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No.1027の一覧
[0] Fate / happy material[Mrサンダル](2007/02/04 07:40)
[1] Mistic leek / epilog second.[Mrサンダル](2007/02/04 07:56)
[2] 第一話 千里眼[Mrサンダル](2007/02/04 08:09)
[3] 第二話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:26)
[4] 第三話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:43)
[5] 第四話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:03)
[6] 幕間 Ocean / ochaiN.[Mrサンダル](2007/02/04 09:14)
[7] 第五話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:24)
[8] 第六話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:34)
[9] 幕間 In to the Blue[Mrサンダル](2007/02/04 09:43)
[10] 第七話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:50)
[11] 第八話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:59)
[12] 幕間 sky night bule light[Mrサンダル](2007/02/04 10:05)
[13] 第九話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 10:12)
[14] 第十話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 10:20)
[15] 幕間 For all beliver.[Mrサンダル](2007/02/04 10:28)
[16] 第十一話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:34)
[17] 第十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:45)
[18] 第十三話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:03)
[19] 第十四話 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/04 11:11)
[20] 第十五話 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:19)
[21] 幕間 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:26)
[22] 第十六話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:36)
[23] 第十七話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:44)
[24] 第十八話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:51)
[25] 第十九話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 11:58)
[26] 第二十話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:18)
[27] 第二十一話 本の魔術師[Mrサンダル](2007/02/26 02:18)
[28] 第二十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:22)
[29] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/26 02:51)
[30] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/26 02:58)
[31] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/26 03:07)
[32] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/26 03:17)
[33] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅴ[Mrサンダル](2007/02/26 03:26)
[34] 第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:37)
[35] 幕間 願いの行方 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:43)
[36] 第二十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 03:53)
[37] 第二十五話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:04)
[38] 第二十六話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:14)
[39] 第二十七話 消せない罪[Mrサンダル](2007/02/26 04:21)
[40] 第二十八話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:29)
[41] 第二十九話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:38)
[42] 幕間 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/26 04:47)
[43] 第三十話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:57)
[44] 第三十一話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:04)
[45] 第三十二話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:13)
[46] 第三十三話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:22)
[47] 第三十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:55)
[48] 第三十五話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:15)
[49] 第三十六話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:22)
[50] 第三十七話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:31)
[51] 幕間 天の階[Mrサンダル](2007/02/26 06:41)
[52] 第三十八話 されど信じるモノとして[Mrサンダル](2007/02/26 06:51)
[53] 第三十九話 白い二の羽 [Mrサンダル](2007/02/26 07:00)
[54] 第四十話 選定の剣/正義の味方[Mrサンダル](2007/02/26 07:20)
[55] 幕間 deep forest[Mrサンダル](2007/02/26 07:30)
[56] 第四十一話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:37)
[57] 第四十二話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:45)
[58] 第四十三話 されど信じる者として [Mrサンダル](2007/02/26 07:57)
[59] 第四十四話 その前夜 [Mrサンダル](2007/02/26 08:09)
[60] 最終話 happy material.[Mrサンダル](2007/02/26 08:19)
[61] Second Epilog.[Mrサンダル](2007/02/26 10:39)
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[1027] 第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了
Name: Mrサンダル 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/02/26 03:37
Feathers. / eX. 

「衛宮君? 好きやで、そんなん当たり前やんか」

 少しはオブラートに包んで答えなさいよ、貴方は。
 わたしとコクトーの向かい、目を細めたまま簡単に答えたコノカはセツナの隣、? (はてな)と畏まる。コノカの裏表など全くないその返答に、わたしは唸りながら顔を覆っていた。
 コノカとセツナ、二人の借りている標準以上のアパルトメントのダイニング、そこでは真っ白なテーブルクロスに載せられた最中と緑茶が人数分用意されている。
 二人は帰宅したばかりのようで、ラフな……っと言っても制服のブレーザーを脱ぎ捨て、ブラウス一枚にタイと言うセミフォーマルな格好でわたしたちを迎えてくれたのだ。
 既に陽は焼け落ち、東向きの大きな窓は薄い暗闇がゆるりと深まっていく。だが、この部屋に燦々と照る白熱灯はソレを感じさせないでいた。少しごわつく暖められた空気を吸い込みながら、わたしはふかふかのスリッパを机の下でぶらつかせている。フローリングの床は暖房が幅を利かせているとはいえ、些か冷えるし、セツナが気を使って用意してくれたものだ。
 それが、不意に片方ずり落ちる。パタンと、どこか間抜けな音がしてわたしの顔を上げさせた。

「それ詰まり、お兄ちゃんのこと魅力的だって思うんだ」

 だが、ソレすら気にせず、わたしは無遠慮にすごんでみせる。
 思い出せ、ここは敵の陣地だ。
 大き目の六畳間にクリーム色の防音壁、それに立てかけられる写真の数々や洋服ダンス、食器棚を飾りつける装飾品達は、わたしのお眼鏡にもかなうお洒落で高級なモノばかりである。
 カーテンの趣味だって悪くないし、お掃除だって行き届いている。白と黒を基調にしたこの部屋のハウジングセンスは悪くない。
 攻撃的な本能とは裏腹に、わたしのレディーな理性がこの部屋の持ち主を中々の淑女なのだと理解してしまっていた。コノカの趣味にしろセツナの趣味にしろ、わたしはこの部屋を嫌いになれそうも無い。部屋は、そこに住まう人間の心象を映し出す鏡。考えたくは無いが、詰まりはそう言うことだ。

