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[38151] 使い魔はデブ(ゼロの使い魔)
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/07/28 11:24
それは15歳の時の事だ。小学校から続いた虐めに耐えかねた俺は中学から高校に上がらず、働く道を選んだ。親は反対したが、一応受験はしてみたものの受かったのは2流どころか県内でもっとも出来損ないが集まる事で有名な超3流高だし、行ってもまた虐められること確実だったからだ。そんな俺を中卒では世間でバカにされると親は心配し、知り合いの大工に頼んで職人になれば大丈夫と世話をしてくれたのだ。

だがあまりに厳しい職人の世界になじめずやめて以来、愚にも付かないような仕事を転々とし、このまま行くと本当に無意味な人生を送りそうである。

「はあ、どうしたもんかな……」

自分でもこのままではダメだと承知しているのだ。だがどうにも肌に合う仕事もなく、親元でも弟や妹が結婚して子供を持ち『おじさんはなんの仕事してるの?』と同居する弟の子供に言われ、居づらくなって家を出た。一人暮らしして2年である。家には大量の18禁ゲームがあり、アニメ好きの俺はアニメと漫画とゲームの為に働いてる程度の人間だ。かといってオタクも人気どころを押さえるぐらいで、極めきれず、将来に希望もなく、今日も今日とてラノベを大人買いして読む予定である。

右手はズシリと重く20巻に及ぶゼロ魔の文庫が外伝の3巻と共に提げられている。今までラノベには手をほとんど出さずにいたのだが、涼宮とシャナをアニメで見てはまり原作小説を読んだら面白かったので、小説の方が面白い事で有名なゼロ魔に手を出してみたのだ。

「こんなもん読んでる場合じゃないんだけどなあ」

分かっちゃいるがやめられない。どうすれば俺って頑張れるんだろう。弟や妹が結婚して子供までいるというのに、なぜ自分はこんなことになったのか。原因は虐めでも、その後反骨心を起こして頑張ってる奴はいるっていうのに俺と来たら……。そう考えていた時だった。目の前にぼんやりと薄く楕円形の霧というか膜のようなものが現れたのは。

「?」

俺は首を傾げるが、同時に心臓が跳ねた。当然である。なにせ持っていた本が本である。ゼロ魔の主人公はこういう膜を通って異界ハルケギニアに召還され、さまざまな苦難を乗り越えると同時に女も金も名誉も手に入れる。俺はこんなものあるわけがないと思いつつも心のどこかで期待した。この目の前の薄い膜の向こうに『彼女』が居てくれと。そうしたら、今度こそ、今度こそ頑張るからと。俺はゼロ魔の小説を離さないように抱え、そうして一歩を踏みだした。



「あんた誰?」

目の前の少女は美しく可憐だった。桃色ブロンドの綺麗な髪に薄い唇。気の強そうでそれでいて息を呑むほど整った瞳。鼻筋も通り、華奢な美少女。ただ、小説と違うのは目の前の少女はアニメ調ではなくリアルな人間だった事だ。そう、目の前の人物はアニメの彼女じゃなく3次元の美少女なのだ。その透きとおるように白い肌も、日本人にはない瞳の色も確かに人間のもので、ちょうどハリ○タの実写映画の終わり頃のハーマ○オニーが目の前にいるような感じだ。

周囲を見渡すとゼロ魔と言うより映画ハリ○タの世界に迷い込んだような錯覚にとらわれた。だから不安になる。これは現実で、ドッキリか何かではないかと。

「ルイズ。サモン・サーヴァントでこんなデブを呼び出してどうするの?」

「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」

「ちょっとっていつもそうじゃないか!しかもこんなデブ!」

「いや、あの、デブは責めたら可哀想じゃ……」

周囲には嘲笑が巻き起こり、目の前のハーマ○オニーみたいなルイズは禿げたオッサンに何か文句を言い立てている。どう見てもゼロ魔の冒頭だ。赤い髪の少女も居るし青い髪の少女は本を読んでもいた。ちなみに一番バカにするマリコルヌは同じデブとしてその輪に入らずに同情的に見てくる。俺が戸惑っているとルイズと思われる少女がしゃがんできた。

その顔は嫌悪感に歪んで涙目で、おそらくするであろうキスを死ぬほどいやがっているのが分かる。それは才人の時とは比べものにならないほどの嫌悪感である事は間違いない。周囲もさすがに同情して、赤髪の少女は何か禿げたオッサンに抗議さえしていた。無理もない。俺は腹が出てるし風呂も一週間入っておらず、この上、無精髭で格好いいとは言いがたい姿だ。それでも少女は我慢して唇を合わす。だが、即行で離れると俺は急に左手に激痛が走り出した。

「があああああ!」

俺が痛みにもがく。だがそれも見ずにルイズと思われる少女は慌てて走りだした。きっとエヴァでシンジとキスしたアスカのごとく口を濯ぎに行ったんだろう。

(さすがにそれはないだろ……)

俺は痛みにもがきながらも意識を失った。



目が覚めたら目の前で泣きはらした顔で、ナイフを振りかぶるルイズが居ました。辛いので俺も泣いて良いだろうか。

「な、なんと!?」

俺は振り下ろされたナイフを慌ててよけた。

「死んで!ねえお願い死んでよ!」

さらにナイフを振りかぶる少女は余程俺が使い魔という現実を堪えかねてるのか、さらなる涙が溢れ出す。後で聞いた話だが、どうやら俺が寝てるうちにも殺そうとしたのだが、彼女の持つ倫理感がそれをさせなかったらしい。なにせ、あの後みんなにからかいまくられたルイズは泣きだしてしまい、普段いくらからかわれても泣かないルイズの姿に誰もが同情的なムードになり、キュルケが俺をここまで魔法で運んでくれたらしい。

それが返ってルイズは辛かったようだ。なんかもう産まれてきてごめんと言いたい。

「と、取りあえず落ち着いて俺の話を聞いてくれ!」

俺は慌てて起き上がると少女から距離を置いた。

「煩い煩い煩い!あ、あああああああんたみたいなキモ男とこの高貴な私がっきききっきいいい!」

ああ、これは間違いなくルイズだ。感情が昂ぶると呂律が回らなくなるんだ。この状況で、そういうところも結構可愛いと思う俺は重傷だ。これはガンダールヴのルーンの効果か?

「いやいや、大丈夫!俺、使い魔として優秀だから!武器何でも使えてラインぐらいのメイジなら瞬殺だから!」

「嘘付きなさい!あんたみたいなデ!ブ!にそんなことできるわけないから!もう殺すって決めたから!いいから死になさい!私が殺すから死ね!あんたみたいな平民殺したぐらいお父様が揉み消してくれるわよ!」

「待って!召還してすぐに殺される主人公ってそこまで悲惨なの二次創作でもそうそうないよ!」

「煩い黙れ死ねデブ!あんたを殺して違う使い魔を召還するの!!」

「こら!とにかく!」

俺はこのままでは本気で殺されかねないと思い、ルイズの持つナイフに触れる。瞬間、体が軽くなるのを感じた。どう動けばいいのか頭にひらめく。凄いなガンダールヴ。俺の脳裏にルイズの首筋にナイフを突きつける道筋まで見える。だが、この子はこれから俺の主人になるのだ。あまり過激な事は出来ないと、手首を軽く捻りナイフをとりあげた。

「な、なにすんのよ!デ!ブ!デ!ブ!デ!ブ!デ!ブーーーー!!のくせに生意気よ!」

顔を真っ赤にしてルイズが詰め寄ってくる。桃色ブロンド美少女に近付かれて俺は動揺するが、なんとか口を開いた。

「デブを強調するのやめて!泣きたくなるから!とにかく俺の話を聞いて、せめて自己紹介ぐらいはさせて!死ぬのいや!それにキミも俺の有用性を確かめてその上で気に入らなきゃ殺せばいいだろ!いきなり殺しても得ないし、それに使い魔召還の儀式で人間が召還された前例が今まである?ないだろ?これは凄いことなんだって!」

俺は原作知識を少しだけ開示する。そういえばゼロ魔の小説はどこに?あれがないとあるではこれから大違いだ。なにせどう考えても俺は身体スペックは才人より劣っている。しかもアニメも一度見ただけだから細かい部分はもう忘れてる。おまけにゼロ魔で起きる出来事は数年がかりだから、覚え続けられる訳がない。そんな俺があんなこと切り抜けられる訳がない。だが、あれがあればそれを補ってあまりある成果を出せるはずだ。

「そんなの知らないわよ!とにかくなんでよりにもよってあんたみたいなキモイのが出てくるのよ!せめて普通の人間になれ!」

「普通の人間だから!デブの人権舐めんな!」

俺はキョロキョロと周囲を見渡し、部屋の隅に置かれたゼロ魔を見つけた。よかった。取りあえず捨てられてないようだし、大した警戒も持たれていないようだ。その証拠に無造作に置いてある。おそらく日本語が誰にも読めず、ゼロ魔のイラストと実写では見た目が違いすぎたからだろう。現実にあそこまで大きい目の子は居ないし、口が横線一本の子も居ない。だからあの小説にこの世界のことが描かれてると誰も想像できなかったのだ(俺自身も自信はないが)。

「ちょっと人の話聞いてんの!何キョロキョロしてるのよ!」

「いや、その本ちゃんと運んでてくれてんだな」

「私じゃないわよ。コルベール先生よ。外に放っておいたら『何か変わった材質の紙だから、どこの物か後で聞きたい』とか言って運んできたのよ!」

「そうか……」

ナイスですコルベール先生。どの二次でもあんたは主人公の味方だな。ともかくこれでかなり有利に事は運べる。あとはこの目の前の少女を説得して、使い魔として認められるだけだ。

「ともかく容姿に関しては我慢してくれ。その代わり……この手の甲を見てくれないか」

「は?」

俺は先程ルイズに刺されかけたナイフを握るせいで手の甲で輝くガンダールヴの紋章を見せた。

「使い魔のルーンがどうかしたの?」

「この紋章、コルベール先生も興味を持ってなかったか?」

「は?そんなの持つ訳ないでしょ?使い魔のルーンぐらいどこにでもあるもの」

「え……えっと、そうなの?」

俺が召還されたときのルイズの動揺が才人の時より大きすぎて、先生、こっちに気付かなかったのか?それとも本の方に興味が行ったのか?どのみち早速原作と変わってるぞ。どうする?後でちゃんと調べてもらえるようにするべきか?

「と、とにかく、これはガンダールヴと言われる紋章で、この紋章は始祖がかつて使役した使い魔の証拠だと言われているんだぜ」

俺は似合わぬカッコを付けてドヤ顔になる。

「はあああ!?あんたね!よりにもよって始祖の使い魔ですって!バカを言うにも程があるわ!」

ルイズの顔が真っ赤になり俺を殺さんばかりに睨んでくる。まあそうだ。こんな話しジュリオぐらいの美男子がすればともかく俺がしても胡散臭いだけだな。くそっ。イケメン死ね。イケメン死ね。イケメン死ね。でもまずい。ルイズが信じる以前によく考えたら俺が武器の扱いにちょっと長けてても正直この運動にとことん不向きな体格では、ギーシュに勝てるかどうかかも妖しいのではと今気付いた。弱いガンダールヴ……いらない。すごく無意味だ。

何かもうちょっと他に使い魔と認めさせる材料がないと本当にまずい。可愛いルイズが俺を本気で殺すとは思えないが、一緒にせめて住んでくれないと行く場所がない。俺のこの見た目じゃシエスタですら助けてくれないかもしれないんだぞ。くそっ。イケメン死ね。イケメン死ね。イケメン死ね。

「キミがそういうのはもちろん分かってるよ。でも証拠があると言ったらどうだ?」

「はあ?そんなのどこにあるのよ!?」

「ガンダールヴのもう一つの能力は未来予知だからだ」

もう一度俺はドヤ顔になる。

「は?」

俺はルイズが二の句を告げる前に口を開いた。

「近い将来。一月以内に魔法学院の宝物庫を土くれのフーケが襲う。これが俺の予知だ。更に俺はそれを未来予知で一人で解決して見せよう。まあこれだけだとフーケとグルと思われかねないから更にもう一つ予知をするとその事件から間もなく王女様がとある依頼を持ってこの部屋を訪ねる。依頼は自分の出したアルビオンの王子への恋文の回収だ」

本当はキュルケの誘惑とかギーシュとの決闘と言いたかったが、才人ならともかくこの俺をキュルケが誘惑してくれる訳ないし、ギーシュの決闘は正直回避したかった。なにせあれは才人がギーシュにボコられる過程があってギーシュと才人は友情を芽生えさせるが、当然俺は痛いからそんなことしたくない。その場合ギーシュにガンダールヴの力で最初から勝つ訳だが、俺みたいなデブにボロ負けしたらギーシュから恨まれるだけで友情なんぞ産まれる訳がない。

「あんた……頭まで可哀想なの?」

ルイズはもはや救いようがない目で俺を見る。

「いや、本当だって。超本当だって!」

「嘘おっしゃい。助かりたいからって良くもそんな嘘を言うわね!というか、もう死んで?」

「いやいやいや。もう心底から言うなよ!泣きたくなるだろ!助かりたいけど嘘じゃない。それに嘘か本当かは確かめてから判断しても遅くない。もし嘘なら俺を煮るなり焼くなり好きにすればいい。もちろん殺されそうになったら逃げるけど公爵家の包囲網から逃れられるとは思ってないよ。それとこれがもし本当ならキミは凄まじい利益を得ることになるんだぞ」

汗がぽたりと落ちる。特に緊張してなくてもしょっちゅう出るデブの汗だが、これは緊張によるものだ。

「私の利益?」

「何だよ。本当だって。すごくいやそうに見るなよ。そうだ。利益だって。ゼロという不名誉な二つ名も返上できると保証しよう。なにせ俺が始祖の使い魔だとしたらキミが魔法を使えないのも全て説明が付くんだよ。俺はそれをキミに教える為にここに来たと言っても良い程だ」

「魔法が使えない理由がわかる?う、嘘よ!」

だがルイズは声が動揺する。それはそうだ。産まれて16年間ずっとバカにされ続けてきた魔法が使えない公爵令嬢が、この事を言われて動揺しない訳がない。

「本当だ。俺が始祖の使い魔ならキミは虚無の担い手となるんだからね。そしてそれがキミが魔法を使えない最大の理由だ。なにせ虚無魔法を使える者がこの国にはいないんだ。つまり誰もキミに虚無魔法を教えてくれないんだからキミが魔法を使えないのは当然なのさ」

「……私が虚無魔法……え?」

「ちなみに俺は知ってる」

「じゃああんたは教えられるの?」

「え?」

「虚無魔法をよ!そこまで言うなら教えられるのって聞いてるのよ!」

「いや、それはなんというか……」

「やっぱり嘘なのね」

「ちょっ、ちょい待ち!それは出来るかどうか分からないが、出来るかもしれない」

「ふーん。じゃあ良いわ。今日はもう遅いし、明日の授業が終わってから私に教えなさい。それが出来たら信じて上げるわ。あんたが始祖の使い魔だって。もし出来なきゃ更に私を騙したんだもの。死刑ね」

「ええ……、でも俺は使い魔で別に魔法使いじゃないんだけど……それにでも未来予知が当たるかどうか待つ価値はあるんじゃないか?第一俺が普通の平民のデブだとおかしすぎるだろ。偶然召還した人間がどうしてキミの二つ名や公爵令嬢であることを知ってる?」

「それは……」

ルイズは黙り込んだ。

「……」

黙り込んでいたルイズが俺を見た。その鳶色の目に先程までの強烈な嫌悪感がまだある。ただ、少しだけ迷いも見えた。

「俺の名前はリュウジ・クニキダだ。どうだろ?とりあえず試用期間としてここにいさせてくれないか?というか呼び出しといて死ねとか酷すぎだろ」

行く所ないんだ。頼むから置いて。まあここに来たのは殆ど自分の意志みたいな所あるし、無理に召還されたという気はないけど、やっぱその変ルイズにも責任あると思う。

「うう……兎に角魔法よ。魔法を教えられなきゃあんたなんて使い魔として不要なんだから」

ルイズが顔を赤くする。

「いやだから俺は魔法使いじゃないんだって」

「うるさいうるさいうるさい!兎に角それが出来なきゃあんたを使い魔なんて認めないわ!」

「ええ……」

くそっ。さすがに殺されはしないと思うが、教えられなきゃ追い出されそうだな。でも虚無呪文って確か長いんだよな。一言一句余さず小説に載ってる魔法あるのかな。あったとしてもそのまま伝えてそれで唱えられるのか?

「まあうううん。分かった。なんとか思いだして教える。でもいきなり成功するとは思わないでくれよ。なにせ虚無魔法だ。結構難しいからな」

「い、いいいいでしょう。そ、そうよね。虚無魔法だもの。そ、それとあんたの言うように事が運ぶかどうか見させてもらうわ。その代わり、もし違ったら……ころ……いえ、まあいいわ。さすがに寝覚め悪いし殺すのは勘弁して上げて追い出すぐらいにして上げるわ。でも痩せなさい。そのデブ体型だけはどうにかして」

俺が思う以上にルイズの方は俺が魔法を教えられるという部分に心惹かれてるようだ。そして急にデブが人間に見えたのか言葉をやわらげてくれた。しかし俺がそういうだけで妥協するとは余程魔法を唱えられない自分にコンプレックスがあるようだ。魔法に反応しすぎだ。無茶苦茶ソワソワしてるぞ。

「や、痩せる?」

「そうよ。いくらなんでもその体型は努力でもう少し改善できるでしょ」

「ぜ、善処はします。でも、あんまりダイエットは……。でも使い魔としての試用期間の間暇だし、着替えの手伝いとか洗濯とか雑用ぐらいならするぞ」

俺は特に着替えの手伝いをしたいのだ。ルイズの乳首と縦筋しかきっとない綺麗な……。見られるなら少々の理不尽は我慢できる。パンツの洗濯。むしろご褒美です。

「ふ、ふーん。えっと、意外に素直ね。まあそうね。それぐらいはしてもらおうかしら」

なんだかルイズは嬉しそうに一瞬見えた。

「じゃあもう消灯だし寝るから着替え早速手伝ってくれる?」

「え?お、おお、ああ、いいぞ」

俺は声が上ずりかけたがなんとか堪えた。内心では狂喜乱舞である。着替えの手伝い。彼女居ない歴イコール年齢の俺がこんなリアル外国美少女の裸を拝めるのだ。才人が見たのもこの信じられないような美少女だよな。だとしたらどうしてあんなに最初から喧嘩腰だったんだろう。しかも頼れるのはこの少女だけだろう。いきなり王女様にキスしたりするしよく考えたら本当に意味不明な少年だ。

「リュウジ。何してるの。早くしなさい」

ルイズの方は世話をされ慣れてる感じで促した。しかし、着替えの手伝いしてもらうにしろ家でも女のメイド以外しないだろうに、ここまで迂闊に男にさせるとは。男がどういう生き物か誰にも教わらないのか。というかデブへの嫌悪感はどうした。魔法学院にいる限り守られてるから親も安心してこの辺教えなかったのか。公爵家の令嬢なんてその後は結婚まで余程のことがない限り一方通行だろうな。だからって俺がルイズとラブラブになる可能性は……ないだろうな。

「はいはい」

俺はごちゃごちゃ考えながらも下手な姿勢でまずルイズのマントを外した。近くによると美少女特有の花のような良い匂いがする。それだけで俺はクラッとした。このあとブラウスのボタンに手をかけようとして、

「ねえ」

「お、はい」

何だ。エロい顔にはならないよう気をつけてたぞ。俺みたいな奴に触られるのいやなのか。そうなのか。

「まだあんたの言葉を信じ切ったわけじゃないけど、虚無魔法ってコツとかあるの?」

「そ、そのことか……」

俺はホッとして胸を撫で下ろした。服を脱がすことに関してはどうでもいいようだ。初期の才人並みに男と認識されてないな。俺の場合才人のようなデレ期が来るとは思えないし、この状態がずっとだったりしたら……泣くな。

「そのことかって。大事な事じゃない」

ルイズはかなり気になるようだ。この調子じゃ俺の未来予知も虚無魔法さえ唱えられればどちらでもいいようである。俺の方はといえばルイズにやましさを気取られてはならないと、手が震えないようにブラウスのボタンに触れた。そうすると僅かにルイズの未熟な膨らみに指が当たる。ふにょんと凹んだ。うおっ。なんか予想以上に弾力を感じる。だが柔らかい。それに何だろう。この生暖かさは。やばい。やばい。何かすごく悪い事してる気分だ。

「えっと、でも今はまだ唱えられても意味ないし、キミならちゃんとその時になれば唱えられるよ」

「良いから知りたいの。ねえコツとかないの?」

ルイズは余程興味があるのか体を揺らして詰め寄る。俺の方は意を決してルイズの前を完全にはだけさせた。するっと肩からブラウスが落ちたのだ。

「おお」

神よ。この世に生を与えてくれたことを感謝します。俺は泣きたくなる程感動した。白磁のように綺麗な肌に申し訳程度に二つの膨らみがある。リアルな三次元の美少女の上半身に俺はしばし呆然とした。俺の人生でここまで良いことが起きていいの?神様大丈夫?

「おお?」

俺の反応にルイズが訝しむ。

「いや、こ、コツ?コツな……えっと、あれだ。たしか虚無魔法は精神力らしいぞ。精神的にネガティブでもポジティブでも何でも良いから昂ぶれば昂ぶるほど強力な魔法を唱えられるらしい」

「へ、へえ。精神力か……」

ルイズが何かぶつぶつ言い出し、俺はスカートに手をかけて下ろした。男に裸にされてるのにルイズは考えごとに夢中だ。パンツはちゃんと履いてるんだ。でもルイズの生足だ。触りたいがいくらなんでも着替えでそれは無理だ。

「あの、下着はどうする?」

着替えてくれませんか?

「ああ、今日はあんたのせいでお風呂に入り損ねたし着替えるわ。換えはそこの棚だから」

「りょ、了解……」

俺はゴクリと生唾を呑み込んだ。そしてルイズの気が変わることを恐れて、新しい下着を取る前に、まずパンツに手をかける。ゆっくり下ろしていく。

「ごふっ」

やばい嬉しすぎて死にそうだ。明日虚無魔法を教えられなくて死刑になってももう別にいいや。

「なによ?」

「あ、いや、なんでもないんだ。うん」

俺は急いで棚にルイズの下着を取りに行きキャミソールも取ってルイズを着替えさせた。

「ありがと」

「あの、ところで俺はどこで寝るんだ?」

やはり藁かと思うが一応尋ねた。

「そこよ。そこ」

悲しいかなルイズはやはり藁を指した。

「ですよねー」

俺は泣きたくなる気持ちを抑えて素直に藁の上で横になる。しくしく。チクチクして痛いです。寝心地悪いです。

「ねえ」

ルイズもベッドで横になり、寝られないのか声をかけてきた。

「ぐー」

だが寝付きには自身のある俺は即行で寝ていた。寝心地の悪さはどうした。



「もう、寝たの?てか、いびき煩い……」

そんな彼を見てルイズは吐息を付く。

「でも不思議な奴よね。虚無魔法が嘘だとしてもいきなり私に呼ばれてもまったく嘆きもしないし、親とか心配しないのかしら?それか始祖の使い魔って私6000年も前から召還したことになるの?」

考え込むルイズだが答えなど出るはずもなく、彼のやかましいいびきに眠りを誘われるように目を閉じた。



「6000年前?」

朝、俺は役得の着替えをすませると、ルイズの疑問に首を傾げた。

「あんたを信用するわけじゃないけど、始祖の使い魔なら6000年前から召還されたことになるじゃない。それってあんた帰れるの?ていうかあんま帰りたそうじゃないわね」

「ああ、そうか……。まあ正確に言うと始祖の使い魔って言うより、虚無の担い手の使い魔なんだけどな。他にも3人いるぞ」

「3人もいるの?」

「ああ、俺が神の左手「ガンダールヴ」他にも「ヴィンダールヴ」「ミョズニトニルン」とかいたな」

「ふーん、でも始祖の使い魔じゃないって言うのはどういう意味?」

「確か始祖は自分の力を四つに分散したんだよ。そのせいで、それぞれ始祖の血を受け継ぐガリア、トリステイン、アルビオン、ロマリアに一人ずつ虚無使いは産まれる。まあ産まれていない時代の方が多いらしいけどな。そして俺はトリステインに産まれた虚無使いの使い魔になるガンダールヴという訳だ」

「じゃあ別に始祖の使い魔をしていた訳じゃないのね?」

「そうだ。ちなみにあんまり帰りたそうじゃないのはもともと俺はキミの使い魔になるべくして産まれたからだよ」

「うわ……キモ」

ルイズは心底残念な顔をした。

「キモくてごめんね!」

くそっ。こう言った方が受けが良いかと思ったのに逆にいやがれた。辛いので、泣いて良いですか。



「うわー、あれが噂の」
「そうよ豚よ豚」
「あれなら食用豚召還する方がマシよね」

廊下に出たら女子全員から畜生を見るより凄い目を向けられた。食用豚って、まああっちは食べればいいけどこっちは煮ても焼いても食べられないもんね。

「やっぱりあんた虚無魔法が嘘なら死刑ね?」

美少女が振り向いて笑顔で言いやがります。可愛いけど可愛くない。俺が泣こうとしたら向かいからウェーブのかかった髪を靡かせ、物凄い美少女が歩いてきた。ルイズがハーマ○オニーならこの子は若い頃のジェ○ファー・ロペスって感じだ。まあキュルケな訳だが、この子に散々誘惑されて手をださずにいた才人はホモなんだろうか?いや、もう、3次元になるとキュルケの美少女度は直接股間に来るのだ。

「ルイズ……あの……その……大変ね」

ちょっと待って。ここでキュルケと言えばルイズをコケにするのがどのゼロ魔二次でも定番だろう。何本気で同情してんの。あれか?俺は生きたらダメか?そうなのか?というか目を合わせようともしてくれないぞ。

「まあね」

ルイズは激しく眉間を引きつらせて下を見た。そこには何か赤くてでっかいトカゲが居た。うわー、サラマンダーか。気持ち悪。ようはでかいオオトカゲである。こんなもん。俺以上にキモいわ。どうだ。心の中でだけでも蔑んでやったぞ。

「あんたの使い魔それ?」

「え、ええ。火竜山脈のサラマンダーよ」

「へえ、大きいけど私の使い魔の方が重そうね」

「ぷっ」

「何?何かおかしいこと私言った?」

ルイズは虚ろな目でキュルケを見た。

「い、いえ、ぷぷぷぷ。ご、ごめんなさい。そ、そうね。あんたの使い魔のほうがお、おも、あは、アハハハ!」

思わずキュルケは盛大に吹きだした。

「あ、あの、ルイズ様?」

俺はさすがに敬語になった。というか俺の方が同情されたい。

「豚。行くわよ」

「は、はい」

俺は逆らえば殺されると思い、慌てて付いて行く。後では我慢した分盛大なキュルケの笑い声が木霊していた。






[38151] 虚無の魔法
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/08/31 18:38

俺はルイズについてアルヴィーズ食堂に入った。貴族の食卓と言うだけあり果物をふんだんに盛り籠に入れ、朝食にもかかわらず溢れるほどの料理をテーブルに並べ、器や内装にも凝った意匠が施され、おまけに夜には動くという不思議な人形。実に豪華だ。だが周囲からバカにされる声が響く度にルイズの不機嫌オーラが増していく。もうやめて。ルイズのライフはゼロよ!

