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[29905] NARUTO‐血風伝(旧題:ナルトをぷろでゅーす)
Name: アビア◆d587929c ID:45f3ed7a
Date: 2012/06/27 12:11
 段々と題名と中身が一致してこなくなったので、どうとでも解釈できるそれっぽい名前に変えました。

 ちなみに……。
 このSSは、原作のNARUTOに奔放な脚色を加えつつも「しっかり『ジャンプ』っぽい作品に仕上げる」がコンセプトになっております。

・テキサスチェーンソーさんにも断ち切れない堅い友情。
・噛み締めた奥歯が砕けんばかりの努力。
・屍山血河の果てにある血腥い勝利。

 『ジャンプの三大原則』っていいですよね。



諸注意

・非常にクドくて読みにくい文章です。
・現在構想しているオリジナル小説の息抜き兼、地の文の練習がてらに書いてるのでプロットなし、更新未定。
・コミックスが手元にないので細部がすげーテキトー。
・これを書いた人間は、一作品としてのNARUTOも好きだが、ナルトスも大好きだ。特に『よつばと!』との出会いは、ナルトスなくしてなかったので愛着も一入です。
・最近、忍者繋がりで、忍殺を読み始めた。





今後の課題……その他、お気づきになられた点などございましたら、是非とも感想掲示板でご指摘ください。

・句読点の付け方を工夫する。
・誤字を減らす。
・三人称だからといって、ころころ視点を替えないように注意する。
・平仮名と漢字の使い分けや統一表記を意識する。(例:できる or 出来る)
・もっと本を読んで語彙と表現力を強化する。特に苦手な人物像の描写と戦闘描写を強化する。
・修飾過多になりがちな部分を削る。逆に疎かになりがちな生物の仕草をしっかりと書く。
・暴走して変なこと書くのは、なるべく「ここ」と「あとがき」と「感想掲示板」だけにするよう努める。





作品とは何ら関係のない主張

・『三食鍋』食おうぜ!
 夜に水炊きを食します。明くる朝は、残っただし汁を調味料で味付けして蕎麦なり、うどんなりを食べます。このとき、つゆは飲まずにとっておき、お昼時になったらご飯を投入して雑炊にします。水炊きを食べるとき、どうせご飯も食べるので二食分まとめて炊いておき、余った一食分を冷蔵庫に放り込んでおけば手間要らずです。
 材料にもよりますが、とてもヘルシーでリーズナブル。面倒な調理も、水炊きを作るときに野菜を切るぐらいで、後は鍋に入れるだけ。超カンタン。超エキサイティーン。
 葱ウマー、白菜ウマー、メシウマー。ポン酢を自作すれば、さらにウマー。考案者の隆慶一郎氏に倣って、ハマグリや鱈の切り身を入れたり、カボス醤油なんぞ用意できたりすれば、もっとウマー。
 外食過多で栄養の偏りが気になる。でも料理は面倒。洗い物も少ないほうがいいなぁ。そんなモノグサな方々に、マジおすすめします。



[29905]
Name: アビア◆d587929c ID:45f3ed7a
Date: 2012/06/19 18:49
 少年には嫌いな奴らがいた。

 かつて少年は、その男に好かれたい、認めてもらいたいと切に願っていた。
 しかし、男が少年を愛することは終になかった。いつも男は自身の定めた勝手な尺度で少年を推し量り、期待し、落胆し、少年を悲しませた。
 少年の男に向ける感情が敬愛から憎悪に転じたのは、果たして当然至極のことだったのだろうか、それとも酷薄な運命が向けた悪意だったのだろうか。切欠は男が少年に向けた一言である。

「さすがオレの子だ」

 男は少年の父だった。この一言には、何ら他意などなかったのかもしれない。いや、なかったのだろう。

 少年は忍者の家系、名門・うちは一族に生を受けた子供であった。
 忍者とは、極限の更に先まで鍛え抜いた肉体の運用に加え、チャクラと呼ばれる生体エネルギーを、指先を結んで紡ぐ印と呼ばれる象形により統率し操る戦闘のエキスパート集団である。諜報、暗殺、戦争を始めとした、凡そ戦闘行為に関するありとあらゆる分野に彼らが関与しないことはない。

 この日、父が少年に課した課題は、忍術の習得だった。

 火遁・豪火球の術

 チャクラを息吹に乗せ巨大な火球と成し、眼前の対象を焼失する忍術である。チャクラを炎の性質に加工、運用することを得意とするうちは一族において、比較的習得の容易な基本忍術であると言える。
 とはいえ、少年は忍者としての初等教育すら修了していない若輩である。チャクラの効率的な運用法など、未だ知悉しきることなど到底不可能な齢であった。その彼が、この身の丈に余る忍術を習得できたのは名門の血の成せる業、ではない。親に愛されたいと願う子の欲求。多くの生物が有する生来的な本能である。浮世にあって、これに勝る欲望など、そう多くはない。

 果たして少年は父の期待に応え、その執念に対する報酬を得ることができた。筈だった。

 「子は親を映す鏡」とは、よく言ったものである。子供は親が思っている以上に親のことをよく観察している。

「何故、こんな子に育ってしまったのか……」

 物語乃至現実で、こういった悲嘆を耳にしたことがある読者様方も少なくないのではなかろうか。この手の台詞を臆することなく口にする親は、表面上どう取り繕うとも、心底は実に無責任で軽薄、或いは愚鈍で酷薄だ。
 子が親に返すのは、必ずしも恩ではない。愛であれ、憎しみであれ。返ってくるのは、親の言葉、そして何より行動から察して受け取ったモノを云倍にもした激しい情動である。
 少年は自身に向けられた言葉、そして何よりも雄弁に語る父の双眸から、その心底を洞察した。

 父は少年を見ていなかった。自身の境遇に嘆き、不相応な大望を抱き、その青写真を子供を通して覗き見ていたに過ぎなかった。

 うちは一族とは忍者という特殊な戦闘集団にあって、ひときわ異彩を放つ能力集団である。血継限界とも呼ばれる異能の真髄は、うちはの場合その眼力にある。そう言い切っても過言ではない。人心を読み取り、惑わせ、時として現実すらも侵食し得る力は、少年の代に色濃く表出していた。
 その才覚が花開く気配は未だない。しかし、その片鱗は高い洞察力として現れ、皮肉にも少年の心に致命的な爪痕を残す結果と相成った。こうして植えつけられた憤懣と嫌忌の種は、瞬く間にその花を咲かせることとなる。
 一度生まれた少年の猜疑心は、一族全てに向けられた。血筋の近い者、顔すら判然としない遠戚の者、そして己を産み落とした母。彼らの瞳を覗き見て、その中に父のソレと同質な感情を見出した瞬間、少年の見る世界は一変した。
 無論、父と同様に母すら少年を軽んじていたとは言わない。自身の腹を痛めることのない父と違い、渾身の力を振り絞って命を産み落とす母の愛とは、時として筆舌に尽くしがたいモノがある。
 だがしかし、母は父の無道を諌めたのだろうか。母と子の間に父の知らぬ絆があるように、父と母、即ち男と女の間には、子の入り込む余地のない情愛の鎖がある。これもまた断ち切りがたい不可視の力であろう。この鎖は、時として自身の伴侶が子に成す無道を黙認させてしまう。こういった不健康な夫婦関係を心理学用語で共依存と呼ぶこともある。主にアルコール中毒患者とその配偶者の関係をそう評する場合が多い。
 そして、この不健康な関係が夫婦間に成り立ってしまうと、子供はたちまち自身の居場所を喪失する。「私たちにとって、お前はどうでもいい存在だ」というメッセージを、子供は両親の言動から読み取ってしまうのだ。

『自分の生に満足していない父を持った子は、不幸である』『自分の生に満足していない母を持った子は、悲惨であろう』

 上記は共に、今は亡き時代劇作家、隆 慶一郎氏が、その著作『影武者徳川家康』の作中にて記した二文である。なんとも正鵠を射た表現には思えないだろうか。


 少年には愛すべき家族がいた。

 この不幸な少年であるが、結論から言うと道を踏み外すことはなかった。彼には、無償の愛を注いでくれる存在がいた。歳の離れた兄である。
 兄は天才だった。乾いた綿が水を吸うかの如く技術と知識を吸収し、少年と同じ齢に達する頃には、数多の殺戮により既にその手を朱色に染め上げていたほどである。
 少年は、そのような兄の一面を知らない。ただ時折、兄の見せる沈鬱な面持ちから、何かしらの辛い過去があったという事実を伺い知るのみである。少年にとっては、優しく、頼もしく、愛に溢れた兄こそが全てだった。
 修行をつけてくれたのも、勉強を教えてくれたのも、余暇の過ごし方を教えてくれたのも、父の無道を諌めたのも、足を挫いたとき背に負ってくれたのも全て兄だった。
 もはや少年にとって兄は兄でなかったのだろう。父であり、母であり、同年代の友人であり、尊敬する師でもあり、そしてやはり「兄」だった。
 この兄の存在こそが、何よりも愛を求める幼少期にあって、少年の凍える心に射した春の日差しだった。
 その一方で、兄も少年の存在を殊更必要不可欠な要素に定めていた節がある。無理もない。少年が通る筈であった道は、かつて兄が通過した……通過してしまった道でもある。少年に無償の愛を注ぐことで、兄もまた自身の凍てついた心に陽気を感じていたのだ。これもまた一種の共依存と言えるのかもしれない。


 こうして、少年――うちは サスケの幼少期は異常ながらも愛と優しさに溢れ、憂愁な、それでいて温かみのある秋の夕焼け空のような終わりを迎える筈だった。


 そうなる筈だった。


 たった一夜の出来事である。その一夜を皮切りに、サスケの日常は無惨な変貌を遂げてしまった。
 夏も終わりの秋口だったろうか。中秋の名月とは旧暦にして八月十五日、即ち秋の真中、新暦に直すと凡そ九月に上る月のことを指す。その日は奇しくも十五夜。空に輝く月は真円を描いていた。
 嫌な夜だった。夏の残暑が尾を引き、肌に纏わりつくような空気が満ち々ちていた。風は無かった。そのくせ、木々の葉音だけがザァザ、ザァザと不安を煽るように忙しげにざわめいていた。その不快極まりない空間の中、青白い月のみが清廉であり、同時に嘲うような不吉さを湛えていた。
 夜も未だ明けやらぬ夜半。サスケが起き出したのは、決して寝苦しさのためではない。
 熱かった。暑いのではない。瞳の奥が、自分と大切な何かを繋ぐ要のような部分が不気味に熱を孕んでいた。
 寝具から這い出したサスケは、着の身のまま熱病患者のような足取りで外へ歩を進めた。

(なにか、よくないことがおきてる)

 確信に近い予感は、襖を開け、廊下を進むうちに完全な確信へ変わった。音が聞こえる。無数の怒号に金属の反響音、それよりも多い断末魔の悲鳴。賊だ。それも「うちはに挑む」賊だ。その力量を音のみから窺い知る術など、サスケは持っていない。
 ガチガチという音は、自身の歯の根がかち合う音だった。手足は震え、立っているのも難しかった。いっそ蹲ってしまいたかった。
 そうだ、そうしよう。自分には何もできない。サスケの思考が一つの結末を向かえ、本能に従った逃避防衛行動を選択したときだった。それが聞こえた。

「――ぜだ――イタチ!」

 うちは イタチ――兄の名前だ。声はくぐもっていたが父、うちは フガクの声に相違ない。大広間から聞こえた。
 サスケの臆病風は、瞬く間に掻き消えていった。目の奥がまた疼き、眼前にはチリチリと火花すら舞った。腹の奥、胸の奥から沸き起こった怒りとも焦燥感ともつかぬ活力が四肢に満ちた。
 サスケは駆け出していた。暗い廊下を脇目も振らず。明瞭となった視界で最短距離を捉え、突き進んだ。
 ただ只管に兄の安否のみが気がかりだった。故に広間と廊下を隔てる襖を開いた瞬間、その光景を理解するのに数刻を要した。

 立っているのは二人の人間だった。一人はイタチで、一人はフガクだった。裂帛の気勢を放つフガクは、クナイよりもやや長い小太刀を右手に構え、イタチは武器も構えも無く無造作に立ち尽くし、無感動な面持ちで己の父を睥睨していた。互いに印を結ぶ猶予もないクロスレンジだ。両者の間には、不吉な何かが転がっている。長い黒髪に隠れた口元はサスケの記憶にある母、うちは ミコトと瓜二つだった。

