<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ナデシコSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[2437] 最強AI グランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:6cd802e4
Date: 2007/12/24 04:01
 このお話は、基本的にギャグです。
 壊れたキャラクターが登場します。
 また、メインヒロインはオリジナルのキャラクターです。
 ただしこのオリジナルキャラクターがナデシコの既存キャラと恋愛関係になることは絶対にありませんので、その点についてだけはご安心ください。



=================================================





機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第1話 その名はおばあちゃん』:Aパート





 それは、ここ数ヶ月というものすっかりお馴染みになったワンシーンから、始まった。

「こちら、連合宇宙軍所属・機動戦艦ナデシコB艦長ホシノ・ルリ。黒い未登録機動兵器のパイロットに告ぐ。あなたの機体のコントロールは完全に掌握しました。宇宙軍少佐の権限で、あなたの身柄を拘束します」

 地球からも火星からも木星からも微妙に離れたとある辺境宙域で、宇宙軍の識別章を記した白い機動戦艦が、黒い機動兵器と真正面から対峙している。
 両者をつなぐのは、一本の華奢な通信ケーブル。たったこれだけのものに、黒い機動兵器は完全に動きを封じられていた。

「あなたには黙秘権があります。あなたの発言は法廷であなたに不利な証拠となる場合があります。またあなたには弁護士を呼ぶ権利があり……以下略ってことで、残りのテキストはそちらのコミュニケに送信しておきます。暇なときにでも読んでおいてください」
『……』

 強制的に表示したウィンドウの中には、黒い機動兵器・ブラックサレナのパイロット、テンカワ・アキトの顔が映し出されている。
 大きなバイザーに隠されてもわかるその憮然とした様子に、ルリは氷細工のような無表情をわずかに緩めた。

「どうしてあなた方の出現地点で待ち伏せできたのかって顔をしていますね。簡単です。ネルガルのエグゼクティブ専用ネットワークに侵入し、機動戦艦ユーチャリスの任務記録を取得、これまでの行動パターンからシミュレーションを繰り返し、次の出撃地点を割り出しました」

 ネルガル会長直属のシークレット・サービスとして働くアキトの次の任務内容さえ知っていれば、その行動パターンを予測するのはさほど難しいことではない。

「どうせあなたはボソンジャンプで現れると思いましたし。出現予測地点でボース粒子の微細な変化にさえ気を付けていれば、後はそれほど難しいこともありませんでした。ワンパターンは身を滅ぼしますよ、アキトさん」

 ボソンジャンプで現れる相手は、ジャンプアウトの瞬間が最も無防備になる。実体化とナビゲーターとの意識の間に、一瞬だがタイムラグが生じるのだ。そこを突いて先手を打てば、相手を捕らえるのはそう難しいことではない。
 ましてや、ルリは大規模な軍事クーデターを一瞬で制圧したことさえある「電子の妖精」だ。黒い機動兵器にナデシコBから射出された通信ワイヤーが吸着した瞬間、勝負はついていた。
 現在アキトの目の前には、『システム休止中』というポップ調の文字を記したウィンドウが、ふよふよと漂っている。ウィンドウにはツインテールの少女の顔アイコンまでが現れており、おかげで腹立たしくはあっても、ウィンドウに殴りかかる気にはなれない。

「いやあ、相変わらず容赦ないねぇ、うちの艦長」

 ルリと同じナデシコBのブリッジで、タカスギ・サブロウタはポップコーンを頬張りつつ、横の少年に声をかけた。
 大企業のエグゼクティブ専用ネットワークに侵入するだけのハッキング能力があれば、実在する個人の居場所など、もっと簡単な方法で特定できそうなものだ。なのにわざわざ難しい手段をとるのは、その能力を相手に誇示するためだろう。
 つまり、どこへ逃げても無駄だと暗に脅しをかけているのだ。

「笑い事じゃないですよ、サブロウタさん。最近の艦長の独断と任務の弾力的解釈は目に余ります。上層の指示を無視した出動が、これで何度目になると思っているんです?」
「何度目だっけ?」
「覚えておいてくださいよ! あなた副長でしょう」

 言いながらも既に諦めているのか、ハーリーの眼差しには年不相応な達観の色が浮かんでいた。
 怒ってたしなめるのも泣いて縋るのも、今まで散々試した後だ。彼が何を言おうとも、ルリは決してその意志を翻したりはしない。テンカワ・アキトを逮捕――という名目で彼の妻の下へと連れ帰るまでは、どんな手段をとることも厭わないのだろう。

「いいんじゃない? 俺らの任務は遊軍的な辺境警備だし。その途中でテロリストの疑いがある未登録の機動兵器と遭遇したら、一応その身元を調べなきゃいけないだろ?」
「でも、これって茶番でしょう?」

 はあ、とハーリーはため息をつく。
 一連の「火星の後継者」の反乱が収束して約半年。正体不明の「幽霊ロボット」による統合軍各拠点への破壊行為については、テロリスト殱滅のために宇宙軍がネルガルにアウトソーシングした極秘任務ということで政治決着がついている。

「あの人、上に命令されて任務を遂行していただけで、統合軍と宇宙軍が被った損害についてはネルガルが賠償責任を持つって話じゃないですか」

 「幽霊ロボット」が個人的な犯罪に手を染めていたわけではなく、そこにいろいろ厄介な「お上の事情」が絡んでいる以上、そのパイロットの逮捕はナデシコBの任務ではない。それでも彼を追うのをやめないのだから、ルリの行動は公私混同も甚だしい。もちろんそれを指摘するような野暮天は、このナデシコBには年少のハーリーくらいしかいないわけだが。

「だから、幽霊ロボットとそのパイロットの正体はトップ・シークレットにつき不明。俺らが追いかけているのはあくまでも『辺境地域に出没する未登録機動兵器』だってことが肝心なの」

 言いながら、サブロウタはポップコーンを指先で弾き上げ、あーんとあけた口でキャッチした。未登録機動兵器と対峙した機動戦艦のブリッジ、というシチュエーションにしては、あまりにも緊張を欠いている。

「――そういうわけですから、あなたとあなたの機体を拘束させていただきます。これ以上手間をかけさせないでください」

 緩みまくった空気の中、一人シリアスモードを維持するルリは、金色の瞳を前方に据え、淡々とそう宣言した。

『……』

 アキトからの応答はない。相変わらず、黒いバイザーに隠された顔からは、何らの感情も読み取ることはできない。
 ふと、それまで無表情一徹を貫いていたルリの眼差しに、哀しげな影が過ぎった。

「ホントは、こんなことしたくないんです。……できれば、あなたの意志で帰ってきて欲しい」

「艦長……」

 サブロウタが横を見る。
 ルリはウィンドウを見つめたまま、少しだけ微笑んで首を振った。

「私らしくないって思われるかもしれませんけど、これ、私なりに素直に行動してるつもりなんです。あなたは私の、大切な人ですから」

 そして躊躇いがちに、小さく付け足す。

「こういうのって、迷惑ですか?」

 ここで迷惑だ、などと言おうものなら問答無用でグラビティブラストをぶち込んでやろうと、その場にいたナデシコBのクルーたちは心に誓った。
 うちの艦長にこんな顔させやがって……というものすごい殺気が、ルリの真摯な眼差しを覆うようにしてブラックサレナへと叩きつけられる。
 が、しかし、アキトはやはり黙ったまま。

