ご無沙汰しております、Mrサンダルです。
一年ぶりの投稿ですが、宜しくお願いします。緊張してます。
■このSSは「第二部」です。
第一部[No2241:FATE / MISTIC LEEK]を未読の方は先ずそちらから目を通して頂けると幸いです。
それは不器用だけど、正しいやり方だった。
―――――宮部みゆき『魔術はささやく』―――――
Stay / outer the night.
夏にしては寒すぎたし、冬にしては暑すぎる、そんな夜。
俺は一つの“問い”に答える事が出来なかった。
なんてことは無い、人間なら誰しもが持っていて当然の“答え”。
だけど、それが何なのか俺には分からなかった。
八月。
降りしきる星の夜、
俺は彼女に出会った。
幸せの■■。
そんな、醒めない“象(ゆめ)”を求めて。
I want you the answer.
I will wander from own dreams.
Never, ever understand. -------- the second season / happy material
Fate /
さて。
夢だったんだか現実だったんだか、俺には全くこれっぽっち何一つとして分からないミステリアスでゴスペルにロマンチックな出逢い何てモノは、聖杯戦争におけるアイツとの一件からと言う物、卸業者が頓珍漢な位張り切りすぎているため、お店が開けるじゃないかって位俺の人生には間に合っているので、どうでも良くは無いが頭の片隅にでも埃を被るまで置いておこう。
暦は変わらず八月。
日脚は麻帆良での吸血鬼事件以来、俺が羨むほどに急成長、どんどん長くなっていき、地球の温暖化を個人単位で考えさせてしまうオゾン層の憎い演出を彩ってくれていた。
助演男優賞とかそんな感じの中途半端に名誉な代物を寄贈して差し上げよう。
そんなこんなで、全てを救う正義の味方を目指す俺としては黙考する。この地球温暖化問題を解決することが、全ての人に平等の救いと幸福を与えられる唯一の方法なのではないのだろうか? そんな事すらとろけた頭で夢想する今日この頃。
学園を中退して唯一の肉親である義妹と東京へ上京、そこいら辺の詳しい事情は割愛させて頂くが、嫌な社長と人の良過ぎる先輩と共に、僅かながらの食い扶持を真っ当でない建築会社“伽藍の堂”で汗水垂らしながら稼ぎ出し、狭いながらも平穏な我が貸家を愛する俺こと衛宮士郎は、しかし、二台目のクーラーさえも女子高生で情報屋と言う同じアパートに住む破天荒迷惑型のアッパーな友達によっての酷使が続き駄々を捏ね始め、付き添いの人が良過ぎる幽霊少女の涙目に負け、この件についての言及を有耶無耶にしたまま、とうとう廃品回収のワゴンによって天に召されてしまったので、湿度が100%をゆうに越えるこの空間が、サウナなのか、ささくれ立つ畳張りのぼろっちい居間なのかも分からずに、義妹ことイリヤと一緒にだれていた。
ちなみに、温度計の奴は俺達を裏切りやがったんで廃棄した。嘘をついちゃいけないのだ。正義の味方は嘘偽りを許さない。
んでもって、いい加減この無闇やたらに情報を垂れ流すかなり特殊な独り言は、暑さにいかれた頭では些か酷なので早速止めることにする。大して面白くなかったしな。
「…………シロウ、暑い」
心頭滅却した所で夏の暑さはやはり手ごわい。じりじりと肌をグリルする日当たり良好の二枚窓が、まさかサーヴァントに勝る強敵であったなんて初めて知った。第六回聖杯戦争があるのならば、是非触媒に使ってやりたい。……粉々にしてからな。
熱光線を俺の強化の魔術よりも明らかに効率的に“強化”する窓ガラスにはカーテンが無い。無駄だから掛けないのである。カーテンを取り付けたところで、きっと直ぐ無くなる、物理的に焼けて。
「ああ、暑いな」
これでもう何度目になるか分からない応酬は、やはりぷつりとそこで途絶えた。
日曜日。世の働き手はのんべんだらりと英気を養うこのよき日……に、為るはずだったのに、なんでさ?
「シロウも毎夜毎晩のトウコとの修行やシキとの鍛錬で疲れているでしょ? 麻帆良の一件が落ち着いてからも、満足に休んでいないみたいだし、どう? 今日くらい、寝て過ごすのは? たまにはそんな休日もいいんじゃないかしら」
と、目から鱗の優しきかなイリヤの一言により、朝から布団も片さず、寝っ転がりながら今の状態な訳である……なのに、それなのに本当、なんでさ?
