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[2484] 機動戦艦ナデシコ ~蛍蔓~
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/01/05 23:19
 例えナデシコCと言えど、一隻で出来ることなどたかが知れている。
 敵側の船が、通信回線をはじめとしたありとあらゆる外部からのアクセスを断ち切っている以上、今のこの船は”ただの高性能な船”でしかない。
 つまり、十二隻のリアトリス級を相手にするなんて不可能だ。しかし、逃げるにも敵の攻撃を受け、ジャンプの制御が破損し、アクセスができなくなってしまった。
「作戦失敗ですね」
 船が揺れる。ミサイルが右舷に直撃したようだ。
 艦長席から叩き落され、無様に床に叩きつけられた。
 立ち上がろうとするが、断片的な揺れが続きうまくいかない。ディストーションフィールドの出力が落ちているせいだろう。
「逃げないと」
 私は生きなければならない。それは私の義務だ。
 ほとんど這うようにして、ボソンジャンプの制御ブロックを目指す。そこで直接操作をすればどうにかなるかもしれない。
 途中で誰にも会わなかった。当然だ。初めから私一人しか乗っていない。そういう任務なのだから。
「アキトさんも、こういう気持ちだったのでしょうか?」
 返事なんて期待していない。ただ声を出していないと不安に押しつぶされそうだ。こんなの私らしくない。
 なんども大きくゆれ、遠くで爆発音が聞こえた。まだ船がもっているのが驚きだ。ウリバタケさん良い仕事してます。
 馬鹿になった扉を無理矢理落ちていた鉄パイプでこじ開け、ようやくジャンプブロックに辿り着いた。
 艦長席で、すでに制御部が壊れていることはわかっている。私は端末を自分のIFSに接続し、直接ナビゲーションを実行しようとするがうまくいかない。
「当然か……」
 所詮私はB級ジャンパーだ。イネスさんのようにはいかない。また、揺れた。こんどの揺れはひと際大きい。
「それでも!! まだ死ねない」
 諦めるなんて死んでからやればいい。思いつきでもなんでも良い。足掻いて、足掻いて、足掻き抜く。
 イメージ不足を補うために、むりやり相転移エンジンから基準値以上のエネルギーをジャンプブロックにむりやりつぎ込む。
 細かい理論も冷静な推理も何もない。たぶん昔の私が見たら馬鹿にするだろう。
「最後の賭けです」
 アラーム音。当然、相転移エンジンのエネルギーをこちらに回したのだからフィールドは消失している。正真正銘次の一撃でアウト。
 だた、私の賭けが終わるのはそれより早い。
 悲鳴を上げるジャンプブロック。細かいイメージはやるだけ無駄だ。今ここで必要なのは少しでも強いイメージ。だから私は、ひたすら願う。切実に、真摯に、壮絶に。ただ、
「帰りたい」
 それだけを。
 ジャンプブロックの悲鳴が雄叫びに変わった。景色が消える。浮遊感、喪失感どちらともつかない。ただ、圧倒的な感覚。何かが起こった。それだけを知覚し、私の意識は途切れた。




[2484] 一章
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/01/05 23:20
 痛い。苦しい。
「ごほっ、ごほっ、」
 なんだろ、咳をして口を押さえたら、赤い液体が出てきた。ああ、これは私の血だ。
 慌てて、周りの人たちが駆け寄ってくる。
 大丈夫? 医療室 ルリちゃん そんな断片的な言葉が頭の中に入ってくる。
 意識がぼやける。ふわふわしているのに、時折鋭い感覚が私を襲う。やけに心臓の音が大きく聞こえる。たぶんこの心臓が私の血を押し出してるんだ。だって次から次へと溢れだして来る。
「ぁぁ、・・」
 声がうまく出ない。周りを見渡す。艦長、メグミさん、プロスさん、ミナトさん、ゴートさん。
 ああ、どうして私は気付いてしまうんだろう? ここにはアキトさんがいない。
 生まれて始めて涙が流れた。
 声が出ないから、私の命でメッセージを残す。
 できるだけ手を伸ばして、他の血と混ざらない場所に。
 
 おいしかった

 たぶん、これだけで伝わるはずだ。
 おやすみなさい。




 宇宙空間での実機訓練の途中だった俺は、ルリちゃんが倒れたと連絡を聞いて、急いで艦に戻る。
「くそっどうなってるんだよ」
 昨日まで元気だったはずだ。俺のチキンライスを食って、それで笑って、なのに、なのに
「おいっ、テンカワ!!」
 通信が入る。リョーコちゃんからだ。
 うっとおしい。話をしている時間なんてない。何も言わずに通信回線を切る。
 エステが遅い。遅すぎる。命がかかった戦闘でもこんなふうに思ったことはない。
「テンカワ、着艦します」
 必要最低限のことをつけて、着艦し、整備員に挨拶もなしで飛び出す。
 全力疾走。息が切れても無視する。肺の痛みや、足のもつれも全部無視して、テンカワ・アキトの最大限の速さでブリッジに向かう。
「ルリちゃん」
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「なんなんだよ。これはなんだよ!!」
 悲痛な顔をした皆と、血の海に横たわるルリちゃん。抱き上げ揺らす。誰も止めない。そう、まだ生きているのなら、病人相手にこんなことをした俺を無理矢理とめようとするだろう。だが、誰もが目を反らし、涙を堪えているだけだ。もう、どれだけ乱暴に扱っても大丈夫。なぜなら、彼女は
「どうして、死んでるんだよ!!」
 誰にもわからない。そう、誰にも
 床を見ると、血の海から離れたところに『おいしかった』という文字があった。
 その意味がわかるのはたぶん、俺だけだ。
 嬉しい。だけど、誰にありがとうを言えばいいんだろう?

