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No.1027の一覧
[0] Fate / happy material[Mrサンダル](2007/02/04 07:40)
[1] Mistic leek / epilog second.[Mrサンダル](2007/02/04 07:56)
[2] 第一話 千里眼[Mrサンダル](2007/02/04 08:09)
[3] 第二話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:26)
[4] 第三話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:43)
[5] 第四話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:03)
[6] 幕間 Ocean / ochaiN.[Mrサンダル](2007/02/04 09:14)
[7] 第五話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:24)
[8] 第六話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:34)
[9] 幕間 In to the Blue[Mrサンダル](2007/02/04 09:43)
[10] 第七話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:50)
[11] 第八話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:59)
[12] 幕間 sky night bule light[Mrサンダル](2007/02/04 10:05)
[13] 第九話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 10:12)
[14] 第十話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 10:20)
[15] 幕間 For all beliver.[Mrサンダル](2007/02/04 10:28)
[16] 第十一話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:34)
[17] 第十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:45)
[18] 第十三話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:03)
[19] 第十四話 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/04 11:11)
[20] 第十五話 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:19)
[21] 幕間 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:26)
[22] 第十六話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:36)
[23] 第十七話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:44)
[24] 第十八話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:51)
[25] 第十九話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 11:58)
[26] 第二十話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:18)
[27] 第二十一話 本の魔術師[Mrサンダル](2007/02/26 02:18)
[28] 第二十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:22)
[29] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/26 02:51)
[30] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/26 02:58)
[31] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/26 03:07)
[32] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/26 03:17)
[33] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅴ[Mrサンダル](2007/02/26 03:26)
[34] 第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:37)
[35] 幕間 願いの行方 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:43)
[36] 第二十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 03:53)
[37] 第二十五話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:04)
[38] 第二十六話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:14)
[39] 第二十七話 消せない罪[Mrサンダル](2007/02/26 04:21)
[40] 第二十八話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:29)
[41] 第二十九話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:38)
[42] 幕間 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/26 04:47)
[43] 第三十話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:57)
[44] 第三十一話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:04)
[45] 第三十二話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:13)
[46] 第三十三話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:22)
[47] 第三十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:55)
[48] 第三十五話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:15)
[49] 第三十六話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:22)
[50] 第三十七話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:31)
[51] 幕間 天の階[Mrサンダル](2007/02/26 06:41)
[52] 第三十八話 されど信じるモノとして[Mrサンダル](2007/02/26 06:51)
[53] 第三十九話 白い二の羽 [Mrサンダル](2007/02/26 07:00)
[54] 第四十話 選定の剣/正義の味方[Mrサンダル](2007/02/26 07:20)
[55] 幕間 deep forest[Mrサンダル](2007/02/26 07:30)
[56] 第四十一話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:37)
[57] 第四十二話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:45)
[58] 第四十三話 されど信じる者として [Mrサンダル](2007/02/26 07:57)
[59] 第四十四話 その前夜 [Mrサンダル](2007/02/26 08:09)
[60] 最終話 happy material.[Mrサンダル](2007/02/26 08:19)
[61] Second Epilog.[Mrサンダル](2007/02/26 10:39)
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[1027] 第二十九話 願いの行方
Name: Mrサンダル 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/02/26 04:38
/ others.

「気付かれたみたいね、一流の魔術師さん」

 龍界寺の本堂。コールタールの様にべっとりとした深い黒色が幅を利かせたこの場所で、都が皮肉にいった。気障りな歯軋りでそれに答えたのは、魔術師。肥大し皴の無かった赤ら顔が、一度だけ憤怒に歪み、そして普段のせせら笑いに表情を返した。 
 孔を開いてから早数刻、その間にも、この寺院に満ちた魔力、マナの総和は飽和限界を突破し、息が詰まるほど充足している。
 人間ならば、或いは二線級の人外であるのならば、この神秘の濁流に当てられ、その気勢を常に保つことすら困難だろう。そんな密閉された地獄の釜染みたこの場所で、自然に話を進められること自体、二人の実力を克明に知らしめていた。

「ふん、まああれだけ近づけば仕方が無い。それよりも、あのレベルの魔術師どもを相手に、最後の瞬間まで監視を悟られなかったわたしの辣腕に少しは驚いてくれても良いだろう? あれだけ隠密性に優れた使い魔の遠隔操作、それに付随した物の怪どもを引き付ける特徴的な機構、いうなれば誘蛾灯の役割を組み込まれた魔具は、そうそう簡単に造れるものでは無いのだよ?」

