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No.1027の一覧
[0] Fate / happy material[Mrサンダル](2007/02/04 07:40)
[1] Mistic leek / epilog second.[Mrサンダル](2007/02/04 07:56)
[2] 第一話 千里眼[Mrサンダル](2007/02/04 08:09)
[3] 第二話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:26)
[4] 第三話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:43)
[5] 第四話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:03)
[6] 幕間 Ocean / ochaiN.[Mrサンダル](2007/02/04 09:14)
[7] 第五話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:24)
[8] 第六話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:34)
[9] 幕間 In to the Blue[Mrサンダル](2007/02/04 09:43)
[10] 第七話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:50)
[11] 第八話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:59)
[12] 幕間 sky night bule light[Mrサンダル](2007/02/04 10:05)
[13] 第九話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 10:12)
[14] 第十話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 10:20)
[15] 幕間 For all beliver.[Mrサンダル](2007/02/04 10:28)
[16] 第十一話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:34)
[17] 第十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:45)
[18] 第十三話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:03)
[19] 第十四話 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/04 11:11)
[20] 第十五話 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:19)
[21] 幕間 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:26)
[22] 第十六話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:36)
[23] 第十七話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:44)
[24] 第十八話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:51)
[25] 第十九話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 11:58)
[26] 第二十話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:18)
[27] 第二十一話 本の魔術師[Mrサンダル](2007/02/26 02:18)
[28] 第二十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:22)
[29] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/26 02:51)
[30] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/26 02:58)
[31] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/26 03:07)
[32] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/26 03:17)
[33] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅴ[Mrサンダル](2007/02/26 03:26)
[34] 第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:37)
[35] 幕間 願いの行方 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:43)
[36] 第二十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 03:53)
[37] 第二十五話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:04)
[38] 第二十六話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:14)
[39] 第二十七話 消せない罪[Mrサンダル](2007/02/26 04:21)
[40] 第二十八話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:29)
[41] 第二十九話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:38)
[42] 幕間 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/26 04:47)
[43] 第三十話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:57)
[44] 第三十一話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:04)
[45] 第三十二話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:13)
[46] 第三十三話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:22)
[47] 第三十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:55)
[48] 第三十五話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:15)
[49] 第三十六話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:22)
[50] 第三十七話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:31)
[51] 幕間 天の階[Mrサンダル](2007/02/26 06:41)
[52] 第三十八話 されど信じるモノとして[Mrサンダル](2007/02/26 06:51)
[53] 第三十九話 白い二の羽 [Mrサンダル](2007/02/26 07:00)
[54] 第四十話 選定の剣/正義の味方[Mrサンダル](2007/02/26 07:20)
[55] 幕間 deep forest[Mrサンダル](2007/02/26 07:30)
[56] 第四十一話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:37)
[57] 第四十二話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:45)
[58] 第四十三話 されど信じる者として [Mrサンダル](2007/02/26 07:57)
[59] 第四十四話 その前夜 [Mrサンダル](2007/02/26 08:09)
[60] 最終話 happy material.[Mrサンダル](2007/02/26 08:19)
[61] Second Epilog.[Mrサンダル](2007/02/26 10:39)
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[1027] 第三十一話 願いの行方
Name: Mrサンダル 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/02/26 05:04
/ others.

 ――――――――――おかしい。

 魔術師は穴から吹き出る魔力を観測しながら、戸惑いを隠せずにいた。
 白翼公の下を離れてから、その追っ手を恐れ、強大な力を手に入れる必要性を感じた魔術師は、無限とも言える魔力を手中に収める計画を“思いついた”。そこで、以前トラフィムの城の地下資料室で発見した極東におけるこの寺院の事に思い至り、二人の無能な人外とガラクタを駒に、ここまでやってきたのだ。
 魔術師は龍界寺の本堂、ここに自身の工房、ともすれば神殿とも言える魔術設備を建築し、“穴”から溢れ出す魔力を抽出、そして濃縮し限りなく無限に近しい魔力の結晶を創造する予定だったのに。

「それが、何故だっ!!」

 機械的な魔具が乱雑と設置された暗闇に、ガン、となにか硬質なガラスを蹴り飛ばしたような高音が弾ける。無常に反響する雑音は、ただ魔術師の鼓膜を震わせるだけだった。
 木目張りの室内に、発光するガラスの筒が転がっている。
 魔術師が睨みつける三十センチ台のガラスケース。円柱形のケースの中には青草のむせ返るような匂いを発する、お世辞にも綺麗とは言いがたい黒緑の液体が、ぬめぬめと円柱の内側で蠢いていた。
 ――――――本来ならば、この液体が完全な固体へと凝縮されているはずなのに。魔術師は、唇を破れるほど強く噛んだ。
 穴から派生した魔力、マナは、京都の龍脈を伝いこの街全域に伝達される。その流れの中心にあるこの寺院には、それこそ莫大な魔力が集まり、魔術師の作り出した粘着物質を無限に近い魔力を内包した結晶体にまで濃縮させる筈だったのに。

「それがっそれがっそれがっそれがっそれがっそれがっそれがっそれがっ!!」

 発狂した子供のような手当たり次第の暴力で、物言わぬ無機質をただ殴り続ける。その行為は、一様に無様と言えよう。

「何故だっ!?」

 硬いガラス管を殴り続ける鈍痛に耐え切れなくなった魔術師は、最後に喚いた。そうして、毟り取る様に再度、大気の魔力量の観測結果を記したレポートを取る。
 確かに、高純度の魔力がこの工房には満ちているのだ。しかしそれは、魔術師の予測した数値を大きく下回るモノだった。
 理由は明白だ。本来ならばこの場所に集中するはずのマナ、龍脈を伝い流動する魔力の渦が、ここでは無い“どこか”に吸い寄せられている。昨夜の内に気付くべきだったのだ。京都に満ちた膨大なマナ、それでも、その総量がやはり少なかった事に。

