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[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop(29話更新しました)
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/05/15 22:24
○はじめに
 みなさんはじめまして、今回が初投稿となるテンパといいます。つい最近こちらの掲示板の存在を知りまして、さまざまな作品を読んでいると、ふと自分でも書いてみたくなり、今回この作品を投稿することになりました。文才はないのでところどころ変な日本語があったりするかもしれませんが、どうかスルーしてください。
 話自体は、白銀武のループものです。なぜか白銀と一緒に戦術機までついてきちゃったりしています。そこら辺の不思議現象をなんかこう難しい言葉いっぱい使ってうまく説明できればいいのですが、おそらく無理なので、ご都合主義万歳でスルーします。どうか、ご理解ください。
あと、この話では白銀武がかなり強いです。主人公最強物が大丈夫な人だけこの作品をお読みください。
最後に。自分はマブラヴが大好きです。でもやっぱり、オルタの世界でもハッピーエンドがいいんです。そんな想いからこの作品を作りました。
それでは、拙い文ですが、お楽しみください。

ps.ニコニコ動画から来た場合、ここの投稿掲示板の注意書きをよく読んでおいてください。


「……ま、まぶしい」

 武は瞼越しの陽ざしで目が覚めた。手で影を作りながらゆっくりと瞼を開いていく。最初、目に入ってきたのは自分の指の隙間から見える白い天井だった。

「……?」

 寝起きの頭で、見慣れない天井だな、と思う。しかし、なぜかなつかしい。そんな色をした天井だった。周りに目をやると、ポスターや机、ハンガーにかけられた制服が目に入ってきた。

「……って、オレの部屋かっ!」

 そう言って武は体を起こす。
 間違いない。この部屋は白銀武の、自分の部屋。机の上の散乱した教科書に名前がしっかりと書いてある。しかし、なぜ一瞬でもなつかしいなんて思ったのか。

「!」

 そこに考えが及んだ瞬間武は思い出した。
 BETA。オルタネイティブ計画。横浜基地。戦術機。207訓練部隊。A-01部隊。12・5事件。00ユニット。甲21号作戦。あ号標的。桜花作戦。

 そして、みんなの顔を。
 知らず涙が出てきた。布団を手に取り顔に押し付ける。
「……純夏、冥夜、委員長、たま、彩峰、美琴、まりもちゃん、伊隅大尉、柏木、速瀬中尉、涼宮中尉」
 守れなかった、死んでしまった人たちの名前をくぐもった声で出す武。みんなを救おうとして、結局みんなに救われていた。
 あの世界は救われたかもしれない。しかし武は、ほとんどうれしいとか達成感というものがなかった。あの救われた世界は武にとって、本当に寂しい世界だった。

「……待てよ」

 どうして自分はこんな記憶を持っている。
 確か、白銀武はあの世界では完全に消滅したはず。あの世界の記憶をもった白銀武など存在するはずがないのだ。
 何か、何かがおかしい。つかんでいた布団を蹴とばし、ベッドから降りる。
 そして、無意識のうちにゲームガイを手にしてドアへと手をかけた。なぜこのとき、ゲームガイを手にしたのか。それはおそらく武の中に確信に近い予感があったのだろう。慌てていたため、部屋を出る前にハンガーに掛けてあった制服が肩に引っかかった。そんなことをきにせず階段を目指そうとすると、ハンガーごと制服がついてきた。うっとうしいと思いながら肩にかかった制服を落とす。
 ほとんど転がり落ちるように階段を降り、焦りから足がもつれながらも玄関にたどりついた。

 「……」
 そこで立ち止まり、一度だけ深呼吸をする。家には誰もいなかった。そして、記憶を失っていない自分。駈け出したときに気づいた自身の鍛えられた肉体。これらが一つの可能性を武に示していた。
 扉に手をかける。一瞬のためらいの後一気に開いた。

「……っ!」
―――そこには、やはり廃墟と化した街が広がっていた。

「は……ははは」
 この瞬間、武を支配した感情は、絶望ではない。怒りでもない、落胆でもない、恐怖でもない。
 ―――歓喜だった。

「……『三回目』だ!」
 後ろを見る。そこには自分の家に持たれるようにして活動を止めた撃震だった。『1回目』のとき状況も何も知らず、こいつを見てはしゃいでいた自分。『二回目』はただこいつを見て『あの日』に戻ったということに混乱していた自分。
 『一回目』は、力も知識もなかった。『二回目』は、力はあったが、覚悟がなかった。
 だが『三回目』はどうだ。今の自分には力がある。知識もある。覚悟もある。今の自分ならやれる。みんなを救うことができる。
 武は、誰もいない廃墟と化した街の中一人歓喜の声を上げた。





(だがよくよく考えてみれば今日が2001年の10月22日なんて保障はどこにもないんだよな)
 歓喜の声を上げたのはいいものの、冷静になってみれば、そうだった。
 
 とりあえず部屋に戻ってみたもののそこはすでに廃墟だった。
「んげっ!?」
 廃墟となった自分の部屋を呆然と見詰める。そして自分の今の格好を見ながら、
「やべーってこんな格好で横浜基地なんて行ったら最初っから思いっきり不審人物じゃん」
 『一回目』と『二回目』は、制服を着ていたため、門兵は最初親しげに話しかけてきた。今度もその瞬間を利用して、夕呼先生に連絡を取ってもらおうと思ったのだが。この恰好では最初から武の言うことを聞いてくれるとは思えない。
 だがこうなると、最初ゲームガイを持って外に出たのは良かった。これがあると、夕呼先生にも自分が別世界から来た証明に役立つだろう。

 しかし、
「マジでどうすっかなー?」
 頭をかきながら部屋を後にすると、廊下に落ちている制服が目に付いた。
「おっ!」
 そうだ。先ほど自分の肩にかかった制服のことを思い出す。
「良かった~!」
 あの時は、一秒でも早く外の状況を確認したくて、肩にかかった制服をうっとうしがった武だが、人生何が役に立つかわからないものである。
 
 とりあえず着ていたものを脱ぎ制服に袖を通す。
 その瞬間、頭が割れるような頭痛が武を襲った。
「っ~~~!……うっ!」
 頭の中に浮かんでは消える。人、戦術機、BETA。

 ようやく頭痛が治まったとき、武は放心としながらもつぶやいた。
「『三回目』、じゃ……ない!?」
 先ほど、武の頭に浮かんでは消えたもの。それは武が『一回目』の世界で5年間戦い続けたものだったり、桜花作戦後もあの世界にとどまり、戦い続けたりした数十にも及ぶ戦いの記憶だった。
「……いや違う。さっきまで俺は確かに今回が『三回目』と認識していたはずだ。ということは、これはほかの並行世界からの記憶の流入?」
 おそらく、そうだ。何が原因かわからないが、これはほかの世界の白銀武の記憶に間違いないだろう。
「な、なんか……どっと疲れた」
 頭を押さえ、壁に背中を預け崩れるように座りこんだ。
いきなり何十年分もの記憶がいきなり流れ込んできたのだ。なんか精神年齢が上がったような気がする。

「だけど、これで覚悟がさらに固まったかな?」
 そう言って武は、瞳に光を宿す。
その理由は、どの世界でも武の最後の想いは、仲間を救えなかった後悔だった。今回こそはそんな想いを抱いての最後にはしない。
今の武は、何十人もの『白銀武』の願いの形だった。今回こそは仲間を失うことなく、人類を救ってみせる。

「そうなると、『アレ』がほしいな」
 先ほどの記憶の中、桜花作戦後もあの世界にとどまり続けた記憶の中では必ずと言っていいほど登場する白銀武専用機「伊邪那岐(いざなぎ)」。武御雷以上に生産性と整備性を度外視した超高性能機だ。
 元の世界のバルジャーノンを完全に再現しようとして、無理言って開発してもらったものだ。しかし、あの機体の速度は、元の世界のバルジャーノンに慣れている武以外には制御できなく、また、期待の最高速度時のG(やはりゲームはゲームだった。実際にあの速度を出した瞬間、武は気絶した)に耐えるために長期の訓練を必要とするため、結局白銀武専用機となったものである。

「でも、あれ桜花作戦の後、ある程度人類にも余裕ができた時に開発してもらったものだからな」
 オルタネイティブ4、XM3の開発などやることは山とある。さすがに今すぐには無理だろう。
 溜息をつきながら、いそいそと制服を着始める。
 その時、家の外から何か巨大なものが落ちてきたような重く響く音を聞いた。その衝撃で家が少し揺れる。

「なんだ、なんだー!?」
 ガチャガチャとベルトを締めながら階段を降りる武。と、途中でちゃんと履けてなかったズボンに引っかかる。そのまま、階段を回転しながら落ちる。
「あ、あが~」
 体中の痛みに耐えながら、ズボンをしっかりと履く。
 そのまま、一気に廊下を駆け抜け、玄関にたどり着き、ドアを開ける。

 そこには白銀(はくぎん)色で陽光を反射する全高20メートルの鉄の巨人がそびえたっていた。
「いざ……な、ぎ」
 見間違うはずもなく「伊邪那岐(いざなぎ)」である。
 その顔が、武をじっと見つめているようにこちら側に向いていた。

「お前も……来たのか?」
 そう問うても鉄の巨人はただそこに立っているのみ。しかし、武の眼には「伊邪那岐」がしっかりと頷いたように見えた。
 桜花作戦後の世界の記憶では、伊邪那岐で出撃した武は、作戦前の待機時間などに自分の機体に仲間の武勇伝を語っていた。みんなが頑張ってくれたおかげでお前も生まれることができたんだぞー、と。もちろん鉄の塊が答えてくれるはずがない。しかし、武は何度も自分の相棒に仲間のことを語り続けた。

 その伊邪那岐が今目の前にいる。
「お前、俺の言っていた仲間にでも会ってみたかったのか?」
笑いながら武は言う。
 そして親指を立てた腕を突き出し、こう言った。

「頼むぜ、相棒!」
                    つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 2
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/09 22:48
「さて、と……」
 武は「伊邪那岐」に乗り込みつぶやく。驚くことにコックピットには強化装備が置いてあった。今、武はその強化装備を身に着け、「伊邪那岐」を起動した瞬間である。直立不動の「伊邪那岐」のコックピットにたどり着くのはかなり苦労した。

 当初、武はゲームガイを持ち込み、横浜基地で夕呼先生に会うつもりだった。しかし、そう考えていた矢先、この「伊邪那岐」がきたのだ。武は、計画を変更することにした。
 
その計画とは、この「伊邪那岐」による、横浜基地強襲である。
 前の世界の横浜基地では、日本という最前線に位置しながら、その中でも後方だと勘違いして腑抜けた軍人が多すぎた。そして夕呼先生は、横浜基地のほとんどの部隊が戦力にならないとして、その現状を打破するため捕獲したBETAに横浜基地を襲わせた。

(そして、まりもちゃんは死んだんだよな……)

 今回はそんなことをしなくても、自分が腑抜けた兵士たちの目を覚まさせてやる。
 所属不明の戦術機に襲われるのだ。横浜基地は混乱するだろう。ここがいつでも戦場になる可能性があるということをあいつらに教えなければならない。
 おそらく、A-01部隊も展開するだろうが、旧OSの機体相手に負けるわけがない。しかも今回搭乗するのは、この「伊邪那岐」だ。とりあえず、全員倒しとこう。

「大尉たち、悪く思わないでくださいよ」
 そう言って武は「伊邪那岐」を横浜基地へと向けた。




 その日、門兵はいつものように横浜基地の正面ゲートに立っていた。ここから見えるのは、廃墟と化した街とここへ至る道に植えられた桜ぐらいだ。桜に花などついていないし、ぶっちゃけ何も見るものがなかった。この日も同僚とくだらないことを言いながらその日の仕事を終えるはずだった。

ソレを見つけたのは同僚のほうが先だった。
「お、おい!アレ見ろよ!」
 一体何を見つけたのか、同僚はひどく驚いていた。
「おいおいどうした?BETAでもやってきたのか」
 そんなこと有り得ないという確信のもと、冗談を言って同僚に何事かと問う。
「べ、BETAじゃねえ!戦術機だ!」
「は?」
 
 同僚の指さす先。そこには確かに一機の戦術機がいた。
 この街はほとんどが廃墟で高い建物もないためずいぶん遠くまで見ることができる。おそらくまだ数キロ先にそいつはいた。
 白銀(はくぎん)の戦術機。一直線にこの横浜基地へと向かってきている。
 今日戦術機がこの横浜基地を訪れるなどという連絡は受けていない。
「な、なんだありゃ?」

 混乱している最中でも、白銀の戦術機はその速度を変えることなく、こちらへ向かってきている。だんだんと近づいてくると、戦術機の姿がはっきりと見えてきた。
 見たこともない機体だ。撃震ではない。不知火でも、吹雪でもなかった。ましてや米軍の機体でもなかった。
 しかし、だんだんと近づいてくると、その戦術機が手にしているものが見えた。それは突撃砲だった。
「な!?」
 この基地に用があるのなら、突撃砲など構えるはずがない。

 ―――あれは敵だ。
 門兵は生まれて初めて味方であるはずの人類の兵器、戦術機を敵と判断した。
 そして、大急ぎで基地に連絡をとる。



―――防衛基準態勢1発令―――即時出撃態勢にて待機せよ!
―――防衛基準態勢1発令―全戦闘部隊はただちに出撃態勢に―――

 横浜基地の副司令―――香月夕呼はその警報を自室で聞いた。
「はぁ?一体なんだってのよ!?」
 見ていた書類を机に叩きつけ、即時に中央作戦司令室に連絡を取る。
『香月博士ですか?』
「そうよ!いったいなんだってのよ、この騒ぎは!?」
『正体不明の戦術機が一機、この横浜基地へ向かってきています。今すぐに中央作戦司令室へとおこしください』

「っ!?」
 何?戦術機ですって?どこの馬鹿よ、この基地を襲おうってのは?
 苛立ちながら夕呼は自室を後にした。
 しかも、さっき正体不明っていった?どういうことよ。機体の種類ぐらいわかるでしょうに。そしたら、日本か米軍かソ連かぐらいわかるでしょ。
 そう思いながらも、その戦術機の正体についてあらゆる可能性を考えていた。
 一番可能性が高いのはオルタネイティブ5推進派だが、こんな馬鹿な手を使うとは思えない。
 と、通路を歩いている途中、銀髪の少女がこちらを向いていた。
「……」
 いつものように、無表情で夕呼を見つめる瞳。
「社、心配いらないから。あんたは部屋で待ってなさい」
 銀髪の少女―――社霞は無言のまま、ゆっくりと頷いた。



「指令」
「博士か」
 中央作戦司令室に入ると、すぐさまこの基地の司令、ラダビノッド司令に声をかけた。
「これは一体どういうことです」
「わからん。……あれを見たまえ」
 そういって正面のスクリーンを示した。
「なんです。あれは?」
 そこに映っていたのは、見たこともない白銀(はくぎん)の戦術機だった。日本、米軍、ソ連、地球上のどの軍隊の機体でもない。背中には機体の全高とほぼ等しい長さの長刀を備えている。長刀を運用しているのは日本のみだが、あれは日本のどの機体にも当てはまらない。複雑な三次曲線と鋭角的なパーツで構成されたそれが、突撃砲を構え、この横浜基地を睨むように廃墟と化した街の中立っていた。

「やはり、博士でもわかりませんか」
 ラダビノッド司令が口を開いた。
「確認されたのはついさっきだ」
 そのあとを、ピアティフ中尉が続ける。
「あの不明機(アンノウン)は、まっすぐにこちらへと向かってきていました。しかし、先ほど横浜基地手前2キロメートルの時点でなぜか停止。しかし、以前突撃砲を構えたままで、こちらの呼びかけにも一切答えようとはしません」
 停止?ますますわけがわからない。この基地を襲うことが目的ではないのか。いや、違う。ならば突撃砲など構えるはずがない。
「しかし、あのままあの機体に我が基地を攻撃されていれば、多大な被害がでたことでしょう」
 でしょうね、と夕呼は心の中でつぶやく。この基地はこの日本において、後方に位置しているなど勘違いして腑抜けている連中が多すぎる。先ほどの発令を聞いていったい何人が迅速に動けたことか。どうせ、混乱でもして行動が遅れたに違いない。ここだって何時BETAに襲われるかわからないのだ。
 しかし、さすがに夕呼もいきなり戦術機に襲われるとは思わなかった。どこかの軍の行動なら、自分の情報網に必ずひっかかるはずだ。
(たった一機なんてどこの馬鹿よ?)

「っ!司令!」
 その時、今まで静止していた不明機が動きだした。
 すでに防衛部隊は展開しているはずだ。このまままっすぐこちらへ向かってくれば、間違いなく戦闘になる。相手はたったの一機。対してこちらは、この横浜基地全兵力だ。
 しかし、なぜだろう。夕呼を何か嫌な予感がしていた。
「……博士」
「……わかっています。A-01部隊も展開させます」
 そして、A-01部隊隊長、伊隅大尉に出動命令をだした。



 いきなりの出動命令で防衛展開してみれば、目の前にはたった一機の謎の戦術機。横浜基地の衛士たちは状況がまったく理解できなかった。
 しかし、その戦術機が突撃砲を構え向かってくるというだけで、戦う理由には十分だった。再三の警告にも相手は応じない。ついに司令室から攻撃許可が出された。
「よし!あの馬鹿を囲んで一気に勝負をつけちまえ!この横浜基地に単機で攻め込んだことを後悔させてやれ!」
『了解っ!』
 8機の撃震が不明機へと向かっていった。
 前衛の二機が不明機に向けて突撃砲を撃つ。
 その次の瞬間、不明機の機動に衛士たち全員が度肝をぬかれることになる。


『なっ!』
 それは、当初ただのブーストジャンプだとおもった。しかし、違う。速さが桁違いなのだ。こちらの突撃砲をよけ、一瞬で前衛の二機に肉薄した。そして、相手の突撃砲が前衛二機の突撃砲を撃ち抜いた。援護しようにも味方機と隣接しすぎて、突撃砲は使えない。次の手を考えるその一瞬のうちに、前衛の一機のコックピットに突撃砲の銃口が向けられた。

『バンッ!』
 不明機の外部スピーカーから、そんな声が聞こえてきた。
 その瞬間、突撃砲を突きつけられた衛士は、死の恐怖で体が一瞬で硬直してしまった。そして情けないことに目をつぶってしまった。

 しかし、覚悟した衝撃はいつまでたってもやってこない。恐る恐る目を開けてみると、すでにあの機体は照準を自分から外し、さきほど自分の機体にしたように味方機のコックピットに突撃砲を向けていた。
『バンッ!』
 また、あの声が聞こえた。自分が照準されているわけではないのに、その声を聞くと、またしても体が硬直してしまった。
『お前ら二人は死んだ。本当に死にたくなかったらそこでじっとしてろ』
 不明機がそう告げた。そう言われずとも、先ほど感じた巨大な死の恐怖に手が震え、しばらく動けそうもなかった。
 
 そして、不明機は最初の二機にしたように、武器を破壊し、突撃砲を突きつけ、あっというまに8機、全機を制圧してしまった。



 その様子をA-01部隊隊長伊隅大尉は、離れた場所から見ていた。不知火に搭乗し、その周囲には同じA-01部隊の不知火が展開していた。
『見ていたわね?伊隅。どうやらあの馬鹿はこちらを殺すつもりなんてないらしいわ』
 司令室から香月夕呼の通信だ。
『あんたたちは何としてもあの機体を捕まえなさい!そしてその衛士をあたしの前までつれてくるの。わかった!?』
「了解!」
 先ほどの戦闘を見ていたが、不明機は自身のブーストによる驚異的なスピートで相手を撹乱し、それぞれの武器を破壊していった。
 しかし、先ほど見ていた通りでは脅威になるのはそのスピードのみ。相手の衛士の腕もただそのスピードに任せた戦い方だ。
 自分たちA-01部隊の衛士、またその機体の不知火では、十分捕獲できるレベルだと判断した。

「―――ヴァルキリー1より各機、オルタネイティヴ計画直属部隊の意地と名誉に賭けて、あの機体を捕獲する。いいな!」
『了解!』
                       つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 3
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/01 23:43
 武は、自分へと近づいてくる不知火数機を目にした。
 この横浜基地で不知火を与えられている部隊はA-01部隊のみである。
「きたな」
 伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉、柏木。前の世界で英霊と化した人たちが今目の前にいる。知らず涙が出そうになった。

 さきほどの撃震8機は、武が本気をだすまでもなかった。機体性能だけで十分なレベル。当初相手はこちらがたった一機なので完全に油断していたことだろう。そこに、「伊邪那岐(いざなぎ)」の驚異的なスピードで奇襲し、態勢を立て直す前に一気に制圧する。衛士としての腕も、連携の錬度も足りない。武自身の技量を使う必要もなかった。

 しかし、A-01部隊―――伊隅ヴァルキリーズはそうもいかない。衛士としての腕も、連携の錬度もトップクラスだ。特に古参の伊隅大尉、速瀬中尉、宗像中尉、風間少尉は実戦経験も十分積んでいる強敵だ。
 向かってくる不知火は9機。

「……9機?」
 あれ、何かおかしい。確か、前の世界で武がA-01部隊に配属されたとき先任していたのは、伊隅大尉、涼宮中尉、速瀬中尉、宗像中尉、風間少尉、柏木、涼宮の計七人ではなかったか?涼宮中尉はCPだろうから、不知火は計6機ではないのか?

「ん~……あっ」
 そうだ。自分が配属される前に、新潟BETA上陸時や、12・5クーデター事件のときに何人かが戦死や病院送りになったと伊隅大尉が言っていた。
 そうか。残りの3機は、そのときの―――。



『―――ヴァルキリー1よりヴァルキリー2。第一撃はお前がくらわせてやれ』
「ヴァルキリー2、了解!伊隅ヴァルキリーズ突撃前衛(ストーム・バンガード)の力見せてやりますよ!」
 不知火9機のうち突出している一機、A-01部隊突撃前衛長、速瀬水月は一機で不明機(アンノウン)へと向かっていった。無論、一対一などやろうとは考えていない。後続には二機の突撃前衛。さらに後衛は不明機を取り囲むような隊型へと動いている。
 速瀬機の背部兵装担架の基部が起動、同時に右腕マニピュレーターが装備されていた74式近接戦闘長刀の柄へとのびる。

 不明機は、自分へと向かってくる不知火に突撃砲を向けるのではなく、自分も同じように背部に装備されていた長刀へと手を伸ばした。
「―――っ!いいわ、あたしとやろうってのね!」
 速瀬機、刀身部分を固定していたリップに合計8箇所あるロッキングボルトが、小爆発によって強制解放されると同時に、火薬式ノッカーが長刀そのものを跳ね上げた。そして、水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)による勢いのまま、長刀を不明機に向かって振り下ろした。

 強烈な火花を伴い、その長刀は不明機に受け止められた。その衝撃で不明機の脚部が地面へとめり込む。
鍔迫り合いとなり、速瀬機の主機出力が上昇していく。噛み合う部分の金属皮膜とカーボン・ナノ構造体の圧壊により、火の粉と共に放電が発生。

『ヴァルキリー2!』
「!」
 通信が入ったと同時、後方へと噴射跳躍(ブーストジャンプ)。すると、速瀬機と入れ替わるように前にでた後続の突撃前衛二機から突撃砲が不明機へと撃ち込まれる。さらに部隊最後尾に位置する制圧支援機(ブラスト・ガード)二機から無数のミサイルが発射される。
(勿論、さっきのスピードを見る限り、この程度で仕留められるなんて思ってないわ。前、左右、後ろ、どこでもいい。あんたがこいつをよけるために飛び出した瞬間、その足をぶった切ってやるわ!)
 しかし、その不明機が動いたのはそのいずれでもなかった。

 上だ。

 ミサイルが自機の上空に来る前の噴射跳躍。一呼吸遅ければ、自分からミサイルの大群へ突っ込んでいくようなタイミングだった。しかも高い。後方へ噴射跳躍した速瀬機をとび越えるのではないかと疑う高さだった。
 しかも、ただの跳躍ではなかった。不明機は、跳躍しながら空中で倒立反転しているのだ。ちょうど、速瀬機の真上に来た時にはきれいに機体が反転していた。

「なによ!そのアクロバットは!?」
 しかし、驚いている暇もない。なんとその不明機、その場で長刀の切っ先を速瀬機に向け、噴射により地上にむけて加速してきたのだ。
受け止める。否。今まで経験したこともない真上からの攻撃。今からでは間に合わない。もし仮に間に合ったとしても戦術機一機の質量に噴射による加速を乗せた突きだ。止められるはずがない。

(ダメ!貫かれる!)
 本来ならその突きによって大破するはずの速瀬機。しかし、不明機は自らその切っ先をずらした。
代わりに片腕を突き出し、速瀬機の肩に手を乗せ、まるで軽業師のようにもう一度反転。後方に着地し、長刀の代わりに蹴りを速瀬機にくらわせた。
 不知火の背中をえぐるような蹴りで、不知火が体を反るようにして吹き飛ばされた。すさまじい衝撃が速瀬機を襲う。
 突撃級の突進、要撃級の前腕による薙ぎなど、くらえばそれだけで致命的な損傷となる戦場において、速瀬はこれほどの衝撃の一撃をくらったことはなかった。



『大尉!速瀬中尉がっ!』
 A-01部隊強襲掃討(ガン・スイーパー)、涼宮茜少尉から驚愕に満ちた声が聞こえる。
 さきほどの一瞬の攻防を見て、実戦経験豊富な伊隅もただただ呆然とするしかなかった。あの一瞬で、A-01部隊が誇る突撃前衛長が敗れたのだ。彼女の衛士としての腕は、この隊全員が認めるものであり、間違いなくこの国においてもトップクラスのものだった。しかし、敗れた。もし、あの不明機が長刀の切っ先をそらさなかったら、間違いなく速瀬機を貫いていたであろう。

(何なのだ!?あの機体は!)
 そもそもあのような戦術機の機動は見たこともなかった。
 訂正する。奴はただ機体の性能に任せっきりの二流、三流の衛士ではない。撃震との戦闘は機体性能だけで圧倒できだけで、衛士としての力をだすまでもなかったのだ。
 間違いなく、あの不明機の衛士の腕は一流だ。
 自分の判断が誤っていたことを伊隅は悔いた。

「ヴァルキリー7、ヴァルキリー8!そいつとの近接戦闘は避けろ!」
 速瀬中尉に続いていた突撃前衛二人に告げる。
『た、大尉!』
と、不明機が長刀を構え、こちらへと向かってきた。
「―――くっ!ヴァルキリー3!」
 自機左前方に位置していたA-01部隊、左翼迎撃後衛(ガン・インタセプター)宗像中尉に命令をだす。
『了解。……このっ!』
 宗像機が2000発にも及ぶ突撃砲をフルオートで発射する。だが、当たらない。不明機は跳躍噴射を巧みに使い、右へ左へ上へと銃弾をかわしながら接近してくる。
『なぜ当たらない!?』
『大尉!』
 と、伊隅機の前にA-01部隊、制圧支援風間少尉が出る。背部に装備した92式多目的自律誘導弾システムから無数のミサイルが発射される。
 しかし、それをもってしても不明機の進行を止めることはできなかった。

 不明機は、風間機を跳躍噴射で飛び越し、まっすぐに伊隅機へと向かってきていた。
(なぜ私を?―――私を指揮官機と見抜いたのか!)
 伊隅機も突撃砲を用い、撃墜しようとするが、やはりあの独特の機動でかすりもしない。あっというまに目の前まで迫ってきた。相手の長刀によって突撃砲が破壊されてしまう。
(ここまで接近されるなんて!)
 74式近接戦闘長刀を使うには近すぎる。使い物にならない突撃砲を捨て、肘に内蔵された65式戦闘短刀を引き抜く。
 
 不明機が長刀を振り下ろしてきた。
 それを、機体を退かせることによって回避した伊隅機は、手にした短刀を目の前に機体に向けて繰り出した。
 並みの戦術機―――並みの衛士なら、間違いなく貫かれる突きだった。
 しかし、その必殺の突きを不明機は振り下ろした長刀の勢いに引っ張られるまましゃがみ、避けたのだ。まるで最初からそれが狙いだったかのような自然な動きだった。
 
 短刀が何もない空を裂く。
「なっ、避け―――」
 そう認識する前に、長刀から両手を離した不明機に突き出したままの右腕を掴まれた。そして次の瞬間、世界が逆転したかのような感覚とともに、伊隅機は宙に浮いていた。そして、強い衝撃とともに機体が背中から地面に叩きつけられた。

「―――うっ!?」
 コックピットを襲う強い衝撃。
 伊隅には、いったい何が起こったのか理解できなかった。
 だが、その他のA-01部隊の面々はしっかりと見ていた。
 それは、戦術機による一本背負いだった。
 確かに座学では、人間ができる動きで戦術機にできないものはないと教えられたが、この世界でいったいだれがあのような動きをできるだろうか。
 もう一度訂正する。こいつの腕は一流じゃない。超一流だ。

 その後の展開も似たようなものだった。当たればほぼ間違いなく致命的な損傷を与えたであろう一撃を寸止めし、A-01部隊全員を倒してしまった。その間、不明機が使った武装は長刀ただ一つ。衛士としての力量が違いすぎた。いや、それだけではない。あの機体は機動力だけでなく、もっと根本的なものから自分たちの不知火とは異なっていると感じた。
 結局、A-01部隊は捕獲なんてもってのほか、一撃もあてることなく敗れてしまった。



その様子を見ていた夕呼は、舌打ちをした。
現在、中央作戦司令室はだれもかれもが、スクリーンに映し出される戦闘を信じられないという面持ちで眺めていた。この横浜基地、いや中隊としてはおそらく日本でもトップクラスのA-01部隊が手も足もでないのだ。
その中で一人、夕呼はあの機体のことを分析していた。
あの機体、おそらくOSからして既存のものとはまったくの別物だ。機体の反応速度が尋常ではない。しかし、あのような三次元機動。本当に乗っているのは人間かと疑いたくなるものだった。
「―――コ、コマンドポストより、ヴァルキリーズ各機―――って、え?」
 目の前にいた、A-01部隊CP(コマンドポスト)、涼宮中尉を右手で制し、夕呼は告げる。
「あんた達、まだ死んでないんでしょ?いつまでも、ボーっとしてないで早くあいつを捕まえなさい!」
『りょ、了解!』
 ま、無理でしょうけどね、と夕呼は心の中でつぶやいた。
 なぜかはわからないが、相手がこちらの機体に致命的損傷を与えないのならば、A-01部隊には少しでも長く戦ってもらって、あの機体のデータをとってほしかった。



「おっ?」
 突如、A-01部隊が再び全員で攻撃を仕掛けてきた。
 さっきまでは、一度倒した機体はみな一様に、動かなかったが、
(こりゃ夕呼先生に檄でも飛ばされたかな?)
と、武は突撃砲を避けながら考えた。
(……まあ、でもそろそろ引き際か)

 不知火―――おそらくこれは伊隅機だろう―――の長刀を自機の長刀の側面でいなす。バランスが崩れた不知火の顔を掴み、近くのビルの廃墟に叩きつける。そして、突撃砲を不知火の胴体に当て、
「動かないでください」
 オープン回線から聞こえてきたその声を聞いた瞬間、A-01部隊全員の動きが止まった。

『き、さまはいったい……?』
 オープン回線から伊隅大尉の声が聞こえてきた。しかし、武はその問いに答えることなく告げる。
「あなた達はまだ弱い」
『なっ!?』
 今度は、速瀬中尉の声だった。その声を無視して続ける。
「このままでは、出撃するごとに一人また一人と失ってしまいます」
『……』

そして、一呼吸おいて告げた。
「強くなってください」
『!?』
 そのまま、突撃砲を伊隅機から離し、後方跳躍噴射、横浜基地から遠ざかっていった。
 あとを追ってくる機体は、一機もいなかった。



「――追撃はいいわ。いってもどうせ返り討ちだろうから」
『……』
 しかし、どの機体からも応答はなかった。まあ、無理もない。A-01部隊誕生以来、初めての完璧なまでの惨敗だ。
 レーダーから不明機が消えたのを確認し、数部隊は警戒のため残し、それ以外の部隊を撤収させた。A-01部隊もだ。
いくら致命的な損傷を機体に受けていないとはいえ、地面に叩きつけられたり、ビルに叩きつけられたりで強い衝撃をくらっているのだ。機体のどこに不具合があるかわからない。全機、精密メンテナンスが必要だ。
 目の前では涼宮中尉が
「……み、みんな、元気だして、ね!」
 と、意気消沈したA-01部隊の面々に語りかけていた。
 
 それにしても、あの機体はいったい何だったのか。
 あのオープン回線はA-01部隊のみでなく、この中央作戦司令室の全員も聞いていた。夕呼もそうだ。
 声は、若い男のものだった。少なくとも30歳以下だと、夕呼は判断した。ただし、本当にあれが肉声かどうかはわからない。あの機体の正体を推測するには、情報が足りなさすぎる。
 しかし、あの衛士が言っていた言葉。どうにも、どこかの軍に所属しているものには思えなかった。間違いなくオルタネイティヴ5推進派の者ではないだろう。だが、あのような高性能機、個人で製造できるわけがない。
(あ~もう!謎が謎を呼ぶわね!)
 夕呼は珍しく苛立ちを表に出しながら、中央作戦司令室をあとにした。



「―――よっ、と!」
 武は、制服姿で片ひざをついた状態の「伊邪那岐」から飛び降りた。
 今現在、武がいるのは横浜基地から十数キロ離れた地点だ。米国軍、第三世代戦域制圧戦術機F-22Aラプター以上のステルス性で横浜基地のレーダーは数キロの地点で「伊邪那岐」を見失っているはずだ。廃墟と化したビルとビルの間に、隠すようにして「伊邪那岐」を停止させている。
「さて、ここから横浜基地までマラソンかー」
 だりぃ。体力的には無問題だが、今の武は制服姿なのだ。かといって歩いて行けば夜になってしまう。
「……しかたない、走るか」
 覚悟をきめて、ゲームガイを片手、武は横浜基地に向けて走り始めた。


「――ハァハァ」
 しばらくして、武は横浜基地へと続く坂の下まで来ていた。やはり、体力はループ前のもので、この距離を走っても全く苦にならなかった。
 速度を落とし、最終的には歩いて坂を登る。坂を登りながらゆっくりと呼吸を整えていく。制服の下の汗もだんだんと引いていく。
 
横浜基地の門が見えてきた。そこにいた、2人の門兵は武の姿を見つけると、驚いたような声を上げた。
「お、お前、こんな時に外出していたのか!?」
「こんな時?」
「ああ。さっきな、見たこともない戦術機がこの基地をいきなり襲ってきたんだ!」
 門兵は興奮状態で武に告げる。
「いったい何をしたかったのか、わからないまま、来た時と同じように唐突に向こうのほうへ去っていったんだが……お前は見なかったのか?」

 武はとりあえず、適当に話を合わせておくことにした。
「ああ、あいつか!どこの軍の機体かと思ったが。」
「やっぱり見たのか!……まあいい、隊に戻るんだろう?許可証と認識表を提示してくれ。今基地ではあの戦術機の話でもちきりだから詳しく聞くといい」
 そう言って許可書と認識表の提示を促がす門兵。そこで武が言葉を濁す。
「あ~、それがな。俺はこの基地の人間じゃないんだ」
 そう言った途端険しくなる門兵二人の顔。肩に掛けてある銃に手が伸びる。
 武は両手をあげて、
「怪しいもんじゃない。夕呼せん――香月博士に呼ばれてきたんだ」
「そんな連絡は受けていないぞ!」

「ああ、博士の研究に関係するもので極秘扱いなんだ。ここでいいから、連絡をとって博士と話をさせてほしい。博士に関係することはすべて報告しろって言われてるだろ?」
 そう言っていぶかしげに武を見ていた門兵だが、やがて、
「……わかった」
「お、おい!」
「心配なら銃を突きつけたままでも構わない」
「……」

 結局、銃を突きつけられたままとなった。
「連絡をとるとき、『脳』、『00』、『理論』『間違い』と伝えてくれ」
「なんだそれは?」
「暗号みたいなものさ」
 そう前半二つはオルタネイティヴ4のすべてを知っている者にのみわかる単語。そして夕呼はかならず後半二つに反応するはずだ。博士は自分の『理論』が正しいと信じて研究を続けている。そんな中、いきなりあらわれたやつがその『理論』を『間違い』などというのだ。夕呼の性格からいって絶対興味を持つはずだ。
「……おい!博士がお前に代われだそうだ」
 ほらね。

『――あんた誰よ?』
 夕呼の第一声はそんなものだった。珍しく不機嫌だな。しかも、それを表にだしている。武はその声を聞いてそう感じた。
「こんにちは夕呼先生」
『は?先生?あたしは――』
「『教え子を持った覚えないわよ?』」
「!」
 驚いている様子が電話越しでもわかる。しかし、どの世界でも先生と呼んだあとの答えは同じなんだな。武はどうでもいいことを考えていた。
『……あんた誰よ?』
 そして再び同じ問いがきた。今度はしっかりと答えた。
「白銀武です。純夏に会いにきました」
『!』
「俺は4と5のすべてを知っています。それについて先生にお話しにきました」
『……』
 沈黙。夕呼は今、どんなことを考えているのか。
 しばらくして、
『いいわ。そっちに迎えを寄こすから彼女についてきて』
 よし、と武は心の中でガッツポーズをとった。
『じゃ、切るわよ』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 電話を切ろうとした夕呼を呼びとめる。
『……何よ?』
「あの~おれってこれから四時間ぐらい検査とか受けると思うんですけどー……その前にシャワー借りていいですか?」
『……は?」
 そんな、気の抜けた夕呼の声が聞こえた。
                              つづく


作者よりお知らせ
※原作では、BETA新潟上陸時のBETA捕獲作戦で二名が戦死。一名が重傷を負い病院送り。12・5クーデター事件で一名が戦死。XM3トライアル時のBETA奇襲で一名が戦死の計5名がこの当時のA-01部隊に追加されるはずなのですが、この作品では人数が多くなると書きづらくなることと、この五人それぞれが誰なのかわからないため、勝手に減らして、3人追加にしています。どうかご了承ください。



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 4
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2008/11/18 21:33
 四時間後、シャワーを浴び、さまざまな検査を受けた武は、夕呼の部屋にいた。
「―――あれだけの検査のあとだって言うのに、ずいぶんケロっとしているのね」
 この部屋に入って夕呼の正面の椅子に座ると、突然そんなことを言われた。
「ええ、まあ……慣れたもんですし」
 武はそう答えた。すると、夕呼は唇の端を持ち上げ、
「へぇ、ずいぶん面白いこと言うのね」
 そう言って白衣のポケットに片手を突っ込んだまま、数歩歩き、机の上にあるゲームガイを手に取った。

 ゲームガイは武が横浜基地に入った時に、一緒にいた女性―――ピアティフ中尉に夕呼に渡すように言ってあった。まあ、いきなりわけのわからないものをこの基地の副司令に渡すわけにはいかないだろうから、夕呼の手に渡る前に検査を受けただろう。おそらく、そのときに、このゲームガイがこの世界に存在する技術以外で作られたものだと気づいたはずだ。そして、夕呼にもその知らせは入っているはずだ。

「ひとつ質問いいですか?」
 武は夕呼に問いかけた。
「……質問したいのはこっちなんだけどね……いいわ、言ってみなさい」
 夕呼はため息をつきながらも武の質問を許可してくれた。
「今日は、2001年10月22日ですか?」
「?ええ、そうだけど……」
 やはりそうか。武は再び2001年10月22日へとループしてきたのだ。

 さて、どうやって話を切り出そうか、と武が考えているとき、夕呼が先に口を開いた。
「―――あんた、さっきの戦術機と無関係ではないわね」
「……へ?」
 いきなりそんなことを言われた。武は夕呼から口を開くならそれは、自分の正体は何なのか、オルタネイティヴ計画をどこで知ったのか、または『理論』に『間違い』があるとはどういうことなのかなどを聞かれると思っていた。
 しかし、「伊邪那岐(いざなぎ)」との関係を第一に聞かれるとは考えてなかった。

「しらばっくれても無駄よ。所属不明の戦術機の襲撃の数時間後に訪れるオルタネイティヴ計画を知る男。偶然にしては出来過ぎているわ」
 まあ、確かにそうだろう。武としては、それは隠すつもりもなく、順を追って話すつもりだったのだが、夕呼が聞きたがっているのなら、今話しても問題ないだろう。
 武はそう判断した。
「ええ、さっきの戦術機を操縦していたのは俺です」

「―――っ!あんたが!?」
 ひどい驚きようだった。
 武としては夕呼が驚く姿を見るのは楽しい。心の中でだけ笑っておく。
 
 しかし、夕呼としては当然の驚きだった。自分の精鋭ぞろいの直属部隊A-01部隊が目の前の20歳にも満たないだろう少年に敗れたのだ。この少年の衛士としての腕はいったいどれほどのものなのか。いずれにしても謎が多すぎる危険人物だ。さきほどの検査結果から体内に起爆物や武器を仕込んでいないことなどは分かっているし、病原菌なども持っていない。自分を暗殺するにもどうにも様子がおかしい。
 
 
 夕呼は白衣のポケットから手を引き抜いた。その手には黒光りする一丁の銃が握られていた。その銃口を目の前の武に向ける。
「あなたが何者か。なぜ、あんなことをしたのか正直に答えなさい!」

 大丈夫、先生は絶対に撃たない。武にとっては、この状況もまた、慣れたものだった。銃を突き付けられても武は冷静そのものだった。

「―――それじゃ俺が何者か、ということから話します。今から突拍子もない話をしますが、最後までしっかり聞いてください」

 武は説明した。自分はもともと、BETAなどいない世界に住んでいたこと。ある日気がつくと、BETAなどというわけのわからない存在に人類が脅かされる世界にいたこと。そして、その世界には自分の知り合いが全く違う役割でそこにいたこと。そこで、なし崩し的に国連軍に入り、訓練生となったこと。オルタネイティヴ計画を初めて知ったのは今年の12月24日だということを。

 それを聞いた時、夕呼の眉がピクリと動いたが、気にせず話を続けた。

 オルタネイティヴ4は失敗。理由は何の成果も出すことができなかったため。計画は5へ移された。そのオルタネイティヴ5とは、G弾集中投入によるハイヴ殲滅作戦と全人類から選抜された十万人を他星系移住させる作戦。その後、自分は地球に残りBETAと戦い続けたが、気づくと2001年10月22日に戻っていた。―――つまりループしたということを。

「……それが今だって言うの?」
 黙って話を聞いていた夕呼がそう問うてきた。武は首を振って否定する。
「話を続けます」

 ループしたあと、自分はもう一度2001年10月22日から今度こそは人類を救うためにと最初からはじめたこと。そして様々な経緯があってついに年内にオルタネイティヴ4が完成したことを。そのオルタネイティヴ4計画とは対BETA諜報員育成計画―――量子脳搭載の00ユニットによる情報入手を目的とした作戦であること。そして00ユニットには―――鑑純夏を利用したことを。

 そこまで、話して一息ついた。
 依然、夕呼が手にした銃は武に向いたままだ。
「……先生、いい加減つかれませんか?銃を構え続けるのって結構筋肉に負担きますよね?」
そう言って、夕呼の顔を窺うと、
「……そうね」
 夕呼は硬い表情をふっと緩め、銃を下ろした。

「え……」
 これには武も驚いた。試しにと、言ってみたのだが、まさか本当に銃を下ろすとは思わなかった。
 夕呼は銃を机の上におき、椅子に座りこんだ。そしてこちらに話を促がす。
「続きを……」
「!あっ、はい」
 武は話を再開した。

 オルタネイティヴ4が完成したことで人類はついに反撃に出た。そして、佐渡島ハイヴを攻略することに成功した。

「まあ、そのときにもいろいろあったんですが、今はいいです」
 しかし、その後人類はとある事情より、次の作戦目的を甲1号目標―――喀什(カシュガル)ハイヴにした。自分を加えた少数精鋭でハイヴ内に突入し、ついに戦略呼称、「あ号標的」―――「コア」とも呼ばれる存在を撃破することに成功。その後生還した武は、その世界から消滅するはずだったのだが、なぜか気付けばまたこの2001年10月22日にループしていた。

 そこまで話したとき夕呼が声をあげて笑った。
「ずいぶんと壮大な妄想話ね」
 無論、夕呼には武の言っていることが、妄想話かどうか、判断することができる。
 ―――社霞。オルテネイティヴ3によって生み出されたリーディング能力者。彼女の力を使えばそんなことは容易にわかる。

「そもそもなんであんたが世界をループなんてしてるのよ?」
「―――それは俺が、『因果導体』だったからですよ」
「!」
「そして、俺を『因果導体』としていたのは純夏でした……」

「あいつは―――あんな状態になっても、ずっと俺に会いたがっていたんです」
 あの脳髄が置いてある部屋の方向を見ながら言った。
 
『武ちゃんに会いたい』
 脳髄の状態で、すべての感覚が閉ざされた闇の中でずっと願い続けた純夏。
 明星作戦によって、G弾二発が爆発したとき、爆発で発生した高重力潮汐力の複合作用と、反応炉の共鳴で、時空間に深く、鋭い歪みが発生。その時、ほんの一瞬だけ、比較的分岐が近い世界との道がつながってしまった。そこに、反応炉によって変換、増幅された純夏の思念が作用した結果、大量のG元素の消失と引き換えに、武はこの世界に連れてこられた。

「これが、俺がループする原因、『因果導体』となった仮説だそうです……信じてもらえますか?」
 自分の正体についてある程度、話し終えた武は夕呼を見た。
「……突拍子もない話なんて言ってたけど、私にとっては十分信じられる内容だわ。だって‘あり得ないことじゃない‘もの……」
 時空間理論。エヴェレット解釈。因果量子論。そんなこと呟きながら椅子から立ち上がる。

「しかも、そんなご立派な仮説まで説明されちゃあ、ね」
「これは俺じゃなくて純夏の話を聞いた、前の世界の夕呼先生の仮説ですよ」
「あら、そうなの?」
 片手でキーボードを叩く。そして画面に表示された結果を見て、薄く笑う。
「……」
 武はじっと、夕呼の次の言葉を待っていた。
 夕呼はパソコンから目を離し、机の上に置いてあるゲームガイに手を伸ばした
「それに、この装置……まったくもって興味深いわ」

 夕呼の指が、ゲームガイの側面部に位置する電源に触れる。電源を入れる。次の瞬間、突如大音量がゲームガイから発せられた。それを聞いた夕呼の体全体が驚いたようにビクリと動いた。そして、ついゲームガイを落としてしまう。

(あ……音量マックス……)
 起動したバルジャーノンのBGMを聞きながら、武は落下したゲームガイを見ていた。しかし、あのような夕呼の姿、初めてみた。これはよいものをみた。この世界で、夕呼とある程度親しくなったらこれを使ってからかってみようか、などということを考える。こうして、武の夕呼に対するカード(にしてはくだらなすぎるもの)が一枚増えた。

 武は、床に落ちたゲームガイを拾い、音量を下げて夕呼に渡してやる。
 それを受取り、夕呼は何事もなかったかのように話を続けた。
「……それで、あなたの目的は?」

「オルタネイティヴ4を完遂させてBETAに勝利すること」
 その目的ともうひとつ。
「みんなを救うことです」

「……」
 夕呼がまっすぐに武を見る。武も顔をそらさず正面から見据える。
 しばらく両者無言の時間が続く。武としてはさっき言った言葉は本音だ。
 いったい今夕呼は何を考えているのか。

 やがて、夕呼はこう言った。
「あなたの知っていることをすべて話しなさい」
 
 さて、そう言われても言うことが多すぎる。とりあえず武は思い出したことを一つずつ上げていった。
 まずは、オルタネイティヴ4を完成させるには、今の理論では決して不可能なこと。そしてそれを可能にする理論は、武がもといた世界の夕呼が持っているということ。前の世界の夕呼の実験により、武が元の世界に戻ることができ、無事のその理論を回収できたこと。

「元の世界に?それはどんな実験だったの?」
「えっと、詳しいことはわからないんですけど、俺を確立の状態に戻す実験って言ってました」
「!……なるほどね、」
 それでわかったのか。さすがは天才。続けなさい、と夕呼に促される。

 武の持ち帰った理論により00ユニットは完成。だが、00ユニットには重大な欠点を抱えていた。横浜基地の反応炉からオリジナルハイヴへと人類の情報が漏れていたのだ。

「驚いたわね。反応炉がそんな役割も持っていたなんて」
「これを解決しないことには、BETAに人類の情報が筒抜けになります。それにもしかしたらG弾さえ無効化されてしまうかもしれません」
 無論、これからの世界でG弾など使わせるつもりなど毛頭ない。

 とりあえずは、このぐらいでいいだろうか。今すぐ与えておく情報はすべて与えたと思う。あまりに多くの情報を与え、夕呼に余計な負担をかけたくない。まずは、武を元の世界に戻す実験と反応炉の情報漏えいに対する対策をどうにかしてほしい。それ以外の情報は必要な場面で与えればいい。

「とりあえずは、こんなところですかね。それ以外の情報も後々教えます」
 夕呼はパソコンに何かをすごい勢いで打ち込んでいる。
 さっき与えられた情報を整理でもしているのだろうか。しばらく部屋の中にキーを叩く音だけが聞こえる。武はその間することもなく、ただ座ってじっと待っていた。やがて、夕呼が一息ついて、キーの音が止んだ。

「そう言えば、いつのまにか最初の問いからずいぶんとそれていったわね」
(最初といえば……ああ、そうか「伊邪那岐」のことか)
 そうだった。「伊邪那岐」のことを話すのをすっかり忘れていた。それにXM3のこともそうだ。
 武は、先ほどのこの基地を襲った戦術機の名は「伊邪那岐」だということを教える。なぜかはわからないが、自分とともにこの世界はループしてきたことも含めて。

「戦術機が?どういうことよ」
「さあ?そういうことは先生のほうがわかるんじゃないですか?」
 それもそうね、と夕呼は何か考えるそぶりを見せたが、すぐに顔をあげ、
「いいえ、今はそんな些細なことはどうでもいいのよ」
と、考えることを放棄した。

「そもそもなんであんなことをしたのよ?あたしに用があるなら最初からさっきみたいに訪ねてくればいいじゃない」
 あんなこととは、この横浜基地を「伊邪那岐」で強襲したことか。確かに、夕呼に用事があるだけなら、正面ゲートから訪ねてくればよい。一見したら、被害だけをだしただけの無駄な行為に思える。しかし、夕呼の声には非難の色合いはなかった。

「そうですね……あの襲撃のあと、この基地の空気がすこし変わりませんでしたか?」
「……」
 特に驚いた様子もない。やはり予想した答えだったのか。
「これからの数日の間に、それはより顕著になっていくはずです。そうなれば、この基地がいついかなる時にBETAに襲われたとしても、この基地の人間は迅速に動くことができるでしょう」
 夕呼が笑った。どうやら予想通りの答えだったらしい。
(今回は先生の手を煩わせることなんてしませんよ)

「でも、もう少しうまくはやれなかったわけ?あんたに壊された武器もだけど、特に速瀬と伊隅の機体あんたがいろいろ叩きつけてくれるもんだから、数か所がいかれて、数日は整備のため使用ができないって整備班から連絡をうけたわ。諸々合わせて結構な被害なのよ?」
「前の世界じゃ、この基地のみんなが今と同じような状況になるために、死者も多数、大破した戦術機も数機あったんですから、この程度の代償は安いものと思ってくださいよ」

 衛士も戦術機も失うことなく、基地のみんなの認識を変えることに成功したのだ。その程度の被害には目をつぶってもらいたかった。
「ま、考えてみたらそうね」
そう言って納得し、夕呼はそれ以上その件については追及してこなかった。

「先生、あとで輸送車両か輸送ヘリを俺に回してください」
「……ああ、その『伊邪那岐』をこの基地に運ぶのね。いいわ。でも、輸送するだけならあんたがやらなくても兵士にやらせとけばいいんじゃないの?」
 まあ、確かにそうなのだが、武には考えがあった。
「なるべくあの機体はこの基地の人間に知られずに運び込みたいんです」
「それはまたなんで?」
「あいつにはやってもらうことがあるんですよ。今は夕呼先生の負担になるんで言いませんが、時期が来たら教えます。とにかく、それを実行するときにこの基地―――いや、国連軍にこの機体があるということを内にも外にも知られたくないんです」
 
 それはこの世界を以前の世界よりも、より良い方向へ導くために必要なことだ。武が目指すのは、ただBETAに勝つだけではない。犠牲をなるべく減らしての勝利だ。そのためにできることはすべてするつもりだ。
 その目的のために、あまり多くの人間に知られたくないのだ。幸いなことに、今の武にはヘリの操縦記憶もある。一人でもなんとかなるだろう。

「……それは分かったけど、ハンガーに入れたらみんなにばれるんじゃないの?」
「ああ、あいつは90番ハンガーに収納してください」
「っ!―――……そう、そんなことも知ってるのね」
 
 武にとって、この基地のこと、オルタネイティヴ計画についてわからないことなどないだろう(理論などを除いて)。
 地下に広がる広大な90番格納庫。セキュリティレベルも高い場所であるから、「伊邪那岐」を隠すには最適だ。
「XG-70用の整備チームを用意してますよね?そのうちの何人かにみてもらえますかね?」
「ああ、もう勝手にしなさい」
 極秘存在であるはずのXG-70のことまで知っている。こいつが知らないことなんてあるのかしら、と内心夕呼は思う。
 確かに、90番ハンガーなら最適だ。さらにXG-70用の整備チームは、極秘存在であるXG-70を整備する関係上「Need to Know」をしっかりとわきまえた軍人だ。そこから「伊邪那岐」の情報がもれることもないだろう。

「けど、あの機体ってあんたが言うには未来のものなんでしょ?こっちに用意してあるパーツで大丈夫なの?さっきの戦闘でもずいぶん飛んだり跳ねたりしてたから、関節部にかなり負担がかかってるんじゃない?」
 「伊邪那岐」は見た目、不知火とも撃震ともかなり違う。一番近いと言えば斯衛軍の武御雷だが、それでもまだ違いがある。そんな機体に、こちらのパーツを流用できるとは思えなかった。

「その辺は大丈夫です。さっきの戦闘でも各部間接ユニットに負担をかけない近接戦闘をしてましたし、ある程度の衝撃も接地の瞬間に跳躍ユニットと背面スラスターで緩和しています」
「あ、あんたあの戦闘中にそんなに機体に対して気を使ってたの!?」
「んーなんていうかあれは癖みたいなものですね。すこしでも長く戦場で戦うことを考えるうちにいつのまに身についたんですよ」
 まったく底の知れない奴だ、と夕呼は考える。
 武はこれを、前の世界で近接戦闘を得意としていた者―――つまり彩峰の機動から学んだ。

「それにあいつを今度使うのは20日ぐらい後になると思うんで、その間に少なくとも脚部の消耗パーツさえ用意してもらえれば」
 そもそも「伊邪那岐」の驚異的な性能を支えているのは、高度な整備環境である。この世界においては「伊邪那岐」の100パーセントの性能を発揮するなど到底無理だろう。
「……壊さない限りは、自由に見てもらって構いませんから」
「そりゃ整備兵が泣いて喜ぶんじゃないかしら?寝る間も惜しんでその戦術機にかじりつくでしょうよ」
 これで、『伊邪那岐』に関しても問題は解決だ。


「それで?あんたはほかに、私に何を要求するの?」
 そうだ。この世界で武は死んでしまった人間だった。夕呼にいろいろ便宜を図ってもらわないと軍人になることすらできない。
「そうですね。とりあえずA207B訓練小隊に入れてください」
「はぁ?今更、訓練部隊?あんたほどの腕なら多少無理しても大尉相当の位につけてやることも可能なのよ?」

 確かに、今の武には基礎からの訓練など必要ない。それにしても、いきなり大尉とは破格の提案だ。しかし、武は今その地位を必要としていない。
 武は説明した。前の世界でオリジナルハイヴへ突入したのは、その元207小隊の者たちだということ。彼女たちの協力なくは、あ号標的の撃破などできなかったということ。
「あいつらは強くなりますよ」
 しかし、それには彼女たちをいろいろなしがらみから解放してやる必要がある。そのためには、同じ訓練生というのが一番都合がよいのだ。これが、教官という立場なら、彼女たち―――特に榊や冥夜は、階級という壁に邪魔されて、彼女たちの内に入り込むことができない。
 桜花作戦では、全員死んでしまった。今度はそんなことがないように彼女たちをもっと強くしなければならない。

「ふ~ん……まあ、わかったわ。でもね、あんたほどの衛士を遊ばせておくほど今の人類に余裕はないのよ」
 そんなことは十分承知だ。そのため、武はもうひとつの要求を口にした。
「俺にA-01部隊を鍛えさせてください」
「伊隅たちを?」
「ええ、訓練部隊との関係上、夜のみになると思いますが、それだけでも今の彼女たちより数段強くしてみせます」
 
 横浜基地襲撃の際にも言ったが、今の彼女たちでは次の作戦があるたび、一人また一人と部隊から去っていくことになる。
 桜花作戦後も戦い続けた記憶には、衛士の強さを示したランク分けというものがあったが、そのランク表に彼女たちを当てはめると、平均してB+といったところだ。ちなみに当時の武はAA+。最低でも全員Aランクまでにはなってほしい。その資質を彼女たちは持っている。

「でも、衛士としての強さなんて、そんな飛躍的に上がるものなの?今の彼女たちの強さも長い訓練で培われたものよ」
 だから、その分「伊邪那岐」に手も足もでなかったことに受けたショックも大きかっただろう。
 夕呼が疑問に思うのも仕方なった。しかし、それを可能にするのが、
「XM3です」
「えくせむすり~?」
 
 XM3とは前の世界で武が基礎概念を考え、前の世界の夕呼の協力のもと作り上げた新OSだということを説明する。「コンボ、キャンセル、先行入力」に加え、「パターン認識と集積」といった独自の戦術機動概念を実現するためのOSシステムである。
 最終的には、世界中の機体にXM3は搭載された。その結果BETA防衛戦においては初陣衛士の平均生存時間「死の八分間」を大幅に塗り替え、戦死者は3割以下にまで落ち込んだ。

「……すごいわね。さすがはあたし―――いや、あんたか」
「あのOSを作ったのは先生ですよ。俺一人じゃOS作るなんて無理ですからね」
 XM3は「伊邪那岐」に搭載されている。これによってXM3を開発するまでの期間が短縮される。これで時間的にかなり余裕ができるはずだ。

「わかったわ。『伊邪那岐』がついたらすぐにその作業にとりかかるわ」
 再びパソコンに向かう夕呼。邪魔したら悪いかと思ったが、必要なことなので話かける。
「あと、A-01部隊との訓練のとき、オレが仮想敵(アグレッサー)として戦いますが、オレのことは秘密にしといてくれますか?」
「何でよ?」
「オレのことをどう説明するつもりですか?それに訓練部隊に入ってることも不審がられるでしょう。面倒なことは避けるべきですよ」
 
 実を言えば、これはただの建前だ。もし、武が面と向かってA-01部隊を指導することになれば、大尉以上の階級が必要になる。そうすると、A-01部隊全員が彼に上官に対しての態度をとるのだ。伊隅大尉や速瀬中尉などに敬礼されたり、敬語を使われたりするのは、何というか―――嫌だった。本音はこれだ。ちなみに207訓練部隊に訓練生として入るのも、まりもに対する似たような理由が少しはある。
 
 そんなことを言えば、
『ずいぶんガキ臭いこと言うのね』
などと鼻で笑われるだろう。
 幸いにも夕呼は、
「確かに面倒なことはあたしも好きじゃないわ……あんたの言う通りにしましょ」
と、武の提案を受け入れてくれた。



「じゃ、訓練部隊の件はまりもに話を通しとくわ。でも今日はさっきのあんたの襲撃で訓練が中止になってるの。ほかのメンバーへの挨拶は明日にしなさい」
「……わかりました」
 そうだったのか。ほかのいろいろなことは前倒しにできたが、207訓練部隊への合流は一日遅れになるのか。一刻でも早く、みんなに会いたかった武はガックリと肩を落とした。

 その後、夕呼にこのフロアへのIDカードと輸送ヘリの使用許可をもらい、武は「伊邪那岐」を回収するため、夕呼の部屋を後にした。


「っと、やべっ!」
 夕呼の部屋からしばらく歩いた後、純夏と霞に会っていないことを思い出した。慌てて、来た道を引き返す。

 相変わらず暗い廊下だった。左右の床から青白い光が不気味に廊下を照らしている。周囲から音は何もせず、相変わらず妙に自分の足音が響く。
 とてつもなく厳重なセキュリティーと恐ろしく頑丈なフロアに守られた部屋。
 目の前のスライドドアが開いたさき、‘彼女たち‘はいた。

 部屋の中央で青白く光るシリンダーの中に収められた脳髄。
 その手前、銀髪の少女がゆっくりとこちらに振り返った。
「……」

 社霞と鏡純夏。
 一歩近づく。
―――ススッ。
また一歩近づく。
―――ススッ。
 もう一歩―――。
―――ススッ。
「……こら、逃げるな」
「……」

 ようやく、霞の動きが止まった。無表情でこちらを見ていた。
「はじめまして。オレは白銀武。君の名前は?」
「……」
 相変わらずだな。日本語は話せるんだ。しばらく待ってみた。

「…………霞……社霞です」
「よっしゃ、名前聞けた!ほら、握手しよう、握手!」
「……握手?」
 そう言って、霞の手をとり、自分の手を握らせた。
「うわっちっちゃい!あったけぇし」
 二度三度手を上下させた。

「よろしくな、霞……って名前で呼んでいい?」
 ゆっくりと頷いた。
「よしっ!次はお前だな、純夏!」
そう口にしたとき、霞の顔が驚きにそまり、頭のうさ耳がピョコンと動いた。

 武はシリンダーに近づいていく。片手でシリンダーに触りながら、脳髄にむけて語りかけた。
「今度はみんないっしょのハッピーエンドを目指すんだ。お前だって例外じゃない。BETAがいなくなった世界でいっしょに笑うんだ」
 そうしてしばらく、目を閉じ、シリンダーに額をあてじっとしていた。その間、霞は何も言うことなく、ただその様子をじっと見つめていた。

「うし!じゃあ、オレは用事があるからそろそろ行くわ!」
 スライドドアの前に立つ。振り返って霞に向けて、
「またな」
「…………バイバイ」
「ま・た・な」
「……」
「……」

「…………………………………………またね」
 武は笑って部屋を出て行った。
                               つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 5
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:00

「伊邪那岐」を回収し、90番ハンガーに収納した武は、207訓練部隊の教導官―――神宮司まりも軍曹の元を訪れていた。
 会う前に何度も泣いてはいけないと、自分に言い聞かせた武だったが、まりもの姿を見ると、やはり目の前が涙でゆがんでしまった。気付かれる前に制服の袖で涙を拭き、涙声にならぬように注意してから、訓練生としてあいさつをした。

「――お前が、白銀武か。香月博士から話はうかがっている。あの博士からの紹介だ、特別な人物と聞いているが、期待してよいのだな?」
「はっ!一時でも早く衛士となり、人類の勝利のために粉骨砕身の思いで精進するつもりです!」
 大げさなやつだ、笑うまりも。そんなまりもをみて、武は、再びまりもの笑顔が見れることがただただうれしかった。今度は絶対にこの恩師も死なせない。
彼女も元は優秀な衛士だ。それは、12・5クーデター事件やかつては中尉として中隊を率いていた経験もあることからもわかる。207訓練部隊の問題が片付いたら、彼女にも戦線復帰してもらいたい。頃合いをみて、XM3の機体に慣れさせるのもよいかもしれない。

 まりもは手元の書類をめくりながら、
「この時期だ。お前以外は全員女だが、隊にとっても男が入るということは良い刺激になるだろう」
「……教官、彼女たちと少しでも早く打ち解けるために、今から会うことはできないでしょうか?」
 
 武としては少しでも早く会っておいたほうが、それだけ彼女たちの問題を解決する時間が早くなる。というか、ただ単にさっさとあいつらの元気な顔を見たいだけだ。
「今からか……ふむ」
 腕を組んで考え込む。確かにもうすでに夕方をすぎて、夜に差し掛かろうという時間帯だ。夕呼もほかのメンバーと会うのは明日にしておけ、と言っていた。
「……まあ、いいだろう。今ならPXで食事をとっているはずだ」
 ついてこい、と武をつれ、PXへと向かって歩く。
 今度は絶対に泣かないようにしないとな。前をいくまりもの背中をみながら、武は取り乱さぬよう心を落ち着けるので精いっぱいだった。



 PXにつくと、夕食時ということもあり、そこでは多くの兵士たちが食事をとっていた。その中の一角。207訓練小隊の面々が食事をとっていた。
「教官!」
 一番初めにこちらに気づいたのは榊だった。その声でみんなが一斉にこちらをむいた。慌てて立ち上がる。

 委員長、冥夜、彩峰、たま。美琴はこのとき入院中でこの場にいないが、なつかしの顔ぶれがこちらを見ていた。
「……っ……!」
 だめだ。やっぱり涙が。いくらこの世界にループして様々な記憶が入ってきたといっても、本来の武の主観ではつい先日失ったばかりの戦友たちが目の前にいるのだ。
 武をあ号標的に届けるために散っていった、榊、彩峰、たま。
 冥夜の最後の言葉。泣き叫びながら撃った主砲。ループした今でもその感触は手に残っていた。
 気力をふりしぼりなんとか涙を引っ込める。眼尻についた水滴を即座に服の袖でぬぐい去る。

 やがてみんなの目が、まりもの横に立っている武へと向けられた。武は自分が見られていることを意識して、背筋を伸ばす。
「紹介する。明日からこのA207B訓練部隊に配属となる白銀武訓練生だ」
 一歩前に出る。
「白銀武です。よろしくお願いします」

 みんなが少々驚いたように目を見開いた。まあ、仕方ない。おそらくまりもからは明日配属予定だと聞かされているはずだ。それが一日繰り上げての紹介。それに仮に明日であっても、急すぎる配属だ。しかも男ときた。この時すでに徴兵年齢はどんどん下げられ、武ほどの年の男はみなすでに戦場にたっているのだ。この時期入ってくる訓練生と言えば十代も半ばの少女というのが大半だ。

「見ての通り男だ。とある理由により、今まで徴兵免除を受けていた者でな」
 徴兵免除か。これは夕呼が用意した書類に書いてあったのだろう。しかし、いったいどういう理由で徴兵免除をうけていたことにしたのだろう。病気か?だが、病気なら今この場にいるのが不自然だ。まあ、夕呼のことだ。ただ徴兵免除とだけ書いた可能性も高い。

「いきなりのことで、戸惑うかもしれないが、今日のところは食事でもして親交を深めておけ。榊、そのあと兵舎への案内も頼んだぞ」
「はっ」
 そう言ってまりもは武を残し、PXを出ていってしまった。



「……あ~、まあそういうことなんで、よろしく頼む」
 まりもが見えなくなるまで見送って、それからようやくくだけた調子で話しかけた。
「えっと……白銀だったわね?とりあえず、夕食はまだなのね?」
 さっきまで教官と対峙していた硬さが消え、榊が尋ねてきた。
 そういえば、朝から何も食べてない。さっきまではいろいろやることが多すぎてばたばたしていたため気にならなかったが、意識すると猛烈におなかがすいてきた。

「ああ、朝から何も食べてなくてな、もうペコペコだ」
「じゃ、じゃあ、あたしがご飯もらってきます。白銀さん、まだ、ここの勝手がよくわからないだろうから」
 たまがパタパタパタと走って行った。食事は自分でとってくるつもりだった武だったが、たまがいってしまったので、とりあえず席につくことにした。
「って、おっと」
 そういやここは美琴の席だったな。武は改めて別の席に座る。
 
 武が座ったのを合図に、みんなも席に着いた。一番はじめに席についたことを少々図々しいか、とも考えたが、もうすわってしまったのだ、気にしないことにした。武とはちがって向こうは初対面なのだ。これからの態度は気をつける必要があるだろう。

「しかし、この時期に男の配属とはな……」
 向かいの席の冥夜が口を開いた。
「……すごくびっくり」
 右隣の彩峰も口にする。
「まあ、いろいろとあってな……」
「―――私たちも自己紹介をしたいけど、珠瀬がもどってからにしましょう」
 と、そこへたまがトレイに武の分の食事を乗せ戻ってきた。
「お待たせしました―」
 武の前にトレイが置かれる。礼をいうと、たまは別にいいですよ、とはにかんで答え自分の席にもどっていった。その時にほほが赤く染まっていたが、それは乙女的な理由ではない。ただ単に緊張していたのだろう。初めての男の訓練生。無理もないが、たまはなにかあるとすぐほほが赤くなる。これもあがり症からくるものだ。そのあたりもすぐに克服させてやらないとだめだな。
 
「さて、まずは私からね」
 榊から順にそれぞれの自己紹介が始まった。
「榊 千鶴よ。207衛士訓練部隊の分隊長をしているわ。よろしく」
「御剣 冥夜だ。よろしく頼む」
「彩峰 彗……よろしく」
「珠瀬 壬姫です。よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく頼む」
「あと、今この場にはいないけど、鎧衣 美琴訓練生がいるわ」
 あいつはあと、どれくらいしたら部隊に復帰するんだったかな。必死に記憶を探るが、どうも曖昧だ。確か一週間前後だったはずだ。
 みんなが中止していた食事を再開する。


「―――それにしても、こんな日に配属なんてね」
 榊が箸を手に取り、そんなことを口にした。周りの連中もそれに同意するかのようにうなずく。
「……こんな日?」
 さて、武が配属されるのは何か特別な日だったか。いや、今までの記憶でも今日は特に、彼女たち個人にしても、訓練生にしても特別な日であった記憶がない。武は首をかしげる。

「この基地がいきなり戦術機に襲われたのだ」
「あ、あ~」
 冥夜の説明で納得した。そうだった。あれのせいで、彼女たちの訓練も中止になったのだった。ついさっきのことだというのにすっかり失念していた。
「私たちもさっきまでその話をしてたんですよ」
 そういえば、門兵が今は基地中がその謎の戦術機の話でもちきりだと話していた。訓練生もその例に漏れずか。
 
 榊たちの話では、緊急警報が解除された後に、映像でその機体を見たそうだ。見たこともない種類のその機体は、撃震8機をあっというまに制圧。その後、日本が誇る第三世代主力戦術機不知火9機を、その身に一撃もくらうこともなく圧倒し、来た時と同じように唐突に去って行った。
「すごく速かった」
「ええ、それに乗っていた衛士の腕もおそらく一流よ」

「我らは訓練生故、戦術機に乗ったことはないが、あのような動きも戦術機でできるとは到底考えたこともなかったな」
 そらそうですな。今の戦術機のOSなら制御システムの問題から到底不可能だ。
武の戦術機機動は、この時点での軍人からみたら、とても特殊な動きだったらしい。今までの長年によって培われた制御パターンを知っているものならなおさらだ。彼女たちも訓練生だが、そのあたりのことはわかっているらしい。


「それにしてもあの戦術機いったい何をしに来たんでしょうねー?」
「そう、それが謎なのよ!」
 榊がテーブルを強く叩いて立ち上がった。
「……食事中は静かに」
 彩峰がそんな榊にぼそっと注意した。それを榊は睨みつけ、
「うるさいわね。あなたも気になるんでしょ!?」
「まあね……」
 
 一瞬ケンカになるかとも思ったが、二人ともそんなことより今はその謎の戦術機のほうが大事なことのようだ。人知れず、安堵の息を吐く武。
 まりもが武を連れてくる前、そのことについても話していたらしいのだが、どれも完全に納得できるものではなかったという。

「それで白銀?あなたの意見も聞いてみたいんだけど?」
「うぇっ!?」
 いきなり話を振られてしまった。さて、どう答えたものか。あの襲撃でこの基地の空気がかわったのではないかなど、今日この部隊に配属された武が以前の基地の空気を知っているわけがない。ましてや、あれに乗っていたのはオレでーす、などと答えられるわけがない。

「い、いや、オレはその戦術機を見てないし、なんとも言えないな。あ、あはは」
 結局そんな答えともいえないようなものになってしまった。
「……使えない」
「な、なんだとー!?」
 横からため息をつく彩峰の声が聞こえた。

「あはは。仕方ないですよ―。白銀さんは今日この基地に来たばっかりで、いろいろあったんでしょうから」
「そうだぞ、彩峰。あまり酷なことを言ってやるな」
 たま。冥夜。君たちのフォローが身にしみるよ。
 だがやっぱり「白銀さん」ってのは違和感ばりばりだよなー。だってこのたまは鈴も尻尾もないんだ(まあ、尻尾は武がプレゼントしたものだから無くて当然だが)。前の世界と元の世界のたまを思い出しなつかしくなる。早いとこ信頼関係を気付いて、「たけるさん」と呼ばれたいところだ。

 そんなことを考えながら箸を進める。やっぱり京塚のおばちゃんの飯はうまいなー。しばらく無言で食べ続けた。最初のころはここの合成食料をまずいと感じていたが今じゃすっかり慣れっこだ。
「ねえ、白銀……」
 いきなりの榊の声。
「ぬぉ?ふぁんだ……?」
「……口の中のものを片付けるがよい」
 冥夜にあきれた声で言われた。それを見ていた、たまがくすくすと笑っている。口の中のものを水で一気に流し込む。
「―――で、なんだ?」

 改めて、榊に問うた。榊は箸をおいて、至極真面目な顔で武に向き合い言った。
「私たちはあなたのことを『特別な人物』だと聞かされているわ。それは、この時期の異例な配属や事前通告なしの配属からも推測できるわ」
 ほかのみんなも同じように箸をおいて武のほうを見ていた。その目に込められているのは、期待5割に残りは疑心や不安といったところか。もちろん根拠はない。ただそう感じただけだ。彩峰の感情は読み取りにくかったが。

「それは、私たち、ひいてはこの国の、この星のためになる『特別』なのよね?」
 武は、自分も箸をおき、207小隊みんなに向けていう。
「ああ、自分ではそのつもりだ……目指すものはお前たちと変わらないと思うし、オレは全人類を救うつもりでいる」

「それは頼もしいな」
「がんばりましょうね、白銀さん!」
 みんなの目からすこし疑心や不安が減ったように感じた。
「私たちはその特別の意味するところまでは詮索しない。だが、当然期待はする」
 冥夜が腕を組んで、そんなプレッシャーを放ってきた。
「おう、してくれ。じゃんじゃんしてくれ」
「……言ったね?」
 
 彩峰の目が妖しく光る。さて、いったいどんなことを考えたのか。こいつはたまに突拍子もないことを言ってくるので注意しておかなければならない。
「とりあえず、白銀!期待してるからね」
 その後、全員夕食を食べ終わり、武の兵舎案内のため、その日は解散となった。



 兵舎案内のあと、入隊宣誓を暗記するよう言われ、武は自分に割り当てられた部屋へと来ていた。当然のように私物は何もなく、備え付けの机やベッドだけというさびしい部屋だった。
制服をハンガーにかけると、猛烈な眠気が襲ってきた。今日一日の疲れが一気に襲ってきたらしい。満腹感も手伝って、あっという間に意識が落ちていく。ぼんやりとした意識の中、明日からどうしようか。そんなことを考えていた。



 夜、夕呼は「伊邪那岐」の整備兵から提出された、「伊邪那岐」に関するデータ書類を見ていた。
「しっかし、まあ……化けものね、こいつも、こいつの主人も」
 それというのも、今日の戦闘時に見せたブースト最高出力が、「伊邪那岐」本来の推定出力の約7割。本来の出力ならいったいどれほどの速さとなるのか。想像するに恐ろしい機体だった。
(つまり、本気を出してない状態でA-01部隊を圧倒したってことなのね)
 このことから白銀の衛士としての腕も相当な化けものだ。このような衛士が戦場で名を馳せていない以上、本当にこの世界の人間ではないようだ。

 それ以外にも驚くべきデータはさまざまあった。
 しかし、中でも一番驚くのが、
「……可変型戦術機、ね……」

 整備中、「伊邪那岐」の各関節に奇妙な余裕があることに気づいた整備兵が、コンピュータ上で「伊邪那岐」の三次元構造データをその間接の余裕の通り、動かしてみると、そこに出来上がったのは歪な戦闘機だったという。書類上に乗っている「伊邪那岐」の背面スラスターを下部に、足を折りたたみ、ブーストを後方に向けた姿はまさに戦闘機。戦術機の複雑な三字曲線と鋭角的なパーツを残した一種、禍々しさも感じる姿であった。

 「Need to know」を弁えているはずの「伊邪那岐」の整備チームですら、この戦術機について異常に知りたがっていた。結局は命令という形で、詮索することを禁じたのだが、このような戦術機なら彼らの気持ちも無理はない。

 確かに、この世界にも変形する戦術機は存在する。
81式強襲歩行攻撃機「海神(わだつみ)」などがそうだ。これは、揚陸地点の橋頭礁を確保する機体で、重装甲で固定武装が充実した水陸両用機だ。水中を進行するときは特殊な水中航行形態というものに変形する。しかし、この「伊邪那岐」のように、ここまで露骨に姿が変わるものではない。

 それに、いったいどうしてこんなものに変形するように作ったのか。光線級がいるかぎり、人類に制空権はないというのに。
全高3mほどの小型の光線級ですら、380km離れた高度一万mの飛翔体を的確に捕捉し、30km以内の侵入を許さないのだ。これによって、人類の戦場における制空権は一切奪われた。つまり、戦闘機は対BETA戦においてほとんど無用の長物というわけだ。

 他にもわからない部分がある。
 本来なら戦術機のメインコンピューターが収められている部分がブラックボックスとなっていて内部構造を知ることができないのだ。
「……これは、またあいつに聞く必要がありそうね」
 時計を見るとすでに次に日に差し掛かろうという時間。ほかにも夕呼にはすることがあったので、白銀を呼び出すのは明日にすることにした。



―――ユサユサ。
「……ん?」
―――ユサユサ。
 朝、武は自分が揺すられていることに気づいて、目を覚ました。仰向けに寝ていた武の胸のあたりがなにか小さいものに圧迫されている。圧迫と言ってとても弱い力だったが。武にはこんなことをする人物に心当たりがある。
「か、霞、頼むあともうちょい……」
そこで、武を揺すっていた動きが止まる。
「よしよし……」
 武が再び眠りにつこうかとしたとき、再び揺すられた。
―――ユサユサ。
 まだ、目を開けていないので、姿は見てないが。このようなことをするのは霞しかいない。前の世界でもほぼ毎朝こうやって武を起こしに来ていた。先に起きていると不機嫌になることなどもあった。最終的には布団をはがすなどという高等テクを駆使して―――

―――ユサユ……ピタッ。
「……」
―――バサッ!
 布団をはがされた。
「ぬ、ぬおおおおおおおお!しょ、初日からそのような高等テクを使うとは!?」
 仕方なく起きることにする。寝起きのため半開きの目の隙間から霞の姿を見つける。

「……霞。おはよう」
「……起こしていたんですね?」
「ん?」
「……またね」
 それだけ言って霞は部屋を出て行ってしまった。
 おそらく武が「この世界」に舞い戻ってきた人間だということを夕呼に聞いたのだろう。霞にしれみれば初めて起こしに来た時にあんなことを言われるのだ。驚いただろう。
 しかし、まさか初日から布団はがしなどという高等テクニックを使われるとは思わなかった。今度のあいつはこれまで以上の朝の強敵らしい。

 起床ラッパまではまだ時間がある。さすがは霞。とりあえず、武は服を着替えることにした。



「目標、距離100mのターゲット!セレクター・フルによる指きり点射!」
 射撃場にまりもの声が響く。その声で武はトリガーに指をかける。ねらいをつけ―――
「―――てー!」
 トリガーを引いた。前弾目標に命中。やはり、射撃のうでもにぶっていない。武はその結果に満足した。
 しかし、武の記憶では今日は射撃訓練ではなかったはずだが、もしかすると昨日の訓練の中止が影響しているのかもしれない。
 前の世界でも、模擬刀での訓練がナイフになっていたことなどもあったから、別段不思議には思わなかった。


 周囲からも同じように断続的な銃声が聞こえてくる。すぐ横を見ると、榊が構えては撃ち、移動して、構えては撃ちを繰り返していた。しっかりと目標には当てている。
(……やっぱりな)
 前の世界と同じように、トリガーを引くタイミングが早すぎる。いくら早く構えて撃つのがいいといっても、彼女のは意味が違う。訓練に慣れ過ぎた撃ち方だ。
 周りのみんなも同じだ。ここらで一つ注意しておこう。

「なあ、いいん―――いや、さか―――」
 と、榊に声をかけようとしていた武だが、その武自身が後ろから声をかけられた。
「白銀!」
 まりもだ。訓練中によそ見していたことを怒られるのか。そう思いながら振り返ると、まりもの横に霞がいた。霞がこんなところにでてくるとは珍しい。基地内ではたまに廊下やPXで見かけるが、射撃場でみかけたのは初めてだ。
「……お迎えだ。香月博士が呼んでいるらしい」
「え、本当ですか」
「うそを言ってどうなる。博士からの呼び出しだ、訓練中だが仕方ない。行って来い」
 
 まいったな。夕呼からの呼び出しとなればしばらくは拘束される可能性が高い。こういった注意は、指摘されたあと実践したほうがより実感できるというのに、武が戻ってくるころには射撃訓練は終わっている可能性が高い。そこで、武はまりもに頼むことにした。
「教官お願いがあります」
「ん?なんだ?博士に呼ばれているのだ、手短にしろ」
 
 武は説明した。みんなが訓練に慣れ過ぎた撃ち方をしているため、このまま実践にでれば役に立たなくなる可能性が高くなるということ。また戦術機にのったときのことも添えて説明した。
 武の話を聞いたまりもは小隊全員を見渡し、確かにと頷いた。
「―――わかった。その件は私から伝えておこう。お前は早く用事を済ませ、早急に訓練に復帰しろ」
「了解!」
 霞とともに、夕呼の部屋をめざし歩きはじめた。



「小隊、集合!」
 武が基地内へと入った後、まりもは小隊を招集した。
 撃ち方をやめ、銃口を上に向け寄ってくる小隊メンバー。全員が集まったところでさきほど白銀に指摘されたことを説明する。
「貴様たちの撃ち方は訓練になれすぎてしまって、構えてから撃つまでの間隔が短い。このままではロックオン機能など本来人間が処理している判断が自動の戦術機にのったときに今の感覚で反射的にトリガーを引いてしまうと、ムダ弾を増やすことになる。命中精度を重視するつもりで、射撃のタイミングを一呼吸遅くしてみろ」

 みんな、はっと驚いたような顔をする。そこまで考えて撃ってなかったことに思い至ったのだろう。まりも自身も、いつのまにか身についてしまっていたみなの癖を看破できなかったことを内心悔いていた。
 全員の顔を見て、まりもは続けた。
「ちなみにこのことは、さっき白銀が指摘したことだ」
 そう言うと先ほどより驚いた顔をする面々。そして周りを見渡して初めて白銀がいないことに気づく。

「教官……その、白銀は?」
 榊がみなを代表して聞いてきた。
「白銀は香月博士に呼ばれ、現在席を外している」
 再び驚いた顔をする面々。それはそうだ。この基地で実質基地司令より偉い香月副司令に呼ばれるのだ。しかも、一介の訓練生が、だ。みな顔を伏せ、何かを考え込む。おそらく白銀に対する「特別」の意味でも考えているのだろう。
 
 しかし、せっかく白銀が指摘してくれた癖を直す機会に、そんなことで時間をつぶすわけにはいかない。
「さきほどのことを念頭に置き、訓練再開だ!行けっ!」
「了解!」
 みなが射撃場のあちこちに広がっていった。再び、断続的な銃声が射撃場を支配することになる。



 そのころ武は、霞とともに夕呼の部屋へ向かう廊下を歩いていた。横をみると霞の頭のうさ耳が歩く振動に合わせピコピコ上下している。
「なあ、霞。なんでオレが呼ばれたか、先生から聞いてるか?」
「……」
 横を歩く、霞に尋ねてみるがフルフルと首を振るだけだった。
 
 まあ、行ってみればわかるだろう。武にしてみれば、どうせ呼ぶなら、訓練中ではなく、夜のほうがよかった。やはり、昼は207小隊のほうに力をそそぎたいのだ。かといって、夕呼にそれを言っても受け入れてもらえるとは思えないのだが……。
(あの人、自分中心だからなー)

 無言で歩き続けると、あっというまに夕呼の部屋の前についた。
「失礼しまーす」
 そう言って中に入ると、机に座っている夕呼が目に付いた。なにかの書類に目を通している。
「あら、来たわね。悪いわね、社。迎えにいってもらって」
 霞は一度だけ首をふると、そのまま踵をかえし部屋から出て行った。

 霞が出て行ったスライドドアが閉まってから夕呼に話しかける。
「で?先生、何の用ですか?」
「ああ、あんたの機体『伊邪那岐』に関することよ。あの機体、戦闘機に変形するでしょ?」
 そう言えば、「伊邪那岐」を可変型戦術機だと説明するのをすっかり忘れていてしまった。そのほかにも「伊邪那岐」について説明することがあるのを失念していた。

「ねえ、なんで対BETA兵器の戦術機が戦闘機になんて変形するのよ?」
 夕呼の疑問も尤もなものだ。
「あれはもともとは対人間用として変形機能を付加したんですよ」
「人間用?」
 
 はい、と続ける。
 地球上の残りハイヴが10を切る頃になると、各国―――とくに米軍がだんだんときな臭い動きをし始めた。各地における米軍機の強引な配置。いつ味方に攻撃されるかわからない状態でBETAと戦えるはずがない。そいつらをけん制するために作られたのが、「伊邪那岐」であった。もちろんBETA兵器としての目的もある。

 実際何度か人間同士の戦いも経験している。戦闘機と戦術機の組み合わせは思いのほか強力で、敵の航空戦力をたたいたあと、地上の戦術機を撃破する。可変型戦術機の生産は帝国が独占していたため、各国はそれに対抗する手を打てない。次第にきな臭い動きもなりをひそめて言った。無論日本に他国を占領しようなどという考えはなく、その後は順調に地球圏のハイヴを攻略することに成功した。
 そこまで説明すると、夕呼は納得したという顔になった。
「なるほどね、つまりあれは対BETA戦を考えて作られたものではない、と」

「いや、対BETA戦でも使えますよ」
 
 その言葉に夕呼は机から身を乗り出した。
「な、なんですってぇー!」
 そして、目の前の武の襟首をつかむ。そのまま、ガクガクと武の顔を前後させる。
「おおおおお、落ち付いてくださいって、ちゃんと説明しますから!」
 顔だけがガクガク揺れるのは思いのほか気持ち悪い。なんとか夕呼を落ち着けることに成功する。

「さあ、説明しなさい!どうして対BETA戦において戦闘機を使うことができるのか」
「え、えっと、機体のメインコンピューターが収められているところがブラックボックスになっていませんでしたか?」
「ああ、これのことね。これもあんたに聞こうと思ってたのよ」
 夕呼が手元の書類の一枚を取りだした。そこには「伊邪那岐」の写真とともに胸の部分にBlack Boxの文字が書いてあった。
 
 未来の世界でも、対BETA戦において制空権を取り戻すことは人類共通の願いだった。いくらオリジナルハイヴをつぶしたといっても、今だBETAの圧倒的物量は健在だったのだ。ハイヴを一つ攻略するごとに人類側にもかなりの損失が出る。そのため、対BETA戦における戦闘機の復活はどこの国でも研究されていた。
 それを解決したのが、このブラックボックスだ

「その部分には門(ゲート)級の生態組織を利用してるんですよ」
「門級?」
 夕呼が首をかしげる。門級とは大型隔壁特殊BETAであることを説明する。BETAの一種といっても攻撃力や思考力は皆無であり、どちらかというと生体組織に近い生命体だ。
 対BETA戦において戦闘機が制空権を取り戻すために、一番のネックとなるのはやはり光線級の存在だ。

 そこで利用したのが光線級が絶対に味方誤射しないという特性とハイヴ内では絶対にレーザー照射しないという特性だ。
「戦術機のメインコンピューターをその門級の生態組織でカバーするんです」
 そうすることによってBETAからメインコンピューターを隠し、自分たちと同じBETAである、あるいは隔壁の一部であると認識させる。
 そうして初めて行われた門級生体組織を使った戦闘機の対BETA実験。戦闘機が悠々とBETAの上空を飛んだときは世界中が歓喜したものだった。
 これを利用することによって「伊邪那岐」は光線級に撃墜されることがなくなった。

「でも、それは光線級だけで、ほかのBETAは全種ためらいもなしに攻撃してくるんですけどね」
 その理由はよく分かっていない。ただ、光線級が同士討ちの可能性が一番高いため、同じBETAに対する認識能力が高いのではないかというのが、一番有力な説だった。つまり、ほかのBETAは戦術機内に味方の生態組織が使われているのも気付かない鈍感だと、そういうことだ。

「でも、これには弱点があります」
 これはこの世界限定の弱点といってもいい。
 それというのは、もしこいつが戦闘に参加するときは、絶対にそのハイヴを落とさなければならないということだ。
 なぜかというと、戦闘開始しばらくして光線級がその戦術機の正体に気づくのだ。まったく、戦闘を仕掛けないで一時間、戦闘を仕掛けた場合は平均約25分で光線級からのレーザー照射を受ける。
 
未来の世界ではオリジナルハイヴを破壊していたので他のハイヴへその戦術機の情報が伝わることがなかったが、この世界ではいまだオリジナルハイヴが健在なのだ。
 幸い、人類からハイヴへ攻撃を仕掛けた際、迎撃に出てくるBETA達は戦闘が終了するまで反応炉へと向かわないことが分かっている。その作戦のうちにそのハイヴを落としてしまえば情報が漏れることもない。
 
しかし、ハイヴを失ったBETAは別のハイヴへの移動を開始するので、その中にその戦術機の存在を知っている光線級がいるのはまずい。ハイヴ内では戦闘機形態をとることがないので心配はいらないが、最低でも地上に出てきた光線級は完全に全滅させる必要がある。

「それに、門級は非常に珍しい種類でしてね、ほとんどその生態組織が手に入らなかったんですよ。『伊邪那岐』を含めてたった四機しか世界に可変型戦術機は存在しませんでした」
 そのほかにも、コックピットまわりの本来なら脱出機能が付けられている場所に、門級BETAの生命維持装置が備え付けられているため、「伊邪那岐」には脱出機能が存在しない。
 まあ、武は撃墜されるつもりなど毛頭ないのでこれは別にいいのだが。

「なるほどねぇ。少なくともその門級の生態組織を手にするまでは、私たちの対BETA航空戦力はあなたの『伊邪那岐』だけってことね」
 夕呼が椅子に深く腰掛けた。顎に手をあて、ニヤッと妖しい笑みを見せた。
「それだけでも十分よ。これは世界に対する大きなカードとなるわ。XM3以上のね……」
やれやれ、また先生の悪だくみが始まったと、武はあきれた。まあ、でも世界に対するカードは多ければ多いほどいい。その分相手からの協力も得やすくなるのだ。

「それと、もう一つ見てみたいものがあるのよ」
 そう言って、パソコンになにかを打ち込む。
「これよ、ちょっと見て」
 って言われても画面はそっち向いてるんで見せません。仕方なく、パソコンのモニターが見える位置まで移動する。
 そこに移されていたのは、広大な洞窟の内部の映像。その横には、そのトンネルの全貌と思われるいくつもの道が分かれる広大な地図があった。
「ああ、これですか。これは甲14号目標の内部構造ですよ」
「―――っ!やっぱりそうなのね!」
 そう言ってまた別の操作をして、また別の映像を画面上に映し出した。
「これは甲10号ですね」

 そう、ここに映し出されているデータは「伊邪那岐」が参加したハイヴ攻略作戦の目標ハイヴ内構造だ。
「やっぱりそうだったのね。こんな詳細なデータ……ヴォールクデータなんて目じゃないわ!」
 そうか。このデータがあればより本物のハイヴに近いシミュレーターを作ることができる。しかも全構造も、ある程度の敵の出現率もわかるのだ。反応炉までたどり着いたデータは制圧後の横浜ハイヴしか存在しないので、確かにヴォールクデータの数倍の精度を誇るシミュレーターとなるだろう。

 聞きたいことはすべて聞いたのだろう。武にはもういいわ、という言葉だけを言って、何かの作業に没頭してしまった。
 武は、黙って部屋を後にした。
                              つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 6
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:05
 
 夕呼の用事がすんで急いで訓練に戻ると、幸いまだ射撃訓練をやっていた。射撃場の各地にいるみんなの動きを見てみる。
(うん。一呼吸おいて正確に狙いをつけるようになってる)
 どうやら、まりもに指摘されたことをちゃんと実践しているようだ。そのことに武は安心する。

 訓練の様子を見ていたまりもに声をかけた。
「教官、いま戻りました」
「ん?白銀、思ったより早かったな」
 脇に置いてあった銃を手に取る。そしてまりもを見ると、まりもは訓練に戻ることを許可すると一度うなずく。
 
 少しとは言え、訓練を離れていたのだ。一応銃を撃つ前に体をほぐしておく。そして銃をかついでみんなと同じようにレンジに入った。
 とりあえず300mをいくらか撃ってみた。全弾命中。2回目のループでは300mと言えば、この銃の有効射程距離ギリギリ。風がある場合など二発ほど用いて弾道を見る必要があり、そのときの武はなんとか当たるというレベルだったが、今の武は、それ以上の技術を持っていた。
 目標を400mにあげてみた。さすがにこのレベルになるとど真ん中とはいかなかったが、それでも全弾命中はする。当たれば無力化できるんだ。この結果で良しとしよう。

「……すごい」
 いきなり、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには榊が立っていた。
「あなた、射撃得意なのね」
 武の横まで歩いてきて、先ほど武が撃った400mの目標を双眼鏡でのぞきながらいう。
「この部隊で、その銃を使って400m以上を全弾命中させられるのは珠瀬だけよ」
 さすがに今の武でもたまレベルまでとはいかない。武の長いループでも、たま以上のスナイパーはそうそう見たことがない。極東一のスナイパーは伊達じゃない。

「で?榊、何か用があったんじゃないのか?」
 おそらく武に何か用があって、近づいてきたときに武の射撃を見たのだろう。そう推測した武は榊に問いかける。
「え?ああ、お礼を言おうと思って」
「お礼?」
「ええ、あなたの指摘のおかげで私たちは間違った癖を直すことができたわ。あのまま間違った癖を身につけたまま戦場にでることになっていたら重大なミスをおかすところだったわ……ありがとう、白銀」
 
 そう礼を言う、榊。律儀だな、と思う。やっぱりこの世界でも委員長は委員長だ。真面目でいいやつ。
「新たに配属されたあなたの目から見たら、今まで私たちが気付かなかった悪い癖がまだあるかもしれないわ、その時は遠慮なく言ってちょうだい」
「ああ、わかった」
 その後、榊も自分の訓練に戻って行った。

 うむ。やはり、あの指摘は隊のみんなのためになったようだ。新人配属だからといって、ためらうことはない。遠慮するなともいってくれたのだ。その小隊長殿の言葉を信じ、これからも気づくことがあればどんどん指摘してやろう。


 その日の午後は座学だった。今更訓練課程の座学で学ぶことのない武にとっては非常に暇な時間だった。しかし、みんなまじめな顔でまりもの話を聞いているのだ。あくびなんてできるはずがない。その時間、武は睡魔と戦うので必死だった。


 夜。PX。207小隊の面々が食事をとっていた。
「白銀さん、すごいですね~」
 席についた瞬間の第一声はたまのそんな声だった。いただきます、と大きな声で言おうとした瞬間だったので、出鼻をくじかれてしまった。
 
 さて、すごいとは午前の射撃訓練だろうか。いくらなんでも、座学の途中で居眠りしてしまったことをすごいとは言わないだろう。ん?いや、教官の前でよく居眠りできたな、という図太い神経をすごいといったのか?今日のおかずをつまみながら考える。

「まさか、居眠りをしていて、教官の質問に答えられるとは思わなかったぞ」
 冥夜が、呆れ6割、感心4割といった若干マイナスの感情が勝っている声でいった。
 そうなのだ。武は前日の疲れが完全に抜けきっていなかったことと、座学の退屈さで座学終了残り10分でついに睡魔にKOされてしまったのだ。

 そこをまりもに見つかってしまい―――室内には訓練生が5人しかいないのだ。見つかるのは当然―――今日の座学でやった応用例題を3つも出されてしまったのだ。答えられなければ、連帯責任で部隊全員飯抜きというプレッシャーのもと、その応用例題を見ると、なんとか武も答えることのできるものだった。
 なんとか答えることができて事なきを得たのだが……まりもには厳重注意をたっぷりくらった。

「睡眠学習というものだよ、諸君」
 はっはっは、と笑いながら言う武に、
「……講義中に居眠りとは感心せんがな」
という冥夜の言葉がぐさっと心に刺さった。
「うっ……すいません」
 当然だ。本来、訓練中に居眠りなどあってはならないことなのだ。今日はしっかり休んで疲れをとらないとな。そう思う武であった。それに疲れもそうだが、みんなに再び会えたことで、少々浮かれていたのだろう。覚悟を決めたなどと言っていい加減なことだ。武はそんな自分に人知れず喝を入れた。

「まあ、あの状態で応用例題に答えられたのだ。普段から自分で率先して事を学んでいるのだな」
 このときの声は感心10割だった。榊もそれに同意するようにうなずいていた。
「……やるね」
 右の彩峰からもそんな評価をもらった。

「それに、今日の射撃訓練のときだって……あれって神宮司教官も気づいてなかったんですよね?」
 たまがきらきらとした純真無垢な瞳を向けてくる
 や、やめてくれ!そんな子供のような顔で見られると増長してしまう!
「それに、白銀自身の射撃能力も相当なものよ」
 やーめーてー。

「そ、そんな褒めると、オレすぐに増長するぞ?」
 そんな武の声にキョトンとした表情を浮かべた面々だが、次の瞬間には笑って、
「じゃあ、やめましょう」
 そんな榊の声により一層笑う一同。
武は、まるで昨日配属されたばかりとは思えないほど部隊内に溶け込んでいることに満足感を覚えた。まだこの場にいない美琴のことが心配だったが、あいつのことだ。すぐにこの空気に混ざることができるだろう。


 夜。今日座学で居眠りしてしまったことから寝なければならないと分かっている武だったが、どうにも体を動かしたかった。今日は射撃訓練と座学のみだったのだ。体を動かし足りなかった。
 トラックに出ると、先客がいたようだ。だれかが、トラックを走っていた。だんだんと近づいてくる人影。

「ん?何だ、白銀か」
 冥夜だった。
「おっ、冥―――御剣か」
 とっさに言い直した武だったが、冥夜は耳ざとく気づいたようだ。
「めい? ……そなた名前を呼ぼうとしたのか?」
 呆れたように言う冥夜。武はしまったと思いながら、謝った。
「うっ……す、すまん。馴れ馴れしくて」
「……順序というものがあると思うがな……まあよい。今日の礼だ。そなたが名前で呼びたいのなら好きにすればよい」
 
 礼? 一体何の礼だろうか。
「今日の射撃訓練でのことだ。そなたのおかげで自分が間違った癖を身につけていることに気づいた。本当ならすぐにでも言いたかったのだが、そなたがいなかったのでな」
 ああ、その時は夕呼のもとへ行っていた。しかし、冥夜も榊と同じで律儀だな。

「しかし、なぜ名前で呼ぶのか、聞いてもよいか?」
 冥夜がそんなことを聞いてきた。
 武としてはただ単に前の世界で呼びなれていたから、注意してないときはつい名前のほうで呼んでしまうだけなのだが、それを言うわけにはいかない。
 ただ単に馴れ馴れしいということでこの場を乗り切ってもよかったが、ここはこれを利用して冥夜の中に一歩踏み込んでみることにした。

「そうだな……オレにとって人の名字ってのは、その人自身より、その人の背景……家柄とか経歴とかを表しているように感じるんだ」
 特に、この207分隊では、その名字の意味するところは大きい。征夷大将軍殿下・煌武院悠陽の双子の妹、内閣総理大臣・榊是親の娘、国連事務次官・珠瀬玄丞齋の娘、元帝国陸軍中将・彩峰萩閣の娘、情報省外務二課課長・鎧衣左近の娘。

「でも、オレにはそんなこと関係ない。その人自身そのままと付き合ってみたいから、かな」
 一呼吸おいていった。
「例え……お前でもな」
「―――っ!」

 冥夜が目に見えて驚いていた。当然だ。昨日配属されたばかりの訓練生が冥夜の背景を知っているようなのだ。いや、あの言い方なら知っている。
 しかし、冥夜が驚いたのはそのことより、そのことを知ってなお、冥夜に普通に接しようというその態度だった。長年一緒である207分隊のみんなもなんとなく冥夜の正体に気づいているため、今までも、どこかよそよそしいものが感じられることがあった。
だが、目の前の男はどうか。冥夜の正体を知ってなお、態度を改めず、さらに名前で呼ぼうとすらするのだ。

「し、白銀……そなたは知って……」
「……」
 武はただ黙っていた。やがて、冥夜が首を振りながら言った。
「……いや、何でもない」
 そんな冥夜の頭にポンポンと優しく手を乗せる。
「お前はお前だよ」

 すると、冥夜が慌てて武の腕を振り払った。2,3歩下がり、少々興奮気味に言う。
「な、何をするのだ、そなた!」
「おいおい、頭なでただけだろ。そんなに照れるなよ」
「て、照れてなどいない! そなたの馴れ馴れしい態度に面食らっているだけだ」
 うそつけー。顔赤いぞー。
 これまでの立場上、同年代の男に頭をなでられることなどなかったのかもしれない。そんな慌てふためく冥夜を見て笑みがこぼれた。
「むっ!」
 そんな武の様子をみて、冥夜が口をへの字に曲げてしまった。いけない、すこしからかいすぎたかもしれない。ここらで話を変えてみることにした。

「実はな、ここだけの話……」
 武がいきなり声質を変え、真面目な顔で内緒話をするように顔を近づけてきたので、冥夜はその空気を察し、自分も顔を近づけた。
「オレは榊を委員長と呼びたくて仕方ない」
「ふむ……って、は?」

 至極真面目な顔、声でそんなことをいう武に冥夜は何とも言えない気の抜けた顔になった。
「いいん、ちょう……?」
 武はうなずき説明した。以前、武の住んでいたところの学校の学級委員長に榊がそっくりだということを。そのため榊を見ると、ついつい委員長に呼びそうになって困っているということを話した。
「私は名前で、榊は委員長とは……まったくそなたは変な奴だ」
 冥夜はすっかり武のペースに翻弄されていた。
 
 そんな冥夜の言葉に苦笑しながら、武はトラックを走りだすため、準備運動として体をほぐし始めた。自主トレで怪我して訓練に参加できなくなるなどあってはならない。念入りに体をほぐしておく。
「そなたも自主訓練のためにでてきたのか……」
「そういう……冥夜もっ、……そうかっ」
 背中をそりながらしゃべったため、少々苦しかった。

「ああ、私は一刻も早く衛士となり、そして戦場に立ちたいのだ」
 きた。冥夜が目指すもの、護りたいものだ。
「どうしてか聞いてもいいか?」
 そんな武の言葉に一度頷き、空に浮かぶ月を見上げながら言う。
「月並みだが……私にも守りたいものがあるのだ」
 冥夜。やはりおまえはどの世界でも立派だよ。
「……この星……この国の民……そして日本という国だ」
 
 この「国」が意味するものを、一回目の天元山のところで教えられた。
『私が守りたいのは人々だ。人々の心を、日本人のその魂を、志を守りたいのだ……古より脈々と受け継がれてきた心をな……』
 国とは、日本というのはそういったものを指すのだと思うと、冥夜は言っていた。
 冥夜は人の心を守りたかったから、あの山で、婆さんを強制的につれていかなかったんだよな。

「そう言えばそなたは言っていたな。目指すものは私たちと変わらず、そなたは全人類を救ってみせると……」
 確かに言った。今度こそは最高のハッピーエンドを目指すんだ。お前たちも絶対に死なせない。そのためにも強くなってもらうぞ。
「すこし訓練生には大きすぎる目標かもしれないがな……目標があれば、人は努力できる―――オレの尊敬する人の言葉だ」
「ほう……?簡潔でいい言葉だ……私も見習わせてもらおう」
 ああ、本当にいい言葉だよ、冥夜。

「そうだ」
 と、武は何かを思いついたと声をあげた。
「オレだけ名前で呼ぶってのはよくないよな……冥夜がよければオレのことも名前で呼んでくれ」
 そんな武の言葉に、考え込むように腕を組む冥夜。
「名前、か……何であったかな?」
 ひ、ひでぇ!部隊内に溶け込んでいたと思っていたのはオレだけだったのか!?名前すら覚えられていないとは。冥夜のその言葉に武はかなりのショックを受けた。
「ふっ、冗談だ」
「なっ!?」
 
 め、冥夜にからかわれた!なんですかこれは、さっきからかったことへの仕返しとかそういうことか!?冥夜という堅物に冗談でからかわれたことに少なからずショックをうけた武だった。
 冥夜は武に一矢報いたことに満足したように、笑みを浮かべていた。そして、武の顔をみながら、
「タ・ケ・ル……ふむ、タケルか。それでは私もこれからはそなたのことをそう呼ばせてもらうことにする」
 こうして一歩冥夜へと近づいた、そんな夜だった。



 ――ブン、ブン!
 次の日は近接戦闘の訓練であった。武は冥夜と組み、10分ほど打ち合っている。両者が手にした模擬ナイフを相手に向かって繰り出す。
積極的に攻めているのは冥夜のほうだ。武は守りに徹し、冥夜の攻撃を自分のナイフでさばいている。しかし、たまに、冥夜が予想もしない攻撃が繰り出されるので、その度に冥夜は肝を冷やすおもいだった。

「まさか近接戦闘もここまでできるとはな!」
 言い終わると同時、突きを繰り出してきた。武はそれを自分のナイフではじく。そして、
正面ががら空きになった冥夜に向けて蹴りを放つ。しかし、これは冥夜に2,3歩下がられることで避けられてしまう。
「っ!今のを避けられるとは思わなかったぜ」
 そんな武に、
「なめるでない!」
という言葉とともに再び攻撃をしかけてきた。


 そんな二人の訓練をまりもは少し離れた位置で見ていた。
「……ふむ」
 御剣の近接戦闘能力はこの部隊でも彩峰と並ぶほど、訓練生とは言えかなりのレベルだった。だが、その攻めをなんなく凌ぐ白銀。傍目には互角に見える戦いだったが、まりもの目にはそう映っていなかった。
「はぁはぁ……」
 ここだ。御剣が息切れのため、後退するとき、白銀は攻め込まないのだ。白銀を見る限り、まだ少しも疲れた様子はない。ただ、彼女の息が落ち着くのを待っていた。

「冥夜はここ一番という時に大ぶりになる。敵はそんな隙を見逃してはくれないぞ!」
 しかも、御剣にアドバイスする始末だ。しかも、先程の蹴りもそうだった。白銀は御剣のナイフを左にはじいたのだから、その流れにのって右足を繰り出せばよかった。だが、白銀はわざわざ反対の左足をつかったのだ。このことにより、一呼吸だけ攻撃のタイミングがずれ、御剣に避けるタイミングを与えてしまった。そのことに御剣は気づいていないだろう。
 まりもには白銀が御剣に訓練を施しているような印象だった。

 まりものすぐ横、ナイフを構え1人突きを続ける彩峰がいた。現在この207小隊は5人編成のため2人1組だとどうしても1人余ってしまうのだ。一心不乱にナイフを突く彩峰だが、その目はさっきからずっと白銀と御剣の戦いを見ていた。

「……彩峰、お前も白銀と闘ってみたいか?」
「……はい、少し」
 ふむ。この部隊で最も近接戦闘に秀でている彩峰か。だが、まりもには白銀のほうが技量が勝っているように思えた。そこで、
「よし、御剣とタッグを組め、訓練相手は白銀だ」
 戦術機での戦闘は基本2機連携半小隊(エレメント)だ。ここらで、仲間と協力しあう戦い方を学ばせるのもいいかもしれない。問題は白銀が何分持ちこたえられるかということなのだが。


「って、ちょ!まりもちゃん!?」
 ふいに聞こえてきたとんでもない組み合わせ。オレに207部隊が誇る近接戦闘コンビを相手にせよと?武はつい口をすべらし「まりもちゃん」と呼んでしまっていた。


「……まりも、ちゃ、ん……?」
 まりもがゆっくりと復唱する。なんだその仲良しお姉さんに対するような呼び方は?軍隊において上官に対してそのような呼び方をするとはいい度胸だなー白銀。


「御剣、彩峰、遠慮はいらん。徹底的にやれ。私の怒りお前たちに託す」
「了解!」「……了解」
(ヒ~~~~~~~~~~~~~~~~~)
 なんか背後から黒いオーラを放つまりもと、教官命令により目がターミネーター化した目の前の二人に戦々恐々する武。ジリジリと後ろに下がる。
「覚悟!」「……死ね」
 2匹の獣が襲いかかってきた。



「あー、ひどい目にあったー」
 その夜、PXで武はテーブルにつっぷしていた。まだ、今日の分の夕食もとってきていない。
「何が『ひどい目にあった』だ、タケル。結局最後まで一撃も喰らわなかったではないか」
 そこへトレイに夕食を乗せた冥夜が呆れたように言ってきた。
「……嫌味?」
 彩峰もすでに自分の夕食を手にして戻ってきていた。そしてトレイを武の頭の上に置く。
「……やめろ、彩峰」
 自分でのける気にもなれない、今の武は精神的にも肉体的にも疲れていた。
 
 二方向から襲いかかってくる突き薙ぎ突きの嵐。相手はナイフ2本、腕は4本あるのに、こっちにはナイフ1本、腕は2本しかないのだ。戦闘範囲もかなり広くなり、走りしゃがみ急停止を繰り返し2人の攻撃をさばいていた。
 今の武が本気を出せば。この二人を倒すこともできただろう。まだ二人は連携攻撃というものを分かっていなく、ただ闇雲に攻撃するだけだったのだ。もっと連携を重視した戦い方であったらさすがに武でもこの二人相手には無理だったろうが。そこで武は自分に対して枷を用意した。それは自分から攻撃はしない、相手が疲れるまで攻撃をさばき続けるというものだ。だが、二人はなかなかあきらめず肩で息をしながら何十分も闘い続けた。結局はまりもにとめられるまで続いた。

 しかし、ここで終わらないのがまりもの恐ろしいところだ。疲労困憊した冥夜と彩峰に変わり、今度は委員長とたまのタッグの相手をさせられたのだ。いくら武に体力があるといっても慣れぬ生身での二人相手の訓練で思いのほか体力を消耗していた武にはそこからが地獄だった。

「……白銀さーん、生きてますか―?」
「放っておきなさい、珠瀬。私たち相手に一時間以上闘いつづけた白銀よ?しかもその戦闘中にアドバイスする余裕もある。それくらいなんともないわ」
 ひどいよ。
「まったくどこでそのような体術を身につけたのか……」
「昔、優秀な教師と仲間たちにな……」
 つまりお前らだお前ら。
 
 武はようやく顔をあげた。
 さて、夕食をとってくるか、と立ち上がった時だった。だれかに服を引っ張られた。
「あ……」
 たまが武の後ろをみながら声を漏らした。武もそこに顔を向けると、そこには白銀の服を引っ張っている霞がいた。
「……博士が呼んでいます」
「え……?いまから?」
 コクリと頷く霞。
「……オレまだ飯食べてないんだけど?」
「……呼んでいます」
「いやね、今日はすっげーハードな訓練ですごくおなかがすいてるわけだ」
「……呼んでいます」
「……」
「……呼んでいます」
 結局夕食はお預けとなった。



 夜。伊隅みちる大尉は副司令の香月夕呼からの命令でA-01部隊をブリーフィングルームに集めていた。
現在室内にいるのは、自分、涼宮中尉、速瀬中尉、宗像中尉、風間少尉、涼宮少尉、柏木少尉、築地少尉、高原少尉、麻倉少尉の計10名。召集をした張本人の副司令はいまだ姿を見せていなかった。

「大尉~、一体今日の召集は何なんですか?」
 速瀬が、少し不機嫌そうな声色で尋ねてきた。つい先日、不明機(アンノウン)にA-01部隊始まって以来の完璧なまでの惨敗をした日から彼女はずっと不機嫌だった。
 
 自分もあの不明機に手も足もでなかったことはショックだ。それは部隊全員同じであり、その日から食事と寝る以外はすべて訓練していたといっても過言ではない。朝に訓練のブリーフィングをして、昼から夕方までずっとシミュレータによる訓練。実機は整備中のため使用できなかったが、それは自分たちのせいなので仕方ない。夜も夕食を食べた後は、寝るまでずっと部隊全員がそろってあの不明機の機動について研究を続けていた。

「……わからない。私は副司令からただこの時間にA-01部隊を集めろと言われただけだ」
 そう口にしたとき、ブリーフィングルームのスライドドアが開いた。
「あら、待ったー?」
 香月副司令だった。いつもの飄々とした口草。自分たちの正面まで歩いてくる。
「……副司令、今日は何か新たな任務ですか?」
 宗像が口を開いた。だが、その問いに副司令は首を振る。
「違うわ」
「じゃあ、一体なんでですか?私たちは今一秒でも時間がほしいんです!」
「口を慎め、速瀬中尉!」

 苛立っている速瀬を諌める。そう言われた速瀬は顔をしかめる。しかし、副司令は別段気にした様子もなく、話し始めた。
「あなた達、数日前から司令室から借りた不明機の映像を見て、その機動を研究してたわよね?」
 
 そうだ。あいつに敗れたその日の夜からその研究は始まった。今まで見たこともない機動概念。自分たちのものにすれば、かなりの戦力増強になるはずだ。そのため、あの機体の映像を何度も検証し、その機動を細部にまで研究していた。しかし、問題があった。

「その中に、どうやっても不知火じゃ再現できない動きがなかったかしら?」
「!」
 そうなのだ。副司令の指摘の通り、不知火ではどうあがいても再現できない動きがいくつもあるのだ。たとえば、あの戦闘中に不明機が見せた噴射跳躍からの反転倒立。空中での不明機が行っている失速域機動が不知火では無理なのだ。

 シミュレータで成功できないことを実機でやるわけにはいかない。速瀬や涼宮妹はむきになって夜中までシミュレータを占領していた。だが、無理なのだ。
 副司令はみなの態度からできないことがあるのを察したのだろう。口元に笑みを浮かべ、
「ついてきなさい」
 そう言って、部屋を出て行った。


 副司令の後に続いて、やってきたのは演習場だった。
 そこで用意されていた車に乗せられる。さすがに10人全員が一台には乗れず、2台に分けてだ。そして演習場内を移動する。
「副司令、そろそろ教えてくれませんか?」
 さすがに黙ってついてくるのも限界だ。いったいこの車はどこへ向かっているのか。

「今日の整備兵たちのゆるみきった顔に関係することですか?」
 それは、自分たちの不知火の整備状況を確かめようと、ハンガーに立ち寄ったときだ。ハンガー全体が妙に空気が浮ついていたのだ。そして自分たちA-01部隊を見かけると整備兵の男も女も関係なくみな一様にニヤニヤした顔を向けてくるのだ。
 
 そのうちの何人かは、その顔のまま近寄ってきて、
「あとで感想よろしくお願いしますよ」
などと言ってきたのだ。いったいなんのことかと問いただしたが、みなそそくさと逃げ出してしまった。その時はなんのことか皆目見当つかなかったのだが、おそらくこの副司令の用事に関することなのだろう。

「なぁに? 彼らそんなに嬉しそうだったの?」
 嬉しそう?まあ、確かにハンガー全体の浮ついた空気から察すれば、なにかを喜んでいたのかもしれない。先日の謎の戦術機襲撃の際は、あの機体に敗れたのは自分たちの整備に不具合があったのではないか、と衛士同様落ち込んでいた彼らが。

「ふふっ、ほら、そろそろ見えてきたわ」
 そう言って副司令が指さす先。全員が同じ方向を見る。
 そこには二機の吹雪が対峙していた。

「あれは……?」
 風間が首をかしげる。ほかのみんなにしても同様だ。あんなものを見せられても副司令の目的がまったくわからない。
「あの機体の片方……ここから見て奥の吹雪の衛士はまりもよ」
「神宮司軍曹が!?」
 驚いた。あの神宮司軍曹が戦術機を操縦しているとは。
 A-01部隊は全員彼女の教え子であるから、彼女の実力は知っている。今は教官として訓練生を鍛える立場にいるが、かつては中尉として中隊を率いていた経験もあるのだ。自分たちと比べても何らそん色ないだろう

 しかし、なぜわざわざ彼女が?それに、
「副司令……その、もう一機の吹雪の衛士は?」
 そんな柏木の疑問に副司令は妖しげな笑みを返すのみだった。
 そして、車に備え付けの通信機を手に取り、
「さ、始めてちょうだい」
『……博士、ホントにやるんですか?』
 
 通信機越しに声が聞こえてきた。間違いない。神宮司軍曹の声だ。しかし、その声から推測するに軍曹も今の状況に困惑しているようだった。
「あったりまえでしょー? それより、まりも。本気でやりなさいよ?」
『……わかったわ』
 そして、二機の吹雪による戦闘が開始された。



 まりもはわけのわからないまま吹雪に乗せられていた。
 自室で今日の白銀の驚異的な近接戦闘能力について考えていると、夕呼から呼び出しがかかったのだ。
 
 何の用だろうと思いながら、夕呼のもとへ訪れると、そこでいきなり吹雪にのって模擬戦闘をしてほしいと頼まれたのだ。しかも、相手の衛士の名前も教えてもらえない。その模擬戦闘の目的も教えてもらえない。

『ただ、あんたは本気を出して戦えばいいの』
 そう言われ、あっというまに強化装備をきせられ、吹雪に搭乗させられてしまった。
 演習場へ移動するとそこには一機の吹雪の姿があった。何のことはない。こちらと同じ普通の吹雪だった。いったいなぜ自分がこんなことをしなければならないかと今一度疑問に思うまりもだったが、夕呼の強引さは昔からの付き合いでよく分かっている。あきらめて夕呼の指示に従うことにした。

 
まず仕掛けたのはまりもだった。手にした突撃砲――もちろんペイント弾――を様子見として相手に向けて撃つ。しかし、ここは市街地を再現した演習場。相手はすぐにビルの影へと隠れてしまった。
 それを予想していたまりも。すぐさま跳躍噴射を用い、相手の予想される移動ルートの先へと先回りする。案の定相手はきた。

 突撃砲を撃つ。ペイント弾の塗料がビルを赤く染めていく。相手は驚いたように今でてきたビルの角へと引っ込んだ。そこから半身を出して撃ち返してくる。
しかし、まりもにそんな弾はあたらない。ビルの間に隠れるようにして相手との距離を詰める。
相手がこちらに突撃砲を当てるのをあきらめたようにビルの影に姿を消した。
(逃がさない!)
 すぐさま追うまりも。相手が隠れたビルの角を曲がり、突撃砲を構える。

 本来ならここで、逃げる敵の背中にペイント弾を撃ち込み、この模擬戦闘は終了だった。しかし、
「っ!?……いない!」
 そこに敵の姿がなかったのだ。まっすぐ続く直線状には全く機影が確認できない。ビルの間に隠れようにも、そんな時間は与えていない。

 ――ビービー。
 その時、戦術機の警報がけたたましい音を立てた。
(照準されている! どこにッ!?)

