を気にする余裕もなく動き回る彼女の太腿は僅かに汗ばみ、姿勢を崩した際には彼女が身に付けている高級ランジェリーが目に映る。

(おいしい。この状況は予想外においしいぞ!)

 内心でガッツポーズを上げながら、強敵に立ち向かう彼女の姿を目が痛くなるほど凝視する。
 怯えを滲ませた美神さんの表情が、その荒い息遣いが、ぐっしょりと汗に濡れたまま躍動する身体が、フェロモンを放出しているかのように艶やかで。
 ただ見ているだけでなのに俺の中の霊力は火山の爆発の如き勢いで溢れ出す。

 よし、絶好調だ。
 今なら雪乃丞にもピートにも西条にも負ける気がしない。
 かかってきやがれ、返り討ちにしてやるぜ!
 これまで感じたことのないような充実感に包まれながら俺は無意味に勝ち誇った。気絶している演技がばれぬようにこっそりと。
 そうして俺が悦に浸りながら美神さんの苦しむ姿をニヤニヤと見ていると、

「もうイヤァァァァ!!」

 遂にパニックに陥った彼女は目を瞑りながら無茶苦茶に神通棍を振り回し始めた。
 鋭くしなやかな霊鞭が唸りを上げて乱舞する。パーン、パーンと乾いた音が虚空に響くのは、振り回される鞭が音速を超えた証。
 その猛威に触れた瞬間、カーテンは切り裂かれ、床や壁が次々と抉り取られ、何故か焦げた様な匂いがする。
 うかつに触れたら火傷するどころか皮膚ごと肉を切り裂かれてしまいそうだ。
 どこからともなく聞こえてくる切羽詰った声。
 とばちりを受けている人工幽霊の悲鳴は、錯乱気味なせいか何故か口調がシロっぽい。
 けれど妙にインパクトのあるそのセリフも、乱心した美神さんには届かない。
 何故なら美神さんは、

「ああっ!?
 ちょっとどこに逃げる気よ、おとなしく死になさい!!」

 人工幽霊よりも遥かに切羽詰っているからだ。
 もはや静止が耳に入らない暴走状態のまま、ひたすら勢い込んで鞭を振るう彼女の姿は悲壮感すら漂わせ、しかし冷静さを欠いた攻撃の数々は小柄で機敏な相手にかすりもしない。

「どうも駄目っぽいな」

 この場所でこの相手と戦うのはこれで二度目。
 かつて起きたファーストコンタクトでは、恐怖に慄いた美神さんは攻撃する事すらできなかった。
 それに比べればよく頑張ったと言えるだろう。
 けれども結局、今回も美神さんは勝てないようだ。
 折れた心からは勇気と強さが零れ落ち、動揺と恐怖は悪魔すら凌ぐ彼女の悪知恵を錆付かせ、しかも俺が死んだ振りをしているせいで孤立無援。
 いくらなんでもこの状況を打開するのは不可能だ。
 そんな事をのほほんと考えながら、俺はどこで介入するかを探っていた。

 もしも眼前の戦いに危険があるのなら、今すぐ文珠でも何でも使って援護すればいい。
 ぶっちゃけ文珠を適切に使えば、俺は刹那でこの戦いを終わらせられる。
 だが心配無用。
 美神さんのテリトリーに侵入し、独特な動きと高い生命力であの美神さんを翻弄する相手に殺傷能力は無い。
 それ故にたとえ美神さんと褐色の悪魔の相性が最悪であったとしても、美神さんが負傷する可能性は極めて低い。

「悪霊でも魔族でも妖怪でも平気な美神さんにも弱点はあるからな」

 おそらく世界が滅びても美神さんと共に生き残るであろう褐色の悪魔を人は『ゴキブリ』と呼んで忌み嫌う。
 俺でもおキヌちゃんでも簡単に退治できる褐色の虫。
 たとえカブトムシ並の大きさの個体に遭遇しても怖くも何とも無い。精々キッチンにいたら嫌だなと思うくらいだろう。
 だが美神さんに限っては話が別だ。
 現世利益のためなら神も悪魔もぶっつぶすと公言して憚らないあの人は、何故かこの生物を魔族よりも遥かに恐れている。
 もし前回の様にゴキブリの大群が侵入してきたら、美神さんは真っ白な灰になってしまうだろう。

 だからこそ今の俺が優先すべきなのは、美神さんの加勢をする事ではない。
 このまま美神さんの艶姿を少しでも長く堪能する事だ!!
 焦る美神さんから醸し出される色気は、普段は滅多に隙を見せない姿とのギャップと相まって、凶悪なほどの破壊力を振り撒いている。
 なのにそれを見ているのは俺一人。俺だけが目の前の光景を独り占めしているのだ!
 ならばその時間が少しでも長く続くように努力するのが、男として当然の義務なのだ!!
 溢れんばかりの煩悩を燃やしつつ、俺は意識がある事を悟られないように注意を払いながら美神さんを見守った。

「…………っ!?」

 その時、唐突に気がついた。彼女のオーラが先ほどからどんどん先鋭的になっている。
 やがてずっと煩悩の陰に隠れていた理性が小さく危険信号を送り始めて撤退を奨励する。
 こうなるとずっとこうしているわけにもいかない。

「さてと、いつ起き上がったもんかね」

 幸いまだ神通棍を振り回しているだけだが、今の美神さんの精神状態では下手すればゴキブリを葬るためにこの事務所を爆破しかねない。
 後に残るのは人工幽霊一号の残骸とゴキブリの墓標だけだろう。
 俺の身の安全のためにも、美神さんが暴挙にでる前に介入する必要がある。

「うーむ。重要なのはタイミングだ。
 絶妙な場面でゴキブリを排除すれば、美神さんの覚えも良くなるかもしれん」

 危機感を抱きながらもそれに負けずに野望を燃やす俺の傍では、

「もう、いい加減にしてよぉぉ!!」

 相変わらず美神さんが、逃げ出したくなるのを堪えてゴキブリ相手に死闘を繰り広げていた。
 そもそも始まりは学校が終わってバイトに来た俺が事務所の扉を開けた瞬間だった。
 あの時ドアの向こうには、外出しようとしていたのか美神さんが立っていて。

「あっ、美神さん。バイトに来たんですけど」

 ドアを閉めながら声をかけると、彼女はいつものように澄ました顔で俺に何かを言おうとして。
 そして次の瞬間、

「きゃあああああああああああ」

 美神さんは絶叫しながら一瞬で神通棍を取り出すと、鞭状にした霊波を俺に向かって全力で薙ぎ払ってきたのだ。
 目にも止まらぬ音速の鞭が俺の体を軽々と吹き飛ばす。
 そのままドアに叩きつけられた俺は、薄れていく意識の中で確かに聞いた。

「ゴ、ゴキブリ!!ちょっと、横島くん。何とかしなさいよ!」

 これまで聞いた事のない美神さんの慄きの声を。

 それで謎は全て解けた。
 おそらく事務所のドア付近の天井に張り付いていた大物が、俺がドアを開けたのに紛れて事務所に侵入したのだろう。
 それを目撃した美神さんは一瞬にして冷静さを失って………。

 その後の事は語るまでもないだろう。
 とにかく気絶しかけていた俺の意識は美神さんが珍しくうろたえる声を聞いて一気に覚醒し、一方美神さんはそんな俺にも気付かずもうかれこれ15分間以上もゴキブリ相手に立ち回っていたのだった。

 そんな事を思い出しながらにやついていると、

「ふっふっふっふっふ」

 不意にどこかたがの外れた笑い声が俺の耳に届いた。
 その刹那、美神さんの纏っていた空気が激変する。
 同時に彼女の体から常軌を逸している人特有のオーラが立ち昇り、ぎしりと空間が軋みを上げた。
 俺の霊感が最大限のボリュームで警報を鳴らして危険を叫び、思わず狸寝入りしているのも忘れて逃げたくなる。

「やっばいなぁ。もうちょっとだけ目に焼き付けておきたかったけど」

 そろそろ潮時だろう。
 勿体無いが、これ以上大怪我したくなかったら気絶から覚めた振りをして美神さんを止めた方がいい。
 俺がそう思っている合間に、ゆっくりと後退した美神さんは机の引き出しに手を掛けていた。

「戦いには多少の犠牲が必要よね。ちょっと修理と内装にお金がかかるけど、こうなったらもう仕方ないわ」

 引き攣った顔に相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、彼女は引き出しをごそごそと探る。
 次の瞬間、その手の中に握られている黒くて楕円形の物体。
 それが何かを理解すると同時に、俺の顔から血の気が急速に引いていく。

「冗談じゃねえぞ」

 やばい、アレは紛れもなく本物の手榴弾。
 しかも警官が暴徒鎮圧や凶悪犯の無力化に使う閃光弾じゃなくて、テロや戦場で使われるような殺傷能力の高い凶悪な代物だ。

 くそ、油断してた。
 重火器の類はてっきり地下の隠し部屋にあると思ったのに、まさかこんな所にも置いていたなんて! 
 こんな密閉空間であんなものを爆発させたら美神さん自身もただじゃ済まない。
 何より俺も巻き添えを食らうじゃねえか!

 必死で考えを纏めながら立ち上がる。
 素早く文珠に文字を込めながら目をやると、既に美神さんが安全ピンに手を掛けている。
 くそ、間に合うか。
 焦りを振り払うように美神さんに向かって走り出す。自慢じゃないが、俺は逃げ足と頑丈さだけは自信があるのだ。

「ふふふふ、終わりよ」

 もはや俺の姿すら見えないほど追い詰められながら、美神さんは手榴弾を投げた。
 楕円形の黒い塊は放物線を描きながら、ゴキブリのいる床に向かって無機的に落ちていく。
 人工幽霊の悲鳴が交差する中で、俺は『盾』の文珠を発動させながら呆けたように笑う美神さんの体を強引に伏せさせようとする。

────ドオォォォン

 直後に閃光と爆音。ぎりぎりの発動だったせいで遮断し切れなかった衝撃が駆け巡り、俺と美神さんの体は壁際まで飛ばされた。

「おぉぉっ」

 背中に奔る激痛。
 苦しいのに呼吸が出来ず、声もでない。
 壁に激突したおかげで肺の中の空気が押し出されたのか。
 それでも俺は酸素を求めて口を金魚のパクパクと動かし続けた。
 その努力のおかげか、次第に早鐘を打っていた鼓動が治まって、肺が空気を取り込もうと収縮する。
 ハァと一度深呼吸すると、ようやく頭を働かせる余裕が戻ってきた。

「あー、死ぬかと思った」

 お馴染みの言葉を口にしながら、現状の認識に努める。
 あの時結局伏せが間に合わず、俺と美神さんの体は爆風と衝撃に圧されて絡むような形で壁にぶつかったんだ。
 視線を下ろした時、漸く俺は自分の体勢がかなりきわどい事に気がついた。

「マ、マジっすか」

 俺の体は壁と美神さんの体に挟まれて、美神さんに押し倒されている様に見えなくもない。
 何より無意識にとはいえ、俺の左手は美神さんの脇腹から腰に回されて、右手は背中に添えられている。
 あまりにもおいしい状況のせいで却って混乱した俺は思わず身震いしてしまい、するとその拍子に美神さんが顔を上げた。

「み、美神さん。これは決して狙っていたわけじゃなくて。だから、その、事故です。事故なんです。
 決して意識がない振りをして美神さんが苦戦してる姿を見てたとか、危ない場面で格好良く助けようとか、そんな疚しい事は一切ないんです!」
 
 言わんでもいい事まで口走る俺をじっと見つめると、美神さんは懸念と焦りを含んだ声で問い掛けてきた。

「横島くん、ゴキブリ死んだ?」

「はっ?」

 予想外の言葉に思考が止まる。
 良く見ると美神さんの顔には相変わらず怖れと逡巡が浮かび、体が小さく震えていた。
 俺の服の裾を掴んだまま動かないのは、もしかして振り返るのが怖いからなのか。

「ちょっと、どうなのよ」

 少しだけ強くなる口調に促されて爆心地を確認すると、無残な痕が放心円状に広がっていた。
 きっと今頃、人口幽霊一号もしくしく泣いているだろう。

「あー、その、えーと。流石に死んだみたいです。ゴキブリがいた場所、黒焦げになってます」

「そ、そう」

 ほっと安心したように小さく息を吐くと、彼女の体から緊張と強張りが消えた。
 そこでやっと俺を押し倒しているような己の体勢に気付いたのだろう。急に美神さんがわたわたと動き始めた。
 しかし何故か美神さんの体は中々俺から離れない。おかげで何もしなくとも俺には天にも昇れるような素晴らしい感触が伝わってくる。
 結局一通りもがくと、美神さんは僅かに顔を紅潮させながら投げやりに言ってきた。

「ははははは、横島くん…………私、腰が抜けて立ち上がれないみたい。
 だから横島くんが何とかしなさい!」

「何とかといわれましても………」

 何故か怒りが感じられない美神さんの態度に困惑しながら、俺は慌てて体を動かそうとする。
 けれど、衝突と美神さんのクッションになった時に打撲した背中が痛んで、あまりうまくいかなかった。
 しかも力を込める度に彼女の体に触れている部分から柔らかくてしっとりとした感触が伝わってくる。
 おかげで余計に俺の動きは鈍くなる。

「す、すみません。どうも、うまく動けないんですけど」

 もごもごと言い訳しながら一旦動きを止めると、急に美神さんの体の感触が鮮明になった。
 背中に回した右腕から伝わる温もりと手触り。
 左手の指先から感じる彼女の首の肌は、高価な陶器の様に滑らかで繊細だった。
 押し付けられた胸の柔らかな感触に理性が沸騰する。
 その熱に浮かされて思わず指を肩から背中にかけて確かめるようにゆっくりなぞっていくと、

「ちょ、ちょっと、横島くん!何を、あっ、ん」

 予想外の俺の行動に彼女の柔らかい体がびくりと震える。
 左手から伝わる腰から尻にかけての張りのあるふくらみと、右手に感じる背中の肌触りに思わず陶然となる。
 溢れ出す煩悩はもう止める事などできなくて。元より止めるつもりなんかないけれど。
 そのまま俺は、彼女が碌に反撃が出来ないのをいい事に調子に乗って両手をわきわきと動かした。

「す、すげぇ」

 女体の柔らかさが脳天まで染み渡るように心地よい。
 その質感に夢中になった俺は我を忘れて手を蠢かした。

「も、もう、いい加減に………きゃっ」

 首筋に息を吹きかけると弱々しかった抵抗が止んだ。
 既に美神さんの顔はリンゴみたいに真っ赤に染まっている。呼吸も荒く、その体は燃えるように熱い。
 俺の状態も似たようなものだろう。背中の痛みさえなければ、今頃は欲望に任せて体勢を入れ替え、彼女を組み伏せていたに決まってる。
 それが出来ない代わりに、俺は手の届く限り美神さんの全身に触れていた。
 ゾクゾクする。俺が触れるたびに、あの美神さんが小刻みに震えるのだ。
 耳たぶを噛むと、ビクンと大きな痙攣。
 調子に乗って更に激しく手を動かそうとした時、急に何かが頭を掠め、思わず俺は動きを止めた。

 僅かに生じた違和感。
 自慢ではないが数少ない美神さんとの接触の機会から得たデータは、俺の中に完璧にインプットされている。
 だからこそ言える。視覚と聴覚は美神さんの姿と声を伝えてくるけれど、触覚から伝わる情報は違和感を訴え続けてくる。

「よ、横島くん」

 じれったそうな美神さんの声を聞いても、俺の手は動かない。喉に小骨が刺さっているかのような妙な感覚が俺の動きを引き止めていた。
 おかしい。何かが引っ掛かる。何か重大な事を忘れているような気がする。
 戸惑いながらも違和感の原因を探るために意識を内面から戻した。
 すると美神さんの顔はすぐそこまで迫っていて。

「み、みか────」

 静止する間もなく唇が重なる。
 その感触は、驚くほど瑞々しくて柔らかかった。
 気持ち良くて力が抜け、次第に頭がばぉとして、意識が溶けているような気がする。

 だがその時、ようやく何かがカチリと合わさって、それまで感じ続けていた違和感が一瞬で1つに繋がった、

(これは………俺、知ってる!?)

 体を触った時に伝わってきた感触。それは俺にとって決して忘れられない手触りで。
 そして何よりこの唇の感触は。

「ルシオラ」

 呟いた瞬間、頭の中で何かが弾け、俺は一気に現状を認識した。
 違う。たとえどんなに姿や立ち居振る舞いがそっくりでも、目の前にいる美神さんは本物じゃない。
 何より俺がルシオラと交わした口付けの温もりを間違えるはずなどなかった。
 その刹那、心の奥底に封印していた光景が次々にフラッシュバックしてきた。
────もう東京が射程に入ります!!
    やぶれかぶれで突入しましょう!!

    ………それしかないけど────

 勝算も無い状態のまま俺達は戦いを挑まざるをえず。

────ガァア!!!

 バリアの隙を見出せずに放った攻撃は歪められて届かずに。

────うわあああああっ!!

「もういい………」

 一か八かで突っ込んでいった俺達は、あのビーム砲にも似た霊破砲の斉射を浴びて。

「もういいんだ、ルシオラ!」

 ダメージを受けすぎて合体の解けた俺達は数十m下の海へと落ちていき。

「だって美神さんは」

 すぐ隣にいた美神さんの心臓があるはずの胸部には大きな風穴が開いていて、虚ろな瞳はもう何も映さずに。

「俺の目の前で死んだんだから」

 薄れていく意識の中で最後に目にした光景は、美神さんの屍と究極の魔体が踵を返して悠々と東京へ飛んでいく姿だった。



[526] それでも明日はやってくる2
Name: z
Date: 2005/10/22 18:07
②廃墟に佇む絶望

「美神さん!?」

 叫びながら目を開いたとき、視界に飛び込んできたのは折り重なって倒れている薄汚れた柱だった。
 訳も分からずに上体を起こすと、下半身が瓦礫に埋まっている。
 倒れている電信柱の狭間に埋葬されているかのような状態だった。

 柱がこちらに転がってこないように気をつけながら、柱の狭間から抜け出して立ち上がると体中に痛みが奔る。
 瓦礫や石に埋もれながら眠っていたのなら、それも仕方ないだろう。
 その痛みを堪えながら大きく伸びをして眠気を追い出すと、ようやく意識が鮮明になって視界がクリアになった。
 分厚い曇がかかった空は灰色で明るくはなかったが、周囲の状況を確かめるには十分だった。

「おい、マジかよ………」

 見渡す限り、俺が埋まっていた場所と変わらぬ瓦礫の山が散乱する光景が広がっている。
 原型を維持している建物は疎らになり、大方の建造物は竜巻に吹き飛ばされたかのように壁や天井が剥がれ、完全に倒壊した物も少なくない。
 道路にはガラスやコンクリートの破片が散乱し、電信柱も尽くなぎ倒されている。
 その廃墟の群は、日本史の教科書に載っていたある写真の光景に酷似して。

「まるで終戦直後の東京じゃねえかよ」

 不意に孤独感で体が震えた。
 軽く歩き回ってみても人の姿はおろか、生き物の気配すらも感じられず、廃墟と化した街からは孤独に包まれたかのように沈黙と寂寥が漂っている。
 重苦しい空気の中を一頻り歩いた後、俺は座れそうな場所を見つけて腰を下ろして深く溜息をついた。
 どうやら見る影もなくなってしまっているけれど、どうやらここは東京のようだった。

 目覚める寸前の光景が目に浮かぶ。
 美神さんの死体と海に落ちる俺、そしてノーダメージで東京に向かった究極の魔体。
 あれが現実なら東京はとっくに滅んでる筈だ。
 にも拘らず俺はこうして生きている。
 そしてあの奇妙にリアルな感触を伴った夢。 
 あの夢はルシオラが見せていたのだろうか。

“そうよ。私が幻覚を使って夢を演出したの。サイコダイブでヨコシマの意識に入り込んでね”

「ルシオラ!?」

 突然聞こえてきた声に、俺は反射的に立ち上がると目を凝らす。
 耳に届いたその声は紛れもなく魔体との決戦直前に消えてしまった筈の少女の言葉。
 けれどいくら目を凝らしてみても視界には誰も映らない。
 空耳かと落胆しかけたその刹那、ルシオラの声が今度ははっきりと聞こえてきた。

“慌てないで、ヨコシマ。私は今もおまえの霊体構造の中にいるの”

「そう、なのか?
 それなら、どうして俺と話せるんだ?
 そもそもなんで俺が生きていられるんだ?俺達は、あのデクノボーに負けたのに」

“えーとね。ヨコシマが助かったのも、私が今でもヨコシマと話せるのも、この場所のおかげなの”

 言われてもう一度見てみるが、辺りには瓦礫以外に何もない。

「此処が?」

“目を瞑って、よーく霊感を働かせてみて”

 言われたとおりにして見ると、

「───!?」
 
 俺の霊感に圧倒的な霊的エネルギーが漂っている気配が響いてきた。
 この感じ………隊長が電気を変換して作り上げたあの力強い霊力や魔神から放たれた威圧的な魔力とも違う。
 確か、少し前に何度も間近で触れた事があるような。

“気がついた?これ、ヨコシマが破壊した魂の結晶とコスモプロセッサーの名残よ。
 此処はコスモプロセッサーがあった場所。注意してみれば分かるけど破片が瓦礫に混じって転がってるわ。
 あの時ね、気を失ったお前を助けようと強く想ったせいか、消えかけていた私の意識は咄嗟に双文珠を発動させる事が出来たの。
 そしてヨコシマの体は私が思い浮かべた一番安全な場所に転移したってわけ”

「安全?どうしてこの場所が?」

“それは………”

 その時俺は、すぐ傍で何かが動く気配を感じて振り向いた。
 視線の先には古代の祭器として使われた人形に良く似た物体が首だけになって転がっている。
 続いてプルトニウムの臭気が僅かに鼻を刺してくる。

「ど、土遇羅!?」

 変わり果てた姿はコスモプロセッサーの破壊に巻き込まれたせいだろう。
 もはや自力では動けぬ体を恨めしげに見やりながら何を言おうとしているものの、口にあたる部分が壊れているせいか俺には何も聞き取れなかった。

「ルシオラ。これが理由なのか?」

“ベスパと戦った時になんとなく感じたの。
 アシュ様は自分に尽くした部下を自らの手で殺すような真似はしないんじゃないかって。
 勿論理性のないアシュ様が土遇羅様の事を考えるかどうかは分からなかったから一か八かの賭けだったけれど、どうやら正解だったみたいね”

 言われて気がついた。
 確かにこの付近は廃墟と化している。
 だが主砲が発射されたのなら大地は削られ、埋め立て地からは海が露出して、瓦礫すら残らなかった筈だ。
 なのに土遇羅が転がっている場所の周りは、原型を留めた建物すら残っている。

“私がこうして生きていられる理由なんだけどね。ヨコシマは此処で結晶を破壊したでしょう?”