 
 目が覚めると、全身に痛みが走った。興奮状態で意識の外にあった痛みが帰ってきたようだ。冷静に考えると当たり前だ。何度も床に叩きつけられたのだから。
 全身をチェックする。骨や健は大丈夫。怪我は、打ち身と切り傷がたくさん。でも、動ける。
 幸いモニターとオモイカネは生きていて、周囲状況を調べることが出来た。
 おそらく、ここはナデシコ長屋だ。どうやら私は賭けに勝ったらしい。しかし、当然用に下敷きになった建物が押し潰されている。巻き込まれた人が居ないか心配だ。
 そして、場所が場所だけに当然のようにネルガルの社員達に囲まれていた。
 ナデシコCに何かの器具を設置している。おそらく外壁を振動させ、音声を伝えるタイプの通信機器だ。ナデシコCの外壁を切断するほどの設備をここまで運ぶことを諦めた結果だと予測される。
「そんなことしなくてもいいのに」
 通信周波数を私の記憶するネルガルのものに合わせる。
「宇宙軍所属ナデシコC艦長星野ルリ中佐です。本艦の回収をお願いします」
「すみません。少々お待ちいただけますか?」
「ええ」
 ネルガルと宇宙軍は協力関係にある。すぐに手配されるだろう。
 しかし、ナデシコCの周りに集まった人たちは動かないし、いつまで経っても返事はない。
 一時間ぐらいまっただろうか? いい加減意識が遠のきそうになったころになってやっと通信がかえってきた。
「君は誰だい?」
 でたのはアカツキさん。
「いくらなんでもボケるのは、早すぎます。ルリです」
「どちらのルリさん?」
「星野さんちのルリさんです」
「そんなはずはないだろう」
 いい加減疲れてきた。この人には時と場合を選ぶぐらいの頭はあると思っていたのに。
「いいかげんにしてくださいアカツキさん」
「いいかげんにするのは君のほうだ」
 怒気を孕んだその言葉に、一瞬怯えてしまった。アカツキさんが私にそういった感情を向けたのは初めてだ。
「死者の尊厳を汚すな。星野ルリは昨日死んだ。そして彼女はまだ、12才のはずだ」
 こんどこそ本当に言葉を無くす。私が死んだ? そしてこの世界はまだ
「一つお聞きします。テンカワ・アキトは生きていますか?」
「へえ、その名前を知っているんだ。生きてるよ。まぁ、元気とは言えないけど」
「よかった」
「僕の話を聞いていたかい?」
「はい。だって嬉しいじゃないですか。アキトさんが生きていて、私が死んだことで悲しんでくれているなんて」
 ああ、なんて素敵なんだろう。こんなに嬉しいのはユリカさんが退院したとき以来だ。
 そして、私はわかってしまった。本当の意味での今の状況。そして、
「もしかして、本物?」
「この船を回収してください。たぶんオモイカネのデータを見れば、私の話を聞きたくなると思います。それまで留置所なり、B2 107なり、好きなところに閉じ込めておいてくれて構いません」
「わかった。でも、君みたいな素敵な女性をそんなところで過ごさせるわけには行かない。僕のプライベートルームを貸してあげよう。
 それと、僕からも聞かせてもらおう。君が本当に星野ルリだと仮定しよう。君は何を望む?」
「幸せな世界」
「いいね。夢があって」
 ええ本当に。