「でも結局、今回の事件が“人為的”に起こされているって、むざむざ気付かせちゃったじゃないの。まったく、仕事を増やしてくれないで」

「ん~、問題ない。どの道、最後には我々だって自らと言うカードを切るんだろう? それに、いまさらそれがばれた所で、彼等退魔組織には何も出来んよ、ただ私たちの計画通りに踊らされるだけさ」

 衛宮士郎、桜咲刹那、両儀式。三人に付けられた監視用の使い魔は、その実、彼らが呪術協会本部から出陣した当初から目を光らせていたのだ。
 それだけではない、魔術師は十では効かない数の監視用使い魔を今夜京都の街全域に繰り出している機関員小隊全てに配置していた。

「まあいいわ。それよりあの三人、厄介ね。鏡の事前調査の限りでは、注意すべきは呪術協会長位のモノだったのに。近衛木乃香の護衛がそれなりに出来るのは予想の範疇だったけど、あの着物の女、想定外のダークホースもいたものだわ」

 今夜、配置された使い魔に気付いたのは衛宮士郎達三人だけ。
 実践的な法術師たちが事にあたった今夜の警邏、それでも、衛宮士郎達三人はやはり抜きん出ている。両儀式、桜咲刹那は言わずもがな、衛宮士郎とて、こと“戦”においては既に一介の魔術師の範疇を大きく上回っていた。
 “剣”と言う、限定的な属性は魔術の研究に向かないし、彼の才覚だって“魔術師的視野”にしてみれば、高が知れている。
 しかし、忘れてはならない。“剣”に特化した彼の希少性と凡庸性は、戦闘と言う限定条件において多彩な、それでいて強力なアドバンテージを担っている。それは、彼がくぐり抜けてきた死線の数々を顧みれば、火を見るよりも明らかだ。
 あらゆるモノを看破する解析眼。剣の強化、変化、投影を組み合わせた幅広い攻勢能力。そして極めつけは宝具、最高位の幻想すら顕現させるその魔術か。通常の物差しでは計り知れない悪魔的な切り札を、彼はその短小な体躯の中に無限と潜ませているのだから。
 加えて、衛宮士郎の持つかけがえの無い武器。聖杯戦争と言う、最高峰の戦を知る彼の経験値は、決して軽んじられるものでは無い。
 だから、桜咲刹那や、両儀式、蒼崎橙子、遠坂凛、近衛近右衛門が、その分野のスペシャリストと呼ばれる一流達が、衛宮士郎に一目を置くのは、ある意味当然だとも言えるのだ。彼の持つ才覚は、確かに塵芥ほどの物で、彼等が持つ圧倒的な“天才”と明らかにかけ離れている。
 誰しもが持ちえる、手に入れる事ができる衛宮士郎の“劣才”。それはしかし、生まれながらのどれほどの天才であっても、初めから持ちえることは出来ず、そして、彼ら天才達がいかに天賦と天運に恵まれようとも、おいそれと手にして良いものではない。
 それが、桜咲刹那が彼を“馬鹿”と称した理由。エミヤシロウが手に入れたその力は、彼等天才達ですら羨むほどの眩い真の才だ。
 きっと唯人は其れを揶揄するが、しかし、きっと偉人は其れを欲する。

 その宿命を、時に人は異才と呼ぶのだから。

 衛宮士郎は確かに天才では無いが、彼を知る一流達は後に、きっとこう評するに違いなかった。
 だが、遠上都と魔術師は、それは図り違えた。警戒すべき人間を、ものの見事に無視してしまうのだから。

「確かにね。今夜わたしの使い魔に気付いたのは上出来だが、所詮は厄介な蛆が二人ばかり湧いただけではないのかね? 心配することは無いさ、手はず通りで何も問題ない。警戒すべきは三人、近衛詠春、女二人だ。やれやれ、鏡君には少しばかり気張ってもうことになったがね。ひひ」

「彼ならば、二人相手の時間稼ぎ位簡単よ。そのためのアーティファクト。彼は、絶対に“負けない”わ。それが鏡に出来る唯一の事。悲しいイデオロギーね」

「それを強制したのは君なのにかい? ひひ。全く、女はコレだから困る」

 一瞬だけ細く薄い眉をひそめて、都は計画を反芻させていた。彼女のしかめた表情は、決して魔術師の口臭の所為では無いと、気付くことすら出来ずに。
 都は、再び夜の街を徘徊する愛しの鏡とのラインを確認し、言った。