「………ああ」

 苦い思い出が蘇る。
 自らの手で彼女の復活の可能性を絶ってしまった俺は自分を責めるしかなくて。

“コスモプロセッサーや究極の魔体の動力を賄うエネルギーの量は途轍もなく膨大でね。
 だから結晶が破壊された後も、そのエネルギーの残滓は場所に色濃く漂っていたの。
 そしてそのエネルギーが倒れていたヨコシマの肉体と魂に少しだけ作用して、ヨコシマの中で消えかけていた私の人格が活性化したのよ”

「それじゃあ、生き返れるのか!?」

“分からないわ。
 今の私の魂はヨコシマの肉体と魂に吸収されない程度に独立性が保てているだけ。
 それにヨコシマの霊体構造から離れれば多分直ぐに消えてしまうと思う”

「そっか………」

 その返事に少しだけ落胆したけれど、それでも俺は彼女が消えずにいてくれる事実に嬉しくなる。
 エネルギー結晶を破壊して、ルシオラの声が聞こえなくなった時の絶望感の大きさは、とても忘れられるものではなくて。
 呼吸が苦しいほどの悔恨と悲しみで俺の胸は張り裂けそうになるほど痛くなり、だから俺はあの時初めて人目をはばからずに号泣したんだ。
 それに比べれば、ルシオラの声を聞いて、彼女の存在を感じられるだけで、俺の胸には熱いものが込み上げてくる。

「良かったってのも変だけど、お前が生きていてくれて、俺は………」

“私も嬉しいわ、ヨコシマ。こうしてまたお前と話せるなんて夢にも思ってなかった。”

 俺の中に居るせいか、彼女の喜びが心地よい波動となってダイレクトに伝わってくる。
 そのせいか俺は無意識に思い浮かべてしまう。バトルスーツを身に付けたルシオラが、穏やかに澄んだ眼差しで俺を見つめている姿を。
 僅かに甘い空気が流れる。
 しばらく無言で感慨に浸った後、それでも俺は一番聞きたかった事を口にした。

「俺が美神さんと、その………あの夢を見ていたのはやっぱりルシオラが?」
 
 はっきりとは覚えていないが、パピリオの眷属の花粉を吸い込んで気絶した時、俺の意識の中にルシオラが入り込んで事があった。
 今、思えば夢の中で感じた違和感は、サイコダイブしたルシオラに怒鳴られた時の体験に良く似ていた。

“ヨコシマが想像した通りよ。
 ヨコシマがアシュ様に撃墜されて気絶してから、私はヨコシマの意識にサイコダイブしたの。
 だからヨコシマの意識は私が幻を交えて演出した夢を今までずっと見てたってわけ”

「どうして、そんな事を?」

 聞かない方が良い、そう訴えてくる声を無視して尋ねた。
 目覚める直前にフラッシュバックしたあの残酷な光景を、夢だと思いたくて尋ねずにはいられなかった。

“あの時私の復活の可能性がなくなって、その直後に美神さんが死ぬ様を見せ付けられて………。
 ショックを受けたヨコシマの精神は崩壊寸前まで追い詰められたのよ。
 だから私はヨコシマの心の中から美神さんが絡む願望を、リアリティーを伴った夢という形で作り上げたの。
 ヨコシマの意識が、美神さんが死んだという事実から目を逸らせるためにね”

 一瞬で体中の血が凍りついたかのように冷え切った。
 寒い。全身が痺れるような寒気に冒され、膝や歯の根が震えだす。

“最初はうまくいったわ。
 ヨコシマの精神は美神さんが死んだ事を一時的に忘れてくれて、そのおかげで崩壊寸前だったヨコシマの心もなんとか立ち直れそうになったの。
 本当はもう少しだけ夢を見ていて欲しかったんだけど、駄目だったわね。
 幻では視覚情報は誤魔化せても触覚まで似せる事は出来ないから、ヨコシマは私が作り上げた虚構に気付いて自分で夢から覚めてしまった”

 ショックと悪寒のせいで卒倒しそうになりながらも、俺は彼女の言葉を反芻する。
 教えられた内容は、夢であって欲しいと思い続けたあの場面そのままで。
 だから俺は、あの夢の中でフラッシュバックした光景をもう誤魔化しようもない程はっきりと思い出していた。

「やっぱり夢じゃなかったんだ………。ルシオラ、美神さんは…………死んだんだな」

“断言は出来ないわ。でもあの傷は人間の肉体の構造から考えれば即死したとしか考えられない”

 多分、俺に気を使っているのだろう。
 ルシオラはゆっくりとした口調で、でも確実に情報が伝わるように言葉を選んでいる。

 やがてルシオラの説明が終わると、俺は黙り込んだまま廃墟を見つめた。
 強烈な圧迫感に胸が苦しい。けれど不思議と涙は出なかった。
 多分俺は、心のどこかで美神さんの死を認めてしまっていたのだろう。
 ルシオラが見せてくれた夢の助けがなければ、きっとその事実を認める前に俺の心は潰れていたけれど。

 不意に自分の身勝手さと軟弱さに憤りがこみ上げて、感じていた悪寒を消し去った。
 なんて情けねえ様を晒してるんだよ、俺は!
 今まで見てきた夢は俺の身勝手な妄想じみた願望で。
 俺が美神さんにそういう事をする光景を見るのは、ルシオラにとって不愉快だったに決まってる。
 なのに、それでも彼女は、俺の為に………。

「ルシオラ、俺────」

“待って、ヨコシマ。パピリオが近くにいるわ。今、こっちに向かってる。
 ヨコシマの意識が起きたおかげで霊力の出力が上がったから、それに気がついたみたい。”

 その声に釣られて西の空を仰ぐと、人知を越えた巨大な魔力が接近してくるのが辛うじて霊感に引っ掛かった。

────ゴォォォォ

 続いてこちらに向かって、唸りを上げながら高速で飛行する影が見える。
 豆粒よりも小さかったその姿は、けれどあっという間に近付いてきて。

「ヨコシマァァァァ!」

「ぐっ」

 俺を見つけるな否やパピリオは一目散に飛んできて、その勢いを全く緩めずに体当たりするように抱きついてきた。
 その衝撃に空気が肺から押し出される。
 それでもなんとか尻餅をついただけで、無事に彼女の小さな体を抱き止められた自分を誉めてやりたくなる。

「い、生きてたんでちゅね。私、も、もうだめかと………」

 そんな俺の体勢にも拘泥せず、パピリオはむしゃぶりつくように俺の腹部に顔をうずめながら声を震わせた。
 そっと背中に手を回すと、蝶の少女の小さな体の痙攣が伝わってくる。

「パピリオ………」

 少女が泣いていた。彼女は、俺の姿を見て、俺の為に泣いていたのだ。
 だからその涙がうれしくて、こんなにもパピリオに心配をかけてしまった事が申し訳なくて、俺は思わず少女の小さな体を抱きしめた。

「ヨコシマ………ヨコシマ………」

 少女の体は燃えるように熱く、零れる涙は炎の様に俺の心を焦がしていく。
 嗚咽に混じって彼女の哀しみと喜びが伝わってくる。それは彼女の抱える絶望の闇と希望の息吹。
 相反する2つの激情を胸に秘めながら、幼い心は己を支える縁を求めて力の限り俺の体にしがみ付いている。

「パピリオは、俺は、大丈夫だから」

 幼子をあやすように優しく彼女の背中を撫でながら、抱き合っていた体を離してパピリオの顔を覗き込むと、彼女の瞳から流れる真珠の様な涙の雫がその瑞々しい頬を濡らしていた。

「何が、あったんだ?」

 潤んだ瞳を見つめると、パピリオの顔がくしゃっと歪む。
 視線を落として口を閉じる姿は哀愁に塗れ、さながら主人からはぐれて見知らぬ場所に迷い込んだ子犬のようだった。
 やがて彼女はぽつぽつと喋りだした。

「私、ヨコシマがあの装置を壊した後、ベスパちゃんとルシオラちゃんを復活させたくて霊体片を探していたんでちゅ。
 でも全然見つからなくて、そのうちヨコシマがアシュ様にやられたって聞かされて。
 理性を失くしたアシュ様の攻撃で、霊体片がありそうな場所は東京タワーもろとも吹き飛んじゃって。
 だからベスパちゃんも、ルシオラちゃんも、再生できる可能性はもう全然なくなっちゃって…………」

「ルシオラとベスパが再生?」

“私達はある程度以上の量の霊体があれば、死んでからしばらくの間は再生できるのよ”

「じゃあ、霊体片さえあればルシオラは復活できるのか!?」

 ルシオラの言葉に、俺は思わず彼女の肩を力いっぱい掴んで問い掛けた。
 けれど答えはない。
 逸らされる目。項垂れた顔。パピリオは唇を噛んだまま何も言わず。
 それは俺が抱きかけた希望に対する明確な答えだった。

 彼女の肩から手を離すと、重苦しい沈黙が立ち込める。
 やがてパピリオは搾り出されるようにくぐもった声を出した。

「それが、私の眷属に捜させたんでちゅけど、霊体片は全然残ってなくて…………。
 霊体が欠片も残らないくらい完全に消滅してたらもう駄目なんでちゅ」

「そっか」

“仕方ないわ。それに、もしも今私の魂が切り離されたら、ヨコシマの霊体構造がどうなるか分からないもの。
 どのみち私の肉体の再生はもう不可能よ”

 肩を落とした俺の中でルシオラの声が聞こえてくる。
 静かに澄んだ口調。
 落ち着き払った波動からは動揺など微塵も感じられはしない。
 彼女はもうとっくに覚悟を決めて、諦念を持って受け入れていたのだろう。
 でも俺には、その強さが哀しかった。

「パピリオ。ルシオラは────」

“待って、ヨコシマ!”

 せめてパピリオに俺とルシオラの事を伝えようと口を開いた時、ルシオラの声が焦ったように割り込んできた。

「ヨコシマ?」

「あっ、いや。何でもない」

 驚いて上擦りそうになる声を抑えながら返事をすると、俺は蝶の少女に気付かれぬように自己の中に意識を向けた。

(パピリオに話したら駄目なのか?)

“まだ待って。
 現状だと余程レベルの高いテレパシストじゃない限り、ヨコシマ以外に私の声を聞くのは多分無理。
 それに今は安定してるけど、私の人格は霊体構造の中の残滓にすぎないのよ。
 もしかしたら直ぐに消えちゃうかもしれない。だからもう少しだけ様子を見させて”

(消えちゃうかもしれないって、マジなのか!)

“焦らないで、順調ならあと数日でヨコシマの体は私の霊基に馴染んで安定する筈よ。そうすればもう心配ないわ。
 でも他者の霊体構造の中にある人格が独立性を保ったままでいられるなんてホントに偶然の産物なの。
 だから、お願い。私の存在がヨコシマの中で安定するまでは黙ってて”

(………分かったよ)

 会話を終えると内面に埋没していた意識を素早くパピリオに戻す。
 少し不安げな顔で俺を見ているパピリオの態度を解そうと、俺は軽く笑って話題を変えた。

「それで、パピリオ。究極の魔体が動き出してからもう結構時間が経ったみたいだけど、アシュタロスはどうなったんだ?」

「えーと、今は心配いらないみたいでちゅ。とりあえず詳しい事情を知ってるやつがいる場所に案内するでちゅ」

「よし、頼むぜ」

 そう言いながらパピリオに手を伸ばそうとした時、彼女の背後に横たわる物体が目に入った。

「あっ」

 すっかり忘れていた。涙目でこちらを見ている苦労人の中間管理職の事を。
 土偶羅は何かジェスチャーするように首だけとなった体を左右に激しく振っている。多分、一緒に連れて行け、と言いたいのだろう。

「えーと、パピリオ。土遇羅があそこに居るんだけど」

「あー、ホントだ。土遇羅様、生きてたんでちゅね」

 彼女は土遇羅の所まで駆け寄ると、嬉しさと懐かしさが混じった表情で壊れかけたその体を慎重に持ち上げた。

「俺はいつでもいいぜ」

 振り返って準備は大丈夫かと問い掛けてくる少女の眼差しに頷くと、パピリオは左脇に土遇羅を抱えながらもう片方の手で俺の体を掴む。

「いきまちゅよ」
 
 雄雄しく宣言すると彼女は、抱えている俺と土偶羅の重さなど物ともせずに虚空に向かって飛び上がった。











 パピリオに連れてこられた場所は俺が目覚めた所とは違い、以前訪れた時の様に人間と活気に溢れていた。
 フォーマル姿の人達が忙しそうに、殆ど傷のない屋内の中に備え付けられた設備に向かって何かの作業をしている。
 巨大なモニターを睨みながら、手元の端末でデータを入力している人。
 受話器を手に矢継ぎ早に指示を飛ばす人。
 何らかの備品の入ったダンボール箱をどこかに運んでいる人もいる。

「都内全域の霊的パワーが集中する都庁の地下か。まさか此処が無事だとは思わなかった」

 思わず口を突いてでる言葉。独り言のつもりで呟いたそれに背後から返答がきた。

「究極の魔体はあの主砲を日本では一発も撃たなかったんですよ。
 ですから東京も地上はほぼ壊滅しましたが、地下の施設の大半は生きています」

 振り返ると軍服を着てベレー帽を被ったジークが佇んでいる。

「ジーク。お前も無事だったのか」

「はい。流石にあの主砲を喰らっていたら、復活は無理だったでしょうが」

 久しぶりに見るその顔には隠し切れない疲れが見えた。
 目の周りには隈が浮かび、頬は肉が落ちてげっそりとしている。
 本調子に戻るにはまだまだ時間がかかるのだろう。
 けれどジークはそれを振り払うように苦笑する。

「横島さん、とりあえずこちらへどうぞ」

 言うと彼は踵を返した。
 俺は慌てて、軍人らしくきびきびと歩き出すジークを追いかけてそのまま隣に並ぶ。

「ここについた直後に、パピリオが土遇羅のボディーの修理を頼みにどこかに行っちまったんだけど、大丈夫なのか?」

「心配ないですよ。もう何度か来てますから迷子になる事はないでしょう」

 会話を交わしながらしばらく歩くうちに、俺達は2m程の長さのカプセル群が並ぶ部屋へと辿り着いていた。
 近付いてカプセルの中を覗き込んでみると、見慣れた女性の寝顔が目に映る。

「小竜姫様!ワルキューレ!ヒャクメ!」

 思わず俺はカプセルに手をついて呼びかけたが、その瞼はピクリとも動かない。
 そうだ。あの時ワルキューレと小竜姫様とヒャクメは、合体した俺と美神さんが攻撃を仕掛ける隙を作り出す囮として魔体に接近したんだ。
 けれどバリアを破る術を持たない俺達の特攻は、蟷螂の斧のように虚しく。
 霊波砲の斉射を浴びた3人は、俺同様に深く傷ついた筈なのだ。

「大丈夫なのか、ジーク?」

「心配いりません。
 幸いにも僕が東京湾に漂っていた3人を回収した時には、誰も命にかかわる傷は負っていませんでした。
 今はもう傷自体は既に癒えていますし、このまま此処で霊的エネルギーの供給を受けていればいずれ目を覚ますでしょう」

 その言葉にようやく安堵した。
 美神さんが死んでしまった光景が余りに鮮烈だったから、俺以外の全員が死んでしまったのだと思いこんでいた。
 でも良く考えれば、小竜姫様もワルキューレも逆天号の直撃を受けてもなお復活できたのだ。
 死に難いという点については、人間とは比較にならない程優れているのだろう。

 緊張を解いて息を吐き出すと、俺は近くにあった丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。
 ジークも俺と同じように椅子を引き寄せてカプセルの傍らに座った。
 無言のまま俺達はカプセルを覗き込んだ。
 3人の体躯は以前の様に人並みの大きさに戻っており、その呼吸は熟睡している時の様に穏やかで。
 けれど彼女達の体中に散在する無数の傷痕や火傷の痕は見るからに痛々しく、彼女らの体から発せられる霊圧も弱々しい。

 一通り様子を確かめると俺はジークに向き直った。
 パピリオが言っていた詳しい事情を知ってるやつとはジークを指しているのだろう。
 聞きたい事が山ほどあり、ジークもそんな俺の様子に気がついているようだ。

「ジーク、教えてくれ。俺達が日本海で負けてから、一体アシュタロスはどうなったんだ」

「まず今日の日付ですが、横島さんや姉上達が決戦を挑んだ時から既に74時間が経ってます」

「3日以上が………それじゃあ魔体の燃料は」

「はい。究極の魔体は3時間ほど前にエネルギー切れになって、今はハワイ沖で停止しています。
 あと30分経って日本時間の10時になったら、人類側の残存戦力による一斉攻撃が始まる予定です。
 魔体のボディー自体はそれ程の強度があるわけではないので、攻撃が始まればすぐに木っ端微塵になるでしょう」

 まず驚きがあった。やつのスピードと主砲の威力なら、3日あれば全世界の陸地が消え去っていてもおかしくない。
 なのにジークの口振りでは、究極の魔体は人類を滅ぼす事が出来ず、相当の数の人間が生き残っているようだ。

「あいつが小笠原諸島から姿を現してから3日経ってんだよな。どうやって時間切れに持ち込んだんだ?
 あの主砲とバリアを使われたら、たとえ核ミサイルを何発ぶつけたって意味がない筈だろ」

「ええ、その通りです。人類の攻撃も、最高神の方々の御力でも、やつのバリアを突破する事はできませんでした。
 ですが魔体も万能ではありません。知能を失っていたやつは人間界を攻撃する過程で数々の弱点をあっさりと露呈しました。
 結局それが敗因となりました。
 オカルトと軍事の戦力を集中させた人類は起死回生の作戦を仕掛け、その弱点を突いてハワイ沖での時間稼ぎに成功したのです。
 尤も、もしアシュタロスが完全に知能を失っていなかったら、その作戦はこうもうまくはいかなかったでしょうが」

 まるでもう何もかもが終わっているかのようなジークのあっさりとした口調。
 それに戸惑いを感じながらも更に言い募ろうとした時、小竜姫様達の霊圧が膨れ上がった。
 慌ててカプセルに目をやると、3人の瞼が痙攣している。

「っと、姉上達が目覚めたみたいですね」

 ジークが立ち上がってカプセルの端についているボタンの1つを押すと、カプセルの蓋が開いた。
 やがて3人がゆっくりと目を開いて上体を起こしだす。
 少しだけ目を瞬かせると俺達を見る。

「此処は………ジークと横島か」

「私、また都庁地下に。でもどうやら助かったみたいなのね」

「人間界は無事なのですか?」

 少しだけ不思議そうな顔で己の体や部屋に目をやって命が助かった事を悟ると、3人は俺と同じように状況を問い質してきた。

「それは」

 何か言おうとしたジークの目が壁時計に止まる。すると彼は口を閉じて床に置いてあった妙な装置、おそらく魔族の軍から支給されたアイテムだろう、のカバーを開けて何やら操作し始めた。

「おい、ジーク。一体何を────」

「待ってください、もう10時になります。そろそろ総攻撃が始まります」

 目をやると確かに時計の針は10時を刺そうとしていた。

────グウゥゥン

 ジークの操る機械からはパソコンの電源を立ち上げた時の鈍い駆動音に似た音が聞こえる。
 一見すると大き目のノートパソコンのようなその装置。モニターやキーボードに酷似した部分もある。
 やがてジークがいくつかコマンドを入力すると、モニターには究極の魔体が映し出され、俺達は思わず息を呑んでその映像に見入った。

「横島さん。ラジオをNHKに合わせて点けてください」

 そう言ってジークはモニターから目を離さないまま携帯用の小型ラジオを放ってきた。
 慌てて受け取ると、俺は周波数をNHKに合わせる。
 ジークがわざわざラジオを点けさせたのは、都庁地下にあるテレビがもう碌に映らないからだろう。
 地上の様子を見る限り、人工衛星を覗くTV用アンテナや発電所、送電網等の大半は壊れて使えなくなっているはずだ。
 スイッチを入れるとすぐに音が聞こえてくる。
 だが電波の状態は余り良くないようで、聞き取り辛くて何を言ってるのか良く分からない。
 仕方なく、雑音が入るのを承知でボリュームを最大まで上げた。

『ザザザザザザザ…………間もなく総攻撃を開始します。
 敵性体は現在活動を停止しており、再開する事はない模様です………ザザザ………よって破壊は容易だと予想されております』

 今度はノイズ混じりに硬い声が聞こえてきた。
 わざわざ攻撃開始時間を告げて実況紛いの事をする理由は、東京の惨状を目にしたせいで何となく分かった。
 停止してからもう3時間以上が過ぎてるそうだ。なのに攻撃を引き伸ばしたのは、魔体の破壊を大々的に知らしめる為だろう。
 それはつまりそこまでしなければいけないほど、魔体は派手に暴れまわって恐怖を撒き散らしたという事なのだ。

「始まります」

 時計の長針が12の文字に重なったその刹那、聞こえてくるジークの言葉。
 モニターに目をやると、ハワイ沖の浅瀬に停止している究極の魔体に何かが突き刺さって爆発した。
 轟音と共に火球が膨れ上がる。対地ミサイルだ。それに続いて何十発ものミサイルが次々に魔体へと降り注ぐ。
 爆発音と衝突の際に出る閃光が引っ切り無しに伝わってくる。

「効いてるんだな」

 見る見る間に魔体の体が削がれていく光景を見ながら俺はポツリと呟いた。
 分かっていた事だが、強いという言葉が陳腐に感じられるほどに圧倒的だった魔体も、燃料が切れればただの頑丈な置物だった
 魔体の腕が吹っ飛んだ。
 胴体にも穴が空き、ぼろぼろと崩れだす。
 …………何かの冗談のようだ。
 俺達が一太刀も浴びせられなかったあの魔体が、訓練用の案山子みたいに為すがままに壊れていく光景にはまるで現実味が感じられない。
 だが遂にアシュタロスの体が埋まっている首がもげて、やがて魔体のボディーは完全に崩壊して海に沈んだ。

『ザザザザザ………今、現地から発表がありました。
 午前10時17分………ザザザザザ………多国籍軍はハワイ沖で停止した謎の物体を…………。
 この三日間、世界中を震撼させた巨大ロボットのような物体を……ザザザ………破壊することに成功いたしました。
 我々の…………勝利です………繰り返します……ザザザザザ……我々は勝ったのです』

────うわぁぁぁぁぁ
     やったぁぁぁぁぁ

 その瞬間、あちこちから歓声が聞こえてきた。
 息を潜めてラジオに聞き入っていた此処の職員達の声だろう。
 このラジオ放送によって、彼らはようやく究極の魔体の襲撃とやつが齎す理不尽な死の恐怖から開放されたのだ。

「これで、アシュタロスは、死んだんだな…………」

 呟いた声は驚くほど平坦だった。
 まだ実感が湧かない。
 あの時、圧倒的なパワーを誇示しながら明確な殺意をぶつけてきた魔体の恐ろしさは今も尚この胸に巣食っていた。
 本当にこれで終わったのか?
 なんとなく釈然としないものを感じながらも、目を閉じて深呼吸する。
 視界が闇に閉ざされると代わりに聴覚が鋭くなる。そのせいか誰かの上げている歓声が鮮明に伝わってきた。 
 それで俺はようやく理解した。アシュタロスの死を。






 目を開けると、ワルキューレ達もモニターから目を離している。そのまま俺達の視線は自然とジークに集まった。
 俺はまだこの3日間の顛末をまるで知らないのだ。
 そして、何より。

「ところでジーク、おキヌちゃんは?此処には居ないようだけど、みんなハワイに行ってるのか?」

 途端に彼は視線を落として唇を噛み締めた。その肩が僅かに震えている。

 …………嫌な予感がする。
 でも聞かないわけにはいかなかった。

「おい、どうしたんだよ?みんながどこにいるのか知らないのか?」

 思わず語気を強めてジークの肩を掴もうとした瞬間、冷静で威厳のある声が横合いから響いた。

「ジーク、答えろ。GS達はどうした?
 そもそも私達が魔体に挑んで返り討ちになってから、情勢はどう推移したのだ?」

 軍人らしい感情を感じさせないワルキューレの問い掛け。
 上官の指示が絶対である軍人の性ゆえか、俺の質問には沈黙を続けたジークは漸く口を開いて話し始めた。
 
「究極の魔体は1日で世界中の大都市を壊滅させました。
 NY、LA、シカゴ、パリ、ロンドン、北京、上海、モスクワ等は主砲の直撃を受けて跡形もなく消えたそうです。
 ですがその時のデータを基に、人類は3日目に反撃を開始しました。
 これまでの行動パターンから魔体が優先的に狙うのは人口の多い場所だと予想されました。
 故に主要都市の壊滅後、アシュタロスが人口の集中する孤島に襲い掛かる事を予期した人類はハワイにアシュタロスを誘い込んだのです。
 その為に彼らは残存していた軍隊の内、ほぼ全ての動員可能な戦力をハワイに展開。
 つまり、すこしでも長くアシュタロスを足止めする為に兵士とハワイの住民の命を魔体をおびき寄せる餌にしたのです」

「それで?」

「あの主砲とどんな攻撃も防いで敵の接近を許さない無敵のバリアを持っていた魔体にも、2つの弱点がありました。
 1つはバリアを展開したままでは主砲が撃てない事。つまり主砲を発射している間だけは、魔体は無防備になります。これは、おそらく魔体のバリアが宇宙と宇宙を繋げるという原理を利用しているからでしょう。バリアを張ったままでは、その影響で主砲もあらぬ方向へ飛んでいってしまうようです。
 そしてもう1つ。霊波砲を斉射している間は魔体の移動速度は著しく遅くなる、という事です。残念ながらこの場合はバリアを張ったままでも攻撃が可能でしたが。
 つまり数で包囲するような形で接近して飽和攻撃を仕掛ければ、魔体は主砲を撃つ事が出来ず、動きを止めて斉射で応戦せざるをえないのです。
 それ故に、戦闘機、戦闘ヘリ、爆撃機、駆逐艦、潜水艦、イージス艦等が一撃離脱を繰り返しながら波状攻撃を仕掛け、霊能力者の方々も輸送ヘリに同乗しながらそれを支援しました。無論その目的は燃料切れになるまで魔体を足止めすることです」

 そこで一息吐くと、ジークはベレー帽を被り直した。
 それで軍人らしい思考と感情の制御を取り戻したのだろう。ようやく落ち着きを取り戻した様子で、あいつは話を続けた、

「作戦開始は今から約31時間前です。そしてその直後にある事が判明しました。
 何故か魔体は霊能力者の方々が乗る戦闘ヘリを何よりも優先して狙ってきたのです。まるで霊能力者に憎しみを抱いていると言わんばかりに。
 おそらくみなさんにコスモプロセッサーを破壊された事への怨念によるものでしょう。
 それでも志願者は誰も怯まずに、むしろ進んで囮役となって他の損害を軽減する為に魔体の攻撃を引き付ける役目を請け負いました。
 おかげで、足止めに必要な航空戦力や艦隊は参戦した霊能力者の方々の殆どが戦死されるまで全滅を免れて攻撃を続けられたのです。
 そして攻撃開始から20時間後、人類側の戦力が2割を切った所で最高神の降臨が間に合いました。
 最終的に人類は魔体停止のリミットが8時間を切るまでやつをハワイ沖に足止めすることに成功し、そして最後の8時間は最高神の方々が魔体の主砲を防ぎ続けてくれました」