「ゼロだけに、ぷぷ」

思わず自分の思考に笑ってしまう。押さえろ俺。ここで俺が爆笑したら、マジでルイズがキレる。キュルケから立ち去った後も俺は昨日召還されたばかりなのにすっかり有名人らしく、才人以上の注目を悪い意味で浴びていた。この視線に耐えねばならないルイズが不憫になってきて自分自身も居たたまれず、消えてなくなりたい気分だ。きっと虚無魔法の件がなければ未来予知が叶う日までなんてとても待ってはくれまい。それだけに今日の放課後は重要だ。虚無魔法を教えられなきゃ……。

「ねえ、豚」

ルイズが虚ろな目を俺に向けた。

「は、はい」

「今日の放課後が今から楽しみで仕方ないわ」

「そ、そうだな。魔法が唱えられるかもしれないんだもんな。で、でも、もしかすると唱えられない――」

俺は周囲に外国人しかおらず、おまけに殆どが美男美女で、何より本当にハリ○タの世界ではないのかと疑いたくなるようなアニメで見た簡素さがない凝った作りと、ルイズのぴりぴりに呑まれていた。こんな場所にきてなぜサイトは強気でいられたんだ。小説ではあの御方は殆ど素だった。でも常識的に無理だろ。こんなアウェーでどうやってあんな好き放題貴族に言うんだ。俺なんてルイズが床に置いたパンと薄いスープを、この体格でも文句一つ言えんぞ。

「あの少ない……」

「少ない?何が少ないの?あんたその贅肉揺らして私の後を一生うろつく気?馬鹿なの?死ぬの?」

「いや、決してそんな気は……」

「じゃあダイエット食ってあるそうなの。知ってる?」

「し、知ってますよ。はは、あの、ルイズ様。俺喜んで頂きます!」

「そうね。それがいいわ。それにしても放課後が楽しみね。だってどうなっても私には良いことばかりだもん」

ニコって笑うと床に座る俺を見下すルイズの目が笑ってない。

「それってどういう意味でせぅ?」

「聞きたい?」

「い、いえ、別に……」

「だって魔法が唱えられなきゃこの役立たずの豚を死刑に出来るじゃない。こんなに素晴らしいことが他にある?」

「いやいやいや、ちょっと待って昨夜の優しいルイズはどこ行った!?何いきなり殺人予告してんの!?昨日はデブの人権認めてただろ!?というか俺魔法使いじゃないんだって!唱えられるかどうかで殺されてたまるか!」

俺がさすがに命に関わる事態に怒鳴ると周りが、

「可哀想なルイズ。ただでさえあんな豚と同じ部屋なのに」
「一人前の人間のつもりなのよ」
「ルイズ。大丈夫よ。もし死んでも私達見て見ぬふりするわ」

「ちょっと待って!!!え?何これ?殺害される俺の方が悪いみたいな感じですか?」

俺は立ち上がったが周囲の視線があまりに厳しくて語尾下がりになった。すると今度は男子が、

「大体こんな豚が女子寮だというのが問題だ」
これ、ギーシュだと思う。
「そうだな。せめて家畜小屋に入れるべきだ」
これ、マリコルヌ。
「ルイズ。何なら僕たちの連盟で彼を家畜小屋に入れるよう先生に頼んでみようか?」
多分こいつはレイナール。
みんな見た目がリアルな人間の外国人だから断言はできんけど、なんとなくイメージだ。

「妥協点が家畜小屋……」

というかマリコルヌは味方と思っていたが、俺が女子寮住まいなのが面白くないらしい。うん。昨日以上に状況悪いぞ。原作知識がある分サイトより良い扱いだと思ったのに、鞭で打たれない分幸せで、美少女の裸見られて嬉しかったのに、全然そんな事なかったです。サイトさん。この中で原作知識もなく強く自分を主張できた貴方はすごかとです。

「みんな……ありがとう。でも大丈夫よ。こんなのでも私の使い魔だし、私はちゃんと飼う義務があるの。でも同じ女子寮のみんなには迷惑よね。ごめんなさい」

「いや、殺すって言われてる俺の身ッ!」

ルイズに足蹴られた。

「あの、痛いです」

「黙れ黙れ黙れ」

「痛い痛い。さり気なく足下で蹴るなよ!痛いじゃないか!」

「ルイズ……」
「なんて優しいの」
「おお、僕は今までこんなに慈愛に満ちた女性は見たことがない」

そうするとルイズの周囲に人だかりが出来て俺は押しのけられてしまう。蹴ることはどうでもよくて飼い主の義務を果たす気のルイズに感動らしい。もうどうでもいいや。くっそ。拗ねてやる!ぐれてやる!イケメン死ね!イケメン死ね!イケメン死ね!



「あんた何隅っこでいじけてんのキモッ」

あの後、俺はルイズに放置され、お腹が空いたので原作知識で調理場に行ってご飯をもらってたらふく食べてやった。この調子だとダイエットは無理そうだ。たがサイトのようにシエスタから話しかけられることもなく、料理長のマルトーのおっちゃんだけが、

『ま、大変だが頑張れ兄ちゃん』

同情してくれるが、俺が30過ぎだと分かると、

『兄ちゃん!もっとどうして真面目に生きなかったんだ!そんなことじゃ田舎のおっかさんが悲しむぞ!』

と、コンコンと説教されました。もうゴールして良いよね。

「ほら早く動きなさいこの豚」

ルイズにお尻蹴られました。

「しくしく」

「うわー、泣いてる姿も酷いわね」

どん引きされました。

「もっと優しくしてくれよ!もうそろそろマジで泣くぞ!」

俺は精神的にふらふらになり一人廊下の隅でいじけていたが、結局虚無魔法のことだけしかきっと興味のないルイズに、ようやく放課後声をかけられた。やべ。この間のイベント全部すっぽかした。いや、まあいいか。どうせこのあとルイズに虚無魔法も教えられず殺されちゃうんだ。母さんごめん。マルトーのおっちゃんの言うようにもうちょっと真面目に生きてればよかった。でも大丈夫。弟も妹ももう子供まで居るし、後事については何も心配いらないから。

「はあ、結局親孝行も兄貴らしいことも何もしなかったな。この世界みんな結婚早いんだって。30過ぎだと向こうの50ぐらいになってその年でニートな俺ってもう人生詰んでるよね」

鬱だ。どこでこんなにまで人生踏み外したんだろう。

「なにぶつぶつ言ってるのよ。ホラ行くわよ。魔法教えられるもんなら教えなさいよ」

なんかこの女むかつくとです。

「……」

「返事しなさい豚!」

「……」

辛い。生きるのが辛い。ゼロ魔の世界に来たら今度こそ頑張れると思ったのに、結局どこにいても俺は俺。

「早くしなさいよ豚!」

またお尻蹴られました。美少女にされたらご褒美だと聞いたことがあるけど実際やられたらひたすら惨めです。ああ死にたい。

「とりあえず、部屋に本取ってくる」

だが俺はそれでも立ち上がる。母さん。俺もうちょっとだけ頑張るよ。

「本?って、あの本?」

ルイズはなんだかみんなにかけられた言葉に気分を良くしてるのか機嫌は悪くなさそうに見える。お陰で俺への優しさは減ったけど。

「ああ、言っただろ。俺は魔法使いじゃないから本来魔法なんて教えられないんだ。でもあれは始祖について書かれた貴重な本だし、魔法について一つぐらい書かれてるかもしれないんだ」

書いてなきゃどうしよう……。

「あれってそんなにすごい本なの?」

胡散臭そうにルイズが見てくる。

「そうだよ。何その目。どうせ俺はデブだよ。死刑だよ。しくしく」

「……ねえ?ところであんたあんまお腹空いてなさそうね?」

「うっ!」

なんで分かるの?物凄くお腹いっぱい食べたよ。なにさ、サイトでもそこは許されたのに、俺はそれも許されないの?

「あんたまさか……」

「はは、えっと、お腹空いたな。痩せそうだな。お腹と背中がくっつくぞ!えっと、本だよ。本の話だよ。う、嘘は付いてないぞ。ま、まあ俺にしか読めない字だから分かんないだろうけど、そういう訳だから捨てないでね。それにあれがないと俺がキミの為に出来ることも半分以下になるから」

もう頼みはあの本だけである。もしあの本を捨てられたら泣くどころじゃない。

「ふーん。ま、いいわ。じゃあ早く取りに行きましょう。あ、まあもちろんあんたが教えられると信じたわけじゃないし、無理なら家畜小屋だから」

「死刑は?」

「さすがに可哀想だし私の慈愛に満ちた心で許して上げる」

「へえ……」

慈愛。家畜小屋が慈愛。でももし家畜小屋に本当に住まされたらその時は俺はそこまで強くない。首吊って死んでやる!そしてルイズの心にいやな思いをしこたま残して生きつづけてやる!

俺は半ばやけくそで部屋に戻ると、ゼロの使い魔をルイズの前で読むという違和感ばりばりのことをしばらくしていた。一巻二巻に目を通すが虚無魔法は載っておらず焦燥に駆られるが、幸いなことに多分一言一句余さず呪文が書かれてる虚無魔法を見つけた。だが、俺はそれでもずっとゼロの使い魔を読んでいて、ルイズに何度も急かされたが全てチェックしていた。ゼロの使い魔が面白いという理由ではなく、載っていた魔法が、

「……これだけ?」

すっかり夜も更け、横でムスッとしたルイズを尻目に、焦りを覚える。

「読み終わったの?言っておくけど、時間稼ぎでこんな時間まで読んでたんなら無駄よ。今日はたとえ夜でも教えてもらうわよ」

そう言うルイズは居丈高だが実はかなり期待してるのか顔が意気込んでて、ちょっとウザかとです。

「いや、何か教えられそうなんだけど……」

だが俺は言葉を濁した。

「なによ。それなら早く教えなさいよ」

「でも」

「何?」

「……すごく危ないです」

「は?何が?」

「虚無魔法が」

「どうして?」

「これ……始祖について書かれてるけど魔法の専門書じゃないし、魔法は一つしか書かれてないんだ」

「良いわよ。一つでも」

「いや、それが……虚無魔法には瞬間移動(テレポート)に幻影(イリュージョン)と色々あるのに、よりにもよってちゃんと呪文が書いてるのは大規模破壊魔法だけなんだよ」

「……破壊?大規模ってどれぐらい?」

「艦隊が全滅するんだから……。1リーグ四方が吹き飛ぶぐらい?」

「い、1リーグ?」

さすがのルイズも額に汗が流していた。この世界のリーグはキロである。つまりちゃんと呪文を書いてあるのは原作上で虚無の最高位の威力を誇るあの魔法だけなのである。しかも1キロ四方が吹き飛ぶと言えば俺が元居た世界の戦術核クラスの威力があるのだ。それでいて放射能もないというのは凄まじい。そんな魔法唱える場所を確保するだけでも大変なことだ。

「その魔法、か、加減できないの?」

「キミって加減出来るの?」

俺は心底ルイズに疑わしげな目を向けた。原作を読んで思ったがルイズはどうも魔法の制御ができない子のようだ。

「は?ぶ、豚の癖に何その目!で、出来るわよ魔法の加減ぐらい!あんたこそ私を脅して教えない気でしょ!」

「いや、それはない。本当にない。死んでもない。俺としては教えたいというか、教えるなと言われても教えないと今の扱いはいい加減辛い。本当に辛い。死にたいほど辛い。でもこの魔法はこの先の未来でトリステインが戦争に巻き込まれた場合に必要なものだ」

「……戦争?この平和なトリステインが?それも未来予知なの?」

明らかにバカにしてルイズが見てくる。

「ああ、この魔法だけで戦況が一発逆転出来るほどすごいものだ。ただこんな大出力は幾ら虚無の担い手でも一年に一度ぐらいしか出せないんだ。これから二年ほどの間にかなり色々あるから一年掛かりで魔力なんて溜めてる余裕はない。だからこの威力は実質一度だけだ。もし加減を間違えて肝心なときにこの魔法を使えなければ多分トリステインは……」

「な、何よ。本当にそんな大事なの?」

ルイズはまだ疑いの目だ。

まあでもどのみち教えるのだ。教えないと俺の人間としての尊厳が守られない。大体家畜小屋ってなんだ。そんな場所に住めとはいくらなんでも酷い。かといえ、ルイズが加減を間違えて肝心の時に唱えられなかっても詰んでしまう。裏で糸を引くガリアのジョゼフに攻められればトリステインなどトラの前のアリ程度だ。そうして国がなければルイズは貴族じゃなくなる。没落貴族の運命なんてフーケを見れば分かる通りだ。公爵家のルイズでも男の慰み者にされかねない。

当然その類は使い魔の俺にも及ぶ。ルイズの庇護がないと人間として扱われるかも妖しい。殆ど引き籠もりの俺が一人で生きていく自信もない。かといえ魔法ぐらい教えておかないとルイズに信用されるのに時間がかかりすぎる。それまでに学院から追い出されたら洒落にならない。

「ただ、やっぱりキミに信用されずに家畜小屋に入れられたら困る。教えるからともかく加減してくれ。それと念のため外に行こう。加減できたとしてもここで唱えるには威力がありすぎるよ」

俺は決めると例の呪文が書かれた3巻を手に持って立ち上がった。

「で、で、でも、もしあんたの言うことが真実ならその魔法唱えたらトリステインはどうなるのよ?」

教えることに乗り気な俺に今度はルイズが怖じ気づいた。俺が本当に本当の事を言っていたら自分が魔法をミスったらトリステインは滅ぶんだ。根っからの貴族であるルイズがそれをよしとは出来ないはずだ。

「加減を間違えなきゃ良いんだよ。まあ多分大丈夫だ。かなり思いっきり撃たないとキミの魔力は尽きたりしない。虚無の担い手の魔力は普通じゃ有り得ないほど大きいらしいし、今まで魔法を唱えてこなかった分、さらに溜まってるはずだからね」

「そ、そうなんだ。ねえ、本当の本当なのよね?私魔法唱えられるの?」

「どのみちすぐに答えは出るだろ」

俺はルイズの部屋を出た。慌ててルイズも付いてくる。

「あ、ちょっと待って明かり持ってくから!」

ルイズがマジックアイテムっぽいランプを手に取った。こんな夜に男と二人で外に行く事に警戒してる様子はない。俺が自暴自棄になって襲いかかればルイズより腕力がある。ルイズは失敗魔法と言う名の爆裂魔法を一瞬で唱えられるが、自分で失敗してると思ってるんだから襲われてもそんな魔法を唱えはしないだろう。となれば平民の女の子と変わりがない。もうちょっと男に警戒すべきだ。

「なんだかな……」

ルイズを見ていると本当にトリステインは平和なんだと思うし、これでフーケに挑んだり、王女の恋文回収をほいほい引き受けたのかと思うと怖すぎる。キュルケとタバサもいたが、サイトが居なければフーケの時点で目撃者として殺されてこの子の人生は終わっていた。そう考えるとこの子の人生は本当に綱渡りだ。そして彼女の無鉄砲と世間知らずは、俺が見守らないと直ぐに死にそうだ。そう考えるともっと感謝されてもいい気がした。



そのころキュルケはタバサの部屋でルイズのあまりに酷い使い魔を嘆いていた。まだただの平民ならいつもの調子でからかえるのだが……あれはない。30過ぎのデブと言うより豚。酷い。あまりに酷い。それなのに融通の利かないコルベールはルイズにあんな豚と一緒に住めと言う。

「付いてないわよねあの子。どうしてあんな変なのを召還しちゃうかな……」

「……」

無口でいつも本ばかり読んでる同じ年には見えない幼い見た目のタバサもこれには無言で頷いた。自分もあれと住めと言われたらきっと伯父の無茶な任務で死ぬような思いをさせられる方がマシだと思うだろう。

「でも召還した以上はあの子にピッタリの使い魔なんでしょうね」

「……」

「いや、あれがあの子にピッタリ……。いやいや、いくらなんでもないわ。きっとまた失敗してるのよ。でもそうだとしても面倒な話なのよね。女子は同じ女子寮に住むのもいやで家畜小屋に入れようと教師に詰め寄ってるみたいだけど、男子は平民の一人ぐらい殺せって言うのもいるのよ。そのせいで家畜小屋に入れたら男子からイビリ殺される可能性がある。そのせいで逆にあの豚を家畜小屋に入れるに入れられないのよ。さすがに何もしてない平民を殺すのはコルベール先生あたりは見過ごさないでしょうしね」

キュルケは無口なタバサの返事は特に期待せず話していた。男あさりのせいで実はルイズ以上に女子から嫌われてるキュルケは唯一まともに付き合ってくれるタバサを親友と思っていたし、タバサも人には言えない秘密をキュルケには教えていた。

「ねえ、ルイズってその辺分かってるのかしら?」

そしてキュルケはルイズのこともタバサと同じく本人には言わないが気に入っていた。他の女子と言えばやたら徒党を組んで自分に男を取られた陰湿な仕返しをしに来るが、彼女はやるなら自分で正面からする。ヴァリエールの女は常にそうだ。いくら魔法がダメでも公爵令嬢なら擦り寄るものもいるが、それにも靡かない。それでいて御嬢様で世間知らずなルイズがキュルケには可愛い。それだけにあんな男と同じ部屋に住むのが、どうにも心配だった。

「あなたならどうする?」

ふいにタバサが本から顔を上げてキュルケを見た。

「へ?」

急に聞かれてキュルケは目を瞬いた。

「あの男があなたの使い魔ならどうする?」

急にどうしたんだろう。この親友はタマに分からないときがある。

「そ、そうね……。まああんなの召還なんてありえないけど正直、見て見ぬふりしちゃうかも」

少し迷ったがキュルケは正直に答えた。自分ならあの使い魔を家畜小屋に入れ、その後のことは無視するかもしれない。それぐらいキュルケでも自分があの使い魔を召還してしまったらいやだと思った。

「そう」

「タバサはどうする?」

「……分からない。でも、多分私の使い魔なら追い出せないと思うし殺すというなら止める」

「優しいのね」

キュルケがタバサの頭を撫でる。だがタバサ自身はそう思わなかった。あの太い男と自分。厄介者で死んでほしいと思われる存在であることでは変わらない。なのに自分はあの男を快く受け入れたいと思わない。あの自分自身を管理できず自堕落の末に行き着いたような体型と怯えた姿が許せなかった。伯父も同じ気分だろうか。女としての魅力に欠け、無口で反抗一つする素振りのない自分は気味が悪い。意外と自分の根底に流れる血は伯父と同じなのかもしれない。

「と……とう……」

その時ふいにタバサの耳に声が聞こえた。キュルケも聞こえて顔を上げた。窓からだ。こんな夜更けに外から声がする。キュルケの方が立ち上がって外を覗いた。

「ルイズ……」

外に見えたのはいつも見慣れた桃色ブロンドだ。その横には見間違いたくても見間違えることが出来ないあの人間が居た。こんな時間から遠出する気か馬を引いていた。

「あの子……まさか……」

キュルケはふいにいやな予感に捕らわれる。ルイズは思い詰めてあの男を殺すのではないか。でなければあんな男と夜に外に出る意味などない。止めるべきか。でも人を殺すといってもたかが平民という思いは貴族である以上キュルケにもある。平民など天候不順でちょっと不作になれば飢餓で紙くず同然のように大量に死ぬものだ。そんな平民が死ぬ罪悪感とこれからあの平民を使い魔として生きていく辛さを考えれば……。

「でも、それならなんで家畜小屋に入れないのよ」

そうすれば勝手に男子がイビリ殺してくれるだろうに。まあそれを出来るなら自分もルイズのことを気に入っては居まい。
どうする?
このまま見過ごそうか?
キュルケが決めかねているとタバサが杖を振った。

「シルフィード来て」

タバサが自分の使い魔の風竜を呼んでいた。

「ちょ、ルイズを止めるの?」

悩んでいたキュルケはタバサが止めるなら自分も止めようかと揺らいだ。

「それは彼女が決めればいい。でも彼女は魔法が使えない」

「あ、そっか」

普通に争えばルイズの方が負ける。むしろ脅されて部屋から連れだされたかもしれない。貴族が平民に負けることなどないと信じていたキュルケは焦った。



「ちょっとしがみつかないでよ!」

まさかキュルケやタバサにまで別に死んでもいいんじゃね。と思われてるとは知らない俺は馬に乗って後ろからルイズに力の限り抱きついていた。馬って怖い。その上ルイズが小さくて抱きつくには心許ない。というか馬にごめんと言いたい。すごく重そうです。

「いや、そんな事言っても馬なんて生まれて初めて乗るんだ。怖いって!」

おまけにルイズが馬を走らせるから俺はバランスを取るのに四苦八苦していた。

「はあ、あんた本当に虚無の使い魔なの?馬にも乗れないなんて……その上デブ」

「あからさまにデブを残念そうに言うなよ!これでも車の免許はもってんだぞ!って!ちょ!揺れるっ!」

俺は思わず手をもっと掴みやすい場所に移した。

「きゃああああ!どこ触ってるのよ!」

俺の手がルイズの胸にふにょんっと触れた。着替えの時はよくても今はダメらしい。

「ごめん!マジですまん!わざとじゃないんだ!ちゃんと魔法教えるから今は許して!」

「許せる訳ないでしょ!せめてもう少し下を持ちなさい!こら!揉まないでっ!」

「だってルイズって俺と体のサイズ違いすぎてこの位置じゃないとバランスがとれん!」

「このバカ!この豚!死ね!今すぐ死んで詫びなさい!」

「せめて馬をもう少しゆっくりにして!そうしたら離せるから!」

「あんたが10リーグは離れた方が良いとか言うからでしょ!ちんたら歩かせたら朝までに帰られないじゃない!って言うか、こら!揉むなってば!あんっ!ててて手をどけないと蹴落として行くわよ!」

「俺が行かなきゃそもそも意味ないじゃないか!」

「煩い煩い煩い!とにかく揉むなあああああ!」

「大丈夫小さくてあんま分かんないから!」

「殺す!」

俺たちは着くまで揉むな落ちるの言い合いを続け、何度かどけようと努力するが、馬も俺が重いのか走りが雑で結局手が胸の位置に行き、気持ち良いやら後でルイズが怖いやら、それでも彼女が馬のスピードを緩めなかったのは、やはり相当早く魔法を唱えたかったようだ。



「あんた帰りは歩き!い・い・わ・ね!」

降りてからルイズに蹴られまくった俺が地面で伸びていた。周囲は暗闇に包まれ、街道から森の方に少し入り込んだ開けた場所にまできていた。学園とは10リーグ以上離れたようだし、人家もないところにきていた。日本じゃ考えられないが都市や住宅地開発などされていないハルケギニアでは一部の地域以外は本当に閑散としており、10リーグぐらい何もない土地など珍しくないようだ。

「はい……本当に申し訳ございませんでした」

反論の余地無く俺も返した。ルイズは冗談抜きでいやだったのか涙目で、でもそれでいて少しは感じたのか顔が赤い。まあそうじゃなきゃいくらなんでも途中で一度は止まるよな。痛くないようには気をつけてたもんな。あかん。暗くて分からないから良いけど、正直下半身がやばいです。

