/ 8.
本の迷宮とは一体誰の言葉だったか。
上下左右あらゆる方向に乱立した本棚。三次元の空間に浮かぶ二次元的な本棚の群れ。空中に浮かんだまま、時間を凍らせたようにも感じる奇妙な暗がり、ここは正に御伽噺でしか気いたことの無い、神秘の迷宮、もしくはRPGの世界そのままである。
辺りを飛び交う流れ矢。
古典的な落とし穴。
魔術式の発動によるクシャミトラップ。
挙げていけば五十を超える様々な罠が俺たちを襲った。
この図書館は近衛の話曰く様々な魔術品が適当に詰め込まれたため、それらが干渉しあい、独自の不思議空間を形成して出来上がった物らしい。
故に、近衛たち麻帆良の魔術師でさえも、この図書館の全貌を把握していないと言うのだ。
彼女達が所属する“図書館探検部”はこの図書館の全貌の解明、そして可能であれば様々な魔具、魔術書を発見し持ち帰る事を主とする。だが、流石に一般人にそんな事をさせる訳にもいかず、唯人は地下十階より上位の階層でのアトラクション、所謂“探検ごっこ”に従事させ、神秘に関る人間はそれより先の階層に侵入を許可される訳である。
ま、それでもコレは見せちゃいかんだろう。と言った様なモノでさえ図書館上層部で惜しげも無く披露されていた分けではあるのだが。
大体、なんで図書館の中に滝があったり、底の見えない大断層が完備されている必要があるんだ? これが神秘でなくてどうすんだよ!! 突っ込みは、そんな魔空間なこの場所ではなく、それに疑問を持たず学生をやっているこの街の住民にこそ、与えられるべき物であろう。
閑話休題。
俺たちが目指すのは、地下十三階への螺旋階段。そこには同時に、地上帰還用のエレベーターも在るらしく、俺たちのちょっとした冒険のゴールに定められていた。
暗がりのこの空間では頼りになるのは近衛が持つ魔力で炎を維持するランタン。そして綾瀬達のもつこのフロア全域の地図のみ、俺たち、本の迷宮になれていない伽藍の堂メンバーは右も左分からない状態で、ちょっとしたトレジャーハンター気分を満喫出来る筈だった。
「ええと、そこには左じゃないと思うぞ? 多分直進して二つ先の本棚を回ったほうが近いな。あ、後、この先にあるあるのは多分トラップの密集した小部屋が三つだから迂回路を検討した方が良いかもな。ちょっと地図をもう一回見せてくれ、……いや必要ないな、この不自然な部屋隣の空洞、抜け道か?」
そう、筈だった。
「うん、やっぱりそうみたいだ。その地図の空白、抜け道に間違いないから書き足しといた方が良いぞ」
俺は地図を持って先に進む綾瀬と宮崎を呼び止め、地図を眺めた。
確認するための行為のはずが、逆にこの地図の方が危なっかしい事に気付き、正直に苦笑を漏らす。どうやら、図書館探検部の先達たちがこつこつと地図に起こしたであろう、ボロボロの板紙は、俺の設計図と結構異なるところが多い様だ。
「す、凄いですね、衛宮。一体どうやって? やはりそれが貴方の魔術なのでしょうか?」
「ん、いや魔術ってよりも技能に近いかな? 近衛たちの地図と俺が解析したこのフロアの全体像を照らし合わせながら、一番いい道を検索しているだけだ」
俺は近衛、綾瀬に続いて、堪えの効かなくなった桜咲に背中で返す。
コレで三度目になる解答は、説明に慣れてしまった俺としては、些か物足りない。
「“解析”。一応魔術に分類されているらしいけど、構造の解析(これ)は俺固有の物だし、他の魔術師の使用する解析用の魔術とは多少毛色が違うんだ」
先ほど上った一番高い本棚からこのフロア全域を見渡し、設計図は完璧に出来上がっていた、よほどの事が無い限り道を間違えることは無い。
俺のやたらと特化した視力と解析能力がこんなことで発揮できるとは思いもよらなかった。
「何にしても。俺がへっぽこなどでは無いと、コレで証明された訳だ」
「はあ」と有耶無耶のまま頷いた桜咲を放っておいて、俺は先頭をきって罠を回避、本の迷宮を抜けていく。俺、久々に輝いているのか? 魔術、剣術は愚か、最近は料理のアドバンテージすら四葉や近衛、式さんに奪われてしまっていたのだが、ここに来てようやく活躍の場が与えられたようだ。
