このお話は、基本的にギャグです。
壊れたキャラクターが登場します。
また、メインヒロインはオリジナルのキャラクターです。
ただしこのオリジナルキャラクターがナデシコの既存キャラと恋愛関係になることは絶対にありませんので、その点についてだけはご安心ください。
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機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第1話 その名はおばあちゃん』:Aパート
それは、ここ数ヶ月というものすっかりお馴染みになったワンシーンから、始まった。
「こちら、連合宇宙軍所属・機動戦艦ナデシコB艦長ホシノ・ルリ。黒い未登録機動兵器のパイロットに告ぐ。あなたの機体のコントロールは完全に掌握しました。宇宙軍少佐の権限で、あなたの身柄を拘束します」
地球からも火星からも木星からも微妙に離れたとある辺境宙域で、宇宙軍の識別章を記した白い機動戦艦が、黒い機動兵器と真正面から対峙している。
両者をつなぐのは、一本の華奢な通信ケーブル。たったこれだけのものに、黒い機動兵器は完全に動きを封じられていた。
「あなたには黙秘権があります。あなたの発言は法廷であなたに不利な証拠となる場合があります。またあなたには弁護士を呼ぶ権利があり……以下略ってことで、残りのテキストはそちらのコミュニケに送信しておきます。暇なときにでも読んでおいてください」
『……』
強制的に表示したウィンドウの中には、黒い機動兵器・ブラックサレナのパイロット、テンカワ・アキトの顔が映し出されている。
大きなバイザーに隠されてもわかるその憮然とした様子に、ルリは氷細工のような無表情をわずかに緩めた。
「どうしてあなた方の出現地点で待ち伏せできたのかって顔をしていますね。簡単です。ネルガルのエグゼクティブ専用ネットワークに侵入し、機動戦艦ユーチャリスの任務記録を取得、これまでの行動パターンからシミュレーションを繰り返し、次の出撃地点を割り出しました」
ネルガル会長直属のシークレット・サービスとして働くアキトの次の任務内容さえ知っていれば、その行動パターンを予測するのはさほど難しいことではない。
「どうせあなたはボソンジャンプで現れると思いましたし。出現予測地点でボース粒子の微細な変化にさえ気を付けていれば、後はそれほど難しいこともありませんでした。ワンパターンは身を滅ぼしますよ、アキトさん」
ボソンジャンプで現れる相手は、ジャンプアウトの瞬間が最も無防備になる。実体化とナビゲーターとの意識の間に、一瞬だがタイムラグが生じるのだ。そこを突いて先手を打てば、相手を捕らえるのはそう難しいことではない。
ましてや、ルリは大規模な軍事クーデターを一瞬で制圧したことさえある「電子の妖精」だ。黒い機動兵器にナデシコBから射出された通信ワイヤーが吸着した瞬間、勝負はついていた。
現在アキトの目の前には、『システム休止中』というポップ調の文字を記したウィンドウが、ふよふよと漂っている。ウィンドウにはツインテールの少女の顔アイコンまでが現れており、おかげで腹立たしくはあっても、ウィンドウに殴りかかる気にはなれない。
「いやあ、相変わらず容赦ないねぇ、うちの艦長」
ルリと同じナデシコBのブリッジで、タカスギ・サブロウタはポップコーンを頬張りつつ、横の少年に声をかけた。
大企業のエグゼクティブ専用ネットワークに侵入するだけのハッキング能力があれば、実在する個人の居場所など、もっと簡単な方法で特定できそうなものだ。なのにわざわざ難しい手段をとるのは、その能力を相手に誇示するためだろう。
つまり、どこへ逃げても無駄だと暗に脅しをかけているのだ。
「笑い事じゃないですよ、サブロウタさん。最近の艦長の独断と任務の弾力的解釈は目に余ります。上層の指示を無視した出動が、これで何度目になると思っているんです?」
「何度目だっけ?」
「覚えておいてくださいよ! あなた副長でしょう」
言いながらも既に諦めているのか、ハーリーの眼差しには年不相応な達観の色が浮かんでいた。