「はあ、もういいわ。あんたもこの結果次第で運命決まるんですもの」

修正、どうやら気持ち良いとかより、俺に対して悪い方に転んだ場合の申し訳なさを多少持っていてくれるようだ。そう思うならせめて使用人部屋に入れることを考慮してほしいんだが。

「とにかくじゃあどうするの?」

気持ちを切り替えたルイズに急かされた。俺はさすがにいきなり呪文に入るのは性急と思いゼロの使い魔3巻を開いた。だがさらのその前に思いついたことがありルイズを見た。というか暗くて読めん……。

パチンッ

思っていたらルイズがマジックアイテムらしいランプに指を鳴らして付けて手元を照らしてくれた。

「ありがと。それで、まず理解しておいてほしいんだけど、俺は何度も言うが魔法使いじゃない。だから魔法の唱え方のコツなんて分からないし、この本に書かれてるそのまましか伝えられない」

「そんなの分かってるわよ。ようはそれで無理なら無理なんでしょ」

「ああ、だから、これでもし無理だからって、さすがに家畜小屋に入れられるのはいやだ。じゃないとそもそも教えないぞ」

「むむう、取引する気?」

生意気よってルイズは言いたそうだ。

「こっちだって死活問題なんだって。いくらなんでも家畜小屋に入れられる人間の気持ちは分かるだろ?」

「ううん……まあ、分かったわ。じゃあ私が学園にいる間は使用人として雇ってもらえるように学園長に頼んで上げる。ついでに卒業したらうちで雇うようにお父様に言って上げるわ。まあその辺で野垂れ死なれたらさすがに後味悪いしね」

「で、出来れば、その、け、結婚相手も紹介してもらえると」

俺は今しかこんなこと頼める機会はないと思って粘った。今このときならルイズから言質を取れる。そしてアニメで見た彼女は一度した約束を簡単に反故には出来ない性格のはずだ。まあそれまでに多分未来予知が当たると思うのだが、保険は多い方が良い。

「その年と見た目で図々しい奴ね。30過ぎの結婚相手だと、相手は多分20代後半の超行き遅れとかになるわよ」

「贅沢は言いません」

というかバツイチの子持ちとかでも文句はないぐらいだ。20代後半の女なんてむしろご褒美である。

「そう……。まあいいわ。平民の女の一人ぐらいお父様なら簡単に紹介できるもの。でも学院でもうちでも使用人として真面目に働いてないとダメよ」

「そ、それはもちろん!」

よかった。女の子が出来るんなら頑張って痩せて働こう。うん?でもそれだと俺的には無理目のルイズにこれからも付き合うよりルイズが魔法を唱えられない方が……。いや、ダメか。この世界が予定通り進んだらルイズ死ぬしな……。

「何よ?」

「いや、なんでもない。えっと、じゃあ教えるぞ。まず序文からだ。よく聞いてくれ」

「うん」

ルイズは俺を疑う反面期待もしているのか息を呑んだ。

「序文。
これより我が知りし心理をこの書に記す。
この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。
ここまでは良いか?」

「へ、へえ、何かもっともらしいわね。続けて」

そう言いながらもルイズは今の言葉に何か分からないが、不思議とこの世の真理に感じて、知的好奇心が刺激された。

「神は我に更なる力を与えられた。
四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。
神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。
我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化しせしめる呪文なり。
四にあらざれば零。
零すなわちこれ『虚無』。
我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」

俺はルイズを見る。すると少し目がおかしい。相当集中している。この言葉だけでもルイズの虚無が反応し始めているかのようだ。このまま唱えさせれば間違いなく成功しそうな予感がした。

「虚無の系統……本当に伝説じゃないのね?」



「あの二人、何を馬鹿なことを、虚無なんて伝説に決まってる。あの豚ルイズを騙そうとしてるだけでしょ」

「最後まで一応見る。嘘なら……許さなければいい」

「そうね」

こっそりシルフィードで後をつけ、見守るキュルケはかなり頭に来ていた。魔法を唱えられないルイズの弱みにつけ込んでダメでも結婚相手まで紹介しろとは図々しいにもほどがある。騙されていることにルイズはどうして気付かないのだ。やはりあんな男は家畜小屋で十分だ。



「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。
またそのための力を担いしものなり。
『虚無』を扱うものは心せよ。
志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり。
また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
詠唱者は注意せよ。
時として『虚無』はその強力により命を削る。
したがって我はこの書の読み手を選ぶ。
たとえ資格なきものが“指輪”を嵌めても、この書は開かれぬ。
えらばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。
されば、この書は開かれん。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」

「指輪……?ねえ、指輪ってなんの事?」

集中していたルイズがふいに現実と合わない内容に尋ねてきた。そう、この時点でルイズはまだ王家に伝わる指輪を所持していないのだ。

「これは本来トリステイン王家にある始祖の祈祷書に載っている内容なんだ。でも始祖の祈祷書は実は白紙でできている。だから資格のないものは読めない。そして資格があっても王家の秘宝である水のルビーをしてないと読めないんだ」

「そっか、良いわ。続けて」

ルイズは相変わらず俺の手元を照らしてくれていた。

「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
初歩の初歩の初歩。 『エクスプロージョン(爆発)』」

俺はふいに思い出したことがあり顔を上げた。

「ルイズ。加減してくれよ。全力ださないでくれよ」

「分かってるから早くして!呪文頭にたたき込むから」

集中を乱されるのがいやでルイズは目を閉じていた。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」

ルイズは俺が読み終わると明かりを消し、俺が読んでてもよく分からない文字列をそのまま歌うように紡いでいく。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ」

ルイズの中で何かが結実していく、杖の先が輝く。

「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」

呪文が終わる。ルイズが杖を振り下ろした。その瞬間。夜を照らし出す太陽が現れたのかと間違うほど強烈な光の球が現れた。そして森の中を貫いて抉り取っていく。凄まじい現象の割に音は響かず、だが明らかにその魔法の威力は他の四の系統と威力を隔絶していた。目の前にある木々と地面が薙ぎ払われていく。

「すごい……」

光がやむと10メイルもの大きなクレーターが出来上がっていた。

「これが虚無……」

ルイズは呆然とつぶやく。今までの自分の失敗魔法と同じ爆裂魔法だが、威力も桁違いなら、あのように猥雑さもない純粋な破壊魔法。しかもこれほどの信じられない威力がある魔法を唱えておきながら全然疲れていない。

「でもこんなものじゃない……」

それどころか今のこの威力でも全力の100分の1ほどだとルイズには分かった。

「リュウジ。信じられないでしょうけど、私こんな程度の魔法なら100回唱えても平気そうなの」

自分が信じられず、ルイズは夢かと思いつつ、夢であってほしくないとリュウジを見た。

「分かってるよ。全力なら1リーグ吹き飛ぶはずだからね。まあ上手く加減できて良かったよ。キミは大体普通の魔法使いが一週間かければ上限に達する魔力を1年単位で溜められるそうだ。でもこの程度の魔力なら使用魔力が溜まるのに2,3日あれば十分なはずだ」

「あ、あのさ」

「なんだよ?」

「じゃ、じゃあ、あんたって本当に私の為に産まれてきたの?」

「あ、うん。そうだ」

俺は言い切った。だってそうじゃなきゃ俺がここにいる意味がない。

「私の為だけ……」

「そうだよ。これで信用してもらえたか?」

そう言いながらも考える。艦隊を一気に全滅させたという魔法だ。ルイズが生きてきて溜め続けた魔力だ。有効に使えたら100回唱えられるとするなら、事はかなり楽になる……。いや、詠唱時間がネックになって小出しは無理か……。となるとタルブの上空戦はルイズの魔法が有ってももうちょっと戦略的なものを根本から変えないときついよな。俺はルイズが虚無魔法を唱えたことで完全にこの世界はゼロ魔なんだと信じ、そして同時にこれから先自分の運命を思うと怖かった。

そう。これから自分の身に降りかかる苦労はこんなものじゃないのだ。

「……ええ、そうね。これ以上の証拠はないわ。リュウジ。神の左手だったわね。今まで、その、疑って悪かったわ。でも、私もだけどこの事を知ればみんなもあなたを見る目を改めるわ」

「いいや、すごく残念だが、俺が虚無の使い魔でキミが虚無の担い手であることは公にはまだ出来ない。いずれは出来るだろうけど、今は公にしても周りから狙われるだけだ」

「どうして?」

「だって虚無を使えることはそのまま始祖の正当な子孫ということになる。王家は始祖信仰で成り立ってるのは知っているだろ?」

「もちろん」

「王家はもっとも始祖に近い血を受け継ぐから王家なんだ。つまり虚無が使えるキミは正当な王位継承者ということになる。王女様とのパイプもない状態でそんな事になれば内戦だって起きかねないじゃないか。せめてアンリエッタ王女が女王になり確固とした地盤を築かないと無理だ」

「私は王位なんていらない。ただバカにされたくないだけよ」

ルイズは手を強く振った。せっかくこれでみんなを見返せると思ったのにそれができないのだ。何よりルイズは確かに王位になど興味がないのだ。

「周囲がそう思わないならいくらキミがそう思っても意味がない。ともかく一生黙ってろと言う訳じゃないんだ。王女様とも親しくなり叛意がないと上にも示しながら徐々に情報を開示していこうってだけだ」

「でも……」

「なんだよ」

「私はまだ良いわ。でも私はまだしも、あんたの方は悠長にしてると周りからの当たりが洒落にならないでしょ?」

「まあさすがに殺されはしないだろ」

「……えっと、言いにくいけど、そんな事もないわよ」

ルイズは俺は下手をすると殺されると続けた。

「嘘……そんなに俺って嫌われてるの?」

「あんたよく分かってないみたいだけど、一部の貴族は使用人を嬲り殺すぐらいするものなのよ。それぐらい貴族と平民って扱いが違うの。そんな貴族は平民を家畜と同じように思ってるのよ。しかもあんたの場合なんだか殺してもいいみたいな雰囲気になっちゃってるしね」

「ま、まあ、でもなんとかするよ。それとそういう事なら明日にでも剣を用意してもらえると助かる。こう見えて俺は剣さえあればラインメイジぐらいまではなんとか勝てると多分思うから」

俺は答えつつも声が震えた。自分は確実にサイトより弱いのだ。それにゼロ魔は中世ヨーロッパが元になっていたはず。中世の頃には意外なほど平民の命が軽いと聞いたことがあった。日本でも明治の初期は大臣が奥さんを殺してしまっても罪に問われなかったことがあるほどだ。それほど一部の人間を除いて近代になるまで人の命は大して重いものじゃなかったのだ。魔法がある以上その線引きは俺の居た世界より強いかもしれない。

「分かったわ。コルベール先生なら事情を話せば直ぐに用意してくれるでしょ。それに虚無の曜日になったら買ってあげるわ」

「助かる」

「……でもリュウジ。これから出来るだけ私の傍にいなさい。そうしたら私があんたを守るわ。あんたの実力がどんなものか知らないけど正体を明かせないならおいそれと貴族と争えないでしょ」

「それはそう。うん。できればそうしてくれると助かる」

俺は素直に頷いた。ギーシュとサイトが争ったといってもあれは自分自身散々殴られ、更にギーシュにはほとんど手をださなかったから許されているのだ。普通は平民は貴族に手をだしたら殺されるのだろう。

「ルイズ。あの、本当に俺がやばいときは助けてね」

「ぷっ。あんたって本当、“らしく”ないわよね」

ルイズが笑いだした。まあ俺を見て神の左手とかそんなご大層なものだと見える奴はいまい。何より自分自身そんないいものとも思ってない。

「これでも精一杯なんだけど……」

「ふふ、帰りましょリュウジ。早く帰らないと寝る時間が無くなるわ。明日も早いわよ」

そう言うとルイズはひらりと馬に跨った。

「帰りは歩きと言われてたけどな」

俺は急に変わったルイズの態度にちょっと軽口を叩いた。

「怒ってるの?」

「そりゃ少しは」

「ふふ、謝ったでしょ」

「謝られてもな。散々豚だの家畜小屋行きだの言われたし」

「まあ自分でも思うけど、人間って現金よね。急にあなたが豚じゃなくて人間なんだって思えるようになったわ。それがいやなら歩いて帰る?」

ルイズは上機嫌だった。生まれて初めて魔法が唱えられたのだ。しかも伝説の虚無だ。ニコニコもしたくなる。

「はは……いや、乗せてもらうよ」

俺はそんなルイズを見てるとなんだか怒る気が失せて、ルイズが伸ばした手を取った。



「なんなの?」

キュルケとタバサが走り去る二人を呆然と見つめていた。

「クレーター」

目の前の抉れた大地をタバサは見た。シルフィードなどすっかり怯えて縮こまっていた。

「そうじゃなくてなんなの?」

「虚無」

「そうじゃなくてなんなの?」

「神の左手」

「それってなんなのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

ルイズ達がいなくなった場所でキュルケの叫びが木霊した。







[38151] 追われるデブ
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/08/10 15:13

「ねえ、リュウジ」

リュウジが後からしがみついている。手の位置は私が馬を速く走らせるせいで相変わらず胸だ。怒ろうかどうか悩んだが、怒らずにいるとそこが定位置みたいになってしまう。まあ仕方ない。リュウジのことだからいやらしさで触ってるんじゃない。きっと本当に落ちそうなんだ。信じよう。疑ってリュウジの尊厳をありえないほど傷つけたのだ。もう疑ってはダメだ。

「な、なんだ?」

「あなたって始祖の使い魔じゃなくて私専用の使い魔なのよね?」

リュウジの声が震える。胸を触ってることを怒られると思ったんだろうか。なんとかずらそうとするが少し揺れるとまた触ってきた。落ちるから仕方なく触っているだけなんだから気にしなくて良いのに。そう思い好意こそ湧かないが我慢しようと務めた。反抗的な態度を常に取ったりされれば別だがリュウジは基本的に従順だし私もそんな相手に癇癪を起こすほどヒステリーじゃないのだ。

「え?あ、ああ、そうだけどそれがどうかした?」

「それってどういうふうな意味なの?」

「どういうふうな意味?」

リュウジは私の意図が伝わらず尋ね返してきた。

「つまりあんたは私の為にどこでどう産まれて、どういうふうに育ったの?」

「え……ああ、ええ……あんっと、俺の生まれはまあここで言う平民だな。あ、いや、でもキミの存在を知ったのはもう七年ぐらい前のことだ」

彼はなぜか言いにくそうだ。あまり自分の事を喋るのは好きではないんだろうか。

「じゃあその七年前に私の為に産まれたんだと知ったの?」

「まあそうだな。ううん、そうなるのか?」

リュウジは答えが鈍る。基本的に彼は考えながら喋ることが多く、私が尋ねても直ぐには答えない。最初の頃はそれが嘘を言われてるようで苛立ったが、今は思慮深く見えたりするから不思議だ。でもダメだ。胸を触られることには徐々に我慢の限界が来ている。これ、ただ単に揉んでるように思えるんだが違うんだろうか?

「な、何よ。曖昧な答えね。本当は違うの?」

声が震える。変な触り方をしないでほしいんだが怒るべきだろうか。いや、でも、私は殺そうとしたぐらいだし、これで怒るのはと踏みとどまる。踏みとどまるが不快だ。

「ええ、悪いけどルイズ。俺はキミに教えられることは教えるけど、教えられないことも多いんだ。それでも教えてと言われたら嘘で誤魔化すしかなくなる。でも出来ればそれはしたくない。だから答えないことを追求しないでほしいんだ」

「む。なによ豚の癖に急に態度大きくなって。別にそんなにあんたのことなんて知りたくないわよ」

本当は知りたい。でも今までの癖で言いにくい。彼はどれほどのものなんだろう。虚無の使い魔というフレーズが私の中で大きくなり、想像が膨らむ。時間が早く経ってほしかった。フーケが来るという未来予知やアンリエッタ王女の件はいつ起きるんだろう。なにより1年後の自分とこの使い魔がどうなっているのか知りたかった。



ようやくルイズの部屋に帰り着いて俺はホッとしていた。正直二度目になると馬になれてきてルイズの胸を触らなくてもいけたのだが、嫌がられなかったせいで触り続けてしまった。でも降りたときに涙目で顔を赤くしたルイズを見て、俺は10歳以上も年の離れた少女相手に何してるんだと罪悪感にさいなまれ、出来る限り妙なことはすまいと思う。

だが、ルイズほどの美少女が無防備なので性欲をもてあましてるのも事実だ。虚無魔法を教えてからルイズはかなり態度が変わった。明らかに警戒感が下がっている。今までよりガードの下がったルイズに手をださないでいる自信が持てない。いっそのこと強行に嫌がってくれたら我慢できるんだが。

「じゃあリュウジ。着替えお願い」

そしてきた。いつも通りの着替えだ。ルイズは当然と思っているようだが相当アブノーマルだ。以前も思ったが普通女性の主に対し召使いだろうと奴隷だろうと男が着替えなど手伝うことなどあり得まい。

「いや、その、ルイズ!」

だから俺はルイズに言った。

「なによ?」

「キミも今回の件で分かったと思うけど俺は召使いじゃないんだ。着替えの手伝いは勘弁してほしい。それと出来れば洗濯も今まで通りメイドにやらせてくれないか」

下着を洗うのも嬉しいのだがこれもルイズの無知につけ込んでる気がした。

「なによ。着替えとか雑用は自分がするって言ったんじゃない」

「それはそうだが……」

俺の思いに反してルイズは平気そう。それどころか言うことを聞かないことに声が尖る。認めたと言ってもサイトのように男としてというよりはようやく平民の扱いぐらいなんだろう。でも罪悪感が半端ない。世間知らずの御嬢様を知らないうちにエロいことをしてるので、現代日本で倫理感を学んだ俺としてはさすがに怖い。というかいまいちルイズの考え方が分からない。俺を好きとは見えないし、見てると生理的な嫌悪感もあるように見えるのに無防備なことを言う。

「なによ?従わない気?」

「いや、ルイズの言うことは分かるんだぞ。確かに俺からしたいと言ったよ」

「じゃあとにかくしなさい。言う事聞かないとお仕置きよ!」

急に反抗的な態度をされたルイズは引く気がないようだ。少しはこんなことをさせる変さに気付かないんだろうか。あるいは気付いていてさせているとしたらそれはなんの為だ。

「いや、だから……。よく考えてくれよ。俺は男なんだ。家でだってメイドに着替えを手伝ってもらっても男にはしてもらってないだろ?」

「それはそうだけど……。でも平民はみんな同じようなもんじゃない。男とか女の違いがあってのことじゃないでしょ。それに私がここから追い出すだけであんたなんて死んじゃうかもしれないのよ。だから言うことはなんでも『はい』でしょ」

ルイズも貴族とは思ったがやはり平民に対する意識ってかなりひどいんだな。小説ではこの辺の価値観は巻が進むほどマシになるが、それでもサイトを鞭で叩いたり爆裂呪文ぶっ放したりアニメじゃ笑えてもリアルにされたら貴族の中でもそうとうたちの悪いご主人様である。現代日本なら牢屋に問答無用で入れられるレベルだよ。

「そういう脅しは狡いだろ。キミは狡い人間じゃないはずだ」

「煩いわね。あなた使い魔でしょ。使い魔は主人の言うこと聞くものじゃない!」

なんで俺は怒られてるんだ。というか綺麗な美少女の外国人でもツンだけをリアルに見るとただのヒステリーだ。

「……いや、だから」

というかこの子の常識はどうなってるんだ?俺が誰か分かってるのか?普通でも女は俺を生理的に嫌う。なのに裸を見せることになる着替えを手伝えと言う。ルイズは俺が嫌いじゃないのか?俺は別にいやで断っているんじゃないんだ。

「言い訳はいいの。早くして」

「だからルイズ。もし俺がそのうち襲ったらどうするんだよ」

自分がどれだけ美人か分かってるのか。男はルイズの透きとおるような白い肌に整いすぎなほど綺麗な顔立ちを見て、普通なら襲うぞ。

「あなたそんなことするの?」

「いや、しないけど」

「じゃあ早くして」

「くっ」

もう分からん。ルイズの思考が分からん。コミュ障の俺に女の考えなど分かる訳ない。もういい。彼女がしてほしいという間はいいじゃないか。俺の良心などこんなものだ。大義名分さえあれば簡単にぐらつく。

「わ、分かったよ」

「そうよ。分かればいいのよ」

勝ったような顔をするルイズは可愛いけど無理をしているようにも見えた。

それでも俺はルイズをいつも通り着替えさせる。今日もお風呂に入らなかったルイズはさすがに汗臭い。でも美少女のものだと思うとそれも心地よい匂いになるから不思議だ。当然のようにパンツまで着替えると正直手を出したくなってくる。下半身が汚れてるとか言って触ってはダメだろうか?ルイズの世間知らずなら……。そう考えた自分がいつかこの子を襲ってエロゲーのバッドエンドみたいなことをやらかすんじゃないかと思う。俺は慌ててパンツを履かしてキャミソールも着せた。

「ふう、ふう、こ、これでいいかな」

俺はルイズを着替えさせただけで汗だくになった。

「ええ、良いけどすごい汗ね。やっぱり痩せなきゃダメよ」

「そうか……」

美少女の裸を見ておいていやな汗が流れる。下半身をルイズに気取られないか気が気じゃない。俺の理性は本当にいつまで持つんだ。太ってるから出てる汗じゃないんだよ。

「あ、そうだ」

そんなルイズがまた何か命令があるように俺を見た。

「うん?」

次はなにを言われるのかと俺は身構えた。もう頼むからエロいことに繋がらないことにしてくれ。ルイズが自分を好きならそれでもいいんだが好きじゃないどころか生理的には嫌われてるのに言われても困るのだ。

「リュウジ。今日からあんた寝るのは私と同じベッドね」

「……」

「……」

「……」

「なによ黙り込んで?どうしたの?嬉しいでしょ?」

「ふあ!いや!ええ、いやいやいや!何考えてんのキミ?もっと自分を大事にしろよ!こんなオタク同人に出てきそうなキモデブに気を許してはいかん!勘違いしたくなるだろ!」

「オタク?所々意味分かんないけど、何を一人前の貴族みたいに紳士ぶってるのよ。別に変な意味じゃないわよ。もう一つベッドを入れるにはこの部屋は手狭だし、かといえ、あんたがどれほどすごいか本当の事知っているのに藁の上で寝かせられないでしょ?」

「いや、藁の上で別にいいよ。襲ってバッドエンドにされるぐらいならその方がマシだ」

「私がよくないの。というかバッドエンドって何?」

「でも、臭いよ俺?」

女は俺の体臭もいやでそばには寄らないように気をつけるし、近付けば鼻を摘むものだ。

「臭い?あんたが?」

「ハイ。悲しいほどにハイ。その自覚だけは悲しいほどにハイなんだよ」

ふ、虐められていた頃なんて俺が教室に入っただけでみんなが鼻を摘んだものさ。

「えっと、どこが?」

だがルイズはよく分からないというように首を傾げた。

「いやいやデブは臭いもんなんだ!それに一週間以上風呂入ってないから!」

この子大丈夫?鼻がおかしいの?