「8時間?」

「諸々の影響を考慮すると最高神の方々が人間界に居られるのは8時間がぎりぎりらしいのです」

 耐え切れなくなって俺は強引に2人の会話に割り込んだ。

「ジーク、回りくどい事はいいんだ。俺が知りたいのはおキヌちゃん達の事なんだよ」

「………………世界中から志願した霊能力者の方々も戦うために現地に乗り込みました。
 そして、その9割が囮となって戦死したそうです。
 美神美智恵女史らオカルトGメン所属の方も、唐巣氏や伊達さんら民間から協力していた方々も、最後の1人までもが囮を続け、そして攻撃開始から約17時間後に魔体の霊波砲を浴びて、日本からの志願者は全員戦死いたしました。生存者は……………1人もおりません」

 そこまで言うと淡々としていたジークの声から力が抜けた。
 一泊の沈黙の後にヒィと息を呑む声がする。多分小竜姫様だろう。
 ギリッと歯軋りする音はワルキューレだな。
 どこか他人事の様にそんな事を思いながら俺の意識はジークの言葉を理解する事を拒んでいた。






 気がつけば走っていた。制止の言葉が聞こえた様な気もしたが、よく覚えていない。
 必死になって現実味のない言い訳を内心で並べて。

 全くジークも悪趣味だな。こんな時に冗談を言わなくても良いじゃないか。
 くそ真面目なお前の言うジョークが面白いわけがないだろう。

 まるで信じていない事を何度も何度も胸に言い聞かせる。
 自分を騙さなければ立っている事すら不可能になってしまうから。
 だから俺はただ我武者羅になって美神事務所に向かって廃墟の群の中を走り続けた。
 あそこにいけばきっと誰かがいる、きっと誰かが迎えてくれる、そう思い込みながら。










「ここ、美神事務所、だよな?」

 答えなどないと分かっていながらも俺は思わず声に出していた。
 目の前には、他の建物と同様に廃墟と化した建造物がある。
 だがそれでも何となく見覚えがある。間違いない。
 耐震。耐火。そして霊的な防御に優れた美神事務所が、俺の目の前で無残な姿をさらしていた。

 辛うじて倒壊は免れているものの、建物の3分の1は何かに抉られたかのように綺麗に消失している。
 塗装は大半が剥げており、内部は外から見えるだけでも滅茶苦茶になっている事が分かる。
 何よりも人の気配が全く感じられない事が全てを表している。
 美神事務所は、いつも温かかった俺達の大事な場所は、壊れた玩具の様にぼろぼろに崩れかけていた。

「うそだ、嘘だろ………なあ、頼むから嘘だって言ってくれよ!!」

 思わず我を忘れて叫んでいた。
 その時、小さな声と余りにも馴染みが深い波動が俺に届いた。
 この場所でもう数え切れないくらい聞いてきた声。

[横島さん………生き、て………おられ………たので…す…ね]

「大丈夫だったか、人工幽霊一号!待ってろ、すぐ霊力を分けてやるから!!」

[いいえ、もう………無駄……です……]

 頼りない声で話す人工幽霊の霊波が電球が明滅するようにぶれている。
 まるで風前の灯。
 なのに力なく答える人工幽霊はその時確かに嬉しそうに笑ったのだと、何故かそんな気がした。

[もうす…ぐ………わたしは………消え……ま…す。でも………その…まえに……あなた……に……これ………を]

 消え入りそうな声の懇願。
 人の感情を推し量ったり、場の空気を読むのが下手な俺にさえはっきりと分かるほど、必死の想いが伝わってくる。

[おねが……です………これを………どう…か………見て……だ……さ…い]

 その声に促されるように、俺は唖然としたまま事務所の中に足を踏み入れる。
 予想通り事務所の中は目も当てられないくらいにぐちゃぐちゃだった。
 家具や事務用品が散乱している中で、テレビだけが綺麗に残っていた。画面にはひびすら入ってない。
 電源を点けてみようかと近付くと画面が明るくなった。

[4人の方が………二日前に残したメッセージが………入って……ま…す]

 途切れ途切れの声が聞こえてくる。同時にテレビからも音声が流れてきた。
 これが、こいつが死に体になってもずっと守り通してきたものなのか。
 何か言おうとして、止めた。人工幽霊が黙って見て欲しいと願っているのは明らかだった。




 一瞬たりとも見逃すまいと画面を注視していると、やがて見覚えのある人間の姿が映った。
 タイガー寅吉。
 あいつはまずエミさんや同僚達に短く感謝の言葉を述べると、クラスメート達にも伝えたい事を告げた。その大半は、制御できない精神感応能力のせいでずっと怪人扱いされてきた自分に人間として接してくれた事への感謝だった。
 そして最後に少し恥ずかしげに、でも胸を張りながらあいつは言った。

「魔理さん。わっしは多分戻れんと思っておりますケー。その時は、どうか、わっしの他に、誰かを見つけて、幸せになってつかーさい」

 最後にはもう何を言ってるのか良く分からないほど口調が乱れていた。
 きっとタイガーは嗚咽を堪えているのだ。あの巨体に似合わず、タイガーは俺達の中で一番温厚で気が小さい。
 それでもあいつは逃げなかった。逃げれば生き残れたのに。志願しなくたって誰も責めなかっただろうに。
 一言も泣き言を漏らさずに惚れた女に精一杯の言葉を残して、最後まで泣き顔を見せぬように我慢して。

「ったく、お前は影が薄いんだから、逃げたって誰も気付かねーよ。なのに格好つけやがって」

 だからこそ俺は毒づかずにはいられなかった。たとえそれが何の意味もなかったとしても。




 タイガーが退いて、2人目が現れる。
 雪乃丞だった。
 既に故人となっている母親への感謝や俺と戦えなかった無念を淡々と述べる。
 そして最後に、雪乃丞もタイガーの様にあいつにとってこの世で一番大切な人に言葉を残していた。

「かおり。お前は俺には過ぎた女だったぜ。できれば生き延びろよ」

 いつもみたいに悲壮感や恐怖を微塵も感じさせずに、にやりと笑う雪乃丞。
 あいつらしい真情のこもった簡潔な言葉。
 でも俺には分かっている。
 あいつがあんな不敵な顔をして死地に赴こうとしているのは、自分の最後の姿をできるだけ格好良く弓さんに伝えたいからなんだって。
 それに悪ぶっていても、あいつは俺よりも遥かに義理堅い性格なのだ。唐巣のおっさんと比べても遜色ないだろう。
 だからこそこの男が志願しないわけがないとは思っていた。
 でも。それでも。ハワイになど行かず、生きていて欲しかった。

「結局GS資格試験の引き分けの決着の約束も、8年前のミニ四駆全国大会の再戦の約束も果たせなかったな」

 胸に後悔の木枯らしが吹きすさぶ。
 こんな事なら何だかんだ理由をつけて逃げ回ったりせず、試合ってやれば良かった。
 そうすりゃきっと、あいつも俺も少しだけ心残りが減ったのに。




 3人目はピートだった。
 あいつは学校の連中に世話になった事に感謝を述べ、アン・ヘルシングにも簡単に別れの挨拶をする。
 それが終わると、あいつがオカルトGメンとして活躍する事を待ち望んでいるブラドー島の人達に別れと励ましの言葉を告げた。

「僕は先生や美神さん達と会って、こそこそと己の境遇を偽らずとも人間社会でやっていけるという自信が持てました。
 ですから皆さんも恐れないでください。たとえ僕が死んでも皆さんは新しい時代に入ることが出来ます。人間の方々と共に」

 最後まで笑顔のまま、ピートはメッセージを締めくくった。
 本当に、里帰りでもするかのように穏やかに。

「いちいち言う事が気障なんだよ、ピート。何百年も生きてるくせにあっさり死にやがって」

 次々と再生されていく画像は大切な人達が残したメッセージ。
 もはや会えない彼らの言葉を聞くたびに胸が締め付けられていく。




 そして4人目。最後に画面に現れたのはおキヌちゃんだった。
 一目見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
 画面の中のおキヌちゃんは、外見には特に変化はないのに、それまで見たこともないくらいに綺麗だった。
 彼女は、可愛いとか、美しいとか、そういった物を超越したかのように清らかで侵し難い雰囲気を湛えていた。
 やがておキヌちゃんはいつものように優しげな口調で話し始めた。
 六女のクラスメートに友愛の言葉を。
 この近所の幽霊達に諧謔混じりの別れの言葉を。
 自分を引き取ってくれた氷室家の人達に感謝の言葉を。
 一通り話し終えるとおキヌちゃんは、そっと胸に手を当てた。その瞳が潤み、顔に血が上って頬が赤くなっている。
 そのまま5秒程経った後、おキヌちゃんは何かを決意したかのように軽く頷くと、お日様の様な笑顔を浮かべながら口を開いた。

「本当は直接会って伝えたかったんですけど、死んだら会えるかどうか分からないから、こちらにも言っておきます。
 横島さん…………私、生き返る前から、ずっとあなたが好きでした」

 稲妻に直撃された時みたいに俺の体が激しく震えた。
 舌が痺れてうまく動かない。
 力が抜けて座り込みそうになる。
 一気におかしくなってしまいそうな痛みが俺の胸に奔った。

「もしまた会う事が出来れば、今度は決して躊躇いません。そして絶対に負けません。
 誇りを持って、心から言えます。好きです。大好きです、横島さん」

 おキヌちゃんが俺の前で笑ってる。哀しそうな、けれどどこか照れたような顔で。
 きっとあの子は、俺の顔を思い浮かべながら言葉を紡ぎ、それに向かって笑顔を浮かべているんだ。

「来世でもまた、美神さんと、横島さんに……会いたい………です」

 その内心は死の恐怖に脅え、親しい人間を亡くした悲しみに打ちのめされていたはずなのに。
 その瞳からぽろぽろと涙を落としながら、それでもおキヌちゃんはいつも俺に安らぎをくれたあのほんわかとした笑顔のままで。
 その笑顔があまりにも綺麗だったから。
 俺は何があろうとも一生忘れないと感じていた。画面に映っているおキヌちゃんの笑顔と、俺を好きだと告げた彼女の言葉を。

 唐突におキヌちゃんの姿が消える。メッセージが終わったのだろう。もう画面は暗くなっていた。
 それでも四人が残した言葉は忘れられるはずがないくらい鮮烈に胸に刻まれて。

「ちくしょう………ちくしょぉぉぉぉ!」

 狂おしい程の遣る瀬無さに突き動かされ、絶叫が俺の喉から迸った。
 
 まるっきり気付いてなかったわけじゃない。あの子が俺に向ける眼差しに特別な意味が込められていた事を。
 なのに………それなのに!
 俺はあんなに俺の事を大切に想っていてくれたおキヌちゃんに何もしてやれなかった。
 彼女を助ける事も。元気付ける言葉を掛けてやる事さえも。
 
 不意に人工幽霊の言葉が聞こえてくる。

[これ………で………思い残す事は………もう…あり…ませ……ん]

 ああ、もういい。
 何も言わないでくれ。
 頼むからお前まで俺を残して死なないでくれ。

[よこし………ま……さ…ん…………生きて……くだ…さ………]

 けれどそんな俺の思いも虚しく、人工幽霊一号のか細い声は消えていき、そしてその霊波が完全に消えた。
 この瞬間、美神事務所は廃墟となったのだ。 






 瓦礫の野原に微かな風が吹いた。その小さなベクトルに押されて、固まっていた俺の体が倒れそうになる。
 吹けば飛ぶような、って言葉はきっとこんな状態を指すのだろう。
 だってどう頑張っても体に力が入らない。胸がむかむかして吐き気がする。
 少し動いただけで呼吸が乱れ、思考が散った。
 やがて空っぽになった頭に、厳然たる事実が無慈悲に流れ込んでくる。
 
────みんな、死んだ。
     俺だけが、生き残った。

 認識した刹那、猛烈な悔恨と罪悪感がのしかかってきた。
 目の前が真っ暗になって何も、ルシオラの声さえも聞こえない。

「あっ……ああっ………うぐっ」

 濁った何かが全身に満ちて、体中を這い回る。
 まるでムカデが体内で蠢いている様な悪寒と気持ち悪さに全身が痙攣する。
 震えに耐えられずに力が抜けてバランスが崩れた。無意識のうちに膝を落として両手を突く。
 その時、冷たい何かが頬を撫でた。
 
 先に泣き出したのは空だった。
 目を上げるといつの間にか顔を曇らせた空が、俺の内心を代弁するかのように涙を流し始めていた。
 その涙は徐々に激しくなって、遂には眩い閃光と共に悲鳴のような泣き声を上げた。

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 木霊する稲妻の轟音につられるように、俺の喉からも叫びが漏れる。
 一度泣いてしまえば、もう止まらなかった。

「ふざけんなよ!
 こんなっ!美神さんもおキヌちゃんもいない世界で!!
 俺に………何を支えに生きていけって言うんだよぉぉぉ!!!」

 けれど頬を流れる俺の涙は雷鳴の轟と激しく地面を叩く雨音の中に消えていき。
 感情に任せて泣き喚きながら叫んだ言葉に答える者はなく。
 仰いだ天はどす黒い雲に覆われて何も見えなくて。
 いつも俺の傍で俺を明るく照らしてくれた数々の光は……………もうどこにもなかった。



[526] それでも明日はやってくる3
Name: z
Date: 2005/10/22 18:08
③錯綜する激情の嵐

 大きな戦いがあった。
 人類の大部分は死んで、残った者はほとんどいない。
 けれどもまだ彼らは戦い続けている。
 烏は歓喜の鳴き声を上げながら死体の肉を食い散らかし、犬は哀しそうな顔で帰ってこない飼い主の身を待ち続ける。

 俺の周りに居る人も1人、また1人と居なくなる。
 やがて気付けばもう一人ぼっちになっていた。
 街はゴーストタウンと化して、生気のない店には人のいた名残が僅かに残っているだけだ。
 静かな道路。静かな大地。静かな世界。
 誰もいない。何も聞こえない。何も起こらない。
 声をかける者はなく、意思疎通が成立する事もない。
 ぽっかりと穿たれた寂しさに思わず叫ぼうとした時、唐突に背後で人の気配がした。

 振り向くとそこに────みんなが歩いていた。

 美神さんがおキヌちゃんに笑いかけながら颯爽と風を切る。
 エミさんがタイガーに何か怒鳴りながら、美神さんに張り合おうとして並びかけていく。
 冥子ちゃんは相変わらず式神に乗ったまま、のほほんとした表情で辺りを見回している。
 その隣にいる雪乃丞はいきなり飛び掛られても対応できるように式神を睨んでいる。
 ドクター・カオスが傍らのマリアに向かって、得意げな顔でしきりに何かを喋っている。
 唐巣のおっさんはピートと共に穏やかに笑いながら、のんびりと歩いている。
 美智恵さんや西条が生真面目な顔で、他のメンバーを見守るように少し離れて歩いている。
 
「待ってくれ!」

 俺もその中に入っていこうと駆け出した。
 しかしいつまで走ってもみんなの所に合流できない。
 何故か俺が走れば走るほど、ゆっくりと歩いている筈のみんなの姿は徐々に遠ざかっていくのだ。

「どうして俺から離れていくんだよ!」

 目の前の理不尽に向かって叫ぶと、一瞬だけみんなの顔がこちらを向く。

「っ!?」

 思わず息を呑んだ。
 俺を見たみんなの顔に浮かんでいたのは、深い憂いと悲しみの色だった。
 数秒間見つめ合った後、彼らは俺から目を離して再び歩き出した。

「くそっ!!」

 手を伸ばしても届かない。いくら足を動かしても追いつけない。
 俺にはもう失ってしまった者達を取り戻す術はない。
 みんなの姿は少しずつ小さくなって、闇の向こうに消えていく。

「ここは寒いんだよ。ここは寂しいんだよ。だから、頼む。一言でいいんだ。俺に何か言ってくれよ!」

 これは夢だと理性が冷徹に告げてくる。
 眼前の光景は俺の未練が反映されたただの妄想だと。

「みんな…………」

 もう何も出来ず、ただ美神さん達の姿が闇に消えていくのを見ていると、やがて俺の意識は少しずつ薄れていった。 






「またこの夢か」

 寝覚めはこの数日と変わらず最悪だった。
 人は毎日夢を見るといわれているが、最近連日で見る夢は先程と同じようなものばかりだった。
 覚めるといつも無力感に苛まれる。

「くそっ」

 浅い眠りが続くせいで疲れは全然取れないけど、とても二度寝する気になんてなれない。
 仕方なく俺は起き上がった。
 窓を見ると空はもう明るくなっている。辺りを見回しても起きている人間はまだいない。
 だが全員が安眠しているわけではない。

「うっ、あっ、ああ」

 苦しげな呻き声。
 耳を立てなくても、多くの人がさっきまでの俺と同じように魘されているのが分かる。

「無理もねえよな」

 呟きながら眠気の残滓を追い出そうと伸びをする俺の周りには、数百人の人間が雑魚寝していた。
 俺が今いる所は辛うじて屋根が残っている。元々この場所は地震の際の避難所の1つだったそうだ。

 都内の家屋の殆どが魔体に破壊されたので、生き残った人達は狭苦しい環境を我慢してこのような場所に逃げ込まざるをえない。
 不幸中の幸いと言うべきか、アシュタロスとの戦いが東京を中心に行われる事については事前に予測されていた。
 おかげで食糧と水や毛布等の物資については、人口の急減もあって今のところ不足している様子はない。
 だが雨風を凌げる場所や衛生設備等のインフラや医薬品は、甚だしく不足している。尤もまだ問題起きていないが。

 数日前からここで身を寄せ合うような避難生活を送りながらも、俺は1人ぼっちだった。
 知人は誰もこの避難所には来ておらず、それが何を意味するかは確かめる必要もない。
 数百人の人間がいても、交わされる会話はほとんどない。話しかけてもみんな暗い顔で重苦しくぼそぼそと喋るだけ。
 彼らは今でも未来でもなく、懐古と哀愁に浸りながらただ過去だけを見つめていた。
 けれどそれは俺も変わらない。俺には未来に目を向ける気力も現在を認める勇気も無く、気がつけば心は過ぎ去りし日の思い出をなぞっている。
 そんな歪で余裕のない心で誰かとまともに触れ合えるわけがなかった。

 だから今日も俺は避難所を抜けて外に行く。
 俺の手から零れ落ちたかけがえのない何かを探し求めて。






 深呼吸すると冷たい早朝の空気が肺を満たす。
 その日は眩しいくらいに快晴だった。 
 穏やかな日差しは優しく大地を光を投げかけて、澄んだ空は雲ひとつない群青色。
 その美しさにはなんの翳りもなく。
 けれど大地は魔体に穿たれた醜い爪痕が色濃く残る。

 街に着くと、俺はいつものように顔見知りがいないか探し回る。
 瓦礫に足を取られぬように気をつけてながら、目を皿の様にして。
 そんな事を数日続けて、行き交う人の顔を注意深く観察していると否応なしに分かってしまう事がある。

 道行く人々の顔は一様に暗く、怒りを顔に浮かべている人や打ちひしがれている人ばかり。
 はたして何人が安息の場所を失ったのだろう?
 どれほどの人が、俺の様にかけがえのない人間を失ったのだろう?
 …………分かるわけがない。
 通信と交通の途切れた状況下では世界の事なんて何も分からない。
 俺に言えるのはただ1つ。
 笑顔を失くして街を彷徨う群集はどこに行けばいいのかも分からずに、ただ失意で編まれた闇の中に佇んでいる。

 そしてそれは俺も変わらない。
 みんなを失ったって理解した時から、俺の思考は麻痺したかのように鈍くなり、時折胸の痛みで呼吸が苦しくなる。
 知っている人の命は俺の知らぬ間に散っていき。
 世界が真っ暗になってしまったかのような底なしの絶望だけが残されて。
 もう、誰も帰ってこない。

 けれどこの悲しみも憤りも、道路脇で転がっているようなありふれた悲劇の1つに過ぎないのだ。
 だって苦しんでいるのは俺だけじゃない。
 60億を越える人類の大半が命を奪われて。
 残された人達の大部分が俺の様に冷たい喪失感に侵されて。
 世界は、絶望と悔恨に満たされていた。

 …………結局、この日も、俺は誰にも会えなかった。








 次の日、起き上がって外に出るとヒャクメが待っていた。
 彼女の話では、総理大臣が今回の顛末を知っている人間として俺から話を聞きたがっているそうだ。
 現在機能を停止した政府に代わって、生き残った議員や閣僚を主体に臨時政府が構成されている。
 彼らは近々国民に向けて事件の終結と事情の説明をする予定らしい。
 確かにコスモプロセッサーの起動から東京湾までの戦いに限定すれば、生きている人間の中で俺以上に事情を知る者はいないだろう。
 ルシオラの事を除けば話をするぐらい別に何でもない。
 むしろ1人でも多くの人に知っていて欲しい。あの瞬間、俺達が何を思い、何のために戦い、そして何故俺達は勝てたのか。

 連れてこられたのは都庁地下だった。先日は気付かなかったが、此処が臨時政府の活動拠点になっているらしい。
 国会議事堂も首相官邸も既に無い現状では、都の施設を国が使うのも仕方ないと言えば仕方が無いのかもしれない。
 ヒャクメの案内で一室に入ると、アシモト総理やテレビで見た覚えがあるような議員が数名、そしてワルキューレ、ジーク、小竜姫様がいた。




「君の話は良く分かった。ヒャクメ様のお話とも一致している。
 もし核ジャック事件の前に世界GS本部が美神令子の暗殺に成功したとしても、結局は究極の魔体とやらは今回同様に起動したのか」

 俺の話が終わるとアシモト総理が遣り切れなさそうに独白する。
 大勢の人間の命を預かる政治家にとって、大多数の為に少数を切り捨てるのは日常茶飯事だ。
 政治というものは、建前の目的ですら最大多数の最大幸福を謳っている。つまり裏を返せば全員の幸せを約束するものではないという事だ。
 成立する法案や予算案だって必ずしも全ての人間に配慮しているわけではない。それぐらいは俺にも分かる。
 故に美神さんを暗殺して数十億人の犠牲が防げるのなら、躊躇う政治家など居ないだろう。
 それを恐れたからこそ美智恵さんは己の命を投げ出して非情な采配を続けていたのだ。
 だが次の瞬間ヒャクメが投げかけた言葉は、世界GS本部の狙いとアシモト総理の結論を否定した。

「多分同じじゃないですよ。
 アシュタロスは南極でかなりのエネルギーを消費した筈です。
 美神さんと横島さんの同期合体との戦いや、核ミサイルの爆発から宇宙の卵を守って脱出する為に。
 だからもし南極での戦いの前に美神さんが暗殺されて、そのままアシュタロスが魔体を起動させた場合、
 魔体の稼働時間は更に24~36時間くらい伸びたかもしれないんです」

「その場合、この世界は………………」

「人類の9割以上が死に絶えて、人間界への被害は最低でも文明の消滅が免れない規模にまで膨らんだと思います」

 ヒャクメの告げた言葉に沈黙の帳が落ちた。
 俺も驚いたが、列席した何人かの顔色も劇的に変わっている。
 汗を拭く人、面白くなさそうだった表情を改めて俯く人、小刻みに方を揺らせている人。皆、動揺を隠せずにいる。
 多分ヒャクメの言葉を聞くまで、彼らは美神さんを恨んでいたのだ。
 あの女さえ居なければ、アシュタロスが戦いを仕掛けてくるまでに死んでいればこんな事にはならなかったのにと。

 けれど真実は違った。彼女こそがここにいる者達全員の命の恩人だったのだ。
 魔体の燃料となるアシュタロスの残存エネルギーがもう少し多かったら、世界がどうなっていたか、解らぬほどに愚かな人間はいない。
 だからこそ彼らは唐突に知らされた真実に戸惑い、自分の心を整理しようと目を白黒させていた。

「やはり美神令子達は英雄なのだな」

 そんな呟きが聞こえた気がしたけれど、それは俺にとってはどうでもいい事だった。
 死を美化されたって、英雄だって認められて銅像が建てられても、俺もあのヒトも嬉しくなんてない。
 美神さんは絶対に望まない。自分の死が誰かに利用されるような事を。
 それは生き残った人間が負い目を誤魔化すための代償行為に過ぎないから。




 やがて声にならないざわめきが一段落するのを見計らってアシモト総理は立ち上がち、復興計画について簡単に述べた。
 それによると、信じられない事に神族、魔族のエキスパートが人に擬態して復興活動に協力するそうだ。
 彼らと残っている霊能力者による混成チームを結成し、オカルト的な面からのサポートをしていくらしい。
 たとえばヒャクメの目があれば行方不明者の捜索は容易になるだろうし、ジークやワルキューレならばヘリを使わずとも空から人や物資を運べるという事らしい。それだけではなく一般人の活動の際の護衛もするそうだ。
 しかし、神族と魔族が共同で復興活動に協力?
 呆気に取られながら小竜姫様達の方を見ると、ワルキューレが立ち上がる。

「アシュタロスによって多くの人間が死んだ。
 その影響で今、世界中には大量の怨念が渦巻いている。故に今後、間違いなく各地で霊障が多発する。
 その対策に魔族の正規軍からデタントに理解のある者を選抜して治安維持に協力する事になったのだ。
 私も春桐魔奈美として参加する予定になっている。もちろん神族からも何人か派遣されるだろう」