少し誇らしげに肩で風をきって進む俺。
迷宮と暗がりの生暖かさは、慣れてくれば意外と心地よい物だ。
「まあ、衛宮の特技が解析だというのは納得できましたが、地味な魔術ですね」
「あ、せっちゃんもそう思うたん? ネギ君とか高畑先生に比べるとどうしても派手さにかけるよねえ~」
ええ、そのようなお話しは当の本人が居ないところでやっていただけると非常に助かるのですが? お二人さん。
俺の説明を聞いていたのかいないのか、実は気にしている事をさらりと仰ってくださる、二人の美女。俺だってな、遠坂やイリヤみたいな派手で格好良い魔術を覚えたいんだぞ。
考えたくないけど、才能無いから仕方が無いじゃないか。
「二人とも、派手さだけが全てではないのですよ。衛宮さんの特化された能力、考えようによっては素晴らしい才能ではないですか」
忍び笑いの二人に、綾瀬はなんて素晴らしい台詞をプレゼントしてくれるのだろう。無表情で俺のことを粉みじんも気にかけてくれた様子は無いが、有難いものは有難かった。
「――――――――――綾瀬。お前、いい奴だな」
俺は今までの不遇の扱いを脳内に走馬灯の如く駆け巡らせながら、彼女の右肩を借りホロリと告げる。救いを差し伸べられた俺のピュアハート。だが、そうは問屋が卸さない。
「そうではないのです。衛宮さんの才能、魔術師ではなく盗賊や泥棒などにジョブチェンジすれば、間違いなく役に立つのですよ。私が保証するのです」
「良かったじゃない、シロウ。私も向いていると思うな。墓荒らしや怪盗なんてどう? 貴方の解析能力、道具の鑑定眼、開錠の魔術、複製能力。どれをとっても一級だし。やっぱり目指すのは正義の味方よりもこっちの方がベターじゃないかしら?」
「あ、いいなそれ。それじゃウチとせっちゃんは正義の味方崩れの怪盗を追う、美人私立探偵にでもなろうかな~。せっちゃんはどう思う? やっぱり婦警さんとかの方がロマンスを感じる? でも婦警さん、ちょっと響きがエッチいなあ~」
もしも、今の状況を運んできやがった問屋を突き止めることが出来たのならば、剣弾千本弱は御代として受け取って貰わなくては気がすまない。俺の純情を返してくれ。綾瀬に向けたこのやりきれない気持ちを一体どうしろと言うのか?
「ねえ、そんなことよりも士郎君。出口はまだかな、結構歩いたと思うんだけど?」
俺の葛藤を、そんなこと一言片付けてしまった幹也さん。見れば、多少疲労の色がある。ヘロヘロと頼りなく彷徨った彼の右手が、俺の肩を杖代わりにしていた。
「情けないな、黒桐さん。男やろ、もうへばったん? 気合一発、がんがん行こうや」
「そう言わないの、コノカ。一般人がこの場所にいるだけでも相当神経を削られると思うけど? ましてコクトーは体が人一倍貧弱だしね、それも仕方が無いんじゃないかしら」
「そうなのです。ここいらが休憩時なのですよ」
「………おい、衛宮。ここら辺に休める場所はないのか? 距離があるなら方向だけ教えろ。道が無ければ創るだけだ」
「あああああの両儀さん、そそう言う物騒なことは、危ないので~」
幹也さんの事となると見境が無くなる式さんナイフを引き出し俺に凄む。言葉通り、彼女の魔眼はらんらんと輝いていた。
そんな物騒なことは断固として止めて頂きたいので、俺は怯えながら式さんに抗議した宮崎に同意、そして何とか式さんの蛮行を阻止できた。
式さんを幹也さんとイリヤに任せて、即座に地図を持つ綾瀬、宮崎と顔を着き合わせての進路相談。
未だ、宮崎が俺の半径二メートル以内には絶対に近づかないことを、軽く残念だと顔に出し、地図を眺める。
恐らく休憩所であろうその小部屋まで、道なりに進んでも五百メートルとかからない。俺たちは疲労の色が濃い幹也さんを気遣って、休憩をする事になった。
日の光の無いこの空間では自身の感覚はあてにならないので、綾瀬の腕を借り確認すると時刻は十一時。少しお昼には早い気もするが、式さんと近衛の特製弁当だ、正直興味が尽きない。
だが、この一瞬の気の緩みがいけなかったのだろうか?
