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[26782] 【ゼロ魔】チート少女は、普通に生きたいようです。【オリ主・TS転生チート?】
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2013/11/21 00:46
2013/11/21追記
長い、本当に長い期間、何もお知らせせずに連載を放り出してしまい、申し訳ございません。
続きをどうするべきか。どんな展開がよいのか。もっと文章を磨かなくては――そんな思いで焦る中、正直に言って、モチベーションが激しく低下してしまいました。
どんな風に書いても納得できず、あとで後悔するような気がして仕方なく、後でやろうと放り出しているうちに……もう、2年も過ぎてしまったのですね。

今後の展開について、構想はあります。最期まで書きたいという気持ちも、あります。
ただ、その最後にどのようにつなげるのか……今も構想を練り続けている次第です。
今回の話も、当初の予定では「友達がピンチだ、助けなきゃ」→チート無双→「リースTUEEEE」……となるはずが、書き上げてみると全然戦闘すらない、しかもリースのひどいところが露になる話になりました。
この展開でいいのか、今でも悩んでいますが、少なくともいまは「これでいこう」と思う一話分を書けた、と思っています。
作者的に今回の作品のテーマとしている「チート転生により生じる苦悩と、どう向き合うのか」という部分を描いていくためには、こういった話を入れたいとは考えていたのです。
現在の構想では、この連載はだいぶ駆け足で進み、ゼロ魔原作と比べるとだいぶ早い段階で完結を予定しています。
打ち切りエンド、と言われてしまうかもしれないと思いながらも、「このように終わりにしたい」と思い描いたシーンにたどり着けるように、時間がかかっても書いていきたいと思います。
また今作を書くにあたり、別サイトで短編をいくつか、作者名はこことは別で書いており、その中には「転生の記憶を失ったチート転生者の話」という、今作とテーマを同じとしたオリジナルの話もあります。
いずれはそちらも紹介できるように、頑張って執筆を続けていきたいと思います。マルチ投稿には該当しないと思いますが、規約などの確認が不十分のため、紹介する際までに確認しておきたいと思います。

こんなだめな作者ですが、今後ともどうかよろしくお願いいたします。



5/10 追記
10話を色々と修正しました。
原作を買いなおして確認すると、色々と間違っていた箇所がたくさん見つかり……感想板で指摘していただいた箇所もあり、注意して見直すとがんがん間違えてました(汗)。

今回の修正で、そういう点が直せているといいのですが……余計におかしくなってる点とかありそうで、少し不安です(汗)。
またおかしな点があったら、後日改めて修正していこうと思います。


4/14 追記

6話でのタバサの「お願い」をなかったことにして、原作沿い路線で進めることにしました。
本当に、話が何度も変わってしまい、申し訳ありません(汗)

どこで原作から乖離するか、あるいはずっと原作沿いなのかは未定ですが、作者の都合で、今後も今回のような修正が重なるかもしれません。
またそういうことになってしまった時は、本当にすみません(汗)



4/11 チラ裏からゼロ魔板に移動。
   今後とも、宜しくお願いします。


初めましての方もそうでない方もこんにちは、くきゅうううと申します。

ゼロ魔本板での連載がまだまだ未完結ですが、思いついた別作品を書きたい気持ちを抑え切れませんでした。色々とすみません(汗)

自分でも「連載2つ目とか色々大丈夫なのだろうか(汗)」と思っていて、続きは考えているものの書けるかどうか分からないこともあり、とりあえずチラシの裏板でテスト投稿してみることにしました。

この物語は、今後の予定では

・最強系なチートを得た少女が、なんでそんなことになっているのか分からないま ま原作沿いのゼロ魔世界を生きます。

・転生男 ≠(同じではない) 主人公(少女)です。けど僅かに影響受けたりします。

・原作沿いだけど、チートな能力で展開を変えたりするかもです。
 ○○が生存、とか。

・原作沿いだけどキャラ改変する場合もあります。


こっちも完結できるか分かりませんが、もうひとつの連載と同じく、楽しく書いて、読者の方々にも少しでも楽しんでもらえたなら嬉しい、と思います。

見切り発車常習犯な作者ですが、よければ今後ともどうか、よろしくお願いします。



[26782] 第一話「少女は転生事故の被害者のようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:34
「あなたは、我々『神族』の手違いにより死にました」


 目が覚めた瞬間、そんなことを言われた。
 どこまでも真っ白な光景の続く、明らかに非現実的な空間。
 そこで神を名乗る人物に、『あなたは死にました』と告げられる。
 まるで、ネットで多数書かれている、とあるジャンルの物語みたいな状況。
 おいおい確かに転生チートとかの小説は大好物のひとつだが夢に見るなんて――と思っていたのだが。


「元の世界に生き返らせることは天界側の事情で不可能ですが……規則により、あなたが望む形で別の世界へ転生することができます。あと、私は神ではなく天使です」


 だが、目の前の……童話に出てくる天使みたいな格好をした少女が事務的に伝えてくる言葉は終わらない。
 夢なら適当なところで覚めるだろうと思っていたのだが、むしろ説明が進むにつれ意識がはっきりとしてくる。


「なのであなたが希望する条件を教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「……いや、これ夢なんじゃ?」

「残念ながら現実です」


 天使(仮)な少女が、何かの儀式のような手順で手を振ると、俺の手元に高級そうな綺麗な紙の束が現れる。
 その書類の束には、俺の死因やら、『神族』とやらの誰がどうミスしたせいで俺が死んだのか――といったことが簡潔にまとめられていた。暴走したトラックに押し潰されて即死。そんなところまで、ネットに溢れる転生チート系の物語のテンプレだった。


「……まじ、で?」

「冗談でわざわざ書類を用意できるほど、我々は暇ではありません」

「ってか、人を殺しといて何その態度? もうちょい誠意ってものが――」

「私が殺したわけではありません。そして私の業務はこういった事態に被害者への説明等の対応……ぶっちゃけ、ミスした馬鹿共の尻拭いです。被害者からの罵倒、侮辱は当たり前。妙に能力のある方にはこちらが殺されかける。そんな業務を押し付けられて幾数年。
 毎回気に病んでいては、こちらがもたないのです。同族のせいでこのようなことになってしまい本当に申し訳ない、とは思いますが」


 本当に腹立たしそうに愚痴をこぼしてから、「申し訳ありません」と頭を下げる天使(眼鏡)。
 なんというか、天国も色々とややこしいことがあるらしい。


「それで、転生時の希望はございますか? このまま安らかに眠りたいと希望されるのであれば、通常の死亡時同様の手続きも可能ですが」

「い、いや、ちょっと待ってくれ。まじで、元の世界には戻れないけど、希望したことは叶えてくれるんだよな?」

「こちらに可能な範囲であれば。ただ、転生時の作業は別の担当が行うので、明確にまとめないと面倒なことになると思います」


 そう言われて、考える。
 元の世界には身寄りはいない(両親は昔に離婚して別々に暮らしてるし、兄弟はいない。親戚との付き合いもない。恋人いない暦=年齢)。
 別に夢もない。バイトで稼いだ金で1人暮らしして、好きなアニメやらゲームやらのサブカルチャーを買い漁り、インターネットで遊んでばっかりだった。
 どうせもう戻れないなら、無理に「生き返らせろおらー!」と文句を言うよりも、自分の好みにあった来世を考える方がよさそうだ。

 というわけで自分でも驚く程あっさりと、この状況を受け入れてる自分がいた。
 死んだらもっと戸惑うもんだと思ってたが……いやまあ、まだこれが現実だって実感できてないだけかもしれないが。

 とりあえず、もっとファンタジーな世界で生きてみたいかな。魔法とか使って、異世界を冒険とかやっぱ憧れる。
 そこまで考えて頭に浮かんだのは、自分の好きなライトノベル作品のひとつ――『ゼロの使い魔』の世界だった。
 剣と魔法もある。美少女いっぱい夢いっぱいな世界。
 好きなキャラも多い。それに、よく読んだ二次創作作品のように、原作知識を生かして立ち回るのも面白そうだ。


「ゼロの使い魔……検索結果、出ました。このハルケギニアという世界で合っていますか?」

「え、俺何も言ってないのになんで……」

「人間の思考を読み取るぐらい簡単です。これでも天使ですから。
 今の調子で希望の内容を頭に浮かべていただければ、こちらでまとめさせていただきます」


 少し自慢げに眼鏡をくい、と指で押し上げて整える天使。
 勝手に頭の中を覗き見られてるのはなんか気分悪いけど、とにかく俺の希望は可能な範囲という制限有りとはいえ、叶えてくれる方針らしい。
 ……ほんとにいいの? いいんだよな?
 だったら俺、自重しないよ? 全力で望んじゃうよ?
 普通なら、死んではい終わりだったはずが、来世限定とはいえ、願いを叶え放題。
 こんなチャンス、自重するなんて損ってもんだろ!


「だったら、遠慮なく行くぞ……ついてこれるか!」

「いいから早くしてください。休日出勤させられて眠たいんです」


 思わずテンション上がってきた俺を、天使が冷ややかな……というか眠そうな目で見ている。
 ……えー。もうちょい優しくしてくれてもいいじゃん。お客様は神様じゃね?


「神様は私達の上司です。いいから、早く考えてください」


 さらに視線が冷たくなった。
 これ以上機嫌を損ねる前に、さっさとした方が良さそうだ……。



 そして考えること……どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。いや、そもそも時間という概念があるのかどうか。
 俺の頭の中を覗いた天使に「これで全て、合っていますか」と俺の来世への願望をリストアップした紙を渡される。


 ○ゼロの使い魔の世界へ。ルイズ達と同じ学年で、トリステイン学院に通いたい。

 ○せっかくメイジになるのなら、魔法の才能はめちゃくちゃ高くしてほしい。
 虚無を除く全属性がスクウェアクラスとかそれぐらい。

 ○どうせ生まれ変わるなら、今度は女の子として生きてみたい。
 男と恋をしたいわけじゃなくて、むしろ百合とかしたいんだ。
 あ、もちろんなりたいのは美少女な。ここ重要。

 ○ハルケギニアの魔法って、同時に使えないとか色々制限あるよね。
 そういう制限を無視して使いたい。
 他人には真似できない同時詠唱とか、オリジナル魔法作ったりもしたい。

 ○漫画みたいにピンチに覚醒とか、そんな素敵スキルもほしい。
 普段も強いけどピンチにはもっと強いとか最高じゃね?


 他にも細かい要望はいくつかあるが、書いてある主な内容はこんな感じだ。
 我ながら欲張ったもんだと思う。


「……欲張りな男は嫌われますよ。ぺっ」

「おいィ? 天使がツバ吐くとかいいのか? 許されるの? ねえ?」

「どうでもいいですよ。それより、この条件でいいんですね?」

「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」

「一番いい来世を頼む、と……はいはい満足ですか? ではさっさと進んでください」


 ネタを適当にあしらわれてちょっと寂しい俺の前に、光輝く扉が現れる。
 これを潜れば、生まれ変わるための工程へ進める……らしい。


「……うっし、行くか。サンキューな、天使様! 休日出勤お疲れ様!」


 俺の我が侭に付き合ってくれた天使にそう一声かけて、俺は扉を潜った。
 ……ま、まじであの条件で転生できるの? 駄目もとでかなり無茶苦茶言ったぞ?
 けど文句とか言われなかったし……うおおおお! テンション上がってきたー!

 


 扉を潜り抜けた先には、さっきとは違う少女がいた。やはり天使の格好をしている。
 先程の天使……名前聞き忘れたな。眼鏡天使でいいか。
 眼鏡天使が優等生系少女なら、今度の少女は元気系というか。


「こんにちは、そしてもうすぐさようなら! 転生担当リーフちゃんでーす!」


 いえーい! なんて言いながらにこにこと笑顔を浮かべる天使、リーフ。
 どうやら天使も、みんな性格とかは違うらしい。


「……んで、俺はどうすればいいの?」

「えっとねー、この転生装置の中に入ってくれたら操作はこっちでするから、そしたら希望通りの内容で転生できるよ!」


 リーフがその転生装置と思しき物体の傍に移動して「じゃーん!」と手を大きく広げた。
 ……見た目は普通より少し巨大なだけの洗濯機に見えるんだが、これが? まじで?


「他のがよかった? いまこれ以外に動かせるの、おまる型とかの不人気シリーズだけなんだけど」

「これでいいっす。というかこれでお願いします」


 あと、その不人気シリーズデザインしたやつ反省してくれ頼むから。殺されておまるに放り込まれるとか嫌過ぎる。


「ほんじゃま、未練がなければ入ってくださいなー!」

「……ん」


 言われて、ちょっとだけ生前のことを思い浮かべる。
 別にむちゃくちゃ悲惨な人生だったわけじゃない。
 だけど、贅沢な文句かもしれないが、完璧に充実してたともいえない日々だったと思う。
 自分の努力次第で変えられたこともあったかもしれないけど、全てはもう終わってしまった人生。
 
 しいていうなら、漫画やラノベの続きが見れないことに心残りはある。
 けれど……これから本物のファンタジーな世界に行けるんだ。
 だから、来世への期待の方が強かった。


「OK、じゃあよろしく」

「あいあいさー! 一名様ごあんなーい!」


 巨大洗濯機の中へ入る。蓋が閉められる。
 しばらくして、ごうんと大きな音を立てて装置内部が動き始めた。
 ぐるぐる、洗濯物みたいに回される……乗り心地最悪過ぎる!
 けど、これを耐え切った際には、希望に溢れた来世が――!


『あ、あれ? なんかおかしいような……』


 少しくぐもった感じで、リーフの声が聞こえる。
 何が? と呟く暇もなく――装置が突然、今までの揺れが比べ物にならないぐらいに振動し始めた。


「ちょ、まっ、なんぞこれー!!」

『あわわ、すっ、すっごい煙吹いてる! ありえないぐらい発光してるー!』


 リーフの戸惑っている声が聞こえるが、俺はもう戸惑うとかそんな次元ではない。


「お、おい! 大丈夫なのかこれ!? ちゃんと生まれ変わ――」


 俺の叫びが届いたのかどうか、知ることはできなかった。
 一段と激しい衝撃と振動。そして閃光。
 視界を埋め尽くす光に飲み込まれるように、俺の意識は、遠のいていった。


  ○


「……ど、どうなっちゃったんだろう」


 リーフは、暴走が終わった転送装置の中に先程の男がいないことを確認すると、別の装置を呼び出した。
 少しレトロな雰囲気のテレビ。それは彼女の愛用する装置のひとつで、転生した魂の様子を映像として確認することができるものだ


 スイッチを入れてチャンネル合わせのつまみを調整する。
 しばらく操作していると、画面上の砂嵐が止み、鮮明な映像が浮かんでくる。
 画面の中心にいるのは、生まれたばかりの人間の子供。どうやら女の子のようだ。
 テレビのボタンをいくつか押すと、その幼児についての詳細が表示される。
 やはり、転生そのものはなんとか成功したらしい。魔法の才能やら特殊能力なども、色々と誤差はあるようだが、ほぼあの男の希望通りに付加されていた。
 ただ……肝心の、男の意識や人格は、検出されなかった。
 記憶喪失とかそんなレベルではなく、魂そのものが消失しているとしか思えない有様だ。


「ど、どうなってるの……? わたし、失敗しちゃった?」

「作業ログを確認したけど、あなた自身には問題なかったわ」

「あ……ミルフィ先輩!」


 背後から掛けられた声にリーフが振り返ると、そこには先輩天使であるミルフィがいた。
 今も解析を続けているのか、ミルフィの周囲にはたくさんの半透明な枠が浮かび、天界の言語で様々な情報が次々と綴られている。


「上層部が修理費出し渋ったせいで機材が故障して起きた、典型的な転生事故ね。あなたが気にすることはないわ」

「け、けど……あの人の魂、完全に消えちゃったんじゃ……」

「そうね。どうやら『彼』の魂は粉々になった後、この子……“リース・ド・リロワーズ”という少女の魂の素材として吸収されたようね。
『彼』の魂の欠片が“リース”に何か影響を与えるとしても微々たるものでしょうし、問題はないでしょう」


 テレビの映像の中で、リース・ド・リロワーズと名付けられた少女は母親の腕の中で産声を上げている。
 当然ながら、少女には先程の転生者の面影はない――そこに付加された能力以外は。


「事故の影響で、魂の改変内容に多少の誤差はあるみたいだけれど……むしろ予定より強くなってる部分もあるみたいだし、別にいいんじゃない?」

「い、いいんですか……?」

「こちらの目的は達成してるし、過去のケースでも“その転生者の存在が天界に害を成さない限りは問題なし”と書かれているわね」


 神族が、人間の魂を転生させる目的はいくつかあるが、今回の場合は『怨念を残さないようにするため』だ。
 手違いにより殺された人間は大抵の場合、神を恨む。
 そういった魂は消える間際にも怨念を生み出してしまう。それは天界にとって色々と不都合だった。
 なので、怨念が生まれる可能性を減らすために、事故死させてしまった人間の望みを叶えて、別の世界に送り出す。
 それが何百年か前に天界で決まった、規則のひとつだった。


「……上司から連絡がきたわ。『記憶消えたってんなら、俺達的にはむしろ好都合じゃね? 問題なし』だって」

「て、天界はこんな調子で大丈夫なんでしょうか……」


 上司の軽い反応に、リーフは自分達の故郷の未来が心配になった。
 その疑問にはミルフィも概ね同意するが、天使が憂いたところで天界の在り方を決めるのは上層部――多数存在する神様達である。
 天の使いっぱしりである自分達があれこれ考えても、仕方が無いことだ。
 もしそれでも神々の在り方を良しとせず、根本から変えようというのなら……存在を消滅させられるか、穏便に済んでも堕天使として地獄に落とされるのを覚悟の上で反逆することになるだろう。
 ミルフィは現状に不満はあれど、神々に歯向かう程の覚悟も動機もない。

「ま、今回のことが問題となるのかは……それこそ、神のみぞ知るってやつなんでしょうね」

 呟きながら、ミルフィはちらりとテレビの映像を見る。
 小さな画面に映る少女、リース・ド・リロワーズの物語は、あっという間に魔法学院の生徒生活、進級試験編まで時間が進んだようだった。



   ○


 私の名前は、リース・ド・リロワーズ。
 下級貴族の家に生まれた、普通の少女である――外見的には。
 幼い頃から、私はどこかおかしかった。
 物の覚えは早く、魔法の才能は凄まじく、周囲の人が言うには見た目も美しい、らしい(その辺りはお世辞もあるだろうから何とも言えないけど、自分では自信がない)。

 
 初めはまだよかった。両親は私が数々の魔法を唱える度に、嬉しそうに「この娘は天才だ!」とはしゃいでいたことを、今でも覚えている。
 私も両親が喜ぶのが嬉しくて、頑張って練習した。
 魔法を使うことは楽しくて好きだったこともあり、遊ぶように、だけど真剣に練習に取り組んだ。
 それが余計に悪かったのだろうか。
 子供ではありえないような、高難易度の魔法を習得して扱えるようになると、両親の顔にはだんだんと恐怖の色が浮かぶようになった。自分が使いやすいように魔法を改造したり、自己流の魔法を作った頃には、もはや笑顔は消えていた。

 
 普通、メイジはどんなに優れていても、扱える魔法には限界がある。
 最高のレベルであるスクウェアメイジ。その域になってようやく使える、スクウェアスペル。
 メイジは基本的に、得意な属性というものがある。得意な属性の魔法は習得しやすく、消費する精神力も少なくて済む。
 スクウェアメイジでもその法則に変わりはない。
 どんなにメイジとしてのクラスが高くなっても、得意な属性以外で上級スペルを扱うことは困難であり、スクウェアスペルとなれば得意属性以外での行使は不可能だとされている。


 けど、私はそれができてしまった。それもまだ10歳にも満たない子供の頃に。
 メイジとしての能力が高いのは素晴らしいことだと褒められて育った。だから頑張った。
 だが、強すぎる力に、人は恐怖する。それを実感させられた。
 両親が2人きりでこっそりと話し合っていた場で「あの子は化け物ではないのか」と父親が呟いていたのを偶然聞いてしまってから、私は力を周囲に誤魔化して生きる努力をしてきた。
 
 いつの間にか趣味になっていた魔法の改造や自己流の魔法の開発はこっそり続けていたけど、その成果を他人に見せる気はない。
 必要がなければ一生、家族にも秘密にするつもりだ。
 また父親に怖がられたり、母親に心配をかけたりしたくない。

 
 成長して入学したトリステイン魔法学院でも、それは変わらない。
 私は、風のトライアングルメイジということになっている。
 風属性には戦闘に便利な魔法が多く、様々な状況への対応力もあるため、それをメインに扱う属性にすることにしたのだ。
 他の属性を疎かにするつもりはないが、例えば戦闘向きではない水属性が得意と周囲に伝えていたら、加減の効かない戦闘に陥った場合に他属性の上級スペルを扱うのが難しくなる。自分が嘘をついていたことがばれてしまうからだ。
 別に嘘そのものは、ばれたならそれでもいい。
 だが、自分に生まれつき備わった異常な才能を知られて、また“化け物”なんて言われたら――。


「リース・ド・リロワーズ。貴女の番ですよ」

「……は、はいっ!」


 コルベール先生に名前を呼ばれて、慌てて返事をする。
 今日は進級試験を兼ねた、使い魔召喚の儀式が執り行われている。
 周囲には既に召喚を終えて、自分の契約した使い魔とコミュニケーションをしながら儀式が終わるのを待っている生徒達がたくさんいた。

(集中しなくちゃ。どんな存在が使い魔として出てくるのか分からないんだから)

 使い魔は、呼び出したメイジの実力に見合った存在が呼ばれるという。
 火属性が得意なら、火山にいるような生物。水属性なら湖の生物など。
 だったら、全属性が得意な……実の父親に化け物と呼ばれるようなメイジは、何を呼び出すというのか。

(……呼び出すのも化け物なら、呼び出されるのも化け物なのかな。
 もしそうなったら、嘘がばれようとなんだろうと、周囲への被害だけは出さないようにしなくちゃ)

 すぐに戦闘を行えるように覚悟を決めながら、私は呪文を唱え始める。
 詠唱が終わる瞬間が、待ち遠しいような恐ろしいような――そんな迷いとは裏腹に、そんなに長くないスペルはすぐに半分以上唱え終わってしまった。
 後は、締め括りの言葉で、己の運命を世界に問いかけるだけである。

 深呼吸して、一度だけ目を閉じる。
 まだ迷いはあるが、無理矢理それを振り切って、最後の言葉を叫んだ。


「我の運命に従いし、“使い魔”を召還せよ!」

 呪文の終わりと共に、目の前に溢れ出でる光。その中に浮かぶ、召喚のゲート。
 光の鏡から、ゆっくりと姿を現したのは――。







[26782] 第二話「少女は名前をつけるようです」 ※リースの容姿について追記。『根暗と言われるような~』の下辺り。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:57
 失敗を繰り返した果てに、ようやく使い魔の召喚と契約を成功したルイズ。
 だが、彼女はとても不機嫌だった。

「うおお!? まじで、まじであいつら空、飛んでる? ワイヤーとかCGとかじゃなくて!?」
「ああもう、うっさいわねえ! 魔法だって言ってるでしょう!?」

 ルイズの使い魔として現れたのは、ただの平民……それも、屈強な兵士でも何でもない、自分と歳の近そうな、少し変わった格好をして妙なことを口走るだけの少年だった。
 しかも身分の低い平民で使い魔のくせに、貴族であり主であるルイズに、無礼な振る舞いをするのである。
 改めて脳内で情報を確認しても、目の前の少年を快く思えるポイントが見つからず、ルイズは深々と溜め息をつく。
 
 普通、使い魔として呼び出されるものは、ゲートを潜る時点で召喚されることに同意したものと考えられている。
 例え呼び出されたのが人間という、他では聞いたこともないような事態でも、この平民……平賀才人と名乗った少年は、ルイズの召喚に同意して、使い魔として契約するためにゲートを潜ってきたはずだ。
 なのに、まったく使い魔らしくない。
 言うことを聞かない、魔法を知らないとか妙なことを言い出す、貴族に対する礼儀がなっていない……などなど。

 今もルイズの批難の声など聞く耳持たず、学院の校舎に向かって空を飛ぶ生徒達を見て、何やら興奮と困惑の入り混じった様子で叫んでいる。
 これが私の使い魔? 生涯のパートナー? 冗談じゃないわ!
 未だ空飛ぶ人の群れを見て何やら呟いている(叫ばれるよりマシだけど、耳障りなこと変わりはない)少年を自分の使い魔と認めたくなくて、視線を逸らす。
 
 と、何気なく向けた視線の先に、1人の少女がこちらに背を向けて屈みこんでいるのを見つけた。


「……? ちょっとあなた、みんなもう行っちゃったわよ?」


 何かトラブルでもあったのかと、声を掛けてみる。
 こういう時に対応するべき引率の教師(今回はコルベール先生が担当していた)が既に帰ってしまっているため、自分が声をかけるしかなかった。
 自分のことを馬鹿にしてくるクラスメイト達は大嫌いだが、ルイズは他人が困っているのを放っておけるような性格ではない。
 なので自分にできることなら手助けをしなければ、と思っていたのだが、反応がない。
 無視されてちょっとむかついたルイズだが、もしかしたら返事できない程に体調が悪いのかもしれないと思い直して、屈んだ少女の傍に歩み寄ってみる。
 すると、彼女の呟くような声が聞こえてきた。


「ほーらこんなのはどう、ねこちゃーん」

「うにゃ、うにゃにゃ!」

「か、可愛い……ああねこちゃん、君はなんでそんなにねこなんだい!?」


 どうやらトラブルなのは、彼女の頭の中らしい。
 少女の足元には1匹の黒猫がいた。
 黒猫は、少女が手に持って振り回しているエノコログサの先端を夢中になって追い掛け回している。そんな黒猫に少女は夢中になっている。

 おそらくは先程の儀式で呼び出した使い魔に、周囲の様子が分からないぐらいに夢中になっているのだろう。
 はいはい可愛いねこちゃんを使い魔に呼べてよかったわねわたしのと変えろやこんちくしょう、といらついたルイズだったが、猫まっしぐらな少女が誰なのか分かると、意外な人物すぎて呟かずにはいられなかった。


「あ、あなたがそんな風になるなんて、とんでもなく珍しいんじゃない? リース・ド・リロワーズ」

「……ふぇ?」


 少女、リースはようやくルイズに気が付いた様子で、しかしまだ夢心地なとろけた顔で振り返る。


「こ、これはルイズ様。本日はお日柄もよく……」


 そして相手が公爵令嬢であるルイズだと知ると、慌てた様子で立ち上がって佇まいを整えて、丁寧な応対をしようとする。
 もっとも、そういう話し方に慣れていないからか、それともまだ頭の中が猫でいっぱいなのか、変な挨拶になっていたが。
 リースの言葉を遮って、ルイズは自分から話を振ることにする。


「そういうのいいわよ。2年からはクラスメイトじゃない」

「そ、それは……そうですが」

「はい、敬語禁止。ただし馬鹿にしたら怒るから、それだけ注意して」

「……分かりまし、いえ、分かったよ。ルイズ」


 素直に態度を改めた少女に、ルイズは「うん、それでよし」内心で頷く。
 それにしても……先程までの光景は、実際に目にした今でも信じられないことだった、とルイズは思った。

 リース・ド・リロワーズは、物静か……を通り越して根暗と言われるような少女である。
 肩辺りまで伸びて、風に揺られて踊っている、上質の絹のようにきめ細やかな金色の髪。
 少し小柄だが、均整のとれた身体。
 いつものように細められている目付きは、大人びた冷静さを感じさせる。
 同性のルイズから見ても世辞抜きに美少女と呼べる外見をしているリース。
 だが、その美貌を台無しにしてしまうぐらい、暗い雰囲気をいつも纏っていた。

 1年生の頃は別のクラスで、廊下や食堂ですれ違って軽く挨拶をする程度しか接点がなかったルイズですら「ああ、この子何か近づきにくいな」と感じた程である。
 周囲の輪に馴染めない子、というのは別にこの学院でも珍しくなかったが、リースのそれは普通以上らしい。
 近寄りがたい雰囲気をいつも纏い、かといって周囲に敵意を剥き出しにするわけでもなく、輪から離れて1人でぼんやりしていることがほとんど。
 頑張って仲良くなろうとした勇者が近寄ろうとしても、会話が成立しようが微笑みを浮かべられようが、見えない風の膜に阻まれるように、心の距離を縮められなかった……という噂があるぐらいだ。

 そんな話もあってか、ついた二つ名が“鉄風”のリース。
 風のトライアングルメイジである彼女の心は、他者を拒む鉄の風で覆われている――なんて、誰が言い出したことなのやら。
 そんな彼女が、猫に夢中になって「なんでそんなにねこなんだい!?」である。
 気にするな、というのは、あまりに無理があるというものだろう。


「その猫があなたの使い魔? 可愛いじゃない」

「う、うん。ありがとう」

「それと、普段からさっきみたいに笑ってた方が、良いと思うわよ? とても素敵だったわ、あの笑顔」

「う……い、いつから、見てた、の?」

「えーと、『なんでそんなにねこなんだい!?』のちょっと前ぐらいから」

「う、うぁぅあ……は、恥ずかしい。さっきのは忘れて、頼むから」


 そう言って、真っ赤になった顔を両手で隠すように覆うリース。
 ……む。
 なんか、こう。そういう反応されると。
 もうちょっと見てみたいな、なんて。ルイズは思ってしまいました。


「……『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「うぁ」

「……! 『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「や、やめてよ、ルイズ……」

「うふ、うふふふ。 『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「う、うぅぅ……!」


 ルイズは自分でも気付かぬうちに、淑女とは程遠い、にやにやとした笑みを浮かべていた。
 な、なんだか、楽しくなってきちゃったかも……!


「……何やってんの、おまえら」


 何よ、邪魔しないでよ。今とっても楽しい――って。


「ちょ、ちょっとあんた! なにじろじろ見てんのよ!?」


 いつの間にか近づいてきたのか、才人が呆れた表情で2人をじーっと見ていた。


「いやそりゃあ気になるだろ、近くでそんな奇妙な台詞を連呼されたら」

「き、奇妙な台詞……」


 ルイズに弄られるよりも、才人の冷静な言葉の方がきつかったのか、リースががっくりと項垂れる。


「ああもう、あんたのせいでリースが落ち込んじゃったじゃない! 謝りなさいよ!」

「はぁ? どう考えたってお前のせいだろ! おまえこそ謝れよ!」

「何よ、平民のくせにその態度は!」

「貴族とか知ったことじゃねえけど、今は身分とか関係ねえだろ!」


 ぎゃーぎゃーわーわー、と運命の主従は言い争い、チート少女は膝を抱えて蹲る。
 そして、自分の主が落ち込んでいるのを察した使い魔の黒猫が、主を慰めようとするかのように寄り添っていた。


 二つに分かれた尻尾を、ゆらゆらと揺らしながら。


   ○


「……疲れた」

 女子学院寮の自室に戻った私は、使い魔の黒猫をゆっくりと床に降ろして、食堂で用意してもらった餌とミルクを床に置いた。
 制服から寝巻きに着替えながら、今日のことを思い出す。

 あれから、ルイズとサイトの主従といっしょに学院まで戻ってきたのだが、相性が悪いらしい二人はずっと喧嘩をしていた。
 自分は話術に優れておらず、醜態を見られたショックも抜け切っていなかったので、上手く仲裁できるわけがなくて、自然に治まるのを待つしかなかった。
 結局2人の喧嘩が終わることはなく、学院到着後に彼女達と別れても、まだ喧嘩している声が遠くから聞こえた程だった。
 人間を使い魔にするなんて聞いたことがないけれど、あの2人は今後上手くやっていけるのだろうか。
 少し不安だけど、私には他人の仲を取り持つなんてできそうにないので、見守るぐらいしかできそうにない。

 他人のことを心配するよりも、私はまず自分のことをなんとかしなければ。
 足元で夕食を食べている使い魔を眺める。
 尻尾が二つに分かれていること以外は普通の、毛並みの綺麗な黒猫だった。

 私が、召喚した黒猫に夢中になっていたのは、可愛いからという理由だけじゃない。
 どんな化け物が飛び出してくるのかと気を張っていた私の元に現れたのは、可愛らしい黒猫だった。
 
 こんな外見は見せ掛けのもので、実は中身は――なんて不安も、自分で“ディテクトマジック”の魔法で念入りに調べた結果、少なくとも危険な存在ではなさそうだと思えた。多少魔力を持っているようだったが、猫は微弱ながらも魔力を持っていることがある生き物だと考えられている、と何かの本で読んだことがあるので、気にする程でもないと判断した。

 
 不安と緊張から解放されて、目の前には自分に甘えてくる可愛い猫……それで少し、ハイテンションになってしまったようだ。
 思い出しても恥ずかしい。明日からルイズとサイトにからかわれないだろうか……。
 着替え終えてベットに腰掛け、明日からのことを考えて憂鬱になっていると、ご飯を食べ終えたらしい黒猫が、私の膝の上に器用に飛び乗ってきた。

「ベ、ベットに毛が……いや、まあ、いいか。今日はいっしょに寝ようか」
「にゃ」

 甘えて擦り寄ってくる黒猫の可愛さに負けて、「明日この部屋掃除するメイドさんごめん」と呟いて、猫といっしょにベットに寝転がる。
 
「君の名前、まだ決めてなかったね……何がいいかな」
「にゃう?」

 仰向けに寝転がった私の胸の上で丸まった黒猫の頭を撫でながら、使い魔の名前を考える。
 と、かなり疲れが溜まっていたのか、一気に眠気がやってきた。
 まどろみの中で、幸せそうな猫の顔を見ながら、私も幸せな気持ちでいっぱいになる。
 この幸せな気持ちを、いつまでも忘れたくないと思った。
 だから、今からつける名前に、ちゃんとした意味を込めたくて、頭の中から言葉を探した。

「……ブリス。君の名前は、ブリス。どうかな」

 ブリス――幸福、至福という意味を持つ言葉、だったはずだ。
 その名前を呟くと、黒猫は「気にいった」と答えるかのように一声鳴いて、ゆっくりと目を閉じた。

「明日から、よろしくね……ブリス」

 これからのパートナーの名前を呼びながら、私も目を閉じる。
 今日は、久々に良い夢を見られるような……気がした。


 平穏に生きたいと願う少女と、幸福を意味する言葉を名付けられた黒猫。
 幸せそうに眠る主従を、夜空に浮かぶ二つの月が優しく照らしていた。








 つかの間の平穏を、過酷な運命の奔流から守ろうとするかのように。





[26782] 第三話「少女は怖いようです」 ※4/12 小瓶を拾うの、シエスタからサイトへ修正。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/12 23:37



「……お、リースじゃん。おはよ」


 召喚の儀式が行われた翌日の朝。
 少し早く目が覚めたのでブリスと学院内を散歩していると、サイトが声をかけてきた。
 どうやら彼は、洗濯の仕事をしているらしい。眠そうにあくびしながら、桶に入った洗濯物をごしごしとこすっている。


「おはよう。ルイズとは、仲良くやれてる?」

「いいや、まったく話になんねえよ。あいつ、俺のこと人間だと思ってねえよ」


 ルイズとサイトの相性は、とても悪いらしい。
 昨日、2人と別れるまでの間に見ていただけの自分でも、それは納得できた。


「今だってこれ、あいつの下着洗わされてるんだぜ?」

「……!? ちょ、それルイズの物だったの!?」


 思わず戸惑う。
 自分の視線からでは、洗い物が何なのか詳しくは確認できなかったのだ。


「俺もどうかと思うって言ったんだぜ? けどこっちの意見なんて聞かねえし、『仕事しなきゃ飯抜きよ!』って脅しやがるし……嫌になるぜ、ったく」

「……その割には嬉しそうじゃない?」

「へ!? い、いや! そんなことナイデスヨ?」


 文句を言いつつも、サイトの口元はにやけている。
 女性としては咎めたいところだが、彼とて主であるルイズからの命令に従っているだけだ。
 サイトは、使い魔としての責務を果たそうとしているのに、私が彼を怒るのもおかしいかもしれない。
 もしかしたら、ルイズにも何か考えがあるのかもしれない。
 しばらく様子を見て、明らかに問題ありと感じた時は何らかの対策を考えればいいだろう。


「まあ、ルイズ本人が納得しているなら、いいか。頑張って」

「おう、サンキューな。……つっても、これでもう終わりだけど、な」


 そう言って、彼は洗い終えたらしいルイズの下着を桶から取り出す。
 他の洗濯済みの下着を入れた籠に、最後の一枚を放り込んで、彼は「よっと」言いながら立ち上がった。


「……なんか、手馴れてる?」

「い、いやいや! 女物の下着触るのなんてこれが初めてだよ! さっき親切なメイドさんに詳しく教えてもらっただけで……って、噂をすれば戻ってきた」


 彼の視線の先を追うと、1人のメイドが洗濯物の詰った籠を持って歩み寄ってきた。
 トリステインでは珍しい黒髪の、優しそうな少女だ。


「サイトさん、終わりましたか? そろそろ干しに行かないと……あ、ミス・リロワーズ。おはようございます」

「おはよう、シエスタ。お仕事ご苦労様。……そうだ。申し訳ないんだけど、私の使い魔ねこだから部屋の中に毛が落ちちゃって……」

「はい、分かりました。掃除の際に気をつけるよう、他の方にも伝えておきます」

「助かるよ、ありがとう。自分でも少しは掃除したんだけどきりがなくて……今度お茶でも奢るよ」

「いえいえ、これが私達のお仕事ですから。お気になさらず」


 私とシエスタの会話を、しばらく黙って聞いていたサイトが、会話の切れ目を狙って質問してきた。


「……もしかして2人って、知り合いなのか?」 

「はい、初めて会った時に『君、私とどこかで会ったことない?』と口説かれてしまいました」

「……え? なに、リースってそういう趣味の人?」

「シ、シエスタ。それは内緒にする約束……サイト、そうじゃないんだ、あれは……」


 学院で、初めてシエスタを見た瞬間、何故かとても懐かしい気持ちになって、思わず言葉にしてしまったのだ。
 一応誤解は解けたけど、今でも時々からかわれる。
 普通なら、平民が貴族にそんな態度をするなんてとんでもないことだけど、私は気にしていない。
 むしろ、親しく接してくれることに、安らぎを感じている。
 もしかしたら、私が友人だと胸を張って言えるのは、今のところシエスタだけかもしれない。
 彼女がどう思ってるのかは分からないから、片思いかもしれないけれど……いや恋愛的な意味ではなくて。

 しかし何故、シエスタに懐かしさを感じたのか未だに分からない。
 子供の頃に出会ったことはないはずだ。出身地も離れているため、接点があるとも思えない。
 だけど、シエスタを……というより、彼女の黒髪を見ていると、自分でも説明できないが、懐かしいと感じてしまう。
 ……そういえば、サイトも黒髪だ。
 そう思って改めて彼を見ていると、こう、シエスタの時と同じような気持ちが……。


「サイト。私達、もっと昔に会ったことない?」

「りょ、両刀使い!? いや人の趣味とやかく言う気はないけど、大人しく見えて意外とアグレッシブ!?」

「わ、私という者がありながら!?」

「あ、いや! 違うんだそういう意味ではなくて! シエスタもからかうのやめて!」


 呟いてしまった言葉の意味に気付き、慌てて訂正しようとした時、学院の鐘が鳴った。
 どうやらけっこう時間が過ぎていたらしく、起床時間になっていたようだ。


「あ、お、おれルイズ起こしにいかないと!」

「私もお仕事が! リースさん、サイトさん、失礼します!」

「ってああ!? おれまだ洗濯物干してねえ!」

「サイトさん、そちらの分も私がいっしょに干しておきます!」

「ご、ごめん、サンキュー!」


 呼び止める間もなく、2人は駆け足で去っていってしまう。
 シエスタは、分かった上でからかっているんだろうけど、サイトは私のことをどう思ったのだろうか……。


「……また、やっちゃった」


 はあ、と溜め息をつく。
 他人との交流に慣れていないなのだろうか。
 いざ知人と会話をすると、思ったことをそのまま呟いてしまったり、変なことを言ってしまうことがある。
 誤解、解かないと……けどシエスタの時も、ちゃんと分かってもらうまで時間がかかったし、今回もちゃんと説明できるのだろうか。

 もう一度溜め息をつくと、足元でブリスが「にゃー」と鳴いた。
 ……とりあえず、朝食の時間だし食堂へ行こう。
 サイトとは、また後でじっくり話し合うしかない。
 今できることは、ご飯をしっかり食べて、授業に行くことぐらいだ。