 フガクの口が開き、サスケに向かって何事かを口にした。しかし、サスケの耳には届かなかった。サスケはその場で身動ぎすることなく両者を見つめていた。
 数瞬だったのかもしれないし、半時は経っていたのかもしれない。時が狂ったような緊張の中で、先に動いたのはフガクだった。
 斜に構え、正中線を隠した状態から奥足を踏み込んでの袈裟斬り。何の捻りもない攻撃ではある。
 しかし、ただ立ち尽くすイタチの姿は、その袈裟斬りの回避すら困難に思えるほど隙だらけだった。正中線を曝け出し、腕も上げず、重心すら落とさず。むしろ、その隙しかない構えが、凡百の袈裟斬り以外の行動を許さなかったのかもしれない。
 無論、凡百とは言え、うちは家当主の一撃である。速度、気勢、間の取り方、全てにおいて完璧な一撃だった。惜しむらくは、相対する者が稀代の忍者うちは イタチであったことだろう。こちらは完璧の上を行った。

 小太刀の間合いを精密に読みきり後退、左肩から右脇腹への斬撃を服にすら掠らせずにギリギリの間合いを保って回避してみせた。対するフガクは、二の太刀を見舞わんと即座に体制を入れ替えようとはした。だが、この時点で全ては遅きに失した。
 右足を後退させ、上体を後方に送った時点で、イタチの重心は未だ左前足に集中していたのだ。フガクとて、重心を錯覚させる歩方についての見識はある。虚実を使い分け、変幻自在の戦闘を演出することこそ忍者戦闘の醍醐味と言っていいだろう。ただ、イタチのそれは、芸術的なまでに洗練されていた。天才という言葉で片付けていい話ではない。無心に積み上げた基礎鍛錬の上に聳え立つ、真の応用だった。
 イタチの右足がフガクの小太刀を蹴り落とし、そのまま真下へ踏み下ろされた。上半身は既に蹴り足の逆方向へ捩れ、十分なタメが成されている。

 ハッ、と短く息を吐く音が漏れた。

 その短い呼気は、誰のものか。
 少なくともフガクの物ではない。
 イタチの左手首・鶴頭により右側頭へ見舞われた一撃。上半身のバネをフルに使い叩き込まれた鉄槌は、フガクの頭蓋を砕き、脳漿をひき潰していた。即死である。
 精神の統率から解き放たれたフガクの眼は自然に白目を向き、体は生理的な反射に従ってたたら踏んだ。ツツっと千鳥足の歩調でリズムを刻んだ屍は、斃れ伏す伴侶の上へ崩れ落ちた。折り重なるようにして斃れ付す夫婦の体は、最早ピクリとも動かない。

 広間を静寂が満たしていた。息の音、衣擦れの音すら聞こえない。とうに中天を過ぎた月の光だけが皓々と輝き、死者と生者を照らしていた。
 異常な光景だった。今ここにいる人間は、昨日まで一つ屋根の下で暮らし、同じ釜の飯を食らい、同じ月を見て過ごしてきた人間だ。サスケにとって、決して良い父、母とは言い難い存在ではあった。だが、確かにあった。情と呼べるのか定かではないが、心と心を繋ぐ何かはあったのだ。それも今や確かめようがない。精神から延びた糸のようなモノを手繰った先にあるのは、物言わぬ肉塊である。正に地獄図と言っていい。
 その地獄図の中、唯二人。生き残った兄弟の視線が静かに交差した。
 サスケが感じた瞳の奥の熱は、とうに消えていた。

「……。……。……。に……さ……。にい……さん……。……。にいさん!」

 沈黙を割ったのはサスケだった。ぽつりぽつりと呟くように漏れた声が、水面に波紋を作るように広がった。波紋は徐々に巨大なうねりとなって、少年の喉から飛び出していた。ほとんど絶叫である。
 その姿を見てイタチは、何を思ったのか。サスケの目を直視したまま、ゆっくりと口を開いた。何かしらの言葉を紡ごうとしたのだろう。
 しかし、それよりも早く口を吐いたサスケの一言により、イタチは双眸を見開いて固まった。

「いやだ。おれをおいてかないでよ。ひとりにしないで……」

 何故その言葉が口を吐いたのか。サスケにも分からなかった。ただその目に映った兄の姿は、ひどく寂しげで儚く、今にも消えてしまいそうだった。
 半ば本能に近かったのだろう。生まれて此の方、最も多くの時間を共有してきた兄弟である。幼子は、その心底を無意識裡に窺い知ってしまった。

「未だ、俺を兄と呼ぶ……か」

 血を吐くように声を発したイタチは、視線を逸らすことなく、ゆっくりとサスケの眼前で膝を折った。同じ血の由来を持つ二つの双眸が同一平面状に並んだとき、サスケは額に触れる指先を感じた。

「今の貴様など殺す価値もない」

 イタチが指先でサスケの額を小突くのは、いつも決まって謝るときだ。

「愚かなる弟よ、この俺を殺したくば恨め! 憎め! そして醜く生き延びるがいい。逃げて、逃げて、生にしがみつくがいい」

 その行動の本質は、単なる罪悪感の誤魔化しに過ぎなかったのだろうか。

「そして何時か、俺と同じ"眼"を持って、俺の前に来い」

 サスケの目に映るイタチの双眸は、幽鬼のように赫々と燃えていた。その瘴気に充てられたのか、サスケの意識が遠のく。
 徐々に霞のかかる意思の中でイタチの声だけが妙に響き、無意味に斃れ付す一族の者たちの姿が鮮明に脳裏を過ぎった。 

 最後に見えたイタチの相貌は、皓々たる月の影で笑っているのか泣いているのか判然としなかった。

 少年には嫌いな奴ら、それに愛する家族が確かに「いた」



 それからどれほどの歳月が流れたのだろうか。
 幾度か季節が廻り、常緑樹が瑞々しい芳香を放っている。雑木の立ち並ぶ斜面を削り取って作られた墓場は、ただ幽玄で静謐な空気の底にあった。
 その景観を一望できる場所にサスケはいた。
 一抱えほどある岩の上に腰を落ち着けた男の双眸は、一文字に結ばれている。
 かつての幼子は、未だ少年の齢を越えていない。ただ、その総身からは、かつて存在した幼さとも可愛げともいえる雰囲気が消失していた。手足はすらりと伸び、面持ちも些か引き締まって見えた。変わらないのは、瞼の中の黒い眼と納まりの悪い黒髪ぐらいではないだろうか。

 不意にサスケの右腕が頭上へと跳ね上がった。
 ゴゥッと、硬質な肉のぶつかり合う音が鳴った。
 頭上から一寸の地点で受け止められたのは、人間の踵だった。靴の爪先と踵に鉄板を仕込んでの踵落とし。防御の上から食らったとてひとたまりのない一撃だろう。
 これをサスケは指一本、右手の小指の腹で受けた。年齢に即した太さしか持たない細腕だが、筋肉による内からの圧力により、今は倍以上の太さに膨張していた。
 その異様な膨らみを示した腕が打ち振るわれ元の位置に戻ると、頭上の踵も本来ある位置に戻り、行儀よく平行に並んだ。

「逸り過ぎだ。攻めに移った後も気配は消し続けろ」
「それ以外は一応及第点、ってか」

 既に開いた目で後ろを仰ぎ見たサスケの視界には、一人の少年が映った。
 しかし、この少年はいったい何なのだろう。燦々と輝く金髪にオレンジ色を基調としたジャンプスーツ。この派手な格好から、その身分を言い当てることは可能なのだろうか。
 無論、可能だ。木の葉を模った彫り物を成された額当を頭に巻いている。これは、木の葉の里に所属する忍者であることを示す意思表示のようなものである。
 うずまき ナルト。木の葉の里・下忍部隊第七班に所属する忍者であり、同じく七班に所属するサスケの同僚だ。
 サスケとナルト、共に初等教育期であるアカデミー生の頃から面識自体はあったが、その関係が非常に密なものとなったのは卒業後、下忍となってからだった。

「もう時間か」
「とっくにな。誰かさんの遅刻癖が移ったのかよー」

 何の脈絡もなく話を始めるサスケに、呆れた顔で応えるナルト。
 当初はサスケの態度を「スカしている」と評し、敵視していたナルトだったが、最早慣れたものである。寧ろ今では、その難儀な性格に同情に近いものすら感じ始めている始末であった。

「どうして咎めない」

 尻の下に敷いた岩を叩きながらサスケが言った。これは遅刻のことを指したのではない。七班を統率する上忍、はたけ カカシの遅刻癖など、身をもって知る二人である。今から歩いて集合場所に向かったところで、待つことになるのは自分たちに相違ない。
 サスケが言っているのは、自身が尻に敷いている岩のことだ。墓場の岩から墓石を連想するのは容易なことだろう。おまけにサスケの座っている岩の下土には、なだらかな膨らみがある。どう見ても土饅頭だった。
 常のナルトならば、咎めもしたのだろう。

「お前、絶対笑うから言いたくないってばよ」
「クッ、はっはっは!」

 胡乱気な面持ちで応えたナルトに返ってきたのは、一見すると莞爾とした笑いだった。声だけは清々しい、そのくせ目だけは笑っていない。ナルトが毛嫌いしている笑い方だった。

(もう笑っているのだから、これ以上笑われないぞ)

 そういう屁理屈だ。しかし、屁理屈も理屈だ。
 ナルトは自然に釣りあがる頬と痙攣する目元を揉み解しながら答えた。

「なんかさ、デッカイお前が、チッサイお前を背負ってるように見えたんだってば……」

 笑いが止んだ。気がつくとナルトの目の前にサスケが立っていた。
 人を小バカにするように笑っていた男の一挙動には、細心の注意を払っていた筈だ。にも関わらず、気がつくとそいつは、酷く無機質な面持ちで自分を観察しているのだ。
 驚異的な抜き足である。その挙動に思わず慄然とした面持ちを浮かべるナルトの意識の外、再びサスケが動いた。ツイっと上がった右手人差し指がナルトの額当の下、僅かに覗く額の表面に触れる。

「ひぃっ」

 ナルトは悲鳴を上げて大きく後ろへ飛び退いた。その瞳孔は限界まで拡大し、背中にはじっとり嫌な汗が伝っていた。
 時折、サスケが妙な気配を纏うときがある。その時のサスケが、ナルトの最も苦手とするサスケだった。
 その爛々と輝く黒い瞳で見つめられ、乙女のソレよりも白く肌理細やかな指先を肌で感じる瞬間、酷く心がざわめき、妙な気分になるのである。

(こいつ、やっぱソッチの気があんじゃねーだろーなぁ……)

 無論、被害妄想だ。寧ろ、感じたことを詳らかにして客観的な考察を加えれば、この場合ソッチの気があるのは、ナルトという結果になってしまうだろう。本人は絶対に認めないのだろうが。
 一方、幾分か強い警戒色を示すナルトの視線の先で、サスケは背後を向いて先程まで座っていた墓石と向き合っていた。
 暫し、ふむ、成程などとつぶやいていたサスケであったが、その腕が唐突に霞んだ。傍からは確かにそう見えた。
 そして一拍の間を置き、墓石は微塵に砕け散った。

「って、うわっ、お前、何やってんだよ。流石に、これはマジーってばよ」
「いい、これは兄さんの墓だ」

 再び振り返ったサスケは、いつものサスケだった。
 ナルトが慌てふためくのを気にもかけず、勝手に語りだす。

「兄さんは、この大地の下にも、天に上にもいない。大地の上にも、天の下にも居場所がない」

 厨二病乙とは、到底言い難い雰囲気である。
 サスケとて子供だ。時折口を開き、気取りすぎて空回りしたような物言いをすることだってある。そんなとき、ナルトは持てる限りの語彙を以ってサスケを哂ってやることにしている。
 だが、一族のことを語るときは別だ。そういうとき、サスケの姿が妙に自分と被ってしまうのだ。長く独りの寂しさを味わってきた嫌われ者「うずまき ナルト」の姿に。

「作るんだ。オレが、じゃない。オマエがだ」

 そして、こういうときの会話は、いつもこの一言で締めくくられる。

「だから俺は、お前を火影にするぞ」

 言い切った後、歩み去るサスケは、もう後ろを振り向かなかった。ナルトの横を通り越し、シカクワズなど毒草の茂る獣道を悠々と進んでいく。
 その姿を暫し眺めていたナルトであったが、ハッと我に返った。
 既にサスケの後ろ姿は、遥か遠方にあった。走った様子はない。驚くほど悪路を知悉した歩みだった。