「魔族と神族による人間界への大々的な干渉か。随分思い切った事をするな」

「あくまで一時的なものだ。10年を目安に人間界の霊的な環境を以前と同じ状態に戻す。
 それが終われば全員引き上げる事になっている」

「でもいくら擬態したからって、力は使うんだろ?
 もし正体がバレたら、いざこざが起こるんじゃないか?」

「問題ない。人間界で活動する者はアシュタロスが使った霊体ウイルスを注入する事が義務付けられている。
 もし人間に傷を負わせれば、それが発動して何らかのペナルティーを科される事になっているのだ。
 そしてこれは、私を含めてアシュタロスとの戦いで全く役に立てなかった者達に対する汚名返上の機会でもある」

「それは神族側も同様です」

 俺の疑問にワルキューレは事も無げに答え、ヒャクメや小竜姫様も同調する。
 アシモト総理を見ると、彼も俺に向かって小さく頷いて見せた。どうやら政治レベルでは合意が出来ているらしい。
 復興がある程度進んで、人々が余りにも人間離れした能力を持つ混成チームに注視する様になった時には、混成チームの活動は文句のつけようが無い実績を上げて大多数の賛意を得ている。きっとそんなシナリオになっているのだろう。

「ところで君にも参加してもらいたいのだよ、横島くん」

「俺が、ですか?」

 突然切り出してきたアシモト総理の言葉に、今度こそ俺は意表を突かれた。

「オカルトGメンの再建といっても、一連の事件で活躍した霊能力者の方々は、君を除いて全員が亡くなっている。
 彼らは最後の最後まで魔体の足止めの為に、その命を懸けて囮を続けてくれた。彼らは皆等しく英雄だ。
 だからこそ彼らの中で最後まで戦った君を混成チームのシンボルとしてアピールしたい」

 そこまで言うと彼はひどく人の悪そうな顔になる。

「要は世間受けするプロパガンダだよ。
 スパイとして数々の貴重な情報を持ち帰り、核兵器で世界中を恐怖に陥れた魔神と戦った霊能力者。
 南極に向かったメンバーの中で唯一の生き残り。
 そして死んでいった者達の志を受け継ぐ最後の戦士。
 御伽噺じみたストーリーだが、君の経歴を実績を見れば誰もが納得するだろう。
 幸い君はスパイとして潜入工作をしていた時に悪役として何度もテレビに中継されている。
 それ故に実は君が我々が極秘に潜入させたスパイだったと市民を納得させるのは簡単だ。
 そんな君が先頭に立って復興に当たる、という構図は混成チームに対する疑念や反感を減らして円滑な活動を促進する」

 突然本音と建前の双方を知らされて俺は困惑する。けれど嫌悪感はなかった。
 煽てるわけでもなく気持ちいいぐらいすっぱりと狙いを教えてくれるのは、嘘を吐かれるのに比べれば余程ありがたかった。
 思わず、人の悪そうな顔で偽悪的な事を喋る総理に協力してしまいたくなってしまう。
 もしかしたら総理になるような政治家は、彼の様に人を誑しこむ術に長けている者ばかりなのかもしれない。
 けれど。それでも俺は。

「すみません」

「何故だ、横島。今も貴様の力を必要としてる者達がいるというのに」

 頭を下げた瞬間、横から矢の様に鋭い声が耳を打つ。
 問い質してきたのはワルキューレ。その目には怒りの炎が透けて見えた。
 何も言わないがジークや小竜姫様達も意外そうな顔をしてる。
 きっとみんな俺が参加する事を確信していたのだろう。

「もう疲れた……………とても何かをする気にはなれねえんだよ。
 それに今の俺は霊能を使えないただの一般人だよ。昔、お前が俺を美神事務所から叩き出した時に足手纏いだって言っただろう?
 その通りだよ、こんな状態の俺が参加したところで何の役にも立てねえ。それどころ足を引っ張るのがオチさ」

「貴様、何を!?」

「待って、ワルキューレ…………横島さん、嘘は言ってないのね」

 ワルキューレの激発を抑えるために、咄嗟に俺の心を読んだのだろう。ヒャクメは一瞬痛ましそうな目で俺を見た後、急いで彼女を止めた。
 その途端、俺に向けられていた小竜姫様の目が見開かれた。ワルキューレの刺すように尖った視線も驚愕に歪む。

「横島………お前、本当に霊能を?」

「煩悩ごとな」

 美神事務所で泣き崩れた翌日から、俺の霊能はさっぱり発現しなくなった。
 ルシオラの話によれば霊能力の源の1つだった煩悩が全然湧き上がらなくなった事や、俺の精神状態のせいらしい。
 霊能力を発動するためには強靭な意志とイメージが大切だと言われている。
 確かに俺の霊能が初めて発現したのは、いずれも死にそうな目にあった時だった。
 逆に言えば心が使いたいと思わない状態では、霊力があっても霊能は発現しないのだろう。
 それが今の俺の精神状態というわけだ。

 俺にとってアシュタロスと戦う理由は2つだけ。
 それまで続いていた日常を得体の知れない者の襲来から守る事。
 そしてルシオラを生みの親の楔から解放する事。
 ………簡単な事だ。
 極論すれば俺はただ俺自身の幸せを求めていたにすぎない。
 その為に俺は他者を必要として、俺にとって大切な人達を守り抜こうと誓ったのだ。

 それなのに皆が死んでしまった後も、俺は彼女に助けられておめおめと生き残っている。何を求めて生きていけばいいかも分からずに。
 求めるモノが見えなくなって戦う理由を失った。戦う意志を失った。だから俺の身に宿っていた力も消えた。
 そんな俺にとって、再建の熱に溢れた都庁地下は居場所にはなりえない。
 ここに来て、美神さん達の最後の戦いの事を話して、それで俺の役目は終わったのだ。

「というわけで俺は単なる役立たずだ。だからもう放っておいてくれ」

 それだけ告げると、俺は制止を振り切って逃げるように都庁地下から抜け出した。
 どこにも行くあてなんかなかったけど、別に構わなかった。








 首相の要請を断った次の日も、俺はあてどなく彷徨いながら、何かを求めて街を巡っていた。
 目に映る光景は変わらない。瓦礫と烏と血走らせた目で肩を怒らせて歩き回る人間。そしてしょんぼりと佇む壊れた自動販売機。
 ここにあるのは進む事も退く事もままならない人の群。
 居場所と希望を失った彼らはその喪失を嘆き、時には怒りに駆られて口汚い言葉を天に向かって喚き散らす。
 理不尽な事態への怨嗟の叫びは風に乗って飛んでいき、ゆらゆらとゆらゆらと漂いながら消えていく。
 人々の心は目を覆わんばかりに悪化していた。

 多くの場合、怒りは憎しみと変わる前に風化する。何故ならばこれまで社会システムの中に内包されてきた優しさが荒んだ人の心を癒すからだ。
 けれど今はそれも崩壊した。
 失ったものは決して返らず、そして遠からず此処にも飢えと寒さに満ちた残酷な風が吹き、人々は寛容さを徐々になくしていく。
 故に怒気はやがて怨念へと変わるだろう。
 恨みに取り付かれた人は余裕と陽気さを失くして容易に非生産的な生き物へと変質する。
 放置しておけばいずれ彼らは、俺達が今まで祓ってきた悪霊や復讐に取り付かれて自爆テロに奔る人間の様な存在に堕ちていくのだ。
 その一方で、怒る気力すらも失った人達は、役目を果たした虫けらの様に朽ちていく。
 街を流離う者達はそんな人間ばかりだった。

 俺も彼らと大差ない。
 時たま話しかけてくるルシオラの存在がなければ、今頃俺が正気を保っていたかどうかすらも怪しいものだ。
 いつか耐え切れなくなって絶望の波に溺れて息絶えるか、狂気の渦に飲み込まれて自暴自棄になっていただろう。
 けれど俺にはルシオラがいた。
 彼女自身が美神さんやおキヌちゃんの死を悲しんでいるのに、けれどルシオラは何とか俺を慰めようとする。
 今は一日一時間程しか話せないけれど、それでも彼女が話しかけてくれるおかげで俺は生きようとする気持ちまでは失っていない。
 俺の命はもう俺だけの物ではないと自覚できるから。

 俺は大馬鹿だから、みんなが死んだ事を知らされて、ほんの一瞬でも生き残れた事に絶望してしまった。
 俺の中にルシオラが生きているのに。
 彼女の命は俺と共に在るというのに。
 死者を相手にしてきて誰よりも生きるという事の有り難味を分かっていたみんなは、命を粗末にするような真似など決して望まぬのに。
 けれど思い出してしまえば、もう死ぬ気になどなれなかった。
 だから俺は生きている。
 たとえそれがどれ程の苦痛と絶望に苛まれる道に繋がっていたとしても、俺は生きる。








 それから数日後。
 俺は街に行くのをやめた。
 これ以上、かつては無限の可能性に満ちていたその場所に空っぽの虚無が満ちているのを見ても面白くない。
 それに加えて、今の街は俺にとって途轍もなく恐ろしい。
 街には半端でない数の浮遊霊が漂っている事が分かったのだ。

 今の俺は中途半端な霊能力者の様なものだ。
 相変わらず霊能は使えないままなのに、霊力と霊感だけは最盛期の状態まで戻ってしまった。
 だからこそ俺は見聞きしてしまう。アシュタロスに殺された魂の姿を。彼らが叫び続ける嘆きと無念を。

────助けて。誰か助けて。体中が痛くておかしくなっちゃいそう。

 小学生くらいの子供が泣いている。

────どうして誰も私の事を見ないの?あの人はどこにいるの?私に会いに来てはくれないの?

 自分が死んだという事にも気付かずに、若い女性が恋人の姿を捜し求めている。

────何故俺は死んだ!俺が何をしたと言うんだ!!

 スーツを着た中年の男が、全く予想出来なかった理不尽な死に怒りの声を上げている。

 けれど俺にはそれに耳を傾けて成仏を促す心理的な余裕も、祓ってやる力もない。
 それでも、もし俺が霊の姿を見える事が分かったら、彼らは一斉に俺に向かってくるだろう。
 自分の訴えを聞いて欲しいと。
 この無念を理解して欲しいと。
 だから俺は、彼らと目を合わせないように注意しながら、慎重に市街地だった場所から離れた。
 足早に、俯きながら、耳に届く死者の声を聞こえない振りをして。
 街から出ると、ようやく視界に入ってくる霊はいなくなった。

「情けねえな。命が惜しくなった途端に逃げ腰かよ」

 適当な場所に座り込んで安堵すると。思わず自嘲が零れた。
 今日、やっと俺にもワルキューレやアシモト総理の懸念が理解できた。

 復興活動をする者は、否応なく死者の魂の群に直面させられる。
 普通ならその姿は一般人には見えず、幽霊の方も人間に対して何かすることは出来ない。
 だが全ての霊が無害なわけではない。
 現世に強い未練や怨念を残して霊になった者や、生前は霊能力者であった者は、おキヌちゃんの様に人に触れたり物を動かす事ができる。
 そしてその中に見境なく生者を怨んでいる霊がいれば、救助活動に当たっているレスキュー隊員や警察官に襲い掛かってくるかもしれない。
 だからこそ少しでも復興を円滑に行うためには、彼をガードする者が必要なのだ。
 そしてアシュタロスと戦っていた時の俺の力ならば、確かにその役目を果たせるだろう。

「でも、悪いけどマジで役立たずなんだよな、俺」

 力なく笑うと俺は腕に霊力を込めてみた。
 俺が最初に発現できた霊能、サイキック・ソーサー。自在に形を変えられる栄光の手。そして文珠。
 イメージそのものはスムーズに出来るけれど、掌の中の霊力は相変わらず何の変化も無い。
 霊能を発現させるための手順には何の問題も無い筈なのに。
 ならばやはり精神的な問題なのだろう。それさえ解決すれば、おそらくすぐにでも俺の霊能力は戻る。
 けれど俺には、自分がそれを望んでいるのかどうかすらも分からなかった。








 今日は、久しぶりにゆっくりと夕日を見た。
 街に行くのをやめた途端、やる事のなくなったから。
 夕暮れ時になる少し前に誰もいない小高い丘を見つけた俺は、そこに寝転がって空を見ていた。

「綺麗だな」

 俺の視界に広がっている空は、俺とルシオラが眺めたあの日の様に、残酷な程に美しく。
 同じ空の下で起きた悲劇や今も苦しみもがく人間の存在など関係なく、ただひたすらに儚くて。

「こんな時でも、夕焼けって綺麗なんだな」

“ええ、本当ね”

 昼と夜の一瞬の狭間の光景はこんなにも美しく、けれど赤から黒へと移り変わる終焉はこんなにも心を痛ませる。
 夕日を見ると何故かはっきりと思い知る。
 美神さんがいて、おキヌちゃんがいたあの日々が、一瞬で過ぎ去っていく夢の様に、もう俺の所から消えてしまったのだと。

「本当に、綺麗だ」

 俺達は何も言わずに夕日を眺めていた。
 遥か彼方まで広がる茜色の空。すぐに消えてしまう宿命を背負った紅の色に心を奪われて。




 しばらくして、不意にルシオラの声が聞こえてきた。

“ヨコシマ。美神さんの事、好きだったの?”

 その問いが余りにもさり気なく、尋ねてきた彼女の口調が全くいつもと変わらなかったから、自然と俺は答えていた。

「ああ………」

 身勝手で、傲慢で、周りの思惑なんか歯牙にもかけなくて。
 でも…………それでもあの人はギリギリの場面では、誰かの命と想いを大切にしてくれた。
 たとえ現世利益が絡んでいる時でも────誰かの命を踏みにじってまで金に執着するようなヒトじゃなかった。 

「ルシオラに感じているものとは違うかもしれないし、おキヌちゃんに感じていたものとも同じではないだろうけど」 

 俺をしばく彼女の一撃は、とても痛かったけれど。
 強引に我が道を往くあの人の後を追いかけて、いつもしんどい思いをしたけれど。
 何度も何度も困らされ、挙句の果てに死に掛けた事も一度や二度では済まなかったけれど。
 嫌いになんてなれる筈がなかった。そんな無茶苦茶な所を含めて、俺は美神令子というヒトが好きだった。
 何度も死ぬような目に遭い、散々こき使われてきたけれど、それでも美神さんが時には優しさを見せると知っていた。

「きっと俺は美神さんが好きだった」

 あの日、美神さんに時給250円で雇われてから始まった日々。
 目に見える存在と見えない存在。幽霊という存在を知り、そして仲良く過ごすようになった日々。
 瑞々しく溢れた彼女のオーラや他の場所では決して得られない経験は、空っぽの自分を確実に満たしてくれたから。

「何より俺にとってあの人は特別すぎたから」

 ただの荷物持ちとしてあの人の後姿を追いかけている内に、いつの間にか俺はGSの資格を手に入れていた。
 そして彼女たちと過ごすようになってから、ただの高校生だった俺の前に見た事もない世界が広がっていく。
 悪魔が棲みついた人工衛星。竜神と猿神の住む霊峰。時の流れから隔絶した机の中の異空間。魔界と化した香港の洞窟。不老不死を体現した天才が活躍していた中世。因縁の魔族と命懸けで戦った月面。魔神が待ち構えていた南極。そして東京湾。矮小な世界の中にいた平凡な高校生だった俺は、美神さん達によって色んな場所に引きずりまわされ、多くの人と出会い、そしていつの間にか霊能力者となっていたのだ。
 楽しかったと、間違いなくあの人の傍で働けて良かったと思えた。
 だからこそ生きていて欲しかった。俺の事をしばいたっていい。高飛車に笑っていたって構わない。ただ生きていて欲しかった。

 それなのに。
 俺の前に広がっていた世界は消え去って、もはや追憶の中にしか存在しない。
 その無情な現実は、ナイフを突き刺さしたかのような鋭い痛みを俺の胸に奔らせる。
 無念だった。死なせたくなかった。

「俺はこんな結末の為に戦ったんじゃねえんだよ!
 こんな終わりが見たくて結晶を破壊したんじゃねんだよ!
 なあ、頼むよ、神様。アシュタロスにだって出来たんだから世界を元に戻すくらいできるだろう!?」

 信仰心など一欠けらも持ち合わせていなかったけれど、それでも俺は心から彼らが奇跡を起こす事を願った。
 助けてくれ、誰でもいいから誰か何とかしてくれと。
 けれども祈りの言葉は届かない。

 ………当然だ。デタントの目的はあくまで人類全体の発展と変化を見守る事。
 その為に、宇宙の対立と秩序を保ちながら最終戦争が起こらぬようにと腐心する最高神が一個人の願いになど耳を傾けるはずがない。
 彼らは人類を滅亡させないために姿を現す事はあっても、寄る辺なく流離う迷い人に手を差し伸べはしないのだ。
 そんな事は百も承知で、それでも俺は叫ばずにはいられなかった。

「てめぇら、少しぐらい俺達の為に奇跡を起こしてくれたっていいじゃねえか!!」

 やがて憤りは自分自身へと向けられる。
 強くなれたと思ったのに。
 俺にも何かできるんじゃないかと期待したのに。
 なのに……それなのに!
 無念さに突き動かされた俺の手は何度も何度も地面を叩き、俺の舌は搾り出すように声を出す。

「バカ………バカめ!!
 バカめ………バカめ………バカめ!!」

 両手からは鈍痛が伝わってきて、叫び続けて枯れた喉はひりつく様な痛みを伝えてくる。
 だが、たいしたことはない。
 確かに痛いけれど、この程度の痛みはどうという事はない。
 美神さんの折檻は死ぬほど痛かったけれど、傍にいられる事を思えばいくらでも我慢できた。
 だが本当に痛いのは俺の胸が負の感情に激しく揺さぶられる時だった。
 消滅するのも覚悟でおキヌちゃんの霊体が死津喪比女に体当たりした時、我を忘れた俺は目の前の危険に対処する気力さえも奪われた。かけがえのない人を救えぬ無力感に襲われて。
 魂の結晶を破壊してしまった時、俺の中の絶望は目に映る世界から彩色と美しさを飲み込んで真っ黒に塗りつぶした。
 そして今、行き場を失くした憎しみが劫火となって胸焦がす。まるで俺の心を壊そうとするように。
 この耐え切れぬ痛みに比べれば、肉体の痛みなどうららかな春の日に吹くそよ風に過ぎない。

「俺は手も足も出なかった。
 アシュタロスを倒す切り札だって美智恵さんから言われたのに、みんなが死んでいくのを何もしてやれなかった。
 こんな………こんなちっぽけな力が、何の役に立つっていうんだよ!!」

 不意に疑問が湧いてくる。
 俺が弱かったから、みんな死んでしまったのだろうか?もしも俺がもう少し強かったら俺達は勝てたのか?
 『そうだ、己の未熟さを恨め』と俺を責める声。
 『思い上がるな、たった1人で何かもかもやれるわけがないだろう』と俺を嗜める声。
 そして少し呆れたように、けれど無限の優しさが込められたルシオラの声。

“駄目よ、自分を責めたって。
 ヨコシマは知ってる筈よ。群れて力を結集できるからこそ、人間はアシュ様達を止められるほど強いんだって。
 あの時、みんな最善を、いいえ、それ以上に頑張ったわ。
 南極で段違いのパワーのパピリオを人間だけで止められた事。
 ヨコシマや美神さんがアシュ様を出し抜いて逃げ出せた事。
 コスモプロセッサーを破壊してアシュ様の宇宙改竄を阻止できた事。
 そして究極の魔体を足止めして世界の崩壊を阻止した事。
 表面だけ見れば、それのどれもが奇跡よ。でも美神さんがアシュ様に言っていたでしょう?
 『天は自らを助くるものを助ける』って。
 あの時、コスモプロセッサーの宇宙改竄を阻止できたのも偶然や運だけじゃないわ。
 みんなが自分達の力で未来を切り開こうと頑張ったからよ。それは決してヨコシマの力だけじゃ不可能だったでしょう?
 それともヨコシマはみんなの力なんて取るに足らなかったって思う?”

「そんな事、思うわけ、ねえよ」

“なら認めてあげて。美神さんのした事も、私が選んだ決断も、おキヌちゃんの覚悟も。そしてヨコシマが生き残れた事も”

「しかし!しかし!!」

 本当は分かってる。
 あの時、俺達は最大限の力でやれる事をやってアシュタロスの野望を阻止した。
 限りなくゼロに近かった勝算を奇跡的に手繰り寄せる事が出来たのは、俺達の奮闘と諦めの悪さが宇宙意志の追い風を受け、アシュタロスの予想を遥かに超える悪運を呼び込んだからだ。
 けれどコスモプロセッサーが壊れた瞬間、宇宙意志の追い風は消えた。
 それ故に運の介在しない戦いになった最終決戦で、俺達は埋め難い圧倒的な実力差によって負けた。

 あの時、ほんの少しでも歯車が違っていれば別の結果が待っていたかもしれない。
 宇宙意志があと1つだけでも幸運を齎していれば、俺達は誰も死なずに究極の魔体を倒せたかもしれない。
 勝敗は時の運。つまりはそういう事だ。

 だがその運の天秤を俺達に傾かせてくれなかった宇宙意志などという曖昧で分かりにくい概念の様な存在を恨めるのか?
 否だ。
 宇宙意志とは大きな川の流れのようなもの。そこに俺達の様な人格はない。美神さんから聞いた言葉だけでも、それぐらいはイメージできる。
 だからこそ俺にも言える。
 川の水が高い所から低い所から流れ、堰き止められれば障害物を押し流そうとする。そんな科学の法則のような現象を怨んで何になるのか。
 何よりも俺達は昔からその枠組みの中で生きてきたのだ。

────おまえのやっている事は、宇宙のレイプよ!
      世界の中で戦い、自分の目的を達成しようとするのでなく、宇宙を自分の思いどおりに修正しようとするなんて………。
      宿題やるのがイヤだからって、学校に火をつけるガキとどこが違うの!?
      おまえはわがままな子供と同じよ!

 あの時、美神さんはアシュタロスに向かって言い放った言葉が、戒めとなって俺の胸の中に去来する。
 あの人は20年という時間の中で、戦い続けながら生きてきた。
 そんな美神さんだからこそ、己の生き様に対する誇りに懸けてきっぱりとアシュタロスを否定できるのだ。
 そして俺は、たとえそれがどれほど強引で、傲慢で、身勝手だったとしても、そんな風に生きる彼女の姿が好きだった。

 故に世界を怨む事は出来なかった。
 宇宙意志のシステムを含めた宇宙のあり方を、そして自分が生きてきた世界そのものを否定すれば、俺はアシュタロスと同じになる。
 己のエゴの為だけに、途方もない数の人間の命を奪ったあの男と変わらなくなってしまう。
 それだけは、何があろうとも、絶対に受け入れられない。
 ………分かっている。それは分かっているのだ。

 ならば誰が悪かったというのだろう?
 俺は一体誰を恨めばいいんだろう?
 自分ではもう制御できない感情の塊をどこに向かって吐き出せばいいのだろう?

 唐突にある情景を思い出す。 
 確か俺がまだ中学生だった時、誰かが冗談交じりに言っていた。
 都合の悪い事が起きた時や、抗い難い現実が突如立ちはだかった時、人間は神様か悪魔のせいにするのだと。

 一部とはいえ神様にも悪魔にも会った事がある俺は、その言葉にどれほどの信憑性があるのかを知っている。
 それでも今だけは誰かのせいにしてしまいたくて堪らなかった。
 アシュタロスが反乱を起こした事を。
 南極や東京で共に戦ったみんなが究極の魔体に殺されてしまった事を。
 ルシオラの復活と引き替えにコスモプロセッサーを破壊してさえも、この悲劇の連鎖が終わらなかった事を。
 アシュタロスの怒りに満ちた声が蘇る。

─────だが、それがどうだと言うのだ?
       世界は過去も現在も未来も、腐臭を放ち続けている。

「黙れよ。
 てめえの勝手な物差しで俺達を評価するんじゃねえ」

─────何故だか分かるか!?
       そもそも始まりからこの宇宙が腐っているからだ!
       それを正すのに私には躊躇いなどない!

「黙りやがれ、糞野郎!
 人類はてめえの玩具じゃねえんだよ!」

─────お前ら人間は!!
       1人残らず道連れに………!!

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!

「アシュタロス!!!」

 美神さん、いやメフィストを、そしてルシオラたちを生み出した男。
 俺の前世を殺した男。
 やつが何を考えてこんな戦いを始めたのかなんて知らない。
 何を求め、何を願って、人間や神族だけでなく魔族もろとも従来の宇宙を改竄しようとした理由など分かる筈もない。
 でもきっと俺は死んでも許さない。
 やつにどんな事情があろうが、やつがどれほど高邁な思想を持っていようが、俺から大事な人達を奪っていったあの魔神を絶対に許さない。

「嘲笑えよ。霊能の使えねえ俺と、この世界のみじめったらしい哀れな姿を!!
 てめぇの望みどおり、人間は死にまくったよ。
 きっと人間が食物連鎖の頂点に立ってから、てめぇよりも多く他人の命を踏みつけたやつはいねえだろうよ!!
 精々勝ち誇れよ、わがままなガキそっくりの自己中魔神さんよ!!
 地獄で高笑いでも上げてやがれ、下衆野郎!!」

 叫んでいるうちに込み上げてくる怒りのせいで目の前が真っ白になった。
 最後はもう支離滅裂で自分でも何を言っているのか解らなかった。
 やがて汗びっしょりになって俺は力尽きて大の字になった。
 緋の中に木霊する俺の叫びは虚しく消えたけど、それでも胸の中に毒々しく巣食っていた憎悪は少しだけ軽くなる。
 深紅の光が眩しくて、思わず目を細めると俺の視界が陽炎の様に揺れた。

“落ち着いた?”

