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タガメを知っているだろうか?
言わずもがな、水中に生息する昆虫である。
目の前のアレには足がちゃんと六本あるし、タガメに特徴的な大きな鎌状の二本の前肢、そして黒く鎧の様に光る質感も俺が子供の頃にみたそれと一致していた。
唯一つ、馬鹿みたいな大きさを除いて。
すげぇぜ、まさに大怪獣だ、全長二十メートルはあるんじゃないのか?
「綾瀬、一応確認しておく。アレはタガメで間違いないよな?」
「ええ、間違いないのです。何なら詳しく説明をしてあげるのですよ」
英名をジャイアントウォーターバグ。
学名……は綾瀬が発音してはくれたが良く分からん。
カメムシ目コオイムシ科に分類される日本最大の水生昆虫であるそうな。
先にあげたが、鋭い鎌を前肢に持ち、獲物を捕獲するための鋭い牙や爪も備わっている。
「そして、ここら先は話すのが気に乗らないのですが……」
「へえ、それは奇遇だな。俺もすげぇ聞きたくない」
目の前の節足動物からじりじりと距離をとりつつ後退。かかとに触れるなにやら柔らかな感触、間違いない、宮崎だ。
ああ逃げ出したい、だけど宮崎がいるから逃げ出せない。アンビバレンスな危機的状況を作り出した眠り姫が本当にうらやましい。
「毒を喰らわば皿まで、衛宮さん。男を見せるのです」
いえいえ、そんな毒は求めていませんよ、綾瀬さん。
問答無用の彼女の解説、この状況では正しくホラー映画並みに俺の背中に冷たい物を這わせてくれた。
タガメ。
こいつはどうやら肉食性で、魚や蛙、他の水生生物を捕食するらしい。それらを鎌状の前肢で捕獲し、口吻を突き刺して消化液を送り込み、溶けた肉液を吸いだすそうな。
リアルにその様子が想像できてぞっとしないな、数分後は俺が見本にされているかもしれない。俺の背中に走る一筋の冷たさをひた隠しにしながら、綾瀬に視線も送らず先を促さした。俺の緊張が伝わったのか、彼女はごくりと唾を嚥下する。
「自らよりも大きい生物を捕獲することもざらで、その獰猛な性格から―――――――」
俺は巨大なタガメから視線を外さず、綾瀬の言葉をまった。
「――――――水中のギャングと呼ばれているのですよ」
最後に付け加えておこう。
現在、タガメは環境汚染の影響で、環境省レッドリストに掲載されているそうだ。
それはいけない、正義の味方として放ってはおけないなぁ、と自分自身が絶滅の危機に窮しているにも関らず、そんな事を考えた。
Fate / happy material
第二十話 スパイラル Ⅵ
巨大な鎌が大きく振りかぶられた。
冗談としか思えぬその大きさ、考えたくは無いが俺達に向かって振り下ろされるのは明らかだ。横に並ぶ綾瀬、後ろで気絶したまま動かぬ宮崎が、果たしてあの凶刃を凌ぎきることが可能なのか?
「衛宮さん!! ヤバイのです!!」
答えはNOだ。
むしろ、女だてらにあんなのを退けられる奴がゴロゴロしていて欲しくない。
綾瀬の悲鳴とも取れる甲高い一声と共に、巨大な鎌はついに叩き下ろされた。俺一人なら、楽に躱せる。だが、そんな選択肢は元より頭の中には無い。
「―――――ちぃ!? 投影、開始!」
現れる二色の愛刀。
宝具を充填した回路の灼熱を感じる暇も無く、俺は砂浜にめり込む足首の衝撃を殺す事にのみ意識を集中していた。
鎌の軌跡は予測済み、袈裟に振り切られた奴の前肢が俺の夫婦剣と交錯した。
「――――――っつ、あ!?」
「―――――――――――――きゃあ!!」
十字に結んだ俺の双剣に、愚鈍な衝撃が弾ける。
振り子の要領で叩きつけられた、巨大な鉄球を思わせる左からのその衝撃、俺は綾瀬も巻き込んでピンポン玉の様に吹き飛ばされた。
踏みしめた筈の大地から、爽快感さえ漂う飛翔。俺と綾瀬は、十メートルは離れた浅瀬に吹き飛ばされる。
「っくそ! 馬鹿げてるっ。質量過多で、普通動けるどころか生きてる筈もねぇだろうが、あの野郎!!」
俺は綾瀬を庇いつつも赤髪から滴る水滴を右手で払い立ち上がった。
綾瀬に負傷は無いはずだ、彼女は何とか庇いきったがその代償に視界が揺れている。脳が揺すられたのか、それとも滴る湖水の所為か。どちらにしても、ぼんやりとしか馬鹿でかい昆虫を捕らえることが出来ない。取り残された宮崎が気がかりだ、あの眠り姫は気絶中だってのに。
「―――――――――――のどか!?」
俺の懸念は、どうやら形となって現れたらしい。