[2484] 二章
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/01/06 00:30
 あれから二日たった。一歩たりとも部屋から出られない身としては退屈で仕方がない。
 大関スケコマシは女性への配慮でプライベートルームを貸し与えたといったが、実際のところは、もっとも監視がしやすい場所という理由だろう。彼はああ見えて抜け目がない。
 そんな事を考えていると、本人がやってきた。
「思ったより早かったですね」
「ああ、あれだけわかりやすい証拠を並べられてはね。それにDNA鑑定もさせてもらったが間違いなく君は星野ルリだ」
 そう、オモイカネの中にはナデシコB時代から記録全てが残されている。前もってほとんどのパスワードを解除しておいた。そのほとんどを彼は見たのだろう。これだけだして納得しないほうがおかしい。
「それで、私をどうします?」
「それは君の対応次第かな」
 私は、ほとんどのパスワードを解除した。しかし、一部はそのままだ。それは、技術的な部分。ジャンプシステムや新型エステ、もちろんナデシコシリーズも含めた。設計データや実験データ。それらは、こちらのカードとして残しておく必要があった。
 当然、彼はそのデータを欲している。
「何が望みだい?」
「そうですね。ナデシコAに乗せてください」
「……それはむずかしいな」
「むずかしくはないですよ。オモイカネのデータが手に入れば私の実験素材としての価値はほとんどなくなります」
「ああ、それはわかっている。しかし、君の能力をもっと有効にいかせる場所はいくらでもある」
 立場は圧倒的に私が不利。カードは私のほうが若干有利。やってられませんね。
「ぶっちゃけ、ルリくんはどういう形で戦争を終わらせたいんだ?」
「それはもちろん、地球軍の圧倒的な勝利で」
 私の答えがよほど意外だったのだろう。しばらくアカツキさんはフリーズしていた。
「まさか、ナデシコクルーの口からそんな答えが返ってくるとは思わなかったよ」
 彼のその言葉は自分の知識とオモイカネのデータを踏まえてのものだろう。
「たぶん、子供で居られる時間は終わったんだと思います」
 皆が幸せになれる。それは可能かもしれない。実際それに近いものは出来た。しかし、私たちは”みんな”からはずされてしまった。
 こんなことになるぐらいなら、もっと確実に”私たち”が幸せになれる道を選びたい。
「ネルガルにとっても、そういう終わり方が一番いいんじゃないですか?」
「もちろんそうだよ」
 現実問題。オモイカネのデータがあれば一気に戦況が傾く。チューリップの特性、無人兵器プラントの詳細な座標。それだけわかれば打てる手なんていくらでもある。それに加えて、ボソンジャンプユニット、兵器の大幅な躍進。あと一つ足りたいものは……
「遺跡の回収。私が居るのと居ないのでは、成功率がだいぶ違うと思いますが?」
 そう遺跡だ。遺跡と実験データがあれば、近いうちに完璧なジャンプユニットは完成する。さらに、相手のジャンプの妨害し、こちらの被害を大幅に落とすことも、相手のチューリップを経由して敵基地に直接、暴走させた相転移エンジンを送りつけ壊滅させるだって可能だ。
「本当に君はそれでいいのか?」
 なぜか、その言葉が私の胸に重く響いた。
「ええ」
「そうか、ならいい。そういう方向性でやってくれるなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ」
 彼なりに思うところはあるのだろう、しかし、最終的には私の話に乗ってくれた。よくもわるくも彼は、ネルガルの会長以外の何者でもない。
 そもそも遺跡は会長じきじきに戦艦に乗り込んでまで手に入れようとしていた。それを手に入れるために協力するのであれば、ナデシコAへの乗艦は許可されると踏んでいたが読みどおりだ。
「シャクヤクのオペレーターにはなってもらうって言うのはダメかな?」
「却下です。その船。完成直前に木連に潰されてしまいますよ」
「それは、いい事を聞いた。技術班を増員して、完成を急がせよう」
「それに、シャクヤクにはアキトさんも、みんなも居ないじゃないですか」
「負けたよ。なるべく早いほうがいいだろう。明後日には乗艦できるように手配しておく」
「ありがとうございます」
「それで、名前はどうする? 年齢が違うからルリくんとは思われないだろうけど、流石に同性同名じゃね」
 言われてみればそうだ。正直に話せればそんな必要はないが、そういうわけにはいかない。
 なら……
「テンカワ・ルリでお願いします」
「あはははは、わかった。あのルリくんがこうなるとは思わなかった。OK、OK、テンカワ・ルリで戸籍とかも全部用意しておくよ」
 もちろん、恋愛感情に似た何かはある。しかし、一番大事なのは、ルリちゃん。その言葉を聞くこと。たぶん、アキトさんの性格上。死んだ私を思い出すから姓で名前を呼ぼうとするだろう、しかし、同性だとそれができない。結果、アキトさんは『ルリちゃん』そう呼んでくれる。
 たぶん、今の私はそれ以上のことを彼に望んでいない。
 きっとそれだけで私は満足なんだ。


あとがき

とりあえずここまで一気に書きました。たぶん、あと4~5章ぐらいで終わります。とりあえず二通り結末を考えていますが、皆でわいわいはっぴーえんどと、ルリちゃん主観のはっぴーえんどどちらがいいでしょう? わかりやすく言うと、ユリカさんの応援するか。年齢問題解決しちゃったから自分でアタックするかの違いなんですけどね。



[2484] 三章
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/01/09 22:49
 たぶん、俺は駄目な男だと思う。だから、愛想をつかされて当然なんだ。
 頭では理解できても納得できない。
「俺、振られたんだよな」
 ルリちゃんが死んで、もう三日もたつのに、未だに立ち直れない俺に愛想を疲れたのか、昨日、メグミちゃんに振られてしまった。
 ただでさえ、弱っていた俺は本格的に参っている。訓練にも、食堂にも出る気にならない。
「でも、もうすぐ終わりだ」
 ナデシコは今、佐世保基地に向かっている。そこで、ルリちゃんの変わりの人員を補充してから、正式に軍に配属されてしまうらしい。
 死んだから変わりの人間を用意するという発想は好きになれないし、俺は軍人になる……金をもらって人を殺す職業なんて真っ平ごめんだ。第一、今は何もする気になれない。そこで船を下りようと考えていた。
「うるさいな」
 扉をたたく音が聞こえる。いや、そんな可愛いものじゃない。これは、扉を叩き壊す音だ。俺の部屋の扉は、マスターキーでも開けられないように設定されているため、物理的な手段でこじ開けようとして、昨日ぐらいからユリカは、何かを叩きつけている。
「うっとおしい」
 単純に騒音だけじゃない。彼女の行為自体が、俺の傷を抉る。このドアがマスターキーで開かないようになっているのは、ユリカの不法侵入に嫌気がさした俺が、ルリちゃんに頼み込んだ結果だった。そして、いつもならここで、ルリちゃんが言うんだ
『いい加減にしてください艦長。それ以上すると、艦長のシフトが愉快なことになります』
 そして、ユリカが渋々引き下がる。
 扉が開かないことも、ユリカがいつまでも引き下がらないことも、死んだ彼女を連想させる。本当に煩わしい。
 モニタをつけ、ヘッドフォンを装着し、音量を最大まで上げる。勇ましいBGMが流れ、画面の中には、劇画調の男達が浮かび上がる。
 彼らは、どんな困難も、どんな悲しみも乗り越え、常に笑顔で前向き、情熱を燃やし続ける。憧れだったそんな姿が、やけに薄っぺらく見える。
 ああそうか、俺はゲキガンガーにはなれないんだ。そんな当たり前のことを、理由も無く、しかし、極めて明確に確信した。