   ○


 食堂でも、ルイズとサイトは言い争っていたらしい。
 私とルイズ達の席は離れていたため、事情はよく分からない。
 とにかく2人とも不機嫌な様子で、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 食堂からそのまま教室に向かう。朝食後はすぐに授業が始まるので、部屋に戻っている時間はない。
 新学期最初の授業は、使い魔のお披露目と、1年生の頃に学んだことの復習。
 それと新しいクラスメイトとの顔合わせが主な内容だ。


「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」


 ミセス・シュヴルーズが教壇で、ルイズにそう呼びかけている。
 授業中にサイトと私語を交わしていたのを注意されて、罰として“錬金”の実技を行わされているのである。
 周囲の生徒は「先生、考え直してください!」「ルイズ、お願いだから止めて!」と大騒ぎだ。

 ルイズの魔法は成功率ほぼゼロ。魔法を使おうとすると、失敗して爆発する。
 リースも噂で聞いたことはあるし、召喚の儀式の際にも……あの時はブリスに夢中だったからいまいち覚えていないが、何度も爆発音がしていたような、気がする。
 けど、サイトを召喚することはできたんだ。絶対に失敗するとは限らないはず……だと思う。

 周囲の静止を振り切り、ルイズは詠唱を始める。
 間違いなく“錬金”の呪文が唱えられて、それが壇上に置かれた小石を対象にして発動する……その瞬間。


「――!?」


 ズキン、と。
 急に、耐え難い頭痛に襲われた。
 脳髄に直接、氷柱を突き入れられたような、おぞましい感覚。
 思わず悲鳴を上げそうになった私の脳内に流れ込んでくる、鮮烈なイメージ。
 そのイメージの中で、ルイズの魔法は失敗して爆発する。
 教室内の使い魔達がパニックになって暴れて、ミセス・シュヴルーズは気絶して、授業は中止。
 ルイズはぼろぼろの格好で「ちょっと失敗したわね」なんて呟いて、周りの生徒達から文句を言われて――。


「……な、に。いまの、は」


 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎとめて、ルイズの様子を見る。
 彼女が魔法を唱え終わった瞬間、小石は……私の脳内に流れ込んできたイメージと同じように、爆発した。
 使い魔達が暴れて、ミセス・シュヴルーズは気絶して、授業は中止。
 そしてルイズが「ちょっと失敗したわね」と、呟く。
 何もかも、あのイメージと同じ結果となった。


「……何なんだ、いったい……!」


 未だ余韻の残る激しい頭痛が辛くて、思わず目の前の机に頭を抱えて突っ伏す。
 爆発の影響で騒がしい教室内に、私の呟きが聞こえた人はいなかったらしい。
 もっとも、聞こえたところで……私に起こった現象を信じて、理由を説明できる人なんて、いるのだろうか。


   ○


 時間が経つと、あの謎の頭痛も治まっていった。
 念のため医務室の先生に診察してもらったが、特に異常は見当たらないとのことだった。
 イメージ云々については話していないし、言ったところで信じてはくれないだろう―― 一瞬先の未来が見えた、なんて。


(こんなこと、今まで一度もなかったのに……)


 物心ついた時から、強すぎる力は持っていた。
 けど、未来が見えたなんてことは一度もないし、あんな激しい頭痛だって今回が初めてだ。


(私、どうなってるんだろう。どうなっちゃうんだろう)


 痛みは消えても、不安は拭えない。
 誰かに相談したらいいのか。相談しても大丈夫なことなのか。そもそも誰に言えばいいのかも、分からない。

 私がそんな風に悩んでいても時間は過ぎていき、昼食の時間になった。
 周囲の喧騒を無視して、自分の身に起きた異変について、どうすればいいのか考えていると、クラスメイトの男子達の大声が聞こえた。


「ギーシュと平民が決闘するぞ!」

「場所はヴェストリの広場だ!」


 そんな言葉が聞こえたと思った瞬間だった。
 先程教室で起こったのと同じ、突然の頭痛。そして浮かんでくるイメージ。


「がっ……ぅあ……!」


 2度目だから慣れた、なんてことはまったくない。
 むしろどれほど痛いか理解している分、またあの苦しみを味わうのかと思うと泣き出したくなる。
 けど、そんな私の気持ちなんて構うことなく、イメージはこの後の未来を伝えてくる。

 何度傷つき倒れようとも、ギーシュに挑み続けるサイト。
 ずっと劣勢だったサイトが、剣を握った瞬間戦況は覆る。
 圧倒的な強さで逆転勝利するサイト。
 けど、大怪我をしていたサイトは気絶して、医務室に運び込まれる――。


「……とめ、なきゃ」


 自分に何ができるのかなんて、分からない。
 サイトと私は、昨日出会ったばかりで、友達と言える程の付き合いはないかも、しれない。
 最後にちゃんと勝てるというなら、私が庇う必要なんて、ないだろう。
 だけど、傷つくと分かっている相手を放っておくわけには、いかない。

 頭を抑えながらも席を立とうとした。
 だが、頭痛のせいなのか、眩暈がしてふらつき、椅子に躓いてしまう。
 倒れてしまった身体を起こそうとするが、全身に力が入らず、また倒れてしまう。


「ミ、ミス・リロワーズ!? どうかなされましたか!?」


 声が聞こえる。
 その声の主が誰なのかも分からないまま、私の意識は――。


  ○


 目が覚めると、医務室だった。
 どうやら倒れた後、ここのベットに誰かが寝かせてくれたようだ。
 ゆっくりと身体を起こしたところで、部屋内を仕切っているカーテンが開いた。
 カーテンを開けたのはシエスタだ。水の入った小桶とタオルを持っている。


「あ、目が覚めましたか? リースさん」

「……シエスタ、君が介抱してくれたの?」

「いえ、私はついさっき交代したところで……ほとんどの処置は、別の方々が」


 意識がはっきりしていくにつれて、倒れる寸前のことも思い出してきた。


「サ、サイトは!? 決闘はどうなったの!?」

「……いま、ミス・ヴァリエールの部屋で療養されています」


 シエスタの表情が少し曇ったように感じて気になったが、まずはサイトのことを確認しようと思い、立ち上がろうとする。


「ま、まだ寝てないとだめですよ!」

「けど……サイトが……!」

「サイトさんは、その……大怪我をしていますが、治療はもう済んでいて、命に別状はないそうです」


 私が気を失っている間に、決闘は終わっていたらしい。
 あの時見えたイメージでは、決闘後の様子は分からなくて不安だったが……サイトの命は助かったようだ。
 それを理解すると、身体から緊張と共に力が抜けた。ベットに再び倒れこむ。


「……私、逃げちゃったんです」


 シエスタは懺悔するように、落ち込んだ様子で呟いた。


「サイトさんが、ギーシュ様と決闘すると騒ぎになって……私、怖くて、1人で逃げ出してしまったんです。
 サイトさん、こんなにボロボロになってまで立ち向かっていたのに。
 私は自分のことばかり考えて、サイトさんを見捨てて、逃げて……」


 シエスタの瞳から大粒の涙が、床に零れた。
 平民は貴族に敵わない。平民が逆らえば、貴族はそれを厳しく罰する。
 魔法を使えるか、否か。その差は、超えられない壁として、確かに存在している。
 だから、平民のシエスタが、魔法が使える貴族を恐れることを……どうして、責められるというのか。


「シエスタは、悪くない」

「で、でも!」

「サイトも、シエスタが自分を責めてるって知ったら、たぶん悲しむよ」


 まだあまり親しくない間柄だけど、サイトは女性が嘆き苦しむことを喜ぶような人間ではないと思う。
 その考えを伝えると、シエスタはしばらく考え込んで、彼女自身が考えた答えを言った。


「サイトさんの目が覚めたら、まずは謝って、それから……どうするか考えようと思います」

「……ん。それでいいんじゃないかな」


 事情に詳しくない私には、それ以上何か言うことはできそうにない。
 結局は、当事者同士が話し合って、今後のことを決めていくしかないのだろう。



 私の容態が落ち着いているのを見て安心したのか、シエスタはしばらくすると医務室を退出した。
 サイトのところへ行ったのか、別の仕事があるのかは分からない。あるいは両方こなしているのかもしれない。
 私は、ベットに横になって考える。
 あの、頭の中に直接刻み込まれるようなイメージは、確かに未来の光景だったようだ。
 2回とも、あのイメージと同じ結果になっている。偶然と考えるのは、難しいだろう。

 どんなタイミングであのイメージが流れ込んでくるのかは分からない。
 だけど……そのまま放っておけば、イメージと同じ未来になるようだ、ということは分かった。
 この先、あれがいつ起こるか分からないけど、もし大変なことが起こった時は、今度こそ――。


「……今度こそ、何だっていうんだ」


 自分の浅はかな思いつきに、自虐の意味を込めて溜め息を吐き出す。
 あのイメージが頭に浮かぶ時、私は激しい頭痛に襲われている。
 2回目ではついに意識を失った。次は……無事に済むとは限らない。
 いつ倒れるか分からない自分が未来を変えようなんて、思い上がりもいいところだ。

 そもそも、私に何ができるというのか。
 私には確かに、化け物じみた魔法の才能がある。その力を使えば、大抵のことはできてしまうだろう。
 けど、それを使うということは、今までついていた嘘をばらすということ。何より……化け物な私を他の人に見られる、ということだ。それは、とても怖いことだ。
 子供の頃に父親が呟いていた一言が、今でも悪夢として現れるぐらいに、私が恐れて、避けていること。
 
 その恐怖に負けて、私は――今すぐ自分を回復させて、サイトの元に行き、彼の怪我を完全に治癒するという、とても簡単な解決策を選べないでいる。


「最低だ、私……自分のことを守りたくて、みんなを見捨ててる」


 彼はきっと助かるだろう。
 けど、怪我が完治するまでの間に彼や、彼を看病する人達に与えられる負担はあるだろう。
 その負担を、私は一瞬で取り除けるはずだ。なのに、やらない。
 ただ、自分のことが大切だから、それ以外を切り捨てている。


「……ほんとに、さいていだ」


 シーツに顔を埋めて、勝手に漏れてくる嗚咽を無理矢理、押さえ込んだ。
 もちろん、その程度で私の罪悪感が消えるわけがなかった。





[26782] 第四話「少女は友達が少ないようです」 4/12 小瓶を拾うの、シエスタからサイトに変更。それに伴う会話文を修正。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/12 23:40
 


 決闘騒ぎから3日後、サイトは無事に目を覚ました。
 シエスタは、彼の前から逃げ出したことを謝罪したそうだ。
 サイトは気にした様子がないどころか、謝罪されたことに驚いていたようだ、とシエスタから伝え聞いた。
 彼と交わした会話のことを語る時のシエスタは、何やら頬を赤くしていたような気がする。
 だけど私は、そのことを指摘してからかうような気分にはなれなかった。




「サイト……ごめん」

「リ、リースまで謝るのかよ。なんで?」


 私は今、中庭で偶然会ったサイトと2人きりで会話している。
 合わせる顔なんてなくて避けていたのだけど、曲がり角で彼と対面したため、逃げる方が失礼だと思ったのだ。
 相変わらず私は、自分の異常な力を知られたくない。だから本当のことは言えないけど、謝らずにはいられなかった。


「君がぼろぼろになって戦っている時、私は助けにいけなかった。そのことを、どうしても謝りたかったんだ」

「い、いや。シエスタに聞いたけどリースも体調が悪くて倒れてたんだろ? 仕方ねえってか、謝る必要なんて……」


 ……私は、卑怯だ。本当のことを隠して、自分に都合の良い様に言葉を選んでいる。
 本当に申し訳なく思っているなら、隠すことなんて止めて、本当のことを話すべきだっていうのは分かっている。
 だけど、どうしてもできない。


「そもそも、あの喧嘩も俺が勝手に買っただけだしな。
 俺が黙って頭下げてれば、ギーシュは簡単に引き下がりそうだったし」

「けど君は、親切のつもりで、ギーシュの落とした香水の瓶を拾ったんだろう?
 それなのに相手に侮辱されたら、怒っても仕方ないんじゃないかな」

「あー……いや、モテ男この野郎、みたいな嫉妬もあった。
 あいつの挑発に乗らなきゃ、余計な喧嘩はせずによかったな、てちょっと後悔してるんだ。
 ……たぶん、同じようなことがあっても、納得できなきゃ頭下げられねえと思うけどさ」


 目の前の少年が、ルイズが、シエスタが、周囲の人達みんなが……私のことを化け物と呼ぶかもしれない、と思うだけで、身体が震えそうになるぐらい、怖い。
 その恐怖に打ち勝てず、真実を話す勇気が、どうしても出せない。


「あの後、ギーシュと話す機会があったんだけどよ、あいつ割りといいやつっぽくてさ。
 ちゃんとシエスタにも俺にも謝ってきたし、ちょっと気障で女ぐせが悪いところあるけど、いい友達になれそうだよ」

「それは……すごいね。決闘した相手と仲良くなれるなんて」

「なんていうか、男はそういうところあるんだよ。喧嘩したらいつの間にか友達になってたというかさ」


 喧嘩して、友達になる。
 サイトのその言葉に、友達の数ほぼゼロ(シエスタは友達と呼んでいいと思う、思いたい)の私は、少し心を惹かれた。


「なんで、喧嘩したら友達になれるの?」

「んー……なんつうか、『おまえやるな』『おまえこそ』みたいな感じで、お互いを認め合うって感じかな」

「なるほど、そういうものなんだ……」


 私はサイトの答えを聞いて、少し考えてから決意する。


「サイト、君に頼みがある」

「な、なんだ? そんな真剣な顔して……別にいいけど、無茶なこと言われても困るぞ?」


 彼と正面から向き合って、私は勇気を出して、言った。


「私と喧嘩してくれ!」

「は、はい!? なんで! おれ怒らせるようなことした!?」

「君と友達になりたい……だから、喧嘩してほしい!」

「いや待てその理屈はおかしい!」

「……だめ、かな。私は君の友達に、なれないかな」

「そ、そうじゃなくて……てか、俺達もう友達だろ?」

「――え?」


 サイトの言葉に、私は本当に驚いた。
 私と彼は、まだ出会って数日で。交わした言葉も、そんなに多くない。
 それに、私は本心を隠して付き合っている。彼の役にも、立てていない。
 そんな私を……彼は友達と、思ってくれていたのか。


「いいの? 私、君の友達になっても、いいの?」

「あ、ああ。てか、おれ今まで友達と思われてなかったことに驚きだよ」

「だ、だって。まだ会って間もないし、君の役にも立ててないし……」

「いや、過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ないだろ?」


 サイトは、それを当然のことのように言った。
 嬉しかった。
 シエスタの時は、気が付いたらなっていたから、どうすれば友達を作れるのか、分からなかった。
 ずっと、どうすればいいのか分からなくて、悩んでばかりで。
 だから……私を友達だと言ってくれる人がいることが、とても、嬉しかった。


(……ああ、そうか)


 そこまで考えて、気付く。
 私がシエスタを友達と思うことに、彼女の能力や身分は関係ない。
 気付いたら仲良くなっていて、少し話をするだけでも嬉しくて。
 きっと、それでいいんだ。
 難しく考えなくても、お互いがいっしょにいたいって思うだけで、友達になれるんだ。


「サイト。こんな私だけど、改めて……友達でいてくれる?」

「もちろん、こっちこそよろしくな」


 彼が手を差し出してくる。
 私は、少し迷ったけど、その手を握り締めた。
 ただ握手しただけなのに、とても心が弾んだ。



 だからこそ、彼に本当のことを言えない自分の弱さが、恥ずかしかった。



  ○



 それからしばらくは、平和が続いた。
 学院で授業を受けて、空いた時間でブリスやみんなと同じ時間を過ごす。
 あの頭痛を伴う謎の現象が起こることもなく、穏やかな日々が過ぎていった。

 それが破られたのは、休日である虚無の日。
 サイトとルイズが街に買い物に出掛けたという、その日の夜中に、事件が起こった。



「おーい、ブリス。ここにいるんだろー?」


 暗い夜闇の中を、“ライト”の魔法で周囲を照らしながら、私は使い魔を探して歩いている。
 ふと目が覚めた私は、ブリスが部屋からいなくなっていることに気付いた。
 使い魔として契約しているブリスの視界を共有することで、ブリスの居場所が中庭の一角だということは分かったので、迎えにきたのだ。
 ブリスは散歩に出掛けただけかもしれないが、最近はフーケとかいう盗賊が暴れていると物騒な噂もある。考えすぎかもしれないが、夜間にブリスだけで外出させるのは心配だった。


「……いたいた。ブリス。ほら、部屋に戻ろう」
「にゃー」


 なんとか見つかったブリスを抱きかかえて、部屋に戻ろうとする。
 だが、ブリスは私に持ち上げられたまま、視線を建物の方から動かそうとしなかった。


「あれは……宝物庫かな? あれが気になるの?」


 そう問いかけても、ブリスはその建物を見つめたままだ。
 トリステイン魔法学院の宝物庫はとにかく頑丈なことで有名だが、猫であるブリスが興味を持つようなことはないはずだ。
 疑問に思いながらしばらくブリスに付き合って宝物庫を眺めていると、何やら夜風に乗って声が聞こえてきた。


「あれは、ルイズ達の声? こんな夜中にどうして……」


 知り合いの声に驚いて、その声がする方へ行ってみようと思った瞬間だった。
 ズシン、と。激しく地面が揺れた。
 その凄まじい振動は断続的に、間隔を空けて何度も起こっている。


「な、なんだ!?」


 しばらくして、揺れが収まったかと思うと、次は轟音が響き渡る。
 その破壊音は何度か耳を揺さぶった後、急に収まった。


「――にゃ!」

「あ、ブリス! どこにいくの!?」


 突然、私の腕の中から飛び出したブリスを追いかけて、私も走る。
 暗い夜道ですばしっこい猫を追いかけることは、“ライト”の明かりがあっても中々難しかったが、なんとか見失わずについていけた。
 しばらく走り続けると、ブリスは目的地についたかのように急に立ち止まる。そしてある方向を見つめて、威嚇するように唸っている。
 ブリスの視点の先を見て、私は……平和な日常には相応しくない、『敵』を見つけた。


「……あれ、は」


 学院から歩み去ろうとする、巨大な――巨大すぎる、人影。
 距離の開いている私にもとんでもなく大きく映る、人の形をしたその存在は、近くで見上げたならどれほどの脅威となるというのか。
 どうやらそれは、土で作られた巨大なゴーレムらしかった。
 近くにある宝物庫の壁が、豪快に砕かれている。先程の破壊音は、この壁をあのゴーレムが打ち破る音だったのだろうか。

 巨大なゴーレム。宝物庫。その言葉から、私は噂されている存在を思い出した。


「土くれの、フーケ……?」


 そう呟いた瞬間。
 あの嫌な感覚と頭痛が、再び私を襲った。


「ぐぁ……また……!」


 頭を抑え込んで、耐えるしかなかった。
 襲ってくる激痛に“ライト”の魔法を維持できなくなり、明かりが消失する。
 真っ暗な暗闇の中、私の中に流れ込んでくるイメージ。

 盗まれた破壊の杖。捜索隊に志願するルイズ達。
 あっさりと見つかる破壊の杖。だけどそこにフーケのものと思われる巨大ゴーレムの襲撃。
 逃げようとするみんなの制止を振り切って、ルイズはゴーレムに1人で立ち向かおうとする。
 けどそんなルイズの抵抗を嘲笑うかのように、ゴーレムが襲ってきて――。

 そこで、イメージは途絶えた。
 まるで、そこから先の未来は見せるまでもない、と宣告するかのように。
 私の全身から力が抜ける。激痛に襲われ続けている頭の中が、真っ白になる。

「う……ぁ、あああ」

 もしも、このまま、今までのように何もしなければ。
 明日。ルイズは、死ぬ。
 それを知っていて止められるのは私だけで、けど、強固な意志を持つルイズは、言葉では説得できそうになくて。
 一番確実で安全な方法はひとつだけ。
 私が、みんなに化け物と怖がられるのを覚悟してでも、あのゴーレムを全力で倒すしかない。
 けどそれは、とても怖くて。どうしても、怖くて。
 そして――彼女の命と自分の都合を天秤に掛けていることが何よりも醜くて、自分自身に吐き気がした。


   ○


 どうやって部屋に戻ったのか。いつの間に寝ていたのか。
 それさえも思い出せないまま、私は朝を迎えた。
 鏡で自分の顔を見てみると、とてもひどい顔をしていた。
 まるで今から死地に赴くような……そんな人を見たことないから想像でしかないけど、そんなひどさだった。


(死にそうなのは、私じゃないのに)


 水で顔を洗い、身支度を整える。
 私もまた事件当時、現場近くにいたということで、証人の1人として呼び出されている。
 イメージの中で見たように、事件当時の状況確認が行われるはずだ。
 それと、ミス・ロングビルが調査してきた情報を元に、捜索隊の志願者を募られることになる。


(私は、どうするべきなんだろう)


 いや、やるべきことは分かっている。
 フーケのゴーレムがみんなに危害を加える前に全力で排除して、可能なら破壊の杖を取り戻す。そしてフーケ自身も捕える。
 だけど、そのためには普通の魔法じゃ無理だろう。イメージの中でも、何度強力な攻撃を加えてもゴーレムは再生して、すぐに体勢を整えていた。
 再生する暇もないぐらい、一気に吹き飛ばす。それしかない。
 学生の身ではありえない私の異常な力だったら、可能なはずだ
 分かっていても、怖い。みんなから化け物として扱われるかもしれないことが、怖くて、怖くて、ひたすらに怖い。

 決意を固められないまま、私は指定されていた部屋に入る。
 室内にはもう人が集まっており、しばらくして会議が始まった。
 先生達へ事件について知っていることを、平民で使い魔であるサイトを除いた、目撃者達がそれぞれ話す。
 目撃者はルイズ、キュルケ、タバサ、サイト。それに私を入れて、5人だ。
 私自身の知っていることはほとんどないため、すぐに報告は終わる。

 後はイメージの中で見えたのと変わりのない流れで、話は進んだ。
 責任を押し付けあう教師。遅れてやってきたミス・ロングビルの情報提供。
 持ち込まれた情報を元に、フーケ捜索隊の志願者が募られる。だが教師達は体調が悪いだの何だのと言い訳をして、捜索隊には加わろうとしない。
 それを見かねたルイズが自ら志願し、それを見てキュルケやタバサ達も捜索隊に加わった。


「……私も、志願します」


 私も杖を掲げて、参加の意思を示す。
 教師の態度がどうとか、そんなのは関係ない。
 あのイメージの通りの未来なんて、絶対に認められない。
 覚悟が決まっていなくても、それだけは変わらなかった。


「ふむ……最近の生徒達は勇敢じゃな。教師達と違って、の!」


 オスマン校長が言い訳ばかりの教師達を眺めて、皮肉げに言う。
 それに腹を立てたのか、いつも『風は最強』と口にしているミスタ・ギトーが叫んだ。


「ならばやはり、私も志願しましょう! そこまで言われて黙ってはおれません!」

「あー、いや。すまんかった。君は休んでいなさい。君とベルフェゴール君の怪我については知っておるから」

「コルベールです、オールドオスマン」

「ふん、この程度の怪我など――ふおぐふぉ!?」


 突然、ミスタ・ギトーが腹を抱えて蹲った。


「ああほれ、傷が開いた方が問題じゃろう。コールド君、彼を医務室に。会議はもういいから、そのまま君も今日の診察を受けてきなさい」

「いえ、しかし生徒達だけで……あと、コルベールです」

「捜索隊には私が同行しますので、あなた方は御自分の身体を労わってください」

「ミス・ロングビル……ありがとうございます。生徒達のこと、よろしくお願いします」


 イメージでは見えなかったそんなやりとりが行われて、ミスタ・コルベールを連れてミスタ・ギトーが退出する。


「先生達は、どこか怪我を……?」

「うむ、何日か前に別件でな。特にギトー君の怪我はひどくて、本来なら安静にしているべきなのじゃが本人が大丈夫と言い張ってな。じゃがさすがに今の状態で戦闘させるわけにはいかんよ」


 その別件とやらについては詳しく教えてもらえなかった。
 話す必要がないか、秘密のことなのか……どちらにしても、フーケ捜索には関係なさそうなので、誰も追及する者はいなかった。


   ○


 馬車に乗って、フーケの目撃証言があったという付近まで馬車で移動する。


「ねえ、リース。さっきは聞けなかったけど、なんであなたも志願したの?」


 その途中、ルイズが質問してきた。
 けど、正直な理由は言えない。
 君が死ぬかもしれないから、と言うのは不吉すぎるし、そう考える理由も“未来が見えた”という、実際に体験した私しか信じられないようなことだ。


「……心配だったから」

「何よ、あなたも私がゼロだから戦えないっていうの?」

「違うよ、その……」


 友達だから、と言える自信はなかった。
 相手は公爵令嬢だし、付き合いも短いし……そう考えている途中、先日のサイトとの出来事を思い出した。


(過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ない)


 サイトはあの時、私を友達だと言ってくれた。
 身分とか立場とか、そういうことも気にせずに、言ってくれたんだ。
 余計なことは関係ない。大切なのは、私がルイズを、どう思っているのか。それだけなんだ。
 勇気を振り絞って、ルイズに自分の気持ちを伝える。


「友達、だから。友達だと思っているから、心配なんだ」

「……友達?」


 ルイズが不思議そうに、そう呟いてくる。


「あ……やっぱり、私が友達じゃあ、迷惑かな」

「い、いえ、そうじゃないの! その……ありがとう」


 照れた様子で、視線を逸らしながら呟くルイズ。
 どうやら、嫌われているわけではなさそうで、少しだけほっとした。
 だからこそ、私の力を見られた時のことを考えると、怖いけど。


(私が怖がられるだけで、友達の命が助けられるなら……それでいいじゃないか)


 覚悟はまだ決まらない。けど、意思は固まった。
 私は、あの未来のイメージに立ち向かう。そして友達を守る。
 絶対に……守るんだ!







[26782] 第五話「少女は誓われるようです」 ※4/8 最後の方に追記。2回目
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:41



 馬車では通れない小道を、私達は徒歩で移動する。
 しばらく歩き続けると森の中に、木々が伐採されて出来たらしい、開けた広場のようになっている場所に辿り着いた。
 その広場の片隅に、朽ちかけた小屋が佇んでいる。おそらくはそこがフーケの隠れ家なのだと推測された。

 相手は悪名高いトライアングルメイジ。無策で突撃するべきではない、ということで作戦会議を行う。
 シュヴァリエの称号を持つ騎士としての経験からか、こういった荒事には慣れているらしいタバサが、意見を述べた。


「まずは斥候役が必要。小屋内部の情報を探りたい。素早い人が適任」

「ってことは……俺の出番か?」


 サイトが己を指差して尋ねると、タバサは肯定を示すようにこくりと頷いた。


「もし中にフーケがいて隙があっても、一人で突撃はしないで。罠の可能性もある」

「おう、分かったぜ。打ち合わせ通りにやればいいんだろ?」


 再びタバサが、頷く。
 細かな作戦を決めた後、作戦を実行する。サイトが剣――意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードであるデルフリンガーを鞘から抜く。
 サイトは、いつでも応戦できるようにデルフリンガーを構えながら、慎重に小屋へと近づいていく。
 しばらくして小屋内を覗いたサイトが、中に誰もいない際の合図を、離れた位置で待機していた私達に送ってきた。
 足音を立てないように一団で小屋へと近づく。確かに、誰の気配も感じられなかった。
 ミス・ロングビルは小屋の外で待機して、見張り役を務めると自ら提案した。
 周囲の様子を警戒してもらっている間に、私達が小屋内の捜索をすることになる。


「……ねえ、もしかしてこれじゃない?」


 小屋の中に無防備に放置された、硬い素材で作られた筒状の物体が見つかる。
 杖、というには少し大きすぎる気もするが、小屋内には他にそれらしき物は存在していない。


「これって……もしかして」


 サイトが、破壊の杖と思われる物品を見て、何やら呟く。
 彼の呟きはよく聞こえなかったが、尋ね返す暇はなかった――突然、小屋の天井が轟音と共に、強大な力で薙ぎ払われたからだ。
 破壊された天井跡から小屋を覗き込む巨大な影。おそらくは昨夜、学院の宝物庫を襲ったのと同型の、巨大な土のゴーレムだ。


「フ、フーケのゴーレム!」

「急いで脱出! まずは体勢を立て直す!」


 タバサの迷いのない指示に従い、小屋を脱出する。
 私達が脱出して間もなく、子供がおもちゃでも壊すかのようにあっさりと、私達がさっきまでいた小屋は土製の巨大ゴーレムの手で崩壊した。
 破壊の杖はキュルケ達が無事に回収していたようだ。


「ファイアボール!」

「ジャベリン」


 キュルケとタバサが魔法を唱えて、ゴーレムに攻撃を放つ。
 動きの遅い巨大ゴーレムには易々と命中するが、威力がまったく足りておらず、表面に微かに痕跡を残しただけだった。それもすぐに再生されてしまう。
 だが元々、倒すためではなく牽制のための攻撃なのだろう。
 2人は詠唱が素早く終えられるドットスペルの魔法を次々と放ちながら、ゴーレムを撹乱しようと素早く駆けている。


(広範囲に効果が及ぶ魔法は使えない。範囲を一点に絞った、高威力の魔法で弱点を貫ければ――!)


 私は自分の記憶の中から、条件に合う魔法を探して詠唱を開始する。
 ――が、このタイミングであの頭痛が起こった。激痛に詠唱を中断せざるを得なくなり、頭を抑えながらゴーレムの攻撃を避けるために必死で飛び退く。


(くそ、こんな時に! やるべきことは分かってるんだ、今は治まってよ……!)

「リース、あなた大丈夫!? ここで気絶なんてしたら命に関わるわよ!」

「っ、ごめんキュルケ! 逃げ回るのはなんとかなる!」


 頭痛は、気絶してしまった時と比べればまだマシだった。
 だが、苦痛が和らいでいる代償なのだろうか。流れ込んでくるイメージはひどく断片的なもので、そのひとつひとつの意味を理解するのは困難だった。


(役に立たないイメージ流し込む上に、マシとはいえ詠唱できない程の痛み……ほんと、勘弁してよ!)

「うう、この! さっさと倒れなさいよファイアーボール!」


 ルイズが加勢しようといくつもの魔法を唱えているが、全て本来の効力とは違う現象である爆発を起こしてしまう。
 何度も放った爆発のうち数発はゴーレムに命中した。
 不思議なことに、ルイズの起こす爆発が命中した箇所は、強固な土の鎧が削られて、再生もされないようだった。
 だが、ゴーレム本体が圧倒的に巨大すぎる。表面をいくらか削った程度では、決定打にはなりそうになかった。


「仕方ないわね……タバサ、破壊の杖は回収したんだし、ここは退却しましょう!」

「了解。シルフィード!」


 タバサが合図の口笛で、彼女の使い魔である風竜・シルフィードを呼び寄せて、破壊の杖を載せる。
 そして「乗って!」と捜索隊の一同に急いで騎乗するように言った。
 だが、ルイズはそれに否を唱えて、ゴーレムへと立ち向かおうとする――あのイメージと同じだ。


「ルイズ! 無茶よ、戻りなさい!」


 キュルケの必死の呼びかけにもルイズは答えず、ゴーレムへと接近して魔法を唱えようとする。


(だ、め……!)


 ルイズを助けるために魔法を唱えようとする。だが、頭痛のせいで詠唱を唱えきれない。


「だめー! ルイズー!!」


 子供みたいに、叫ぶしかできなかった。
 ゴーレムがルイズを踏み潰そうとする。


「うおおおおお!」


 その危機を救ったのは、私ではなくサイトだった。
 デルフリンガーを片手に持った彼は、凄まじい速さでルイズに駆け寄り、その勢いを殺さず2人で転がるようにしてゴーレムの巨足を避ける。


「馬鹿、おまえ死にたいのか!」

「そんなわけないじゃない! けど、ここで逃げるわけにはいかないのよ!」


 主の危機を救ったサイトの叱責に、ルイズは己の意思を叫ぶことで返した。
 危険は百も承知の上で。己の無力も承知の上で。それでもルイズは、敵から逃げようとしない。
 魔法が使えないゼロ。そう見下され続けたルイズは、しかし。


「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ! 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」


 だからこそ、劣勢だろうが無力だろうが、己の誇りだけは捨てようとしない。
 それはとても立派なことだと思うが、今回は相手が悪すぎる――そう言われたところで、ルイズは納得できないのだろう。
 誇りとは、己が己である証。他人がどう感じようとも、その誇りを掲げる本人にとっては決して譲れない一線なのだから。

 サイトの腕を抜け出して、ルイズは新たに魔法を放つ。
 その呪文が起こした爆発は今までのものより一際大きく、ゴーレムを直撃した。


「やった!?」


 手ごたえを感じたのか、ルイズがそう叫ぶ。
 だが、ゴーレムを包んでいた土埃の中から、ルイズ目掛けて巨大な拳が振り下ろされた。


「ルイズ!」


 彼女を庇おうと、サイトが飛び出す。
 なんとかルイズの腕を掴んだサイトだったが、回避が間に合わない。
 ――そう感じた瞬間、私は跳んだ。
 比喩でもなんでもなく、魔法の力を利用して、放たれた砲弾のように彼女達の元へ飛び込む。
 頭痛を堪えて力づくで魔法を行使したからか、激痛は脳髄だけでなく全身に広がった。
 だけど構わない、今はそんなこと構っている暇はない。
 サイトとルイズを、ゴーレムの拳が届かない後方まで強引に突き飛ばす。


「――リース!?」


 乱入者に気付いたルイズが、私を見て叫ぶ。サイトも驚いた様子で私を見ていた。
 その様子を一瞬だけ確認した後、私は杖を構える。
 当然、さっきまでルイズ達を潰そうとしていた拳は、彼女達を退避させるために飛び込んだ私に襲い掛かってくる。
 回避は既に不可能。受け止めるしか、ない。


「エア・シールド!」


 ほとんど無詠唱で空気の障壁を作り出し、ゴーレムの拳を阻むように展開する。
 大きな屋敷程の巨躯を持つゴーレムの拳と、1人の人間が生み出す空気の壁。
 どう考えても力の差がありすぎる。阻めるはずがない――普通なら。


「くっ……ああああああああ!」


 本来なら一枚だけ生み出せる空気の壁を何重にも、何重にも張り巡らせる。
 ただの空気の膜は、堅牢な城壁の如き層と化し、人の身には余る凶悪な威力の拳撃と拮抗する。
 内側から襲う激痛を噛み殺して、外側から迫る脅威を跳ね返そうとした。
 このままなら、いけると思った。実際、空気の層は土の巨拳を押し返し始めてすらいた。


「……ぁ」


 ――だが、そこで無理がたたった。
 呼吸が止まる程の激痛が全身を駆け抜ける。魔法を維持できなくなる。
 当然、邪魔する壁が消えた拳は振り下ろされて……私の身体を直撃した。
 とっさに、無意識のうちに展開した魔法の障壁で、圧殺だけは避けられた。
 だが衝突の勢いは殺しきれない。私の身体は地面を跳ねるように何度もバウンドしながら、ルイズ達を通り過ぎて、さらに長い距離を吹き飛ばされる。
 ようやく身体が止まったのは、広場を囲む木々のひとつに叩きつけられてからだった。


「――リース、リース!!」


 ルイズ達が駆け寄ってくる足音と、名前を呼ぶ声が聞こえる。
 けど、すぐに応えることができなかった。
 人間の身体は、そんなに頑丈にできていない。

「……りー、す?」

 サイトに抱きかかえられて疾風のような速さでやってきたルイズが、呆然と呟く声が聞こえた。
 自分では、自分の姿を見ることはできない。けど、相当ひどい有様になっているだろうことは、なんとなく分かった。
 身体から血がたくさん流れているし、骨はたぶん何本か折れている。
 他にも色々と被害はあるはずだけど。痛覚が麻痺してしまったようで、もうどこが痛いのか自分でも把握できない。

「おい、リース! しっかりしろよ、なあ!」

 サイトが、木の幹に寄りかかって座るような体勢になっている私の両肩を掴みながら、泣きそうな声で呼びかけてきている。
 返事をしなくちゃ、と思って口を開ける。ごほ、と血を吐いてしまった。目の前にいるサイトの服にかかってしまう。


「ごめん、サイト。ふく、よごしちゃった」

「そんなのどうだっていい! なあおい、ちょっと待ってろ。いまタバサ達がきて、きっと魔法で治してくれるから! なあ!」


 血が足りなくなってきたのか、頭がぼんやりしてくる。
 ……ここで死んだら、化け物じゃなくて、人として死ねるのかな。
 けど、死ぬのは嫌だなぁ。
 新作のお菓子も食べたいし、着てみたい洋服もあるし、もうすぐ……ええっと、名前が思い出せないけど、学院で舞踏会もあるはずだ。
 やりたいことはたくさんある。なくても、死にたいとは思えない。幸せになりたい。
 それに、何より。


「血、たくさん、出ちゃってる。え、えっと、早く、身体の中に、戻さないと……」

「何やってんだよルイズ! ふざけてる場合じゃないだろ!?」


 目の前で涙を零しているルイズとサイトを見て、ぼやけていく視界と思考の中で、思う。




「ち、くしょお……よくも、よくもリースを……!
 ――うおおおおおおおおおお!!」


 ともだちが泣いちゃうのは、やだな。


「くっ……タバサ! あなた治癒はできる!?」


 ばけものと呼ばれるの、やだけど。


「あの重傷は、私では、無理……っ」


 しあわせになれないの、やだけど。


「リース……わ、わたしの、せいだ。わたしが、意地を張って逃げなかったから……。
 嫌だよ、リース。お願い、死なないで。リース……い、いやあああああああ!」


 ともだちを泣かせちゃうのが、いちばん、やだな。




 だから……死ねない。
 こんなところで、死ねない――!