「そんなの平民なら普通でしょ。一週間でお風呂入ってたんなら清潔な方よ。普通の平民はお風呂なんて年に一度も入らないんじゃないの?というか貴族でも下級貴族とか貧乏貴族なら週一か月一ぐらいじゃない?まあ魔法学院だと貴族は毎日お風呂に入れるからそんな子居ないでしょうけどね。そういえば、あんたあんまり平民の割に匂わないと思ったけどお風呂入るのね。そっか。週一ぐらい?」

「いや、うん、さすがにそれぐらいで入らないとマンション片付けに来た母さんに怒られるし」

「マンション?そういう地名に住んでるのね?」

「そうとも言えるかな……」

マンションを地名と呼ぶのはどうだろう。

「聞いたことない地名ね。まあそれはいいか。にしても、お母さまはずいぶん綺麗好きなのね。それにお風呂に入れたんなら見た目のわりにブルジョワ階級なのね」

「お、俺がブルジョワ?」

「そうでしょ?」

「ううん、まあここの平民よりはマシな生活はしてたような……」

車にテレビにパソコンにエアコンのある生活。確かにここの平民よりはある意味良い生活ではある。

「やっぱりね。じゃないとそもそも普通の平民はあんたみたいに太ることも出来ないはずだものね。じゃあ週一ぐらいではあなたがお風呂に入れるように私の方で考えるわ。私も使い魔は清潔な方が良いし、故郷より生活レベルが下がったなんて言われたらヴァリエールの名折れだわ」

「……風呂に入れる?」

「嬉しいでしょ?これでまあ平民よりは良い生活になるわよ。まあなんてたって虚無の使い魔なんだし遠慮しなくて良いわ」

「平民よりは……」

この世界ではベッドに寝て風呂に入れて三度の食事が得られたら平民よりも上らしい。

「いや、だとしても一緒になぜ寝る?」

「飼い主だからよ」

「飼い主って動物扱い?人間って認めてくれたのでは?」

「だからベッドで寝ろって言ってるんじゃない」

「おお……」

分かったぞ。つまりこういう事だ。今までは視界から消えてほしいぐらい嫌いなペットだったのが、ベッドで寝てもいいと思うぐらいお気に入りのペットに昇格したんだ。そりゃそうだ。ルイズにとって俺はそれほどにスペシャルなことをしたんだ。だが、ペットか。人間の男としてベッドで寝られたサイトとまだ凄い差があるということだな。そういうことだな。変な期待をしたらダメなんだな。

「わ、分かったよ。じゃあ一緒に寝よう」

「そうそう。あんたは私に従ってれば良いんだから」

俺なんかに言うことを聞かせられただけでルイズは嬉しそうだ。魔法を使えない貴族はメイドにすらバカにされる世界。余程そういう事にも飢えてたんだろうな。たとえ相手が豚でも言うことを素直に聞いてくれるのはもともと悪い気分じゃなかったのかもしれない。そこへ来て虚無だ。ルイズにしたら俺を嫌う理由は見た目以外ないんだろう。

「じゃあ、ふ、不束者ですがよろしくお願いします」

高級なベッドらしく自分が乗るとギシッと軋むもののふんわりして寝心地がよさそうだ。そして横で布団に潜り込むルイズと同じく布団に入った。

「それと分かってるわね。ベッドで寝かせるだけなんだから。変な事しないでね」

「わ、分かってる」

「あと、あんたは間違いなく私のパートナーなのよ。だから虚無の担い手たる私に相応しい人間になりなさい」

「分かってる。出来るだけ頑張るつもりだ」

ルイズはそんな俺の顔をしばらく見ていた。

「なに?」

「いえ、昨日は泣きそうなぐらいいやだったのに、まさかこんなことになるなんてと思うとね。あ、それと授業中は自由にして良いけど終わる前にこの部屋に帰るのよ。間違っても放課後も出ていて男子に絡まれるんじゃないわよ。挑発にも乗らないで」

「分かってる。自慢じゃないが素の俺は喧嘩が苦手だ。挑発なんかに乗って喧嘩する気はないよ」

「喧嘩じゃないわ。絡まれても貴族に怪我をさせたら平民の方が悪いのよ。一方的な暴行になっても文句言えないから忘れないでね」

「そ……そうか。分かった」

俺は額にたらりと汗が流れる。元居た世界のようなただの虐めじゃすまないんだ。おまけにこの世界じゃ貴族が平民を殺しても罪に問われるのかすら妖しい。古い慣習に縛られて、この世界ですら時代に取り残されているトリステインならそれは余計強いはず。

「じゃあお休み」

「ああ、お休み」

そしてない。絶対にない。ルイズが俺に手をだされたいなんて絶対にない。うん。ベッドで寝られるだけで良いよね。俺は今日はもう寝ることにした。



「おい、見つけたか?」
「いや、あいつ逃げ足だけは速いよな」
「くっそ豚のくせに大人しく成敗されろって!」

「こら!キミたち廊下を走るんじゃない!」

頭の禿げたコルベールという教師が叫んだ。だが怒ってはいるがこれは形だけのものだと宝物庫がある方向から出てきたマチルダは知っていた。

「また例のあの平民ですか?」

マチルダ・オブ・サウスゴータ。それは彼女の貴族だった頃の名前でここではロングビルという偽名でオスマン学院長の秘書を務めていた。偽名を使うのはここには盗みを目的に忍び込んだ賊だからである。賊名は土くれのフーケと言われ、あらゆる壁を土くれに錬金し直して忍び込むことからそう呼ばれていた。

そんなマチルダも元はアルビオン王国のかなり名の通った貴族だったのである。だが、父親がエルフとハーフエルフの母娘を庇い立てしたせいで、一転してお尋ね者になり、今や見つかれば問答無用で捕まり、ブリミル教の宗教裁判にかけられる身分だ。しかもまず間違いなく罪状は死刑だ。だからどんなに親しかった貴族仲間のところにも逃げられず、母親のエルフは死んだがいまだに庇っているハーフエルフの娘の食い扶持も稼ぐ為に盗賊にまで成り下がったのだ。

落ちぶれたが美しさは保っているマチルダは男子生徒たちに呆れた目を向けた。貴族だからと威張るのは良いが、それがいつ壊れてもおかしくない足場の上に立っていると彼らは知らない。事実、この長い歴史を誇るトリステインは今、大きな外憂と内憂を抱え、実はいつ崩壊してもおかしくない状態なのだ。何せ王が死んで以来、王妃も王女も女王にならず王座は空位のまままともな政治は行われず、そして一番親しく付き合ってきたアルビオン王国も内戦により崩壊寸前だ。

この上、内戦を起こしている勢力はこの国も攻め込む気でいると噂されていた。それを知ってていてもおかしくない貴族の子供たちは長い平和のせいで、危機感もなく平民の男を追い回しているのだから救えない。

「あの豚どこに行ったんだ?」
「お前は男子寮側に行けよ」
「なんで俺が!そう言ってお前女子寮に行く気だろ!」

それはここ十日ほどの間に学院中を巻き込んだ正義の行いという名の平民狩りだ。始まりはルイズという女生徒がリュウジという平民を召還してしまったことからきている。召還されたリュウジという男の見た目が相当に悪く、おまけに女子寮で住んでる為に女生徒が全員毛嫌いして、一部の男子生徒が女生徒に良いところを見せようとイビリ殺そうとしているらしかった。

「はは、まあそのようです。まったく恥知らずな子たちだ。でもまあそのうち飽きるでしょう」

「止めなくても良いんですか?いくら平民でも殺すのはどうかと思いますが?」

平民になれば不細工と言うだけでも殺されかねないのだ。まったく腐ってる。妹のようにして一緒に育ったハーフエルフを思い出し、廊下をコルベールと歩くマチルダは嫌気がさした。

「必要ないでしょう。実戦知らずのボンボン達には彼は捕まえきれないでしょうから」

「あら、ずいぶん彼を買ってるんですね?」

だがマチルダはコルベールも見て見ぬふりをする気だと知っていた。この学院で貴族と平民の揉め事に関わるのはタブーだ。うっかり平民を庇って相手が大貴族の子供であれば、簡単に首がとぶ。だから平民は殴られても殺されても無視する。そういう日和った教師ばかりだ。この調子では自分がもし盗みをフーケとして働いても捕らえに向かってくる教師など一人もいまい。そういう意味ではなんとも歯ごたえのないことだ。

「ええ、何度か男子生徒に襲われる場面を見たんですが、ああ見えて彼はなかなかの剣の使い手でしてな。それにあの剣も相当な業物ですしね」

「業物?何かすごい剣なんですか?」

マチルダは変装代わりにかけている眼鏡を直した。

「ええ、おそらく相当高名な魔法使いの鍛冶屋に造られたあれはマジックアイテムですね。なんと魔法を吸収するんですよ。僕も昔はこう見えてなかなかの魔法使いだったんですが、あの剣を持った彼には少し手こずるかもしれません」

「へえコルベール先生がすごい魔法の使い手とは初めて聞きましたわ」

「はは、まあ私に勝てる人間はそうはいませんとも」

「それは頼もしいですわ。是非とも私がピンチの時は助けて下さいね」

心中まあその時は逆に追われるだろうがとマチルダは思う。

「ええ、ええ、喜んで!まあその僕がそう言うんだ。貴族のボンボンの中でも女子に格好をつけたいだけの輩がどうこうできる訳がない」

マチルダのような美人になんとか良いところを見せたくてコルベールは胸を反らし、頭が光った。

「ではぜひその魔法を一度お見せ下さいな」

「へ?魔法を?」

「はい」

「あ、いや、申し訳ない。昔の古傷で今はもう大きい魔法は唱えられないんですよ。いや、本当にお見せしたいところですが申し訳ない」

コルベールが禿げた頭を下げるとまた光った。

「あら、残念です」

「すみません。まったくこんなことを言うなんて僕はどうしたんだ。あなたの前だとどうも冷静さが保てないようですな」

「いえ、良いんですよ。それよりも宝物庫のことが色々聞けて今日はとても楽しかったですわ」

どうせこのハゲこっちが驚くほどの魔法なんて唱えられないんだろうとマチルダは心中毒づく。魔法学院の教師だからトライアングル以上だとは思うが、こんなハゲが強い訳がない。それに実戦経験のない魔法使いなどスクウェアでも怖くない。大体、この男は42歳にもなって自分を口説こうとして盗賊とも知らずぺらぺら宝物庫の秘密を喋ったのだ。バカである。こんな男、普段なら口も聞きたくないし、まだ追い回されるならあの豚の方がマシだ。

「それにあの豚の方が貴族から逃げるという意味では似てるしね」

「ミス・ロングビル。なにか言いましたか?」

「あ、いえ、なにも」

「こ、コルベール先生!た、たぶけて!はあはあはあ!!」

そうしてると後ろから息の切れた声が聞こえてきた。例のあの男がドッタ、ドッタと体を揺らせて怖いぐらい汗をかいて走ってきたのだ。

「はは、大丈夫かいリュウジ君?」

コルベールが親しげに声をかけた。みんなに追い回され強制的にさせられる運動のせいで彼はここ最近痩せているようだ。まあまだ十分太いが。

「はあはあ!聞く前にあいつらどうにかして下さい!ルイズは手を出すなって言うし、向こうは殺す気で魔法撃つし、俺が一体何したと言うんだ!」

『やれやれ今回の相棒は愚痴泣き言が多いねえ。しかもデブと来てる。いっつもの相棒は大抵戦闘向きの体型なんだが、なんで今回に限ってこんなんなのかねえ』

するとリュウジの背負われた剣が鞘から少し浮いて喋った。

「へえ、これがコルベール先生の言う業物の剣ですか?」

コルベールの言うことが本当なら魔法を吸い取る剣だという。錆びててとても良い物には見えないが、宝物庫に出入りできるほど学院長から信頼されているコルベールは目が肥えてるはずだし、本当に良い物かもしれない。マチルダは食指が伸びるが、リュウジの汗だくの顔を見てそんな気が失せた。貴族の御主人から貰った物だろうがこの男は平民だ。自分は平民から盗まないのが盗賊としての矜恃だ。それにリュウジからこれを取るのは可哀想すぎる。

『お、ハゲのオッサン。俺を見て業物とは見る目があるじゃねえか!』

「こ、こら!デル!お前ハゲとか言うな!この学院で唯一本気で優しくて一番のいい人なんだぞ!」

「あら?」

マチルダは首を傾げた。リュウジの言葉にだ。てっきりコルベールは日和った人間かと思ったが、リュウジの言葉を聞く限りどうやらこの学院の教師にしては珍しく平民にも多少は味方をしているようだ。

「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。でもうちの学生のせいで本当にすまないね」

「ええ、それはもう本当に」

リュウジは余程辛いのか涙をにじませる。可哀想に。ただでさえルイズとかいう女生徒の失敗魔法のせいで身寄りのない土地に召還されたそうなのに、命まで狙われては堪ったものではあるまい。この仕事が無事終わったらこんな場所から連れだしてあげようか。ハーフエルフの娘、ティファニアも自分も男ぐらいはほしい。ただちょっと見た目がな。いや、でもそれ以上に裏切らないことが大事だし。なんとか痩せさせて水魔法で弛んだ皮を直して、ふと、そんな思いがマチルダの胸に起こった。

「学院長には何度かやめさせるように言うんだがあのジジイ、あ、いや、オスマン学院長はなかなか動いてくれなくてね。ルイズ君の部屋まで送るよ。私と一緒なら襲ってくる馬鹿も居ないだろう」

「助かります。外で寝てたら授業時間過ぎちゃって、男子生徒が追いかけてくるし、もう死ぬかと思いました」

「キミも苦労するね。まあ出来る限り助けになるからいつでも相談してくれたまえ。ミス・ロングビル。よければこのあとお食事でもどうですか?」

コルベールは言うが、マチルダとしてはもう聞くことは全部聞けたしこれ以上の用はなかった。もうすぐ結婚適齢期を過ぎてしまうマチルダだが、自分にも選ぶ権利はあると思うし、こんないつ潰れてもおかしくない国の下級貴族と付き合うなど論外だった。それにハーフエルフの娘と何不自由なく暮らしていくだけの金が手に入れるのが今は先決だった。

「あ、いえ、学院長が起きてるかもしれませんし戻りますね」

「そうですか。オールド・オスマンのお守りも大変ですな」

「仕事ですから。それでは失礼します」

マチルダは心中、必要な情報は全部コルベールから得られた。宝物庫に忍び込む結構日は近いと思った。



問題は結構日だ。俺はそこで頭を悩ませていた。フーケの事件を解決すると言っても、教師でも貴族でもない自分が関わるにはせめて犯罪の目撃者になる必要がある。出来るだけその情報を得る為に宝物庫付近を彷徨いていたが、幸い小説に書いていたコルベールがマチルダに情報を喋ってしまう場面にはなんとか遭遇できた。小説を見るかぎりマチルダが行動に出るのはこのあとの虚無の曜日の夜だ。つまり明日だと思う。

虚無の曜日の夜なのはおそらく休みの日の夜の方が教師陣も気が弛むと見たのだろう。まあそれに警備態勢の穴を突くのも学院長の秘書なら簡単だ。

「それにしても……」

ふとリュウジは思い出す。ギーシュをスルーしたせいもあるんだろうが、悲しいほどキュルケが関わってこないし、シエスタらしき可愛い少女も見つけたが一切声をかけられていない。もう十日以上も経つのにまだ一度も話しかけられてない。この世は所詮見た目……てか、ギーシュの件なんてスルーしたらなんも起きなかった。

そのせいでギーシュはいまだにモンモンとケティという可愛い少女と二股中だ。なんかモンモンとケティには悪い事をした気はするが、まさかここまで何事も起きないとは予想外だった。二次小説とかだと関わらないようにするとシエスタが巻き込まれたりして結局関わらなければいけなくなるから、結構構えていたのに、ギーシュの例の落とし物のモンモンの香水に誰も気付かず、しばらくあとに名も知らぬメイドが香水を拾ってパクっていっただけだった。

ギーシュと決闘しなかったせいで、俺が大怪我を負うことがなく、今は壁に持たせてあるデルフリンガーは以前の虚無の曜日にルイズが楽勝で買ってくれた。他にもナイフを三本携帯する為に購入したが、これも治療費がいらなかったルイズは楽勝で買ってくれた。さすが公爵家の娘だ。この世界の剣の相場は知らないが、4本も買えば日本円に換算して100万は下らないだろうに。

「あんたあんま痩せないわねー。ちゃんと運動してるの?」

ルイズが外でここ最近自分でも意外なほど頑張る俺を疑るように見てくる。

「してるよ。あのクソガキどものせいでほぼ強制的にね。大体、俺って今までの人生で一番ダイエットには成功してるんだぞ」

「どこが?あんま痩せてるように見えないわよ?」

「痩せてるように見えない?ふふ、ルイズ。どうやらキミの目は節穴らしいね。この事実を聞いてもそんな事が言えるかな?」

俺はドヤ顔をした。

「ウザ」

『うん。贅肉のあたりがウザイな』

「まあまあ、聞いて驚けよ。なんと!俺!10リーブル(1リーブル=0,47㎏)も痩せたんだぞ!」

そんな中で唯一ちゃんと喋ってくれるルイズとデルは(この二人にもあんまり喜ばれてない気がするが)俺の唯一の癒しだ。その二人をなんとか見返そうと俺は奮闘というか、痩せていた。なにせこの世界にはおやつもないし、なんの活躍もしていない俺に料理長もあんまりしょっちゅう行くといい顔をしない。結果食事制限もしやすくこれで痩せない訳がなかった。それにしても俺ってやっぱコミュ障なんだろうか。平民にも親しい人がいないというか、貴族に追い回されてるせいで避けられてる……。

「え?あんた10リーブルも痩せてるの?本当に?」

「うん。マジだ!調理場ででかい肉の測りあったから、ダイエット始める前に計っておいたんだ!今日計り直したら10リーブルも痩せてたんだよ!」

「肉の測り……」

『その……相棒にピッタリすぎて怖いな』

なぜそこで引くんだよ!ここ引く場所じゃ全然ないぞ!

「えっと、ルイズ!デル!どうだ少しは見直したか!」

「はあ……そんなに痩せて見た目があんまりかわんないって……。はあデブ」

『うん。反論の余地がないほどデブだな』

「いやいや、お前らの反応はおかしい!そこは褒めろよ!ちゃんと俺頑張ってるだろ!泣くぞ!俺は褒めて伸びる子なんだぞ!」

「いや、うん、その、まあおめでとう」

「ありがとう!体重が後退したのなんて初めての経験だよ!デルもどうだ!?」

俺はデルにも褒めてという目を向けた。

『お、おお、相棒はよく頑張ってると思うぜ』

二人はすごく微妙な反応だったが俺は十年ぶりぐらいに褒められたのでそれでも喜んだ。



『ところで相棒』

「うん?」

『なんで俺に抱きついて寝るんだ?』

ここ最近、俺はルイズを襲わない対策としてデルを胸に抱いて寝るようにしていた。

「えっと、その、デルが好きなんだ。言わせるなよ」

もちろんそんな事言う訳には行かないので、俺は見事な誤魔化し方をして更にデルを強く抱きしめた。

『……嬢ちゃん』

「な、何?」

『生まれて六千年も経つが、俺、初めて貞操の危機を感じてる』

「が、頑張るのよ。デル」




[38151] あまりに何も起きなくてデブ焦る
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/09/09 17:56


「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」


「だいぶ制御できてるみたいね」

目の前に現れる光球を見てキュルケがつぶやく。虚無の曜日ということで、ルイズがあのデブを連れだしてまた人目のない森の中で虚無魔法を唱えているのだ。キュルケのここ最近していることと言えばタバサと共にもっぱらあのデブを追い回すことだ。これが相手があのデブでなく、追い回す方がキュルケとタバサでなければただのストーカーかというぐらいキュルケはあのデブの行動を監視していた。

「ええ」

その後ろにいつも付いてきているタバサも、キュルケが誘っているから仕方なく付いて行っているように見えるがあのデブが気になっていた。というかあのデブをどう理解していいか分からなかった。虚無の使い魔であることはルイズの見たこともない魔法とその威力を見ればほぼ間違いないのだと思う。だがあの見た目はなんだ?虚無の使い魔なんていう勇者みたいなポジションのくせになんであそこまで見た目がひどいんだ。

あれはない。

タバサはそう思う。私が望んでいるイーヴァルディの勇者じゃない。じゃあなんなんだ?少なくともルイズは魔法を使えるようになって以前の鬱屈したような雰囲気はなくなった。なのになぜだろう。全然羨ましくない。いや、それよりもあんなのと一緒に住んで良いの?美女と野獣どころじゃない。一緒にいてはいけない者同士が一緒に居る。

あれはない。

タバサは再度そう思う。伯父に出される無理難題をこなすしかない自分。それでもいつか勇者が現れて自分を助けてくれる気がした。でも残された儚い希望と夢が壊されそうでタバサは許せなかった。

「それにしても困ったわね。ヴァリエール家の男は奪うのがうちの家訓だけど、死んでも奪いたくないわ。なんであんなに弛んで揺れるの?おかしいでしょ?せめてもう少し痩せる努力しなさいよ!朝昼晩きっちり食べてるんじゃないわよ!」

「それでも痩せてきてる」

「分かってるわよ!今朝は1,2リーブルも減ってたわ!でもそれはあのデブが努力した結果じゃないでしょ!?男子に追い回されるせいでしょ!あと太りすぎてるから簡単に痩せるだけでしょ!」

「異論はない」

「しかも何ルイズが頑張ってる横でいびきかいて寝てるのよ!ちょっとは自分も頑張れ!それでも虚無の使い魔か!」

キュルケはとにかくあのデブが気になる。あの怠惰な姿を見ているとお尻を蹴っ飛ばしたくなる。でも彼がグースカ寝る理由も知っている自分がいやになる。あの太い体で学院にいれば男子生徒に追い回されて走り回されるからだ。自分はどうかしている。嫌悪感すら持つような男のことがここ最近頭から離れないのだ。このままではダメだ。このままいくと自分は……。

「あの男を殺したくなるわ!」

タバサはさり気なくこくりと頷いた。



時間が流れて夜。ルイズは自室で首を傾げた。

「は?なに言ってんのよ?」

リュウジの唯一の持ち物で始祖について書かれているという小説を読んでいたリュウジが、顔を上げ言った言葉。ルイズはその言われた言葉の意味を掴みかねた。

「いや、だからさ。ルイズももうほとんどあの虚無魔法は使いこなせるから、どうかなと思うんだ」

「ええ、でも……」

エクスプローションの魔法を1メイルほどクレーターが出来るぐらいの規模で撃つとほとんど魔力を消費しなくてすむ。今日は朝から森で散々虚無魔法を唱えてみて確認できた収穫だ。その威力を抑えに抑えた魔法ですら普通の四系統の魔法より局地的な破壊力は上と分かって気分がとても良くて、このまま安眠しようと思っていたところだ。

でも、リュウジの言葉は首を傾げざるをえない。なにせいくらルイズでも今日はもう魔法は充分である。それなのに良い疲れの中寝るつもりでリュウジに着替えを命じたら、なぜか魔法学院の庭でもう一度魔法を唱えに行こうと言うのだ。

「なんでよ?意味分かんない。もう充分唱えたし今日は寝るって言ってるでしょ。まああんたは眠くないでしょうけど私は疲れてるのよ」

言葉に嫌味をルイズは込めリュウジにデコピンをした。こっちが一生懸命魔法を唱えているっていうのに、横でグースカ寝る使い魔がどこにいるんだ。腹が立って蹴飛ばしたが贅肉に阻まれるのか、ルイズの蹴りじゃ起きもしない。最終的に往復ビンタで起こしたが本当にひどい使い魔だ。

大体、虚無魔法を教えてくれたのはいいが、そのあと、この使い魔がしたことといえば男子から逃げ回るのと、自分の着替えの手伝いと、馬に乗るときオッパイを揉んでくるぐらいだ。揉まれるのになれてきてるというか後ろから抱きつかれると意外と贅肉が気持ち良かったりするのがいやだ。まあともかくルイズは大いに不満だ。

「虚無とか凄いことを言う割に特に何も起きないし、しないじゃない。フーケはどうしたのよ。姫様はいつ自分の部屋に来るのよ。これじゃあ豚を部屋で飼ってるだけじゃない」

「ひど。いや、それがな」

虚無の曜日の夜。ついに今日はルイズに散々せっつかれていたフーケが現れる日だ。このとき原作のルイズはサイトをキュルケと取り合いになって、喧嘩の末に表に出てキュルケと白黒付けようとする。だが俺はキュルケと話したことすらない。キュルケに思いあまって声をかけようとしたこともあるが、あまりの華やかな美しさにキモデブの俺が怖じ気づかない訳がない。

というかシエスタですら1ミリも関わってこようとしない俺がキュルケと関われるわけがない。まあそんな訳でとにかくこれではルイズが今夜外へ出る理由がない。フーケが今夜来ると言おうかとも思ったが、それだとルイズは当然フーケを犯行現場で捕らえようとするだろう。だが、ルイズが虚無の失敗魔法で宝物庫の壁を壊さないと破壊の杖が盗まれないのだ。

何も盗まれてないのにフーケを捕まえてどうするんだ。という話だ。かといえルイズに正直に言って壁にわざとヒビを入れさせて、フーケにわざと盗ませるなんて性格的にしそうもない。となると何か適当な理由で外に連れだしたいのだが、結構日が虚無の曜日の夜というのが間が悪い。虚無魔法はまさにその日以外は人目を忍ぶ為に唱えられず、ルイズも唱えたい鬱憤も堪ってるからこういう言葉にも乗せやすかったのに。

「虚無魔法は唱えるのに時間かかるだろ。あれだと緊急時に対応できない。でも、ルイズの失敗魔法ってよく考えたら詠唱無しで唱えられるエクスプローションみたいなもんだと思うんだ」

「ええ、失敗魔法を虚無と比べないでよ」

ルイズの顔が曇った。いやなイメージが相当例の爆発魔法にはあるらしい。

「いや、もちろん同じじゃないけどさ。すぐに唱えられる魔法の方が便利だろ」

なんとか俺はルイズを外に連れだしたい。でも、ルイズはリュウジの言葉がなんの心の琴線にも触れないようで、

「便利でもいらないそんなの。大体、失敗魔法は所詮失敗魔法じゃない。それがもし良くても失敗魔法で認められたりしたら格好悪いじゃない!虚無の担い手たる自分が世間に認められる瞬間はもっと華々しくなきゃダメなのよ!」

言うルイズの目が輝いた。

「贅沢な。いいかいルイズ。虚無なんて唱えるのに時間がかかりすぎる欠陥魔法でもあるんだって」

「虚無が欠陥?はあ!?どういう意味よ!」

「いや、今のは言いすぎたごめん」

「うるさい豚!いいから早く着替えさせてよ!私眠いんだから!」

ルイズが頬を膨らませて我が儘に言う。俺は年齢が悲しいほど離れている為、ポジション的にはドラ○もんのようなものを求められている気がした。ようはもっと凄いこと出来ないのか。地道に失敗魔法から頑張るなんてヤダ。というわけだ。もしくは何もしない俺に腹が立っているだけかもしれない。

「あう……分かりました」

多分、後者だな。くっそ。もうちょっと真面目に訓練とかしておけば良かった。困る俺はルイズを着替えさせながら唸った。いくらなんでもフーケまでスルーするのはまずい。フーケなら別の方法で宝物庫に忍び込むかもしれないが、その場合、俺が関われなくなる。それじゃあ意味がない。それに俺はギーシュの件で懲りていた。スルーするとマジでなんも起きないのだ。フーケがもし力業で宝物庫に入れなかったとすれば……。