 ささくれ立った俺を包み込むような穏やかな声。
 その途端に恥ずかしさがこみ上げる。
 見っとも無く怒鳴る所を恋人に見られるのは予想以上に苦かった。

「………ごめん、ルシオラ」

“肉体がないって不便ね。こんな時にヨコシマを抱きしめてあげられないんだから。あっ、でも”

 急に俺の中で霊力が膨れ上がった。
 ルシオラ、何を!
 思わず叫びそうになった俺は目の前に現れた天使に心を奪われた。
 ネグリジェを着た彼女がはにかんでいた。
 ショットカットの髪が少しだけ風になびいている。
 その髪から二本の触覚がピョコンと突き出している。
 慈愛に溢れた眼差しが一直線に俺に向けられている。

「ルシオラ………」

 その瞬間、不意に在りし日の記憶が蘇ってきた。
 それは地獄に落ちても決して忘れぬと確信した光景。

 目を閉じればあの日の事は今でも鮮明に思い出せる。
 夜闇に覆われた森の中。空には星が瞬いて。
 俺の前には、鮮やかなショートカット黒髪を揺らしながら、左手に枕を抱えた少女の姿。
 薄手のネグリジェを羽織ながら切なげに瞳を潤ませた彼女は、命と引き替えにしてでも俺と結ばれたいと思い詰め。
 その気持ちが嬉しくて。心の底から嬉しくて。だから、俺はその少女の肩を掴みながら、約束したのだ。

────アシュタロスは、俺が倒す!!

 あの時、戦うと決めた。彼女を縛る魔神を倒すために。
 故に彼女と出会った意味を、彼女と交わした約束を、彼女に抱いた感情を拠り所に、俺は美神さん達の所に戻り、そして特訓を受け、文珠を操り、魔神を出し抜いて、最終的に魔神を敗北に追い込んだ。

───私1人の為に仲間と世界………全てを犠牲になんてできないでしょ!?

 けれど俺は護れなかった。
 絶対に守ると約束したのに。

───他の全部を引き替えにしても守りたいものがあるなら………私には何もいえないわ!

 ならばせめてルシオラの犠牲が無駄にならないように戦おうと思った。
 たとえ自責から目を逸らすための逃避だとしても、ルシオラが好きだったこの世界を守りたいと願った心は真実だった。

───来世でもまた、美神さんと、横島さんに……会いたい………です。

 でも勝てなかった。死なせないと誓った人達さえも護れなかった。一緒に死んであげる事すら出来なかった。
 人工幽霊一号の前でポロポロと涙を落としながら微笑んでいた少女は、そんな俺に向かって好きだといってくれた。
 俺に、そんな価値なんて、ないのに。

「こら、ヨコシマ。折角会えたのに、何で暗い顔のままぼぉっとしてるのよ」

 こつんと彼女の拳骨が俺の頭を打つ。
 伝わってくる微かな感触。

「どう………して?」

「幻術の応用よ。ヨコシマの霊力を使ってるの。あんまり長い時間は無理だけどね」

 さっと髪が掻き分けられる。
 それは確かに彼女がここに居るという証。

「流石に実体並とまではいかないけど、中からヨコシマの触覚にも干渉してるから触れ合ってるみたいでしょう?」

 たとえその姿を形作るのが幻であっても、俺はそこに彼女の魂を感じていた。

「ルシオラ。俺…………」

 彼女と築いた思い出は、この胸の中に燦々と輝いて、忘れられる事なんてできる筈がない。
 でも今の俺には彼女の姿は眩しすぎて、俺は惨めな気持ちで彼女から目をらすと項垂れた。

「ヨコシマ、大丈夫よ。大丈夫だから」

 そんな俺をあやすように彼女は俺の頭を抱きしめてきた。
 懐かしい感触に包まれる。

「ヨコシマがやった事も、ヨコシマできなかった事も、全部認めてあげる。
 その上で私は許すわ。誰が何と言おうとも、たとえヨコシマ自身が何て言っても関係ない。
 私は、ヨコシマを、許してあげる。お前のやった事を全身全霊で肯定してあげる」

 耳元で囁かれる許しの言葉。
 慰めでもなく、はぐらかしもせず、彼女は俺の弱さも情けなさも含めて俺を許してくれて。

────約束したじゃない、アシュ様を倒すって………。

 果たされなかった虚しい約束。
 それを取り戻す術はどこにもなく。
 あの日世界とルシオラの二択を迫られて、そして世界を選んだ事を俺は後悔し続けた。
 命と引き替えに俺を助けたルシオラに、己の手で止めを刺した事が、たまらなく惨めだった。
 そこまでしてもなおアシュタロスの狂気を止められなかったから、俺は結晶を破壊した決断をどうして受け入れられなかった。

 だがルシオラと俺が選んだ行動に間違いがあるなんて誰にも言わせない。
 エネルギー結晶を破壊したあの究極の選択を『正しくなかった』などと言うやつがいたら絶対に許さない。
 あの決断を本当の意味で否定も肯定も出来るのは俺と彼女だけなんだ!!

 そして彼女は正面からその結果を受け入れて、俺の選択を肯定してくれた。
 だからルシオラの想いに応えるのなら、俺はもうこれ以上自虐に逃げ込むわけにはいかないんだ。

「大好きよ、ヨコシマ。この気持ちはおキヌちゃんにも美神さんにも負けないって自信があるんだから」

「霊能力も失くしたこんな俺でもか?」

「ばっかね。私はヨコシマが霊能力者だから好きになったわけじゃないわよ。
 バカでやさしくて、スケベの一念で私を助け出してくれたお前が好きなのよ」

 そっと俺の肩に手を当てながら、ルシオラは俺の体にぴったりと寄り添って。
 そして重なる2つの影。
 交わした口付けの感触は霞の様に朧げで。
 けれどそれは、彼女だけが使える俺を世界で一番幸せな気分にしてくれる魔法だった。

「ごめん」

「いいのよ」

 それだけの遣り取りで俺の胸は満ち足りて、先ほどまでの激情が今はもう嘘の様に治まっていた。
 それで分かった。
 俺がどれほどルシオラが好きで、彼女の存在を求めているか。
 どんなに彼女が大切だったか。

 今なら誰の前でも胸を張って言えるだろう。
 誰にも言うつもりはないけれど、もし必要があれば何度だって言えるだろう。

────俺はルシオラを愛してる。

 抱きしめてくるルシオラの幻に縋るように、彼女の腰に手を回してお腹に顔を埋めるたまま、その事に気付いた俺は咽び泣いた。
 哀しいとか嬉しいとかそういった感情とは違う、何か大きな情動に突き動かされて。




 どれくらいそうしていただろうか。
 いつの間にか世界は闇に包まれていた。安寧と静寂を齎す漆黒の闇に。

「無理しないでいいわ。私達、こうして生き延びる事ができたんだもの。
 もう1年なんて時間制限はないの。だから互いを癒す時間ならこれからいくらだってあるんだから。
 ………今は眠りなさい、ヨコシマ。もしもまた怖い夢を見たら、今日から私が助けてあげる」

 その声に誘われるように猛烈な眠気が俺の脳を侵し始める。

「ルシオラ、ルシ…オ……ラ」

 堪えきれなくなって体から力が抜け、俺はずるりと地面に倒れた。
 瞼が落ちると同時に意識は真っ白に染まって消えていく。




 みんなの死を知ってから一週間後の日の夜。
 ルシオラの気配に包まれながら、俺は初めて穏やかな眠りについた。
 何故かみんなの夢は見なかった。



[526] Re:それでも明日はやってくる4
Name: z
Date: 2005/10/27 21:06
④取り戻した想い

 丘の上に寝転んでいると、空が高く、青くなって、風が少しずつ暑くなっていくのが分かる。
 それは今までと変わらない地球という惑星が織り成す気候の形。
 陽炎の様に熱が立ち昇り、眼下に佇む廃墟は活気に満ちていた。
 先日までの絶望に満ちた人の群の徘徊は消えて、今では街には精力的に動き回る人達が目立つ。
 ラジオで流れた臨時政府の復興開始宣言を受けて、3日前からボランティア達主体の復興活動が始まったのだ。
 彼らは廃墟と化した市街地の瓦礫を退けて安全に通れる道路を確保したり、まだ水の出る水道が残っていないかを探している。
 重機や機械等は破壊されて使えない。
 だから彼らは軍手を填めてスコップを担いで地道な作業に勤しんでいる。
 少し前の絶望に満ちた情景に比べれば、街には確かな生気が在った。

 けれどそれも手放しには喜べない。
 復興活動の為にコンクリートの破片や家屋の残骸などの瓦礫を除去しなければならないのだが、そこには大きな壁が立ち塞がっていた。
 彼らを悩ませる原因はただ1つ。死体だ。
 瓦礫の下には数えるのも馬鹿らしいほどの死体がグロテスクな有様で埋まっている。
 かつてマンションだった建物の破片を片付けていると、家具や木材に紛れて死んだ人間の体が現れる。
 歪んだまま硬直している表情。
 温度を失った肉体。
 腐れかけた肉には蛆がたかっている。
 常人なら一目見ただけで生理的な嫌悪と込み上げる吐き気に悩まされるだろう。

 けれど今日も街で作業に勤しむ者達の価値観は、そんなものを感じる段階はとっくに過ぎていた。
 アシュタロスが東京を壊滅に追い込んでから既に15日余り。
 死体は既に腐り始め、街には耐え難い死臭が充満していた。
 故に彼らは瓦礫を退けて死体を発見すると、少しだけ顔を顰めながらも死体を麻袋につめ、予め定められた所定の場所へと搬送する。
 運ばれた死体は、大きく掘られた穴の中に投げ込まれ、身元確認もされないままに焼かれていく。
 あちらこちらで燃え盛る死体を焼く炎。
 黒い煙が空に昇り、肉を焼く臭いが大地に立ち込める。

 街にはとてつもなくリアルで凄絶な地獄絵が描かれていた。
 処理しても処理しても続々と彼らの前に現れる亡骸。
 アスファルトの道路に転がるのは倒壊した建物の残骸と魂を失った人間の肉体。
 圧倒的な力の前に、訳も分からぬままにどうしようもなく無様に死んでいった人間の成れの果て。
 風が運ぶ屍臭は街を満たそうと尽きる事がない。
 究極の魔体が滅んでも悲劇は終わらなかった。
 既に蹂躙され尽くした世界、何処に行こうとも人々の死体は無惨に打ち捨てられていた。
 したり顔で批判する評論家も、度々ブラウン管に登場した可憐なアイドルも、新聞を賑わせた政治家も、こうなっては他人と変わらない。
 積み重ねた善行も過ごしてきた人生も、エゴイズム故に怒り狂って理性を失ったアシュタロスの前では何の意味も持たなかった。
 死ぬ際に怨嗟の声をあげた者もいただろう。
 我が子の明日だけを祈って死んでいく母親もいただろう。
 倒壊した瓦礫の下でゆっくりと衰弱していき、苦しんだ末に息を引き取った子供もいただろう。
 そんな彼らに対して、アシュタロスの駆る究極の魔体は理不尽に襲いかかった。
 そして残されたのは果てのない焼け野原だけ。
 その中で彼らは文句も言わずに働いていた。腐臭と火葬の臭いの2つに耐えながら、生きる為に黙々と。




 もちろん全員がそれに参加しているわけではない。
 復興活動が始まってからもう一週間。
 参加した者の大半が4日目にはノイローゼ気味となって避難所の中で震えながら蹲まり、残った人間が気の進まぬ顔で街に行く。
 やがて機械的に亡骸を拾って適当な窪地で焼却する作業の繰り返しは、それに携わる者達の精神に多大な変化を齎した。

 死に触れすぎた者が辿る道は大体2つ。
 1つは正気を失くし、外界と決別して自分だけの世界へと逃げ込む狂気の道。
 これは守るべき者を失った人の末路となる事が多い。
 例えば俺のいる避難所の片隅にいる屈強な肉体の若い男。
 彼は最初に復興活動に参加した日に心を病んだ。
 聞くところによると男は運悪く見つけてしまったらしい。探し続けていた唯一の肉親である妹が、壊れた人形の様な姿で死んでいる姿を。
 その時、彼は泣きもせず、ただ呆けたように笑っていたそうだ。
 その瞬間から男の中で世界は意味を持たなくなったのだ。
 今では焦点のあっていない目で空を見ながら、ぶつぶつと何かを呟いている。

 そしてもう1つは、動物の様に「生きている」という状態だけを優先する事である。
 彼らは死者に価値を見出さない。
 彼らにとって、生きている人間はかけがえのない存在であっても死んだ人間は腐っていく肉の塊なのである。
 故に彼らは、死者を悼む対象ではなく腐った肉の塊、と割り切って、ゴミ拾いでもするかのように淡々と死体を片付ける事が出来るのだ。
 その在り様は道徳にも倫理にも反するかもしれない。
 しかしだからといって彼らを責めるのは筋違いだ。
 彼らは生きる為に状況に適応しているに過ぎない。
 そしてこの数日の彼らの働きがあればこそ、道路上の瓦礫の撤去が進み、物資の補給と他の地区への移動が徐々に楽になっているのだ。
 また彼らは「生」への執着と敬意から生き残っている者達への助力を惜しまず、進んで困っている者達に手を差し伸べる。
 割り切っているが故に、彼らは生者に対してひどく親切なのだ。

 だが人間は、そう簡単にはそこまで強くも弱くもなれない生き物だ。
 狂気にも逃げられず、割り切る事も出来ない者達は、死体を軽んずる彼らの在り様を嫌悪しつつもそれに頼らざるをえない現状を嘆いている。
 真っ当な心を保っているために、彼らにとってこの世界は地獄と変わらない。

 このように様々な心理が交差する中で、それでも時間は止まらない。
 崩壊しかけた社会は既にゆっくりと動き出していた。
 2日前には、都庁の職員が生存者の名簿を作りに避難所にやって来た。
 生存者の確認と戸籍の名簿の作成と総人口の再集計を兼ねて、担当者がこうして各地の避難所を周りながら生存者の氏名を記録している。
 死者と行方不明者の数が総人口の50%を上回りそうなので、政府の方針で死者の身元よりも生存者の確認を最優先にするそうだ。
 つまりこの名簿に登録していない人間は自動的に死者か行方不明者の扱いにされてしまうのだ。




 けれどそんな動きも俺にとってはそれほど大した意味も無い。
 つい先日、俺は知った。人口が少なかったせいか、ナルニアが魔体の襲撃を受けなかった事を。
 その事でルシオラと話した時、俺は自分の中であれほど拘っていた日本に未練がなくなっている事を知った。
 ふと、その時のやりとりを思い出す。




“これから、ヨコシマはどうするの?”

「一度、ナルニアに行こうと思う。ナルニアは魔体の攻撃を受けなかったらしいからきっと親父とお袋は無事だ。
 こんな状態じゃあ連絡取れるようになるのはずっと先になるだろうけど、せめて俺が生きてるって伝えてやりたくてさ」

“もしナルニアに行けたら、そのままご両親と暮らすの?”

「かもしれない。日本に留まろうと思った理由の殆どはもう消えちまったし…………この国は哀しい思い出が多すぎるから」

 居場所とは空間だけで形成されるのではない。そこに何かを求める自分が居て、同様に何かを求める人が居て、はじめて成立する。
 ならばその全てを失った俺にとって、余りにも変わってしまったこの国の姿は寂し過ぎて。
 正視する事すら困難だった。

 それに今まで気がつかなかったけれど、どうやら俺は自分が思っていたよりも遥かに切り替えの早い性格だったようだ。
 美神事務所で慟哭した日からから、俺は何度も知らない人間の死体を見つけてきた。
 だが、その時胸の中に沸き起こった感情の漣は、予想より遥かに小さく、弱かった。自分でも驚くほどに。

 ………それも仕方ないかもしれない。
 なにぶん、俺は普通の人間よりも深く死というものに触れすぎた。
 人の最期とその成れの果てである悪霊の姿を目にしすぎた。
 それ故に、俺の心もどこか病んでしまったのかもしれない。

 しかしだからこそ、腐臭さえ我慢すれば俺にとって街で働くのは苦にならない。
 そして復興作業に参加している者には、臨時政府から様々なメリットが与えられる。
 無論それは、他の者より配給の量が多かったり、他の避難所に移る際に面倒な手続きが要らなかったりとささやかなものに過ぎなかったが、ここではそれが生死を分ける事にも繋がるのだ。
 けれども俺の目は。

「できれば手伝いたいけどさ」

 大勢の人間が働いているのをあの丘の上から見下ろしながら、俺は胸に蟠る苦い思いに嘆息した。
 彼らが汗水たらして働いているのは、悲しみを少しでも紛らわそうとしているからだ。
 その気持ちは俺にも良く分かる。できれば俺も参加して、余計な事が考えられないくらい疲れるまで働きたい。
 しかし中途半端な力のせいでそれも難しい。

「せめて道具が残っていたらなぁ」

 大量の霊が成仏できずに徘徊を続ける街。
 なまじ見えてしまっているせいで、その姿がどうしても気になってしまう。
 せめてお札か神通棍でも在れば何あっても対処できるかもしれないけれど。

「いや、それでも難しいか」

 街に流入する人の数が増えたせいで霊達の動きも活発になっている。
 何かきっかけがあれば彼らは危険な行動を取りかねない。
 そして、未練や怒りを残して彷徨っている数千の霊が集まれば、その脅威はかつて都内を混乱に陥れた霊団に等しくなる。
 有事の際に頼りになる実力者がいなければ、混沌としたこの国に再び秩序を打ち立てるのは不可能だろう。
 なるほど、ワルキューレやヒャクメ達が手助けを申し出るわけだ。
 おキヌちゃんのような特殊な才能や大量の破魔札がない限り、次から次へと群らがってくる霊に対処するのは一流GSですら困難で。
 けれど、もうこの国には力のある霊能力者もいなければ備蓄していたオカルトアイテムもない。

「霊視を意図的にコントロールできれば問題ないんだけど」

 小高い丘の上から、振り向いて眼下の町並みを見る。
 何も知らず、何も気付かず、悲しみを忘れようと懸命に働く人の群。
 彼らは知るまい。彼らの直ぐ隣で啜り泣きながら無念を訴えてくる亡者の存在を。
 『見えてしまう』という事はそれだけで浮遊霊達を刺激してしまう。

 霊達は求めている。霊達の姿を見て、その願いを叶えてくれる存在を。
 それ故に理性を失った霊達は、必然的に『見えてしまう』生者に向かって殺到する。
 だからこそ俺が働いている人の中に混じれば、却って彼らの足を引っ張る事になりかねないのだ。

 その点、被害がほとんどなかったナルニアならば、俺に霊感が有ろうが無かろうが関係ない。
 多少は霊の姿を見かけるだろうが、よほど強力な悪霊でなければいくらでもあしらえる。
 故に、人口密度が少ないおかげか魔体の強襲を免れたナルニアならこんな俺でも何も気にせずに働けるだろう。
 それに霊能力が使えなくても、しょっちゅう重い荷物を担がされていたので体力には自信がある。

「ワルキューレや小竜姫様や一生懸命働いてる人には悪いけどさ。
 とっととナルニアに行った方が互いのためだよな」

 結局その日も、俺は日が暮れるまで丘の上で街を見下ろしていた。










 浮遊霊達と関わるのは避けたくとも、生きている以上やらなければならない事はいくらでもある。
 例えば、復興作業に参加しない者達に支給される食糧や水は基本的に最低限の量しかなく、もっと確保したいと思えば、廃墟から食糧となる物を漁るか、都庁の近くにある物々交換の露店に頼るしかない。交換対象となる物を持っていけば、条件次第で、保存食や服、カンキリ、十得ナイフ、湿布等の様々な物品が手に入るのだ。これらは闇市紛いのものばかりだったが、市街地から見つかった物資の流通に役立っている事もあり、政府もその活動を黙認していた。俺も何か手に入ると、そのつどそこへ交換に行く。
 幸い、ルシオラが俺の霊力で幻術を使えるようになったおかげで、短期的な危険は激減した。
 もし俺の中途半端な状態を霊達に知られても、ルシオラの幻術さえ使えば簡単に逃げられるからだ。
 尤も、彼女も一日に何度も何度も幻術が使えるわけではないので、大量の霊魂が跋扈する街に長時間留まる事は出来ないが。
 だからその日、街の外れのその道に通りかかったのは本当に偶然だった。

 いつものように人気のない場所を歩き回っていた俺は、大通りに並行するように続いている細道で、横倒しになったトラックを見つけた。
 あいにく荷台の荷物は全て持ち去られた後だったが、タイヤの陰に何かが隠れるように転がっている。
 怪我しないように慎重に手を伸ばすと、出てきたのは袋詰めされた1kg分の塩が5袋。
 その状態を確かめると、俺は6kmほど離れた都庁方面へと向かって歩き出した
 塩は貴重品だがこれだけの量を全て持っていても仕方が無い。




 数時間後、俺は新宿駅の地下通路にある物々交換の露店で、持ってきた塩を缶詰やカロリーメイトと交換した。
 予想以上に混雑していたせいで、予定よりも大分時間が経っていた。
 外に出ると、既に太陽は地平線の近くまで落ちている。
 地上に注がれる光は弱く、もう空は黄昏になっていた。
 夜になれば亡者の活動は活発になり、彼らの怨念はその強さを増していく。
 だから俺は茜色の空を見る暇もなく急いで避難所へと向かった。
 丁度復興活動が終わる時間で、大通りはかつての様に人の波でいっぱいだった。
 その人波を避けるように小道に入る。歩いている人間の大半は新宿御苑に避難している者達だろう。
 そこから離れて、南北へと通じていく大通りも通り過ぎると、途端に人間の数は減っていく。

「やっばいな」

 しばらく東に歩き、新宿御苑の入り口に接している道路を越えたあたりで太陽が地平線に隠れた。
 こうなればもうどこにいても危険は同じだ。
 覚悟を決めて近道の為に路地裏に入ると、予想通り人影は極端に少なかった。
 夜こそは亡者達の時間であり、闇こそは彼らの居場所。
 既に霊の動きは少しずつ速くなっており、その声も徐々に大きくなっていた。
 けれどもその時、俺の耳は確かに捉えた。霊達の嘆きと怨嗟の声の中で聞き覚えのある声が聞こえてきたのを。

「………て」

 最初は聞き違いだと思って通り過ぎようとした。
 もうこれ以上期待が裏切られるのは嫌だった。

「た……けて」

 けれど再び、そのか細い可憐な声が耳に届く。
 その声には確かに聞き覚えがあるような気がしたから、俺は覚悟を決めて路地裏へと入っていった。
 そこは神宮外苑へと続く道。隣の大通りの瓦礫撤去が終わってせいか、その路地を通行する人間は誰もいない。
 
「誰か、助けて!」

 また聞こえた。今度はその声音までもはっきりと。
 聞き間違いなんかじゃない。
 もう死んでしまったと思っていたけれど。
 まさか生きているなんて思ってもいなかったけれど。
 でも、もう間違いない。
 彼女は、確かに、生きている。
 最初はおっかなびっくり進んでいた足も、今は全力疾走している。




 既に沈んだ太陽の僅かな残滓に照らされた薄暗い路地裏。
 その中に頼りなげに佇んでいる人影があった。
 見覚えのあるシルエット、ウェーブがかった長髪、すぐ傍の特殊な波動、それだけで充分だった。

「小鳩ちゃん!!」

 絶対に霊と目を合わせるな、彼らの注意を引かないように行動しろ、と言い聞かせながら移動していたが、彼女の姿を見た瞬間、俺の中でそれら全てが吹っ飛んだ。

「俺だ、小鳩ちゃん!」

 気付けば大声で叫んでいた。

「嘘………横島さん!?」

 そして俺に気付いて彼女が振り向くのと、俺が彼女の所に辿り着いたのはほぼ同時だった。

「横島さん、わ、私、私は………」

 知り合いに会えた驚きのせいか、俺を見つめる彼女の目に涙が浮かんでいる。
 何かを俺に伝えようと舌を動かすものの、感情の高ぶりのせいかうまく言葉が出ないようだった。

「小鳩ちゃん、どうしたの?」

 落ち着かせる為に小鳩ちゃんの肩に手を置いてゆっくりと尋ねると、彼女の顔が感極まったかの様にくしゃっと歪んだ。

「横島さん、助けてください。お母さんが!」

 ただならぬ様子で俺の手を掴むと、彼女は瓦礫の向こうに走り出した。
 その声から滲み出ているのは焦りと恐怖。良く見れば彼女の顔も青褪めている。
 かなりまずい事態が起きているのは明白だった。

 200mほど走ったところで貧の姿が見えてきた。
 その傍らに見覚えのある女性が倒れている。小鳩ちゃんのお母さんだ。
 そしてそのすぐ向こうの道には、それまでは端に寄せられていた瓦礫が不自然なほど大量に転がっていた。

「貧ちゃん、お母さんは!?」 

「出血はとまっとる。でも意識が戻らないんや」 

「貧、怪我してるのか!?」

「よ、横島。生きていたんやな。てっきり、もう───」

「それは後回しだ。彼女の怪我の具合は」

「落下物のせいで腕と背中と肩を強く打って気絶しとる。
 幸い咄嗟に頭を庇ったから頭部は大丈夫やけど、さっきまで腕と肩からかなり出血しとった」

 貧の声を聞きながらざっと彼女の状態を窺った。
 小鳩ちゃんが自分の上着を裂いて包帯代わりにしたのだろう。左腕と肩には黄色い布が巻かれている。

「どうして此処に?」

「避難所に物資が届かなかったので、都庁で配給を受けてきたんです。
 でも配給は1人で行っても1人分しか貰えなくて、だからどうしても無理して行く必要があって。
 それで日が暮れる前に急いで帰ろうとしたら、突然建物が崩れて瓦礫が落ちてきて」

 それで大体の事情は掴めた。
 見ればリアカーが壊れている。
 行きは、あれにお母さんを乗せてきたのだろう。

「怪我してからどれくらい経った?」

「倒壊に巻き込まれてから12分、応急措置が終わってから5分ってところや」

 倒れている小鳩ちゃんのお母さんの顔は青褪め、ぐったりと目を瞑った姿からは容易に『死』という言葉が連想できる。
 額に汗が浮かび、呼吸も荒い。
 怪我と出血による消耗と体温の低下、そして何より精神と肉体の疲労は人の体を容易に危険な状態へ誘うのだ。
 このままでは間違いなく………。

「ざけんなよ」

 低い声で唸りながら、咄嗟に浮かび上がる結論に蓋をする。
 認めない!絶対に認めない!!