 そう強く思った、瞬間。
 私の中で、何かが。
 弾けた。


   ○



「ち、くしょお……よくも、よくもリースを……!」


 心から噴き出す怒りで、少年の身体が震えた。
 その心の鳴動に呼応するように、サイトの左手に刻まれたルーンが激しく光り輝いた。
 サイトに刻まれたルーンは、伝説の4つの使い魔が一角、“神の盾”ガンダールヴの証。
 伝説に曰く。ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなし、一にして千を万を悉く打ち払う、神の左手と謳われるに相応しい強き戦士であったという。


「――うおおおおおおおおおお!!」


 少年は意志の込められた魔剣を手に、巨人へと突撃する。
 己より遙かに巨大な敵。一撃でも喰らえば、自分達を庇って倒れた少女のように、無事では済まないだろう。
 それが分かっていようとも、彼は立ち止まらなかった。己の心を震わせながら、疾風のように駆け抜ける。

「いいか相棒、今は難しいことは考えんな! とにかく走って走って走りまくって、思いっきり斬りまくれ!」

 魔剣・デルフリンガーが声を発する。
 その声が聞こえたかのかどうか。サイトは、大地を踏み砕く程に力強く、眼前の敵目掛けて突き進む。
 離れていた距離は一瞬で詰り、剣士の間合いとなる。


「覚悟、しやがれえええええ!!」


 誰もが無謀と感じた突撃。だがその印象は、気合の咆哮と共に振るわれた一閃が覆した。
 巨人の足元を駆け抜けながら、少年がデルフリンガーでゴーレムの左足を斬る。
 一瞬の空白。人間を蟻の如くたやすく踏み潰せる巨大な足が、ゆっくりと剣閃をなぞるように、大きく抉られた。
 片足に亀裂が走り、バランスを崩したゴーレムの身体にサイトは素早く飛び乗る。
 その巨体を駆け上がりながら魔剣を絶え間なく振るい、ゴーレムの鎧を次々と斬り捨てていく。
 どれだけ魔法をぶつけられても傷一つ刻まれなかった頑丈な装甲が、少年の剣に込められた憤怒に耐えかねるように、削られていった。

 だが、それでもゴーレムは壊れない。
 少年が渾身の剣技で削った装甲は、すぐさま再生を繰り返していく。
 神がかりな猛攻も、無駄だと言うかのように。


「くっ、そお……! こんだけやってもだめなのか!?
 おれは……友達の仇も、とれねえのかよぉ!!」


 ゴーレムが身体を振り回す。その動きに、しがみついていられなくなり、サイトは振り落とされてしまった。
 ルーンの効果で強化された肉体は、高所からの落下の勢いを上手く受け流し、着地することに成功する。
 だが、衝撃を流すことに専念せざるを得なかったサイトは、着地直後はすぐに動き出せなかった。
 その僅かな隙に狙いをつけていたかのように迫る、ゴーレムの拳。
 先程、リースを跳ね飛ばしたものと同じ、人の身では受け切れない重すぎる一撃が目前に迫っていた。


「ちっくしょおおおおお!!」


 恐怖と、怒りと、悔しさに、サイトはたまらず叫ぶ。
 ――その叫びに応えるかのように、少年の前に人影が躍り出た。


「……!?」


 サイトを押し潰そうとしたゴーレムの拳が、少年を庇うように現れた人影が空中に生み出した魔法陣と正面からぶつかる。
 圧倒的な腕力で繰り出された拳骨は、それを凌駕する豪力を叩きつけられたように、轟音を伴う凄まじい衝撃によって跳ね返された。
 その現象を起こした人影が、背を向けたままサイトをちらりと一瞥した。その横顔で、相手が誰なのかを理解したサイトが、喜びと戸惑いの混じった声で、その名前を叫ぶ。


「リ……リース! おまえ、無事だったのか!!」


 だが少女はその声に応えることなく、攻撃を防がれて体勢を崩したゴーレムを追撃しようとするように、空中を魔法の力で駆けた。
 リースは、深紅の魔力光を全身に帯びて、残像すら見える程の速さで飛翔する。先程まで瀕死の重傷を負っていたとは思えない、激しく力強い動きだった。
 ゴーレムの上空に一瞬で移動したリースは、“フライ”を維持して超高速の空中機動でゴーレムを翻弄しながら、魔法の光弾を連射していく。
 次々と放たれる魔法の弾丸は、そのほとんどがゴーレムへと命中。そのひとつひとつが凄まじい威力なのだろうか、ゴーレムの巨体が衝撃に揺らいだ。
 だが、それでも破壊しきれない。巨人が体勢を崩して大地に倒れこむが、まだ起き上がろうとしている。
 その様子を無表情に眺めていたリースが、杖を一振りする。すると、タバサ達の持っていた破壊の杖が光に包まれた。
 タバサ達が驚愕した次の瞬間、サイトの目の前に光が現れて、破壊の杖が現れる。
 とっさにそれを掴み取ったサイトの脳内に、その“杖”の扱い方の情報が次々と流れ込んできた。


「これを使えってことか……おし、ちょっと待ってろ!」


 リースの意思を感じて、サイトは脳内に浮かぶ手順を素早く行い、破壊の杖と呼ばれた兵器――サイトの世界でロケットランチャーと呼ばれる武器を、使用可能な状態にする。
 そしてゴーレムに標準を合わせて、引き金に手を添える。いつでも発射できる状態だ。


「リース、準備OKだ! 退避してくれ!」


 サイトの合図に反応して、リースは赤い光の尾を残しながら凄まじい速度で安全圏へ離脱する。
 それを確認して、サイトは迷わず引き金を引いた。


「くらいやがれ、このやろおおおおお!」


 発射されたロケットは、ゴーレムの胸部に直撃。
 桁違いの爆発と衝撃を巻き起こし、ずっと昔に異世界より呼び寄せられた科学兵器は、魔法の巨兵を粉々に破壊した。


「……やった。やったわ! すごいわ、一発で倒しちゃうなんて!」

「あれが、破壊の杖の威力……」


 キュルケが、崩壊していくゴーレムを見て興奮したように騒ぐ。
 タバサは目の前で放たれた脅威の一撃に、表情こそ変わらないものの驚いた様子で、「すごい」と呟いた。


「リース、やったぜ! 俺達の勝ちだ!!」


 破壊の杖を掲げて、サイトは勝利を宣言する。
 それを見て安心したのだろうか……力強く輝いていた魔力光が消えて、リースは力尽きたように意識を失い、空中から落下し始めた。
 慌てて破壊の杖を放り出し、彼女の落下しそうな地点に駆け出したサイトだったが、シルフィードに乗っていたタバサ達がすぐにリースへ接近。
 “レビテーション”の魔法で落下の勢いをなくして、リースの身体を優しく受け止めた。


「リースの様子は!?」


 ゆっくり地面へと降りてきたシルフィードの傍へ走り、サイトはタバサ達に尋ねた。


「気絶してるけど、呼吸は安定してるわ。信じられないけど、あれだけの怪我もだいぶ回復してるみたいね。自力で治したのかしら……」

「学院に戻ったら医務室へ。要安静。けど、きっと大丈夫」


 リースの命に別状はないらしいことを知り、サイトは気が抜けたように地面に座り込む。


「よ……よかったぁ」

「……リース。ごめん、ごめんなさい。
 私のせいで、こんなひどい目にあわせて……ほんとうに、ごめん、なさい……っ」


 自力で駆け寄ってきたルイズが、眠るように瞳を閉じているリースの手を取って、涙を流しながら謝罪の言葉を何度も呟いていた。
 そんな彼女達の元へ、近づいてくる女性がいた。見張り役を担当していたはずの、ミス・ロングビルだ。


「ミス・ロングビル! フーケのゴーレムは倒しました、けどリースが大怪我を……!」

「ええ。ご苦労様」


 ルイズの言葉に短く返答して、ロングビルは……サイトが先程放り出した破壊の杖を、ルイズ達に向けて構えた。


「ミス・ロングビル!? いったい何の真似ですか!?」

「おっと、動くんじゃないよ。全員杖を捨てな! そっちの坊やは剣をだよ!」


 先程、破壊の杖の威力を目の当たりにしたルイズ達は、その照準を向けられて言うことを聞くしかなかった。
 だが、サイトだけが武器を捨てずにいる。彼は、破壊の杖が単発式の兵器であり、既にただの筒となっていることを知っているのだ。


「ほら、さっさとしな! まとめてくたばりたいのかい!」

「うるせえよ……! 土くれのフーケ!!」


 サイトがいち早く、相手の正体に気付いて、怒りを隠さずに叫ぶ。


「ミス・ロングビルがフーケですって!? そ、そんな……」

「見張り役のはずだったのに、さっき戦いの場にいなかった。破壊の杖を持って俺達を脅してる……間違いねえだろ!」

「そうさ。賢いじゃないか、坊や。気付くのが遅かったようだけどね!」


 自分が絶対的優位に立っていると確信しているフーケが、それが過ちだと気付かないまま、破壊の杖だった物の引き金に手を添える。
 ルイズ達が怯むが、サイトは逆に一歩、フーケへと近づく。


「勇敢な坊やだねぇ。けど、あと一歩でも近づいたら問答無用で」


 フーケの脅し文句を蹴散らすように、さらに一歩。
 さすがにフーケも、まったく怯えていない様子のサイトに困惑した。


「あ、あんた、死ぬのが怖くないのかい!?」

「死ぬのは怖えよ。けど、てめえはちっとも怖くねえ!
 それよりも答えろよ……なんでこんな真似をしやがった!」


 じりじりと間合いを詰めながら、サイトは目の前の女性に問いかけた。


「……は。いいさ、冥土の土産に教えてやる。
 破壊の杖を盗んだまではいいが、使い方が分からなくてね。
 一芝居打って、こいつの扱い方を誰かに見せてもらおうと思ったのさ。
 学院の教師共は腰抜けばかりで、こんなガキ共しか釣れなかった時はどうしたもんかと思ったが……坊や、あんたのおかげで助かったよ」

「俺達が誰も、破壊の杖を使えなかったら、どうするつもりだったんだ」

「あんたらを殺して、次の奴を誘い出していたさ。何度もやれば、そのうち使える奴に当たるだろうってね」


 自分達を殺すつもりだった、と得意げに話すフーケに、サイトの怒りが爆発した。


「ざけんじゃねえぞ! てめえ、人の命を何だと思ってやがる!」

「命なんて軽いもんさ。くだらないことで簡単に消えちまう。
 坊や、知ってるかい? 世の中にはね、一銭の得にもならないのに人を殺せちまう奴が、割といるんだよ!」


 一向に立ち止まる気配のないサイトに業を煮やしたのか。フーケが破壊の杖の引き金を引く。
 だが当然、弾切れのロケットランチャーは、カチッという音を出しただけで、もう兵器としては機能しなかった。


「な、何故だ!? さっきはたしかに、これで……!」

「……俺もひとつ、教えてやる」


 狼狽するフーケの懐に素早く飛び込み、サイトはデルフリンガーの柄をフーケの鳩尾に叩き込む。


「そいつは単発式だ。もう、ただの空っぽの筒だよ」

「ぐっ……そ、んな。こんな、ところで……」


 どさ、と。意識を刈り取られたフーケが地面に倒れる。
 戦闘の緊張から解放されて、サイトは溜めていた息を吐き出し、ルイズ達を振り返った。


「誰か縄とか持ってないか? こいつ動けないように縛って、さっさと帰ろうぜ。リースを治療してやらないと」

「たしかあのボロ小屋に縄があったはずよ。取ってくるわ、ダーリン!」


 キュルケが急いで、屋根が吹き飛ばされた小屋へと駆け出す。
 タバサは「念のため」と魔法を唱えて、風のロープでフーケを拘束する。
 戦闘で精神力を消費していることもあり長時間は維持できないので、縄が届くまでの臨時的な処置だが、何も対処しないより遙かに安全だ。


 しばらくしてキュルケが戻り、フーケを拘束し終わる。
 全員でシルフィードに乗って、停めている馬車まで急いで戻ることにした。


「……」

「ルイズ、どうしたんだ?」


 シルフィードで移動中。さっきから何も喋らないルイズに、サイトは声をかけた。
 だが反応がなく、しばらく声をかけ続けてようやく「へ? な、なによ」とサイトのことに気付いたように、返事をする。
 やはり、いつもの元気はないように感じられた。


「いや、なんかずっと黙ってるからよ……もしかして、どっか怪我したのか」

「……違うわよ」


 暗い声でルイズは呟くように言って、眠り続けるリースに視線を向けた。
 リースは今、シルフィードから落ちないようにキュルケに支えられて、タバサの魔法による治療を受けている。
 水の秘薬など、本格的な治療を行うには道具が足りないため、あくまで応急処置にしかならない。
 だが、それでもリースの寝顔は先程までより穏やかになったようだ。


「私はずっと、逃げ出さないことが、どんな敵が相手でも背を向けずに戦うことが貴族だと思ってた。今でもそう、信じてる。
 けど、今回私のせいでリースが……友達が、死にそうになって。なのに私は何もできなくて……私って何なんだろうって」


 己の無力を悔いて、ルイズが自分の手をぎゅうっと握り締める。
 いつになく落ち込んだ様子のルイズに、サイトはからかうことはせず、彼女の言葉を聞いた。


「魔法もろくに使えなくて、戦うこともできなくて、友達を危険な目に合わせて……私、こんなに自分が嫌いになったの、初めてよ」

「……そんな風に自分を追い詰めても、リースは喜ばねえよ」


 どう言えばルイズを元気付けられるのか分からなくて、どこかで聞いたようなありふれた台詞を呟くしか、なかった。


「私、強くなりたい。せめて、友達をちゃんと守れるぐらいには、強くなりたいわ」

「それは俺も同じだ」


 強くなりたい。その気持ちは、確かにサイトの心に芽生えていた。
 気の利いた言葉は言えなくても、それだけは、はっきりと言える。
 サイトはリースにそっと近づいて、その手を握り締める。
 小さな手だった。柔らかくて、小さな、普通の少女の手だった。
 その手で、彼女は自分達の危機を身を挺して救ってくれたのだ。
 それを思うと、サイトの胸中には、恋心とも、いわゆる『萌え』とも違う、愛おしさのような気持ちが生まれた。
 この少女を守りたい。恋人にしたいとかそんなのじゃなくて、目の前で眠る優しい少女が幸せでいられるように、守ってやりたい。


「リース。俺、絶対に強くなる。なってみせる。
 おまえをこんな目に遭わせようとする連中、みんなまとめてぶっ飛ばせるぐらい強くなる。
 そして……おまえがちゃんと笑っていられるように、守ってみせるよ」

「……私もよ、リース」


 サイトの宣言に、同意を示して、ルイズも己の使い魔と共に、リースの手を握り締める。


「私、ゼロのままでもいい。馬鹿にされても、なんとか我慢するように努力する。
 魔法が使えなくってもあなたを守れるぐらいに、もっともっと頑張って、強く、賢くなってみせるわ」

 2人の誓いの言葉が、眠り続ける少女に届いたのかは分からない。
 ただ、人の手の温もりに安堵を覚える幼い子供のように、リースの寝顔には安らかな微笑みが浮かんでいた。



(……さっきの戦闘。ありえないことだらけだった)


 治癒の魔法を行使しながら、タバサは目の前の少女、リースについて考察する。
 基本的に、“フライ”を維持しながら他の魔法を使うことはできない。
 そもそも、複数の魔法を同時に扱うことは……少なくともタバサの知識の中では、どんな高い実力を持つメイジにも行えないはずだ。天才と褒め称えられていた父親でも、例外ではなかったはず。

 だが、先程の戦闘でリース・ド・リロワーズは、明らかにその法則を無視した魔法行使を扱えていた。しかも、尋常ではない精度と威力で。
 身体が赤く発光していたことといい、普通ではないことが多すぎる。

 そもそもリースは、遠目に見ても分かる程にひどい、瀕死の重傷を負っていたはずだ。普通なら、動けるはずがない。
 今も治療が必要な状態ではあるものの、ゴーレムに殴り飛ばされた時と比べれば、明らかに回復していた。
 あの時、傍にいたルイズは治癒の魔法は使えないはずだ。タバサとキュルケは距離が離れていた。サイトはメイジではないし、ゴーレムと戦闘していた。
 
 ならば残る可能性は、リース本人が治癒の魔法を自分にかけて回復した、ということになるが……あれほどの傷を水の秘薬もなしに、一瞬でここまで回復させるなんて、水のスクウェアメイジでも可能かどうか分からない。


(彼女は、何者なのか)


 学院での彼女の噂は、タバサも聞いたことがある。
 リースは普通の、風のトライアングルメイジだったはずだ。
 フーケのゴーレムとの戦闘時のような、常識を覆す魔法技術なんて、最高クラスであるスクウェアメイジでも可能だとは思えない。


(実力を隠していた?
 それとも、私の“あの時”のように、感情の昂ぶりが魔法の力を強化した?)


 疑問はつきない。情報が足りなすぎる。
 気になる点はたくさんあって、今すぐにでも答えを得たい。
 だが、今は当の本人が気絶しており、問いただすことは不可能だった。
 それに、リースに誓いを立てている2人程ではないが、タバサもリースのことを心配していた。
 別に友情や絆を感じることのない間柄だが、短い間とはいえ共に戦った仲間が倒れて何も思わずにいられる程、タバサの精神は凍りついていない。


(まずは、治療と回復が最優先。話は、落ち着いてから)


 疑問はひとまず置いておき、タバサは魔法による応急処置を続ける。


「ねえ、タバサ。さっきの戦闘だけど……いえ、今はやっぱりいいわ」

「ん。まずは、治療」


 リースの身体を支えるキュルケもまた、先程のことに疑問を感じているようだ。
 だが今は優先すべきことではない、と感じたのだろう。詳しい考察は後回しにして、キュルケもリースの身体を支えることに専念している。

 馬車が近づいてくる。
 心に芽生えた疑問の回答には、どのぐらい近づけるのだろうか。
 そもそもそれは、近づいてもいい謎なのか――。
 分からないことだらけの帰り道は、まだまだ続きそうだった。





[26782] 第六話「少女は嬉しいようです」 ※4/14修正 タバサの「お願い」をなかったことに。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/14 19:25




 夢を見た気がする。
 けど、夢の中身は――いや、あれは、夢じゃない。
 だんだんと目が覚めていくにつれて、今までの記憶が頭に浮かんできた。

 フーケの操る巨大なゴーレムとの戦闘。ルイズ達を庇って受けてしまった重い一撃。
 そして、自分の中で何かが弾けた、と感じた瞬間……それからのことは、夢を見ている時のようにおぼろげだった。
 けど、フーケのゴーレムと思いっきり戦ったことは、なんとなくだけど覚えている。

 自分ではない誰かが、身体を代わりに動かしていたような感覚。
 その未知の感覚に満たされていたあの時は、何故私に宿っているのか分からない凄まじい力を、まるで手足を使うようにたやすく、私の中から引き出していた。


(例のイメージと頭痛のこと以外にも、また謎が増えた。
 自分のことのはずなのに、何一つ分からないなんて……)


 ベットのシーツをぎゅうっと握り締めて、私自身に対する恐怖と不安に、必死で耐える。
 そうやってしばらくじっとしていると、カーテンの向こう側から「失礼します」と声をかけられた。

 そこで私は、初めて意識して今の周囲の様子を見渡した。
 どうやら医務室のベットに寝かされていたようだ。
 身体にはいくつか包帯が巻かれている箇所もあり、治療してもらってからしばらく時間が過ぎているのかもしれない。
 この前の決闘騒ぎの時といい、この短期間に2回も担ぎ込まれるなんて思わなかった。


「その声は、シエスタ? 起きてるよ」

「あ……リースさん!」


 私が声の主に声を掛けると、シエスタが待ちきれないとばかりに勢いよくカーテンを開いて、素早く近づいてきた。


「よかった、よかったです! ひどい大怪我を負ったとお聞きして、私、わたし……うう、ぐすっ」

「ご、ごめん。心配かけたみたいで」


 涙ぐんでいるシエスタを見て、申し訳ない気持ちになる。


「ミス・ヴァリエールやサイトさん達も心配しておられました。
 今、顔を洗いに行かれてますので、そろそろお戻りになられるかと……」

「リース、目覚めたのか!」


 サイトの声が聞こえて、医務室のドアが勢いよく開かれる。
 うるさく駆け込んできたサイトに、医務を担当している先生(女性)が一瞬で接近して、目にも留まらぬ早業でサイトの顔面を鷲掴みにした。
 いわゆるアイアンクローである。


「医務室では、お静かに。なぁおい、理解したか?」

「う、うっす、すいませんした。だからあの、痛い、ちょ、ミシミシって音がっ」

「ったく、この馬鹿は……申し訳ございません、先生。
 この馬鹿使い魔は私が後でよく躾けておきますので、どうかお許しいただけませんか?」

「……まあ、いいでしょう。気持ちも分からなくはないですしね」


 礼儀正しく頭を下げたルイズの謝罪に溜飲が下がったのか、先生はサイトの拘束を解いた。
 かなり痛かったのだろうか。サイトは頭を抱えて「ぐぬおおお」と唸っている。


「な、何者なんだこの先生。いつ掴まれたのか全然分からなかったぞ……」

「余計なことは言わずに黙ってなさい。この馬鹿」


 小声でそんなことを呟きながら、2人は私に歩み寄ってきた。
 眠ったままで応対するのは失礼かな、と思って身を起こす。思ってたよりすんなりと身体を動かせた。


「も、もう起きて大丈夫なの? 無理しちゃだめよ、リース」

「心配かけてごめん。もう平気だよ。むしろ身体が軽いぐらい」


 よっ、はっ、なんて言いながら身体を動かしてみる。
 丁寧に治療してもらえたのだろうか。戦闘前より身体がすっきりしている気がした。


「その様子なら大丈夫のようね。一応、もうしばらく安静にしていれば、フリッグの舞踏会にも出られるかもね」

「舞踏会? あれ、ええっと……」


 記憶から、フリッグの舞踏会が開催される日にちを思い出して、先生に尋ねる。


「も、もしかして私……だいぶ寝てました?」

「帰ってきてからずっと、ね。まあ、体力を回復するためには寝てるのが一番よ」


 だからせめて夜までは寝てなさい、と先生にベットに寝かしつけられる。
 その時、くぅ~と私のお腹が鳴った。恥ずかしくて、シーツで顔を覆い隠す。

「恥ずかしがることないわ。生きてれば誰だって空腹になるんだから。
 シエスタ、あなた厨房で病人食を用意してきて。ミス・ヴァリエールと馬鹿は退出してくれるかしら。着替えとか色々あるから」

「あ、あの、私達も何か手伝いを……」

「もう心配しなくても平気ですよ。あなた達も疲れているでしょうし、しっかり休みなさい。
 ……くれぐれも、これ以上医務室に運び込まれてくるような事態にならないように、ね?」

 ばきばき、と拳の骨を鳴らして念入りに言い聞かせる先生に、サイト達は背筋を伸ばして『は、はい!』と返答していた。
 ――この先生怒らせると怖い。
 逆らわないようにしようと私は心の中で決めた。



   ○


 夜まで大人しく休息していると、本当に元気が湧いてきた。
 医務室の先生にお礼を言って退出して、フリッグの舞踏会に参加するための準備に取り掛かる。
 自室に戻ると、ブリスが擦り寄ってきた。


「ブリス、君にも心配かけたね。ごめんね」

「にゃう」


 喉を撫でてあげると、嬉しそうに喜んでいた。
 甘えてくるブリスと少し遊んだ後、あらかじめ用意していたドレスなどをクローゼットから取り出して、身支度を始めた。
 着飾ることにあまり慣れていないので心配だったが、なんとか形になったと思う。
 鏡を見て、自分の姿を確認する。
 青と白を基調とした、明るい印象のドレス。あまり派手なものではないが、私は店で一目見て気に入ったデザインだった。
 そこに少しアクセントを加えるためのネックレス。イヤリングは痛そうなので止めておいた。


「どうかな、ブリス。似合う?」

「にゃー」


 ブリスに私のドレス姿をお披露目する。
 普段は中々着る機会のないドレスに、少し気分が盛り上がってくる。
 その場で軽くステップ。そしてくるっとターン。
 じーっと私を見てくれているブリスに微笑みかけながら、本に書かれた物語に出てくるような台詞を言ってみる。


「うふふ……素敵な子猫ちゃん。いっしょに踊ってくださいませんか?」

「あなた、ほんとに猫大好きよね」


 後ろからかけられた声に、びくっとなる。
 恐る恐る振り返ると、背後でドアの外からルイズとサイトが私の方を見て、にやにやとしていた。


「ふ、2人とも、ノックは……」

「したけど反応なかったわよ。聞こえないぐらい夢中だったみたいね、子猫ちゃん」

「ちなみに鍵もかかってなかったぜ。迂闊だったな、子猫ちゃん」

「……あ、あがー」


 恥ずかしくて、奇声を上げながら顔を両手で隠して、サイト達に背中を向けた。
 2人で私のことを笑っていたルイズ達だったが、しばらくすると「からかうのはこれぐらいにして」と呟いた。
 かと思うと、先程までとは打って変わり、真剣な様子で話し始める。


「リース。フーケとの時は……本当に、ごめんなさい。私のせいであんな目に合わせてしまって」

「い、いや。ルイズのせいじゃない。あれは私が勝手にやったことだよ」

「勝手にやったことだとしても、リースが庇ってくれたから、俺達は今、こうしていられる。
 だから……リースには本当に、すっごく感謝してるんだ。ありがとう、そして、ごめん」


 2人が、感謝と謝罪の気持ちを言葉に込めて伝えてくれる。
 私はそれを聞いて、嬉しいけれど……複雑な気持ちもあった。
 サイト達を庇えたのは、私に宿る強大な力があるからだ。
 私がずっと嫌っている、化け物みたいな力があったから、普通では太刀打ちできないような強い相手と正面から戦えた。
 ……そこまで考えて、私は違和感を覚えた。


(私は、フーケとの戦いであの力をみんなに見せてしまったはずだ。
 なのになんで、2人は態度を変えずにいてくれるんだろう)


 気になったので、尋ねてみることにした。
 少し質問するだけなのに、すごく怖かった。
 拒絶されたらどうしよう、とか。そんな不安な想像が頭にどんどん浮かんでくる。
 けど、後回しにすればするほど、聞き辛くなってしまう。
 だから、とても怖いことだけど、意を決して二人に話しかけた。


「あ、あの。2人は、何とも思わないの? 私、あの戦闘で、その……普通じゃなかったと思うんだけど」

「へ? いやまあ、魔法ってすげーとは思ったかな」

「……不思議には思ったわよ。あんなすごい力を持ってるなんて、びっくりしたわ。
 正直、実際に見た私でも『あれは何かの見間違いじゃないか』なんて思っちゃうもの」


 魔法に詳しくないサイトはともかく、ルイズは真剣な表情で語る。
 あれは確かに普通ではなかったと思う、と。
 そう、ルイズは話した後で。


「――けど、関係ないわ。リースは私のクラスメイトで、友達で、命の恩人。
 それは、あなたの力がどうだろうと、変わらないわよ」


 はっきりと。迷いのない声で、そう言ってくれた。
 サイトもそれに続く。迷う必要なんてないと言うかのようにまっすぐ私を見て、言う。


「俺もそうだぜ。魔法とか詳しくないから、あれが普通じゃないのかどうか分かんねえけどさ。
 もしリースが普通とは違ってたとしても、俺はリースの友達だ」


 それが。
 2人の「そんなの当たり前だろ?」と言わんばかりの迷いのなさが。
 普通ではない私を受け入れてくれたということが、とても嬉しくて。


「……ぁ」


 涙が零れた。
 嬉しくて、嬉しいって気持ちが抑えきれなくて。
 涙が、止まらない。


「リ、リース、どうしたの?」

「や、やっぱりまだ、どこか痛むのか? 先生、呼んでこようか?」

「違う……違うんだよ」


 私が苦しんでいると誤解しているらしい2人に、涙をハンカチで拭きながら、答える。


「嬉しくて、嬉しくて……すごく、嬉しいんだよ」


 ただ、どんな私でも受け入れてくれる友達がいること。
 それがこんなに幸せなことなんだ、と。私は、生まれて初めて知った。
 2人は、私が泣き止むまで、傍にいてくれた。
 それがまた嬉しくて、2人が準備のために部屋を出て行った後、1人でまた泣いた。


   ○


 いつにもまして豪華な御馳走の数々と、上品で優雅な音楽。
 それらに囲まれて踊る、たくさんの貴族の子供達。
 私は、ダンスに誘われることもないので、タバサといっしょに御馳走を食べていた。


「……す、すごい食べるね」

「まだいける。メイドさん、これ10人前、おかわり」

「は、はいただいま!」


 目の前でどんどん、空になった皿が積み上げられて山になっていく。
 タバサの小さな身体のどこにそんな量が収められるのか分からないが、苦しむ様子もなく、タバサは多くの料理を平らげていった。


「もう、あなた達は……せっかくの舞踏会なんだから、もっと殿方との交流を楽しみなさいな」


 キュルケが、呆れたような顔で私達2人を見ていた。
 彼女の後ろには、何人もの男達が並び、「次は俺だ!」「いいや僕だね!」などと言い争っている。


「あなたは、楽しみすぎ」

「そ、その……私は、あまりそういうのは」

「せっかく綺麗なのに、もったいないわねえ。まあいいわ、私はもう一踊りしてくるわね」


 そう言って、キュルケは男達を引き連れて去っていった。
 積極的にアプローチをかけるキュルケや、男達からすごい勢いで誘われているルイズ達は、舞踏会の中心で輝いている。
 綺麗な薔薇の花のようだった。その美しさにつられて、男達は引き寄せられている。蜜を求める蝶のように。

「私は、隅っこの方でそっと咲けたらそれでいいや……その方が落ち着く」

「料理も味わえる」

 タバサが同意するように呟いて、そのまま次の料理を食べ始める。
 実際、賑やかなパーティの様子を見ているだけでも、けっこう楽しいものだ。
 人付き合いの苦手な私としては、知り合いと世間話でもしながら飲み食いしている方が、リラックスして過ごせるので好きだった。



 しばらく食べ続けていたタバサだったが、さすがに限界がきたのか「ごちそうさま」と言って食事を止めた。


「さすがにもうお腹いっぱい?」

「まだ腹八分目。けど、あなたに聞きたいことがある」

「そうだよね、あんなに食べてたらさすがに……なん、だって?」

「質問、いい?」


 タバサのお腹の底なしっぷりに驚愕していると、彼女はじっとこちらを見つめて、真剣な表情で返答を求めてきた。


「う、うん。答えられることなら、いいけど」

「……あなたは、何者?」


 その言葉に、また、身体が震えた。
 サイト達に受け入れられて、とても嬉しかった。
 けど……それは裏を返せば、自分が普通ではないと他人に知られることを、それだけ怖がっている、ということなのだろう。


「あの戦いの時、通常ではありえない魔法行使を次々と行えていた。
 瀕死の重傷も、私が応急処置をするより前から、かなり回復していた。
 あなたが、ただのトライアングルメイジとは思えない」


 彼女の、私を探ろうとする視線は怖かった。
 できれば今すぐにでも逃げ出して、自分の部屋にでも篭りたくなる。
 ……けど、学院で共に過ごす以上、彼女がその気になれば何度でも探られることになるだろう。
 なら、この機会に、話せることは話してしまおう――サイト達のおかげで芽生えた勇気を振り絞って、質問に答えることにした。
 タバサの了承を得て、周囲の人にばれないように“サイレント”の魔法を唱える。これで私達の声は周りには聞こえなくなった。
 それを確認して、私は喋り始める。


「私にも、何故自分にこんな力があるのか、分からないんだ。
 フーケとの戦闘では、自分が自分ではなくなったような感覚だったし……正直、自分のことなのに、怖い。
 子供の頃から、普通じゃないぐらい強い力を持っていて……父親には化け物と言われたよ」


 タバサの身体がぴくり、と反応したように思えたが、私は話を続ける。
 止まってしまったら、もう話せなくなってしまいそうだったから。


「化け物と言われてからはできるだけ、力を隠して生きてきた。ずっと、みんなを騙してる。
 だから……このことは他のみんなには、できるだけ内緒にしてほしい」

「……分かった。他言はしない。約束する」


 タバサは肯定の頷きをして、しばらく目を伏せた後、私の顔をまっすぐに見つめて、言った。


「辛いこと聞いて、ごめんなさい」

「……いや、いいんだ。気にしないで」

「ありがとう。じゃあ、また」


 そう言って、タバサは席を立った。
 お先に。そう一言呟いて、青髪の少女は会場の出口へ向かっていった。


「メイドさん。さっきのやつ、5人前。部屋に持ち帰りたい」

「は、はい……ご用意致しますので、しばらくお待ちを」


 ……ま、まだ食べるんだ。


   ○


 舞踏会の喧騒に疲れてきたので、夜風に当たろうとバルコニーに出た。
 夜空には満天の星空と、双子の満月が輝いている。
 会場の熱気と、少し呑んだワインで火照った身体を、冷たい風が心地よく撫でていく。

 と、バルコニーには先客がいた。サイトとルイズだ。
 2人は私に気付かないぐらい夢中で、手を取り合ってダンスを踊っていた。
 慣れていないサイトを、ルイズがリードしているようだ。
 音楽も何もないダンス会場。だけど、さっき男達に誘われて踊っていた時より、ルイズは嬉しそうだった。
 私がいると邪魔かな、と思ったが……ちょっと、悪戯心が芽生えた。
 ここ最近、私が何かに夢中になってると背後から現れてからかってくる2人。
 一度ぐらい、反撃してみてもよいのではないでしょうか。


(目標を確認。ミッションスタート……!)


 できるだけ気配を消して、2人の傍に置かれたテーブルの椅子に座る。
 そこまで近づいても気付かれないことに「私、存在感ないのだろうか」とちょっぴり複雑な気持ちになった。

「おでれえた、おでれえた! 主と踊る使い魔なんて、初めて見たぜ!
 ……ん? おお、嬢ちゃん。あんたも来たのかい」

 隣の椅子に立てかけられたデルフリンガーが、楽しそうに声を出していた。


「2人を驚かせたいから、声は静かにお願いできるかな?」

「あいよ。へへ、嬢ちゃんもそういうことするんだな」

「普段はやらないよ。今回は相手が、その……友達だからね。
 2人が気付くまで、いっしょにたっぷり鑑賞していようか」

「おうよ。中々見れるもんじゃねえからな、しっかり見とこうぜ」


 テーブルに置かれたワインを少しもらって、夜空の下で踊る2人を見る。
 不慣れなサイトのたどたどしいステップをカバーしようとして、ルイズのステップもちょっとおかしくなっている。
 だけど、星と月の灯りに照らされながら踊る2人の姿は、とても輝いていた。
 2人がとても楽しそうにしているから、だろうか。
 ダンスの技術とか音楽とか、そんなのなくっても、それは見ごたえのあるダンスだと思った。


「ずっと、見ていたいね」

「そうだなぁ。こりゃあ飽きねえや」


 デルフリンガーといっしょに、2人を見守る。
 こんな穏やかな時間が、いつまでも続きますようにと、星空に願いながら。





[26782] 番外編01「少女の穏やかな日々」 5/19微修正 位置変更
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/05/19 14:41


 リース・ド・リロワーズは、人付き合いが苦手だ。
 自身の秘密を知られることを恐れて他人を避け続けてきたから、どのように人と接したらいいのか分からないのだ。
 無表情の仮面を被り、普通を演じる。そんな生活を何年も続けてきた。
 だから、他人と心を通わせることなんてできないのだと、誰よりも彼女自身が諦めている。

 それは魔法学院に入学してからも変わらなかった。
 ひたすらに他人を避けて、感情を表に出さずに生きてきた。
 だが先日の使い魔召喚の儀で、同級生の少女ルイズに、自分が使い魔として呼び出した猫に夢中になるあまり、仮面が外れた素の自分を見られてしまった。
 ルイズの使い魔である少年、平賀才人にも同様にその姿を見られて、素の自分を曝け出してしまった。

 それがきっかけだったのだろうか。
 リースは、少なくともルイズ達の前では、仮面を外せるようになった。
 秘密を守るために、普通を演じることだけは止められなかったけど、それでも少しだけ変わることができた。

 後日、魔法学院を盗賊のフーケが襲撃するという事件を通じて、キュルケとタバサという2人の少女とも知り合った。
 ルイズ達との交流で少しだけ心を開けるようになったリースは、その2人にも仮面を外して接することができるようになった。
 また、事件の最中に自分の秘密である『普通ではないこと』がばれてしまったが、ルイズ達はそれを受け入れてくれた。
 リースは、それが嬉しかった。
 周囲に公にできない秘密があることに変わりはなくても、少数とはいえ受け入れてくれる人がいたというだけで、救われた気がした。

 リース・ド・リロワーズは、相変わらず人付き合いが苦手だ。
 ルイズ。才人。タバサ。キュルケ。そして入学当初に知り合った、シエスタ。
 この5人とは、なんとか友達として交流できている。

 けど、それ以外の他人とはやはり心の仮面をつけて、心を隠してしまう。
 だからクラスメートからは、特別嫌われたりいじめられてはいなくても、付き合いづらい人間として避けられている。
 リース自身も周囲を避けて過ごしている。
 そのことについてリースは、多少寂しさを感じながらも、自分で選んだ生き方だと諦めていた。

 仮面と演技を、不器用に使い続けて。
 リース・ド・リロワーズの日常は、今日もなんとか回っている。


 1-1 友達って難しい。


 とある日の放課後。
 フーケ捜索隊のメンバーで、お茶会をしようという話になった。
 トントン拍子に話は進み、みんなで協力し合うとあっという間に準備が整った。
 温かな春の陽気に包まれた、学院の庭に置かれたテーブルをみんなで囲む。
 厨房で焼いてもらったクッキーをお茶菓子に、淹れ立ての紅茶をみんなで味わうことにした。


「リースと2人っきりで楽しむつもりだったのに……」

「聞こえてるわよルイズ。何よ、水くさいじゃない。私達は戦友でしょ?」

「仲間はずれ、よくない」

「……俺の存在なかったことにしてないかルイズ?」


 そもそもお茶会をしようと言い出したのはルイズだったが、その時はリースだけを誘っていた。
 だが立ち聞きしていたらしいキュルケが「私も混ぜなさい!」と割り込み、そんな彼女に引っ張られるようにタバサも参加。
 その様子を見てリースが「みんないっしょの方が楽しそうだよね」と言って、ルイズは渋々他のメンバーを受け入れることに。
 ルイズとしては、数少ない友人であるリースとじっくり交流を深める予定だったのだが……なんだか賑やかな集いになってしまった。


「はい。みなさん、どうぞ。熱いのでお気をつけて」


 シエスタが焼き立てのクッキーを運んできて、テーブルに載せた。


「ありがとう、シエスタ。よかったら、いっしょにどう?」

「お誘いありがとうございます。けど、まだ仕事が御座いますので」

「そっか。じゃあ、また機会があれば」


 礼をして立ち去っていくシエスタをリースが見送る。
 その様子を見て、ルイズは「むー」と唸った。


「リース、あのメイドとは仲良さそうに話すわよね」

「なあにヴァリエール、嫉妬しちゃってるの?」


 そんなことを言うルイズを、キュルケはからかう。
 ちちち違うわよ! とルイズは声を荒げて、慌てて言った。


「なんていうか、リースっていつも私達に遠慮しているというか、微妙に距離を感じるのよね。
 けどあのメイド……シエスタ、だっけ? あの子とはそういうの感じないというか」


 ルイズはすらすらと自分の考えを語る。
 それを聞いて、当のリースは「そ、そうかな?」と疑問を返した。


「自分ではそんなこと、ないと思うんだけど」

「いいえ! 絶対、シエスタと私達とで、リースの態度とか口調とか、何かが違うわよ!」

「う、うぅ……その、ごめんなさい」


 ルイズの剣幕にたじたじになって、俯きがちに頭を下げて謝るリース。
 そんな2人の様子を見ていたサイトが、自分の主人であるルイズを呆れた顔で見ながら言う。


「……あー、ルイズ。おまえ押しが強すぎるんじゃね? リース困ってるだろ」

「何よ、犬! あんただって距離置かれてるじゃない!」

「は? んなわけねえって! なあリース?」

「え、えと……自分では、距離を置くとかそんなことしてるつもり、ないんだけど」


 サイトに話を振られて、戸惑いながらリースは答える。
 
 リース自身は無意識のうちにだが、ルイズの言う通り、リースの対応には違いがあった。
 大きく分けて3通り。
 まず赤の他人。これはもう、必要ない限り世間話すらしない。
 秘密を守るために被り続けている仮面は、感情を表に出そうとせず、他人を拒むオーラのようなものがあった。

 次に長い付き合いのある友人。今のところ、シエスタが唯一これに該当する。
 人付き合いが苦手なリースも、一年近く付き合いのあるシエスタとは、比較的素直に心を通わせることができていた。
 それでもまだ、リースが深く踏み込めずにいるところがあり、立場の違いなどもあって親友と呼び合うにはいま一歩届かないようだが。

 そして最後に、友人だけどまだ距離感を掴み切れない新しい友人――これがルイズ達。
 つまりは今のお茶会メンバーである。

 人付き合いも友達作りも経験不足のリースにとって、他人との関係は時間をかけて徐々に慣れていくものだ。
 だから今のルイズのように、友達だと互いに認め合ったら急接近! みたいなタイプは、正直苦手だったりする。
 サイトはさらに触れ合うことが少ない異性ということもあり、やはり距離感に迷っている。

 一方、キュルケはそういった他人との駆け引きなどは慣れたものであり、リースも気付かぬうちにキュルケのサポートを受けている。
 タバサは、彼女自身が他人に積極的に関わりにいくタイプではないため、徐々に距離を縮めていきたいリースとは割りと相性が良い。

 また、リースには時折見えてしまう未来視のようなものがある。
 脳内に流れ込んでくるイメージの中心は、主にルイズとサイトだ。
 普通とは違う力を宿すリースにとっても未知の体験。その未来視もまた、異常な力と同様に秘密にしなければならないことだ。
 そのため、2人への秘密が多いということが、ルイズとサイトへの負い目となっていて、つい一歩引いた距離に下がってしまっている。

 リース本人も自覚していないことで、それは今すぐに改善できるようなことではなかった。


「ヴァリエール、あなたこの前知り合ったばかりなんでしょう?
 いきなり距離を縮めようというのは早計じゃないかしら」

「なんでよ、友達だったら隠し事とか遠慮はいらないでしょ?」

「……っ」


 ルイズの何気ない一言に、リースはびくりと震えた。
 秘密を隠し続けているリースにとって、今の一言は心に刺さるものだった。


「はぁ……。あのねぇヴァリエール。人には誰だって、秘密にしたいことのひとつやふたつ、あるってものよ。
 そういう部分も含めて受け入れてあげるのが、本当の友達じゃないの?」


 だから、キュルケのした反論は、嬉しいものだった。


「そ、そう思う? キュルケ」

「ええ。大切なのは、相手のことが気に入るかどうかよ。
 秘密を抱えてる人は、抱えるだけの理由があるのだから、無理矢理聞き出すのはどうかと思うわ。まあ、試しに質問してみて相手の反応を窺うっていうのは、私はよくやるけどね。嫌がってる様子が見えたら、いったん退くのも友情よ」