「ううん……」

「何唸ってるのよ。トイレでも行きたいの?」

俺が唸ってる顔をルイズは覗き込んだ。ちなみにルイズは今、俺に脱がされて全裸である。でもこの行為は親に服を脱がせてもらう子供ぐらいルイズにとって他意がない。これだけ無防備な御嬢様なら体に調教して言う事聞かせられないのか?とかエロ同人を読み過ぎた沸いた思考が起こってくる。はあ、こんな初歩的なことで躓くなんて、なんて間抜け……。

「いや、ううん。そんなに今から魔法唱えに行くのいや?」

「やだ。ぜーったいやだ。まああんたがどうしてもって言うなら明日の放課後付き合ってあげなくもないけど」

それでも魔法を唱えること自体嫌いじゃないルイズだ。妥協はしてくれる。そんなルイズはパンツに足を通せるように広げると俺の肩を掴んで足を無造作に上げる。そうすると完全にあそこがああいう形に歪んでやたら強調されて、もう色々あれだった。相変わらずこの瞬間は本当に股間に来る。

『嬢ちゃんってなんだかんだで相棒に気を許してるよな』

ふと、思いついたように壁に凭れさせてあるデルが言う。

「どういう意味よ?」

『いや、そういう意味だよ』

「は?意味が分からないわよ駄剣」

ルイズはパンツをよそ見しながらも履いていく。緊張感ゼロである。

『だからだな。嬢ちゃんは他の平民の前で裸になるかって意味だよ』

「デル。あんたってバッカじゃない?痴女じゃあるまいし、そんなことする訳ないじゃない」

『だろ?一応常識は普通にもってんだよ』

「なにが言いたいのよ」

『いや、でも、なんでだろうな。それなのに相棒と嬢ちゃんは死ぬほどだからどうなんだって気がするぜ』

デルの言葉に俺は涙が流れた。

「言うな。こんなことしても俺だってなんのフラグも立ってないって分かってるんだよ!」

くっそ。サイトよりかなり良い扱いなのになぜかルイズにすらフラグが立たない。いや、まあ俺じゃあ無理なのは分かっていたけど、現実は辛すぎる。涙を流す俺にルイズはやはり首を傾げてキャミソールも着せられた。

「はあ?よく分かんない奴らね」

はあ、サイトならこの時点でルイズにキュルケにシエスタに、男はギーシュと、確実に恋愛フラグと親友フラグ立ててるんだが、俺が立てられたフラグはルイズの召使いフラグと立てたくもない色んな人からの殺意フラグだけである。いや!でもそれでもいいじゃないかと俺は自分を慰める。贅沢はいかん。変に欲を出してこのポジションすら失えば、結婚相手の紹介すらしてもらえず野にうち捨てられてしまう。俺は相当卑屈な思考を原動力に頑張っていた。

「あの、ルイズ!」

「なによ?」

「えええっと……なんでもない」

いっそのこと事情を喋ってしまおうかとも思うが、小説で読む限り、やはり事情を言うとルイズが素直にフーケに破壊の杖を盗ませてあげるとは思えない。かといえ破壊の杖が盗めないフーケを捕まえることは厳しい。盗んでないなら言い逃れはいくらでも出来る。それどころか、捕まえられず逃げられたら最後、次にフーケが出してくる手は予想がつかず、そうなると色んな歯車が狂う。唸る俺を不思議そうに見てベッドに横になるルイズ。

「早くあんたも寝なさいよ。どうしたの?」

「いや、ううん」

そんなルイズに俺は項垂れた。





「はあ、よし!こうなったら!」

しばらく考え込んだ俺はデルが鞘から出られないように押さえて持つと、眠ったルイズが起きないようにこっそりと部屋を出た。

『どうしたんだ相棒?』

外まで出てからデルを鞘から出してやると声をかけてきた。

「詳しく話してる暇はないんだが、デル。これから宝物庫に盗賊の土くれのフーケが現れるんだ。そこで俺は……フーケと手を組む」

俺は宝物庫の方へと草を踏みしめて歩き、月が煌々と輝く中でデルに言った。

『は?盗賊と組むだ?』

「ああ、組む」

『ほ、本気か相棒?』

さすがにデルが戸惑う。

「本気だ」

『しかし相棒。そんなことして下手すりゃ捕まるぞ?』

「分かってる。でももうこれしかないんだ。ルイズには心苦しいが仕方ない。デルは剣だし、もし俺が捕まっても大丈夫だろ?」

『まあそりゃ俺たちは持ち主に従っただけということになるからな。しかし、嬢ちゃんとの話で聞いちゃあいたが本気でフーケが出ると相棒は思ってるのか?しかもそいつと組む?俺はてっきり頑張れ頑張れうるさい嬢ちゃんを誤魔化す相棒の苦し紛れのホラかと思ったぜ』

「デルにすら信用されてなかったか……」

ヒューッと俺の心にすきま風が吹いた。

『いや、落ち込むなって!まあ、一つだけとはいえ最初っから虚無魔法を知ってたり今回の相棒は変な奴だとは思ってたんだぜ。でもブリミルですら未来予知なんてもん出来なかったんだ。信じろって方が無理があるぜ。それにもうすぐ相棒が本当の事言っていたか、ただのほら吹きかハッキリするんだろ?』

「まあそれはそうだが、デル。俺が盗賊と手を組んでもお前は俺の味方か?」

大事なことを聞く。俺はゴクリと息を呑む。デルが味方じゃないならもうそれこそ終わりだ。デルのフォロー無しの戦闘行為なんて怖くてやってられない。そもそも魔法使いとなんとか戦えるのもデルが魔法を吸収してくれるからだ。だからデルはどんな時も必要だし、隠し事は出来ないのだ。

『そりゃ当然だ。俺は六千年も剣なんだぜ。そこらのケツの穴のちいせえ貴族共と一緒にするなよ。盗賊と組む?面白いじゃねえか。まあさすがに悪逆非道な強盗共なら俺もいやだが、フーケは貴族しか狙わない変わり者だろ。そいつと組んで何するのか見てみてえじゃねえか』

しかし、俺の思いは杞憂で、デルは絶対に使い手の味方だった。

「良かった。デル。理由を詳しく話してる暇はないけど、これはもともと考えてはいたんだ。でもルイズには秘密に頼むぞ」

『分かってるって。嬢ちゃんは盗賊と組むなんてぜってえ嫌がるだろうからな。いや、しかし、今回はなんにもしねえ外れの使い手かと思ったが、動いたと思えばなかなかどうしていきなり担い手無視で盗賊と組むとは面白いじゃねえか』

俺みたいにびびるどころかデルは楽しげだ。
でも本当にこれはもともと考えてはいたのだ。

というのが原作を読めば読むほど、こんなこと出来るわけがないというぐらい死亡フラグが多いのだ。あんなもの出来るのはサイトか船坂弘ぐらいのものだ。となれば最後まで俺がガンダールヴとしてやり切るには役に立つのか立たないのか果てしなく謎なオンディーヌ騎士隊とかのゴッコ部隊が仲間では無理だ。それに俺だとオンディーヌ騎士隊ですら組織できそうにないし、やっぱりフーケクラスの仲間が数人はほしかった。

「期待してくれるのは良いんだが、でもひょっとすると俺のことだから予想間違えて今日は現れない……」

しかし、さすがに俺の言葉はネガティブすぎた。

ずんっ。ずんっ。ずんっ。

俺が喋っていると地面を揺るがすほどの足音が聞こえてきたのだ。俺はその足音を聞いて慌てて茂みの方に隠れた。すると目の前を巨大な土のゴーレムが通りすぎていく。月が煌々と照るせいで夜でもそのシルエットがよく分かった。ゴーレムの肩の上にはフーケらしき人物が乗っているのが見え、デルが喋った。

『おでれーた。相棒、マジで出たぜ。あれがフーケか?』

「いいや、多分あれは囮だ。肩の上に目立つように立っているのは人間じゃない。ただの土くれだ。一応目撃者が現れない時間を狙っていると思うが、もしもの時の為にあれを歩かせて自分は別ルートで逃げるんだ」

『じゃあもう破壊の杖は盗まれたのか?』

「見張りがない間に宝物庫の壁を壊そうと為したとは思うが、おそらく盗まれてはないと思う。というよりルイズが壁に失敗魔法を誤ってぶつけない限りあの壁は壊れないんだ。だから盗めない以上まだ魔法学院にいなきゃいけないから、絶対見回りの衛兵や教師に見られないようにあれはしてるだけだと思う。まあ見回りは名ばかりで行わない教師がほとんどらしいから本当にただの保険的行為だろう」

『なるほど、もしあのゴーレムが見られても生徒の悪戯ぐらいにしか思わないだろうしな。となると相棒。術者のフーケはあんまり離れた場所には行かねえ筈だ。あれほどのゴーレム。せいぜい20メイルも離れたら形保てなくなるぜ。は!?』

そこでデルが何かに気付いたのか叫んだ。

「どうした?」

『やべえぞ!って、ことは近くで隠れられるのってこの茂みだけだ!』

「え?」

『後ろだ!』

デルが叫んだ。

「『土弾(ブレッド)!』」

俺はここ最近、男子生徒から追われ続けていたせいで身体が直ぐに動いた。デルがこういうふうに叫ぶときは大抵振り返ると俺が死ぬ一歩手前だったりするからだ。

「ぶっ!」

目の前に拳よりもでかい石の礫が向かってくる。それを俺は慌てずにデルで次々と弾き返していく。皮肉なもんだと思う。色んな男子生徒から追いかけ回されるせいで大抵の魔法は見たことがある。おまけに男子生徒たちもいきなり殺す気では撃たずに、いびるつもりで撃つものだから、返って安全な方法で対処の仕方が分かってくる。結果として俺はここ十日ほどでかなりの魔法からの逃げ方を学び、この時点でなら多分サイトよりも魔法使いとの戦いが分かっていた。

『相棒、次を唱えさせるな!』

「分かってる!」

デルに言われて俺は贅肉を揺らして走った。茂みを一つ超えるとフードを目深にかぶった人影が見えた。間違いない。フーケだ。

「ちっ、結構やるじゃないか!『土槍(ランス)!』」

俺は重い身体だがガンダールヴの力で人並みの速度でドタドタとフーケに接近する。すると地面が槍の形に盛り上がって俺を串刺しにしようとしてくる。だがこの魔法への対処法も知っていた。地面が槍を形成する前に自前の体重を乗せてデルを平らに振り落とす。槍は先を叩き潰されてその威力を半減させて盛り上がるが、これもガンダールヴの力でよけて、そしてもう一歩フーケに詰め寄った。それにしてもこんな体型の俺ですら強くできるとはガンダールヴはやっぱスゲー。

「な!?まず!」

目の前まで俺に迫られてフーケは焦る。

魔法使いは大小様々の銃ほどではない速度で致死性の攻撃が放てる砲台だ。だが連射が殆どきかない。おそらく現代日本に魔法使いが現れても支配者層にはなれないだろう。なぜなら大抵の魔法使いは現代の銃一丁あれば勝てると俺は思うのだ。それどころかリボルバー銃ですらほとんどの魔法使いは勝てないだろう。ワルドクラスなら勝てるかもしれないが、それも警察レベルまでだ。地球の軍が持っているのは戦車である。

これが出てくればおそらくワルドでもエルフのビダーシャルでも負けると思う。それ以前に、この世界ですら銃が発展して連射性能と威力を伸ばせば、今の支配体制は終わるはずだ。なにせそうなれば平民が銃さえあれば魔法使いに勝ってしまうようになるからだ。そうなれば上に立つ人間も給金の高い魔法使いを使わないだろうし、戦場の構図は瞬く間に入れ替わる。だから魔法使いとは言うほど平民より強いわけではないのだと俺はここ最近男子生徒の相手をして分かっていた。

「はあはあ!お前の負けだフーケ!」

俺はこれだけ動くだけでも疲れる。でも接近戦ともなればワルドみたいに体術を鍛えている貴族は少ない。だから魔法使いからは逃げてはいけない。本能的に逃げたくなるが銃がない限り距離があればあるほど魔法使いが有利になるだけだ。だから勝とうとするなら接近戦だ。

「こんなところで!終わってたまるか!」

「いいや、終わりだフーケ!」

「って、フーケ?私がフーケ?」

「そうだフーケ!」

「あんた何をフーケって言ってない……?」

こんなデブに負けるわけがないと油断したのも悪かった。だがフーケは追い詰められてある重要なことに気付いた。なぜ相手は自分をフーケと知っているのだ?盗賊だからフーケというわけでもないのだからその疑問は当然だった。

『よっしゃ相棒!ぶった切れ!』

男子生徒に追われても手をだせず、鬱憤が溜まっていたデルが目的を忘れて叫ぶ。

「ま、待って!フーケって誰ですか!?」

フーケの喉元に剣を突きつける俺だが、目の前の女が惚けた。それはそうだ。この場で自分がフーケだと公言する必要など無いのだ。すればただのバカだ。

『しらばっくれるな!お前がフーケだってネタはあがってんだ!行け相棒!こ・ろ・せ!』

「よし!って、いやいやデル。お前なに言ってるの?殺してどうするの?目的忘れるの早くね?」

『は!?』

「は!?じゃないだろ。危ない奴め。思わず乗せられて剣を刺しかけただろ。それに今ここで彼女を殺したら俺はただの殺人者だ。なにせ盗みは成功してないから破壊の杖は彼女の手にないんだ。そうですよねフーケ。いや、ロングビルさん」

「ふ、はは、なんのことですか?えっと、確か、人間の使い魔のリュウジさんでしたか?」

目の前にまで剣を突きつけられてさすがに怯えてフーケは深くかぶり込んでいたフードを取った。眼鏡と切れ長の瞳。特徴的な緑色のブロンド。大きい胸と括れた腰。ルイズとは違う大人の色気ただよう本物のブロンド美女がいた。俺は言葉を続けた。なにせ思いの外上手く行っている。ここまでは予定以上だ。

「誤魔化さなくて良いですよ。俺はあんたがフーケだと知っているんだから。第一捕まえたいと思ってませんしね」

「だ……だからフーケと違うと言ってるでしょ。しつこいですよ」

フーケが顔を歪めて不快感をあらわにする。

「フーケと認めませんか?」

『まあ当たり前だな。散々貴族をコケにしたんだ。捕まれば間違いなく死刑だ。相棒。埒があかねえぞ。ああ言っていた以上なんかこいつと仲間になる方法があるのか?』

デルが言う。普通なら初対面の人間から仲間になりたいと言われて頷くわけもない。特に盗賊なんて裏切られたら終わりなのだ。仲間にするならかなり信用がいる。

「分かってる。俺は認めてもらう必要がある。なにせあなたの仲間になりたいから」

「仲間?なにを言ってるんです。ですから私は――」

「そうしないと俺はもう打つ手がないんだ。助けると思って認めてくれませんかフーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータ」

そう言った瞬間マチルダの表情が変わった。



翌々日の早朝。俺とルイズは学院長室に呼び出されていた。その中には学院長秘書のマチルダを始め殆どの学院の教師が集められていた。

「なんということだ。この魔法学院に盗賊が入られるとは!」

そう、昨夜、フーケが現れ破壊の杖が盗まれたのだ。当然これは俺とマチルダが共謀して盗んだのだ。だが、いくらなんでも盗賊の手引きとフーケを捕まえる行為自体を出来レースにしてしまうのは良心が痛んだ。マチルダと組めた以上盗賊行為自体を無しにしてしまえばいいのだが、その場合なんの実績もない使い魔を持つルイズにアンリエッタ王女もさすがに手紙の相談をしには来ないと思ったのだ。

これに関しては俺の見た目を差し引いてもいまだにキュルケやタバサやシエスタやギーシュと話せていないことからして、杞憂とは言い難い。やはりギーシュの件のスルーはダメだったのだ。だから俺がしたのは昨日の昼間にルイズを連れだして失敗魔法で宝物庫の壁にヒビを入れさせると、その夜、俺はまたもやルイズが起きてくれないのでやむなく一人で外に出てフーケの盗みの目撃者となった。

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

今は教師達が学院長室のテーブルに置かれたその紙を見て、口々に好きなことを喚いている。フーケ、いや、マチルダはいつもこうして悪ふざけとも思える紙を犯行現場に残して、貴族達が慌てふためく姿を見て楽しんでいるらしい。かなり悪趣味だが、生い立ちからすると仕方ないし、落ちぶれてみて初めて貴族という生き物が救いようのないバカ揃いだと思う程嫌な目を見たようだ。どうも身体的な屈辱も受けて恨みも倍増しているそうだ。

「土くれのフーケ!貴族達の財宝を荒らしまくっているという盗賊か!」

「衛兵は一体何をしていたんだね?それにミスタ・ギトーが確か当直の筈でしたわ」

目の前では教師達が責任はどこにあるとかなんとか言い合いをしていた。一方でルイズはといえば今朝になって教師から呼び出されてフーケの件を聞かされて、むくれていた。ルイズはフーケが出たと知ったのは俺が目撃者になったあとだ。ようはなぜ自分を連れて行かなかったのかと怒っているのだ。事情さえ言えば眠いのなんて我慢したのに、と俺を睨んでくる。

「その、いえ、み、見回りはしたのですが、怪しい人影はなく」

「言い訳したところでお宝は戻ってこないのですぞ!」

ミスタ・ギトーという男性教師が当直だったと分かって責められているところだ。ここで責められるのは本来女性教師のミセス・シュヴルーズなのだが、フーケが結構日を俺のせいでずらしたせいで当直の先生も替わり、ギトーが責められる事態になっていた。

「いや、まあ見回りを怠った私の責任はあるかも知れない。ですが、共謀者がこの学院内にいたとしたらどうですかな?」

そんな責められるギトーがなぜか俺を見る。

「共謀者?まさか!」

ギトーを責め立てていた教師もなぜか俺を見た。そしてそのことが俺を追い詰めることになるのだ。

「そうです。彼ですよ彼」

ギトーは嫌味な顔と一々癇に障るような喋りをするまだ若い男性教師だ。多分俺より年下の男が明らかに小馬鹿にした顔で俺を杖で指してきた。

「ギトー君。それはいくらなんでも言いがかりというものじゃろ」

そこにオスマンが入ってきて助け船をだしてくれる。ごめんなさい。実際そうなんだとは死んでも言えない。ギトーが自分の責任を逃れる為、俺も盗みに荷担していたからそんな夜に外にいたのではと言いがかりというか、本当の事を言ってきたのだ。まあそもそもなぜそんな夜に外にいたのかの言い訳が『昼間は男子生徒に追い回されてるから息抜きです』とその行為を見逃している教師陣に嫌味も込めて言ったのが癇に障りもしたんだろう。

「言いがかり?私の言葉が言いがかりだと?学院長はご存じですか?犯罪の際に一番怪しいのは第一発見者だと?」

「じゃが何か確証でもあるのかね?」

「いいえ、ありません。ですが言いがかりとは心外ですな。どうでしょう。彼はどうやら我々に不満があるようですし盗賊に手を貸すぐらいはやりかねませんよ。そうではないのですか豚殿?」

「ぶ、豚……あの――」

「ひ、ひどい侮辱です!オールド・オスマン彼は虚無の――」

ルイズが怒って口を挟もうとするが、虚無と言いかけて言葉を濁した。

「虚無?虚無がどうかしたのかゼロのミス・ヴァリエール?」

ギトーは一々嫌味を言わないと気がすまないようだ。

「い、いえ、なんでもありません。ですがいくら先生でも私の使い魔をこれ以上侮辱することは許しません!」

ギトーの嫌味にルイズは激高する。ルイズにしてみればフーケが現れたことで俺の信用はもう一段上がっている。でも俺はそのルイズの一段上がった信用すら裏切っていて心苦しかった。

「教師に対して言葉に気をつけたまえ。ゼロのミス・ヴァリエール。実際あんな時間に外にいた豚殿はどう見ても怪しいとキミも思わないのか?それとも豚殿は我々の代わりにブヒブヒと言いながら見回りをしてくれていたのか?」

教師陣に失笑が起きた。見回りをする豚の構図がいかにもおかしく思えたのだ。というかこの嫌味な男はいくらなんでも証拠も無しに人を責めすぎだろう。

「な、な……こんのクソ教師!自分が見回りちゃんとしなかったんでしょ!それを平民に証拠もないことかぶせてなかったことにする気!この役立たず!おまけに私の使い魔に!」

ルイズは顔を真っ赤にして杖を振り上げた。杖の先が光る。

「お、落ち着けヴァリエール!」

「そ、そうですよ。ミス・ヴァリエール!ミスタ・ギトーも証拠のない言いがかりはほどほどにして下さい!」

「ルイズ。余計面倒になるからやめるんだ!」

そうするとルイズの失敗魔法の威力を知る先生達と俺がルイズを慌てて取り押さえた。暴れるルイズだが力が強いわけでもなく、俺に後ろから持ち上げられると、あっさり無力化された。

「離して!離してよ!こいつ!あんたを犯人呼ばわりしてるのよ!引いては主人である私も犯人と言われたようなものよ!こんな屈辱!いくら教師でも許せないわ!」

「いや、俺はいいから!」

胸がずきずき痛みます。すみません。でもこれがゆくゆくはトリステインを救う布石になるんだから許して。俺自身はトリステインが滅ぼされないなら正直、大人しくルイズの使い魔をして、お嫁さんも紹介してもらえれば十分なのだ。そうじゃなければ何が悲しくて死ぬかも知れなかったり、捕まるかも知れないようなことに首を突っ込むかと言いたい。でもそれを説明して理解してくれる人はいなかった。

「ミス・ヴァリエール。ギトー君の非礼はワシが詫びよう。じゃからその杖は治めてくれんか?」

そこにオスマンが入ってくる。なんとかおさまりかけるが、基本的に俺はこの学院で嫌われ、出て行けばいいと思われている。よく思わない人間はその俺が魔法学院を去れば、トリステインが滅ぶなんて微塵も思わないだろうし、俺も事実を知らなきゃまさか有り得ないと思う。思うが事実だから仕方ない。でも、また俺は言いがかりをつけられた。

「お待ち下さい。オールド・オスマン」

そう言って学院長室の扉を開けた女性がいた。特徴的な赤い髪と青い髪。キュルケとタバサだ。

「なんだねキミたちは?今は大事な会議中だ。生徒が入ってくるんじゃない」

コルベール先生が言った。

「待ってください先生。その会議の議題で私は大事な証言があるんです」

「証言?」

「はい。ルイズには悪いけど、私は昨夜とその前の夜にデブ、いえ、ルイズの使い魔が二度とも宝物庫付近で彷徨いているのを見ました」

「な!?本当かね?」

コルベールが尋ね返し、一気に部屋がざわついた。俺はサーッと血の気が引いた。なんでキュルケが知ってるんだ?あんな夜にどうして彼女が俺の行動を知ってるんだ?