「問題はやっぱり私達よ、どうしてって、たった二人で本部を襲撃するんですもの。考えられる? いくらあそこが混乱しているって言ってもね。不安で、怖くて、堪らないわ」

 もの愁いげな台詞と都の表情は、見事に噛み合わない。ルージュに切られた瑞々しい唇は、男ならばいきり立たないはずが無いだろう。それほどまでに淫猥だった。
 薄い嘲笑は魔術師にも伝播し、二人は毒々しい愉悦に、ただ声を奮わせる。

「ん~確かにね。しかし、そのための君ではないのか? 混血の君ならば、なんと言ったか……神鳴流かね? その流派に対して有利を担えるのだろう? それに、君の固有能力は到底、剣士にどうこう出来るモノには思えないぞ。君の力、限定的では在るが近接戦闘しか出来ないサムライにはそれこそ地獄のようなモノだ。なんせ………」

「“近づくことも出来ないんだから”かしら? そうね、私が焼いちゃうのと、神鳴流剣士の抜刀は、どちらが速いのかしらね」

 ゾクリと女は肩を抱いて身体を震わせる。
 今宵。牛三つの時に、魔術師と混血の最後の密会は果たされた。
 跳梁の都は、再び月が巡る時、その混乱は極点を指すだろう。

「ふふ。それでは明日、この街を紅く染める刻限で」

「ん~了解した。私は自身の研究と保身の為に、君は過去に起因した欲動を満たさんが為に」

 そして繰り返される会合は、コレ以後交わされることは無かった。
 前夜の戦は、静かに終わる。





Fate / happy material
第二十九話 願いの行方 Ⅴ





/ 9.

 夜が明けた。

 目蓋の裏側。やはり黄金色の■が、ドブ泥のような世界を照らしている。

 そんな反転した現の夢に引き摺られ、まどろんだ闇色の意識から目を覚ます。
 節々に残った億劫さを黙らせて脳が揺れるくらい強く頭を振った。俺は浴衣を羽織った筋肉疲労の身体を起こしてさっさと布団を片付ける。隣で未だ静かに寝息をたてる幹也さんを気遣いながらジャンパーを肩に引っ掛けて、用意された離れの寝室から音も無く出た。
 なるたけ息を殺して、襖を閉める。本堂へと続く板張りの廊下を軋ませると、霜の降った日本的な大庭園が見渡せた。俺は白い息を吐き出して、ツッカケのまま芝生を踏みしめる。朝の散策にしても些か早すぎるなと、一人唇を持ち上げて、しとしとした草を踏んだ。
 実際、疲労の所為だ。起きるつもりも無いのに勝手に目蓋が開いてしまったことに、そこでようやく舌打ちをした。だけどまあ、早起きは三文の得と言うし、朝飯の時間までの少しの時間で庭を回るくらいなら誰に許可を取る必要も無いだろう。
 ぼんやりと景観を眺めながら出鱈目に歩みを進めると、段々と素足が冷たくなっていく。朝露を吐き出す緑の絨毯が、いつの間に俺の浴衣の裾さえもしとどらせていた。

「―――――っくう、つめて」

 俺は、丁度近衛の実家が建立されている霊山の入り口、彼女の家の本丸が見渡せる鳥居の前にまで遣って来たところで、石段に腰を据えた。ついに足先の冷ややかさに耐え切れなくなったのだ。
 吐き出す靄はやはり直ぐに消えて、視界の先、白んできた夜の淵と同じ色に溶け込んでしまう。
 未だ光の灯らぬ静まり返った京都の街を、それから俯瞰した。
 俺には判断できないが、やはり京都の街には未だ大量のマナが大気に溶解しているのに間違いなかった。しかし、今朝方まで退魔組織の十にも及ぶ小隊が、この街の浄化に努めたため昨晩の圧倒的な瘴気は鎮火された筈だ。
 “向こう側”の生活は今日も当たり前に開始されるのだろう。太陽が高いうちは、物の怪どもは活動できないし、異常増加しているマナだって、群がる彼らに当てられ変容し、瘴気にでも化学反応しない限り人体にそれほど有害でも無いのだから。