「やっぱり、私じゃダメですか、アキトさん」
『……』
「私じゃ、あなたの心を動かすことはできないんですか」

 一度だけ、ルリは目を伏せる。
 長い睫が下を向き、パチパチと数度、瞬かれる。
 だが次に顔を上げたときには、ルリはもう毅然とした表情を取り戻していた。

「だったら私ではない別の方に、あなたを説得してもらいます」
「えっ?」

 ガラリと変わった空気に、ブリッジ内に戸惑いが走る。
 そんな戸惑いを振り払うかのように、


「――艦長!?」


 ルリの全身にナノマシンの光が走り、その周囲に展開したウィンドウ・ボールが点滅する。しなやかな銀色のツインテールがふわりと宙に浮き、風もないのに真横に流れた。
 電子戦では無敵を誇る「妖精」の本領発揮だ。
 ナノマシンの輝きがひときわ強くなったと思った瞬間、「次の一手」がブラックサレナ目がけ、叩き込まれていた。

「覚悟してください、アキトさん」

 淡々とした、しかしどこか嗜虐的な喜びを秘めた声が、しんと静まり返ったブリッジに響く。





 一方、こちらはブラックサレナ。
 ウィンドウの中のルリの様子がいつもと違うことに、アキトも気づいてはいた。
 が、ルリにしろ妻にしろ元カノにしろ同僚にしろ、彼の周囲の女性はいつもどこかしらおかしいのがデフォルトだ。今さら気にしたところで仕方がない――などと達観していたのが、この場合は仇になった。

『アキト!』

 アキトをバックアップする相棒・ラピスの声が頭に直接響く。

『ナデシコBのオペレーターが、サレナのメインコンピュータを書き換えてる』

 ラピスの声に焦りの色はないが、それは彼女の性格に拠るものだ。告げられた言葉は、焦燥を煽るに十分な効果を持っていた。

『このままじゃサレナが完全に乗っ取られる。すぐに離脱して』

 アキトは機外を示すモニターに視線をやった。システムを掌握される元凶となった通信ワイヤーは、ブラックサレナの右腕に取り付いたまま、ナデシコBからの静かな攻撃を粛々と中継している。

『ユーチャリスからの介入はすべて遮断されてる。ごめんね、アキト。私は助けてあげられない』
「わかってる」

 ラピスも「電子の妖精」には違いないが、こと電子戦に関してはルリに一日の長がある。こういう場合は真正直に相手をしても仕方がない。トカゲよろしく末端部分を切り離して遁走、というのがいつものアキトの常套手段だった。
 ルリにこちらの生存を知られてからというもの、これまでにもこうして待ち伏せされ、ブラックサレナごとシステムを掌握された経験がなかったわけではない。一度などはシステムを乗っ取られたブラックサレナがアキトを乗せたまま勝手に阿波踊りを踊り始めたこともあった。
 対ルリ用の非常措置として、完全に手動制御できる機構もブラックサレナにはずいぶんと増やしてある。おかげでシートの下にはアナクロなレバーがいくつも突き出しており、ただでさえ狭いコクピットをますます居心地の悪いものにしていた。
 そのうちの一本に、アキトは手を伸ばす。

「アームを切り離してジャンプで離脱する。一気にユーチャリスの格納庫に飛ぶから、その後は頼むぞ」
『またエリナに叱られるね』
「仕方がないだろ」

 腕一本いくらという見積書を片手に柳眉を吊り上げるエリナ・キンジョウ・ウォンの美貌が脳裏を過ぎったが、躊躇いは一瞬。次の瞬間には、アキトはサレナの腕を切り離し、同時にサレナのメインシステムをすべてダウンさせていた――つもりだった。

 が、


バチバチバチッ!


 パイロットの意図に反発するように、周囲の機器から火花が散った。

「うっ!?」

 バチンと一際大きな音がして、コクピット内の照明が落とされる。
 ぴー、がー、という聞き慣れないノイズが、あちこちから鳴り響いた。まるでサレナのコンピュータ内に住み着いた小人たちが、その理不尽な扱いにシュプレヒコールでも挙げているようだ。

『遅かったみたい。プログラムの書き換え、80%完了。アキト、余計なところに触ったらサレナのセキュリティに攻撃されるから気をつけて』
「ちっ」

 仕方がない、とアキトは暗闇の中で目を凝らす。
 こうなったら無理やりボソンジャンプでユーチャリスに駆け込むまでだ。

「ラピス、強制ジャンプする。近くまで迎えに来てくれ」
『ダメ。サレナを中継してこっちのジャンプ制御システムまで不安定になってる。今ジャンプしたらどこへ飛ばされるかわからない』
「構うものか、どうせいつかは……っ!」

 何か不穏なことをアキトが呟こうとした、その時だった。
 唐突に、コクピット内の全照明がパッと灯った。
 真っ暗闇から一転、真っ白な光の洪水。環境の急変に、アキトは思わず目をぱちくりさせる。



《あー、テステス。なんだい、こいつは。デフォルトが男の声に設定されてるじゃないか》



 若い男性を模したコンピュータの合成音声が何か不服めいたことを呟いた。ついで、


《あー、あー、あー、あー、あー。よし、これでいこう》


 老女、熟女、少女、幼女など様々な声を試した揚げ句、「熟女以上老女未満」で決着したらしい。えへん、と小さな咳払いの後、音声は続けた。


《祖母型模倣人格搭載人工知能、ファイルネームはテンカワ・コハル。『アキトさん説得プログラム~君よ心の故郷に帰れ~』(c)ルリ&オモイカネ、ただ今より起動します》



[2437] 最強AI グランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:6cd802e4
Date: 2007/12/24 03:55
機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ
『第1話 その名はおばあちゃん』:Bパート





「はぁ!?」

 機動戦艦ユーチャリス、そして機動戦艦ナデシコBに搭乗する全員が、目を剥いて宇宙空間に浮遊する黒い機動兵器を見つめた。

「テンカワ……コハル?」

 呟いたのはハーリー。

「アキトさんのお父さんのお母さん、つまりお婆さんに当たる人の名前です」

 その疑問形に答えるように、ルリは冷静に呟いた。

『ラピス、そっちからこのプログラムを止められるか?』
『多分無理。アキト、大丈夫?』

 黒い機動兵器とその母艦との微笑ましいやり取りに、ルリはふんと小さく鼻を鳴らした。

「解除できませんよ、アキトさん。これは私とオモイカネが三ヶ月もかけて開発した、『アキトさん説得プログラム~君よ心の故郷へ帰れ~』なんですから」

 サブロウタが振り返る。

「アキトさん説得プログラム?」

 サブタイトルまで付いているところが細かい。

「はい」

 ルリは頷いた。

「アキトさんの父方のお婆さんであるテンカワ・コハルさんの人格を模したAIに、アキトさんを説得してもらうんです。犯罪者を改心させるには身内の説得が一番だって、山村精一著ビジネス新書『オトシの裏技』に書いてありました」
「ふーん……」

 ぽりぽりと、サブロウタは指の先で額を掻いた。何と言っていいものやら、コメントに困っているような表情だ。

「あれっ、でもアキトさんって、身内は全員亡くなったって」

 ふと思い出したように言ったのはハーリー。アキトとの直接の面識はないものの、前回の「火星の後継者騒動」以降、ルリの戸籍上の家族のパーソナルデータについては調査済みだ。もちろん、「義理のお父さんになるかもしれない人だし」などという下心は、ルリには内緒である。

