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[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~【チラ裏より】
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:a6106422
Date: 2013/05/25 23:21
ヤマグチノボル先生……ありがとうございました。

貴方の生み出した「ゼロの使い魔」は今までも、これからも大好きです。




原作は【ゼロの使い魔】

才人がハルケギニアの召喚される際に、別の異世界出身の少女(オリジナル)が巻き込まれる。
というのが、この物語の始まりとなります。
主要と思われるエピソードは原作に沿いますがオリジナル要素を混ぜ込んでいくため時折脱線してます。
オリジナル要素がある分、主人公を含め現在、三人のオリジナルキャラクターが存在しています。

原作の記憶がおぼろげな方の混乱を防ぐため、名前のみ記しておきます。

ミルア・ゼロ(主人公・一応)

イクス・ニーミス(ルイズの友人・ガリアからの留学生)

ナイ・セレネ(ガリアの王女であるイザベラの側近)

2012/08/16付で本板に移動しました。




感想やご指摘など、お気軽にどうぞ。
すべて目を通し、拙いながらも作品作りの為の参考にさせていただきます。




2012/03/18 まえがきと零一話投稿

2012/03/19 零二話投稿

2012/03/21 零三話投稿

2012/03/22 零四話投稿

2012/03/23 零五話投稿 零一話と零二話をプチ加筆。ルイズの描写を一文、ミルアの描写を三文追加。

2012/03/25 零六話投稿 零五話一部修正。感想に返信しようとしたら感想が消えててショボーンとした事実。

2012/03/31 零七話投稿 感想とご指摘が届いていて狂喜乱舞した。指摘とか本当に助かるのです。

2012/05/01 零八話投稿

2012/05/02 零五話、零六話誤字修正

2012/05/05 零九話投稿

2012/05/20 一零話投稿 零六話誤字修正

2012/05/27 一一話投稿

2012/06/03 一二話投稿

2012/06/06 一三話投稿 零一話主人公ミルアの容姿描写など加筆修正

2012/06/13 一四話投稿

2012/06/16 いたるところの判明した誤字脱字を修正

2012/06/23 一五話投稿

2012/06/25 一六話投稿

2012/07/01 一七話投稿

2012/07/07 一八話投稿 同話誤字修正

2012/07/15 一九話投稿 零一話~零七話までの改行位置を修正。零六話と零七話を加筆修正。

2012/07/16 一九話脱字修正

2012/08/16 二零話投稿 それに伴い本板へ移動しました。

2012/08/21 二一話投稿

2012/08/25 二二話投稿 二一話の指摘箇所や他の箇所を加筆。

2012/09/06 二三話投稿

2012/09/10 二零話誤字修正

2012/09/13 零一話を大幅な改訂 零二話、零三話を加筆修正

2012/09/14 二四話投稿

2012/09/19 二五話投稿

2012/09/30 二六話投稿

2012/10/13 二七話投稿

2013/02/17 二八話投稿 仕事が忙しいのとバイク事故により右手を骨折しました。というのが放置していた、いいわけです。ごめんなさい。

2013/03/10 二九話投稿

2013/04/24 三零話投稿

2013/05/25 三一話投稿




[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零一話 零との邂逅
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:a6106422
Date: 2012/09/13 14:22
 運命という視点で見ればそれは「必然」なのかもしれないが、もっと小さな今や、少し前という視点で見れば「偶然」ともいえる。
 まぁ「必然」であれ「偶然」であれ私にとっては過ぎたることで今起きてることに何ら変わりはない。
 「必然」か「偶然」かを思案するのは悪くない。
 ただ、タイミングを間違えれば今が疎かになるし、下手をすれば先がなくなりかねないことには注意したいと思う。

 もし今の私の境遇が誰かによる「必然」だったとしても私が私だからこそ、その誰かにとって「必然」だったのだと思う。
 要は相互作用だ。

 ならばやはり私の道は私の選択によるものだ。
 彼や彼女との出会いも私の選択の結果だ。










「あんた達、誰?」

 少女は地面にへたり込む自分より小さな少女と、その後ろの少年にそう声をかけた。
 声をかけてきた少女の背後にはとても澄み切った青空。
 その下、少女や少年の周りには背丈がひざ下ほどもない青々とした草原が広がっている。
 声をかけられた小さな少女と、その後ろの少年は二人そろって草原にへたり込んでおり、声をかけてきた少女は、そんな二人を、腕を組んで見下ろしていた。
 へたり込む少女の歳は見たところ十歳程度、その後ろで同じくへたり込んでいる少年は十五、六だろか。
 小さな少女は声をかけてきた少女をジっと見つめる。
 声をかけた少女は白いブラウスの上に黒いマント、桃色がかったブロンドの長い髪に白い肌。スレンダーな体は、残念なことに女の子にとって、あったほうがいいかもしれない胸部までスレンダーだった。
 たぶん、かわいいとか美人とかそんな形容詞が似合う人だな。と小さな少女は思った。そして周囲を見渡せば声をかけてきた少女と同じような格好をした、少年少女たちがたくさんいる。無論、少年たちはスカートではなくズボンではあるが。
 何より驚くべき 光景は、その少年少女たちのそばには大小さまざまな見たことのない、いろんな生物がいた。
 へたり込む少女と少年が半ばポカンとしていると、

「ちょっと! 聞こえてるのっ? あんた達は誰?」

 先ほどの質問に答えないことに腹をたてたのか腕を組んだ少女は語気をあらげる。
 正直、へたり込む二人にとっては、そっちこそ誰……ではあったのだが少女の方が軽くため息をついて、

「ミルア・ゼロです。貴方は?」

 ミルアが名乗ると少女は僅かに眉を寄せた。
 周囲からも「ゼロだってよ」と明らかに嘲笑の意図が感じられる声がする。
 その反応にミルアと名乗った少女は僅かに首を傾げる。
 何か自分の名前はおかしいのだろうか? それは確かに数字みたいというか数字そのまんまだけど、と。
 そして目の前の少女は何故か、こめかみをピクピクさせながら軽く胸をそらして名乗る。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

 長い。無理だ。聞き取りきれない。
 そんなミルアの苦悩を他所に、ルイズと名乗った少女は、ミルアの後ろにいる少年に視線を移して、

「で、あんたは誰?」

「え? 俺? 平賀才人」

 少年は慌てて名乗った。
 その時、ミルアはふと思った。
 平賀才人は名前的に日本人で、だから苗字が先で、名前が後。ただ、先ほど聞いたルイズなんちゃらという長い名はたぶん家名が後になってるのではないかと。
 だからミルアは才人の発言を訂正するように、

「サイトです。サイト・ヒラガが正式です」

 ミルアがそう言うと才人は困惑の表情を浮かべるが、そんな才人にミルアは首をふる。
 ほんの少し自分にまかせてもらえないか? そんなミルアの意図を理解したのか才人は軽く頷いた。

「どっちでもいいわ。で、あんた達、何処の平民よ?」

 ルイズは苛立ちを隠そうとせずに問う。
 へいみん? なんだろうそれ?
 僅かに考えてそれが、いわゆる身分の平民だとすぐに気が付くミルア。
 そしてルイズと名乗った目の前の彼女の高圧的な雰囲気から察するに、ここは身分の上下に厳しい所なのだろうかと思案する。
 そんななか周囲にいる沢山の少年少女もこちらを見て、平民だ、と口々に呟いていた。

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を召喚してどうするの? しかも二人も」

「召喚じゃなくてどっかから連れてきたんだろ? 拉致だよ拉致」

 そんな周囲の声にミルアはふと思い出す。そう言えばここに来る直前に才人さんと一緒に光る鏡のようなものをくぐったな……もしかして、アレをくぐったことによって自分たちは「召喚」されたのかな? と。
 だが召喚も拉致もミルアや才人としてはあまり違いはない。
 なんとなくではあるが状況を理解できつつあったミルアだが、才人は未だに全く理解できず地べたにへたりこんだまま、オロオロしている。

「違うわよっ! 拉致なんてしないわよっ! ちょっと間違えただけよっ!」

 ルイズは声をあらげ周囲の人間に抗議した。
 しかしルイズの抗議に対して誰かが、

「ちょっと? いつも失敗してるじゃないか? そもそも成功したことあるのかよ? 『ゼロのルイズ』」

 「ゼロのルイズ」という言葉にルイズは眉をつり上げる。
 周囲の人間やルイズが騒ぐ中、ミルアはさらに周囲を観察した。
 広い広い草原の先、そこには石造りと見られる建物が見える。複数の塔とそれを繋ぐような高い壁。周囲に他の建物がないことから、恐らくここにいる彼らはあの建物から来たのだろうか?
 そう考えながら、ふと視線をルイズに戻すと、彼女は未だ自分をからかってきた連中と揉めていた。
 ミルアはそれをしり目に才人の方を向く。
 すると才人は小声で、

「なぁミルア、ここ何処なんだ? もうワケわかんないんだけど」

 普通は誰でもそうである。
 しかし才人は比較的落ち着いている。
 一人きりではないということからか、あるいはパニックになることすら忘れているか。

「まぁ、地球じゃ無いでしょうね。仮に地球だとしても先ほどまで私たちがいた地球じゃないでしょうね。まぁ異世界じゃないでしょうか」

「い、異世界ぃ?」

 ミルアの突拍子もない言葉に驚愕する才人。
 そんな才人にミルアはこくりと頷く。
 ミルアは不意に才人に顔を近づけ、

「才人さん、少しの間、私に任せてもらえませんか? 実はいうと私、こういう異世界とか慣れちゃってるのですよ」

 ミルアのとんでもない発言に、追い付いていけない才人はただただコクコクと頷いた。
 才人の了解を得たところでミルアは再び周囲を観察し始める。

「ミスタ・コルベールっ! お願いです! もう一度召喚させてくださいっ!」

 見るとルイズは中年の男性に詰め寄っていた。黒いローブに大きな木の杖。いかにも魔法使いといった格好だ。
 髪の毛の量が残念に見えるが、もしかしたらファッションとして剃ってるかもしれない。異世界の、ましてや男性の美意識なんてよくわからないのでミルアに言及はできない。
 ミスタ・コルベールと呼ばれた男性はルイズに発言に対して首を横にふり、

「ミス・ヴァリエール、それは許可できない。今行っている春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。それをやり直すということは、神聖な儀式を汚すということになってしまう。ミス・ヴァリエール、君は賢い生徒だ。理解できるね?」

 ルイズは軽くたじろぐが、それでも諦めず、

「でもっ! 平民を使い魔にするなんて聞いたことありませんっ!」

 ルイズがそう抗議すると周囲の少年少女達がどっと笑った。
 そんな彼らをルイズは睨み付けるが、彼らは笑うことをやめない。
 ミルアがふと才人を見ると、その顔には不快感が出ていた。
 その視線の先にはルイズや、彼女をあざ笑う少年少女達。
 才人が不快感を表に出している理由がミルアにはなんとなく理解できた。
 一人の少女をよってたかって笑いもの。しかも本人はそれを望んでいる様には到底見えない。
 才人が不快感をあらわにしているのも理解できるし、現にミルアも表には出さないが不快感は感じていた。

「ミス・ヴァリエール。彼らは平民かもしれない、人間を使い魔にしたという話も聞いたことはないが、彼らと契約しなければならない。何故かはわかるね?」

 コルベールがそう言うとルイズは深いため息をついて肩を落とした。
 そしてミルアや才人の方を見て再びため息。
 ため息をつきたいのはこちらだ、という言葉を飲み込みつつミルアは左手をすっ、と挙げ、

「あの、契約でしたら、こちらの才人さんとどうぞ」

 ミルアの言葉に才人はぎょっとして、

「ちょ、ちょっと待てよっ! なんでそうなるんだよっ!」

 抗議する才人にミルアはぐっと顔を寄せ、

「あの状況下、召喚されたのは才人さんだと思われますけど……それに私はあの鏡のようなものに吸い込まれる才人さんを助けようとして巻き込まれたんですよ? それに私がどうして召喚に巻き込まれたのかわかりますか?」

 自分の目をまっすぐ見て問うミルアに才人は顔を軽く背け、ばつが悪そうに頭をかいた。





 話はミルアと才人がルイズと呼ばれる少女に召喚される前、ミルアと才人の出会いまでさかのぼる。
 ぽかぽかと気持ちよく晴れた空の下、才人は上機嫌で家路を急いでいた。
 平賀才人。高校二年生の十七歳。
 周囲の評価は「好奇心が強くて負けず嫌い、けど何処かヌケている」まぁおおむねそんなとこだった。
 そんな才人はまだこの時、日本の東京にいて、ノートパソコンの修理を終えたばかり。
 やっとこれでインターネットができる。ノートパソコンを修理に出す直前に、出会い系に登録していて今日までお預けをくらっていた。これで彼女ができるかも、と期待に胸を膨らませていた。
 そんな帰路の途中、ふと、才人の視界に影が差した。
 何事? と、才人は上を見上げる。
 すると、一人の小さな少女が才人の目の前にふわりと降り立った。

 いやに白く小さい女の子だった。
 身長が百七十ある才人に対して少女は百三十前後しかない。
 肌の色は病的といっていいほどの白。
 そして少なくとも日本ではありえないような白い髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いているように見える。
 髪型も少し変わっている、前髪は目に少しかかるほどで後ろ髪の長さは肩までだが、ちょうど真ん中あたりの一束が異様に長く、腰まで届きそうなぐらいだ。
 まるで後頭部から尻尾が生えてるようで。
 一方で服装はとても簡素に、白いブラウスに黒のプリーツスカート。
 手にしているのは黒いナップサック。

 外人さんだろうか?
 才人は目を丸くして少女をみていたが、少女はそんな才人をしり目に辺りをキョロキョロと見渡していた。
 そんな少女に才人は声をかけてみることにした。
 出会い系サイトに登録してメールを待つ、という異性にに対して受け身全開な才人であったが目の前の少女が自分より明らかに年下であろうと思えたことと、何より日本では、しかも地元では珍しいすぎる容姿。
 持ち前の好奇心が強く刺激された。

「や、やぁ今日はいい天気だね。ところで君は誰?」

 と、通じるかわからないが日本語でファーストコンタクトをはかる。
 すると少女は才人の目をまっすぐ見て、

「ミルア・ゼロです。貴方は?」

「平賀才人」

 才人はそう答えたが視線をミルアから外せずにいた。
 深い深い、ミルアの瞳はそんな赤い色をしている。
 才人が見入っているとミルアは、つい、と左手の人差し指を空に向ける。
 上? 空? 何事? サイトが訝しげに空を見上げると、

「見ました?」

 ミルアがそう問う。
 その問いに才人は首を傾げる。
 見た? 何を? 小さいのに黒いパンツとはやるな、この少女、とは思ったけど他は何にも見てないよ?
 才人は心の中でそう答えておく。
 ミルアも首をかしげながら「飛んでるとこ見られたと思ったんですが……」などとつぶやいている。
 才人はそんな呟きに、何のこと? と、ますます首を傾げたくなるが生憎と首の可動範囲には限界がある。

「才人さん此処は何処ですか?」

「ここ? 日本の東京」

 ミルアの問いに才人がそう答えると、ミルアは才人に背を向け「間違えたのかな?」と、つぶやいている。
 そんなミルアを余所に、なんなんだろうこの子は? と才人は腕を組み考え始めた。
 才人が見た時、確かにミルアは空から降ってきたように感じる。
 しかし才人が見上げてみても周囲に飛び降りれるような都合のいい高さの建物はない。才人がいる場所は街中ではあるが、大通りから道を一本それた人通りが少ない場所。高い建物などがないわけではないが才人の目から見ても高すぎるのだ。
 才人が見たように、ふわりと降りるのには無理がある。
 どうやったんだろうと才人が考えていると、不意に後ろの方から誰かの声が聞こえた。
 ふりかえってみれば、周囲三方を高い建物に囲まれた駐車場に誰かが引きずられていくのが見えた。ズボンを履いた足が見えたから間違いない。
 なんだ?
 と才人が思っていると、その横をミルアが駆け抜け駐車場へと向かう。
 何か危ない予感がするけどすごく気になる。
 才人はちらちらと周囲を確認し、いざという時の為に逃げ道を確認し、そろそろと駐車場に近づいて、建物の陰から頭だけ出すようにして駐車場を覗き込んだ。

「え?」

 覗き込んだ才人は思わず声を漏らす。
 視線の先に「非日常」があった。
 せいぜい暴漢が暴れてるとか、喧嘩だとかそんな事かな、と思っていた。
 それも才人にとっては「非日常」と言えるが、今現在才人の視線の先のソレは想像を超えた「非日常」だった。
 逆三角形の頭部に巨大な複眼が二つ。ぎちぎちと鳴らされている大顎。写真や実物で見慣れたカマキリだった。ただし、おかしいほどに大きい。色も金属を思わせる銀色。それに鎌が途中で二股に分かれていて、まるで巨大な爪のようにも見える。
 その上半身だけで才人の身長はありそうなソレが「空中にぽっかりと空いた黒い穴」から、その身を乗り出し一人の男性を、そのまま黒い穴へと引きずり込む。
 そしてソレはもう一匹いて、ミルアに襲い掛かっていた。
 空気を裂く音を鳴らしながら、幾度となく振るわれる巨大な爪のような鎌を、ミルアは後ろに下がりながら手ではたく様にしてさばいていく。慌てた様子はなく、一振り一振りを確実にさばいていた。
 才人は体を硬直させてそんな光景を見ていた。正確には足がすくんで動けなかった。
 すると空中に空いたままの黒い穴から、先ほど男性を引きずり込んだ、ソレが再び姿を現した。口周りが真っ赤になってるが、その理由はあまり想像したくない。
 そしてソレはミルアに襲い掛かろうとするが、不意に才人の方を見た。
 目があった。
 才人はそう思うと同時に全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。逃げたいと思っても足がいう事を聞かない。やっと動いたと思えば足がもつれて、その場に転んでしまった。助けを呼ぼうにも、先ほどから呼吸が荒くなっていて、息苦しく、声を出すことができない。
 そんな才人にソレが迫ってきた。
 死にたくない。誰か助けて。
 才人が声に出すこともできずに懇願すると、ソレのが壁にでもぶつかる様に動きを止めた。
 何が起こったのか、よく見てみるとソレの体に光り輝く鎖が巻き付いている。
 そして、その光る鎖を視線で辿ってみれば、その先にいたのはミルアだった。
 右手の平をこちらに突出し、その先に鎖同様の光る五芒星の魔法陣が空中に浮かんでいる。その魔法陣から鎖は伸びて、ソレに絡みついていた。
 そしてミルアの左手は、先ほど戦っていた、もう一匹のソレの後ろから首根っこを掴み地面にねじ伏せていた。必死に暴れているが拘束は解けない。
 ミルアは左手で抑え込んでいるソレを、そのまま片手で持ちあげて、勢いよく空中に浮かぶ黒い穴へと放り投げた。
 ソレはジタバタとしながらもそのまま黒い穴へと消える。
 次いでミルアは右手を勢いよく振り上げた。
 すると魔法陣も左手にあわせて動き、その魔法陣から伸びる鎖も同様に動き、鎖につながれたソレは空中に放り上げられる。
 ミルアがぐんっ、と右手を引けばそれに合わせて空中のソレは一気にミルアに引き寄せられる。

「っあぁぁぁっ!」

 ミルアは跳び上がると、引き寄せられたソレを、叫びながら左足で蹴り飛ばした。
 そして蹴り飛ばされたソレは綺麗に黒い穴の中へと消える。
 もし才人が平常心を保てていれば「ナイスシュートっ!」と称賛の声をあげそうなほど綺麗に決まった。
 そしてミルアが魔法陣を黒い穴にかざすと、ばちばちと音を立てながら黒い穴は小さくなり、そして最初からそんなものなかったかのように跡形もなく消えた。





「魔導師? 魔法使いなもの?」

「まぁそんなものと捉えてもらっていいです」

 一応「日常」帰ってきた才人はほんの僅か落ち着きを取り戻していた。
 無論ここに至るまで少しの時間を要した。
 あの巨大な銀色のカマキリが消えてからしばらくポカンとしていた才人だったが、やがて我に返ると同時に叫びそうになった。
 しかしそれと同時に心配そうに様子を見ていたミルアが才人の口を手で押さえて、才人の叫びが響き渡ることはなかった。
 ミルアに深呼吸を促された才人はゆっくりと深呼吸をして、ようやく少しではあるが落ち着きを取り戻した。もっとも、心臓はばくばくいっぱなしではあるが。
 そして才人は質問をした。いったい何が起きていたのか。
 才人の問いにミルアは自分は「魔導師」だと答えた。
 その答えに才人はポカンとする。
 「非日常」ではなく「非現実」なのだから才人の反応も無理はなかった。
 現にミルアも、無理ないかな、と思っていた。
 そして才人は次に、あの巨大なカマキリはなんだったのか問うた。
 その質問にミルアはどう答えたものかと悩む。実の所、ミルアもよくわからなかったのだ。
 小さい身ながら旅をしていたミルアは時折、黒い穴から現れる巨大な虫の話を聞いたことがあったのだ。
 そして二、三度ではあるがその穴に遭遇して、穴の塞ぎ方を勘で見出していた。
 しかし現実に巨大な虫と遭遇したのは今回がはじめて。
 その虫が何かと言われても困るものがある。
 答えに迷ったミルアはやがて、

「まぁ野良イヌに噛まれたと思って……」

「死ぬからね? あれに噛まれたら俺、絶対死ぬからねっ?」

 才人の言葉にミルアは内心で「ですよね」と答える。
 そして才人の反応に、少し気を持ち直してきたのかな、と思ったミルアは、 

「しかし、魔導師とか嘘を言われてるとは思わないんですか?」

 そんなミルアの問いに才人は冷や汗を流しながら、

「いや、目の前で起こったことを考えれば素直に信じたほうが楽かなぁ、と」

 才人の答えにミルアはふむふむと頷く。
 下手に悩み拒絶するより、さっさと受け入れた方が楽と言えば楽かもしれない。
 そんな才人にミルアは感心した。ある意味タフなんだな、と。
 そして才人は続けて、

「で、正直な話、あのでかいカマキリはなんだったの?」

「異次元に棲む変な生き物、という感じでしょうか……たぶん。私もよくは知らないんです。話に聞いていただけで。普通は話にも聞かないし遭遇することもないんじゃないんですかね? 才人さんは聞いたことありますか?」

 ミルアの問いに才人は首を横に振る。

「まぁ才人さんは気にしない方がいいと思いますよ。今日の事は忘れた方がいいと思いますし」

 そう言って両掌をひろげ胸の前でぱたぱたと振る姿はどことなく小動物を思わせ才人は少しほっこりした。
 あれ? なんでこんなに穏やかな表情してるんだろう。
 ミルアは才人を見てそう思う。
 そして気を取り直すと、

「ところで才人さん」

「ん? なんだいミルア」

「私と才人さんの間に浮かんでいる鏡のようなコレはなんでしょうね?」

「あははー、魔法使いのミルアにわからないものが俺にわかるはずないじゃん」

 才人とミルアの前には高さは二メートルほどにして幅は一メートルほどの鏡のような物が浮かんでいた。そして、それは明らかに才人の側に浮かんでいる。しかも才人を求めるように光を放っている。
 正直無視したかった。さっきの事だけに非常に無視したかった。
 それにミルアには、目の前の鏡のような光るコレに危険なものと思えなかったのだ。
 というのも、まず見た目が綺麗な感じであること、それに何より、コレからは何か懇願するような、そんな感じがした。 
 しかしコレが何かわからない以上危険が全くないとは判断はできない。
 才人をこれ以上危険にさらせないと思ったミルアは、才人を少し鏡から遠ざけると、何処から拾ってきたのか木の枝を、鏡のような物の中にゆっくりと、本当にゆっくりと突っ込んで、引き抜いてみる。

「なんともないですね……」

 ミルアは目の前の鏡のような物と木の枝をまじまじと見てそうつぶやいた。
 それを聞いた才人は、何を思ったのか、あろうことか自分の頭を鏡のような物の中へ突っ込んだ。
 「好奇心が強くて負けず嫌い、けど何処かヌケている」周囲からの才人の評価を、無論ミルアは知るはずもない。仮に知っていたとしても才人の行動はヌケすぎているというか、なんというか、想像もできない。
 いらぬところで自分の特性を発揮した才人は頭を突っ込んだ瞬間気を失い、そのままズルズルと鏡のような物の中へと引き摺り込まれてゆく。
 無論あわてたのは、それを目の前で目撃したミルアだ。
 あほですかこの人はっ!
 などと思いつつ、すでに胸のあたりまで引き摺り込まれている才人の腰にしがみつき、なんとか引き抜こうとする。引き抜いたら胸から上がなかったとか、そんな光景は勘弁してほしいな、などと考えながら才人の腰を引く。
 しかし引き摺り込まれる力とそれに対抗するミルアの力は完全に拮抗していた。いや僅かではあるがミルアのほうが力負けしている。
 ミルアの中の焦りが徐々に大きくなっていた。
 その時、ぐっと才人の腰が浮いた。もちろん腰にしがみついたミルアごと。
 それが何を意味するか。
 ミルアは才人を引き抜こうと両足を地面につけ踏ん張っていたのだが、才人の腰がミルアごと浮き、ミルアの両足も地面から浮きあがってしまったのだ。
 結果として、ミルアがヤバイと思った瞬間にはミルアは才人ともども鏡のような物の中へと引き摺り込まれていったのだった。




















―――ぎちぎちぎち













[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零二話 刻まれる伝説
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:a6106422
Date: 2012/09/13 16:32
 旅を続けていた。
 あっちへふらふら、こっちへふらふら。
 別に目的がないわけじゃない。
 ただゴールが見えずに、ただひたすら旅を続けていた。
 いろんな人と出会い、いろんな人と別れ。
 別に悲観的になってはいない。
 むしろ、今度はどんな人たちと出会うのだろうかと楽しみでもある。
 ただ私の行く先がいつも平和とはいえない火種を抱えてることも事実で。

 願わくば、今度の別れが、皆、笑顔であることを……










「誠に申し訳ありませんでした」

 そう言って才人は床に両手をつけミルアに土下座していた。明らかに自分より年下の相手に土下座。
 それを傍目で見ていたルイズは、うわぁ、といった具合の表情をしていた。
 謝罪の理由はもちろんミルアを巻き込んで召喚されてしまったこと。召喚のゲートに、何を思ったのか頭から突っ込んでこの有様。
 才人、ミルアともども踏んだり蹴ったりであった。
 ちなみに今、彼らがいるのは召喚した本人、ルイズの部屋だった。調度品はルイズの私物なのかどれもこれも高価なアンティークに見える。
 そして、ここはトリステイン魔法学院の女子寮の一室らしい。



 先ほどの召喚の儀が行われた広場にて、ミルアの問いで才人が自分のしでかしたことを思い出し目を泳がせている中、ミルアはルイズとコルベールに自分が召喚に巻き込まれただけで召喚に応じたわけでないことを説明し、どうぞ好きにしてくださいと言わんばかりに才人を差し出した。その際に契約そのものに危険はないかという事も確認している。
 そして才人に対しての使い魔の契約がなされた。
 この契約「コントラクト・サーヴァント」の方法というのがキスである。ほっぺにとか、おでこにとかではなく唇に。
 ファーストキスだったのに、と才人とルイズの両名はぼやいていたが、すぐさま才人が「熱いっ!」といいながら地面を転げ出した。
 何事っ? とミルアが才人に駆け寄るとルイズが使い魔のルーンが刻まれてるだけですぐに収まると教えた。
 見れば才人の左手の甲に何か文字が浮かび上がっている。
 そしてルイズの言うとおりすぐに収まったのか才人が何かわめきながら立ち上がりルイズに駆け寄ろうとした。
 ルイズが僅かに後ずさりする中、その場の監督の任があるのであろうコルベールがすぐさま才人に何かしようと動いたが、それよりも早くミルアが動いた。
 ミルアは才人の足に自分の足を引っ掛けたのだ。
 明らかに怒っていた才人を鎮めようととっさの事だったが、結果として前方に対して勢いのあった才人は突然、足をとられたことにより、そのまま前のめりに地面に突っ込んだ。
 少々やりすぎたかな、とミルアは思いつつ、倒れた才人の前にひざを抱えるようにしてしゃがむと、

「ルイズさんとファーストキスの次は大地とセカンドキスですか? どんな味がします?」

 表情を変えず淡々とそう言うミルアに対してルイズは内心「土の味でしょ。たぶん」と突っ込んでいた。



 場所はふたたびトリステイン魔法学院女子寮のルイズの部屋。

「で、私はこの使い魔のついでにあんたの面倒も見ればいいわけ?」

「面倒といっても雨露をしのぐため部屋の隅っこで寝かせてもらえればかまいませんし、食事については学院に口添えしていただければ」

「面倒くさいけど、まぁ、いいわ。この馬鹿なつつ使い魔のせいとはいえ、こいつの、ごごごご主人様である以上? 私にも責任の一端はあるわけだし?」

 使い魔の主として余裕ある態度として笑みを浮かべてるつもりなのだろうけど、ミルアの目には、その笑顔がかなりひきつっているのがよく見えた。表情もそうだが、台詞を噛んでる時点でアウトな気はするが。

「私の事は才人さんのおまけという事でかまいませんよ? 使い魔としてのお仕事のお手伝いもさせていただきます」

「使い魔の仕事ってなにすればいいんだよ?」

 仕事と聞いて自分の話題だと気がついた才人が会話に入ってきた。

「使い魔の仕事ってのはね、主人の目や耳となること、まぁ要するに視覚や聴覚の共有ね。それや秘薬なんかを見つけること。あと重要なのは主人の身を守ること」

 ルイズはそこまで言って自分の使い魔である才人をじっとみて、

「まぁあんたじゃ全部無理よね。どう見てもただの人間だし。しかも平民」

「ただの人間でわるかったなチクショーっ!」

 うがーと吠える才人であったがルイズはそれを鼻で笑う。
 それをミルアは首をわずかにかしげて見ていた。

「ただの人間?」

 ミルアがそうつぶやくと才人が何か思い出したかのような顔になり、ミルアの方を向いて、

「護衛的なことならミルアの方が適任だぜ。なんたってミルアはま―――」

 魔法使い、と言おうとして才人はその場に突っ伏した。ミルアのこぶしが才人の鳩尾に命中したのだ。
 才人に当たる瞬間ブレーキはかけたが、その動きはルイズの目ではまともに捉える事ができなかった。
 ミルアとしては自分が魔法を使えるのを教えるのは早計だと思っていた。せめてもう少し状況を見守りたいという思いがあった。

「あんた何者?」

 そう問うルイズにミルアは、何のことかわからないといった具合に首をかしげる。
 それを見たルイズは怪訝な表情をしながらも、

「なんか、あんたの方が使い魔として使える気がしてきた」

「才人さんの今後の伸びに期待してみては?」

 ミルアがそう言うとルイズは、えー、と明らかに嫌そうな顔をして未だ突っ伏しいる才人を見た。
 才人は未だピクピクとしながら、

「くそ、平民平民て馬鹿にしやがって」

「だって平民は平民じゃない」

「あきらめましょう才人さん。文化の違いです。私たちは平民です」

 ルイズにばっさりと切り捨てられる才人にミルアが終了宣言。
 そう文化の違い。極端にいえば魔法が使え名があるものが貴族。魔法が使えず、名もないただの人間が平民。例外も多少はあるらしいが大雑把にこんな感じらしい。実にシンプルだが、力の差は大きく、基本、貴族の平民に対する扱いは、ルイズと同様かそれ以上。ルイズよりましなのは少数派といえるかもしれない。
 
「家に帰りたい」

 才人は地面に突っ伏したまま言うが、ルイズとミルアが、

「だからさっき散々説明したでしょ。召喚した使い魔を送り返す魔法なんかないって。よって無理」

「ちなみに使い魔の契約を切るためには死ぬしかないようです。死んでみます?」

「ごめんなさい」

 とりあえず謝っておく才人だった。



 時刻はすでに夜。
 もともとルイズは人間を召喚するつもりなど微塵もなかったのだから人間用の寝床など用意されているはずもなくミルアと才人の寝床は藁束であった。それと各自毛布が一枚。
 ルイズは完全に寝入りミルアは藁束の寝床にちょこんと座り壁によりかかり、窓の外を眺めていた。
 そこにあるのは明らかに地球で見るよりも大きな月。
 しかもそれが二つ。これほど、ここが異世界である証拠があろうか。
 ミルアがそう思っていると、

「なぁミルア起きてるか?」

 そう言って才人が窓から差し込む双月の明かりを頼りミルアに近づいてきた。

「起きてますよ」

 ミルアがそう言って才人に顔を向けると、それに合わせるように才人は仰け反った。
 その理由にミルアは直ぐに検討が付いた。
 ミルアの赤い瞳が月明かりに反射してなんとも怪しい光を放っていたのだ。
 理由がわかったミルアは手をかざして月明かりを遮り、

「あぁ、すみません。猫なんかと同じで夜目が利くのですが、そうすると、やはりどうしても光を反射してしまうようで」

「いや、ちょっと驚いただけだし」

「で? 私に何か聞きたいことでも?」

「あのさ? ミルアの魔法で元の世界に帰れないのか?」

 才人の問いにミルアは少し考えるようなそぶりを見せて、

「難しいですね。すごく」

「なんで?」

「ここの正確な座標と言える物が全く分からないんですよ。ここと元の世界の位置関係がわからないとどうしようもないんです」

「なんのこっちゃ?」

「例えば何処かの砂漠にポンと放り出されて、日本という目的地に帰りたくても方角がわからない。現状はそんな感じです」

「意味はわかったけど、とりあえずその場から動いてみるってのは?」

「動いた先に流砂があっても知りませんよ。この場合は適当な座標に飛んだらそこは宇宙空間でした、とか」

「それは不味いね。即死ねるね」

 顔を引きつらせながら才人はそう言った。
 ミルアは軽く欠伸をすると、

「もう寝ましょう。一応、帰る手段は調べておきます。と言っても明日からは使い魔としての仕事があるでしょうから、時間を見つけてになるでしょうけど。それに私の魔法も際限なしに使えるわけではないですから体力と応相談ですが」

「早く帰りたいけど無理は言わないよ。しかし俺、使い魔になっちゃったんだよなぁ」

 そういって才人は自分の左手を見つめる。 そこには何と書かれているのかわからないが、使い魔の証であるルーンが刻まれていた。
 そして自分の藁束まで戻ると横になり、毛布にくるまって目を閉じた。
 ミルアはその月明かりに反射して光る瞳で眠りにつく才人を見ながら、誰にも聞こえないような小さな声で、

「ただの人間、ね」

 と呟いて自らも眠りについた。





 ミスタ・コルベールはトリステイン魔法学院の教師である。奉職してもう二十年。立派な中堅である。『火』系統の魔法を得意とするメイジで、二つ名は『炎蛇のコルベール』
 彼は今、トリステイン魔法学院の図書館にいる。三十メイルほどの本棚がならぶその光景は壮観である。
 その中にある教師のみが閲覧を許される『フェニアのライブラリー』に彼はいた。
 彼は先日ルイズが召喚した少年の左手のルーンについて調べていた。
 見たことのないルーンは研究者としての側面を持つ彼にとっては実に興味深いものだった。
 そして彼は同時に焦っていた。
 原因はルイズの召喚に巻き込まれて此処に来たというミルアと名乗る少女に関してであった。
 少年少女ともに杖もなくマントをはおっているわけでもなかった。一見すると平民に見えた。
 しかし教師として。生徒を守る身として万が一があってはいけない。
 故に彼は最初に少年の方、才人に魔力の有無や魔法の効果などを調べる「ディテクト・マジック」をかけた。
 結果、やはりただの平民だった。
 一安心してミルアの方にも「ディテクト・マジック」をかけた。

 弾かれた。

 そう弾かれたのだ。
 そしてミルアは、すっと彼と視線を交えた。
 敵意は感じられなかったが明らかにこちらを訝しげに見ている。
 魔法をかける仕草は見られていない。ミルアの視覚外からかけたのだからそれは間違いないはずだった。
 平民ではない。おそらくメイジ。没落した貴族の息女か、その血を継ぐもの。そして魔法の知識と実力がある。いや、最悪、お忍びで平民の振りして街に出て召喚に巻き込まれた現役貴族とかありえる。
 こちらから下手なことはできないが敵意が感じられない分そっとしておけば今ところ害はないかもしれない、それでも詳細のわからないメイジと思われる少女の存在に彼は焦っていた。
 浮遊魔法「レビテーション」を要いて巨大な本棚の間を行ったり来たりしてどれほどの時間がたったであろうか、彼はついに見つけた。
 才人の左手に刻まれたルーンと同じものを。
 彼はその本に記載されていることに驚いて目を見開く。そして慌てて床に降りると学院長室に向かって走り出した。





 日が昇り窓から朝日が差し込んだところでミルアは目を覚ました。
 毛布をはおり立ち上がると部屋を見渡す。
 すると才人も目を覚ましたようで、ゆっくりと身を起こして体をぐっと伸ばす。藁束の上で一晩過ごすなんて初めての体験だったようでしばらく体を動かし続ける。
 ミルアはそんな才人に近づくと、

「体の調子はどうですか?」

「大丈夫、問題ないぜ」

 才人がそう答えるとミルアは「そうですか」とだけ言いルイズのベットに近づいて行った。

「ルイズさん、朝ですよ」

 ミルアがルイズにそう声をかけるが眠り姫は軽くもぞりと動くだけで起きる気配はない。二度三度と声をかけるが起きる気配はまったくない。
 すると、才人が寄ってきて図太い眠り姫の毛布を引っぺがす。
 そもそも使い魔は彼なのだから最初から彼が起こせばいいのだが。
 何にせよ毛布を引っぺがされた眠り姫ことルイズは覚醒し上体を起こしてきょろきょろと周囲を見る。

「な、何事っ?」

「朝だよ。お嬢様」

 才人がそう答えると、ルイズはきょとんとして、

「え? 誰?」

「才人だ」

「ミルアです」

 何故か二度目の自己紹介。
 それでルイズも完全に覚醒したのか、

「あ、あぁ使い魔ね。昨日私が召喚したんだった」

 そういってルイズは頭を抱えて、

「夢ならよかった」

 才人たちにとっては失礼なことをぶっこいた。
 目が覚めたら夢でした。という、いわゆる夢落ちはミルアも才人も望んでいたのだが、自分たちを見て、それを言うのは少々失礼ではないのか。とミルアは内心でつっこむ。
 そんなミルアを余所に気を取り直したのかルイズは、

「服」

 と呟いた。
 才人はなんの事かわからずに首をかしげたがミルアが、

「どれですか?」

「椅子に制服かかってるでしょ。あと下着」

「下着は何処に?」

「クローゼットの一番下」

 ルイズの指示にてきぱきと動くミルア。
 才人がポカンとその光景を眺めていると、

「着せて」

 思春期真っ盛りの才人にとって、とんでもないことを言い出した。
 というか、既にルイズは下着一枚になっている。
 別にルイズに羞恥心がないわけではない、使い魔や従者に関しては、その羞恥心が発動していないだけである。貴族であるルイズにとって、それはわりと普通なことだった。
 ただ、才人はそうはいかない。
 顔を僅かに赤くして、才人は慌てて後ろを振り向く。
 ミルアは服を手にしたまま、

「ルイズさん手を挙げてください、袖が通せません。あ、二度寝は駄目ですよ。授業はどうするつもりですか」

 そんなミルアの言葉に才人は、何処かあきれた表情をした。



 着替えを終えたルイズが才人たちを連れて部屋の外に出た。
 そこにはルイズの部屋と同じような木のドアが並んでいて、そのドアの一つが開いて、炎のような赤い髪をした女の子が出てきた。
 健康そうな褐色の肌にルイズよりも高い身長、そして断崖絶壁のようなルイズとは対照的なそびえる二つの山。
 おまけにブラウスのボタンを上から二つはずしている。
 その、そびえる二つの山、つまりはおっぱいに才人の目が釘付けになる。
 ミルアも一言、

「おおきいですね」

 と、ぶちまけた。
 その上、その大きなおっぱいを遠慮なくまじまじと見上げている。
 そんなミルアに対して、その大きなおっぱいの持ち主はにっこりとほほ笑んで「ありがとう」と言った。
 そして、その視線をルイズに向け、

「おはようルイズ」

「……おはようキュルケ」

「あなたの使い魔ってこの子たち?」

 キュルケと呼ばれた褐色おっぱい少女の問いにルイズは不機嫌そうにしてミルアの頭に自分の手のひらを置き、

「こっちはおまけ。使い魔はこれよ」

 そう言って才人を指差した。

「あははっ! 凄いじゃないっ! 本当に人間を召喚したのねっ!」

 キュルケはひとしきり笑った後、ニヤリとして、

「しかし『サモン・サーヴァント』で平民を召喚するなんてさすが『ゼロのルイズ』ね」

「るっさい」

 相当ルイズが怒っているのがわかる。「うるさい」が勢いがついて「るっさい」になっている。
 キュルケはそんなルイズを意に介さず、

「当然あたしも昨日召喚したわ。無論一発で成功よ。フレイム~」

 そう言ってキュルケが自室に声をかけると彼女の部屋から、トラ程の大きさはある巨大な赤いトカゲが現れた。赤い体に燃え盛る炎でできた尻尾、口からはチロチロと炎が出ている。
 才人はその姿に驚き「あぶねぇ」と声をあげるが、ミルアは興味津津という具合に近づき、その巨大なトカゲ、フレイムの前にしゃがんだ。

「これ、もしかしてサラマンダーとかですか?」

 ミルアの自らの知識の中から該当しそうな生物の名を上げた。
 爬虫類で口から火を吹いているからサラマンダーでは? と思ったのだ。
 もっとも、ミルアの記憶では、サラマンダーは空を飛んでいて火を吐き、おまけに人間を食料としていたが。
 ミルアの問いにキュルケは頷くと、

「よく知ってるわね。えぇそうよ。燃え盛る鮮やかな炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダー。『火』属性の私にはぴったりの使い魔よ。賢くて私の言うこともちゃぁんと聞くし。命令しない限り人は襲わないし」

「サラマンダーの質まではよくわかりませんが、凄いですね、キュル―――」

 キュルケさん、と言おうとしたミルアだったが最後まで言う事が出来なかった。
 ミルアの上半身は既にフレイムの口の中にあった。フレイムが噛みついたのだ。
 いや、ミルアが両手で踏ん張っているため完全には噛まれていないが、それでも口の中にすっぽりと入りこんでいる状況には変わりない。
 あげく、フレイムはそのまま、ぶんぶんと首を上下左右に振り始める。
 フレイムの口の中に上半身を突っ込んだまま、ミルアは足をジタバタとさせている。
 突然の事に、一瞬わけがわからなかった残された三人だったが、才人、ルイズ、キュルケの順に我に返り、

「おおおぉいぃいっ! ミルアっ!」

「えぇっぇええっ! ちょっとっ! キュルケっ!」

「や、やめなさいっフレイムっ! ぺっ、ぺっしなさいっ!」

 三者三様に真っ青な顔をしている。
 フレイムはキュルケの命令に従ってミルアをぺっと吐き出した。ただし振りまわしていた勢いのまま。
 ミルアはその勢いで背中から壁に叩きつけられる。ずるずる崩れ落ちるが、すぐさま、むくりと立ち上がった。
 体にかみ傷はなく血も出ていない。が、それ以上に酷いことになっていた。上半身がよだれまみれになっていた。
 そんな悲惨な姿を見て才人たちの顔に血の気が戻る。
 怪我がないからこそ、そのよだれまみれの姿は場を僅かに和ませた。
 一歩間違えばとんでもないことになってたのは間違いないが。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零三話 垣間見るゼロ
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:275452eb
Date: 2012/09/13 18:55
 この世界の魔法がとても生活に密着したものだということを知った。

 やはり『力』というのは使い方しだいなのだろうか?
 ならば『兵器』という『力』はどうすればいいのだろうか?
 敵を倒すことを求められた『力』は、その役目を放棄したとき、どうなる?

 開き直れと、昔言われた。
 開き直って好き勝手にしろと。
 全ては君次第だと。

 そう、全ては私次第だ。
 なら私は……










 朝っぱらから悲惨な目にあった。それがミルアの正直な感想だった。
 とりあえずキュルケに渡された手拭いでフレイムのよだれをふき取る。が若干臭う。
 ミルアが、表情こそ変わらないが明らかにげんなりしているのが身にまとう空気で分かった。
 キュルケは自分の部屋から香水を持ちだすと軽くミルアにふきかける。
 たかが平民の子供相手にと思われるかもしれないキュルケの行動だったが、少なくとも相手が云々で、自分の責任を放棄する気はキュルケにはいようである。
 ミルアは「ありがとうございます」と礼を言いうと、フレイムに視線を移す。
 先ほどと違い襲ってくる気配もないので、ミルアはフレイムの頭をなでた。
 フレイムもおとなしくなでられていてる。
 その様子にキュルケは満足したのか、

「私の名前はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。二人ともよろしくね」

 その言葉に答えるようにミルアと才人も自己紹介した後、フレイムともども、その場を後にした。





 トリステイン魔法学院の食堂にはやたらと長い三つのテーブルが並んでおり、それぞれ学年別なのか色の違うマントをはおった生徒たちが座っていた。 一階の上にはロフトがあり、そこには教師陣が座っている。
 豪華な飾りつけに雰囲気のあるローソク、山盛りに盛られたフルーツに綺麗な花々。
 才人はその豪華さにポカンとしているがミルアにいたっては無表情。
 関心ない、と言った具合である。
 この豪華さ、ルイズが貴族にふさわしい食堂でなければならいから、と説明してくれた。

「あんたたちみたいな平民は普通、一生この『アルヴィーズの食堂』には入れないんだからね」

 ルイズがそう言うとミルアは首をかしげ、

「アルヴィーズ?」

「小人って意味よ」

 そう言ってルイズが壁際の精巧な小人の彫像を指す。
 才人はそれを見て、

「なんか夜中に動きそうだな」

「正解よ。ちなみに夜中に踊ってるわ」

 ルイズの言葉に再びポカンとする才人。

「いいから早く椅子をひいてちょうだい。座れないじゃない」

 ルイズの言葉に才人が、え? という感じの顔をしていると、ミルアがさっと椅子をひき、ルイズが礼も言わずにそこに座る。
 才人もその隣に自分で椅子をひいて座った。
 テーブルの上にはすさまじく豪華な食事が並んでいる。
 わくわくと心躍らせているのが傍から見ていてよくわかる才人。しかしミルアは立ったままだ。

「あれ? ミルア、すわらねぇの?」

 才人がいうと、ミルアは無言であちらこちらを指差す。
 その指差す方向を一つ一つ確かめる才人。
 食堂の外に使い魔たちがちらほら見える。
 ミルアの意図が理解できないのであろう才人は首を傾げた。
 するとルイズがミルアを見て、

「あんたはよくわかってるみたいね。普通はね、使い魔は外。あんたたちは私の特別な計らいで此処にいるのよ」

 そしてルイズは床を指さす。
 そこには二枚の皿。テーブルの上の食事とは、その中身が天と地ほどの差がある。それぞれの皿の内容は同じ。
 二枚の皿の内容が同じことを考えると、二人分ということがわる。

「俺たちの?」

 才人が自分とミルアを指差してルイズに問うと、ルイズは無情にも「そうよ」と返した。
 それを聞きがっくりと肩を落とす才人。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
 
 祈りの声が唱和され、ルイズも目を閉じそれに加わる。
 ささやか……ものは言いようですね。と床の上の食事をみてミルアは思った。
 見れば才人は実に文句をいいたげである。
 皆の食事が始まると、ミルアはちょこんと床に正座して皿の上の、小さな肉のかけらが浮いたスープと皿の端に乗っかった小さな硬いパン二切れをさっさと平らげた。
 そしてそのままルイズの横の床で正座のまま微動だにしなかった。
 才人はというと床の上にすわりつつ、こっそりとルイズの食事に手を伸ばすが、ぴしゃりと、その手を弾かれお情けで鶏肉の皮を恵んでもらっていた。
 肉は癖になるから駄目とのことらしい。
 完全にペットのような扱いに才人はぎりぎりと歯噛みした。





 魔法学院の教室は大学の講義室に似ていた。床や壁は石造りで、教卓を起点に扇状に並べられた机、そしてそれらの机は教卓から階段状に上へ上へと並べられていた。
 ちゃんと後ろの生徒にも教師が見えるようになっている。
 ルイズたちが教室に入ると先に教室に来ていた生徒たちが一斉にこちらを振りかえった。
 何これ怖い。
 そう才人がたじろいでいると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
 俺笑われてる? と才人が自分を指差しながらミルアの方を見るがミルアは首を横に振ってそれを否定する。
 じゃぁなんだろう、と才人が疑問に思いつつ目を泳がせていると、今朝会ったキュルケがいた。
 その周囲には男子生徒が群がっており逆ハーレム状態。
 こいつら、おっぱい目当てかっ? むむむ、けしからん。などと自分を棚に上げて憤る才人。
 周囲を見てみればさまざまな使い魔がいる。どれもこれもファンタジーの世界から飛び出してきたような者たち。
 才人は軽い興奮状態だった。
 ふとミルアを見れば何やら縮こまっている。
 なんだろうと思って才人は直ぐに気が付いた。
 他の生徒たちの使い魔の視線がミルアに集中しているのだ。
 それが何故かはわからないが、その多くの視線によってミルアは針のむしろ状態になっている。
 ミルアとしてはかなり居心地が悪いのだろう。
 「若干、帰りたい」というミルアのぼやきが才人には届いた。
 そんなミルアを余所にルイズはある机の前で立ち止まる。
 するとミルアが椅子をひきルイズがそこに座る。
 才人は食堂と同様、床に座ってみたが目の前に机があってかなり窮屈だった。
 しかたなくルイズの横の椅子に座る。
 ルイズが軽く才人を睨むが今回は何も言わなかった。
 ミルアはというと、先ほど同様、床に座っている。たださすがにミルアも窮屈だったのか膝で立ち、ちょうど机から頭が飛び出すような感じになっていた。
 ルイズの右に才人。左にミルア。
 右にいる才人に関してはルイズは黙認することにしたようが、ミルアに関してはそうはいかなかったらしい。
 机から頭が飛び出すような感じ、ちょうどルイズの肘の位置なのだ。
 下手をすれば顔面に肘鉄が入りそうである。
 ルイズは、ミルアの前、自分の左横の椅子をこんこんと軽く叩いた。
 ミルアがルイズを見て、

「いいのですか?」

「いいから座りなさい」

 ルイズにそう言われミルアはしぶしぶといった感じで椅子に座った。





 ミルアが椅子に座りしばらくすると、教室の扉が開き教師と思われる中年の女性が現れた。
 紫のローブを身にまとい、とんがり帽子をかぶっている。

「あの人も魔法使い、メイジだっけ?」

「えぇ、そうよ」

 才人の問いにルイズが答える。
 女性は教室を一通り見渡すと、にっこりとほほ笑んで、

「春の使い魔召喚はみごと大成功のようですわね。このシュヴルーズ、春の新学期の度に新たな使い魔たちを見るのがとても楽しみなんですよ」

 彼女はそう言うと、ふと才人やミルアに目をとめ、

「ミス・ヴァリエール、とても変わった使い魔を召喚したのですね」

 その表情はおだやかで、周囲の生徒と違ってルイズに対する侮蔑の意はこめられていない。
 だが彼女の台詞を皮切りに周囲の生徒が、どっと笑いだした。それは今の今まで我慢してたという具合だ。
 そこから先はルイズと周囲の生徒たちとの口論だった。
 笑いの種にされている才人は不機嫌極まりないものだったがミルアは我関せずを地でいっていた。
 シュヴルーズも再三注意したが、生徒たちの笑いは収まることはない。
 しびれを切らした彼女は自らの魔法「錬金」で生み出した赤土をいつまでも笑い続ける生徒たちの口に張り付けた。
 そして教室が静かになると彼女は満足したようにほほ笑んで、

「それでは授業を始めます」

 彼女が杖を振ると机の上に拳より少し小さい程度の石ころがいくつか現れた。

「私は『赤土のシュヴルーズ』これから一年間『土』系統の魔法を皆さんに講義していきます」

 そして彼女は四大系統『火』『水』『土』『風』の中で『土』の系統の重要性を説く。それは生活に密接したもので金属の精製や、建物の建造、農作物の収穫など、それはとても納得のいく内容だった。
 魔法が扱えない才人でも彼女の言ってることはよく理解できた。そして自分たちの世界での『科学』がここでは『魔法』なのだと理解した。
 たしかに魔法が使える貴族がいばるわけだよな。才人が一人うんうんと納得していると、シュヴルーズが、

「では、これから『土』系統魔法の基本である錬金を皆さんに覚えてもらいます」

 彼女はそう言うと、石ころに向かって杖をふると短くルーンを唱えた。すると石ころが光り出し、その光が収まると石ころはピカピカと光る金属になっていた。
 それを見たキュルケは身を乗り出して、

「そそそ、それは、ごご、ゴールドですか? ミス・シュヴルーズっ!」

「いいえ、これは真鍮ですよ、ミス・ツェルプストー。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです」

 そしてシュヴルーズはこほんと咳払いすると、

「私は『トライアングル』クラスのメイジですから」

 それを聞いていた才人が隣のルイズをつついた。
 ルイズは不機嫌そうな顔をして、

「なによ、授業中よ」

「あのさ、トライアングルとかスクウェアとか、何?」

「系統を足せる数の事よ」

 ルイズの説明いわく系統を足せる数が増えればその分、強力な、あるいは幅広く魔法が使えるらしい。
 一から順に『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』となるらしい。
 ルイズがわざわざ丁寧に才人に説明していると(ミルアも聞き耳を立てていたが)それにシュヴルーズが気がついて、

「ミス・ヴァリエールっ!」

「は、はいっ!」

「授業中の私語はいただけませんね」

「は、はい……」

「錬金の実演はあなたにやってもらいましょう」

 シュヴルーズのその言葉に教室がざわめいた。
 キュルケがおずおずと声をあげる。

「ミス・シュヴルーズ、やめたほうがいいと思います」

「何故ですか?」

「危険だからです」

 キュルケがきっぱりとそう言うとルイズは、

「やりますっ!」

 ルイズがそう言った時、キュルケは失敗したという顔をした。
 隣でルイズを見ていた才人は気が付いた、ルイズが負けず嫌いだという事に。

「ルイズ、やめて」

 悲しい事にキュルケの声はルイズには届かない。
 ルイズの表情は真剣そのものだ。
 もともとルイズは美少女といえるレベルの容姿だ。胸元こそほとんど断崖絶壁状態だが、そんなもの個人の好みによるところだし。
 つまりはどういう事かというと、杖を手に真剣な表情のルイズはとても美しかった。
 酷い待遇の才人でさえその美しさに見惚れてしまっていた。
 こんな美少女がなんで周囲から馬鹿にされているんだろうかと疑問に思うほど。
 そして見惚れていたからこそ、周囲の人間がおびえたような表情になって各々机の下に潜り込むという異様な光景に気がつかなかった。
 教師であるシュヴルーズも、真剣な表情で実演に挑むルイズのことが、教師として嬉しいらしく、にこにこと彼女を見ていた。
 一方、ミルアもルイズは見ていたが周囲の異様な光景にも気が付いており首を軽くかしげていた。

「さぁミス・ヴァリエール、錬金したい金属を心に強く思い浮かべるのです。大丈夫ですよ貴方ならできます」

 シュヴルーズの言葉に、机の下に潜り込んだ生徒たちは「無責任なっ!」と小さく悲鳴をあげた。
 ルイズはそのかわいらしい口で短くルーンを紡ぎ軽く手にした杖を振りおろした。
 次の瞬間まきおこる爆音、爆風。
 要するに爆発。
 ルイズが杖を振りおろした瞬間、錬金される筈である石ころが、それを乗せた机ごと爆発した。
 驚く暇なんてあっただろうか。
 爆風が教室にあった様々な物を吹き飛ばした。
 才人も爆風を受けて椅子から転げ落ちる。
 机の下に隠れていた生徒たちはなんとか難を逃れたものの机の上の教材は物の見事にふっとんでそこらじゅうに散乱している。
 次いで、爆音も周囲に被害をもたらした。
 教室中にいた使い魔たちが、その大きな音に驚いて混乱して暴れ出したのだ。
 そんな中、爆発を引き起こしたであろうルイズは服はいたるところが破けパンツまで見えている状況、顔もすすで汚れていたが澄まし顔。
 ところがその顔が驚愕で歪んだ。
 混乱した使い魔の中に厄介なのがいた。
 その大きな蛇である使い魔は自らを、そして自らの主人を脅かした爆発を引き起こしたのがルイズだと気がつき、その小さな体を飲み込まんと大きく口をあけルイズに飛びかかった。

「ひぃっ……」

 ルイズが思わず声をあげたが、大きな蛇の口はルイズの目前で動きを止め、そのまま地面にビタンっと落ちた。
 見ればミルアが蛇のしっぽを掴んで蛇の動きを止めている。
 動きを止められた蛇は標的をミルアへと変更して跳びかかるが、ミルアは机の上をぴょんぴょんと跳びまわり逃げ回った。
 なんだっけ? 牛若丸?
 と才人は身を起こしながら逃げ回るミルアを見ていたが、その逃亡劇は蛇の主人である生徒の制止の声によって終わりを告げるのだった。





 



[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零四話 使い魔とおまけ
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:c11616f7
Date: 2012/07/15 22:30
 『怒り』という感情は理解できる。
 私だって怒るときぐらいはある。
 ただ彼女を見ていて思ったのは『怒りで爆発』とは何なのだろうかということ。
 『感情の爆発』とも言えるそれがいまいちピンとこない。
 しかも、彼女の場合、言葉通り爆発につながりかねない。

 私はどうしたら『感情を爆発』させることができますか?










 学院本塔の最上階に学院長室はある。
 白い口髭に長い髪をした、学院長室の主、オスマンはそこにいた。
 百歳とも三百歳とも言われる彼だが、確かに学院長としての威厳が感じられた。黙っていればの話だが。
 いや、黙っていても鼻毛を抜いてる様に威厳は感じられない。
 鼻毛を抜くのをやめたかと思えば机のひきだしから水ギセルと取り出した。
 しかし部屋の隅の机で雑務をこなしていた秘書のロングビルが、さっと羽ペンを振ると水ギセルは彼女の手元へとんでいく。
 それを悲しげに目で追う彼は実に間抜けである。

「ミス・ロングビル。年寄りのささやかな楽しみを奪って楽しいかね? 心は痛まないのかね?」

「オールド・オスマン。貴方の体調を管理するのも秘書である私の務めなのです。そんなに早く死にたいのですか? でしたらさっさと死んでください」

「あれ? 前半立派な事言ってるのに後半酷くない?」

 いかにも仕事ができる女といったキリリとした顔立ちに眼鏡をかけたロングビルの容赦のない言葉にオスマンはがっくりと肩を落とす。
 無理もない、はっきりと「死ね」である。いや「ください」とお願いされただけ僅かにましだ。
 しかし、さすがに歳の功というべきか、彼はすぐさま立ち直るとロングビルの後ろに立ち、

「平和な時だからこそ、その時間を有意義に、楽しく活用する。大切なことだと思わないかね? ミス―――」

「おしりを撫でられている私は微塵も楽しくありません」

 こめかみをピクつかせながらロングビルがキッパリというと、オスマンは目は虚ろにし、口を半開きにしてよちよちと歩き始めた。
 今にも何処かを徘徊しそうな。
 都合が悪くなるとボケたフリをするのが彼の常套手段である。
 もっとも、いつもそれを見ているロングビルには意味はなく、ただただ腹立たしいだけで、彼女は自らの足元からスカートの中を覗き込む一匹のハツカネズミを睨みつけた。
 このハツカネズミはオスマンの使い魔で、覗き行為は無論、主であるオスマンの差し金である。
 このジジイ、無駄に元気だ。
 ハツカネズミは、ちゅうと一鳴きすると、すぐさまオスマンの足を駆け上り彼の肩へと避難した。
 オスマンは肩に乗ったハツカネズミにナッツを与えながら、

「おぉ、モートソグニルよ、そうかそうか怖かったか。で? どうじゃった? ふむふむ、白、純白か……なるほどのぅ。しかしミス・ロングビルには黒や紫といった大人な下着を身に着けてほしいのぅ。白が似合うのはうら若き乙女まで―――」

 そこまで言ってオスマンの視界は天地が逆転した。
 すまし顔のロングビルがオスマンの足を払ったのだ。
 その挙動の早いこと早いこと。
 そして床に倒れたところを容赦なく蹴り飛ばし始める。

「あだっ、こらっ、やめんかっ! 無言で年寄りを蹴るなど」

 オスマンは頭を抱え丸くなるが、ロングビルは無言でさらに蹴り続ける。

「ごめん、やめて、もうしない、ほんともうしない」

 この、恐らく平和であろう時間はドアが勢いよく開けられ、一人の人物が転がり込んできたことによって破られる。
 部屋に転がり込んできたのはコルベールだった。

「なんじゃね、いきなり騒々しいのぉ」

 オスマンは腕を後ろに組み堂々とした態度でコルベールを向かいいれた。
 みればロングビルは既に机に向かい仕事を再開している。
 驚くべき早業。
 コルベールは先ほどまでのバイオレンスな光景など知るよしもなく、

「オールド・オスマン大変ですっ! 大変なんですっ!」

 オスマンは全身の痛みをこらえつつ、

「大変なことなどあるものか、すべては小事。なんとも平和じゃ」

「これですっ! これを見てくださいっ!」

「無視? しかし何じゃ? 『始祖ブリミルの使い魔たち』? おぬしまたこんな古臭いものを引っ張り出しおって。そんな暇があるなら生徒達の親が我先に学費を投げてよこすようなすばらしい授業でも考えてくれんかのぅ……」

 オスマンがやれやれといった表情で言うと、コルベールは、

「これもみてくださいっ!」

 そういってオスマンに見せたのは一冊のスケッチブックだった。
 今の彼にオスマンの小言など一切耳に入っていない。
 そして彼が見せたスケッチブックには才人の左手に刻まれたルーン文字がスケッチしてある。しっかりとミス・ヴァリエールの使い魔という注釈つきでだ。
 それを見たオスマンは目の色を変え雰囲気が一変した。先程までぼけたふりをしていたとは思えないほどに。
 オスマンはロングビルにすぐさま退席させると、

「さて詳しい話を聞こうかの? ミスタ・コルベール」

 そう言って部屋の外に音が漏れないよう、サイレントの魔法をかけた。





 ルイズの引き起こした爆発によってめちゃくちゃになった教室は一応その姿を取り戻していた。
 吹き飛んだ窓ガラスも散乱した机も元どおりである。
 ルイズ、才人、ミルアの三人は教室をめちゃくちゃにした責任をとって、もうすぐ昼食という時間まで後始末をしていたのだ。
 爆発を引き起こした張本人であるルイズはもちろん、使い魔である才人、そして、そのおまけとしてミルアも参加していた。
 机や窓ガラスなどの重い物はルイズの細腕では無理なので才人がしぶしぶ運んでいたが、ふとミルアを見ると机などを軽々と運んでいる。
 負けるかと変な意地をはった才人は三人の中で一番へとへとになっていた。
 ちなみにルイズは机や窓を拭いただけなのでさほど疲れているようには見えない。
 ミルアも涼しい顔をしていた。



 後片付けを終えた三人は昼食を取るため食堂に向かっていた。
 その途中、ルイズは才人が必死に笑いをこらえている事に気が付いた。

「何よ? 言いたいことがあるならいいなさい。聞いてあげるわ」

 ルイズがそう言うと才人はもう我慢の限界といわんばかりに笑い出して、

「さっき教室で他の奴が言ってたの聞いたけど、お前、魔法の成功の確率がゼロなんだって? なるほどなぁ、だから『ゼロのルイズ』なわけだ」

 ルイズからの待遇が酷いだけに、才人はここぞとばかりに笑った。才人としてはささやかな仕返しのつもりだったのだ。
 しかし現実は非常である。
 ルイズは先程から拳を強く握りぷるぷると震えていた。
 それに気が付いたミルアは横からルイズの顔を覗き込む。
 これはやばいな……そう思うミルアの視線の先、ルイズの表情は今にも爆発寸前の相当やばいものだった。
 で、才人はというとこれでもかと笑い別の意味でぷるぷると震えている。ルイズの表情に気が付いていない。
 何とも哀れである。

「あの、才人さんほどほどに」

 ミルアがそう言うと才人はひーひー言いながら何とか落ち着く。
 しかし既に手遅れのようだった。
 後に才人は自らの所業を後悔することになる。



 食堂に着くとルイズは席に着くことなく床に置かれた二組の、パンとスープが入った皿を手に取り、それを一組にまとめた。パンはともかくスープがあふれそうになっている。
 そしてルイズはそれを、ずいとミルアに突き出して、

「あんたが全部食べていいわ」

 ミルアはきょとんとして軽く首をかしげ自分を指差した。
 しかし才人はルイズの言葉に驚き、

「お、おれの分は?」

 その言葉にルイズはひきつった笑みを浮かべ、そして爆発した。

「ご、ご、ご主人様の事を笑い飛ばした使い魔には罰が必要よね。そ、そうよ、しつけよ、しつけっ! ご飯抜きよっ! あんたはっ!」

 ルイズはそう言って才人をびしっと指差した。
 すると才人は慌てて、

「ごめん、許して。もう笑わない。だから俺の食事―――いや、この哀れな使い魔にエサをお返しください、ご主人様っ!」

「ダメ、絶対ダメっ! いったでしょ? しつけよ、し・つ・け。甘やかしたらつけあがるに決まってるんだから」

 才人のエサ宣言もむなしく、ルイズの言葉に才人はがっくりと膝を折ると、やがて、ふらふらと立ち上がり、そのまま食堂を後にした。





「よかったのですか?」

 食事が始まると、ふとミルアはそう口にした。
 ルイズが「何がよ?」と不機嫌そうに答えると、

「才人さんですよ。ただでさえ朝はそれほど食べていないのに昼食を抜いてしまって」

 そのうえ教室の片付けをこなした後だ。相当の空腹のはずだった。

「さっきも言ったでしょ? しつけよ、しつけ。それにあれは甘やかすと付け上がる気がするのよ」

 ルイズがそういうとミルアは甘やかされた才人が付け上がる様を想像してみた。

 ―――容易に想像ができますよ才人さん。

 ミルアは軽くため息をつくと話を変え、

「ところでルイズさんは本当に魔法が成功しないのですか?」

 するとルイズは苦々しい顔をして、

「あんたも見たでしょ?」

「爆発しましたね」

「そうよ」

「あれって失敗なんですか? 見ようによっては爆発の魔法にも見えるのですが」

「私は錬金がしたかったのよ。なのに……しかも何を唱えても爆発、爆発―――」

 ルイズはそう言いながら料理を次々とハイペースで口に運ぶ。
 そんな食べ方は太るんじゃなかったかな? ミルアはそんな事を思いつつ、

「何を唱えても爆発って変な話ですね。相性の問題では?」

「相性? 属性のこと? だったら全部試したわよ。それでも駄目だったの」

「でしたら現状はお手上げですね。まぁ爆発自体魔法としては十分通用するとは思うのですが」

「どういう意味よ」

「日常生活では、それほど使い道があるとは思えないのですが、こと戦闘になれば、あの爆発は脅威ですよ。いきなりドカンですから」

 ミルアは自分の使う魔法が戦闘用に特化しているゆえか、どうしても、そっち方面で考えてしまう。
 そんなミルアの言葉にルイズは嫌そうな顔をして、

「私は普通に魔法が使いたいのよ」

「そうですか、すみません。お役に立てなくて」

 そう言うミルアに対してルイズは片手をふって、

「別に期待してるわけじゃないからいいわ」

 そう言うと料理をさらに口の中へかっこんでいった。
 だからその食べ方はまずいんじゃないかな? と、ミルアは声に出さずに突っ込んでいた。
 やはり悔しいのか目に涙をためているルイズを横目に見つつ―――



 しかし、どうにも気になる。と、さっさと食事を終えたミルアは腕を組んで考え込んでいた。
 ここハルケギニアに来てそれほど多くの魔法を見てきたわけではないけどルイズさんの魔法を、失敗と切って捨てるには少し違和感を感じている。
 爆発の直前、ルイズさんの魔力、こちらで言う精神力が一瞬で圧縮されるのを感じた。次の瞬間にドカンである。まったくもってコントロールできていない気がする。
 魔法がまともに成功しないためにコントロールの感覚がまったく掴めていないのかもしれない。本人が自覚する形で魔法が成功すれば、それを切欠に道は開けるかも知れないが……
 しかし、変な話だ。 周囲の誰も、コントロールできずに失敗、という可能性を指摘しないのだろうか。かつて彼女のように失敗を繰り返していた者がいなかったか、あるいは彼女を無能と決め込んでまともに問題を解決しようとしてこなかったか。
 もし後者であるなら魔法学院などと名乗るのはおこがましい話だな。
 異世界から才人を召喚した事といいミルアはルイズが無能とはとても思えなかった。





「あんた、何やってんのよ」

「何って手伝い」

 ルイズがデザートのケーキをトレイに乗せて運んできた才人に声をかけると才人はしれっと答えた。
 あんたは誰の使い魔か言ってみなさい。とルイズの目が言っているが才人はまったく気がついていない。
 そんな中、ミルアは才人の隣でケーキを配膳しているメイドの少女に目をやる。そして周囲を見渡した。
 珍しいかな? それがミルアがメイドに抱いた感想だった。
 ショートの黒髪に黒い瞳。
 日本人の才人と同じだ。
 才人さんが彼女を手伝っているのは親近感を覚えたからでもあるのかな? ミルアがそう思っていると、その少女と目が合った。
 少女が、あれ? と、いった感じの表情をしていると、それに気がついた才人が、ミルアと少女、互いのことを紹介し始める。

「こいつはミルア。ミルア・ゼロって名前。で、この子はシエスタ。ミルアは俺が召喚されるときに巻き込まれて此処に来たんだ。だから俺のおまけってことになってる」

 シエスタと紹介された少女は軽く頭をさげて、

「はじめまして、シエスタです」

 ミルアも立ち上がるとぺこりと頭を下げて、

「はじめまして、ミルア・ゼロです」

 ミルアが挨拶をする横で、ふん、といった感じでルイズがケーキをパクついていた。
 結構な勢いで―――
 いいかげん、その食べ方はよくないと言ったほうがいいのだろうか。とミルアは真剣に悩みはじめていた。



 才人とシエスタがケーキの配膳に戻ると、ミルアは再び床に座りルイズの食事が終わるのを待っていた。
 周囲を観察しながら待っていると、ふいに目の前に皿が突き出された。
 何かと思ってみてみれば、そこには一口、いや、かろうじて二口はあろうかと思われるケーキが残されていた。
 ミルアはそれを突き出した本人、ルイズを見上げて軽く首をかしげる。
 ルイズはあさっての方向を見ながら、

「ご、ご、ご主人様が恵んであげるわっ!」

 あれ? いつからルイズさんは私のご主人様になったんだろうか。
 そんな事を思いつつ、ミルアは「ありがとうございます」といってケーキが残された皿を受け取る。
 ルイズにとっては、素直に言うことを聞き、自分の失敗を笑わないミルアに対するささやかなご褒美のつもり。
 しかし、ミルアのルイズに対する個人評価には、今まで『プライドが高くて負けず嫌い』しかなかったが『やさしいところもある』と追加された。
 ちなみに、たった二口分とはいえ恵んでもらったケーキはとてもおいしかった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零五話 青銅と伝説
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:26d025e5
Date: 2012/07/15 22:31
 それがきっと伝説の始まり。
 それがきっと伝説と私の始まり。
 光り輝く左手に武器を持ち、その伝説は最初の一歩を踏み出した。
 私はどこに立つべきか?

 彼の前か、彼の後ろか、それとも彼の横か。

 それが何処になるかはわからない。
 けれど私は『彼のそばに』という選択肢を選ぶだろうと、何の根拠もなく、その時僅かに思った。










「決闘だっ!」

 ルイズは食事を終え、まったりとくつろいでいたが、その声で一気に不機嫌な顔になった。

「ったく……どこの誰よ、馬鹿なことを言ってるのは」

 テーブルに頬杖をつきながらルイズがやれやれといった具合に言うと、いつの間にか立ち上がって声のしたほうを見ていたミルアが、

「一人はギーシュさんという男子生徒ですね」

 それを聞いたルイズは軽いため息をついて、

「どうせ女の子がらみで馬鹿やってんでしょ。で、相手は? 決闘なんだから相手がいるでしょ?」

 するとミルアは気まずそうに、

「決闘の相手は……才人さんですね」

「はぁ?」

 ルイズは驚いてガタンと音をたてて立ち上がった。
 見れば金髪にフリルの付いたシャツ、片手にバラと、キザが服を着ているような男子、ギーシュと才人がにらみ合っている。
 そして売り言葉に買い言葉、才人はあっさりと決闘を受けた。

「ちょっとっ! なんであんなことになってんのよっ!」

 ルイズはミルアの肩をつかみガクガクと揺さぶりながら声を荒げた。
 ミルアはガクガクと揺さぶられたまま、

「ギーシュさんが落とした小瓶を才人さんが拾ったんですよ。それがモンモラシーさんという女生徒からの贈り物だったらしいのですが、どうやらギーシュさんはケティさんという女生徒と二股をかけていたらしく、才人さんが小瓶をギーシュさんに渡そうとしたことによってケティさんに二股がばれてビンタされて―――」

 ミルアがそこまで言うと、ルイズも理解したらしく、

「そのままモンモラシーにもばれたわけね?」

「はい。それで小瓶を拾った才人さんに八つ当たりというわけです」

 事情を聞いたルイズは頭を抱えて、

「あぁもうっ! 馬鹿ばっかり……」

「ヴェストリの広場で決闘するようですよ」

 ミルアがそう言うと、ルイズは立ち上がり才人へと駆け寄る。
 すでにギーシュは広場に向かったらしく、ギーシュの取り巻きの一人が残り、才人が逃げないように見張っていた。

「あんた何考えてんのよっ!」

 ルイズが才人に詰め寄ると、

「何って、アイツむかついたから……」

「はぁ? 確かにギーシュの八つ当たりに、むかつくのはわかるけど、無謀にも程があるわよ、この馬鹿っ!」

「馬鹿とはなんだ、やってみなくちゃわからないだろ?」

「無理に決まってるでしょっ! 平民がメイジに勝てるわけないじゃないっ!」

 ルイズは声を荒げるが、才人はそれを無視した。
 ミルアはふと思った。もしかして才人さんは魔法の存在を忘れているのではないのだろうか? それとも、忘れてなくても男の意地とかそう言うのを貫く気なのか。あれ? どっちなんだろう?
 ミルアが結論を出し損ねていると、才人は残っていたギーシュの取り巻きの案内の下、ヴェストリの広場へと向かっていった。

「ちょっとっ! 待ちなさいよっ!」

 ルイズも慌てて才人の後を追ってゆく。
 ミルアもその後についていこうとしたが、不意に足を止めた。
 振り返ってみると一人の少女と目が合う。
 青いショートヘアに、眼鏡をかけた少女だった。 少々ごつごつとした大きな木の杖を傍らに、こちらをじっと見ている。
 何か用だろうか? そう考えていたミルアだったが、他の生徒たちがヴェストリの広場に向かうのを見て、後を追うべく食堂を後にした。



「そんなにあの平民の子が気になるのタバサ?」

 ミルアを見ていた少女にキュルケが声をかける。
 タバサと呼ばれた少女はわずかにキュルケを見て、

「ただの平民じゃない」

 タバサの言葉にキュルケは驚く。
 つづけてタバサは、

「見た感じ貴族ではないようだけど、メイジの可能性がある」

「あの子が? えぇと確かミルア・ゼロって名乗ってたわね」

「話したの?」

「えぇ、今朝ちょっと」

 キュルケはそう言ってタバサの隣のイスを引いてそこに座る。
 そしてミルアが出て行った方向を見ながら、

「どうしてあの子がメイジだなんて思ったの?」

「サモンサーヴァントで二人が召喚されたとき、二人ともディテクトマジックをかけられてた」

「ディテクトマジック? あぁ、コルベール先生ね?」

 キュルケの問いにタバサは頷いて、

「最初の平民は何の問題もなかったみたい。けど、あの子は先生のディテクトマジックを弾いた」

「弾いたって……それ本当?」

「本当」

 タバサはそう言うと立ち上がった。
 そんなタバサにキュルケは、

「あら? どこ行くの?」

「ヴェストリの広場」

 そう言って歩き出したタバサを、キュルケは慌てて追いかけた。





 その決闘はずいぶんと一方的なものだった。
 ギーシュの二つ名は『青銅』その二つ名のとおり、青銅で出来た人の身の丈ほどの大きさで女性の姿を模したゴーレム『ワルキューレ』が才人をボコボコにしていた。
 才人は特別ケンカが強いというわけではないが、それでもキザが服を着て歩いているようなギーシュには負けるつもりは無かった。
 だが才人は失念していた。
 ギーシュがメイジで魔法が使えるという事に。
 相変わらず抜けているといえばそうなのだが、結果は最悪で、青銅で出来たゴーレム相手に、素手の才人はなすすべも無かった。
 地面に倒れている才人の右腕はおかしな方向へ曲がり、顔も血だらけだ。視界が確保できているかも怪しい。意識はあるようだが、それだけでも大したものだった。
 
 ミルアは急いだほうだった。 
 ただ確実に出遅れた。
 ミルアがヴェストリの広場に到着していたときには、そこには既に人の壁があった。
 恐らくこの場で最も体の小さいミルアは果敢に人の壁に突っ込んで行った。
 結果、はじき出された。
 『生身の人間』相手に力技で突破するわけにもいかない。そう思ったミルアは焦る気持ちを抑えながら、踏まれるのを覚悟で人の壁の足元を這うように移動し始めた。
 結果、やはり何人かに踏みつけられたが、なんとか人の壁を突破し最前列にたどり着けた。

「サイトっ!」

 ミルアよりも先に到着し最前列にいたルイズが、倒れている才人に駆け寄り呼びかける。
 思えば彼女が才人の名前を呼んだのはこれが初めてかもしれない。
 ルイズは必死に才人を止めようとしていた。
 若干涙声で「もういい」とか「あんたはよくやった」などと言うが才人はそれでも立ち上がろうとする。
 その根性は認めますが程ほどにしてください。ミルアはそう思いながらヨロヨロと立ち上がる才人に近づき、ボロボロの服の端をつかむ。
 しかし、それでも才人は前へと進もうとする。
 よそ者が、しかも部外者がこの世界の決闘に横槍を入れるべきではない。そんな考えが僅かに頭をよぎる。だがそれ以上に、これ以上、才人がボコボコにされるのが、ミルアには我慢ならなかった。
 目の前の様相が、決闘というには一方的すぎるというのも理由の一つではある。
 他人からは、感情表現が乏しいや、冷徹、なんて言われた事のあるミルアだが、感情がないわけではない。
 頭では冷静に考えつつも、感情で動くこともある。
 彼女の感情は彼女にこう告げていた。

「動け」

 と。
 





 ルイズの制止を振り切り才人は立ち上り前へと進もうとする。
 しかし、まともに前に進むことができない。立っていることすら困難なほどだった。
 そんな才人にギーシュのワルキューレがゆっくりと迫ってくる。
 ただ、立っているだけの才人相手に焦る必要などない。
 これ以上は見ていられない、ルイズがとっさに自分の杖を抜こうとする。

 ガツンと鈍い音が広場に響いてワルキューレが動きを止めた。

 広場にいた全員がその光景に唖然としている。
 『剣のような物』がワルキューレの脇腹を貫いていた。
 間近で見ていたルイズもそれを『剣のような物』と認識していた。
 それは見たこともない形をしていた。
 大剣ほどではないが、それなりに大きい。持ち手となる柄はなく、代わりに刀身に直接、手でつかめるように穴があけられている。『剣のような物』とした最大の理由はそれに刃がないことだった。背は真っすぐで、刃となるべき部分は先端に行くにつれ緩やかなカーブを描いているが、どの部分にも刃と呼べるような細さも薄さもなかった。
 そんな『剣のような物』がワルキューレを貫いたのは、ワルキューレの中身が空洞であったからかもしれない。
 しかし、広場にいた皆が唖然としていた理由は『剣のような物』でもギーシュのワルキューレが空洞だったからでもなかった。

 真っ白な髪に病的なまでに白い肌。血のように深く赤い瞳。一部だけが異様に長く腰まで届きそうな後ろ髪が尻尾のように風に揺られている。
 『剣のような物』でギーシュのワルキューレを貫いたのは間違いなくルイズが召喚したもう一人の平民の少女だった。





 ミルアは自らが『双頭の片割れ』と呼んでいる『剣のような物』をワルキューレから引き抜くと、そのままワルキューレを蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばされたワルキューレは野次馬のそばまで転がってゆき、そのままただの土に戻る。

「君は……確かルイズが召喚したもう一人の平民だったね? 一体何のつもりかな?」

「私と才人さんが出会ったのはついこの間です」

 ミルアの答えにわけがわからないという顔をするギーシュ。
 それでもミルアは続ける。

「そして貴方とは今日が初対面。言葉を交わしたことすらない。決闘のいきさつを知る私としては尚更、才人さんの味方をしたくなるというものです」

 そう言いミルアは、その赤い瞳でギーシュの眼を見る。
 その深い赤に一瞬飲まれそうになるギーシュだったが、

「ち、小さい女の子というのは気が引けるが、貴族の決闘を邪魔するのなら多少痛い目を見てもらうよ?」

 ギーシュはそう言うと、それが杖なのか手にした薔薇を軽く振る。
 ひらりと地に落ちた一枚の花びらが、それを核にするように周囲の土を利用し一瞬にして青銅のワルキューレとなった。
 ギーシュが軽く薔薇を振るとワルキューレはミルアに一気に迫る。
 ミルアとの距離を詰めたワルキューレは右の拳を繰り出した。
 それに対してミルアは動じることなく自らも右の拳を繰り出し、両者の拳同士が衝突する。
 バキンと音がしてワルキューレの拳が砕け、そのまま衝撃で腕が肩からもげ落ちた。
 そのままミルアは左手に持った『双頭の片割れ』を、まるで塵を払うようにワルキューレの胴を薙ぐ。
 ワルキューレの胴が砕け、わかれた上半身と下半身が地面に伏してそのまま土に還った。
 ほんの一瞬の事に誰も声をあげなかった。
 青銅で出来たワルキューレの拳が素手で砕かれ、軽い一振りでその胴も砕かれた。
 野次馬の中には、本当に青銅なのか疑う者もいるほどにギーシュのワルキューレはあっさりと砕かれたのだ。
 ギーシュも目の前の出来事に驚愕していた。
 しかし直ぐに気を取り直して杖である薔薇を振ると数枚の花びらが地に落ちて合計五体のワルキューレが出現する。
 その五体がそれぞれ身構え、ミルアもそれに合わせ僅かに身構えた。ミルアが上体を僅かに前に倒した時、その長い後ろ髪がぐいっと引かれ首がぐいっと曲がる。
 思わず「んにゃっ」と変な声を上げるミルア。

「何するんですか……」

 ミルアは振り返りながら、やや非難の色を織り交ぜた声で髪を引っ張った張本人に抗議した。

「じゃ、ま……するな……」

 ミルアの後ろ髪を掴んだ才人が息も絶え絶えにそう吐く。
 再び水をさされ、何事かとギーシュもミルアと才人を見守る。

「これは、俺が受けた決闘だ……邪魔……するなっ!」

 才人はふらつきながらもミルアの肩を掴んで、ぐいと押しのけた。

「俺はまだ負けてねぇ……女の子を二人も傷つけて、へらへら笑いながら他人に八つ当たりするような奴に負けてたまるかっ!」

 才人の叫びにミルアはきょとんとする。
 内心、貴方もルイズさん馬鹿にしてましたよね? と突っ込むも、でもまぁルイズさんからの待遇もいいとは言えないから仕方ないといえば仕方ないのかな。と一人納得する。
 周囲の野次馬の中にも才人の言葉に僅かに頷く者もいた。
 ルイズもミルア同様きょとんとしている。
 一方、ギーシュは苦い顔をしていた。
 最初こそ二股がばれた原因である才人に怒り心頭であったが、時間がたち、なおかつ決闘に水を差されたことによって多少、思考もクリアになっていた。
 才人の言うことは最もなのだ。
 ギーシュもそこには気が付いている。
 むしろ才人の言う「女の子を二人も傷つけて、へらへら笑いながら他人に八つ当たりするような奴」というのは才人のみならず、女性にとっての薔薇でありたいと思う自分にとっても敵であるべきのはずだ。
 それなのに自分はいったい何をしているのか。
 ギーシュの背中を冷たい汗が伝う。
 この決闘勝っても負けても、もうなんか色々駄目かもしれない。ギーシュはそう思いながら半ば自分の今後をあきらめかける。
 それでも、とギーシュは汗でじっとりと濡れた右手に力を込め、杖である薔薇を握りなおし、

「なかなか言うね君も。しかし僕も貴族として、決闘を挑んだ者として引くわけにはいかない。もし君が、僕に謝罪するというのなら許してあげなくもないが?」

「ふざけんな。俺はこの先、使い魔として此処で生きていかなきゃならないかもしれねぇんだ。だからな、だからこそっ! 下げたくない頭を下げるわけにはいかないんだよっ! そんな生き方し続けたくねぇからな! 俺は間違ったことは言ってねぇっ!」

「君なりのプライドか……いいだろうっ!」

 才人の叫びにギーシュが返し、手にした薔薇を振る。
 動きを止めていたワルキューレたちが動き出す。
 ミルアが咄嗟に手にしていた『双頭の片割れ』を才人の眼の前の地面に突き刺した。
 すると、まるで、そうするのが当然のように才人が左手で『双頭の片割れ』を引き抜く。

 その瞬間、才人の感じる世界が様変わりした。
 
 体が軽い。
 散々に痛めつけられ骨も折れているであろう自分の体が羽のように軽い。
 左手に刻まれた文字が光り輝き、手にした『剣のような物』の重みがまったく感じられない。
 自らに迫るワルキューレの動きがとても遅く感じる。
 あんなトロくさいものに自分はいいように痛めつかられたのかと情けなくなる。
 大丈夫、今ならまだ戦える。
 いや、これなら勝ちに行ける。

 感じる世界に僅かに戸惑った才人だったが、そんなものは見せることなくワルキューレへと駆けた。
 一体、二体と、その胴を手にした『双頭の片割れ』で薙ぐ。
 その二体が土に還るよりも先に才人は地を蹴り、跳びあがった。
 自由落下に合わせて『双頭の片割れ』を落下地点にいる一体に振り下ろす。頭部から足元へと真っ二つに砕かれるワルキューレ。
 才人は振り返ることなく『双頭の片割れ』を逆手に持ち、背後の一体の胸部を貫き横へと振り、投げ捨てる。その衝撃で胸部の穴から一気に砕けるワルキューレ。
 次いで才人はギーシュの盾のように立つワルキューレの懐に一気に飛び込むと『双頭の片割れ』を振り上げ、その最後の一体を空中へと打ち上げる。打ち上げられたワルキューレはその身を砕け散らしながらギーシュの背後に墜落した。
 一瞬の出来事にギーシュはついていけず、そして目の前の脅威にぺたんと尻もちをついた。
 才人はそんなギーシュに『双頭の片割れ』を突き付け、

「まだ……やるか……?」

「ま、まいった……」

 ギーシュの、その一言でこの決闘は一応の決着をみた。
 この結果に野次馬は非難や喝采と様々な声をあげる。
 ただ、この野次馬の中にいた少女、タバサとミルアは何か思うところがあるのか一切声をあげなかった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零六話 平民で使い魔で伝説で
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:aaccee98
Date: 2012/07/15 22:32
 『日常』大した起伏のない日常。
 スリルとか面白みはないかもしれないけれど、とても大事で貴重ではないだろうか?
 戦いや人の死が『日常』な人もいるだろう。
 そう思うと今の『日常』を守りたいと思えてくる。

 たぶん多くの人が、少なからずそう思ってる。

 私の『力』が皆の『日常』を守るために使えるのなら幸いだ。










 才人は手にしていた「双頭の片割れ」を地面に突き刺すと、ルイズやミルアがいる方に向かって歩き出す。
 おーい勝ったぞー、と言おうとしたら口の中に血の味が広がり思わず顔をしかめる。
 怪我の手当てしないとな、と思いつつ右手をルイズたちに振ろうとしたら激痛が走って一瞬間の前が真っ暗になった。その激痛を皮切りに体中に痛みが走り、才人はそのまま意識を失った。

 ぐらりと前のめりに倒れてゆく才人をルイズは慌てて受け止めた。
 受け止めたが小さなルイズの力では支えきれずに、才人を正面から受け止めたままルイズは後ろに倒れてゆく。
 そんなルイズの背中を今度はミルアが受け止めた。ルイズよりも小さい体をしているミルアだったが力だけなら充分ある。しかしバランスだけはどうしようもなかった。
 糸の切れた人形のようにぐったりしている才人、それを何とか支えようとして身じろぎするルイズ。
 おとなしくしてください、と言おうとしてミルアは自分のバランスが崩れたのを感じた。
 あー……これは駄目だ。と冷静に感じつつ背中に衝撃を感じた。
 才人とルイズの二人の体の下にミルアは埋もれる。
 肺から空気がもれたのか才人とルイズの体の下からぷぎゅ、と不可解な音が聞こえた。
 音を出した張本人としてはこのまま上の二人を押しのけることも可能だが約一名がボロボロの為そう簡単にはいかない、けれどこのままというわけにも。
 ミルアは埋もれたままどうしようかと考えているとふわりと才人の体が浮き上がった。
 対象を浮かび上がらせる魔法、レビテーションでふわふわと浮く才人。
 才人の重みから解放されたルイズが立ち上がり、

「あー、なんだあんたか……ありがとう」

 そう礼を言うルイズの前には一人の少女がいた。
 身長はルイズと大差ない少女だが胸部の戦力がルイズより圧倒的だった。
 意図的に小さめのサイズを着ているのかブラウスの胸元がぱっつんぱっつんである。
 淡い青色をした長い髪を風に流しながら少女は礼を言ったルイズに笑みをかえすと、未だ仰向けで倒れているミルアに近づいて、

「立てるかな?」

「はい。ありがとうございます」

 ミルアは少女の差し出した右手を掴み立ち上がった。

「才人さんの手当てしないといけませんよね」

 ミルアはそう言いながら、浮かぶ才人に近寄る。

「そうね。とりあえずこのまま運ぶわ。あんたもついてきなさい」

 ルイズはそう言うと浮かんでいる才人をよいしょと押していく。そんなルイズにミルアは近づくと先ほどの少女の方を見て、

「彼女は?」

 すると、ルイズはやや照れたように、

「一応私の友達かな。彼女だけなのよ、私の事『ゼロ』って馬鹿にしないの」

 そう言うルイズは本当に嬉しそうだった。





 学院長室から『遠見の鏡』と呼ばれるマジックアイテムで広場での決闘を静観していた学院長であるオスマンと教師のコルベールは二人して唸ってた。

「ミス・ヴァリエールが召喚した平民の少年……勝ってしまいましたね」

 コルベールがそう言うと、オスマンも自らの長い髭をいじりながら僅かに頷き、

「勝ちおったのぉ……」

 オスマンがそう答えるとコルベールは興奮した様子で、

「いくら相手が一番レベルの低いドットのメイジとはいえ、ただの平民が勝てるとは思いませんっ! やはり彼は私の推測通り伝説の使い魔『ガンダールヴ』っ!」

「始祖ブリミルが用いたとされる伝説の使い魔のぉ……」 

 オスマンはコルベールが持ち込んだ「始祖ブリミルの使い魔たち」をぺらぺらとめくる。
 始祖ブリミルが用いる「虚無」の魔法はとてつもなく強力である。強力故にその魔法の詠唱時間は通常の魔法よりも長い。
 その詠唱時間をかせぎ、主人の身を守ることに特化しているとされる伝説の使い魔「ガンダールヴ」あらゆる武器を使いこなし、千の軍隊を壊滅させ、並みのメイジでは歯が立たないとされている。
 オスマンはこれらのようなことが書かれている『始祖ブリミルの使い魔たち』をぱたりと閉じ、

「確かに君のスケッチした、彼の左手に刻まれたルーンはガンダールブの物。それにあの強さ。間違いはないじゃろうな」

「ではさっそく王室に報告して指示を―――」

「それには及ばん」

「何故ですっ? これは世紀の―――」

「大発見じゃろうなぁ」

「えぇそうです。現代によみがえった『ガンダールヴ』っ!」

 興奮しっぱなしのコルベールに対してオスマンはいたって冷静だった。その温度差は、はたから見ても激しかった。
 オスマンはやれやれといった具合で、

「そのガンダールヴを召喚したのは誰じゃ? 生徒たちの間で『ゼロ』と呼ばれてるミス・ヴァリエールじゃ。彼女は系統魔法どころか初歩のコモンマジックすら使えん」

「はい。そうです」

「ガンダールヴを用いたのは始祖ブリミルじゃ。で、その始祖ブリミルの系統は?」

「伝説とされる虚無の系統です」

 そこまで言ってコルベールはあることに気がついて、

「も、もしやミス・ヴァリエールの系統はっ!」

 さらに興奮するコルベールの眼前にオスマンは手をかざし、

「そこまでじゃ。これらのことを暇を持て余してる王室のボンクラどもに報告したらどうなる? 何をするかは確信はもてんが少なくとも生徒であるミス・ヴァリエールにとって良いこととはならんじゃろうな。もしも戦の道具なんかにされたらたまったもんじゃないわい」

 オスマンはそこまで言うとふぅ、と息を吐きコルベールを真っすぐ見ると、

「で、ミスタ・コルベール。君の職業はなんじゃね?」

 その言葉にコルベールは、はっとして、興奮一転、厳しい表情をして、

「はい。教師です」

「そうじゃ。なら、わしの言いたいことはわかるの?」

 オスマンの言葉にコルベールは頭を下げ、

「申し訳ありません。私が浅はかでした」

「よいよい。君ならわかってくれると思っておったよ」

 オスマンがほっほと笑うとコルベールの表情も若干和らいだ。
 コルベールは再び『遠見の鏡』に映る才人やルイズたちを見ながら、

「しかし、これからどうしましょうか……」

「しばらくは静観するしかあるまい。彼らの意思を尊重し、見守る。それだけじゃ」

「そうですね……ん?」

「どうしたのかね?」

 オスマンがそう尋ねるとコルベールは『遠見の鏡』を指差す。
 なんじゃ、とオスマンも『遠見の鏡』を見て、

「なんと……こちらに気づいておるのか?」

「おそらくは……」

 二人が見つめる『遠見の鏡』には確かにこちらをじっと見つめる白く小さな少女、ミルアがいた。
 ミルアは僅かな間、視線をそらすことはなかったが、ルイズに呼ばれたのか小走りでその場から動いた。
 オスマンは少し考えるように髭をいじりながら、

「彼女の事も考えねばならんのぉ……青銅のゴーレムを素手で打ち砕き、妙な武器を振りまわす。どう思うかね?」

「ただの平民ではないでしょうね……召喚された時に私のディテクトマジックを弾いたことからメイジでは、と思っていますが」

「あんな馬鹿力のメイジとか聞いたことがないがの」

「まぁ、彼女からは敵意を感じませんでしたし、今はおとなしくミス・ヴァリエールに従っているようですし、多少は警戒しつつ、彼女も静観ということでいいのでは?」

 困ったような表情をしながらそう言うコルベール。
 オスマンは僅かに頷きながら、

「そうじゃの……しかし、あの娘はいつもぱっつんぱっつんじゃのぅ……」

 オスマンの視線は才人を浮かべている少女の胸元に移っていた。
 その言葉に全身が脱力するのを感じたコルベールだった。





 目を開くとそこには知らないような、つい最近見たような天井が広がっていた。
 アレ? 俺、何してたんだっけ? と、目を覚ました才人は思い出そうとした。
 えぇと確か、ギーシュとかいう奴と決闘して、それで……あぁ、そうだ俺は勝ったんだ。
 で……それから?