二度目の悲鳴、綾瀬の張り裂けんばかりの慟哭に俺の眼球が機能を取り戻した。
「―――――っく!?」
だらりと両の手を投げ出したまま、黒々と色を帯びる鋭い前肢に捕縛された宮崎。
俺は思考の余地も無く、脳内に十の剣弾を描き出す。
イメージに時間は要らない、それが神秘も帯びぬ唯の刃であればなおの事。
「――――――工程完了」
駆け出す。
強化も碌にかけられぬ体を弾ませ、奴に迫る。照準はオバケタガメの右前肢、宮崎を絡め取る鋭利な刃だ。
俺の剣弾は狙いが甘い、それでも痛みにのたうてば宮崎を手放す可能性が高い。
「―――――――投影、開始(トレース・オン)!!」
プラスチックを思わせた奴の外殻に、剣の弾丸が放たれる。
だが、貧弱そうな質感に反して、重い低音を響かせながら、弾かれるそれら。幾らかは黒色の大鎌に突き刺さるも、宮崎は依然奴の手中。
嘘だろ? 俺の剣弾がまるで効いてない? 分厚い外皮の強度に戦意をそがれたその瞬間、奴の鎌は肉薄する俺に向けて大きく振り払われた。庇う者が無い俺は、軽い驚きを飲み込み大きく後方に跳躍。その一撃をやり過ごした。
「――――――衛宮さん! 大丈夫なのですか!?」
「なんとか、でもやばいぞ。このままだと宮崎が……っ!?」
踝まである湖水の波を切るように、俺はお化けタガメから視線を逸らさず綾瀬の横に並ぶ。
俺の剣弾じゃアイツの大鎌を吹き飛ばすには不十分だ。
ならどうする。宝具の投影、―――――でも何を?
アイツの聖剣? 論外だ、真名の開放は愚か投影できるかも分からないってのに。
一刀大怒? いけるか? だがアレは近距離用の宝具だ、そもそもあの大剣を振り回してお化けタガメに近寄れる筈が無い、体躯が違いすぎる。あいつの間合いに人間の俺が飛び込める筈がないじゃないか。柔よく豪を制す、それは勝利に値する技量を備えた者が得る誉。俺にはあの馬鹿でかい鎌を掻い潜る自信など無い。
「―――――――っくそ! どうすりゃ……っ」
思考している時間は無い/思考する時間はいら無い。
答えを出せ/答えなど無い。
俺に出来ることは、常に/故に、一つ。――――――創れ。
宮崎を助ける最良の一手を創り出せ。
今。俺に求められていることはなんだ!?
――――強度な外殻を貫通できるだけの一撃。
――――破壊力のある遠距離からの一撃。
――――宮崎を助けるため、微細な精度を誇る一撃。
瞬きの折。
歪な剣を射る、――――――――赤い背中の嘲笑を視た。
「弓矢――――――綾瀬。さっき言ってた変化のヒント、教えてれ!」
「変化の? しかし、今そんな―――――」
「いいから!! 時間が無い!」
俺は、高ぶった口調で綾瀬に返事を望む。
お化けタガメは宮崎を捉えたまま俺たちへの威嚇を忘れてはいない。それは不幸中の幸いだ、宮崎が捕食されるまで幾分かの猶予が残されている。
激しく波打つ湖面の冷たさを感じ、体を震わせた綾瀬は捕食者のにごった瞳から視線を外さずに一言、告げた。
「物質的な骨子ではないのです。概念的な、そう……例えば“起源”。貴方が促すべきは、その一点です」
彼女の言葉に“カチリ”、何かがかみ合った。
霞に融ける干将莫耶。
俺は頷くこともせずその言葉を噛み締め、目蓋を閉ざす。
回路を駆け、イメージされる一つの剣。
かつてこの地で、麻帆良の大地にて吸血鬼に敗れたファルシオン。
「練成、開始、――――――」
だが、創り上げるのは剣ではない、――――――矢だ。
綾瀬の言葉に、今までは感じられなかった回路の駆動を実感していた。
八節に象られた一つの剣、それを鍛えるべき撃鉄が、今か今かと俺の回路を食い破るように待機している。後は引き金を引くだけ、それだけで類感により抽出された“矢”の概念がファルシオンに装填される。
「――――――――っ……っつ!!」
だが、まだだ。
解き放つべき、トリガー。
炸裂すべきその言霊を、掲げるべきその言葉を世界のうちより掴み取れ。
――――――――――――――我が骨子はねじれ狂う。
唱えろ、その歪な理想の如く。
「―――――――――――黙れ、俺は手前に用はねえ」
赤い世界を振り払うように、唸る。
現れた無骨な黒塗りの弓。
赤い弓兵の獲物に似ても似つかぬその贋作に、俺は奇妙な喜びを感じた。
俺は、お前とは違う。
剣は理想。我が骨子は、尊き願い。
切嗣から受け継いだ、その誓いを。
アイツと約束したその願いを。
―――――――――簡単に捻じ曲げられるかよ、エミヤシロウ。
“最初”から歪な俺だけど、アイツとみる夢は歪んでなんかいないんだ!