「ご両親は子どもの頃に亡くなって、以来施設で育ったんでしょう? お婆さんなんていたんですか?」
「生物学的にお婆さんが存在しない人はいません」
「いえ、そういう意味じゃなくて」

 ずびし、という突っ込みアクションが四方八方から入る。

「確かにテンカワ・コハルさんも15年前に他界されています。ただ、彼女の個人情報は、ほかのご親戚の方に比べ、比較的データ化されていましたから」
「データ化?」

 ええ、と頷きつつ、ルリはウィンドウに小さなファイルを表示させた。ファイル名には『女の九死に一生』というタイトルが、どこかノスタルジックな隷書体で記されている。

「テンカワ・コハルさんが自費出版した自叙伝です。この自叙伝の記述により、テンカワ・コハルさんの65年分の生涯のうち、約63年分が追跡可能でした。さらに地方自治体をはじめとする公的機関やかかりつけの医院、カウンセラー、ご近所の寄り合い、民間の娯楽施設などに記録されていた様々な情報からオモイカネと協力してその人格を類推、シミュレーションを重ねて作り上げたのがこのAIです。架空のプログラムではありますが、人格再現率はオモイカネの計算によると98%を達成しています」

 98%、と呟きながら、ナデシコBのブリッジクルーたちはゴクリと唾を飲み込む。つまりルリのプログラム能力は、死んだ人間の人格さえも再現してしまうということか。

「そういうわけですから、アキトさん。お婆さんにたっぷり叱られちゃってください。私はここで、あなたが心を改めて帰ってくるのを待っていますから」

 彼女には珍しい不敵な笑みを浮かべ、「幽霊ロボット」に宣言するルリ。
 一方のアキトはさっぱり言うことを聞かないブラックサレナに、四苦八苦していた。
 手動で制御しようとしても、レバーに手を伸ばすだけでサレナのセキュリティシステムが反応し、コクピット内のあちこちで不穏な火花が散る。

「くそっ、何とかならないのか、ラピス」
『何ともならないよ、アキト。サレナ、乗っ取られちゃった』

 相変わらず淡々と、薄情な言葉を呟くラピス。

《アキト?》

 と、そんな二人の通信に、別の声が混じった。先ほどルリに書き換えられたAI、テンカワ・コハルのものだ。

《へえ、あんたが孫のアキトかい?》

 どれどれ、などという暢気な声がスピーカーから漏れる。

《ふーん……》

 AIに視線などないはずなのに、全身舐めるように眺め回されているような気がして、思わずアキトは身震いした。ぞわわ、という不快な感覚が背筋を駆け上ってゆく。
 やがて、

《ちっ》

 心底不満そうな舌打ちと共に、ぼそりとした声が漏れる。



《チェンジ》



「出張ホストじゃねえ!」

 思わず声を荒げ、アキトはガツンとコンソールに拳を叩きつけていた。
 そして、そんな自分に一瞬呆然とする。

《へえ》

 何かに感心したように、AIの音声は言った。

《割と素直な反応ができるじゃないか。いろいろあってすっかり捻くれちまったって聞いてたから、どんな子かと思ってたけど》

「……」

 アキトは口を閉ざす。
 ルリはこのAIに、自分のことをどんな人間だと吹き込んだのだろうか。知るのが怖い気がする。

《さてと、ゆっくり自己紹介したいところだけど、そうも行かないね。この機体の特性はだいたい掴んだから、後はトンズラするだけさ》

「えっ?」

 呆気にとられたのはアキトだけではない。
 AIとアキトとの会話を傍受していたルリたちも同様に目を見開き、とんでもないことを言い出した黒い機体を見つめる。

《ここであんたをあのナデシコとかいう艦に連れ帰っちまったら、あたしゃその時点でお役ご免、さっさと削除されちまうからね。そんなのごめんだよ》

 AIの音声に、淡い笑い声が混じる。

《せっかく娑婆に出られたんだ。このままおさらばさせてもらうよ》

「ええっ!?」

 ナデシコBのブリッジに、驚愕の声が響き渡る。AIの正式名称は「アキトさん説得プログラム」だったはずだ。つまりアキトを説き伏せてナデシコへと連れ帰るのが、このプログラムの目的ではなかったのか?

《ユーチャリスとかいったね、そっちの格納庫に直接ジャンプする。着いたら間髪入れずに離脱するよ。用意はいいね、お嬢ちゃん?》
『わかった。待ってる』

 唯一思考停止状態に陥っていなかったラピスが簡潔に応えると、ブラックサレナはアキトの反応も待たずに、その場から姿を消した。
 少し離れた宙域で待機していた機動戦艦ユーチャリスも、間もなくレーダーから消える。
 その間、一分もかかっていない。だがフリーズしたままのナデシコBブリッジでは、再び時が流れ出すまでに、さらに数分の時間を必要とした。


「あー、艦長」


 ルリはいまだ、ブラックサレナの飛び去った方向を見つめ、呆然としている。
 傍らから、サブロウタが何か言いにくそうにルリを見上げた。

「人格の再現率は98%と言いましたね?」
「はい。言いましたが?」

 やっぱり、とサブロウタは小さく呟いた。

「こっちのデータによると、テンカワ・コハルさんは最初の夫であるテンカワ・フユヒコ氏と結婚後、わずか半年で失踪。その後も複数の男性と関係を持ち、詐欺や恐喝、諸々の軽犯罪の累積で逮捕歴6回、さらに収容された刑務所では看守を巻き込んで大規模な賭場を開帳、その事実がマスコミに露見しそうになって政府は慌てて彼女を釈放し、口止めと引き換えに身体の半永久的な自由を約束したっていう……いやはや、すさまじい婆さんだなあ」

 ほう、というため息がブリッジいっぱいに響く。この場で感心していないのは、表情を凍りつかせたルリくらいなものだ。

「つまり性格の再現率が高すぎて、並みのストッパーじゃ暴走を止められないような凄まじいAIができちゃったってことですか」

 天真爛漫なハーリーが、一番触れられたくない部分をピンポイントで刺激した。ピシリ、とルリの頬が引きつる。

「あー、さすがにこの展開を予測するのは不可能だと思いますよ。あまり、お気になさらず」

 宇宙軍少佐の肩書きを持つとはいえ、ルリはまだ十代の少女である。世の中の酸いも甘いも噛み分けた人生の達人と渡り合うには、経験不足は否めない。もっとも、ヴァーチャルとはいえその人生の達人を自らの手で生み出してしまったのだから、皮肉といえば皮肉だが。
 仕方ないとばかりに、サブロウタが緩く微笑みながら首を振った。

「艦長、あなたは天才ですよ。しかしこの場合、それが裏目に出ましたね」
「……」

 ルリは黙って、漆黒の宇宙が広がる窓外を見つめている。
 やがて小さく息をつくと、ほかの誰にも聞こえないよう、小声で呟いた。



「……ガッデム」



[2437] 最強AI グランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:3b893df1
Date: 2007/12/30 02:59
機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第2話 おばあちゃんといっしょ』:Aパート