「目が覚めましたか?」

 そう言ってミルアが才人の顔を覗きこんだ。
 さらさらとした長い前髪が才人の鼻をくすぐる。
 近い近いっ! 才人はあわてて返事をする。

「あ、あぁ、そうか俺、気を失ってた?」

「はい。三日ほど。まぁ、あれだけの怪我をしてたわけですから。見た感じ、いい具合にズタボロでしたけど死ぬような怪我はしてませんでしたし」

「ここは?」

「ルイズさんの部屋ですよ。見ての通り」

 ミルアに言われ才人が首だけを動かして周囲を見渡す。
 確かにルイズの部屋だ。
 しかも今まで、自分はルイズのベットで眠っていたようで、部屋の主であるルイズは椅子に座り机に突っ伏す形で眠っている。
 そこで、才人はふと自分があれだけの怪我をしていたにも関わらず大した痛みがないことに気がついた。

「……? 大して痛くないんだけど」

「でしょうね。学院にあった秘薬やら水のメイジによる治癒魔法やら、色々したようですから」

 才人が魔法すげぇと再認識しているとミルアが才人に頭を下げ、

「申し訳ありませんでした」

 そんなミルアに困惑したのは当然、才人である。
 謝られる理由にまったくもって心当たりがないので困惑して当然なのだ。

「え? なんでミルアが謝るの? むしろ俺、決闘のとき助けられた側なんだけど。あ、もしかして横から割って入ったこと? だったら全然気にしてないからいいよマジで」

 そう言う才人にミルアは首を横に振る。
 なら何、とますます困惑する才人にミルアは、

「そもそも才人さんが決闘をする羽目になる前に私が止めるべきだったんです」

「なんで?」

「私は才人さんより『異世界』というものには慣れてるんです。いわば先輩です。なのにこの有様です。ですから―――」

「ちょっと待った」

 ミルアの言葉の途中で才人が待ったをかけた。
 そして才人は苦笑しながら、

「確かにミルアの言うこともわかるけどさ、今考えるとあの決闘は自業自得みたいなものなんだよ。ギーシュだっけか? あいつも酷いことしたけど、俺も俺であいつに対して、このキザ野郎、みたいに挑発してるんだよ。頭に血が上った馬鹿な男同士の喧嘩の成れの果てだよ」

 才人が言い終えると、ミルアは僅かに首をかしげ、

「男の人は基本馬鹿である。と聞きました」

 ミルアの言葉に才人はがっくりと頭を垂れ、

「あ、あながち否定できません」

 そんな才人にミルアは、

「とにかく目が覚めてなによりです」

 そう言って才人の手をぎゅっと握る。
 ミルアの手ちっちぇぇ、そして白っ! 才人がそう思っていると部屋のドアがコンコンとノックされた。
 ミルアがドアを開けるとメイドのシエスタがひょこっと顔を覗かせ、

「よかったサイトさん目を覚まされたんですね? 体の方は大丈夫ですか?」

 シエスタの言葉に才人はニカっと笑うと、

「おう、もう大丈夫だよっ!」

 才人の言葉にシエスタもニコリと笑い、

「よかった。三日も目を眠ってらしたからもう目を覚まさないんじゃないかって、皆心配したんですよ?」

「皆?」

「厨房の皆です」

 シエスタの言葉に才人はなるほどと納得する。
 ルイズやミルアは知らないが、才人はルイズから昼食を取り上げられた際に、厨房でまかない食をもらっていたのだ。
 シエスタや厨房の皆とはその時に知り合いになっていた。

「ん……うん……?」

 不意に要領を得ない声が聞こえた。
 声の主はルイズで目をこすりながらその身を起こした。机に突っ伏して眠っていたためかよだれの跡が僅かに頬に残っている。
 実にみっともないが、ルイズはこれでも、ここトリステイン王国の公爵家の三女です。いいとこのお嬢さんなのだが寝起き姿に家柄も何も関係はない。

「ルイズさん、おはようございます。才人さんも目を覚ましましたよ」

 ミルアがそう言うと、ルイズは口元をぐしぐしと拭うと才人が横たわるベットまでつかつかと近寄り、

「起きたのならどきなさい」

 開口一番容赦のない一言。
 才人は意味がわからず、ぽかんとした顔をして、

「へ?」

「どきなさいって言ったのよ。そこは私のベッドよ」

 ルイズはそう言うと才人の首根っこを掴みベッドから引きずり出そうとする。
 それを見たミルアは、止めようとルイズに近づいた。
 才人は才人で、そう簡単に引きずりおろされてたまるかと抵抗している。
 しかしルイズは負けじと、いっそうの力をいれて才人を引っ張った。
 その時、ルイズは自らの肘が何かにぶつかったのを感じた。
 それと同時にジーンと肘に痛みが広がる。
 その痛みに顔をしかめつつ、いったい何が自らの肘に当たったのか確認しようと振り向いた。

「いはい(痛い)です……」

「げ……」

 それを確認したルイズは思わず品にかける声をあげた。
 ルイズの視線の先には鼻を押さえたミルアがいた。鼻を押さえる手から赤い血がぽたぽたと滴り床に落ちる。
 才人は、あーあ、やっちゃった、と言う顔をし、シエスタはおろおろしている。
 当のミルアはいつも通りの無表情で鼻を押さえていたが直ぐにその手を離した。既に血は止まっているのか、流れてくることはないが、口まわりや手が血で染まっている。
 ルイズは苦々しい表情をすると、

「……ごめん」

 そう言って自らのハンカチでミルアの口周りをごしごしと拭うと、シエスタの方を見て、

「えぇと、シエスタだっけ? 床も拭きたいから水と拭く物持って来て頂戴。あとこれもよろしく」

 そう言って血を拭ったハンカチをシエスタに渡した。
 そして再び才人の方を見て、

「サイト。あんた、とりあえずあと一日はそのベット使わせてあげるわ。ありがたく思いなさいよ。後、この二つ隣の部屋に私の友達がいるから、動けるようなら礼を言ってきなさい。あんたを此処に運んだり手当てを手伝ったりしてくれたんだから」

 ベッドを使わせてもらえるなら、おとなしく言うことを聞くべきだと判断した才人は、ルイズの言葉にこくこくと頷く。
 そんな才人にルイズは、左手を腰に当て、右手でびしっと指をさすと、

「あと先に釘をさしておくけど、ギーシュに勝ったからって調子に乗らないことっ! あんたは私の使い魔なんだからねっ!」

 桃色がかったブロンドをなびかせ、勝気な瞳は、いたずらっぽく輝いている。才人的にはお胸様が残念でならないが、ルイズは美少女だ。
 態度がでかくても、かわいいったら、かわいいのだ。
 誰がどう見ても美少女なのに言ってる事、きっついなー……と才人とミルアの内心がシンクロしていた。





「我らの剣がきたぞっ!」

 才人が厨房を訪れると、そう声をあげて歓迎する四十過ぎの太ったおっさん、魔法学院の料理長マルトー。
 気持ちのいい笑顔をしてマルトーは才人の肩を、昔からの親友のように抱く。
 才人も少々照れた表情を浮かべている。
 傲慢な貴族を倒した平民として、同じ平民であるマルトーを始め、厨房の面々は才人を「我らの剣」といって歓迎し、才人が来るたびに食事をふるまっていた。
 怪我も完治し出歩けるようになった才人は毎日のように厨房に来ては歓迎され食事をふるまわれていた。というのも才人が毎日のようにルイズに朝食やら昼食やら夕食やらと、どこかしらで食事抜きの罰を受けていたからである。何故そんな罰を受けていたのかと言えば、才人が毎日のように、ご無体なご主人様にささやかな仕返しをしていたからだ。
 パンツのゴムに切れ目を入れてみたり、ルイズの顔を洗うふりをして、その綺麗な顔に落書きしてみたり。
 実にくだらない、かつ、しょうもない仕返しを色々やった。
 そのたびに食事抜きの罰を受けていた。
 ちなみにミルアに気付かれると注意されるので、これら仕返しは慎重に行った。
 結果として後からミルアに、

「あほですか貴方は? 気持ちは理解できますが、その内、私がチクっちゃうかもしれないですよ?」

 とキツい警告のお言葉をいただいてはいるが、ルイズに対する仕返しは成功しているので才人はよしとしていた。
 ちなみに才人は何度かミルアを厨房に誘ってはいるが、ルイズの機嫌が悪くなるであろうと判断したミルアはその誘いをすべて断っていた。
 自分の代わりにルイズのご機嫌取り、申し訳ない。そう思った才人は毎日のように料理長お手製のサンドイッチをミルアにこっそり渡していた。
 ちなみにミルアは約四人分はあろうかというサンドイッチをあっという間に胃袋に収めるという技を才人の目の前で披露し、才人は目を点にしたとか。

「どうぞサイトさん」

「ありがとうシエスタ」

 シエスタがグラスにワインをつぎ、才人はシエスタに礼を言う。
 シエスタは、魔法が使えない同じ平民である才人が貴族を倒したことによってなのか才人に心奪われているようで、ワインをぐいっと飲み干すその姿をうっとりと眺めていた。
 厨房の皆はそんなシエスタに気づいており時折にやにやと才人をシエスタを眺めていた。すぐにでも冷やかしの声をあげそうである。
 今まさに恋の花満開のシエスタの目には才人の一挙一動が高感度アップになっており、毎日のように厨房に来る才人に対して、シエスタの乙女心は既に限界を突破し現在進行形で新記録を樹立し続けていた。
 恋する乙女というのは時折おかしいようだ。
 そんなシエスタの心中に、ヌケている才人は気づくことなく、やはり毎日のように厨房に顔を出し続けていた。

 毎日のようにルイズの世話をし、くだらない仕返しをし、厨房に顔を出す。
 才人はいつの間にか使い魔としての毎日をすっかり受け入れていた。
 何処かヌケている彼の性格は、妙なところで功を奏していた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零七話 平民で使い魔のおまけで……
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/07/15 22:32
 お風呂は好きです。
 服だの何だの邪魔なものは全部取っ払って暖かいお湯につかる。
 あのなんともいえぬ高揚感、癖になります。
 あんまりにも気持ちいいから、ついつい、うとうととしてしまうのは仕方ないことなんです。
 仕方ないったら仕方ないんです。









 ミルアは表情の変化もほとんどないうえに感情の起伏も大してない。 感情の起伏が大してないものだから表情の変化のなさに拍車がかかっている。
 ミルアが才人と共に召喚されてから数日、才人が使い魔としての仕事もそこそこに学院の平民と仲を深めたり、いつの間に決闘相手のギーシュと仲直りして友人になってたりとしてる中、ミルアはただ黙々とルイズの身の回りの世話をしていた。
 そんなある日の夕食後、ルイズの部屋で、ふとミルアがぼそりと呟いた。

「お風呂に入りたい」

 と。
 そばでそれを聞いていたルイズは、

「平民用のお風呂、教えたはずでしょ?」

「違うんです。サウナで汗を流して、水でばしゃぁ……違うんです」

 やはりミルアの表情に変化は見れないが声のトーンが僅かに沈んでいる。
 さすがにルイズもそれに気がついていた。
 ルイズの言う平民用の風呂とはミルアの言葉通り、サウナで汗を流し、その汗を水で流す。というものだった。
 それはミルアにとって、もの足りないというより、じっくりくつろぐというものではなかった。

「もしかして、お湯につかりたいの?」

 ルイズの問いにミルアはこくんと頷いた。

「ん~、でも、お湯につかれるのって貴族用のお風呂なのよね。あんたはよく働いてくれるから、それに報いてあげてもいいんだけど、お風呂は他の生徒も使うからなぁ……」

 う~んと頭を悩ませながら、ルイズは不意にミルアを頭のてっぺんからつま先まで見た。
 小さいなぁとルイズは思った。
 自分の胸と見比べてとか、そんなむなしいことはしていない。
 全てが自分より小さいのだ。
 自分の身の回りことをてきぱきとこなすミルアだが、その仕事内容の中には多少力のいることもあったりする。
 それを自分よりはるかに小さい子がこなしているのだ。
 自分は貴族で目の前のミルアは平民。
 それほど遠慮することでもないのだろうし、何より本人が申し出ているのだから、特に気にすることなくこき使っていたが、考えてみるとどこか釈然としないものがある。
 せめて日々の生活ぐらい少しは向上させてやってもいいのではないのか? と、ルイズの中で出てくるがいい案が浮かんでこない。
 考えているうちに天井を見上げいたルイズは再び視線をミルアに戻した。
 自分より頭一つ以上は小さいのではないのか? そう思ったルイズはあることを思いつき、

「大きな釜に湯を沸かせば、あんたの体なら充分お風呂として使えるんじゃないの?」

 そう言いつつ、なんか罪人放り込むみたいだけど、と自分の案に内心突っ込んでおく。
 ルイズの内心は余所にミルアはこくりと頷くと、

「それいいですね。では早速大きな釜を探してきます」

 ミルアはそう言うとルイズの部屋を後にし、使わない釜がないかと、それがありそうな厨房を目指していった。






 使わない大きな釜はあっさりと見つかった。
 厨房を覗きこむと才人がおり、その才人を伝手にミルアは大きな釜を手に入れることができた。
 手に入れた釜はミルアよりも、はるかに大きく、頭上に担ぐようにして、ミルアは釜を運んだ。
 えっちらほっちらと、ミルアはその釜をヴェストリの広場、その隅っこの地面を軽く掘り、そこに出来た穴にはめ込む。
 人気もないようだし、邪魔にもならないしちょうどいい。濡れた体を拭くためのタオルも用意した。あとは湯を沸かすだけ。
 せっせ、せっせと井戸で組んだ水を釜に放り込み、さて沸かそうかと、ミルアは右手の袖をまくりあげた。
 ミルアの右手が淡く光りはじめ、低く空気を震わせるような音と共に約五十センチほどの刃状の光が、ぴんと伸ばした指先からのびる。ライ○セイバーやビー○サーベルといった具合に。
 ミルアはソレをおもむろに水の中へと突っ込んだ。
 水の中へ突っ込むと同時にジュウ……と音がし、わずかに水が蒸発する。
 よし、あとは待つだけだ。ミルアがそう思っていると、

「そこで何をしているのですか?」

「えぇと、コルベール先生でしたか?」

 不意に現れたコルベールにミルアが逆に問うとコルベールは頷いた。
 コルベールはミルアに近づくと釜の中を覗き込むと驚いたような顔をした。
 そして水の中で光り続けているミルアの右手を指差し、

「こ、これはっ? いったいっ?」

 その問いにミルアはわずかに首をかしげ、

「一応、私が使える魔法の一つ。ですかね……」

「すると、やはり君はメイジだったのですねっ?」

「魔法を使えるという点ではそうなのですが……まぁそこはいいです。ただ、あなた方の使う魔法と私の使う魔法はまったく違うものですけど」

 ミルアの答えにコルベールは怪訝な顔をして、

「我々と違う? もしや先住魔法?」

「私にはそれがどのような魔法かはわからないのですが……私はこのハルケギニアの生まれでも育ちでもありませんから」

 そうミルアは答えるがコルベールは理解できていないようだった。
 まぁ仕方ないか。ミルアはそう思い、右手を水の中に突っ込んだまま、自分が此処、ハルケギニアに来た経緯をコルベールに話すことにした。





「ふむ、異世界のメイジですか……なんとも信じ難い話ですね……」

 ミルアの話を聞いたコルベールは難しい顔をする。
 そしてあることに気がつき、

「ミス・ヴァリエールには話したのでしょう? 彼女はなんと?」

「とりあえず信じる。といったところでしょうか。証明が困難な話に時間をかけたくなかったのでしょう。本心では信じてないと思いますよ? まぁそれが賢明だと思いますが」

 ミルアの言葉にコルベールは苦笑して、

「彼女は賢い生徒ですからね」

「コルベール先生はルイズさんをどう思っているのですか?」

「どう、とは?」

「ルイズさんのあの爆発です」

 ミルアの言葉にコルベールは首を横に振る。
 その顔に浮かんでいる表情にミルアは疑問を抱き、

「どうしてそんな表情を?」

「私はどんな表情をしていましたか?」

「くやしそうな……そんな表情だと私は感じました」

 ミルアの答えにコルベールはわずかに頷き、

「確かに私は悔しいです。教師でありながら彼女を導いてあげることができない。私にはどうして彼女の魔法がすべて爆発という結果になるのかわからないのです。彼女は周囲から馬鹿にされても涙をこらえ努力を続けているというのに……その証拠に彼女は座学に関しての成績はトップなのですよ。私は彼女が決して無能などではないと信じています」

「無能などではない……ですか」

 そうつぶやいたミルアに今度はコルベールが問う。

「あなたはミス・ヴァリエールの事をどう思っているのですか?」

「無能ではないと思っています。先ほどの信じられない話に戻りますが、異世界にいる才人さんの前に召喚のゲートを開き、このハルケギニアに召喚したのです。他の方が信じていなくても私はルイズさんが無能でないと確信しています」

 その答えにコルベールは嬉しそうな表情を浮かべる。
 しかし、

「ところでメイジが扱う魔法の系統には『土』『水』『火』『風』の四つしかないのですか?」

 ミルアのその問いに表情をかたくした。
 その表情が答えと受け取ったミルアは確認するように、

「他に系統があるのですね? その反応を見るに答えづらい事のようですが」

 コルベールはほんのわずか黙っていたが、ミルアの目をまっすぐ見ると、

「君はミス・ヴァリエールの味方であってくれますか?」

「質問の意図がわかりません。ですが……そうですね。知り合って間もないですが、ルイズさんは悪い人間とは思えません。まっすぐで、あの虚勢を張ったような態度の下にも優しさのようなものを感じるときもあります。私は心云々はとても苦手なのですが……ルイズさんの味方でありたい。そう思えるものが確かにあります」

 ミルアがそう答えるとコルベールの表情が和らいだ。

「ミス・ヴァリエールの系統に関してはまたの機会ということでかまいませんか? 私の一存で話せることではないので」

 コルベールがそういうとミルアはこくりと頷いた。

「ところで最初の質問になるのですが、君は何をしているのですか?」

 そう言ってコルベールは釜を指差す。

「お風呂に入りたくて湯を沸かしているのですよ」

「君の故郷ではそんな熱湯に入るのですか?」

「はい?」

 ミルアは首をかしげて釜の中をみた。
 ぐつぐつぐつ―――
 沸騰していた。





 釜につめた水が沸騰し熱湯と化した後、ミルアは素直に冷めるのを待った。
 たわいもない雑談をしながらコルベールもミルアに付き合った。
 コルベールの話によれば彼は自らの属性である『火』を研究しているらしい。
 そんな話をしているとミルアは釜の熱湯が程よく冷めてきたことに気がついた。
 コルベールもそれに気がつき、

「おや、ミルア君、どうやら冷めてきたようですよ……え?」

 驚きの声を上げるコルベール。
 彼の視線の先には既にすっぱだかのミルア。病的なまでに白い肌が夜空に浮かぶ双月の光で怪しく映る。

「み、ミルア君? 女の子がそう恥ずかしげもなく……」

 うろたえるコルベールに対して、ミルアは何のことかわからない、といった具合に首を軽くかしげ、よいしょ、と釜の淵をまたぐ。
 コルベールは考えた。
 男として紳士として、羞恥心の欠片も持たない少女に対してどうするべきか。
 そして彼は結論を出した。
 早々に立ち去ろうと。うろたえてはいけない。何故なら私は紳士だから。

「そ、それではミルア君、私はそろそろ失礼するよ」

「はい、それでは。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 コルベールはそう言い足早にその場を後にした。

「月が二つというのも悪くないですね」

 コルベールが立ち去った後、ミルアは夜空に浮かぶ双月を眺めながら呟く。
 こんな、なんでもない日常が続くというのも悪くない。

「のんびりと過ごす日々も悪くない。悪くないですよ」

「ん~? でも、世界はそうやさしくはないよ? 今も他所の国では内戦で大変みたいだし。え~と何処だっけ?」

「アルビオン」

 思わず心中を声にしたミルアに誰か答え、その誰かの疑問に、更に誰かが答えた。
 その誰か達がいる方向へミルアは視線を向ける。
 そこにいたのは、短めの青い髪をしていて、眼鏡をかけ、大きな杖を持った、ルイズ並みに小柄な少女、タバサと、タバサよりも長く、薄い青い髪、ルイズ同様の背丈だが胸部の物量が圧倒的にルイズよりも上な少女。以前ギーシュとの決闘でボロボロになった才人をレビテーションで運んでくれたルイズの友人。
 よく考えたらミルアは二人の顔を知っているだけで名前を知らない。

「そうそう、アルビオン。さすがタバにゃん~」

 そう言いタバサに抱きつこうとする少女を、タバサは手にした大きな杖で押しのけながら、

「うっとうしい」

 ばっさりと斬り捨てた。
 タバサにばっさりと斬り捨てられた少女は、がっくりとひざをつく。ご丁寧に両手も地面につきうなだれている。がっくりとひざをついてはいるが、どうにも真剣に落ち込んだ様子がない。
 タバサにいたっても手馴れたように少女を斬り捨てた。
 なるほど、この二人はいつもこんな感じなのでしょうね。ミルアはそう思いながら、

「こんばんは」

 ミルアがそう声をかけると少女はがばっと顔を上げ、

「こんばんはミルミルっ!」

 満面の笑みでそう返す。
 一方のミルアは内心、ミルミルって何だ、と突っ込んでいた。
 そんな中、タバサが一歩進み出て、

「はじめまして」

 ミルアの目を見てそう言った。
 それを見た少女が目を輝かせ二人の間に割って入ろうとしたが、タバサの杖がその眉間を捉え、少女はその場で悶絶する。

「はじめまして。私はミルア・ゼロといいます。貴方は?」

「タバサ」

 一言で自己紹介を終えるタバサ。
 そこへ復活した少女が、

「私も自己紹介はまだだったね。イクス・ニーミス。よろしくねミルミル」

 と、にこにことしているイクスに、だからミルミルってなんだ、と再び心の中で突っ込んでおくミルア。
 そんな中、タバサはミルアが入っている釜を指差し、

「お風呂?」

「はい。お風呂ですよタバサさん」

「ふ~ん、自作のお風呂か。なかなか賢いねミルミル……て、タバにゃん?」

 イクスの視線の先には既に全裸のタバサ。なんたる早脱ぎ。
 双月に照らされるタバサの体。
 ほっそりとしていて、無駄な肉がついていない体。無駄がないといっても女性特有の曲線はしっかりとあり、小柄な体格とあいまって愛らしく、保護欲をかきたてる何かを放っていた。
 そんなタバサは釜の淵をまたぎ、そのまま湯につかる。
 そして、双月を見上げ、

「悪くない」

「それはよかったです」

 心地よさそうに目を閉じるタバサに、ミルアも僅かに頷いた。

「ところで、先ほどアルビオンという国が内戦状態と聞きましたが、ここから遠いのですか?」

「ハルケギニアの地理に関しての知識は?」

 そうタバサから返された質問にミルアは首を横にふった。
 それを見たタバサを夜空を指差し、

「アルビオンは浮遊大陸、常に移動していて時期によっては近い」

 そう答えたタバサはミルアの瞳を覗き込むようにして、

「何か気になるの?」

「いえ、その内戦の火が何かしらの形でこちらに飛び火でもしたら嫌ですし」

 ミルアの答えにイクスも頷いていた。
 だが、すぐに苦笑しながら、

「まぁ、この国で何かあっても、最悪私たち留学生は自国に帰るって選択肢もあるけど」

「私たち? イクスさんとタバサさんは留学生なんですか?」

「そうだよ、私とタバにゃんはガリアのからの留学生」

 イクスはそう答えるが、地理に関しての知識がないミルアは「ガリアですか」と呟いて僅かに首をかしげた。

「貴方の国は?」

「え?」

 タバサからの問いにミルアはなんと答えたらいいのかと、わずかに詰まった。
 そして、しばらく考えた後、

「根無し草みたいなものですから、なんとも言えないです」

 そう答えるミルアに、イクスは興味がわいたのか身を乗り出して、

「もしかしてずっと旅とかしてたの? だったら聞かせてほしいな」

「ぜひ」

 イクスの提案にタバサも乗り気だった。
 一方のミルアは非常に困った。
 ミルアの旅というのは、もっぱら異世界から異世界へというものだったからだ。
 どう説明したものかと頭を悩ませた末、当たり障りのない出来事を話すことにした。

 森で野宿して、翌朝目が覚めたら森の外が戦場と化してて危うく流れ弾に当たりそうになった。とか。

 地上を疾走する巨大な竜に追いかけられた。とか。

 適当に選んだエピソードだったが二人には思いのほか好評だった。
 しばらくすると、タバサが立ち上がった。

「タオルでしたら、そこに持ってきてますよ」

 そう言いミルアが指差す先には脱ぎ捨てた服の山の中にタオルがあった。
 タバサは「ありがとう」というとそのタオルで素早く体を拭き、服を着てマントを羽織る。
 そして、

「旅のこと、またいつか聞かせてほしい」

「私もお願いね」

 タバサとイクスはそう言うとミルアに軽く手を振りその場を後にした。
 残されたミルアは再び双月を見上げる。冷たい風が頬をなでてゆく感覚。
 こんな日々、本当に悪くない。
 ミルアはそう思いながら僅かに目を閉じた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零八話 行く先は街
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:35
 それを見てどこか懐かしさを感じた。
 意思のある無機物。
 彼らはどのような関係を築くのだろうか。
 互いにかけがえのないパートナーとなってほしいと思った。
 しかし、同時に無機物である彼が振るわれない未来も願って・・・

 だが、きっとこの願いはかなわない。
 なぜかそう思えてならない。
 この出会いに意味があるのなら、きっと私の願いはかなわない・・・










 ミルアと別れた後、タバサは自らのベットに座り本を広げていた。
 しかし、その視線は、タバサの机で手紙を書いている友人の背中に向けられていた。

 友人。

 少なくとも表向きは、いつも無表情で寡黙なタバサの、数少ない友人とされているし、周囲の人間もそう認識している。

「イクス」

「ん~、何かなタバにゃん?」

 タバサの呼びかけにイクスは振り返りながら答えた。
 普段と変わらないような笑みを浮かべているが、双月の明かりをバックにしたその笑みは、とても怪しく映る。
 その表情にタバサは背中がぞくりとするのを感じた。
 時折、見せる得体の知れない感じ。
 タバサはそのたびに背中をぞくりとさせていた。
 いつになっても慣れないことに僅かながら歯がゆさを感じている。
 タバサは軽く、そして目の前の人物に気がつかれないようにつばを飲み込み、

「何を書いているの」

「手紙だよ。見たまんま」

 イクスはそう言って机の上の手紙を指でつまみ上げひらひらとさせる。
 わからない。
 タバサはイクスの表情をみてそう思った。
 タバサ自身も無表情ゆえ、よくわからないと言われたりするが、イクスに対するわからないはソレとは違った。
 絶対に見たままとは違うことを考えている。
 笑みを浮かべているが、心から笑ってはいない。
 タバサはイクスのことをそう思っていた。

「手紙は見ればわかる。内容を聞いてる」

 タバサの問いにイクスは笑みを浮かべたまま、

「ここ最近の出来事を書いてるんだよ」

 イクスの答えにタバサは僅かに眉をひそめる。
 ここ最近の出来事、イクスはそう言った。
 ここ最近の出来事で特筆すべきことは限られている。

「あの二人のこと、本国に報告するつもり?」

「あの二人? ルイズのところのサイトくんとミルミルのこと? 勿論報告するよ」

 そうイクスが答えると、タバサは「そう」とだけ呟き視線を本へと落とした。
 傍から見れば興味なさ気ではあるが、その実、タバサはかなり警戒している。
 イクスはそんなタバサをあやすように、

「大丈夫だよ、仮に本国から、あの二人をどうこうしろと言われても、私に従う義務はないし、その気もない。私の役目は、あくまで報告とタバにゃんの監視だから」

 そんな言葉にタバサは視線を僅かに上げた。
 それを見たイクスはよりいっそうの笑みを浮かべる。
 本来、タバサの監視という任務に関して本人には告げるなと本国からは言われていたが、イクスは入学初日からタバサに告げていた。
 タバサはその身の特殊な境遇ゆえ、監視されてても不思議ではないと思っていたが、まさか監視してる本人から、あっけらかんと告げられた時は驚いた。
 あれから随分たつが本当にイクスという人物がわからない。
 最近ではもう理解するのは諦めようかとさえタバサは思っていた。
 そんなタバサの心中を、知ってか知らずか、イクスは言葉を続ける。

「私はね、ルイズも、この学園も本当に好きなんだよ。だから面倒ごとをこれ以上持ち込むつもりはないの。だから、タバにゃんの友達のキュルケも大丈夫だよ。最も、私の言葉を信用するかしないかはタバにゃんに任せるけどね」

 イクスはそう言うと、手紙を手に立ち上がり、扉のほうへ歩いてゆく。
 続きは自室で書くつもりなのだろうか、扉の取っ手に手をかけ、

「それじゃぁ、タバにゃん、おやすみ。また明日ね」

 そう言って部屋を出てゆくイクスの背中を、タバサは無言で見送った。






「二人とも街へ行くわよ」

 ルイズの言葉に才人とミルアは手を止めた。
 二人してルイズの部屋の掃除をしていたのだが、そんな二人をじっと見ていたルイズが唐突に「街へ」と言い出したのだ。
 なんの脈絡もなくそんなことを言い出したのだから、当然二人には、ルイズが何故そんなことを言い出したのかわからない。
 よってミルアは僅かに首をかしげ、

「何ゆえ?」

 ミルアがそう疑問を口にするとルイズは才人の腰を指差して、

「才人が腰に提げてるソレ、あんたのでしょ?」

 ルイズがソレと言って指差したのは、才人の腰に提げられた『双頭の片割れ』
 才人がギーシュとの決闘した際、ミルアが地面に突き刺し、才人が使用した物だ。
 あの後、才人はミルアに礼を言って、その後はミルアが持っていたのだが、最近になってミルアに持たされたのだ。
 と、いうのも原因はキュルケにある。
 あの決闘以降、キュルケは才人に興味を持ったらしく、頻繁にアプローチしてくるのだ。
 そんなことは、当然キュルケの取り巻きたちにとっては面白くない。
 その内、また決闘を申し込まれたり、平民が相手だからと問答無用で襲われるかもしれない、と傍から見ていたミルアが判断して才人に再び貸していたのだった。
 そして今現在も『双頭の片割れ』は才人の腰にぶら下がっていた。

「いつまでも自分の使い魔が人の物つかってるなんて、ご主人様である私が、なんかお金ケチってるみたいでよくないと思うの」

 ルイズはそう言ってぶすっとした表情をする。
 そして、才人を見ながら軽くため息をついて、

「それにしても、あんた剣士なのになんで自分の剣持ってないのよ」

「え? いや、俺、剣士じゃないから」

 才人はそう言って首を横に振る。
 するとルイズは、は? という顔をして、

「だって、あんたギーシュと決闘した時この子の剣使ったじゃない。ものの見事に」

 そう言ってミルアを指差した。
 才人は頭をかきながら、

「いや、俺にもよくわかんないんだよ。この『双頭の片割れ』だっけ? これを握ったらなんか体が自然と動いて・・・」

「なにそれ? もしかしてその『双頭の片割れ』ってそういうマジックアイテムだったりするの?」

 ルイズの言葉にミルアは首を横に振りながら、

「いいえ、その『双頭の片割れ』にそんな特殊な機能はありません。恐ろしいまでの強度と軽さ、持ち運びの便利さが売りです」

 ミルアがそう言うと才人が、ふぅん、といいながら『双頭の片割れ』を軽く振り、それをそのままルイズに差し出す。
 ルイズはおっかなびっくりで持ってみるが、驚いた顔をして、

「なにこれっ? すごく軽いじゃない。私たちが一般的に使う杖と大して変わらないわよ」

「はい、軽いですよ。材質は私にもわかりませんが。あぁ、それと持ち手を持ったまま『元に戻れ』みたいな事を念じてみてください」

 ミルアの言葉にルイズは怪訝な表情をしながら言われたとおりに『元に戻れ』と念じてみた。
 すると、低く鈍い金属音を断続的にあげながら、あっという間にやや長方形で手のひらサイズの金属片へと縮まってしまった。
 才人から見ると、ちょうど薄い文庫本といった感じに。
 無論この光景に才人とルイズは驚く。

「えええぇえぇ? 何これ? 何これっ?」

「おおおぉぉっ! すげぇ!」

 ルイズはわたわたとしていたが才人は普通に感動していた。
 ミルアはルイズの手から『双頭の片割れ』を受け取り、

「あと、普通に『伸びろ』とかみたいな事を念じれば―――」

 ミルアがそう言いながら手にした『双頭の片割れ』を横へ振ると、先ほどと同じように断続的な金属音と共に、剣のような形状へと変化した。
 するとルイズがあることに気がつき、

「今、あんたそれを横に振ったけど、念じるだけなら意味なくない?」

 ルイズのその言葉にミルアは顔を僅かに赤らめる。
 そして、そのまま、ルイズや才人から顔をそらして、

「ちょっと、かっこつけてみただけです」

 そう呟いた。
 そんなミルアにルイズはクスリと笑うと、再び才人の方を見て、

「そうそう、あんたが剣を使えたことだけど、もしかしたら、その左手のルーンのおかげかもね」

 ルイズが才人の左手を指差し、才人もソレにつられて自らの左手に刻まれたルーンを見る。
 ミルアも才人のそばによってきて、その左手を覗き込む。

「犬や猫なんかが使い魔になったりすると人間の言葉をしゃべれるようになったりするんだけど、あんたは人間だからね。ある程度の雑務は最初からできるから、使い魔として主を守れるように『剣を使える』って能力が与えられたのかもね。まぁ確証はないんだけど」

 ルイズがそう言うとミルアが思い出したかのように、

「そういえば決闘の時に『双頭の片割れ』を握った才人さんのルーンが光ってましたよ」

「おぉ、そういえば確かに俺のルーン光ってた」

 その答えにルイズは驚いたように、

「え? そうなの? だったらそうなんでしょうね」

 だったらルイズさんのおかげですね、と言おうとしたミルアはその言葉を飲み込んだ。
 なんとなく展開が見えたのだ。





「ところで街に行くって、いつですか?」

 ミルアの問いにルイズはタンスから金貨の詰まった財布を出しながら、

「今からよ今から。今日は虚無の曜日だから」

 ルイズの答えにミルアはわからないという具合に首を傾げた。
 その仕草の意図を理解したルイズは、

「要は休日よ。馬で三時間かかるから早めに出ましょ。まだそんなに日も高くないから着くのはちょうど昼ごろになるだろうし、買い物を済ませたらそのまま昼食にしましょ」

 そう言うとルイズは財布を才人に押し付けた。
 金貨のぎっしり詰まった財布を渡された才人は、その量と重さに驚きながら、

「え? 俺が持つの?」

 才人が困惑するが、財布は下僕が持つものらしい。
 何故か使い魔と下僕がイコールで結ばれていた。
 才人は何か言いたげだったが、そこは堪えて財布を自らのポケットにねじ込んだ。





「着いたわよ。ここがトリステインで一番大きな通りのブルドンネ街よ」

 街の門で、馬を預けたルイズはそう言うと通りの先を指差し、

「そして、この先に宮殿があるわ―――って聞いてる? 二人とも」

 見ると才人は壁に片手をつき残りの手で腰を押さえていた。
 ミルアはあたりをキョロキョロと見渡している。

「腰が・・・腰が痛い」

 才人がそうぼやくの仕方がない。
 馬に乗った経験など皆無にもかかわらず、いきなり三時間も乗り続けていれば腰も痛くなる。
 そんな才人を見ながらルイズはやれやれと首を振り、

「まったく、馬にも乗ったことがないなんて。で、そこ、あんまりキョロキョロしないみっともないでしょ」

 ルイズに諌められミルアもおとなしくした。
 白い石造りの街。
 やや質素な服を着た人々が通りを行きかっている。
 いかにも剣と魔法のファンタジーな世界に似合いそうな街で、通りの幅は約五メートルほど。
 そこかしこに露店があり商人たちが声をあげ様々な商品を売っていた。

「どう? 街の印象は?」

 ルイズがやや得意げに聞くと才人は困ったような表情をする。
 その表情をルイズがいぶかしんでいると、

「正直に言っていいですか?」

 ミルアがそう言い、ルイズが頷く。
 通りをざっと見渡したミルアは、

「狭いです。人の密度高くてうっとうしいです」

 ミルアがそう言うと才人も頷いて、

「うっとうしいは別にして、俺も狭いと思った」

 二人の答えにルイズは「はぃ?」と声を上げた。
 ルイズには悪いが二人が「狭い」という感想を持ったのは仕方がない。
 才人の故郷である日本も国土が狭いほうだが、国一番の大通りの幅が約五メートルしかないなんてことはない。
 ミルアも才人同様もっと広い通りなんていくらでも見てきた。
 しかも約五メートルほどの幅の中で露店があったりするのだから、人が立ち止まっていたりで、かなりの人口密度だった。
 才人やミルアの事情を知らないルイズはぶすっとして才人の耳をひっぱり、

「ほらさっさと行くわよ。あぁ、それとスリも多いから気をつけてよね。それ私のお金なんだから」

 そう言われた才人はルイズの手を振りほどくと、

「いや、こんな重い財布簡単にすられないって」

「魔法を使われたら一発よ」

 そのルイズの言葉に才人はあたりを見渡し、

「でもメイジっぽい人いないけど」

「そうですね、確かにマントを着たメイジはいないですね」

 才人の言葉にミルアも半ば同意した。
 学園のメイジは皆マントを着ている。
 メイジか、そうでないかを見分けるにはマントが一番手っ取り早いのだ。
 するとルイズは二人を壁際まで引っ張ると小声で、

「メイジは人口の一割にも満たないし、勘当されたりや何やらで貴族でなくなって犯罪者に成り下がったメイジもいるのよ。そういう連中はわざわざマントを着たりしないわ」

 ルイズの言葉に二人とも納得して頷く。
 それに満足したのかルイズは軽く手をパンと叩き、

「というわけで寄り道とかせずにさっさと行くわよ」

 そういってずんずんと前を歩いていくルイズを才人とミルアはあわてて追いかける。
 ルイズは狭い路地裏の入り口で二人を待っていた。
 二人が追いつくとルイズは路地裏へ入ろうとして、ぼろぼろの服を着た男とぶつかりそうになり、あわてて男をよける。
 昼間から酒でも飲んでるのか男は足元がおぼつかない。
 ルイズは男をキッと睨みつけるが、その男はそれに気づくこともなくふらついたまま歩き、才人にもぶつかりそうになった。
 その男はふらふらと別の路地裏へと入っていく。
 才人はそんな男を見ながら、

「なんか汚くて酒臭いおっさんだな」

「大通りからそれるとあんなんばっかしよ」

 ルイズが苦々しくそう言う。
 そんな二人を他所にミルアは先ほどが入っていった路地裏の方を見ていたが、やがて何かに気がついたように、急いで才人に駆け寄ると、才人のポケットをポンとたたき出した。
 いったい何のことかわからなかった才人とルイズだったが、ミルアが才人のポケットを全て叩き終えると、

「才人さん財布がありません」

 淡々とミルアがそう言うものだから才人とルイズは「は?」と固まった。
 そんな二人を置いて、ミルアは駆け出し、男が入っていった路地裏へと入る。
 そして最初に硬化から解けたのはルイズで、あわてて、

「サイトっ! スリよ、あんた財布をすられたのよっ!」

 ルイズのその言葉に我に返った才人はあわててミルアを追い、そんな才人の後をルイズも追いかけた。 
 才人とルイズが、男とミルアが入っていった路地裏に入ると、ドンという音と共にミルアが才人のほうへ吹っ飛んできた。
 それを才人は抱えるように受け止めたが、勢いあまって尻餅をつく。

「おいミルア、大丈夫かっ?」

「大丈夫です。追いつきかけたんですが、何か空気の塊みたいなのに吹っ飛ばされました」

 才人の腕に抱えられたままのミルアがそう言うとルイズが自らの杖を抜きながら、

「それ『風』系統のエアハンマーよ。あの男メイジだったのねっ!」

 そう言って走ってゆく男の背に杖を向ける。
 すると男は振り向きざまにルイズに向かって杖をふった。
 しまった、とルイズが思ったとき、

「ルイズっ!」

 才人がミルアを後ろに放り投げ、かばうようにルイズを抱きかかえた。
 男の杖から放たれた空気の塊が才人に直撃し、その衝撃で才人の足が地面から浮きルイズを抱えたまま吹っ飛ばされて行く。
 ルイズを腕の中にしっかりと抱きながら才人が地面を転がっていった。
 ミルアはその光景をスローモーションのように見ていた。
 僅かに眉を寄せ、歯をぎしりと噛みしめ、鋭い犬歯が顔をのぞかせる。
 そして傍らにあった小さな空き瓶右手でをつかみ、左手のひらを再び走り出した男の背に向けた。
 次の瞬間、左手のひら正面の空間に魔方陣が展開される。

「マジックゥゥっ! ミッスァアアイルっ!」

 そう叫び、ミルアは空中に展開された魔方陣めがけ右手にもった瓶を投げつけた。
 瓶は魔方陣を貫くと光をまとい一気に加速し、男を追っていく。
 自らを追う瓶に気がついた男は、あわてて路地裏を右へ曲がるが、瓶も男を追い右へと曲がり、そのまま男の腰へと直撃した。
 突然の衝撃に、男は声も上げることができずに顔面から地面に倒れこみ持っていた杖が前方へと転がってゆく。
 ぐぉぉ・・・と、うめき声をながら地面をのた打ち回ったいる男の頭を、追いついたミルアが踏みつけ、

「これは返してもらいますよ」

 そう言って男の懐からルイズの財布を引っ張り出した。
 そして未だうめいている男を一瞥すると元来た道を戻っていった。



 ミルアが才人たちの下へ戻ると、そこには尻を抱えうなっている才人がいた。
 傍らに立つルイズはケロリとしていることから怪我はないようだった。

「二人とも怪我はありませんか?」

 ミルアがそう聞くと、ルイズは頷きながら、

「えぇ、まぁ私は大丈夫だけど、サイトが・・・」

 そういってルイズは、尻を抱えへたり込む才人を指差した。
 それを聞いたミルアは才人の横へ並ぶようにちょこんとしゃがみ、

「才人さん何処か怪我をしたのですか?」

「し、尻が・・・」

「尻・・・?」

 ミルアが首をかしげると、才人は悔しそうに、

「かっこよくルイズを守ったのはよかったけど、受身に失敗したみたいで尻を何処かにぶつけた」

 そう言う才人にルイズは大きなため息をついて、

「一瞬あんたをかっこいいと思った私が馬鹿みたいだわ」

 それを聞いた才人が畜生っ! と言いながら地面をばんばんと叩く。
 やれやれといった具合で才人を見下ろしていたルイズだったが、ミルアがその手に財布を持っていることに気がついて、

「あんた、その財布とりかえしたのっ? どうやってっ?」

「え? 見ていなかったのですか?」

 ミルアはそう言いながらルイズに財布を渡し、

「まぁ、それは追々話します」

 そう言われルイズは怪訝な表情をしながらミルアから財布を受け取った。
 そして才人が復活するのを待つと改めて剣を買うために歩き出した。



「剣を売ってるのってここ?」

「そうここよ」

 ルイズにそう言われ軽く見上げる才人。
 石段の先、羽扉の上に、銅でできた、剣の形をした看板がぶら下がっている。
 いかにもだなぁ、と才人が思っているとルイズとミルアがさっさと店に入って行きあわててその後を追いかけた。
 店内は薄暗く、僅かなランプの光が壁や棚に並べられた剣や槍や甲冑などを照らしている。
 カウンターの奥で店主であろう五十過ぎかそこらの男がパイプをふかしていた。
 男はルイズに気がつき、こんなガキが何しに来たといった感じでジロジロ見ていたが、紐タイ留めに描かれた五芒星に気がつくと途端に愛想笑いを浮かべ、

「貴族のお嬢様、こんな下賎な店にどのようなご用件でしょうか?」

「彼に持たせる剣を買いに来たのよ」

「へぇ、もしかして彼は従者ですかい? ということはお嬢様も『土くれのフーケ』対策に?」

 店主の言う『土くれのフーケ』という単語に覚えがないルイズが怪訝な顔をする。
 一方の店主もルイズがわかっていないことに気がつき、

「最近ここいらで貴族様のお宝ばかりを狙う『フーケ』とかいう怪盗が暴れてるんですよ。どうやらフーケもメイジのようで、貴族様たちは念には念をということで屋敷の従者たちに剣や槍を持たせてるんでさあ」

 店主の言葉にルイズがふぅんと頷きながら、

「まぁ、私は違うんだけどね。自分の身は自分で守れるように、と思って」

「なるほどっ! いやぁお嬢様はしっかりとした躾をなさるんですねぇ」

 店主はそう言うと店の奥にひっこみ、すぐに煌びやかな大剣を手に戻ってきた。
 その剣に才人は思わず目を奪われる。
 鏡のように光る両刃の刀身をしており、ところどころに宝石が散りばめられていた。
 武器というより美術品である。
 店の雰囲気とは正反対の大剣だ。
 その大剣をカウンターに置いた店主は誇らしげに、

「これが家の店で一番の業物でさあ」

 その大剣を見ながらルイズはうーんと唸っている。
 いかにも高そうだと。
 実は才人が決闘で負った傷を治すのに水の秘薬やらをふんだんに使ったのだが、その秘薬の費用は全てルイズのポケットマネーから出したのだ。
 よって今のルイズはそれほど裕福とはいえない。

「悪いんだけど、新金貨で百しかもって来てないわ」

 あっさりと懐具合を暴露したルイズに店主は苦笑しながら、

「お嬢様、そいつはあんまりですぜ。この大剣ならエキュー金貨で二千、新金貨なら三千はしますぜ?」

 店主の言葉にぽかんとするルイズ。
 貴族が大きな庭付きの屋敷を買うような値段だったからだ。

「三千に対して百・・・たけぇな、おい・・・」

 才人がルイズの心情を代弁した。

「高いですし、重そうですよ? 才人さんに持てるんですか?」

 カウンターに半ばよじ登る形で顔を出したミルアがそう言う。
 才人は、いたって標準的な体格で別に鍛えているわけではない。
 店主と才人は互いに顔を見合わせると、

「無理だな」

 と声を合わせた。
 店の中を僅かに気まずい空気が流れる。
 すると突然笑い声がして、

「おいおい笑わせるなよ坊主。おめぇみたいな体で剣を振る? 馬鹿言うなよっ! 剣に振り回されるか手からすっぽ抜けるのがオチさっ!」

「なんだとっ!」

 頭にきた才人は声のしたほうを見るが誰もいない。
 才人が何処だ? と見渡していると、

「才人さんこれです。この剣です」

 ミルアがそう言って指差すのは、いくつもの剣が乱雑に詰まれた棚。
 その中のボロボロの剣から声が発せられていた。
 それに才人は驚いて、

「うわっ、剣がしゃべってる。何こいつっ!」

 こいつ呼ばわりされたことに憤慨した剣は高らかに自らの名を叫ぶ。

「こいつじゃねぇっ! 俺の名はデルフリンガーっ! 覚えておけ坊主っ!」

 それが才人とデルフリンガーの出会いだった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 零九話 デルフリンガー
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:37
 巡り合わせのように彼らは出会った。
 これは偶然? それとも必然?
 その中で私という存在はどういう意味を持つのだろうか?
 今はまだ皆目見当もつかない。










「ねぇ、もしかしてアンタってインテリジェンスソード?」

「おうよ貴族の娘っこ!」

 ルイズの問いに『デルフリンガー』と名乗った剣がどうよと言わんばかりに答える。
 人間なら胸をそらせてエヘンと威張ってる感じだが、あいにく彼は剣。
 そらす胸もなければ、そもそも剣がそれるほど柔らかかったら問題ありだ。
 それに近づいてみてみるとかなりボロイ。錆が大量についている。
 すると店主がやれやれといった感じで、

「へぇお嬢様の言うとおり、意思を持つ剣『インテリジェンスソード』でさぁ。どこのメイジが作ったかしりやせんが、見たとおりのボロで口を開けば悪態ばかり。運よく誰に溶かされることもなく家まで着ましたが、ご覧のとおり売れ残ってる始末です」

 この店主の台詞を皮切りに、店主とデルフリンガーのくだらない口げんかが始まった。
 「おめぇの売り方がわるい」だの「喋る事しかできないボロ剣の癖に」など。
 しかし、喋る剣という物珍しさに惹かれた才人がこの口げんかに割って入り、

「なぁ親父さん。この剣いくら?」

「厄介払いの意味もこめて新金貨百で」

「よし買った。なぁルイズ、いいだろ?」

 そう言う才人にルイズは、えー、と不満の声をあげるが、才人が目をわざとらしく潤ませて「買って」と頼み込む。
 なにコイツ、馬鹿っぽいけど何かくるものがあるわ、と意味のわからない思考をしたルイズだが結局、

「わかったわよ。その剣、買ってあげるわ。って、それ以上目を潤ませて近づかないで、何かヤバいからっ!」

 ルイズの了解を獲た才人は心底嬉しそうに「ありがとう」とルイズに例を言った。
 その様子を苦笑しながら見ていた店主はカウンターの下から鞘を取り出して、

「厄介払いのお礼にこの鞘はおまけしときやす。そいつをどうしても黙らせたかったら鞘に収めてください。とりあえず黙りやすから」

 こうしてデルフリンガーは才人の剣となった。



「俺は平賀才人。えぇと、こっちではサイト・ヒラガって言うんだ。よろしくな。なぁ、お前、デルフリンガーだったよな。デルフって呼んでいいか? 愛着もわきそうだし」

「愛着ねぇ・・・まぁ悪い気はしねぇな・・・いいぜ好きに呼びな。しかし、てめぇ見たいな坊主に、なんて思ったがよく見てみればおめぇ『使い手』か、なるほどねぇ」

「『使い手』ってなんですか?」

 店から出てデルフに自己紹介する才人。
 デルフの口にした『使い手』という言葉に反応したミルアが横から覗き込むようにたずねた。
 しかしデルフはしばらく黙った後、

「すまねぇ嬢ちゃん。忘れた」

 デルフがそう言うと、そうですか、と残念な色をにじませてミルアが呟いた。
 するとデルフが思い出したかのように、

「と、いけねぇ。おれっちも挨拶しねぇとな。これからよろしく頼むぜ『相棒』」

 相棒と呼ばれたのが本当に嬉しかったようで才人は満面の笑みを浮かべ「おう」と答えた。
 それを見ていたルイズは、男ってあぁいうノリが好きよね、と思った。
 不意に才人とルイズの耳に妙な音が聞こえた。
 聞いたことのある音。
 そう空腹時になるあの音だ。
 才人とルイズは互いに顔を見合わせ、そろって首を横にふった。
 すると才人とルイズの間でミルアがすっと手を挙げ、

「私です。ルイズさんお腹がすきました」

 そう言ってルイズのマントをくいくいと引っ張った。
 それを見たルイズは「仕方ないわね」といってから何かに気がついたように驚きの表情をした。
 ミルアはルイズの表情を見て僅かに首をかしげる。
 するとルイズは引きつった笑みを浮かべながら、

「お金、全部使っちゃった・・・」

 才人も「あ」と思い出しミルアは無言で固まった。

「おい、どうすんだよ? 今日は昼飯なしか?」

 おろおろした感じで才人がルイズに詰め寄ると、ルイズもイラついたように、

「仕方ないでしょっ! そのボロ剣に全部使っちゃったんだからっ!」

「おれっちをボロ剣呼ばわりするんじゃねぇっ!」

「あぁ、食えないと思ったら俺も腹が減ってきたぁ!」

 三者三様にぎゃあぎゃあ騒ぐ。
 ミルアは軽く周りを見渡した。
 目立っている。
 既に路地裏から大通りに出ていたのだ。
 なんだなんだと皆がちらちらとこちらを見ている。
 これ以上はあまりよろしくないと思ったミルアが二人と一本を止めようとした。
 すると背後から、

「あれぇ、三人してこんなところでどうしたのかな?」

 そう声をかけられた三人が振り向くとそこにはイクス、タバサ、キュルケの三人がいた。
 キュルケはニヤニヤと笑いながら、

「貴方たちすごく目立ってるわよ。思わず他人の振りしようかと思ったくらい」

 そう言われたルイズと才人はあたりを見渡し、才人は困ったような顔をし、ルイズは顔を赤くして下を向いた。

「何か三人ともお困りの様子。なんならこのイクスお姉さんが一肌脱ごうか?」

 そんなことを言いながら目を妖しげに細めて、本当にシャツのボタンを上からゆっくりと外してゆくイクス。
 その光景に才人の目が釘付けになる。
 しかし次の瞬間、才人の鳩尾にルイズの振り上げたつま先がめり込み、声もなく才人はその場に突っ伏した。
 それを一筋の汗をながしながら見ていたミルアが、

「実は昼食をとる予定だったのですが、うっかり先の買い物で所持金を使い切ってしまって・・・」

 そこまで言ったところでミルアの腹が再び音を立てる。
 するとイクスはクスクスと笑いながら、

「なるほどなるほど、昼食をとれず飢えてるわけだね? 君たちは」

 そのイクスの言葉にルイズは顔を更に赤くし、才人とミルアはそろって「飢えてます」と答えた。
 キュルケが声をあげて笑うとルイズがムキーという感じで掴みかかろうとするが、それをイクスが後ろから抱きとめ、タバサは我関せず状態。
 周囲の注目をあつめる騒がしい状態ではあったが、イクスが昼食をおごるということで落ち着きを取り戻した一行は、そのまま近くの店で昼食をとることになった。



「ねぇサイト? そのぼろっちぃ剣はなんなの?」

 寂れた店の中で昼食中の一行。
 ふいにキュルケがサイトに寄りかかるようにして質問した。
 その仕草にルイズはキッとキュルケを睨むが食事中もあってかそれだけにとどめた。必死に。
 イクスはそんな光景をにやにやと眺め、タバサはやはり我関せずと黙々と食事をつづけ空の皿が目の前に積まれていく、イクスのおごりだからと容赦がない。
 そしてミルアもタバサに負けじと黙々と食事をつづけ空の皿を積み上げてゆく。こちらもおごりだからと容赦がない。それにしてもこの二人、胃袋の容量が謎である。

「この剣、さっきルイズに買ってもらったんだよ。もともとそれが目的で街に来たし」

「へぇ、ルイズったらプレゼントでサイトの気を惹こうっていうの?」

 キュルケがニヤリとしながらそう言うとルイズは空になった自分の皿を半ば叩きつけるようにして重ねると、

「違うわよっ! 使い魔の主人として必要なものを買ってあげたまでよっ! 気を惹こうとか変なこといわないでよねっ! 年がら年中発情期のあんたと一緒にしないでよっ!」

 その物言いを皮切りに、ルイズとキュルケのはた迷惑な言葉の応酬が始まった。
 そんな二人を苦笑しながら見ていたイクスは、ふとタバサとミルアの方を見る。
 隣り合った二人は、何か競っているのかと疑問に思うほど空になった皿を積み上げていく。
 積み上げられた空の皿によって、すでに二人の姿は向かい側から見えない状態になっていた。
 奢る側であるイクスとしては実に心臓に、いや財布に悪い光景であった。





「ちょっとっ! あんたどういうつもりよっ!」

 ルイズはそう怒鳴り、キュルケに食ってかかった。
 無論これには事情がある。
 昼食を終えた一行は、キュルケが買い忘れたものがあるといって別行動をとることになった。
 そして、そろそろ帰ろうかと街の門まで来たときキュルケが合流した。その手に豪勢な大剣を持って。
 そうルイズたちが訪れた武器などを売っていたあの店で、店主が最初に出してきたあの大剣だ。

「はい、サイト。これは私からのプレゼント」

 とキュルケがくれば、

「え? マジでいいの? うわぁ、すげぇ嬉しい。ほんと、ありがとうっ!」

 と素直に喜んで感謝の言葉を口にする才人。
 素直に感謝の気持ちを相手に伝えるのは基本的にいいことだ。
 だが今回はタイミングが悪い。
 この状況、面白くないのは才人のご主人様であるルイズだった。
 この胸の中で渦巻く気持ちの悪い感覚。これはいったいなんなのかわからないが、とにかく苛々する。ルイズはそんなことを思いながら、その苛々を隠そうともせずにキュルケに食って掛かり、尻尾があればブンブンと振ってるんじゃないかと思えるような才人の耳を引っ張った。

「いててっ! ルイズ、なにすんだよ」

「あんたには私が買ってあげたボロ剣があるでしょ」

 ルイズはそう言って、才人から預かり、ミルアの腕の中にあるデルフを指差す。

「でも、プレゼントって言うし。別に二本あってもよくない?」

「私がよくないのよっ!」

 才人とルイズ、そんな二人をデルフを抱えたまま見ていたミルアは、あることに気がつき、

「そういえばルイズさんは何かとキュルケさんにくってかかりますよね? キュルケさんもルイズさんを挑発するような口ぶりですし。なんでなんですか?」

 ミルアがそう聞くと、才人もそれには気がついてたらしく、うんうんと頷いた。
 するとルイズは横目でキュルケを憎々しげに見ながら、

「うちのヴァリエールとキュルケのツェルプストーはね代々仇敵同士なのよ」

 そのルイズの言葉に才人が「なんでまた」と呟くと、

「ヴァリエールの領地はトリステインの国境沿いにあってね、その国境を挟んだ先が、ゲルマニアって国の中のツェルプストーの領地なのよ。つまりっ! 大昔から戦争のたんびに、真っ先にヴァリエールとツェルプストーが杖を交えてきたわけよっ! 殺し殺された一族は数知れずっ! おまけに色ボケツェルプストーは数多くのご先祖様の恋人だったり婚約者だったり奥さんだったりを奪っていったのよっ!」

 ルイズは拳を強く握り、ぎりぎりと歯を噛みしめ、まくし立てる。
 そんなルイズに対してキュルケは余裕の笑みで、

「まぁ戦争に関しては当然といえば当然なんだけど、恋人云々に関しては、略奪愛も一応『愛』よヴァリエール。別に力ずくとか野蛮なことはせずに、ちゃんと惚れさせてるんだから。奪われるほうにも問題あるんじゃない?」

 キュルケのその言葉にルイズは尚更キュルケを睨みつける。
 それを見た才人は内心、お前は視線で人を殺す気か、と突っ込んでいた。
 すると、一触即発の状態を苦笑しながら見ていたイクスがルイズとキュルケの間にわって入って、

「とりあえずさ、こんなところで言い争ってないで先に学園に帰ろうよ。学園に帰ってから決着つけよう? 決闘・・・は怪我とか危ないから別の勝負事で白黒つけよ? ね?」

「それいいわね。そうしましょうか、ヴァリエール」

「そうしましょう、ツェルプストー」

 キュルケとルイズの二人は不敵な笑みを浮かべてイクスの提案を受け入れた。
 すると、立ったまま本を読んでいたタバサが、やっと終わったか、という具合にぱたりと本を閉じるとピューと口笛を鳴す。
 その場にいた者たちの頭上に影がさしたかと思うと、上空から一匹の大きな風竜が舞い降りた。その背には人間よりも一回りほど大きな狼が乗っかっている。

「おぉっ! すげぇ! 竜だっ! ドラゴンだっ!」

 感激の声をあげながら、おっかなびっくりと風竜に近づく。
 すると、風竜の背に乗っかっていた大きな狼が飛び降り、イクスに寄り添った。
 純白の毛色に青い瞳。イクスに寄り添うその姿は実に絵になっている。

「もしかして、その狼、イクスの使い魔?」

 ルイズがそう尋ねるとイクスは笑顔で、

「そう北の北の北にしか生息していないって言われてる雪狼。名前は『カニス』これだけ大きいと背中に乗ることもできるんだよ。凄く速く走れるし」

 笑顔のイクスはそう言いながら自らの使い魔である雪狼の頭をなでた。
 そして、視線を風竜の方へ向け、

「その風竜はタバにゃんの使い魔で『シルフィード』っていうんだよ」

 ニコニコと説明するイクスを他所に才人はこわごわと雪狼のカニスの頭をなでてみた。
 最初は遠慮がちになでていた才人だったがカニスが大人しくしているので、

「やっぱり狼だけあって賢いのな。俺がなでても特に怒る様子ないし」

「そりゃね、私の使い魔だもの」

 そう言ってイクスはえへんと胸を張る。
 大きく揺れる胸が才人としては眼福眼福。おもわず拝みそうになる。
 一方ミルアはデルフを抱えたままタバサの使い魔のシルフィードに近づいていった。
 するとシルフィードは少し驚いたように反応してミルアが近づくにつれ後ずさってゆく。
 ミルアが一歩踏み出す。
 シルフィードが一歩後ずさる。
 ミルアが一歩踏み出す。
 シルフィードが一歩後ずさる。
 その光景にタバサは僅かに首をかしげミルアは内心、ここまで嫌われるものなのか、と軽いショックを受けていた。
 こうして互いの使い魔とプラスおまけの僅かな交流の後、それぞれは学園へ帰路についた。





「ねぇ、カニス。貴方はあの二人どう感じた?」

 学園へと帰る途中、イクスはカニスの背でそんな言葉を吐いた。
 上空ではシルフィードが、タバサとキュルケの二人を乗せ空を駆けている。
 風の精霊の名を与えられただけあってシルフィードの速さはかなりのものである。馬で移動するルイズたちよりも遥かに早く学園に着くことであろう。
 しかしカニスはそんなシルフィードに負けず劣らずの速さで地を疾走していた。

「あの二人とはサイトとミルアの二人のことですか?」

 低く、それでいて胸に響くような声がイクスの耳へと届く。
 声の主はカニスだった。
 イクスの使い魔となった彼は人語を話せるようになっていた。

「そう、才人とミルアの二人。どう?」

 そうイクスが再度質問すると、カニスは僅かに困ったような声色で、

「どう、と言われましても。そうですねサイトに関しては何処にでもいそうな人間というところでしょうか。ただ、使い魔となりルーンを刻まれたことによって、私が人語を話すように何かしらの能力を得ている可能性があります」

 イクスはカニスの答えに笑顔で頷きながら、

「さすが私の使い魔。賢い賢い。で、ミルアのほうは?」

「シルフィードが警戒したのもわかります。彼女はなんなのですか? いやアレを彼女というのも疑問です。何故、あの様なものが人間の姿をしているのか……」

 その答えにイクスは心底愉快そうにニヤリとして、

「そこまでわかれば十分だよ。さすがに人では感じえないことを感じれるんだね」

 そう言ってカニスの頭をなで続けた。









[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一零話 土くれ
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:41
 平穏な池に投げ入れられた一つの石ころ。
 それが起こす波紋が私たちに迫ってきた。

 しかし、その時、私は思っても見なかった。

 その池には既に石が投げ入れられていたことを。
 波紋と波紋がぶつかり、その池の平穏はひたすらに乱れてゆく。










 「土くれ」の二つ名で呼ばれる怪盗、その名をフーケという。
 トリステインで、お宝と呼ばれるものを所有する貴族の中にフーケの名を知らぬ者はおらず、皆が一様にフーケを恐れていた。
 その盗みは時に繊細で、時に大胆。
 お宝がある屋敷の者に一切気づかれることなく盗みを完遂することもあれば、三十メイルはあろう大きな土のゴーレムで強引に力押しで盗むときもある。
 この様に盗みの手口は様々であるが、全てに共通することは、盗みの現場に目的の物を盗んだ報告と、土くれのフーケというサインを残していくことだった。
 無論貴族たちはメイジであるから、おとなしく盗まれようなどとは思っていない。
 お宝のある場所を固定化の魔法で強化はしているが、フーケのほうが実力が上らしく、錬金の魔法で強化された壁などはあっさりと土くれへと姿を変えてしまう。それゆえにフーケは土くれという二つ名で呼ばれるようになった。
 そして並みのメイジの固定化はあっさりと敗れてしまうことから、少なくともフーケはトライアングルクラスの土メイジで、特に錬金を得意としていると判断されている。
 神出鬼没で、性別も年齢も不明な怪盗。
 それが土くれのフーケだった。

 そんなフーケだが、今狙っているものはトリステイン魔法学院の宝物庫で眠っている「破壊の杖」と呼ばれているマジックアイテムだ。
 マジックアイテムが専門と呼ばれるほどマジックアイテムをよく狙うフーケが、魔法学院にあるお宝を見逃すはずもない。
 そして、そのフーケは日もとうの昔に沈み、薄い雲に覆われた双月の下、学院の本塔の五階、宝物庫の外壁を垂直に立って歩いていた。
 フードつきの長いローブに身を包んだフーケは、足の裏から伝わってくる感触で壁の厚みを図っていた。
 土メイジのフーケにとってそれは朝飯前のことであったが、ややイラついたように、

「くそっ……宝物庫の壁は物理攻撃が弱点って、さりげなくコルベールから聞き出せたまではよかったのに、こうも分厚かったら物理攻撃云々じゃないよ」

 フードから除く長い髪を風になびかせながらフーケは腕を組んだ。

「固定化の魔法もかなり強力で私の錬金の魔法も通用しそうにないし……かといってここまで来て諦めるのもね……」

 そう言ってフーケは憎々しげに足元の壁を睨みつけていた。





 フーケが宝物庫の外壁で、あーでもない、こーでもないと頭を悩ませている頃、宝物庫から離れ、互いに死角になる場所にルイズ、才人、ミルア、キュルケ、タバサの五人はいた。
 イクスは用事があるらしくこの場にはいない。
 五人の視線の先には壁がある。
 その壁には「双頭の片割れ」がロープに結ばれぶら下がっていた。
 ちょうど地面から十メイルほどの高さだ。
 何故こんなことになっているのか。
 簡単に言えば、ロープを魔法で切って「双頭の片割れ」を地面に落とす。
 これがルイズとキュルケの勝負内容だった。
 しかし、この勝負内容、最初は才人がぶら下がるはずだった。
 それをミルアが、いくらなんでも危なすぎる、断固として反対、という立場でなんとか才人の安全は守った。
 そして、次に白羽の矢が立ったのがデルフ。
 もう、こいつら誰かの悲鳴が聞きたいだけじゃねぇのか? と才人は思った。
 剣とはいえ、意思がある以上、かわいそう過ぎるとデルフを腕に抱き、必死に首を横に振るミルア。
 こうしてデルフも守られ、代わりにとミルアが差し出したのが、才人が持つのとは別の、もう一振りの「双頭の片割れ」
 意思のない「双頭の片割れ」は当然おとなしくロープに結ばれ、壁からぶら下がることとなった。

「さて生贄、じゃなかった、標的も決まったことだし」

 ルイズのその言葉に思わず突っ込みそうになる才人とミルア。
 生贄は無論おかしいが、この勝負のルール上、標的もおかしい。
 ロープを切って落とすのであって、当てたら駄目だろ、と才人とミルアの思いは見事にシンクロしていた。

「かわいらしい冗談よ。本気にしないでよ」

 二人の視線に気がついてルイズは笑いながら弁明するが、何処までが冗談なのか心底胡散臭かった。

「先行は譲るわ。これくらいはハンデよ、ハンデ」

 そう言い、既に勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるキュルケ。
 この余裕も無理はない。
 ゼロなどと揶揄されるルイズとは違い、キュルケは火のトライアングル。
 「微熱」の二つ名を持つキュルケは、ルイズに負ける気など毛頭なかった。

「ふ、ふんっ! そんなハンデを与えたこと、心底後悔させてあげるわ」

 負けじと笑みを浮かべ言い返すルイズ。
 そして杖を抜き、標的のロープをまっすぐ見据えた。
 ロープはタバサが魔法で起こす風によって右へ左へとゆらゆら揺れている。
 どの魔法を使おうか。
 ルイズは迷っていた。
 普通ならこういう場面は自分の得意とする魔法を選択する。
 キュルケなら間違いなく火系統の魔法を使うだろう。
 しかし未だ得意とする系統がわからないままのルイズは使用する魔法を決められずにいた。
 土や水は駄目だ。他の系統に比べ遠距離の的を射るような攻撃魔法が多くない。風は、それ自体目に見えないためコントロールする自信がない。ならば火しかない。キュルケも火だが今はそんなことはもうどうでもいい。ルイズはそう思い、小さな火球を目標に打ち込む火系統のファイヤーボールを使用することに決めた。
 呼吸を整え姿勢を正し杖を構える。
 その姿はキュルケですら美しいと評価できた。無論口には絶対しないが。
 ツェルプストーの仇敵であるヴァリエールはこうでないと困る。
 キュルケの顔に先ほどとは違う笑みが浮かぶ。


「――――っ!」

 ルイズがルーンを唱え気合を入れて杖をふった。
 しかし杖先から火球が打ち出されることなく、代わりに「双頭の片割れ」の中央付近で爆発がおき、ロープにつながられたままのそれは大きく暴れるように揺れた。

「くっ……」

 反動や爆風でロープが切れてくれないかと思ったルイズだったが、そう甘くはなかった。
 その光景をみたキュルケはお腹を抱えながら笑う。
 ルイズは悔しさを滲ませながらも、ぐっと堪えた。主に涙を。
 タバサは相変わらず我関せずの状態。
 才人、ミルア、そしてデルフはその内心がシンクロしていた。

 あぶねー。ぶら下がってるのが自分(才人さんやデルフ)じゃなくて、よかったー。

 キュルケは、ひとしきり笑うとルイズの横に立ちロープに向かってファイヤーボールを放った。
 それは、それが当然のように見事にロープに命中し「双頭の片割れ」は地面に落ちる。
 勝利し高らかに笑うキュルケ。
 ルイズは無言でそっぽを向いて、足先で地面をいじくりだした。
 そんな中、デルフを腕に抱いたままのミルアとタバサが地面に落ちた「双頭の片割れ」に近寄った。
 地に横たわるそれを立ったまま見下ろしたミルアは固まる。

「ひびが入ってる」

「おぅ、ほんとだ。嬢ちゃんの得物、見事にひびが入ってるぜ」

 タバサとデルフがそう言うと、ミルアは片手で「双頭の片割れ」を拾い上げた。
 そして、それをまじまじと眺め、

「まさか、あの爆発にこれほどの威力があるなんて……」

「嬢ちゃんの得物、そんなに固いのか?」

「えぇ、少なくとも、あなたが売られていた店のどの武具よりも」

「そいつはすげぇ……ということは、あの娘っこの爆発って……」

 ミルアが無言で頷き、タバサは軽く冷や汗をかく。
 デルフもかちゃかちゃと震えながら、

「なんか、あの娘っこ、どうやら魔法が得意じゃなくて馬鹿にされてるような雰囲気だがよ。それって火薬の詰まった袋やら何やらを突っつきまわしてるようなもんだぜ?」

 デルフがそう言うと、タバサは軽く頷き、

「キュルケにはほどほどにするように言っておく」

「私も才人さんに言っておきます」

 そう言いながら二人と一本は軽く冷や汗を流しながら未だ足先で地面をいじくるルイズを見つめた。





 ゴゥンッ! と空気を震わせるような音と振動がルイズたちを襲った。
 その音と振動に何事? と顔を見合わせた一行だったが、タバサとミルアが確認のためか音のするほうへ駆け出し、残されたルイズ、才人、キュルケの三人もあわてて後を追いかけた。





「あれは何ですか? もしかして私の知らない斬新な施工方法ですか?」

 現場に駆けつけたミルアはその光景を見ながらそう口にし、同じく現場に駆けつけたタバサは無言で首を横に振りミルアの問いを否定した。
 二人の目の前では三十メイルはあろう巨大な土のゴーレムが宝物庫の壁をその拳でドッカンドッカン殴り続けていた。
 そしてその右肩にはローブで身を包んだ人物がたっており、雲から顔をのぞかせた双月がその姿を照らしている。

「おそらく、土くれのフーケ」

 タバサがそう言うとミルアは「あぁ、あれが……」と頷いた。
 すると後ろから駆けてきたルイズが肩で息をしながら、

「ちょっと、あの殴りつけてる部分、宝物庫があるところじゃないのっ?」

「フーケは泥棒なのでしょう? でしたら当然といえば当然ですよね」

 ミルアがのん気にそう答えると、ルイズはミルアをぐいっと押しのけながら杖を抜いた。
 それを見たミルアはあわててルイズを制止し、

「待ってくださいルイズさんっ、どうするつもりですか?」

「どうするって、決まってるでしょっ! フーケを捕まえるのよっ!」

 そう言ってミルアを振りほどくとルーンを唱え杖をふる。
 ミルアとしてはしばらく静観しておくつもりだった。
 というのも土のゴーレムはドッカンドッカンと壁を殴りつけてはいるが、その壁には一切の損傷が見られなかったのだ。
 だったら、捕まえるにしても相手が疲れるのを待てばいいや、と考えていた為、のん気にしていたのだ。
 しかし、その目論見は血気盛んなルイズによって破られ、通称、ルイズの失敗魔法、もとい、爆発はゴーレムが殴りつけている壁付近で起こった。
 そして、

 宝物庫の外壁に大きなひびが入った。

 その光景にルイズを除いた四人が声に出さずに「あ~あ……」と思った。
 そして、これ幸い、とどめの一撃といわんばかりにゴーレムの繰り出した右の拳が宝物庫の壁を粉砕、その腕を伝いフーケが宝物庫へ滑り込む。

「タバサさん、あのゴーレムを倒す魔法とかあります?」

 ミルアがゴーレムから視線を外さずそう聞くと、タバサは首を横に振り、

「アレだけの巨体を倒すだけの火力は有していない」

「空とか飛べちゃったりしますか? あれは」

「飛べない」

 タバサの答えにミルアは満足したのか僅かに頷くと、ついっと空を指差し、

「ではルイズさんや他の人も乗せてシルフィードで上空へ退避を」

 ミルアのその言葉にタバサは「貴方は?」と聞こうとしたがそれよりも早くルイズがわって入り、

「あんたはどうするのよっ!」

 これまた随分とおっかない顔して、もしかして心配してくれてるのだろうか? と、そんなことを考えながらミルアは、

「あのゴーレムの胸に風穴開ける程度のことなら今の私でも余裕でできます。私や才人さんと違って皆さんの足であのゴーレムと地上戦は危険だと思うのでシルフィードで上空へ退避してください。相手の対空手段がわからないので、できればおとなしくしていただけたら幸いです」

 しれっと、そう言うミルアにルイズは思わず後ずさった。
 ルイズは、今までミルアの無表情には、単に感情表現が下手なんだろうぐらいにしか思っていなかった。しかし今のミルアからは戦うことへの緊張感も何も感じられない。本当に何も感じられなかった。何を考えているのかわからない。それがかえって不気味に思えてしかたなかった。
 ミルアは、僅かに後ずさり固まっているルイズにしびれを切らしたのか才人のほうへ目をやり、

「才人さんルイズさんをお願いします」

 ミルアの言葉に才人は頷き、ルイズの手を引きシルフィードの背に乗る。
 空へと舞い上がるシルフィードを見届けたミルアは、ゴーレムへと視線を移した。
 ちょうどその時、宝物庫からお目当ての物を手に入れたのか、何か長方形の箱のようなものを抱えたフーケが出てきた。
 ローブと夜空に浮かぶ双月により顔の部分は影になっているが、ミルアはまっすぐに見つめる。
 そして、逃亡しようと動き出したゴーレムへ、左手をまっすぐ向け手のひらを開く。
 ゴーレムへ向けた左手のひらの正面に五芒星の魔法陣が展開された。
 そこでふとミルアの動きが止まる。
 これでいいのか? と僅かに自問する。
 自分が使う魔法はこちらの世界の魔法と比べて明らかにおかしい。
 杖は使わないし、派手すぎやしないか?
 この場で、自分がこの世界において異質であることを見せることは最善であるのか。
 これから先、今までと同様に過ごせるのか?