「そら、衛宮君かっこええやんか。なあ、せっちゃんもそう思うやろ?」

 男友達を自慢するみたいに、華やいでコノカが賛同を求めている。
 彼女の隣、今日は左に黒髪を纏めていたセツナが湯飲みを音も無くテーブルクロスの上に戻し、つと恥ずかしげに……ぬぅ、頷いた。出来ればシャコウジレイであってほしい。

「はい、そうですね。確かに凛々しくて勇壮な方だとは思いますよ」

 左に結った彼女の黒い髪が揺れる。だけど、ちょっと褒めすぎかな。シャコウジレイが混じっていて、とてもいいわ、セツナ。
 この前会ったときよりも幼く見える彼女は、中学生と言っても通るのでは無いだろうか? 髪は女を計る唯一のモノだ、案外、彼女はこの髪型に慣れ親しんでいるのかもしれない。真直ぐに垂らした長髪よりも様になっていた。

「―――――とはいってもですね、このちゃん。私の親しい男性なんて、ネギ先生とコタローさん位ではないですか? 比べようにも私は、その……評価のしようが在りませんよ」

 そして付け足された、自信の欠落した言葉。
 俯き加減に溢した彼女は、頼りなそうな伏し目を隣のほんわかしたお姫様に送った。

「せやなぁ~。せっちゃんもウチも女子部通いが長いし、今も別学やもんな。でもでも、学園祭なんかで知り合った男の子なんかと比べてみても、いい線いってるのは間違いないと思わん? 何より可愛いしな。おっ、可愛カッコいいって、なんか新しいやん?」

 きゃぴきゃぴした声が、どこか遠くの国のようだ。
 わたしじゃないわよ、コクトーが隣でそんな顔しているだけ。勿論私はコノカの言っている事がミクロン単位だけど理解できるので、口を挟む。

「そうね、よく分かってるじゃないコノカ、シロウの魅力が。そうね、可愛さとかっこよさ、それが彼の素敵さよ」

「お? イリヤちゃん、分かってくれるん? この前の吸血鬼事件の時に感じたんよ、普段のヘッポコ具合からシリアス男の子モードへの華麗な変身。アレが男の色気って奴やわあ。なあ~せっちゃ~ん」

「………はあ、よく分かりませんが。私も一応頷いておけば宜しいのでしょうか?」

 もはや何も言うまいと、黙々とお茶を口に運び続けるセツナ。コクトーに救援を求めたものの直ぐにソレを諦め、女性陣唯一人の被害者が有耶無耶に頬を掻いている。
 そういえば、コノカとセツナは何時ぞやの宝具吸血鬼事件を通してシロウと仲良くなったらしい。シロウが恥ずかしげに漏らしていたが、非常識にもデートを楽しんだとか。吸血鬼退治にいって女の子とデートするって、どんな仕事だったのかしら。離れ業もここまで来れば大したものよね。とはいえ、当のシロウが聖杯戦争なんて殺し合いの真っ最中にアイツとデートを敢行しちゃう愉快さんな訳で、彼にしてみれば然したる問題でも無いのかも知れない。

「それで、他に思うところは無いかしら? シロウのこんなところが“キュン”とさせるとか、素敵だって思うとか?」

 わたしはコノカとの投合した気持ちをそのままに、件の女たらしについてもっと深く聞いてみることに。不思議だわ、コノカと話しているのは中々楽しい。冬木での遣り取りを髣髴させられる。気付いた時は時既に遅し。ガラにも無く、愉快な単語を掘り出している。
 コクトーとセツナは既に蚊帳の外。まあでも、二人はノンビリと顔を合わせて日本茶の渋みを堪能しているようだし邪魔するのも悪いだろう。

「そやな~、やっぱアレかな。気付いたのはウチやないんやけど、衛宮君ってさ、一生懸命やん? それが、一番の魅力かなって」

 会話のテンポを緩めず、コノカが黒塗りの茶碗を持ち上げた。
 艶のある漆の声、私はシキとの問答でも耳に残ったその言葉を熱い緑茶と一緒に腑に落とし、そして聞き返す。

「一生懸命ねえ………。分かるけど、どうしてソレが魅力になるのかしら? 貴方もやっぱり、誰かを重ねているの?」

「――――――貴方、……も? どういうこったん」

「ああ、気にしないで。それで、よかったら聞かせてもらえるかしら? 貴方がめろめろなシロウに似ているその男性の事」

 少し驚いたコノカに、冗談めいた発言。受け取ったのは二人だ。
 さして気にする様子の無いコノカは、思い出と言うアルバムを整理するためか、いったん席をはずし、台所から新しいお茶菓子をテーブルの中央に備え、再び腰を下ろす。
 彼女の顔が先ほどよりわたしに近い錯覚がある。事実、腰掛けなおした彼女は、綺麗に細った顎を結んだ手の甲に乗せ机に乗り出していた。

「せやな、たまにはこんな昔話もいいかもな」

 一瞬だけセツナの優しい眼差しを確かめ、そして、少しだけそっけない態度で肘をつくわたしにとつとつと、コノカは一人の少年の話をしてくれたのだ。

 今のわたしとそう違わなかった男の子の話。
 魔術学校を卒業したばかりの十歳の新米教師、そんな非常識な話。
 コメディーみたいな出会いや、ミュージカル以上の日常。
 神秘に身を置く少年と交わされた、ジュブナイル小説にも似た冒険の数々。
 そして訪れる悲しい別れと、円満な結末。

 どこか遠くにある誰かの話。

 わたしはその昔語りを、気付けば夢中になって傾聴していた。

 だって、本当にそっくりなのだ。
 性格とか、容姿とか、そんな上辺のモノではない。
 もっと根本的な何か。
 在り来りで使い古された言い回しかもしれないけれど、その在り方が、その魂の色が、どうしても二人を重ねてしまうのだ。