「――――――うるさいわね、そろそろよ。準備なさい」

「――――――っつ!?」

 薄い破目板が煩わしげに開き、そこから月明かりと一緒に女の凍えた声だけが通る。
 魔術師は意地汚い最後の虚勢で、女に冷静を装い答え言い放った。

「………分かった。行こうか」

 確かに魔力の結晶体は未完成だ。しかし、順調に魔力が濃縮されているのもまた真実。時間が解決してくれる問題なのもまた、……真実だった。
 何、焦る必要は無い。今夜の作戦が成功すれば、穴は完全に“向こう側”に繋がり、噴出する魔力量とて大きく増す。
 ――――――――それで、何も問題ないではないか。

「ええ、鏡はもう出ているわ。厄介な護衛は退魔組織から出払っているし、襲撃は容易よ」

 道化を演じるのは私ではない、それは彼女達ではないかと。卑しくも魔術師は唇を吊り上げる。

「そうか、それは安心だね。ひひ」

 最後に、下種な魔術師の貌を吐き捨てるように眺めた遠上都は黒いコートを翻す。
 果たして、道化達の演ずる疑獄の幕は、こうして上がる。

「さあ、始まるわ」

 そして、静かに地獄は告げられた。





Fate / happy material
第三十一話 願いの行方 Ⅶ





/ 11.

 静かな夜だ。
 昼間の京都遊覧を満喫して、気力充分、そう意気込んで今夜とて警邏に繰り出しているのだが、拍子抜けもいいところだった。
 だが、安穏とした俺の表情とは無関係に、ピリピリとうなじが焦がされている。理由は単純だった。大気に伝う吐き出しそうな匂いが残っているものの、今夜の街は昨晩とは明らかに異なっているからだ。息を詰まらせる様だったマナの量は変わらず、しかし、何かが違うのだ。
 その感覚はきっと俺の内面への衝動だったのだろう。
 夜陰に溶け込む俺の危機感は、あの戦いで嫌と言うほど味わった恐怖への嗅覚故のものだった。
 鼻をつく誰かの殺意が、乾燥とした厳冬の空気をしんと静まり返りさせている。それが、俺の茶色い外套をきつく締め上げているのだ。

「寒いな」

 特に寒さを感じた訳ではないのだが、俺の不確かな感覚を表現するにはコレが最も適した言葉だったから、自然と口に出していた。
 辺りを見回す。時計の短針が頂点を大きく過ぎた刻限には、人の姿が見当たらない。京都駅の構内で、俺たち三人、式さん、桜咲、そして俺だけが照らし出されていた。
 やたらと高い位置から降り注ぐ人工の光。モダンな設計の構内は閑散として、俺たちの足音だけが孤独に鳴り響く。足音は、三つ。

「ふむ、ここは大丈夫なようですし次の警戒地区に足を運びますか?」

 俺たち三人のためだけにある強い電光をさえぎりながら、桜咲がいった。
 プラットホームの方まで足を伸ばしていた彼女は、階段を下りながら辺りを見回す。一際高い視界を占領する彼女は、そこからなら構内全てを見渡せるのだろう。

「そうだな。ここにいても詰まらん。殺し合えないなら、こんなところで暇を潰したくは無いからな」

 式さんが今まで寄りかかっていた構内の石柱を一度叩いて、鬱陶しそうに息を吐き出す。今夜は一度とて人外の群れと戦闘になっていない。それが、式さんの不機嫌の原因なのだろう。
 しかし、だからこそ俺たち三人の緊張は高まっているのだ。嵐の前の静けさ……とでも言えば良いのか、俺ももちろんの事、二人の一流は眼光の鋭さを増している。

「そういや、本部の方はどうなってる? 何か連絡は無いのか? 桜咲」

「………いえ、何も。マナ高潮の原因はやはり掴めていないようです」

 本部においてきた連絡用のちび刹那とコンタクトをしてくれたのか、不自然な沈黙の後に、桜咲が俺の疑問に淡々と答えた。
 にしても、桜咲の法術“ちび刹那”は中々に便利だと思う。俺も練習してみようかな。……ぬう、しかし男をデフォルトしたって可愛くもなんともないし、やはりコレは女の子専用の神秘なのだろうか? それに“ちび衛宮”、いや“ちび士郎”か? イリヤは喜びそうだが、どちらにしろ酷く惨めな自傷行為の様な気がする。

「どうかしましたか、衛宮?」

「ん? いや、なんでもない。そんじゃ、次の警戒地区に行くか? 次は確か……」

 どうでもいいかと結論付けて、俺は肩を竦める。階段をゆっくりと下りた桜咲は、俺の隣で正確な時刻を確認している。
 女性的な仕草。脈を計るように、桜咲は手首の時計を伏し目がちに見た。

「二時半……ですか。いえ、衛宮。やはり今夜はコレくらいで良いでしょう、もう遅い」

 桜咲の事務的な声に、あからさまに嫌な貌をするのは式さんです。俺ではないヨ。
 式さんの事だから、折角夜の街に繰り出したのに、血の匂いを満喫できなかった事にご不満なのだろう。
 式さんは夜の散歩を趣味とするだけあって、顔色一つ変わらない。俺はと言うと、少し眠いので桜咲の発言は有難かった。京都の街はやはり心配だが、人外共もこれだけ現れないのだ、きっと今夜は犠牲者が出ないはずだ。
 そう安堵の表情を浮かべた矢先、高慢とも取れる高い声が降ってきた。