「あんたっ! なにやってんのよっ!」

 頭上からルイズの怒声がとびミルアは思わず空を見上げた。
 夜空の下をシルフィードが旋回している。
 その影から腕をぶんぶんと振り回しているルイズが見えた。

「私に偉そうなこと言っておいて何ぼーっとしてんのよっ! ご主人様の命令よっ! フーケをさっさと捕まえなさぁーいっ!」

 その声に思考の渦に飲まれそうになっていたミルアは目を覚ました。
 やめよう、と。考えるのはやめよう。
 ぶんぶんと首を横に振り、マイナスな思考を追い払う。

 「生きていればなんとかなる」「なるようにしかならない」「あたって砕けろ」

 酷く前向きで、酷くいい加減な言葉が思わず頭に浮かんだ。
 僅かに、ほんの僅かに口の端で笑う。
 そして気を取り直し展開された魔法陣を、既に背を向け、学園から遠さかって行くゴーレムへと向ける。

「シャインっバスターっ!」

 ミルアの声と共に魔法陣から放たれる大樹の幹のような光の奔流。
 それは空に輝く双月に負けないほどの輝きを放っていた。
 閃光がゴーレムへと迫り、その巨大な胸に風穴をあける。
 シルフィードの背に乗っていたルイズたちは、その光景に驚き、フーケも思わず振り返っていた。
 そんな皆の驚きにかまうことなくミルアは駆け出す。
 目的はあくまでフーケの捕縛。
 ゴーレムを撃ったのはあくまで足止めと威嚇のため。
 地を疾走し、ミルアはあっという間にゴーレムとの距離をつめ、フーケのいるゴーレムの肩まで跳躍しようとひざを曲げた。
 その時、動きを止めていたゴーレムが振り返り、その拳で地面をえぐる様になぎ払う。
 それをミルアはすんでのところで後ろへ飛んで回避した。
 見れば既にゴーレムの胸にあいた風穴は既にふさがっている。

「おい、自己再生できんのかよアレっ!」

 シルフィードの背に乗る才人が思わず叫んだ。
 その才人の言葉にキュルケが、

「まぁ操ってるメイジの精神力が尽きない限りわね」

 そう答え、地上のゴーレムを見つめながら、

「でも、あそこまで一瞬で再生させるなんて、相当な腕の持ち主ねフーケは」

 どこか悔しそうに言う。
 一方、地上のミルアは繰り出されるゴーレムの拳をひらりひらりとかわしてゆく。
 フーケは逃亡したくともミルアに背を向けることを躊躇っていた。
 少なくともミルアの最初の砲撃は、足止めと威嚇の役目を果たしていた。
 しかし、このままじゃ埒があかないと、ミルアは再びフーケへの接近を試みる。
 ゴーレムの拳をかわし、ひざを曲げた。
 一気に跳躍しフーケへの距離を縮める。
 その動きをルイズは視認することができなかった。
 少なくとも今まで平穏に暮らしてきたルイズにミルアの動きを視認できるほどの経験はない。
 しかし、フーケは違った。
 盗賊として少なからず実戦の経験はあり、勘も磨かれている。
 そのフーケはほんの僅かにミルアが見えた。
 そして考えるよりも早く、体が動く。
 フーケへと迫ったミルアの目の前に、ゴーレムの体から伸びた土の壁が立ちふさがった。
 それは本当に目の前で、回避することも何もできず、ミルアはその土の壁に突っ込んだ。

「ぶっ!」

 勢いよく土の壁へと突っ込んだミルアは、そのまま土の壁をぶち抜き、勢いを失い、重力にしたがって落ちてゆく。
 目にかなりの土が入り、一時的に視界を失い落ちてゆくミルア。
 シルフィードの背に乗るルイズたちが「危ない」と叫んだとき、落ちてゆくミルアをゴーレムの手がつかんだ。
 そしてゴーレムはその手を大きく振りかぶり、ぶぉん、という大きな音と共にルイズたちがいる方向へとミルアを投げつける。
 しかし、コントロールはよくないようで、その軌道はルイズたちがいる位置より僅かにずれていた。
 このままではミルアはとんでもない所まで飛ばされてしまう。ルイズたちがそう思った時、

「うおぉぉぉおっ!」

 その左手に、キュルケからプレゼントされた大剣を手にした才人が、シルフィードの背から跳躍した。
 そして空いた右腕で飛ばされてきたミルアの小さな体を受け止める。

「タバサっ!」

 ルイズの叫びにタバサは無言で頷き、シルフィードで落ちてゆく才人とミルアの二人を受け止めた。

「才人よくやったわっ!」

「さすがダーリンっ! かっこよかったわっ!」

「見事見事」

 ルイズ、キュルケ、タバサが三者三様に才人を称賛する。
 その後、地上に降りると才人は、

「おい、ミルア大丈夫か?」

 その問いにミルアは目をごしごしとこすりながら、

「少々土が目に入りましたが、それだけです。大したことはありません」

 その答えにルイズは僅かに「よかった」ともらした。
 ミルアはしぱしぱと瞬きを繰り返しながら、

「ゴーレムは? フーケは?」

 そう言いながらゴーレムとフーケがいた方を見る。
 ミルアの視線の先には先ほどまでゴーレムだった土の山ができていた。

「逃げられた」

 タバサがそう言うとミルアは無言で自らの拳を地面に叩きつける。
 そしてすぐさま走り出した。
 それがフーケを追うためだと気がついたルイズはすぐさまミルアを止めようとするが、そんなルイズのマントをタバサが掴み引っ張った。
 ルイズは振り返り、

「なにすんのよっ!」

「貴方は教師たちに状況を説明して、あの子は私が追う」

 ルイズの怒声にタバサはそう答える。
 そして自らの杖を走り去ったミルアの方へ向け、

「あの子に追いつけるのはシルフィードだけ。適材適所」

 タバサのその言葉にルイズはミルアの方を見た。
 すでにその姿はなく、確かに自分の足では追いつけそうにはない。そう思いタバサの提案にルイズはしぶしぶ頷いた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一一話 宝物庫
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/05/27 20:50
 どれだけ平穏な日常を望んでも私はいつの間にか走っている。
 そうしているのは間違いなく私の意思ではあるが、そう決断するだけの何かがあるのも事実。
 私が自ら足を踏み入れているのか、世界が私をそうさせているのか。

 これが終わったら双月の下でお風呂に入ろう。
 そうだ、今度は才人さんやルイズさんを誘ってみよう。
 平穏な日常を皆と共に。










 青や黒っぽい寒色系で埋め尽くされた世界。
 あたりは静まり返り、僅かな風が木々に生い茂る葉や、地から生える草葉を揺らし、それらがこすれあう音だけが耳に届く。
 時折、視界の端を赤やオレンジ色をした影がちらつく。
 その影はよく見ればウサギやイタチなどの小動物だと、影の形でわかった。
 進めど進めど、目的の人の形をした影は見えない。
 不意に今までとは違う音が耳に届いた。
 風を切る音が徐々にこちらへと近づいてくる。
 空を見上げ振り返ると遠くのほうから竜の形をした赤い影がこちらに近づいてくるのが見えた。

「確か、タバサさんの使い魔のシルフィード?」

 そう呟くと同時に双月の光が、そして辺りの草木がはっきりとその視界に映った。





「きゅいきゅい、あんまり気乗りしないのね~」

 タバサの使い魔のシルフィードは双月が彩る夜空の下、自分の背に主人であるタバサしか乗ってないのをいいことに、さっきから一人で喋り捲っていた。
 シルフィードはイクスの使い魔であるカニスとは違い、使い魔となる以前から人語が喋れる。
 何故なら、彼女はただの風竜ではなく風韻竜と呼ばれる種族だからだ。
 韻竜と呼ばれる種族の多くは知能が高く、人語を話すこともでき、先住魔法や精霊魔法と呼ばれる魔法を行使することもできる極めて珍しい種族だ。
 しかし、その知能の高さと珍しさ故かあまり人目に触れようとせず、終いには絶滅したとさえ噂されていた。
 最も静かに暮らしたい韻竜たちからすれば、人間が勝手に韻竜は絶滅したと思ってくれることは好都合ではあるが。
 そんな韻竜であるシルフィードをタバサは召喚し使い魔としていた。
 タバサのメイジとしての才能がうかがい知れる。
 しかしタバサは自らの使い魔が韻竜であることは秘密にしていた。
 その珍しさゆえに研究対象とかにされてはかなわないからである。

「さっきから、気乗りしない、ばかり」

 シルフィードの背に乗ったタバサがそう言うと、

「気乗りしないものは、気乗りしないのね」

 シルフィードは駄々をこねるように首を左右に振りながら答えた。
 既に二百年という時を生きているが、人間で言えば十歳程度。
 しかし、そんなシルフィードの頭を杖で軽くこつき、

「訳を」

 そうタバサが尋ねるとシルフィードは少し考えるように、

「ん~……よくわからないけど、アレは人間の姿をした人間じゃないものなのね」

 その答えにタバサは僅かに眉を寄せ、

「どういうこと?」

 タバサはそう言い首を傾げるが、

「よくわからないものは、よくわからないのね。とにかくアレは人間じゃないのね。これは絶対なのね」

 そう言いきるシルフィードはふと下の森に目をやり、

「いたのね、あいつなのね」

 シルフィードの言葉にタバサも身を乗り出して下に目をやった。
 確かにシルフィードの言うとおりミルアがいた。
 タバサはシルフィードに降りるように支持をだし、ミルアの元へと降りる。

「フーケは?」

 シルフィードから降りたタバサが尋ねるとミルアは首を横に振る。
 それを見失ったと解釈したタバサは、

「一度学院にもどる。これ以上の単独行動は危険」

 タバサはそう言うとシルフィードに乗り、ミルアに手を差し出す。
 ミルアは「ありがとうございます」というとタバサの手をとり自らもシルフィードに乗った。
 なにやらシルフィードがきゅいきゅい騒ぐが、タバサに杖で頭部を一撃されるとおとなしく空へと舞い上がる。
 巻き起こる風で尻尾のような後ろ髪が暴れるのを手で押さえながらミルアは遠ざかってゆく森を見下ろしていた。
 やがて、ミルアは目の前のタバサの背中に向かって、

「タバサさん、一つ聞きたいことが」

「何?」

「学院にメガネをかけて、緑がかった髪の長い女性がいましたよね? あれ、誰ですか?」

 ミルアの問いにタバサは僅かに考え込んで、

「たぶん、貴方が言ってるのはミス・ロングビルだと思う。彼女は学院長の秘書」

 タバサはそこまで言うとミルアのほうを振り返る。
 そしてミルアの目をまっすぐ見て、

「どうして?」

 タバサの問いにミルアは目を閉じ、しばらく黙っていた。
 やがて目を開くと、

「タバサさん、少し聞いてもらいたいことがあります」

 そう言って学院に着くまでのあいだミルアとタバサは話し込むことになった。





 翌朝、学院はその創設以来といっていいほどの騒ぎになっていた。
 それは無理もない。
 宝物庫にはぽっかりと大きな穴が空き、皮肉なことに埃っぽかった宝物庫が風通しがよくなった。
 その上、穴が開いている反対側の壁には『破壊の杖』を頂いたという文言と、フーケの署名がしっかりと残されていた。
 そんな宝物庫に集まった教師達はあんぐりと口を開け、その場に突っ立っている。
 しばらく沈黙が続いていたが、唐突に責任は誰にあるかという議論が始まった。
 やれ、衛兵は何をしていただの、当直は誰だのと。
 そして当直だったはずのシュヴルーズにその矛先が向き彼女はよよよと泣き崩れた。
 メイジが集まるこの魔法学院に賊など、と思っていた彼女は当直をサボり自室で夢の中だったのだ。
 しかし、実際のところ他の教師たちも似たようなもので、まともに当直していたのはコルベールぐらいだったりする。
 その様子をルイズはいらいらしながら見ていた。
 ルイズ達一行はフーケの犯行を目撃したということで宝物庫に呼び出されていたのだが、目の前で繰り広げられているのは教師達の責任逃れの争いだった。
 自らこの事態をどうにかしようとする教師が一人もいないためか既に日は昇っているというのに事態は何一つ進展がない。

 これがこの国の貴族だって言うの?

 ルイズは一人、自国の貴族の情けなさにいらいらしていた。
 公爵家の娘として両親からは貴族とは、ということを小さい頃から教え込まれていたし、いつかは国の繁栄に一役買えるような貴族になりたいとも思っていたルイズとしては目の前の現状は悔しいものがある。
 ルイズは自分を落ち着けるためにも他の面々に目をやった。
 才人は宝物庫の物に興味があるのか周りをキョロキョロと見ている。
 ミルアも興味があるのか視線だけで宝物庫を見渡している。
 キュルケにいたっては隠そうともせず欠伸をかいていた。
 タバサはまるで置物のように目を瞑り、その場にじっと立っている。
 もしかして寝てるんじゃないのか? とルイズは疑り少しつついてみようと手を伸ばしたとき、宝物庫に学院長であるオスマンが飛び込んできた。

「なんということじゃ、所用で街へおもむいた時を狙いすましたかのように……」

 オスマンは宝物庫の有様を見てそう言い、がっくりと肩を落とした。
 やがて、小さくなって泣き崩れていたシュヴルーズに近寄ると、

「ミセス、君のせいではないよ。皆が皆、このメイジが集まる学院に賊が押し入るなどとは思ってなかったのじゃ。その証拠にわしだって当直をサボったことは山ほどある。今回の件は油断しきっていた皆の責任じゃ」

 その穏やかな物言いにシュヴルーズは感動で胸を詰まらせ、ルイズのいらいらも少なからず解消した。
 そして、オスマンはルイズたちに目をやり、

「君達がフーケの犯行を目撃したのかね?」

 そのオスマンの問いにルイズは一歩前に進み出て、

「はい、昨夜、三十メイルはあろうという巨大なゴーレムが宝物庫の壁を破壊し、何かを持ち出すのを見ました」

「そうかそうか、さぞかし驚いたことであろう。しかし君達が無事でよかった。フーケが目撃者である君達に危害を加えんでよかったよ」

 オスマンはそう言い、笑顔で自らの手をルイズの頭にポンと置く。

「で、ですがっ……」

 ルイズはそう言い、フーケの犯行を阻止できなかったことを謝罪しようとした。
 しかし、それを察してなのか、コルベールがルイズ手で制し、

「で、学院長、これからどうしますか?」

「ふむ、学院の問題はわしらだけで解決したいが何か糸口がほしいの……」

 そこで何かに気がついたのかオスマンは周囲を一瞥する。
 皆が、何かを探しているのかと思っていると、

「そういえばミス・ロングビルは何処へ行ったのかね?」

 オスマンのその言葉にミルアとタバサは僅かに視線を交わす。
 すると、そこへ当のロングビルが転がり込んできた。
 驚く一同を尻目に彼女は息も絶え絶えにオスマンのほうを見て、

「フーケの……居所が……わかりました……」

 その言葉に再び驚く一同、

「どういうことかね、ミス」

 オスマンがそう問うとロングビルは一旦、呼吸を整えた後、

「外の騒ぎで起きてみれば、フーケが逃亡した後でして、それで夜通しで調査をしてまいりました」

 ロングビルのその答えに教師陣から関心の声があがる。
 そして彼女は一呼吸おくと、

「調査の結果、フーケが使用していると思われる隠れ家の場所がわかりました」

 おぉ、と宝物庫に教師達の歓声が響いた。
 オスマンは手で皆を静めると、

「ミス、説明を頼みたいのじゃが?」

 その問いにロングビルはニコリと笑顔を見せ、

「もちろんですわ」

 そう言い、一度咳払いすると、

「フーケが逃げ込んだ森に詳しいであろう近隣の住民たちに対して重点的に聞き込みを行いました。すると学院から徒歩で半日、馬で四時間のところにある廃屋につい最近、黒いローブを身にまとった見慣れぬ男が出入りしているとのこと。学院長が留守のところを襲撃したところを見るに、このローブの男がフーケとすれば、廃屋を根城に学院を襲撃する機会を伺っていたのではないかと」

 ロングビルがそう説明すると教師陣の中から「確かに筋は通るな」という声が漏れてくる。
 その声にロングビルは満足そうに頷き、

「私としては、このローブの男がフーケである可能性が極めて高いと思われます」

「ふむ、ここでじっとしていても始まらんしの、早速フーケ捕縛の有志を募ろうかの」

 そう言ってオスマンは教師陣たちを見渡すが皆一様に目線をそらす。
 その光景にオスマンが内心「駄目じゃコイツら」とため息をついていると視界の端で誰かが杖を掲げたのが見えた。

「なんと」

 杖を掲げたのが誰なのか確認したオスマンは驚きの声をあげる。
 彼の視線の先には、杖を掲げ、唇をきゅっと結び正面をまっすぐに見据えたルイズがいた。





 才人は杖を掲げ、フーケの捕縛に志願したルイズをぽかんとした表情で見ていた。
 呆れていたわけではない。
 唇を僅かにへの字に曲げながらも、真剣な眼差しで杖を掲げるルイズを才人は綺麗だと思った。
 それはこの場にいた全員が少なからず思ったことでもある。

「ミス・ヴァリエールなにをっ! 貴方は生徒なのですよ? ここは私達教師に任せて―――」

「だって誰も掲げないじゃないですかっ!」

 シュヴルーズがルイズを止めようとするがルイズの一言にしゅんと小さくなる。
 他の教師達も何も言えず押し黙っていた。
 宝物庫に吹きかかる風だけが小さな音を立てている。
 誰かの「ふぅ」というため息が聞こえ、すっと杖が掲げられた。

「ミス・ツェルプストー……君もかね?」

 オスマンがキュルケの目をまっすぐ見て聞く。
 その視線に一切引くことなく、キュルケは僅かに微笑を浮かべると、

「ヴァリエールだけに、いい格好はさせられませんわ。私も行きます。止めても無駄ですわよ学院長」

 キュルケの答えにオスマンを笑みを浮かべながら、

「ほっほっ、わしの様な年寄りに若者を止めるのは、ちとキツイものがあるのう」

 そう言うオスマンに教師陣の中から「学院長……」とため息が聞こえた。
 そんな中、もう一本の杖が掲げられる。
 それを見たキュルケは、その顔に微笑を浮かべたまま、

「あらタバサ、貴方は付き合わなくてもいいのよ?」

 その言葉にタバサはふるふると首を横にふると小さな声で「心配」と一言だけ呟いく。
 それを聞いたキュルケは本当に嬉しそうに「ありがとう」と答え、ルイズもタバサに負けないほどの小さな声で「ありがと……」と呟いた。
 その光景にまぶしい物でも見るように目を細め、オスマンがうんうんと頷いていると、コルベールがオスマンに近づき、

「よ、よろしいのですか? 学院長」

「よろしいもなにも、この有様じゃしのぉ」

 そういってオスマンは教師陣を一瞥するが、皆一様に目をそらした。
 オスマンは軽いため息をつくと再びルイズたちの方へ向き直る。
 そして、その面子を見渡した後、今度は教師陣の方を見て、

「彼女達は敵を見ている。何一つ心配ないというのは嘘になるが、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞く。で、あるならば成果も期待できよう」

 オスマンの言葉を聞き他の者達が驚いたような声をあげる。
 キュルケはタバサの方を見て、

「タバサ、今の話、本当?」

 そのキュルケの問いにタバサはこくりと頷いて答えた。
 才人とミルアの二人はそろってルイズに、

「シュヴァリエって?」

「シュヴァリエってのは王室から与えられる爵位の中では最下級なんだけど、領地を買えばもらえるような爵位とは違って功績のみによって与えられるもので、純粋に実力の証なのよ」

 ちょっと得意げに説明するルイズに対して、才人は「なるほど」と呟き、ミルアも納得したのか僅かに頷いた。
 他の教師陣はタバサのがその若さでシュヴァリエの称号を持っていることに驚いている。
 オスマンは続けてキュルケの方を見て、

「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの軍人の家系で、数多くの優秀な軍人を排出してきた歴史がある。それに彼女自身も優秀な火の使い手と聞く」

 そのオスマンの言葉にキュルケはその大きな胸を張る。
 そして今度は自分の番だと、ルイズがその、ささやかな胸を精一杯張った。
 しかし、そんなルイズを見てオスマンは困った。
 褒めるところが思いつかない。
 しかし、そこは年の功、瞬時に何かを思いつき、

「ミス・ヴァリエールは、貴族としてもメイジとしても優秀な者を数多く排出したヴァリエール公爵家の息女で、今でこそ他の生徒からは不名誉な二つ名で呼ばれておるが、決して諦めない不屈の精神は、さすがヴァリエール公爵家の者。その将来は大いに期待できよう」

 どうよ、わし、やったよ。と、会心の出来といわんばかりの顔で一息つくオスマン。
 そして才人とミルアの二人を見て、

「しかも、そのミス・ヴァリエールの使い魔である少年は、平民ではあるが、グラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンを決闘で倒すほどの剣士。そして傍らの少女は青銅のゴーレムを素手で打ち砕くほどの怪力の持ち主で、なおかつ遥か遠い異国の魔法を使うメイジでもあると聞く」

 オスマンの言葉に教師陣たちは再び驚きの声をあげ、才人とミルアに注目した。
 突然注目された才人は居心地悪そうに一歩下がるが、別のことを考えているのかミルアは我関せずといった態度。
 やがてオスマンは、驚くだけ驚いて黙りこくってしまった教師達に威厳のある声で、

「彼らに勝てると思う者がいるのであれば、一歩前にでなさい」

 誰も動かないことを確認したオスマンはルイズたちに、

「学院は君達生徒の、貴族としての誇りと義務に期待する」

 そう言うと不意に穏やかな表情になり、

「なお、これは一教師であるわしからの個人的な言葉じゃ。皆、必ず無事に帰ってきなさい。これ以上は無理と判断したら引くこと。引くことは必ずしも恥ではない。明日の勝利への布石じゃ」

 そう言うオスマンの後ろでコルベールも頷く。
 ルイズたちは若干戸惑ったような顔をしたが、すぐに真顔で、

「杖にかけて!」

 そう唱和し、スカートのすそを摘み恭しく礼をした。
 才人も慌ててお辞儀をする。
 ふと才人が横を見るとミルアは何故か軍隊などが行う挙手の敬礼を行っていて、才人は驚いた。

「でわ、さっそく馬車を用意しよう。目的地までの足とし、魔法は温存したまえ。ミス・ロングビル、彼女達の手伝いを頼めるかね?」

 オスマンがそう言うと、ロングビルは笑顔で頷き、

「もちろんです」

「うむ。助かる。では皆、すぐに出発の準備をしたまえ。フーケは待ってはくれんからの」

 そう言うと皆がぞろぞろと解散して行く。
 ルイズたちもそれぞれ準備のため早足で宝物庫を後にする中、オスマンとミルアだけがその場に残った。
 オスマンは興味津々といった顔で、

「たしか、ミルア君とかいったかの? 何かわしに用かね?」

 そう問うオスマンに、ミルアはある物を指差し、

「あれは何でしょうか?」

 ミルアが指差したのは人の頭よりも大きい棘付きの鉄球だった。その鉄球からは一メートルほどの鎖が伸びている。
 オスマンは、あぁと頷き、

「あれは『役立たずの鉄球』といっての、その名の通り役にたたん鉄球じゃよ」

「役に立たない?」

 ミルアが僅かに首をかしげると、オスマンは鉄球に近寄り、

「これは特殊なマジックアイテムでの。メイジの精神力を消費し、望むままに、その鎖を伸ばすことができるのじゃ」

 その言葉にミルアは、ふむと頷く。
 しかし、オスマンは首を横に振り、

「しかしメイジは魔法を使い、わざわざ、このような原始的な武器は使わんしの」

 そういい、鉄球に触れ、

「しかも、重くて振り回せない。何処まで鎖が伸びようが意味がないのじゃ」

 オスマンがそう言いながら鉄球に触れていると、横からひょいとミルアの手が伸び、そのまま片手で鉄球を軽々と持ち上げた。
 ぽかんとオスマンが驚く中、ミルアは空いた手に鎖を持つ。
 じゃらじゃらと音を立てながら伸びだした鎖を手に、ミルアはフーケにぶち破られた壁から、宝物庫の外へと鉄球を放り投げた。

 ハルケギニアの空の下、宝物庫から飛び出した鉄球は、綺麗な弧を描いて飛んで行き、やがてドシンという音を立てて地面にめり込んだ。

 そんな光景をオスマンとミルアの二人は黙ってみていたが、やがてミルアはオスマンへと振り返る。
 そして下から見上げるようにしてオスマンを見て、外で地面にめり込んでいる鉄球を指差し、

「あれ、貸してもらえませんか?」

 そう聞いた。
 オスマンは、遥か遠くで地面から生えた鉄の棘を見ながら苦笑し、

「あぁ、よいぞ。おじいちゃんが貸してあげよう」

 何処か明後日の方向を見るように言うオスマンを見ながら、ミルアは内心、やりすぎた、と小さく反省していた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一二話 土くれを穿て
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:43
 何故、そんなものが此処にあるのか。
 それは誰にもわかりませんでした。
 けれど、それが此処にある訳。
 彼の存在。
 私の存在。
 それらが全て繋がっているとしたら。
 世界は誰かの手のひらの上なのかもしれません。










「一応聞いておくわ。それは何?」

 ロングビルが用意した馬車の上、ごとごとと揺られながら、ルイズはミルアの背に背負われた棘付きの鉄球を指差し聞きました。
 するとミルアの回答は「学院長に借りた」の一言。
 ミルアの小さな背中には、借りた鉄球とデルフリンガーが半ば強引に背負われていた。
 一方デルフの本来の相棒である才人は腰に『双頭の片割れ』を背中にキュルケからプレゼントされた大剣を背負っている。
 背中に大剣と鉄球という妙な出で立ちのミルアを、手綱を握ったロングビルがちらりと見てやった。
 そんなロングビルにキュルケは、

「ミス・ロングビル、どうして貴方がわざわざ手綱を? そんなもの付き人にさせればいいのでは?」

 そう問うキュルケに対してロングビルはにこりとして、

「いいのですよ。私は随分以前に貴族の名をなくしていますから」

 その答えにキュルケは驚いたような顔をした。
 貴族の名をなくすということは今は平民ということになる。
 しかし、今のロングビルは魔法学院学院長の秘書という立場だ。
 平民がつけるような立場ではない。

「貴族の名をなくしたとはいいますけど、今は学院長の秘書をなさっているのでしょう?」

「学院長は貴族や平民といった身分をあまり気にしないお方ですから。……身分の違いなく不埒な行為を働きますが」

 キュルケの問いにそう答えたロングビル。
 ロングビルの最後の一言にキュルケは苦笑した。

「そのあたりの事情ぜひ聞かせていただきたいわ」

 そう問うキュルケに答える気はないのかロングビルは笑みだけを返した。
 キュルケはそれで、諦めることなく再び問おうとした。
 しかし、そんなキュルケの肩を掴み止めた者がいた。
 ルイズだ。
 キュルケはルイズを見て、

「なによ」

「なによ、じゃないわよ。あのね、あんたのとこのゲルマニアじゃどうかは知らないけど、トリステインじゃ人の言いたくない過去の事を、根掘り葉掘り聞こうとするのは恥ずべき行為なのよ」

 そう言いきるルイズにキュルケはふんと呟きそっぽを向いた。
 そんなキュルケに代わりルイズがロングビルに謝罪するとロングビルは笑顔で首を横に振る。
 その光景を才人はやれやれといった様子で眺め、タバサとミルアは手綱を握るロングビルの背中を、ただ黙って見ていた。





 馬車は徐々に暗く深い森へと入っていく。
 じめじめとした空気が肌にまとわりついてくる。
 森を吹き抜ける風もぬるりと肌をなでてゆく。

「ここからは徒歩で行きましょう」

 ロングビルがそう促し皆が馬車から降りる。
 深い森に、日の光は十分には届かず足元も怪しいほど薄暗かった。
 そんな中、キュルケは才人の腕に、自らの腕を絡めて、

「薄暗くて、怖いわ……」

「いや、動きづらいんですが……」

 うそ臭く呟くキュルケに才人は困ったようにもらした。
 普段なら才人にとってもおいしい状況だが、周囲の環境がそんな余裕をなくしていた。
 ある意味、通常運転のキュルケは見事である。
 そんな二人の背中をルイズは、そら恐ろしい顔で睨みつけていた。
 こっちもこっちで通常運転だった。





 深い森を進んでいた一行は開けた場所に出た。
 森の木々は途切れ、日の光に照らされたその場所は魔法学院の中庭に匹敵するほどの広さで、その中央にはぽつんと廃屋があった。
 元は木こり小屋なのか、朽ちた炭焼き用らしき窯や、傍らには朽ちた薪などが積まれている。
 一行はすぐに廃屋に向かうことなく森の茂みに身を潜めながら作戦をたてることにした。
 フーケが廃屋にいる可能性を考えてのことだ。
 タバサは地面にちょこんと正座し自らの杖で地面に絵を描き始める。
 作戦の概要を皆に伝えるためだ。
 皆も地面にしゃがみこみ、ミルアもタバサの横に正座する。
 タバサはがりがりと地面に絵を描きながら、

「まずは偵察。廃屋に近づき中にフーケが居るかどうかを確認する。中には入らず外からのぞきこんで確認すること。これにはすばしっこい人にやってもらう」

 タバサはそう言うと才人を指差した。
 才人も自らを指差し「俺?」と確認する。
 そんな才人にタバサは頷き、

「フーケが居たら挑発して逃げて。フーケが得意のゴーレムを使うには廃屋の中は狭い上に土が足りない。必ず廃屋の外に出てくる。そこを皆で集中砲火。呪文を唱える前に、一気にフーケを封じ込める」

 タバサの説明が一通り終えると、才人は背中の大剣を抜く。
 左手のルーンが光っていることを確認した才人は一気にかつ静かに廃屋へと近づいた。
 そして窓からそろそろと中を確認する。
 右から左へと廃屋の中を確認するが、中には誰も居らず気配もない。
 一部屋しかなく隠れるような場所もないが相手は国中に名を轟かせている盗賊である。
 油断はできないと、才人は慎重に何度も確認した。
 やがて、才人は茂みに身を潜める他の皆に、廃屋内に誰も居ないというサインを送る。
 そのサインを確認した皆が恐る恐る廃屋に近づいてきた。
 タバサは扉に近づくと杖を振り、

「罠はない」

 その傍に立っていたミルアも廃屋を眺めながら、

「中には本当に誰も居ないようです」

 その言葉に才人は若干の疑問を感じたが、自ら扉をあけ、中に入ってゆく。
 ルイズは警戒の為、廃屋の外に残り、ロングビルは周囲の偵察といってその場を離れた。
 その後、廃屋内に入った才人たちは何かフーケの手がかりはないかと、廃屋内を家捜ししていた。
 すると、チェストをごそごそと漁っていたタバサが、

「あった」

 と声をあげる。
 その腕にはフーケに盗まれた『破壊の杖』が抱えられていた。

「それが『破壊の杖』?」

 そう驚く才人にキュルケは頷いて、

「間違いないわ。以前、宝物庫を見学したときに見たもの」

 それを聞いた才人は小さく「なんでこれが」と呟き、ミルアも腕を組み何かを考えていた。
 しかし、何かに気がついたのか突然廃屋を飛び出す。
 廃屋に居た他の者が何事かと思った瞬間、

「皆さんっ! 伏せてっ!」

 ミルアのその声に咄嗟に伏せる廃屋組み。
 次の瞬間、轟音と共に廃屋の屋根が吹っ飛ばされた。
 屋根が吹っ飛ばされ気持ちの言い青空が見える。
 その青空をバックにフーケの巨大なゴーレムがそこに居た。
 廃屋にいた才人たちは慌てて廃屋の外へと飛び出した。
 それと同時にタバサが杖を振る。
 瞬時に生み出された竜巻がゴーレムに直撃するがゴーレムはびくともしない。
 立て続けにキュルケのファイヤーボールに浴びせられるも、やはりびくともしなかった。

「一時退避」

 タバサはそう言うと森へと向かって走りだす。
 その後をキュルケも追う。
 才人も逃げようと、ルイズとミルアの方を見た。
 するとミルアはルイズの手を引きその場から逃げようとしていたが、ルイズが必死になって抵抗していた。
 才人は急いで二人に駆け寄り、

「何してんだよ、破壊の杖は取り戻したんだ。早く逃げるぞっ!」

「嫌よっ! ここで逃げたらまた馬鹿にされるっ! 『ゼロのルイズ』だから逃げたんだって!」

 才人の言葉にルイズは睨みつけるようにして答えた。
 しかし才人はルイズの腕を掴み、

「そんなこと、言いたい奴には言わせておけばいいだろっ!」

 才人の言葉にミルアも頷く。
 そんな三人をゴーレムは無視して、逃げた二人を追いかけ始めた。
 ルイズはそんなゴーレムの背中を睨みつけ、

「サイトがギーシュのゴーレム相手に何度殴られても立ち向かったように、私にだってプライドとかはあるのよ……今でこそまともに魔法は使えないけど、それでも私は貴族なのよっ! 貴族は敵に背を向けないっ! 今、逃げたら私は魔法が使えないどころか貴族ですらなくなってしまうのよっ!」

 ルイズはそう叫ぶとミルアの手を振りほどき背をむけているゴーレムへと駆け寄っていった。
 そして杖を抜くとゴーレムの背中めがけて振り下ろした。
 何を唱えたのか、しかしそれは旨くいかず、ゴーレムの背中の一部が小さく爆発する。
 ぱらぱらと土が零れ落ち、ゴーレムはゆっくりとルイズの方へ振り返った。
 ルイズの頭上に大きな影がさす。
 ゴーレムはその巨大な足を上げ、ルイズを踏み潰そうと、前へと踏み出した。
 やられる。
 ゴーレムの足がルイズの視界を埋め、ルイズは思わず目を瞑った。
 しかし、そんなルイズを大剣を片手に駆け込んだ才人が、空いた片手で抱きかかえ、ゴーレムの足下からすり抜ける。

「シャインっ! バスターっ!」

 才人がルイズを救出すると同時に、空をきったゴーレムの足へとミルアの魔法がぶっ放される。
 日の光が降り注ぐ昼間にもかかわらず、まばゆい光を放つそれはゴーレムの足を消し飛ばすと思われた。
 しかし、

「げっ……まじかよ……」

 才人はその光景に驚き、ミルアも僅かに舌打ちをする。
 ミルアの魔法が直撃した場所は表面が鉄で覆われ、ミルアの魔法はその鉄を僅かに焦がしただけだった。
 魔法が直撃する寸前に鉄に錬金されていたのだ。
 憎々しげにゴーレムを見ていた才人だったが、ふと自分が抱えているルイズが泣きじゃくっているのに気がついた。
 女の子にぼろぼろと泣かれて、才人はあせりながら、

「おい、そんなに怖かったのかよ」

 そんな才人にルイズは顔をぐしゃぐしゃにしながらも首を横に振り、

「怖かったけど、それよりも悔しくて……自分が情けなくて……」

 泣きじゃくりながら、鼻声でそう言うルイズに才人は視線を右往左往させた。
 最初こそ、無謀なことをしたルイズをひっぱたいてやろうかと思ったが、こうもぼろぼろ泣かれては才人としてはどうしようもなかった。
 泣いている、しかも同年代の女の子の慰め方なんか知るわけもない。
 こちとら彼女もガールフレンドもまともに居たためしないわっ! と内心嘆く才人。
 そんな才人にゴーレムが迫ってくる。

「嘆く暇もしんみりする暇もくれないわけね……」

 次の瞬間、ゴーレムの膝に棘付きの鉄球がめり込み、その膝の一部を抉り取った。

「ミルアっ!」

「タバサさんのシルフィードが来てます。そこまで後退します」

 才人はミルアの言葉に頷きルイズを抱えたまま走り出す。
 二人は降下してきたシルフィードの下までたどり着くと、すでにシルフィードの背にはタバサとキュルケが乗っている。
 才人が抱えていたルイズをシルフィードの背に乗せると、

「貴方達も」

 タバサの言葉に未だぐずるルイズを見ていた才人はタバサを見ると、首を横に振った。

「どうして」

 そう呟くタバサに才人は苦笑しながら、

「悔しいって……ルイズが言ったんだよ。その気持ち、俺にはよくわかる。だからさ、何とかしてやりたくなるんだよ」

 そう言って才人はルイズの頭に自らの手をぽんと置くと、にかっと笑って、

「俺がお前の悔しいって気持ちを、あのゴーレムにぶつけてきてやるよ。だから泣くな」

 才人の言葉にルイズは泣き止み、あっけに取られる。
 すると才人の隣に立っていたミルアが才人の上着のすそをくいくいと引きながら、

「『俺が』ではなく『俺達が』に修正願います」

「付き合ってくれんのか?」

 そう言ってミルアを見下ろす才人に、ミルアは僅かにため息をつくと、

「最低限『破壊の杖』さえ奪取できればあとはまぁ、危険がないようにと思っていたんですが、お二人を見ていて気が変わりました。やってやろうじゃん、ですよ」

 気合を入れるようなところなのに、台詞の最後にいたっては完全な棒読みなミルアに才人は軽く吹いた。
 そんな二人にタバサは頷くと、

「わかった。援護はする」

 そう言い、タバサの後ろに座っているキュルケも杖をあげて答えた。

「サイトっ! ミルアっ!」

 そう叫ぶルイズを無視してシルフィードが空へと舞い上がる。
 それを確認した二人はゴーレムに向きなおった。
 まいったな俺、あのルイズに惚れちまったのかね。と内心ぼやく才人。
 まいりました。なんかこの二人、放っておけません。本当にやってやろうじゃんですよ。と、こちらも内心ぼやくミルア。
 それぞれ思うところはあるが、自らの得物を手に構える二人。

「ナメんなよ。金属っても部分的だろうがよ。所詮はたかが土くれっ!」

 ゴーレムを睨み、そうはき捨てる才人にミルアも頷く。
 才人は大きく息を吸い込む剣を握る手に力をこめて、

「こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつうの」

 そう言いゴーレムへ向かって駆け出した。





「サイトっ! ミルアっ!」

 ルイズはシルフィードの背から二人の名を呼びながら、必死に杖をふった。 
 少なくとも今は、ルイズにとっては自分の魔法の成否など、どうでもいいのか、小さな爆発がゴーレムのいたるところで起き、ぱらぱらと、その土くれを落としていく。
 足場であるシルフィードがゴーレムの頭上を旋回する中、タバサとキュルケも杖を振り、それぞれの魔法がほんの僅かではあるがゴーレムの体を削っていた。

「私達の精神力とフーケの精神力どちらがもつかしらね?」

 そう苦笑しながら杖を振るキュルケに、

「根競べ」

 タバサはそう言うと地上で戦う二人を見てやり、ちらりと森の方へも視線を向けた。





 腕を何度も振り上げ、重量任せにその拳を地面に叩きつけるフーケのゴーレム。
 振り下ろした直後にその拳が鉄に錬金されてる故にその一撃一撃は強力で、一発でも直撃すれば死は免れそうもなかった。
 そんなゴーレムの攻撃を才人とミルアの二人は軽業師のようにひらりひらりとかわしてゆく。
 その為、地面のいたるところがゴーレムの拳でできたクレーターだらけになっていた。

「く、ら、えぇっ!」

 そう叫び大剣を、地面にめり込んでいるゴーレムの腕に振り下ろす才人。
 その太刀筋は土くれの腕を見事に斬り落とすのかに見えた。

「折れたぁっ?」

「はいぃっ?」

 ゴーレムの腕に直撃した瞬間、キュルケからプレゼンとされた大剣はぱきりと綺麗な音を立てて折れた。
 その瞬間を目撃したミルアも思わず素っ頓狂な声をあげる。
 上空でそれを目撃したタバサとルイズは思わずキュルケに非難の視線を向けた。
 僅かに口元をひくつかせながらキュルケは視線をあさっての方向へ泳がせる。
 そして折れた刀身が、ゴーレムの腕に跳ね返り才人の眉間へと向かって飛んできた。

「おぅわっ!」

 才人は妙な声をあげながら仰け反るようにして飛んできた刀身を回避した。
 しかし勢いあまってそのまま尻餅をつく。
 ゴーレムはこの隙を見逃さなかった。
 尻餅をつく才人へゴーレムはその巨大な拳を振り下ろす。
 冗談じゃない。こんなところで。
 いや、どんなところでも才人さんを死なせてたまるか。
 ミルアは駆け出した。
 駆け出したミルアを含め、才人の身を案じる誰もが、世界の時間の歩みがとても遅く感じた。
 そんな中ミルアは鉄球を投げ捨て、背中に背負ったデルフを振り、その勢いで鞘を脇へと投げ捨てる。
 間に合えっ! 間に合えっ!

「いけっ! 嬢ちゃんっ!」

「うおぉおおぉっ!」

 デフルが叫び、ミルアの雄たけびがその場に響いた瞬間、才人は頭上から迫るゴーレムの拳から恐怖のあまり声もあげず、目を閉じた。
 しかし、自分の身には痛みも衝撃もこない。
 恐る恐る目をあけると、

「み、ミルアっ?」

 才人の目の前、才人の体を跨ぐ様にミルアが立っていた。
 ゴーレムに背を向け、手にしたデルフを、両手で担ぐように持ち上げ、ゴーレムの拳を受け止めている。

「相棒っ! 嬢ちゃん、無事かっ?」

「お、おう……」

 デルフの問いに才人は声を詰まらせながらも答えた。
 しかしミルアは答えず目を閉じ、すぅ、と息を吸い、

「ああぁぁああああぁっっ!」

 カッと目を見開き、これでもかと雄たけびを上げるミルア。
 それと同時にミルアの体内で生み出された膨大な魔力が、赤い光の粒子となって背中や肘、膝裏から噴出した。
 赤い光の粒子はすさまじい圧力となって巨大なゴーレムを押しのけ、ミルアをゴーレムの一撃から解放する。
 そしてミルアは振り向きざまにデルフで力いっぱい空を薙いだ。
 次の瞬間、赤い光の刃がデルフから放たれる。
 赤い光の刃は、翼を広げた大きな鳥のようにゴーレムへと飛翔し、その巨大な胴を両断した。
 今のはなんだ? と、その光景にあっけにとられる面々。
 才人はぽかんと口を開け、上空のルイズやキュルケも目の前の出来事を信じられないというような顔をしていた。
 タバサも驚いていたがそれよりもミルアへの興味が大きくわいていた。
 しかし、一番驚いていたのは他でもないデルフだった。
 今の何? 俺っちに何がおきたの? と慌てふためくデルフ。
 生まれてこのかた六千年。
 こんな経験初めてだよ。 おでれーたっ!
 デルフが生まれてはじめての体験を噛みしめていた中、胴を両断されたゴーレムの上半身が、ずるずると、下半身をその場に残し、後ろにずれていく。
 誰もが、やったと思った矢先、ゴーレムの胴が再生を始め、その上半身は下半身の上でとどまった。

「ちくしょうっ! まだ再生できるのかよっ!」

 立ち上がりながら、悔しそうに吐く才人。

「嬢ちゃんの一撃は強力だけどアレじゃ駄目だ。もっと派手にぶっ壊さねぇと」

 デルフの言葉に、才人はあることに気がついて上空を旋回するシルフィードを見上げ、

「そうだっ! 破壊の杖っ! あれなら―――」

「いえ、私がやります」

 才人の言葉をミルアが遮った。
 それに対して才人は疑問の表情を浮かべ、

「どうして?」

「あれは恐らく単発式なのではないのですか? でしたら、あんな土くれに使うのはもったいないです。ですから、私がやります」

 ミルアはそう言い投げ捨てた鉄球を拾い上げ、

「さて、これから少々暴れようと思います。お付き合い願えますか才人さん?」

 そう言いながらミルアはデルフを才人に差し出す。
 そのミルアの表情は、才人には、ほんの僅かに微笑んでいるように見えた。
 だから、才人も笑みを浮かべると、

「あぁ、もちろんだよ。俺にとってはミルアも相棒だからな。それに言いだしっぺは俺だぜ?」

 才人はそう言い、差し出されたデルフを手に取り構えた。
 二人して駆け出し、ゴーレムもそれを迎え撃つ。
 風を切る轟音と共に振り下ろされるゴーレムの拳。
 それを右へとかわしたミルアは、振り回した鉄球を、既に振り切ったゴーレムの手首へと直撃させた。
 ばこっという音と、土くれを空中に舞わせ、ゴーレムの手首が砕け、その先の拳が脱落する。
 ミルアはそのまま鉄球を遠心力を使い振り回し、ゴーレムの膝の一部を抉り取った。
 そんなゴーレムを才人がすれ違いざまにデルフで斬りつける。
 小さくはあるが確実に削っていく才人をゴーレムも無視できず、なんとか才人を捕らえようとしていた。
 そして、ゴーレムの頭上からはルイズの爆発とキュルケの炎が降り注ぎ、ゴーレムの注意を削いでいく。

「才人さんっ! 離れてっ!」

 そんなミルアの言葉に才人はミルアのほうを振り向いた。
 手にした鉄球を頭上でぶぅんぶぅんと大きく振り回しながらミルアが突っ込んでくる。
 才人がゴーレムから離れると、ミルアはそのままゴーレムの股下へと滑り込んだ。
 そして、大きく振り回された鉄球がゴーレムの両膝を打ち砕く。
 再生も間に合わず、バランスを崩したゴーレムがゆっくりと、仰向けに倒れていく。
 ゴーレムが地に沈む直前、膝下を失ってもなお二十メイル以上ある巨体の背中をミルアの小さな体が受け止めた。
 受け止めた衝撃で、僅かに身をかがめたが、徐々にゴーレムの巨体を持ち上げていく。
 その光景を、才人たちが何度目かの驚愕の顔で見ていると、

「うあぁぁぁあぁあああっっ!」

 ミルアの雄たけびが響き渡り、再び膨大な魔力が、その小さな体から噴出した。
 場を染める赤い光の粒子。
 その中でミルアはゴーレムを抱え上げ、その巨体を頭上でぐるぐる回し始めた。
 やがてそれは風を生み、周囲の落ち葉や砂埃などを巻き込み竜巻状となってゆく。
 上空を旋回していたシルフィードが危険と判断し更に距離をとる。
 砂埃が目に入らぬよう、手をかざし目を細めていた才人は、ミルアが何をするのか直感した。
 それは昔見たヒーローが使った技だ。
 その身を化け物にされ、人でなくなってしまっても、人の為にと命を削り、戦い続けた、不屈の魂をもつヒーロー。
 それと同じ技を再び目の前で見ることができる。
 その事実が、戦闘で高ぶっていた才人の心を更に興奮させた。

「いっけぇぇえええっ!」

 才人の号令にあわせミルアがゴーレムを放り投げた。
 きりもみしながら、その巨体が宙を舞う。
 そしてその回転を留めることなく、重力に従い落下を始め、そのまま回転任せに、地面をえぐるようにして墜落した。

 その巨体を粉々に散らせながら。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一三話 フーケの最後
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:46
 悪事と悪意は必ずしもイコールでは結べない。
 善意から悪事を働くこともあるということ。
 いや、善意とかそういう物じゃなく、守りたい、助けたいという内からくる何かによって悪事を働くこともあるのだろう。
 その気持ちは私にもわかる。
 かつて私も同じように罪を犯したから……
 今なお私は、私ができる事で償おうとしている。
 この方法が最善であると願って。

 待っていてください。

 私は必ずあなたの元へ帰ります。










 ゴーレムが木っ端微塵に砕け散り、その破片が再生しないことを確認したミルアは、その場に大の字になって倒れこんだ。
 仰向けに倒れこんだので視界いっぱいに広がる青空がとても心地いい。
 そんなミルアの元へ才人や、シルフィードから降りたルイズやキュルケが走りよってきた。

「おいっ! ミルアっ大丈夫か?」

「もう嫌です」

 心配する才人の言葉にミルアが返す。
 その言葉に才人たちは困惑した。
 そんな三人を他所にミルアは、

「もうあんな重いもの投げません。疲れました。ごめんこうむります」

 目を閉じ駄々をこねるような台詞にキュルケがぷっと吹き出し、それを皮切りに才人やルイズも笑い出した。
 それに若干むっときたのかミルアは倒れこんだままそっぽを向く。
 やがて、才人があることに気がついて辺りをきょろきょろと見回した。
 あれ? そういえば、と才人が、

「そういえば、タバサは何処行ったんだ?」

「なんか戦闘中に、地上から援護する、とか行って一人で勝手に降りて行っちゃったのよ」

 才人の疑問にルイズが答える。
 しかし地上からタバサの援護は一度もなかった。
 才人が首をひねっていると、倒れこんだままのミルアがついっとある方向を指差す。
 ミルアが指差す先、森の中からできたのはタバサだった。
 タバサを見た三人は驚く。
 それはタバサが気を失ったロングビルの襟元を掴んでずるずると引きずってきたからだ。
 しかも縄でぐるぐると縛ってある。
 三人は慌ててタバサに駆け寄り、

「どうしたのっ? 彼女怪我でもっ?」

 ルイズが慌てて聞くとタバサは首を横に振り、

「ミス・ロングビルがフーケの正体」

 タバサの言葉に三人は「え?」と固まる。
 最初に硬直が解けたキュルケが、

「タバサ、それ本当?」

「本当。彼女がゴーレムの欠損部分を再生させているところも見たし、最後にゴーレムが木っ端微塵になった後は舌打ちした後、地団駄踏んでたから間違いない」

 タバサがそう答えると才人はロングビルが地団駄踏むさまを想像してぷっと吹く。
 そんな才人は置いといて今度はルイズが、

「それでどうやってフーケを?」

「注意力が散漫になってたから背後からエアハンマーで一撃。近くの木に体を打ちつけて気絶した」

 あっさりという具合に話すタバサにキュルケは手を叩き、

「凄いわタバサ、さすがシュヴァリエの称号を持つだけのことはあるわ。さすが私の一番の友達っ!」

 キュルケの言葉にタバサは照れているのか僅かに顔をそらす。
 やがて、その視線を未だ倒れこんでいるミルアに視線を移し、

「彼女は?」

「疲れたみたい。まぁあんな常識はずれなことしたから無理はないけど」

 ルイズが苦笑しながら答えるとタバサは、

「私にミス・ロングビルが怪しいと教えてくれたのは彼女」

「なにそれっ? どういうこと?」

 私は聞いてないわよ、とルイズが食いついた。
 そんなルイズの疑問に答えるようにタバサは視線をミルアに向けたまま、

「学院が襲撃され、彼女がゴーレムと戦ったとき、フードの中の顔が見えたらしい。あの夜、迎えに行った私に話してくれた」

 タバサの答えにルイズは不満そうな顔をして、

「なによ。私達には何も言わないで」

「一番他人に悟られなさそうなのは私、とのこと」

 タバサの言葉に才人とルイズ、キュルケの三人は顔を見合わせる。
 しばらくして三人して何かに納得したかのようにうんうんと頷く。
 ちなみに、誰が誰のことを見て納得したかは謎である。
 そんな三人を見ていたタバサは倒れこんだままのミルアの元へ歩いていった。
 そしてミルアの覗き込むようにして、

「帰ろう」

 そう言い、手を差し出し、ミルアはその手を掴んだ。






 ごとごとと揺れる馬車の中でフーケは目を覚ました。
 彼女は自分がロープでぐるぐる巻きにされている事に気がつくと、

「そうかい、ばれて捕まっちまったのかい」

 そう言い諦めたような笑みを浮かべた。
 そんなフーケにルイズは腕を組んで、

「そういうこと、これであんたもおしまいね」

「まったく、とんだ貧乏くじを引いちまったみたいだね」

 フーケはそう言いミルアをちらりと見て、

「遥か遠い異国のメイジって言われたけど、そんなんで納得できないね。あんた化け物かい?」

 フーケのその言葉に才人がかちんときてフーケに詰め寄ろうとした。
 しかしそんな才人をミルアが片手で押さえ、

「あなたに聞きたいことがあります。何故、破壊の杖を強奪した後、学院に戻ってきたのですか?」

 ミルアの問いにフーケはにやりとして、

「何でだと思う?」

「あんたねっ! 自分の立場がわかってるのっ?」

 そう怒鳴るルイズを無視してミルアは、

「破壊の杖の使い方がわからなかったんですね?」

 ミルアの答えにフーケはけらけらと笑い、

「正解さ。いくら名の知れたお宝でも使い道がわからないんじゃ、売るときに値を叩かれるからね」

 フーケの答えに才人はなるほどと頷く。
 ミルアは続けて、

「では、次の質問です。あなたの本当のアジトは何処ですか?」

「は? そんなもんあるわけないだろ。こちとら根無し草でね。お宝のあるところ、あっちへ行ったりこっちへ行ったりさ。まぁ一応、身を休める所とかはあるけどね。休むだけさ。下手に不在のときに誰かに見られたらやばいから、なぁんにもありはしないけどね」

 そう吐き捨てるフーケにミルアは誰にも気づかれないような小さな笑みを浮かべ、

「では、あなたは定期的に、何処に送金しているんですか?」

 ミルアのその言葉に、才人やルイズ、おとなしく聞いていたタバサやキュルケも驚いた。
 そしてフーケも一瞬あっけに取られ、すぐに、はっとしたように、

「送金? なんの事だい?」

 わけがわからないという風に肩をすくめる。
 しかし、その背中にはじっとりと汗をかき始めていた。

「お宝や、それを売って得たお金を溜め込むようなアジトもないし、豪遊すれば必要以上に人目につくと思われますし……」

 ミルアはそう言いフーケの様子をじっと見ながら一呼吸置くと、

「何より学院長からあなたの身の上に関して聞かされました。本名は確か、マチルダさんでしたか?」

 その言葉にフーケは驚きの表情をして、

「あのジジイっ! 調べてやがったのかいっ!」

 ちくしょうっ! と縄で縛られているにもかかわらずジタバタとするフーケことマチルダにルイズが、

「で、あんた何処の誰に送金してんのよ。結構なお金になるでしょ」

 その言葉にマチルダはふんっと鼻をならしそっぽを向き、

「こちとら食わせなきゃならないガキどもがたくさんいるんでね」

「あら、あなた子持ちだったの」

 驚きながらそう言うキュルケにマチルダは顔を赤くして噛み付くような勢いで、

「子供なんか産んだ覚えないよっ! 孤児だよ孤児っ! あたしの妹分が孤児院みたいのやってて大変なんだよ」

 マチルダはそうまくし立てると、そのまま馬車の中で強引に横になりそっぽを向いた。
 不貞寝する気である。
 その様子にルイズはややジト目で、

「核心をつかれたら、案外ぺらぺら喋ったわね」

 そう言いぷっと軽く笑う。
 それに対して僅かにぴくりとマチルダが反応した。
 ミルアはふぅと息を吐くと、

「正直助かりました。しらをきりとおされたら私にはどうしようもなかったので。誰かを問い詰めるのは得意ではないので」

 そんなミルアにタバサが、

「土メイジが墓穴を掘った」

 そのタバサの言葉にキュルケやルイズが笑い、才人も苦笑する。
 そしてマチルダは、本格的に不貞寝してやろうかと拗ねていた。
 やがてふいに、

「あの子達どうなるんだろうね」

 そう呟いたのをルイズは、

「何、同情を引こうって言うの? 確かに動機は善意と呼べるものかもしれないけど、あんたのやってきたことは間違いなく悪事よ。あきらめなさい」

 そう言いきるルイズにマチルダはふっと笑い、

「そんなことわかってるさ。あたしもあの子らには自分が何をやってるのか一度も話したことはないし。話せるわけもなかったからね。ただね……ままならないなと思ってね……」

 そんなマチルダの言葉にルイズはぎりっと奥歯を噛みしめた。
 わかってはいる。自分が魔法が使えないことも、孤児たちのことも。世の中は本当にままならない。
 ルイズはそれが悔しくてたまらなかった。
 そこへミルアが、

「学院長からの伝言です。盗みを止め、今後もまっとうに生きていく気があるのなら、学院長秘書を続けても良い、との事です」

 その言葉に馬車内の全員がぽかんとした。
 ミルアは続けて、

「おまけに給金は相談に応じるそうです。学院長はとてもお人よしのようです。もっともマチルダさんが秘書を続けるには、此処に居るほかの方にもお人よしを求めることになりますけど」

 ミルアがそう言うとマチルダは自ら、文字通り床に額を打ちつけ、

「頼むっ! 見逃してくれっ!」

 その行為に、ミルア以外の四人は顔を見合わせた。
 やがて、やれやれといった具合に肩をすくめると、回答をルイズにゆだねる。
 そのルイズは苦虫を噛み潰したような顔をして、

「学院長がそう言うのなら仕方ないわ。ただし、これが最初で最後よ。それと、これはあんたの為じゃないわ。あんたのところの孤児のためよ。あんたはその子達のためにもまっとうに生きなきゃならないんだからね。私達を裏切ることは、その孤児達を裏切ることと同義よ」

 そう言うとルイズはぷいっと明後日の方向を向いてしまった。

 これを機に「土くれのフーケ」はこの世界から姿を消すこととなった。





 学院に戻ったミルアたちはオスマンと、何故か学院長室にいたコルベールに事の顛末を報告することなった。
 当然のことながらマチルダの縄は既に解かれている。

「ふむふむ、なるほどの。皆よくやった。そして、とりあえず、おかえり、と言っておこうかのミス・サウスゴータ」

 マチルダ・オブ・サウスゴータ。
 それは彼女が失った貴族としての家の名だった。
 オスマンの言葉にマチルダは吐き捨てるように、

「本当に調べてやがったのね」

「つい最近だがの。酒場でスカウトした事をコルベール君に話したら散々酷いことを言われての。ちょっと反省して身辺調査を」

 てへっと笑うオスマンにコルベールが「ちょっとだけですか」とぼやく。

「で、本当に給金は相談に応じてくれるんだろうね? こっちは食わせないといけないガキがたくさんいるんだよ」

「その辺に偽りはないわい。本当、感謝してもらいたいもんじゃよ。これで君も手紙やらに自分の職業を堂々と書いて近況報告とか書けるじゃろ?」

 マチルダの言葉にオスマンが返すと、マチルダはそっぽを向いた。

「むしろ、おつりとか、のぉ?」

 そう言いながらオスマンはマチルダのお尻に手を伸ばした。
 次の瞬間、どんっという音と共にオスマンの足元に鉄球がめり込む。

「すみません手が滑りました」

 しれっとそう言うミルアに、オスマンは顔を引きつらせながら、すすすっと後ろへ下がる。
 見ればルイズやキュルケ、タバサやマチルダも、よくやった、という表情でミルアを見ていた。
 ちなみに才人は怯えている。

「まぁ、これからもよろしく頼むよ。あぁそうそう、一応これからもミス・ロングビルということでいかせてもらうがいいかね?」

 オスマンの言葉にマチルダはしぶしぶ頷き、

「仕方ないさ。今更本名で生きようにも都合が悪すぎる。こちとら潰された家の生き残りだからね」

 マチルダの言葉にうなずいうたオスマンは今度はルイズたちに視線を移し、

「もしフーケを生け捕りにしていたならシュヴァリエの授与申請をしてもよかったのじゃが、さすがに盗品の奪還だけでは宮廷の連中は首を立てにふらんじゃろうしな。すまないの」

 その言葉にルイズはとんでもないと首を慌てて横にふる。
 キュルケはわざとらしく「あら残念」と口にした。

「しかし、誰もなしえなかった盗品奪還を生徒達だけでやってのけたことは、きっちりと報告しておくからの。さすがに何かしらの褒賞はあろう。ついでに仕事しろとの嫌味もあわせて」

 いたずらっぽくニヤリと笑いながらそう言うオスマンにルイズたちは苦笑した。
 そしてオスマンは才人やミルアに視線を移すと、

「すまんが、君らは貴族ではないからのさすがに宮廷からの褒賞はないじゃろう。少ないかもしれんが後にわし個人の懐からいくらか出そうと思うのじゃが、よいかね?」

 才人は黙ってコクコクと頷き、ミルアも小さく頷いた。
 それを笑顔で確認したオスマンは、ぽんぽんと手を叩き、

「さてと、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の杖』が戻ったのじゃから予定どおり執り行う」

 その言葉にキュルケは顔を輝かせて、

「いけないすっかり忘れていたわ」

「それは大変じゃな。今夜の主役は君達じゃ。せいぜい着飾るとよい」

 オスマンの言葉にキュルケとタバサは連れ立って学院長室を後にする。
 ルイズもその後に続こうとしたが、ふいに足をとめ才人達のほうを振り返った。
 「こないの?」という顔のルイズに才人が「後でいくよ」と告げ、ルイズも学院長室を後にする。
 オスマンもマチルダとコルベールに退席を促した。

「さて、何かわしに話があるのじゃろ?」

 オスマンの言葉に才人は頷き、

「あの……『破壊の杖』は杖なんかじゃありません。あれは俺の世界の武器です」

 才人の言葉にオスマンはその瞳をきらりと光らせ、

「ふむ、君の世界とな?」

「俺はこの世界の人間じゃありません。ルイズの召喚で異世界からやってきたんです」

 その才人の言葉にオスマンは考え込むように僅かに頷く。
 そしてその視線をミルアに移し、

「君は彼にくっついて来てしまったんじゃな?」

 オスマンの言葉にミルアは頷いた。

「それで、その『破壊の杖』は何処で手に入れたんですか」

 やや焦りを見せながらそう問う才人にオスマンは何処か遠い目をして、

「『破壊の杖』はの、わしの命の恩人の形見なんじゃよ……」

 そうしてオスマンは語り始めた。
 若い頃、異国をめぐっていた時のこと。
 大きなワイバーンに不意をつかれ、命の危機に陥ったとき、二本の『破壊の杖』を持った一人の青年が現れ、その内の一本を使いワイバーンを吹っ飛ばし、助けてくれたこと。
 しかし、青年は既に深手を負っており、看病の甲斐なく命を落としてしまったこと。
 そしてオスマンは彼を弔い、二本の『破壊の杖』の内、一本を青年の墓に、残りの一本を学院の宝物庫にしまいこんだ、と。

「生前、彼はうわ言で何度も口にしていた。ここは何処だ、元の世界に帰りたいと……」

 オスマンがそう言うと、才人は少し残念そうに「そうですか」とだけ呟いた。

「すまないの。あまり役に立つような話ではなかったようじゃな」

 オスマンの言葉に才人は黙って首を横に振った。
 そして今度は自分の左手の甲を差し出し、

「この使い魔のルーンは何かはわかりますか? 武器を持つと光って体が軽くなったりするんです。武器も自在に使えるようになるし」

「それなら知っておるガンダールヴのルーンじゃ」

 聞きなれない言葉に才人が僅かに眉を寄せる。

「ガンダールヴは伝説の使い魔での、あらゆる武器を使いこなしたそうじゃ」

 オスマンの言葉に才人は自らの左手に刻まれたルーンを見つめながら、

「どうして俺が……」

「わしにもわからん」

 その言葉に才人はがっくりとうなだれた。
 魔法学院の学院長なら何かしら情報を持ってるかと思ったが、結局中途半端に終わってしまった。
 そんな才人にオスマンは歩み寄ると、

「じゃがなガンダールヴよ。わしは君の味方じゃ。改めて礼を言わせてくれ。恩人の形見を取り返してくれて本当にありがとう」

 そう言って才人の手を両手で握った。
 才人は僅かながら気を持ち直し、少し照れくさそうに、

「いえ、お役に立てたのなら……俺、そろそろ行きますね。あんまり長居するとルイズに怒られそうだし」

 才人の言葉にオスマンはかっかっと笑い。

「君も着飾ると良い。なに、衣装はこちらで用意しよう」

 オスマンの言葉に才人は頭を下げ、退出しようとした。
 しかしミルアがその場を動かないことに気がつく。
 何か話があるのかな? と才人はミルアに、

「俺、待ってようか?」

「いえ、大丈夫です。才人さんは先に行ってください」

 ミルアがそう言うと才人は少し不思議そうな顔をして頷き、そのまま学院長室を後にした。
 僅かな沈黙が学院長室を満たすがやがてオスマンが口をひらき、

「君の本題はなにかね。いや、先のサイト君との会話で何か聞きたいことがあるのではないかの?」

 その言葉に、ミルアはオスマンの瞳をまっすぐに見つめ、

「才人さんを伝説の使い魔といいましたね」

「確かに言ったの」

「では、その伝説の使い魔を召喚したルイズさんはいったい何なんですか? 正確に言えば彼女の系統はなんですか?」

 そう問うミルアに、オスマンは自らの席に腰を下ろし、

「コルベール君からは何か聞いたかね?」

 その言葉にミルアは首を横に振る。
 オスマンは「そうか」とだけ呟くとしばらく考え込み、やがて、

「虚無という伝説の系統がある。始祖ブリミルが使ったとされる系統じゃよ」

「ルイズさんが、その虚無の系統だと?」

 ミルアの言葉にオスマンは僅かに驚いたような顔をした。
 その表情の意味することがわからずミルアは首をかしげ、

「なんですか? その顔は……」

「なに、君は感情の起伏が乏しいようじゃが、なかなか強烈な殺気を向けてくるの。まだ出会って間もないはずじゃが、君にとって、それほどにミス・ヴァリエールは大事かね?」

 オスマンの言葉にミルアは腕を組んで考え込んだ。
 しかしいくら考えても一向に答えがでない。
 ミルアは仕方なく、

「少なくとも放っておけないとは思ってます」

「ふむ……さて先ほどの質問じゃがな、ガンダールヴを使役したのは始祖ブリミルじゃ。そのことを踏まえれば、ミス・ヴァリエールの系統が虚無である可能性は高い」

 少し重く、その言葉を吐いたオスマン。
 それを聞いたミルアは軽くため息をつき、

「これからどうなるんでしょうか……」

「どうなるとは?」

「現代によみがえった伝説。このまま平穏無事、とはいかないでしょう。たぶんですが……」

 ミルアの言葉にオスマンも頷き、

「時代の流れ、とか言うやつじゃな。まぁしかし、大丈夫じゃろ。ミス・ヴァリエールは友人に恵まれておる。本人は認めたがらないじゃろうが。それに―――」

 オスマンはそこまで言うと真剣な目つきでミルアをまっすぐに見つめ、

「君もおるしの」

 その言葉にミルアは僅かに首をかしげた。
 オスマンと話したのは今回を含め二回だけだ。
 何故、この人は私を信用してる?

「伊達に年はくっておらんよ。わしの直感が言っておる。君は信用できるとな」

 その言葉にミルアはやれやれと首を横に振り、

「あなたはお人よし過ぎます。私のことといい、フーケの件といい」

「その話に乗った君も十分お人よしじゃろ。それにわしは、わしにできる範囲の事をしたまでじゃよ」

 オスマンはそこまで言うとぽんぽんと手を叩き、

「ほれ、君も舞踏会の準備をしなさい。君の衣装もこちらで用意しよう」

 首を横に振るミルアにオスマンは頑なに譲らず、結局ミルアは折れた。
 オスマンはそんなミルアを送り出しつつ、

「そういえば君、今いくつなんじゃ?」

 その問いにミルアは黙って左手を突き出し、その指で自らの年齢を示した。
 そしてそのまま学院長室をあとにする。

「嘘じゃろ?」

 学院長室に残されたオスマンは一言、そう呟いた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一四話 双月の下『氷槍』は踊る
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/17 10:48
 圧倒的な暴力の前に言葉は無意味と化す。
 問題はそれが、何処で、何に向けられるかだ。
 もしそれが彼女たちに向けられるのだとしたら私は躊躇うことなく立ち向かう。

 お人よしと呼ばれてもかまわない。

 せめて私の手の届く範囲は……










 舞台の時はほんの僅か遡る。
 学院がフーケに襲撃される直前。
 王都トリスタニアからもどったイクスは何の気なしに食堂を訪れた。

「シエシエーっ! いるー?」

 長い髪をなびかせながら、いきよいよく片手を挙げシエスタを呼ぶイクス。
 しかし、シエスタの返事はなく、代わりにコック長のマルトーが顔を出した。
 様子がおかしい。
 そう思いイクスは怪訝な表情をして、

「マルトーさん、どうしたの? いつもなら、イクス嬢ちゃんって親しげに挨拶してくれるのに」

 イクスの言葉にマルトーは沈んだ声で、

「シエスタが連れて行かれちまった……」

 マルトーの言葉にポカンとするイクス。
 今、マルトーさんはなんと言った?
 連れて行かれた?
 シエスタが?
 誰に?
 イクスはマルトーに詰め寄ると、

「連れて行かれたってどういう事? 説明して」

 イクスの言葉にマルトーは小さく頷きぽつりぽつりと話し始めた。
 学院に、用事があったらしく「ジュール・ド・モット」という伯爵が訪れた。
 その際にシエスタを見かけ、いたく気に入った伯爵が大金で学院からシエスタを買い取ったということ。
 正確には雇用主とが学院から伯爵に代わっただけなのだが、平民であるシエスタに拒否権はなく、シエスタは有無を言わさず新たな職場である伯爵の下へと出立させられたのだった。
 話し終わったマルトーの大きな体からは、覇気がなく、心なしかその体が小さく見える。
 また厨房の雰囲気も沈んでいる。
 それだけ、シエスタの存在が厨房で大きかったということだろう。

「モット伯……あの好色親父か……」

 イクスがそう呟くとマルトーは更に沈み込み、聞き耳を立てていた他のコックやメイドたちから嘆きの声が聞こえた。
 ちっ、と軽く舌打ちしたイクスは立ち上がると、

「シエシエの王子様がいない以上、私が行くしかない」

 それを聞いたマルトーは顔をあげ、

「い、行くって何処へっ?」

「もち、モット伯のところへだよ。まってて私がシエシエをつれて帰ってくるからっ!」

 そう言い、杖を抜くイクスにマルトーは慌ててすがりつき、

「だ、駄目だっ! 確かにシエスタは助けてほしいけどモット伯は水のトライアングルって聞いてる。イクス嬢ちゃんは確か、ラインだろ? イクス嬢ちゃんが怪我とかしたらシエスタも悲しむ。それにイクス嬢ちゃんはガリアの貴族様だ。下手したら国際問題にもっ!」

 しかし、イクスはすがりつくマルトーを引き剥がし、

「カニスっ! 行くよっ!」

 窓の外にカニスが現れ、イクスは窓から身を躍らせ、カニスの背にまたがった。
 そして厨房でへたり込んでいるマルトーへ向けて、

「トライアングルだろうがスクウェアだろうが、使うのは所詮人間。血を流せば誰だって死ぬ。勝てない道理はないよ。国際問題? 大丈夫、そんなもの物ともしない暴力ってのもあるんだよ」

 イクスはニヤリと笑いカニスの首筋をポンと叩いく。
 それを合図にカニスは双月の元、大地を疾走した。





「見えたっ!」

 夜の風に、道の両脇の草花が揺れる中、カニスの背に乗り、風を切り疾走するイクスはその視界にモット伯の屋敷を捉えた。
 双月の明かりのした、屋敷の門の前に立っている衛兵がよく見える。
 しかし、それは向こうからも同じでイクスに気がついた衛兵達が声をあげた。

「何者だっ! とまれっ!」

 そう叫び門の前に二人の衛兵が立ちふさがった。
 しかしイクスは止まらず、更にカニスは速度を上げる。

「押し通るっ!」

 イクスとカニスは衛兵を蹴散らしそのままの速度で門すらもぶち破った。
 すると正面には二人のメイジが待ち構えている。
 その二人が杖を抜くと同時に、二人の間をカニスが駆け抜けた。
 二人のメイジは振り返りカニスの背を見るも、そこにイクスはいない。

「何処にっ―――ぐわっ!」

 イクスを見失ったメイジの上にイクスが降ってきた。
 踏みつけられ気を失ったメイジ。
 もう一人のメイジが慌ててイクスに杖を向けようとした。
 しかし、それよりも早くイクスの杖が振るわれ、その杖の先より伸びた水の鞭がメイジの杖を弾き飛ばす。
 イクスの速さに目を見張るメイジだったが、次の瞬間、その顎をイクスの拳で突き上げられ、大の字に倒れて気絶した。

「ふむ……弱い」

 気を失っているメイジ二人を見下ろしてイクスはそう漏らした。

「主が強すぎるのです。主は魔法を単なる武器として使用し、魔法に頼り切らない。魔法に頼りきり、魔法を振り回すだけのメイジでは主には勝てないでしょうね」

 カニスの言葉にイクスはにやりとして、

「クンフーが足りん。というやつだね。あれ? 違ったかな?」

 イクスの言葉をカニスは理解できず、

「くんふー? なんですかそれは」

 その疑問の声にイクスはけらけらと笑い、

「いやいやこちらの話だよ。さて行こうか。シエシエも待ってる」

 イクスはそう言うと屋敷玄関の扉を蹴り破った。
 玄関ホールは明かりがともされ、とても広い。
 中央に広く大きな階段、壁にかけられた大きな絵画や、金や銀などで彩られた彫刻などが伯爵の裕福さを窺わせた。
 イクスはすぅ、と息を大きく吸い込み、

「おいこらーっ! エロ伯爵ーっ! シエスタ返せーっ!」

 思いっきり叫んだ。
 これでもかというぐらいに。
 屋敷じゅうに聞こえたであろうイクスの声に、使い魔であるカニスは内心、これでいいのか? と突っ込んでいた。
 そして、イクスの叫びに反応するように屋敷のいたるところから衛兵がわらわらと沸いてくる。
 その数、三十ほど。
 その光景にイクスは今まで以上の笑みを浮かべた。
 しかし、不意に自分の両の頬を両手でぱしぱしと叩き、

「いけない、いけない。加減を忘れるところだった」

 そう言い杖を振ると空中に氷の槍が作られ、イクスはその槍を握った。
 イクスが頭上で槍を振り回すと、空気を薙ぐ音がホールに響き、衛兵達は気圧される。

「平民ばかりというのが面白みに欠けるけど、まぁ、今はいいか……『氷槍のイクス』いくよ……」

 イクスはそう呟くと一人衛兵の群れへと突っ込んでいった。



 傍から見れば、いったい何が「まぁ、今はいいか……」なのかわからない。
 衛兵達の群れの中、イクスは笑い声をあげながら、衛兵達を、

 殴り飛ばしていた。

 衛兵達の槍や剣を難なくかわし、お返しとばかりに次々と手にした氷の槍で殴り飛ばしていく。
 突き刺さずに、ただひたすらに氷の塊でぶん殴っているだけなので、今のところ衛兵に死者は出ていなかった。
 しかし氷の槍で思い切り殴られた衛兵達は気絶するなり、痛みで転げまわるなりで次々と倒れていく。
 イクスを中心に輪のように取り囲む衛兵達。
 中心のイクスがひらりひらりと舞い、その度に衛兵が輪の外へと飛ばされていった。
 そして最後の衛兵が、氷の槍によるフルスイングでふっ飛んで行きホールに静けさが訪れる。

「ふぅ……」

 イクスはそう息をつき、額の汗を拭う動作をした。
 ふとホールの階段を見るとちょび髭のおっさんが立っている。
 そしてその傍らにはシエスタが立っていた。
 イクスは陽気に片手を挙げ、

「やほー。シエシエ、まだ綺麗な体のままかな?」

 イクスの質問に、シエスタは顔を赤くし、慌てて、

「だ、大丈夫ですっ! まだ綺麗なままですっ!」

 その答えにイクスはにへらとして、

「よかったよかった。シエシエが汚されてたら、そこのちょび髭エロ伯爵を槍で穴だらけにするところだったよ」

 イクスのその物言いにエロ伯爵ことモット伯は一歩前に進み出る。
 そしてイクスを一瞥すると、

「ふむ、これだけの衛兵を傷一つ負わず片付けるとは。魔法学院の生徒か、もしかしてトライアングルかね?」

「いやいや、私はラインですよ、エロ伯爵。しかし皆気にしますねメイジのクラスを。相手がトライアングルだろうがスクウェアだろうが、私の槍は容赦なく貫きますよ」

 そう言い、イクスはやや小ばかにしたような笑みを浮かべる。
 その笑みにカチンときた伯爵が杖を掲げルーンを唱えようとした。
 しかしそれよりも早くイクスの水の鞭が伯爵の股間を打つ。
 声にならない声をあげ、杖を落とした伯爵は顔を真っ青にして転げ周り、そのままホールの階段を転げ落ちてきた。

「あぁ、階段を転げ落ちる光景、なんかの劇で見たかな?」

 イクスはそう言いながら、のた打ち回る伯爵の腹を踏みつけ、首筋を掠めるように氷の槍を床に突き刺した。
 そして身をかがめ、伯爵の鼻先に、自らの顔を近づける。
 イクスは、にたーっと口の端を大きく吊り上げ、

「いくらあんたが凄い魔法が使えても、これじゃぁ意味がないよね。所詮その身はひ弱な人間の物、平民に不意を疲れて頭や心臓を一撃されないように気をつけるんだね」

 そう言うとイクスはいつもの笑みをシエスタに向け、

「それじゃぁ、帰ろうかシエシエ」

 イクスの言葉にシエスタはイクスによってきて、

「あの、よかったんですか?」

「なにが?」

「だって、ミス・ニーミスはガリアからの留学生ですよね? その、国際問題とか……」

 心配そうなシエスタにイクスはけらけらと笑い、

「大丈夫、大丈夫。あのエロ伯爵が黙っていれば問題ないよ。もし誰かに喋ったら、壁に貼り付けにされて、そこらへんの美術品の仲間入りするだけだから」

 イクスはそう言うと顔面蒼白の伯爵を見て、

「シエスタはまた学院で働かせるけど、かまわないよね?」

 不気味な笑みを浮かべるイクスに、伯爵は黙ってコクコクと頷いた。
 それを見届けたイクスは、シエスタの片をぽんぽんと叩き、

「さぁさぁ帰ろう。明日はフリッグの舞踏会だからね。厨房も忙しくなるよ」

 イクスの言葉にシエスタは笑顔で「はい」と答え、二人はそろって伯爵の屋敷を後にした。





 こういうのは着慣れないな、とミルアは姿見の前で思った。
 胸元から肩にかけて大胆に開いた黒のパーティードレス。
 スカートの丈は短く、その裾には白いレースがあしらわれている。
 様子を見に来たオスマンが「それ、わしの私物」とかいった時には、思わず「え?」と声をあげた。
 なんで私物でこんな物を持ってるのかと聞きそうになったが、なんか怖いから止めたミルア。
 そんなこんなで、パーティー会場である、食堂の上の階にあるホールにたどり着いたミルアは、会場に入る一歩手前で立ち止まった。
 正直帰りたい、と回れ右してやろうかと思ったミルアだったが、それはそれで後々何か言われるだろうなと、意を決して会場へと足を踏み入れた。

 会場の雰囲気を一言で表せば「浮かれている」だ。

 豪華な食事が所狭しと並べられたテーブルがいくつかあり、その周りでは着飾った生徒や教師達が歓談している。
 会場内を見渡していたミルアは、バルコニーの枠にもたれかかりワインを飲んでいる才人を見つけた。
 礼服を着慣れていないのか、なんとなく会場内の人よりも浮いている感じがする。
 ミルアは才人へ歩み寄ると、

「似合ってますよ」

「それお世辞?」

「お世辞です」

 はっきりと言うミルアに才人はがっくしと肩を落とした。

「何をしていたんですか?」

「ん、月見酒」

 才人はそう言ってバルコニーの枠に肘を置き夜空に浮かぶ大きな双月を見上げる。
 グラスに入ったワインをぐっと飲んだ才人は、

「俺の世界じゃ月は一つだったけど、これはこれで悪くないかもな。ミルアはどう思う?」

 才人の言葉にミルアも双月を見上げ、

「私は地球で見る小さく儚げなお月様のほうが好きです」

 そう言うミルアに才人は笑みをこぼして、改めてミルアを見た。
 スカート丈の短い、黒のドレスから真っ白な足が伸びてる。
 肩も大きく開かれていて、ドレスが黒いためか、ミルアの肌の白さが際立っていた。
 おまけに髪も真っ白で、目は赤い。

「まるで、うさぎみたいだな」

 才人はそう呟き、ミルアはその言葉にこてんと首をかしげ、

「うさぎ?」

「ほら、月ではうさぎが餅ついてるって話、しらないか?」

「そういえば聞いたことあります」

 百三十にも満たないと思われる小柄な体に白い肌と髪、そして赤い目。
 才人にうさぎを連想させるには十分だった。
 そんな風に才人とミルアが他愛もない会話をしていると、会場の大きな扉が開き、門の警護を勤めていた衛兵が大きな声をあげ、ヴァリエール公爵家の息女、ルイズが到着したことを告げる。

「あ……」

 その姿を見た才人はぽかんと口を開け、手にしたグラスを落としそうになる。
 それほどまでにルイズは綺麗だった。
 ルイズはその桃色がかった長い髪をバレッタにまとめ、白く、真珠のような淡い光沢を放ち、胸元を大きく開いたパーティードレスで身を包んでいた。
 高貴さを装う、肘まである白い手袋がとても似合っていて、改めてルイズの生まれを認識させる。
 その眩しさに、普段は「ゼロ」と馬鹿にしていた男子生徒たちも我先にとダンスを申し込む。
 しかしルイズはその申し出に、上品な笑顔で断り、辺りを見渡した。

「っ!」

 才人は思わずそっぽを向いた。
 一瞬ルイズと目が合ったのだ。
 ルイズはバルコニーにいる才人やミルアに歩み寄ると、

「楽しんでるみたいね」

「まぁな」

 ルイズの言葉に才人はそっけなく答え、ワインをぐっとあおる。
 赤くなった顔をルイズに見られまいと必死だった。
 そんな才人の隣にルイズは立つと、

「あんた達が異世界から来たってこと信じてあげる」

 その言葉に才人はルイズを見て、

「なんだ、やっぱり信じてなかったのかよ。まぁ、俺も逆の立場で考えたら仕方ないとは思うけど……」

 やれやれという具合の才人にルイズは小さく、ごにょごにょと何かを呟いた。
 しかし才人はそれを聞き取れず、

「え? なに?」

 その言葉にルイズはまたもごにょごにょと何かを言った。
 うつむいて言っているのもあってか才人にはまったく聞こえていない。
 しかし、横から、

「フーケ捕縛のときゴーレムと戦ってくれてありがとう、だそうです」

 そうミルアが空気をよまず代弁した。
 次の瞬間、顔を真っ赤にしたルイズがミルアの頭をはたく。
 パシーンと良い音がしてミルアが頭を抑え、

「私、何か悪いことしました?」

 ミルアはしゃがみ込み、バルコニーの枠に立てかけてあったデルフに問うと、

「いや、今のは嬢ちゃんがまずかったわ」

 デルフの答えにミルアは僅かに首をかしげた。

「とにかく、二人ともありがと。次からは私もちゃんと戦えるようにがんばるから」

 ルイズがそう言うと、

「いや、おまえは十分がんばってるじゃん」

 そう言う才人にルイズは「え?」と声を漏らした。
 そんなルイズから才人は僅かに顔をそらして、

「いやさ、お前が皆に馬鹿にされるの嫌がって普段からがんばってるのは知ってるから。だから、なんだ、あんまり無理するなよ」

 そういって完全にルイズから顔をそらした。
 デルフは何か気づいてるのか「けけけ」と笑い声をあげ、才人に蹴り飛ばされる。
 すると会場内から音楽が聞こえてきた。
 見れば、生徒や教師達が優雅にダンスを踊っている。
 貴族だとか、そういう人たちが踊るダンスなんてテレビでしか見たことがなかった才人は、その光景を物珍しそうに見ていた。
 すると不意に目の前にルイズの手が差し出される。

「え? なに?」

「相手がいないのよ。仕方ないから踊ってあげる」

 顔を赤らめそう言うルイズに才人は、

「いや、さっき誘われまくってたじゃん」

「相手がいないのよ」

 頑なにそう言いはるルイズ。
 才人は肩をすくめて、

「普通、踊ってください、じゃね?」

 才人の言葉にルイズはぶすっとして才人を睨みつける。
 しかし、すぐにため息をついて、

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと?」

 そう言って笑みを浮かべると最後に「ジェントルマン」と付け足した。
 才人が必死に自らの照れを隠しながらルイズの手をとる。

「俺、ダンスなんて踊ったことないけど」

「私に合わせてればいいわ」

 するとルイズはミルアの方をみて、

「ミルアには後でダンスを教えてあげるわ」

 ルイズの言葉にミルアは頷いた。
 それを確認したルイズは笑顔を浮かべ才人と共に会場内のダンスの輪へと加わっていく。

 その笑顔は会場内の誰よりも綺麗に見えた。





「主人にダンスを申し込まれる使い魔なんて始めてみたよ」

 そう言いながらデルフは笑っていた。
 ミルアもデルフの横に、膝をかかえちょこんと座っている。
 すると不意にデルフが黙り込んだ。
 ミルアが首をかしげデルフを覗き込もうとすると、

「嬢ちゃん。おめぇ何者だ?」

 突然の問い。
 そのデルフの重い声にミルアは、

「随分と漠然とした質問ですね」

「おれっちは剣だ。ただの剣じゃねぇ。どういう訳か、使う奴の体調とかがわかんだよ。何処の傷がやばいとか。今日は元気がないとかよ」

「それは凄いですね」

 ミルアはあっさりと答えるがデルフが何故そんな話を振ってきたかのかはわかっていた。
 フーケのゴーレムとの戦闘の際に、ミルアはデルフを握っている。

「嬢ちゃんの見た目は確かに人間だ。だけどな―――」

 僅かな沈黙。
 会場からの音楽と楽しげな生徒や教師の笑い声だけが耳に届いている。
 ミルアはそんな会場にぼんやりと視線を移していた。
 そしてデルフは、

「だけどな、全身の骨が金属で、できてるってのは普通じゃねぇだろ。おまけに内臓以外のものが体の中にありやがる」

 デルフの言葉にミルアは感心した。
 大したものだ、と。
 しかし、ミルアが何も言わずにいると、

「答える気はなしか。まぁいいや」

 デルフはそう言うと「でも」と続け、

「これだけは答えてくれねぇかな? 嬢ちゃんは相棒の味方か?」

 デルフ問いにミルアは「はい」と一言、即答した。
 それを聞いたデルフは、

「それならいいや。変なこと聞いちまったな。っと、これからもよろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

「はい。こちらこそ」

 ミルアはそう言って、双月の光で僅かに輝くデルフの刀身を、指でなでた。














―――――あとがき―――――

私が二次創作をするにあたって気をつけていることがあります。
原作の登場人物をできるかぎり魅力的に見せること。
もともと魅力的な登場人物が居て、魅力的なお話だからこそ二次創作なんてやって、しかもオリジナルの登場人物を「この子らもま~ぜて」という具合に放り込んでいる。
これで原作の登場人物が形骸化してたら意味ないじゃん?