 堂々と断言するキュルケに、内心で「ありがとう」と感謝するリース。
 受け入れてもらいたい。けど、簡単には秘密を明かせない。
 そんな悩みを抱え続けてきたリースにとって、『秘密があることも受け入れよう』というキュルケの考え方は、とても嬉しいものだった。

 フリッグの舞踏会でタバサに問い詰められて、リースはある程度自分のことを語った。
 あの時は怖かったし、勇気は必要だったけど、向こうからきっかけを作ってくれて助かったとも感じている。
 だから相手から踏み込んできてくれるのも、リースにとってはありがたい時もある。
 
 ただ、ルイズの踏み込みは強すぎていた。
 床を踏み砕かんばかりの勢いの踏み込みである。
 気が強くてプライドの高いルイズにとっても、友達は貴重な存在であり、突然の友達候補の出現に距離感を測り違えている面があるのだった。

「…………どうかと思われた」

 誰にも聞こえないような小声でぼそり、と呟くタバサ。
 キュルケの言葉に、フリッグの舞踏会での自分の行動を鑑みて、思うところがあったようだ。
 そんなタバサの様子には誰も気付かず、ルイズはリースの様子にまたもや「むぅぅ!」と唸った。

「ツェルプストーとも何か良い雰囲気じゃない! もう!」

「ヴァリエール、あなたもしかして本気で嫉妬……?
そ、そういう趣味とかあるの?」

「は? そういう趣味って、何よ?」

「……そ、その……百合の花的な?」

「レ○?」

「タ、タバサ! ちょっと直球すぎるわよ!」

「だ、だだだだだ誰が○ズか!
 そんな趣味ないわよ馬鹿ー!」

 怒ったルイズが怒鳴り、ぎゃあぎゃあと喚いてキュルケと取っ組み合いを始める。
 今日もトリステイン魔法学院は、騒がしくも平和だった。
 この時期は、まだ。




 1-2 リースはにゃんにゃんするようです。



 タバサがその光景を見たのは、偶然だった。
 穏やかな春の日差しが照らす中庭の隅。
 あまり人気のないその場所で、「なんかあの子っていつもどんよりとしたオーラ漂わせてるよね」と周囲に散々な評価をされている少女、リース・ド・リロワーズは。


「ふふ……にゃん、にゃん♪」

「にゃ、にゃにゃにゃ!」


 それはもう眩しいぐらいの満面の笑みを浮かべて、己の使い魔である黒猫と戯れていた。
 リースがエノコログサを左右に振ると、黒猫が楽しそうに追いかける。
 その黒猫の様子を眺めて、ご機嫌な笑顔を浮かべるリース。
 彼女の陰口を叩いていた者達がその様子を見たら、どれほど驚くだろうか。


「にゃふう、もう可愛すぎるにゃ……あっ」


 タバサが観察を始めてしばらく経って。
 リースはタバサに見られていたことにようやく気付いたようだった。
 羞恥に顔を真っ赤に染めて、「い、いいいいつから見てたの……?」とタバサにおそるおそるといった様子で尋ねる。


「ん。『にゃん、にゃん』の辺りから」

「……そ、そう。じゃあ、あれは見られてないんだ……」


 安心したかのように、小声で独り言を呟くリース。とても小さな呟きだったが、タバサには聞こえた。
 ――もっと見られたくないようなことをやらかしたというのか。
 とても気になったタバサだが、そこは触れずにスルーしてやろうとする優しさが、タバサにもあった。


「あ、えっと……タバサも、触る?」

「……ん」


 じっとリースを見ていたことを、彼女はタバサが猫と遊びたがっていると勘違いしたようだ。
 特別興味があったわけではないが、タバサも可愛いものは好きだ。少し、触らせてもらうことにした。
 タバサは本を好んで読む。そうして蓄えた知識の中から猫との接し方を思い出して、優しく黒猫に触った。
 まずは頭をゆっくりと撫でて、だんだんと背中へ。緊張が解けてきたら、喉を指で撫でてみる。
 黒猫はその手つきが気に入ったのか、目を細めながらタバサの指に擦り寄ってごろごろと喉を鳴らしていた。


「ブリス、とっても喜んでる……上手いんだね、タバサ」

「本で読んだだけ。やるのは初めて」

「そうなんだ……すごいなぁ」


 リースは、タバサの鮮やかな手並みを見て、目を輝かせていた。
 ペットなどを飼ったことがないリースにとって、黒猫のブリスとの触れ合いは手探り状態だ。時々失敗もある。
 だからあっという間にブリスを喜ばせたタバサを、リースは尊敬の眼差しで見つめていた。


「コツ、知りたい?」

「教えてくれるの!? ぜひお願いします師匠!」

「……落ち着いて」


 テンションみなぎってるリースに、タバサは冷静に応える。
 そして本で得た知識を、実際に手本を見せながら静かに語った。



 そんなリースとタバサのやり取りを、キュルケは影から見守っていた。
 人付き合いが苦手、という点でタバサとリースは似ている。
 だが、先日のフーケ襲撃事件から交流を持った二人の関係は、中々良好のようだった。

(特にリース。あの子、けっこう良い顔で笑うじゃない)

 リース・ド・リロワーズのことは、キュルケも噂程度でしか知らなかった。
 とにかく笑わない。無表情で感情が読めない。人を避けて1人で過ごしている。
 それが周囲の主な評価だった。
 中には、『トライアングルだからって周りの人間を見下してるんじゃない?』というように、勝手に決め付けて陰口を叩いている者もいた。

 だが、今のリースの様子からは、そんな評価はまったく浮かばない。
 おそらくは普段の学院での様子は偽りのもので、今見せているのがリース本来の性格なのだろうとキュルケは考えていた。


 キュルケは先日まで、リースに対しては別に興味もなく、敵視も同情もしていなかった。
 だが、フーケ襲撃事件では共に戦って、リースの人となりを知った。
 それからはキュルケも、友人として関わっている。

 事件の際にリースが振るった、常識外の力に関しては、恐怖もある。
 だが、リース本人がその力を駆使して必死に友人を守ろうとしているところを見て、キュルケはリースが気にいった。

(いざって時に友達のために頑張れる子って、熱いじゃない。そういう子、好きよ)

 陽だまりの中、タバサとリースは仲良さそうに過ごしている。
 そんな2人を見守るキュルケの視線には、子供を見守る母親のような温かさが満ちていた。



 1-3 ルイズ達は決意しているようです。



「うおおりゃあ!」

『相棒、力みすぎだ! そんで踏み込みがあめえ!』

 デルフリンガーの助言を聞きながら、サイトは剣の素振りを繰り返している。
 その近くではルイズが教科書を広げて予習、復習を行っていた。
 時々、実際に呪文を唱えて魔法の練習をしようとして、その度に失敗魔法による爆発を起こしている。

「ああもう、なんでこうなるのかしら! 呪文は間違ってないのに……」

 ルイズの魔法は、唱えた呪文に関係なく爆発という結果になって終わる。
 成功するのは本当に稀で、成功率のほぼゼロということから“ゼロ”のルイズという不名誉な二つ名を付けられた。
 例え何度失敗しようと諦めずに挑戦し続ける姿を、嘲笑されたりもした。

 だが、ルイズは諦めない。
 元々諦めずに頑張り続けてきたルイズだが、最近努力する理由が増えた。
 新しくできた友達、リースを守りたいからだ。

(まあ、私なんか役に立たないぐらい、リースは強いんでしょうけどね……)

 フーケとの戦いで見せたリースの力は、凄まじいものだった。
 “フライ”と攻撃魔法の同時行使。瀕死の重傷を一瞬で治癒。残像を残す程の高速移動。
 どれもハルケギニアの常識を覆すものだった。
 それをたった一人で行ったリースの身には、どれほどの力が宿っているのだろうか。


(だけど、それでも……守りたいって思ったのよ)


 リースは強大な力を持ちながら、自分達を助けるために戦い、普通なら死んでもおかしくない程に傷ついた。
 普通ではない彼女の力を、怖いとも感じる。自分では助けになるどころか、足手纏いだとも思う。
 それでも。ルイズは友達を……リース・ド・リロワーズを守りたいと思った。
 
 リースとの付き合いは短い。まともに話したのは召喚の儀式の時が初めてで、まだ1ヶ月も経っていない。
 けど、それでも『友達だから、心配なんだ』と身を案じてくれた少女を、ルイズは大切に思っていた。
 だから魔法が使えない“ゼロ”のままでも彼女の力になれるように、自分にできることを探さなければならないと張り切っていた。
 
 使えるに越したことはないので以前と同じく魔法の勉強と練習は続けているが、今はそれ以外のことにも手を伸ばしている。
 剣士としての力を持つサイトと共に戦闘訓練を行ったり、今までは不要と避けていた分野の勉強を始めたり。
 あまり範囲を広げすぎても器用貧乏となる恐れがある。
 だが、まずは試してみなければと、ルイズはがむしゃらに努力していた。


(絶対、強くなるわ。今度は、私がリースを守れるように!)


 心に決めた決意を胸に、ルイズは日々、努力する。


 後日ルイズ達は、改めて自分達の無力と未熟を痛感することになる。
 だが、それでも彼女達は諦めずに前に進むだろう。
 いずれ、その身に宿る才能と宿命が目覚めようとも、胸に深く刻まれた決意と後悔は、消えることはないはずだ。
 
 彼女達は、『友達を守りたい』という願いを叶えることを、最後まで諦めないだろう。
 その自らの意思が故に、襲い来る運命の試練が心をどれほど傷つけようとも。
 

 1-4 ブリスも、普通ではないようです



 月が綺麗に輝く、静かな夜だった。
 ブリスと名付けられた黒猫は、主人となった少女の部屋に用意された猫用のベットで、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
 と、急に少女の魘される声が聞こえてきて、ブリスは目を覚ました。
 人間用のベットで眠っていた少女、リース。彼女がブリスの主人である。
 リースはしばらく苦しそうな声で唸っていたが、やがて飛び起きるように目を覚ました。

「……やな夢、見ちゃったな」

 焦燥した表情で呟くリース。
 心配して見上げたブリスに気付いたのか、リースは「起こしちゃった? ごめんね」と言いながら、ブリスの頭を優しく撫でた。

「子供の頃にあった嫌なこと、夢に見ちゃったんだ。ごめんね、心配かけて」

「にゃあー」

 どれだけ心配していても、ブリスにはそう鳴くことしかできなかった。
 主人の言葉は理解できる。苦しんでいるということも、分かる。
 だが、その苦悩を取り除く術を、ブリスは持ち合わせていなかった。
 それでもなんとかしたいと思い、黒猫は少女のいるベットに近寄り、床から一気に飛び乗った。
 ブリスはそのままリースの胸元に飛び込み、少女の頬を伝う涙を舐め取る。


「……あは、くすぐったいよブリス」


 辛そうだったリースの表情が、少し柔らかくなった。
 それが嬉しくて、もっと笑っていてほしくて、ブリスはさらにリースに擦り寄る。


「ありがとう、ブリス。元気出たよ」


 ブリスを抱きしめてベットに身を沈めるリース。
 慰められて落ち着いたのだろうか。
 しばらくするとリースは、穏やかな寝息を立て始めた。
 ――主人が、今度は優しい夢を見れますように。
 ブリスはそう願いながら、自分も目を閉じた。


 ブリスはその晩、子供の頃の夢を見た。
 二つに分かれた尻尾――二又として生を受けたブリス。
 その頃はまだブリスという名前ではなく、そもそも名前という概念がなかった。
 ブリスの両親や兄弟は、普通の猫だった。
 だからブリスが成長するにつれて能力や思考に差が生まれていき、ブリスが二又としての“力”に目覚め始めると、亀裂が生まれた。
 血は繋がっているはずなのに敵視され、ブリスは肉親の輪の中から追い出されることになった。
 両親の庇護を受けられない野生の生活の中では他の動物達から畏怖され、迫害されて、化け物だと言われて生きてきた。
 使い魔と主人は共に、化け物と認識されるような力を身に宿した、常識外の存在だったのだ。

 その共通点が故の、運命の出会いだったのだろうか。
 害敵から逃れるためにブリスがとっさに飛び込んだ、突然現れた不思議な光る鏡の向こう側には、優しい日々が待っていた。
 ブリスはリースの過去を知らないし、リースもブリスが普通でないことを知らない。
 だけど、その出会いは確かに互いの心にとって支えとなり、主従は共に笑顔になれるようになった。
 夢の中の情景が最近の、リースとの日々のものへ変わったことで、ブリスの寝顔にも穏やかさが戻った。


 ブリスとリースは、今、確かに幸せだった。
 そんな2人を見守るように、今日も双月は夜空から優しい月明かりを注いでいる。




[26782] 第七話「少女は戸惑うようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/15 16:01


 フリッグの舞踏会から、数日が過ぎた。
 フーケとの戦いで負った傷もすっかり良くなった。
 最近は例の頭痛は起こらず、未来のビジョンも見えない。
 フーケ捜索隊の面々も、戦闘時の私のことについて秘密にしてくれている。
 おかげで、とても穏やかな時間を満喫できていた。


 そんなある日のことだった。
 アンリエッタ王女様が、魔法学院へ来訪することになった。
 授業は中止となり、生徒、教師共に王女様のお出迎えに行くことになった。





「アンリエッタ様、万歳ー!」


 そこかしこで叫ばれる、王女様への声援。
 若く、美しい姫君の人気はとても高く、男女問わず好意的に思っているものが多い。
 アンリエッタ王女様を一歩でも近くで見ようとする生徒達ですごい人ごみとなり、出遅れた私は遠目に、少ししか見ることができなかった。
 けど、遠くから見ただけでも、美しいということが分かるぐらい、王女様は宝石のように輝く美貌を持っていた。


「なによ、私の方が美人じゃない」

「キュルケ。そういうことは、あまり大きな声で言わない方がいいよ?」


 たまたま傍にいたキュルケの呟きが聞こえて、私は思わず指摘する。
 ゲルマニアからの留学生であるキュルケが、トリステイン国の王女を下に見るような発言をすると、色々とうるさく言ってくる連中がいるかもしれない。
 アンリエッタ様がどう思うかよりも、王女様を支持する周囲の人達が、そういうことにうるさそうだった。
 ちなみに私個人としては、キュルケもアンリエッタ様も、どちらも美人だと思う。私なんかと違って。


「それと、キュルケ。さっきの授業、大丈夫だった?」

「……ああ、ミスタ・ギトーに吹き飛ばされたこと? 別に平気よ。
 ただ、ああも好き勝手に言われると腹が立つわね。負けちゃったから、強く言い返せないけど」


 中止になる前の授業で、キュルケはギトー先生の実演の相手役に指名された。
 指示されてキュルケが放った、ファイアボールの魔法。
 それを、風が最強であると声高に主張するギトー先生は、風の魔法で苦もなく打ち消した。
 その魔法の余波を受けてキュルケが吹き飛ばされてしまった。
 王女様の来訪を告げにコルベール先生が飛び込んできたことで有耶無耶にされてしまったが、怪我がないか心配だった。
 どうやら何もなかったようで、安心した。


「ねえ、リース。あなたならギトー先生のあれ、どうやったら対抗できると思う?」

「え? ……うーん、そうだね」


 キュルケに聞かれて、考える。
 ギトー先生は風のスクウェアクラス。その実力者が放つ風は、大抵の物は吹き飛ばしてしまう。
 先程の授業でキュルケの魔法を掻き消した際の様子を思い出しながら、私はひとつの推測を口にした。


「あの時のギトー先生は、自分を中心にして風を展開していた。
 たぶん、風の強さを象徴するために、どんな方向からの攻撃でも対応できるぞってところを見せたかったんだと思う」

「ふんふん、それで?」


 懐からメモを取り出して、何やら書き込み始めるキュルケ。
 ……どうやら、ギトー先生にリベンジするつもりらしい。
 あまり参考にされても自信ないよ、と前置きしてから、私は続きを話す。


「もし同じ条件で挑む場合、実践とは違って背後などの死角から狙うのは無理だと思う。
 仮に死角から狙えたとしても、周囲全体を覆えるような強風を扱えるギトー先生には、生半可な攻撃では届かない。
 だから、私に思いつく方法はふたつ。
 あの風を貫けるぐらい強烈な一撃を放つか、相手の警戒していない場所から攻めるか」

「強烈な一撃はともかく……警戒していない場所?」

「足元か頭上、それにギトー先生自体の懐、かな。
 相手は自分に近づけない、と信じきっているギトー先生は、自分の周囲さえ守れば安全だと考えている。
 だから、足元に魔法で穴を開けたり、風では吹き飛ばせないような重い物を“錬金”とかで用意して、頭上から落とす。
 もしくは、“フライ”でギトー先生の持ち物や身近な物を動かして攻撃。ナイフとかあれば効果的かな。
 まあ、実際にそれができるかは分からないよ。初見ではギトー先生がどうするつもりかとか、分からなかったしさ」

「……なるほど。参考になったわ。
 私としては強烈な一撃って方に惹かれるけど、意表をついた攻撃に慌てふためくミスタ・ギトーっていうのも、捨てがたいわね」


 メモメモ、と呟きながら紙に書き込むキュルケ。
 自分で言っておいてなんだけど、物騒なことにならないかとちょっと不安になった。


「よぉ。リースにキュルケ。おまえらも来てたのか」


 人ごみを掻き分けるように現れたサイトが、私達に話しかけてきた。
 その傍にはルイズがいたが、心ここにあらずという様子で、ぽけーとしている。


「どうしたの、ルイズ?」

「あー。いま話しかけてもたぶん無駄だぜ?
 なんかワルド様とかってやつを見てから、ずっとこんな調子でよ」


 サイトが「やれやれ」と呆れた様子で、溜め息をついている。
 その後、私やキュルケが話しかけても、ルイズが反応することはなかった。


  ○


 翌日の早朝。
 最近日課になっている、ブリスとの散歩を楽しんでいると、竜舎からシルフィードが飛び立っていくのが見えた。
 一瞬しか見えなかったがシルフィードの背中には、キュルケとタバサが乗っていたようだった。

「こんな朝早くに、どこへ……? 今日、虚無の日でもないのに」

 今日もいつものように、学院の授業がある。
 それを無視して、いったいどこに出掛けるつもりなんだろう。
 大空へと舞い上がり、どんどん遠くへ飛翔していくシルフィードを眺める。

 そこで、あの頭痛が起こった。


「――――――!」


 声にならない悲鳴を上げながら、見えてくるイメージに集中する。
 今度はどんな未来が見えるのか……それを、見逃さないように。

 学院から飛び立つシルフィード。その向かう先には、盗賊らしき集団に襲われているルイズ達。
 彼らはそれを撃退して、街道をさらに先へ進む。
 そして辿り着いた街の宿屋。そこで宿泊して、再度行われる襲撃。
 そこには、先日捕えられて牢屋に放り込まれたはずの土くれのフーケのゴーレムが――。


「……っ。何故、フーケが」


 彼女は連行されたと、オスマン校長から話を聞いた。
 だが、たった今見えたイメージには、確かに土くれのフーケがサイト達の前に立ちはだかっていた。
 何故そんなことになっているのか。それは分からない。
 分かるのは……また大変なことになりそうだ、ということだけだった。

 すぐに行動を開始する。
 杖は手元にある。旅支度は……整えている暇はなさそうだ。
 私は、ブリスを預かってもらうために、シエスタを探した。
 ただの猫であるブリスを、危ない場に連れてはいけない。かといって放置していくわけにはいかない。
 なので、この時間なら洗濯をしているはずのシエスタを探して、ブリスを頼むことにした。


「――いた。シエスタ!」


 洗濯籠を抱えて歩いていたシエスタを見つけて、声をかける。
 シエスタは「ひゃ、ひゃい!?」と驚いて戸惑っていた。
 悪いことしてしまった、と思いながらも、急がなければならないので「ごめん!」と一言謝罪してから、お願いをする。


「急に出掛けなくちゃいけなくなったんだ。悪いんだけど、ブリスのことお願いできる?」

「は、はい。それはいいですけど、いったいどちらへ?」

「本当にごめん、説明してる時間がなくて……お礼はきっとするから、お願いね!」


 足元にそっと降ろしたブリスに「良い子でお留守番しててね」と言って、私は走り出す。
 駆けながら唱えていた“フライ”の詠唱を完成させて、地面を蹴って空へ飛び立つ。
 目指す場所の地名も分からないまま、私はシルフィードが飛んでいった方角へ向かって急ぐ。
 タバサ達と……その先にいるはずのルイズ達に追いつくために、私は大空を全速力で飛翔した。






 風を切り裂きながら飛行して、しばらくすると、前方にシルフィードが見えた。
 一度横に並んでこちらの存在を示した後、シルフィードの背中にゆっくり慎重に着地した。


「さ、寒い……何か防寒具ぐらい持ってくればよかった」


 上空は気温が低いということは学院でも学んだのに、失念していた。
 シルフィードを見つけやすいようにと、学院から飛び去った時と同じくらいの高度を飛び続けていたため、身体がすっかり冷えてしまっていた。


「あ、あなた、なんで追いかけて……というか風竜に追いつくって、どんな速度で飛んでたのよ」

「……これ。ないよりマシ」


 驚愕と困惑の入り混じった顔で呟くキュルケと、荷物袋から毛布を取り出して手渡してくれるタバサ。
 ありがとう、とタバサにお礼を言って、さっそく毛布に包まる。とても暖かくて、心が落ち着いた。


「偶然、君達が学院を出て行くのを見つけて、何かあったのかなって思って、追いかけてきたんだ」

「無茶するわね、ほんと……。
 まあ私も、ダーリン達が出掛けるのを見つけて、追いかけようってタバサに無茶を言って、連れてきてもらってるんだけど」


 やはりサイト達は、キュルケ達よりも先に学院を出ていたようだ。
 キュルケの目撃情報によると、外出メンバーはサイト、ルイズ、ギーシュに、昨日王女様の護衛の1人として学院に訪れていたワルド子爵
 彼らは、サイトとギーシュが2頭の馬に。ワルド子爵とルイズがグリフォンに乗って、学院を出発したとのことだ。


「なーんか訳ありって雰囲気だったのよね。追いかけたくもなるでしょう?」

「その理屈だと、世の中の訳ありな人にはみんなストーカーがいることになるんじゃないかな」

「悪趣味」


 当然でしょ? というように言うキュルケに、私とタバサがそれぞれの意見を答える。
 私の言葉はともかく、タバサの「悪趣味」は親友に向けるにはどうかと思ったが、寝ているところを叩き起こされて付き合わされてる身としては、悪口のひとつでも言いたいのが普通なのかもしれないと思って、そっとしておいた。


「あ、悪趣味……ストーカー……。私、そんなに変なこと言ってるかしら?」

「場合によっては、切腹もの」

「そ、そこまで!?」

「……あー、うん。そのへんにしとこうかタバサ」


 不機嫌なのだろうか。無茶苦茶言い始めたタバサに、さすがに止めた方がいいと思い、声をかけた。
 キュルケ、ちょっと涙目になってるし。


   ○

 1人で飛んだ方が早くサイト達に合流できるかもしれないが、これから激しい戦闘が予想されるため、体力と精神力は温存しておかないといけない。
 なのでそのままシルフィードに乗せてもらい、さらに空の旅路を進み続ける。
 するとしばらくして、タバサが何かに気付いたように地上を指して、呟いた。

「見つけた。襲われてる」

「え、うそ! ダーリン!」


 イメージで見えた通り、サイト達は賊の集団に襲われていた。
 ワルド子爵は手馴れた様子で応戦しているが、実戦経験に乏しいサイトとギーシュが危なっかしい。
 能力は充分に高い少年達だが、経験の差は確実に存在している。何度か、無防備な死角からの攻撃にやられそうになっていた。


「救援に入るよ、先に行く!」

「ちょ、リース!?」


 キュルケの静止の声を振り切り、私はシルフィードから飛び降りた
 “フライ”で空中を加速して急降下する。
 今回は幸いにも、戦闘時にイメージが呼び起こされて頭痛が邪魔をする、ということもなく、無事に魔法を扱えた。
 位置の有利を生かして、上空から賊達へ狙いを定めて、“マジックアロー”の攻撃を放つ。
 ――威嚇のつもりだった攻撃は、狙いがそれて、賊の1人の胸部をたやすく貫き、絶命させてしまった。


「ぁ……っ」


 初めて人を殺した感覚に、眩暈にも似た恐怖に襲われる。
 どれだけ化け物じみた力を持っていても、その力で人の命を奪ったことは、なかった。
 いつかそういう日が来るかもしれない、という覚悟はあった。
 けど、その機会が突然やってきたことに、心が戸惑いで揺れる。


(あんな簡単に、死んだ……私が、殺した)


 フーケとの戦いでは、相手がゴーレムであるため、実感がなかった。
 戦うということは、その理由がどうであれ、相手の命を奪う可能性が極めて高い。
 友達を守りたくて、戦う決意はした。
 けど、その結果を受け入れる覚悟がまったくできていなかったことを、たったいま思い知った。

 賊は、増援である私達が現れたことと、戦況が思わしくないことから、退散を始めた。
 逃げ遅れた数人をサイト達が捕えていた。尋問で、襲撃者の情報が何か分かるかもしれない。
 けど、私はそっちのことまで考えていることができず、自分の握り締めた杖を見つめながら、思う。


(私は、本当に戦っていいの? その結果、また人を殺すことになった時……。
 それを、ちゃんと受け入れられるの?)


 自問に答えは返らない。
 ただ、心に芽生えた疑問と恐怖が、決意を鈍らせていた。







[26782] 第八話「少女は貫かれるようです」※グロ描写有りにつき注意。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/18 02:01



 サイト達と合流した私達は、いっしょに目的地へ向かうことになった。
 目指す場所は、白の国アルビオン――空に浮かぶ大陸だ。
 たしかアルビオンは現在、内乱状態にあり、観光なんかで行けるような場所ではないはず。
 何故そんな国へ向かっているのか、と私達が尋ねると、初めは「極秘任務だから……」と渋っていたルイズ。
 けど、何度断られても引き下がらない私達の様子に諦めたのか、ワルド卿に許可をもらってから、小声で話し始めた。


 アンリエッタ王女様からの依頼で、アルビオン皇太子であるウェールズ殿下にお会いし、2人の恋仲を証明する手紙を処分することになったらしい。
 近々ゲルマニアとの政略結婚を控えたトリステインにとって、その手紙を他国の者に奪われることは非常にまずいそうだ。
 ゲルマニアとの婚約が破棄されれば、アルビオンで暴れているレコン・キスタという反乱軍が、今度は軍力の衰えているトリステインを襲う可能性が高い。
 だからなんとかその手紙を回収しなければ、トリステインは最悪の場合、滅びてしまう――それを防ぐのが、ルイズ達に託された使命だった。


 一介の学生にこんな極秘任務を頼むのは、とても無謀な気もする。
 だが、ルイズから伝え聞いた話だと、アンリエッタ様は『王宮内は、誰が味方で敵なのか。それも分からない』ような、きなくさい状況らしい。
 心から信頼できる数少ない味方が、ルイズとワルド子爵だったそうだ。
 「私達がやるしかない」ルイズはそう、決意に満ちた顔で話していた。


 浮遊大陸アルビオンに向かうためには、風石の力で空を飛ぶフネに乗らなければならない。
 私達は夜になってようやく、そのフネの港がある街、ラ・ロシェールに辿り着いた。
 サイト達と合流した時には既に日が傾きかけていたので、ぎりぎり野宿せずに済んだ、といった感じだ。


 『女神の杵』亭に部屋を取り、みんなで旅と戦闘の疲れを癒すために休息を取る。
 ルイズとワルド子爵がアルビオン行きのフネを探しに行ったが、どうやら出航は翌々日の予定で、今すぐには出発できないそうだ。
 そのため、私達は宿屋で出航の日を待ちながら、鋭気を養うことになっている。
 私は、割り振られた部屋のバルコニーで夜空を見上げながら、考えに耽っていた。


(イメージの中で、襲撃は夜に行われた。場所はこの宿で間違いないと思う)


 出発前に垣間見えたイメージ。
 それを必死に思い出しながら、私は自分がすべきことを考えていた。


(問題はその襲撃が“いつ”行われるのか。今日、明日、明後日……機会は3回もある)


 どの日に襲撃があるのか分かっていれば、その日だけ警戒していればいい。
 だがイメージからは日にちまで割り出すことはできなかった。


(みんなで別の宿屋に移動する? ……いや。下手に行動すると、こちらを偵察しているはずの賊達を刺激してしまって、襲撃計画を早めてしまうかもしれない)


 そもそも、その選択肢を選んだ場合、みんなに『何故宿屋を変えなければいけないのか』を説明する必要がある。
 だが、私が時折見えるイメージは、実際にそれが起こってからでなければ、他人に証明できないものだ。


(襲撃前に動くべきか、否か。
 たったそれだけのことでも、どちらの選択が正しいのか分からない……)


 はあ、と思わず溜め息が漏れた。
 勝手にルイズ達を追いかけて、人殺しになって。
 それなのに……何も変えられない、何を変えてもいいのかも、分からないなんて。


(私は、何がしたいんだろう)


 そうやって、自分自身に、返事のない問いかけをしている時だった。


「よお、リース。邪魔するぜ」


 サイトがバルコニーに飛び込んできた。外から。
 宿の向かい側には建物は立っていない。
 だから、隣の建物から飛び移ったわけではない。
 つまりは、宿の外壁を伝うように降りてきたことになる。


「な、何故そんなところから……危ないよ?」

「まあ、色々あってな。……なあ、リース。あの、ワルドっておっさんのこと、どう思う?」


 疲れているのだろうか。サイトは、バルコニーの床に座り込んで、そんなことを聞いてきた。
 「どうって……」呟きながら少し考えて、素直な気持ちで答える。


「立派な人だと思うよ。あの若さで女王陛下直属の親衛隊の隊長なんて、すごいことだと思う」

「若いって、あのおっさんいくつだよ?」

「あの、サイト。貴族相手におっさんとか言ってると、最悪不敬罪で首刎ねられちゃうよ?」

「貴族が怖くて使い魔ができるかっての」

「まったく、心配して言ってるのに……。
 ワルド卿の年齢は、ええと、今年でたしか26歳だって噂で聞いたことがあったかな」

「……ま、まじかよ。30代後半ぐらいだと思ってた」


 サイトは心底驚いた様子だった。
 たしかにワルド卿は実年齢より老けて見えるけど、そこまで驚くことだろうか。


「若くて、才能あって、権力も実績もばっちり? なんだそりゃ……」


 俯きながら呟くサイトは、なんだかひどく落ち込んでいるように見えた。
 そのことを尋ねてみると、彼はぽりぽりと頬を掻きながら、言いにくそうに小声で、答えた。


「あいつ、ルイズの婚約者なんだろ? それ聞いてから、なんかこう、上手く言えねえんだけど……もやもやっとしてさ」

「ん……もしかして」


 彼の言葉を聞いて思うことがあり、バルコニーの端まで近寄り、手すりから身を乗り出すようにして上の階を見てみる。
 姿は見えないが、時折ルイズとワルド卿のものらしき声が、風に乗って聞こえてきた。
 何を話しているのかまでは聞き取れないが、どうやら2人きりで話しているらしい。
 手すりから身を乗り出すのを止めて、サイトと向き合う。


「さっき外から現れたのは、壁をよじ登って盗み聞きしてたから?」

「う……ば、ばれたか。なんか、気になっちまって」


 気まずそうに視線を逸らすサイト。
 彼の姿を見て、その行いを咎めようとは、思えなかった。
 それはたぶん私自身が、自分がどう思われるのか気にして、みんなを騙し続けているからだ。
 みんなを騙している私が誰かに説教なんて、できるはずがない。


「そっか。気になったなら、仕方ないかな」


 サイトにそう言いながら、私はテーブルに載っているグラスを持つ。
 その中に注いだワインを一口飲んで、星空を見上げた。


「そういうリースは、気になることないのか? なんか、暗い顔してるけど」

「……顔に出てるかな、私」

「ああ。なんか、すげえ辛そうに見える。ルイズも気にしてたけど、ワルド……卿、に話があるって連れてかれてよ」


 そっか、と短く答えて、私は夜空を見ながら、どう答えるか考える。
 イメージのことは、うかつに話せない。
 未来が分かる、なんて言っても、見える範囲はひどく断片的なもので、正確な時間さえ分からないことがほとんどだ。
 だから、他に悩んでいることを、打ち明けてみることにした。


「初めて、人を殺したんだ」

「……っ」


 サイトは息を呑んだのが、なんとなく分かった。
 けど、一度悩みを話し始めると、言葉は止まらなくなった。


「あの魔法は、牽制のつもりだった。けど、当たって……簡単に、人の命を奪った。
 直接手を触れたわけじゃなくても、嫌な感触を感じて、それがまだ抜けない」


 自分の両手を見てみる。
 汚れのない手。小さな手。見慣れた手。
 だけどその手には、私が殺した賊の返り血がついているような……そんな、錯覚を覚えた。


「この先、また誰かを殺すかもしれないと思うと……魔法を使うのが怖い。
 だけど戦わないと、守れないものがある。自分の命、友達の命。
 それに今回は、トリステインの未来もかかってる。退けるわけがない。
 やらなきゃいけない。それは分かってるけど、やっぱり考えちゃうんだ。
 私は、このまま戦っていいのかなって」


 サイトは黙って聞いてくれた。
 どう答えるべきか分からなかっただけかもしれない。
 けど、逃げずに、投げ出さずに、聞いていてくれる。
 それだけでも、なんだか少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。


「……聞いてくれてありがとう。話してみると、少しだけ楽になった」

「い、いや。おれ……何もできてねえよ」

「私だって、サイトの話を聞いただけで、何もできてないよ」

「けど俺、リースがちゃんと話を聞いてくれただけで、なんか嬉しかったよ」

「ならいっしょだね、私達」


 お互い、気になることを引き摺って、上手く笑えずにいる。
 そして胸の内に抱えたものを話すことで、お互いに気持ちを紛らわせている。
 私は、全てを話さずに隠して騙して誤魔化しているから、何もかもいっしょとは言えないけれど。


「なんか、ちょっとすっきりしたよ。ありがと。
 突然お邪魔してごめん。そろそろ帰るよ」


 少しだけ元気の戻った顔で、サイトは「おやすみ」と言って立ち去ろうとした。
 私は、その後ろ姿に……隠し事をしている後ろめたさ、だろうか。思わず声をかけていた。


「……サイト。今日の襲撃みたいなこと、またあるかもしれない。気をつけて」


「ん、分かった。リースも気をつけろよ……って、言うまでもないかもしれないけどさ」


 それじゃな、と言ってサイトはバルコニーから飛び降りる。
 器用に片手にデルフリンガーを握ったまま壁を伝って降りていき、彼の部屋のバルコニーに難なく着地した。
 ……普通に、廊下から帰ればいいのに。



 サイトが去ったバルコニーで、ワインを少しずつ飲みながら、私はまた1人で悩み始める。
 どうすべきか。どうしたいのか。何ができるのか。何をしてはいけないのか。
 考えることは多すぎて、中々考えは纏まらなかった。


   ○


 結局、昨夜は襲撃はなかった。
 警戒してずっと起きていたが、日が昇っても襲撃はなく、緊張が切れた途端眠りについていた。
 起きたら既に夕方で、そこで初めて、サイトがワルド卿と腕試しの試合をしたと聞いた。
 サイトの怪我は軽症で、すぐに魔法で治癒することができた。
 だけど、サイトの心は、初めての完敗に傷ついているようだった。

 なんでこのタイミングでワルド卿が、そんなことをしたのか分からない。
 けど、そのことを問い詰めている時間はなさそうだった。
 私は、間抜けにも寝すぎてしまい、既に夜は近づいている。
 対策を考える時間は少なく、もしかしたら今夜、何の策もないまま襲撃者と戦わなければならないかもしれない。


(私1人の浅知恵では、限界がある……誰かに相談するべきだろうか)


 誰に相談したらいいか、考えてみる。
 こういった荒事に慣れていそうなのは、タバサとワルド卿の2人。
 あの2人なら大丈夫だろうか……そう考えながら宿の廊下を歩いている時、ちょうどワルド卿と出会った。
 そのまま正直に『私、未来が見えます』と伝えたところで信じてもらえるとは思えない。
 だが、なんとかうまく誤魔化して、どうするべきか意見を求めることはできるだろうか。


「あ……ワルド様」

「君はたしか、ミス・リロワーズ。何やら顔色が優れないが、休んでいなくて大丈夫かい?」

「お気遣いありがとうございます。……あの、ワルド様。少し相談したいことがあるのですが」

「何かね? 私に答えられることならいいのだが」


 どうやら話を聞いてくれるようだ。
 タバサには後で相談するとして、とりあえず今はワルド卿に話してみるとしよう。
 親衛隊として経験を積んでいるワルド卿なら、私では思いつかないような良案もあっさり導き出せるかもしれない。
 信じてもらえるか分からないが、できるだけ曖昧に、未来のビジョンについて話すことにした。


「……この宿が襲撃される夢を見たんです」

 ワルド卿の身体が、ぴくりと反応した気がした。
 自分達が襲われる夢を見た、なんて言うのは不謹慎だ……とか、思われたのだろうか。
 けど、特に止められる様子もなかったので、そのまま話を続ける。


「最近、時々ですが、嫌な夢を見るんです。
 その嫌な夢の出来事が、現実に起こることがあって……」


 我ながら嘘くさい話だと思ったが、言ってしまった以上、取り消せない。


「……ふむ」


 ワルド卿は真偽を探るようにしばらく私の顔を見つめていた。
 そして、少し考える仕草をして、真剣な表情に変わった。


「嘘をついている顔ではなさそうだね。
 それで、具体的な内容は覚えているかい?」

「は、はい。えっと……正確な時間や日にちまでは分からないのですが……」


 私は、イメージの中で得た情報を、できるだけまとめながら、ワルド卿に話した。
 ひどく曖昧な情報で、私の話し方が下手なせいで伝わりづらいかもしれなかったが、ワルド卿は黙って聞いてくれた。
 だが、フーケのことを話そうとした辺りで、話を遮られる。


「……ここで話すには、なんだね。場所を変えよう」


 そう言われて、ここが宿屋であり、他の宿泊客の存在を失念していたことに気付く。
 その宿泊客達の中に混じって、襲撃者達の密偵がいるかもしれない。
 話はできるだけ、周囲に聞かれないように秘密にしておくべきだった。


「す、すいません。考えが至らず……」

「構わないさ。さて、ではついてきてくれるかい? こういう時にもってこいの場所があるんだ……」



 ワルド卿がこちらに背を向けて、歩き出す。
 私は慌てて、後について歩き始めた。
 先に進むワルド卿の顔は、私からでは見えない。



 だから、この時の私は、ワルド卿の瞳が殺意を帯びていたことに、気付かなかった。




  ○


「……あ、あの。どこまで行くのですか?」


 途中で“フライ”を使って一気に移動して、私達は今、街の外れにある森の中を歩いていた。
 宿からはだいぶ距離が離れている。まだ夜までには時間があるとはいえ、そろそろ戻らないと辺りが暗くなってしまう。
 だから何度か、どこまでいくつもりか尋ねたけど、「もう少しだ」としか答えてもらえなかった。


「……待たせたね。ついたよ」


 ぴたり、と。ワルド卿が足を止める。
 木々に囲まれた森の中。人の影は見えず、確かにここなら秘密の会話にはうってつけかもしれない。
 周囲に草木が多い分、気配を消して忍んでいる密偵がいるかもしれないが、この場所にはワルド卿しか知らない対策法も施されているのだろうか。


「ええと、では話の続きを、」


 そう、話を切り出そうとして。


 ザシュ、と。肉を切り裂く音が聞こえた。
 そして、左胸に広がる鋭い痛みと、熱さ。
 ワルド卿の持つレイピアが、私の胸に突き刺さっていた。


「……ぇ」


 何が起こったのか、一瞬分からなかった。
 事態を把握するより早く、もう一度私の左胸――人間の急所である心臓が、冷たい刃に貫かれる。
 後ろによろめき、倒れて、ワルド卿を見る。
 彼の顔は、悪魔のように険しく……そして狂ったように、微笑みすら浮かべていた。


「わる、ど、さま……?」


 声を搾り出す。いっしょに、血を吐いた。
 ワルド卿の返事はなく。
 代わりに、魔法の風の槍“エア・スピアー”が、私の頭を貫いて――。


  ○


 地面に倒れた少女の身体が、しばらくビクビクと痙攣する。
 やがて、動かなくなった。
 ワルドは、自分が遺体へと変えた少女、リース・ド・リロワーズの身体を視認して、完全に死んでいることを確認した。
 脈を測る、などの細かい確認はしていないが見るだけで充分だった。
 心臓と脳髄を貫かれて生きていられる人間など、いない。