「あいつ、たまに笑うとイイ顔するんだよな」

 大きな嘆息の後に呟くと、ナルトもサスケの後に続いた。こちらは小走りで、遠くまで行ってしまった友を追う。
 二人の話声がなくなり、死者の墓場は再び静寂の海に沈んだ。
 打ち壊された生者の墓だけが、二人の姿をいつまでもいつまでも見送っていた。


あとがき
 息抜きで書いてたのに、なんかすっげー疲れた。特に途中ら辺からグダグダだわー。

あとがき+
 ちょっと修正しました。本当は、全部消して書き直したかったのですが、それやるとエタりそうなので止めました。
 画一的なフォーマットってのがないから、地の文書くのがスゲー苦手です。特に「だった」「であった」「である」とかの使い分けや統一についての勉強が直近の課題でしょうか。あと、普段常用している言葉や表現に対する理解不足や一般常識的語彙の欠落等の補完、物語構造の理解、表現力の強化、貧困な想像力を補うための広範な知識の習得etc……。……。
 ……。過去の僕よ。何故に、もっと本を読まなかったしor2



[29905]
Name: アビア◆d587929c ID:5fcc5e77
Date: 2012/06/19 18:51
 うずまき ナルトを火影にする。
 サスケがこの考えを第一目標として行動するようになったのは、なにも深謀遠慮あってのことではない。激し易くも聡明な「サスケ」の人柄から鑑みると彼らしくない、しかし、天性の直観力を持つ「うちは」としては、非常に彼らしい選択だった。



 アカデミー在籍中のことだ。うちは虐殺事件から、既に一年と半年ほどの月日が経過していた。
 季節は春の盛りである。この季節、やたらと心が弾むのに、理由は有れども、意味などないのだろう。ただ、その心地よさに身を任せ、享楽に耽りたくなるのは、人間、動物の区別なく共通の心理に違いない。
 多分に湿気を含んだ大気は蜜の如きまろみを帯び、どこからか耳に届く生命の喧騒は、地獄の夏へ向けて日に々に力強さを増して行く。大人たちは満開の桜の元で酒を酌み交わし、悪ガキどもは僅かに冬の名残が見られる公園で、泥に塗れてはしゃぎまわる。
 ここは本当に忍の隠れ里なのだろうかと、誰もが疑問に思うほどに長閑で平和な時間が流れていた。

 この頃のサスケは、そういった季節の変遷や煩雑な日常に背を向け、日がな一日中ぼんやりと無感動に過ごすことが多かった。悲壮感といった類の感情とは、また異なる態度である。そのため、授業中など、遠目には起きているのか寝ているのかも判然とせず、当てられた時と実技の授業の時だけ、思い出したかのように生気が戻るという有様だった。
 放課後も、同年代の子供たちがたむろし、遊興に勤しんでいるのを尻目に、さっさと一人だけ帰宅して、翌日の登校時間まで一歩も外出しない。そんな毎日を送っていた。
 元より忍者としての才能が突出していたのは、幸いと言うべきか不幸と言うべきか。賞賛や妬みなど一顧だにすることなく、与えられた課題を淡々とこなし、まるでブレることがない。サスケと同年代の子供たちは、この傀儡人形のような態度を、寡黙な孤高人、或いは険悪な優等生という二極化した印象で受けとめていた。無論、前者は女性の多くが、後者は男性の多くが抱く印象である。間違っても根暗なヒキコモリと評されなかったのは、顔面偏差値の高さ故だろう。
 もっとも、大人たちの抱く印象は子供たちのソレとは違う。彼らの眼に映るサスケは、燃え尽き、灰になりつつある薪の如きものであった。後述する事件とあわせて、大人たちには、サスケが死にたがっているように思えてならなかったのである。
 さて、然様に傀儡人形、或いは燃え尽きた薪のようになってしまったサスケの内心であるが、実際は周囲の抱く印象に対し、尽く正反対の様相を呈していた。瞳の奥には、未だ燻る炎の揺らめきが見え隠れし、火の消えた石炭のような輝きが静々と赤々と燃え続けていたのだ。
 この一年近く、天蓋孤独の身となって此の方、成長途上の小さな体躯と稚拙な思考の及ぶ範囲ではあるが、サスケは自身に出来ることを全てやってきた。

 まず最初に行ったのが、自殺未遂である。
 うちは虐殺事件の翌日、病院の一室で目を覚ましたサスケは、異様な気だるさと嘔吐感に眉を顰めた。知らない天井だ、などと今や使い古された常套句を告げる余裕もなかった。まるで血管の一本々々、神経の一節々々に異物を挿入され、掻き回されているかのような不快感だった。
 原因は、考えるまでもない。意識を失う寸前に見た、赫々と燃えるイタチの双眸。視覚情報を用いた幻術――憧術に特化した、うちは固有の血継限界、写輪眼だ。別れ際にイタチの発した意味深な言葉と併せ、何らかの意図の下、自身を恨ませるべくして、サスケに暗示をかけたことは明白だった。
 
 幻術というのは、所謂、瞬間催眠術のことではない。五感を介するという点では、どちらも共通だが、催眠術は脳を、幻術はチャクラを惑わせるという違いがある。
 チャクラとは、先に示した通り、生体エネルギーの一種である。人体には、このエネルギーの発生源たるチャクラ穴と呼ばれる箇所が点在し、チャクラ経、或いは経絡と呼ばれる道で繋がっている。常態においては、チャクラ穴より自然に漏れ出す微量のチャクラが生体バランスの調整や神経情報の伝達幇助などを担っている。忍者は、このチャクラとチャクラ穴に対して精神作用により働きかけ、意図的に多量のチャクラを生み出し、また操作することで、忍術という超常現象を引き起こすことができるのだ。
 全般的に幻術は、この「精神によってチャクラに干渉できる」というチャクラの性質を利用した技術を指す。つまり、相手のチャクラに働きかけることで、可逆的に相手の精神に干渉しているのだ。少々乱暴な解釈ではあるが、精神からチャクラへ干渉できるのならば、その逆もまた然りといった具合である。
 これは、催眠術に比べると、すこぶる性質の悪い代物と言えるだろう。催眠術ならば、例えば大きな物音、強い光といった物理衝撃などによって五感に刺激を加えれば簡単に解くことができる。
 しかし、幻術の場合はどうか。チャクラという緩衝材が存在する分、精神は外部刺激によって夢と現の区別をつける、ということが全くできないのだ。
 そのため、幻術にかけられた方は、まず自分が幻術にかかっていることを何らかの形で自覚し、その上で自身のチャクラを意図的に乱すことで幻術を破る必要がある。
 もっとも、幻術の解き方を知っていたとして、実際に解くのには、かなりの困難を要するだろう。なにせ幻術をかける方は、そういった事情を誰よりも知悉しているのだ。当然ながら、知覚が困難で、更に知覚しても解除が困難な幻術をかける。そのため、ますます幻術を解くことが困難になる。

 さて、この稚拙な解説で、幻術の恐ろしさというものをどの程度、読者様方に御伝えできたか定かではないが、しかし、幻術について、少なくとも我々よりも詳しいサスケの絶望といったら如何ほどのものであったろうか。
 幻術が暗示として用いられている以上、いずれ自身が幻術にかけられたという事実さえ忘却してしまうだろう。優秀な憧術の使い手であるイタチのかけた術だ。独力で解くことなど叶わないだろう。
 サスケの顔から血の気が引いていた。最早、採るべき道もなく、いずれ最愛の兄に対する憎悪で心が満たされるまで、ただ手を拱くことしかできない状況だった。
 ただ、この土壇場にあって、運命は僅かながらサスケに逃げ道を残していた。
 まず第一に、イタチが暗示という形で幻術を用いた点が一つ。もしも、イタチの憧術が、今は亡き最高峰の憧術使い「うちは シスイ」のそれと同等のものであった場合、イタチは暗示という手段を採る必要がなかった。シスイの憧術は、「惑わす」というステップを踏むことなく脳に直接作用するため、相手は術中に嵌ったという自覚すらなく、効果が永続的なものとなる恐ろしい代物である。イタチの憧術も、反則的な力を秘めてはいたが、少々ベクトルの異なるものであり、隠蔽性と永続性など望むことはできなかった。
 次に、サスケがうちは一族であった点が一つ。流石に憧術を使いこなす家系のためか、その体は、幻術に対して強い抵抗を示し、術の進行を抑制していた。
 そして最後に、サスケは才能ある忍者だった。時として優秀な肉体は、精神に先んじて正解を導出する場合がある。これは、体の各部に散見される微量の神経細胞の働きか、遺伝子の中に眠る可能性が目を覚ますのか、はたまた、精神に近似したチャクラが意思を発現させたりでもしているのか。事実は五里霧中である。しかし、このとき、サスケの肉体は、精神の望む答えを導き出し、即座に実行して見せた。

 果たして、寝台から跳ね起き、忽ち廊下へと躍り出たサスケは、疾風のように走り出した。目的地は観の任せるままに、凶悪な猛禽類の如き形相で白いリノリウムの床を駆け抜ける。その鬼気迫る様相に、ヨボヨボの爺さんや婆さんが腰を抜かし、子供は泣き出すが、最早視界にすら入っていない。
 ほどなくして目的のブツは、見つかった。愛らしい純白のキャップに、清楚な白衣。そして何よりも、スカートから伸びるスラリとした脚。身に纏うパンストの白く艶やかな様の、何と悩ましいことか。無論、サスケの目的は、彼女の胸中に飛び込んで辛い現実を忘れよう、といった類のものではない。

 医療器具一式を乗せたカートを押し、今まさに発しようとしていた看護士は、猛然と迫り来るサスケ少年の姿に度肝を抜かれたような顔をしていた。もっとも、それも一瞬のことだ。頭を振って気を取り直したのか、サスケの前に立ちはだかり、身を屈めた。当然のことながら、如何なる理由であれ、院内の全力疾走は目に余るものである。オイタが過ぎる子供を捕えんと白い手が伸び来る。
 その手を交わしたサスケは、地を蹴り宙へと舞った。前方宙返りの上、チャクラも使っていない。よって、チャクラ宙返りではない。が、無駄に高度な身体操法には違いなかった。
 そのまま空中で一回転できれば、華麗に着地と相成ったのだろうが、幻術の効果で不調な身には、酷な話である。着地体制をとれず錐揉みしたサスケの小さな体は、背中からカートに激突した。思わず身を竦めた看護士の傍平で、カートが盛大にひっくり返り、一足先に地面に倒れ伏していたサスケの上に点滴針や鋏が降り注いだ。軽量金属製のカートがグワングワンと音を発てる中、短時間でボロボロになったサスケが油の切れた機械のような動きで起き上がる。物音に気付いた野次馬たちが集まり、好奇の視線を向けてくるのも気にせず、サスケは床の上に転がった医療器具の中から鋭利な鋏を選び取ると、すぐさま行動に移った。
 エイヤッ、と気合を入れて一撃を振るい、寸分の狂いもなく自身の腹腔を抉る。忽ち看護師が悲鳴を上げ、周囲が俄かに騒然とする中、諾々と鮮血を迸らせるサスケは、己の目論見が果たされることを願い、そのまま意識を手放した。

 痛みによって催眠術を解くというのは、比較的ポピュラーな手法といえるだろう。しかし、この度サスケの採った手段は、些か毛色が異なる。先述の通り、チャクラを乱す幻術は、外部刺激では解除できない。だが、精神とチャクラ、双方共に肉体の内側で働くものである以上、入れ物の変化には著しく反応を示すのだ。例えば、長らく病床に伏せる人間は弱気になり、チャクラの質も弱々しいものとなる。では、意図的に自身の体を瀕死に追い込めばどうなるだろうか。急激な変化に即して、チャクラのバランスは、総崩れとなるのではないか。

 然様な推測の上での行動とは異なるものの、サスケの行動は、自身の望みに即した結果となった。場所が病院であったことも幸いし、術後の経過も好く、いや、異常なほど好く、三日ほどで目を覚ました際の食欲は、院内の食料を食らい尽すほどの勢いであったという。唯一、誤算があったとすれば、退院時期が大幅に遅れたことだろう。カウンセラーによる精神鑑定が幾度も行われ、自殺未遂の理由は幻術を解くためであった、という主張を通すのにかなりの時間を要した。

 こうして、まんまとイタチの呪縛から逃れたサスケは、退院後、暫し喪に服することにした。
 一族の滅亡より既に一ヶ月ほどの時が経とうとしていた。流石に、著名な家柄の不幸故か、既に葬儀自体はサスケ抜きで執り行われたようであったが、それでも四十九日には未だ遠い。
 弱音一つ吐くことなく毅然とした態度を示すサスケの姿は、御悔やみを告げに来る客人たちの涙を誘うものであったという。