 頭部に腫れも出血も無い事を確かめると、俺は慎重に彼女の体を担ぎ上げた。

「小鳩ちゃん、お母さんは俺が運ぶよ。どこに連れて行けばいいかな?」

「神宮球場にお願いします。あそこにはお医者様がいらっしゃるので、私達ずっと向こうにいました」

 なるほど。道理で小鳩ちゃん達に会えなかったわけだ。
 俺がいた避難所は俺の住んでたアパートからは近かったけれど医者はいなかった。
 だが病気がちな小鳩ちゃんのお母さんの事を考慮すれば、医者がいる避難所に行った方が良いに決まってる。
 それに神宮球場なら都庁から近く、その分配給や物資の補給を円滑に受けられる可能性が高い。
 だからこそ、彼女達はアパートからかなりの距離を歩いて神宮球場周辺に避難したのだろう。

「行くよ」

 振り向いて声をかけると、小鳩ちゃんも緊張した顔で頷いた。
 俺達と神宮球場を隔てている瓦礫の山に向かって踏み出した時、俺は初めて美神さんの仕打ちに感謝した。

 背中が軽い。全然大丈夫だ。
 除霊用アイテムを積み込んで重くなったリュックサックに比べれば、やせ細った彼女の体重など比べ物にならない。 
 両手が使えなくても、この程度の瓦礫を乗り越えるなど何でもない。
 
「うおぉぉぉぉ!!」

 助走をつけると俺は一気に1メートル以上も降り積もった瓦礫の山を飛び越えた。
 転ばぬように最新の注意を払いながら着地。そのまま膝を使って衝撃を吸収する。
 振り返ると貧に助けられながら小鳩ちゃんが瓦礫を越えていた。

 それを確認すると全力で神宮球場に向かって走り出す。
 耳元で聞こえる呼吸は浅く、体温は先ほどよりも下がっている。
 もう一刻の猶予もなかった。
 だから多少のリスクは承知で走った。
 幸い頭部に怪我はない。振動によって最悪の事態に陥る心配ないだろう。

 走りながら周囲に目を走らせると、霊達は俺達に近寄ってこれずに口惜しげな顔をしている。
 俺のすぐ後ろを走っている貧の霊波が彼らを近寄らないのだ。
 これなら、いける!




 10分後、俺達は神宮球場に到着した。
 このあたりは住宅が少なかったせいか、大通りに比べれば破壊の痕跡が見られない。
 球場自体も奇跡的に破壊を免れたようだった。
 医務室代わりに使っている部屋に駆け込むと薬品の臭いが鼻につく。
 受付の制止を振り切るようにして、俺は奥にいる白衣を着た男に話しかけた

「やばい状態なんだ。頼む、直ぐに見てくれ!」

「ちょっと、待っておれ。って、お主、生きていたのか!」

 見覚えのある顔に、聞き覚えのある声。
 振り返った白衣の医者は白井総合病院の院長だった。
 白井のおっさんは俺の顔を見て一瞬驚きの色を浮かべるが、すぐに視線を移して傍らにいた助手らしき男に何やら指示を下した。

「患者の意識は?」

「ないと思う。運んでる最中、一言も喋らなかった」

「では、そちらのベッドに移してください」

 看護士なのか医者なのか分からないが、若い助手の男の言うままに彼女を背中から下ろしてベッドに横たえる。
 仰向けにして足元に毛布をかけると、処置を終えた白井のおっさんが来て診療を始めた。
 小鳩ちゃんのお母さんの額には汗が浮かび、その息遣いも荒い。
 意識は朦朧として、小鳩ちゃんの呼びかけにも殆ど答えられない状態だった。

「まずいな。失血に加えて軽い栄養失調と水分の不足も見られる。
 だが病気がちだった彼女の体は失血と体力の消耗には耐えられん。急いで輸血しなければ命の保証はない」

 既に何度か診察した事があるのだろう。
 素早く状態を確かめてから看護士らしき助手が手渡したカルテを一瞥すると、白井のおっさんは目を細めた。

「血液型はAのRH+だ。直ちに輸血の準備を始めろ」

 その声に助手の男は即座に反応する。
 輸血用のパックを取り出すと、きびきびとした動作で彼女の腕に血圧計を取り付けていく。
 だがそれを終えて、輸液ポンプを立ち上げた瞬間、彼は泣きそうな声を上げた。

「先生、輸液ポンプの動作がおかしいです」

「バッテリ切れを起こしたのか!?」

「いえ、電源はつきますが、異音がして、数値の表示も出鱈目です。どうやら故障したようです」

 その報告に白井のおっさんの顔色が変わる。
 男を押し退けるようにして輸液ポンプに触ると、おっさんは次々に計器を弄り、ボタンを押していく。
 だがその努力も空しく、装置から聞こえる異音は止まらない。

「輸血可能なマッチポンプ型の輸液ポンプはもう1つあっただろう。それは使えないのか!?」

「現在別の患者さんの輸血に使っています。終わるのは20分後の予定です」

「20分などとても待ってられん。直ぐに処置せねば彼女の命にかかわる」

「しかし、このままの状態で輸液ポンプを使えば何が起こるか分かりません。気泡検知器が誤作動してしまえば、空気注入の恐れがあります!」

「分かっておる!
 ええい、現代医学がこんな事に敗れてたまるか!!
 毛布をかけて体温の低下を防げ。
 あちらの輸液ポンプの注入量を最大にした場合、完了までどれぐらいかかる?」

「今でもかなりの早さで輸血してます。急がせても、15分はかかります」

「15分だと!?
 くっ、ぎりぎり間に合うかどうか」

 苦渋を浮かべながらも彼の手は止まらない。
 助手が用意した毛布を彼女の体にかけると、吸い飲みで何か(おそらく生理的食塩水代わりのスポーツ飲料だろう)をゆっくりと飲ませた。

 緊迫していた空気の中、俺の中にも焦燥感が募っていく
 素人の目から見ても、処置の遅れが致命的になるのは明らかだった。
 だが、今すぐあの輸液ポンプが使えるようになれば。

 俺は目を手の中に向けた。
 今は使えなくなった俺の力。けれどそれさえ使えれば、失った血液を補う事は不可能でも、機械を直す事は出来るはずだ。
 いや、出来る出来ないと言ってる状況じゃない。
 やるしかないのだ。
 散々失敗したプロセスを思いださぬ様に手に霊力を集中させる。
 しかし、やはり霊力は形にならなかった。
 いくらやっても文珠どころかサイキック・ソーサーもハンズ・オブ・グロリーも発現する気配がない。

 駄目なのか。やっぱり俺は誰も助けられないのか!
 焦燥感を必死で抑えるが、一度湧き上がった不安は不吉な予感を伴って。
 何度も何度も街を彷徨いながら見てきた絶望的な光景が蘇る。

 既に蹂躙され破壊しつくされた街、人の身では決して抗えないおぞましすぎる惨禍の後。
 力無い人々はあまりにもあっけなく死んでしまい、残された人々は明日のない今日を生きる。
 希望をなくして狂気に逃げ込んだ人間がケタケタと笑っている。
 
 挫けそうになる心がざわめく。
 途切れそうになる集中力。
 弱気になった俺の胸におぞましほど穏やかに囁く声。

 お前も散々見ただろう?倒れた者達は苦悶に満ちた顔のまま息を引き取っていくんだぞ。
 ほら、目の前にいる女性の顔にも死相が浮かんでる。
 目を逸らしてないでよく見ろよ、彼女だって例外じゃないぞ。
 結局お前には誰も救えないんだ。

「くそ、くそ、くそぉぉぉ」

 何もかも投げ出して絶叫しかけたその時、彼女の声が聞こえてきた。

“落ち着いて、ヨコシマ。初めて文珠を発現させた時の事を思い出してみて。”

 同時に浮かび上がるハヌマンに殺されかけた時の記憶。
 おそらくルシオラがサイコダイブして記憶を脳の中の海馬から引き出したのだろう。

 如意棒の一撃を受けて昏倒寸前になった俺の目には、何故か美神さんの姿が映る。
 泣きそうな顔で美神さんが俺に向かって何か言っている。
 薄れる意識の中で、俺はそんな彼女に弱々しく笑いかけていた。

────大丈夫っすよ、美神さん。そんな顔しなくても。ちゃんと、美神さんのところに………

 そう。あの時、魔族に狙われている美神さんの役に立ちたかった。
 守られてるだけじゃなくて美神さんの隣で戦えるだけの力が欲しかった。
 いざという時、彼女を助けられるようになりたかった。

“そうよ。ヨコシマの霊能は憎しみだけだと発現しないの。
 だから助けたいって思って。守りたいって強く願って。貴方が最初に文珠を出した時みたいに”

 ああ、分かってる。
 たとえ希望の光が見えずとも、お前が傍にいてくれる限り、俺が俺である事までは変わらない。
 そうだ。俺達は2人でここまで生きてきたのだ。
 ルシオラはいつも俺を助けてくれた。ルシオラがいれば、俺は大抵の事はやってみせる。
 だから今だってできる。きっとやり遂げてみせる。

 目を開けると現実が飛び込んできた。

「お母さん、頑張って。もうちょっとで輸血できるから!」

 小鳩ちゃんが涙声で母親を励ましている。
 此処に来るまでずっと蒼白だった小鳩ちゃんの顔。
 偽りとはいえ、彼女と婚礼を交わした事もあった。
 あの時彼女は嫌な顔一つせずに俺の事を受け入れてくれた。
 そんな彼女だからこそ、元気付けてやりたい。
 もう一度笑って欲しい。
 幸せになって欲しい。

 霊力がどんどん集束して、掌が熱い。
 だが同時に、胸をちくちくと刺してくる忌避感。
 俺の無力さを責め立てる声。
 そして、怖れ。
 ………俺は怖かった。
 霊力が戻れば俺は再び戦いに身を投じる事になるだろう。ワルキューレが求めているように。
 でも戦いに出てもう一度あの絶望と無力感を味わえば、俺はもう立ち上がることすら出来なくなる。
 それが、怖かった。いや、今でも怖い。
 その恐怖こそが俺を縛る鎖。

「それが、どうした」

 呟いた瞬間、鎖が次々に消えていく。
 簡単な事だ。
 見知らぬ他人の死には無感動になれても、今でも俺にとって知り合いに死なれるのは耐え難い恐怖だ。
 それは戦いに身を投じる事の比ではない。
 だから心底から使いたいと願えば、魂は必ずそれに答えてくれるのだ。

 不意に俺の脳裏に忘れえぬ情景が蘇る。
 かつて、暗闇の中でもがいていた時があった。
 大切な人の命が危険に晒されて、でもどうすればいいのかも分からずに自室に篭っていた時、俺は聞いたのだ。

────生きてるって素晴らしいです。どんな事でもきっと何でもできるんですもの。

 自信をなくして何をすればいいのか分からなくなった時に教えられた言葉。
 あの時、おキヌちゃんが夢の中で俺を励ましてくれたから。だから、俺は。
 そう。彼女の言葉があったからこそ、俺は妙神山に行って。
 命を懸けたハヌマンとの戦い。あんなにはっきりと死を意識させられた事はなかった。
 もう駄目だと諦めかけもした。
 それでも俺は直ぐそこまで迫っていた死を跳ね除けてあの力を手にしたのだ。

 おキヌちゃん。
 君は俺が迷っていた時、俺自身ですら自分の力を信じられなくなった時、いつも俺の事を信じて励ましてくれたね。
 君がいつからこんな情けない男に好意を持ってくれたのか分からない。
 俺はこんなやつだけど、君の気持ちに答える事もできないけれど、それでも君の魂に誓うよ。
 いつか俺の生涯が終わるその日まで、君に俺を好きになった事を後悔させない様に生き続けるって。

「俺は、まだ生きている。生きてるんだ」

 刹那、痺れるような不思議な高揚感が全身に満ちてきた。
 思考が急速に研ぎ澄まされて、気力と共に霊力が勢い良く全身を駆け巡る。

「だからなんだって出来る。どんな事だってやってみせる。だから頑張るよ、おキヌちゃん」

 掌の熱は耐え難いほどに高まって、脳裏に浮かび上がるイメージは完全になった。
 俺が求めている霊力結晶の姿が鮮明に浮かび上がって像を結び。
 気がつけば手の中に生じた確かな手応え。
 目を開ければ透明な珠が宿っている。彼女が俺の中に居る証である双文珠。

「やった!」

 感慨は一瞬。文字を込めながら、急いで輸血用輸液ポンプの所まで走り寄る。

「白井のおっさん。俺に任せてください。今から直します」

 言いながらポンプに文珠を当てて発動させると、次の瞬間、ポンプの異常な駆動音が消え、数値の表示が正常に戻る。

────おおぉぉぉ!

 周りから沸きあがる驚愕の声。
 誰もが目の前で起きた出鱈目な現象に度肝を抜かれている。

「これで使えるんじゃないですか?」

 振り向いて声をかけると、美神さんの除霊を経験した事もあっておっさんの立ち直りは早かった。

「うむ。どんな手品を使ったのか分からんが、どうやら直ったようじゃな。
 ………よし、まだ充分に間に合う」

 呆気に取られている他の人間を押し退けるように輸液ポンプを素早く点検すると、白井のおっさんは眼鏡を光らせながら輸血の準備に取り掛かった。
 それを見て我に返った助手達が、慌てておっちゃんを手伝い始める。
 俺も何かやろうとして文珠に力を込め、そこで霊力が尽きている事に気がついた。

“限界よ。双文珠は中々消えない代わりに、作り出すだけで大量に霊力を消耗するの。あとはお医者様に任せましょう”

 ルシオラの声を聞きながら、倒れこむように座り込んで壁に凭れた。
 急激に襲い掛かってきた疲労感。思わず瞼が落ちかける。
 それでも最後まで見届けようと目を見開き続ける俺の前で遂に輸血が始まった。

 小鳩ちゃんが固唾を呑んで見守る中で、おっさんの指示の声だけが反響する。
 もう事態は俺の手から離れた。
 あとは彼女の体力が保つかどうかだけ。

「頼む、助かってくれ………」

 だから俺は祈る。
 今は祈る事しか出来ないから。

────どうかもうこれ以上、俺の知ってる人の命を奪わないでください。

 俺は祈る。
 かつておキヌちゃんにそっくりな女の子を助けてくれた優しい死神に向かって。
 その慈悲を願って頭を垂れる。




 そして審判は下った。

「血圧安定しました。脈拍も問題ありません」

「よし。輸血完了後、ベッドに移すぞ」

 その指示で、張りつめていた緊張が解けて弛緩した空気が流れる。
 白井のおっさんの顔にも、安堵と達成感が浮かんでいる。
 その顔を見れば確かめる必要なんてなかった。
 現代医学は見事に1人の女性の命を死の淵から生還させたのだ。




 彼女の体が患者用のベッドに移されると、白井のおっさんは俺達の方を振り返った。
 その顔には人をほっとさせるような笑みが浮かべられている。

「お母さんはもう心配いらないよ、お嬢ちゃん」

「っ!?」

「ホンマですか、先生!?」

 小鳩ちゃんが息を呑み、貧が掴みかからんばかりに白井のおっさんに顔を近づける。
 貧を止めようとして苦笑しながら腰を上げたその時、小鳩ちゃんが倒れた。

「小鳩ちゃん!?」

「待て。下手に動かしてはならん」

 抱き起こそうとする俺を制すと白井のおっさんは彼女の脈を取りながら簡単に触診した。
 やがて軽く息をつくと、重みのある声で告げる。

「大丈夫。溜まっていた疲労と緊張感が途切れたせいで、眠りについただけじゃ。ほれ、安らかな顔をしているじゃろう?」

 見ると、小鳩ちゃんは穏やかな寝息をたてながら、心底安心しきった顔で眠っていた。
 すぐ傍らにいる彼女のお母さんも、今はすっと汗が引いて荒かった呼吸も落ち着いている。
 手を握ると小鳩ちゃんの温もりが伝わってくる。
 トクンと動く心臓。
 生きていると教えてくれるその音がこんなにも尊いと思った事はなかった。

 小鳩ちゃんは生きている。彼女のお母さんも生きている。
 俺のちっぽけな霊能が2人の安らかな眠りに役立った事が嬉しくて。
 心の底から嬉しくて。
 思わず胸が熱くなる。

 その時ふと、俺は自分の視界が霞んでいる事に気付いた。
 どうしてなのか理由に気付くのに、少し時間がかかったが。

「ちくしょう。小鳩ちゃんの寝顔が良く見えねえよ」

 気付けば泣いていた。
 そこに、かつて枯れてしまえとばかりに流し続けた絶望は無く。
 こんな感情のせいで泣くのはいつ以来だろう?
 頬を流れる涙は、決して悲しみのせいなんかじゃなくて。
 それは、目覚めてからずっと感じていなかった感動という名の喜びだった。










 数時間後、その日の診療が終わると俺は白井のおっさんに俺の能力について問い詰められた。
 根掘り葉掘り、どんな仕組みになっているのか、何が出来るのか、どれくらい頻繁に使えるのか等質問は多岐に及ぶ。
 頑固なまでに現代医学を尊重しているおっさんは、何故か俺の能力について真剣に知りたがっていたのだ。

「ふむ。折れた骨が内臓に突き刺さるような複雑な怪我でなければ大抵は治せるのかね?」

「ええ、霊力さえあれば。でも流れた血を補えるわけじゃないですし、低下した体力もそのままっすよ」

「いや、十分だ。血管の損傷や、外傷の縫合の手間がなくなれば、その分を他の作業にまわせる。それだけで随分と楽になる。
 それに現在ここで使われている医療機器の管理、点検、修理に関して我々は素人に過ぎん。正直、今日の様な事が起きたらお手上げなのだよ」

 やがて一通り質問が終わると、おっさんは椅子に深々と座ったまま静かに目を瞑った。
 何かを考えるように、何度か指先で診療台をトントンと叩くと、彼は目を開けて俺に向き直った。

「君にどんな事が出来るのかは、まだまだ十分に分かっているとは言えんのだが…………先ほどの力で我々を手助けしてくれんか?」

 俺の意識が驚愕に染まる。
 この人がこれほど率直な言葉でオカルトの力を借りようとするなんて思わなかった。
 だが眼鏡の向こうの眼差しは真剣そのもので、そこに嘘や冗談を言っている気配は微塵も無い。

「怪我人はまだまだ残っているし、この環境では病人が多発するのは避けられん。だが、とてもこの設備と人数では対応しきれんのだよ」

 そこでようやく俺にもおっさんの気持ちが分かった。
 無念の響きを含んだ今の言葉。
 薬品も機材もメスや注射器すら不足する現状の中で、このあたりに避難してきた数万人の人間の治療を引き受ける事になってから、おっさんはどれ程の数の死を見てきたのだろう?
 死者の中には、白井総合病院が無事ならば助けられた患者もいたに違いない。
 白井のおっさんはどれだけ口惜しい思いで彼らの死を見送ってきたのだろう?
 ………俺なんかにその苦しみが分かるはずも無い。

 白井のおっさんの眼鏡がきらりと光り、額の汗が眩しく輝く。
 頑なに現代医学を信奉してオカルトに文句をつける等、おっさんは俺達と対立していた事もあったけど。
 それでもこの人の根っこにある思いは常に変わらず。
 目に浮かぶ炎は多くの医者が抱き、そしてほぼ全ての人間が共通に持っているある種の使命感。
 それはきっと、何の見返りがなくとも『他者を助けたい』と願う人の善性が生んだかけがえのない宝なのかもしれない。

「現代医学がオカルトを受けいれるんですか?」

「万物は常に変化するのだよ。それは医学といえども例外ではない。
 これまで医学は常に進歩しようと様々な試行錯誤を繰り返してきた。一人でも多くの命を救うためにな。
 外科的手術や麻酔、輸血もそんな試みの末に医学の中に取り入れられたのだよ。
 ならばオカルトの心霊治療の術理がその中に取り入れられない訳がない!
 私が生涯を捧げると誓った医学はオカルトをも内包しうる柔軟性を秘めている。
 少なくとも私はそう信じているのだよ。横島くん、君達の働きをすぐ近くで見てきたおかげでね」

 良く見れば白井のおっさんの目は真っ赤で、頬がげっそりとこけていた。
 当たり前だ。看護婦さんの話では、ここにいる誰よりもおっさんは働いているそうだ。
 その分、睡眠時間は削られて、自身の体をケアする時間など殆どないに決まってる。
 それなのに………。
 おっさんの顔には力が漲っていて、寝る間を惜しんで治療を続ける姿は鬼気迫るものがあった。
 ギラギラと輝く瞳は溢れんばかりに生気を帯びている。
 そして何よりこの人はこの世界に絶望していなかった。

「もう一度言おう。君の力を我々に貸して欲しい」

 渋い笑みを浮かべながら彼は俺に向けて右手を差し出した。
 その手を握ろうとして、一瞬、ナルニアにいる両親の顔が脳裏を横切り、俺の手が止まる。
 ここでその手を握れば、俺は否応なしに日本に留まり続ける事になるだろう。

“今、自分が何を望んでいるかはもう分かってる筈よ、ヨコシマ?”