「ふ、ふはは、どうですオールド・オスマン。このような証言があるんだ。彼は明らかに怪しい!」

得意の絶頂になってギトーが言い立てた。

「違う!違うわキュルケ!それは違うの!」

だがルイズが慌てて庇う。それはそうだ。ルイズにしてみれば虚無魔法を使えるようになり、フーケの未来予知も当たっている。俺が外にいたのは未来予知で見たフーケの犯行を未然に防ぐ為としか思わないだろう。

「何が違うのよルイズ。彼は確かに夜に外にいて誰かと会っていたわ。会っていたのは最初の夜の方だけだけど、あの人物も怪しいわ。最初は戦闘行為をしたのに急にやめて会話しだしたかと思えば、そこのデブがその人間を逃がしたように見えたのよ。最初の夜はまた男子に襲われたのかと思ったけど、あんな夜なのにおかしいと思ってたのよ。でも昨夜の件で確信したわ。彼は前日の夜にフーケと会ってたのよ。これはタバサも見たのよ」

タバサも?なんでだ?キュルケだけなら夜に男と逢い引きかと思うがタバサがいるとなるとますますおかしい。この時点でタバサのイベントは特にないはずだ。

「ほ、本当?」

ルイズは確かめるようにタバサを見て、彼女もこくりと頷いた。

「どうやら彼が疑わしい行動を取ったのは確定事項のようですね」

「ううむ。そのようじゃな。じゃがそこにミス・ヴァリエールは関与しておらんようじゃ。違うかねキュルケ君にタバサ君」

「ええ、それは間違いありませんわ」

キュルケに続いてタバサも頷いた。

「ふむ。リュウジとやら。悪いが拘束させてもらうぞい」

「え?」

まさかこんな運びになるとは。
バッドエンドどころじゃない。
俺は大量の汗が流れ落ちてくる。
どうする?
身分を明かして、真実も明かして、なんとか処分を先延ばしにしてもらうか?
いや、そんなの信じるのはルイズぐらいのものだ。というかそのルイズも戸惑ってなにも言ってくれない。とにかくやばい。こんなことならマチルダの件をスルーすべきだったか。俺はマチルダを見た。そう、犯行を一日ずらしたせいで俺のアドバイスも入れて色々昨日のうちに準備が出来たので、マチルダは会議の当初から部屋にいたのだ。

「ふむ……」

オスマンは杖を振り上げ縄が動く、俺を縛ろうとし、俺も言い訳も思いつかず黙っていた。

「お待ち下さい」

そこにマチルダが声を上げた。彼女にしてみたところで俺が捕まるのは都合が悪い。それぐらい俺は彼女にとって色々漏らされたくない秘密を知っていた。だが、この状況を打開できる方法があるのかと思えた。

「なんだね?」

「みなさん感情的になっていますが冷静に考えてください」

「どういう意味じゃ?」

「オールド・オスマン。彼は平民です。平民が仲間になったところでフーケの得になる点が私には分かりません。それにミス・ツェルプストーの話を聞く限り彼は前日の夜に怪しい人物と交戦しています。仲間ならなぜ交戦したのですか?「それは!」私にはおそらくその人物はフーケで、フーケと交戦して捕まえ無力化しようと説得したが、結果逃げられたというように聞こえました。「違う!」だから翌日も夜の見回りをしたのではないですか?それに!彼はミス・ヴァリエールに召還された使い魔です。その彼がどうやってフーケなどという外の人間と仲間になるんですか?」

間に割り込もうとキュルケはするが、マチルダは自分に有利になるところまで喋らせなかった。

「それはだから、あの夜に仲間に」

キュルケは美しい顔を苦しげに歪ませた。マチルダも同じぐらい美人でその二人が睨み合うと怖かった。

「あの夜?あの夜とは一昨日の夜のことですか?」

「え、ええ。そうよ」

「ではあなたは一度交戦しただけの盗賊と友情でも芽生えるご趣味でもあるのですか?よしんば芽生えたとして、たった一度出会っただけでフーケが信用して彼を仲間に招いたというのですか?失礼ですがミス・ツェルプストーは病院にでも行かれた方が良いのでは?とても正気とは思えません」

「な、なんですって!ならどうしてこのデブは一言も言い返さないのよ!」

キュルケの顔が赤くなる。

「そんなもの貴族の群れに放り込まれた平民が、好きにものが言えるわけがないでしょう。虐めが好きなミス・ツェルプストー」

凄いなマチルダ。まさかあそこまで追い詰められていたのに、ひっくり返したぞ。しかも正しいのはキュルケなのに、マチルダの方が正しくしか聞こえないぞ。頑張れマチルダ。キミを仲間に選んだ俺の目に狂いはなかった。

「な、な、誰がそんな卑怯なことをするのよ!私は事実を言ったまでよ!」

「静粛に。落ち着くのじゃミス・ツェルプストー。確かに憶測で彼を断罪しようとしたのは事実じゃ。この非礼はワシも詫びねばならん。すまんかったミスタ・リュウジ」

オスマンが俺なんかに頭を下げた。この人結構良い人だ。ここに来て頭下げられたのなんて初めてです。

「あ、いや、俺も言い返せなかったしいいですよ」

そこにまた扉を叩く者がいた。姿を見せたのは衛兵の一人だ。

「なんじゃね?」

「あの、今外で平民が土の人形に『朝になったら魔法学院にこの手紙を届けるように』と言われたと言ってきたんですが」

「土の人形じゃと!?それは誠か!?」

「え、ええ、確かです。念のため平民は留め置いてます。連れて来ますか?」

「いや、あとでよい。それよりも手紙とやらを見せなさい」

オスマンは慌てて手紙を開いた。それをみんなが覗き込み、オスマンは声に出して読んだ。

「『間抜けに慌てる皆様へ。土くれのフーケが貴族の汚名をそそぐ機会を与えましょう。待っていてあげるから今日の日が傾く前に下記の小屋においでなさい』じゃと?」

その下にはここからかなり離れた森の中にある小屋が記されていた。これは全てマチルダが昨日のうちに用意したものだ。ただ破壊の杖はリスクが高いがまだマチルダの部屋にある。マチルダがここに残ることを選んだので、小屋まで運ぶ暇がなかったのだ。

「な!?」

「ふざけている!」

「うぬぬ!盗賊風情が!」

「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなければ!」

コルベールが叫んだ。だがオスマンが「日が傾く前では王室衛士隊は間に合わん」と叫び、そこからは原作通りの流れになった。使い魔を侮辱されたルイズは当然名乗りを上げ、キュルケもこのままでは引き下がれないと名乗りを上げてタバサも続き、日和りみな教師陣は全員オスマンの叱咤にもかかわらず黙り込んだ。

「キミたちは学生じゃないか。危険すぎる。やはり兵隊を差し向けてもらう方が良い」

コルベールは言うが、実際の所この人が行けば一番話が早いのだ。だってこの人無茶苦茶強いんだから。そのことを知ってはいるが言う訳にも行かない。しかしこのまま行くと子供だけでフーケに挑むことになるんだが、後々分かってくるこの人の性格的にかなり無茶苦茶だ。この頃のコルベール先生って余程自分に自信を無くしてたんだろうな。まあいくらなんでもこの人に来られたら誤魔化し効かないから良いんだけどな。

「ううむ」

「学院長。破壊の杖は所詮はものです。命には替えられません。ここは兵が来るのを待つべきです」

「いや、じゃがあの杖の破壊力を考えるとなんとしても取り戻さねばならん。もし使いこなし悪事に利用されれば、破壊の杖に勝てる魔法使いはおそらくおるまい。そうなればフーケは今以上に厄介な存在となってしまう」

「破壊の杖とはそれほどの杖なのですか?」

「うむ。ワシは目の前であの杖の一撃で土手っ腹に風穴を開けてワイバーンがやられたんじゃ」

「ワイバーンを一撃?」

周囲がざわめく。オスマンの言葉は余計に教師達を怖じ気づかせただけだった。

「あの、よければ俺にフーケの後を追わせてくれませんか?」

そこに俺が割り込んだ。

「なに言ってるのよ。使い魔なんだからあんたは私に付いてくるのよ。だから行くに決まってるじゃない」

ルイズが当然という目を向けた。ようやくこれからあんたと私が周りを見返していくのよ。と言いたそうだ。だが、残念だが、今回はルイズに外れてほしかった。なにせ万が一でもマチルダがフーケだとばれるわけにいかないのだ。

「いえ、俺だけで行きたいんです。俺への疑いはさっきのロングビルさんの言葉で晴れたはず。なら俺だけで行かせてくれませんか?そして俺が盗賊の仲間じゃないと証明させてくれませんか?」

ここからは手はず通りだった。マチルダは当然捕まるのはいやだし、そうなると適当な死体をフーケと言い張るしかない。昨日のうちにマチルダはその死体の段取りも付けたらしいので、小屋には死体だけが転がっているはずだ。つまり俺の話を聞いたマチルダはフーケを死んだことにして盗賊稼業を辞める気でいるのだ。俺はそこまでのことをマチルダに決断させたのだ。なにせ俺がマチルダを仲間にする為に出した条件、それは、

『あんたを貴族に戻し、虚無の担い手であるティファニアを世間に出しても大丈夫にする』

というものだったからだ。

「ちょっと、なに言ってるのよリュウジ!あんたは私の使い魔なのよ!また勝手に動く気?」

ルイズは怒るがここにまたマチルダが割り込んだ。

「学院長。それはいい案かも知れません。ミス・ヴァリエールは公爵家の御令嬢です。ミス・ツェルプストーも辺境泊の御令嬢。ミス・タバサはお二人が行かないなら参加する意志はなさそうですし、このお二人に教師も付いて行かずにもしかのことがあれば破壊の杖というものが盗まれた以上の大事です。それにリュウジという方はミスタ・コルベールの話では姿に似合わず相当お強いと聞きます。何より背中に差した大剣は魔法を吸収する不思議なマジックアイテムという話ですし」

「なに?そうなのかねリュウジ君?」

「え、ええ、デル」

俺はマチルダも必死だなと思いながらデルを呼んだ。まあ俺はそれぐらいのことをマチルダに期待させたし、ここでしくじればせっかくその気になったのに全部がパーになるもんな。盗賊まで身を落とした自分の復権やティファニアを世間に出せるなら、その期待はルイズが俺に抱く期待以上のものかも知れない。

『まあそうだな。上手く俺を使えばたとえスクウェアメイジの魔法でも吸収してやるよ』

全ての事情を知るデルは実際は戦闘すらないと知っているので気楽だ。

「それは凄いのう。どうじゃろうコルベール君。ミス・ロングビルの言う通り彼に任せるというのは?」

「そうですね。彼ならばあるいは……」

コルベール先生は俺に期待の目を向ける。この表情はひょっとすると俺の左手の紋章をもう調べてるのかも知れない。だとすればオスマンも知っているのか?まああれ以来別に隠す必要もないから左手を隠していたわけじゃない。調べようと思えばいつでも出来たとは思う。

「お待ち下さい。オールド・オスマン。彼は私の使い魔です。彼が行くなら私も行きます!」

「私もです。ここで引き下がればツェルプストーの名折れですわ!」

「ならん。学院の生徒の勝手な行動はゆるさん。もしどうしても行くならこの学院から出て行く覚悟で行く事じゃ」

「そんな!」

「横暴よ!」

「ともかくこれ以上話すことはない。ではリュウジ君頼めるかな?」

「えっと、はい。出来るだけのことはします」

「お待ち下さい。この豚殿がここから逃れる為に言った――」

ギトーが口を挟む。だが言い切る前にまたマチルダが割り込んだ。

「では私が監視役として付いて行きましょう。ここの教師は平民に罪を着せる以外には何もしないようですから」

マチルダが挑発的に言うとギトーは唇を噛む。それでも自分も行くとは言わない。それほどに盗賊のフーケの悪名は貴族社会では有名なんだろう。第一やたら顔に泥を塗られるのを嫌うのが貴族だ。もし行って負けでもしたら目も当てられない。

「……おほん。ではミス・ロングビルには馬車の御者をしてもらおう。よいなロングビル」

「はい」

「ではよろしく頼む。彼を手伝ってやってくれ」

「心得ました」

マチルダはうやうやしく頭を下げた。だがルイズとキュルケが物凄く怖い顔で俺を睨んでいた。でもそれよりもあとでマチルダに絶対怒られそうなのが憂鬱だった。

「よろしくお願いしますねミスタ・リュウジ」

考えていたらマチルダが握手を求めて俺に手を差しだした。

「は、はい」

かなり年下なのにマチルダは俺より貫禄がある。そして、その切れ長の目で、しっかりしろこのデブ。お陰で私まで捕まるところだっただろうが。しかも、これで疑いようのない形の成果がないと完全に疑い晴れないよデブデブデブ。と言いたそうだ。でも、マチルダはニコリと笑っている。というかギュウウウウッと握られた手が凄く痛かった。





[38151] それは私です。
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/09/09 17:58

俺とマチルダは早速馬車に乗ると一路森の中を死体が置かれている小屋へと向かって、そして特にトラブルもなく帰路についていた。なにせ目的の小屋でマチルダの用意していた死体を回収して、それを学院まで持ち帰って『この死体がフーケだ』と言い張れば良いだけである。フーケは男と思われているぐらいで正確な目撃情報がない。

なので、そのあとフーケが現れることがなくなればそれで俺が疑われることもなくなるのだ。マチルダはもう盗賊稼業を辞めると言っているし、その点は俺と彼女の協力関係が続く限り大丈夫の筈だ。馬車に乗せて死体と移動なんて正直いやだがこの際贅沢は言ってられなかった。しかし、俺は贅沢は言わないと思っていたが、とある現実に背中から大量の汗を流していた。

「あの、マチルダさん?」

俺はその“死体”を見て、正直、漏らしそうな程怖かった。

「なんだい?」

マチルダがニコリと笑う。

「あの……これ“誰”?」

ここに来るまで恐ろしくて聞けずにいたことを俺はついに聞いた。なにせ俺は小屋に用意されている死体はてっきり墓場からでも盗んだのかと思っていたが、マチルダはそんな思いを裏切りどう考えても最近まで生きていたと思われる遺体が小屋にあり、争ったのか小屋は破壊され血だらけだったのだ。その遺体を回収し、馬車まで運んだのが俺である。お陰であちこち血だらけである。

「ロルカって言う私の知り合いだよ」

「知り合い?えっ、マチルダさん。まさか知り合いを殺したの?」

俺は目をぱちくりさせた。

「そうだよ」

「なっ、ななななんでだよっ!それじゃあ話が違うだろ!」

『おいおい、姉ちゃん穏やかじゃねえな。まさか今回の為にわざわざ殺したのかよ?』

さすがのデルも鞘から出て声が剣呑になった。

「まあそうなるね」

「いやいやいや!なんでだよ!なんで罪もない奴殺して犯人ですって言わなきゃいけないんだ!いくらなんでもそれは無茶苦茶だろ!バッカじゃねえの!?」

しれっと言ってのけるマチルダにさすがに頭に来た。罪もない死体をフーケと偽ることもかなり気が引けるのに、生きた人間となればとてもそんなこと出来るわけがない。俺はその生前は男前と思われる男と目が合う。

「ああ、ロルカさんが恨めしげに俺を見てる!どうすんだよ!トイレ一人で行けなくなるだろ!」

『いや、相棒。それちょっと論点ずれてるぞ』

「論点もかかしもないわ!デル怖いよこの女!何しれっと人殺ししてんだ!バーカ!バーカ!あほー!」

『いや、語彙が不足してるぞ相棒。落ち着け』

「はあ、そうだよ落ち着きな。あんたの言い分もっともだと思うよ。むしろこう言って平気な顔されたら私がとんびきするよ。でもね。そいつはフーケと言ってもいいようなどうしようもない悪人だとしたらどうだい?」

そう言ったフーケの切れ長の瞳はどこか愁いを帯びていた。

「ど、どどどういう意味だ?悪人なの?殺してOK?」

「ふふ、おや?あんたは私のことを全部知ってるのかと思ったけど、知らないこともあるんだね」

マチルダは面白げに動揺しまくって呂律の回らない俺を見る。確かにマチルダの秘密の殆どを知っているのかと言うぐらいあの夜、彼女の秘密を話したが、それでも知らないことの方が多いに決まってる。情報源は伏せていたから彼女にはそう見えてもおかしくないが、俺が知るのは小説の中で語られた彼女だけだ。ここまで色々符合することが多ければここがゼロ魔の世界であることに疑いはない。

だが、どう見てもアニメ調でもなく、ブロンド美女のリアルな人間であるマチルダの全てが小説で語れるほど薄っぺらではないことぐらいの想像は付く。メインヒロインであるルイズですら実際接すれば小説とはまったく違う一面が見えるほどだ。殆ど語られることのない彼女など、どれほど原作を読み込んでも全て知ることは出来ないはずだ。

「当たり前だろ。俺が知ってるのはマチルダのほんの一部だ」

俺は憮然とする。背中にじっとりいやな汗がしたたる。俺の体重を引く馬が重そうだ。などとどこか違うことを考えるほど俺の価値観と合わないことが起こっていた。いやあ、マジで人殺しはまずいだろ。どうするんだよこれ。かといえ今更自首させるわけにも行かないし、そんな殊勝なことするとも思えないし。

「まあ聞きなよ。あんたが言っていたように私は元は貴族の御嬢様さ。王の弟であるモード大公に仕える貴族にしてサウスゴーダ地方を治める領主。サウスゴータ家と言えばアルビオン王国では相当な権威でね。王は元々弟に過剰に権威を与えるのをよしとしてなかったが、私の家がモード大公の後ろ盾として居たから、無碍にも出来なかった。周囲ではそう言われたほどうちは昔威張ったもんだったのさ。今はもう行き遅れるぐらい引き取り手のない私だけど、当時は男なんて群がるほど寄ってきたよ。といっても今でも妙なのには腐るほど好かれるけどね」

なんとなくマチルダはコルベール先生と学院長のことを思い出してる気がした。

「……」

俺は何だか口を挟みにくくて黙った。森は深く暗い。その中を馬車で走るとなんだかマチルダと二人で世界から取り残された気がした。まあデブの俺がこういう事を話されていて、こういう状況でも、きっとなんのフラグも立ってないんだろうが。というかちょうど死体と目が合うんだよ!こっち見ないで!

「この話妙だと思わないかい?」

「な、何が?」

「なぜ貴族の御嬢様が王家の追っ手をかいくぐって生き延びられたか?生き延びたにしてもなんで盗賊なんてしてるのか?」

「それはまあ……」

俺はなんとなくマチルダの言おうとしていることに察しが付いてくる。

「まさか、その“原因”がこの人なのか?」

俺は声を掠らせ、生前はかなり男前と思える男を見下ろした。

「ご明察。私はね。その“原因”とあんたを比べてあんたを選んだ」

「えーっと、俺を選ぶ?なぜだろう?」

心底尋ねた。ここでは盗賊と疑われ(事実だが)、豚と罵られ、当初はルイズに殺されかけ、キュルケやタバサに嫌われ、シエスタは声もかけてくれず、元の世界でも弟や妹、親ですら俺が言うことは信じない。そんな俺の何を信じるのだ。

「あんたの言葉は私にとって少なくとも未来があるからだよ。でも盗賊を続ければいずれ行き詰まる地獄しかない。私にも分かってはいたのさ。盗賊なんて続けていれば、いずれそう長くないうちに捕まる。つかまりゃ死刑さ。テファも同じさ。あんな森でいつまでも隠れ続けられるもんじゃない。いずれはいつも記憶が消えることを妙に思った周辺の住民が大規模に山狩りをして、そうしたらそれで終わりさ。見つかったらテファも死刑だ」

「うん……」

言われてみればそうだ。泥棒など続けていれば大抵のものが一度は捕まる。日本だからそこで死刑にはならずに出所後証拠にもなくまた泥棒に戻れるが、地球でも発展途上の国なら死刑もありうる。そしてこの国の法は犯罪者にはもっと厳しいはずだ。デブというだけで貴族に殺されそうになっている俺もいる。犯罪者など裁判もまともに行われるとは思えなかった。

「理由は分かる。でもそれとこれとは別だろ。本当に殺していいほどの人間なのか?」

「少なくとも私にとってはね。ロルカはサウスゴータで裏の仕事を引き受けていた裏社会の顔役だ。私と同じく落ちぶれた貴族で父様に頼まれて私とテファを逃がしたと同時に、裏切りもした男なんだ。なんせ王に私達を売ろうとしたからね」

「王様に……なあ王様に売られたらそんなに怖いのか?」

俺は今一ピンと来ない。アニメで見ていたアルビオン王は物分かりのある良い王様に見えたし、小説でもそうだったからだ。

「怖いよ。王は余程エルフが怖いのかそりゃもう草の根分けてでもテファを探し出そうとしてきてね。それが怖くなったロルカは私らを殺して、自分が匿った証拠も残らないようにしようとした。まあその寸前で逃げ出したんだけど、あの男、情報を全部王家に漏らしてね。お陰で私はテファと離れて碌な職ももてず体まで売らなきゃいけなくなるし、それでもあの子や引き取ってる子供の養育費が足りなくて盗賊までする始末さ」

「しかし、状況的にはロルカが裏切るのは……」

「ああ、分かってるよ。まだ最初のうち匿っただけでもマシさ。他の奴らはテファを怖がって関わろうともしなかったんだ。でもね。私はロルカに処女も上げたし、身体的にはずいぶん色々させられた。そもそも中途半端に助けられて、苦しんだ分、死んだ方がマシなほどその後の苦労は大変だったよ。だから私はあんたから死体が居ると言われてロルカをフーケにしようと思った。幸い、情勢不安のアルビオンから逃げたロルカがトリステインにいるって聞いてたしね」

「自分が殺されかけたから殺し返したわけか?」

マチルダの意外な一面を見た気がした。彼女はなんだかんだで非常な人間ではないと思っていた。でも、よく考えたら平民のサイトを殺すのも躊躇していないし、ルイズやキュルケも下手をすれば殺されそうな場面が多い。長い逃亡と盗賊生活の中でその辺の倫理感を大きく歪めたのかも知れない。まあそれ以前にこの世界は人間の命の価値が貴族ですらかなり低い所がある。殺し殺されが普通にある世界なのだ。

「そうさ。奴は土くれのフーケが私だと知らないから、仲介人を通して『フーケが魔法学院から盗んだ破壊の杖の販売先に困っている』って話にすぐ飛びついてきたよ。どうやらずいぶん金に困っていたようだ」

「でも単純な奴だな」

俺なら急にそんな事言われても絶対疑うぞ。しかも人気のない森にある小屋なんかに呼び出されたら死んでも行かない。

「前の貴族の家から盗んだ“アスカリテの指輪”っていうのを向こうの言い値で売ってやったからね」

「そんな事ぐらいで信用したのか?」

「そんな事ぐらいって……あんたその指輪が正規の競売に出たらいくらになるか分かって言ってるかい?」

「いや、知らんけど」

「結構有名な品なんだけど……売ればそうだね。30万エキューにはなるよ」

「さ、30万!?マジで!?」

俺はデルを買いに行ったとき店主に剣の値を騙されてはかなわないから、あの下りはかなりちゃんと読んで、この世界の価値基準は頭にたたき込んでいた。だからその値がいかにバカ高いか分かる。結局、ルイズがお金を一杯持っていたので、デルは別に値切る必要もなく、貴族の見栄もあって300エキューで買わされた。捨て値だと店主は言っていたが、原作は100エキューだったし、ルイズが最初に大量の金貨をテーブルに乗せたから、かなりふっかけられての値段だ。

そのことを支払前に言ったらルイズは『それでいいのよ』。って言っていた。どうやらふっかけられる方が貴族は一流だと考えてるらしい。値切りに値切るキュルケとは対照的な考え方だ。まあその辺がルイズからすればゲルマニア貴族は下品ということになるようだが。

話は逸れたが、あの錬金魔術師シュぺー卿が造った装飾用の剣が2000エキューだ(これをルイズは買いたがったが、俺は必死に断った)。ルイズが言うには立派な庭付きの家が2000エキューで買えるらしい。現在でも外国に行くと2000万円ほど出せば結構良い家が買えるらしいから、この世界の1エキューは日本で言うところの1万円ほどの価値だと思う。つまり、30万エキューは30億円の価値だ。宝くじの一等賞が連続10回当たるぐらいである。

「そ、それをいくらで売ったんだ?」

「100エキュー」

「……なる程。理解した」

そりゃロルカさん信用するよ。いくら盗品でも人に見せずに自分だけで楽しむ美術愛好家は日本にもいるしこの世界にもいるだろう。そいつらへの販路さえあれば最低でも10万にはなるじゃないか。マチルダはロルカに最低でも9万9900エキューも儲けさせてあげたのだから金に困っていたらしい彼が信用しないわけがない。

「いや、でも、そんなに安く売ったら逆にあやしまれないのか?」

「普通の盗賊は盗品を売りさばく買い手を持たないんだ。だから買いたたかれるのは当たり前にあることさ。偽物だと言われて1エキューとかもあるよ。それどころか売ろうとした相手に殺されて奪われるケースもあるぐらいで、良いお宝ほど売り渋るとこうなるね」

そんなもんか。強盗事件でも盗んだ本人はあまり儲けず、結局儲かるのは賢くて強い奴だけってわけか。だが俺はここでふと疑問が湧いた。

「じゃあマチルダって普段からそんな値で盗品売ってるのか?」

「いいや、普段ならアスカリテの指輪で1万エキューほどだね」

「安っ」

「まあ盗品だからね。直接の販路がない盗賊にしちゃ結構良い方だ。でもロルカは貴族連中に知り合い多いからそんな事はないだろう。貴族は金銭感覚狂ってるバカが多いからね」

知り合いがいないだけで実績のある盗賊でも30分の1まで買いたたかれるのか。盗賊業界って世知辛いな。それどころか死ぬことも普通にあるのか。俺が言うのもなんだけど、やっぱ人間真っ当に生きるべきだな。悪銭身に付かずという奴だ。だが俺が抱いた疑問はそこじゃなかった。

「マチルダってなんで盗賊してるんだ?」

「金が簡単に手に入るから。何聞くのさ?」

「……でももう充分にお金持ってるんじゃね?」

貴族の館に次々と忍び込んではお宝を盗みまくる土くれのフーケ。コルベール先生から聞いた話だと金目の物全て奪われた貴族もいるらしく被害も10や20では効かないらしい。だがそれだとおかしいのである。ロルカほどのひどい売り手しかないなら盗み続けるのも分かるが、それだけ盗めばもう充分ティファニアやその子供たち、自分自身を養えるぐらいのお金にはなっているはずなのだ。それどころか平民なら10代は遊んで暮らせるぐらい金はあるのではと思えた。

「よく分かったね。殆どまだ良い売り手がなくて売ってないからそこまでじゃないけど、確かにもう盗みをする必要はないよ。でもまあ盗まれたあとに慌てふためく貴族を見てると私が苦しいときに誰も助けてくれなかったあの記憶を少しは良い物に変えられる気がしてね。正直、歯止めがきかなくなってたのさ。それにいずれは行き詰まると思っていたから自棄気味だったしね」

「自棄か……」

アルビオンはもうすぐ滅ぶから顔すら分かっていないフーケは足さえ洗えば生き延びる目はあると思う。でも、ティファニアを見捨てられないマチルダに未来はないかも知れない。盗賊であるフーケが生きられて、誰かを助けようとするマチルダの方が未来がないとはなんとも皮肉な話だ。

「正直、あんたは魔法学院で評判が悪すぎるし、これぐらいの功績がないと本当の意味で疑いも晴れない。それに罪を着せるならロルカは完璧だよ。土メイジだし、それに私から買い取ったアスカリテの指輪がまだアジトにはあるはずなんだ。アジトを後々それとなくリークしたら誰もが土くれのフーケはロルカで疑わないさ」