「変化投影、練成終了――――――――――」
お前は強い。
自身の理想、その矛盾に気付き、そのためにその骨子を捻じ曲げた。
ああ認めるよ、エミヤシロウ。
お前は、俺なんかよりよっぽど強い。
変われる強さ。
その強さを、お前は選んだ。
だけど。
俺は弱いから、弱いから信じる事が出来るんだ。
だって、そうだろ。
「――――――――変わらない強さも、確かにあるんだから!!」
幾多の撃鉄が一斉に火花を散らし、剣の起源が変成される。
剣として生まれるその始まりに“矢”の概念が錬鉄された。
ツルギノキゲンに叩き込まれた変化の決意。
“貫く”想いが幻想を昇華する。
さあ、剣の世界に呪は刻まれた。
歪な剣は必要ない。この身、この理は。
「―――― I am the bone of my sword(我が理念は歪に貫く)」
―――――――ただ、最果てを射抜くが為に。
右手に現れた“ファルシオン”。
血液は回路を灼熱させ、体の筋がはち切れんばかりに膨張している。
だが、苦痛を感じることはなかった。
自分でも不思議でならない、この痛みが、心象に刻まれ臓物を燃焼するこの激痛が、コレほどまで“楽しい”と感じるなんて。
「衛宮さん。変化の呪、――――――――成功なのです」
不謹慎な嬉々の想いは、そのままだ。
だが、綾瀬の言葉に照れ笑いを残す余裕は無い。
俺は揺らぐ湖面に融けるように己を深く沈みこませる。
薄く開いた視界で、正面にある不細工で巨大な黒色の鎧を、つがえた剣と共に一つに結ぶ。
引き絞られた“剣”。
ファルシオンは幾重にも編みこまれた歪な形状で、捩れ鋭さを備えた円錐形だ。
その様は“螺旋”。
歪にひしゃげ、しなやかだったその刀身は、今は見る影も無い。
ギチギチと背筋が悲鳴を上げている。
俺は無慈悲にもその声を無視し、腕の筋、胸の筋を総動員して張り裂けんばかりの体を引き絞る。もっと、もっとだ、この体がたとえ捩じ切れようとも、放たれるべき一閃に歪みなどありはしない。
たとえ、その剣(み)が歪であろうとも、俺は変らぬ自分を偽れない。
だって、歪な俺を“愛している”と言った人がいる。
だから、変らぬ自分を信じることが出来るんだ。
的が重なる。
瞬間は永遠にも似て刹那で終わり、吸い込まれるように螺旋の剣矢は俺の手を離れた。
剣の歪。
剣を纏った歪な幻想は。
ただ、その身を貫くモノへと、―――――――――――――。
「――――――――――――っ痛ぁ!?」
振り切った想い。
そして残ったのは、風きりの音色のみ。
気付いたときには、奴の大鎌は青草の匂いを撒き散らしながら千切れ飛ぶ。
ブチリと、速射砲と見紛う炸裂に黒い鎧が散断されていた。
俺の剣弾が自動小銃ならば、この一撃は狙撃銃。
即座に、俺の矮躯では殺しきれぬ反動が全身を襲う。
たたらを踏んで湖水に倒れ付す俺の身体。
魔術行使による無茶も祟ったが、それ以上に“剣”を矢として放つと言う非常識が俺の身体を蝕んでいた。当たり前だ、人間の身体で二キログラムに及ぶ重量、鉄の塊を弓で放てば身体が壊れるに決まっている。撃ててもあと五発、俺の身体はライフル弾を装填した六連発リボルバーと同じだ。
「――――――ちょ、衛宮さん、大丈夫ですか!?」
俺は、ひ弱な銃身だとごちる暇も無く、落下する宮崎に軋む身体を弾ませていた。お化けタガメに近づけば近づくほど、昆虫の饐えたにおいがきつくなる。
俺は不乱の意思を崩さず、宮崎を抱きとめ声を張り上げた。情けないが、俺たちには選択肢が限られているからだ。
本当、正義の味方としては余り言いたくないんだが。
「よし! 宮崎は無事だ、綾瀬!―――――――――逃げるぞっ!」
「――――っつ!? 了解なのです! その逃げ腰、最高にかっこいいのですよ!」
右の前肢を失い、恐らく恐慌状態に陥っているであろうお化けタガメの乱撃を掻い潜り、俺は綾瀬と合流。息つく暇も無く、ダッシュ。
俺のタナトスは一気に解放された!! 生にしがみつき、しゃにむに走るのだ!!
