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「なんてこと……」
イリヤちゃんが目の前で口をあけた大穴と同じように、小さな唇を締まり無く放心させる。
開いたそれから響くのは、悲しみと驚きが入り混じった痛々しい物だった。
「妹さん、大丈夫です。衛宮があの程度のことで」
「そうや。衛宮君は往生際が悪そうやし、心配せんでもきっと平気や」
肩を震わせるイリヤちゃんに、木乃香ちゃんと刹那ちゃんが優しく触れる。息苦しかった迷宮の中が、それだけで明るさを取り戻した。心なしか、木乃香ちゃんのランプが轟々と炎を掻きだす様に感じられる。
ゆらゆらと揺れる炎の影は、イリヤちゃんの三つ網を曖昧に映し、僕の隣に控える式の顔に暗がりを作っていた。
「大丈夫。イリヤ、もう少し自分の兄貴を信用してやれよ」
彼女には珍しく、歩みを進めイリヤちゃんの柔らかそうな頭を撫でる。しかし、妙に引っかかる彼女のニュアンス。
明らかに木乃香ちゃん達のモノとは違うのは気のせいかしら? 僕は気付きたくも無い恋人の僅かな仕草から、そんな疑問を抱いてしまう。
「シキ、そうよね。大丈夫よね」
イリヤちゃんの振り向き零した力の無い笑み。
凄いね、士郎君。イリヤちゃんの君に対する評価が良く窺える。
僕は式が感慨なく放つであろう次の言葉をなんとなく予想しながら、耳を塞ぐべきかどうか真剣に考えていた。
「ああ。いくらなんでも、衛宮は幹也みたいに節操無しじゃないだろ?」
「ええ、そう祈るだけね。とにかくお兄ちゃんを探しましょう。ピンシャンしているのは間違いないけど、女の子と三人きりだなんて、何が起きても可笑しくないわ。――――ほら、コノカにセツナ。早く案内しなさいよ、お兄ちゃんが心配じゃないの?」
乾いた笑みを残して、イリヤちゃんに手を引かれる木乃香ちゃん達。ははは、笑ってくれよ二人とも。そんな新宿の道路ッぱたで臭い立ち込める吐瀉物を見るような視線を僕にくれるくらいならね。
で、それに当てられてしまったのか、迷宮の中がすっころんだ様に、先ほどとは異なる空気に満たされてしまっている。
なぜかな士郎君。僕は今、本当に悲しいよ――――――――――。
Fate / happy material
第十八話 スパイラル Ⅴ
/ 9.
「――――――――よし。最後の手段だ」
何か妙に悲しげな感情をシンパシったが、無視した方が無難かもしれない。俺はそんな直感を振り解くように語気を強めて目の前の二人に言う。
ここに落下してからどれほど経ったのか、お腹も大分空いてきたし十二を大きく過ぎているのは間違いない。
「…………出口は発見不能、携帯電話は圏外、衛宮さん何かいい案があるんですか?」
宮崎が心配そうに俺の顔を覗きこんでいる。
最も、前髪に隠れて口元しか窺えないが、それでも彼女の豊かな表情は隠せてはいなかった。
「ああ。出来るかどうかはわからんけど、方法なら在る」
砂浜を深く踏みしめて、神経を止める、いや研ぎ澄ます。
この場所、アレを投影するにはもってこいだ。繰り返すさざ波の音色が、俺のイメージをより鮮明にしてくれる。瞳を閉じた向こう、綾瀬と宮崎の対照的な視線を受けて俺は回路を起動する。充填される魔力、加速するイメージ。綾瀬の興味、宮崎の狼狽に答えるためにも、俺の初めての試み、成功させてみせる。
「----――――投影、開始」
撃鉄を一つ、二つ。痛みを堪えながら槌を振り上げ振り下ろし、イメージを鍛え続ける。
作るのは“剣”では無い、――――――“盾”。俺の属性ではないその宝具、果たして,
俺に創れるのか。
―――――――――やれる。
