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「くぁ!!」
鬱憤炸裂。体がわなわなと震えている。
俺はもう何個目になるか分からないランプだった物を握り締め、地団駄を踏んだ。
今日の課題は変化の魔術。俺が最も苦手とする魔術と言っても過言ではない。
「――――――――にしても、酷すぎる!! なんでさぁ!」
「はいはいどうどう、落ち着いてね、シロウ」
例の如く先生の工房。今日はイリヤも一緒に魔術の鍛錬を受けていた。
Fate / happy material
第十一話 スパイラル Ⅰ
「衛宮―――――ランプの爆破はもういい、面白いのは一度だけだ」
先生が綺麗に整った細眉をピクリと吊り上げ俺をばっさり一刀両断。変化の散々な失敗により、狭いこの部屋の中には、砕けたランプが満ちていた。
先生は砕けたソレを灰皿代わりにタバコを吹かす。
今日の工房は丁度オフィスの真下を占領するビル三階の武器工房。先生はアクセサリを創る場所と割り切っている様だが、充分に剣鍛をこなせる立派な炉心も備え付けられている。
小さな窓から差し込む夜風は、段々と秋の香りを伴っていた。九月に入ったとは言え、冷房も無い狭い室内に三人だ、じっとりと汗が浮かぶのは俺だけでは無い筈。だが、先生にもイリヤにもソレが一つも見られない。
彼女達と一緒に、変化の鍛錬を始めてから早二時間。疲労の色があるのは、俺だけなのか?
――――――もっともっと強くなる。そう決めたじゃないか。
“ディアドラ”の事件から、月日はそれなりに流れた。俺の心はより固まったにも関らず、くじけてしまいそうだ。
「いいシロウ? 私が手本を見せるから、もう一度よく視ていてね」
残り少なくなったランプを手に取り、イリヤが自身の魔術回路をONにする。イリヤの緊張が室内に満たされ、それに当てられたかの様に、自然と俺は解析の魔術を走らせていた。
「Bahnsteig ―――――Verstarkung、anzunden(強化、注げ)」
先ずは強化。
ランプに上手くイリヤのパスが繋がり、魔力が流し込まれた。
彼女の回路とランプの中に張り巡らされた概念線、それを繋ぐ通路(パス)。この工程なくして神秘の行使は在りえない。パスの創り方、通し方、練度、速さの違いは在れど、この基本は変わらない。
とは言え、優秀なイリヤだ。明らかに俺よりも大きく、そして繊細な炎がランプの中に灯る。
「ここからが本番、――――sich verwandeln、Blau(変化、青)」
灯された炎に、本来在りえぬ概念が付加される。イリヤは自身の属性である“水”の概念を、パスを伝い魔力と共に流し込んだ。
揺らぎ、緩やかにその色彩を変えていく焔。真紅の炎は、たちどころに氷の青に塗り替えられた。
「どう、シロウ? ぐうの音も出ないでしょう?」
ふふん、と可愛らしく変化の成功したランプを俺に差し出す。褒めて、褒めてと言わんばかりに笑みだ。
だがな妹よ。今日の俺に、そんなゆとりは無いのだ。
「――――――――――ぐう」
俺は大人気なくイリヤから視線をそらし言ってやる。
悔しくなんか無いぞ。
「……………ヘッポコ。情けないとは思わんのか」
「そうだそうだぁ、ヘッポコ~」
「口をそろえてヘッポコヘッポコ言うな!!」
前言撤回、滅茶苦茶悔しい。
俺は床に転がったランプを引っ掴み、汚名挽回(ん?)に乗り出した。
「みてろよ!――――――強化、開始(トレース・オン)」
今までは基本骨子、構成材質を端から解明し、理解しなくては強化を行えなかった俺だが、今ではこの通り、パスを繋ぎ魔力を注ぐ工程ならば流れる様にこなすことが出来る。
流し込む魔力に細心の注意を払いながら、俺は神秘を行使する。
身体強化は出来ないにしても、「剣」を基点に様々な方向性の“物質”に強化を施すことは、さほど困難ではない。
つまり、このランプも例外ではないのだ。
「――――――――――強化、完了(トレース・オフ)」
魔力の充填されたランプには、確かに炎が灯っている。
イリヤの強化に遠く及ばぬながら、俺の強化は成功した。
「うっし、どうだ!!」
「どうだといわれてもね、私の強化した奴より出来が宜しくないじゃない?」
「確かにね。強化しただけ、といった感じだ」
先生は何本目になるか分からないタバコに火をつける。
「君は、未だ強化できるのが「剣」に付随、もしくは派生した概念に属する“物質”のみ。金属の概念を有するランプも今の君にしてみれば、失敗するはず無かろう? いまさら強化の魔術を失敗されたら、私の沽券に関る。師匠を虐めて楽しいか、馬鹿弟子」
冷や汗さえ流し、先生はほっと息をつく。
「そう言えば、シロウはまだ、火や水、風や土、エーテルやマナに干渉する魔術は、行使は愚か、パスだってまともに繋げられなかったわね」
意地悪くイリヤが三つ網を弄んでいる。