「――――――――なんだ、もう帰るのかい?
 残念だな。今夜のメーンイベントは、まだ始まってもいないと言うのに」




 混じりけの無いテノール。見知らぬ、しかし聞き覚えのある無邪気な声が静寂の構内に反響した。
 足音は、四つ―――――。不純な合金じみた長髪と、灰猫の様なフリース。その人影は、駅構内の中央階段を一つ二つと数えるようにゆっくりと下りながら、嘲笑を俺たちに抜け目無く送る。

「やあ、はじめまして……ではないか。覚えてくれていると、嬉しいのだけれどね」

 陶酔気味に銅色の長髪を掻き揚げて、青年は言った。目の前に在ると言うのに、存在感が決定的に欠落した痩身の男。彼は階段の踊り場で歩みを止め、静かに俺たちを見下ろした。

「……お前、確か」

 俺は現れた人影を睨みつけながら、この野郎と最初に出会った夕闇の金閣を頭の中で反芻させる。
 と、同時に。腰をすえて両の腕をだらんと無防備に垂らし、俺は自然と戦闘体制に移行していた。以前とは異なり、目の前の男は明らかな敵意を向けていたから。
 俺の返答の何が可笑しいのか、含みを持った薄笑いで、青年はなおも此方を見下ろしている。

「そう睨むなよ。男に熱い視線を送られても、嬉しくも何とも無いのに」

 嫌味な野郎だ。シニカルな男って奴は、どうにも好きになれない。口元を歪め、見下すような視線を無視して、俺は軽快に言い放った。

「はっ。そうかい、そりゃあ僥倖だ。嫌いな野郎を喜ばせるほど、俺は人間が出来てないんでね」

 生憎と、奴の皮肉程度で俺が動じるはずも無い。遠坂にしろイリヤにしろ先生にしろ、こんな時だけは感謝しなくてはなるまい。
 鼻で笑うように突き返した俺の皮肉で、簡単に眉を吊り上げた青年。どうやら、上品で冷静そうな顔立ちとは裏腹に、存外に子供の様だ。
 だが、不機嫌に舌をうった青年は一転し、先ほどの様子を取り戻した。

「フン、言っていろ。その減らず口も、いずれ叩けなくしてやる。どちらが優位に立っているのか、その身で知るがいいさ」

 小忿に貌を顰めて、青年は言い放つ。
 彼の目的が何であれ、俺たちの前にこうして現れたのだ、今回の事件、それに何らかの関係を持っていると、疑ってしかるべきだ。

「一つ聞きたい。なるほどその口ぶり……今京都の街で起きている異変、貴方達が原因なのか?」

 さて、どうやって奴の口を割らせるか思案する横で、桜咲が真っ先に問いだした。
 冷淡に聞こえるその声色だが、いくらなんでも直接的過ぎる。普段からクールなイメージの桜咲だが、実際のところかなり直情的だったりすのだ。如何せん駆け引きの場には向いていない。

「さあ、どうかな? 聞かれて答えるほど、僕はお人よしじゃない。もしかしたら道に迷った唯の観光客かも知れないし、君達と同じく、この町の異変に対応するお人よしかも知れないよ?」

 案の定の返答。冷静さを取り戻してしまった青年は、愉快そうに薄く歯を見せる。
 聞こえた歯軋りは、桜咲のモノだった。

「貴様っ、ふざけるのも――――――」

「落ち着けよ、桜咲。安い挑発に乗ってやる必要はないだろ?」

 俺は勤めて冷静を装い、静かに呟いた。
 今更だが、こいつが今回の異変について何らかの関係を持っているのは明らかだ。先ず間違いなく、こいつは京都の異変について何か知っている。それを証明する確たる証拠も無いが、かといってそれを否定する要素も皆無だ。
 先ほどの台詞から考えて、目の前の少年が一枚噛んでいるのは確定だろう。
 だが、その真意は未だ定かじゃない。聞き出すべき情報は、一体なんだ、衛宮士郎? 思考を休めるな。俺にあるのは、しなけりゃならないのは、いつだって冷静に状況を見極め、最善を尽くすことだけだ。

「ふうん、詰まんないね、お前」

 ニヤニヤと俺を見下ろす青年を無貌のまま捉えて、俺は思考を続ける。
 この異変が人為的に起こされたと仮定すれば、それを引き起こした人間と、それを行うにたる目的があるのも必然だ。京都での異変、それを引き起こしたのが目の前の少年一人だけだと勘ぐるのは宜しくない。複数人、少なくとも二人以上はいるはず。
 そいつらの目的が何にしろ、今まで彼らはその存在を昨夜まで完璧に隠蔽してきた。それがどうだ、今この瞬間、何故あからさまに自らの姿を晒す必要がある?

「だんまりか? 真実を話すかどうかは別として、質問には答えてやるよ?」

 考えられるのは二つ。隠れることが困難になったのか、もしくは隠れる必要性が無くなった……のか。
 青年の横柄とした態度からみて、恐らくは後者。だとすれば、この少年が俺たちの目の前に現れたのも何らかの意味が在る。
 可能性として考えられのは俺たちへの挑発、もしくは……陽動? 挑発……は考えがたい、今まで姿を現さず隠れながら事をなすような奴等が、そんな事をする筈無い。つまりは陽動で間違いないのだろう。

「おいおい、いい加減だんまりはよせ。気を遣り過ぎて鬱にでもなったか? 勘弁しろよ、色々と気になるにしてもさ」

 薄笑いを浮かべ、饒舌さを増していく青年を睨みつける。瞬間、あんまり考えたくない予想が脳裏に閃く。
 出来れば当って欲しくないが、そうも言っていられない。予想を確信に変えるためにも……発破を――掛けてみるか?