(もしいたとしたら、それはもう人間ではない。化け物だ)


 自分の身体に返り血がついていないことを確かめた後、ワルドは『女神の杵』亭へ戻り始めた。
 そろそろ襲撃の決行時間だ。“偏在”で生み出した別の自分に命令して、劇を始めなければいけない。


(リース・ド・リロワーズ。フーケから要注意人物だと聞いてはいた。
 だが……まさか、こんなに早く片付けることになるとはな)


 彼女の話が真であったのかは、今となっては永遠に謎だ。
 だが、自分の裏切りを知っているかもしれない者の存在は、これからの計画に邪魔となる。
 仕留められる時に仕留めておくべきだ。ワルドは、そう判断して行動を起こした。
 たとえ計画の妨げとなる可能性がどんなに僅かでも、放置するわけにはいかなかった。


(ミス・リロワーズは、ルイズが大切な友達だと言っていたな。
 ルイズがこの事実を知ったら、どう思うだろうか……まあ、どう思われようと、構わんのだが)


 己の進む先が悪鬼の道であることを感じながら、ワルドは立ち止まることなく突き進んでいく。
 その道を妨げる者は、誰であろうと排除する覚悟で。


(あの遺体は、森の住む狼共が“処分”してくれるだろう。
 例え発見されたとしても……仮に、私が殺したと判明しようがしまいが構わない。
 その頃には、私は既にトリステインから消えている)


 彼はこのまま、レコン・キスタへと合流し、国外逃亡する。
 祖国であるトリステインを捨てて、己が願いを果たすために。


(トリステインは、腐り果てている。
 この、終わりかけた国の貧弱な力では、“聖地”に辿り着けるはずがない)


 ワルドは、力を求めていた。
 圧倒的な力を。全てに負けない力を。何もかもに打ち勝てる力を。
 そのために、修羅となる覚悟は、既に決まっていた。

(……さらばだ、トリステインよ。私は、私の道を行く)

 力を求める狂者は、少女の亡骸を残して帰路につく。
 彼が振り返ることは、なかった。



   ○



 森の中に、朝日が射し込む。
 穏やかな光景の中に、異質な空気を放つ一角があった。
 森の一部であるその場所は今、規格外の巨躯を持つドラゴンにでも薙ぎ払われたかのように、木々と地面が豪快に抉り取られている。
 強大な力の爪痕が残る周辺には、野生の狼や動物達“だった”と思われる肉片と毛皮と骨が散らばり、夥しい量の血液がぶちまけられている。

 その、当時の惨状を思わせる痕跡の中心には、1人の少女がいた。
 肩まで伸びた、美しい金色の髪。
 少し小柄だが、均整のとれた身体。
 いつも細められている碧眼は――今は見開かれて、大人びた冷静さなんて窺えない。

 リース・ド・リロワーズは、生きて、そこに立っていた。
 砕かれた脳髄も、引き裂かれた心臓も、何事もなかったかのように元通りとなっていた。
 ただ、その身を赤黒く染める大量の血痕だけが、いつもとは違っていた。


「……わた、し」


 少女は呆然と、自分の両手を見ながら、呟く。
 今度は錯覚などではなく、確かに、その小さな両手は血で染まり、赤く汚れていた。


「ほんとに、なんなんだろう……」


 その問いに答えられる者は、この世界には、いない。





[26782] 第九話「少女は受け止められるようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/20 11:13

 今回は、記憶が完全に抜け落ちていた。
 ワルド卿に相談を持ちかけて、森の中へ案内されて。
 自分が頼ったワルド卿の手にかかり、自分が“殺された”ことは、はっきりと覚えている。
 だけど、その後の記憶が、まったく思い出せなかった。


 どうやって生き返ったのか。
 ワルド卿が、何故私を殺したのか。
 今、私の周囲に広がる惨状が、どのようにして作り出されたのか。
 それらのことが、どうしても分からない。
 分からないことだらけだった。


「っ、く、ぁ……」


 全身を激痛が駆け抜ける。
 死の淵より這い戻ってきた代償だろうか。
 未来のイメージが浮かぶ時よりもさらに凄まじい苦痛が、目覚めてからずっと続いている。
 魔法を唱えるどころか、立ち続けていることもできずに、地面に倒れた。

 木漏れ日が射し込む森の中。
 友達といっしょにピクニックでもすれば、とても楽しいだろうなって思う、そんな穏やかな場所。
 けど、おそらくは意識がない時の私が作り出した惨状は、平和な光景を台無しにしていた。
 散乱する、狼や動物達の死体。抉り取られた木々と地面。ぶちまけられた血痕。
 何故こんなことになっているのか、分からない。
 だけど、ここに私しかいない以上、犯人は私なんだろう。


(……人間の死体がないことが、せめてもの救いかな)


 動物達の命を軽んじるつもりはない。
 けど、もし罪のない人間……例えば狩人や子供の死体が転がっていたら、私はもう耐え切れなかっただろう。
 木々の隙間から垣間見える青空を眺める。
 本当はすぐにでも起き上がって、みんなの安否を確かめに行動するべきなんだろう。
 しかし、全身に広がる激痛と、自分自身への恐怖に、私の心は折れていた。


(父さんは、すごいや。私が本当に化け物だって、見抜いてたんだ)



 死は全ての人間に平等に与えられるという。
 王も、貴族も、平民も、蛮人も、悪魔と言われるエルフにだって、個々の違いはあれど、死は絶対だ。
 だったら、私は……死を否定して生き返った私は、やっぱり化け物なんだ。


(しかも、僅かだけど未来まで見えてるのに、みんなの手助けができない。
 それどころか、足手纏いになってる。
 役立たずの化け物。それが私なんだ……)


 むしろ私がいない方が、上手く事は進むのかもしれない。
 それは、全部投げ出して逃げたいという願望から生まれた言い訳だと思いながらも、私は『もう関わるべきではないのかもしれない』と考え始めていた。
 未来のイメージも、異常な力のことも全部忘れて。
 どこか山奥にでも引きこもって誰にも関わらず静かに生きていく。
 その方が、みんなのためで、自分のためなのかもしれない。


 そんな風に言い訳を並べる私を『逃がすものか』と責めるように。
 激痛と共に脳内に浮かぶイメージ、イメージ、イメージ……!


「……もう、いや。いやだぁ……!」


 頭を両手で押さえて、のたうち回りながら、激痛が早く去るように祈る。
 この痛みから逃れる術は、ない。
 自分の喉を引き裂き心臓を潰し脳漿をぶちまけようと、化け物な私の身体は、死を否定して蘇るのだろう。

 私の身体なのに。私の命なのに。
 私の意志なんて何もかも無視して。
 この肉体は私から、死すらも奪っている。


「わた、わたしは……友達と、いっしょに」


 声を出すだけで身が裂けそうな痛みに襲われる。
 けど、叫ばずにはいられなかった。


「普通に、生きたいだけなのに――!」


 イメージは、私の叫び声なんて意に介さず、脳内に流れ込んでくる。

 礼拝堂らしき場所で、ワルド卿と対峙するサイトとルイズ。
 そして、冷たい床に倒れ伏す金髪の青年。その顔は、子供の頃に肖像画で見た、アルビオンの王子・ウェールズ殿下のものを思い起こさせた。
 圧倒的な実力を誇るワルド卿に、ルーンの力とデルフリンガーの助言を得て、なんとか対抗するサイト。
 そこに、ルイズが助太刀しようと飛び出して――ワルドの放つ風の凶刃に、倒れた。


「……う、くぅぅ……!!」


 逃げ出したい。
 もうこんなの嫌だ。
 何もかも投げ出してしまいたい。
 
 ――だけど。
 大切な友達を。
 普通じゃない私を、当たり前のように友達として見てくれたルイズ達を。
 彼女達を見捨てるのだけは、絶対に、何よりも、嫌だ。


「――!!」


 歯を食いしばる。
 腕をなんとか動かして、身体を起こす。
 立ち上がろうとして、眩暈がして転ぶ。
 だけど、もう一度、起き上がろうとする。
 食いしばりすぎた奥歯が、ひとつ、砕けた。
 地面に奥歯の破片を吐き捨てて、今度こそ立ち上がる――!


「いか、なきゃ」


 ふらふらとした足取りで、それでも港へ向かう。
 イメージの中には見えなかったタバサ達の安否も気になる。
 だけど私は、一刻も早く、アルビオンへ向かわなければならない。
 未来のイメージが見える時は、今までのパターンではその光景が現実となるまで長くても1日程しか時間がなかった。
 ルイズ達があの夜、襲撃をなんとかしのいで港からフネで出発したとして、アルビオンまでは一日は掛かるはずだ。
 あくまで仮定に過ぎないが、時間から考えてルイズ達はまだフネで渡航中のはず。
 だから、ワルド卿との対峙はおそらくは明日の朝。それが、タイムリミットだ。
 先を急ぐ私の意志に反して、身体は思うように動かない。



 まだ森を抜けてもいないのに、太陽は頭上へと移動していた。
 そして鳴り響く、ラ・ロシェールの鐘。
 おそらくは昼の時間を知らせるものだ。


(もう昼……!? まだ、森の中なのに……!)


 目覚めた時間は、早朝とは言えなかったかもしれない。
 だけど、それにしたって、移動に時間がかかりすぎている。
 そもそもこの森へは、ワルド卿の案内で来たから、出口への道も分からない。
 徒歩では、限界があった。


(“フライ”で飛べれば、なんとか……けど)


 マシになってきてはいるが、まだ激痛は続いている。
 倦怠感も滲み出しており、本調子とは程遠い。
 こんな状態で魔法を使えるのか、分からない。


(……悩んでいる時間もない。やれそうなことは、全部、試さないと)


 “フライ”の詠唱を開始する。
 ずきり、と。頭に鋭い痛みが走る。
 それでも、苦痛を噛み殺して呪文を唱えきる。またひとつ、奥歯が砕けた。
 だけど魔法は成功した。身体が浮力を得て、宙に浮かび上がる。


(とにかく、街中へ――できれば港まで一気に!)


 まずは森を越えるために、まっすぐ上昇して木々の間を抜ける。
 空から周囲を見渡せば、ラ・ロシェールの街が一望できた。
 その光景から港を見つけて、そこを目指して飛ぶ。

 アルビオンは常に、空を移動している。
 だからまずは現在の航路を確認してからでないと、目指すことすらできない。
 できればフネを確保できればいいんだけど、まだフネが出せる程アルビオン大陸は近づいていなかったはずだ。
 第一、お金もそんなに持っていない。乗船することは難しいだろう。


 巨大な木に設けられた、空飛ぶ船の港。
 その港上空まで近づいた時……気が緩んだのだろうか、“フライ”の効力が消えた。
 空中に投げ出される身体。運悪く、落下地点には港の桟橋はなく、地面まで真っ逆さま。

 慌てて、もう一度“フライ”を唱えようとする。
 けど、無茶を重ねた反動だろうか。身体中の激痛はよりひどくなり、詠唱が唱えきれない。
 このままでは地面に叩きつけられる――そう覚悟を決めた時、私の身体を何かが受け止めた。


「リース! あなた無茶しすぎよ、もう……!」

「ミス・リロワーズ! 無事で何よりだよ」

「危機一髪」


 私を受け止めたのは、タバサ達が乗ったシルフィードだった。
 落下の衝撃は“レビテーション”で緩和してくれたようで、痛みもなかった。


「みんな、無事だったんだ……よかった」

「あなたも無事……とはいえないみたいね。
 すごい格好じゃないの。美人が台無しよ?」

「い、いったい何があったんだい?
 昨夜は突然いなくなるし、服は血だらけだし……」


 キュルケとギーシュに指摘されて、自分の格好を思い出す。
 動物達の返り血と、私が“殺された”時の血。
 両方の血で染められた服は、もう元の色が分からないぐらい赤黒くなっていた。
 自分が殺されて、生き返ったことは秘密にしないと――そう考えながら、説明する。


「ワルド卿に、森の中で襲われて……えっと、なんとか逃げたんだけど、今度は狼達に囲まれて。
 狼達は倒したんだけど、暗くて道が分からないし怪我も負ったから、身動きが取れなくなって隠れてたんだ」


 こんな時にまで嘘をつく罪悪感と、自分への嫌悪感。
 それをなんとか飲み込んで、嘘と真実を混ぜた情報を伝える。


「ワルド卿が!? な、何故そんなことに……」

「ロリコン卿?」

「タ、タバサ。この場合の『襲われて』は、そういう意味じゃないと思うわよ?」

「……間違えた」


 戸惑うギーシュ達。
 心強い協力者だと信じていた人物が凶行におよんでいたなんて、急に言われても納得できないのは自然な反応だと思う。
 だけど、私ははっきりと覚えている。彼が突然、私に刃を向けたことを。


「証拠はないけど、本当なんだ!
 ワルド卿は裏切り者で、このままだと……」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! ワルド子爵はルイズ達と共にアルビオンへ向かったはずだ。
 彼が本当に裏切り者だったら……」

「彼女達が、危ない」

「……なるほど。それであんな無茶してまで、急いでいたわけね」


キュルケが納得したように頷く。


「そ、その……信じてくれるの?」

「あら、不満?」

「そ、そうじゃないけど……証拠もないのに、こんな話」


 私の言葉に、キュルケは呆れたように溜め息をつく。
 そして、私をまっすぐに見つめて。


「友達の必死の言葉を信じるのに、証拠なんて必要ないわよ」


 当然のことのように、そう言った。


   ○


 私を探しながらアルビオンへ向かう準備をしていたというタバサ達。
 キュルケから着替え(彼女には珍しく、派手な衣装ではない)をもらい、私も準備完了。
 もう出発の準備は整っていたらしく、そのままアルビオンへ向けて出発することになった。
 力強く羽ばたくシルフィードの背中で、私達は状況を確認する。


「アルビオンは現在、ひどい内乱状態よ。おそらく、王宮周辺も大変なことになっている。
 正面から乗り込むわけにはいかないわね」

「こっそり忍び込む」

「避難経路も確保しとかないとね。そして、ルイズ達を探して脱出。
 私達の戦力でできそうなのは、これぐらいね」


 タバサとキュルケが意見を出し合って、方針は決まった。
 展開しているだろう軍隊の死角からアルビオンに近づき、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールに穴を掘ってもらう。
 そのトンネルから王宮近くへ侵入して、なんとかルイズ達を連れて脱出する。
 一介の学生にできることは、それぐらいだ――化け物な私を、除いて。


(本調子なら、正面からでもいけるだろうか……)


 アルビオンまでは、まだだいぶ距離がある。
 シルフィードがどんなに速く飛べても、やはり限界はある。今日中に到着することは難しいだろう。
 それまでの間、休息を取って……全快したのなら、私はまた、戦えるだろうか。


(軍隊と1人で戦う、なんて経験があるはずがない。
 しかも、戦えたとして……その時はまた、人を殺すことになるかもしれない)


 相手が歩兵だけなら、“フライ”で飛び越えてしまえば戦わなくてもいい。
 だけど竜騎兵がいたのなら空中戦になる。そうなったら、逃げ切れるか分からない。
 その時、私は、戦えるのだろうか。戦っても、いいのだろうか。


(……無茶かもしれない。無理かもしれない。後悔するかもしれない。
 それでも、急がなきゃ、ルイズが死ぬ)


 あのイメージの中では、救援は間に合わなかった。
 致命傷なのかどうかは、イメージでは分からなかった。
 だけど、あのイメージの登場人物はサイト、ルイズ、ワルド……そして、殺されたウェールズ王子(と思われる人)。
 タバサ達の姿は、どこにもなかった。


「……夢を見たんだ」


 私の呟きに、キュルケ達が私を見る。


「礼拝堂らしき場所で、サイトとルイズが、ワルド卿と戦っていて……。
 ルイズが、“エア・カッター”で斬られる。そんな、夢を」

「ちょ、ちょっと、不吉なこと言わないでよ……」


 キュルケの批難に、私は「ごめん……」と返す。


「大丈夫」


 だが、タバサはいつもの無表情で、そう呟いた。
 今度は私達がタバサを見る。
 青髪の少女は、アルビオンへ続く空を見つめたまま。


「私達が、正夢にさせなければいい」


 決意に満ちた言葉を、静かに宣言した。






[26782] 第十話「少女は暴れるようです」※5/10色々修正、追記 グロ描写有り注意
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/05/19 12:18



 シルフィードが夜通し飛び続けてくれたおかげで、私達は翌日の早朝にアルビオン大陸周辺の空域へ辿り着いた。
 並みの風竜なら途中で体力が尽きていてもおかしくない、無茶な道程。
 だがシルフィードに疲弊した様子はなく、力強い羽ばたきは健在だった。


(……お願い、間に合って)


 ギーシュの使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンディに地下を掘り進んでもらい侵入する、という作戦が間に合うのなら、それに越したことはない。
 だけど、イメージの中ではルイズ達の危機に間に合わなかった。
 もし作戦を実行するなら、私も魔法で援護して、掘り進むスピードを可能な限り加速させるべきだろう。
 それで間に合って、ルイズ達を救出できるなら、その方がいい。


(戦わずにすんで、みんなも安全で、ルイズ達も助かるなら……それが最高だ)


 身体はだいぶ回復した、と思う。
 全快とまではいかなくても、少しぐらいなら魔法も唱えられるはずだ。
 正面から貴族派の軍勢に突っ込むなんて無茶は無理かもしれないけど、土を掘る手伝いぐらいなら問題はなさそうだ。


「……戦場、近づいているようね」


 キュルケが、砲撃のものと思われる轟音が響いてくる方角に視線を向けて、呟く。
 戦場の音が私達のところまで届き、直接見えなくても、激しい戦闘が行われていることが分かる。
 私達は戦場を避けて、アルビオン大陸の下側に漂う雲の中を進んでいる。
 そんな場所にまで聞こえてくる程、戦場の奏でる死の音は凄まじく、空気を揺さぶっていた。
 イメージで見えた未来の通りになるのなら、優勢なのは貴族派で、王党派はやがて全滅するのだろう。
 自分なら、王党派に助太刀してその未来を変えられるのか―― 一瞬、そんなことを考えて、自分の思い上がりに反吐が出そうになった。
 

(ワルド卿にあっさり殺されて、我を失ったまま暴れてた自分が、戦況を覆す?
 思い上がるなリース・ド・リロワーズ。絵本に出てくるような、救国の英雄にでもなったつもりか?
 私は、英雄なんかじゃない。ただの化け物だろう)


 もし仮に戦場へ飛び込んだとしたらどうなるのか、少し考えてみる。
 人を殺すことをためらっている私は、敵を倒せず、味方を助けられず、そのうち貴族派の誰かから致命傷を受けて、また我を失う。
 そして化け物として暴れまわって……敵も味方もみんなまとめて殺すかもしれない。そんな最悪の結末しか、思いつかない。
 普通に人として死ねる方がまだマシな末路になんて、飛び込みたくはない。


(普通に、作戦通りにいくべきだ。
 地下を掘り進んで忍び込み、ルイズ達を連れて逃げ帰る。
 それで、充分じゃないか……それ以上のことが、できるなんて思っちゃいけない)


 普通ではない力があれば、何でもできる。みんなを騙したままでも、戦える。誰かを助けられる。敵も殺さずにすむ。
 そんな甘い考えは、現実には通用しなかった。
 友達を助けることも難しくて、それが本当に可能なのかも分からない。
 寄り道なんて、している余裕はない。するべきではない。
 そう自分に言い聞かせた。


 その言い訳を蹴散らすように。
 脳内に流れ込んでくるイメージ、イメージ、イメージ……!


「……リース!? あなたやっぱり、まだ身体の調子が――」


 激しい頭痛に呻いている私にキュルケが心配そうに声をかけてくれるが、返答することもできない。
 耐えるしかできない私の脳内に、次々とイメージは流れ込んできた。


 凶刃に倒れたルイズに涙し、憤怒するサイト。
 その感情の爆発に応えるように彼のルーンが輝き、サイトは傷ついた身体を今までよりさらに速く動かして、ワルド卿に突撃する。
 目にも留まらぬ速さで駆け抜け、剣を振るうサイト。その勢いは凄まじく、ワルド卿を驚愕させる程のものだった。
 そして、サイトはワルド卿の片腕を切り落とすことに成功する――だが、そこまでだった。
 限界を超えた反動か、倒れこむサイト。ワルド卿はその隙を見て、“フライ”で浮かび上がり、礼拝堂から逃走する。
 そして、ワルド卿が言い残したことを証明するように、礼拝堂の外からは貴族派の軍勢と思われる足音が鳴り響き――。
 その窮地に至っても、ウェルダンディは彼らの元へ辿り着けていなかった。


(……だめだ。このままじゃ、間に合わない)


 杖を握り締める。歯を食いしばる。
 勇気と無謀は違う――どこかで聞いたような言葉が思い浮かぶ。
 たしかに、それは明らかに違うものだ。
 玉砕覚悟で突撃することは、勇気ではなく自殺行為だ。


『救国の英雄にでもなったつもりか?』


 自分自身の言葉を、思い返す。
 私が英雄のはずがない。
 私は……世間知らずで、夢見がちで、嘘つきな、化け物だ。


 だけど。
 それでも。
 無茶でも、無謀でも、自殺行為でも。
 ここで行かなきゃ、きっと、永遠に後悔することになる。


「ごめん、みんな! 私は先に行く!」


 私はシルフィードから飛び降りて、“フライ”を唱える。
 浮力を得た身体を、魔法の力で強引に加速させて、雲の中へ向かって、飛翔する。


「……リース!? 戻りなさい、リース!!」


 キュルケの必死な叫び声が、一瞬だけ聞こえた。
 けど、すぐに彼女達との距離が離れて、届かなくなる。


(……ごめん、キュルケ。それでも私、行かないと)


 “フライ”の浮力で身体はどんどん上昇していき、やがてアルビオン大陸の真下へと辿り着いた。
 迂回していては間に合わない――そう考え、“フライ”を維持したまま魔法を唱える。
 子供の頃からの趣味である“魔法製作”で考えた、オリジナルの呪文のひとつ。


「“エア・ドリル”!」 


 その詠唱を唱えきり、魔法の名前を言い放つと、掲げた杖を中心にして風の魔力が集う。
 集まった風は、思い描いた通りの形となった。
 杖ごと片手を覆うように展開する、円錐螺旋状の風。
 “エア・ドリル”を岩盤に突き刺すと、高速で回転する風が大地に穴を穿ち、掘り進んでいく。
 
 “フライ”の上昇力と“エア・ドリル”の掘削力。
 二つの力を合わせて、ひたすら全速力で突き進む。
 回り道をしている時間は、もうなさそうだ。
 今すぐにでも、ルイズ達の元へ駆け付けなければ――。
 
 ずきり、と。身体に激しい痛みが走る。
 休息を取り回復したと思っていた昨日の激痛が上乗せされたような、身を砕かれそうになる激痛が襲ってくる。
 それでも魔法の維持だけは解くまいと、残る歯を全部噛み砕くぐらいに噛み締めて、痛みに抗う。
 私の無茶を責め立てるように、痛みは重く、激しく、全身を覆っていく。

 それでも。
 それでも私は、ルイズ達の元へ、行くんだ――!





 そんな私の無謀さを嘲笑うかのように。
 痛覚が狂いそうになる程の痛烈な痛みが頭蓋に駆け抜ける。
 そこで、意識が塗り潰された。



   ○


 貴族派の兵士達は、既に攻城を開始していた。
 戦闘に立つ集団が城内を蹂躙する中、後方部隊である兵士達は、城外に逃げ出した王党派の生き残りがいないのか捜索しながら、怪我人の応急処置などを行っていた。
 その後方部隊員の誰かが、「地面が微かに揺れている」と呟いた。


「地震? おいおい、ここは浮遊大陸だぜ?」

「……いや、待て。確かに俺も揺れてるような気がする」


 兵士達が笑い飛ばしたり、逆に賛同するものがいる中、揺れは徐々に大きくなっていく。
 だんだん、後方部隊のほぼ全ての兵士達が揺れを感じ始めた時。
 突然、地面が下側から突き破られた。
 貫かれた地面に立っていた兵士の身体は、高速で回転する螺旋状の風で細切れの肉塊に分解される。
 その不運な数人の兵士達は、自分が殺されたことも理解できぬまま、この世を去った。


「て、敵襲!? 地中からだと!?」


 その光景を見ていた別の兵士が叫ぶ。
 彼の叫びに、他の者達も襲撃者の存在を確認したが、そのほとんどが次の瞬間には魔法の餌食となっていた。

 ある者は風の刃に切り刻まれた。
 ある者は炎の膜に包まれ焼かれた。
 ある者は土の壁に押し潰された。
 ある者は体内の水を操られ、内側から爆ぜた。

 それは、たった一人の襲撃者に成せる光景ではなかった。
 どんなに優れたメイジであろうと、扱える魔法には限りがある。
 たった一人で4つの属性全てを自在に操れる者など、いるはずがない。
 ましてそれが、20にも満たぬ少女であるなどと、誰が信じられるだろうか。


「ま、まさか、エルフ……!?」

「ば、化け物……!」


 その場で僅かに生き残った兵士達が、襲撃者の姿を見て、恐怖に顔を歪めて叫んだ。
 『化け物』。己の嫌う言葉を浴びせられて、襲撃者の少女は。


「――ぶっこおすぞ」


 感情のない声で呟いて、その兵士達に風の魔法“エア・ハンマー”を叩き込んだ。
 彼女……リース・ド・リロワーズの宣言した通りに兵士達は絶命した。
 死者の贓物と返り血を浴びても怯むことなく、リースは貴族派の兵士達が攻城しているニューカッスル城へと突撃する。
 城門は既に、貴族派の手で破壊されていた。そこから城内へと飛び込む。


 リースは、既にニューカッスル城内にまで入り込んだ貴族派の軍勢へと、存分に力を振るった。
 道中に群れを為す貴族派の兵士を次々と魔法で蹴散らしながら、突き進む。
 目的の人物達がどこにいるのか分かりきっているかのように、その進撃に迷いはなかった。
 
 リースに反撃したメイジ達もいた。アルビオン王家に牙を向いた反逆者とはいえ、彼らにも貴族としての誇りがあった。
 自分達の魔法が、年端のいかぬ少女に劣るなど、認められない――その意地を込められた彼らの放つ魔法のいくつかは、目にも留まらぬ速さで突き進んでくる襲撃者を捉えた。
 だが彼らの魔法は、少女が纏う半透明の魔力の膜に阻まれて、その肉体に届くことはなかった。


「な……ば、馬鹿な、そんな理不尽――!?」


 そう叫んだメイジは、“錬金”で作られ弾丸のように射出されたいくつもの剣に突き刺され、壁に磔にされた。
 怯え竦む貴族派の兵士達に、床に降り立った少女は。


「……ばるす」


 やはり感情のない言葉を紡ぎ、魔力を解放する。
 彼女を包んでいた魔力の膜は緑色の光となり――爆発するように、彼女の周囲をまとめて吹き飛ばした。
 彼女を中心として、城内の通路の一角が吹き飛ばされ、その爆発に呑まれた者達はバラバラに砕け散る。

 爆心地に立つ――いや、床が爆発により消し飛んだため今は浮遊している――少女は、何事もなかったかのように無傷で存在している。
 自分が生み出した地獄を見ても、彼女は眉一つ動かさない。
 見た目だけは普通の少女。なのに、単身でたやすく地獄を作り出した、常識の外側に生きる存在。
 悪魔のようなその姿は、見るもの全てを恐怖させるのに充分過ぎる程、化け物じみていた。
 
 生き残った兵士達の多くが、我先にと逃げ出そうとした。
 だが、狭く入り組んだ城内の通路を後ろから強襲されたのだ。逃げ道など限られている。
 先程の爆発で壁に開いた穴から、仲間を押しのけながら逃げ出そうとする兵士達。
 だがリースは、彼らの脱出を待たなかった。進路を塞ぐ兵士達に魔法を放ち、吹き飛ばしていく。
 逆に、進路の妨げにならないのであればどうでもいいと無視した。

 王党派の兵士達は既に、貴族派によって殲滅された後だったらしい。
 だから貴族派の兵士達の多くが死亡して、残る者達が逃走を始めた今、リースを邪魔する者は誰もいなくなった。


「……きゃは」


 そこで初めて、少女は笑みを浮かべた。
 だがその笑みには、普段の少女の愛くるしさなど欠片もなかった。
 口端が吊り上り、瞳孔が開き切った、悪魔の如く不気味な笑み。
 その瞳は、普段の碧色ではなく、鮮血のような真紅に染まっていた。


「きゃっははははは!!」


 少女は、目的地である礼拝堂に向かって飛ぶ。
 礼儀よく扉を開く気など微塵もなく、その豪華に飾られた扉を魔法で吹き飛ばして、礼拝堂内に飛び込んだ。


   ○



 平賀才人は、窮地に立たされていた。
 ウェールズ王子は殺されて、主人であるルイズは……生きてはいるものの、早く治療しなければ命に関わりそうだと素人でも分かるぐらい、深い傷を負わされていた。


「くくっ……満身創痍だな、ガンダールヴ。伝説の力を以ってしてもこの程度か」


 裏切り者のワルドが、少年を嘲るように言う。
 味方だと信じられていたワルドは、少年達を裏切って、牙を抜いた。
 風のスクウェアクラスであるワルドの実力は凄まじく、伝説の使い魔“ガンダールヴ”の力を与えられた才人の力でも、なんとか喰らいつくのがやっとだった。
 ぼろぼろにされて、共に戦える味方のいない状況まで追い込まれて、ようやくワルドの魔法が生み出す分身を全て倒しただけ。
 実力差は、考えるまでもなく圧倒的だった。

 しかも、ガンダールヴの力にも限界があったようだ。
 才人を支え続けたルーンの光は目に見えて衰えており、彼の身体は累積した疲労に押し潰されそうになっている。


「ち、くしょお……力が、でねえ……」


 よろめく身体を剣で支えて、ようやく立っているような状態だ。
 そんな才人をつまらなそうに見て、ワルドは。


「……ふん。主人共々、もう限界のようだな。
 では冥土の土産に教えてやろう。
 ――貴様達が行方を案じていたリース・ド・リロワーズは、私が殺した」


 少年達にとって致命傷となる事実を、言い放った。


「な、んだと……!?」

「くはは、まだ睨む力程度は残っていたか?
 証拠を持ってこなかったのはまずかったかな。
 ラ・ロシェールの森に捨て置いてきたから、今頃は狼の餌にでもなっているだろうよ」


 ワルドは楽しいことを友人に告げるかのように、言葉を並べる。
 その事実が本当なら――それを考えるだけで、少年の心は、折れた。


「う、そ……うそよ、そんなの……」


 床に伏しているルイズが、呆然と呟く。
 彼女は身体を無理矢理起こそうとして、体勢を崩して転び、彼女の胸から溢れる血が床に広がった。


「うそよ。だって、そんなの、ひどすぎる――」

「残念ながら現実なのだよ、ルイズ! よほど大事なお友達だったのかな?
 ……そんなに大事なら、良いことを教えてあげよう。
 レコン・キスタの総司令官は、死者を蘇らせる“虚無”の担い手だ。
 君がどうしてもと望むのなら、そのお友達を蘇らせてやってもいいぞ?
 ……死体が残っていればの話だがな」


 ぴくり、と。ルイズが反応したところを見たワルドが、彼女に近づく。
 うつ伏せに倒れているルイズの顎を指で持ち上げて、悪魔のように囁く。


「僕のものになれ、ルイズ。我が野望のために。
 そうすれば、大事なお友達が戻ってくるかもしれないぞ?」

「――ざけんじゃねえええ!!」


 激昂した才人が、弾け飛ぶような勢いでワルドに飛び掛る。
 たが、ただまっすぐに飛んでくる物は、見えていれば避けるのはたやすい。
 あっさりと飛び退いたワルドが、才人を無視して再びルイズに語りかける。


「さあ、どうするルイズ!
 僅かな望みにかけて自ら我が傀儡となるか! 誇りのためにここで死んで、友を永遠に失うか!
 好きな方を選びたまえ! どちらにしても、君にとっては地獄だろうがな!」

「くっ……ふぇぇ……!」


 悔しさと痛みに、ルイズが嗚咽を漏らす。
 それにまた才人の怒りが膨れ上がるが、彼にはもう立ち向かうだけの力は残されていない。


「私はいつまで待ってもいいのだが、もうすぐここにはレコン・キスタの軍勢が押し寄せるぞ?
 どちらにしろ君達はもう終わりなのだよ、哀れなものだな伝説の担い手と使い魔! くは、くははは!!」


 高らかに哄笑するワルド。
 その背後。
 反乱軍が乗り込んでくるという扉が、外側から粉々に粉砕された。
 そして、その穴から飛び込んできた人影が、咆哮する。


「ワァァァァルゥドくゥゥゥゥン!!」


 ぎらり、と。獣じみた眼光と、悪魔の笑みを浮かべて。
 リース・ド・リロワーズは、自分を殺した男の前に、現れた。


「リース! 無事だったんだな!」


 驚愕するワルドの頭上を飛び越えて、ルイズの傍に降り立つリーズ。
 彼女が杖を一振りすると、ルイズ達の身体を魔法の光が包み込み、その身体の傷を一瞬で癒した。
 回復した身体と、友の無事に喜ぶ主従。
 ……だが、リースの姿を見ると、2人の顔は疑問と困惑の色に染まった。


「リ、リース……? おまえ、ほんとにリース、だよな?」

「あなた……ち、血だらけじゃないの。どうした、の?」


 ルイズが指摘したように、リースの身体は血で濡れて、服は赤黒く変色している。
 さらには、ルイズ達は気付かなかった――或いは彼らの心が理解することを拒んでいたのかもしれない――人間の臓器の欠片であると思われる肉片がこびり付いている箇所さえあった。
 それなのにリースは、嬉しそうに微笑みすらしている。
 その双眸は真紅に染まり、光が消えた瞳からは、抑えきれぬ狂気が溢れ出しているように感じられた。
 
 ルイズ達の問いかけに、リースは答えず、背を向ける。
 未だ困惑しているワルドに2歩、3歩と歩み寄り、服の端をつまんで、礼をした。
 まるで、ダンスにでも誘うかのように。


「……馬鹿な! 確かにこの手で殺したはずだ! 生きているはずが――!」

「うん。とっても、いたかった。
 つっこまれて、ぐちゃぐちゃにされて。
 とーっても、いたかった。だから――」


 無邪気な子供のような明るい声で、少女――の姿をした何かが、言う。


「わたしをころしたせきにん、とってよね?」


 その姿が消えた。そう周囲の者が感じた瞬間、ワルドは蹴り飛ばされていた。
 まるでボールのように吹き飛んで、壁に叩きつけられるワルド。
 あまりに突然の衝撃に、何が起きたのか理解できないまま、床へ落下するワルド。
 追撃の好機のはずだが、リースは何もしなかった。
 むしろワルドが体勢を立て直すのを待ちわびているかのように、微笑みながら彼を見つめている。


「くっ……レコン・キスタの軍勢はどうしたというのだ!
 計画では、既にここへ踏み込んでいてもおかしくはないはずだ」

「ころした」


 喚くワルドに、自分の行ったことを平然とした様子で告げるリース。
 その発言にルイズとサイトが息を呑んだが、リースは構わず続けた。


「たくさんころしたら、みんなにげた。
 あなたは、かんたんにしなない?」

「……はっ。撤退させた、だと? あれだけの大軍を、たった一人で?」


 ワルドは告げられた言葉に……とても楽しそうに、狂った笑い声をあげた。


「それが本当だとしたら、君はとても強いということになるな!
 では……真実か虚言か、この『閃光』が試させてもらおう!」


 ワルドがレイピアを構えて、詠唱する。
 長年の鍛錬により『閃光』と謳われるまでに至った高速の詠唱で、魔法は瞬く間に完成する――はずだった。
 リースは詠唱もせず、ただ杖を振った。それだけで、魔法の力が空中に編まれていく。
 『閃光』の早業よりも尚早く、少女の魔法が具現する。


「われははなつ、ひかりのはくじん」


 ただその一言。それだけで放たれた光の閃光そのものが、ワルドに襲い掛かる。
 並々ならぬ経験と修練の賜物か。ワルドは詠唱を中止して、ほとんど勘で身体を動かして、それを回避する。
 ワルドの背後で、閃光を受けた壁が爆発と共に吹き飛んだ。


「ははは! 『閃光』の風に、本物の閃光で挑むとは! 粋なことをする!」


 絶対的有利を一瞬で覆されたというのに、ワルドは心底嬉しそうに笑っていた。
 リースも、普段からは想像もできないような獰猛な笑みを浮かべて、今度は接近戦を挑む。
 互いに唱えた“ブレイド”をぶつけ合い、殺し合いの舞踏を繰り広げる。
 しばらく斬りあった後、リースは魔法の刃を維持したまま空を舞った。
 二つの魔法を同時に行使することはできないというハルケギニアの常識を嘲笑うかのように、軽々と。
 リースはそのまま、空中を駆けながら“ブレイド”を振るう。
 ワルドはそれを捌きながら、やはり嬉しそうに笑った。まるで、自分のことのように。


「素晴らしい、実に素晴らしい! この私がまるで、赤子のように弄ばれているではないか!」


 ワルドは、少女が全力を出していないことを確信していた。
 こちらを仕留めるチャンスはいくらでもあったというのに、全て見過ごした。
 彼女は完全にこちらを手玉に取り、遊んでいる――そのことに、ワルドは歓喜すらした。


「ああ、惜しいな……まったく惜しい!
 君という存在にもっと早く巡りあえていたなら、まだ祖国を見限らずに済んだというのに!」


 ワルドが求めるものを、少女は余すことなく持っていた。
 圧倒的な力。常識に囚われない力。たった一人で世界を変えられるかもしれないと期待できる、別格の力。
 目の前の少女こそがワルドにとって、長年仕えてきた祖国を捨ててまで求めた、理想の姿だった。


 リースが距離を開いたかと思うと、ワルドの周囲の空間が歪んだ。
 その歪みから現れるのは、幾重にも連なる無数の鎖の群れ。
 虚空に現れた鎖は一瞬でワルドを捕え、その身動きを封じた。
 もう遊びは終わったとでもいうのか。リースは、身動きの取れないワルドに照準を合わせるように、杖の先端を向ける。
 その先端に、淡いピンク色の魔力光が収束していく。


「だいじょーぶ。ひさっしょうだから、いたいだけ」


 ただ、と。少女は微笑みながら、発言を付け足す。
 「しぬほどいたいぞ」と。


「かんたんになんてころさない。ころしてあげない。
 きがくるって、しにたくなるほどくるしくても、しねないくるしみ……。
 あなたがわたしにあたえたくるしみを、なんばいにもして、たっぷりあじわわせてあげる」


 何重にも何重にも、念入りに練られていく魔力は、明らかに人間の扱える限界を超越している。
 だが、ワルドはまったく臆する様子もなく、凄まじい執念でもがき、片手だけを鎖から抜き出して、少女へと伸ばそうとする。
 届くわけがないことは分かりきっていても、それでも、伸ばして、自らの内に生じた願望を叫んだ。


「リース・ド・リロワーズ――貴様が、欲しい!!」


 返答は、砲撃だった。
 解き放たれた光の奔流が、ワルドを捕えていた鎖を引き千切って彼を飲み込み、礼拝堂の壁をぶちぬき、それでも尚勢いが衰えるどころかむしろ加速して、力に狂った青年を遙か彼方まで吹き飛ばしていく。
 アルビオンの空を、ピンク色の光が掻っ切った。やがて、空の彼方へ消えて、見えなくなる。
 その光に飲み込まれたワルドの姿を視認できる者は、どこにもいなかった。
 彼の生死など、確かめられるはずもない。


   ○
   

「……なんなのよ、これ」

 キュルケは呆然と呟く。
 本来ならウェルダンディに掘らせるはずだったトンネルは、リースが1人で掘り進んだことで必要なくなった。
 飛び出していった友達を追いかけて、トンネルを潜り抜けた先で見た光景は、明らかに常軌を逸していた。
 
 リースが、とんでもない力を持っていることは、知っていた。
 それでも中身は、ただ人付き合いが苦手なだけの、普通の少女なのだということも、知っている。
 だが……リース・ド・リロワーズが進撃したと思われる城内には、兵士達の死体や肉体の破片が幾千も散乱している。
 とても、普通の少女がたった1人で戦った光景とは、思えなかった。