で、いつも気になるんです。
原作組みはちゃんと書けていますか?と。
この物語の主人公はオリジナルキャラであるミルアですが、それと同時に才人でありルイズでもあります。
ちゃんと才人とかルイズ書けてるかなぁ、といつも心配になります。

ちなみに、ルイズの台詞がきっちり釘宮ボイスで再生される私は軽度の釘宮病です。

たぶん軽度なはず……




[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一五話 大国の懐刀
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/23 07:04
 それは僅かな兆候だったのかもしれません。
 けれど私はそれを甘く見ていました。
 しかし、仮に甘く見ていなくても私に何ができたのかはわかりません。
 所詮私は一個人でしかなく、その力にも限りがある。
 私の存在の目的が――――である以上、私は「救済者」ではないのだから。










 ウルの月、第一ユルの曜日にフリッグの舞踏会は開かれる。
 女神の名を与えられたこの舞踏会には、ある言い伝えがあった。
 この舞踏会で一緒に踊ったカップルは将来結ばれるという言い伝えである。
 その為か、会場のあちこちでは恋の駆け引きが行われいた。
 沢山の男子たちに囲まれながらも、輪の外の男子に必死に目線を送る女子だったり、意中の女子に断られたのかガックリと跪き、辞世の句まで唱えている男子もいた。誰か止めろ。
 そんな中、この盛り上がりには加わらずひたすら食事を続けている者が二名いた。
 ミルアとタバサである。
 ちなみにミルアはルイズからのダンス指導を終えてからタバサと共に食事についていた。
 ミルアは舞踏会での駆け引きをぼんやりと見ながら、

「この舞踏会の言い伝えですが、あれですね『将来』結ばれるであって『永遠に』ではないのが怖いですね」

「穿った見方しすぎ」

 タバサの言葉にミルアは「そうですか?」と首をひねる。
 トリスタニアでの食事のとき同様、二人は物理的にどうなってるのか疑問に思うほどの量を、その小さな体に収めていた。
 タバサの理由は定かではないがミルアに関してはちゃんとした理由がある。
 ミルアの小さな体に高出力の魔力。
 カロリーの消耗が半端ないのである。
 普段はルイズに遠慮して人並みの量しか食べていないミルアは、ここぞとばかりに食べていた。
 いや、食い漁っていた。
 タバサはハシバミ草のサラダをボウルごと確保し、抱えるようにして食べている。
 このハシバミ草、栄養はあるのだが、とても苦く人気がないが、タバサは大好物だった。
 ちなみにミルアもこのハシバミ草は結構食べる。

「お肉ばっかりで葉っぱ分が足りません。タバサさんボウルごと取らないでください」

 そう言いながらミルアがフォークを持った左手でテーブルをとんとんと叩くとタバサはボウル抱えたまま、明後日の方向を向いた。
 どうやら譲る気は一切ないようである。
 仕方ないと、ミルアは別のテーブルからサラダを取ってくるべく立ち上がろうとした。
 しかしミルアのドレスを掴み、その目的を阻止しようとする者がいる。
 タバサだった。
 ハシバミ草のサラダが、何故彼女にそうまでさせるのかは謎である。

「あなた達、踊らないの?」

 不意に声をかけられミルアとタバサは振り向いた。
 二人の視線の先には多くの男子生徒を引き連れたキュルケが立っていた。
 意中の相手がいるわけでもなく誘われることもないミルアとタバサが積極的に踊るわけがない。
 ミルアが誘われないのは、あやふやな身分ということもあるが、何より見た感じの歳が十にも満たないということがある。
 無論そういう趣向の者もいるだろうが、少なくともこの大衆の中でそれを表に出す勇者はいなかった。
 タバサに関してもミルア同様の理由がある。
 ミルアよりも十ほど高い、百四十二サントの身長にすとんとした体つき。
 ミルア同様の黒のパーティードレスは、タバサを大人っぽく演出しているがそれでも声をかけられることはなかった。
 これはタバサが普段から話しかけられても無反応ということが原因である。
 親友といえるキュルケはともかくミルアの言葉には返すことが珍しいのだ。

「あなた達、同じ黒のドレスといい髪形といいまるで姉妹みたいね」

 キュルケにそう言われミルアとタバサは顔を見合わせた。
 短めにまとめたタバサの青い髪。
 ミルアのように尻尾のような後ろ髪はないものの正面から見た髪形は確かによく似ていた。

「そういえばイクスはどうしたの? あの子なら相手は沢山いそうだけど」

 キュルケの言葉にタバサは無言のまま首を横に振る。
 この瞬間イクス目当ての男子の夢は潰えた。ご愁傷様。
 サラダを諦め席に着いたミルアと未だボウルを手放そうとしないタバサを見ながら、キュルケは僅かに考え込むと、

「いいわ。私があなたたちの相手を探してきてあげる。特にタバサ、あなたはいつも料理を食べてばかりなんだから。これは親友である私からの命令だからね」

 キュルケはそう言い、ウインクをした後、タバサの頬にキスをした。
 そして、取り巻きの男子達を引き連れ、そのままタバサたちの相手を探しに向かう。
 すると、キュルケたちと入れ違うように一羽の伝書フクロウが窓から会場内に飛び込んできて、タバサの肩に止まった。
 タバサはフクロウの足に取り付けられた書簡をとり、その内容に目を通した。

『出頭せよ』

 いつもの様に短くそう書かれていたが、今回ばかりはそれだけではなかった。
 その内容にタバサは軽く目を見開き驚く。
 そして奥歯をぎしりと噛みしめ、傍らに立てかけてあった杖を手に立ち上がった。

「どうかしましたか?」

 フクロウがタバサの肩に止まったときから、その雰囲気が変化したことに気がついていたミルアが声をかけた。
 するとタバサはちらりとミルアを見てから、

「付いてきて」

 そう言うとバルコニーへと歩き出した。
 ミルアもその後を追う。

「二人とも夜の散歩かい?」

 バルコニーにたどり着くと、そこに立てかけられていたデルフが声をかけてきた。
 タバサはデルフに、

「伝えて。ミルアを借りる、と」

 タバサの言葉にデルフがその柄をかちりとならし答えた。
 そしてタバサは高く口笛を吹き、バルコニーから身を躍らせ、ミルアもそれに続いた。



 バルコニーから身を躍らせた二人はそのまま、滑空してきたシルフィードの背へと飛び乗った。
 タバサは何故かきゅいきゅいと泣き喚くシルフィードの頭を、杖でこつき黙らせる。

「説明をお願いします」

 その背にミルアの言葉を受けたタバサは手にしていた書簡をミルアに渡した。
 渡された書簡を見たミルアは、

「読めません」

 ミルアのその言葉にタバサは、

「そこには最初に『出頭せよ』と書かれてある」

「その後は?」

 ミルアの問いにタバサは僅かに沈黙した後、

「その後には『ヴァリエール家の娘が面倒を見ている娘を連れて来い』と書かれている」

 タバサの言葉に書簡を眺めていたミルアは、

「これは何処からの手紙ですか?」

 ミルアの問いにタバサは答えない。
 仕方ないと、ミルアは、

「何故私が?」

「それは私にもわからない」

 そう答えたタバサだったが、しばらく黙った後、小さく消えそうな声で「ごめんなさい」と謝った。
 ミルアはその言葉を聞こえなかったかのように、何も言うことなく、無為に夜空を眺めた。





「暇よ」

 トリステインのお隣の大国であるガリア。
 内陸部にある王都リュティスは人口約三十万のガリア最大の都市だ。
 その東の端には、ガリア王家の者が暮らすヴェルサルテイルがあり、現在、王であるジョゼフ一世はグラン・トロワと呼ばれる青い大理石で組まれた建物で政治の指揮を行っている。
 このグラン・トロワから少し離れたところにプチ・トロワという薄桃色の宮殿に暇をもてあましてる少女がいた。
 年のころは十七ほど、ガリア王家独特の青い瞳に青い髪。
 絹のような長髪が僅かに頭を動かすだけでさらさらと流れていた。
 頭の上で輝く豪華な冠で前髪が持ち上げられ綺麗な額が嫌でも目に付く。
 ジョゼフ王の一人娘、王女イザベラ。
 それが彼女の名前だった。

「暇よ」

 イザベラがベットのだらしなく寝そべったままそうぼやくと、傍らに控えていた者がため息をついた。
 黒地を黄色で縁取られたマントを羽織り、マントにつけられたフードを目深にかぶっている。
 フードから顔を覗かせている長く白い髪と、なにより、豊かに盛り上がっている胸部がその者が女性であることを示していた。
 その女性は腰に提げた剣を鞘の中でかちゃりと鳴らし、

「いいかげん貴様の『暇』という言葉も聞き飽きたんだがな。斬るぞ?」

 その言葉にイザベラはうんざりした顔で、

「あんたの『斬るぞ』っていう言葉も聞き飽きたわよ。そもそも王族の私にそんな口聞いてる時点であんたが斬られるわよ普通」

 イザベラがそう言うと、女性はくっくっとフードの奥で笑うと、

「このガリアに私を斬れるほどの者が居ればの話だがな。魔法を使おうとしてもルーンを唱え終える前にそいつの首が飛んでいる」

 心底愉快そうに笑う女性にイザベラはあきれていた。
 これで私より年下っていうんだから世の中は広い。いったい父上は何処からこんなのを連れてきたのか。
 イザベラがそんなことを考えていると、

「貴様、今、失礼なことを考えてなかったか?」

「あんたの口の聞き方に比べたらかわいいものよ」

 イザベラにそう言われ女性、いや、少女は「ふむ?」と呟きこてんと首をかしげた。
 こういう仕草はなんかガキっぽいな。
 そう思いながらも、再び暇という言葉が口をついて出そうになり、イザベラはそれをなんとか飲み込んだ。
 すると入り口に控えていた騎士が、

「七号様参られました」

 その言葉を聞きイザベラは舌なめずりをして王女には似つかわしくない下品な笑みを浮かべた。






「ふむ、シャルロットが来たようだな」

 少女が腕を組みそう言うとイザベラは軽く睨みつけるようにして少女を見て、

「七号だよ。七号。いちいちその名で呼ぶんじゃないよ」

 イザベラはそう言ってから何か思いついたようにニヤリと笑みを浮かべた。
 そして少女を手招きすると、何かをごにょごにょと告げる。
 イザベラから告げられた内容に、少女はやれやれといった声色で、

「貴様も好きだな。今回はそういう趣向か。まったくよくあきもせずに……魔法の才能に対する嫉妬も、ここまでくるとみっともないな」

 少女の最後の言葉にイザベラは真剣に少女を睨みつけるも、少女はどこ吹く風。部屋の隅にいる使用人達だけが、がたがたと震えていた。
 すると入り口に控えていた騎士が、

「イザベラ様。七号様が小さな少女を連れてきているのですがいかがいたしますか?」

 騎士がそう告げるとイザベラは不機嫌そうに、

「その子供も私が呼んだんだよ。かまわないから七号ともども中に入れな」

 そう言ってから、傍らの少女に目配せをして、少女も小さく頷いた。
 そのすぐ後に扉が開く音がして、イザベラがいるベットと扉の間の、天井からぶら下がっている分厚いカーテンがめくられる。
 カーテンをめくって現れたのは七号ことタバサだった。
 次の瞬間、タバサに向けて鋭い風が吹く。
 正確にはイザベラの傍らに居た少女が腰に提げた剣を抜き、一瞬にしてタバサとの距離をつめ、手にした剣を振り下ろしたのだ。
 タバサは一切反応しなかったが、タバサの変わりに反応したものがいた。
 共に呼び出されたミルアだ。
 ミルアは振り下ろされた剣を、自分の鼻先ぎりぎりのところで白羽取りする。

「やるではないか。小娘」

 少女が愉快そうに言うと、

「なんのつもりでしょうか? 説明を求めます」

 そう言って、ぐっと剣を押し返した。
 少女は数歩後ろに下がると剣を収め、

「なにいつもの挨拶さ。その証拠に、当の本人は平然としているだろう」

 少女はそう言って目深にかぶったフードから覗く唇をニヤリとゆがませた。
 下から見上げているミルアには僅かに金色の瞳が見える。

「いつものこと」

 タバサが一言そう言うとミルアもしぶしぶ引き下がった。
 見れば部屋に居た使用人達はその危なっかしい光景に腰を抜かしている。
 少女の言うとおりにいつものことではあるが、平民である彼らにとっては毎回毎回が恐怖でしかなかった。

「自己紹介をしておこうか小娘。私の名前はナイ。ナイ・セレネだ」

「ミルアです。ミルア・ゼロ」

 少女、ナイは腰の剣に手を掛けたまま自己紹介しミルアもそれに答えた。
 そしてミルアはその視線をイザベラに移した。
 それに気がついたナイが、

「あぁ、彼女はイザベラ。ガリア王ジョゼフの一人娘。一応王女だ」

「なんだい。その一応ってのはっ!」

 ナイの物言いにイザベラは声を荒げるが、ナイはくくくと笑うばかりで、まともに相手にしていない。
 ミルアはミルアで、イザベラをじっと見ていた。
 主にその目立つおでこを。
 イザベラはミルアの不自然な視線に気がついたのか怪訝な顔をしてミルアを睨みつけた。
 ミルアは慌てて視線を僅かにそらした。
 そんな二人を、何が可笑しいのかナイは一人で声を押し殺して笑っている。
 そしてイザベラがナイを睨みつけた。
 この王女、実に忙しい。
 そもそもナイは完全にイザベラで遊んでいた。
 不敬だとか、そんな言葉はナイの頭の中にはないのかもしれない。「ない」だけに。

「用件を」

 ぐだぐだな空気を読まず、タバサが一言そう呟いた。
 その一言にナイは佇まいを直し、イザベラも軽く咳払いをした。
 そしてベッドの上に転がしてあった書簡をタバサに向かって放り投げると、

「今回の任務だよ。そこの小娘には道中説明してあげな。いいね?」

 イザベラの言葉にタバサは黙って小さくこくりと頷いた。



 プチ・トロワから出たところでミルアが口を開き、

「説明お願いします」

 ミルアがそう言うと何故かついてきていたナイが、

「そうだな、まず、そこのタバサの本名を言っておこうか」

 ナイがそう言うとミルアは首をかしげた。
 タバサという名前が偽名などとは露にも思っていなかったのだ。
 
「シャルロット・エレーヌ・オルレアン。それがこいつの本名だよ」

 ナイはそう言って前を歩いていたタバサの頭をわしわしと撫で回す。
 タバサよりもナイのほうが身長は二十サントほど高いので、見た感じ、年上が年下をからかっているように見えた。

「ちなみにシャルロットはさっきのイザベラの従姉妹だ。つまりはシャルロットも王族だ」

 ナイがそう言い、更にタバサの頭を撫で回そうとするとタバサはその手を振りほどき、

「今は違う」

 そう一言呟いた。
 タバサ。本名シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 現在のガリア王、ジョゼフ一世の弟、シャルルの娘であったが、父親であるシャルルはジョゼフによって暗殺され、母親は毒薬により心を壊され今はオルレアンの屋敷で寝たきり。
 シャルロットはほぼ全てを奪われて今のタバサとなってた。
 そしてガリアの騎士団の一員として任務を受ける日々。

「それでだ、ここガリアの騎士団は、別名『薔薇園』と呼ばれている宮殿にある花壇にちなんだ名前がつけられていてな。タバサはその内の一つ『北花壇警護騎士団』に所属している」

 ナイがそう説明するとミルアは周囲を見渡した。
 確かに季節の花々が咲き誇り、時折吹く風が、花々の香りを運んでくる。
 少しでも強い風が吹けば花びらが舞い、とても幻想的な光景となるであろう。
 するとナイは人差し指を自らの唇にあて、にやりとすると、

「ここで一つ疑問が生じる。実は北側には花壇は存在しない。しかし北花壇警護騎士団は確かに存在する。さて、どういうことか……」

 ナイの言葉にミルアは僅かに首をかしげ考え込んだ。
 タバサはそんなミルアを見ていたが、ミルアはやがてわからないというように首を横に振る。
 するとタバサが口を開き、

「ガリア王家の汚れ仕事や、それに限らず、厄介ごとなどを一手に引き受けている」

 タバサの言葉にナイが引き継いで、

「そう、そして先ほどのイザベラがその北花壇警護騎士団の団長だ。まぁ、あの様な性格だし、魔法の才能もなくて家臣などからの忠誠心は底辺を漂っているが、実際のところ団長として、騎士達の扱いは見事だぞ。適材適所。騎士たちからの信頼だけはある。私もそこそこ気に入っているしな」

 ナイはそこまで言うとタバサの顔を覗きこむようにして、

「もっとも、魔法の才あふれるシャルロットには、その嫉妬心からか無理難題を吹っかけているがな。しかも結局シャルロットは任務をこなしてくるもんだからイザベラはいつも悔しがっててな。そばで見てる私としては実に愉快だ」

 ナイはそう言うと今度はミルアの方を見て、

「さて、シャルロットの事情のほうはまぁ大方こんなところだが、何か質問はあるかな?」

 その問いにミルアはすっと片手を挙げて、

「私が呼ばれた説明が一切ありません」

 一切という部分に力を入れて言う。
 そのミルアの言葉にタバサも頷いた。
 ナイは首をかしげ、

「知らん。もともとジョゼフ王が言いだしっぺだ。シャルロットの任務に同行させろと。あのヒゲ親父のことだ、面白いおもちゃ見つけた程度にしか考えてないだろ。イザベラ以上に暇してるし」

 ヒゲ親父呼ばわり。不敬もここまで突き抜けていると凄いのかもしれない。

「何ですかそれは。そもそもここの王が何故私のことを知っているのですか」

「それは、イクスからの報告書にあった。面白い娘が学院に来たと」

 ナイの口からイクスの名前が出て、ミルアは、

「何故イクスさんが」

「それはイクスがシャルロットの監視役兼悪友だからだよ」

 さも当然のようにナイは答える。
 ミルアは確認するようにタバサを見た。

「悪友は違う」

 タバサはそこだけ否定した。
 ミルアは軽くため息をつくと、

「つまり私は暇つぶしの一環ですか。見世物ですか」

 ミルアの言葉にナイはかっかっと笑いミルアの頭を撫で回した。
 少々力が強いのかミルアの頭がぐわんぐわんと揺れる。
 ナイはそんなことお構いなしに撫で回し、

「そう、しょげるな。ちょっとしたガリア観光だと思え。前向きに考えたほうが楽だろう?」

「前向きすぎても、勢いあまって前のめりにこけるのが見えてます」

 そういうミルアの頭からナイは手を離した。
 見れば一行はプチ・トロワの前庭についている。
 そこにはタバサとミルアを待っているシルフィードがいた。
 それを見たナイは目深にかぶったフードの奥で、誰に気がつかれることもなく口の端に笑みを浮かべると、

「さて、私の見送りはここまでだ。任務の内容に関してはシャルロットに説明してもらえ」

 そう言ってナイはタバサを見ると、

「国内の貴族の多くは未だシャルル派だ。お前が死ねばアルビオンのような内戦にもなりかねない。国民を思う気持ちがあるのなら死ぬなよ」

 その言葉にタバサはちらりとだけナイを見た。

「ミルア。シャルロットを頼む。まだ死ぬには惜しすぎるからな」

 ナイはそう言ってミルアの頭をぽんと軽く叩き、そのまま背を向けて歩き出した。
 それを見送っていたミルアは、

「いまいちつかめない人ですね」

 タバサもちらりとだけナイの背を見て、

「何を考えているのかわからない」

 そう言ってシルフィードにまたがる。
 とにかく今は任務をこなすこと。
 タバサにできるのはそれだけだった。
 次いでミルアもシルフィードにまたがる。

「屋敷へ」

 タバサは一言だけそう呟いた。
 きゅいきゅいとシルフィードが声をあげ、大きく翼を羽ばたかせ白み始めた大空へと舞い上がる。
 シルフィードはぐんぐんと高度を上げた。
 地上からは豆粒ほどの大きさに見えるほどまでに。
 ナイは僅かに振り返りフードの奥の金色の瞳で、そんな一行を見つめていた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一六話 なぞらえられた態度
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/06/25 18:51
 世界に境界はないのかもしれない。
 私が此処に居るように彼らも此処にいた。
 私は迷い込んだ。
 では彼らは?
 何故此処にいる。
 何が目的なのか。
 その時、私は何もわからなかった。










「風韻竜?」

 ミルアはそう言いこてんと首をかしげた。
 タバサとミルアは、シルフィードの背に乗り、遥か上空を突き進んでいる。
 タバサの髪やシルフィードの鱗の様に青い青い空がとても心地いい。
 ミルアが両手を挙げ、空を掴むような仕草をするぐらいに文句なしの青空だった。
 そんな中、不意にタバサから告げられたシルフィードの正体。
 絶滅したといわれている韻竜。

「何故それを私に?」

 ミルアがそう尋ねると、

「一緒に居る時間が長ければボロが出る可能性も高い」

 タバサの言葉にミルアは僅かに納得できなかった。
 ボロがでると言っても、タバサはとても口数が少ない。
 おまけにミルアには、風竜も風韻竜も見分けがつかない。
 ハルケギニアの竜に関しての知識がないのだから当然といえば当然。
 なら何故?
 ミルアがそう思っていると。

「もう喋っていいのね? もう喋っていいのね?」

 シルフィードが堰を切ったように喋りだした。
 その瞬間、ミルアにもなんとなく理解できた。
 普通、竜は喋らない。
 そして風韻竜であるシルフィードは喋りたがっている。
 ボロを出しかねなかったのはタバサではなくシルフィードなのだ、と。

「秘密」

 タバサはミルアに振り返り、自らの口に人差し指をあててそう言った。
 ミルアは頷きながらも、

「秘密にするのはいいのですが、ばれるとまずいのですか?」

 その問いに答えたのはシルフィードだった。
 シルフィードは首をぶんぶんと横に振りがなら、

「シルフィは実験動物とか嫌なのねっ! お薬、解剖……ぶるぶるぶる」

 「ぶるぶるぶる」と、わざわざ口に出さなくても、と思いつつもミルアは事情を理解した。

「了解しました。誰にも言いません」

 ミルアがそう言うとタバサはこくりと頷いた。
 ふと、ミルアはあることに気がつく。
 シルフィードが徐々に高度を下げ始めていた。
 遠目からでもわかる立派な屋敷が見える。
 目的地はあそこなのだろう。
 ミルアはそう思い、

「目的地はあそこですか?」

 ミルアの問いにタバサは頷いた。
 次いでシルフィードが、

「お家っ! お姉さまのお家なのねっ!」

 その言葉にミルアが「お姉さま?」と疑問の声をあげ首をかしげると、タバサは自らを指差した。
 シルフィードの言うお姉さまがタバサのことだと理解したミルアは頷く。
 そして一行は屋敷の前に降り立った。
 タバサの家であろうその屋敷は遠くから見れば立派な屋敷であったが、近づいてみてみると「寂しい」という印象をミルアに与えた。
 ひっそりと静まりかえっていて、中に誰も居ないような印象を受ける。
 すると屋敷の扉が開き一人の男性が現れた。
 執事服と思われるものに身を包んでいて、老人といえる年齢に見える。
 その顔には年相応の皺が刻まれているが背筋はぴんと伸びていた。

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 老人はそう言ってタバサに頭を下げた。
 タバサも黙って頷く。

「風竜を使ってのお帰り。何かお急ぎでしょうか?」

 老人がそう言うと、タバサは自らのドレスを軽く摘み、

「替えの制服を二人分。二着とも私のでいい」

 そう言って自分とミルアを指差した。
 その後二人して老人に屋敷の客間へと案内された。

「待ってて」

 タバサはそう言ってすぐに客間を出て行った。
 待たされることになったミルアは客間のソファーに座り込み、そのまま周囲をぐるりと見渡す。
 タバサさんにさっきの執事らしき人。あと一人居るのはタバサさんのお母さんだろうか?
 確か毒を飲んで心が壊れたという。
 屋敷は大きいのに自分を含めて四人しか居ない。タバサさんの事情を考えれば仕方ないといえば仕方ないのか。
 ミルアはそんなことを思いながらタバサを待った。
 すると客間の扉の向こうから声が聞こえてくる。

「お嬢様。替えの制服でございます」

「ありがとうペルスラン」

「いいえ。しかしお嬢様、お連れになられた少女はいったい?」

「今回の任務に同行することになっている。学院の……友人」

「そうですか。お嬢様、御武運をお祈りいたします」

 客間の扉が開き替えの服を手にしたタバサが入ってきた。
 タバサは服をミルアに差し出して、

「着替えて、すぐに出発する」

 そう言って渡された替えの制服。
 ミルアはそれをぱっと広げてみた。
 いや、サイズ大きいだろ。と内心でタバサに突っ込んでおいた。



 タバサとミルアの二人は再びシルフィードの背に乗り大空を舞っていた。
 シルフィードの飛行速度に反して二人が正面から受ける風は僅か。
 タバサが魔法で正面からの風を軽減させている為だが、それでもミルアの尻尾のような後ろ髪をなびかせるには十分だった。
 そして今回はそれ以外にも風に揺られている物がある。
 ミルアが着ているシャツの袖だ。
 タバサのシャツを着ているものだから袖や裾が余る余る。
 最初こそ好き勝手に風に揺らしていたが、いい加減鬱陶しいと、ミルアは袖を捲り上げた。
 かなり不恰好だ。
 スカートに関しては織り込んで裾をつめて、紐で縛ってある。
 これもかなり不恰好だが、紐やら織り込んだ部分は余りに余ったシャツの裾が隠してくれていた。
 そしてタバサと同様のマント。
 これはもしかして暗にメイジのふりをしろといっているのだろうか、とミルアは首を傾げた。

「任務の説明をする」

 不意にタバサがそう言い、ミルアも頷く。
 タバサは書簡を広げ、

「目的地は此処より東のブグ村。人口は四、五十人程度の小さな村。最近村人が相次いで失踪している。その数既に二十人。今回の任務はそれの調査、および解決」

 ミステリーだ。神隠し? 人攫い? 探偵の真似事は頭の出来的に無理ですよ。
 と心の中でミルアはぼやく。

「何やら面倒くさそうな内容ですね。北花壇警護騎士団の仕事ってこういうのばかりですか?」

 ミルアの言葉にタバサは頷いて、

「危険度で言うなら様々。でもどれも面倒なことに変わりはない。しかも北花壇警護騎士団は基本的に単独で任務を行う。故に他の団員の顔を知らない」

 国の汚れ仕事も引き受けている性質上そういうこともあるのだろうな、とミルアは黙って頷いた。
 厄介ごと、面倒ごとは世界をまたにかけて旅するミルアからすれば慣れっこである。
 ごめん被る事に変わりはないが今更どうしようもない。

「なんでもこいです。やってやろうじゃん、ですよ」

 やはり棒読みであったが、その言葉にタバサも頷いた。
 すると蚊帳の外だったシルフィードが、

「ところでミルアはいったい何者なのね? 人間じゃないのね」

 シルフィードの言葉に、僅かに驚いたような顔をしたタバサがミルアをふりかえった。
 見ればミルアは首をかしげている。

「人間であるかどうかすら私にはわかりません」

 ミルアのその言葉にタバサは、

「自分のことなのに?」

「自分のことだから余計にわからないんです」

 ミルアがそう言うと、シルフィードがやや自慢げに、

「シルフィにはなんとなくわかるのね。ミルアからは精霊と同じ感じがするのね。でもなんで人間の姿をしてるのかわからないのね」

 その言葉にミルア自身驚いた。
 ミルアは自分を人間か、あるいはそれに近い何かだと思っていたのだが、精霊とは想像の斜め上である。
 変なところで自分自身に関する謎が出てきた。

「余計にわけわかんなくなってきました」

 ミルアはそう言って空を見上げた。





 それからしばらくの後、いつの間にか森の上を飛んでいた一行だったが、森の木々が途切れ小さな集落が見えてきた。

「あそこ、降りて」

 タバサの指示にしたがいシルフィードが降下した。
 その羽ばたきの音に気がついたのか村の住人が空を見上げ、指をさし驚く。
 それぞれに「竜だ」と口にし、混乱し慌てふためいて逃げ出す者も居たが、シルフィードの背からタバサが顔を覗かせると、その混乱も僅かに収まった。
 地に降りたシルフィードからタバサとミルアが降りると、一人の腰の曲がった年老いた男性が近づいてきて、

「これはこれは騎士様方、ようこそブグ村に。私はこの村で村長を勤めさせてもらっております」

「ガリア花壇騎士団のタバサ。この子は同僚のミルア。村人失踪の件で調査に来た。まずは詳しく話を聞きたい」

 タバサがそう言うと村長は嬉しそうに、

「そうですか調査に来ていただけましたか。この様な小さな村、失礼ながら見捨てられるのではないかと危惧していたのでございます」

 村長のその言葉にタバサは首を横に振り、

「あなた達はれっきとしたガリアの民。見捨てはしない」

 タバサのがそう言うと村長は何度も何度も感謝の言葉を述べ、詳しい話をするために二人を自宅に案内した。
 その道中、村人達のひそひそと話す声が一行の耳に届く。

「あんな小さな子供に何とかなるのか?」

「適当に調査して終わりだろ?」

 そんな声の中、一行は村長の家に着き、タバサとミルアは進められた椅子に座った。

「先ほどは村の者達が申し訳ないことを」

 開口一番村長はそう謝罪し、

「若いながらも騎士であるということはそれだけ優秀であるということが村のものはわかっていないのです」

「いい。気にしてない」

 タバサがそう言うと村長は頭を下げた。
 そして、今回の件の詳細について語り始める。
 村人失踪にわかっていることは時間帯に関しては昼夜は問わない事。
 性別年齢も問わない。
 唯一共通していることは何かしらの事情で村の外に出たものが失踪するという事。

「ごらんの通り、この村は森に囲まれております。恐らく森に何かあるのでしょうが調べようにも皆怖がって。家族を探しに行った者も失踪してしまう始末で……私の孫も失踪し、その孫を探しに息子夫婦も森に入りそれっきりで……」

 村長はそこで言葉をきりうなだれた。
 しばらくの沈黙の後、僅かに顔を上げると、

「実は数日前、旅のメイジの方が村に立ち寄ったのですが」

 村長はそう言うと棚から何かを出してきて、

「この家にお泊りいただいて、次の日森に散策に出かけられ、それっきり戻ってきておりません。森での失踪事件のことはお伝えしたのですが」

 そう言って差し出したのはそのメイジの荷物だった。
 携帯食料や小さなナイフなど、特におかしいところはない。
 僅かに考え込んだタバサは、

「明日の朝、私達も森に入る」

 その言葉に村長は目を見開いて驚く。

「森に何かあると考えるのが自然ですよね。で、あるなら森に入らないことには始まらないですから」

 ミルアがそう言うとタバサも頷く。
 村長は諦めたように、

「そうですか、わかりました。それでは今夜はこの家にお泊まりください」

 村長がそういい頭を下げるとタバサとミルアの二人は頷いた。






「薄暗いですね」

 ミルアがそう口にするとタバサも頷いた。
 村に着いた翌日、夜が明け太陽が昇ってから、タバサとミルアの二人は森に入った。
 昼間だというのに薄暗い。
 しかし風の通りはよく、明るさ以外では視界は比較的良好なため、さほど不気味とはいえなかった。
 しばらく森の奥へ進んだ後、タバサは周囲を見渡し、

「今のところ、おかしいところはない」

 ミルアも同様に周囲を見渡し、自分の能力をフルに使って調べた。
 音……匂い……そして……

「人が居ます」

 ミルアの言葉にタバサは驚き、ミルアの視線を追った。
 しかし薄暗い森の中、いくら視線を追っても人は見えない。

「大きさからして子供に見えます」

 いったい彼女は何を見ているのだろうか?
 タバサにはわからなかったがミルアが歩き出すのを見て、その後を追った。
 そして少し歩いて、タバサの耳にある音が届く。
 風メイジである彼女は通常の人間よりも聴覚が優れている。
 その耳には子供が、それも女の子がぐすぐすと泣いている声が聞こえた。

「いた」

 タバサが指差す先には確かに小さな女の子が地面にへたり込んで泣いていた。
 ミルアよりも小さい女の子は村の子供だろうか。
 女の子の下へ駆け寄った二人は話を聞くことにした。
 最初はぐずっていた女の子だったがしばらくして、

「あのね、私、お兄ちゃんを探しに来たの」

「お兄ちゃん?」

 タバサがそう聞き返すと女の子は頷いて、

「うん。私のお兄ちゃん。四日前に居なくなっちゃったの。お父さんとお母さんは探しに行っちゃ駄目って言ってたけど……」

 女の子はそこまで言うとまたぐずりだした。
 ミルアは僅かに考え込んだ後、

「とりあえず、この子を村まで送りましょう。このまま連れて森の調査をするわけにもいかないでしょうし」

「同感」

 タバサはそう頷くと、女の子の手を引いて歩き出す。
 しばらく歩いているとタバサは不意に視界の端で何かが動くのを見た。
 咄嗟にそちらのほうを見るとローブを着たような人影が見えた。
 タバサは足を止めると、

「ミルア、この子をお願い」

「どうしました?」

「さっき人影が見えた。確認してくる。その子を連れて行くわけには行かない」

 タバサの言葉にミルアは周囲を見渡した。
 そして首を横に振ると、

「誰も居ませんよ?」

 ミルアの言葉にタバサは、

「確かに見た。だから確認してくる」

 そう言ってタバサは村とは反対の方向へ歩き出す。
 ミルアは仕方ないという具合に女の子を手を引き、早足で村へと向かった。



 確かこの辺りだ。
 タバサはそう思いながら目を凝らして人影を探した。
 しかしなかなか見つからない。
 するとがさりと草がすれる音がしてタバサはその方向を見た。
 さっき見た人影だ。
 薄暗いためそのシルエットしか確認できないが、ローブをまとっているように見える。

「私はこの森での失踪事件を調査しに来た騎士。あなたは誰?」

 タバサはそう声をかけたが人影は答えない。僅かに体を揺らすのみ。
 その身長は百九十サントいったところか。
 ローブのシルエットからもわかる細身。
 タバサは一歩一歩慎重にその人物との距離をつめた。
 その人物との距離はもう二十メイルもない。
 そして不意に足を止める。
 
 何かが違う。

 それはタバサの、経験を積んだ騎士としての勘だった。
 なんともいえない違和感。
 自分の中の何かが危険だと告げている。
 タバサは思わず一歩後ずさった。
 その時、人影がローブをばっと広げる。

 いや、広げたように見えた。

 二対四枚の羽が広げられる。
 顔の部分を覆っていた何かが左右に開かれ、そのまま上へと持ち上げられる。
 下の一対の羽が大きな音を立てて羽ばたかれる。

 まずい。まずい。まずい。

 全身の毛が逆立つような感覚に襲われたタバサは思わずソレに背を向けて駆け出した。
 しかしすぐに空気を震わせるような音が背後から迫ってきて、タバサは咄嗟に横へ跳ぶ。
 ソレはタバサの横を素通りし、その瞬間近くにあった木に大きな切込みが入った。
 見ればソレの上の一対の羽は刃のように鋭い。
 下の一対の羽だけを動かすその様は何かに似ているとタバサは思った。
 そしてすぐにわかった。
 あれは甲虫に似ている。
 タバサがそう思ったときソレが素早くタバサのほうへ振り返った。
 タバサはそれの顔を見る。
 小さな二つの目に、ぎちぎちと音を鳴らしている大きな顎。
 胸部から生えた三対六本の足。
 下二対が長くそれで地面に立ち、上の一対は短く折りたたまれている。

「気持ち悪い」

 タバサはそう呟くと自らを襲うなんとも言えない恐怖を払いのけ、詠唱し杖をふった。
 エア・ハンマー。
 空気の塊がソレへと放たれ命中する。
 しかしソレは僅かに後ずさるだけで、その顔を、まるで傾げる様に動かした。
 馬鹿にされているように感じたタバサは次いで風の刃であるエア・カッターを放つ。

「っ……」

 タバサは思わず舌打ちをした。
 ソレにエア・カッターは一切通用しなかったのだ。
 甲虫に似てその体はとても硬いようだ。
 かなりまずい状況だとタバサは判断する。
 あれだけ硬いと自分の風は通用しない。
 火が使えればあるいは何とかなるかもしれないが、あいにく発火程度しか使えない。
 しかし簡単に諦めるわけにはいかない。
 考えろ。考えろ。何か、何か手はあるはずだ。
 思考しているタバサへ再びソレは羽ばたき突っ込んできた。
 先ほどと同様横へ跳んでかわすタバサ。
 いつまでも避け続けられるとは思えない。
 観察しろ。何かあるはずだ。
 ソレはぎちぎちと顎を鳴らしタバサの方を振り返る。
 そしてその顔を左右へ傾ける。
 どういう意図がある動作なのかわからないが、タバサはあることに気がついた。

「試してみる価値はある」

 タバサがそう呟くと、ソレはまたも羽ばたき三度目の突撃を試みる。
 ソレをある程度引き付けたタバサはソレの胸部と腹部の間を狙ってエア・カッターを放ち、同時に横へ跳んだ。
 タバサの思惑は見事うまくいき、ソレは胸部と腹部を切断され体液を撒き散らしながら地面を転がる。
 頭部、胸部、腹部の三つに分かれている昆虫の特徴を狙ったタバサの勝利だった。

「しぶとい」

 タバサはそう呟いた。
 見ればソレは未だジタバタと地面の上を転がっていた。
 しかし、しばらくするとその動きは小さくなり、やがて動かなくなった。
 ふう、と僅かに息をついたタバサだったが、その背中を悪寒が襲い慌てて振り返る。
 背後十メイルほどにもう一匹立っていた。
 気がつかなかった。
 タバサが詠唱するよりも早くソレは羽を広げる。
 間に合うか?
 タバサがそう思ったとき、その背後からタバサの顔の横を、光り輝く人の頭ほどの大きさの玉が、ソレめがけて高速で飛んでいった。
 その光り輝く玉はソレの顔面へと直撃し、ソレの頭ともども弾けとぶ。
 足や羽をばたつかせながら体液を噴出させ、ソレはゆっくりと後ろへ倒れた。

「迂闊でした。赤外線だけで確認しただけでは見えないことに気がつかなかった」

 何を言ってるのかタバサにはわからなかったが、振り向くとそこには左の手のひらを突き出したミルアがいた。

「今のはあなたの魔法?」

「まぁ、そうなります」

 タバサの質問にミルアは頷いて答えた。
 そして既に動かなくなったソレに近づくと、

「これ、もしかして人に擬態してましたか?」

 ミルアがそう言うとタバサは頷き、

「薄暗い森の中なら人に見えなくもない。恐らくこの森での失踪事件の犯人はこの虫」

「でしょうね」

 ミルアはそう言うとすたすたと森の奥へと歩き出す。

「何処へ?」

 タバサがそう聞くと、

「先ほど女の子から面白くない話を聞きました。ここより奥へ行くと地面に大きな穴が開いてるそうです」

 ミルアがそう言うとタバサは珍しく身震いし、

「もしかして……巣?」

「もしかしなくても巣ですね」

 タバサの淡い期待は裏切られた。
 昆虫の巣となればさっきのがうじゃうじゃ居る可能性がある。
 実に醜悪な光景であろう。
 思わず想像してしまったタバサの顔には珍しくげんなりした色が見えた。



「わかりやすい」

 そう口にしたタバサの目の前にはぽっかりと地面にあいた穴があった。
 しばらく森の奥へと進んだ二人の目の前に現れた穴。
 直径は十メイルほどある。

「まぁ、わかりづらいのよりマシでしょうね」

 ミルアはそう言って穴を覗き込む。
 しばらくしてミルアは、

「六メイルほどの縦穴のあとは横穴のようですね」

 そう言ったミルアはそのまま穴の中へと飛び降り、タバサもそれに続いた。
 ミルアは難なく縦穴の底へ着地し、タバサもレビテーションを唱えてゆっくりと底に降り立つ。
 底に光はほとんど届いておらず横穴の存在もかろうじてわかる程度だった。

「まったく見えない。どうするの?」

 タバサがそう尋ねるとミルアは左手の指先をピンと伸ばし、

「こうします」

 そう言うと同時に左手から光る輝く三十サントほどの刃のようなものが伸びた。
 それはメイジが杖に纏わせて使う魔法、ブレイドに似ている。

「それもあなたの魔法?」

 タバサがそう聞くとミルアは頷いて、

「はい。その気になれば色んな物を斬れますよ。こんな風に明かり代わりにもなりますし」

「興味深い」

 普通のメイジなら杖を使わず魔法を使うミルアを相当警戒するだろうが、ある程度ミルアを知るタバサとしては、敵でない以上、その未知の魔法は興味の対象でしかなかった。
 そして二人はその明かりを頼りに横穴を慎重に進み始める。
 その途中、ところどころで人骨が見られた。

「やっぱりあの虫が犯人」

 タバサの呟きにミルアも頷く。
 横穴の広さは二人が立って歩くには十分だが奥に行くにつれ肌に纏わりつく湿度が増していくのがわかった。
 しばらく何事もなく進んでいると前を歩いていたミルアが不意に足を止める。

「どうしたの?」

 タバサがそう尋ねるとミルアは振り返り、その口に人差し指を当てる。
 静かに、という意味なのだろう。
 タバサが頷くと、ミルアは正面を指差した。
 よく見れば横穴はそこで途切れており、その先には空間が広がっているように見える。
 タバサは慎重に足を進めその空間を覗き込んだ。
 しかし明かりであるミルアが離れているためよくは見えない。
 だが、その空間を覗き込んだタバサに明かりは必要なかった。
 思わず息を呑み後ずさる。
 タバサの聴覚は確かにその音を捉えた。

 無数の羽音。

 無数の顎をぎちぎちと鳴らす音。

 無数のがさがさと歩く音。

 タバサは全身の血の気が引くような感覚に襲われた。

「大丈夫ですか?」

 ミルアがそう尋ねるとタバサは深呼吸してから頷いた。
 明かりを消したミルアはそのぽっかりと空いた空間を覗き込むと、小さな小さな声で、

「まるで大きな劇場を天井付近から見下ろしているようですね」

「見えるの?」

「はい。一応は」 

 そう言うとミルアは更に小さく「赤外線以外にも色々ありますから」そう呟く。

「見たところ数は二百といったところでしょうか。中央に女王と思われる大きな固体と無数の卵が確認できます」

 そのミルアの言葉に、その光景を想像してしまったタバサがくらりとする。

「私が何とかします」

 ミルアがそう言うと、その手に光り輝く槍が形成されてゆく。
 槍は水メイジが使うジャベリンのようだった。
 ミルアはそれを大きく振りかぶり、そのまま勢いよく投擲する。
 その槍が明かりとなりタバサにもその光景がよく見えた。
 ぐさりと槍は女王と思われる固体に突き刺さる。
 そして次の瞬間槍は女王ごと爆散した。
 女王が爆散すると同時にその場に居た虫たちが騒ぎ出し、そのまま横穴へと殺到してくる。
 ミルアが作った新たな明かりを頼りに二人は回れ右をして駆け出した。
 その背後から虫たちが迫ってくるのが、その足音で嫌でもわかる。
 不意にミルアは足を止め迫りくる虫たちにふりかえった。
 振り返ったミルアは左手を突き出し、

「ライトニングっ! バスターっ!」

 ミルアの左手が僅かに放電し、ミルアの正面に魔法陣が形成され、その直後横穴を埋め尽くすほどの光の奔流が二人に迫っていた虫たちを飲み込んだ。
 虫たちが焼ける匂いが横穴を満たしタバサは思わず手で口と鼻を覆う。
 そして光の奔流がやむとそこには焼け焦げた無数の虫たちが転がっていた。

「すぐそこが縦穴です。タバサさんは先に外で待っててください」

「あなたは?」

「私は残りの虫や卵を片付けてきます。殲滅しないと不安は残りますから」

 ミルアはそう言うと横穴をもと来た方へと駆け出した。
 後を追いたかったタバサだが自分では複数の虫を相手にするのは分が悪いと判断し、ミルアを信じて外で待つことにした。



 しばらく外で待っているとミルアが縦穴の壁を蹴って外へと飛び出してきた。
 ミルアの見た目はそれはそれは酷いものだった。
 見たところ怪我をしているようには見えない。
 しかし、その体は……

 虫の体液まみれだった。

 乳白色の体液がミルアの全身余すとこなく付いている。
 元から目にかかるほどの前髪だったのが体液のせいでべったりと顔に張り付き、その表情をうかがい知れなかった。

「大丈夫?」

 わずかな沈黙の後、かろうじてタバサがそう尋ねるとミルアは黙って頷いた。
 そして無言のまま村へと歩き出す。
 何かあったのだろうかと思ったタバサだったが、なんとなく聞くのを躊躇い、二人はそのまま無言で村へと向かった。
 その後、無事、村へとたどり着いた二人。
 タバサが村長や村人へ事の顛末を説明し、事件は一応の解決を見た。
 村長たちにタバサが説明している中、ミルアは一切口を開いていない。
 村中から感謝の言葉を述べられた二人は、その後、村の女性に服を預けることとなった。
 ミルアは言わずもがなで、タバサは体液の匂いが染み付いていたためだ。
 そしてミルアは村の井戸へと案内され何度も何度も頭から井戸の水をかぶる。
 そこでまでしてミルアはやっと、ぷはっ、と口を開いた。
 タバサはそれを見て、

「もしかして口にも入ってたの?」

 タバサの問いにミルアは頷き何度も口を水でゆすぐ。
 そして吐いた。
 なんかもう色々と。

 こうしてタバサとミルアのコンビによる初の任務は無事終了となった。




















―――ぎちぎちぎち













[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一七話 トリステインのお姫様
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/07/01 09:58
 それは戦場への序曲。
 この身を、戦場を、血で染め上げる。
 誰かの思いを伝えるために。
 誰かの命を燃やすために。
 私は何を選択する?
 何を捨てる?
 黒き戦衣装で身を包み、白きマントをなびかせて。
 駆け抜けるは高き空に浮かぶ大地。










「ひーひー……あーはっはっはっ!」

 ガリアの王女イザベラはこれでもかというぐらい腹を抱えて笑っていた。
 ブグ村の村人失踪における真相。
 謎の大型昆虫の話に関しては、その様を想像し随分と嫌そうな顔をしていたのだがミルアがその昆虫の体液まみれになったこと、その後、我慢の限界を超えて嘔吐したことなどを話すと、ぷっ、と噴出したのを皮切りに大笑いしだしたのだった。
 無論こんなに笑われてミルアとしては面白くない。
 しかし、そこはさすがと言うべきか表情には不機嫌さが一切出ていなかった。
 イザベラはしばらく笑っていたが、やがて何とか呼吸を整えると、

「で、その化け物虫は全滅させたんだね?」

 イザベラがそう問うとミルアは黙って頷く。
 するとイザベラは傍らにあった書簡をミルアに投げた。
 ミルアはそれを受け止める。

「そこにはあんたのご主人様宛のお礼が書いてある。あんたを借りたわけだからね。無論、事情に関してはこちらの都合のいいように書いてあるからあんたは、それに合わせるんだよ?」

 イザベラの言葉にミルアは頷いた。



「で、真剣な顔になった貴様は私に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 ミルアとタバサが部屋を後にした後、イザベラの傍らに居たナイがそう尋ねた。
 ふん、と鼻をならしたイザベラは、

「あの娘らが言っていた化け物虫に関して調べてきてほしいのよ。もし国内で他に繁殖しているようならまずいわ」

 イザベラの言葉にナイはふむ、と頷くと、

「確かにな。わかった。他にブグ村のような被害が出ていないか調べておく」

 そこまで言ってナイはにやりと笑みを浮かべる。
 イザベラは怪訝な顔をして、

「何?」

「いやな、貴様もあの父親と同じなのだなと思ってな」

 ナイがそう言うとイザベラは噛み付きそうな勢いで、

「あんたも私や父上が無能って言いたいのかいっ!」

「王が『無能王』などと呼ばれているのは私も知っているがな、私は王や貴様が無能などとは思っていないさ」

「え?」

 イザベラがやや呆気にとられる。
 そんなイザベラにナイは軽くため息をつくと、

「貴様らを無能などといっている連中は所詮魔法の腕しか見ていないのだろう。だが考えてみれば国政が魔法の腕だけで勤まるわけなかろう? この国が他国に比べて豊かなのは王の力と、その背中を守る貴様の力あってこそだ」

「私が父上の背中を?」

「この国の裏ということは背中ともいえるだろう? それを貴様は任されていて、なおかつ見事に勤めている。本物の無能にできるものか」

 ナイがそこまで言うとイザベラはぽかんとしていた。
 しばらく目をぱちくりとさせていたイザベラは、

「あんた私のこと馬鹿にしてたんじゃなかったの?」

 その言葉にナイはややあきれたように、

「貴様、まさか私がからかってるのを本気にしてたのか? 私の言葉使いは生まれつきみたいなものだ。本気にするだけ疲れるぞ。まぁ貴様をからかうと面白いというのもあるぅ?」

 ナイは最後まで言いきれずにその場に膝を付いた。
 顔を赤くしたイザベラの拳がナイの鳩尾に綺麗に入っている。
 ナイはぷるぷると震えながら、

「いや、まてイザベラ話し合おう。先ほどの調査とか色々あるから、とりあえず、その振り上げた燭台をおろせ」

 しかし無常にも燭台は振り下ろされる。
 その後しばらくイザベラの部屋からは「痛いっ! 馬鹿っ! やめろっ!」といった具合の悲鳴が聞こえた。





「迷惑をかけた」

 魔法学院へ帰る途中、シルフィードの背の上でタバサは前方を見たままそう口にした。
 その言葉にミルアは首を横に振り、

「面倒ごとではありましたが、それほど迷惑というわけではありません。むしろタバサさんのお手伝いが出来てよかったです」

「色々助かった」

「お役に立てたのなら幸いです」

 ミルアがそう言うとタバサはしばらく黙っていたが、不意にミルアの方へ振り返り、

「あなたはあの虫を知ってる?」

 そう尋ねるタバサにミルアは首を横に振る。
 タバサは「そう」とだけ口にして再び前を向いた。

「タバサさんはあの虫のことは知らないのですか?」

 ミルアが逆に尋ねるとタバサは首を横に振り、

「知らない。聞いたこともない」

 タバサの言葉にミルアは僅かに首をかしげた。
 新種だろうか?
 だとしてもあれほど大きな虫が今まで見つからなかったとは考えにくい。
 心当たりがないわけじゃない。
 けれど確証がない。
 それにあれで全てならそれに越したことはない。

「見えた」

 タバサの言葉どおり魔法学院が見えてきた。
 書簡を手にしたミルアは僅かにため息をつく。
 なんとなくではあるが、ルイズに怒られそうな気がしてならなかったのだ。


 ミルアの予想はものの見事に当たった。
 学院に着きタバサとそろってルイズの部屋を訪れる。
 コンコンとノックすると才人が出てきた。
 才人は最初驚いた顔をしたがすぐに笑顔になり「心配したんだぞ」といってミルアの頭をぐりぐりとなでる。
 ルイズは最初ほっとしたような顔をしていたがこちらもすぐに笑顔を見せた。
 だが、何かが違った。
 具体的に何が違うのかミルアにはわからなかったが、本能的に後ずさる。
 しかしルイズはそれを許さず、素早くミルアとタバサを部屋に引きずり込むと、無常にも部屋の扉を閉じた。
 そして、にっこりと笑顔を二人に向け、

「何勝手なことしてんのよっ!」

 すさまじい形相で怒鳴りつける。
 その大声にミルアとタバサは頭がくらくらした。
 見れば才人は事前に耳をふさいでいる。
 ミルアは何とか自分とタバサの身を守るためくらくらしながらもイザベラから渡された書簡をルイズに差し出した。

「何よこれ」

 ルイズが怪訝な顔をして書簡を受け取った。
 そして書簡に描かれていた紋章を見て、うっ、と息を詰まらせる。
 二本の交差した杖に、「さらに先へ」と書かれた銘。
 それは間違いなくガリア王家の紋章だった。 
 ルイズは若干青い顔をしながら恐る恐る書簡を開き目を通していく。
 しばらくして、ルイズはふらふらと自分のベッドへ歩み寄りそのまま腰を下ろす。

「えぇと……ガリア王家からの任務をお手伝いしたってどういう事?」

 疲れ果てたような顔でルイズはそう聞いてきた。
 それを聞いた才人も「え?」と声にする。
 ガリアというのがどういう国かは知らないが、王家ということはとんでもないお偉いさんであることは才人にも理解はできた。

「私はガリアからの留学生でシュヴァリエの称号を持っている」

 不意にタバサがルイズにそう言う。
 その言葉にルイズも頷いた。
 タバサは続けて、

「つまりは私はガリアで、騎士として認められている。時には王家の命令で動くこともある」

 タバサの言葉にルイズは頷く。

「今回、王家からの任務が私に割り振られた。内容は極秘。でも一人だと不安だったのでたまたま近くに居て頼りになりそうだったミルアを借りた」

 タバサはそう言うと最後に「終わり」と口にした。
 ルイズはうんうんと頷いていたが、すぐにぶんぶんと首を横に振り、

「いやいや、タバサの事情は理解できたけど、だからって勝手にうちの子を借りるなっ!」

 ルイズのすさまじい勢いに、タバサは素直に「ごめんさい」とあやまる。
 ふぅ、と息をついたルイズは、

「恐れ多くも、書簡には任務に巻き込んだことの謝罪と感謝の言葉が書かれているし、少ないながらも褒賞を与えたと書かれているんだけど……」

 その言葉にミルアはルイズに小さな袋を差し出した。
 ちょうど両手の平で包み込めるかどうかの大きさ。
 ルイズはその袋を開け、すぐに閉じた。

「どうした? ルイズ」

 才人がそう言うと、ルイズは引きつった笑顔で手にした袋を才人に渡した。
 その袋を開けた才人は固まる。
 価値の詳細はわからないがキラキラと輝く宝石が袋いっぱいに入っている。
 才人も引きつった笑顔をし、

「これが褒賞?」

 そう尋ねられミルアはこくりと頷いた。
 はっきり言ってミルアにもどれほどの価値があるかはわからない。
 ルイズさんの反応を見るに結構すごいみたいですね。
 ミルアはそう判断した。

 ルイズが復帰するまで、もうしばらく時間が必要だった。





 タバサとの任務から帰還して三週間ほどたったであろうか。
 ミルアはいつものようにルイズの身の回りの世話をし、才人は才人で使い魔としてルイズから命令された雑用などをこなしていた。
 そんなある日のこと、ぽかぽかとした日差しが心地いい中、ミルアはメイドのシエスタから渡された、洗濯を終えたルイズの服をたたみ、才人は窓を拭いている。
 ルイズをはじめ学院の生徒たちは今は授業中だ。
 その時、ミルアの耳にどたどたと廊下を走る音が聞こえた。
 その音はどんどんこちらへ近づいてきて、やがて今居る部屋の前で足を止める。

「二人ともっ! 今すぐ身なりを整えなさいっ!」

 ばたんと大きな音をたてて扉を開け、部屋に飛び込んできたルイズは開口一番そう叫んだ。
 その音に驚いた才人が窓から外へ落っこちそうになるが、さも当然のようにミルアがズボンの腰の部分を掴んで引きずり戻す。

「な、なんだよルイズ、いきなり大声で。というか授業は?」

 危うく紐なしバンジージャンプをしそうになった才人がそう言うと、

「授業は中止よ、中止。アンリエッタ姫殿下がゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院へ立ち寄られるのよ」

 そう言ってルイズは鏡に向かい走ってきて乱れた髪を整える。

「身なりを整えろって言ってもなぁ。正装っていえるの持ってないし」

 才人がそう言うとミルアは才人のある点を指差し、

「とりあえず上着やズボンの、捲り上げた袖や裾を元に戻したらどうでしょうか?」

 ミルアの言うとおり才人はルイズの部屋を掃除するために袖や裾を捲り上げていた。
 「いけね」と口にした才人はさっさと袖や裾を元に戻す。
 髪を整えたルイズはミルアを手招きし、よってきたミルアをくるりと回転させおかしなところはないか確認した。

「特におかしなところはないわね。二人とも姫殿下を迎えるときはちゃぁんと背筋を伸ばしてるのよ」

 ルイズはぴっと人差し指をたててそう言い、才人とミルアの二人はコクコクと頷いた。





 無垢な乙女しかその背に乗せないといわれているユニコーンが煌びやかな一台の馬車を引いていた。
 場所はトリステイン魔法学院へつづく街道。
 その街道を馬車はゆっくりと学院へ進んでいた。
 馬車には綺麗なレースのカーテンが引かれ中をうかがうことは出来ない。
 トリステイン王家のアンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下がのる馬車だ。
 その馬車の後ろにさらに豪華な馬車が居る。
 現在のトリステインを取り仕切っているマザリーニ枢機卿の馬車だった。
 その馬車に乗っているはずのマザリーニ枢機卿は、自らの馬車にはおらず、ほんの少し前からアンリエッタの乗る馬車に乗っている。

「殿下、たった一日で何度ため息をつくおつもりですか?」

 マザリーニが困ったような顔でそう言うと、その殿下はあからさまなため息をつき、

「ため息をつくぐらいいいではありませんか。別に民達に見えるところではついていないでしょう? ついでに聞くけどさっきのため息は本日何度目かしら?」

 ちょっとした意趣返しもこめてアンリエッタが言うと、マザリーニは淡々と、

「先ほどのため息で十三回目ですな」

 その言葉にアンリエッタは唇を軽くとがらせて不機嫌そうにそっぽを向いた。
 彼女は御年十七歳。ふわりとした栗色の髪を肩ほどまで伸ばし、気品のある整った顔立ち。薄いブルーの瞳。
 真珠のような淡い輝きを放つ白いドレスが彼女の高貴さを彩っている。
 先王の忘れ形見。ハルケギニアに誇るトリステインの美しき一輪の花。
 誰もが美しいといえる美貌だった。
 一方の枢機卿は髪も髭も色が落ち真っ白になっていた。
 その体はやせているというよりも、やつれているという表現が正しい。
 骨ばった指などは特にそうだった。
 鳥の骨、などと揶揄される彼はこれでも四十の男性である。
 先王亡き後、トリステインの国政を一人で担ってきた。
 その重責と疲労が彼を必要以上に老けさせている。
 そんな枢機卿にアンリエッタは視線を戻し、水晶のついた杖を指先でいじりながら、

「枢機卿、やはりアルビオン王家はもちませんか?」

 カーテンの向こう遥か高みに浮かぶ雲でも眺めるようにアンリエッタが問う。
 その問いにマザリーニは残念そうに首を横に振り、

「持ちませんな。速ければ明日明後日にも、長くて一週間といったところでしょうか」

 その答えを聞いたアンリエッタは悲しそうな顔をした。
 他国ではあるがトリステイン王家とアルビオン王家には血のつながりがあり、親戚同士である。
 親戚同士である以上、他国にくらべ交流も盛んで、アンリエッタ自身、顔も何度か合わせたこともあれば公私に限らず手紙のやり取りもした。

「わが国とアルビオンは友好関係。王家も親戚同士だというのに援軍を送ることも出来ないの?」

 アンリエッタが少し苛立ったように口にした。
 マザリーニは眉間にしわを寄せ、

「殿下の仰る様に援軍を送るべきという者もおります。ですが同様に先に内政を整えるべきという声も同じくらいあるのですよ」

「あなたはどちらなの? 枢機卿」

「私はどちらでもありません。援軍を送れるよう奔走もしましたが反対派の抵抗激しくもはや時間切れです。内政を整えようにも年単位で行うことを考えれば元より時間が足りません。アルビオンの革命軍『レコン・キスタ』が掲げているのは王家の打倒と聖地の奪還です」

「いずれはこのトリステインにも攻め入ると?」

「はい。アルビオンを落とし、早急に準備を整えこちらへ攻め入るでしょう。そうなれば今のトリステインでは勝ち目はありません。国力が乏しいのは私が一番理解しているつもりです。無論これは私の責任でもあります」

 そう言って頭を下げるマザリーニをアンリエッタは複雑な表情で見つめた。
 いつも口うるさい男ではあるが、彼がトリステインの為によくやってくれていることはアンリエッタも理解している。
 彼の手腕に関しては他所の国に出しても恥ずかしくないと思っている。
 そんな彼でもどうにもならないほどトリステインは疲弊していた。
 近年、戦争に負けたとかそう言うものではない。
 緩やかな腐敗と衰退。
 それがトリステインの現状だった。
 上級貴族たちの多くや宮廷の者どもは己の利権を抱え込むように守り、まるでそれが生きがいのように金や価値のある物をかき集め溜め込み国に還元しようとしない。
 ひたすらに、国の生産力にも直結する平民達から搾り取り、彼らの生きる力を奪う。
 それでもまだ国は生きている。
 だが、今攻め入られれば誰の未来もなくなってしまう。

「トリステイン存続のためにはゲルマニアとの同盟締結が必要不可欠ですか……」

 アンリエッタはそう言って悲しそうな笑みを浮かべた。
 マザリーニはすまなさそうに、

「その為には殿下が、ゲルマニア皇帝の所へ嫁ぐことは避けては通れないことなのです」

「王家の者として、その様な婚姻は覚悟してきたつもりです」

 ですが……とアンリエッタは最後に口にし、またもため息をついた。
 マザリーニとしてもアンリエッタの心情は理解できた。
 しかし情がすぎれば政治はできない。
 今は情をすて国が生き残ることを優先しなければならなかった。
 自らもため息をつきたいのを必死に押さえ、マザリーニはそっと、僅かにカーテンを開く。
 窓の外には馬車を護衛する王室直属の近衛隊と魔法衛士隊の面々が見えた。
 その中に幻獣グリフォンにまたがった青年が見える。
 羽帽子に長い口ひげ、精悍な顔立ちは若い貴族の娘なら誰もが見ほれるほどだ。
 黒いマントには彼がのるグリフォンをかたどった刺繍が施されている。
 魔法衛士隊の中でも特に枢機卿の覚えがいいグリフォン隊隊長の、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵であった。

「彼は?」

 マザリーニの視線の先に気がついたアンリエッタが小さな声で問う。

「彼はグリフォン隊の隊長、ワルド子爵ですよ。二つ名は『閃光』彼ほどの使い手はアルビオンにも居りますまい。それに近年まれに見る忠義の厚い男です」

 アンリエッタはワルドと聞いて、考え込み、

「ワルド……どこかで……」

 そんなアンリエッタにマザリーニは思い出したように、

「そういえば彼の領地はヴァリエール公爵家の近くだったかと」

 その答えにアンリエッタは、はたと気がつき、

「枢機卿、あの土くれのフーケからお宝を奪還した者達の名前をご存知で?」

「えぇ、覚えてますよ。爵位までとはいわんから褒賞よこせ、と魔法学院長に言われておりましたからな。人数と名前を確認して僅かながら褒賞を持ってきておりますよ」

 枢機卿の言うとおり、枢機卿の馬車にはルイズ、タバサ、キュルケの三人に与える分の金貨がそれぞれ袋に詰められていた。
 アンリエッタはやや不満そうに、

「現金ではなくてシュヴァリエの爵位は与えてやれないの?」

 その言葉にマザリーニは首を横に振り、

「フーケを捕縛したわけではありませんからな、しかもシュヴァリエの爵位はその条件に従軍が追加されましたから」

「まったく、また私の知らないところで色々と変わってしまったのね」

 アンリエッタは実に不機嫌そうに、それを隠すことなくふてくされた。
 そんなアンリエッタにマザリーニは真剣な表情で、

「殿下。最近、ゲルマニアとの同盟を快く思わない宮廷と一部の貴族達が不穏な動きをしております」

 マザリーニの言葉にアンリエッタはわざとらしく「まぁ」と言って驚く。

「アルビオンの革命軍『レコン・キスタ』とのつながりも疑われる連中です。殿下、彼らにつけこまれるような隙はお見せにならぬようお願いしますよ」

「もちろんです」

 そう答えたアンリエッタの背中を冷たい汗がつたう。
 自分の顔は青ざめていないだろうか。
 アンリエッタは必死に平静を装っていた。





 魔法学院の正門を王女の一行が潜り抜ける。
 既に整列していた生徒たちはいっせいに杖を掲げた。
 正門の先、本塔の玄関前で王女達一行を迎えるのはオスマン学院長。
 王女を乗せた馬車が玄関前で止まると召使達が駆け寄り、立派な絨毯が引かれる。
 傍に控えていた衛士が大きく息を吸い込み、

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなぁぁぁりぃぃぃっ!」

 馬車の扉が開くと先に下りてきたのはマザリーニだった。
 生徒達の中にはあからさまに鼻を鳴らすものも居る。
 平民の血が混じってるなどと噂されている枢機卿は、その政治の腕は無視して、一部の貴族から嫌われていた。
 マザリーニはそんな生徒達の反応を気にすることなく馬車から降りてくるアンリエッタの手をとる。
 アンリエッタが馬車から姿をみせると生徒達から歓声が上がった。
 そんな生徒達にアンリエッタはにこりと笑顔を見せる。
 それと同時に湧き上がる歓声。

「凄いですね」

 生徒達から少し離れたところで見ていたミルアは軽く耳をふさいでそう呟いた。
 見れば才人も姫殿下に興味があるのか生徒達に混じっている。

「タバサさんは興味ないのですか?」

 木陰に座り込み本を読んでいるタバサにミルアは尋ねた。
 その問いにタバサは一言「興味ない」とだけ答える。
 ミルアは「そうですか」といい再び歓声を上げ続ける生徒達へ視線を移した。
 その視線の先にルイズが居た。
 頬を赤らめ誰かを見ている。
 別にそれ自体はおかしなことじゃない。
 姫殿下をみて頬を赤らめているのは男女問わずかなりいる。
 護衛の魔法衛士隊にも凛々しい者はいて、彼らに熱い視線を送る生徒もいた。
 ただルイズの反応は他の生徒とは何処か違う感じがした。
 憧れも含んではいるが、どこか親愛の情を感じさせる様な柔らかな表情。

「誰を見ているんでしょうか?」

 ミルアはそう呟きこてんと首をかしげた。
 ルイズの視線の先を見てがっくりと肩を落とす才人を視界に捉えながら。





「変ですよね」

「変だよな」

 ミルアの言葉に才人も同意を示した。
 姫殿下が魔法学院を訪れた夜。
 その姫殿下は一晩滞在するようだが、そんなことはミルアも才人もどうでもよかった。
 ルイズが変なのだ。
 何か落ち着かないようにそわそわとしていて部屋の中をあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
 椅子に座ってみたり窓に寄りかかって双月を見上げてみたり。
 とにかくこんなルイズを見たのは初めてだった。
 ミルアはうろうろし続けるルイズの前に回りこんでみる。
 ルイズは立ち止まるがその目はミルアを見ていない。
 これはよくわからないが、たぶん重症だ。
 ミルアがそう思ったとき、部屋に近づいてくる気配を感じた。
 その気配は部屋の前で立ち止まる。
 ミルアがなんだろうと思っていると部屋の扉がこんこんとノックされた。
 始めは長く二回、そして短めに三回。
 何かの合図のようなノックにルイズは、はっ、としたような顔をした。
 そしてミルアを押しのけると扉へと駆け寄る。
 ルイズが扉を開けるとローブの頭巾で顔を隠した人がそこにいた。
 体格からして女性だな、とミルアが辺りをつけると、その人物は部屋に入り後ろでに扉を閉める。
 その人物は、しー、と声に出しながら人差し指を口元にあて、その懐から水晶のついた杖を取り出した。
 思わず反応しそうになったミルアだったが、どうも様子がおかしいのでその人物の一挙一動を観察するに留める。
 その人物が軽く杖を振ると光の粉が中を舞った。
 ミルアはその魔法に覚えがあった。

「たしか、察知用のディテクトマジック……」

 ミルアがそう呟くとその人物は頷き、

「何処に目や耳があるかわかりませんからね」

 その人物は少しいたずらっぽく言うとローブの頭巾を取った。
 頭巾から現れた顔にミルアは内心驚く。
 そこにいたのは昼間見たアンリエッタ姫殿下だったのだ。
 才人は息を詰まらせ顔を赤くしている。

「ひ、姫殿下っ!」

 ルイズは驚きの声を上げ慌ててその場に跪いた。
 僅かに迷ったミルアもルイズに続いて跪く。
 残された才人は最初おろおろしていたが場の空気に押されて見様見真似で跪いた。
 アンリエッタは満面の笑みを浮かべ、

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 間近でみたその笑顔は、確かに誰もが見ほれるほどのものだと、ミルアは冷静にそう判断した。
 そして何か胸騒ぎがする。
 ミルアは内心の不安を押し殺し、満面の笑みを浮かべるアンリエッタを上目遣いにちらりと見た。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一八話 告げられる密命
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:2e211616
Date: 2012/07/07 12:07
 彼女から告げられた言葉は私達を戦場へいざなう。
 そこに何があるかも知らずに。
 影で何がうごめいているかも知らずに。

 世界は蝕まれ僅かに軋み始めた。










「ルイズっ! ルイズっ!」

 アンリエッタは感極まったようにルイズに抱きついた。
 ルイズは慌てた様子で、

「姫殿下、いけませんこのような下賎な場所へ―――」

「あぁ、ルイズ、そのようなことを言わないで頂戴。私達お友達でしょう?」

 アンリエッタは今にも泣き出しそうだった。
 ルイズはやや硬い表情をのこしつつ、

「もったいないお言葉です。姫殿下」

 その言葉にアンリエッタは自らの顔を両手で覆い、

「あなたまでそんな言い方をするの? やめて頂戴。ここには枢機卿も母上も、友達面してよってくる欲丸出しの宮廷貴族たちもいないのよ。唯一の友達であるあなたにまで、そんな態度をとられたら生きていけないわ。心の支えがぽっきりと折れてしまいそうよ」

 その言葉にルイズは表情をやわらかくして、

「幼い頃、よく宮廷の中庭で、二人して蝶を追い掛け回しましたね」

 ルイズのその言葉にアンリエッタは笑顔を浮かべ、

「えぇ、そうね。服を泥だらけにして、侍従のラ・ポルトの怒られて。あの時の形相、幼いながらに、しばらく夢に見たわ」

 アンリエッタがそう言うとルイズは、はにかんで「私もです」と口にした。
 昔を懐かしむようにアンリエッタは、

「そういえばよく、お菓子を取り合って喧嘩もしたわね。今思えばものすごくくだらないけど、あの当時は命をかけたような戦いだったわ。いつも私がルイズに髪を引っ張られて負けていたけど」

 その言葉にルイズは苦笑して、

「姫さまが勝利をおさめた事も一度ならずありましたよ? ほら『宮廷ごっこ』をするにあたって、どちらがお姫様をやるかで……」

「えぇ、えぇ、思い出したわドレスを取り合ったのよね? 後に『アミアンの包囲戦』って名づけたあの戦い。取っ組み合いになって、私の拳がいい具合にあなたのお腹に入って」

「気絶しましたね。私」

 ルイズの言葉を皮切りに二人はそろって笑い出した。
 ミルアと才人は完全に蚊帳の外、空気である。
 仕方なしに、ミルアはくいくいとルイズの袖を引き、

「お二人が友人であるのはわかりました。ですが、どのような経緯で?」

「公爵家の三女、というのが縁で、姫さまがご幼少のみぎり、遊び相手を勤めさせていただいてたのよ」

 ルイズがそう言うとアンリエッタは頷き、

「本当にあのころは毎日が楽しかったわ」

「私もです、姫さま。ですが感激です。まさか姫さまがあの頃のことを、私を覚えてくださってて……」

 ルイズの言葉にアンリエッタは首をぶんぶんと横に振り、

「そんなっ! 忘れるはずないわっ! 私にとって、とってもとっても大切な思い出なのよ?」

 その言葉にルイズは感動して、

「姫さま……」

「ルイズ……」

 二人はひしと抱き合った。
 感動のシーンである。
 しかしミルアがふと才人を見ると、何故か才人は顔を赤らめ興奮気味。
 何ゆえ? とミルアはこてんと首をかしげた。
 そんな中、アンリエッタが今更ながらミルアと才人に気がつき、

「ルイズ、こちらのお二人は?」

 その言葉にルイズもはたと気づき、

「えぇとこっちは一応私の使い魔です」

 そう言って才人を指差す。
 アンリエッタは不思議そうに、

「使い魔? 人間に見えますけど」

「私は人にございます」

 才人はそれはもうわざとらしくアンリエッタに一礼する。
 ルイズは若干顔をしかめたが次いでミルアを指差し、

「こっちは私の従者見習い兼護衛です」

 実にあやふやな立場である。
 もう好きにしてくれと、内心あきらめモードのミルアはぺこりとアンリエッタに一礼した。
 アンリエッタは笑顔を浮かべ、

「まぁ、小さいのに偉いのね」

 そう言ってミルアの頭をなでた。
 実に塩梅のいいなで心地だとミルアは評価する。
 アンリエッタはルイズに向き直り、

「あなたは充実した学院生活を送っているのね」

「いえ、そんな……」

 ルイズが困ったような顔をしているとアンリエッタは不意に視線を落とし、

「私、結婚するのよ」

 そう言ったアンリエッタの表情はとても悲しそうだった。
 それに気がついたルイズは小さく「おめでとうございます」と口にする。
 僅かな沈黙の中、不意にミルアが手を挙げた。
 ルイズが「何?」と言うと、

「姫さまは何か不安なことがあるのではないのですか? 結婚前の女性の多くは不安を抱えているものだと、以前聞いたことがあります」

 ミルアの言葉にルイズも確かに、と頷きアンリエッタを見た。
 アンリエッタはやや戸惑ったようにポツリポツリと話し始める。

 自分がゲルマニアの皇帝に嫁ぐこと。
 アルビオンの内乱においてアルビオン王家の劣勢。
 そしてもう長くないこと。
 反乱軍である「レコン・キスタ」の次なる標的はここトリステインであろうこと。
 そして今のトリステイン一国では太刀打ちできず、自分の婚姻はゲルマニアとの同盟締結には必要不可欠であること。

 アンリエッタはそこまで話して深いため息をついた。
 話を聞いていた才人は何やら話のスケールが大きくてついていけずにいる。
 ミルアは理解していたが、理解しているだけにどうしようもないこともわかっていた。
 そして、それはルイズも同じだった。
 それと同時に、王女として敬愛し、友人として慕っているアンリエッタの心の憂いを掃ってやれない自分の無力さに歯噛みした。
 再び部屋の中を沈黙が支配したとき、ミルアはあることに気がつく。
 アンリエッタがちらちらとルイズを見ているのだ。

「姫さま。何かルイズさんに話していないことでも?」

 ミルアの言葉にアンリエッタはぎくりとし、ルイズも、えっ、とアンリエッタを見た。
 アンリエッタは明らかに動揺している。
 ルイズはアンリエッタの手をとり、自らの手で包み込むと、

「姫さま、私のことをお友達と言ってくださるのでしたら話してください。姫さまのお友達であるルイズ・フランソワーズがお力になります」

 その言葉にアンリエッタは心を震わせ、力なくルイズに寄りかかり、

「今、アルビオンの反乱軍である『レコン・キスタ』の息のかかった者達が宮廷内にいるようなのです」

 ルイズはその言葉に息を呑み、ミルアも内心できな臭いことになってきたと舌打ちをする。

「彼らはトリステインとゲルマニアの同盟を妨害しようと、その材料になるものはないかと血眼になって探しているでしょう」

 アンリエッタがそこまで言うと、ルイズは声を詰まらせながら、

「ま、まさか、その材料にこ、こ、こ、こ、心当たりがおありなのですかっ?」

 思わず、鶏ですか? と声に出しそうになるのを必死に抑えるミルア。
 そんな葛藤は露知らず、アンリエッタは頷くとその場に崩れ落ちる。
 ルイズはそんなアンリエッタの肩を抱き、

「姫さま言ってくださいっ! 不肖このルイズ・フランソワーズ、その材料とやらを、姫さまの不安を取り除きたいと思いますっ!」

「……手紙です」

 アンリエッタは消え入りそうな声でそう搾り出した。

「手紙?」

 ルイズがそう聞き返すとアンリエッタは頷いて、

「私が以前したためた一通の手紙です。それがもし反乱軍の手に渡り、その内容がゲルマニア皇帝の耳に入れば婚姻も同盟も駄目になるでしょう」

「言ってください姫さまっ! その手紙は何処にあるのですかっ?」

 ルイズのその言葉にアンリエッタは我にかえったように激しく首を横にふると、

「言えませんっ! あぁ、私は何を言おうとしていたの。お友達と言ってくれたあなたを巻き込もうなんて。こんな事してお友達なんて言う資格はないわっ!」

「姫さまっ! どうかっ! どうか、私にお教えくださいっ! その手紙は何処にあるのですかっ?」

 必死に食い下がるルイズにアンリエッタは小さな声で、

「アルビオンのウェールズ皇太子の手元に……」

 その言葉にルイズは「なんてこと」とよろけ、才人は訳がわからず、ぽかんとしている。
 一方のミルアは内心頭を抱えていた。
 おもいっきり戦場じゃないんですか? と。
 そしてなんとなくであるがルイズの行動も読めた。

「姫さま私に命令してください『手紙をとってこい』と」

 真剣な表情をしてそう言うルイズに、ミルアは、うわぁ……やっぱり、と内心嘆いた。
 ルイズの言葉にアンリエッタは青い顔をして、

「あぁ、ルイズ。やっぱりあなたはそう言うのね。なんとなくそんな気がしたのよ。だから言いたくなかったのよ……なのにどうして……わかっていたのにどうして私は……」

 アンリエッタはそう言って跪くと両手で顔を覆って泣き出した。
 ルイズがその肩を優しく抱いていると、先ほどまでぽかんとしていた才人が何かに気がついたように、

「きっと姫さまは本当に頼れる人がルイズしかいなかったんですよ。だから迷いながらもここに来てしまったんですよ」

 そんな言葉にアンリエッタは泣きながらも顔を上げ才人を見た。
 見つめられ思わず顔を赤らめる才人。
 そんな才人に気づくことなくルイズは、

「姫さま。どうかご命令ください『手紙をとってこい』と」

 そう言ってルイズは笑顔をアンリエッタに向けた。
 アンリエッタはルイズを見つめながら、自らの声を必死に絞り出すようにして、

「ルイズ・フランソワーズ……手紙を、手紙をとってきてください」

 その言葉にルイズは短く「はい、確かに」と答えた。
 そして才人とミルアに視線を移す。

「使い魔だし、やっぱついて行くしかないよな」

 才人は頭をかきながらやれやれという具合に言った。
 ミルアは小さくため息をつく。
 かなり苛々していた。
 アンリエッタにではない。
 自分にだ。
 ミルアとしてはルイズと才人を危険な目にあわせたくはない。
 しかし、ルイズにとって大切な友達が悩んでいる、苦しんでいる。
 そんな彼女を助けたいという気持ちも確かにあるのだ。
 あぁ、もうどうして私は。
 ミルアはそう内心でぐちる。

「私もいきます。二人だけじゃ心配です」

 ミルアはやっとのことでそう口にした。
 二人の言葉を聞いてルイズはほっとしたように頷く。

 その時だった。

 ルイズの部屋の扉を勢いよく開き、誰かが転がり込んできた。
 才人はその誰かを見て、

「ギーシュっ! ギーシュじゃないか」

 確かにギーシュだった。
 才人と決闘し、その後、何だかんだと友人関係を結んだギーシュだった。
 そのギーシュだがその顔がおかしい。
 何がおかしいって涙と鼻水で顔が偉いことになっていた。
 そんなギーシュを見て、ミルアは小さく「あ、忘れてた」と口にする。
 ルイズはギーシュを睨みつけるようにして、

「あんた、話を聞いてたわね」

 その眼力に気おされたギーシュは懐から取り出したハンカチで自らの顔を拭うと、

「いや、そのっ! たまたまなんだ。夜更けに人目を忍んで女子寮に入ってゆく姫殿下を見かけて、人知れず護衛を勤めようとして……」

 ギーシュはそこまで言うとアンリエッタの前に跪き、

「姫殿下っ! その困難な密命、どうかこのギーシュ・ド・グラモンにも申しつけください」

 ギーシュがそう言った瞬間、彼の意識はそこで途絶える。
 がくりと崩れ落ちるギーシュ。
 その頭にはたんこぶが出来ている。
 ミルアがギーシュの頭に拳を振り下ろしたのだ。

「申し訳ありません。扉の外にいることには最初に気がついていたのですが、途中から忘れてしまいました」

 ミルアはそう言って、どこから持ってきたのか縄で気絶したギーシュをぐるぐる巻きにする。
 ルイズはその光景を小さなため息をつきながら見ていたが、すぐに真剣な表情をアンリエッタに向け、