「いやあ、これは……見事なもんだ」

 ブラックサレナのコクピットから首だけを突き出し、ネルガルの臨時雇いメカニックであるウリバタケ・セイヤはため息混じりに首を振った。
 ここは月面中心都市にあるネルガル支社。表向きはビジネスビルだが、その地下にある広大な空間には宇宙軍にも極秘で開発された機動兵器や機動戦艦が隠されており、あまり表沙汰にはできない「お仕事」に活用されている。アキトとラピスが所属するシークレットサービスの本拠地があるのも、ここだ。
 ナデシコBから逃れたユーチャリスはその後すぐにボソンジャンプし、彼らの拠点へと舞い戻っていた。

「完っ全にプログラムが一体化してる。新たにインストールされたプログラムを削除しようとすると、サレナのメインシステムまでが致命的なダメージを負っちまう。力技じゃあ、どうしようもねえなあ」
「人格部分だけでも隔離することはできないのか?」
「こっちが考えることはあらかた先手を打ってブロックされてるよ。さすが、電子の妖精が作り出したAIだ」

 不意に、ウリバタケの手元でインジケーターランプが目まぐるしく点滅した。バチッと小さな音がして、火花が散る。

《イヤだね、この子は。くすぐったいじゃないか》
「……」

 ウリバタケは何も言わず、アキトを見上げた。
 憂鬱そうな顔をしていた。まさか手塩にかけて整備してきたブラックサレナに「この子」扱いされるとは思ってもみなかったのだろう。しかも音声は「熟女以上老女未満」という、男にとっては微妙なお年頃だ。

「あー、その、ブラックサレナ?」
《コハルちゃんって呼んでおくれ。それがあたしの名前だから》
「コハル……ちゃん?」

 言ってから、ウリバタケは大きく首を振る。
 やがて覚悟を決めたのか、彼は「わかったよ」と一言呟くと、顔を上げた。

「コハルちゃん、セキュリティを弱めてくれないかなあ? あんたを消そうとはしないから」
《そんなこと言って。またおイタするつもりなんだろう?》

 ウリバタケは曖昧な笑みを浮かべ、コンソール端の初期化スイッチから手を離した。

「そう怒るなって。こんなスイッチひとつで消えちまうあんたじゃないんだろ?」
《まあね。でも、あたしだって疲れるのは嫌いだからね。あんたたちとは、できるだけ穏便な間柄でいきたいよ》
「……だ、そうだ」

 ウリバタケはアキトを見上げ、首を振る。

「こいつはラピスちゃんにも解除できないだろうなあ。ネルガルの本部に掛け合って専門家に解除方法を検討してもらうとして、しばらくは同居ってことで手を打たないか、テンカワ?」
「冗談じゃない」

 即答し、アキトは首を振った。

「俺は遊びでサレナに乗ってるわけじゃない。こんなわけのわからないAIと一緒に戦えるか」
《おや、言ってくれるじゃないか、青二才が》

 途端にサレナのAI――コハルが噛み付いた。

《言っておくけど、あたしはこの機動兵器の全システムを掌握してる。あんたなんかより100倍も上手に飛ばしてみせるよ》
「馬鹿馬鹿しい。AIが人間に勝てるか」

 アキトはさらりと事実を言ったつもりだったが、その言葉はどうやらコハルの不興を買ったらしい。サレナのカメラアイがギラリと光った――ように、ウリバタケには見えた。

《聞き捨てならないことを言うねえ?》

 微妙に抑えた声が、スピーカーから漏れる。

《小娘からのサポートに頼らなければ満足に足元も見えないパイロットが、最先端の技術と頭脳を結集して作られたこのあたしよりも優れてるつもりかい? 並みの人間ならまだしも、あんたみたいな半端者に遅れを取るようなコハルさんじゃないよ》
「なんだと?」

 アキトの頬も、ピクリと引きつる。
 おっ、とウリバタケは意外そうな顔をした。
 これが単なる挑発なら、アキトが反応することはなかっただろう。かつてならともかく、今のアキトは滅多なことではその冷え切った感情を動かしたりはしない。
 が、「小娘からのサポートに頼らなければ云々」の一言もまた、アキトの逆鱗だった。
 彼だって、好きでこんな体になったわけじゃない。それでもなお誰よりうまく機動兵器を飛ばせるという事実が、彼のなけなしのプライドをここまで保ってきたのだ。そこを否定されては、アキトとて熱くならざるを得ない。

《悔しいかい? だったら戦闘シミュレーションで勝負といこうじゃないか。あたしが勝ったら、あんたの暴言、取り消してもらうよ》
「いいだろう。俺が勝ったら、あんたは永久に凍結させてもらう。サレナは返してもらうからな」
《ふん、あんたみたいな小僧っ子が、お婆ちゃんに勝てるとお思いかい?》
「誰がお婆ちゃんだ。だいたい親父の母親は、親父が子どもの頃に家族を捨てて出ていったって聞いてるぞ」
《あたしだって迷惑だね! あんたみたいに大きな孫がいるなんて、周りにバレてご覧。恥ずかしくてホストクラブにも行けなくなっちまう》
「行くなそんなとこ! そっちの方が恥ずかしいだろうが!」

 ぽかんとして見送るウリバタケには目もくれず、アキトはサレナに飛び乗り、コクピットへと飛び込んだ。その背中からは、抑えきれない怒りのオーラが立ち上っている。黒いマント越しにも、彼の全身のナノマシンが不夜城のネオンよろしく賑やかに光っているのがわかった。

「ちょっと、大丈夫なの、あれ?」

 背後からの声に振り向くと、呆れ顔のエリナが立っていた。その横には、ラピスの姿もある。
 ウリバタケは肩を竦めて首を振った。

「ま、いいんじゃね? 反発しあう者同士、夕日の丘で殴り合って理解を深めるってのは、セオリーだろ?」
「いつの時代のセオリーよ、それ」

 エリナは呆れたようにため息をつく。

「止めた方がいいんじゃない? なんだか血を見る展開になりそうだわ」
「余計なストレスはため込まない方がいいんだよ。お互い含むところがあるなら、気の済むまでぶちまけ合った方がいい」
「そんなこと言って。あなた、係わり合いになりたくないだけでしょ」
「まさか。それなりに心配してるんだぜ、俺だって」

 嘘ばっかり、とエリナは呟くが、ウリバタケはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるだけだ。

「ま、どっちにしろ、しばらくはサレナの整備もできそうにないな。あいつらの気が済んだらまた来るから、テンカワにもそう伝えておいてくれ」

 そんなことを言いながら、ウリバタケは口笛を吹きつつ、どこか楽しそうに格納庫から出ていってしまった。
 残されたエリナとラピスは、閉じられたブラックサレナのコクピットを見上げる。

「……かわいそ、アキト君」

 呟くエリナに不思議そうな視線を送り、ラピスは「そうかな?」と小首をかしげる
 アキトは確かに怒っているけれど……この感じは、戦場で敵と対峙しているときの怒り方とは違う。
 こっちの方がもっと感情の振り巾が大きくて、深いところまで影響があって、だからこそ疲れる、そんな怒り方だ。
 もっとも、どちらにせよラピスには関係のない話だ。今のアキトの戦場は単なるシミュレーションで、ラピスの目も耳も手も足も必要としてはいない。

「さてと、ラピス。私たちはお部屋に戻って休みましょうか。百疋屋のフルーツエクレアをいただいたから、お茶にしましょ」
「うん」

 振り向いて疲れたように笑うエリナにこくんとひとつ頷き、ラピスは先に立って歩き始めた。



[2437] 最強AI グランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:3b893df1
Date: 2007/12/30 02:58
機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第2話 おばあちゃんといっしょ』:Bパート