今の俺には確信があった。変化の鍛錬を通して、コツを掴んだ類感の魔術。剣を起点に刀、槍、斧、鎖、弓、盾の概念へと属性を派生させるのは不可能じゃない。
曲がりなりにも、ライダーの短刀を投影できた、なら出来ないはずが無いだろう。
「投影、――――――――――――終了」
握り締めた右拳、確かな感触。通常の二、三倍は魔力を持っていかれたが、許容範囲内だ。
体が滅茶苦茶痛いがこの程度は何時ものこと、痛い程度で吐血も無い、どうやら“幻の投影”に特化したこの宝具は、俺と相性が良いようだ。こいつとの出会いも関係しているかも知れないが、“思い入れ”ってのも道具には必要な要素だ、それは俺が何よりも分かっている。
「わあ、綺麗な宝石ですね。魔術で取り出したんですか?」
「凄いのです。この宝石、衛宮さん以上の魔力量を感じるのですよ」
手を開いて二人に見せれば、例の如く“大海”に魅せられた女の子が興味心身に投影されたそれを囲んでいる。出来は、―――悪くない、真名を開放しろといわれれば疑問だが、本物の六割強は機能するはず。
「きゃっ!?」
その証拠に、大海が低い唸り声を発し、宮崎を驚かせた。
常時開放型の能力、“第三者に危険を知らせる”こいつなら、イリヤたちに俺らの居場所が伝わる筈、そうなれば後は簡単、式さんが一直線に迷宮を抜けてきてくれればいいだけなのだから。良く考えたら、俺の能力異常にインチキな力だなアレは。
「あの、衛宮さん。これは一体、――――」
「悪いな、驚かせた。でもこいつで一安心。後は寝ながら待ってよう。おあつらえ向きのシチュエーションだからな」
宮崎の再度除かせた前髪から彼女のきょとんと惚けた顔を垣間見ることが出来た。
少し得した気分だ。俺は薄い胸を撫でる宮崎に気楽な笑みを残し、オーシャンをポケットにしのばせる。
俺は、うやむやな彼女たちの視線をそのままに、季節はずれな夏の匂いに寝転んだ。
「――――ってなわけで、俺の魔術の解説は終了。大体分かったな?」
ビーチサイドに刺さるする三つのパラソルの下、俺達は“川”の字を書いて寝そべっていた。その横には魔術書の山。式さんたちの到着まで時間を持て余すので、綾瀬の強い要望もあり俺達は互いの魔術についての情報交換を行っていた。
はじめに話したのは俺。
先ほどの大海の効力についての解説の後、自身が綾瀬や宮崎と同じく刻印を持っていないぽっと出の魔術師であること。
魔術属性と特性。解析、強化、投影そして鍛錬中の変化の魔術(勿論、その特異性はなるたけ伏せながら)について少々の解説。
一通り話しを終えた俺は、今度は綾瀬と宮崎、麻帆良の魔術師二人の話を聞く番である。
「それじゃ、最初に質問良いかな? 綾瀬や宮崎も、中学のとき、その“ネギ先生”絡みでこっちの世界に入ってきた口なのか?」
「はいです。私はそれまで唯人でしたから」
「そうすると、二人は魔術師の家系って訳じゃないんだよな? 俺と同じくはぐれ魔術師か?」
俺は右手に転がる綾瀬に、親近感を覚え、同意を求める疑問を口にする。自分で創った勝手な造語ではあるが、はぐれ魔術師、なんかカッコいいな。
「そうです。ゆえゆえも私も、木乃香さんと違って神秘を有する家系の生まれでは無いので、才能も回路もあんまり無いんです。ただ、それでも衛宮さんと同じように自身の属性に沿った魔術ならば使えるようになるので、それを一生懸命練習しているんですよ」
「へえ、そうなのか。じゃあさ、二人の属性は何なんだ? 俺は話した通り剣だけどさ、お前らがどんな魔術師なのか気になるな」
綾瀬の向こう側、おっかなびっくりでは在るが宮崎が口を開いた。
少し嬉しかったので、調子に乗ってもう少し突っ込んだ質問をする。
「のどかは“本”、私は“火”の魔術師です」