冬木から出てきてこっち、週末はやはり先生のところで鍛錬か、イリヤに付き合って東京観光……を主に例の五月蝿いご近所さん主導で勤しんできたのだが、珍しいイリヤの提案に首肯した矢先コレである。太陽は俺に恨みでもあんのか?
「それに……もう直ぐお昼よね、どうするの?」
枕に小さな貌を突っ伏したまま、首だけ回してイリヤが言う。
布団の位置取りは、畳の小さい六畳間に隣りあわせで並べただけ。円形のちゃぶ台はテレビの横に立てかけてある。
イリヤの最もな疑問に相打ちを打つべく、決死の覚悟をもって、汗でしとどる布団から飛び起き、切嗣が生前愛用していたジンベエのまま台所に向かう。
「そりゃあ作るさ。こんな日だからこそ、しっかり食わないとな」
決まっているだろう、そんなこと。冷蔵庫の中身を確認しながらイリヤに言う。と、聞こえてきたのはイリヤの沈黙。次いで、ぽん、と枕が沈む空気の抜けた音。
「……そうよね。シロウはそう言う筈よね。ミスったなぁ」
さも、食欲在りません、みたいな事を言ってくれるな。瑞々しい夏野菜たちが可哀想ではあるまいか。
昨夜の余り物である茄子の煮浸しと胡瓜の甘辛和えの小鉢を冷蔵庫から取り出すと、その奥、陰に隠れたように仕舞われているプリンを発見する。まったくイリヤの奴、先生に小遣いなんて貰っているモノだから、最近は買い食いの楽しみを学習してしまったらしいのだ。
太るぞ、なんて事は言外にしておいて、俺はそれを如最無くそれを野菜室の奥底に押し込んでしまう。甘いぞイリヤ、この程度では、例の闖入者に対する防衛が過不足だ。
「さて、イリヤは食欲無いみたいだし………そうだな、素麺でも」
自らの気の利いた行いに感心しながら冷蔵庫を閉める。小鉢をまな板の上に一先ず置いておき、棚から乾燥麺を四つ束ほど取り出して、厚底鍋に水を張る。
「えー。また素麺? 今月何回目よ、だったら食べなくてもいいわ。もう飽きちゃったから」
不満の声は、申し訳なさを微塵も含んでいない。
イリヤの主張は最もではあるが、生憎と夏場でも食が進むサッパリとした料理ってのは、意外とレパートリーが無いのだ。素麺を使って色々創意工夫を凝らしたオリジナルメニューも、今のご様子じゃ受け付けないだろう。
イリヤのブー垂れを聞き流しながら、コンロをマッチで点火。オンボロどころか唯の旧式ガスコンロは油に塗れた老人にあるまじき勢いの良さで水を沸かしていく。
「でも駄目だぞ、ちゃんと食べなきゃ。夏場は唯でさえバテ易いんだから、ご飯を抜くなんて持っての外だ。それに、お前は育ち盛りなんだから尚更だろう? お子様は元気に黙々と食べるが宜しい」
「ブー。レディーに暴食薦めるなんて、何よ、シロウのコンクリ頭。その理屈、日本の悪しき風潮よ。駄目ね、日本は制度と習慣の区分がなっていないから、そんなに頭でっかちになっちゃうの。無理をさせるのは、良くないんだから。それに、元気に黙々って、一体どうやればいいの? そんなの出来るの、アイツだけじゃない」
「はいはい。小難しい事を物申しても、君の意見は独裁主義、シロウ宰相の議会に上がりません。それこそ黙々と待っていなさいな」
「横暴だー」
とか何とかやっている内に、お湯が沸騰している。今の遣り取りの内にササッと賽の目切りにしたベエ茄子を湯がいて冷水に浸した後、淀みなく素麺を投下。
「でもまあ、確かにイリヤの言い分も理解した」
菜箸で鍋をグルグル。鍋に視線を落としたまま、背中でイリヤの表情がパアっと華やぐのを感じる。
「よって譲歩。今日は特別に“流し素麺”ってのをやってみようじゃないか」
やっぱ食べるのね……でも流し素麺って一体何? 少し面白げなネーミングでちょっと気になる。ってな、物凄い具体的な感情の込められたイリヤの視線が背中を焼く。室内温度は尚も上昇、前面は熱湯の滾る鉄鍋、後方は形容しがたいイリヤの視線。
「…………あちぃ」