「時間がありません。明日の朝にでも出発したいと思います」

 ルイズの言葉にアンリエッタは頷くと机に座り、ルイズの羽ペンと羊皮紙をつかい、すばやく手紙をしたためる。
 羽ペンを仕舞おうとしたところで、手を止め、僅かに悩んだ後、手紙に何かを追記した。
 そして手紙を巻き、杖を振る。
 すると手紙に封蝋がなされ花押が押された。
 アンリエッタはその手紙を胸に抱く。
 まるで思いでもこめるようにそうしていたが、しばらくしてその手紙をルイズに手渡し、

「ウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞きます。この手紙をウェールズ皇太子に渡してください件の手紙をすぐに返してくれるでしょう」

 アンリエッタの言葉にルイズは頷く。
 それを確認したアンリエッタは自らの指から指輪を引き抜きルイズに握らせ、

「母君から譲られた『水のルビー』です。せめてものお守りに。もしお金が足りないようなら売ってお金にしてください」

 指輪を受け取ったルイズは深々と頭をさげる。
 アンリエッタは頷くと、

「どうか、どうか手紙と一緒に無事に帰ってきて頂戴ね。ルイズ……」

 そう言って見せたアンリエッタの笑顔は悲しそうで、何処か悔しそうな、複雑な笑顔だった。






「二人とも準備はいい?」

 まだ日が昇りっていない中、鞍をつけた二頭の馬を背後に腕を組んだルイズがそう言った。
 服装はいつもの制服姿だが乗馬用のブーツを履いている。
 才人はいつものパーカー姿にデルフを背負い、腰には「双頭の片割れ」を下げていた。
 一方のミルアは才人同様、腰に「双頭の片割れ」を下げ、また学院長から借りてきたのか、あの棘付き鉄球を背負っている。
 ちなみにギーシュは縄でぐるぐる巻きにしたままルイズの部屋に放置してきた。
 口はふさいでいないので、その内自力で助けを呼ぶであろう。
 また、一度目を覚ましたときにルイズがこれでもかというぐらいに脅してアンリエッタとのやり取りと密命に関して口止めしておいたので問題はないはずである。
 さて、と準備が出来たことを確認したルイズが馬にまたがろうとした。
 その時ミルアが何かに気がついたように後ろをふりかえる。
 ルイズもまた、後ろから自らの頬を優しい風がなでたような気がして振り返った。

「ワルドさまっ!」

 一行の後からやってきた長身で羽帽子をかぶった人物に対してルイズは声をあげた。
 ワルドと呼ばれた男性にミルアは見覚えがある。
 昨日、アンリエッタの馬車の周囲にいた護衛の魔法衛士隊の中に彼がいたはずだ。
 才人もなにか驚いたようにワルドを見ている。
 ワルドは両手を広げ、

「久しぶりだね、僕のルイズっ!」

 そう言ってルイズの小さな体を軽々と抱えあげた。
 その光景に才人はあんぐりと口をあけ、ミルアはきょとんとしている。
 ルイズは顔を赤らめ身じろぎしながら、

「わ、ワルドさま、その、人前で恥ずかしいですわ」

 さすがにこの台詞にはミルアも驚いた。
 誰これ? いつものルイズさんと違いすぎる。
 思わず、じっとルイズを見るが骨格やらなにやら特にいつもと変わりない。
 体温が少し高いのは誰でもわかること。
 ルイズのテレながらの抗議にワルドは「ははは」と笑い、

「すまない、すまない。久しぶりに君に会えて嬉しくてね」

 ワルドはそう言うと才人やミルアに視線を移して、

「ルイズ、彼らを紹介してくれるかい?」

 ワルドの言葉にルイズは頷くと、

「えっ、こっちが私の使い魔のサイトで、こっちが従者見習い兼護衛のミルアです」

 ルイズがそう紹介するとワルドはにこりと笑みを浮かべて、

「魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ。よろしく」

 自己紹介され、才人とミルアは頭をさげる。
 そしてミルアはすこし頭を上げ、

「ルイズさんとはどのような?」

 その言葉にルイズは顔を伏せもじもじとした。
 ワルドはそんなルイズを微笑ましく見つめ、

「彼女は僕の婚約者なんだよ」

 ワルドの言葉にミルアは、あぁなるほどと頷き、一方の才人は完全に固まっていた。
 そんな才人にワルドは歩み寄ると、才人の肩をぽんと叩き、

「もしかして緊張しているのかい? 僕がいるし、聞けば君はあの土くれのフーケから学院の宝を奪還したんだろ? もっと大きく構えたまえ」

 実にさわやかにそう言うワルドに、ミルアも好感を覚えた。
 しかし才人を見ればどうも浮かない顔をしている。
 ミルアは才人の袖を引き、

「どうかしましたか?」

「なんでもねぇ」

 そっけない態度で答えた才人はそのまま自らの馬にまたがる。
 ワルドもルイズの手を引き、自らが連れてきたグリフォンにまたがった。
 ちなみに、ルイズはグリフォンの手綱を握るワルドの腕の間にいる。
 不意にワルドがその視線をミルアに向けた。
 それに気がついたミルアはすぐさま自分の馬にまたがる。
 ワルドはミルアの騎乗を確認すると羽帽子のつばを指先でくいっと上げ、

「では行こうかっ!」

 勢いよくグリフォンが駆け出し、才人とミルアの馬もそれに続いた。





 アルビオンへの玄関口である港町ラ・ロシェール。
 狭い峡谷の山道の先に設けられた小さな街は、トリステインから早馬で二日ほどかかる。
 そのラ・ロシェールを、ルイズたち一行はほとんど休むことなく目指していた。
 才人とミルアは、疲労が限界に達した馬を途中で二度、宿駅で交換している。
 しかし乗り手は休む暇もなく、才人は完全に馬の背でぐったりとし、ミルアもどことなくだれていた。
 そんな中、ワルドのグリフォンはほとんど疲労の色もなく、乗り手であるワルドも同様に疲労の色を見せていない。
 ワルドの腕の中のルイズは少し疲れているようだった。

「ねぇ、少し飛ばしすぎじゃないかしら?」

 少しの間、ワルドと雑談を続けていたルイズはそう口にした。
 最初こそ丁寧な口調で話していたルイズも次第に普段の口調に戻っている。
 ワルドもそれを、素のルイズとして受け入れていた。

「出来れば今晩中か明日の朝にはラ・ロシェールへ着きたいのだけどね」

 ワルドは少し困ったように答える。
 しかしルイズは首を横に振り、

「でも、サイトもミルアもだいぶ疲れているわ」

 その言葉にワルドは少し後ろを振り返ると、

「あまり遅れるようなら置いていくしかあるまい」

「そう言うわけにもいかないわ。サイトは私の使い魔だし、ミルアだって護衛で貴重な戦力よ。任務の都合上、人数は多すぎても目立つけど少なすぎても危険だわ」

 ルイズがそう言うとワルドは首を横に振り、

「いや、確かにルイズの言うと通りだよ。僕としたことがかっこ悪いね」

 そう言ってワルドははにかみ、ルイズの頭をなで、

「しかし僕のルイズはしばらく見ない間にとても賢くなったようだね。婚約者としてとても嬉しいよ」

 そう言って笑うワルドにルイズはなんとも複雑な笑顔を浮かべた。
 確かに沢山勉強した。
 学院でも座学の成績はトップだ。
 けれど未だに魔法は……
 婚約と言っても親同士が決めたこと。
 果たして今の自分はワルドにふさわしいのか。
 そして何より、ワルドに抱く感情は、憧れなのか愛情なのか。
 はっきりとしない自らの思いに、ルイズはワルドから顔を背け軽く下唇を噛んだ。



「見えたぞ。ラ・ロシェールの明かりだ」

 その日の深夜、小休止を挟んだ一行はラ・ロシェールの手前までたどり着いた。
 ワルドの言葉に才人はほっとしたような顔をする。

「止まってください両脇の崖の上、人がいます」

 ミルアの鋭い声に一行は足を止めた。

「崖の上に? 本当かい?」

 ワルドはそう言いグリフォンの上から崖の上を睨みつける。
 しかし双月が雲に隠れているためか、その人影を確認することは出来なかった。
 才人も崖上を見つめているとミルアは馬から降り、

「先ほど数人が顔を覗かせるようにしていました」

 ミルアに続いて才人も馬から下りる。
 それを確認したミルアはルイズに、

「ルイズさんはこちらに、グリフォンの上では危険です」

「大丈夫さ、ルイズは僕が守る」

「前に出るつもりがないのでしたらそれでかまいませんが……」

 自信たっぷりのワルドにミルアがそう言うとワルドは「ふむ」と小さく頷き、

「ルイズすまないが彼らのところに行ってくれるかい? なに、もし本当に敵がいたらすぐに片付けて君の下へ戻るよ」

 そう言って笑顔を見せるワルドにルイズも頷き才人達の下へ駆け寄る。
 その時、両脇の崖の上から一行の下に数本の松明が投げ込まれた。
 ミルアはその内の二本を両手でそれぞれキャッチすると、そのままほとんど垂直と言っても過言ではない崖を駆け上がってゆく。

「げ、まじで?」

 その光景に驚きながらも才人はルイズをかばうようにデルフを構える。
 見ればワルドはミルアとは反対側の崖の上へグリフォンで舞い上がっていた。



「な、なんだこのガキはっ? ぐわっ!」

 崖の上へ駆け上がってきたミルアに驚いた男だったが、ミルアが振り上げた松明に顎を打ち上げられ、そのまま意識を失う。
 数は十。武器は剣ばかり。使い古して汚れてたり、何処か欠損してる鎧。
 敵を一瞥して数と装備を確認したミルアは、一番近くの男との距離を一気につめた。
 男が振り下ろした剣を僅かに体を横へずらし回避したミルアは、男へ向かって跳躍。
 その鼻っ面へ、自らの頭を遠慮なくぶつけた。
 そしてその勢いのまま男と共に倒れこむかに見えたが、倒れた男の体の上で前転、地に足が着くと同時に駆け出す。
 目の前に迫るミルアの動きについていけずにいた男の側頭部を、飛び上がったミルアの持つ松明が襲い、男はそのまま白目をむいて倒れた。
 頭頂部を後頭部を、腹部を股間を……ミルアが駆け上がった崖の上にいた男達は、ミルアの持つ松明二本に次々と討ち取られていった。

「はい。終わり」

 そう言って軽く息を吐いたミルアの前には、男達が白目をむいていたり、地面に突っ伏していたり、ぴくぴくと痙攣していたりと、様々な形で転がったいた。

「こちらにいた賊も片付いて応援に、と思ったんだが、そっちも終わったようだね」

 そう言ってミルアの下へワルドがやってきた。
 ミルアがちらりと反対側の崖を見れば確かに数人の男達が転がっているのが見える。
 ワルドは目の前に倒れている男達をみて、

「小さいのに大したものだ。いや、将来が楽しみだね」

 そう言ってさわやかな笑顔を見せるワルドだったが、股間を押さえ痙攣している男を見て、僅かに額に汗を浮かべた。

 魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
 彼もれっきとした男である。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 一九話 疑問と影
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/07/16 02:59
 徐々に徐々に、この旅は混迷を極めてくる。
 そんな気がしてなりませんでした。
 これは、ほんの序曲に過ぎない。
 この先に何が待ち受けているのか。

 私はまだ、事態を甘く見ていたのかもしれません。










「物取りですか?」

 物取り、つまりは強盗。
 いつの時代も物騒ですね。何より装備が物々しい。ミルアはそんな事を考えながら首をかしげた。
 襲撃してきた男達が持っていた縄やら紐やらで、本人達を拘束し尋問を始めてから僅か数秒、男達はすらすらと喋り始めた。
 男達の話を一通り聞いたワルドは「ふむ」と頷くと、

「物取りにこれ以上時間をかけても仕方ない。捨て置こう」

「いいのですか?」

「街に着いたら衛兵に報告すればいい」

 ミルアの問いにそう答えたワルドは、ルイズを抱えてグリフォンにまたがる。
 そして、視線を前に向けた。
 そこにはラ・ロシェールの明かりが見える。

「今晩は街で一泊して、明日の朝一番の船でアルビオンに渡ろう」

 ワルドはそう言ってグリフォンで駆け出す。
 才人もそれを追って馬を走らせた。
 ミルアは少し考えこんでいたがやがて自分も馬に乗ると先をゆくワルドや才人を追いかけた。



 『女神の杵』と呼ばれるラ・ロシェールで一番上等な宿に一行は到着していた。岩肌を切りだした様な街並みに石造りのその宿はとてもなじんでいた。
 そこの一階の酒場で才人は完全にだれていた。何処となく血色も悪い。
 一日中馬に乗っていたのだから仕方がない。
 見ればミルアもややげんなりしている。
 床と一体になっている、岩から削りだしたテーブルはぴかぴかに磨かれており、頬をくっつけて、ぐてっとしているミルアの顔が映るほどだった。
 向かいに座っている才人はささやかな癒しを求めて、無抵抗なミルアの頬を指でつついている。一突きするたびに徐々に血色がよくなって、ほっこりしてる才人。まるで指先から生気を吸い取ってるような彼はある意味人外かもしれない。
 しかし、いい加減にしろ、といわんばかりにミルアが才人の指を掴み、そのままぐぐっと力をこめて握る。

「あだだだっ!」

 情けない悲鳴をあげる才人の下に、アルビオン行きの船へ乗船する為の交渉をしに『桟橋』へ行っていたルイズとワルドが戻ってきた。
 じんじんと痛む指をさすっている才人の横に座ったルイズは「なにやってんのよ」といいながらテーブルに頬杖をつき、

「アルビオン行きの船は明後日にならないと出港しないそうよ」

 そう不機嫌にいいながら、未だぐてっとしているミルアの頬をつつく。

「急いだ結果がこれだが、明日一日ゆっくり休めることを考えれば、これはこれでよかったのかもしれないね」

 ワルドはそう言い、ルイズのまねをしてミルアの頬をつつく。
 一方でつつかれているミルアは、その表情を変化はさせていないものの、湧き上がるオーラが「イラついてますよ私」と語っていた。
 それに気がついたのは優秀なスクウェアの風メイジであるワルド。空気を呼んだ彼はいち早く指を引っ込めた。
 しかし、空気を読み損ねたルイズはその指をミルアにつかまれ、そのままぎりぎりと締め付けられる。

「あいたたたっ!」

 才人同様、声をあげるルイズを見て、ワルドは苦笑しながらも、

「先ほど、宿の部屋は取っておいたよ」

 そう言って懐から部屋の鍵を二つ取り出し、テーブルの上においた。
 するとルイズはその一つを掴み、

「ほらミルア、こんな所でだれてないで、部屋のベットで寝なさい」

 そう言ってミルアの首根っこを掴み、そのまま二階の部屋へ向かおうとした。
 それに若干慌てたワルドはルイズを呼び止め、

「ルイズ、すぐ後で話がしたいんだ。二人きりで。いいかな? 場所はここで」

 その言葉にルイズは僅かに首を傾げたがすぐに頷き、そのままミルアを引き連れて部屋へと向かっていった。
 ワルドは小さくため息をつくとテーブルに残っていた鍵を手にし、

「さて、使い魔くん、僕たちも一旦部屋に行こうか」

 ワルドに「使い魔くん」と呼ばれ、どことなくむっとした才人だったが、しぶしぶ立ち上がるとワルドの後について屋へと向かった。



 街で一番上等というだけあって部屋の作りはそれなりに豪勢だった。
 木製の机や椅子はニスが塗られぴかぴかにされている。
 小さいながらも化粧台が備え付けてあり、固定化の魔法で枯れることのない花なども飾ってあった。
 水差しなどもとても綺麗なガラスで出来ている。

「じゃぁ私、ワルドに会って来るわ」

 部屋についてミルアをベッドに放り投げたルイズはそう言って部屋を出ようとした。
 ベッドに突っ伏したミルアあったがむくりと起き上がると、

「私も散歩してきます」

「は? 今から? 月も隠れていて外は真っ暗よ?」

 ルイズがそう言うとミルアは頷き、

「大丈夫です。夜目は利きますから。部屋の鍵はルイズさんが持っていてください」

 ミルアはそう言うとルイズの脇をすり抜け、そのまま部屋を出てゆく。
 そんなミルアの背中を見ていたルイズは軽くため息をつき、

「さっきまでだれてた癖になんなのよもう」

 そう言って部屋を出ると手にした鍵で部屋を閉めた。



 宿を出たミルアはそのまま駆け出し街の外へと疾走する。
 街の外へ出たところで地を蹴り、そのまま空中へ舞い上がった。普段は魔力の燃費が良くないので飛ばないだけで、必要になれば跳べるのである。メイジが空を飛ぶときに使う「フライ」の魔法のように空中に浮いたミルアは、そのまま加速していき、自分達を襲撃した自称物取り達の下へと向かう。
 しばらくすると闇の中で、芋虫のようにうぞうぞと動いている男達が見えた。
 どうやら街の衛兵達はまだ来ていないようだ。
 アルビオンとをつなぐ港町ゆえ人の行き来も激しくいざこざも多い。おまけにそのアルビオンが内戦状態ゆえに色々と忙しいのかもしれない。
 ミルアは男達に気がつかれないようにゆっくりと空中から近づいていった。少し近づいたところで男達の話し声が聞こえる。

「街の衛兵たちが来る前になんとかしないとやばいぞ」

「とはいっても、結構しっかり縛られてるんだが」

「せっかくの前金もこれじゃパーだよパー」

 そう言った男の背後にゆっくり降り立ったミルアはそのまま男の背中を踏みつけ、

「物取りが前金とか、何の話ですか?」

 そう言ったミルアの瞳が僅かに赤く光る。
 闇夜に浮かぶ赤い瞳はかなり不気味で男達は驚いて軽い悲鳴を上げた。
 ミルアはそんな男達を蹴り飛ばし、

「うるさいです。とにかく前金云々の話を聞きたいのですが」

 そう言ってぐりぐりと男達を飛び石のように次々と踏みつけてゆく。
 すると一人の男が愛想笑いを浮かべながら、

「え? 前金? 知らない知らない。なんのことだか……ぶぐっ!」

 前金を否定する男の腹に、展開された「双頭の片割れ」の先端がめり込む。
 片刃の剣のような形をしているが刃がないため突き刺さってはいないが、鈍器としては十分で、ミルアは「双頭の片割れ」で腹を突き、すねを殴りつけた。
 気絶するほどではないがかなり痛いことに変わりなく、精神的ダメージも蓄積された男は半泣きで、

「や、雇われたんだよ。俺達、アルビオンの王党派についてたんだが旗色が悪くなって逃げてきたんだ。そしたらラ・ロシェールの酒場で白い仮面をかぶった男のメイジに雇われたんだよ。その男に、あんたらの特徴を教えられて、ここで襲撃しろって」

 地面の上でうごめきながらも男はそう言った。
 その話を聞いてミルアは内心で舌打ちをする。
 これは、密命のはず何処でばれたんでしょう? 姫さまの様子だと頼れるのはルイズさんだけのはずだったから、そうぺらぺらと話すはずもない。護衛を姫さまから依頼された衛士隊隊長のワルドさんが、無断で単独行動出来るはずもないから、なんらかの理由をつけて単独行動してると考えたら、やっぱり衛士隊方面から情報が漏れたのでしょうか? ミルアが一人考え込んでいると、男の一人が、

「嬢ちゃん気をつけな。俺達を雇ったメイジは、相当の使い手だぜ。一応俺達も傭兵として戦場に立ってきた身として、あのメイジがただもんじゃないってのはなんとなく―――」

 男はそこまで言ったところでミルアに首根っこをつかまれ、そのまま後ろへ放り投げられる。
 地面に顔からダイブした男だったが、なんとか振り返ってみて驚いた。
 先ほどまで自分が転がっていた地面が何かでえぐられたように裂け目が出来ている。

「風系統の魔法、『エア・カッター』」

 ミルアはそう呟き正面を見据える。
 先ほど男の話に出ていた白い仮面をつけたメイジがミルアの視線の先にたっていた。漆黒の杖を手に、仮面の男は油断なく構えている。
 先に動いたのはミルアだった。地を蹴り、一気に踏み込む。「双頭の片割れ」で仮面の男の胴を薙ごうとするが、仮面の男は後ろへ飛びのきそれをかわした。
 追撃しようとするミルアに対して仮面の男が杖をふる。
 風系統の魔法「エア・ハンマー」目に見えない風の鎚がミルアを襲うが、ミルアはそれを正面から受け止め、その場に踏みとどまった。
 ミルアは背中に背負っていた鉄球を右手で構えると、そのまま仮面の男めがけて投げつける。
 棘のついた鉄球が、仮面の男へと一直線に飛んでゆく。
 ミルアが手にしている鉄球の鎖が、ミルアの魔力を養分にするかのごとく、じゃらじゃらと音を立てて何処までも伸びていった。
 しかし、その鉄球は仮面の男の目前で、再び放たれた「エア・ハンマー」によって弾かれる。弾かれた鉄球は蹴りあげられたボールの様に弧を描き、ミルアの頭上を飛んで行った。
 ミルアはそれを見ることなく、鎖から手を離し、鉄球は、どしんと音を立てて、状況を静観していた男たちの足元へと落ちる。
 驚いて小さな悲鳴をあげる男たちをしり目にミルアは「双頭の片割れ」を左手に構え、仮面の男へとじわりじわりと近づいた。しかし仮面の男は杖を構えたままじりじりと後ろへ下がる。
 双方の距離は約二十メイル。
 漸く雲から顔を覗かせた双月が、ミルアと仮面の男の姿をはっきりと映し出す。
 仮面の男の背格好はワルドと大差ない。その雰囲気から、先ほど男たちが言っていたように実力は相当のように感じる。
 先に動いたのは仮面の男だった。詠唱し杖を振る。その杖から放たれる「エア・カッター」そして「エア・ハンマー」
 それらが次々と間髪いれずにミルアに襲いかかった。
 ハルケギニアのメイジ達は魔法を使用する際、それぞれに対応したルーンを唱えなければならない。絶え間なく魔法を放つためにはそれだけ素早く的確にルーンを唱える必要がある。ミルアに向かって次々と魔法を放つ仮面の男は、体の動きも詠唱も早く、それだけの実力を備えてるということだった。
 絶え間なく襲いかかってきた魔法に対してミルアは右手を正面に突きだし、半透明の魔法陣状のシールドを展開し、自らに向かってくる魔法を受け止める。右手に衝撃が伝わってくる中、ミルアはそのまま前へと駆けだした。
 ミルアの使う魔法は、仮面の男にとって見たことがないものであり、例え、驚いて僅かに動きが鈍ってもおかしくはない。
 しかし、仮面の男は内心はどうかはわからないが、驚いたそぶりを見せることなく、攻撃の手を休めなかった。
 それでも怯むことなく前進してくるミルアに、仮面の男は攻撃手段を変えることで対抗してきた。
 ミルアの目の前で風が渦を巻き始め、それは一瞬で四メイルを超え、シールドを展開したままのミルアを飲み込む。
 見た目通り体重の軽いミルアはいとも簡単に空中へと巻き上げられた。
 視界が上下左右滅茶苦茶な中、ミルアはほんの僅かに仮面の男を捉える。呼吸すら満足にできない状況で、ミルアは一瞬だけ見えた仮面の男めがけて「双頭の片割れ」投げつけた。
 投擲された「双頭の片割れ」はブーメランの様に回転しながら仮面の男へと迫る。そして、仮面の男が咄嗟に構えた杖をへし折り、そのまま胸部に直撃した。
 杖が折れたためなのか仮面の男への攻撃が効いたからなのか、竜巻は消滅し、ミルアは解放されて、そのまま地面に墜落した。ミルアはすぐさま仮面の男の状況を確認しようと視線を向け、驚く。
 仮面の男は、ぼんっ、と音を立ててまるで煙の様に消えてしまったのだ。

「今の……何?」

 ミルアはそう言って首をかしげた。 そして周囲を見渡そうとする。
 
 次の瞬間、ミルアの横っ面に「エア・ハンマー」が直撃して、ミルアはまるでボールの様にバウンドしながら転がって行った。

 地面に指をたて、何とか転がってゆく自身を途中で止めたミルアが顔をあげる。転がってる途中でぶつけたのか、派手に鼻血が流れているが、そんな事を気にすることなく敵を睨みつけた。
 どういう理屈か、三十メイル程前方に居る仮面の男は杖を構えミルアの方へ駆けてくる。手にした杖には、それを中心にして風が渦巻いている。
 まるでドリル。あれで突かれたりしたら痛いだろうな。などと考えるミルア。
 周囲をチラ見すると視界の端、二時の方向、十メイルの距離に「双頭の片割れ」が落ちている。
 ミルアがそちらに右手をかざすと「双頭の片割れ」は地面の上でカタカタと震え始め、唐突にミルアに向かって飛んでゆく。それを受け止め、そのまま、こちらに向かってくる仮面の男めがけて自らも駆けだした。
 仮面の男が突きだした杖を「双頭の片割れ」の腹で受け止める。ガガガガと連続的な音を立てながら杖からの衝撃に耐える「双頭の片割れ」
 うわ、やっぱりドリルですか。ミルアはそんな事を思いながら「双頭の片割れ」をぐいぐいと押してゆく。
 それに負けじと仮面の男も自らの杖を押し込む。
 膠着状態かと思われた時、ミルアが仮面の男の杖を横へと流した。力の行き場をなくした仮面の男が僅かによろめく。その腰をミルアは横から思い切り蹴り飛ばした。
 先ほどのミルアの様に地面を跳ねながら転がってゆく仮面の男。よろめきながらも立ち上がった仮面の男の、杖を持った右手に金色に輝く一本の鎖が巻きついた。驚いた仮面の男はその鎖の先を見る。ミルアが左手を突きだし、その正面に魔法陣が浮かび、そこから鎖は伸びていた。
 ミルアは左手を強く引き、一気に仮面の男を引きよせた。その勢いは仮面の男の足が完全に宙に浮くほど。そして引き寄せられた仮面の男を、勢いのままに「双頭の片割れ」で突きあげた。しかし仮面の男は先ほどと同様にまるで煙か何かの様に、ぼんっと音を立てて消えてしまった。
 今度はと、油断なくミルアは周囲を見渡す。
 しかし視界に映るのは縄で縛られたまま、地面の上でうごめいている元自称物取りの男たちだけであった。





「何? 今戻ってきたの?」

 ミルアはラ・ロシェールの宿に戻り、部屋に向かったところでルイズと鉢合わせした。
 ルイズの顔を見てみると、お酒でも飲んだのだろうか僅かに顔が赤い。

「ルイズさんは今までワルドさんと?」

 ミルアがそう聞くとルイズは頷き、

「えぇ、一階の酒場で」

 ルイズはそう言い部屋に入ろうとして、あることに気がついた。
 廊下のランプだけではよくわからなかったが、よく見ればミルアの顔、主に鼻や口周りが真っ赤である。
 ルイズはミルアの顔を両手で、がしっと掴むと、

「ちょっと、あんた血まみれじゃないっ!」

 その言葉にミルアは自らの顔を手で擦ると、

「あ~……ほんとですね。あれです。さっき顔から転んだときに鼻血出してたんでしょうね」

 そう淡々と言うミルアにルイズは呆れたように、

「顔から転んだ? 何、間抜けなことしてるのよ」

 ルイズはそう言いながらハンカチでミルアの口周りをごしごしと拭った。既に血は完全に乾いていて簡単に拭うことが出来た。
 その後二人揃って部屋に入ると、ミルアはうつ伏せでベッドに倒れこみ、ルイズはその隣のベッドに腰かけた。
 ベッドに腰かけたまま、しばらく窓の外を眺めていたルイズだったが、

「さっきね、ワルドにプロポーズされたわ。この任務が終わったら結婚しようって……」

 ミルアはごろりと仰向けになり隣のベッドのルイズに視線を移した。ミルアの目にはルイズは元気がないように見えた。どうしてだろう、嬉しくないのだろうか? ミルアはそんな事を思いながら、

「姫さまと同じような顔をしていますよ?」

 ミルアの言葉にルイズは驚いたような顔をして、

「え? 姫さまと?」

 その言葉にミルアは頷いた。ルイズの顔は明らかに何かしらの不安や悩みを抱えてるように、ミルアには見えた。
 ルイズは軽くため息をつくと、

「私って魔法が使えないでしょ。私には姉が二人いるんだけど、二人は普通に使えるし、父上も母上も貴族としてもメイジとしてもとても立派な人たちで、私の自慢の家族で……なのに私は……」

 そう言っているルイズはどんどん沈み込んでゆく。このままベッドに埋もれてしまうのではないかと思うほどに。

「ワルドがね、言うの。サイトは伝説の使い魔『ガンダールヴ』だって。だから私も立派なメイジになれるって。笑っちゃうわよね。私がそんな伝説の使い魔なんて召喚できるわけないじゃない」

 沈み込んでいきながらそう言うルイズにミルアは「ちがう」と言いたかった。才人の左手のルーンの件、四大系統はおろか、それに属さない初歩的な魔法まで全て爆発という結果にいきつくルイズの系統は、学院長と話した通り「虚無」の可能性が高い。しかし自分がそれをいっても信じてくれるのか。そう思うとミルアは言いだすことができなかった。
 ミルアが頭を悩ませているとルイズは、

「それに私ね、小さい頃は確かにワルドに憧れてたわ。でもその頃は結婚とかよくわからなかったし、その後今まで何年も会ってなかったのよ。確かに今でもドキドキはするけど、これって本当に好きなのかよくわからないのよね?」

 ルイズの言葉にミルアは首をかしげる。
 生まれてからずっと、その手の事は無縁だったミルアとしてはそういう好き嫌いはよくわからない。なんとかしてルイズを元気づけてあげたかったが何をすればいいのか、何を言えばいいのかなにも思いつかない。力をふるう以外、本当に自分は駄目だなと、やや自虐的な思考が頭をよぎる。
 ルイズはそんな首をかしげ悩んでいる様子のミルアをみて、

「って、あんたみたいな小さい子にこんな話しても仕方ないわよね。あぁ私何してんだろう」

 そういってルイズは頭を抱えた。しかし不意にミルアを見て、

「あぁ、でも安心して、もし私が結婚することになってもあんた達の面倒はちゃんと見るから」

 そう言い僅かに笑顔を見せたルイズはミルアの頭をくしゃりと撫でた。





 そろそろいいだろうかと、ベッドの上でミルアはむくりと体を起こした。
 隣のベッドを見れば、ルイズは小さな寝息立てている。
 ミルアはベッドを抜け出し、部屋の外へと出た。そして自分たちの部屋と才人たちの部屋のちょうど真ん中あたりに位置する廊下に腰をおろす。
 これは夜中の襲撃を警戒してのことだった。
 ミルアはルイズや才人たちに、あの物取りたちが雇われた者だということを話していない。少しでもルイズたちに休んでいてほしいというのが理由だ。それに今話して焦らせてしまっても意味がない。
 寝る前にルイズから聞いた話によれば、明日の夜は双月が重なる「スヴェル」の月夜と言われていて、その翌朝は浮遊大陸であるアルビオンがここラ・ロシェールに一番近づくそうだ。
 それ故に、それまでは黙っておこうとミルアは決めた。
 そして今一人、廊下で見張りをしているわけである。部屋の窓には一応簡単な侵入探知用の魔法を張ってある。これでたぶん大丈夫と、よくわからない根拠で頷くミルア。
 そこでふと誰かが階段を上ってくる気配を感じてそちらに視線を移す。人影が見え、それを見たミルアは、

「あれ? ロングビルさん?」

 ミルアの視線の先にいたのは学院長秘書の元「土くれのフーケ」本名「マチルダ」ことロングビルだった。ロングビルもミルアに気がつき、

「ミルアじゃないかい。こんなところで何やってるのさ?」

 ロングビルのその問いにミルアは、しれっと、

「アルビオンへ旅行です」

「嘘だね」

 ミルアの嘘はあっさりと切り捨てられた。
 少しむっとしたようにミルアは、

「嘘じゃありません」

「ただ旅行って言うならともかく、よりにもよって内戦まっただ中のアルビオンへ旅行って馬鹿だろ?」

 ロングビルが呆れたようにそう言うとミルアは小さく「あ」と呟く。しかしミルアはすぐに気を取り直して、

「そういうロングビルさんは何処へ何をしに?」

「アルビオンへ旅行に」

 あなたがそれを言うのですか? と内心で突っ込むミルア。黙って、じーっとロングビルを見ているとロングビルはくっくっと笑い、

「旅行ってのは嘘だよ。前にも話したかもしれないがアルビオンには私の妹みたいなのがいてね。最近、内戦の関係で物騒だし心配でね。それに久しぶりに会いたいってのもあって、あのスケベ爺から休みをもらってきたのさ。気のいいことに宿代も出してくれたしね」

 そう言って一枚の羊皮紙を取りだした。何が書いてあるのかミルアにはわからなかったが、恐らく休暇の許可を書いた物なのだろう。しかしよく見れば所々、インクが滲んでいる。もしやこれは涙か汗だろうか。しかも学院長の署名は何故か赤黒い何かがしみ込んでいる。これは血だな。そう判断したミルアは、考えるのをやめにした。どうせ碌な事じゃない、と。

「で、実際の所、やっぱりアルビオンへ行くのかい?」

 ロングビルの問いにミルアは僅かに考え込み頷く。しかし次の「何をしに?」という問いには首を横に振った。

「まぁいいさ。私が言うのもなんだけど気をつけな。雇い主である王党派が負けると踏んで逃げ出した傭兵やらがうろついてたり、最近では空賊の噂も聞くからね」

 そう言って自分の部屋に向かおうとするロングビルをミルアは呼びとめた。
 そして自らの懐から小さな紙束をとりだす。それは一辺が五サント程の正方形の羊皮紙で、複数枚が細い糸で束ねてあった。そこから一枚切り離したミルアは、それをロングビルに手渡し、

「お守りです。持っていてください」

 そう言われたロングビルはその紙を見て怪訝な表情をした。
 その紙には魔法学院の制服に使われているタイピンと同じ五芒星が描かれていた。これだけなら特に問題はない。ただの五芒星ならば。問題はその五芒星が血で描かれていることだった。

「なにこれ」

「お守りです」

 怪訝な表情のまま問うロングビルにミルアは「お守り」と強調する。
 その様子にロングビルはあきらめたように、

「わかったよ。そこまで言うならありがたくもらっておくよ」 

 そう言うとロングビルは、その「お守り」を懐にしまい、自分の部屋へと向かっていった。
 再び一人になったミルアは、しかたないとばかりに、その場に座り込み壁に寄り掛かると、向かいの壁の染みを数え始めた。



 どれほど時間がたったであろうか、ミルアは壁に染みを数えるのにもあきて、自らのひと束だけ長い後ろ髪を手繰り寄せ、その髪の毛を一本一本数えていた。
 そしてふと廊下の突き当たりの窓に目をやると朝日が差し込んでいる。
 もう朝か。ミルアがそう思っていると才人たちの部屋から物音と話し声が聞こえてきた。
 ミルアもルイズを起こすために自分たちの部屋へと入る。
 部屋の中ではルイズが可愛い寝息をたてていた。ミルアはルイズの元へ近づくと、 

「ルイズさん朝ですよ。起きてください」

 ミルアがルイズを揺さぶると、ルイズは目を覚まし、

「ん……あれ、ここ何処?」

「ラ・ロシェールの宿ですよ」

「あぁ、ごめん思い出した」

 ルイズはそう言ってベッドから降りると傍らの椅子にかけてあったマントを羽織った。
 すると部屋のドアがノックされ、

「ルイズ、僕だ、ちょっといいかな?」

 声の主はワルドだった。
 ルイズはミルアに頷いて見せて、ミルアは部屋のドアを開けた。

「ワルドさんおはようございます」

「あぁ、おはようミルアくん」

 ワルドが挨拶を返すと、ミルアは「どうぞ」と言ってワルドを中へ通した。
 ルイズがワルドに「おはよう」というとワルドも「おはよう」と返した。ルイズは不思議そうな顔をして、

「朝早くにどうしたの?」

「あぁ、ルイズにぜひお願いしたい事があってね」

 なんだろうとルイズとミルアは思わず顔を見合わせた。
 ワルドは微笑すると、

「なに、難しい事じゃないさ。ルイズに立会人をお願いしたくてね」

 立会人という言葉にルイズは「なんの?」と首をかしげた。

「ルイズの使い魔くんとの決闘の立会人さ」

 ワルドのその言葉にルイズとミルアはそろって「はい?」と声をあげた。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二零話 血の円舞
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/09/10 02:36
 空へと至る道。
 そこは戦場となりました。
 死が死を覆い、人の感覚を鈍らせる。
 守る力も殺す力も同じ力。
 私はいつも守る力でありたいと思う。
 けれど現実はどうであろうか?

 才人さん。貴方は自分の力をどう使いたいですか?










 場所はトリステイン魔法学院から王都トリスタニアへ続く街道。
 そこを豪華な馬車二台とそれを護衛する魔法衛士隊の列がトリスタニアへと向かっていた。アンリエッタ姫殿下とマザリーニ枢機卿の馬車だ。
 通りかかった商人などが慌てたように道をあけ頭を垂れている。
 そんな中、マザリーニは自らの馬車ではなく、魔法学院に訪れたときと同様、アンリエッタの馬車に乗り合わせていた。
 マザリーニはアンリエッタの馬車の中で頭を抱え、向かいに座っているアンリエッタにいたっては顔面蒼白状態であった。
 何故こんな状態なのか?
 理由は簡単である。アンリエッタがルイズに密命を与えたことがマザリーニにばれたのだった。
 何故ばれたのかは簡単だった。
 アンリエッタはルイズに密命を与え、その間の授業を免除する旨を、わざわざオスマン学院長に頼みに行ったのだ。
 その際、アンリエッタはオスマンに事情を明かしている。オスマンが宮廷の人間ではないというのが、アンリエッタに僅かな安心感を与えた結果であった。
 そして事の重大性を認識したオスマンはアンリエッタの信用を裏切ることを覚悟した上でマザリーニに報告したのだ。
 オスマンとしては、文字通り身を粉にしてトリステインの為に働くマザリーニは信用するに値する。それ故に報告したのだ。
 報告をオスマンから直接受けたマザリーニは大いにうろたえた。そして顔色を真っ青にし次いで真っ赤、再び真っ青。見ていたオスマンが「こいつ死ぬんじゃね?」と心配するほどに。

「姫殿下、大事なお話があります」

 魔法学院から王宮へ帰る際、マザリーニにそう話しかけられアンリエッタは嫌な予感がしたのか、戸惑ったように頷いた。
 そして二人でユニコーンが引く、アンリエッタ専用の馬車に乗り合わせた。
 しばらくの間、マザリーニは一言も発せず、アンリエッタは自分専用の馬車にもかかわらず小さく小さくなっていた。
 そして、いたたまれなくなったアンリエッタはちらちらとマザリーニの様子を伺いながら、

「あの……マザリーニ? 大事な話とは?」

 その言葉にマザリーニはギロリとアンリエッタを睨むと、

「お心当たりはおありですか?」

 マザリーニの、今までないほどの恐ろしい形相にアンリエッタはびくっと体を強張らせた。
 そして、このまま白を切るのは無理だと、早々にあきらめたアンリエッタは、小さな声で、

「その……手紙の件で?」

 若干上目遣いで、許しを請うような姿だったが、そんな願いはかなわずマザリーニが噴火した。それはもう馬車を引くユニコーンがびくっと驚くほどに。
 そして始まる説教。
 その余りの勢いに、アンリエッタは最初から最後までなにを言われているのかわからなかった。手紙のことがばれたことによって混乱していたのも、その要因だった。矢継ぎ早な説教にただただ頷くことしか出来ないでいた。

「私に報告してきた学院長を責めないでください。事は国の一大事ですので」

 マザリーニは最後にそう言うとがっくりとうなだれた。
 まるで燃え尽きたかのようで、アンリエッタが心配して様子を見ていると、

「私は姫殿下に信用されていなかったのですね」

 そう、ぼそりと呟くマザリーニ。
 その呟きにアンリエッタは、はっとした。
 何故自分はこの国の為に、寝る間も惜しんで働いてくれている彼に相談しなかったのか? 信用しなかったのか? 怒られるのが目に見えていて、それが嫌で友人を頼って、その友人を危険な任務につかせて……

「私は……私は姫として、いや人として愚かでした……」

 そういってアンリエッタはぽろぽろと泣き出した。
 その様子にマザリーニも慌てた。説教はしたが泣かせるつもりなどなかったのだから当然である。

「姫殿下、私もいけなかったのです。政務ばかりで、姫殿下との信頼関係が築けていなかったのですから」

 マザリーニのその言葉にアンリエッタは涙をぬぐいながら、

「今からでも遅くないでしょうか?」

「それはわかりません。ですが、この国の為、姫殿下自身の為にもどうか私に時間をください」

 マザリーニはそう言い頭を下げる。
 アンリエッタはそんな彼の手をとり静かに頷いた。





 ワルドに連れられてミルアとルイズは物置の様な広場に来ていた。周囲を石の壁に囲まれ、隅には空の樽や空き箱、壊れた家具などが乱雑に詰まれている。天井こそないが壁に囲まれている為か日当たりが悪いようで壁のいたるところに苔が生えていた。
 ワルドの説明によれば、ここはかつて練兵場だったらしく、かつての古き良き時代は多くの貴族たちが決闘場としてもしようしていたらしい。

「王が強大な力を持ち、愛国心あふれる貴族たちがそれに従い、名誉や誇りが生きていた時代さ。僕も出来ればその様な時代に生まれたかったものだ」

 そんなワルドの言葉にミルアは何か引っかかるような物を感じつつ広場を見渡すと、すでに才人は到着していたようでデルフを軽く振りながら準備運動をしているようだった。
 ルイズが才人に詰め寄ろうとしたがミルアがそれよりも早く才人の元へと歩みより、才人が手にしていたデルフを無造作に掴んだ。

「なんだよ」

 才人がぶっきらぼうにそう言うと、ミルアは才人の目を真っすぐに見て、

「本気ですか?」

「何が?」

「ワルドさんとの決闘です」

「冗談なもんかよ。本気だよ」

 その才人の言葉にミルアは下を向き小さくため息をついた。
 そしてデルフを掴む手にいっそうの力を込めながら、

「ワルドさんに勝てると思いますか?」

「俺が負けるって言うのか?」

 ミルアはワルドをちらりと見て、

「ワルドさんは魔法衛士隊の隊長。単純に考えて実力者とわかります。才人さん、確かに貴方は使い魔になったことで力を手にしましたが、やはりまだまだ経験不足の素人です。いくらなんでも今の実力で魔法衛士隊の隊長と決闘なんて過程をふっ飛ばしすぎです」

 ミルアの言葉に才人はあからさまなムッとした様な表情をしてデルフを掴んだミルアを振りほどいた。
 そして準備運動を再開しながら、

「俺が負けるかどうかなんて、やってみなくちゃわからないだろ」

 そう言う才人にミルアはやれやれといった具合に、

「デルフさんはどう思いますか? 私と違ってメイジの実力にはくわしいでしょう?」

「ん~、相棒には悪いけどさ、嬢ちゃんの言うとおり勝つのは無理っぽぜ? やっぱり相棒には経験がたりねぇ。言っちゃ悪いが今の相棒はただ速いだけさ」

 デルフの言葉に才人はイラついたようにデルフを振りながら、

「なんだよ、お前までそんな事言うのかよっ」

「いやいや相棒、物は考えようさ。これは決闘と言っても本物の殺し合いじゃねぇ。言ったろ? 相棒には経験が足りねぇって。魔法衛士隊の隊長との戦いは、例え負けても貴重な経験さ。いいか相棒。相手が悪すぎるから最初から勝とうなんて思うな。少しでも強さを盗むっていう向上心と、したたかさでいけ。相棒はまだまだ強くなれるはずだ」

 デルフの言葉に才人は何処か納得していない様子だった。
 そんな才人の心情を察してなのか、デルフは、

「貴族の娘っ子の前で負けたくないってのはわかるがな、戦場で負けて、揃って死ぬよりよっぽどましだろ? 相棒はどうしたいんだよ? 格好つけたいのか? 守りたいのか?」

 そんなデルフの言葉を聞いていたミルアは内心頭を抱えていた。
 昨晩の謎のメイジとの戦闘もあって、皆が無用な消耗をするのを避けたかったのだ。
 才人に決闘を思いとどまらせようとデルフに助けを求めたらこれである。
 一方の才人はなにやら、はっとしたような顔をしていた。
 まずい、この流れはまずい。ミルアはそう思いながら、どうしたらいいかと悩む。そしてあることに気がついた。事態を正直に話せばいいのではないのか? と。多少皆を不安にさせるかもしれないがこの際仕方ない。

「あの……皆さんに話さないといけないことがあります」

 ミルアはそう言うと昨晩の事を話し始めた。



 ごんっ、という音が広場に響き渡る。
 ミルアは昨晩の出来事を皆に全て話した。そしてそれ故に決闘という危険な事は絶対に避けたいとも話した。結果としてミルアに降りかかってきたのはルイズの拳骨だった。決闘の事はいいとして、昨晩の襲撃の事を黙っていたことに対するルイズの返答がそれだった。
 ものの見事に拳骨が脳天へと直撃し、ミルアは思わず頭を抱えてうずくまる。

「私たちを気遣ってくれたことは嬉しいけどね、そういう重要なことはちゃんと報告しなきゃだめでしょ?」

 うずくまるミルアにルイズは人差し指をたてて説教を始めた。
 そんなルイズを見ていた才人は、

「なんかお姉ちゃんみたいだな」

 そう言う才人の隣に立っていたワルドは顎に手を当て、

「ルイズは三姉妹の末っ子だからね。案外、姉というものに憧れがあったのかもしれないね」

 ワルドの言葉に才人は「そうなんだ」と頷いた。そして不意にワルドに向き直ると、

「あの子爵さん」

 改まってそう言う才人にワルドは僅かに驚いたように、

「なんだい?」

 ワルドの問いに才人は少し言い淀み、

「お、俺、もっと強くならないといけないと思うんです。こんなんでもルイズの使い魔だし。それとミルアとかにも言われたんです。俺は経験が足りないって。もし、この任務が無事に終わったら改めて俺と戦ってもらえませんか?」

 才人のその言葉にワルドは意外そうな顔をしていたが僅かに笑みを浮かべると、

「あぁ喜んで相手をしよう。僕としても立場上、四六時中ルイズのそばに入れるわけではないからね。使い魔である君にも頑張ってもらわないとね。だから厳しく行くよ? いいね?」

 ワルドがそう言うと才人は、ぱぁっと笑顔を浮かべ、

「ありがとうございます」

 そういって頭を下げた。
 ワルドはそんな才人見て頷くと、

「さて向こうの説教も終わったようだし宿に戻って食事にでもしようか。僕らは朝食もまだだったしね」

 そうして一行は宿に戻り朝食を取ることとなった。





 一行が朝食を終え、さてどう時間を潰そうかと考えていると、彼女らはやってきた。

「やほーいっ! ル・イ・ズぅーっ!」

 そう声をあげ女神の杵の扉をバーンと開け中に入って入ってきたのはイクスを始めとしタバサ、キュルケ、ギーシュだった。
 呼ばれたルイズと言えば「ギャー」と顔を真っ赤にしながらイクスに詰め寄ると、その胸倉をつかみ上げると、

「なんで? なんであんた達がいるのよ?」

 イクスはルイズにぎりぎりと締めあげられながらも、にへらにへらと、

「え? ほらルイズの部屋からなんか助けを求める情けない声が聞こえたから中に入ってみればロープでぐるぐる巻きにされたギーシュがいてさ、話を聞いてみれば、アルビオンへ行くの一点ばりでさ。なんか面白そうだったから一緒に来たわけだよ」

 イクスの言葉にルイズはギギギと首を回しギーシュを見た。
 ギーシュと言えば冷や汗を流しながら必死にルイズから顔をそむけていた。

「まぁまぁルイズ、落ち着いて。来てしまったものは仕方ないさ」

 ワルドが苦笑しながらそう言い、ルイズの肩に手を置いた。
 そんなワルドを見たキュルケがワルドににじり寄りながら、

「あら、素敵な殿方」

 そんなキュルケにルイズはむっとした顔を向ける。
 一方のワルドはにじり寄るキュルケを手で制して、

「悪いが僕は婚約者のルイズ一筋でね。他の女性の好意は勘弁してもらいたいんだよ」

 その言葉にキュルケは驚いた顔をルイズに向けつつも「あら残念」と引きさがった。
 そんなキュルケにイクスは「私は髭は勘弁かな」とぼやく。
 タバサはミルアに近寄ると一言「厄介事?」と聞くとミルアも「相当に」とだけ答えた。
 ギーシュは才人にすがりつき「僕も連れてってくれ」と頼みこみ、才人は「俺に言われても」とそっけない態度。
 これ収拾つくのかな、とミルアは考えていたが不意に外へと意識を向けた。しばらく扉を睨みつけるように見ていたが何かに気がついたように双頭の片割れを展開して、一行と扉の間に立ち、

「皆さん奥へっ! 来ますっ!」

 そう声をあげるミルアに、ルイズは「え?」と声を漏らしたが、イクスとタバサの二人が素早く動いた。イクスはルイズと才人を、タバサはキュルケとギーシュを引っ張ってテーブルの下へと滑りこんだ。
 それと同時に扉が外からバンっと開け放たれ間髪入れずに大量の矢が中へと飛び込んできた。
 ミルアは右手の平を突出し正面に魔法陣状のシールドを展開し、隣に立ったワルドは魔法で風をおこし、それぞれ飛んでくる矢を弾き飛ばす。
 見ればルイズたちは床と一体となっていたテーブルの脚を折って倒し、矢に対する盾としていた。他の貴族の客たちもルイズたちに倣ってテーブルを盾のようにしていたが皆一様にガタガタと震えている。
 とめどなく注ぎ込まれてくる矢にミルアは舌打ちし、展開していたシールドを解除した。それと同時にワルドのおこす風で防ぎきれなかった矢が数本、腕や足、胸に刺さるがミルアは構わず右手の平を突き出したまま、

「シャインっ! バスターっ!」

 木の幹のような光の奔流が迫る矢の大軍を飲み込み、そのまま傭兵たちをも飲み込んだ。
 難を逃れた傭兵たちがあっけにとられている隙にワルドがミルアの襟首を掴み、そのままルイズたちが身を隠すテーブルの陰へと滑り込む。

「み、ミルアっ、あんた矢がっ!」

 所々から矢が生えているミルアに驚いたルイズが狼狽える。才人も息をのんでいた。
 しかし当の本人であるミルアは無造作に自らに刺さった矢を次々と引っこ抜く。抜いた瞬間に軽く血が噴き出るが、まったくのお構いなしである。その上、出血は直ぐに止まったのかもう血が流れてこない。

「だ、大丈夫なのかい?」

 やや狼狽えたようにギーシュがそう問うと、ミルアは「大丈夫です」と頷く。
 すぐに次の攻撃を警戒したが傭兵たちはミルアの魔法を恐れてか攻めあぐねていた。

「はっきり言って数が多いです。ぱっと見ただけでも五十ほど。先ほどの魔法も周辺の建物や無関係な人を考慮して威力等を調節したので直撃した傭兵も気絶しているだけです。もし突っ込めと言われたら突っ込みますが」

 その言葉に才人が、

「突っ込むって一人で全部片づける気かよ?」

「不可能ではありません。本気をある程度出せば可能です」

 ミルアがそう答えるとワルドが顎に手を置き、

「敵を片づけられるならそうしたいが……」

 ワルドの言葉にルイズが驚いたような顔をして何か言おうとするが、ワルドはそれを手で制して、

「君が突っ込むことによる不利益は何かあるかい?」

「多勢に無勢ゆえに、ここの守りが薄くなります」

 ミルアがそう言うとワルドは「ふむ」と頷いた。
 するとタバサが軽く手をあげて、

「私たちが囮。貴方たちは港へ」

 そう言って裏口の方を指差した。
 タバサの言葉にイクスも頷き、

「どういう事情があるか知らないけど。ルイズたちはアルビオンに行かなくちゃならないんでしょ? だったら此処は私たちに任せてよ」

 イクスはにこりと笑みを浮かべるがルイズや才人は心配そうな顔をする。
 ミルアも何処か納得いかないような顔をしていた。
 そんなミルアにワルドは、

「そんなに心配なら君も残ればいい。君の実力ならここも安心だろう」

 ワルドのその言葉に才人は頷き、ギーシュもうれしそうな顔をした。
 しかしそれを聞いたイクスがわって入り、

「いや、ミルミルはルイズたちと行くべきだよ」

 そういったイクスはミルアに顔を近づけて、

「ミルミルが今優先すべきはルイズたちの身の安全。ここは大丈夫だからルイズたちを守ってあげて」

 イクスはそういうとミルアにウインクをしてみせて、ちらりとワルドを見て僅かにニヤリと笑みを浮かべた。
 ワルドはイクスの笑みに怪訝な表情をしたが、 

「そろそろ行こうか。敵ものんきに待ってはくれまい」

 そう言いワルドは姿勢を低くしたまま裏口へと先行する。
 才人とルイズも後を追うが、ミルアは名残惜しそうに後ろを振り返った。
 しかしイクスやタバサが頷いて見せると、急いでワルドたちの後を追う。

「しかしミルミルは甘いなぁ……」

 ミルアが行ったのを確認したイクスはぼそりとそう呟いた。
 タバサが「甘い?」と首をかしげると、

「だって敵はこっちを殺しに来てるんだから、容赦なんかする必要ないのに気絶させるだけで済ましちゃんだから」

「でも関係ない人や建物への配慮の結果でしょ? さすがのあたしも建物はともかく無関係な人への配慮はするわよ」

 キュルケが苦笑しながらそういうとイクスも「まぁ仕方ないか」と頷く。そして笑みを浮かべながら杖を構えると、

「さて、そろそろ暴れるとしますか。私は前に出るからタバにゃんとキュルケは後方からの援護をお願いしようかな?」

 イクスの言葉にタバサとキュルケは頷く。
 一方のギーシュはおずおずと手をあげて、

「僕は何をしたらいいのかな?」

「ギーシュはワルキューレで私と一緒に敵に突っ込んでくれるかな。具体的には私の盾になってほしいんだけど」

 イクスがそう言うとギーシュは頷き、

「そういう事なら任せてくれたまえ。僕のワルキューレで女の子を守れるというのは実にいい」

 今から実践ということにやや緊張していたギーシュだったがイクスの提案に気を持ち直し誇らしげに薔薇の杖を構えた。

「さて、行こうか。ここからは私たちのターンだよ」

 そういったイクスは不敵な笑みを浮かべて空中に氷の槍を作り出し、それを掴むと何やら鼻歌を歌いながら駆け出し、そのまま宿の外へと飛び出していった。





 女神の杵の前でひしめいていた傭兵たちは目の前の現実に驚愕していた。
 襲撃をかけてすぐに見たことのない魔法での反撃。その威力は絶大で、死者こそ出なかったが宿内に射掛けていた連中は一掃され、士気も一気に落ちた。
 その上、少女が青銅のゴーレムを引き連れ飛び出してきたかと思えば、次々と手にした氷の槍で傭兵仲間たちを一突きにしていく。
 少女をよく見れば服装といい五芒星のタイピンといい、どうみても魔法学院の生徒。つまりは碌に実戦経験もないような小娘のはずだ。
 ところがどうだろうか。少女の身のこなしは見事なもので、迫る剣や槍を右へ左へ、時には上体をそらして、まるで踊るかのように軽やかにかわしてゆく。その上、嬉々として槍を振り回しているのだ。自らに降りかかる返り血にひるむことなく、まるで自らを彩る化粧といわんばかり。視覚外からの攻撃すらも難なくかわし、時にゴーレムを盾にする。おまけに宿内からは援護であろうファイヤーボールやエアカッターなどがバンバン飛んでくる。
 士気が高ければまだ対処のしようもあったかもしれない。しかし最初の反撃の魔法といい、これでもかと言わんばかりに口角をあげ、見るものに恐怖心を抱かせる笑みを浮かべた少女の蹂躙劇。士気はただひたすらに下がる一方だった。
 この状況下の中、傭兵たちにできることなど限られていたのかもしれない。 



「あははっ! あはははっ!」

 イクスは壊れたように笑みを浮かべ、声をあげ左手で氷の槍を振り回していた。ずぶりと肉を貫く感触が手に伝わってくる。相手の腹を蹴り飛ばし槍を抜くと、どぷっと傷口から血があふれ出し、相手はそのまま崩れ落ちる。
 懐に入り込もうとする相手には右手に持った杖に「ブレイド」の魔法を纏わせ、その首を掻っ切った。次の瞬間、大量の血が傷口から吹き出しイクスの顔を赤く染める。イクスはそれに動じることなく、唇についた返り血をぺろりと舌で舐めとり、再び笑みを浮かべる。
 その光景に、イクスを取り囲んでいた傭兵たちはたじろぎ数歩後ろへと下がった。
 相手の剣や槍よりも早く、杖を槍を振る。イクスの戦いはいたってシンプルなものだった。しかし、そのシンプルな戦い方に傭兵たちはなす術もなく散っていった。
 傭兵が先手を取っても、刃が届く前にイクスのふるう槍や杖が、傭兵の命を奪っていく。
 しかしここで傭兵たちにとって好機と呼べる事がおきた。既にイクスの両手は血まみれになっている。その油のためか、傭兵の体から氷の槍を引き抜こうとして、そのまま槍が手からすっぽ抜けてしまったのだ。
 それをチャンスとみなし二人の傭兵が切りかかるがブレイドの一閃で斬り伏せられた。しかし、その内の一人が最後の力を振り絞りイクスの、杖を持った手にしがみついた。
 イクスはそれを力任せに振りほどくが、傭兵の手に引き抜かれるように杖が彼女の手から滑り落ちた。
 僅かに舌打ちするイクス。
 そんなイクスへ傭兵の一人が槍を突出し、突っ込んできた。
 次の瞬間イクスは、にぃっと笑うと、その槍を僅かに体を横へとそらしてかわすと、傭兵の喉下めがけて右手を勢いよく突き出した。ぴんと伸ばされた指先が傭兵の喉下に深々と突き刺さる。イクスが手を引き抜けば、傷口から大量の血がとめどなくあふれ出し、それを止めようと傭兵は虚しく手で傷口を抑え、そのまま崩れ落ちた。
 素手で人を簡単に殺すメイジ。
 そんなイクスに恐怖したのか数人の傭兵が半狂乱に陥りながらも一斉に斬りかかった。
 しかし、それらの傭兵たちは宿内からのエアハンマーで叩き飛ばされ、ファイヤボールで火だるまにされる。
 運よく難を逃れた傭兵の目の前にイクスが迫っていた。
 傭兵はイクスを斬りつけようとするが、剣の腹をイクスに蹴り飛ばされ傭兵は獲物を失う。そんな傭兵の頭をイクスが両手でつかんだ。

「はぁぁぁあああっ!」

 イクスは雄叫びとともに傭兵の頭を引き寄せ、そのまま、その顔面に自らの膝を叩き付けた。
 傭兵たちは、中身の入った水瓶のように仲間の傭兵の頭が砕け散るのを、信じられないものを見るような目で見ていた。
 僅かな沈黙の中、肩を震わせながら、小さく漏れるイクスの笑い声だけが傭兵たちの耳へと届く。
 その光景に恐怖した傭兵が、一人、また一人と逃げ出してゆき、最終的には蜘蛛の子を散らすように全員が逃げて行った。

「これは……僕たちの勝ちでいいのかな?」

 鼻をつく血の匂いに顔をしかめながらもギーシュが宿から顔を出した。
 そんなギーシュに、イクスはいつもの、友人たちに見せる笑顔を見せて、

「そういうことになるかな。いやぁ大勝利っ!」

 そういって左手を突き上げるイクスをタバサとキュルケは宿内から見ていた。

「あの子って、あんな戦い方できたのね。正直驚いたわ」

「私は知ってた」

 タバサの言葉にキュルケは「ふぅん」と漏らすと、

「結構付き合い長いのかしら? 貴方たち」

 キュルケの問いにタバサは軽くうなずき、

「もう数年になる。彼女は昔から全然変わらない」

 タバサの答えにキュルケは僅かな違和感を抱きつつ、

「桟橋に向かった方は大丈夫かしら?」

 そう言い、桟橋のある方向へと視線を向けた。





 宿に残った囮組が、まだ傭兵たちと戦っていた頃、桟橋へと向かった才人たちは建物の間にある階段を駆け上がっていた。
 その長い階段に才人は「うへぇ……」と漏らしながらも、階段の先を見上げた。すると階段の先に樹のようなものが見えた。それと同時に疑問を感じる。「桟橋」に向かうのになんで上へ上へと昇っているのだろうか。それと此処からでもわかるあの樹はなんだ?
 階段を上るにつれ、視界に映る樹のおかしさに徐々に気が付く。
 でかい。樹のてっぺんがぼやけて見えるほどにデカい。
 階段を上りきるとそこは丘の上だった。そしてそこには本当に大きな、そして太い太い樹がそびえていた。

「東京タワーなんか目じゃねぇよ……山だよこれ」

「ですね」

 ぼそりと呟いた才人にミルアもぼそりと答えた。
 そしてミルアは樹を指差し、一言「船」と口にした。

「まじ?」

 才人がミルアの指先を追うと、そこには樹から大きな伸びた枝にぶら下がるようにして船がつながれていた。
 それは普通に海に浮かぶような帆船に見えた。
 他に無数に伸びる枝にも同じような船がぶら下がっており、さながら船は樹になる果実のように見えた。
 何故帆船が枝からぶら下がっている。才人がそう疑問に思っていると、それを感じ取ったのかミルアが、

「アルビオンは浮遊大陸らしいですからね。空をいく船があってもおかしくはないでしょうね」

「ふ、浮遊大陸っ?」

 才人は驚き口をあんぐりとあける。
 そんな才人とミルアを置いてワルドとルイズがその大樹へと駆け寄ってゆく。
 才人とミルアも後を追うと、そこは巨大な大樹を穿って作ったのか、大樹が丸ごと吹き抜けのホールのようになっていた。
 思わず見上げる才人とミルア。もはや完全におのぼりさんである。
 まだ朝早いためか人の行き来もまばらでだった。各枝に通じる階段があり、そこには文字が書かれた金属のプレートが下がっている。
 その金属のプレートに書かれた文字が行先を表しているのだろうか、あたりを見渡していたワルドが目当ての階段を見つけ、その階段をルイズを連れて駆け上がってゆく。
 才人とミルアも慌ててワルドたちの後を追い始めた。
 階段には手すりがついているが、階段自体も木でできているためか一段上るごとにしなる。駆け上がっているため、そのしなりも大きく僅かに恐怖を抱くものだった。
 そんな階段をしばらく上がっていると、才人は後ろから誰かが追ってくる気配に気が付いた。それと同時に自分の後ろにいるミルアが足を止めたのにも気が付いた。

「ミルアっ?」

 才人がそう言い振り返ると、

「才人さんっ後ろですっ!」

 ミルアの声とともに誰かが頭上を飛び越え自らの後ろに立つ気配を感じた。
 慌てて振り返るとそこにはローブを身にまとった仮面の男がいた。そしてその男はすでに才人に向けて杖を突き出している。
 まずい。才人がそう思い背中に背負ったデルフに手をかけようとした。
 しかしそれと同時にミルアが才人を横へと押しのける。次の瞬間、仮面の男が放ったエアハンマーがミルアに直撃する。
 足場の悪い階段でエアハンマーの直撃を受けたミルアはそのまま勢いよく階段を転がり落ちてゆく。
 才人は驚き、

「ミルアっ!」

「相棒っ! 今は目の前の敵に集中しろっ! 来るぞっ!」

 デルフの声に才人はデルフを構え仮面の男が突き出した杖を受け止めた。
 は、速い……才人は仮面の男の速さに驚いた。自分より早いんじゃないかと思うほどに仮面の男は早かった。

「相棒、学院の坊ちゃん嬢ちゃんたちとはわけが違う、簡単に殺されるぞっ! 気ぃぬくなっ!」

「わかってるよっ!」

 才人はそう言いながらも防戦一方、徐々に後ろに下がってゆく。

「サイトっ!」

 ルイズとワルドが階段を下りてくるのが見えた。
 才人は何とかその場に踏みとどまり、

「子爵さんっ! 先に行ってくださいっ! ここは何とかしますっ! だからルイズをっ!」

 才人の言葉にルイズもワルドも驚いた。
 そしてワルドはルイズを抱え上げると、

「わかったルイズは任せてくれ。だが君も追いついてこい、サイト君っ!」

 そう言いジタバタとするルイズを抱えたまま階段を駆け上がっていった。

「相棒よ、あの隊長さん、相棒のこと名前で呼んだぜ? ちょっとは相棒の覚悟とか認めてくれたんじゃねぇのか?」

 デルフの言葉に才人はニヤリと笑みを浮かべると、

「かもな。まさか年上の同性に認められるのがこんなに嬉しいなんてな」

 才人はそう言いながら強引に仮面の男を押し返した。そして一気に斬りかかるが、仮面の男はひらりと舞いそれをかわす。仮面の男はそのまま杖を才人に向けた。
 才人は咄嗟に横へ飛んだ。
 すると階段をえぐるように目に見えない風の刃が才人の横を素通りしていく。
 危なかった。才人がそう思うと同時に仮面の男が再び突っ込んできた。
 仮面の男の杖を、才人はデルフで何とか受け止める。その時、才人は仮面の男が何かを呟いていることに気が付いた。
 いったい何を? 才人がそう思っていると、

「いけねぇっ! 詠唱だっ! 魔法が来るぞっ!」

 デルフの警告と同時に仮面の男が後ろへと下がった。
 仮面の男が杖を振ると周囲の空気が一気に冷えたように才人は感じた。
 なんだ? 才人は警戒し身構えた。
 ばちんっ! と大きな音がなり閃光が弾け、才人の視界を光が覆う。

 「ライトニング・クラウド」と呼ばれる電撃の魔法が才人へと襲い掛かった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二一話 浸食される空
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/08/25 06:52
 空を覆う黒い影が不快な音を響かせて私たちに襲いかかる。
 白の国を目の前にしてそれは私たちの前に現れた。

 世界のゆがみ。

 誰も……私も……そのゆがみにまだ気づきませんでした。










 目の前の閃光に一瞬視界を奪われた才人。次の瞬間に彼が見たのは自分を庇うように立ち、その左腕に電撃を受けたミルアだった。背後に立つ才人にミルアの表情をうかがい知ることはできなかったが、電撃を受けた左腕がバチバチと放電するのだけは見えた。
 才人は恐る恐る、

「み、ミルア……」

「すいません。ずいぶんと下まで転げ落ちてしまいました」

「いや、そうじゃなくてよ嬢ちゃん。腕さ腕」

 ミルアの答えにデルフが突っ込むとミルアは「あぁ」と納得したように、

「大丈夫です。電撃等には耐性がありますから」

 ミルアがそう言うと同時に仮面の男が動いた。魔法を詠唱し杖をミルアたちに向ける。
 しかし魔法が放たれることはなかった。ミルアが投げた非展開状態の、カードケースのような形状をした双頭の片割れが、仮面の男の杖を弾き飛ばしたのだ。
 仮面の男は自らの後方へ飛ばされた杖を拾うため後ろへ下がろうとする。
 しかしミルアはそれを許そうとしなかった。今だ放電している左腕をそのまま左足に添える。すると放電していた電気は左腕から左足へと移った。

「ライトニング・キック……」

 そう呟いたミルアは跳躍し、一気に仮面の男との距離を詰める。空中で腰を捻るように一回転し、その回転から生み出された回し蹴りが仮面の男の腰を強襲した。
 腰を電撃付で蹴り飛ばされた仮面の男はうめき声をあげ、階段から、そのまま階下へと転落していく。
 杖がなければ飛ぶことも浮くこともできないだろうと、ミルアはあえて仮面の男の行く末を見ようとせず投げた双頭の片割れを拾いあげる。
 才人もそれは同じようでミルアと連れ立った階段を駆け上がり始めた。
 しばらく階段を上がると一本の枝へとたどり着く。その枝先には一隻の帆船が何本ものロープで繋がれぶら下がっていた。
 その帆船に近づくと甲板にワルドとルイズが立っていてこちらに向かって手をあげていた。
 才人とミルアは枝から伸びたタラップを伝い甲板へと渡る。
 するとルイズが半泣きの状態で駆け寄り、

「よかった……二人とも無事で……」

 そのルイズの様子に才人は気まずそうに頭をかきながら、

「その、悪い……」

「申し訳ないです」

 才人に次いでミルアもルイズに謝る。
 ぐすぐす言いながらルイズは目元をぬぐう。そんなルイズの後ろから僅かに笑みを浮かべたワルドがやってきて、

「よく合流したねサイト君。ちらりと見たけど相手のメイジは相当の手練れのようだったのに、君は必死に相手の攻撃をしのいでいたようだ」

 ワルドがそう言うと才人は照れたように、

「いえ、俺なんて防戦一方で……それにミルアがいなけりゃやばかったですし」

 才人がそういうとワルドは首を振り、

「いや、実戦経験の浅い君が生き延びたことが重要だ。死んでしまえば経験も無駄になる。強くなり共にルイズを守る為にも君にこんな所で死んでもらっては困るよ」

 そう言ってワルドは才人の肩に、ぽんと手を置いた。
 それに対して才人は嬉しそうに「ありがとうございます」と礼を言う。
 ワルドは笑顔でルイズに、

「君の使い魔は将来有望だな。君の婚約者としても頼もしく思うよ」

 その言葉にルイズは照れて顔を伏せた。
 次いでワルドはミルアに、

「君のことも頼りにさせてもらうよ。共にルイズを守ろう」

 ワルドの言葉にミルアは黙って頷いた。





 出航のためか甲板の上を船員がせわしなく動いている。ワルドが口笛を吹くと彼のグリフォンが甲板へと飛んできてそのまま端の方へ座り込む。
 船員たちは最初こそグリフォンに驚くがやがて仕事を再開し始めた。
 ワルドはそんな彼らを横目で見ながら、

「さて状況を説明しておこう。僕らはこの船『マリー・ガラント』号でアルビオンへ向かう。アルビオンとの距離がまだ最短ではない為『風石』が足りないが、その分は僕の風で補う」

 するとミルアが手をあげる。
 ワルドが頷くとミルアは、

「『風石』とはなんですか。何やらこの船を動かすのに必要な感じですが」

「その通りだよ。『風石』は船を浮かべるのに必要なもので、アルビオン大陸もその風石の塊によって浮いているとされている」

 ワルドがそう答えるとミルアは「ありがとうございます」と礼を言う。

「アルビオンに到着するのは風にもよるが速くて今日の夕刻前後といったところらしい。三人はそれまでゆっくりと休んでくれ」

 そう言ったワルドは船長に用があるのか、近くの船員に船長の居場所を聞いて甲板を後にした。
 ワルドを見送ったルイズは才人とミルアに歩み寄ると、

「二人とも怪我とかしてない?」

「してないよ。ちょっと危なかったけどミルアが助けてくれたし」

 才人の言葉にルイズはミルアを見て、

「怪我してない?」

「してません」

 ミルアは首を横へ振るが、ルイズからは疑いの眼差し。
 にじり寄るルイズにミルアは僅かに後ずさった。ルイズの方が背が高いため、やや上体をそらしつつ。

「そういえば宿で襲われた時、矢が思いっきり刺さってたわよね」

 ルイズはそういうと、おもむろにミルアのシャツをまくり上げた。
 才人は明後日の方向を向く。
 ミルアのシャツをまくり上げたルイズは、ミルアの白い体をぺたぺたと触りながら、

「傷……ないわね……なんで?」
 
「治るのが早いんですよ。ただそれだけです」

 ミルアの言葉にルイズは「ふぅん」と言いながら尚もミルアの体をぺたぺたと触る。
 触れるルイズの手がちょうど対比となってミルアの肌の白さがよくわかった。

「ほんっと白いわね……」

 そんな事をいうルイズをよそにミルアはくすぐったくてしかたなかった。
 そこへワルドが戻ってきて、

「あぁ、ルイズ……って、何をしてるんだい?」

 苦笑してそう言うワルドにルイズは慌てて、

「い、いえ、怪我してないかちょっと確かめに。この子、気を使って隠し事するみたいなんで……」

 ルイズの言葉にワルドは僅かに頷くと、

「船長に聞いてきたんだがニューカッスル付近に陣を構えた王軍は相当の苦戦をしいられているらしい。城内へ撤退、包囲されるのも時間の問題らしい」

 その言葉にルイズは不安そうな表情を浮かべ、

「ウェールズ皇太子は無事かしら?」

「そこまではわからないそうだよ。それと港町は全て反乱軍が抑えているだろうから、王党派と連絡を取るには陣中突破しかない。だからアルビオンに着くまでしっかりと休んでいてくれ」

 ワルドはそういうと才人とミルアの方を見て、

「僕はこの船の航続距離を稼ぐために精神力を消耗せざるを得ない。アルビオンに着いてからしばらくは君たちに二人に頼るしかないんだ。頼むよ」

 ワルドの言葉に才人とミルアは力強く頷いた。





 舷側に座り込んでいた才人とルイズはいつに間にか揃って眠りこけていたようで二人ともミルアに揺り起こされた。

「ルイズさん、あれがアルビオンですか?」

 ミルアの言葉にルイズは目を擦りながら船の外をみた。その視線の先には巨大な、本当に巨大な大陸が浮かんでいた。
 視界の端まで埋め尽くすほどに陸地が伸びているのがわかる。大地にそびえる山は、大陸が空高く浮いているだけあって天にも届くのではというほどに大きく見えた。
 才人は巨大な大陸をぽかんとした顔で見上げたあと、船の下に広がる白い雲を見て、改めてここが空の上であることを確認した。

「さすがにこの光景は凄いですね」

 ミルアがそう言うと才人はこくこくと頷く。
 するとルイズがやや得意げに、

「浮遊大陸アルビオン。普段は大洋の上をさ迷っているんだけど、月になんどかハルケギニアの上を通過するの」

 ルイズの言葉に才人は「へぇ」と頷く。
 ミルアも頷きながら、

「相当な大きさのようですけど具体的にどれくらい大きいんでしょうか?」

「ハルケギニアに来てまだ間もないあんた達には実感はないだろうけど、トリステインの国土ほどの大きさがあるわ。それでね、アルビオンは通称『白の国』と呼ばれてるわ。その理由は、あれ」

 ルイズはそう言い大陸の下方を指差す。
 大陸の下半分は白い霧に包まれている。よく見てみれば川から溢れてきているのだろう水が大陸の端から滝のように流れ、空に落ちる際に霧となって大陸の下半分を覆い隠しているのだった。

「あの霧はね、いずれは雲になってハルケギニアに大雨をもたらすの。よほどのことでもない限り、割と定期的に大雨が降ることになるわね」

 ルイズの説明に才人とミルアの二人は頷くばかりだった。
 しかし、ふとミルアが何かに気が付いたのか、船の右舷上方の雲の塊を見つめ始める。

「どうしたの?」

 ルイズがそう尋ねると、ミルアは雲の塊を指差し、

「雲の中に船がいます」

 ミルアの言葉に才人とルイズも雲の塊を見つめる。
 するとしばらくして雲の中から一隻の船がゆっくりとその姿を現した。
 その大きさはマリー・ガラント号よりも一回りほど大きく、船体は黒くタールで塗られ、その舷側に空いた穴からは二十個ほどの大砲が突き出していた。
 しかし、その物々しい船以上に、皆を驚かせる光景がそこにはあった。

「なに……アレ……」

「む、虫だ……」

 ルイズと才人はその船を見て呟く。
 確実に人よりも大きいであろう虫。遠目から見て、無数の黒い大きな蜂がその船の周りを飛び、船体に張り付いていた。
 その船よりも下にいるルイズたちに、その船の甲板の様子はわからないが甲板のあたりからファイヤーボールなどが飛び出すのが見えた。

「お、襲われてるのかしら」

 ルイズが少し怯えたようにそう言うと才人は頷き、

「あぁたぶん……」

 才人はそう言いちらりとミルアを見た。
 するとミルアはただ、じっとその船の光景を見つめている。
 そこへ見張りをしていた船員が、

「あの船は所属旗を掲げていませんっ!」

 それを聞いた船長の顔が青ざめる。
 ここ最近、内乱による混乱に乗じて空の無法者、空賊の活動が活発になってきているのだ。
 いち早く決断した船長の怒号が甲板に響く。

「あの船は空賊の物だっ! 巻き込まれたらかなわんっ! 逃げるぞっ取り舵いっぱいっ!」

 しかし、事態はすでに手遅れで、空賊の船に群がっていた虫の一部がこちらに向かって飛んできた。

「まずいっ! 皆伏せろっ!」

 船員の誰かがそう叫び皆一様に甲板に伏せる。
 ただ一人ミルアだけがその場で身構えていた。
 次の瞬間、無数の虫たちが大きな羽音を立てながら甲板の上すれすれを通過していく。
 才人やルイズが頭を抱え伏せていると、どんっと大きな音がした。
 見れば一匹が身構えたミルアに真正面から突っ込んだのだ。
 間近で見れば四メイルはあろうという巨大な黒い蜂。そんな巨大な蜂に体当たりされたミルアは、その蜂を掴んだまま甲板の上を滑ってゆく。
 才人とルイズが助けようと身を起こした時、

「ああぁぁあっ!」

 ミルアは雄叫びとともに一抱えほどの大きさのある蜂の頭を、抱きつくようにつかみ、そのまま甲板にねじ伏せた。次の瞬間、ばきりという音と共に蜂の頭がもげる。
 もいだ頭を投げ捨てたミルアはそのままジタバタともがいている蜂の足を掴んで甲板の外へと放り投げた。

「すげぇ……」

 才人がそういった時だった。思わず耳を塞ぎたくなるような大きな羽音が耳元をかすめた。
 次の瞬間、

「きゃあぁぁぁぁっ!」

「ルイズっ?」

 才人がそう言い横を見ると、そこにルイズはいない。

「サイトぉっ! ミルアぁっ!」

 声をする方を見ればルイズは巨大な蜂の足に掴まれ、そのまま空賊の船の方へと連れ去られてゆく。
 ルイズ以外にも数名の船員が蜂に連れ去られていた。

「う、嘘だろ……」

 才人は呟き、青い顔で呆然としていると、突然ミルアが後ろから才人の腰に抱き着き、

「追います。加速するので舌を噛まないで下さいよ」

 そう言うと同時に二人の体はふわりと浮きあがり、次の瞬間、加速してものすごい速度でルイズをさらった蜂を追う。
 徐々に蜂との距離を詰める二人。
 見れば最初こそジタバタともがいていたルイズだが今はぐったりとしていた。
 その光景が才人とミルアの二人を焦らせる。

「才人さんを空賊の甲板へ落とします。着地できますか?」

 ミルアがそう問うと、才人はデルフリンガーの柄に握り、

「できるけど、その後どうするんだよ」

「私が位置を見計らって、あの蜂を攻撃してルイズさんを離させます」

「ОK。俺がルイズをキャッチすればいいんだな」

 才人の言葉にミルアは頷く。
 そして空賊の船まであと少しというところで、ミルアは抱えていた才人を思い切り放り投げた。

「うわわっ!」

 そんな声をあげながらも才人は何とか甲板に着地し、目の前で空賊の男に襲いかかっていた蜂めがけてデルフを思い切り振った。
 だが蜂の体は異常に堅く、ガツンっと音がして斬ることができなかった。しかし、その衝撃で蜂はよろけ、その隙をついて襲われていた空賊の男が放ったエア・ハンマーが蜂に直撃し、そのまま甲板の外へとたたき出す。

「すまない少年。助かった」

 ぼさぼさの髪に、もさもさとした髭の空賊の男はそう礼を言うが才人はそれに答えず甲板のはるか上を飛び交う蜂の群れを見上げる。
 才人につられ空賊の男を蜂の群れを見上げ、

「なんと……」

 空賊の男も蜂に連れ去られたルイズや船員たちに気が付いた。
 そして、その群れの中で、ミルアが蜂の進路を制限するかのように、せわしなく飛び回っていた。

「ここっ!」

 飛び回っていたミルアはタイミングを見計らい、ルイズを掴んでいる蜂に、双頭の片割れを思い切り叩き付けた。
 堅いもの同士がぶつかる鈍い音ともに蜂はよろけ、その拍子にルイズを解放した。
 落ちてゆくルイズを待ち構えるように甲板では才人が両手を広げている。
 ルイズと才人の距離があと少しというところで、突然ルイズがふわりと浮きあがり、そのままゆっくりと才人の腕の中へと納まった。
 才人は慌ててルイズの無事を確認する。ぐったりしていたので心配したがどうやら気絶しただけのようだった。
 ほっと安心した才人は、

「あの、ありがとうございます」

 先ほど助けた空賊の男に礼を言った。
 空賊の男が落ちてくるルイズにレビテーションの魔法をかけてルイズの体を浮かせたのだった。

「これぐらいどうということはないさ」

 空賊の男はそう言い、もさもさの髭の隙間から白い歯を見せにっと笑った。髪もぼさぼさなのに対して、その白い歯はアンバランスに見える。
 才人は空賊の男に違和感を覚えつつもルイズを軽くゆすって、

「ルイズ、ルイズ、大丈夫か?」

 才人が呼びかけるとルイズは軽く呻いてゆっくりと瞼を開き、

「さ、サイト……?」

「あぁ、俺だ。もう大丈夫だぞ。怪我とかしてないか?」

 才人にそう言われルイズは自分の身に何が起こったか思い出したようで、顔を真っ青にして、

「わ、私……あの蜂にさらわれて……」

 そう言い周りを見渡して、

「た、助けてくれたの?」

 ルイズの言葉に才人は頷き、

「あぁ、俺とミルアの二人でな」

 才人の言葉にルイズは何処かほっとしたような表情をした。
 一方の才人はいつにもなく真面目な表情で、

「ごめんな。俺がそばにいたのにこんなことになっちまって」

 そう言うとルイズの手を握り、

「もう離さないから。ちゃんと俺が守るから」

 その言葉にルイズは顔を真っ赤にした。
 普段はへらへらとして自分のことをご主人様として扱わない生意気な平民の男の子。それがどうだろうか? 今はとても真面目な表情をして、自分を守ると宣言している。才人のその姿は、ルイズには自分を守る騎士のように見えた。

「そ、そういえばミルアは?」

 ルイズは自らの紅潮した顔を見られまいと顔を背けながらそう言った。
 そんなルイズの動揺に気づくことなく、才人は上を指差して、

「まだ、他の船員を助けてる」

 その言葉にルイズも上を見上げると、才人の言葉のとおりミルアが縦横無尽に飛び回り、隙を見計らって蜂に攻撃を加えていた。
 その攻撃によって解放され、落下してゆく船員を、甲板にいた空賊たちがレビテーションで浮かせ受け止める。

「だいぶ減ったな……」

 才人が助けた空賊の男がそう呟いた。
 確かに空賊やミルアの攻撃により蜂の数は確実に減っていた。

「あと少し……」

 才人がそう呟いたとき、ルイズが何かに気が付き、

「ミルアっ! 後ろっ!」

 ルイズの声がミルアに届く直前に、ミルアは背後から迫る蜂の存在に気が付いていた。
 しかし、元より空戦の適正があまり高くないミルアが、ルイズや船員を助けるために飛び回った結果、確実に疲労がたまり、反応が僅かに遅れた。
 どんっという音ともに半ば振り返りつつあったミルアの側面に蜂が激突し、そのままミルアの小さな体にしがみつく。
 何とか振りほどこうとするミルアだったが、そこへ一匹、また一匹と、四方から次々と蜂がしがみついてきた。無数の蜂にしがみつかれて、ミルアの体が見えなくなる。
 そして、ミルアを中心とした蜂の塊は、そのまま重力に従い落下を始めた。しかしミルアが中心で飛行を試みているのか、その落下速度はゆっくりだ。
 甲板にいた空賊たちがその蜂の塊へ魔法を放つがさほど効果はなく、蜂の塊は甲板の横を素通りしてゆく。
 その時、ルイズが声をあげる。

「サイトっ! 行きなさいっ!」

 ルイズの言葉に才人は驚く。
 今さっき、手を離さないと言った手前、ややためらいがあった。
 しかし、ルイズはそんな才人の心情を察してか、

「直ぐにミルアを助けてさっさと戻ってきなさいっ!」

 必死にそう言うルイズに、才人は頷くと、

「わかった……すぐに戻ってくるからっ!」

 そう言い、ルイズの手を放すと甲板の縁を蹴り、空へと飛び出す。
 幸い蜂の塊の落下がゆっくりなため才人は直ぐに追いつくことができた。
 しかし空を飛べない才人に接触の機会は一度しかない。
 才人はデルフを握る手に一層の力を籠め、

「俺の相棒を、返しやがれぇぇぇぇええっ!」

 その叫びに呼応するように左手のルーンの輝きが増す。
 才人は自らの落下の勢いも乗せて、蜂の塊に向かってデルフを振り下ろした。
 次の瞬間、堅かった蜂の体が真っ二つに裂ける。
 そして僅かにできた隙間を縫うように、強引にミルアが飛び出し、そのまま才人の腕を掴んで一気に上昇した。
 見れば蜂の塊は錐揉みしながら落ちてゆく。
 マリー・ガラント号や、空賊の船の甲板から歓声が聞こえる中、ミルアは才人を見て、

「まったく、無茶をしますね」

 その言葉に才人は、にっと笑みを浮かべ、

「そんなのお互い様だろ?」

 ミルアはそう言う才人から顔をそらすと、

「そうですね。それに……ありがとうございます」

 いつもの淡々とした感じではなく、何処か弾むように言い、ミルアはルイズが待つ、空賊の甲板へと向かった。





 数を減らした蜂たちが雲の中へと逃げ去った後、ミルアと才人、そしてルイズが合流し、互いの無事を確認していると、才人が助けた空賊の男が近づいてきて、

「君たちのおかげで助かったよ。ありがとう」

 その言葉に才人は首を横に振り、

「いえ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」

 才人がそう言うと、ルイズがおずおずと、

「あ、貴方たち空賊よね?」

 その問いに空賊の男はやや慌てた様に、

「あぁ、そうだ」

 唐突に声色を変え、口調も変えて答えた。
 ミルアと才人はその変わりように顔を見合わせるが、ルイズは、きっと男を睨みつけ、

「私たちはトリステインから来たアルビオン王家への大使よっ! 丁重に扱いなさいっ!」

 そう言い切るルイズに才人は面食らう。
 ミルアも、そら無茶な、と内心で突っ込んだ。
 相手は空賊である。無法者と言っても過言ではないのだ。丁重に扱えとか、誰がどう聞いても無茶な話である。
 空賊の男も、ルイズの物言いに苦笑していた。しかし、ふとルイズが身に着けていた指輪に気が付くと。

「それはトリステイン王家の秘宝『水のルビー』じゃねえのか?」

 空賊の男はそう問うが、ミルアには先ほどの口調の変化の事もあって違和感しか感じない。
 しかしルイズはそんなことに気が付くこともなく、さっと指輪を隠し、

「これは姫様からの大切な預かりものよっ! 死んだってあんた達なんかに渡すもんですかっ!」

 この言葉に才人は内心頭を抱えた。
 今いる場所は空賊の船の甲板。敵地と言っていい。
 ルイズを守る為、空賊と戦う覚悟はあるが、仮にもルイズや船員の救助を手伝ってくれた者たちと戦うのは避けたかった。
 才人が苦悩している中、空賊の男はルイズの目をじっと見つめる。
 ルイズも負けじと空賊の男を睨み返していたが、不意に空賊の男が、くくくと笑い出した。
 その様子にルイズは、かっとなって何か言おうとしたが、それよりも先に空賊の男が、

「いや、すまなかったね。どうやら君たちは我々を欺いてるわけではないようだ」

 なんとも要領を得ない言葉にルイズや才人がきょとんとしていると、空賊の男は他の仲間たちに頷いて見せる。すると甲板にいた空賊の男たちは皆一様に髪や髭に手をかけると、

 髪を取り去り、髭を引っぺがした。

 その光景にルイズと才人は固まる。
 さすがのミルアも「え?」という具合に首をかしげた。
 才人が助けた空賊の男の正体は金髪の凛々しい青年だった。才人的に言えばいわゆるイケメンだ。悔しいというよりも、こういう兄とかがいれば自慢できるような気持ちのいいイケメンだった。
 見れば周囲の男たちもカツラや、付け髭を取り直立している。
 才人が助けた空賊の男はルイズに対して笑みを浮かべ、

「失礼したね、トリステインの大使殿。ようこそ『イーグル』号へ。私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。近いうちに亡国の王子になる男だよ」

 その言葉にルイズと才人は唖然とする。
 ミルアも「はい?」と声をあげた。
 正体を明かしたウェールズは笑いながら、

「そう驚くのも無理はない。先ほどまで我らは空賊のふりをしていたわけだからね」

 ウェールズがそう言うとルイズはおずおずと、

「ど、どうして……」

「我々が空賊のふりをしていた理由かい? なに、簡単なことさ。王軍の旗を掲げていてはあっという間に叛徒どもに囲まれてしまうからね。空賊のふりをして、こそこそと連中の補給物資をかっさらっていたのさ。しかもこれが思いのほかうまくいってね。もういっそのこと本物の空賊に身をやつそうかと思ってしまったほどだよ」

 そう言ってウェールズは本当に愉快そうに笑った。
 するとイーグル号に近寄ってきていたマリー・ガラント号からワルドがグリフォンにまたがり渡ってきて、

「ルイズっ無事かいっ?」

「え、えぇ私は無事よ」

 ルイズがそう答えるとワルドはルイズを抱きしめながら、

「サイト君とミルア君も無事なようだな。二人ともルイズを守ってくれてありがとう。それと、すまなかったね僕の精神力がほとんど底をついていたばっかりに」

 ワルドの言葉に才人は「いえ、そんな」と首を横に振った。
 するとワルドはようやくウェールズに気が付いたようで、

「ところでルイズ。こちらの人は?」

 その言葉にルイズは慌てて、

「あのねワルド、こちらは、アルビオン王国のウェールズ皇太子様よ」

 ルイズの言葉にワルドは唖然とする。
 つづけてルイズはウェールズにワルドを紹介した。
 事態が飲み込めていないワルドにウェールズは先ほどと同じように説明する。
 ウェールズの説明に納得したワルドは慌てて頭を下げた。
 そんなワルドに苦笑しつつ、ウェールズは、

「して、大使殿はどのような用件でアルビオンへ?」

「あ、あの姫殿下から密書を預かってまして……」

 ルイズはそう言いながら懐から手紙を取り出した。
 するとミルアがルイズのマントをくいくいと引く。
 そして首を傾げると、

「その皇太子様は本物?」

 その一言にルイズは慌て、

「ちょっと、何失礼なこといいだすのよっ」

 そんなルイズを余所にウェールズは、はっはっはっと笑い、

「いや、その子のいう事は最もだよ。何せ先ほどまで我々は空賊を装っていたのだからね」

 ウェールズはそう言い、懐から一つの指輪を取り出した。それはルイズが身に着けている水のルビーと作りが同じで、宝石の色だけが違っていた。
 その指輪をルイズが身に着けている水のルビーに近づけると、二つの指輪の宝石が共鳴し、宝石から周囲に綺麗な虹がふりまかれる。

「王家の間にかかる虹。水のルビーと風のルビー。これを証明としてくれないかな?」

 その言葉にルイズは頭を下げ、ミルアもそれに倣う。
 ウェールズは二人に頷いて見せると、

「それでアンリエッタからの密書というのは?」

 ウェールズがそう問うと、ルイズは手にした手紙を手渡した。




















―――ぎちぎちぎち













[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二二話 ゆれる心
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/08/25 06:53
 大切な誰かを守る為に自らの命を犠牲にする。
 後に美談となりえる話。

 けど、残された人は?