 次の瞬間後ろから大きな音が聞こえた。慌てて機体を向けると先ほどの吹雪がそこにいた。
 どうして、などと考える暇もない。敵は肘から短刀を抜き、水平噴射跳躍で突っ込んできたのだ。
「くっ、なめるなっ!」
 突撃砲を撃つより、相手の短刀のほうが速い。一瞬でそう判断したまりもは、自分も同じように短刀を引き抜いた。
 相手からの突き、それを自分の短刀で防ぐ。

 だがそこで相手の攻撃は止まらなかった。なんとその短刀を一度手放し、空中で純手から逆手に持ち替えたのだ。
「なっ!?」
 持ち方が逆になれば当然攻撃方法も変わる。相手は背面スラスターとブーストを右部分だけつかうことによって回転しながらこちらを切り裂きにきた。
 どうあがいても間に合わないタイミング。
 ――神宮司機、動力部に致命的損傷、機能停止。
 オペレーターが機械的に告げる声が聞こえた。



「……」
 その戦闘の一部始終を見ていたA-01部隊の面々はだれもがさきほどの吹雪に目が釘付けになっていた。
 みんな驚きのあまり一言も発することができない。
 それというのも、さきほどのあの吹雪の機動。あの不明機とおなじことをやってのけたのだ。

神宮司軍曹が相手を追い詰めたとき、やつはビルの陰に隠れた後、数歩歩くとバク宙の要領で空に舞い上がったのだ。神宮司軍曹がビルの角を曲がった時にはちょうどその上に、突撃砲を構えたその吹雪がいた。しかし、そいつはその場で照準していたくせに、撃つことなく、失速域機動を用い、着地。短刀を引き抜き、近接戦闘を仕掛けた。そこでもまた驚く動きを見せる。短刀を手放したあと、逆手に持ち替えたのだ。そしてあっというまに神宮司軍曹を撃破してしまった。

 なぜ、不知火でできなかった機動が、スペック的に劣る吹雪でできたのか。興奮さめない伊隅はゆっくりと口を開いた。
「ふ、副司令……あれはいったい―――」
「「なんなんですかーーーーーーーーーーー!?」」
 最後の言葉は速瀬と涼宮妹にとられてしまった。
「グヘッ」
 助手席にいた伊隅が後部座席から身を乗り出した速瀬と涼宮妹に押しつぶされる。しかし二人はそんなことはお構いなし、矢継ぎ早に副司令に質問を投げかけていた。

「あー、もう落ち着きなさい……いま説明するから」
 そうやって二人をなだめる副司令。と、車の窓が叩かれた。二台目に乗っていた者たちだ。彼女たちも先ほどの吹雪について一刻も早く詳細を知りたいらしい。

「あれは、この間の戦術機の動きを解析して作られた新OSよ」
「新、OS?」
「ええ、あのOSを用いて再現できない不明機の機動はないわ」
 
 少しの沈黙のあと、その答えにA-01部隊全員が沸いた。とくに速瀬の喜びようはすごく、車から降り、その辺を走り回っていた。

「すでにあなたたちの機体はすべてあの新OSが搭載されているわ」
 そうだったのか。だから今日、整備兵たちの様子がおかしかったのだ。彼らは知っていたのだ。このOSのすばらしさを。
あの不明機の機動を完全に再現できるとなれば、このOSは人類の大きな力となる。このOSなら今度あの不明機が襲いかかってきても負けない。そんな自信がわいてきた。

「なら、今から乗りましょうよ!」
 走り回っていた速瀬がもどってきた。このとき速瀬は意図せずA-01部隊全員の思いを代弁した。みんなすぐにでもあの機体のOSのすごさを実感したいのだ。

「ダメよ。まだあれについては説明することがあるんだから。今日のところはお預けよ」
 え~、と不満の声を上げる速瀬。速瀬ほどではないが、みんなも同じように落ち込んでいた。

「ああ、それと、あのOSの開発者が直々にあんたたちを鍛えてやるってさ」
 その言葉に、A-01部隊全員の顔があがった。
「開発、者?」
 どういうことだ。あのOSは副司令や技術部がつくったものではないのか?技師が自分たち精鋭A-01部隊を鍛えるとはどういうことなのか。

「ちなみにそいつは今、あの吹雪に乗っているわ」
 そう言って指さす先には先ほどの吹雪がいた。
「なっ!?開発者とは衛士なのですか!?」
 肯定する副司令。話しによると、副司令達はただその衛士の指示に従って新OSをつくったらしい。
 
 みんなで同じように件の吹雪を見上げる。あの機体の衛士はそんなにすごい人物なのか。と、その吹雪がいきなりこちらに向けて手を振ってきた。
「「「「……は?」」」」
 戦術機が手を振るなど初めて見た。確かに動作としてはできるのだが、そのようなことする必要がないため誰もしないのだ。いつもはBETAに穴をあけ、切りさき、蹂躙していく戦術機がそんなことをするとは……シュールだった。

「ふぅ……見ての通りの奴だから、あんたたちもすぐになじめると思うわ」
「「「「はぁ……」」」」
 A-01部隊全員がこのとき同じことを考えていた。
 ――あの吹雪の衛士、そんなにすごいやつには思えない。

                               つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 7
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:10

今日も今日とて訓練、訓練。武は手元の銃を高速で組み立てている。
「……教官、終わりました」
「もう終わったのか……4分45秒」
 このレベルになるともうそんなに縮まらないな。このあたりが限界なのか。
「教官、調整にいってきます」
「よしレンジへ行け。移動中はマガジンをいれるなよ
「了解」
 そう言って部屋を出て行った。
 

 そんな白銀を見送ってしばらく。その部屋は奇妙な沈黙に支配されていた。その沈黙を破ったのは珠瀬だ。
「……白銀さんっていったい何者なんでしょうね―?」
 それはこの207小隊全員、いや教官のまりもですら疑問に思っていることだった。
 
 すでにみんな、今更白銀がどんな力を発揮しようとも、驚かなくなっていた。しかし、それらのほとんどが訓練生レベルをはるかに超えているのだ。
「座学、射撃、近接戦闘、すべてにおいて超がつくほどの優秀だものね」
 榊も銃を組み立てる手を休めずに言う。まりもも今ばかりは口を開きながらの作業でも注意しなかった。それほど、彼女も白銀のことが気になっているのだろう。

「とてもすごくすごい」
 彩峰も自身の持つ銃分解組立ての最高記録があっさりと大幅に塗り替えられたことで、白銀のすごさを改めて実感していた。
「……教官、白銀は本当に兵役の経験ないんですか?」
 その問いにまりもは一瞬どう答えようか迷った。書類には確かに徴兵免除と書かれていたが、今のまりもはそれを信用しきれないでいた。しかし書類の偽造は軍において重大な規律違反だ。白銀が一介の兵士であっても、そんな真似ができるはずがない。しかもあれはあの夕呼がもってきたものだ。あの彼女をだませるとは、付き合いのながいまりもには到底思えなかった。

「ああ、そうらしい……それに、もし仮に、白銀が兵役についていたとしても、今の人類には白銀ほどの兵士を遊ばせておくほど余裕はない」
 そうだ。白銀が優秀な兵士だったとしてもなぜ今この訓練部隊にいるのか理由がない。そのことからも白銀がどこかの軍の兵役についていたとは考えにくい。
 
 すると、先ほどまで黙って銃の組み立てを行っていた御剣が口を開いた。
「あの者の心の中には強い思いがある……『目標があれば人は努力できる』……あの者、タケルの尊敬する者の言葉だそうだ」
 それを胸に精進してきたのだろう、と彼女は続けた。
「「「……」」」
 
 そんな御剣に、かねてより聞いてみたかったのだが、それは個人間の問題なので悪いかな、と聞くのをためらっていた事柄をこの機会に尋ねてみることにした。
「ねえ……なんで白銀のことを名前で呼ぶようになったの?」
「……それに白銀さんも『冥夜』って呼んでます」
 
 そうなのだ。これは昨日の朝のことだが、前日の夜までは名字で呼び合っていた者同士が、一晩明けてみるとお互いに名前で呼び合っていたのだ。
その問いに御剣は静かにこう答えた。
「一昨日の夜にあの者と話す機会があってな……タケルは、私の正体を知ってなお……それでも名前で呼ぼうとしてくれたのだ」
「!?」
 
 まりもを含め、全員が動きを止めた。それはそうだ。この部隊内ではお互いの事情について深入りしないと暗黙の内の決まりが存在するのだ。それは複雑な背景事情をもつ207B訓練小隊には仕方のないことだった。しかし、それを片鱗とはいえ、御剣自身が語って見せた。それは驚愕に値することだった。
「その夜をきっかけに私はあの者に名を呼ぶことを許した」
 
 御剣自身、白銀に名前を呼ばれることは心地よいと感じていた。人によっては白銀の慣れなれしい態度を不快に思うかもしれない。しかし、今まで御剣の周りにはあのような態度で接してくるものはいなかったため、とても嬉しかった。白銀に誘発されるように小隊メンバーの御剣に対する態度も柔らかくなったように感じる。
 
 再び沈黙が部屋を支配する。みんな、ただ黙々と手元の作業を進めていた。
 そして、小銃を組み終えた彩峰が、その沈黙の中に爆弾を投下した。

「……惚れた?」

「「「「なっ!」」」」
 言われた御剣はもちろん、その他全員が素っ頓狂な声を上げた。
「そそ、そんなことはない!」
 慌てて否定する御剣。だが、むきになって否定するのがまた怪しい、と周りは判断した。
「……そう言えば白銀、昨日は遅くまで自室に帰ってなかったみたいだけど……御剣もその時部屋にいなかったわね」
「わ、私は日課の自己鍛錬のために外にでていたのだ!タケルは関係ない!」
「……その前に、どうして榊さんが、白銀さんが夜遅く帰ってきたことを知ってるんですか?」
「あっ!」
 
 今度は榊が慌てる番だった。そんな榊に追い打ち掛けるように、
「……惚れた?」
 再びぎゃーぎゃー騒ぎ出す207小隊の面々。

 そんな、たった一人の男に翻弄される207小隊を見て、まりもは一人ため息をつくのだった。

 

 その昼のPX。さきほどのこともあってか207小隊の女性陣は、白銀に話かけるのをためらっていた。変に意識してしまうのだ。
「白銀……」「白銀さん……」
業を煮やしてついに声を出した榊と珠瀬だったが、運悪く二人の声が重なってしまう。
 そちらからどうぞ、いいえそちらから……と譲り合う二人。
 
 そんな二人の様子をしばらく黙って見ていた白銀だったが、ついに我慢できなくなったようにいきなり立ち上がり言った。
「榊!珠瀬!」
「「は、はい」」
 あまりの迫力に背筋をピンと伸ばす二人。そんな二人に、
「頼む!それぞれ『委員長』、『たま』と呼ばせてくれ!」
「「へ……?」」

「……ついに言ったな」
 冥夜が黙々と食べながら言った。

「いや~、今までずっとオレ的にはこうやって呼びたくて仕方無かったんだが」
 昔、住んでいたところの学級委員長が榊にそっくりで、榊を見るたび、委員長と呼んでしまいそうになることを白銀は説明した。珠瀬の場合は……キャラクター性だろうか。
 榊も珠瀬も思い当たる節があった。たしかに、白銀が自分たちを呼ぶとき、何度か言い直していたことがあったのだ。

「……でも、『委員長』って」
「だ、だめか!?」
 なんか白銀がかなり動揺している。それほどこの件は白銀にとって大切なのか。結局、榊はため息をつきながら許可することにした。
「はぁ……まあいいわ、呼び方くらい好きにすれば」
「よっしゃ!」

 ガッツポーズを決める白銀。そんな白銀に、
「なんか私って猫みたいですねー」
「嫌か?」
 首をふって否定する珠瀬。
「あっ、あとたまは敬語やめてくれ。この隊ではもっとフランクにいこう……ほら手始めに『たけるさん』って呼んでみて」

 珠瀬はそんな白銀の要望に「え」とか「う」とか戸惑いながら、少しほほを赤く染め、
「た、たけるさん」
 そんな珠瀬に満足する白銀。その肩を叩くものがいた。
「……私は?」
「んーおまえは彩峰って呼んだほうがしっくりくるんだが、名前で呼んでほしいならそう呼ぶぞ?」
「いや、いい」

 そんなやり取りをするうちに、すっかり何をいうか忘れてしまった榊と珠瀬だった。しかし、目の前の武を見ているとそんな些細はことはどうでもいい。そんな風に思えてしまうから不思議である。

 

「夕呼……白銀って一体何者なの?」
 夜、珍しくPXにいた夕呼をみかけた。彼女は『たまには下々のものの生活を見てみようかとおもって』などとこうやってPXなどにやってきたりするのだ。
偶然にもそれに遭遇したまりもは、これまでの疑問を口にしてみることにした。

「あら、まりもって年下好みだったっけ?」
 京塚曹長の作ったご飯を食べながらいつものようにまりもをからかう。
「ちゃかさないで……あの白銀、今まで徴兵免除をうけていたとは到底思えないわ」
 座学、射撃、近接格闘、このどれにおいても白銀は兵士としてトップクラスだ。いくら自己鍛錬をしていたとしても、それにも限度がある。どう考えても白銀のレベルになるには兵役についていたことがあるとしか考えられないのだ。

「……まあ、徴兵免除を受けていたってのは嘘よ」
 意外にも、夕呼はあっさりと白状した。
「でも、どこの軍隊にも所属してなかったってのはホント……」
「そんな!」

「何なら調べてみる?私の権限を貸してあげてもいいけど?」
 夕呼がここまで言うのならそれは本当なのだろう。しかし、これ以上聞いても答えてくれるとは思えない。結局あきらめることにした。

 そして話題を変えることにする。
「……そういえば昨日の模擬戦って新OSのテストだったんですって?」
 昨日わけのわからぬまま吹雪乗せられ行われた模擬戦闘。模擬戦終了後の相手の吹雪の動きには目を奪われたものだった。しかし、結局相手の名前も明かされぬまま、まりもはかえされてしまった。

「どう?あなたも乗ってみたい?」
 それは確かにそうだ。簡単に説明された新OSの特性と、あの吹雪の機動を見ると、まりもの衛士としての血が騒ぐ。しかし、今は訓練部隊の教官なのだ。その辺りは自制することにする。
「……まあ、いいわ。あなたにもじきに働いてもらうから」
「え?ちょっと夕呼!どういう意味よ、それ!?」
 
 しかし、その問いに答えることなく、夕呼は席をたち、PXを出て行ってしまった。目の前には空の食器。どうやら片付けておけということらしい。
 まりもは何もわからないもやもやした気分の中、仕方なくその食器を片づけるのだった。



 伊隅たちA-01部隊の面々は現在、第二演習場で不知火9機の実践訓練をしていた。
 昼の訓練で初めてXM3搭載型不知火に搭乗してみたが、思いのほかみな苦戦していた。即応性が3割増しになったということは聞いていたが、それによるあまりの操縦系の遊びのなさに、立っていられるのもやっという状態だったのだ。
 
 しかし、2時間3時間と機体にのっていると新OSの力を実感できるようになってきた。昨日まで乗っていた第3世代機の不知火がのろまに思えるほどの機動性の向上なのだ。これを使えば戦術は今の倍に広がる。後衛の機体でも今までの突撃前衛以上の機動が可能なのだ。そのためにも部隊全員に少しでも早くこの機動の速さに慣らさせる必要があった。

『ほらほら、大尉、見てくださいよ!もう不知火が私の手足のように!』
 そう言って速瀬が演習場を縦横無尽にかけまくる。確かにそうだ。速瀬というトップクラスの衛士にXM3が加われば、それはもう今までの戦術機と一線を画するものだった。
「ああ、そうだな」
『これが、あればBETAなんてすぐに蹴散らしてやりま――』

『――その程度で手足のように思われては甚だ遺憾ですね、速瀬中尉』

「!」
 突如回線に割り込んできた男の声。
 気づくとこの演習場に自分たちの不知火以外に一機の吹雪が立っていた。
『っ!あんたが白銀ね!?』

 昨日の吹雪の衛士の顔は極秘存在として明かされることはなかった。与えられたのは『白銀』という名前と、
「この世界でも最高の衛士の一人よ」
という言葉のみ。

 夕呼の話によれば、これから夜間はこの白銀の指示に従い、訓練せよとのことだった。

『こんばんは、伊隅大尉。白銀少尉です』
 なぜこのOSの開発者であり衛士でもある人物などが少尉などという階級なのだろうか。
 だが、伊隅にはそんなことを不思議に思う前に言うことがあった。
「……まずは感謝します。あなたがこのOSを開発してくれたおかげで前線での戦術機戦闘は根底から覆ることになるでしょう」
 伊隅がこのOSの開発者に対する敬意をもって一衛士として礼を言った。

『うわ、なんか背中がむず痒い……伊隅大尉、オレのほうが階級下なんでもっと砕けた言い方でいいですよ?』
「あ、ああ……」
 これほどすごいOSを開発したというのにずいぶんと腰の低い男だった。

『そ・れ・よ・り・も!』
 速瀬機が向きを変え、吹雪に向かっていった。そして吹雪のすぐ前までくると、不知火で吹雪を指差し、
『さっきのは一体どういう意味よ!?』
『み、水月~』
 明らかにケンカ腰の早瀬にCPの涼宮が困ったような声を出す。

 しかし、件の白銀はその速瀬の態度にビビるどころか、
『言ったとおりですよ、あんなのはまだこのOSの力を五分も発揮していません』
と、そのケンカを買って見せた。
 まさか、そんなことを言うとは……。先ほどの速瀬の機動は今までとは考えらえないほど柔軟で迅速ですばらしいものだった。しかし、あれを見てまだ力が不足とする白銀の力とはいったいどれほどのものなのか。

『なんなら勝負してみます?この目標地点までどちらが早くつけるか』
 そう言って、全機体にある地点のデータが送られてきた。
『いいわ、やってやろうじゃない!』
 速瀬はすっかり乗り気だ。ここはA-01部隊の隊長として止めるべきか否か伊隅が迷っていると、
『わ、私もやります!』

 茜もその勝負に参戦してきた。
 彼女は速瀬にあこがれ、突撃前衛のポジションを狙っている。この期に自分がどれだけ速瀬についていけるのか試すつもりなのかもしれない。
 その後は、彼女以外には名乗り出るものはいなく、結局3人での勝負となった。
 CPである涼宮がスタートの合図を出すことになる。
『そ、それじゃ……よーい、スタート!』



 結果は、武、速瀬、茜の順だった。
 それに武は吹雪の中で満足していた。
 結果だけを見れば、速瀬の負け。自分の機動をまだまだといわれても仕方ないのだが、
『~~~~~~~!!白銀ぇ!あんた、わざとギリギリで勝ったわね!』
 速瀬中尉が心底悔しそうに言う。
 
先ほどの勝負、最初からゴール寸前まで速瀬中尉が一位を取っていた。そのことで武にでかい口たたいていたわりにこんなものかなどと、通信でわめきたてていた速瀬中尉だったが、ゴール直前で武機の機動が変わったのだ。噴射跳躍後などのタイムラグの無さ、主機走行におけるバランスのとり方、すべてが変わった。結果、ゴール直前であっさり抜かれ、結果はさっき言ったとおりである。

 武としてはこんな勝ち方をしたのには理由がある。
 速瀬中尉や涼宮は負けず嫌いなため、わざとこのような挑発的態度で勝つと、その悔しさをバネにより高みにいこうとするのだ。特に速瀬中尉など競争意識の塊だ。ちまちま丁寧に教えるよりこっちのほうが楽、とこの二人の場合はそう判断した。

 まあ、このあと速瀬中尉にいろいろからまれるだろうな、などと考えていると、
『ふんっどうせ自分のほうがXM3に慣れてるからって、私たちをみて笑ってたんでしょ!?このヘンタイ!』
「へ、ヘンタイってどういうことですか!?負けたからってそんな子供みたいなこと言わないでください!」

『何よ!?中尉に逆らうの?』
「A-01部隊は階級なんて堅苦しいこといわないんじゃないんですか!?」
『あんたA-01部隊じゃないじゃん!』
「これから夜はずっと一緒にいるんだからいいじゃないですか!」
『嫌らしい言い方するな、このスケベ!』
「……よーしそこまで言うなら今度は完膚なきまでに負かしてやりますよ」
『望むところよ!今度こそあたしの本気見せてあげるわ!』
「さっきのだっておもいっきり本気だったじゃないですか!」
『なんだと!?』
「なんですか!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぎあう声が通信機越しに聞こえてくる。その声に伊隅は頭が痛くなった。
『子供みたいって……あたしは大人よ!』
『お酒弱いくせに!』
『な、なんで知ってんのよ!?』
 まだまだ続いている。
 A-01部隊はそんな二人をただただ呆然と見ていた。そんなとき宗像機から通信が入ってきた。

『……大尉』
「……なんだ?」
 なんとなく言うことは予想がついている。
『私、こいつのこと気に入りました』
「……だろうな。お前の気に入りそうな相手だ」
 つまりからかいやすそうという意味だ。
『もう、美冴さんったら……』
 風間機からもそんな通信が入る。
 
 しかし、このようなやつのほうがこっちとしても気が楽だ。あのようなOSを開発したのだから頭でっかちの技術畑出身ならどうしようかともおもったが、副司令の言っていた、なじみやすいとはこういう面を言っているのだろう。今見たところ衛士としての腕も申し分ないようだ。


 そんな伊隅たちとは別のところでA-01部隊の新任たちも通信越しに会話していた。
『あ、茜ちゃん……?』
 築地多恵だった。いつものおどおどした声が通信機越しに聞こえてくる。
「……なに?」
 それに茜は答える。

『あ、あの人ってほんとにすごい人なのかな……?』
『それは私も思う……』
『私も……』
 同じ新任である高原と朝倉も同意見のようだった。たしかに今行われている速瀬中尉との通信という口げんかでは副司令に聞かされたようなすごい人物には到底思えなかった。
「た、多分……」

 しかし、今だ聞こえる速瀬中尉との口げんかからはとてもそうとは思えない面々であった。



「へー、たけるさんって昔はここに住んでたんだー」
 午後からの座学が始まるまでの少しの時間。207小隊の面々は教室への廊下を歩いているところだった。ふとしたことから武の故郷はどこかという話になり、昔はこの柊町に住んでいた―――別に嘘ではない―――ということを話していた。

 教室へと入る。それぞれが自分の席に着いた。
「ここはどのような町だったのだ?」
 そうだな、と武がこの町の思い出を話そうとしたとき、教室の扉が勢いよく開いた。

「みんな、ただいま!」
「「鎧衣!」」「鎧衣さん!」「……鎧衣」「美琴!?」
 
 そこにいたのは怪我のため207B小隊を離れていた鎧衣美琴訓練生だった。
「千鶴さん、壬姫さん、冥夜さん、慧さん……とだれかしらないけど、みんなひさしぶり~」
 おい、そこは先にオレに名前を尋ねるべきだろう。見知った顔の中に一人だけ知らない男がいても自分のペースを崩さない相変わらずの美琴っぷりに、武は笑みがでた。

「ねえねえ、うちの部隊にすごい新人が来たんだって?いろいろ噂で聞いたんだよ~。ボクもう会うのが楽しみで楽しみで」
 全員がそろって武を指差す。
「えー、君が!?」
 気づけよ。

「へー。ねえ名前は?」
「白銀武だ」
「タケルかー。ボクはね、鎧衣美琴。よろしく」
「ああ、よろしく、美琴」
 差し出された手を握る。

「じゃ、ボク、教官に呼ばれてるんだ!タケルのすごさは後で聞かせてよ!」
 そう言って勢いよく教室から出て行こうとすると、扉のほうが先に開いた。そこにいたのはまりもだ。鎧衣を見るなり、

「……鎧衣、先に私のところにくるようにいっていたはずだが?」
「す、すみません!どうしてもみんなに早く会いたかったので」
 
 そんな鎧衣にため息一つ。特に言うこともなく、その横を通り、黒板の前までやってきた。
「まあいい……先にここにきたということはもう知っているかもしれないが、彼が新しく配属となった白銀武訓練生だ」
 大丈夫です。さっき自己紹介はすませました。
 
 そのあとはすぐに座学となった。美琴一人だけ制服姿だがこれは仕方無い。
 まあ、なんにせよこれで207B訓練小隊が全員集合となったのだ。すこしの訓練のあと、美琴に勘を取り戻させたら、すぐにでも総合戦闘技術評価演習を早めてもいいかもしれないな。まだその前にやることは少しあるが……。


「へータケルってそんなにすごいんだー」
 夜、武が配属されてからは初めての207B訓練小隊全員そろっての夕食だった。
 美琴が言っているのは榊や珠瀬などから聞かされた武の驚異的な成績に対する言葉だった。
「ねえねえ、タケルって救急医療の知識もあるの?」
「まあ、一通りはな。専門の知識をもったやつに教えてもらった」
 つまり前の世界の美琴のことだった。
「わおっ!いよいよもって完璧超人だね」

「まったくどうして訓練生なんかやってるのか、不思議に思うわ」
 うんうんと頷く207小隊。
「まあ、でも褒めると増長するらしいからこのぐらいでやめときましょうか」
 うんうんと先ほどより強くうなずく207小隊。

 そんな彼女たちの態度に苦笑がもれる武。

「まあこれで全員そろったわけだ。あとは総合戦闘技術評価をクリアするのみ!」
 そう言って自分のコップを持ち上げる。
「がんばるぞ―!」
 おー、とそのコップに自分のコップを合わせる207B小隊だった。



「霞~」
 夕食のあと、武は例の部屋に来ていた。
 そこにはやはりいつものように、霞が脳髄の入ったシリンダーを眺めている。
「……こんばんは」
「ああ、こんばんは」
 
 とりあえずまずは夜の挨拶。初めてあってからというもの霞は毎日のように武を起こしに来てくれる。それ以来この部屋にはちょくちょく来ているのだが、その時は最近武のまわりで起こったことを話すぐらいだ。霞はいつもそれを黙って聞いている。
 しかし、今日は違う。

「霞、今日はプレゼントをもってきたぞ」
「……なんですか?」
 興味無さげな無機質な声とは違い、そのうさ耳がピクンと動いたのを武は見逃さなかった。
「なんと霞が大好きな……人参だ!」
 ――スススッ。
 思いっきり逃げられてしまった。

「いや、冗談だ」
「……」
 ジトーっとした目で睨まれる。
「ホントはほれ、これだ」
 背中に隠していたものを出す。そこにあったのは4つのお手玉とヒモだった。
 
 そう、今日は霞に遊びを教えるためにきたのだ。お手玉は一回目の世界でみんなができたことが悔しかったから結構練習したし、あやとりもそこそこできる。
 まずはお手玉で手本を見せる。四つの球をかわるがわる宙に投げるさまを霞はじっとみていた。一分ほどやったのち、二個を霞の手に乗せてみた。

「ほら、やってみ」
 じっと自分の手にあるお手玉を見ていた霞だったが、ついに投げた。
―――ボト。
「……」
―――ボト。
「……」
―――ボト。
「………………難しいです」

 投げては落とすを繰り返す。そんな霞をついつい笑ってしまう。そして、自分のもっているお手玉で手本を見せてみる。
「ほら、こうだ」
 あせらなくてもいい。ゆっくりと遊びを学んでいけばよかった。
結局、その日はA-01部隊との訓練があるまで霞といっしょに遊んでいた。



「化けものか、あいつは……」
『……ですね』
『……それは言いすぎのような気がしますが、人間離れしているという点では私も同意見です』
『大尉……あれって私たちと同じ不知火ですよね?』
 
 伊隅のつぶやきにそれぞれの感想を口にするA-01部隊のメンバー。今彼女たちが行っているのは技術部が開発したという新型シミュレータだった。
 話によると、より本物に近いハイヴ内構造を再現したシミュレータらしい。いったいどこでそのようなデータを手に入れたのか。しかし、それらのことはトップシークレットとされていた。
 
 そして、そのシミュレータの初の演習。そこに白銀も加わることになった。
『ハイヴ内戦闘はスピードが命です。一秒でも早く最深部にたどり着き、反応炉を破壊しなくてはなりません』
 演習前、白銀はそう言っていた。そんなことは言われずとも分かっている。しかし、ハイヴ内というのはBETAの基地内部だ。敵の数も半端ではないし、あの圧倒的物量でこられたら迅速に移動などできなくなる。この部隊ですらヴォールクデータで中階層を突破できた試しがないのだ。それほどまでにハイヴ内攻略は困難なものだった。

 今回の演習でA-01部隊に求められたことはただ一つ。
 白銀についていくことだった。

 速瀬などは昨日の悔しさから、意地でもついていこうとしていたが、実際始ってみると、白銀の驚異的な技量をまざまざと見せつけられることとなった。

 白銀はBETAの上や隙間をぬうようにして、驚異的な速さでハイヴ内を進行していった。圧倒的物量で踏み場もないほどのBETAが来た時などは噴射跳躍中に突撃砲で足場を確保。すぐさま長刀か短刀に切り替え、着地地点のBETAを掃討。そしてすぐまた飛び上がる。跳躍中の姿勢制御もすばらしいものだ。そんな白銀に追いつこうとしてもすぐにBETAの壁に阻まれてしまう。明らかにヴォールクデータとは増援の数が異なっている。多すぎるのだ。
 結局、A-01部隊も奮戦したものの、一機また一機とBETAの波にのみこまれていき、最後に柏木機が撃破されたことによって演習は終了となった。

 昨日白銀が速瀬の機動をまだまだと言っていたことに納得した。さすがにこれを見せられたら納得しないわけにはいかない。

 白銀は最低でもこのレベルにまではなってほしいと言っていた。それにより、気を一層引き締めるA-01部隊の面々であった。


『ねえ、白銀、もう一度「キャンセル」の概念について聞きたいんだけど……』
 先ほどのハイヴ内演習が終わった後、涼宮からそんな通信が入ってきた。
 昨日の速瀬中尉との口げんか以降、A—01部隊の白銀に対する硬さがなくなっていた。実のところ武は、昨日の口げんかは速瀬の配慮ではないかと考えていた。
 
 A-01部隊――特に新任たちにとっては初めてといってもいい同部隊の男の衛士だ。その硬さを部隊から取り除くためにあんなことをしたのではないかと思う。さすがに速瀬中尉といっても、あの難癖のつけかたには違和感があった。そうだと思っていたからこそ、武もあの口げんかに乗った。本当に、そこまで考えていたのなら、いやはや速瀬中尉にはまったく頭が上がらない。……いや、まあ途中から二人とも我を忘れて、つい口げんかに熱中していた可能性もあるのだが……。

 とりあえず、涼宮に「キャンセル」の概念について詳しく説明してやった。この世界ではバルジャーノンのようなゲームがないので、少し説明するのは手間だったが、なんとか分かってくれたらしい。
 ありがとう、と礼を残し通信を終了した。

 武としては、この部隊にはハイヴ攻略の中枢を任せられる存在に早くなってほしい。前の世界でも伊隅大尉と柏木のいない状態でフェイズ4ハイヴの反応炉までたどり着いたこともあるのだ。しばらくしたらここに207訓練部隊の面々も加える予定だ。今から鍛え上げれば、A-01部隊だけでハイヴ攻略100%も夢ではない。

「あとでオレの操作記録を渡しますから、全員それを見て自分の機動の参考にしてください」
『それは助かる。さきほどの貴様の機動、一度見ただけでは到底理解できないからな』
『それに、すぐに見失っちゃいましたからね……』
『あんたのその単機で中階層までたどり着く機動概念!必ずものにしてやるわ!』

 それを楽しみにしてますと、武はその日の演習を終えた。
                              つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 8
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:13

 PX。207小隊はほとんどが食事を終えて自室に帰っていた。そんななか、榊一人が席に座り真剣な顔で何かを考えていた。
 そこへ武が近づいていく。
「よっ、委員長!」
すぐ目の前まで来て、挨拶する。
「ん……ああ、白銀」
 
 これほど近くに来るまで気づかなかったとは、よっぽど集中していたらしい。伏せていた顔をあげ、武に向き合う。
「何を考えていたんだ?」
「……今度の総合戦闘技術評価演習のことよ。次こそは絶対に受からないといけないんだし、あらゆる可能性を配慮して作戦を考えておかないと」

 そして苛立つように頭をかきながら言う
「特にうちには、作戦無視を頻繁にする問題児がいるからね」
 ……彩峰のことか。やはりこの世界でも彩峰と榊の相性は最悪だ。しかし、前の世界でもなんだかんだ言いながらしっかりと協力できていたんだ。なんとかそのあたりを解決しとかないとな。
 
 榊の前の席に座る。
「……お前、彩峰のこと嫌いか?」
「個人としては嫌いよ」
 即答する榊。
 しかし、そのあと急にしおらしい声になり、
「……でも、大切な仲間よ……矛盾しているけどそれが正直な私の気持ち」
 だよな。今まで苦楽をともにしてきた仲間なんだ。それに彩峰の能力は隊にとっても大切だ。だから彩峰に対し、期待も信頼もあるし、そうしたいと思っている。けどいろいろなしがらみがそれを邪魔する。
 
 榊は作戦を重視する。彩峰はその場の臨機応変な対応を重視する。榊も臨機応変な対応を悪いとは思っていないし、彩峰の言うことも理解している。しかし、榊の言う臨機応変は、あらかじめ決められた作戦に一刻でもはやく復帰するために発揮されるべきだと考えている。そして、彩峰の行動を結果さえ作戦通りに終わればいいってだけの身勝手なものだと思っているんだ。
 
 そう言えば一回目の世界で言っていたな。
『一日遅れたらそれをどう取り戻すかが臨機応変で、いきなり木によじ登ってその場から攻撃し始めるのは全然違うわ』
 いきなり木によじ登るとは面白いたとえだ。

 両者お互いの言いたいことはわかっているのにそれでも互いに一歩近づくことのできないものたち。そこにはやはり背景事情なんかも大きく関係している。

「……なあ、委員長」
「なによ……?」
「お前はなんで軍人になったんだ?」
「……この国を守るの。この手でね」
 榊も日本人でこの国が好きだ。だから少しでも上に行きたい。しかし彩峰はそんな榊の軍人然とした態度が気に入らない。だが、榊のこの想いは本物だ。だから父親に反発してでも軍人になった。そのためにもこんなところで足踏みしていてはいけない。

「『人は国のためにできることを成すべきである。そして国は人のためにできることを成すべきである』」
「……いい言葉ね」
「あいつが……彩峰が心に秘めている言葉さ」
 それに驚いた顔をした榊だったが、顔を伏せ、ゆっくりとこう言った。
「……そう、彼女の……」

「あいつもな、いろんなものを心に秘め、背負って闘ってんのさ……そこんとこも一応考えといてくれ」
 そう言って席を立つ武。以前、榊は顔を伏せたままだ。大丈夫、あとは自分で考え答えを出すだろう。
 そして、それ以上言うことはないと、武はその場を後にした。



 ここは屋上。11月にもなるとさすがに寒い。もう冬の風がこの身に吹き付けてくる。
 そこに彩峰はいた。フェンスによじ登り、そこに腰かけ静かに空を見上げていた。

「よお」
「……」
 あいさつしても返事はなし。下着見えてるぞ、と注意しようかとも思ったが、どうせ言っても聞かないだろう。どの世界の彩峰もそうだった。
「……何しに来たの?」
 
 やっと口を開いた。しかし以前視線は空を向いたままだ。
「ちょっと話があってな……」
 そう言って武はフェンスにもたれかかる。彩峰と同じように夕焼けに染まる空を見ながら、
「……なあ、お前って委員長のこと嫌いか?」
「……いきなりだね」
 こいつ相手に回りくどい言い方は無駄だからな。

「わざとらしいぐらい軍人然とした態度……それが気に入らない」
 苛立ちながら言う彩峰。こいつが感情的になることは珍しい。
 これは父から、母から、自分からすべてをうばった帝国の無能な指揮官たちがいたからうまれた感情だ。
「それに撤退か全滅するしかない指示ばかりだす……」
 こいつは父親のこともあって、撤退とか敵前逃亡が異常に嫌いだからな。
 
 けどな、委員長は無能でもないし、お前から何も奪うことなんてないんだぜ、彩峰。
「知ってるか?委員長って徴兵免除を蹴って軍人になったんだぜ?」
「!」
 それを言ったとき、初めて綾峰の顔が武に向いた。その顔は驚愕に染まっている。
 
 やっぱり知らなかったのか。言葉は悪いけど親の七光でここにいるって考えてたんだな。
財界、政界いろんな所のごく一部のものにのみ与えられた徴兵免除。それを榊は受けなかった。
 榊は自分で考え、軍人になろうとしたが、父親からの妨害にあい、結局は最後方の国連軍横浜基地へ。しかし、そこでもあきらめることなく、すこしでも上を目指そうとしている。
 
 二人の不仲はこの辺の事情の理解の相違が原因でもある。まあ、榊もそのことを彩峰に伝えていないのだから悪いのだが。もっと早くに二人が素直になっていれば武の出る幕などなかっただろう。

「『人は国のためにできることを成すべきである。そして国は人のためにできることを成すべきである』」
「っ!」
「さっきあいつに教えた言葉さ……これを聞いたあいつな、『いい言葉ね』ってそう言ったんだ」
 
 これは彩峰の父親、彩峰萩閣の言葉。父親のやったことは許せなくても、この言葉だけは信じられる。
 この言葉を聞いた榊の反応からもわかるが、あいつもこの国のため、人類のためにすこしでも貢献したくて必死になっている。
「さっきもPXで一人残って必死に次の総合戦闘技術評価演習の作戦たててたよ」
 
 考えうるあらゆる事態を想定し、小隊メンバーの戦力を計算し、どんな場合でも対応できるように。
「あの演習は下手したら死ぬこともあるからな。あいつは207小隊一人も失いたくなくていま必死にできることを考えてるんだ」
「……」
 フェンスから体を離し、空に向けていた視線を彩峰に向ける。
「そんな委員長―――分隊長を信じてやれ」
 
 返事はなし。まあ、すぐに切り替えられるほど、いままでのケンカの歴史は浅くない。今は必死に頭のなかでいろんなことを考えている最中だろう。彩峰だからそれを表情には出さないが。
やがて、彩峰は再び空を見上げた。
「……白銀は、私の父さんのこと……」
 このときの表情は見えなかった。いったいどんな顔をしていたのか。
「……やっぱり、なんでもない」

 そう言ってフェンスから飛び降りる。そのままスタスタと屋上からの出口へと向かっていく。そして扉の前に立つとこちらに片腕の手のひらを見せ、
「……考えとくよ」
 それだけ言って建物の中へ消えてしまった。
 まあ、こんなものだろう。あとはあいつらを信じるのみだ。



「撃ち方止め!」
 射撃場にまりもの声が響いた。その声を合図に207小隊は撃つのをやめ、急いでまりもの前に集合する。
「小隊集合しました!」
 榊の言葉にうなずくまりも。そして腰に両手をあて、
「今までよく頑張ったな。代わりと言ってはなんだが、褒美をやろう」
 ついに来た。まりもが笑みを浮かべ言う。

「明日から一週間南の島でバカンスだ」
「「「「!」」」」
 みなが驚いている。それはそうだ。予定よりは数日早い総合戦闘技術評価演習なのだから。
「そこではこれまでの訓練は行わない。基礎訓練の成果、試させてもらうぞ」
 今日は早いうちに休め、という言葉で今日の訓練は終了となった。


 みんなでPXに向かう。しかし、先ほどのまりもの言葉からみんな表情が硬かった。
「まさか、一週間近くも総合評価演習が早まるとは……」
 冥夜が口にしたことをみんな不思議に思っているのだろう。そしてそれと同時に緊張もしている。一回めは落ちたのだから、次こそは失敗は許されない。そんなプレッシャーがみんなのなかにあるのだ。まだ一週間はあるとたかをくくっていたのも原因かもしれない。しかし実践ではこちらの体制が万全なのを待ってはくれないのだ。
「オレらの成績がよかったから早まったんじゃないのか?」
 武が軽い口調で口にする。確かにそうかもしれない、とみなの表情が少し和らいだ。
 
 そしてみなでその原因を思い浮かべると、そこにはやはり武の姿が浮かぶのだった。彼が来てからというもの、彼の優秀さにひっぱられるように自分たちの成績も伸びている。それに今までは不干渉の原則というものが引き起こしていたチーム内の妙に遠慮した空気もなくなっていった。

 すべてはこの少年がきてから。みんなで同じことを考えていたのか、誰もが先を歩く武の背中を見ていた。彼女たちにとって、その背中はなんともたのもしく見えるのだった。



 90番ハンガー。この広大なハンガーを、今は白銀武専用機「伊邪那岐(いざなぎ)」がたった一機で占領していた。今日も整備兵たちが忙しなく動いている。「伊邪那岐」から延びる無数のケーブル。そしてつながれたパソコンの画面を見ては、何かを叫んでいる。
 そんな「伊邪那岐」の手前、武と夕呼の二人がいた。

「とりあえずありがとうございます。総合戦闘技術評価演習を繰り上げてくれて」
「あれくらいで礼を言われてもねー。別にあんなのどうってことはないわ」
 夕呼はいつもの白衣姿。白銀も制服姿だ。この90番ハンガーという極秘の場所。その場に訓練生の制服というのはとてつもなく不釣り合いだった。しかし、この武、今やこの世界の命運をにぎっているといっても過言ではない。
 
なぜ二人がこんなところにいるかというと、夕呼が武に呼ばれたからだ。
「先生……オレ、これから一週間ほどこの基地を離れます」
「……それはまたどうして?」
「いろいろとやることがあるんです」
 あとで説明しますよ、ととりあえずこの基地を離れることを伝える武。
 そして、そのために整備兵と輸送車両を借りられないかと交渉する。

「……わかったわ。未来の世界を知るあんたがすることだものね」
 そう言って、頭の中でこれからの手続きについてまとめる夕呼。
「そう言えば、『伊邪那岐』の整備状況ってどうなっています?」
 報告によれば、一応全身の消耗パーツは何組が用意できたということだ。しかし、それ以外のパーツはまだ時間がかかり、なにかしらの大きな損傷を受けたら復旧までにかなりの時間がかかるだろうというのが整備兵たちの見解だった。まあ、武の腕はA-01部隊との演習やハイヴ内シミュレータで知っているので大丈夫だとは思うが。

「それと消耗パーツだけで手いっぱいで、『双刀』の方は用意できなかったそうよ」
「そうですか」
 二人して「伊邪那岐」が背負っている刀を見る。武としては消耗パーツを用意してくれただけでありがたい。それ以上を要求するのは贅沢というものだろう。
 今度は武があるものを指差した。
「そういえば、『アレ』って撃てますかね?」
「……ああ、『アレ』ね」
 今度は二人して「伊邪那岐」の横に吊るされている物をみる。

 夕呼としては未来の自分があんなものを作ったのが恐ろしい。五年という時間は思いのほか急激な技術革新を及ぼすものらしい。
「まあ、今はオルタネイティヴ計画につきっきりですからね……あの世界では桜花作戦のあと、二年は『アレ』の小型化に専念してましたから」

 それだけの時間があればできるかな、と自分の頭脳と照らし合わせてみる。……やめた。今は目先の問題を片付けることに専念しよう。
「一応ね。でも一回の戦闘では電力なんかの関係で2発が限界よ?」
「十分です。必要なのは威力でも回数でもなくインパクトですから……」
 なるほどね。その言葉で武が意味することを看破する夕呼。

 なるべく早くお願いします、という言葉を残して武は90番ハンガーを後にする。この基地を空ける用意でもしに行くのだろう。そのあとに続き、夕呼も自室にもどるのだった。




 まりもは手元の書類を見ながらため息をついていた。それは白銀の写真が貼られた一枚の書類。A-01部隊隊長の伊隅大尉に提出する訓練生の書類だ。改めて数値にして白銀の成績をみると到底訓練生のものには思えなかった。いや、正規兵でもトップクラスだろう。現にまりもの現役時代の記録をいくつも追い抜いている。

 この前の夕呼との会話から、もやもやした感がずっとまりもの中をうずまいており、最近はずっと白銀の正体について考えている。しかしどれも今の状況を完全に説明するものではなく、いい加減あきらめかけているところである。
「どうしたんだい、溜息なんかついて……」
「京塚曹長……」
 そんなまりもに声をかけてきたのはこのPXで兵士たちの食事をつくっている京塚曹長だった。

「おや、なんか悩みごとかい?」
「悩みというわけでないんですが……」
 今考えていたことを告げようとすると、
「おや、神宮司軍曹」
「伊隅大尉!」

 あわてて敬礼をしようとするまりもだったが、それを伊隅が制した。
「教官、今は周りにだれもいないのでそういう堅苦しいのはなしにしてください」
「大尉。私はすでにあなたの教官では―――」
「もう、いいじゃないか! みちるちゃんはいつだってあんたの教え子だろ?」
 背中を叩かれながらそう言われる。おばちゃんにそう言われては仕方無い。確かにこの人の前では階級など関係ないな。まりもは態度を崩すことにした。久し振りの元教え子との対面。まりもの教え子はみんな副司令直属の特殊部隊に配属される。特殊部隊故、任務内容は極秘だが、あの夕呼のことだから相当過酷なものだろう。

「それより聞いとくれ、みちるちゃん。なんかまりもちゃんが悩んでるみたいなんだ」
「悩み?珍しいですね。訓練兵に問題児でもいるのですか?」
 伊隅がまりもの向かいの席に座る。
「問題児っていうか……一人あらゆる意味ですごい子がね……」
「あータケルのことで悩んでたのかい!なるほど、ありゃ確かに問題児だよ!あたしの前で教官のことを『まりもちゃん』って呼んでたからねー。まあ、あたしゃあんな奴は嫌いじゃないけどね」
 そう言って豪快に笑う京塚曹長。
 
 あいつ、京塚曹長の前でもあの呼び名を口にしたのか。そのことでも頭を抱えることになるまりも。
「……それは確かに、問題児ですね」
 自分たちを教導していたころのまりもにそのような口をきけばどのような扱きをうけたか、想像するに恐ろしくなる伊隅だった。

「そういえば最近のみちるちゃんのとこの子たちは楽しそうだね~」
「ええ、みんな新OSというおもちゃを与えられて喜んでいるんですよ」
 新OSとはこの前まりもが模擬戦闘させられたときに相手の機体に乗っていたOSか。確かにあの機動を可能にするOSは衛士にとって最高の贈り物だったろう。元優秀な衛士のまりもの感想だった。
 あれが全軍に配備されれば、前線で命を落とす将兵も激減することだろう。しかし、それがいますぐできないという各軍の背景事情に歯噛みするまりもだった。

「それに最近は『白銀』という衛士が我々の訓練を見てくれて、私たちの力は現在うなぎのぼりですよ」
 それを聞いた時、曹長とまりもの動きが止まった。

「白……銀……?」

 まりもがゆっくりと口にする。
「ええ、そうです。副司令からの紹介でして、顔は明かされていませんが、こいつがまた鬼のように強くてですね」

 そういえば、と伊隅が続けた。
「新OSの模擬戦闘のとき教官の相手をしていたのが彼ですよ」
 知らなかったのですか、と首をかしげる伊隅。
「ちょ、ちょっと待って!」
 そこでまりもは説明した。さきほど自分たちが話していた者の名は「白銀武」だということを。訓練生として少し前に配属されたが、成績は優秀、というより正規兵をも超えるものだったということ。こちらも夕呼からの紹介で、この時期異例の男の訓練生で、事前通告も無しにいきなり訓練部隊に配属されたということ。そしてたびたび夕呼の命令で訓練中あるいは夜にどこかへ行ってしまうこと。

 その話を聞いていくうちに、伊隅の顔も驚愕に染まっていく。

 そして話を終えると、両者顔を突き合わせ、同時に立ち上がった。目指すは、すべてを知っているであろう香月夕呼のところだ。



 その頃、夕呼は自室でいつものようにパソコンに向き合っていた。
『――香月博士、伊隅大尉と神宮司軍曹からの通信です』
 あら、こんな時間に通信とは珍しい。しかもこの二人そろってとはますます。
彼女たちの権限では夕呼の部屋があるフロアまでおりてこられないのでこうやって通信で連絡をとるのだ。

「つなげてちょうだい」
 しばらくして、通信が切り替わった。
『副司令!』『博士!』
「……なによ、いきなり二人して、大きな声を出してー」
 夕呼は露骨に嫌そうな顔をする。 

『白銀が訓練兵とは本当ですか!?』『白銀が衛士ってどういうことですか!?』
「……あら、ばれちゃった?」
 子供のいたずらがばれたみたいな軽い言葉で肯定する夕呼。
 それにしても白銀、だから名前はやめておけと言ったのにあの馬鹿。変なことにこだわるやつなんだから。
 キーボードに触れる手を止め、椅子にもたれかかる。

『先ほど、白銀の与えられている部屋に行ってみましたが、そこには誰もいませんでした。今はそこにいるのではないですか?』
「残念。あいつはいまこの基地にいないわよ」
『!?』
「なんかやることがあるらしくてね、出て行ったわ」
 少しの沈黙。
 伊隅やまりもの中ではいろいろ言いたいことが浮かんできたが結局はこの一言につきるのだった。

『『白銀っていったい何者……』』
 
 それを答えるわけにはいかない。白銀が未来の世界から来たなどという情報を与えたら、この世界にどんなことがおこるかわからない。もしかしたらなにもおこらないかもしれない。だが、それがわからないから教えない。教えられない。この秘密は夕呼が墓まで持っていくつもりだ。
「『Need to know』よ。あなた達が知る必要はないわ、軍曹、大尉」
『……』

「安心しなさい。別に敵ってわけじゃないから」
 まあ、そう言っても納得できるわけないか。

『って博士! 明日からは総合戦闘技術評価演習なんですよ!?』
 まりもがついさっき聞いた事実に驚愕する。出て行ったとはどういうことか。それならば明日からの総合戦闘評価演習に参加できないではないか。それにたかが一衛士に単独行動を許すなど、いったいどうなっているのか。
「まりもー、あんたもわかってるでしょ?あいつにいまさらそんなものは必要ないわ」
『……』
 
 確かにそうだ。白銀の実力なら総合戦闘評価演習などなんなくクリアしてしまうだろう。白銀のような優秀なものにとってそれは時間の浪費でしかない。
『では、白銀が出て行った目的というのは……』
「さあねー。一つ二つぐらいは聞いたけどそれ以外にもやることは多いって言ってたから」
『なっ!?』
 たったそれだけで単独行動を許したというのか。

「別にいいのよ。あいつにはいろいろ提供してもらってるからね。あいつが必要なことなら可能な限りすべてしてやるつもりよ……まあ、あたしに不都合がない場合に限るけど」
『『!?』』
 オルタネイティヴ計画最高責任者である香月夕呼にさまざまなものを提供しているだと。この人はだれもが認める天才で、その頭脳は世界でも稀にみるものだ。そんな博士になにを提供するというのか。しかも副司令自ら白銀のためにできることはやるという。とてもじゃないが、白銀が一衛士などと思えない。いや、この世界にこの人物をこれほど動かすことのできる者がいるのか。

「―――そうだ伊隅。三日後、あんたらは新潟に行きなさい」
『は、任務ですか?』
「ええ、そうよ。新型OSの力を試すにも絶好の機会よ」
『え?それはどういう―――』

 伊隅が不思議に思うのも仕方ない。戦術機の力を実戦で試すのならばBETAと戦うのが一番いい。それは戦術機を作った目的がBETAに勝つためなのだから当然だ。しかし人間にBETAの動きを予測するなど不可能なのだ。やつらは不定期に攻めてくる。そのため、いつも佐渡島ハイヴ周辺には防衛線を構築しているが、やつらがいつ、どこに攻めてくるのかわからないため、毎回相当数の被害を出している。
 ならば戦術機相手なのか?しかしそれにしても横浜基地周辺にも帝国軍などの基地は存在する。わざわざ新潟まで向かう必要はない。

「あー行けばわかるからいいのよ。詳しい場所は後で教えるわ」
 もしかしてこの天才はBETAの動きを予測することに成功したのか。
「あっそうだ、まりも」
『……なんですか?』
「明日からの総合戦闘評価演習で白銀から207B訓練小隊に伝言があるのよ。あとで届けるから明日、彼女たちに伝えといてくれる~?」
『……わかりました』
 はいこれで通信終了、と一方的に通信を切る夕呼。
さてさて、これからこの世界はどうなっていくのやら。夕呼は天井を見上げ、一度だけ笑みをこぼすのだった。



 次の日の早朝。
 総合戦闘技術評価演習の舞台でもある南の島にいくために207小隊の面々とまりもが集まっていた。
 だが、207小隊の面々が落ち着きなくあたりをきょろきょろと見渡している。それというのも、今この場に武の姿が見当たらないのだ。もうすでに決められた集合時間の3分前だ。

「―――時間だ。ではこれより」
「きょ、教官!」
 まりもの言葉を美琴が遮った。なんだ、と続きの言葉を促がすまりも。
「タケル―――白銀訓練生の姿が見当たらないのですが」
 時間になっても姿かたちも見当たらない。しかも先ほどの教官の態度は武が最初からこないのをわかっていたようなものだった。普段なら寝坊して遅れるなどしたら、鬼のように怒り、チーム一同連帯責任としてグラウンドを走らされるというのに。

 まりもは207小隊の顔を順にみた。みな同じように白銀がいないことをいぶかしんでいるようだ。まあ当然だろうな。
「白銀は香月博士の特殊任務のため、この演習には参加しない」
「「「「なっ!?」」」」」 
 普段あまり感情を露骨に表にださない彩峰すらも自身が表現できる最大限の驚愕の表情を形作っている。

「……みんなもそろそろ気づいているとは思うが、やつは本来訓練生などではない」
「……」 
 これに関する驚きは少ない。やはり前々からみんな疑っていたらしい。
「そんな白銀からお前たち一人一人に伝言を預かっている」
「伝言……ですか?」
 まりもはポケットから一枚の紙を取り出した。それを広げ読み始める。

「……『みんな、すまない。突然だが、今回オレはこの演習に参加できない。特に委員長、オレがいることを前提に作戦立ててただろうから、ごめんな……だけどな、お前らならオレなしでもこの演習は余裕でクリアできるはずだ。訳あってお前たちを見送ってやることはできないが、お前たちの成功を心から祈っている』」
 
そこで一端言葉をきり、「榊!」とまりもが大きく声にした。
「はいっ!」
 榊が一歩前にでる。そしてまりもは続きを読み始める
「『委員長へ。お前がこの部隊の分隊長なんだ、しっかり頼むぜ。この前俺がPXで語ったことを忘れずに部隊一丸となって合格を目指すんだ。道は常に二者択一(オルタネイティヴ)なんかじゃない。お前が目指す者のためには最善の結果を自分で勝ち取って見せろ!』」
 
次に「御剣!」。
「はっ!」
「『冥夜へ。お前がこの部隊では副隊長的ポジションだ。しっかり委員長のフォローを頼む。お前にもいろいろなしがらみがあると思うが、お前の人生はお前のものだ。何物にも縛られることなく、自分の道を進め』」

 次に「珠瀬!」
「はい!」
「『たまへ。お前の射撃能力は極東一だ。いままでいろんなスナイパーを見てきたがお前以上のやつはそうそうみたことない、オレが保証する。そのことに自信をもっていい。お前に必要なのは自分を信じることだ。自分を信じ、いつでも標的のど真ん中を射抜いている自分を想像しろ!』」

 次に「彩峰!」
「はい」
「『彩峰へ。ジャングルなんかの起伏の激しい土地ではお前の身体能力が大いに役に立つはずだ。そのことにチームは期待し、お前の力を信頼している。その信頼に応えてみせろ。あの日、屋上でオレが語ったことを忘れずに、さっさと受かってこい!』」

 次に「鎧衣!」
「はい!」
「『美琴へ。今回の演習ではお前のサバイバル能力は存分に発揮されるだろう。その力で部隊全員を助けてやってほしい。だがな、お前はたまにまわりが見えてないことがある。そのことに注意して、常に自分のまわり、仲間たち、自分自身に気を配ってろ』」

 最後に
「『みんな、絶対に最後まで気を抜くんじゃない。まりもちゃ』……ゴホンッ!……『教官から合格という言葉をもらうまでは終わりじゃないんだからな……よし、言いたいことはこれくらいだな。じゃあ、お前らが帰ってきたときに最高の笑顔が見られることを楽しみにしている。そして帰ってきた暁にはおばちゃんに頼んで飯をたんまりくわせてやるから覚悟しとけ!』」

 そこでその手紙は終わっていた。みんなさきほど自分に向けられた言葉を考えているようだ。何も語らず顔を伏せていた。

「……まあ、いろいろと考えることはあると思うが、まずは目先の問題だ」
 その言葉で全員が顔をあげる。その顔は、ほんの数分前までとはまったく違う顔つきになっていた。
「白銀に言いたいことがあるのなら、さっさと受かって、帰って本人に伝えろ!いいな?」
「「「「了解!」」」」
 私もそうさせてもらおう、と心の中でだけつぶやくまりもだった。



 さて、そのころの武。輸送車両にゆられ、一路ある地点を目指していた。
「……空が青いなー」
 輸送車両の上。腕を枕に寝転がりながら空を見ていた。
 少尉殿危ないですよ、という同行中の整備兵の言葉もどこ吹く風。ただ青くどこまでも広がる空を見ていた。こんな平和な光景だとこの世界がBETAによって消滅の危機を迎えているなど考えられなかった。
 さて、いまごろみんなはどうしているだろう。

 何か段差でもあったのか車が激しく揺れる。
「うおっ!?」
 あやうく走行中の車から転がり落ちそうになる武だった。さすがに危ないな。ようやくその行為の危機感に気づく武。そろそろ中に戻るかと立ち上がって、一度だけある方向をみた。
 ここからでは到底見えないが、武の向いた方向にあるのはこの国の帝都。ある方がおわす日本において神聖な場所。その方向に向いた武は、右手をつきだしこう言った。

「今会いに行くからな、‘悠陽’」
                                つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 9
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:18

 1990年、カシュガルのBETAが本格的な東進を始め、1998年夏、ついにBETAが日本上陸する。北九州を初めとする日本海沿岸に上陸し、わずか一週間で九州・中国・四国地方に進行。犠牲者3600万人―――日本の人口の約三割が犠牲となる。そののち日本の首都であった京都が陥落。首都は東京へと移されることとなった。
 
 帝都。皇帝により任命される全権代行職である政威大将軍がおられる場所。そのため護りも厳重だ。そこの護りを預かる帝都守備隊は精鋭中の精鋭。この世界においても上位の衛士のみで構成されたエリート部隊だ。その彼らに護られているから帝都は安心……という伝説を今から崩しに行きましょうか。

 武は「伊邪那岐」のコックピットの中、不敵に笑い、コンソールを握るのだった。



 帝都、帝都守備隊兵舎のその一角。とある部屋の中で10数名の軍人たちが地図を広げ、なにごとかを話し合っていた。部屋の外には見張りが立っていることから、ただならぬことを話していると容易に想像がつく。
 
 この集いの名は超党派勉強会「戦略研究会」という。今の日本の現状を憂い、集った憂国の烈士たちの集いである。
 その中でも中心に存在している帝国本土防衛軍帝都守備隊第一戦術機甲連隊所属沙霧尚哉。誠実で実直な武人であり、日本を蝕む国賊を滅し、日本を本来ある姿にもどそうと立ち上がった人物。

 彼らが今話しているのは自分たちが計画しているクーデターの手順だった。いつ決起するかの正確な日時。決起した後の制圧目標――首相官邸、帝国議事堂、各省庁などの政府主要機関。各政党本部に主要な新聞社、放送局。また主要な浄水施設に発電所。計画を万全に遂行させるために必要な施設を地図上にひとつひとつ印をつけていく。それと同時に現在の日本を食い物にしている国賊たちのリストアップなどなど。

 我らは決して将軍殿下に刃を向けてはならない、帝都の、この国の民にいらぬ恐怖を与えてはならない。我らの目的は日本をあるべき姿に正すことなのだから。
 計画は綿密に組まれていった。これまでの何度もの話し合いである程度のことは決まっている。今日もこのあたりにして、この集いをお開きにしようと、沙霧が立ち上がった。

「同志諸君!今一度確認したい!」
 そう言ってみんなの注目を集める沙霧。地図に何かしらのマークをつけていたものや、コンピュータでなにかのデータを打ち込んでいたもの、みんながその作業をやめ、沙霧に注目した。
「我らが此度決起する理由! それは将軍殿下――」
 自分たちの決起した理由を確認して、より結束を高めようと思っていた沙霧だったが、その言葉は突如鳴り響いた警報によってかき消された。

 ――防衛体制1発令。繰り返す防衛体制1発令。衛士は速やかに戦術機に搭乗後、各自出撃せよ。

「なっ!?」
 突如鳴り響いたこの場所では決して聞くことのなかった防衛体制1発令。これはBETAないしなにがしかの脅威がこの帝都を直接襲っていることを意味する。しかし、ここは将軍殿下がおられる帝都。周囲の守りは厳重であるし、帝都圏には無数の防衛線が引かれている。仮にBETAが攻めてきたとしてもその前の防衛体制2が先に発令されるはずである。しかし、それを通り越しての発令。事態は一刻を争う。

 沙霧は慌てて、自分の不知火が置いてあるハンガーへと向かった。



 そいつは突如レーダーに現れた。距離たったの2000。どうしてこれほど近づかれるまでレーダーが反応しなかったのか。それに帝都圏の防衛軍は一体どうなっているのか。しかし、そんなことを考えている間にそいつはあっというまに距離1000まで近づいてきていた。慌てて、防衛体制1を発令。この日、帝都は銀色の悪魔と対峙することになる。


「どこの機体だ、あれは?」
 防衛体制1が発令されたとき、帝都の南を守備していた中隊がその機体を始めて目視した。銀色の機体。見たこともないカラーリングだ。しかもあの機体、既存のどの機体にも該当しない。戦術機にのってあるデータをすべて確認してみるが、やはりみたこともない機体だった。

「こちらは帝国軍帝都守備連隊である。不明機に告ぐ。貴殿の所属、目的を答えよ」
 オープン回線で繰り返し伝えるが、帰ってくるのは無音。
「繰り返す。こちらは帝国軍帝都――」

『避けろっ!06!』

 味方機からの警告。切迫した声にほぼ無意識に機体を後退させていた。次の瞬間、機体の前の地面がはじけた。
「なっ!?」
 土砂が機体へと降り注ぐ。何が起こったかは明白だ。あいつが撃ってきたのだ。

『01より各機へ。兵器使用自由!繰り返す、兵器使用自由!鶴翼三陣(フォーメーションウイングスリー)で包囲殲滅――あのふざけたやつに帝都を傷つけさせるな!』
『『『了解!』』』
 中隊4機の不知火と8機の撃震が不明機へと向かっていった。
 敵機の外見は先ほども確認したがどの既存のどの機体にも該当しない。どこか斯衛軍の武御雷に似ている気もするが、しかしそれもほんの些細な一致でしかない。しかし見たところ、第三世代機のような機動力を重視した設計のようだ。ならば装甲は薄いはず。あのふざけたやつを36mmで穴だらけにしてやる。

『01より制圧支援(ブラストガード)二機へ。92式多目的自立誘導弾システム(ミサイル)発射後、02と04で突撃砲36mm正射。でてきたところを06、08が仕留めろ。残りはその場の状況において対処!』
『了解!』
「06了解!」
 
 命令を受けた制圧支援が敵機をロックオンしようとしたときだった。その不明機の肩と足の装甲が開き、そこから無数の小型ミサイルが発射されたのだ。どうしてそんなところにそんなものを仕込めるのか。正面から見てはわからないが、この不明機の両足と肩は同じ第三世代機の不知火と比べて幾分厚くなっている。まあ、それに気付いたところで、そんなところにミサイルポッドが収められているなど考えもしないだろうが。

『さ、散開!』
 とっさの指揮官機の指示。無数のミサイルが白い線を引き迫ってくる。このような予測もしていなかった攻撃でも迅速に動けたのはやはり精鋭ぞろいだからか。しかし、急な散開で隊形はめちゃくちゃ。同時にミサイルが地面に着弾後の土煙によって敵機を見失ってしまう。いや、土煙だけではない。白い明らかに人工の煙があたりに充満している。まさか、さきほどのミサイル、これをまきちらすのが目的だったのでは……。

『各機状況を報告せよ!』
 帰ってくる報告によると、各機さきほどの奇襲におけるダメージはないようだ。最後の機体から連絡が入る。
『07機体各部異常な―――うわああああああああああ!!』

『07どうした!?応答せよ07!?―――くっ、各機噴射跳躍!土煙の中から出ろ!』
「06了解っ!」
 指示されたとおり、ブーストを用い、飛び上がった。もくもくとした土煙がきれ、ようやく外に出られた―――と、外に出た瞬間、目の前に不明機が迫っていた。
「何っ!?」
 
 慌てて、突撃砲を放つ。空中という不安定な場所からの射撃であったが、さすがは帝都の護りを担う精鋭の一人。すこしもぶれることなく、その弾丸は不明機へと向かっていった。いや、向かっていくはずだった。
 しかし、こちらが突撃砲を放つほんの刹那の前、やつは跳躍後、もう一度跳躍ユニットを使いさらに飛び上がったのだ。それは既存の戦術機のブースト出力をはるかに上回るであろう跳躍だった。いや、飛翔といってもいいかもしれない。
 そして襲いかかる衝撃。網膜に映る機体データが自機の両腕が破壊されたことを伝えていた。

 落ちていきながら見た敵機は、背面ブースターとブースターを用い、空中を自由自在に移動しているのであった。


「……俺は夢でも見てるのか?」
 それは応援に駆け付けた中隊の指揮官が漏らした言葉だった。目の前に広がるのは四肢の欠けた3機の不知火と、8機の撃震であった。見てわかるとおり、すっかり戦闘能力を奪われてしまっている。いったい何が起こったというのか。自分たちがCPから連絡を受け、応援に駆け付けるまで10分もかからなかったというのに。
そして今目に映っているのは、銀色の戦術機が不知火の肩を長刀で貫き、帝都の外壁に縫い付けている姿であった。

『シ、シールド1より各隊へ!気をつけろ、こいつは―――ぬあっ!』
 不知火から長刀を引き抜いた不明機が、その不知火の頭を掴み、ブン投げた。そしてその光景に唖然としているこちらに向き、長刀を持っていない片腕で手まねきしてきたのだ。
「っ!?」
 明らかにこちらを挑発している。
「な、なめるなーーーーーーーー!!!!!」
 中隊全員同じ気持ちであるらしい、通信を通して仲間たちの怒りの声が聞こえてきた。この帝都の護りを預かるものの意地と誇りにかけて負けるわけにはいかない。

 そこからの戦闘は帝都の目の前とは思えない、まるで最前線のような有様だった。突撃砲が地面をえぐり、ミサイルが空を舞い、長刀が空を裂く。
 しかし、そのいずれも不明機に当たることはなかった。帝都守備隊といえば個人の技量もそうだが、部隊としての連携の錬度も半端なものではない。決して二機連携を崩さず、不明機に肉薄していた。

 だが、相手は自分たちをはるかに超える機体と衛士だった。瞬く間に一機また一機と撃墜されていく。あるものは突撃砲を、あるものは両腕を、あるものは足を、あるものはブースターを破壊されていく。ことごとくこちらの戦力を奪っていく敵機になすすべがなかった。
 
 圧倒的機動力で迫る敵機の長刀になんとか自分の刃を合わせることができたときだった。
『どうした!?帝都守備隊ってのは、この程度なのか!?』
 初めて敵機から通信が入った。男だった。
「くっ!貴様の所属、目的を答えよ!なぜこのようなことをする!?」
 しかしその問いには答えようとしない。それどころか次の相手の言葉に驚愕するのだった。

『クーデターのことで頭がいっぱいで集中力が欠けてんじゃねえのか!』
 
「!?」
 かろうじて声を出すのは抑えた。もしここで下手に声を出せば自分たちがクーデターを画策していると公言するようなものだ。しかし、なぜこの男はそれを知っている。自分達は確かなる志の下集った同志だ。その中から裏切りがでるとは考えられない。
 
 いったいどういうことなのかと考えていると通信が入ってきた。
 二個中隊が応援に駆け付けたというものだった。
 視界の隅、確かに、20機以上の機体がこちらに向かってきていた。しかし、彼らでも目の前のこいつに勝てるかどうか。
 その一瞬の警戒心の喪失。その隙をつかれて、あっというまに手足が切断されてしまった。受け身もとれず無様に地面を滑る。その機体の中、相手に手も足もでなかったことに歯噛みする帝国軍中尉であった。


 応援に駆け付けた中隊。しかし目の前の光景に、ついしり込みしてしまう彼らであった。精鋭だと思っていた同志が全員手も足も出ずに地面に倒れているのだ。なんだあの化け物は。
 しかし、自分たちに退くという選択肢は存在しない。なぜなら彼らが守るのはこの帝都なのだから。BETAによって落とされた元首都京都。もう一度城が落ちる光景など決して見たくない。意を決して攻撃を開始しようとしたときだった。

『下がっていろ!貴官たちの敵う相手ではない!!』
『そういうことだ。ここは我らに任せてもらおう』
 
 その中隊をとび越える二機の機影があった。
 そこに降り立ったのは不知火と赤の武御雷だ。その不知火と声には心当たりがある。
「沙霧大尉!」
 この帝都守備連隊でも最高レベルの腕を持つ衛士である。しかし、もう一機の武御雷は、

『月詠‘大尉’、いったいどういうことだ。斯衛軍は帝都城の守りを固めるのではないのか!?』
『帝都城は斯衛軍第二連隊がお守りしている。私は一刻も早く事態を収拾せよと派遣されたまでのこと』
『……ならば、早急にこのものを片付けよう』
『承知!』
 この帝都でも最強の二機連携(エレメント)が不明機へと突っ込んでいった。


 中隊はその場に待機させた。あのレベルの敵と戦うとなると生半可な味方はただの邪魔となる。ただ、相手が逃げないように周囲を固めておけという命令だけを出して、沙霧は自身の不知火を不明機に向けた。
 水平噴射跳躍による、時速数百キロにも及ぶ超高速移動。本来なら700km/hにも及ぶ長距離噴射ができる不知火ならではのスピードだ。並走するのは月詠‘大尉’の赤い武御雷。味方としてこれほど頼もしい者はいない。

 不明機がこちらに向け突撃砲を放ってきた。と同時、不知火と武御雷がそれぞれ逆の方向に飛び出してそれを避けた。相手は突撃砲を一門しか装備していない。このようにわかれていけば相手は片方の敵にしか集中できないのだ。別にそれは示し合わせた行動ではなかった。しかし、幾度の戦場を超えてきた戦士だからこその二人の判断だった。

 相手は月詠‘大尉’の武御雷に標的をしぼったようだ。体をそちらの方に傾け、突撃砲を放っている。
 ならば、と沙霧は不知火を加速させた。背中の長刀を両手に構える。
 さすがは斯御軍のエースパイロット。視界の隅に映る武御雷は相手の突撃砲をブーストの緩急と噴射跳躍で巧みにかわしながら敵機に肉薄している。

 距離150。相手が近づいてくる不知火に気づいた。突撃砲から長刀に瞬時に持ち替える。
「何者かは知らぬが、この帝都――将軍殿下に刃を向けるものを許しはしない!!」
 不知火のスペック上最高速の突きだった。不明機の胴体を狙ったもの。可能ならば捕獲して背後関係を吐かせたいが、この衛士が簡単にそうさせてくれるとは思えない。下手したら自分がやられる可能性もある。だから、最初から仕留めるつもりでいく。
 
 しかしその突きは相手が構えた長刀の腹で防がれてしまう。
 そこで動きは止まらない。瞬時に刀を引き、次は斜めから振り下ろす。だが、それも防がれる。やはりこの衛士並みの腕ではない。だが、これでいい。両腕は刀を持ってふさがれているのだから。

「月詠‘大尉’!」
 すでに不明機の真後ろまで迫っていた武御雷が長刀を上段に構えている。
『覚悟っ!』
 振り下ろされる長刀。不明機の薄い装甲では防ぎようのない一撃だ。

『―――さすがは、沙霧大尉と月詠‘大尉’だ』
 その時、不明機の長刀が二つに分かれた。今までもっていた長刀が縦に真ん中から分離する。瞬時に半身を武御雷のほうに向けその長刀をその半刀で防ぐ。
「『!?』」
 何だその武器は。なんだその主腕の出力は。言いたいことはさまざまあったが、その時この二人の体を恐怖が駆け巡った。



「まずったな」
 その戦闘の最中、武は「伊邪那岐」の中で一人愚痴っていた。武としては此度の戦闘、この「双刀」を使うつもりなど微塵もなかった。しかし、さすがにこの二人相手には抜かざるを得なかった。
 この「双刀」は「伊邪那岐」の超速戦闘をよりスムーズにするため造られたものだ。やはり、両手で握る長刀では切り返しなどでせっかくの超速戦闘に遅延ができてしまう。そのための「双刀」だった。しかし、この「双刀」、現在スペアは存在しないのだ。どうせならBETA戦で使いたかった。これは長刀一本を二本にしているため耐久力が弱いのだ。

「仕方ない、これ以上消耗するわけにもいかないしな……」
 主機出力を上げ、交えていた長刀を弾く。そして、腰に備えつけてあった丸い物体をつかむ。それを投げる。

 突如、まばゆい光があたり一帯に満ちた。

 ――閃光弾。対BETA戦では意味はないが、これが対戦術機ならばかなり有効だ。案の定、二機の動きが鈍っている。
 「双刀」を構え、武御雷に向かっていった。一瞬のうちに手足を切断。機動性と攻撃性一気にを奪う。
 次に不知火。足を切断。腕を胸の前でクロスさせ、そこに握られた双刀で相手の肩を貫く。ブーストにより自分の機体ごと相手を持ち上げ、帝都の壁に縫い付ける。

「沙霧大尉ですね」
『っ! 貴様、なぜこの秘匿回線を知っている!?』
「そんなことはどうでもいいんです。オレはあなたが計画しているクーデターの件でお話があるんですから」
 通信機から沙霧大尉の息をのむ声が聞こえる。

「この地点に明日0530に一人で来てください。お話したいことがあります」
 そう言ってデータを送る。
『ここは……』
「忠告しておきますが、ばれたからと言って、クーデターを早めようとなんて思わないでください。今はまだオレしか知りません」
『……それを信じろというのか』

「決めるのはそちらです。ただ今回の襲撃で何機もの機体を失い、あなた自身もこの有様。クーデター軍の士気は低下するでしょうし、あっというまに鎮圧されるでしょうね」
『……』
「何も悪いことではありません。オレ自身も今の日本をどうにかしたいと思っている一人ですから……では」
 そう言って、不知火から刀を引き抜く。支えをなくした不知火はそのまま地面に落ちた。
『……この包囲を抜けられると思っているのか』
 その不知火からの最後の通信。武は自信をもってこう答えた。
「逃げて見せますよ」



「……沙霧大尉が、負けた?」
 崩れ落ちる沙霧大尉の不知火を見ながら、その衛士は呆然とつぶやいた。
 不明機がこちらに向いた。沙霧大尉と斯衛のエースを倒した相手に自分たちで勝てるのか。そんな恐怖が体中を駆け巡る。
『そいつは逃げる気だ! 絶対に逃がすな!』
 沙霧大尉からの全回線通信だった。
 
 その言葉と同時。不明機の装甲が各部一斉に開いた。そこに収められていたのは無数のミサイル。それらが一斉に発射された。
「な!?」
 縦横無尽に空を舞う小型ミサイル。それらが地面、壁、あるいは機体に着弾したとき、あたりが煙に包まれた。
『CPより全機。敵機が南に逃げている。繰り返す敵機が南に―――なんだ!?消えた!?全機目視で不明機を確認できないか?』
「こう煙が充満してちゃあ」
『吹き飛ばします!』

 近くにいた制圧支援機からミサイルが発射。その爆風で煙は吹き飛んだ。しかし、
「どこにもいないぞ!?」
 南を見ても、そちらは道路がしばらく続いたあとは山となっている。見晴らしはいいはずなのに不明機の姿はどこにも見あたらなかった。レーダーにも味方機以外の機影は一切映っていない。
『逃げられてしまったか……』
 沙霧大尉の悔しそうな声が聞こえた。
 被害は甚大。あげくに不明機には逃げられる。この戦い完全に帝都守備隊の敗北だった。そのことにただただ呆然となる彼らであった。

 ―――しかし、彼らは知らない。そのとき、そいつは彼らのはるか上空を悠々と飛んでいたことを。



 翌日。
 ここは、箱根。かつてはBETAの占領地であったが、今だ自然が残る場所である。そこにある塔ヶ島城。このあたりがBETAに占領されたときも斯衛軍第24連隊が踏みとどまり、本州が奪還されるまでの数ヶ月間守り抜いた離城だ。
 そんな場所から北に2kmほどの山間部。そこが、沙霧が昨日不明機に指定された場所だった。

 現在の時刻は午前5時20分。早朝というべき時間であり、この季節はいまだ太陽がのぼっていなく、暗かった。そんな闇を照らす青白い光。沙霧の乗った撃震のブーストだった。先の戦闘で自身の不知火に多大な損害を受けた沙霧は連隊の空いていた撃震を借りてこの場までやってきた。

 なぜこの場までやってきたのか。土壇場まで沙霧はこの誘いにのるかのらないかをずっと迷っていた。そのため昨日から一睡もしていない。それほど悩んで出た結果がなぜ誘いにのるということなのか。それにはいくつかの理由がある。
 
 一つは奴の真の目的を知りたいということ。昨日の襲撃の真意、どうしてあんなことをしたのか。やつは自分たちがクーデターを画策していることを知っていた。しかも自分が首謀者であるということまで。やつの目的がクーデターを阻止するのならその情報を帝国軍に漏らせばいい。だがやつはそうしなかった。その真意を知りたい。
 二つ目は、ある意味こうするしか道がないということ。クーデターの情報が漏れた時点で自分たちの計画は破綻だ。仮に捕まらなかったとしても新たな計画を実行に移すにはかなりの時間を要するだろう。それまで日本が無事であるかわからないし、日本は今以上に腐ってしまう。やつの誘いにのらなければ奴がなにをするかわからない。
 三つ目は、奴と話をしてみたいということ。昨日の戦闘の最後の言葉、「オレ自身も今の日本をどうにかしたいと思っている一人ですから」この言葉が本当か確かめたい。


 戦術機のレーダーが反応した。距離1500。塔ヶ城の方角から戦術機が一機近づいてきている。すぐに目視できる位置までやってくる。やはり昨日のあの機体だった。相変わらず恐ろしいステルス性だ。この距離までレーダーが反応しないとは。距離50mほど開けて降り立つ相手。降り立った直後はただ静けさだけが両者の間を支配していた。

『……沙霧大尉ですね?』
 音声のみの通信。顔は映っていない。
「ああ、そうだ。言われた通り一人で来た」
『将軍殿下の御尊名に誓ってですか?』
 それを帝国軍人にきいてくるということは絶対の真偽を確かめたいからだ。
「……ああ、そうだ」

 わかりました、と相手の言葉から少々の硬さが消えたように感じた。
「では、聞こう。話とは一体何なのだ」
『その前に、なぜあなた達がクーデターなどを起こそうと考えたのか、その理由を教えてください』
 なるほど、先にこちらに喋らせる腹か。

「知れたこと。帝国に巣喰った逆賊どもを討ち、日本をあるべき姿にもどすのだ」
 続けてください、という相手の言葉。

「まず、今の日本において、将軍殿下の御尊名において行われるはずの政が殿下の御意思と違えているという現状こそが許されざることなのだ!
現在、わが帝国は人類の存亡をかけた侵略者―――BETAとの戦いの最前線となっている。そして殿下と親愛なる国民を、ひいては人類社会を守護すべく、日夜命を賭して闘うことが、政府と我々軍人に課せられた崇高な責務であり、唯一無二の使命であるのだ。
 しかしながら、政府および帝国はその責務を十分に果たしてなどいない。殿下の御尊名に於いて遂行された軍の作戦の多く、政府の政策の多くが、政府や軍にとっての効率や安全のみが優先され、本来守るべき国民を蔑ろにしているのだ。
 しかも、その奸臣どもは、その事実を殿下には伝えていない。
 このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまう!だから我らは立ち上がった。日本を蝕む国賊、亡国の徒を滅するために!」

『……そのためにあなたは人を殺すのですか』
 ゆっくりと、通信ごしに無機質な声が聞こえてきた。その言葉に目を伏せる。
「……それが必要なことなら致し方あるまい。彼の者たちに自浄作用を求めることなどすでに期待できないのだから」
『そんなことを殿下がお望みになっていると思っているのですか?』
 心が痛む。あのお方は日本すべての民の苦しみに心痛めることのできる御方だ。このようなことを望むはずがない。自分たちの行く道は外道だ。外道をもってこの国を正すのだ。

「……いや、殿下がこのようなことお望みになるはずがない」
『それを承知の上で、ですか……』
「我らがいくは血塗られた外道。外道は外道、それ以上でもそれ以下でもない」

 しばらく二機の間を沈黙が流れる。やがて相手がゆっくりと口を開いた。

『―――それが米国の手のひらで踊らされている、としてもですか?』
「なに!?」
『クーデター軍の中に米国諜報機関の諜報員が数名紛れ込んでいます。決起のときなにかしらの動きをして、場を混乱させるのでしょう』
 そんな馬鹿な。我らは確固たる目的のもと集った同志のはずだ。その中に日本を見捨てた憎き米国の手のものなど―――。
『そして、その機に乗じ、米国軍を日本に派遣。見事、内乱を収め、極東での米国の地位を復活させる……これが米国の描いたシナリオです……残念ならがこれは本当のこと、あなたが同志と信じてやまない者の中に裏切り者がいるのは確かです』

「な、ならばその者たちを見つけ出し、米国に突き出し!その後に事を起こせばいい!」
『……それでもやめるとは言わないんですね』
「当然だ!我らの先達は日本をこのような国にするために、散っていったのではないのだから!」
 ついつい興奮してしまい、声を荒げてします。気付くと指が硬く握られていた。強化服越しでも爪が自分の手のひらに食い込むのがわかる。

『……』
 相手は何も言ってこない。沙霧は興奮によって乱した自分の呼吸をゆっくりと整えていた。
 やっと相手が口を開いた。
『……だそうですよ?』
 ん? 一体だれに話しかけているのだ。先ほどの話の流れからして沙霧に向けた言葉とは思えなかった。

『――白銀。もう少し機体を近づけてください』

「!?」 
女!?突如回線から聞こえてきたのは先ほどまで話していた男ではなく女性のものだった。まさかあの機体、複座型コックピットなのか。
 ゆっくりと相手の機体が近づいてくる。距離20ほどの地点で止まる。

『コックピットを開いてください……』
『わかりました』

 そのやり取りのあと、ゆっくりと相手の機体のみぞおちの辺り―――コックピットが開いていく。そこからだれかが出てくる。それを見て沙霧の目が見開かれる。
 
 長い絹のような髪。白く荘厳な着物を着て前に出たのは見間違うはずもないあの御方。

「……で、殿下……」

 日本帝国国務全権代行、政威大将軍―――煌武院悠陽、その人だった。
                                  つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 10
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:24
※本編で詳しく語られなかった部分は作者が自分勝手に独自設定にしているので、その辺りをご理解ください。もうなんか帝都城の内部なんか作者が勝手に改築しちゃってます。毎度のことながら、その辺りの事情を理解してお読みください。


 ――武と沙霧大尉が箱根で対面する数時間前。
 帝都でひと暴れした武は、「伊邪那岐」を箱根まで飛ばした。そして塔ヶ島城から数キロ離れたところにとめてあった輸送車両に「伊邪那岐」を収容。整備兵たちに機体を任せ、武はまたすぐに別の目的地へ移動を始めたのだった。ちなみに整備兵たちは武がどこへ何をしにいっていたかは知らない。ただ、自分に課せられた仕事をするのみだ。

 さて、武が今現在いるのは塔ヶ島城の地下。城と言えど、ここは離城。警備の数もそう多くはなく、ここまで侵入するのは楽だった。それに、武の記憶ではこの塔ヶ島城に幾度となく侵入している。警備の数も見回りルートも把握している武にとってここは鼻唄を歌いながらでも侵入できる場所だった。

 そんな地下の一角。ある壁の前で武は立ち止った。壁のあらゆる場所を手で触る。
「お、見つけた」
 くぼみがある。そこに手を引っ掛け、引っ張ると、壁の一部が剥がれ、そこに0から9までの番号が書かれた装置が現れる。そこに迷いなく数値を打ち込む武。
 すべての数値を打ち込むと同時、入力のキーを押すと、なにか重いものが動く音とともに横の壁が移動し始めた。完全に音が止むとそこに現れたのは地下へと続く階段だった。

 そこに足を踏み入れる武。中に入ると壁に先ほどと同じような装置があった。そこにも同じように番号を打ち込む武。すると、さきほどの入口がゆっくりと閉まり始めた。完全に閉まるとそこは闇の世界。武は持ってきていたライトをつけ、慎重に階段を下りていく。やがて、ある扉の前にたどりつく。その横には直方体の何やらレンズのついた装置。武はこの装置を知っている。これは認証装置だ。しかし、こいつが認証するのは人の網膜でも指紋でも音声でもない。

 武は首にかけてあった鎖をはずす。これは「伊邪那岐」とともにきた強化装備の中に入っていたものだ。その鎖には当時の武の軍における識別票であるドッグタグが付いている。それともう一つ―――銀色の指輪がぶら下がっていた。宝石も何も埋め込まれていないシンプルな銀のリング。それを鎖から外し、その装置の前にかざす。あやしげな機械音を放ち、なにやら動き出す装置。しばらくするとピーという音とともに目の前の扉が開いた。

 ――そこは広大なトンネルだった。地面を見ると線路が敷かれている。

 この線路が続く先には帝都城が存在する。
これは帝都城の地下から各地の鎮守府や城郭の地下へとつながる極秘建設された地下鉄道なのだ。前の世界でクーデターのとき、殿下たちが脱出するときに用いたのもこれだ。これを利用すれば、警戒の高い地上ではなく、一気に地下から帝都城に侵入できる。

 武はさきほどの指輪を見つめる。何の装飾もない指輪だが、その内側には「煌武院悠陽」という名が彫られている。
「また役にたったよ……悠陽」
 桜花作戦のあと、殿下に冥夜の最後を伝えにいった武。そのときから彼女との個人的な親交が始まった。政威大将軍でなく、煌武院でもない悠陽本人との親交。
 この指輪は未来の世界、桜花作戦後もこの世界に残り続けたとき悠陽本人から授かったものだ。煌武院悠陽がこれと信頼するものにのみしか渡されない指輪。未来の世界でもこれを持っているものは片手の指に満たなかった。本来、これがあれば帝国軍の師団の一つや二つを軽く動かせるぐらいの力があるのだが、武は結局この指輪をそんなことには使わなかった。

 唯一使うのは先ほどの装置のみだ。
 いくら悠陽本人が望む親交であろうと、政威大将軍に正面から面会を求めれば、毎度毎度それなりの手続きがとられる。それに政威大将軍である悠陽にそうたびたび会えるものでもない。それを嫌った武はこっそりと地下からの侵入を考え付いたのだ。この地下鉄道を用いての離城からの侵入。これを用いることで、武は悠陽にたびたび会っていた。
今回もこれを使わせてもらおう。
 そばにおいてある列車に向かう武であった。



 帝都城。その地下の一角の壁がゆっくりと開いていく。人一人が通れるほどの隙間ができると、そこから何かが飛び出した。武だ。忍者のように足音を殺し、周囲を警戒しながら疾走する。時計を確認、それと同時に、この時間における警備状況を記憶から掘り起こす。これは未来の世界で武が必死に覚えたものだ。もちろん帝都城の警備情報など極秘中の極秘。悠陽の協力もあってなんとか手に入れることができたものだ。
 未来の世界では見つかると、あの侍従長や斯衛の軍人に3時間は正座して説教されたものだ。それを避けるために必死になって頭に叩き込んだ。しかし未来の世界はある意味その程度ですんだが、今回はそうもいかない。慎重に進む。

 帝都城内部の地図も武の頭の中には入っている。目指すは、悠陽の寝室だ。



 深夜二時。ここは日本帝国、政威大将軍、煌武院悠陽の寝室。その日も激務を終えた悠陽は安らかな寝息を立てながら眠っていた。

 ――カタリ。

 それはほんの些細な音だった。しかし、その音で悠陽は目覚める。
(?……風が、窓は閉まっていたはずなのに)
 うっすらと目を開く悠陽。やはり窓が開いてそこから夜の少し肌寒い風が流れてきていた。なぜ、と思う前に窓から入る月光をさえぎる者の存在に気づいた。

「―――っ!何者です!?」
「うおっ!起きてる!」
 一瞬で意識が覚醒する悠陽。すぐに布団からでて、立ちあがる。そして月光をさえぎっていた者と対峙した。それは男だった。自分と同じくらいの年齢だろうか。見たこともない強化装備に身を包み、窓から身を乗り出していた。

 どうやってこの禁裏に。ここは帝都城。この帝都においても一番警備が厳重な場所であるのに。警備の者を呼ぼうと、壁に備え付けの緊急警報用のボタンに手が伸びた。
「待った、待った!」
 男が瞬時に間を詰め、今にもボタンを押そうとしていた手を掴まれた。
「っ!?」
 あまりの速さに反応できなかった。この男只者ではない。腕を振りほどき、近くにかけてあった薙刀を手に取る。将軍と言えど、男一人取り押さえるぐらいの力はある。薙刀の刃を男に向ける。

「そなたは何者です! ここがどこで、私が誰かを知らぬわけではないでしょう!」
 すると男は、刃を向けられているというのに少しも動じることがなく、一歩身を引きゆっくりと膝をついた
「殿下、自分の名は白銀武と申します。此度、このような形で殿下と見える無礼をお許しください。とある理由により自分は正面からの謁見は不可能な者でして、今宵このような方法をとったのです」
 そう言って頭を下げる白銀という男。

「ご、御尊顔を拝し奉り……えー、恐悦至極?にございます」
 何やら、言葉使いがおかしい。名前を聞く限り日本人のようだが、それはどこかほかの日本人と違い、悠陽に――政威大将軍に接する態度ではなかった。
「……すいません。丁寧な言葉遣いなんて慣れてないものでして、ここからちょっと話し方を変えますが、その無礼を許しください」
 そう言って、「自分」という一人称を「オレ」に変えて話し始めた。

「今回、オレがここに来たのは殿下にある人物を説得してほしいからです」
「説得、ですか……?」
 うなずく白銀。
「はい。その人物はこの日本において近いうちにクーデターを企てている者です」
「!」
 クーデターとは穏やかでない言葉が出てきた。

「しかしクーデターといっても、彼らは今の日本の現状を憂いて立ち上がろうとしている者たちです。殿下や国民に害する者たちではありません」
「……どういうことですか」
 白銀は説明した。
 今の日本は政府や軍が殿下の御尊名のもと行われる政策や作戦が、彼らにとって効率や安全のみが優先され、国民と殿下の間に浅からぬ溝ができ始めていること。それを憂いた者たちが、そういった行為を行っている政府や軍のものたちを逆賊とみなし、彼らを滅っし日本をあるべき姿にもどそうとしているのだということ。
 その事実に驚愕する悠陽だった。
「……そんなことが」
「殿下が知らないのも無理はありません。意図的に隠されていたのですから」

「……それが事実として、私がその者たちのところに赴き、説得せよと、そういうことですか?」
「いえ、殿下本人が公式に動けばそれは公の事実となってしまい、沙霧大尉――今回のクーデターの首謀者たちはクーデターを画策したものとして処刑されてしまいます」
 確かに先の話が真実なら、彼らが決起したのも、すべてはそもそもこの煌武院悠陽の不徳から招いたものではないか。わが身の至らなさ、未熟さを痛感する限りだ。国を、民を思って立ち上がったものたちが処分される謂われはない。
 
 ならばどうすればよいのか。
「――ここは非公式にお願いします」
 その言葉の意味することは一つ。
「……それは私に、この帝都城を人知れず出よ、と……そういうことですか?」
 白銀は、悠陽の目を見ながらゆっくりと頷いた。
 無理だ。この帝都城から人知れず出ていくなどできるわけがない。帝都城も相当な警備だが、城を出た後も周りには何人もの歩哨、熱源感知センサーを装備した戦術機までいるのだ。しかも今日は謎の戦術機に帝都を襲われたということで、城の周囲はいつもの何倍もの警備がついているのだ。その警備に当たるのは精鋭の斯衛軍だ。この包囲をぬけられるはずがない。

 そこまで考えて思い出した。そういえば、この白銀、どうやってこの場までやってきたのか。現在、帝都城内部はおろか、帝都城周辺に近づくことすら困難なはずなのに、どうやって。白銀を見た瞬間浮かんだ疑念が再び浮上してきた。
「……白銀、ひとつ尋ねますが、そなたはどうやって私をこの城の外に出すつもりですか?」
「帝都城地下の鉄道を使います」
「!」

 あれの存在を知っている!?あれはこの帝都に危機が迫った時の緊急脱出用に極秘建設されたものだというのに。この帝都城においても限られた人物しか知ることを許されていない。
 待て、それにあれへと続く道は将軍家ゆかりの品がないと開かない仕掛けになっているではないか。悠陽自身が持つ銀の指輪、各五摂家の宝刀などだ。白銀はそれを持っているというのか。もしそうならば、この白銀はだれか将軍家ゆかりの者に信頼された者ということになる。あれはそう簡単に偽造などできる類のものではないのだから。

「……白銀、今一度問います。そなたは何者ですか?その強化装備、どこの軍の命令で動いているのです」
 今一度、薙刀を突きつけて問うた。すると白銀は首を振りながら答えた。
「今のオレは軍人として動いてるわけじゃないんです……ただ、一人の日本人として動いているだけです」

 真偽を見定めるため、白銀の目をじっと見る。目は口よりも多くを語ることがある。いくら口達者な大うそつきでも瞳の奥の嘘は隠せないものだ。それを見抜くことぐらいできる。白銀も視線をそらすことなくまっすぐみつめてくる。そんな白銀の顔をじっと見ていると、ふいに白銀の唇の端がかすかに持ち上がった。
「? ……白銀、何を笑っているのです」
 こちらが気分を害したとでも勘違いしたのだろうか、白銀は慌てたように答えた。
「あっ、す、すみません……真面目な顔があまりに冥夜そっくりだったんで、やっぱり双子なんだなって」
「冥夜!?」

 まさかこの者からその名を聞くとは思わなかった。
この世に生を生まれた瞬間に忌み子の烙印を押され、煌武院の家を追われたもの。この世で唯一血のつながった妹。たった数日しか一緒にいることを許されなかった妹。冥夜。
「そなたは冥夜を知っているのですか!?」
「ええ、よく知ってますよ……あいつとは‘長い付き合い’ですからね」
 目を伏せ、穏やかな声でそう言った。
 
 冥夜と長い付き合いとは、白銀は国連軍の人間か。いや、それがわかったところで白銀は現在の行動を軍とは関係ないと言っている。瞳もそう語っていた。
 ―――いやいやそのようなことより、先ほどの冥夜のことを語った白銀。何やら冥夜に対する並々ならぬ想いを感じさせるものであった。声が、瞳がそれを語っていた。この者と冥夜、一体どのような関係であるのか。

「殿下」
 白銀が強化装備の中から何かを取り出した。小ぶりの箱だ。それをこちらに差し出してきた。それを警戒しながらも受け取る。
「今回の話、嘘偽りは一切ないとその品に誓います」
 悠陽にあけるように促してきた。白銀が誓うといった品物。いったいどのようなものなのか。ゆっくりとその箱を開けた悠陽は、中に収められているものをみて息が止まった。

 ――そこに収められていたは刀の鍔だった。
 光り輝く金色で、誰が見ても立派なものであるとわかる。間違いない。これは冥夜の皆琉神威の――!



 目の前の薙刀の切っ先が気持ち下がったような気がする。
 武は、地に膝をついた状態で悠陽の顔を覗き込んだ。先ほどから刀の鍔を見て微動だにしていない。おそらく頭の中では今の状況を整理しようと必死なのだろう。まあ、仕方ない。侵入者がいきなり妹の名を口にして、その妹がもっているはずの刀の鍔を差し出してくるのだ。ちなみにこの刀の鍔はこの時代のものではない。桜花作戦のあと、みんなの遺品を整理しているときに、武がいくつかもらったものの一つだ。武はそれらのいくつかを「伊邪那岐」のコックピットに置いていた。そうすることで自分の戦いをかつての仲間たちが見てくれているような気がしたから。「伊邪那岐」とともにこれらの品もやってきていた。一回目の世界で冥夜から送られたこの鍔。これは冥夜の武に対する信頼の証であり、武はその信頼を裏切るつもりなど毛頭ない。だからこの鍔に誓った。

「白銀……そなたと冥夜は……その、どのような関係なのですか?」
 ようやく悠陽が口を開いた。
「関係、ですか……そうですね、冥夜がオレのことをどう思っているかはわかりませんが、オレにとって冥夜は護るべき大切な人です」
 大切な仲間。今度こそ守り抜いてみせる。
「……そうですか」
 そこで悠陽が薙刀を引いた。こちらに再び突きつける気配はない。薙刀を立て、再び問うてきた。

「もう一つ……『冥夜』という呼び名は、あの者がそなたに呼ぶことを許したのですか?」
「ええ、そうです……あいつもオレのことは『タケル』と呼んでいます」
 わかりました、と冥夜は薙刀をもとの場所にゆっくりと戻した。そしてこちらに向き直り、政威大将軍らしく堂々としたふるまいで言った。

「白銀、先ほどの話、嘘偽りないともう一度誓えますか?」
「はっ!天地神明、その鍔に誓って!」
「冥夜が……あの者がそなたに名を呼ぶことを許したのはそなたを信頼してのことでしょう。その信頼を裏切ることはないと誓えますか?」
「はっ!」

 そして、一度大きく息を吸い、言った。
「―――わかりました。そなたの話、信じます」
「ありがとうございます」
 そう言って深く頭を下げる武。

(……!)
 その時、この部屋の襖が開く音が聞こえた。だれかがこの部屋に入ってきたのだ。これはまずい。幸いこの寝室にたどりつくにはあと二つ襖を開けなければならない。まだ、武がいることはわかっていないはずだ。

「では、支度をしてきます」
 しかしそのとき、悠陽がそう言って襖のほうへ歩き始めた。慌てて、悠陽の手を取り、止める。いきなり手を握った武に悠陽は驚愕の目を向けてくる。武は唇に人差し指を当て、静かにというジェスチャーを伝えた。それを見て、ようやく悠陽もこの部屋にやってくる者の存在に気づいたようだ。
 悠陽に部屋の奥へ行くように指差し、武は襖の陰に隠れる。
 やがて、その人物が襖の前へとやってきた。ここまで足音はほとんど立てていない。それは侍従としての立ち振る舞いの類ではない。ほぼ無音、肉体を鍛え上げた者がなす歩き方だ。そのことから相手が相当な手練であるということがわかる。

「――殿下、お休みのところ申し訳ありません」

 その声は女性だった。その人物はそう言ってゆっくりと襖をあける。部屋は暗い。武の位置からでは顔は見えない。ゆっくりと部屋の中に入ってくる。
「? ……窓が……殿下、起きてらしたのですか?」
 その人物が開いている窓に気を取られたとき、白銀は飛び出した。一瞬で距離を詰め、背後から腕をとり一瞬で関節を決める。
「!?」
 そして、足を払い、地面に組み伏せた。

「な、何者だ!」
 そこでやっとその人物の顔を見ることができた。月光が照らす。
(月詠中尉?……いや)
赤い斯衛の軍服を身にまとった非常に月詠中尉に似ている女性。髪の色と、眼鏡をかけていることだけが違う月詠中尉にそっくりなこの女性は、
「つ、月詠大尉!?」
 ――斯衛軍第二連隊所属月詠大尉こと月詠真耶(まや)だった。

「白銀、その手を離しなさい」
「あ、はい!」
 奥から悠陽が出てきた。武は悠陽に言われたとおり、ゆっくりとその手を離す。
 手を離した瞬間、月詠大尉は一瞬のうちに立ち上がり、こちらに蹴りを放ってきた。それをなんとか防ぐ武。強化装備のおかげで痛みはないが、その衝撃でいくらか後ろに下がる。月詠大尉はそのまま悠陽の盾になるように移動した。

「貴様、何者だ!?」
 敵意丸出し血統書つきの番犬よろしくガルルと睨みつけてくる月詠大尉だが、そんな月詠大尉に悠陽がそっと言った。
「真耶さん、良いのです。この者は信頼のおける者ゆえ」
「悠陽様!?」
 その言葉に驚愕の表情で後ろの悠陽に振り返る月詠大尉であったが、すぐに武に向き直り、
「この者は何者です!?」
「えっと、白銀武です」
 ――キッ!

 何者かと聞かれたから素直に自己紹介したら睨まれてしまった。どうやら名前を知りたいわけではないらしい。
「真耶さん、私はこの者としばらく城を離れます」
「悠陽様!?」

 ここからが大変だった。月詠大尉に武のことを話す悠陽。しかし、月詠大尉は斯衛の軍人として不審人物とともに将軍殿下を外に出すわけにはいかない。殿下、お考え直しくださいと何度も言う。しかし、悠陽は頑として譲らず、その意思を貫き通す。もう、武そっちのけで二人は言い合っていた。その会話はこんな感じ。

「――なっ! 冥夜様の!?」
「そうです。そのことからも、このものが信頼のおけるものだとわかるでしょう?」
「い、いえしかし、それにしてもこの者が冥夜様に気づかれず盗んだということも」
「真耶さん……あの者がそのようなところにあの皆琉神威を置いているわけがないでしょう。聞く話によると私には冥夜がそのような者には思えないのですが?」
「た、確かにそれはそうですが……だからといって素性の知れない者の言うことなど」

 こんな感じ。
 しかし、いいかげんここを離れないと沙霧大尉との約束の時間になってしまう。武は恐る恐るといった具合で口を開いた。
「あ、あのー心配なら、月詠大尉も一緒にどうですか?」
 その言葉に話を止める二人。そしてなんとも言えないような顔で悠陽と武の顔を交互に見る月詠大尉――おそらくこのとき、彼女の中では激しい葛藤があったに違いない――しかし、結局は悠陽の「私なにがあっても白銀についていきますよ」という瞳に折れた。

「……わかりました。せめて私が同行します……白銀とやら、もし万が一にでも殿下に」
「真耶さん!」
「はっ、失礼しました」
 なんとなく背中に注意しとかないとな、と思う武であった。


 帝都城を抜け、塔ヶ島城までやってきた。ちなみに、地下鉄道へと続く扉は悠陽にあけてもらった。
警備の目を盗み、三人は城の外へ出る。
「貴様、なぜ警備のルートを知っている?」
 今にも飛びかかってきそうな目で、睨んでくる月詠大尉だった。月詠大尉のような美人はめったにいないが、その美人にここまで警戒の目を向けられるのも珍しい体験だろう。しかし未来から来たからですなどと答えられるはずがない。だから、武は未来人であるが故、こう答えた。
「禁則事項です」
 ――キッ!
 こわっ!

 しばらく森の中を歩く。そしてある程度城から離れると、その場に悠陽と月詠大尉を待たせ、武は「伊邪那岐」をとりに輸送車両のところまで急ぐ。まだ機体整備中だったが、別に戦闘をするつもりなどないのでそのままの状態でいいことにした。急いで、二人の待つところまで戻る。
 戦術機の熱源感知センサーが反応した。どうやらここだ。その近くで膝を折る「伊邪那岐」。
 それを見た悠陽の反応は、
「白銀……なのですか?」
 その隣の月詠大尉はそんなものではなかった。
「この機体は!?」

 コックピットを開いて、そこから身を乗り出す武。そんな武に月詠大尉が銃を突き付けてきた。
「真耶さん!」
「殿下、お下がりください!やはりこの者信用できません。この機体、先ほど帝都を襲ったものと同じです」
「!……それは本当ですか、白銀?」

 その問いに武は、
「あとで説明しますよ。まずは二人ともこの機体に乗ってください」
と、二人に向かって手を差し出すのだった。そのとき、コックピットでは「伊邪那岐」のレーダーが一機の戦術機が近づいていることを知らせていた。



 そして時間は現在へと戻る。
「伊邪那岐」のコックピットから出てきた悠陽に沙霧大尉は言葉をなくしている。
「沙霧尚哉」
 悠陽がその名を口にする。
 すると撃震のコックピット部分が開き、そこから帝国軍強化装備を着用した沙霧大尉が出てきた。そして慌てたように膝をつき、
「で、殿下!此度、このような形で拝謁の栄誉を賜るとは」
「良い。面をあげるがよい」
 それを悠陽が遮る。

「はっ!」
 顔をあげる沙霧であったがその顔はまだ混乱しているようだった。何故、帝都を襲った戦術機に殿下が乗っているのかなど、考えることは多いだろう。また、さきほどの話を殿下本人に聞かれたことも関係しているだろう。
 悠陽の後ろでは「伊邪那岐」のレバーをにぎった武と、その横に月詠大尉がいる。さすがにコックピットに三人はきつかったが、この美人たちのいろんなところが触れるわ当たるわで嬉しいやら苦しいやら大変な武だった。乗った当初は武に銃をつきつけていた月詠大尉だったが、沙霧大尉の通信が始まってからは、その銃を下ろし、真面目な顔でその言葉を聞いていた。

「此度、そなたたちが決起せんという旨、この白銀から聞いておりましたが、改めてそなたの口から聞くと、わが身の至らなさを嘆くばかりです」
「殿下……!」
「そなたが先ほど言ったように、帝国議会や軍のあり方と私の意志との間に浅くない溝ができてしまっていることは事実のようです。されど、彼の者たちは彼の者なりに、国と民とそして世界を想い、それを救うために力を尽くしているに違いありません。政策と言えど、民すべての想いを汲むは不可能。だが民を想う心が純粋であるがために、そのような結果を生みだしてしまったのでしょう」

「畏れながら殿下!彼らのその行いが殿下の行いと偽っていることこそ許されざることなのです。民たちの『殿下のおっしゃることならば』という忠誠を彼の者たちは利用して、己が目的のために、民たちを蔑ろにしてしまっているのです。
 もちろん殿下がおっしゃったように民すべての想いを汲むことは不可能。しかし、殿下の名において偽命を発するなどという殿下を冒涜するが行為!どうして許されましょうか!
 奴らはすでに腐りきっています。その耳に民たちの苦しみの声など入ってこないでしょう。殿下が御心を痛める由は微塵もございません」

「……沙霧、そなたの申すことはわかります。しかし、この帝国においてそのような有様……これが将軍である私の責任である由は何ら変わるところではない。私はそなた達を斯様な立場に追い込んでしまった、自らの不甲斐なさが口惜しいのです」
「……殿下の潔く崇高な御心に触れ、万感交々到り、心洗われる思いにございます」

「ですが沙霧……」
 そこで悠陽が一歩前に出た。
「そこまで国を……民を……そして私、この煌武院悠陽を想うのならば……何故そなたは人を切るのです」
「!」
「先ほど申しましたね、『それが必要なら仕方無い』、と……しかし、そこで散った血は、また新たな血を呼び、争いは争いを生みます。そなたが手にかけようとしている者たち、彼らの家族、友。その者たちがそなたたちを憎まないとでも思っているのですか?そなたは新たな憎しみの連鎖を生みだそうとしているのです。
 ……将軍と言えど人の身。私の言うことに絶対などということはありません。将軍の意志を民に正しく伝えることが、そなた達の本意であるとしても……それが伝わらぬ者、それを阻む者を斬ることが許される道理であろうか。
 それを許すのなら先程そなたが申した者とどこに違いがあろうか」

「……」
「民の意志を語る資格があろう筈がない……」

「悠陽様……」
 となりで月詠大尉がつぶやいた。

「事を起こせば、この国を想う多くの将兵が散っていくことでしょう。そのような外道を行く前に、そなたの志、そのものに賛同する者たちを一人でも多く救いなさい。
 日本の行く末を憂うそなたの想い……その志はしかと受け止めました。
 私も、これまでの関係を正すよう、より一層尽力する所存です。煌武院悠陽の名にかけてそなたに誓います」
「……し、しかし、彼らの目を覚ますが行い、そう簡単には―――」
 まだ納得できないといった沙霧大尉の言葉。それをさえぎるものがあった。

「――それはオレがどうにかしますよ」
「「「!」」」

 そこで今まで黙っていた武が口を開いた。それは悠陽も予想外だったようでコックピットの武に振り返った。
「……貴様は一体何者だ?」
 沙霧大尉の声。
「白銀武です、大尉」

「その機体のこと、何ゆえ殿下と共にいるのか。聞きたいことは山ほどあるが、白銀とやら、どうにかするとはどういう意味だ?」
「その人たちの目を覚まさせるんですよ」
「どのようにして」

「――二カ月以内に佐渡島ハイヴを落とします」
「「「なっ!?」」」
 
 このとき、軍人である沙霧と月詠は何を馬鹿なことをと思ったことだろう。それもそのはず。人類とのBETAの戦いの歴史においてハイヴを攻略できたことは、一度もないのだ――G弾を使用した横浜ハイヴは除く。あれはG弾使用で、横浜を植物も生えぬ土地にしてしまったのだ。人類の勝利とは言えない。
 日本の脇腹にささった鋭い刃、佐渡島ハイヴ。確かにそれを攻略できれば、いつも死の恐怖にさらされている日本の民の心は安らぐだろう。そして、政府の者たちの心の中にも幾ばくかの余裕が生まれるかもしれない。しかし、それが何年も不可能だったから、彼らの心は病んでしまったのだ。それをたった2ヶ月たらずでやるとは。

「そのような虚言、軽々しく口にするな!それができれば苦労はしない!」
 沙霧大尉が怒気をはらんだ声で言ってくる。まあ、これが軍人としての普通の対応だ。
「まあ、当然の反応ですね」
 武は網膜に映された現在の時間を確認した。よし、ピッタリだ。
「けど、オレの言うことが絵空事でない、と……じきに、あなたの仲間が証明してくれますよ」
「なにっ!?」



 その時けたたましい警報音とともに撃震の緊急回線が開いた。
『沙霧大尉!』
 ひどくあわてた声だった。
「どうした?」
『先ほど0620に佐渡島ハイヴから出現した旅団規模のBETA群が海底を南下! 同0627にて帝国海軍日本海艦隊が守る海防ラインを突破した敵は新潟へ上陸! ただ今帝都にて第三防衛基準体制が発令されております! 至急、帝都にお戻りください!』
 その声を沙霧は最後まで聞いていなかった。その目は、向かい合った機体のコックピットの奥、白銀にまっすぐと向けられている。

「貴様! BETAの動きを読んだというのか!?」
 先ほどの白銀の自信に満ちた態度と緊急回線。とても偶然とは思えない。
 沙霧は信じられないといった表情で白銀に問うた。殿下も似たような様子で白銀のほうへ振り返っている。もしかして、殿下は白銀のことをよくご存じないのか?
 殿下の後ろに見える白銀は、さきほどの知らせに驚いた様子はない。それはBETAの動きを予測していたということ。やつらが佐渡島ハイヴを出る前に。しかし、そんなことはありえない。BETAとの戦いが始まって数十年。奴らの動きの予測に成功した例は一つもない。奴らは不定期に、人間の都合などおかまいなしに襲ってくるのだから。奴らの思考をよむことなど不可能だとあきらめられていた。

 しかし、白銀はそれをやってのけた。
 卓越された衛士としての腕。謎の高性能戦術機。そして、BETAの動きを予測するなどという天地をひっくりかえすが如くの行い。まさか、この者……本当に―――。



 撃震のコックピットを開いていたせいか、さっきの緊急回線は「伊邪那岐」のほうにまで聞こえていた。
 目の前の悠陽がゆっくりと口を開いた。その唇はかすかにふるえている。武のとなりの月詠大尉も目を見開いて武を見ていた。
「……白、銀……そなたは、一体……?」
 そんな悠陽に武はただほほ笑むのだった。

「―――大丈夫。人類は勝つよ」
                                  つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 11
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:31
※「マブラヴ ALTERED FABLE」をやってない人に補足。前話で出てきた月詠真耶(月詠大尉)とは「ALTERED FABLE」に出てくる月詠真那(月詠中尉)の従姉妹です。同じく御剣家のメイドで、悠陽専属なのでした。オリジナル要素として今回、オルタの斯衛軍大尉にしてみました。一応補足説明です。(しかしこうやって並べると「真耶」と「真那」のなんと見分けにくいことか……)



 総合戦闘技術評価演習一日目
 ここは日本から遠く離れた南の島。いまでは大変貴重なリゾート地にでもなりそうなくらい立派な砂浜を持つ島だ。鬱蒼としたジャングルが島全体を覆っていた。砂浜には南国特有の木が何本も。兵士といえど、たまにはこんなところでぱーっと羽根を伸ばして遊んでみたいものだ。

 さて、そんな島にやってきた207小隊だが、もちろんバカンスのためなどではない。訓練課程前半の締めくくり、総合戦闘技術評価演習をするためだ。これに合格しないと、戦術機にのることすらできない。彼女たちが頑張ってきたのもひとまずはこれをクリアするためだ。この試験では衛士になるために必要な体力、知力、判断力、精神力などさまざまものを試される。非常に過酷な試練だ。

 そんな試験ゆえに、この島にやってきた当初の彼女たちの顔つきは険しく緊張していた。しかし、そんな彼女たちが作戦命令を受け取るためにやってきた地点で目にしたのは……。

「あら、遅かったじゃないの~」

 大胆な水着姿で太陽光を浴びる香月夕呼の姿だった。ビーチパラソルもあり、横には丸テーブルの上にストローと何かの果物がついたグラスと、ここだけみればここは本当にリゾート地のようだった。
「はい、これ。今回の任務よ」
 そういって差し出される紙。それを分隊長である榊が受け取った。

「命令書受領致しました」
「とりあえず、死なない程度にがんばりなさい」
 さらっと言われたその言葉に、小隊全員がより険しい顔つきになった。そう、この試験は下手すると死人がでることもあるのだ。気を引き締めてかからないといけない。しかも彼女たちは前回の試験で失敗しているのだ。今度こそ失敗は許されない。

 そんな硬い表情の彼女たちに夕呼が笑いながら告げた。
「ま、白銀の顔でも思い出して、そんなに気張らないことね」
 そういって横においてあったグラスを手に取り、ストローで一気に飲み干した。
 夕呼のその言葉で、今この場にいない207小隊の仲間、白銀武の顔が思い浮かんだ。そうだ。自分達はこの試験に合格して基地に帰って、彼に確かめたいことがある。そのために合格しなければいけない。彼も手紙で言っていたではないか。207小隊には十分この試験を合格する力があるのだ。



 本作戦は、戦闘中、戦術機を破棄せざるを得なくなり、強化外骨格も使用不能という状況下で、いかにして戦闘区域から脱出するかを想定したものである。従って脱出が第一優先目的となる。
 また行動中、地図中に記された目標の破壊、後方撹乱を第二目的とする。破壊対象は全部で3か所。作戦時間内であれば、その方法は問われない。破壊対象は全部島の端。当然、全員で全部を回るわけにはいかない。本作戦は144時間後、所定ポイントの回収機の離陸をもって完了するものとする。
 教官の時計合わせのあと、作戦は開始された。


「地図を見る限りだと、全員で一か所ずつを回る余裕はないね」
 とりあえず、全員そろっての作戦会議だ。鎧衣が指摘したことを考慮して、いくつかの組に分かるのが得策だろう。破壊対象は三つ。ここは、
「3組にわかれましょう」
「編成はどうする?」
 榊の提案にすぐに御剣が尋ねてきた。今小隊の人数は5人。3組に分ける場合は2,2,1という組み合わせになってしまう。なるべくなら全組2人としたいが、白銀がいない以上それは無理だ。さて、そうなるとだれを一人にするべきか。

「私と御剣、彩峰と珠瀬……そして鎧衣の3組にしようと思うけど……鎧衣どうかしら?」
 鎧衣を一人にした理由は、やはりこの小隊のなかで一番サバイバル技術にたけているからだ。総合戦闘技術評価演習の部隊がこのようなジャングルであるから、この人選は妥当なものだ。さらにこの演習ではさまざまな場所にトラップも仕掛けてある。彼女ならその対処も完璧だ。それ以外は二人体制で警戒すればよい。
「うん。ボクは大丈夫だよ」
 周りのみんなも鎧衣のサバイバル技術は信頼している。反対意見はなかった。
 よし、これでひとまずの人員分けは決まった。次はだれがどこへ向かうかということだ。


 しばらくの作戦会議の結果、珠瀬と彩峰がA地点、鎧衣がB地点、榊と御剣がC地点を目標にすることとなった。合流地点はこの島で一番高い山の頂上。期限は三日目の夜までということになった。回収ポイントまでの時間は少しでも多く確保しておきたい。

「――じゃ、みんないい? 絶対合格よ!」
「「「「了解!」」」」
 そしてみんな一斉に動き出した。


 さて、みんなと別れたあと、一人単独行動の美琴。今は鬱蒼と茂るジャングルの中を歩いている。歩くといっても周囲を警戒しながらの最高速だ。土が盛り上がったところ、葉っぱの陰、木の裏などをトラップがないか慎重に確かめながら進んでいた。そしてトラップを見つけると手際よく解体する。
 黒光りするブーツで草を踏みわけながら進んでいく。すると、また新たなトラップを見つけた。葉っぱと朽木の陰にある黒光りする物体だ。近づいてみると、ゴム弾を発射する装置だった。早めに見つけることができてよかった。これは当たるとかなり痛いのだ。周囲にも罠がないか調べてから、すぐに解体する。
 
 解体後、立ち上がり額の汗をぬぐって一言。
「ふー、やっぱ一人は寂しいな……」
 と、つい口にして慌てて口をふさいだ。あまり声を出すと、音感地雷が反応してしまうかもしれない。この試験ではそれらの存在も考えて行動しなければならないのだ。
 だが、寂しいというのは本音だった。自分の隣に誰かいれば……。そんなときタケルの顔が思い浮かぶ。彼が来ていた場合、いったい誰と組むことになっていたのだろうか。

(タケルはサバイバル技術もすごかったからな~)
 それは207小隊随一のサバイバル技術を持つ美琴ですら、舌を巻くほどの知識と技術だった。彼がいてくれればこの試験もかなり楽に……。
「ってダメダメ!人にばっか頼っちゃ!」
 バチンと両手で顔を叩いて気合を入れる。さあ、早いとこ課せられた任務を達成して、合流地点に急ごう。美琴はジャングルの奥へと足を進めるのだった。


 

 総合戦闘技術評価演習2日目

 美琴は目的の破壊対象のところにたどり着いた。洞窟の中にさまざまな機材が置いてあり、ざっと調べてみたところトラップはないが、電気は生きているようだった。
 高機動車を見つけたが、エンジンが丸々なくなっていた。まあ、もしあったとしても周りはジャングルでこの先に道もないので使いようがない。
 使えそうなものといえばシートぐらいしかなかった。脱出地点のヒントらしきものも見つからなかったのでそれはほかのチームのところにあるのかもしれない。

「さて、爆破しようか」
 そばにおいてある軽油の入ったドラム缶のもとまで歩いて行った。


 ――ズドン!

 ジャングルに一際大きな音が鳴り響いた。音の衝撃で鳥たちが一斉に飛び立つ。黒煙がもうもうと立ち上っていく。
 その光景を美琴は爆破地点から大分離れた場所で見ていた。
「うん。急ごしらえの遅延発火装置でもなんとかなるもんだね」
 その成果に満足する。この爆発は陽動にもなるだろうし、ほかのチームのみんなも動きやすくなるはずだ。自分もかなり距離を稼いだので、この位置を特定される危険性はかなり低いはずだ。
 敵の支配地域からの脱出というこの演習の目的上、当然追撃部隊などの存在を想定した動きをしないと減点対象となる。

 しかし、今までの動きで特に悪かった点は思いつかない。このままでいくと明日の夕方には集合地につけるかもしれない。三日目の夜が集合の期限なのでそれまで全員が集まれば演習のタイムリミットまでかなり時間の余裕がある。もしかすると、この試験案外余裕でクリアできるかも。
「ふんふんふ~ん」
 調子にのって鼻歌なんかを歌って歩きだそうとすると、

『お前はたまにまわりが見えてないことがある』

「っ!」
 ふいに武の言葉を思い出した。慌てて鼻歌をやめ、今の自分の状況を確認。
 武が言っていたのはこういう調子にのったときの美琴の悪い癖だったのだろうか。
 そうだ。自分達は前に一度この試験に落ちているではないか。余裕なんてあるはずがないのだ。そんなことでは何に足を掬われるかわからない。
 
『そのことに注意して、常に自分のまわり、仲間たち、自分自身に気を配ってろ』
 また武の言葉を思い出した。周りを見る。気を配る。これはトラップのことを言っていたのだろうか。罠、罠っと。うん、大丈夫。このあたりにはトラップの類はないようだ。そのことに安心する。
いや、そういえば武は自分にも気を配れとも言っていた。
「自分、自分っと……あっ!」
 そう言って自分の姿を見ると、ベルトキットが切れかかっていた。装備を渡された時はそのボロさにうんざりしたが、前に進むことで頭がいっぱいになり、今のいままで忘れてしまっていた。

「気づいてよかったー」
 急いで応急処置をする。
 よし、これで落ちることはないだろう。あとは……うん、大丈夫だ。
「タケル助かったよ~」
 そう、日本の方角を向いて言う美琴だった。



 そのころの日本。
 武は帝都襲撃後、箱根に向けて戦闘機形態の「伊邪那岐」の中にいた。ここまでくればまず相手に捕捉されることはない。このあたりは帝国軍も展開していないのでそろそろ降りてもいいかもしれない。
 いいところはないかな、と探していたその時、
「つっ!」
 激しい頭痛が武を襲った。あまりの痛みにレバーを離してしまう。すると、「伊邪那岐」が急降下を開始する。急激に高度が下がっていくことでコックピット内に警報が鳴り響く。

―――ケ……ル。
「っ!なんだ!?」
 何かが聞こえる。とぎれとぎれでとても小さな声なのでまったく聞き取れない。
―――ル…………。
 やがて声が聞こえなくなると、頭痛も引いた。

「一体なんなん――――ってやばっ!」
 気づくと地面がすぐそこまで迫っていた。慌ててレバーを握り機体を操作。機体を急上昇させる。なんとか墜落はしなかった。
 ようやく安定した機体のなかで武は額の汗をぬぐった。
「一体なんだってんだ、さっきのは……」
 コックピットのなか一人つぶやくが答えるものは誰もいなかった。



 総合戦闘技術評価演習3日目
 夜。榊、御剣ペアは集合地点近くのジャングルを歩いていた。夜のジャングルの移動は危険だが夕方には集合地点の近くに来ていたため、ここは急いで合流することを選んだのだ。かすかに虫たちの声が聞こえる中、月明かりだけのたよりない道のり。冥夜は真っ暗闇のジャングルの奥を見た。
「ん?」
 すると、奥に明かりがみえるではないか。

「榊、アレを……」
 そう言ってとなりを歩いていた榊に声をかける。顔をあげた榊もその明りを確認する。どうやら自分たちの前に誰かがすでについているようだ。自分たちもかなり急いだつもりだったがさすがだ。
 その光に向かって歩いていくと、
「あっ! 千鶴さん、冥夜さん!」

 そこにいたのは鎧衣だった。
「……鎧衣、少し明かりが漏れているぞ……30m先からでも丸見えだった」
「え?あ、ごめんごめん」
 慌てて、火の勢いを弱める鎧衣。そんな鎧衣に、
「しかし……鎧衣、さすがだな」
 3チーム中唯一の一人であるのに、ほかのチームの誰よりも早く集合地点についている。それにより改めて鎧衣のサバイバル能力の高さを認識する二人だった。今回のようなジャングルが舞台では鎧衣の右に出るものはそうはいないだろう。これはもう鍛錬の差ではなく、一種の才能なのだろう、と冥夜は考えた。

「ホント。鎧衣はいつついたの?」
「昨日の夕方かな。もう陽が暮れかけてたくらいだから」
 わずか数時間とはいえ先についていたことは事実だ。
 自分たちも歩き通しの体を休めようと腰を下ろそうとしたときだった。

「あれ~、もしかして、すでに揃ってる?」
 ジャングルの草をかきわけ、珠瀬、彩峰ペアがやってきた。自分たちとはほんの数分の差だったか。
「うん。壬姫さんたちが最後だよ」
「やるね、鎧衣」
「全員そろったところでさっそくだけど現状の把握をしましょう」
 
 榊の声で、それぞれが自分たちの成果を報告する。当然全員目標施設の破壊には成功。手に入れたものは、鎧衣はシート、冥夜・榊はラペリングロープ、珠瀬・彩峰は対物体狙撃銃を一挺(ただし弾は一発)と脱出ポイントの書かれた地図だった。
 珠瀬たちが手に入れた地図で脱出ポイントを確認。そこは島の端だった。自分たちの位置からだと地形のこともわからないので時間的余裕があるかどうかは疑問だ。地形のわからぬ以上、ルートはなるべくゆるやかそうなところを選ぶことにした。

「ここまでかなり早いペースで来てるけど、この先もペースを落とす気はないから、みんなそのつもりで」
 この先何が起こるかわからない。時間的余裕を残すためにも急いだ方がいいのは確かだ。
「ここからは小隊での行動になるわ。チームワークの悪さが作戦の失敗に直結する……気をつけてね」
 ‘チームワークの悪さが’と言ったとき、かすかに榊の視線が彩峰に向いたのを冥夜は見逃さなかった。
「了解」「わかったよ」「オーケーだよ」「……」

 彩峰のみが何も答えなかった。
「……OK、じゃあ、班ごとにローテーションを組んで交替で休憩と食事をとりましょう」
 そのことでほんの少し表情に影を落とした榊だったが、特に何も言うことなく、次の指示をだした。
 その指示でみなが周囲に食用の実やキノコを探しに散っていった。


 その中一人焚き火の前に残っていた彩峰は、すごくとてもものすごく小さな声で、
「……了解」
 だが、その声はだれの耳にも届いていなかった。




「……ねえ、どうするの?」
「「「「……」」」」
 美琴のそんな問いに沈黙を返す207小隊の面々であった。

 三日目。早朝に起きだして207小隊は移動を開始した。草をかきわけると朝露が肌につくような時間帯だった。一行が目指すのは昨日手に入れた地図にかかれた脱出ポイントだ。
 移動は順調に行われた。この調子でいけば今日のうちに脱出ポイントに到達できるはずだった。
 しかし移動途中にあった川。ここで問題が発生した。
 
 当初は彩峰の身体能力をもって向こう岸にわたり、全員渡った後、すぐさまロープを回収する手はずであった。しかし、突然の大雨。あっというまに水かさは増し、回収は不可能な状況になる。しかし、このあともロープが必要な地形があるかしれない。そのため、この大雨で立ち往生となる207小隊だった。銃を使えばロープを回収できるが、ここで強力な武器を使っていいのかというのが部隊内で割れていた。そして、最初の美琴の問いに戻る。


「……私はここでライフルを使うべきではないと考える」
 その沈黙を破り、御剣が発言した。
「後々何があるかわからん。強力な武器はもっと有効な局面で使うべきではないのか?」
「それは確かにそうだけど……」
 そんなやり取りを彗はすこし離れた位置から見ていた。特に何か意見を発言するわけではない。ただじっと事のなり行きを見ていた。
 御剣は、ロープをツルなどで代用できるが、ライフルの弾は代えがきかないと主張した。確かにその通りだが、ツルなどでは耐久力などに不安が残る。また十分な長さが得られるかもわからない。ロープのほうがはるかに安心できるものだ。しかし、「強力な武器は~」の下りは確かに理解できる。

「……ボクはロープかな」
 今度は鎧衣が発言した。
「ライフルよりロープのほうが使い勝ってが良いからね。また崖がないとも言い切れないし」
 サバイバル能力の高い鎧衣が言うのだ。このジャングルにおいてロープがいかに大切な道具であるかが伝わってくる。

「私は、ライフルをとっておきたいな」
 黙っていた珠瀬が御剣の意見に賛成した。この207小隊で一番の狙撃手はやはり銃の方が安心できるのだろうか。確かに白銀にして極東随一と言わせた珠瀬にライフルを持たせれば例え弾丸一発だとしても、それなりの成果を上げるだろう。つまり、どちらの言い分も一長一短だ。

 今のところ不動票は自分と隊長の榊。彗はチラリと榊の顔をのぞき見た。
 そこにあったのは真剣な顔でなにかを必死に考えている榊。空の様子と川の様子、そして貼られたロープとライフルをなんども見比べながら、ブツブツとなにかを呟いている。

『さっきもPXで一人残って必死に次の総合戦闘技術評価演習の作戦たててたよ』
「……」
『あいつは207小隊一人も失いたくなくていま必死にできることを考えてるんだ』

 そんな榊の姿を見ていると、あの日屋上で白銀に言われたことが頭に浮かんできた。横浜基地を発つときの白銀の手紙を聞いてからというもの、彗の頭の中はこのことでいっぱいだった。珠瀬との行動中も考えていたのはあの日、白銀と話した内容。
 白銀の話によると、榊は徴兵免除を蹴って軍人になったという。彗は今まで榊のことを「いざとなれば逃げ場のあるお姫様」と考えていた。しかし、彼女はその逃げ場を自らで断ったのだ。そして、彗の父親の言葉をきいた彼女の反応。
(父さん……私は……)

「彩峰、そなたはなにかないか?」
「え?」
 考えに没頭していると御剣に意見を求められた。みんなの顔が自分のほうを向いている。榊もそうだ。目があった時、彼女は何か言おうとして、ためらい口を閉ざした。
 いったい何を言うべきか。みんなの言い分はわかった。私はいったい誰の意見に賛成すれば……。
 考えがまとまらない。こんなことならさっきの時間にどちらを選ぶか考えておけばよかった。沈黙により、雨音がより大きく聞こえてくる。そろそろ何か言わなければ。

『そんな委員長――分隊長を信じてやれ』
 そのとき、また白銀の言葉を思い出した。もう一度、榊を見た。
 ――白銀の言ったことが本当なら私は……私は……。

 やがて、ゆっくりと口にした

「――隊長の指示に従う」


「「「!」」」
「……え?」
 御剣たちが驚愕の表情を作る中、当の本人の千鶴は呆けた声を出した。
 今聞こえたことがよく理解できない。だれが、なんといった?しかし、脳はその言葉を記憶していた。彩峰が、自分の指示に、従う、と言ったのだ。
(……うそでしょ?)
 彼女はいままで何度も千鶴の命令を無視してきた彩峰なのだ。この部隊内において自分と彩峰は犬猿の仲だ。それは周知の事実だし、自分自身も自覚している。そんな彼女がそんなことを言うはずない。

 とても信じられなくて彩峰を見た。
 すると、彼女はまっすぐに千鶴のことを見ていた。一切目をそらさない。なにかを言うそぶりすら見せない。
 そしてその目を見て、彼女は本当に自分のことを信じている、と確信した。

『あいつもな、いろんなものを心に秘め、背負って戦ってんのさ……そこんとこも一応考えといてくれ』
 数日前の白銀の言葉を思い出した。そして、白銀が彩峰にあてたメッセージを思い出した。あのメッセージから推測するに、彩峰と白銀は何かを話したらしい。そして、白銀が何かを彩峰に言った。その言葉を忘れるなというメッセージも残して。その時に彼女になにがしかの心情の変化があったのだろうか。
 
 それはわからないが、彩峰は今、隊長である自分の指示に従うと言っているのだ。ということは実質自分が二票得たことになる。多数決がすべてないにしても、今回の場合は人数の多い方に従うことになるだろう。ということは榊の采配が部隊の命運を決めることになるのだ。
 考えろ。どうすれば自分たちにとって一番良い未来が選べる。どちらを選べばより良い未来が待っている。
 そうだ。白銀―――あの優秀な者ならこのような場面でどのような決断を下すのか。

『道は常に二者択一(オルタネイティヴ)なんかじゃない』
「!?」
『お前が目指すもののためには最善の結果を自分で勝ち取って見せろ!』

 白銀から自分にあてられたメッセージ。空を見る。急に降り注いだ雨。川の水笠。スコール。ロープ。ライフル。残り時間。あらゆる事象が千鶴の頭の中を駆け巡る。
 そして彼女は決断した。
「雨がやむのを待ちましょう!」
「「「えっ!?」」」
 
 彩峰以外の三人が驚きの声を上げた。そんな彼女たちに、
「これはスコールよ。あと、数時間で上がるはず。そして待つ時間を考慮に入れてもロープとライフルの両方があれば、最終的にかなり時間を短縮できると思うわ」
「……しかし、それはいささか運任せではないか?」
「任務を完全に遂行する上では運を味方につけることも必要だと思うわ」
 そして、一呼吸おき、みんなに意見を促がしてみた。

「私は……隊長の指示に従う」
 真っ先に口を開いたのは彩峰だった。再び、榊に賛同の言葉。みんなが彩峰の顔を見る。そして榊と彩峰の顔を交互に見る。 
 そして、しばらくの後、次に御剣が口を開いた。
「……そうだな。私も榊の指示に従おう」
「わ、私もです!」「ボクも!」
 そして矢継ぎ早に珠瀬と鎧衣も賛同の意を示した。

 そんな彼女たちに、
「ありがとう……じゃあ、彩峰は川の増水が引き次第ロープ回収。歩哨は20分交代で周囲の警戒を」
「「「「了解」」」」


 そして2時間後。
「あ……!」
「雨、止んだよ!」
 休息開始からたったの二時間で雨は止んだ。川の様子から察するに、1時間もすれば川の勢いも弱まるだろう。回収作業をしてもたった四時間のロス。指示をだした千鶴自身もこんなに事態が好転するとは思わなかった。
「私の出番?」
「え、ええ。流れが弱くなったら頼むわ」
 聞いてきた彩峰に指示を出す。

「天がそなたの味方をしたようだな」
 後ろから御剣が声をかけてきた。いつもならそんな大げさなものではないと思うが、このときばかりは神様が味方してくれたんじゃないかと疑った。いや、この結果は、最終的には白銀のアドバイスによるところが大きい。そしてその意見を支持してくれた隊員たち。私を信じてくれた彩峰。

 彩峰は川のすぐそばで屈伸運動などで体をほぐしていた。川の対岸を見つめ、背中はこちらに向けている。
 その背中に千鶴は小さな声で、
「ありがとう」
 とそう言った。



 その日の夜。
 さて、そんな南の島から遠く離れた日本。
 その地で武は、輸送車の上で夜空を見上げていた。
 箱根で悠陽や月詠大尉、沙霧大尉たちと別れてからしばらくたっている。別れたといっても、沙霧大尉や月詠大尉からはほとんど逃げるようなものだった。まあ、BETAの動きを予測するなんてこともするし、見たこともない機体に乗っているのだ。簡単に帰すわけにはいかないだろう。しかし、そんな二人を止めたのが悠陽だった。さすがに将軍殿下直々の命令とあれば従わぬわけにはいかない。二人はしぶしぶといった感じで武が行くのを許した。
 そんな悠陽の最後の言葉、
『白銀……また、会いましょう』
 それにしっかりと頷いて、武は3人と別れた。

「みんな……もう合格したかな―」
 考えるのは207小隊のみんなのことだ。彼女たちの力は信頼しているし、まあ大丈夫だとは思うのだが……心配だった。今の武の目から見れば彼女たちはまだまだ未熟としか言いようがない。なんだろう、これは娘を心配する男親の気持ちなのだろうか。
「う~~~~~ん」

 まあ、いいや。こんなところで悩んだとしても、武には何もすることができないのだ。みんなを信じるほかにすることがない。
 考えることをやめて、輸送車の中に入ろうとしたとき、
「―――つっ!」
 突如武を頭を割るような頭痛が襲った。
「くそっ!またかよ!!」

 頭を押さえうずくまる。ズキズキと頭の内側からなにかとがったもので突かれているような痛みが断続的にやってくる。
 この頭痛は一昨日からたびたび武を襲っていた。頭痛を重ねるごとに鮮明になっていく声。そして頭痛とともに浮かんでくる武に覚えのない光景。

 ――……ル!……ケルー……タケルー!