 さて、そういった周囲の反応を知ってか知らずか、この服喪の期間を利用して、サスケは今後の方針について思いを馳せていた。
 事件の真相についての思索は、既に決着がついている。一族内に蟠っていた不穏な空気、事件の規模に対する里内の混乱の少なさ、兄・うちは イタチの性格など、様々な情報から幾つかの推論は出来上がっていた。
 しかし、残念ながら、出来るのは推論までである。いずれの説を推す場合にも、事件の陰に、里上層部の思惑が見え隠れしていた。
 結局、事件の真相を知り、更にその上でイタチと再開を果たす為、限られたことをやって行くしかなかった。

 立身出世か、或いは背信か。

 手札が限られる以上、これ以外の博打要素の高い手段は選べなかった。無論、どちらを採るにしても、実力社会である忍者の世界では、力が必要となる。故にサスケは、まずそれを求めた。
 アカデミーで学ぶべき内容など早々に習得していたサスケは、授業時間を休息に、それ以外の時間を戦闘訓練に費やすという徹底した時間配分を自身に課した。体力養成、技能訓練、戦術理論の理解など、やれることは山ほどあったが、その中でもサスケが特に力を注いだのが体力養成である。サスケは典型的な早熟タイプであり、本来時間を割くべき技術習熟に、さほどの時間が掛らない。逆に、それが災いとなる。反復練習の頻度が減少し、十分な筋量と体力を得られないのだ。
 体力というのは、術を使う上でも必要不可欠な要素である。チャクラに対し、エネルギー保存の法則が成立するのか定かではないが、エネルギーの一種である以上、発生には何らかの代償が必要となる。それが体力なのだ。
 よって、スケジュールの大半は、基本動作の反復練習による体作りが繰り返された。これは、所謂、筋肥大を目的とした筋力養成とは真逆のプロセスだ。高負荷の運動を低回数行い、効率よく筋肉の破壊を行うのではなく、運動する筋肉に対し、より迅速な挙動を要求し続ける。その繰り返しによって、肉質の改良を行うのだ。
 成果は、驚くべき早さで実を結んだ。
 修行開始から半年後。外見は、齢十も超えない華奢な少年に変わりはない。しかし、その肉体は、柔軟性を保ったまま、凄まじい剛性と靭性を発揮するようになっていた。

 サスケが抜け殻の如くなっているのは、以上のような理由である。
 つまり、機が熟していない。ぶっちゃけた言い方をすると、日課の修行を除いて、もうやることがないのだ。
 ならば年相応に友人と遊びまわればいいではないか、そう思われるかもしれない。
 しかし、考えてもみて欲しい。当時のサスケの生活様式を。

 余人と交わることなく、ただひたすらに自身のやりたい事だけを、独り黙々と続ける。

 この姿から、ある人種が連想できると思う。そう、所謂「俺ら、お前ら」乃至「非リア充」だ。
 こういった人種にも幾つかの類型が存在するのだが、サスケの場合は、頭の回転が速いことと、長らく会話を行っていないことが災いしていた。その結果、一方的に好意を寄せてくる女子はいても、友達はいない。誰もがリア充氏ねと言いたいのに、奴はリア充じゃない。そういう妙な状況が出来上がっていた。



 そんなサスケの日常であったが、ある日を境に一変することとなる。切欠は、アカデミーでの実技演習だった。

 この実技という授業、名前の指す通りの物かと言えば、厳密には異なる。忍術を使うのも、言葉の指す通りならば、実技に分類されるはずであるが、木の葉隠れにおいて、こういった体の動作が少ないものは、座学として扱われている。つまり、実技というのは、手裏剣術を始めとした技能訓練のことを指す。

 その日行われたのは、二人一組で行う組手だった。
 この時ばかりは、サスケも気を抜かずに授業を受けることにしている。怪我を負う可能性を考慮してのことではない。
 肉体の修練がある程度の成果を収めた頃、サスケは修行に実戦を加えていた。幸いなことに木の葉隠れの里は、その名の示すとおり、無数の樹林で覆われた天然の要塞だ。郊外へ赴けば「死の森」をはじめとした訓練場が軒を連ねる。週末や長期休暇になると、サスケは、そういった危険生物のひしめく山中に遠足気分で分け入り、虎や大蛇などを撲殺して回っている。プチ家出ならぬ、プチ山篭りだ。
 その結果、サスケの感覚は、非常に鋭敏になっていった。もし、気の抜けた常態で組手などしようものならどうなるか。外部からの攻撃に対し、肉体は即座に最適解を弾き出し、無意識裡に放たれるカウンターが相手の息の根を止めるだろう。
 「殺めるは易し、伊達にするは難し」の原理とは根本的に違うのだが、絶妙な手加減とは、斯くも難しいものなのだ。
 因みに、敢えて今一度だけ言及しておくが、サスケは九歳である。

 さて、今回の組手であるが、結果そのものは、いつも通りサスケの圧勝だった。基本、手加減はしても、本気でやるのがサスケの主義である。そして、その戦い方は、毎回、一片の容赦すらない。子供特有の残虐性が彼の特殊な生育環境により、加虐嗜好へと変質しつつあるためだった。
 顎に掠らせるようにして掌底、鳩尾に膝、大腿に下段蹴り、重心が崩れたところを捉え小外刈、倒れたら馬乗りになって顔面に直突。大体これだけやれば、相手は戦意を喪失する。金的を狙わないのは、武士ならぬ忍者の情だ。
 相手の上から退くと、サスケは距離をとって立ち止まった。組手を終えた後は、ファンからの歓声と、それ以外からの畏怖の視線を受けながら、相手が目を覚ますのを待つのが常だった。この忍組手と呼ばれる実技訓練において、右手人差し指と中指を使った握手、即ち和解印を結ぶことが訓練終了の印となるためだ。
 しかし、この対戦相手は、サスケの予想を裏切った。

「ま、まだ、だ。ごれが、ららってば」

 死に体で立ち上がったのは、ナルトだった。
 この頃のサスケにとって、ナルトは、ただのクラスメイトでしかなかった。度々稚拙な悪戯を繰り返し、大勢から顰蹙を買っている少年、或いは、火影になるという夢を本気で追い求めている夢見がちな人物、その程度の認識だった。
 驚いたことに、その夢見る少年は、あれだけの攻撃を受けて未だに闘志を失っていなかった。
 声が所々掠れ、喘ぎ々ぎなのは、腹腔へのダメージ故だろう。脳の揺れは、平衡感覚に甚大な障害を引き起こしているに違いない。大腿へのダメージにより、片足にいたっては半ば引き摺っている有様だ。
 それでも尚、煌々と輝く空色の瞳は、より一層の光芒を放っていた。

「バカ、そんなんで戦えるわけないだろ」

 アカデミー教師、海野 イルカの制止が入る。教師としての使命感というよりも、あまりの痛々しさに見ていられなくなったというのが本音だろう。教師をやっているのは、その優しすぎる性格故なのかもしれない。

「本人がやるって言ってるんだ。やろう」

 その抑止を無視して、サスケは無情に言い放った。その直後、既に拳が放たれている。
 驚愕に目を剥いたイルカが慌てて二人の間に割って入ろうとするが、既に遅い。
 轟、と風を切るサスケの拳がナルトの顔面へ直進する。直後に訪れるだろう無惨な光景を想像した生徒たちは、このときばかりは誰もが目を塞いだ。

 うずまき ナルトただ一人を除いて。

 拳は、ナルトの眼前より丁度、一寸だけ手前の位置で静止していた。
 これはサスケが情をかけたのでも、ナルトを試したのでもない。

(このまま拳を当てれば、手痛いしっぺ返しを喰らう)

 理屈でもなく、直感でもなく、何故かそう思ったのだ。

 拳を収めたサスケは、周囲の人間が恐々と注視するのも気にかけず、改めてナルトを見やった。
 派手な男だ。真っ先に思い浮かんだのは、そんな場違いな感想だった。髪も服も暖色を基調とした、酷く悪目立ちする容貌だ。闇に紛れて暗躍する忍者にはそぐわない。次いで、それとは反対のことも思う。忍者とは、斯く在るべきだ、と。
 忍者に最も必要な才能とは、その名前が示す通り、耐え忍ぶことが出来る能力、つまり勇気と執念深さだ。死を、痛みを恐れず、可能性が有るならば、命在る限り何度でも殺しに行く。潔しを善しとしない、泥に塗れてでも前進を止めない意志力だ。
 目の前の男は、それを備えているように思えた。

 しかも、それだけではない。妙な確信があった。
 求心力とでもいうのだろうか。未だ、片鱗すら覗かせてはいないが、確かにそれがナルトには宿っている。根拠は説明できないが、目の前の男には、不思議とそう感じさせられる魅力があった。
 全身の痛み故か眉を顰めつつ、それでもサスケを睨み付けるナルト。その顔を眺めながら、サスケは、そのようなことを考えていた。

「火影になるのは、たぶんお前のような奴だろうな」

 意図せずして、その一言がサスケの口を吐いた。
 誰にこの一言を予想できたろうか。ナルトが面喰うのも仕方のないことだ。頭に上っていた血の気は、また別ベクトルの血の気に取って代わったようで、顔色に然したる違いはない。しかし、瞳の中の剣呑な光は忽ち霧散し、言葉を紡ごうとする口は「え、あ、う」などと、ひたすらに「あ行」の上を彷徨うばかりだった。
 そんなナルトの様子に、サスケは嘆息して頭を掻いた。自分が何を口走ったか自覚して、気恥ずかしくなったのだ。何とも、らしくなかった。
 その気恥ずかしさを紛らわせるため、サスケは、ロボットのようになってしまったナルトの右手を左手で引っ掴んだ。そして、その右手に、自身の右手を併せて和解印を組むと、踵を返して歩み去り、さっさと訓練場の隅に腰を下ろしてしまった。
 俄かに訓練場が騒がしくなるが、最早知らん顔だ。周囲と視線が遭わないように、天を見上げると、何処までも限りの無い蒼穹が広がっていた。

(よくよく眺めてみると感慨深いものがあるじゃないか)

 そんな、らしくないことを考えていたからだろうか、サスケの頭の中に、ふとこのような考えが浮かんでいた。

(アイツが火影になるんなら、俺の野望を託して、その背を追うのもいいかもしれない)

 一度頭を振ると、サスケはナルトの姿を盗み見た。流石に、もう立っているのも一杯々々だったのだろう。崩れ落ちそうなところをイルカに支えられて、何とか立っている状態だった。その顔は、あたかも狐につままれたようである。
 それがツボにはまり、サスケは静かに笑った。一年と半年ぶりの笑いだった。

(いや、違うな。俺が後ろで囃し立てながら追いかけるんだ。多分、その方が楽しい)

 現実味のない夢想の計画は、更に冗談めいたものになった。
 しかし、この酷く不真面目に作成された計画が後々、現実味を帯びたものになって行く。
 今はまだ、誰もそのことを知らない。

あとがき
 さて、遅くなりましたが、第二話、いかがでしたでしょうか。一話と併せて、大体こんな感じで進んで行く予定ですが、次の話あたりからは、多分ギャグが多くなるかと存じます。非常に読み辛い文章でまことに申し訳なく思いますが、御付き合いいただけると幸いです。
 では、ご意見、ご感想など期待しつつ、ここいらで失礼します。



[29905]
Name: アビア◆d587929c ID:8dea6a15
Date: 2012/06/19 19:26
 件の組み手は、当人たちにとって、取り分けナルトにとって、それなりに衝撃的な出来事だった。
 それが切欠となって、彼らの日常に、何かしら大きな変化が生じたわけではない。
 しかし、小さな変化はあった。友情というには、いささか程遠いものではあるが、ナルトとサスケの間に奇妙な仲間意識のようなものが芽生えつつあった。
 教室で顔を合わせればニ、三言葉を交わし、訓練場で鉢合わせればナルトの修行にサスケが助言をする。その程度の些細な変化だ。

 ただ、それは劇的な変化でもあった。

 元々、ナルトがサスケに対して抱いていた印象は、最悪に近いものだった。優等生に対するやっかみが多分に入り交じっていることは、否定できない。特に、成績ドベで落ちこぼれのナルトからすると、涼しい顔で淡々と課題をこなしていくサスケは、尊敬よりも先に嫉妬を禁じ得ない存在であったに違いない。