 残された人はどうすればいいのだろうか。

 何かを守る為には何かを犠牲にしなければならない。
 それが現実。辛くて厳しくて悲しい現実。
 けれど、それでも私は何を犠牲にすることなく、守りたいと思う物を全てを守りたいと思ってしまう。
 例えそれが夢物語だとしても。
 間違いなくそれが私の本心。










「そうかい、姫は……僕のかわいい従妹は結婚してしまうんだね」

 アンリエッタからの手紙を読んだウェールズは、そう言って笑みを浮かべる。
 その笑みを見たルイズや才人、ミルアはその笑顔が何処か寂しそうに見えた。
 しばらく手紙を眺めていたウェールズだったが、

「なるほど、姫の望みは理解した。あの手紙は大切なものだが、姫の望みは私の望み。すぐにでも返そう」

 それを聞いたルイズは嬉しそうに頭を下げた。
 そんなルイズを見てウェールズは苦笑しながら、

「しかしながら手紙は今、ニューカッスルの城にあってね。面倒ではあるだろうけど足労願うよ」

 そう言うとウェールズは部下に、

「ところで、あのマリー・ガラント号の積荷は?」

「はいっ! 硫黄とのことです」

 それを聞いたウェールズは満足げに頷き、

「船長に伝えてくれ相場の三倍で船ごと買い取ると」

 ウェールズがそう言うと、部下はそれを伝えにマリー・ガラント号へと向かった。
 そしてイーグル号を先頭にした二隻は、浮遊大陸のジグザグとした海岸線を雲に隠れながら縫うようにして進んでゆく。
 三時間ほどの経ったころであろうか、大陸から突き出した岬が見えてきた。岬の突端に大きな城があり、その遥か上空に巨大な船が浮かんでいる。
 ウェールズは城を指差し、

「あれが我らのニューカッスル城だよ」

 そして遥か上空の船を指差し、

「あれは叛徒どもの船、かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だよ。もっとも叛徒どもの手に渡ってからは『レキシントン』と名前を変えられているけどね。レキシントンというのは奴らが我らから最初に奪った土地の名でね。よほど名誉に思っているのか、嫌がらせか」

 そう言ってウェールズは苦笑する。
 そんなウェールズにかける声も思い浮かばず、才人たちはレキシントン号を見た。
 本当に巨大な船だった。イーグル号の二倍はあろう大きさ、何枚もの帆をはためかせ、舷側からは大量の大砲が突き出している。
 真正面から挑めば圧倒的な火力で一瞬にして沈められてしまうのは目に見えていた。
 するとレキシントン号が僅かに降下を始めたかと思うとニューカッスル城に対して数発の砲撃を加える。
 どーん、という体を震わすほどの大きな音と共に大砲から砲弾が放たれ、城壁に直撃し、城壁の一部がガラガラと崩れていった。
 その光景にルイズが息をのむ。
 そんなルイズに気が付いたのかウェールズは、ははは、と笑い、

「あれは単なる嫌がらせさ。本気でやれば今頃城は瓦礫と化しているよ」

 それを聞いたミルアは、

「どうして本気でこないのですか?」

「我らが瓦礫の下敷きになれば死体の判別が付きづらくなるからね。奴らは王族を葬ったという確実な証拠がほしいのだろうさ」

 ウェールズがそう答えるとルイズが「ひどい」とつぶやいた。
 それが聞こえていたらしくウェールズはルイズに笑みを向け、

「ありがとう。やさしい大使殿」

 その言葉にルイズは少し照れたように顔を伏せる。
 ウェールズはルイズたちの顔を見渡して、

「さて我らは奴ら叛徒どもに気づかれないように城へと向かう。なに、心配することはない。奴らの知らない秘密の出入り口というものがあるのだよ」

 そういうウェールズの瞳はいたずらっ子のように輝いていた。



 日の光が届かない大陸の真下。その雲の中をイーグル号と、イーグル号の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号が
地形図と測量と魔法の明かりだけで進んでゆく。日の光が届かぬ雲の中ゆえかひんやりとした空気が肌をなでてゆく。魔法による明かりがなければ視界はほぼゼロと言ってもいい。明かりがあっても雲の中ゆえに目の前はほとんど真っ白である。
 二隻の船は少しでも進路がそれれば真上の大陸に座礁するであろうぎりぎりの位置を維持して進んでいた。

「我々はともかく叛徒どもにここまでの技量はないからね。それ故に我々は秘密裏に動けるわけだよ」

 ウェールズはとても得意げだった。
 そこへミルアが近寄り、

「皇太子さま、お聞きしたいことが」

「ん? 何かね?」

 ウェールズがそう尋ねると、ミルアはウェールズを見上げ、

「先ほど襲ってきた虫はなんなんでしょうか?」

 その問いにウェールズは腕を組むと、

「ふむ、実は我々にもよくわかっていないのだよ。ここ一年程前から姿を見せるようになってね。初めは大陸内だけでちらほら見かける程度だったのだが、最近は外に出て船を襲う様になったみたいなのだよ。もっとも大陸周辺だけゆえにあまり知られてはいないがね」

 ウェールズの答えにミルアは僅かに首を傾げた。
 無論、ミルアにもあの虫に見覚えはない。ただガリアでの一件と言い、どうにも気になる。あの巨体である。どんどん繁殖されてはかなわない。しかも認知度も極めて低くほぼゼロと言ってもいい。
 ふと船が停止したことに気が付いたミルアは上を見上げた。
 すると、そこには直径が三百メイルもあろう大穴がぽっかりと空いている。
 魔法の明かりに照らされながらも穴の先は全てを飲み込むような闇。その光景は、恐怖なのかなんなのか、とにかく気持ちが大きく揺さぶられるものがあった。
 二隻の船はその穴の中をゆっくりと上昇していく。
 しばらく上昇したところで白く光るコケに照らされた大きな鍾乳洞にたどり着いた。
 そこには秘密の港があり、二隻の船は、その港へ入り込み接岸した。
 ウェールズはルイズたちを引き連れタラップを下りてゆく。
 するとウェールズのもとへ背の高い老メイジが駆け寄ってきた。
 彼はマリー・ガラント号を見て、

「殿下、これは大した戦果ですな。まさか船をまるまる一隻とは」

 心底嬉しそうに言う老メイジに、ウェールズは笑みを浮かべて、

「喜べ、パリー。なんと積荷は硫黄だ。火の秘薬だぞっ!」

 ウェールズがそう叫ぶと港でウェールズたちを出迎えた兵たちから歓声があがった。
 パリーと呼ばれた老メイジは目に涙を浮かべながら嬉しそうに、

「反乱がおきてより今日まで苦汁を舐めさせられてばかりでしたがこれで、奴らに一矢報いることができますな」

 そう言うパリーの肩にウェールズは手を置き、

「あぁ、叛徒どもに栄光ある敗北というものを見せてやろう。王家は決して弱敵ではないとな」

 ウェールズの栄光ある敗北という言葉にルイズと才人は、はっとする。
 ミルアも僅かに眉をひそめ、自身が不快感を感じていることに気が付いた。
 そんな中、パリーはルイズたちの方を見て、

「して、殿下。この方々は?」

「あぁ、彼らはトリステインからの大使殿だよ。重要な用件でね。私を訪ねてきたのだよ」

 ウェールズの答えにパリーは頷き、

「そうですか。おぉ、重要なことを伝え忘れておりました。明後日の正午、攻城を開始すると、叛徒どもが伝えてまいりました」

「そうか、どうやら私は間に合ったようだな」

「はい、殿下。つきましては明日の夜は祝宴を開こうと思いまして」

 パリーの言葉にウェールズは頷くとルイズたちに振り返り、

「祝宴には是非君たちも参加してくれ」

 一点の曇りもない笑顔。本当に楽しそうに笑顔を向けてくるウェールズに、ルイズを始めとして才人やミルアは胸を締め付けられるような感じがした。





 城へと着いたルイズたちは、件の手紙を受け取る為、ウェールズに引き連れられて、ウェールズの居室へと向かった。
 そんな中、ミルアだけがルイズたちのために用意された客室で休んでいた。
 ラ・ロシェールでの襲撃と先の空中戦。疲労困憊というわけではなかったが、今いる場所が明後日には戦場になることを考えて、少しでも休んでおきたかったのと、皇太子の部屋にぞろぞろと行くのはどうかと思ったためだった。
 石造りの壁に、簡素ではあるが使う者に礼を尽くした綺麗な調度品。そしてベッドが一つ。
 少しの間ベッドに横たわっていたミルアだったが、ふいに起き上がると窓へと近寄る。
 すでに日も完全に沈み、夜空には月が輝いている。
 スヴェルの夜。赤い月が白い月の後ろに隠れる夜。
 一つに重なった月が青白く輝いている。それはミルアに、地球で見る月を思い起こさせた。
 ふと、ミルアは港で見た兵たちの顔を思い出した。
 皆が一様に笑顔だった。明後日には死ぬであろうというのに。恐らくは何か強い思いで、死への恐怖を押し殺しているのだろう。それが何かはなんとなく想像はできる。
 生まれて数年のミルアでも死への恐怖はある。好きな人の笑顔を見ることも、言葉を交わすことも、触れることもできなくなる。自分が自分であるという意識がなくなる。深遠なる闇。漠然とした無。
 言い表しきれない無への恐怖というのがミルアの中にあった。しかし未だにそれを押し殺す術をミルアは持っていない。あるのは死んでたまるかという生への強い執着。あるいはその執着こそが死への恐怖を押し殺しているのかもしれない。
 一人もんもんと頭を悩ませていると、ルイズが部屋へと入ってきた。一目見て沈んでいるのがわかる。
 そんなルイズへミルアは歩み寄り、

「手紙は返してもらえたのでしょう? なのにどうしてそんなに沈んでいるのですか?」

 首を傾げそう問うミルア。
 ルイズは無言でベッドに向かい、そのままうつ伏せに倒れると、

「姫様が望んでいた手紙は返していただいたわ。けどね私わかっちゃったの。その手紙は恋文だったのよ。殿下に届ける手紙をしたためていた時の姫様の表情や、姫様の手紙を返していただいた時の殿下の表情……」

 そう言ってルイズは懐から手紙を取出し、

「聞いてみたら殿下も否定されなかったわ。これは恋文だって……これが反乱軍の手に渡るのは確かにまずいわ。殿下が言うには、姫様は手紙の中で殿下への愛を、始祖に誓ってるのよ。始祖への誓いは婚姻の際のみ許されるもの。このままじゃ姫様はゲルマニア皇帝との重婚の罪を犯すことになる。それじゃ同盟はご破算よ」

 ミルアはルイズのいう事に納得して、その手紙を見た。
 ルイズが取り出した手紙はそれはもうぼろぼろだった。やぶれているとかではなく、なんども手紙を開いたり閉じたりした痕跡があった。
 そして手紙を懐に戻すと、

「私、殿下に亡命を進めたわ。きっと姫様もそれを望んでいるもの。お友達として姫様の事はよく知ってるわ。姫様が愛する人を見捨てるはずないのよ。だからきっと、あの密書としての手紙にも亡命を進める一文があったはずなのよ。なのに殿下は……」

「亡命を拒否したのですか?」

「えぇ……手紙にも亡命を進める一文なんてないって……でもそれをおっしゃった時の殿下の表情……殿下を嘘をおつきになったのよ。私、一生懸命説得したわ。でも駄目だった……どうして? 愛してる人が死なないでって思っているのに自ら死を選ぶのよ……」

 ルイズはそれきり黙ってしまい、しばらくすると小さな寝息を立て始めた。
 ミルアはルイズに歩み寄ると、着けっぱなしのマントを外してやり、それをベッドの脇へと置く。
 窓から入り込む月明かりがそんな二人を照らしていた。
 ミルアは窓の外の月を見上げ、

「気分が悪い」

 そう一言だけ呟いた。





 翌日の昼ごろ、ミルアは崩れた城壁の上に立ち、岬の出入り口を呼べる場所を眺めていた。そこから少し先に反乱軍レコン・キスタが扇状に布陣し岬の出入り口を完全に封鎖している。ネズミ一匹逃がさないつもりである。
 ミルアは僅かに振り返り城を見る。
 城内では今夜の祝宴にむけてメイドたちなどがせわしなく働いていた。

「敵の進行は明日の正午だ。そう警戒しなくてもいいのではないかな?」

 そう声をかけられてミルアは下を見る。
 城壁の足元にはワルドがいてミルアを見上げていた。
 ミルアは城壁から飛び降りると、

「伝えてきたとおりに来るのであれば、それでかまわないのですけど。布陣を見てみるとなんとも物々しいです。なにより数が多い」

「敵の数は五万、対して王軍は三百。万に一つも勝ち目はあるまい」

 ワルドの言葉を聞いたミルアは首を傾げ、

「三百の王軍を倒すのに五万ですか? 無駄に多くないですか? 兵糧だって無尽蔵ではないでしょうに。それに岬内に五万も入りきりませんよ。岬内に入ったところで城からの一斉掃射を浴びるのが目に見えています」

 ミルアがそう言うとワルドは腕を組み、

「殿下の言っていた通り、彼らは王族を倒したという確実な証拠がほしいのだろう。空から艦砲射撃を加えれば跡形も残らない可能性もあるからね。それに一番の望みは降伏することかもしれない。それなら余計な損害を出さずに済むし、王族の身柄も確保できるからね」

 なるほど、圧倒的戦力差を見せつけて降伏を促しているのだろう。もっとも王軍は玉砕する気まんまんではあるが。ミルアはそんなことを考えながら城の遥か上空を見た。
 視線の先にレコン・キスタの船、レキシントン号が見える。その周囲には竜にまたがった竜騎士の姿も確認できた。
 なんだか見せつけているようで、いやらしい。思わず撃ち落としてやりたい衝動をミルアは必死に抑える。
 そんなミルアへワルドは思い出したかのように、

「そうだ、君にも伝えておこうと思ってね」

「何をですか?」

「明日の朝早くに、僕とルイズの結婚式を此処の教会であげようとおもってね」

 ワルドの言葉にミルアはきょとんとする。こんな状況下で? ミルアがそう思っていると、ワルドもそれを察したのか、

「僕たちの婚姻の媒酌を是非とも皇太子殿下にお願いしたくてね。こんな機会は一度きりだろうからね。皇太子殿下も快諾してくれたよ」

 ワルドの言葉にミルアも納得した。確かに皇太子さまに頼めるのは今しかないのだろうと。

「サイト君は結婚式に出席してくれることになってるんだが、君はどうする? できれば君にも出席してもらいたいのだけど」

 その問いにミルアはしばらく悩んだ後、首を横に振り、

「残念ですがギリギリまで此処で見張りでもしておきます。せっかくの結婚式です。無粋な輩に邪魔されてもかなわないでしょう?」

 ミルアがそう言うとワルドは苦笑して、

「君のいう事もわかるが、ルイズと仲のいい君にも出席してほしかったな」

「申し訳ありません。ですが少々言いたいことが」

 ミルアのその言葉にワルドが不思議そうな顔をして、

「ん? 何かな?」

「おめでとうございます。ルイズさんを幸せにしてください」

 その言葉にワルドは笑顔を浮かべ、

「ありがとう。ルイズは幸せにするよ。おっと、勘違いしないでくれよ、君もサイト君もルイズと一緒にいてもらうよ? サイト君はルイズの使い魔だし、君も優秀だからね。それにルイズはまだ学生だからね。新婚生活はしばらくお預けになるさ」

 ワルドはそう言うと、はっはっはっと笑いながら城へと戻っていった。
 一人残されたミルアは、

「つまり結婚しても今までと変わりないと」

 そう呟いていた。



 こういうのを最後の晩餐というのだろうか。ミルアは目の前のパーティーを見ながらそう思った。
 夜になって始まったパーティーはそれはそれは豪華なものだった。
 明日の決戦を控えた貴族の男性たちは皆一様に着飾り、その家族であろう夫人や娘、息子も着飾っている。
 テーブルの上には蓄えてあった食材をすべて使ったのであろう、大量の豪勢な料理が並んでいた。簡易の玉座には、アルビオンの年老いた王である、ジェームズ一世が腰かけ、パーティーを楽しむ臣下たちを楽しげに見守っていた。

「最後だってのに随分と豪勢なんだな」

 パーティー会場の隅で、ワイン片手の才人がそう言うと、隣にいたミルアが、

「最後だからでしょう」

 そう言いながら料理を口に運ぶ。右手に持った大きな皿には料理が山のように積まれている。まったくもって遠慮がない。
 そんな中、王が臣下に対して明日、非戦闘員を乗せた避難船に同乗し此処を離れるようにと進めるが、その言葉に臣下たちは誰一人頷かず、王からの突撃命令のみを待っていることを告げる。
 臣下たちのそんな態度に王は僅かに涙を滲ませて「ばかものどもが……」短くそう呟いた。
 会場が再び喧騒に包まれる中、トリステインからの客であるルイズたちのもとには引っ切り無しに貴族たちが料理やお酒などを進めてきた。
 ルイズや才人はそれを精一杯の作り笑いで受け取り、ミルアも遠慮なしに受け取って、皿の上の料理の山がさらに高くなってゆく。
 ミルアがふとルイズの顔色を窺う。完全に沈み切っていた。
 ルイズはこの強引な空気に耐え切れなくなったのか僅かに首を横に振ると、そのまま足早に会場を後にし、ワルドがその後を追った。
 才人も何か苦しそうな表情をしている。
 するとそこへウェールズがやって来て、

「君はラ・ヴァリエール嬢の使い魔らしいね。人が使い魔とはなんとも珍しいな」

 才人はウェールズを見た。何か言いたげな表情で。
 それに気が付いたウェールズは、

「どうしたのかね?」

「あの、失礼ですけど、怖くはないのですか?」

 才人の問いにウェールズはきょとんとして、

「怖い? 何がかね?」

「その……明日、死ぬことが」

 その言葉にウェールズは笑みを浮かべ、

「私たちの事を案じてくれるのかい? 君は優しい少年だな」

 ウェールズの言葉に才人は首を横に振り、

「俺だったら怖くて此処の皆のように笑う事なんてできません」

 才人がそう言うとウェールズは、はははと笑い、

「皆怖くないわけではないさ。王族も貴族も平民も、皆死ぬのは怖いさ。だけどね……」

「だけど?」

「皆守りたいものがあるんだよ。その思いが死への恐怖を押し殺してくれる。私だってそうさ」

「守りたいものって?」

「名誉や誇り。対外的にはそう言うだろうが、実際のところ家族や愛する人だろうな皆」

「姫様とか?」

 才人がそう問うとウェールズは少し照れくさそうに、

「私の場合はそうなるね」

 それを聞いた才人は首を横に振り、

「でも姫様はあなたに生きてほしいって思ってるはずです。手紙にだって亡命してくれって書いてあったんでしょう?」

 その言葉にウェールズは首を横に振り、

「いや、姫はそんな自国を危険にさらすようなことは書いていないよ。私が亡命すればレコン・キスタは王族を逃がしてしまったと、躍起になって私を追ってトリステインに攻め入るだろう。それがわかりきっていながら姫が私に亡命を進めるはずがない」

 才人はしばらく黙るがやがてウェールズに頭を下げると、足早にその場を後にする。
 そんな才人の背中を見送っていたウェールズに、今まで黙っていたミルアが、

「顔にでてましたよ」

「何がかね?」

 ミルアはウェールズの顔を見ることなく、

「先ほど才人さんに手紙の事を聞かれて、否定された時です。実際には亡命するように書かれてたんですね」

 ミルアがそう言うとウェールズは周囲に他の誰もいないことを確認してから、やれやれという具合に、

「まいったね。そうか私は顔に出していたかい」

「ですが、貴方の言う事も理解できます。姫様の身を案じてあえて死を選ぶということ」

「そうか。理解してくれると助かるよ」

「伺っても?」

「何をかね?」

「レコン・キスタは何がしたいのですか?」

「ハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だよ」

 聞きなれぬ単語にミルアは首を傾げ、

「『聖地』?」

「今はエルフが占拠している土地さ。統一や聖地の奪還。その理想は良いが、武力でもってそれをなそうとすれば多くの民草が犠牲になる。奴らはその犠牲の事を考えていない。だから我らは奴らの行いを許すわけにはいないんだよ」

 ミルアは少し考え込むと、

「先ほどは理解できるといいましたが正直なところ、姫様の心中を想えばあなたに死んでほしくはありません。無論、貴方だけに限らずこの場にいる方々にもですが」

 ミルアのその言葉にウェールズは苦笑して、

「君も先ほどの少年と同じでやさしいのだな」

 その言葉にミルアは首を横に振り、

「やさしいわけではありません。ただ単に私が嫌なんです。姫様が悲しむのが。その姫様を見てルイズさんが悲しむのが。私が嫌なだけ、結局、私のわがままなんですよ」

 そう言うミルアの頭にウェールズはぽんと自らの手を置き、

「たとえ君のわがままだとしても、私は君がやさしい子だと思うよ」

 そう言ってほほ笑むとやさしくミルアの頭を撫でた。
 するとミルアはウェールズを見上げ、

「同じです。姫様に撫でられた感じと、貴方に撫でられた感じは」

「そうかい? それは嬉しいね」

 本当に嬉しそうに言うウェールズに、ミルアは懐から小さな一枚の羊皮紙を出した。それはラ・ロシェールでミルアがロングビルに渡した物と同じものだった。
 ミルアはそれをウェールズに差し出し、

「お守りです。持っていてください」

 きょとんとして「いいのかい?」と言うウェールズにミルアは頷いて見せた。

「ありがとう」

 そう言ってウェールズはミルアから、そのお守りを受け取り懐へとしまう。そしてミルアが手にしている大量の料理に視線を移すと、

「食べ盛りだろうから、遠慮せずたくさん食べてくれ。腕を振るってくれた料理長たちも喜ぶだろう」

 ウェールズはそう言うとパーティーの喧騒の中へと戻っていった。
 その背中を見送ったミルアは、

「食べ盛りね……いくら食べても縦にも横にも大きくならないんですが……」

 ぼそりとそう呟き料理を口に放り込む。
 そして皿の上が寂しくなってくると、歓談する貴族たちの間をぬって、料理が乗るテーブルへと向かった。



 ミルアが部屋に戻るとそこにはベッドに突っ伏しているルイズがいた。
 近づいてみるとぐすぐすと泣いているのがわかる。

「ルイズさん、どうかしましたか?」

「ねぇ、ミルア……皆明日には死んでしまうのにどうして笑っていられるの?」

 その問いにミルアはベッドに腰掛けると、

「守りたいものがあるから、と言ってましたよ。家族とか……」

「サイトも同じことを言ったわ。でも、愛する人が生きてほしいって思っててもなの? 逃げたっていいじゃない。みっともなくたって逃げて逃げて、とことん逃げてもいいじゃない。どうして残される人の気持ちを考えてくれないの?」

 ミルアは答えることができずに黙った。正確なところは所詮他人の自分にわかりっこない。それにいくら言葉を並べたところで今のルイズに理解してもらえるとは思わなかった。
 しばらく悩んだところでミルアは、

「ルイズさん。こんな事言っても慰めにもならないと思いますが、私は絶対に死にませんよ。どんなに絶望的な状況でも、どんなにぼろぼろになろうとも生きて、生きて貴方の所へ戻ってきます。貴方を残したりなんかしません私は貴方の従者兼護衛ですから」

 ミルアがそう言うとルイズが顔をあげる。突っ伏していたためか鼻の頭が赤い。
 不意にルイズはミルアの頭を抱き寄せ、

「早くトリステインに帰りたいわ。ここには分からず屋のお馬鹿さんがいっぱいだもの」

 ルイズの言葉にミルアは黙って頷いた。
 この時、ミルアの心中は、ただただ悔しいという思いでいっぱいだった。自分にはどうあがいても誰かを癒してあげることなどできないと。泣き顔なんて見たくない笑っていてほしい。けれど自分には何もできない。何をすればいいのかわからない。それが悔しくて苦しくて、痛かった。





 翌日の早朝、ルイズはワルドに連れられてお城の敷地内にある教会にやってきていた。
 朝早くワルドに起こされ、

「今から僕たちの結婚式をあげよう」

 そう言われてさすがに面食らった。
 事態が飲み込めずにワルドに連れられ歩いているといつの間にか才人が後ろにいて、目が合うと一言「おめでとう」と言われた。
 何故だかわからないがそれがとてもショックだった。その為か考えることもできず、いつの間にか教会にたどり着いていた。
 見ればウェールズがすでに礼装を身にまといルイズたちを待っていた。
 アルビオン王家の象徴である七色の羽がつけられた帽子をかぶり、同じく王家の象徴である明るい紫のマントを纏っている。
 半ば放心状態のルイズを余所に、ワルドは魔法の力で枯れることのない花があしらわれた冠と、新婦のみが身に着けることを許される純白のマントをウェールズから受け取った。

「さぁルイズ……」

 ルイズはぼんやりとしたまま言われるがままに冠とマントを身に着けた。

「綺麗だよルイズ」

 ワルドにそう言われてもルイズはなんとも思わなかった。
 ちらりと才人をみれば、何処か寂しそうな笑顔をこちらに向けている。
 それを見たルイズはより一層悲しくなり、そして胸が痛かった。
 なぜ悲しいのかすらわからない。何故胸が痛むのかわからない。
 才人の見せた笑顔がウェールズの笑顔とかぶった。
 大切な何かをあきらめているような、でもそれでも大切だと強く思っているような笑顔。
 いいの? 私、ワルドと結婚しちゃうのよ? そう問いたいと思い、同時に疑問に思う。
 何故自分は才人にそんな事を問いたいのか。
 才人の事を考えて不意に才人のいろんな表情を思い出した。
 普段のへらへらとした何処か頼りなさげな表情、土くれのフーケのゴーレムに立ち浮かう時に見せてくれた笑顔、空で虫にさらわれ、そこから助け出してくれた時「もう離さないから。ちゃんと俺が守るから」そう言ってくれた時の真剣な表情。
 思い出していてルイズは自分の顔が熱くなるのを感じた。それと同時に胸が高鳴る。
 いったい自分はどうしてしまったのだろうか。
 この感じはなんなのだろう。
 幼いころに感じたワルドへの想いとは少し違う。
 才人の事を想えば想うほど、胸が高鳴り、苦しくて痛い。

「新婦?」

 そうウェールズに声をかけられてルイズは、はっとした。
 いつの間にか式は進み、新郎新婦が誓いの言葉を述べるところまで来ていた。
 ルイズは内心で慌てた。
 どうする? どうすればいい?
 誰も答えなんて教えてくれない。これは自分自身の心の問題だ。助言はしてもらえても決めるのは自分自身。
 決断しなければならない。自分はどうしたいのか。
 ルイズは、すぅと深呼吸をする。
 そんなルイズを他の面々が怪訝な表情で見た。
 そして深呼吸を終えたルイズは真っ直ぐにワルドを見る。
 その表情は何処か悲しげで、けれど確かに強い意志が、その瞳から感じられた。

「ルイズ……?」

 ワルドはルイズの表情を見て戸惑った。
 そしてルイズは、

「ごめんなさいワルド。私、貴方と結婚できないわ」

 確かに、そうはっきりと口にした。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二三話 決別と約束
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/09/06 13:05
 相次ぐ決別。
 いや、一つは決別ではない。
 必ず戻ると約束した。
 決して違えてはならない約束。
 違えてしまえば悲しませてしまう。
 だから絶対に私は約束を守る。
 
 私は必ず貴方の下へ……










 ルイズたちが教会で結婚式を挙げている頃、ミルアは城壁の上に立ち、岬の出入り口、その先に悠然と陣を構えているレコン・キスタの軍勢を眺めていた。
 ワルドの話ではレコン・キスタの数は五万。対して王軍は三百。

「大雑把に数えて一人百七十人?」

 計算して出た答えを口にしたミルアは直ぐに、ないないと首を横に振った。
 岬が大陸から突き出すようになっているため、敵の陸上の部隊が進行する際には狭まった道を行かなければならない。そこへ城から一斉掃射を浴びせればある程度の数は削れるが、多勢に無勢。強引に押し切られるのは時間の問題。
 どうあがいても勝ち目が見えない。
 もっとも王軍もさんざん策を考えたのだろうから、今更素人のミルアが考えたところで良い案などでるはずもない。
 空は心地いいいほど澄み切っているというのに嫌な現実である。
 時折吹く風に一束だけ長い後ろ髪がふわりと乗る。
 ルイズの結婚式が終われば、後は避難船に乗り、トリステインへ帰り、姫様へ手紙を届ければ任務完了。

「道中何もなければいいのですが……」

 ミルアがそう呟いた時だった。
 後方に気配を感じてミルアは振り返った。

「また、貴方ですか。存外しつこいですね」

 ミルアはそう言って、城壁の下、その先にいた仮面の男を見た。
 そしてすぐに気が付く。今回はその仮面の男が四人もいる。
 これはどういう事だろうと僅かに首を傾げるミルア。
 すると仮面の男が丁寧にも、

「一つ一つが意志と力を持った、風のユビキタス(偏在)……ハルケギニアの魔法に詳しくない君にわかりやすく言えば分身の様なものかな」

 やや得意げに語られた説明にミルアが「ご丁寧に」といい城壁の上から下へと飛び降りた。
 すると仮面の男たちは自らの仮面に手をかけ、

「今日は戦いにではなく話し合いに来たのだよ。ミルア君」

 そう言って仮面の男たちは仮面を取り外した。
 仮面の下の素顔にミルアは内心で驚き、

「ワルドさん……貴方でしたか……」

「最初に謝罪しておこう。騙していてすまなかった。私には私の目的があって君やサイト君を排除しようとしていたのだけどね。気が変わった」

 ワルドの言葉に、ミルアは非展開状態の双頭の片割れに手をかけつつ、

「気が変わった? どういう事ですか?」

「君たちを排除するのではなく。私と一緒に来てほしいと思ってね。勿論ルイズもさ」

 ワルドの言葉にミルアは僅かに目を細める。
 何処へ一緒に行くのか。すぐに検討が付いた。

「レコン・キスタですか?」

 ミルアの問いにワルドは頷き、

「そうだ」

「何故?」

「それは私がレコン・キスタに属していることかい? それとも何故、ルイズや君たちを、ということかい?」

「両方です」

「私には聖地を目指すという目的がある。それは私の命をかけてもの事だ。その為に私はレコン・キスタに身を投じた。ルイズや君たちに関しては単純にその力を評価してだ。伝説の使い魔であるガンダールヴを使い魔としたルイズの将来性。私の偏在をことごとく倒した君の実力。サイト君に関してもルイズ同様将来性を見越してだ。経験の浅さは私のもとで補えばいい。ルイズの為に、と真っ直ぐで、ひた向きなところにも好感を覚えた。簡潔に説明すればこんなところかな? 納得してもらえたかい?」

 ワルドの説明にミルアは頷いた。
 そんなミルアにワルドは笑みを浮かべた。自分の考えに理解を示してもらえた、と。
 しかしミルアは、

「貴方の事情は理解しました。私たちを引き入れたい事も。ですが、私たちがそれに応じるということは姫様を裏切ることになります」

「今のトリステインに忠義を示す価値があると思うかね?」

 ワルドの問いにミルアは首を横に振り、

「私はトリステインの人間ではありません。忠義もへったくれもありませんよ。ですが私たちが裏切れば姫様が悲しむというのは正直嫌です」

 ミルアの言葉にワルドは苦笑すると、

「君はお人よしなのだな。あの世間知らずの姫の事まで気に掛けるとは」

 ワルドがそう言うとミルアは肩をすくめて、

「かもしれませんね。現に聖地を目指すという目的で私たちを裏切ろうとしている貴方に嫌悪感を抱きません。何と言えばいいのでしょうか? 貴方からは、必死になってあがいている、そんな感じがしました」

 ミルアがそう言うとワルドは、ふぅとため息をつき、

「残念だ。君のような子と共に聖地を目指せるのなら、これほど心強いことなどないと思ったのだが……」

「私も残念です。目的さえ違えなければ貴方はとても頼りになると思っていました」

 二人はそう言うとそれぞれの得物を、四人のワルドは杖を、ミルアは双頭の片割れを構えた。
 ルイズさんや才人さんが心配です。あまり時間はかけれませんね。そう思ったミルアはワルドめがけて一直線に駆け出す。

「直線的な」

 ワルドはそう呟き、それぞれが散開した。それと同時にミルアの正面のワルドがエア・カッターを放った。
 風の刃がミルアの右肩をえぐる。
 本来ならそのまま斬りおとされても不思議ではないが、ワルドの放ったエア・カッターは肉だけを切り裂き、骨までは断ち切れなかった。
 そして、肩をえぐられても、ミルアは一切減速することなくワルドの懐へともぐりこんだ。
 懐へともぐりこまれたワルドは急いで距離を取ろうとするが、それよりも早く、ミルアが突き出した双頭の片割れの切っ先がワルドの胸へと直撃する。
 切っ先と言っても双頭の片割れの先端は、剣のように鋭くはない。平型のトンファーの用に先端は平らになっている。
 その為なのか双頭の片割れはワルドの胸を貫くことなく、胸にめり込んだ。
 めりめりと鈍い音がして、その後にそのワルドが煙のように消える。
 これも偏在……そう思い振り返るミルアにいくつものエア・カッターが襲い掛かってきた。
 ミルアはそれを地に這うように伏せて回避する。そして飛び跳ねるように身を起こし、他の一人に向かってそのまま走り出す。
 複数を同時に相手にするより、一人ずつ相手にして確実につぶした方が早いと判断してのことだ。
 ワルドもそれを察してか、一か所に固まると、ミルアを近づけさせまいと、一斉にエア・ハンマーを放つ。

「なにっ?」

 ワルドは目の前で起きた光景に驚く。
 ミルアは迫るエア・ハンマーを、地面との間にあった僅かな隙間めがけてスライディングの要領で回避したのだ。しかも、そのままの勢いでワルドの股下を通り抜ける。
 舌打ちをしつつも、二人のワルドは左右に飛び、股下を抜けられたワルドはミルアを視界にとらえようと振り返った。
 しかし振り返ったワルドが目にしたものは、すでに目の前の高さまで飛び上がり、双頭の片割れを振りかぶっているミルアだった。
 次の瞬間、薙ぐように振られた双頭の片割れがワルドの顔面に直撃し、そのワルドはうめき声をあげながら消滅した。

「また……」

 ミルアがそうぼやいた時、消滅したワルドの陰から既に詠唱を終えたワルドが現れた。
 回避行動をとるよりも早く、ミルアの体はエア・ハンマーによって叩き飛ばされ、そのまま城壁に背中を打ちつけられる。

「か……はっ……」

 肺が押しつぶされるような感覚に思わず息がつまる。
 そんなミルアへワルドが追い打ちをかけようと、杖をレイピアのように構えて迫ってきた。その杖に刃のように風を纏わせて。
 目の前まで迫ったワルドの杖を、ミルアは右手を突き出して、それを受けた。
 ずぶり、という感触と共にワルドの杖がミルアの右手の平を貫く。
 しかしミルアはそれを物ともせずに手の平を貫かれたまま、ワルドの杖を持ったままの右手の拳を掴んだ。
 ワルドの顔が驚愕の色に染まった瞬間、彼の腰をミルアの蹴りが襲う。
 つぶれたような声と共にワルドは十メイルほど飛ばされ、そのまま煙のように消えた。
 ミルアは貫かれた自らの右手の平をちらりと見て、すぐに視線を残り一人のワルドへと移し、

「貴方も偏在でしょうか?」

「さてどうだろうね?」

 ワルドはそう答えながらもミルアの動きを警戒していた。

「君の実力を過小評価していたつもりはないがこの展開は正直驚きだ。まさかここまでやるとはね」

 そう言いワルドは僅かに笑みを浮かべる。

「貴方の方はどうなのです? どうにも全力を出している様には感じないのですが?」

 ミルアの言葉にワルドは興味を覚えたようで、

「ほう……何故そう思うのかね?」

「少なくともルイズさんの傍に一人いるはずです。それに、説得に失敗したときの為に余力を残している、と考えれば私に対して全力は出してないと判断できます」 

 ミルアの答えにワルドは感心したように頷き、

「正解だ。で、君はどうするのかね?」

 ワルドの問いにミルアは僅かに腰を落として、

「決まってます。早々に貴方を倒して、ルイズさんの下へ向かいます」

 そう言うと同時にワルドの視界からミルアが忽然と消えた。
 当然の出来事にワルドは驚く。「閃光」の二つ名を持ち、速さには誰よりも自信のある彼にもミルアの動きは一切見えなかった。
 しかしワルドは僅かに風の流れを感じた。優秀な風のスクウェアメイジの彼だからこそ、その僅かな風の流れを感じることができたのだろう。

 感じたままに後ろを振り返ったワルドの顎を、突き上げるようにして双頭の片割れの切っ先が強襲した。





 時間はミルアとワルドの戦闘から僅かにさかのぼる。
 ニューカッスル城の敷地内にある教会の中で、ルイズはハッキリとワルドとの結婚を拒絶した。
 結婚できない、というルイズの言葉にその場にした才人は驚く。無論、新郎であるワルドや媒酌をつめるウェールズも同様だった。
 ワルドは僅かにうろたえながら、

「どうしたんだいルイズ? もし調子が悪いのなら、残念だけど後日に……」

「違うのよワルド……」

 ルイズはそう言い、首を横に振ってワルドの言葉を否定した。そして自らの想いを絞り出すようにして、

「小さいころはね、きっと貴方に恋してたわ。でも今は……今は違うの。貴方の事が嫌いになったわけじゃないわ。やっぱり急すぎるのよ。それに私自身これから先、また貴方を好きになるかどうかわからないの。だから……ごめんなさい」

 そう言うルイズの表情はとても悲しそうだった。それは傍から見ていた才人やウェールズにもわかった。

「子爵、残念だが此度の結婚は……」

 そう言ったウェールズをワルドが手で制した。
 ワルドの行為にウェールズは、何を? と眉をひそめる。
 するとワルドはルイズの目を真っ直ぐ見て、

「ルイズ、君は昔と変わらず真っ直ぐで正直な女の子だね。なら僕も正直に話そう。何故僕が君を求めるかを」

 その言葉にルイズは困惑した。
 ワルドが自分を求める理由。それがいったいなんなのか想像もつかない。
 そんなルイズにワルドはゆっくりと語り始める。

「君は魔法が使えないことで自らを僻んでいるが、サイト君の左手に刻まれた使い魔のルーンは伝説の使い魔であるガンダールヴの物。例え今、魔法が使えなくとも伝説の使い魔を召喚できるだけの素質が君にはあるはずなんだ。君には申し訳ないが僕はルイズという女の子ではなく、君の力を必要としている」

 その言葉にルイズは悲しそうな顔をした。自分ですら確証のない力を求められている。女の子としての自分ではなく。悲しくて、同時に悔しくもあった。
 ルイズは絞り出すように、

「ひどいわ……それに、貴方のそれは私に対する侮辱だわ」

「そうだね。しかし君には謝らなければならないことがまだある」

 ワルドの言葉にルイズは「え?」と小さく漏らす。

「僕にはね今回の旅での目的があるんだよ。一つ目は君を始めとしてサイト君やミルア君を僕の下へ引き入れること。もう一つは君が懐に大事にしまってあるアンリエッタ姫の手紙を奪うこと……」

 ワルドがそこまで言ってルイズは気が付いた。姫様の手紙を奪う理由。そしてそれを目的とするワルドの正体。
 それに気が付いたのは才人やウェールズも同様だった。
 ウェールズは杖を抜き、

「子爵っ! 貴様、レコン・キスタのっ!」

 そう言い呪文を唱えようとするウェールズ。
 しかし彼が呪文を唱え終えるよりも早くワルドの杖がウェールズの胸へと直撃した。

「殿下っ!」

 ウェールズの身を案じるルイズと才人の声が重なる。
 ワルドの一撃をもらったウェールズは派手に吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられた。
 ルイズは信じられないものでも見るようにワルドを見て後ずさる。
 才人も困惑の色を浮かべながらもデルフを構えた。
 吹っ飛ばされたウェールズは軽く呻きながらも、壁にもたれ掛るようにして立ち上がる。ワルドの一撃を受けた胸には僅かに血が滲み、ぶつけたのであろうか美しい金髪が血に染まりつつあった。

「ふむ、加減したつもりはなかったのだけどね。どうやら殿下は運がいいようだ」

 ワルドが不思議そうにそう言う。
 ウェールズはそんなワルドを睨みつけながら、

「私の命も、貴様の目的の一つに含まれていたのだな?」

「その通りです殿下」

 ワルドがそう言って頷く。
 するとワルドとルイズの間にわって入るように移動した才人が、

「子爵さん……どうして」

 才人の問いにワルドは僅かに笑みを浮かべると、

「君にも譲れない何かというものがあるのではないのかね? 私はその譲れないもの為に祖国を裏切り、君たちを騙した。ただそれだけだよ。詳しく話せば長くなるからやめておこう。理解してもらおうとも思わないしね」

 ワルドはそう言って杖を構えた。
 才人は奥歯を噛みしめ「くそっ」と吐き捨てるとワルドに斬りかかった。
 がちんっ、と音がしてワルドが自らの杖で、振り下ろされたデルフを受け止める。

「サイト君、君は確かに速いが、動きがわかりやすすぎる。実戦経験豊富ならドットやラインメイジでも君に勝ててしまうぞ」

 ワルドはそう言いながら、幾度となく振るわれる剣を右へ左へとかわし、時に杖で受け流した。
 そんな状況の中デルフはかちゃかちゃと柄を鳴らしながら、

「相棒っ、まずいぞっ! あいつ魔法を使わなくてもつええぞっ!」

「んなことわかってるよっ! デルフお前喋る以外に何かできないのかよっ!」

「なんかあったかもしれねぇけど忘れたっ! すまんっ!」

 そう言うデルフに才人は「使えねぇ」と嘆きながらも必死にワルドに食らいついていた。それが可能なのはワルドが魔法を使わず多少なりとも手加減しているためだった。
 ワルドは才人の攻撃をさばきながら、

「サイト君。ルイズを連れて僕の所へ来るんだ。そうすれば君たちの安全は保障されるし、僕が君を鍛えてあげることもできる。君のやる気と経験さえあれば今以上に強くなれる。ルイズと同様に君にも素質がると見込んでいるのだよ」

 ワルドの言葉に才人は動揺する。
 同性の、それも年上の人間にハッキリと認めてもらえるような事を言われたことがなかった才人にとってワルドの言葉は胸を打つものがあった。
 しかし、それでも、と才人は首を横に振り、

「子爵さんにそう言ってもらえるのは正直嬉しいです。けれどできません。俺はルイズの使い魔なんです。別に忠義を尽くすとか、ましてや、ほ、惚れてるとかじゃないけど、それでも……」

「あくまでルイズが歩む道を共に行くというのかね?」

 ワルドの問いに才人は無言でうなずく。
 真剣な瞳の才人をワルドは見つめ、

「君のように見込みのある少年を引き入れることができないのは本当に惜しい。しかし障害になりえる芽は早期に摘む方がいいだろう。悪く思わないでくれルイズ、サイト君」

 そう言ったワルドの雰囲気が僅かに変わり、それを感じた才人は構え直した。

「まずは優先すべきことから果たそう」

 ワルドはそう言い、杖を突き出すようにして壁に寄り掛かったままのウェールズへ迫った。
 才人は慌ててウェールズの下へ行こうとするが、ワルドとの戦闘の中で才人はワルドを挟んでウェールズとは反対側にいたため間に合うはずもない。
 ウェールズも壁に打ち付けられ杖をあげれない状況で、これまでかと覚悟を決めた。

「駄目えぇぇぇええっ!」

 そう叫び声をあげた主がウェールズの危機を救う。

「なにっ?」

 ワルドが驚きの声をあげ、才人やウェールズは息をのんだ。
 ウェールズの前に飛び出したルイズの右肩をワルドの杖が貫いていた。

「ルイズっ!」

 才人は叫び、ワルドに斬りかかる。その速度は今まで以上で咄嗟に回避行動をとったワルドはぎりぎりの所で直撃を免れた。しかし僅かに剣先が脇をかすめ、血がにじむ。

「ぬ、それがガンダールヴの力か……」

 ワルドがそう言うとデルフが声をあげる。

「そうだっ! そうだよっ! ガンダールヴだっ! 相棒はガンダールヴだっ!」

 そんなデルフに才人が「うるせぇ」といさめると、

「いや、相棒、思い出したぜ。相棒はガンダールヴなんだ」

「だからなんなんだよっ!」

 才人が怒鳴るとデルフは嬉しそうに、

「いいか相棒、ガンダールブの強さは心の震えで決まる。今の相棒みたいに怒りだったり喜びだったり、とにかく感情を激しく揺り動かせっ! それがガンダールヴだっ!」

 デルフの言葉に応えるかのように才人は雄叫びをあげてワルドに斬りかかった。
 横薙ぎに振るわれるデルフをワルドは杖で受け止める。しかし、その一撃は重く、ワルドは踏ん張りきれずに後ろへと吹っ飛ばされた。
 そんなワルドへ才人は追撃をかけようと迫る。
 しかしワルドは杖をふり風の魔法「ウインド・ブレイク」で才人を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされながらもなんとか着地した才人へワルドの放ったライトニング・クラウドが直撃した。その電撃は才人の左腕を肩まで酷く焼く。

「ぐああぁぁっ!」

「サイトっ!」

 才人は叫び声をあげて膝をつき、それを見たルイズが才人の名を叫んだ。
 ワルドは腕の痛みに必死に耐えようとしている才人を見て、

「今の一撃は腕だけで済むようなものじゃない。いったいどういう事だ? もしや、その錆びた剣か?」

 そう言ってワルドは怪訝な表情をする。
 才人は焼けた左腕ををだらりとさげながらも、ふらふらと立ち上がり右手だけでデルフを構える。その瞳にあきらめの色は一切なく、戦意は微塵も欠けていなかった。
 しかしワルドも杖を才人に向け、

「残念だが、サイト君。ここまでだ」

 その時、教会の扉が激しい音と共に吹っ飛ばされ、そのまま宙で砕けた。
 扉が元あった方を見ればそこには左足を突き出したミルアがいた。扉はミルアに蹴破られたのだ。

「ミルア君、君か……」

 ワルドがそう呟く。
 そんなワルドをミルアはちらりと見るが直ぐに才人やルイズたちに視線を移し、そのまま才人へと駆け寄り、

「才人さん大丈夫ですか?」

 その問いに才人はワルドに視線を合わせたまま、

「大丈夫だ。俺はまだ戦える」

 その言葉にミルアは才人の焼けた左腕をみる。そして今度はルイズやウェールズに視線を移す。
 肩から血を流すルイズに、胸や頭から血を滲ませているウェールズ。
 それを見たミルアの、双頭の片割れを握る左手の拳から、ぎしり、と音が鳴る。
 そしてミルアは視線をワルドに移し、双頭の片割れの切っ先を向けると、

「二対一です。まだやりますか?」

 そう言うミルアに対してワルドは軽くため息をつくと、

「いや、これ以上は私も危ないのでね。残念だがここは引き下がるとしよう」

「逃がすとでも?」

 ミルアはそう言い首を僅かに傾げる。
 するとワルドは視線を教会の外へと向け、

「もうすぐレコン・キスタが正午を待たずして総攻撃をかける。私に構わず逃げた方がいいと思うがね?」

 その言葉に才人は舌打ちをする。
 ミルアは双頭の片割れを、小さな非展開状態に戻すとそれを腰に下げた。
 そして未だに臨戦状態の才人の裾をくいくいと引き、

「才人さん今は逃げる事を最優先しましょう。悔しいでしょうが、互いの行く道がぶつかるようであれば決着をつける機会はまた来ます」

 ミルアの言葉に才人はしぶしぶデルフを鞘に納めた。
 それを確認したワルドは教会の外へと駆けていく。
 ミルアと才人はルイズたちの下へ駆け寄り、

「ルイズ、大丈夫か?」

「あんたこそ腕が酷いじゃない」

 ルイズの言葉に才人は笑みを浮かべて、

「大丈夫さこの程度」

 そう言って左手を動かそうとして、駆け抜けた痛みに顔をしかめる。
 それを見たルイズは慌てたように、

「全然大丈夫じゃないじゃないっ! 何やってんのよ、この馬鹿っ!」

 そんな二人のやり取りを見ていたウェールズは苦笑しながら、

「二人とも怪我はともかく、元気ではあるようだな」

 その言葉にミルアは頷き、

「みたいですね。ところで殿下は?」

「壁に打ち付けられて全身が痛むし、血を流しすぎたようだ。死ぬほどではないと思うがどうにも体に力が入らないよ」

 そう言って懐から一枚の紙切れを取り出した。それは昨晩、ミルアが渡した羊皮紙で出来たお守りだった。お守りの中心に穴が開き、ウェールズの血がしみ込んでいる。
 ウェールズはそれをまじまじと見て、

「どうやらこれがお守りというのは本当のようだね。これがなければ僕は一撃で胸を貫かれていただろう。もっともこの状態では戦場に立つことすらままならないが……まぁ暗殺されることに比べれば幾分かはましかな」

 そう言って笑みを浮かべるウェールズにミルアは、

「ワルドさんの言葉が事実ならすぐにでも避難しないとまずいです。避難船の状況は?」

「朝一から非戦闘員の乗り込みや荷物の積み込みを行っているが、正午を待たずに総攻撃が始まるとなると少々まずい。いくら秘密の港を使うといっても敵が城内に攻め込めばいずれ発覚する。へたをすれば追手が付く可能性もある」

 ウェールズの言葉にミルアは僅かに考え込む。
 そして、才人やルイズをちらりと見てから、

「とにかく今は城内に避難しましょう。皆さんの傷の手当ても必要です。場合によっては傷の手当よりも先に、避難船に乗り込んだ方がいいかもしれませんが」

 四人はミルアを先頭に、ルイズと才人が自らの傷を庇いながらウェールズを支える形で城内へと移動を開始した。





 城内で戦いの準備をしていた貴族たちは、それぞれに負傷したミルアたちを見て大いに慌てた。負傷者の中にウェールズが混じっているのだから無理はない。
 そんな貴族たちにウェールズが事情を説明していると、外から大砲の音が響き、城内を揺れと轟音が襲った。
 ウェールズは苦々しく、

「もう、総攻撃が始まったか。避難船の状況はどうなっているっ!」

 ウェールズがそう叫ぶと、貴族の一人が、

「人員、物資共に七割ほどの積み込みが終了しています」

 その言葉にウェールズはうなり、

「まずいな、時間が足りないかもしれない。いや足りないと考えるべきか。この状況下で楽観視はできない」

 ウェールズはそう言うとルイズや才人を見て、

「君たちは急いで避難船に乗り込みなさい。すまないが治療は避難船の中で頼む。秘薬などは、たんと積んであるから心配はいらないよ」

「殿下はっ?」

 ルイズが泣きそうな声でそう言うと、ウェールズはやさしく微笑んで首を横に振り、

「私は当初の予定通りここに残り戦うよ。君たちが確実に避難できるように時間を稼がねばならないしね。それに聞けば君はアンリエッタ姫の友人だそうじゃないか? なら尚更私は君を無事に彼女の下へ送り出さなければなるまい」

 その言葉にルイズは「そんな」と漏らして唇を噛みしめた。
 そんなルイズに笑みを向けていたウェールズは才人やミルアへと顔を向けると、

「ヴァリエール嬢を頼むよ。それとアンリエッタ姫に伝えてくれ、私は勇敢に戦い、勇敢に死んでいった、と。それとこれも頼む」

 ウェールズはそう言うと自らの指にはめていた風のルビーを才人に手渡す。
 才人はルイズ同様唇を噛みしめて強く頷き「必ず」とだけ答えた。
 そんな才人の隣でミルアは何かを考え込んでいた。そして不意に才人を見上げると、

「才人さんはルイズさんと行ってください」

 その言葉に真っ先に反応したのはルイズだった。

「ちょっと、ミルアっ! どういうことっ?」

 必死な形相のルイズにミルアは、

「私もここに残って時間を稼ぎます」

 しれっと、そう言うミルアにその場にいた全員が驚く。

「でも、あんたも怪我してるでしょうっ?」

 ルイズはそう言うがミルアは右手の平を見せる。そこは確かに血で汚れてはいるが傷らしきものは既になかった。
 傷がないことにルイズはほっとするが直ぐに首を横に振り、

「怪我がなかったら、いいってものじゃないわっ! それに時間を稼ぐってあんた一人残って何か変わるものでもないでしょうっ? しかも今、ここに残ったら、あんた……し、死んじゃうじゃないのよっ!」

 ルイズはその言葉の最後の方で完全に泣いていた。
 才人もルイズの意見と同じようで頷きながら、

「ルイズの言うとおりだ。俺たちと一緒に逃げよう」

 そんな才人の言葉にミルアは首を横に振ると、

「時間を稼ぐ方法があるから残ると言ってるんです。それに、私一人で逃げるだけなら容易ですから大丈夫ですよ」

 ミルアはそう言うがルイズはぐずぐずと「でも、でも……」と繰り返していた。
 そんなルイズの手を、ミルアは握ると、

「少し前に言いましたよね? どんなに絶望的な状況でも必ずルイズさんの下へと戻ると。まだ私はルイズさんたちと、さよならするつもりは毛頭ありません。ですから先に魔法学院で待っていてもらえませんか?」

 ミルアの言葉にルイズは涙をぬぐうと、真っ直ぐにミルアを見た。

「絶対に違えてはならない約束よ。絶対に死なないこと。私たちも無事にトリステインに帰るから」

 ルイズの真剣な表情にミルアは「必ず」といって答える。
 するとミルアは、満足そうにうなずくルイズの顔に自らの顔を近づけた。
 そして―――

 ルイズとミルアの唇が重なった。

 突然の出来事に時間が止まるルイズと目撃者である才人。
 一気に顔を真っ赤にしたルイズが、ずざざざと後ずさり自らの唇を抑えながら、わけのわからないことを喚いているとミルアは、しれっと、

「親愛の印と、幸運のおまじないだそうです。以前知り合いに教わりました」

 ミルアのその言葉にルイズは未だ顔を真っ赤に染めたまま首をぶんぶんと横に振る。恐らくミルアの言葉を否定しているのだろう。
 才人は才人で、こんな危機的状況ながらも内心で、そのミルアの知り合いとやらに称賛を送っていた。そしてあろうことか、身をかがめてミルアの目線の高さに自らを近づけると、

「なぁ、ミルア? 俺は?」

 そう冗談半分で言う才人にミルアは「いいですよ」と答えて才人に顔を近づけた。
 しかし、ミルアの唇が才人の唇と合わさるよりも早く、ルイズが才人を蹴り飛ばした。そして「馬鹿やってんじゃないわよ」と言いながら無事な左手で才人をぽかぽかと殴りつける。
 ルイズの攻撃を右手で受けていた才人にミルアは歩み寄ると、双頭の片割れを差し出し、

「これを預かっていてください」

 その言葉に才人は「え?」と声をあげ、自らの腰を指差す。そこには以前から預かったままのもう一つの双頭の片割れが下がっている。
 ミルアはそのもう一方を手に取ると、二つとも展開状態にする。そして柄の部分を突き合わせるようにしてつなげると、二つの双頭の片割れは、持ち手を中心に、上下の区別がない「双頭」となった。それはミルアの背丈ほどの長さもある。
 それを才人に突き出すと双頭はそのまま非展開状態へとなり、才人はそれを受け取る。

「それはまぁ、担保とでも言いましょうか。必ず戻るという事の証みたいなものです」

 その言葉に才人は思いついたように、

「ならミルアはこっちを持って行け」

 そう言ってデルフを突き出す。
 ミルアが「ですがそれは」というと才人は首を横に振り、

「必ず戻ってくるんだろ? だったら問題ないさ。少しでもミルアの助けになるかもしれないしな」

 そう言い才人は、にかっと笑みを浮かべる。
 そんな才人からミルアはデルフを受け取ると、

「では必ず魔法学院で」

 ミルアのその言葉に才人は頷きルイズも名残惜しそうに頷いた。
 そして才人とルイズの二人は連れたって、避難船へと向かうためその場を後にした。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二四話 ニューカッスル防衛戦
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/09/14 05:42
 戦場に出て戦うという事は「敵の命を奪う」という事なのだろう。
 そんなことはわかっている。
 戦場、ましてや戦争となればそれは仕方のないことなのかもしれない。
 けれど正直なことを言えば私は誰も殺したくない。
 深遠なる闇に、私も、誰も、落としたくはない。

 それに幾度戦場に立つことになっても人を殺すことに慣れたくはない。
 それに慣れてしまうことは私は何かを失ったことになるような気がした。
 「何か」が何なのかはわからないが、人の死に何も感じなくなってしまうことが、たまらなく怖かった。










「時間を稼げるといった君の話、詳しく聞かせてもらえないか?」

 ルイズと才人を見送ったミルアに、ウェールズはそう話しかけてきた。
 話しかけられたミルアはウェールズを見て、

「いたって簡単なことです。敵の先陣を私の魔法で吹っ飛ばします」

 ミルアの言葉にウェールズは目を見開いて驚く。
 無理もない。彼が知っている魔法にそのようなものなどない。しかしミルアはさも当然のように敵の先陣を吹っ飛ばすと言っている。
 好奇心を刺激されたのか、ウェールズは、にやりと笑みを浮かべる。
 するとミルアは少し不思議そうに、

「殿下は、その体でどうするつもりですか?」

「無論、私も戦場に―――」

 ウェールズはそこまで言って背中を突き抜ける痛みに顔をしかめた。
 先ほど水系統のメイジに治療してもらったが完治には程遠く、僅かなことで激しく痛むのだ。
 痛みに耐えるウェールズに侍従の老メイジであるバリーが駆け寄ってきて、

「殿下、そのお体で戦場に立つなど無茶ですぞ」

 するとウェールズは首を横に振り、

「我々は最後に、避難船を無事に逃がすという使命をおびた。私だけここで休んでなどいられない。なに、皆を守る盾ぐらいにはなるさ」

 そう言って笑みを浮かべるウェールズをみてバリーは唇を噛みしめた。
 するとミルアがウェールズに、

「でしたら、私が……殿下の代わりなんて勤まらないと思いますが、殿下の想いを魔法に込めて敵を吹っ飛ばしてきましょう」

 その言葉にウェールズは少しの間きょとんとするがやがて、

「はははっ、それは良い。敵を吹っ飛ばすついでだ。私の想いも持って行ってもらおう」

 そう言って笑うウェールズにバリーも頬を緩めるが、

「しかし殿下、本当に可能なのですが? 私には彼女が普通の少女にしか見えませんが」

「確かに見た感じはそうかもしれないが、私は彼女が普通のメイジにはできないような、高速のフライで縦横無尽に空を舞うところを見ているし、ヴァリエール嬢によれば、ここへ来る道中で多くの敵を異国の魔法で打倒してきたらしい」

 ウェールズの言葉にバリーはう~んと唸る。

「大使殿が嘘をつくこともあるまい。せっかくだからやらせてみようではないか」

 不意に後ろからそう言われてウェールズは振り返った。
 するとそこには脇を臣下にさせられたアルビオン王であるジェームズ一世がいた。

「父上、私に任せてもらってもよいのですね?」

 ウェールズがそう問うとジェームズ一世は頷く。

「ではミルアくんは魔法の説明を、バリーは私の言う物を持ってきてくれ」

 そう言ってウェールズはバリーに耳打ちする。
 耳打ちされたバリーは驚いた顔をして「しかし……」と躊躇うが、ウェールズはいたずらっぽく笑みを浮かべ、

「ちょっとした意趣返しさ。連中を困惑させてやろうと思ってね」

 その言葉でも尚もしぶるバリーであったが、ウェールズがもう一度頼むと「かしこまりました」といってその場を後にする。
 そしてウェールズはミルアに視線を向けてる。
 ミルアは頷くと、

「説明と言っても大したことではないのですが。空中に魔法を発射する砲台のような物を複数生み出して、そこから魔法を一斉掃射します」

 その説明にその場にいた貴族たちが「おぉ」とか「なんと」などと驚きの声をあげる。
 ウェールズは腕を組みながら、

「その魔法を発射する砲台のような物とやらはいくつほど出せるのかね?」

「今の私で最大二十ほどは。一斉掃射は五、六回。それだけすれば岬内の敵先陣は一掃できるはずです」

 ミルアの言葉に貴族たちは驚きっぱなしである。ミルアの言葉を信じれば敵を軽く千は葬ることができる。
 すると貴族の誰かが、

「今、一斉掃射は五、六回と言ったが、それ以上は無理なのかね?」

 その言葉にミルアが答えようとすると、

「いや、それだけで十分だ。彼女の目的はあくまでも時間稼ぎ。それ以上望めば彼女の身もあぶない。彼女は帰らなければならない場所があるのだから」

 ウェールズはそう言って頷く。
 そこへバリーが何かを手に戻ってきた。
 それを受け取ったウェールズは、それをミルアへ差出し、

「これは私が幼少のころに使っていた王家のマントだ。君には私の名代としてこれを身に着けてほしい。これを身に着けた君を見れば敵も多少は困惑するだろう。意趣返しというやつさ。まぁワルド子爵の事もあるから、いずればれるだろうけどね」

 ウェールズの言葉にミルアを含めて多くの貴族がうろたえた。ウェールズの意図は理解できるし、なるほど意趣返しとしてはなかなかに愉快だ。しかし、いくらなんでも王家のマントを託すというのはどうだろう、と。
 ミルアは首を横に振り、

「いくらなんでも受け取れません。名代というのはわかりますし。光栄だとは思いますが」

「預かるという意味でも受け取ってもらえないかな? いずれ始祖の下で返してくれればいい。私の君に対する最初で最後のわがままだ」

 そういうウェールズの目は真剣であった。
 困り果てたミルアはちらりとウェールズの父親であるジェームズ一世を見た。国王ならなんとかなるのではないかと。しかし当のジェームズ一世は苦笑しながらも頷いて見せた。
 駄目だ。退路を断たれた。
 そう判断したミルアは明るい紫色の王家のマントを受け取り、

「さすがに血のにじんだ服のままというわけにはいきませんよね」

 そう言うと同時に身に着けていた服が一瞬光ったと思うと一瞬でその色や形状が変化した。
 黒い半そでのシャツで肩の部分はパフスリーブ。首下には赤いリボン。小さな薄手の黒い手袋に、黒いミニのティアードスカート。スカートの淵はそれぞれ赤いラインが入っている。そして腰には赤と黒のタータンチェックのベルトが三つほど巻かれていた。足元は黒いオーバーソックスに黒地に赤いラインが走っているブーツ。
 才人がいれば、それが、いわゆるゴシックパンクとか略してゴスパンとか呼ばれる格好だとわかったであろう。

「そ、それは?」

 目の前の光景にウェールズが驚く。
 ミルアは受け取ったマントを羽織りながら、

「魔法で作った防護服です。一見すると単なる服なんですが、これでも頑丈なんですよ?」

 ミルアの言葉にウェールズは、なるほどと頷き、

「では、ミルア君たのむ。どうやら敵の砲撃も止んでいるようだし、じきに敵の先陣がなだれ込んでくるだろうからね」

 ウェールズの言うとおり敵の砲撃は止んでおり、かわりに遠くから敵の怒号が聞こえてくる。
 実際に敵の先陣は岬の中ほどまで迫っており、空からは無数の竜騎兵が迫っていた。

「何人かの土系統のメイジは彼女が魔法を放つまでの間、彼女を守る為の土壁を作ってくれ」

 外へと向かうミルアに、ウェールズの言葉に従い数人がミルアについてきた。
 城門を開き外へ出ると数百メイル先に敵の先陣が見えた。砂埃をあげ徐々にこちらへ迫ってくる。
 空を見れば、地上の先陣に随伴するように竜騎兵たちがいる。
 誰かの合図を皮切りにミルアの前にいくつもの土壁ができた。

「ご武運を」

 土壁を作った者たちがミルアにそう声をかけて城壁の内側へと戻っていく。
 それに頷いて答えたミルアは手にしていたデルフを鞘から引き抜き、

「しばらくの間ですが、よろしくお願いします」

「おうよ。こちらこそよろしくたのむな」

 デルフの答えにミルアは満足げにうなずいた。そして目を閉じて軽く深呼吸をする。
 徐々に近づいてくる怒号と大地の揺れ。空からは竜の咆哮や羽ばたく音も聞こえてくる。
 僅かに吹く風が王家のマントと白い髪をなびかせた。
 ミルアはゆっくりと目を開き、左手を正面に突出し、

「ライトニングバスター……クリアフォーム……」

 その言葉と共にミルアの左右の空中に次々と五芒星の魔法陣が展開されてゆく。その総計は二十。しかもその一つ一つがばちばちと放電している。その上それらは扇状に配置されていて、岬全体を砲撃で封鎖できるようになっていた。
 すると不意にミルアは、

「デルフさん、やはり命を奪わないといけませんか?」

「ん? 嬢ちゃん、戦場は初めてかい?」

「いえ、初めてではありませんが。人の死というのは敵味方関わらず好きではありません」

 ミルアの言葉にデルフは柄をかちゃかちゃと鳴らす。どうやら笑っているようで、

「俺っちはそういうの嫌いじゃないぜ。でもまぁ今回はすぐ後ろに王党派が控えてるだろ? 連中のためにも、悪いけど敵さんには死んでもらった方がいいだろうな。まぁ、やるのは嬢ちゃんだし無理強いはできねぇよ。なんせ俺、剣だし」

「わりきれと?」

 ミルアの問いにデルフはかちゃりとだけ鳴らして答えた。
 目を閉じ、すーはー、とミルアは大きく深呼吸をする。人の命を奪うこと、慣れないし、慣れたくもない。けれどこれは仕方ないこと、と何度も自分に言い聞かせる。
 それは、ほんの僅かな時間のはずなのにやたらと長く感じられた。

「嬢ちゃんっ! 来たぞっ!」

 デルフの声にミルアは目を開く。
 敵の怒号は百メイルほど先まで迫り、敵の放つ魔法が僅かに土壁を削り始めた。
 ミルアの視界の色が目まぐるしく変化して、土壁越しにも敵を捕らえる。
 次の瞬間、空中に展開されていた魔法陣の輝きがまし、それに合わせて放電も激しくなった。
 ミルアはもう一度息を大きく吸い込み、

「ファイアッ!」

 その掛け声と同時に魔法陣が煌めき、閃光が岬全体を薙ぐように放たれる。敵兵の群れが、まるで指先で砂に線を描くように散らされてゆく。
 一射目から難を逃れた者も二射目、三射目で、その身を焼き尽くされる。
 悲鳴が耳に届き、死の匂いが鼻をつく。それに合わせるようにデルフを握る左の拳に力が入り、ぎしりと軋む。
 五射目を終えたところで、岬内に動く物はほとんどいない。動ける者も腰を抜かしているか、周囲の光景に唖然としているか、わけのわからないことを喚いているかだ。
 城内で様子を窺っていた王党派が顔を出し、岬内の惨状に目を丸くして、すぐに歓声を上げた。
 その歓声に、生き残った敵兵は怯え、僅かな生き残り同士で肩を貸しあうようにして逃げてゆく。

「てぇしたもんだよ嬢ちゃんの魔法はよっ!」

 デルフの言葉にミルアは答えず、突然、力が抜けたように、がくりと片膝をついた。

「嬢ちゃん大丈夫かっ?」

 心配そうにデルフがそう声をかけると、ミルアは頷き、

「大丈夫です……それに……」

 ミルアはそう言って顔をあげて空を見上げる。
 そこには、岬の惨状を作り上げたミルアを討とうと迫る十騎の竜騎兵がいた。

「空戦をするだけの余力は残してるつもりですっ!」

 ミルアは、そう言うと同時に一気に空へと飛び上がり、竜騎兵へと迫った。
 複数の竜騎兵から、魔法や竜のブレスが迫るが、ミルアはかまうことなく、それに突っ込んで行く。
 魔法やブレスはミルアに直撃するが、ミルアの体表面を薄い光の膜のような物が覆い、敵の攻撃からミルアを守る。その膜は防御用の魔法で、堅い盾や鎧のように「受け止め弾く」というよりも「受け流す」という役割を持っている。
 そして敵の攻撃を突き抜けたミルアは、そのまま先頭の竜とすれ違いざまに、その片翼をデルフで斬りおとした。
 錐揉みしながら落ちてゆく仲間を見て残りの竜騎兵たちが散開する。
 一対多数。この空の戦いを不利だと、デルフは指摘するが、ミルアは「わかってます」と呟き、

「強引に叩き落とすだけです」

 そう言って一騎に突っ込んでゆく。
 その一騎から放たれるブレスを掻い潜り、腹下に潜り込み、そのままの勢いで腹部を切り裂いた。
 血しぶきをあげながら墜落してゆく竜騎兵から、最後と言わんばかりにファイヤーボールが放たれる。それは、次の標的に、と視線を移していたミルアを側面から襲い、あげく防御用の薄い膜を僅かに突き抜け、防護服を僅かに焦がした。しかし仮にも魔法によって作られた防護服、多少の損傷に、ミルアは気にもしない。しかし少なくとも敵の執念を見誤った自身を責めはした。
 そんなミルアの背後から四騎の竜騎兵が迫る。

「嬢ちゃんっ! 後ろから四騎。来るぞっ!」

 デルフがそう言うのと同時にミルアは振り切るように一気に上昇する。
 しかし空に浮かぶ国であるアルビオンの竜騎兵は、ここハルケギニアにおいて天下無双などと言われている。そう言われているだけあってかミルアを追う四騎の竜騎兵は振り切られまいと必死にくらいついた。

「敵さんも必死だね。振り切らせちゃくれねぇみたいだね」

 デルフの声に反応したミルアはちらりと後ろを見る。
 確かに振り切れていない。
 ならばと、加速をやめて減速、さらに両手両足を広げることによって空気抵抗の増加でさらに減速。
 目の前でほぼ急停止したといってもいいミルアを避ける為に竜騎兵たちは僅かに横にそれる。
 そして四騎が四騎とも無防備な背中をミルアに晒す事となる。
 ミルアはデルフを掲げて、

「シャインランス・セット」

 その声に呼応するかのように空中に四本の光る槍が出現する。
 竜騎兵たちは旋回しようと各自竜を操る。
 しかしミルアの次の行動はそれよりも早かった。

「ファイヤっ!」

 そう叫びデルフを振り下ろす。
 空中に待機していた光の槍は竜騎兵たちめがけて一直線に飛翔する。
 そしてそれらの槍は未だ背を向けていた二人を貫き、旋回途中だった者の脇腹を貫通し、既に旋回を終えていた者の胸を穿ち、それぞれの命を刈り取った。
 竜から落ちてゆく四人をしり目にミルアは周囲を見渡す。
 こちらに迫る竜騎兵は残り四騎。

「もうひと踏ん張りです」

 ミルアのその言葉に応えるようにデルフがかちゃりと柄を鳴らして答える。
 再び加速して、こちらに迫っていた一騎に正面から突っ込む。
 正面から突っ込むミルアに対して竜からのブレスが見舞われるが、ミルアそれをぎりぎりの所でかわし、そのまま竜騎兵に突っ込んだ。
 どごっ、という音と共にミルアは竜騎兵と激突、握っていたデルフが竜の喉を、そして竜の背に乗る竜騎士の胸を貫いた。

「一騎っ! 突っ込んできたぞっ!」

 振り返れば確かに一騎が竜にブレスを吐かせながら突っ込んできている。
 ミルアはデルフを先ほどの敵に突き刺したまま空いた右手で魔法陣状のシールドを展開しブレスを遮った。
 そして次の瞬間、すさまじい衝撃がシールドを展開した右手に伝わってきた。
 竜騎兵が勢いのままシールドに突っ込んできたのだ。
 竜の首はおかしな方向に曲がり、その背の竜騎士は口や頭から血を流して、竜と共に落ちてゆく。

「あと二騎っ!」

 デルフの言うとおり敵は後二騎。
 その二騎の内、一騎はミルアの真下から、もう一騎は背後から迫っていた。
 ミルアは咄嗟に、真下からくる竜騎兵に、手にしていた剣を放り投げた。
 無論、それはデルフである。

「ぎゃあぁぁぁぁ……」

 と声をあげながら飛翔していくデルフはそのまま勢いよく竜と竜騎士の双方を貫く。
 あ、しまった。
 とミルアは自分がしたことに気が付く。
 しかもそれが大きな隙となる。後ろから迫っていた竜騎兵がすぐそこまで来ていたのだ。
 かなりの近距離からブレスが放たれるが、ミルアは後方転回の要領でそれを間一髪でかわし、そのまま竜騎兵の背後を取った。
 しかしミルアが背後から攻撃するよりも早く竜騎士が、振り返ることなく手にした杖を後ろに振った。
 ファイヤーボールがミルアに襲い掛かるも明確なダメージはなかった。しかし、その勢いは強くミルアの体を軽く吹き飛ばす。
 なんとか体制を整えたミルアは先ほどのように光る槍を三本、未だ背を向けたままの竜騎兵へ放つ。
 しかし竜騎士はちらりとこちらを見ただけで、迫る三本の槍を紙一重で回避した。そして大きく旋回すると、追いかけてくるミルアに正面から突っ込んで行く。
 竜騎兵が正面から迫る中、ミルアは右手の平をぴんと伸ばしてそこから光る刃を作り出した。そしてそれを薙ぐように振ると、光の刃は回転しながら飛翔し、竜騎兵へと襲い掛かった。
 飛翔していった光の刃は竜の片翼に食い込むようにして裂き、そのまま斬りおとす。
 そのまま竜騎兵は落ちてゆくと思われたが、当の、竜の背に乗る竜騎士はそうはいかなかった。
 竜騎士は、自らが操る竜が落下を始める前に、竜の背から跳躍して、ミルアの踊りかかったのだ。手にした杖には近接用のブレイドの魔法が使われていて炎のように赤い刃が杖を包み込んでいる。
 ミルア自身が前進していたことと、踊りかかった竜騎士が竜の加速を利用したことにより双方の距離は一瞬にしてゼロになる。
 双方が空中で衝突し、そして静止した。
 わずかな沈黙の後、竜騎士がせき込み、その口から血が漏れる。
 ミルアの右手から発生した光の刃が兵の胸を貫き、兵の手にした杖はミルアの左手に掴まれ、その左手からは血が流れ始めていた。

「見事だ……」

 僅かに口元に笑みを浮かべた竜騎士は、小さくそう口にする。
 そして全身から力が抜けた竜騎士からミルアが光の刃を引き抜くと、竜騎士は重力に従い落ちて行った。
 ミルアは宙に浮いたまま地上を一瞥する。
 地上で、僅かに生き残っていた敵兵もその多くが王軍派によってとどめを刺されたようで、地上では歓声が響いている。そしてミルアが竜騎兵の第一陣を殲滅したことを見ていた者たちがミルアへ向けて手を振っていた。
 ミルアは彼らへ小さく手を振った後、地上へと降り立つ。そして周囲を見渡し始めた。
 デルフさんを探さないと。怒ってないかな?
 そう思いながら探していると、

「おぉい……嬢ちゃん、こっちだ。こっち」

 その声がする方へ行ってみれば、そこには地面に突き刺さったデルフがいた。
 デルフは刀身をぷるぷると震わせながら、

「ひでぇよ、嬢ちゃん。いきなり投げるなんてさ。まさか剣の身で空を飛ぶとは思わなかったぜ。まぁ正確には落ちて行ったわけだけど」

「申し訳ないです。咄嗟の事で何も考えてませんでした」

 デルフの抗議にミルアはそう言って地面からデルフを引き抜いた。
 するとミルアは激しくせき込み、口元を右手で覆う。

「おい、大丈夫か?」

 デルフの問いにミルアは黙って頷く。
 しかし口元を覆った右手の、その指の間からは血があふれ出していた。
 ほんの僅かデルフは黙っていたが何かに気が付き、

「って、全然大丈夫なもんかよっ! いたるところの内臓がぼろぼろじゃねぇか!」

 その言葉の通りミルアの体内はぼろぼろになっていた。
 大規模な砲撃魔法に、あまり得意とは言えない空戦。何よりミルアは資質の問題で砲撃魔法や飛行の適正が高くなく、無茶をすればかなりの割合で体に反動が来るのだった。おまけにスタミナがないことも体への反動を増させていた。
 デルフの怒声にミルアは首を横に振ると、

「大丈夫です。時間さえあれば回復します」

 そういいながらミルアは、ちょっと無理したかな、と考えていた。
 幸いにも敵の第二陣がすぐにくる気配はない。
 しばらく、岬の先の敵陣を見ていたミルアだったが、少し休もうと思い、王家のマントを翻して城内へと歩いて行った。
 そんなミルアを王党派の兵たちが歓声をあげて出迎えた。





 その後、十分時間は稼いだと判断したミルアは、城内で休み、日が落ちたのを見計らい、闇夜に乗じてほぼ当初の予定通り、ニューカッスル城を後にする。
 その翌日にレコン・キスタの第二陣が攻め入ることとなる。
 やはり何かしらの意図があるのかレコン・キスタは船による空からの攻撃はほどほどにして、地上戦力を主にして城へと攻め入った。
 ミルアの時と同様に王党派は岬に群がるレコン・キスタの兵に大砲や魔法を浴びせかけ、レコン・キスタに大きな損害を与える。
 おまけに、第一陣が殲滅されたことによりレコン・キスタの士気は落ちており、逆に王党派の士気が高かったこともあって、レコン・キスタに与えた損害は輪をかけて大きくなった。
 しかし多勢に無勢、敵に城壁を破られ内部への侵入を許したことにとり王党派は一人、また一人と打ち取られていった。
 そのままレコン・キスタの勝利と思いきや、王党派は最後の罠を仕掛けていた。
 レコン・キスタが玉座の間へ踏み込んだとき、硫黄を使用した罠によって玉座の間や、城内のいたるところが爆発し、その近辺にいたレコン・キスタの兵共々、木っ端みじんにふっとんだのだ。
 これにより元々ぼろぼろだったニューカッスル城は崩壊を始め、多くのレコン・キスタの兵と王党派の遺体を飲み込んだ。
 最終的にレコン・キスタはニューカッスル城攻略に際して六千近くの損害を出したことになる。
 三百の王党派が打倒したのは六千にも及ぶ。例え負けたとはいえ、伝説となるには十分な戦果であった。