何度も自分の名を呼ぶ銀髪の少女。12,3歳だろうか。とても美しい銀髪のセミロングのかわいらしい少女。霞?いや、違う。この少女は社霞ではない。
「!! ってー!!」
 また頭痛とともにまた新しい光景だ。その少女の頭に手を乗せている自分。しかもその姿は20代後半といった様子だ。つけていた階級や軍服などから思い出した。ということは、これは武の失った記憶?虚数空間にばらまいてきた一つの記憶であるのか。
 やがて、その光景がだんだんとぼやけていく。それとともに頭痛も少しずつ引いていく。やがて、その光景が消えると同時に頭痛も完全に消え去った。

「……いったいなんだってんだ?」
 この頭痛が始まったのは一昨日からだ。考えろ。何が原因でこんなことが起きているのか。一昨日と言えば、「伊邪那岐」で帝都を襲撃した。それ以前には頭痛なんて起こっていなかった。
「……そうだ!」
 そういえば、帝都守備隊から逃げる時に煙幕の中、戦闘機形態に変形したとき網膜に見慣れない文字が写ったのだった。そのとき、自分が妙な浮遊感を感じたと思ったが、すぐに変形したので逃げるのに夢中ですっかり忘れていた。

 そうだ。この頭痛はあのあとから起っていたのだ。あのとき、網膜にはなんと写っていたか。
「……えっとー?……0(ゼロ)?ML?ON?Rutherford?―――ってちょっと待て!」
 MLって、おいおい!そりゃお前あれじゃねえか!
 そのとき、また武を頭痛が襲った。必死に自分の名前を呼ぶ少女の姿が浮かぶ。

 ――タケル! タケル! ……タケル!
 まるで目の前にいるから気付いてほしいといわんばかりに―――
「!」
 そのとき武は勢いよく立ちあがった。そして、ひとっ飛びで輸送車の上から飛び降りる。それなりの高さから飛び降りたのだから足がしびれたが、それを無視して走り出す。輸送車の中に入る。この輸送車はかなりの大きさでちょっとした整備くらいならできるものだ。今も整備兵たちが「伊邪那岐」にむらがり、さまざまな作業をしていた。
 そこに飛び込んでいく。入口近くの整備兵とぶつかり工具をばらまいてしまが、それにすみませんという言葉だけで、武は振り返りもしない。「伊邪那岐」の前にまできてようやく武は止まる。

「はぁ、はぁ……」
 ここまでくるのに呼吸を忘れていた。
 呼吸を整え、ゆっくりと膝ついた状態の「伊邪那岐」に近づいていく。整備兵たちが不思議そうに武をみるが、そのようなことも武は気づかなかった。

 ――全部……思い出した。
 「伊邪那岐」に手をつける。そして胸の―――メインコンピューターが収められた部分を見た。
 ――こいつは……‘こいつには’!

「……‘アーリャ’」
 周りの整備兵には武が何をつぶやいたのかわからなかった。



 総合戦闘技術評価演習4日目
「……あれが脱出ポイントかしら?」
 その日、ついに地図に書かれた脱出ポイントを発見した。冥夜も榊が指さしたほうを見る。
「地図にある印の位置が間違っていなければな」
 だが、おそらくあそこで正解だろう。海の近くのごつごつした岩の中に整然と整理されたヘリポートが見える。あそこに回収ヘリがやってくるのだろう。


 一時間もせぬうちにジャングルを抜け、ヘリポートの位置までやってきた。
「四日目でクリアとは快挙だね!」
「ホント。こんなに早くつけるなんて思ってなかったわ」
「これで私たちも、先に進めるねっ!」
 みなの様子はすごく嬉しそうだった。彩峰でさえ、口に薄く笑みを浮かべている。これでようやく念願の衛士への一歩、戦術機に乗ることができるのだ。無理もなかろう。しかも、一度躓いている自分たちにとっては、喜びもひとしおだ。

 ヘリポートを見渡すと、端に箱を見つけた。それを開けて中を確認すると長筒状の物体が入っていた。発煙筒だ。回収機がいないところを見ると、これを使ってヘリを呼ぶのだろう。
「発煙筒を見つけた。私が焚こう」
 冥夜は発煙筒を手にして、それを炊いた。そして両手を広げ大きく振る。

 やがて遠くからヘリが飛んできた。
 やった。これで私たちもごうか――
『みんな、絶対に最後まで気を抜くんじゃない。教官から合格という言葉をもらうまでは終わりじゃないんだ』
 その時、武の言葉を思い出した。
「!」
 ゆるみそうになった心を今一度引き締めた。そうだ、この世というのはいついかなるときに何が起こるが予測がつかない。故に油断をしたものから死んで行くのだ。それは今の自分たちにも当てはまる。白銀の言葉通り、教官から合格の旨を報告されない限り、安心などできないのだ。

 気を引き締め、より強く発煙筒を振ろうとしたときに悪寒を感じた。武術を嗜む冥夜に感じられた身の危険を知らせる第六感。
(なんだ?いったい!?)
と、その時目の前の地面が爆ぜた。
「なっ!?」
 続いて連続した機銃の銃声。間違いない狙撃されている。

「全員下がれ!」
 無我夢中で叫ぶ。そして自身も猛スピードで後退する。周りのコンクリートがどんどん破壊されていく。一発食らえば致命傷になりかねないそんな状態で、その弾丸雨林の中を必死に走り抜いた。
 なんとか岩陰に隠れることに成功する。その後もしばらくは音が続いていたが、やがてその音は小さくなっていった。
 
 完全に音が止んでから、ようやく岩陰から姿を出した。
「あそこの半島に砲台があるみたい!あそこから砲撃してたよ!」
 そういってある方向を指さす珠瀬。まさか生きている砲台があったとは。あそこで武の言葉を思い出さなかったら危なかったかもしれなかった。冥夜は心の中でだけ武に感謝するのだった。


 回収地点での砲台による奇襲からしばらく、207小隊の面々は再びジャングルの中を歩いていた。
 あの銃撃で回収ヘリは逃げて行ってしまった。そして、その後、香月博士からの通信。予定外の出来事で、北東の位置にある砲台が稼働していたそうだ。自動制御のため博士側からの制御は不可能。そのため別の脱出ポイントを設定された。場所は砲台の真裏。元の回収地点からだとなかなかの距離だった。
 しかし、それにしても博士らしいやり方だ。

 壬姫はそのことで一人ため息をついた。
 今現在、会話などはほとんどない。ただザッザッという草を踏み進む音が聞こえるだけだ。そんな中、壬姫は武のことを考えていた。
 さきほどの襲撃。御剣の迅速な行動をほめたところ、彼女によるとそれは武の言葉を思い出したおかげらしい。その話を聞くと、鎧衣も武の言葉で助かったことがあったと言ってきた。榊と彩峰も控えめながらそれに賛同。彼女たちにも思い当たる節があるらしい。
(は~、たけるさんってやっぱりすごいんだなー)

 海の方を見る。この海の遥か彼方、日本では武は今頃何をしているのだろう。すこしの間ボーっと海の方を見ていると、
「珠瀬、気を抜かないで」
 榊に注意されてしまった。
「ち、違います!海の方から狙撃される可能性もあるから見張ってたんです」
 こんなときに海の遥か彼方にいる男のことを思い浮かべていたのが恥ずかしくて、つい言い訳をしてしまった。

(って、これじゃたけるさんが私の恋人みたいじゃないですかー!?)
 だが、そう言ってしまった以上、海の方角を見張らないといけない。狙撃手としての目の良さをいかし、海岸沿いに遠くの方を見ると、
「……あれ?」
「どうしたの?珠瀬」
「なんか、あそこにレドームが……」

 崖の真ん中に設置されている明らかに不自然な物体。やはりレドームだ。
「どこだ?」
 御剣も壬姫の刺した方向を見た。
「あ……!彩峰さん、スコープ貸して!」
「はい……」
 彩峰からスコープを借り、それを使って覗いて見た。
 はっきりとしたことはわからないが、ドームの外板に欠けているところがあり、そこから何かの機械が動いているのが見えた。博士は砲台は自動制御だと言っていた。となれば、位置的にもあれが砲台のセンサーである可能性は高い。岬のほうからNOEで接近してきた回収機に砲台が反応していなかったことからもその可能性は高まる。

「榊、レドームを破壊しよう。砲台のセンサーである可能性が高い以上やるべきだ」
「そうね……弾は一発しかないし、対物体狙撃銃じゃ砲台は破壊できないものね……ここで使わない手はないわ。珠瀬、狙撃準備」
「りょ、了解!」
 その指示を受けた途端体中を緊張が駆け巡った。距離はかなりある。風はないが、弾は一発しかないのだ。本当にあてられるか?

 体が硬くなっていくのがわかる。しかし、ここであれを破壊しないことには後々大きな障害として自分たちの前に立ちふさがる。ここでなんとしても破壊しなければいけない。
 プローンで狙撃銃を構える。心臓がドクドク動くのがはっきりとわかる。本当に私でやれるのか。

『お前の射撃能力は極東一だ。いままでいろんなスナイパーを見てきたがお前以上のやつはそうそうみたことない、オレが保証する』
「!」
 武の言葉を唐突に思い出した。
『お前に必要なのは自分を信じることだ。自分を信じ、いつでも標的のど真ん中を射抜いている自分を想像しろ!』

「スー……ハー……」
 大きく深呼吸をする。
(自分を……信じる!)
 スコープ越しに目標をしっかりと見た。
 弾の弾道、レドームに吸い込まれていく弾、破壊されたレドーム。それらを頭の中に思い描いていく。呼吸を整え、狙撃のタイミングを計る。しだいに体の硬さがなくなっていく。

 ――よし、今だ!
(たけるさん!)
 トリガーを引いた。

 火薬の力であっというまに目標に向かって飛んでいく弾。そして、
「――目標破壊!」
 見事、命中した。

「これで、砲台を気にせずに進むことができる可能性が高まったわけね」
「壬姫さんすごいよ!」
「……さすが、珠瀬」
「えへへ」
 そんな自分に向けられる賞賛の言葉を聞きながら珠瀬は今一度日本の方角を見た。
(たけるさん、ありがとう!)



 総合戦闘評価技術演習5日目
 その日、ついに彼女たちは再指定された回収地点に到着することができた。
 途中、腐りかけのつり橋などがあったが、これは持っていたロープで補修してなんとか渡ることができた。もし、ロープをあの川のときに捨てていたらかなりの時間ロスをくらうところだった。ここでも榊の的確な指示が功を成した。
 そしてその地点からしばらく、夕方にようやく回収地点につくことができた。

「状況終了!207B分隊集合!」
 そこにいたのは神宮司教官だった。
「只今を以て、総合戦闘技術評価演習を終了する。ご苦労だった」
 ついに……終わった。この長い五日にも及ぶ総合戦闘技術評価演習もようやく終了だ。207小隊の全員に安堵の笑みが浮かんだときだった。

「評価訓練の結果を伝える」
 えっ!?ここに来れば合格ではないのか。
「敵施設の破壊とその方法、鹵獲物資の有効活用……何れも及第点と言える。最後の難関である砲台を、最小の労力と時間で無力化したことは、特筆に値する」
 淡々と告げる神宮司教官。
「しかし……」

 そこで表情が変わった。
「鎧衣は基地襲撃を日中に行ったな……なぜセオリーである夜明け前を選ばなかった?」
「え?それは……」
 指摘された鎧衣がたじろぐ。まさか、そのような点で減点されようとは。一日も早い回収地点の到達を喜んでいたが、もしかしてあせりすぎたのだろうか。
「周囲の地形を日中に確認してから、夜間に襲撃することもできたのではないか?敵施設を迂回することもできた。これらの減点は決して小さくないぞ?」

 神宮司教官の指摘にだんだんと表情に影を落として面々。だが、そんな彼女たちを見て、
「ふっ……そのような沈んだ顔をするな。めでたい日なのだからな」
「「「「「えっ?」」」」」
 神宮司教官教官は穏やかな表情で笑っていた。

「おめでとう……貴様らはこの演習結果をパスした!」
 だが、その言葉に歓声は上がらなかった。それだけの重大ミスをおかしておきながら、どうして。
「この演習の第一優先目的は脱出だ。実戦に於いて、計画通り事態が推移することなど希だ。それゆえ、タイミングや運と言った要素も重要になる」
「……」
「それらすべてを味方につけ、結果として目的を達成すれば『それが正しい判断だった』ということになる」
 ということは、あの川のとき榊が言っていたことは正しかったのか。

「セオリーはセオリーでしかない。結果として、貴様らを狙える位置に追撃部隊は存在しなかったし、砲台のセンサーは一つだけだった……そして貴様らは、全員脱出に成功した……違うか?」
「……いえ……」
 答えた榊の声はかすかに霞んでいた。眼尻には涙をためている。ほかの者たちにしても同じような表情だった。
「……や、や、や……」

 その次こそ、本当に歓声が上がった。
「やったー!」
「これで戦術機だね!」
「……一歩前進」
 みんなが思い思いの言葉を発する。ともかくこれで自分達は衛士に一歩近づいたのだ。
「ここまでよく頑張ったな」
「……はい!」
 その神宮司教官の言葉で、榊が涙をぼろぼろ流し始めた。珠瀬もつられて泣く。
 その涙が地面に落ちて、いくつもの跡をつくるのだった。



 それと同時刻。
 総合戦闘技術評価演習の舞台となる島の沖深くの潜水艦の中。夕呼はその艦の通信室に一人でいた。
『……先日佐渡島ハイヴより新潟に上陸したBETAを付近に展開していた帝国軍と協力して――』
 目の前の画面に映っているのは日本にいる伊隅大尉だ。今日BETA上陸時の戦果を報告しているのだ。
 しかし、本当に来るとは。白銀の言ったとおりに帝国軍を新潟に展開させ、A-01部隊もいかせてみたものの、実をいうと半信半疑だった。だが実際にそれは起こった。白銀が言っていることはもうほぼ100%信じても構わないだろう。

「それで?XM3の具合はどうだった?」
『……どうもなにも、最高ですよ。シミュレータで分かっていたとは言え、実戦で中隊規模がほぼ損害なしで数千体のBETAを相手にできたなど今でも信じられないぐらいです』
 なるほど。伊隅がここまでいうのだ。やはりXM3はかなり使えるOSらしい。これを取引に各軍にこちらに有利なように動いてもらう。大規模な作戦でXM3の力を示せば、全世界の軍隊がXM3を欲しがるだろう。
「白銀に感謝しなさいよ? 前のOSなら今回の作戦で死者がでたかもしれないんだから」
『……はい、わかっています』
 何か言いたそうな雰囲気を感じ取った。
「ふふ、あんたたちが帰ってくるころには、あいつも戻ってるんじゃないかしら?そのときに正式に紹介してあげるわよ」
『……お願いします』

 だが、まだ何か言いたそうだった。
『……副司令、なぜBETAの動きを』
「今回のは偶然よ、偶然。BETAの動きが予測できるようになったなんて考えないでよ」
 伊隅の言葉を遮り、言う。
『はっ! 了解しました』
 さすが伊隅。自分の知るべきことを弁えているってところね。
 その後いくつかの報告を受けて通信を終了した。

 それにしても、事態はどんどん夕呼に有利な方向に動いている。
中でも一番大きなのが、昨日連絡があった、白銀が虚数空間にばらまいていた記憶のうちの一つがもどったということ。あれにより、数式の回収作業も不要になってしまったのだから。
 手元の端末をいじり「伊邪那岐」の立体構造を呼び出す。そして胸の部分を拡大。拡大すると、そこに「Black Box」の文字が浮かび上がった。
「まさか……この中にね」
 
 画面を指がなぞる。細い指がなめかしく動きながら画面をなぞる。
 起動していても、していなくてもどちらでもいい。‘それ’さえあればこちらの00ユニットは完成するのだから。仮に起動していれば、それは浄化装置がこちらとは比較にならないほど発達していることになる。すでに反応炉の対策は思いつく限りのことをしている。あとは00ユニットの完成を待つばかりだ。

 最高だ。白銀がきてからというもの夕呼にとって都合のいいことばかりが起こっている。この調子なら100%オルタネイティヴ4は完成する。そうなれば、オルタネイティヴ5なんて愚挙は起こらない。人類は勝つ。
 
「ふ、フフフ……アッハッハッハ!」
 
 ――誰もいない通信室で、魔女は高らかに笑った。
                                    つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 12
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 19:40
※本当は天元山のおばあさんの話も書きたかったけど、都合により割愛。時間があればいつか外伝の形で書くかもしれません。



「――ただ今戻りましたっと」
「白銀~~~~~~~~~!!!!」
「ってええええええええええええええ!!!」
 ようやくやるべきことをやって武が横浜基地に戻ってきたときのことだった。さっそく夕呼に報告しようと、地下の部屋を訪ねた時のことだ。スライドドアを開いて中に入ったとたん、ものすっごい笑顔の夕呼が突撃してきた。

「もうアンタ最高よ!最高!ん~~~~~」
「ってちょ、ま!?ぎゃああああああああああ!?」
 首に抱き突き、顔中にキスの嵐。柔らかい唇がそこかしこに触れ、ドギマギする武だっ
た。

 ――ウィーン(スライドドア開く)。
「失礼しま…………………………………………………した」
 ――ウィーン(スライドドア閉じる)。

「ちょ、ちょっと待った!霞!?」
 慌てて出て行った霞を呼び止める。俺は無実だ!って先生いい加減離れてくださいよ。つか離れろー!


 ようやく解放されたのはそれからたっぷり五分もかかってからだった。顔中キスマークでいっぱいだ。すぐに服の袖で拭う。こんな姿独り身の男に見られようものなら、後ろから刺されかねない。いや、女性の場合もやばいかもしれないな。ちゃんと拭えたかあとでしっかりと鏡で確認しておかねば。
「ふふ……悪いわね、つい年下なんかに手をだしちゃったわ」
「……この夕呼先生もか」
 その言葉に、武はガックリと肩を落とし、頭を抱えた。この生き物は興奮するとキスをする習性があるらしい。こちとら、この世界じゃファーストキスだってのに……。

 今、夕呼は椅子に座り、足を組み、武はその向かい側に座っていた。
「それにしてもアンタ本当に最高よ。これで間違いなくオルタネイティヴ4は完成するわ」
 その言葉に安堵の息を吐く武。武がいる以上、オルタネイティヴ4が完成することはほぼ確定しているが、それがこんなにも早まったというのは最高だ。
「これなら多少強引にでも米国からXG-70を手に入れてやるわ」
 そうなれば、XG-70とヴァルキリーズの連携練習もより多くとれるようになる。今後の作戦成功率が大きくUPすることになるのだ。

「……間違いなく、アンタはこの世界の救世主となるわ」
 まっすぐこちらの目を見ながら言ってきた。その顔は夕呼にしては珍しく裏のない穏やかな微笑みだった。そんな夕呼に、
「前の世界じゃ夕呼先生がなにもかも一人で背負いこんじゃってましたからね……その助けになれば俺は……」
と、少し憂いを帯びた表情で武は答えた。
 
 仕方なかったとはいえ、自分の行いで親友であるまりもを死なせてしまったことや、クーデターを間接的とはいえ誘致したこと。それによって死なせてしまった数多くの将兵。彼女はそのすべてを背負いこんでいた。泣き言一つ言わずに。しかし、彼女だって人間であり、一人のまだ若い女性だ。そんなことをしていればいつか心が壊れてしまう。そして、一回目の世界のように泥酔し――。

「……ガキのくせに言ってくれるじゃない」
「ガキって……並行世界での経験も入れれば俺は今の夕呼先生より年上なんですけどね」
 あっそ、と夕呼は机の上を探り始めた。そして何かをつかみ、それを武に向って差し出してきた。
「今回のご褒美よ」

 そういって差し出されたものは一枚の紙だった。コピー紙のような安物の大量生産の紙ではない。もっと上質なものだ。
 それを受け取った武は、そこに書かれていた内容を見て目を見張る。
「!? い、いきなりこれって!」
「いいのよ。あんたはそれぐらいの―――いや、私にとってはそれ以上の価値があるんだし、これからのことを考えるとそのほうがこっちにとっても都合がいいんだから、おとなしく受けとっておきなさい」
 必要なものはあとでピアティフに届けさせるわ、と夕呼は早々に話を打ち切った。
 そう言われ、武はただその紙をじっと見つめていた。

「――失礼します」
 その時、部屋のスライドドアが開いた。
「あら、やっと来たわね?」
 武はドアに背を向けていたため、振り返って入ってきた人物を確認すると、そこにいたのは数日ぶりに見るまりもだった。


「っ! 白銀!」
 今回まりもは夕呼の計らいによってこの部屋までやってきていた。演習に合格した207小隊に午前の戦術機の座学をして、終わると同時すぐにここへ向かった。
 そして、部屋に入ったとたん目の前の椅子に座っていた男。それこそまりもが会うのを切望していた白銀武その人だった。さあ、これでやっと白銀の正体がわからないというストレス地獄から解放される。
「さあ、今日こそしっかりと説明してもらうぞ、白銀!」

「え? ええ!? 先生これってどういうことですか!?」
「アンタが訓練生とA-01部隊の教導官を兼任していたことがばれたのよ。まあ、自業自得よね。それにアンタ総合戦闘技術評価演習参加してなかったじゃない」
 動揺する白銀を夕呼は突き放した。そして次にまりもに向き直り、ニヤニヤした顔で、
「それにしてもいいの~まりも? 白銀にそんな口きいて?」

 その言葉でまりもは白銀が少尉だと伊隅から聞かされたことを思い出した。いくらつい先日まで自分の下にいた訓練生と言えど、本当の正体は少尉だったのだ。軍曹であるまりもにすれば立派な上官である。
「……し、失礼しました。白銀少尉」
 そんなまりもに夕呼はより一層ニヤニヤした顔で、
「違う違う。少尉なんかじゃないわ。白銀、それ見せてあげなさい」

「いっ!? マジですか?」
 よくわからない言葉を使いながら、しぶしぶといった様子で白銀が持っていた一枚の紙を差し出してきた。それをまりもは受け取る。
「? 一体何が―――って、ええ!?」
 紙にキスするんじゃないかというぐらい顔を近づけてその紙に書かれた内容を見る。しかし、何度見ても紙に滲んだインクがかわることはなく、事実は字としてそこに存在していた。

「白銀、あなた一体何者なのよ!?」
 上官への態度はどこへいったのか。まりもは白銀に食ってかかった。
 その問いに「あ~」などと気まずい顔しながら頭をかく白銀に変わり、
「悪いけど、こいつの詳細はトップシークレットなのよ」
と、夕呼が答えた。
「し、しかし……」

 しぶるまりもに、
「ほら、余計なことは詮索しない。まりもをここに呼んだのはこれを渡すためなんだから」
と言って、白銀のと同じような紙を一枚差し出してきた。
「私にも?……えっと、『神宮司まりも軍曹を今日づけで国連軍大尉に――』ってなによこれ!?」
「言ったでしょー?あなたにも近々働いてもらうって。その時期が来たのよ。詳細は後で教えるわ」
 
 それにしても突然すぎる。急にこんなものを手渡されて混乱するなというのが無理だ。
 しかも、まりもには207小隊の戦術機教導がある。自分が大尉になったらだれが彼女たちを鍛えるというのか。国連軍の教導職の最高位が軍曹である限り、彼女がやるわけにはいかない。それにいきなり大尉なんて階級……。

「207のことならそこの白銀に任せておきなさい……いや、あんたもついでに鍛えてもらいなさい」
「白銀にって!? しかし、白銀は――」
「いいの、いいの。この基地の内部だけのことなんだから、ある程度融通はきくようにしとくわ」
 しかし、先ほど白銀の紙に書かれた内容をみると、それが「ある程度」のレベルには思えないまりもだった。それに白銀の年齢でこのようなこと考えられない。本当にこの青年は何者であるのか。

「ほら、もうあんたたちへの用事はすんだわ。さっさと207B小隊のところにいってあげなさい」
 夕呼は、そう言って二人を早々に追い出す。そんな上位命令には逆らえず、二人は重い足取りで部屋を出て行った。


 そんな二人が部屋を出て行ってすぐの夕呼。部屋はさきほどの喧噪はすっかりなくなり、だた沈黙だけがただよっていた。
「……」
 その部屋の中、夕呼はただ何もすることなくボーっとしていた。このような夕呼は非常に珍しい。いつもならなにかの資料を広げたり、パソコンに何かを打ち込んでいたりと忙しい人なのだ。

「アタシより、年上ね……」
 考えるのは先程の白銀。夕呼の助けになれば、と言っていたときのあの憂いた表情。あのような表情、白銀の年齢でそうそうできるものではない。そしてあの穏やかな声。とてもじゃないが、目の前にいる男が年下とは思えなかった。またただ年を重ねただけでもなさそうだ。あいつはこの世界を何度もループしてその結果に満足できず今ここにいるのだから、それ相応の地獄を見てきたというのだろうか。

 そのことを武は多く語ろうとしない。ただ、
『仲間はたくさん死にましたね』
 と、悲しそうな表情で語るだけだった。

 自分の唇を細い指がゆっくりとなぞる。
「ふん、見た目ガキのくせして……」
 そう言って夕呼はなんとも複雑な顔になるのだった。



 さて、その頃の207小隊。今日はようやく座学を終えてシミュレーターによる戦術機特性を調べることになる。昼のPXでは京塚曹長に総合戦闘評価技術演習に合格した祝いということで全員がいつもの倍以上の昼飯を食べさせられた。この後の戦術機特性検査で胃の中のものが出るんじゃないかと心配する彼女たちだった。

 さて、そんな彼女たちは今シミュレーターデッキにいる。ということは当然全員強化装備に着替えているわけで、全員体に絶妙にフィットした白の訓練生用の強化装備を身につけていた。体のラインがはっきりとわかり、女性にとっては恥ずかしすぎる格好だ。
 自分たちが帰ってきたときにまだ武が帰っていなかったことで、がっかりした面々だったが、今この時ばかりは武がいなくてよかったとの思うのであった。まあ、それとて時間の問題で結局は見られることになるのだが、それまでに自分の羞恥心がマヒすることを祈るしかない。

 しかし、そんな彼女たちの願いは早くも崩れさることとなる。
「ははは、初々しい姿だな~お前ら」
 後ろから聞こえた笑い声。その声には聞き覚えがある。今一番会いたくない人物。ギギギ、とさびた機械のように全員の首がゆっくりと後ろに向く。やはりというか、そこにいたのは黒い国連軍正規兵の軍服を着用した白銀武だった。

「白銀!」「武!」「たけるさん!」「白銀……」「タケル!」
 その姿を目に収めた瞬間、全員思い思いの方法で自分の体を隠した。冥夜と榊は腕を組み、たまと美琴は胸の位置に腕を寄せる。ただ、彩峰のみは堂々としたものだった。
 そういった行為に再び笑う武。
「ちゃんと合格してきたみたいだな、お前ら。そのおかげでお前らの強化装備姿を見れてうれしいぞ」

「そ、そのようなことよりその姿はなんだ武!?」
 からかわれている、と直感的に感じた冥夜はすぐに自分たちの話題から離れるよう武の姿に突っ込んだ。
 訓練生ではないと聞いていたがやはり正規兵だったのか。しかし、そうなるとなぜ訓練部隊などに……。

「ふ……似合っているなお前たち」
「教官!」
 そんな武の後ろから現れたのは同じく黒い軍服に身を包んだ、神宮司教官だった。だが、教官はそんな冥夜の言葉に、
「悪いが、私はもうお前たちの教官ではない」
「「「「「え!?」」」」」

 突如明かされる驚愕の事実。
「突然のことですまないが、私にとっても急なことでな。まだ混乱しているんだ」
 そして、と武の前に一歩出て、苦虫をかみつぶしたような顔で、
「そして、彼がお前たちの新たな教官となる……白銀―――『少佐』だ」
「「「「「少佐ぁ!?」」」」」

 少佐と言えば、あれだ。少尉の上で、中尉の上で、大尉より偉い少佐のことだ。確かな武勲により任命される相当位の地位で、大隊規模を任されることもあるあの少佐だ。そんな訓練生の自分たちにとっては雲の上の存在のような少佐が武!?
 神宮司教官の表情からそれが冗談ではなく本当のことだと理解できた。
「け、敬礼!」

 慌てて上官に対する態度をとろうとする榊。その榊の一言で、呆然としていた207小隊の面々もその言葉で我に帰った。ビシッと敬礼を決める面々。
 だが、目の前には同じように敬礼をした武がいた。しかもそれは下士官に対する楽なものではない。武自身も上官に対するかのように背筋を伸ばし敬礼を決めていた。
「しょ、少佐?」

 その言葉でハッと気づく武。
「お、すまん!訓練部隊での生活にすっかり慣れちまったもんだから、つい榊の号令でな……」
 そういって苦笑いして頭をかく武。そして全員が気付く。そこにいたのは上官である正規兵ではなく207小隊全員がしっている訓練生のときとなんら変わらない武だった。
「無理にそんな態度とらなくていいよ。少佐なんて言っても所詮はただの肩書だ。俺達だけのときは今まで通り『武』や『白銀』で構わない」
「し、しかし……」
 しぶる榊。彼女の真面目な性格はそれさえも許さないというのか。

「おし、わかった!ちょっと待ってろ!」
 そう言って武はきびすを返し、早々にシミュレーターデッキを出ていった。
「……」
 ポカーンとする一同。特大の嵐が過ぎ去っていったようなそんな感じだった。

「……教官、タケルが少佐ってホントなんですか?」
「だから、教官ではないと……まあ、いい。彼が少佐というのは本当のことだ。どうやら奴に対する『特別』は我々が考えていたよりはるかに大きなものだったらしい」
 しかし、武の年齢で少佐とは。彼は自分たちと同年齢の男なのだ。国連軍所属になってからというもの武と同年齢の少佐などという者は見たことも聞いたこともない。いったいどれだけの功績を上げればあの年で少佐などという地位を得ることができるのか。

 そして、最大の問題。なぜその少佐が自分たちの訓練部隊に所属したり、教導官になったりするのか。それほどの人物ならば自分たちのような訓練生などには目もくれず、もっと大きな任務に従事していてもおかしくないのに。
 
 そのことを神宮司教官に尋ねると、
「彼は香月博士の特殊任務に従事するためにこの横浜基地に配属となったらしい……そこでこの基地に来た時、偶然にもお前たちの訓練を目にする機会があったそうだ。そして、個人の成績には舌を巻くもののお前たちが――彼に言わせればつまらないしがらみにとらわれているように見えたらしい。幸い彼は24時間すべて特殊任務に従事するわけではなく、その空いた時間にそのしがらみを取り除こうと考えたそうだ。自分とお前たちの年齢が同じこともあり、香月博士に頼み同じ訓練生として所属……どうやら、彼は香月博士のお気に入りらしくてな、自分の地位も手伝ってこの基地限定ではあるが、ある程度自由にできるようだ。そのため、今回もお前たち訓練生の教官を少佐という立場でありながらすることにしたそうだ」

 そこで一旦言葉を切り、シミュレーターの方をみて、
「お前たち光栄に思えよ?彼は、夜中に実戦部隊の教導官もしていたらしいが、そこで彼の教えを受けた大尉によると、この世界でもおそらく最強クラスの衛士だそうだ」
「!?」
 訓練でもすばらしい成績を収めた武。それは衛士としての腕にまで及んでいたのか。本当に雲の上の存在ではないか。

「お待たせ!」
 そういって戻ってきた武。その姿は訓練生の白い制服姿だった。
「ほら、どうだ、委員長!これなら階級なんて気にすることないだろ?」
「ほらってねぇ……」
 そんな武に呆れる榊。いくら服を着替えたからといって、自分達はすでに武が少佐だと知っているので、それくらいで態度を改めるようには……と、そこまで考えて盛大にため息をついた。

 武の大らかさ(大雑把とも言う)を見ていると、真面目にこだわっている自分が馬鹿みたいに思えてくる。隊のみんなのことを考えると、武がフランクな態度で接してくれば、みんなもそれに合わせることだろう。そんな中、自分だけが敬語を使うなんて馬鹿みたいだ。
「わかりました、少佐殿。これからも、今まで通りに、接しさせて、もらいます!」
 一言一言強く区切りながら言った。
「いや、いつも通りじゃないじゃん……」

 まあ、でも納得はしてくれたようだ。207一番の堅物である榊を攻略してしまえば、後の4人は問題ないだろう。
「教官もオレに対する態度は今まで通りで構わないので」
「だから、教官じゃないって……はぁ、わかったわよ」
 よし、まりもちゃん陥落。
「それじゃ、これから戦術機特性検査を始めるぞ」


 さて、早速始まった戦術機特性検査。そのとき、シミュレーターデッキは榊と冥夜の悲鳴で支配されていた。
「次! 噴射跳躍から頭立反転! 着地後、水平噴射跳躍!」
『た、武、待て!! こ、これは明らかに春にやった戦術機特性検査とは――ってああああああああああ!』
『白銀! あなたわざと――ってきゃああああああああああ!』
 そんな二人の様子を武はモニター越しに見ていた。前の世界でこの二人の戦術機特性に問題がないことは分かっている。そのためすこ~しだけ無茶をしてみた。

「まりもちゃん……これってけっこう楽しいですね」
「……実は私も少しだけ楽しみに」
 ククク、フフフと黒い笑顔で笑い合う二人。
 そんな二人の後ろで、小動物のように寄り添いながら、これからの自分の番にビクビクと恐怖する残りの三人だった。



 その日の夜。ブリーフィングルームに集められたA-01部隊の面々。そんな彼女たちの様子は陽気そのものだった。それというのも先日行われた対BETA実戦でこの伊隅ヴァルキリーズは万近いBETAを相手にほとんど損傷を受けることなくこれを殲滅したのだ。これを快挙と言わず何と言おう。XM3の優秀さ、自分たちの衛士とての腕の上達ぶりに驚くばかりだ。

「ホント嬉しそうねー、あんた達……」
 そこへA-01部隊をここに集めた張本人、香月夕呼が現れた。さらに、後ろについてくる者の姿がある。
「神宮司軍曹!」
 それは彼女たちの元教官、神宮司まりも軍曹だった。A-01部隊は全員彼女の教え子だ。一人の例外もなく、彼女によって鍛えられ、今を生き延びている。
 そんな彼女がなぜ副司令と一緒に……。

「紹介するわ。今日からこのA-01部隊所属となる神宮司まりも‘大尉’よ」
「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」
 驚きの表情を形作る現A-01部隊の面々をよそに、夕呼はまりもに挨拶するよう促す。
「……本日付でこのA-01部隊に配属となった神宮司まりも大尉です。……お前たちも博士の勝手振りに翻弄されていると思うが、わたしも同じだ……全員顔見知りだが、これからよろしく頼む」
 そう言って敬礼するまりもに慌てて敬礼を返すA-01部隊。しかし、頭の中は混乱の極みだ。だが、そんな彼女たちに追い打ち掛けるように、

「それともう一人……紹介する奴がいるわ」
 そう言ってスライドドアのほうを見る夕呼。
「入ってきなさい」
「はい」
 その言葉とともに入ってきたのは20代に届くか届かないという男だった。その姿を見た瞬間、伊隅大尉だけが表情をピクリと動かした。背筋を伸ばし、夕呼の隣までやってくる。

「こいつがあんたたちの戦技教導官――白銀武‘少佐’よ」
「「「「「「「白銀!?」」」」」」」
 白銀とはつい先日まで自分たちの教官をしていたあの白銀か?こうやって自分たちに顔をさらしたのも驚きだが、それに加え、
「「「「「「「少佐!?」」」」」」」
 彼が本当にあの白銀なら、つい先日までは階級は少尉だったはずだ。彼はここ数日特殊任務ということで、この基地を離れていたが、その間にいったい何があったのか。

「こうやって顔を合わせるのは初めてですね、A-01部隊のみなさん。自分が白銀です」
 そう言って一歩前に出る白銀。どうやらあの白銀に間違いないようだ。
「いきなり少佐ってどういうことなんですか?」
 速瀬が副司令に問いかけた。中尉、大尉を飛ばしての任官などまずあり得ない。異例中の異例で、A-01で軍歴が一番長い伊隅であっても聞いたことがない。

「別にいいのよ。こいつが今まで少尉だったのは、一度大尉にしてやるっていう私の提案を蹴ってるんだから」
「!」
 副司令自らの提案を、それも大尉に任命するという提案を蹴るとはこいつはいったいどんな大物なんだ。確かにこの女性なら多少の無茶はするかもしれないが、そうなるとこの白銀は副司令にとって非常に重要な人物ということになる。

「オレもいきなりのことで驚いてるんですがね……」
 そういって夕呼を見る白銀だったが、
「なによ?あたしの施しが受けられないっていうの?」
 ほらね、と白銀は肩をすくめた。

 それにしても、
「わ、若すぎませんか!?」
「え?ああ、確かここの新任たちと同年齢よ」
「「「「「えっ!?」」」」」
 新任連中が驚きの声を上げる。しかし、それは先任士官たちも同じだ。まさかあれほどの技量をもつ者が自分たちより年下だったとは。声で若いとは思っていたが、そこまで若いとは夢にも思わなかった。

「まあでも少佐なんていう階級は気にしないでください。見ての通り若造ですからね、今までと同じ態度で接してもらって何ら問題ないですよ。というより、むしろそうしてください」
 XM3を開発し、いい腕をしているというのに相変わらず腰の低い男だった。まあ、いきなり命令する男の上官がやってきても、この女所帯であるA-01部隊では受け入れがたいだろう。

「せっかく女所帯に入ってきた男手なんだから精いっぱいこき使ってやんなさい……あ、ちなみにこいつの詳細は秘密だから、どっかの元軍曹や某大尉みたいにあたしに聞いてこないでよ?」
 その言葉で「うっ……」という声を漏らす元軍曹と某大尉。
「『Need to know』よ」
 と唇に色っぽく指を当て、部屋を出ていく夕呼。
 あとには謎の塊のような白銀と「その謎すっごく知りたいんですけどー……」という顔をしたA-01部隊だけが残された。


「あ、あれが白銀の実力……!」
 その日まりもを加えての初めての演習。まりもは白銀の驚異的な戦術機機動にただただ驚愕するばかりだった。
まりもは今不知火に搭乗している。いつの間に用意されていたのか、ハンガーにはA-01部隊のほかに余分に一機不知火が用意されていた。

『驚きでしょう?神宮司大尉。あいつの吹雪フル装備に小隊規模で勝てるようになれば合格と言われていますが、当分勝てそうもありませんよ』
 そんな伊隅の通信に頷くことしかできないまりもだった。明らかに自分たちとはレベルが違いすぎる。これはもう才能の一言で片づけられる問題ではない。いったいあの青年はあの若さでどれだけの長さ戦術機を操ってきたというのか。
 また一つ謎が増えてしまった。そのことでため息をもらすまりもだった。


『白銀、お前は以前どこかの部隊に所属していたことはあるのか?』
 演習も終わりに近づいた時、伊隅からそんな通信が武のもとへ入ってきた。最初のころは少佐ということに遠慮して、口調が硬かった伊隅だが、こちらの態度に次第にもとの接し方に戻っていた。
 自分の詳細は明らかにされていないが、まあこれくらいはいいだろう。
「そうですね、前にある特殊部隊に所属していたことはありますね」
『ほう、特殊部隊』
「ええ。詳細は教えられませんが、そこで鍛えられたことは俺にとって大きな財産になりました……その隊では新任でしてね。ずいぶん扱かれましたよ」

 その言葉に「へー」とか「ほぅ」などの言葉を漏らすA-01の面々。
『少佐の上官だった人物には興味あるな~』
 柏木がそんなことを言ってきた。網膜に映る他のメンバーの顔も似たようなものだった。

「そうだな……その隊の隊長は非常に完璧な女性だった。衛士としての腕はもちろん、人間としてもできた人でよく隊員たちの相談もうけたりしてたな。……ただ、恋愛面では弱いらしく、オレに助言を求めてきたこともあったっけ」
 それに笑う伊隅。
『ははは、なかなか面白い御方だな』
 ……うん、あなただよ。

「他にも俺がちょっと戦術機に乗れるからって、何かと言って目をつけてくる先任中尉なんかもいたよ。しかも絡み酒だったからな、あの人」
 それに呆れる速瀬。
『へー、大人げない上官もいたもんねー』
 ……うん、あんただよ。

「……まあ、でもあの人たちがいなかったら今のオレはいませんね。本当に感謝してもしきれないぐらいですよ」
『……そうか。立派な方たちだったんだな』
 ええ、本当に。今度は絶対に失いません。そのためにもあなたたちには強くなってもらいますよ、伊隅ヴァルキリーズ!



 朝。
 ――ユサユサ。
 武は自分がゆすられていることで目が覚めた。
「……ん。霞、ありが、とう」
 眠気眼をこすりながら体を起こす。目の前にはやはり霞がいた。
「おめでとう……少佐殿」

 うっすらと笑いそんなことを言ってきた。無機質な声のため、人によっては祝ってもらってないと感じるかもしれないが、そこはさまざまな世界で霞と付き合ってきた武だ。しっかりと祝福の意を感じられた。
「……ああ、ありがとう」
 そんな霞に手を伸ばし、頭をなでてやった。朝起こしてくれた礼と、祝ってくれた礼だ。

「……博士が呼んでました」
「え?こんな朝っぱらから?」
 時計を見るとまだ起床ラッパすらならない時間帯。いくらなんでも早すぎるんじゃないのか。まあ、でもあの人にこちらの都合など関係ないだろう。これまでも武を呼び出したのはいろいろと重要な案件だったので、今回もそうに違いない。

「90番ハンガーで待ってるそうです……」
「そっか、わかったよ。ありがとう」
 そう言うと、霞は「またね」とだけ口にして部屋を出て行った。


 その後すぐ90番ハンガーにやってきた武。そこでは早朝という時間にもかかわらず数多くの整備兵が動いていた。整備兵というのはある意味衛士以上にきついポジションのようだ。もしかすると、寝てないのかもしれない。
「あっ!やっと来たわね!」
 そんな整備兵に囲まれる形で夕呼はいた。武を見つけるやいなや、手まねきをして近くに呼び寄せた。

「いったいなんだって言うんですか?」
 そういって近づいていく武。
「ようやく浄化装置稼働の目処がたったのよ!」
「!ってことは!?」
 その言葉で駆け足になる武。
「ええ、そうよ。ようやく『伊邪那岐』のブラックボックスを開帳する時が来たの」

 そして二人で傍にある「伊邪那岐」を見た。その「伊邪那岐」は今は肩膝ついた状態で静止しており、周囲には足場が組まれていた。
「じゃあ、さっそくやりましょうよ!」
 そう言って武は夕呼を急かした。


 二人して『伊邪那岐』の横に組まれた足場に登った。
「もう!なんでこれ階段ないのよ!」
と思ったら、夕呼が足場に登れず四苦八苦していた。
「整備兵たちはそんなものなくてもヒョイヒョイ登っちゃいますからね……ほら、先生手貸してください」
 そして一気に夕呼を引っ張り上げた。文官出身の夕呼にはこの高さはきついだろう。
「……さすがは少佐殿。体は常に鍛えているってことね」

 ようやく夕呼も足場の上に両足で立つ。そして正面の「伊邪那岐」を見る。
 そこでは「伊邪那岐」の胸部装甲が大きく開いていた。
 内部でグロテスクな生体組織がかすかに波打っている。このメインコンピューター部分をブラックボックスとしている要因、門級の生体組織だ。
 しかし、夕呼はそんなグロテスクな門級の生体組織にも顔をしかめる様子はない。
「早くしなさい!」
 と急かされてしまった。
 武は「伊邪那岐」に接続されたパソコンを操作する。そうすると、「伊邪那岐」から門級の生体組織に向かって特殊な化学物質が注入される。それをうけた門級がゆっくりと開き始めた。外から入ってくる光でだんだんと鮮明になっていくメインコンピューター部分。


 ――完全に開き切った時、そこにいたのは無数のコードに囲まれた銀髪の少女だった。


 穏やかな表情で目を閉じた少女は突如光が入ってきたことにも顔をしかめる様子はない。ただじっと眠るように目を閉じ、微動だにしない。こうしてみると精巧な人形のようだ。
「……この娘が……!」
 そんな夕呼にゆっくりと頷き、こう言った。
「そうです……この娘こそ、この『伊邪那岐』のメインコンピューターであり、『伊邪那岐』を最強たらしめているその最大要因――」
 そこで一度大きく息を吸い、


「――『00Unit:Second』‘アーリャ’です」

                                    つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 13
Name: テンパ◆6b0bda51 ID:a7c4ca20
Date: 2013/01/14 19:44

 白銀武専用機『伊邪那岐』

 正式名称:第六世代相当戦略級戦域制圧可変型戦術機『VFG-TYPE12 伊邪那岐-参型』
 造られた当時の夕呼をして「XG-70dに並ぶ兵器」と言わせた決戦兵器である。門級の生体組織を利用することにより可能となったBETA支配地域での短時間航空飛行。この世界においては唯一の対BETA航空戦力である。しかし、そんなものも「伊邪那岐」にとってはおまけに過ぎない。その真価はそのメインコンピューター部分に納められているのだから……。

 『00Unit:Second』‘アーリャ’
 2011年に誕生した『00Unit:First』‘鑑純夏’に次ぐ、第二の00Unitである。「伊邪那岐」のメインコンピューターであり、「伊邪那岐」を未来の世界において最強たらしめたその最大要因。00Unit+ムアコック・レヒテ型抗重力機関搭載型戦術機。これこそ「伊邪那岐」の正体である。
 
 そのアーリャは今、ODL浄化施設において緊急の浄化処理を受けている。この世界に来て20日以上、奇跡的にもアーリャは稼動状態―――武はこの言い方が嫌いなので「生きていた」という言葉を使う―――であった。しかし相当危険な状態であったらしく、しばらくは浄化処理が必要らしい。
 だがこれで、「伊邪那岐」は真の意味で最強の称号を取り戻すことになる。


「しっかし、まあ……ホント化け物よね」
 この機体について一体何度呆れたかわからない。夕呼は再び呆れた声で武に言ってきた。
「あんた‘ら’だけで、ハイヴ……攻略できんじゃないの?」
 その問いかけにはっきりと「できない」と答えられぬことをどうしたものか。
「さ、さすがにフェイズ3以上は……」
「フェイズ2以下ならどうだっていうのよ……?」
「……」
 ここで下手に答えようものなら本当に一人でハイヴに特攻させられそうだ。そもそもこれは生存を考えない場合であり、しかも成功率100%ではない。

「……冗談よ。あたしのもつ最高戦力をそんな使い方して失くしたくないわ」
 その言葉で安堵の息をつき、胸をなでおろす武。

 しかし、よかった。これによって「伊邪那岐」は本当の強さを取り戻したし、00Unitも手に入った。純夏の00Unitとしての誕生も時間の問題だ。

「アンタから提出されたあの娘に関する書類……」
 夕呼が手元の書類をノックするように叩く。この書類は数日前にまとめて提出してあるので、これが読むのが初めてではないだろうが、それだけ興味深いということか。
そこにはまとめると以下のことが書かれている。

 『00Unit:Second』’アーリャ’
 2010年の日本帝国軍戦略呼称甲23号目標オリョクミンスクハイヴ制圧作戦時に発見された史上二人目のハイヴ内生存者。第一発見者は同作戦に参加していた白銀武中佐。生存者といっても発見時はやはり例の姿であった。それをオルタネイティヴ4で確かな実績を上げた香月夕呼が接収。翌年2011年、『00Unit:Second』として誕生することとなる。完成当時はやはり錯乱状態。純夏の場合は武の存在があったが、アーリャは正真正銘天涯孤独だった。親兄弟は全員死亡。友人関係なども不明。そのため調律にはかなりの時間がかかった。
 調律に当たったのは武だ。理由はいくつかあったが、一番は本人の希望だった。それから武とアーリャの親子のような兄妹のような不思議な関係が始まった。寝食をともにすることからはじまり、勉強、遊び、さまざまなことをアーリャに経験させた。そして一年近い共同生活と霞の協力もあり、なんとかアーリャは年相応の人間らしさを取り戻したのだった。

「‘アーリャ’ね……それにしてもいい名前じゃない」
「え?」
 まさか目の前のこの夕呼が人の名前をほめるなんて思いもしなかった。
「‘人民の守護者’なんて00Unitにはおあつらえ向きじゃない」
 ああ、なるほど。彼女が言っているのは語源のことだ。ソ連で愛称がアーリャということは、本名はアレクサンドル―――起源はギリシャ語で‘人民の守護者’という意味だ。確かに人類最高兵器である「伊邪那岐」のメインコンピューターである00Unitにはうってつけの名前かもしれない。

「『伊邪那岐』にML機関が搭載されているとわかったことで、今まで用途不明だった機能のいくつかにも納得がいくわ」
 ほかに「伊邪那岐」について忘れていることはない……と思いたい。まあ、忘れている時点でわからないのであれこれ悩んでも仕方がない。

 ふと、時計を見るともうすぐみんなが朝食を食べ始める時間。今日も武は207分隊のみんなに戦術機教習を行わないといけないので、いつまでもここにいるわけにはいかない。アーリャのことも心配だが、浄化処理が終わらない限り会うことは出来ない。武は夕呼の部屋を後にすることにした。



「よ~し、今日はこのぐらいにしとこうか」
 武の一言で、5基のシミュレーターは停止。中から強化装備に身を包んだ207分隊の面々が出てきた。長時間のシミュレーターで疲れているかと思いきや、みんな始めて自分の手で戦術機を動かした感動のほうが大きいようだ。だれもが嬉々とした表情を浮かべていた。

「どうだった?初めて戦術機を動かした感想は?」
 そんな彼女たちに武は尋ねる。
「どうって……想像していたよりずっと難しかったわ」
 先頭にいた榊が答えた。
「まあ、いきなり動かしたのが新OS搭載型の吹雪だからな」
 これが旧OS搭載の撃震ならもっと操縦系に遊びがあって、ある意味大雑把で気が楽なのだが、吹雪などではより精密な操縦が要求される。
 だがさすがは優秀な207分隊の面々というべきか。武の要所要所のアドバイスもあって今日一日だけでそこそこ動かせるようにはなった。やはり才能があるのだろう。

「初日でアレだけ動かせれば、たいしたもんだ」
 その言葉で照れたような表情を浮かべる面々。むっ、調子にならないように釘を刺しておくべきか……と考え、やめた。彼女たちがこれくらいで天狗になるなんてことはありえない。

「そういえば武……その新OSとは?」
 いち早く真面目な顔に戻ったのは冥夜だった。
「ああ、先日開発さればばかりの新型でな。国連軍でもこの横浜基地の一部隊のみにしか配備されてないものだ」
「「「「「!」」」」」
「おっと心配するな。新型と言っても、先日その部隊が実践でしっかり有用性を確かめてきたんだからな」
 
 みんなの驚きを、新型ということでその安全性に身構えたのだろうと推測した武はその心配を取り除いてやることにした。だが、
「そ、そんなこと心配してないよー」
「なんで一介の訓練部隊であるボク達にそんなOSが与えられるの!?」
「不可思議……」
 あー、そっちの驚きだったのか。さて、なんと説明したものか。

「オレが教官だから?」
「いくら武が少佐であってもそのようなOSを自由にする権利は与えられていないであろう!?」
「ああ、心配すんな。そのOSの基礎概念を考えたのはオレだ」
「「「「「!?」」」」」

 新型OSといってもまだまだデータが足りず、未完成。しかし、これが全軍に配備されれば確実に戦術機の性能は飛躍的に上がり、戦いで死んでいく将兵の数も激減する。実戦証明主義の連中を納得させるためにも早期に完成させたい。今はすこしでもデータがほしい。この207分隊は(武の独断で)概念実証機のテストパイロットに選ばれた、と説明した。

「まさか、武の才能は技術方面にまで手を伸ばしているとは……」
「ホント、その年齢で少佐っていうのもなんだか納得できてきたわ」
 二人がいい加減驚くのも疲れたという顔をしていた。
「オレのことはいいんだよ。このOSが全軍に配備されるのが早まるか遅くなるかはお前ら次第なんだからな」
 その言葉でようやく事の重大さを理解したのか、顔を引き締めるみんな。その顔に満足する武。

「明日にはお前たち専用の吹雪が搬入されるからな」
「「「「「!?」」」」」
 顔を引き締めた瞬間、その知らせにより再び驚愕の表情をつくる面々。
 驚きすぎだ、と苦笑する武だった。



『白銀少佐、今日はご機嫌ですね』
「え?」
 夜。A-01部隊の演習のときに、風間少尉がそんなことを言ってきた。
『そうなのよねー。なんかもう戦術機がスキップしてるみたいに幸せオーラが出てるって言うか』
 なんか気持ち悪いぞ、それ。腰に手を当て、スキップする戦術機を想像してげんなりした。

「そ、そんなに態度にでてますかね、オレ?」
『ええ、ハッキリと』
 ニッコリと笑って言う風間。武にとってアーリャとの再会は、知らず態度に出るほど嬉しいことだったらしい。
『一体どうしたんだ、白銀?』
 まりもも不思議に思っているらしい。別に再会できたこと自体は隠すことではないので、正直に言うことにした。

「実は少し前に離れ離れになった人と再会できましてね」
『なに?それって白銀の彼女?』
『『えっ!?』』
 速瀬の言葉に異様に反応する二人がいた。新任の高原と麻倉だ。
『な、なにあんたら?どうしたの?』
『い、いえ、なんでもないです』『……はい』
 慌てて答える二人。
『フフフ』
 それに宗像だけが笑っていた。

「恋人じゃないですよ。今のオレにそんな存在はいませんしね」
『え?白銀ってフリーなの!?』
 それに驚きの声を上げる茜。なんだ?オレがフリーだとそんなにおかしいのか?
『白銀って顔もいいし、頭もいいみたいだし、その年であれだけの技術をもってるから人気あると思ったんだけどなー』
 な、なんか褒めちぎってないか、柏木。

『女性と付き合っていたことはないのか?』
 伊隅のそんな問いかけ。しかしその問いはA-01全員が気になっているようだった。
「昔はいたんですけどね……」
『お、その言い方なら別れたのね。どっちが悪かったの!?いやこういうときは男が悪いに決まってる!』
 そんな風にはやし立てる速瀬に、寂しげな微笑を浮かべ、

「みんな……死んじゃいました」
『『『『『……え?』』』』』

 その一言で沈黙するA-01部隊。中でも深刻な顔をしているのが速瀬と涼宮の二人だ。愛するものの死。それはこの二人にとって、とても根深いものだった。
「あーやめやめ!この話題やめにしましょう!」
 そして、この暗い雰囲気を変えようとした武だったが、誰一人のってこようとしない。

『白銀……アンタ――』
 何かを言おうとした速瀬。その速瀬の乗った戦術機が武の吹雪のペイント弾によってまだら模様にコーティングされた。
『……』
「ほら、ボーっとしてるからそんな弾くらうんですよ。どうします?このまま国連軍カラーを全部ペイント弾でなくしてあげましょうか?」
 その挑発で、
『~~~~っ!やれるもんならやってみなさいよ!』
「ははは、一人でいいんですか?どうせなら全員相手してもいいんですよ?」
 吹雪を高く噴射跳躍させる。

『宗像―!アンタはそっちから回り込みなさい!』
『はいはい、了解しましたっと』
 そうしていつのまにか元の空気に戻っていた。それに安心した武だったが、A-01部隊全員の心の中には、先ほどの影を落とした武の姿がしっかりと刻まれたのだった。



 次の日。
「――ケル!ねえ起きて、タケル!」

「んあ?」
その日、武はそんな言葉で意識が覚醒した。いつもの霞の声ではない。もっと幼い声だった。しかし、この声どこかで……。
「……………………………アーリャか!」

 慌てて体を起こし、目を開けようとすると、
 ――フニッ。
 何かやわらかいもので目をふさがれてしまった。
「目……開けちゃ、ダメ……!」
「……なんで?」
「ダ、ダメったら……ダメなの!」

 どうやらこれはアーリャの手のようだ。それをつかって武の両目をふさいでいるようだ。まぶた越しに小さな手の感触が感じられた。
 なぜそんなことをしているのかはわからないが、
「……アーリャ、だよな?」
 コクンと頭を下げる気配が感じられた。

 それによって武の中にじわじわと喜びが生まれてくる。声のしていた方向へゆっくりと手を伸ばす。サラサラした何かに触れた。髪だ。それをたどって頭に手をつけた。そしてゆっくりと頭を撫でる。
「……んっ……」
 アーリャの体から力が抜けていくのが分かる。
 武にとっては娘や妹のような存在。ループした今ではずいぶんと年齢差が縮まったが、その認識は変わらない。2011年以降ではもっとも多く同じ時をすごした者でもある。その彼女にこうしてループした世界でも会うことが出来た。それがただうれしかった。
「また、会えて……よかった」
 武の目から流れた一筋の涙がアーリャの手を濡らすのだった。


「タケル……ここ、どこなの?」
 しばらくしてアーリャがそんなことをたずねてきた。そうだった。彼女は「伊邪那岐」の内部にいる間、ほぼ自我は活動停止状態だったのだ。自分が過去にもどったなどとわかるはずがない。
「ユウコはいた……でも、ユウコじゃなかった」

 アーリャからすれば10歳以上も若い夕呼なのだ。戸惑うのも無理はない。しかし、その割には武には最初から普通に接してきたのが不思議に思う。「伊邪那岐」と繋がっていたとき、強化装備のデータが流れてきたりしたのだろうか。
「アーリャ……落ち着いて聞いてくれ」
 アーリャには武に対してリーディングが不可能な処理を施してある。口頭で説明するしかない。
 武は今現在の状況を話し始めた。



 しばらくしてすべてを説明し終えた。
「―――じゃあ、ここは昔なの?」
「まあ、昔かな」
 すべてを説明する間、アーリャはただじっと聞いていた。以前目はふさがれたままだったが……。

「じゃ、じゃあ……」
「ん?」
「ここにはタケルの言ってた‘メイヤ’とか……‘イインチョウ’がいるの……?」
「あ、ああ」
 珍しく興奮状態のアーリャに驚く武。
「‘タマ’も‘アヤミネ’も‘ミコト’も‘ヴァルキリーズ’も!?」
「みんな生きてるよ」
「……‘スミカ’も?」
「……あいつだけは、もう少しだけ待ってくれ」
 そうだ、もう少し、あと少しなんだ。アーリャが来たことで彼女の00Unitとしての完成も目前だ。
 それを聞いたアーリャは、

「―――会ってみたいな」
 
 このときのアーリャはさぞかし恍惚とした表情を浮かべていたことだろう。長い武との暮らしの中でアーリャは耳にタコができるぐらい彼女たちの話を聞かされていた。そして、その話を聞いていくうちにこの幼い少女のなかで彼女たちの存在が理想の女性像と化していたらしい。
(ちょ、ちょっと誇張した表現もあったかもな~)
 と自分の発言を省みる武だった。

「あ、でも……」
 どうしたというのか。いきなりアーリャの声が沈んでしまった。さっきまでの勢いはどこへ言ったやら。
「タケルはここでもいっぱい戦うんだよね……」
「……ああ、そうなるな」
 でも、と泣きそうな声を出す

「タケルはいっぱい苦しんで、悲しい思いして……!」
 まだアーリャに武に対する抗リーディング処理がされていないとき、アーリャは幾度となく武の内面を見ていた。そこにあったのは深い悲しみと後悔。何人もリーディングしてきたアーリャだがそのような暗いものを抱え、背負った人物は武しかいなかった。それは武がループしておきながら、たくさんの人を死なせてしまったことに原因があるのだが、アーリャはそれを知る由がない。

「ユウヤもミリアもトウドウもステラもみんな、死んで……!」
 それは未来の世界戦友と呼ぶべき人物たちだった。いくらXM3で死者の数が激減してもBETA戦において死者が0なんてことは有り得ない。BETAと戦えばかなりの数の死者がでる。その中には当然、武の親しかった人物も多くいた。

 アーリャがついに泣き出してしまった。
 アーリャの頭においた手を移動させ、両手をアーリャの背中に回す。そしてそんなアーリャを抱き寄せた。武の胸にすっぽりと収まるアーリャ。
「……オレはな、アーリャ。今度こそみんなを護るために戦えることが嬉しいんだ」
 ぎゅっと抱き寄せる。
「今度こそみんなで笑えるハッピーエンドを目指してやる……!」
「……どうしても?」
「ああ」

「目……閉じててよ」
 アーリャも武の背中に手を回してきた。小さな手が武の服をぎゅっとつかむ。
「……」
「そのためにも……お前の力を借りたい……大丈夫。お前のことはオレが絶対護ってみせる」
 胸の辺りでフルフルと首を振るアーリャ。
「……タケルは、私が護る」
 ありがとう、といっそう強くアーリャを抱きしめる武だった。


 そこで気づいた。アーリャの背中に回した手が感じる感触が変なことに……。
「ひゃっ!?」
 これは布地ではない。もっと暖かくやわらかいそうまるで人肌のような――。
 そういえば、どうしてアーリャは武の目をふさいだりした?それは自分が今見られたくない状況であるから。それはなぜ?確か、アーリャはODL浄化処理中ではなかったか。ODL浄化処理中は00Unitは裸に……。

―――ウィーン………………………ウィーン。

 だ、誰かがこの部屋に入ってきて何もせずにそのまま出て行った!?ま、まずい!武の頭が今の状況をかなり悪い状態だと認識し始めたとき。
そのとき、廊下のほうでドタドタという音が聞こえてきた。そしてそれはだんだんとこの部屋へと近づいてくると―――

「白銀!あのアーリャって娘ここに来なかっ……た?」

 目を閉じていても声で分かる。これは夕呼だ。しかし、今の状況かなりマズイので……は。
「……これはまた失礼しました」
 ――ウィーン(おそらくスライドドアが閉じた)。

「……」
「……」
「ちょっと待った夕呼先生!!!」
 我先に事態が最悪の状況へ動いていることを理解した武は慌てて夕呼を呼び止めるために立ち上がろうとしたら、
「目開けちゃダメ!」
「うおっ、すまん!」
 それをアーリャに止められる。

「……もう少し静かにしないとみんなにばれちゃうわよ?」
 また夕呼の声が聞こえてきた。
「そう思うんならどうにかしてくださいよ!」
早朝の横浜基地に武の悲鳴があがるのだった。



「ゆ、夕呼先生でよかった~」
 武は夕呼の部屋で心底深い安堵の息をついた。その姿は今の武より20年は老けて見えるような姿であった。
あのときのアーリャはやはり裸であったらしい。それに適当な布を巻きつけただけの非常な危険な状態。もし夕呼以外に見られていたと思うと……。
「アンタが○○○○だったとは……」
「だ~か~ら~」
「冗談よ、冗談」

 迫る武にあっけなくからかうことをやめる夕呼だった。ちなみに夕呼の前にやってきていたのは、武を起こしにきた霞であった。あの後なんとか誤解を解くことに成功する。……成功したよな?
「それにしてもこっちは本当にびっくりしたのよ?ODL浄化処理中のあの娘が今朝になっていきなり姿を消してるんだから」

 どうやらアーリャは目が覚めた瞬間、00Unit持ち前のハッカー技術でヒョイヒョイと最高セキュリティーの数々を突破して武の部屋までやってきたらしい。まあ、目が覚めた瞬間自分がわけのわからないところにいるのだから、一刻でも早く信頼できる者に会いたいのは無理もないだろう。
 当のアーリャは現在、霞の服を借り、武の後ろに隠れている。

「ま、目が覚めてくれたことは朗報よ。これでさっそくこちらの00Unitにも着手できるんだから」
 そういって夕呼はにやりとした顔をアーリャに向ける。先生、その笑顔は子供相手には怖いと思いますよ。案の定、アーリャはより武の背中に身を隠してしまった。
 それにむっとする夕呼。

「白銀~何とか説得してくれない?」
 仕方なくアーリャに向き合う武。そしてどうしても00Unitの設計データが必要なことを説明する。
「な?お願いだから」
 すると、アーリャが夕呼のパソコンに向けて手を伸ばした。
「……送った」
「え?」

 その一言でパソコン画面を確認する夕呼。至極真面目な顔で画面に映されたものを眺めていた夕呼だったが、その顔が次第に笑顔に変わっていく。そして次の瞬間、
「これよ!これなのよ、私が言いたかったのは!」
 子供みたいにはしゃぎまわる夕呼。向こうのあたしサイコーとか、天才やっててよかったーとか言ってる。そして次第に武に近づいてくる夕呼。あ、やばい……このパターンは。

「アンタも最高よ!白銀!」
(キターーーーーーーーーーーーー!!!)
 グワーッという感じで迫ってくる夕呼。あの接吻地獄再びか!?と身構えた武だったが、その間に割り込む小さな影があった。アーリャだ。
「……あら?」
 それを見て動きを止める夕呼。

「タケルに近づいちゃ……ダメ!」
 そう言って小さな体で精一杯両手を広げるアーリャ。それを見て夕呼は、
「ふ~ん……へぇ……」
 そして白銀のほうを見て、
「かわいいレディじゃないの」
 それだけ言って自分の机へと戻っていった。接吻地獄がこなかったことで胸をなでおろす武。
 アーリャは完全に夕呼が武から離れたことを確認して再び武の後ろへと隠れてしまった。

「そういや先生、アーリャってこの基地じゃどういう扱いにするんです?」
 アーリャもこれからはこの基地で暮らすことになるのだ。そうなれば、夕呼や武以外と会う機会もでてくる。そのときこの横浜基地にアーリャのような幼い少女がいることをどう説明したものか。
「そりゃ00Unitって言うわけにはいかないでしょ。霞の例もあるんだし、アンタのほうで適当に理由付けしときなさい。あたしがそれに合わせてあげるから」
「わかりました」

 ならば夕呼先生の研究つながりでなにか特殊な才能がある少女としておくか。まあ、詳しく説明しなくても確かに霞の例もあるのだ。どうにかなるだろう。
「ほら、私はこのデータを解析するんだから、アンタらは出て行きなさい」
「出て行きなさいって……アーリャの浄化処理はどうなったんですか?」
 それなら9割方終了しているわ、とパソコンに目を向けたまま答える夕呼。それなら安心か、と二人して夕呼の部屋を出るのだった。


「――タケル……誰、その娘?」
 PX。朝食をとっていた207分隊の面々は唖然とした顔で武にピッタリと寄り添う少女を見るのだった。
                              つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 14
Name: テンパ◆790d8694 ID:17556cc3
Date: 2013/01/14 19:49

「――タケル……誰、その娘?」
 アーリャをつれてPXに行くと、最初にかけられた言葉が美琴のこれだった。件(くだん)のアーリャは武の服をしっかりとつかみ、武の背中に隠れるようにして、207分隊のみんなを見ていた。
 だがその行為がかえってみんなの注目を集め、アーリャ一人に視線が集中してしまう。それによってさらに隠れるという悪循環だった。

「ほら、自己紹介、自己紹介」
「あ……!」
 背中に隠れるアーリャを捕まえて、自分の前までつれてくる。そうすると207分隊の面々と向き合う形となる。よりみんなの前にさらされることによって、肩に置いた手からアーリャが硬くなるのが分かった。

「ア……アーリャって言います……よ、よろしくお願いします」
 それが精一杯だったのか、それだけ言って頭を下げるアーリャ。
「「「「「はぁ、これはどうも………………じゃなくて!」」」」」

 その目が一斉にアーリャの後ろにいる武に向いた。どの目も一様に「どういうこと?」という意味が汲み取れた。まあ、この基地にこんな幼い少女がいること自体が異端なのだ。みなが不思議に思うのも無理はない。アーリャの頭に手を置く。
「さっきの自己紹介通り、この娘の名前はアーリャだ。夕呼せんせ―――香月博士の研究に役立つある特殊な才能をもった女の子でな、今日からこの基地で生活することになった。まあ、そういうことだからよろしく頼む」

 その言葉と共に、もう一度ペコリとお辞儀をするアーリャ。そんなアーリャに、
「アーリャ、おばちゃんのところにいって朝食を頼んできてくれるか?オレの分とお前の分だ」
「ん……」
 一度小さく頷き、そのままトコトコとカウンターに走っていった。
 武はもう一度207分隊に向き合った。

「武、あの娘は社のような存在なのか?」
 冥夜の質問。理解が早くて助かる。
「ああ、そんなもんだ」
 そして、わざわざアーリャだけに朝食を取りに行かせたのは、
「あの娘はな、BETAに親兄弟全員殺された孤児なんだ。今はオレが親代わりで色々と面倒を見てる」
「「「「「!」」」」」
「まあ、というわけで、これからオレはあの娘といっしょにいることが多くなると思うが、できればお前たちも仲良くしてやってくれ」
 その言葉に強く頷く、彼女たちだった。

「――武!」
「はいっ!」
 突然の声に振り向くと、京塚のおばちゃんがお玉を振り上げ、怒っていた。その前には二つのトレイを前にしてオロオロしているアーリャがいた。
「こんな娘に自分の分の朝食まで運ばせるつもりかい!?」
 うわ、しまった。みんなにアーリャの事情を話し終えたらすぐに取りに行くつもりだったが、思ったより早く向こうの準備ができてしまったらしい。慌てて取りにいく武。

 そして戻ってきたアーリャを加え、この日の朝食が始まった。



 開始された朝食。冥夜はアーリャという少女を今一度見た。そのアーリャは武の横に座っている。綺麗な銀髪で、顔はとても可愛らしいものだった。外見から外国人だと分かったが、その箸使いは少々硬いながらも、見事なものでどんどんと朝食を食べていた。
 ときたまこちらに目を向けるが、目が合うと、顔を赤らめすぐに顔を背けるのだった。

(このような少女が……)
 先ほど聞かされたアーリャの家族がみなBETAに殺されたということ。さらに香月博士の研究ではあるが、このような徴兵前の少女にまで協力を求めないといけない現状。そのことに軍人として恥じるものがあった。
(アーリャのような娘が……ただ笑える世界を早く作りたいものだな)
 それは日本だけではない。この世界を救うということ。未来ある子供たちに、明るい未来への道を作ること。まずは日本、それから世界。それこそが自分たちが正規兵となってしなければならないことだと思えた。

「……ん?」
 改めてアーリャを見ると、なぜか目の前の皿を見つめたまま固まっていた。非常に気難しい顔をしている。そしてその中にある緑色の物体を箸でつかみ、

「タケル……ピーマンいらな――」
「黙って食べなさい」
「……」
 
……瞬殺だった。
アーリャがかすかに目じりに涙を溜めている。それほど嫌いなものであるのか。ずっとそれを眺めていたアーリャだったが、ついにそれを口の中に放り込んだ。
(おお!)
 なぜか、それを見てしまう冥夜。一回、二回、ゆっくりと噛み締める彼女だったが、いきなり目を見開いた。そして慌てて自分のグラスに手を伸ばす……がしかし、そこにはすでに何も入っていなかった。そのことによって、さらに目を見開き、今にも泣き出しそうな表情を作るアーリャ。そんな彼女に、冥夜は自分の分のグラスをそっと差し出すのだった。

 ぱっとそれを受け取るアーリャ。そのままグラスを傾けゴクゴクと一気に中身を飲み干してしまった。
 フゥと小さく息を吐く。そこで初めて自分が冥夜から差し出されたグラスを飲んだことに気づいたようだ。グラスと冥夜の顔を交互に見る。そして、
「あ、ありがとう……ございました」
 小さく礼を言うのだった。

「どういたしまして」
 飲み干した中身を入れてこようと立ち上がろうとしたアーリャを止めて、そう答えた。そしてアーリャからグラスを受け取る。
 すると、アーリャの頭に武が手を置いた。そのままポンポンと撫でる。よく嫌いなものを食べたなということなのか、それともしっかりと礼を言えたことに対するものなのか。やさしく二度三度手を往復させた。

(あ……)
 それはあの夜――自分の名を呼ぶことを許した夜に、武が冥夜にしたものと同じ。弱すぎず強すぎず、ただ優しく頭を撫でるという行為。あの時はただ気恥ずかしさでバッと振り払ってしまったが、嬉しそうに目を細めるアーリャを見ていると、なぜかそれが羨ましいと――
(って、何を考えているのだ、私は!?)
 頭に浮かんだ恥ずかしすぎる考えを振り払う。だが、その思いはいつまでたっても頭の中からなくならなかった。
 
 仕方なく別の話で気を紛らわせようとする。
「そ、そういえば、我々の自己紹介がまだであったな……私の名前は御剣冥夜と――」
「……知ってます」
「え?」
 アーリャが箸を置き、冥夜に向き直った。

「メイヤ……タケルが教えてくれた」
「そ、そうか……タケルが」
 武が自分のことを話していたことになぜか嬉しくなる冥夜だった。一体どんなことを話したのか。
「剣の腕は一級品。思い込んだら一直線、直情的で悪く言えば猪突猛進……って言ってた」
「なっ!?」

 そして次に榊のほうを向いて、
「イインチョウ……的確な状況判断能力で指揮官向き。まさに委員長タイプで真面目でお堅い人物。でかすぎる眼鏡と融通が利かないのがたまに欠点……って言ってた」
「っ!?」

 次の標的は珠瀬、
「タマ……その射撃能力は極東一。でも同年齢とは思えないほど体が小さく、また胸も……って言ってた」
「えっ!?」

 そして次の生贄は彩峰に、
「アヤミネ……格闘能力は207分隊随一。アヤミネ相手に困ったことがあったらとりあえずヤキソバを与えておけば万事解決。扱いやすい奴だ……って言ってた」
「……」
 静かなものだったが、明らかな怒りのオーラを感じられた。

 そして最終目標は鎧衣に、
「ミコト……サバイバル能力が非常に高い。でもタマ以上に平坦なその胸は、初め男と間違えた……って言ってた」
「へ!?」

 207分隊全員にクリーンヒット。
 全員、ワナワナと肩を震わせている。そして次の瞬間、爆発した。
「武!」「白銀!」「たけるさん!」「タケル!」「白銀……」
 その怒号でビクリと肩を震わせるアーリャ。だが、そんなアーリャには構わず、みんなで武のほうにふりむく。しかし、
「「「「「いない!?」」」」」
 そこには空になった食器がポツンと置いてあるだけで、武の姿は影も形もなかった。

「おや、武ならさっき青い顔で逃げるようにしてここを出て行ったよ」
 近くに来ていたおばちゃんがそう教えてくれた。
 青い顔。逃げるように。これらの状況証拠がさきほどの言葉が確かに武本人から出たものだということを裏付けていた。
 これが本来の上官であるならこのようなことを言われても訓練生である彼女たちは仕方ない。しかし、武の場合は別だ。なぜなら少佐という地位にいる彼自身が彼女たちに以前と同じような態度をとることを望んだのだから。

 フフフと黒い笑顔で笑いあう207分隊の乙女たち。
「???」
 状況が分からないまま黒い笑顔を浮かべる彼女たちにただビクビクと恐怖するアーリャだった。



 ハンガー。そこに今日届いたばかりの吹雪五機が肩を並べていた。207分隊専用の実機演習用の吹雪だ。今からXM3に換装するため今日は使えないが、だが一刻でも早く自分たちの機体を見たいのは訓練生としては自然なものだ。そして、207分隊のみんなもその例に漏れず、全員そろってハンガーに来ていた。そして蒼然と立ち並ぶ金属の巨人たちを見つめた。

「うわ~」
 珠瀬が感激でキラキラとした目を吹雪に向ける。珠瀬ほどではないが、ほかのみんなも思い思いの顔で自分たちが搭乗することになる吹雪に目を向けていた。念願叶ってのようやくの戦術機。それもシミュレーターではなく実機。そこに篭められた思いは並大抵のものではない。みんなが力を合わせてクリアすることのできた総合戦闘技術評価演習。207A分隊に数ヶ月遅れてのやっときた戦術機なのだ。これで本当の意味で衛士として一歩踏み出すこととなる。

「お前ら、吹雪は逃げたりしないんだぞ?」
 背後から聞こえた男の声。それは彼女たちが待ち望んでいた声だった。全員の目がキランと光る。
「武!」「白銀!」「たけるさん!」「タケル!」「白銀……」
 全員でその名を呼びながら振り向くと、
「上官を呼び捨てにするとは何事だ!」

 その怒号とともに国連軍正規兵の黒い軍服を身につけ、サングラスをかけた武の姿が目に入った。

「「「「「……は?」」」」」
 そんな間の抜けた声を出す彼女たちに、
「何を腑抜けた声を出している!本日は0900よりシミュレーターデッキにて戦術機操作だ!いつまでもこんなところにいないで早く強化装備に着替えてこい!!」
「「「「「は、はい!」」」」」

 あまりの迫力に条件反射で答えてしまう訓練生。
「『はい』じゃない! Sir, yes sirだ!」
「「「「「サ、Sir, yes sir!」」」」」
 よし行け、と更衣室のほうを指差す武。慌ててその指示に従う彼女たちだった。
 
 ……実はこのとき、武は冷や汗かきまくりだった。さきほどのPXでのアーリャの暴露話から207分隊からどんな報復を受けるかビクビクしていた武だったが、ここは本来なら上官である立場を利用することにした。威厳を保つため黒の軍服を着て、基地中を駆け巡って見つけたサングラスをかけて、いかにも強面の教官というのを作り出したのだ。未来の世界で上官であった経験を生かし、訓練生に威圧感を与えるような声を出し、有無を言わさず次の指示を出す。見事、その策にはまってくれた207分隊の背中を見ながら、武はようやく安堵の息をつくのだった。

 が、そのとき一番奥のハンガーに何かが運び込まれた。
「!」
 それを見て動きを止める冥夜。武もサングラスを外しながら、そちらのほうへと視線を動かした。武にとってはこの世界に来て見るのは二度目である種類のその機体。だが、そのカラーリングの意味するところはこの日本において重大な意味を持っているそれ――紫の武御雷がそこにいた。

「……武御雷か。それも紫」
「――!」
 冥夜の隣にまで来て言う。すると冥夜がすごい勢いで武のほうを見た。
 冥夜にとって、武が武御雷自信に驚いてないことは別段気になることではない。なぜならあの夜、武の口から自分の事情を多少は知っているようなことを言っていたからだ。だが冥夜は、武の認識はただ自分が将軍家縁者である、ということぐらいしか分かっていないのだろうと勘違いしていた。しかし、今彼はあの武御雷――将軍機の証である紫を見ても別段驚いた様子はない。ということはあらかじめ知っていたということ。この基地でも限られた人物しか知ることを許されていない冥夜の正体を……。

 武がゆっくりと武御雷のほうへ近づいていく。冥夜もそれに続いた。
「そなたは……不思議な男だな」
 武の隣まで追いついた冥夜がそんなことを言った。

「変な話だが、武が上官であることを……ありがたく思う」
 ここが軍隊である以上、例え将軍の妹としても、自分が訓練生で武が上官である以上変にかしこまる必要はまったくない。
「バーカ、オレは無礼な奴だから、同じ訓練生でもこの口の利き方を改めたりなんかしないぞ」
「ふふ、そうか」
 そういえば訓練生のときも最初から今のような口の利き方であった。

 ただ、その言葉で嬉しくなる冥夜だった。
 そんな二人に近づく影があった。

「――冥夜様」

 二人して声のした方向に振り向く。武はこの声の主が何者か知っている。未来の世界において最も多く一緒のときを過ごしたのがアーリャなら、彼女は最も多く同じ戦場に立ったであろう戦友であり、プライベートでも何かと世話になった女性。このハンガーの壁際、赤い軍服をまとった女性――帝国斯衛軍月詠真耶中尉がそこに立っていた。

「月詠……中尉。なんでしょう」
「冥夜様!私どもにそのようなお言葉遣い、おやめ下さい!」
「そうです!斯衛の者はいかな階級にあっても、将軍家縁の方々にお仕えする身でございます!」
 その後ろには3馬鹿こと、神代 巽、巴 雪乃、戎 美凪少尉が並んでいた。いや、この世界の彼女たちにこの呼び方は失礼であるか。

「……遅ればせながら、総合戦闘技術評価演習、合格おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
「……喜んでいるようには見えぬな」
 彼女たちの祝福の言葉にそう返す冥夜。確かに彼女たちからははっきりとした喜びの意は感じられなかった。後ろの三人なんて、目を伏せ明らかに不満顔。しかしそれとて彼女たちの立場を考えれば当然の事。

「私はかねてより、冥夜様がこのような場所におられることは、承伏しかねると申し上げてまいりました……」
 おーい月詠さーん。国連軍少佐の前で「このような場所」なんて、そんなこと言うんですか?
「私の意志だ」
 おい冥夜、お前もスルーか。

「しかし……冥夜様がここにいらっしゃる理由は……」
「それ以上を口にすることは許さぬぞ」
 冥夜がはっきりとした拒絶の意を込めて言った。
「は……出過ぎた真似をいたしました……」
 この二人のやり取りを見ていると、元の世界の主とメイドの関係であった二人を懐かしく思う。ここでは冥夜のほうが一歩引いて、ある線を引いてしまっている。それが二人の間にあり、なんともぎこちなくなるのだ。軍隊って面倒だなっと今一度思った。

 それから二人はニ、三言葉を交わした。そして、
「それよりも冥夜様、武御雷をご用意致しました。なにとぞ……」
 ついに月詠中尉が本日の本題に入った。
「己の分はわきまえているつもりだ。一介の訓練兵には、吹雪でも身に過ぎるというもの」
 しかし、冥夜は当然のように断った。
「おやめ下さい。冥夜様には――」

「くどい! ……すぐに搬出いたせ。他の者が何事かと思うであろう」
「この武御雷は冥夜様の御為にあるのです。冥夜様のお側におくよう命ぜられております」
「……」
「どなた様のお心遣いかは冥夜様もご存知のはず……」
 悠陽だろ?などと武が口に出せば、今この場で睨み殺されかねない。武はただ黙って事の成り行きを見守っていた。

「どうか、そのお心遣い、無下になさいませぬよう」
 その言葉でなんとも複雑そうな顔をする冥夜。冥夜様、と懇願するように月詠中尉が口にする。
「……勝手にするがよい」
 結局、冥夜が出した答えはそんなものだった。
「ご承諾感謝致します……それでは私どもは失礼させていただきます」

 軽く頭を下げ、去ろうとする月詠中尉。後ろの三人もそれに続く。
「……」
 だが、案の定、武の前まで来たときその鋭い眼光で睨まれた。明らかに敵意を持ったその瞳。前の世界ではただ見送るだけだったが、今回は趣向を変えてみる。それにニッコリと笑ってみる。
 ――キッ。
 ……余計睨まれてしまった。

 そんな彼女たちが去った武御雷の前。冥夜が口を開いた。
「騒がせたな」
「んなこといいから、早くお前も強化装備に着替えてこいよ。多分、今頃みんな着終わってるんじゃないのか?」
 みんなと別れてすでにずいぶん経っている。武は女子更衣室のほうを指差し、冥夜を急かすのだった。



 さて、今度こそ207分隊全員がいなくなったハンガー。だが、武はその場に残り、武御雷を見上げていた。
 すると、背後に気配を感じる。足音なんかではない。ただ長い間戦いの場に身を置いていた武だからこそ気づく気配だった。
「……何か用ですか、月詠さん?」
「ッ! ……名を呼ぶ許しを与えた覚えはないな、白銀武」

 振り返るとそこには先ほどここを去ったばかりの月詠中尉たちがいた。おそらくできる限り気配を消していたつもりだったのだろう。そんなことをされるのも自分が彼女たちにとって最も警戒すべき人間だからだ。
「何をしている?」
 さきほどの驚愕の顔をすぐにしまい、すぐさま斯衛の者としての態度をとる月詠。それはこちらが少佐という立場であるのに威圧的でもあった。
「何をしていると聞いている」

 こちらが何も言わないともう一度問うてきた。
「何か言いたそうな顔をしていましたからね……」
「……間違いではなさそうだな」
「そのようですね」
 巴が答える。そして月詠が一歩武に近づいて、
「お前は何者だ?」
「国連軍少佐、白銀武ですが?」
「……とぼける気ですか?」

「――死人がなぜここにいる?」

 そう……この世界の白銀武はすでに死亡している。
「国連軍のデータベースを改竄して、ここに潜り込んだ目的は何だ!?そもそもどうやって少佐などという地位についたのだ!?」
 はっきりとした怒気をもって問い詰めてくる神代。
「……」
「……もう一度だけ問う。なぜ、死人がここにいる?」

 自分の事情を説明することは夕呼先生により強く止められている。
「城内省の管理情報までは手が回らなかったのか?それとも、追求されないとでも思ったのか?」
「冥夜様に近づいた目的は何ですか?」
 さてどうしたものか……。
 その時、身を刺すような寒気が前方から当てられる。数多の戦場を越えてきた今だからこそ分かる。これが一流の戦士が出す殺気というもの。もちろん、目の前の月詠から発せられているものだ。

「返答次第では、今この場でもう一度死――」

「――え?」

 そのとき、月詠たちの背後からそんな幼い声が聞こえた。振り返る月詠たち。武も月詠越しにその姿を捉えた。
 そこにいたのは目に涙を一杯溜めたアーリャの姿だった。驚きのあまりか口に手を当てている。

「タケル……殺すの?」
 ゆっくりとその瞳を向け、月詠に尋ねた。
「え、いや……その……」
(おお!)
 レアな光景だ。月詠中尉が動揺している。

 アーリャが月詠たちを避けて武のところまで走ってくる。そして武にぴったりと寄り添いながら、月詠たちを睨みつけた……その割には涙一杯の顔は迫力に欠けるものだったが。
 しかし、月詠たちには効果抜群のようだ。アーリャのその睨み付けで、一歩下がった。
「さっきのは、その……」
「……」
 ただ無言で睨む。それがかえって怖かった。そしてついに、

「い、いくぞ!」
「「「は、はい!」」」
 いくぞ……って、なんか悪者みたいですよ、月詠中尉。

 そして後ろの三人を連れて、気持ち早歩きで去っていく月詠。完全にその姿が見えなくなってから、アーリャが武のズボンに顔を埋めるようにして言ってきた。
「あのツクヨミ嫌い……タケル、殺すって」
「まあまあ、月詠さんだって本気だったわけじゃないんだ」
 ……多分。
 武はしゃがみこみアーリャの涙を自分の服の袖で優しく拭ってやった。泣き顔なんて可愛い顔が台無しだ。アーリャも素直にされるがままになる。

「そういえばお前って前から月詠さんのこと苦手だったな……なんでだ?」
 未来の世界でも月詠と武が話しているときは、武の後ろに隠れたりしていた。月詠からアーリャと仲良くなるためにはどうしたらいいかと真剣に相談されたほどだ。
 その問いにアーリャはうつむき加減でボソボソと、
「だって……あのときのツクヨミは……タケルのことが……」
「ん?なんだって?」
「な、なんでもない!」

 顔を赤くして武から離れる。そのことで首をかしげる武。だが、それからは何一つ答えてくれないアーリャだった。ただ「鈍感っ!」という言葉を残し、どこかに走り去ってしまった。
 思春期の娘は難しい、とアーリャに言われた事とはまったくの見当違いの方向で頭を抱える武だった。



夜。
「――というわけで、この娘は白銀の隠し子なわけ!わかった!?」
「っていきなりなんて説明してるんですか、アンタは!?」
「「「「「了解!」」」」」
「『了解!』じゃねえよ!!!」
 夕呼のそんな問題ありまくりの言葉から始まったA-01に対するアーリャの紹介だった。何人かがしっかりと頷いたりしてるのも問題だと思う。オレの年齢でこんな子供がいるならかなり問題だと思いますよ?
 ブーブー言う夕呼を横に寄せ、207分隊にしたように正式にアーリャを紹介した。

「白銀少佐に、幼女趣味があったとは……」
「宗像中尉~?」
「って築地が言ってました」
「い、言ってません!」

 築地も速瀬と同じように宗像にからかわれやすいタチのようだ。取れるんじゃないかと心配するほどブンブンと首を振って否定していた。

「ロ○○○なら彼女がいないのも納得……」
「だから、中尉~?」
「って速瀬中尉が思ってました」
「思ってないわよ!?」

 あんたは読心できるのかい。ってダメだ。この人相手に反応しすぎるといけないというのは今までの経験からわかっている。「む~な~か~た~!」と追いかけっこをしている二人は無視することにする。
 ふと目を横に向けると、風間と涼宮がアーリャと同じ目線になるようしゃがみ込み挨拶していた。
「あら、かわいい」
「よろしくね、アーリャちゃん」
「あ……はい」
 なんかこの二人と子供がいっしょにいるところを見るとなんか心が和む。

 その後アーリャはあっというまにA-01に囲まれてしまった。このような軍事基地にいるなら子供を目にする機会も少ないだろう。右、左、上からと次々とかけられる言葉に首をせわしなく動かし続けるアーリャだった。
「ほらほらお前たち、その娘が困っているじゃないか」
 パンパンと手を叩いて注目を集める伊隅。見事A-01の手綱を引いていた。
 今日はシミュレーターの前に全員で旧OSとXM3との比較映像などを見て、より両者の違いをはっきりと認識したりすることとなる。最初、武は口を出さない。A-01部隊だけで話し合うのだ。その後、シミュレーターでよりその違いを意識して動かしていくことになる。


 彼女たちがXM3搭載型不知火の動きを映像で見ているとき、武と夕呼は少し離れたところで壁にもたれかかっていた。
「で?なんで先生がこんなところにいるんですか?」
 この夕呼が訓練の様子を見に来たりすることなど滅多にない。それだけに今ここにいるのが不思議だった。
「いや、あんたにこの娘のことでね」
 そう言って、武の横にいるアーリャに目を向けた。
「『00Unit:Second』って、『First』より多少は機能が上がってるのよね?そこら辺をもう少し説明してもらおうと思って」

 いつもなら武を部屋に呼ぶというのに、今回は自らが足を運んでいる。いったいどういう風の吹き回しか。
「べ、別にー?……ただ、あんたは昼は207分隊で、夜はA-01で忙しいみたいだし……」
「?」
「あ、あたしもたまにはA-01の様子を見とこうかと思っただけで……」

 なんかいつもの夕呼ではない。何か悪いものでも食べたか?
「……!」
 今度は下から何か気配を。見ると、アーリャが夕呼のほうに微かに敵意の篭った目を向けていた。
「いいから早く説明しなさい!」
「はいはい」
 まあ、そんな些細なことはいいか、と催促されるがままに説明する武だった。

「まずはリーディング能力とプロジェクション能力の強化、それと保存機能ですね」
「それは一体どういうものなの?」
「例えば、今の霞のリーディング能力は対象の思考や感情を‘イメージ’や‘色’として読み取りますよね?アーリャはその読み取ったものから普通の人間が理解できるようにする変換……その変換がより明確になっているわけです。そして他者が感じていることをほぼ完全に第三者にプロジェクションすることができます。そして保存機能とはそれらリーディングしたものをその名の通り、保存していつでも取り出し可能にできることです」
「ふ~ん?」
 まあ、これは実践したほうが早いだろう。A-01部隊の中から比較的近くにいた宗像と速瀬を呼び寄せる。

「なんですか?」
 近づいてくる二人には気づかれないように、アーリャの耳元に口寄せ、
「アーリャ……保存感情TYPE04-23だ」
「……ん」
 二人をじっと見つめるアーリャ。
「「?」」
 その行為に首をかしげる二人だったが、次の瞬間、

「「っ!」」
 今まで見せたことのない超速スピードで腕を自分の胸のところまで持ってきた。そして足も内股に。それはまるで自分の体を隠すようで、見る見るうちに顔が赤くなっていく二人。そして、
「「しし、失礼します!」」
 二人してミーティングルームを出て行ってしまった。

「……今のは?」
「非常に内気な訓練生が始めての強化装備姿を好きな相手に見られた瞬間の感情です」
「……あんた、あたしの部下で遊ばないでくれる?」
 非常に呆れた顔の夕呼。宗像には先ほどの復讐。速瀬は……近くにいたのが不幸。まあ、運がなかったとしてあきらめてください。まあ、後でアーリャを使って何とかしておこう。感情の操作では記憶をうやむやにすることもできる。

「それにしても非常に限定的な感情よね?何、アンタの趣味?」
「いや俺じゃなくてサクシャの……イエ、ナンデモナイデス」
「?……まあいいわ。アンタの言ってたことは伝わったから」
 突如この世界の創造主を敵に回したような悪寒に襲われた武だった。

「本来なら戦場で自分の感情をコントロールしたり、仲間の死で錯乱状態になっている奴に使ったりするんですけどね」
 感情こそ人間の力の原動力だ。『哀』で戦えるものは数少ない。『喜』『楽』で闘えるのは戦闘快楽者だ。やはり、力をいつも以上に引き出すのは『怒』だ。または『憎』、『怨』などの負の感情。しかし、これらは人の精神を破壊しかねない。滅多につかったりはしない。それに有効距離は非常に狭い。戦場では武専用のようなものだ。

「後はODLの劣化が『First』に比べ非常に遅くなっていることぐらいですかね?」
 レーザー照射を受けたり、ラザフォード場にBETAの干渉を受けたときなどの劣化が非常に遅いということだ。それはこの世界に来て20日以上浄化処理を受けていなかったのにアーリャが停止していないことからも分かる。まあ、それは「伊邪那岐」内部の簡易浄化処理装置も関係しているのだが。

「アーリャが送ってくれたのは‘Second’の方なのよね?」
「そうです」
 よし、とグッと握りこぶしを作る夕呼だった。

 こうしちゃいられないわ、と壁から背中を離し、出口に向かう夕呼。その背中に、
「頑張ってください」
 それに振り返らず、片腕だけ上げて答える夕呼だった。



 A-01部隊のシミュレーター訓練も終わったシミュレーターデッキに一人残る武だった。シミュレーターも停止したここは薄暗く気味の悪いくらい静かな空間だった。カツカツと後ろから誰かが近づいてきた。
「タケル」
 アーリャだった。
 武は目を通していたA-01の操作記録から目を上げる。
「どうした?」

「タケル、今日のシミュレーター……」
 今日はずっと見物していたアーリャ。速瀬なんて「こんな小さな娘には、いいとこ見せなきゃ!」といつも以上に張り切っていた。そして、武対小隊規模の模擬戦闘数戦。結局は武の全勝だったのだが、なかなかいい動きをしていた。しかし、

「――本気出してなかったよね?」

 アーリャはそう評した。
「……やっぱお前には分かるか」
「うん……アレくらいなら『伊邪那岐』さえあれば私でも……」
「ま、仕方ないさ。相手は第三世代機でXM3に触れてまだ一月経ってないんだ」
 アーリャが見てきたのはずっと武の機動だ。それに慣れていると、彼女たちの動きを未熟と評しても仕方ない。

「やっぱ動かさないと体は鈍るよな……アーリャ、少し頼んでいいか?」
 そして、シミュレーターのほうを指差す武。アーリャはそれだけで武が何をするかを理解した。


 シミュレーターに電源をいれ、その中に入る武。レバーをしっかりと握る。
『‘どれ’をやる?』
 通信機越しのアーリャの声。それに、

「――月面‘雨の海’北端、フェイズ7ハイヴ『エラトステネスハイヴ』」

 その言葉で急速にカリカリと音を発し始めるシミュレーター。アーリャがシミュレーターの中に入り込み、中のデータを急速に書き換えているのだ。
 しばらくして網膜に映し出される風景。
 ――そこは宇宙、今やBETAに乗っ取られた月だった。
                                 つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 15
Name: テンパ◆6b0bda51 ID:20e2b231
Date: 2013/01/14 19:53

『機体は?』
「’森羅(しんら)’で頼む」

 贅沢を言えば「伊邪那岐」を使いたいが、あれを操作するにはこのシミュレーターでは必要なレバー、そのほかの必要な装置が圧倒的に足りない。そもそも普通の戦術機にはない変形機能などをもっているのだ。普通のコックピットで操ることは不可能だった。さらにあれには日本の戦術機には標準的に装備されていないものも武装してあるのだ。日本製の今のシミュレーター機で操ることは到底無理なのだ。

『小隊メンバーは?』
「月詠真耶、月詠真那、篁唯依、紅蓮醍三郎、神野志虞摩、紅の姉妹(スカーレットツイン)」
 その言葉の後、武の機体の周りに6機の戦術機が順番に浮かび上がってきた。武も入れて二個小隊規模。機体もカラーリングもバラバラ。いずれもこの時代には存在しない機体だ。彼らは人類でも武の本気の機動にある程度ついてこられる数少ないメンバーである。まあ、今周りにいるのはアーリャの中にあるデータを基にしたゴーストであるのだが。
 武を中心に布陣するそれらはある種、荘厳ですらあった。

「よし」
 目の前に聳え立つ地球上では考えられない規模のモニュメント。それがこちらに威圧感を与えるように天を衝いていた。地球上最大ハイヴがオリジナルハイヴである喀什(カシュガル)ハイヴでフェイズ6という分類だ。しかし、このエラトステネスハイヴはそれを超えるフェイズ7である。
 ゆっくりとフットペダルを踏む。月の重力は地球での六分の一であるのだ。地球上と同じ調子で踏んでいては遥か上空まで飛んでいきかねない。慎重にフットペダルの踏み具合と跳躍ユニットの出力を調整する。

「さーて……」
 それが終わるともう一度ぐっとレバーを握り直した。
「久々に本気出してやってみますか」
 7機の戦術機が一斉にハイヴに向かって動き出した。



 さて、この光景を現代の衛士たちが見たらなんと言っただろう。
 単純な驚きや称賛の声では足りないだろう。
 それほどまでにこの小隊の動きはすさまじかった。まるで嵐のようにハイヴ内を縦横無尽に駆け回る。すでにハイヴに突入してから二時間。すでに殺したBETAは二万に届こうとしている。必要最低限な戦いで、ひたすら前に進むだけでこれなのだ。小隊の動きもだが、フェイズ7ハイヴのBETA数がどれだけ尋常ではないかわかるだろう。
 今は反応炉までの道程30%といったところだろうか。ここにたどり着くまで一機も失っていないこの小隊のメンバーは最早異常というほかない。

『特殊振動を感知。前方のホールに母艦(キャリアー)級が三体集結してる』
 オペレーターが代わりのアーリャの声。その知らせに舌打ちする。母艦級の積載BETA数はその名の通り尋常ではない。それが三体も集まっているとは。この先のホールがBETAで埋め尽くされてしまう。
「まったく、月を穴だらけにするつもりか……」
 そんな母艦級に悪態をつき、同時に手元で別のルートを検索。推進剤も弾薬も無限ではないのだ。ここはルート変更が吉だろう。すぐに一番BETA配置数の少ない一本が選ばれた。ここからでは一度後ろに下がる必要がある。

「一度後ろに下がる!」
 小隊長である武が反転を指示。すぐに小隊が順次反転する。彼らはデータであるため声は必要ないが、こういうときに声をだしておかないといざというとき出ないものだ。
 振り返りざま、すぐ後方に迫っていた戦車級を長刀で一閃。刃についた血を払いながら飛び上がった。
『急がないと母艦級がそっちにいっちゃうよ?』
「わかってるよ」

 前方には3万規模のBETA群。まるで壁のようだった。その壁に一機の戦術機が穴を開けた。前方に群がるBETA共に正確無比な射撃で一発も無駄にしない。種族別にどの部位にどれほど弾をくらわせれば、その活動を止められるかを熟知している。武とはまた違った三次元機動。その身を空いた空間に滑り込ませる。脚部についたハイパーカーボン製のブレードが着地後、付近にいた小型種を切り裂く。
「さすがは’紅の姉妹’のゴースト……」
 あの機動を持って、あそこまで正確な射撃ができるのも複座型で役割分担をしているがため。あの銀髪の姉妹の姿を思い出した。

 彼女たちに続くように二人の月詠が長刀を構え、突貫した。まるで鏡のように左右対称な動きで道を切り開く。
「負けちゃいられないな」
 突撃砲で足元のBETAを一掃。着地。脚部の衝撃拡散機構と衝撃吸収剤がすべての衝撃をなくしたのを確認して、すぐに飛び上がる。
 さあ、まだまだ先は長いんだ。武は一度額の汗をぬぐった。



 それからさらに三時間。
 ハイヴ内に残っているのはすでに武の’森羅’ただ一機だった。一機ではもう前に進むことはできない。武は40分ほど前から同じホールでBETAの相手を続けていた。この小隊ですら実質もって四時間程度。これがフェイズ7ハイヴの実情だった。
 すでに突撃砲は弾切れで放棄している。残った装備は、短刀が一つともうほとんど切れなくなった長刀だった。普通の衛士なら死を覚悟し、あきらめてしまうかもしれない。しかし武は、一匹でも多くのBETAを、とさっきから戦い続けていた。

 大きく跳び上がったとき、このホールの入り口付近に朽ちた紅蓮の戦術機を見つけた。やはりデータというべきか。咄嗟の判断が追いついていないし、細部の動きも実戦での本人とは違っていた。刻一刻と変化する戦場ではデータなどあまり意味のないものだ。
 着地後、すぐに要撃級がその腕を振るってきた。一撃でも食らえば、すぐにスクラップになってしまうその一撃を避け、歯を食いしばった顔にも見える尾節をぶった切るつもりで長刀を振るった。しかし、とうの昔に耐久限界のきていた長刀。その一撃は相手を半分も切る前に止まってしまった。動きの止まった’森羅’に群がる突撃級。

「っ!」
 一瞬の判断で長刀の破棄を決定。柄から手を離し、跳躍ユニットを使ってすぐに跳び上がった。さっきまで’森羅’がいた場所が一瞬にしてBETAで埋め尽くされる。
 空いた左手で短刀を構える。
(着地できるところは!?)
 すでに突撃砲は放棄しているので、36mmで足場を確保することは不可能だ。だが、右を見ても左を見ても上も下もすべてBETAで覆い尽くされていた。まるでBETAの絨毯だ。下ではBETA共が今か今かと’森羅’のことを待ち構えていた。400m先に空いた空間を見つけたが、そこまでは到底推進剤がもちそうにない。
 どうする、と考えたその一瞬の警戒の喪失、そのとき’森羅’が強い衝撃で揺さぶられた。

「!?」
 網膜に映る映像に一瞬だけノイズが走る。そして、次に映し出された光景で一体何が起こったのかを理解した。
 それはBETAの雨だった。天井に張り付いてたBETAたちが一斉に降ってきたのだ。’森羅’はどうやら戦車級の一撃をもらってしまったらしい。
「くそ!」
 慌てて体制を立て直す。左右の跳躍ユニットと機体を器用にひねることで、次々と降ってくるBETAを避ける。しかし、それもずっとは続かなかった。ついに突撃級の強烈な一撃をくらってしまう。
 突撃級とともに急速に落ちていく’森羅’。背中から地面に衝突。強い衝撃が武を襲った。網膜に映る映像とけたたましい警報音で知らされる機体異常。どうあがいてももう動かせない状態だった。

「……ここまでか」
 大きく息を吐く。なんとか生きていたメインカメラが’森羅’に群がる無数の戦車級を映しだす。その強靭な顎が次々と装甲を削っていく。
 それを見て、
「へっ……」
 もうすでになにもできないというのに、武は不敵に笑った。
「タダじゃ……死んでやらねぇよ!」
 ――そして強くS-11の起爆スイッチを押すのだった。



 停止するシミュレーター。そこから武が出てきた。
「お疲れ、タケル」
 その武に近づいていくアーリャ。だが、労いの言葉はそれだけで、
「やっぱり、なまってる」
 ジトーっとした目で見られてしまった。

 確かになまっている。吹雪に慣れた体でいきなり’森羅’に搭乗したことも原因ではあると思うが、明らかに腕が落ちてしまっている。これがかつてはフェイズ9ハイヴを落とした男の実力であるというのか。これは本格的に鍛えなおす必要があるようだ。
「また付き合ってくれるか?」
「うん」
 武の頼みごとに二つ返事のアーリャだった。

 そのアーリャの頭に手を乗せ、ほめるかと思ったが違った。だが、と口にし、
「――なぜ、’あいつら’を出さなかった」
 顔を上げるアーリャ。
「アレが出たら今の武ならさっきのシミュレーター……’二時間’もたなかったよ?」
 さっきの時間の半分以下。確かに今の鈍った腕では’あいつら’の相手を森羅でするのは骨が折れる。リハビリがてらシミュレーターをやって徐々にレベルを上げていくことにしよう。

 アーリャの気遣いに礼を言う。
「さあ、もうこんな時間だ。今日はとっとと寝ちまおう!」
 見ると、日付は当の昔に変わっていた。こんな時間まで付き合ってくれたアーリャに感謝する。だが、アーリャだって10歳そこそこの女の子。この時間は布団にいることが当然だ。すぐにシャワーを浴びその日は眠りにつくのだった。

 余談だが、アーリャは武の部屋に運び込まれた簡易ベッドで寝ることとした。



 次の日の朝。PX。
「……これは一体どういう状況なの、白銀?」
「いや……オレにも何がなんだか」
 そういう武は右にアーリャ、左に霞がそれぞれ武の服をつかんでいた。武が歩くと、それについていくように二人も歩く。なぜこんなことになっているのか。

 朝。武は寒さで目を覚ました。寒かったのも当然。体を起こすと、目の前に武の布団の両端を握ったアーリャと霞が睨み合っていた。……いや、睨み合っていたというのは語弊があるか、実際はアーリャが「う~」っと唸っていただけで、霞は無表情そのものだった。
 なぜそんなことになっているのかわからないまま、着替えて部屋を出ると、なぜか二人が服をつかみついてきた、という次第だ。

「あのーお二人さん?……そろそろ離してくれないとご飯食べれないんだけど?」
 その武の言葉でしぶしぶといった様子で手を離す二人。
 そしていつもより一人多いメンバーで朝食を食べ始めた。


 霞は自分の前にある朝食を片付けながら、武とアーリャのほうをたびたび見ていた。
 昨日、いつものように武を起こしに行って見た光景。それが霞の中でいつでもなくならず、ずっともやもやした気持ちで昨日一日を過ごした。
 霞にとって白銀武という男は、自分に初めて裏表のない笑顔を向けてくれる存在であった。ある日、鑑純夏のいるあの部屋にやってきて、あっという間に霞の内側へと踏み込んできた人。武の中に見た、彼を毎日起こす自分。彼女も毎日彼を起こしていくうちに、どんどんとそれが楽しみになっていた。
 
 だから今日もいつものように彼を起こすつもりだった。しかし、部屋に入って最初に見たのは、今にも彼を起こそうとしていたアーリャという少女。それを見た瞬間、霞の中に昨日と同じもやもやした気持ちがまた発生するのだった。それが’嫉妬’という感情だと彼女が理解するのはもっと後になってからである。


「タケル……豆腐がつかめない」
 アーリャが膨れ顔で自分の皿を見つめていた。見るとアーリャの皿にある豆腐の半分がボロボロに形を崩してしまっていた。「あ~あ」とそれを見て声を漏らす武。
「こうなる前に呼べっての……ほら、皿をこっちに」
 アーリャから手渡された皿を手に、武は崩れた豆腐を器用に箸で集め持ち上げた。そして、
「ほら……あ~ん」
「あ~ん」

 ――ビキッ!

「「「「「……」」」」」」
 そのときPXの空気にひびが入った。特に207分隊が食事を取っている付近で……。
「!」
 うさ耳をピョコンとさせ、さきほどの行為に驚きを表す霞。そして目を自分の皿に向け、至極真面目な顔で目の前の豆腐に挑戦。
「……」

 ……見事、つかめてしまった。

「……」
 うさ耳が力なく垂れ下がった。表情は変わらなかったが、その姿は落ち込んでいるようにも見える。
 だが、次の瞬間名案を思いついたと、うさ耳が勢いよく跳ね上がった。そして、自分の皿にあったさば味噌を箸でつかみ、
「白銀さん……」
「ん?」
「……あ~ん」
 それを武に差し出すのだった。

 ――ビキッ!

「……あ、ああ」
 武は差し出されたそれを見て、次に周囲の反応を確認した。
「「「「「……」」」」」
 しかし、周りは黙って自分の食事に専念していて、その姿は「ワタシ、キョウミアリマセーン」状態だった。ただ、武の目にはそう映ったかもしれないが、その実、みんなはことの成り行きに興味津々だった。耳はダ●ボ状態で、チラチラと二人の様子を盗み見ている。
 いつまでも引っ込めようとしない霞に、ついに武はそれを口にした。

 ――‘ブチッ’!