 だが、その心底は、それほど単純なものではない。ナルトの快活な人柄とは対称的に、その心中は、恰も彼自身の名が示すかのように、ドロドロとした汚泥の如き葛藤が絶えず渦を巻いていたのだ。



 うずまきナルトは孤独だった。物心ついたころ、既に両親の姿はなく、不幸な幼子に接する大人たちは、皆一様に無情で冷たかった。他里の忍者に比べると人情深い、ともすれば甘いとすら評される木の葉忍者としては、有り得ない態度である。
 いったい何が、ぜんたい誰が悪いのかと問われれば、当然ナルトが悪いと答えるより他にない。その出自が、そして何よりも運が悪かったのだ。その一点に尽きる。

 九年前の十月十日、それがナルトの生まれた日だ。限りなく真円に近い十三夜の月が、地上の陰を明々と照らす夜に、里の者たちは何を見たのか。彼らは黙して語らない。箝口令が敷かれていた。

 しかし、ナルトは理解していた。成績は悪くとも、決して愚鈍ではないのだ。面と向かって「バケモノ」と罵られれば、否が応でも理解せざるを得なかった。


 遡ること九年前。真円に至らない歪な月が、夜の闇を蒼白に彩る十月十日。木の葉隠れの里は、未曾有の大災害により壊滅の危機に瀕していた。


 九尾の狐


 それが災害の名だ。
 峨々たる山容の如き巨躯と、渺々たる海原を想わせる膨大なチャクラ、そして文字通り、狐のような狡猾さと、禍々しい九本の尾を備えた美しい怪生であった。
 皓々と冴え渡る月光を受け、薄っすらと輝く金色の毛並みは、手練の忍たちが放つ幾千、幾万もの斬撃を受け止めて傷一つ付かなかった。峻険な山脈の如き牙が列を成す顎は、数十人単位で発動する対軍忍術を哄笑と共に貪り食らった。一本々々が独立した生物のように蠢く巨大な尾の一薙ぎは、巌のように鍛え抜かれた剛健な肉体を、瞬く間に血霞に変えた。
 絶望という言葉が、この上なく似合う威容である。まさに災害と形容して然るべき存在だった。

 もっとも、ナルトを始めとした里の子供たちは、この忌事についてそこまで詳しくは知らない。特に九尾襲来の経緯と恐るべき能力、そして何よりも細かい時系列などは、曖昧に伝えられてたい。
 しかしだ。どれだけ厳格な情報統制を敷こうが、人の口に戸は立てられず、雄弁に物語る瞳の色も隠せない。
 九年という歳月の中で、里の被った傷は確かに癒えた。瓦礫の山と化した町並みは、元通りの賑わいを見せている。
 だが、人の心は癒えない。血と臓腑の海に為り果てた肉親は、親友は、恋人は、決して帰ってこない。
 胸の裡にあって外気に晒されることのない傷は、悔恨の膿を孕んだ。抑え切れない憎悪は、視線から滲み出し、何も知らない不幸な少年に注がれた。そして、大人たちの心情に感化された子供たちもまた、ナルトを忌み嫌うようになった。


 故にナルトは、正しく理解していたのだ。

(なら、しようがねーってばよ)

 自身と怪物にどのような関係があるのか、はたまた己こそが本当に怪物そのものなのか。ナルトには分からない。
 だが、心の捌け口というのは、誰にだって必要なものなのだ。一人ぼっちで寂しい少年が、やり場のない思いの丈を稚拙な悪戯として発散するように。
 
 なんとも皮肉な話ではなかろうか。理不尽な境遇こそが、その身に注がれる「理不尽さ」を理解する一助となっていた。
 頭で割り切れるものと、心から湧きあがってくるものは、必ずしも一致しない。幼いながら、ナルトは知っていた。
 ただ、勘違いしてはならない。ナルトの「しようがない」は、諦念ではないのだ。

(今は、しようがない。けど、いつかは……)

 生来の直向さは、逆境にあって、心の礎をより盤石な、それでいて歪なものへと変貌させていた。

 しかし、あるとき、その礎を根底より揺さぶる事件が起きた。うちは虐殺事件である。
 復学したものの、どことなく上の空なサスケを見て、ナルトは思った。思ってしまったのだ。家族を失い、一人でいることの寂しさを知ったであろう彼となら、友好な関係を築けるのではないか、と。
 それがいかに非道い想いなのか、どれだけ醜悪な考えなのか理解していた。だが、心から自然に湧き上がる感情は、抑えることができなかった。
 幼年期に一番必要なのは、飴であり絆だ。充足感で満たした後でないと、鞭と試練は、脆い心の器など容易く砕いてしまう。
 規格外な心の強さを持つナルトでも、それは同じだ。何も知らされることなく、ただ悪意に晒され続け、すっかり乾いてしまった心は、絆という雨を何より渇望していた。

 そして、当然のように、その期待は、大きく裏切られることとなる。
 サスケの心底には、「うちは」という礎と「イタチ」という支柱があった。その二つが在る限り、サスケの心が揺らぐことは、決してないのだ。
 長らく他者の視線に晒され続けたナルトだからこそ分かった。サスケは、家族の死に囚われていない。静かに燃える黒い瞳は、既に先を見据えている。

 ナルトの双眸が暗い憎悪の色を帯びた。
 許せなかったのだ。自身の期待が裏切られたことに腹を立てたのではない。
 どれだけ望もうと決して得られない家族を、自身が切望して止まないモノを、容易く割り切った男に対し止めようのない嫌悪感を抱いたのだ。
 無論、客観的に見れば、個人的な嫉妬であり、ただの八つ当たりだ。ナルト自身も理解している。
 しかし今一度、繰り返そう。頭で割り切れるものと、心から湧きあがってくるものは、必ずしも一致しないのだ。


 こうして先の組み手へと繋がっていく。
 今にも爆発しそうな危うさを孕んではいたが、ナルトの思考は極めて冷静だった。
 サスケが非常に強いのも分かっている。彼我の戦力差も考慮し、十中八、九負けることも想定の範囲内だった。
 故に、相手の虚を突き、十中の一、二を取る。
 今まで一方的に対手を屠ってきたサスケだ。希望的観測ではあるが、与えられる痛みに慣れていない可能性が高い。ならば一撃でいいのだ。
 相手が痺れを切らして隙を晒すのが先か、自分が倒れるのが先か。要は我慢比べだ。そして、我慢ならば誰にも負けない。
 後に、サスケの強靭な肉体の持つ異様なタフネスを知って慄然とすることとなるナルトであったが、この時は、確固とした勝機を見出し、勝負に臨んでいたのだ。

 果たして、その顛末は、既に周知の通りだ。
 冷水を浴びせられた、どころの話ではない。暴発寸前だった感情の爆弾は、妙な方向に逸らされて花火になってしまった。
 だが、決して不快ではなかった。
 大嫌いな相手から受けた掛け値なしの賞賛は、脳髄に深と染み入り、乾いた心を瞬く間に潤した。

 ナルトとて、これまで全く褒められたことがないわけではない。大人たちが皆、冷たいわけでもなく、例えば、アカデミー教師のイルカや、現役復帰した三代目火影など、ナルトに対して友好的な人物からは、それなりに褒められた経験もある。
 しかし、彼らは、ナルトの心の奥深くまでは決して踏み込んで来ない。年長者からの優しい言葉は、薬にもなるが、「依存」という名の毒にもなる。それを理解しているためだ。
 出来得るならば、自身の手を差し伸べたい。胸中にかき抱いて共に涙を流したい。だが、ナルトの心を救うのは、彼と肩を並べて歩む同世代の者であるべきなのだ。
 そういった彼らの思いは、この度、最高の形で報われたといっていいだろう。
 今まで大した接点もなく、一方的に嫌っていた相手からの言葉だ。おべっかや気遣いのない、歯に衣着せぬ言葉であったからこそ、心を打ったのだ。
 ナルトの心中で渦を巻いていた闇は、消え去っていた。


 こうして小さな、されど劇的な変化を伴って季節は巡った。




 二度散った桜の花が三度目の開花を迎える頃、十二才になったナルトは、無事にアカデミーを卒業し、晴れて下忍となった。

 配属部隊の告知が為される日、未だ夜の明け染めぬ早朝に目を覚ましたナルトは、一人、アカデミーの教室へ向かった。時が来れば人でごった返し、昼時には、皆ここで配属先を告げられ一喜一憂することになるのだ。センチな気分に浸れるのも今だけだろう。
 教室の中程にある席に腰を落ち着け、一度だけ教室を見回した後、前を見る。
 アカデミーの教室は、我々の世界における大学講義室のような造りをしており、備え付けの椅子と机は、奥へ行くほど高所にある。ナルトの席からは、黒板前の壇上がよく見えた。

「イルカ先生、すげー鼻血ブーだったなぁ。純情ってやつだ、うん」

 万感の思いと共に吐き出されたのは、碌でもない出来事の回想だった。ナルトが生み出した画期的な術、その名もいかがわしい、忍法「おいろけの術」が華麗にキマった瞬間の輝かしい思い出である。
 己の脳裏に鮮明に思い浮かべた理想的な裸婦を、変化の術によってつぶさに再現するだけの術であるが、効果は絶大だった。教室は騒然とし、ませた男子は前屈みになり、イルカは鮮血をほとばしらせて倒れた。忍者にあるまじき失態である。
 
 因みに、余談であり、話の流れをぶった切ってしまう形となるので大変恐縮ではあるが、この物語の後々の展開に少々関わりがあるので、もう少しこのおいろけの術について言及しておこう。
 変化の印を組んで現れるのは、毎回きまって金髪でグラマラスな美女なのだが、その顔立ちは、変化前のナルトの面影が強く残っている。それでいて不自然に女性らしさが損なわれていないのは、ナルトが母親似の柔和な顔つきをしているからに他ならない。
 ここから、ある事実が浮き彫りになる。つまりナルトは、おいろけの術によって「ハレンチな格好をした母親」に似た女性に化けているのだ。
 もし、彼の両親が健在なら、家族会議必至の大変おもしろい事態になったことだろう。

 さて、以上のように色々な意味で非常に強力なおいろけの術であるが、中には大して効果のない人間もいる。ふと、その珍しい人間のことが脳裏を過ぎった。

「んでもって、サスケの奴は、ムッツリだ。間違いないってばよ」
「誰がムッツリだ、コラ」

 噂をすれば影がさす。
 有り得ないはずの声を聞いて、反射的にナルトは振り返る……と思いきや振り返らなかった。
 利き腕とは反対側の腕を即座に跳ね上げ、来るべき衝撃に備えんとするも、時既に遅く、つむじ目掛けて振り下ろされた拳骨は、鈍い音を立ててナルトの頭蓋を揺さぶった。
 じんわりと染み入るように広がる鈍痛に、文字通り頭を抱えながら振り向くと、件のムッツリが立っていた。顰めっ面なのか笑っているのか、よく判らない表情をしている。ナルトの言動に呆れているのではなく、単に眠いだけなのだろう。
 かつて、ナルトのおいろけの術に対し、素直な感想と率直な評価を述べた剛の者、うちはサスケである。

 血管の浮き出る拳骨を解いて「おっす」と、簡素な挨拶を口にした男は、何事もなかったかのようにナルトの隣に腰を下ろした。
 目尻に涙を浮かべ、抗議するような視線を向けつつ、ナルトも「うっす」と、短い返事をした。
 何故、こんな時間に……とは、両者共に考えていない。楽しみで寝られなかったに決まっている。自分だってそうなのだから、相手もそうなのだ。

 しばし、閑寂とした時間が流れた。。
 山の端から覗く太陽が薄っすらと照らす晴朗な空間に、ホトトギスの一鳴きが深々と響く。

 悪くない空気だ。悪くない、しかし、いかんせん場が持たない。
 静寂に耐えかねたナルトが口を開いた。

「ミズキ先生、捕まったんだってな」
「……。ああ、くの一クラス担任の……。猥褻行為か?」
「ちげーよ。つうか、相変わらず新聞読まないのな、お前。盗みだってばよ、盗み」

 サスケの口から、猥褻行為という似つかわしくない単語が飛び出し、少々面食らったナルトであったが、気を取り直して話し始めた。
 もっとも、ことのあらましは、いたって単純だ。数日前、明け方の四時頃。人間の眠りが最も深くなる時間帯に、禁術の記された秘伝書を火影邸から持ちだそうとした盗人が呆気なく捕まった。
 それだけだと特に面白みのない話である。犯人が学校の先生だったというのは、それなりに話題性があるかもしれないが、話の発展性に欠ける。
 取り留めのない話にしたって、落ちが必要である。

「……とまあ、それであっさり捕まったらしいんだけどよ。なんでか、ミズキ先生ってば、俺の姿に変化して泥棒に入ったらしいんだってば」

 これは、公になっていない事実だ。三代目火影・猿飛ヒルゼンと、それなりの親交を持つナルトだからこそ知り得た情報だった。
 勝手に自分の姿を使われたのが気に入らず「肖像権の侵害だ」と結んで、ナルトは憤慨した。
 話を聞いたサスケは、口角を釣り上げて意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「なるほど、くだらねえ悪戯ばかりしてるお前の格好してれば火影も油断する、と思ったわけだ」

 心底から相手を馬鹿にした嫌な笑いだった。

「ぐぬぬぅ、しっけいな。そういう、お子ちゃまな遊びは、もう卒業したってばよ」

 すっかりへそを曲げたナルトは、そっぽを向いて押し黙った。
 無論、本気で怒っているわけではない。
 それどころか、とんでもないことを考えていた。

(ミズキ先生は、失敗したけど、本物の俺ならどうだろう?)