 



[2484] 四章
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/01/10 02:25
 私は今、ネルガルの佐世保支部にいた。
 ベッドの上に身体を投げ出し、天井を睨みつける。
 ナデシコに配属が決まってから、数日が過ぎた。
 正直、気分は最悪だ。覚悟はしていたが、案の定、検査と評したモルモット生活。慣れているとはいえ辛いものは辛い。
「しかし、面倒な時期に来てしまいました」
 ナデシコは、火星から帰ってきていて、軍から任務を受けている状況。宇宙での任務からの期間途中に『星野ルリ』が死亡。死因は不明。それにより、ナデシコの運行が厳しくなり、私を含めた増員と正式な軍への編入のために佐世保基地に停泊しているらしい。
 もっとも、死因の予測はつく、『私が現れ、なおかつ私に関わるためだ』。
 ボソンジャンプで、過去に戻った場合。過去の自分と今の自分が同時存在できることは、アキトさんのケースで証明されている。しかし、その場合には、同時存在する自分に干渉できないという制限がつく。
「でも、私は」
 強い意志でナデシコに干渉しようとした。そしてナデシコに干渉するということはこの時代での私に干渉することと同義だ。それをさせないために、過去の私を消すことで、帳尻を合わせたのだ。、
「結局、推論でしかないんですけどね」
 ナデシコに乗るのは二日後。今の私には気が遠くなるほど長い時間だ。

「やぁ、ルリくん。元気かい」
 電源を切っているはずのコミュニケから、許可もだしてないのに、大写しになったアカツキさんの顔が表示される。
「最悪です。モルモットには、プラベートな時間すらないんですね」
「いつにもまして、毒舌だねルリくん」
「ええ、疲れてますからね」
「そう、それだよルリくん。今日で検査も終了だから、今日は、自由にしていいよ。ただし、一人二人護衛がついちゃうけどね」
「わかりました。監視役ぐらい我慢します」
 そういうと私は、コミュニケを窓の外へ投げ捨てた。ユリカさんの影響かもしれない。
 念入りにシャワーを浴びてから、無闇やたらに用意されている服の中から大人しめのワンピースを選んで着て、髪はストレートに流し、青のカラーコンタクトを入れる。
「これでテンカワ・ルリの完成です」
 整形か、髪を染めるぐらいはしたほうがいいのはわかっている。でも、アキトさんが好きといってくれたものを壊してしまうのは嫌だった。

 久しぶりに外に出ると、やけに日の光が眩しかった。
 監視役は二人らしい。日常的に護衛がついていた経験がある私は、例え相手がプロでも尾行している相手の位置と人数ぐらいは把握できる。
「町に出たのはいいですけど、する事がありませんね」
 いつもなら、ホウメイさんのお店に顔を出すのだが、今はお店自体が存在しない。
 途中で、何度かナンパされた。こういうときに監視役がいるのは助かる。多少無茶な断り方をしても安心だ。
「ちょっと、待って」
 まただ、振り返るのも面倒になり、無視して早足になる。
「待って!!」
 五月蝿い。最悪だ。これなら外に出るんじゃなかった。
「ルリちゃん!!」
「えっ!?」
 名前を呼ばれ私が振り向くのと、声の主が私の腕を掴むのは同時だった。
 声の主は間違いなく、アキトさんだった。
 しかし、まずい。今のアキトさんの行動が、無理矢理私を連れて行こうとするように見えたのか、監視役が動き出している。彼らに捕まれば、おそらく厳しい尋問が待っているだろう。目線で監視役に大丈夫だと合図するが、どうやら伝わっていないようだ。アキトさんは、アキトさんで混乱してしまっている。
 こうなったら、
「どなたか存じませんが、目立ってしまっています。場所を変えませんか?」
「えっ、ああ、そうしよう」
 あくまで、私の意思でというのアピールしながら、目に入った喫茶店にアキトさんの手を引いて、入っていった。