 何かが切れる音がした。
「……おいしいですか?」
「あ、ああ。おいしいよ」
「……よかったです」
「!」
 今度はアーリャが驚きを表す番だった。そしてあわてて自分の皿を見る。しかし、残念かな、そこにはすでにさば味噌は残っていなかった。アーリャは好きなものは最初に食べてしまうタイプなのだ。
 ズーンと沈むアーリャ。

「「「「「……」」」」」
 気味の悪いほど静かなそんな朝食だった。



「怖い怖い!お前らめちゃくちゃ怖いって!!!」
 そう言って自分の吹雪を必死に操る武だった。

 なんでこんなことになっているのか、すべては彼女たちの提案から始まった。
「一度、教官殿と模擬戦闘をしてみたいのですが」
 突如、榊がそんなことを言ってきた。なぜわざわざ白銀と呼ばず、教官殿と呼んだのか気になったが、ここらでひとつ相手をしてやるのもよいかと考えた。二つ返事で了承し、少々今日の訓練内容を変更して、彼女たちの相手をしてやることになった。
 だが、そこで気づくべきだったのだ、彼女たちの周りから黒いオーラがにじみ出ていることに。

 そして彼女たちと向かい合い初めて気づく身の毛のよだつような強烈な闘志(殺気)。
 冥夜と彩峰の吹雪が、戦闘開始と同時、弾丸のような速度で武の吹雪に迫ってきた。交互に繰り出される剣戟。殺気すらこめられていると感じるそれらの攻撃に、
「お、お前らめちゃくちゃ気合入ってない?」
『『……』』
「せめてなんか答えて!」
 
 それをさばいていた武だったが、戦術機が警報音で照準されていることを知らせる。見ると、ビルの上から武の吹雪を狙っている美琴と榊。未だ味方である二人が隣接しているにもかかわらず、撃ってきた。それは新兵にありがちな友軍誤射の恐怖を感じさせない見事なものであり、しかも狙いも正確。いつもなら褒めるところだが、今の武にそんな余裕はなかった。後衛の二人は、上手く前衛の二人と協力しながら武を追い詰めていった。

 このままではいけない。そう思った武は猛撃の一瞬の隙に後方跳躍。すぐにビルの陰に隠れるのだった。しかし、
 ―――ドンッ!
 目の前のビルが粉々に砕け散った。
「っ!?タマか!?」
 飛んできた弾頭角度から狙撃位置を特定。その方向を見ると、はるか遠くにたまの吹雪が狙撃銃を構えていた。

 ……やばい。完全に包囲されている。近距離は冥夜と彩峰、中距離を榊と鎧依、遠距離はたまと完璧な布陣だった。
 彼女たちを訓練生とあなどっていたのが間違いだった。訓練でも見せたことのないような技の数々。連携の練度。何が彼女たちをこんなに団結させるのか。
 武は手を抜いている場合ではないと、本能で感じた。


「珠瀬! 狙撃位置がばれたわ! すぐにその場から移動して、今から送る地点を狙える別の狙撃ポイントを確保して!」
 千鶴は迅速に、また的確に指示を出した。
『了解!』
 すぐに珠瀬のマーカーが移動を開始する。それを確認して、すぐに次の指示を出した。

「鎧依はこの地点に先行して、待機。私を含めて残りの三機で敵機をこの地点に誘い込むわ」
『『『了解!』』』
 鎧依が白銀に向けていた突撃砲を抱え、指定した地点に向かう。
「誘い込んだ後は私が敵機に近接戦闘を仕掛ける。それを第一の囮として、次に鎧依が敵機の後方から突撃砲で支援。それが第二の囮で、最後に……珠瀬!」
『はい!』

「あなたの一撃が本命よ」
『わかりました』
 網膜に映った珠瀬の顔は、そのプレッシャーをものともしていないようだった。
「御剣! 彩峰! この策が成功するかはあなたたちの近接戦闘能力にかかっているわよ!」
『了解した!』『任せて……』

そして次の言葉を最後に通信を終了する。
「作戦名は『あ~ん野郎に死を(シロガネゴートゥヘル)』よ!」
「「「「了解!」」」」
 この日彼女たちは白銀を後一歩というところまで追い詰めるという快挙を為す。横浜基地では、後にこれを『あ~ん事件其の一』と呼ぶこととなる。



「宗像~?」
「なんですか?」
「あたしってば昨日……すっっっっっっごい恥ずかしいことやっちゃった気がするんだけど」
「……速瀬中尉も、ですか」
 シミュレーターに入る前、そんなことを話している二人が目に入った。そして昨日の二人の様子を思い出す。
 
 あれは中々に面白いものだった。アーリャを連れて、まず速瀬中尉の部屋を尋ねたとき、彼女は布団で体を覆い隠し、鼻から上の部分だけを布団から出すという格好であった。。頬は紅潮し、涙目でこちらを見る速瀬を可愛いと思ってしまったのは秘密だ。さらに宗像。彼女は物陰から顔だけ出すという普段の宗像なら絶対に見れないであろう姿を見ることができた。くそっ!カメラに収めておけばよかった!と今さらながら後悔する武であった。
 このとき、武の心の内を読んだ霞がジトーっとした目を後ろから向けていたことに武は気づいていなかった。


 A-01とのいつもの演習が終わって、武の部屋。そこには今日一日ずっとついてきた霞までもが一緒にいるという事態だった。
「えっとー……」
 霞は黒の軍服を着替え、寝巻き姿で大きな兎の人形を抱えた状態で武の前に立っていた。
「……ここで寝るつもり?」
「……(コクン)」
 
 服を引っ張られる。そっちを見るとアーリャが必死に首を振っていた。
「いや、そんな意思表示されても……」
 幼い少女二人組みに板ばさみにされ、困る武。
 そのとき、その状況から彼を救い出す女神が現れた。

「――白銀少佐」
「ピアティフ中尉!」
 部屋に入ってきたのは夕呼の秘書兼オペレーターのイリーナ・ピアティフ中尉であった。
「香月博士が呼んでいます。至急、博士の部屋に来てほしいそうです」
この基地で夕呼とたびたび会う関係上、これまでも何度も会っているが、武を呼びにきたのは初めてだった。おそらく霞がいつまでたっても帰ってこないので仕方なくピアティフに頼んだのだろう。

「じゃ、ちょっと行ってくる。ここで待っててくれ」
 そう言って二人を残し、ピアティフと二人、夕呼の部屋を目指して歩き始めた。
 部屋から大分距離があいてから、武はようやく一息ついた。
「なぜ社さんとあの娘が少佐の部屋に?」

 ピアティフがそんな武に質問してきた。ちなみに彼女はアーリャが00Unitだということを知らない。この基地でも知っているのは武と夕呼のみだ。
「アーリャは昨日からオレの部屋で寝てますが、なんでか霞までオレの部屋で寝るって言い出しましてね」
「まあ」
「で、いったいどうしたもんかと」

 困り顔の武を見て、ピアティフがクスクスと笑った。
「いいのではないですか?それだけ好かれているということなのでしょうから」
 うーむ、事はそんなに簡単なことではないのですよ、とより困り顔になる武だった。その顔を見てさらにクスクスと笑うピアティフ。今まで事務的な態度でしか武に接してこなかったピアティフ。そんな彼女がこんな反応をするのを武は初めて見た。

 ピアティフ本人にとって白銀武とは、ある日突然夕呼の元を訪れた謎の人物だった。衛士として異常な腕も知ってるし、あの謎の機体「伊邪那岐」の衛士である。夕呼本人に彼を探ることは禁止されている。彼女は彼のことを図りかねていた。
 しかし、そんなときにただの二人の幼い少女を前にして、困り顔になる彼。その瞬間、彼をとても身近な存在に感じてしまった。そして、そんな姿を年上の自分から見てかわいいと思うのであった。


 夕呼の部屋に近づくと、私はこれで、とピアティフはどこかへ行ってしまった。
「失礼します」
「……来たわね」
「何ですか?こんな夜遅くに?」
 そんな武に夕呼は書類の束を投げて寄越すのだった。

「あんたに頼まれてた件のことよ」
 ああ、’アレ’か。
「一応、あたしの子飼いの特殊兵器開発部に預けといたわ。富嶽と遠田技研に一つ、三菱に一つよ。あー、河崎には『伊邪那岐』のスペアパーツを頼んでるから」
「どれくらいかかりそうです?」
「さぁてねー? でもあれを見せた途端、目の色変えてたから、案外早くできるんじゃないの? まあ、さすがに間違いなく次の作戦には間に合わないでしょうけど」
 次の作戦。甲21号制圧作戦のことだ。
 まあ、それに間に合わないのは仕方ないとしてあきらめることにしよう。アレを早期に開発して、帝国軍と斯衛軍にその力を見せつけ、正式採用にこぎつければ、日本主導でBETA殲滅の指揮をとることができる。まずは確実に開発するということが重要なのだ。

「そういえばあんた、社はどうしたのよ?」
 ああ、そうだ。霞がいきなり武の部屋で寝るといい始めたことを夕呼に相談しないといけない。

「……というわけなんですよ」
「ふ~ん……ま、別にいいんじゃない?」
「え、いいんですか!?」
 せっかく相談したというのに夕呼の答えはさきほどのピアティフと変わらないものだった。
「あの娘が自分のしたいことをはっきりと意思表示するっていうことはあまりないことよ」
 た、確かにそうかもしれない。
「こんな時ぐらい好きにさせてやりなさいよ」

「で、ですけどねー」
「何? やっぱりロ○○○だから、手を出しそうで不安なわけ?」
「……はぁ、わかりましたよ」
 しぶしぶと承諾する武だった。

 この日から武は二人の少女に挟まれ寝ることとなる。どうしよう、なかなか寝付けない!
                                                              つづく 



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 16
Name: テンパ◆790d8694 ID:20e2b231
Date: 2013/01/14 19:58

「タケル……豆腐――」
「どうぞ!アーリャちゃん!」
 再び豆腐に苦戦しているアーリャが、武にSOSを出そうとしたら、たまがスプーンを差し出してきた。笑顔が怖い。
 あまりの迫力で一瞬引いてしまうアーリャ。恐る恐るながら、たまからスプーンを受け取り、それで豆腐を食べ始めた。

「白銀さん……」
「社、自分の分を武に差し出すとお腹がすくだろう……どれ、私がこのニンジンを分けよう」
「私も分けてあげる……」
 今にも自分の分のおかずを武に差し出そうとしていた霞だったが、冥夜と彩峰の提案にあわてて箸を引っ込めるのだった。

「……怖い」
 武がポツリと言ったその言葉。アーリャと霞は競い合うことも忘れて、ビクビクしながら朝食を食べていた。

「……」
 武が空になったグラスにお茶を入れてこようと立ち上がったときだ。二人の正規兵がこちらを見ているのに気づいた。
(……またか)
 武はその二人をみてうんざりした。そして、すでに空になっていた自分の食器を持って、
「すまん、オレ夕呼先生にちょっと呼ばれてるんだ」
 その言葉で顔を上げる霞とアーリャ。この二人は武が呼ばれていることなど聞いていない。
「こいつらは置いてくから、ピーマンとニンジン嫌いをどうにかしてやってくれ」

 その言葉で泣きそうな表情を作る二人。武はそんな二人を無視してカウンターのほうへ食器を持っていった。

「おい訓練生」
 あいつらは案の定、武に声をかけてきた。しかもどうとっても好意的には思えない態度で……。ちなみに訓練生といったのは武が白の訓練生の制服を身に着けていたからである。(理由は12話を見てもらいたい)
「何でしょうか、少尉殿?」
 武はわざと訓練生としての態度をとった。
「聞きたいことがある」

 相手のその態度で武の想像が間違っていなかったことを確信した。 
「ここでは邪魔になりますから、ここを出てからでどうでしょうか?」
 武がいるのはカウンターの前。視線を動かすと、食事を受け取ろうとするものや、武のように空になった食器を持ってきているものたちがいた。
 正規兵二人もそれをみてうなずく。そして武を連れてPXを出るのだった。
 
「ここでいいだろう」
 正規兵の言葉で歩みを止める武。確かにここなら多少騒ぎになってもPXまで届くことはないだろう。振り返りざま聞く。
「で、なんでしょうか?」
「あのハンガーにある帝国の新型だよ」
 やっぱりか。
「ありゃいったい誰のだ?お前の部隊の誰かなんだろ?」
 こんなやつらをなくすためにあの日この横浜基地を襲ったというのに、こいつらには無駄だったようだな。 

「……それはお前らが知る必要があるのか?」
「ああ?」
 突如訓練生らしからぬ口をきく武に怪訝な目を向ける少尉。
「そんなことを知ってBETAに勝てるかって聞いてんだ」
「おいおい、こいつはおもしろい訓練生だな~」
 
 武に一歩近づいて、
「フンッ!」
 いきなりボディーブローを放ってきた。
「……」
 だが、それを予期していた武は、その一撃をなんなく受け止める。
「!?」 

 逆に胸倉を掴み、足を払って地面にたたきつけてやった。
「がっ!?」
 そして怒気をこめた声で言ってやる。
「あいつらはこの世界を守ろうと必死になってんだ……その邪魔をしないでもらえるか」
 年下とは思えない、武の放つプレッシャーにコクコクと何度も声を出さずにうなずく男。それをみてから男を引っ張り上げ、もう一人の女のほうへ突き飛ばしてやった。そして視線だけで「行け」と命令する。
 二人はこちらに振り返ることなく逃げていった。

 完全に姿が見えなくなってから臨戦モードを解除。
「ま、これであいつらも懲りるだろ」
 さて、どうするか。彼女たちには夕呼に呼ばれていると説明したが、もちろんそんなことはない。こうなったら仕方ない。夕呼の部屋へといって、訓練が始まるまでコーヒーでもごちそうになるとしよう。足をそちらへと向ける武だった。

 
「……」
 そのすぐ近く。曲がり角のそばで赤い軍服を着た女性が一人立ち尽くしていた。 



 ――サッ! サササッ!
 その日武の部屋に、三人の侵入者が入り込んだ。
 斯衛軍第19独立警護小隊所属、神代 巽、巴 雪乃、戎 美凪の三人である。ここにいたるまでの道程、警戒を厳にし、誰一人に見つかることなくこの場までやってきたということから彼女たちの目的がただ事ではないと分かる。
 
 彼女たちは今回、白銀武、その人の正体を探る物品を見つけるためこのような行為にでた。前回の尋問は思わぬ人物の介入により失敗に終わったからだ。ちなみに月詠には秘密である。斯衛の軍人にとって不審人物とは言え、相手は国連軍の将官。しかも少佐という地位だ。そのような人物の部屋に所属の違う軍人が忍び込むことは重大な規律違反だ。ばれれば国連軍から斯衛軍に正式に抗議がいくかもしれない。だが、彼女たちは「見つからなければどうということはない(ですわ~)」という結論に至り、この作戦を実行した。

 誤解無きために言っておくが、彼女たちがこのような蛮行に及んだのも国を、月詠を、そして御剣冥夜を思うが故である。この世界の彼女たちはバカではないのだ。そう、バカでは……(大事なことだから二回言いました)。

 この時間、白銀は207分隊の訓練を見ている。数日の調査で彼は朝食を食べた後は、部屋に戻らず訓練に赴くことが分かっている。万が一にでもこの部屋に帰ってくることはないだろう。
 さっそく三人がかりで捜索を開始。なんとしてもあいつの正体を見破るものを見つけるのだ。三人は気合を入れて探し始めた。


 ――探索開始から五分。たった300秒。それだけである程度この部屋のことは調べつくしてしまった。
「物が少なすぎ!」
 そうなのだ。白銀という男、部屋に私物が一切と言っていいほどないのだ。あるのは備え付けの机にベッド。なぜか折りたたみ式の簡易ベッドが二つ。正規兵と訓練兵の服のスペアがいくつか。なぜかサイズが極端に小さい女性物の軍服のスペアがいくつか。これ以外に生活必需品以外の物はほとんどない。
「あの男、趣味とかないんですか~?」
 戎が不満顔で、先ほど調べた軍服をハンガーにかけた。これにも特に怪しいものはなく、別段普通の国連軍支給の軍服だった。

 物品から奴の正体を探るのは不可能か、とあきらめかけたその時、
「ねえ、これ見て!」
 机周辺を調べていた巴が声を上げた。すぐに近づく神代と戎。一体何事かと巴を見れば、彼女は見たこともない機械を手にしていた。

「何だそれ?」
 左に十字の形をしたボタン。右にはA、Bと彫られた丸いボタンがあった。その真ん中には何かを映すのか長方形の画面がある。
「GAME、GUY……ですか?」
 ちょうど画面の下に書かれてあった文字を戎が読む。
「え?GAMEってあのゲーム?」
 巴が不思議に思うのも仕方ない。彼女たちにとってゲームとは双六(すごろく)やトランプを言うのだから。こんな大層な機械でやるものがゲームだとは到底思えなかった。

 ほかにも何か情報はないかと機械を弄り回していたら、いきなりスイッチが入ってしまった。突如鳴り響く音。
「うわっ!」
「なな、なんですか~?」
 そして画面に浮かび上がる鮮明な映像。
「なにこれ……すごい!」
 それは三人が今まで見たこともない技術で移しだされる映像。様々なものが映し出された後、バルジャーノンという文字とともに、START、LOAD、OPTIONなどの文字が浮かび上がった。

「なんです?これは……」
「ん~、STARTでいいのかな?」
 えいっ、と特に何も考えずにボタンを押す。ちなみにこのときAボタンを押したのはただの勘だ。
「わっ!何か出てきた!」
「戦術機、ですか?それにしては見たこともない機体ですけど~」

 とりあえず何か押してみることとした。十字のボタンを押すと、押した方向に画面の戦術機が動いた。どうやらこれで操作するようだ。ほかのボタンも押してみる。
「わわっ! 何かすごいの撃った!」
「か、荷電粒子砲? でもそんなのどこでも実用化なんて……!」
「あれ? 画面の端から別のやつがでてきたよ……って撃ってきた!撃って!」
「敵ですよ!敵!さっきの荷電粒子砲で!」
 あわてて戦術機を操作する巴。巴の操る戦術機の荷電粒子砲が命中。見事敵を撃墜することに成功する。
「……なにこれ?新手のシミュレーター?」
 この機械の正体について考える。しかし、画面上では新たな敵機の姿が、とても考え事する余裕なんてなかった。
「こ、このー!」
 連射連射、荷電粒子砲の嵐である。


~30分後~
「撃墜されちゃいました~」
「はい、次は私」
 例のゲームガイを戎から受け取る神代。
「フフフ、二人の敵は私がとる!」


~さらに30分後~
「やったー! CLEARって出た!クリア!」
 神代が歓喜の声を上げた。あわてて、神代の手元を見る巴と戎。
「ホントですか~?」
「うわっ! ホントだ!なんか悔しい……」
「へっへ~……ってあれ?STAGE2?え、まだあるの!?」
 混乱している間に、画面の戦術機は背景の違う別の場所に移動してしまった。
「さ、さっきより難しい!……って、あ~あ」
「はい、交代!さあ、覚悟しろ!」
 このとき彼女たちが気づいていなかった。この機械のランプが赤く光っていることに。


 ~そして30分後~
 ――ブツッ……。
「……あ、あれ?」
 STAGE3の途中、いきなり画面が真っ暗になってしまった。ボタンを押してもうんともすんとも言わない。横の電源らしきものをいじっても画面は真っ暗なまま変わらなかった。それから数分思いつく限りのことをしてもゲームガイはまったく起動しようとしなかった。
 ここで彼女たちは一つの可能性に考えが至る。つまり、
「壊れちゃった……?」
 そして三人で顔を見合わせた。次の瞬間、

「「「どどど、どうしよう~(ましょ~)」」」
 全員で青い顔になる。国連軍の仕官の部屋に無断で忍び込んだのも十分許されざることだが、さらに中にあったなにやら高価そうな機械まで壊してしまった。これはもう笑い事で済む事態ではない。下手すれば三人の首が飛びかねない。
 修理? 無理。そもそも彼女たちは技術者ではない。それにこのような見たこともない機械。多少それらの知識があっても、到底直せなかったと思う。

 ならばどうするか。思考タイム零コンマ三秒。三人は結論をだした。
「逃げよう!」
「うん!」「はい~」
 目撃者はいない。後はこのゲームガイを元のところに戻して、急いでこの兵舎から逃げ――

「見~た~ぞ~」

「「「わひゃあ!」」」
 突然の後ろからの声に叫び声をあげて飛び上がる三人。あわてて振り返ると、
「「「しし、白銀武!」」」
 そこに立っていたのはこの部屋の主、白銀武であった。


(なにやってんだか、こいつらは……)
 あわてた様子の三人を見て武は心の中でため息をついた。207分隊の訓練を見ている途中、いきなりアーリャに服のすそを引っ張られ、何かと聞くと、
「タケルの部屋に侵入者……」
 と言ってきた。国連軍少佐の部屋に忍び込むとは一体どこのバカだと思いながら、部屋に戻るとそこに……バカがいた。

 扉のほうに背を向け、三人そろってバルジャーノンに夢中。見事に三人ともが’はまって’いた。
 が、突如あわて始めた三人。見ると、ゲームガイの画面が真っ暗になっていた。すぐに何が起こったのか理解する武。だが、目の前の三人は突然の事態で完全に混乱しているようだ。いきなり立ち上がって、
「逃げよう!」
「うん」「はい~」
 ……おいこら。そこで武は見るのもこれくらいにしとくか、と声をかけるのだった。


「「「しし、白銀武!」」」
「こ、ここで何をしている!?」
「いや、ここ……オレの部屋」 
「うっ……」
 さて、君たちさっき背中に何を隠したのかね。後ろに回ろうとすると、三人も移動。回る。移動。絶対に背後をとらせようとしない。

「……おい」
「な、何だ?」
 いまさらしらばっくれようとする。
 よーし、こうなったら。また背後にまわろうと移動する。やはり、三人も移動。そして自らが動くことで三人がドアに背を向ける位置に誘導する。そして、
「アーリャ」
「「「えっ!?」」」

 その声とともに、彼女たちの背後からゲームガイを手にした。アーリャが現れた。アーリャを廊下に待機させておいて正解だった。アーリャからゲームガイを受け取る。
「「「……」」」
 冷や汗タラタラの三人。このとき三人の脳裏に浮かんでいたのは自らの首が飛ぶことではない。日本と国連軍の間に溝ができることでもない。もっと目先の恐怖……つまり月詠中尉の折檻だった。
 
「あれ、電源が入らない?」
「「「っ!」」」
「おっかしいな~壊れたか?」
「「「~~~っ!」」」
 それを聞いて顔の強張った三人を見て、これ以上いじめるのは可哀想かなと思う武。ゲームガイを横に置く。
「心配するな。ただバッテリーが切れただけだ」
「「「へ?」」」
 その言葉で安堵の表情を浮かべる前に、呆けた顔になる三人。それほどその言葉が意外だったのだろう。壊れたという思い込みが相当強かったらしい。

「だから、お前らが心配してるように壊れたわけじゃないってことだ。ま、これに懲りたら他人の部屋に勝手に入り込むことはやめるんだな」
 そして、隙だらけの三人に近づき、その頭を軽くグーにした手で叩く。ポコン、ポコン、ポコン、と。
「ほれ、今回はこれで勘弁してやるから早くいけ。今度こんなことしたらお前らのあだ名は’3バカ’にするからな」

 そして、ようやく我に返る三人。その言葉に顔を真っ赤にすると、
「「「こ、これで勝ったと思うなよ~(ですわ~)!!!」」」
 そう言い残してあっという間に逃げていった。
 もう一度言おう。彼女たちはバカでは……ない?



 ハンガー。
「お待たせしました、月詠さん」
「遅い!自分から呼び出しておいて遅れてくるとは何事だ!?」
「すみません。自室にでっかい鼠が三匹もでたもんで」
 なんかどっちが上官かわかったもんじゃない。
「鼠?ふんっ、不衛生にしているからそうなるのではないか?」
 攻撃的な態度をとる月詠だが、たまに武の隣にいるアーリャに目がいくと気まずそうに顔をそらすのだった。

 だがあれだけ警戒されていたのに、よくこちらの願いを聞いてもらえたものだ。 
「我らは国連軍に宿借りしている身だ。そちらからの要望を無下にすることはできん。それに貴様は一応上官であるのだ」
 一応の部分を強調する月詠。
「それに……」
「?……それに、なんですか?」
「……なんでもない」
 一瞬何か言いかけた月詠だったが、すぐに言葉を引っ込めた。

「で?今日わざわざ私を呼び出した理由は何だ?」
 月詠が睨むのをやめ、聞いてきた。
「月詠中尉にこちらが用意した相手と模擬戦をしてほしいんです」
「模擬戦?」
 ええ、と頷く武。

「月詠中尉は武御雷でかまいません。そして模擬戦の後にその感想を聞かせてほしいんです」
「その相手とは?」
「それはまだ秘密ってことで……」
 ふざけたやつだ、と月詠は不満顔だった。強化装備に着替えてくる、ときびすを反しハンガーを出て行った。
 さて、こちらも月詠中尉の対戦相手に知らせに行かなくては……。



「吹雪、か」
 さて、ここは横浜基地第二演習場。市街地を想定した広大な演習場である。
 そこに対峙する2体の戦術機。片方は月詠中尉の赤の武御雷で、もう片方はその対戦相手の吹雪である。
 月詠は武御雷の中、機体と同じ赤の強化装備に身を包み、対戦相手である吹雪を見定めていた。正面から見てもなんら普通の吹雪であった。帝国軍でも使われている高等練習機である吹雪と別段変わりない。武装は背中に74式戦闘長刀、横腹と腕で挟むようにして構えた87式突撃砲である。
 確かに練習機という役割でも武装を施せば実践での使用も十分耐えられるとはいえ、この武御雷の相手をするには少々役不足のように見えた。わざわざ模擬戦をする理由が見あたらない。模擬戦の理由は、機体ではなく衛士ということか?

『準備はいいですか?』
 網膜に映る白銀。その姿は黒い軍服姿である。どうやらあれに乗っているのは白銀ではなさそうだ。実を言うと、模擬戦を白銀から提案してきたとき、相手が彼ではないかと期待していたのだが、違うようだ。あの男の実力を測っておきたかったのだが……。
「こちらはいつでもやれる」
『相手の準備もいいようです』
 気合を入れて、レバーを握る。模擬戦とはいえ、斯衛の者に敗北は許されない。
 そして、白銀の合図で戦闘は始まった。


 戦闘開始と同時、相手の吹雪は全力噴射で高く飛び上がった。ただし、飛び上がりながらもこちらに牽制として撃ってくる。
 月詠は放たれた銃弾を交わしながら、吹雪を追うように突撃砲を撃つ。だが、敵機はビルの屋上まであっという間に到達し、すぐにこちらからでは角度てきに見えない位置に隠れてしまった。だが、ずっと隠れているわけではない。こちらの銃撃がやむと、すぐにそこから出てきて、道を挟んだ隣のビルに飛び移るのだった。
 二機が対峙していたのは大通りだ。その脇にはいくつものビルが建っていた。月詠は大通りに沿って機体を移動させる。それを追うようにビルからビルへと飛び移る吹雪。
「よく跳ぶやつだな!」
『……』
 音声だけの通信は開いているというのに相手は何も答えなかった。月詠は上からの銃弾の雨を避けながら大通りを進む。 

 だが、いつまでも逃げている月詠ではない。真正面にビル。ここからは道が二手に分かれている。月詠はギリギリまでビルに近づき、そこで一気に反転した。すぐに吹雪を視界に収め、その動きを予測する。そして、吹雪が次のビルへと飛び移ろうと足を踏ん張ったそのとき、その足場にありったけの銃弾を食らわしてやった。
『!』
 いきなり足場が崩れ、バランスを崩す吹雪。そして道路側へと前のめりに倒れていく。バランスを崩したことで、相手の吹雪が自動で受身を取るため、一切の制御を受け付けない状態になる。これはすべての戦術機に共通だ。後は、この隙にしとめてしまえばいい。
「これで、終わりだ……」
 新たに弾を装填すれば時間の無駄だ。月詠はパイロンから長刀を引き抜き、全力噴射で吹雪目掛けて飛んでいった。こんな簡単にケリがついてしまうと、白銀に言う感想とはどんなものがいいのか、とそんなことを考える余裕すらあった。 

 ――だが、すぐに月詠が驚愕の表情を浮かべることとなる。
 一切の制御を受け付けないはずの吹雪が、足場が崩れ完全に体勢を崩した吹雪が、空中で上半身をひねり、その銃口をこちらに向けてきた。
「!」
 脳が危険を認識する前、ほとんど反射で跳躍ユニットの角度を変更する月詠。武御雷の下を銃弾が通り過ぎた。 
 
 どうしたあんなことができたかなんてわからない。確かに、すべての戦術機は受身体勢になると一切の操作を受け付けないというのに。
 相手の吹雪の異常な動きはそれだけではなかった。なんと空中で跳躍ユニットの噴射と上体をひねることで、見事反転、そして向かいのビルの壁をけって、しっかりと道路の上に立ったのだ。
 見たこともない機動。あのような動き、この武御雷でもできるかどうか。いや、アレは相手の力量が半端ないのか。
 
 相手は冷静に分析する暇も与えてくれない。すぐに長刀を手に、跳んできた。
「なめるな!」
 上段から振り下ろされるそれを、自分の長刀で受け、力を逃がすようにいなした。そして、すぐに相手の胸目掛けて長刀を振るう。しかし、それは相手に上体をそらされることで避けられてしまった。

 そこからは長刀対長刀の高レベル近接戦闘だった。幾度も刃を交えていくうちに、相手の力量に舌を巻く。
「……ほう」
 相手はよほど刀での戦闘になれているのだろう。間合いは常につかず離れずで自分の長刀に一番良い距離を保ち、こちらの攻撃も避ける受けると正確に判断している。おそらく国連軍でもなかなかの腕ではないのか。

「だが、斯衛にはまだ及ばない」
 最初こそ不可解な機動に驚かされたものの、冷静に戦っていくと、自分の力量のほうがはるかに上だということが分かった。相手はまだ人間という枠内に戦術機を捉えている。しかし、それは間違いだ。戦術機ならば人間にできない速度での踏み込みも、複雑な間接を利用した攻撃も多彩にできる。そこに気づかないうちは衛士としてさらなる高みに届くことはない。

「そろそろ終わりにしよう」
 武御雷を身を低く踏み込ませ、相手の懐に入ってから、下段から刃をたて、相手を股から引き裂くように切り上げた。だが、それは相手が機体を引かせながら長刀で受け止められる。
「はあっ!」
『!?』
 それを機体の出力を最大にして持ち上げる。長刀を振り切ったとき、相手の前はがら空き。そこになだれ込むようにして体当たりを仕掛けた。

『っ!』
「これで終わりだ」
 倒れこんだ吹雪に立ち上がる暇を与えず、胸の部分に長刀を近づけた。
『くっ! ………………』
 長い沈黙の後、相手が深い吐息を吐く。どうやら負けを認めたらしい。
「ふっ、なかなか楽しい試合だった」
『状況終了。月詠中尉の勝利です』



「どうでした?」
 武御雷から降りた月詠に近づいた白銀の開口一番の言葉がそれだった。月詠は同じくハンガーに入ってきた先ほどの吹雪を見上げながら、
「なるほど、面白い相手だった。姿勢を崩した後、照準されたときは度肝を抜かれたぞ。しかも着地を捨てたわけではなく、その後も見たことのない機動で姿勢を立て直したときは、戦うのも忘れて感嘆したほどだ」
 だが、と口にして、
「相手の衛士はまだまだだな。先ほど刃を交えて分かった。才能はある。これから鍛えれば、BETAを蹴散らす我らが人類の牙となるであろう」

 正直な感想を口にした。それはPX前の廊下で偶然目にした、冥夜へと降りかかるであったろう災難を事前に察知し、彼女に知らせることのないまま対処したこと、そしてその思いやりへの月詠なりの礼だった。
 その感想を受けた白銀は、
「だってさ」
「?」
 白銀が月詠から顔をそらし、吹雪を見上げながら言った。月詠もつられて見上げると、

「――未熟者と評されても仕方ない。それは事実なのだから」

「!」
 白銀の言葉で吹雪のコックピットから現れた人物。白の強化装備に身を包んだその姿は、
「冥夜様っ!」
 彼女が忠誠を誓う御剣冥夜であった。


「勝てなくて悔しいか?」
 吹雪から降りてきた冥夜にそう声をかける白銀。
「まさか、そんなわけないであろう。自らの未熟さを痛感するばかりの戦いであった」
 そんな二人の前には混乱している月詠。まさか先ほどの吹雪の衛士が冥夜様であったとは。そしてそこに気づいて、先ほどの戦闘、自分がその冥夜様に向けた言葉の数々を思い出す。
『よく跳ぶやつだな!』『なめるな!』『だが、斯衛にはまだ及ばない』『ふっ、なかなか楽しい試合だった』

「~~~っ!」
 思い返してみるとなんと無礼な言葉の数々であったろう。血の気がひくのが分かる。知らなかったとはいえ、
「か、数々の身分をわきまえぬ言葉、真に申し訳ありません!」
「良い。私としては先任衛士としての月詠からの自分に対する正直な評価を聞けてありがたい」
「しかし……」
「それに今回のことは私から志願したことだ。もちろん正体を明かさぬように言ったのも私……XM3を使った私が今の月詠とどの程度やれるか知りたかったのでな。まあ結果は散々なものであったが……」

 苦笑しならが言う冥夜。しかし、その言葉の途中、聞きなれない単語が現れた。
「エクセムスリー、ですか?」
「ああ、月詠も不思議ではないか?まだ戦術機に乗りたての私があそこまでの動きができたことが」
「!」
 そういえばそうだ。彼女はつい先日、総合戦闘技術評価演習に合格したばかりではないか。もちろん戦術機に乗り始めたのはそれから。月詠は先ほど吹雪の動きをまだまだと評したが、それは正規兵に対して、また自分を基準にした評価であった。あれが戦術機に乗り始めて間もない訓練兵の動きならば、十分すぎるほどだ。いや、そこらの衛士より明らかに動きがよかった。

「あれが武の考えた新OSの力だ」
「!」
 その言葉で白銀のほうを見た。
「おいおい謙遜するな、お前の力だって十分すごいよ」
「謙遜をするなというならそなたほうだ。あのOSがなければ私が月詠とあそこまでの戦いをすることはできなかった」

 確かにただの訓練生が――例え冥夜といえど、斯衛軍の中尉とあそこまでの戦いを繰り広げることは本来ありえないことだ。しかも機体は練習機である吹雪だ。
「冥夜、後はオレから説明しとく。お前は早く訓練に戻れ」
 了解した、と駆けていく冥夜。月詠はそれを見えなくなるまで見送って、
「一体どういうことだ?」
「今日は月詠さんにあのOSの力を実感してほしかったんです」
 
 そして、白銀があのOSの特徴について説明し始めた。キャンセルやコンボという概念の取り入れ。先行入力や30%増しの即応性。それらの説明を聞くと、そのOSはまさに夢の発明であった。吹雪が見せた空中での奇妙な姿勢制御もあのOSを用いれば誰でも再現可能らしい。これがただ、新OSを発明しましたという言われても、現役の衛士である月詠は受け入れがたかったであろう。しかし、訓練生があれほどの動きをしたならその力を認めざるをえない。
 そして、極め付けに白銀の操る吹雪の映像を見せられた。それが100%XM3の力を出し切った機動であるらしい。それは本当にすさまじいの一言に尽きた。今の月詠でも勝てる気すらおきない。圧倒的な力。神代たちの力を借りても勝てるかどうか。

 すべてを説明し終えた白銀が一息ついた。
「貴様は……」
「オレはあいつに死んでほしくありません」
 何かを言おうとした月詠をさえぎり白銀は言った。
「だから少佐という立場でありながら、彼女たちの教官をしていますし、このOSも与えました」

「……私にこのOSを見せた目的はなんだ?」
「帝国軍や斯衛軍にこのOSを渡す橋渡しとなってください。もちろん月詠中尉にだけは任せず、後々、帝国にオレ自身が赴きますが」
 このOSが全軍にいき渡れば、命を落とす将兵の数は激減する、そんなことは月詠にも分かった。そして、このOSと目の前の白銀の教導が短時間で冥夜にあれだけの力を身につけさせたということも分かった。それは彼女が戦場に出ても一秒でも多く生きていられるということ。

「オレを信頼なんてしなくていいです……あなたはオレを利用して冥夜を護ればいいんです」 
 しかし、ここまでしてくれる男にこれでは……。
「……了解した」
 結局、言うべき言葉が見つからなかった。それは、一人の軍人として、また冥夜を守る斯衛の者としての間で揺れ動く月詠だからであった。

「月詠さん!」
 去り際、白銀が後ろから大きく声を上げた。
「オレは怪しい奴かもしれません。だけど…・…」
「……」

「――人として冥夜の気持ちを裏切ることだけは絶対にしません!」

 
 ――私はなんで、あいつを疑っているんだろうな……。
                                                                      つづく 



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 17
Name: テンパ◆790d8694 ID:20e2b231
Date: 2013/01/14 20:01

「今のところ順調だ」
 武はアーリャと二人、基地前の桜の木を見ながら言った。時刻は夕刻、207分隊の訓練は終わり、これから夕食後、A-01の訓練となる。霞は夕呼に呼ばれて、席を外している。やはりずっと武についたままというのは無理のようだ。
 あぐらをかいた状態で、花のない桜を見上げる。
「月詠さんにも冥夜が今どれほど戦えるのかを見てもらえたし」
 あの人にはオレなんかよりもっと冥夜に集中してほしい。冥夜を護ることが彼女の願いなのだから。あの人さえよければ、207分隊の訓練の教官をん頼んでみてもいいかもしれない。そのあたり、国連軍と斯衛軍という壁があるかもしれないが、なんとかしたいものだ。

「A-01の相手もそろそろ吹雪じゃきつくなってきたな」
 期待通りの伸び率だった。先任だけなら今日あたりにも一本とられそうだ。新任たちは少し成長にばらつきがあるが、もっと実戦を経験させればなんとかなるだろう。経験さえつめば、実力は勝手についてくる。それは武が実証済みだ。この前の実戦は彼女たちにもプラスになったようだ。顔つきが前とはずいぶんかわっているように感じた。
 後は、クーデターの件もなんとかなった。XM3も順調。悠陽と接点をもつこともできた。よりよい未来への道は確実に拓いている。

 後の問題といえば米国、日本に残るオルタネイティヴ5推進派の排除などであるか。それにアレとかアレ。指をひとつずつ折りながら考える。まあ、前の二つは次の作戦でオルタネイティヴ4が完全な成功を収めれば、すぐにいなくなるなり息をひそめるだろう。
「……」
 気づけば隣がずいぶん静かだ。そう思って横を見るとアーリャがこっくりこっくり船をこいでいた。昨日も武の特訓のため夜遅くまで付き合わせたのが原因だろう。今日のところは早めに眠らしておくか。

「アーリャ……アーリャ」
 肩を軽くゆする。
「ん……」
 なんとも眠たそうな声を出して、アーリャの目がかすかに開いた。
「先に部屋にもどってていいぞ」
「もう少し……ここにいる」
 そういって、武のほうへ頭を傾けてきた。武としてはもうしばらくここにいるつもりだったので、別にかまわないが、やはりベッドで横になったほうがしっかりと眠れるのではないか。そう考えながらも肩を貸す。

「タケル……あの曲、吹いて」
「あの曲って……ああ、あれか……ってお前ここにくるといつもそれねだるな」
 思い出したのはこの桜の前、車イスに乗ったあの人のヴァイオリンから聞こえてくる旋律。聴衆はたった5人。武、アーリャ、宗像、茜、霞。かすかに涙を流す茜、ただ目を閉じ何かを想う宗像、いつもの無表情がかすかに崩れ哀しげな表情を浮かべる霞、穏やかな顔でその旋律に聞き入るアーリャ、そして笑顔で桜を見上げる武。あの人はずっと曲を弾くことに集中し、その姿は神秘的ですらあった。

 ……~♪~~♪
 ――武の口笛がこの季節の肌寒い風に乗った。


「……?」
 ……~♪……~~♪
 横浜基地の正門前の門兵が顔を上げた。風に乗ってどこからか口笛の音が聞こえてくる。
「へぇ……」 
 なんと安らかな音色だろう。そして優しい。一体誰が吹いているのだろうか。
 音楽など無頓着なはずのその門兵は、終わるまでずっと目を閉じ、相棒と二人で聞きほれていた。


「……」
 カクンとアーリャの首が落ちた。完全に眠っているようだ。アーリャの頭を肩からひざの上へと起こさないよう慎重に移動させる。
 それにしても鎮魂歌(レクイエム)を子守唄(ララバイ)にするとは……。まあ、レクイエムもラテン語で「安息を」という意味なのであながち変なことではないかもしれない。
 言葉どおり安らかに眠るアーリャの髪をなでながら、武は口笛を吹き続けた。たまにやってくる風がアーリャの髪をさらっていく。

 この曲は武も協力してあの人と作り上げたものだ。
 武が目を閉じ、かつての思い出に感傷に浸ろうと目を閉じたとき、

「――そんな……!」
 ――ドサッ。

 その声と音でゆっくり振り返る武。そこに……
「完成……している……?」
 ヴァイオリンケースをその場に落とし、手を口に当て、驚愕の表情で武を見るこの曲の’作曲者’――風間梼子がいた。


 
 夕方。風間は昼の訓練が終わると、シャワーを浴びた後、自室で夕食まで何をして時間をつぶすかを考えていた。いつもなら宗像とともに訓練の内容を話し合ったり、またはただ何気ない話で時間をつぶしている風間だったが、生憎とその宗像はいない。またいつものように速瀬をからかい、今も追いかけまわされているのではないか。夜の白銀少佐の訓練までに疲れきってないといいのだが……。
 シャワーでかいた汗の分の水分を補給しようと、部屋の隅にダンボールで詰まれている飲み物に手を伸ばす。そしてストローを突き刺し、両手を添えてまずは一口。相変わらずおいしかった。栄養ドリンクでもあるこれはこんなにおいしいのに、飲むだけで自然と体調も整えてくれるなんともありがたい飲料だ。風間と伊隅のお気に入りだ。
 ただ、このジュースを持ち出すと、速瀬や宗像はなぜか風間から少し距離をとるのだった。

「美冴さんも速瀬中尉も……こんなにおいしいのに」
 チゥーっと不満顔で残りを飲む風間。
 すべてを飲みきってゴミ箱に捨てようとしたら、それが目に付いた。
「あら……」
 ヴァイオリンケースだ。ここしばらくは触っていなく、かすかに埃がつもっていた。……そうだ。夕食までの時間はこれに費やそう。’あの曲’を完成させるのだ。
 風間はチューニングを済ませると、すぐにヴァイオリンケースを抱え、部屋を飛び出した。練習するのはあの桜の前。なぜなら’あの曲’は、あそこに眠る英霊たちに向けたものなのだから。

「おや、風間……」
 途中、伊隅と出くわした。
「こんな時間にどこへ……って、ああ」
「ふふ……少しこちらを」
 かかげたヴァイオリンケースを見て、風間がどこへ向かうのかをすぐに理解する伊隅。

「また’あの曲’か?」
「ええ、早く完成させたいもので」
「私もまとめなければならない報告書がなければ聴きにいきたいんだがな……完成させた暁には私にも一曲聴かせてくれ」
「はい。是非」
「ふふ、鎮魂歌を聴きたがるのも変な話かもしれないが……」
 そして会釈だけしてまた歩き出した。

 あの曲のイメージはすでに出来上がっている。あとはそれに肉付けをしていくだけだ。一つ一つ音を確かめ、パズルのように当てはめていく。
 音楽というのは偉大な人類の遺産であると風間は考えている。このようなご時世でなければ、その道に進みたいと思っていたほどだ。より多くの人へよりよい音楽を届ける。音楽とは人を喜ばせ、泣かせ、笑わせ、楽しませ、安らぎを与え、勇ましさを与え、死者を送る役目もある。それら多くの名曲を、後世へと伝えたい。BETAのいない世界で……。それが風間が戦う理由であった。

 兵舎を出て、しばらく。門を抜けるとき、その場に立っていた門兵に軽く声をかけた。
「お勤めご苦労様です……あら?」
 だが、声をかけても彼らからの反応は無し。風間に気づいた様子もなく、かすかに笑みを浮かべ、何かに聴きほれるように、目を閉じ顔を気持ち上に向けていた。
「?」
 不思議に思った風間も耳をすませてみた。するとどこからか風に乗ったメロディがきこえてくるではないか。

「え!?……この曲!」
 それを聴いた瞬間風間は駆け出した。
 いったいどこから!?風をたどって、メロディを追う。そして見つける。
「ここ……」
 あの桜の前で、一人の男性がこちらに背を向けて、そのメロディを作り出していた。少女に膝枕して、まるで子守唄のように。桜が満開であれば一枚の絵のようにすばらしい光景だったに違いない。

 間違いない。この曲は自分が考えていた曲。ここに眠る英霊たちを鎮めるためにつくった鎮魂歌。題もまだない、未だ未完成のはずの曲。なのに……
「―――そんな……!」
 手からヴァイオリンケースがゆっくりと滑り落ちる。目の前の男性が優しく吹くこのメロディは―――。
「完成……している……?」
 そしてその男―――白銀武がゆっくりと振り向いた。


「白銀、少佐……!」
 なぜ彼がこの曲を……!これはまだA-01部隊の方にしか聞かせたことはないのに。さらに最近は訓練で忙しくヴァイオリンに触れる暇さえなかった。彼が自分たちの教官についてからはまず間違いなく弾いていない。
 それに―――未完成のはずなのに!
 口笛の関係上細かい音わけはできていないがそれでもわかる。これが自分が考えていた’あの曲’の完成系だ。
「な、ぜ……?」

 ――~♪~~~♪
 そのとき、風間を視界に納めた白銀の目が穏やかに笑った。そして口笛を吹き続けながら、風間の足元を指差す。
「え?」
 そして風間も視線を移動させる。自分の足元。そこにあったのはヴァイオリンケース。
 もう一度彼に視線を戻すと、彼は顎と肩でなにかをはさむような仕草をして片腕を前後に動かしていた。

「!」
 分かった。彼は自分にヴァイオリンを弾け、と伝えているのだ。
 それが分かった瞬間、風間はあわててしゃがみこみ、ヴァイオリンケースを開いた。そして中から取り出すヴァイオリン。
 それをもって彼の隣まで小走りで近寄った。

 それを見て、また笑う白銀。そして指を一本たて、前後に降り始めた。
 1,2……彼はリズムを取っていた。自分に合わせろ、と。そのリズムを体中に刻む風間。
 そしてヴァイオリンを構え―――彼のリズムに合わせゆっくりと弾き始めた。

 ――桜の木の前で、風がヴァイオリンの音が運んだ。
 しばらく弾いていなかったとは思えないほど、指は美しい音色を生み出した。自然に指が動く。彼の口笛と自分の二重奏。彼の口笛は一巡しか聞いていないというのに、耳が、体がそれを完全に覚えていた。
(やっぱり……この曲……)
 横を見ると、白銀が相変わらずこちらを見て微笑んでいた。
(っ!)
 なぜか頬の熱くなる風間。何、これは?考えても分からない。そしてそれを紛らわそうとより演奏に集中した。
 
 ――いつしか口笛は止んでいた。
 それでも彼女の指は止まらない。次々と指が勝手に動くように、メロディを作り出していく。
(聞いていますか?……桜の下に眠る方々)
 風間は軽い興奮状態にあった。自分の理想としていた曲の完成。自分が新たな音を紡ぎだすという喜び。そしてそれを彼の英霊たちに聴かせることのできたこと。すべてが彼女をより演奏へと惹きこんでいた。このままいつまでも弾けていそうだ。
 
 そして大きく吹いた風が風間の髪を揺らす。

 ――いい曲でしたよ……

「……え?」
 ピタリと止む演奏。
 ―――気づくと、彼はいなくなっていた。

「あれ……彼?」
 彼とは誰だ?私は一人で、あの曲を……あれ、そういえば完成している。どうして。彼、彼……誰かが隣にいたような。いない。どうして?

 何も分からない彼女は、一度桜の上を仰ぎ見た。



「――悪いな……寝てるとこ起こして」
「別に……私もトーコのあの曲聴けてよかった。寝てたらわからなかったから」
 背負ったアーリャが小さくあくびをする。やっぱり眠いようだ。武の肩に顎をのせてきた。
「頼んだことはやってくれたか?」
「ん……興奮状態を、繰り返して……トーコの思いを増幅させて……記憶のこんら……」
「?」
 眠ってしまっていた。

「ほ、本当に大丈夫だろうな……?」
 武は不安になりながらもアーリャを部屋に運ぶのだった。



「――子」
「……」
「――う子」
「……」
「梼子!」
「え?あ、美冴さん……なんでしょう?」
「『なんでしょう』じゃない……どうしたんだ?ずっとボーっとしているじゃないか?」
 PXでの食事中。風間は心配顔の宗像にそう声をかけられた。別にこれといって心配はないと告げる風間。

「そんなわけあるか……ほら食事もこんなに遅れてる」
 そういって自分の皿と風間の皿を見比べる宗像。宗像の皿は残り半分程度、だが風間の皿は残り三分の一’も’残っていた。
「お前がこんなに食べるのが遅いとは……何かあったんじゃないのか?」
「……」
 いくら自分がこのA-01部隊でも食べるのが一番早いといってもこの心配の仕方は……。

「ふっ、冗談だよ。梼子」
 風間が少しだけ不満顔でいると、宗像はすぐに笑って、
「だが、夕方からずっとボーっとしているのは事実だろ?」
 そう言ってきた。
 そんなに上の空だったのか。そういえばあれから自分が何をしていたかあまり記憶にない。
 あの曲が完成してからというもの彼女はずっと考え込んでいた。本来なら曲が完成したことを喜ぶべきなのに、彼女はそれ以上にあそこに誰かがいたようなことのほうが気になっていた。なぜか、とても大切なことだったような気がするのだが。男……の人がいたような気がするのだ。

「あっホントだ!風間少尉具合でも悪いんですか?」
 その皿を横から覗き込んだ茜も心配していた。
「いいえ……体は健康そのものよ」
 本当に体の調子が悪いということはない。毎日の食事はしっかりととるし、睡眠も十分、それのあのジュースもあるのだから。
 やはり原因となっているのはあの夕方の出来事。まるで夢ではなかったかと思うほど記憶にボンヤリともやがかかっていた。そのぼやけたもやの向こうに見えるのは……。

「あっ!白銀少佐!」
「っ!?」
 その名を聞いた瞬間、風間の鼓動が早鐘のように動き出した。高原が向いたその先、そこにいつもならこの時間PXで見かけるはずのない白銀武少佐が立っていた。

「白銀、一体どうしたというんだ?」
 白銀に一番近かった席の伊隅がそう尋ねた。夜中の訓練以外で彼を見かけたのは初めてだ。その問いに白銀は、苦笑いを浮かべ。
「実は、いつも食事をとっている時間に遅れちゃって……ご一緒してもいいですかね?」
 白銀は空いている席に目を向けた。
「いいわよ~。早く食事とってきたら?」
 速瀬が手をひらひらさせながらそう答えた。


「それにしてもアンタ……もう少し上官らしい態度とったらどうなの?」
「ふぇ?」
 速瀬のそんな言葉に口にものをいっぱい詰め込んで、反応する白銀。
「あたし達年上連中には敬語や丁寧語使って……アンタのほうが上官なのよ?」
「いやーオレも少佐なんてもちろん初めてで(記憶ではあるけど)……いきなり態度を変えるなんて無理ですよ」

「ふっ、いいじゃないか。速瀬……お前も少佐になったとたん、神宮司大尉に偉そうな口がきけるか?」
 伊隅が隣で食事を取っていたまりもを指して言う。
「そんな!滅相もない!」
 ブンブンと首を振りながら否定する速瀬。
「まあ、最近訓練中の白銀は、怖いぐらいなんだ……別に普段は慣れるまで今のままでいいのではないか?」
 
 伊隅の言う通り、訓練中の―――特にハイヴ内突入作戦中や白銀との戦術機戦では彼はいつもの態度はどこへいったのか、人が変わったように厳しくなる。それは彼が少尉のときはあまりなかったことだが、ここ最近、中階層突破が当たり前になってくるあたりからは、伊隅のことも平気で命令していた。
「い、いや~、本格的に戦闘モードになるとオレ口調があらくなってしまうんで……」
 おそらく彼が少尉だったときには、自分たち相手に本気を出すまでもなかったのだろう。まったく末恐ろしい男だ。

「別に構わない。私としては丁寧に教えられるよりそちらのほうが慣れている」
 そして、チラリとまりもをみる伊隅。
「伊隅大尉、何か?」
 ものすっごい笑顔で聞いてくるまりも。
「いえ、何も……」
 訓練生時代の悪夢がよみがえりかけた伊隅であった。

「あっれー?風間~アンタさっきより食べるの遅くなってるじゃない?」
「っ!」
 速瀬の言葉に全員が風間を見た。もちろん白銀も。
「どうかしたんですか?」
 白銀のそんな問い。

「聞いてよ、白銀。この風間はこう見えてこの部隊で一番の早めs―――ひぎぃ!」
「ななな、なんですか!?速瀬中尉」
 早飯と言おうとした速瀬が発したいきなりの奇声に、築地がびっくりして飛び上がった。
「い、いや、さっき風間が思いっきり私の足を―――いぃ!?」
 またも奇声を発する速瀬。そして自分の足を抱えうずくまってしまった。
「い、いやですわ。速瀬中尉」
 若干ひきつったような笑顔を浮かべる風間。その様子を見た宗像は、
「梼子……お前……」

 白銀は床で痛がる速瀬をよそに風間に声をかけた。
「どうしたんですか、風間少尉?」
「い、いいえ……別になんでもないんです」
 かすかに顔を伏せて答える風間。
「そうですか……」
 
 その後、うずくまっていた速瀬に今日は早めにシミュレーターをとってあると伝えると、すぐに復活して「なんか今日の風間は怖いわ(ボソッ)……行くわよ、宗像!」と言って、それに「仕方ないですね」と宗像が続き、「速瀬中尉が行くなら私も!」と茜が追っていき、「茜ちゃん、私も行きます~」と築地がさらに追い、「じゃ、私もがんばろっと」と柏木が続いて、「あいつらだけでは心配だ」と伊隅が立ち上がり、「私も早くXM3に慣れたいのでな」と衛士の顔をしたまりもが向かい、「じゃあ、私は管制をします」と涼宮が追いかけ、「みんなが行くなら私も」と高木と麻原があわててついていった。
 そして残ったのは遅れて夕食を食べ始めた白銀となぜか箸の進みが遅い風間だった。

「……」
 ゆっくりと箸を口に運びながら、チラチラと白銀を盗み見る風間。なぜか気になる。今日の夕刻、あの桜の前にいたのは彼だったような……。だがはっきりした確証はない。
 意を決して、風間は聞いてみることにした。
「白銀少佐」
「なんですか?」
「あの……今日の夕方、基地前の桜の木の下にいませんでしたか?」
「いいえ、夕方はオレずっと部屋にいましたけど?」

「……そうですか」
 その答えで沈む風間。やはりアレは自分の気のせいだったのだろうか。
「夕方、といえば」
 白銀がそういえば、という感じで口を開いた。
「どこからかヴァイオリンの音色が聞こえてきたんですよ」

「え?」
 それはきっと私の……。
「確か、風間少尉はヴァイオリンを嗜むんでしたよね?」
「!」
 覚えていた。一番最初の白銀との対面。そのとき全員で行った簡単な自己紹介。その中で本当にチラっとしかいわなかったことなのに。 

 ――~♪~~~♪
「!?」
「はは、さっき一回聞いちゃってすっかり覚えちゃいました。音楽ってやっぱりいいですよね」
「……」

 日本全土が今にもBETAに侵略されそうになっている今のご時世、風間の周りに音楽に興味をもった男などいなかった。誰がもが、自分でこの国を守るのだと口にし、兵役へとついていった。音楽などにかまけている時間はない。子供のころから風間はそのことが寂しいと思っていた。そしてこんなご時世だからこそ音楽が必要だと思った。
 そして、今、目の前に初めて音楽に目を向けた男がいる。
 白銀が空になった食器を持って立ち上がった。
「確か……風間少尉の戦う理由は『音楽という人類の遺産を後世に残す』でしたか」

(あら……? 私そんなことまで少佐に話したかしら?)
 記憶を探るが、白銀にそんなことを話した憶えは風間にはなかった。なぜ、白銀少佐はそのことを知って?
「早く……そうなるといいですね」
(っ!)
 向けられたまっすぐな視線。風間はそれを正面から捉えることができなかった。
 
 ただ、早打つ鼓動と火照る顔を白銀に気遣れぬようにすることでいっぱいいっぱいであった。



「柏木! 行動後にとどまる時間が長い! もっと迅速に行動しろ!」
『っ、了解!』
「風間少尉と高原はALM全弾撃ちきった後は、余裕があれば空中でパージしろ! それだけでBETAに対する質量兵器となる!」
『『了解!』』
 シミュレーターでの平野部演習。目的はフェイズ4ハイヴ入り口までの到達。
 いくら自分たちの主な任務がハイヴ内突入といっても、そこにたどり着くまでをほかの部隊に任せ、安全が保障された道の上を優雅に歩くなんてことはありえない。自分たちの道は自分たちで切り拓くのだ。
 支援砲撃の支援率は70%。光線級多数存在。ハイヴへの入り口はまだ6km先。そんな中、武の指摘が各機体に飛び回っていた。

「宗像中尉や涼宮はもっと動いてくれ!このOSは動いてナンボなんだから!」
『了解』『り、了解!』
「築地はもっと近接戦闘を仕掛けろ!突撃砲ばかりで、こんなところで全弾うち尽くす気か!?補給コンテナはまだ先だぞ!」 
『りょ、了解~!』
「速瀬中尉!」
『何よ!?』
「遅い!」
『ア、アンタのその変態機動についてくのがどんだけ大変だと思ってんのよ!?』

 こんな感じで3時間ぶっ続けで時間の許す限り繰り返した。
 そしてやっとこの日の訓練が終了する。停止したシミュレーター機から出てくる疲労困憊のA-01の面々。誰もが出てきた瞬間、その場に座り込む。
「ダメ……も、動けない」
「わ、私もです……」
 折り重なるようにして倒れこむ茜と築地。

「お、お疲れ~、みんな」
 ずっとめまぐるしく変化する情報を的確にまとめて指示を出していた涼宮だったが、やはりその疲れは戦術機にのっていた彼女たちほどではない。
 あのまりもですら、シミュレーター機を支えに立っていた。

「で、そこでピンピンしている化け物……」
「?」
「アンタよアンタ!」
 すぐ近くで涼宮から渡された全員分の操作記録を見ていた武に向かって、速瀬が噛み付いてきた。
「なんでそんな元気なのよ!?」
「そりゃこれだけ美女に囲まれてますからね」

 再び操作記録に目を落とす武。どうやら真面目に答える気はないらしい。速瀬とて明確な答えが返ってくることなど期待していない。結局は自分が強くなるほかないのだ。つまりは訓練あるのみ。
「うば~」
 白銀に教えられた奇妙な言葉を発して、結局床に突っ伏してしまった。

「ほら、全員そんなに疲れているなら、早くシャワーを浴びて今日は寝てしまえ。明日に疲れを残すなど許さないぞ!」
 自分も疲れているはずなのに、隊長として率先して部隊を動かす伊隅。
 全員、そんな伊隅の声でゾンビのように移動を開始した。そんな中、

「白銀少佐」
 風間が武に近づいた。
「あの……この後部屋で少しだけ私の演奏を聞いていただけないかしら?」
「え? 風間少尉の?」
「え、ええ」
「是非! こちらからお願いしたいくらいですよ!」

 武の勢いよい答えに頬をほんのり赤く染める風間。
「わ、私はシャワーを浴びてきますのでその後で」
「わかりました、後で部屋を訪ねさせてもらいます」 

 そんな二人の様子を見ていた宗像。武がいなくなった後、風間を呼び寄せた。
「梼子」
「? 何か、美冴さん」
 近づいてきたか風間の耳元の口を寄せ、息を吹きかけるように
「――体は隅々まで綺麗にしておいたほうがいい」
「っ! もうっ美冴さんったら!」
 そう言われた風間は顔を赤くしてすぐにシミュレーターデッキを出て行ってしまった。

「……いったいどうしたの?」
「あの娘にも春が来た……ってことですよ」
「?」
                                                                つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 18
Name: テンパ◆790d8694 ID:20e2b231
Date: 2013/01/14 20:03

「……風間少尉」
「あっ……!」
 なだれ込むようにしてベッドに押し倒された。
「し、白銀少佐!?」
 急な事態に困惑の声を上げる風間。ヴァイオリンがその手を離れ、ベッドの端に転がった。弦に少しだけ触れ、音を発するヴァイオリン。だが、その音がやむと、部屋を支配したのは緊張した二人の呼吸の音だけだった。

 風間の首筋に顔をうずめる武。その唇が首に触れる。
「あ……」
 それにより体が強張る風間。
 武の指が風間の細い腰に触れる。そこから体のラインを確かめるようにしてだんだんと上に上ってきて……
「んっ!」
 そんな風間の頬に手を優しく乗せて……

「優しく……しますから」
「白銀少佐……」
 白銀は不安に瞳がゆれる風間の唇に自分の唇を――



















「――ってことがあったに違いない」
「ほ、本当ですか、宗像中尉?」
「し、白銀少佐と風間少尉がっ!」
「高原少尉と麻倉少尉に何を話しているのかしら、美冴さん?」
「って速瀬中尉が言いふらしていた……ではっ!」
「「む、宗像中尉~!?」」
 なんとも平和な一コマでした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇(では今回の本編はここから)


『茜! なにやってんのよ、出過ぎよ!』
「す、すみません!」
 ――なんで。

『涼宮、お前のポジションは強襲掃討だぞ! 突撃前衛のエリアまで出てどうする!?』
「っ! 了解!」
 ――なんで、なんで!

「くっ! ああぁぁ!!」
『茜ちゃん!!』
『大尉! 涼宮少尉が!』
 ――なんで私は! 彼のように!
『っ!神宮司大尉、カバーを!』
『……ダメだ。脚部がすでに破壊されている……涼宮、わかっているな?』

「……はい」
 ――なんで私はこんなにも弱い!
 そしてS-11の起動スイッチを押した。


『ハイヴ内演習終了。全シミュレーター機停止します』
 涼宮中尉の声で全シミュレーター機がその活動を止め、ぞろぞろとA-01の面々が出てきた。みんな適度に疲れているが、自分の成長がひしひしと感じることができているため表情はみな明るかった。疲れを苦としない。しかし、その面々の中で一人だけ暗い表情を浮かべた少女―――涼宮茜がシミュレーター機から重い足取りで出てきた。フラフラとその焦点はどこにあっているのか分からない。
「涼宮」
 そんな茜に伊隅が声をかけた。

「はい」
 暗い顔をいくらか引き締め、伊隅と向かい合う茜。
「今日の訓練のことだが、なにをそんなにあせっている?」
 伊隅がそんなことを言った。
 あせっている。確かにそうかもしれない。あれを見せられたときから私の中では焦りにも似たなにかが生じている。それがここ最近でさらに大きくなってしまった。
「お前は確かに成長している。それは先任の私から見ても明らかだ……焦らずゆっくりと自分を伸ばすといい」
 ダメ。それじゃ自分が納得できない。彼は同い年なのだ。彼ができるなら自分にもできるはずだ。
「伸び悩むようなら白銀に相談してみるといい……やつのほうが的確なアドバイスをしてやれるだろう」

 白銀。その名前を聞いた瞬間、茜は指が手の平にくいこむほど強く握った。かろうじて表情にでることだけは阻止する。しぼりだすようにして声を出す。
「……わかりました」
 それだけ聞くと、伊隅は茜から離れていった。その後すぐに、
「茜ちゃん、今日の撃墜のことなら気にすることないですよ~」
「そうそう、ちょっと前に出すぎただけで、訓練で気づけた分実戦では……」
「ごめん。私ちょっと急ぐから……」
 そして、声をかけてきた築地と柏木の顔も見ずに、早足でその場を後にした。

 そんな彼女の背中を見て、
「……茜ちゃん」
「あらら……ま、そっとしておいてやりなよ、多恵」
「晴子さんは何か心当たりがあるんですか?」
「ん……まあ、一応ね」
 でも茜の問題だよ、とそれ以上語ろうとしない柏木だった。それに築地は不満顔。訓練生のときから、いつも明るく頼れる存在でチームを引っ張ってくれた茜があのような状態なのが、うれしくなかった。彼女は今、どんな問題を抱え込んでいるのだろうか。そしてそれを自分には相談してくれないのだろうか。それがとても寂しかった。


◇ ◇ ◇


『くっ!化け物か、貴様!?』
『まったくですわ』
「無駄口を叩くな、戎、神代!巴が落とされ、こちらは三機だ!アレ相手に無駄口をたたく余裕などどこにもないぞ!」
 自身でそういいながらも一秒たりとも操作の手は止まらない。右へ左へとめまぐるしく移動する蒼穹色の’それ’を必死に追っていた。突撃砲だ。すぐにビルの影に隠れる。音が止んだと同時、反対方向からビルを飛び越すように跳躍ユニットで飛び上がる。それを待ち構えていたかのような射撃。すぐさま―――奴の言うところのジャンプキャンセルを行い、着地。音と振動で敵の位置を把握。その場所を巴と神代に伝える。

「敵はこの位置だ。平面機動挟撃!」
『『了解!』』
 すぐに自分も視界にその機体を納めた。蒼穹色の極東国連軍仕様の吹雪。この吹雪と斯衛が誇る主力機、武御雷が模擬戦をしているなど、両者の性能を知っているものが見たならなんの冗談だと思っただろう。それだけ機体に性能差がある。しかし、この模擬戦、当初は1対4であったのだ。そのような結果など火を見るより明らなはずなのだが、しかし、結果としてはそれはまったくの間違いだった。

『きゃあっ!』
「戎!」
『うああ!』
「神代!」
 またも落とされていく部下たち。空中で神代を一刀のもとに切り捨てた吹雪が月詠の前に降り立った。ついにその吹雪と月詠の一対一になってしまった。

「つっ!」
 練習機とは思えない吹雪が放つ威圧感。この武御雷が霞んで見えそうだ。
 だが、こちらとてただやられていたわけではない。相手の右腕にはペイント弾の塗料がたっぷりついている。使えるのは左手のみ。また片腕のみなら武装の変更にも時間がかかるはずだ。勝機をそこに見出す。

 相手が短刀を構えた。片腕の失われたバランスの悪い機体では長刀は扱いにくいと判断したのだろう。月詠は残弾数の少ない突撃砲に新たに弾を入れ替える。最後のカートリッジ。だが、おそらくこの位置からではあいつ相手に意味はない。背中から長刀を引き抜いた。やつで注意すべきはその三次元機動だ。だが、やつの武装は短刀。間合いは必然的に狭まる。上を抜かせないようにだけすればいい。あとは近接戦闘のセンスが勝敗を左右する。
 時間にして数秒。たったそれだけだったが、ずいぶん長い間対峙していたように月詠は感じた。そしてその長かった時間が経つと同時、二機が動いた。

 当然、長刀の武御雷のほうが先に攻撃可能な間合いになる。月詠は最大速の水平噴射の勢いのまま、突きを放った。模擬刀とはいえ、物理的エネルギーだけで相当なものだ。狙いは右肩。残りの武装さえ排除してしまえば脅威はなくなる。
 風を切り裂き、吹雪に吸い込まれるように向かう切っ先。そのとき、吹雪が足を踏ん張った。
 急制動とともに、左手に構えた短刀を正面に構え、武御雷の長刀の切っ先がちょうど体の真ん中に来るように移動した。そして、その短刀の腹で切っ先を受け止める。すると、吹雪の体が浮かび上がった。

「!?」
 武御雷の水平噴射の勢いそのままに一緒に運ばれる吹雪。何をしたのかを理解した。やつは自分の重心をぴったり長刀の切っ先の延長線上に持ってきたのだ。なんという操縦センス。1cmでもズレていれば短刀からはじかれた長刀がその腹に深く突き刺さるというのに、一切のためらいもなかった。
 二機が一緒になってビルの間を突き進む。
 月詠は動くに動けない状態であった。切っ先をずらせば、短刀にはじかれ正面ががら空き、水平噴射の出力を弱めれば、余裕ができた吹雪が得意の高機動近接戦闘を仕掛けてくる。このような密着状態ではあの機動を追いきることは不可能だ。

 悩んでいると先に吹雪が動いた。跳躍ユニットを逆噴射。武御雷ごと減速すると、いつの間にやら吹雪の背後まで迫っていた壁、それを蹴って、飛び上がった。
 まずい、と真っ先に思った。減速したといっても武御雷はすぐには止まれない。案の定、吹雪がいなくなると浅くビルに突っ込んだ。
 視界をうめつくす瓦礫の雨。しかしそんなものには目もくれず、ビルに刺さった長刀を引き抜き、気配だけをを頼りに背中越しで後方に突いた。
『!?』
 確かな手ごたえ。相手のどこかに当たったことは間違いない。しかし、次の瞬間鳴り響く危険を知らせる警報。まだ仕留めていない。そしてその刀を引いて、振り向きざまに、
「間に合えっ!」
 長刀を袈裟切りに薙いだ。



「――結局相打ちか……」
 月詠は自身の武御雷を見上げながら悔しそうにいった。XM3搭載機4機で吹雪一機に相打ちとは情けない結果であった。
「いやいや蓄積データのほとんどないあの状態であれだけ動けたことがむしろ驚きですよ」
 隣まで来ていた武がそう言った。もちろん彼が先ほどの吹雪の衛士である。
 それは武の本心であった。機体性能差があるといっても武は当初勝つつもりでいた。しかしさすがは斯衛の猛者たちだ。そう簡単なことではなかった。

「貴様が不知火に乗っていたらと思うとぞっとするぞ」
「本当に~」
「伊達に少佐ではないということか」
 白の三人は素直に感心していた。しかしそう言葉を発しながらも目は先ほど武から渡された武の操作記録のほうを向いている。三人ともがうつむき加減で、熱心にそれに見入っていた。盗めるところは盗めるだけ盗んでやろうという魂胆らしい。さすがは斯衛のものたち、勉強熱心だ。

 近接戦闘特化の武御雷とXM3の相性は抜群にいい。それに武という最高位の衛士との模擬戦でその力は飛躍的にあがっていくことだろう。まあ、A-01と207分隊との関係上毎日は相手してやることはできないが、彼女たちなら自己鍛錬もしっかりとやることだろう。
「では、また時間が空いたときにお相手しますんで」
「ああ、我ら所属の違う斯衛に演習場を手配してもらいありがたく思っている。・…だ、だがそれはこのOSが帝国の力になると考えているからで、貴様の嫌疑が晴れたわけではないからな。次は今日のような結果にはならない。覚悟しておけ」
 首はきれいに洗っておきますよ。



 そんな彼女たちと分かれて少し、武がシミュレーターデッキの前を通りかかったときだ。
「あれ?だれかいる?」
 ふと見えた一つの稼動中のシミュレーター機。ひっきりなしに動いていることからかなりの高速機動を行っていることがわかる。動きから見てポジションは突撃前衛だろうか。
 一機だけ稼動しているということが気になって、武はその隣のシミュレーター専用の管制室へと入った。ここではシミュレーター内部の映像、衛士のバイタル、その機体が行っている機動など様々なことを知ることができる。モニターの前まできて、現在稼動中のシミュレーター、1号機の映像を映し出した。

「……涼宮?」
 そこに映ったのはなにやら鬼気迫る表情で戦術機を操る涼宮茜の姿だった。
『ぐうぅぅ!』
 行っているのは単機でのハイヴ内突入。さっきの声からも分かるとおり、かなり苦戦している。当然だ。本来、ハイヴ内突入はチーム単位で行うものなのだ。単機での突貫など武のような衛士でないと2kmも進まぬうちにBETAの波にのまれてしまう。さらに茜はまだ任官してまもない新任だ。このようなことは自殺行為以外のなにものでもない。

『あ……』
 案の定。シミュレーター機が無機質な女の声で機体の大破を伝えた。
『――っ! なんで!』
「うお!」
 突如コックピットの壁をたたく茜。あまりの迫力に画面越しでもびっくりしてしまった。一体何にいらついているというのか。しかし、このような茜、どこかで見たような……。



「これで……4回目の大破、か」
 シミュレーター機の中で茜はそうつぶやいた。彼の記録には遠く及ばない位置での大破。
 強く唇を噛む。悔しい。私と彼の間にはなぜこんなにも差がある。白銀が男だから?いや、彼の強さはそんなところに起因していない。そもそも、それを理由に逃げる自分が嫌だった。彼だって同じ人間だ。彼にできて私にできない道理があるわけない。
(私はもっと強くならないといけないんだ!)
 それは自分が背負うもののため。姉の分も戦場に出て戦うため。想い人を亡くした二人の支えになってあげたいから。
「もう……一回!」
 もう一度、ハイヴ突入演習を選んだ。


「くっ!」
 迫るBETA。シミュレーターと頭では分かっていても体はこの前の実戦で間近に感じた本物のBETAの恐怖を思い出す。その一瞬の体の硬直。それがハイヴ内では致命的な隙となる。あっという間に要撃級と突撃級が目の前までやってくる。正面に逃げ場はない。かといって跳躍するにも距離が近すぎる。このまま跳べば、脚部を破壊される可能性がある。しかし、ただ相手の攻撃を手招いて待っているわけにも行かない。
「!」
 そのとき茜の頭に浮かんだのは、白銀のあの機動。機体を縦に半回転させながら進み、正面のBETAを切りつける、技とも言うべきあの機動。

(白銀にできるなら私だって――!)



「――無理だ。今のお前にはその機動は再現できない」
 武はモニターに映る茜の姿を見ながら言った。あれは左右の跳躍ユニットを精密出力調整してから初めて取れる機動なのだ。空中での姿勢制御も通常とは比べ物にならないし、それに加え周囲のBETAを切り裂くために長刀の操作もしなければならない。そしてBETAの群れに突入するという度胸。茜のような新米にはどうあがいても再現できない機動だった。
『ぐっ!』
 やはり姿勢制御を誤って自分からBETAの群れに突入。それは、武が数えて五回目の死であった。

 悔しがる茜を見ながら、武は彼女の腕を冷静に解析。武が見る限り、彼女の衛士としてのタイプは明らかに突撃前衛タイプだ。そして腕もそれに見合ったものがある。今のA-01の戦力なら十分に前衛を任せられると武は判断した。だが、たまにある無茶な機動を除けば、という条件付きでだ。
 このままでは実戦でも無茶しかねない。
「なんとかしないとな……」
 シミュレーター機から茜が出てきた。武はそれに見つからないように注意してからその場を静かに立ち去った。

 
◇ ◇ ◇


 あ、ありのまま今おこったことを話すわ。
 
 私たちは小隊規模ならあいつの力に並んだと思っていたわ。だけど、あいつが不知火に乗った瞬間、私たちは全滅させられていた……。
 
 な、何を言ってるのか分からないと思うけど、私も何をされたかわからなかった……
 頭がどうにかなりそうだわ……

 催眠術だとか超スピードだとか そんなチャチなもんじゃあ断じてない

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……

 ――と、速瀬がポル○ル・パニック風に言っているがなんのことはない。先日吹雪に搭乗した白銀に勝ったことで調子に乗っていたら、不知火に搭乗した白銀にあっという間に倒されたというだけだ。ちなみに不知火は数日前から手配していたものらしい。
 さすがに練習機である吹雪と不知火では性能差がずいぶんとある。吹雪ならその性能上できなかった機動も不知火ならできる。A-01は武の操る不知火にことごとく敗れた。


「オニー、アクマー、バケモノー」
「こら、水月!負けたからってそんなにスネないの!」
 三連続で武に敗れた速瀬がふてくされていた。
「だってさ、せっかく白銀に勝ったっていうのにもう少し勝利の余韻にひたらせてくれてもさー」
「ほほう、速瀬中尉はオレに手加減してほしかったと……わかりました今度からはそうさせてもらいます」
「っ!冗談じゃないわ!手加減されたアンタに勝ったって嬉しくもなんともないじゃない!いい?教えてあげる!私の今一番の楽しみはアンタを一対一でギッタギタのボッコボコにしてからあたしの前にひざまずかせて『恐れ入りました、速瀬水月様』って言わせ―――」
「お、アーリャ、タオルありがとー」
「ん」
「って聞けーーーーーーーーー!!!!!!!」

 まあ、負けたといっても以前のような相手の機体が無傷などというものではない。それなりに白銀を苦戦させたし、彼の機動にある程度ついていけるようにはなっている。まあ十分合格点だろう、などと武が考えていると、
「あ、茜ちゃーん」
 スタスタとこちらに顔も見せずにハンガーを出て行く茜とその後ろを追う築地が目に付いた。

「ふむ……」
 そんな茜の後ろ姿をみてあごに手を当て、一考。そんな武に、
「白銀、少し相談したいことがある」
 伊隅が声をかけてきた。その目もさきほど茜がでていった方向を見ていた。
「涼宮のことなのだが……」

「ああ、わかってますよ。あいつの性格はよく知ってますからね、こっちのほうでなんとか対処しときます」
 名前を口にしただけで、彼女の相談したい内容を理解した武に伊隅は驚いた。彼がこのA-01部隊をみるようになってまだ一月未満だというのに、彼は部隊員のことをしっかりと見ていたようだ。やはりただ若いだけの男ではない。
「そうか、頼む。本来このようなことは部隊長である私の仕事であると思うのだが……」
「いいですよ。あんな感じになった衛士は何人も見てきてますからね……」
 この男……本当は一体何歳なんだ?

「あっ!風間少尉ー!この前のヴァイオリンありがとうございましたー。アーリャも聴きたいって言ってるんで、今度またお願いしてもいいですかね?」
「!……ええ、喜んで!あの……また、私の部屋で?」
「そうですねー……いや、聴かせてもらってばっかりってのも悪いですから、俺の部屋に来てくださいよ。何かおもてなししますから」
「しょ、少佐の部屋!?」
 ……ずいぶんと隊員と仲良くなっているようだった。

◇ ◇ ◇

「っ!」
 茜が強化装備を着替えた状態で基地内の廊下を歩いていた。途中まで築地がついてきていたが、茜は今の自分の顔を見られたくないため、途中で逃げるようにして振り切ってしまった。そのためかかすかに肩が上下して荒れた息を整えていた。
「あれ?」
 一瞬足元がふらつく。頭がボーっとして倒れそうになる自分を壁に手を当てなんとか支える。いけない。なんだか体の調子が悪いようだ。
(衛士は体が資本……)
 そんな自分に活を入れて、しっかりとした足取りでまた歩きはじめた。
 そして、思い出すのは今日白銀が搭乗していた不知火の動き。吹雪でも異常だったというのに、以前までの彼は本気ではなかった。また自分と彼の間に大きすぎる差ができてしまった。

 うつむき加減で廊下を進む。私と彼の違いは何?同じ日本人。同じ年齢。性別が違う?でも戦術機に筋力なんて必要ない。男と女が平等に扱える兵器だ。事実、女性のエースパイロットは世界にたくさんいる。戦術機にのった年数?でも自分より4年以上長く戦術機に乗っている伊隅大尉であっても、自分との間には白銀ほど大きい差があるとは思わない。白銀の年齢から考えて、それ以上昔からのっていたというのも考えにくい。
「おい」
 
 悔しい。なんで私には彼のような力がない。私は誓ったのに、お姉ちゃんの分までがんばるって。
「おーい」
 焦っても焦っても結果はでてこない。自分が強くなっている気がしない。一体どうしたら……。

「ぶつかるぞ?」
「え?」
 前方から聞こえた声に顔を上げると、そこに迫っていたのは黒の軍服。止まりきれずにそこに顔を突っ込んでしまった。
「う、ぷっ!」
「前方不注意だ。お前が悪い」

 あわてて後ろに下がり、ぶつかった相手を確かめると、それは今一番会いたくなかった人物。
「白銀!?」
 白銀武だった。

「注意力不足だ。ここ最近寝不足だからそんなことになるんだぞ」
「っ!なんで君がそんなことを知ってるのよ!?」
 確かに自分はここ最近少々寝不足気味だ。睡眠時間も自主訓練に当てているため当然だった。ただ、訓練には支障を来たさない。衛士としての義務だった。しかし、それが目の前の白銀にはばれてしまっている。

「オレはお前たちの教官だ。それくらいのことは見てるさ」
「っ!」
 体調管理もできていない。自分が白銀に衛士としてだけでなく人間としても負けているような気がして、茜は今の自分がとても惨めに思えた。結局は自分の一人相撲。強くなろうと努力したことも、徒労に終わり、そしてそれを他人に気づかれる。
「お前は黙って根を詰めるタイプだからな」

 自分がとても子供みたいに感じる。
「オレとの間に差がありすぎることに悩んでるんだろ?」
「!?」
 見事言い当てられてしまった。そんな茜の表情をみて、白銀は「やっぱりな」と腕を組んで、壁にもたれかかった。

「なんでもかんでも自分一人で背負う必要なんてないんだぞ?」
 まるで子供に言い聞かせるように。茜にはその言葉がそう感じられた。

「涼宮中尉や速瀬中尉だってお前一人に―――」
 その名を聞いた瞬間、茜は頭に血が上った。そして次の瞬間、
「白銀みたいな強い人にはわからないよ!!」
 目の前の白銀を突き飛ばし、振り返ることもせずに走り去った。

「っ!……うっ!~~!」
 弱い。弱い。そんな自分に涙が出てくる。どうやったら強くなれる?
(私は衛士の道を絶たれたときのお姉ちゃんの顔を知ってる……‘あの人’が死んだときの速瀬中尉とお姉ちゃんの顔を知ってる)
 そんな二人を知っているからこそ、そんな二人を支えられるよう強さを求めた。せめて戦場では彼女たちの助けになろう。でも今の私はどうだ?目の前に白銀という大きな壁が立ちはだかって、それを超えることも近づくことすらできない。仕舞いには、その彼に八つ当たり。
 茜は涙を拭きながら、廊下を駆け抜けた。



「あらら……」
 失敗したかな、と武は頭をかいた。向いた方向にはだんだんと小さくなっていく黒い軍服。
 さてどうするか、と白銀は考える。これで引き下がるつもりなんて毛頭ない。あれこれ考えていると、茜が角を曲がって見えなくなってしまった。
「白銀」「白銀少佐」
 それと同時、後ろから声をかけられた。

「はい?……って速瀬中尉、涼宮中尉」
 その二人がそこに並んで立っていた。
「えーっと……もしかしてさっきの見てました?」
 コクン、と頷く二人。あちゃー、と額に手を当てる武。

「ご、ごめんね、白銀少佐。私たちも盗み見するつもりじゃなくて……」
「あの娘が心配だから追ってきたってわけ。で、偶然にも……」
 見てしまって、出るに出られなくなった、というわけか。まあ、別に見られたことをとやかく言うつもりではないが、女の子を泣かしたシーンというのは見られてうれしいものではなかった。

「白銀……あの娘があんなに無茶してるのは―――」
「『お姉ちゃんの分も頑張りたい』から……ですね?」
「!」「……え?」
 二者二様の反応をする二人。

「アンタ知ってたの!?」
「ええ……ホントはあいつがいないところでこんな話するのはNGなんでしょうけど……」
「そうだったんだ……」 
 涼宮中尉は総戦技演習のときに事故で衛士の道を閉ざされている。現在の両足は擬似生体移植されている。日常生活には支障はないが、神経結合が完全というわけではなかったらしい。
 茜はそんな姉の無念を背負って戦っている。まだ20歳前の少女だというのに……。

「まあ、ほかにも理由はあるみたいですけど……ね」
 速瀬中尉と涼宮中尉の両方を見て言った。
「「?」」
「まあ、ここから先は本当にNGになっちゃいますから」
 武はそれ以上語ろうとしなかった。

「ま、あいつとはもう一回話してみますよ」
 そして二人に手を上げ、去ろうとすると、
「白銀少佐」
「なんですか?」
「妹を頼みます」
「あたしにとってもあの娘は妹みたいなもんだからね。あたしからも頼むわ」

 了解。 武は二人に手を上げて、歩き出した。

◇ ◇ ◇

「ハァハァハァ」
 茜は今日も深夜一人でシミュレーター機を操っていた。
 あの後、部屋に帰って考えてみるが結局自分には戦って強くなること以外の道はない。いつも以上に鬼気迫る様相で自身の不知火を縦横無尽に操っていた。
「っ!邪魔ぁ!」
 目前のBETAを突撃砲で一掃。正面に3体並んでいた要撃級を120mmで貫いた。

 今日はいつもよりレベルを上げてある。途切れることなくBETAがやってきて、息をつく暇すらない。
「ぐっ!」
 すでに二時間以上ぶっ続けだ。目の前がたまに霞む。だんだんと体が重くなってくるように感じる。
「まだまだぁ!」
 自分を奮い立たせ、体に鞭打つ。もっと強く。もっと多くのBETAを。それをまるで呪文のように頭の中で反芻する。
 だが、体は精神とは別にだんだんと限界を超えていく。興奮とアドレナリンの異常分泌で誤魔化していた体の不調。それにもついに限界が来る。

「うあっ!」
 横っ腹に強烈な突撃級の突進。機体が今までの動きを無視して一気に左に吹き飛ばされた。そしてハイヴ内の隔壁にかなりの速度でぶつかる。機体が大きく揺れる。そのとき茜の頭も大きく前後した。
 頭の中がシェイクされる感覚。
「……う?」
 そのとき、目の前がだんだんと白けていった。視点が定まらず、網膜にうつった映像がだんだんとコックピット内部の映像へと映り換わっていく。ビービーという警報機もどこか遠くで鳴っているように聞こえる。いや、だんだんと聞こえなくなっていく。
(あ……ダメ……)
 
 だが、そう思うのも無駄。意識がだんだんとなくなっていった。
(……悔しい)
 気を失う寸前、茜の頬を一筋の涙が伝った。



「―――これは、クセになってるな」
「……………………ん……………」
 どれだけの間気絶していたのか。茜の意識が暗闇から浮上し始めた。
「このときの判断は的確だから、周りはしっかり見えてるってことだな」
「……」

 頭上から声がする。男の……声?
(あれ……頭の上って?)
 そんなとこから声が届くのをまだボーっとしている頭で考えると、自分がいま仰向けに横たわっていることに気づいた。頭の部分が少しだけ持ち上がり、その下にはなにか枕のようなものがある。
「ほい、また悪い癖発見。これはオレもよくやったな」

 まただ。目をゆっくりと開ける。天井の明かりに目がくらむ。やがてだんだんと視界が鮮明になっていくと、
「―――お!起きたか」
 ヌッと、天井と自分の顔との間に白銀の顔が入ってきた。
「白……銀?」
「よっ」

 そこで気づいた自分が白銀に膝枕されていることに。
「!」
 バッと身を起こそうとすると、
「寝てろ」
と、白銀に両肩を抑えられ、戻されてしまった。 

 ポフッと白銀の膝の位置に戻される茜。だが、この年頃の少女にとって、同年代の男に膝枕されることは恥ずかしいことこの上ない格好であった。それに廊下での負い目もある。
「~~~っ!」
「こら!落ち着け!」
 声にならない声を上げ、顔を真っ赤にして暴れる茜。それを白銀はなんとか押さえつける。
「は、離して!」
「だわぁぁ~~!落ち着け~!」

 いつまでも落ち着かない茜に白銀は数十枚の紙の束を顔に押し付けた。
「これでも見てろ」
「え、あ?何?」
「いいから見てろ!」

 白銀の勢いに、しぶしぶと膝枕された状態でその紙を見る茜。
「これ……!」
 それはさきほどのシミュレーターでの茜の操作記録だった。しかもただの記録ではない。それには赤い文字でびっしりとアドバイスが書かれていた。
『ペダルの踏み込みが勢いよすぎる。敵と自分の距離を確かめて、そのときに応じて強さを換えろ』『どんな場合も右手の武器から換える癖がついている。気をつけろ』『120mmはお前の機動で十分にひきつけてから放て。この位置では後2秒だけ我慢すればよかった』『突撃前衛に要求されるのは突破力だ。それは弾を撃ちまくるのとは意味が違うぞ』などと、アドバイスだけではない。良いところは青字でチェックされていた。

「お前が強くなるための手助けだ」
「え?……あ、その」
 いきなりのことで混乱する茜。その目は渡された紙と白銀の顔をいったりきたりしていた。
「『強さを求める』こと自体は悪いことじゃない。それにお前は理由が理由だ。立派なものだよ。ただ、無理をするな……今日は廊下でそれを言いたかっただけだ。涼宮中尉や速瀬中尉も心配してたんだぞ?」

「え?」
 その言葉がスーッと心の中に入ってきた。自分が今までやってきていたこと、なんて自分勝手なことだったのだろう。強くなることだけ考えて、あの二人のことも忘れていた。心配してくれる人が自分にはいるのに。
「お前一人が無理して強くなる必要なんてないよ。そのために仲間がいるんだし、オレもいる」

 興奮がだんだんと収まっていく。するとやってくる猛烈な疲れと脱力感。自分がやってきたこと、白銀の言葉。いろんなことが頭の中を渦巻く。そして渡された紙をクシャっと強く掴んで、
「……ねえ、白銀?」
「……なんだ?」
(はじめからこうしていればよかった……)

「―――なんで君はそんなに強いの?」

 ずっと聞きたかった。でも自分の中のつまらない意地がきくのをためらわせていた問いがやっとできた。
「……オレが強い、か。オレだって最初から強かったわけじゃないさ」
 白銀は少しだけ複雑そうな顔をしてから天井を見上げた。

「―――最初から強ければ、‘みんな’を失わずにすんだ」

「え?」
 その言葉の中には彼のひどい怒りと後悔が含まれていることがわかった。茜の肩に置かれた手がギリギリと握りこまれた。顔は見えない。でも、見えなくて良かったのかもしれない。
 だけど、これで気づいた。彼だって本当に最初から強かったわけではないのだ。少し前、彼の口から漏れた「みんな……死んじゃいました」の一言。そのときの声とさびしげな微笑を浮かべた顔。彼は今の強さに至るまで、数多くの人を失っているんだ。誰一人失うことなく強さを追求できる自分は幸福なのかもしれない。

「なあ、涼宮……お前は何のために戦っている?」
「……速瀬中尉とお姉ちゃんの力になりたいから」
「そっか、それも立派な戦う理由だな……」

「白銀は……?」
「オレは……‘護るため’に強くなった、と思う」
「護る?」
 ああ、と白銀はうなずいた。

「オレは何人もの仲間を失ってきたからな……恩師、道を指し示してくれた人、覚悟を教えてくれた人、共に強くなったもの……それに恋人」
 やっぱり。
「……」
 悲しい過去を語る白銀。この人は自分とは比べ物にならないほど悲惨な人生を歩んできたのだ。
「もう失いたくないから、『仲間』を『居場所』を護るために強くなったんだと思う……まあ最終的にはお前が戦う理由とあまり変わらないよ。お前も結局あの二人を護りたいってことだろ?それにほかの人たちも」
「……うん」
「それさえあれば、お前は強くなるよ。俺が保障する」

 白銀が顔を茜に向けた。そのまっすぐな瞳で真上から見下ろされることで、恥ずかしくなって、顔を逸らそうとした。だが、その顔を白銀がしっかり掴む。そしてその頬を引っ張りあげて、
「だから、今度からは無茶しないって誓うか~?」
「ちひゃいみゃひゅ、ちひゃいみゃひゅひゃら(誓います、誓いますから)!」
「よし」

 すると白銀が茜の額に手を当てた。
「ん……体調はよくなかったみたいだが、熱はないようだな」
(大きい……手……)
 不思議と安心できた。

 そして茜の体を起こした。立てるか?などと簡単に体調を聞いて、大丈夫だと分かると今日は休めという言葉を残して、きびすを返した。
 茜はその背中に慌てて、
「ねえ、白銀!」
 白銀を呼び止めた。彼が振り返る。
「そんなにたくさんの仲間……それに恋人も亡くした今、君が’護るもの’って何?」
 すると彼は、今まで見たこともない笑顔でこう答えた。
 
「―――‘お前ら’だよ」

「!」
 その言葉で心臓が大きく跳ねた。なにか得たいの知れないものが心の中に生まれる。胸に手を当てなくても動悸が激しくなっていることが分かる。
「あ……」
 去っていく彼。だが、自分に何が起こっているのか分からない茜はただ、額に残った白銀の手のぬくもりを感じながら、彼を黙って見送ることしかできなかった。

◇ ◇ ◇

『白銀……私と勝負してくれない?』
 次の日、訓練も終盤にさしかかってきたとき、茜がそんなことを言ってきた。
「……別にいいぞ?」
『『『『『……』』』』』
 この回線は全員に開いているはずだ。だが、誰も何も言わないということは何かを察したということなのだろう。

『言っとくけど白銀……‘本気’でやってよ?』
「いいんだな?」
『うん、お願い……』
 誰も何も言わず、二人のために少しずつ離れていった。演習場の真ん中で向かい合う不知火。
『じゃあ……行くよ!』
「来い!」



 勝負は本当に一瞬でついた。最初から近接戦闘を仕掛けてきた茜。それを白銀は‘本気’で迎え撃った。反撃の暇すら与えない。茜の不知火がひざを突いた状態でとまっていた。
『……ハ、ハハハ』
(……笑い声?)
『ハハ、ハハハ……やっぱり白銀は強いね』

 網膜に映った茜はどこか満ち足りた顔をしていた。そして一度バチンと自分の両頬を叩いて、白銀を正面から見据えた。

『決めた!今日から白銀が私の目標!』
「え?」
『だ~か~ら~白銀を目標にしたっていってるの!』
 いきなりそんなことを言ってきた。

『あらま、白銀が目標とはまたずいぶんと高い目標設定したわね茜~』
 すると、いきなり速瀬中尉が回線に割り込んできた。
『も、もちろん速瀬中尉も今まで通り私の目標ですよ!?』
『それにしてもいきなりだな。白銀と何かあったんだろ?恥ずかしがらず上官に話してみろ』
『ああああああ、茜ちゃん、本当ですか!?』
『む、宗像中尉!?な、なんにもありませんでしたよ!多恵もそんなに驚かないでよ!』

『嘘をつけ、顔が赤いぞ?どうするやばいぞ、梼子』
『なんでそこで私に聞くんでしょう、美冴さん?』
『こらこら、じゃれあうのもいい加減にしないか!』

 いつの間にか以前の空気に戻っていた。武は会話の内容など聞いていなく、ただその雰囲気になったことがうれしかった。

◇ ◇ ◇

 帝国国防省、戦術機技術開発研究所。その施設の一角で二人の人物がとある映像を見ていた。
「ほう……これが先日の新潟での……」
「はい、国連軍から唯一参加した部隊の戦闘映像です」
 一人は顔に大きな傷を持った将校―――名を巌谷榮二中佐という。もう一人はまだ年若い少尉。
 二人の目の前には少尉の操作で次々と移り変わる10機近くの不知火がBETAを相手に戦う映像だった。蒼穹色が示すのは極東国連軍所属の証。一個中隊ほどのそれの戦いぶりを二人は見ていた。

「すばらしいな……」
 巌谷は思わずそう呟いた。光線級もいる中、中隊規模が数千のBETAを相手にまったく退く事なく、また一機も失う事無く互角に渡り合っていた。彼ら―――衛士の性別はわからないが―――が通った後は確実にBETAの死骸がうずたかくつもっていく。それ以外にも今までの戦術機機動をくつがえすような動きを彼らが行っていることが驚きだった。
「情報によるとこの機動は横浜基地が新開発した新OSによるものということです」
「ほう、新OS……」
 
 機体を新造するわけでなく、OSの換装だけでこれほどの戦果を挙げるとはすばらしい発明だ。だが、ひっかかるのは横浜基地という言葉。
「だが、あの牝狐が素直にこちらに渡すとも思えんな」
 忌々しいと巌谷は顔を歪めた。
「すでに横浜基地駐屯中の斯衛の武御雷四機に先行搭載されたそうです」
 いったいどれほどの供物を要求されることだろう。

「近々こちらへの引渡しもあると匂わせる発言もいくつか」
「……匂わせる、か。あの女らしい」
 帝国の窮状にあって尚、同胞に駆け引きを持ちかける唾棄すべき女。

「それと……中佐これを見てください」
 そして少尉が目の前のパネルを操作。映像が切り替わった。ここは……市街地を想定した演習場だろうか。一機の吹雪と四機の武御雷が戦っていた。
「横浜基地から意図的に流されたと思われる映像です」
「意図的、か……」
 
 なんともあの女のやりそうなことだ。1対4の勝負など普通は結果まで見る気にもなれない。なぜなら数以前に性能差が圧倒的に違うのだから。だが、そのような映像をあの女が流すわけない。巌谷は覚悟して見た。
「―――なっ!」
 だが、それでも驚きを隠せなかった。この日本に誰が、吹雪一機と武御雷四機の勝負が引き分けなどという結果になると想像できるだろうか。これが新OSの力か。いや、それ以上に吹雪の衛士が尋常ではない。かつての伝説的なテストパイロットであった巌谷ですらその身が震えた。
「おそらくこれがその新OSを100%使いこなした動きであるかと」
 
 それが事実なら、このOSをもたらされたら帝国の戦力は何倍にも膨れ上がる。数ではなく質が上がる。帝国が開発に躍起になっている次世代主力機などといわず、今の戦力でも十分戦うことができるだろう。おそらくこれはあの女がこちらが餌に食いつきやすくするようにする誘いなのだろうが、これだけのものならその誘いに乗ってやろう。

「―――これは‘あの娘’を呼び戻すのもいいかもしれんな」

 巌谷はポツリとそう呟いた。
「え?中佐、何か?」
「ああ、いや独り言だ」
 そして、目の前に映る蒼穹色の吹雪とその中にいる衛士について考えるのであった。
                                                                つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 19
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 20:06

「篁唯依中尉、ただ今アラスカから帰還いたしました!」
 ビシッとした敬礼を決めるのは、帝国斯衛軍の黄、篁唯依中尉である。目の前にいるのは帝国軍中佐巌谷榮二。ただの上官ではなく、自分の父親の親友であり、実父亡きあとは自分をここまで鍛え、育て上げてくれた人物でもある。
「ああ、アラスカでの特殊任務御苦労だった」

 巌谷は唯依に労いの言葉をかけた。だが、唯依には今回の帰還命令納得のいかないものがあった。
「中佐どういうことですか?いきなり代わりの人員をよこして私に日本に帰還せよとは?ようやくXFJ計画のAH演習も終わりに近づいた時だというのに……」
「詳しく理由を伝えないで悪かった。口で伝えるよりは実際に見てもらった方が早いと思ってな」

 そして巌谷は目の前の端末を操作した。
「――まずはこいつを見てもらいたい」

◇ ◇ ◇

「こちらへどうぞ」
 その日、まりもはある人物に基地内を案内していた。この基地内では滅多に見かけないスーツを着こなした壮齢の男性で、一目で位の高い人物だとわかる。
「すみませんね、大尉ともあろう方に案内してもらうとは……」
「いえ、お気になさらないでください」

 柔和な顔がまりもにプレッシャーを与えない。一部のお偉方特有の軍人に対する嫌味というものがまったくなかった。
「しかし、頭の固い官僚連中をあの訓練生一人に任せてよかったので?」
「大丈夫です。彼女は優秀ですから」
 どうせ彼もあの娘の正体について知っているだろう。
 受け答えしながら廊下を進んでいく。時折すれ違うものすべてが、その男性に敬礼をしていた。
 そして、しばらく、目的地に到着する。

「事務次官、ここが横浜基地衛士訓練学校の食堂になります」
 中に入ると、彼女たちがいた。全員ほぼ同時にこちらの存在に気づく。
「け、敬礼!」
 先頭にいた体躯の小さな少女がそう告げる。すると、後ろにいた3人もその号令とともにビシッと敬礼を決めた。
 号令をかけた少女の腕に掛けられた腕章をみて、まりもはため息がでるのをなんとかこらえた。
(本当にやったのか、こいつら)

 その腕章――「分隊長」と書かれたそれが珠瀬壬姫の腕にかけられていた。

「御紹介します。彼女たちが第207衛士訓練小隊の訓練兵です」
 事務次官――珠瀬玄丞斎は先頭の少女を見ると、その顔がだらしなくゆるむ。
「ここから先は、珠瀬訓練兵がご案内差し上げます。珠瀬訓練兵!」
 その声とともに大きく前にでるたま。
「あ!は、はいっ!どうぞこちらへ!」

 そして、珠瀬親子が数秒間見つめ合う。その間も背筋を伸ばし、軍人然とした態度をとるたまに、
「うんうん、頼もしいなあ……でもパパは甘えてもらえないの、ちょぉっとさびしいぞぉ……」
 親バカを体現したような事務次官がそこにいた。さっきまでの厳格な政府要人はどこへいったのやら。
「パ、パパァ……うう……で、でも私は訓練兵なのでっ!!」
(あ、ちょっと揺れた……)

 まりもは目ざとく見逃さなかった。
「ででででは、こ、こちらへ!」
 カチンコチンになりながら、歩き出すたま。さてさて、あの様子で今日一日隊長を務められるのだろうか。
(珠瀬の一日隊長案を提案してきた当の本人はいないし…・…)
 そのため、まりもが彼をここまで案内することになった。

(さて、あいつは今頃どこでどうしていることやら……)
 まりもはこの場にいない青年、白銀武のことを考えながらPXを後にした。



 その日、そのピアティフは奇妙な命令を香月副司令から受けていた。
『今日は何が起こっても警報を鳴らさないで』
 このような命令だ。正直、妙なことを言うと思った。このようなことを言うということは、彼女は今日、本来なら警報を鳴らすほどのことがこの基地に起きると知っているのだろうか。

 そのとき通信機がけたたましい音で鳴り響いた。この音は緊急回線用のものだ。慌ててそれを取るピアティフ。これは国連軍GHQからのものだ。
 そしてその知らせを受けたピアティフの目が大きく見開かれた。すぐさま香月副司令に連絡を取るため別回線を開いた。



「ふふ、白銀の言ったとおりね」
 ピアティフから連絡を受けた夕呼が司令室にやってきた。すでにその場はお祭り騒ぎだ。だれもがせわしなく動いていた。
 国連軍GHQから届いた知らせ。それというのは、
「HSSTの落下……」

 事故の発生は30分ほど前の15時04分。エドワーズから那覇基地へ向かっていたHSSTが、再突入の最終シーケンス直前で通信途絶。15時19分、国連軍GHQは状況を原因不明の機内事故により乗員全員死亡と推定。同時に遠隔操作による突入角の変更を試みるも、ことごとく失敗。高度なクラッキング対策が裏目に出て、自爆コードも受け付けずハッキングも失敗。海に落とすことも、自爆させることも不可能になった。
 そして現在そのHSSTは横浜基地に向かって順調に落下中、と……。しかもご丁寧に電離層を突破した後にフルブーストで加速、ついでにカーゴの中身は爆薬満載ときた。

「博士! やはりだめです。向こうのセキュリティが高すぎて突破できません!」
 ピアティフが叫ぶように言った。このままでは後数十分でHSSTがこの横浜基地へと落下してくる。そこから予想される被害は少なくとも、この横浜基地は完全に壊滅する。今から警報をならしたところで基地内全員の避難が間に合うはずがない。それにこの基地がなくなればオルタネイティヴ4も終わってしまう。

「ど、どうしたら……」
 オロオロするピアティフに近づき、夕呼は言った。
「大丈夫よ。とっくに白銀がでてるわ」
 その言葉でピアティフは顔をあげた。

「……白銀、少佐が?」
「ええ、この基地を護るって息巻いてたわよ」
 その時、国連の衛星が何かを映し出した。それはHSSTの落下軌道上。そこに銀色の戦闘機が飛んでいる映像をその衛星はとらえた。



「あれま……やっぱでかいなアレ」
 ユーラシア大陸上空、そこに銀の装甲で陽光を跳ね返す歪な戦闘機が空を飛んでいた。ユーラシア大陸といえばそのほとんどをBETAに支配された特一級危険空域であるのにそれは空を悠々と飛んでいた。機体の真下には正面を向いた巨大な砲が装備されている。
 武はその戦闘機――伊邪那岐の内部で網膜に映る物体をみて改めてその大きさに驚く。そこに映るのはこちらへとまっすぐにやってくるHSST。まだ数十キロ先をすごい速度で向かってきていた。

「よし、このあたりにするか……」
 右手を後方のレバーに、左手を壁から垂直にでているレバーにかけた。そして操作を開始。
「ML機関起動」
『わかった』
 その声とともに、ML機関に火が入る。ヴンッという音とともに展開されるラザフォード場。機体が重力制御で浮き上がる。そして電磁力と各部に設置された極小ブースターで二秒とかからずに戦術機形態へと変形。機体の下に装備されていた砲は背中に背負われる形で戦術機形態に装備されていた。

『雲で隠れてるからって制限時間は10分にするからね』
「了解。その後はすぐに大気圏外へ出るぞ」
 背中に背負っていた砲が特殊なガンマウントによって持ち上げられる。そして右肩の下を回りこみ、射撃位置へと移動する。折りたたまれていた砲身が伸び、長さは背中に背負っていたときの1.5倍ほどにもなる。1200mmOTHキャノンの長さにも匹敵するほどの砲、片腕だけで支えるにはバランスが悪い。すると、伊邪那岐の腰と肘の部分――日本製の戦術機なら短刀が納められている場所――が展開し中から三本のマニピュレーターが現れた。補助腕である。それが三方向から砲を支える。

「モード‘集束(コンヴァージェンス)’」
『‘CPC-04’充電率70%……』
 網膜に映る情報が、狙撃用のそれに切り替わる。中央に示された赤い丸。構えた砲身周辺がバチバチとはぜた。その音は次第に大きくなっていく。
『90%……100%。充電完了……発射シークエンスへ移行。射線上大気圏外に衛星存在無し。大気による減衰効果修正』
 最初数十キロ先だったHSSTはすでに数キロ先の目の前。ここにくるまであと数分かからないだろう。赤い丸に収まっていくHSSTの全貌。

「さーて」
 その全てを赤円の中に収めきった。そしてトリガーに指をかける武。
「地球を救おうとやる気になっているところに、そんな無粋なものは、落とさないでほしいね」
 そしてHSSTを一睨み、一気に引き金を引いた。

「――消え失せろ」 
 伊邪那岐から一条の光が空に向かって放たれた。

◇ 

「HSST……消滅?」
 突如レーダーから消失したHSST。あれだけの物体がいきなり消滅するとは考えられない。だが、画面は次に目を疑うようなデータを映し出した。
「こ、この熱量反応はCPCの!どういうことです博士!?まだ00Unitも完成していなく、XG-70も未完成なんですよ!?」
 ピアティフは隣で見ていた夕呼に食って掛かった。

「『伊邪那岐』よ」
「『伊邪那岐』って……白銀少佐専用機の……」
 先ほど移された映像を思い出した。一応、あの戦術機が戦闘機に変形するというのは話には聞いていたが、改めて実際に変形するところを見ると、まったく信じられない。あのような戦術機をいったいどこのメーカーが作ったというのだろうか。そもそもあの戦術機とともにあらわれた白銀武とは一体何者であるのか。

「あれの試射もうまくいったみたいね……」
 夕呼は一人何かに納得していた。そして呆然とするピアティフの肩を叩いて、「後の処理は任せたわ」の言葉だけ残してさっさと出て行ってしまった。
 気づくと手が震えていた。いや、手だけではない。さっきまで目前に迫っていた圧倒的な死の脅威に体全体が震えていた。

「助かった……のよね」
 モニターに映る銀色の戦術機を見て、ただそう呟いた。



 そのころ訓練学校の兵舎では……。
「おや、白銀少佐はいないのかね……真面目で強くて賢くて偉くてそれでいて階級を気にしない、このご時世稀に見る好青年という彼は」
「「「「はぁ……」」」」
「たまのお婿さん候補を見ておきたかったのだが……」
「「「「っ!」」」」「パ、パパ!」
 てきなことが繰り広げられていた。

 余談だが、この日、武が基地に帰ると、なぜか207分隊のたま以外から冷たい視線を送られた。
(たまパパがなんか言ったんだろうなー)
と憂鬱な気分になる武であった。

◇ ◇ ◇

「タ、タケル~、やっぱりボク達には無理だって~」
 美琴は網膜に映る漆黒の不知火数機を前に、吹雪のコックピットの中、泣きそうな声で言った。
 漆黒。それが表すのは日本帝国軍所属の不知火だということ。肩にある日の丸もそれを示している。ただでさえ、自分たちより優れた機体。さらに彼らは帝都守備連隊に所属するエリート衛士である。
そして今いる場所は帝都外縁部に設けられた帝都守備隊専用の演習場。

『鎧衣……ここまできたら、覚悟を決めるほかあるまい』
『人間あきらめが肝心……』
 そんな美琴に冥夜と彩峰があきらめろと言う。網膜に映る二人はずいぶんと落ち着いた表情で、今の状況を受け入れているようだった。
 相手の機体は五機。こちらと同じである。

 そもそもなんで自分たち訓練生が、帝国軍のエリートと対峙しているのか。それはつい今日の朝にまでさかのぼる。
『さあ、帝都に行こう!』
『『『『『は?』』』』』
 武のそんな言葉で、輸送機に乗せられ、空を飛ぶことしばらく。自分達は帝都の帝国軍基地へと運び込まれていた。そしてそこのブリーフィングルームに集められて教えられた今回の目的。それは帝国軍へのXM3導入審査模擬戦を行うものだったらしい。

 開発当初からXM3搭載機に搭乗している自分たちと旧型OSとの模擬戦で帝国軍がこのOSを受け入れるかどうかを決めるという大事な一戦。そんな大役を自分たち訓練生が請け負ってしまった。

「うう~」
 この模擬戦は帝国軍の多くの衛士が見守っている。それは大きく分けて二種類。好奇の目を向けるものと、いぶかしむ目を向けるものである。
 前者は以前行われた新潟防衛線のXM3搭載機の動きを知っている者。後者はそれを話し程度にしか聞いていない者たちである。

『大丈夫だ、美琴』
 黒い軍服姿の武が映った。彼は管制室から自分たちの様子を見ている。しかもCPというわけではなく、指揮もすべて自分たちでやらないといけない。自分たちの実力だけで帝都守備隊に勝たなければならないのだ。
『お前らの部隊は稀に見るバランスのいい部隊だよ』
 そして通信を全員に開いた。
『指揮を委員長、近距離は冥夜と彩峰、支援を美琴が、そして遠距離はたまの完璧な布陣だ』
 一人一人の顔を見ながら言った。
『それに相手の機体はたかだか旧OSだ。そんなやつらに負けるほどやわな教導はしてきてないつもりだ』

『だから―――』
『訓練通りにやれば負けはしない、でしょ?』
 武の言葉を榊が奪った。それに武は笑って、
『あ、ちなみに相手はお前らが訓練生だってこと知らないからな~』
「!?」
『さあ、始めるぞ!』

 その言葉と同時、帝国軍が用意したCPが模擬戦開始一分前を告げた。そして、残り10秒となった時、もう一度武との回線が開いた。
『最後にとっておきのまじないをかけてやる』
『『『『「?」』』』』

『オレ五人と闘っているつもりでやってみろ』
『『『『「なっ!?」』』』』
 そんなの勝てるわけがない!



 無慈悲にも戦闘の火ぶたは切って落とされた。武に最後に言われた言葉で、漆黒色の不吉な色もあいまって相手の不知火が本当に全員武のように見えてきてしまった。最初の突発的な戦闘の後、相手の不知火はすべてバラけて、ビルの影へと隠れ、戦闘域はかなりの広範囲まで広がっていた。
 たまにある遭遇戦だが、両チームとも未だに致命的な損傷はなく、すでに20分が過ぎようとしていた。

『ねえ、みんな……』
 美琴から600m離れた位置からの榊の通信。今は相手も息をひそめている。こちらが動けば相手に音と振動で位置を知らせてしまう。周囲を沈黙が支配していた。
『私は白銀に言われた通り、白銀五人と戦っているつもりでやっていたわ』
 それは美琴も、他の三人も同じである。
『でも、感じることがあるの』

 美琴もそれは感じていた。横浜基地で幾度となく戦った武の機動。それと比べると相手の不知火は明らかに、

『『『『「遅い」』』』』
 
 五人の言葉が重なった。
 なるほど彼らは確かにエリートパイロットだろう。旧OSであれだけの機動を行っていることからもわかる。だが、戦術機に乗り始めてから、ほぼ武の機動、ただそれだけしか見ていない207分隊の面々にはそれはひどく遅く感じられた。目がすっかり武の機動に慣れてしまっているのだ。
 さらにXM3特有のあの三次元機動もない非常に単調な動きだった。戦闘が始まる前はビビっていたのがうそのように、今では勝機しか見えてこない。
 自分達は思った以上に力をつけていたようだ。そう、旧OSのエリートを退けるほどに。

『動いた。2機』
 800m先にいた彩峰からだ。ついに敵が動き出したらしい。
『こっちでも動いています』
 たまも敵の動きを察知したらしい。距離的に考えて、前方にいる二人を挟撃するつもりだろうか。

『01(榊)より各機。ここで勝負を仕掛けるわよ』
 指揮官である榊の言葉。美琴は比較的近かった彩峰のところへ向かいながらそれを聞いていた。
『03(珠瀬)は敵から距離をとって、代わりに02(御剣)が敵の足止め。03は敵の待ち伏せ、追手に注意しながらこのポイントを確保。私も御剣に合流するからまずはこちらから片づけましょう。05(美琴)は04(彩峰)のカバー。大通りまで誘い出して』
『02了解!』『03了解!』「05了解!」
『仕留めれたら仕留めていいよね』
『ええ、お願い』
『04了解』
 
 遠方で発砲音が聞こえた。この距離と方角なら彩峰が敵と接触したらしい。急がなければ。跳躍ユニットの出力を上げる美琴だった。



「そうだ、それでいい」
 武は管制室の中、美琴たちの吹雪の動きを見ながらそう呟いた。すでに相手は2機撃墜されている。なかなか順調だ。やはり最初から武の動きを見せていたのはプラスに働いたようだ。敵の動きが心底遅く見えるに違いない。
「お、三機目」
 榊、冥夜、たまが相手していた最後の戦術機が冥夜の長刀で致命的損傷を負った。
「せ、瀬口機動力部に致命的損傷、大破」
 
 目の前にいるオペレーターが告げた。だが、その様子は今の出来事を納得できていないといった様子。それもそのはず、帝国軍は国連軍の吹雪をまだ一機しか撃墜することができていないのだから。

「あれが本当に訓練生の動きなのかね、白銀少佐」
 武の横にいた顔に大きな傷を負った男がそう尋ねた。帝国軍巌谷榮二中佐だ。
「ええ、そうですよ」
「それが事実ならまったく信じられん性能だな、新OSとやらは……」
「名をXM3と言います、中佐」

 4対2、もう勝負は見えた。まあ、武としては彼女たちが負けるとは微塵も思っていなかったわけでこれは予想通りの結果であった。
「あと二戦。彼女たちの動きをみてこのOSを導入するか考えてください。自分は少し所用で席を外します」
「わかった……午後から予定を確認しておいてくれ」
 そして武は管制室を後にした。



 白銀が出て行ったあと、巌谷は自分の傷跡を触りながら、さきほどの青年のことについて考えていた。
(まさかあれほど年若いものが少佐とはな……)
 XM3導入試験。それにやってきていたのは巌谷の予想の遥か下を行くまだ少年の面影の残った男であった。そしてつけられた階級章を見て驚く。自分より一つ下の少佐なのであるから。

 話によれば、彼がこのXM3の発案者であり、あの横浜の牝狐にこれをつくらせた張本人であるらしい。
 モニターに映る縦横無尽に動く吹雪の動きを見る。自分たちが若い時に、幾戦もの実戦で磨き上げた制御パターンをこうも無残にも打ち破るものを造られては、もはや脱帽するしかない。年若いということはいやはや、恐ろしいものだ。



 帝都の一角。高くそびえるは帝都城。そこの一室。政威大将軍である煌武院悠陽の執務室があった。そこで机に向い、筆を走らせる悠陽。達筆な文字が白い紙の上を踊っていた。
 ――コンコン。
 その音で顔をあげる悠陽。窓を誰かが叩いている。正面からでなく、窓から。そのような人物、悠陽には一人しか心当たりがなかった。慌てて筆をおいて、窓にまで駆け寄った。そして一気に開く。そこからぴょこんと顔を出す男。

「お久しぶりです、殿下」
「白銀!」
 3週間ほど前にクーデターを止めるために自分を訪ねてきた白銀武がそこにいた。ひらりと窓から部屋の中へと入ってきた。あのときとは違う黒い国連軍の軍服で、背中には何かを背負っていた。
「本日、国連軍から将兵がくると聞いていたが、そなたでありましたか!」
 なにやら新OSの件らしいと聞いていたが。
「ふふ、いろいろ話を聞いた様子じゃ、だんだんと政威大将軍に元の権限が戻ってきているようですね」

 白銀は背負っていた物を下ろしながらそう言った。
「そのことには感謝しています。あのまま何も知らなければ私はただのお飾りとして置かれていたことでしょう。そしてそれを憂いた沙霧大尉たちの行いで多くの血が流れるところでした……」
 だが、まだ一筋縄ではいかないというのが正直なところ。
 白銀は背負っていたバッグを大きく開き、中から何かを取り出していた。政威大将軍を前に、頭を垂れることなく自分の作業を優先する者なんて普通なら考えられない。だが、不思議と白銀のそんな態度が気にならない悠陽だった。

「それで?今日、わざわざこのような方法で私を訪ねてくる理由はなんですか?また、何か私に伝えることがあるのでしょうか?」
 真剣な表情で尋ねる悠陽。また、以前のような話であるのか。
 それに白銀は軽く首を振った。
「今日はクーデターとかそんな大層なもんじゃないですよ」
 そしてバッグの中からそれを取り出した。
「ちょっと殿下についてきてほしいんですよ」
 それは白銀の所属と同じ国連軍の女性用軍服であった。



「ちょっと真耶!二人で出て行ってしまったわよ!」
 その部屋の外、月詠中尉こと月詠真那は、窓から出ていく国連軍女性用軍服姿の政威大将軍と国連軍少佐を見ていた。そして隣にいる人物に食ってかかった。その話し方は軍人のそれでなく従姉妹に対するそれ。
「あなたが入るなと言ったから入らなかったけど、これは明らかに―――」
「ストップ」
 
 そんな真那を制する月詠大尉こと月詠真耶。近くを通りかかった侍従に「悠陽様は少々体調を崩されたわ」と伝え、そして忍び足で部屋に入っていった。マナもしぶしぶとそのあとに続く。部屋に入ったマヤは窓から外の様子を慎重に様子見た。そして遠くに目的の二人の後ろ姿を見つけると、自身も音を立てぬようにゆっくりと窓の外に出た。
「真耶!」
 慌ててそのあとに続くマナ。
「静かに……あの男かなり気配に敏感よ」

 確かに、初めてあった横浜基地のハンガーで、気配を極限まで殺していたはずの自分の存在に気づいた彼はかなり気配に敏感なのだろう。
「何を考えているの!?殿下とあの男を二人きりにして……何かあったらどうするつもり!?」
 声を殺して、だが怒気は殺しきれずに同い年の従姉妹であるマヤに言った。

「あなたは知らないだろうけど私は以前彼に会っているのよ」
「!」
「あの男が悠陽様に危害を加えないことは分かっているわ……そのつもりならあの時にできたはずだから」
 足音を殺して、二人を見失わないように屋根の上をいくマヤ。それにマナもあとをついていった。

「いつのことよ!?」
「申し訳ないけどこれ以上は私の口からは言えないわ。私自身悠陽様に口止めされているから」
「悠陽様が!?」
 その悠陽様は白銀とともに今にも屋根から降りようとしていた。どうやら白銀が侵入してきた経路を逆走しているらしく、白銀は先に降りているようだった。それに続いて悠陽が降りていた。二人はロープを使用しているようだ。しかし、白銀の身体能力を考えると、ここに至るまではロープなどを用いる必要はない。おそらくあれは悠陽用にわざわざ用意したものであるのだろう。
 ですが悠陽様、その制服でロープを降りるとなると……、

「し、白銀!?今、上を見てはいけません!」
「はい?何か言いましたか?」
「だから見てはいけない、と!!!」

「……」
「……」
 さて、あの二人いったいどこへいくのやら。



「白銀、外にでるのはいいとして、ここから先は戦術機も配備されているのですよ?もし見つかればそなたとて……」
 ほんの少しほほを赤く染めた悠陽が白銀にそう尋ねた。
(み、見られてしまったでしょうか……?)
 そんなことを考えていた。

 いくら警備の者のルートを知っていようと、戦術機のセンサー類はごまかせない。それこそ以前のように帝都城地下の鉄道を用いるなどしないと不可能だ。
「戦術機のほうには手を打ってあるので安心してください」

 そして白銀は歩哨の目を掻い潜って堂々と歩いていった。あまりにも堂々とした歩き方で、この男はみつかることを恐れていないのかと思ったほどだ。だが、以前の帝都城に忍び込んだことといい、白銀はこの帝都城の警備詳細を知っているのではないのか。帝都城地下の鉄道を知っていたことといい、クーデターの件を知っていたことといい、この男一体なにものであるのか。

 目の前に二機の戦術機がその目を光らせていた。しかし、白銀はそれを一瞥しただけで立ち止まることなく、その戦術機の間を走りぬけようとした。
「し、白銀!」
 あわててその裾をつかんで止める。
「大丈夫ですって殿下」

 そして、裾をつかんだ手をほどき、その手をつかんで走りだした。
「あ……」
 人に手を握られて走るなど、子供のころ父親にやられて以来だった。白銀に引っ張られるまま、走りだした。カモフラージュの帽子が飛びそうになったので慌てて空いていたほうの手でおさえる。
 戦術機がこちらを向いた。心臓が止まるかと思った。
「っ! ……?」
 だが、その戦術機は自分たちの存在に気づいていないかのようにまた別の方向へとその頭を向けた。そして最後に歩哨の隙をついて一気に帝都城の外へと出た。

「ほらね?」
 白銀がキョトンとした顔の悠陽に笑いかけた。
 その笑顔。政威大将軍となった自分にこのような笑顔を向ける人物が今までいただろうか。同じ将軍家の者でさえ、自分には然とした敬意を払って、忠誠を誓っている。良くも悪くもそれは臣下のもの。このような親しきものに向ける笑顔は、すでに死んでしまった両親以外では久しぶりだった。



 帝都城の一角。茂みの奥に端末を片手に三角座りのふてくされた顔のアーリャがいた。
 彼女が行っているのは戦術機のハッキング。本来ならデータリンクシステムに利用する回線から戦術機をジャック。衛士の網膜に映る映像をいじって数分前の映像が変わらず映るようにしている。これにより、何かが前を通っても戦術機の中の衛士にはわからない。熱源感知センサーも黙らせている。さらに帝都城各部に設置されたセンサー類、カメラ類を黙らせているのもアーリャ。世界最高峰のコンピューターである00Unitにとってこれらのことは手足を動かすかのように簡単にできる。

 それらの作業を行いながらアーリャはなぜ自分が武とほかの女性のデートの手助けをしなければならないのか、考えていた。武はデートではないと言っていたが、男と女が二人きりで出かけるのはデートだと以前宗像に教えられていた。
 しかも相手はあの悠陽である。悠陽といえば、未来の世界でもしょっちゅう武とお忍びデートなるものをやっていた第一級警戒人物(アーリャ脳内)ではないか。(ちなみについ最近その第一級クラスに風間と茜が上がってきた)
 
いくら政威大将軍と言えど、そんなものロシア人で幼いアーリャには「なにそれおいしいの?」レベルである。
「う~~~~~~~~~~~」
 そんな不気味なうめき声が茂みから聞こえてくるのだった。



「白銀そろそろどこへ何をしに行くのか教えてくれませんか?」
 帝都を出てすぐに、外に止められていた車に乗って移動。到着したのは帝都の帝国軍基地であった。途中まで黙って白銀の後ろをついてきていた悠陽だったが、さすがに限界だ。長時間帝都城を空けるわけにもいかない。

「もう少しです」
 たまに通る帝国軍兵がみな白銀に対して敬礼していた。驚いたのが白銀が国連軍少佐だったということ。まさか自分と変わらぬ年齢で少佐という地位にいるのが驚きだった。本当にこの男には驚かされてばかりである。
「ほら、ここです」

 白銀が悠陽に案内したのは、部屋ではなく廊下だった。
「ここ……?」
 周りを見渡しても何か特別なものがある場所ではない。この周囲は現在使われていないらしく、人の気配もなかった。窓から見えるのは広大な演習場。そしてハンガーとおもしき建物だった。いったいこのような場所で何を……。

「おそらくそろそろだと思うんですが……」
 そう言って白銀は腕時計を見た。そしてその視線を窓の外に移すと、
「来ました、殿下!」
 そう言って指さした先。悠陽もそちらのほうを見た。そこにいたのは白い強化装備をきた数人の少女たち。ハンガーから兵舎へと続く廊下を歩いていた。表情はみな明るく軽く興奮しているようだった。
 そして、その少女たちの中に彼女を見つける。

「っ!」
 鏡を見たかのような自分とそっくりなその少女。誰かなどと白銀に聞く必要もない。
 それはこの世で唯一血を分けた双子の妹。

 ――御剣冥夜がそこにいた。



「ボク達ってこんなに強くなってたんだね~」
「ホント……まさか三戦全勝してしまうなんて自分でも信じられないわ」
 207分隊の面々は帝国軍との模擬戦を終えて、兵舎へと続く廊下を歩いていた。ハンガーからはかなりの距離があり、この廊下はずいぶん長くまっすぐと続いている。
 その道中、話題に上がるのはやはり先ほどの模擬戦。自分たち訓練生が正規兵を破ったという快挙に全員軽く興奮していた。

「これでも勝てない白銀は化けもの……」
「そうですよね~。今回の模擬戦だってタケルさんがやったほうがよかったんじゃないでしょうか?」
 訓練生が正規兵に勝利することに意味があるということは分かっているが、たった一機で多数の相手を撃破することのほうが相手によりインパクトを与えるように感じる。

「それに今回勝てたのは私たちの技量よりXM3のおかげというのが大きいと思うわ」
「だよね~。でも、それをタケルに言ったら多分……」
「『いや、お前らの実力だよ』……って言う」
「……タケルさん、妙なところで謙虚ですから」

 そういって盛り上がる四人と少し離れた位置に冥夜はいた。なぜかこの廊下に入ってから誰かから見られているように感じるのだ。しかし前を見ても後ろを見てもこの長い廊下には現在自分たちしかいない。気のせいだろうかと視線を窓のほうへ移したら、
「タケル……!」

 窓から見える建物の4階の窓に武の姿が見えた。向こうもこちらを見ている。武もさきほどまでの自分たちの模擬戦を見ていたのだろうか。だとしたらその結果に満足してもらえただろうか。
と、そこで武以外にもこちらを見ている人物がいるのに気づいた。帽子を目深にかぶっているため顔は見えないが、着ている軍服から女性だということが分かった。
 しかし、あれは国連軍の軍服だ。自分たち以外にこの基地に国連軍のものがきていたということなのだろうか。

 不思議に思っていると武の手が動いた。自分の行く先を指差す武。つられてそちらを見ると、榊たちとずいぶん距離が空いてしまっていた。慌ててそれを追いかける冥夜。
 ようやく追いついて今一度窓の外を見ると、そこに武の姿はなかった。女性の姿も消えていた。
「?」
 いったいなんだったというのだろうか。



「――す、すみません白銀。こんなみっともないところを見せてしまって」
 そう言った悠陽は、廊下でうずくまってひそかに涙していた。この世に生を受けてすぐに離れ離れになった妹。その大きくなった姿を見て感極まったのかもしれない。
 武は悠陽の隣にただ黙って座り込んでいた。窓より下の位置。外からでは見えない。
「……これが、俺が今できる限界ですね」

 武はハンカチを差し出しながらそう言った。ハンカチを受け取る悠陽。それをそっと目に当てる。
「本当は会わせてあげたいんですけど……それにはあいつのほうがまだ覚悟できてないんですよ」
 この姉妹が普通に接し合うことのできるように。それまではもう少し時間が必要だった。
「いえ、十分です……」
 ハンカチに顔を押し当てる。

「白銀……そなたに感謝を……」

 目を伏せたままの悠陽がなんとか聞き取れるくらいの小さな声でそう言った。それに武は何も答えず、ただ悠陽が泣きやむのを隣で黙って待っていた。



「……」
「……」
 その廊下の曲がり角付近。二人の赤の斯衛が立ちつくしていた。二人はさきほどの出来事を一部始終見ていた。そして知った白銀の今回の目的。今、この二人の中ではどのようなことが渦巻いていることだろうか。

「……あの男、悠陽様と冥夜様を……」
 マナはゆっくりと口にした。これが、このような危険な橋を渡ってまであの男がやりたかったこと。

 するとマヤがいきなり歩き出した。それは白銀や殿下とは別方向。彼らから遠ざかっていく。
「マヤ!」
 慌てて呼び止める。
「殿下のことなら大丈夫よ。あの男が無事帝都城まで送り届けてくれるわ」

 それはさっきまでの白銀のことを見ていたら納得できる……のだが、自分たち斯衛の者がそう簡単にあの男―――国連軍のデータベースを改ざんしてまで冥夜様に近づいた者を信用するわけには……、
「信じてみてもいいかもしれないわね」
 だがマヤはそう口にした。

「真耶!」
「あら、あなただってあの男のこと気に入ってるんじゃないの?」
「なっ!?」
「だって最近私に送ってくる報告書は八割方あの男のことじゃない」
「そ、それはあの男が得体のしれない存在だからで、別に他意は!」

 そうだ。そこに他意なんてこれっぽっちもまったく微塵も含まれていない。しかしなぜか顔を赤くしながら抗議するマナ。

「それよりも午後は斯衛軍があのOSの有用性を確かめる番よ」
「!」
「それと……紅蓮大将と神野大将があの男に興味をもっているらしいわ」
 あの二人が!

「もしかすると直々に戦術機にのられることもあるかもしれないわ」
 だが、あの二人とて、あの男には敵わないだろう。そう確信するマナだった。



「……白銀」
 悠陽を帝都城へ送る道中の車の中、助手席にいた悠陽が武の名前を呼んだ。
「なんですか、殿下?」
 武はもちろん運転席である。(ちなみにこの時代の武は無免許)
 目は前に向けたまま、武は答えた。

「白銀は以前、あの娘のことを‘護るべき大切な人’とそう言っていましたね……」
 あの娘。もちろん冥夜のことだ。確かに以前、帝都城へ忍び込んだ時に、悠陽に冥夜との関係を尋ねられた時そう答えていた。武は、頷いて答えた。

「あの娘もそなたに名前を呼ぶのを許していたのでしたね……」
 信号が赤だ。ゆっくりとブレーキを踏み止まる。しかし、さきほどから悠陽が何を言いたいのか結論に至らない。いったい何を聞きたいのか。
「その……」

 何か言いにくそうに言い淀んだ。そして信号が青になったと同時、意を決したように言った。
「白銀と冥夜は……恋人関係なのでしょうか!?」
「は?」
 危うくハンドル操作を誤るところだった。それだけ武にとっては突拍子もない質問。だがよくよく自分の発言を振り返ってみればそう誤解させても仕方ない要素がいくつかあったように思えた。

「違いますよ、殿下」
 すぐさまそれを否定。長いループの過程では彼女と恋人関係になったこともあったが、この世界では別段そのような関係ではない。
 その答えを聞いた悠陽。なぜか安堵の息のようなものを吐いて、

「――そうですか……それは良かった」

「?……なにか言いましたか?」
「い、いいえ、なんでもありません。白銀、しっかり前を向いて安全運転をお願いしますよ!」
 いや、しっかり前は向いてるんですが。顔を武とは反対方向の窓に向けて、押し黙る悠陽だった。チラッと盗み見た横顔はほんの少し赤くなっていたような気がする武だった。
 
 その後は無事悠陽を帝都城の執務室まで連れていって、特に問題も起こっていなかったようなので武は「また、来ます」という言葉を残して、帝都城を後にした。

 途中まで後ろをついてきていた二人の月詠に何かを言われるかもしれないと身構えていた武だったが、なぜか彼女たちは兵舎からでていくときその姿を消していた。こちらを信用してくれたと考えていいのだろうか……?