 素敵な空想を追いかける、お馬鹿で一生懸命で、だけど素敵で優しいその在り方。
 シロウ以外にそんな空論家が居るなんて、思ってもみなかった。
 わたしは誰にも聞かれないよう、呆れたようなため息。

「―――――――――――まいったなあ。わたしは、イデオローグってあんまり好きじゃないはずなんだけど」

 だけど。そう、だけど。
 必死になって追いかける二人の背中を笑うことなんて、わたしにはどうやら出来そうも無い。ううん、きっと誰にも出来ない。フランスの独裁者だって、この二人を笑うことなど出来るはずがないんだ。
 わたしは、ここにはいないお兄ちゃんにも届くように大きくもう一度だけため息をつく。
 けれど、こぼれ出たわたしの中身には、いやな匂いが無い。
 よかったわね、シロウ。貴方みたいな人間て、どうやら一人じゃなかったみたい。

「――――――さて、どうでしたでしょうか。ネギ先生のお話は?」

 吐き出した何かが掻き消えるのを待っていてくれたのか、コノカの相方が、そう締めくくった。
 わたしが相槌をうつ暇も無く、隣のコクトーがいつも通り、そうして優しい想いを漏らす。

「うん。面白かったよ。あ、でも面白いってのは、良くないね。なんか馬鹿にしてるみたいだ。そうだな、―――――――楽しかった、の方がしっくりくるのかな? 君たちが過ごした時間はさ、きっとそうだったんだろ?」

 抑揚なんて、どこにも無い。平たい、特別なにも無い彼の一般論。
 非常識で非日常的な彼女たちの思い出に、彼はなんて当然様にそんな事を嘯けるのか。
 だけど、今回ばかりはわたしも彼に共感していた。
 だって、彼女たちの話はとても面白くて、そしてやっぱり楽しそうだったから。
 今、わたしが感じるシロウと一緒に過ごしていく時間が“幸せ”だと思えるように、やっぱり彼女たちの思い出もきっと素敵で幸福に違いない。

「はい、とても楽しかった。――――――あぁ無論、衛宮や貴方がたとお喋りする時間も同様にですよ? 貴方たちも大変楽しい」

 どこかで見たことのある微笑を、セツナはわたし達に向けた。
 遠い瞳は、過去では無い今を見つめている。
 そう思ったのも束の間、彼女はずらした視界の向こう、チラホラと地上に星が散りばめられてきた麻帆良の夜景に表情をずらした。

「うん、納得かな。貴方たちの話を聞いていたら、シロウを気にかけちゃう理由、分かっちゃったモノ」

 つられて、わたしは窓越しに薄暗い街郭を見下ろす。明かりの未だ灯らない路地裏はセツナの眺める綺麗な夜色には無い愁いを帯びているようにも感じられた。
 同じ場所から眺める風景は、どうしてこんなにも違うのかしら。瞬きのようにその数を増やす人並みに綺麗なネオンの光害と、暗い路地裏でしか見えない小さく瞬く天上の星々。わたし達は果たして、どちらを美しいと感じるのだろうか。

「―――――――――まあいいわ。結局、貴方たちもお兄ちゃんを大切にしてくれているみたいだし、それが分かっただけでも有意義なお茶会だった」

 くだらない。
 そう口にも出さず、代わりに浮かんだ在りのままを二人に送る。

「そうですか、ならば良かった」

 セツナは温くなったお茶碗を両手で囲みながら、椅子を引き立ち上がったわたしを見上げる。
 「行くわよ」と、コクトーに言うまでも無く、彼は既にブルゾンを羽織りなおし、わたしにジャケットすら手渡してくれた。最後に、残った最中をはむっと口に放り込んでソレを着る。

「――――――それにしても、会ってみたいものね。貴方たちみたいな女性を、こんなにも惹きつけている、例の男の子に。今、彼はいくつなのかしら?」

 不躾な質問……なのかしら? 
 玄関の前、わたし達を下まで見送るといって聞かない二人を手で制しなが、そう聞いてみる。コクトーは地下の車を拾ってくるといって先ほど出ていったし、彼が車と一緒に戻ってくる僅かの時間を、たわいも無いお喋りに費やすことを決め、わたしは最上階の廊下で白い髪を冷たい風に晒す。

「たしか十五やったかな? 今ではきっと、結構な男前になっとるはずやで。会う事があったら、イリヤちゃんも気い付けや」

 ブラウス一枚で待つのは厳しかろうと思うのだが、コノカは身体を抱きしめるようにしながら、僅かに霜焼けはじめた頬を微笑に繕う。

「冗談。だってシロウがいるもの。分かるでしょう? わたしをときめかせるには、彼以上でないと。――――そんな男性、いると思う?」

 答えなど分かっていたと、二人がほくそ笑む。
 折よく地上から響いたクラクションが少しだけむっと口を曲げたわたしに、穏やかな表情を返してくれた。どうやら、コクトーがエンジンを温めわたしを待っている。

「それでは妹さん、お帰りの際はお気をつけて。衛宮にもよろしくお伝え下さい」

「ほななあ~。今度はお泊り道具をもってきいや、イリヤちゃん」

 深々と礼を交わすわたしとセツナ、そうしてソレを包み込むように朗らかなコノカの声。
 手を軽く振り、駆け出す。わたしは地上に向かう昇降機を探す。
 否応にも視界を満たす地上に光る人工的な星は先ほどよりも多くちらちらしていた。
 確かに華やかだけど、やっぱりなんか嫌だ。どれほど雅に優雅に満ちかけようとも、それだけが人を魅了するのではないのだと、わたしは思う。