 ルシオラの静かな声が、俺の心をくすぐるように優しく響いた。 
 ああ、と頷いて目を瞑ると俺の傍にいた人達の姿が次々に思い浮かんでくる。
 最後に現れたのは穏やかに眠る小鳩ちゃん一家の寝顔。

 それでようやく分かった。
 俺の心を蝕んでいた虚無の霧と絶望の糸が少しだけ晴れたのが。
 そして俺自身が何を望んでいるのかを。

 見守ってくれるかのように後方で綺麗な笛の音を奏でてくれたヒトは、俺が命をかけても守りたかった少女はもういない。
 襲い掛かる困難を風を切るように駆け抜けたヒトは、いつかその隣で戦えるようになりたいと思っていた亜麻色の髪の美女はもうどこにもいない。
 俺の為に命を捧げてくれたヒトは肉体を失って二度と触れ合う事は叶わない。
 だから己の無力さに絶望した。
 彼女達の役に立ちたくて、彼女達に格好いいところを見せたくて手に入れた霊能力は、肝心な時に役に立ってくれなかったから。

 けれど、たとえそうだったとしても。
 小鳩ちゃん達を助けたいと思った事は、欺瞞だとしても、一時の逃避だとしても、決して嘘なんかじゃない。
 あの時俺は確かに願った。心から、俺の中に蟠っていた自分自身への絶望を振り払うくらい真摯に。
 この力を取り戻したいと。もう一度使えるようになりたいと。自分に出来る事なら何でもしてあげたいと。

 だから、本当はもう立ち上がれなくなりそうなほど疲れきっているけれど。
 でも俺を必要としてくれる人がいるのなら、俺の力で誰かを助けることが出来るなら、もう少しだけ頑張ってみてもいい。
 親父、お袋、しばらく待っててくれ。俺達が会えるのはもっと先になりそうだ。
 俺、この国で頑張ってみるよ。

「こちらこそ、よろしくお願いっす。白井のおっさん、俺にも何か手伝わせてください」

 決意を言葉に乗せながら、俺は白井のおっさんの手を握った。
 これまで数多くの尊い命を救ってきた彼の手を、畏敬の念を込めてがっちりと。



[526] それでも明日はやってくる 最終話
Name: z
Date: 2005/11/03 15:29
⑤それでも明日はやってくる

 春に命は芽生え、夏は命を育み、秋に命は次代へと渡り、冬が命を終わらせる。
 生を終えた肉体はいつか土へと還る。
 そして魂は誰も知らぬ遠い場所へと旅立っていく。
 記憶を失くして新たな生に辿り着くために。
 そこに残された者達の思惑が入り込む余地はない。
 故に彼女達の死を悼むのは容易いが、彼女達と過ごした時間を過去のものにしてしまわないようにするのはとてもつらく困難だった。
 でも。それでも俺は。








 神宮球場で俺が白井のおっさんの手伝いをするようになってから一週間経っていた。
 この一帯には球場のほかに明治公園や神宮外苑など建物のない拓けた場所が固まっているため、大勢の人間が避難している。
 聞くところによるとその数は軽く10万を超えるらしい。
 10万の人間がこの付近で働き、10万の人間がこの周囲で食事を摂り、10万の人間がこの土地で眠る。
 東京ドームを満たして尚余りあるその人数が、この土地でひしめき合いながら不便な避難生活を送っているのだ。

 それだけの人数が活動すれば毎日必ず負傷する者や体調を崩す者がでる。
 まして風雨すら満足に凌げぬこの過酷な状況下では、彼らの肉体の抵抗力は必然的に低下する。
 故に医者を必要とする者が増加するのは自明の理であり、俺が働くこの医務室を訪れる者は後を絶たない。
 そして今日も、俺は忙しそうに働き続ける白井のおっさん達を手伝っていた。

「横島くん、あの患者さんに添え木を当ててくれ」

「うっす」

 おっさんは診断を終えるとテキパキと指示を出し、俺はそれに従って素早く処置に取り掛かる。
 素人の割に俺の処置はスムーズに終わった。

「終わったす」

「次はこっちの患者さんの包帯の交換、お願い」

 休む間もなく次の指示が飛ぶ。

 此処で働くようになってから初めて分かった事だが、素人の俺はいつの間にか外科的な応急処置を一通りマスターしていたのだ。
 ………思い当たる節が無いではない。
 懐かしきセクハラに明け暮れ、折檻を受け続けた日々。
 怪我する事など日常茶飯事で、けれどおキヌちゃんがヒーリングしてくれるようになるまで傷の治療は全て自分でやっていた。
 その経験が今の俺の助けになっている。
 そう思えば、これも美神さんのおかげなのだろうか?
 いや、むしろ治療スキルに開眼したのは俺の煩悩が原因か?
 取り留めのない事を考えながらも指示通りに手当てを施していく。

 ところでこの医務室で治療に当たっている人間は俺を含めて5人いる。
 まず白井のおっさんと俺。他には看護士の経験のあるボランティアが2人、そして若い研修医の5人である。
 俺達の5人の役割分担は、まずおっさんが診察。
 看護士達が診察結果とおっさんの指示に従って点滴、注射、ガーゼや包帯の交換等を担当。
 縫合等、医者が行わなければならない治療の中で比較的簡単なものは研修医の担当だ。
 そして俺は雑用全般兼、応急処置係兼、いざという時の切り札だった。

 切り札。鬼札。秘密兵器。何となくもったいぶった呼称で呼ばれるそれらの手段は順調ならば出る幕はない。
 だが往々にしてトラブルとはこちらが望まなくても遠慮なくやってくるもので。
 嫌な予感にふと目を移すと、エアコンの前で手を翳しながら渋面を浮かべるおっさんの姿。
 ほとんど休憩無しに忙しなく働いていたせいか、その額には清々しい汗が浮かんでいる。

「横島くん、空調がおかしい。暖房がいかれたみたいだ」

 そして予想に違わず、白井のおっさんは間髪入れずに問題発生を告げてきた。

「急ぎっすか?」

「うむ、早ければ早いほど良い。室温が下がると患者さん達の回復力が低下するかもしれないのだよ」

「なら仕方ないっすね」

 壊れた暖房に文珠を押し当てると『修』『理』の文字が刻まれた双文珠を発動させた。
 手の中で球体に凝縮させた霊力が外に向かって迸っていく様を感じ取りながら、放出する出力の調整に気を配る。
 やがて嫌な音を響かせながら冷たくも暖かくもない風を送り出していたエアコンが正常に作動し始めた。
 うまくいった事を確かめると、エアコンの前から退きながら安堵の息をつく。
 文珠に目を移すと、俺の霊力の結晶は使用前と変わらぬ輝きを放っている。
 2つの文字が込められるこの双文珠。
 数十マイトの出力でも発動できるという点で従来の文珠とは決定的に異なっている。
 従来の文珠は数百マイトの霊力を時間をかけて凝縮して生成。
 そしてそれに指向性を与えてから一気に放出するため、抜群の効果を発揮する反面、一度使用すれば消えてしまう。
 それに対して双文珠は生成に必要な霊力量はほぼ変わらないが、出力を調整すれば文珠に込められた霊力が尽きるまで何度でも使えるのだ。
 たとえば『癒』と刻んだ文珠を使った場合、瀕死の重傷でも復活するほど効果があるが効果は一度きり。複数の人間に対しては使えない。
 一方双文珠の場合、『治』『癒』と込めて数十マイト分だけ発動すれば、一度や二度でなく十度使える事もある。もちろん文珠に比べれば効果は低下して精々軽度の骨折を治す程度になる。勿論その使用回数は限られているので、一日に何度も使うわけにはいかないけれど。

 しかし今回の様に医療の技術ではどうしようもない時や、患者が多すぎて素早く治療を終わらせねばならない時には、どうしても文珠を使わざるをえない。特に機材や電化製品の修理に関しては、碌な工具がない事もあって文珠を使う以外に故障に対処する術がないのだ。

 このように医学や看護についてはまるで素人な俺でも、文珠という高い応用力を秘めた霊能のおかげで、それなりに重宝がられていた。
 おかげで毎日忙しく余計な事を考えるゆとりも無い。
 けれど誰かの役に立っているという実感は俺の心に吹きすさぶ寒波を少しずつ、けれど着実に弱めていった。
 3日前に小鳩ちゃんのお母さんはすっかり快復して退院していった。
 その時、我が事の様に退院を喜びながら何度も感謝の言葉を述べる小鳩ちゃんの笑顔に、俺も心から笑う事ができたのだ。




 次から次へと訪れる患者の波は昼になると一先ず途切れ、ようやく俺達は休憩を取った。
 いつもならソファーの上でだらしなく姿勢を崩して休むところだが、今日はそういうわけにもいかない。
 五分ほど前、ベージュのスーツを見事に着こなした釣り目でショートカットの美人が俺に会いに来たと告げてきたから。




 正午からしばらくの時を休憩にあてるのは、小学生から社会人まで共通だ。
 絶え間なく響く声も、スコップで瓦礫を掬い上げる音も、この付近の復興作業の喧騒は消えて長閑な雰囲気がこの付近を包んでいる。
 作業者達はのんびりと昼食を取りながら、果て無く広がる青い空を遠く臨み、確かな心地よさを抱きながら一時の安息に浸っていた。
 周囲を見回してみても、俺達に注意を払う者はいない。
 それはきっと機械の様な味気のない無関心からくるものではない。
 皆が生きる事に積極的に取り組んでいる証と言おうか、ただ精一杯動かした体に活力を取り戻したいだけで。
 だから今の彼らの姿は部活を終えて大の字になった運動部の部員を連想させる。

 さり気なく隣に目を移すと、白井のおっさんに春桐魔奈美と名乗ったきつめの美女は何やら難しい顔をしている。
 俺を外に誘い出してから彼女はずっとこうだった。
 いつもの様な歯切れの良い言動も、びしびしとこちらに突きつけてくる様な迫力もなく、じっと何かを考え込んでいるのだ。
 大きく息を吐きながら時計を見ると、もう20分が経っている。
 何度も銃を突きつけられた経験から下手に突付きたい相手ではないのだけれど、こうしていても埒があかない。
 仕方なく覚悟を決めて、

「それで話って何だよ、ワルキューレ。
 あそこで話せないんだから、オカルト絡みだろ?」

 俺の方から切り出すと、ようやく彼女は俺と目を合わせて口を開いた。

「明後日の正午、小竜姫達が妙神山に帰る事になっている。お前にその事を伝えるようにパピリオから頼まれてる」

「見送りに来てくれってわけか」

「そうだろうな」

 素っ気無く相槌を打つとワルキューレは俺から視線を外して街を見た。
 そこに在るのは相変わらず面白みのない破壊の爪痕と色濃く残る死の香り。
 少し前まで復興作業に勤しむ人達が忙しそうに闊歩していた場所。
 彼らの努力のおかげで大気の中を漂う腐肉の臭気は一日ごとに薄れていき、国道や二車線道路などの大通りの整理も進んでいた。
 目の前に広がる道路からも雑然とした様相は消え、今なら車が走れるかもしれない。

「霊能力、また使えるようになったのだな」

「ああ、一週間前にな。その日から、ここで働いてる」

 そうか、と言うとワルキューレは黙り込んだ。
 俺と視線を合わさずに彼方を見ている彼女の横顔は、陽炎の様な儚さを湛え、何とも表現し辛い感情を浮かべている。
 怒っているような、当てが外れたかのような、それでいてどことなく嬉しそうな、その複雑に入り乱れた感情はさながら千変万化の色彩を映し出す万華鏡の様だった。
 しばし漂う沈黙の涼気。ワルキューレは無言のまま街を眺め、俺は彼女の顔に浮かぶ万華鏡を見る。
 そんな俺達の間を僅かに秋雨の気配を孕んだ風が静かに吹きぬけていく。
 やがて彼女はゆっくりと俺に目を向けると漸く本題を切り出してきた。

「横島、お前の仕事振りはあそこにいる人間達から聞いた。
 文珠を以前同様に使いこなせるようになった今のお前の力なら不足はないだろう。
 だから私達と共に混成チームに加わる気はないか?」

 まるでこちらの機嫌を窺っているような声。彼女らしからぬ口調は要請というよりも懇願に近かった。
 だから俺は彼女が告げた言葉の中身よりも、その声音に虚を突かれた。
 何故ワルキューレがそんな顔をしているのか。
 彼女の真意を測りかねて、首を傾げながら問い返す。
 
「お前から見ると、俺が今やってる事って歯がゆく感じるものか?」

 その言葉に少しだけ驚いたような顔をすると、ワルキューレはゆっくりと首を振った。 
 取り繕うように浮かべられた苦笑の中にある隠し切れない自嘲の翳り。

「いや、私も軍の仕官の端くれだ。戦うだけが全てではない事ぐらい分かっている。
 兵站の充実や負傷者の看護など後方からの支援が無ければ軍人は戦えない。
 私は戦士である事に誇りを抱いているが、後方支援の充実に尽力している者を卑下するつもりなどないよ。
 我々が思う存分戦えるように心を砕いてくれる者は、間違いなく敬意を払うに値する」

「なら、別に俺がここで働いてたっていいだろ?」

 途端に黙り込むワルキューレ。
 苛ついたように右足の爪先を地面に叩きつけると、もどかしげに口を開けて………………無言のまま閉じた。
 いつもの強気で歯切れのよい口調は影を潜め、凛々しいスーツ姿からも奇妙な重苦しさが漂っている。
 彼女らしくからぬその態度、そして僅かに落ち着きを欠いた一連の仕草に、俺はワルキューレの躊躇いを見た。

 やがて何かを覚悟したかのように大きく息を吐き出すと、ワルキューレは俺に向き直った。 
 時には冷徹な光を宿しながら睨みつけてくるその視線。
 けれど今は威圧感など微塵もなく、彼女の瞳は知性の色を湛えながら儚く揺れた。

「横島、私は人間が嫌いだった。
 弱いくせにそれを鍛えて克服しようともせず、平気で奸智を弄して他者を騙し、陥れる。
 かつて私が戦乙女だった時に、神族だった時に、そして魔族となった時も何度となくそう思ってきた。
 だが人の成長は時にこちらの予想を凌駕して、お前や美神令子の様に類稀なる戦士へと変貌する。
 そんな事は神族だった時から何度も何度も見てきた筈なのに、いつしか私は人間を見下すようになってきた。
 ………きっと私もアシュタロスの様にどこかで人間を妬ましく思っていたのだ。
 おしきせの秩序やデタントさえなければ、無理矢理堕天させられる事もなく、今も神族として生きていられたかもしれないと。
 別に魔族の軍の仕官としての生き方が嫌なわけじゃない。
 それでも他者の都合でそれまでの生き方を否定された時の屈辱は今でも忘れられないものだ」

 そんな事を言う彼女の姿がやけに小さく寂しげに見えた。
 弱気すら覗かせる今の態度。出会った時の殺気と威圧感に満ちたワルキューレとは余りにもかけ離れている。
 けれどそれも当然かもしれない。
 ずっと言い難そうにしていたのも無理もない。
 言うなれば、これは彼女の懺悔なのだ。
 そして懺悔は終局に入っていく。

「私は死ぬべき時に死ねなかった恥さらしだ。
 私達が不甲斐ないばかりに、デタントの為に尽力してくれたGS達は皆死んでしまった。
 たとえ何十年かかろうと、私はその借りを返すつもりだ」

 悔恨を滲ませた言葉の響き。
 目覚めてみれば彼女が戦友と認めた者達は屍となって海へ散っていた。
 なのにワルキューレ自身は雪辱を挑むどころか、戦う事すらも出来ないまま、安全な場所でアシュタロスの死を見届けざるをえなかった。
 ………俺には分からない。ワルキューレの誇りに穿たれた傷の深さも、彼女が味わった屈辱の大きさも。
 でもさっきまでの妙に弱気な態度が、彼女の胸に巣食っている負い目から来ていた事だけは理解できた。

「この先私達は何年も人間と共に困難な任務に当たる事になるだろう。
 だがそこで問題がある。私は無条件で人間を嫌うのは止めたが、かといって無条件に気を許す気にもなれない」

「魔界の軍隊からお前の仲間も来るんだろ。そいつらは信用できないのか?」

「そうではない!!
 ………問題は別にある」

 仲間に言及されるのは不本意だ、と言わんばかりに俺の問いを否定した瞬間、押さえつけていた魔力が一瞬開放され、羽を休めていたカラス達が脅えながら一斉に飛び去っていく。やがてワルキューレの声と魔力の残滓が消えると、俺達の間には沈黙の帳が下りた。
 なんとなく気まずい空気の中、ワルキューレはさり気なく目を逸らす。自分でも失敗したと思っているのか、その頬は紅潮していた。
 それを見てふと思う。
 もしかしたら俺はワルキューレを誤解していたのかもしれないと。
 破壊衝動を抑えて軍人としての仮面を外した時のワルキューレは、実はジークの様に意外に愛想の良い性格なのかもしれない。
 そういえば妙神山で理性をかなぐり捨てたジークも、何度も何度も今のワルキューレみたいに感情的に叫んでたな。
 あの時は三等兵とか懲罰モノとか色々言われたっけ。 

「混成チームの主力は神魔族だ。その能力が人間離れしてるのは仕方ない。
 否、アシュタロスによって理不尽に殺された人間の怨霊達を相手にするならば、それぐらいの力はどうしても必要になる。
 だが、チームの全員が神魔族では後々厄介な事になるだろう。
 だからこそカモフラージュの為にも人間が必要なのだ。それも我々の中に混じっていても違和感のない非常識な能力を持つ者が」

 徒然な物思いに耽っていた俺の耳に彼女の声が届く。
 意識を戻すと、ワルキューレはもういつもの顔に戻っていた。

「それで俺か」

「そういう事だ。
 混成チームは世界中で各々の国の有力な霊能力者と土着の神を中心に結成される。
 そして私達は日本で活動する事になっているのだが、残念ながら日本にはもう有力な霊能力者がいない。
 修羅場を潜った事もない中途半端な実力の者ではとても我々にはついていけんだろうし、カモフラージュにもならん。
 だからこそお前の力が要るのだよ、横島。
 これは私だけでなく、ジークやヒャクメとも共通の見解だ」

 努めて感情を出さぬように機械的に告げてくるけれど、彼女の瞳はかなり本気のようで、思わず背筋が震えた。
 返答次第では、いきなり拉致されて都庁に連れて行かれるかもしれない。
 文珠が使えるようになった所で、ワルキューレが本気ならこの間合いでは分が悪すぎる。
 しかこちらから距離をとろうとしたら却って薮蛇だ。
 何も言わない俺に対してじりっと一歩踏み込むと、

「別に今すぐ参加しろ、とは言うわけじゃない。お前の手伝っている仕事が一段落したら、でいいんだ」

 ワルキューレはあっさりした口調でそれだけ言うと俺の肩をぽんと叩いた。
 空気が一気に弛緩して張りつめた緊張が刹那で解れる。
 思わず座り込みそうになる俺をしばし不思議そうに見つめると、彼女は踵を返して歩き出した。

 その後姿をぼぉと見つめながら嘆息する。
 きびきびと歩き去っていくワルキューレの姿は以前の様に颯爽とした佇まいを感じさせる。
 彼女らしい鍛え抜かれた軍人の歩様。
 そこには負い目の影は既に無く、先ほどまでの湿った感情も完全に消えていた。










 病院とは一種の戦場だ。
 俺がこれまでいた戦場とは異なり、この場にいる者達は命を救う事のみを目指していく。
 ここでは敗北とは他者の死であり、勝利とは他者の救命である。
 故に100の勝利を重ねても1つの敗北は、戦う者達の心に冷たい影を落とすのだ。

 今日もまた数名の患者が息を引き取って即席の火葬場に運ばれた。
 けれどやはり俺の胸は痛まない。
 死んだのは会った事もなければ名前も知らなかった人間で、ただ残念だと思うだけ。

 診察が全て終わって片付けが済むと、俺はだらしなく姿勢を崩して、手の中の文珠の感覚を確かめる。
 もう戻ってこない生命。
 二度と現れない命の輝き。
 それを貴重に思うからこそ白井のおっさん達は頑張っている。
 でも俺はこの一週間で気付いてしまった。
 俺という人間はどこか白井のおっさん達とは違うと。

「仕方ねえじゃん、俺は博愛主義者じゃないんだから」

 呟きながら、目を瞑るとみんなの顔が浮かんでくる。
 原因は明白だ。考え込むまでもない。
 俺はアシュタロスがこの世界を蹂躙するまでの記憶を過去としたくないのだ。
 もうあれから20日以上が経過して、人々は苦しみながらも前に進もうと足掻いている。
 それを否定する気はない。
 でも同時に俺はそれまでの日々を過去の事にしたくなかったのだ。
 現在に感情移入してしまえば、新たに積み重なる鮮明な記憶によって、やがて過去の記憶は色褪せて、いつか消えてしまうかもしれない。
 それがたまらなく嫌だった。
 故に俺は醒めた目で死を見つめていたのだ。
 だがその在り方は正常な物とはいえない。
 俺がここで働き出したのも過去に囚われる為じゃない。
 それでも俺はどうしても一歩引いた目でこの世界を見てしまうのだ。過ぎ去りし日に別れを告げる事を躊躇いながら。

 そしてワルキューレの提案を聞いた時、もう一つ気付いた事があった。
 彼女の提案を受け入れれば俺は再び立ち返る事になる。
 俺の過去が詰まった戦場。
 そこにはもう美神さんもおキヌちゃんもいない。
 それなのに俺はその場所に戻りたがっているのだ。

 何故なのか自分でも分からない。
 ここで白井のおっさん達を手伝う事には何の不満もない。
 おっさん達ほど真心を込める事ができなくとも、苦しむ人の手助けをするのだって嫌じゃない。
 むしろ誰かを助ける事ができるという実感は、随分と俺の心を癒してくれた。
 なのに、俺は。 

「何か悩んでおるようだね、横島くん」

 予期せぬ声に振り返ると白井のおっさんが手にコップを持ったまま、すぐそこに立っていた。

「お茶を入れたんだが、飲むかい?」

「どうもです」

 紙コップを受け取りながら、随分と注意力が散漫になっている事に気がつく。
 気を取り直して手渡された熱い緑茶を啜ると、過熱気味の思考がゆっくりと静まっていった。 

 おっさんは何も聞いてこなかった。
 ただ静かに俺を見ているだけだ。
 隠し事をしているわけではないけれど、なんとなく居心地が悪い。
 だから

「今日、美神事務所に勤めていた時の知り合いに会いました」

「ほう」

「その時、言われました。もう一度元の世界に戻ってこないかって」

「オカルトに絡む仕事かね?」

「ええ。それだけじゃないでしょうけど、多分除霊も仕事としてやる事になると思います」

 いつの間にか俺はワルキューレの要請だけではなく、一般人の目には見えない犠牲者達の霊魂が街中を彷徨っている事まで喋っていた。
 浮遊する霊達の悔恨や嘆き。
 放っておけば、いつか彼らが悪霊となって生者に仇為す事になる可能性。
 そして話が終わると、白井のおっさんは相変わらず静かな目で俺を捉えながらゆっくりとした口調で問い掛けてきた。

「横島くん、医学とはなんだと思う?」

 突然の問いに僅かに面食らった。
 咄嗟に考えを巡らせる。
 けれど俺の仕事場には、生と死が在るだけで他には何も思い浮かばない。

「先人達は碌な道具も薬品もない時代から、少しでも多くの命を救うために努力を重ね、医学を進歩させてきた。その結晶が現代医学だ。
 だがその中で決して変わらぬものがある」

 おっさんの眼差しは真剣そのもので、けれどその焦点は俺に向けられているようでどこか遠くを見据えているようだった。

「それはどんな状況でも諦めずに足掻き続ける事だ。
 時折人間の肉体が見せる奇跡的な回復力は、現代医学の知識をもってしても到底説明がつかん。
 だからこそ我々医者は時に奇跡を信じ、たとえ助かる見込みが全くなかったとしても足掻き続けるのだよ。
 そしてそれこそが医学の歴史を築いてきたといっても過言ではない。少なくともわしはそう思っとる」

 白井のおっさんはそこで言葉を止めた。
 それは俺がおっさんの言った事を理解して消化する時間を作ってくれたのだろう。

「君の力は確かに稀有だ。君が我々にとってどんなに助けになってくれたかなど、わしにはとても言い表せん。
 しかしいつまでもそれに頼りきりになるわけにもいかない。それは分かるね」

「ええ」

 頷き返すとおっさんは満足そうに笑った。

「今日、医薬品の補給と申請しておいた工具が届いた。
 これで医療に従事した経験のある者や修理に秀でた人間に手伝ってもらえれば、なんとかやっていけるだろう。
 だから横島くん、此処の事は心配いらんよ」

「出て行けって事ですか?」

「まさか、君ほど使い勝手の良い人間をこちらから手放せるわけがないだろう。
 だが今の君の心は此処よりも遠くに行ってしまっているようだ」

 心当たりが有りすぎて、気まずくなった俺は思わず目を逸らした。
 そんな俺の様子にも構わず、おっさんの話は続く。

「本当に恐ろしいのは自分の知らぬ間に死なれている事だよ。
 若い者に任せて仮眠を取っている間に容態の急変した患者さん。
 急激な発作のせいでナースコールを押す事も出来ずに息絶えた患者さん。
 手を尽くした末の結果なら自分の実力不足を悔やめばいい。天命だと割り切る事も出来るだろう。
 だが何もしてやれなかった患者さんに対して、わしは悔やむ事すら出来んのだよ」

 過去の苦い記憶を振り返るように、おっさんは目を細めながら静かに語った。
 ゆっくりと沁みてくる白井のおっさんの言葉。
 それはまさしく俺すら曖昧にしか分かっていなかった俺の本心を言い当てていた。

 美神さん………知っている誰かの死を見るのは耐え難い苦痛だった。
 けれど傍に居れば、少なくともその結果を回避するために努力する事は出来る。
 でも俺の手の届かぬところで戦っている相手は、俺に何もさせてはくれない。
 雪乃丞、タイガー、ピート、そしておキヌちゃん。
 俺がいれば、文珠という反則があれば、死なずに囮を全する事ができたかもしれない人達。
 『転』『移』と刻まれた双文珠を渡していれば助かったかもしれない命。

 ああ、そうか。
 俺はそれが嫌だったから。
 だからワルキューレの提案に心が動いたのだ。
 ワルキューレやヒャクメは俺なんかよりもずっと強いし、死に難い。
 それでも生命は永遠ではなく、どんなに強大な存在でも死ぬ時は死ぬんだ。
 それを知っていたからこそ、俺はせめて知り合いの傍に居たいと思ったんだ。
 事務所でおキヌちゃん達の遺言を聞いた時の様に、俺が知らぬ間に彼らが死んでしまう事には耐えられないから。

「白井のおっさん、俺は」

「ドクターと呼んでくれんかな?」

 顔を上げておっさんを見ると、力強いその顔に在るのは、ここで再会した時と変わらぬ不屈の信念と使命感。
 だから俺は、はっきりと分かった。
 俺はこの人とは違う人種で、きっと俺は一生この人と同じタイプの人間にはなれないのだと。