◇ ◇ ◇

 さてそんな帝都から遠く離れて横浜基地。そこの地下。この横浜基地所属の軍人の大半が入ってこられない最高セキュリティーの区画の一角に夕呼はいた。その隣には霞。
 二人の目の前には一人の少女がいた。

 手術台のような場所から上半身だけを起こした少女。服は国連軍のもので、腰まで届きそうな長い髪をもっていた。それを首の後ろ辺りで大きなリボンで結んでいる。
 年齢は18歳程。目がうつろに開いた少女に向かって夕呼は言った。

「――気分はどう?‘鑑純夏’」
                                   つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 20
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/15 02:33

「白銀少佐ですね」
 帝国軍基地の食堂で昼食をとったあと、次に帝国側から指定された区画へ移動しようとすると、後ろから声を掛けられた。
「ええ、そうですけど……」
 後ろにいたのは斯衛の黄をまとって敬礼を決める少女。

「本日演習場まで案内を務めます。斯衛軍、篁唯依中尉であります」
 自分とほとんどかわらないであろう年頃の少女。ということは冥夜たちともそう変わらないということだ。それにも関らず、さすがにかの斯衛で黄を許されただけはある。凛とした立ち姿であった。日本人特有の黒く艶やかな髪を持っていた。
「極東国連軍、白銀武少佐です。今日はよろしくお願いします」

(唯依か……なつかしいな)
 その顔を見て、武はなつかしさに目を細めた。
 篁唯依中尉。かの不知火弐型を作りだしたXFJ計画の日本側開発リーダーであり、それに選ばれるほどの戦術機の腕前と知識がある。状況判断や危機回避能力において天才的な資質を持つ衛士であり、武の最後の記憶では衛士としてのランクは最終的にはA++にまで届く。『SES』『孤狼』『AAA』『千里眼』など武を入れても九人しかいないオーバーAAランクに次ぐ実力者である。共闘した作戦も数多く、武の信頼する衛士の一人である。まあ、今の段階では高く見積もってもB++といったところか。
 でもこのころはまだアラスカにいたと本人は言ってなかったか?武の動きで、歴史がうごいているということだろうか。

「……あの」
 すると、唯依が気まずそうに武に言った。
(ああ、初対面で顔をじっと見つめるのは失礼だよな)
「いえ、なんでもないです。案内お願いしてもいいですか?」
「……わかりました。ではこちらへどうぞ」
 そして唯依の後ろについて歩き出した。



(本当に若い……もしかして私より年下?)
 唯依は背後に年若い少佐の気配を感じながら、基地内を歩いていた。
(この彼が、あのOSを……)
 そして考えるのは、巌谷中佐にみせられた吹雪対武御雷の模擬戦と先ほどの模擬戦である。

 先日までアラスカにいて、数多くの国の戦術機、衛士をみてきた唯依であったが、その吹雪の動きは異常と言うほかなかった。
 空中で行う奇抜な姿勢制御。流れるような入力の見事な連続技。硬直時間を無視した操作。どれをとっても今までの戦術機制御パターンとは違っていた。
 先日まで開発に携わっていた不知火弐型と同等、いやそれ以上の動きをみせつけてくれた練習機。このようなものをつくられては、次世代主力機開発に躍起になっていた自分がバカみたいではないか。

 だが、唯依が本当に気になっているのは、あの機体、新OSよりもあれを操縦していた衛士のほうであった。
 今日の午前に行われていた模擬戦は唯依も見ていた。確かにすばらしい力を発揮していた。そしてその衛士が訓練生だと知った時は驚きを通りこして呆れた。まったく横浜基地はすごいものをつくってくれたものだ、と。だが、その五機の吹雪の中に、あの吹雪を見つけることはできなかった。

 自分より性能が上の機体で、さらに多数対1であるのに、それと引き分けたあの衛士。明らかに自分よりはるかに上の力量。いや自分だけに限定せず、唯依が今までであった衛士の誰よりも強い。ブリッジス少尉よりも、紅の姉妹よりも、紅蓮大将よりも強い。
 あの衛士と一度でいいから闘ってみたい。それは将軍閣下から武御雷を預かる斯衛ものとしてさらなる高みを目指すが故の望みだった。

(その衛士が彼……)
 それを聞いたのは先任衛士である月詠中尉からであった。
 月詠中尉と言えば、唯依が知る中でもトップクラスの衛士だ。かの紅き武御雷の武勲は彼女もよく知っている。その月詠中尉をして「最高位の衛士」と言わせしめるこの白銀少佐とはどれほどの実力なのか。吹雪にのってあれだ。もしもっと上の機体、不知火や武御雷にのるとどうなるのか。それを想像して唯依は身震いがした。

「そういえば、篁中尉は先日までアラスカで不知火弐型の開発に携わっていたんですよね?」
 ただ黙ってついてくることに飽きたのか。はたまた緊張気味の自分に気を使ったのか。白銀少佐が話を振ってきた。XFJ計画は国連軍戦術機実験評価部隊で行われた日米共同開発計画なので、国連軍将兵である彼がこの計画を知っているのは不思議ではないが、それに唯依が関わっていたということを知っているとは驚きだった。
「え、ええ、そうですが」

「アラスカと言えば……‘ユウヤ’は元気でしたか?」
「!?」
 まさか、少佐の口からあの男の名を聞くとは微塵も思っていなかった。アメリカ合衆国より派遣されたXFJ計画アルゴス小隊メインテストパイロット、ユウヤ・ブリッジス少尉。日本人の父を持ちながら、日本人を忌み嫌う男。

「あいつの日本嫌いには苦労したんじゃないですか?」
「っ!」
「悪い奴じゃあないんですけどねー」
 彼が指摘したことは自分が経験したことだった。開発の主軸となる開発衛士とうまくいかない。これは不知火弐型を完成させる上で、難儀したことだった。しかしそれも向こうの理解、こちらの歩み寄りでなんとかなった。たしかに必要以上に日本を忌み嫌う癖のある彼だったが、根本はそう悪いものではなかった。ときには不知火弐型の問題点を指摘し、それを手足のように扱うよう努力し、あれの開発に尽力してくれた。

「少佐はブリッジス少尉のことを御存じなのですか?」
「ん~、この場合、俺が一方的に知ってると言いますかー……」
 なんとも要領の得ない回答だった。
 だが、そんなこんなを話しているうちに目的の場所についた。

 目の前にあるのは木造建築の建物。引き戸の上には「修練場」と達筆な文字が踊っていた。ここは道場である。衛士たちが自分の肉体や精神を鍛える場所。帝国軍基地や日本にある国連軍基地のほとんどにはこのような場所がある。やはり日本人にとってこの空間は自分を研ぎ澄ませるのに最適なものなのだろう。
 今日は演習場に案内する前にここに案内するよう伝えられていた。なぜなのかは知らない。だが、この戸の向こうにはそれを指示した者がまっていることだろう。

 そしてその戸に手をかけたときだった。
「気をつけた方がいいですよ。向こうには闘(や)る気満々の二人がいるようですから」
「え?」
 だが、力を入れた腕はもう止まらない。一気に開け放った時、

「「かっーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」

「きゃっ!」
 前方から大声とともに、強烈な気迫を当てられた。その勢いで唯依は後ろに下がった。すると、背中を白銀少佐に支えられる。
「大丈夫ですか?」
「え?あ、はい……」

 いったいさっきのは何が。そう思って前を見ると、道場の真ん中に、胴衣を着た二人の大男が仁王立ちしていた。
「はっはっはっ!我らの気にあてられても涼しい顔して流しおった」
「まったく!久しぶりに強者の気配だ」
 ガッハッハッと豪快に笑う二人。

白銀少佐はさきほどの気迫など気にした様子もなく、道場のなかに入って行った。
「初めまして。紅蓮大将、神野大将。国連軍少佐、白銀武であります」
「ああ、帝国陸軍大将紅蓮醍三郎だ」
「斯衛軍大将神野志虞摩だ」

 帝国が誇る伝説の衛士二人を前にしても、白銀少佐は別段動揺した様子はなかった。スタスタと歩いて二人の前で敬礼を決める。この年頃の衛士なら、この二人を同時に前にすると身を固くするものが多くいるというのに、その気配はまったくなかった。
「いやはやわざわざこんなところに来てもらって悪かった。あの吹雪の衛士を一目見ておきたかったのでな」
「あの吹雪?」

「我が斯衛の誇る武御雷4機と引き分けた吹雪だ」
「あ~」
 白銀少佐が「夕呼先生の仕業か……」とつぶやいているのを後ろにいた唯依は耳にした。
「月詠から話は聞いていたが、本当に若いな」
「うむ。その年でどれだけの修業を重ねてきた?」

「ざっと‘100年’は……」
「はっはっは、我らの数十年などまったく足らぬか」
 唯依はこの二人を前にして、‘冗談’を飛ばせる白銀少佐が年下とは思えなかった。

「そうだそうだ。横浜基地では冥夜は息災か?月詠の報告書はどうも事務的でいかん」
「御剣訓練兵なら元気ですよ。とても熱心でこちらとしても鍛えがいがあります」
「そうか。基礎はわしが鍛え上げたからな、多少のことでは音をあげん。どうか扱いてやってくれ」

「よし、では演習場へいこうか」
 え?これだけですか。わざわざ、修練場まで案内して、することがこれだけとは、あいかわらずこの二人の奇行は理解できない。衛士としては文句なしにすごいのだが……。おそらく理由を尋ねたら「修練場のほうが気合が入るから」などと答えるだろう。

 だが、ついに見ることができる。帝国軍が誇る最高の衛士二人と、この……白銀少佐の試合が。唯依は3人の後ろをついて行きながら、気持ちが高まっていくがわかった。



 紅蓮と神野は途中、強化服に着替えてくると別れ、武は唯依と二人ハンガーにやってきた。
「お久しぶりです。白銀少佐」
 ハンガーにつくと、強化服姿の月詠大尉、赤い軍服姿の月詠中尉の二人がいた。
「月詠さん……あ」
 だめじゃん。二人とも月詠姓なんだからこの呼び方では区別できないではないか。
「貴様、名前を呼ぶ許しを与えた覚えはないと―――」
 月詠中尉に怒られる前に言いなおそうとすると、

「少佐はそこまで階級を気に無さらない方だと月詠中尉より聞いております。名前でお呼びになりたいのなら、どうか真耶、真那とお呼びください」
「月詠大尉!」
 月詠中尉が「なにを馬鹿なことを」みたいな感じで月詠大尉を見た。
「月詠中尉、あなたは少佐に対して礼儀がなってないのではなくて……?」
「ぐっ……」
 一触即発の気配。どう考えても原因は自分だろう。

「あ、あの~」
 武が瞳で「呼んでいいんですか?」と問いかけると、月詠中尉はなんとも複雑な顔をして何度も武と月詠大尉の顔を往復して、結局そっぽを向いて、
「す、好きにしろ!」
とそう言った。

 武はその答えにしばらく考え、
「いや、やはりここは月詠大尉、月詠中尉と呼ばせていただきます。軍務の中ですからね」
 自分があんな呼び方をしたのが悪かったと誤った。しっかり反省。
「そうですか……わかりました」

 そしてビシッと敬礼を決めて、
「本日三回目の模擬戦を相手します、月詠真耶大尉です」
 武もそれに敬礼を返して、
「あれ?三回目?」

「はい。本日は一戦目を紅蓮大将、二戦目を神野大将、三戦目を私がお相手致します」
 なるほど一対一を三回か。確かに帝国の誇る最高錬度の衛士であるこの三人を倒せば、XM3の有用性は実証されるだろう。だが、より大きなインパクトを相手に与えるには……。

「月詠大尉、提案があるんですが……」



「白銀少佐!やはり無理なのではないでしょうか!」
 唯依はハンガーで強化服姿の白銀の後ろについていきながら、そう言った。それというのもこのあとすぐに行われる模擬戦の内容が、紅蓮大将、神野大将、月詠大尉の三人対白銀少佐一人というものに変更されたたからだ。白銀少佐が以前行った武御雷四機よりも実質戦力は上。当初、一対一で行うものであった。何しろ相手が帝国軍の誇る最強衛士たちなのだ。
 だが、白銀はそれを変更。一人で三機相手にしてみると言ってのけた。

「大丈夫ですよ」
「しかし……」
「そのためにこいつを夕呼先生に無理言って調達してもらったんですから……」
 そして見上げたその先、そこに彼女のよく知る機体が仁王立ちしていた。
「不知火……弐型?」
 国連軍カラーで塗られていてもわかる。これは唯依が次期主力機開発という日本の未来を背負って作り上げた機体、不知火弐型だった。

「まあ、見ててくださいよ」
 白銀は唯依に笑って見せた。



 唯依がいなくなったハンガー。武は今一度目の前の不知火弐型を仰ぎ見た。
「第3世代機じゃ不満だが……まあ、仕方ないか」
 そして、不知火弐型の足元を見て、
「アーリャ」
 そう呼んだ。すると、不知火弐型の足の後ろからピョコリと出てくる頭。若干なぜかふくれ顔のアーリャだった。武が手招きすると、しぶしぶといった体(てい)で武へと近づいてくる。

「さっそくで悪いが、保存感情TYPE01-04を頼む」
 その一言でアーリャによってプロジェクションされる感情。それは通常BETA戦での興奮状態だ。適度な興奮は戦闘能力の増加につながる。
 気分が高揚していくのがはっきりとわかった。そして武は髪をかきあげ、
「さて、いっちょ相手してやるか」



『フフ、まさかわしが自分の歳の半分にも満たぬ若造に複数でかかるとはな……』
 広大な演習場にいるのは4機の機体のみ。3機の武御雷と1機の不知火弐型だ。
『本日管制を務めます篁唯依中尉です。演習開始、120秒前です。両者、準備はよろしいでしょうか』
「こちらは大丈夫だ」
『こっちもだ』

『それでは―――』
 唯依の口から戦闘開始の合図が出された。それと同時、

『無現鬼道流、紅蓮醍三郎』
『祓正無道、神野志虞摩』
『煌武院家御庭番、月詠真耶』

『『『参る!』』』
 
三機の武御雷が一斉に動いた。
 それを見て、武は獰猛な笑みを浮かべた。
「―――さあ来い。訓練をつけてやる」



 紅蓮が装備しているのは長刀。彼はほとんどこれ一本で戦場を駆けていると言ってもいい。それだけのドッグファイターだ。神野が装備しているのは彼専用の薙刀型長刀。あの悠陽の薙刀での師匠だ。全高は戦術機ほどもある長いものを、彼は手足のように操る。彼も紅蓮と同じくドッグファイターだ。月詠大尉の装備は突撃砲二門に、長刀一本。おそらく彼女は後ろから、後の二人が前に出て勝負を決めるつもりなのだろう。

 案の定、紅蓮と神野の二機は武に向ってまっすぐに向かってきた。月詠大尉はビルの影へと隠れる。
 自分へと向かってくる二人を見て、武は自分の操る不知火弐型に短刀を二本それぞれの肘から引き抜き、逆手で装備した。そして一本を正面に、もう一本を腰の後ろに手を回すような形で構える。
『ぬっ!?』

 それを見た紅蓮と神野が少しだけスピードを緩めた。相手の見せる見たこともない攻撃の型。だが、二人には武のつくりだす間合いが見えていた。
『こけおどしではないな、小僧!』
 神野が大きく前に出た。薙刀を頭上で振り回しながら、刺突を放ってくる。その鋭い一撃に武は短刀の刃を合わせた。耳障りな擦過音が束の間響き、「シャーッ」という音と共に薙刀を滑り一気に武御雷の懐まで入っていく不知火弐型。その踏み込みは大きい。
『っ!』

 神野は不知火より延長された脚部の長さを見誤ってしまっていた。不知火弐型が腰の後ろに構えていた短刀を振りかざした。狙われているのは腰。
『ぬんっ!』
 神野は武御雷の手首を器用に操り、薙刀を大きく回転させた。反回転ほどして不知火弐型に迫る刃。その一撃を神野機の腰を狙っていた短刀で防いだ。

『はぁっ!』
 間髪入れずに白銀に迫る紅蓮の刃。後ろからのその攻撃を、体を反回転、最初薙刀に合わせていた方の短刀で防いだ。これで不知火弐型は両側から刃で挟まれる形となる。
『覚悟!』
 すると正面のビルの屋上に現れる月詠機。構えた突撃砲からペイント弾が嵐の如く発射された。


「おっと!」
 足もとのがれきを蹴りあげる。巨大ながれきは向かってきていた弾丸をことごとくその身に受ける。それと同時、不知火弐型をしゃがみこませ、片足を軸にして足払い。
『ぐっ!』『なっ!』
 体勢を崩した二機を置いて、大きく飛び上がった。そして片方の短刀を紅蓮に向けて投げた。弾丸とまではいかないがかなりの速度で迫る短刀。それを紅蓮は片腕でつっぱることで勢いよく起き上がり回避した。道路に深々と突き刺さる短刀。

 神野も同じようにして体制を立て直していた。だが、紅蓮は避けることに精一杯で、勢いがよすぎてビルに背中から突っ込んでしまう。すかさずそれに向けて第二刀を投げる武。狙いは顔だ。だが、それをなんとか顔をずらすことで避ける紅蓮。そして真横へ噴射跳躍。

 彼らが戦っていたのは市街地のT字路だ。紅蓮がつっこんだビルはちょうど二本の線が交わるところ。そして現在の位置どりはTの文字で言う、紅蓮が右に延びた部分で、武は下に延びた部分だった。つまり武の位置からでは、ビルなどの遮蔽物の関係上紅蓮は見えない位置へと動いてしまった。

 だが、空いた右腕に突撃砲を装備する武。正面に向けて正射した。
『?……なにを』
 正面にあるのはさきほどの紅蓮が突っ込んだビルのみ。そんなところには誰一人としていない。神野は武から距離をとりながら、その行為を不思議に思った。だが、次の瞬間―――

『ぐ、紅蓮機、下腿部に被弾』
『『『なっ!?』』』
 戸惑いを隠せぬ唯依の声。その知らせを聞いた神野、月詠はもちろん撃たれた本人も驚きをあらわにしていた。

「動力を狙ったつもりだったんだがな……やっぱ『AAA』のようにはいかないか」
 武は着地と同時に再び大きく飛び上がった。紅蓮にとどめを刺すためだ。
『紅蓮よ、一体なにがあった!?』
 一足先に紅蓮の元にたどり着いた神野は、武御雷の右足についた塗料をみながら、紅蓮に問いかけた。間違いない。この塗料はペイント弾のもの。

 紅蓮は長刀を捨て、突撃砲を構えながら答えた。
『奴め……あそこに突き刺した短刀をつかって跳弾でわしを狙いうちおった』
『跳弾!?』
 後ろを振り返り、ビルに刺さった短刀を見た。刃の部分はほとんどをコンクリートに埋め込み、柄の部分だけがでた短刀。あのようなところで跳弾だと!?周囲は短刀部分に当たらなかったペイント弾で染まっているが、あの銃撃のいくつかは紅蓮の言ったとおり、あの柄にあたり、角度を変え、紅蓮に襲いかかったのだ。

 よくよく見れば、柄の部分が何か歪曲した鉄板に覆われていた。おそらくあれに当て、角度を変えたのだ。
「彼(か)の天才物理学者、香月夕呼が計算設計したもっとも跳弾に適した丸みを帯びた短刀。今回のはペイント弾の強度も計算した特別製だ」
 武の機体が、紅蓮と神野の頭上から襲いかかった。

「月詠大尉は後だ」
 今にも武の背後から狙いうちをしようとした月詠機に向かって、背中越しに120mmを発射。月詠は慌てて、それを回避した。
『神野、ここは引け!月詠と合流して策を練れ!』
『くっ!』

 武は満足に動けない紅蓮機にペイント弾の雨を降らす。
『紅蓮機、致命的損傷、大破』
 そして、こちらに背中を向けて主脚走行(ラン)する神野機。
「逃がさない」
 不知火より高出力化したF-140エンジンをフル稼働。電光石火の如く追跡を開始した。

 背中に向けて突撃砲を発射。途中、ビルに突き刺さっていた短刀を回収していく。神野は幾度となく進路を変え、ビルを盾になんとかその攻撃を防いでいた。しかし、距離は信じられない速さで詰まっていく。
『くっ、月詠大尉!援護を!』
『やっています!しかし、白銀機の動きが変幻自在すぎて捉えきれません』
 あの機動を行いながら、神野機を正確無比に撃ち続けているなんて信じられない。近づいて援護しようにも二機の動きが早すぎるし、距離400以上近付けば、こちらが狙いうちされてしまう。

「はい、ストップ!」
 神野の前方のビルを120mmと36mmの正射で撃ち砕く。降り注ぐ瓦礫が道を塞いだ。一瞬の神野機の停止、彼が跳躍して進路を変えるころには不知火弐型はその真上に来ていた。
「XM3がある限り、制空権はこちらのものだ」
 武御雷の顔を蹴り飛ばし、地上に落とした。

 なんとか足から着地することに成功する神野。薙刀を構えなおしながら、後ろに下がり、態勢を立て直した。そして目の前の敵から逃げ切ることは不可能と判断し、同じく降り立った武にむけてその薙刀で渾身の突きを放った。
 武は突撃砲を脇に捨て、短刀を真上に投げた。丸腰の状態。そして向かってくる銀の刃をその空いた掌で挟みこんだ。

『白刃取りだと!?』
 突きの勢いが衰えた瞬間にその薙刀の刃に近い柄の部分を握りこんだ。
『この武御雷と力勝負しようというのか!?』
「いや、それよりも上」
『なに?』

 上を見ると、上空から自分に向けてまっすぐに落ちてくる短刀が目に付いた。さきほどかなり上空まで投げられていたようでその速度は重力も味方して、かなりのものとなっていた。このままでは機体が損傷を受けるのは明らか、だが避けようにも薙刀を白銀に掴まれてしまっている。

『くっ!』
 結局、薙刀を放棄することを選んだ。後方跳躍後、直前まで神野がいた地点に突き刺さる短刀。
「はい、これで終了」
 次に目に映ったのは自分から奪った薙刀を頭上で振り回しながら自分に迫る蒼穹色の不知火弐型の姿であった。



「まったくなんという男だ!」
 そう言いながら紅蓮は笑顔で白銀の背中をばんばんと叩いた。
「よもや我らが一撃もあてることなく三戦全敗とは……XM3の有用性、そしてそなたの力量しかと見せてもらった」
「私としても学ぶべきことが多い模擬戦であり、有意義なものとなりました」

 模擬戦を終え、帝都基地の一室。そこに紅蓮、神野、真耶、真那、巌谷、唯依、武の7人が揃っていた。
 最初は、さきの模擬戦で感じたことなどを武に質問したりしてきていたのだが、次第に今日の本題へと話は移っていく。それとともに場を漂っていた空気もかわっていく。

「……さて、今日一日だけの模擬戦で、十分XM3の有用性は確かめられたわけだ……わが帝国としては是が非としてもこのOSを自軍に導入したい」
 そこで言葉を切った紅蓮。そして武に六人全員の目が集まる。
「して、横浜基地―――かの香月博士は我が帝国に何を要求するのか?」

 さきほどまでの笑顔はどこへ消えたのか。そこにいたのは厳格な軍人。見る者を委縮するような視線で武を見据える。だが、武はその瞳を正面から捉え、答えた。
「―――特に何も」
「「「「「「!?」」」」」」

「まあ、本人はブーブー言ってましたがね、なんとか黙らせときました。自分としてはこのOSをあなたたち帝国に渡すことで、特に要求することはありませんよ。強いて言えば今後行われるハイヴ攻略作戦で、帝国将兵の奮闘を期待することぐらいですかね」
「どういうことだ。白銀少佐は香月博士の部下ではないのか!?」
「部下と言えば、部下ですが、厳密に言えば協力関係ですね。こちらの必要なものをあっちが用意する。向こうに必要な情報を俺が提供する」
「あの香月博士と対等の取引を!?」

「あ、ひとつだけ要求することがありました」
 危ない。危ない。これをとりつけておかないと後々面倒なことになってしまうではないか。
「……なんだ?」
「帝国にある出来事を不問にしていただきたい」
「その出来事とは?」
「11月10日、不明機がこの帝都を襲った事件」
「「「「「っ!」」」」」
 月詠大尉以外がその表情に驚愕を浮かべた。月詠大尉はただ眉をピクリと動かすだけにとどまった。

「あれは国連の仕業か!?」
「お答えできません」
「そのようなことで納得できるとお思いか!?これは我が帝国と国連軍の間に重大な問題を発生させる事態だぞ!」
 まあ、そうだろう。他国の、しかも首都を襲ったのだ。死者こそいないものの、被害は数十機の戦術機の大破ときている。

「だから、XM3を無償で渡す代わりに見逃してほしいと言っています」
「白銀少佐!」
 耐えきれなくなったのか月詠大尉が口を開いた。それに向けて、武は人差し指を立てて「何も言うな」の合図。ここで月詠大尉が真実を話せば事態がややこしいことになってしまう。

 だが、これで自分に対するイメージは悪いものとなっただろう。だが、そんなものは大局を見据えれば小さなものだ。ここで沙霧大尉たちの命を失うわけにもいかない。それに帝国に提供するものはこれからもまだあるのだ。そのたびに向こうに要求していては、帝国だって大変だ。だから、武はXM3を無償で相手に渡せるよう手配していた。
「了解していただけ―――」

「―――白銀、本当のことを申しなさい」

 突如、武の言葉をさえぎるものがいた。
(ちょっと待て!何でお前がここに来る!?)
 部屋に入ってきた『煌武院悠陽』を見て武は眼をひんむいた。武以外の六人が彼女に対して慌てて頭を垂れる。
「殿下、なぜこのようなところに!」
「少々、紅蓮たちの耳に入れておかなければならぬ話があったのです。だが丁度よかったようですね」
 廊下にまだ誰かいる。

「先の話、この者の口から真実を話させましょう。入ってきなさい」
「はっ」
 悠陽に続いて、部屋へと入ってくる‘沙霧大尉’の姿を見て、武は頭を抱えた。



「……」
 沙霧がすべてを話し終えたとき、部屋を沈黙が支配した。
「白銀少佐が、わが帝国を……?」
 救ってくれた。おそらくその言葉にあとにはこれが続いたのだろう。
「そうです。私の不甲斐なさゆえ招かれようとした災厄を彼は未然に防いでくれました」
「紅蓮大将……自分が画策していたものは実行される前とは言え、決して許されざること。いかなる処罰もこの身に受ける所存であります」
「いや沙霧……そなた達が国を心から思っているのは知っておる。今の日本をわが身も顧みず変えようとしたそなたを、何も行動できなかった自分が裁けるはずなどなかろう……」

「白銀少佐……さきほどの非礼を詫びたい。そなたの行動は我が帝国を思ってのことであったか」
「んな、大層なもんじゃないですよ……」
 当の本人は話のあいだずっと部屋の隅で壁にもたれかかっていた。
「だが、こちらとしてはそうもいきません。そなたからは施しを受けてばかりです」

「あー、俺は本当に特に要求するものはないんですよ。このことに関しては夕呼先生もオレに一任してくれたし、オレにとっちゃ、これも将来に対する布石なんですよ。次の大規模作戦時に、国連と帝国がXM3の有用性を嫌というほど示してくれたら、世界中がこれを欲しがる。そうなると一日でも早く全軍にXM3が配備される。そうなると、人類の勝利が一歩近づく」

 だが、周囲はなかなか引き下がらなかった。いいじゃないか、こっちがタダでやるって言ってるんだから!日本人の生真面目さを今だけ疎ましく思った。技術協力、兵の派遣、さまざまなものが提案された。
「わかりました!また香月博士と相談しときますんで、今日のところは……」
 そうしてなんとかその場を収めることに成功した武であった。



 ようやく、今日一日の用事をすべて終え、帝国軍から提供された部屋に戻る途中の廊下で、武は月詠中尉を目にした。
「白銀……少佐」
 明らかに自分を待っていたのだろう。むこうもこちらの姿を見つけると、ゆっくりとこっちに歩み寄ってきた。そして、すぐ前まで来た瞬間、彼女は勢いよくその頭を下げた。
「今までの非礼を詫びる、白銀少佐!」

 そんな月詠中尉の姿に武は慌てた。
「か、顔をあげてください、月詠中尉!」
「いや、できない!今までの貴様の動きを見て気づくことのできなかった私が全面的に悪かったのだ。これまでの言動を省みても恥知らずなことだともわかっている!」
 一向に頭を上げようとしない月詠中尉。
「そもそも冥夜様が何もなしに貴様を信用するなどあり得ないのだ。だが、私は目先の食いつきやすい事実のみに目がいき、貴様本人の人間性をないがしろにしていた」

 おそらく今日の悠陽と沙霧大尉の話が決定的だったのだろう。月詠中尉が自分を信頼してくれるようになったというのはうれしい出来事だが、彼女にこんな態度をとられては自分が委縮するばかりだ。
 なんとか説得して月詠中尉に顔をあげてもらうことに成功した。
「いや、今までのは斯衛の軍人である月詠中尉としては当然の態度ですよ。自分で言ってもなんですが、あまりにも怪しい部分が多すぎますからね」
 武は肩をすくめた。

「話せないことがたくさんあるのも真実です。でもオレは月詠中尉に信頼してほしいって思ってて、でもそれには自分から話すのはスジってもんだけど……あ゛~~~~!矛盾してるな、オレ」
 武は自分の髪を無造作にかいた。だが、そんな武に月詠中尉は、
「いや、いい……貴様が香月博士のもと特別な任務についているということはなんとなく察している。軍人として守秘義務があるのは当然だ」

 だが、それでもいい、と月詠中尉は続けた。
「少なくとも今まで貴様を見てきて、その本質は信頼できるものと判断した。私にとってはそれで十分だ……時間をとらせて悪かった」
 そして武が歩いてきた方向へと向いだす月詠中尉。そして、すれ違いざま、武は聞いた。
「―――名を呼ぶことを許す……」

 その言葉で、振り返る武だったが、月詠中尉は一度も振り返ることなく、去っていった。



 帝国基地内で自分に割り当てられた部屋へと白銀はやってきた。
「あ~疲れた……今日はありがとなー、アーリャ」
 部屋に入って第一声がそれ。アーリャには、悠陽を城から連れ出すときや、模擬戦中の弾頭計算処理などたくさんのことで世話になった。今日行った跳弾もアーリャの計算によって撃った結果である。
当然部屋にいるだろうと思っていた武だったが、そこにアーリャの姿はなかった。
 
 かわりに隅に置かれたベッドの上の布団がこんもりと盛り上がっていた。かすかに上下している。
「おお、布団お化け!」
 そうすると、布団がユサユサとその体をゆすり、否定し始めた。
「……一体何をしてるのかね、アーリャくん?」

 その言葉で揺さぶりをやめる布団。そして端からもぞもぞとアーリャの顔が出てきた。その顔は不機嫌そのもの。
(なんか、カメみたいだな……)
 かわいらしく武を睨みつけてくるその瞳。

「ユウヒがタケルのこと……ツクヨミも」
「ん?殿下と月詠さんが?」
「……なんでもない!」

 あれま。なんでか知らないけどへそ曲げちゃってるよ。なんとか機嫌を直さないと、布団が独占=自分が床で眠ることになってしまう。さて、どうしたものか。
 そのとき、ピクリとアーリャの体が動いて、その目が見開かれた。
「タケル……また来た!」
 さっきまでの不機嫌はどこへ消えたのか。真面目な顔で武を見るアーリャ。

「!」
 その一言で、部屋に置かれていた端末に手を伸ばす武。すぐさまそれをアーリャに手渡す。アーリャはそれに手をかざして数秒。アーリャは武に端末を手渡した。
 端末を受取り、少し操作する武。そこに映された情報に笑みを浮かべた。
「今度は第三小隊所属の少尉か……」

 そしてアーリャの方を向く。
「‘盗まれた’XM3の情報に罠は仕掛けてくれたな?」
「カンペキ」
 グッと親指を立てるアーリャ。そんなアーリャの頭をクシャッとなでた。髪がぐしゃぐしゃになるにもかかわらず嬉しそうな表情を浮かべるアーリャ。だが次の瞬間、ハッとした表情を浮かべ、また布団にもぐりこんでしまった。

 あらら、こんなことぐらいではごまかされてくれないらしい。武はそんなアーリャに苦笑して、端末に映る情報に今一度目を落とした。
 これで合計して27名。XM3の情報を盗もうと帝国軍基地のコンピュータに侵入した者の数だ。中には政府要人邸から侵入してきたものもある。いくつものカモフラージュを用い、相手は絶対にばれないつもりなのだろうが、今この帝都はアーリャの支配下にあるのだ。いかなるハッキング技術を用いても、情報を盗み出すことなどできない。

 この27名のうち、18名はアメリカの手先のもの。またはオルタネイティヴ5推進派。アメリカへの手土産にXM3を手に入れるのだろう。残りはその他の国のスパイ。盗まれたXM3の情報はその名をかえ、その国の正式装備として採用されるだろう。
 だがそうはさせない。この機に日本からそれらの輩を排除してやる。

 端末を操作して、この情報を横浜基地の夕呼のもとへと送る。あの人ならこの情報を見て、適切に対処してくれるし、他の国への交渉材料としても使える。一通り、操作を終えた武は端末を脇に置いた。
 
すると、そのとき部屋の外から冥夜たちの声が聞こえてきた。彼女たちの部屋もこの近くなので声が聞こえること自体は不思議ではないが、他にも数名知らない声が混じっていた。
「今日の模擬戦ホントすごかったー」
「ねね、あなた達って戦術機乗り始めてどれくらいなの?」
「一か月未満!?うっそ!それでうちのエースたち圧倒してたってことなの!?」

 少し気になったので、外に出てみることにした。
「あ、白銀……少佐」
 委員長が言い直した。うむ、ナイス判断。
 そこにいたのは207Bの面々と、その彼女たちとそう年齢の変わらない数人の少女だった。
「何話してたんだ?」
「えっと、少尉たちと今日の模擬戦のことに関して少し……」

 彼女たちと言われて、そちらを見ると、そこにいたのは冥夜たちとそう年齢がかわらない帝国軍の士官の少女たちであった。全員階級は少尉。おそらく今日の模擬戦で冥夜たちに興味を持ったのだろう。帝国の先任少尉との交流、大いに結構。なにか刺激になることもあるだろう。

「ね、ねえ、この人って白銀少佐……」
「白銀少佐って午後の模擬戦の!?」
「うわー、ホントに私たちと歳変わらないんだ~。顔もかなりいいし」
「ねね、ちょっと誘ってみない?」

「?」
 なにか武が現れた瞬間、彼女たちが肩を寄せあいヒソヒソと何かを話し始めてしまった。いきなり少佐という地位の人間が現れたことで戸惑っているのだろう。ならば自分はここにいない方が良いだろう。踵を返して、帰ろうとすると、
「し、白銀少佐!」
「ん?」

 一番前にいたショートカットの少女が、みなを代表するような形で、武に声をかけてきた。
「この後ってお暇でしょうか?」
 この後?暇って言えば暇だが、アーリャの機嫌をとるという重大な仕事が残っていると言えば残っているのだが……。

「私たち帝都のおいしいお店とか知ってますから、もしよろしければどうかと……私たち全員衛士で少佐の戦術機機動に大変興味がありますし!」
 おお、なるほどそういうこと。帝都のおいしい店。これならアーリャの機嫌も直るかもしれない。それに彼女たちに武の機動概念の一部でも理解してもらえば、それだけで彼女たちが生き残る可能性は高まる。帝国、斯衛の機体すべてにXM3の導入が決定されようとしている今、彼女たちがXM3搭載機にふれるのもそう遠くないことだろう。
 だが、戦術機云々がただの建前であるということに気づいていない鈍感武。彼女たちの興味の対象は、機動概念よりも白銀武そのもの。だが、そんなこととはつゆとも知らず、「いいですよ」と返事をしようとしたそのときだった。

―――ガシッ!
「すみません。‘白銀少佐’は今から私たちと先の模擬戦の反省会をすることになっているのです」
「え?」

―――ガシッ!
「そういうことですので、すみません、少尉」
「え?え?」
 両腕を冥夜と委員長にしっかりと固定された。なぜかその顔は不自然なほどの笑顔。

―――ガシッ!
「さ、白銀少佐……」
 襟首を後ろから彩峰に掴まれ、

―――グイグイ!
「さっ、白銀少佐、行きましょう!」
「ささ、早く、タケ―――白銀少佐!」
 前からたまと美琴のペアに押される。
「え!?ちょっ!?え~~~~~~~~~~」
 だだなすがまま、運ばれていく武であった。



「どうだ、篁中尉?貴様の目から見て、あの白銀という男は」
 夜。巌谷と唯依の二人の姿がハンガーにあった。二人して見上げるのは唯依の黄の武御雷。
「どうも何も、今日見せてもらった模擬戦、そして殿下から聞かされたあの事実……」
 それらを総合して、白銀少佐は我が帝国にとってかけがえのない人物だ。目に宿った光。目指すのはただ人類の勝利のみ。そのような男が国連軍所属とはいえ、同じ日本人であるということを唯依は誇らしく思った。

「そうだな。私も新たな時代がやってきたと感じた。これからはあの男のようなものが日本を、世界を引っ張っていくだろう」
 そしてため息をひとつ。顔がゆるみ、その顔が「巌谷の叔父様」のものとなった。
「あのような男なら唯依ちゃんを嫁にやっても安心なんだが」
「お、叔父様!?」
「ははは、(半分)冗談だよ」

 顔を赤くして驚きをあらわにする唯依。焦ってしまいつい「叔父様」と呼んでしまう。真面目な話と予期していた分、その反動は大きかった。
「わ、私には結婚などと言う話は早すぎます!」
「そうかい?せっかくあいつの墓前でいい報告ができると思ったんだが……」
 肩をすくめて残念そうにする巌谷。

 だが、次に顔をあげると、左頬に大きく走った裂傷の似合う精悍な顔つきとなっていた。
「真面目な話、篁中尉は彼の戦術機機動をどう思う?」
「できれば教えを請いたいと思います……正直なところ、今だけは彼と所属の違う自分の身を嘆かわしく感じます」
 彼が国連軍所属ということは、一週間程度この基地に逗留したあとは横浜基地へと帰ってしまう。そのような短い時間では彼の機動概念をすべて理解しきることなどできないだろう。

 だが、巌谷は唯依のそんな答えにフッと口元をゆがめた。
「白銀少佐が先ほどXM3の代価として、我々に一つ目の条件を提示してきた」
「……それは?」
「彼は、横浜基地である特殊部隊養成のために格上の練習相手を欲しているらしい」
 そして唯依の目の前で指を大きく開く。

「要求されたのは5人。そして、すでに決定しているのは、月詠中尉所属の第19独立警護小隊の4人」
 そう言って、折り込まれる四本の指。すると、小指だけが立っていた。
「そしてあと一人……」
 彼が言いたいことは分かっている。つまり―――

「―――篁中尉……貴様、横浜基地に赴かんか?」
 
―――最後の指が折り込まれた。

◇ ◇ ◇

「大尉~、白銀っていつ帰ってくるんですか~?」
「さて、私が聞いたところによると一週間程度で帰ってくるそうだが……」
「せっかく訓練に付き合ってもらおうと思ったのにな~」
 茜はプクーっとほほを膨らませた。更衣室からの帰り、A-01部隊の面々は全員揃ってPXへと移動していた。

「あらあら茜は白銀がいなくてご機嫌斜め~?青春してるなーこのー」
 その頬を速瀬がつついた。宗像もニヤリと笑っている。
「は、速瀬中尉!そんなんじゃないですよ!」
 顔を赤くして抗議する茜。その時、曲がり角からでてきた人物と肩がぶつかってしまった。
 
「あ、すみません!」
「……いえ」

 ぶつかった相手は自分とそう年齢の変わらない少女であった。
 その少女は何事もなかったかのように、こちらに背を向け歩き出した。その少女の後ろ姿を見て、
「あれ、あんな娘うちにいたっけ?」
 茜の見る先に、黄色い大きなリボンが揺れていた。



『あの銀色の機体は一体なんなのかね、香月博士?』
「さあ、私にはなんのことやら……」
『しらばっくれるおつもりか!?』
「そんなことより長官にはあのHSST落下の真相を確かめてもらいのですが?」
『そ、それは……』
「では私も忙しいので失礼します」
 相手の制止の言葉も聞かず、夕呼は通信を一方的に切った。そして背もたれに体を預け、溜息を一つ。まったく次から次へと嫌になる。だが、それはこちらの思惑が成功しているということだ。これくらいは我慢しよう。

 伊邪那岐のことに関しては、いざとなったら‘思い出した’とでも言えばいい。相手に有無を言わさぬ成果をあげるつもりなのだから。
 あのHSST落下阻止の一件で世界の注目はこの横浜基地に集まっている。そうなるとオルタネイティヴ5推進派は焦って何らかの動きを示すだろう。このような事態にあっても人類の勝利より、自分の利益を追求する者がオルタネイティヴ5派にはいるということだ。夕呼と武はこの機に多くのそれらを排除するつもりだ。

横浜基地に注目が集まっている中、横浜基地から帝都に赴く者がいれば、いやでもそちらにも注目が行く。そして政府上層部や帝国軍内部にいるオルタネイティヴ5推進派をあぶりだす。白銀の話では、前の世界では12・5事件の怪我の功名で、それらを日本から排除することができたらしいが、今回はそれが起こること自体を止めてしまったのだ。それに代わる動きを見せなければならない。
(‘私たち’の邪魔をするものは何者でも許さないわ)

 その時背後でカタリと音がした。椅子ごと後ろを振り返る夕呼。するとそこに赤い髪の少女が無表情でこちらを見つめていた。
「あら、鑑……いったいどこへ行ってたの?」
「……タケルちゃんを」
「え?」
 一瞬その瞳に光が宿ったような気がした。それは人間らしさとも言う。だが、少女はすぐにかぶりを振って、

「……なんでもないです」
 その瞳には一切の光を宿していなかった。
「……ま、いいわ。今日の訓練やる?」
「やります」
BETAに深い憎悪を抱く少女。唯一安心できるのが訓練中のみ。こんな少女に未来はあるのだろうか。

「すべてはあんたしだいよ、白銀……」
 夕呼は部屋を出て行こうとする少女の背中で揺れる黄色いリボンを見ながら、つぶやいた。

                           つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 21
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/14 20:13

 一週間に及ぶ帝都での特殊任務も完了し、武は207Bのみんなと横浜基地へと戻る道中であった。
そんな中、武は今回の帝都でのことを振り返っていた。
 さすがは大将二人に月詠大尉と言うべきか。突貫作業で行われた武御雷のXM3換装作業。そのあとの演習でめきめきと力をつけていった。最終日にはあの相手三人に3回に一回は一本とられるようになってしまった。武が‘殺す気’でかかればまだ勝負はわからないだろうが、現状とはしてはまずまずな成績だ。さすがは武御雷という機体だ。前のOSでは三人の速さに機体がついていけなかったし、武御雷の性能も十分に引き出せなかった。だがあんなものしかなかったため、それを不満に思わなかった。まあ、これで帝国の戦力増強という目的は達したわけだ。

 また横浜基地へは、武の申請で斯衛から第19独立警護小隊と篁中尉の五人が派遣されることとなった。当然武御雷も運び込まれてくる。A-01部隊の訓練相手として来てもらうのだが、彼女たち自身にもためになることだろう。今見たところA-01のほうが長いことXM3に触れていたこともあり、一日の長があるが、すぐに機体性能がものをいうようになるだろう。それに工夫して勝つため部隊間の連携の強化が必要になる。それは斯衛の五人も同じ。お互いを研磨していけばいい。自分のレベルは無理でも、なんとか四対一では、不知火弐型に搭乗した自分を60%以上の勝率で勝てるようにはなってほしい。

 そして、彼女たちには207B部隊の相手も務めてもらいたい。
「まあ、もうすぐ207Bじゃなくなるわけだが……」
 武はフッ、と笑って、後部座席を見た。輸送車の後部座席には最終日の14戦連続で演習を行った207Bの少女たちが眠りこけていた。ちなみに武はその倍の数をこなしているわけだが、彼女たちとは基礎体力の部分で違いすぎる。慣れない対部隊戦闘で疲れ切った彼女たちをほほえましく思いながら見た。委員長と彩峰がそれぞれにもたれかかって眠っている姿なんてこれから先見ることなんてないかもしれない貴重なシーンだ。今ここにカメラがないのが悔やまれる。しかたないので、脳内フォルダに保存した。

 アーリャはというと、冥夜の膝枕でぐっすり眠っていた。彼女は別段疲れているはずはないのだが、そこらへんはお子様ということなのだろうか。ずっと座っていると車の振動が心地よく感じてきたのかもしれない。
時々寝言で「タケルの……バカー」というのは……聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。
 当の冥夜はそのアーリャの髪をなでるような形で腕を置き眠っていた。元の世界の電車の中で、こんな親子を見たことあるなと武は懐かしい記憶を掘り出した。

 しばらくそれらの光景をしっかりと目に焼き付けた武は、改めて正面を向いて、首にかかっている鎖を引っ張りだした。そこにかかっているのはドッグタグと‘二つ’の銀の指輪。形も大きさも全く同じのそれ。内側に「煌武院悠陽」と彫られている。一つは武とともに未来からついてきた煌武院の指輪。そしてもう一つは、

『白銀……これをそなたに……。これまでのそなたの行いで私はそなたを信頼に足る人物と判断いたしました。これから先、そなたに危機迫る時、わが帝国は全力をもってそなたの力になりましょう』

 そういって最終日、「ある要件」で再び帝都に忍び込んでいた武に渡された銀の指輪。あるものを渡すつもりが、こちらがどえらいものをもらってしまった。これによって武は国連軍所属でありながら、帝国軍にも干渉できる地位を得たことになる。
 武はその恐れ多い指輪を数秒見つめてすぐにしまった。

 窓の外に視線を移して、
「通信機……使ってくれるかな―?」
と呟いた。
 武の口にした通信機というのは最終日、武が悠陽に渡したものだ。それなりの大きさがあり、さすがにあれをかついで帝都城に侵入するのは苦労した。しっかりと映像付きで送れるもので、アーリャによる完璧な防御壁を構築した回線を利用し、傍受されることもない。指輪を受け取ったその日、武はこれを渡すために悠陽の元を訪れていたのだ。

『適当に政威大将軍の責務に疲れたらいつでもいいんで連絡してください……オレでも愚痴を聞くことぐらいはできますんで……』

 そう言って部屋の隅にもので隠すように通信機を設置した。そのときの悠陽の顔と言ったらなかったな、と武は今一度思い出して小さく笑った。信じられないものを見たという顔つきで、顔を赤くしてたどたどしく通信機に触れる姿。『し、白銀! いつでもいいというのは本当ですね!?』と武が去るまで何度も確認していた。
 まだ二十歳にも満たぬ少女が、その責務を忘れ、一人の少女として語り合うことができる相手がいてもいいと思う。重責に押しつぶされぬように……そう想いをこめて武はあの通信機を渡した。
 まあ、彼女は強いと思うのだが、と一度大きく息を吐いた。

 そして武ははるか南の横浜基地の方向を見た。
「あいつが……ついに……!」
 改めて口にすると、70km/hは出しているはずの車の速度が遅く感じられる。一分でも一秒でも早く横浜基地にたどり着いてほしい。運転手に叫びそうになるのをなんとか理性で押しとどめた。代わりに指がコツコツと落ち着きなく窓を叩き始める。だれの目から見ても急いているのは明白であった。
 だが結果その音で207Bやアーリャを起こすことになってしまい、申し訳ない気分になる武だった。



 一時間後。武たちを乗せた輸送車はようやく横浜基地へとたどり着いた。
 全員揃って車から降りると同時、出迎えたのはピアティフ中尉。武に近づき、顔をよせ耳打ち。そのあとすぐ、武はアーリャを連れて早足で基地内へと向かい始めた。
 その背に冥夜は声をかけた。
「タケル、どこへ?」
「大切な人を待たせてある」
 そう口にした武。その武の表情を見て、冥夜は妙な胸騒ぎを感じるのだった。



 カツカツカツカツと武の軍靴が廊下の床をいつもより早めに叩いていた。そのすぐあとを小柄な体ながらも多少駆け足になって追いかけるアーリャ。いつもならアーリャの速度に合わせる武だったが、今の武にはそんなことを考える余裕はなかった。
 途中自室に寄る。そしてアーリャを廊下に待たせ、武は机の引き出しから‘ある物’を取り出した。
 そしてすぐさま部屋を出て、一路ある部屋をめざし、再び早足で歩き始める。

 地下23階。夕呼の部屋ではなく、武はこの区画にある一室にまっすぐ向かった。この区画までこられるのはこの横浜基地でも10人に満たない。それだけの最高機密エリア。
 そしてその一角。ある部屋の中へと武はアーリャとともに踏み込んだ。
「来たわね」
 
 部屋に入ってまず目についたのが、夕呼と霞。そして部屋の空間の大半を占める巨大な機械だった。円筒形の透明な筒が中央にあり、その周囲を囲むように用途不明の機器がごった返していた。
「……」
 そして彼女たち以外にもう一人――その円筒形の筒の中にいる少女。

 ――鑑 純夏がこちらをじっと見つめていた。

「すみ……か……」
 言葉がのどにひっかかってうまく出てこない。言いたいことはたくさんあったのに、いざ彼女を目の前にすると、そんなものはすべて吹き飛んでしまった。
‘あのような状態’でも武のことを忘れずに、その強い想いが武をこの世界へと引き寄せた。武を『因果導体』としたその張本人。その少女がついに00Unitとしての肉体を得た。

「――ころ……す」
「……!」

 純夏が口を開いた。だがそれは目の前の少女の口から出たとは思えないほど不吉な言葉。しかし純夏はそれしか言葉を知らないように何度もそれをその唇から紡ぎだした。
「殺す……殺す……殺す」
「やっぱりアンタの言ったとおり……ただ会わせただけじゃダメみたいね」
 それを見て夕呼はため息交じりに口にした。

「今あるのはBETAへの憎しみ、怒り……いつもはただの人形みたいな無表情、無感動」
 『BETA』。その言葉を聞いた瞬間、様子が激変した。
「うあぁ!!」
 筒の内側から強化ガラスをその手で叩く。肩腕は頭痛でもあるのか頭に当て、もう片方で幾度も強化ガラスを叩きつける。その様は狂気の一言で、
「BETA!!! 殺す! 殺す! 殺してやる! ――皆殺しにしてやる!!!」
 その姿を悲しげな表情で見る武。

「うぅっ!」
 突如武の隣にいたアーリャまでもが頭を押さえてうずくまった。
「アーリャ……『心を読むな』」
 あらかじめ組み込んである外部音声によるリーディング処理の強制終了。アーリャが純夏に対するリーディングから解放される。やはり勝手にリーディングをしていたようだ。
 アーリャは不用意に現状の純夏のリーディングを行うべきではない。今彼女の心の内にあるのはBETAに対する果てのない憎しみのみ。そのような負の感情にあてられては、アーリャ自身も‘目の前の純夏のような状態’に逆戻りしてしまう可能性がある。

 そして、部屋に純夏の怨嗟の声と強化ガラスを叩く音だけが響く中、夕呼が口を開いた。
「それじゃ……始めましょうか」
 武に背中を向け、夕呼が向いた先にあるのは制御盤。この部屋全体を占める巨大な機械を動かすためのものである。
 夕呼の隣にいた霞が武に小走りに近づいてきた。目の前まで来て武を見上げる瞳。隣にいたアーリャも同じように武を見上げていた。

「白銀さん……純夏さんを……」
「ああ……わかってるよ」
 武は二人の頭に手を乗せた。
「お前たちも……頼むぞ?」
 その言葉と一度なでることで二人はコクンと頷いて、それぞれが部屋の左右に移動した。純夏のいる筒を挟むように移動した二人は、改めて純夏に向き直った。

「プロジェクション……開始!」
 夕呼のその言葉で霞とアーリャの二人がかりでの純夏に対するプロジェクション。プロジェクションする内容は二人が武あるいは純夏からリーディングした『白銀武と鑑純夏の思い出』。
 そしてその二人と同時に夕呼も制御盤を操作して、巨大な機械に火を入れた。

 その二つの行動によって様子に変化が現れる純夏。強化ガラスを叩いていた腕がぴたりと止まり、目を見開く。そして頭を押さえてしゃがみこんだ。
「うぅ! うあぁっ!! いやぁっ!」
 猛烈な痛みでも襲っているかのように頭を振り回す純夏。
 そして彼女を囲む強化ガラスの周辺の空間が歪み始めた。

「つながり始めたわよ、白銀!」
 この装置を簡単に説明すると、大量の電気を使って、この部屋、厳密に言えば純夏のいる周囲を『虚数空間』へと限りなく近づける装置だ。『二回目』の世界で武を元の世界に送った装置の応用と言えなくもない。

 そして今回その装置と二人のESP能力者を使って行う実験というのが――この世界の純夏と元の世界の純夏の‘記憶の同一化現象’を引き起こすことである。
 『二回目』の実験で虚数空間へと流出した元の世界の鑑純夏の記憶。それを『因果導体』である武が寄せ付ける。それにより、鑑純夏を元の人格に――夕呼にしてみれば00Unitとして使えるようにするのだ。

 成功のカギを握るのは武、そして武と純夏の絆。その実験がついに始まった。



「うっ!うぅ……あああぁ!!」
 痛い。痛い。痛い。頭が痛い。
『タケルちゃーん』
 誰!?入ってこないで!頭が痛い!

『タケルちゃん、朝だよー?』
 タケルちゃん。タケルちゃん。私にはタケルちゃんがいた。違う。タケルちゃんはもう生きてないんだ。だって私の目の前でBETAに―――BETA! 殺してやる! 殺しつくしてやる! 皆殺しに、

『わたしとタケルちゃんが一緒にいなかったときなんて、ほとんどないんだよ』
「やめて! やめてよぉ!」
 そう……私たちはいつも一緒だった。でも彼はもういない。
『タケルちゃんのこと忘れたら、半分はわたしじゃなくなっちゃうよ……』
 そうだからもう私は‘私’ではない。だからもうやめて。こんなものを見せるのはやめて! 私はBETAを……BETAだけを!

「――純夏」
 目の前から声。私は今にも頭が割れそうな頭痛をこらえてなんとか顔をあげた。え? この声……
「ほら……プレゼントだ」
「あ……あ……」

 そう言って‘彼’が差し出した木彫りの人形。
「サンタ……ウサ、ギ……」
 私……これ、知って……、

『――タケルちゃんといて、タケルちゃんとの思い出があって、はじめてわたしなんだから』
「あ、あ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



「純夏!」
 純夏がひときわ大きな叫び声をあげた。しだいに尻すぼみになっていく叫び声。そしていきなり糸の切れたあやつり人形のようにスッと力が抜け、純夏の体が倒れこんだ。
「先生!」

 すぐに夕呼に強化ガラスの筒をあけるように指示する。そしてその中から倒れた純夏を連れ出し、背中に手を当て上半身だけを起こすような形で固定した。
「純夏さん!」
霞が慌てて駆け寄ってきた。だが、武はそれを手で制した。
「!」

 武の中にはある確信があった。あのサンタうさぎを見たときの純夏の反応。
「純夏……ほら、起きろ……」
 ペチペチと頬を軽く叩いた。起きるまで数度軽く叩く。
「……っ」
 意外にも純夏はすぐに起きた。アーリャと夕呼も近づいてくる。純夏は状況を理解しようとしているのか、数度瞬きをした。未だ光の宿らない瞳。そして、みんなが見守る中、純夏がその第一声を口にした。

「――BETA……殺さなきゃ」

「! ……そんな、失敗!?」
 夕呼が苦悶の表情で言った。だが、武には分かっていた。これは‘寝起き’のようなものだ。まだ鑑純夏として完全に覚醒していない。ここにいるのはあの鑑純夏なのだ。

「こら何を寝ぼけてんだ……お前にそんな言葉似合わないだろうが」
 ――ボカッ。
 頭を叩いた。
「し、白銀さん……」
 霞が困惑の声を出すが武は無視した。

「私は……BETAを」
「まだ言うか」
 ――ボカッ。
「BETA――」
 ――ボカッ。
「ベ――」
 ――ボカッ。
「……」
 ――ボカッ。

「――たい……」
「ん?なんだって?」
 ――ボカッ。
「――い……い」
「ん?」
 ――ボカッ。

「――痛い!って言ってるの、タケルちゃん!!!」

 ――ヒュンッ……パシッ!
 突如襲ってきた純夏の右手。だが、武はそれをなんなく受け止めた。そして得意げな笑みを浮かべ、
「ふ……甘い甘い。今の完璧な修業を重ねたオレには、いかにお前のドリルミルキィパンチと言え―――」

「――ファントムッ!!!!」
「ぐぼはぁっ!!!!!」

 きりもみ回転四回半。武は壁に叩きつけられた。
「ひ……左なんて聞いてな……っ!」
「もう!頭叩きまくって!馬鹿になったらどうするの!?」
 先ほどとは打って変わった雰囲気の純夏が立ち上がり怒り露わにして、横たわる武に近づいてきた。そのあまりに豹変ぶりに夕呼はあっけにとられる。霞とアーリャもリーディングで元の純夏を知っていたとはいえ、実際に目にすると言葉がでなかった。

「お前は馬鹿だろ!しかも今のお前は人類の科学の粋を結集した、もっとも贅沢な馬鹿だ!」
「なにー!?量子電導脳だよ!?なんかこう……その……すごいんだよ!?」
「その表現の仕方がすでに馬鹿だ!」

「た、武ちゃんなんてあのバルジャーノンぐらいしかとりえないじゃん!」
「ふはは、今のオレはあの頃の小僧ではないのだ!」
「なにわけわかんないこと言ってるの!?」

「はいはい。痴話ゲンカなら後にしてくれる?」
 ようやく立ち直った夕呼が間に割って入る。そしてジロジロと純夏のことを見た。
「こ、香月先生~? あれ……博士?」
「……すごいわ。本当にしっかりとこっちの記憶と向こうの記憶が混ざり合ってる……! そうよね、別世界といっても元は鑑純夏なんだからそこに……ああ、だめ。こんなところじゃ詳しいことわからないわ。来なさい、鑑!」
「ちょ、ちょっと」
 純夏の手を引いて部屋を出て行こうとする。

「タ、タケルちゃ~~ん」
 最後にその言葉を残して、純夏は部屋から連れ出されてしまった。そのあとを追って霞も部屋を出て行った。
 アーリャと二人きりになった部屋の中で武は、

「アーリャ……ごめん。少し……一人にしてくれ」
 さっき純夏と言い合っていた武はどこへいったのか。そこにいたのは顔を伏せ、なんとか声をしぼりだした弱々しい武であった。その姿をみたアーリャ。一度何かを言いかけたが、結局は何も言わずに部屋を出て行った。

 パタパタという廊下を走るアーリャの足音が聞こえなくなってから、武は壁に背を預け、崩れるようにして座り込んだ。そして目を押さえるようにして両手を顔にあてた。
(よ、良かった……さすがにあいつらの前で泣くのはみっともなさすぎるからな……)

 そしてさっきの純夏の顔を思い出した。
「純夏……よかった……本当に、よかった……」
 武にとってある意味「平和の象徴」でもあった純夏。その彼女をふたたび見ることができた。はっきりいって00Unitなんて関係ない。ただ彼女にまた会えたことが嬉しかった。
 一度は逃げ帰った世界で見た純夏の身に起こった惨事。二回目の世界の最後に武には何も言わずにいなくなってしまった純夏。

「今度こそ……守り抜いてやる」
 武はすべての世界の『武』に誓った。



「タ、タケルちゃん」
 二時間後。夕呼から解放された純夏が武の部屋を訪れた。だがその様子はどこか変で、開いた扉の外から様子を窺うようにこちらを見ていた。
「純夏……」

「さ、さっきのはあのね……タケルちゃんがあんなことするから私もちょっとカッとしたっていうか……本当はね―――」
 すべてを言い終わる前に純夏の腕を引き、一気に引きよせその身を強く抱きしめた。
「タ、タケルちゃん!?」
「久しぶり……純夏」
「あ……」

 硬くなっていた体からスーッと力が抜けていった。
「うん、うん……タケルちゃん、会いたかった……会いたかったよぉ」
 純夏も武の背に手をまわした。彼女は一体どれだけ武に会いたいと願い続けてきたことだろう。何度も「タケルちゃん」と口にしながら涙を流す。震える体、嗚咽まじりの声。
 再会を喜び合う二人。部屋の片隅にいたアーリャも、今だけはその二人を黙って見ていた。



 ~数分後~
「む~」
 なんかだんだんとムカムカしてきた。距離近く、再会を喜びあい、さまざまなことを話す武と純夏。二人はベッドに隣同士で座って、仲のよい恋人よろしくウフフアハハで話し合っていた。二人ともアーリャのことなんて眼中にない。

「は・な・れ・る!」
 その二人の間に割って入った。純夏を押して、その間に身を割り込ませる。
「お、おい、アーリャ」
 困惑する武なんて無視して片手で純夏を押して、自分の位置を確保。

「タケルちゃん……この娘は?」
 いきなりの小さな子供の乱入に純夏は驚く。そのアーリャは先ほどまで純夏がいたポジションで武に抱き突き、その状態で首だけを動かして純夏の方を見ていた。
 ――バチッ!
 目があった瞬間、火花が散った(ような気がした)。
「ああ、この娘はな―――」

 武の簡単な説明。純夏と同じ00Unitであり、今は武が親あるいは兄がわりで世話をみている娘だと説明した。最後に仲良くしてやってくれという言葉も付け加える。
 だが、純夏は今の彼女の態度から直感的に判断した。彼女はライバルだ。
「よろしく、アーリャちゃん。私は『タケルちゃんの幼馴染』の鑑純夏」
「っ!……私は『タケルといつも一緒に寝てる』アーリャ」
「ええー!?どういうことタケルちゃん!?」

 先に牽制するつもりがカウンターをくらってしまった。
「言っただろ?オレが面倒見てるってだから別段一緒に寝るのも―――」
「ダ、ダメだよー!タケルちゃん、女の子の立場から言わせてもらうとこの年頃の女の子はそろそろお父さんとかと一緒に寝るのが恥ずかしく―――」
「そんなことない、タケル」

 ――バチバチバチッ!
 睨みあう二人。世界最高峰レベルの頭脳を持つ二人のなんとも低レベルな戦いであった。
 武はそんな二人を仲の良い姉妹みたいだなーとなんとも見当違いなことを思いながら微笑ましく見ていた。

◇ ◇ ◇

 その日、冥夜はなぜか妙に落ち着かぬ気持ちで朝を迎えた。
 一週間ほど前、訓練生としては異例の帝都での特殊任務にあたった冥夜たち207B訓練小隊。国の一線で活躍する衛士たちの多くと演習を行うことができ、自分たちにとっては大変有意義なものとなった。
 そしてこの基地に帰ってからの一週間はそれらの経験を踏まえての訓練が行われた。

 だが、昨日の最後のミーティングで自分達207Bは、明日……今となっては今日だが、9時に講堂に集合せよという旨を武から伝えられた。
自分たち戦術機主体の衛士たちは講堂での訓練など滅多にしない。しかも制服指定までされたのだ。まず間違いなく訓練ではないだろう。講堂と言えば、冥夜は入隊宣誓の時にその場に並んで以来、それ以外の理由で訪れたことは一度もない場所であった。

 いったい講堂で何をするというのか。
 9時に講堂に集合ということで、いつもより遅い時間にPXに訪れた。時間が少しずれただけなのにずいぶんとさびしい場所となっていた。
「御剣」
 そんな中、トレイを手にした榊と珠瀬がいた。

「おはよう」
「ああ、おはよう」
 朝の挨拶をかわすと、自分も朝食を取りに向かった。
 京塚曹長から朝食を受け取ると、榊たちが座っている自分たちのPXでの定位置へと向かった。そして三人そろって朝食を食べ始める。

「彩峰と鎧衣はどうした?」
「あの二人ならもう食べてるみたいよ」
 やはりこのような日には全員で朝食をとるのは難しいようだ。

「榊は今日の呼び出しが何事なのか聞いているか?」
 207Bの隊長である彼女ならあるいは、と思ったが、
「いいえ、私も今日のことは何も知らないの」
 自分の食事を進めながら榊は答えた。さて、これでいよいよわからなくなってきた。わざわざ九時に講堂集合する意味は何なのか。あそこで行うことなどそう多くは思い浮かばない。
「此度の呼び出し……妙に気持ちが落ち着かぬのだ」

「行ってみればわかるよ。きっと……だから早く食べよ」
 珠瀬のその言葉にうなずいて、朝食に取りかかった。



「彩峰、鎧衣」
 講堂につくと、すでに中には二人がいた。
「あ!みんなー」
 こっちに気づいた鎧衣が近寄ってくる。冥夜はぐるりと行動を見まわした。9時数分前だというのに、この広い講堂には自分たちの姿しかない。自分たちをここに集めた武の姿もなかった。

「早いな、二人とも」
「うん、なんか今日の呼び出し……妙に落ち着かなくって」
「そなたもか」
「何の集まりだろうね……」

彩峰も近寄ってきた。そして五人全員で頭を悩ませるのだが、一向に今日の集まりの目的がわからなかった。
 そのとき、講堂の重い扉が開いた。
「白銀、今日はこんなところでいったい――っ!? 気をつけー!」

 榊が何かに気づいたように慌てて号礼をかけた。その声で反射的に姿勢を正す207小隊。
「小隊整列!」
 そう大きな声で命令したのは、以前の彼女たちの教官、神宮司まりも大尉であった。なぜ彼女が、と思う前に、その後ろから2人、男性がこの講堂へと足を踏み入れてきた。

(基地司令!?)
 その片方の男性には見覚えがあった。ありすぎた。この基地の司令であるラダビノッド准将だ。なぜ、司令がこのようなところに。今回の自分たちの呼び出しと関係があるのか。いや、ここまできたら関係なしとは思えない。もう一人は見覚えがない。階級は大尉のようだが、一体彼は何者なのか。

 そんな彼女たちの前を通って、ラダビノッド准将は正面の舞台へと上がった。そしてそこで改めて207B小隊に向かい合う司令。白髪のオールバック。キリッとした顔つきの幾戦の猛者がそこにいた。自分たちも移動し、彼とそれぞれ向かい合うよう横一列に並んだ。
「ラダビノッド司令官に対し――敬礼ッ!」

 まりものその声で敬礼を決める。
「――休め!」
 その声で構えをといた。
次に舞台横に立った国連軍大尉の男性が講堂中に響く大きな声でこう言った。

「――突然ではあるが、ただ今より、国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207訓練小隊解隊式を執り行う」

「「「「「!?」」」」」
(解隊式っ!?そんな……ということは!)
「――基地司令訓示!」
「気をつけぇ!」

 ――ザッ。
「楽にしたまえ……」
 ようやく口を開いた基地司令。

「訓練課程終了、晴れて任官というめでたい日だ。本来であれば、諸君の門出を盛大に祝ってやりたいところではあるが、正式な過程を終了していない……何分急なこと。このように略式であることを許してほしい」

 やっと……やっと来た。
「諸君も急なことで驚いたと思う。しかし、人類は今滅亡の危機に直面しており、世界は力と勇気ある若者を欲している。そんな中、訓練でも優秀な成績を収め、あの人類反撃の糸口となるやもしれぬXM3の開発部隊としての功績を高く評価されたため、今日の任官と相成ったわけだ」

 涼宮たち207Aに遅れること数か月。やっと自分たちも日本の、世界のためにBETAと闘うことができる。
「またこれは諸君の戦術機教官……白銀武少佐たっての懇願で実現したものである」
「「「「「!」」」」」
(タケルがっ!?)

「若者たちよ、失敗を恐れず己の最善を尽くせ。どんな苦境に陥ろうとも、最後の勝利を信じ努力を惜しむな。勝利を信じあきらめぬ心、それこそが君たち若者が持つ唯一にして最大の武器なのだ」
 ラダビノッド指令が今までの経験から得た訓示を話してくれる。
「……人類は今、未曽有の窮地に立たされている。戦況は厳しい。だからこそ、必勝の信念を曲げてはならない。諦めたらそこで終わってしまうのだ」
 だが私は失礼にもその話が耳から入っても頭の中まではほとんど入ってこなかった。それほど今日の任官という出来事は大きすぎるものだった。

 この訓練学校に入ってから……いやそのずっと前から願い続けてきた、自分の戦いがようやくできるのだ。一度は総戦技演習不合格とつまずいたこともあった。だが、今日この日まで、仲間たちとともに行ってきたことが報われる。
「――手のひらを見たまえ」
 ラダビノッド司令のその言葉で自分の手を見つめた。

「その手で何を掴む?」
 人類の勝利を。
「その手で何を守る?」
 この星、この国の民、日本という国を。

「―――拳を握りたまえ」
 グッと強く握った。

「その拳で何を拓く?」
 勝利への道を。
「その拳で何を倒す?」
 人類の敵、BETAを。

「それらを常に心のうちに秘め、諸君らが人類反撃の先鋒となることを切に願う……以上である」
「――気を付けェッ!」

 ――ザッ。
「ラダビノッド司令官に対し―――敬礼ッ!」
「引き続き、衛士徽章(きしょう)授与を行う」
 そしてラダビノッド司令官直々に手渡される衛士徽章。冥夜もそれを受け取った。バッジなのだから軽いはずなのだが、冥夜にはそれがとても重く感じられた。
 そして全員にいきわたると、
「――衛士徽章授与を終了する」

「……頑張りたまえ」
 最後にそう言葉をかけていただいた。
「――気をつけぇ!」
 ――ザッ!
「ラダビノッド司令官に対し――敬礼っ!」

 最後に敬礼を決めた。
「以上を以て、国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を終わる」
「207衛士訓練小隊――解散ッ!」

「「「「「ありがとうございましたっ!!!」」」」」

 大きな、今までで最も大きな感謝をこめてそう口にした。
 そして、司令や神宮司大尉は早々に講堂を出て行った。あとに残されたのは自分たち207B訓練部隊……いや‘元’207B訓練部隊のみだった。

「私たち……私たち……とうとう……」
 最初に口を開いたのは珠瀬だった。その声は震えてかすれている。
「そうよ……国連軍の衛士に……なったのよ……!」
 榊が自分の発言を一言一言噛みしめるようにして続けた。

「……皆……よく耐えたな……」
 冥夜の口からもその言葉が自然とでていた。耐えたという言葉は何も訓練だけではない。
「冥夜さんだって……みんな頑張ったよ!ねえ?」
 鎧衣がそう言ってくれる。
「そうですよ……みんなで……みんなで力を合わせたから……」
「……そうだね」
 彩峰も笑顔を浮かべていた。

「みんな……ありがとう……」
 榊の「ありがとう」。それは先ほど司令や神宮司大尉に向けたものと同等かそれ以上の気持ちが込められているように感じた。
 そしてそれを皮切りにみんながみんなに感謝の意を伝えた。今まで苦楽を共にした仲間たち、本当に今まで―――
「私からも言わせてほしい……そなた達に心よりの感謝を……」



 冥夜たちが喜びあう中、講堂のすぐ外で武とまりもがいた。抱き合い涙を流しながら喜びあう彼女たちの姿を入口の隙間から見ていた。

「あの娘たちがこんなにスムーズに任官できるなんて……白銀、あなたどんな手を使ったの?」
「企業秘密ですよ、まりもちゃん」
「なによ……企業って……ふふ」

 追及はせず、優しく微笑むまりも。口調までもいつもの軍人のものではない。やはり彼女も元教え子たちの任官は嬉しいらしい。途中からは武が受け継いだとはいえ、彼女たちはまりもの教え子だ。彼女たちの挫折を見てきている分、その喜びは格別なのかもしれない。鬼軍曹と呼ばれたこともあったが、誰よりも訓練生を愛していた女性。立派な教官である。

 207Bの任官について委員長、彩峰、たま、美琴の四人はそれほど難しいものでもない。やはり一番のネックとなるのが城内省から忌み子として扱われる冥夜の存在だ。
 人類に多大な戦力をもたらすXM3開発部隊として、任官に関しての功績は十分に確保できた。あとは政治的な問題をクリアすればよかった。

 そして今回それをクリアするのに、武と夕呼はアメリカを利用させてもらった。
 先日、帝都でアーリャが発見した数多くのアメリカのスパイ。その情報は後日、夕呼から帝国へともたらされた。帝国も彼らを捕え、厳密な調査を行えばそれがアメリカの手の者だと容易に判断できるだろう。そして、こちらが提供した情報をもとに、米国スパイの大量摘発が行われた。これにより、夕呼は帝国に対して恩を売ることに成功する。

 だが、その中で武と夕呼はわざとアメリカのスパイ2人をこちらで捕らえた。だが、帝国にはその二人は逃げたという情報を与える。それと同時、その二人が‘日本帝国国務全権代行政威大将軍煌武院悠陽にそっくりな少女を見た’という情報をアメリカに持ち帰ったということを密かに流す。もちろんXM3装備評価演習のため帝都に訪れていた冥夜のことだ。
それはすぐに城内省上層部にも届いた。米国諜報機関に冥夜の存在が漏れた可能性がある。これは大いに城内省上層部を悩ませた。殿下の重んずる体制となっている今、米国に冥夜の存在が知られては、何かの謀に担ぎだされるのではないかと恐れているのだ。夕呼からの情報によるとかなりの慌てぶりだったらしい。

 そして数日間の協議のすえ、彼らが出した結果が今回の任官と相成るわけだ。また、そこには00Unitが完成したということ大きく関係している。
 もちろん、その二人のスパイはこちらが捕らえているので、冥夜の情報がアメリカに漏れたなどということはない。冥夜に危険が及ぶことはまずない。

「……あの娘たちがくるわよ」
 まりものその言葉で入口から少し距離をとった。それと同時、両側に大きく開く入口。そこから先程任官を終えたばかりの新任が出てきた。
「「「「「!」」」」」

 こちらを見つけるやいなや、驚いた表情を浮かべる全員。だが、すぐにその瞳の端に涙を浮かべた。
「どうぞ……神宮司大尉から」
 そう言って武は数歩下がった。こちらに一度目くばせしたまりもだったが、すぐに彼女たちのほうを向いて、先頭にいた委員長に向かって敬礼して、

「おめでとう、榊『少尉』」
「神宮司教官……長い間、大変お世話になりましたっ!」
「実際は後を継いだ白銀のほうが功績が多いのだろうがな」
「いえ……神宮司教官の練成があったからこそです。……この御恩……一生忘れませんっ!」
 そして委員長を皮切りに全員がそれぞれの言葉でまりもに礼を告げた。そして最後に涙で声になってないようなたまが礼を告げて、全員で敬礼をした。

 そして次に彼女たちが向き合うのが武だ。武はそんな彼女たちに笑いかけて、
「よく頑張ったな、お前ら」
「白銀……少佐」
 ここでいつものように「白銀」や「タケル」と呼ばなかったのは彼女たちなりのけじめかもしれない。

「白銀少佐……あ、あなたには本当にお世話に……!」
「此度の任官も……少佐のおかげです」
 大きく頭を下げる委員長と冥夜。二人とも涙は流すまいと必死に顔をゆがめていた。

「し、し、白銀少佐にはっ……いっいろいろなっ……ことを……」
「本当に……っ……ありがとうございました!」
 こちらは涙を隠さずにボロボロと泣きながら礼を伝えるたまと美琴。

「少佐……本当にお世話になりました……」
 言葉短く、そのあとはじっと無言で見つめてくる彩峰。最後にそのほほを一筋の涙が流れた。
「これからの配属先はわかりませんが……その先でも少佐に教わったことは決して忘れません!」
「私もです」「わ、私もそうです!」「ボク―――自分もです!」「……私も、忘れません」

 そう普通なら任官した少尉たちは日本各地、あるいは世界各地への国連軍基地へと配属される。しかも衛士という人員損耗が激しいポジションだ。同じ部隊の者ともこれが今生の別れとなることも多い。そう、‘普通’なら……。
「ああ……元気でな、お前たち」
 
だが、武は‘あの事実’を伝えずに、最後にそう締めくくった。
 そしてその一言で今まで我慢していた冥夜たちすらも涙を流した。武はそんな彼女たちを見て、自分も同じように涙を流―――すのではなく、自分の遥か後ろにいるビデオカメラをもったアーリャと霞を見てニヤリと笑った。

◇ ◇ ◇

「――以上で国連軍C軍軍装の受領についての説明を終わるぞ」
 数時間後。武と元207Bの面々は第七ブリーフィングルームへと集まっていた。任官後の手続きや必要事項についていろいろと伝えるためである。
 このころには彼女たちも全員涙を流すことなどなく、正規兵として恥ずかしくない態度をとって真面目に聞いていた。

「白い強化装備も今日で見納めだね……」
 その鎧衣の一言で彼女たちの話題は訓練時の強化装備の話へ。冥夜も強化装備着始めのころの自分をおもいだしてつい笑ってしまった。
(あれに慣らされてしまえば、大抵のことは恥ずかしくないだろうな)
前面がほぼ透明という恥ずかしすぎる格好であったが、いまではもうなにも感じなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだと笑い合った。

「――じゃあ、次に配属部隊について話をするぞ」
 だが、その武の一言で自分たちの空気も一変した。
「「「「「……」」」」」
 とたんに口を閉ざし、一言一句漏らさぬように武の言葉に集中する自分たち。今後自分達は国連軍の正規兵として実戦部隊に組み込まれ多様な地域でのあらゆる作戦に従事することとなるのだ。長年の付き合いである元207Bのみんなともこれでお別れかもしれない。それに……武にもう会えないかもしれない。
(それが……なにより悲しいな……)

 だが、そんな冥夜の考えも次の武の言葉で吹き飛ぶこととなる。
「――お前たちは全員この基地の同じ部隊に配属されることとなっている」
「「「「「!?」」」」」

 ど、どういうことだ。武はさっき私たちに「元気でな」とそう言ったではないか。それは私たちが全員他の基地に配属されるからではなかったのか。
「いや~さっきはスマン。俺もお前たちの配属先なんて知らなくてさ~アハハ」
 ニヤニヤしながら武は答えた。

 う、嘘だ!100%嘘だ!少佐で私たちの教官でもあった武が私たちの行く先をしらないはずがない。知っていて、あのような態度を先ほどとったのだ。
「「「「「~~~~っ」」」」」
 全員先ほどの自分の痴態を思い出して顔を真っ赤にした。そして武につかみかかる。

「か、返せ! 私の涙を!」
「無理だよ~ん」
 ガクガクブルブルと首を揺さぶられても当の本人はそんなものどこ吹く風。くっ!こうなったら武の記憶が風化するのを待つしかないではないか。……そうだ。所詮、一度見ただけのこと。そのようなもの衛士の多忙な日に追われる内にすぐ忘れ―――

『白銀少佐……あ、あなたには本当にお世話に……!』
『此度の任官も……少佐のおかげです』

「「「「「!?」」」」」
 突如、正面の巨大スクリーンに先ほどの冥夜と榊の姿が大きく写った。
「いやはやよく撮れてるなー」
 いつのまにやらリモコン片手の武。椅子に座って堂々とその映像を眺めていた。
「教官としてはお前たちの晴れの門出を映像に記録する義務があると思って、しっかり撮っておいたぜ!」

 どうよ? という感じでこちらに問いかける武。だが、彼女たちは怒りと恥ずかしさで体が震えていた。
「タ……タ~ケ~ル~~~」
―――ガシッ。
「へ? あ、ちょっと……」

「今すぐ消せええええええええええええええええ!!!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



「――というわけで彼女たちが今日からこの部隊配属となります」
 四時。ブリーフィングルームに集められたA-01部隊は新たに配属される新任五名を白銀から紹介されていた。
「……それはわかったけど……なんであんたはそんなにボロボロなの?」
 速瀬が疑問に思うのも無理はない。目の前の白銀は満身創痍。軍服はところどころ破れ、顔には引っ掻き傷のようなもの、青あざとだれがどうみてもボロボロな状態だった。

「恥ずかしがりやの新任に――いっ!」
 白銀が新任のうちの一人……榊、だったかに足を踏まれていた。どうやら彼は私たちだけではなく、彼女たちともよろしくやっていたようだ。
「ようこそ新任たち。A-01部隊へ」
「「「「「はっ!」」」」」
 伊隅大尉の言葉に敬礼をしっかりと決める新任五人。茜たちとほぼ同じ時期の訓練部隊だったらしいので紹介が必要なのは自分たち先任だろう。

 そして新任、先任合わせた全員の自己紹介を簡単に済ませた。どうやら彼女たちが白銀が鍛えていた部隊らしい。それならばその腕も楽しみというものだ。速瀬は今から新任たちとの模擬戦に気持ちを高揚させた。

「そして今日はもう一人紹介するやつがいます」
 もう一人? それはおかしいのではないか。このA-01部隊は、全員この基地の訓練学校を卒業したもので構成されている。現在最後の訓練部隊だったのが目の前にいる新任五人。それは事前に目を通していた書類からも知っている。そこに六人目の名前がなかったのは確かだ。

 見ると、新任五人も首をかしげていた。彼女たちも知らない者らしい。
「おーい、入ってこーい」
 白銀が廊下に向けて言った。すると、廊下へと続くドアが勢いよく開き、

「おっそ~~~~~い!!いつまで私を外に待たせとく気だったの、タケルちゃん!?」

 勢いよく少女が飛び込んできた。腰まで届く長い髪を首の後辺りで大きなリボンでくくっている。その少女は入ってきたとたん白銀に食ってかかる。さきほどの新任紹介から自分たち全員の自己紹介の時間を合わせるとかなりの時間廊下でまたされていたことになる。怒るのも無理はないかもしれない。
「あーあーわかったから、早く挨拶しろ」
「なんだよー」

 ブーブーと口を膨らませながら文句を垂れる少女。だがすぐにこちらに向き直り、少々不格好な敬礼を決めながら、

「今日からこの部隊配属になります、鑑純夏少尉ですっ!よろしくお願いします!」
                                 つづく



※おそらく今までで一番の難産話。純夏を元の人格に戻す過程をめちゃくちゃ悩んだ。実際5回ぐらい書き直した。だが、あまり長く話をとるわけにもいかず(書きこんだらおそらく3話は純夏オンリーになる)、またBETAとかの鬱な話もこのLast Loopのコンセプト的にはあってないと思ったので今回のようなライトな形にしました。鬱は本編だけで十分だと思うんで……このssではもっと楽しいオルタにします。



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 22
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2008/12/09 23:07
※感想は随時募集中♪「面白い話」「笑える話」「ニヤニヤできる展開」日夜それだけを考えて執筆にあたっております。そのうちのどれかでも楽しんでくれたら幸いです。



―――ユサユサ。
「……ん……」
―――ユサユサ。
 体を軽く揺すられる感覚で目が覚めた。
―――ユサユサ。
「……アーリャ、霞……すまん、もうすこし」

「むっ!」
―――ユサユ……。
 ゆさぶりが止まる。一時期は二人で武を起こすことを競いあい、日が経つごとに起床時間が早くなっていたが、ピアティフ中尉の提案により当番制になってからは毎朝平和な起床を迎えることができるようになった。
「いい子だ、二人とも……」
 そして、もう一度まどろみの中へ―――

「フンッ!」
―――ボフッ!
「んぐぁっ!!!」
 腹部に感じた強烈な衝撃で一瞬のうちに意識が覚醒した。猛烈な痛みと呼吸困難。
「なにしやがっ―――」

「起きた~?」
 目を開けると、目の前に黒い笑顔の純夏がいた。寝起きの頭で状況整理。なぜここにこいつがいる。しかもなぜに朝っぱらから強烈な一撃を腹部にもらわなければならないのか。時計を見る。すると、いつも起きる時間より20分も早いではないか。横を見ると、まだスヤスヤと眠っているアーリャと霞の姿。
「純夏……とりあえず弁明を聞こうか?」
「弁明……?それってどういう……」
「そうか、ないか。わかった……とりあえずそこにまっすぐ立ってくれ」

「?」
 素直にこちらの言うとおりにベッドの横にまっすぐ立つ純夏。武はベッドから上半身を起こし、それから片腕を振り上げ、
―――ボガッ!
 純夏の頭に渾身の一撃をくらわせた。

「いっっっっっったぁぁぁ!なにすんのさ、タケルちゃん!」
「そりゃこっちのセリフだ!朝っぱらからなに人の腹に一撃くらわせてくれてんだ!?」
 武の一撃がクリーンヒットした個所を両手で押さえて、涙目で怒り露わにする純夏だったが、武としては何もしてないのに腹部に一撃もらう方が理不尽に思えてならない。

「しかもこんな早い時間に起こしてくれやがって!昨日もお前との訓練で疲れてんだから、朝の数分間は非常に貴重なんだぞ!」
「だ、だって、だって!いつもの時間だったら霞ちゃんか、アーリャちゃんが起こしちゃうしー!」
「いいじゃねえかよ、それで」
「だ、ダメだよー!タケルちゃんを起こすのは私……ってそもそもなんでこの二人がタケルちゃんの部屋で寝てるのさー!?」

 純夏が今更なことを質問してくる。
「別に誰にも迷惑かけてないんだからいいだろ」
「む~!だったら私もここで寝る!」
「なんでだよ!?」
「だって、ずるいよー!」
 そんな二人の喧噪で霞とアーリャも目を覚ます。

「あ!」
 純夏とすでに起きている武を見て、アーリャが声を上げる。先をこされたのがそんなにくやしいのか、純夏のことをかわいらしく睨みつける。その隣では不気味なウサギの人形片手に、まだ明りに目をシパシパさせて、眠気眼をこする霞の姿。
 ここ数日ですっかり馴染みつつある朝の行事であった。



「おや、タケル……と、鑑もいっしょか」
「御剣さん、おはよー!」
 PXには、すでに冥夜やほかのA-01の姿も数多くあった。先に部屋を出ていたアーリャと霞も席についていた。もう食事を始めている者もいて、自分たちも急ぐことにした。

「タケル“ちゃん”、今日は何にする?」
「「「「「……」」」」」
「んー、サバ味噌でいくか」
「サバ味噌か、わかった。私がもってくるから座っててよ」
 そう言い残すと、スタコラサッサとカウンターのほうへ走って行った。武はアーリャの隣へと座る。

「「「「「……」」」」」
 だが座った瞬間、なぜか居心地の悪い気がしてならなかった。その原因は、なぜか周囲からあてられる無言のプレッシャーであった。なぜか先日、A-01に207小隊を紹介したときから、これは始まっていた。厳密に言えば、純夏を紹介した時からなのだが、武はそれに気づいていない。

 カチャカチャと箸と食器の触れる音だけがする中、左隣にいた冥夜が恐る恐ると言った様子で武に話しかけてきた。
「タケル……少し、聞きたいことがあるのだが」
 ご飯を待つ以外することのなかった武は、冥夜のほうに向いた。そのとき、カチャカチャという周囲の音が止んだ。
「いや、答えられぬのならいいのだが……」
 真剣な面持ち、意を決したように、
「タケルと鑑は―――」

「―――お待たせー!はい、サバ味噌定食!」
「ん、ああ、サンキュ」
 そこに現れた二つのトレイを手にした純夏。自分は武の向かい側に座り、武の前にサバ味噌定食を置く。そして両手を合わせ、元気よく「いただきます」。

 武は箸をとりながら、今一度冥夜に向き直った。
「で、なんだって?」
「……いや、いい」
 あれ。さっきまであんなに聞きたそうにしていたのにおかしなかことだ。しかも若干不機嫌ではないか?冥夜はすでに食べ終えていた。食器を片づけ、PXをでてしまった。

「?」
 おかずを口に運びながら首をかしげる。だが、すぐに「ま、いっか」と顔を元の位置に戻して、ふと横にみると、目に映ったのはアーリャと霞の姿。なぜかお互い箸をもったままじっと見つめ合い、時折周囲に目を配らせていた。それは警戒しているようでもあり、武は気付かれぬように、二人の様子を盗み見た。

 すると次の瞬間、それぞれの箸が動いて、アーリャはピーマンを、霞はニンジンを相手の皿の上に乗せた。食事の度に何かと競い合っていた二人だが、最近ではこのようにある種の停戦協定が結ばれたらしい。だが、お父さんとしては、好き嫌いは見過ごせぬわけですよ。
 それぞれの皿にのったピーマンとニンジンを元の位置に素早く戻してやった。
「「っ!」」

 すぐに二人は武のほうを向いて、
「「……」」
 無言のプレッシャー。だが武の教育方針はそんなもので変わるものではない。何食わぬ顔で自分の食事にとりかかった。結局二人は、黙って嫌いなものを食べるしかないのであった。

◇ ◇ ◇

「くっ、強い!さすがは斯衛の猛者!」
 伊隅は交えていた長刀を弾きながら口にした。伊隅が操る不知火の前にいるのは、同じく長刀を構えた赤の武御雷。月詠中尉の操る機体だ。
『このぉ!』
 その400m後方で激しい銃撃戦を繰り広げているのは、速瀬の不知火と篁中尉の黄の武御雷だ。篁中尉はまだXM3に触れて数日しかたっていないはずなのにその動きはこちらとほぼ同等クラスであり、搭乗機が武御雷という高性能機であるということを考慮しても篁中尉の高い操縦センスが伺えた。

 なぜ自分たちA-01と彼女たちがこのような異機種間戦闘訓練(ダクト)を行っているのか。それは白銀が帝都から帰ってきたときにまでさかのぼる。彼は帝国軍へのXM3受け渡しの交換条件の一つとして斯衛軍の5人を預かってきたらしい。そして、その目的と言うのが今回のようなダクトによる自分たちA-01の強化。
 日本が世界に誇る超高性能機―――XM3を搭載した武御雷との模擬戦は確かに自分たちのためになるものだった。近接戦闘特化の武御雷と渡り合うために近接戦闘のスキルも上達する。近づかれる前に始末しようと、罠を張り狙撃で仕留めようとする。

だがそう簡単にいかないのが斯衛の者たちだ。
目の前には、赤、黄、白の三色の武御雷。武御雷の色分けは、周囲の兵士の注目を集めることによりその出身に恥じない戦いを本人に強いるためと、またその規範となる行動によって、周囲の兵士の士気を高めることを目的としているわけだが、この五人はそれを見事に体現していると言っていい。

だが自分たちとてオルタネイティヴ計画直属の実行部隊。その任務に失敗は許されないし、自分の腕にもそれなりの自負がある。こんなところで無様に負けるわけにはいかない。
現在の状況はまだ両者一機も失っていない。7対5という状況。7がこちらで、5が斯衛だ。機体性能が上の分、斯衛の機体は少なくなっている。ここらでそろそろ勝負にでるべきだろう。
まずは連携の甘い篁中尉から仕留める。いくら斯衛の衛士といえど、
「白銀の化けもの機動に比べれば、勝てないものではない!」



「これがA-01部隊の力か!」
 月詠は武御雷を引かせながら先ほどまで刃を交えていた伊隅大尉の不知火をにらんだ。オルタネイティヴ計画直属部隊で腕利き揃いと白銀から聞かされていたが、まさかこれほどとは思わなった。我が斯衛の精鋭たちと比べても何ら遜色ない。

 こちらの弱点となりうるのが篁中尉との連携。それは何も篁中尉の腕が劣っているわけではない。つい先日に結成されたばかりの新造チームなので連携に難があるのはしかたのないことだった。その中でもこちらにある程度合わせることのできる彼女は間違いなくエース級だ。
 だがほんの少しの連携の甘さが、このレベルの戦闘では致命的な弱点となる。敵が狙うとすればここだろう。一機でも落としてしまえば、残りは4対7。機体性能はこちらが上回っているが、むこうには長い間XM3に触れていた経験と一糸乱れぬチームプレーがある。勝負は今のところ五分五分だ。

『月詠中尉!』
 篁中尉からの通信。見ると、篁中尉のマーキングの周囲に二機の敵機が迫っているではないか。ついに相手も勝負に出たということか。
すぐさま応援に向かうべく、跳躍噴射で大きく飛び上がったとき、

「!」
 頭上のビルから長刀を構えた不知火が飛び降りてきた。慌ててもっていた長刀で防ぐが、跳躍で稼いだ高さを一瞬にして0に戻されてしまった。地上で相対する二機の戦術機。すぐに不知火が踏み込んできた。
『月詠中尉、ここから先へは通しません』
「っ!冥夜様!」

 長刀による猛攻を防ぎながら、月詠は忠誠を誓うその名を口にした。
 その冥夜は以前に吹雪で相手したときよりはるかに技量が上がっていた。
「ここまで強くなられていたとは……!」
 それもこれも新OSと、白銀の錬成のおかげということだろうか。だがしかし、今は模擬戦、敵同士。わざわざ負けるつもりはない。いますぐ彼女を突破して篁中尉に合流しなければならない。その後は神代たちが相手している者も含めて各個撃破していく。
 伊隅大尉や速瀬中尉などのかなりの強者もいるが、それとて、
「白銀の化けもの機動に比べれば、なんということはない!」



『白銀の化けもの機動に比べれば、勝てないものではない!』
『白銀の化けもの機動に比べれば、なんということはない!』

「化けもの化けものうるさいです!傷つきますよ、オレ!」
そうやって管制室にいた武が叫んだとか叫んでないとか……。
 またそんな武を見て、管制を行っていた涼宮中尉にピアティフ中尉がクスクスと笑ったとか笑ってないとか……。

◇ ◇ ◇

 さて数日前にA-01部隊に配属された元207訓練部隊。彼女たちには、まずBETAやハイヴの特性といった講義から始まった。訓練課程での三か月の後期カリキュラムをすっ飛ばしてのスピード任官なので、それを数日で頭に詰め込まなければならない。それと並行して、シミュレーターや先任との模擬戦、あるいは斯衛軍とのダクトによる新人たちの適性判断。訓練時代のデータはあるが、それはあくまで参考程度。こればかりは実際に部隊内に入ってその動きを見て判断すべきだ。

 だが、シミュレーターで行った初めてのハイヴ内演習で、元207B訓練部隊の技量の高さに舌を巻くこととなった。白銀が戦術機過程をすべて受け持っていたというのは聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。それぞれの長所は先任のそれに迫るものがあるし、XM3を手足のように扱うその姿は先日まで訓練生とは考えられないものであった。あとの問題は場慣れのみ。伊隅、速瀬、宗像、白銀、まりもの話し合いでそれぞれのポジションも決まりつつある。実のところ、現在のA-01部隊の最終ポジション決定権は夕呼から一任されている白銀にある。だが、彼はあくまで教官であり、A-01部隊所属ではないというのが現状だ。

 まあ、とにかくそんなハードなスケジュールをここ数日でこなしていたことになるわけだが、白銀が連れてきた最後の新人―――鑑純夏は前述の講義はすでにパスしているらしい。そして彼女は不知火には搭乗しないとの驚きの事実を告げられた。涼宮中尉と同じCPなのかと思えば、初日の補足説明で白銀がこう言っていた。
『純夏はある特殊な兵器を運用するために訓練された衛士なので、訓練にはもう少しあとから合流します。それが完成するまでに一応部隊に慣れておいたほうがいいと思い早期着任させました』

 その言葉から数日がたったが一向に彼女が訓練に参加する気配はなかった。ここ数日でわかった鑑純夏という少女は明るくポジティヴ思考でちょっぴりドジな少女であった。協調性を重んじるような性格であるようだが、白銀に対してだけはたびたび強気な態度をとっている姿をみかける。
 コミュニケーションをとってほしいと言われたが、さすがに乗る機体もわからない、いつも訓練に参加しない。そのほかにも謎の多い彼女と仲良くなるには少し壁があった。いや実のところ、壁の理由はそれだけではない。なによりも大きい理由、それが……

「タケル‘ちゃん’、ご飯食べに行こうよ~!」
 ……これだ。タケル‘ちゃん’だ。PXでも訓練中でもこの呼び名。この呼び方だけで彼女と白銀の間に何かあると推測するのは簡単だ。A-01部隊内では白銀の方針上、堅苦しい物言いは滅多にせず、呼び名もとくにこだわっていないが、それでも「白銀」「タケル」「タケルさん」というのが限界だ。いくら自由に読んでいいと言われても自分たちの年齢でいきなり‘ちゃん’づけで呼ぶ者はいない。

 そして彼女がA-01に配属されてから数日。ついに耐えられなくなったのかだれが尋ねたか、白銀と彼女の関係。だれもが聞き耳を立てるなか、それに白銀はこう答えた。
「純夏とオレは幼馴染ですよ」
この一言は彼自身の墓穴を掘ったことに等しい行いであった。だが、ある意味この言葉のおかげでA-01部隊と鑑純夏は「白銀武」という共通の話題を得て、より近づくことになるのだった。



 そしてその日の夕食、PX。
「―――それでねタケルちゃんってば私が割ったアンモナイトの代わりにかたつむりを置いて、案の定先生にばれてね~」
「アハハ、タケルさんってばそんなのでだませると思ってたんですか~?」
「プッ……あ、いやすまない」
「フッ……馬鹿だね」

「ヤメテ……もうヤメテ。人の恥ずかしい過去を暴かないで」
 武は一人食卓の上に突っ伏して頭を抱えて、震えていた。無邪気に笑って武の心をえぐるたま、密かに噴き出す伊隅、単純だがかなり効く彩峰の嘲笑。どれもが武の精神ゲージを削っていった。もうやめて!武のライフは0よ!

「ダメよ!せっかく幼馴染っていうアンタの過去を知る鑑がいるんだから、いつも弱点ないアンタの化けの皮をはいでもらわないと」
「鬼か……アンタは……」
 そんな武をよそに純夏の武過去暴露話は進んでいく。武自身ですら忘れていた話も多く、その羞恥プレイという公開私刑にも等しい行いに武は「いっそひと思いに殺してくれ」とコメントしたという。
 A-01に合流するまでの数日の間に、純夏には記憶にあるここ4年程度のことは話すなといっておいたが、彼女はその言いつけを守り、‘4年以上昔’のことしか話さなかった。しかし、でてくるでてくる武の過去話。どうでもいいことから、武も忘れていたものまでひっきりなしに出てきた。こちらの世界の記憶と混ざり合っているおかげか、特に矛盾する話もなかった。

 そして驚きなのが、この話にA-01部隊全員、さらにアーリャ、霞まで興味津々で食事を終えて純夏の周りに集まっているということだ。だれ一人PXを去ろうとしない。なんだ、オレの恥ずかしい過去をそんなに聞きたいのかあんたらは!?
「先生に対する言い訳が『生まれ変わった』に『脱皮した』だよ~」
 脱皮説は割と本気だったんだぞー。
「プッ、ククク……タケルにもそのような時代があったのだな」
「これはおもしろいことを聞いた……」

 ……そしてさらに不運なのが、今日の食事が帝都から派遣された月詠中尉たちと一緒だったということだ。月詠はいつもは負けっぱなしの武の恥ずかしい過去を聞けたことで主導権を握れることが嬉しいのか、ニヤリとした笑みを武に向けた。
「勘弁してくださいよ、‘真那’さん」
「っ!?」

 その言葉で場がざわめいた。所々で「真那さん!?」「真那さんだって!?」という言葉が聞こえてくる。三馬鹿も信じられないという顔つきで月詠と武を見ていた。
「き、貴様一体何を!?」
「え?だってこの前帝都で名前で呼んでいいって……」
「ば、バカ者!確かに名を呼ぶ許しは与えたが、それは姓のことだ!貴様が望むのなら階級をつけなくてもよい、と!そもそも時と場を考え―――」
「あれ?そうだったんですか?」

 だが、それとて名を呼ぶことを許したという事実に違いはない。先日の帝都でこの二人の間に何かがあったのは明白。
「月詠……詳しく話を聞かせてもらえぬか」
「め、冥夜さま!……ええい、鑑少尉!ほかにこの者の情けない過去などないものか!?」
「ぬっ、逃げたな!」

 月詠に話を振られた純夏は、少し考え込み、すぐに「とっておきを思い出した」という顔をして、
「タケルちゃんが『Hな本』持ってたこともあった!しかもベッドの下に隠しといてくれればいいものを堂々と部屋の中においてたんだよ~!」
「「「「「っ!」」」」」
 その言葉は、みんなの意識を月詠からそらすには十分で、

「B小隊続け!白銀の部屋に突撃よ!」
「「「了解っ!」」」
「C小隊はここで白銀の足止めだ!」
「「「了解っ!」」」
「そういう連携は訓練で発揮しろおおおおお!」
 訓練でも見せたことのない機敏な動きと阿吽の呼吸による連携に武は耐えきれず突っ込んだ。

「美冴さん……さすがに白銀少佐の私物を勝手にあさるというのは……」
 おお、C小隊唯一の良心、風間が宗像に掛け合った。いいぞ、風間少尉!もっと言ってやっ―――
「馬鹿だな、祷子……ここでその本を見つけておけば白銀の好みがわかるかもしれないのに(ボソッ)」
「白銀少佐、ごめんなさいね」
 あっさり寝返ったぁ!?

 にっこり笑って、裏切り宣言。一体その悪魔に何を吹き込まれた風間少尉ぃ!?
 そしてC小隊の面々に囲まれている間にB小隊はPXを出て行ってしまった。それをなすすべなく見送るしかできない武であった。



 そんな彼女たちの様子を唯依は少し離れた位置から見ていた。帝都で圧倒的なまでの強さを自分たちに見せつけた白銀少佐。その姿はそこになかった。そこにいるのは、女性たちに囲まれ、ただ一人の男性として肩身の狭い思いをする少年の姿だった。A-01の面々も、軍における少佐に接する態度ではなく、思いっきり砕けたものであった。

 速瀬中尉たちがPXを出て行ってしばらくC小隊の面々と対峙していた白銀だったが、すぐに肩を落として「あきらめた」の意思表示。そのまま、彼女たちに背を向け、こちらのほうへ歩み寄ってきた。

「騒がしくてすみません」
 苦笑気味に唯依に言ってきた白銀。そのまま、唯依のとなりに腰かけ、脱力したように突っ伏す。
 向こうでは鑑少尉が再び話し始めた。みんなの意識は必然的にそちらへ。
「ここは、いつもこのような感じなのですか?」
 だが、唯依はとなりにいる白銀に話しかけていた。

「まあ、今日は一段と騒がしいですけど、だいたい似たようなもんですよ」
 溜息、苦笑。彼自身もこの状態を楽しいとまではいかずともそれなりに受け入れているようだ。
「この部隊はオルタネイティヴ計画直属の部隊……先には過酷な任務ばかりが待っています。だからこんなときばかりはそんなことを忘れ、楽しむのもいいでしょう」
 そう言ってにぎやかに話す彼女たちを見る白銀少佐。その目はなんとも穏やかな光を携えていた。

 本当にこの少年一体今までどのような人生を歩んできたというのだろうか。
 唯依は一人、隣にいる少年を見ていた。



 二日後。A-01部隊は訓練前のブリーフィングで夕呼を前にしていた。ついに鑑が訓練に参加することになるらしい。それと同時に副司令自らによる鑑専用機の説明。
「じゃあ、あなた達に紹介するわ。これが……鑑が操ることになる対BETA戦力の切り札」
 前に出た夕呼が手にしたリモコンを操作する。そしてミーティングルーム正面の巨大なスクリーンに‘それ’が映し出された。
「―――XG-70b……凄乃皇弐型よ」
「「「「「っ!?」」」」」

 そこに映し出されたものは自分たちの想像のはるか上を行く代物だった。
 まず戦術機ではなかった。そして桁違いなのがそのでかさ。高さだけで対比物として横に表示された戦術機の軽く五倍以上はありそうなそのスケール。戦術機の胴体に見えなくもないが、腕の代わりにつけられた円筒形の何か。また足の部分につけられた後方に長くのびる何か。自分の知識ではそれが何で、何のためにあるのかすらわからなかった。それにそもそもそれは足ではなかった。気付くと、対比物である戦術機は地面に足を下ろしているが、凄乃皇というそれは浮いていた。

「XG-70bは米国軍の『HI-MARF計画』が生み出した、戦略航空機動要塞の試作2番機よ。この極秘計画のスタートは1975年。ちなみにコードネームが和風なのはこっちで勝手に付けたから」
 米国は密かにこんなものを造っていたというのか。
「戦略航空機動要塞は、単独で敵支配地域の最奥部まで侵攻し、短時間でハイヴを破壊するという、夢のようなオーダーを叶える兵器。搭載されたムアコック・レヒテ型抗重力機関から発生する重力場で、BETAのレーザー兵器を無力化し、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した、荷電粒子砲による攻撃でハイヴを殲滅するのよ」

 ムアコック・レヒテ?それらのことは門外漢の自分たちにはわからないが「レーザー兵器を無力化」「荷電粒子砲による攻撃」という部分はしっかりと理解した。そんな夢のようなことが本当にできるのだろうか。
「まあ、そんな欲張りな要求仕様だったから、こんなデカブツになっちゃった上、結局完成せず87年にお蔵入り……理由は―――ってまあ、こんなことはどうでもいいわ。ま、そのあと紆余曲折があってあたしたちがオルタネイティヴ計画で、モスボール処置されていたこの機体を接収して、完成させたってわけ」

 スクリーンに映っていた機体が消えた。
「もちろんまだ実戦テストなんてやったことはないわ。でもね、この機体が本当に要求通りの働きをしてくれたら本当に人類反撃の切り札となることは間違いないわ」
 だけど、と夕呼は口にした。
「この兵器の本来の目的は、対BETA情報収集にあるの。防御力はともかく、攻撃力はおまけ。ラザフォード場にしたっていつまでも光線級の攻撃を防げるわけじゃないわ……そこであなたたちにお鉢が回ってくるってわけ。A-01の作戦目的はこの機体の護衛。凄乃皇を安全かつ迅速にハイヴに送り届けることを任務とするわ」

 あのデカブツを光線級から守るとなればかなりのハードな任務になりそうだ。だが、副司令がやれと言った限り、自分達は黙ってその任務を遂行するのみだ。
「近々、この機体のテストを兼ねた大規模作戦が展開されるわ」
「「「「「!」」」」」
「あんた達はそれまでにシミュレーターでみっちり特訓しときなさい」

 その言葉を最後に、続きを白銀が受け継いだ。
「それと同時にA-01部隊の各自新規ポジション発表をする」
「「「「「!」」」」」
 新任を加えての新たなシャッフル。それぞれの長所を最大限生かせるように、チームバランスをしっかりとるように、ここしばらくの演習結果を踏まえての最終決定だ。

「まずA小隊からヴァルキリー1伊隅大尉、右翼後衛迎撃」
 まあ、これは当然だ。A-01部隊の隊長は彼女なのだから、隊長のポジションであるそこにつくのは明らかである。そしてA小隊に配置されるものは伊隅大尉の指示下で部隊右翼中後衛のポジションとなる。
「ヴァルキリー10榊千鶴少尉、強襲掃討。ヴァルキリー11鎧衣美琴少尉、制圧支援。ヴァルキリー12珠瀬壬姫少尉、砲撃支援」
 残りのメンバーは207小隊から選出されていた。最前衛を少し後ろから冷静に見る榊、視野広く部隊全体をカバーする鎧衣、最後衛から部隊を狙撃で守る珠瀬という組み合わせだ。

「次にB小隊。ヴァルキリー2速瀬中尉、突撃前衛長」
 突撃前衛長。それはこと戦闘だけにおいては部隊内最強の証。そこに速瀬がつくことは納得だ。B小隊に配置されるものは速瀬中尉の指揮下で部隊最前衛でのポジションとなる。BETAを蹴散らして突破口を開く役割なので、必然的に突破力の高い者が選出される。
「ヴァルキリー13御剣少尉、突撃前衛。ヴァルキリー14彩峰少尉、突撃前衛」
 この二人は訓練時代から高い近接戦闘能力を発揮しており、戦術機においてもそれを遺憾なく発揮していた。新任だが、この配置は納得のいくものだった。だが、これではB小隊がたったの3人。1トップ、2トップのどちらで考えても突破力が少々低い。かと思ったら白銀が最後にもう一人の名を告げた。
「―――ヴァルキリー5涼宮少尉、突撃前衛」

「……え?」
 名を呼ばれた本人は呆けた声を上げた。
「『え?』じゃない、お前だ涼宮。ちなみにエレメントは速瀬中尉となっている」
「え……えええええええええええ!?わ、私が突撃前衛!?しかも速瀬中尉のエレメントって!」
「何よ、茜?私じゃ不満だっての?」
「そんな滅相もありませんよ!」
 ブンブン首を振る茜に武は笑いかけながら言った。

「ここ最近のお前の動きを見て速瀬中尉達と決めた結果だ。部隊での先鋒、お前に任せた」
「そゆこと。茜、あたしの背中あんたに任せたからね」
「は、はい!」
 念願の突撃前衛。しかも憧れの速瀬とのエレメントということで、茜は舞い上がっていた。しかし、武の判断は間違っていない。ここ最近の彼女の動きは昔あったある種の危うさというものがなくなっており、無茶な機動などなくなっていた。自分だけ背伸びをせずに実力に合った動きで仲間を信頼し任務をこなす彼女ならば突撃前衛を任せられると判断したのだ。

「それじゃ、次にC小隊。ヴァルキリー3宗像中尉、左翼迎撃後衛」
 部隊NO3。彼女の指揮するC小隊は部隊左翼中後衛のポジションとなる。
「ヴァルキリー4風間少尉、制圧支援。ヴァルキリー6柏木少尉、砲撃支援。ヴァルキリー9麻倉少尉、強襲掃討」
 実戦経験も豊富な風間、状況判断において即座の取捨選択を可能とする柏木、思い切りの良さと機動力の高さで麻倉。

「そして、D小隊。ヴァルキリー0神宮司大尉。ヴァルキリー7築地少尉。ヴァルキリー8高原少尉」
D小隊。最近A-01に作られた新たな部隊だ。配置は部隊前衛よりの中央。この隊は戦況に応じて各隊のカバーに入る役割となる。装備は作戦内容によっても変えるが、基本は応用力の高い強襲前衛となる。最初は各三隊に一人ずつ振り分けられるが、まりもの指示によりその配置は刻一刻と変わっていく。富士教導隊出身であるまりもの戦術眼に依る部隊である。また、まりもには、部隊全体を伊隅と違った視点でみるという別の役割もある。影の隊長、そのようなものだ。

「ヴァルキリーマム、涼宮中尉、CP……以上。これは現時点での最適のポジションだから、しばらく変更はない」
 これでA-01部隊全員の配置が判明した。全員女性。まさに戦乙女隊(ヴァルキリーズ)だ。
「じゃあ、この後、シミュレーターによる初の凄乃皇を加えての実習とする。最初から厳しい条件でいくので覚悟しておくように」
 最後に白銀がそうしめくくることで、お開きとなった。



「……でっかぁ!」
 速瀬はシミュレータ機の中で網膜に映る凄乃皇弐型の実寸大を見て、改めてその大きさに驚いた。今速瀬の不知火と凄乃皇の間は20mほど。それでも全貌を見ることはできなかった。
「これを光線級から守るって……そりゃハードだわ」
 任務の困難さを再認識する。

「鑑~もうすこしスリムにならないわけ~」
『そんなこと私に言われても……ってなんかそれじゃ私のほうが太ってるみたいじゃないですか!?』
「はい、通信良好~」
『~~~っ!』
 鑑とのスキンシップもほどほどに、指示を待つ。

『ひとつ言っておくけど、荷電粒子砲のほうはデータ不足でシミュレーターで再現することはできないわ。だから今の凄乃皇はまさにただの的。そこんとこ気をつけてね』
『はっ!』
『それでは演習を始めます』

 遙の声で、網膜に映る風景はところどころ岩が点在する平野部に変わる。それと同時、さっきまで隣に映っていた凄乃皇が消えた。
今回のシミュレーターでは40分後にこの場にやってくる凄乃皇のために、脅威となる光線級、重光線級を可能な限り減らし、40km先のハイヴ入口まで凄乃皇を誘導することになる。

しかし、本当にあの凄乃皇を鑑が動かせるのだろうか。いつものあの少女を知っているとどうも不安になって仕方がなかった。



 夜。武は自室に戻って特に何をするわけでなくボーっとしていた。アーリャはODLの浄化処理だし、純夏も同じだ。そしてその二人に霞もついていってしまった。珍しく一人で時をすごす。
 とりあえず、今日の訓練を思い出した。純夏の操縦技術にはみな驚いたようで、初めて直援機を率いたとは思えない動きで、戦場を駆けていた。ここ数日の武との訓練で、しっかりと凄乃皇の機動特性はつかんでいるし、A-01のデータを使ってのシミュレートも何度も行っている。今日の訓練は結果的にはハイヴ入口にたどり着けなかったのだが、まあ初日にしてはよくやったという評価をあげてもいい。
「だけど……まだ足りないな」
 
あのままでは実戦では必ず死者が出る。今の武、目標のためなら自らの手を汚すことも厭わない武が人一人の死で立ち止まるようなことはない。戦場である以上、死者がでるのは必ずだ。戦場にでるものがだれ一人死ぬことなく、終われるなんて甘い考えをもっているわけではない。だが、今回はそれすらも極力無くしたい。だれにも言わない、武が心に秘めたその想い。
「……強くなってくれ」

 口からでたそのつぶやき。そのとき部屋のどこからか何かの電子音が鳴り響いた。
「……これは」
 すぐに体を起こし、ベッド横に置いてあったそれを持ち上げた。そこにあったのは画面付きの通信機。現在これに連絡してくる人物は一人しかいない。
 少し操作するとすぐに映像が映った。

『?……これは、どこをどう押せば……ここでしょうか?』
 そこには眉根にしわ寄せ、通信機と格闘する悠陽の姿が映っていた。その様子がおかしかったので今しばらく何も言わずに放っておく。だが、悠陽はすぐに武に気づいた。
『え?……し、白銀!?』
「こんばんは、殿下」

 もうバレたかと内心少し残念だったが、ここはひとまず夜の挨拶。そんな武の第一言に悠陽はアタフタ慌て、
『し、白銀、あの今回のはですね……この通信機がちゃんとつながるかどうかを試したかっただけで―――』
「……」
『特に、用事……は……あの、その……』
「……」
『あとでまた連絡をします!』

 そう言って画面は再び真っ暗に、だがその中央には、
『Sound Only』
の文字が浮かびあがっていた。

『か、鏡!櫛(くし)!そ、それよりも……真耶さん、真耶さん!』
『……悠陽様、なんでしょうか?』
『この前買ってきてもらったあの服はどこでしょうか!?』
『は?……あのようなものをなぜ今?』
『よ、よいから、早くしてください!』
『はっ、承知しました!』

 そして30分後。映像が復活した。
『……そなた、ずっと通信機の前にいたのですか?』
 コールしてすぐに出たことが驚いたのだろう。そう問いかける悠陽はいつもの和服姿ではなく、その姿はカジュアルな服装。白のワンピースの上に焦げ茶色の透かし編みセーター。こういってはなんだが、普通の女の子のようだった。

「似合ってますよ、殿下」
『そ、そうでしょうか?このような服はなにぶん初めてで……帝都の者の間で流行っているとは聞いてはいたのですが……』
 ほんのり頬染め、自分の姿を見下ろす悠陽。服を着替えた理由はよくわからないが、もしかすると煌武院ではなく悠陽としてここにいるという意思の表れなのかもしれない。それならばそれでよかった。今この時ぐらいは政威大将軍の枷を解かれてもいいだろう。

「今日は何の用でしょうか?」
『えっと……ただ顔を見たくなっただけというのは(ボソッ)』
「え?」
『いえ!あの、この前の礼を改めて伝えたいと思ったのです』
 それは帝都にいたときに、たくさんもらったので、もう十分だとおもうのだが。

『先日、私が帝都の演習場に視察に行ったときです。衛士や整備兵たちの輝く顔を見ているうちに、そなたが帝国にもたらしてくれた新OSというのは、本当にすばらしいものだったのだと再認識したのです』
 ふむ、一応軍部最高責任者。視察などもするだろう。帝国軍のみんなは新OSという新しいおもちゃを気にいってくれたようだ。
『紅蓮も自らが戦術機に乗り、若い者たちの指導に当たっていました。「若いものにはまだ、負けてられん」だそうですよ』

 その時のことを思い出したのか、口に上品に手をあて、含み笑い。たぶんあの紅蓮ならあと20年ぐらいは現役で居続けるのではないだろうか。
『そなたに負けたことを指摘すると「あいつは化けものだ」だそうですよ』
 化けものって褒め言葉に使っていいものだろうか。それともただ単に嫌味なのだろうか。武は本気で考えた。

 その後も悠陽の近況、こちらの近況などを笑い話も入れながら、にこやかに話していると、武の部屋のドアがノックされた。ちょっとまってくださいと悠陽に断りを入れて、通信機を入口からは見えない位置へ。
「はーい、誰だー?」
 そして来訪者を迎えた。

「タケル、私だ」
 ドアの外にいたのは、冥夜だった。
『っ!』
 武の耳にだけ、悠陽が息をのむ声が聞こえた。
「一体何のようだ?」

「ああ、今日これから外に走りに行こうと思ってな。タケルもどうかと思ったのだ。以前はよく付き合ってくれたが、最近は私も忙しいので音沙汰なしだったからな」
「あー折角の誘いだが、ごめん。今日はちょっと用事があって」
「……そうか。わかった。無理をいってすまなかったな」
 断った時冥夜はこころなしか残念そうだった。

「お待たせしました。殿下」
 冥夜もいなくなり、武は脇に寄せていた通信機を引っ張ってきた。待たせたと言ってもほんの1分ほどなのだが、そこには不機嫌顔の悠陽がいた。
『白銀は……冥夜とずいぶん仲が良いようですね。お互い名前で呼び合い、夜二人きりになるためわざわざ誘いにくるとは……』
 二人きりて……いや訓練なのですから変なことはまったくないですよ?

『……さっきのは、私と冥夜とで……その、私を優先してくれたということでしょうか?』
 上目使いに尋ねる悠陽。いつもこの基地で会える冥夜とたまにしか連絡をとれない悠陽にしたら、今選ぶとしたら悠陽だろう。その旨を伝えると、
『そうですか』
 柔らかな笑みを携え、満足そうに言った。コロコロと変わる表情。幾度のループでも自分と違う女性と言う生物は未だ理解しがたいものだった。
 そのとき、武は冥夜が来たことである要件を思い出した。こればっかりは国連所属である自分が勝手に行うことはできず、政威大将軍の悠陽に許可を求めないといけないこと。武はその要件を悠陽に伝えた。
「―――というわけなんです」
『まあ、あの武御雷を?』
 はい、と武は頷いた。

『確かにあれは私の専用機……しかしことがそれだけ大きくなると私の一存で将軍機を好き勝手にしていいものではありません』
 やはりそうか。予見していたものの武はその答えに沈んだ。
『―――それ故、白銀……』
 だが、まだ悠陽の言葉は続いていた。

『次回の佐渡島の戦いで確固たる戦果をあげなさい。それさえできれば、それを盾に私がなんとしてもその要件を城内省に納得させましょう』
 確固たる戦果。それはもちろんハイヴを落とし、BETAをこの日本から追い出すということ。武はそれにしっかりと答えた。
「はっ、了解しました!」

◇ ◇ ◇

『―――白銀少佐に感謝しなさい、真那』
 横浜基地から帝都への定時連絡。真那に向けられた真耶の一言目がそれだった。
「い、いきなり何を……」
 さすがに面食らう。挨拶やなによりも先にこの言葉である。

『ついに冥夜様が任官なさったでしょう?』
 そうだ。帝国に紛れ込んでいた米国の手先の者。ほとんどは横浜基地が提供してくれた情報で捕縛することができたが、二名を取り逃がしてしまったらしい。しかも、冥夜様という情報を国に持ち帰って……。その影響で、冥夜様の政治的利用価値は喪失。それにより冥夜様は任官することとなった。そこに城内省上層部のあわよくば戦場で冥夜様が戦死……という思惑があるのは甚だ遺憾ではある。

「しかし、それがどうしたというの?」
『考えてもみなさい。冥夜様の政治的価値が喪失したということは今までのように警護をつけておく理由は一切ないわ』
 そういえばそうだ。自分達は今まで冥夜様の警護役ということで例外的にこの基地に駐留することができていたのだ。
『あなたも冥夜様に対する警護の任を解かれている。本来なら、すでに九州か北海道の戦線に回されていたとしても不思議はないわ』

 だんだんと真耶の言いたいことが分かってくる。
『それなのになぜ、あなたが横浜基地に……冥夜様の御側に居られ続けるのか。それは白銀少佐のおかげにほかならないわ』
 白銀が自分たち斯衛を必要としてくれなかったら、確かに私は日本のどこかの戦線に送られ、日々冥夜様の身を案じる日を過ごしたことだろう。しかも冥夜様が所属した部隊はオルタネイティヴ計画直属の特別部隊。外部に情報が流れることは滅多にない。

『さすがに門外漢である斯衛が作戦に随伴することはできないけど、それだけでもあなたには十分、白銀少佐に感謝する理由はあるでしょう?』
 確かに……そうだ。ここにきて初めてその事実に気づく。だが、口では伝えない。彼に感謝の意を表すためにも自分に課せられた任務、仮想敵(アグレッサー)としての役割をしっかりとこなすのだ。
 その次の日から、真那の訓練に対する意気込みは神代たちが驚くほどすごいものになっていた。

◇ ◇ ◇

 そして一週間。A-01部隊は訓練に明け暮れた。凄乃皇の護衛任務、斯衛軍とのダクト、ハイヴ内突入。
そして、今、彼女たちは全員ブリーフィングルームへと集められている。
 彼女たちの前にいるのは、ラダビノッド司令、香月副司令、白銀少佐の三人。ピリピリとした空気の中、ラダビノッド司令が口を開いた。

「―――本日未明、国連軍第11軍司令部及び、帝国軍参謀本部より、『甲21号作戦』が発令された」
                                 つづく

※ついに次回から佐渡島の戦いへ。次回は同時2話うp予定。(あくまで予定)

ちょっと紹介。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm5155606
最近メッセでお知り合いになった和さんという方がすばらしいものを作ってくれました。試作版を見せられた時から「すげええええ」の一言でしたが、そのあと、自分が少し改良してもらったものです。MADとしてもすばらしい出来なので是非見てみてください。また、和さん制作の他のマブラヴMADも大変すばらしい出来です。2作目の「たった一つの想い」は自分がリクエストして作ってもらいました。あの曲の歌詞は非常にマブラヴの世界(特に武)に合ってると思いますよ、ホント。そんなすばらしいものを作ってくれた和さんに感謝!