「――――――ちぇ、星が見えないや」

 気付けば既に地上、そこは痛いくらい凍えた空気と正常な闇色がある。
 自動で開閉するガラス張りのドアを開いた。わたしはコクトーの車を探しながら器用にも天上を見上げ、口が滑った。
 山が一杯の教習場にシロウは赴いたって話だけど、彼はどれくらいの星を数えてきたのかしら、そんな関係ない話を、今晩は彼と一緒にしてみよう。

 コクトーの再度鳴らしたクラクションに向かってわたしは道を行く、少しだけ暗がりが深まったその場所に、コクトーは車を控えさせていた。

 車のサイドドアに手をかけ、ふと、―――――もう一度だけ空を見上げたいと思った。

 喧騒が囁きの様にも聞こえるその場所で、わたしは自身の我侭のままに、夜天を仰ぐ。
 地上の輝きに劣り、小さい、そして弱弱しい光しか放たぬ明星。

 だけど、それでも。

 わたしはソレが綺麗だと思う、セツナやコノカと同じように。






. Snow white. / eX.

「どうだったイリヤちゃん、今日は楽しかったかい?」

 危なげなくハンドルを右に、そしてコクトーが尋ねた。
 麻帆良の洒落た町並みは既に見えない。流れるように風景は移り変わり、わたし達は無機質なビル群しか存在を許されない、この小さな島国の首都に帰投してしまっている。
 垂れ流され続けるラジオに耳を傾けながら、わたしは顔つきとは正反対に詰まらなげな声調で答えた。

「ええそうね、楽しかった。考えてみたら、こんな風に他人と気楽にお喋りするのって、冬木を出てから初めてかもしれないのよね、わたし。ディスカッションのコンテンツも興味深かったし、冬木に戻ったらリンやサクラにも聞いてみようかしら」

 助手席、少しゆるいシートベルトを調節しながら、わたしは規則正しく設置されたオレンジ色に放光する街灯を数える。
 ぽつぽつと置かれたその光は、ぼんやりとわたしの視界を染めていた。

「そうだね、それがいい。だけど、その前にちょっとだけ忠告。きっと君の言う彼女達は他人じゃないよ、素直に友達って言ってみたら? きっとそっちの方がしっくりくると思うけど」

 ――――――――――あれ、次の街灯は幾つ目だっけ?
 彼の恥ずかしい戯言に思わず息を詰まらせ、反応するのにタイムラグが出来てしまった。不確かな情感のままに、わたしはコクトーを見上げ、そして僅かに陰った顔を探す。彼の表情は夜の闇に染まっているものの、それでも明るく感じた。

「 ? いいじゃないか、友達。君ぐらいの歳の子はね、本当なら超能力やらなんやらに一生懸命にならないで、一杯友達と遊ぶのがいいんだ。恥ずかしがることじゃないよ」

 相変わらず笑顔で頓珍漢なことをのたまうコクトーにムカッときてしまう。
 言い返したくて嫌味をひねり出そうと頭を捻るも、どうして? わたしは何に対して怒りを覚える必要があるのか? わたしは何に狼狽しているのか? 何も言い返せない。彼のくだらない狂言を、わたしは。

「友達………………」

 視線は知らずと彼から外され、わたしは俯き弱々しく溢す。たった一つの言葉、なのに、語尾が微かに割れているようにも感じた。
 夜の車道に零れる外光が忙しなく消え、照らし、消える。その繰り返しが延々と続く車内には、やはりラジオの雑音だけが沈黙を嫌っている。丁度耳に入ったハスキーな女性歌手のR&Bは、少しばかりクラッシックな、そして優しいメロディーを奏でていた。

 知りもしないその音色を口ずさみながら、わたしは振り返る。

 わたしとって大切な“物”。それが友達? ソレが大切なモノ?
 ソレは今までシロウだけだった、ううん、きっと今でもソレはきっと変っていない。

 変わったとしたら、それはきっとわたしだ。
 
 大切なものなど、一つしか無いと思っていた。
 だってわたしは未来など持っていなかった筈だから。
 いずれ無くなるモノならば、必要ないって思いたかった。

 だけど、今は違う。

 大切なものを、たくさん掬い上げている。
 シロウだけじゃないんだ、わたしだってちゃんと歩いている。
 わたしはここいる、ここにいて、ちゃんと未来を信じている。
 止まったはずの時計は、今もキチンと回っている。
 空っぽだった杯は、今はこうして満たされている。

 今は、ちゃんと。

 ――――――――大切な“ヒト達”と幸せで在りたいと願っている。
 ――――――――その願いを、叶えたい、守りたいと望んでいるんだ。

 願いを叶える、わたしではなく。
 願いを望める、わたしで在りたいと。

 ――――――――そう、信じることができるから。

「――――――――うん、友達……か。そうだね、こっちの方がなんか嬉しい」

 だから、今度ははっきりと言い聞かせるように。
 わたしは灼眼、シロウ色の瞳で、狭まり流れていく夜の街を望む。

「――――――――ソレとね、コクトー」

 媚びるような笑顔はそこには無い。






「―――――――――わたし、もう一つだけ思ったことが在るんだ。聞いてくれる?」






 わたしはポツリと、彼を真似た自然体の表情を綻ばせ、真摯な瞳でコクトーを捉えた。

「ん? なんだい?」

 一度だけ彼の左目が覗かせる。
 そこに残る傷跡は居た堪らない感情を与えるも、わたしはその傷痕に慣れるようにいつも努めていた。だけど結局、彼はそんなわたしに気を使ってか、直ぐに運転に集中してしまった。
 コクトーはコレで中々の紳士だし、そんな彼なりの気の使い方はシキもトウコも、そして勿論わたしも、彼の魅力なのだと知っているのだ。
 わたしは黒いジェントルマンにふさわしい柔らかい表情で溢していた。