「強い」


 タバサは、呟いた。
 あまりにも圧倒的な力。戦場の常識を打ち破る、別次元の力。
 共に戦った時に見せたのは、氷山の一角でしかなかったのだと思い知らされた。


「……2人共、貴族派の連中が混乱している今のうちに、僕達も礼拝堂へ!
 先の話が本当なら、彼女達はそこにいるはずだ!」


 ギーシュは、呆然とする2人に呼びかける。
 リース達を迎えにいこう――そう迷い無く言い切るギーシュに、キュルケは思わず尋ねた。


「あ、あなた、この光景を見て、なんとも思わないの……?」

「――正直怖い! ちびりそうだ!」


 だが! と。ギーシュは堂々と胸を張り、断言する。


「窮地の友を助けにいけずに、何が貴族だ! 何が薔薇だ!
 僕は――女性を守るためなら、地獄の底までだって駆けつけるさ!」

「……女性限定? あなた、ダーリンはどうなってもいいのかしら」

「へ? い、いや、そんなことは……」

「けど……そんなつっこみは、野暮ってものね。
 今のあなた、格好いいわよ。馬鹿でも、熱い男は好きだわ」


 キュルケはギーシュに微笑み、それからタバサを見る。


「さあ、タバサ! お友達を迎えに行きましょう!
 リースには、無茶したことをきつく叱ってあげないとね!」

「ん。行こう」

 タバサも頷いて、キュルケ達と共に城内へ踏み込む。
 リースが向かったと思われる礼拝堂を目指しながら、タバサは。

「――強い」

 リースがいるだろう場所をじっと見つめて、また呟いた。
 
   




   ○

「あっはははは! あっーはははっは!!
 ぜんりょく、ぜんかーい!!」


 腹を抱えて笑う、リース。
 とても、とても楽しそうだけど、その歓喜は、とても歪んでいた。


「……あ、なた。ほんとに、リース……なの?」


 命を懸けてまで助けようとしたルイズの呼びかけにも、リースは答えない。
 ただ、急に笑い声が収まったかと思うと、彼女はそのままばたりと倒れた。
 慌てて駆け寄るサイトとルイズ。
 リースは、人形のような無表情で瞳を閉じて、気絶していた。
 静かに寝息を立てている。だが、安らいでいる様子も魘されている様子も、何もない。
 本当にただ、眠っているだけ。そんな雰囲気だった。


「……リース」


 才人は、拳を握り締める。
 自分は友達を、リースを守りたいと思った。守ると誓った。
 けど、彼女の危機に何もできなかった。
 行方を眩ました少女の安否を気遣いながらも、彼女を傷つけた張本人が間近にいることにも気付かず、旅路を進んでいた。


「俺は、おまえのために、何もできないのか……?」


 リースは、とんでもなく強かった。
 ルイズと自分の傷を癒して、自分達ではまったく敵わなかったワルドを軽々と倒した。たった1人で。
 明らかに普通の様子ではなかったが、それでも彼女は、自分達の危機に駆けつけて、再び命を救ってくれた。
 彼女が無事だったことは、とても嬉しい。
 だけど、リースの力になれなかったことが悔しくて。
 自分達を救うために彼女が人を殺したということが、心に深く突き刺さり、耐え難い傷を刻んだ。


 ちくしょお。
 強く、なりてえよ……。


   ○


 ルイズもまた、己の無力を恨んでいた。
 以前のフーケとの戦いの後、ゼロままでも守ってみせる、と誓った自分を思い出す。
 だけど、力がなければ、何もできなかった。
 ウェールズ殿下は救えなかった。自分達を裏切ったワルドに一矢報いることもできなかった。
 しかも、リースの危機に気付くこともできずに、彼女を置いたままアルビオンへ来た。
 もちろん、リースのことは心配だった。
 けど宿で別れる時、自分達が探すと言ったギーシュ達に頼って、姫様の依頼を最優先にした。
 その結果、リースを……2度も命を救ってくれた友達を、永遠に失うところだった。


「つよく、なりたい」


 思わず呟いた。
 本気で願えば、きっと強くなれると思っていた。
 信念を込めた努力はきっと報われると、信じていた。
 甘かった。現実は、そんな御伽噺のように都合よくできていなかった。

 力がなければ、戦えない。
 賢くなければ、何が正解なのか分からない。
 想いだけでは、何も、守れない――。


「つよく、なりたいよぉ……」


 ルイズは、今度こそ離すまいと、リースの身体を思い切り抱きしめる。
 リースに付着した返り血や肉片がルイズの服を汚す。
 友達の身体に染み付いた血の臭いに、ルイズは怖くなって――恐怖した自分を内心で叱り付けて、抱きしめる力を強めた。
 タバサ達が駆けつけるまで、ずっと、離さなかった。






[26782] 第十一話「少女は装うようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/05/19 14:40





 真っ暗な暗闇の中。どこまでも続く、闇の底。
 何も見えない程に周囲が暗いはずなのに、自分の身体だけは見れるという、不可思議な空間。
 私は、気付けばそんなところで1人立ち尽くしていた。

(……私、どうしてたんだっけ)


 頭がぼんやりとして、記憶が途切れる直前のことが思い出せなかった。
 何か、大切なことがあって、すごく急いでいた気がする。
 思い出そうとして、いつものように、頭痛が走る。
 また未来のイメージが見えるのか、と。
 せめて心構えだけでもしようとして……脳裏に映るイメージの内容に、一瞬で心が乱れた。

 戦場に単身で飛び込み、兵士達を蹴散らしていく、私。
 千切れ飛ぶ血肉と、潰れていく命。戦場に満ちる悲鳴と死。
 見るに耐えない凄惨な光景を、無表情なまま作り出していく、私。

「あ……うぁ、いやあああ!?」

 どんどん、記憶が蘇ってくる。
 今流れ込んでくるイメージは、未来の光景でも、架空の幻影でもない。
 全て、私がやったことだ。
 私が殺した。私が壊した。私が潰した。私が――。


 絶叫する私を余所に、暗闇の世界に変化が生まれた。
 突然、ぐにゃりと足元に奇妙な感触がした。
 何が起こったのか把握しようと足元に視線を向けて――私は「ひっ」と息を呑んだ。

 床は、真っ赤な血の沼と化していた。
 鮮血の沼湖からは、いくつもの人間の腕が這い出してきて、私に掴みかかろうと蠢いている。
 土気色をした、骨に皮膚を張り付いただけのような、異常に細い亡者の腕。
 それがいくつも、いくつも、群れとなって無数に伸びてくる。

 既に数本の腕には身体を掴まれていた。
 恐怖と困惑で、振りほどくための力が出せない。
 さらに別の腕がいくつも掴みかかってきて、私の身体は血の沼の底へと徐々に引きずりこまれていく。
 足元からあっという間に膝まで血沼に浸る。
 抗う暇もないまま、胴、胸元と、身体が沈んでいく。

 心がおかしくなりそうな恐怖の中、脳に直接響くかのように聞こえてくる、いくつもの不気味な声。
 幾千の死者達が積み重ねる、数え切れぬ程の怨言の輪唱。


『化け物、化け物、バケモノォオ!』

『貴様は存在してはならない異端だ! 人の皮を被った悪魔だ!』

『消え去れ、人の世に貴様の居場所などない!』

 そんな言葉が、いくつも、いくつも……私に向けて無数に発せられる。
 私が殺した人達の怨念が、今度は私を呪い殺そうとするかのように、怨嗟の声を叫び続けている。
 重なりすぎた数多の怨声は、いつしか言葉として聞き取れなくなっていく。
 私へ向けられた深い怨憎の念に、私は押し潰されていた。 


 ただ、泣き叫ぶことしかできなかった。
 やがてそれさえも、伸びてきた亡者の手に口を塞がれて、できなくなる。
 声も出せない。抵抗もできない。
 自分の罪に飲み込まれて、私の身体はそのまま沼底へと――。


  ○


「――――――――っ!!」


 目を開く。
 見えたのは血の沼でも死者の腕でもなく、見慣れた自室の天井だった。
 心臓が早鐘を打っている。嫌な汗が頬を伝っている。
 一瞬、自分が本当に生きているのか不安になり――頭蓋を貫かれても生き返った自分の異常性を思い出して、余計に眩暈がした。


(……私は、化け物だ)


 その受け入れがたい事実は、私の心を締め付ける。
 元々、自分が普通ではないことは嫌でも理解していた。
 だけど……アルビオンで虐殺を行った私の姿は、理解の範疇を越えて、人間の域を踏み外していた。


(……やだよ。私、人間でいたい……化け物なんていやだ……!)


 両手で自分を抱きしめる。けど、震えが止まらなかった。
 化け物みたいな魔力を持つ少女、ではない。自分は、本物の化け物だ。
 それはもう、どう足掻こうと逃れられない事実だった。


「っ、……ふぇ……うぅ……!」


 堪えきれず、涙が溢れた。
 泣いたってどうにもならないことは分かっている。
 多くの人命を奪った自分に、泣く資格なんてないと思う。

 けど、泣き止むことはできなかった。
 自分のことが怖くて。事実と罪を認めることが辛くて、嗚咽が次々に漏れ出してくる。

 しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。
 とっさにシーツを頭までかぶり、全身を覆い隠した。
 誰が入ってくるのか分からないけど、今は心がひどく乱れていて、人と会話なんてできそうになかった。

 かちゃり、と。鍵を開く音が聞こえた。
 足音が聞こえる。扉を開けた来客は、静かにベットに歩み寄ってきているようだ。
 それが誰なのか考えてとして……言い知れぬ不安に襲われる。

 もし。もしも、その入室者が、アルビオンでの私の凶行を知っているだろうルイズやキュルケ達で。
 「化け物」とか。「あなたは怖い」とか。「もう私達に関わらないで」とか。
 そんなことを彼女達に言われたら――。


「ぁ……ぅぁ……」


 そのことを想像するだけで、悪寒が全身に走った。
 かちかち、と音が聞こえて何かと思えば、自分の身体の震えで歯がぶつかり合い、音を鳴らしていた。
 静かにしていないと、寝ていないことがばれる――そう頭で考えてはいても、震えが止まらない。


(だ、め……『普通』に、しなくちゃ……)


 自分自身に、そう強く言い聞かせる。
 『普通』を装うことは、今までの人生で何度も繰り返してきたことだ。
 上手くできているかなんて自分では分からない。
 けど、それでもやらなくちゃいけない。


(私は、普通。私は、普通。私は、普通……!)


 自分に暗示を掛けるように、心の中で何度もその言葉を唱える。
 やがて、足音はすぐ近くで止まる。
 舞台の幕が上がるように、シーツがゆっくりと取り払われて――。


  ○


 アルビオンからトリステイン魔法学院へ帰還して、早2日。
 着替えや身体の清拭など、男性陣に任せられない仕事が多いため、女性陣が中心で看病を行ってきたが、その間リースが目覚めることはなかった。
 今日もまだ意識は戻らないのだろうか、と考えていたルイズとシエスタは、リースの部屋に入った時、変化に気付く。
 胸元までしか被せていなかったはずのシーツが、リースの全身を覆っていた。

 シエスタとルイズがゆっくりとシーツを取り払う。
 シーツの中で横になっていたリースは、しっかり目を開いて、ルイズ達に視線を向けていた。


「……リース! 目、覚めたのね!」

「うぅ……ぐすっ、よか、よかったです、リースさん……!」


 ルイズが喜び、シエスタは涙ぐむ。
 そんな2人の様子を見ながら、リースは身体をゆっくりと起こした。


「……心配かけて、ごめん」


 俯きがちに、呟くような声で謝るリース。
 あまり元気の感じられない声だった。
 元々、静かに過ごすことが多いリース。だが今は、普段よりさらに大人しい感じだった。
 やはりまだ疲れているのだろうか、と感じたルイズ達は「まだ横になって休んでいないと」とリースに休息を勧めた。

 その時、くぅ~と音が鳴った。どうやらリースの腹の音らしい。
 2日間眠り続けたのだから空腹になるのは当然のことだろう。
 シエスタとルイズは厨房で何か食べやすいものを用意してもらおうと考えて、部屋を出ることにした。


 部屋を出る前、ルイズはベットの方を振り返り、上半身を起こしてルイズ達を見送っているリースに声をかけた。


「リース。……その、私……話したいことがあるの。
 だけど今は、ゆっくり休んでね。リースが元気になったら、話すわ」


 ルイズは、リースに謝りたいと思っていた。
 自分達を助けるために、ひどく怖い目に遭わせてしまったこと。
 内乱中の他国へ向かうなんて無茶な任務を、無力な自分が請け負ったこと。
 ……自分達のせいで、リースに殺人をさせてしまった、らしいこと。

 ルイズは、自責の念で押し潰されそうになっていて、今すぐにでも謝りたかった。
 けど、まだ回復していないらしいリースには何よりも休息が必要だろうと考えて、後回しにすることにした。

 申し訳ない――そんな気持ちで心がいっぱいになっているルイズは、リースをじっと見ていることができず、言葉を伝えるとすぐに部屋を出て行った。
 だから、ルイズは気付かなかった。
 リースが、その言葉にどのような意味が込められているのか推測を巡らせて、『もしも、もう関わるなとか言われたら――』などと考えて、苦しんでいることを。


   ○


 アルビオン大陸、ニューカッスル城。
 先の戦闘で激しく損傷した城内を、土くれのフーケは歩いていた。
 ニューカッスル城内は、ひどい惨状だった。
 度重なる砲撃と魔法攻撃により瓦礫の山が築かれ、さらには至る所に王党派と貴族派、双方の死体が何体も散乱している。
 財宝漁りにいそしむ『レコン・キスタ』の兵士達は、味方だろうと敵だろうと、金目の物を身につけた死体があれば物色して、魔法の杖や装飾品を見つけては大声ではしゃいでいる。


(ちっ……まったく、嫌になるね。据え膳を好き放題に喰い散らかして、はしゃいじゃって)


 盗賊として生きてきたフーケにも、それは好ましくない光景だった。
 己の美学に基づいて盗賊を続けてきたフーケには、金になるなら何でもいいという見境のない連中の行為は、唾を吐きつけたくなるような嫌悪感を覚えた。


(ワルドのやつも行方が知れないし、あのクロムウェルってやつの『虚無』も怪しいもんだ。
 ……隙を見てとっとと、とんずらするのが吉かしらね)

 『レコン・キスタ』総司令官を名乗るクロムウェル。
 彼が礼拝堂で見せた『虚無』と思われる魔法は、たしかに凄まじいものだった。
 何せ――死んでいたはずのウェールズが、生き返ったのだから。
 死者を生き返らせる。そんな魔法は聞いたことがない。
 実際に見せられた以上、クルムウェルが何らかの強大な力を行使できることは、信じざるを得ない。
 だが、フーケが磨いてきた盗賊としての感覚が、クロムウェルは怪しいと捉えていた。
 
 クロムウェルの瞳は、嘘をついている人間のものだった。
 ワルドの安否を気遣いながら「余に考えがある、安心して任務に望んでくれ」などと調子のいいことを言っていたが、彼自身がその言葉を信じていない――そんな雰囲気をフーケは感じ取っていた。
 自分自身を信じられない者の言葉に、重みなんて宿らない。
 
 フーケは既に、『レコン・キスタ』を見限ることを決めていた。
 後はタイミングと、演出である。追っ手はかからず、『家族』にも危害を加えられない。そんな状況を生み出すためには、自分は戦場で死んだと思わせる必要がある。
 例え総司令官がどんな人間であろうとも、『レコン・キスタ』が戦力を持っていることに変わりはない。
 その力を、守るべき『家族』に向けられることは、絶対に避けなければならなかった。

 信用にも信頼にも値しないクロムウェル。
 だが、彼の話の中にも、気になることはあった。

 
(兵士達が見たという、『紅眼の悪魔』か……) 


 戦場に突如現れて、多くの兵士を虐殺したという『悪魔』。
 生き残った兵士達の証言からは『紅い眼をしていた』『いくつもの魔法を使いこなしていた』『見た目は少女だが、中身は恐ろしい存在だ』といった情報が確認されたらしい。
 生存者の中には、その時の恐怖から気が触れたり、錯乱して自殺する者まで現れているそうだが、フーケの知ったことではない。
 ただ、その悪魔のことに、何となく心当たりがあっただけだ。クロムウェル達には伝えていないが。


(……けど、まさかね。あいつはワルドが“始末した”と言っていたし、あの娘のはずがない)


 以前、魔法学院の宝物庫から『破壊の杖』を盗んだ際に、戦闘を行った少女の1人。リース・ド・リロワーズ。
 紅い目で、様々な魔法を使いこなして……と、特徴はいくつか合っている。
 だがワルドは、リースがアルビオンへ辿り着く前に暗殺したと言っていたはずだ。
 そのことを語る時のワルドに、嘘をついている様子はなかったし、間違いはない……はず、なのだが。


(……それならそれで、恐ろしいことだね。
 あんなとんでもないのが、2人もいたってことになる)


 リースと敵対した際に見せ付けられた規格外の魔法の凄まじさを思い出して、フーケは身震いした。
 振るう力も凄まじい。だが、それ以上に恐怖を覚えたのが、その眼光だ。
 学院に『ミス・ロングビル』として忍び込んでいた時には、弱々しかった目。
 だが戦闘の際に突如、変貌してからのリースの目は、裏の社会で生きてきたフーケも滅多に見たことのない、恐ろしいものだった。
 物陰に潜んでゴーレムを操り、彼女らの様子を遠くから探っていただけだったフーケにも分かる程の、狂気。
 ただの狂気ではない。その瞳に宿るのは、純粋で澄み切った、人として破綻した者が宿す類の狂気だ。
 子供が純粋な遊び心で虫を殺すような……そんな感覚で人を殺せるものだけが持つ、人としての領域を突き抜けた狂気。


(この先どうなろうと、あんなのとやりあうのだけはごめんだね)


 もしその『悪魔』が、今後も『レコン・キスタ』を襲うというのなら、彼らの掲げる目標である『聖地奪還』どころの話ではなくなるだろう。
 やっぱり早く抜けた方が良さそうだ、とフーケは決意を新たにした。


   ○


 リースが目を覚まして、数日が経った。


「宝探しっていうのはどう? ロマンがあると思わない?」


 ばっさー、と机の上にいくつもの古ぼけた地図を広げるキュルケ。
 その中から一枚を指して、タバサが静かに呟いた。


「……こういう場所は、猛獣やオーク鬼などの住処になりやすい。戦闘になる可能性大」

「え、そ、そうなの? じゃあ、今回は止めといた方がよさそうね」


 そのやりとりを見て、ルイズが声を荒げる。


「キュルケ! もうちょいマシな案出しなさいよ!」

「うるさいわねえ。そういうあんたは、何か案があるのかしら?」

「うっ……そ、それは、まだだけど……」

「だったら偉そうに怒鳴らず考えなさいよね。それともヴァリエールは、人に頼らなきゃ何もできないのかしら」

「な、なんですってー!?」


 ぎゃあぎゃあわめくルイズと、それをさらに挑発して煽るキュルケ。
 そんな感じで、彼女らの会議は中々成果を上げなかった。

 今話し合われているのは、『最近なんだか元気のないリースを元気づけよう』というものだった。
 初めは疲労が原因と思われていたが、数日経って顔色が良くなってからも、どうにも活力の感じられない様子が続いていた。
 そうなると次に思い浮かばれるのが、アルビオンでの戦闘のこと。
 礼拝堂からの脱出には、リースの掘ったトンネルの途中からウェルダンディが掘り抜いた別ルートのトンネルを通ったため、ルイズ達はニューカッスル城内の様子を直接は見ていない。
 だが、ニューカッスル城内でキュルケ達が見た光景は、とてつもなく凄惨なものだったということは、ルイズ達にも口頭で伝えられている。

 そんな光景を自分で作り出したとすれば、とてもではないが平静でなんていられないだろう……とは誰もが思っていたことだ。
 けど、リースはアルビオンでのことのほとんどを『覚えていない』と言った。
 フーケとの戦闘の時と同じく、気付けば意識が飛んでいて……何があったのか思い出せない、のだと。

 リースのついた、嘘だった。
 しかしルイズ達には、それが嘘だと断じることはできなかった。
 リースのように、瞳の色や能力が急に変貌するような現象は、他に例がない。
 だから『その時の記憶がないはずがない』と証明することなんて、できないのだ。

 もしもリースが本当に忘れていた場合、無理に問い正して辛い記憶を呼び覚ますより、忘れたままにさせておいた方がいいという意見もあって、深い追求は行われていない。
 ルイズとサイトはリースのことを信じようとしている。
 キュルケは少し疑っているものの『人には隠しておきたいこともある』というスタンスで、嘘なら嘘で構わないと考えていた。

 どちらにしても、今の会議で重要なのは『覚えていない』ことが嘘かどうかではない。
 リースが落ち込んでいるからなんとかしたい、というのがその会議の主題だった。
 会議の出席者は、ルイズ、才人、キュルケ、タバサ、ギーシュの、アルビオン行き組。
 そして1年前からリースの友人だというシエスタを加えた6人だ。



「リースって、猫好きだよな。こう、野良猫とか集めてくるってのはどうだ?」

「その猫達、世話は誰がするのよ? リースに任せたら、たぶん自分のことそっちのけで世話するわよ」

「そ、そこは俺達が協力すれば……」

「……学院の近辺に野良猫はあまりいない。
 仮にいたとして、誰かの飼い猫だと後で問題になる」


 才人の『ぬこぬこ作戦(仮名)』はルイズとタバサに却下された。
 発想自体は合っているのかもしれないが、そのために必要な準備を才人は考えていなかった。

 あーでもない、こーでもないと会議はまとまらなかったが、やがてシエスタが意を決したように、発言した。


「あ、あの……よければ、私の故郷の村に来られませんか?」

「シエスタの? それってどこなんだ?」

「えっと、ラ・ロシェールの向こうです。タルブ村といいまして……。
 広い草原があって、のんびり過ごすには良い所だと思うんです。ワインが特産物なんですよ」


 ワインが特産物、という言葉にキュルケが「あら、いいわね」と反応した。


「ワインを飲みながらピクニックとかどうかしら? リフレッシュするにはちょうどいいと思うわよ」

「……あんたが飲みたいだけじゃないの?」

「失敬ね。ちゃんとリースのこと考えてるわよ。まあワインは飲みたいけど」


 他に案もなく、良さそうなアイデアだったので、会議は『タルブ村でピクニック。ただしまずはリースの意思確認』ということでまとまった。

 後日、リースは彼女達の誘いを受けた。
 ルイズ達は学院長オスマンから外出許可を(半ば無理矢理に)入手して、タルブの村へ出掛けることになる。
 ――その向かう先で、どのような出来事が起こるのか。知る者はまだ誰もいない。




[26782] 第十二話「少女は読み上げるようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/05/30 00:25




 私達は風竜のシルフィードに乗って、タルブの村へ向かっていた。
 今回はピクニックが目的で、戦闘することはないため、黒猫のブリスも連れてきている。
 解除されてしまったブリスとの契約は、もう再契約して結びなおしている。
 契約が解けていた時も今までと変わらずに甘えにきてくれて、自分を慕ってくれるブリスの姿が嬉しかった。

 シエスタの故郷であるタルブ村は、もうかなり近づいてきているそうだ。
 生まれて初めての、友達とのお出掛け。
 とても嬉しいことだ。かけがえのない思い出になるだろう。
 ……けど、どうしても思ってしまう。
 私にその幸せを味わう権利があるのか、と。

 アルビオンで私が行った、『レコン・キスタ』兵の殺戮。
 あの惨状の光景は、映像として記憶に深く刻まれている。
 皆には「アルビオンでのことを覚えていない」と嘘をついてしまい、そのことにも自己嫌悪している。
 私を心配して励まして、こうやって気分転換に誘ってくれている皆を、私はまた騙している。

 何故、咄嗟に「覚えてない」なんて嘘をついたのか。
 私が殺人の罪に耐えられなくなるのでは、と皆に心配かけたくないから?
 ……違う。本当は気付いている。そんな綺麗な理由じゃない。
 私は本心で――アルビオンでのことを、一刻も早く忘れたいと思った。無かったことにしたかった。
 それが理由だ。どこまでも自分勝手で、無責任な理由で、私は友達を騙した。
 忘れたい記憶を呼び覚ますような話題がもう出ないようにしたいと願い、「知らない、覚えていない」と言い張った。
 そうすることで、皆が私にアルビオンの話題を振ることを避けようとしたんだ。


(……自分のことなのに、嫌になる。
 償うべき罪から目を逸らせるばかりか、忘れたい、なかったことにしたい、だなんて)


 こんな最低な私は、いつか地獄に落ちるだろう。
 けどもう、今更皆に本当のことを言うのは、怖い。
 嘘つきだと失望されてしまうだろう。
 友達を騙してまで隠している秘密は、それだけじゃない。
 もしも、私が死から蘇ったと知られたら……皆、私を化け物と呼んで、もう二度と話しかけてはくれないだろう。
 化け物を生かしてはおけないと言われて、退治されるかもしれない。
 あるいはアカデミーにでも送られて、解剖でもされるだろうか――。


「……なあ、リース。大丈夫か?」


 サイトに声を掛けられて、我に返る。


「だ、大丈夫って、何が?」

「いや、なんかまた悩んでるように見えてさ。
 困ったことがあるなら相談してくれよ。俺にできることならするから」


 どうやら、表情に出てしまったらしい。
 これではいけない、と気を引き締めなおして、微笑みを作る……なんとか作れたと、思う。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「……そっか。なんかあったら遠慮せず言えよ、力になっから」

「むぅ、馬鹿犬のくせに……リース! 私も、私だって相談に乗るんだからね!」


 サイトとルイズが、私を気遣ってくれている。
 その優しさがとても嬉しい。だからこそ、そんな優しい2人を騙している自分への嫌悪感がますます膨れ上がる。
 秘密を全て明かせば、楽になれるのだろうか。だけど、その決断が最悪の末路に繋がっているかもしれないと思うと、どうしても言えない。
 現状維持のためには、皆を騙してでも秘密を守らなければいけない。しかし、友達を騙している間は自己嫌悪が続いていく。

 悪循環だと気付きながら、その輪を断ち切る術を私は知らない。
 自分の在り方に思い悩んでいるうちにも時間は過ぎていき、私達はタルブの村へ到着した。


   ○


 ハルケギニア最大の大国とされるガリア王国。
 その首都リュティスに、ガリア王国の政治の中心であるヴェルサルテイル宮殿が存在する。
 巨大な宮殿の中に、一際大きな建物があった。
 ガリア王家の一族が持つ青い髪にちなんで、青いレンガで造られたその宮殿は、グラン・トロワと呼ばれている。

 そのグラン・トロワの一番奥の部屋に、ガリア王ジョゼフは暮らしていた。
 国王なのに魔法が扱えない、内政も外交もろくにしない、無能の王。そのように城下で噂されている男。
 『無能王』――そう揶揄される男は、朝から夢中で1人遊びに興じていた。
 国中の細工士に作らせた巨大な箱庭の中に、実際の軍種を模した人形を並べている。
 それらの駒を実際の兵隊に見立てて、戦わせているのだ。

 やってることは子供の兵隊ごっこのようである。
 だが、その精巧に作られた箱庭と人形達……そして、ジョゼフの指す見事な戦術の数々が、その遊びを児戯とはまったく別格のものへと昇華させていた。


『――ジョゼフ様』


 と、王へ呼びかける声が室内に響いた。
 だが、室内にはジョゼフと、二人の小姓しかおらず、その小姓達は静かに口を閉ざしている。
 ジョゼフは箱庭の上から一体の人形を取り上げる。
 黒い髪を持つ、痩せた長身の女性の姿をした人形だ。
 声はその人形から聞こえてきたのだ。ハルケギニアとは異なる世界で普及している『電話』のように。
 ハルケギニアではとても希少な効力を持つ、珍しい魔法の品物の人形に、ジョゼフは語りかける。


「おお、ミューズよ! 余の可愛いミューズ! そちらは順調か?」

『ええ。全てはジョゼフ様の計画の通りに進んでおりますわ』

「そうか、そうか! おまえはいつも良い働きをしてくれるな、ミューズ! 褒美をとらすぞ!
 ……して、ミューズよ。先の報告にあった、あの少女の様子はどうだ?」

『――っ』


 人形から響く声が、一瞬途絶えた。
 女性にとって、今問われたことの内容は、大きな意味を持つ。
 今後の計画の障害となる可能性を持つ存在であり……己の愛する男性の関心を引いているという、嫉妬の対象でもあった。
 無論、ジョゼフの関心は、色恋とは無縁のものだろうことは、女性も理解している。
 それでも、『自分をもっと見てほしい。関心を持ってほしい。愛してほしい』と願う彼女にとって、ジョゼフが件の『少女』に注目していることが、たまらなく不快だった。


「どうしたミューズ、聞こえなかったか?」


 だが、愛する男の問いかけを無視するわけにはいかない。
 彼女――ミューズと呼ばれ、シェフィールドと偽名を名乗る女性は、感情を押し殺して返答した。
 伝説の使い魔『神の頭脳・ミョズニトニルン』であるシェフィールドは、使い魔としての能力を駆使して魔法の道具を自在に操る。
 その能力で、魔法の力で自立して行動する魔法人形(ガーゴイル)を使役して、情報を集めていたのだ。
 対象の近くに潜ませていた、小鳥型の魔法人形から読み取った情報を、彼女は話す。


『リース・ド・リロワーズは、数日前に意識を取り戻しました。
 今は、仲間達と共にタルブの村へ向かっているようです』

「タルブの村か……ふむ、次に攻める場所だったな」


 ジョゼフは話を聞いて、箱庭に目を向けた。
 そこには、兵を模した駒達が数多く配置されている。
 戦略を練り、犠牲を払い、自軍の勝利のために戦う兵士達。
 ジョゼフは箱庭の隅に置かれた新たな駒を、殺意渦巻く戦場の中心へ置いた。
 それはリース・ド・リロワーズという少女を模したものだった。
 およそ、戦場には似つかわしくないはずの、まだ年端のいかない少女だ――見た目だけは。
 ジョゼフが、己が使い魔のシェフィールドから特徴を聞いて、それを細工士に伝えて作らせたものだ。
 写真などの存在しないハルケギニアでは、実際に会ってモデルの姿を確認しなければ、本人を真似た彫像を作ることなんてできない。
 そのため、本物のリース・ド・リロワーズを再現しているとはいえない出来ではあったが、ジョゼフはその駒をリースと見立てて、箱庭に置いた。

 何を思ったのか、単身で戦場に飛び込んだ少女。
 周囲は敵兵に囲まれており、仲間もいない孤立無援。
 絶体絶命の危機に自ら踏み込んだ少女は、しかし人の姿をした『化け物』だった――。
 
 ジョゼフはさらに別の駒を大量に掴み取り、リースの人形を包囲するように兵達を配置していく。
 敵兵の数は、最早数え切れぬ程の大軍。1人の少女に立ち向かえるようなものではない。
 しかし、アルビオンにてリース・ド・リロワーズは、圧倒的な力で兵達を蹴散らしていったという。

 試しにジョゼフは、勝敗を決するサイコロを振ってみることにした。
 リースを力を現すサイコロは二つ。それに対して敵軍のサイコロは、六つにしてみる。
 普通ならどう考えてもリースの不利。少女の勝利はありえない。
 ジョゼフは、小姓を呼び、サイコロを振るように命じる。
 二人の小姓は頷いて、それぞれリース側、大軍側として複数のサイコロを振った。
 出た目の合計を数えて――ジョゼフはとても愉快そうに、笑った。
 リース・ド・リロワーズの勝ちだった。

「知略も兵数も何もかも――人間の道理を薙ぎ払い、単身で勝利を掴むか!
 正しく化け物だな、はっ、ははは! ああ、我が軍勢の絶望はいかほどであっただろうか!
 この眼で直接見れていたのならば、余は泣けたのであろうか? くは、はははは!」


 己の用意した戦力を、真正面から返り討ちにされたジョゼフ。
 それなのに、彼はとても嬉しそうに高笑いしていた。
 まるで、その危機と絶望こそが望みであるのかのように。


   ○


「わぁ……」


 思わず、感嘆の溜め息がもれた。
 タルブの村に到着後、シエスタの案内で向かった村近くの草原は、とても綺麗だった。
 暖かい春の日差しに照らされた草原を、風が優しく通り過ぎていく。
 ピクニックに誘われた時、シエスタが私やサイトに『見せたい』と話していた草原。
 それはとても素敵な景色で、いっしょにいるルイズ達も(タバサは無表情なのでよく分からないが)気に入った様子だった。

「皆さん、お食事の用意ができましたよ!!」


 景色を堪能していた私達に、シエスタが声をかける。
 見晴らしの良い場所に広げたシートの上に、シエスタが腕によりをかけて作ってくれた料理の数々が並んでいる。
 良い匂いが鼻を刺激して、食欲がわいてくる。とてもおいしそうだ。


「どれどれ……うむ、うまいな!」


 ギーシュが良く焼けた肉を頬張り、舌鼓を打つ。
 それに誘われるように皆もその焼肉を口に運び、うまい! と騒ぎ始めた。
 私も食べてみたが、とてもおいしい。あまり脂っぽくなくて、食べやすい。

 肉を食べ終えたギーシュの「何の肉かな?」という質問に、シエスタは微笑んで答えた。


「オーク鬼の肉ですわ」


 ぶほっと、ギーシュが口にしていたワインを噴き出した。
 私も、他の皆も唖然としてシエスタを見つめている。


「もちろん冗談ですわ、うふふ……」

「ま、まったく、驚かせないでくれたまえ。
 それで、本当は何の肉なんだい?」

「…………うふふ♪」

「ちゃんと答えて!? はぐらかそうとしないで怖いから!」


 ギーシュの必死な叫び声に「正解は野うさぎです」と答えるシエスタ。
 ……ついこの間まで、貴族に怯えていたとは思えないお茶目っぷりだった。


「先程、実家に寄った際にもらってきた食材です。
 今はすぐに用意できる食事ばかりですが、今夜には村の名物のヨシェナヴェを作りますから、ぜひ楽しみにしてくださいね!」


 村に到着した際、シエスタの実家に挨拶へ行った。いま並んでいる料理は、その時両親からもらった食材を使っているという。
 無論、オーク鬼の肉は混じっていない。……いない、よね?

 シエスタが手紙で今回の帰郷と貴族の客を連れていくことを知らせていたため、村長まで集まる騒ぎとなった。
 「私が奉公先でお世話になっている人達よ」とシエスタが伝えると、シエスタの家族は私達を歓迎してくれて、いつまででも滞在してくれと言ってくれた。
 ご好意に甘えて、しばらくお世話になることになった。
 学院の方はキュルケ達が交渉して『姫様の極秘任務とフーケ討伐のご褒美』という形でオスマン校長から休暇をもぎ取って……もとい、許可をもらっているため、問題ない。と、思う。



 綺麗な風景と美味な昼食に、座は和んだ。
 おいしい食事を味わい、会話を楽しみながら、友達といっしょにのんびりと過ごす時間。
 化け物な自分が、こんな素敵な時間を過ごせるなんて、思っていなかった。
 『私にこの時間を楽しむ資格なんてない』という思いが何度も頭によぎる。
 けど、その苦悩を表情に出さないように注意を払いながら、できるだけ微笑みを浮かべられるように意識する。

 最も、微笑みはわざわざ演技なんてしなくても、自然と浮かんでいた。
 友達に囲まれて、平和な時間を過ごす。
 夢にまで見た光景が、目の前に広がっているんだ。
 楽しくないはずがない。嬉しくないはずがない。
 この幸せに浸っていたいと思った。いつまでも続きますように、と願った。
 それが、たくさんの人間を殺した化け物で、自身のために友人を騙している私が願うには、許されない願望だと思いながらも。


  ○


 あっという間に夜になった。
 夕食はシエスタが言っていた通り、タルブ村の名物料理『ヨシェナヴェ』。
 シエスタの曽祖父が村に広めたという、その独特なレシピのシチューはとてもおいしくて、普段はあまり食べない私もおかわりしすぎて、食べ過ぎてしまった。。
 ……ひたすら食べ続けているタバサ程ではないけれど。


「おかわり」

「タ、タバサ……もう九杯目よ? さすがに食べすぎじゃない?」

「まだ腹八分目」


 キュルケがそれとなく止めようとしているが、タバサはまだいけると主張する。
 村の名物を気に入られたことが嬉しかったらしいシエスタの両親が『遠慮せずどんどん食べてくださいね!』と言ったこともあって、タバサの食事はまだまだ止まりそうになかった。




 やがて、賑やかな夕食が終わる。
 しばらくは皆で歓談を楽しんでいたが、やがて就寝の時間となる。
 それぞれに割り振られた寝室に向かい、学院から持ってきたパジャマに着替えた。

 ブリスを撫でながら、もう寝ようとしていると、ドアがノックされた。
 扉を開くと、パジャマに着替えたルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタが入ってきた。
 キュルケが「パジャマパーティーしましょ!」と提案したそうだ。

 先程の歓談の続きとばかりに、賑やかな会話を楽しむ時間になった。
 さすがに大騒ぎするようなことはせず、小さな声で。だからこそ互いの声が聞こえるようにと、身を寄せ合って。
 キュルケは晩酌も楽しんで、シエスタとルイズは私にたくさん話しかけてくれて……タバサは静かに本を読んでいたけど、話しかけられると小さく相槌を打ったりしていた。

 とても、平和な時間。
 夢にまで見続けてきた、友達と過ごす一日。

 『私に、この幸せを受け取る資格はない』

 その考えは、振り払おうとしても、何度も頭をよぎっていく。
 まるで、『自分の罪を忘れるな』という戒めのように。
 確かに許されないだろう。いつか、報いを受ける日が来るだろう。
 だけど、せめて今だけは、この満ち足りた幸福に浸っていたかった。


   ○


 翌日の朝。
 シエスタの案内で、私達は村の傍にある寺院に訪れていた。
 ここに『竜の羽衣』と呼ばれる村の名物が安置されていると聞いて、見せてもらうことになったのだ。
 身に纏うと空を飛べる、と言われているらしいが、シエスタ曰く「名ばかりの『秘宝』なんです」とのことだった。
 何でも、シエスタの曽祖父はそれに乗って東の地から空を飛んできたと主張したそうだが、実際に『竜の羽衣』を飛ぶところを見た人は誰もいなかったらしい。
 地元の人はありがたがって、拝んでいる人もいるらしいが、魔法も使わず空を飛べるというのは誰も信じていないそうだ。


「こ、これは……!」


 寺院の中に鎮座する『竜の羽衣』を見て、サイトは呆けたような表情で呟いた。
 くすんだ濃緑色をした、不思議な形の……何と表現していいのか分からないものだった。


「これはカヌーか何かだろう? それに鳥の玩具みたいな翼をくっつけただけじゃないか」


 ギーシュがそう評価して、呆れたように溜め息をつく。
 キュルケもそれに同意しているようで、「こんなものが飛ぶはずがないわ」とギーシュといっしょに『竜の羽衣』を批評している。
 タバサは珍しく、興味深そうに『竜の羽衣』を見つめていた。

 私は。……私、は。


(なんだろう……これを見ていると、何か、思い出しそうな……)


 こんなもの見たことあるはずがないのに、何故だかすごく気になった。
 記憶を探り、それでも心当たりが見つからず、もやもやしていると……サイトがシエスタの肩を掴んで、熱っぽい口調で言った。


「シエスタ、お前のひいおじいちゃんが残したものは、他にないのか?」

「えっと……、あとは、お墓と、遺品が少しですけど」

「それを見せてくれ」




 サイトの強い希望で、シエスタの曽祖父のお墓に向かうことになった。
 村の共同墓地の一画に、1個だけ違う形のお墓があった。
 黒い石で作られたその墓石は、他の墓石と趣が違っていた。
 それが、シエスタの曽祖父が生前、自分で作った墓石らしい。


「異国の文字で書いているから、誰も銘が読めなくって。
 なんて書いてあるんでしょうね」


 シエスタが呟いた。
 サイトがその字を見つめて、私達もいっしょに覗いて。


 あの、頭痛が起こった。
 だけど今回は、未来のイメージは浮かんでこなかった。
 頭痛もそれほど激しくはない。痛いのは痛いが、耐え切れない程ではなかった。
 何だったんだろう、と不思議に思いながら、墓石に刻まれた字を改めて見る。


(……あ、れ?)