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 23
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/15 02:32
 2001年12月16日午前8時54分

 ここは、日本、佐渡島沖合い。天気は快晴。そして目の前には憎きBETAの前線基地であるハイヴを有する佐渡島があった。
 それを睨むようにして洋上に展開する何百隻もの戦艦、戦術機母艦。これに加えて宇宙で目を光らす国連宇宙総軍。帝国軍と極東国連軍の総戦力の半数もの大部隊である。
今か今かと砲撃を待ち望む黒光りする砲身。同じく、発進を待ち望む鉄の巨人たち。帝国軍は、日本を取り戻すために。祖国を失った極東国連軍は、これを祖国奪還の第一歩として、それぞれの想いを胸に秘め、作戦の開始を静かに待っていた。

 『甲21号作戦』。
 今回の作戦名である。朝鮮半島の『甲20号目標』と並び、BETAの日本進行における前線基地。西日本全域を緩衝地帯に持つ九州戦線に対し、『甲21号目標』は日本の柔らかい横腹に突き立てられた剣である。この脅威を取り除くことにより、樺太、日本、台湾、フィリピンからなる極東防衛ラインの戦略的安定をさらに強固なものとするのだ。作戦目的は『甲21号目標』の無力化、並びに敵施設の占領および、可能な限りの敵情報収集である。
 
 海上に展開した戦力からもわかるが、この作戦は99年の『明星作戦』に次ぐ大規模反撃である。失敗が許されるものではない。これだけの戦力を投入しておいて失敗すれば、極東絶対防衛線の要たる日本が崩れかねない。

 帝国海軍第三艦隊。
「―――国連機動爆撃艦隊、所定の機動を周回中」
「第一次砲撃開始まで300秒」
 そのうちの一隻、戦艦『大和』。その艦の中でオペレーターたちは、せわしなく情報を取り扱っていた。そして、その中に険しい顔でハイヴを睨む男がいた。大和艦長の田所である。

『―――小沢提督、阿部です。第二戦隊信濃以下各艦、戦闘配置完了。後は、攻撃命令を待つばかりであります』
『うむ……貴官らは本作戦における地上戦力の先鋒だ。心して任務に当たられよ』
『―――はっ、畏まりました!』

 聞こえてくる通信は、信濃艦長阿部と聯合艦隊を指揮する最上艦長小沢のものである。士官学校のころより、よく知っている阿部の気合の入りように、自然と笑みがこぼれた。
『阿部君、随分と逸っているな』
 どうやら自分と同じことを思っていた者がいたようだ。
「我々も、似たようなものだよ、井口さん」
 通信機をとって、そう答えた。話しかけてきたのは武蔵艦長の井口である。
『ふふふ……確かに』

 井口はそれを肯定した。それもそのはず、なぜなら、
「あの島が奴らの手に落ちた日……あの日も我々はここに居たのだから」
 悔しさを心にそう口にした。
 それは1998年のこと。BETAの日本本土侵攻。光州作戦の損耗が回復する間もなく、重慶ハイヴから東進した大規模BETA群が朝鮮半島から日本海を横断し、この日本へと侵入してきた。あっという間に本土が蹂躙されていくなか、佐渡島にも海を渡ってBETAが上陸した。
 自分達はその時もこの海にいた。必死の反撃もむなしく、BETAの圧倒的物量の前に佐渡島を奴らに指をくわえて明け渡すしかなかった。

『ああ、今でもあの日の事は夢に見るよ……忘れられる訳が無い』
 そう、もちろん悪夢として……。日に日に大きくなっていく佐渡島のモニュメントを見て、何度涙を流したことだろう。何度、あの島を取り戻したいと願ったことだろう。
「まさか生きてこの日を迎える事ができるとは……夢にも思わなかった」
 そしてその願いが今日、自分たちの手で叶えられようとしている。

「あの日、この地で失われた幾多の命に報いるためにも、必ずこの作戦は成功させねばならない」
 かつての戦友、部下たちの顔が頭に浮かぶ。彼らの無念を晴らすために、自分は今まで生き恥をさらしてきたのだ。
「BETAを叩き出し、あの島を……我が国土を我らの手に取り戻そう。先に逝った者達も見守っている」
『うむ……そうだな』

 決意新たに、今一度ハイヴを睨んだ。フェイズ4ハイヴ。未だかつて人類が攻略したことのない強大な敵だ。だが、勝算はある。
「国連の……かの横浜の香月博士の新兵器とやらに期待させてもらうとしよう」
『ああ……話によれば‘二つ’あるらしい』
「……その一つのためのこの陣形か」

 真野湾沖に広がる戦術機母艦。広域に広がっている戦艦と比べ、その陣形は一隻の戦術機母艦を先頭に、そこから後ろに行くほど順に広がっていき、途中からは横2列で縦に並ぶアローヘッドのような形であった。しかも、船と船との間が極端に狭まっていた。普通ならこのような陣形は考えられない。なぜなら、一か所にまとまるほど、光線級や重光線級のレーザー照射を受けやすくなるからだ。だが、かの香月博士はこの陣形を要求してきた。

『一機でも多くの戦力を佐渡島に上陸させたいならこちらの指示に従ってください』
 作戦会議のとき、反対する我らに彼女が言った言葉だ。結局は小沢提督がこの陣形をとることを決断した。
 その艦隊の中、先頭にいるのは国連軍の戦術機母艦。通常なら戦術機がすぐに出撃できるように上方は開けているはずなのだが、その戦術機母艦はそこを固く閉ざしていた。件の新型兵器がその中にあるのは明確だろう。

「それが我らの期待に沿うものであればいいが……」
 田所がそう呟いた時だった。

「――国連軌道爆撃艦隊の突入弾分離を確認ッ!」
「――!」

 それと同時、佐渡島上空が多数の光線級のレーザーによって覆い尽くされた。すぐに爆炎と黒煙で赤と黒に染まる空。
「佐渡島上空に重金属雲発生!」
『目標、河原田一帯、――ってぇ!!』
 第二戦隊の阿部の怒号。
 ついに作戦が開始された。



 外から聞こえるのは爆音。艦砲及びロケットが次々に発射され、命中する音である。ついに『甲21号作戦』が開始された。
 そんな中、A-01部隊の面々は、佐渡島北西、両津湾沖にてエコー艦隊の中にある戦術機母艦の中で静かに自分たちの出撃を待っていた。
「ついに始まったか……!」

 冥夜は自身の不知火の中、網膜に映る作戦状況を見ながらそう呟いた。
 正規兵となって初めての実戦。そのことに体は武者震い。昂る気持ちを必死で鎮めていた。だが、それは冥夜に限ったことではない。同じ新任である榊たちもそう。それに、先任たちにとってもこのような大規模作戦は初めてだ。

 数回に分けての深呼吸。
 今の自分が実戦でどれだけやれるか。そんなことを考えた。実戦にでることが恐くはない。それは自分が今まで望んできたことなのだから。そして、今自分には力がる。XM3を長く扱ってきたという経験と、あの自分が見てきた中で最強の衛士、白銀武の教導があったからだ。

「タケル……」
 その彼の名を呼んだ。今この場に彼の姿はない。いるのはヴァルキリーズのみ。なら彼は今どこにいるのか。
『白銀は今回の作戦で単独行動を行うわ』
 それが作戦概要説明時、香月副司令から教えられた武の動きだった。

 それに自分たちは驚いた。当然だ。あのBETAが支配する戦場で単独行動など正気の沙汰ではない。最小単位も二機連携(エレメント)。だが、困惑する自分たちに彼女は言った。
『あなた達が人の心配なんてする余裕あるの? そんなことを心配する前に「自分たちは白銀より弱い」という事実を思い出しなさい!』
 全員がハッと息をのんだ。そして改めて自分たちの力量と彼個人の力量を比べ、その差に打ちひしがれる。自分たちとは個人ではない。部隊としての力と彼個人の力量を比べて、さらに差があるのだ。

 そんな自分たちに追い打ちをかけるように、
『白銀が単独行動を行う理由はいくつかあるけど、大きなものに「誰もこいつの機動についていけない」というのがあるの。仮にあなたたちが行動を共にしてもこいつの‘足手まとい’にしかならないわけ。わかる?』
 
 その辛辣な言葉に隣にいた武が何もフォローしなかった。そのことで、その事実が本当だということを物語っていた。
 ……くやしかった。わかってはいたことだが、改めて突き付けられる事実が心に突き刺さった。自分では強くなっていたつもりだが、確かにまだ彼の足もとにも及ばない。私では戦場で彼の助けになることはできない。ならどうやってこの恩を返せばいいというのだ。

 冥夜の前にいた速瀬中尉は悔しさで唇を噛んでいた。私たちはいつまで彼の背中を見続ければいいのだろう。いつになれば肩を並べて戦うことができるようになるのだろうか。

『HQより帝国海軍第17戦術機甲部隊、上陸開始せよ。繰り返す、上陸開始せよ』
「!」
 ついに上陸作戦が始まる。



『全艦最大戦速――全スティングレイ離艦せよ!』
 その言葉を待っていたスティングレイ1はすぐさま部下に命令した。
「スティングレイ1より各機―――海兵隊の恐ろしさを思い知らせろ! 全て蹴散らせぇ!!」
『『『『『――了解ッ!』』』』』

 海神(わだつみ)がそれぞれ潜水母艦の艦首より出撃する。何十機もの海神が佐渡島に向け、水中を最大戦速で移動する。
 近くなった水面からは、砲撃の閃光がたびたび水中の海神を照らす。
陸はすぐに迫ってくる。海神各機はそれぞれ水中形態から陸上戦闘形態へと変形。海面からその顔をだし、ついに佐渡島の―――戦場の土を踏んだ。

 海中から出現すると同時、両肩に装備された120mm滑空砲とミサイル、また両腕の計12機の36mmチェーンガンを何も考えずに前に斉射した。
 自分たちの役割は後に続くウィスキー部隊の戦術機のために上陸地点を確保すること。この一帯のBETAを一匹残らず駆逐するのだ。
「日本からっ……出ていけぇぇぇ!!」
 スティングレイ1もまた、この佐渡島が奪われたとき、この海にいた。奮戦むなしく、本部から出された撤退命令――佐渡島の破棄。多くの部下の仇を討てぬまま、涙をこらえ撤退した。国土が蹂躙されるという屈辱はもうたくさんだ。

 自分の正面にいる突撃級、要撃級、要塞級、兵士級、戦車級、種類によらずすべてを駆逐するべく全弾使い切るつもりで撃つ。命中したところから、赤紫色の血をぶちまけ、BETAが倒れていった。だがその後ろからぞろぞろとまたこちらへ向かってくる。
 10体ほどの突撃級がほぼ横一列でこちらに突撃してくる。この海神にそれを避けるなんて器用な真似ができるわけはない。海神にできるのはただ圧倒的火力で敵を殲滅するのみ。それがモース硬度15以上の装甲を持つ突撃級でも例外ではない。
『うおおおおおおおおおおおお!!!!』

 部下が叫ぶ。自分も叫んだ。耳から入る爆音、轟音。目から入る、閃光、鮮血。
『う、うわああああああ!!』
 部下が一人、突撃級の波にのまれた。隊長機である自分の機体にその損害情報がすぐさま入ってきた。機体全壊―――中に乗っていた衛士は……即死。

『むっ、村田ぁぁぁあ!!!』
「振り返るなぁ! 倒れた仲間のためにも、前を向けぇ!!」
『くっ! ……了解ッ! くっそぉぉぉ!!!』
 今の自分たちには一人の死を悲しむ間すら与えられていない。鬼籍に入った友の死を無駄にしないためにも作戦を成功させる。それが今できる最高の手向け。

 攻撃の手は休めず、死んだ部下を想う。気さくな、自分とは酒の好みが合う奴だった。
「この作戦が終わったら、オレの秘蔵の一本をくれてやる!」
 そう、勝利の知らせと共に彼の墓前に……。

「スティングレイ1よりHQ――上陸地点を確保! 繰り返す、上陸地点を確保!」
 辺りは硝煙と土煙で満ちていた。所々に点在するBETAの死骸。これが戦場。
『HQ了解。ウィスキー部隊、各機甲師団の上陸を開始せよ――繰り返す、ウィスキー部隊、各機甲師団の上陸を開始せよ!』
 
 HQのその命令で、海上で待機していた戦術機母艦と揚陸艦が、例の国連軍の戦術機母艦を先頭に最大戦速で佐渡島に向かってきた。
それを目視で確認し、再び前に向いた時、さきほどまでたちこめていた土煙の向こうに光線級の忌まわしき瞳が現れた。

「っ! スティングレイ1よりHQ――支援砲撃要請! ポイントS-52-47! 重光線級が接近中だ――戦術機母艦が危ない!!」
 とっさにそう叫びながら、自身もその地点に向かって36mmを撃ちこんだ。
『――HQ了解』
 だが、その時、重光線級たちの照射粘膜が不気味に光った。
「しまった!」

 彼らが向くのは自分たちではない。こちらへとまっすぐ向かってくる多数の戦術機母艦群だ。
「急げ! レーザー照射来るぞぉ!!!」
 だが、その言葉虚しく、支援砲撃は間に合わない。合わせて20のレーザーが戦術機母艦群に向けて放たれた。
「くっそぉ!!」
 だが、彼らは次の瞬間、信じられないものを見ることとなる。



 ――佐渡島へと向かう戦術機母艦群、その先頭の戦術機母艦の中にそれはいた。薄暗い収納スペースの中、片ひざをつき待機する鉄の巨人。日の下では映える銀の装甲もただ鈍い光をかえすのみ。
重光線級の一撃がその艦に迫りこようとするとき、その巨人の瞳に赤い光が宿った。



「っ! フレイム1出るぞ!」
 彼がいるのは戦術機母艦群の第二列目の母艦。上陸地点に重光線級が現れたことにより、発せられた第一級レーザー照射警報。このままここにいたら艦とともに運命をともにすることになる。戦う前から死ぬなんて御免だ。そう考えた衛士の多くは、ここから佐渡島までNOEで近づくことを決める。こちらに照射粘膜を向ける重光線級。もはや一刻の猶予もない。そしていざ飛び立とうとしたとき、その彼らに通信が入った。

『――まだ動くな!!』
『『『『『!?』』』』』

 若い男の声だった。そのあまりの迫力に一瞬の躊躇。だが、それが致命的な隙だった。しまった、と思った時には幾筋ものレーザー光。後悔ばかりが頭のなかをよぎる。先頭の艦にレーザーが照射されたそのときだった。すべてを溶かしつくす破壊の光。それなのに、

 ――そのレーザーが……‘曲がった’。

『『『『『なっ!?』』』』』
 誰もが驚愕の声を出す。なにかに阻まれたようにレーザーは進路を変更。遥か空の彼方まで飛んで行ってしまった。
 自分は夢でも見てるんじゃないだろうか。目の前の出来事が信じられなかった。
『だ、第二照射来るぞぉ!!』
「!」

 再び突き刺さるレーザー。だがまたしてもそれは‘曲がった’。
 ここまでくればこれは夢ではない。人類の誰もが夢見た。レーザーの無力化。国連軍はそれに成功したというのか。
 そのとき、岸一帯に戦闘艦からの支援砲撃の嵐が舞い降りた。一掃される重光線級。
『今だ! 全機突っ込め!!』

 さっきの男の声だった。
『CPよりウィスキー部隊、各機出撃せよ、繰り返す、各機出撃せよ!』
『『『『『―――了解ッ!』』』』』
 あれがなんなのか。それを今考える必要はない。必要なのは「レーザーが曲がった」という純然たる事実のみ。
本当に勝てる。そんな考えが生まれた。

 全力NOEですぐに佐渡島に近づく。そしてついに自分たちも佐渡島の土を踏んだ。
 海神のすぐ隣に降り立つ。

「スティングレイ1、御苦労だった! この先は我らに任せてくれ!」
『佐渡島を……いや、日本を――!』
「ああ、取り戻そう! ――全機続けぇ!!」
 戦友(とも)と言葉を交わし、戦場へ。長刀を掴みさっそく目の前のBETAに切りかかった。さあ、我らの戦いが始まった。



「す、素晴らしい!」
 作戦旗艦、最上。その中で艦長である小沢はさきほどの光景を見て、そう言葉を漏らしていた。かつて、戦場においてこれほど興奮したことがあっただろうか。それだけ、さきほどの光景は衝撃的だった。
「‘A-03’ラザフォード場(フィールド)広域展開成功しました。歪曲率許容値以内です」
「ピアティフ、あと1分でA-03の艦を後退させて……十分下がったら主機を落とさせて」
「了解しました……HQより告ぐ――」

「A-03……いやはや、あなたは本当にすばらしいものをつくってくれました」
 小沢は横に立つその女性に礼を述べた。だが、その女性―――香月夕呼は先ほどの光景に特に心動かされた様子もなく、淡々と答えた。
「提督……作戦はまだ始まったばかりです」

「いえ、ですが未だ嘗て、これだけ兵力を消耗させずに上陸を成功させた作戦があったでしょうか……!」
 少なくとも自分の記憶にはない。長年にわたり人類を苦しめ続けてきた忌まわしき光線級。その攻撃を防ぐ手立てがなかったからだ。
 だが、さっきのあれはどうだ。あの忌まわしき光を防いだのだ。香月博士があの陣形にこだわっていた理由が分かった。彼女はレーザーを一か所に集中させたかったのだ。そのおかげで、上陸作戦としては異例の損害の低さで戦術機を戦場に送ることができた。

「ウィスキー部隊、旧八幡新町を確保! 部隊損耗3%!」
 早い。作戦予定よりも十数分も早くに確保できている。しかも損害率が異常なほど低い。これが新OSの力か。
「ウィスキー部隊、旧河原田方面へ移動を開始!」
「阿部君、支援砲撃位置を旧千種に変更。BETAを高瀬方面に追いやってくれ!」
『はっ、了解しました! 目標旧千種方面に変更! ―――ってぇ!』
 ここから先は我が帝国の将兵の力を信じるのみ。
「弾着確認―――!」



 両津港沖。
『ヴァルキリーマムより各機―――エコー揚陸艦隊は現在、両津港跡に向け最大戦速で南下中。戦域突入まで―――』
「!」
 涼宮中尉の声だ。自分たちの乗った艦が戦場へと近づいている。
『揚陸艦隊の被害軽微、作戦の続行に支障なし! 轟沈22、うち戦術機母艦11……』

「!?」
 信じられないほど損害の低い数値だ。冥夜は自分の記憶を掘り起こして、今まで座学で習ってきた数々の作戦のことを思い出した。しかし、そのどれもが作戦開始と同時に甚大な被害を被っていたはずだ。しかし、この数値はなんだ。いったい向こう側ではどんなことが起こっているのか。

『HQよりウィスキーアルファ。旧高塚まで南下しつつ戦線を維持せよ!』
 ……月詠や神代たちは大丈夫だろうか。彼女たちの強さは知っている。しかし、戦場において絶対などというものは存在しない。どうか、無事で……、
『――ヴァルキリー1より中隊各機。エコー部隊の両津港上陸も近い。各機緊急事態に備えろ』
「!」

 ウィスキー部隊の陽動で、多くのBETAが南に引きつけられているとは言え、佐渡島の上ではどこからでもBETAがでてくる可能性があるのだ。
『いつレーザー照射がくるとも限らない! いつでも発進できるようにしておけ』
「『『『『――了解ッ!』』』』」
 A-01全員の声が重なる。それは自分も含めていつも以上に気合の入った返答だった。

『甲21号目標より、師団規模のBETA軍出現、ウィスキー本隊を目標に南下中』
 今のところ陽動はうまくいっているようだ。
『――HQよりエコー艦隊。現時刻を以て作戦はフェイズ3に移行。砲撃を開始せよ!』

 フェイズ3、両津湾沖に展開した、アイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、イリノイ、ケンタッキーの五隻を基幹とする国連太平洋艦隊と大和・武蔵の二隻を中心とする帝国艦隊第3戦隊が制圧砲撃を開始。その後、エコー本隊が揚陸を開始。つまりはついに自分たちの出番だ。
 聞こえてくる幾度もの砲撃音。

『――HQよりエコー揚陸艦隊。全艦艦載機発進準備! 繰り返す全艦艦載機発進準備!』
 ――来た!
 その言葉と同時、機体がリフトで持ちあがる。上から下へと移動する景色の中、集中力を研ぎ澄まさせる。ここから先は死と隣り合わせの戦場。一瞬の隙が死を招く世界。
 艦上に出ると、同じようにA-01の機体が、また他の艦上にも多くの戦術機が並んでいた。壮観とも言うべきその光景。戦艦からの砲撃が空気を震わせる。これが戦場!

『エコーアルファ1よりHQ! 全艦艦載機発進準備良し!』
『――HQ了解。全機発進せよ! 繰り返す、全機発進せよ!』
 力強い発進の合図。

『――行くぞヴァルキリーズ! 全機続けぇっ!!』
「『『『『――了解ッ!』』』』」

 跳躍ユニット最大出力。伊隅大尉の後に続いた。視界に入るのはあちこちで黒煙の上がる佐渡島、そして遥か遠くにそびえたつハイヴの威容。
 島が近づくにつれて、BETAのおぞましい姿が見えてきた。
「……!」
 生まれて初めて見る実物のBETA。シミュレーターのデータなんかではない。質量をもった本物の化けものだ。だが、恐れることはしない。やつらをこの世界から排除するために今まで精進してきたのだから。

 佐渡島に降り立つ。周囲にも同じようにヴァルキリーズの面々が降り立った。すでに戦闘は開始されている。
『私たちはこれからエコー本隊とは別行動をとり、A-02砲撃地点に向かう』
 A-02――鑑の乗る凄乃皇弐型のことだ。今回の作戦の目玉。香月副司令は帝国軍も極東国連軍もすべては凄乃皇の護衛と言っていた。それほどまでに、今回あの兵器は期待されている。それを守るのが自分たちヴァルキリーズの役割。
『途中のBETAはすべて喰らい尽くせ!』
『B小隊、先陣を切るのは私たちよ! しっかりついてきなさい!』
『『「了解っ!」』』

『白銀の教導に報いる働きをしろ! 全機いくぞ!』
 私たちの戦いが始まった。



「こっのぉ!」
 ヴァルキリー6、柏木は目の前で大型種の相手をする突撃前衛のために彼女たちに群がる小型級BETAを支援突撃砲で適格に撃ち殺した。弾倉をすぐさま交換。戦場を見まわし、誰を援護するかを決める。
 その前に自分に向かってくる二体の突撃級の存在に気づいた。跳躍前宙でその突進をやり過ごし、後ろからすぐにその柔らかい背面に突撃砲を数十発撃ちこむ。すると、音を立てて、突撃級は崩れ落ちた。

『やぁっ!』
『せいやっ!』
 みんなの気合の入った声で通信機ごしでも気迫が伝わってくる。私たちがここまできたルートを確認するのは簡単だ。BETAの死体をたどればいいのだから。
 それにしても、すごい。つい3か月前までは考えもできなかった機動。先月行われた新潟防衛線、そのときよりも確実に力が付いている。私たちはいったいXM3を手に入れてからどれだけ強くなったのだろう。

『左翼の13体を片づける! C小隊ついてこい!』
「了解ッ!」
 作戦は順調すぎるほど順調。散在と存在するBETAたちには組織的な動きはまだ見られない。規模でいう小隊から中隊ほどで散発的に私たちに攻撃を仕掛けてくる程度だ。

 そしてその戦闘の中、元207B分隊の面々の活躍はすばらしいものだった。とても初の実戦とは思えない。そして後ろからみているとわかるが、彼女たちの動きのところどころに白銀の面影を見ることができるのだ。いや、彼の本来の動きと比べるとはっきり言って雲泥の差なのだが、大元というのだろうか、彼女たちの雛型とでもいうべき動きが白銀のそれなのだ。

 自分たちとは違い、昔の戦術機概念から戦術機操縦に入らなかったのも原因だろうが、それよりも訓練時代のときからずっと彼の指導を受けてきたことが大きい原因だろう。
「……ちょっと妬ける……かな」
 戦闘中にも関わらずそう呟いていた。A-01部隊の戦力増強のために彼女たちの早期任官が必要だったというのはわかるのだが、それでも自分たちより彼女たちが優先されたように感じてしまった。

(嫉妬……かな?)
 元B分隊組が白銀を多少なりとも男として意識しているのは、はたからみていると丸わかりだ。鑑は言わずもがな。最近では風間少尉、茜なんかも怪しい。そんな中、自分はどうだろうか?
(ん~……よくわかんないや)

 柏木はすぐにその思考を破棄した。今は作戦中。この作戦を成功させることだけを考えればいい。
 このまま、A-02――鑑の乗る凄乃皇弐型のテストが完璧に行き、あの兵器が実戦配備されることになれば、弟たちは闘わなくてすむのだろうか。
「そのためにも、絶対成功させないと……ヴァルキリー6、フォックス3!!」



「はぁっ!!」
 右腕に装備された92式多目的式追加装甲の先端が折れ曲がり、拳を覆う補助武器となる。目の前の突撃級の死骸をよじ登ってきた戦車級をそれで殴り飛ばした。六角形のリアクティブアーマーが戦車級の正面をとらえる。肉の拉(ひしゃ)げる音とともに高く飛ばされる戦車級。それが200mほど前方に落ちた時、周囲にBETAはいなくなっていた。

『B小隊16体の要撃級を撃破――増援なし。襲撃は組織的に非ず』
「ヴァルキリー1(伊隅)了解。補給は各隊隊長の判断で行え」
『ヴァルキリー2(速瀬)了解』『ヴァルキリー3(宗像)了解』『ヴァルキリー0(神宮司)了解』
 伊隅は各隊に指示を出しながら、周囲を全方位警戒。突撃級の死骸に隠れた光線級などがいないとも限らない。部隊の隊長として、部下のため、任務のために万全を期す。

 そうしながらも各隊員――特に元B分隊組のバイタルデータに目を走らせた。初めての実戦がこのような大規模作戦。砲弾音が支配し、目に入ってくるのはBETAのグロテスクな姿。またここにいたるまで、自分たちもほかの隊の戦術機が無残にもBETAに破壊される光景を少なからず見ている。そのような状況にあって、衛士――とくに新兵というのは、身近に迫る死の恐怖などの過度の戦闘ストレスによって砲弾ショック――所謂シェルショックとなってもおかしくはない。

 だが、自分の機体に入ってくる情報はそれらとはまったくの無縁の状態。戦場ということでいつもの訓練時以上の興奮状態を示してはいるが、それとて戦場の衛士としては当たりまえ。つまりまったく問題がなかった。
(まったく頼もしいやつらだ)
 薬や催眠療法を必要とする者もいない。この死が支配する世界において、彼女たちは冷静だった。

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリー1。 A-02は予定通り進行中』
「ヴァルキリー1了解――ヴァルキリー1より各機、A-02は予定通り進行中だ。進行ラインにはBETAを一匹も近づけるな! 特にプランBの攻撃開始地点には絶対だ」
 涼宮から伝えられたことをすぐに部隊全員に伝える。
「オルタネイティヴ計画直属部隊の意地と名誉に懸けて、帝国と国連将兵の挺身に応えて見せろ。いいな!」
『『『『『―――了解ッ!』』』』』

 今のところ作戦は順調に推移している。帝国、国連両軍に配備された新OSのおかげで正面陽動を行っているウィスキー部隊も12%という損耗率だ。
(ウィスキー部隊、か……)
 この部隊には先日までともに腕を磨き合った月詠中尉たちも随伴しているはずだ。彼女たちのことだ。今までの状況から言ってまず生き残っているだろう。
 だが伊隅には、彼女たちのほかに気になる人物が二人、ウィスキー部隊に配属されていた。
機密保持の関係上直接は聞いていないが、リストを見たときに見つけた二つの名前。

 ――‘伊隅あきら’と‘前島正樹’。

 前者は妹であり、後者は想い人である。いくら帝国、国連両軍にXM3が配備されたとはいえ、正面陽動部隊が一番損耗率が高いことに違いはない。心配でないはずがなかった。
 A-01が秘密部隊であるということから、彼らはこの佐渡島に自分がいることを知らない。それはそれでよかった。彼らが戦闘中にとらわれる事柄が一つなくなったということなのだからだ。
 
 自分でさえ、これだ。あきらなどは若いから余計そのことが安心だった。
 また正樹にも死んでもらっては困る。まだこちらの想いを伝えてはいないのだ。あの鈍感め……。手ごわい3人の競争相手――あきらもその一人だが、自分を含めて4人のアピールにも全く気づいた素振りを見せない。

 周りには完璧主義者などと言われている自分だが、こと恋愛に関しては臆病だった。
まあ、あの二人のことは確かに心配だが、あの娘やあの男、その仲間たちを信じる他にできる事はない。私は私の任務に集中するだけだ。

『――HQより全軍に告ぐ。作戦は第四段階へ移行。繰り返す――作戦は第四段階へ移行』
「――っ! 」
 それと同時にレーダーに映る機影。空から降ってくる一団。

「ヴァルキリー1より各機――第6軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のお出ましだぞ!」
 第6軌道降下兵団――ハイヴ突入部隊。
「――全機、突入殻(リエントリーシェル)の落下に備えろ! 落下軌道予測のデータだけで安心するな!? 敵の迎撃でコースは常に変化するぞ!」
『『『『『――了解ッ!』』』』』

『ヴァルキリーマムより各機――現在、旧上新穂地区への落下軌道を取る突入殻は確認されていない。引き続き警戒せよ』
 その言葉が終わると同時、それは来た。次々と地面に突き刺さる突入殻。それが振動となって自分たちの位置まで伝わってきた。激しく揺れる機体。轟音と地鳴り。佐渡島全体が震えているのではないかと思うほどだ。
 伊隅も直に体験するのは初めてだった。
 これがハイヴ攻略戦――本当のBETAとの戦い。その迫力に言葉が出なかった。


◇ ◇ ◇


「――ザウバー1よりCP。第12層N19『広間(ホール)』を確保――繰り返す、第12層N19『広間』を確保」
『――CP了解。引き続き「主縦坑(メインシャフト)」を目指し進軍せよ』
 佐渡島地下約400mの地点で、第6軌道降下兵団所属のザウバー小隊は薄暗いハイヴの中を行軍していた。再突入殻ここまでの迅速な行動。途中散発的な戦闘はあったものの特に問題もなくここまでやってこられた。

「後続の状況が知りたい。有線データリンクがうまく機能してないらしいんだ」
 有線データリンクを介した通信はノイズが返ってくるのみだ。網膜にも何の情報も映らない。
『――了解。ウィスキーJ、K大隊が第10層までを完全制圧。L大隊がM15「広間」まで到達しているので、もうすぐ追いつくはずだ』
 地上での陽動も異常なまでの損害率の低さで機能しているらしい。地下茎構造(スタブ)内の兵站も第10層まで確立されているらしいので、有線データリンクもすぐに回復するだろう。

「ザウバー1より各リーダー。聞いたな? ゴースト隊はルートスキャン、レザール隊は正面横坑(ドリフト)を前衛警戒」
『――ゴースト1了解』『――レザール1了解』
 すぐさま先行しているほかの隊から返事が届く。この広大な地下トンネル……どこにB ETAが潜んでいるか分かったものではない。
「急げよ。突入してから41分経過している。ルートスキャンは2分で済ませるんだ。残りは全方位警戒だ!」
『『『『『――了解ッ!』』』』』

 通信が一端やむと、戦術機の動く音だけが聞こえるだけの静けさ。‘不気味’なほど静かだった。地表の陽動がうまい具合にほとんどのB ETAを引きずり出した……そう思いたいところだが、そんなに甘くはないだろう。
「フェイズ4ハイヴの最深到達記録は511mだ。記録更新まであと71m……今回俺たちの機体は新OS搭載機なんだ。なんとしても記録を更新……いや、反応炉にたどり着いて見せるぞ!」
『『『『『――了解ッ!』』』』』
 部下の力強い返事を聞いて、戦術機を前に進めようとしたときだった。

『――こちらレザール1! 振動と音紋に感あり! 下だ。下の階層からだ……』
 回線が開いたと思えば、聞こえてきたのはレザール1の切迫した声。その知らせは悪い予感が的中したことを示していた。部隊内に緊張が走る。
『データリンク来てますッ! 部隊内データリンクは正常』
 レザール1 が観測した情報に目を通す。これは明らかにBETA。しかも師団以上の大規模移動だ。

「レザール1、こっちでも確認した! ゴースト1ッ!?」
『スキャンで確定した進行ルートの先から……全ての分岐路の先から終結している!』
「なんだとっ!?」
 絶望的なその知らせ。その知らせを裏付けるようにハイヴ内が振動し始めた。‘やつら’の足音だ。それは次第に強くなっていく。

『いや、まて――それだけじゃない……下の層の全ての縦坑(シャフト)と横坑(ドリフト)を移動しているぞッ!!』
「――!?」
 データリンクシステムによって送られてきたそのデータ。センサーが振り切っている。測定限界値ということは推定個体数――4万以上!

『いったいどこに……そんな数が……!』
「バカ野郎! ハイヴの中は小さいのがうじゃうじゃいるんだ! いちいち数にびびるなッ!」
 数にしり込みする部下をしかりつけた。こと戦場では気持ちが折れたものから死んでいく。それがザウバー1が今までの経験で得た答えの一つだった。

「レザール隊下がってこい! 全部隊でN19『広間』まで後退するッ! 後続と合流して迎え撃つぞッ!」
『『『『――了解ッ!』』』』
 すぐさま後退を指示。4万以上の数を相手にするのはこの通路は狭すぎる。激しく揺れる地下茎構造内。奴らはすぐそこにまで迫っている。もはや一刻の猶予もない。

「ザウバー2、後続のL大隊に状況を伝えろ! ――ザウバー1よりCPッ! ザウバー1よりCPッ!」
『――こちらCP。ザウバー1どうした?』
 上に展開する部隊のためにもこのことを知らせなければ……ついに奴らが動き出した、と。
「13層より下から4万以上の BETAが地表に向けて移動中だッ!」
 だが返ってきたのは絶望的な答え。
『こちらCP。ノイズが酷くて聞き取れない。繰り返せ』
「――だから13層より下から4万以上のBETAが――」

『隊長ッ!』
 部下に通信を遮られた。これ以上いったいなにがあるというのだ。
『お……おかしいです……変な座標に音源が……』
 データを見る。確かに‘変な’座標だった。なぜならそこには縦坑も何もないはずなのだから……まさか奴ら!?
『――こっちでも確認しているッ! 今まで縦坑がなかったはずの座標を上に移動しているんだッ!!』
「……バカなッ!? 新しい縦坑を掘っているというのか!?」
(横浜基地の忠告は本当だったのか!?)

 作戦の数日前に横浜基地から提示されたBETAの特殊行動の可能性。だが自分達はそれを冗談半分に聞いていた。だって今までの数十年にも及ぶBETAの戦いで奴らはそんなことを一度もしたことがなかったのだからだ。
 だが今ある情報。これを整理するとそれが事実だと認めざるを得ない。奴らは掘りながら進んでいるのだ。

「まずいぞ!! ザウバー2全ての突入部隊にデータを送れッ!」
 こんな行動をするなんて、下手したら後ろをつかれた突入部隊が全滅しかねない。
『ダメですッ! 有線は完全に死んでいます!』
「なにぃッ!?」
『コ、CPとの通信が――』

『――うわああああああああッ!?』

 横の壁が大きな音を立てて崩れた。それと同時にその土煙にのまれるザウバー2。そしてそれを踏みつぶし奴らは現れた。
『出やがったなこの野郎ォォォォォ!!』
 興奮した部下が手当たり次第に発砲してしまう。現れたBETAは明らかにこちらの想定以上。
「――バカ野郎! 撃つなッ、同士討ちになるぞ!?」
 だが一度冷静さを失った衛士にこちらの言葉は入ってこない。混乱した奴は簡単に戦車級の波にのまれた。
『ひいぃィィィィ!』
 あの強靭なあごが装甲を次々とかみ砕く音。もうやつは助からない。そして土煙の奥へ消えた。

「――クッ! 各機新OSの特性を生かして、後退しろ!」
 もはやこうなっては陣形なんぞあったものではない。まずはここから生きて逃れることが最優先だ。

「いいか!? 何としても生き残れッ!!」

◇ ◇ ◇

どこか遠くから地響きが聞こえてくる。伊隅機がその動きを止めた。
「……何だ?」
 それは次第に大きくなっていき、地面を揺らし始めた。悪い予感がする。ここまで順調だった分、その想いは強かった。
『――ヴァルキリーマムより各機。ハイヴに先行突入した全部隊が撤退を開始、また数部隊と通信途絶。第一層突入中のM、Nの各隊は地表へ撤退中』
『そんな!?』
 榊の信じられないというような言葉が聞こえてきた。

 それは伊隅も同じだ。あれほどの大部隊が撤退を開始……まさかこんな短期間でそれほどの損害を受けたとでもいうのだろうか。ハイヴ突入部隊は、軍の中でも選りすぐりのエリート軍団。しかも今回の搭乗機はあのXM3搭載機だというのに!
『作戦はテストプランBへ移行。繰り返す――作戦はテストプランBへ移行。A-02の攻撃を以てハイヴの無力化を試みる』

 あれこれ考えても仕方がない。今はハイヴ突入が失敗したという事実だけを認めればいい。
「――ヴァルキリー1了解。A-02攻撃開始地点の確保を継続する」
『尚、ハイヴ周辺の各「門(ゲート)」からBETAが出現中。警戒を怠るな』
 センサーはさっきからずっと測定限界を示している。ということは4万以上の振動発生源があるということだ。それがハイヴから出てきているということはついにやつらが本気を出し始めたということかもしれない。
『現在の所、個体数及び種属構成は不明。レーザー属種の存在を想定した警戒態勢を継続せよ』

 最初の掃討作戦で駆逐したはずのレーザー属種がまだいる可能性もある。
 そのとき、目の前の地面が爆ぜた。そこから飛び出してくる要撃級。
『『『『「!?」』』』』
「――新手の登場だ! 全機、手厚く歓迎してやれ!」
『『『『『了解ッ!』』』』』

「速瀬、宗像ッ! 幸い光線級は存在しないが、数が多い――小隊単位で対処しろ!」
『『了解ッ!』』
すでに作戦開始から3時間が経過しようとしていた。

〈――過去のデータでは、突入から約4時間後には、地上の支配権も奪回されてしまう事が殆どだ〉

 これは新任たちへの初めての講義で、伊隅自身が教えた対ハイヴ攻略戦の実情であった。作戦は順調。だが、なぜだろう。この言葉が頭をよぎる伊隅だった。
                                    つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 24
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/11 02:38

「―――ハイヴ突入部隊、8階層以下の部隊すべてが通信途絶しました! 7階層以上の部隊も撤退中!」
「佐渡島各地からBETAが大量に出現!」
「くっ、まさかこんな短期間に!」
 その知らせに最上艦長小沢は拳を強く握り締めた。佐渡島前景図から次々とあふれ出してくるBETAを表す紅点。それはどんどん広がっていく。それは、まるで兵士の流す血のようだった。

「ウィスキーM大隊は旧沢音に防衛線を構築。N大隊は一度旧平清水まで前進! そこから西進し、その周囲にいるBETAを引きつけよ! A-02砲撃地点に近づけてはならぬ!」
「了解―――HQより告ぐ―――」
 その様子を、夕呼はピアティフの隣に立って見ていた。そして冷静に状況を分析。彼の話によると、ここからがBETAの本格的な迎撃が始まる。

「ピアティフA-02の位置は?」
「……現在新潟県長岡市付近を通過中」
 この佐渡島にはまだ距離がある。その間にいったいどれだけのBETA、特に光線級を減らせるのかが勝負。

 幸いXM3のおかげでまだ致命的な損害は受けていないが、それとてBETAの圧倒時物量、光線級を前にいつまで持つことか……。
しかしまだ‘アレ’を投入するわけにはいかない。彼から与えられた情報では、この佐渡島ハイヴはフェイズ4とは思えないほどのBETAをそのうちに隠していたらしい。‘アレ’の航空可能時間が限定されている以上、なるべく多くのBETAを地表に誘い出したい。またもし、ハイヴを落とせても光線級を逃し、BETAに‘アレ’の情報が伝わってしまえば、それだけでこれからのハイヴ攻略作戦、今回の比ではないほど損害が出てしまう。それに万一にでも‘アレ’と彼という衛士を失ってはならない。
少なくとも敵の第三次大規模増援までは……。

 あいつの記憶がもっとはっきりしていれば対策の立てようもあったのだが、どうにも断片的でいかない。しかしそれを彼に当たっても仕方ない。世界をループするという関係上、虚数空間上に多少の記憶を置いてきてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
だがその中でも彼がはっきりと覚えていた事柄があった。それが、

―――伊隅と柏木の死。

これを語った時のあいつの声や表情や変わらなかったが、拳が強く握られていることを夕呼は見逃さなかった。

 その彼は今、遥か遠くの海。主機も落とし、BETAの観測範囲外。夕呼は一人回線を開く。
「……心配?」
 それに彼はただ、こう返した。
『―――いえ……信じてますから』

◇ ◇ ◇

『くっそぉぉぉ! なんだよ、コイツら!?』
 ウィスキー部隊J(ジュリエット)大隊は地下茎構造の中を‘地上に向けて’全力で突き進んでいた。ついさっきまで第10層までを完全制圧していたというのに、今いる地点は第4階層。BETAの波に尻をつつかれるようにして、大慌てで撤退していた。

順調に作戦が推移していたときのことなんてすでに頭にはない。あるのは地下茎構造の隔壁中を埋め尽くすBETAに対するただ純粋な恐怖のみ。叫び声でもあげながら向かってくれば、奴らが同じ生物という枠内であるということで多少は安心できたのかもしれない。しかし奴らはただ無言。機械のように自分たちを慈悲のない勢いでのみ込んでいった。

「邪魔だぁああああああ!!」
 そしてJ大隊撤退の殿(しんがり)を務める中隊の中に彼はいた。
前島正樹。新OSとの異常な相性から、九州戦線から今回の作戦に選抜された衛士である。彼の操る陽炎は確実にBETAの進行を妨げている。だがその圧倒的な物量の前に個人の力量など微々たるもの。ジリジリと彼らは押されていた。

 正直言えば逃げ出したかった。本当なら衛士なんてやりたくなく、夢であるカメラマンを目指したかった。だが、彼には退けぬ理由がある。彼の後ろには撤退を続けるJ大隊本隊がいるのだ。多くの仲間たちがいる。酒を飲みかわし、この日本を取り戻すことを誓い合った友がいる。部隊の立て直し―――なんとか地上にでるまで踏ん張らなければならない。夢云々も人類が滅びてしまえば意味がない。

「やぁあああああ!!!」
 それに自分には死ねない理由がある。‘あの姉妹たち’に答えを出す前には絶対に死ねない。
弾を撃ち尽くした弾装をすぐさま交換。CANISTER弾を小型種がひしめく地点へ数発撃ちこんだ。CANISTER弾とは120mm砲で用いられる散弾で、その砲弾は空中で分解し、無数の小さな弾となり、高範囲にばらまかれる。
 
その直撃を受けた戦車級や兵士級がその体を無残にも飛び散らせて死に絶える。だが、それを乗り越えやってくる後続のBETAたち。殺しても殺しても湧いてくる。無限とも思える物量に精神がどうにかなりそうだった。

 寸分違わぬその異形。いったいどれを殺して、どれが生きているのか。
『お、おい! 何か変だぞ!?』
 仲間の一人が困惑した声を上げた。
「04どうした!?」
『し、振動と音紋がおかしい!』
 言われてそのデータに一瞬だけ目を向ける。しかし、前にも数万規模のBETAがいる中で、いまさらおかしいなどと言われても……、
「これは……!」

 地下茎構造全体が振動することで気付かなかったが、データは目の前のBETA以外の座標に音源があることを示していた。しかも近い。この座標は―――自分たちが今いる横坑と並行する横坑の……、
「や……ばッ!!」
 その時、自分の後ろの隔壁が吹き飛ばされた。そこに空いた穴から堰を切ったようにあふれだしてくる新たなBETA群。

『ま、回り込まれたぁ!?』
 そんなことは言われてなくても分かっている! 正樹はとりあえず新たに出現したBETAを先に片付けようと反転したときだった。上から降ってきた兵士級が陽炎の頭部にしがみついた。
「―――!?」
 メインカメラを覆う乳白色のその肌。視界はそれでいっぱいになる。正樹は不快感に全身の毛が逆立った。心拍数の異常な上昇。

「っ! どけッ!」
 そいつを右手で無造作につかみブン投げた。そして視界の開けたとき真っ先に目に入ってきたのは、目と鼻の先まで迫る突撃級だった。
「―――っ!?」
 避ける間もなく、その強烈なタックルをその身に受ける。陽炎は付近にいた小型種を巻き込みながら数十メートルを吹き飛ばされた。

「ぐ……かッ!」
 その衝撃で一瞬息が詰まる。メインカメラに走る砂嵐。機体異常を知らせる警報音。
(死ねない! 俺は死にたくない!!)
 メインカメラの致命的損傷で網膜の映像がサブカメラのそれに切り替わる。だが、そこに映ったのは倒れ伏す陽炎の胸部に今にもその腕を振り下ろそうとしている要撃級たちの姿だった。

「―――え……?」

 状況を理解する前に振り下ろされるその腕。拉(ひしゃ)げる胸部。どこかがショートしたのか一度小規模な爆発を起こして、動かなくなる陽炎。その陽炎をのみこむ無数の戦車級。
『ま……正樹ぃいいいいいいい!!!』

―――その陽炎の腕のみが何かを求めるように上に突き出ていた。

◇ ◇ ◇

「てやぁあああああ!!」
 気迫のこもった声。茜は要塞級の触手をかいくぐり、その身を長刀でぶった切った。ねっとりとした紫色の体液をそこから流しゆっくりとその身を横たわらせる60mの巨体。BETA種最大のその要塞級も今の茜の敵ではなかった。

『まだまだぁ!』
 その目の前では速瀬が同じように要塞級を相手していた。迫る触手を切り払い、噴射跳躍。空中で120mm貫通弾を正面から叩きこんだ。頭から接尾まで通り抜けるAPFSDS弾。その一発で要塞級は活動を止めた。見事の一言であった。

『ノロマ!』
『せやぁっ!!』
 また同じく突撃前衛の彩峰と御剣も白銀から叩きこまれた高速機動、またもとから備えていた高い近接格闘能力を駆使して、並み居るBETAをものともせずに美しい戦いの舞を披露していた。

『甘いねぇ』
『フンッ!』
 そのほかの隊員もそう。戦乙女たちはその名に恥じぬ戦いぶりで戦場を支配していた。
『茜ッ!』
「っ!」
 榊の不知火が構えた計四門の突撃砲が火を吹いて、茜の背後に迫っていた数十体のBETAを掃討した。

「千鶴、ありがとう!」
『ボーッとしないで!』
 榊の叱咤が飛ぶ。彼女はそれだけ言うとまた他のBETAに向けてその銃口を向けた。茜も長刀から突撃砲に換え、応戦。すでに彼女が殺したBETAは1000を超えていた。

 そうしてしばらく、
『―――B小隊、BETA掃討完了!』
『―――同じくC小隊掃討完了!』
『―――よし、各小隊レーザー照射に警戒しつつ集結しろ』
『―――D小隊は一度私の指揮下に戻れ』
 各隊隊長の迅速な状況報告、指示。それに隊員たちはそれぞれ答えた。周囲に生き残りのBETAは見当たらない。度重なる襲撃もこの中隊は一機も失うことなく凌いでいた。

『それにしても、また速瀬にしてやられた。3匹も持っていかれるとはな』
『こっちもB小隊に2匹喰われましたよ、大尉』
『いや~部下が良くやってくれましたから』
 速瀬が嬉しそうに答える。‘部下が’という部分を聞いて嬉しくなる茜。自分は初めての突撃前衛のポジションでもうまくやれているようだ。また、それは御剣、彩峰にしても同じ。

『これでB小隊の新人共も一人前の突撃前衛といった所ですか』
『ふふふ……速瀬のお墨付きがやっと出たというわけだな』
『そりゃ白銀と私との愛の結晶ですから~』
『『『『『「―――ぶッ!?」』』』』』
 その何気ない一言に茜、他数名が噴き出した。他数名が誰かは……言わずもがな。まあ、普通愛の結晶などと言われたら、‘アッチ’の方を真っ先に連想してしまうのがこの年頃の子女なわけで、そりゃ白銀だって男だし、部屋にHな本はなかったけど、それならたまっちゃうのも仕方ないことで……でもでも、速瀬中尉と‘そんなこと’になってるなんて今まで微塵も……

『……茜‘たち’分かってる? これ中尉達の緊張をほぐすための配慮だよ?』
「!? とととと当然よ!!」
 柏木の呆れた声で、我に返った。それはそうだ。愛の結晶とはただの言いまわしで、結局は白銀と速瀬中尉の教導のおかげということ。愛の結晶という単語だけでなにをそんなに話を拡大させていたのか。我に返って恥ずかしくなった。

 そんな彼女たちの様子を見て、伊隅は一度だけ表情を和らげ、
『―――よし。全小隊、所定の位置に―――』

『―――大尉、見てくださいッ!』

 風間の緊迫した声がそれを遮った。何かに驚愕するその表情。
『どうした風間!』
 緊急事態だと察した伊隅がすぐさま問いただす。それに風間はこう答えた。
『―――ハイヴ周辺のBETAがこちらに向かっていますッ!!』
『『『『『!?』』』』』
 どういう事ッ!? 何で私たちの方へ? レーダーを見ると、紅点が一斉に自分たちのいる方向へ動いている。その方向を見る。あまりの数で地面がみえないほどの大部隊がこちらに移動を開始していた。

『―――まさか陽動部隊は全滅したんじゃ』
『ええっ! そんなっ!?』
 それは実質この作戦に参加した兵力の大半が失われたということ。鎧衣の言葉に、珠瀬が信じられないと声を上げるのも仕方ない。
『いや、違う!』
 麻倉が言ったとおり。違う。マーカーはまだ生きている。陽動部隊の大半は健在だ。でも、ならどうして!

『副司令の予測が当たっていたということだ! うろたえるな!』
 困惑する一同に伊隅の叱咤が飛ぶ。それにより冷静さを取り戻す一同。
 ―――副司令の予測。それは凄乃皇二型に使われているML機関がBETAをひきつける可能性が高いということ。
「とにかく……戦うしかない! 攻撃開始地点は絶対に守らなきゃ!」
『そうだ。私たちが任務を達成することが、先に逝った者たちに報いる唯一の方法だ!』
 茜の言葉に御剣が同意した。

『攻撃開始地点手前2000mにある、新穂ダム跡に防衛線を構築するぞ!』
 そこにはあらかじめこのような事態になったときのために補給コンテナが敷設されているはずだ。

『ヴァルキリー1よりHQ!  BETAがパターンδの動きを見せた! 支援砲撃要請!!』
『―――こちらHQ……こちらでも確認した。当該エリアへの支援砲撃を最優先する』
『ヴァルキリー1了解。感謝する』
 それだけで片付いてくれれば楽なのだが……。



「―――HQより全作戦艦隊へ告ぐ。全ての支援砲撃目標を直ちに指定座標へ変更せよ!」
『―――了解!』
 HQからの命令ですべての艦隊の支援砲撃目標が当該エリアに変更される。
『全艦一斉射撃―――ってぇ!!』
 金属の塊が火薬に押し出され飛んでいく。それが当該エリア上空に達したとき、空が白い閃光で埋め尽くされた。

「!?」
 空中で撃ち落とされる砲弾。そのほとんどが地表に存在するBETAに届いていない。
「―――砲弾撃墜率70%! BETA群は依然A-02攻撃開始地点に向け、平均時速60kmで侵攻中」
「光線級、重光線級共に個体数不明。撃墜率から見ても100体は下りません」

 その知らせに夕呼は唇をかんだ。
「まいったわね……レーザー種をそんなに温存していたなんて予想外だったわ」
作戦開始と同時の艦砲射撃である程度は数を減らせていたと思ったのだが、まさかここまで残っていたなんて。

「―――真野湾一帯に数個師団規模のBETA群出現!! ウィスキー部隊が二分されました!」
「何ですって!?」
「エコー本隊前にもBETA出現!!」
 パターンδに加え、まさかBETAがこんなに一気に増援を送り込んでくるとは……!

『―――展開が早い。 奴らXM3にびびってますね』
「びびってるかびびってないかは別として、このままじゃやばいわよ! 支援砲撃はA-01のほうに集中させないといけないんだから!」
『こうなったらこっちの判断で動かせてもらいますよ』
「……ええ、そうしてちょうだい。あなたのほうが戦場を知っているのでしょうしね」

◇ ◇ ◇

『くそっ! なんでこっちには支援砲撃が来ないんだ!!』
『ぼやくな! 来ないものは仕方無い!!』
 仲間たちが動揺する中もその衛士は一人冷静に数多くの敵を屠っていた。突然のBETA増援で孤立してしまった小隊。周りをBETAに囲まれながらも新OSと、長年の訓練で培った連携で命を繋いでいた。
だが、やつらの包囲網はじりじりと狭まる。補給コンテナも周りにない以上、今の装備で切り抜けるしかない。頼みの支援砲撃はさっきから遠く離れた空に集中していた。

「ふッ!」
 その衛士はかつて負傷し、衛士の道は閉ざされたかと思われた。しかし、強靭な意志と必死のリハビリで再び戦線に復帰。先日配備された新OSでも目覚ましい結果を叩きだしていた。
 何が彼をそこまでさせるのか。仲間はそれを尋ねた。男は「ある女性の一番好きな風景を取り戻すために」とそう答えた。

 その女性も今は国連軍に所属している。この作戦には参加していないようで、安心した。自分が生き残ることに専念できるのだから。
 その時、警報がけたたましい音を立てて鳴り響いた。それと同時に目に映る第二種光線照射警報。ついでに、違った警報音と視覚的情報で知らされるレーザー照射。
 自分の機体に4本の閃光が迫ってきた。戦術機がオートで自律回避モードに入り、今までの機動をキャンセルして、急な機動をとった。自分が予測もしない方向に一気に引っ張れるGでうめいた。

 なんとか着地した時には網膜に映る戦術機図の足もとが赤く光っていた。
(脚部被弾!? 右の跳躍ユニットがやられた!?)
 すぐに足もとに群がってくる戦車級。推進剤が漏れている。出力が一定以上に上がらない。
「くっ!」
 だが上に逃げる以外に道はなく、その不完全な状態で機体を飛び上がらせた。しかし左右で出力の違う跳躍ユニットに振り回される。

 機体操作を誤り、BETA群のど真ん中に着地してしまった。突如自分たちのテリトリーに入ってきた格好の獲物にBETAは群がる。背後からの要撃級の一撃が機体の足を完全に持っていった。
「なっ!……ぐぅ!」
 無様にその身を地面にこすりつける機体。もう動けない。自分へと向かってくる突撃級を目にして、悔しさに涙を流した。

(嵐山の―――あの燃えるような紅葉の風景を奪った奴らを……この手で―――)
 死を前にして、脳裏に浮かぶは愛する女性のその姿。
「み……さ……」
 そこへ突撃級の容赦なき突進。慈悲などBETAにあったものではない。

―――BETAは愛する者の名を呼ぶことすら許してくれなかった。


◇ ◇ ◇


 阿鼻叫喚の死の戦場。そこに「烈士」という文字が書かれた不知火が同じく数機の不知火を連れ、戦場を馳せていた。ウィスキー部隊所属―――沙霧尚哉である。
 その沙霧は戦場で一機の錯乱する撃震を見つけた。
『うわああああああああああああッ!!!!』
 甲高い叫び声。若い女だった。手当たり次第に撃ちまくるその姿は、どう見ても冷静さを欠いている。たった一機という状況も変だった。
「落ち着け、貴様!」

 彼女に群がっていた突撃級を後ろから切りつけ、同時に回線を開いてどなりつける。
『―――ッ!?』
 こちらの声に反応した。網膜に映るその姿はまだ少女のもの。整った顔だったが、その頬には涙の跡が幾筋もあった。
「私はブレード小隊所属の沙霧尚哉大尉だ! 貴様は?」
 まずは、名と所属を言わせることで、落ち着かせ、正常な判断能力を取り戻させる。その少女は震える声で言った。

『ボ、ボクはクッ……クラッカー小隊所属のい、‘伊隅あきら’少尉……です』
「よし、伊隅少尉……ほかの隊員はどうした?」
 その問いに彼女はビクリと体を震わせ、一度は引っ込んだ涙を再び流しだし、
『隊長や……みんなは、ベ、BETAに……BETAにッ……!』
「……わかった……もういい」
 嗚咽の混じり始めた彼女を沙霧は止めた。年端もいかない少女に目の前で見た仲間の死というのは凄惨たるものだったろう。だがここが戦場である以上、そのような甘さが許されるものではない。

「貴様はこれから私の指揮下に入れ……生き残りたければついてこい」
 返事を聞く前に部下から通信が入った。
『―――隊長! 10時方向から突撃級13、要撃級8、他数百体来てます!!』
「くっ!」
 まだこの少女は冷静さを取り戻してはいない。戦わせるわけにはいかない。

「伊隅少尉はここに! ―――5分で片づけるぞッ!」
『『『了解ッ!』』』
 大きく飛び上がった。時速90km超でこちらに突進してくる突撃級。こいつと正面からやり合うのは弾と時間の無駄だ。とりあえず前衛のこいつらは無視して、その後ろに追随する要撃級の顔にも見える尾節に36mmを打ち込んだ。グチャッという柔らかいものと液体がつぶれ飛び散るという不快な音を立てて、奴らのその身に突き刺さる弾丸。

 装備を長刀に換装。突撃級をギリギリまで引きつけ、サイドステップ。敵の旋回能力の低さを利用して、あっという間に背後に回り込む。そしてその柔らかい背面を両手で構えた長刀で二度三度と切りつける。飛び散る血潮。黒い刀身にBETAの赤紫の血がベッタリとついた。それを振り払い、次の敵へ。
 そうして、襲ってきたほぼ全てのBETAを殲滅したときのことだった。

「―――全機全方位警か……っ!?」
 センサーがけたたましい音をたてて反応。それと同時、地の底から響くような―――いや実際地の底から響いてくる音。まずい。そう思った時には、BETAが地中から姿を現した。数百体規模の奇襲だ。
『くそっ! 休む暇もねえのかよ!』
 だが部下は迅速に動いた。さすがは自分とともに数々の作戦を生き延びただけはある。だが、問題は彼らではなかった。

『―――さ、沙霧大尉ぃ!!』
「―――!?」
 耳をつんざく伊隅少尉の悲鳴。慌てて機体を反転させ、その目に入ってきたのは、数十体の要撃級と無数の小型種に囲まれる撃震の姿。
『いやだぁあああああああ!!!』

(っ! なぜ彼女のことを失念していた!?)
 自分の視野が狭いことを痛感。彼女は完全に錯乱している。今一度奴らのおぞましい姿を目の当たりにして、仲間の死がフィードバックしたのかもしれない。
 今すぐ助けにいかなければいけない。

「02、ここは頼むぞ! 私は伊隅少尉を―――ッ!」
 突撃級が沙霧の行く手を阻んだ。慌ててその上を飛び越えようとしたら、光線級からのレーザー照射。機体が自律制御で、緊急回避を行った。
「邪魔だ! どけぇッ!!!」
 即座にマニュアル操作に切り替える。だがBETAはその物量によって沙霧と伊隅の間に壁をつくる。越えられない壁。

『く、来るな……来るなぁああああああ!!』
 その間にも追い詰められていく撃震。それを見て、沙霧の頭の中をよぎるのは今までみてきた数多くの仲間の死。
「この私に……また一人の死を背負えというのかBETAめぇ!!!」
 だがその叫びもむなしく、奴らには通じない。群がるBETAを切り殺し、なんとか彼女のもとへたどり着こうとしていたときだった。
『―――ヒッ!』
 その一瞬、激震に振り下ろされる要撃級の腕が見えた。
「い、伊隅少尉ぃ!!」

―――その時、青き影が撃震のもとへと飛び込んできた。

『……え?』
 呆けた声を出す伊隅の撃震の前には両腕を切断された要撃級がいた。
『はぁッ!!』
 飛び込んできた青き影は、烈火の如く勢いで周囲のBETAを駆逐していく。そしてその周囲に新たにやってきた赤と黄の武神。要撃級を切り裂き、多数の小型種を両手に構えた突撃砲で容赦なく蜂の巣にする。種類にこだわらず、すべてを駆逐するその姿。その素晴らしい戦いぶりに一瞬言葉を失った。

「た、武御雷……!」
 ものの数分とかからずにBETAを掃討し、そして青の機体を先頭に、赤、黄、白、黒という荘厳たる面々が立ち並んでいた。
 グロテスクなBETAの死体が散乱するなか、その中央に日本を守護する武の神がいた。
『篁! 左翼より近づく一団はそなたの隊に任せる!』
『はっ、了解しました! ―――ホワイトファングス、付いてこい!!』
 黄の武御雷が数機の武御雷を引き連れ、こちらに向かってくる一団に特攻をかけた。

『こ、斯衛軍……?』
 先頭にいた青の武御雷が伊隅機に近づいた。
『どうやら大事ないようだな。そなた、まだ戦えるか?』
『は、はい!』
『よし……そこの隊長機、この者を連れて一度下がるがよい』
 隊長機……沙霧のことだ。だが、沙霧はその命令に答えず、自身の不知火を斯衛軍の指揮官機の前まで持っていき、
「―――恐れ多くも斯衛軍の指揮官にお願いしたい! 私を指揮下に加えてはくださりませぬか」

 その言葉に青の武御雷は動きを止め、回線を開いてきた。網膜に映るその姿は20代の青年のもの。沙霧も見覚えがある、五摂家の一つ、斑鳩の家の者。
『……そなた、名は?』
「はっ、沙霧尚哉と申します!」

『沙霧……聞いたことがある。帝都守備連隊のエースがなぜこの作戦に?』
「此度の戦い、自分にはその真意を見定めねばならぬ者がいます。そのために自ら志願いたしました」
 ‘あの男’―――彼があの日言ったことが戯言ではないと確かめねばならない。そして、彼の数々の所業を見てきて、彼を信じたい自分がいる。
「私はこの国のためにも最前線で戦いたい!」
 強く言い放ち、彼の眼を正面からとらえた。

『……その「烈士」という文字……ふっ、信念を貫き通す男子か……』
 不知火に書かれたその文字を見て、その言葉の意味を考える斯衛の指揮官。そして、沙霧の瞳の奥にある意志の強さに気づいたのだろうか。

『―――よかろう。これよりそなたは私の指揮下に入れ』
 随伴の許可をいただいた。
「はっ、ありがとうございます!」
 頭を下げ、それから部下に部隊を頼む。

『―――月詠。鶴翼複五陣(フォーメーションウィングダブルスファイヴ)、全隊に通達せよ。防衛線を押し上げる』
『―――は! クレスト2より第16斯衛大隊各機に告ぐ。鶴翼複五陣で前進せよ』
 沙霧の元にもポジションのデータが送られてきた。
『うむ―――では参るぞ! 皆の者―――続けぇッ!』

 その声とともに主機がうなりをあげ飛び上がる。それに続く沙霧の不知火の隣に、赤の武御雷が並走した。
『まさか貴殿が参加していたとは思いませんでした、沙霧大尉』
 斯衛軍、月詠中尉だ。回線を開いて見たその顔は少し笑っていた。
『あなたが先ほど言っていた者について―――』

「ああ、ひと月ほど前に私の目の前でこのハイヴを落とすと豪語した男のことだ」
『フフフ、私にはそう豪語する男に一人だけ心当たりがあります』
 今二人の脳裏に浮かぶのはたった一人。

(―――貴様は今、この戦場のどこにいる!?)
 沙霧たちは戦場を駆けた。日本を取り戻すために。



「……ふー……」
 速瀬は真っ暗なコックピットの中、小さく息を吐いた。現在いるのはA-02砲撃開始地点から手前2km。峡谷状の地形が残る場所の、両脇の崖の途中に位置していた。
 この場所が砲撃開始地点に選ばれたのは光線級の直接照射数を制限し、姿勢変更なく荷電粒子砲による攻撃が行えることが考慮されている。また、この谷が本土側にあるのも大きな理由の一つである。

 状況から推測して敵の狙いはA-02だろう。どうやってそれがわかったなどと、そんなことはBETAにしかわからない。考えたって無駄だ。
 光線級がたんまり残っていたということから、伊隅大尉はこの地形を利用した作戦を即座に思いついた。まずは今のように遮蔽物で身を隠し、突撃級の対人探知能力の低さを利用して、敵前衛はそのまま通過させる。その後、戦術機の主機を起動。まんまと通過した突撃級の柔らかな背後を取るというわけだ。

 その後、全力支援砲撃の重金属運の発生とともに速瀬たちB小隊が援護を受けながら、敵本陣へ突撃。A-02が到着するまでに辺り一帯の重光線級を片っ端から血祭りに上げる。大まかな作戦はこの通りだ。

 主機を落としたコックピットの中は光の一切無い暗闇。自分の手すら見えない。すぐ近くにBETAがいると思うと気持ちのいいものではなかった。だが、部下の前で弱みは見せられない。速瀬は震えを抑え込むため、一人、心の中で彼の名を呼んだ。
(……孝之……)

 その時だった。
『―――全機起動ッ!! 繰り返す―――全機起動せよ!!』
「っ!」
 力強い遙の声。

 すぐさま主機に火を入れた。ものの数秒とかからず復活する網膜映像。
「!」
 真っ先に目に映ったのは、自分たちのすぐ傍を素通りしていく突撃級の群れだった。
『―――AC小隊各機兵器使用自由ッ!』
 伊隅機が大きく前に出た。

『―――喰い放題だ! 一匹残らず平らげろッ!』
『『『『『―――了解ッ!』』』』』
 A-01各員がそれに続き、各々両手に構えた突撃砲を、わざわざこちらに向けてくれた突撃級のその柔らかい尻めがけて、全機一斉射撃した。突然の後ろからの襲撃でなすすべなく倒れていく突撃級。峡谷の狭さも手伝って、反転しようにも反転できない状態であった。

 それと時を同じくして、海上からの艦砲射撃。すぐさまレーザーに撃ち落とされるが、それによって濃密な重金属雲が発生。
『―――C小隊反転ッ! B小隊突撃せよッ!!』
『『『「了解ッ!」』』』
 部下に叫んだ。

「B小隊! 突撃前衛(ストームヴァンガード)の力を示せ! ヴァルキリーズの名をとどろかせろッ!!」
『『『了解ッ!!』』』
 突撃前衛は戦乙女の剣。前に立ちはだかるものをその剣を以てすべてなぎ払う。さあ、私たちに切り殺されたい奴は誰だ!

 速瀬は足もとに群がる小型種は無視して、一番近くにいた重光線級に向かって突撃した。こいつはさっき支援砲撃の迎撃のために空に向って撃っているため、再照射まで時間がある。
「でやぁああああああ!!」
 長刀の切っ先を向け、水平噴射。瞼のような防御皮膜が下がる前にその瞳に長刀を深々と突き刺した。手を持ち替え、刃を立てて、上に振り抜く。その傷口から多くの体液を流して、重光線級は倒れ伏した。

「まだまだぁ!!」
 鬼人の如く、その不知火はBETAを蹂躙した。これが突撃前衛長(ストームヴァンガード1)―――この部隊最強の衛士だ。



―――おかしい。何かがおかしい。
 伊隅がそう思い始めたのは、奇襲作戦を開始してわずか30分が経ってからだった。すでに自分たちA-01は21体の重光線級を倒していた。それとその周囲に群がる何千というBETAを殺してきた。
 だが奴らがこちらに移動を始めたとき、光線級、重光線合わせて100体以上存在していた。今、周囲にいる数では到底数が合わないのだ。

 嫌な……そう嫌な予感がした。
この短期間に20体以上の重光線級を仕留めたという快挙も素直に受け入れられなかった。
得体の知れない悪寒がした伊隅は、レーザーに十分気を払い、機体を大きく飛び上がらせた。そこから戦場を見渡す。すると、遥か後方にそれを見つけた。

―――穴だった。それは大きな……直径20メートル以上はありそうなその穴。それが間隔をあけて、いくつも空いていた。
「―――っ!」
 その時、伊隅はその可能性に考えが至る。

「全機反転し―――」
 それを命令し終わる前に、戦術機が異常な振動を感知した。それは地下深くから、ものすごい速度で上昇してくる。そしてそれは自分たちが戦っている高度を‘追い抜いた’。

「くっ!」
 伊隅が間に合わないとして、この渓谷を挟む岩山の上をにらんだ。それと同時、そこから無数の光線級が湧いて出た。
『『『『『っ!?』』』』』

 峡谷の間にいるA-01を頭上から睨むように、岩山一帯に光線級、重光線級が立ち並ぶ。両側から挟まれた形になるA-01。
 やつらはおそらく、最初の支援砲撃の迎撃を囮として、艦隊が対レーザー砲弾に切り替えている間に半数近くを地下からあの岩山の上へと移動させたのだ。硬い岩盤をおそらくは重光線級を使って、掘り進み、進行に邪魔な自分たちA-01を狙い撃てる格好の狙撃ポジションを手に入れたのだ。
 BETAが戦術を用いた。それは認めたくない事実ではあったが、奴らの動きはそうとしか思えなかった。

―――WARNING:第一種光線照射危険地帯

『『『『『っ!』』』』』
 その絶望的な文字が網膜に映った。



「―――A-01防衛線付近に一個大隊規模のレーザー種出現ッ!!? みんな!?」
 涼宮の悲痛な叫び声。
「っ!」
 そんなに大規模なレーザー種だけで構成された部隊を投入してくるなんて!? 考えられるのはA-02の警戒。作戦開始時に曲げられたレーザーを見て、佐渡島に迫ってくる未知の兵器を数で押そうと考えたのだろうか。また信じたくなかったが、BETAが戦術を用いたというこの事実。
(伊隅たちが……!)

 その時、ピアティフが叫んだ。
「佐渡島‘上空’……機影を確認しました―――!」


 
 頭上から一斉に放たれる光。

 ―――自律回避モード:CAUTION

「ぐゥゥゥッ!!」
 強烈なGが身体にかかる。そのGの強さに誰もがうめいた。
全員の機体が自動制御でレーザーを回避。安心するのもつかの間、自分たちの陣形をみて唖然とする。全員がほぼ一か所にかたまってしまっているのだ。これでは格好の的。だが動こうにも周囲はBETAによって固められている。
上を見ると、その不気味な瞳が自分たちをまっすぐに見つめていた。その瞳が鈍く光り始める。

 重光線級のインターバル約32秒。死の32秒。走馬灯。そんなものが本当にあったのだと実感する32秒。

 伊隅は考える。
(考えろ! どうすれば生き残れる!?)

 宗像は想う。
(こんなところではまだ死ねない!)

 速瀬は睨む。
(孝之を殺した―――あいつらなんかに!)

だが、どこにも活路を見いだせない。時間は刻一刻と過ぎていく。
『―――み、みんなぁ!?』
 その時速瀬の脳裏をかすめたのは死んだ想い人ではなく、生きているあの男。助けを求めた。
(ダメ……白銀ッ!!)
‘死’
 誰もがそれを連想したときだった。

『―――死力を尽くして任務に当たれ!』

『『『『『っ!?』』』』』
 突如入ってきた通信。この声!?

『生ある限り最善を尽くせ!』
 自分たちに向けて光る照射粘膜。

『決して犬死にするな!』
 一斉に放たれる光。


『―――これが隊規だろ! こんなところであきらめるなヴァルキリーズ!!』
             


 その時、自分たちの目の前に銀色の戦術機が―――‘舞い降りた’。
『『『『『―――ッ!?』』』』』
 まるで自分たちを守るようにこちらに背を向け、大きく両手を広げている。だが、その戦術機に突き刺さる四方八方からのレーザー光線。
「あっ!!」
 誰もが、跡形もなく溶けてなくなったと思った。だが、次の瞬間レーザーが何かに阻まれ、何かの力と拮抗するように見えたのも一瞬、

『―――吹き飛ばせぇ! 伊邪那岐!!』
そのレーザーが―――跳ね返った。
 自らの撃ったレーザーをその身にくらう岩山のレーザー種達。すべてが自らの力によって焼き尽くされた。周囲のBETAが一掃される。

『『『『『な……!?』』』』』
 誰もがそう声を上げた。目の前の出来事が理解できなかった。目から入った情報を脳で処理できない。
 呆然とその機体を見上げていると、そいつがこちらに体を向けた。そのデュアルアイがこちらを捉える。
「こいつ―――!」
 それは忘れもしないあの日―――自分たちが初めて完敗したあの銀色の戦術機。なぜこいつがここに!? それにこれに乗っている衛士―――さっきのあの声は!?

『伊隅大尉、ここを頼む!』
「!?」
 そう言い残して、その戦術機は考えられない速度で、機体を上昇させた。
「待て、白が―――!」
 呼び止める直前、その戦術機は空中で信じられないものになった。



『ぐぅっ! 月詠、左翼が崩れる! カバーにまわれ!』
「無理ですッ! 右翼の防衛線もかろうじて維持している状態です!」
『ぬうぅ!』
 旧沢音防衛線。そこで、斯衛軍第16大隊が押されていた。真野湾付近に現れた数個師団規模のBETA群。その奇襲に武御雷たちもいくつかに分断されていた。

「このままでは左翼が……」
『―――月詠中尉!』
「! 香月博士!?」
 なぜ彼女が通信を……!

『そっちにとびっきりの援軍が到着したわ!』
 え、んぐん? この戦況を覆すほどの数の援軍がどこに存在するというのだ。だが、彼女の声はこの状況に際して嬉々としていた。そのときだった。
『さ、左翼のBETA……攻撃を受け、陣形を崩しました!』
「!? どこだ! どこから攻撃が!?」
 その月詠の声に部下は震える声でこう答えた。
『―――う、‘上’です』

 そして誰もが空を見上げる。
『な……なんだあれは月詠……!?』
 いつも戦場で冷静沈着であろうと心掛けている斯衛の指揮官は驚きを露わに副官にそう尋ねた。
 ‘それ’は空にいた。光線級の支配するこの戦場において空にいた。
「わ……私にもなんなのか……」
 月詠もそう答えるしかない。だってあり得ないのだ―――‘戦闘機’が空を飛ぶなど。

 白銀の装甲。晴れ渡る空にポツリと浮かぶ、あり得ない光景。大きくその羽根を広げ、この戦場を飛翔するそれ。こちらに向け、急降下してくる。機首の下には見たこともない巨大な長砲。そして両翼の下には突撃砲が―――まて、なぜ戦闘機に戦術機の突撃砲が装備されている。
 なぜ戦闘機が飛ぶことができるのか。その疑問をおいて、また別に浮かんできたその疑問。それを月詠が抱いた時、

『―――こちらスカル1、カバーに入る』
 見慣れぬIFFとともに開かれた回線。それを合図にその戦闘機に‘腕’が生えた。
『『『『『!?』』』』』
 続いて足が、顔が、跳躍ユニットが、ガンマウントが―――その戦闘機は戦術機へと変形した。

『あ……あれは……!』
 沙霧大尉が目を見開いている。月詠もそうだ。あの機体、帝都に赴いた時、真耶に見せられた映像に映っていた、あの日帝都を襲った機体。あの男が不問にすることを望んできた事件。

 それは地上に降り立つと同時、背中に構えられた長刀を引き抜いた。それが真ん中から二つに分かれる。
『あの武装も!』
 双刀の振りかざし、銀色の戦術機の蹂躙戦が始まった。

◇ ◇ ◇

「な……なんだったのだアレは……!」
 レーザーを跳ね返す。戦闘機に変形する。空を飛ぶ。何もかもがあり得なかった。冥夜は今まで自分が習ってきた対BETA戦の常識を根底から覆された気分だった。
 周囲にBETAはいない。あの機体がほとんどをなぎ払ってくれて、残りもすぐに自分たちが排除した。
(あの声……聞き間違えるはずがない)

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ! A-02は現在、砲撃態勢で最終コースを進行中!』
 その知らせと同時、
『―――伊隅大尉たち、どいてください!!』
 鑑の声が聞こえてきた。遠くを見ると、こちらにゆっくりと向かってくる巨大な移動要塞―――凄乃皇弐型の姿が見えた。自分達は今凄乃皇弐型の射線上。

『―――全員聞いたなッ! 即時反転し楔形弐陣で全速離脱だッ!!』
『『『『「了解ッ!」』』』』

 あの機体のことはとりあえず頭から追い出して、全力で凄乃皇弐型の元に行く。
『―――A-02レーザー照射受けています! 照射源5!』
「っ!」
 まだ生き残りがいたというのか。凄乃皇に突き刺さる閃光。
一瞬、凄乃皇がレーザーで大破する光景がみなの頭をよぎる。鼓動が勝手に速くなり、拳が強く握りこまれた。あの、人類反撃の決戦兵器が―――。
『最高出力まであと4秒!!』
(鑑ッ!!)
 誰もが、固唾を飲んで見守る中、凄乃皇は―――見事そのレーザーをはじいた。

『『『『『!』』』』』
 それを見て、心の奥底から喜びが込み上げてきた。
『鑑! 機体は!?』
『大丈夫です! 問題ありません!』

『そう、なら思いっきりぶっ放しなさい!』
『はい!』
 鑑と副司令のその会話の後、凄乃皇の頭上にあの銀色の戦闘機がやってきた。自分たちの前で見せた変形とは逆のパターン、戦闘機から戦術機への変形を見せる。

 そして、背中に背負われていた長砲が、肩の下を回り込み、抱えるようにして、ハイヴに向けられた。

『いくぞ! 純夏ぁ!!』
『うん!!』
 凄乃皇弐型の正面が青白い光を発して、放電するような様子を見せた。それは次第に大きくなっていき、

 次の瞬間、その二機から発射された二本の光の槍が佐渡島ハイヴに突き刺さった。


―――――――閃光――――――――――爆炎―――――――――――黒煙―――――――――轟音――――――――――――爆音――――――――爆風―――――――――――振動――――――――――――――。


 それらを乗り越えて、自分たちの目に入ってきた光景。

―――そこにBETAは一匹もいなかった。

「……え?」
 遠くにあるモニュメントが音を立てて崩れ落ちる。それを見て、一瞬の静寂をもって―――戦場が一気にはじけた。
 呆ける自分をおいて湧き上がる戦場。歓声を上げる兵士。その身を震わせ、涙を流す者。
その時、
『……誰でもいいわ。私の頬をつねって……』
 速瀬中尉がそう言った。それに冥夜は、
「……ご自分でなされてはどうかと……」
「……痛い―――夢じゃ……夢じゃないわ!!」
 次の瞬間、A-01の少女たちも歓声を上げた。
『す……ごい―――すごいすごいすごい!!!』
 興奮した珠瀬の声。冥夜も心に何かが込み上げてきて、その感情に知らず涙が流れた。

『―――こち―――……しょぞ―――ケル』
『『『『「―――っ!」』』』』
 全回線通信!? 見ると、あの機体が、この佐渡島においてすべての位置から見えるであろう空へと高く昇っていた。依然、それは光線級に撃墜される様子が全くない。ここまできたら認めるしかない。光線級に撃墜されることのない戦闘機の存在を!

多少のノイズの後、聞きなれたあの男の声と共にその姿が網膜に映った。

『―――こちらは極東国連軍所属、スカル1、白銀武少佐』
 
白銀武。彼を知る者はだれもがその名を口にして、空を行く銀色の機体を見つめた。
 そして誰もが見つめるなか、その一種の神々しさのようなものをまとった銀色の戦術機は空中で大きく手を広げた。

『―――スカル1より全作戦域、全戦闘部隊に告げる。繰り返すスカル1よりこの戦場にいる全ての兵士に告げる……長らくお待たせした―――』
 網膜に映る武は薄く笑って言った。その言葉を聞いた瞬間―――誰もがその身を震わせた。




―――さあ、人類の反撃を始めよう



                        つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 25
Name: テンパ◆790d8694 ID:f5437548
Date: 2013/01/15 01:57

「――アーリャ、調子はどうだ?」
 武は伊邪那岐のコックピットの中、彼女にそう尋ねた。
『まだまだ余裕』
「了解」

 だが、作戦開始時、A-01を助けるときと、かなりの集中砲火を浴びている。これ以上レーザーをくらうのはアーリャのODL劣化から考えても得策ではない。2回目の世界でも夕呼が言っていたラザフォード場制御によるレーザーの反射。これが可能となったアーリャと伊邪那岐でもラザフォード場にレーザーを食らえばそれなりの負担となる。無理をすればまだ大丈夫だが、ここで無理をする必要もない。

 抱え込んでいた長砲を背中のガンマントに収める。
 CPC――Charged Particle Cannon。伊邪那岐に装備された荷電粒子砲のことだ。インターバルは長くて8分。さっき一撃撃ったのでまだしばらくは使えない。加速器の小型化により実現した戦術機用の荷電粒子砲だが、ML機関で発生する膨大な電気量がないと撃つことのできない兵器だ。ML機関によって電力の問題は解決したが、撃つたびに消耗する部品もあるため4発が限界。だが、今回の戦いはそれで十分。
「航空可能時間はあと約14分か……」
 武のそんな呟きに、

『――余裕だね』

「ああ」
 アーリャのその言葉に武は不敵に笑って答えた。そして武はある回線を開いて言った。
「伊隅大尉、凄乃皇のことを頼む、後で合流する」
 今の武は国連軍少佐としての態度をとった。いつもの丁寧語なども今は使う必要はない。
『……聞きたいことはいろいろあるがな、今は了解した』
『白銀ぇ! アンタにはホント言いたいことがめちゃく――』
『たけるさん、その機体っていった――』
『レーザー跳ね返すってどうなっ――』
 その他大勢の言葉は長くなりそうなので途中で切った。武は聖徳太子ではないのだ。大勢の言葉を同時に処理することはできない。

 そしてコックピットの中で一度だけ腕を思いっきり伸ばして体をほぐす。
「さあて、伊邪那岐……久しぶりの全力機動だ。しっかり頼むぜ」
 自分の愛機に話しかける。A-01との最初の戦闘、そのあと帝都での帝都守備連隊との戦闘。どちらもこいつにはストレスのたまる戦いだったろう。
 眼下に広がる戦場を見つめる。これから自分には‘英雄’としての仕事がある。彼らを奮い立たせ、人類の勝利へと導く大役が……。
「行くか、アーリャ!」
『うん!』
 そして今一度全回線通信を開いた。

◇ ◇ ◇

『――やった……やったぞぉぉぉ!!!』
『見たかBETAどもぉ!!!』
『うっ……く……うぅ』
『な、泣くな!! 笑え……っ……笑えよ!!!』
『お前だって……泣いてッ――!』
『すっ……げぇ!! みんな見てるか!?』

 佐渡島。そこについさっきまでその禍々しさを見せつけていたモニュメントは今や黒煙を上げて、完全に崩壊している。
 そしてその崩壊を引き起こしたうちの一機。銀色の戦術機は、佐渡島の遥か上空で、戦場の視線を一点に集めていた。陽光の照り返しでその姿は白く、輝いて見えた。

 ――さあ、人類の反撃を始めよう

 あれに乗る白銀武という人物が言った言葉。それは戦場の誰もを震わせた。それと同時に希望を抱かせた。衛士も砲撃手もオペレーターも衛生兵も整備兵も艦長も隊長も帝国軍も国連軍もすべてだった。それが現実味を伴って言われた言葉だったからだ。
 光線級に攻撃されることなく空を飛ぶその姿。レーザーを跳ね返すという信じられない所業。そして、先ほど見たあの攻撃力。それらをみて、心動かされないというのが無理な話だった。
 今、戦場では誰もが歓喜の声をあげている。

『――帝国軍! 並びに国連軍!!』
『『『『『――!』』』』』

 再びあの男からの全回線通信だった。その声で全員が声をひそめた。あの男の言葉を一言一句聞き洩らさないようにだ。
『空を見ろ!』
 そう言われずとも、誰もが先ほどから空を行くあの機体を見ていた。見とれていた。そこには未だあの機体が大きく両手を広げていた。

『あの光線級に支配されていた空は、今やBETAのものじゃない!!!』
 その晴れ渡った大空にあって神のようにBETAどもを見下ろしていた。
『人類は確実に強くなっている! やつらに対抗する力を得ている!』
 その言葉は今この場においてなんと心強いことだろう。先ほど見たBETAのレーザーを超える破壊の光。圧倒的攻撃力。それは彼らに「人類の勝利」というつい先日まで絵空事だったことを身近に感じさせるには十分だった。

『帝国軍!』
 その声に帝国の将兵たちは今一度彼の言葉に集中した。
『今日は12月16日。あの煌武院悠陽殿下が生誕された日だ』
 政威大将軍、煌武院悠陽殿下。自分たちが忠誠を誓うあの御方。今日は確かにあの御方の生誕日。
『そんなめでたい日に、‘日本が解放された日’という新たな祝日を追加するぞッ!!』
『『『『『―――!』』』』』
 それは自分たちが彼女に送れる唯一にして最高の贈り物。

『極東国連軍!』
 今度は国連軍がその機体を仰ぎ見た。
『この戦いを皮切りに父祖の大地を取りもどせ!!!』
『『『『『――!』』』』』
 今現在戦っている最中もBETAによって蹂躙される故郷。数多くの兵士がそれを取り戻したくて軍に志願した。幾人もの先人たちが挑み敗れたその戦い。我らの悲願。

 戦場にいる誰もが今一度自分の戦う理由に向き合った。

 その時、佐渡島全体が震えた。尋常ならざるその揺れ。その揺れはどんどん大きくなっていき、
『――さ、佐渡島全域から軍団規模のBETA群出現!!!』
 HQからの通信。それと同時、今までにないほどのすさまじい数のBETAが轟音とともに現れた。

『『『『『……』』』』』
 だがその軍勢に恐怖するものは、今この戦場に‘一人’もいなかった。だれもがそれを見て、唇に笑みを浮かべた。「来るなら来い!」と……。
 そしてそのおびたただしい数のBETAを上から見下ろしながら彼は言った。

『――さあ、怯える時間はもう終わりだ。今から全世界に人類がBETAなんかに滅ぼされる種ではないことを証明しよう』
 そして剣を構える。

『守りたい意志があるのなら前を向け!!』

『後悔をしたくないのなら下を向くな!!』

『友を、親を、子を、愛するものを……これ以上やつらの好きにさせるな!!!』
 そしてその剣を振り下ろして、彼は命令した。


『進め!! すべて蹴散らせえええええええええ!!!!!』
 ――ウオオオオオォォォォォォォォォ!!!!
 衛士たちは吠えた。戦術機も主機の上昇をもってうなりをあげた。
 今、彼らを止められるものは誰もいない。彼らは勇猛果敢にBETAを迎え撃った。



「……ついに……人類が……ッ!」
 信濃艦長阿部は、崩れ落ちるハイヴを見て、体を震わせながら涙を流した。あれが崩れる瞬間を何度夢描いてきたことだろう。その度に何度絶望に打ちひしがれただろう。耳に入ってくる衛士たちの雄たけび――なんと心震わせるものだろう。

 父は言った。『日本男児たるもの滅多なことでは涙を見せるな』
 自分が覚えている最後の姿は大陸へと赴くときに見せたその後ろ姿。大陸で散った父の魂に「今だけは……」と、許しを請うた。だが、許されなくともこの頬を伝う流れを、体の震えを止めることができそうになかった。自分はこの日のために生き恥をさらし続けてきたのだから。

「信濃よ……っ……お前も、喜んでいるのか?」
 度重なる砲撃で艦全体が震える。それはこの艦が歓喜の咆哮をあげ、自分と同じように体全体を震わせて泣いているようにも感じられた。
この信濃も、佐渡島が奪われたとき、自分と同じくこの海にいた。奴らにこの島を奪われるその瞬間を見ていた。そのときの悔しさ――身を引き裂かれるような想いはこいつも感じていたのかもしれない。

『……阿部君……この光景を、彼らも見ているだろうか……?』
 大和艦長田所からの通信が入ってきた。その声は、阿部と同じく震えている。
 彼ら――かつてこの地で散った数多の英霊たち。阿部は目を閉じた。
(みんな……見ているか?)
 かつての戦友たちの顔が浮かんだ。脳裏に浮かんだ彼らは初めて自分に笑顔を向けていた。「ああ……見ているよ」と言わんばかりに――。
「きっと……見ているさ……!」
 阿部は確信をもって力強く答えた。

「――艦長! スカル1より支援砲撃要請です!! ポイントSW-53-41!」
『「――!」』
 その声で彼らは我に返った。そうだ、まだ喜ぶには少し早い。本当に喜ぶのは完全にBETAどもをこの日本から叩きだしてからだ。それから彼らの墓前に胸を張って報告に行こう。
 涙を服の袖で拭う。そして強く通信機を握りしめ、佐渡島を睨んだ。

『阿部君!』
「ああ!」
 田所の呼応に力強く頷いた。

 さあ――
「目標変更! ポイントSW-53-41!」
 日本を――
『全艦一斉斉射ッ!!』
 取り戻せ!!!
『「――撃てぇえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」』
 その声に答えるように、海上の戦艦が一斉に歓喜の咆哮をあげた。


◇ ◇ ◇


「っ!」
 月詠の前にあの機体が降り立ってきた。さっきの通信からこの機体には彼が乗っているということは分かっている。そして、この機体が空であの白い閃光を放つ前、崩れかけていた自分たちを救ったときのあの強さ。彼が自分との模擬戦で実力を出し切っていなかったのだと痛感した。圧倒的だった。二振りの細見の刀を駆使して戦場を舞うその姿。斯衛の赤を許された身分でありがながら我を忘れて見入った。そして彼女が見入っている間の数分にBETAの死体がうず高く積った。
 月詠が何かを言おうとしたその時、月詠よりも先に沙霧が回線を開いた。

『――白銀武』
 それと同時、白銀の顔が月詠の目にも映った。
『一月前、私の前で言ったこと、ただその場凌ぎの虚言でなかったことしかと確認した』
 そして頭を下げ言った。
『このような日に立ち会わせてくれたこと……礼を言う』

 それに白銀は、
『あなたが事を起こそうと考えたのも相応の覚悟があってのこと。それをつぶすとなれば、生半可な覚悟であのようなことを口にしたりはしませんよ』
 白銀のその言葉に沙霧はかすかに笑った。二人して口元に笑みを浮かべている。
『それにまだ日本を取り戻したわけではありません。礼を聞くのはそのあとにしましょう』
『――ああ、そうだな』
(う……私も何か言いたいのだが……)
 なんとなく男同士でわかり合っているような中、その中に入っていくことのできない月詠だった。

 白銀と沙霧が目を合わせていたのは一瞬。白銀はすぐに顔をBETAに大群に向け、あの双刀を構えて言った。
『さて、斯衛軍……時間もあまりない……20分だ! 20分でこの一帯のBETAを一掃するぞ!』
「20分!? なにを馬鹿な!!?」
 白銀の無茶な物言いに月詠はたまらず声を上げた。だが白銀はそんな言葉をよそにそのすさまじい速度でBETAに向かいながら、大きな声でこう言った。
『――さあ、斯衛の力を見せてみろ!』
「なっ!」
 そう言われてはやるしかないではないか! 
要求自体はどう考えても無謀なもの。だが、どうしてだろう。前を行く彼を見ると、それが実現するかのように思えてくるのは……。月詠はかすかに笑みを浮かべて彼の後に続いた。



 斯衛軍第16大隊指揮官――斑鳩 湊(みなと)は目の前の白銀色の戦術機に目を奪われていた。まるで舞うように、それでいて鬼人のように敵を屠るその姿。一騎当千。快刀乱麻。この武御雷を超える戦場においての存在感。

『湊様! 危険です!! ここはいったんお引きを!!』
 兵を奮い立たせ、BETAへの恐怖を忘れさせる。そして自ら先陣を切って奴らを駆逐するその姿。それは自分が理想とする姿。将軍家としての責務。
さきの月詠の言葉は斯衛の軍人として、自分――将軍家の縁者の身を案ずるがため。だが、今の湊はその言葉に違和感があった。
 将軍家、責務、今自分がここにいるのはそんなちっぽけな理由ではない。自分の心の奥底にあるもの。そして自分はいったい何者なのか。将軍家? 指揮官? いや違う今の私はそんな小さな枠組みにとらわれない。あの人類反撃の狼煙となる光を見たとき、BETAとともに彼の内側にあるそれらのしがらみも一緒に吹き飛んでいた。

「月詠よ……」
 湊は自分の武御雷に背中から長刀を引き抜かせ、月詠に答えた。
「私は今、将軍家の者などではない……今の私は―――」
 自分はいったい何者か。将軍家、斯衛軍などというものの前提であるその本質。その答えが出たとき、湊は叫んだ。

「――ただ‘一人の日本人’だッ!!!」

『っ!?』
 だから、今この場にいる。一人の国民として、この国を愛するものとして日本を守りたいからだ。
 そしてスロットルペダルをめいいっぱい踏み込んで、機体を突撃させた。

 目の前の要撃級を一刀両断。そして振り向きざまに斯衛の精兵達に命令した。
 
「斯衛軍よ、あの機体に続けぇ!!! 我らの国を取り戻すぞ!!!!」
『『『『『――了解ッ!!』』』』』
 さあ、やつらに今までの借りを数百倍にして返してやろう。
 希望――戦場でそのようなものを抱いたのは、彼にとって初めての経験であった。



 ――戦術機。
 その人類史上最高の戦術兵器と言えど、BETAの物量に対抗するにはこちらも徒党を組むしかない。だがその常識を打ち破る機体が目の前にいた。
 
「……すごい」
 唯依は目の前を駆けまわるあの戦術機を見て、そう言葉を漏らした。
 両手に構えた二振りの細見の長刀。それによって作られるは剣の結界。彼に近づくBETAは片っ端からその命を絶やしていった。
 パワー、スピード、技のすべてにおいてこの武御雷ですら足元にも及ばない。おそらくこの戦場に来て十数分、先の閃光と合わせ、彼は数万単位のBETAをたった一機で倒していることだろう。

 戦闘機になるためか、通常よりも大型化された跳躍ユニット。第三世代機を彷彿とさせるシャープな造形。そして、背中の兵装を邪魔しないように取り付けられている補助スラスター。つい先日までアラスカ、ユーコン基地にいて世界各国の戦術機を見てきた唯依も初めて見る機体であった。

 大型化された跳躍ユニットには、二つの噴射口がついてあった。上の噴射口は跳躍ユニットの角度に合わせ、常にそれの一直線上に噴射している。その下のもう一つは可動型。その可動型の向きによって彼は機体をあらゆる方向へ操っていた。背面の補助スラスターと合わせることで、その機体は体がぶれることなく、BETAの大群の中にありながら、つねにその体をわずかに空いた隙間にすべりこませ、その体をBETAに触れさせることなく戦い続けている。

 彼の本気と言うものを初めて見た。あの帝都での模擬戦なんて比ではない。不知火弐型ですら満足に彼の手足となることができなかったのであろう。衛士と戦術機の完全なる融合というものを彼女は初めて見た。
 たった一機、たった一人で戦況を覆すその存在。彼のような人物を英雄というのだろう。

 その時、彼の背後に迫った要塞級の足を縫うようにして彼を狙う突撃級の姿が目に入った。
「――白銀少佐ッ!!」
 唯依は咄嗟にそう叫んでいた。だが、あの彼に限って心配などというのは不要だった。

 まるで後ろに目があるように、大きく跳躍ユニットを使って飛びあがる。突撃級がさっきまであの機体がいたところを通過していった。そして空中で跳躍ユニットを噴射させ、足と頭の位置がぐるんと入れかわる。いつのまにか、その腕には突撃砲。彼に背を向けた突撃級に向けて、120mm砲弾が撃ち込まれた。
 それを見て、ホッと胸をなで下ろす唯依。しかし、次の瞬間、着地した彼の機体が唯依に突撃砲を向けた。
「え?」
 そして容赦なく撃ち込まれた弾丸。唯依の武御雷の後ろで体中に風穴を開けた要撃級が崩れ落ちた。

「!」
 まったく気づいていなかった。自分の不注意を嘆く唯依の元に通信が開かれた。
『篁中尉……こっちの心配もいいが、まずは自分の身の心配を』
 網膜に映った白銀は苦笑気味に唯依に言った。
「す、すみません」
 その言葉に顔を紅くして謝罪した。目の前にいるのは、つい先日までの少年ではない。この戦場において圧倒的力をもった上官だ。
 彼は、唯依が反省癖を発揮する前に命令した。

『さあ、2時の要塞級5!』
 通信を開いて言うということは「ついてこい」という意味なのだろう。唯依は即座に答えた。
「了解!」
 そして白銀と唯依の後ろに続くホワイトファングス。ついさっきまでの絶望が嘘のように、今は人類の勝利と言う輝きしか見えなかった。その輝きを放っているのは紛れもなく目の前の彼である。
 前を行くその背中。それは、どこか遠き日の父を連想させるものがあった。


◇ ◇ ◇


 真野湾。そこに迫りくるBETAたちを迎え撃つ海神たちの姿があった。彼らの後ろには負傷者や戦闘続行不可能な機体を収容するための戦艦が順次それらを収容していた。海神達が守るのはそれらだ。ここは引くに引けない橋頭堡である。
 その海神達の中にスティングレイ小隊の面々の姿もあった。だがその姿はどれも満身創痍。五体満足の機体なんて一機もいなかった。だがそれでありながら、一機も退こうとしていなかった。

『隊長、その状態では無理です! 一度お下がりください!!』
 スティングレイ2が隊の中でも突出して前にでている隊長機――スティングレイ1にそう言った。その機体は光線級の一撃を右肩に喰らってしまい、その部分が溶接され、右腕が一切動かない状態である。実質使えるのは左肩と左腕の武装のみ。戦力は半減。これでは危険すぎる。
 だがスティングレイ2のそんな言葉にスティングレイ1は怒鳴りつけた。

「――バカ野郎!!! 右腕がなくなっても左腕がある!! 左腕がなくなったら頭突きでも蹴りでもいい!! オレは梃子でもここをうごかん!」
 
 そして左腕の36mmで戦車級の集団をなぎ払い、足もとの兵士級を片足で踏み殺した。
 自分たちの後ろにいるのは数多くの負傷兵。そして目の前では今まさに始まった人類反撃への大攻勢だ。こんなところで退けるわけがない。

 そして、彼の頭をよぎるのはかつての部下たちの顔だ。彼らの死が無駄ではなかったと証明する機会がようやく巡ってきたのだ。ここで退いてしまったら彼らに合わせる顔がない。

 そのとき、彼の視界の片隅に陽光を照り返す何かが映った。慌てて、その方向に目を向けると、あの戦闘機が飛んでいた。各部の装甲が開いて、空からミサイルの雨が降り注ぐ。その直撃を食らったBETAたちは肉体を弾け散らしながら絶命していった。そして、それとは逆の方向。まぶしい光とともに、爆音が届いてきた。そして黒煙が空高く上がる。おそらく、あの巨大兵器のあの攻撃だろう。先の一撃で一体どれほどのBETAが屠られたことか。

 こんなものを見せられて、退いて後方から見ていろなどまっぴらごめんだった。どうせ見るなら最前線。その特等席で――
「――日本を取り戻す瞬間を見させろッ!!!」



 その海神たちが守る艦の甲板。そこでは数多くの破損した戦術機、またはケガ人でごった返していた。すでに医務室のベッドなどというものはすべて占領されていて、廊下や甲板上でも多くのケガ人が手当てを受けていた。衛生兵、軍医はそれらの間をせわしなく動きまわる。

 そしてまた一機、胸部の装甲がひしゃげた撃震が、仲間に担がれるようにして、運ばれてきた。
 そこにすぐ軍医と数名の衛生兵がたどり着く。歪んだ装甲を戦術機が指を入れ、無理やり広げて、そこから腹部から血を流した女性衛士を助け出した。破片が突き刺さったのか、片手で押えた腹部はどす黒い血でべったりだった。痛みで苦悶の表情をうかべている。

 すぐにその衛士を担架に乗せた。この規模の怪我になるとさすがに甲板上で手当することはできそうにない。
 意識が途切れないように、担架で運ばれながらも衛生兵が必至に声をかける。

『では、私は前線に戻る!』
 撃震を運んできた衛士はそう言って、機体を佐渡島に向けた。その戦術機に向かって軍医は拳を固く握った手を突き出した。
「――日本の奪還を!」
 その医者に向けて、その戦術機も右手を突き出し、
『――人類の勝利を!』
 そして戦場に向けて飛び立った。

 それを見送った医者は声を張り上げ、甲板上の重傷者たちに言った。
「てめぇら! 人類の勝利を目の前に死ぬんじゃねぇぞ!! こんなところで死んでみろ!? 一生後悔するからな!」
 軍医は妙なことを言う。死んだら、残りの人生も後悔もないだろうに……。だが、その言葉に怪我人達は痛みに耐えて、軍医に力強い笑みを向けた。軍医の言いたいことはわかる。長きに渡り辛酸を舐めさせられたBETAにやっと人類が一矢報いようとしているのだ。そんな歴史的快挙を前に死ねるわけがない。

 担架で運ばれる振動で、その女性は閉じた目をかすかに開いた。未だ、激痛が腹部を襲う。だが、目を開いた時、空にあの戦闘機がいた。
 痛みを必死に我慢して強化服のヘッドセットに手を伸ばす。そしてかろうじて生きていた強化服の通信で、その回線を開いて言った。
「――日本を……っ……頼みますッ」
 返ってきた答えはこうだった。

『――ああ、任せろ』

 彼女はその言葉に満足すると、静かに目を閉じた。どうか、目が覚めた時、みんなの笑顔が見られますように……。


◇ ◇ ◇


 武は伊邪那岐を使って、空中から佐渡島全域にいる重光線級を片っ端から片づけていた。支援砲撃の着弾率を上げるためと、伊邪那岐と凄乃皇を守るためだ。残り絶対安全航空可能時間はすでにあと2分。これ以上は空にいるのは得策ではない。武は最後の飛行で、防衛線とはまったくの反対。つまりは佐渡島ハイヴ側、BETA群の真後ろに伊邪那岐を着地させた。
「アーリャ、門級隔壁解放」
『うん』
 その言葉で、伊邪那岐内部の門級に特殊な化学物質が注入され、その閉じた体組織が開いた。

 その瞬間、BETAたちの動きに変化が現れる。その半数近くが急遽Uターン。まっすぐに伊邪那岐の方へと向かってきだした。その数、2万以上。現在佐渡島上にいるBETAの約四分の一が伊邪那岐へと向かってきていた。
「おーおー、相変わらず大人気だな、伊邪那岐」
『全然嬉しくないッ!!』
「冗談、冗談」
『む~~~!』

 怒ったアーリャの声が鼓膜を振動させる。今まで門級によって隠されていたアーリャとML機関。BETA達は突如現れたML機関と00Unitという極上のエサに見事に食いついてくれた。
 それを見て、背中から双刀を引き抜き、代わりに突撃砲をマウントする。双刀を二つに分ける。
この双刀が用意された理由は二つ。ひとつは伊邪那岐の超高速戦闘を可能にするため、なるべく軽量でいて肩腕で振り回せる武器がほしかったから。もうひとつはCPC-04によって占領された片方のガンマウントのため、限られた武器数を増やすため。

 だが、ここにきて、その双刀も耐久限界に来ていた。あと要撃級を数体斬れれば上出来と言ったところだろう。だが、この双刀、斬れなくなってからが本領発揮だ。
「アーリャ、‘ラザフォード場形状変化’」
『りょーかい』
 それと同時、今まで伊邪那岐を覆っていたラザフォード場が双刀に纏わりつく。ラザフォード場攻勢制御の一つである。普段、伊邪那岐の体を覆っているのは守勢制御の『鎧』。10年以上のラザフォード場の制御技術研究によって、「二回目」の世界で夕呼が言っていたレーザーを曲げることによる敵への照射――レーザーの反射も可能となっている。空を飛ぶときは通常こちらを利用する。
凄乃皇はラザフォード場を防御に使う。伊邪那岐は防御兼攻撃に使う。伊邪那岐にしてみればラザフォード場も立派な武装だ。

 第一陣が迫ってくるのを見て、武はそれに向けて伊邪那岐を全速力で向かわせた。風を切り裂き進むその姿。
 突撃級の硬い装甲がほんの数メートルまで迫った時、片足で強く地面を蹴り、大きく飛び上がった。前衛の突撃級をとび越え降り立ったのは、そのあとに続く要撃級と小型種の群れの真ん前。
 降り立った直後、目の前にいた二体の要撃級の顔に二本の長刀を突き刺した。長刀を覆ったラザフォード場に要撃級が触れた瞬間、その領域が一気に拡大。二体の要撃級をのみこむ。そしてその急激な重力偏重に巻き込まれた要撃級は、一瞬のうちに元の形もわからないほど、ミンチにされた。グチャっと肉と血の塊が周囲の小型種に降り注ぐ。

「おらよっ!」
 足もとに向けて双刀を一閃。それだけで周囲にいた小型種は細々とした肉の塊になり果てた。
 だがさすがに数が多い。
「アーリャ! この付近に門(ゲート)はないか!? なるべく入口がでかいやつだ!」
『……北西600mのところにひとつある』
「了解」

 武は伊邪那岐の体を北西に向けた。そして双刀を一つにくっつけ切っ先を正面に向けた。
「ラザフォード場形状変化」
 武の頭の中に浮かんだイメージをアーリャが読み取り、その通りにラザフォード場を変化させる。今度は長刀を軸にして、その周囲に巨大な円錐状のラザフォード場が形成された。槍の形をしたそれを正面に構え、スロットルペダルを思いっきり踏み込んだ。

 その槍状のラザフォード場に触れた相手は、そのすべてがミンチと化した。それらを押し分け、ただ一直線に進む伊邪那岐。
 それは、まるで鉛筆で黒く塗りつぶされた紙の上を消しゴムが一直線に進むように、BETAの大群の中に空白が生まれていった。BETAのラザフォード場への干渉で、00Unitにもそれなりの負担がかかるが、凄乃皇の巨体と違い、伊邪那岐は一度に触れあう数が限られてくる。この程度ならまだまだ余裕だ。

 そして進むこと600m。そこに巨大な穴が入口を大きく開いていた。すぐさまそこに飛び込んでいく武。その後ろから、ぞろぞろと大量のB ETAが後を付いてきた。だが伊邪那岐はBETAの進行速度を上回る速度で、地下茎構造内を突き進んだ。地上にそのほとんどが誘い出されたためか、その途中にはまったくといっていいほど、BETAが存在しなかった。
 入口から400mも進んだ地点だろうか。そこで伊邪那岐は反転した。目の前には、入口から伊邪那岐に向かって群がってくる数千体のBETA。地下茎構造内がそのすさまじい数の大移動によって揺れる。

「アーリャ」
『ん……分かってる』
 武は伊邪那岐の腰部に取り付けてあったあるものをつかんだ。S-11―――戦術核にも匹敵する高性能爆弾。それの起爆スイッチを入れて、目前まで迫るBETA群に向けて力の限り投げた。

 ――3,2,1
 そしてS-11が爆発する瞬間、伊邪那岐のラザフォード場が一気に広がり、BETAと伊邪那岐の間に地下茎構造内を塞ぐように壁を作った。
 爆発。
 そのすさまじい破壊力はラザフォード場の重力場に阻まれ、伊邪那岐には届かない。ただし、その分のエネルギーは入口――地上に向けてすさまじい速度で駆け抜ける。入口から伊邪那岐の目の前まで迫っていたBETAすべてがそれに巻き込まれた。しかもそれだけではない。

 地上で門に入ろうとしていた奴らは奥からやってくる爆炎によってその身を焼かれた。衝撃と熱。それらは入口に群がっていたBETAをも吹き飛ばした。門から火柱が上がる。
 これがラザフォード場の応用戦術。ゲートを用いた一種の大砲である。桜花作戦で純夏がとっさに行った行為と同じものだ。まあ、装備していたS-11は一基のみでもう使えないわけだが、今の一撃で少なくとも大小合わせて3000以上のBETAを一気に処理することができただろう。

『CPC充電できた!』
「よっしゃ!!」
 伊邪那岐を地上に向けて加速させた。

 ◇ ◇ ◇

 空中要塞「凄乃皇」。今、その巨体は美しき戦乙女たちによって守護されていた。

『速瀬! 中隊規模のBETAがレッドラインを超えた! B小隊で対処しろ!』
「了解! B小隊ついてこい!」
『『『了解ッ!!』』』
 レッドライン。凄乃皇の荷電粒子砲はその威力ゆえ近距離の相手には使えない。そのぎりぎりの最低射程がレッドラインだ。これを超えたBETAは、凄乃皇に近接武装がついていないため、その護衛のヴァルキリーズが片付ける必要がある。

「彩峰、御剣、左翼の14体はあんた達に任せたわよ!」
『『了解!』』
「茜は私についてきなさい! 右翼の15体を仕留める!」
『了解!』

 その激化する戦闘のなかにあって、突撃前衛長―――速瀬水月が頭の中でさっきからずっと思い浮かべているのは白銀武のその姿。
 レーザー種が自分たちを照射したとき本当に怖かった。目の前にあの機体がいきなり降り立った時は本当に驚いた。そして、その衛士が彼、白銀武だとわかった時……わけのわからない感情が胸の内を支配した。

 あいつが正体を隠して横浜基地を襲ったとき、その時の敗北の悔しさが蘇った。それを秘密にしていたことに対して怒りが湧いてきた。だが、それ以上に――来てくれたことへの喜びが勝(まさ)った。
 だが、それらの感情を整理できていないのが今の彼女の現状だ。今は戦闘中ということでごまかしているが、これが終わった後、横浜基地に帰ったとき、自分は彼にどんな態度で接すればいいのか。怒ればいいのか、礼を言えばいいのか、それともいつもの態度を崩さずにごまかせばいいのか。

(私……どうしたんだろ……?)
 だが、そんなことはこの作戦は終わればたっぷり時間がとれる。そのときに考えればいい。速瀬は頭の中からそれを追い出して目の前の敵に集中した。
「さあ、私に三枚に下ろされたいやつは前に出ろ!」



 そうして戦乙女たちも闘い続けることしばらく。
『伊隅大尉! タケルちゃんが「これから合流する」だそうですッ!!』
『『『『「!」』』』』

 その時、目の前ですさまじい爆発が起こった。既存の戦術機の武装では考えられない規模。間違いなくあの光だ。爆風によって土煙が舞い上がる。
 そして土煙が晴れると、肉片と化したBETAの向こうにあの機体がいた。

『『『『『『「白銀ッ!」』』』』』』『『タケル!』』『たけるさん!』『『『『『白銀少佐!』』』』』『タケルちゃん!』

 みながそれぞれの呼び方でその名を口にする。
 その白銀の戦術機―――彼は‘伊邪那岐’と呼んでいた―――は一度だけこちらにその目を向けた。その瞬間、ゾクリと身が震えた。今まで人類を散々苦しめてきたあのBETAをものともせずに、その死体の中央に佇むその姿に気圧された。
 だが、それも一瞬、すぐに彼女たちに背を向け、そして、

『ヴァルキリーズついてこい! これから反応炉に向かう!!』
『『『『「――!」』』』』

 今まで彼においてけぼりにされた彼女たちにはその言葉はなんと嬉しかったことだろう。彼とともに闘える。自分たちの成長した姿を見てもらえる。
 全員が口をそろえて答えた。
『『『『『―――了解!』』』』』
 そして伊邪那岐の後に続いた。



「地上のBETA約70%掃討完了しました!!」
(すごいわね、あいつ……)
 ピアティフの知らせに夕呼は素直に驚嘆した。凄乃皇の荷電粒子砲の威力なら予想していた分それほど驚きではない。驚かされたのは伊邪那岐だ。
彼女自身も白銀と伊邪那岐の実戦を見るのは初めてのこと。正直、ここまでの戦果を上げるなどとは微塵も思っていなかった。突出した衛士は、戦術にはなり得ても、戦略にはなり得ないと考えていたからだ。

 だが、あの伊邪那岐をあのサイズの普通の戦術兵器と同義するのは間違いだったようだ。凄乃皇弐型と同格、あるいはそれ以上だ。
 どうやら彼を見くびっていたらしい。その嬉しい誤算に夕呼は笑みを浮かべた。
「ヴァルキリーズ各機、スカル1とともにハイヴに突入しました! A-02は佐渡島を南下、斯衛軍大16大隊とM大隊に合流しました!」
 この作戦の最大の目的は、00Unitによるリーディングであるのだが、ここまで来たら、完全な人類の勝利を見せてほしいというものだ。

「香月副司令! スカル1から通信です。『生存者なし』繰り返します。『生存者なし』だそうです!」
「……そう……あいつにはさっさと反応炉にたどり着きなさい、と伝えておいて」
「了解しました。ヴァルキリーマムよりスカル1へ、『さっさと反応炉にたどり着きなさい』……え? ……ち、違うの、私じゃなくて香月副司令から! ……へ? 冗談!? ……も~!」

どうやら新たな00Unitの獲得はならなかったようだ。まあ、‘あの状態’で生きていた鑑純夏やアーリャが異常なのだ。そこにはそう期待もしてなかった分、落胆も小さかった。今回はそれを除いてもたぐいまれなる戦果をあげているのだ。これ以上を望むというのは贅沢というものだろう。
 あとは彼を信じよう。



(速い!)
 冥夜は前を行く武の動きについていくだけで精いっぱいだった。衛士の腕もだが、機体性能が違い過ぎる。幸いなのは地下茎構造内にほとんどBETAがいないこと。もし奴らに襲いかかられていたとしたら、その差はあっという間に開いたことだろう。このまま、何事もなく反応炉に辿り着くことができれば……。

 だが、そうは問屋がおろさなかった。武との距離約300m。そのとき、その間にある壁が吹き飛んだ。
「!?」
 そこから出てくる数十体の要撃級、他小型種数百体。やはり地上にあれだけの戦力を裂いても自分たちの基地であるハイヴ内を手薄にするなどということはなかったようだ。
『白銀ッ!』
 伊隅大尉が前を行く武に声をかける。分断された自分たちヴァルキリーズと武。ここは協力して、目の前のBETAを片付けるのが先決。

 だが、武から返ってきた答えはこうだった。
『――手を貸そうか?』
『『『『「っ!?」』』』』
 その物言いで理解した。自分達が彼に試されているということをだ。自分についてくるつもりならその程度の壁乗り越えてこいということか。だが、自分たちを見くびってもらっては困る。

『冗談! あんたは先に行ってなさい! すぐに追いついてやるから!』
 速瀬中尉がすぐにそれに答えた。その答えに「上出来だ」とでも言いたげな笑みを浮かべ、武は言った。
『了解』
 そして通信が切れた。そして、伊隅大尉の声で部隊全員が臨戦状態になる。

『邪魔な奴だけ片付けろ! 戦乙女の前に出たこと後悔させてやれッ!』
『『『『「了解ッ!」』』』』
 道を塞ぐBETAに突撃した。
 地上とは違い、地下茎構造内ではすべてを片付ける必要などない。とにかく前に進める道さえ確保できればいいのだ。それ以外は置いておいて、少しでも早く反応炉にたどり着くこと。時間がかかればかかるほど、相手の増援がくる可能性が高まり、危険も増える。

『楔壱形(アローヘッド1)にて奴らの中央を突っ切る! B小隊!』
 いつでも部隊の先陣を切るのは攻撃の要、突撃前衛。ヴァルキリーの剣(つるぎ)が前に出た。
 跳躍ユニットが火を噴く。初速から100km/hオーバー。構えた突撃砲、突撃前衛全員合わせて計4門。劣化ウラン弾が道を切り拓く。取りこぼしを後衛がカバーする。

 ヴァルキリーズの進路を塞ぐように、7体の要撃級が現れた。
「はぁああああ!」
 少しもスピードを落とすことなく、その尾節に長刀を突き刺した。ひるんだ隙にその体を足蹴にしてとび越える。冥夜を追おうと方向転換した要撃級の背に後続の36mmが突き刺さった。

 大丈夫、いける。今まで何度も実戦の難度と変わらないシミュレーターをやってきたのだ。冥夜は自分の成長に確かな手ごたえを感じた。
 そしてその一団をなんなく突破した。すぐに水平噴射。一気にBETAを引き離す。前方に武の機体はすでに見えなかった。レーダーが示すのは遥か前方。すぐに追いつかなければならない。

 だが、そうして先を急ぐ、ヴァルキリーズの前に再びBETAが現れた。
「くっ! 邪魔だッ!!!」



 大きくヴァルキリーズから距離をとった武。
 此度、ヴァルキリーズを連れてきたのは、彼女たちに実戦でのハイヴ戦の経験を積ませたかったからだ。帝国、国連両軍の奮闘で数を減らしたBETAのなか、伊邪那岐一機でも反応炉にたどり着き、破壊することは可能だ。だが、もしなんらかの理由で、武が命を落としたとき、またそれと同時に伊邪那岐を失ったとき、武に頼りきりになっていた人類はどうなるだろう。戦場において、絶対は無い。武にも等しく死の可能性はある。そのためできる限り今のうちに手を打っておきたかった。あとを託せるハイヴ攻略部隊を育てておきたかったのだ。
 
 延々と続く横坑の中を通過している最中でも、アーリャと純夏によるリーディングの解析によって佐渡島ハイヴ内の全貌が明らかになっていく。
 地下茎構造内を駆け抜けながら、反応炉の破壊とは別に、夕呼から受けた密命を実行する。それは、新たな00ユニット候補の確保、または門級BETAの存在の有無。またそれらを発見した場合は即座にそれらの秘匿。この二つは、軍においても最高機密のものだ。例え、ヴァルキリーズであっても今知ることは許されていない。

 だが、ハイヴに突撃してからのアーリャのリーディングではどうやら前者のほうは無理なようだ。‘あの状態’で生き続けるのはやはり、限られた人間でしかないらしい。
 すぐにアーリャに命じて、この戦場のすべての機体のデータからその区画に通じる横坑と縦坑を消す。そして強化服のフィードバッグ機能をハッキングして、決してその区画には到達できないようにした。
 そして武は伊邪那岐を奥へ……奥へと進めた。



 そして、ハイヴ突入から一時間。
「ハァハァハァ」
『……フー』
『まだ、こんなに残ってたなんて……!』
 予想以上の地下茎構造内での戦闘で精鋭ヴァルキリーズの面々もさすがに疲れを隠しきれなかった。作戦開始からはすでに6時間が経過している。
 次々に湧いて出てくるBETAとの連続する戦闘でなかなか前に進むことができなかったが、それでも武の通った道をたどるのは簡単だった。なぜならそこにBETAの死体が転がっているからだ。
 さっき通った広間では明らかにあの背中に背負った巨大な兵器を使ったような跡があった。その巨大な破壊の爪痕を見て、息をのんだ。

 たった一人、たった一機でこれだけの数を相手にこちらの進行速度以上に前を行く。相変わらずの化けものだった。この作戦でヴァルキリーズ一同再認識した。
 だがやっと追いついた。レーダーが示すのは武のIFFが前方200m先の広間(ホール)にとどまっているということ。最後の一直線を彼女たちは駆け抜けた。

 そして長い長いトンネルを抜け、大きく開けた広間。全員で一斉に突入し、
『『『『「――ッ!」』』』』
 そこは……広間ではなかった。直径200mはありそうな巨大な縦坑――つまり、ここが主縦坑(メインシャフト)だ。

『―――やっと来たか……』
 彼女たちが出てきた横坑の遥か下。戦術機のメインカメラの望遠機能を使ってやっと見られるほどの奥底にそれはいた。

―――そこで見たのは千体規模のBETAの死体の中に佇む機体だった。

「……!」
 彼の機体がこちらを見上げる。数多くの光線級の死体。おそらくは真下から主縦坑に侵入したものを撃ち殺す迎撃役。だが、その力もこの伊邪那岐と言う機体には通じなかったようだ。
 伊邪那岐はBETAの帰り血で赤紫色に染まっていた。その腕には一振りの刀。そしてそれに瞳を貫かれた光線級だった。たった今貫かれたからなのか、ビクビクとその体を痙攣させていた。
 そしてそんな彼が対峙しているもの。

 ――そこに青白く光る巨大な何かがあった。
「あれ……が!」
 冥夜は目の前に存在するそれに圧倒された。データで見るのと、実戦で見るのとは入ってくる情報が桁違いだ。
これがハイヴ攻略戦において最優先破壊目標。仲間の生存よりも何よりも優先されるもの。ハイヴの動力源――反応炉。
(あとは……これを破壊すれば任務は――完了!)

 ヴァルキリーズは主縦坑を急いで降りた。そしてその最深部。反応炉の前に全員が立ち並ぶ。
『ヴァルキリー1よりHQ……反応炉に到達した。繰り返す、反応炉に到達した!』
 伊隅大尉の声もいつもより興奮している。シミュレーターでたどり着くのと実戦でたどり着くのではやはり達成感の度合が違う。そして、G弾という日本人にとって忌まわしい兵器を使うことなく、反応炉にたどり着いたのは自分たちが―――‘人類初’だ。

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリー各機、速やかに反応炉を破壊せよ! みんな……お願い!』
『ヴァルキリー1了解!』

 その隣で、武の機体が背後に背負っていたあの兵器を構えた。地上で見たときにわかったが、この兵器は10分近くのインターバルがあるようだ。ここに来る前の広間で一度撃ったようだから、やっと次の発射準備が整ったようだ。バチバチと青白く爆ぜるその砲身。あの破壊力ならば目の前の反応炉も一撃だろう。

『あと一分で射撃可能だ』
 あと一分。それでこの戦いは終わる。そして、今か今かとその瞬間を待ちわびる冥夜のもとに、武から直接回線が開かれた。

『冥夜……この機体の遠隔操作の一次優先をお前に設定した……お前が――引き金を引け』
「な!?」
 なぜそんな大役を自分に!? 困惑する冥夜。
「なぜ、私が……!?」
だが、そんな冥夜に武はさっきまでの厳しい様相を改めて――そして笑顔でこう言った。

『‘ハッピーバースデー’、冥夜』
「!?」

 そう……か。そうだった。そういえば武は知っていたのだったな。今日、12月16日――彼の御方と同じ今日が御剣冥夜の誕生日であるということを……。そして、これは彼からの贈り物。それを理解したとき、冥夜は武の最高の気配りに眼尻にかすかに涙が浮かべた。

「……ありがとう、タケル。最高の……プレゼントだ!」
『気にするな』
 ニッと無邪気な子供のような笑顔を向けてくる。
 自分のこの手で、日本を取り戻す最後の一手を放つことができる。それは確かに最高の贈り物だった。

『――残り30秒』
 トリガーに指をゆっくりと掛けた。すこし動かすと、武の機体がその操作する方向にわずかに動く。網膜に映る照星(レティクル)。相手はかなりのデカブツ。外すわけがない。だが冥夜はゆっくりと操作して照準を合わせた。

 指に少し力が入る。その時、冥夜の頭のなかでいろいろなことが思い出された。御剣の家で育ったこと。紅蓮醍三郎に無現鬼道流を習ったこと。姉上――そう呼ぶことすら許されていないことはわかっているが――が政威大将軍に任命された日のこと。国連軍に入隊した日のこと。榊たちに出会った日のこと。そして――彼、白銀武に出会った日のこと……。
 
『――10秒』
 A-01の全員の顔を見た。みんな、冥夜に向かってしっかりと頷いた。

『――5秒』
「タケル」
 まっすぐとその目を見つめる冥夜に、武は眼をそらさずに頷いた。それで覚悟が決まった。
 視線を反応炉に戻す。今まで何十年と人類を苦しみ続けてきたBETA。だが、やつらの横暴もこれで終わりだ。今日を境に人類は必ず攻勢に転じる。まずは手始めにこの日本から出て行ってもらおう。
 そして、反応炉を強く睨んだ。

『――0!! 撃てッ冥夜!!!!』
 千差万別あらゆる想いをこめて引き金を引いた。

「――BETAども……人間を――無礼るなッ!!!」

 ――光の奔流が反応炉を撃ち抜いた。


◇ ◇ ◇


「あれは……!」
 一人の衛士が崩れたモニュメントから飛び出してきた光を見つけた。すぐに戦場にいる誰もが気付いた。それは天を突くように、空の彼方まで伸びていく。
 それと同時、さっきまでその狂暴性を遺憾なく発揮していたBETA達が一斉にその動きを止めた。

 戦場で一瞬、音が止む。そして光は次第に収束して――消えた。

「……」
 誰もが事の成り行きを見守る。すると、その光が飛び出してきた穴。そこからあの戦闘機が飛び出してきた。
 それは一度大きく空へと舞い上がると、佐渡島の上空をゆっくりと――ゆっくりと飛んだ。

『――スカル1より全軍に告げる』
『『『『『……!』』』』』
 その声に誰かが息をのんだ。そして、誰もが‘ある言葉’を待ち望んだ。そして、彼はその静寂を打ち破り、

『反応炉の……破壊に成功! 繰り返す、反応炉の破壊に成功! ――この戦い、俺たちの勝利だッ!!!!!!』

 ――ワアアアアアアァァァァ!!!!!!
 その誰もが待ち望んだ言葉。
 それに兵士たちは歓声を上げた。泣いて喜んだ。泣いて抱きあった。今までの苦しみを清算できるほどの喜びを味わった。
 斑鳩湊は満身創痍の武御雷の中、軽く笑みを浮かべた。両腕のもがれた海神のなかでスティングレイ1は大声で人類の勝利を叫んだ。天国にいる仲間にも届くように。多くのけが人がひしめく艦内で簡易ベッドに寝かされていたその重体の女性衛士は痛みを堪え、グッと拳をにぎった腕を振り上げた。阿部は、熱い目頭を押さえた。だが、あふれ出る液体を止めることはできなかった。

 2001年12月16日午後3時24分――この日、人類が初めてハイヴの完全な攻略に成功した。






















 
 反応炉を破壊してすぐ、佐渡島にいたBETAたちは何かに突き動かされるようにして、一斉に移動を開始した。
 その予測進路は日本本土。HQはすぐに殲滅を命じた。興奮さめやまらない兵士たちもここまできたらBETAの一匹も逃がしてなるものかとその銃口をBETAに向けた。スカル1から通達された最優先撃破目標、光線種。だが、それに限らずすべてを殲滅すべく奮闘した。

 この事態を予測していたのか、本土にはすでに帝国軍の大部隊が展開していた。彼らにもすぐにハイヴ陥落の旨が伝えられる。彼らはその事実に歓喜し、順次本土に上陸したBETAに向けて、「見たか、BETAどもぉ!! お前らのお家はもうないんだ!」とありったけの弾丸を撃ち込んだ。事前に仕掛けられていた地雷原を自ら踏んで、次々とその数を減らしていくBETAたち。

 だが、その中、佐渡島のある地点で、地中から一体の重光線級が顔を出した。いったい今まで何をしていたのか。BETAには珍しくたった一体だけであった。仲間に取り残されたのか、周囲には仲間の死体しか錯乱していない。遠くで大移動を始めるBETAをよそに、その重光線級はその大きな瞳を、空を行く銀色の戦闘機に向けた。BETAの帰巣本能よりあれの排除を優先したということなのか。

 その瞳が鈍く光る。そのとき、それに気づいた近くの戦術機が慌ててその機体に突撃砲を向けた。だが、それよりも一瞬早く、重光線級は発射態勢を整えた。そして、その目から不吉なその光を放とうとした瞬間、

 ――空の彼方からやってきた一筋の閃光がその重光線級を直撃した。

 それはBETAが放とうとした白い光と同じ物。その重光線級はその足を閃光で焼かれ、大きくその態勢を崩した。そして地面に向けてその閃光を発射する。倒れ伏す、重光線級の背中に120mm弾がのめり込む。そしてそれは静かに活動を止めた。
 その一部始終を見ていた衛士は呆然として呟いた。
 ――BETAが同族を撃った……? そんな馬鹿な!