「と、まぁ嬢ちゃんは空を舞い、次々と敵の竜騎兵を落としていったんだよ」

 木で作られた小さな家の中で、椅子に立てかけられたデルフは楽しそうにお喋りを続けている。
 そんなデルフをミルアは、本当にお喋りが好きなんなだぁ、と思いながら見ていた。
 やがてデルフの話は才人やルイズの事に及び始める。
 ミルアはふと、テーブルを挟んでデルフと向かい側に視線を向けた。
 そこには楽しそうに、にこにこと笑みを浮かべデルフの話を聞いている少女がいた。
 きらきらと光を反射する、絹のような金髪。ブルーの瞳と透き通るような肌がとても綺麗だった。腰や腕なんかも細く華奢な印象を受けたが、何故か胸だけが異様に大きかった。
 少女の容姿がそれだけなら「胸が大きくて綺麗な少女」で済んだかもしれない。
 しかし少女の容姿は、ミルアが見てきたハルケギニアの住人達とは明らかに違うところがあった。
 少女の耳は、ぴんと尖っていたのだった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二五話 ウエストウッド村
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/09/19 22:06
 しばしの休息。
 新しい友人もできて心休まるひと時。

 ですがそれもつかの間。

 世界はますます混迷を極めていく。

 その先に何があるかもわからず。

 世界に広がる波紋はただひたすらに多くの人を巻き込んでゆく。

 皮肉なことに、そこには貴族も平民もなく、平等に……










 そこは白い部屋だった。
 白い壁に調度品のほとんどが白で塗られている。その部屋の中央にある長椅子に一人の青年が足を組んで腰かけている。白地に赤といった意匠の服を身にまとい切れ長の眼鏡をかけていた。その青年の正面、小さな丸いテーブルを挟む形で、頭のてっぺんから足先まで黒いローブで身に包んだ者が一人。
 黒いローブの人物は、ローブの上からでもわかる体格の良さから男性であることがうかがえる。
 ローブの人物は手に羊皮紙の束を持っていたが、それをテーブルの上に置くと、

「これまでの事に関する報告は了解した。で、現在の状況は?」

 腹の底に響くような男の声だった。
 青年は男の問いに、足を組み換え、

「約五名がアルビオンへの侵入に成功したようだ……が……」

「が?」

 青年は眼鏡を指先でなおし、

「ガリアから追手がかかっている」

 青年のその答えに男は唸る。
 そして腕を組むと、

「越境するのだ、国として動いているわけではあるまい。ガリアのどこの貴族だ」

 男の問いに青年は少々愉快そうに、

「どこの貴族? そんな生易しいものじゃないさ。ガリアの王女、イザベラの手の者だ。噂の北花壇騎士団の者かもしれないな」

 その答えに男は声も出ない。
 ローブの陰からでも口をあんぐりとあけているのがわかる。
 しばしの沈黙の後、男はやっとの思いで、

「まずいぞ。王族ではないか。国に気づかれたようなものだ」

 男の言葉に青年は首を横に振る。
 そして、僅かに笑みを浮かべ、

「だが、イザベラ王女はガリアの裏を任されていると聞く。その彼女の手の者が動いているとなれば、ガリアは表だって動くつもりはないのだろう。それにだ、そもそもガリアが国としてこちらの動きに目を光らせているとは必ずしもいえない。たまたま彼女の手の者が追手についただけかもしれん」

「しかしな……」

「無論、楽観視してそこに胡坐をかくつもりはない。ガリアの……イザベラ王女や北花壇騎士団の動きも注視する。あとガリア国内での活動はしばらく見合わせた方がいいかもしれないな」

 青年がそういうと男は納得したのか頷いた。

「しかし、本当に例の物は手に入るのか?」

 男がそう言うと青年は苦笑して、

「さぁ? 今回は五人しか派遣していないからね」

「いいのか? そんなにいい加減で」

「かまわないさ。もとより興味本位でのことだ。仮に手に入らなくてもこちらは痛くない。派遣した五人を失ったとして、皆平民だ。教育は面倒だが補充はきく」

「そちらが望めばメイジを用意するが?」

「必要ないよ。なんの力もない平民の方がこちらとしても教育しやすい」

「わかった。それならこれまで通り『健康な平民』をそちらに提供しよう」

「感謝するよ閣下」

 青年が礼を言うと、閣下と呼ばれた男は、ふぅ、と息を吐き長椅子の背もたれにもたれ掛り、

「今わかっているのはアルビオンのだけか?」

「えぇ、今のところは。ガリア、トリステイン、ロマリアも調べてはいますが、あまり人を動かして目立つわけにもいきませんからね。判明するまで時間はかかるでしょう。アルビオンに関しても妙な噂を調べた結果判明したにすぎませんし。偶然によるところが多いですね」

「あまり期待せずにしておくとしよう。しかしアレを興味本位とはな……どの国も、喉から手が出るほど欲しがりそうなものを……」

 その言葉に青年は笑みを浮かべて、

「確かに魅力的ではあるけどね。僕らの目的に必ずしも必要というわけではない。あれば使い道はあるかもしれないけどね。それに余力があるなら遊び心も必要だと思わないかい? 根を詰めすぎても疲れるだけだし、それこそ本来の目的の障害になってしまう」

「多少は納得できる。多少はな……」

「それは残念」

 笑ってそういう青年はとてもじゃないが残念そうではない。
 そんな青年に男はため息をつき、

「とにかく成功しようが失敗しようが、こちらに手が伸びないようにはしてくれよ」

 男がそう言うと、青年は長椅子から立ち上がり、

「無論です。全ては『新たなる世界』の為に……」

「あぁ、全ては『新たなる世界』の為に……」

 そう言いあう二人は互いに不敵な笑みを浮かべていた。





「しかし、あんたがひょっこり現れた時は何事かと思ったね」

 小屋の中、木のテーブルに肘をついて、ミルアにそう言うのはロングビル……いや、ここでは本名で通しているのでマチルダだった。
 アルビオン大陸の、とある森の中にある小さな集落。名をウエストウッド村。
 そして、そこに住んでいるのは子供たちばかり。いわゆる戦災孤児というやつだ。
 ロングビルが「土くれのフーケ」として獲たお宝をお金に換えて仕送りをしていたのはこの村だったのだ。
 では何故、そこにミルアがいるのか?
 ロングビルは懐から一枚の小さな羊皮紙を取り出す。以前ミルアが渡した血を用いた五芒星が描かれた物だ。
 その羊皮紙を、マチルダはひらひらとさせながら、

「まさか、こいつを持っているとあんたに場所がわかるなんてね」

 そう言う顔は何処か嫌そうである。

「だからって捨てないで下さいよ? 一応他にも持ち主を守る効果だったり、ある程度の傷を治す効果だったりあるんですから。もっとも使い捨てですけど」

 ロングビルの向かいに座っているミルアはそう言ってくぎを刺す。
 そしてミルアは直ぐあることに気が付いて、

「あと、売るのもなしです。それ作るの結構疲れるんですから」

 そのミルアの言葉にロングビルは小さく舌打ちした。
 絶対売る気だったな。
 ミルアは内心で突っ込む。
 するとロングビルは、にやりと笑みを浮かべて、

「にしても、あんたが今噂の『アルビオン王家の隠し子』だったなんてね」

 突然のロングビルの発言にミルアは「はい?」と声をあげる。
 ロングビルは手をぱたぱたと振り、

「無論、あんたが本当に王家の隠し子だなんて思っちゃいないさ。あのお喋りな剣が言うには、あんたウェールズ皇太子の名代を押し付けられたんだろ?」

 ロングビルの言葉にミルアはこくりと頷く。
 そんなミルアにロングビルは、あっはっはっ、と笑い声をあげ、

「災難だったねぇ。でも、今のあんたは街や行商人の間じゃちょっとした有名人さ。ずいぶん派手にやらかしたみたいだからねぇ」

 そう言って笑みを浮かべるロングビルは実に愉快そうで、逆にミルアは少しむすっとする。
 すると小屋の扉が開いて、

「マチルダ姉さん、あんまりミルアをからかったら駄目だよ?」

 そう言って小屋に入ってきたのは耳がぴんと尖った金色の長髪が綺麗な少女。歳はルイズと変わらないらしい。あと胸が大きい、すごく。
 少女は綺麗に畳まれた王家のマントを手にしている。ミルアがウェールズ皇太子から預かり、始祖の下で返してくれればいいと言われた物だ。
 そのマントをミルアに差し出した少女は、

「一応綺麗になったと思うよ」

「ありがとうございます」

 ミルアはそう礼を言って受け取る。この少女と立ったまま会話するとき、ミルアは少し離れて会話している。
 というのも近すぎると少女の胸がミルアの視界を遮るのだ。それほど胸が大きい。
 少女は小屋の扉に手をかけて、

「それじゃあ、私夕飯の用意してくるね」

 そう言って小屋を後にする。
 ミルアは王家のマントを小屋の隅のベッドに置くと、

「マチルダさんは彼女のお姉さんなんですか?」

「みたいなもんさ。血は繋がってないけど、テファが小さいころから知っているし」

 そう言ってロングビルは少女が……テファが出て行った扉を見つめる。
 ティファニアというのが本名らしいが、本人が呼びにくかったらテファでいいと言っているのだ。実際、村の多くの子供たちがテファお姉ちゃんと呼んでいた。
 ミルアは扉を見つめていたマチルダの表情を窺う。
 何か複雑な事情があるのだろうか?
 ミルアがそんな事を考えていると、不意にロングビルがミルアを見て、

「あんた、エルフをどう思う?」

 ロングビルの問いにミルアは首を傾げる。
 そんなミルアの反応にマチルダは怪訝な表情をするが、すぐに何かに気が付いたかのように、

「あぁ、そうか。あんた異国の出身でエルフの事を知らないんだね」

 そう言った後、少し考え込むようにして、

「ハルケギニアではね、エルフは人間の天敵とされてるんだよ。実際、ブリミル教における聖地を占拠しちまってるしね。それにまぁ、人を食べるとか色々尾ひれがついた噂なんかもある。あとは先住魔法だね。こいつがまた、こっちが使う魔法よりも強力でね。とにかくエルフってのは忌み嫌われてるんだよ」

「ティファニアさんがここでひっそりと孤児たちの世話をしてるのもそれが理由ですか?」

 ミルアの問いにロングビルは頷き、

「まぁね。ここなら人目に付くことはないし。あぁそれとテファはハーフエルフなんだよ。母親がエルフで父親が人間」

「マチルダさんとの関係は?」

「簡単に言えば私の父親が、あの子の父親の部下だったんだよ。で、あの子とその母親の存在がアルビオンの王にばれた時に家に匿った。後はご覧の通りさ」

 そう言ってロングビルは大げさに手を広げてみた。
 少し聞きすぎたかな。と思ったミルアは「そうですか」とだけ答えた。

「で、ここまで話を聞いたあんたはエルフをどう思う?」

 そう言うロングビルの目はものすごく真剣だ。
 ミルアは小さくため息をつくと、

「別に……私はエルフがどうとか気にしませんし。それに種族だけで敵視するなんて面倒じゃないですか。どちらかが滅びるまで戦うつもりですか? 嫌ですよ私は。話が通じる相手なら言葉を交わした方が精神的に楽です」

 ミルアの答えにロングビルは苦笑して、

「随分な言い分だけど、まぁいいか」

「なんですか? 私がティファニアさんをどうにかするとでも?」

「そうは思ってないさ。一応聞いただけだよ」

 一応という割には随分と目が怖かったですよ。
 ミルアはそう内心で思いながら、

「頼んでいた件は?」

「問題なく。学院の方にも手紙を出しておいたよ。あんたは無事だって」

「船は?」

「ほとんどの港が封鎖されちまってる。でもレコン・キスタが地上からの物資の補給の為に貨物船を使うはずだから、それに密航するしかないね」

 ロングビルの答えを聞いたミルアはまた小さくため息をつくと、

「しばらく此処で足止めですね」

「大層な厄介ごとを持ち込んできたんだから少しはここで働きな」

 その言葉にミルアは扉の方へ向かい、

「わかってますよ。とりあえず夕飯の準備を手伝ってきます」

 そう言ってティファニアの下へ向かったミルアを、ロングビルは楽しそうに見ていた。



「おい新入り。こっち来て遊ぼうぜ」

「私は忙しいんです。あと、新入りじゃありません」

 翌日の朝、まき割りをしていたミルアの下へ駆け寄ってきた、さほど身長の変わらない少年へミルアはそう告げると、立てた薪へデルフを振り下ろす。
 スコンと音を立てて真っ二つに割れる薪。
 ミルアはその割れた薪を拾い上げると声をかけてきた少年と視線を合わせる。微動だにせずじっと見つめていると、少年はぐっと詰まったような表情をする。
 じゃますんな。
 というミルアの意図を察したのか、単にじっと見つめてくるミルアに怯えたのか少年はぴゅーと走り去ってしまう。

「嬢ちゃん、子供相手に睨みつけるのもどうかと思うぜ? て、嬢ちゃんも子供か……」

 デルフがそう言うと、ミルアはやや膨れぎみに、

「別に睨みつけていませんよ? 私、そんなに怖いですか?」

 ミルアの問いにデルフはやや悩むように間を開けて、

「……見ようによっちゃ怖いわな。なんせ嬢ちゃん笑わねぇし」

 それってそんなに怖いのだろうか? と首をかしげるミルア。
 するとロングビルがやってきて、

「なんかさっき一人、半泣きで走っていった子がいるんだけど……」

 その言葉にデルフが、

「嬢ちゃんが、邪魔だって目で睨みつけて追っ払った」

 あっさりと告げ口した。
 次の瞬間ミルアの脳天にロングビルの手刀が振り下ろされる。
 いい音がした後、ミルアは自らの頭をさすりながら、

「痛いです」

「そりゃそうだよ。痛くしたんだから。というか、うちのガキを泣かすんじゃないよ」

「泣かすつもりなんかなかったんですよ。ただ邪魔だなぁ……って」

 ミルアのその言葉にロングビルはため息をついて、

「あんた無愛想だからね。ったく、テファもなんであんたみたいなのを『お人形みたいで可愛い』なんて言うんだろうね」

「人形みたいねぇ……人形って見ようによっちゃ不気味―――」

 デルフがそう言うと同時に、デルフはミルアによって空高く放り投げられる。
 そんな光景をみてロングビルは苦笑をしつつ、

「まぁ、もう少し柔らかく接してもらえると助かるよ。あの子らはあんたの事を新入りだと思ってるみたいでね」

 ミルアは「ぁぁぁぁあああ」と声をあげながら落ちてくるデルフをキャッチすると、

「新入りですか……まぁ私にも親なんていませんから、そういう意味ではあの子たちと同じですけど」

「あんたの親もかい?」

 ロングビルがそう問うと、ミルアは割った薪を集めながら、

「正確には顔も知りません。気が付いた時には手に武器を持って戦場にいました」

 そう言ってミルアは思い返す。
 そうだ。気が付いた時には手に「双頭」を持って、誰かに襲い掛かっていた……
 その後の事がいまいち思い出せずにミルアは首を横に振った。
 ミルアの言葉を聞いたロングビルは気まずそうな顔をする。
 気が付いた時には戦場というのは、とてもじゃないが穏やかとはいえない。

「悪かったね。思慮がたりなかったよ。あんたにも辛い事だろうに」

 そう言って謝るロングビルに、ミルアは首を横に振る。そして遠くで遊ぶ子供たちの声に耳を傾けながら、

「気にしないでください。大切な人を失った経験のない私の事なんか、あなた達に比べたら大したことじゃありません」

「……大切な人を失うなんてこと、経験なんてするもんじゃないさ。ましてや、あんな小さな子供たちが経験するような物じゃない」

 そう言ってミルア同様に子供たちの声に耳を傾けていたマチルダは強く拳を握る。
 そして思い直すように、ふっ、と笑みを浮かべると、

「まぁ、あんたほどの強さなら、大切な人を守ることも、他の連中に比べたら難しくはないだろうさ」

「今までもそうやって守ってきました。ですが……だからこそ、怖いんです」

「怖い?」

「はい。失う事と、失った経験がないからこそ、失ったとき私自身がどうなってしまうか……」

 そう言って黙り込んだミルアの頭に、ロングビルは手のひらをぽんと置き、

「なんていうかさ、怖いのはしかたないさ。とにかく今は必死にあがいて大切なものを守るってことでいいんじゃないか? 今、いくら怖がったって仕方ないだろ?」

 その言葉にミルアはロングビルを見上げる。
 今、怖がっても仕方ない……確かに、自分の頭じゃいくら怖がって悩んでみたところで答えなんてでやしない。だったら守ることに全力を注いだ方が余程ましだろう。
 そう思いミルアは僅かに頷く。
 そんなミルアの頭をロングビルは愉快そうになでた。



 夜のウエストウッド村。夜空に浮かぶ双月が村を照らしている。
 遊び疲れた子供たちも完全に寝入り、村の中はしんと静まり返っている。
 村の中にある切り株に腰を下ろしているミルアは優しい輝きを放っている双月をぼんやりと眺めていた。
 そんなミルアの耳に聞こえてくる誰かの足音。それは後方から聞こえてきて、こちらに近づいてきていた。
 ミルアが振り返るとそこにいたのはティファニアだった。

「どうかしましたか?」

 ミルアが首を傾げながらそう問う。
 するとティファニアは少し笑みを浮かべて、

「なんとなく眠れなくて。ミルアは?」

「まぁ似たようなものです」

 ミルアはそう言って切り株の端による。
 切り株はそれなりに大きいので端によれば二人ぐらいは座れる。
 ティファニアは「ありがとう」と言って切り株の空いた所に座った。
 しばらく黙っていた二人だったが不意にティファニアが、

「トリステインに帰るの?」

「近いうちに……待ってる人もいますから」

「ご両親?」

「いませんよ。元から」

 ミルアのその言葉にティファニアはすまなさそうな顔をする。
 それに気が付いたミルアは、

「気にしないでください。私自身が気にしていないんですから」

「う、うん……じゃぁ待ってる人って?」

 その問いにミルアは頭を悩ませる。
 あれ? ルイズさん達って何? ご主人様? いやいやなんか違う気がするぞ……
 しばらく、考えたミルアは、やや戸惑う様に、

「友達ですかね……? 少なくとも何人かはそのはずです」

「友達かぁ……いいな」

 ティファニアの言葉にミルアは首を傾げた。

「ティファニアさんに友達は?」

「私はこの村から出ることはないし。ここには子供たちしかいないから。私にとっては弟や妹って感じかな」

「私も見た感じ子供たちと変わりませんからね」

 ミルアがそう言うとティファニアは小さく首を横に振り、

「ミルアはちょっと違う気がする。マチルダ姉さんとも普通に話しているし。なんか友達同士のようにも見えた」

 友達がそうほいほいと頭をなでたりするか?
 ミルアはそう疑問に思いつつ、

「じゃぁ、ティファニアさんとも友達になれるかもしれませんね」

「いいの?」

「どうして、いいの? なんて聞くんです?」

 ミルアの問いに、ティファニアは自らの尖った耳に触れる。
 あぁ、なるほど、と納得したミルアは、

「ティファニアさんの血に関しては私は何とも思いませんよ? エルフというのがどうであれ、私が見ているのはティファニアさんですから」

 そのミルアの言葉にティファニアは嬉しそうな笑みをうかべる。
 双月の明かりに照らされるその笑顔は、月明かりをきらきらと反射する金髪と相まって、とても綺麗でミルアは思わず見惚れた。
 そんなミルアに気づくことなくティファニアは、ぽんと手を叩くと、

「ねぇミルア。私の事はテファって呼んで? なんか『ティファニアさん』だと他人行儀みたいで」

「……テファさん?」

 ミルアの言葉にティファニアは、ぷっと頬を膨らませ、

「テファだよ。さんはいらないよ」

 そう言ってじっと見つめてくるティファニアにミルアは観念したように、

「……テファ」

 ミルアがそう呼ぶとティファニアは嬉しそうに頷く。

「テファ」

 立て続けに頷くティファニアは本当に嬉しそうである。
 そして彼女は嬉しそうに微笑んだままミルアの頭をなでた。
 しかし、すぐに、はっとしたように、

「ご、ごめんなさい。友達の頭をなでるなんて……なんとなく、つい……」

 ティファニアはそう謝るが、ミルアは首を横に振り、

「かまいませんよ。慣れてますから」

 そう言ったミルアの顔にはほんの僅かに笑みが浮かんでいたが、ティファニアはまだ気が付くことができなかった。



 翌朝、遊んでいる子供たちの声が聞こえる中、食事を済ませたミルアは村の一角でロングビルと話をしていた。

「で、テファと友達になったと……」

「はい」

「あんたが急に、テファなんて呼ぶから何があったのかと思ったら、そういう事かい」

「なにか問題でも?」

 ミルアがそう問うとロングビルは首を横に振り、

「いや、問題ないさ。まぁ、あんたは見た目に反して子供っぽくないからね」

「悪かったですね。子供っぽくなくて」

 ミルアのその言葉にロングビルは笑う。
 ロングビルはひとしきり笑った後、

「でも、よかったよ。あの子は外の人間との関わりがなかったから。できれば外の世界も見せてやりたいんだけど……」

 そう言ったロングビルは僅かに沈んだ表情をする。
 それを見たミルアは、

「彼女の耳ですか?」

「あぁ、ばれたら命が危ういからね。それに耳が普通だったとしても、あの見た目だよ。変な虫が寄ってくるに決まってる」

「仮によって来たら?」

「ゴーレムで叩き潰す」

 そう言ったロングビルの顔は真剣で、ミルアは思わず後ずさる。
 そしてミルアは才人の事を思い出す。
 キュルケさんの胸にも興味津々だったし、もしテファの胸を見たら……才人さんは叩き潰されちゃう?
 想像の中の才人にミルアは内心で手を合わせる。合掌。
 内心で才人に手を合わせたミルアは、村の中にある小さな小屋に視線を移しつつ、

「今日にでも港に向かおうと思います。それと例の件、よろしくお願いします」

「わかってるよ。今までにないくらいの厄介ごとだけど面倒は見るさ。でもこれはあんたへの借りにしておくよ。盗賊から足を洗わせてくれた事だけじゃ足りないからね」

 その言葉にミルアは頷き、

「必ず借りは返します」

 その時ミルアはふと何か違和感に気がついた。そしてすぐにそれに気が付く。
 さっきまで聞こえていた子供たちの声が聞こえない。しん、と静まり返り、風の音、木々の葉がこすれる音しか聞こえない。

「やめてっ!」

 その声にミルアとロングビルは弾かれるように声がした方へ走り出す。
 声はティファニアの物。しかし、発せられた言葉と、そのニュアンスが尋常じゃなかった。

「テファっ!」

 ミルアとロングビルの二人はそう叫びティファニアの下へ駆けつけた。そして動きを止める。
 これはいったい……どういう状況だ……
 そう思いながらミルアは目の前の状況を観察する。
 それはロングビルも同様のようで周囲に視線を走らせた。

 顔をも覆う兜をかぶり純白のマントを纏い、腰に剣をさした騎士のような者が五人。兜以外は金属でできた防具を体の一部に着けている。体格からして男であることがわかる。

 騎士のような出で立ちのう内一人が後ろから首に腕をまわす形でティファニアを拘束し、一人が剣を、へたりこんで怯えている子供たちに突き付けていた。残りの三人がミルアやロングビルに気づき、それぞれ腰に下げた剣に手をかけた。
 ティファニアはまるで悲鳴をあげるように、

「お願い。誰も傷つけないで……」

 その声にロングビルが、ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。
 少しでも動けば子供たちが危ないのはわかりきっていた。
 ロングビルは全身から怒気を滲みだしながらも、その場から一歩も動かず、

「あんたら……何者だ……」

 そう、静かに問う。傍から見ていても怒鳴りそうになるのを必死に抑えて冷静であろうとしているのが分かる。 
 しかし、問われた騎士はそれを無視しする。
 そして騎士から発せられる声は男のもの。

「おとなしくしていれば誰も傷つけない。我らが必要としているのは『虚無の担い手』のみ」

 ハッキリとした声で騎士はそう言った。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二六話 外の世界へ
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/09/30 20:19
 世界は常に流れていて、私たちはただその流れに乗っているだけなのかもしれない。
 けれど時に多くの人が流れに逆らう。
 それは「願い」だったりするのだろう。

 今はまだ流れの行きつく先がわからない。

 けれど、多くの守りたいものを持つ私はきっとその流れに逆らうことになる。

 そんな気がしてなりませんでした。










 「虚無の担い手」と聞いたミルアはピクリと反応した。
 そして頭に浮かんだのはルイズのこと。四大系統の、どの系統にも属していない謎の爆発を起こしてしまうルイズ。「虚無の担い手」というのが、その言葉の通り虚無の魔法を使う者ならルイズも該当する可能性がある。しかしこの場にルイズはこの場にいない。
 ミルアは思う。彼らの言う「虚無の担い手」とは、いったい誰の事なのか、と。
 そんなミルアの疑問に答えを示したのはティファニアを拘束している騎士だった。

「我らが求めているのは『虚無の担い手』であるこのハーフエルフの娘だけだ」

 その言葉にミルアは内心で驚き、ロングビルも目を大きく見開いている。
 当のティファニアは何のことかわからないといった様子。

「テファが『虚無の担い手』だって? そんな出鱈目……」

 そう言うロングビルの言葉は動揺しているのか僅かに震えている。

「お前たちが詳細を知る必要はない。おとなしくしていればいい」

 騎士はそう言うとティファニアを拘束したまま後ろへ下がってゆく。
 ミルアもロングビルも、ティファニアを助けたいが、騎士の一人が子供たちに剣を向けているため迂闊には動けない。やるなら一瞬だ。
 チャンスは一度……失敗は許されない……
 ミルアが慎重に機会を伺っていると、

「困っているようだな……力を貸そうか?」

 どこか愉快そうな色を滲ませながらも、凛と響く声。それは騎士たちの後方から聞こえた。
 騎士たちが振り返るより早く、一人の騎士の剣が空へと弾かれる。それは子供たちに剣を向けていた騎士の物だ。
 騎士の剣を弾き飛ばした人物。金色で縁取られた漆黒のマントに、目深にかぶったフード。フードから除く白い髪に、僅かに笑みを浮かべた口元。
 その人物にミルアは見覚えがあった。以前タバサに連れられガリアに行った際にであった人物。王女イザベラの傍に居り、ミルアにタバサの複雑な事情を説明した少女。
 「ナイ・セレネ」……どうして、彼女が?
 ミルアがそう思う中、ナイは自らが剣を弾き飛ばした騎士の脇腹を蹴り飛ばし、

「いいのか? 追わなくて」

 ナイが乱入してきた時点でティファニアを拘束していた騎士は、彼女を肩に抱えて森の中へと走り去っていた。
 そしてミルアはナイの言葉に弾かれるようにして駆け出し、留まっている騎士たちの脇をすり抜け、ティファニアを攫った騎士を追う。
 ロングビルも後を追おうとするが、

「おい、そこの。お前は子供たちを連れて避難しろ」

 ナイの言葉にロングビルは立ち止まる。
 既に剣を抜きじわりじわりと間合いを詰める残り三人の騎士から目線を外すことなく、

「子供に血なまぐさいのは、よくあるまい?」

 ナイがそう言うと何処か不安そうにロングビルは頷き、

「あんたが何処の誰か知らないけど、今は利用させてもらうよ」

 そう言って子供たちと後ろへと下がってゆく。
 ナイは騎士たちへ笑みを浮かべると、

「さてと、私としては詳しい話を聞くのは一人いればいいのでな。あとはいらん」

 そう言って踏み込む。
 そしてそれは騎士たちも同じだった。
 騎士の振り下ろそうとする剣を、ナイは弾き飛ばす。そしてがら空きになった胴に剣の柄を叩き込だ。
 剣の柄による一撃を受けた騎士はうめき声をあげて地面に倒れこみ、その倒れた騎士にナイは剣を突き立てる。
 背中越しに心臓を貫かれた騎士は絶命し、純白のマントに赤いしみが広がってゆく。
 ナイはすぐさま剣を左手で抜き、斬りかかってきたもう一人の剣を右下へと受け流す。そしてそのまま体を時計回りに横へ一回転させ、剣を逆手に持つと、自らが剣を受け流した騎士の脇腹へと突き刺した。剣を引き抜くと同時に血が噴き出し、騎士はそのまま地面に倒れ伏す。
 最後の一人の薙ぐように振るわれる剣をナイは剣の腹で受け、力任せに上に払う。それと同時に相手の腹部を蹴り上げる。
 むせるように僅かに身をかがめる騎士の首下めがけて、ナイは一気に剣を振り下ろした。



 ミルアはティファニアを攫った騎士を追いかけて森の中を走っていた。
 入り組むように木々が立ち並んでいるが、体の小さいミルアは木々の間をためらうことなく走り抜けていく。
 逆に騎士の方はティファニアを肩に担いでいるためもあってか思う様に走れず、ミルアが追いつくまで時間はかからなかった。
 ミルアは騎士を追いぬくと、騎士の進路に立ちふさがり、

「追いかけっこはここまでです」

 淡々と吐く言葉に感情は感じられない。
 だが、その小さな体から発せられる何かが騎士をたじろがせる。
 ただそれはティファニアも同じで、彼女は騎士に担がれたまま、びくっと反応した。
 デルフを構えて進路を塞ぐミルアに、騎士は逃亡をあきらめたのかティファニアを地面に投げ捨てる。
 小さな悲鳴をあげるティファニアに今度はミルアがびくっと反応した。
 ミルアの中にあった不快感が膨れ上がる。いや、それは怒りだ。
 ニューカッスル城の教会でルイズがワルドに傷つけられた時と比べれれば、それは小さなものかもしれないが、ミルアにとっては珍しく明確な感情だった。
 剣を抜き、構えた騎士にミルアが一気に間合いを詰めてデルフで薙ぐ。
 騎士はミルアの一撃を剣で受けるも、ミルアの力は騎士の力を圧倒し、騎士は大きく後退を余儀なくされた。
 経験上、技はともかく力だけなら、ミルアはそうそう負けはしない。
 ミルアが騎士をさらに押し込もうとして踏み込むと、騎士は体を捻り、デルフをミルアごと横へ流す。
 さらに騎士は自らの剣でデルフを絡め取るようにして弾き飛ばした。
 しまった。とミルアは内心で吐く。
 そんなミルアへ振り下ろされる騎士の剣。
 ミルアはその剣を咄嗟に右手でつかむ。掴んだ手から血が流れるがミルアはそれに構うことなく、掴んだ剣を、左の拳で思いきり殴りつけた。
 ばきりと音がして騎士の剣が砕ける。騎士は折られた剣を手にしたまま後ろへ下がり、ミルアは折った剣を投げ捨てた。
 次の瞬間、騎士はミルアに背を向けて走り出す。
 ミルアも走り出した騎士を追う。
 しかし、その時、騎士は後ろ手に何かを投げ、ミルアもそれに気が付いた。
 ミルアは視界の横を十サントほどの長さの直方体がゆっくりと素通りしてゆくようにに感じた。その直方体に危険を感じたミルアは咄嗟にその場で急ブレーキをかけて、ティファニアの下へと駆け戻る。文字通り全速力で、その姿が一瞬消えたようにも感じるほどに。
 突然目の前に現れたミルアに驚くティファニア。
 ミルアはその直方体を見たとき、咄嗟に爆弾のような物だと思った。だからこそ、自身の体にかかる負担を無視してティファニアを守る為に全速力で彼女の下へ駆けつけたのだ。
 そしてティファニアを守る様に立ちふさがるミルアの視線の先で、直方体は地面に落ちる寸前の所で破裂した。
 しかしミルアの爆弾という予想は外れ、直方体は破裂すると同時に目に突き刺さるような閃光と、耳をつんざくような鋭い音を周囲に解き放った。

「うあっ!」
「きゃぁっ!」

 ミルアとティファニアは、その激しい光と音に思わず声をあげた。
 ティファニアは目を閉じ耳を抑え、その場に倒れこみ、ミルアは倒れこみこそしなかったが、視界が砂嵐のようなノイズで覆われ耳の奥がキーンという音で支配される。
 おまけに―――

「なぁっ?」
「く、くひゃいっ!」

 ミルアとティファニアの二人は、今度はそろって鼻を押さえる。
 思わず吐き気を催すほどの腐卵臭が二人を襲ったのだ。
 ティファニアは鼻を抑えることで何とか耐えている。しかしミルアはこの程度じゃすまなかった。
 というのも、ミルアは人より比較的感覚がすぐれていて、聴覚や嗅覚もそれに該当している。その分、普通の人よりも危険は察知しやすいがこのような場合は普通の人よりも、はるかにダメージが大きいのだ。
 ミルアは耳をやられたことも相まって、ふらふらとしだして、ついには膝をつくと、その場に嘔吐する。
 しばらくしたのち、ミルアはとりあえず嘔吐感は落ち着いたものの未だ足元がおぼつかなかった。
 結果としてふらふらのミルアは助けるはずのティファニアに背負われて村に戻ることになる。

「助けにいった奴がなんで助けられてるのさ」

 村に戻ってみれば、何処か別の場所に避難させたのか子供たちはおらず、ロングビルとナイだけがおり、ティファニアに背負われて戻ってきたミルアを見るなり、ロングビルはそう言った。
 かなり格好悪いのはミルアもわかっている。しかしまぁ、あの匂いはないだろ。と内心でぼやきながら、

「面目ないです」

「で、でも、私の事助けてくれたから」

 すかさずフォローをいれるティファニアの心遣いがミルアには嬉しかった。
 ふとミルア周囲を見渡せば縄でぐるぐる巻きにされた騎士が一人いるだけ。他の三人は何処へ行ったのかと探してみれば、恐らくその三人が包まれていると思われる布が縄でひとまとめにされている。

「その娘を攫った奴は?」

 ナイがそう聞くと、ミルアはティファニアの背から降りて首を横に振り、

「逃げられました」

 ミルアの答えに、ナイは「まぁ、いいか」と呟く。
 そして縛った騎士を担ぎあげて、

「さて、私はこれで失礼させてもらうよ」

 そう言って立ち去ろうとする。
 するとミルアがナイを呼び止める。

「その人には聞きたいことがあります。連れて行くのはその後にしてください」

 その言葉にナイは横目でちらりとミルアをみて、

「聞きたいって、何を?」

「テファの事です」

 ミルアがそう言うとナイは僅かに、にやりとして、

「『虚無の担い手』の事か?」

「聞いていたのですか」

 やや睨むようにナイを見てそう言うミルアに、ナイは小さく頷いた。
 そしてナイはティファニアを見て、

「しかし、これは皮肉か? 始祖の力を受け継ぐものがエルフとはな」

 その言葉にティファニアは、ばっと手で耳を隠す。今の今まで隠すのをすっかり忘れていたのだ。
 ミルアはデルフの切っ先をナイに向けると、

「助けてくれたのは感謝します。ですが、彼女の事は……」

「報告するなと? もし私が報告すると言ったら?」

 ナイのその言葉に今度はロングビルも杖を抜いてナイに向ける。
 するとナイは笑って、

「はいはい。報告はしないよ。私自身面倒くさいしな。それにだ、仮に報告したとしても、わざわざ他国の事に首は突っ込むと思うか?」

 ナイにそう言われて、ミルアとロングビルは顔を見合わせる。
 二人にはナイのいう事をどこまで信用すればいいのか測りかねていた。
 ロングビルに至っては初対面なのだから仕方ない。
 少し考えた後、ロングビルはナイの問いに答える。

「そんなことわかるもんかい」

 ロングビルの言うとおり、国が何を考えどう行動するかなんて、そうそうわかるものではない。ましてや、ティファニアは人間の天敵とも言われているエルフの血が半分混じったハーフエルフ。ガリアが直接動かずとも、アルビオンの新政府に告げ口すればそれで済んでしまう。何しろアルビオンの王家を滅ぼし、新政府を立ち上げたレコン・キスタはエルフから聖地を取り戻すことを掲げているのだから。
 ナイはやれやれという具合に首を横に振ると、

「私はこれでもガリアの王族に直接使えている身でな。そんな私を敵に回せば余計に厄介なことになるだけだ。だから、黙って私を行かせろ」

「貴方の事は仕方なしとしても、そこの騎士はそう言うわけにはいきません。話をまだ聞いていません」

 ミルアがそう言うと、ナイはミルアの目を真っ直ぐ見て、

「こいつらはガリア国内で何かをしていた。下手に喋られてはこちらが困ることも出てくるかもしれない。そっちの要求は飲めないな」

 ナイのその言葉にミルアは内心で舌打つ。
 わからないことが多すぎる……このままじゃこの先、テファや子供たちにまた危険が及びかねない。
 どうすればいいのかをミルアは考えるが答えが出てこない。
 当のティファニアは悩むミルアを見ていたが、不意にナイに視線を向ける。
 それに気が付いたナイが僅かに首を傾げた。
 するとティファニアは、すっと頭を下げ、

「あの……子供たちを助けてくれてありがとうございます」

 ティファニアのその言葉にミルアもロングビルも驚き、ナイもきょとんとする。
 僅かな間きょとんとしていたナイだったが、やがて、くくくと笑いながら、

「いや、気にしなくていいさ。私も子供を人質にとるような事はきらいでね」

 ナイはそう言うと縛った騎士を左肩に担ぎ直し、空いた右手で、一纏めにした三人の騎士の死体をひょいと持ち上げる。
 軽々と四人もの人間を運ぼうとしているナイにミルアたちは驚く。

「これはちょっとした親切心から言うが、そこのエルフは早めにここから離れた方がいいぞ。この騎士どもの背後関係はまだ調べていないからわからんが今回のであきらめたとは言いきれないしな」

 ナイの言葉にミルアたち三人は顔を見合わせる。
 その言葉はもっともだ。今回の騎士の詳細が分からないうえに今は調べることができない。今回の一件きりという保証は何処にもないのだ。そしてそれはティファニアだけでなく、この村の住人である子供たちにも危険が及ぶという事だ。
 その事を理解して三人は黙り込む。それぞれがどうしたらいいか、考えている様だった。
 ふと気が付けばナイはいなくなっており、それに気が付いたロングビルが舌打ちをする。

「どうします? 追いましょうか?」

 ミルアがそう問いかけると、ロングビルは首を横に振り、

「いや、いいよ。素直にこっちの要求を聞くとは思えないし……それに敵に回さない方がいいような気がしてね」

 そう言うロングビルの顔は何処か引きつっている。
 ロングビルの言葉にはミルアも同意で、

「彼女とはガリアで一度会っていますが、なんというか掴みどころがないというか……」

 ミルアはそう言って首を傾げた。
 するとティファニアが顔を伏せて、

「マチルダ姉さん……私、ここを出ていくね」

 ティファニアの突然の言葉にロングビルは驚いて、

「ちょ、ちょっと待ちなよっ! 確かにさっきの奴はあぁ言ったけど、本気にする必要なんかないよっ!」

「でも、姉さんもわかってるでしょ? 子供たちの事を思えば私が出ていくのが一番だって……」

 その言葉に、ロングビルは苦々しげに首を横に振り、

「テファが出て行ったら誰が子供たちの面倒を見るんだい? それにね、あたしにとっても、子供たちにとってもテファは家族なんだよ。大切な存在なんだよ。そう簡単に諦められるものかい」

 ロングビルにそう言われ、ティファニアは言葉を詰まらせる。そして、しばらくするとポロポロと泣き出した。
 そんなティファニアをロングビルは抱きしめて優しく頭をなでる。

「とりあえず今は子供たちの所にいってやりな。あの子たちもすごく心配してたから」

 ロングビルがそう言うとティファニアは彼女を見上げる。
 ティファニアの目元の涙をぬぐったロングビルは微笑むと、

「後の事は私に任せな。どうしたらいいかちゃんとかんがえるから」

 ロングビルの言葉にティファニアは頷くと子供たちがいる方へと走っていった。
 そんなティファニアの背を見送ったロングビルはため息をつく。
 すると若干、蚊帳の外だったミルアが、

「実際のところ、これからどうするつもりですか?」

「正直頭がいたいよ。この村の全員で何処か余所に移るってわけにもいかないさ。もうちょっと平和な時ならそれもできたんだろうけどね」

「テファだけが出ていくってのは私も反対ですね。全ての危険を彼女一人で背負うようなものです」

「そりゃ、そうさ。あの子一人で何ができるっていうんだい……」

 ロングビルはそこまで言って「ん?」と首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 怪訝に思ったミルアがそう尋ねると、

「いや、ちょっとね。悪いんだけど今日一日じっくり考えさせてもらえないかい。明日には考えをまとめておくから」

 ロングビルの言葉にミルアは「いいですよ」と頷いた。
 何か考え込みながらその場を後にするロングビルを見送るミルア。
 しかし、どうすればベストなんでしょうかね。テファってある意味、大所帯ですから……
 ミルアはそんな事を考えながら腕を組む。
 すると、先ほどの腐卵臭が服に僅かに移っていたのか、腕を組んだ瞬間にそれが舞い上がり、ミルアは思わずむせた。





「急なことだがテファを魔法学院に預けようと思う」

 謎の騎士たちによる襲撃の翌日、テファとミルアが寝泊まりしている小屋でロングビルからそう告げられミルアは「はい?」と返した。
 預ける? つまりはどういう事?
 いまいち理解できずにいたミルアは、

「えと……それはどういう形で?」

「幸いテファは読み書きに問題はない。学院長秘書見習いという事で学院長に雇ってもらおうと思う」

 ロングビルの言葉にミルアは首を傾げ、

「子供たちはどうするのですか?」

「しばらくは此処で私が面倒を見るよ。折を見てトリステインに移るつもりではあるけど」

 それを聞いたミルアはあることに気が付き、

「ちょっと待ってください。アルビオン新政府はトリステインに攻め込む可能性があるのですよ? そこに移るんですか? それにテファにだって同じことが言えますよ?」

 その言葉にロングビルは苦しげな表情を見せ、

「そんなことはわかってるさ。だから子供たちに関しては折を見てって言ったんだよ。それにテファの事情を知ったうえで面倒見てくれそうなお人よしなんて学院長やあんたぐらいしか思い浮かばなかったんだよ」

 だからトリステインを選んだんですね……ミルアは納得する。

「もろもろの事情を書いた手紙を早々に学院長に送るつもりだけど、正直返事を待ってる暇はないからね。あんたにはテファを連れて学院に戻ってほしんだ」

「本当に返事を待たずにつれて行っていいんでしょうか?」

「他に望みがないんだよ。私が今持ってる伝手なんて碌なもんじゃないしね。表の伝手なんて今じゃ学院長だけだよ」

 そう言ってロングビルは自嘲する。
 その顔が悲しげに見えてミルアは何も言えなかった。そしてミルアも内心で自嘲する。自身のお人よしっぷりの所為でどんどん厄介ごとに首を突っ込んでいる気がすると。才人を元の世界へ帰すこと、ルイズの事、その他にも色々あって、そして今回のティファニアの事。
 指折り数えていたミルアは途中で数えるのをやめた。
 首突っ込むだけ突っ込んで、何一つ解決していないことに気が付いたのだ。
 どうしましょう……すごく駄目な感じがしてきました……
 ミルアはやや沈みこみベッドにうつ伏せで倒れこむ。

「ん? ちょっと、どうしたんだい?」

 ミルアの様子に気が付いたロングビルがそう尋ねると、

「いえ、今気が付いたんですが、私って色んなことに関わるだけ関わって、何一つ解決してなくて中途半端だなぁ、と……」

 ミルアのその言葉にロングビルはきょとんとする。
 すると、傍に立てかけていたデルフがかたかたと音を立てて、

「そら嬢ちゃんは荒事専門みたいなところあるからな。それに人生経験薄そうだし」

「確かにあんたは腕っぷしはあるかもしれないけど万能ってわけじゃないだろ? そう何でもかんでも解決できるわけないじゃないか。心意気は評価するけどあんまり無理するんじゃないよ」

 デルフとロングビルの言葉に図星なミルアはベッドに突っ伏したまま「むむむ」と唸る。
 ロングビルはそんなミルアに、

「さっきはあぁ言ったけど、テファは連れて行ってもらえるのかい?」

 そう言われたミルアは顔をあげ、

「テファは友達です」

 そう言ったミルアは立ち上がる。
 そしてロングビルの目を真っ直ぐ見て、

「他に聞きたいことはありますか?」

 ミルアの問いにロングビルは微笑みを返した。





 今後の事を決めた翌日、ミルアとティファニアは村と森の境で、子供たちに見送られていた。
 二人とも小さなカバンを肩にかけミルアに至ってはデルフを背負っている。

「姉さん。子供たちの事おねがいね?」

 ティファニアの言葉にロングビルは笑って頷く。
 そしてふと真剣な表情になりティファニアの肩に手を置くと、

「いいかいテファ。学院長はいい人間ではあるけれどちょっとアレな爺でね。もしお尻やら胸やらを触られたらミルアにちゃんと言うんだよ」

 何処か鬼気迫るような物言いにティファニアはただコクコクと頷く。
 一方のミルアは、

「あ、あの……私にどうしろと……」

「テファの為だ。何かあったら爺を叩きのめしな。大丈夫、学院の女性陣なら味方になってくれるはずだ」

 やはり鬼気迫るような物言いにミルアも圧倒されて黙って頷く。
 なんか怖い。
 ミルアは今のロングビルをそう見ていた。
 その後、ティファニアは泣きながら別れを惜しむ子供たちを一人ずつ抱きしめてお別れをする。
 その光景をミルアは少し離れたところで見ていたが不意に背中に背負われたデルフが、

「さびしい?」

「はい?」

「いやさ。お別れを惜しむ人がいなくてよ?」

「此処に来てほんの数日ですよ? 無理があるでしょう。それに私は彼らを怖がらせてしまったりと碌な交流がありませんでしたし」

「そんなもんかねぇ。ここに来てから嬢ちゃんをチラチラ見て話したそうにしてる子とか何人かいたぜ?」

 それは初耳だ。
 ミルアは内心で驚き、

「存外、周りを見ているのですね」

「なんせ俺っち普段は暇なもんでね」

 デルフはそう言い、かたかたと柄を鳴らして笑う。
 そんな風に雑談していると一人の小さな女の子がとてとてと近づいてきた。何やら手に草花で作った輪っかを持っている
 その小さな女の子はミルアの下まで来ると、

「あ、あのね?」

「?」

 女の子が何が言いたいのかわからずミルアは首を傾げる。

「何か?」

 ミルアがそう尋ねると、

「げ、元気でね」

 女の子の答えにミルアはきょとんとする。
 まさか自分にお別れを言いに来る子供がいるなんて露にも思っていなかったのだから仕方ない。
 そんなミルアの頭の上に、女の子がひょいっと手に持っていた草花で作った輪っかを乗せた。
 ミルアはそれに軽く触れ、

「これは?」

 そう疑問を口にしたミルアにデルフが、

「花で作った冠だな。よかったじゃねぇか嬢ちゃん。少なくとも嫌われてはいなかったみたいでよ」

 ミルアは楽しそうにそう言うデルフを無視して、

「これを私にくれるのですか?」

 ミルアが女の子にそう問うと、女の子は小さく頷く。
 嬉しくなったミルアは素直に「ありがとうございます」と礼を言う。
 女の子も笑顔で頷き、

「私の名前はエマだよ」

「私の名前はミルアです」

 互いに遅めの自己紹介をするとエマと名乗った女の子は「えへへ」と笑う。
 そんなエマと自分をロングビルがにやにやとして見ていることにミルアは気が付くがあえて無視しておく。ここで何か言えばからかわれる気がしたからだ。
 ミルアはすっと手を差し出し、

「また会いましょう」

「うんっ」

 ミルアが差し出した手をエマは満面の笑みを浮かべてぎゅっと握った。
 その光景をティファニアは微笑みを浮かべて見つめている。

「よかったな嬢ちゃん。また一人友達が増えたぜ」

 デルフも嬉しそうにそう言うが、ふと何処か悲しそうに、

「まぁ……嬢ちゃんにとって友達ってのは足枷なのかもしれねぇけどな」

 小さくつぶやいたその言葉をミルアは聞いていたが、否定も肯定もしなかった。








[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二七話 降下
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2012/10/14 00:13
 力を欲することは誰にでもある。
 
 自らの無力を痛感するとき、私の中にその思いが湧き上がる。

 力なんて碌なもんじゃない。誰かを傷つけるばかり。

 そう思ってもこの想いは止まらない。


 そんな力でも誰かを救う事が出来るなら……

 私は……










「おっ……落ちてるっ! 落ちてるぅぅぅっ?」


 頭上には白い雲と青い空が何処までも広がり、眼下は果てしなく広がる海で埋め尽くされている。

 そんな世界の中でハーフエルフの少女、ティファニア・ウエストウッドは顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、重力に任せて落下していた。

 普通はそんな経験はしないし、ただただ落ちていくというのは恐怖だろうからティファニアの様子は仕方ない。

 そんなティファニアにミルアの声が届く。


「テファっ! 大人しくしていてくださいっ! 必ず助けますっ!」


 ミルアも重力に任せて落下しながらティファニアに声をかけた。

 すると背中に背負われていたデルフが、


「嬢ちゃんっ! 来たぞっ! 後ろだっ!」


「えぇいっ! くそっ!」


 めったに口にしないような言葉を吐き、ミルアは体を捻り後ろを向き、デルフを構える。

 鈍く黒色に輝くソレがミルアに迫っていた。





 時間はミルアとティファニアが自由落下をする少し前までさかのぼる。

 ウェストウッド村を旅立ったミルアとティファニアはトリステインに向かうため、まず地上に降りる手段を考えた。

 手段と言っても船を使うことぐらいしか思い浮かばず、いざ港へと行っても内戦が終わったばかりの為か、あるいは別の理由なのか港はほぼ封鎖状態で、一部の船のみが動いていた。

 日がまだ高く、船員や船員相手の商売人が港内を行きかう中、ローブを羽織り、フードを目深に被ったミルアが目立たぬように港内を観察していた。

 動いている船は大砲やら、その砲弾など軍用の物と思われる物資を積んだ輸送船や、食料やその他の物を積んだ商船と思われるような船だけで、渡航用の船は何処にも見当たらない。

 頭の中にに「密航」という言葉が浮かび、ミルアはため息をつく。

 いくら帽子やフードで隠しているとはいえティファニアはハーフエルフだ。ミルアとしてはリスクのある行動は避けたかったのだ。

 それにニューカッスル城で暴れた自分の容姿が知られていないという保証もない。

 そもそも密航ってどうしたらいいんでしょうか?

 そのあたりロングビルからレクチャーを受けとけばよかったとミルアは内心で頭を抱える。

 早く村を出ることに意識を集中しすぎていたのだ。

 ミルアとティファニアの二人は港から少し離れた小さな森の中に身を潜めていて、ミルアは淡い期待を胸に、ティファニアにどうしたらいいと思うか尋ねてみたがティファニアも困惑して首を横に振る。

 悪いことはそう簡単にはいかないらしい。

 どうしようかと二人して悩んでいるとミルアに背負われているデルフが不意に、


「とりあえず昼間はじっとしていた方がいいな。下手に動いて人目につくわけにもいかないだろ?」


 それを聞いたミルアはふむふむと頷いた。

 そして、日が沈んでからミルアたちは行動を開始した。

 日が沈んでからの密航といっても別段、高度な潜入を図るわけではない。というのも日が沈むまでミルアは密航の手段を考えていたのだが碌なものが浮かんでこなかったのである。

 荒事専門、正面突破、力任せ。そんなミルアであるから仕方ないと言えば仕方ない。事前に知識や情報があればマシではあるが今回はそれもなく、早々にあきらめた。

 結果としてミルアは力任せという方法をとることにした。

 とはいっても密航であるから正面突破はしない。それをすれば密航ではなくなるし、単なるハイジャックである。

 で、どういう方法かと言えば「船に穴をあけて忍び込む」というものである。

 普通密航の手段として、そんな事は考えないと思われる。

 ミルアは自分より体の大きいティファニアをやや強引に背負い、元々ミルアの背を陣取っていたデルフはティファニアの背に。二人と一本は暗がりの中、港に向かって飛行を開始した。


「すごい……船って大きいのね」


 暗がりの中、ミルアの背の上でティファニアが小さくつぶやく。

 ミルアは港の桟橋に繋がれた船の下に潜り込んでいた。明日の早朝には出発するという事は船員から盗み聞きしてわかっている。行先はガリアらしいが詳しい場所まではわからなかった。

 ミルアたちの眼下に広がるのは漆黒の闇。昼間なら遥か下に青い海が見えただろうが、夜に見えるのは何処までも続く闇だけ。

 そんな闇をちらりと見てからミルアは正面を見る。

 そこに見えるのは船の側面部分。

 指先をぴんと伸ばした左手から魔力で作られた半透明の刃が伸び、それを船の側面に突き刺す。すんなりと突き刺さったそれを、ミルアは円を描く様に切り抜く。

 抜け落ちてしまわないように切り抜いた船の側面を、ミルアが中へと押しやった。

 すると人がくぐれるほどの大きさの穴がぽっかりと開き、ミルアたちはそこから船内へと潜り込む。

 潜り込んだ先には木の箱や樽が所狭しと並べられており、どうやら貨物室のようだった。


「ビンゴ」


 貨物室を見渡したミルアは小さくそう呟いた。

 穴をあける前に一応、ミルアは様々なものを透過できる視界で人の有無を確認していたのだ。その上でそこが貨物室だろうと辺りをつけた。

 結果みごと大正解。密航に成功したわけである。

 あとは地上に着くまで見つからないようにおとなしくしているだけだ。

 ミルアとティファニアはそろって貨物室の一番奥にある貨物の間の小さなスペースに体を滑り込ませて朝が来るのを待つことにした。





 夜が明けたのであろう。船が動きだし、その僅かな振動でミルアは目を覚ました。

 隣を見ればティファニアが小さな寝息をたてている。

 このまま何もなく地上につけばいいのだけど。と。

 そう思ったミルアは、ふと貨物室の中を見渡す。

 港に着いた時から気になっていたことだ。

 内戦が終わり、新政府が樹立した今でもまだ他国との国交は正常とは言えない。

 にも関わらず先ほどの港はどういう訳かにぎわっているように感じた。と、いっても行きかう貨物は武具や貴金属など、随分と偏っていたが。

 実際、ミルアが見る分にはこの貨物室も貴金属がメインのようだった。中にはマジックアイテムと思われる何やら奇妙な力を感じる代物もある。

 ミルアは首を傾げて、これら貨物の使い道を考えてみるがほとんど思いつかない。

 ましな思いつきは精々「お金にかえる」程度だった。

 しかし、どうにも、行先がガリアと言うのがキナ臭くて仕方ないなぁ……

 ミルアがそう思った時、不快な音が耳に届く。

 生理的な嫌悪感とでもいうのだろうか、背中を冷たい汗が伝ってゆく。

 貨物室の壁の向こう。どこまで広がる空から空気を震わせる低い音が聞こえる。

 そしてその音はこちらへとどんどん近づいてくる。

 ミルアの目は貨物室の壁を透過してソレを捕らえた。そしてソレが今自分たちがいる船の四方八方から迫っていることに気が付いた。

 囲まれたっ? 

 ミルアがそう思い、ティファニアの手を掴もうとした時、激しい衝撃が船全体を襲った。

 ティファニアは飛び起きて驚いたようにきょろきょろとする。

 体の軽いミルアに至っては衝撃で貨物室の中を転がり、その先にあった貨物に背中をぶつけてしまう。

 ミルアが急いでティファニアの下へ戻ろうとした次の瞬間、バキバキという音と共に貨物室の床からソレが突っ込んできた。

 ソレは、アルビオンへ向かう際にマリー・ガラント号とイーグル号を襲った巨大な蜂だった。

 その姿にティファニアが悲鳴をあげ、まるでそれ呼応するように次々と巨大な蜂が船底や壁を突き破りさらに貨物室に突っ込んでくる。

 ティファニアの下へ駆けよろうとしたミルアの前に一匹の蜂が立ちはだかる。

 ミルアは舌打ちをする。武器であるデルフは今現在ティファニアの傍の床に転がっていてミルアの手の届く範囲にない。

 魔力刃で対応しようとしたミルアが身構えた時だった。バキバキと言う音が連続で周囲に響き始め、次の瞬間、貨物室が崩壊を始めた。

 巨大な蜂が次々と船に突っ込んできて穴をあけていたのだから仕方ない事なのかもしれない。おまけに貨物室と言う性質上、それなりに重量がかかっているのだから。

 しかしミルアにとって一番問題だったのは、その崩壊にティファニアが巻き込まれたことだった。

 悲鳴をあげて空へと投げ出されるティファニア。


「テファっ!」


 ミルアは声をあげると蜂の脇をすり抜けデルフを拾い上げると自らも空へと飛び出した。

 一方のティファニアはそんなミルアに気が付くことなくパニックを起こしていた。自らの体を抱きしめるように小さくなりながらも泣き叫ぶ。

 ミルアはティファニアへ声をかけるも周囲の羽音が五月蠅くてティファニアへ届かない。

 とにかくテファの下へ行かないと。

 ミルアがそう思った矢先、


「嬢ちゃんっ! 来たぞっ! 後ろだっ!」


「えぇいっ! くそっ!」


 デルフの警告にミルアは珍しく悪態をつき体を捻り後ろを向くとデルフを構えた。

 その直後、ミルアに向かって一匹の蜂が体当たりを試みる。

 ミルアはデルフを大きく振りかぶり、勢いよく薙ぐように振るう。

 その一撃は蜂の強固な外骨格に阻まれ、斬り伏せるという事は出来なかったものの、ガツンという音と共に蜂の体は大きく横へ弾き飛ばされた。

 しかし落下中のミルアもその反動で蜂とは反対側へと飛ばされる。

 手足のふりで何とか態勢を立て直したミルアへデルフが、


「嬢ちゃんっ! 次は上から三匹来るぞっ!」


 このっ! しつこいっ!

 今度は内心で悪態をついたミルアは背中を下に向け、体を上からくる三匹の蜂へと向ける。そして左手で槍を投擲するような構えを取った。

 すると左手の平にばちばちと放電する光り輝く槍が現れる。

 蜂の強固な外骨格を貫くためにいつもより魔力の込められた槍を、ミルアは力いっぱい投擲した。

 風を切る音と共に一直線に飛んで行った光り輝く槍は、迫る三匹の蜂の内の一匹の額に深々と突き刺さり、次の瞬間爆発した。

 爆風により残り二匹の蜂だけでなくミルアも吹き飛ばされる。しかしミルアは吹き飛ばされながらも、ティファニアの位置を確認し、そこへ向けへ飛翔する。

 落下を続けていたティファニアを正面から抱き留めるミルア。

 傍から見れば体の小さいミルアがしがみついた様にしかみえない。

 む、胸が邪魔で背中まで腕が回りきらないっ!

 そんな焦りを抱きつつもミルアはティファニアの体を支えた。

 その後ミルアは何度かティファニアに呼びかけて見るがほとんど反応が見られない。

 恐怖のあまり気絶してしまったのだから無理もない。

 ミルアも、ティファニアが気絶しているだけと気が付いて、ほっとする。

 そしてミルアはここに来て、初めて自分たちが乗っていた船の惨状を見ることになった。


「酷い……」


「あぁ、確かにありゃ酷いな……」


 ミルアとデルフは思わずそう呟く。

 船は至る所に蜂が張り付いていた。ぱっと見ただけでも百匹近くはいるのではないのだろうか。

 蜂の体は全身黒いため、船体を覆う様に張り付くさまは一つの大きな黒い塊だった。

 そして張り付いた蜂たちによって船体の至る所を食い破られぼろぼろと崩れ落ちてゆく。

 あれでは飛ぶことのできない平民の船員たちは助からない。仮に飛べたとしても蜂たちの餌食だ。


「嬢ちゃんよ……一応忠告しておくが助けに行こうなんて思うなよ」


 デルフの言葉にミルアは小さくピクリと反応した。

 そんなミルアの反応に気が付いているのか気が付いていないのか、デルフは続ける。


「今の嬢ちゃんの状況じゃ救出どころか戦闘もままならない。逃げるのが一番の選択だと俺っちは思うんだがね。幸いなことにあの虫どもはどういうわけか船にご執心のようだし」


 ミルアはデルフの言葉に奥歯をぎしりと噛みしめる。

 デルフのいう事をミルアは理解できた。ティファニアという護衛対象がいる中、消耗の激しい空中戦。おまけに相手は通常の刃物が聞かない強固な外骨格を有する巨大な蜂。その数も百近く。

 そんな状況で戦闘どころか救出など高望みににもほどがあった。


「なぁ嬢ちゃん。こんな状況だ。自分と友達を優先してもいいんだぜ? 誰も薄情なんていわないだろうよ。少なくとも嬢ちゃんの周りにはそんな人間いないと思うけどね」


 ミルアはほんの僅かな間、崩れゆく船を見つめると、急いでその場から離れてゆく。


「もし私にもっと力があれば何とかなったと思いますか?」


 船や蜂が小さく見えてゆく中、ミルアがそう呟く。

 するとデルフは小さく柄をかちゃりと鳴らし、


「さぁ、どうだろうな……どれだけ力があっても嬢ちゃんの体は一つだからな。何処かで限界がくるさ」


 ミルアにとってデルフの言葉は理解できるが、それでも胸を締め付けられる思いだった。

 もっと自分が強ければ。いや何処かに彼らを救うための選択肢があったのではないのか。

 ミルアがそう思う中、不意にニューカッスル城での王党派の面々の顔が浮かび、胸にずきりと痛みが走る。

 時折思い出したかのように自らの不甲斐なさに対する痛みがぶり返す。

 私は、たぶん……きっと、これからもこの痛みとは縁が切れない。


「申し訳ありません」


 ミルアから漏れたその言葉はいったい誰に対する謝罪なのか……ただただ、どこまでも続く空に溶けていくだけであった。





「おーい。ハーフエルフの娘っこ。いい加減に起きろー」


 そんなデルフの呼び声にティファニアは目を覚ました。

 自分が何処かにうつ伏せで倒れているのは理解できた。

 顔をあげてみる。日の光に周囲が照らされる中、前方には森が、後ろに顔を向けてみれば何処までも続く水、水、水。

 最初は大きな湖だと思ったティファニアだったが、鼻をつく塩の香りに、その大量の水が話に聞く海だと気が付いた。

 そして、ここにきてふと気が付いた。

 なぜ自分は一人なんだろう。ミルアは何処?

 そう思ったティファニアは初めて体を起こした。


「み、ミルアっ?」


 ティファニアはそう驚きの声をあげた。

 それはミルアがティファニアの体の下敷きになっていたからだ。ちなみにデルフはさらにその下にいる。

 ティファニアは慌ててミルアを抱き起した。そして体中についた砂を払うとミルアを揺り起こそうとした。


「おい、娘っこ。今、嬢ちゃんを揺らすんじゃねぇ」


 突然のデルフの言葉にティファニアは「え?」と疑問の声をあげた。

 次の瞬間、ミルアがせき込んだと思ったら、それと同時に吐血する。


「えっ? ど、どうしてっ?」


 突然の出来事にティファニアは顔を青くする。

 しかしデルフは落ち着いた様に、


「とりあえず嬢ちゃんを地面に下ろしな。あと、体を横に向けといたほうがいい。吐いた血を喉に詰まらせちまうから」


 その言葉にティファニアは顔を青くしたまま従う。

 ティファニアはデルフに従ってミルアを横にすると、自らが身に着けていた指輪に視線を移した。

 その指輪はエルフであった母の形見で、水の先住魔法が込められており、込められた魔力を消耗することにより、どんな怪我でもなおすことができるものだった。

 その母にティファニアはよく言われていた。「困っている人を見つけたら必ず助けてあげなさい」と。

 今、目の前で血を吐いているのは自分の友達になってくれた人だ。なにを躊躇う必要があるのか。

 ティファニアがその指輪の力を使おうとしたとき、


「そいつはもしかして先住の魔法が込められているのか?」


 デルフの言葉にティファニアは頷いた。

 するとデルフは、


「そいつで治療するつもりならやめときな」


「どうしてっ!」


「嬢ちゃんの体は特殊でな。ほっときゃ大抵の怪我は治る。たぶん手足がもげても大丈夫なんじゃねぇかな」


 デルフの言葉にティファニアは驚く。

 そんなティファニアに構うことなくデルフは、


「それに、その指輪、お前さんにとって大事な物なんじゃねぇのか?」


「えぇ……この指輪は母の形見なの」


 ティファニアが少し顔を伏せてそう言うと、


「ならなおさらだよ。その指輪を使って嬢ちゃんを治療しても、嬢ちゃんは後々その事を気にしちまうよ」


 デルフにそう言われてティファニアは悩んだ。

 本当にそれでいいのだろうか? と。

 友達の為なら躊躇うべきではないのではないのか?

 しかしデルフのいう事も理解できた。

 ミルアなら形見の指輪を使ったことを気にしてしまう。ティファニアにも何故かそう思えたのだ。

 ティファニアは少し厳しい顔をして、


「本当にミルアに何もしなくてもいいのね?」


 念を押すようにそう問うティファニアにデルフはかちゃりと柄を鳴らして答えた。


「普通の人間なら疲れたらぶっ倒れるところを、嬢ちゃんの場合、度を超えて血を吐くだけだよ」


 やや、おどけたように言うデルフにティファニアは眉をひそめる。

 実際には血を吐くほど体内がぼろぼろになっているのだがデルフはあえてその事を告げなかった。

 ティファニアはミルアの口元の血を拭いながらあることに気が付く。

 本来なら最初に気が付くべきことだったのだが、ミルアの状態が状態だけに忘れていたのだ


「ねぇ、デルフさん。いったい何があったの?」


「お前さんは何処まで覚えてるね?」


「えぇと……そう、貨物室が崩れて空に放り出されて……」


 そこまで思い出してティファニアは身震いする。あの時の恐怖を思い出したのだろう。

 しかしそこから先が思い出せなかった。


「あぁ、その後な、嬢ちゃんがお前さんを空中で拾い上げて、とりあえずその場から逃げたんだよ。どうしようもなかったしな。そこからは嬢ちゃんにとっては大変だったろうな。下は海。周りを見渡しても、どこまでも海。船がとっていた進路を頼りに陸地を目指して丸一日近く飛んでたんだよ。お前さんを抱えたまま」


 デルフの言葉にティファニアは唖然とした。

 ミルアはその小さな体で丸一日近く自分を抱えたまま空を飛び続けていたのか、と。

 そして気が付いた。もしかして―――


「ミルアが今、こんな状況なのは……」


「お前さんの想像どおりだよ。無理して飛び続けた結果だよ。途中でふらついても決してお前さんを離さないんだから大したもんだよ」


「私、ミルアになんて謝ったら……」


「そこはお礼だろ? まぁ嬢ちゃんの事だ。『お礼なんていいです』とか言いそうだけど」


「それでも私はお礼を言うわ。友達だからこそ嬉しいもの。だからちゃんと私の気持ちを伝えるの」


 ティファニアがそう言った時、ミルアが目を開いた。

 それに気が付いたティファニアが口を開こうとした時、ミルアは不意にティファニアの髪に触れる。


「何処も、怪我はありませんか?」


 どこか力なく問うミルアにティファニアは何度も頷き。


「私は大丈夫だよ。ミルアが守ってくれたから」


 ティファニアはそう言い、自らの髪を触るミルアの手に、自らの手を重ねる。


「ありがとう」


 ティファニアのその言葉に、ミルアはほんの僅かに、本当にほんの僅かに微笑むとよろよろと立ち上がる。

 無論ティファニアは慌てて、


「だ、だめだよ。まだじっとしてないと」


 そう言ってミルアの体を支えるティファニア。

 ミルアはティファニアに体を支えられつつも、


「かといって、ここでじっとしているわけにもいきません」


「でもここが何処かすらわからんぜ?」


 デルフがそう問うとミルアはフードをかぶり、


「まずは誰かに道を尋ねる。基本はそこからです」


 ミルアはハッキリとそう言うが体の方はまだ調子が良くないようで左右にゆらゆらと揺れている。

 見かねたティファニアは自らも、その特徴的な耳を隠すようにフードをかぶると、ミルアに背を向けて、その場にしゃがみ込んだ?


「テファ?」


 ミルアがそう疑問の声をあげるとティファニアは僅かに振り返り、


「私がミルアを背負うわ。さっきミルアを抱き起した時すごく軽いなって感じたの。デルフさんと一緒でも大丈夫よ」


 その言葉に僅かにとまどうミルアだったが、やがて諦めたようにおとなしくティファニアに背負われる。

 やっぱり軽い。

 ティファニアはそう思いつつもしっかりと立ち上がり、


「さぁ。行こう」


 そう言って歩き出したティファニアの表情はとても嬉しそうだった。




















―――ぎちぎちぎち







――――ここよりあとがき――――

読みやすさを考慮して改行箇所を増やして行間を開けてみました。
ど、どうでしょうか……



[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二八話 岐路
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:bf7a1dba
Date: 2013/02/17 19:57

 生きるためには誰かを犠牲にしなければならない?

 本当に?

 もし誰かを犠牲にしなくてもいい選択肢があればどうしますか?

 その選択肢の先にある未来に何があるのかわからない。

 わからなくても選ばなくてはならない。

 私が選ぶ選択肢は……




















 ―――ウルの月、エオローの週、オセルの曜日―――


『出頭せよ』


 そう書かれた手紙を手にタバサは小さくため息をついた。
 
 ラ・ロシェールの街でルイズたちと別れたから二日後、タバサたち一行を乗せたシルフィードは、空の上でニューカッスル城から来た避難船を見つけ、そこでルイズたちと再会した。

 その時タバサはすぐに気が付いた。ミルアがそこにいないことに。

 ルイズたちを問い詰めてみれば、ミルアは避難船が無事に逃げる為の時間を稼ぐためニューカッスル城に残ったという。

 それを聞いた、タバサやキュルケ、ギーシュは驚きの色を隠せなかった。シルフィードすら「きゅいきゅい」と鳴いていた。

 ただ、その時タバサは見たのだ。

 イクスが口の端をゆがめて笑みを浮かべていることに。

 何が可笑しい。

 タバサはそう問い詰めたい衝動を必死に抑えた。イクスはずっと以前からこうなのだと。

 どのような事態でもまるでそれを楽しむかのように笑みを浮かべる。

 気にしても無駄。憤っても無駄。タバサは自分にそう言い聞かせる・

 その後シルフィードの背にルイズと才人を加え、一行はトリスタニアにある王宮へと向かった。無論これまでの事をアンリエッタ姫殿下に報告するためだ。

 直接王宮の中庭にシルフィードで降り立ったため、警備にあたっていた三隊ある魔法衛士隊のうちの一つであるマンティコア隊に囲まれたりと、一悶着あったが、そこへ姫殿下が駆けつけたことにより事なきを終えた。

 その後、ルイズと才人は報告の為、姫殿下の居室に通される。

 別室で待っていたタバサたちは詳しい話は聞けず、ルイズたちが戻ってくるなりすぐさま魔法学院へ向けて出発した。

 そして魔法学院へ帰ってから数日。

 やはりミルアがいない為なのかルイズと才人はどこか元気がなく、ぼんやりと窓の外を眺めていることが多かった。

 同じように窓の外を眺めているタバサにはルイズたちが何故窓の外を眺めているのかわかっていた。

 ミルアが帰ってくるのを待っているのだ。

 たった一度、任務に付き合ってもらったタバサでさえ気になっているのだから、普段一緒にいたルイズたちが気にかけないわけがない。

 ましてやアルビオンに残った動機が動機だ。心配するなと言う方が無理である。

 最初の内はミルアを警戒していたシルフィードも時折魔法学院の周りを旋回していて、何をしているのかとタバサが聞けばミルアが帰ってこないかと周囲を観察していたと言う。

 そして魔法学院に帰ってから、五日後。ルイズの部屋に一羽のフクロウが入っていったのを見たタバサは、なんとなく気になってルイズの部屋を訪ねてみた。

 尋ねてみるとルイズと才人が安どの表情を浮かべている。

 見ればルイズは手紙を握りしめていた。


「何が書いてあったの?」


 基本的に手紙に碌なことが書かれていないタバサは自然とそう尋ねた。

 するとルイズはどうぞどうぞと言わんばかりに手紙を差し出してきて、普段の何処か攻撃的なルイズからは想像できないその行動にタバサは怪訝な表情をしながらも、その手紙を読み始めた。

 手紙の内容は、簡単に言えば、


『今私はミス・ロングビルが住んでいるアルビオンのウエストウッド村と言うところにいます。デルフさん共々無事です。ただ、疲れたのと、帰りの船を探すのが大変なので帰るのに少し時間がかかります。ミルアより。代筆、ロングビル』


 と、言う具合だった。

 その内容にタバサもほっと胸をなでおろした。

 その時であった。

 自室の窓の外で、シルフィードが「きゅいきゅい」鳴いていることに気が付いたタバサは何事かと自室に戻ってみる。

 するとそこには手紙が届いていて、


『出頭せよ』


 これである。

 ミルアが無事であると知った矢先にこれである。

 実に気分が悪い。いつも以上にだ。

 しかしタバサは行かねばならない。

 行かなければ彼女自身と、心を毒薬で壊され、寝たきりの母親の命が危うくなる。

 タバサは窓の外のシルフィードに飛び乗ろうと、窓から身を乗り出した時た。


「へっろぅ~タバにゃん」


 妙ちくりんな言葉と共にイクスが現れた。無論ノックなどなし。無断で扉を開けてだ。

 その顔にはいつものように何とも言えない笑みが浮かんでいる。


「何の用?」


 タバサがそう冷たく言い放つと、イクスはにやにやとしたまま、


「これから任務でしょ? 私も手伝ってあげるよ?」


「必要ない」


 タバサはそう言い、これ以上話はないと言わんばかりにシルフィードに飛び乗ろうとした。

 しかし、そんなタバサのマントをイクスがつかみ引き留める。

 見た目、イクスの体格は胸囲以外ルイズと変わらない。手足も細く華奢と言える。

 しかし、その体から発揮される力はとても強く、タバサは全く前に進めなかった。


「まぁまぁ、そう焦らずに。今回の任務の内容は知ってる?」


 イクスの言葉にタバサは首を横に振る。

 思い返してみれば手紙には続きがあったが、後で読み返せばいいことだ。それは移動中でもできる。

 そんなタバサを心中を知ってか知らずか、イクスは今確認するように急かしていた。

 仕方ないとばかりにタバサは手紙を読み返すことにした。

 そして読み返してみて杖を握る手に力がこもる。


 『吸血鬼』

 
 それが今回の任務の相手だった。

 とある村で吸血鬼が出たから退治しろというものだった。


「確実に任務を遂行するためにも戦力は多い方がいいと思うわけですよ。それに私もたまにはガリアに帰りたいしね」


 おどけたようにそう言うが、タバサの目から見ればすべてが演技に見えてしまう。

 それは、今まで頼る者もおらず、ただ一人で戦い続けてきたタバサだからそう穿って見えてしまうのか。

 ただそれでも、怪しい笑顔で「おねがい」などとイクスに言われれば、どうにも逆らえないタバサがいた。

 自分は彼女を恐れているのだろうか?