「それじゃ、休憩所も直ぐそこ見たいですので、ここを真直ぐ、―――って幹也さん!?」
宮崎、綾瀬が俺の張り上げた声の先に、振り返る。
5、6メートル先の窮屈な暗がりの直進路、そこで幹也さんは今正に、不自然に押し上げられ灰色にくすむ一際大きい岩肌に寄りかかろうとしていた。
「――――――――ん、何? 士郎君」
さも訳が分からないっと言った表情で、血相を変える綾瀬と宮崎に振り向く彼。その横では、式さんとイリヤ、近衛と桜咲もきょとんとした顔を俺に向けていた。
彼女たちの側からでは、幹也さんが行う蛮勇の如き仕草が死角となり見えないとみた。
―――――つうか、あんなベタベタな罠に引っかかる奴いるのかよ?
いるもんだなあ、と即座に思考する未だ冷静な俺の脳みそに嫌気が差す。俺はその罠の存在を分かっていながら、幹也さんに教えなかった事を心の底から後悔していた。
なぜなら。
幹也さんによって作動したその罠はトラップの王道、落とし穴。対象者は。
「――――――――――なんでさ?」
「――――――これは不味いのです」
「きゃあ~~~~~~~!?!?!」
どんなからくりか、俺たちなのだから。
「ちょ、シロウ!?」
「ゆえ、のどか~~~!?」
出現した大穴、無重力の体験はコレで二度目だ。出来ればこんな事、一度だって経験したくはなかったが。
俺の乾いた笑みはまるでコマ送りのように落下していく。
それを証明するように、見上げる近衛たちがどんどん遠のいていく、それも物凄い速さで。
俺の脳みそは既に、箇条書きでしか物事を思考できないらしい。
一体どこまで落下するのか。それは、俺にも分からなかった。
Fate / happy material
第十七話 スパイラル Ⅳ
落下しながら思考するのは、一つ。このまま行けば確実に死ぬ、という事だ。
地中を落下するという、史上稀に見る貴重な体験に、今にも涙が流れて来そうである。この浮遊体験の先には地面があって欲しい、だけど地面が在れば死ぬ。
なんて不毛な葛藤。
俺は現実逃避の思考を一秒とかからず纏め終え、綾瀬に声を張り上げた、宮崎はとっくに気絶しているみたいだしな。
「―――――――お前、重力制御や浮遊の呪は!!」
帰ってきたのは、首を横に振るだけの簡単な返答。そして「衛宮さんは?」と言うニュアンスを含んだ無貌。
この遣り取りに二秒。いつ地面に叩きつけられても可笑しくない。
「―――――――――っく!」
段々と壁面が広がっていく感覚。
落下速度の相乗効果もあるだろうが、確実にこの落とし穴は開けた大地に向かって俺たちを飲み込んでいくようだ。先ほどまでの窮屈なダストシュートは段々と風呂敷を広げている。
重力制御、浮遊、共に俺の使える筈の無い魔術。ならばこの状況を乗り切る手段にはなりえ無い。
魔術師の思考に囚われるな、今考えるのは、俺に出来る事から最善を尽くし、如何にこの“落下”を食い止めるか。
なら、俺に出来ることはコレしかないよな?