 見たことないはずの文字だ。
 私が学んできた文字とはまったく違う、異国の文字のはずだ。
 それなのに、今、私はその文字が――。


「海軍少佐佐々木武雄、異界ニ眠ル」

「かいぐん、しょうさ、ささきたけお……いかいに、ねむる」


 サイトと私は、ほぼ同時にその文字を読み上げた。
 すらすらと読み上げたサイトとは違い、私の声は言葉を覚えたての赤ん坊のようにたどたどしいものだったけど。
 シエスタは、誰も読めなかった文字を私達があっさり読み解いたので、目を丸くしている。
 びっくりしたような表情で、サイトは私を振り返った。


「リ、リース? この文字、読めるのか!?」

「今の……合ってた、よね」


 無意識に呟いてしまったとはいえ、自分の口が読み上げたことなのに、自分でも何故その文字を理解できたのか、分からない。
 読み上げた言葉の意味は、改めて整理していけば、なんとなく分かる。
 『かいぐんしょうさ』は、軍の階級。『ささきたけお』は、おそらくは名前。
 『いかいにねむる』は、この墓にシエスタの曽祖父が眠っていることを示しているのだと思う。

 そこまでは把握できても、やっぱり、訳が分からない。
 何で私は、その文字を読めたのか……。


「なんで、私……自分のことなのに、分からないことだらけなの……?」


 自分自身に問いかけた所で、答えは返ってこなかった。




[26782] 第十三話「少女は伝えるようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/09/16 23:56




 大軍を単身で蹴散らせてしまう、戦闘力。
 頭と心臓を潰されても蘇生できてしまう、再生力。
 そして今、学んだ覚えのない文字が、拙いながらも読み解けてしまった。

 普通ではありえないことばかりなのに、何故私には出来てしまうのか。
 自分自身のことのはずなのに、分からないことばかりだ。

「サイト……この文字のこと、知ってるの?」

 サイトに尋ねる。
 彼は、シエスタの曽祖父の墓石に刻まれた文字が何なのかをよく知っている様子だった。
 先程のサイトの『この文字が読めるのか』という私への質問に対して質問で返してしまう形になった。
 だが、それを気にしている余裕は私にはなかった。
 そもそも、サイトへの質問には『そんなの私が知りたい』としか返せそうにないのが現状だ。

 何故読み取れたのか、自分でも分からない文字。
 けどサイトは、その文字が何なのかはっきりと理解している様子だった。
 彼の知識の中に、何か手掛かりがあるのでは――そう考えると、落ち着くことはできなかった。


「これは、俺の故郷の文字なんだ」

「あんたの故郷って、たしか……東方のロバ・アル・カリイエよね?」


 サイトの言葉に、ルイズが呟く。
 ――ロバ・アル・カリイエ。
 人類の天敵である、エルフの支配する土地を越えて、さらに東へ進んだ先にあると言われている東方の国。
 商人達の独自のルートにより、“お茶”などの東方独特の品物が輸入されることが時々はあるが、決して気軽に踏み込めるような場所ではない。

 サイトはサモン・サーヴァントの召喚門を潜ることで、遙か遠くの東方から国境を越えてトリステインにやってきたのだと、前に本人から聞いた覚えがあった。
 彼の返答を聞いても、やはり訳が分からなかった。
 私は、東方の文字なんて学んだことも見たこともない。それなのに、読めてしまった。

「なあリース。日本のこと、知ってるのか?」

「ごめん、知らないよ。ニホン、だっけ。それがサイトの故郷の名前?」

「ああ。発音が微妙に違うけど、俺の住んでた国の名前が日本なんだ。
 で、そこで使われてるのがこの日本語で、トリステインとかじゃ全然知られてないんだよな?
 それを知ってるってことは、リースは何か知ってるんじゃないかって……」

「……何度聞かれても、分からないよ」

 サイトの質問に、何一つ答えを返せない。
 何故ニホン語が私に読めたのか、まったく分からない。その理由を知りたいのは、私自身なんだ。

 もう一度、シエスタの曾祖父の墓石に刻まれた文字を見てみる。
 海軍少尉、佐々木武雄。異界ニ眠ル。
 やはり、読める。
 知らないはずの異国の文字なのに……何故か、懐かしさすら感じる。
 もっと手掛かりはないのかと思い、私はシエスタに訊ねた。


「シエスタ。他には、ひいおじいさんの形見はない?」


  
    ○



「ええと、ひいおじいさんの形見は、これだけのようです」


 生家に戻って、ひいおじいさんの形見を持ってきてくれたシエスタ。
 彼女が両親から受け取ってきた品物は、古ぼけたゴーグルだけだった。


「ひいおじいさん、日記とかは残さなかったそうで。
 ただ、父が言っていたのですが、遺言を残したそうです」

「遺言?」

「ええ。あの墓石の銘が読めたものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにって」

「となると、俺とリースにその権利があるってことか」


 サイトがそう言うと、シエスタは「そうですね。そのことを話したら、お渡ししてもいいって言ってました」と答えた。
 その言葉を聞いて、私は再び『竜の羽衣』を見つめて、軽く手で触れてみる。
 先程の墓石の銘と同じく、見たことのないはずの存在だ。
 こうして間近で見て、触れている今でも、これが何なのかは分からない。
 ただ、何故だかすごく懐かしい気分になった。
 『竜の羽衣』は全体的に深緑色の塗装がされている。
 その塗装の中に、赤い丸が描かれてた箇所があった。
 サイトによると、それは彼の国の国際標識で、本来は白い縁取りが成されていたらしいが、今は赤い丸を残して深緑に塗り潰されている。
 聞いた情報を元にして、その国旗を思い浮かべてみる。
 真っ白な旗の中心に塗られた、赤い真円。
 見覚えがあるはずがないのに。脳内で描いた想像でしかないのに。
 とても、とても懐かしい。そんな気持ちになる。

 異国の文字。『竜の羽衣』。サイトの国の国際標識。
 どれもが見覚えないはずの物ばかりなのに、とても懐かしいと感じてしまう。
 その不思議な懐かしさが、落ち着くような、気味悪いような……すごく複雑な気持ちだった。


「サイト。結局これは、いったい何なの?」


 とても懐かしそうな表情で『竜の羽衣』を見つめているサイトに、私は訊ねる。
 サイトにとっては故郷の品物であるそうなので、懐かしいと思う気持ちは私よりよっぽど強いのだろう。
 しばらく黙って『竜の羽衣』を見ていたサイトが、言った。


「ゼロ戦。俺の国の、昔の戦闘機」

「ぜろせん? せんとうき?」


 聞いたことのないはずの名前。
 だけど何故か感じる懐かしさ。
 その感覚に戸惑いながら、サイトの言葉の続きを聞く。


「つまり、ひこうきだよ。これは本当に、空を飛べるんだ」

「こないだ、サイトさんが言っていた、ひこうき?」


 訊ねるシエスタの声に、サイトは頷いた。


  ○


「……ふぅ」

 夜遅く。私は寝床を抜け出して、屋根の上で夜風に当たっていた。
 私達はしばらくシエスタの実家に滞在させてもらう予定だったけど、明日の朝にはタルブ村を出発することになっている。
 『竜の羽衣』を学園に持ち帰ることにしたからだ。

 サイトの話では、『竜の羽衣』を動かすためには『ガゾリン』という特別な油や、機体の修理が必要らしい。
 以前コルベール先生が授業で見せた発明品の原理が、『竜の羽衣』に使われている仕組みに近いらしく、コルベール先生に相談すればなんとかなるかもしれない、とのことだった。
 ギーシュの父のコネで竜騎士とドラゴンを借り受け、明日の朝に『竜の羽衣』を運搬してもらうことになっている。
 『竜の羽衣』に合わせて巨大な網を作ったりしたので、運送代がとんでもない金額になってしまっているけど……そこは、私も協力して、借金してでも払うつもりだ。

 私もサイトと同じく、『竜の羽衣』を再び動かせるようにしたかった。
 あれを見ているだけで込み上げてくる、あの懐かしさ。
 子供の頃に遊んだ玩具や、机の奥に仕舞い込んでいた昔の持ち物。そういう物を見つけた時のように、心に染み込んでくるような、あたたかい感情。

 何故、見たことのないはずのものに、そんな感情を覚えるのかは分からない。
 分からないからこそ、知りたかった。
 サイトが言うように『竜の羽衣』が魔法を使わずに空を飛べる品物なら、『竜の羽衣』が大空に舞い上がる光景を見れば、何か分かるかもしれない。
 ただの期待でしかなく、何の保障もない。

 そもそも、何か分かったとして、それが自分にとって幸せなことなのかも、分からない。
 後になって、後悔することだってあるかもしれない。始める前から、不安を拭いきれない。
 けど、少しでも可能性があるなら、確かめたかった。
 もしかしたら……本当に、もしかしたら、だけど。
 この懐かしさを追いかけた先に、私が『普通』になるための答えが、あるかもしれないと思ってしまったから。
 そう考えたら、もう止まることなんて、できなかった。


「……よぉ。月でも見てたのか?」


 ふと、サイトの声が聞こえた。
 どこに、と彼の姿を探していると、サイトは目の前の屋根の縁からよじ登ってきた。

「サイト、どうしてここに?」

「なんか目が覚めてさ。夜風にでも当たろうと思ったら、屋根の上に誰かいるみたいだから来てみた」

 となり、いいか? とサイトは私の横に座った。
 二人で並んで、なんとなく夜空を見上げてみる。
 今日も双子月は綺麗に輝いて、その周囲には星の光が瞬いていた。

「ごめんな」

「……え? 何のこと?」

 突然、サイトは謝ってきた。
 何を謝られたのか分からなくて聞き返すと、サイトは話し始める。

「リースが日本語を読んだ時、もしかしてリースは日本に帰る方法を知っているのかもって思ってさ。
知らない、分からないってリースは言ってるのに、しつこく何度も日本のこと知らないかって聞いちまって……。
全然、リースの気持ちを考えてなかった。だから、ごめん」

「ううん、気にしなくていいよ。けど、本当に何も知らないんだ。ごめんね」

「リースが謝る必要なんてないって! 俺の方こそ……」

「いやいや、私の方こそ……」

 しばらく、俺の方が私の方が、とお互いに謝りあう。
 そんなやり取りが続いていたけど、ふいに二人して笑い始めた。


「なんか終わりそうにないね。この話はこれでおしまいにしよう」

「ああ、そうだな」


 ふと、会話が途切れて、しばらく沈黙が続いた。
 耳をすませば風が優しく草木を撫でていく音が聞こえる。
 頭上には星と月が輝いていて、私達以外は周囲に誰もいない。他の人達はきっと、それぞれの夢の中にいるのだろう。
 とても静かで、心休まる夜だった。


「……ねえ、サイト。ゼロ戦が直って、空を飛ばせるようになったら、どうするの?」

「ええっと、そうだな。とりあえず東に行ってみたいな。
 ルイズとの契約とかもあるし、すぐには無理だろうけど……故郷に帰るためのヒントとか、探したい」

 あまり深く考えずにした質問だったけど、サイトはしっかりと自分の目標を答えた。
 それを聞いて、彼がいつか故郷に帰ってしまう日がきたら、もう会えないのかな……なんて、考えてしまう。
 ロバ・アル・カリイエは、とても遠いそうだ。
 私達にとって未知の土地であるから詳しくは分からないけど、サイトの話を信じるなら、ハルケギニアとはまったく違う文明を築き上げているらしい。

 ハルケギニアのどんな地図にも載っていない国、ニホン。
 どんなところなのだろうか。
 サイトはどんな風景の中で育ち、どんな環境で生きてきたのだろう。
 私の記憶や知識の謎のことを省いても、ニホンのことを知りたいと思った。
 もちろん、私自身のことについて何か手掛かりが得られるのなら、手に入れたいと思うけど。


「サイト。あ、あのね? もしよければ、なんだけど……」


 こんなことお願いしていいのか、分からないけど。
 なんとか、勇気を振り絞って、言う。


「ニホンに行く時は、私もいっしょに、連れて行ってくれる?」

「……へ? そ、それ、どういう……?」


 サイトが戸惑ったように私の顔を見て、尋ね返してくる。


「ご、ごめん。やっぱり迷惑だった、かな」

「いや、迷惑なんかじゃないって! けど、何か理由があるのかなって」


 迷惑じゃない、という言葉に少し安心して、話を続けることにした。


「ニホン語が読めた理由が、自分でも分からないっていうのは、さっき言ったよね。
 だから、ニホンに行けば、その理由が何か分かるのかなって思って」

「そうか……うん、分かった。俺にできることなら、協力するよ」


 サイトの「協力する」に、いっしょに連れて行ってくれるという以上の意味を感じて、私はそこまで甘えるわけには、と断ろうとした。


「連れて行ってくれるだけでも充分だよ。あんまり、迷惑かけたら悪いし」

「迷惑なんかじゃねえよ。友達助けるのは、当然のことだって」

 けどサイトは、迷う様子なんて欠片もなく、手を差し伸べてくれた。
 友達――そう言ってくれるだけでも充分過ぎるくらい幸せなのに、サイトは私を助けてくれようとしている。
 その優しさが、とても嬉しかった。

「……うん。じゃあ、頼っちゃうね?」

「ああ。任せとけ」


 これ以上断るのは逆に失礼だと思い、私は好意に甘えることにした。
 ニホンに行ったからと行って、解決できる謎なのかは分からない。
 だけど、助けてくれる友達がいるというだけで、気持ちがすごく軽くなった。


 それから私は、サイトにニホンの話を色々と聞かせてもらった。
 天にまで届きそうな高さの、ビルという名前の塔がたくさん並んでいるとか。
 『竜の羽衣』こと、ゼロ戦のような飛行機が、より改良された物があるとか。
 インターネットという技術で、世界中の色々な情報を集めたり、顔も分からない相手とも交流が持てるとか。

 聞けば聞くほど、ハルケギニアの常識からは考えられない話ばかりだったけど。
 サイトが嘘をついているようには思えなかった。だから、それらはきっと本当なのだと思う。
 そして、それらの話にも、どこか懐かしさを感じていた。

 この懐かしさを、何故感じるのか。まだ手掛かりさえない状況は、まるで変わらないけど。
 それでも、今はまだ前向きに「ニホンに行ける日が来たらいいな」と思えるようになっていた。
 もしそれで、私のことが何も分からなくても……サイトの生きてきた故郷を知ることは、きっと楽しいだろうな、と思えた。


「……くしゅっ」

 ふと、くしゃみが出た。
 サイトの話に夢中になっていて気付くのが遅れたけど、夜も深まって空気がすっかり寒くなっていた。

「なんか寒くなってきたな。そろそろ降りるか」

 サイトも肌寒さを感じていたのか、話を切り上げて屋根から降りようとしていた。
 私も寒かったし、そろそろ寝ないといけない――それは分かっているのに、一瞬、「もう少し話を聞かせて」と言いそうになってしまった。
 けど、その言葉は飲み込む。別に今でなくても、話を聞く機会はこれからまだまだあるだろう。
 ……そう分かっているはずなのに、何故だろうか。
 この時間が終わってしまうと考えると、少し寂しかった。

 何故、なんだろう。
 ニホンのことをもっと聞きたい、というのは確かだけど、別に今でなくてもいいのに。
 このまま屋根の上に居たって、寒いだけなのに。
 もう少しだけ、こうしていたかったと思ってしまうのは。

「……サ、サイト!」

 気持ちが溢れて、口から零れてしまったように。
 私はサイトを呼び止めていた。

「ん、何だ?」

 サイトが振り返る。
 つい呼び止めてしまったけど、何と言えばいいのか分からなくて、戸惑ってしまった。

「あ、その、ええと……」

 何か、何か話すことはないか。
 必死に頭の中を探っていて、ふと、一番大切なことを伝えるのを、今まで忘れてしまっていたことを思い出した。
 すう、と。一度だけ深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

「――ありがとう」

 その一言に、色々な想いを込めた。

「ニホンのこと話してくれて、ありがとう。
 色々と悩みを聞いてくれて、ありがとう。
 心配して、気遣ってくれて、ありがとう。
 ……そ、それから。ええと。
 私と友達になってくれて、ありがとう。
 どうか、これからもよろしくお願いします」

 一気に言い切ってから、不安になってきた。
 急に何言ってんだこいつ、とか言われないだろうか。寒いのに呼び止めるなとか、言われないだろうか。
 サイトはそんなこと言わないと思うけど、気持ちを言葉にして伝えることに慣れていない私は、不安でいっぱいだった。

 彼は、少しきょとんとした顔をした後。

「……へへ。どういたしまして。
 俺の方こそ、色々とありがとうな。感謝してる。
 これからもよろしくな」

 そう言って、にっこりと笑ってくれた。
 彼の言葉に。彼の笑顔に。伝わってくる彼の気持ちに。
 身体は冷えているのに、心がとてもあたたかくなった。



   ○




「……サ、サイト!」

 リースに呼び止められた。

「ん、何だ?」

 そう答えて、振り返る。
 リースは、なんだか迷っているような様子で、言葉を選んでいるようだった。

「あ、その、ええと……」

 夜も遅くなってきたとはいえ、別にまだ慌てるような時間じゃない。
 黙って、彼女の言葉を待つことにした。
 やがてリースは、気持ちを落ち着かせようとしたのだろうか、一度だけ深呼吸して。

「――ありがとう」

 そう、綺麗な微笑を浮かべて、言った。

「ニホンのこと話してくれて、ありがとう。
 色々と悩みを聞いてくれて、ありがとう。
 心配して、気遣ってくれて、ありがとう。
 ……そ、それから。ええと。
 私と友達になってくれて、ありがとう。
 どうか、これからもよろしくお願いします」

 一気に言い切ってから、今度は一転して不安そうな顔になる。
 何を不安に思っているのかは分からないけど、なんだかそれは、自分の言葉に照れているようにも感じられた。
 俺は、リースのころころと変わる表情に、少しきょとんとしてしまったけど。

「……へへ。どういたしまして。
 俺の方こそ、色々とありがとうな。感謝してる。
 これからもよろしくな」

 そう言って、俺も感謝の気持ちを言葉にする。
 俺の返事を聞いたリースの顔は。
 とても、とても嬉しそうに、微笑んでいた。




[26782] 第十四話「少女は傷つけるようです」
Name: くきゅううう◆d62d0476 ID:59dccddd
Date: 2013/11/29 00:52
「サイト、大丈夫? 疲れてない?」

 タルブの村からゼロ戦を持ち帰った私達は、学園での日々を過ごしていた。
 過ぎていく日々の中でゼロ戦のことを知っているらしいサイトと、ゼロ戦を見た瞬間から興奮が収まらない様子のコルベール先生が修理を行っている。
 ゼロ戦にとても懐かしさを覚える私だけど、構造について詳しくはないし、下手に関わって壊してしまっては大変なので、休み時間の合間に様子を見に行くだけにしている。

「全然平気だぜ。リースこそ、休み時間のたびに来て大丈夫か?」
「うん。無理はしてないよ。差し入れ、ここに置いておくね」

 手作りのクッキーを入れた袋を空いている机の上に置く。

「おー、いつもサンキュ。一段落したら先生といっしょにいただくよ」
「うん。……そろそろ授業だから、もう行くね」
「ああ、じゃあまたな」

 再びゼロ戦の修理に戻るサイトに手を振って、修理場を後にする。
 ドアを開けて外に出ると、いつものようにルイズが待っていた。
 最初の頃はいっしょに修理場を見ていたのだけど、ルイズに大切な用事ができたため最近はそちらを優先しているらしい。
 今もまた、手に持った本を睨みながら、何やら考えているようだった。

「お待たせ。調子はどう?」
「ひ、火は熱いので気をつけること……とか」
「……結婚式でいうことでは、ないかな」

 ルイズがいま悩みながら取り組んでいるのは、アンリエッタ王女様の結婚式で読み上げるための、火・水・土・風への感謝を示す詔の作成だ。
 姫様直々に頼まれたとのことで張り切っているようだけど、難航しているようだ。
 私自身そういった詩的なものを考えるのは得意ではないため、アドバイスできずにいる。

「もう授業だし、また後で考えるわ」
「うん、いこっか」

 二人で並んで、教室へと向かって歩く。
 つい最近まではこんな風に、友達と穏やかな日々を過ごせるとは思っていなかった。
 シエスタとは一年の時に、彼女を事故から庇ったことで友人になれたけど、貴族と平民という間柄とシエスタの日々の仕事の忙しさもあって、あまり頻繁に会えるわけではなかった。
 だからルイズ達と友人として長い時間を共に過ごせることは、とても嬉しく思う。
 あの強烈な頭痛と共に見える未来視もここ数日は起こっていない。
 アルビオンとの戦争も、不可侵条約が結ばれると噂に聞いた。
 まだ私自身の問題は何も解決できていないのだけど、それでも穏やかに過ぎていく時間は心を癒してくれる。

「リース、なんだか嬉しそうね。良いことでもあった?」
「うん。ルイズ達といっしょに過ごせて、私は幸せだなあって」
「……ふふ、そうね。色々大変なことはあったけど、いまは平和で幸せね」

 優しい風が頬を撫でていく。
 この平穏な日々がいつまでも続きますように、と心の中で始祖ブリミル様に祈った。
 ――タルブの村に残ったシエスタも、家族と共に過ごす休暇を楽しんでいるだろうか。


  ○


 ある朝、突然に通達された禁足令に学園内は混乱に包まれた。
 禁足令の理由が、アルビオンとの開戦だったからだ。
 不可侵条約が結ばれるはずではなかったのか? ゲルマニアとの同盟は? トリステインはどうなる――。
 迫る戦乱の気配に不安と動揺でざわめく学園の人々を余所に、私は。

「……ルイズもサイトも、どこいったんだろう」

 朝から姿の見えない友達の姿を探していた。
 使い魔のため授業に参加する義務はないサイトはともかく、ルイズは黙って授業をさぼるようなことをしないはずだ。
 体調を崩しているのかと思い、授業の合間に様子を見に行ったけど、部屋にはいない様子だった。
 ゼロ戦の修理場にも行ってみたけど、誰もいない。
 それどころか、ゼロ戦がない。
 あれだけ大きな物体なのに、忽然と消えてしまっていた。

「いったい、どうして……」

 いつも傍にいた友達がどこにも見当たらないことに寂しさを感じながら、呟く。
 ――その時、突然の苦痛と共に『未来視』が始まった。


 穏やかな風が吹く、美しい草原。
 騒乱とは無縁だったその光景を、空を埋め尽くす竜騎士の軍勢が踏み躙る。
 放たれる竜の火炎の息が、家を、土地を、草原を、村を焼いていく。
 戦う術を持たない村人達は逃げ惑うことしかできない。
 そんな村人の中には、大切な友達の少女……シエスタの、姿が――。


「シエ、スタ……ッ!」

 脳髄を走る痛みを無理やり耐えて、フライの魔法で空に飛び上がる。
 タルブの村が襲撃される正確な日時は分からないが、『未来視』の中で空は明るかったことから朝、もしくは昼間だと思う。

「お願い、お願いだから、間に合って!」

 全力で空を駆け抜ける。
 今はただ、間に合うことを祈りながら、タルブの村へ急ぐことしかできなかった。


 ○


 タルブの村が見えてくる。
 ――家々が焼かれ、煙が吹き上がり、無残に荒らされたタルブの村が。

「……そ、んな」

 間に合わなかったという事実を思い知らされて、ふらふらと眩暈がする。
 フライを維持することも困難になり、墜落する前になんとか地面に着地した。
 木々が、家々が、土地が焦げる臭いと、誰かの悲鳴。そして……どこからか死臭も、漂ってくる。

(まだ、まだシエスタが死んだと決まったわけじゃ……探しに、いかないと)

 そうは思うものの、恐怖で足がすくむ。
 もしも、探した先でシエスタの死体を見つけたら……そう考えるだけで、呼吸が乱れる。
 シエスタだけじゃない。以前タルブの村に遊びに来たときに、親切にしてくれたシエスタの家族、そして村の人々。
 そんな見知った人達の死体を見つけてしまえば――早く駆けつけていれば防げたかも、と思える事態の痕跡を見つけたら、私はもう耐えられない。
 動き出せずにいる私を責める様に、また『未来視』の光景が脳裏を駆け巡る。


 大空を舞うように飛翔する、竜の羽衣。
 それを駆るは黒髪の少年、サイト。
 彼が操る竜の羽衣は自在に戦場の空を飛び、その胴体から放たれる銃弾は、最強と謡われた竜騎士達を次々と撃ち落していく。
 やがて彼の前に立ちはだかるのは、周囲に数多の僚艦を引き連れた巨大戦艦・レキシントン号。
 幾数もの竜騎士を倒してのけた少年も、その圧倒的な脅威を前に成す術もなく逃げ回る。
 だがその時、少年の傍らにいた少女ルイズが手に持つ始祖の祈祷書と、水のルビーが眩い輝きを放つ。
 そうして彼女が祈祷書に浮かび上がった光り輝く呪文を読み上げると、後に奇跡の光と謡われることになる巨大な極光が――。


 カッ、と。世界が瞬くのを感じた瞬間、凄まじい爆発音が大気を振るわせた。
 あまりに激しいその轟音に『未来視』が乱れ、現実に意識が帰ってきた。
 見れば、大空に聳えていた巨大な戦艦と、その周囲の僚艦達が墜落を始めていた。
 そして――それを見届けるように空を舞う竜の羽衣の姿も、はっきりと見えた。


 少女の祈りが込められた極光は、一人の死者を出すこともなく敵を無力化させて、戦いを終わらせた。
 少なくともこの場における戦火の拡大を止められたことを、喜び合う少年と少女。
 そして、そんな彼らの駆る竜の羽衣を、地上から村人の少女、シエスタが見つめていた――。


 途絶えていた『未来視』が、再び脳裏に浮かんで、今度こそ消えた。
 いや、『未来視』と呼べるのかどうか分からない。今まさに、目の前で起こったことなのだから。
 探していたサイトとルイズ、竜の羽衣の居場所も分かり、シエスタもおそらくは無事だと知って、安堵する。
 ……安堵する、それだけでいいはずなのに。私は、余計なことを、考えてしまう。

(未来視は、私が介入しなければ悲惨な結末になると思って、これまで戦ってきた)

 ずっと隠していた力を知られることになっても、それでも、ようやくできた友達を守るためなら――と。
 だけど、私が何もできなくても……しなくても、サイトとルイズは、苦難を乗り越えた。
 だったら、私のしてきたことって、何の意味もなかったのでは――そんな、無力感。

 そして、ルイズが目覚めた系統――伝説の、虚無の属性。
 それは普通ではない力。圧倒的な力。世界を変えてしまえるほどの、普通ではない力。
 きっとルイズは、その普通ではない力に振り回されていくことになる。
 彼女が今後、とても苦しむことになることを予見しながら――。

「やっと……『普通』ではないことの苦しみを分かり合える相手ができた、だなんて」

 そんなことに喜びを感じてしまうことを抑えきれない私は、どこまで、歪んでしまっているのだろう。
 化け物の力で介入しても、運命を変えられていたわけではなく。ただ、決められていたように物語が進んでいただけで。
 困難に襲われる友人を、支えるのでも、救うのでもなく。
 ――早く自分のように『普通』でないことの苦しみを知ってほしい、この苦しみを分かち合ってほしい。
 そんな身勝手でひどく最低なことを、少しでも願ってしまうなんて。

「……こんな私なんて、いないほうが、よかったんじゃないのかな」

 大空を舞う友人と、彼らがもたらした勝利に歓喜する人々の気配を感じながら。
 私は自分自身の本質の、あまりにも醜さに、打ちのめされていた。


  ○


 私は、タルブの村で救援活動を主に治癒魔法で手伝った後、サイト達に会わずに帰ることにした。
 合わせる顔なんて、なかった。
 タルブでの救援活動も、魔法で作り出したローブで全身を隠して、身分を名乗らないまま手当たり次第に治療して回っただけだ。
 普通貴族が平民に無償で治癒魔法を使うことはないそうで、とても感謝されたけど、それを素直に受け取れる気分ではなかった私は軽い会釈だけをして立ち去った。
 治癒をして回る途中、シエスタにも会えた。フードを深々と被り、声を魔法で変えたため私の正体はばれていないと思う。
 シエスタの無事をこの目で確認できたことで安心できた。けれど先程の自身が抱いた醜い感情の罪悪感で、彼女の顔をしっかり見ることができなかった。



 タルブの村での戦乱から、数日が経った。
 トリステインは奇跡の戦勝に沸き、近々戦勝記念のパレードが行われるらしい。
 だけど、私の気分は晴れない。
 どうしても、あの時感じてしまった黒い歓喜を、その罪悪感を、拭い去れない。
 だから……ルイズが私の部屋を訪ねてきた時、とても心がざわめいた。
 最初はなんとか、取りとめもない話題をなんとか繋げていたと思う。
 だけど彼女が。


「リース。わたしね……虚無の担い手だったの、信じられる!?」


 嬉しそうにそう言って。


「タルブの村で奇跡の光を起こしたのは私なのよ、私、ゼロじゃなかったの!」


 まるで宝物を手に入れたように無邪気に喜ぶ彼女を見て。


「……これからは、リースのこと守ってあげられる。もう、あなたを苦しめさせたりなんて、誰にもさせないんだから」


 私の中で、ナニカが。


「もう私はゼロじゃない! 『普通』でもない、伝説の虚無の担い手なんだから!」


 はじけた。



「……なんで、そんなに喜んでるのさ」

 自分でも驚くほど、怖い声が響いた。
 止めるべきだ、さっさとこの口を閉ざすべきだ――そう思っていても、言葉が、とまらない。

「すごいよね、伝説だなんて。『普通』じゃないよね……なんでそれを、喜べるの?」
「……り、リース? どうしちゃった、の……?」

 気付けば私は、ルイズの肩を掴んでいた。
 彼女がびくりと身体を震わせるのを感じて、とてもひどいことをしているのだと実感する。
 だけど、止められない。噴き出す感情が、自分でも止められない。

「魔法が使えなくても、よかったじゃない。『普通』でなくなるよりは、ずっと、よかったよ。
 伝説の力なんて目覚めちゃってさ、それはすごいことだよ。だけど……」

 私の言葉は、どれだけルイズを傷つけているだろう。
 ルイズがどれほど、魔法を使えるようになることを望んで生きてきたのか。僅かでも、分かっていたはずなのに。
 だけど、止まれない――壊れたように、止められない。

「……私が『普通』じゃないことにどれだけ苦しんできたのか知らないくせに!
 私の前で『普通』じゃなくなったことを喜ばないでよ!!」

 なんて自分勝手な我が侭だと、自分でも思う。
 ――結局は私が許せなかったのは、最後に叫んだことなんだ。
 『普通』ではないことに悩んで、迷って、苦しみ続けてきた私の前で。
 『普通』ではないことを誇りのように語る彼女が、あまりにも眩しくて、羨ましくて……妬ましく、て。


「……なんで、なんでそんなこというのよ!」

 ルイズが怒るのも当然だ。
 彼女は、伝説の力に目覚めたからといって驕ることはなかった。
 その力で、私を守るとまでいってくれた。

「リースの苦しみ、分かるわけないじゃない! だって何も言ってくれないもの!」

 なのに私は、自分のことばかり考えて、ひどい言葉を吐いてしまった。
 怒られて当然、嫌われて当然。私がしたのは、そんなひどいことだ。

「魔法が使えないほうがよかった、なんて――リースこそ、私の苦しみなんて、何も知らないくせに!」

 ルイズからどんな言葉をぶつけられるか分からなくて怖いけど、黙って受け止めよう。
 ――だけど、そんなつぎはぎだらけの覚悟なんて。



「私が欲しかったわよ、リースの『普通』じゃない力! 替われるものなら替わってあげたい――」



 そのルイズの言葉で、吹き飛んだ。
 ぱあん、と乾いた音が響く。
 私の手が、ルイズの頬を叩いた音だ。

 わたしが、ともだちを、きずつけた、おとだ。

「……ぁ、うあ」

 私自身が、信じられない思いだった。
 こんな私の身を案じて、たくさん優しくしてくれた友達を、勝手な思いで傷つけて。

「ご、めんな、さい……」

 それだけ搾り出すように言い残して、私は部屋から、ルイズから逃げ出した。
 どこに行けばいいのかなんて、分からない。
 もういっそ、世界から消えてしまいたい――そんな思いだった。



[26782] 第十五話「少女は謝りたいようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2013/11/29 00:52


 夜空に浮かぶ双月の下、魔法学院の風の塔の最上部で、私は膝を抱えて蹲っていた。
 なんてことを、してしまったんだろう。
 時間が経ち、自分の行いの酷さを自覚して、私はずっと後悔の念に襲われていた。

「ルイズ、怒ってたなあ……嫌われちゃったよなあ……」

 ひどいことをしたのは私なのに自分勝手に逃げて、怯えて、落ち込んで。
 何をやっているんだろう、私は。
 ルイズは私に優しくしてくれた大切な友達。
 たくさん嘘をついて秘密を作ってたのは私なのに、私の気持ち分からないくせに、なんて叫んで。
 謝りにいくべきなのは分かってる。けど、合わせる顔はない。
 ……それは、言い訳か。
 私は怖がっているだけだ。ルイズに会って、彼女の言葉を聞く事が。
 もう絶交だ、なんて言われたら……その場面を想像しただけで、胸が痛くなる。

「――にゃあ」
「……え、ブリス?」

 聞き慣れた鳴き声に顔を上げると、目の前にブリスがいた。

「いったい、どうやってここまで……」
「どっこいしょお!」

 ブリスの姿に驚いていると、今度は塔の屋根のふちに手が現れて、気合のこもった掛け声と共にサイトがよじ登ってきた。
 塔の高さは、少しジャンプしたくらいじゃ届かないというのに。
 私のように魔法を使えないサイトは、どうやら塔の外壁を命綱もなしに身体能力だけで登ってきたらしい。

「よお、リース。探したぜ……ぜえ、はあ」

 もう逃がさない、とばかりにサイトは私の手を掴んできた。
 塔をよじ登るために余程体力を使ったのか、呼吸は乱れていて、目が若干血走っていて、少し怖い。
 あと、何故かサイトに手を握られているとドキドキして、戸惑ってしまう。

「サ、サイト。逃げないからひとまず呼吸落ち着けて……あと、手離してもらえると……その」
「え……あ、ああ。わりい」

 サイトは慌てた様子で手を離して、私の隣に座り込む。
 ブリスはいつの間にか近くにいて、ごろごろと喉を鳴らしながら身体をすり寄せてきていた。

「ルイズから事情を聞いてよ、リースのこと探してたんだ。
 そしたらブリスが、まるでここまで案内するみたいに俺の様子を振り返りながら走っていくから、追っかけてきたんだよ。
 使い魔との繋がりみたいなので分かったのかもな、リースの居場所。
 こんな高いところにいると思ってなかったからびっくりしたぜ」

「そ、その……色々と、ごめん。ルイズにすごくひどいことしちゃったし、サイトにも迷惑かけて……」

「迷惑なんかじゃねえよ。ルイズだって、自分も悪かったから謝りたいって言ってたしな。
 それに、友達なんだ。喧嘩することだってあるだろ」

 私を励まそうとしてくれる言葉がすごく嬉しい。
 けど、その言葉を受け取る資格は自分にないと思う。
 今回のことだけじゃなくて、ずっと嘘をついて騙して、必要でもないのに関わって。
 いま思い返せば、『未来視』の光景には一度だって、私の姿はなかった。
 きっと私がいなくても、ルイズとサイトは数々の困難を乗り越えていたのかもしれない。
 もしそうなら、私がしたことはルイズ達を余計に苦しめただけだったのではないだろうか。

「……正直言ってさ。アルビオンでのこと、覚えてるんだろう? リース」

 びくり、と身体が震えた。
 騙しきれているとは思っていなかったけど、面と向かって言われると、思わず驚いてしまった。

「俺はこの世界の魔法とかあんまり知らなくってさ。
 最初にリースの戦うところ見たときは、すげえとしか思わなかった。
 ……アルビオンでは、正直怖いとも思った。俺達があんなに苦戦したワルドを、簡単に吹っ飛ばしちゃうしよ。
 ギーシュ達に聞いた話だと、外にいたレコンキスタの軍団も壊滅させてたらしいしな」

「……全然、騙せてなんてなかったんだね、私」

 全てばれていた。
 冷静に考えれば、そんなの当たり前の話。
 自らの凶行を覚えていないと嘘をついた時だって、きっとすごく怯えた様子が伝わってしまっただろう。
 私が本当に何も覚えていないのなら、怯えることなんて何もないというのに。
 ただ、優しい彼らは騙されたふりをして、そっとしておいてくれただけなんだ。

「覚えてるよ、全部。私がしてきたこと……全部。
 たくさんの人を殺した。笑いながら、たくさんの人を。
 自分が自分でなくなるような感じになって、まるで……化け物みたいに」

「それが、リースの『普通』じゃないことの苦しみ、なんだよな」

 ルイズとの会話で出した言葉だ。それも聞いてきたのだろう。
 私がサイトの問いに頷いて答えると、彼は――小さな笑みを浮かべた。

「ようやく聞けたな。リースの本音」

「……サイト?」

「ずっと、聞けずにいたけどさ。リースが時々すげえ辛そうな顔してるの、心配だったんだ。
 理由も分からないし、どうすればいいのか分からなくて、そのままにしちまったけど……。
 本当はずっと、なんとかできないのかって考えてたんだ」

 ――何故私は、騙せていたなどと思っていたのだろう。
 こんなにも私のことを考えて、心配してくれている友達のことを。

「それはルイズも同じだよ。ずっと、リースのこと守りたい、支えになりたいって思ってたらしいぜ。
 だから、伝説の虚無なんてものに目覚めて、ようやく友達の力になれるって……そのことで頭がいっぱいで、リースの気持ちを考えていなかったって、後悔してた」

「私の方こそ、ルイズの気持ち……いや、サイトや、みんなの気持ちを何も考えていなかったよ。
 自分のことばかり考えて、嘘をついて、なんとか誤魔化したいって思っていただけ……」

 化け物と呼ばれたくない。怖がられたくない。嫌われたくない。
 だから自分のことを誤魔化して、『普通』を装って生きてきた。
 けどそれは、自分を守るためだけの生き方でしかなく、周囲の人を騙して、時には傷つける生き方だったのだと、今ではそう思う。

「それでも、守ろうって思ってくれたんだろ?
 フーケの時も、アルビオンの時も……自分が苦しんででも、俺達を守るために戦ってくれただろ。
 俺達もそんな風に、リースのことを守りたいんだよ。弱くて頼りないかもしれないけど……友達だから、守りたいんだ。
 舞踏会の時に言っただろ? 『普通』じゃなくたって、俺達はリースの友達だって」

 もちろん、覚えている。あの夜、サイトとルイズがくれたあたたかい言葉は、私を救ってくれた。
 なのに私は、本当に化け物な私を知られたら嫌われる、離れられる、友達じゃいられなくなる……そうなることを怖がって、嘘をついて逃げていた。
 本当は、全てを知っても受け入れてくれることを信じたい。
 だけどもしも――子供の頃のように、大切に思う人達から化け物と呼ばれたらと思うと、どうしても怯えてしまう。

「うん、ちゃんと覚えてる。とても嬉しかった。
 だから、怖かったんだ。そんな風に言ってくれる二人が、私の『普通』じゃない力を見て、離れていってしまうんじゃないかって。
 ……化け物って、言われちゃうんじゃないかって」

「化け物だなんて……! 言うかよそんなこと!」

「……うん。きっとサイトは言わない。ルイズも言わない。そう信じたい。
 だけどね、私……子供の時、父親に影で化け物って言われてたの、聞いちゃって」

 今でも鮮明に思い出せる。忘れたくても、忘れられない。
 正面から化け物と言われることはなかったけど、父がそう呟いているのを盗み聞きしてしまった。
 母は庇ってくれていたけど、それでも私の『普通』じゃない力に怯えているのは、十分に伝わってきてしまった。

「それから、ずっと、ずっと怖くて。
 皆が優しくしてくれても、皆を好きになればなるほど……そんな人達から化け物って言われたらって、私……」

 気付けば、涙が零れていた。
 泣くのは卑怯だ、と思っても、止まってくれない。
 私が過去にどれほど嫌な思い出があるからって、ルイズを傷つけていい理由にはならないのに。
 本当はもっと責められて当然のことをしたのに、泣いて同情を誘うなんてしていいはずないのに。
 だけど、涙が止まらない。今日という日まで抑え込んでいた気持ちが溢れ出してくるように、嗚咽が止まらない。

「そうやって、ずっと『普通』じゃないことに苦しんできたのに、ルイズは『普通』じゃないことを誇りに思ってるみたいで。
 彼女の嬉しそうな顔を見ていたら、私の苦しみってなんだろうって……私は」

 これまでの人生、ずっと耐えてきた苦しみは、何だったのか。
 素直に両親に、化け物なんて言わないでと話せば、何か変わっていたのだろうか。
 ……けど、それは今言うべきことじゃない。
 本当にいま話して、謝らなければいけないことは、もっと醜い私の本心だ。
 その本心のために、私はルイズを傷つけてしまったのだから。それを、きちんと話さなければいけない。