「まあ、な。お前が他の仲間を気にする程度には気になるよ。大丈夫なのか? 本部の守りは、それなりに硬いぜ?」

 瞬間、青年の顔が目に見えて強張る。
 ――――――――畜生、ビンゴか。もうちょい、ポーカーフェイスを練習しとけっ。

「桜咲っ!」

 内心で毒づいて、俺は声を張り上げる。本部との連絡を、―――。

「くっ! 駄目です! ちび刹那との交信が途絶えている」

 即座に返されたのは神経質にいらだつ桜咲の掠れた声だった。

「ちい、出遅れた! 本命は、日本呪術協会本部への襲撃かよ!」

 青年のいやに間延びした受け答えも、俺たちをここに引き止めておくためかっ。
 だが、目的が分かったんなら話は早い。こんな奴放っておいて、すぐさまイリヤ達の所にっ。
 駅の構内から、大きく口をあけた暗闇、出口を睨みつけて駆け出そうとした瞬間。

「ふぅん、でもさ……出口、塞がれちまったぜ? 衛宮、どうすんだ?」

「どうするって、言われても……どうにかするしか、ないでしょう?」

 式さんの退屈そうな欠伸を耳にしながら、目の前を埋め尽くす無数の赤い瞳を見た。
 背筋を押されるような焦燥感が、俺の中に湧き上がる。構内の強い燭光が、怪物共を照らし出していた。実に気色が悪い。奴等は匂いにひきつけられて群がる蟻みたいに蠢いていた。
 昨日と違って明るい駅の構内だ。人外達のグロテスクな輪郭が否でも目に付き、俺は眉を顰める。

「いや、意外と思慮深いんだな、君は。弱いくせに、驚いたよ。本当なら、もう少しお喋りで時間を稼げるかなとも思ったんだけどね。遅かれ早かれ分かることだけど、姉さん達の襲撃、もう少し悟らせたくなかったな。僕の仕事が増えるしね」

 くぐもった嘲笑が、不愉快に鼓膜を犯す。
 黒い匂い袋を掌中し弄びながら、青年は階段を下りきり、漸く俺たちと視線を同じくしていた。
 恐らくは青年が手にした魔具が、人外共を呼び寄せたに違いなかった。くそ、本当にいい手際を見せ付けてくれやがる。この場所、駅構内と言う閉鎖的空間に見計らった様に青年が現れたのも、一方通行の出入り口を、操作した人外共の群れで強制的に塞ぐためか。

「この野郎っ、“意外”は余計だし、“弱いくせに”ってのはもっといらねぇ。訂正しやがれ」

 舌打ちと共に、吐き捨てるように俺は言い放った。青年の嘲笑に苛立つ神経を必死に押さえつけ、思考を張り巡らせる。
 どうする? 今、近衛の家は常時ほど警備が厚くない。理由はどうあれ日本の退魔組織、その本部に突貫を仕掛けるのだ、恐らく襲撃者は相当腕に覚えがあるはず。組織の機関員の殆どが京都の守護に駆り立てられているし、手薄になった警備でその攻勢を防ぎきれるとは到底思えない。
 街に繰り出している何組かの小隊は、俺たちの様に本部の異状に気付くかもしれないが、それにしたって対応できるか怪しいものだ。
 何より、桜咲と式さん、二人が足止めされてしまったのが痛すぎる。この二人以上の使い手は詠春さん一人だけ。その詠春さんが本部に残っているとは言え、一人だけじゃどうにもならねえ。
 くそ、全部計算ずくかよっ。厄介な二人をココで押さえつけ、襲撃側本隊が電撃的に奇襲。コレだけの手際だ、恐らく詠春さん一人なら何とかなる、そう踏んでの判断なのだろう。

「はは、いいね。勝手に喚いてろ」

 青年が高らかな嘲りを構内に響かせた。
 何にしたって、俺達は一刻も早くこの場から離脱して詠春さんのフォローに向かわなくてはならない。やるべきことは決まっているのだ。時間を稼ぐ目的で、襲撃側は青年を俺たちに振り当てたんだろうが、式さんと桜咲を相手に満足に時間を稼げるはずがねえ。

「さて、お喋りはもうすんだのか? オレは駆け引きやら、腹の探り合いやらは苦手でね。やること出来るんならそれでいいんだ。とりあえずさ、アンタ、オレの敵ってことで構わないんだろ?」

 式さんが友達に話しかけるような気安さで、一歩進み出た。赤い外套がはためいて、そこから除かせた式さんの艶やかな純白の振袖が、強い電燈によって生光の様に煌いて映る。

「此方とて、むざむざ貴方達の思惑道理に事を運んでやるつもりも毛頭無い。時間など稼がせる間も無く、打ち倒してご覧にいれよう」

 式さんに並ぶように腰を据え、鋭い眼光のまま桜咲が夕凪を手に抜刀の構えをとった。
 それに文句を言ったのは何故か式さんだ。彼女はあからさまに端正な口元を尖らせて不満を口にした。

「おいおい刹那。悪いがオレは一人でやりたいんだ、引っ込んでろよ」

「そういうわけにはいきません。本部が奇襲されている以上、お嬢様に身の危険が迫っているのは明白だ。それどころか奴等の目的がお嬢様と言うことも充分に在りえる。貴方にノンビリと立ち回られては適いませんしね」