結局、零れたのは数えることを放棄したこの部屋の流行語大賞であった。
っと、それは兎も角。麺の方もいい頃合いである。茄子と同じく冷水に手際よく浸して、さて、流し素麺を堪能する上で、一番重要な材料を調達しなくては。
こちらの準備が整ったことをその嗅覚で鋭く感じ取ったイリヤは、子犬みたいに鼻をひくつかせながら、布団から抜け出した。式さんのお古の浴衣が、ヨチヨチと此方に寄ってくる。
「ほんじゃあ。――――――――――――投影、開始」
駆け出しの魔術師としては、こんなしょうの無い事に限りある魔力を使い神秘を行使する事に疑問を感じなくも無いが、それはそれ、使えるものは使わないと。唯でさえ、俺は活躍の機会に恵まれていなんだから。
「ほい、っと。完了。イリヤ、もうチョイ待ってろよな。直ぐに準備が終わるから」
取り出したるは竹とタライ。御勝手の引き戸からタコ糸を持ち出してから、部屋の構造を確認の意味も込めて解析する。
台所から居間まで、距離算出。間取りから基点となるポイントを探し、テキパキと竹を組み立て、数分も立たない内に樋が完成。台所の水飲み場から居間に置かれた金ダライまで一直線の滑り台が、我が城に誕生した。
イリヤがなにやら瞳にワクワクを一杯貯めてウズウズしている。ふ、ふ、ふ、可愛い奴め。それでこそ作った甲斐があるものだ。伊達に建築会社で強制労働させられている訳では無い。
「さてと、完成したし。そんじゃ、イリヤ、やり方知らないだろうから教えるけどさ」
流し素麺の楽しみ方。なんて教える程のもんじゃ無いのは確かだが、何せイリヤは外国のお姫様、親切丁寧に教えて進ぜ様。
ものの数分かからずに、日本文化の次世代への継承作業は終了。今日は出汁から蕎麦汁を作る気にはなれなかったので、出来あいの物を小鉢に注いでイリヤに手渡す。
ポジショニングは完了。
俺は台所。ちゃぶ台に乗せられた茄子の煮浸し、胡瓜の甘辛和え、そして先ほど調理した茄子とトマトのイタリアンサラダが並べられたちゃぶ台の前にイリヤ。
蛇口を捻り、樋に水のせせらぎが。んん、良い。実に風流だ。何処からともなく聞こえる風鈴の音色なんか、最高だねー。それではいざ、流し素め―――――――。
「うをーい、楽しそうな事やってんじゃんっ! 私たちも混ぜろー衛宮っち」
開始の直前、何時もの事ながら呼び鈴も鳴らさず、おまけに人ん家のプライバシーも報道の自由とか言って全く気にせず、現れたるや闖入者。そのパイナップル頭を朝倉和美と俺は呼ぶ。
「コレは見逃せないね。日本伝統の文化、流し素麺。近年は稀に見なくなったこの行事。いや、まさかこんな所で石化した庶民の娯楽に出会えるなんて、私はなんてついているの!? はい、そんな訳でっ。主催者の衛宮氏に取材宜しいかなぁー?」
ショートジーンズとシャツ一枚のダレた格好、華も恥らう十八歳は、ツッカケを玄関に捨て置き、台所に侵入。いつの間にやら俺ん家の棚に常駐されている奴の獲物、朱塗りの箸を持ち出して居間に着席する。
「報道班お断り。許可下りてねえし、申し訳ないですがおご遠慮下さい。つーか帰れ。住居不法侵入は立派な犯罪ですヨ」
早い話が昼飯たかりに来ただけじゃねえか。
胡乱な瞳を朝倉に向けるが、効果なんざあるわけねえ。麻帆良のパパラッチ、その異名を取る報道の虎は、汁が無くては素麺食べれねー、と遅まきながらに気付いたらしい。俺の台詞を大気中に含まれた窒素濃度位にしか意識しておらず、勝手知ったる人の家、それを何の躊躇いも無く実行に移す。おい、さも自分の家みたいに冷蔵庫開けんなよ、藤ねぇって呼ぶぞ。
「いやー、しかし今日も暑いよねぇ。お腹は減るのに身体は動かない。さあヤバイねこりゃー、餓死すっかなー、とか思ってアイス齧ってたらサヨの奴がさ。衛宮さんの部屋で魔力の反応ですー、とか抜かすからね。気になってやって来たのよ。いや、大正解? てーか、あれーえ? ねえ、お汁はどこよー?」