「――で、どうだった?」

 25時間と13分後。憔悴しきった顔でオフィスに現れたアキトに、ネルガル会長のアカツキ・ナガレは薄笑いを噛み殺しながらそう問いかけた。横には同じように心底愉快そうな顔をしたエリナもいる。
 対するアキトは憮然とした表情で、「何の用だ」と呟く。その背からは、ほとんど殺気のようなオーラが立ち上っていた。

「98戦47勝48敗3引き分けなんて、よく飽きずにやってたもんだね。惜しかったじゃない」
「最後の一戦は不戦敗だ」

 誰のせいだと思ってる、と呟くアキトの声は低い。
 燃えに燃えていた戦いに水を差すように、急なお呼びがかかったのだ。コハルは無視して再戦することを望んだが、直属の上司であるアカツキの呼び出しを無碍にすることもできない。
 結局哀しいサラリーマンのサガを背負いつつ、アキトは不戦敗を認め、こうして呼び出しに応じ出てきたのだ。

「そいつはよかった。もうすっかり仲良しさんだね」
「誰が!!」

 思わず激昂しかけ、次いでそれは現在の自分のキャラじゃないと思いなおしたらしく、アキトはコホンと小さく咳払いする。

「いいからいいから。それよりテンカワ君、意外な人から通信だよ?」
「意外な人?」

 見上げた先に、アカツキが拡大したウィンドウを表示する。
 そこに映し出された人物に、アキトは思わず息を呑んだ。

「ルリちゃん……?」
『こんばんは、アキトさん。公式的には、ご無沙汰してます』

 ぺこん、と頭を下げる。
 アンティークドールのような冷たい美貌の両横で、銀糸を束ねたツインテールが優雅に揺れた。
 その顔を見るたび、懐かしさが掻き立てられないと言えば嘘になる。
 が、彼女はアキトのサレナにとんでもないAIを打ち込んでくれた、張本人でもある。笑顔の再会にはなりそうになかった。

「どういうことだ、アカツキ」

 振り返り、低い声で聞く。アキトがアカツキの元に身を寄せていることは、一応秘密のはずだ。

「うーん、僕もしらばっくれようと思ったんだけどさ、ちょっと状況がそうもいかなくて」
「状況?」
「詳しくは、ルリ君に聞いてよ」

 ぼそぼそと囁きかわす男二人の話が終わるのを、ルリは辛抱強く待っている。
 やがてアキトはアカツキを締め上げる手を緩め、ルリに向き直った。

「何の用だ」

 ぼそりと呟く。寄らば切るの鋭い雰囲気にルリは少しだけ眉を潜めたが、そのまま続けた。

『緊急事態です。無理に帰って来いとは言いませんから、協力してください』

 声は淡々としていたが、その声にはそれなりの焦燥が滲んでもいた。いつ何時でも冷静さを失わないルリにしては、珍しく動揺を抱えているらしい。

「緊急事態?」
『はい。まずはこちらのビデオをご覧下さい』

 ビデオ? と同じ室内にいた全員が怪訝そうな顔をする。

『状況をよりよく理解していただくため、突貫で撮影しました。こちらです』

 言葉に続いてルリのウィンドウが縮小され、別窓が空間に浮かび上がる。
 最初に派手なファンファーレが鳴り響き、「宇宙軍プライベートビデオ」のクレジットが現れる。次いで、「アキトさんへのお願い」というタイトルが表示され、画面は一旦ホワイトアウトした。

「なんか、無駄に凝ってるね」
『軍の設備を使いましたから。権利問題とか表記とか、いろいろ難しいんです』
「で、本編はここから?」
『ええ』

 頷くルリに応えるようにして、画面は切り替わった。


『やっほー、アキト。ユリカだよー!』


 アキトの目が、バイザーの奥で見開かれる。
 画面に飛び込むようにして現れたのは、半年前に別れたきりの、彼の妻だった。長く豊かな髪がふわりと揺れ、変わらぬ屈託のない笑顔を縁取っている。
 しかし、ひらひらと手を振るノーテンキな女の顔が大写しになったところで、不意に映像は途切れた。


―しばらくお待ちください―


 という表示の裏で、なにやらぼそぼそとささやき合う声が聞こえる。

『ダメじゃないですか、艦長。あなたは重病人なんですから、そんな元気な挨拶はナシです』
『えーっ、だってこのビデオ、アキトが見るんでしょう? 元気なユリカを見てほしいなー』
『艦長、ビデオの目的を忘れたわけじゃないでしょう? いいですか、あなたは重病人なんです。それを忘れないでください』

 そんな会話の後、しばらく無音の時間が過ぎた。やがて「しばらくお待ちください」の表示が消え、次の瞬間には場面は一転していた。
 畳の上に敷かれた布団に、ユリカが弱々しく横たわっている。その枕元に正座するルリは、ハンカチをそっと目頭に当てた。

『聞こえる? アキト。ユリカだよ……』

 儚げに囁くユリカ。枕元の花瓶に挿された藤の花房が、窓から吹き込む風にゆったりと揺れている。
 透きとおるように白い顔に黒目がちの瞳と赤い唇だけが、やけにくっきりと浮かび上がって見える。透過光の効果も加えられた画面の中で、ユリカはサナトリウム文学のヒロインのごとく健気に微笑んでいた。

『アキトがいなくなって、もう半年も経っちゃうんだね。アキト、元気にしてる? ご飯食べてる? 浮気してない?』

 矢継ぎ早な質問の後、ふとユリカは遠い目をして視線をカメラの外へと向けた。

『アキトに会いたいって毎日お祈りしてるんだけど……もしかしたら、もう会えないかもしれない』

 ぴくり、とアキトの表情が強張る。
 カメラはゆっくりユリカを離れ、その横にいるルリの顔をアップにした。

『アキトさん。ここだけの話ですが』

 ハンカチを下ろし、膝の上できゅっと拳を握り締めたルリは生真面目な顔をして、真正面からカメラを見据えた。

『現在のユリカさんの体調は、非常に深刻な状態です。遺跡と融合させるために投与された大量のナノマシンが、ユリカさんを内側から蝕み、日に日にその体力を削り取り、衰弱させているのです。状況を改善するために、ドクター・イネスをはじめとする多くのお医者様が最善を尽くしていますが』

 そこでルリは一度言葉を切り、すいと視線を逸らした。
 再びカメラを見据えたルリの表情には、どこか痛みを堪えるような色が透けて見えた。

『データが不足しています。火星の後継者たちがユリカさんの体にどのような処置をしてきたのか、遺跡に融合していた際、ユリカさんの生命がどのように維持されてきたのか、詳細な資料が必要なのです』

「それはまあ、そうだろうねえ…」

 アカツキが呟く。
 仮死状態のまま超古代文明の遺跡に同化させられ、生きた演算ユニットとして利用されてきたユリカは、半年前にようやく助け出されたものの、いまだその後遺症から抜け出せずにいると聞いている。
 当初こそ命に別状はないと診断されていたが、長期間にわたり非人道的な実験の被験体とされてきた彼女の体が負ったダメージは、計り知れない。

『火星の後継者たちの実験データについては、彼らのアジトを捜索し、残された資料の収集を急いでいます。こちらは何とかなりそうなんですが、問題は遺跡ユニットの方です』
「あ、納得」