「サンキュウ! でも、戦略的撤退と言え!?」
「戦う気も無いくせによく言うのです……」
背水の陣をもって全力で逃げ出す。
遣い方が違う気がするが、それはいい。とにかく、あんな化け物と真っ向から斬り合えるかっつうの!
俺は宮崎をお姫様抱っこでかかえたまま、綾瀬と並走して南海の情緒を抜けていく。ズンズンとオルガンの様な低音を響かせ、例のお化けタガメは後ろに這ってくる。
奴が水生の生物で本当に良かった、コレなら逃げ切れるはずだ。
「あ! 衛宮さん、そういえば先ほどの解説で言い忘れていたことが在るのです」
宮崎を抱えながらの逃走なので、俺のペースは綾瀬の全速力に合わせるだけで精一杯。俺達は常夏の森林を抜け出し、白い光に溢れた遺跡の密集地に飛び出していた。
俺は綾瀬の発言に薄ら寒いものを感じながら、よせば良いのに問いかけた。
「それってさ、もしかして…………」
あえぎ声のように息を吐き出し、俺は立ち止まった。俺の呼吸器がそろそろ限界である。
後ろからは、なにやら不吉な羽音が近づいてくるが、………気にしない方向で?
「はい。ご想像の通り、タガメは飛行します」
本物の怪獣宜しく、そいつは俺たちの目の前に土埃を巻き上げながら降り立った。
水生ならぬ彗星の如くそいつは空から降ってきやがった、わーい笑えねぇ。
「ひいいいいぃぃぃい………っ!!!!」
ずずずーん。
目の前に現れる、黒い塊。
俺は叫んだ。叫んだね、ええ叫びますとも。アンタはモノホンの特撮怪獣です……っ。対抗手段なんざ持ってねえ!
残念だが俺には風力による変身機構も、スペシウムな光線も備え付けられていません。だって見習いだしねっ!
「―――――――あれ? 私」
「のどか? 起きたのですね……しかも絶妙なタイミングで」
もう泣いてもいいか?
このタイミングで復活した宮崎がとんでもなくおいしい奴に思えてならなかった。
宮崎は俺に抱えられたまま、少ない情報から今の状況を推察。
正しい状況判断能力を示してくれると、俺は凄くうれしいぞ。
そんなにジタバタしないでくれ、お願いだから。
「だか、イテ! らな、痛い。宮っつ崎っ俺のは、ってぇ話をっ!」」
「はははははははなして下さい衛宮さん!? 私、お、おおと男の人はぁ~!?」
「落ち着くのです、のどか。今は男性が怖いとかどうとか言っている場合ではないのです」
「ほえ?」
綾瀬の言葉に落ち着きを取り戻した宮崎を下ろす。
ご丁寧にもそれ待っていてくれた、黒い巨虫。
水場から離れたためか、奴の全長がよりハッキリと視界に納まっている。
「ここここここここここここここここれはいいいいい一体!?」
「何を言うのです、先ほどもコレを見てのどかは倒れたのではないですか? しゃんとなさいなのです」
また気絶しないだけ上出来か。
ビビッて震えながらも、宮崎も一応の臨戦体制をとっていた。
なんだかんだでアイツも神秘に身を置くモノ、尻に火がつけば中々の眼光を放つものだ。
「準備は、……いいみたいだな。どうやらこいつはこれ以上昼食を延ばす気は無いらしい」
さあ、第二ラウンドの開始だ。
目の前の巨虫は残り一つとなった巨大な鎌を剛直に掲げ、取り逃した獲物を狩るため強力をもって大地を穿つ。
「契約執行、三秒間!!―――――夕映の従者、のどか!」
三人の魔術師、いや、二人の魔術師と一人の従者は開けた空間を充分に生かし跳躍。
綾瀬によって“強化”を施された宮崎はその風貌からは想像できない怪腕で綾瀬を担ぎ後ろに飛び引き、俺はお化けタガメの真横に陣取る。