「今日ね、わたし達は色々なお話を聞いてきたじゃない?」

「うん」

 と、簡単な相槌が帰ってきた。
 やはりコクトーは此方を見ない。だけど、ラジオをオフにする彼の気世話な仕草が印象的だった。
 沈黙を手に入れた車内は、外気のけたたましい寒風と相まって、暖かく心地よい。

「そこでわたしはね、色んな“好き”って感情に触れたと思うの。不思議よね、わたし誰かを好きになるのって誰かを自分の“物”にしたい欲望なんだってずっと思ってた。わかる? 感情なんて、みんな同じで一つきりの回答しかないんだって、思い込んでいたの」

「うん」

 そして、彼は先ほどと同じ、だけどどこか先ほどよりずっと暖かく返す。
 そっけないなあ、なんて思ってもいない苦笑を浮かべて、座席のシートベルトを弄びながら変わらぬ声色で言う。

「だけどね、それは間違ってた。みんなお兄ちゃんが“好き”な筈なのに、その中身は全部違っていたんだ」

「うん」

 今度は、アクセントに表情が無い。
 ちらっと、しばしの間に彼の左目を隠す伸ばした黒髪に視線をやる。そうしてわたしは少しだけおっかなびっくりに、付け足した。

「―――――――――ねえ、コクトー。それでね、変なこと聞いて良いかな?」

「―――――――――うん、良いよ」

 彼の強い言葉、声の表情は、優しすぎてわたしをどこか不安にさせる。
 だけど、それでもわたしは瞳に光を戻して息を吸い込んだ。

「わたしはシロウのことが好き。だけどね、わたしの好きって一体どんな“好き”なのかしら? それが、分からなくなったんだ」

 強く嘆いたはずの想いは、だけど、彼まで届いたかのも分からない。
 ソレほどまでに小さく、怯えるような声色だった。

「わたしはシロウの事が好き、――――――――なんだよね?」

 けたたましく走る軽快な車輪が、沈黙の中で大きく呻り声のように聞こえる。けれども、破られた静謐の中から、わたしの脆弱な息遣いとは異なる異質なまでの優しい響きが零れだしていた。

「――――――――難しいな、イリヤちゃんの疑問に答えるのは」

 コクトー色の動く密室。ソコに反響した彼の声が嫌に耳に残った。
 大人にしか出せない艶のある言葉とは裏腹に、彼は子供みたいに鼻の頭を掻いている。ソレが吹き出すほどに可笑しくて、反応に困ってしまう。

「感情、言い換えれば心、かな? それってさ、僕たちが懸命に生きてきた短い、だけどとんでもなく長い時間の中で手に入れた想いの結果だろ? それを僕は“言葉”なんて曖昧なものだけで伝えられるなんて到底思えない」

「――――つまりソレって、言葉にする事に価値は無いってことかな? こんな事考、えることに意味は無いのかな?」

 知らず、早口に――――――いいえ、焦り急かすような声色を向けていた。彼は固くハンドルを握り締めたまま、大きな交差路の赤色を眺望し車を止める。 
 歓楽街に入ったためか、宴の灯に車内は照らし出され、昼間と変わらないようにも思えた。

「違うよ。言葉にすることは大切だ。それをないがしろにして伝わる想いなんて、嘘っぱちだもの。――――僕が言いたいのはね、感情、心を編みこんでいるモノは決して一つだけの想いじゃないって事。たくさん在るから、言葉一つじゃとてもじゃないけど伝えられないんだ、違うかい?」

 忙しく窓越しに多くの人間たちが道を交差していく。それを眺め、頷く。
 信号はいつの間にか青い輝きを報せていた。
 不夜の喧騒から離れ、再び止まらない沈黙は走り出す。

「君が今話してくれた“好き”って感情一つにしてみても、色んな記憶が折り重なっている筈だろ?」

「うん、それは分かるよ。だけどね、それって一体なんなのよ? わたしの気持ち、シロウが“好き”だってこの感情、その材料って?」

 コクトーの話は抽象的過ぎてよく分からない。
 それでも、思ったことくらいは口に出来たようだ。
 すまなそうに、ハンドルを切るコクトーは申し訳無さそうに苦言を漏らす。

「――――残念だけど、分からないよ、僕にも。ソレは君自身が気付かなくちゃいけないことだと思うから」

 「そう」と俯いたわたしに、だけどコクトーは長閑に微笑みを向ける。

「けど、僕の拙い人生経験からなら、いくつか思うところはあるよ。―――――――――そうだな、例えばソレは単純な異性愛かも知れない、例えばソレは複雑な独占欲かもしれない、……そしてもしかしたら、狂おしい程の憎しみかもしれないね」

 だけど、少しだけ辛そうに。
 呟いた終わり。彼の琴線に触れる硬い言葉が、沈黙の只中に沸きあがった。

「憎しみ? そんなネガティブな想いも“好き”って感情を構成しているの? それって、ちょっと信じられないわ」

 嘘。それでも、少しだけ分かる。
 かつてのわたしが、シロウを求めたように。
 憎しみや憎悪。きっと本人が気付かぬだけで、それは愛にも似た強い渇望だ。

 ――――――そうだ、思い出した。はじめはただ■かったんだ。

 ソレがはじめに注がれたモノ、ソレがシロウを“好き”な理由。
 だけど、今は違う。違っていて欲しい。
 きっとソレとは違う別の何かがわたしの“好き”を構成している筈なんだ。
 いつの間にか過去の記憶に。
 思い出すことが困難な程に、忘却された■■と言う愛欲。ソレを。