怒ってたしなめるのも泣いて縋るのも、今まで散々試した後だ。彼が何を言おうとも、ルリは決してその意志を翻したりはしない。テンカワ・アキトを逮捕――という名目で彼の妻の下へと連れ帰るまでは、どんな手段をとることも厭わないのだろう。
「いいんじゃない? 俺らの任務は遊軍的な辺境警備だし。その途中でテロリストの疑いがある未登録の機動兵器と遭遇したら、一応その身元を調べなきゃいけないだろ?」
「でも、これって茶番でしょう?」
はあ、とハーリーはため息をつく。
一連の「火星の後継者」の反乱が収束して約半年。正体不明の「幽霊ロボット」による統合軍各拠点への破壊行為については、テロリスト殱滅のために宇宙軍がネルガルにアウトソーシングした極秘任務ということで政治決着がついている。
「あの人、上に命令されて任務を遂行していただけで、統合軍と宇宙軍が被った損害についてはネルガルが賠償責任を持つって話じゃないですか」
「幽霊ロボット」が個人的な犯罪に手を染めていたわけではなく、そこにいろいろ厄介な「お上の事情」が絡んでいる以上、そのパイロットの逮捕はナデシコBの任務ではない。それでも彼を追うのをやめないのだから、ルリの行動は公私混同も甚だしい。もちろんそれを指摘するような野暮天は、このナデシコBには年少のハーリーくらいしかいないわけだが。
「だから、幽霊ロボットとそのパイロットの正体はトップ・シークレットにつき不明。俺らが追いかけているのはあくまでも『辺境地域に出没する未登録機動兵器』だってことが肝心なの」
言いながら、サブロウタはポップコーンを指先で弾き上げ、あーんとあけた口でキャッチした。未登録機動兵器と対峙した機動戦艦のブリッジ、というシチュエーションにしては、あまりにも緊張を欠いている。
「――そういうわけですから、あなたとあなたの機体を拘束させていただきます。これ以上手間をかけさせないでください」
緩みまくった空気の中、一人シリアスモードを維持するルリは、金色の瞳を前方に据え、淡々とそう宣言した。
『……』
アキトからの応答はない。相変わらず、黒いバイザーに隠された顔からは、何らの感情も読み取ることはできない。
ふと、それまで無表情一徹を貫いていたルリの眼差しに、哀しげな影が過ぎった。
「ホントは、こんなことしたくないんです。……できれば、あなたの意志で帰ってきて欲しい」
「艦長……」
サブロウタが横を見る。
ルリはウィンドウを見つめたまま、少しだけ微笑んで首を振った。
「私らしくないって思われるかもしれませんけど、これ、私なりに素直に行動してるつもりなんです。あなたは私の、大切な人ですから」
そして躊躇いがちに、小さく付け足す。
「こういうのって、迷惑ですか?」
ここで迷惑だ、などと言おうものなら問答無用でグラビティブラストをぶち込んでやろうと、その場にいたナデシコBのクルーたちは心に誓った。
うちの艦長にこんな顔させやがって……というものすごい殺気が、ルリの真摯な眼差しを覆うようにしてブラックサレナへと叩きつけられる。
が、しかし、アキトはやはり黙ったまま。
「やっぱり、私じゃダメですか、アキトさん」
『……』
「私じゃ、あなたの心を動かすことはできないんですか」
一度だけ、ルリは目を伏せる。
長い睫が下を向き、パチパチと数度、瞬かれる。
だが次に顔を上げたときには、ルリはもう毅然とした表情を取り戻していた。
「だったら私ではない別の方に、あなたを説得してもらいます」
「えっ?」
ガラリと変わった空気に、ブリッジ内に戸惑いが走る。
そんな戸惑いを振り払うかのように、
「――艦長!?」
ルリの全身にナノマシンの光が走り、その周囲に展開したウィンドウ・ボールが点滅する。しなやかな銀色のツインテールがふわりと宙に浮き、風もないのに真横に流れた。
電子戦では無敵を誇る「妖精」の本領発揮だ。
ナノマシンの輝きがひときわ強くなったと思った瞬間、「次の一手」がブラックサレナ目がけ、叩き込まれていた。
「覚悟してください、アキトさん」
淡々とした、しかしどこか嗜虐的な喜びを秘めた声が、しんと静まり返ったブリッジに響く。
一方、こちらはブラックサレナ。