 タバサはそう自問せざるをえなかった。





 タバサとイクスが吸血鬼の討伐に向かってから数日。そして、ミルアとティファニアが地上にたどり着いた翌日。

 自力で歩けるまでに回復したミルアはティファニアの背からおりて彼女の数歩前を歩いていた。

 場所は木々が生い茂る森の中。日の光は木々の間から差し込んでいるとはいえ決して明るいとは言えない。

 視界も悪く足元もおぼつかない。

 ミルアは安全の確保という事でティファニアの前を歩き、デルフを使い邪魔な枝葉を薙ぎながら進んでいた。


「釈然としねぇ」


 自らの使われ方にぼやくデルフをミルアはスルーする。自力で歩けるとはいえまだ全快とは言えず、デルフの言葉に何か答える気力がわいてこない。

 メイジで言うところの精神力。ミルアの場合で言えば魔力に関しては問題はない。以前、フリッグの舞踏会でデルフが指摘した、ミルアの中にある内臓以外の物。それが機能している限りミルアに魔力切れと言う問題はほぼ発生しない。

 ほぼ無尽蔵に、なおかつほぼ永久的に魔力を供給し続けるソレはミルアにとって、最大の長所と言えるかもしれない。

 しかし、無尽蔵に魔力が供給されるからといって無尽蔵に魔法が使えるわけではない。

 膨大な魔力と、巨大な出力はミルアの小さな体にかなりの負担がかかってしまう。それこそ自動治癒が全く追いつかないほどにミルアの体は傷ついてしまう。全身の骨や各種内臓が特殊な物に置換されていなかったら、さらに酷いことになってることに違いない。

 おまけにミルアはスタミナが極端にない。

 これらはミルアの長所を無駄にしてしまうほどの短所である。

 故に、ミルアの理想的な戦い方は、膨大な魔力と、強大な出力を用いた短期決戦となる。それもかなり瞬間的な。

 先のティファニアを抱えたまま長々と飛び続けるというのは、短距離用に仕上がった体でフルマラソンをするようなもので、一種の拷問である。

 『欠陥品』とミルアは自身の事を評したりするが、それはあながち間違いとは言えなかった。


「ミルアって変わってるね」


 飛行魔法の使い過ぎで血を吐いたミルアに、ティファニアは特に他意もなくそう言葉にして、ミルアは自身の体の特異性を話すことにした。

 ルイズや才人には未だ話していないことではあるが、ティファニアの、人に明かせない身の上に関して知ってるミルアとしては、自身の体のことぐらい、まぁいいかと思ったためである。

 無論、そのことで気味悪がられる可能性もあったが、なんとなくテファなら大丈夫だろうという思いがミルアにはあった。


「どんな体でもミルアはミルアだよ」


 現にこの言葉である。

 ミルアの事をどういう風に見ているかはともかく、真剣な表情で真っ直ぐにミルアを見てそう言うティファニアに、ミルアは内心でほっとすると同時に、こんないい子が人目を避けて生きなければならないなんて、この世界は随分と酷いことをしてくれる。そう思っていた。


「嬢ちゃんも難儀な身の上だな。でもなんでまた?」


 デルフが尤もな疑問を口にしたとき、ミルアはこちらに近づいてくる気配に気が付いた。

 すぐさまデルフを構えたミルアだったが、すぐに小首をかしげる。

 そんなミルアをティファニアは疑問に思ったが、森の奥からがさがさと音がしてそちらに目を向けた。

 すると森の奥から現れたのは小さな女の子だった。

 金色の髪をやや短めに切りそろえたその女の子はミルアよりやや小さく見える。

 かわいらしい女の子ではあったが問題があった。

 女の子らしいフリルのついた可愛らしい服を着ていたのだろうが、それはぼろぼろになっており至る所で白い素肌が見えている。靴も片方しか履いておらず、履いていない方は泥だらけ。金色の髪も所々が土や泥で汚れている。

 女の子はデルフを構えたミルアを見るや怯えたようにその場にへたり込んだ。

 ほんの僅か女の子を見ていたミルアだったが、そんなミルアを余所にティファニアが慌てたように女の子に駆け寄り、


「あなた、どうしたの? こんなに汚れて……パパとママは?」


 女の子の前に膝をつく形でしゃがみ込み、そう尋ねるティファニアに女の子は首を横に振って「いない」と答えた。

 ティファニアが「はぐれちゃった?」と尋ねると、女の子は再び首を横に振る。


「パパもママもメイジに殺されちゃったの……」


 女の子のその答えにティファニアは小さく息をのんだ。

 自分や、自分が保護してきた子供たちと同じ境遇の女の子を、ティファニアは優しく抱きしめる。

 抱きしめながら「もう大丈夫だよ」と何度も語りかけるティファニアに、やがて女の子もティファニアを抱きしめ返した。


「なぁ、嬢ちゃんよ。もういいんじゃねぇの?」


 デルフは自らを構えたままのミルアにそう声をかける。

 怯えている小さな女の子に対して剣を構えている図というのは、少々問題がある。

 ミルアは小さくため息をつくとデルフを背中に背負い直した。

 自分より僅かに小さな女の子に歩み寄ったミルアは僅かに身をかがめると。


「私の名前はミルア。あなたの名前は?」


 首をかしげるように問うミルアに、小さな女の子はしばらく怯えたようにミルアを見ていたが、


「……エルザ」


 小さな声でそう答えた。





 両親をメイジに殺されたというエルザを保護したミルアとティファニアは、なんとか小さな村を見つけることが出来た。

 幸いなことに、その村の村長は素姓の知れないミルア達を快く受け入れてくれて、村長の家に一晩泊めてくれることになった。


「とりあえずテファはちゃんとフードをかぶっていてくださいね」


 借りた部屋でミルアがそう言うとテファは黙って頷く。

 それを聞いたエルザが不思議そうに首をかしげる。ボロボロだった服は既に村の住民からもらった服に着替えている。

 エルザはティファニアの顔を覗きこみながら、


「どうしてテファお姉ちゃんはずっとフードをかぶってるの?」


 エルザの問いにティファニアは困ったような顔をする。

 そんなティファニアにエルザは更に質問しようとするが、ふと視線を感じて、そちらを見る。


「な、なにお姉ちゃん?」


 エルザは自分をじっと見つめているミルアに怯えて後ずさる。


「いえ、特には……」


 ミルアはそう言うが、威圧感のような物を感じたエルザはティファニアの後ろに身を隠した。

 当のティファニアは苦笑しながらミルアを見る。

 ミルアは首を横に振りため息をつくと部屋を出て、そのまま家の外へと出た。

 見上げてみれば既に日は落ちつつある。

 人口は百人ほどの村ではあるようだが、日が落ちつつある為か人影は少ない。

 きょろきょろと周囲を見渡していたミルアはふと自分を見ている女の子に気がついた。

 年のころはエルザと対して変わらないように見える。腕に小さな女の子を模したと思われる人形を抱えていた。

 ミルアはその女の子に歩み寄ると、


「私に何か用ですか?」


 そう尋ねたミルアに女の子は僅かにミルアを見つめた後、


「お姉ちゃんたちは吸血鬼?」


「吸血鬼?」


 女の子の問いにミルアが疑問の声をあげると、ミルアに背負われていたデルフが、


「人の血を糧とする妖魔だよ。大した力も魔法もないが、人と全く見分けがつかないうえに狡猾な種族でな。人の群れに紛れ込み、正体を見破られることなく次々と人を襲っていくんだよ。主な弱点は日の光かね。と、いっても致命傷になるようなものじゃないけどな」


 デルフの答えにミルアはふむふむと頷く。

 一方の女の子は突然しゃべりだしたデルフを面白そうに覗きこんでいた。

 ふとミルアはあることに気がつき、


「私たちは吸血鬼ではありませんが、どうして吸血鬼かなんて聞くんですか?」


 ミルアがそう聞くと女の子は「うんとね」となんどか繰り返した後、村の外を指差して、


「ずっとあっちの村で吸血鬼が出たんだって」


「そうなんですか。ちなみに私たちはあっちから来たので吸血鬼ではありませんよ」


 ミルアはそう言って女の子が差したのとは反対側を指差す。実際にミルア達は女の子が指差した方向とは逆の方向から来ている。しかし、村長の話を聞く限りトリステインの国境へは女の子の指差す方向へ行かねばならないようだ。

 一抹の不安を感じつつもミルアは女の子と別れ村を散策する。

 若干警戒するような視線を感じるが、それ以上の事はなくミルアは日が落ち切る前に村長の家へと戻った。

 村長から夕食としてパンやスープをもらったミルアは貸し与えられた部屋へと入る。


「へぇ、テファお姉ちゃんは日の光に弱いんだね」


「うん。だからフードとかも、ずっと被ってないといけなくて」


 ミルアが部屋に入るとティファニアとエルザは他愛もない話をしていたようだが、二人の会話内容に、ミルアはあることに気が付いた。

 ティファニアが、その長い耳を隠すために被っているフード。そして、表向きの理由としての日光に弱いという設定。それは吸血鬼の弱点と一致してしまっている。


「テファが吸血鬼と疑われる可能性がある」


 ミルアは小さくそう呟く。

 ただでさえ他の村での吸血鬼の話が出ているのだ。ティファニアが疑われる可能性は十分にある。

 できるだけ早めに村を出た方がいいのは確かだ。

 早ければ早いだけいい。なら明日にでも出るか。

 ミルアはそう思いながら、笑顔を見せながら雑談を続けるティファニアとエルザをちらりと見た。





「これからトリステインに行くの?」


 翌朝、日が昇り、空が白み始めたころミルア、ティファニア、エルザの三人は村を出てトリステインへ向かっていた。
 
 そんな中、エルザが行く先を訪ねてきた。

 ミルアは振り返りエルザを見て黙って頷く。

 するとエルザはやや怯えたような表情をした。無理もない。今から行く方向は元々エルザがメイジから逃げてきたと言う方向である。

 エルザは怯えてティファニアの後ろに隠れた。

 その光景を見てミルアは小さくため息をつく。

 ミルアは背中に下げていたデルフを掲げ、


「大丈夫です。私これでも強いんですよ?」


 ミルアの言葉にエルザは疑いの眼差しを向ける。自分より僅かに背が高いだけのミルアが強いと言ってもハッキリ言って信用はできないだろう。

 そんなエルザの頭をなでながら、ティファニアは


「大丈夫だよ。ミルアは本当に強いから。私の事も助けてくれたし、それにほら、あんなに大きな剣を軽々と振り回してるでしょ?」


 ティファニアの言葉の通りミルアはこれでもかと言わんばかりにデルフを振り回す。風を切る音だけがあたりに響く。

 その光景にエルザはやや納得したようで小さく頷いた。

 その後しばらく森の中を歩き続けた一行は、森の中を走る小さな道を見つけ、その道伝いに歩き始めた。

 日も登り切り、そろそろ傾き始めたころ、不意にミルアが足を止め、残りの二人も立ち止まった。


「どうしたのお姉ちゃん?」


 エルザがそう尋ねるとミルアは前方の道のわきにデルフの切先をむける。

 ティファニアやエルザがその先を見ると、そこには何やらがらくた様なものが転がっていた。それはよく見れば、 


「ば、馬車かな?」


 ティファニアが自信なさげに言うと、エルザも頷き


「馬車だと思うよ。ほら、車輪みたいなのも転がってる」


 エルザの言うとおり車輪と思われるものも転がっている。どれも木材で出来ており、ばらばらになっているそれは腐り始めているものもあった。

 ティファニアが戸惑う様にミルアを見ると、ミルアは森の中のある一点をじっと見つめている。


「嬢ちゃん、何か見えるのか?」


 デルフがそう問うとミルアは頷き、


「何か、大きな生き物がいます」


「大きいってどのくらいよ?」


「身を屈めているのか、よくわかりませんが、四、五メイルほどはあるんじゃないんですかね?」


「あー、そりゃあれだトロール鬼だ。普通はアルビオンにいるもんだが、まれにはぐれトロールとでも言うべき奴が地上にいたりするんだよな」


 呑気にそういうデルフにミルアはやや呆れたように、


「で、危険なんですか?」


「そら、まぁデカいわりに速いし、力はあるし、危険っちゃぁ危険だが、嬢ちゃんが相手なら問題ないだろ?」


 デルフの言葉にミルアはちらりと後ろを見た。

 ミルアの視線の先ではトロール鬼と聞いたティファニアとエルザが怯えている。

 視線を前方に戻したミルアは小さな声で、


「魔法は使わずに行きたいのですが」


 その言葉にデルフが驚いた様に、


「またなんで?」


「少し疑問に思う事があるので手札は残しておきたいのです」


 ミルアはそう言うと、今度は振り返らずにティファニアやエルザに、


「此処はまっすぐ行かずに森の中を迂回しましょう」


 ミルアの言葉に二人が頷いた瞬間、バキバキと木々がへし折れる音がする。


「早く森へっ!」


 ミルアがそう叫ぶと同時に前方からトロール鬼が飛び出してきた。

 爬虫類の様なうろこ状の体。やや前に突き出した大量の牙。鱗の延長線の様な角が、冠のごとく頭を飾っている。五メイルはあろう巨体は、そこにいるだけで相当な威圧感があるであろう。その巨体が唸り声をあげながらミルアへと迫ってきていた。

 四足歩行で迫る様は狼などよりも類人猿に近いものがある。

 トロール鬼はミルアの眼前で片腕を振り上げ、そのままミルアへと振り下ろす。

 ミルアはそれを潜り抜けるようにして躱し、そのままトロール鬼の股下をも潜り抜けた。大人でも少し頭を下げればくぐれそうなトロール鬼の股下をくぐるというのは、体の小さなミルアにとってはたやすいことだった。

 そしてミルアは潜り抜けざまにデルフの背でトロール鬼の脛を思いきり殴りつけた。

 ゴンッという鈍い音と共にトロール鬼が唸り声をあげる。

 トロール鬼は振り向きざまに腕を薙ぐように振るい、それがミルアに迫った。

 ミルアはそれをデルフで受け止めるも、その勢いは強く踏みとどまりきれずに、ティファニア達が逃げ込んだ方向とは逆の森の中へと吹っ飛ばされてしまう。

 木々をへし折りながら、ミルアは三十メイル近く吹っ飛ばされていた。


「ミルアっ!」


「お姉ちゃんっ!」


 ティファニアとエルザが叫ぶ。

 しかし、その声はトロール鬼にも届き、トロール鬼は二人へと迫ってゆく。

 トロール鬼が二人に向かってその腕を振り上げた時、その腕にデルフリンガーが突き刺さった。

 低い声で叫びながらトロール鬼は後ろを振り返る。

 腕を振りながら振り返ったため周囲の木々がなぎ倒されティファニアとエルザは身を縮こませた。


「あなたの相手はわたしです」


 そう言ったミルアがトロール鬼の視線の先にいた。吹っ飛ばされ、木々をなぎ倒した時に切ったのか額からは血が流れているが、それ以外は何処か怪我をした様子はない。

 トロール鬼は唸り声をあげながら、腕に刺さったデルフリンガーを引き抜き、脇へ捨てるとミルアとの距離をジワリジワリと詰め始めた。

 そうだ、それでいい。こっちへこい。

 ミルアは身構えつつも、手の甲で額の血を拭う。

 トロール鬼は、草木が震えるような雄たけびをあげながらミルアへと走り出した。その巨体故か、勢いよく踏み出される一歩一歩に、地面が揺れ、ミルアやティファニア達にもその揺れが伝わる。

 ミルアの目前で振るわれる拳をミルアはトロール鬼の懐へ滑り込みかわした。


「ああああぁぁぁぁっ!」


 ミルアは声をあげると共に軽く飛びあがると、トロール鬼の腹部を左の拳で突きあげるように殴りつけ、その巨体を宙へと打ち上げた。

 重力に従い落ちてくるトロール鬼の巨体を、ミルアは先ほどよりも高く高く打ち上げる。

 そして再び重力に従い落ちてくる巨体をミルアは脇によけてやり過ごした。

 どしん、という大きな音と振動。

 地面に体を叩きつけたトロール鬼はぴくりとも動かず、口から洩れた血液がじわじわと地面にしみ込んでいった。

 動かなくなったトロール鬼を見つめていたミルアは不意に自らの左の拳を見る。しばらく閉じたり開いたりしていたミルアは気分でも悪いのか僅かに眉をひそめた。

 やがてミルアは前を向き、こちらに手を振っているティファニアやエルザの下へと歩き始めた。

 二人の下へたどり着いたミルアへティファニアは「よかった」と声を漏らす。

 一方のエルザは動かなくなったトロール鬼をしばらく見つめていたが、やがてミルアに視線を移すと、


「殺したの?」


 その問いに対して、ミルアはエルザと視線を合わせることなく、小さな声で、


「えぇ」


「トロール鬼が邪悪だから?」


 エルザのその言葉に、ミルアは彼女に視線を向けて、


「はい? なんですか、突然に?」


 ミルアの声に、エルザは僅かに首を傾げて、


「トロール鬼が邪悪だから殺したんじゃないの?」


 そう言うエルザをミルアはじっと見つめる。

 ティファニアは何とも言えない雰囲気に困ったような顔をしていた。

 ミルアはトロール鬼に捨てられたデルフを拾い上げると、


「あれがこちらを殺そうとしていたから返り討ちにしただけです。ただ、返り討ちにするだけなら殺す必要もなかったかもしれませんが、馬車の残骸があったことからあれは人の味を覚えてるはず」


 ミルアがそこまで言うとデルフが「だな」と同意の声をあげる。

 その言葉に頷いたミルアは再び視線をエルザに戻し、


「放っておけばあのトロール鬼はまた人を襲う可能性があります」


「だから殺したの?」


 エルザの言葉にミルアはしばらく黙っていたが、やがて、


「人を食さずに生きていけたのなら殺しはしませんでした。恐らく……」


「じゃぁお姉ちゃんは、人を食べることを邪悪だと思う?」


 エルザにそう問われたミルアは首を横に振り、


「生き物は大抵何かを食べなければ生きていけません。それを邪悪だとは思いません」


「でも、皆は人を食べることを邪悪だって言ってたよ?」


「そんなものは人間の都合です。人間だって他の生き物を殺して食べていますから」


「でも……」


「知ったこっちゃありません」


 ミルアの、やや投げやりな物言いにエルザはきょとんとする。

 軽くため息をついたミルアは、


「食べなければ死んでしまうのなら食べられる側の都合なんて極端な話知ったこっちゃないんです」


「そ、そうなの?」


 ミルアの言葉にエルザはきょとんとしたまま漏らす。

 傍で聞いていたティファニアもエルザと同様にきょとんとしていた。

 ミルアは「ですが……」と続けて、


「もし何処かに妥協できる案があるのなら私はそれを選びたいです」


「どうして?」


 エルザの言葉にミルアは自分の手を見て、


「殺すのも、殺されるのも、誰かが殺されるのも好きではありませんから」


「優しんだね」


「よく言われます。甘いとか。ですが私自身ではそうは思っていません」


 そう言ったミルアは視線をエルザに戻す。

 じっと見つめてくるミルアにエルザは何故か気まずさを覚えて僅かに後ずさる。


「好きでない……嫌なものは嫌なんです。私はただの我が儘だと思ってます」


 ミルアはそう言うと、未だへたり込んだままのティファニアに手を貸し、


「そろそろ行きましょう。こんなところに長居する理由もありません」


 そう言い、テファの手を引きながら歩き出すミルア。

 エルザも慌ててミルアの後を追う。

 そしてミルアの背を見つめながらエルザは僅かに、ほんの僅かに舌なめずりをした。

 ミルアに対しての恐怖があるにもかかわらず、それ以上の物がエルザの中からあふれ出していた。






















[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 二九話 選ばれた命
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:67a2df05
Date: 2013/03/10 04:20

 大きな分岐点。

 選択しだいで結末は大きく変わるかもしれない。

 未来にそれほどの影響を与えるかは私にはわからない。

 とても些細なことかもしれない。

 けれども、私の思うままに。

 その選択が誰にどんな影響を与えることになっても。




















 オーク鬼を撃退したミルア達は森の中をもくもくと歩き続けた。

 しかし日が沈むまでに人里にたどり着くことはできず、そのまま野宿という形で森の中で一泊することになる。

 木々の間から僅かに降り注ぐ双月の明かりの下、虫の音色とたき火から届くパチパチという音だけがあたりを満たし、そんな中で三人は一塊になって眠っていた。

 オーク鬼の襲撃以降、どういうわけかエルザはミルアにくっついていた。出会った当初は何処か怯えるようにミルアと距離を取っていたのに、気が付けばミルアの服の裾を掴んでいたのだ。

 その光景を見たティファニアは、内心で困惑するミルアを余所に嬉しそうに笑っていた。

 そして結局、今現在エルザはミルアの隣を陣取って眠っている。ちなみにティファニアもミルアの隣で、ミルアは二人に挟まれる形で眠っていた。

 その後、時間がたち、たき火の火が完全に消えたところでエルザが静かにその身を起こした。

 エルザは残りの二人を見て、まだ眠っているのを確認すると静かな足取りで森の中へと入る。

 しばらくして戻ってきたエルザの顔には妖艶な笑みが浮かんでいた。

 そしてミルアの下へと歩み寄ると、その傍らに腰を下ろす。そのままミルアに覆いかぶさるようにして体を近づけたエルザはその小さな口を開いた。

 その口の中には人の物とは違う牙が顔をのぞかせていて、


「お姉ちゃん……いただきます」


 興奮したように頬を上気させたエルザは声に出すことなく、口の動きだけでそう告げる。

 そのままエルザはミルアの首筋へ小さな口を近づける。


「っ!」


 まさにミルアの首筋にその牙を突き立てようとした時、エルザは小さな驚きの声をあげた。

 エルザの首をミルアの手が鷲掴みにしたのだ。

 ミルアはそのままエルザとの体の位置を変えるように、地面に押さえつける。

 困惑の表情を浮かべるエルザ。その表情はこの状況を理解できないでいるようだった。

 実の所ミルアはエルザが最初から普通の人間ではないと感づいていた。

 理由は簡単でミルアは視覚に任意でいくつかのフィルターをかけることができる。体温や骨格の透視など様々な種類があり、改造人間であることの一種の恩恵だ。

 それによってもたらされる情報はミルアに、エルザは普通の人間でないと教えてくれていた。

 ただミルアは指し示されたされた情報から、エルザが普通でないと理解しただけで、何者であるかまでは導き出せなかった。

 その理由は簡単で、単に知識がなかったからである。

 結果として、ミルアは、エルザに対して警戒心を高めるだけにとどめていたのだ。

 何せ自分が普通の人間ではないし、今現在はハーフエルフであるティファニアと行動を共にしているのだ。普通の人間とは思えないとはいってもそれをとやかく言う気はなれなかった。。


「状況から察するにあなたが吸血鬼だったんですね」


 ミルアはそう言って傍らのデルフに手を伸ばした。

 それに気が付いたエルザは必死に抵抗を試みる。

 しかし声をあげようにも首を締め付ける力は強く、声は全くでない。首を締め付ける手をどかせようにもエルザの力ではミルアの手をどかせることはできない。

 結果としてエルザはその場でジタバタともがくことしかできなかった。

 だがそれはエルザにとって思いもかけない好機とつながる。


「あれ? 二人ともどうしたの?」


 エルザのもがきはティファニアを起こすことになった。

 そしてミルアの意識が僅かにエルザからそれて、エルザの首を押さえつけていた手の力が心なしかゆるんだ。

 次の瞬間エルザの口から紡がれたのは先住の呪文だった。


「きゃぁっ!」


 ティファニアの悲鳴と同時にミルアの体に、周囲の木々から伸びた枝が絡みつく。見ればティファニアの体にも同様に沢山の枝が絡みついていた。

 二人はそのまま近くの木に縛り付けられてしまう。

 ミルアは力任せに絡みつく枝を引きちぎるが、


「いいの? お姉ちゃん? こっちのお姉ちゃん、ずたずたにしちゃうよ?」


 エルザのその言葉にミルアはぴたりと動きをとめる。

 ミルアが視線をティファニアに向けると完全に彼女は枝でぐるぐる巻きにされており、一本の枝が猿ぐつわのようにして口に巻き付き声をあげることすら封じていた。

 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるエルザはあることに気が付いた。

 ティファニアのフードが取れているのだ。

 エルザは驚いたかのように、


「あれ? お姉ちゃんエルフだったの? ん? でも少し耳が短いような……もしかしてハーフとか?」


 ティファニアはエルザの問いに小さく頷く。

 にやりと笑みを浮かべたエルザは、そのままティファニアに歩み寄る。舌なめずりをしながらの笑みは実に妖艶で、その笑みにティファニアは怯えるしかなかった。


「お姉ちゃんの血の味もすごく興味あるわ」


 エルザはそう言い、ティファニアの頬をなでる。

 その感触にティファニアは青ざめ、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

 恐怖のあまり目をぎゅっと閉じる。

 そんなティファニアにエルザが牙をむいた時だった。

 エルザの脇腹に金色の光球が直撃し彼女を大きく吹っ飛ばす。エルザに直撃すると同時に弾けた光球ではあったがその勢いから生み出された威力は相当なもので、エルザは十メイル以上の距離を吹っ飛ばされていた。

 目を開いたティファニアが見たのは、何故か枝の拘束から解放されたミルアだった。そして彼女の横にはもう一つの光球……魔力弾が空中に浮かび待機している。

 そして、その魔力弾はよろよろと立ち上がろうとするエルザめがけて飛んでゆき、今度は腹部に直撃しエルザは再び吹っ飛ばされ地面の上を転がっていった。


「テファ、大丈夫ですか?」


 ミルアはそう言い、ティファニアを拘束している枝に触れる。

 すると枝はするするとほどけてゆきティファニアを解放した。

 ティファニアは最初きょとんとしていたがミルアがおそるおそるティファニアの頬に触れ再度「大丈夫ですか?」と聞いてきたので、笑みを浮かべ「大丈夫だよ」と答えた。

 その答えに、ミルアは相変わらず表情を変えないが何処か安心したような様子に、ティファニアは気が付く。

 その光景を地面に倒れたまま見ていたエルザは「何故?」と小さくつぶやく。

 ミルアは杖を持っていない。なのに魔法と思われるものを使った。杖を使ったのでなければ先住の魔法という可能性がある。しかし少なくともエルザはあんな光球を飛ばす魔法をしらない。しかもだ、何故、枝の拘束が解けているのか?

 それがエルザには一番の謎だった。

 ミルアを拘束していた枝は引きちぎられたわけでもなく綺麗に「ほどけて」いた。

 その上、ミルアが触れただけでティファニアの拘束までとけてしまった。

 エルザは再び先住の魔法を唱え、そして唖然とする。


 発動しないのだ。


 理屈は分からないが封じられたことは理解できた。

 魔力弾が直撃したときに何か細工をされたのか。あるいは、その場の精霊との契約が事前に必要な先住魔法の特性上、その精霊との契約が何らかの理由で解除されたのか。

 ともかく自らの力を封じられたエルザは次の行動に移した。

 逃げるしかない。

 そう決断したエルザはミルア達に背を一目散に走り出した。

 いくらミルアが動きが早くても、木々の間を縫うように逃げればそう簡単には追いつかれない。

 そう判断したエルザは軽い身のこなしで森の中を駆けてゆく。

 そしてちらりと後ろを確認したとき、彼女の顔が驚愕でゆがんだ。

 人の頭ほどの大きさの魔力弾が木々を行けながらエルザに迫ってきていたのだ。

 対象を自動追尾する魔力の塊であるそれは、通常二発同時生成から一発生成にすることにより「障害物をよける」という新たな付加要素を加えられたため森の中のエルザを追う事が出来た。

 そしてそれは見事にエルザの背後から腰に命中する。


「あがっ……」


 走っていたこともあってか、エルザはそのまま正面の木に突っ込み、そのままずるずると地面に崩れ落ちた。

 そこへデルフリンガーを手にしたミルアがやってきた。

 仰向けで、顔を鼻血や涙でぐしゃぐしゃにしたエルザにミルアはデルフを突きつける。


「どうして? どうして? 私悪いこと何もしてないのに……なんでよ……」


 エルザは疑問の言葉をなんども口にする。

 少なくともエルザにとっては悪い行為とは言えないことはミルアは理解していた。

 人の血を吸わなければ生きていけないのだから、エルザの行為は当然で、それを悪いなどと言うつもりがないのは以前にも口にしたこと。

 ならば何故エルザに刃を向けるのか。

 それは至極単純なことで、


「人を、私自身を、そして何より、友人を守る為です」


 ミルアはそう口にするとデルフリンガーを振り上げる。


「嫌だ。死にたくない……死にたくないっ! パパやママみたいに死にたくないっ! お願い何処か余所にいくからっ! お姉ちゃんたちとは二度と会わないからっ!」


 必死に命乞いをするエルザの言葉にミルアは奥歯をぎりっと噛みしめ、デルフリンガーを握る手にさらに力がこもる。

 ミルアは一度目を閉じ、再び明けると勢いよくデルフリンガーを振り下ろした。










「人間と共存できた吸血鬼がいなかったわけじゃねぇ」


 そんなデルフリンガーの言葉がミルアの動きを止めた。

 デルフリンガーの刃はエルザに触れるか触れないかの位置で止まっている。 


「飢えは汗なんかでなんとかできるし、血にしたって偶に飲むぐらいで生きていける。何も毎日飲まなきゃならないわけじゃない。それに吸い殺す必要なんかない。まぁ口封じの意味やグールを作る意味もあって吸い殺してるんだろうが、眠らせておけば、ばれないのにお前さんたち一族は馬鹿だよ。ずっと吸い殺し続けてきたから完全に人間の敵になってる」


 デルフリンガーの言葉にエルザは唖然とする。

 あまりにも当たり前に吸い殺してきたのだ。無理もない。

 ミルアはそんなエルザから視線を外さず、


「吸い殺し続けなければ、人間と殺しあう関係にはならなかったと?」


「少なくとも今よりはましだったろうな」


 ミルアはその言葉に頷きエルザを見た。

 エルザは怯えた目でミルアを見ながら、


「どう……すればいいの?」


「デルフの言った通りにすることは可能ですか?」


 ミルアがそう問うと、エルザは何度も頷く。

 生きるため。エルザには他の選択肢が浮かばなかった。

 死にたくないという一心で生きてきたのだ。エルザにとっては藁にもすがる思いだった。

 そんな様子を少し離れた所から見ていたティファニアがほっと胸をなでおろしている。

 ミルアはデルフリンガーの切っ先をエルザからそらすと、エルザに向かって空いた右手を差し出した。

 エルザはやや戸惑う様にその手を取ろうとする。

 この手を取った先、決して裏切ることは許されない。それは自らの死に直結する。

 それを理解したエルザはしっかりとミルアの手を取った。

 その時、双月の明かりに反射して何かが真上の方で光ったのがエルザには見えた。 


「っ!」


 それはミルアも同じだったようでエルザの腕を引き、そのまま抱え上げた。

 次の瞬間エルザが倒れていた地面に大きな氷の槍が突き刺さる。

 ミルアは上を見上げつつも、とん、とん、と飛び跳ねて後ろへ下がる。

 エルザを抱えたままのミルアの視線の先に、現れたのはタバサとイクスの二人だった。

 二人は上空を舞うシルフィードから飛び降りると、レビテーションの魔法でふわりと地面に降り立つ。

 タバサとイクスの姿を見たエルザは、びくっと震え、エルザを抱えていたミルアもそれに気が付いた。


「その子は吸血鬼。こちらに渡して」


 そう言って杖を向けるタバサ。イクスはその隣でいつも通りの笑みを浮かべている。

 ミルアは首を僅かに傾げて、


「渡して、どうするのですか?」


「退治する」


 エルザを吸血鬼と知っているタバサの言葉、エルザの怯えよう。エルザを追っていたメイジが彼女たちであるのは明らかだった。

 タバサの言葉にミルアは首を振る。

 小さな声で「どうして」と呟くタバサにミルアは、


「この子はこれから、人の命を奪わずに生きていく道を選びました。それを邪魔されてはかないません」


 ミルアの言葉にタバサは首を横に振る。そしてエルザを真っ直ぐに見て、


「仮にあなたの言葉が本当でも、その吸血鬼は既に何人も殺している。その咎は受けるべき」


「お断りします。ただ生きるために、生きたいがために足掻いてきたのです。無知ゆえに人を殺してきました。ですが変わります。変われます」


「殺された人の家族は納得しない」


「身内を殺されて納得など、どうできるのですか? 完全な納得などできるとは思えません。わだかまりは残ります。死んだ人は帰ってこないのですから」


「家族の事はどうでもいいの?」


「どうでもいいともとれますね……ですが正確に言えば何もできないです。死んだ人をかえしてあげれませんから」


 ミルアはそう言うとちらりとエルザを見て、


「今の私はこの子を守りたい。ただそれだけです」


 その言葉を聞いたイクスは笑みを浮かべながらもため息をつく。まるでやれやれと言わんばかりである。

 一方のタバサはミルアをにらみ、


「貴方は我が儘」


「復讐、仇討。それは憂さ晴らしという、そちら側の我が儘です。失った人は帰ってはきません」


 ミルアの言葉にタバサは杖を強く握りしめ、イクスは軽く顔を伏せ口の端で大きく笑う。

 タバサは小さく前に踏み出すと小さな声で、


「イクス。あの吸血鬼だけを討つ。手を貸して」


「いいけど。タバにゃん、あっちのハーフエルフと思われる耳が中途半端に長い美少女はいいの?」


 イクスの言葉にタバサは視線をちらりとティファニアに向けると、


「別にほっておいていい。怯えていて、戦意もない。こちらが仕掛けなければ問題ないはず」


「了解了解。タバにゃんは援護を。私が突っ込むよっ!」


 イクスはそう言うと空中に作り上げたジャベリンを掴むと一気に駆け出した。










 まだ夜明けまで僅かに時間を残す中、森の中からは硬いもの同士がぶつかり合う甲高い音が響いてきていた。

 イクスが振るうジャベリンを、ミルアが左手に持ったデルフリンガーで受け、逸らしていた。

 ミルアの動きをけん制するようにタバサのエア・カッターなどがミルアの足元を削る。

 いまだに右手でエルザを抱えた状態ではあるが、単純な身体能力ではスタミナ以外は確実にミルアの方がイクスやタバサより上のはずである。

 ミルア自身もそこは負けるつもりはなかった。

 だが現状、ミルアは苦戦していた。

 左腕しか使えないというのもあるが、意外にもイクスの力が強いのだ。

 両腕で振るわれるジャベリンの衝撃は僅かではあるがミルアの腕をしびれさせる。

 上空への退避も考えたがティファニアもいる上に、シルフィードがずっと旋回している。

 消耗が激しい空中戦は厳しいものがあった。

 そして、


「てぇえっい!」


 そう叫び、イクスは左足を振り上げ、ミルアは上体をそらすようにして、その攻撃を避けるとステップで後ろに下がる。

 イクスはジャベリンでの攻撃以外にも足技を駆使してきた。

 ミルアが今まで見てきた限りで、ハルケギニアのメイジが体術を使うようなイメージはなかった。現にミルアのイメージはあながち間違いとは言えず、メイジたちは基本魔法の撃ちあいで勝敗が決することが多く、軍人でも杖を剣のように使う事はあっても足技というのは基本ない。

 イクスが珍しいのだ。

 そしてイクスはただ珍しいだけではなく十分に強かった。

 現にミルアは防戦一方だった。

 生身の人間で、尚且つ顔見知りでルイズの友人に本気は出せないこと。片腕というハンデ。そして、それなりに実戦経験を積んだ実力者の技。

 ミルアが苦戦するには十分だった。

 ぶぉん、と空気を裂く音と共に振り下ろされるジャベリンをミルアは後ろに下がることでかわした。

 しかしそれと同時に放たれたタバサのアイス・ニードルが地面に突き刺さり、ミルアの足をからめ捕った。

 バランスを崩したミルアの左手にイクスのジャベリンが叩き込まれ、デルフリンガーが零れ落ちる。

 内心で舌打ちしたミルアは空いた左腕でイクスにパンチを見舞う。

 しかし立て続けに放たれたパンチをイクスはその場からほぼ動くことなく横へずらしたり、反らしたりするだけでかわした。

 そして、これでもかと放たれたミルアの回し蹴りを、イクスは膝蹴りの要領で受け止めた。

 さすがにミルアも驚かざるをえなかった。自分の攻撃をこうもあっさりと全て捌かれるとは思わなかったのだから。

 ミルアが足を下ろそうとした時、イクスの方がそれは早かった。

 回し蹴りを受け止めた方の足でミルアの軸足を勢いよく払い、ミルアは一瞬空中に浮く形になった、そんなミルアをイクスは思い切り蹴り飛ばしたのだ。

 蹴り飛ばされたミルアはそのまま空中を数メイルほど飛んでいきそのまま木に背中を打ち付ける。

 ほんの一瞬浮いただけの相手を蹴り飛ばすなど、普通はできる芸当ではない。

 だがイクスはそれを平然とやってのけた。

 それはイクスの実力の証明でもあった。

 しかしミルアはエルザを抱え木に寄り掛かりつつも膝をつくことはなかった。


「ミルアっ……」


 ミルアの名を呼び駆け寄ろうとするティファニアをミルアは、


「そこでじっとしていてくださいテファ。私は大丈夫です」


「で、でも……」


「大丈夫です。私は……負けませんから」


 ミルアはそう言いながらしっかりと両足で立つ。

 そして左手を掲げる。

 すると上空に、シルフィードがいる高度より僅かに下に直径一メイル程の、五芒星の魔法陣が一つ展開された。

 その魔法陣はみるみる内に数を増やし、目に映る空一面を覆い尽くす。


「なに……これ……」


 タバサは唖然として空を見上げ、


「やば……これ今の私には無理ゲーすぎる」


 イクスもそういい冷や汗を流した。


「テファっ! その場を動かないでくださいっ!」


 ミルアはそう言うとすべての魔法陣が光り輝き、


「降り注げぇぇぇぇぇえっ!」


 そう叫び振り下ろされた左手に呼応するように魔法陣から大量の魔力弾が降り注いだ。










 地味に痛い。まるで力の弱い美少女に「バカっバカっ!」とポカポカと殴られてるかのよう。でも数が多すぎて地味に痛い。というか数大すぎ。数の暴力反対。

 というのはうつ伏せに倒れているイクスの言葉である。

 怪我はしていないがタバサも同様に地面に倒れていた。

 ミルアは一応、威力の加減はしたのだがやはりそこは数の暴力。

 各魔法陣からの十秒以上にわたる一斉掃射はタバサとイクスの両名を地面に縫い付け、周囲の多くの木々が、細い枝をへし折られてなんともさびしいことになっていた。

 タバサが自力で仰向けになると、そこへシルフィードが舞い降りてタバサにすり寄る。

 シルフィードに捕まる形で立ち上がったタバサの所へミルアが歩み寄り、


「タバサさん……」


「貴方の勝ち。私たちの負け」


「私のまわがまま、押し通させてもらいます」


 ミルアがタバサを真っ直ぐに見てそういうと、


「かまわない」


 小さくそう言ったタバサはミルアの脇で怯えたように自分を見てるエルザを見て、


「もし貴方がミルアを裏切ったら……今度こそ私は貴方を討つ」


 タバサの言葉にエルザは小さく何度も頷く。よほどタバサが怖いようである。

 ふいに思い出したようにタバサはティファニアに視線を移すと、


「あの子は?」


「彼女はミス・ロングビルの妹でティファニアです。色々あって学院長に保護してもらおうかと」


 ミルアのその言葉で納得したのか、タバサは「わかった」といい小さく頷くと、シルフィードを伴って未だ倒れたままのイクスの下へ行こうとした。

 しかし不意に立ち止まるとミルアのほうへ振り返る。

 何事かとミルアが首を僅かに傾げると、


「いいわすれてた……まだ此処では早いかもしれないけど、おかえり」


 ほんのわずかに嬉しそうな色を滲ませてタバサはそう言った。

 その言葉にミルアは小さく頷くと、


「ただいまです。タバサさん」


 いつもと変わらぬようにミルアはそう口にした。










「まぁ、これはこれで結果としてはありかな?」


 むくりと起き上がったイクスは笑みを浮かべながら、ティファニアに抱きしめられているミルアを見てそう言った。

 そこへタバサがシルフィードを伴ってやってきた。

 イクスはタバサの方を見ることなく、


「よかったね。タバにゃん」


 イクスの言葉にタバサはわけがわからず、


「何が?」


 タバサがそう返すとイクスは、あはは、と笑うと、


「自らの復讐すら成し遂げていない君が、他人の復讐の為にその手を汚すことがなくて、よかったね」


「っ! そんなこと……」


「くくくっ……いつになく感情的だよタバサ」


 笑みを浮かべながらそう言うイクスは未だタバサと目を合わせようとしていなかった。

 それが余計にタバサの神経を逆なでしたようで、タバサはイクスを睨み付ける。

 そんなタバサをイクスは横目でちらりと見た後、再び視線をミルアに戻して、


「正直、私も復讐に関しては、あの子と同意見だよ。所詮は自己満足の非生産的な行為だよ。感情任せと考えれば実に愚かな行為だ。人の行いとしては下の下だね」


 イクスの言葉にタバサは思わず掴みかかりそうになるのを必死に抑えた。

 挑発されているんだと、自分に言い聞かせる。

 そんなタバサの葛藤を知っているのか、イクスはいつもとは違う、何処か優しげな笑みをタバサに向けて、


「けどねタバサ。私もあの子も、それが悪いなんて一言も言ってない。行為としては下の下だと思っているけど、同時に人間らしくもあると思っているよ」


 イクスはそう言うと立ち上がり、スカートのお尻についた土を払い落とすと、タバサの正面に立ち、


「自覚しておいてほしんだ。覚悟しておいてほしんだ。復讐は何処まで行っても自分のための行為でしかない。そうである以上誰かが君の前に立ちふさがることを止めることはできないんだよ。たとえば誰かがタバサと同じような理由で、復讐としてキュルケを本気で殺そうとしたらタバサはキュルケを助けようとするでしょ? 友達だもんね。大切だもんね」


 イクスの言葉にタバサが即頷くとイクスはにっこりと笑って、


「そういう事だよ。君はその時、相手の事情なんて知ったことじゃないんだよ。大切だから、守りたいから守る。君の個人的な事情と相手の個人的な事情がぶつかってしまう。ここまで言えばわかるよね?」


「誰かがジョゼフを守ろうとする」


「うん。そうだね。彼も人間だ。人は一人でいろんな一面を持っている。君が知らないジョゼフの一面もあるだろう。そうである以上彼の事を大切に思っている、守りたいと思っている人間はいないなんて言えない。そしてね、君の前に立ちはだかる者のは何もそれだけじゃない」


 イクスはそう言うと、タバサの頭を軽くなでるようにしながら、


「君を大切に思う者たちだ。自らの感情を慰めるための復讐。それを良しとせず君を大切に思う者なら君の前に立ちはだかることもあるだろうさ。ただ君を止めようとする者。本心では復讐なんてやめてほしいと思いつつも君の決断を尊重するもの。君が手を下すぐらいなら自分がと思う者。他にもあるかもだね」


 イクスの言葉にタバサは幾人かの顔が頭に思い浮かんだ。

 覚悟しておいてほしい。というイクスの言葉をタバサは反芻する。 

 タバサの中に小さな不安が生まれた。自分が決断したときその人たちはどうするのだろうか、と。

 そんなタバサの前に不意にイクスの左手の小指が突き出された。


「なに?」


 タバサがそう疑問を口にすると、イクスは笑みを浮かべたまま、


「約束の儀式だよ。ほら私の小指にタバサの小指を絡めて」


 なんとなく言われるままにタバサはイクスの小指に自分の小指を絡める。

 何を約束するのだろうか? タバサが疑問に思っていると、


「君が決断したその時、私は必ず君の傍にいよう。ただ傍にいる。決して君を一人にはさせないよ」


「……どうして?」


 タバサが小さくそう口にすると、イクスは何処か寂しげな笑みを浮かべて、


「知識はあれど、人とのかかわりという点においては私は世間知らずといえるのかもね。だからかな。惚れっぽいんだよ。君も、ルイズも、みんなの事が大好きなんだ」


 そう言うとイクスはするりと小指をほどいて、両手を広げると、


「さぁタバにゃんっ! 帰ろう魔法学院へっ!」

 笑顔でそう声をあげるイクスの後ろの朝日がまぶしくて、タバサは目を細めた。






















[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 三零話 羽を休める場所
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:67a2df05
Date: 2013/04/24 23:32

 大空を駆け抜ける翼はそこで眠りについてました。

 いずれ来る戦場へと舞い戻る為に。

 その身に刻印を刻み、新たな主を心待ちにして。

 翼に魂はないのかもしれないけれど、魂のあるものが翼を身にまとうのをひたすらに待ち続けて。

 そして、その身に刻んだ刻印が、私にある事実を告げていました。




















 才人は青い空の下、何処かわからない草原をデルフ片手に走っていた。

 隣にはルイズがおり、才人の空いた左手を握り一緒になって走っている。

 しばらく走ったところで沢山の巨大な虫に囲まれたミルアを見つけた。

 ミルアが苦戦しているのは一目でわかった。

 時折片膝をつきながらも襲い掛かってくる虫を双頭で殴り飛ばす。

 だがそれも長くは持ちそうになかった。

 ミルアを囲む虫の輪。それが徐々に狭まっていく。

 だから、と二人は走る速度を上げた。ミルアのいることろに少しでも早くたどり着くため。助けられてばかりはもう嫌だと。

 ルイズが杖を抜き、失敗魔法の爆発でミルアを囲む虫達を次々と吹き飛ばす。

 才人はルイズの手を放すとさらに速度を上げルイズが撃ち漏らした虫たちを一刀のもと切り捨てていく。


「ミルアっ! 大丈夫か?」


「ミルアっ! 大丈夫なのっ?」


 才人とルイズがそう問うと、ミルアはややふらつきつつも、


「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます。才人さん。ルイズさん」


 ミルアがそう礼を言うと、


「何言ってるんだよ。ミルアは俺の相棒なんだから助けるのは当然だろ?」


「ミルアは私の従者なんだからね。こんな所で勝手に倒れられちゃ困るわよ」


 才人は、にかっと笑みを浮かべて言い、ルイズはやや照れたように顔を赤くしていた。


「それでも……ありがとうございます」


 ミルアはそう言って、今まで一度も見せたことのない、年相応の可愛らしい笑顔を才人やルイズに向けて見せた。










  ―――ウルの月、ティワズの週、マンの曜日―――


 才人が目を覚ますとそこはいつもと変わりないルイズの部屋だった。

 窓から日が差し込んでおり既に朝であった。

 才人が隣を見れば未だにルイズがくぅくぅと眠っている。

 アルビオンでの出来事以降、才人はルイズのベッドで眠ることを許可されていた。

 無論手を出せばどうなるかは火を見るよりも明らかなので才人は必死に思春期男子としての、いや健康的な男としての衝動を必死になって押さえていた。

 ベッドは狭くなるが、せめてミルアを挟んで川の字なら何とかなるはずだ。と才人はミルアの帰還を心待ちにしていた。というよりも早く帰ってきてくれと祈っていた。

 そんな時に夢を見た。

 自分とルイズが一緒になって窮地に陥ったミルアを助ける夢。

 最後に見たミルアの笑顔。

 少なくとも才人はあんな笑顔は見たことはない。

 何せ夢である。

 そう夢だ。

 そこで才人はあることに気が付いた。

 夢という事は、ミルアを助ける自分たちや、ミルアの笑顔。あれはもしかして自分の願望なのか、と。


「うわ……まじで? えぇ~?」


 才人はベッドの淵に座り込んで頭を抱えた。

 ミルアを助けたいというのは納得できた才人だったが、あの笑顔は、あの反則的に可愛らしい笑顔は駄目だった。

 そんな笑顔を望む自分が恥ずかしてしょうがない。というか大丈夫か俺? と才人はうんうんと悩む。

 するとルイズも目を覚ましたのか、むくりと起き上がり目を擦る。

 そしてぽつりと、


「何……今の夢……」


 そう口にした後、すぐに才人同様に頭を抱え込み、これまた才人同様にうんうんと悩みだした。

 どんな夢を見たのかと才人は尋ねるも、ルイズは顔を赤くしながらも絶対に夢の内容を語ることはなかった。





 その日のお昼頃、才人はルイズを始め、ギーシュ、キュルケ達と馬にまたがって学園の外にいた。


「しかしタルブの村なんて随分と急な話よね」


 キュルケがそう言うと、


「だが僕としては丁度良かったね。タルブと言えばワインが有名だ。現地で買ってきた上物をプレゼントすればモンモラシーもきっと許してくれるだろうからね」


 と、未だ以前の二股の一件を許してもらえていないギーシュがやや、情けない声でそう答えた。


「ギーシュはわかるとして、なんであんたまでついてくるのよ?」


 ルイズが不機嫌を隠すことなくキュルケに言う。ついでに睨み付けている。

 そんなルイズの刺々しい物言いもどこ吹く風とキュルケは、


「だってミルアからの手紙によれば今タルブの村にはタバサもいるんでしょ? だったら私も行ってもいいじゃない? タバサは私の親友よ?」


 キュルケの言い分を理解できるだけにルイズは、うぐぐとキュルケをにらみながらも押し黙る。

 親友なら仕方ないと諦めるルイズの脳裏にちらりとだけイクスの顔が浮かぶ。しかしルイズはそれをぶんぶんと首を横に振って消し去る。

 それを不審に思った才人が「どうした?」と聞くがルイズは、なんでもないと言い放つ。


「けどミルアも勝手だわ。アルビオンでは私たちに学園で待っててくれなんて言っておきながら、急に手紙でタルブの村に来てほしいだなんて。しかもイクスやタバサ、シエスタまでいるって話じゃない」


 ルイズがぷんぷんとそう言うと、才人は苦笑しながら、


「イクスやタバサがいるのはちょっと驚きだけど、タルブの村ってシエスタの故郷らしいし、ちょうど休暇をもらって帰省してたみたいだな」


「しかも手紙によれば情勢の芳しくないアルビオンで、ミス・ロングビルから面倒を見ていた孤児を二人託されたって……あの子、アルビオンで何やってたのよ」


 そう言って手紙を持つルイズの手はぷるぷると震えている。 

 事実ミルアはルイズに黙ってかなりまずいことをしている。無論離れていたので相談することもできなかったのだが、独断でやりすぎなのは間違いない。全て包み隠さずに話せば爆発魔法の一発や二発は免れないかもしれない。

 そんなルイズを才人は「ははは」と乾いた笑みを浮かべながら見ていた。

 しかし才人もミルアが孤児を二人も託されたという事には驚いていた。


「なんていうかさ、ミルアってお節介だよな」


 ふと頭によぎった言葉を才人は口にした。無論悪気はない。ただ何となくそう思ったのだ。現にそのお節介にいろいろ救われている気もするし、何処かで誰かを救っているのだろう。


 だが才人達は知らないし、ミルア自身も別段気が付いていない。

 そのお節介は、色々なものを際限なく背負う無謀な行いだという事に。





 タルブの村に着いた才人達を出迎えたのはミルアであった。

 尻尾の様な後ろ髪を風に流しつつミルアは、ぺこりと頭を下げて、


「ようこそタルブの村へ」


 そう言ったミルアの体がふわりと浮きあがった。

 当の本人はきょとんとした感じだが無理はない。

 ミルアの無事な姿を見て感極まった才人がミルアを抱え上げて、その場でくるくると回りだしたのだ。


「おぉい相棒……おれっちは無視かい?」


 ミルアに背負われたままのデルフリンガーが何処か悲しそうな声をあげる。

 しかし才人はデルフリンガーの存在に気が付くとさらに回る速度を上げた。

 そんな才人の尻をルイズが蹴り飛ばし、才人はしぶしぶといった具合にミルアを下ろした。


「無事な姿を見て嬉しいのはわかるけど限度があるでしょう。恥ずかしいわね」


 ややジト目のルイズから才人は目をそらしつつ、


「あはは……つい」


 そう言う才人から視線をミルアに移したルイズは、


「とりあえず、あんたが元気そうでよかったわ」


 何処かそっけない態度を装うルイズにミルアは一言だけ「ありがとうございます」と口にする。

 そんなミルアを見て、ふと才人は妙な感じがして、


「なぁ、ミルア。何かあったのか?」


 その一言にミルアはぴたりと動きを止めた。

 普段から表情はほぼないと言ってもいいし、その挙動も小さい。しかし少なからず共に過ごした時間がある才人やルイズからすれば、再会したミルアの態度は何処か違和感を感じた。

 何処となく強張っているそんな感じがしたのだ。

 そんなミルアの態度にルイズは、


「べ、別に私はあんたが色々勝手にしたこと怒ってないわよ? そりゃあ、色々驚いたけど。ねぇサイト?」


「そうそう、手紙の内容に驚きはしたけど無事で何よりだし、俺もルイズも怒ってねぇよ」


 ルイズと才人がそう言うもミルアは特に反応を示さない。

 何か違ったのだろうかと、困惑気味に才人とルイズは顔を見合わせる。

 ミルアは少し考えるようなそぶりを見せた後、


「取りあえず、私が預かった二人を皆さんに紹介しますね」


 ミルアはそう言って才人達を伴って歩き出した。










「は、はじめまして。ティファニア・ウエストウッドといいます」


 タルブの村にある小さな宿の一室で、イクスやタバサを交え、フードを被ったままのティファニアは才人達にぺこりと頭を下げる。

 そして、そんなティファニアをまねるようにエルザもぺこりと頭を下げた。


「?」


 下げた頭をあげたティファニアは才人やルイズが唖然としているのを不思議そうに見る。それはエルザも同様だった。

 一方の才人やルイズは、その視線をティファニアのすさまじく大きな胸に注いでいた。

 なにせティファニアの、頭を下げる、上げる、という一連の動きによりその大きな胸が思い切り大きく揺れたのだ。

 音にすると「たゆんたゆん」とか「ぶるん」とかいう具合の。

 才人は男の子としての本能的なものに逆らえず、ルイズはないものねだり的な、二人はそんな意味合いを込めてティファニアの胸を凝視していた。

 ――――これは本物なのか? そんな馬鹿な!

 才人とルイズの気持ちが見事にシンクロする。

 しかし、そんな二人に、


「二人とも何を固まっているのですか?」


 普段通りのミルアの冷めた声に、才人とルイズは現実に引き戻される。


「あ、いやゴメン。えぇと俺の名前は平賀才人。ハルケギニア風に言うとサイト・ヒラガって言うんだ。よろしく」


「わ、私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」


 にこやかに自己紹介をする才人とは対照的にルイズはティファニアに対抗するように胸をはる。

 そんな二人に続く様にキュルケやギーシュもそれぞれ自己紹介をする。一応言っておくとギーシュもしっかりティファニアの胸を凝視していた。しかたない。男の子だもん。ギーシュだもん。


「ねぇ、ところで、あんたどうして屋内でローブ着たまんまで、おまけにフードまで完全着用じゃない。暑っ苦しいわね」


 ルイズはそう言って訝しげにティファニアをみた。

 才人達も同様の疑問を持っているのか、ルイズの言葉に僅かに頷く。

 そんな様子にティファニアは困ったような顔をしてフードをさらに目深に被る。そしてミルアの方をちらりと見る。

 するとミルアは何か考え込むように僅かに首を傾げていたが、やがて、


「皆さんには驚かないでほしいのですが……」


 ミルアはそう言うとティファニアを見て、


「テファ、フードを取ってください」


 ミルアのその言葉にティファニアは固まる。

 それは無理もないことである。

 ティファニアにとって、才人達は初対面の相手だ。しかも貴族相手に自分のハーフエルフとしての特徴的な耳を見せるのには抵抗があって当然である。

 ティファニアが渋っていると、ミルアはティファニアの手を握り、


「大丈夫ですよ。私が傍にいます。それに彼らも私にとっては大切な友人です」


 そんなミルアの言葉には大した根拠はない。

 それはティファニアにも理解できた。

 けれどティファニア、はなんとなく、どことなく「大丈夫。何とかなる」そんな気がしてきた。

 自分の手を握るミルアの小さな手を少しの間見つめていたティファニアは、恐る恐る目深に被っていたフードを取り払った。


「エっ、エル――――」


 エルフと言おうとしたルイズの口を背後からイクスが塞ぎ、同様に声をあげそうになったギーシュの口をミルアが跳びかかる様にして塞ぎ、キュルケの口を、タバサが杖でキュルケの後頭部を殴る、と言う形で塞いだ。


「取りあえず落ち着いてください。一切危険はありませんから。わかりましたか?」


 ギーシュに馬乗りになったままミルアが三人に目を向ける。

 三人ともミルアの言葉に黙って頷く。

 一方の才人はわけがわからず、


「どゆこと?」


 そう声をあげる。


「エルフは人間の天敵、宿敵みたいに見られているんですよ、ハルケギニアでは。なんでも過去の戦争において幾度となく敗北してきたそうですから。それとエルフなどが使う先住の魔法と呼ばれているものが、メイジの使う魔法よりも強力というのがあるようです」


 ミルアがそう答えると才人は「へぇ」と声を漏らした。

 日本出身の才人としてはティファニアは、耳の少し長くて胸の大きな美少女に思えなかったのだから、反応が薄いのも無理はなかった。


「な、なんでエルフがこんな所にいるのよ」


 イクスから解放されたルイズがティファニアを睨み付けるようにしてそう声をあげる。先ほどからティファニアがその身を縮めているためか、恐怖心は何処かへ行ってしまっている様である。

 どうもそれはギーシュも同じようで、


「話を聞く限り、エルフとは凶悪な種族とばかり思っていたが、実際見てみると……うん、なんだか芸術品のようだな。君もそう思うだろ?」


 そう言って才人に同意を求めると、才人は腕を組み黙って頷く。

 そんな二人にキュルケは軽くため息をつくと、


「とにかく事情は説明して頂戴」


 そう言ってタバサにどつかれた後頭部をさする。


「まず、正確に言えばティファニアはエルフではありません。ハーフエルフです」


「ハーフ……人とエルフの間にできた子供なんだね彼女は?」


 ミルアの言葉にギーシュが質問で返すと、ミルアはこくりと頷く。


「ミス・ロングビルが援助していたのが彼女なのね?」


 続いてのキュルケの質問にもミルアはこくりと頷いた。

 ミルアはちらりとティファニアの方を見た後、


「あまり詳しくは話せませんが、ミス・ロングビルや、そのご家族が貴族の名を失ったのは、テファとその両親を庇った為だそうです」


 ミルアがそう言うとティファニアは、上目づかいでちらちらとルイズたちを見ながら、


「あの、お父さんが貴族で、お母さんがエルフで……それで、その……」


 ティファニアがそこまで行ったところでルイズが片手を突き出して待ったをかける。

 ルイズの行動にティファニアはやや驚いたような顔をする。

 はぁ、と小さなため息をついたルイズは、


「別に詳しい話までしなくていいわ。なんとなく概要はわかるし。あんたの事情にそこまで踏み込む気はないから」


 言葉の通りルイズは概要が理解できていた。

 人間の宿敵ともされるエルフと情をつうじ、子までなす。ハルケギニアほぼすべての人間が信仰するブリミル教からすれば異端もいいところである。

 なにせブリミル教徒にとって聖地とされる地はエルフによって占拠されているのだ。

 そのような事情を考えればティファニアの境遇は簡単に想像がつく。

 ティファニアの両親は異端とされ命を奪われたのだろう。

 そして彼らを庇ったロングビルの一家も同様に。


「あ、あの……ありがとう」


 ティファニアが消え入りそうな声でルイズに礼を言うと、ルイズは僅かに顔を赤くしてぷいっと、そっぽをむいた。

 そんなルイズをやや首を傾げながら見ていたミルアだったが、ふいに才人の方を見て、


「才人さんに見てもらいたいものがあるのですが、ついてきてもらえますか?」


 そう言ってミルアは才人の目を真っ直ぐに見た。










 才人達がタルブの村にたどり着く二日前のこと。


「ねぇタルブの村に寄り道しようよ。ワインがおいしいんだよっ!」


 シルフィードの背で突然イクスがそんな事を言い始める。

 ミルアとしては特に問題はなかったのだがタバサが明らかに面倒そうな雰囲気を醸し出していた。

 そんなタバサの反応に気が付いたイクスは、後ろからタバサを揺さぶりながら、


「ねぇタバにゃん、行こうよ。むむむ……反応薄いなぁ……そうだっ! おごるっ! ワイン数本おごっちゃうよっ!」


 イクスがそう言ったことでタバサがやれやれと言う具合にシルフィードの進路を僅かに変える。

 一人「やった」などとイクスが言っていると、タバサがぼそりと、


「ワイン十本」


「うぇっ? え? 十本?」


 タバサの発言にイクスは驚いた様に確認するも、タバサは頷いて無情にもイクスの問いを肯定する。


「え、えげつない……タバにゃん容赦ないなぁ……というか私の財布大丈夫かなぁ」


 半ば頭を抱えるようにそう呟くイクスに、その一連のやり取りを聞いていたティファニアは「あはは……」と苦笑している。

 そんな感じで空を進んでいた一行はやがてタルブの村へたどり着いた。

 そして、そんな一行を出迎えたのは里帰りをしていたシエスタであった。


「まさかミス・ニーミスやミス・タバサが来られるとは思いませんでした」


 笑顔でそう言うシエスタに、タバサは杖でイクスを指して、


「コレの我が儘。ワイン、ワインと五月蠅い」


 タバサの酷い言い草にイクスはただ一言「酷い」と漏らす。

 シエスタも苦笑しながら、


「この村のワインは有名ですから。でも、そこまで求められると、この村の者としてとても嬉しく思います」


「楽しみ」


 タバサの一言にシエスタは満面の笑顔を浮かべる。

 そしてイクス達の後ろにいたミルアや、ティファニア、エルザに目を向けると、


「えぇと……ミルアさんと……」


 シエスタが首を傾げてそう呟くと、ティファニアはフードを目深に被ったまま、やや伏し目がちに、


「えと、私はティファニアといいます。ま……ロングビル姉さんの仕事を手伝うために学院に……」


「まぁ、ミス・ロングビルの妹さんなんですね?」


 シエスタがそう言うとティファニアは小さく頷く。


「こっちがエルザです。孤児なのですが、道中色々あって拾う事にしました」


 ミルアがそう言ってエルザを紹介する。

 吸血鬼故、日光が苦手なエルザはティファニア同様、フードをかぶったままぺこりと頭を下げた。

 シエスタは、孤児と聞いて何処か複雑そうな顔をする。しかしイクスが何処か黙って遠くを見ていることに気が付いて、

 
「ミス・ニーミス、何か?」


 そう尋ねるシエスタに、イクスは僅かにニヤリとして、


「ん、いや……あそこに見えるのは何かなぁって……」


 そう言って、ある方向を指差す。

 その指差す先を目で追う一行。

 シエスタはその先をみて「あぁ」と納得したように、タバサやティファニア等は、なんだろうアレは? という具合に、そしてミルアは小さく「え?」と声をあげた。

 ミルア達の視線の先にあったのは、明らかに神社を模した建物だった。

 どうして異世界であるこんな所に、ただ似ているだけなのか。ミルアがそう思っていると、


「あれは私の曾お爺ちゃんの故郷の寺院を再現した物なんですよ」


「へぇ、そうなんだ。シエスタの曾おじい様は異国の人なのかな?」


 シエスタの言葉に、イクスがそう問い返すとシエスタは頷き、


「はい。遠い東から来たと言っていました。あの建物には曾お爺ちゃんの宝物が安置してあるんです」


「ふぅん。宝物ね……それってどんなの?」


 イクスの言葉にシエスタは困ったような顔をする。


「宝物といっても私たちには価値がわからないんですよ。ガラクタなんて言う人もいますし」


「興味あるなぁ。具体的にどんな感じ?」


 言いよどむシエスタにイクスは軽く詰め寄る。


「えぇと……『竜の羽衣』といって、それを纏った者は空を飛べるらしいのですが、曾お爺ちゃんは色々言って結局空を飛んで見せたことはなかったそうです。でも曾お爺ちゃんは働き者で、一生懸命働いてお金を貯めて貴族様に固定化の魔法を『竜の羽衣』にかけてもらって、その『竜の羽衣』を安置するために自分の故郷の寺院に似せたあの建物を建てたんです」


 詰め寄るイクスに対して、やや上体をそらしつつ答えるシエスタ。体が僅かにぴくぴくしているのは、その不自然な姿勢の為であろう。


「なるほど、なるほど」


 イクスはそう言って、何故か満面の笑みを浮かべる。そして不意にその視線をミルアに移し、


「ねぇミルミル、興味持った?」


 ミルアの顔を覗き込むようにそう尋ねてきた。

 そんなイクスを、ミルアはちらりとだけ見て、すぐに視線を神社を模したであろう建物に戻すと、


「そうですね……興味はあります」


 それを聞いたイクスは、うんうんと頷くと、


「というわけでシエシエ、その竜の羽衣っていうの見せてくれないかな?」


 そう言ってイクスはシエスタにすり寄る。

 シエスタは、そんなイクスの行動に苦笑しつつも頷いて、


「ミス・ニーミスがそこまでおっしゃるなら、私に断る理由なんかありませんよ」


 そう言って一行を竜の羽衣が安置されている建物へと案内してくれた。


「おぉ……何やらすごいねぇ」


 竜の羽衣をみたイクスはそう感想をもらす。

 しかしタバサやティファニアは目の前の物がなんなのか全く想像もできず、きょとんとしている。

 そんな中、ミルアは一人拳を握りしめていた。

 深緑色をした、大空を駆け抜け戦うための翼。

 いくつかの種類があるなかで「零式艦上戦闘機五二型」と思われるソレ。

 A6M1計画に始まり、通称「ゼロ戦」と呼ばれ、大日本帝国海軍で使われていた戦闘機がミルア達の目の前に鎮座していた。






















[32233] SAVIOUR~虚無とゼロ~ 三一話 草原に咲く花
Name: 風羽鷹音◆be505e3b ID:67a2df05
Date: 2013/05/25 23:20

 それは定められた道。

 その概要はあまりにも大きくて、定められた道を歩いていることにすら気が付かなくて。

 結局たどり着くのは同じ場所。

 そんなのは認められない。

 そんなのは認めたくない。

 そんなのは面白くない。

 怖くて。怯えて。だから足掻いて。足掻いて。

 自分だけの道を作る為に。

 自分だけの場所を目指して。

 そこにあるのが、明るくて、楽しい世界だと信じて。




















「なんで……なんでこんな物があるんだよ……」


 そう呟く才人の声は震えていて、同行していたルイズが心配そうに才人を見る。

 タルブの村の中にある寺院の中、そこに保管されていたゼロ戦を才人はただ唖然としながら見ていた。


「なぁミルア……なんなんだよ。どうなってんだよ?」


 いつもの軽い感じではなくひどく真剣で、ひどく怖い。才人のその声は、少なくともルイズにはそう感じられた。「どうしたの」と声をかけようにも怖くてできずにいた。

 しかしミルアはいつものように淡々と、


「シエスタの曾お爺さんがゼロ戦のパイロットだったようです。どういう経緯でハルケギニアにやってきたかは知りませんが。まぁ、学院にあった『破壊の杖』M11ロケットランチャーと同じでしょうね」


 じっと、ただじっとゼロ戦を見つめてそう言うミルアに、ルイズが少し遠慮がちに、


「ねぇ、ミルア、これってなんなの?」


「兵器です。才人さんがもと居た世界の兵器。空を駆け抜け、敵を打倒すための兵器」


 ミルアの答えにルイズは目を丸くして、何処か信じられないという具合にゼロ戦に視線を移す。

 すると今まで才人の背中で黙っていたデルフが、


「おぉ、このデカいの武器なのか。なるほどなだからかぁ」


 デルフのその言葉に真っ先に食いついたのは才人だった。

 才人はデルフを掴んでがくがくと揺さぶりながら、


「お前なんか知ってるのか? 吐けっ! 全部吐けっ!」


 剣相手に妙な光景ではあるが、それだけ才人が必死であるということなのだろう。

 才人に揺さぶられていたデルフはしばらく「あーなんだっけ」などと繰り返していたが、やがて、


「おぅ、そうそう。こういう武器やら兵器ってのは相棒の為にあるんだよ」


 そんな唐突のセリフに才人を始めルイズも「は?」という声を漏らす。

 しかしミルアだけは僅かに目を細め静かにデルフの次の言葉を待っていた。 


「つまりあれだ相棒。ガンダールブはあらゆる武器を使いこなせる。だからこのゼロ戦とかいう兵器も相棒が使うために相棒の世界からわざわざ呼び寄せられてきたんだろうぜ」


 そんな言葉をデルフはなんてことないように吐いた。

 その言葉に愕然とする才人。僅かに動悸が速くなり、デルフを掴む手が震えている。それはデルフの言葉の中であることに気が付いたからだ。可能性かもしれないソレは、たとえ可能性でも驚愕と言えることだった。少なくとも才人には。

 ルイズもデルフの言葉であることに気が付いた。そして、それはきっと自分にも関係があること。 

 ミルアも才人達と同様にそれに気が付いていた。正確には以前から可能性として僅かではあるが考えていたことだった。才人のガンダールブのルーンの特性に気が付いた時、まるで運命のようだ、などと皮肉ったような感想を抱いたことがあったのだ。

 そう、才人をルイズが召喚したことを始め、今までの、それこそ才人が召喚される以前の事でさえ、


「――――予定調和」


 静かな寺院の中にミルアの言葉が浸透していく。

 ルイズの拳を力強く握りしめ、何かに耐えている様だった。

 しかし――――


「ふざけるなっ!」


 そう叫んだのは才人だった。叫ぶと同時に感極まった彼はデルフを床に叩き付け、


「予定調和だとっ? 全部か? 今までの事全部なのかよっ! 俺がミルアと出会ったこと、ルイズに召喚されたことギーシュのワルキューレやフーケのゴーレムっ! ワルドさんの裏切りに皇太子さんの死もっ! 全部っ! 全部あらかじめ決められていたっていうのかよっ!」


 才人は叫びながら拳で何度も床を殴りつける。数回目の時点で既に拳は切れていて寺院の床に血が飛ぶ。

 そんな才人を見ていられずにルイズは才人の腕をつかんでやめさせようとする。しかし彼女の力では到底止められない。それでもとルイズは必死に才人に縋り付いた。

 才人はそんなルイズの顔を見てぴたりと動きを止めた。

 才人が見つめる先、ルイズの鳶色の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれている。

 「なんでお前が泣いてるんだよ」そんな言葉を言いそうになって才人はそれを飲み込んだ。だがかわりに彼の口から出てきたのは、


「悔しく……ないのかよ」


 才人の言葉にルイズは何処かぶすっとした様子で「何がよ」と返す。

 そんなルイズから目をそらしながら才人は、


「もし予定調和ってのが事実なら俺だけじゃないお前の事だって、お前がいままでずっと馬鹿にされてきたことだって、他にも姫様の事や……」


 才人の言葉にルイズは袖口でぐしぐしと涙を拭うと、


「馬鹿ね、予定調和なんて姫様ならともかく、私やあんたが物語の主人公みたいじゃない。私はただの侯爵家の三女、あんたはその使い魔、ただのサイトよ。そんな私たちに予定調和? どんな大規模な演劇だっていうのよ。仮にそうだとしても、せいぜい端役がいい所よ。名前も紹介されないようなね。そんな役どころなら舞台袖で好き勝手してやるわよ」


 そう言いきるルイズにミルアものってきて、


「そうですね、私たちが主役なんて荷が重すぎます。仮にそうなら何処ぞの誰かに押し付けてやりたいですね。仮に予定調和が私たちを絡め取るというのなら、本当に……」


 ミルアはそう言い、一呼吸置くと、彼女にしては珍しく、低く、そして何処までも冷たく、聞いたものを凍えさせるようなトーンで、


「ふざけるな、ですよ」


 そう言いきったミルアに才人とルイズを一気に熱が冷めていくのを感じた。

 なんか怖すぎる。それが才人とルイズの共通した感想だった。

 そして少しの間、三人の間に沈黙が流れる。

 すると才人は軽くため息を吐くと、


「あぁ駄目だ。俺賢くないからすぐに答えなんかでやしない。それに考えたら考えただけ怖くなるし。ちょっと外をぶらついてくるよ」


 そういって才人は自らが投げつけたデルフを拾い上げる。その際に「さっきは悪かったな」とデルフに謝るが、デルフはただ一言「気にすんな相棒」とだけ答え、才人もそんなデルフに「ありがとう」とだけ呟いた。

 才人が寺院を出て行った直後、ルイズも「サイトが心配だから」と才人の後を追っていく。

 一人残されたミルアは、ゼロ戦を、そしてその背後に並べられた物を見る。

 そこにあるのは、本来ならあるはずのない、ガソリンが詰められた大きな樽が十数本に、ゼロ戦に搭載された機関銃用の弾丸。どれもハルケギニアでは用意できないものだ。

 出所をシエスタに聞いてみると、数年前に学者を名乗るメイジが訪れて数日単位でゼロ戦を調べた後「良い物を見せてもらった」と礼としていつか必要になるからと置いて行ったものらしい。

 まるで本当に予定調和だった。

 ミルアには才人があそこまで激昂するのもわかる気がした。確かに「ふざけるな」である。そして誰かが、何かがその予定調和に関わっている気がしてならなかった。具体的に言えばここに来たという学者を名乗るメイジ。ミルアはそのメイジを確実に「関係者」だと踏んでいた。

 ゼロ戦に、ミルアが手をかざし機体の表面に僅かに魔力を流す。するとどうだろうか、装甲が淡く、青白く光り始め、その表面に見たこともない文字列、魔法陣、幾何学模様が次々と浮かび上がってゆく。 

 ミルアは魔法に関しては詳しくない。勘と感覚で魔法を使うタイプだ。だから正規に魔法を学んだことはない。だが持ち前の勘と感覚が機体に浮かんだそれぞれの意味を教えてくれた。

 それら全てがゼロ戦の装甲を守る物だ。様々な物から、反らし、受け止め、弾き、守る防壁。

 そして、それぞれが属性も術式も効果以外何もかもがバラバラの魔法。それら全てが互いに干渉することなく絶妙なバランスでゼロ戦を守っている。そんなことは決してハルケギニアのメイジにはできない。

 ならば誰が?

 ぎしりとミルアの握りしめた拳から鈍い音が鳴る。


「もし全てが予定調和だというのなら、私の役どころは何なのでしょうね」


 そう口にしたミルアは、しばらく才人が出て行った扉を見つめ、やめた、と言う具合に小さく首を横に振りそのまま才人達の後を追う様に寺院を後にした。










 ミルアが宿泊している宿へと戻るとティファニアはこっくりこっくりと舟をこぎ、エルザは窓から外の様子を眺めていた。


「皆さんは何処へいったのですか?」


 ミルアがそうエルザに尋ねると、エルザは外を指差し、


「ワイン買いに行ったよ」


 エルザの言葉にミルアは「なるほど」と頷く。

 以前イクスが言っていたように、ここタルブの村はワインが有名だ。多くの貴族が買い求める、れっきとしたブランドものだ。

 キュルケなんかが欲しがるのも無理はない。ギーシュに至っては自らの彼女のご機嫌取りには必要なものだ。

 アルコール類を飲まないミルアには、何がどういいのかよくわからないが、有名な物という事はそれだけ美味しいのだろう、と適当に考えていた。

 ミルアは床の上にちょこんと正座すると、


「さてエルザ」


 ミルアに呼ばれたエルザはミルアに倣って正座する。


「何? お姉ちゃん」


 そう尋ねるエルザにミルアは、


「魔法学院でのエルザの身の振り方です」


「お姉ちゃんの生き別れの妹とか」


「無茶言わんでください。貴方は金髪で私は真っ白ですよ」


「父親金髪、母親白髪」


 エルザの言葉にミルアは「むむむ」と唸る。それいけるのか? と自問自答する。

 そこで、ふとあることに気が付き、


「いや、貴方の出自はまぁ、どうにかするとして、魔法学院でどういう立場に収まるかという事ですよ」


「だから妹」


「普段どうするつもりですか? 私はたぶんルイズさんやテファと一緒にいますよ?」


 そう言うミルアにエルザはさも当然と言う具合に、


「お姉ちゃんの後ろ。あるいは横?」


 それでいいのかな? とミルアはまたもや自問自答する。

 しばらく考えていたミルアは、


「吸血鬼を学院に住まわすの、オスマン学院長は許してくれますかね?」


 肝心な問題に首を傾げる。

 それに驚いたのはエルザで、


「え? ばらしちゃうの?」


「さすがに学院の一番の責任者に無断でと言うのは……」


 ミルアがそう言うと、エルザは「そういうもの?」と首を傾げる。


「とにかく頼み込んでみましょう。もちろん貴方もですよ?」


 ミルアの言葉にエルザは何処か不安そうに、


「許してくれなかったら?」


「土下座ですね」


 しれっと言うミルアにエルザは、


「うわぁ、重みのない土下座だなぁ」


「そうですか?」


 そう問うミルアにエルザはこくりと頷いて、


「うん。すごく軽い。そんなんじゃ駄目なんじゃないかな。もしそれでも許してもらえなかったら?」


 エルザにそう問い返されたミルアはしばらく考え込んだ後、


「その時考えましょう。今は名案が浮かびません」


「知ってる。それ、行き当たりばったりって言うんだよね」


 エルザの言葉に耳が痛いミルアは内心で舌をうつ。確かにミルアは基本行き当たりばったりなことが多い。というより九割がた、でたとこ勝負である。まったく考えていないわけではない。そんな時間がないか、先ほどのように名案が浮かばないのだ。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 ふとミルアはエルザの様子が、少し変化していることに気が付いた。

 正座したまま股や手ををもじもじとさせている。


「トイレですか?」


「違うわよっ! なんでそんなこと聞くかなっ!」


 ずばり尋ねるミルアにエルザは顔を赤くして反論する。羞恥心と言う物を持ち合わせているようだ。ミルアと違って。


「では、なんなんですか?」


 そう尋ねるミルアに、エルザはもじもじとしたまま、


「……お腹すいた」


「はい?」


「だからお腹すいたの。人間用のご飯じゃなくて……」


「あぁ、血がほしいわけですね。だったら最初からそう言ってください。今まで何にも言わないから、どこまで我慢するつもりなのかと思いましたよ」


 ミルアはそう言ってシャツのボタンをはずし、首下を露わにさせる。

 するとエルザは、上目づかいで「いいの?」と尋ねる。

 そんなエルザにミルアはこてんと首を傾げ、


「いいも何も、私があげなくて誰があげるんですか?」


 心底不思議そうにそう返されたエルザは一瞬きょとんとする。だが血を吸わせてくれるというのなら、それはそれでいいと、エルザは一言「いただきます」というとミルアの首筋に吸血鬼独特の犬歯を突き立てた。

 ずぐり、という感触と共にエルザの牙がミルアの首筋に食い込んでゆく。

 エルザの喉を、ミルアの血液が下ってゆく中、眠っていたティファニアが目を覚ます。彼女は目の前の光景に驚いて声をあげそうになるが、ミルアが自らの唇に人差し指をあて、静かに、という動作を取ったことでなんとか声を出すのを抑えることができた。

 そんな中、エルザは夢中でミルアの血を吸っていた。瞳がとろんとし頬を上気させ、ミルアの首筋に噛みつき一心不乱に血を吸う光景は、何処となく扇情的であった。事実、ティファニアも顔を赤くして、ちらちらと見ている。

 なんとも妙な空気が部屋を満たす中、誰かが部屋に近づいてくる気配を、エルザが感じ取った。

 エルザは吸血行為を止めると、


「誰か来た……」


「大丈夫ですよ。イクスさんとタバサさんです」


「そうなの?」


「えぇ、ですから、まだ吸いたいのならどうぞ」


 ミルアの言葉にエルザは心底嬉しそうにミルアの首に吸い付く。ただそれだけでは足りず、ミルアの体に、ぎゅうと抱き着く。

 さすがのミルアも何処か窮屈そうにしていると、ミルアの言っていた通りイクスとタバサが部屋に入ってきた。

 目の前の光景にタバサは僅かに驚き、イクスは、


「おぉ……なんか目の前でエロ――」


 言葉の途中で脇腹にタバサの杖がめり込みイクスは言葉なくその場にうずくまる。

 イクスとタバサも加えて部屋は再び静かになる。

 聞こえてくるのは、エルザがミルアに吸い付く水っぽい音と、時折聞こえるエルザの甘い声色の息継ぎだけ。

 見れば、ミルアの首筋を、自身の血とエルザの唾液が混じった物が僅かに伝っている。

 時間にしてわずか五分ほど、満足したのかエルザはミルアの首筋から離れた。


「お腹はいっぱいになりましたか?」


 そう言いながらミルアが首筋のこぼれる血液を拭うと、そこにあるエルザの牙の後は一瞬にして消えてしまう。

 その光景をエルザは驚きながら見て、


「大丈夫なの?」


 散々吸っといてな台詞ではあるが、それはエルザの素直な感想だった。エルザの様な体格でも彼女が夢中になって吸えば、その相手は文字通り干からびたようになってしまう。エルザは久しぶりの血液という事と、ミルアの血の味が気に入ったのか、思わず夢中になって吸ってしまったのだが、当の吸われた本人はどこ吹く風。


「胸に風穴あいて常時出血し続けるならともかく、噛みつかれて、その小さな傷口から吸われる程度なら自動治癒の効果で血液生成が間に合います」


「非常識」


 ミルアの言葉にタバサがそう突っ込むと、


「今更ですよ」


 そう言ってミルアはシャツを直した。そしてエルザを見て、


「で、満足はしましたか?」


 ミルアがそう尋ねると、エルザは何度もこくこくと頷く。

 そんなエルザの頭をミルアは何の気なしに撫でた。

 するとエルザは甘えるようにミルアにすり寄り、


「お姉ちゃんの血、すっごくおいしかった。それになんか体の奥が熱くなる感じ。なんていうのかな元気があふれてくるみたい」


「そうですか。それはよかったです」


 ミルアはそう言って再びエルザの頭をなでる。


「僕の顔をお食べよ」


「はい?」


 あまりにも唐突なイクスの発言にミルアは疑問の声をあげ、エルザとティファニアはきょとんとして、タバサに至っては、何言ってんだこいつ、みたいなドン引きの目でイクスを見た。

 さすがのイクスを周囲の反応に耐えられなかったのか、頭を抱えてうずくまると、


「ゴメン。ミルミルの自己犠牲の姿を表現しようとしたら失敗しただけなの。お願い見ないで……」


 そう言ってイクスはしくしくと泣きだす。

 先ほどとはうって変わって部屋の空気はなんともいたたまれない物になっていた。

 ミルアは小さくため息を吐くと、


「しかし、普段は撫でられることが多いのですが、意外と撫でるのも悪くありませんね」


 その言葉にタバサは興味を持ったようで、


「兄弟は?」


 その問いかけにミルアはほんの僅か黙り込むと、やがて、何処か自嘲気味に、


「そうですね。妹なら何人か」


 ミルアがそう言うとティファニアも興味を持ったようで、


「そうなんだ。妹さんがいるんだね。今は何処に?」


「さぁ? 数えるほどしか会ったことありませんし。会ったことがない妹も何人かいるようですし」


 話題が和やかになるかと思いきや、ミルアの答えはそれを見事にぶち壊した。

 ティファニアは気まずそうに小さくなり、


「その、ごめんなさい」


 そう謝られたミルアは若干慌てる。別にそんなつもりで答えたつもりはなかったのだから仕方ない。ただ事実を、自分の後に続く、同様の遺伝情報を持つ、妹と呼べる者たちがいるというのを可能な限りオブラートに包んで言ったにに過ぎない。少なくともミルアにとっては。

 もっともオブラートに包もうが、あまり明るい話題にはなりはしない。そこのところをミルアは理解できていなかった。

 どうしよう、とミルアが困っていると、


「いいじゃない。今は私がいるよ」


 エルザがそう言ってミルアに抱き着く。

 無邪気にエルザがミルアに甘える光景に、沈んでいたティファニアも笑顔を見せた。

 一方でイクスは、何処か微妙な笑みを浮かべている。

 それに気が付いたタバサは、


「どうしたの?」


 タバサの質問に、イクスは慌てたように、取り繕った笑みを浮かべた。それはいつも飄々とした様な印象のイクスにしては珍しい物だった。少なくともこのような和やかな光景の前では珍しい反応であった。

 故にタバサはもう一度「どうしたの?」と尋ねた。

 しかしイクスは首を横に振り、


「なんでもない。なんでもないよ。ただ――――」


 そう言ったイクスは不意に、何かに気が付いたかのように、


「タバにゃんは、イザベラっちとあんな風に仲がいい時はあったかな?」


 その問いにタバサは押し黙る。

 そしていつもの表情、声色で、


「なかったわけじゃない」


 そう言った後で、タバサは一呼吸置く。昔の事を思いだしているのか、僅かに目を閉じた後、再び目を開いた彼女は、


「所詮は昔の話」


 その言葉にイクスは何処か楽しそうに、


「これから先は?」


「ありえない」


「ありえないなんて、ありえないかもよ?」


 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべるイクスは、いつものイクスだった。

 その笑みが癇に障ったのか、タバサは無言のまま手にした杖でイクスの頭をぼかぼかと殴り始めた。










 タルブの村の傍にある草原。どこまでも広がる地上の青と、空の青。風が草を揺らし、白い雲を流してゆく。シエスタが村の自慢だと言っていた、その草原は確かに美しかった。

 そんな草原の中で、一人散歩に来たミルアは、風が肌を撫でてゆくのを感じていた。ミルアの特徴的な尻尾の様な後ろ髪が、草と同じように風に揺れる。

 心地いいな。心地いいな。それを声に出すことなく、ミルアは目をつむり顔を空へ向ける。手を大きく広げて全身で風を感じる。

 そうしていて、ミルアは不意に人の気配を感じた。

 誰だろう、そう思い、その気配がする方向に顔を向ける。

 一人の金髪の青年が立っていた。

 白地に赤といった意匠の服を身にまとい切れ長の眼鏡。服と同じく白地のマントはきらきらと日の光を反射している。その姿は絵に描いたような貴族と言う具合で、この草原には何処か不釣合いであった。



「誰……ですか?」


 そう言ってミルアは警戒感をあらわにする。

 その青年とミルアの距離は十メイルにも満たない。そんな距離に近づかれるまでミルアは気が付くことができなかった。まるで突然そこに現れたかのようだ。少し離れたところにタルブの村があるが、ここに来るまで身を潜めるというのは無理がある。

 
「失礼。僕はセシルという者。タルブの村にある『竜の羽衣』という物に興味があって此処へ来たのだけど……」


 優雅に腰を折りそこまで言って、セシルと名乗った青年は「おや?」と声をあげ、じっとミルアを見つめる。

 なんだ? とミルアが思いセシルを注視していると、


「なるほど君か、ウエストウッド村で僕の部下を叩きのめしてくれたのは」


 そう言ってセシルは、あはは、と笑う。

 その言葉を聞いたミルアは、才人から返してもらった非展開状態の双頭に手をかけて身構える。

 まずい。とミルアは何度も心の中で繰り返す。当然である、虚無の担い手としてティファニアを狙った連中の上司である。タルブの村にはティファニアだけではない、ティファニア同様、虚無の担い手と思われるルイズがいるのだ。彼らが何故「虚無の担い手」を求めていたのか、そんなことは知らないが、少なくとも強引に連れて行こうという手口からして、碌なことではない。

 ここで止めなければ。ミルアそう思いつつ、


「どうして虚無の担い手を? あなたはレコン・キスタなのですか?」


 情報がどうしても欲しかった。何が狙いなのか。何をしようとしているのか。今世界で何が起こっているのか。


「いや、僕はレコン・キスタなどと言う連中とは違うよ。聖地奪還。確かにブリミル教徒にとっては悲願だね。でも残念なことに僕はそこには興味がないんだよ。僕は、それよりも、もっと先、この世界そのもの。それを足掛かりとした『新たなる世界』僕らが求めるのはそれだ」


「そこに『虚無の担い手』がどう関係するのですか?」


「いや? 関係はしないさ。ただね僕の同志が欲しがってね。まぁ彼もブリミル教徒だから虚無に興味を持つのは仕方ないさ」


 セシルはそう言うが興味とかそんなもので襲撃されたのでは、襲撃された側はたまったものではない。

 それ故にミルアは不機嫌そうに、


「迷惑な話です」


 ミルアのその言葉にセシルは苦笑し、


「それはすまないことをしたね。だが今となってはそれも重要ではなくてね。同志たちも興味はほとんど失せて今はそれぞれ忙しい身だ。現に僕も雑務が多くてね――――」


 そこからはセシルの、忙しさに対する愚痴の様な物だった。やれ人員の配置が難しいだの。くだらない書類が多いだの。そもそも人手が足りていないなど。

 警戒したままのミルアとは違ってセシルの語り口には余裕があった。一度は敵対した相手に対する態度としてはいささか不自然ではある。


「――――そもそも世界を手にし、新世界への扉を開いたとしても一人でどうにかできるものではない。僕の手は世界を覆えるような大きさではないからね。だからこそ同志が必要で、僕自身も面倒な仕事をしなければならない」


 セシルのその言葉にミルアは、それはそうだろう、と納得しそうになる。事実それはそうなのだろうが、少なくとも今、それを言うところではないだろう。

 そんなミルアの様子に気が付いたのかセシルは、


「すまないね。僕の愚痴を聞いてもらって」


 そう言うと、不意に思いだしたかのように、


「一つ聞きたいのだけど君は『食らう者(イーター)』第何艦隊の所属だい?」


 ハルケギニアでは聞くことのない「食らう者」という言葉。

 だが、その言葉にミルアは総毛立つ。そして双頭を展開しセシルに跳びかかった。

 ミルアにしては珍しく感情的な動き。だがその速さは常軌を逸していて一瞬でセシルとの距離を詰めたミルアはそのままの勢いで双頭を薙ぐように振るう。

 しかしセシルはその一刀を僅かに身を反らしてかわしてしまう。そしてミルアが次の動作に移る前に、その小さな体を思い切り蹴り上げた。


「っ……はっ」


 すさまじい衝撃を感じたミルアは息が一気に漏れる。セシルの動きが全く見えなかったミルアは、何を食らったのか理解できず空中へ蹴り上げられ受け身もとれずに地面に叩き付けられた。


「その反応、僕の質問はそんなにおかしかったのかな?」


 セシルの声色はよくわからないといった感じである。少し考えるようなしぐさをしたセシルはすぐに何かに気が付いて、


「あぁ、そうか。君は『元』が付くんだね? それで、君は『元』第何艦隊の所属なんだい?」


 ミルアはふらりと立ち上がると口の中の血を吐き捨てる。そして真っ直ぐにセシルの目を見て、


「――――十四」


 それだけ呟く。同時にミルアの背中や肘裏、膝裏から膨大な魔力が赤い粒子となってあふれ出す。そしてセシルを見ているその瞳が真紅から金色へと色を変える。フーケのゴーレムを放り投げた時のそれよりもさらに上、ハルケギニアのメイジでは足元にも及ばない出力。その圧力で、周囲の草がミルアを中心にして放射状に揺れる。

 次の瞬間ミルアによって、セシルの足元に一つの魔法陣が展開される。

 相手の動きを封じる拘束結界。それは次の一手を確実に当てるための布石。

 だがセシルは特に動じた様子を見せるわけでもない。

 
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ミルアは雄叫びをあげながら双頭を振り上げる。その双頭から真っ赤な魔力の刃が伸びる。全長は二十メイル以上。ミルアはそれを勢いよく振り下ろす。

 生身の人間であれば容易く、塵一つ残すことなく消滅するであろうソレをセシルは、


 まるで眩しい日差しでも遮る様に片腕で受け止めた。


 次の瞬間セシルの姿が消える。

 異常なほどの高速移動。

 次の瞬間、おびただしいまでの打撃がミルアの体に打ち込まれる。

 最後の一撃でミルアは遠く後ろへ吹っ飛ばされ、草原の上をゴロゴロと転がっていく。

 ほとんど見えなかった。それがミルアの感想だった。なんとなく拳が叩き込まれたのは理解できるが、肝心のそれがほとんど視認できなかったのだ。ふらふらと立ち上がるミルア。その手に双頭はなく、何処かへ飛ばされてしまったようだった。

 そんなミルアを、セシルは特に構えるわけでもなく笑みを浮かべて立っている。しかし次の瞬間再びミルアの視界からその姿が消えた。そして一瞬にしてミルアの後ろに回り込んでいる。

 ミルアがまずいと思った瞬間、ごとり、とミルアの右足のひざ下からが斬りおとされ地面の上にころがる。ミルアはそのままバランスを崩して地面に倒れこんだ。しかし、そのまま倒れこんだままなわけもなく、ミルアは両腕で弾く様に跳び上がる。そして空中で半ば逆さまになりつつも左手のひらをセシルに向ける。

 ミルアの前に砲撃用の五芒星の魔法陣が展開される。

 しかし次の瞬間にはセシルの掌底がミルアの胸を捕らえた。

 激しい衝撃と共に吹っ飛ばされたミルアは地面の上をバウンドするように転がる。

 駄目だ、力の差がありすぎる。痛みをこらえながらもミルアは必死に対応策を考える。力技は絶対に無理である。何より、その動きに追いつけない。どうすればいい。そこまで考えてミルアはあることに気が付く。正確には自分の失態に。戦闘状態に持っていかなければよかったのだ。こちらの素性がばれようとも仕掛けなければ、少なくともこんなどうしようもない状況にはならなかったはずである。


「あぁ、くそっ……」


 うつ伏せのまま、そう吐いたミルアは口の中にたまってくる血の塊を吐き捨てる。そして両腕を使ってうつ伏せの状態から仰向けになる。

 次の瞬間殴られた胸に痛みが走る。

 ぼんっ、と胸が内側から爆ぜた。 

 おびただしい量の血がミルア自身に降りかかる。

 ミルアはよろよろと力なく左手を空に伸ばす。

 こんなんじゃ誰も守れない。救えない。そんなのは嫌だ。

 そんなミルアの想いをあざ笑うかのように、ミルアの意識は遠のいていった。





















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