つまりマチルダはロルカに罪を着せる為にアスカリテの指輪も二束三文で売ったのか。女は怒らせると怖いな。反面、俺に全部の手柄をくれるのだ。破壊の杖もマチルダの部屋にあったものが馬車にちゃんと積んである。俺の魔法学院での評判はこれでかなり良いものになるのがまず間違いなかった。心配と言えば手柄を上げすぎていらぬ嫉妬を買わないかということぐらいか。

「でも殺すって……」

日本で生まれた自分にはとても容認できない言葉だ。
自分の疑いを晴らす為に人を殺す。それだけはしてはいけない気がした。
サイトも人殺しはしてるがそれはやましいことを隠す為じゃない。いつもみんなを守る為だった。

「もう死んでるんだ。どのみち今更さ。まああんたの話にかこつけて自分の復讐をしたことについては詫びるけどね」

そうするとマチルダは口を閉じた。

「……」

俺もなんと言っていいか分からず口を閉じた。ロルカの顔を見ると呪われそうなほどこちらを睨んでいる気がした。男前だし、ひょっとするとマチルダはこの男が好きだったのではとも思う。その分裏切られた恨みは深かったのか。と、ふいにデルが口を開いた。

『相棒。誰か来たぞ』

デルの言葉で俺はとっさに剣を構え、馬車の手綱を握っていたマチルダも杖に手をかけた。しかし、その必要はなかった。

「リュウジ!」

馬に乗って前方から現れたのはルイズにキュルケにタバサだ。

「もう!シルフィード使えないように先生に言ったでしょ!」

「そうよ!非道いじゃない!人の使い魔を!」

追い着いていの一番にルイズが怒鳴った。キュルケも続いて、タバサも無表情に見えるが俺を恨みがましく睨んでくる。まあ当然のことだが、小説では良くタバサのシルフィードでキュルケ達がルイズの危機に駆けつける。だが死体を回収しに行くだけの作業なのにルイズ達が来たら困る。だからコルベール先生に頼んで使い魔の厩舎を見張ってもらったのだ。結果としてそれでもルイズは追ってきたがシルフィードに乗ればすぐに追いつけると思うあまり、出遅れてしまったようだ。

「はは、ごめん……でも、ルイズなら追いかけてくると思ったから念のためにね」

生真面目なルイズに使い魔が犯罪者になったなんて言えないしな。

「なっ、あ、あんたね!普段ダラダラしてる癖に変なときだけ格好付けないでよ!」

「そうよお!あんたみたいな豚が格好付けたらこの世の摂理がおかしくなるでしょ!ちょっとは考えなさい!」

なんだかひどい言われようだ。タバサも激しく頷いてる。この時点のタバサってもっと無感情なはずなのに、俺、全力で嫌われてる。そんな三人はふいに馬車の上にあるロルカの死体に目が奪われた。

「それ、まさかフーケ?」

ルイズが聞いてくる。俺は答えに逡巡する。フーケだと言えば間違いなくこの男はフーケになる。でも、フーケじゃない。きちんとここまで想像が及んでなかったが、それはたとえロルカ以外の死体でも同じことだったのだ。どのみち罪の無い人が死んでるのをいいことにフーケにされたのだ。マチルダを見ると黙っていた。俺に決めろというのか。

「あ、ああ、土くれのフーケだ。ロルカって本名だと最期に言っていた」

それでも俺は頷いた。真実を言えばマチルダが捕まり、俺も危ない。引いてはこれがトリステインの為だと割り切ることにした。ロルカのために罪人になれるほど俺は真人間じゃなかった。これは罪の十字架だ。背負うしかない。それにしてもルイズに本当の事を言わず連れて行かなくて本当によかった。俺でも抵抗あるんだ。ルイズなら死んでも納得してくれないはずだ。でもそれで助かるのはロルカだけで、正しいつもりでトリステインが滅んだらそれこそ悪だ。

「こ、殺したの?」

キュルケが驚いて死体を見た。この時点じゃタバサの手伝いもしてないだろうし死体を見るのは初めてのようだ。

「う、うん。そうだ。結構強くて手加減できなかった」

ルイズ達は死体を運んだときに付いた俺の衣服の血を見て息を呑む。でも、殆どマチルダがしたことをまるで自分の手柄のように言うことには抵抗があった。マチルダは今のところ表舞台に立てないのでこうするしかないとはいえ本当に何もしてないのだが……。

「えっ、あ、ミス・ロングビルも手伝われたのでしょ?」

俺一人でしたと認めたくないのかキュルケはロングビルが殆どしたと思いたいようだ。

「いいえ、私は怖くて小屋には近付かなかったので、案内をしただけですよ。遠目に見ただけですがミス・ヴァリエールの使い魔は男子生徒から逃げているときとは比べものにならないほどお強かったですよ。おそらくフーケはトライアングルメイジでしょうが10メイルもあるゴーレムをかいくぐってフーケにとどめを刺されましたから」

「あ、いや、あんまり大したことない……」

こら、いくらなんでも言いすぎ。フーケを不意打ちして殺したぐらいでいいだろ。これじゃあ実際は死体を小屋から馬車まで運んだだけなんてマジで言えないじゃないか。

「むう。リュウジ!」

するとルイズがこっちを睨んできた。

「は、はい」

「あんたが強いのはわかるけど!ご主人様への服従は絶対だから!今度勝手な行動したら許さないんだから!」

「いや、あんまり大した事してないし……」

「あんたねえ。あんまり謙遜すると返って嫌味よ。凄い事したんだから誇れば良いじゃない!リュウジは魔法学院の教師の誰もが怖がってやろうとすらしなかったことを成し遂げたのよ!」

「いや、ないない。そんな凄くない。ルイズ。頼むからそんな事言いふらさないで」

俺はダラダラ汗が流れ、ルイズは自分が置いて行かれたことはともかくとして使い魔が大手柄を上げたことに喜びを爆発させて声を張り上げた。マチルダはおかしそうにこっちを見てるし、キュルケとタバサはどう言って良いのか混乱している。そんな中を俺は魔法学院まで帰った。



「よく考えたらこれってまずくね?」

帰ってから俺は学院長に子細を報告し、破壊の杖も返却し、馬車にはフーケの遺体があることも伝えた。フーケを脅して最期の命乞いの時にトリステインにアジトがあるとも言い、そこにはアスカリテの指輪もあると報告した。後半は言う気がなかったのに知らぬ顔で秘書をしているマチルダが、全部俺の手柄として報告したのだ。

「ミス・ロングビル。マジでなんにも手伝ってないのかの?」

「はい。何もしてませんが」

「うううむ」

「これは由々しき事態ですぞ学院長」

学院長室にはルイズと俺と学院長とコルベール先生。そしてマチルダにキュルケとタバサも居た。キュルケとタバサは最後に合流しただけなのだがなぜか呼ばれていて、マチルダがいる以外は殆ど原作通りだ。マチルダはこのまま秘書を続けるんだろうか。まあ盗賊しないならお給料も良いだろうし、その方が良いのかと俺は呑気に考えていた。そして原作を知る俺は学院長が何で悩んでるかも分かった。

「どうしたんですかオールド・オスマン?」

唯一分かっていないルイズが言った。この場でキュルケとタバサも事情が分かっているのか複雑な顔をしていた。

「ミス・ヴァリエール。申し訳ないのじゃが、この件をこのまま王宮に報告することはできんのじゃ」

「報告できない?何か報告に不備がありましたか?」

ルイズは俺が大手柄をあげたことに上機嫌でニコニコしている。本当にルイズって世間知らずだ。それが返って学院長の口を重くした。

「あいや、そういう訳ではないんじゃが、その、言いにくいんじゃが……」「貴族でもない者が貴族ですら出来ない事を一人で成し遂げたなど、報告できるわけがないと言ってるんです。こんなことを報告したらオールド・オスマンの責任問題になってしまいます」

学院長が言いあぐねているとマチルダが変わって口を開いた。まあそうなんだよな。あれだけの功績を積みあげたサイトですら女王に認められて小さい領地をもらっただけでも大問題になってたもんな。まあでも気持ちは分からなくもない。俺なんて妹はともかく弟が結婚したり子供が出来たりしたときなんてもう最悪だった。

その度に、自分が何もしないのが悪いと知りながらも荒れてお母さんに八つ当たりしまくったもん。後事はしっかり者の弟と妹に任せとけばいいけど、あの時のことはお母さんに謝りたいし穴があったら入りたいほど恥ずかしい醜態ぶりだった。でも、ヴィットーリオが向こうの世界と虚無で繋いでくれても、片道じゃあいけないし、サイトのようにパソコンもないからメールも打てない。友達居ないから携帯持ち歩く習慣もなく、ハイテク機器は何も持ってないんだよな。

ルイズにお嫁さん紹介されたらせめて『俺の嫁』と言って家族に教えたいんだが。まあデーターだけだとどのみち『自演乙』とか言われそうだけどさ。ともかくこの世界の価値観じゃ平民と貴族なんて、俺が弟に抱いた嫉妬のそれ以上だろう。

「な、なにを言ってるのよミス・ロングビル!じゃあ誰か一人でも教師が付いて行ったらよかったんじゃない!というか、それならなんでリュウジ一人に行かせるのよ!」

ルイズが怒るのも無理はないが世の中そんなに甘くない。それに悪目立ちしないのは上に行く為の処世術でもあるのだ。人間、醜い嫉妬心だけは消せないものなのだから。

「それはおそらく彼が死のうと生きようと構わないからでしょう」

それなのにどういうわけかマチルダが更に火に油を注ぐように言ってきた。

「なあ!?ちょ、ちょっと、ど、どういう意味?」

「分かりませんか?つまり何もしなかったとなると体裁が悪いから一応フーケを追わせたが追ったものは死んだ。としておけばいいというところではないでしょうか?平民とはいえ死んでいれば何もしなかったとはならない同情的気分も起きますし、ねえ学院長?」

嘲るような冷たい目をマチルダは学院長に向ける。するとさすがに学院長が反論した。

「ば、バカを言うでない!ロングビル!いくらなんでもそんなこと思っておるはずがなかろう!」

「そうですよロングビル。そんな事有るわけ無いでしょ」

俺は言いながら自分の手の甲を学院長に向けてふった。これだよねこれ。ガンダールヴだから信用したんだよね。マチルダも疑り深くなりすぎだ。俺はしつこいほど学院長に向けて手を振った。ここでならガンダールヴの秘密言っても大丈夫だよ。という意味だ。

「ああ、どうしたリュウジ君?手に怪我でもしたのかの?」

「頭を打ったのかい?」

って、おおい!気付いてないぞこのジジイ!コルベール先生も何不思議そうにこっち見てんの!なに?この人達ガンダールヴって分かってたわけじゃないの?やばい。マジでやばい。そういやマチルダが学院での評価が最悪とか言ってたな。ひょっとして学院長も俺の評価悪いの?良いお爺さんだと思ったのに!

「学院長!それでもリュウジは自分の命をなげうって結果をだしました!そのことになんの問題もないはずです!」

ルイズが怒り心頭で詰め寄る。こう言われるとそれはそれで胸が痛いのだ。まあどうせ死体運びしただけだしな。どっちかって言うと頑張ってないし、頑張ったのマチルダだけだと思う。

「あ、いや、そのじゃな……」

「ミス・ヴァリエール。オールド・オスマンの真意はともかく、いくら事実でもこれをそのまま王宮に報告したり学院に広めると返ってリュウジ殿の立場が今より悪くなりますよ。あなたは公爵家の御令嬢としてしか平民を見る機会もないでしょうから分からないかも知れませんが、貴族界の妬みというのはかなり見るに耐えない醜いものがあります。特に平民が挙げる功績としては今回のものは大きすぎます。この件が学院に広まれば男子生徒の彼に対する行為が更にエスカレートしかねません」

そつなくマチルダが口を挟む。彼女とは既に今回の件をどうするかは決めていた。帰ってからしばらくして呼ばれたので、学院長とも既に相談していたはずである。

「でも!」

「どうじゃろうミス・ヴァリエール。使い魔の功績は主人の功績というのが通常あるべきものじゃ。じゃが残念ながらミス・ヴァリエールは魔法が使えん。魔法が使えんのにフーケを捕まえたと言っても説得力がない。ここのところはミス・ツエルプストーとミス・タバサとの共同で捕まえたということにしてくれんか。幸いミス・ツエルプストーはトライアングルメイジ。ミス・タバサはシュヴァリエでもある。間違ってほしくないんじゃがこれは本当にキミの使い魔のためでもあるんじゃ」

「リュウジの……。でも、そんなこと……。きゅ、キュルケやタバサはそれで良いの!?私達何もしてないのよ!?」

ルイズは妙案が浮かばずキュルケとタバサを見た。

「まあ仕方ないんじゃない。確かにこのまま知らせても豚、いえ、まあ彼にいいことは何もないでしょうしね」

「私はどちらでもいい」

キュルケとタバサも投げやりに言う。人の手柄を横取りしても面白くもなんともない。かといってここで自分たちが突っぱねて俺が余計に追い込まれるのも夢見が悪い。そんなところだろうか。

「まあ変に疑いかけたし、その貸しを返すって意味でこの屈辱は受けてあげるわ。じゃああとは適当にしておいてください」

キュルケは言い捨てると部屋を出ていき、タバサも続いていなくなる。二人にしてみれば何一つしてもないことで評価されても屈辱なだけか。この辺は小説と同じ性格なんだな。じゃあなんで俺って嫌われてるんだろ。

「な、なによあの二人!感じ悪いわね!リュウジはそれで良いの!?」

「あ、ああ、俺は元々なんでも良いから」

「なによそれ!私だけ怒ってるみたいじゃない!」

「ではミス・ヴァリエール。あなたとミス・ツェルプストーにはシュヴァリエの爵位を申請し、ミス・タバサには精霊勲章の授与を申請しておきますね」

「ちょっと待って!私はまだ納得してないわ!せめてリュウジにも何かあるべきでしょ!」

いや、無くて良いよ。むしろもらった方が気が引ける。

「ええ、それは私もそう思います。それに学院長とも話し合ったのですが功績多大なリュウジ殿に何もないというのはあまりに禍根を残します。ですから」

マチルダはふいにルイズを見た。学院長とコルベール先生がどういうわけか苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。俺にも何かくれるようにマチルダが言ったんだろうか。俺はこの件を知らなかったのでお金だと思う。まああって困るものじゃないのでくれるならもらおう。1000エキューぐらいもらえるんだろうか?つまり1000万か……何食べようかな……。

「リュウジにも何か与えられるの?」

ルイズの顔に喜色が浮かんだ。

「はい。ですがリュウジ殿はあなたの使い魔ですから、与えるにしてもルイズ様の許可がいるんですが……」

マチルダはスッとルイズを見た。

「私の許可?そんなの良いに決まってるでしょ。それよりも与えられる出来るだけのことはしてあげてよね。こんなんじゃ不公平すぎるもの」

「分かりました。ではリュウジ殿に与えられるのは……この私です」

マチルダはそう言って自分の胸に手を当てて、俺を見る。

「「……は?」」

ルイズと俺が二人同時に首を傾げた。

「ミス・ロングビルやはり考え直した方がよろしいのではないでしょうか!」

「そうじゃぞ!やはりここはワシのポケットマネーから1000エキューほど与えるのが妥当じゃ。これだけあれば平民なら10年は遊んで暮らせるぞい」

「いえ、もう決めたことです。今回のこの学院の教師の弱腰ぶりには私も思う所があります。その点彼が一人の勇気で成し遂げてみせたことに私は強く心を打たれました。それはもうズキュンッと胸を打たれてしまいました。この上はもうリュウジ殿のものになるしかありません」

マチルダが意地悪な笑みで俺を見て言った。ちょっと待て。そんなことしたら普通に評価されるよりもっと悪目立ちするだろ。何考えてんの?

「いや、しかしじゃな、それは一時的に惹かれただけで、、第一、誰がワシの秘書の代わりになるんじゃ」

「そんなものは知りません。第一リュウジ殿の男子生徒の件でも幾度もコルベール先生から聞いておいて動かない姿勢にも疑問を感じます。それにお尻を触られるのもパンツを見られるのももうこりごりですから」

「学院長!あなたそんな事を!」

「あ、いや、これは違うんじゃコルベール君」

「ちょ、ちょちょちょ!ちょっとどういうことよ!あなた貴族でしょ?どうやってリュウジのお嫁になるのよ」

嫁?え?嫁なの?

「いえ、私は貴族から落ちぶれた平民に過ぎません。それとお嫁になるわけではありません。あくまでリュウジ殿のメイドとなるだけです」

こともなげに言ってマチルダが眼鏡をくいっと上げた。め、めええメイド!?落ち着け俺!これはフラグじゃない!フラグじゃないんだ!きっと手を組む上で学院長の秘書だと自由に動けないからこういう形にしただけなんだ!

「で、でも、リュウジはメイドを雇うお金なんてないわよ?」

そうですね。お金ないもん。これでメイドは無いことになるんですね。分かってる。分かってるよ。

「その点は心配ありません。学院長から報奨金として1000エキューはリュウジ様に支払われます。メイドの生涯賃金なんて500エキューほどですから問題はないでしょう。それにリュウジ様ならメイドの一人や二人雇える甲斐性はすぐに出来ると私は思ってます。どうですか?ミス・ヴァリエール。ご許可もらえますか?」

様?様って言われた!?

「え、うううん」

すると学院長とコルベール先生が必死に断ってくれと目でルイズに伝えてきた。逆にそれがルイズにとって決定打になった。

「わ、分かったわ。じゃあロングビルはリュウジのメイドね。でも、リュウジ。いいこと!メイドに変な手出すんじゃないわよ!あ・く・ま・で!メイドだから!」

「は、はい」

こうしてなぜかシエスタはまったく関わってこず、マチルダがメイドになることになった。え?何このハーレムっぽい展開?と思い期待するなと言う方が無理だが、あっさり許可するルイズからすると、彼女は俺にまったく恋愛感情持ってなさそうだしな。マチルダの行動も合理性を重んじただけだろうし、妙な期待をするな俺。とにかく今夜も変わらずデルを抱いて寝て、魔法学院をルイズが卒業したときにちゃんとお嫁さん紹介してもらるように頑張ろう。俺はそう心に誓うのだった。



あとがき
無茶苦茶書き直しましたがこれで一巻目終了。
フリッグの舞踏祭はマチルダが結構日ずらしたので既に終了してたり。





[38151] 斜め上
Name: くれないの◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2013/09/09 18:00

「それにしてもでっかいパンツだね……」

マチルダは半ば呆れたようにリュウジのパンツを洗濯板を使ってごしごしと洗って、広げてみた。マチルダがリュウジのメイドになると宣言してから、まず問題になったのはその住む部屋をどうするかであった。ご主人様となったリュウジは相部屋を希望したのだが、ルイズの部屋が広いとはいえ3人で住むのはかなりきつい。

だから元の教職員の部屋を使うことをメイドの立場でありながら許され(これには自分が言いださずともオスマンとコルベールが口やかましく言ってきた)、そのさい、マチルダは『ルイズ様の部屋で使用人や使い魔が一緒に住むのは不自然だし、リュウジ様が私の部屋に来てはどうでしょう?』と提案したが、これはルイズが『絶対ダメ』となぜか怒るので、マチルダは元の部屋で一人で住んでいた。そのあとからマチルダがしたことは、ごく平凡なメイドの仕事である。

まず朝になればルイズやリュウジより先に起きて二人を起こしに行く。マチルダは当初、ルイズに対抗意識もないのでかなりの部分でリュウジに変わってルイズのメイドもしようと思っていたのだが、どうにもあの御嬢様との折り合いが悪かった。喧嘩する気はないのだが最初の夜からしてダメダメだった。なんというか勘弁ならなかったのだ。思い出すと今でもムカムカしてくる。たとえば、


「あの、何してるんですか?」

マチルダはリュウジの方に掴まりながらパンツを脱がされるルイズに焦った。まさかこの二人って既にそういう関係なのかと。それはまずい。自分はともかくリュウジはもう少し痩せさせてテファの相手にと思っていたのだ。ルイズとそういう関係だとハーフエルフのテファに勝ち目がなくなるじゃないか。今のリュウジは公爵令嬢となんて釣り合うべくもないから、たとえどういう関係でも大丈夫だろうが、これから先その釣り合いが取れてくるような話もリュウジに聞いていたから余計だ。

「何って着替えだけど?」

何当然のことをとルイズは言う。

「へえ、リュウジ様?」

「ひょっ!」

だがリュウジの方はマチルダの言葉に明らかに動揺して背中が震えた。

「ルイズ様のお着替えを毎日手伝ってるんですか?」

「は、ははは、えっと、ルルルルイズがどうしても着替えさせて欲しいって言うからさ!俺はちゃんと『ダメッだ』って言ったよ!な!な!なあルイズにデル!?」

『うん言った。確かに相棒は勇猛果敢に断った』

「なに言ってるのよ。最初に『やる』って言ったのはリュウジじゃない。私が無理にさせてるみたいに言わないでよね」

「ルイズ様はこう言われているようですが?」

「たたたたしかに最初は言ったような……」

『うん言った。相棒は下心丸出しで言った』

「デル。何本当の事を!お前あの時いなかっただろ!?」

「では喜んでされてるんですね……」

マチルダはニコリと微笑む。
つまりルイズが世間知らずであることをいいことにして随分いけないことをしているようだ。
だが良心の呵責にかられて一度は断ったのか。でも、それを今度はこの小娘が嫌がったか。大方逆らわれたのが気に入らなかったんだろうが、これはマチルダにとって都合が悪い。リュウジは自分が再び家を興す意味でももっとも大事な手駒だ。こんな小娘にうつつを抜かし出しても困るのだ。

「ルイズ様。あなたは何を考えてるんですか?リュウジ様は殿方ですよ?」

スッとマチルダの目が細まった。上手いこと言ってルイズをリュウジから離してしまえと思った。マチルダにしてみればテファも虚無である以上、ルイズに拘る理由もない。それに、こんな小娘、口車に乗せるのは簡単だ。マチルダはその程度の認識だった。だが、存外にルイズは手強かった。なんというかルイズは人から命令されるのを予想以上に嫌うのだ。

「だ、だってこいつ平民だもん。平民なんて男も女も同じようなものじゃない」

抗弁するルイズだが大人の女性に冷静に突っ込まれると、さすがにちょっとまずいと思ったようで声が震えた。

「同じではありません。男は男です。急に野獣と化して襲われたらどうする気ですか?それともそういうふうにし向けたいんですか?」

「そそそそんなわけないでしょ!誰れれれがリュウジなんて誘うのよ!」

ルイズは興奮するとすぐに呂律がおかしくなる。マチルダはチョロい相手とこのときは思ったのだ。

「ではそういうことは今後一切おやめ下さい。非常識です」

ルイズの反応からしてまったくリュウジに男を感じてないわけではないらしいとマチルダは思う。かといえリュウジは見た目が良くないし、まだまだ恋心にはほど遠いはずだ。でも、どのみちマチルダはあまり面白くなかった。自分と違い全てを持っているルイズにはどうにも何一つ譲りたくない気がしていた。ルイズも魔法を使えない苦労はしてきたが、そんなもの貴族から平民の最底辺まで落ちる苦労に比べたら可愛いものだ。

「ひ、非常識?なによ。あなたに命令されるいわれはないわ!あなたはリュウジのメイドなんだからリュウジのことだけすればいいでしょ!」

だがルイズという少女は御嬢様の割に性格が柔くない。理路整然と責められると普通の御嬢様なら怯むのにそれぐらい平気なのだ。と言うか相手が強く出れば出るほど反発したくなる難儀な娘だ。マチルダはここで『そういうことは私がさせてもらいましょう』とでも言えばよかったのに、批難するのは逆効果だ。しかしマチルダはこの時なぜか意地になってしまう。

「ですが年頃のレディーが殿方の前で裸に平気でなるなど、いけないことです。常識で考えて下さい」

「考えてるわよ!でも別に大丈夫よ!ベッドも一緒だけどこいつに襲われた事なんてないもの!」

「ベッドが一緒?そっ、それは本当ですか?」

リュウジがどこで寝てるのかと気にはなり、まさか床の上かと思い、もしそうなら自分の部屋にと思ったマチルダはギギギギッとリュウジを見た。リュウジはこちらを見もせず固まり、脱がしかけたルイズのパンツを膝の辺りで握ったままルイズのある場所から目が離れず、でもその沈黙が本当だと肯定していた。マチルダはこのエロ豚、死ね。と思った。至極もっともな意見である。

「ど、ど、どうも常識の分からない御嬢様のようですね。なんですか?リュウジ様が好きなんですか?だから襲われたいんですか?」

え?そうなの?襲ってもOK?と期待する目でリュウジがルイズを見る。その顔をルイズが踏みつけて、そうするとパンツを履いてないので、色々見えて、もう凄かった。

「ちちち違うわよ!誰がこんな豚!好きでもなんでもないもの!」

更にルイズは何度も踏んだ。

「ぶっ、ぶっ、ああ踏まれてるのに幸せとは!?」

『相棒、なんかもう色々とダメだな』

「ちょっと誰の顔踏んでるんだい!その足どけな!」

ついマチルダは地が出た。好きでもなんでもないが一時的にせよご主人様になったリュウジの顔が無碍に踏まれて、存外に腹が立ったのだ。この感情は自分でも意外で荒っぽく出た言葉とその声量にマチルダ自身が驚いた。