 ―――――だけど、そう楽観もしていられない。

 湧き上がるマナの量は増え続ける一方だと言うし、夜になれば、またあの紅いフィルターがかった禍々しい異界へと京都の街は顔を変えてしまう。昨夜だって犠牲者は“ゼロ”では無いのだ。俺たちがこの原因不明の怪現象を解決するまで、関係の無い誰かが死んでいく。それはきっと微々たるモノでも、その事実は確かにあって、俺の心象を軋ませる。―――――きっと、今夜は昨晩以上の歪な夜になる筈だ。
 結局、いたちごっこは変わっていない。根本から、そう、マナの異常増加そのモノを食い止めなけりゃ、この街を救うことなんて出来ないんだ。
 しかし歯がゆいもので、昨晩の警邏から戻りざま、直ぐに詠春さんに問いただしては見たものの、やはり返答は変わらなかった。
 未だ俺達は、この事件の根幹に近づけてもいない。
 入手した新たな情報といえば、この事件が何らかの作為的、人為的要因が絡んでいると言う可能性だけ。俺たちに付けられていた監視用の使い魔の存在からの推理、憶測の域を出ないそれだけだ。
 詠春さんは各組織との連携やらの仕事に忙殺されながらも、俺たちの話から今回の事件に関する再調査員を本格的に京都に点在する各霊地に送り込む事を検討してくれている。もしも何者かがこのマナの異常増加を故意になしているとすれば、起点となるべくいずこかの霊山に異常が認められなくては可笑しいからだ。
 何にしても、手遅れになる前に手を打つ必要がある。本格的な霊地査定は、早ければ明後日には開始されと詠春さんも言ってくれたし、今は俺たちに出来ることで最善を尽くそう。
 それでは、今夜も夜のお掃除頑張りますかっ……まあ、今朝飯前の時間帯だけどさ。

「ありゃ、衛宮君。もう起きとったん?」

「―――――近衛?」

 思考に一応の決着がついたところで、俺は意外な声に振り返った。紅白が映える清廉な浄衣を纏った近衛が、俺の直ぐ後ろで膝を抱えて中座していたのだ。
 予期せぬ来訪者は、俺に視線で「隣、いい?」と問いかけている。勿論、拒む理由は微塵も無いので俺はど真ん中で占領していた石段の上を右にずれ、彼女のためのスペースを設けながらいった。

「早いんだな、朝。まだ5時くらいだろ。どうしたってこんな時間に、寝てても構わないはずだろ?」

 野鳥の囀りしか聞こえぬこの場所に、近衛は腰を落ち着けた。大きく息を吸い込んだ彼女は、気持ち良さそうに同じく大きな伸びを見せてくれる。

「まあね。里帰りの時はいつもこうなんよ? 実家に帰ったら帰ったで、ウチには味方がおらへんの。だってな、お父さんが“魔術の鍛錬だけじゃなくて、御家の苦行もしておきなさい。君は一応……”」

「日本の退魔組織、そのお姫様なんだから、か? それはまた、しんどそうだな、色々。俺はさ、そう言う“こっち側”の慣習や、政には疎いから、近衛の苦労は分かってやれそうも無い」

 俺が先回りしたことが気に入らなかったのか、それとも自分の辛さに共感を抱けぬ俺に不満を持ったのかは知らないが、寒さで赤らんだ頬を軽く膨らす近衛。

「むう、だったら愚痴くらい聞いてくれても構わへんよなっ? 本当、魔術のお勉強も休むわけにはいかへんし、法術…あ、日本の魔術みたいなもんな、それの修練だってせなあかんし、帰郷って言っても羽を休める暇さえないんよっ分かるっ、衛宮君!」

 があーっと、身を乗り出して熱弁する彼女は息を荒げて口にした。必死の訴えから、そのハードさが如実に見て取れる。
 しかし、こんな時間から巫女装束を着込んでまでの本格的な修行だ、きっと大変に違いない。
 日本的な修行って言うと、滝にうたれたり火の上を走ったりするあれだろうか? 俺はそれを近衛が行う冗談みたいな光景に笑いを堪えながら口を押さえる。