 それこそ子供の悪戯にできる。
 途中、ヒルゼンによる邪魔が入るだろうが、そのあしらい方なら心得ていた。人生経験豊富なはずの火影様は、女の裸に弱い。もう随分な高齢で、猿の干物のような爺さんなのだが、老いてますます盛んなのか、並外れてドすけべえなのか、はたまたイルカのように純情なのか。いずれにしろ、おいろけの術が猛威を奮うことになるだろう。

(ま、悪戯で済まされなかったらやべーし。今は、超スゲー忍術とか必要ないから、やんないけどさ)

 そう、今はまだ、そして、今はもう必要ないのだ。
 そのように結論づけると、瞑目して思考を切り替えた。
 
 話が途切れ、再び沈黙が教室を支配していた。
 明かり窓から射す暁光が室内を軟らかな色合いに染めている。存外に時間が経っていたようだ。
 登校時間が近いのか、学舎全体が徐々に活気づいている。
 
 また少し、無言の間が続いた。
 山の上へジリジリと上っていくた太陽を眺めていたナルトに、珍しくサスケから話しかけた。

「そういえば結局、お前、卒業するまでに俺から一本も取れなかったよな」

 痛いところを突かれて、ナルトが顔を顰める。

「うっせぇ。俺は大器晩成型なの。背もこれから伸びるの。んで、いつかケチョンケチョンにしてやるってばよ」
「ああ、楽しみにしてる。だから、まあ、その、なんだ」

 今度は、サスケがそっぽを向いた。

「配属先に迷惑かけたりするなよ。あと、死んだり」

 頬杖ついて、ナルトも反対側を向いた。

「お前は、おかんか」

 照れ隠しの冗談とツッコミのやり取りの後、もう二人は、言葉を交わさなかった。
 同じ班に組み分けされることを知り、気まずい思いをするのは、まだ少し先のことである。



あとがき
 すんません。また遅くなりました。リアルが忙しかったんです。ええ、過去形です。お医者さんから「死んじゃうよ。きみ、いまの仕事続けたら、体質的に死んじゃうよ」と言われたんで、今は毎日が日曜日状態です。また仕事探さないとな……。トホホ。
 
 さて、今回のお話。予定では鈴取りまでいくはずだったのに……。なんでだ。
 文章長いだけで、一向に話が進まないとか……。俺ってダメなやつだ。本当に、申し訳ないです。
 一応、登場人物の心理云々を長々と解説するパートは、この話で終わって、次回からは、私の大好きな戦闘メインパートです。脳が焦げ、臓物が溢れ出すような無残極まりない描写ができるように頑張りたいです。


才ヌク……オマケ


・変なテンションで書いたあと、ボツにしたネタ

※九尾の説明シーン

 その絶望感たるや、群馬県の見滝原市に出現したスーバーセルさながらである。
 逆立ちしながら使い魔をばら撒いたり、高層ビル群を巻き上げたりしないし、「ぶるゎぁぁぁ!」と雄叫びをあげながら、かめはめ波を撃ったりなどは断じてしないが、個が持つに過ぎたる力は、魔女にも人造人間にも引けを取らない。

――「災害」という単語から「台風→ハリケーン→スーパーセル→セル(ドラゴンボール)」と一瞬で連想した結果。書いてから、さすがに完全体セルには、引けを取るだろうと思った。ワルプルvs九尾の怪獣大決戦は、むしろ僕が読みたい。某SSでは、ワルプルと対立どころか共闘しておられたけど……白面の御方が。



・書こうと思ったけど途中でやめたネタとか作品とか(ぶっちゃけ、誰かに書いて欲しい)


その1:黄金回転螺旋丸(NARUTO×ジョジョの奇妙な冒険)

 ジャンプ読者なら誰もが思いつくであろうネタ。1:1.618の黄金比うんぬんかんぬんで生じる無限軌道の螺旋回転。ジャイロとエロ仙人は犠牲になったのだ…。

――SSじゃなかったけど、探したら既にあった。また、仮に書くとしても、チートくせぇ代物になって手が付けられなくなる可能性が非常に高い。


その2:NARUTO SLAYER(NARUTO×忍殺)

 日本人が書いたNINJA漫画とアメリカ人が書いたサイバーパンクニンジャ活劇小説。これ以上に親和性の高い組み合わせがあるだろうか。いや、ない。単純に両者の世界観を擦り合わせるもよし、マッポーめいた世界観で繰り広げられるNARUTOでもよし、或いは、憑依するニンジャ・ソールがNARUTO勢とかでもいける。実に俺得で、夢が広がりング。

――ニュービー・ヘッズな僕の言語センスでは、狂気めいた忍殺語を使いこなせない。


その3:ほむほむの奇妙な冒険――情熱の紅い悪魔(魔法少女まどか☆マギカ×ジョジョの奇妙な冒険)

 親友との約束を果たすために戦い続け、時の迷路に閉じ込められた少女。血を分けた実の娘すらも自身の栄華のために抹殺しようとした結果、時の牢獄に閉じ込められた男。なにもかもが正反対で、いろいろとそっくりな二人が出会い、成長し、絡まった因果の糸を消し飛ばす話。鎮魂歌を奏でるための物語。

――大好きなシャルロッテたんが、大好きなボスにボコられるところを想像したくない。読むならまだしも、書くのは辛すぎる。ああ、恵方巻き可愛いよ、恵方巻き。


その4:人類羅漢計画(北斗の拳)

 魂を削る努力の末、北斗神拳伝承者となったジャギ様がツンデレる話。

――プロットの段階で絶望のゴールが見えたのでやめた。


その5:悟空にフルコースを(トリコ×ドラゴンボール)

 なんやかんやあって、ご都合主義的な展開の末、悟空が天職を見つける話。トリコの世界観は、腹ペコキャラと相性が良すぎる。「おらぁ、腹減っちまったぞぉ」と、しょっちゅう腹空かしてるくせして腹八分目で済ましてしまう悟空さんも、たまには満腹になって欲しいなと思う。

――相性が良すぎて逆に書けない。


 うむむ、ジャンプネタ多いな……。



[29905]
Name: アビア◆d587929c ID:c399ce4e
Date: 2012/06/27 12:14
「出番が来たよ! やったねサクラちゃん!」の巻



「はぁ……」

 溜息を吐くたびに幸せが逃げていく。木の葉隠れの上忍、はたけカカシは、限りなく幸薄い状況にあった。
 インナーと一体になった黒いマスクの下から、今日どれだけの幸せが逃げ去り、虚空へ溶け消えたのだろうか。
 馥郁たる香りの満ちる隠れ里の昼下がり。青空の広がる春めいた陽気の下、彼の周囲だけは、どんよりと暗雲立ち込める梅雨空の如き様相を呈していた。元々やる気のなさそうな据わった目は、常にも増して生気がなく、左眼を覆う眼帯代わりの額当ては、今にもズレ落ちそうな有様だった。
 傍から見ても、明らかに意気消沈して見える。肉体的な要素が起因しているわけではない。
 上、中、下とある忍者の位において、最高位たる上忍に区分される男だ。普段は猫背でだらしのない風貌をしているものの、引き締まった筋肉が隆起する剽悍な体は、些細なことで疲弊などしない。
 はたけカカシの憂鬱は、心因性のものだった。


 事の発端は、二時間ほど前、アカデミーの一室でのことだ。
 この度、新任の下忍部隊を受け持つこととなったカカシは、部下たちとの顔合わせのため、配属部隊の告知が為されているアカデミーへと赴いた。事前に目を通しておいた己の部隊――第七班構成メンバーの詳細を反芻しつつ、年季の入った学舎の廊下を進んだ。

(実際、どんな奴らだろう?)

 急成長中のエロ忍術使い、座学トップの紅一点、キラーマシーンめいた成績最優良児。
 事前情報から推測される人物像は、おおよそこのようなものだった。なんとも個性豊かな面子である。
 溢れる好奇心から逸る気持ちを抑え、新卒生たちが待ち構えているであろう教室までやって来た。
 一呼吸おいて、戸を開く。
 そして愕然とした。

「へぇ?」

 寂寥とした教室に、間の抜けた声が響いた。
 黒板消しが頭上から落ちてくるようなイベントは、起こらなかった。
 猫の子一匹いやしない。無人である。整頓の行き届いた教室には、何者かが潜んでいるような気配もない。
 暫し己の置かれた状況について呆然と黙考していたカカシは、ぽつりと呟いた。

「おいおい、初日から遅刻はいかんでしょ……。いや、っていうか、イジメ?」

 もし訳知る者がこの場にいれば「大した冗談だ……」と嫌味を述べたことだろう。配属先の発表が無事終了したとき、時計の短針は文字盤の十を指していた。カカシがアカデミーの門戸を潜ったのは、正午を大きく回った後である。この上忍……大した遅刻癖だ……。
 既に他の教官たちは、班員たちと連れ立って繁華街へ赴き、食卓を囲んで親交を深めている頃だろうか。
 三時間近く待ちぼうけをくわせた人間が遅刻云々など、決して口にできる立場ではなかった。

 無論、カカシも冗談半分で口走ったに過ぎない。実際は、おどけた口調に反して心中で冷や汗を流していた。

 上官に黙って姿を消した下忍たちの行動は、確かに問題である。忍者とは、いわば職業軍人であり、勝手な行動など以ての外だ。個々人の行動が良くも悪くも、戦況に大きな影響を与えることも有り得る。
 しかし、この度の事態を、どうやって上層部に報告しろというのだろうか。

 ――初日に遅刻したら、班員のみんなにボイコットされちゃいました。ハハッ。

 論外である。自身が著しく規律を乱した上に、部下たちには舐められています。そう口にするようなものだ。

 本日、一度目の溜息がカカシの口を吐いた。

「はぁ~。どうしたもんかなぁ」

 無造作に伸びた銀髪に指を差し入れ、ポリポリと頭を掻きながら、カカシは踵を返した。
 とりあえず、この場にいない三人を探しに行こう。そう思い直して教室から立ち去ろうとしたとき、それが目に映った。
 黒板だ。様々な色のチョークを用いて、端から端までいっぱいにデカデカと『ありがとう イルカ先生』と記されていた。相当、生徒からの信頼厚い教師だったのだろう。余白ならぬ余黒に書き込まれた生徒たち一人々々からのメッセージが、それを物語っている。
 非常に心温まる光景であるが、カカシにとって重要なのは、そちらではない。背面黒板だ。
 入室時のショッキングな光景に面食らっていたことと、カカシから見て左側――額当ての眼帯によって死角となる方向に位置していたために見落としていたが、そこにカカシ宛てらしい伝言が記されていた。

『お勤めご苦労様です。初めのご挨拶が文面上になってしまったこと、まずは深くお詫び申し上げます。さて、教官殿の遅参の件、並々ならぬ故あってのことと存じ上げております。しかし我々、未だ至らぬ身の上、教官殿の参着をただ座して待つのも怠慢であると愚考いたし、また新たに仲間となる者同士の力量を把握する意味も込めまして、組み手などいたすことと相成りました。就きましては、大変お手数ですが、郊外の第三演習場までご足労願いとう存じます』

 板書から醸し出される得体の知れない迫力に、カカシは思わずたじろいだ。
 ひどく格式張った、慇懃で圧迫感のある文面である。白のチョークで板書された達筆な文字は、一々丁寧でありながら、どことなく毒を含んだ印象を読む者に与えた。文面を考え、記述した人間の底意地の悪さが、そこはかとなく滲み出している。
 ただ、板書の中身については、それなりに評価できる内容でもあった。