「私はようやく、『普通』じゃないことの苦しみをいっしょに分かってくれる人ができた、なんて喜んでしまって。
 それはとてもひどい願いだって思ったけど、でも、ルイズともこの苦しみを分かち合えたら、なんて願ってしまって。
 そんな自分がすっごくみじめで、醜く思えてたのに……自分の力を誇りのように語るルイズが、羨ましかった、妬ましかった。
 ……私はルイズをひどく自分勝手な理由で傷つけた。もう絶交されたって仕方ないって思う。
 だけど――許されるなら、これからも友達でいてほしい。ちゃんと謝りたい。謝るだけで許されるとはとても思えないけど」

 言葉が止まらない。ずっと隠さないといけない、と蓋をし続けてきた本当の気持ちが、溢れ出してくる。
 きっと、私は自分のことを隠したかったんじゃない。こうやって気持ちを打ち明けて、受け入れてほしかったんだ。
 だけどもし私の本当のことを知られたら、相手から嫌われる、怯えられると勝手に決め付けて、ずっと逃げてきた。
 こんな機会でもなければ、きっと、私は死ぬまで、本当の自分を隠して、騙して、怯え続けていただろう。
 今だって、怖いことに変わりはないけれど。
 サイトに、ルイズに、皆に……受け入れてほしい。いっしょにいてほしい。
 今日まで友達として過ごしてきた時間を、これからも続けていきたい。

「ルイズが虚無の担い手、てのは聞いたんだよな。
 俺はさ、虚無の担い手を守る伝説の使い魔・ガンダールヴ、てやつらしい」

 サイトはそう言って、手を月へ向かって翳す。
 今は光っていないけれど、その手の甲には使い魔の証としてルーンが刻み込まれている。

「これだって『普通』の力じゃないけどさ、リースの苦しみとはまた事情が違うよな。
 ルイズだってそうだ。あいつにも色々事情があって、強がっているけどたくさん苦しんでる。
 リースも、ルイズも、俺も……みんなたしかに『普通』じゃない。だけど、リースの苦しみを本当に理解できるのは、リースだけだ」

 サイトの言うとおり。例え『普通』とは違うという共通点があっても、私はルイズの苦しみを彼女本人のように理解することなんて、できない。
 そんな当たり前のことにも、私は気付けなかったんだ。

「だけど、理解できなくても支えあうことはできるだろう。
 辛い時には相談してくれよ、今みたいに、本音をぶつけてきてくれよ。
 俺も、ルイズも、リースの本音から逃げたりなんてしねえ。喧嘩したからって、絶交なんてしねえよ。
 ……俺達、友達じゃないか」

 そうやって励ましてくれるサイトの顔には、なんだか悲しそうだった。
 彼はずっと、私を友達だといって、悩みを聞こうとしてくれていたのに。
 私はずっと、それを拒んで逃げ続けていた。
 サイトはそれを責めたりしないけど、辛かったと思う。悲しかったと思う。
 私がもし彼の立場で、友達が苦しんでいると分かっても、そのことを友達から何も相談してもらえなかったら……きっとすごく悲しい。

「……うっ、くっ、ううぅ……」

 そうやって友達を苦しめてきたのは私なのだと思うと、胸が苦しくなる。

「サイト……ごめん。ごめんなさい。そして……」

 彼だけにではなく、ルイズにも、きちんと謝らないといけない。謝りたい。
 だけどいまは、何よりも彼に伝えないといけない言葉がある。

「私はたくさんのことを間違えて、あなたやルイズをを傷つけてしまったのに。
 それでも友達でいてくれて、ありがとう――」

 双月の浮かぶ空の下。
 大切な絆を守ってくれた彼に、最高の感謝を想いを、その言葉に込めた。



[26782] 第十六話「少女は仲直りするようです」
Name: くきゅううう◆d62d0476 ID:deda32f8
Date: 2014/05/22 00:23
 サイトに促されて、私は女子寮へ帰ってきた。
 帰り道で、ルイズになんて言って謝ればいいんだろうとずっと悩んでいたけれど、いくら考えても考えは纏まらない。
 気の利いた言葉なんて何一つ思い浮かばないし、ルイズに責められたら何と返せばいいのか分からない。
 だけど、延々と悩んでいるうちにも、私達はルイズの待つ部屋の前に辿り着いた。
 ルイズとサイトが普段寝泊りしている、学生寮の一室。ここでルイズは待っていてくれているらしい。

「……心の準備、いいか?」

「ちょ、ちょっとだけ待って」

 サイトの呼びかけに返事して、私は一度深呼吸をする。
 胸の鼓動は全然落ち着いてくれないけど、いつまでもこうしているわけにはいかないと覚悟を決める。
 視線と頷きでサイトに意を示すと、彼も頷き返した後、扉をノックした。
 しばらく間を空けて「入っていいわよ」というルイズの声が扉越しに聞こえる。
 がちゃり。サイトが扉を開いて、私に後へ続くよう促す。
 不安を掻き消せないまま、私も入室した。

 窓辺からは双子月の灯りが射し込んでいる。
 その月明かりに照らされながら、ルイズはベットに腰掛けていた。
 彼女の桃色がかったブロンズヘアーが、月光を浴びてきらきらと輝いている。
 いつも自信満々で勝気な意思を宿している鳶色の瞳は、今はどことなく不安そうに伏せられていた。
 その落ち込んだ様子が自分のせいなのだと思うと、もう頭に描いていた会話の流れなんて、吹き飛んでしまう。

「――ごめんなさい!」

 代わりに口から飛び出したのは、謝罪の言葉だ。
 何の飾りもない、ただ謝るだけの言葉。それと同時に頭を下げる。

「ごめんなさい、リース!」

 私が叫ぶと同時、ルイズもまた謝罪の言葉を口にしていた。
 頭を下げた自分には見えないが、ルイズも頭を下げているのだろう、と思う。
 だけどルイズは悪くない、私が謝られることなんてない。
 必死に私を守ろうとしてくれたルイズに、私が一方的にひどいことをしたのだから。

「ル、ルイズは悪くないよ。私は、ルイズのことを考えずにひどいことを……」

「私の方こそ、リースにひどいことをしたわ。リースが苦しんでいること、分かっていたはずなのに……」

 次第にお互いに顔を上げて「私の方が悪かった」「いえ私の方が悪かったわ」なんて、何を比べ合っているのか本人にも分からない言い合いになっていた。
 そんな中、サイトは黙って部屋を出て行った。二人きりでしっかり話し合え、ということだろうか。
 サイトが退室した後も、私とルイズはお互いに謝り合っていた。


  〇


「……ねえ、リース」

 お互いに謝り疲れた私とルイズは、ベットに二人並んで寝転がっていた。
 顔を向かい合わせて身体を休ませながら、私はルイズの言葉に「……うん、何?」と応える。

「私、虚無の力に目覚めた時……最初は、本当は怖かったの。
 だって、ずっとゼロなんて馬鹿にされてきたのよ? いきなり私が伝説の系統の担い手だなんて、すぐには信じられなかった。
 もっと普通の力で良かった。ただ普通に魔法を使えて、皆に認められたい……ゼロなんて言われたくない。それが私のずっと願い続けてきた本当の思い。
 けど、始祖の祈祷書に浮かぶ呪文を唱えたら本当に、虚無の魔法が使えて、とっても大きくて怖い戦艦も倒せて……そんなことができる力を持ってしまったことが、すごく怖かった。
 
 それでも、この力があれば、やっと私にもリースを守れるんだって、嬉しさも確かにあったの。
 リースだけじゃない。大切な家族も、学園の皆も……サイトや、タバサにシエスタ。あとはギーシュに……癪だけど、キュルケのことも。
 アルビオンでワルドに裏切られた時みたいに、自分の無力に泣いていることしかできないなんてこと、もうないんだって。
 
 そう思えば、恐怖は抑え込めたの。何もできないまま何もかも失うことに比べたら、ずっと良いと思えたから。
 ……だからさっき、リースに虚無のことを話す時、自分が怖がってることなんて見せないようにって無理にはしゃいでたわ。
 普通ではないことに悩んできたリースのこと、ちょっとは分かっていたつもりだったのに……そのリースの気持ちを考えられないまま。
 だから、ごめんなさい。あんなこと言って……私、無神経だったわ」

 長々と続いたその言葉には、ルイズの気持ちがたくさん込められていた。
 ルイズも、怖かったんだ。それでも……私や、皆のことを思って、その恐怖を飲み込んで前に進もうとしていた。
 それはきっと、並々ならぬ決意がなければ、できないことだったと思う。
 私なんて、覚悟を決めたつもりでも、ずっとうじうじと悩んでばかりなのだから。

「ルイズは、強いね」

 私は自然と、手を伸ばしてルイズの頭を撫でていた。
 その小さな身体に、彼女はどれほどの不安を抱えていたことだろう。
 誰よりも努力して、それでも認めてもらえなくて。それでも頑張り続けて。
 ようやく辿り着いた魔法は、伝説と呼ばれる虚無の系統だった。
 普通とはかけ離れた絶大な力。それは確かに、大切なものを守ることのできる奇跡みたいな力。
 
 ――その担い手が普通に生きたいと願っていても、そうはさせてくれない規格外な力。
 無邪気に、嬉しそうに語っているように見えていたけど、ルイズはあの時、どれほど不安だったのだろう。
 不安を吹き飛ばすようにはしゃいでいないと、伝説の重みに潰れてしまいそうなくらい、心細かったのではないだろうか。
 誰かに……自惚れでなければ、あの時の私に「大丈夫だよ」って支えてほしくて、打ち明けてくれたのではないだろうか。
 そんな彼女を傷つけるような言葉を浴びせたのだと思うと、自分がとてもひどいことをしたのだと改めて実感する。

「私は、ずっと……子供の頃から、普通じゃなくって。
 幼い頃に魔法の練習で、両親に良いところを見せたいって思って……やりすぎてしまって、すごく怖がられた。
 それからずっと、ずっと……自分の普通じゃない力を隠さなくちゃいけないって、周りに怯えて生きてきた。
 ルイズみたいに、誰かを守るためにこの力を……なんて思えるようになったのは、本当につい最近のことで。
 友達を、ルイズやサイト、他の皆を守りたいって思うようになってからなんだ」

 今でも頭に思い浮かぶのは、両親のひどく怯えた様子。
 そして二人きりで話し合っていた両親の、言い合う姿。
 あの子は化け物なのではないか、と話す父。そんなひどいことを言わないで、と私を庇って心配してくれた母。
 それでも、二人とも恐怖に震えていたことは、一度気がついてしまえば幼子であった当時の自分にもはっきりと分かってしまった。
 二人の話合いをこっそりと覗いてしまってからの私は、恐怖されることに怯えてばかりで。
 この力を誰かのために使おう、なんてまったく思えなかった。
 自分のことばかり、考えていた。

「友達を守りたい。そう言いながら、私はずっと自分を守ることばかり考えていた。
 皆に怯えられたらどうしよう。化け物なんて言われたらどうしよう。そうやって、ルイズ達にも怯えていた。
 ルイズみたいに、友達のためにって恐怖を抑え込むことができなかったんだ。
 だから……さっきの私は、伝説を背負ってでも前に進むルイズのことが、羨ましかった。
 結局、私はルイズに嫉妬して、あんなひどいことを言って……ごめんなさい、ルイズ」

「そんなのお互い様よ、ね」

 気付けば、今度はルイズが私の頭を撫でていた。
 彼女の瞳は、まるで子供を慈しむように優しく細められている。

「嫉妬なんて、私はしょっちゅうよ? なにせゼロだもの、周りの全員嫉妬の対象よ。色々ひどいこと言っちゃうことだってあるわ。
 サイトとは喧嘩は毎日のようにしてるし、クラスメイトとの言い合いだって多い。
 正直に言えば、リースにだってよく嫉妬してるんだから。リースみたいに色々な魔法が使えたらいいのに、なんてよく考えてた。
 ……だけど、あなたが自分の力にとても怯えていること、分かっているつもりで全然分かっていなかったわ。
 そんなあなたに、替われるものなら替わりたい、なんて言ったら……怒られて当然よ」

「け、けど。私はそれだけじゃなくて、叩いちゃったし……」

 ぺちん、と。ルイズの手が私の頬を張る。
 それは私が彼女にしたのとは全然違う、軽いもので。全然力が入っていない、そっと触れるようなビンタ。
 だけど、ルイズは。

「これでそれもおあいこ。……だからもう、仲直りでいいわよね?」

 そう言って、微笑んでくれて。
 彼女の笑顔には、恨みや怒りなんて微塵もなくて。
 まるで魔法みたいに、私の心を救ってくれた。

「――ルイズ。私、これからもたくさん間違えてしまうかもしれないけど。
 どうかこれからも、私と友達でいてください」

「あったりまえよ。リースこそ、ずっと私の友達でいなさいよね」

 双子月に見守られながら、私達は誓い合う。願い合う。
 これからも、この絆がずっと繋がっていますように、と。



[26782] 第十七話「少女はときめくようです」
Name: くきゅううう◆d62d0476 ID:deda32f8
Date: 2014/05/26 01:17
「サイト、ありがとう。おかげでルイズと仲直りできたよ」

「いやいや、俺は何もしてねえよ。お前とルイズがちゃんと腹割って話し合ったから仲直りできたんだろ?」

 ルイズと仲直りした翌日。私はサイトにお礼を伝えにいった。
 彼は何もしていないと言うけど、夜中に学園を駆け回って私を探して、慰めてくれたのはまぎれもなくサイトだ。
 サイトに励まされていなければ、私はうじうじと迷ったままルイズに謝りに行けずに、そのまま仲違いしていたかもしれない。
 ルイズが歩み寄ってくれても、私自身が逃げ出してしまっていたかもしれない。
 だからやっぱり、サイトにはお礼を言いたかった。

「何もしてないなんてことないよ。今回のこと以外にも、サイトには色々としてもらってるし……何か、お礼をさせてよ。何でもするから」

「え……な、何でもいいのか?」

「うん、私にできることなら何でも」

「じゃ、じゃあ……ちょっとお願いしちゃうぜ?」

そう言ってサイトは、何だか目が笑っていない笑顔で――。


  〇

 サイトに『お願い』された翌日。
 待ち合わせた場所の木陰の下で。

「え、ええと……おまたせ?」

 私は、サイトに渡された水兵服を身に纏い、彼に言われた通りにくるっとその場で廻って台詞を言った。
 何でも彼の国ではこの水兵服が、女子学生の制服であるセーラー服にそっくりらしくて、一目見て故郷の懐かしさを感じたらしい。
 正確に言えば水兵服を私のサイズに合わせて縫い直して、下半身はズボンではなくスカートにしているため、元の水兵服とは大分形が変わっているのだが。
 おへそは丸見えでスースーするし、スカートも見慣れた学院の物であるはずなのに、なんだか丈がすごく短い。
 なんだか恥ずかしくて、上着やスカートの裾を下に引っ張ってなんとか隠そうとするけど、どうみても長さが足りていなかった。

「う、おおおおおお! 良い、実にイイよ!」

「あ、あんまり見ないで……」

「その恥じらい、とってもイエス! リースさいこ」

「何してんのよ馬鹿犬ううう!!」

「おっほうう!?」

 どこからともなく駆けてきたルイズが、勢いそのままにサイトにドロップキック。
 ルイズはキックの反動を逃がすように空中で一回転して、綺麗な着地を決めた。

「何だかこそこそとしていると思ったら、リースに無理強いさせて! ほんと最低!」

 さらには倒れたサイトに駆け寄って、げしげしと蹴り続けている。
 サイトの要望で恥ずかしい思いをしたとはいえ、元々はお礼のつもりで何でもすると自分で言ったのが始まりだ。
 さすがに延々と蹴られているサイトがかわいそうになってきた私は、ルイズを止めに入った。

「ル、ルイズ。私が何でもするって言ったんだし、それくらいに……」

「リースもリースよ! 女が軽々しく『何でもする』なんて言っちゃだめ!」

「は、はい! ごめんなさい!」

 けど私も怒られてしまった。
 ルイズの剣幕が怖くて、思わず頭を下げる。
 有無を言わせぬその様子に怯んでしまい、サイトを庇えなくなってしまう。

「リ、リースにもこれからは遠慮なんてしないんだからね!
 言いたいことはっきりと言ってやるんだから……リースも言いたいことあったら隠さないでちゃんと言いなさい!
 私達……と、友達なんだからね!」

 今までにルイズから私に向けられたことがない剣幕だったため、びっくりしてしまったけれど。
 頬を赤くしながら叫ぶルイズは、なんだか照れている様子で。
『友達なんだから、遠慮はしないで』と言うルイズのその言葉に。
 お互いに友達だと言いながらも感じていた壁や距離が、無くなったように思えた。

「……ありがとう。そういう時は、ちゃんと言うね」

「ええ! がんがん言ってきなさい!」

 ――喧嘩したらいつの間にか友達になってた。
 いつか聞いた、サイトの言葉を思い出す。
 私とルイズも今回の件で、仲を深めることができたのだろうか。
 そうだったら嬉しいな、と。私は心の中で呟いた。
 これからも、彼女との絆を大切にしていきたいと改めて思う。

「え、ええっと……じゃあ言うけど、そろそろサイトのこと許してあげて?」

「んー、じゃあリースに免じて……ほら、犬! リースの優しさに感謝しなさいよ!」

「は、はい。すみましぇん。調子乗ってましたです」

 ……ちょっと怖いところもあるけど、大切な友達だから。 


   〇   


 翌日の夜。
 サイトの悲鳴が聞こえて、私は部屋を飛び出した。
 何事かと身構えたけど……私の目の前を駆け抜けていったサイトと、それを追いかけるルイズの様子に「ああ、いつものことか」と納得する。
 また何か喧嘩でもしたのかもしれない。事件ではなさそうだった。
 けど怒ったルイズがついやりすぎてしまうかもしれないし、私もサイト達を追いかけることにする。
 
 
 しばらく廊下を走ると扉の開いた部屋を見つけた。その部屋の中からぎゃあぎゃあと喧騒の声が聞こえてくる。
 どうやらサイトが、ミス・モンモランシーの部屋に逃げ込んで、ルイズがそれを追って突入したところのようだった。 
 さすがに他人の部屋で暴れるのはどうかと思い、制止しようと部屋に踏み込む。

「ル、ルイズ。何があったのか分からないけど落ち着いて……」

「この、馬鹿犬ううう!!」

 ボオン、と。ルイズが激情のまま唱えた魔法が失敗して爆発が起こる。
 爆発音で私の声は掻き消えてしまい、部屋の中には白煙が立ち上った。
 私は突然の事態に驚いて、尻餅をついてしまった。

「……ん?」

 何か影が差した気がして、頭上を見上げる。
 爆発で吹き飛ばされたのだろうか。ワインが注がれたグラスが頭上に迫っていて、とっさに手で受け止める。
 受け止めたのはいいが掴み方が悪かったのか、傾いたグラスからワインが零れて顔にかかってしまった。
 上を見上げていたこともあって、少し飲み込んでしまった。鼻からも入ったのか咽てしまう。
 目に入らなかったのはいいけど、服にかかった分は染みになってしまいそうだ。

「ぐっ、ごほ、けほ……」

「リース!? ご、ごめんなさい、巻き込んじゃった?」

「まず部屋の主の私が誰よりも巻き込まれてるんですけど!?」

「ぼ、僕はモンモランシーの次くらいに巻き込まれてるよね」

 ルイズ達の声は聞こえるけど、爆発の引き起こした煙で何も見えない。
 ひとまず立ち上がり、グラスを適当な場所に置いて、ハンカチで塗れた箇所を拭いていると、煙の向こう側から人影が現れた。

「おい、大丈夫か!?」

 現れたのは、サイトだった。
 彼の姿を見た瞬間。
 どくん、と。胸が力強く脈を打った。
 身体から力が抜けて、へなへなと床に腰砕けになって崩れ落ちる。
 まるで全身に電流が駆け抜けたような痺れ。だけど、その痺れすら甘美に感じられる。
 ただ、サイトを見ただけなのに――。

「リース、どこか怪我でもしたのか!?」

 私の様子を見て心配してくれたのか、サイトは私の手を取って顔を近寄せる。
 彼の顔が、瞳が、間近に迫る。ただそれだけのことに、私の胸はさらに高鳴った。

「サ、サイト……」

「どうした、リース? ごめんな、俺達が騒いだせいで巻き込んで……」

 感情が抑えられない。
 頬がかっと熱くなって、まじまじと見つめるサイトの視線から目を逸らしたくなって、けど目と目を合わせたままでいたくて。
 こんなこと、初めてだった。まるで自分が自分でなくなったみたいに、心の中にひとつの感情が溢れていく。

「サイト……好き」

「……へ?」

 私の呟きに戸惑う彼の様子を見ても、もう歯止めが利かなくなっていた。
 好き。大好き。サイトのことが、好き。
 口にして自覚すると、すんなりとそのことが心に溶け込むように納得できた。
 何で唐突にそんな風に思ったのか分からないけど、私はもうサイトのことが大好きでたまらなかった。

「……えへへ、好きー」

 感情のまま、サイトにぎゅっと抱きつく。
 サイトが「ファッ!?」なんて、声にならない戸惑いの言葉を叫んでいるが、そんな様子すら愛しい。
 重ねた身体から、サイトの鼓動が伝わってくる。
 どくん、どくん。力強く、確かに「ここにいるよ」と伝えてくれるかのように脈打つ鼓動。
 私の鼓動もサイトに伝わって、どきどきしていることが分かってもらえたらいいな、なんて思ってしまう。
 そうして私は、もっともっと彼を感じたいと思って、さらに強く抱きつくのだった。


   〇


「……惚れ薬? それ禁制の品じゃない!」

「そ、そうなんだけど。それは当然知ってるんだけど……」

 リースの急変の原因は、モンモランシーという少女が作成した惚れ薬だった。
 薬はワインに混入されており、爆風でリースの元へ吹き飛ばされたグラスに注がれていたらしい。
 その事をモンモランシーに白状させたルイズは、その薬が国法で作成を禁じられているものであることを理解して憤慨した。

「心を操る類の秘薬は、無許可で作成したら厳罰よ? 何でそんなの作っちゃったのよ!」

「う、うう……だって、最近ギーシュがなんだか他の女の子とばかりいるから……」

「ぼ、僕に飲ませるつもりだったのかい、モンモランシー? そんな薬に頼らなくても、僕は君を愛しているよ!」

「嘘よ! この前だって私だけ置いてルイズ達と出掛けてたでしょう!?」

「ええ!? ……あ、タルブの村のことかい? あれは、事情があって……」

「女の子ばっかり連れて旅行に行く事情って何よ!? もう私のことなんてどうでもいいんでしょう!?」

「そんなことない、僕は君を……」

「痴話喧嘩は後でやりなさい! それより、リースを今すぐ治療しなさいよ!」

 言い争いを始めるモンモランシーとギーシュの間に割り込むように詰め寄り、モンモランシーを間近で睨みつけながらルイズは叫ぶ。
 ルイズの溢れんばかりの激情に慌てふためくモンモランシーだが、「む、無理よ」と呟く。

「貴重な素材をたくさん使った秘薬なのよ。その解除薬にも珍しい素材がたくさん必要で……」

「言い訳したって駄目よ! 素材が必要っていうならさっさと集めなさい!」

 問答無用、と怒鳴り散らすルイズ。
 大切な友人であるリースが惚れ薬の被害に合っていることが、彼女の感情を爆発させていた。
 自分の爆発魔法が原因の一端となっている、という事実もまたルイズの心を責め立て、そのせいで普段以上にいらいらしてしまう。

「ルイズー。そんな怒っちゃ、めっ」

 そんなルイズを諌めたのは、被害者であるはずのリース自身だった。
 リースはいつになくにこにこと笑顔を浮かべて、ルイズに抱きつくように身体を寄せてモンモランシーから引き離した。

「あんまり怖い顔してたら、モンモンが怯えちゃうよ。ほら、スマイルスマイルー」

「わ、笑ってる場合じゃないわよ! リースが大変なことになってるのに」

「もう。そんなこと言うルイズは……こうだ!」

 リースはにんまりと笑顔を浮かべると、ルイズの脇をこちょこちょとくすぐり始めた。
 ルイズが辛抱溜まらない様子で逃げ出そうとするが、リースはそれを許さずルイズにぎゅうっと抱きついて離そうとしない。
 しっかりとルイズを抱きしめたまま「うにゃー!」と何だか楽しそうに笑って、執拗にくすぐる。

「ちょ、あははっ、ちょっとリース、やめて! あひゃひゃひゃ!」

「もう怒鳴ったりしない?」

「し、しない! しないから! もう許して!」

 ルイズの必死の懇願を聞いて、ようやくリースはルイズを解放した。
 まだ余韻が残っているのか、ルイズは息を荒げながら笑い転げている。

 
「……うん! やっぱりルイズの笑顔、好き!」

 そんなルイズの様子をしばし眺めていたリースは、再び彼女に抱きつく。
 今度はくすぐったりする様子はなく、猫が友愛を示すように、顔を摺り寄せてにこにこと微笑んでいる。

「えへへ。ルイズ、好きー」

「リ、リース……さっきとは別の意味で辛抱溜まらないんだけど、ちょっと!?」

 きゃあきゃあ、と姦しく騒ぐリースとルイズ。
 そんな彼女達を生暖かい視線で見守りながら、モンモランシー達は今後のことを話し合う。

「……なんか幼児退行してる気がするけど、惚れ薬の解除薬を使えば元に戻るはずよ、たぶん」

「た、頼りねえなあ、おい。ちゃんと治してくれよ?」

「さすがにこのまま放置するつもりはないわよ。ただ……ちょっと素材費とかの予算が」

「貴族だってのに金が足りねえの?」

「サイト。僕達貴族には3つに分けれるんだよ。金が有り余っている貴族、そこそこ裕福な貴族、そして借金まみれの貴族。
 僕とモンモランシーはその3つめなんだよ……」

「世知辛いなあ。……ええと、金なら貸せるぞ。4万エキューあれば足りるか?」

「ちょっ……そんな大金どうしたっていうの? まさか、盗んで……!」

「正当な報酬だっての。不安なら後でルイズに聞けば証言してくれるぜ」

「う、ううむ。そんな大金、軽々しく出していいのかね?」

 金の価値が分かっていないのかと、ギーシュは不安そうにサイトに尋ねる。
 しかしサイトは「軽々しくなんかじゃねえよ」ときっぱりと言い切った。

「大変なことになってる友達を助けるためなんだ。これ以上ない大切な使い道だぜ」

「サ、サイト……なんて男らしい奴なんだ君は!」

 感激した様子で叫ぶギーシュ。
 そんな彼の目の前で、サイトは唐突に飛びついてきたリースに押し倒されて「ふぎゅ!?」と情けない悲鳴を上げて、床に転ばされた。
 器用なことに、右腕にルイズを、左手にサイトを抱きしめて、両手に友達を抱きしめたリースは満面の笑みを浮かべていた。

「えへへ。サイトも、ルイズも大好き!」

「ふ、ふにゃあ……リースが一人、リースが二人……」

「ちょ、リース、なんか柔らかいのが当たってるんですけど! いや嬉しいんだけど!」

 くるくると目を回してうわ言を呟くルイズ。
 何やら顔を赤らめてにやけているサイト。
 そしてそんな二人を抱き寄せてご満悦なリース。

「……私の部屋で何してんのよ、あんたら」

「サ、サイト……なんて羨ましい奴なんだ君は!」

 床に寝転がって仲睦まじい空間を作り上げているリース達3人。
 そんな彼女達を、モンモランシーは呆れた様子で、ギーシュは歯軋りして眺めていた。



[26782] 第十八話「少女は幸せそうなようです」
Name: くきゅううう◆d62d0476 ID:deda32f8
Date: 2014/05/27 16:02



 平賀才人は、至って健康で普通な少年である。
 使い魔として召喚された際に手に入れた特別な力はあれど、その本質は変わらない。
 異世界ハルケギニアに呼び出されるまでは、日本でどこにでもいる若者の一人として有り触れた平穏な日々を生きてきた。
 ――そんな彼にとって、現状はとても刺激的すぎた。

「……ん、サイト……くぅ、すぅ……」

 朝目覚めたら、隣に友人の少女が寝ていたのである。
 才人の右腕を抱き枕にして、穏やかな寝息を立てている。
 彼女は、主人でありこの部屋の主であるルイズではなく……別の部屋に寝泊りしているはずのリースだった。
 窓から差し込む朝日に照らされて、宝石のように綺麗に煌く金色の髪。
 小柄ながらに魅力的な曲線を描く身体。その、年頃の娘らしい柔らかな感触が、触れた箇所から伝わってくる。
 夜中に蒸し暑かったのだろうか、彼女の寝巻きは胸元のボタンがひとつ外されている。
 うっかりすると、年頃の男の子にはとても目の毒なものが見えてしまいそうで、才人は慌てて視線を逸らせた。

 リースは、大切な友人であるが恋仲ではない。
 今こんなことになっているのは、彼女が誤って飲んでしまった惚れ薬のせいだった。
 何でも、飲んでから最初に見た相手に恋心を抱かせて夢中にさせてしまう、魔法の薬だったらしい。
 平賀才人は魔法に関して深い知識を持ち合わせていない。
 だが、日本で読みふけったラブコメなどの架空の物語では惚れ薬とそれに関わる騒動はよくあるパターンであった。
 なので「やっぱここってファンタジーな世界だよなあ」と魔法の薬の存在についてはすんなりと納得している。
 そして納得して理解できるからこそ、現状がとても悩ましいのである。

「……好き。サイト……むにゃ……」

 幸せそうな笑顔で寝言を呟くリース。
 そんな彼女の様子を見て、才人は複雑な思いであった。
 健全で年頃な少年である彼にとって、魅力的な異性から好意を寄せられるのは、とても嬉しいことだ。
 しかし現在のリースは魔法の薬のせいで、正気を失っている。
 なので今、どれほど彼女に好きだと言われても手を出す訳には行かない。
 かといって距離を離そうとすると、すごく寂しそうな様子でしゅんと項垂れてしまうのだ。
 離れる訳にも近づきすぎる訳にもいかない。そんな日々をもう数日間も耐えながら過ごしている。


 ちなみにこの部屋の主であり、才人の主人である少女、ルイズは。

「サイト……リースに手を出したら、鞭打ちだからねえ……」
 
 とっても物騒な寝言を呟きながら、才人の左腕に抱きついて眠っている。
 ルイズは別に惚れ薬を飲んだわけではない。
 彼女曰く「毎日いつの間にかベットに忍び込むリースに、サイトが手を出さないように見張ってるだけなんだから!」とのことだった。
 事情はどうあれ、両手に美少女を侍らせて眠れるとかなんて役得? ……なんて思えたのは最初だけ。
 ここ数日、緊張と興奮で夜中も目が冴えてしまい、まともに眠れていない。
 片や魔法でおかしくなった友人。片やおっかないご主人様。そんな二人に身体を密着させられたまま快眠できる程、才人の神経は図太くなかったのだ。

「……ルイズも、好きー。えへへ……」

 リースがまたも幸せそうに微笑みながら、呟いている。
 とても良い夢を見ているのかもしれない。
 惚れ薬の効果対象は、服用後に最初に見た人物だけらしいのだが、リースはルイズにも「好きー!」と無垢な笑みを見せていた。
 飲んだのが少量だったからなのか、他に原因があるのかは不明だが、妙な効果が現れているらしいとは、薬の作成者であるモンモランシーの談だ。
 
 本来、モンモランシーが作成した惚れ薬には相手に好意を芽生えさせるだけでなく、その恋心を素直に相手に示させるような効力が含まれていたらしい。
 その後者の効能が何やらかの形で作用して、普段から好意を抱いている相手への想いも増幅されて、それを隠すことなく表している状態らしい。
 若干幼児退行しているような言動も、自分のありのままの感情を素直に示させる効果がそのような形で発揮されているから、だそうだ。
 
 そうだ、らしい、とはっきりとしないのは、惚れ薬は無許可での作成及び所持が国法で禁じられている品物であるため、一学生でしかないモンモランシーが独力で分析するしかなかったからだ。
 先生に相談なんてすれば、とってもやばいことになるらしい。
 そのため才人達は、周囲に隠れてなんとかリースを元に戻さなければならなかった。
 惚れ薬の解除薬については、現在モンモランシーが必死に作成しているため、いずれはなんとかなると信じたい。
 だが。

「サイト、ルイズ……ずっと、いっしょ……」

(……元の世界のお父さん、お母さん。貴方達の息子は、そろそろ、やばいとです)

 とっても元気な男の子として、我慢の限界を超えた先の限界の壁も、そろそろぶっ壊れてしまいそうだった。


   〇


「作れないってどういうこっちゃねん!」

 頼みの綱であるモンモランシーの報告を聞いて、才人は思わず机を叩いて抗議の声を叫んでいた。
 冗談ではない。もう今日明日にも解除薬を完成してもらわなければと思っていたのに、まさか完成の目処が立たないだなんて言われたら困ってしまう。

「最後の素材がどうしても足りないのよ! ただでさえ貴重な品なのに、素材屋も入手不可だって言うし」

「いったい何が必要なんだよ? 竜の逆鱗か? 今の俺なら乱獲して素材取って来いと言われたら全力でやっちまうぞ?」

「そ、そんな物騒な話じゃないわよ……その素材は通称、精霊の涙と呼ばれてるわ。ラグドリアン湖に棲む水の精霊の一部なのよ」

「そのドリアン湖とやらを干上がれせば手に入るのか? デルフ、お前なら魔法の剣なんだし湖の水くらいちゃっちゃと飲み干せるよな?」

『無茶言うなよ相棒。そんなことできねえし、やれたとしても錆びちまうぜ』

 かちゃかちゃ、と才人の背負う剣が動いて声を発する。
 インテリジェンスソードと呼ばれる、意識が宿る魔法の剣デルフリンガーだ。
 その刀身に宿る不思議な力と長年蓄えた知識で、才人を教え導く頼れる武器であり相棒である。
 とはいえさすがに今回のような無茶振りされてしまっては、伝説の魔剣を自称するデルフといえどお手上げだった。

「あのね、言っとくけど妙なことしたら水の精霊の怒りを買って、とんでもないことになるんだからね?」

「なんか詳しいな。っていうか精霊の怒りって、なんか意思とか持ってるのかそいつ」

「ええ。ラグドリアン湖は元々モンモランシ家の領地で、我が家は水の精霊との交渉役だったもの」

「じゃあ交渉して涙もらえば万事解決だな、おし行こうさあ行こう」

 才人がモンモランシーに詰め寄ると、彼女は引き気味になりながら反論する。

「ちょ、ちょっと。授業をさぼるわけにはいかないわよ。せめて虚無の日まで待って……」

「このままだと俺、学園の中で大変なことになっちゃうとですよ? もう授業どころではない騒ぎになるとですよ?
 そうなったら事情聴取されるだろうから、モンモンがいけない秘薬作ったこともばらしちまいますよこの野郎」

「う、うう……分かったわよ。行けばいいんでしょう、行けば!」

 そうして『友人の快諾を得て』才人達はラグドリアン湖を目指すことになった。
 リースを元に戻すために。……それと才人の理性のために。


  〇


「サイト、お話は終わった?」

「ああ。なんか最後の材料が足りなくて、ラグビドルン湖とやらに取りにいくことになったぜ」

 旅支度を整えるために部屋に戻ると、入室するなりルイズに話しかけられる。
 ベットに腰掛けた彼女は、リースに膝枕をして頭を撫でていた。
 モンモランシーと相談している間はルイズが様子を見ていたのだ。

 今は微笑んで寝息を立てているリース。しかし彼女達二人の着衣やら髪の毛やらが乱れまくっている。
 どうやらつい先程までとても激しく交流を深めていたらしいことが伺えたが、才人はそっとしておくことにした
 くすぐりあったりしてどたばた騒ぐのはこの数日間ですっかりお馴染みの事態だったこともあり、ルイズも気にした様子もなく落ち着いて過ごしている。
 むしろ着衣のことより、才人の言った湖の名称の乱れっぷりに呆れている様子であった。

「……ラグドリアン湖、かしら。どんな間違いしてんのよあんた」

「そうそう、それだ。なんかそこの水の精霊の涙が必要なんだとよ」

「んー……あそこなら準備に時間かかっても馬車で行った方がいいわね。手配してくるから、あんたその間リースのことお願いね」

 ルイズはそう言うと、リースをベットにそっと寝かせて身支度を整えた。
 最初は積極的に抱きついてくるリースに慌てふためいていたルイズだったが、今では随分と慣れた様子である。

「お、おう。なるべく早く帰ってきてくれよ」

「言われなくてもそのつもりよ。もし私がいない間に何かしてたら……削ぎ落としちゃうんだからね!」

「しねえよ! てか怖いよ! 何を削ぎ落とすつもりだよ!?」

 才人の訴えを無視してルイズはさっさと部屋を出て行った。
 バタン、と扉が閉まる音と、才人達の騒ぐ声を聞いたのか、リースが目を覚ます。
 寝ぼけ眼で目元をこすりながら、才人を見ると子供のように無垢であどけない笑顔を浮かべた。

「サイト、おはよー」

「あ、ああ。おはよう」

 才人が挨拶を返すと、さらに顔を綻ばせるリース。
 そのまま彼女は、才人の胸に飛び込むように抱きつく。
 普段のリースからは考えられないような、積極的に甘える姿だった。
 これが魔法の薬のせいでなければ、もっと素直に喜べたのに……と才人は少し残念に思う。
 最も薬の効力がなければ、リースがこんな風に子供みたいに感情を露にすることはなかったかもしれないが。

「ええとな、リース。ちょいと皆でお出掛けしないか?」

「お出掛け? ピクニック?」

「あー……まあ、そんな感じ?」

 騙すようで少し心苦しいが、リースの治療のためであることをはっきり言ってしまうと『私のせいで皆に苦労かけちゃう』なんて、リースが落ち込むかもしれない。
 そのため才人は本来の目的をぼかして、皆で出掛ける旨を伝えた。
 軽く聞いた話では、ラグドリアン湖は観光地としても有名らしいので、精霊の涙を手に入れた後は本当にピクニックをするのもいいかもしれない。
 だから決して嘘はついていないのだと才人は自分に言い聞かせながら、リースの顔色を伺った。

「皆でピクニック! すっごく楽しみ!」

 リースは満面の笑みを浮かべていた。
 どうやら彼女は頭の中で、皆と何をして遊ぶのかあれこれ考えているらしく、「まずはあれしてー、それからこうしてー。えへへ、わくわくする!」なんて、楽しそうに呟いている。
 もしかしたら、今の屈託のない笑顔を浮かべる姿こそがリースという少女の本来の姿なのかもしれない、と才人は思った。
 超常の力を生まれ持ったことで、周囲に並々ならぬ魔法の力を隠そうと必死になって感情を抑え込んでばかりだった少女の、ありのままの姿なのかも、と。
 
 ルイズから伝え聞いた話では、リースは幼い頃に強すぎる魔法の力が原因で両親に怯えられたらしい。
 大切な家族に怯えられながら日々を過ごすなんて、きっとすごく辛かったと思う。 
 その辛さが分かる、なんて口が裂けてもいえない。才人は両親にしっかり愛されて生きていたから。
 もしもリースが普通に生きていれば、今みたいにいつも微笑むような少女になっていたのかもしれない。
 
 今、自分の傍で心のままに笑顔を浮かべる少女は、とても幸せそうだ。
 だからといって、このままで良いとは思えない。
 今の彼女は、強すぎる魔法の力のせいで閉ざされていた感情を、魔法の薬の力で無理矢理に解き放たれているだけなのだ。
 それは超常の力に感情を歪められていることから、逃れられてはいない。
 
 リースの笑顔は素敵だと思う。純粋で無垢な微笑みは見ているだけでこちらまで笑顔になれる、魔法みたいな笑顔だ。
 だからこそそれは、魔法の薬で無理矢理引き出すのではなく、彼女の本心で導き出してほしいと思う。
 きっと、魔法なんかに縛られないで笑顔を浮かべられることが、彼女が追い求めているという『普通に生きる』ということだと思うから。

「リース……きっと、元に戻してやるからな」

「サイト、何か言った?」

 呟いた才人の声に、きょとんとした顔で尋ねるリース。
 そんな彼女の頭を撫でながら、才人は首を横に振った。

「……何でもねえよ。それより、ピクニック楽しもうな」

「うん! 皆でたくさん遊ぼうね!」

 小春日和のようにあたたかい笑顔を浮かべる少女を見て、才人は思う。
 いつか彼女が、何にも縛られずに心の底から笑えるようになってほしい、と。
 その時、大切な友人として傍に寄り添えるような自分でありたい、と。


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