「言うじゃないか。だがな、詠旬との鍛錬ではまだしも、本気の殺し合いで二対一? そんな萎えちまうお遊び、オレは御免こうむる」

「別に共闘しろとは言っていません。各々勝手にやれば宜しいでしょう? 貴方が一人で殺し合いたいのも事実ならば、私とて切迫しています」

「ふうん、何かの間違いでお前に目移りしちまうかもしれないぜ? “勝手”てのはそういうこったろう? オレの手綱、放しちゃってもいいの? お前を殺すのは、中々に快感だろうとは思っていたんだけど」

「それこそご自由に。最も、それが貴方に出来ればの夢物語……ですが」

「はっ、その台詞、待ってたぜ。忘れるなよ?」

 四方に絶望的な殺気を散らかす式さんと、凍えた声調で淡々と口にする桜咲。温度差の激しすぎる光景は、正直見ているこっちの心臓に悪いです。
 ……にしても、冷気と熱気の境界に佇む俺は、もはや置いてけぼりですか、そうですか。いやね、普段とあんまり変わらないから別にいいんだけど。と言うかさ、つまるところもっと仲良くして下さい。何よりも俺の心臓のために。本当にお願いしますよ。

「と言うことです、衛宮。背中は任せましたよ? 気色の悪い有象無象は、あなたの担当です。よもや、後れを取ることなどありませんよね?」

 先ほどから如何せん猪突猛進の桜咲。やれやれ、愛されてるなあ、近衛は。
 それは兎も角として、桜咲の抑揚の無い、しかし敵を圧倒する殺気を含んだ言葉に、俺は丹田に力を込めて頷いた。

「当然。お前らがあのいけ好かない野郎をのした時には、目の前に残骸の山を積んでおくから楽しみにしてろ。塞がれた出口に、大穴開けて待ってるよ」

「それは、余り期待しないでおきましょう。何せ、私たちが衛宮に加勢するのは、ものの数秒後の事ですから」

 俺が二人の美女に背を向けると、桜咲にしては珍しい挑発的な声が。気合充分、状況が状況だというのに、俺は口元を緩めていた。
 あの青年には悪いが、この二人を相手に時間稼ぎなど無理な注文だ。なにせ、それを行うのはサーヴァントだってきつい筈だ。それは俺が保障する。

「はは、強気なお姉さん方だよ、全く。―――――――――来たれ(アデアット)」

 だが、彼女達の殺気を受けてなお、青年の声には一分の竦みや気負いを感じさせない。いや、真実、感じていないのだろう。
 青年の淡々とした雰囲気は変わらず。背中の向こうで、俺の知らない魔力の奔流が結晶する。「アデアット」恐らくは魔具を召喚したのだろう。どうやら青年は彷徨海、麻帆良系列に位置する魔術を学んでいるようだ。
 恐らくは魔術使いの従者。だが、それがどうした。どれほどの魔具、どれほど技量を誇ろうが、二人の剣士を相手に“勝利”など在りえない。

「投影、開始」

 現れた俺の愛刀、黒白の双剣を握り蠢く闇を直視する。昨晩とは違い、初っ端から全力。今は如何に迅速に、目の前の脅威を一蹴出来るか。そもそも幻想の格が違うのだ、俺の愛刀、その威力を存分に見せ付けてやる。

 俺は深く息を吐き出し、一足先に闇に駆け込む。
 桜咲、そして式さん。刹那の先にある背中越しの勝利を確信したまま。

/ feathers.

「―――――――――来たれ(アデアット)」

 私の殺気を正面から叩きつけられてなお、軟弱な印象の青年は悠然と呪文を口にした。

「契約魔術(パクティオー)……従者か」

 不愉快だ。顔には出さず、夕凪を手の平に肉が裂けるぐらい強く握り締めた。
 確かに契約魔術は私たち麻帆良固有の神秘と言うわけではない。彷徨海系列の神秘から派生したこの魔術は、術を起動する過程(プロセス)に違いこそあれ、数多くの使い手が存在する。
 だが、それでも私たちと同系の秘伝を用い、奴等のように悪行に走るのは耐え難い屈辱だ。少なくとも、“世のため、人のため”その理念の下に、かの秘儀を行使する麻帆良の魔術師、そして私の恩師を侮辱する行為に思えてならなかった。

「ほら、来いよ。時間、――――――ないんでしょ?」

 青年の冷ややかな声に、自身の憤懣を押さえつけ思考を平静に切り替える。そして彼の獲物を観察した。
 青年の手に現れたのは両刃の一振り。二尺余りの、恐らくは儀礼用の直刀だった。

「――――――言われずとも」

 どんな瞬間にでも即座に青年の懐に飛び込めるように、腰を据え、再び奴の魔具を直視する。
 鏡面のように磨かれた美しい刀身。柄も無ければ鍔も無い。それは刀と称すより60cmの細長い鏡の様だった。
 裸の刀身、なかごをそのまま握り締める青年の手は衛宮と違って壊れそうなほど華奢で、ともすれば可愛らしく私の目に映る。
 恐らく、彼は大した使い手ではない。故に、その魔具は直接的な攻撃に特化したモノではなく、彼の魔術を補佐、もしくはその魔具自体が特殊な神秘を内包していると見てよさそうだ。
 相手の手札が分からぬ以上、何にしても先ずは様子見、―――――普段ならば、そう慎重に初手を放つのだが。

「そういう訳には、いかないかっ――――――――――」

 私は、つま先に力を込め駿逸の如く五間はあった間合いを踏破する。
 用意周到に相手の手の内を探り、万全を持って完封。本来ならばそれが私の兵法なのだが、生憎と今回は勝手が違う。先手必勝をもって一刀の下に切り伏せ、一刻も早く帰投しなくては。
 故に、全速にして全力。人間の限界以上、混血である私の皮肉な身体能力の限りを尽くし、一閃した刃。