ウィンドウの中のルリの様子がいつもと違うことに、アキトも気づいてはいた。
が、ルリにしろ妻にしろ元カノにしろ同僚にしろ、彼の周囲の女性はいつもどこかしらおかしいのがデフォルトだ。今さら気にしたところで仕方がない――などと達観していたのが、この場合は仇になった。
『アキト!』
アキトをバックアップする相棒・ラピスの声が頭に直接響く。
『ナデシコBのオペレーターが、サレナのメインコンピュータを書き換えてる』
ラピスの声に焦りの色はないが、それは彼女の性格に拠るものだ。告げられた言葉は、焦燥を煽るに十分な効果を持っていた。
『このままじゃサレナが完全に乗っ取られる。すぐに離脱して』
アキトは機外を示すモニターに視線をやった。システムを掌握される元凶となった通信ワイヤーは、ブラックサレナの右腕に取り付いたまま、ナデシコBからの静かな攻撃を粛々と中継している。
『ユーチャリスからの介入はすべて遮断されてる。ごめんね、アキト。私は助けてあげられない』
「わかってる」
ラピスも「電子の妖精」には違いないが、こと電子戦に関してはルリに一日の長がある。こういう場合は真正直に相手をしても仕方がない。トカゲよろしく末端部分を切り離して遁走、というのがいつものアキトの常套手段だった。
ルリにこちらの生存を知られてからというもの、これまでにもこうして待ち伏せされ、ブラックサレナごとシステムを掌握された経験がなかったわけではない。一度などはシステムを乗っ取られたブラックサレナがアキトを乗せたまま勝手に阿波踊りを踊り始めたこともあった。
対ルリ用の非常措置として、完全に手動制御できる機構もブラックサレナにはずいぶんと増やしてある。おかげでシートの下にはアナクロなレバーがいくつも突き出しており、ただでさえ狭いコクピットをますます居心地の悪いものにしていた。
そのうちの一本に、アキトは手を伸ばす。
「アームを切り離してジャンプで離脱する。一気にユーチャリスの格納庫に飛ぶから、その後は頼むぞ」
『またエリナに叱られるね』
「仕方がないだろ」
腕一本いくらという見積書を片手に柳眉を吊り上げるエリナ・キンジョウ・ウォンの美貌が脳裏を過ぎったが、躊躇いは一瞬。次の瞬間には、アキトはサレナの腕を切り離し、同時にサレナのメインシステムをすべてダウンさせていた――つもりだった。
が、
バチバチバチッ!
パイロットの意図に反発するように、周囲の機器から火花が散った。
「うっ!?」
バチンと一際大きな音がして、コクピット内の照明が落とされる。
ぴー、がー、という聞き慣れないノイズが、あちこちから鳴り響いた。まるでサレナのコンピュータ内に住み着いた小人たちが、その理不尽な扱いにシュプレヒコールでも挙げているようだ。
『遅かったみたい。プログラムの書き換え、80%完了。アキト、余計なところに触ったらサレナのセキュリティに攻撃されるから気をつけて』
「ちっ」
仕方がない、とアキトは暗闇の中で目を凝らす。
こうなったら無理やりボソンジャンプでユーチャリスに駆け込むまでだ。
「ラピス、強制ジャンプする。近くまで迎えに来てくれ」
『ダメ。サレナを中継してこっちのジャンプ制御システムまで不安定になってる。今ジャンプしたらどこへ飛ばされるかわからない』
「構うものか、どうせいつかは……っ!」
何か不穏なことをアキトが呟こうとした、その時だった。
唐突に、コクピット内の全照明がパッと灯った。
真っ暗闇から一転、真っ白な光の洪水。環境の急変に、アキトは思わず目をぱちくりさせる。
《あー、テステス。なんだい、こいつは。デフォルトが男の声に設定されてるじゃないか》
若い男性を模したコンピュータの合成音声が何か不服めいたことを呟いた。ついで、
《あー、あー、あー、あー、あー。よし、これでいこう》
老女、熟女、少女、幼女など様々な声を試した揚げ句、「熟女以上老女未満」で決着したらしい。えへん、と小さな咳払いの後、音声は続けた。
《祖母型模倣人格搭載人工知能、ファイルネームはテンカワ・コハル。『アキトさん説得プログラム~君よ心の故郷に帰れ~』(c)ルリ&オモイカネ、ただ今より起動します》