「ヤダ!だって私はご主人様だもん!」

「ぶっ、ぶっ、ああでもちょっと幸せ」

「ちっ、踏むなって言ってるじゃないか!こっちはそいつが御主人様なんだからね!みくびったりバカにするのもほどほどにしてもらおうかい!!というかどこの誰が使い魔と一緒に寝るんだい!あんたバッカじゃないのかい!?」

「バカじゃないわよ!普通に使い魔と寝る女の子一杯いるもん!これ、普通だから!」

ルイズがゲシゲシとリュウジを踏めば踏むほど色々といけない場所までもう見えすぎて台無しだった。確かに使い魔と一緒に寝る子は多いが、言うまでもなく他の少女は使い魔が人間じゃない。

「じゃあ私もここで寝るけどいいんだね!?」

「いいわけないでしょ!ここは私の部屋だからあんたは自分の部屋で寝ればいいでしょ!入れてあげるだけでもありがたく思いなさいよね!というか!リュウジ!早く着替えさせてよ!もう寝るんだから!」

「は、はい。いや、もう、なんだか凄くありがとうございました」

なんの為に流れた鼻血か分からない血を拭いてリュウジは顔がエロく崩れていた。

「なっ。ちょ、ちょっとリュウジ!そこまでされて何いそいそ動いてるんだい!」

「ふふん。リュウジは私のものだから。あんた邪魔よ邪魔」

「くっ」

リュウジはいそいそとルイズを着替えさせ、マチルダはどうにも声をかけあぐねた。原作のシエスタなら更にルイズに食って掛かったが、普通はメイドが貴族に逆らうと問答無用でかなり非道い目に遭わされた上に、そのまま一生日の目を見ない閑職に回されたり、反抗的すぎれば売春宿に売り飛ばされたり、女性の身で採掘場に送られたりするケースもある。貴族と平民、そこには越えられない壁があり、マチルダが大人な分、そういう事情を考えてしまう理性が働くのだ。


「ああ、面白くないね!」

相手がルイズじゃ逆らいにくいマチルダはここ最近、そのルイズの洗濯までさせられるのが業腹だ。こうなってくると無かったはずの対抗心も沸いてくる。

「なーにが、『あ、ついでに私の洗濯物あんたが洗いなさいよね。リュウジが洗うと伸びるのよ』だよ。調子に乗って」

どうにかルイズをぎゃふんっと言わせたい。そうは思うが逆らって追い出されると困る。自分が貴族に戻りさえすればあんなに威張らせないのだが今はダメだ。リュウジは自分を庇ってくれるのだが、そうするとルイズは返って余計に怒るので始末が悪い。自分も貴族の頃あんな風にわがままだったんだろうかと思いつつ、公爵令嬢でこれからも落ちぶれたりなんかしないであろうルイズが妬ましくもあった。せめて早く貴族に戻れれば良いんだが。

「それに次の予定はどうなってるのかね。リュウジは聞いてもちゃんと返事しないんだよね。あのエロ豚!約束忘れてるんじゃないだろうね!」

段々リュウジにまで腹が立ってくるマチルダだった。そうしてると後ろから声をかけられた。

「あの」

「うん?」

マチルダが振り返るとそこには肩口で髪を切りそろえた少女がいた。服装からしてメイドのようで、ハルケギニアでは珍しい黒髪を肩で切りそろえ、なかなか可愛い少女だ。

「あの、私シエスタって言います。初めましてミス・ログビル」

シエスタと名乗る少女はようやくリュウジの居る世界にも現れる。本来ならルイズの次に主人公と関わりが深くなる筈のシエスタだが、せっかく登場してもそこにリュウジは関わってなかったし、最初に関われなかった時点で、これから先も接点はなさそうだ。

「ロングビルで良いですよ。同じメイド同士気を使わないで下さい」

リュウジならシエスタが声をかけてくれたら泣くほど喜ぶところだが、原作を知らないマチルダにはシエスタなどただのメイドでしか無く、なんの感慨もなかった。彼女もメイドの中では可愛い方だが、別に飛び抜けて際だつものは何もないのでそれも仕方のないことだ。

「あ、そうですか。あの、洗濯私がしましょうか?」

「いいですよ。してもらったら仕事無くなりますしね」

ニコリとするとマチルダは洗濯に戻った。ここ最近よく声をかけられるようになった。メイド達はどうもこっちと喋りたいようである。だがマチルダはずっとメイドでいる気はなかったし、リュウジの話では一年もかからずに貴族に戻れるようにしてくれるようなので、ここで人間関係を作る気は特になかった。このため声をかけてくるメイドにはことごとく素っ気ない態度を取っていたのだ。その成果もありここ5日間で声をかけてくるメイドは残るは彼女だけだ。

「あのー、ロングビル。一つ聞いても良いですか?」

マチルダの素っ気なさに怯まずシエスタは自分も真横で洗濯を始めた。

「なんでしょう?」

メイド相手とはいえ仲が悪過ぎると返って面倒なので、聞かれれば答えられる範囲は答えるようにしていた。

「その……ロングビルは弱みを握られてあの太った人のメイドにさせられた上に、夜も慰み者にされてるって聞きました。その……あの、本当ですか!?」

シエスタが凄く勢い込んで叫んだ。なぜそんな話になったのか謎だが、なにげに聞く内容がとんでもない少女だ。

「は?」

マチルダは目をぱちくりさせてシエスタを見た。どうも顔が真剣だ。ということは本気で言っているのだ。もしかして自分がメイドになった件ってそんなふうに周りに受け止められていたのか?まずい。あのエロジジイの秘書がいやだったし、それにその方が自由に動けると思っただけなのに、自分のせいで魔法学院でのリュウジの評判は最低にまで落ち込んでるのでは。

「ですからあの人に脅されてるんですよね!?」

「え?」

凄まじい勘違いでリュウジにとって失礼の極みだが、ここでシエスタを責めるのは酷であった。そもそもいくら貴族から落ちぶれたと言っても、マチルダは魔法を使えるのでメイドにまで身分が下がることはまずない。また魔法使いは一般人より圧倒的に強いので、落ちぶれると裏仕事に手を染めるものは多いが魔法を使える貴族がメイドになるというケースはほぼ皆無と言ってよかった。

「誤魔化さないでください。そうじゃないとロングビルのような方がメイド……あんな男のメイドになるわけがありません!!」

「いや、あんな男って、あれでも一応私のご主人様なんですけど……」

それにメイドは給金が安い。それに貴族であったときのプライドから人に仕えることを拒む。何よりマチルダは学院長の秘書だった女性だ。それがいくらフーケを捕らえたとはいえ、ギーシュとの決闘がなかったせいで学院でまったく強さを認められていないリュウジのメイドである。

「大丈夫です!メイド長も料理長も全員あなたの味方になるって言ってくれてます!私の実家でしばらく落ち着けるように手配もしますから安心して下さい!」

「い、いやいやいや、えっと、何の話?」

「だからあの男から逃げだすんですよ!大丈夫です!いくら平民でも自由に出来ないこともあるってあの人に教えてやりましょう!」

「いやいやいや、あの、リュウジ様は凄く良い方ですよ。というかあの方も平民ですよ。私がメイドになったのはフーケを倒したときの姿が眩しくて、この人について行きたいと思っただけで」

「そんな嘘付かなくても本当の事を言って良いんです!」

ちなみにリュウジはフーケの件でしたことを周囲からせいぜい荷物持ちぐらいに思われており、そんな人間のメイドに急に学院長秘書のマチルダがなれば、これはもう勘違いするなと言う方が無理があった。

「いや、本当の事ですよー」

マチルダ自身この言葉はどうにも嘘っぽい。事実嘘だ。実際ロルカと死闘を繰り広げたのは自分だし、しかもあれはただの復讐であり、フーケは自分だ。でもリュウジを好いてないにしろ嫌いなんかでは決してない。好きか嫌いかと聞かれれば好きだ。自分に未来を示してくれたことには惹かれもしている。だから使用人の間にまで広がりそうな想像以上のリュウジのマイナスイメージには冷たいものを感じた。あいつがそこまで責められることを何かしたか?と思うのだ。

「可哀想に脅されてるんですね」

シエスタは涙を浮かべる。悪気はないようだがそれだけに性質が悪かった。

「え、えーっと、とにかく少し話し合いませんか?」

このあとマチルダは誤解を解く為にシエスタに大袈裟なぐらいリュウジを誉めて話し、なんとか誤解を解くのだった。


「な、なんだそっか……いや、私もなんだか変だなと思ったんですよね。だってフーケを殺したのあの人だって言うし、本当は一人でしたって初めは聞いてたのに、段々変な噂になってくるし」

「まあリュウジ様はあの見た目ですし、嫉妬も受けやすいから……でも本当に良い人なんですよ」

それだけはマチルダは間違いない気がしていた。

「そっか、あーあ、じゃあもっと早く声かけたら良かったな。ほら。リュウジさんっていつも貴族の方に追われてるからなんだか怖くって……でも、平民でもそんなに凄い人がいるんですね。いや、でも、手柄を横取りされるなんて可哀想ですね」

「仕方ありません。それがリュウジ様にとっては一番安全ですから。ですが、私のせいで返ってリュウジ様の不利に働いてしまっているんですね。あなたの力でなんとか使用人の誤解を解けないでしょうか?」

「あはは、どうかな……あの人、もう使用人にもすっごく嫌われちゃってるんですよね」

基本的にシエスタはいい人のようだが、他の使用人たちの頭の中には完全にリュウジ=悪という図式が出来上がっている。悪気がないだけにこっちの方が貴族より面倒だ。それにこの子もそこまでリュウジに好印象はもてず、やはり悪印象が拭えないのかどこか言葉が空々しい。納得したように聞こえる言葉もマチルダの剣幕と勢いに負けて合わせてるだけに見えた。

「逆にどうしてそこまであの人の為にしようと思うのか聞きたいぐらいです。あの人って良いところあります?なんだかよくこっちをジロジロ見てきたりしてちょっと怖いって言うか……前も急に声かけられたし」

やっぱりシエスタはまだ疑ってるようだ。リュウジもリュウジである。いつまで経っても接点の生まれないシエスタをリュウジが気にしすぎるのが返って遠ざけていて、行動がまるで不審者である。ここはなんとか上手いこと言って信じてもらわねばとマチルダは焦った。

「……そうですね。良いところですか?」

「ええ、悪い人じゃないかもしれないけど、なんだか気持ち悪くないですか?」

リュウジは相当この子に変な声のかけ方をしたようだ。だが『気持ち悪い』は言いすぎだとマチルダは内心憤慨する。確かに見た目はちょっとあれだけど『気持ち悪い』は言いすぎだ。なんだかマチルダは頭に来ていた。だから余計なことを言った。男を手玉に取るのが上手いマチルダだが、どうも同性は苦手のようだ。

「普段、自堕落でしょうがないけど、そういうところが“可愛かったり”して、私にとっては少なくとも暗い闇から引き上げてもらった“英雄”なんですよね」

遠い目をしてつぶやくマチルダは、少し自分の心の所在に迷った。言った瞬間ほんの少し胸が疼いたのだ。だがマチルダのそんな様子を見、リュウジを思い出すとき、あれを“可愛い”とか“英雄”とか言ってしまったマチルダが、やはりシエスタには脅されてるのかと思えてしまうのだった。いや、それどころか、ご禁制の惚れ薬を飲まされてるのかもしれない。こんなことをシエスタがぽろっと調理場で漏らしたせいでリュウジの評判はもう下げ止まることを知らないほど落ちていくのだった。



「ねえ、聞きましたか?」
「ええ、なんでもミス・ロングビルがあの豚に惚れ薬を盛られてるとか」
「まあなんと言う事かしら。不潔だわ。なんて不潔なんでしょう」

「ちっ」

キュルケは教室で苛立っていた。ここ最近あの男にまつわる噂が醜聞まがいに広まり、抑えが効かなくなっているのだ。教師陣の耳にももう入っていて学院長は聞こえないふりをして黙殺し、コルベールのみが真っ向から否定して噂の沈静化をはかろうとしているが焼け石に水だった。それにコルベールがロングビルを憎からず想っていたことは学院で有名なようで、好いた相手の名誉を守ろうとしているようにも見えて何もかもリュウジには裏目に出ていた。

だがキュルケはそんな訳がないと思う。ご禁制の惚れ薬をロングビルに盛った。これがもし本当なら日頃からよく思われていないリュウジはとうに捕まっている。でもそうならない以上そんな事実はないのだ。なぜそんな簡単なことも分からず、無責任な噂を立てているのだ。キュルケは自分もフーケの件以前はこの噂に荷担したことをしていたので、余計苛立ち、それでいてあんな男の為にここまで苛立つ自分にも苛立っていた。

「ちょっとそこ。煩いのよこの縦ロール!」

思わずキュルケはモンモランシーに叫んだ。

「ひくっ」

モンモランシーはキュルケほどではないが背は高く髪を縦巻にした少女で、髪型で言えば一番御嬢様しているが、美人であってもルイズのような華やかさに欠け、実際、父親がラグドリアン湖の管理を任されていたのに水の精霊を怒らせてしまい、王宮からもそっぽを向かれ、貧乏暮らしを自作の香水を売りさばくことで乗り切っているルイズと比べると見劣りする御嬢様だ。

「なっ、なによキュルケ。ほっておいてよ噂話ぐらい」

他の二人の生徒はキュルケが怒ったので慌てて目を逸らした。モンモランシーも出来ればそうしたいが縦ロールは自分の事で名指しされたようなものではそうもいかない。キュルケはトライアングルメイジで素行の悪さから女子に嫌われてるが、その実力ゆえに真っ向から喧嘩を売るのはルイズぐらいなのだ。

「だからってミス・ロングビル本人が否定していることをいつまでもねちねち言うんじゃないわよ。それに使い魔風情が作るのにバカ高いって噂の惚れ薬なんて持ってるわけ無いでしょ。おまけにあれはご禁制の品よ。使えば目を見ただけで分かるって噂だし、とうに捕まってるわよ」

「ふ、ふん。どうだか。学院長がフーケの件であの豚にかなりの報奨金を出したって話しじゃない。それで惚れ薬を買えるでしょ。タバサとあなたがフーケを倒したのに1000エキューももらうなんて荷物持ちの豚がうまく立ち回ったものよね」

暗にモンモランシーはキュルケを褒めたのだが、これが返って彼女を苛立たせた。

「それだとあの男が惚れ薬を手に入れられるのはロングビルがメイド宣言する時期より後になるでしょ。あなた馬鹿なの?」

「なっ、えっと」

モンモランシーは言葉につまる。元々あの男ならやりかねないということで広まっただけの噂で真意の程はいい加減もいいところだ。それはモンモランシーも知っている。でも噂話とはそういうもので、研究論文じゃあるまいし詳しい出典など調べるものじゃない。そんな事で目くじらを立てるキュルケの方がこの場では浮いていた。

「で、でも、もしかしたらフーケのお宝の中に惚れ薬があったのかもしれないでしょ」

「無いわよそんなもの。あったのは“破壊の杖”だけよ。現場にいた私が言うんだもの間違いないわ。それと荷物持ちじゃないわよ。腹立たしいけどフーケにとどめを刺したのはあいつだって言ったでしょ。してもないことで評価されても嬉しくなんか無いから、いい加減その噂はやめなさい!あいつは強いわ!間違いなくね!」

キュルケは断言する。フーケ退治自体が全部あの男がしたことと言えばいいが、それだと余計事態が混乱する。自分まで惚れ薬を飲まされてるのかとでも言い出されれば、もうやってられない。それになんとなく気になってキュルケはタバサとあの現場を見に行っていた。

そこで見た痕跡はかなり大規模な魔法戦が行われ、崩れた小屋と、フーケの噂に聞いていた通りの大型ゴーレムの残骸だ。想像以上の現場にキュルケは息を呑んだ。フーケは盗賊した痕跡からトライアングル以上のメイジと見られていたが、その証拠がそこにはあり、同時にあんな敵を倒せるのに普段ボケボケしているあの男が疑問にも思えた。

「でも」「ああ、もう、リュウジのアホ!!!!!」

更に言い募ろうとしたモンモランシーだがそこにルイズの叫び声が木霊した。こちらはこちらでなぜか最近機嫌が最悪なルイズが教室に入ってきたのだ。ただ機嫌が悪いだけなら良いのだが、こないだマリコルヌ達が悪ふざけでからかって纏めて例の失敗魔法で吹っ飛ばれたので怖かった。

「ルイズ。どうしたの?なにかあの男とあったの?」

キュルケが尋ね、みんなそれが聞きたかったと耳をそばだてた。

「煩いわね!放っておいてよ!」

「放っておいてほしいなら、もう少し大人しく不機嫌でいてほしいわ」

「ふん!どうせあんた達はまたロングビルがどうとか言ってるだけでしょ!下らない!私の悩みはもっと高尚なの!」

「下らないってルイズ。あなたロングビルがあんな目にあってるのに」

これはモンモランシーが言った。

「あってないからいいの!あの女きっと“デブ好き”なのよ!だって最初からリュウジに好意的だったもの!」

「で、デブ好き?」
「聞いたことありますわ。世の中には“デブ専”と言われる特殊な性癖の者がいると」
「まあまあ不潔だわ。なんて不潔なの。あんなにお綺麗なのにお豚さんが好きなんて!」

教室が騒然とする。密かにマリコルヌが興奮し、男子は自分の贅肉を確認し、慌てて女子がそんなのはロングビルだけだと修正した。だが惚れ薬も飲まされずにあれだけの美人が本当にあんな男に惚れてるとなれば男子は血涙ものである。女子もまた噂の種が出来たと煩くなる。娯楽の発展していない世界ではこれはもう仕方のないことだった。

「で、あなたはなぜ不機嫌なの?ロングビルに使い魔を盗られたから不機嫌なの?」

「ち・が・う・わ・よ!私の目はちゃんと美しいものが好きよ!でもリュウジの奴絶対にまた私を無視しようとしてるのよ!」

「リュウジが無視って……つまりやっぱりそうなんじゃないの?」

キュルケにはルイズがロングビルのせいでリュウジに構ってもらえなくて不機嫌なのだと聞こえた。

「違うの!何度聞いても大事な部分を言わないから怒ってるだけだもん!」

「……えーっと、つまりあなたあの男に愛の告白でもしたの?」

「すすすすするわけないでしょ!ああ、もう、意味分からないなら話しかけないでよ!」

ルイズは私怒ってます。と言いたげに足を踏み鳴らしてキュルケの横を抜け、着席した。なんだろう。凄く気になる。フーケの件と言いあの使い魔には何かある。キュルケはあの男を悪意の目で見るのはもう懲りたが別の意味で興味がある。でもリュウジの見た目ゆえにどうしてもキュルケもその興味に素直に従えなかった。

そうしてると教室の扉ががらっと開いて、ミスター・ギトーが現れた。そこからリュウジが見ていたら『ああこれ本で読んだ』と言いそうな場面が展開され、最強の系統は風だのなんだの抜かして、原作と違いルイズの失敗魔法で吹っ飛ばされた。そこにロングビルに振られた形となっているコルベールが教室に入ってくる。禿げてるのに髪がふさふさで明らかにヅラだ。リュウジはこの場にいないが、この頃のコルベールを見るたびに彼は不思議に感じていた。

前半と後半で人間とはこれほどギャップがあるものだろうか。この頃のコルベールは容姿を気にしてヅラをつけたり、女性に好かれようとして口説いたり、とにかく俗っぽく、後半になるとキュルケほどの美少女の誘いを一切撥ね付ける堅物になるのだ。そこにはきっとサイトとの出会いの大きさがあっただろう。だがそれにしても違いすぎる。この人は過去と現在と未来で人間が三回ぐらい変わっている気がしていた。

「恐れ多くも先の陛下の忘れ形見アンリエッタ王女が……」

そしてそのコルベールの口から“アンリエッタの魔法学院行幸”が知らされ、ルイズは思わず立ち上がる。間違いない。リュウジの言った未来予知だ。未来予知がこれで全て当たると思った。自分はなんという凄い使い魔を召還したのかと興奮が胸中に去来していた。未来さえ見える使い魔。そして自分は虚無の担い手。だがその使い魔があの最初の未来予知以来、御主人の自分にすら秘密主義になっていることがルイズを苛立たせていた。

「どうしてもっと教えてくれないのよ。あのバカ」

「興奮する気持ちは分かるが着席したまえ、ミス・ヴァリエール」

コルベールが立ち上がったルイズに言う。

「あ、はい」

ルイズは大人しく席に着いたがどうしてもここ最近のリュウジを許せず、絶対に部屋に帰ったら問い質そうと思った。だがその日ルイズがリュウジに出会うことはなかった。リュウジはルイズの前からいなくなったのだ。



「ハックシュン!」

『どした相棒?』

「うん、いや寒気がしてな。なんか最近下働きの人まで怖い目で見てくる気がするんだけど……。き、気のせいだな!フーケの件もあるんだ!あの凍てつくように感じる視線はきっと羨望の眼差しなんだよ!」

『お、おう。そうだぜ相棒……た、多分だが大丈夫だ!』

まだ授業中の為、男子生徒に襲われる心配もないと思うリュウジは外の草場で寝転がり、お腹が空くのでグウグウお腹を鳴らしていた。体重はまた10リーブルほど減り、最近本当にダイエットは順調だ。合計で10キロほど減ったことになるリュウジは体が軽い。デルを振るのも前以上に速く鋭い。それもこれも調理場に行ってもマルトーさん達がご飯を分けてくれなくなったお陰だ。

みんなきっとフーケ退治の噂を聞いて『我らが剣を糖尿病で死なせちゃならねえ!』という意気に沸いてくれたのだろう。そうは思うのだが心に隙間風が吹きすさむ。そう、嘘である。自分でももう気付いていた。あれ、おかしいな。全然評判良くなってないよ、って。むしろ使用人にまで嫌われてるよ、って。マチルダのせいでコルベール先生も最近微妙に距離置いてるよ、って。

だがその原因であるマチルダが優しいのでまだ耐えられた。ルイズもサイトほどリュウジに厳しくしないし、マチルダに刺激されてか最近寝てても体がくっつく時が多い。周囲の評判と引き替えにするように二人の好感度が上がってる気がする。だから、まだ耐えられた。だが、その二人の好感度を失う可能性に気付いて、ここのところリュウジは懊悩していた。その懊悩の理由とは、

「ワルドどうしよう……」

そう。リュウジを悩ませる犯人はまだ登場すらしていないワルドだった。なぜかと言えば全てはリュウジがサイトより弱くて根性もないのが悪かった。普通に考えるとワルドはマチルダのように仲間に出来る可能性の高いキャラだ。生い立ちにも同情の余地はあるし、仲間にするならそう仕向ける材料も多い。そして強い。おそらくコルベール先生ぐらい強い。サイトでもまったくワルドに油断がなければ勝てなかったのではと思う程強い。

スクウェアメイジの上に戦闘特化の魔法使いなのだから当然だ。コルベールですらトライアングルなのだから(これは自分の評価を低く見せたいコルベールによる虚偽の可能性もあるが)スクウェアというのは本当に凄いのだ。しかも頭の回転も速い。だが、問題はルイズとマチルダだ。この二人……どっちもワルドを原作では好きになっている。

特にルイズが問題だ。ルイズはリュウジをサイトほど好いていない。多分ワルドが仲間になればリュウジなど100%アウトオブ眼中になる気がする。更にマチルダもワルドが好みの筈で、ようは仲間にすると数少ない親しい二人が二人とも盗られてしまうんじゃないかと不安だった。

だが正直リュウジはサイトと同じようにしていて生き残る自信がない。そうなるとワルドみたいに仲間に出来る可能性の高い優秀な人間を自分の嫉妬心で仲間にしなければ人生詰んでしまう。妙に生真面目なところのあるリュウジはそういう自分の嫉妬心も嫌いだ。たとえルイズとマチルダを盗られても全て終われば最悪でもルイズに結婚相手は紹介してもらえる。それが分相応の筈。

「ああ、でもやっぱりなんかむかつく!なんであんないけすかんイケメン仲間にしなきゃいけないんだ!イケメン死ね!イケメン死ね!イケメン死ねええええ!!!!」

バッとリュウジは立ち上がった。かなり痩せてもまだ誰も『痩せたね』って言ってくれない脂肪が揺れた。ここのところルイズからの信頼度も上がり、詳しく未来情報を求められ、マチルダにも今後の展望を聞かれるが全て黙殺していた。その理由は実際の所自分でもどうしていいか分からなかったのだ。

「しくしく、ワルドが俺よりブ男なら良いのに……」

『いや、そんな奴この世にそうそういねえよ』

「よし決めた!」

だが、ようやく方針が決まった。

『おお、やっとか。で、どうすんだ相棒?』

唯一全てを打ち明けていたデルが尋ねた。ここのところずっとこの懊悩に付き合わされていたが意外に寂しがり屋のデルは気長に聞いてくれていた。それと同時に正門からアンリエッタの行幸を知らせる喧噪が聞こえてきた。

「デル。俺、思いついたよ!」

『だから何?』

「二人ともここに置いて行けばいいじゃないか!そうだよ!なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだ!アルビオンには俺とワルドだけで行けばいいじゃないか!」

こうしたまた一つ原作の斜め上を行くリュウジだった。






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