「へえ、速いな。アンタ」

 しかしその一刀に、青年は事も無げに相打った。
 青年の懐に飛び込み居合いを放つ筈であったのだが、予想外の青年の踏み込み、その速度が上乗せさせられた奴の一振りに私の剣が相殺された。
 コンマの遅れさえあれ、青年は私と同等の俊足で刃を重ねたのだ。

「そちらも。―――――――少々、見縊っていましたよ!」

 刃を鬩ぎ合わせ言葉を交わしたのも束の間、私は重なった刃ごと力任せに青年を弾き飛ばす。華奢な体つきの男は、紙の様な軽さでたたらを踏んで吹き飛ばされた。

「うわっ!」

 すっとんきょうな声で、体を崩す青年。その瞬間を私が見逃すはずも無い。そして同時に、刃を収める必要も無い。
 奴を突き飛ばした刀身を即座に上段に構え、体制を整える隙さえ与えず叩き下ろした。

「―――――――っちい!」

 仕留めた―――――――。
 だがその直感に対して、またも相殺。舌打ちは、悔しいが私のものだった。
 天井から打ち下ろした私の刃が、同じく天上から力なく合わせられた奴の鏡の様な刀身と弾けあい、硬質な金属音を奏でる。京都駅構内に、幾重にも重なった和音が反響した。

「まったく、何やってんだ。刹那」

 瞬間に打ち合おうこと、二合。青年を攻め切れない私に、両儀さんが失望の念を吐き出しながらも加勢する。口ではなんと言おうが、無愛想でお人よしのお姉さんは、私の横、地べたを擦るように駆け抜け、青年のがら空きになったわき腹に切りかかる。

「っちい、ウザったいんだよ! アンタ等!!」

 だが、信じられるか? 青年はそれすら防ぎきったのだ。
 横合いからナイフを手に青年の懐に肉薄する両儀さんに合わせ、跳び引いた私。タイミングは微塵のズレも無く、私の小さな背中に隠れ、彼女はその隙間からの一刀を閃かせる。
 されど、青年はそれすら完璧に読みきったのか、同じく真横に振り切った刃で両儀さんの短刀と克ち合わせた。
 流石に短刀と二尺余の直刀では力比べになるはずも無く、青年は両儀さんを大きく振り払う。
 猫のような身軽さで、音も無く私の隣に着地した両儀さん。

「お前、やるじゃないか。まさか、あそこまで完璧に合わせられなんて、思ってもみなかった」

 彼女は、動揺したそぶりを一つとして見せず呟く。それでも、感じた不信感は拭えなかったのだろう。

「それは、ハッ、どうも。何、別段、はっ、自慢できるものでは、ないけど、―――さ」

 息を荒げながらも、青年は気丈にも軽口を忘れなかった。
 その態度が癪に障るのか、両儀さんの前髪が屈んだ拍子に僅かに揺れ、鋭さを増した彼女の眼光を隠す。
 彼女が警戒するのは最もだ。少なくとも私と彼女は全力で刃を振るった。
 それがどうだ、唯の人間、いくら魔術師の従者とは言え、何の魔術行使も無く私たちの攻勢を防ぎきることは可能なのか? 肉体強化や反射加速の魔術を使っているようにも思えないし、奇怪だ。

「刹那。アイツの剣……」

「ええ……打ち合って見て分かりましたが、彼自身に優れた剣の技量は皆無だ。だが、それでも私たちの剣を完璧に防いだのもまた事実」

 奇妙な違和感を覚えたのは両儀さんも同じだったらしい。青年を睨みつけたままの歯切れの悪い言葉。それに相槌をうった私は、恐らく両儀さんと同じ答えを導き出している。

「やっぱり、あの鏡みたいな刀の能力って事か?」

「十中八九、その通りでしょうね」

 故に、両儀さんの淡々とした回答を即座に腑に落とすことが出来た。

「だが、結局成すべき事は変わらない。いくら優れた魔具であろうと、力でねじ伏せられないはずは無いのですから」

 事実、私たちが青年を圧倒している事に変わりは無かった。息一つ乱してさえいない私たちと、紙一重で先ほどの攻勢を凌いだとは言え、困憊を隠せない青年。
 大丈夫だ、次で確実に―――――。

「おいおい、らしくない。どうしたよ、刹那。功を急くなよ」

 夕凪を鞘に収め、力強く柄を握り締めると、隣から水を差すような両儀さんの声が耳につく。戦いの最中、長閑な彼女の声に理由も無く苛立った。

「私は焦ってなどいないません! 両儀さんこそどうしたと言うのですか!? 貴方の方こそらしくない!!」

 時間が無いのだ。
 早く、早く目の前の脅威を一掃し、このちゃんのところに。

「先に仕掛けます! 合わせて下さい、両儀さん」

「おっ、おい!?」

 私は吐き捨てるように言って、癇に障る薄笑いの青年に二度目の突貫を仕掛ける。
 抜きて打つこと一刀。放たれた真横一文字の居合い。

「はっ! 速いけど、無駄だよ」

 だが、今度も防がれる。やはり相手は私の刃と寸分変わらぬ速度で間合いを詰め、そして、見事なまでの真横へ振り抜いた刃で私の剣を押し返す。

「っく!」

 青年の刃と交錯したままの夕凪を、滑らすように真下に払う。オデコをつき合わすようだった私と青年の剣間がやや開き、私の刃が彼の直刀を下段の構えのまま押さえつけた。

「――――はっ」

 力を抜かず、腹から気合を吐き出す。
 手首を返し、押さえつけていた青年の直刀を夕凪の切っ先で噛むように絡め、今度はそのまま払い上げる。
 青年の身体が、何かに吊り上げられたかのように泳ぎ、剣は無様にも虚空を彷徨う。
 ふん、剣を放さなかったのは見事だが。今度こそ。