 今まで下忍の部隊を持つ機会は何度かあったものの、実際にカカシが部隊を率いたことは一度もない。彼の持つ信念のためだ。
 『ルールを守らない奴はクズだ』遅刻魔のカカシらしからぬ信念である。そして彼は同時に、こうも考えていた。『仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ』

 上記は共に、カカシが過去から学んだ苦い人生訓である。
 ルールを守ること、それ自体は確かに良いことだ。ただ、それに固執して、上からの命令に唯々諾々と従うだけの愚物ではいけない。それはただの思考放棄であり、人間性の喪失に他ならない。人と利益を天秤にかけ、命を軽んじ、犠牲を容認するようになる。
 木の葉忍者の本懐とは国を、里を守ることであるが、それは、あくまでも平和に暮らす人々を守ることこそが本質なのだ。然るに、最も身近にいる仲間すら大切にできない者に、いったい何が守れるというのか。

 それに対して、今年度の新卒生たちはどうだろう。
 仲間を大切にできる連中なのか否か、それを判断するには、未だ判断材料が乏しい。
 だが、少なくとも「素直に言うことを聞くだけのボンクラ」ではなさそうだ。
 置いてきぼりにされたことには、正直、複雑な心境を呈したカカシであったが、それ以上の期待に胸ふくらませていた。
 
 今日、彼が最もハッピーでワクテカしていた瞬間である。


 演習場に辿り着いたカカシは、再び置いてきぼりを食っていた。
 慰霊碑のある第三演習場は、小川の流れる人工林である。
 教室の時とは異なり、誰もいないわけではない。少なくとも猫の子はいた。燦々と降り注ぐ陽光の下、切り株の上で仰向けになって、フニャフニャ言いながら体をくねらせている。
 だが、目的の三人の姿は影も形もない。代わりに、手裏剣の的に縫い止められた一枚のメモが見つかった。ピンクの縁取りが為されたノートの切れ端を的から引剥す。
 短い文章は、丸みを帯びた可愛らしい文字によって綴られていた。

『お昼どきになったので、みんなでラーメンを食べに一楽へいきます。お昼まだなら、先生もいっしょにどうですか?』

 額を一筋の汗が伝った。嫌な予感しかしなかった。
 後の経緯は、最早語るべくもないだろう。
 ラーメン屋・一楽で『腹いっぱいになったから、また修行に行くってばよ!』という簡素な伝言を受け取ったカカシは、その後も案の定、似たような具合でたらい回しにされた。

 木の葉隠れの里は、隠れ『里』といえども一国の軍事力を担うだけあって、その面積は広大だ。街並みもまた、長閑な田園風景ではなく、和風建築を無理やり近代化したような近未来SF的な入り組んだ造りをしている。上忍の足を以ってしても追跡にはそれなりの時間を要した。

 こうして冒頭の溜息へ繋がる。最初の伝言を見つけてから二時間後、カカシはアカデミーの教室前に戻って来ていた。最後に訪れたのは、ファーストフード店だったろうか。
 笑顔の素敵な女性店員さんから、一行がアカデミーへ向かったことを聞いて、カカシは項垂れた。半ば意地になっていたのだ。

(絶対に捕まえてやる。そして、ドン引きするような任務を言い渡してやる)

 その暗い思いが崩れ落ちそうになる体を突き動かしていた。ガキである。

 結局、二時間に渡る努力は、犠牲……ではなく無駄になったのだ。だが、何一つ収穫がなかったわけでもない。
 盛大に溜息を吐き、打ちひしがれ、蹌踉とした足取りで去って行く男の後ろ姿があまりにも哀れだったからだろうか。それとも単に在庫を処分したかったからなのだろうか。笑顔の素敵なお姉さんがお土産をくれた。
 特定のセットメニューを注文したときに貰える人形である。木の葉隠れを含めた火の国全域で流行っている忍者アニメのキャラクターらしい。形容し難い不気味な表情をしていた。

 三人が居るであろう教室の前に戻って来たカカシは、人形を左手の上に乗せた。スクワットでもするように深く腰を落とした体勢の人形を、淀んだ瞳で暫し眺める。そして、徐に背中を押す。内部のゼンマイが巻かれ、人形は後方宙返りをした。

「忍法、チャクラ宙返り……」

 なにがどうチャクラなのか、呟いたカカシにも解らなかった。
 しかし、元気は出た。
 人形を懐にしまうと戸に手を掛け、横に開く。
 
 頭上から降ってきた黒板消しが、カカシの頭に直撃し、銀色の頭に炭酸カルシウムの帽子を被せた。

「あははは、ひっかかったてばよ!」

 カカシの目の前で、ナルトが屈託のない笑顔を浮かべていた。
 考えるまでもなく黒板消しは、遅刻に対する意趣返しに違いない。
 怒鳴るでもなく、呆れるでもなく、カカシは俯いて小刻みにフルフルと体を震わせた。

「あ、あれ? せんせ? おーい」

 意図しない反応に、ナルトは神妙な面持ちで首を傾げる。
 不意にカカシの震えがピタリと止んだ。ゆっくりと持ち上がった顔には、満面の喜色が浮かんでいた。
 ナルトも負けじと明るい笑みを返した。
 カカシの態度に困惑しながらオロオロと所在無さげに狼狽えていた桃髪の少女も、その笑顔にホッと胸を撫で下ろし、朗らかな笑みを浮かべた。
 サスケは、机に突っ伏して寝息を立てていた。修行ジャンキーにとって運動後の待機時間とは、即ち睡眠時間と同義である。

「うん。ま、お前らの第一印象は嫌いだ。大嫌いだ!」

 カカシの頬を伝う熱い魂の雫は、黒地のマスクに吸われ、人知れず消えた。



 こうして最悪な邂逅を果たした七班一行は、明くる日の昼前、第三演習場に集まっていた。カカシの言うドン引きするような任務、サバイバル演習を行うためだ。
 もっとも、演習と銘打ってはいるものの、内容はほとんど試験である。脱落率六割六分超、失敗すればアカデミーへ逆戻り。一年間とはいえ、卒業生が在校生に混じって授業を受けるのは、あまりにも気まずい。色々と応えるに違いない。当人も、そして周囲の人間も。中々に過酷な任務である。

「やあ諸君、今日はちゃんと集合場所にいてくれたね~。よかった、よかった」

 開口一番にカカシの口から出た冗談めいた皮肉は、幾分か刺もあったが、半ば本気の安堵も含まれていた。集合時間丁度に来たのも、昨日体験した惨めな出来事が尾を引いているためだ。置いてきぼり食らった第三演習場が集合場所なのは、一見作為的に見えて単なる偶然である。

 班員たちからの「先生こそ、今日は遅刻しなくて偉いですね」という的確な反撃に苦虫を噛み潰したような顔をしながら、カカシは時計を取り出し、近くにあった丸太の上に乗せた。
 タイマーを十二時にセットして口を開く。

「うっし、んじゃ、ま、サバイバル演習……。鈴取り、始めるとするか」

 鈴取り。書いて字の如くだ。カカシが腰から下げた鈴を定められた時間内に奪い取る。反則もなく、審判もおらず、如何なる手段を用いることも許されるシンプルな試験だ。
 だが、それ故に、難易度を引き上げる要因が幾つかあった。

 まず、下忍たちの対手となるのが上忍たるカカシであることが一点。無論カカシとて手加減はする心算であるが、それでも尚、両者の間に広がる経験の差は、如何ともし難いものであった。

 そして、もう一点。下忍たちの目の前にカカシがチラつかせた鈴は二つ。下忍の数は三人。3-2=1。余った一人は、アカデミーへ強制送還となる。丸太に括りつけられ、目の前で昼食を食べられるという屈辱の罰ゲームも課せられるのだが、これは些細なことであろう。

 任務の内容を知って、三人とも流石に動揺したようだ。皆一様に頭を抱えている。
 ただ、それがカカシには奇妙に思えた。失敗すればアカデミーへ逆戻りな上に、確実に一人は落とされるのだ。もっと驚愕して、噛み付いてくるような反応があって然るべきである。

(こいつら、もしかしなくても試験のこと知ってたな)

 有り得ない話ではない。昨日から今日まで、それなりに時間があった。加えて、カカシは有名な忍者だ。里内を駆けずり回れば、確信には至れずとも大まかな試験内容に行き着くであろうことは、自明の理である。
 だとすれば綿密な対策を練ってきている可能性が高い。もし、この憶測が正しければ、鈴が二つしかないという事実に、三人がどういう折り合いをつけるかだ。それが試験の明暗を分かつ鍵となる。
 カカシの表情が幾分か鋭く引き締まった。

「ンッふっふ……。お前らのこと、けっこう気に入ったよ」

 「印象は最悪だったけどね」と付け加えて、カカシは笑った。眼帯で覆われていない右目を抑え、クックと喉を鳴らした。
 急に笑い始めたカカシを下忍たちは怪訝な顔つきで眺めていたが、「よう~い、始め」の合図で気を取り直し、すぐさま散開した。

 カカシの眼前から飛び退き、演習場内の茂みへと姿を消した二つの気配が瞬く間に薄くなる。文字通り瞬きするほどの間に、足音、呼吸、衣擦れの音さえもが消え去り、涼風の吹きぬける演習場には、木々が揺れ葉と葉の擦れる音だけが残った。
 そう遠くには行っていない。一人は動きを止め、一人は絶えず動き回っているようだ。明確な所在は不明であるが、肌に感じる視線からカカシはそう判断した。

「へぇー、なかなか美事な隠形じゃないか……。で、君は隠れないの?」

 カカシの視線を一身に受けて、ただ一人残った下忍、春野サクラは愛想笑いを浮かべた。
 額当てを髪留めにして結った薄紅色の長い髪と、肌触りのよさそうな広い額が魅力的な少女だった。

「えーっと、よろしくお願いします」

 そう律儀に答えると、サクラは両手にクナイを構え、カカシを見据えた。春に芽吹いた若葉の色をした瞳は、不安げに揺れている。
 間違いなく陽動であろう。油断はできない。できないのだが、ガチガチに緊張している様子の少女を目の前にして、ついついその初々しさに頬が緩んでしまうのは、人間の性として仕様がない。
 「まあまあ、お嬢さん、そう固くならずに」と軽口を叩きながら、カカシは腰に下げた忍具入れのポーチに手を伸ばした。
 サクラが批難の声を上げる。

「ちょっと! 下忍相手に、上忍が忍具使うんですか!?」

 目を見開いて驚くサクラを尻目に、カカシが取り出したのは、一冊の書物だった。

『イチャイチャパラダイス 中巻』

 表紙には、そう記されていた。見るからにいかがわしい題名である。
 訳が解らず凍りつくサクラに「下忍相手なら、本読みながらでも余裕だから」と告げ、カカシは左手に本を携えて読書を始めた。
 目尻は厭らしく垂れ下がり、マスクの上からでも判るほどに鼻の下が伸びている。見た目に違わず、内容もいかがわしい本のようだ。

 サクラの顔色が熟れた林檎の如く真っ赤に染まった。

「お、女の子の前で、そんなの読まないでくださいよ!」

 自身の薄い胸を両腕で掻き抱いて、カカシから一歩後退る。
 今時の女の子らしい風貌をしているが、根は存外に奥ゆかしいのかもしれない。
 キッ、と鋭い目付きでカカシを睨みつける少女の心情は、怒り半分、羞恥半分といった具合だろうか。

 そんなサクラの心中を知ってか知らずか、カカシは右掌を上に向けて差し出し、第二指から第五指までを曲げ、かかって来い、と挑発を入れた。






 いかがわしい本を携え、厭らしい淫らな顔のままである。

 クイクイと小刻みに動く指の運動は、ひどく性的で不潔なものとしてサクラの目に映った。激しく前後、激しく上下的なアレだ。
 
 少女の心中に寄せていた不安の波は、即座に引いていった。

「このッ!」

 カカシ目掛けて二本のクナイが投じられた。
 ほぼ同時に打たれ、高速で迫り来るそれを、カカシは交わすことなく飄々とした態度で迎え撃つ。
 視線は本に固定したまま、眼前に迫った二本のクナイを人間離れした瞬発力で掴み取った。それを即座に後方へ破棄すると、再び空いた手で、猛然と迫りくるサクラの攻勢に対処する。
 クナイの投擲と同時に走りだしたサクラは、十歩分ほどあった距離を一息のもと駆け抜け、カカシに肉薄していた。
 互いの間合いが相手を捉えた瞬間、サクラの放つ右正拳突きを、同じく右手の掌底で逸らし、間髪置かずに打ち込まれた左の直突きを、返しの右手鶴頭で打ち払う。
 