「ごっ、ごめんなさい」
「いきなりなんですか?」
 席に着くなり、アキトさんは机に頭をたたきつける勢いで謝ってきた。
「その、君を知っている人と間違えて……。おかしいんだ。ルリちゃんって子なんだけど。もっと小さい子で目の色も違うのに、それに第一もう、死んでるはずなのに」
 正解です。心の中だけでそれを言った。
「でも、不思議なんだ。そのことを思い出した今でも、君がルリちゃんにしか思えない」
「まぁ、私は間違いなくルリですが」
「……それって」
「私の名前も、ルリってことです」
「そうなんだ。そう言えば、まだ自己紹介してなかったよね。俺はテンカワ・アキト」
「私は、テンカワ・ルリです」
「あははは。凄い偶然だね」
 まぁ、必然ですけどね。
「アキトさんは何を注文しますか? そろそろ店員さんの視線が痛いので」
「えっ、じゃあ、コーヒーで、え~と、テンカワさんは?」
「紅茶で。ルリでいいですよ」
「でも……」
「同じテンカワなんだしおかしいじゃないですか」
「わかったよルリちゃん」
 不覚にも私は泣きそうになった。『ルリちゃん』。この言葉を聞いて初めて私は帰ってきた実感を得ることが出来た。
 しばらくして注文したものが届いた。
 二人して雑談する。アキトさんの今の状況がだいたいわかった。
 彼は船から下り、ナデシコ時代の貯金を食いつぶすまでに再就職先を探すらしい。
 本音を言うと、彼をナデシコに引き止めたかった。しかし、私はできなかった。彼が居なくても『世界』を平和にすることは出来る。そしてその平和な『世界』で彼が普通に過ごすには、ナデシコに乗らないのが一番いい。
 歴史どおりなら、今日、テツジンの襲撃が行われる。しかし、あのスケコマシと話をして、ボソンジャンプの研究を一時停止させた以上、それはない。しかも、彼がここにいるということは、イネスさんやエリナさんが、ナデシコを下りた彼に声をかけていないことになる。つまり彼が、今後ジャンパーとして認識されることは無いはずだ。
 A級ジャンパー……火星出身者なんて、今の段階なら苦もなく手に入る。しかしアキトさんほど精度の高いジャンプができる人間は、ほぼ0に近い。つまり彼は、モルモットとして価値がある。それを周知されるわけにはいかない。
「ルリちゃん、大丈夫?」
「すみません。少し考え事をしていました」
「そうなんだ。そう言えば、さっきから俺の話ばっかりだね。ルリちゃんは何をしてるの?」
「戦艦のオペレーターです」
「そこまで、一緒なんだ」
「アキトさんの言っていた子にですか」
「ああ。どんな船に乗ってるの?」
「今は休職中で、二日後に、ナデシコという船に乗ります」
 アキトさんが硬直した。
「ナデシコは軍の船になるんだ」
「知ってます」
「殺せって言われたら、人だって殺さなければならないんだ」
「当たり前じゃないですか」
「いいように使われて、いつ死んでもおかしくないんだぞ」
「それでも、戦う必要があるんです」
「なんだよそれって」
「世界平和です」
 アキトさんの顔に険がやどる。馬鹿にされたと思ったのかもしれない。
「悪の帝国を倒して皆の笑顔を守るとでも?」
「ええ、そうです。幸いなことに、私一般兵卒のかたよりは影響力を持っているので、それなりに平和に貢献できると思いますし」
「出来るからやるの?」
「違います。やりたいからやるんです」
「すごいねルリちゃんは、俺ゲキガンガーに憧れて、そういう皆のためっていうのに戦おうとしたんだ。でも駄目だったんだ。結局自分が一番可愛いくて、世界のためになんて思えない」
 アキトさんらしくない言葉。しかし、いい傾向だ。何があったのかは知らないが、これでこのまま戦線離脱すれば願ったり叶ったりだ。。
「それが自然です。私だって見知らぬ誰かのために命は賭けられませんし」
「矛盾していないか?」
「矛盾していませんよ。私が平和な世界を願うのは、私の大事な人が幸せに暮らせるようにするためです。その他大勢が幸せになるのはついでですから」
 その言葉を聞いて、難しい顔をしてアキトさんは考え込む。
「……そうか!! そうだったんだ。ありがとう」
 いきなり顔を上げたかと思うと、アキトさんは吹っ切れた笑顔を浮かべ、そう言うと同時に去って行った。ちゃんと伝票を持っていくあたりがアキトさんらしい。そんな彼を見て、自然に私にも笑みが浮かんでいた。
「でも、もう少しぐらい話をしてくれても良かったのに」
 それだけが残念だ。



[2484] 五章
Name: 散川 散◆bce2ca57 ID:5a9b0321
Date: 2008/08/04 22:47
 アキトサンと別れてから街をぶらついていると、轟音が鳴り、次の瞬間には少しはなれたところにあったビルが崩れた。
「あれ、どうみてもテツジンですよね」
 街を、過剰装飾された巨大兵器が蹂躙していく。
 おそらく、この街で、ボソンジャンプの研究が続けられていたのだろう。
 これだから、大関スケコマシの言うことは当てにならない。
「まぁ、どうしようもないんですけど」
 周りの流れに逆らわず避難を開始する。
 おそらく、リョーコさん達のものと思われるエステバリス隊が到着し、戦闘が開始されると、ただでさえ、迷惑極まりない破壊攻撃に拍車がかかる。
 テツジンがグラビティブラストの発射体制に入ると、それをさせまいと赤いエステバリスが特攻を仕掛けてきた。
 流石リョーコさん。でも、せめて周りの被害を考えてください。ほら、テツジンこっちに倒れてきてるし。
「うわ、これ明らかに死亡確定コースですよ」
 倒れた鉄人の胴体……グラビティブラストは、避難する住民のほうに向いている。つまり私のほうに。
 よく、見慣れたものだけに私にはわかる。臨界に入った。でっ、二秒後に発射。
「2、1、0」
 私はたぶん死ぬだろう。ほら、もう何も感じない。