「むむむう~、なんで笑うんよっ! ウチ、大真面目やでっ」

「へいへい、分かります、分かりますよ、木乃香お嬢様。私めでよければ何なりと。色々と鬱憤がたまっているご様子でござんし、拙者が付き合いましょう?」

 苦笑を漏らす以外に無い俺は、それでも、こいつの辛さを分かってやれないことを程なくも残念に思う。まあでも、その役割は俺ではなく、もっと相応しい奴がいるわけだが。なあ、そうだろ? 桜咲。
 そんな気持ちを言外に込めて、おちゃらけて近衛に漏らす。
 別に大したことを言ったつもりは無かったのだが、近衛の顔は本当に嬉しそうだ。
 いやまいった、お姫様ってのは、華やかなだけじゃなくて、それだけプレッシャーや気苦労が積もってしまうものなのだろうと、ここに来て初めて気がつかされる。
 それから、益体の無い彼女の軽快な愚痴、ともすれば幸せ自慢とも取れる、そんな話を聞き続けるだけの緩やかな時間が流れていった。

「…………でな、せっちゃんも最近は厳しいし、ウチ最近めっちゃストレス溜まりまくりなんよっ。 大体、お姫様の自覚ってなんやんっ!? ウチは普通の女の子やもんっ、分かるわけ無いやんか!」

「まま、桜咲だってさ、それだけお前が心配なんだって。そう言ってやるなよ」

 俺は適当に相槌を挟みながら、笑顔を解けないでいた。
 あれから幾分も経っていないように感じるのに、気付けば紫がかっていた東の地平が今は燦爛と光に満ちていた。山間から吹く朝嵐も、痛いほどだった冷たさがなりを潜め、先ほどから穏やかに肌を撫でている。
 苦言を溢しながらも、近衛の顔は本当に楽しそうで、無為な遣り取りを終わらせるのに俺は気をもんでしまう。
 だけど、そこいら辺は流石近衛。彼女は「ふう」と満足げに白い靄を吐き出して、俺の隣に座ったときと同じく、大きな伸びで会話を止める。

「さて、そろそろ朝ごはんの時間やし、戻る?」

「そうだな。しかしなぁ、本当、護衛の仕事の為にここにいるって忘れちまうな。これじゃ、まるっきりただ飯ぐらいの居候だよ」

「あはは、そう硬いことは言いっこなしやんっ。衛宮君、今はウチの故郷を一生懸命心配してくれてるやんか、そんなん気にする事ないで。それとな、ウチも、きっとせっちゃんも、“護衛の為に着いてきた”なんてほんとの所、あんま言って欲しくないんよ?」

 勢い良く立ち上がった近衛の黒髪が、俺の鼻をくすぐっている気がした。俺は彼女に遅れて身体を起こしたため、そう感じたのは気の所為だろう。
 しかし結局、そのむず痒さは消えることが無かった。俺はぐしゃぐしゃと頭を掻きながら早足に本道の石畳を行く。後ろからとことこ付いてくる近衛は、多分ニコニコとほっぺを艶々にしている筈だ。

「なあ、それと衛宮君最後に気になった事一つ聞いて良い?」

「ああ、なにさ?」

「今朝は何でこんなに早かったん? 昨日の晩は、遅くまで警邏に出とったんやろ、疲れてないん? せっちゃんと式さんだって、今はぐっすりなのに変やんか」

 近衛は俺の横に並ぶと、少しだけ困惑気味に聞いた。俺の顔色覗きこんだので、今は尻尾みたいに結ってある彼女の黒髪が垂れる。
 俺の体調を気遣ってくれているらしい彼女に、俺は何でも無いように返した。

「ま、知っての通り、俺はあんまし優秀じゃないからさ。きっと疲労が溜まり過ぎて眠れなかっただけだよ。式さんと桜咲にはあれ位の戦闘、問題なかったろうけど、生憎、俺は二人みたいに立ち回れないんでね」

 俺は装った気丈さで、肩を竦めて見せた。そのシニカルな感じがアーチャーの野郎みたいで、少しの自己嫌悪を覚える。
 隣を見ると、ふふんと、意地悪く此方を嘗め回す近衛の冷笑がある。なんでさ?

「なあ衛宮君、それ、嘘やろ? 君、嘘つくのがホンと下手っぴなんやね」

 瞬間ぎくりとしたが、彼女の厚顔な微笑に俺はもう一度頭を掻いた。
 はあ、なんだって女の子ってのは俺より一枚も二枚も上手なのさ。感情の機微に鋭いと言いますか、真偽に目聡いといいますか、なんか悔しい。
 深いため息の俺を、可笑しそうに見送る近衛は、どうやら、俺が口を割るまで離れてくれそうに無い。彼女の顔が笑顔のうちに、俺も腹を決めよう。