 一連の攻撃が失敗に終わったことを悟ったサクラは、打ち払われた左手の痛みに眉を顰めつつも膝蹴りを放ち、カカシから距離をとって仕切り直した。

 息も吐かせぬ攻防が一段落つき、両者の間に沈黙が落ちる。

 サクラの攻撃を捌いた上でカカシが抱いた感想は「良くも悪くも教科書通り」というものであった。
 流石に、座学で一番の成績を修めているだけのことはある。クナイによる牽制から、距離を詰めての近接。理想的な型での格闘。
 全てアカデミーで教えられることであり、それ自体は悪くないのだ。惜しむらくは、その戦法を実現するための術理が未だ体に馴染んでいないことだろうか。
 実践と反復練習を繰り返せば、いずれ大化けする可能性がある。

 カカシは、そのように評価した。






 エッチな本を読みながら。






 相も変わらず厭らしい顔である。心なしか鼻息も荒い。
 その卓越した体捌きに、少しだけ見直しそうになったサクラであったが、行動から来るマイナス補正があまりにも大きすぎた。まさに残念なイケメンである。
 再び据わった目でカカシを見据え、サクラは手裏剣を手にした。片手に三枚ずつ、計六枚。
 時間差を付けて投擲された薄刃は、異なる軌道を描いてカカシに殺到するも、容易く掴み取られてしまう。

 カカシの指が手裏剣の穴に通され、輪投げのように全ての輪が補足された。

 キンキンと甲高い音が鳴り響いたのは、その時だった。
 刹那、両手の塞がったカカシの左半身に三本のクナイが突き刺さる。

 サクラは見た。
 米噛みに深々と突き立ったクナイからは、ドス黒い血が滴り落ち、脳による統制を失った右目は、あらぬ方を向いていた。首元を穿ったクナイが頸動脈に穴を空けたようで、ゆっくりと崩れ落ちるカカシは、首筋から目の覚めるような鮮血を吹いた。
 生まれて初めて見る惨い人死に、思わず遠のきそうになる意思を繋ぎ止めながらも、サクラはカカシが無残な骸と化す瞬間を見た。確かに幻視した。
 
 カランと乾いた音を立て、その場に転がったのは、一抱えほどの丸木だった。

 変わり身の術。
 対手からの攻撃に合わせ、適当な対象物と入れ替わることで、敵に攻撃を受けたと錯覚させ、その虚を突くという基本忍術である。
 今回のように姿の見えない敵の攻撃を誘い、その出所から対手の居場所を割り出すという使い方もできる。

 サクラの眼前から離脱し、茂みに身を潜めたカカシは、変わり身が受けた攻撃の軌跡を辿り、対手の居所を探ろうとする。
 しかし、見つからない。クナイの軌道上には、人の気配どころか生物のいた痕跡すら皆無であった。

 これは、いったいどうしたことか。妙な事態にカカシが頭を悩ませているときだった。
 一陣の風が吹いた。
 腰元の鈴が揺れ、リンと音を鳴らした。
 また甲高い音がするのをカカシは聞いた。その場から思わず飛び退くと、元いた位置に今度は手裏剣が突き刺さる。
 冷や汗が首筋を伝った。今も先もそうだが、飛び道具は全てカカシの左半身、眼帯によって死角となる側を目掛けて打たれている。

 殺戮機械めいた成績最優良児。

 脳裏に過ぎった物騒な言葉に、カカシは、ははっ、と乾いた笑いを漏らした。

「あっ、先生、やっぱり生きてたわね。今度こそ覚悟!」

 茂みから追い出され、白日の下に姿を晒したカカシに再びサクラが挑みかかる。

 カカシは、また一連の攻撃を片手で往なしながらも、今度は音と臭いに意識を集中していた。
 はたけカカシ。彼は普通の忍者よりも耳と、それ以上に鼻が利く。左半身の死角を補うために習得した能力だ。風の鳴る音、木々のざわめき、草熱れや土の匂い。それら様々な要素を統合し、鮮明な死角の映像を脳裏に浮かび上がらせていた。
 
 三度目のそれが飛来したのは、幾度目かの攻防の末、サクラの左上段蹴りをカカシが右手で掴み止めたときだった。
 鎖された視界で、カカシは見た。あらぬ方向へ打ち出された六本のクナイ。時間差と速度差をつけて打ち出された風斬る刃は、宙空で激突すると火花を散らせ、甲高い刃音を鳴らし、軌道を捻じ曲げられた内の半数がカカシ目掛けて殺到した。
 この手裏剣術をカカシは知っている。

 暗殺戦術特殊部隊、通称・暗部とも略される。かつてカカシも所属していたその部隊に、最年少で入隊した男がいた。サスケの兄。今や抜け忍となったお尋ね者、うちはイタチだ。
 彼が得意としていたのが、この手裏剣術だった。本来は遮蔽物によって遮られた死角を攻撃するためのものであるが、場合によっては、自身の居場所を晦ますような使い方もできる。

 下忍らしからぬ高度な技術に舌を巻きつつも、カカシは飛来する刃を上体を逸らすことで外した。
 変わり身を使わなかったのは、いまだにサクラの蹴り足を掴んでいたためだ。


 さて、このとき一つ、カカシにも、そして、カカシを『策』に嵌めようとしている下忍たちにも予想外の出来事が起きた。
 カカシの急制動によって、足を掴まれていたサクラの重心が崩れ、逆さ吊りになってしまったのだ。
 ここで問題となるのがサクラの格好だ。彼女は普段からスリットの入った赤いアオザイ風の服を愛用している。モンハンに出てくる蟹ではない。分からない人は、スリットの入ったワンピースのような服を想像していただければよい。
 当然のことながら天地が逆転すれば、スリットの入ったスカート部分は、重力に引かれて捲れ上がる。下に履いていたスパッツのおかげで下着を晒すことはなかったものの、それを間近で目視することとなった者は堪らない。
 発展途上の未熟な躰とはいえ、伸縮性の高い黒スパッツによって強調される体付きは、女人のそれである。特に細く引き締まったヒップラインは、非常に目の毒だった。
 加えて、カカシが直前まで読んでいた本がいけない。紛うことなきエロ本である。良い感じに血圧が上がっていたのだ。

 果たして、地面に赤黒い染みが生まれる。一滴また一滴と滴り落ちる雫は、マスクで覆われたカカシの鼻の辺りから垂れ下がっていた。
 
 宙吊りになってもがいていたサクラは、カカシが微動だにしないことを不審に思い、その顔を見上げた。目を見開き、下半身を凝視しながら鼻血を垂らす漢がいた。

「へ、へ、変態! 変態! 変態!」
「まった、誤解、誤解だ!」

 鼻血まで出しておいて誤解もクソもなかった。
 「しゃーんなろー!」と謎の雄叫びを上げ、やたらめったら暴れまくるサクラにカカシもタジタジである。 
 とりあえず幻術で眠らせてしまおうかと、カカシが思案しているときだった。

 このグダグダな状況で多少緩んでいたとはいえ、カカシの警戒は、完全に無防備になっていたわけではない。特に自身の死角となる左側には、殊更意識を集めていた。集めすぎていたのだ。それがカカシの対応を一手遅らせる。
 目視可能な右目は捉えた。柔らかな春の大気を切り裂き、豪速で迫る凶悪な風魔手裏剣。そして、その向こうで笑うサスケの姿を。

 余裕をもっての回避は、不可能なタイミングだった。
 サクラを掴んでいた右手を咄嗟に離し、体を捩り、風魔手裏剣の軌道上から肉体を遠ざける。
 その直後、轟々と唸りを上げる巨大な鉄塊がカカシの傍を通りぬけ、掠った刃が深々と右肩を裂いた。
 溢れ出る血潮が地面を汚し、鼻血の跡を消して行く。
 左手からこぼれ落ちたイチャイチャパラダイスは、血の海に浸って判読不能になった。

 カカシは傷口を抑えながら、サスケに向けて牽制のクナイを放った。
 同時に茂みの中へ跳躍し、手近にあった老木の後ろに身を隠す。死角を攻撃できる手裏剣術があるので安心はできないが、遮蔽物がないよりましである。

「ちょっと、舐めすぎてたかなぁ」

 老木に身を預けながら、カカシが呟いた。
 この失態には、幾らか不運も寄与しているとはいえ、下忍相手にこうも追い詰められてしまったのは、相手の力量を見誤ったカカシの不徳であろう。
 陽動と攻撃。二人の行動が示し合わせて行われたものだとすれば、なかなかのチームワークではないだろうか。ハプニングがあったとはいえ、無ければないで状況を打破できていた可能性が高い。
 それ故に、カカシは恐れた。暴れ狂うくの一でもなく、容赦無く殺しにかかってくるキラーマシーンでもない。草葉の陰で息を潜め、虎視眈々と隙を伺うナルトをだ。

 奥の手を使うのであれば別だが、このまま相手方のペースに嵌り続ければ、敗北は必至だろう。
 カカシは、この場を離脱して態勢を整えようとした。試験とはいえ、そうそう相手に勝ちを譲る気もなかった。
 つまり、気づいていなかったのだ。恐れていた事態に、既に自身が陥っていることを。

 ゆっくりと幹から身体を離し、歩み去ろうとしたカカシは、背後でリンと鳴る鈴の音を聞いた。
 慌てて振り返る。老木に巻きついた細い蔦に、鈴が引っかかっていた。
 鈴に手を伸ばす。意思を持ったように蔦が蠢き、鈴を遠ざける。

「ああ、そうか……」

 カカシは思い出していた。
 うずまきナルト。彼が「おいろけの術」と呼称するモノの正体。
 自身の脳裏に思い浮かべた理想的な女体を正確に、つぶさに、手練の忍者すらも誘惑し得るほど鮮やかに再現する術。
 積み重ねた努力と豊かな想像力が結びついて完成した、精緻極まりない「変化の術」。

 出し抜かれたことに対する悔しさはなかった。
 カカシは素直に感心していた。大袈裟な幻術などではなく、誰もが最初に修める基本忍術で、上忍すらも騙しきったことに清々しさすら感じていた。


 チームワークを試すため、意図的に仲間割れを誘発するように仕向けるこの試験。数ある下忍昇格試験の中でも特に難しく、今まで一人も合格者が出ていない試験だ。内容を事前に知ることができても、合格条件を知ることは不可能である。

 にも関わらず、三人は、一つの答えを出した。
 サクラが隙を作り、サスケが誘導し、ナルトが決める。荒削りではあるものの、大した奴らである。

「お前らと任務にあたるの、ちょっと楽しみだよ」

 変化を解いて誇らしげに鈴を掲げるナルト見遣り、カカシは莞爾と笑った。


 とまあ、これで終われば綺麗に落ちたのだが、カカシは忘れていた。
 サクラへのセクハラに対する弁明がまだ終わっていないことを。

 そして、これこそが後々まで尾を引く「カカシ変態騒動」の幕開けであった。
 自分の部下たちから長らく変態扱いされ、最後に彼は、このような悲痛な叫びを上げることになるのだろう。
「やっぱ、おまえら大嫌いだ」



あとがき
 サクラちゃん、イザベラ姫、りっちゃん、鶴屋さん、デビロット姫、ベジータ王子、マルフォイ……。
 おでこキャラって素晴らしいと思うんですよ、ええ。もう、なんっつうか、その広いおでこで良からぬ事を企みたいっていうか、したいっていうか、うぇっへっへ。

 ふぅ……。

 どうも、戦闘シーンは大好きなのに、ちゃんとした戦闘描写書くのは初めてな男、アビアです。
 さて、今回は、全体的にお粗末な出来に仕上がっているかもしれません。どうすれば戦闘シーンがそれっぽくなるのか色々と試行錯誤していたら、全体的に辻褄が合わなくなってしまい、それに気づいて大慌てで修正を入れた結果です。……死にたい。

 ところで皆さん、今週(これを書いてる6/25)のNARUTOは、もう読まれましたか。
 あの引きは例の読者層狙いすぎだろっていう意見も多いでしょうが、個人的には、あのぐらいストレートな表現が好きです。
 コミックス派でない方で、まだ読んでおられない方は、急いで書店に向かいましょう。
 え? いや、ステマと違いますって……。


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