「貰ったっ―――――――」

 青年の刀を真上に突き上げた。ならば当然、夕凪は天に掲げられている。流れるように構えを上段に取り。幹竹割りの一刀。青年の上背部、右肩を破壊するはずの渾身。

「甘いんだよ、アンタ……っ」

 それは、見事なまでに振り下ろされた青年の直刀に阻まれた。
 思わず錯覚してしまう。青年の刀がまるで引き寄せられるかのように、私の刃と重なったのだ。

「貴様っ」

 ぎゅっと唇強く噛んだ。これも、やはりアーティファクトの力か!?
 恐らくは、自動的に相手の攻撃を追跡、防御する機能か。それならば奴の仔細な技量と、突出した防御能力も納得できる。
 再び間合いを放した私は、それと入れ替わりに再び切り込んだ両儀さんと青年の剣戟を視界に納めながら、そう結論づけた。彼のアーティファクトが、防御に特化したものであるならば、時間稼ぎには最適な能力だ。
 だが、舐められたものだ。そんなモノ、それ以上の必殺の前には無意味と知れ。

「両儀さんっ!」

 腰を落とし、抜刀の構えを崩さず両儀さんの攻防を見守っていた私。その声に、両儀さんは振り返らず小さく頷いた。
 両儀さんの見事なまでに袈裟に入った一閃を、まるで鏡合わせの様に受け止めた青年。だが、そこから人間の限界ぎりぎりの強力を持って、両儀さんが青年を、あろう事か短刀で、直刀のみならずその身体ごと吹き飛ばした。
 女だてらに、大したモノです。

「桜咲、―――――――――仕留めろ!!」

 一瞬の内に鮮やかなまでの跳躍、そして離脱を果たす式さん。それとは対照的に、今度も構えを崩され、無様に晒された青年の華奢な身体。
 剣間は四。今度は、外さない。幾ら防御に優れようとも、この一撃、貴様の剣一つで到底防ぎ切れるモノではないのだから。

「神鳴流―――――――――――斬空閃」

 大地を擦り、虚空、間合いを掌握し飛翔する斬撃が、裂帛の気合を持って放たれた。

feathers. / out.

「――――――――――――――斬空閃」

 俺は、勝利を確信した。
 アレから五分弱の時間が流れたが、二、三体の化け物を倒した辺りで、俺は桜咲の雄叫びじみた励声に振り返る。

「神鳴流」

 そして、同時に驚愕した。
 疾風のように飛翔する斬撃。桜咲の放った刹那の後に訪れる敗北の具現を目の前にして、その少年はあろうことか酷薄に微笑み。

「斬空閃」

 その敗北を、彼女と同じ剣戟で持って否定したのだから。
 衝突する衝撃波。一体どのような理屈で斬撃が虚空を伝うのか見当もつかないが、桜咲の刀、夕凪から放たれた純粋な力の塊は、鏡合わせの様に閃いた青年の“斬空閃”に相殺されたのだ。
 轟音が弾ける。斬撃の衝突に際して、行き場を失った空気が、轟々と駅構内に渦巻いていた。天井に吊るされた電灯がキイキイと軋み声を上げ、少なからず砕けた白熱灯の欠片が、白煙と混ざり合い中空で光を反射させている。

「斬――――空、閃? 馬鹿な………何故、貴様が?」

 濛々と風が巻き、桜咲の垂らした黒髪を乱し靡かせていた。唖然とする彼女は、焦点の覚束無い瞳で夕凪を握り、ただ佇んでいる。

「神鳴流の剣閃……しかも、私と互角の使い手だと? 馬鹿な、それこそ馬鹿な。在りえない」

「ふうん、動揺してる、動揺してる。ほら、僕を秒殺するはずじゃなかったの? もうさ、大分時間、経っちゃったけど?」

 ニヤニヤと直刀を肩に担いだ青年は、桜咲を嘲笑い、彼女の思考を煽り立てる。

「貴様っ。答えろ! 何故、貴様が、――――――」

 喘ぐ様な掠れ声で、桜咲は青年に噛み付いた。視線で人が殺せるくらい、桜咲は青年を睨みつける。
 いや、恐らくは彼の握る特異な剣を、だろう。桜咲につられて、そこで初めて俺は奴の獲物を視た。

「―――――――コレ、剣じゃない?」

「へえ、そこの赤毛。お前やるじゃん」

 少年のいたく感心した声を無視して、念入りにあの“剣の形をした魔術”を解析する。
 恐らく桜咲も見積もった通り、60cmの式典用の直刀、そして特徴的な鏡の様な刀身、いや違う、鏡そのものの刀身。それは、恐らく魔術が“剣”の形に象られているだけだ。何故って、俺にはアレが投影できないから。

「どういうことですか? 衛宮」

「ん。つまりは簡単だよ、今から分かりや安く教えてやる。だからさ、いい加減落ち着けよ」

 俺の言葉と、ソレと重なるように桜咲に浴びせられた式さんの強い視線。それに、今度こそ桜咲は押し黙った。
 本当に、桜咲は近衛が絡むと冷静さを欠いてしまうようだ。
 一度だけ、近衛を羨んだため息を吐き出して、青年を睨みつけた。