[2484] 六章
Name: 散川 散◆6b24ed7e ID:aa4608b2
Date: 2008/08/04 22:40
視界が黒に染まる。
「……痛い」
 冷静に考えると、現段階で思考できてる時点で死んでるはずが無い。
 体を隅々までチェックする。多少の打撲で済んでいるようだ。
「どうして?」
 目をゆっくりと開ける。そこに居たのは、両手を広げ、ボゾンの光を纏った大型
のエステバリスだった。
「……あの大関スケコマシ手が早すぎますよ」
 その形状には記憶があった。アルスロメリア等の次世代エステとは発想が異な
り、相転移エンジンを搭載し、テツジン等といった旧型機をなぞる形で無理矢理ジ
ャンプを可能にした試作機だ。
 確かに、基本的には月面フレームに大容量バッテリーとチューリップクリスタル
を増設しただけの機体だが、この短期間で仕上げるには相当の無茶をしたはずだ。
「あの人はやっぱり馬鹿ですね」
 そして、無茶をした人間がもう一人、あの機体のパイロットだ。それが誰だなん
て確認するまでも無い。
 ぶっつけ本番のオカルトじみた機能を使って見ず知らずの人間を庇う。確かに、
あの機体の出力なら、テツジンのグラビティブラストぐらいなら耐えられるだろ
う。例え、100%の安全が確保されているとしても何人が出来るだろうか?
「……黒の王子様もいいですけど、やっぱり私はチキンライスの王子様のほうが好
きなようです」
 彼の機体は、ボソンジャンプと大出力のフィールドの展開の影響で、オーバーヒ
ートしたのか、膝をついてしまっていた。しかし、その姿を情けないとは思わなか
った。
 私は、逃げ惑う人々の波に逆らい、彼の元に向かう。
 今度は私が無茶をする番だ。



[2484] 七章
Name: 散川 散◆6b24ed7e ID:aa4608b2
Date: 2008/08/04 22:46
急に機体が崩れ落ちた。無茶の連続で、完全に相転移エンジンが停止してしまった
ようだ。
「今度は守れた。俺はやったんだ!!」
 頭に浮かんだ火星の光景を振り払い、倒れこんだ敵のテツジンを睨みつける。俺
は動けない。だが、後はリョーコちゃん達がやってくれるだろう。
 安堵のため息をつく。しかし、その瞬間異変が起きた。
「あれはなんだよ」
 テツジンが、地面を歪ませ、周りのビルを倒壊させながら、見たことも無いよな
出力のフィールドを形成した。
「イネスさん、いったいなにが起こってるんだ!?」
「おそらく、相転移エンジンを暴走させて自爆させるつもりね」
 通信で、呼びかけ帰って来たのは最低の答えだった。さっき、振り払ったばかり
の光景がまた戻ってくる。
 こうして、落ち込んでいる間にも、半径数kmが消滅するやら、現状の火力では対
処不能だとかいやな情報ばかりが押し寄せてくる。しかし、そんな俺を奮い立たせ
るものがあった。それは皮肉なことに銃声だった。赤、青、黄、リョーコちゃん達
のエステバリスは無駄とも思える砲撃を続けていた。
「おい、テンカワ。な~に、寝てんだよ」
「寝ちゃいないさ。今寝たら、ゲキガンガーの再放送を見逃しちまう」
 フィールドを切り、セーフモードで再起動させる。予備バッテリーに切り替え、無理矢理機体を立たせる。
「いくぞ、ガイ」
 試験機に過ぎないこの機体にはロクな武装が無い。しかし立ち上がり、走り、殴
りかかるぐらいはできる。
 全力でIFS端末を握り、駆け出そうとした瞬間、足元にいる誰かを踏みかけて、
急制動をかけ、つんのめった。
「どうして、こんなところに人が居るんだよ!?」
 周りを見渡す、辺りは崩れ落ちたビルの破片やら、跳弾が雨のように降り、一分
後には人間なんてミンチになりそうな天気模様だ。
「くそっ!」
 拾い上げ、コックピットに乗せる。流石にここで見捨てるのは目覚めが悪い。
「るっ、ルリちゃん!?」
「お久しぶりです。アキトさん」
 あまりにも、意外な人物だったせいで、体が硬直してしまう。その間にルリちゃ
んは俺の膝の上に体を滑り込ませ、IFS端末の上に手をのせてしまった。華奢に見
える少女の体の柔らかさと匂いに、さらに数秒硬直時間が増えた。
「えっと、何をしてるんだい?」
「人助けです。より性格に言うと機械相手に説得作業ですね。みんなを殺さないで
下さいって」
「今は、ふざけてる場合じゃないだろ!!」
 彼女の手を振り払い、IFS端末を奪い返そうとするが、その小さな手にどれだけ
の力を込めているのかを振り払うことはできなかった。
「ふざけてませんよ。アキトさん、私を信じてください」
 彼女の真剣な瞳。このありえないシチュエーションで、ありえない行動をされ、
それで信じろと? 普通じゃない。でも、俺は、
「ああ、信じるよ」
 頷いてしまった。そう、断ることが出来なかった。
「ありがとうございます」
 ルリちゃんは、微笑んだ。そして、一瞬、彼女の髪が光ったのを見た気がした。