俺は脳内に九つの剣弾を装填し、魔力を血流と共に走らせた。
「投影、開始(トレース・オン)」
今度の剣弾は先生の財宝シリーズ、其の二っ。
ファルシオンに続く先生の観賞用アイテム、ファルカタっ。なんとコレ、俺の給料前倒しに買ったらしい。つまり俺の今月分の給料は……。
ハンニバルの時代を駆け抜けたスペインの名剣。
特徴的なのは長く湾曲した片刃の刀身と両刃に鋭く開けた刃先だ。
全長八十センチの弾丸は、ファルシオンよりも刺突力に優れた刀剣なのは間違いない。
「憑依経験、共感終了」
ファルシオンと同じく、名も泣き戦士たちの血が滲むこの剣は、宝具などとは比べるべくもない数打ちだ。名工に鍛え上げられた鋭さも、誇るべき武勇もこの剣達には無い。
「――――――――工程完了」
それでも、俺の中に突き刺さったかけがえの無い無垢な幻想。
強い思いを、強い魔力を込めれば、こいつらだって答えてくれる。
「――――――――全投影一斉層写」
銃身をより放たれた弾丸はそれを証明するように、剣弾が巨虫の外殻を貫き、削り取る致命傷には程遠いその剣弾も放ち続ければ、或いは。
「衛宮さん! 三分間だけアイツの注意を引き付けてください!!」
俺がのたうつ巨虫の腕を右へ左へ掻い潜りながら冷や汗を流していると、奴によって破壊された遺跡の影に隠れながら、綾瀬が叫んだ。
安全圏からのアイツの言葉に、必死になって奴の攻勢を正面きって躱す自分が馬鹿みたいだ。
「――――っ! 三分間って、なんでさ!? っちい投影、開始!」
巨虫の大暴れによって倒壊していく遺跡。
俺に向かって倒れこむローマ調の石柱を即座に投影した干将莫耶で流し、捻る体の運動エネルギーを刀身に滑らせ難を凌ぐ。
「のどかが回復したのは好都合なのです、コレなら私も戦える……!」
綾瀬の声に相槌を打つ暇さえなく、落石を思わせる鈍い破壊が頭上より繰り出された。
「どわあぁ!?!?」
飛び込むようにタガメ野郎の大鎌を躱し、ふり返りざまに干将を馬鹿でかい奴の額目掛けて全力投球。
見事に奴に突き刺さった白色の短刀。
奴の表情が変った気がする。そんなに俺を食い殺したいのかひるまぬ巨虫は俺の一撃により短くなった右の鎌で虚空を薙いだ。
「三分間あれば、私の魔術とのどかの能力でその失礼な節足動物を一撃で消し炭に出来るのですよ! ですから!」
俺は着地も何も考えず、危険を感じる全神経をフル稼働して柔らかい砂の上に突っ込む。辺りを包む砂塵が、俺と巨虫の緊張を一瞬だけ弛緩させていた、お互いに視界が黒ずんでいる。この隙を逃すまいと、俺は不幸にも口を濁す砂利の味を唾棄するように、声を張り上げた。
「オーケー、それでいこう! 女の子に美味しいところを持っていかれるのはちと残念だが、一発炎上は魅力的な提案だ! 三分なんて楽勝!! 特撮怪獣なら番組枠の都合上それで終わりだもんな!!」
よせば良いの語気を強めて猛々しく振舞う男の子な俺。可愛い女の子たちの目の前だ、俺にだってそれ位の見栄はある。
左手に残った黒色の愛刀右手に持ち替え、それをぎゅっと握り締めた。
体力には自信があったが、これだけ必死になって跳ね回ったのは聖杯戦争以来だ。俺の血肉が皮肉にも酸素を求めるように、俺の精神も戦いの高揚を望んでいるらしい。
「―――――――――――ふう」
熱い息を吐き出し、ただ視界が開けるのを待った。
辺りには白い浜辺と、砕かれ猥雑に散った白桃の様な遺跡の瓦礫。
風も吹かぬこの地下の楽園で、三分間の狂想を奏でよう。