それに返すのは綾瀬、擬似的な太陽光に目を細めながら要点だけを言う。
「それと、付け加えますが、のどかは厳密に言うと魔術師では在りません」
「魔術師じゃない? でも、回路が僅かでもあって、神秘を行使できるなら魔術師以外に言い様が無いだろう? あ、そうか、魔術使いって意味か?」
綾瀬のくれた軽い混乱に上半身を起こす。
だが、とって加えた俺の回答は、得意げに微笑んだ宮崎に打ち消された。
「違いますよ。あ、いえ魔術を手段として使うって意味では魔術使いには違いが無いんですけど………う~、ゆえゆえ~、説明が難しいよ」
俺は宮崎の言わんとする事がいまいち分からないので正直に眉をひそめて彼女に意識を注いでいた、だが、それがいけなかったのか、宮崎は縮こまって綾瀬にバトンをタッチ。
「コレについて説明するには、私たち麻帆良の魔術についてお話ししなくてはならないのですが、お聞きになるのですか? 衛宮さん」
「お聞きになるのですよ。……いやいや、冗談だから睨むな綾瀬。それじゃ、次は麻帆良の魔術について教えてくれよ。以前妹が話してくれたんだけど、魔術師はそれぞれがそれぞれの神秘体系を保有している。同じ魔術といえど、特徴が異なるはずだろ? 勿論、お前が話せる範囲で構わないけどさ」
口真似されて気に障るなら、変な言葉使いを止めれば良いだろうと思うのだが、そこは譲れないようだ。綾瀬は、先ほどの怪奇ジュース“すっぱぬき”を口に含んで落ち着きを取り戻し、そして口を開いた。
「全てお話ししますです。麻帆良の魔術師は同業者に対して寛大ですから、神秘が彼らに対してのみ知れ渡るならば殆ど気にしません。一般の魔術師は広く知られた神秘は力を失う事、厳密に言えば“独占していたはずの根源への道”それが知れ渡ることに恐怖を感じ魔術を他のものに教えません。しかし、麻帆良の魔術師は違います。あくまで手段として魔術を用いているわけですから、広く人の手に触れ、それが改良、発展されていく方が好都合なのですよ」
いわれて、俺は思わず納得した。麻帆良の魔術師と大多数の魔術師達違いはこんな所にあったのだ。
神秘を道具として扱う麻帆良の魔術師は、いわば職人肌なのだ。いかにそれを使い込み、より洗練し実践的に神秘を行使するのか。
対して、他の魔術師は研究者なのだ、自身の論理をひたすら自己で暖め続け、確立。そしてその知的ともいえる最終目標“根源”を目指す。
広く浅くと狭く深く。言ってしまえばそれだけの事なのだが、故に、その確執は埋まることが無いのであろう。
「それで、ここからが本題なのですよ。私たち麻帆良の魔術師そして、私たちの主張に賛同する組織が有する固有の神秘体系、それが“契約(パクティオー)”です」
ずずっと、最後まで美味しそうに“すっぱぬき”を飲み終えた綾瀬は、人差し指を立てて俺に顔を向けた。
「ぱくてぃおー?」
「簡単です、魔術師とその使い魔の関係、―――と言えば分かるのでしょうか? 私たち麻帆良の魔術師は常に二人で一人、魔術使いとその従者で成り立つのです」
様はマスターとサーヴァントの関係と言う事か。
俺はなんとなく掴めた綾瀬の説明に相槌を打ちながら、理解しりえた情報を整理する意味で、彼女に返す。
「つまり、宮崎が“魔術師じゃない”ってのは、お前が綾瀬の従者って事だからなのか?」
除かせた顔で、俺は宮崎に返答を求めた、それに彼女はコクリと頷く。
「でも、人間同士が…えっと契約(パクティオー)だっけ? それをすることに何か意味があるのか?」
綾瀬の言葉どおり、早い話が人間を使い魔にするってことだ。