ぬう、だがしかし、その反応は予測済み。ぐっと、冷静を装い強気を保つ。
おざなりな態度で先生は「さっさと変化の行使に移れ」と右手でジェスチャー。
俺は、今度こそとばかりにシャチホコ張り、目の前に灯る閉じ込められた火種に神経を研ぎ澄ます。滴る汗が、一気に引いていく。
「――――――――変化、注入(サーキット・イン)」
先ずは何を置いてもパスを繋ぐ、それが最優先事項だ。
俺は再度自身の回路とランプを同調させた。カチリと何かが噛み合う手応えを感じ、第一段階終了。ここまでの工程は強化と変わらない。
本番はここからだ。
変化の魔術とは、本来在りえぬ属性を別の器に付加するモノ。強化が、ただ魔力をコントロールし、蓄えるだけなのに対して、変化の魔術は魔力と共に“概念”を付加する。強化の手順に加え“概念”と言う曖昧なモノを付加するからこそ、変化の魔術は強化の魔術よりも上位の難易度を誇る。
「―――――――変化、摘出(サーキット・アウト)」
今回、俺が付加するのはイリヤと同じ“水”の概念。
剣から派生する様々な概念、金属、火、水、理念。俺の属性「剣」を構成する一要素を抽出し、魔力と共に流し込む。
だが、ここからが難しい。
このランプを構成する様々な物質、そして概念。数多在る様々な要因が連鎖的に絡み合い、この“ランプ”を構成している。
普通の魔術師ならば“どこに概念を付加するべきか”感覚で分かるものらしいのだが、俺にはそれが分からない。
――――――いや、違う。
普通の魔術師は、そもそも構成がどうだの、概念がどうだのなんて捉えてはいない。“ランプ”と言う全体像に新たな概念を付加するだけ。
しかし、俺にはこの“ランプ”の全てを把握できてしまう特化された解析能力がある。故に、俺には“どこに概念を付加するべきか”理解する事を強要されるのだ。
つまり、八節に別れたランプ。
創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月。俺は自身の能力をフル稼働させ、変化を促すべき“起点”を探し出す必要があるのだ。
「――――I am the bone of my sword.(我が“骨子”は捩れ狂う)」
選択したのは基本となる骨子。
俺がいつか感じた心の奥底にある言霊と共に、変化の暗示を込めた呪を紡ぐ。
感じる成功の感触。
――――――今回の俺は一味違う。
ランプは“水”の概念が付加され、そして。
「―――――――――いい加減にしたまえよ、君」
粉々に砕けてるし!?
「あ、いや、コレは、――――――」
なんでさ!? なんで今度も失敗なのさ?
アレだけ気合を入れたのに、なんでなのさ!?!?!?
俺は先生の殺気にたじろぎながら、粉々に砕けたランプに視線を逃がす。いやはや、見事なはじけっぷりです事。人事ならば、俺だって呆れるか、大笑いでしょうよ。
「しかし、見事に爆発したわね」
イリヤは感心しながら、炸裂弾の如く周囲を巻き込んだガラス片を回収する。
「まったくだ。私たちは衛宮の属性を履き違えていたらしい」
先生は呆れて何も言いたくないが、言わずにいられない、何とも絶妙な表情をなさってくれる。先生、その先は言わなくても結構ですよ?
「君の属性は爆発だ、爆発、はい決定。おめでとう衛宮士郎。なにやら芸術は、爆発で大成出来るようだし、案外、魔術でも良いところまでいけるかもしれん。良かったな、ヘッポコ」
「ちょっと、トウコ。いくらなんでも言い過ぎじゃない?」
「構うものか、衛宮にヘッポコと言って何が悪い。覚えておけイリヤスフィール、名と体は常に等価値だ、ソレを否定することなど“魔術師(私たち)”には出来ない。ヒトが神秘を象るように、神秘が象るのもまたヒトだ。そして同様に、衛宮が象るのがヘッポコで在り、ヘッポコが象るのもまた衛宮なのだよ」
―――――――なんだ、この抑えきれないミゼラブルな気持ちは?
俺はにじむ視界を、男のプライドにかけて否定し、涙腺から滴る水分を飲み込む。
ここまで来たら、意地ですよ。なにが何でも変化の魔術を成功させてやる。
「あの、もし宜しければ、何かご教授していただける事はないでせうか? 先生」
低頭平謝りモードの俺は、決意とは真逆に教えを請う。
顔面の筋肉を痙攣させる先生は、「いいだろう」と瞳に歪な光をためる。
「その挑戦、確かに受け取った。封印指定の名にかけて、その精魂叩きなおしてやる」
その後は、ひたすら変化変化変化の呪を紡ぎ続ける。
罵られる俺。
罵る先生。
呆れるイリヤ。
何かもうヤケクソの俺。
疲労困憊、自信喪失の先生。
すっかり飽きてしまったイリヤ。
「――――あい・あむ・ざ・ぼーん・おぶ・まい・そーど」
そして、俺は夜も更ける丑三つ時、最後のランプを粉砕した。
九月某日。
衛宮士郎、変化の魔術を行使する事、実に88回。内、爆砕88回。
なんでさ?