「………なんで分かるのさ? 俺、自分ではそんな分かり易い性格して無い心算なんだけど?」

「うん、衛宮君ってぶっきらぼうで仏頂面やもんね。だけど、分かってないなぁ~、君は」

 ち、ち、ち、と。メトロノーム見たいな正確さで指を振る近衛。なんだか本気で悔しいぞ。俺は唇を吊り上げる………あ、なるほど。分かりやすいな、俺って。

「衛宮君、無愛想なくせに、ホンと色々な顔出来るよね。いうなれば一人お祭りやん?」

「……いや、例えが良く分からないんだが」

「ぶー、まあそれだけ賑やかだってことっ。付き合ってみると、衛宮君は小さいけど沢山表情を見せてくれるんよ」

 不満そうに顔を膨らませた彼女に、俺はやはり苦笑。俺の周りの女性達は、なるほど、俺の心の内を読み取れるはずだよ。どこそこは口ほどにものを言う。俺の場合、もはや身体全体で表現している物なのかもしれない。

「それにな、衛宮君は正義の味方関係と………その、多分もう一つに関しては、もっと分かり易いから。言われた事、ない?」

 いままでの和やかな空気を申し訳無さそうに壊したのは、近衛だった。彼女は少しだけ俯いて、俺の顔色を、先ほど違う意味で窺っている。

「あのな、怒らんでな?」

「なんでさ? 別に怒らない。それで、もう一つって何さ。それと、出来ればどうして俺の嘘を見破れたのかも教えてくれると嬉しい、今後の保身のためにも。いや、誰から身を守るかは言えないぞ?」

 俺の態度に、嫌なものが無かったのに顔を破顔させ、近衛は耳たぶの裏側で髪房を撫で上げる。ふわりと、甘い匂いが鼻腔を撫でた。だけど、それは瞬間にも満たず直ぐに厳冬の風に掻き消えてしまっている。残ったのは、どこか寂寞とした芳香だけ。

「衛宮君はさ、無理しちゃうから。普段からそうだけど……それでも、ね」

 近衛は、すまなそうに言葉を切った。
 俺は今の彼女を現す適当な言葉を思いつかない。俺を哀れんでいるわけでもない、俺を蔑んでいるわけでもなかった。だけど、それでもこいつに心配をかけているのは間違いない。

「……まあ、確かに。でもさ、それって仕方ないよ。正義の味方だぜ? そりゃ、多少の無理は承知の上さ。それでも、お前らに心配をかけたなら謝る。それは、あんまり気持ちの良い事じゃないしさ」

 何と無くだが分かっていた、近衛の憶測。
 俺は正義の味方に関しては、見境がなくなるからな。普段ぶっきらぼうだから、勢いづいている時の変化は俺の想像以上のモノなのかもしれない。……頭に血が上っちまうと、一直線に熱血しちまうからな、俺は。こう、があーっと。
 妙に納得のいった俺は、近衛が言葉を継ぎ足すのを、静かに待っていた。 
 もう直ぐ本堂の門構えが見えてくる。俺達は合わせていた歩調のテンポを緩めて、ともすれば立ち止まってしまうほどに歩みを遅行させた。

「それでね、もう一つが一番分かり易いんよ。衛宮君、それを思っている時はいっつも同じ表情なんやで。さっきもそうや、だから、ウチは嘘だって断言出来たんやもん」

 頭一つ分低いところから、近衛の優しい声が聞こえる。
 やはり俯いている彼女は、普段よりも小さく見えてしまう。寒風が一度だけ彼女の髪を揺らしして、それを契機にするかのごとく、悴みそうな桜色の唇で近衛はいった。

「君が寂しそうに笑うときはね、いつだっていつか話してくれた“誰か”のことを思ってる、違う? 衛宮君。それが判るくらいには、ウチも、せっちゃんも近しくなれたと思ったるんやけどな」

 最後に、力無い笑顔を向けてくれた近衛に、俺は薄っすらと瞳を閉じながら微笑んで見せた。
 まったく、どうして。俺は、アイツの事を思っているときの表情を知らなかったなんてさ。

「―――――――なるほど。そいつは、まいった」

 自分でも滑稽になるほど、気持ちよく苦笑して朝焼けの好天を仰ぎ見る。
 今朝も夢に視た、アイツの剣。アイツを選んでくれた尊ぶべき幻想。それが、脳の裏側で鮮明に弾けた。汚い垢が剥がれ落ちたみたいに爽快な気分で、俺はいつか引き抜いた黄金色の剣を思い出していた。