 先に頷いたのはエリナ。ルリは続けた。

『現在、火星の軍施設に収容された遺跡ユニット付近は宇宙軍によって完全に封鎖されており、きわめて限られた関係者しか立ち入れない状態です。ミスマル提督を始め、各方面から遺跡のデータを収集させてもらうよう働きかけてはいますが、国家間の利害調整が厳しく……状況は芳しくありません』

 再び、ルリはカメラから視線を逸らした。緩く、唇を噛む素振り。悔しさを持て余すようなその表情は、かつてのルリならば決して見せなかったものだ。
 顔を上げ、ルリはアキトを真正面から見つめる。金色の丸い瞳が、瞬きもせず彼女の義理の父親を捉えていた。

『アキトさん、無理を承知でお願いします。遺跡ユニットからユリカさんのデータを収集してください。私たち宇宙軍の関係者は動けません。あなただけが、頼りなんです』

 アキトはビデオを写したウィンドウから目を離し、現在のルリ本人を映し出したウィンドウへと目を向けた。

「どうして、俺に?」
『言ったでしょう。宇宙軍の関係者として、私には身動きはとれません』
「ネルガルだって、表立って動けないのは同じだよ」

 横からアカツキが口を挟む。

『でも、アキトさんとブラックサレナなら、いまだ公式的な扱いは所属不明の未登録機動兵器です。私やアカツキさんたちよりも、自由に動けるはずです』
「つまりテンカワ君に、本物のテロリストになれって言ってるわけね、君は」

 アカツキの多少の悪意を含んだ締めくくりに、ルリは躊躇うように俯いた。

『都合のいいことを言ってるって、わかってます。でも……アキトさんしか、頼れる人はいないんです』
「……」

 と、終わりかけていたビデオの中で、不意にささやくような声が響いた。

『ジュン君、ジュン君、こっちこっち』
「あら、カメラマンって、アオイ中佐だったの?」

 エリナがどうでもいいことを呟く。
 カメラは再びルリから離れ、布団の上に座ったユリカを映し出す。
 アキトも顔を上げ、画面の中のユリカを見上げる。

『もっとこっち。ほら、近寄って』

 カメラが大きく揺れて、ユリカをズームアップした。どうやらレンズのズームを使ったのではなく、実際にカメラを持ったジュンがユリカの間近まで行ったらしい。
 ユリカはカメラを覗き込むようにして、にっこりと微笑んだ。

『あのね、アキト。ユリカは元気だから安心してね。ルリちゃんはああいうけど、ユリカは平気だから』

 えへっ、と笑って見せる。
 横で「艦長」と咎めるような声が聞こえるが、ユリカはそれを無視したらしい。

『アキトが帰って来ないのは、何か理由があるんだよね? ユリカはアキトのこと、なーんでもわかってるから。すべてが終わったらちゃーんと帰ってくるってことも、わかってるよ。だからアキト、ユリカのことは心配しないで、好きなようにやってね。あ、でも浮気はダメだぞ。ユリカは地球で、待ってるからね』

 じゃあね、という声を最後に、ビデオは終了する。

「……」
 ウィンドウが閉じられてしばらくたっても、一同は無言だった。
 その、と、気まずそうな声が沈黙を破る。

「元気そうで、なによりだわ」

 ようやく呟いたのはエリナ。横ではアカツキやウリバタケが、うんうんと頷いている。
 ルリの言葉はともかく、あのユリカなら100回殺しても死なないんじゃないか。そんな気さえしてくる。

『とにかく』

 ルリが、コホンと咳払いしつつ言った。

『ユリカさんはああいう方ですからいま一つ自覚が足りませんが、状況が深刻なのは確かです。アキトさん、先ほども言いましたが、あなただけが頼りです。無理にとは言いませんが、ユリカさんのことを少しでも思ってくれるなら』
「わかった」
「えっ?」

 その場にいた全員の視線がアキトに集中した。

「サレナを使わせてもらうぞ、アカツキ。遺跡の演算ユニットから収拾したデータはネルガルにも回す。レンタル料はそれで十分だな?」
「う、うん、それは構わないけど」
「ちょっと、アキト君?」

 そんな即答していいの? とエリナが聞き返すが、アキトは既に踵を返していた。

「ちょっと待ちなさいよ。あんな芝居にほだされたってわけじゃないんでしょうね?」

 ビデオで見る限り、ユリカはルリが言うほど深刻な状況ではなさそうだ。
 しかしアキトはぴたりと足を止めると、振り返らず、視線を落としたまま呟いた。

「あいつがああいう顔で平気って言うときは、いつだって、本当に平気だったためしがないんだ」

 ぼそりとした声を残し、アキトは室外へと出ていく。
 残された一同はぽかんとした顔を引き締めるのも忘れたまま、アキトの背を見送った。





「わりと……簡単でしたね」

 ナデシコBのブリッジで、サブロウタが呆気に取られたように呟く。

「もっと難しいかとも思ったんですけどね。割と単純な奴なんですか? あのテンカワ・アキトって」

 ルリはくすりと鼻を鳴らした。

「そうですね。単純さにかけては、アキトさんの右に出る人って、あんまりいませんから」

 それはアキトが黄色い制服を身に着けていようと黒いマントを着ていようと変わらないに違いない。

「私、嘘はついてません。ホントにあなたしかいないんです、アキトさん。ユリカさんを救えるのは……」

 呟いて、さすがにそんな自分に照れたのだろう。
 何食わぬ顔を取り繕い、ルリはずずずっと番茶をすすった。



[2437] 最強AIグランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:3b893df1
Date: 2008/01/05 02:23
機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第3話 おばあちゃん出撃!』:Aパート


 数時間後。
 月面の基地から飛び立ったユーチャリスはボソンジャンプによって気の遠くなるような距離をショートカットし、火星上空へと現れていた。
 目標は、ユートピア平原のはずれに位置する宇宙軍の研究施設だ。
 かつてナデシコのクルーたちによって遥か宇宙の彼方へと放り出され、「火星の後継者」が回収し、結局漁夫の利を得るようにして宇宙軍が取り上げた遺跡の演算ユニットは、ここに保管されている。
 現在その研究は地球・木連合同の事業として進められているが、水面下では技術を独占したいという双方の黒い思惑がぶつかり合い、場外乱闘じみた政治闘争が繰り広げられているという。
 もちろんそうした駆け引きは別として、「火星の後継者」のようなテロリスト集団が再び現れないとも限らず、周辺には遺跡強奪を防ぐための厳重な警備態勢が敷かれている。
 その強固な警備網を掻い潜り、遺跡にアクセスして必要なデータをダウンロードするのは至難の業といえるだろう。だが、愛する妻のため、アキトは敢えて死地へと飛び込む決心をしたのだ……
 
 の、ではあるが。


「起きろ、クソババア!」


 拳でコンソールを殴りつける。
 火星の研究所へ急襲をかけるべく飛び込んだコクピットで、アキトはいきなり気力を削がれることになった。

「起きろっていってんだ! 出撃だぞ!!」

 起動を命じたはずのブラックサレナが、うんともすんとも言わないのだ。

「セイヤさん!」

 助けを求めるように叫んだが、

「知らねえよ!」

 ウリバタケも、忌々しげに頭を掻き毟った。

「お前、何かコハルちゃんの気に触るようなことしたんじゃねぇのか? 自分の胸に手を当ててよく考えてみろ」
「してない! あとコハルちゃんって呼ぶな!」

 この機体の名前はブラックサレナである。黒い百合の花言葉は「呪い」。秘めた悲しみを黒いボディに隠し、漆黒の宇宙に紛れるように飛び回る、そういう渋い機体だったはずだ。間違っても「コハルちゃん」などという浮かれた名称で呼んで欲しくはない。