誰が教えてやるか。強く言ってやりたいがしかし、金欠の時に仕事を持ってきて貰ったり、裏側に関する貴重な情報なんかも安値で横流しして貰っている手前、悪い頭が上がらない正義の味方なのであった。
朝倉に何のかんの突っかかりながら、最後に尽くしてしまう自分がちょっと憂鬱。朝倉の分の麺汁を、奴の注文どおり濃口で作ってやりながら、悪い気がしていない自分に尚憂鬱。
自然と肩が落ちてしまう。と、そこにひんやりとした良い心地の感触が。
「あの、ゴメンナサイ。衛宮さん、私、余計な事言っちゃったみたいで……」
セーラー服姿の可憐な十四歳の少女、朝倉の使い魔にしておくには勿体ない程の愛らしいー幽霊、相沢さよちゃんが、しょんぼりと頭を垂れる。ああ、申し訳ねーけど、癒される。その身体はエーテルじゃなくてマイナスイオンに違いない。
「いや、いいよ気にしないでくれ。そんなに畏まられたら、俺がどうしたらいいか分からない」
それにそもそも、さよちゃんは全く悪くないし。罰を与えられるべきは、どう考えてもあの悪食だ。
「それでもです。此方がお礼をしたい位なのに……衛宮さんと知り合ってから、和美ちゃん、いつも楽しそうで。……その、だから、和美ちゃん、悪気は無いんですよ?」
必死の訴えが、なんとも意地らしい。こんな甲斐甲斐しい子が、どうして朝倉の使い魔なのさ? 世の理不尽で溺死しそうだ。その時は絶対に朝倉を巻き添えにする。
まあ冗談は兎も角、さよちゃんとは最近、目視は愚か軽いコミュニケーションをとることさえ難しくないのである。
その理由はイリヤにある。以前は朝倉の精気を吸い取らないと実体化は愚か見ることすら叶わなかったさよちゃんで在るが、イリヤのちょっとした魔術で、彼女は目視に足りうる。と言うのも、イリヤは元が聖杯なだけに、プチサーヴァントみたいなモノらしいさよちゃんには、相当の理解があった。そんな訳で、今は何の愁いも無く、彼女との談話を堪能できるのだった。
うん、善哉善哉。結構な事である。主に俺の為に。
「ほらー、衛宮っち。さよと話してる暇が在るならサッサと麺を、麺を流せー」
「そうだー、シロウー、さっさと流せー」
居間の方から朗らかな声、いい加減、朝倉の悪影響がイリヤにも及ぶんでは無いかと不安になってくる。一保護者として、第二の藤ねぇ、第二の朝倉誕生は何としてでも防がねばなるまい。さもなくば、天国には召していねーであろう切嗣に合わせる顔が無い。
ふふふ、と恭しく笑うさよちゃんに、やれやれと愚痴を溢してしまう情けない俺。聞き上手のさよちゃんに、甘えた俺を誰が責められよう。生前はお嫁さんにしたい彼女(ひと)、トップランカーだったに違いない。その信仰ゆえに、きっと君の魂は今も象を与えられているのだ。相違ない。つーか俺が信じたい。
「それにしてもさー、衛宮っち。さよと私の対応、全然違うじゃん。――――あれかなー、もしかして私よりさよの方が好みとか、そんな分かりやい男の子な理由かなぁー? あれー、あたりぃ?」
待ちぼうけのためか、すきっ腹に溜まった苛立ちが矛先を変え、俺を揶揄する。その朝倉の讒言に、顔を赤らめるさよちゃんには悪いが。
「は? そうに決まっているのですが、なにか」
「ぐわあ!? 歯に衣着せねぇー。自分で振っただけに遣る瀬ねー! 女のプライドが戦慄いているー!?」
勝手に暴走しだすのは良いが、なんで怒りの行方が冷蔵庫なのさ……。
人様の家の食料庫に脱兎の如く駆けていく朝倉を、二人の少女の冷たい視線が追っていく。ああ、居た堪れないぜ。勿体ないよな、お前のその美貌が。なあ、朝倉。
っと、そこで、玄関隣の黒電話がけたたましく鳴り響いた。
十二時、日曜の昼時に一体………って、しまった、遠坂の定期連絡。慌てて受話器に走りよってそれを持ち上げる。疚しいことは何も無いのに、何で心臓がバクついているんだ、俺は?