主従関係の形成、聞こえはいいが、それはどちらかが主人であり、片方は奴隷である。これは穿った意見なのかも知れないが、従者、少なくとも“誰かの下”についてでも手に入れたいアドバンテージをその契約で得られると言うことだ。
「勿論です。一つは使い魔として契約するわけですから、互いのパス、ラインが繋がりっぱなしなのです。魔術師ならば、それがどれだけ大きな利点であるか分かるはずですよ」
「………なるほど、“他人の強化”か」
強化において最も難しいとされるその術、だがそれが“使い魔”であれば話は別だ。
他者と自己。契約を通して限りなく互いを同一化させるこの行為により、他人の強化をより難易度の低い自己の強化に近づけることで行使する。
パートナーと言う自衛力も手に入って一石二鳥だ。
「はいなのです。それ以外にも使い魔である故にある程度思考の共有、契約の証である“パクティオーカード”を使えば遠距離でも通信可能です。ですが、パクティオー最大メリットは契約を通じて得られる、心象世界を象った魔具(アーティファクト)の形成にあるのですよ」
「心象世界を象る武器? それって詰まり、簡易的な固有結界を創り出すって事か?」
それに無言で頷く綾瀬は実に満足そうだ。
綾瀬の誇らしげな様子に、宮崎も嬉しくなったのか次に口を開いたのは彼女だ。
「はい。そうとも言えます。ただ、固有結界と言っても神秘の次元はそう高くありませんし、“自身の最も適した概念武装”を召還する、と言った方が良いかもしれませんね」
「どちらにしても凄いな、そのパクティオーってのは。それでさ、宮崎はどんな魔具を呼び出せるんだ?」
俺は興味津々で宮崎に向き直った。馬鹿め俺、そんなことをしたら宮崎がまた恥ずかしがってしまうだろうが。案の定、びくびくと綾瀬の影に隠れるように縮こまってしまった彼女。本当に勘弁して欲しい。彼女のような女の子に、台所で発見した黴ご飯を摘み上げる様な視線を向けられるのは、男の沽券に関ってくる。
「えっと、いいのゆえゆえ? 衛宮さんに視せても?」
「構わないのですよ、“どの本”でも」
「うん。えっと、衛宮さん。私は口下手なのでうまく説明は出来ません。そのかわり実物を召喚しますので、その」
「おう。俺は解析を使って自分で理解するから問題ないぞ」
もごもごと何かを咀嚼するようにどもる宮崎に俺は親指を立てる。どうやら、宮崎は勇気を出して説明をしてくれるらしい、そのための予行演習のようだ。実に健気である。
「はい、それじゃ、―――――――“来たれ(アデアット)”」
宮崎は一工程の言霊を紡ぐ。
途端に彼女の右手が発光、そして次の瞬間“ポン”と軽快な音を立てて、一冊の古めかしい本が飛び出してきた。
「“イドノエニッキ”―――――――――です、えっと、これはあのですね。他人の、ひょ、ひょうそうしんりをを~」
宮崎はパラソルの下出現したその本を抱え込み、自分の顔を隠すようにそれを抱きかかえて口を開いた。彼女に辛い思いをさせる訳にもいかないので、俺は即座に解析を走らせた。
「――――へえ。表層心理を映し出す本か?」
編みこまれた術式はさっぱりだが、最終効果はなんとなく魔力線や概念線の構造から予想できた。行使のためにクリアしなくてはならない条件がいくらかあるようだが、何とも面白い本だ。
「は、はひ!?! その通りです、半径500m以内の人間、もしくは動植物の思考を読み取れます、表層意識だけですけど!?!?! あ、あと、その人のお名前が分からないと使えません!?!? 以前は、使用ははっはん!?」
「い、いや、分かったから落ち着けって……な? 宮崎」
舌を噛みながら懸命に教えてくれるのは有難いんだが、そんなに頑張られると俺が困る。
俺の顔色を窺ってくれた綾瀬が、「はあ」とため息をついて宮崎の言わんとすることを先がけた。