 寂しい……か。本当に、女々しいね俺は。考えないようにしていた筈だよ、そんな感情に気がついちまったら、黄金の丘で交わしたあの約束を汚しちまうような気がしていたから。
 思い出に変わるアイツが許せなくて、それを諦めなけりゃならなくて。必死に平気な振りをして、アイツとの出会いそのものを忘れようとして。無様なことこの上ない、道理で、あの剣が投影できるはずも無い。
 うん、だけど、今なら言える。こんな汚れもいいかもしれない、穢れなく綺麗な道を行く今だから感じることが出来る汚濁、気付かされた優しい、そして綺麗な未練。
 お前は、笑うかな? こんな俺を。

「ウチだって良くは知らんけどさ、衛宮君、彼女のこと、忘れようっ、忘れようっしてるやろ? なんでや?」

「……だってさ、痛いんだと思う。今がすげえ楽しいって知ってるから、アイツと過ごせないこの時間が、何よりも怖く、耐えられないほど辛くなっちまったのかな」

 言葉を交わすうちに、暴かれてしまう意地汚いアイツへの想い。
 ああ、格好悪い。だけど、この意地汚さを、果たして俺は持っていたのだろうか。この意地汚さを、嬉しいと感じることが出来たのだろうか。
 ――――――――アイツと廻り合う、以前の俺は。

「いいやん、辛くても。それはきっと辛さの分だけ、彼女と時間がどうしようもないって位に、―――――――――楽しかったってことやろ?」

 軽快な声に視線を落とした。
 水を得た魚みたいに、近衛の表情が明るくなっている。一か八かの大勝負、この女任侠はどうやらコレが言いたかったらしい。もしかしたら、麻帆良でのデート以来、ずっと俺にこのことを伝えたかったのかもしれないな。

「それに、衛宮君はその辛さとか、寂しさとかを忘れちゃ駄目やで。コレは忠告でも、お願いでも、ましては助言でもありません。命令やで、命令。私、近衛木乃香姫の、人生最後で最大のめーいーれーいー」

「なんだよ、そりゃ。大げさだな」

 いつの間にか歩みを止め、本堂に続く石畳の中央で、俺と近衛は向かい合ってはしゃいでいる。荘厳な寺院の中央で苦言を漏らす俺は、なんだか妙に嬉しそうだ。自分の顔なんて見えないけど、それでも今だけは、きっとそうだと信じたかった。

「はい、拒否権はありません。だってな衛宮君、離れ離れの君の彼女さんは、きっと君がそう感じ続けてくれる限り、幸せやで。それはウチが断言してやる」

 えっへんと、女性らしい柔らかそうな肢体が、軽く反る。意味するところは不明。しかし、彼女の仕草が優しげで、そして何より暖かなので、きっと俺に微笑んで欲しいのだろうと、勝手に納得しておいた。

「なんでさ?」

 普段の調子で、俺はやはり聞き返す。
 互いに救いを選べなかった、いや選ばなかった俺達。それでも、俺は幸せを感じられる、今だって、そしてきっと、これからも。アイツに出会うことが出来たから。

「だって女冥利に尽きるやんか。こんな良い男を悲しませるなんてな。分かって無い見たいやし、言っとくわ。女ってな、意外と単純な生き物なんやで? きっと、ソレだけで彼女は幸せだし、嬉しいにきまっとるよ」

 だから、もう一度信じてみよう。
 アイツに出会えたその宿命を、アイツと別れたその運命を。
 きっとそれは、アイツとの約束がある限り、間違えることなど無いはずだから。この後悔でさえ、間違いじゃ無いんだって、胸を張ろう。前を向いて、この未練を引き摺ろう。たった一つ、エミヤシロウにはない、衛宮士郎にだけ許されたその傷跡を讃えてやろう。

「だけど――――――詭弁だよ、それはさ」

 皮肉に唇を歪ませる。
 互いにある幸せを、きっと別れた道の彼方にある救いを、信じてみたくなったから。
 彼女のいないその辛さを、彼女がいたその思い出を。
 彼女が獲た筈の、この瞬間の幸せを。
 この空虚な伽藍の身体で精一杯、その傷みを、受け止めよう。

「正義の味方がそれを言うか……君は、真性のひねくれモノやね」

 クルリと、長い黒髪を力強く近衛は翻した。和紙で結った髪留めが千切れて風に乗り、彼女の漆黒すら霞む長髪が艶やかに踊ってみせる。
 軽いステップで下駄を鳴らす彼女はもう一度だけ舞踊の如く反転し、俺に居直る。そして、溢した微笑で俺に当て擦りをのたまった。