「―――――わたしは違う。少なくともわたしは、そんな醜い想いで彼のことを愛したくない」

 考えたくも無かった思考。ソレを切り捨てるため、言い切った真実。
 コクトーはわたしの威勢に思わず失笑している。

「はは、そうだね。だけど、中にはそんな人もいるのさって話。結局、イリヤちゃんが自分で気がつくことだからさ。僕が君に贈れるのは、コレだけだ」

 見慣れた風景が夜の闇に紛れ始めた。
 黒に塗りつぶされた寂れた工場地帯、静止した暗闇の中で、わたし達の車だけが活動している。

「でも、流石にコレだけじゃ寝覚めが悪いね。そうだな、――――――」

 伽藍の堂まで残り僅かなこの沈黙に、わたしはコクトーからようやく瞳をはずした。
 少しだけ窓を開けさせてもらって、湾岸沿いの潮の匂いを肌に馴染ませる。普段ならば腐乱な海の芳香に顔をしかめる筈なのに、今夜はソレが無い。真っ黒の海から立ち込めるその香が、今だけは隣で悠々とハンドルを滑らす彼の温もりと同種のものだったから。

「―――――それじゃあ最後に、年上からのアドバイスを一つだけ」

 わたしの心、イリヤの材料。
 わたしの思い、イリヤのマテリアル。

 わたしはシロウが好き、だって彼はあぶなっかしいもの。
 わたしはシロウが好き、だって彼はとっても素敵だもの。
 だけど、それよりも大きな何かかがわたしのマテリアル。
 シロウを思える大切な何か、それをわたしは口に出す勇気が無い。

「うん、最後に何かな? コクトー」

 ――――――――イリヤスフィールは彼が、好き。
 今は、それで良い。それだけでわたしは満たされる。

 そして、わたしは眠りに落ちるように目蓋を閉ざす。疲れを知らなかった車は段々とその疾走を緩やかに、帰るべきその場所へ。
 目の前には伽藍、聳える廃墟はやはり穏やかな漆黒に塗り替えられていた。キッと車はそこで止まった。見慣れた歩道と炉辺の路傍に、彼は車を泊めたのだ。
 伽藍の堂の最上階には明かりが灯っている。ぼんやりとオフィスの窓から毀れだす柔らかいオレンジ色を見上げながら、コクトーとわたしは、ただ息吹を繰り返すだけだった。

「君は、イリヤちゃんはお兄ちゃんと一緒に過ごしたい、幸せで在りたいと思えるんだろ? だったらそれで充分だよ、きっと、―――――」

 沈黙を破るコクトーは、キーをポケットに仕舞いこみながら普段の仕草を崩さなかった。
 それほど息苦しく感じなかったのに、冬の星空の下に帰ってくれば車の閉塞感を思い知らされる。うんと伸びをして、散りばめられ、少しだけ数を増やした星に右手を透かせる。
 コクトーから受け取った微笑。ポケットの中にあるホンの少しの勇気を、そして確認した。今度は、大丈夫。きっと彼の言葉を受け止められる。



「―――――きっとその想いは、誰かを“愛している”って気持ちに違いないもの」



 コクトーはわたしの頭に手をおいて、子供をあやすようにクシャクシャと整っていた髪を撫で付ける。

「――――――――――うん、そだね。その想いは疑っちゃいけないよね」

 わたしはシロウが好き。
 男性として、魔術師として、一人の人間として。そして、何より。

「わたしは彼が好き。だって、もしかしたら、わたしが思っていた“憎しみ”以上に大切な」

 ――――――――――――――かけがえの無い、大切な家族だもの。

 そして、わたしは伽藍の階段を駆け登る。
 大好きなあの人を、今夜は真直ぐな笑顔で迎えてあげよう。
 最初の台詞はもう決まっている、誰よりも先に、“お帰りなさい”。
 極上の笑顔で、今夜だけは彼の喜ぶ顔を独り占めしたいと思った。




/ 0.

「お帰り。先にお茶してるぞイリヤ。―――幹也さんも、お勤めご苦労様でした」

「ご苦労だったな、そしてサッサと戸を閉めろ。寒いじゃないか」

 俺は帰郷故の倦怠感をソファーの上で満喫していたのだが、それはあっけなく終わることとなる。蹴り飛ばしたかと勘違いするほど景気良く、オフィスの扉が開けたのだ。
 バーン、と開けっ広げにされたその大口から、俺のジャンパーを羽織ったイリヤと、幹也さんがポカンとした顔が覗かせている。
 そんな二人に当たり障り無く返した心算なのだが、何故かイリヤの顔が一変。さっきまで嬉しそうだったのに、なんでさ?

「…………シロウ、帰ってたんだ」

「あぁ、今さっき………ってどうして睨むのさ? もしかしてお土産は饅頭じゃなくて煎餅とかの方が良かったか?」

 思い当たる理由がソレしかなかったので、先生と一緒にデスクに広げていた饅頭をそそくさと片付け、荷物の詰まった俺のバッグから新たに煎餅を取り出した。
 うむ、醤油の香ばしい香が堪らない。

「…………だから、どうして睨むのさ?」

 だというのに、どうしてそんな冷たい視線をくれてくれるのか?
 饅頭も駄目、煎餅も駄目、―――――それじゃアレか? 役に立たないフラッグとかの方が良かったのか? や、流石にそれはいかん。汗水、冷や汗、あぶら汗流して稼いだお給料を、そんな無駄なモノに使いたく無いぞ。

「……ソレ、普通ならわたしの台詞よね?」

 唐突に、意味不明な事は仰らないで頂きたい。俺は結構センシティブなのだ。気になるじゃないか。

「何の話さ?」

 だから、どうしてそんな可愛らしい膨れっ面に?