「――――――――もしもし、衛宮君?」
なつかしの、鈴を鳴らしたみたいに良く響く声。うん、遠坂に間違いない。
「おう。久しぶり、元気か? 定期連絡、こっちからするつもりだったのにさ。ロンドン帰りだ、それなりに疲れてるんじゃないのかよ」
「まあね。旅先でも宝具を持ち出したとか言う変な魔術師の追撃事件に向こうの先輩と一緒になって巻き込まれるし、おまけに捕まえたのに宝具の奪還出来ないしで、もう最悪だったんだから。でもま、私はこんなだし、桜も最近は体調良さそうだし、藤村先生は相変わらずだし……こっちはいつも通りかな? 正月には戻ってきなさいよ、冬木も、大分監視の目が解けてきたからね。聖杯戦争の爪痕も、段々と消えていってるわ。で、あんたの方こそどうなのよ? 元気にやってる?」
電話越しでも感じられる生気に満ちた遠坂の言葉に、しばし逡巡。
朝倉が野菜室に隠したはずのプリンの存在に気付き、大人気なく、同時に恥も外聞も無く所有権を主張しているし、イリヤがそれに嘲笑を贈り窘めつつも瞳が全然笑えてねぇし、さよちゃんはオロオロしているし………君達、人が電話している時位静かにしようよ。
「………、まあ元気そうで何よりよ。衛宮君、頑張りすぎないでよね」
待て。なんだそのあきれ返る様なため息と一緒に投げかけられた、一抹どころか十束くらいに纏められた不安を覚える台詞はっ。言っておくが、なんもない。この家で今遠坂が考えた蕩けるほどに甘い男女の夜伽なんて背徳的な遊戯は存在していい筈がねー。
「ちょ、あのな遠坂っ………それは激しく誤、―――――――――」
って、今度は何だ。
ポケットの振動が、冤罪を回避するべく奮起した俺の弁論を遮った。着信あり……、先生から仕事で必要だからと無理やり持ち歩かされている携帯に……メール? 無題だけど一体何が、と思って拙い携帯捌きでメールを開き、絶句を通り越して口が開く。
「腹減った。飯。どうせ今日も素麺だろう? それで良い、持って来い」
どないせーって言うんですか、先生。しかもこのタイミンで………。
そんな生活力の無いところが素敵、とでもメール帰せばいいのだろうか。まさか、リアルで言ってんのか……いやだな、冗談に決まってる。
「シロウっ! カズミが私のプリンを、――――――――」
「おーい衛宮っちー。流し素麺はー? まだー?」
「衛宮さん、大変ですねー」
電話の向こうでは、何やら笑いを噛み殺す非情な音叉。
人工の過密により湿度と温度を増していく我が家。
止まらねー金切り声と笑い声。
再び携帯に着信、今度は電話だ…………。
「…………俺の、休日」
何が悲しくて遥か真夏の晴天を滲む眼で見上げなくてはならんのか。
映画で言う所のフェードアウト。入道雲と、澄み渡る青い空が一杯に広がっている。無意味にかっこ良さ気ではなかろうか。俺の心象とは正反対の爽快さとか、特に。
潤む目蓋とは対照的に、零れた吐息は、こんなにも乾燥してひび割れているのであった。
「―――――――――――なんでさ?」
ふと、そこで思い返す。
考えてみれば、これが俺の日常って奴だっけ。
あの戦いで中身を手に入れて、そして失って、自らの手で手繰り寄せ、そしてまた創られる生きた俺の、ガランドウの世界。
――――――だったら、それも悪くないかな。
強がりの様な、弱音の様な本音を漏らす。だけど、もしかした精一杯、大声で叫んでいたのかもしれない。きっと、俺だけが気付けない歪な声で。
……まあつまり、なんだ。
アイツが欠けた空っぽの世界でも。
衛宮士郎は、今日も、在り来りの退屈に生きていた。
I hope to step day by day.
I wish to be the day step by step.
So he has fisted the happy material whilst he has only never noticed.
/ to begin second season.
Happy material / in the night.