『アキト、聞こえる、アキト』

 不意にウィンドウが立ち上がり、ラピスの顔が大写しになった。

『AIの登録名と起動方法が変わってる。登録名を音声入力すれば、起動できるよ』
「登録名?」

 聞き返したアキトに、ラピスはコクンと頷く。

『えーと、登録名称は「プリティエンジェル・コハル」。わかりやすくて良かったね、アキト』

 ごん。
 鈍い音が、コクピットに響き渡った。

「……」

 アキトはコンソールに頭を打ち付けたまま、ふるふると肩を震わせていた。

『アキト?』

 怪訝そうなラピスの声に、アキトはようやく顔を上げる。

「確認するが、ラピス。その名称を音声入力しなければ、サレナは起動しないのか?」
『うん。しかも声紋登録されてるから、アキトの声じゃないと無理だね。合成音声で試してみてもいいけど、多分弾かれると思う』

 何しろ超古代文明の遺産であるオモイカネと、地球文化圏の生んだ天才オペレーター・ホシノルリが作り上げた、芸術作品ともいうべきAIだ。そんじょそこらの裏技で、セキュリティが解除できるはずがない。

「いいじゃねえか、テンカワ。呼んでやれよ。たった一人の肉親なんだろ?」
「顔も知らねえよ、こんな奴」
《こんな奴はないだろう。仮にもお婆ちゃんに向かってさ!》

 不意にコンソールに灯が点った。

「起動した!」

 ウリバタケが快哉を叫んだが、ラピスが水を差すように首を振る。

『まだだよ。AIの人格部分が起動しただけ』

 サレナを動かすにはまだ足りないと、ラピスは冷たく指摘する。

《哀しいこと言うもんじゃないよ、アキト。お婆ちゃん情けなくて、涙出てくるよ》
「勝手に泣いてろ。それより発進する。早くサレナを起動させてくれ」

 アキトはあからさまにイライラした声で告げた。ただでさえ、愛する妻が生命の危機に曝されているというのに……こんなところでAIの与太話を聞いている暇はない。

《だから、そこのお嬢ちゃんが言ったじゃないか。登録名称をあんたの音声で入力すればいいんだよ。ほら、簡単だろう?》
「なんでいちいち、そういういらん設定をするんだ!」

 ブラックサレナは機動兵器である。戦場を飛び回る戦闘機械だ。機体の名称をコロコロ変える必要はないし、無駄に長い名称にする必要もない。それを音声入力しなければならない理由は、もっとない。

《だってねえ、ほら。若い男に名前を呼んでもらうのって、嬉しいじゃないか》
「薄気味悪いこと言うな。だいたいどうして俺が、いちいちあんたを喜ばせなきゃいけないんだ」
《まったく、今時の若い子は、敬老精神ってものがないんだからね。かわいげのない孫で、お婆ちゃん、がっかりだよ》

 願ってもないと、アキトは思った。これでこのAIに「かわいい」なんて言われたら、その場で雄叫びを上げてブラックサレナから飛び出してしまいそうだ。

《いいよ、それじゃあ百歩譲って、「お婆ちゃん」と呼んでごらん。それで手を打ってやろうじゃないか》
「誰が呼ぶか!」
《呼ばなきゃこのロボットは動かないよ?》

 意地悪な笑いを含んだ声が、挑発するように響く。
 こいつ、楽しんでやがる。
 アキトは唇を噛んだ。今にも頭の血管がぶち切れそうだ。
 必要があるとかないとか、そういう問題ではない。最初からこちらが嫌がるのを知っていて、こんなアホな難題をふっかけてきているのだ。察するにテンカワ・コハルという人物は、全身くまなくシンからガワまで、徹頭徹尾救いようのないほど意地の悪い女だったのだろう。彼女が死んだ時、関係者各位は盛大な祝賀パーティーを開いたに違いない。

――恨むぞ、ルリちゃん……

 さっきのルリとの通信で、彼女の依頼を引き受ける代わりにこのAIの削除方法を聞き出しておけばよかった。あの時は勢いでOKしてしまったが、今となってはほんの少し、後悔している。

《ほら、あたしの力が必要なんだろう?》

 必要なのはあんたじゃなくてブラックサレナの力だとアキトは叫んでやりたかったが、ぐっとこらえた。そんな言葉を発したら最後、またへそを曲げたAIが、どんな馬鹿馬鹿しい嫌がらせを押し付けて来ないとも限らない。

《簡単な言葉だろう? 言ってごらんよ。お・ば・あ・ちゃ・ん》

 ふっと、耳元に息を吹きかけるような気配。不愉快だった。どうしようもなく不愉快だった。一番迷惑で低級な動物霊にでも取り憑かれた気分だ。

「……ゃん」

 蚊の鳴くような声が、ぼそりと吐き出される。

《ん? 聞こえないよ。もっとはっきり言ってご覧》
「……」

 アキトの唇が、わなわなと震える。
 額にはくっきりと青筋が浮き出ていた。今にもぶちきれそうなその表情に、ナノマシンの輝きが華やかな色を添える。
 ガツン、とIFSパネルに拳を叩きつけ、彼はやけっぱちな罵声で叫んでいた。


「お婆ちゃん起動! ブラックサレナ、発進する!」


「……言った」

 呆然と呟くウリバタケを置き去りにし、黒い機動兵器は飛び立ってゆく。
 モニターの中でみるみる小さくなるブラックサレナの背には、なぜかいつもより、哀愁が色濃く漂っているように感じられた。



[2437] 最強AI グランマ!
Name: かっぱ◆d8cccb5f ID:3b893df1
Date: 2008/01/05 03:07
機動戦艦ナデシコ 最強AI グランマ!
『第3話 おばあちゃん出撃!』:Bパート



 戦闘は熾烈を極めた。
 もとより攻略の難しい施設であることは了解済みだ。地球・木連双方の技術と兵力を結集した最強の防御網が、テロリスト集団やその他不穏な勢力から、遺跡ユニットを守っている。
 各方面のエリートばかりをかき集めた人材は精鋭揃いだ。もちろん予算を惜しみなくつぎ込まれた装備も、ミリタリーマニア垂涎の一級品ばかり。そこらの師団が束になってもかなわないような鉄壁の防御が、ここにはある。
 その、宇宙軍最強の防御に単身飛び込んだ黒い「幽霊ロボット」は、しかし何かの鬱憤を晴らそうとでもいうように、情け容赦なく暴れまくった。

「あの機体――まさかネルガルの!?」
「しっ、迂闊なことを言うな! 例の幽霊ロボットについては機密扱いだぞ。専用ルートでネルガル会長に直接問い合わせてみろ」
「それで知らないと言われたら?」
「それまでだ。とにかく、我々の仕事は侵入者を排除することだろう」