「以前、のどかが仮契約で使用していた日記は、今ほど広範囲の思考を読むことが出来なかったのですが、私との本契約以降、召喚できる本の種類も増え効果も上がったのです。っとのどかは申したいのですよ」
「……………(こくこくこくこく)」
「ああなるほど、サンキュウ、教えてくれて。頑張ったな、宮崎」
男嫌い…いや男が苦手なだけか? どちらにしても、俺の為に一蹴懸命頑場ってくれた事が嬉しかった。
まあ、綾瀬の影から出てこないのは相変わらずなわけだが。
「あ、それとさ綾瀬。今、仮契約と本契約って単語が出て来たけど具体的どう違うんだ? 何と無く想像できるけど、詳しく教えてくれよ」
二個目の“すっぱぬき”のストローを加えた綾瀬に、俺は聞く。
だが、妙なことに彼女の顔が微妙に歪んだのが気になる。
「仮契約は言葉通り、パートーナーの選択用お試し契約の様な物です。本契約より力の弱い魔具しか召喚できない代わりに、何人とでも簡易的な契約が可能です。逆に本契約は一人だけとの契約、今の私とのどか、木乃香や桜咲さんがそれです。一人としか契約できませんがその代わり繋がりも大きくなりますからその分強力な契約関係になるのですよ」
「へえ、仮契約は何人とでも出来るんだ? だったらさ綾瀬、俺とちょっと契約してみてくれよ」
「――――――――――え!?」
俺の発言に綾瀬は顔を引きつらせ、宮崎は真っ赤になってしまった。
なんでさ? 俺何か変な事口走ったのか?
「別に深い意味は無いぞ? なんか面白そうだし、綾瀬の口ぶりからすると、仮契約は結構簡単に出来るんだろ? 俺、どんな武器が出てくるのか気になる」
「――――え、いや仮契約は簡単に出来ますが、生憎、私たちは契約の仕方を、その、一つしか知らないので………」
「 ? だったらそれで構わないだろ? どうしたんだ、急に? 顔赤いぞ?」
俺はパラソルから身を乗り出し、慌てふためく二人に近づく。
一歩近づき、一歩離れる、って一体何なのさ?
「いや、それが、―――― ! そ、そう! 私達は既に本契約を済ませてしまっているので、新たな契約は出来ないのです!? そうですよね、のどか!?」
「は、はひ! そそそそう!? そうそうでした、すっかり忘れていました!?」
突然声を張り上げ、大げさに笑い出す二人。
しかし、麻帆良の魔術師当人が言っているのだから、間違いなのだろう。
「そうなのか? それじゃあ仕方が無い。って事は近衛に頼んでも無理か………」
ちょっと残念だ。
俺の心象世界を具現する武器、どんなモノが出てくるのか少し楽しみだったのに。エクスカリバー為らぬエクスカリパーだったりしてな、……まずい、笑えない。ガシャポンみたく簡単に出てきた日には、絶対に立ち上がれ無い自信がある。
俺が再度砂浜に寝転がり、光の集まる天井を見上げれば、二人はほっと胸をなでおろし息を吐くのを視界の端に捉えた。
右腕の短針はもう直ぐ三に手を伸ばす。
アレから結構しゃべったが、式さん遅いな。俺の投影、やっぱり失敗していたのかな。
俺は不安になってポケットの中のオーシャンを手に取った。やはり綺麗な青色、効果はかなり期待できる。
「まあ、気長に待つしかないのか………」
俺は、右手に詰まれた本の山に手を伸ばす。引き抜いたのはなんと“鉱物書”。先生に借り受けている物と寸分たがわぬその本は、このフロアの本棚に収まっていた物だ。
俺は差し込む日差しの中、本を繰る。
時間はまだまだあるようだし、魔術の勉強に打ち込もう。同い年の魔術師たちも、気がつけば俺の横に並んで皆魔術書片手に勉強中、全く熱心な事である。俺は彼女たちに負けないよう、今日も今日とて変化の勉強に精を出すのであった。