「……………まあ良いわ、わたしも少女趣味が過ぎたもの。―――ただ今、シロウ。それで? どうだった、向こうは?」

 なんの事やら、まったく。
 イリヤもそれ以上追求するつもりは無いのか、無言のままジャンパーを適当に折りたたんでソファーの上に投げ捨てる。
 そして、一瞥。最後に一睨みして落ち着いたのか、彼女は笑顔で俺の隣に腰を下ろした。その表情は既に優雅なお姫様、東京に出てきてから猫の被り方に磨きがかかっている。コツでも在るのだろう。

「………そうだな、大変だった。教習の話しじゃないぞ、護符の件な」

 俺はお姫様の臣下宜しく、饅頭と煎餅、そしてルビー色の紅茶を須らく謙譲しながら言った。顔を繕っているもののやはり心のうちは怒っているのだろう、猫の見分け方にもテクが在るのですヨ。

「大変ね、そうでもなかろう。唯の山登りだ」

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ-――――-まさか奥秩父の山脈一つを登頂する羽目になろうとは思いもよりませんでしたけどねっ」

 しれっと答えた先生に馬鹿笑いでもしなけりゃやっていられない。
 いくら何でも限度があるだろう。なんでよりにもよって日本百名山の一つ甲武信ヶ岳、標高2475mの山中を満喫せねばならぬのか。いやまあそれだけなら良い、いや良くないが、今はあえてそれで納得しよう、精神の平穏の為に。

「大体ですね、なーにが知り合いに委託していた、ですか? アレはどう考えたって仕事の成功報酬じゃないですかっ。天狗伝説だかなんだか知りませんがね、あちこちの洞窟やら渓谷やらを徘徊してようやく“発見”したんですからね、ソレ」

 俺は先生のデスクに置かれた、傷み、やや湿った鷲色の羽根を注視する。天狗の羽だかなんだか知らないが、どうやらソレが矢避けの概念を含んでいるのは間違いなかった。解析を走らせればそれ位は分かる。

「まあ、良いじゃないか。語弊があったのは認めるが、楽しかったろう? 信濃水源の天狗の巣、君の能力を使えば簡単に見つかったのではないかね」

 先生の知り合いの考古学者とか言うとぼけた壮年の男性、名前は瀬……なんと言ったか覚えてはいないが、とにかくその学者さんと一緒に先生曰く“委託”していた矢避けの護符、つまり天狗の棲家に残された羽を拾ってきたのだ。
 考古学者のおじさんは天狗の棲家跡を見つけるために、俺は矢避けの護符を見つけるために、一方は知識を、一方は解析能力を生かしたナビゲーションを駆使しビジネスライクな探検が開始された。

「ソレこそ簡単に言ってくれますね。大変だったんですから、ほんと死ぬかと思いました」

 流石は古くから幻想種が生き、そして滅びた土地だ。正に異界、涅槃の国。それも然る物ならば、集まったキャストも冗談のような奴等ばかりだった。
 天狗の棲家を守るため使わされた麻帆良の刺客、美少女忍者との誤解による死闘。暗闇の山嶺、そこで鉢合わせた謎の遺跡荒らし達との熾烈を極めた攻防。そして遺跡を守るため、女忍者との友情溢れる共闘そして勝利。
 九割誇張が混ざってはいるが、正にイ○ディージョーズ張りの大スペクタクルっ!!
 ……だが、笑えないことに死にそうになったのは紛れも無い事実だったりする。
 俺もあの人も、良く五体満足でいられるものだ。特にあのおじさん、体の中にアヴァロン五十本位埋め込まれているんじゃないのか? 吸血鬼だってああまで不死人ではあるまいて。
 まあ問題は他にもある。最近なにかと噂が絶えない例の流行病の監獄みたいな病院が聳え立っていたり、式さんとガチで喧嘩したって言う超能力者さんの実家があったり、極めつけは伝説の暗殺集団の隠れ家だってあったそうだ。
 女忍者に教えてもらうまで、後ろ二つは知らなかった。我が身の無知が恨めしい。救いようも疑いようも無いほどに不思議魔空間だったんだから。知っていたらもっと用心深くあの地を踏みしめていたのに。具体的に言うと、遺書書いたりとか、保険に加盟したりとか。後、鳥肌が立つほど恐ろしいので観光に行くときは注意が必要だろう。神秘に身を浸すものとして、切実に。正義の味方として、危険を訴えた方がいいのだろうか?

「まあいいさ。とにかくご苦労だったな。今日はもう休んでいい。嫉妬に焦がれて焼死しそうだ、いやはや、君とお喋りが過ぎたか。そろそろ返さなくてはね」

 N県についての印象に、脳内でキープアウトのセロハンを迅速且つ適確にひいている俺の横、苦笑いで締めくくった先生。視線の先には彼女を静かに睨むイリヤが居る。
 逃げるように椅子を回し、背を向ける先生。その様子に俺は首をかしげ、そんでもって回した首を更に回してイリヤを探す。みれば、綺麗な朱色の瞳が座りすぎて大変なことになっている。だから、どうして不機嫌なのさ?