「白井先生、ありがとうっす」

「行って来い、若造」

 頭を下げた俺に白井のおっさんの声が届く。
 面と向かって言うのはあまりにも俺のキャラとはかけ離れているので、そっと胸中で言葉を紡いだ。

 様々な経験を積み重ねてきた人生の先達に心からの感謝を。
 短い間だったけど、白井のおっさんと一緒に働けて良かった。










 かつては日本経済の象徴でもあった高層ビルが立ち並んでいた西新宿は、無残でみすぼらしい姿を晒していた。
 地上にあった筈の流麗なビル群はなぎ倒されて消失。
 復興が進んだ今もそこは戦火を被った被災地としか思えない。
 けれど目の前の地下へ通じる入り口を抜けると、程なくして奇跡的に残された文明の残照に遭遇する。
 蛇口から流れる水音が耳朶を打ち、電話の鳴る音が鼓膜に届く。
 そしてデータベースサーバーになっている汎用コンピューターの回転音。
 半月ぶりに訪れた日本再建の中心地、都庁は相変わらず活気に満ちていた。

 霊感を研ぎ澄ますと、数々の霊力が流れている事が容易に感じられる。
 流れてくる霊波はどれも人間離れした大きさで。
 だからどこに誰がどこに居るのかなんて簡単に辿る事ができた。
 目的の人物を見つけると、彼女は既に俺に気付いていたのか、驚いた様子もなく近付いてきた。

「驚いたな、ぎりぎりになるまでこないと思っていたのだが。小竜姫達はもうロビーに向かっているぞ」

「ああ、分かってるよ、ワルキューレ。ロビーに行く前にお前に少し話があってな」

 訝しげな顔をする彼女の目を見つめながら、俺は告げた。
 これまでずっと悩み続けた事への結論を。

「一昨日お前が頼んだ事、引き受けてもいい」

「本当か?」

 ああ、と頷いて一呼吸を置くと、神宮球場で働いていた日々が脳裏を掠める。
 あの場所で働いていて痛感した事は、死んだら俺達はそこで終わりだという事だった。
 あの時、ああしていたら。もし、こうしていたら。と思ってもやり直しは効かない。
 それが人間という種の定め。
 だからこそ俺が望むのはただ一つだけ。

「一つ頼みがある。
 死なないでくれ。俺が生きてる間だけでいいから、死に急ぐような真似だけは、頼むから………」

 最後は弱々しく掠れてうまく言葉にできなかった。
 本当は、こんな事は言うべきじゃない。
 けれど俺は弱い。彼女達を守れるほど強くもないし、多分自分の身を守るだけで精一杯のちっぽけなガキだ。
 それがわかっているから俺は願う事しかできないのだ。

 しばしの沈黙。
 俺は言うべき事を全て告げ、彼女は無言でそれを受け取った。
 やがて彼女は凛とした美貌を僅かに綻ばせながら口を開いた。

「分かった、誓おう。お前が生きている限り、私は決して死なん」

 ワルキューレの手がは俺の手を力強く握る。

「だが横島。私を死なせたくないのなら、お前も長生きしろ。どんな時でも精一杯足掻いて生き延びてみせろ」

「分かってるって」

 そのまま俺達は互いの顔を無言で見た。
 ワルキューレが言いたい事、俺が伝えたかった事、それは同じ思いに根ざしていた。
 すなわち『死ぬな』という身勝手で尊い主張。
 お互いがそれを望んでいて、だからこそもうこれ以上言葉を重ねる必要なんかない。
 そんな奇妙な一体感を感じながら、俺達は穏やかに笑う。
 そして出会った頃の様な颯爽とした表情に戻ると、

「明日からよろしく頼む、戦友よ」

 スーツ姿の美女が消えて、ベレー帽を被り、耳の尖った魔界軍所属の大尉が現れる。
 しなやかに鍛えられた肉体と針の様に鋭い魔力は
 すっと踵を閉じて背筋を伸ばすとワルキューレは見事な動作で敬礼した。
 それにどんな意味が含まれているかなど聞く必要なんてない。
 誇り高き戦士が礼を示すのは、敬意を払うに足ると認めた者にだけ。
 身に余る厚意に応えようと、俺は見よう見まねで下手くそな敬礼を返す。
 それは幾分芝居がかった通過儀式。
 この時より、俺達は仲間として互いを認め合ったのだ。






 ロビーに行くと既に小竜姫様達は出発の準備を終えて俺達が来るのを待っていた。
 頬を掻きながら挨拶しようと近付くと、

「ヨコシマ、遅いでちゅ」

 ナイトキャップの様な帽子を被った少女が口を尖らせながら俺の前に立ち塞がる。

「わりい、パピリオ。ちょっと立て込んでな」

「ふーん。ワルキューレと何を話してたのかしりましぇんけど、間に合ったから大目にみてあげまちゅ」

「サンキュ」

 パピリオに手を引かれながら小竜姫様達の所に行くと互いの近況とこれからを報告しあう。
 小竜姫様とパピリオとジークは妙神山の再建に向かい、ヒャクメとワルキューレは此処に残って混成チームの一員として活動するらしい。

 やがて俺達は再会を約束して互いの手を握り合い、簡単な言葉で別れを告げた。
 この別れに仰々しさなんか必要ない。俺達は生きているから。人間界にいるのなら、その気になればいつだって会いにいける。
 だから挨拶はすぐに終わった。

「それじゃあ私達は妙神山に戻ります。
 社は崩壊してしまいましたけど、神族側と魔族側が急ピッチで再建を進めていますから近いうちに元に戻るでしょう。
 ですから、何かあったら遠慮なく相談に来てくださいね、横島さん」

「はい。その時はよろしくお願いします、小竜姫様」

 そんな小竜姫様の姿に、何とはなしにむず痒さを覚える。
 時折時代錯誤な知識や世間知らずな面を覗かせるが、小竜姫様は俺より遥かに年上の女性で、とびっきりの美人なのだ。
 そんな人が俺に向かって礼儀正しく頭を下げていると、こちらもつい改まった態度になってしまう。

 小竜姫様との挨拶が終わるとジークが進み出て俺の手を握る。

「姉上をよろしく頼みます。お健やかに、横島さん」

「そっちの再建が終わったら、たまには手伝いにこいよ」

「ええ、喜んで」

 冗談めかした俺の言葉に生真面目に頷き返すジーク。
 その態度は本当にジークらしくて、ほっと安心させられる。

 最後はパピリオだった。
 しかし何故か先ほどまでの元気の良さは影を潜め、彼女はもじもじと何かを言い辛そうに上目遣いで俺を見る。
 膝を突いてパピリオに視線を合わせながら俺から話しかける。

「どうしたんだよ、パピリオ。俺に言う事は何もないのか?」

 無言で首を振ると、少しだけ躊躇ってからパピリオは俺の服の裾を掴み、悪戯が見つかった子供の様な表情で告げてきた。

「ごめんなちゃい、横島。私、アシュ様を攻撃できなかったでちゅ。今でも、アシュ様を嫌いになれないんでちゅ」

「いいさ」

 自然にその言葉が出た。
 きっとパピリオの謝罪には色々な意味があったんだと思う。
 例えば俺の知り合いが死んでいくのを座視して見ている事しかできなかった事。
 一流GSを軽く凌駕するパワーを持った自分が戦えば、俺の知ってる誰かが死なずに済んだかも知れない事。
 アシュタロスを激しく憎む俺と同調できない事。
 そして俺はその全てを何の拘りもなく許せた。
 だってパピリオが死ななかった事がこんなにも嬉しい。
 パピリオが生きている、ただそれだけでどんなに俺も、俺の中のルシオラの心も救われた事だろう。
 そっと頭を撫でるとはにかむパピリオの顔。
 それを見るだけで湧き出してくる温かい何かは、ごまかしようのない親愛の情。
 これはルシオラの魂からあふれ出した妹への愛しい気持ち。
 パピリオは気付かずとも、今、彼女を撫でているのは俺じゃない。
 俺の手を通しながら、ルシオラがパピリオを撫でているのだ。
 俺以外の誰とも会話を交わす事のできないルシオラが、妹に伝えようと精一杯の愛情を込めて。
 掌から想いが伝わるようにと。




 やがて別れの挨拶を終えた3人は虚空に消えていった。
 交わした言葉は少なく、けれど伝わってくる確かな安心感。
 彼らが生きているって思えるだけで、泣きたくなるくらいの安堵が襲う。

「横島さん、今日はこれからどうするの?
 私とワルキューレは、チームの運用ルールの作成を担当する人間の手伝いをする予定だけど」

 感傷に浸っていた俺に投げかけられたヒャクメの声。
 反射的に胸の中に温められていた言葉が口をつく。

「ちょっと寄っておきたい所があってな。そこに行こうと思ってるんだが」

「了解なのね。新しい宿舎は此処にあるけど、夜の10時までには戻るようにしてね。
 それと面倒な手続きはやっておくけど、あとで一応は目を通しておいてね」

「ん、分かったよ。それじゃあ頑張ってな」

 一時の感傷から抜け出した俺は、軽く手を上げて答えると出口に向かって歩き出した。
 始まりの場所に終わりを告げるために。








 その場所は相変わらず瓦礫に埋もれたまま朽ちていた。
 いまだ復興の手も及ばぬ地。
 かつては美神事務所と呼ばれ、賑やかな喧騒の絶えなかった建物は既になく。
 現世利益の為なら神も悪魔もぶっつぶすと息巻いていた女性も、死人の魂すら癒す力と優しさを持った少女も今はこの世にいない。
 数々の夢の跡が静かに鎮座する、取り戻せない過去の石碑。
 もうこの場所には何もなく、けれど大切で綺麗な思い出たちは、今でも鮮明に胸の奥に刻まれている。

 四季折々の日々の中、コブラに乗り込んで悪霊退治と金儲けに目を輝かせる美神さんの姿。
 大きいようで時に小さく見えたあの人の背中。
 何とかしてそれに追いつこうと重いリュックを背負いながら駆け続けた日々。
 1人で駆けずり回っていた俺の後ろには、いつしか巫女姿の少女がいた。
 幽霊として出会った天然ボケ気味な優しい少女は、束の間の別れを経て、一つ年の違う生身の少女として現れた。
 一連の記憶の中でおキヌちゃんと出会ってから後の時代を思い出そうとすると途端に俺は涙脆くなる。
 
 まだ過去というには早すぎるあの頃。俺達3人が霊能力者として美神事務所で働いていたあの時。
 妬みや僻みに侵された時でさえ俺の目に映る世界は限りなく綺麗だった。
 くだらない事でも結局は楽しんでいた在りし日の夢。
 あのころ。ドジで半人前に過ぎなかった俺にとって世界は確かに輝いて、心は信じ難い熱気と興奮に満たされていたのだ。
 それはきっとあの時代があまりにも幸せだったから。
 だからあの頃の自分と今の自分を重ねあわせながらかつての記憶を探っていると、いつでも顔には笑みが浮かんでくる。
 けれど、それも今日で終わりだ。

 そっと屈みこむと、俺は文珠で作った手向けの造花を添えた。

“もういいの?”

「ああ、いいんだ」

 生きると決めたから。
 死者への想いに囚われてはいけないと、除霊中に美神さんから何度も教えられたから。
 だから俺は、これから美神さんやおキヌちゃん達がいない生活に慣れていかなければいけない。
 それはとても悲しいけれど、でも俺が生きるうえで必要なことなんだ。
 こうして美神事務所での日々は少しずつ俺の記憶の引き出しの中へと仕舞われていくのだろう。忘れえぬ数々の情景と共に。

 それでも俺は絶対に忘れない。
 美神令子という人がいた事を。
 氷室キヌという少女がいた事を。
 俺という人間が、あの2人の女性が大好きだった事を。
 俺達3人がこの場所で一緒にバカやって楽しく過ごした時を。
 たとえ思い出す事がどれだけ俺の心に苦痛を強いたとしても、それだけは絶対に。

“忘れたって良いのよ。
 貴方は1人じゃないのよ。
 私がいるわ。たとえ貴方が忘れてしまっても、その時は私が思い出させてあげられるわ。”

「そうだったな」

 そう言いながら俺はそっと胸に手を当てる。
 俺の鼓動を通して伝わってくる彼女の波動。想いを重ねるようにそれに触れるといつだって思いだす。
 逆天号から逃げ出した夜にルシオラを抱きしめた時の温もりを。黒く濡れてあの瞳を。あの時の彼女の唇の感触を。

“ずっと一緒よ、ヨコシマ。”

「ああ。ずっとだ」

 ルシオラの言葉に永遠を誓うと、俺は最後にもう一度事務所の残骸を見た。

 こんな風に、かつて何度、ここに通った事だろうか。
 ここは、俺にとって世界の半分に等しい場所だった。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、全てが詰まっていた思い出の箱庭。
 けれど魔神に破壊しつくされたこの場所には、もう何もない。
 尊い箱庭は失われ、美神事務所のバイトをしていた俺は明日から新たな戦いに身を投じる事になる。
 だから、もう終わり。
 あとは通り過ぎていく過去に別れを告げるだけ。

「美神さん、おキヌちゃん、人工幽霊一号、行ってきます」

 応える者はなく刹那の静寂が訪れる。それは永遠のような一瞬。
 それでも俺にとっては十分すぎるほどに永く。
 そして踵を返して歩き出そうとした瞬間、俺はその声を聞いた。
 
────いってらっしゃい、横島くん。私の所に居た時みたいにずっと元気でね。

────頑張ってくださいね、ずっと見てますから。でもあんまりセクハラばっかりしてたら嫌ですよ。

────お気をつけて。貴方がいてくれたおかげでずっと楽しかったです。

 耳から聞こえたわけじゃない。
 三つの声は、俺の魂に触れたかのように、胸に直接響いてきたのだ。

「あっ……あっ、う」

 振り返りたくなる衝動を必死で抑える。
 振り向いたって誰もいやしない。相変わらず誰もいない廃墟が佇んでいるだけだ。
 そんな事は、分かってる。
 分かっているのに………。

「聞こえたか、ルシオラ?」

“ええ、ばっちりね。多分、今のは残留思念よ。
 美神さんもおキヌちゃんも、魂が輪廻の輪の中に戻った後も、ずっとヨコシマの事を心配してくれてたのね”

 ルシオラの言葉を聞きながら、けれど呆然として考えが続かない。
 再び俺の胸に何かが触れて、過去の映像が次々にフラッシュバックしてくる。
 脳裏に浮かび上がってくるのは、楽しい思い出ばかり。
 哀しい想いはそこになく。
 在るのは楽しくて温かい感情だけ。

 俺は――──右頬に奔る微かな痛み。

 その懐かしい感触は、何度も俺を血の海に沈めた不敵な女性の鉄拳だ。 
 もう会えない筈のヒトの姿。なのに今、俺にはそのヒトが俺の右隣で楽しそうに笑っている顔がはっきりと見えている。

 俺は――──俺の手をそっと握る掌の感触。

 後ろからそっと包み込むような優しい波動はいつも俺を助けてくれた少女の温もり。
 がんばってください、と必死に応援してくれるおキヌちゃんの明るい声が木霊する。

 俺は────その2人の更に後ろにひっそりと誰かが立っている。

 確認する必要すらない程に慣れ親しんだその波動が満足げに浮かんでいる。
 それだけで分かる気がした。人工幽霊の残留思念が何を感じているのかが。
 それはきっと、俺が抱いているある感情と同じものだろう。

 俺は――──左隣にルシオラの気配が寄り添うように現れる。

“分かるでしょう、ヨコシマ?
 たとえ死んでしまっても結んだ絆は決して途切れないわ。
 これからも彼女達との縁は、おまえの中でずっと生き続けるの。
 だから悲しまないで。きっといつかどこかで会えるわ。
 その時はきっと私も人間の女の子に転生して、美神さんやおキヌちゃんとヨコシマを巡って熾烈な駆け引きを繰り広げるの”

 ああ。きっとその通りだ、ルシオラ。
 それは見果てぬ夢であり、この世の果てよりも遠き理想郷。
 それでも俺達はきっとまた巡り会える。
 たとえ俺達が土へ還ろうとも、この宇宙がある限り、またいつかどこかで、必ず俺達は。
 だから、この結末は本当に悲しいけれど、それを受け入れて………。

 最後に1つだけ残っていた言葉が胸を衝く。
 できるならずっと一緒にこの場所でバカやっていきたかった。
 けれどそれはもう叶わない。
 ならばせめて胸を張り、失われた日常に向かって真心を伝え、そしてもう一度歩き出そう。
 なによりこんなにも俺の胸を満たすこの感情を、大好きだったあの人達と大好きだったこの場所に伝えたくて。
 俺は、胸に奔る鈍い痛みを噛み締めながら、認めたくないという感情を必死で抑えこみ、楽しかった過去を締めくくる、その言葉を紡ぎだした。

「ありがとう。俺、みんなに会えて、良かった」

 声は大気中の粒子に伝わりながら徐々に拡散して、やがて消えた。
 けれどそこに込められた意思は、遠く高く、遥かな空を越え、此処には居ない人達の下へ。

 やがて俺の背後に在った美神さん達の気配が薄れ始めた。
 心残りを無くした霊が成仏していくように、楽しい夢が終わるように、静々と彼女達の思念が空の中に溶けていく。
 この時、何かが終わったのだ。おそらく決定的なものが。
 そして後に残るはしばしの別れ。
 胸の中に蟠る未練に限りなく。
 けれど振り返らない。俺が進む道はもう定まっているのだから。

 だから俺達は美神事務所に背を向けて歩き出す。
 魔神の爪痕が刻みこまれた、果て無き荒野に向かって。












 究極の魔体がハワイ沖で破壊されてから一ヵ月後。
 日本政府とGS協会は国内に向けて今回の事件についての報告を行った。
 その場に出席したGS協会の幹部の助言を交えながらアシモト総理が語った内容は次の様になっている。

 世界中に現れた妖怪、魔族、悪霊は核ジャック事件の首謀者であるアシュタロスの超兵器の発動によって生み出されたこと。
 間一髪、GS達の働きでアシュタロスの超兵器の動力源を破壊して悪霊達を消滅させることに成功したこと。
 しかし小笠原諸島に隠されていたアシュタロスの最終兵器には既に予備動力が積んであり、それの襲撃によって世界中が蹂躙された事。
 3日間しか動けないその最終兵器による被害を少しでも減らすため、世界中の軍隊と霊能力者達が矢面に立ち、そして死んでいった事。
 そして、かつて人類の敵としてTVに映った横島忠夫が、実は寝返った振りをして敵地に潜入。
 スパイとして妨害工作を行っていたこと等である。

 その報告が終わった後、壊滅状態となった各都市の復興策が発表された。
 その中で首相は特殊活動を専門にするチームの結成と派遣を明らかにする。
 隊員は各々が体力や特殊能力に優れている事。
 霊障だけではなく救助活動や医療活動の補佐にも携わる事。
 治安や医療に関しても警察官や医者の並の権限を与える事など、あまりにも異例な内容に質問が殺到する。
 だが首相は一刻も早い復興の為に必要な措置とだけ話し、協会の幹部が後に詳しい説明をする事を約束して質問を打ち切った。
 故にチームの構成人数や所属している者達の能力等の詳細については、おいおい明かされていくそうだが、現段階では一切が不明である。
 この発表で判明したのは、そのチームが混乱の収まらない地域に優先的に派遣される事とオカルトについて専門的な知識と経験を持っているという事だけだった。






 こうして史上最大の被害を齎した悪夢は一応の終結を果たした。
 死者と行方不明者の合計は30億人を越えると言われ、被害総額は余りにも甚大なので今以って試算しきれずにいる。
 その爪痕はこれから長きに渡って人類を苦しめ、暴動、疫病、食糧不足等の二次災害は更に多くの命を奪うだろう。
 それでも明日はやってきて、人は数々の悲しみを抱えながらも生きていく。
 より良い明日を夢見ながら、黄泉路へと旅立ってしまった者達の分まで懸命に。
 この世界が終わるその日まで。








 ・Epilogue

 数ヵ月後 ナルニア

 高そうな濃紺のスーツを身に付けたやり手のビジネスマンを思わせる男の所に一通の手紙が届いた。

「あなた、忠夫から手紙よ」

「………無事だったのか、あの親不孝者め。今まで何の音沙汰もなく」

 横島大樹はどこか嬉しそうな表情を浮かべながら手紙を受け取ると憎まれ口を叩いた。

「私はもう読ませてもらったけど、あんたは落ち着いて読むのよ」

 百合子は楽しそうに微笑みながら、傍らでお茶を入れ始める。
 妻の様子に不審な波動を感じながらも大樹は手紙を開いた。  
 そこには両親の健康を気遣った言葉が連なり、その後に自分が今まで日本で何をしていたか、何の為に日本に残っているかが詳しく書かれていた。
 そして同封された一枚の写真。

 そこにはオカルトGメンの制服に似た服を纏った息子の姿があった。
 しばらく写真を見つめた後、その裏を見ると簡単なメッセージが目に飛び込んでくる。

────手紙にも書いたけど、俺はしばらく日本で頑張るよ。
      今の仕事は危険だし、毎日がシビアで自分の身を守るのが精一杯だ。
      でも、いつか誰の足も引っ張らずに自分の命を自分一人で背負えるようになった時、
      俺は一人前の人間として父さんと母さんに会えるんだって思う。

 手紙と写真をテーブルの上に置くと大樹は複雑な表情を浮かべながら頬杖を突いた。
 ふぅと溜息をつくと、彼の胸にこの数ヶ月の事が思い浮かんでくる。
 彼らにとってあの時ほど精神が不安定になった日々は、息子の出産以来だった。
 究極の魔体の襲撃で東京が壊滅状態に陥った後、大樹も百合子も必死になって日本に帰国しようとした。
 だが日本の空港は国際線も国内線も機能不全。
 なんとか電話だけでも、と試みるも、電話線や電話機自体が破壊されてそれも不可能。
 故に彼らは日本のラジオ局が流したニュースを聞くまで、息子の生存を知らなかったのだ。

 もう一度写真を見ると、真っ直ぐ正面を見据える息子の顔からは、前に会った時にはなかった精悍さと根性が感じられた。
 まだ羽も碌に生えていないひよっこだと思っていた彼の息子。
 魔体の襲撃のせいで滅茶苦茶になった日本では様々な苦労があっただろう。
 だから多少はマシになっただろうと思ってはいた。
 しかし写真の中の息子は、いつの間にか生やした翼を動かして、1人で飛びたとうとする若鳥にまで成長していたのだ。

「親がなくても子は育つ、か」

「どうしたの、急に。しみじみしちゃって」

 自分の知らぬ間に大きな成長を遂げた息子の姿に驚きと一抹の寂寥を感じながら大樹はぽつりと呟いた。
 傍らの百合子はにこにこしながらお茶を啜っている。
 彼女は彼女で息子の成長に立ち会えなかった事を残念がりながらも、夫の屈折した感情をきちんと理解していた。
 要するに夫は何となく口惜しいのだ。息子をガキ扱いできない様になって。
 だから百合子は拗ねているような夫の態度に可笑しさを堪えきれず、夫がよく息子にしていたような口調で軽口を叩いた。

「精々頑張るのね。さもないと忠夫に会った時、あんたの方がガキ扱いされるわよ」

 その言葉に大樹の顔はますます渋くなっていき、遂には他者にもはっきりと分かるほど面白くなさそうな表情へと変化した。
 父親という生き物は息子が自分を追い越していく事を望みながら、同時にその成長を中々認めたがらないという奇妙な性質を持つ者が多い。
 まして負けず嫌いな大樹の事だ。今、その胸中に蟠っている感情は難解なパズルの如き複雑な様相を呈しているのだろう。

 けれど百合子にとっては、息子の成長が素直に嬉しかった。
 今度会った時は息子にどんな言葉を掛けてやろうか。
 たまには誉めてやってもいいかもしれない。そうしたら果たして息子はどんな顔をするだろう。
 そんな事を思いながら、百合子は僅かに頬を緩めた。
 見上げれば、蒼穹の空は高く。
 その青の中を浮き雲が悠々と流れていく。
 白い雲が流れていく彼方、東方にある島国で今日も頑張っている息子に向かって、百合子は偽りのない純粋な真情を込めながら小さく呟いた。

「愛してるよ、バカ息子」



 






 後書き

 ドタバタとして横島が終盤に美味しい思いをしそうになるけどでも結局は夢オチで終わる、という話を書くつもりでした。
 それだけでは何となく物足りなかったので別の要素を加えようと思った時に、もしもベスパが生き返れずバリアの穴が分からなかったら究極の魔体を倒せないのでは?という考えが唐突に浮かびました。
 そこでルシオラ以外のほぼ全てを失った横島が立ち直る話を書いてみようと思いついたのがこの話を書くきっかけでした。
 その結果、蓋を開けてみれば主要キャラの殆どが死亡するとんでもなく殺伐とした話に。
 これは前作のラストでご都合主義を使ってしまったので今回は使わないと決めていたせいもありますが。
 私は原作のノリも大好きですし、GS美神の中で嫌いなキャラクターなど誰もいないのですが、自分で書くとちっともそれが生かせない。
 今回の話の執筆は、自分の下手さ加減を思い知る事ができて、非常に良い経験でした。苦くもありましたけど。

 ともあれ最後まで読んでくださった方々。感想をくれた読者の方々。本当にありがとうございました。
 無事完結にこぎつけることができたのも、皆様の温かい言葉と的確な指摘のおかげです。


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