 結論を言うと、俺たちは彼女に救われた。その、肝心の彼女は、
『たいしてことはありません。データ通信方式は共通ですので。ただ、旧世紀の遺
物の蜂の巣のように開きまくったセキュリティホールから、どこかの馬鹿が用意し
て、一向に変更されない管理者コードを使用して、全機能をロックしただけです』
 そんなわけのわからないことを最後に倒れてしまったからだ。
 なぜか、無性に頭をなでてあげたい。
 普通は、胸やら尻やら、太ももなのだろうが、さっきから頭が気になって仕方な
い。
「よく頑張ったね」
 なんとなく優しいお兄さん的な雰囲気を作り上げて、保険をかけ、ゆっくりと手
を伸ばす……
「やぁ、テンカワくん。お疲れ様。おかげさまでいいデータが取れたよ。でっ、一
つ忠告、さっきから君のコックピットの光景ライブ放送で流れてるから。あと、録
画もちゃんとしているんだけど、それでもいいなら好きなようにしてくれ」
「なぁ、アカツキ」
「なんだい?」
「俺を殺してくれ」
「まぁ、そう焦るなって、たぶん同意の上の行動だから、ねぇ、ルリくん」
「そこまで、わかっていて、首を突っ込んでくる貴方の無神経さは今も、昔も、未
来までも変わりませんね」
 倒れて、俺にもたれかかっていたルリちゃんが目を覚まして、アカツキに毒を吐
いた。
「おきてたんだルリちゃん」
「今、起きたんですよ」
 絶対嘘だ。
「まぁ、君たちはよくやってくれたよ。正直、この街が消えると、兆単位の被害が
でるところだったからネルガルとしては、非常に助かるよ。ああ、それと、君たち
さっさと戻ってきてよ。ルリちゃんの着任パーティと、テンカワくんの復帰パーテ
ィがあるから。もちろん帰る場所はわかってるね?」
「ええ、もちろんナデシコですよね?」
「ああ、もちろん」
 ルリちゃんとアカツキが笑いあう。なぜか、ルリちゃんの笑顔が嘘に見えた。
 それを最後に通信が切れた。

 節電モードでナデシコに向かっているが、会話が無い。ルリちゃんは妙に満足そ
うな顔で俺に体を預けていた。
「ねぇ、ルリちゃん?」
「なんですか、アキトさん」
「さっきから俺に体預けてるけど、そういうの抵抗ないの?」
「アキトさんだからいいんです」
「ろくに知りもしない男だよ?」
「似てるんですよ」
「恋人に?」
「嫌味ですか、彼氏いない暦=年齢の私に」
 少しむすっとした顔でルリちゃんは言った。彼女の容姿から考えるとひどく以外
だった。
「そんなに驚いた顔しないでください。嫌だったら止めますが、私個人としては現
状維持を渇望します」
「嫌じゃないよ。俺も知り合いに似てて安心できるし」
「恋人ですか?」
 少し、からかうような口調でルリちゃんは言った。彼女とまったく同じ言葉を返
そうか迷ったが止めた。たぶん、ここは誤魔化すところじゃない。
「妹だよ」
「そうですか。少し残念です」
「どうして、ルリちゃんが残念がるんだよ。次は、ルリちゃんの番。俺だけ言うのは不公平だろ」
「そうですね。父親兼 お兄ちゃん兼 友達兼 コック兼……初恋かもしれなかっ
た人です」
「すごく大切な人だったんだね」
「なに、勝手に過去形にしてるんですか」
「いや、雰囲気的に」
「ちゃんと居ますよ。ただ、遠いところに居るだけで」
「会えるといいね」
「ええ、きっと会えるって信じてます」
 彼女は、笑顔を浮かべる。これで確信した。やっぱり、さっきのアカツキとの会
話に浮かべた笑顔は偽者だ。だって、本当の彼女の笑顔は、こんなにも綺麗だ。


 



[2484] 八章
Name: 散川 散◆ef52a856 ID:d3da8e48
Date: 2009/01/04 16:46
「疲れた」
 部屋に帰るなり、ベッドに突っ伏す。
 昔からパーティは苦手だった。どこに言っても、アイドル扱いを受けるからだ。
それは過去行っても変わらない様だ。もっとも、そこに打算や、政治やらといった
汚いものが混ざっていないだけましだが。
「でも、楽しかったですね」
 なんだかんだ言っても結局のところ私にとっては同窓会だ。あまりにも、『星野
ルリ』に似ていたため、初めは気味悪がられたが、大概のことは、”遺伝子操作者
共通の特徴”で押し通せた。
 ただ、問題なのはユリカさんが敵意全開でいることだ。