「投影――――――――」
イメージは蛇。
美しく淫靡に、惑わしうねる、一つの杭、連なる鎖。
「―――――――――開始」
もしも彼女が振るうのであれば、意志を持つ蛇の如く的に走り、どこまでも伸びるその鎖。
今の俺に、どこまで操れるかは分からないけど。
「こ、―――――――――――っのお!!」
そんな想いを断ち切り。
俺は、右手に現れたそれを、加速する壁面に力の限り投げつけた。
「助かりましたのです………」
「ああ、なんとかな……」
地面があるって素晴らしい。
俺は投影したライダーの短刀を霞みに戻し、小脇に抱えた宮崎をと寝かしつけるように柔らかい砂丘の浜に横にした。
いままで俺におぶさっていた綾瀬も、飛び降りるように砂浜に足をつける。
「しかし、随分と懐かしい所にやってきたものなのです」
綾瀬は小さく驚くと南国のリゾート地の様相を感心したように眺め回す。
彼女の言葉に俺も在りえない光景を目蓋に焼き付けた、いや焼き付けられたと言うべきか。
「何だって図書館の地下が、こんな、――――」
さんさんと照りつける、太陽の如き光。見渡す限りの青い地水湖と白い砂浜、アクセントとして加えられた煩雑する遺跡群。エーゲ海を慮らせるこの空間に、俺は驚きを隠せないでいた。
槍で心臓を刺されても生きていたり、内臓ぶちまけたって平気だったりした俺が言えたものでは無いが、これは流石に……。
「私も、四年前にここに来たときは驚いたのですよ。ですが、ここも図書館島の一部なのは確かなのです」
驚き、思考を奪われた南国の情景。だがその先、俺は茫洋とした湖水の表面に妙な波紋を感じ、じっと注視する。
―――――何かが、動いた?
だが、その後は何も反応が無い。気のせいだろうと結論付けて、素直な驚きのままに湖を眺める。
口をあける俺に、綾瀬は目配せで俺の注意を背後へと向かせた。
「見てみるのですよ、衛宮さん」
振り返れば。
「………なんで、本棚が」
「決まっているのです。ここは図書館ですから」
「……それで片付く問題か?」
のっぺりと薄く笑む綾瀬を背中に、砂浜に埋め込まれ沈む、いくらかの本を手に取りぱらぱらとページをめくる。
魔術関係の物から、中学校の教科書、参考書まで取り揃えられていた。
節操の無いことだ。苦い顔で俺が手に取る本を棚に戻すと、その横で、宮崎が目を覚ました。
「――――――あれ? ここ」
「おはよう、天国じゃないぞ。一応まだ生きてる」
目が覚めてイキナリこんな光景じゃ、そんな事を考えてしまうかもしれないので、俺は親切心から寝ぼけ顔の彼女に言葉をかける。ちらっとのぞかせた宮崎の顔は、正直に言おう、可愛かった。
「そういえば、のどかはココに来たことが無かったのですね。以前ネギ先生たちとテスト勉強をしたのがこの場所なのです」
綾瀬は宮崎に向けた言葉を皮切りに、思い出に浸る。
見れば、宮崎だって何だか嬉しそうな表情で南国の空気に紫がかった藍色の髪を艶やかに流していた。
「ここに、ネギ先生が?」
「はい、楽しかったのですよ、とっても」
二人の表情。俺はその笑顔を何度も見たことがあった。
“ネギ先生”。
近衛が、桜咲が。朝倉、さよちゃん、そして四葉が。俺の知らないその人の名前を口にする時、揃って同じ笑顔を零す。
それだけ彼女たちの大事な部分に座るそいつに、軽い嫉妬の様な感情を覚えた。だけど、それは決して嫌なモノでは無く、むしろ。
「あってみたいな、俺も。その“ネギ先生”に」
友愛にも似た、奇妙な親近感故のモノだった。
話の脈絡も何も考えず、ただ零した俺の言葉は思い出に沈む二人の少女を引き戻してしまったらしい。
「ネギ先生、今はお友達と一緒に世界中を飛び回っていますから。きっとどこかでひょっこり逢えるかも知れませんね。特に、衛宮さん、理由は分かりませんけど先生に似ていますから」
俺の言葉に頷いたのは意外にも笑顔の宮崎だった。
こいつとまともに会話が成立したのは、もしかしてコレが初めてか?