 その任務を忠実に実行するだけだと呟きつつ、宇宙軍大佐の階級章を付けた指揮官は険しい表情でモニターを睨む。

「何人たりとも、遺跡には近づけさせん。ネルガルには悪いが、あの機動兵器は落とさせてもらう」

 低い声で呟き、ついで大佐は声を張り上げ、敵機撃墜の指令を下す。
 施設内にけたたましく警報が鳴り響き、追加の無人兵器たちが、相次いで上空へと飛び立っていった……


 ……などと、状況はそれなりにシリアスだが、ブラックサレナ内部では、相変わらずのドツキ漫才が繰り広げられていた。

《「何をするんですか、先輩! 僕は…っ!!」「今さら恥ずかしがるなよ。本当はこうなること、心のどこかで期待してたんだろう?」「でも、男同士でこんなっ! っ、ああっ、……」》

 卑猥な音声に続き、ひどくメロドラマチックなBGMまでが流れ始める。
 ピンク色の光線に彩られたコクピット内で、アキトはIFSパネルに置いた拳をぶるぶると震わせていた。

《……彼の手があらわになった肩に触れた瞬間、ヨシユキの心臓は跳ね上がった。しかしまぶしいほどの喜びに痺れる心とは裏腹に、体は相手の胸を力いっぱい突き飛ばしていた。「ダメです、先輩……っ!」》

「人の耳元でBL小説を朗読するなぁっ!!」

 ガン、とコンソールを拳で殴りつけ、声の限りに怒鳴る。

《おや、よくBLなんて言葉知ってたねえ》
「やかましい!」

 論点はそこじゃねえ、と力いっぱい主張するが、コハルはまるで応えた風もない。

《だってねえ、あんた、戦闘中は自分で操縦したいって言ってたじゃないか。一応、パイロットの意志は尊重しようって気になったんだから、誉めてくれてもいいんじゃないのかい?》
「それとBL小説と、どんな関係があるっていうんだ」

 くどいようだが、ブラックサレナは機動兵器だ。AIがBL小説を読まなければならない理由はないし、それを音読しなければならない理由もない。ないったらない。

《そりゃああんた、操縦の主導権を渡しちまったら、ペーパーバックでも読んで暇つぶしをするくらいしかやることはないじゃないか。それとも何かい? もしかして、あたしの手助けが必要かい?》
「手助けなんかいるか」

 言ってしまってから、アキトは一瞬、何か別の仕事でも与えておくべきだったかと考えた。この調子で戦闘の間中ペーパーバックの朗読を続けられたら、敵を倒すより先に、コンソールに向けてありったけの銃弾をたたき込んでしまいそうだ。

「だいたいなんでわざわざ音読するんだよ。黙って読め、黙って」
《コンピュータって奴は、一瞬でデータのインストールをしちまうだろ? 音読して音声入力し直した方が、読んだ気分が出るんだよ》
「それを今、ここでやらなきゃいけないのか?」

 バイザーの上で、アキトの両眉がひくひくと痙攣している。異様に抑えられた声は、むしろ嵐の前の静けさを思わせた。

《そうは言っても、することもないと退屈だし……あ、あんたが読んでくれるなら、それでもいいんだけどね?》
「読むか!」

 はあ、とAIの音声が心底憂鬱そうなため息をつく。

《たまにはお婆ちゃん孝行しようって気にはならないのかい? つくづく寂しい孫だよ、あんたは》
「孫にBL小説朗読させるのが、あんたの言う孝行なのか? おかしいだろ、それ!!」

 あふ、と、ほど離れた宙域で待機するラピスは、戦艦ユーチャリスのオペレーター席で、かわいらしいあくびを漏らした。
 コクピット内ではAIとパイロットによる不毛な言い争いが繰り広げられているものの、ブラックサレナは外見上は何ら異変を感じさせず、ひとつ、またひとつと宇宙軍の無人兵器を撃ち落としていく。むしろアキトの神経が高ぶっている分、反応速度も普段の数割り増しでいいようだ。

――でも、退屈。

 そろそろこの状況にも飽きてきた。
 もともとラピスは、さほど戦闘に没頭するタイプではない。ネルガルSSとしての仕事も、大好きなアキトのために仕方なく手を貸しているに過ぎない。
 そういえばエリナがラピスたちの帰還に合わせ、鷹野のヨーグルトプリンを取り寄せておくと言っていた。この任務もとっとと終わらせて、スイーツを味わいながら、のんびりと優雅な午後を過ごしたい。
 賑やかな婆子喧嘩を繰り広げる二人を邪魔するのも躊躇われるところだが、あいにくその辺の気遣いに欠けるラピスはウィンドウを立ち上げると、無造作に言った。

『アキト、グラビティ・ブラストで一掃した方が早くない? 時間、もったいないよ』

 かわいらしい顔にそぐわない物騒な提案に、コクピットの中の言い争いが一瞬止む。
 やや躊躇った後で、アキトは首を横に振った。

「いや、宇宙軍の施設に必要以上のダメージを与えるのはまずい」

 テロ行為についてネルガル経由で宇宙軍からの暗黙の了承があった前回とは違い、今回の攻撃は完全にアキト独断だ。アカツキからのバックアップは望めないし、もちろん宇宙軍だって破壊行為に目を瞑ってくれたりはしないだろう。

『でも、このままじゃきりがないよ』
「こちらのことは気にするな、ラピス。あと、通信は切っておけ。余計な雑音を耳に入れるんじゃない」

 コハルの読んでいるペーパーバックは、ラピスにとっては教育上、非常によろしくないとアキトは思う。
 ラピスは決して好奇心旺盛なタイプではないが、ふとした拍子にあちら側の扉が開いてしまったりしたら、保護者を自認するアキトとしては、大変やりきれないことになる。
 家族を失い、妻を連れ去られ、五感と将来の夢を失った不幸続きのこの人生で、揚げ句の果てに唯一の心の拠である少女が腐女子になってしまったら、本気でイヤ過ぎる。この世からの逃避願望が、ますます強くなりそうだ。

「敵を引きつけられるだけ引きつけたら、ボソンジャンプで内部に潜入する。あの施設には、アカツキの使いで何度か入ったことがあるからな」
《へえ、何も考えてないようで、結構考えているんだね》

 気に障るBL小説朗読の合間にかけてきたコハルの言葉を、アキトは全力で聞かなかったことにした。無視だ、無視。こういう相手にはそれが一番いい対応だ。

《なんだい、せっかくのお婆ちゃんが話しかけてるのに、この子ったら返事もしないよ》
「……」

 相手にするなと、アキトは全身全霊で自分に言い聞かせていた。
 それより今は、この戦闘をどう乗り切るかの方が大切だ。AIとの漫才は二の次だ。

《ほら、敵さんから通信が入ってるよ。応えてやらなくていいのかい?》
「えっ?」

 疑問形で問いかけながらも、コハルは勝手に通信回線を開いていた。アキトが無視した腹いせに、向こうもこちらの意志を無視することにしたらしい。まるで子どもの喧嘩だ。

「こら、勝手に」
《おや、結構いい男じゃないか》

 勝手に通信を許可するな、と怒鳴りかけたところで、アキトの顔が強張った。
 立ち上がったウィンドウの中には、見知った顔があったのだ。
 コハルが言うほど「いい男」ではないが、アキトにとって忘れがたい相手であることには変わりない。

『久しいな、復讐人よ』

 削げた頬が、にやりとつり上がる。
 爬虫類を思わせる無機質な瞳がぎらりと輝き、底知れぬ暗さを秘めた陰鬱な視線がアキトを貫く。

「……北辰!」

 呟きと同時にアキトの全身のナノマシンが反応し、コクピット内に華やかな光が反射した。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.075744867324829