「ほらっ、お兄ちゃん。お話しは終わったんでしょう? それじゃ早く帰るわよっ、お話しならトウコじゃなくてわたしが聞いてあげるからっ。カズミも晩御飯楽しみにしているんだからねっ」

 イリヤはオモチャでも取り返す子供のみたいに俺の裾を引っ張る。

「あ、ああ。―――――――それじゃ先生、幹也さん。お先に」

 息つく間も無く、正確には饅頭を咀嚼する暇もなく、俺は引きづられる様に立ち上がる。
 上着だって脱いでいなかったし、旅行鞄もオフィス入り口においてあるので俺は一応席を立つ。そして、イリヤは冷たい手を包むように俺の手を重ねた。
 イリヤの手は氷みたいに冷たいけれど、柔らかくふわふわして気持ちがいい。関係無い事に微笑みながら俺はそうしてさよならを告げる。

「はい、さよなら。今晩はゆっくり身体を休めろよ」

「うん、研修お疲れ様。また明日ね」

 先生には珍しい労いの無貌と幹也さんの和む微笑にくすぐったいモノを覚える。痒くも無いくせに、頬を掻く俺の仕草はどんな風に映るのだろうか。
 そんなことを考えるうちに、イリヤが俺の手を握り返した。
 伽藍の堂から出れば、辺りは星。岸沿いで人の気配も無く通勤するには多少もの悲しいこの仕事場だが、ソレでもこんな夜は得した気分になるものだ。
 廃れた工場地帯から突き抜けるよう様な夜天、そこから落ち込んだ風が俺とイリヤのほっぺたを赤く染める。
 着込んだ茶色の革ジャン。護符の件で一層ボロボロにされたお気に入りの一張羅は、今夜に限ってらずとも効果は望めなかった。……寒い。

「――――――――――なあ、さっきから本当どうしたのさ?」

 規則正しく並ばされた倉庫の整列、そこに抜け道のように設けられた帰路を二人歩く。
 口を曲げたまま、ツーンとした表情を被り続けるイリヤ。俺の手を離さないのは嬉しいけど、できれば笑っていてくれたほうが五割増し位に嬉しい。

「別に、――――――なんでもないわよ」

 何でも無いこと無いだろう。
 だが、俺は口に出さなかった。吐露された白い靄は直ぐに見えなくなり、イリヤが不機嫌と言う猫を脱ぎ捨てたからだ。

「――――そっか、何でもないのか。ならいい」

 微笑みと共に、知らず「うん」と、俺は強くうなずいていた。

「――――――ふうん、追求しないんだ?」

「ああ、しない。イリヤが心配ないって言ったんだ。俺はソレを信じるだけだよ」

 こらっ。
 何でそこで目を丸くする。

「一丁前にかっこつけて。以前だったら何が何でも自分で何とかしようとした癖にさ」

 薄い桜色の口縁を持ち上げ、イリヤは手を繋いだまま俺の顔を覗きこんだ。

「そうだったか?」

 でも、宛が無いわけじゃない。
 確かにイリヤの言うとおり、以前の俺ならば何が何でも彼女の不満や憤りを解決しなくては気が済まなかっただろう。

「そうよ。―――――変わらないのに変わっているのね、貴方は」

 面白そうに、彼女が笑った。だけど皮肉だよ、イリヤの微笑だって変わらないのに変っているんだから。
 そうさ、初めて出会ったときよりもずっと優しい顔つきはさ。

「………変わってるって、なんでさ? 俺は別に変なことは言ってないぞ?」

 今度も、声にはならない俺の心の表情。
 寒さが少しだけ和らいだ気がする。もうじき暗闇の工場地帯を抜け出し、喧騒に紛れる頃だろう。通いなれたこの道、幾度通ったのかなんて覚えていない俺とイリヤの帰り道で、ちぐはぐな遣り取りは続く。

「はいはい、拗ねない拗ねない。それに、悪い意味で言った訳じゃないからね? だって今のシロウはちゃんとわたしのことを信じてくれているんでしょ?」

 うっ、とイリヤの上目ずかいに一撃でやられた。

「当たり前だろっ、そんなの。イリヤは俺の大切な家族なんだから」

 羞恥に駆られぎこちなく語気を強めた俺に、それでも彼女は嬉しそうに微笑み返す。
 一体何がそんなに嬉しいのか、イリヤの体温が上がった気がする。繋いだ柔らかな手を解き、絡めたイリヤの細い指からソレを感じた。
 艶かしい筈の快感は何も無い。ただお互いを確認するだけの、熱の交換。夜の闇が漂う工場地帯と人の満ちる都会の喧騒と同じく、俺たちの手は温度差が激しい。
 しかしそれでも、繋いだ手のぬくもりは確かにあった。俺たちが歩くこの帰路が在るように、境界線は確かにあって、二つを繋げてくれるんだ。

「うん。――――そういえば、言ってなかったね」

「 ? 何をさ」

 ぎゅっと、だけど優しくイリヤの手をイリヤが握る。
 絡みついた境界線は無くなることなど無い。きっと、昔も、今も、そしてこれからも。
 淡い都心の灯は、白んだ夜を作り出している。
 もう直ぐ暗闇の帰路(トンネル)を抜け出すその前に、俺は近づく街の外光をぼんやりと流し見ながら聞き返した。

「―――――お帰りなさい、“お兄ちゃん”」

 そして、そうイリヤが漏らした。
 その言葉に、その俯いた微笑みに、果たしてどんな意味が在ったのか。俺には知る術もないし、きっとイリヤも知られたく無いと思う。
 何にしても、俺の答えなど一つしかないんだから、こんなことを考えただけ無駄ではあるのだが。

 俺は眺めたネオンの群れから瞳を逸らさなかった。だって必要ない、俺の隣にはイリヤが居る、こうして繋いだ手は今も暖かい。

「ああ、―――――――――――――」

 俺は、そしてこの場所に帰ってきた。





Fate / happy material
第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了





 貴方に願いを/新たな願いを。
 貴方に約束を/新たな約束を。
 そして、日々に幸福を――――――――――――。

 空っぽの毎日は。

 きっと何も得ることの無いまま、幸福だけで満たされる。

 わたしは、そう信じ続けたいと思う。









 きっと、そんな当然の答えを選ばなかった“貴方たち”の為に。









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