 その佐渡島から北へ120キロ彼方――日本海の上空3000mの位置にそれはいた。

 ――漆黒の戦術機。夜の帳の降り始めた空にそれは溶け込むようにして存在していた。

 頭部の大きな一つ目。数多くの戦術機と比べ、その戦術機は大きな円の一つ目であった。そして左右非対称の肩の装甲。右肩の装甲が奇妙な凹みを有している。そしてその凹みにぴったりと尻を合わせるようにして両手で奇妙なライフルを構えていた。銃身の長さは10mほど。その銃と接続されている右肩の上には円筒形のタンクのようなものがあった。
 なぜこんなものが空を飛んでいるのか。
 そして、その戦術機の薄暗いコックピットに彼女はいた。


「――さすがに単独で空からの狙撃となれば不安定ですね、一発で仕留めるつもりでしたが……」


 黒の強化装備に身を包んだ少女。年のころは二十歳前後。背中のなかほどまで伸びる金髪。それを二つに分け、それぞれ三つ編みにして両肩にかかるようにして体の前に持ってきていた。そしてその碧眼に映るのは遥か彼方にいる銀色の戦闘機。
 
「それにしても相変わらず抜けています、あの男は……反応炉を破壊した後がもっとも油断が生まれやすく、死者も出やすいというのは常識でしょうに……『ハイヴ落とし』の名が泣きますよ」
 そしてため息一つ。その時、網膜に映る情報に変化があった。次々と吐き出されてくる情報。文字の羅列。まとめると以下のようなことであった。
『電力不足。THEL稼働率32%。G元素が不足しています。補給してください』

「……必要最低限の電力以外はすべて回して、小型種と同等の威力ですか……まったくこの兵器はなんとも使いにくい。光線種のエネルギー源であるG元素の効率化より、必要な電力の方をどうにかしてほしいですね。この子にはML機関なんて積んでいないのですから、もうちょっと省エネというか……ってこの言葉も懐かしいですね。この距離ですからガンハウザーを使うわけにもいきませんし……ハァ……」
 愚痴をこぼしながらそれらの情報を消す。そして今一度、遥か彼方の佐渡島を見る。その映像は無断拝借した国連軍の衛星の力を借り、また頭部の一つ目によってこの距離とは思えないほど鮮明なものであった。

「……しかし、‘この子’に加え、伊邪那岐も来ているとなれば、‘今回’は少々おかしなことになっていますね」
 構えていた銃を肩から離すとき、勢いよく煙を噴き出した。そしてその銃を背中のガンラックに収める。すると今まで銃を当てていたことで隠れていたその機体の肩の装甲が露わになった。
 そこには、女性のエンブレムが描かれていた。大きく広がった長い髪をもち、二本の剣を構え、頭には羽根のついた兜をつけているその女性の絵。その上には――‘VALKYLIES’と……そう書かれていた。

「……ん?」
 その時、彼女が何かに気づく。それは佐渡島のある門からでてきた十数機の蒼穹色の不知火。どうやら、地下茎構造内の片づけがついたため、地上に出てきたようだ。
「あれが……‘前世代’ヴァルキリーズの面々ですか」
 此度の作戦たぐいまれなる戦果をあげた彼女たちを見て、彼女はこう言った。

「――正直、期待はずれでしたね。彼は過大評価しすぎていたようです」
 それだけで彼女たちからは興味が失せたようで、今一度銀色の戦術機に目を向けた。
「とりあえず、彼と合流しますか。香月女史がいるならこの奇妙な状況にも説明づけをしてくれるかもしれません。それにどうせBETAと戦うことになるのですから、‘射出(カタパルト)級’、‘戦闘機(ファイター)級’などの第二陣組がいないうちに勝負をなるべく決めたいですしね」
 さっきまで武装に使っていた電力が回復し、コックピット内も明るくなっていく。

「四強のうちの一人しかいない状況ではいささか苦しいですが……私と彼だけでどこまでやれることやら……まあ、仕方ありません」
 長い髪を一度なでる。そして大きく息を吐いて最後にもう一度、佐渡島のほうを見て、
「タケル・シロガネ……あなたが私の力を欲するのなら……この‘千里の眼(クレアヴォイアンス)’、‘鷹の目(ホークアイ)‘と呼ばれた私……今一度あなたの瞳になりましょう」

 そして、網膜に映る景色が一気に切り替わり、そこは寒風吹きすさぶ日本海の上空。少女はコックピットの中、コンソールを軽く握り、
「行きましょうか――‘天照(アマテラス)’」
 その瞳に鈍く光を宿す戦術機。

 そしてその戦術機は空中で――戦闘機になった。
                              つづく



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 26
Name: テンパ◆ce1e0981 ID:9438d8b5
Date: 2013/02/21 18:00
 おひさしぶりなんてレベルじゃないですね。本来書いてた26話とは違うものだけど、つなぎの話。



「ハァッ……ハァ……ハァ!」
夕刻、帝都の街を駆けまわる一人の少年の姿があった。

「ご、号外! 号外!!」
 
 その腕には大量の新聞紙。それをそこらにばら撒きながら、帝都の道を走り抜けた。少年の手を放れた新聞が風にのって高く舞い上がる。
 何度も足をもつれさせながら、自分が周りの人にどんなに不格好に見えていたとしても気にせず、とにかく走り続けた。その様子を付近にいた人は首をかしげて見る。
 そして通行人が何気なく拾ったその号外を広げ、内容を読んだ瞬間、目を見張った。

『佐渡島ハイヴ陥落』

 その驚愕の記事がそこに堂々と書かれていた。
 誰かが大声でその題を叫んだ。その声で、誰もが慌てて地に落ちた号外を我先にと拾う。拾えなかった者は隣の人のそれを覗き込む。瞬く間に、街を歩いていた人たちは新聞を中心にいくつかの集団をつくった。
 ポツリとその新聞に水滴が落ちた。それを読んだ人の目から落ちた雫だった。
 夫をBETAに殺された人がいた。息子をBETAに殺された人がいた。故郷をBETAに奪われた人がいた。だれもが等しく涙を流し、そして――歓喜した。

 それよりほんの少し前、どのテレビ局もその時間帯の番組をすべて切り替えて佐渡島陥落を報道した。なにぶん急なことだったため原稿も何もない。キャスターがカメラに向かって思い思いの言葉を必死に言い続けた。途中でその女性キャスターは泣き崩れた。代わりのキャスターが続けた。だがその人も次第に嗚咽混じりになっていき途中から何を言っているのか聞き取れなくなった。だが、テレビを見ていた人たちには十分伝わった。

 チョップ君が突然終わったことに対して、首をかしげる子供。その父親のいない子供を、涙を流しながら後ろから強く抱きしめる母親の姿があった。あなた、あなた……何度も口にもらしながら。

 雨風がしのげる程度の仮設住宅地帯。我が家を追われ、この地ですら、いつまで安全なのかわからないという絶望感は重い空気となってこの場をいつも漂っていた。しかしそんなものもこの知らせで一気に吹き飛んだ。
 初めてだろう。この場が笑顔で占められたのは。
 老若男女、誰もが手を取り合い、肩を抱き合い、喜びを分かち合った。中には佐渡島出身の者もいた。

 たかだか数百キロ先にまで迫っていた死の恐怖。それは彼らをここまで追い詰めていた。
 佐渡島ハイヴが消滅した。その知らせはあっという間に日本全土―――いや、‘世界中’を駆けまわった。


◇  ◇  ◇


アメリカ合衆国 アラスカ州 ユーコン陸軍基地

 国連主導の「先進戦術機技術開発計画」、通称「プロミネンス計画」により、世界各国の軍隊が新型戦術機の開発を日夜行っているユーコン陸軍基地。ここにも早々に佐渡島ハイヴ攻略の知らせは届いていた。
「おい、ユウヤッ! ユウヤ!」
 日本帝国と米国ボーニング社の共同による不知火改修計画―――「XFJ計画」を担当するアルゴス試験小隊整備班所属、ヴィンセント・ローウェルは、先ほど仕入れたばかりのビッグニュースを親友に知らせるべく、アルゴス試験小隊に割り当てられた戦術機格納庫の中を走っていた。

 探し求めていた親友――ユウヤ・ブリッジスはすぐに見つかった。ヴィンセントは、駈け寄りながら、矢継ぎ早に言葉を発する。
「さ、佐渡島ハイヴの陥落聞いたか!?」
「――ああ、知ってるよ、ヴィンセント。……チョビがはしゃぎまわってた」
 興奮したヴィンセントに比べ、ユウヤはひどく落ち着いていた。
 だが、興奮状態のヴィンセントはそんなことには気付かず、人類初の偉業に対して、
「すげーすげーよ! G弾を用いないでハイヴ攻略に成功したのって言うまでも無く人類初だろ!?」
 G弾運用を前提とした米軍出身の彼であるが、G弾の威力を知っていれば、それが土地に及ぼす悪影響も知っている。使わずに済めば、それに越したことはない。そういった風に考えるのは米軍内に決して少なくない。

「タカムラ中尉が帰って一カ月以内にこれって……もしかして彼女、今回の作戦に参加するために呼び戻されたのか?」
 XFJ計画日本側開発主任、帝国斯衛軍篁唯依中尉が急遽代わりの人員と交代して日本へと帰還したのは、ほんの数週間前だ。なにぶん急なことで、こちらも困惑していたが、それ以上に本人が困惑していた。

「佐渡島ハイヴっていったらフェイズ4だぜ? フェイズ2ハイヴですら、人類は今まで攻略できてなかったっていうのに……クソッまだ情報が足んねえ。いったい国連と日本はどうやって……」
 と、そこまで話して、話し相手であるユウヤの反応が鈍いことにようやく気付く。彼はさきほどからずっと自分の目の前にある機体を見上げていた。白と黒のモノトーンに右肩の日の丸をワンアクセントとした鉄の巨人――XFJ-01a不知火・弐型試験一号機である。

 それに気づくと、ヴィンセントも同じように弐型を見上げる。
「どうせなら今回の作戦……このセカンドを間に合わせてやりたかったな」
 そう言った。それが無理なことなどわかりきっている。AH演習が終了しても、その次に実戦試験、その後量産体制を整えるにはまだ時間が足りない。ただ、ユウヤの胸中を思って口にしただけだ。ただでさえいろいろと‘想定外の出来事’があって、遅れているスケジュール。
 ユウヤはヴァレリオの言葉に短く、「ああ」とだけ答えた。

 現在ユウヤがこれほど反応の薄い理由。今や基地中がこの知らせに沸いている中、彼の反応は珍しい。同じアルゴス小隊のタリサ・マナンダル少尉などは文字通り飛んで撥ねて大喜びしていた。
 ユウヤも別に嬉しくないわけではない。この知らせを聞いたときは確かに興奮をし、喜びもあった。それはつい先日までの絶望的な状況に追いやられていた人類にとって当然の反応であろう。

 今回の作戦では反応炉に到達した。ということは地下茎構造内で数々の戦闘を繰り返したということだ。ユウヤもヴォールクデータを幾度か行ったことがあるが、あの狭い空間で多数のBETAを相手にする地下茎構造内での近接戦闘こそ、今の弐型で挑戦したいシチュエーションであった。
 従来のTYPE-94に比べ、脚部の延長と大型化による運動性、機動性の向上と推進剤容量の増大。稼働時間の30%増加。背部ブレードマウントの改良。全てが近接機動格闘能力を向上させている。

 かつての米軍戦術機運用に凝り固まったユウヤは、BETAとの刀を使った近接格闘戦など正気の沙汰などと思えなかったが、篁唯依の操るTYPE-00Fとの戦闘や、カムチャッカでの経験で、今では日本の戦術機運用の有用性を認めている。そして主席開発衛士として、弐型を最高の機体に仕立て上げたいと願っている。

「……」
 今の自分と、今の弐型でいったいどれだけのことができるのか。今回の作戦に参加した日本の衛士たち――この弐型を使うことになるであろう彼らはどれほどの力量なのか。一度気になりだすと止まらなかった。彼らの機動を見てみたい。自分の力を試してみたい。衛士としての欲求が止まることがなかった。そんな自分を鎮めようと彼は一人、弐型のところまで来ていた。だが、気持ちは鎮まるどころか、弐型を見ているとどんどん膨れ上がっていった。

 そんなユウヤの心情をなんとなく察したヴィンセント。彼はそんな親友にとっておきのカードを切ることにした。
「そういや知ってるか? 俺らの間でちょっと話題になってる戦闘映像があるんだが」
「? ……なんだそれは?」
 ようやくユウヤが反応らしい反応を見せる。戦闘映像という言葉に反応したのかもしれない。そのどこまでも衛士な親友に苦笑する。

「はっきり言って、お前はまだ日本製の戦術機の操り方を試行錯誤しながら自分で向上させようとしていたから、隊のみんなと話合って見せるのはもっと後にしようかとも思ったんだがな」
「もったいぶるな、早く言えよ」
 なかなか切り出そうとしない親友を急かす。それに隊のみんなということは、ヴァレリオやステラも知っていたのだろう。自分だけが仲間外れにされて、多少なりとも不快である。これが数ヶ月前の自分なら、隠されても仕方ないだろうが、今の自分はカムチャッカ半島でBETAの群の中を生き延びた実戦経験者だ。様々な人とも触れ合うことで、自分なりにしっかりと成長したという自覚はある。こういった場合の特別扱いは気に入らなかった。
 親友はユウヤがそれほど気が長くないことを知っている。ヴィンセントはニヤリとした笑みをユウヤに向けて、

「TYPE-00の一個小隊とTYPE-97一機の模擬戦闘だよ」
「……は?」
 ヴィンセントが言ったとんでもない組み合わせに、初めてユウヤはヴィンセントのほうへ向いた。開いた口がふさがってない間抜けな顔でヴィンセントを見る。
 TYPE-00とTYPE-97――つまり武御雷と吹雪だ。かつてユウヤも似た組み合わせで戦ったことがある。篁唯依の操る山吹色の武御雷と自身の操る不知火弐型である。そのときに、十分武御雷の強さは知ることができた。インペリアルガードの操るあの機体は歩行戦においては世界でもトップクラスのマシンポテンシャルである。その武御雷は、同小隊所属のタリサとヴァレリオの乗るF-15・ACTVを軽くあしらった。武御雷と吹雪のタイマンでは、相手が衛士として一定の腕を持っていたなら、ユウヤは絶対勝てるという自信がない。あまつさえ、1対4など――
「そんなもん試合になるわけ――」
「――引き分けだ」
 ユウヤの言葉は途中で遮られた。予想もしていなかった言葉で。

「な、何が……?」
 自分でもバカなことを聞いていると思った。この場でヴィンセントの言葉の意味することは一つである。しかし、信じられなかった。
「何って……その戦闘の結果だよ」
 ユウヤの言葉を予期していたのか、ヴィンセントは笑いながら答えた。

「た、TYPE-00の衛士が素人だった……とか?」
 ユウヤはわずかな可能性にかける。というより、その状況で引き分けなどそれしかありえない。だが、
「いんや、4人とも篁中尉に勝るとも劣らない腕前だった。特にレッドカラーのTYPE-00は抜き出てたよ」

 ユウヤは一瞬のうちに何度も頭の中で同じシチュエーションを繰り返した。しかし、どんな場面を想定しても自分が勝利する結果は得られなかった。それこそ、F-22A(ラプター)とF-15E(ストライクイーグル)の戦いのように100回やって一度も勝てない。
「……化け物かよ」
 それをやってのけたという衛士を想像して、ユウヤは無意識にそう呟いていた。

「そう、化け物……化け物だよ。だが、その衛士も人間だ。そいつに出来て、お前に出来ない道理がどこにある?」
 ヴィンセントは挑戦的な笑みでユウヤを見、次に不知火弐型を顎で指した。TYPE97は弐型と同じ第三世代機と言えど、その実はただの高等練習機だ。明らかに弐型よりは性能的にほぼすべてにおいて劣っている。TYPE97に出来て、弐型にできないことなどまずあり得ない。
 それを、ユウヤとともに弐型を作り上げてきたヴィンセントはわかっている。そして親友が、負けず嫌いという子供のような傾向があるということも熟知していた。

「今すぐ見せろ、ヴィンセント!」
 案の定、ユウヤは食いついた。ものすごい剣幕でヴィンセントに迫り、今にも胸ぐらをつかまんとする勢いだ。ヴィンセントもこれ以上彼にお預けを食らわせるつもりはない。今の彼ならあの映像から様々なことを学習してくれるはずだ。

「ようやくいつものお前に戻りやがった。静かなお前なんて気色悪いって」
 そう言って、先ほどまでのユウヤの態度を茶化す。

 ようやく始まった人類の反撃。その勢いを失う前に弐型を日本へ、前線へ届けたい。今のユウヤならばこの機体を最高の状態にまで仕上げてくれる。その確信がヴィンセントにはあった。
 彼は親友に急かされ、弐型の前を後にした。




「ふふ、はしゃいじゃって」
 格納庫内を出口に向かって急ぐユウヤとヴィンセントの姿を少し離れたところから見る女性の姿があった。アルゴス試験小隊の一員である、ステラ・ブレーメルである。その傍らには一人の男がいた。格納庫内に乱雑におかれたコンテナのひとつに腰掛ける彼もまたユウヤたちを見ていた。
「あの様子じゃヴィンセント、ユウヤにあのTYPE97のこと教えたようだな」
 二人が格納庫から出ていくのを見届けた後で、その手に持っていた酒瓶を一気にあおった。

「……いいの、ヴァレリオ? こんな昼間からそんなものを飲んで……中尉に怒られるわよ」
 そんな彼――同隊所属、ヴァレリオ・ジオコーザに向かって呆れを含んだ声でステラはそう言う。

 この基地に佐渡島ハイヴ陥落の一報が入ってきたのは、2時間前。それから1時間は情報の混乱などがあり、真偽を確かめるのに時間がかかり、ようやくそれが完全無欠の真実であることがわかったのはほんの1時間前だった。
 そしてそれがわかるやいなや、この男は酒瓶をどこからか持ち出して、こんな昼間から一人で酒盛りしている。

「こんな日に……飲まなくれていられるか」
 そういって、再び酒瓶を呷った。つまみはなにも無くても、この日の酒は最高の味がした。
 その顔からは笑みがこぼれる。そして、傍らにある自分の機体、次に格納庫の入り口の方向へと目を向けた。

「見てろ。次はヨーロッパだ」
 彼の視線は故郷であるヨーロッパを見ていた。その言葉にステラも小さく頷いた。
 ヴァレリオは、無言で手に持った酒とグラスをステラに差し出した。
「ふふ、ありがと」
 礼を言ってグラスを受け取り、その中に琥珀色の液体が注がれる。
「人類の反撃に――」
「――乾杯」
 そう言って彼女も極上の酒をちょうだいするのだった。確かにその酒は最高の味がした。





 ユウヤとヴィンセントが格納庫から小走りで出てくる。ヴィンセントはほとんどユウヤに背中を押されながらの移動だ。そんなユウヤに苦笑しながらも、ヴィンセントも足を急がせる。
 そんな二人に遠くから気づいた少女がいた。
「・・・・・・ユウヤ?」
 光を反射しそうな綺麗な銀髪。まだあどけなさの残る少女ではあるが、その身に纏うのは強化装備。それはこの少女が衛士であるということを示していた。そして開発衛士(テストパイロット)という各国のエリートたちが集うこの場にいるということは、まだ十代半ばに見えるこの少女が衛士の中でも特に優秀な衛士ということである。

 少女は百メートルほど先を行く二人を目で追う。それが米粒ほどまで小さくなったとき、背後に気配を感じる。ユウヤたちを目で追うのをやめ、背後を振り返ると、そこに同じ銀の髪をもつ少女がいた。
「’イーニァ’、時間だよ」
 少女――イーニア・シェスチナは、それに「うん」と頷き、自身の名を呼んだ少女の元へと小走りに近づく。

「今日は何するの、’クリスカ’?」
 隣までくると首を傾げながらそう尋ねる。イーニァより頭半分ほど背の高い少女ーークリスカ・ビャーチェノワはイーニァと並んで歩きだしながら、それに答える。
「今日も’あの機体’の機動研究だって」
 
 それを聞くとイーニァは顔をしかめた。
「ぜんぜん真似できないのにまた?」
「うん……でも、イーニァもくやしいでしょ? ’あのとき負けた’こと」
 嫌がるイーニァにクリスカは母親のように慈しみをもって優しく言う。それに控えめながらもイーニァは首を縦に動かした。

「いい子にしてたら、また出撃させてくれるかもしれないから」
 その言葉にイーニァはなんとか自分を納得させ、クリスカの背について行った。




◇  ◇  ◇




ソビエト社会主義共和国連邦 カムチャッカ半島

 一人掛けのくたびれたソファ。中佐という佐官の立場にあってもその私室には上等な家具など何一つない。そんな家具の内の一つに腰かけて、ついさきほど手に入れたばかりの世界を揺るがす大事件が記された書類に目を通していると、部屋のドアが唐突にノックも無く荒々しく開かれた。
 そのような無礼な入室の仕方をした自分の副官は、しかしそんな自分の行いなど気にした様子も――気にする余裕も無く、すぐに目の前の自分の上官に向かって口を開いた。

「中佐、お聞きになられましたか? 佐渡島ハイヴの――」
「ああ、聞いたよ」

 まだ年端もいかぬ少女――自分の副官がすべてを言い終える前にその言葉をさえぎりそう言った。部屋に入ってきた少女の興奮した姿から何を口にするかはすでに分かっていた。上官の部屋へのあるまじき入室の仕方も特に咎めることはない。この出来事を前に落ち着けというのが無理な話だ。

「日本人(ヤポンスキー)がやってくれたな 」
 そういって自分が見ていた書類を目の前の机に置く。それを顎で指して、副官に目を通させる。特にその戦いの詳細などわかっていないが、なにやら国連の新兵器が投入されたということだけが分かる断片的な情報。まあ一次報告などそんなものだ。しかし、その中には決して見過ごせない内容が書かれていた。

「お前は信じられるか? ‘戦闘機が空を飛んだ’というのは……」
「――!?」
 戦闘機が空を飛ぶ。それは当り前の事実だが、それがことBETAとの戦いになると特殊な条件下で無い限りあり得ない。特に光線級が大量に出現するハイヴ攻略戦などでは航空兵器のいずれも当てにしてはならない。それはこの世界での常識であり、覆しようのない現実だった。
 だが、この度行われた作戦ではそのあり得ないことが起こったらしい。

「そ、損害率35%以下!? なんです、このあり得ない数字は!?」
 手元の情報に目を見張る副官。損害率35%以下というこの数字はフェイズ4ハイヴという巨大なBETAの巣窟を攻略したにしては‘異常なほど低い’数字だ。
 これは国連側が真っ先に公開した情報。虚偽がないと言い切れはしないが、そもそもハイヴを攻略したという人類史上初の偉業に対してはこのようなウソを混ぜる必要はない。例え損害率80%を越えていようと、そのようなものハイヴを攻略したという功績に対しては当然の犠牲だ。
 ということはこれは事実の可能性が高い。

「……さて、やつらは一体どんな手品を使ったと思う?」
 試すような自分の物言いに、彼女はすぐに心当たりを思い浮かべる。
「例の……新OS!」

 数週間前に世界中に流された、日本帝国軍のTYPE-00とTYPE-97の多数対一の戦闘映像。何者かによってばらまかれたと思われるその映像で両機が見せる機動は、到底従来の戦術機の動きからは考えられないものばかりであった。それは前線、後方問わず多くの軍関係者の度肝を抜いた。
 今回の作戦の損害の低さ。これは新兵器だけでは説明がつかない。戦力の要となる戦術機一機一機の性能の向上が必要だ。十中八九このOSが用いられているはずである。

 元は国連軍で開発された新OS。しかし、この度の作戦で、機体の多くを生還させたのは国連軍だけではない。この作戦に参加していた部隊の内の半数――帝国軍もまた同様にその機体の多くを失っていない。
 この作戦では新OSが用いられたため、この損害率の低さになった。そう考えるのであれば、帝国軍の機体にもまたそのOSが搭載されていたはずである。国連と帝国の間でどのような取引が行われたかは知らないが、これはそのほかの国にも配備される可能性を示している。もちろん、自分たち、ソ連軍にも……。

「我が軍にも配備されるでしょうか……?」
 副官がその顔に、わずかの希望を浮かべて言う。今回の作戦でその有用性を実証したOS。戦場でBETAに殺される衛士が少しでも減少する。それはこの損害率の数字を見ても明らかだった。
 このカムチャッカ半島は、エヴェンスクハイヴに対峙する最前線。オホーツク海を越えてくるBETAによる度々の大規模侵攻にさらされている。自分も副官も多くの仲間を失ってきた。その結果、まだ十代半ばである彼女が大尉などという立場で、自分の副官を務めている。彼女にとって兄、姉や弟、妹ともいえる者たち。これ以上仲間を失うのはごめんであった。
 しかし、確実に部隊の損耗を抑えることのできるこのOSを導入するかどうかは自分たち下の者が決めるのではない。

「知らんよ。そんなものは‘アラスカのロシア人’に聞いてくれ」

 自身も同じ民族でありながら、心底忌々しそうにつぶやく。
 最前線を被支配民族に押しつけ、早々に海を越えたアラスカにしっぽを巻いて逃げたロシア人特権階級の者たち。奴らは前線で戦わない代わりに、政争という名の泥沼の戦いを繰り広げている。
 
 それを聞いて副官は目を伏せ、ため息をもらした。わめこうが罵ろうが事態が好転することがないということは彼女にもわかっている。
 この話はとりあえずここで切り上げることにした。

 見終わった書類を自分に手渡してくる副官。そのときふと今日の本来の予定を思い出した。その予定からすると、今副官がこの場にいるのはおかしい。本来なら今頃部隊とともに演習場にでているはずである。
「部隊は今どうしている?」
 この問いに肩を軽く震わせた副官は答えにくそうに、
「それが・・・・・・みんなこの件の追加情報がないかPXのテレビにかじりついていまして」

 その答えにこれみよがしに大きくため息をついて見せた。
「今すぐ第2格納庫へと集めろ。情報など待っていなくとも時間が過ぎれば勝手に入ってくる。今必要なのは、自分たちが一分一秒でも長く生き残る為に強くなることだ」

 そう命令して、自身も部屋を出るために立ち上がる。副官は自分が立ち上がり、歩き出すのを待ってその後に続いた。
 部屋を出る直前、振り向くことはせずに副官の名を呼ぶ。
「‘ターシャ’」
 愛称を呼ばれた少女はその足を止める。そして自分の言葉に耳を傾けた。

「・・・・・・おそらく今回の件で、しばらくは日本と極東国連軍が中心となって世界が動く。じきに、地理的に近い私たちにも出番がまわってくるだろう」
 佐渡島ハイヴを落とした日本。次は鉄原ハイヴ、そしてこの地のエヴェンスクハイヴを落とし、守りを盤石なものとしたいだろう。
 そうなれば、その作戦に自分たちが投入されることはほぼ確実と考えられる。

「これから忙しくなるぞ」
 それに副官――ナスターシャ・イヴァノワは敬礼を決めながら答えた。
「どこまでもお供します――’ラトロワ中佐’」
 その言葉を背中に受け――フィカーツィア・ラトロワ中佐は自室を後にした。

「’何の因果か生き残った命だ’。せいぜい、有効に使わせてもらおう」
 最後に彼女は、そう呟いていた。



◇  ◇  ◇



グレートブリテン島南端 国連大西洋方面第1軍ドーバー基地群

 将来的な欧州奪還を見据えて建設されたドーバー基地群――俗に言う‘地獄門’。1985年の英国本土防衛線の後建設され、1996年に完成。それ以来、ドーバー海峡を渡って英国へとやってくるBETAたちを退けている世界的にも重要度の高い一大防衛拠点である。

 そこに一人の少女がドーバー海峡を越えた先にある大陸を見つめていた。
 後ろでひとまとめにした金髪が、海峡に吹く寒風で揺れている。しかし、その身を切るような寒風にも微動だにせず、少女は海の向こうを見つめていた。切れ長の瞳は一点を見つめたまま、まったくぶれない。
 その服装は国連軍のもの。右肩に描かれた隊章には三つ首の獣――ケルベロスが描かれている。西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊‘ツェルベルス’所属の証であるその隊章を身に付けた少女は、風に揺れる自身の髪を軽く撫でた。

「何を見ている?」
 そんな少女に声をかける者がいた。その声で、少女は海の向こうを見据えていた瞳を自分の背後へと向けた。
「……‘ヘルガ’」
 声をかけてきたのは少女と同じ年齢のこれまた少女。青みがかかった髪をポニーテールでまとめ、その服装は同じ国連軍のもので、肩に書いてある隊章も同じものであった。
 ヘルガと呼ばれたフォルケンマイヤー侯爵家長女、西独陸軍第44戦術機甲大隊所属――ヘルガローゼ・フォルケンマイヤー少尉は、もう一度その問いを投げかけた。

「……何を見ていた? ‘イルフリーデ’」
 その問いに、同隊所属イルフリーデ・フォイルナー少尉は視線を大陸側へと戻しながら答えた。
「東を……ここからは到底見えもしない極東の国を見ていたの」
 彼女が見ていたのは、祖国がある大陸ではなかった。そのはるか遠く、海を越え、平野を越え、山を越え、そしてまた海を越えた先にある極東の小さな国だ。
 今やユーラシア大陸ほぼすべてをBETAに支配されたなかで、この場と同じく、常にBETAの脅威にさらされていた国だ。それは喉元にナイフを突きつけられているのと同じこと。だが、その国はついにそのBETAの脅威を退けた。

「佐渡島ハイヴの件……基地は大騒ぎだ」
 今、極東と聞いて、出てくる単語は佐渡島ハイヴ以外にない。
「基地だけじゃないわ。世界中大騒ぎよ」
 ヘルガの行ったことを少しだけ訂正した。そうだったな、とヘルガは肩を軽くすくめた。
 
 その後、一時の沈黙があり、ヘルガもまたイフルリーデと同じ方向を見つめた。
 一際強い風が二人の髪を揺らす。風がさらっていく髪を押さえながら、イルフリーデは口にした。
「私が生まれたときにはすでにBETA戦争の真っただ中……私は幼いころから、数々の英雄譚を聞かされて育ったわ。英国本土攻防戦の七英雄、F-16を駆るアラブの戦姫、至高のサムライ、クジョウ」
 幼いころを懐かしむようにイルフリーデは言う。
「サムライ……か」
 その言葉をつぶやくヘルガ。自身もまた東へとその目を向けた。

「今回の作戦でも、そんな『英雄』が現れたのかしら?」
 イルフリーデとしては答えを期待して言ったことではなかった。案の定ヘルガはほとんど独り言のようなイルフリーデの言葉には答えず、その足を基地に向けた。
「隊長が呼んでいたぞ」
「そう……わかったわ」
 イルフリーデもヘルガの後を追うため、大陸に背を向け、基地に向けて歩きだした。しかし、数歩だけ進むとすぐに立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 そして、こう言った。
「滅亡へのカウントダウンは――止まった」



◇  ◇  ◇



日本 東北地方のとある光菱工場

「――てめぇら! はしゃぐのは後だッ! 今は目の前の作業に集中しろ!」
 そんな言葉程度で収まるほど今回の騒ぎは小さくない。なにせ、つい先日まで数百キロ先にあって、自分たちの身を脅かしていた存在が消えたのだ。今日は作業にならないなと、この工場の責任者はため息をついた。

 そして、あきらめをもってせっかくなので、自分も彼らとともに喜ぼうと思った。現に彼は大声を張り上げて注意しながらも、その顔はかすかに笑みが浮かんでいた。

 ――横浜がついにやってくれた!

 今回の作戦、まだどのような経緯で攻略に至ったかの詳細な情報は届いていない。だが、彼は横浜の力が働いたということを確信していた。自分たちに‘アレ’を託した横浜の魔女がなにかをやってくれたに違いない。
 緩んだ顔を隠せぬまま、自分の部屋へと戻る。そして真っ先にPCを起動させてとあるファイルを開いた。

 そこに映し出される機体の設計図。何度これを見ただろうか。何度こいつの完成形を思い描いただろうか。すでにこれを見た回数は3桁を越えているが、未だに興奮からから来る体の震えは止まらない。

 推定されるマシンスペック、戦場に投入された場合の戦果。
「オレ達ものろのろしてられねえ……! 横浜から託されたこいつを早く前線に届けてやるんだッ!」
 その地下で――上半身だけ組まれ宙に吊るされた金属の巨人が虚空を見つめていた。

◇ ◇ ◇



 佐渡島ハイヴの陥落。この出来事によりーー世界は大きく動き始める。



◇ ◇ ◇


 東日本のとある森の中。
 
 佐渡島陥落から三日後。横浜基地から数百キロ離れたその地点に漆黒の戦術機が膝をついていた。その頭部の一つ目には一切の光も宿っていなく、その肩には鳥が数羽とまっていた。その機体の名を‘天照(アマテラス)’と言う。
 その機体のコックピットで、
「お腹……空きました」
と強化装備越しに、自分のお腹に手を当てた少女の姿があった。

「まったく……作戦終了後、早々に横浜基地に戻ってくれればいいものを……あの男は」
 呪詛の念をこめてそう呟く。
 本当は三日前のあの甲21号作戦の後、すぐにあの男のもとを訪ねるはずだった。しかし、あの作戦の後、彼の行方がわからなくなってしまったのだ。
 おそらくは香月女史とともにあの佐渡島ハイヴの近くにいたのだろうが、自分が今そこに近づくわけにもいかない。まずこの機体。この時代には存在しない所属不明機である。近づく前に攻撃されてもかなわない。おそらくあの香月女史のことだから、米国やその他の国が漁夫の利を得ることを相当警戒しているはずだ。それに自分。自分はこの時代では‘死んでいる’のだ。その場に彼がいれば、すんなりといけるとは思うのだが、必ずいるとも限らない。
 
 仕方なく、彼が所属する横浜基地へ帰ってくるまで大人しく待つことにした。しかし、すでに機体内にあった食料は食べてしまい、かれこれ20時間ほどなにも口にしていない。
 空腹感を必死に、
(ダイエット……ダイエット……)
と考え、紛らわしている。

 だが、そんな単純な思考だけでごまかせる空腹感ではなく、仕方なくここ数日で調べた彼の‘これまでの動き’についておさらいしてみた。
(まずは……日本におけるクーデターの阻止ですか……)
 自分の記憶にあるその事件が起きたのが十二月初頭とあるので、今現在の日にちから考えてあのクーデターを彼が何らかの方法で阻止したのは明白だろう。延期された、という可能性もあるのだが、あの男の性格から考えてそれはないだろう。

(他には……国連軍の一部と帝国軍へのXM3の普及)
 先日の作戦に参加していたそのほぼすべてがXM3搭載機だった。おそらく後数年とかからずに世界中の戦術機に配備されることだろう。

(光菱が不知火のラインをひとつ止めてなにやら造っていましたね……おそらくは‘TYPE-06’か‘TYPE-18’のどちらかだとは思いますが……)
 少し調べただけなのだが、光菱の工場の一つが、ほぼ完全に情報を遮断して光菱内で独自の動きをしていた。
 伊邪那岐がきているとなれば‘あの娘’もいる可能性は非常に高い。
 ‘あの娘’もいるのならそれを製造することも可能だろうという推測をする。
 ここ数日軽く調べただけでもこれだ。なにやらあの男いつも以上に気合が入っているではないか。

 あの男の寂しげな笑みが思い出される。‘かつて自分のとなりにいた彼’。
「今回は……後悔が残らないといいですね」
 少女はそう口にして目を閉じた。
                              つづく

 みなさん、あけましておめでとうございます。

 更新から短い時間で大変多くの方に反応していただき、作者自身驚いています。

 pv数も知らぬ間にこんなことになってたんですね。更新が途切れている間も読みに来てくれた方々、ありがとうございます。

 このlast loopは25話の佐渡島ハイヴ陥落で一区切りがつきました。
 マブラヴ本編で例えるのなら、1~25話までがUNLIMITED編、26話からがAlternative編が始まるようなものになります。

 更新初期のような更新速度は無理でしょうが、
 一話一話しっかりと更新していきたいと思います。
 
 今のところ27話は25話の約2倍程度の文というわけのわからない長さになっています。しっかりと書き上げることができ次第更新をします。もしかしたら2話にわけるかもしれません。
 それではまた27話を更新時にお会いしましょう

 テンパでした。

ps.次回の更新については、12日~15日になると思います。仮に15日に完成していなくとも、完成している分については更新予定です。



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 27
Name: テンパ◆790d8694 ID:9438d8b5
Date: 2013/01/16 22:54
「……ふぅ」
 彼女は、自室の椅子に腰掛け、ようやく一息ついた。
 
 甲11号目標――ブタペストハイヴの攻略が、今日完了した。
 やっとやってきた一時の安らぎに、張り詰めていた緊張の糸が切れる。すぐに椅子から脱力したように腕を下ろす。

 今頃部下達は、PXにて今回の作戦の成功、生存を祝うパーティを行っているだろう。しかし、それに自分が参加することはなかった。
 親しくてしても、どうせみんな死んでしまう。彼女を一人にしてしまう。自分より力の無い彼らと親睦を深めるのを彼女は避けていた。それは一隊を率いる者として失格だろう。それでも、差し伸べられた手をとることができなかった。

 今まで――‘何度’この狂った世界を繰り返しただろう。
 今となっては、元の平和な世界を思い出すのも難しい。何度やり直しても、結末はいつも同じ。みんな自分を置いて逝ってしまう。最後は自分も死んでしまう。そしてまた繰り返す。
 途切れ途切れになった記憶にある、仲間の悲痛な叫び、部下達の無念の声。それは耳をふさいでも聞こえ、彼女を苦しませていた。

 だが、‘今回’の世界は一味違った。
 「桜花作戦」。そのようなもの、彼女の記憶にはなかった。
 いつも同じタイミングでやってくる悪魔、出来事。それは、彼女が必死になって変えようとしても変わらなかったものだ。彼女にできたのは、些細な干渉をして、たった少しの命を救うだけであった。
 しかし、彼女の知らない出来事がこの世界に起きた。桜花作戦だけではない。その作戦の前、日本でのクーデター、甲21号目標佐渡島ハイヴの消滅。この世界の歯車が、今回だけ明らかに違っていた。

 あの作戦のあと、今までの地獄よりかは幾分マシになった。しかし、マシになっただけで、戦いは常にやってくる。そのたびに、一人また一人と仲間や部下はその命を散らしていった。
 彼女はもう疲れていた。わけもわからず放り出されたこの世界。BETAなんていう、異形の怪物が跋扈し、都市を、町を、人を蹂躙していく世界。もう、なにも見たくなかった。もう、誰も失いたくなかった。
 死ねば、‘また’繰り返すのだろうか。それを考えると不安で押しつぶされそうになる。

 そのとき、自室の通信機が、軽く音を上げた。
 せっかくの安息のときを邪魔されたわけだが、とらないわけにはいかない。すぐに、その通信を受ける。
『大尉、お休みのところ申し訳ありませんが、面会の申し込みがあります』
 女性の声でそう告げられる。
「相手は誰ですか?」
 作戦終了直後、彼女に面会を申し込む者など、思い当たる人物がいなかった。実を言うと、一人だけいるのだが、その彼女はイギリスで、今回の作戦成功の旨のスピーチの真っ最中のはずである。彼女を除いて、一体どこの誰が面会など望んでいるというのだろうか。

『――極東国連軍、‘白銀武大尉’です』
「っ!」
 その名を聞いた瞬間、脱力していた体に力が入った。無意識に、拳に力が入る。
 すぐに相手にその面会を受けることを伝える。その言葉を受け取ると、しばらく通信が沈黙した。その時間、今か今かと逸る気持ちの自分がいた。
『それでは――』
 面会を行う部屋がすぐに伝えられた。彼女はそれに頷くと、通信を切った。

「……」
 力の入っていた拳をゆっくりと解く。そこはしっとりと汗に濡れていた。



 訪れた部屋には、すでに一人の男がいた。年齢は20代半ばごろ、彼女と同年代である。身長は、女性の平均的である彼女より頭一つ分ほど高い。その肉体は、軍服の上からでも鍛えているのがわかった。
「あなたが――‘あの’白銀大尉ですか」
 幾分強調して言った。そんな彼女に向けて男は第一声を発する。

「英国陸軍近衛師団(Guards Division)の‘鷹の目’にご存知いただけているとは、光栄です」
 なにを言う、と内心思った。自分のちんけなこの呼び名と彼の名は、この世界においてネームバリューが違いすぎる。
 たかだか狭い戦場で持て囃される自身の名と、「桜花作戦の英雄」、XM3発案者、そして今なお世界各地の戦場で類まれなる戦果を挙げるこの男の名は、比べるのもおこがましくなるほどその重みが違いすぎた。
 一瞬、嫌味かとも疑ったが、彼の表情はそんな後ろめたいものを感じさせるものではなった。

「極東国連軍が私などになんの御用でしょうか?」
 心当たりはなかった。そのため、単刀直入に聞く。
「いや、少し興味深い話を聞いたので」
 興味深い? すぐに何に対しての話なのかわからなかった。自身にあるのは周囲より少しだけ上手い狙撃技術ぐらいのものだ。別段、国連軍将校の気を引くものではないはずだ。

「2001年――ドーバー海峡を渡ってきたBETAの中規模侵攻を二度に渡って予期した女性がいたそうですね」
 ああ、その話か、と彼女は落胆した。
 それは数年前の話。あの出来事で自分は‘魔女’などと呼ばれた時期もあった。

「予期とは語弊があります。その女性には予知能力も、未来を見通す力もありはしません」
「難民区で一人の少女が必死に兵士にすがっていたと聞きましたが」
 そんなことまで知っている。随分と調べられているようだが、残念ながら彼の期待には答えられそうになかった。

「――‘私’がBETA侵攻を当てたのはあの二度だけでしょう? 本当にただの勘だったのです」
 2002年1月1日。その日を境に、自身の知っている未来とは違う道を歩み始めた世界。自分の知識など何の役にも立ちはしない。だが、あの絶望に満ちた世界よりはまだマシになった。ただ、マシになっただけ。

 彼は、そうですか、という言葉残して黙り込んでしまった。それにより、部屋に静寂が訪れた。
 それを見て、彼の用事が徒労に終えたことを感じた。結局は、あの出来事に些細な好奇心を引かれただけ。それを戦いに利用できないかと考えただけ。この男も、彼女とは違う――この世界の軍人だったのだ。

 微かな期待が打ち砕かれた。自身の知らない作戦を成功させ、この世界を今までとは違う未来へと歩み始めさせた男。心のどこかで、そんな彼なら、自分の不安を消してくれる。まだ見ぬ最良の未来を見せてくれる。そんな少女のような幻想を心に抱いていた。
 だが、そんな儚き夢も叶わなかった。そして彼女がこの逢瀬を終える言葉を口にだそうとした瞬間、

「――‘バビロン作戦’」
 彼が、小さな声で呟いた。

「ッ!?」
 その言葉に心臓を鷲づかみにされたような、圧迫感を感じた。

「な、なぜ‘あの作戦’が!? この世界において人類は優勢なのでしょう!? あんなものに頼らなくとも――」
 鬼気迫る表情で、目の前の彼に向かって詰め寄る。
 忌まわしく残る記憶。追い詰められた人類が取った起死回生を狙った作戦。
 その結果、大規模な重力偏差が発生し、「大海崩れ」と呼ばれる海水の大移動が起こった。それにより引き起こされた水没した大陸と塩の砂漠。
 あの作戦以降、人類は今まで以上の絶望へと放りこまれた。その世界の絶望感を思い出して、呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が速くなる。顔からは血の気が引いていくのがわかった。

「いまさらたった十万人の人類を逃がすなんて――っ!」
 そこまで言って、ようやく自分の失態に気づいた。
 あの作戦は、この世界では引き起こされていない。今、この世界において、一介の軍人ごときが知っていていい名ではない。
(……やってしまった)

 先の発言はスパイ容疑を掛けられても仕方のないものだ。地位剥奪、拘束、軍事裁判。あらゆる言葉が彼女の頭の中をよぎった。せっかくここまで上手くいっていたのに、と後悔の念ばかりよぎる。
 だが、絶望に打ちひしがれる彼女の考えと、目の前の男の態度は違っていた。
「――やはり、そうか」
 彼は何かに納得したような、それでいて絶望を見たような深刻な顔をしていた。その姿に言いようの無い不安に襲われる。しかし、混乱する頭は、次に発する言葉を見つけることはできなかった。

 しばらくして、彼は顔を上げた。そしてその顔をまっすぐに彼女へと向けてきた。それは何かを決意した顔だった。
「‘ニーナ・マーコック大尉’」
 彼女の名を呼び、彼は右手を差し出した。わけも分からず見つめ返した。なぜ、手を差し伸べられたのか理解できなかった。
 だが、このときの彼の手は、この世界において孤独な彼女に対する救いの手だった。

「君は――‘オレと同じ存在’だ」

 それが、彼との初めての邂逅だった。


◇ ◇ ◇


「……ん」
 ずいぶんと懐かしい夢を見た。
 少女は、天照の中、深いまどろみから目覚めた。ずいぶんと長い時間眠っていたようだ。外の様子は分からないが、体の調子からそう判断した。
 
 一度、頭を振って、思考をクリアにする。今日で、甲21号作戦終了から4日。おそらく彼も横浜基地へと戻っているころだろう。
「そろそろ行きましょうか、天照」
 その言葉を待っていたかのように、すぐに主機に火を入れ、うなりをあげる天照。膝をついた状態から立ち上がり、その体を大空へと向ける。

 そして、一機の戦術機が木々の間から蒼穹に向けて飛び出した。









 時間は前後する。
 佐渡島ハイヴの攻略から3日後。A-01の面々は作戦後すぐに機体と共に横浜基地に戻っていた。鑑純夏は凄乃皇とともに別ルートで帰っているらしいのだが、基地に帰った後もまだ会っていない。
 横浜基地では、人類初の完全なハイヴ攻略によって、作戦から三日たった今でも少々のお祭り騒ぎだ。いや、それはこの横浜基地だけではない。今や、世界中が祝賀ムードであろう。この基地でも日本人だけでなく、極東国連軍所属の祖国を失った多くの軍人、国籍性別年齢問わず皆が喜んでいた。欧米出身者の中には気の早いサンタの大判振る舞いだと言う者もいた。

 鬼籍に入った者たちのために、今日帝都では彼らを弔う式典が催されるらしい。今日この日を迎えることができたのも彼らの挺身があってのことだ。それを決して忘れてはならない。どうか、彼らの御霊が安らかに眠ることができるように祈ろうと横浜基地でも黙祷が行われた。

 さて、現在A-01部隊がいるのはいつものブリーフィングルーム。香月副指令に呼び出されたのだ。彼女は今日、この基地に帰ってきたようだ。
 ブリーフィングルームで彼女たちは夕呼と……あの男を待っていた。甲21号作戦最大の功労者、白銀武だ。
 HQからBETA全滅の報を聞かされたあとから、彼の姿――あの機体を見ていない。彼は自分たちとはまた別の香月副司令直属衛士。何らかの任務をこなしていたと考えるべきだろう。

 戦場に颯爽と現れ、劣勢だった戦いを凄乃皇とともに一気に優勢に巻き返し、そしてハイヴの攻略という偉業を達成した彼。
 あのとき――光線級の奇襲のときに、彼が来てくれなければ、A-01のうちの何人かは今この場にいることなどできなかっただろう。

 今、夕呼と白銀を待っている間もヴァルキリーズの面々はどこかそわそわと、落ち着きがないように見えた。佐渡島ハイヴが陥落した瞬間、彼女たちも大いに喜んだ。基地に帰ってもその興奮は収まらず、PXの京塚曹長、また整備兵たちなど多くの人からももみくちゃにされ、歓迎された。
 だが、三日という時間が経ち、一旦その興奮が落ち着くと、気になるのはあの男とあの機体である。彼女たちは今、一刻も早く彼に会って様々なことを聞いてみたく、また言いたかった。

 部隊全体がそんな空気の中、目立たないように部屋の後方で、微かに沈んだ表情を浮かべる女性がいた。それはこの部隊の隊長、伊隅みちるである。
 佐渡島ハイヴの陥落。それも同部隊からは一人の脱落者も出すことなく達成できた。本来ならば嬉々とした表情を浮かべているべきであろうというのに、彼女の表情からはまるで先の作戦で人類が敗北したかのように思われた。

「……」
 眉根にしわ寄せ、顔は床の一点を見つめている。A-01の多くは誰か入ってこないかと、入口のほうや時計ばかり気にしているので、そんな彼女の様子に気づく者はいない。
 彼女がこのような様子になったのは、今朝この基地に帰ってからだ。それまでは彼女も、周りと同じように笑顔を浮かべていた。

 彼女の表情を変えたのは、横浜基地に届いていた一通の手紙だった。九州地方のとある帝国軍基地から届いていた自分宛の手紙。「伊隅みちる様へ」と書かれたその手紙。
 あの作戦が終わった後、妹の無事はすぐに確認できた。だが、あの男の無事はまだその部隊の被害状況が正確に把握しきれていなかったため、確認できなかった。だが伊隅は心のどこかできっと無事だろうという楽観的な考えを抱いていた。
 それは自分の部隊からは一人の死者、また怪我人を出すことなく、人類初のハイヴ攻略を成し遂げたというA-01創設以来最良の日だったため。こんな最高の日に、自分にとって悪いことがおきるなどという考えがなかった。

 だが、世の中はそう甘くはなかった。
「……っ」
 いけない。これ以上深く考えると、自分の弱い心では耐えられそうにない。自分はこの部隊の隊長。己を殺しても弱い姿を部下に見せてはならない。ここから先は一人になってからだ。伊隅は自分をそう戒めた。
 伊隅は目を閉じて、心を鎮める。その行為は今まで同期や、先任、部下たちが散っていったときにも幾度となく行ってきた。だが、今回は完全に平常時に戻るまで、いつもの倍近い時間を要した。弱いな、とかすかに呟く。それは自分の心に対してのものだった。

「……」
 完全に気持ちを切り替える。そして、顔をあげたときには元のヴァルキリー1伊隅みちるとなっていた。
 彼女はすっと背筋を伸ばして、姿勢を正した。そして周囲を少し観察する。幸いさっきまでの自分の様子に気づいたものはいないようだ。皆一様に入口のほうへとしきりに目をやっている。

 そしてそんなヴァルキリーズの中でも一番落ち着きがないのがヴァルキリー2、速瀬水月だった。
 椅子に座りこんでいたかと思うと、立ち上がり周りをうろうろ。ドアのほうを見て、誰も入ってくる気配がないとため息をついてまた席へと戻る。

「速瀬……落ち着け」
 その行為が三回目に達したとき、いい加減見かねてそう言った。彼らの到着が気になるのは伊隅も同じだが、さすがに速瀬ほどではない。しかし、そんな伊隅の言葉に、いつもは考えられないような情けない声を出しながら、速瀬が答えた。
「大尉ぃ……私どうしたらいいんでしょう?」
「ん? ……いったいなんのことだ?」

 泣きそうな顔で上官を頼ってくる速瀬。その今まで見たことのないような弱りきった速瀬に違和感を覚える。
 白銀が乗っていたあの機体――伊邪那岐が自分たちに隠されていたのは、それが最高軍事機密に類するものなのだからと推測できる(それはあの機体の‘特異性’から考えて妥当だ)。そのため、自分たちに情報が与えられていなかったのは納得できるが、速瀬の性格からして、あの日あの機体に敗れたことを相当根に持っていることだろう。
 もしかすると、そのことで自分がどう反応していいのか困っているのだろうか。



(ふー……落ち着け、落ち着け私)
 速瀬水月は本日何度目になるかわからない深呼吸をした。

(そうこのもやもやは私たちにあの戦術機の衛士だったことを秘密にしていたからで、一回思いっきり白銀に絡んでしまえばそのあとはすっきり……する! 絶対! おそらく! ……多分)
 だんだんと尻すぼみになっていく思考。本当にするだろうか。
 確かにあのことを秘密にしていたのは腹立たしいことなのだが、それなりの理由があったのだろうということは速瀬でもわかる。あの機体の衛士に対する敵愾心を燃やしたからこそ、今の自分の強さがあり、先の作戦がうまくいった一因になっているのは明らかだ。それが分かっていながら、今の言葉にし難い胸の内の原因をそのせいにして、どうにか自分を納得させようとしていた。

 自分の髪をわしゃわしゃと乱暴に掻く。
(この気持ちが一体何にしろ、原因はあいつよ! これだけは間違いない!)
 そう、それだけははっきりしている。とりあえず悪いのはあいつだ。

 そのとき、今まで沈黙を守っていたドアがついに音を立てて開いた。
 バッと全員でそちらを向く。速瀬も気持ちの整理がつかないまま、反射的に向いてしまった。

「――三日ぶりね、あんた達」
 入ってきたのは香月副司令だった。全員がそろって敬礼する。
 彼女はいつもの白衣に薄い笑みをたずさえ部屋に入ってきた。手振りだけで、敬礼を止めさせる。
 敬礼を解いたA-01の面々は自然と夕呼から視線を外し、再びドアのほうを見た。しかし、開いたドアから新たな人物が入ってくることはなかった。彼女たちの前で無常にもその自動ドアは閉じた。

 全員わずかではあるが、落胆の表情をした。今日呼ばれたのは、夕呼からであり、そこに白銀がくる情報などなかったのだが、どこかで彼女達は、夕呼と白銀がセットで現れるものだと考えていた。
 夕呼が苦笑を洩らしたのは、その露骨すぎる彼女たちの行動を見たからだろう。おそらく彼女は、こちらが聞きたいことを理解しているはずだ。

 武がこの場に現れないことに対して、水月は残念だったような、安心したような複雑な心境となった。



「甲21号作戦ご苦労さま」
 夕呼が口を開いた。その声で慌ててA-01の視線が夕呼のもとに戻った。
「全員が初めてのハイヴ攻略戦にも関らず、あなた達はよくやってくれたわ。人類でもG弾を用いない実戦で反応炉にたどり着いたことのある中隊はあなたたちA-01が世界初よ」
 彼女が手放しで褒めることなどあまり記憶にない。伊隅たちはその賞賛を素直に受け取った。
 
 次に、夕呼は指を折りながら、今回の作戦での戦果を彼女たちに説明した。
「まずは甲21号を攻略することができた。凄乃皇の実戦データもとることができた。それに――伊邪那岐の航空戦力としての実用性も確かめることができたわ」
「「「「「「……!」」」」」」
 そのときA-01それぞれに何らかの反応が見られた。どの単語に反応したのかは明白だ。その反応が予想通りで楽しかったのか、夕呼は言葉を止め、笑みを強くしていた。

「……副司令」
 そんな夕呼に対して口を開いたのは隊長の伊隅だ。全員を代表して今一番聞きたい質問を投げかける。
「あの機体は一体なんだったのですか?」

「「「「「……」」」」」
 全員が目で訴えかける。合わせて32の瞳が夕呼の姿を映し出していた。
「ふふ、そう来ると思ってたから準備しておいたわ」
 そう言って彼女は机に上にあったリモコンを手に取る。そしてミーティングルームのプロジェクターに向けて、ボタンを押した。するとプロジェクターがスクリーンにあの機体―― 伊邪那岐を映しだした。

「!」
 どの軍隊にも存在しない銀というカラーリング。第2世代機以降に共通するスラリとしたシャープなそのボディ。背中に銃身が折りたたまれた荷電粒子砲を背負って、腰部には大型化された跳躍ユニットが接続されている。機体の横に表示された二つに分かれる特殊な長刀。どれをとっても異質としか言いようがない。

 そしてその機体を指して夕呼は口を開いた。
「これが、あなた達が知りたがっている――次世代型戦略級戦域制圧可変型戦術機VFG-TYPE‐01……『伊邪那岐』よ」
「じ、次世代機!?」
「可変型……!」
 モニターにでかでかと映し出された伊邪那岐の姿。第3世代機を超えた世界初の次世代機。しかも可変型ときた。A-01はそれらの単語、一つ一つに驚きを見せる。
 夕呼が手元のリモコンを操作すると、スクリーン上に映し出された機体がゆっくりと変形を始めた。完全に戦闘機形態となったその姿を見て、彼女たちが目を見張った。
 
「あなた達も実際に見たと思うけど、この機体は戦闘機形態に変形することができ、さらに短時間ではあるけどその状態でBETA支配空域での飛行が可能な航空兵器でもあるわ」
 あの作戦でわかってはいたことだが、改めて夕呼の口から説明される伊邪那岐の他の戦術機にはない特異性に驚く面々。短時間との制限は付いているが、BETA支配空域で飛行を可能にしたこの機体は、今までの常識では考えられなかった存在である。

「甲21号作戦時に、この機体の存在を知らせていなかったことは最重要軍事機密であること――それと、あなた達に変な希望を持たせたくなかったためよ」
「希望をもたせたくなかったというと?」
 夕呼の言葉に疑問を返す伊隅。その質問に対する答えはすぐに返ってきた。
「この機体は‘特殊な理由’により、作戦初期から投入するわけにはいかず、またいつ投入できるかもわからなかったのよ。作戦の進行具合によってはもしかすると投入できなかったかもしれないわ。そんな来るかどうかもわからない兵器に希望をもって戦われても困るでしょ?」
 凄乃皇の存在は作戦前に自分たちに公表されていた。ということはこの機体は、もしかすると凄乃皇以上の軍事機密であるのか。

「そ、そんなことよりも副司令!」
 茜がズイッと手をあげながら一歩前に出てくる。彼女たちが真に聞きたいのはそんなことではない。茜は矢継ぎ早に口を開いた。
「あ、あの機体って‘どうして光線級に撃ち落とされないんですか’?」
 おそらくは彼女たちが一番聞きたかったであろうその疑問。それを、全員を代表して茜が尋ねた。

 光線級が現れてから人類に制空権はなくなった。これは対BETA戦において常識であり、航空戦力は限定的な場合を除いてほとんど無用の長物だ。そして、その航空戦力の空洞を埋め、対BETA戦の最終局面、即ちハイヴ攻略用の決戦兵器として開発されたのが戦術機だ。だが、この兵器はその両方に変形可能という今までにない兵器だ。

 彼女たちの誰もが、伊邪那岐がBETA支配空域で飛行可能にしている秘密を知りたがっている。しかし、夕呼の答えはこうだった。
「それは最高軍事機密なのであなた達の権限では知ることは許されていないわ」
「そう……ですか」
 そう言われては、それ以上追及することはできない。茜は項垂れて元の位置へと戻った。
 夕呼もそれだけではあんまりかと思ったのか、続けて説明する。

「一つ言わせてもらうと……あれは量産できないわ。コスト、生産性、整備性、その全てを犠牲にして作られた完全な専用機(ユニーク)……あいつが満足できるこの世で唯一の機体」
 あいつというのが誰を指しているのかなど、名前を挙げられなくても気づく。彼女たち全員が佐渡島での武の動きを見ている。その伊邪那岐のマシンポテンシャルも目の当たりにしている。どうやらあの彼にとっては不知火でさえ不便な思いをしていたらしい。

「一応は次世代型とはなっているけど、はっきり言って今ある技術の全てをつぎ込んだハイチューン機体。2、3世代ほど戦術機の進化の過程をすっ飛ばしていると考えてくれてもいいわ」
 そもそもが可変型という従来の戦術機とは一線を画す存在だ。次世代型戦術機と位置付けるよりも戦術機とはまた別のカテゴリーとしてもいいかもしれない。
 夕呼はある程度伊邪那岐の話を終えると、スクリーン上の映像を消した。これでこの機体に関する簡単な説明をし終えた。
 だが、夕呼はA-01の顔からまだ言いたいことがあるような雰囲気を察する。

「……あの日、白銀がこいつでこの基地を襲う真似なんてしたことを気にしているのかしら?」
「「「「「!」」」」」
 一発で言い当てる夕呼。あの日、あの機体を直接相手にした先任たちの反応が大きい。

「ふふ……それは本人に聞いてみたら? 大丈夫、あんた達、愛しの彼は明日には帰ってくるわよ」
 答えはくれなかった。

「じゃ、あんた達、今日一日は完全に休みよ。何してもいいから、今日一日ぐらいはBETAのことなんて忘れて羽根を伸ばしなさい。とりあえずは自分の部屋に戻って今回の分の遺書を破り捨てることをするのかしら?」
 彼女は最後に笑ってそう締めくくった。そして部屋を出ていく。A-01の何人かは呼び止めようかとする気配も感じられたが、結局遠慮して彼女を見送ったのだった。



 夕呼が出て行ったミーティングルーム。
 A-01は少しの間、彼女が出ていったドアを見ていた。せっかく質問できたというのに、白銀武にしても伊邪那岐にしてもその謎のほとんどがわからないままであったため、その胸中は雲の晴れないどんより空のようなもの。なんともスッキリとしない気持ちであった。
 するとそこへ、ダダダッという音を廊下側から響かせながら誰かが部屋に入ってきた。

「――鑑!」
 そこに現れたのは、あの凄乃皇の衛士、鑑純夏少尉だった。彼女はA-01とは別ルートで基地に帰還していたため、こうして会うのは夕呼と同じで三日ぶりである。
 部屋に入ってきた彼女はこちらの姿を見るやいなや、その顔に満面の笑みを浮かべ、全員の無事を声を上げて喜んだ。それはA-01側も同じだった。佐渡島奪還の立役者のうちの一人である彼女をA-01はあっという間に取り囲んだ。

 初めての実戦とは思えないその功績ぶりを全員から誉められ、照れた笑みを浮かべる純夏。しばらくもみくちゃにされていた彼女だったが、その輪から抜け出して、A-01全員と向かい合う。そしてみんなに注目される中、
「えっと、今日はみんなにお願いがあるんです」

「お願い?」
 コクンと頷く彼女。明日の夜は空いてますか、とこちらに確認をとってくる。明日から訓練は再開されるが、夜に予定は入っていない。それを全員で首肯すると彼女はそれなら、と口にして、
「実はこの前の作戦が行われた12月16日っていうのは、タケルちゃんの――」
 それを聞いたA-01の面々。彼は明日帰ってくると聞かされている。そして今、彼女から言われたこと。明日の夜をどのように過ごすのかがこれで決定した。


◇ ◇ ◇


 次の日。
 A-01の面々はシミュレータデッキにて、先の作戦で手に入れた佐渡島ハイヴデータをもとに改良されたハイヴ攻略戦を行っていた。
 そんな何機ものシミュレータ機が激しく動く部屋に、一人の男が静かに入室した。
 男は、部屋に入るとまず、室内を見回して、次に稼働中のシミュレータ機の数を入り口に近いものから順に数え始めた。

「13、14――15」
 15機。数え終わると、その数を何度も噛み締めるようにして呟く。
 そして、次に男は、シミュレータデッキに併設された管制室のほうへと足を進めた。
「CP、支援砲撃要請了解」
 中では、涼宮中尉が一人で、ヴァルキリーマムとしての仕事をこなしていた。その元へとゆっくり近づいていく。彼女が前にしているスクリーン上には、A-01の顔がそれぞれ映し出されており、その顔はいずれも気合に満ちたものだった。

「あ――っ!」
 足音に気づいたのだろう。すぐに涼宮は背後を振り向き、自分に近づきつつあった男の存在に気づいた。すぐにその名が口から出そうになるが、目の前の男は自分の唇に人差し指一本を当て、彼女を止めた。
 その意図はわからないが、その仕草のとおり、涼宮は慌てて自分の口に手を当て、言葉を止めた。

『……? ヴァルキリーマムどうした?』
「な、なにも。し、支援砲撃開始まで残り1分」
『了解』
 彼女の動揺はなんとか訓練中の者たちには気づかれなかったようだ。男はそれを確認すると、涼宮に一言残して、その部屋を後にした。

「涼宮中尉、不知火を一機準備してほしい」



 ハイヴの入り口が見えた。
 今日の演習は、先日の作戦もあるので、そこまでハードな難易度設定は行っていない。しかし、このレベルのハイヴ攻略シミュレーションでも二月前のA-01は今の倍近くの時間をかけていた。
 全員の地力の上昇はもちろん、新たな戦力の増強、また先の作戦でハイヴという巨大なBETAの巣窟を生で経験したことも関係しているであろう。
 伊隅は全員に命令してからB小隊の後に続いて、ハイヴの中へと突入した。

 そして、最後尾の不知火が、ハイヴへの突入を果たしたそのときだ。
「ッ!?」
 ハイヴの中は薄暗い洞窟のようなものだったはずだ。だが一瞬にして網膜に映る景色は、朽ち果てたビル群が立ち並ぶ市街地へと変わっていた。

『な、なにこれ?』
「涼宮! どうした、不具合か?」
 今まで、このような不具合が発生したことはないが、この唐突な変化はそれ以外に理由は思い浮かばなかった。また、場所の唐突な変化だけではない。すべての武装がロックされていた。

『ここって……基地の演習場?』
 誰かがそう呟いた。確かに見覚えのある光景だった。ここは、横浜基地の目の前にある元横浜市街地だ。市街地でのBETA戦や、戦術機同士の演習では頻繁に用いていた。
『このような不具合は記憶にないのですが』
 風間だけでなく、部隊員全員が狼狽している。
「涼宮! 応答しろ!」
 いつまで経っても返事をしない涼宮に痺れを切らして、一度演習を強制終了させようと決めたそのときだった。

『――不具合ではありませんよ、伊隅大尉』
『『『『「!?」』』』』
 一機の不知火が目の前に現れた。

「白銀!」
 その声はここ数日待ち続けた男のもの。すぐに網膜にあの男の顔が映る。伊隅に続くように残りの隊員もここ数日で溜め込んだその胸のうちをさらけ出そうとした。

 だが、そんな呼びかけを無視するように相手は口を開いた。
『俺が……この基地に配属されると決まったとき』
 目の前の機体からオープン回線で声が聞こえる。部隊は全員、その言葉を邪魔しないようにと口を噤んだ。その声色と表情から何かあると察し、無意識に緊張した。

『俺は、一度だけこの基地の様子を見に来た』
 不知火は一歩一歩、伊隅たちのもとへと近づいてくる。その姿に、伊隅はある種の既視感 を感じていた。

『そこで目にしたのは、ここが後方だと油断し、緩みきった兵士たち』
 相手はそう続ける。
 あの男がいくつもの戦場を渡り歩いてきたのだろうということは、今までの付き合いから想像できた。確かに最前線とこの基地では明らかな雰囲気の違いがあった。ハイヴ実戦を経験した今、彼女たちの心構えも変わっている。今だから分かるが、目の前の男がこの基地を襲撃する前と後では、この基地の雰囲気が変わってなかっただろうか。

『女性のみで構成された力足らずの中隊』
 それを辛辣な物言いだとは思わなかった。今の自分達を考えれば、あのころの部隊は弱い。佐渡島ハイヴはおろか、その前の新潟の実戦でも無事であったかどうかもわからない。事実、A-01連隊は,設立されてからあの日まで、何か作戦がある度に、その数を一人また一人と減らしていたのである。

『才能を持ち、誰よりもこの国を守りたいと願っているのに、くすぶっている訓練部隊』
 新任たちが反応した。あの男が来なければ、未だ訓練部隊にいた可能性もある。互いの家の事情から来るわずかな不和。それによるチーム内の軋轢。それは彼女たちだけが原因だったのではない。複雑に絡みあった事情が彼女たちの任官を遅らせていたのだ。

 部隊との距離、ちょうど1kmでその歩みを止めた。そして、不知火の腕をゆっくりとその背に伸ばす。彼は不知火に長刀を持たせ、一度大げさに振り切って見せた。
『――’あれ’から二ヶ月』
 二ヶ月。それは、あの男がこの基地に、自分達の前に現れてからの短いようで長い期間だった。

 そこで空気が変わった。長刀の切っ先をゆっくりと目の前の自分達に向け、彼は笑みと共に告げる。


『さあ、あの時とは違う――ハイヴ攻略部隊の力を見せてほしい』


『『『『!』』』』
 そのとき、今まで沈黙を守っていた涼宮が、
『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズへ。現在横浜基地が所属不明の機体に襲撃されています。 ヴァルキリーズは速やかに目前の機体を無効化してください!』
 その言葉と同時――今までロックされていた武装が一斉に開放された。

『……上等ッ!』
 部隊内で真っ先に反応したのは速瀬だった。彼女は突撃砲の銃口を目の前の不知火に向け、舌なめずりをする。このときには伊隅も気づいていた。
「――ヴァルキリー1よりヴァルキリー2。第一撃はお前がくらわせてやれ」
 これはあの日の再現だ。力及ばず、あの男に蹂躙されたあの日の苦い思い出。
 いつまでも苦い思い出にしておくつもりはない。他ならぬ彼のおかげで、彼女たちの力はあのときとは比べ物にならないほど上達している。それがあるからこその、反応炉到達という結果だ。
 伊隅の声で、不知火15機が一斉に武器を構えた。

『ヴァルキリー2、了解! 伊隅ヴァルキリーズ突撃前衛(ストーム・バンガード)の力見せてやりますよ!』
 その言葉は、あの時以上の覚悟を感じさせるものだった。あの日も、軽い気持ちで口にしたものではない。だが、その言葉を実践するための力は、あの時の彼女にはなかった。
 しかし、今回は簡単に負けるつもりなどない。むしろ、返り討ちにしてくれる。
『――茜ッ!』
『了解!』
 速瀬の呼びかけに間髪入れず答え、二機のジャンプユニットが火を噴く。それに彩峰たちがすぐに続いた。

「相手を一機と思うな! 全機、今出せる全ての力をあの男に見せてやれ!」
『『『『『了解!』』』』』
 全員が一斉に答え、その機体を目の前の不知火に向け発進させたのだった。

 突撃砲が火を噴く。長刀が空気を切り裂く。誘導弾がコンクリートを砕く。鉄の巨人が空を舞う。
 硝煙が満ち、長刀同士が火花を伴いながら弾き合った。
 合わせて16機の不知火は、その全てを出しつくし、互いに戦いあった。



『……降参です』
 ヴァルキリーズ対白銀武。その勝負が今ついた。
 一機の不知火が仰向けに倒れ、その胸に伊隅機の長刀が向けられていた。伊隅は勝利を確信してから、高ぶった気持ちを落ち着かせ、震える唇からゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「――貴様の所属……目的を答えろ」

 あの日言えなかった勝利の宣言を行う。彼の機体は満身創痍。残った武装は右手に残った短刀一本。しかし、彼はたった一機でありながら、5機の不知火を落としていた。
 辛勝だな、と伊隅は心の中で笑う。ただし、撃墜された一機一機が確実に彼の機体に損傷を与えていた。あのときとは違う。彼女達は彼に一矢報いたのだ。
 勝ちは勝ちだ。伊隅はあの日から二ヶ月の思い出を心に、相手の言葉を静かに待った。



「……極東国連軍所属、白銀武少佐。目的は、人類の勝利のため、としか言いようがない」
 武はこの結果に満足した。決して力など抜いていない。正真正銘、真正面から彼は伊隅ヴァルキリーズに敗れた。言い訳などしない。これは自分が望んだことなのだ。
 たった一人も欠けていない。目の前の彼女達を一人も失うことがなかった。

「つッ……ッ」
 それを再認識したとき、彼の涙腺が刺激された。気が狂うほど繰り返したこの世界で、この成果は今回が初だった。じわじわと目の前の景色が歪んでいく。網膜に映った複数の不知火も、知らぬあいだにコックピットに変わっていた。
(俺は……やったんだ)
 彼がこの世界で最も世話になったと認める人物たちだ。彼女達の存在なくして、武の成長はなかった。武は今までやってきたことが無駄ではなかったこと、再びこの世界に戻ってきたことに意味があったことにただ涙した。
 
『――ご苦労様。それではこれで演習を終了します』
 涼宮のその言葉で武は慌てて、潤っていた目を拭いた。シミュレータ機が動きを止め、外への扉を開こうとしている。武は男として残った矜持から、涙を見せることは憚られた。もしかすると、CPを行っていた彼女にはばれているかもしれないが、これ以上涙を見せるつもりはなかった。

「……よし」
 完全にいつもの自分に戻ったことを確認してから、武はシミュレータ機からゆっくりと外に出た。

「「「「「……」」」」」
 そこにはすでにA-01の全員が武を待っていた。誰も彼もが口を開かず、武の言葉を待っていた。
武はその期待に答えるべく、第一声を発した。

「――今日ここで、16人全員と顔を合わせている」
 左から順に部隊全員の顔を見た。
「一人も欠けることなく」
 次は逆から、その姿を網膜に焼き付けるように、もう一度全員の顔を見た。

「そのことが何よりも嬉しい」
 その言葉に、彼女達は柔らかな笑みをその口元に浮かべた。彼と再びこの基地でまみえることができる喜びは彼女たちとて同じだった。

 そんな彼女達に、今まで以上に背筋を伸ばし、彼女達の顔を正面から見据え、最高の敬礼をした。
「伊隅ヴァルキリーズ――任務御苦労」
 そんな武の敬礼に、部隊員全員が一糸乱れぬ動きで敬礼を返した。



(あ……あれ?)
 武は敬礼を解き終えたあと気づく。
 今は誰も彼もが武に向けて、笑顔を向けている(中には薄っすらと目じりに涙が浮かんだ者もいる)が、そんな中一人だけ睨むような険しい表情を自分に向ける者がいる。
(は、速瀬中尉……)
 いささか、心の中で思い描いていた感動的な再会を演出する表情ではなかった。
 そんな速瀬に、困ったような笑みを向けると、彼女はすぐにその顔を武から外した。てっきり何か言ってくると思っていた武は、それに拍子抜けした。

「タケル……」
 冥夜が一団の中から一歩でた。
「私は、ずっと……この星、この国の民を守りたいと、願い続けてきた」
 明確に心に刻む戦いの理由は違えど、その願いは、今この場にいる誰もが、戦場に出る誰もが秘めていたものだ。
「此度の作戦で……ようやくその願いのための一歩を踏み出すことができた」
 彼女は一度、そのときの情景を思い浮かべるように目を閉じた。次に目を開けたときには、武の顔をしっかりと見つめ、

「そなたの、おかげだ」
 彼女は深々と頭を下げた。
「私からも礼を言わせて……本当にありがとう」
 そんな彼女に続くように、千鶴も礼を言った。そんな彼女に向けて武は、

「言ったろ、委員長。『オレは全人類を救うつもりでいる 』って」
 得意げに笑った。
 それはあの日、武と彼女達が始めてあったPXにて、千鶴が尋ねた彼の特別の意味に対する期待。武はその言葉に一切の偽りを含ませていなかった。

「あの機体についても聞きたいけど、どうせ教えてくれないんでしょう?」
「あー、あの機体については夕呼先生に一任してるから……悪いな」
 彼女らも、そのことについてはあきらめることにしたようだ。詳しいことは分からなくとも、あの機体が人類反撃のための先陣を切るものであるのは明らかだ。それだけで十分だった。

「白銀」
 次に言葉を発したのは、伊隅だった。
「お前が、戦場に現れたとき……私は部隊を未曾有の危機にさらしていた」
 彼女が言っているのは光線級数十体に囲まれていたときのことだろう。どこか自身を責めるような彼女の物言いに、武は言った。
「あなただけが背負い込むことはないですよ。そのために、速瀬中尉や宗像中尉、神宮司大尉がいます。それにみんなも……俺もいます」
 彼女が気づくのがあと一瞬遅れていれば、あのBETAがひしめく戦場で、光線級が発する振動に気を払うものはいなかったかもしれない。その場合、彼女らは無防備な頭上からあの光に溶かしつくされていたことだろう。武も間に合わなかったかもしれない。
 彼女の行いを最善とは言わないが、不確定要素ばかりの戦場では運も必要だ。それを手繰り寄せた彼女はそれだけで立派だった。

「これからもあなた達には働いてももらいます、期待していますよ」
 部隊の各隊長を務める者たちに向かって言った。彼女らは、ただ武に敬礼を返した。

「だ、だげるざぁああああん」
「ど、どうしたタマ!?」
 次に飛び出してきたのは、涙で顔をくしゃくしゃにした壬姫 だった。
「わ、私、あの光線級に狙われたとき、ほ、本当に死んじゃうかと……!」
 彼女は新兵だ。いや、それでなくともあれだけの光線級に囲まれて、平常心を保っていられる衛士などいないだろう。

「あ、ああ、お前ら大丈夫だったか? 漏らさなかったか?」
「「「「「漏ら――!?」」」」」
 その言葉に何人かが大げさに反応した。衛士にとって、この程度の冗談は日常茶飯事であり、それを知る伊隅やまりもは特に反応はしなかったが、このA-01には任官してから同部隊に男の存在がいなく、そういったことに不慣れな初心な乙女たちが何人かいた。

「本当かー? よし、ならあのときの強化装備のデータを……」
「し、白銀を捕まえて!」
 茜のそんな言葉を皮切りに、何人かが慌てた動作で武に向かってきた。
 抵抗する間もなく、武の両腕、両足にしがみつく彼女達。武は強化装備越しに伝わる柔らかな感触を楽しみながらも、ここは精一杯抵抗してみた。

「お、おい! お前ら! そんなにムキになるってことは認めてることと同じで――」
「黙りなさい、白銀! あなたにはデリカシーがないの!?」
 右腕を捕らえていた榊が叫ぶ。なにも彼女達だって先ほどの武が言ったことが事実ではないだろうが、戦闘中の強化装備データというのは、あまり見られてうれしいものではなかった。

「こ、こうなれば、少佐の権限を使って絶対に――」
「ぐ、軍の階級は、己が欲求を満たすものではないぞ!」
「そ、そうだよー!」
 至極全うなことを冥夜が言う。それに美琴が追随する。

 そんなドタバタ劇を見つつ、まりもは密かに笑みをこぼしていた。
 教え子達を戦場に送る。それは毎年のことながら気持ちのいいものではなかった。
 そして、彼らが戦場に出て、すぐに届く戦死の知らせ。次々と未来ある若者達を死地へと向かわせていたのだ。より多くを生かしたいという免罪符でそれを誤魔化していた。

 今、彼女の最後の教え子達が目の前で元気に騒いでいる。そのことに、すっかり枯れたと思っていた涙腺が少しだけ刺激された。彼女たちなら未来を掴んでくれる。
 どこかで負の連鎖が断たれた気がした。彼女達が生き残ってくれている。ただ、それだけで過去の自分を少しだけ許せそうだった。

「あー、茜達……? 胸とかいろいろ白銀に当たってると思うんだけど」
「おい、柏木! なぜ言ってしまう!?」
 そんな柏木の言葉で、武を取り囲んでいた者たちが顔を真っ赤にしながらその手を離した。武は内心残念に思いながらも、その隙に出口の方へ向かって駆け出した。
「あっ!」
 誰かが慌てたように声を出す。しかし、もう無駄だ。最高速状態に達してしまえば、部隊内において、彼についてこれるものはいない。

 だが、その油断をつかれた。突如目の前に現れる人影。
「なっ!?」
 その人影――彩峰の蹴りが武の股間を直撃した。さすがは、随一の格闘能力を誇る彼女である。その足は、人類の男性諸君を震え上がらせるほどの一撃で決まった。
「お、おまッ! それは――反則ッ……」
「……これで、動けない」
「ナイス、彩峰!」
 うずくまる武。残念ながら、この場に武の痛みを理解できるものはいなかった。

 武を中心とした作戦前となんら変わらない日常。それがまた戻ってきた。そのことに武だけでなく、誰もが心の中で喜んでいた。
 あわよくば、この日常が続くことを信じて、彼女達は笑った。


◇ ◇ ◇


 シミュレータデッキでの出来事の後、武は仕事をこなしていた。まだ、股間は痛いがそれで休んでもいられない。A-01は今頃ミーティングルームで先の演習の反省を行っていることだろう。

「……」
 横浜基地の地下深く。90番ハンガーと呼ばれるそこで武は伊邪那岐のコックピットに軍服のまま腰かけ、膝の上でノートパソコンを広げている。
 彼が行っているのは、伊邪那岐の先の作戦における戦闘データの詳細なまとめ。これを夕呼に提出する義務があるのだ。

「しっろがっね少佐」
「ん?」
 語尾に音符でもつけていそうなリズムをつけて、武を呼ぶ声がした。機体の外からコックピットを覗き込むようにして顔を出したのは顔なじみの整備兵だった。
 武とそう変わらない年齢の少女と言ってもいい彼女だが、この90番ハンガーで凄乃皇とともに伊邪那岐の整備も行っていることから優秀さは折り紙つきで、同年齢ということもあって親しみやすいので武とは結構仲がいい。UNと書かれたキャップをいつも斜めにずらしてかぶっているのが特徴だ。

「そろそろ教えてくれませんか―? この機体って一体どこで造られたんですかー?」
 伊邪那岐の装甲をバンバンと叩きながら尋ねてくる。なにも彼女だって本当に答えが返ってくることを期待しているのではない。それは今まで先輩の整備班長たちが夕呼に直接聞きに行ってことごとく失敗している。もうすでにそれを知ることはあきらめているだろう。
 これはただのあいさつみたいなものだ。だから武はいつものごとく、ため息交じりにこう言った。

「命が惜しいなら深入りしないほうがいい」
「またまたー」
 アハハと笑いながら手をひらひらさせて、聞き流す彼女。武は続けて、
「香月博士の笑顔を思い浮かべるといい」
 そこで彼女の笑みが固まった。そして、しばらくの硬直の後、体が小刻みに震え始めた。
「ホ、ホントっぽいなー! ちくしょー!」
 涙目、やけっぱち気味に言った。彼女の頭の中では底冷えするような笑みを浮かべたマッドサイエンティストな香月博士が思い浮かんでいるはずだろう。

 ここまでが一連のあいさつみたいなものだ。武は本題を尋ねる。
「で、用件は?」
「アーリャちゃんと霞ちゃんが来てますよー」
 彼女はケロッと元の状態に戻って機体の外を指さした。武はパソコンを閉じて、コックピットから身を乗り出す。
 すると伊邪那岐の足元でこちらに向かって一生懸命手を振るアーリャとその隣でこちらを見つめる霞の姿があった。



「……はぁ」
 一時間ほど前のシミュレータデッキでの出来事のあと、速瀬水月は一人基地の外を歩いていた。口から出るのは重い溜息。その足取りもため息同様重い。
 A-01の各々は今頃、鑑から提案された「とあるイベント」のために全員がなんらかの準備を行っているが、水月はそれには後で参加するという旨だけ伝えて一人基地の外に出ていた。

「結局何言えばいいかわかんなかった……」
 とぼとぼと足が向かう先は基地の前のあの桜。明確な目的はなかったが、気持ちを整理するためにもあそこに向かおうと思った。
 彼女が落ち込んでいる理由。それはさきほどのシミュレータデッキで三日ぶりに白銀に会ったというのに結局何も言えなかったことに対してだ。演習が終わると早々に出ていったといっても何か一言ぐらいは声を掛けられたはずだ。だが、その一言が何を言えばわからなかった。

 助けてもらったことの礼を言いたい。いつもの態度で接したいと思いながらも、自分たちに秘密にしていた多くのことについて階級は抜きにして彼と自分たちのフランクな関係上何か言ってやらねばとも思っている。それが自分と彼の付き合いでは自然だと考えているからだ。
 それらを総合して彼に取る態度を決められない。そんな自分に苛立っていた。

 考え事をしているとあっという間に門を抜け、あの桜の近くにやってくる。
「……あ、れ?」
 誰か、先客がいる。桜の前にはこちらに背を向ける3人の姿。小さな二人に挟まれる形で桜を見上げる一人の男。
(し、白銀!)

 それが彼とわかるやいなや、水月はつい反射的に体を近くの木に隠してしまった。まさかここにきて彼と鉢合わせになるとは思いもしなかった。そろーっと慎重にそこから彼の様子をうかがう。
彼の隣にはアーリャと社の二人がいる。作戦中、この基地に残っていた二人だ。慕っている白銀が帰ってくれば、二人ともさぞかし嬉しいことだろう。
 しかし、てっきり今頃、香月副司令のもとで何かしていると考えていたわけだが、彼は今あそこで何をしているのだろうか。

 耳を澄ますと微かにだが、彼の声が聞こえてきた。
「――‘碓氷’……さん、‘七瀬’――さん」
「?」
 彼は人の名を何人も口にしている。それらの多くは速瀬もどこかで聞いたことのある名だった。
 速瀬が白銀は一体何をしているのかと疑問に思ったとき、彼はその名を口にした。

「――‘鳴海孝之’さん」
「!」
 その名で気付いた。
 彼が口にしているその名。それはかつてA-01連隊に所属し、今はあの桜の下で眠っている英霊たちであった。
 彼は、それからも20人ほど名前をあげる。そこにはかつての自分の同期の名もあった。

 彼が一体あそこで何をしているのかが分かった。
「A-01の先任方、今回の作戦は……無事、成功しました」
 ――彼は英霊たちに作戦の成功を報告していたのだ。



「伊隅ヴァルキリーズの面々も全員無事です」
 基地前の桜の木を見上げながら武は言う。
 さきほど、90番ハンガーにやってきたアーリャと、もとからこの基地で留守番をしていた霞も一緒だった。アーリャは武より先にこの横浜基地に伊邪那岐と帰ってきていたので、会うのは2日ぶりだった。
 武は行っていた作業を止め、彼女たちのもとへ下りた。そんな武にアーリャは開口一番こう言った。
『作戦うまくいったよって……いつもみたいに言いにいこ、タケル』

「アーリャが思い出させてくれて良かったよ。そうじゃなきゃオレはA-01 の先任たちにとんでもない不義を働くところだった」
 2002年以降、武は大きな作戦が終わるたびに作戦の成功と自分の無事をこの桜の木の前で報告していた。それはアーリャとともに戦うようになってからも同じで、桜の木の下に眠ると信じている元207Bや純夏、ヴァルキリーズ、A-01の先任に対しての報告だった。

 再び時をさかのぼり、今現在ヴァルキリーズは生存しているといっても、人類がようやく反撃に移ることができるようになったのもかつてのA-01の衛士たちの挺身があってこそなのだ。
 その多くは顔も知らない、話したこともない人たちだ。だが彼らは自分たちの犠牲が意味のあるものだと信じて散っていった人たちである。人類の今後を左右する作戦の成否は一刻でも早く知りたいだろう。そして自分たちの意志を継ぐ残りのA-01の無事も知りたいはずだ。彼らに敬意を払うが故に、報告を怠ってはならない。

「皆さん……無事に帰ってきてくれて良かったです」
 右隣で同じように桜を見上げていた霞がしみじみとそう呟く。その小さな手がギュッと武の袖を握った。表情からは読み取れないが、その仕草が、彼女が感じていた不安を伝えていた。
「ああ……霞も留守番ご苦労さま」
 待つというのは、ともに戦場に立てない以上相当つらいことに違いない。同じ戦場に立てるのならば、他者をその手で守ることもできる。だが、残されたものは、送り出した相手をただ信じて待つしかないのである。武は基本、神という存在を信じていないが、そんな立場になった場合には必死に仲間の無事を神に祈るだろう。

「私は……戦えませんから」
 霞は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「私は……ただ待っているだけ……本当は純夏さんやアーリャさんがやっていることは私の―――」
「気にするな……オレはお前の『おかえりなさい』を聞けることが嬉しい」
 武は彼女の言葉を遮って、そう続ける。
「お前はオレたちの帰る場所をしっかり‘守っている’さ」

 霞にはその言葉が武の本心からの言葉だと判断することができる。彼の心の暖かい色をしっかりと感じると彼女は顔をあげた。
「……すみません。変なことを口にして」
 武はそんな彼女の頭を軽く撫でてやった。そしてその話題をやめて、また桜の木に向き直る。

「しかし、埋葬の空砲を聞かずにいることがこんなに嬉しいとはな」
 あれほどむなしい発砲音も無い。
 先任たちにはしばらくはそっちに誰も行く予定がないことを伝えておかなければならない。そしてそれを実現しなければならない。
「とりあえず、今回は2か月の努力が結ばれた……」
 部隊での犠牲者0。それは武が再びこの世界に舞い戻ってきた10月22日より約2ヶ月間の武の努力が実を結んだ結果であった。



(2ヶ月……そっか、‘たったの2ヶ月’なんだ)
 水月は今更ながらに、白銀と自分たちが初めて出会ってから2ヶ月程度しか時間が経っていないことを思い出した。
 今やもっと以前から白銀と一緒だったような錯覚さえあった。それだけ今の自分にとってほかのA-01の面々と同様、彼がいることは当たり前になっている。

 それはいつから……?
 彼が戦技教導官として自分たちの前に現れたとき? 彼の圧倒的力量を目の当たりにしたとき? 彼もまた愛する人を失ったと知ったとき? 佐渡島で彼の名を心の中で叫んだとき? 自分たちをレーザー種から助けてくれたとき? 彼があの日、自分たちを負かした衛士だと知ったとき?

 わからない。いつの間にか、としか言いようがない。
「タケル……がんばったもんね」
「ああ、みんなオレにとって大切な人だからな」

「……」
 なぜあいつは私たちのためにそこまでしてくれる? 水月の心に生まれる疑問。
 自分たちと彼は、2ヶ月前までは会ったことすらなかったはずだ。少なくとも水月個人にしてはそうだ。A-01部隊内でも、幼馴染であるという鑑を除いて、彼と面識があった者はいないはずである。
 副司令からの命令のため、と言われればそれまでだが、きっと彼がここまでやってくれるのは別の理由があるように感じる。何も軍人は命令だけに生きる者ではない。感情と人とは、軍人であっても完全に切り離せるものではない。彼の教導の熱意は、初めて会った時から今に至るまで、十分に伝わってきていた。

『強くなってください』
 今でも思い出す。あの日、最後に自分たちに掛けられた言葉。あの衛士が白銀だった。今思い出すと、その言葉には決して任務のためだけでない想いが込められているように感じられる。なぜ彼があの日あの機体でこの基地を襲う真似なんてしたのか。それは水月たちの力不足を実戦で教えるため。彼女たちを戦場で死なせたくないがため。
 思考の海に沈んでしまいそうになる水月の耳に、また3人の話声が聞こえてきた。

「みんなの様子はどうだった?」
 アーリャが白銀にそう尋ねる。おそらくみんなというのは自分たちA-01のことを指しているのだろう。
「みんな怪我一つなく元気だったよ……まあ伊邪那岐のことをなにがなんでも聞きたいって顔はしてたな」
 彼は笑いながら言う。あのような機体のことを知りたいと思うのは当然のことだ。それだけ今までの戦術機の常識を覆すものであり、自分たちにとっては命を救われた特別な機体でもある。

「ただ速瀬中尉がオレを思いっきり睨んでいたんだよな……やっぱ伊邪那岐でコテンパンにしたこと根に持ってんのかな?」
「う……」
 やはり先ほどのシミュレータデッキでの自分の様子にはしっかりと気づいていたようだ。今思うと先ほどの自分の行動、なんとも子供じみたものではないかと振り返る。

 どうしたものかと眉根にしわ寄せ、ムムムと唸る白銀。そんな彼に社が口を開いた。
「あの人は……自分の中に生まれた……いえ、改めて気づいた大きな感情に戸惑っているだけです」
 その彼女が一瞬こちらを向いた気がした。彼女の言葉の意味と同時に驚く。だが、彼女はすぐ白銀の方へ向き直った。
 社が自分に気づいている? いやそんなはずはない。これだけ距離が離れているのだ。白銀ならともかく彼女にばれるとは思えない。
「カスミの言う通り……あんまり嬉しくないけど……」
 続けてアーリャが少々頬を膨らませながら社に同意した。そしてその彼女もこちらをチラリと見……いや睨んだような気がした。だがすぐに視線は桜のほうへ。

「ばれてる……わけはないわよね」
 水月は、そんな二人の行動を結局は自分の勘違いだと信じることにする。そして次に考えるのは、先ほどの彼女たちの言葉だ。
(大きな感情……?)
 自分のなかにある大きな感情。向かう相手はもちろん白銀だ。それは自分でも理解している。彼女たちにはなぜ自分が今このような状態になっているのか理由がわかっているのだろうか。そんなに自分は第3者から見て露骨な態度をとっているのだろうか。

「大きな感情って?」
 白銀が二人に尋ねる。教えてもらえるなら私も知りたい。水月は無意識に木から体を乗り出していた。人が人に向ける感情などそれこそ無数にある。自分の中の感情はその中のどれに当てはまるのか。
 
 アーリャは白銀の問いかけに、一瞬迷ったような雰囲気を見せたが、やがて唇を尖らせながらこう言った。
「――タ、タケルのこと好きになったとか……」

「……は?」
 その言葉に水月は素っ頓狂な声を上げる。予想だにしていなかったその答え。
(ちょ……ちょっと待って……!)
 いや好きか嫌いかと聞かれたら感情的には勿論好きだがけどこの場合の好きと言うのはおそらくは異性に対する恋愛感情の好きというものであってそれももちろん人に向ける感情としては数えられるものでむしろそれは女から男に抱く感情としては妥当なものだと言えるがそれを認めてしまえば私はあいつに対して恋をしているということになるのだけどいやだがしかし――

「…………………………………っ!」
 顔が知らず知らず真っ赤になる。その赤く熟れた頬を両の手で挟みこんだ。はっきりと感じる。熱い。
 自身の急激な身体の変化にワタワタと慌てる。必死に熱い顔を冷やそうと、無意味に手で風を送ったりしてみる。

 そ、そうだ。白銀はもし私があいつのことを好きかもしれないってことを知ったらどんな反応するんだろう。
 自身の気持ちはとりあえず脇に置いた。

 バクバクと暴れる心臓を押さえながら、木の蔭から水月自身も気づいていない微かな期待を込めて彼の様子を盗み見た。しかし、なけなしの勇気を振り絞って見た彼は、
「ははは、んな馬鹿な」

 ――ピクッ。
(……あの野郎、まったく動揺もなにもしてないわ)
 アーリャの言葉を一蹴して、面白い冗談を聞いたみたいな感じで大口開けて笑っている。それを聞いて、急速にさっきまでの熱が引いていく。その後、最初に浮かんだ感情は彼の反応に対する微かな怒りだったが、次第にそれは、
(……なによ。私があんたを好きになるってそんなに変なことなの?)
 という拗ねたような感情になっていた。

 あいつが自分のことを女として意識してないように感じて少し、いや正直言うとかなり不満だった。
 だが、それが直結して白銀に対する恋愛感情からくるものかと言われれば断言はできない。ただの女の意地かもしれない。

「はぁ……」
 アーリャはそんな彼の言葉に重い溜息を吐く。その表情には、安心したような、残念なような、複雑な感情が見え隠れしていた。白銀はそんな彼女の態度に小首をかしげるが、アーリャは詳しく語るつもりはないらしい。
 
 彼女は社の手を取ると、
「タケル……私とカスミちょっと用事あるからもう行くね」
「用事って?」
「タケルには秘密……行こっカスミ」
「はい」
 二人して手をつないで基地の方角……すなわち水月が隠れている方へ小走りにやってくる。そんな二人に白銀は「こけるなよー」という言葉をかける。
 水月は自分の方へと向かってくる二人に見つからないように木の影に身を隠した。さすがに完全に隠れることなどできないが、彼女たちが振り向かない限り見つかることなどないだろう……そう思っていた水月。

 だが、速瀬の横を通り過ぎようとしたとき、二人は視線を横に移動させた。そして身を小さくしていた水月と目が合う。
「!?」
 その視線の移動はまるであらかじめそこに彼女がいるのを知っていたかのようだった。そしてそれを裏付けるように水月を発見した二人の顔には驚きの感情などなかった。
 彼女たちはその足を止めない。視線が交わったのはほんの一瞬。社はいつもの表情の乏しい目で水月を見つめ、アーリャの方はというと、軽く水月のことを睨みつけていた。

 彼女が水月の目を捉えたほんの一瞬、彼女はこう言った。
「タケルは……あげない」
 それだけ口にすると、二人とも視線を戻してなんでもなかったかのように基地の方へと戻って行った。
「……」
 どうやら彼女の中では自分がライバルということは決定済みらしい。基地のほうへと去っていく小さな背中二つを呆然としながら見送った。

(わからないのよ……‘また’人を好きになるなんて……)
 彼女達が見えなくなってから水月は思う。好きになれば失ったときの反動が大きいから。私はそれを一度経験しているから……。
 ’彼’が死んでから今まで、自分の周りに男が少なかったこともあるだろう。そういった感情をすっかり忘れてしまっていた。戦い始めてからの日常は、突撃前衛長という立場に据えらたというのもあって、毎日が部下を守るため、自分が生き残るために精一杯だった。

 人を好きになることがあるとすれば、それはBETAとの戦いに勝利してからだと思っていた。そんな余裕が自分にあるとは思えなかった。
 だが、彼が来てからは毎日が少しだけ楽しくなった。何気ない口ゲンカから、訓練外での会話。圧倒的力量差の彼の背中を追うというのも、悔しさはあるが、はっきり言って楽しかった。

 私はあいつを、あいつは私をどう想ってる? それを確かめるため、再び白銀の姿を木陰から盗み見た。

 彼はアーリャと社がいなくなっても変わらず桜の木を見上げている。葉の一枚もついていない木をさきほどまでとは違った表情で見つめている。
「……?」
 さっきまでの彼は微かな笑みを浮かべていた。だが今の彼はどうだ。口元からはその笑みは消え、そして目は細められ、厳しい表情で桜の木を見ていた。

 その姿を見て、たちまち不安になる。彼があんな表情を見せたことなどまずない。例外と言えば、以前彼が恋人を亡くしたと漏らしたときだが、あのあとの彼の行動から考えて、あれは彼自身にとっても失敗だったのだろう。
 水月にはその背が、今喜び湧き上がる世界においてたったひとり取り残されているようにも感じられた。
「し、白が……」
 その顔を見ていられなくなって、咄嗟に声をかけそうになってしまう。しかし、その瞬間彼は口を開いた。

「――まだ……‘たったの一つ’なんだ」

「――!」
 彼は……浮かれてなどいなかった。
 地球上に存在する残り24のハイヴ。未だ攻略できたのはたった二つでしかない。先の作戦ではそのうちのたった一つを落としたにすぎないのだ。
 
 世界中が吉報に浮かれ騒ぐ今、彼はさらにその先を見据えていた。
 桜の前に立つ、あの男の背中がとても孤独に見えた。たった一人。その姿は戦場での彼の姿に重なった。
 戦術機は二機連携(エレメント)が基本である。どれだけ優秀な衛士でも、一時の油断、一瞬の状況判断の誤り、不確定要素に引き起こされる不足の事態でその命は簡単に失われる。しかし、今この基地に彼に並ぶ衛士はいない。
 誰があいつを守ってやれる?
 彼の隣に立つ衛士がいない。それが急に不安に感じられた。

「みんな、本当に強くなった……」
 言葉とは裏腹にその表情は陰りを帯びる。その様子に水月が嫌な予感を覚えたそのとき、

「もう少し強くなってくれれば――万一、オレが死んでも――」
 彼がふと口にした言葉。
 ……え? あいつが死ぬ? いやそんな馬鹿な。あいつは私があった中でも断トツで最強の衛士で、あいつが戦場でやられる姿なんて抱いてすらいなかった。

 死ぬ。失う。会えない。いなくなる。
 ‘また’いなくなる……? そんな、そんなのって――

「――なにバカなこと言ってんのよ!」

 彼の口から自分の死と言う言葉を聞いた瞬間、頭に血が昇って何も考えずに飛び出してしまった。
 目の前では彼が軽い驚きと困惑の表情をつくってこちらを見ていた。
「は、速瀬、中尉……?」
 飛び出してから、自分のしてしまった行動に後悔を感じる。さきほどのアーリャの言葉から意識させられている彼に対する自分の感情。さらにさきほどシミュレータデッキでとっていた自分の行動に対する気恥かしさ。また正面から自分一人に向けられる彼の視線。先ほどの言葉にいったい何を続けるべきか。

「あ、あんた言霊って知ってる? 言葉には力があるの! そんな後ろめたいこと言ってたら現実になるんだから!」
 結局あわてた自分の口からはそんな言葉が出ていた。違う。そんなことを言いたいんじゃない。先ほど浮かんだ言いようのない不安、怒り、悲しみ。彼に死んでほしくない理由は別にあるはずなのに、彼女の口は正直になってくれなかった。
「そ、それにあんたにはまだ一度も勝ってないんだから! 死んで勝ち逃げなんて一生恨んでやるわよ!」

 だが、この言葉でようやく彼は表情を和らげた。
「大丈夫ですよ、速瀬中尉。ただの仮定の話です。オレは死ぬつもりは一切ありません」
 その笑顔からようやく彼に纏わりついていた死のイメージが払拭された。そこでようやくホッと胸をなで下ろす水月。
「仮定でもそんな言葉、言うもんじゃないわよ」

「そうですね、では言い直しましょう。もし、伊邪那岐 や凄乃皇 を失っても大丈夫だと」
「へ?」
 彼が言い直した言葉をよく理解できなかった。

「今回の作戦でG弾推進派は少しは大人しくなるでしょうが、付け込まれる隙があるとすればあの二機の存在。もし、あれに頼りきりでこの先いくつかのハイヴを落としたとして、彼らは必ずこう言う――『特定の機体に頼りきりになってこの先大丈夫なのか』」
「!」
 その言葉で理解した。先の作戦、あの二機の戦果は相当なものだった。それを万が一にでも失った場合、ようやく生まれた兵下たちの心の余裕もなくなってしまうかもしれない。そして、今の勢いを急速に失ってしまうかもしれない。
 この考えをマイナス思考だとは思わなかった。あの二機は、人類反撃のための旗印である。それを失えば、表面上は大丈夫でも、いつかまた戦場に立ったとき、どこか言いようのない不安に駆られてしまうだろう。

 あの機体に頼りきりになってはいけない。そのためのXM3、日々の鍛錬である。あれらの機体がある限り、その戦果に期待するのは当然だ。しかし、その戦力を頼みにする戦い方をしてはならない。

 この男は、常に未来を見ている。一つの目的のために、あらゆる道を模索している。
(……おっきいなぁ)
 それは、彼の体躯のことではない。彼の思い描く未来、それを目指す姿勢、その志(こころざし)、それらに感じたものだった。
 その気持ちを心に思い浮かべた瞬間、ドクンと彼女の心臓が強く波打った。
(……え?)
 自身の身体の反応に、胸の部分に視線を落とす。ゆっくりと右手をあて、その鼓動を確かめた。いつもと同じリズムで、生命の鼓動を感じさせるそこ。それを確認してから顔を上げた。

「……?」
 そこには、不思議そうな顔をして水月を見つめる白銀の姿があった。そんな彼と視線が交わった瞬間、右手に感じていた鼓動がまた一つ強く波打った。
(あ……)
 その気持ちを彼女は知っていた。忘れていた。思い出した。

(……そっか)
 なぜ自分がこの感情に気づかなかったのか、いや気づかないふりをしていたのか。その理由は分かっている。
(私は……恋に臆病になってたんだ)
 ――孝之。あれだけ好きだった男は簡単に死んでしまった。遙と一緒に告白をしようと決めた矢先の出来事だった。泣いた。涙が枯れるんじゃないかってほど泣いた。失うのが怖いんだ。

 好きだと認めなければ、失ったとき自分にとってダメージが少ないと無意識にとっていた防衛行動だったのかもしれない。でもそれはもう無駄なんだ。認めようと、認めまいと彼の存在は自分の中で大きくなり過ぎている。

「白銀……あんたあの日に言ってたわよね? 『強くなってください』って……」
 二ヶ月前のことを思い出す。下を向いていた視線を上げて彼の顔を正面から見つめた。

「私は……強くなれた?」

 彼は視線を逸らす事はなかった。至近距離で見詰め合うという行為、あまり長時間は心臓が持ちそうにない。
 彼はすぐには答えず、言葉を選んでいるようだった。構わない。どのような言葉でも受け止めるつもりでいた。
 やがて、彼は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、
「――‘まだまだ’ですね」
 そう言った。
 彼は簡単には認めてくれない。そのことを水月は心にしっかりと刻み込んだ。

「いいわ。いつか絶対、あんたにほえ面かかせてやるんだから」
 私がこいつの支えになれるその時まで……。
「頼りにしてます」
 彼は満面の笑みで答える。それを水月はまぶしそうに見つめた。

 道は長く険しい。けれどたどり着く先は見えている。後は自分が足を止めないだけだ。
 水月は桜の前で、決意を新たにした。

(……孝之――さよなら。ありがとう)
 そして、決別した。


◇ ◇ ◇


 基地前の桜で先任たちに作戦の成功を告げ、その後、その前で速瀬と別れた武。再び90番格納庫へ戻り、伊邪那岐の戦闘データをまとめていた。
 これはのちに開発する機体などに大きく役に立つ情報であるので、しっかりと責任をもって完成させる。その膨大なデータは、今日一日でまとまるはずもなく、キリのいいところでその日の作業を終えると、すでに時間は夜に差し掛かっていた。いつもならこの時間はPXで夕食だ。

 あの整備兵も一緒に誘ってみたのだが、本人は乗り気だったが、その首根っこを整備班長に掴まれ、連行されてしまった。「あ~う~白銀少佐~」と言葉を残してずるずると引っ張られていく姿はドナ○ナをつい口ずさんでしまう光景だった。どうやらまだまだ仕事は残っているようだ。武は仕方なく一人でPXへ向かうことにする。

 アーリャや霞はなにやら用事があるということで桜の木の前で別れたが、あれから数時間たっても一向に武の元にやってこなかった。秘密と言われたが、一体何をやっていることやら……。
 A-01のみんなは、今日の夜は空いているのはずだからおそらくいつもの時間より早くに夕食は食べ終わっているはずだろう。今日は一人寂しい夕食になるだろうと予想して、武はPXへと向かう。

 いくつものドアを抜け、エレベーターを乗り継いでやっとやってくるPX。今日は何を食べようかなーなどと考えながら、PXの入口までやってくると、
「あ、やっと来た」
 そこにはアーリャがいた。その言葉から察するにどうやら武がやってくるまでずっと待っていたらしい。

「あれ? まだ食べてなかったのか」
 その言葉に彼女は頷く。
「ん……タケル待ってた」
 たった二人の寂しい夕食になるため、別にわざわざ待っていなくてもよかったのだが。
「用事は終わったのか?」
 そんな武の言葉に、フルフルと首を左右に振る。彼女は、武の後ろに回りこみ、その小さな手で、ぐいぐいと武をPXの入り口のほうへと押し始めた。

「ほら、早く早く!」
「あ、おい……」
 なにやら急かす彼女に押されて、わけがわからず、PXに一歩を踏み入れたそのときだった。

「「「「「白銀少佐! 誕生日おめでとう!!」」」」」

「……へ?」
 そこにいたのはA-01の面々だった。
 どこからもってきたのかクラッカーを鳴らし、テーブルの上にはいつものメニューにはない多くの料理。クラッカーから飛び出した紙吹雪や紙テープが状況を理解できずに固まる武の頭に降り注いだ。
 そんな彼の元へ、満面の笑みでたまが近づいてくる。

「鑑さんから聞きましたよ! たけるさんの誕生日って12月16日だったんですね!」
 たまが、武の腕をとった。そしてそのまま一番料理が集中している一角へと連れて行かれる。テーブルの周囲は椅子が片付けられていて、立食形式での食事となるらしい。よく見ると、酒の瓶もいくつか見受けられた。

「ほら、みんなが無事に帰ってきたことと、佐渡島ハイヴの陥落……ついでにあんたの誕生日を祝うのさ!」
 おばちゃんが新たな料理を運んで来て、武の背中を叩く。その強さにせき込みながら、純夏の方を見た。彼女ははにかんだ笑みを浮かべ、武を見返した。

「た、タケルちゃんの誕生日だもん。私は絶対に忘れないよ」
 その言葉が強く心に響いた。
 せっかく彼女が提案して、みんなが自分のために開いていくれたパーティーだ。また白銀自身も甲21号作戦の成功をみんなと何らかの形で祝いたかった。すると今回のこれは絶好の機会ではないか。

「あ……えっと、その……ありがとう」
 だが、この世界に来てからというもの、誕生日を祝うということに疎くなっていた武にとっては本当に驚きで、とっさにそんな言葉しかでなかった。
 それにこのパーティー、さっきおばちゃんが言っていたように佐渡島の陥落やみんなの無事を祝うためのものでもあるのだろう。それでもついでとはいえ、自分の誕生日を祝ってもらえるとは嬉しいものだ。

「あれータケル……照れてる?」
「て、照れてない!」
 美琴のその指摘は図星だった。これだけの人数に誕生日を祝われることなど初めての経験だった。武自身は認めたくないが、その顔はかすかに赤くなっていた。その顔と慌てた態度からA-01の面々にはバレバレである。

「「「「「「「「か~わ~い~い~」」」」」」」」
「う、うるさいぞ!」
 純夏、アーリャ、彩峰、たま、美琴、茜、柏木、速瀬が一緒になってそんな武の様子を茶化す。台本でもあるんじゃないかと疑うぐらい息がピッタリなその言葉に顔を赤くして、慌てて反撃する武に対して、場がどっと湧いた。

 このままではおもちゃにされる。唯一の男である武は本能で悟った。
 一度咳払いをして、机の上のグラスを手に取る。すぐに風間から、そのグラスに飲み物が注がれた。
 武のそんな行動に、各々がグラスを手に取り、全員のグラスにそれぞれ飲み物が注がれた。そのあとで、全員の視線が武に集中する。そこで、一度気分を切り替えるために、再び大きく咳払いした。

「必死、必死」
「彩峰、うるさい」
 彩峰のそんな茶々をなんとか流して、
「えー……今日は俺のために、こんな素敵な場を用意してくれて、感謝します。まあそれはついででいいので、今日はみんなの無事を、作戦の成功を祝って、食って飲んではしゃぎましょう!」
 武の言葉に歓声が沸く。それがひと段落すると、武は手にもったグラスを頭上に掲げた。
「それでは、」
 全員が手にもったグラスを中央に集める。武はグラスを勢い良く突き出すと、

「――かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
 そのグラスに向けて、それぞれのグラスが触れ合う小気味良い音とともにパーティは開始された。

 このときは、あんな惨劇になるなんて考えもしなかった。



 ――数十分後。
「……で? なぜに俺は椅子に縛り付けられているのでしょう?」
 どこから持ってきたのか麻縄で椅子に縛り付けられている武。
 
 どこから様子がおかしくなったのか。……そうだ。だれかが酒の瓶を開け始めた辺りからだんだんと様子が……。
「んふふ~……しーろーがーねー」
「は、速瀬中尉……!」
 身動きのとれない武の前に酒の入ったグラスを片手に速瀬がやってきた。その顔は赤く、万面の笑みで、100%酔っている。
 そんな彼女は武の前に仁王立ちすると、ビシッと指を突きつけて、

「――さあ、いやらしい本をどこに隠したか白状しなさい!!」
「ちょ、ちょっとー!?」

 絡みモード全開だ。以前の純夏の話をまたここで掘り返してきた。あれは、元の世界の純夏の記憶であり、この世界の武はそのような成人指定の書籍など持っていない……持っていない。
「アーリャ、’心を読むな’」
 小声で一応保険をかけておく。も、持っていないったら持っていないのだ。

「ほらぁー! さっさと白状しろー!!」
 武の両肩を掴んで前後に激しく揺さぶる。体が固定された今の状態ではかなり気持ち悪い。顔が速瀬に近づくたびに酒の匂いが鼻を刺激する。このぶんではだいぶ飲んでいるらしい。
「む、宗像中尉―!!」
 こうなったこの人を止められるのはあの人以外にいやしない。武は必死に助けを求めた。そして宗像がいる方向を見て目にした光景。
「――!」

 それに一瞬浮かれた気分を吹き飛ばされそうになる。
 一人、輪から外れ、テーブルの一番端で目立たぬように手にしたグラスに視線を落としている彼女。
「……!」
 あのような表情をした人を何人も見てきたことがある。また自分がそう言った顔になることも多くあった。なぜ彼女がこんな表情を……。
「ん……なんだ白銀?」

 そのとき、武の視線に気づいた宗像が顔をあげた。その一瞬で、彼女は表情を切り替え、負のイメージを払拭した。
「え、……いや、その」
 だが、武の目はさっきまでの表情を引きずり、目の前の陽気に笑う宗像とぶれて重なっていた。表と裏。それを同時に見ている気分だった。

「宗像、あんたも手伝いなさい!」
 だが、速瀬は酔っているためか、その宗像の様子に気づくことがない。宗像は隣にいた高原から事情を聞くと、
「それは面白そうですね」
 いつもの人の悪そうな笑みを浮かべて、武のもとへとやって来た。

「ほら早く白状した方が身のためだぞ……『持ってない』と主張していて見つかった時が一番周りの視線がつらいんだ」
 ……今でも十分きついと思うのは武の気のせいだろうか。

「お前が好きなのは何だ? 巨乳? 貧乳? それとも手に納まるぐらいのがちょうどいいのか?」
 それぞれ自分がどれに当てはまるのか理解しているのだろう。それらの単語が宗像の口から出るたびに、‘そのサイズに該当する者たち’がピクリと反応して何気なく武の反応をうかがった。
 ……たぶんどれを答えてもひどい目に合うと思う。彼の本能がそう告げていた。

「正直に答えたら、速瀬中尉がこころよくその胸を貸すそうだ」
 この言葉は慣用句的な意味合いではなく、その言葉の物理的な意味を指したのだろう。速瀬は、それを聞くと、自分の腕で胸元を隠し、アルコールとは別のもので顔を赤くしながら慌てて武から距離をとった。
「そ、そんなことしないわよ!」

 このままでは埒が明かない。そこで武は助けを求めることにする。
「か、風間少尉―!」
 速瀬中尉には涼宮中尉、宗像中尉には風間少尉にストップをかけてもらう。風間少尉タスケテー!
 一縷の望みをかけ、その名を呼ぶ。だが、少し離れたところで食事をとっていた風間は、
「あら、私も聞きたいですね」
 と柔らかな笑みを向けてきた。どことなくその笑みにプレッシャーを感じるのは気のせいだろうか。

「なっ!?」
 ――し、四面楚歌! 最近こういう場面で風間少尉が助けてくれません。なんで? どうして?
「ス、スカル1よりCP!  敵に囲まれています! 味方にも裏切られて絶体絶命! 支援砲撃要請!」
「遙も知りたいわよね~」
「う、うん」
 くっ、CPも敵に落とされたか!? 戦場にただ一人となってしまう。

 そもそもここにはアーリャや霞もいるのだ。教育上よろしくないことは聞かないでほしい。と思いつつ、その二人の様子を見ると、二人とも自分の胸に視線を落とし、ポンポンと触っていた。そして……落ち込んだ。まさしくズーンという擬音が似合いそうな姿である。
 ……大丈夫。君たちまだ若いんだから。まだまだ大きくなるって。というか二人とも成長した姿はなかなかのものである。

 と、そこへお玉をもった天使が現れる。
「ほら、あんた達! 新しい料理できたよ!」
「お、待ってましたー!」
 速瀬がその言葉にすぐ反応する。湯気を立てる料理とその匂いから、A-01の面々はすぐにその新たな料理に群がった。
 そのことに、ホッと胸をなでおろす武。しかし、すぐに自分の今の状況を思い出す。
「だ、誰か解いて! 俺も食べたい!」
 だが、その言葉は誰の耳にも届かなかった。


 そしてさらに数十分後。


「タ~ケ~ル~……ん~~」
 縛られた武の前に来て、向かう合う形で膝の上に座った。そして、そのまま甘えるように武の胸に頬ずり……いやいやおかしい。 アーリャがこんな甘え方を衆目の前でやるわけ……って、そんな彼女からかすかに酒のにお――
「だ、誰ですかー!? アーリャに酒を飲ませたのは!?」
「宗像よ」「速瀬中尉だ」
「あんたらかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 犯人は二人組でした。しかも互いに互いの罪をなすりつけ合っている。

 アーリャはひとしきり武の胸に頬ずりすると、満足したように武から離れ、再びテーブルの方へ向かって行った。
「……ってアーリャそれジュースじゃないぞ! お酒!」

「……白銀さん」
 そう言って次に武の前に来たのは皿と箸を持った霞だった。皿の上にはテーブルの上にある様々な料理が山盛りになっており、どう考えても小食の霞が食べられる量ではない。
 すると、霞は武の隣に椅子を持ってきて、そこにチョコンと座ると、皿から箸で料理を一品つまんで、
「……あ~ん」
 そう言って武の口まで運んでくれた。

「か、霞……」
 なんと優しい娘だろう。パーティーが始まってあれよあれよという間に縛り付けられていた武。この状態ではテーブルの上の美味しそうな料理の多くなど食べられるはずがない。しかもこの縛り付けられた状態から様々な人に絡まれる始末だ。今ここにきて、差しのべられた優しさに武は感動する。
「ありがとう……いただくよ」

 そして差し出された箸にくらいついた。口の中に広がる合成食材の味。その味は、おばちゃんが今日のために用意してくれた特別な味ということを差し引いてもとてもおいしかった。
「……あ~ん」
 また霞が差し出してくる。それにすぐに食いつく。

「……あ~ん」
「ん……ごめん。まだ口の中に残ってるから」
 そんなに武に食べさせてあげたいのか、早々に差し出される料理。その霞の一生懸命さに微笑ましさから笑みがこぼれる。
 ……だが、

「……あ~ん」
「ごめん、まだ飲み込んで――」
「……あ~ん」
「いや、だから――」
「……あ~ん」
「か、霞?」
「……あ~ん」
「……」
「……あ~ん」
 よくよく見ると、霞の目は少しだけトローンと……、

「だ、誰だぁあああああああ! 霞にも酒を飲ませたのはぁあああああああああああああ!」
「宗像よ」「速瀬中尉だ」
「わかってたよ! どうせあんたら二人だってことは!」
 互いに指差し合ってんじゃねえよ!