「そりゃそうだろ? 半端な壊れ方で、そんなモン目指せるかよ」

 自分で言ってあきれ返るのだから、近衛はなおの事だろう。
 しかし、間違っていないのだから仕方が無かった。竦めた肩もそのまま、俺はそこでようやく普段の調子を取り戻すことに成功した。
 ふっと息を付き、浴衣の袖に両手を通して腕組。少し年寄り臭い仕草に、近衛が小さく噴出した。いいじゃないか、しばしば切嗣が見せたその仕草は、大人の達観さをあてつける様で、子供心に少しの憧れを抱いていたのを思い出した。

「なんやの、それ? 衛宮君、おじいちゃん見たいやで?」

「そう見えたんなら、それで良いんだよ。ちょっとだけ、悦に浸りたいときって在るだろう?」

 軽口のままに、俺と近衛は立派な門構えをくぐっていた。
 鼻をくすぐる赤味噌の匂いが、俺たちを出迎える。近衛が女の子らしからぬ仕草で下駄を脱ぎ散らかした。カコンと地面とそれが弾ける甲高い音がして、玄関口の横、台所と直結している廊下から彼女のお目付け役を呼び寄せてしまった。

「おはようございます、衛宮。今朝はお散歩ですか?」

「まあな、そんなところだ」

 恐らくは食堂に出来上がった朝食を仕出している途中なのか、桜咲は重ねた配膳台を軽々と持ち上げながら俺に朝の挨拶。勿論、目ざとく近衛のはしたない仕草に一喝を入れてからだ。俺はその様子を苦笑で見守りながら、スリッパに履き替え土間をあがる。

「へえ、女中さんみたいだ。似合うじゃないか、桜咲」

 藍色の着物に着替えた桜咲に、それから素直な感想を漏らした。
 一瞬だけ、桜咲の顔を隠すほど詰まれた配膳台がぐらついた気がする。

「そうですか? それは、あ――――――――」

「こらっ! 女の子になんてこと言うんや!! 仕事着なんか褒めて、そんなんせっちゃんが可哀想やんかっ、訂正しーやー! それと、ウチの巫女さんルックはノーリアクションだったくせにせっちゃんだけずるいー」

「いや、お前は何が言いたいんだっ」

 わきの下のドリルな突っ込みに、息が詰まる。
 後ろめたいことなど何も無いのに、怯んでしまう情けない俺。どうやら負け癖が付いてしまっているらしい。
 救援を求め、桜咲に振り返るも、しかし当の彼女も俺の味方にはなりえなかった。正しく絶体絶命。

「………まあ兎に角。私には所詮従者なコスチュームが似合うと、そーですか、そーですよね……ふふふ。若いときは明日菜さんと色々しましたっけね、ふふ、思えばそれこそが若気の至りでした。く、過ちを二度も繰り返すとは……いいえ、衛宮、貴方が気に病む必要はありません、ふふ、やはり私には無理なのですヨ」

 っておい、俺はそんな心算で言ったんじゃっ!? 後、若い時?ってなんでさあー。
 いつの間にか近衛の言葉に感化され落ち込むダウナー桜咲。いや、盆に阻まれて顔色は窺え無いが、詰まれた配膳タワーが今にも崩れそうなので、そう推測してみただけなのですが……?

「いや、俺はだな、純粋に着物が似合うなーと。そういいたかっただけでっ」

 一応軌道修正。多分意味は無いけど。

「え、やっぱりそう想うシロウ? そっか、借りてよかった~」

 とかなんとかやってるうちに、桜咲に横合いからひょっこり現れるイリヤ。どうやら彼女も、お手伝いに借り出されているようだ。
 なにやら、第三次爆発物投下の予感。もうなるようになれ。

「和服……、女中萌え?―――― ! 和製メイド萌え!?」

 だあーっ、一体何をインスピったんだ!!

 ………なんだかよく分からないテンションで始まったこの日。
 この日の幸福も、やはりどうしようも無いほど眩しくて、楽しくて。
 ちくりと刺さる少しの物寂しさすら、大切な物だと信じられるこの日の為に、俺はもう一度だけアイツへの思いを振り返りたいと願い始めていた………なんとも雰囲気に馴染んでねぇな、コンチキショウ。


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