『ピーンポーン』
 
 どうやら噂をすれば何とやらだ。ユリカさんが来たようだ。
「勝手に入っちゃいまーす」
 扉を開ける前に中に入ってきた。そういうところは相変わらずだ。
「どうぞ」
 艦長相手に突っ込みを入れたら負けだ。それは経験則で知っている。お茶やら、
お菓子やらを引っ張り出す。
「わぁ、ルリちゃん気が利くね。私、草加せんべい大好きなの」
「そうなんですか。まだまだあるのでどんどん食べてください」
「うわぁ、ありがと。……ってそんな手には乗らないんだから」
「えっと、意味がわからないのですが」
 両手に握った草加せんべいが真っ二つに割れる。相当の力が込められているよう
だ。怒らせるようなことをしただろうか? パーティではほとんど会話する機会が
なかったはずなのに。
「アキトとどういう関係なの!! すっごい仲良さそうだったけど」
 ああ、そういう事か。あのスケコマシLIVE中とか言ってたのは、冗談じゃなっ
たんですね。さて、どうしたものか。適当に流すと後でめんどくさいことになりま
すし、素直に話しましょうか。
「街中でアキトさんに声をかけられて、一緒にお茶しただけです」
「つまり、アキトはあなたを街でナンパして、あなたはあなたでまんざらじゃなく
て、コックピットにまで潜り込んでそれで愛の逃避行ってこと!!」
「えっと、その逃避行なら、今ここに居ませんが?」
「五月蝿いこの泥棒猫!! トンビ!! 人のものを盗んだらいけませんってお母
さんに教わらなかったの」
 うわぁ、完全にトリップしちゃってますよ。それにしても完全にもの扱いですか……
「えっと、私は人のものに手を出す気はありません」
「本当に!?」
「ええ、お二人はお似合いです。応援してます」
「ルリちゃん。いい子だね。そうだ、副長にしてあげる」
「ジュンさんが泣きますよ」
「えっ、ジュン君を知ってるの?」
「あっ、その、さきほどパーティで会いまして」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、わたし行くね。アキトに会いに行かなきゃ」
 用が済んだとばかりに、ユリカさんは去っていってしまう。
 その前に、どうしても聞かなきゃいけないことがあった。
「ユリカさん。一つだけ質問いいですか?」
「うん。いいよ」
 答えなんてわかりきっている。でも、これはけじめだ。直接、艦長の言葉で聞か
ないといけない。
「アキトさんのこと好きですか?」
「もちろん、わたしはアキトが大好き」
 屈託のない笑顔でユリカさんは答える。ああ、こんな表情は私には一生できないな。
「アドバイスです。その気持ちは言葉で伝えないと通じませんよ。アキトさん馬鹿
ですから」
「大丈夫。わたしとアキトは両思いだから。じゃ、今度こそさよなら」
 今度こそ、本当にユリカさんは姿を消した。
 大きく、深呼吸する。時計を見るとちょうど深夜12時。魔法が解ける時間だ。
「仕事の時間ですね」


 備え付けの端末からネットの海にアクセスする。
 優先の専用回線でもない限り私の意志はどこへでもいける。
 目的のものはすぐに見つかった。後は確認するだけ。
「大関スケコマシさん。まだ、起きていらっしゃいますでしょうか?」
 コミュニケから、専用コードを使いアクセスする。
「起きてるよ。妖精君」
「テツジンのパイロットから、どの程度の情報を引き出せました?」
「う~ん。それがね。軍に横槍入れられて、連れ去られちゃったんだよ。
 まったく、僕としたことがとんだヘマを……」
 普通嘘をつくときは、必ずどこかに違和感を感じる。
 しかし、大関スケコマシは別だ。息をつきように、自然体で嘘をつく。
「軍部が、街の復旧で糞忙しいときに、大量の人員を派遣して、逃げた”宇宙
人”を必死に探しているのはどういうわけでしょう?」
 この裏づけをするために、ネットを海に私は潜っていた。
「やっぱり、この程度の嘘はばれちゃうか。うん、シークレットサービスの連中を
使って軍部に対して、秘密裏に確保してるよ」
「わざとらしすぎます。ナデシコクルーの目をそらすために、わざとアキトさんと
の会話をライブしたり、パーティを開いたりして。そこまでやられれば、ガイさん
でも気づきますよ」
「失敗したな。でも、まぁ、八割は僕の趣味だから問題ないんだけどね」
 にやけながら頭をかく、こちらに慌てている様子をアピールする。
「で、実際のところどうです?」
「うん。まぁ、君にだから言うけど、特殊なIFS打ち込んで、直接データを頭から
吸い出してる。正直なところ、君から貰ったデータの裏を取る程度の情報しかな
い。ただ、月面基地攻撃の具体的なプランが頭に入っていたのは、儲けものだったかな」
「九十九さんがその程度の情報しかもって居ない筈はないです。木星軍部の情報の
深いところまで入手できたはずです」
 今度こそ、本当に声を上げてアカツキさんは笑った。
「おかしいな。物理的に外部との情報を遮断していたはずなのに。
 うん、君の言うとおりだ。テツジンの機体情報と合わせて、戦略拠点、チューリ
ップのターミナル。ほとんど、木星を叩き潰すに足り得る情報が、手に入ったよ。
まったく、これほどの重要人物が前線に出てくるなんて正気の沙汰じゃないね」
「アカツキさん。あなたが、試作型といえ、ボソンジャンプができる機体、私が渡
した情報、そして、九十九さんの情報を得た今、もう、”私達”に負けはありません」
 命がけの戦いなど必要ない。そもそも私がどれだけがんばろうと、簡単に歴史は
変わらない。適切な人物に、適切な情報を渡す。これができた時点で私の仕事はほ
とんど終わっている。
「随分と過大評価してくれるねルリくん」
「艦長や私は所詮、戦術レベルの思考しかできません。そして、現場レベルでしか
発言権がありません。私が知る限り、一番ましな未来を作る独裁者はアカツキさん
ですから」
「そう、じゃあ、僕は僕のために君の考えに乗ってあげる」
「ええ、そうしてください。明日から私は一介のオペレーターとして、ここでモラ
トリアムに浸っておきます。
 ただ、忘れないでください。ナデシコクルーが不幸になるようなことがあれば、
例えあなたと道連れになろうが、全力で地獄行きのチケットを用意しますから」
「OK。肝に銘じておくよ。取り引き成立だ。安心したよ。ギブ&テイクじゃない
 取引は信用ができないからね。
 君には早速明日から実践についてもらうよ。
 そう、シャクヤクの防衛任務に」

 これでようやく、私にとってのナデシコ出航が始まる。


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