「そうなのです、ジョセフ・ヘラーのような二人ですから。きっとその時は仲良くなれるのですよ」
何故だか知らないが、二人は可笑しそうに俺の顔を眺め、次の間には二人で顔を突き合わせた。再び、俺をてっぺんから爪先まで視線を移した二人は、華やぐその貌をより大きな笑顔に変える。
「そうだな。その時はお前らの話をたくさん聞かせてもらうよ」
俺は二人に負けないよう、穏やかに口を開く。
綾瀬の零した“ジョセフ・セラー”の様な人、いまいち何の事か分からないが、嫌な意味は無いのだろう。彼女のつまらなそうな微笑がそれを物語っていた。
「さて。落ち着いてきた事だし、そろそろココの脱出方法を教えてくれないか、綾瀬。ここに来たことがあるって事は、出口も知っているんだろ?」
一段落した抽象的な話から、俺は潮の匂いさえ漂っていそうな図書室を眺め回す。コレが図書館だと言うだから、本当、世の中分からない。
蒼白の湖に名残惜しさを感じながら、俺は綾瀬に視線を戻す。
イリヤ達も心配している筈だし、早く戻らないとな。
「………………………」
長い沈黙。ざざあ、ざざあ。うるさいぞ、心地良さそうな波紋の音。
今は十月だ。海水浴シーズンはとっくに過ぎているんだよ。
「ねえ、ゆえゆえ。もしかして………」
「いやいやいや。そんな事は無いぞ宮崎。きっと何かの冗談だ」
「そうですよね、いくらんでも……ねえ、ゆえゆえ?」
「そうだよな、図書館の中で遭難した何て、そんな馬鹿な、……な、綾瀬?」
俺達は南国の空気を今このときばかりは恨めしく思いながら慌てふためく様を必死に隠し、綾瀬に詰め寄る。
気のせいか汗を一筋たらした綾瀬は、茶色のコートをごそごそとまさぐり何かを探している。無表情に取り出されたそれは、俺の目の前に掲げられた。いや、綾瀬と俺ではタッパが違うので、俺が見下ろす形な訳だが。
「………ドコサヘキサエン酸配合、微炭酸系青野菜ジュース……“すっぱぬき”?」
思わず朗読してしまう俺、ってなんだこのあからさまに変なジュースは。“すっぱぬき”商品の名称か? つうか売れないぞ、コレ絶対。
そう思いながら、こんなのを藤ねぇが見つけた日には、間違いなくダース買いするのは間違いないのだが。そんなスパークした思考を段々と復活させ、とりあえず一番初めに上がった疑問を俺は口にした。
「あのさ、なんだこれ?」
「パックジュースなのです」
「いやいやいや、そういう事を聞いているのではなく」
頭を抱え込む俺に、宮崎がはっとしたように言葉を選ぶ。
「変なジュースはゆえゆえの趣味なんです」
「ありがとう宮崎。でもそれも俺の問いに答えていないな」
膝が落ちそうなのを何とか堪え、俺は腹に力を入れなおす。日本語が悪かったと、再度頭で質問を反芻し、より適確な表現へと書き換える。
「――――よし。もう一度聞こう。このジュースとこの図書館の出口、一体どう言う関係が在るのか説明してくれ。出来れば、原稿用紙一枚以内に収まるように」
言葉を吐き出すと同時にため息、果たしてコレは俺のものだったのか、それとも綾瀬のものだったのか。知る由もない。
「――――――――――思い出すのです。コレを呑んで」
ぼそりと、今まで無貌を貫いていた綾瀬が目を逸らし言う。原稿用紙一枚どころか、一行にも満たないそのプレゼンテーション。
ああ、やっぱりそうなのですね。その一言で全てが伝わったというのに、俺は尋ねずにはいられなかった。
「思い出すって、――――――やっぱり?」
「………ゆえゆえ」
出来ることなら聞きたくない、だが、聞かないわけにはいかない。
「――――――出口、きっと直ぐに見つかるのですよ」
俺たちの命運は、ジュースに含まれたDHAの分量に委ねられた。