 霞も飲んでしまっているということは、すでにほかのメンバーもやられてしまったと考えてもいい。その推測に、再び霞に入れられた料理に口をもごもごさせながら辺りを見渡すと、

「最近の~、茜ちゃんはー『白銀、白銀』って白銀くんのことばっかりだべ!」
「そ、そんなことないってば! っていうか、多恵! なまってる、なまってる!」
「ほら、多恵……もう一杯」
「晴子! ニヤニヤしながら多恵にお酒すすめないでってば!」
 なにやら築地に絡まれている茜。

「茜ちゃんもお年頃だからね~(ニヤニヤ)」
「た、高原……! わ、私知ってるんだからね! 高原と麻倉の二人! ――がねの声、戦術機の起動音に設定してるでしょ!」
「「え゛!」」
「あ、私も知ってる。整備兵に不知火のレコーダーから声とってもらうようにお願いしてたの」
 なにやら標的が高原と麻倉の二人に移ったようだった。

「ボクにもそのジュースもっとちょうだーい!」
「にゃははー、タケルさんが3人いるー」
「違うわよ、珠瀬。4人よ」
「榊も酔ってる? 白銀は……6人」
「……全員酔っておるようだな」
 ほぼ全滅の元207B。

「アーリャちゃんそろそろ一人で寝れば―? 部屋はいっぱいあるんだから」
「や」←(嫌という意味らしい)
「む……あのね、タケルちゃんだって――」
「や!」←(絶対に嫌という意味らしい)
「もー! アーリャちゃんずるいよー!」
 あかん。アーリャが酒入って幼児化しとる。

「ふふ……みんな酔いすぎるなよ。では、私も……」
「神宮司大尉! この料理絶品ですよ!!」
「ん? ああ、後でいただ――」
「ほらほらおばちゃんが新しい料理を! うわーいつもはみたことないメニューばっかり」
「いやそれより私にも酒を――」
「(いいか! 絶対に神宮司大尉にアルコールを取らせるな! これは副司令からの第一級の命令でもある!)」
「「「(了解!)」」」
 コールサイン:マッドドッグ1相手になんとか酒を遠ざけている数名。

 ……もうなにがなんやら。武は目の前で繰り広げられる惨状にため息をつきながらも、笑みを浮かべていた。今こうやって馬鹿騒ぎができるのも先の作戦を無事乗り切ったからだ。いままでの苦労を考えるとこれくらい羽目を外しても許されるだろう。
 しかし、それに自分が参加できないというのは悔しい。これでは一方的に絡まれるだけだ。武はなんとか自分を縛りつけている縄から抜け出せないかともぞもぞしていると、
「――タケル、今ほどいてやる」
 そう後ろから声を掛けられた。そして同時、後ろ手に両手首をくくっていた縄がスルリと解ける。続いて体を縛りつけていた縄もすぐに解かれた。

 ようやく自由になった両手をさすりながら、助け出してくれた相手に声を掛ける。
「冥夜……お前は酔ってなかったのか」
 彼女からは酔った雰囲気は感じられなかった。
「ああ、私はそなたに言いたいことがあったからな」

 言いたいこと? と首をかしげながらも皿と箸を手に取り、早速料理の山へと向かっていく武。しかし、料理の一品目を手に取ったとき、ある事実を思い出した。
「そういえば、12月16日っていえば、お前も誕生日だろ? いいのか、俺だけ祝われて」
 武の言葉通り、彼と冥夜の誕生日は同じである。ただし、今回祝われているのは武のみである。みんな一応は彼女にも祝福の声をかけていたが、あくまでメインは武である。そのことに武は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「いいのだ。私は……私は、あのときのそなたの言葉だけで十分だ」
 冥夜は胸に手を当てて、目を閉じた。それは何か大切なものを思い出しているようだった。

「しかし、武と私の誕生日が一緒だったとはな……」
 教えてくれてもよかったではないか、と少し機嫌を損ねたフリをする冥夜だったが、そのあとすぐに少しほほを赤くして、
「私はその偶然が……とても嬉しく思う」

 冥夜にしてはわりとがんばったアプローチ。しかし、冥夜がその発言をした瞬間、
「あーずるい! 御剣さんが抜け駆けしてるー!」
「「「「「なにぃいいいいいい!?」」」」」
 純夏の一言に、場が騒然となる。全員の視線を一点に受けた冥夜は、あわてふためきながら、
「ぬ、抜け駆けとはどういう意味だ!? わ、私はただ、タケルに感謝の言葉を伝えようと――」
 赤い顔のまま、慌てながら武のほうを見る。だが、そこには後ろからアーリャに耳を塞がれた武がいた。

「……抜け駆け、ダメ」
 ジト目で冥夜を見るアーリャ。その姿にたじろぐ。アーリャに耳を塞がれている武は、何が起こっているのか理解できていないのか、呑気に首をかしげていた。どうやら、先ほどの冥夜の言葉は届いていないようだった。
 ようやくアーリャが離れ、聴力が戻った武。何を言ったんだ、と冥夜の必死の覚悟も知らないような態度に、冥夜は自分だけ緊張していたのが馬鹿のように感じた。

「……私も酒を飲ませてもらおう」
「え? お前まで飲んだらこの惨状どうすんの?」
「知らぬ。そなたが悪い」
 そう言いきって、ツーンと顔を逸らす。顔を不機嫌そのものしながら、手に取った酒瓶からグラスに酒をついだ。
「あ、あーあー」
 武はこのとき覚悟を決めた。この惨状……オレがどうにかするんだろうなぁ。

 この日、彼女たちは久しぶりに、そして盛大に楽しんだ。また、誰もが、またこんなうまい酒を飲めることを願って、そのパーティーは深夜まで続いた。


◇ ◇ ◇


 深夜。横浜基地、兵舎へと続く廊下を二人に人物が歩いていた。
「う、う~~ん」
「ほら水月、しっかりして。 後で、お水あげるから」
 PXでのパーティーもいつのまにやらお開きとなり、酒に酔い潰れたメンバーを素面組が順次部屋に送っていた。
 遙もそんな一人で、完全に酔いつぶれた水月に肩を貸して基地の廊下を一路部屋にむかっていた。親友の水月は酒に弱いくせに、今日はずいぶんと飲んでいた。そしてずいぶんとある青年に絡んでいる姿が見受けられた。

「水月、今日は白銀少佐にずいぶんと絡んでたね」
 酒を飲むとだれかれ構わず絡むという酒癖の悪さを持つ水月だが、今日は特に彼に集中していた。……エッチな本の隠し場所について。
(……ほ、本当に持ってるのかな?)
 一人で考え、勝手に赤面する。そんな彼女に、先ほどまで呻き声しかあげていなかった水月が静かな声で言った。

「遙……覚えてる? あの約束」
 その声がとても落ち着いたものだったため、一瞬彼女の酔いが冷めたのかとも思った。だが、未だ顔は赤く、足取りも不安定だった。
「約束……?」
 遙と水月は、二人である約束を交わしていた。鳴海孝之という男を失った二人が交わした約束。それは忘れることなどありはしない。だが、今ここでその話題を出される意味がわからない。
 先の作戦前にも彼女の部屋で彼との思い出を笑いあいながら話していたばかりだ。笑いながら……そう私たちは彼のことを笑いながら話せるようにまでなった。
 相手は今完全な酔っ払いであるので、意味があって口にしたのではないかもしれない。
 
 掛ける言葉を迷っているうちに、水月のほうが先に言葉を発した。
「まだ戦いは終わってないけど……私は見つけたわ」
 それは、遙に語りかけているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「……え?」
 困惑の声を上げる。しっかりと彼女の言っていることは聞こえていた。だが、その意味をすぐに理解できなかった。

「遙、あの勝負……私の勝……ち……」

 そう言い残して、彼女の意識は夢の中へと消えてしまった。
「――水月……」
 そんな彼女を、深刻な顔で見つめる遙だった。
                           つづく(二話同時更新)



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 28
Name: テンパ◆790d8694 ID:9438d8b5
Date: 2013/01/16 21:30
※長くなりすぎたため、二話に分割しました。

「こんばんはー……ってあれ?」
 夜遅く、PXでの武誕生会もいつのまにかお開きになり、武は酔いつぶれた何人かを部屋に運んだあと、その足で、地下の夕呼の部屋を訪ねた。だが、そこに夕呼の姿はなかった。
 どうやらどこかに出ているようだ。彼女は睡眠のほとんどをこの部屋でとるので直に帰ってくるだろうと考え、それまでこの部屋にいることにした。

 ただ、ボーっと待っているのも時間の無駄だ。武はスリープ状態になっていた夕呼のパソコンを立ち上げ、とあるフォルダを開いた。パスワードを打ち込み、その中身を開く。それは文書ファイルだった。
『甲21号作戦報告書』
 簡潔につけられた名前。そこにはここ数日で調べられた今回の作戦での戦果、被害状況などあらゆることが記されていた。

 被害状況――作戦に参加していた帝国軍全体の34%、国連軍は32%。フェイズ4ハイヴを攻略したことを考えれば、異常なほど低い数値だ。今までの作戦であれば、これ以上の被害を出して、敗北していたわけなのだから、これに関しては十分と言えるだろう。

 その次に今回の作戦で得られた戦果について目を通した。
 まずはもちろん佐渡島ハイヴの攻略というこの事実だ。G弾を用いていずに達成したこの成果は、世界に大きな影響力を持ち、兵士の士気にも影響する。特にオルタネイティヴⅣの成功という事実は、残ったオルタネイティヴⅤ推進派の息の根を早くに止める足掛かりともなり、そうなれば夕呼と武が考えているオルタネイティヴⅥへと移る準備も早々にできる。
 また、あの戦闘のなか、アーリャと純夏が行ったリーディングと、反応炉前にてA-01部隊が到着するまでアーリャが行ったリーディングの結果、各ハイヴの詳細なマップデータ、BETAの初期配置などなど、今後のハイヴ攻略戦に大いに役立つデータがたっぷりと手に入った。

 反応炉前でヴァルキリーズを待っている間に、アーリャは間近でより精密なリーディングを行った。これでBETAに関するあらゆるデータが手に入り、今も寝る間も惜しんで、情報部が解析を行っているはずだ。

 次に、ハイヴ内に貯蔵されていた大量のG元素。それは武の記憶と照合してもフェイズ4ハイヴに貯蔵されているとは考えられないほどの量だった。もしかしたら奴らは近いうちに――それが何ヶ月後、何年後かはわからないが――日本に大攻勢をかける準備でもしていたのかもしれない。
 一応作戦終了後、今日まで、奴らの襲撃を警戒していたのだが、その予兆も見つけることはできなかった。12月16日に佐渡島ハイヴの戦力の全てがあの島に集っていたのか、それとも佐渡島ハイヴを前の世界とは違う形で落としたことで、彼らの行動に変化があったのか。その理由は分からないが、襲撃がないというのはそれだけで安心できるものだった。

 そして、次の成果は、ヴァルキリーズや多くの将兵に実際のハイヴ攻略戦を経験させることができたこと。特にヴァルキリーズは実戦で反応炉到達という結果までたどり着くことができた。シミュレーターではなく実戦で、だ。これは彼女たちの自信にもつながるし、実戦で何か彼女たちなりにつかめたものがあるかもしれない。
 ヴァルキリーズには、とりあえず3年以内に武抜きで難易度Aクラス(陽動率40%以下、支援砲撃率40%以下)のフェイズ5ハイヴ演習で反応炉到達90%以上の結果を出してもらいたい。

 すべてが武一人で片付けばそれでいい。しかし、そううまくいくはずがない。圧倒的強さを見せつける武だが、その武でさえ、過去何度となくBETAに殺された最後を迎えている。武の記憶の中で、多くのループの経験上、その死因のほとんどがBETAとの戦闘中の戦死だ。……まあ、中には暗殺とか不慮の事故とかもあるのだが、それはまあ例外だ。
 とりあえず、武が死んだあともこの世界が助かるために彼女たちを鍛えておきたい。武はそう考える。もちろん、武には死ぬ気などないが、保険は必要である。

 そして、再び画面をスクロールした。そろそろこのファイルの最後だ。そしてスクロールする手が止まる。そこに――
 
 <門級BETA:一体>と記されていた。

 G元素を保管していた広間を守るように位置していた少々小柄な門級。だが、それとて門級BETAであることには変わりない。
 こいつを使えば、伊邪那岐のほかにもう一機可変型戦術機を造ることができる。伊邪那岐を解析して、新たな可変型戦術機生産の目処が立つのはどう短く見積もっても1年近くはかかるだろう。だが、開発の方はいいとしても、問題はその可変型戦術機に誰を乗せるか、ということだ。

 今のところはヴァルキリーズの中から選ぼうと考えているが、彼女たちのなかに可変型戦術機特性が一定値を超えているものがいるかどうかが問題だ。普通の戦術機に乗るのでさえ、適正検査が行われ、篩(ふるい)にかけられ、残った選ばれた者が衛士となる。可変型戦術機はその特異性故、さらにその中から適正を持った者に限られる。
 それは本当にごく一部。もし、ヴァルキリーズの中にその特性を持っている者がいなければ……、

「そのときは――世界に目を向けるか」
 あの美しい銀髪を持つ姉妹を思い出す。
 武の記憶では、武と他3人いる可変型戦術機の衛士の次に可変型戦術機適正値が高かった姉妹。未来の世界において伊邪那岐――そして‘天照’、‘伊邪那美’などの可変型戦術機以外に新たな可変型戦術機が造られた場合、その機体はおそらく彼女たちのものとなっていただろう。二人で一人の衛士。
(あの二人の場合、複座に……そうなると多少の大型化はやむを得ないか……)

 だが、まだヴァルキリーズの面々が可変戦術機特性を持っていないとわかったわけではない。もしかするとあの姉妹、あるいは武よりも高い数値を叩きだすものがいるかもしれない。武はその考えを途中で止めた。

 そして、次に戦死者のリストに目を通していたときだった。いくら世間で大成功の作戦と騒がれていても、それはかなりの人数の犠牲の上に成り立っている。所属も性別も年齢も詳細に記録されたそれ。

「斯衛軍は湊さんの指揮か……さすがだ。この損害率の低さ」
 一人一人読んでいたらそれだけで朝が来てしまいそうな膨大な人数を流し読みしていく。おそらくこのほとんどが遺体も見つかっていないことだろう。遺族に送られるのは紙切れ一枚。
 そしてその中にもやはり何人か武の知っている人物がいた。そういった名前が目に入るたびにスクロールする手が止まってしまう。そして二度三度とその名前と顔と所属を見て、自分が知っている人物だと確信するとすぐまたスクロールを開始した。

「――な!?」
 だが、とある二人の名前を見つけたとき武は勢いよく立ちあがった。見間違いではないかと、何度もモニターに映るその名前と顔を見返した。しかし、そこに書いてある名前も所属も年齢も、そしてその顔も、すべてが武の知っている二人であると教えていた。
「……っ」
 ドサッと椅子に腰を下ろす。一度目を閉じ深呼吸をしてからもう一度戦死者のリストを見始めた。全員を見終わるまでさらに20分はかかり、最後の一人を終えてからパソコンの電源を切った。

 夕呼の机から緩慢な動作でソファに移動する。そして目がしらを親指と人差し指で押さえ、天井を仰ぎみるような形で顔をあげた。
 それから今日見た‘あの二人’の様子を思い出した。どこか様子がおかしくなかったか。無理をしている様子ではなかったか。なぜ気付かなかった。いや、気づいたところで武にできることはない。
「……くそっ」
 必死に頭の中から今日一日の彼女たちの様子を思い出す武だったが、

「あ~ら、白銀~」
 その時、ドアが開いて、そこから普段見たことのないような万面の笑みの夕呼が入ってきた。その顔は少々赤く、その足取りは千鳥足だ。ふらふらと危なげな足取りで近寄ってくる。武に対しての挨拶なのか、あげた片腕ではひらひらと手が揺れていた。

 武はとりあえず先ほどの思考を完全に頭の中から消し去って夕呼のほうを向いた。その夕呼はうっすらと赤い顔の満面の笑みをさらに強め、
「聞いてよ、もう最っ高! つい数日前まであたしの研究馬鹿にしてたやつらが今はあたしのとこにやってきて酌をしながらペッコペコ頭を下げるのよ~。もう愉快ったらありゃしないわ」

 あっはっはと見たこともない上機嫌。しかも相当酔っているらしい。
 佐渡島を落とした後も、純夏たちが手に入れた情報の解析。佐渡島に貯蔵されていたG元素の調査。各国家への対応。国連本部へのオルタネイティヴⅣ成功の報告。作戦後の00Unitの経過観察。門級BETAに対する処置などなど、いろいろと内容の濃かった3日だ。彼女のことだ。おそらくその間は一睡もしていないだろう。
 それらの多忙に追われたあと、ようやくやってきた一時の安らぎ。それで今まで我慢していた彼女の嬉しさも爆発したのかもしれない。この人は、酒は飲んでも酒に呑まれるようなことは滅多にない。だが、その彼女が今このような状態であるということから、彼女の喜びが量り知れる。

 二回目の世界ではこうはならなかった。それは、あの作戦がオルタネイティヴⅣとしての成果は残したが、伊隅、柏木を失い、凄乃皇も失い佐渡島を消滅させるという到底人類の完全勝利とは言えないようなものであったからだ。

「んふふ~白銀~」
 聞いたこともないような甘ったるい声を出して、背後から武の首に腕を回してきた。この人、相当酔ってるな……。
「ふ~~~~」
「うわっ」
 息を吹きかけられる。
「ふふ……これが高級酒の味よー。ガキにはもったいないかしらねー」
「味じゃなくて臭いでしょうが! もう酒臭いなぁ!」

 完全に酔ってるよこの人。だが、酒臭い息の中にも彼女の髪から漂ってくるのか、それとも体から漂ってくるのか、女性特有の甘い匂いが武の鼻を刺激した。
 一瞬お酒の匂いとともにその甘い匂いに気をとられたその時、
「いぃっ!?」
 グイッと首を引っ張られ、体は大きく態勢を崩し、気づけばソファの上に押し倒されていた。

「何を――!」
 体を起こそうと、腹筋に力を入れた瞬間、またがるようにして上にやってきた夕呼に両肩を抑えられ、ソファに押し付けられてしまう。いわゆるマウントポジションである。

「――静かにしなさい」
「!」
 そこにいたのは先ほどまでの泥酔した姿の夕呼ではなく、いつものように薄い笑みを顔に浮かべている夕呼だった。武を上からじっと見下ろし、その頬に細い指を合わせた。冷たい、細い指が頬に触れる。
「……酔って……ますね?」
 夕呼の突然の変貌に多少の驚きは見せるが、変に抗うことはせず、その瞳をまっすぐに捉えた。夕呼はその言葉に笑みをさらに強めて、
「ふふ……そうよ。私は今かなり酔ってるわ」
 そして、武の耳元にその唇を近づけて、


「だから……‘何をされたって’明日には何も覚えてない」


 そう言って体を密着させてくる。今気づいたのだが、彼女の服は胸元までボタンが空けられており、その魅力的な谷間が視界一杯に広がった。武の鍛えられた胸板に押し付けられ、その豊満な胸が大きく形を変える。顔も次第に近づいてきて、再び不思議な匂いが鼻孔をくすぐる。
「年下には興味なかったんじゃないんですか……?」
 そんな状況にあっても武は慌てふためくことなく、まだなんとか平静を保っていた。こんな状況は‘何度か’あった。

「ふふ……アンタはあたしより年上なんでしょ?」
 妖艶な笑みとともに武を見つめる。いつもはあの性格に惑わされ、また立場上の問題もあって彼女をただの女性として見ることは少ないが、実際のところ彼女は、男性の誰もが振り返るような美貌の持ち主であり、その肉体は男の視線をくぎ付けるには十分すぎる魅力がある。それを改めて意識してしまうと、武も動揺しだす。
「いいじゃない……あんたもご無沙汰なんでしょ?」

 武は内面の動揺をなんとか隠す演技として、あきれたという風に目をつぶって、
「そういうセリフは素面(しらふ)の時に言ってほし――むぐっ!?」
 途中で唇を塞がれてしまった――唇で。
「……ん……ちゅっ……」
「!?」
 触れあう唇は柔らかくて、少し湿っていて、酒の味がした。
 押し返そうとするが、武が驚くほどの力で夕呼は体ごと唇を押しつけてくる。

「んんっ!?」
 新たな侵入物に武は目を見開く。
 こんにゃろ、ここまで来たら、
「……っ」
 自分の口腔に侵入してくるもの、それを武は軽く噛んだ。

「つッ!?」
 舌を噛まれたことに驚いた夕呼が体を少しだけ起こす。その隙をついて武は起き上がった。腕をのばして、彼女の脇の下に手を入れて体を持ち上げる。そして一気に抜け出た。
 逃がすまいとする夕呼の手をヒラリと交わして、彼女の腕を掴み、合気道のようにポフッと今度は彼女をソファの上に寝かせた。しばらく暴れていた夕呼だったが、自分が油断もしてない武に勝つことなど不可能だと気付いたのか、その身を大人しくソファに沈めた。
「……にゃにすんのよ」
 ……まだ痛いのか。舌を出したままだったので、舌っ足らずになっていた。

「い、いい大人が悪酔いするからですよ……ほら、今日はもう寝てください。甲21号作戦からこっち、あまり寝てないんでしょう?」
 近くに掛けてあった毛布を掴んで無造作に投げる。それは空中で広がって、夕呼の顔にかかるようにしてソファにたどり着いた。
 武の唇にはまだ柔らかい感触の余韻が残っていて、武の動作は慌てている。

 けだるそうに自分の顔にかかった毛布をのけて、夕呼の顔が現れる。そして武をにらみながら言う。
「……もうこんなチャンスないかもしれないわよ」
「酔っぱらいに何言われたって」
 武が肩をすくめると、近くにあった分厚い何かの専門書を投げてきた。だが、重い専門書は夕呼の細腕では2メートルもいかず地に落ちる。
 聞きわけのない子供がしぶしぶといった様子で彼女は毛布で体を覆った。そしてもぞもぞと動いて、武に背を向ける。

「……ハァ」
 それを見届けると、武は今この状態で用件を伝えても無駄だろうと考え、また後日出直すことにした。夕呼の毛布を端までしっかりとかけなおしてやり、それから少し乱れた自分の服装を直した。その間も彼女は一言も発さなかった。
 だが、武がこの部屋から出て行こうとしたときだった。

「……白銀」

 その声が先ほどまでとは雰囲気が180度違っていたので、つい立ち止まり振り返ってしまう。夕呼は体を起こすことなく、ソファで横になったまま天井を見上げていた。
 そして、握りこぶしを作った腕の一本だけをゆっくり立てると静かな声で、
「――やったわね」
 たった一言でありながら、あらゆる気持ちが込められているように感じられた。案の定、彼女は笑みを浮かべていた。

 そして武も落ち着いた声で答えた。
「ええ……やりましたね、博士」
 いつものように先生という呼称は使わなかった。それは、彼女の長きに渡る成果に対する武なりの賞賛の仕方だった。
 佐渡島ハイヴ攻略から4日後、二人はようやく作戦の成功を確かめ合ったのだった。



「……簡単にはいかない、か」
 酒と……そして別の何かで火照った体にはこの部屋の少し肌寒い空気は気持ちいい。夕呼は遠ざかっていく足音を聞きながらそう呟いた。
 私はすでにあの男をかなり信用している。衛士としても、協力者としても――男としてもだ。

 あいつは私がしたことを知ってる。知っていて一緒に背負おうとしてくれている。
 まりもは親友だ。だが、自分が軍という階級に縛られたこの場所に所属している限り、彼女と共有できるものは少なくなる。彼女にはなにも言わず、人道的に許されないこともしてきた。彼女には教えたくない、知られたくないという気持ちもある。

 今回のあれは何も気の迷いというわけでもない。あの男になら体を許してもいいと思っていた。それはあの男に対する礼であり、夕呼の望みでもあった。
 あいつが、たった一夜共にしたことを引きずるような子供ではないことはわかっている。

 誰にも言わず、誰にも言えず、長いこと一人で背負ってきた。しかし、誰か一人が自分を支えてくれていると知っただけで、こんなにも気持ちは軽くなるのか。

 夕呼は自身の唇を赤い舌でなぞり、機嫌良さそうに言った。
「ふふ……ごちそうさま」
 そうして、ようやくやってきた深い睡魔に身を委ねるのだった。


◇ ◇ ◇


 部屋に戻って一人。アーリャと霞はPXでいつの間にやら寝てしまっていた。アーリャと純夏にはODL浄化後の経過観察が残っていたので、二人を地下の00Unit専用区画まで運び、今日はそこで寝てもらうことにした。彼女たちが眠っている間に技術者たちが彼女たちに異常がないかどうかをしっかりと調べてくれるだろう。彼女たちもあの作戦で大活躍、そのあとは00Unitとしての力をデータの解析や情報処理で使っていたので、肉体的にはわからないが、精神的には疲れがたまっているはずだ。今日はぐっすり眠れるだろう。霞もついでだったので、彼女たちがいるフロアの一室に運んでおいた。

 今日は珍しく武は部屋に一人だ。夕呼の部屋からこの部屋へ寄り道せずに帰って、まず持ち出したのは、部屋の隅に隠されるようにして置かれた通信機だ。それを引っ張り出して、机の上に置く。
 そして一度だけ部屋を出て、廊下を右から左へと人の気配がないかどうかを確かめておく。そして誰もいないことを確認すると、部屋に戻り、椅子に座って通信機を起動した。

 相手が出るかどうかは賭けだったが、意外にも通信機はすぐにノイズ混じりの声を返した。

『白が――……――すね?』

 ここ一月で聞き慣れた声。そして画面に現れるのは見なれた白を基調にした着物。
 相手が国家元首であろうと、武は変に畏まらずに声をかけた。
「殿下……おひさし――!?」
 だが、その姿が鮮明に映った時、武は言葉に詰まった。

『――‘白銀武様’、ありがとうございました』

 ――そこに映っていたのは三つ指ついて頭を下げる日本帝国の国家元首だった。
「っ!?」
 勢いよく立ちあがって、誰もいないと分かっているのに周囲を慌てて見回してしまった。政威大将軍に頭を下げさせる姿なんて誰かに見られたらどうなるかわかったもんじゃない。そもそもこの通信自体が問題であるというところまでは頭が回っていなかった。

「あ、頭を上げてください、殿下!」
 動揺しながらも何とか頭を上げてもらうことにする。武も座り直して、とりあえずその行動の意味を尋ねた。すると、悠陽は頭を上げたもののその姿勢は崩すことなく答えた。
『月詠たちや湊様より聞いております……そなたが佐渡島での戦いで、一騎当千、万夫不当の働きをしたこと。先ほどは日本の政威大将軍として、また一人の日本人として感謝の意を伝えたまでです』

 あれは別に武一人の力ではない。伊邪那岐がでることができたのも、想定時間内にBETA撃破数が一定数に達したからであり、それは国連軍や帝国軍衛士の力に他ならない。武や純夏は最後の仕上げを少し手伝っただけだ。
『謙遜をしないでください、白銀』
「いえ、本当に帝国軍の将兵たちの頑張りがあったからこそです」
 みんな、それほど祖国の地を取り返したかったのだろう。
 作戦終了後、佐渡島の上で泣いて抱き合う兵士たちの姿を何人も見た。泣き崩れている兵士を何人も見た。それで彼らの喜びが計り知れた。

『戦場での映像は私も拝見させていただきました。そなたの機体が戦場に現れたとき、あの――白い光がハイヴから飛び出し、次にそなたの機体が空を舞ったときには、帝都にありながら、この身が震えました』
 彼女が言っているのは、反応炉を落とした直後の話だろう。

「最後の一撃は冥夜の手によるものですよ」
 それを聞くと彼女はハッと息を呑む。
『まったく……あの子を忌子などと言ったのは誰ですか』
 静かな声だが、その顔には怒りの感情が見え隠れしていた。武としても双子が凶兆など信じてもいないが、昔からの仕来りなどを尊重する必要がある場合もあるのだろう。しかし、それについてここで論議しても詮無きことだ。

 そろそろ本題に移る。今回の通信、もちろん佐渡島陥落の旨を自分から伝えるという意味もあるが、それよりも武が悠陽に確認しておきたいことがある。あの作戦前に悠陽に頼んでいたとある要件についてのことだ。

「では、殿下、以前頼んでいたことについて」
『ええ……わかっています』 
 武の言葉を待つことなく、彼女は頷いた。そして、今まで以上に背筋を伸ばし、武の顔を正面から見つめる。その顔は、若くして政威大将軍を預かる気迫を感じさせるものだった。

『あの将軍機を基にした‘武御雷改造計画’――TYPE00-2『武御名方(タケミナカタ)』の件、必ず城内省に認めさせましょう』
 お願いします、と武は頭を下げた。

「完成した暁には――」
『――冥夜の新たな剣となるのですね』
 それにしっかりと頷いた。
 アーリャが有していた2機の戦術機の設計図。それはXM3と同じく、将兵の命を少しでも長く生きさせるためのものだ。武は、夕呼に頼み、それらを光菱、富嶽、遠田技研にそれぞれ預けてあった。そして、それを早めるための難関が一つ突破されようとしている。
 武は、その後、彼女と簡単な打ち合わせを行った。そして、そろそろ時計の長針が半周するころになりようやく話しは終わった。

 これで、今回の目的は達成した。あとは彼女に任せよう。
 小難しい話はこれっきりにして、彼女と何気ない会話に移った。この基地に戻ってからの冥夜やA-01の様子、戦場で見た斑鳩湊氏の勇猛果敢ぶりなど、しばらく穏やかな時間が過ぎた。

『し、白銀……』
 会話がひと段落したとき、悠陽がどこかそわそわとしつつ、武の名を呼んだ。その様子がどこか先ほどまでとは違って見えた。チラチラと武の顔を見たり、逸らしたりしつつ、なかなか本題を切り出そうとはしない。しかし、しばらくそんな様子を見せていた彼女は、意を決したように口を開いた。

『そ、その……軍の広報部で、そなたを軍のPRに使いたい、という話が出ていまして』
「俺を?」
 その言葉に武は首をかしげた。
『そ、そなたが国連軍所属であることは重々承知しています! しかし、今回の作戦成功の立役者である者が日本人であるという事実は、我々日本人にとって希望となるものなのです!』
 つい先日までその生命を脅かされていた日本人。武もここ数日で喜び浮かれるそんな人たちを見てきた。あの島から生還した兵達には、誰も彼もが賞賛し、感謝の言葉を述べていた。兵士達は、その言葉を受けながらも、より一層の気合を入れていた。もう、この笑顔を失ってはならない、と。

 軍のPR。そんなことでこの勢いを失わずにすむのであれば、お安い御用だった。
「ええ、わかりました。香月博士と相談してみます」
 その言葉を聞いた悠陽は、花の綻(ほころ)ぶような笑顔を浮かべた。
『で、ではいつ帝都に来ますか?』
 身を乗り出すようにして聞いてくる。武は思いもよらぬ彼女の勢いに面食らいながらも、
「い、いえ……まだ詳しい予定は、後日になりそうです」
 ハイヴを落としたとして、武と夕呼が暇になったわけでは決して無い。しかし、寝る間もなく多忙というわけではない。軍のPRのため程度の日程は近いうちにとれるだろう。

『……わかりました』
 彼女は、シュンと目に見えて落ち込んでいた。

 そろそろ夜も遅い。
 彼女も多忙を極める身、これ以上引き止めるのはあまりよろしくないだろう。
「では、殿下……いい夢を……」
『ええ、白銀……また、会いましょう』

「……」
『……』
「……」
『……』
「……で、殿下?」
 いつまで経っても通信機を切らない悠陽に武は痺れを切らした。立場のことも考慮して彼女が通信を終えるのを待っていたのだが、なぜか十数秒間も見詰め合うだけという時間を過ごしてしまった。

『……そなたのほうで切ってください』
「わ、わかりました」
 悠陽のそんな要望に答える。しかし、通信を切る際、最後に見た彼女の姿はどこか寂しそうに見えた。





 部屋をノックする音。もう夜遅い時間だというに、誰だろう。武は机の上の通信機を急いで部屋の隅に隠して、ドアを開けた。
「はーい。誰ですか?」

 そして、ドアを開いて目の前にいた女性。彼女を目にして武は体が強張った。
「白銀……一杯付き合わないか?」
 それはグラス二つと酒の瓶を抱えた宗像中尉だった。
「――!」
 このタイミングで彼女が尋ねてくる理由。それに一つしか心当たりのない武は、ゆっくりと頷いて、その誘いを受けたのだった。

                                         つづく

あとがき
 
 「あれ? 天照は?」と思いの方、申し訳ありません。今回、彼女の登場まで行き着くことができませんでした。
 本来、先に更新した26話、今回の27、28話、次回の29話の天照登場まで含めて、26話だったのですが、アレも書かなきゃ、コレも書かなきゃとあまりにも話が長くなりすぎたため、一話で収まりきるはずもなく分割して投稿することになりました。
 彼女は次の話で、この横浜基地に現れる予定です。……いろんな意味で嵐を伴って。
 オルタネイティヴ本編では、作戦から数日後BETAに襲われていましたが、もうBETA戦は23~25でいいや、と作者が思っているので、今回は無しにしました。本編とは違う形で佐渡島ハイヴを落としたことで歴史が変わったとして処理します。

 本作は、25話までは、あくまでマブラヴオルタネイティヴの本編再構成という形をとっていました。
 しかし、今回から話は、マブラヴを下地にしたほぼ完全なオリジナルになります。
 ゲームプレイ時、あのマブラヴの絶望的な世界で、あがく登場人物たちに心打たれた人は多いと思います。桜花作戦のあと、あの物語が終焉を向かえ、その余韻に浸りながらも、どこかでもっと爽快な人類の反撃を見たいと考えました。
 そんな想いから書き始めた本作ですが、これからは今まで以上に作者の中で膨らんだ妄想を垂れ流す駄文になってしまうかもしれません。それでも構わないという方、これからも宜しくお願いします。

 更新再開の祝福をしてくれた方々へ
 4年という長い時間を空けてしまい本当に申し訳ありませんでした。これからも度々更新に時間をあけることがあるかもしれませんが、一話一話しっかりと更新していこうと思います。

 26話の感想をくれた方々へ
 登場人物の言葉遣いは特に注意して書いている部分ですが、どこかいつも不安をぬぐいきれません。感想の多くが、更新再開に関するものだったなか、貴重なご意見ありがとうございます。ふとした一文にも感想を頂き、励みになりました。中には光栄にも拙作がss第一号という方もいらしましたが、数々の創作物を読み、目の肥えた読者様にもなんとか満足いただけるよう頑張ります。
 
 >武以外の歴史を知る誰かが干渉して変えた
 この言葉はその通りで、武以外の因果導体を出すというのは、更新初期のころから考えていました。19話の唯衣の言葉にも歴史が変わっているという旨の複線を張ってありました。ラトロワ中佐は死なすには惜しい人物です……本当に。
 また、今回の更新から、感想をいただいた方には以前のように一人一人返信していこうと考えています。忌憚なきお言葉お待ちしております。
 あとがきでは硬い言葉になっていますが、どのようなものでも構いません。「おい、もっと月詠中尉だせよ」や「白銀もげろ」や「ポロリ回かけよ」などの要望でも可です。ただし、白銀はもげません。これからも自重しません。

 最後に。
 この長いあとがきをここまで読んでいただき感謝します。人類とBETAの戦いを硬派に書かれる作品も多いなか、私はエクストラのようなラブコメドタバタ感があってこそのマブラヴだと思っているので、戦いを描きながらも、それらも大切にしていきたいと思います。とりあえず、新キャラとA-01の修羅場は書くつもりです。ノリノリで書くつもりです。
 それでは、29話をなるべく早く更新できるように頑張ります。

 個人返信
>エデさん
 動画の八話拝見させてもらいました。キャラの表情、BGMの切り替えなど自分の思い描いていたものと同じで感動しました。自分はこの話を作るとき、どこかでゲーム画面を思い描いています。そのせいで、一人称と三人称がよくごっちゃになる変な文になるのですが、もう開き直りました。本当にありがとうございました。
>renzan さん
 The TSF Forefront の完成、心待ちにしています。マブラヴをやった者なら一度は思い描く、戦術機を操縦して見たいという願望、それを実現させる最高の作品だと思います。拙作を更新しつつ、楽しみに待たせていただきます。



[3444] Muv-Luv オルタネイティヴ Last Loop 29
Name: テンパ◆790d8694 ID:9438d8b5
Date: 2013/05/16 17:59
お待たせしました29話です。



「……」
「……」
 氷をいっぱいに入れたグラスに酒を注ぐ音だけがする武の部屋。部屋に入ってから二人の間に会話は無かった。
 武はベッドに腰かけ、宗像はその向いの椅子に座り、間に机を挟む形で二人は向かい合っていた。
 すぐに二つのグラスに酒を注ぎ終わる。宗像は瓶をテーブルの隅に置いて、グラスを持ち上げた。武もそれにならってグラスを持ち上げる。

「それでは、乾杯だ」
「何に対してですか?」
「ん? ……あー、甲21号作戦の成功でもいいし、白銀の誕生日に対してでも……なんでもいい」
 少し投げやりに彼女は言う。
「なら……作戦から無事生還できたことに対して」

「……」
 そのとき、宗像の表情がかすかに曇ったが、武はそれを無視して、自分のグラスを宗像のグラスに軽く当てた。彼女には悪いが武はこの言葉の反応で彼女の用件を確信した。
 グラスが触れ合うことで、キンッという小さな音が一瞬鳴った。武はグラスを口に近づけ、ぐっと飲む。先ほどのPXでは酒をほとんど口にしていなかったが、アルコールは武の疲れを癒すように全身に染み渡った。
 宗像は波紋が広がるグラスを少しの時間だけ眺めていたが、すぐに武と同じように勢いよくグラスを傾けていた。
 武がグラスから口を離しても、宗像はいまだグラスに口をつけていた。そのままグラスの角度を徐々に上げ、それに伴ってあごの角度もあがっていき、ようやくグラスから唇を離したときには中身はすっかり無くなっていた。

 二杯目に手を伸ばすのを武は黙って見ていた。再び、琥珀色の液体がグラスに注がれいく。そしてグラスが満たされると、宗像はまたそれに口を付けた。
 しばらくはその繰り返しだった。武は一杯目の酒を少しずつ飲みながら、ただ彼女の言葉を待つ。話すのに酒の力が必要と言うのなら、今は待とう。

 何杯目に差し掛かった頃だろう。宗像は空になったグラスを机の上に置くと、ようやく口を開いた。

「――私が……まだ京都の陸軍高等学校にいた時だ」

 何の脈絡もなく、宗像は静かに語り始めた。
「私はそこで2歳年上の男性と出会ったんだ」
 それを聞きながら、武は先ほど死亡リストの中に見つけた一人の男性の名前を思い出していた。
 宗像は一端言葉を止めたが、この脈絡もない会話の不自然さに何も言わない武の反応に安心したように、再び話し始めた。

「あの人はな……ありきたりだが、優しい人だった。BETA相手とはいえ、戦いには向かないような……でも国を守りたいという意思はとても強くてな。そんな人だから私は惹かれたのかな。様々な偶然と必然が重なって気付いたら――お互いがお互いを好きになっていた……別に確認したわけじゃない。私がこう言うのもおかしいかもしれないが、自然と彼の気持ちがわかり、私の気持ちも――彼に伝わった」
 いつもの態度で自分が他人にどう見られているのかわかっているのだろう。ロマンチストな自分の表現に自嘲的な笑みを浮かべて話を続けた。

「だが、共に通ったのはほんの半年程度……年上だった彼はすぐに卒業して……こんなご時世だ、すぐ徴兵で訓練学校行きになった」
 グラスの中の氷を弄ぶ。グラスと氷がぶつかり合うカランコロンという音が狭い部屋に反響する。その音が、武にはどこか悲しく聞こえた。

「一度京都に帰ってきた時……彼は私にこう言った……『お前の一番好きな景色を見せてくれ。俺はそれを故郷の景色と心に刻んで大陸で戦う』」
 懐かしむように目を細める。おそらく先の言葉はその彼が言ったものと一字一句違っていないだろう。おそらく何度も繰り返し彼の言葉を心の中で支えにしたに違いない。

「だから私は一番好きな……嵐山にあの人を連れて行った。あの燃えるような美しい紅葉を見ると、この世界がBETAなんていうものに滅ぼされかけているなんて微塵も思えないようなきれいな景色だったんだ」
 そこで――氷を弄ぶ手が止んだ。それと同時、部屋を静寂が支配する。
「そして……駅で彼の乗った列車を見送った」
 ぎゅっとグラスを握りしめて彼女は言った。

「私が彼に会ったのは――それが、最後だ……」
 声のトーンが一気に低くなった。そして彼女は顔を伏せた。前髪で顔が隠されたため、武からはその表情が見えなかった。武はここで言葉をかけるべきか、それとも彼女の次の言葉を待つか迷った。

 だが、武が迷っている間に彼女に変化が現れる。グラスを手にした手が震えている。しだいに彼女は肩を、そして声を震わせ、
「な……なんで……あの人がっ」

 ポツリと、彼女がもつグラスに水滴が落ちた。一度あふれ出すと、堰を切ったように次々とグラスと床に、その雫は落ちていった。
 その彼女の姿に武は胸が引き裂かれるような思いを抱いた。

 なぜ彼女は武を訪ねてきたのか。
 過去に愛する者を失ったという速瀬や涼宮のもとを訪れるわけにはいかない。彼女たちにそのことを思い出させるわけにはいかない。部下の前でこんな姿をみせるわけにはいかない。また今回の作戦成功に個人的なことで水を差したくなかったのだろう。
 そして、ここで伊隅を頼らなかったのはもしかすると、宗像も‘あのこと’を知っているのかもしれない。ならば、彼女のもとを訪れなかったことは納得できる。
 だが、誰かに言わずにはいられなかった。自分の中にあるものを吐き出さずにはいられなかった。理不尽な運命を詰らずにはいられなかった。だから武のところにきたのだろう。酒の力を借りて。

 抱いてはいけないと思いつつも、武の心に後悔の念が生まれる。その感情を絶対に宗像には気づかれてはならないと、武は爪が手に食い込むほど強く拳を握り締めた。
 BETAとの戦いで死者が出ないことなどありえない。奴らは強大な敵である。だが割り切れない想いというものは当然ある。

 平和な世界からこの狂った世界に来た武と、始めからこの狂った世界で生まれ生きている彼女とは状況も何もかも違う。その違いがあるにせよ、どちらにしても愛する者を失うという気持ちに変わりは無いらしい。

「また、一緒に……嵐山の紅葉――見たかった……」
 かすれるような声。
 彼女は変わりものという仮面を棄てて、一人の女として涙を流した。愛するものと引き裂かれた悲しみ。残酷な運命の仕打ち。
 武もその気持ちは知っている。何度も味わってきた。その度に戦いの無常さを、自分の力が届く範囲を思い知らされてきた。

 彼女はしばらく声を殺しながら泣いた。武は、そんな彼女に掛ける言葉を見つけられなかった。

 どれほどの時間が経った頃だろう。宗像は、視線を手元にグラスに落としながら、低い声で言った。
「……こうなる可能性があることはわかっていたんだ」
 まったく力の無い声だった。
 このご時世、戦場で、夫を、恋人を亡くしたなどという話は――言葉は悪いが――腐るほどある。恋人同士、どちらか、あるいはその両方が戦場に立つことになれば、それを覚悟しておかなければならない。この言葉から、彼女も心のどこかでいつもこの可能性に怯えていたのだろう。

「覚悟している……つもりだった」
 彼女は自らの弱さを吐露する。人の想像できる範囲など、自分が経験したことだけである。それに人は誰しも最悪の結果というのは忌避してしまう傾向にある。彼女も例外ではなかったのだろう。

「だが、実際なってみるとこの有様だ。お前の強さをわけてほしいよ」
 宗像が力なく発した言葉。

 その言葉に武は初めて反応した。
「俺は――俺は強くなんてない」
 声を張り上げたわけではなかった。しかし、その言葉の押し殺された力に宗像は気づいたのか、彼女は顔を上げた。
 武は今この場に至るまで何人を犠牲にしただろうか。何度助けられた。何度立ち止った。幾人もの恩人の顔が頭によぎる。
 何度後悔して、何度逃げ出しただろう。たった一人にしか、弱みを見せていない宗像、その気丈さに敵うものではない。

「オレは宗像中尉が好きだった人も知ってた。それでも守れるのはオレの手の届く範囲の人……だけ」
 吐き捨てるように武は胸の内を曝す。今回の作戦、武はその成果に満足していた。しかし、成功の影には彼女のような存在が生まれてしまっている。
 最善を求め続けるときりが無い。どこかで、割り切らなければならない。それは経験からいつしかできるようになることかもしれなかった。人の死には慣れ、死者の数を数えなくなるのかもしれない。だが、彼女を目の前にしてそんなことはできなかった。それは、武の性格からくるものだろう。
 この結果は、武が引き起こしたのだ。この時代にイレギュラーな存在である武は、ありとあらゆる手を尽くして歴史に干渉してきたのだ。最良の未来を得るために。
 しかし、その結果はいつも全ての人にとっての最良を導くものではない。武の記憶では、先日の作戦であの二名が亡くなったことはなかった。最低のラインは決めやすい。しかし、上は際限などない。

 強くまくし立てる武に、宗像は顔を上げて驚いたような表情を浮かべる。涙も今一時は止まっているようだ。
 宗像は見た。険しく、悲痛な顔ではなく、彼の手が震えていることを。彼女は、涙で滲んでいる視界をはっきりさせようと、指で軽く涙を拭いた。はっきりと見えるようになってから気づいた。彼の両の拳からは、わずかにだが血がにじみ出ていた。
 日常で見せる年相応の態度、しかしひとたび戦場に立てば、歴戦の兵士もかくやという活躍で戦果を挙げる。ただ、今宗像の前で見せる武の姿は、彼女の知らない一面だった。

 この男は自分では想像しきれないような修羅場をくぐってきている。それはなんとなく感じていた。ただし、いつも見せる笑顔や、速瀬たちと楽しそうに会話する姿を見ていると、どこかそのことを忘れてしまっていた。
 この男は、幾度の絶望や後悔、挫折を経験した上で、この横浜基地におり、戦場に立ち続けている。それを改めて認識した。
 彼女は目の前の男の弱さと強さを一緒に見た。

「……いいや、やはりお前は立派だよ……上に立つ人間は下の人間にそういった感情を見せてはいけない。私はお前の弱さというものにまったく気づいていなかった。それだけでお前は立派なんだ」
 武の顔を見上げながら言う。真摯なその瞳に見つめられ、武は拳の次に奥歯をかみ締めた。彼女は知らない。彼らを殺したのは婉曲すれば武である。その事実を彼女は知らないのだ。
「それに手の届く範囲だけとはいうが、今回の作戦で一体どれだけの人が救われた? なにも戦場に出ていた者だけではない」

 それは事実だ。今回の作戦、少なからず犠牲は出ていると言っても、それは仕方のないことである。誰もが知っている。戦いが起これば人は死ぬ。できるのはその数をどれだけ抑えることができるかということだ。
 それに限って言えば、今回の作戦、何の文句があろうか。戦いによる被害だけではない。今後、佐渡島ハイヴが残っていた場合の被害、もし防衛線が突破され、BETAの猛攻が内陸まで届いていたら、この先、幾千幾万の尊い命が失われたことだろう。兵士に限らず、力の無い老人、未来ある子供須らくである。
 そのことをこの男は誇っていい。日本は自分が守ったのだと喧伝してもいい。

「……白銀」
 そう、彼の名を宗像は呼ぶ。

「お前は以前、言っていたな。恋人を亡くした、と」
 武はゆっくりと頷く。彼の愛した者たちは死んでしまった。全て覚えている。彼女たちのあらゆる表情を、触れた体の温かさを、耳に響く優しげな声を全て覚えている。

「お前は……どうやって立ち直った?」
 宗像はそう尋ねた。その言葉は彼女が戦いから逃げないことを示していた。それは、BETAへの憎しみからくるものか、はたまた部下を持ったという責任からくるものか、それとも仲間への想いからくるものか、そのいずれであるかも武にはわからなかった。

 武は興奮した心を静めるように、視線を空中にさまよわせた。部屋の少し肌寒い空気を肺一杯に吸い込み、その空気を言葉とともに吐き出した。
「俺の命は……彼女たちに救われた」
 ここでの命とは、生命活動のことだけではない。彼の誇り、戦う理由、生きる意志、この世界で生きるために必要な全てを含んでいた。

「ならば、俺の命は彼女たちのために……俺を生かしてくれた多くの人に報いるため――みんなが願っていた人類の勝利を目指す」
 彼女たちはそのために殉じていったのだ。残った――残された者はその遺志を受けつながなければならない。残された者にできるのは、去った人を嘆き悲しむことではない。彼女たちの望んだ未来へ歩みだすことだ。武はそう信じていた。

「‘再びチャンスがある’かなんてわからない。……どんな結果になったとしても――俺はもう立ち止まれない」
 声の大きさは、それほどでなくとも、その言葉は強く部屋に響いた。意志の問題ではない。武が自身に課した枷だ。そもそも次を求めること自体、この世界に対する冒涜に他ならない。

 宗像は、その言葉を心の内で反芻しているかのように、沈黙した。やがて、彼女はグラスを机の上におき、彼の目を見つめた。

「立ち止まるな、白銀。私たちはお前の背についていく」
 彼女はまっすぐに武の目を見た。その頬には涙の跡が幾筋も残っていたが、その目は強い光を宿していた。彼女は未来に向かって歩き続けることを決めた。それはまだ決意と呼べるほどのものではないかもしれない。それだけの決断ができるほど、時間は経っていない。しかし、ひとまず歩みを止めないことにした。
 武はすでに多くの人に期待されている。いや、期待されるように自分から動いた。その期待を裏切ってはならない。
 ただ、目の前の気丈な女性を心配に思った。

「今だけ……今だけ泣いて……明日からはまた前を向いてください」
 その言葉の後、武は彼女の肩に手を当てた。その行為に驚いたように、彼女は目を見開く。
「いや……私はもう――」
「ここに部下たちはいません。速瀬中尉たちも」
 溜め込んではいけない。ここで全て吐き出すべきだ。気丈に振舞おうとする彼女にたたみかけるように告げる。武は、彼女を国連軍中尉ではなく、宗像美冴という一人の人間にした。
 その言葉で止まっていた宗像の涙腺が刺激された。瞳が勝手に潤んでいくのがわかり、視界に映った武の顔が歪んでいった。涙はさきほどまでに十分流した。これ以上の弱さを他人に見せてはいけない。自分の勝手な感情を押し付けてはいけない。
 下唇を軽く噛む。しかし、体はいうことを聞いてはくれなかった。次第に噛んでいた唇までも小刻みに震え始める。


「――俺だって何度も泣いた」
 それが決定打だった。再び宗像が声を出して泣き始めた。先ほどまでの声を殺した静かな悲しみではない。人がいることも忘れ、みっともなく嗚咽を漏らす。
 狭い部屋に彼女の慟哭が反響した。心の中では神に対する罵詈雑言の嵐だ。そしてそれ以上に弱い自分に対しての叱咤を繰り返した。
 それを武は静かに見守った。

 ――殺せ、そして生かせ。立ち止まるな、白銀武。
 
 心の中で、何度も自分に言い聞かせながら――。



 もう少しうまくやれば、あの人だって救えたのではないか。……いや、ダメだ。
(‘俺達’のような存在にとってこういう考えの仕方自体が自分を破滅させる)
 反省はしろ。後悔はするな。それは彼らに教えられたこの境遇で生き残るための術ではないか。どこかで割り切らないと因果導体は後悔の念に殺される。
 武は、空のガラスを手の中で転がすようにもてあそぶ。グラスの中は、すでに完全に溶けた氷の結果しか残っていない。それがどれだけこの部屋で時間が過ぎたのかを示していた。

 泣き疲れたのか、宗像は武のベッドで横になり眠ってしまった。ときおり寝言で男性の名前を口にする。その度に武の胸は鈍い痛みを感じる。

 そう言えば……‘あいつ’が言ってたな、と武は懐かしい戦友の言葉を思い出す。

『‘私たち’が行っていることは死ぬはずだった人を生かし、生き抜くはずだった人を殺してしまう行いです。それが、未来を変えるうえでは絶対に付きまといます。
 ……あなたはあの男やうちの隊長のように人の生き死にを割り切ることはできませんからね。どこかで自責の念を抱いてしまう。だからあなたは指揮官に向かないのですが……それさえなければAAAにも届いていたのに……。
 
 ――百の屍の上に立ち、万の命を背負って戦いなさい、白銀武。
 
 あなたは生かすために殺したのです。私たちは神ではないのですから、あなたの行いを責めることなんて誰にもできませんし、私が許さない。弱みを周りに見せてはいけない。泣きたいのなら、私を頼ればいい』

 彼女の自慢の金髪とその碧眼までもはっきりと思い出した。
「……‘ニーナ’」
 今夜は眠れそうにない。成功の裏にある影をみせつけられた今となっては、眠気などどこかに消えてしまった。
 時計を見るともう遅い。夕呼も今日は酔いつぶれて寝ているだろうから、どこで一晩過ごすのかを考え始めた。

 武は、眠る宗像が寒くないようにとその体を毛布で覆う。
 そのときだった。部屋の片隅に隠していた通信機が小さく音を立てた。
「?」
 また殿下からの通信だろうか、と武は首をかしげる。しかし、彼女とはつい先ほど通信を終えたばかりであり、このような短期間で再び連絡を受ける心当たりはなかった。緊急かとも疑ったが、その音は緊急時の通信に用いられる火急の用を知らせる甲高い音ではなかった。

 あれこれ考えても仕方が無い。どのような用であれ、出てしまえばわかるのだ。武は通信機を操作して、その声と姿を待った。

『――聞こ……ま――か?』
「――ッ!」

 しかし、通信機から発せられた声は悠陽のものではなかった。そもそも聞こえてきた言語は英語である。そして、武はその声に聞き覚えがあった。武の耳が正常に働いているのなら、つい今しがた思い出したばかりの人物の声だからである。

「ああ! 聞こえ――」
 興奮から、大きな声を上げそうになるが、すぐそばに宗像が寝ていることを思い出した。彼女を起こさないように、声を潜めながら通信機に向かう。
「……聞こえているよ」
 映像は未だ乱れたままであるが、はっきりと特徴的な金の髪を確認することができ、やがて、ノイズ混じりながら先ほどとはより鮮明な声を返した。

『――やっと横浜基地に帰ってくれたのですね。それにしても相変わらずこの回線を使っていましたか……ということはすでに政威大将軍にまで手を出しているのは間違いないようで――死ね、この節操無し』

「……? ノイズがひどくて聞き取れないぞ」
 ……なにかひどい暴言があったような気がするが、ザザッというノイズ音がところどころに走り、武には相手が何を言ったのか正確には聞き取れなかった。かろうじて聞き取れたのは、『横浜基地』、『帰って』、『回線』、『将軍』、『死ね』だった。
 そして、多少の映像の乱れの後、ようやく音声と映像がクリアになり、目を引く金髪と端正な顔が映った。
 簡素な紐で左右に緩くまとめられた髪、その相貌は美しく整っているが、わずかにつりあがった目はなぜか彼を睨み付けているようにも感じる。
 それを武が確認したあと、強化装備姿の彼女は改めて口を開いた。

『お久しぶりです――‘シロ’』
 名を呼ぶ瞬間には、先程までの厳しい表情を改め、わずかだが柔和な笑みを浮かべた。そして、その声は慈しみをもって彼を呼ぶ。
 ‘シロ’――白銀武のことをこの犬のような名前で呼ぶ人物に、武は一人しか心当たりがなかった。

「ああ、久しぶりだな……‘ニーナ’」
 画面に映る懐かしい顔。それを見て武はかすかに目を細めた。



◇ ◇ ◇



 翌日。
「……」
 風間はずっと隣室の主の帰りを待っていた。
 昨夜、あのパーティーの後、軽く酔いを醒ますためにシャワーを浴び、自室に戻ってきた風間は、隣室の宗像がいないことに気づいた。
 PXで別れたあと、すぐに就寝すると言っていたことを覚えていた風間は、不思議に思う。実は、彼女も宗像の様子がどこかおかしいことは気づいていた。しかし、彼女はなにも風間には言ってこなかった。必要なことならば彼女から話してくれると信じていた風間は、それを待つことにするつもりだった。

 すぐに戻ってくるかもしれない。そう思って彼女は自室に入った。PXではそれほどアルコールを摂取していなかった風間は、久しぶりに読書を楽しむことにした。
 しかし、時計の針が日付が変わったことを知らせるころになっても、隣室の友人が帰らないことに彼女は不安になった。実は自分が勘違いしただけで部屋の中にいるのかもしれない。彼女は不安を拭うために、彼女の部屋を尋ねた。
 ノックも呼びかけにも返事がない。風間は悪いと思いながらも部屋の中へと入ってみた。

 そこにはやはり誰の存在もなく、しばらく誰もいなかった証拠のように部屋は冷え切っていた。
 そして彼女は、部屋の隅に置かれたテーブルの上に、くしゃくしゃになった一枚の紙があるのを見つけた。その横に置かれた封筒、その差出人の名前を見て、彼女は全てを悟った。

 慌てて部屋を出て彼女の姿を探した。PX、ロッカールーム、シャワールーム、格納庫、基地前の桜、思いつく限りは全て探した。だが、どこにも彼女の姿を見つけることはできなかった。
 最終的には行き違いになることを恐れ、朝まで部屋で彼女の帰りを待っていた。だが、時間は無常にも過ぎて行く。風間は、その時間を不安に押しつぶされそうになりながら、待ち続けた。

 そして、風間の探し人が現れたのは、太陽が顔を出したころになってからだった。
「――美冴さん!」
 自室にいるはずのない人の姿を見た瞬間、宗像は目を見張った。その様子は風間が心配していた憔悴しきったものではなかったが、まだ心の中の不安は拭い切れない。

「美冴さん、その」
 風間は言いよどみながらも、昨晩宗像がどこにいたのかを尋ねた。宗像はその言葉と態度で彼女が全て知ってしまったことを理解した。

「昨夜はどこに……?」
 心から彼女を心配している声、そして目の下のうっすらとした隈を見て、宗像は心が温かくなる。この自分にはもったいないほどの親友を死なせてはならない。幸せになってほしい。
 しかし、その心の内とは裏腹に、頭の中ではこの親友を少し慌てさせたいという悪戯が浮かんでいた。
「ああ、白銀の部屋で一晩休ませてもらった」
「え゛」

 風間は普段出さないような間抜けな声を出す。宗像、武の両名の性格を知っている彼女ではあるが、男女が一晩同室で過ごしたと聞いては不埒な想像が頭の中をよぎるのは仕方の無いことである。また、それは風間が白銀武に向けるある種の感情も働いた結果であるが、彼女はすぐに自分のそんな考えを恥じた。
 宗像はそんな一瞬の彼女の動揺に満足したように笑う。おそらく先の言葉は、わざとそういう誘導をするために言葉少なく説明したのだろう。
 その表情が、風間が想像していたものとは違い、安堵とともに不思議に思う。

「宗像!」
 そういって次に声を掛けてきたのは速瀬だった。起床ラッパが鳴ってからも部屋に戻ってこない宗像を心配した風間が、宗像を探しているときに偶然にも出会い、風間は迷いながらも事情を話し彼女にも協力してもらっていた。
 事情を聞いた速瀬は、我が事のように必死になり、宗像を探していた。

「あんた、大丈夫?」
「ええ、白銀に癒してもらいました」
「え゛」

 速瀬もまた風間と同じような間抜けな声を出す。おそらく先程の風間と同じ想像をしたに違いない。
 この後、二度三度と同じような光景が起こる。
 その全てに宗像はいつもの笑みを浮かべていた。

 いつもと変わらない飄々とした態度で、他人をからかう姿を、風間は不思議そうな顔で見つめた。
 すると、そんな彼女に向けて、宗像は微笑を浮かべて言ったのだった。
「梼子、心配要らない……私は――大丈夫だよ」
 風間や速瀬はそのことに安心した。



 太陽がそろそろ真上に差し掛かろうという昼ごろ。
 A-01の面々はそれぞれ自身の不知火に搭乗して、第2演習場に勢ぞろいしていた。
 幸運だったのが、昨日の騒ぎで二日酔いが一人もいなかったということ。ただし、何人か昨夜の記憶のない者がいた。しかし、全員酒になかなか強いのか、目に見えて体調が悪いものはいなかった。むしろ、一応健康に気を使えとの命令で伊隅と風間に進められた栄養ジュースを飲んだあとのほうが苦い顔をした者が多かったほどだ。

 いつもの不知火のコックピットの中。甲21号作戦の後、オーバーホールを受けた新品のような機体。ともにあの死闘を潜り抜けた愛機だ。あの作戦のあとでは作戦前よりも愛着が湧いてくる。

 現在彼女たちが演習場に出ている理由だが、それは武が指示を出したからだ。
『今日は特別な相手と戦ってもらいます』
 その言葉だけで、ろくな説明もされず、全員不知火に乗せられてしまった。網膜には先ほどから軍服姿の彼の姿が映っている。ならば、今回の演習相手は彼では無いのであろう。斯衛の5人はまだこの基地には戻ってきていない。そもそも、彼女たちであるならば、『特別な相手』などという言い回しはしないだろう。
 ブリーフィング後、ここに至るまで頭を働かせてみるが、皆目見当が付かない。そして、今演習場に出てみても、どこにも演習相手と思われる戦術機は見当たらなかった。

『さて――‘相手’の準備はいいようです』

 そんな彼女たちに向けて、管制室から武はそう言葉にした。
(――どこに?)
 伊隅は、その言葉と同時、網膜右上に映るレーダーとメインカメラの映像を照らし合わせてみるが、依然味方の機体以外の反応はなかった。
「白銀……相手とは一体――」

 ――そのときだった。

 固まったA-01の中央に空の彼方からやってきた白い閃光が突き刺さった。
『『『『『なっ!?』』』』』
 全員が驚愕の声を上げる。まさに青天の霹靂だ。その光は忌まわしい怪物、光線属種のそれだった。光線は一秒にも満たぬ時間で地面を焼いた。厚く熱せられた地面がその威力を語っていた。

 一瞬遅れて、戦術機がレーザー照射警報を発する。
「レ、レーザー照射!? CP! CODE911発生!! BETAだっ!」
 伊隅は慌ててCPへと報告した。つい先日佐渡島ハイヴを落としたばかりだというのに、横浜基地のある太平洋側へとBETAが侵入しているなど、考えたくなかった。しかし、彼女たちを襲ったのは今まで幾人もの衛士を戦術機ごと姿すら残さず焼き尽くしてきた光線だった。
 
 しかし、伊隅の緊迫した声には落ち着いたままの武の声が返ってきた。
『BETAじゃありません……これが今回の演習相手ですよ』
「なっ!?」
 その直ぐ後に、A-01の全機体にCPから映像が届いた。距離はこの横浜基地より北西へ30キロ超。その地点を衛星がとらえた映像である。

「な……んだ、こいつはッ……!」
 そこに伏射姿勢(プローン)で見慣れぬ巨大な狙撃銃を構える漆黒の戦術機がいた。それを確認した瞬間、その武器から白い光が発せられ、再び部隊のすぐそばに突き刺さり、その熱でアスファルトを溶かした。

「なッ!?」
 未だに部隊員の誰もが状況を理解できずにいた。



「――TYPE94(不知火)の一個中隊? そんなものでこの‘VFGシリーズ最新鋭機’を相手にしようというのですか」
 天照の中、ニーナはそう口にする。最初の2撃はただの挨拶代わりで、わざと外した。照星(レティクル)は慌てて動き始める不知火十数機を映していた。
 事前に彼に連絡を入れていたため、自分を迎え撃つのに最善の状態を整えていると思っていたのだが、目の前の戦力に少々がっかりした。

(確かこの頃の日本にはすでにTYPE-00(武御雷)が配備されていたと記憶していますが)
 自身の知る中では、この時代でも歩行戦においてはトップクラスの強さを誇る機体である。月詠たちが操るあの機体には幾度か苦しめられた苦い思い出もあった。
(ああ、そういえばあれはロイヤルガードの機体でしたか)
 自分の勘違いに気づいた。ならば、TYPE94は現時点で向こうが用意できる最高のものということだろう。ならば衛士の腕に期待するとしよう。しかし、それも先日の動きを見る限りそう期待できるものでもないだろう。

「……!」
 レティクルの中の敵機が一斉に彼女に向かって動いた。
 さて、‘全滅’には何分かかるだろう。彼女はそんなことを考えながら、トリガーを引いた。



 自身の不知火の回避運動に苦しみながら、伊隅は自らの身にふりかかる攻撃に驚愕する。
「レ、レーザー兵器なんていつの間にッ!?」
 迫りくる白き閃光。それはあの忌まわしき一つ目、二つ目の異形の怪物が放つものと寸分違わず同じものだ。だが、今現在それを放つのは人類反撃の先鋒を担うはずの戦術機である。

 ――自律回避モード:CAUTION

「っ!?」
 放たれた瞬間、数十キロの距離を一瞬でやってくる光学兵器。機体が再び自律回避行動を取り、自分が先ほどまで取っていた動きをキャンセルして空中で予期せぬ方向へ引っ張られる。機体の安全を第一に取られた機動は、衛士のことなど考えてはくれない。
 目標の不知火を失ったレーザー光は地面をジュッと軽く音を立てて焼いた。

 ようやく操作権が戻ってから、回線を開く。
「全機、無事かッ!?」
 奇襲により今や隊形はバラバラだが、各小隊の隊長たちからはすぐさま返答がくる。
『B小隊、全機損傷無しッ!』
『C小隊も同じく!』
『D小隊もだ!』
 そのことに伊隅は、ひとまず安堵する。しかし、依然敵は数十キロ彼方であり、今この中隊には敵機に対して為す術が無い。

「レーザー兵器とは驚いたが、全員白銀の件でこの程度のこと、すっかり慣れっこだろう?」
 嘘だ。伊隅の頭は十分混乱している。しかし、部隊の混乱を抑えるためにあえて気丈に振舞いそう口にする。部隊長である自分の動揺はすぐに隊全体へと広がってしまう。それを防ぐための処置だ。
『もちろんですよ! 大尉!』
 その意図を理解してなのか、極力明るい声で速瀬が返した。その言葉に安心したように動揺していた隊員たちは本来の動きと判断力を取り戻した。

 戦場では何が起こるかわからない。それも彼女たちが本来戦う対BETAにおいては、一瞬の動揺が死に直結してしまう。それをこの間の作戦で否応無く理解した者たちはすぐさま平静を取り戻した。
 伊隅はそれを確認し、部隊員たちの頼もしさから自身の動揺も薄れた。彼女の冷静さはすぐに部隊員たちに伝わる。戦場では望むべき最良の循環である。すぐに頭の中で状況を整理し始めた。

 敵はレーザー兵器所有の戦術機。その機体は彼女の記憶の中にあるどのような戦術機とも合致しない。それこそ先日目にした伊邪那岐とも異なっている。この短い間で二機もの新型戦術機を目にしたわけだが、どうやら彼女たちのあずかり知らぬところで世界は大きく動いているようだ。
 レーザー兵器の登場自体はなんら恐れることではない。むしろ頼もしさする感じる。
 しかし、白銀はあの機体を演習相手と言った。ならば、そこに求められることは勝利だろう。未知の兵器を有していようが、相手はたったの一機。約30kmという距離は開いているが、そんなものこの戦術機にかかれば、それほどの長距離というわけではない。

「対レーザー級対処! 各機敵機に向かえ!」
『『『『『了解!』』』』』
 部下たちの声を聞く前に、彼女は機体を動かしていた。全員それにほとんど遅れることなく機体を飛び上がらせた。その瞬間、先程まで彼女たちがいた場所を再びレーザーが通り過ぎた。それは敵機から見て最も不知火が重なっていた箇所に対する攻撃だった。もしも狙ってその位置を狙撃したのならば、相手の力量――狙撃能力は同隊最高の珠瀬をしのぐものであるかもしれない。その容赦のない攻撃にその直線上にいた者たちは冷や汗をかいた。

 伊隅は、まずは目の前の朽ちたビルを遮蔽物にするべく、スロットペダルを踏み込んだ。だが、彼女の進行は、一筋の光が行く手を遮ぎることで停止を余儀なくされた。まるで、彼女の動きを読んだかのように、彼女の虚を突く攻撃だった。

『大尉!』
 同じA分隊の美琴から焦りの声が届くが、伊隅にはその声に答える余裕がなかった。なぜなら先の一撃を避けた後に、すぐに再び彼女の機体が低出力レーザーを感知したからだ。

――自立回避モード:CAUTION

機体が伊隅の手を離れ、自立回避をとる。跳躍ユニットが方向を変え、すぐにその噴射口から推進剤を撒き散らす。数トンある機体が残像を残しながら、その場から飛び退った。そして、彼女の不知火の足を掠るようにして、白光が通り過ぎていった。

 伊隅の視界にもその光は映っていた。出力自体は演習ということで抑えられているようだが、光速というその速度は変わらない。こんな攻撃をいつまでもかわし切れるのかという不安が頭をよぎった。
「私に構うな! 進め!」
 現在、ヴァルキリーズの機体で多目的追加装甲(盾)を装備している者はいない。今回は対BETA戦ではなく、対戦術機戦を想定していたためだ。ならば、自らと仲間の撃墜を防ぐためには避け続けるしかない。
 味方を守るために、今一番重要なことは、敵機に一秒でも早く接近し、そのレーザー兵器を無力化するしかない。そのためにも、彼女一人に構っている時間などなかった。

 敵機は伊隅を最初の標的と定めたのか、執拗に彼女に向けてレーザーを発射した。伊隅はその攻撃を、時には遮蔽物を盾に、時には緩急を利用した進行で、紙一重で防いでいく。
(――これはきつい!)
 一瞬たりとも気を抜くことができない。息つく暇さえない怒涛の攻撃に、彼女の疲労はすぐにたまっていく。彼女自身、その極限の状態を10分から20分ほどの時間にも感じたが、実のところ、最初の一撃からまだ2分しか経っていなかった。
 自立回避運動による肉体の疲労、一発でさえ許してはならないという緊張からくる精神の疲労、それらは次第に彼女から動きの精彩さを失わせていった。

「――っ」
 機体の足が地を離れた瞬間、視界が眩い光で一杯となった。すぐに戦術機の光度調整が発動するが、網膜に直接映る光でなにも見えなくなる。
 何も見えないが、戦術機が縦横無尽に動くことだけはわかった。なんとか直撃だけは避けたようだが、なかなか地を踏む感触は伝わってこなかった。

 耳を劈く警報音。
「!」
 ようやく戻った視界にまず最初に映ったのは、青い霧だった。装甲に塗られた対レーザー蒸散塗料が一瞬で蒸発した証拠だ。レーザーが機体の表面を一瞬焼いただけで、不知火を濃紺色の霧が覆った。

『伊隅機、致命的損傷、大破』
「なっ!?」
 CPである涼宮が言う自身の死亡宣言に対して、伊隅は慌てて答える。
「CP! まだ私の機体は戦える!!」
 その証拠にレーザーは胴体表面を焼いただけで、機体本体の駆動にはなんら問題を発生させていなかった。


 だが、そんな伊隅に、
『相手が出力を抑えていなければ――もし本物の重光線級だったのなら、さっきの一撃で伊隅大尉は死んでいます』
 という武の通信が割って入った。その言葉に伊隅は顔をしかめる。彼の言ったとおり、もし重光線級の出力であったのなら自分は死んだと自覚する間もなく一瞬で機体と共に蒸発していることだろう。その事実に気づかされると、一瞬で闘志がしぼんでいく。

「っ……了解」
 素直に機体をその場に停止させた。死人に口なし。もう伊隅はこれからの演習に口出すことも許されず、ただ見ることだけしかできない。
「……くっ」
 脱落者一号が隊長である自身。早々にリタイヤした自分に腹が立った。
 暗く明かりを落とした不知火の中で、伊隅は脇に挟んであったとある手紙を手にした。

 その――「前島正樹の遺書」を胸に抱え込んだ。



「っ!? (――伊隅!) 全機、指揮は私が引き継ぐ!」
 伊隅機の活動停止を確認するやいなや、まりもは指揮権を自分に移した。これは事前に決めていたことであり、A-01の隊長である伊隅が死亡、あるいは何らかの理由で指揮を続行できなくなった場合はその後はまりもが引き継ぐようになっている。

 まりも機は現在、ビルの陰に隠れてなんとかレーザーをやり過ごしている。周りにも同じようにビルや民家に隠れながら移動する機体が多くいる。しかし、ビルからひとたび顔を出せば、襲いかかってくるレーザー。数十キロ先にいる敵になす術がなかった。
 さきほど撃墜された伊隅は場所が悪かった。周囲に敵から隠れるための遮蔽物がなかったことで撃墜されてしまったのだ。

 初撃の奇襲により、隊形が崩れた部隊に命令を出す。
「全機! ひとまず、高範囲に広がれ!!」
 相手の武器が一門しかないということは一度に一人しか狙うことができない。味方が重なって、敵に同時に複数を攻撃するチャンスを与えてはならない。そんなことは全員理解していたのだろう。一応返事はしたが、まりもが指示を出す前から各自で広がり始めていた。

「相手を戦術機と考えるな! 光線級の中隊規模と考えて行動しろ!」
 全員の声を聞いたそのときだった。
 まりもはえも言われぬ悪寒がして、機体を大きくサイドステップさせた。戦場で研ぎ澄まされた感覚の下、感じる悪寒というのは馬鹿にならない。それは視界に映ったわずかな違和感、耳に入ってくる些細な音を感じることで、自らの危機を最もよく知らせてくれる警報である。幾度の戦場の経験から、その感覚を無視することなく、彼女はその体を反射的に動かした。そのとき、背にしていたビルを突きぬけてレーザーが飛び出てきた。
 なぜこうもビルで死角になった的を正確に狙い撃てるというのだろう。まりもの経験上から言ってもあり得ないことだった。
 そして、この一撃を避けたとしても安心はできない。

 また別の遮蔽物に移動しようとしたまりもの機体に連続してレーザーが襲いかかってきた。ただし、それも自律回避が機体を縦横無尽に動かすことで、無事避けてくれる。しかし、この無理やり他方に引っ張られる感覚はベテランのまりもであっても未だ慣れるものではなかった。
 連続して3回の攻撃を彼女はやり過ごした。
 問題ない。まだ当たってはいない。機体がしっかりと地面を踏みしめたときそう思った。彼女が集中的に狙われている間に、他の機体は敵機と距離をつめることができているだろう。局所的ではなく、大局的に見れば、彼女たちの有利に動いているはずである。

(――待て!)
 そこで気付いた。今いる自分の立ち位置が、当初身を隠そうと考えていた遮蔽物から大きく離れていることにだ。
「くっ!」
 再び警報と同時の自律回避。また大きく遮蔽物から距離をとる。

 自律回避を行うたびにまりもは遮蔽物のないところへ向かっている。そうだ。先ほど撃墜された伊隅もそうだった。最初は対光線級のセオリーにのっとり、遮蔽物を盾にしていたはずだ。彼女が訓練生のときにまりもが口をすっぱくして教え、幾度の戦場の経験からもそんなことは分かっていただろう。自分からわざわざ遮蔽物の少ないところへ出ていくはずがない。

(――まさかっ!?)
 慌てて、機体を遮蔽物の多い建物群に進めようとする。そのとき再びまりもの不知火をレーザーが襲った。ぐるんと視界が反転。外したあとも追尾してくるそのレーザーから逃げるため、空中でさらに跳躍ユニットが火を噴く。そして、回避後の自分の立ち位置を見て愕然とする。
 そこはちょうど周囲のビルが崩れ、身を隠すものが何もない空間。まりもは確信した。
(急げ! 急いでこのことを部隊全員に――)

「――全機マニュアル回避に切り替えろッ! ‘こちらの自律回避が利用されている’!」
 それを言い終えた瞬間、彼女の機体に閃光が突き刺さった。



「……ほう、早くも気づきましたか」
 狙った機体が今までの自律回避とは違う動きを見せたことから、相手がマニュアル回避に切り替えたことに気づいた。
 戦術機が行う自律回避は、機体表面で感知した低出力レーザーからその攻撃の方向を割り出し、機体が重大な損傷を受けるまでの時間計算を行い、その条件の中でいかに機体に損害を受けさせることなく避けることができるかどうかということを考えられている。その動きは衛士の意志とはほぼ無関係。低出力のレーザーを機体表面に感知させてやるだけで、相手は泡を食ったように回避を始める。利用してやれば相手を自分の意のままに誘導することもできる。
 だが、そのことに相手が早々に気づいたことは驚きだった。自律回避というのは本来、機体と衛士の命を守るためのものであり、その仕組みに疑念を抱くことはそう簡単にできることではない。誰が見抜いたのかはわからないが、彼女はそのことについては素直に感心した。

 少々ずるいが、彼女にはどの不知火にどの隊員が乗っているのかを知っている。彼女の今回の目的は彼女たちを完膚なきまでに負かすことである。そのた
めに彼から情報を仕入れていた。最初の目標は、部隊長である伊隅みちる大尉、第二目標は、神宮司まりも大尉、以下、先任衛士3人、新任たちと目標優先度を決めている。
 早速、部隊長格二名を落としたわけであるが、いまだレティクルに映る不知火は迷い無く彼女を目指してやってくる。その動きには衛士の動揺がほとんど見られなかった。なかなかの部隊錬度と、下がっていない士気に、彼女は予想外という感想を抱く。

 引き金を引くと、銃口から白い閃光が空を切り裂き飛んだ。5秒後、また引き金を引く。この兵器はレーザーの出力と次の発射までのインターバルの長さが比例している。レーザーの出力が強ければ強いほど、インターバルは長くなる。今の殺傷力をきわめて抑えたレーザー出力ならばインターバルは4、5秒だ。
(インターバルが数秒の光線級など卑怯だと思うでしょうが、そこは多数の光線級を相手にしていると仮定してください)
 再びレティクルの中に収めた獲物を見る。

(しかし、ほとんどがカテゴリーBの衛士ですか……)
 パッと見で彼女たちの実力をそう判断する。自分より弱いものには深く関わりたくないのだが、
(……仕方ありません。あの男のためです)

 大きな作戦を生き残った衛士というものは調子に乗りやすい。特に彼女たちは先の作戦で同部隊から脱落者がでていないらしい。おそらくこの演習前はそのような気分であった彼女たちに、先輩衛士として水をぶっかけてやることにしよう、と弱冠’二十歳’の彼女は考えた。
 彼女たちの成長のためにも自分は嫌われ役をやる必要がある。相変わらずの貧乏くじにため息が出た。

「自律回避ではなくマニュアル回避ならば先ほどまでとは比べ物にならない操縦技能が求められます。あなたたちにできますか?」
 誰に聞かせるわけでもなく、彼女はそう呟いていた。



 また一機、その体を閃光が焼いた。活動停止する風間機を見ながら、中央司令室でこの演習の様子を見守っていた夕呼は隣の武に、今現在の心境を告白した。
「THEL……Tactical High-Energy Laser(戦術高エネルギーレーザー)。話には聞いたけど、戦術機の装備としてはほとんど反則よね」
「いや、あの兵器をあの距離で命中させるあいつの腕が半端ないんですよ」
 少しのズレが目標に到達するころには数メートルにも数十メートルにもずれてしまう距離だ。高レベルの狙撃能力がなければただの宝の持ち腐れだ。武の腕ではあの位置から高速で動き回る敵機に命中させることはできないだろう。

「OTH(over the horizon )狙撃を専門とする奴ですからね。この程度は朝飯前ですが」
「あんたが今朝言ったこの演習相手……まあ‘詳しく’はこの演習後として……A-01に勝ち目は?」
 中央司令室でモニターを見ながら夕呼は武に問う。モニターではついに4機目の不知火(榊機)が撃墜されていた。それを見ながら武は難しい顔をして、

「この距離であいつ相手にはかなり厳しいですね……もし近接戦闘に持ち込んだ時に小隊規模が残っていれば、あるいは……」
 それでさえ、武の知っている時点での彼女ならば、という条件付きだ。衛士としての力量、経験、機体の性能、武装とA-01が敵うものは何一つない。強いて言うなら数だが、彼女も元は英国王室海兵隊(ロイヤルマリーン)や英国陸軍近衛師団でそれぞれ大隊を指揮していたこともあるベテランだ。相手の指揮官の心理も衛士の考えもある程度は読めるだろう。

「俺が知る中で狙撃技術における全ての項目で唯一最高点を叩きだした奴ですよ。珠瀬少尉を極東一とするなら、少なくともデータ上では間違いなく、あいつこそが‘世界No1スナイパー’ですよ」
 そして五機目が撃墜されるのを見て、その腕が鈍っていないことを確信する武だった。その相変わらずの狙撃技術を懐かしむように目を細める。
 そんな武に夕呼はある質問を投げかける。

「それで――あんたより強いの?」
「……」

 夕呼にしてみればこの白銀武は自身が知る文句なしの最強の衛士だ。だが、その彼がここまで言う相手。彼女はこの彼より強いのだろうか。そんな好奇心からくる疑問を口にした。
 武はこの質問に即答しなかった。それだけでこの相手の力量を推し量るのに十分だった。たとえば、ヴァルキリーズの誰を相手に出しても、今の力量なら自分が勝つとこの男は即答するだろう。武は少し考え込んでからこう答えた。
「単純な一対一なら伊邪那岐を使えば、ML機関を用いずとも勝率七割はいけると思います」
 一対一で、この白銀武から10本に3本は勝ちをとれるというだけで相手の力量は相当なものだ。A-01が苦戦するのも当然である。
「彼女も含めてオーバーAAランク衛士の中にはオレでも一筋縄ではいかないものが多くいます」

 指を折りながら数える。
「数多くいる衛士の中で唯一その最高位AAAランクを得た者、第一位衛士『AAA(トリプルエー)』。世界最高峰スナイパー、第七位衛士『千里眼(クレアヴォイヤンス)』。シミュレーターでのフェイズ3ハイヴ最速攻略記録保持中隊隊長、第五位衛士『孤狼』など……ほんの一瞬の隙が敗北につながるような相手です。決して勝率七割と言えど、楽に勝てる相手じゃないですよ」

「その数字は?」
 夕呼は、武が言う「一位」、「七位」という数字に興味を持ったようだった。
「衛士の中には、一つのカテゴリーに一緒くたにされるのは納得いかないとごねる奴もいましてね。
 これはシミュレーターで行われる近接格闘、中距離支援、遠距離狙撃、OTH(超遠距離)狙撃、それに加え指揮能力、単機突破力、ハイヴ攻略……または実戦でのキルスコアなどの衛士としての強さを測る各項目の成績を数値化して合計し、単純に多い順から順位をつけたものです。
 もとは技術部が興味心から用いていたものですが、のちにオレたちも自分たちの優劣を表すものとしてランクとともに使い始めました」
 数字が付けば箔が付くでしょう、と武は笑う。このランキングは公開されていたわけではない。しかし、頼めばすぐに出してもらえ、軍として隠匿されたものを除けば、世界中の衛士たちのものも得ることができた(ただし得られるのは順位のみ。各項目の詳細は得られない)。戦うものは大なり小なり自分の強さを測る指標を得たがるものだ。このランキングがでたことで、それまで以上に訓練に打ち込み上位を目指す衛士も出てきた。一時の茜のような状態にさえならなければ、適度な競争心は、どんな場面においても有効である。

「ちなみに聞くけど、あんたは……?」
「3番手」
「……あんたより強いのがまだ二人いるわけ」
 夕呼はあきれたように頭を押さえて口にする。彼女の中では武以上の衛士など想像もつかないらしい。
 武はこのランクで、自身より上に存在した二人の衛士のことを思い出した。第一位衛士「AAA」、第二位衛士「獣遣い(ビーストトレイナー)」。
 厳密に言えば、この数字は単純な強さ順というわけではなく、ただの指標のひとつだ。強さといっても様々ある。指揮能力、個人戦闘技能、近接格闘戦、射撃戦と多岐にわたる。戦闘能力に劣っていても指揮能力が突きぬけていれば上位になることもできる。武の指揮能力はオーバーAAランクの者たちの中では下位である。白兵戦技能だけに限定すれば、上の二人に劣っていないという自負がある。まあそれでもあの二人に勝つのは至難の技だと武自身感じていることではある。

 A-01が弱いわけでは決してない。しかし――
「オレと比べても言えることですが、才能はヴァルキリーズのほうが上かもしれないんです……だが、対人戦、対BETA戦どちらにしても、‘オレ達’とは圧倒的に経験が違い過ぎる」



 相手がトリガーに指をかけ、狙いを定め、引き金をひくその瞬間。相手の心理を読め。感覚を研ぎ澄ませ。 
 機体が低出力レーザーを感知した瞬間、
(今っ!)
 大きく右に飛ぶ。速瀬機のすぐ傍をかするようにレーザーが通り過ぎた。

「進めッ!」
 回避成功とともにすぐに水平噴射跳躍。相手のインターバル数秒前後の間に可能なだけ機体を進めたい。A-01はその数を減らしながらもほとんど相手との距離を詰めていた。

『……数が多いとは言え、まさかここまでたどり着くとは思いませんでした』

「!」
 初めて演習相手から通信があった。その声は若い女のものであり、その言動は完全にヴァルキリーズをなめてかかっている。速瀬は頭に血が上った。
『本当はここまでたどり着いた時点で、合格のはずでしたが……せっかくです。最後まで楽しみましょう』
 通信と同時、初めて敵機が狙撃以外の動きを見せた。立ち上がり、肩に接続していたレーザー兵器を外す。大量の蒸気が発生し、一瞬機体の上半身が隠れる。そして、右肩の上にあったタンクもパージし片手で支え、地面に下ろす。
 次に敵機は手にしたレーザー兵器の長い銃身を外した。機体の全高ほどもあった得物が突撃砲クラスの大きさとなる。どうやらあの兵器は近接戦闘でも用いることができるらしい。
 この一連の動作の間にA-01は一気に距離を詰めた。

 そして、速瀬が最も早く突撃砲の射程内に到達した。
「っ! なんなのよ、あんたは!」
 ここに到達するまで数十分。敵一機を相手に、たったこれだけの距離にそれだけの時間を掛けたのだ。すでに残っているのはB小隊の速瀬、茜、彩峰とA小隊の珠瀬、そしてD小隊の築地しかいない。ここにたどり着くまでの短時間の間にA-01はその数を三分の一にまで減らしていた。

 速瀬が片手で構えた突撃砲の銃口を敵機に向け、散々たまった鬱憤とともに引き金を引いた。ここで、敵機はようやくその場から移動する。ゆったりとした動作で、後方に噴射跳躍。さっきまで敵機がいた地面に36mmのペイント弾がまだら模様を作り、その場に置いてあった装備にもペイント弾の塗料が付着した。この機を逃してなるものかと速瀬は残った味方に指示を出す。
「逃がすかっ! 茜! 彩峰!」
『『了解!』』
 別方向から敵機に近づいていた二人がすぐさま追撃を開始する。空中にいる敵機に二方向から撃ち込まれる36mm弾。二方向からの射撃はXM3搭載機に対する対空攻撃。未だこれを破られたのはあの白銀武以外にいない。

 やった、と心のどこかでそう思った。先程までの驚異的な狙撃能力を見た今では、頭の中に相手は近接戦闘に劣るという考えが無意識のうちにあった。それが彼女たちのミス。
 瞬間、やつは腕の振りを利用して体をひねり、跳躍ユニットを使って、空中を移動した。その結果、敵機に迫っていた銃弾はあっけなく何もない空間を切った。
「――な!?」
 その特異な三次元機動はXM3のもの。そして、その動きはどこか、いつも彼女たちが見ている「あの彼」の機動に似ている。それはヴァルキリーズが未だ到達できないレベルの――


『この天照は、‘伊邪那美(イザナミ)’ほどとはいきませんが、あの伊邪那岐と二機連携(エレメント)を組んでいた単純累計時間は二番目に長いのです。近接戦闘(ドッグファイト)なら勝てると思いましたか?』


「「「「「!?」」」」」
 あの男――白銀武の相棒(エレメント)。それを知った瞬間、彼と目の前の機体が同格の存在に見える錯覚が起こる。勝てない、という気持ちが無意識に生まれ、それに気づいた速瀬はその考えを必死に払拭しようとした。
 即座には確認できない事実だが、あの男と組んでいたと聞かされたことと、あの動きから警戒するのは当然だ。部隊に警戒を促し、自身も意識を改めた。
 そんななか、奴は降り立つと同時、その両足で疾走を開始した。ここからが本来の戦術機の戦闘領域だ。次に敵は何をしてくるか、速瀬は一挙手一投足に気を払いながら、その突撃砲を向けた。



「この動きは……‘涼宮大尉’?」
 現在相手にしている不知火の動きにある戦友の面影を見ることができた。機体を左右に振りながら、もう一機の突撃砲による支援も受けて、こちらの機体に肉薄してくる。
 そして長刀を引き抜いて、こちらが突撃砲を避けた瞬間を狙って、突きを放ってきた。錬度もそこそこのレベル、だがしかし、自身が知っている彼女の動きにはまだまだ遠く及ばない。
(イスミヴァルキリーズ最後の生き残りもこの当時はまだまだ力足らずのようで……やはり多くの衛士と同じように、仲間の死がその後の自分を強くしたタイプですか……)

 右斜め前から胴を狙って放たれたその突きを、片足を軸に回転して避ける。そして側面に回りこんで手にしたTHELを敵機の腰に照準すると、
「!」
 真後ろから3機目の不知火が構えた長刀を今にも振り下ろそうとしていた。おそらくは全速の水平噴射跳躍で突っ込んできたに違いない。せっかく一機をつぶすことのできる格好の機会だったが、仕方ない。

 天照の巨大な跳躍ユニット、4つの噴射口から勢いよく推進剤を吐き出して、姿勢を低くしてそこから退避する。
 空ぶった不知火の長刀。
『逃がすかッ!』
 だが長刀を構えなおして、その不知火はすぐさま追撃してきた。聞こえてくる声は怒声。機体からもその気迫がもれているように感じる。
 この機体はこちらの最後のレーザーを避けた衛士が操っている。彼女は現在残っている衛士の中では一番の手だれだ。怒涛の近接攻撃、その機動と装備からわかっていたことだが、この彼女こそがこの部隊の突撃前衛長であるらしい。
(――ヴァルキリー2……ハヤセ)

 彼自身から何度も聞いたことのある名である。彼が尊敬する衛士にあげる数少ない人物の一人。何度も繰り返した世界で、対峙するのは始めての経験だった。しかし、感傷に浸るのはもう少し後になりそうだ。
 ある程度相手の近接戦闘の能力は測ることはできた。この辺りでこちらも本格的に攻めに回ろう。
「格の違いを見せてあげましょう」
 手元のコンソールで武器を切り替える。網膜の右下に映った現在装備している武器。現在手にしている武器はTHEL。そしてそれ以外に左下では現在灰色となっている2つの武器がある。ひとつは左ひじに格納された短刀であるが、今回は残りのもうひとつを使うことにする。THELを背中のガンラックに収めると、THELの文字は白から灰へと変わった。

 相手の長刀が高く振り上げられ、その刃が天照の体を狙う。
 その攻撃に反応して、手元でコンソールを操ると同時、背中のマウントが跳ね上がる。左肩の上にやってきたその‘柄’を掴む。そのとき、今まで灰色だった文字列のひとつに光が灯る。
 そしてその武器の‘刃’が相手の攻撃を受け止めた。



「――要塞級殺し(フォートスレイヤー)ッ!」

 相手が初めてその背中に背負っていた近接戦闘武器を持ち出した。それは10m近い全長を持つ大剣(グレートソード)である。
 斬撃よりも機動打突戦術を重視した設計であり、その攻撃力の高さから先ほど速瀬が口にした<要塞級殺し>という異名で呼ばれている。主に英国の戦術機が使用している武装であり、極東国連軍所属の速瀬は初めて相手にする武器だった。

 自分の渾身の一撃は、その大剣の刃に受け止められた。柄に近い鋸の刃のように刃がぎざみ目になった部分に当たった長刀は、滑ることなく動きを止められた。
 そしてそこで初めて気づく。自分の長刀と相手の大剣の力が拮抗するその一瞬、両者の動きが止まる。すると、今までで一番近くでその機体を見ることができた。
 正面の顔には円形の大きなレンズが、その顔のほぼ全面を占めている。それはギョロリとした眼球を連想させ、今の速瀬には不気味に感じられた。
 機体のカラーリングは頭から足の先まですべてが漆黒。左右非対称の装甲。不知火よりも大型化された跳躍ユニット。それ以外にも自分には何のためについているのかわからない装備が各種に満載だ。そして相手がつい先ほどまでレーザー兵器を押し当てていた右肩。そこに――

「――な……何で?」

 自分たちの中隊を示す<VALKYLIES(戦乙女)>のエンブレムが描かれていた。

「何なのよ、こいつは!?」
 混乱する速瀬。その動揺は機体の動きにも現れる。その隙を狙って敵機が動いた。
「――っ!」
 漆黒の刃が彼女たちに迫る。



「ヴァルキリーズのエンブレム? なぜ、あの機体に?」
 速瀬の機体から入ってくる映像がモニターに映し出される。夕呼はそれを見て、頭に浮かんだ質問を周りに聞こえないように声をひそめて、武に尋ねる。
「あいつは次世代ヴァルキリーズの一員でした」
 桜花作戦後、元の伊隅ヴァルキリーズを構成していた人物たちはそのほとんどが失われてしまっていたが、その部隊の名はいつまでも残り続け、多くの作戦で戦場を馳せていた。元はA-01の一中隊を示すものであったが、桜花作戦を成功に導いた英霊たちに敬意を払い、2002年以降A-01に新たに所属した機体には全てヴァルキリーズのエンブレムが描かれた。そして戦場で武功をあげ、時間が経つごとに所属する衛士の数を増やしていったA-01は、2006年には発足当時と同じ連隊規模にまで膨れ上がった。
 彼女は、武が英国陸軍近衛師団から引き抜いた次世代ヴァルキリーズの戦力の中核を担う衛士であった。

「桜花作戦で、あんた以外は全滅したって聞いたけど、部隊名は残ったのね」
「ええ、俺以外にも涼宮や宗像中尉、風間少尉……さらには伊隅大尉の妹さんも所属していたんですよ」
 桜花作戦時、負傷で戦線を離れていた3人も無事に衛士として復帰し、その生涯を人類の勝利のために費やした。
 あの隊規も長いこと受け継がれ、隊員や部隊も多くなり、A-01はいかなる戦場においても類まれなる戦果を上げ続けた。その一端を担ったのが、モニターに映る機体とその衛士である。
 こと、光線級属種に限定すれば、そのキルスコアは武の倍以上に上る。

 その当時の戦友でもある茜たちを前に、彼女は今どのような気持ちで望んでいるのだろうか。
「しかし、なかなか派手にやるな」
 ただ、彼女の戦い方に、武はそんな感想を抱いた。



 茜と築地が要塞級殺しの一撃で続けて落とされた。四つの噴射口をフルに用いた水平噴射からの加速とそれによる打突に、彼女たちはなす術が無かった。正確には腹部への寸止めだったのだが、白銀が彼女達の撃墜を告げた。

 振り下ろされた長刀を大剣の腹で受け止められる。一瞬、その両足が地面にわずかに沈みこむが、見事受け切る。力が完全に殺されたときを狙って、その長刀をはじいた。そして一歩引いた漆黒の機体。腰をひねって両手で得物を振りかぶる。
 風切り音を伴って速瀬の不知火の横腹を狙う鋭利な刃。
「やられっぱなしは性に合わないのよ!」
 弾かれた長刀を素早く握りなおす。そして真上に万歳のような形となった状態から手首を捻り、機体を「く」の字にさせながら敵機の頭めがけて振り下ろす。
『!』
 真上からの脅威に敵機はすぐさま対応した。この状態では、たとえ不知火の胴体に攻撃がたどり着いたとしても、真上からの攻撃の慣性はそのままとなり、敵機の上体に決まるだろう。それでは相打ちとなってしまう。
 腰を狙っていた軌道をわずかにそらし、不知火の腕を狙う。腕ごとその長刀をもっていこうという魂胆だ。速瀬自身の一撃より敵の斬撃が一瞬速い。速瀬はそれを即座に判断すると、長刀の柄から左手のみを離し、肘を自ら相手の刃に差し出した。

『っ! 生意気な!』
 敵の焦った声が耳に入る。相手も理解したのか、速瀬は対応を打たれる前に左腕に内臓された短刀を開放した。一瞬で展開伸長する副腕の先に存在する短い刀身が敵の大剣に触れた。もちろん、それで防げるほど、マニピュレータの強度は強くない。しかし、力を逸らすだけなら十分な働きをしてくれる。
 マニピュレータが破壊されるまでの短い時間で、その角度を跳ね上げ、大剣の軌道をずらした。

「――もらった!」
 一瞬で間接部にかかった強烈な衝撃により、マニピュレータが無残にも砕け散る。しかし、その犠牲は無駄にはならず、短い攻防の間にも振り下ろされていた右腕の長刀が吸い込まれるように、相手の左肩を狙う。
 されど、その右腕が手ごたえを感じることは無かった。
 
(な……んて奴!)
 相手は、自身の大剣が短刀に触れた瞬間には、躊躇することなくその武器から手を離し、姿勢を低くしつつ、全力で速瀬機から飛び退った。速瀬の振り下ろした長刀は、相手を紙一重で捕らえ切れず、その切っ先はアスファルトを砕きながら地面に埋まった。
 速瀬はしとめ切れなかったことに悪態をつくが、一度、二度と状況に応じて即座に最善の動きを選択するという攻防は、武すらも唸る超密接状態での練達されたものだった。しかし、その数秒にも満たぬ鬩ぎ合いの結果は、速瀬機のみに痛手を残すだけのものとなってしまった。

 相手の手を離れた大剣は、放物線を描きながら、近くの民家に突き刺さった。敵機はすぐさまその武器を回収するため、速瀬機を飛び越えてその民家に向かった。
 速瀬とてただ見ていたわけではない。大胆にも彼女を飛び越そうとした相手に対して、長刀によるカウンターを決めようとした。しかし、相手より一呼吸だけ遅かった行動は、間に合わなかった。
 相手はご丁寧にも、速瀬の真上に差し掛かったときに、そのガンラックに収められていたレーザー兵器を発射するという置き土産を残してくれる。カウンターと回避の両方に気を取られていた速瀬は、無様に不知火をひざまずく様にしてその一撃をやり過ごした。

 ただ、残りのヴァルキリーズは速瀬だけではない。先程の一瞬の攻防の際にも、彩峰は虎視眈々と攻撃のチャンスを窺っており、この瞬間に今が好機と突撃砲から120mm弾を放つ。その攻撃は、敵の背を追いながらその背中に照準したものだ。

『とらせないっ!』
『ルーキーは引っ込んでいなさい!』
 確実に当てようと近づいた彩峰の機体に向けて、敵機は先程と同じように背中のガンラックが跳ね上がりそこに付けられていたレーザー兵器で迎撃した。
 あやうく彩峰の不知火に直撃という攻撃を足で地面を蹴ることで回避する。しかし、その代償として彩峰の攻撃は狙いとは遥かにずれた位置へと飛んでいった。
 その間に敵機は大剣を回収し、その刃を再び速瀬たちに向けた。

 簡単に仕留めさせてくれない。それはあの男のエレメントを務めていたという実力をわからせるものだった。速瀬と彩峰は、仕切りなおしと二機並んで相手と対峙した。
 珠瀬が独自に動いて狙撃ポイントを確保したことを伝えてくる。ならばこちらは珠瀬の援護だ。幸い接近戦に持ちこんだ今、近接戦が仕事の突撃前衛が2人残っている。彩峰と共にどうにかして珠瀬が狙撃できる隙をつくる。いくら近接戦闘に秀でていようと、脅威度は遠距離の状態より落ちている。

 背を向けて敵をおびき出すという戦術は通用しない。一度でも距離を離せば、相手は追撃などせず、その場でレーザー兵器をこちらの背中に向けるだろう。
 
(――なら!)
 彩峰とともに敵に突撃砲をフルオートで発射した。あえて正確な狙いはつけずに、弾を散らす。さすがに戦術機二機のこの弾幕を避けながらこちらの機体に接近するのは至難の技である。
 相手は弾切れを待つつもりなのか、近くのビルへとその姿を消した。

(そこに追い込みたかった!)
 相手が速瀬の思い描いたとおりの動きを見せた瞬間、速瀬は敵の姿を追ってビルの間に飛び込む。そして、その通りの出口を防ぐように、彩峰の機体が躍り出た。
 これで敵を挟み撃ちにしたことになる。二機は敵機を視界に納めると同時に背中から長刀を引き抜いた。
 相手がいくら近接戦闘能力に秀でていようと、ヴァルキリーズが誇る突撃前衛二人をこの狭い通路で相手するのは骨だろう。いくらか剣を交えている間に、速瀬の中には相手が近接戦闘に関しては、あの自身が知る最強の衛士、白銀武ほどの力をもっていないことを確信していた。いくら単機でヴァルキリーズの誰よりも優れていても、集団でかかるのならば別だった。

 相手もそれを理解しているのか、逃げ道を上に求めた。しかし、それこそ速瀬たちの最も期待した動きだった。
「――珠瀬!」
 
 その声で、遠くのビルの合間から冷静に戦況を見極め、攻撃の機会を窺っていた珠瀬は、構えた突撃砲から120mm弾を放った。この部隊でも、断トツで狙撃技術に優れた彼女の攻撃だ。しかも、速瀬たち二機に迫られ、慌ててとった回避後の警戒範囲外からの攻撃である。速瀬も彩峰も、その狙撃を行った珠瀬でさえ、敵機にその一撃が決まることを疑っていなかった。
 
 しかし、相手は彼女たちの想像の上を行く。上昇途中でビルを二度蹴り、機体の軌道を逸らした。攻撃に気づいてからとった行動ではない。それならば、間違いなく間に合わなかったはずだ。
(――読まれた!)
 敵は速瀬たちの作戦を読んでいたのだ。
 
 狙撃を避けた敵機が、珠瀬のいるポイントへと向けて水平噴射跳躍した。その動きは明らかに珠瀬を標的に定めたものだった。
 そして、高く飛び上がった敵機は驚くべきものに姿を変えた。

「「「んなっ!?」」」
(‘戦闘機’ッ!? こいつも可変型なの!?)
 晴れ渡った青空に、異物として漆黒の戦闘機が生まれる。
 先日目にしたばかりの可変型戦術機。量産はできないと聞いていたが、今目の前にいるのは、それに他ならない。
 だが、今はそんなことよりも言うことがあった。敵は速瀬たちのことなど歯牙にもかけず、その狙いを遠方の珠瀬に定める。 

「珠瀬――逃げて!」
 追撃も驚異的な速度で離される。速瀬にはそう叫ぶことしかできなかった。



(同じ作戦を、私も彼相手に何度も取ったことがありますからね……)

 ニーナは戦闘機形態へと形を変えた天照の中で、さきほどの一撃の余韻に浸りながら、懐かしい過去を思い出していた。もし、その経験がなければ、あの場で落とされていたかもしれない。
 初めて彼と模擬戦を行った日のことは昨日のことのように鮮明に思い出すことが出来る。まだ、彼を信用しきれていなかったニーナは、最初のうちはおびえる猫のように彼の手を払いのけてしまった。模擬戦を提案したのは、信用に足る相手か、その力を知りたかったためだ。もとは銃はおろか、武器と呼べるものを手にしたことのなかった少女は、この狂った世界での長い経験によりその思考をそのように変えていた。
 自身の指揮していた大隊から彼女が信頼する選りすぐりの衛士のみで構成された小隊で、彼とその当時彼のエレメントを務めていた女性の二人を相手にした。結果は今思い出しても笑いが出てくるしかないほどの惨敗だった。さきほどヴァルキリーズが行ったのと似たような作戦も彼女はとった。しかし、頭を抱えてひねりだしたその作戦を、彼はニーナのような経験と知識ではなく、反射と勘のみでねじ伏せた。決して誤った作戦であるとは今でも考えてはいないが、あれだけの衛士を仕留めるには工夫がもうひとつ足らなかった。

 一瞬だけ戦場から離れていた思考が戻る。今一度ヴァルキリーズに注目すると、半数以上減らされ、限られた戦力であっても常に最善に近い戦術を用いてくる。少々、彼女たちに対する認識を改める必要があるようだ。

 スロットペダルを踏み込み、天照をさらに加速させる。追撃しようとしていた二機の不知火をあっというまに置き去り、ビルの間で突撃砲を構える狙撃手を目指す。彼女がいる限り、あの二機の撃墜に集中することができない。この状況での最優先目標は、この不知火である。

 昨夜、彼から渡されたデータによるとこの機体が‘あの珠瀬壬姫’らしい。
「……生前のあなたのデータは何度も見たことがあります」
 これは回線を開いていない独り言。
 桜花作戦を成功させ、あの男を生き残らせた英雄たちの一人――唯一自分が尊敬するスナイパーが今目の前にいる。だが、その感動に打ち震えている場合ではない。
(あなたたちがいなければ、私はあの男に出会うことがなかったかもしれない)

 空から急襲する天照に敵機は逃げるのではなく、迎撃を選択した。銃口が自分を狙った瞬間、ペイント弾が描くであろうラインがすぐさま思い浮かんだ。そのラインはこれから自分の機体が通るであろう箇所、その中で正確に機体の中央を捉えたものだ。
「なるほど……間違いなくあなたは私より才能がありますよ」
 さきほどの奇襲の一撃も加えて、心からそう思った。
 長距離狙撃だけでなく、中距離狙撃の半端なものではない。先程までの戦闘を見て、こちらに恐れを抱いていないはずが無い。しかし、その中であっても萎縮することなく、正面からの迎撃を選んだ。とても任官一月未満の新人とは思えなかった。その実力に、ニーナは身震いした。

(ただ、正直過ぎるのはいけない)
 相手が引き金を引くとほぼ同時に、補助翼(エルロン)を動かすことで機体がぶれる。速度を落とすでもなく、方向を変えるでもなく、天照は左方向に360度回転(エルロン・ロール)した。
 機体が丁度垂直になったとき、その横を音速の弾丸が通り過ぎていく。

(火事場の馬鹿力――極限状態でのみ真価を発揮するだけではいけない)
 相手が高レベルの狙撃手だからこそ選択できた回避方法である。矛盾しているが、この回避が成功したことにより、彼女の狙撃技術の高さは証明された。
 機体が再び、水平状態に戻る。敵の不知火は予期もしない方法で回避されたことに動揺しているのか、次の動きが遅い。次の発射体勢を整えたころには、
天照のTHELがその照準を定めていた。
 
 尊敬する衛士――しかし、彼女を仕留める一撃に遠慮などはなかった。



「た、珠瀬……!」
 即座に援護のために走り出したのも、間に合わず、珠瀬の不知火は閃光をその胸部に受け、撃墜された。
『す、すみません』
 最後にそんな通信が入ったが、とても彼女に落ち度があったようには思えない。

 また一人味方を落とした敵機は、その速度を落とすことなく、速瀬たちを引き離して行った。
「く! 逃げるなっ!」
『逃げる? おかしなことを言いますね』
 あれだけ苦労して稼いだ距離が簡単に開けられて行く。あっという間に十数キロを移動した敵機は、優雅とも見えるゆったりとした動作で再び戦術機へと姿を変えた。

「――!」
 奴が降り立ったのは、伊隅やまりもたちの不知火が活動を止めた地点の真ん中だった。

『見ていなさい。力のないものはこうして仲間が落とされて逝くのをみているだけしかできない』
『『『『『っ!』』』』』
 その言葉は、速瀬に向けられたものではなかった。伊隅たち、すでに撃墜宣言を受けた者たちにむけた非情な言葉だった。
『味わったことがあるものは思い出しなさい。経験していない者たちは心に刻み込みなさい――この先幾度戦場に立つことになっても、決して忘れるな』
 あえて見せ付けるようにひときわ高いビルの屋上で肩ひざを突いて、レーザ兵器を右肩装甲につける。そして、二度の閃光がその銃口から出ると、CPから彩峰機の活動停止が伝達された。

(あとは……私だけ!)
 近づきさえすればどうにかなると思っていた。あの作戦を一人の犠牲も出すことなくやり遂げた自分たちなら、そう思っていた。
 だが、その結果が今の状態だ。

「ま、負けられるかぁぁぁあぁぁぁ!」
 オルタネイティヴ計画直属部隊としての意地もある。この部隊で最強の衛士、ヴァルキリー2を名乗っている責任もある。そしてなにより、自分達はあの白銀武と肩を並べて戦えるように訓練してきたのだ。ここでこの相手に敗れようものなら、一生彼の背中を見続けるようになる気がする。
(そんなのはいやだ! 私は守ってもらうだけの女は嫌だ!)
 いっしょに戦えなかったあの男は知らない戦場で勝手に死んだ。あんな思いはもういやだ。彼の後ろに続くのではない、隣に立ちたいのだ。
 最後の不知火が前傾姿勢のまま猛スピードでビルの間を飛んだ。だがそんな速瀬に相手は冷たく言い放った。

『――弱い者が吠えるな』

 相手の一撃が速瀬の突撃砲を打ち抜く。慌てて速瀬は、突撃砲を手放した。
 これで速瀬の武装は長刀と短刀という近接格闘武器のみ。それはこの距離では絶望的とすら言えた。
 慌ててビルの影に隠れこむ。しかし、まりもが落とされたときのことを考えると、この行動すらも安全ではない。
(――どうする、どうする、どうする!?)
 いつ背にしたビルから白色の光が飛び出してくるかわからない。これだけの距離が開いていながら、至近距離から胸に照準されているような圧迫感を感じて、心臓の鼓動がうるさいと感じるほど大きくなり、嫌な汗が頬を伝った。

『Hide and seek(かくれんぼですか)?』
 相手の挑発するような声がそれに拍車をかける。彼女にしてみれば、この距離は必中の範囲内だ。
 どうする、どうする、と焦った頭は、この状況を打開する策を思いつかない。もう一か八かの特攻しかない、そんな最悪な考えが頭の中で浮かんだ瞬間、

『――落ち着いてください、速瀬中尉』
「!」
 そんな速瀬に落ち着いた武の声が届いた。網膜に顔も映し出されるが、彼は、興奮し思考を混乱させていた速瀬を落ち着かせるように静かな声で続ける。
 その口から出たのは、速瀬に対する諦めの宣告ではなかった。

『‘あいつ’が距離をとったのは、近接戦闘なら分が悪いと感じたからでしょう』
 いつもの速瀬ならどこか相手の衛士を親しげに呼ぶ彼に疑問を感じたかもしれないが、今の速瀬にはそんなことを気にする余裕は無かった。
『もう一度近づきさえできれば、速瀬中尉にも十分勝機がある』
 確かに先程の接近時には手ごたえは感じた。まったく勝機が見出せないなどという絶望的な力量差ではなかった。
 しかし、問題は今の状況からどうやって再び近づけばいいというのか。中隊全員であれだけ必死になってやっと詰めた距離を、残った自分一人で詰められるはずがない。そんな弱気になる速瀬に、

『それができないほど柔な鍛え方をしたつもりはないですよ』
(――こいつ!)
 その言葉は、耳からすんなりと頭の中に入り、熱くなっていた頭の芯の熱を奪った。不思議と、それだけで速瀬の思考は正常なものへと戻った。それは、彼女がどれだけこの男に信頼を置いているかということを示していた。信じる男の言葉を疑ってはならない。教官の言葉を疑ってはならない。
 この戦いはこの男が見ているのだ。彼の二ヶ月の教導、それに報いる働きをしなければならない。
 そして、つい先日決意したばかりだった。この男に追いつく。いつか隣に立つのだ、と。

 速瀬はビルの影から勢いよく飛び出た。敵機との間には何も遮るものがない。遮蔽物を盾に時間をかけて距離をつめても埒が明かない。そもそもそれを行ったところで自分の勝利するビジョンが浮かばなかった。どうせやるなら、最短の一直線を進み、早々に蹴りをつける。
 不知火が地を蹴る。機体が浮かび上がると、跳躍ユニットからありったけの推進剤を撒き散らし、その身をひとつの弾丸として猛スピードで突き進んだ。

『覚悟を決めたようですね』
 今にして思えば、この挑発するような声は、相手を激情させ、自らの望む動きに誘導するためのものだったのだろう。そんなことにも、つい先程までの速瀬は気づけなかった。
 相手の言葉通りに玉砕覚悟で突っ込んだわけではない。機体が低出力レーザーを感知し、けたたましい警報音を鳴らす。反射的に速度を落として回避運動に入ろうとする。しかし、速瀬はそれを意思の力で止めた。これも相手の挑発だと気づいたのだ。

(まだ……まだ……)
 ぎりぎりまで距離を稼ぐ。どうせ一発当たれば終了なのだ。恐れるな。相手は思考の読めないBETAではない。その攻撃には全て彼女の意図が存在する。目と耳から入る情報だけに頼ってはならない。
 極限まで研ぎ澄まされていた速瀬の感覚は、不思議と敵機がトリガーにかけた指に力をこめたのを感じた。

(今ッ!)
 左右の跳躍ユニットの出力を不均衡にすることで機体が高速でぶれる。
 胴体のすぐそばを通り過ぎて行く白光。速瀬のいる管制ユニットから数メートルと離れていない至近距離だ。それだけの近さをあの熱量が通り過ぎたことに速瀬はぞっとする。しかし、臆している暇などありはしない。
 機体を再びまっすぐにし、相手に向けて飛んだ。

(行ける)
 今の速瀬が感じている不思議な高揚感、それは今まで戦場で感じたことのない感覚だった。体はリラックスしているはずなのに、全ての感覚が鋭すぎるほど研ぎ澄まされている。
 決して余裕などない。もはや頼れるものは、自身の操縦センスのみ。
 
 しかし、それこそが自身が目標とするあの男にこの二ヶ月間みっちりと鍛え続けられてきたものだった。



 これは想定外だ。この天照には残りの推進剤も、G元素の量も少ない。どちらもこの演習が終われば、機体の整備と共に補給してもらうつもりだった。それだけの力で十分だと感じていたのだ。
 だが、レティクルの中の不知火の動きに焦りを感じていた。つい数分前までは、簡単にこちらの挑発に乗り、動きをコントロールさせてくれていた。まるで機体がレーザーを吸い寄せるように、中隊のほとんどの機体を落とすことができた。

(っ! あの男が何か言いましたね)
 低出力レーザーを不知火に当てる。しかし、相手は回避行動に移ることなく、まるで撃墜を恐れていないかのように、その牽制を無視する。
 ならば、とトリガーを引く瞬間、相手はその場から飛び退る。また、レーザーは目標を捉えることができなかった。
 相手にこちらの狙撃の呼吸が読まれている。それは、この動きから明らかだった。そのことにニーナは、苛立ちと忌々しさ、そしてほんの少しの喜びを感じていた。

 実のところ、速瀬は明確に相手の呼吸を呼んだわけではない。しかし、幾度も演習で苦しめられた珠瀬の狙撃、伊隅やまりもに体の芯まで叩き込まれた対レーザー級戦術、その身を犠牲にしながらも敵の攻撃を教えてくれた仲間たち、それらの全てが速瀬を生きながらさせていた。

 G元素貯蔵タンクをパージした今、無駄弾は一発たりとも放てない。そして、残り少ない推進剤では、近接戦闘での高速機動戦を行うことはできない。主脚のみでの戦闘では圧倒的に不利となる。それでも必ず負けるとは露とも考えていないが、無傷で勝利できるというビジョンも今の彼女には浮かんでこなかった。ここで落とさなければならないのだ。

 また一撃避けられる。しかし、決して慌てはしない。戦場で自らのペースを乱すことは決してしてはならない。彼女は数十年に渡る戦いの経験からそれを理解していた。飽くまで自分のスタイルを貫き通す。
 相手がここまでたどり着くのが先か、相手の集中力が切れるのが先かの根比べだ。ニーナはより集中を研ぎ澄ませ、自身の出来る最高の攻撃、狙撃を行う。

 距離はあっという間に詰められる。不知火との距離、残り約2km。通常の対戦術機戦ならばここまで接近された時点で、再び距離をあけるか、近接戦闘への準備を始める。しかし、残り少ない推進剤からその選択肢は選べなかった。
 視線は変わらずレティクルを覗き、蒼穹色の不知火を照準していた。
 距離から考えて、撃てるのは残り2発。

 数千、数万と繰り返した動きを指はなぞる。トリガーを引いた指が戻る前に、次の照準へと頭を切り替える。最後の一発を決めることだけに集中する。

 ついに相手が目と鼻の先まで迫ってくる。水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)により機体は空中にいるが、その体は一切ぶれず、相手の高い技量を見せ付けていた。
 最後の一撃は、ぎりぎりまで引き寄せてから撃つことに決める。すでに狙撃と呼べる距離は空いていない。だが、至近距離からの一発は絶対に決める。

 だが、相手の不知火は、600mまで詰まると、今までの直線的な機動をやめ、ひときわ高い建物群の中へと姿を消した。
「!」
 天照を立ち上がらせて全周囲を警戒し始めた。
 振動音センサーにも気を払うが、最後の一撃を決められるだけの距離を空けて、発見しなけらばならない。いつでもトリガーを押し込めるようにと、コンソールを握りなおし、どのような事態にも慌てることの無いよう精神を落ち着かせた。

 10時の方向から、コンクリートの破砕音がした。そこは大通りであり、遮蔽物の最も少ない箇所だ。そのため、警戒度は他に比べ随分低かったわけだが、その音を感じ取ると、紅く光る一つ目が残光を残すほどの機敏さで体ごと銃口をそちらへと向けた。
「!?」
 しかし、網膜に蒼穹色が映ることはなかった。代わりにメインカメラが捕らえたのは道路の真ん中に突き刺さる一本の短刀だった。
(――やられた!)

 短刀は左斜めに刺さっている。そのことから即座に銃口を左に向けた。
『この距離ならッ!』
 そこには右手一本で長刀を上段に構えて、こちらに突撃してくる不知火がいた。
 慌てて機体を後退させながら、その銃口で相手の胴体を狙う。しかし、後ろに一歩ずらした足が、ビルの屋上を踏み砕いた。
「!?」

 機体が大きくバランスを崩す。このままではいけない。とっさにそう考えたニーナは、躊躇せずトリガーを引いた。大勢を崩した今、照準していたはずの腰ではなく、相手の左肩へとレーザー光が刺さる。その箇所のレーザー蒸散塗膜が蒸発するが、あの男から不知火の撃墜が告げられることは無かった。

 最後の機会を不測の事態で棒に振ってしまった。しかし、体勢を崩したことはマイナスばかりに働いたわけではなかった。
 後ろに大きくのけぞったことで、相手の長刀はまさに紙一重で、天照を捕らえきれず、ビルの一角を切り取るに留まった。

 ビルを踏み抜いた足とは別の足で跳んだ。空中に浮いた体を、跳躍ユニットを用いて、危なげなく道路に降り立つ。目の前にはすぐに不知火がアスファルトを砕きながら、荒々しく降り立った。
 網膜上では「Empty」の赤字が目立つように点滅する。ついに、こちらの最大の攻撃手段であるTHELは沈黙した。

「……」
 大きく深呼吸してから、THELから手を離す。黒光りする金属の固まりは、重い音を立てて道路上に落ちた。空いた手は、背に伸ばし、そこにあった柄を握った。そして、大剣(グレートソード)を大きく振りかぶってから、その切っ先を不知火に向けた。

「あなた達のためにも、私は今負ける訳にはいけないんですよ」
 それは相手に聞かせるというより、自分に言い聞かせているような言葉だった。
 不知火に残った武装は長刀一振のみ。そして左肩より下は、動くことのないただの重りだ。対する天照は、損傷こそないものの、自身最高のアドバンテージであるTHELを失い、推進剤も残り少ない。
 どちらにしても、長時間戦いあえる戦力ではなかった。つまり、あと数分で、長かったこの戦いの決着がつく。

 不知火は残った右手を後ろにするような半身で薙ぎの体勢をとる。対する天照は、大剣を地面と水平に右手を上げるような形で突きの体勢をとる。
 ここまでの派手な動きとは打って変わって、どちらもその体勢を維持したまま、相手の出方を窺う。そのことで初めてこの戦場に沈黙が舞い降りた。

 すでに撃墜宣言を受けた隊員たち、また管制室でこの戦いを見ていた夕呼や遙も固唾を呑んで、対峙した二機を見た。勝負が着くなら一瞬の出来事である。それを全員が感じ取っていた。

 両者がじりじりと距離を詰める。そして、天照が先手を打つべく、その身を沈ませたそのとき、

『――そこまで!』

『なッ!?』「!」

 二人だけの戦場に、白銀武の声が割って入った。

『――演習を終了します』
 速瀬にとってはこれからというところで、唐突に武から演習の終了が告げられた。速瀬はその突然の事態を受け入れられないのか、通信で喚きたてる声が最後に聞こえてきた。
 ニーナは、速瀬よりも早くその自体を受け入れ、ずっと堅くなっていた体の力を抜いた。息をゆっくりと吐き出し、体と思考をクールダウンさせていく。

 あの男が唐突に演習を終了させた原因を考える。昨夜、ニーナがこの演習を提案すると、武は「彼女たち(ヴァルキリーズ)のためにもなるだろう」と言って、快諾した。武は、ニーナと戦わせることで、彼女たちに何かを感じて、あるいは知ってほしかった。そして、その目的を持って行われた演習をここで終了させたということは、あの男にとっては、彼女たちが何かしらの成果を得たという結論に至ったためだ。

 ニーナにとっても、もちろん目的があった。しかし、その目的は、この結果では完全に成されたとは言えない。
 ただ、演習の終了を認識したとき、彼女はほんの少しだけ安堵を抱いていた。それに気づいた瞬間、自分の頬を両側から強く手の平で叩いたのだった。



◇ ◇ ◇



 横浜基地のハンガーに天照をいれ、機体を停止させた。そして、胸の部分から管制ユニットが排出され、ニーナは8時間ぶりに外の空気を吸った。久しぶりに吸った空気が、油や金属の匂いの混じったものということだけは気に入らなかったが、ニーナは狭い空間から開放されたことを満喫した。
「……勝負に水を差すとはあなたらしくないですね」
 管制ユニットから顔を出すと、遥か下に自分を待ち構えているあの男を見つけることが出来た。その男に向けて、少々睨みながら言い放った。
「お前、もう推進剤残ってなかっただろ?」
 生身での再会を喜ぶ前に出された彼女の言葉に、武はその理由を告げる。

 どうやら彼には、ニーナの不自然な動きからそのことは全て読まれていたようだ。その彼の気遣いに礼を言うか、悪態をつくか迷ったが、結局は沈黙を選択した。どちらを答えても今の彼女にとっては言い訳以外の意味にはならないはずだ。たとえ、勝利がどちらに転ぶかわかっていなかったとしてもだ。
 天照の胸部から出て、降りてきたニーナに向けて、武はどこか意地悪げな笑みを浮かべて言った。
「残り少ないとはいえ、あと2分は戦えたか……あのまま続けていたら、どっちが勝ったかな?」
 その笑みと同じく少し意地悪に質問する。先程、最後の衛士の動きに言いようの無いプレッシャーを感じていたのだが、それをこの男に教えるのは癪だった。
「……私は、あんなルーキーには負けません」
 どこかむきになっているような彼女の言葉に、武は快濶に笑った。

 次に彼は天照が背負うTHELと大剣を見上げながら、感心したように言った。
「‘鷹の目’の力は健在か……近接戦闘もそれなりにこなす様になったな」
「あなたが死んだあとも4年間は頑張り続けましたからね」
 彼女より先に武が死んでいる。それを聞くと、武は彼女に対するある負い目を感じて、顔をしかめた。

 漆黒の戦術機から出てきた彼女は、まず肩にかかっていた三つ編みの先のひもをほどく。それに軽く手櫛を入れ、綺麗に解かれた金髪を背中に追いやった。ゆるくまとめられていた髪は、特にあとなどついていなく、サラサラと彼女の背中で揺れた。
 彼女のこの行為は戦闘状態の解除を示すもので、彼女なりの儀式らしい。それを終えるとニーナは武の正面までやってきて彼の顔をしげしげと見つめた。
「それほど若いあなたを見たのは初めてですね、‘シロ’」
「……その犬みたいな呼び方はやめてくれって言っただろうが……」
 彼女の彼に対する呼び方について、武は顔をしかめた。

「いいじゃないですか。私は気に入っています……私以外の誰もあなたのことをこの名で呼んでいないのですから……それに私、犬好きですよ?」
 それはどういう意味で解釈をしていいのか。
 淡々と言う相手に武は苦笑を返すことしかできなかった。お互い死で別れあったものたちだ。その再会には涙のひとつでもふさわしいのではないかと考えるが、頭にかすかに思い描いていた感動的な再会とはずいぶんかけ離れていた。

「ニーナ!」
 そんな彼女たちの元へ駆け込んでくる姿があった。小さな体躯を必死に動かして走るアーリャだ。ニーナの名を呼ぶその声は喜色に満ちていた。

「アーリャ! やはりあなたもいましたか!」
 そんなアーリャに気づいて、武に向けていた表情とは打って変わって、ニーナは年相応の笑顔を浮かべた。
 アーリャは、走りこんできた勢いのまま、ニーナの腰に手を回し、力強く抱きついた。
「しかし、これはまたずいぶんと懐かしい姿で……」
 自身の胸より身長の低い彼女を見てニーナはそう口にする。10歳相応の小さな体躯、胸も腰も女性らしさは帯びていない。自身の最後の記憶にある美しい少女の予想外の幼さを目にして、
(これは……うれしい誤算ですね。‘強力なライバル’の一人がこのような状態とは……時間的アドバンテージが少し生まれました)

 再会を喜びつつも、彼女が心の中でそんな腹黒い考えを浮かべた瞬間、さきほどまで強くしがみついていたアーリャの力が緩んだ。そして腹部にあてていた顔を上げると、その表情はニーナを可愛らしく睨み付けるというものに変わっていた。
「ニーナ……」
 その声は先ほどの喜色に満ちた声とは違い、どこか咎めるように低くなっていた。その声ですぐにニーナは自分の失態に気づいた。
「……迂闊でした。今の私は対リーディング処理を施されていないのでしたね」
 そのジト目から逃れるために彼女の目を手の平で覆った。目隠しされたアーリャはイヤイヤと首を左右に振りながら彼女から離れようとする。なんともつれない態度ではあるが、彼女には先ほどの負い目もあるため、そのまま解放した。
 そして、何気なく見渡したハンガーで、少し遠くからニーナたちを見つめている小さな姿に気づいた。ニーナはその少女にも見覚えがあった。こちらもまた自身の記憶よりずいぶんと幼い姿であったが。

「社中尉!」
 名を呼ばれたことで、霞は肩を軽く震わせ、目を見開いた。
 そして、ニーナは同じ過ちを二度犯す。
(やりました。二人目もこのように幼い体躯とは……いくらこの男でもこのような未成熟な体に迫られて手を出したりはしないでしょう)
 薄い笑みすら無意識のうちに浮かべていたニーナが見る中、霞が無言で少しだけ赤くなった。
(迂闊……余計な知識を与えてしまいましたか)
 それすらも読まれていたのか、霞は可愛らしく小首を傾げる。どうやらまだ自覚はないらしい。

「はいはい、あんた達だけで楽しんでないで、私にも紹介してくれない?」
 夕呼が彼女たちの間に割って入ってきた。白衣のポケットに手を入れて、ダルそうな歩みながらも、その目はハンガーに収められた天照、次にニーナへと値踏みするように油断無く見渡していた。
「あ、はい、すみません……えーっと……」
「大丈夫よ。あんたがよほどの大声で無い限りどんな紹介をしても」
 周りを見渡すと、周囲10mほどには彼女たち以外に誰もいない。誰も彼もが遠巻きに、謎の高性能機天照とその衛士ニーナを困惑気味に見つめていた。その中には先程戦闘したヴァルキリーズの何人かも見受けられ、彼女たちは機体はもちろんだが、ニーナと武、アーリャの予想外に親しげな様子に目を白黒させながら、様子を伺っていた。

 武はそれを確認したあと、変に大声でもかと言って極端に潜めた声でもなく堂々と彼女を紹介した。

「彼女はオーバーAAランク第七位衛士‘ニーナ・マーコック’」
 その後はニーナが引き継いだ。
「この世界で三人目に確認された――‘因果導体’ですよ」



「くそッくそッくそぉぉおォォォ!」
 自らの不甲斐なさに普段口にしないような罵倒が口から出る。速瀬は管制ユニットの壁に何度も拳を叩きつけた。だが強化装備越しの衝撃は自らに何の痛みも返さない。それが妙に腹立たしかった。
 
 いまだ、あの男に並び立たないことなど十分理解している。先程、相手した者が彼と並び立つ資格を持っていることなど理解している。
 彼女の中では、さきほど相手に一矢報いたことなど頭の中にはなかった。彼女にのしかかるのは、中隊規模で挑んだにもかかわらず相手を落としきれなかったという結果のみである。それは自らの脆弱さを無常にも教えていた。
 だが、その結果を受け止めながらも、速瀬は心の中で慟哭する。

 それでも……それでも私は――あいつの隣で戦いたい……!

                                 つづく

あとがき
 因果導体はそれほど多くは出さない予定です。物語のアクセントとして今回のニーナのように少しずつ登場させます。オーバーAAランク全てが因果導体ということではありません。
 天照登場は終始、戦闘というものになりました。あまりここまで詳しく戦術機の戦闘を書いたことはなかったので、くどく感じないか心配です。一応、地の分ばかりの堅くならないように、会話ばかりで状況把握が困難にならないようにと自分なりの文のリズムともいうようなものを意識して書いていますが、心配です。ただ、次回は戦闘は(多分)無い予定です。あってもここまで長くはならないでしょう。もうちょっとドタバタ感を意識して書いてみたいと思います。
 遂にこの話も次話で30話という数に突入します。30話はヴァルキリーズとニーナの初顔合わせがメインになります。
 話し変わりまして、毎度感想たくさんありがとうございます。いつも送ってくれる方々も本当にありがとうございます。何度も読み返させてもらってモチベーションの向上につながっています。ここでお礼を言わせてもらいます。今回の話としてはオリキャラ、ニーナと天照についてどう感じられたのかも教えていただけると幸いです。あとは今回の話で気に入った場面など……ずうずうしいお願いなので、どのような感想でも構いません。送られた感想については全て見させてもらっています。返信も時間が空いたときにやっておきたいとおもいます。
 今年はマブラヴが発売されてから10年ですね。さすがにそれだけの時間が経つと、いろいろと変わってしまうもので、この掲示板でも自分が更新していたころと比べ、更新される作品数が減ってしまい、少々残念に思っています。もし、読者の中に理想とされるマブラヴ作品があるのなら、是非ペンを手に取りその物語を見せてください。拙作のアイデアなんかもどうぞご自由に使っていただいて構いません。なにしろ私も偉大な作品を勝手に使わせてもらっている身分です。これからもマブラヴの盛況を祈る者の言葉です。
 それでは、これからもどうかよろしくお願いします。

おまけ
 話に息詰まると人は往々として壊れた話を書いてみたくなるものです(私だけかもしれませんが)。たまにはぶっとんだギャグものを突発的に書きたくなります。もう時系列とか登場キャラとか立場とか無視して。
 具体的には↓みたいなのになります。

 東日本のとある温泉旅館。
ラダビノッド「これは、覗きではない! 軍のPRを目的とした、崇高な任務である!」
男性一同「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
ラダビノッド「かつて無い多国籍軍での作戦になるが、諸君、健闘を祈る!」
 しかし――
ユウヤ「ちくしょう! 見つかった!」
 響き渡るコードレッド。
ヴィンセント「やつら、俺たちのこと気づいてたんだ!」
 漏れていた情報。
レオン「地雷原だ!」(※本作品では人体に極めて安全な地雷を用いています)
 女湯への困難な道のり。
タケル「なッ! 天照に伊邪那美だと!?」
 強固な守り。
タケル「ヴァレリオ! ヴァレリオォォォォォ!」
ヴァレリオ「あとはたの……んだ……」
 倒れ行く仲間たち。
ウォーケン「( ゚∀゚)o彡°殿下! 殿下!」
 壊れる少佐。
ラダビノッド「どうした、応答せよ! 応と――」
ユウヤ『ま、待て! 話せばわかッ――<ザザッ>――<ブツッ>――………………』
 通信途絶。
――ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ―――
 司令室のスクリーンを埋め尽くす赤字。
沙霧「ダメです! 回線を乗っ取られました!」
ラダビノッド「ぬぅぅ! 00Unitかぁ! ぬかったわぁ!」
 乗っ取られる作戦本部。
女性陣「覚悟はいいな?」
紅蓮「こやつが主犯だッ!」
タケル「ちょ! そっちだってノリノリだったくせに!?」
 差し出される人身御供。
 はたして彼らは無事任務を終えることができるのか。

 同時公開。
柏木「やっぱこういうところに来たらお約束だよねー」
茜「うぅ、ホントに言わないとダメ?」
彩峰「ダメ……」
悠陽「想いを寄せる殿方の話というのは親密さの度合いを測る話題としては普遍的なのでしょうね」
イーニァ「おもいをよせる? トノガタ?」
クリスカ「好きな男の人と言う意味よ、イーニァ」
イルフリーデ「わおっ! これがジャパニーズガールズトークね!」
ヘルガ「わ、私は……」
ルナ「まあ、ヘルガったらそんなに顔を赤くして……もしかしているのかしら?」
アーリャ「……ん(ウトウト)……にゅ(ウトウト)……zzz(コテン)」
ニーナ「なぜ、こんなことに……ライバルは減ったと思っていたのに」
純夏「よーし、せーので言うんだよ?」
冥夜「わ、私はいつでもよいぞ!」
タリサ「ちょ、ちょっと待て! あたしはまだ言うとは――」
ステラ「あら、タリサ。諦めが悪いわよ。タカムラ中尉は準備できてるみたいよ」
唯依「え!?」
「「「「せーのっ!」」」」
 女性陣のパジャマ(浴衣)パーティー。

 オルタッドフェイブル的なノリですね。こっちもテキトーに書いてます。

おまけ2
 9人いるオーバーAAランクの衛士と搭乗機一覧と補足説明
第一位AAA 「AAA」:???  搭乗機:「???」 唯一のAAAランク持ち。
第二位AA++ 「獣遣い」:??? 搭乗機:「???」 指揮連隊総キルスコア世界第一位。
第三位AA+ 「ハイヴ落とし」:白銀武 搭乗機:「VFG-TYPE12 伊邪那岐 」 桜花作戦の英雄、XM3発案者。因果導体。2002年以降地球上で行われたハイヴ攻略戦の全てに参加。
第四位AA+ 「???」:??? 搭乗機:「VFG-TYPE?? 伊邪那美」 白銀武のエレメント。
第五位AA 「孤狼」:??? 搭乗機:「???」 ハイヴ最速攻略記録保持中隊隊長。
第六位AA 「???」:??? 搭乗機:「Asura」
第七位AA 「千里眼」:ニーナ・マーコック 搭乗機:「VFG-TYPE15天照」 世界No1狙撃手。元英国陸軍近衛師団大尉。鷹の目。千里眼という名は、天照搭乗後についた名。3人目に確認された因果導体。
第八位AA- 「SES」:??? 搭乗機:「???」
第九位AA- 「???」:??? 搭乗機:「???」


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