天候は雨、気温は少しだけ低い――
雨で道はぬかるみ、歩くたびに足が少し沈み込む感覚がする。センリを含む3人は特に会話をすることもなく、唯々真っ直ぐに歩き続けていた。
「――六人、来ている」
センリがぼそりと呟くと同時に、彼女の両側に居る者達はいつでも戦闘できる準備ができていた。
右側に居るのは、大きな包丁のような刀を担いでいる男――
そして左側に居るのは、複数の千本を手に忍ばせている少女――いや、少年だった。
センリ達は敵側には悟られぬように、特に動きを変えることもなく同じ歩幅で歩き続ける――
「敵の配置は?」
「四時の方向に二人、六時の方向に一人、そして九時の方向に三人いる」
道のぬかるみによって行動し辛いため、人数的に向こう側が有利なのだが、大した問題ではないだろう。近くには川があるため、水遁の忍術が使いやすい上に気温が低いため霧も出やすいのだ。地形条件としてはこちらが明らかに有利であるのは間違いない。
「では、僕は四時の敵を討ちますね」
左側にいる少年は、これから戦闘がであろう状況とは思えない眩しい笑顔でこちらを見てきた。センリも彼のほうを向いて少しだけ口角を上げながら頷いて対応した。
「一々役割分担する必要もねぇだろうが。……霧隠――」
「待て、再不斬。向こうは木ノ葉の忍だから、私たちの事をよく知っているはず……。何か策をもっているに違いないだろう」
向こう側に再不斬以上に水遁を扱える相手は居ない上に、霧隠れの術もあるので大丈夫だとは思うが……そう簡単にいくとは考えづらい。センリ達はこういった追い忍を幾度と無く返り討ちにしているので、単純に戦闘して簡単に勝てないという事は分かっているはず。
単体で勝てないのであれば複数人で高等忍術をしかけてきたり、特殊な忍術を扱う者を連れてきている可能性だってあるのだ。
「再不斬さん、ここはセンリさんに従いましょう? 僕らには今のところ相手が見えないですし……」
「チッ! 始まったら速攻で潰すぞ、白」
「はい、勿論です!」
相変わらず仲が良いのだな、とセンリの間を挟んで会話をする二人を見ながら私は敵の監視を続ける。
敵側はセンリ達と一定の距離を開けて同じ陣形で後をつけてきていた。向こうもこちら側と同様にかなり警戒しているらしい。
(火遁が四人、雷遁と水遁が一人、土遁が一人か……)
センリの目の周辺に血管が浮かび上がる――
恐らく六時の方向にいる一人――雷遁と水遁を扱う事ができる人物が隊長に違いない。雨のおかげで火遁の四人があまり使えなくなっているこの状況はかなり好ましい。
「陣形が変わった。そろそろ、向こうから仕掛けてくるに違いない。再不斬――」
「ああ、分かっているよ」
そう言った直後に、敵側の三人がこちらに向かって来ていた――
「霧隠れの術――」
辺りが霧に包まれて、視界が奪われていく。敵はそのことを予期していたのであろう、即座に印を結んでいた。
「火遁・鳳仙火の術!」
二人が無数の炎弾を霧に向かって放ってきたが、センリと白は難無くそれを避けるなり防ぐなりした。
すると、間もなくしてもう一人の火遁使いが印を結び終える。
「火遁・豪熱風波の術!」
視界が揺らぐほどの熱風が、こちらに向かってきていた。
「氷結界」「八卦掌回転」
白は自身の周りに氷の障壁を、センリは回転で熱風を弾いた。雨によって火遁があまり使えなくなると思っていたのだが、想像以上に強力な忍術を相手は使ってきていた。
熱風を防ぎ切った時には、既に霧は熱風によって消えていて相手の姿も裸眼で確認することが出来た。
「まずは一匹目」
「なっ――!」
霧が晴れたが再不斬は一人の背後に既に回っていて、その者は声を発する暇もなく首が飛んだ。生きている二人は即座に距離を置いて忍刀を構える。
「暗部か」
どうやら今回は本気で殺しにかかってきているらしい。
暗部特有のお面を被っているが、センリには彼らがどのような表情をしているかがよく分かる。仲間一人が死んでも彼らは心を乱さずに冷静だった。つまり、この第一波で一人くらい犠牲が出る予定だったのだろう。
「土遁・地動核!」
背後からやってきた土遁使いによって、センリと白がいる足場が大きく押し上げられた。すると、背後に回っていた雷・水遁使いともう一人の火遁使いがこちらへ向かってきていた。
「雷遁・雷閃光の術!」
視界が一瞬真っ白になり、不意に動きが奪われてしまうがセンリには相手の動きが見えていた。
「火遁・火炎車の術!」
視界が奪われている白の前に立ってセンリは回転をして術を弾きながら印を結ぶ――
「風遁・風切刃の術」
「――ガッ!?」
センリが放った鋭い風の刃が、火炎車ごと真っ二つに切断した。血の雨が空から降る中、隊長であろう男の顔には焦りと恐怖が見え始めていた。
「セツナさん……ありがとうございます」
「それは後。いまはこいつらを殲滅することに集中する」
「はい!」
再不斬が居るほうを見ると、三人とも彼の水遁と首切り包丁に翻弄されていた。
「水遁・水蛇弾の術!」
うねりと川から複数の水蛇がこちらへ向かってきていた。センリと白が押し上げられていた足場から降りても、それは執拗に追いかけてきていた。
「氷遁・氷雪吹の術!」
しかし白によってその蛇は凍らされ、間もなくして崩れ去った。
「クソ……! 雷遁・雷糸網(らいしもう)の術!」
「風遁・風塵波の術」
帯電した蜘蛛の巣は、あっけなく吹き飛ばされてしまった。動揺で上手く印を結べていない術など、五大性質の優劣に関係無く無効化できるだろう。
「最後に言い残す事はあるか?」
センリは隊長格の男に近づいて印を結び始める――
「くっ……こ、木ノ葉――日向の面汚しが! 貴様が……貴様が一族の名を落としたんだ、日向センリ!!」
仮面の外して見えたのは、日向一族独特の白い眼をした男だった。しかし、どうやら白眼は開眼していないようだった。
「そうか、お前は分家出身の者か」
「ただでさえ肩身の狭い血継限界の一族で、それも分家で、日向としての才能も無くて……ッ! 俺がどれだけの努力をして…………くそが!」
「そうか、日向はまだ木ノ葉に居続けているのか」
「あぁ、そうだ――」
日向の男が返答するのと同時に、センリは彼の頭を吹き飛ばした。そして、死亡と同時に封印された白眼を目をから抜き取って跡形も無くなるように踏みつぶした。
「センリ、こっちは片付いたぞ」
「そうか、ならば帰ろうか――」
雨はさっきよりも酷くなっていて、川がいまにも氾濫しそうだった。しかし、ここら辺ではよくあることなので特に気にすることもないだろう。
「波の国に」
白い眼には、雲に隠れる満月がハッキリと映っていた。