「投影、開始」

 俺のイメージ。剣の幻想は、コンマのタイムラグも無く、錬鉄される。

「憑依経験、共感、終了」

 干将・獏耶を握り締めたまま、剣の弾丸、ファルカタが俺の回路に装填された。ギチギチと引き絞られた俺の幻想は。

「工程完了、装填。全投影、連続層写」

 弾ける灼熱と共に回路と言う銃身を滑り、放たれた。
 虚空に創り上げられた幻想は実に二十。その全てが弾丸に迫ろうかと言う速度で掃射される。大気を切り凪ぐ剣弾は、俺の予想道理。

「ソードバレル、フルオープン」

 同じく奴の背後から現れた二十に及ぶ剣を模した鏡の弾丸に相殺された。
 互いに否定しあい、粉々に爆砕した鋼と鏡の破片が無数に虚空の中を弾け飛ぶ。だが、細切れになった幻想は大地を汚すことは無く、一瞬にして大気に溶けていった。

「やっぱりな。お前の能力、俺と同じ口かよ?」

「へえ、そのようだ。まさかね、僕と同じような使い手がいるなんて、皮肉なもんだよ」

 俺は奴の鏡の剣を、青年は俺の夫婦剣を。互いに舐めるように観察しながら、嘆いた。

「ふん、さっきからよく回る口だな。にしても、面白いじゃないか。コピー……いや、“物真似”かな? お前の魔術は」

「正解。ま、ココまで見せたんだ、分かってくれなきゃ詰まらない。そういうお前は、複製能力か? ふうん。贋作創り、か。なるほどならば、僕は“贋作使い”そう呼んでくれよ」

 互いに相手を貶めるような薄笑いで機を伺っているのに、身体はそれとは正反対に、知らず獲物を強く握っていた。どうやら、偽者どうし相性は最悪らしい。
 俺の能力、俺の魔術は言わずもがな、剣の複製。対して奴の能力は“物真似”。だが、そこまで万能だと言う訳ではなさそうだ。一度解析したものは、ワンランク能力が下がるとは言え何度でも投影可能な俺と違って、奴の物真似は瞬間的なものらしい。
 恐らくどんな“事象”でも自身の魔力を消費しコピー出来るようだが、あくまでそれは“自分に対して使用される”事が条件なのだろう。おまけに効果は一瞬。俺の投影魔術ように、自由にコピーした技や魔術を発動することは出来ないようだ。
 魔術の自由度は俺の方が上、しかし、そう楽観は出来ない。
 コピー。俺は剣の投影に際してランクダウンと言う欠陥、贋作ゆえの致命的な弱点を持っているが、恐らく奴にはそれが無い。桜咲の技と相打った奴の魔術の性能は、正しく“鏡”。忠実に、相手の全てを模倣しきるのだろう。

「くそ、本当。時間稼ぎには打って付けじゃねえか」

 鏡、瞬間完全模倣能力。絶対に勝利を得られない代わりに、絶対に敗北は訪れないってか?
 なるほど、悔しいけど、コレも等価交換の原則に従っているらしい。反則臭い能力だが、ルールに即している以上、目の前に存在している以上、認めないわけにはいかなかった。

「それで、アイツの能力は分かった。で、衛宮。それって不味くないか?」

 言葉にはまるで危機感と言うモノが含まれていなかったが、それでも、式さんの言葉は的を射ている。戦闘を開始してから既に数刻、一瞬で勝負が決まると思われた戦闘は、存外に長引いている。つまり、相手の思惑道理に事が進んでいると言う事だ。
 ……魔力が尽きるまでの消耗戦に持ち込めば勝機は充分にある。
 先ほどの様に、式さんや桜咲の人間以上の限界駆動で持って奴を圧倒するってのも、大いに在りだ。如何に完全コピー能力といえども脆弱な人間の体でそれを行使しているのだ、それ故に奴の身体をぶっ壊すってのも充分に効果的だが、両作戦は時間がかかりすぎる。
 結局、青年の能力が“鏡”だと判明した今でさえ、時間を浪費せずに撃破するのは不可能なのだ。

「式さんと桜咲相手に、まさかココまで時間を稼げる能力は予想していませんでした。予定変更です。全員でココを突破できないなら、誰か一人でも近衛の家の援護に向かってもらう」

 だったら、俺たちだってそれに付き合う必要は無い。

「ふうん、出来るの? 衛宮」

「出来ないんじゃなくて、やらなきゃならないんです。生憎、戦闘じゃ役に立たないんだから、誰か一人を逃がすくらいの事、させて下さいよ」

 挑発的な式さんの言葉に、情けなくなりながら言い放った。
 悔しいけど、自身の戦闘能力は雀の涙ほどだと理解しているのですよ、式さん。俺が一人助っ人に駆けつけたって意味が無い事は分かっているから、せめて二人の援護くらいはしたいさ。

「へえ、けなげじゃないか。いいね、尽くす男ってさ。悪くない、アイツにもぜひ見習って欲しいね」

「茶化さないで下さいよ、式さん」

「褒めているんだよ、オレは。それじゃ、ココから離脱して幹也たちの所に行くのは刹那で決まりだな? アイツ、ココにいたって役に立たなそうだし」

 近衛を思いやって、先ほどからずっと落ち着きの無かった桜咲への配慮なのだろう。毒舌に隠された式さんのすげぇ分かりづらい気遣いに、俺は苦笑するしかない。

「しかし……」

「大丈夫さ、ソレにそれだけが理由じゃないんだよ、刹那。だってさ、分かるでしょ? オレ、鼻が結構いいんだ」

 口篭もる桜咲に、式さんが冷ややかに言い放ち、問答無用で突っぱねた。無言で頷いた桜咲は、夕凪の長い刀身を漸く鞘に収めた。

「いい子だ。それじゃ衛宮、気色の悪い血色のヴァージンロード、敷いてやりな」

 そこで笑顔を向けた式さんは、やはり俺たち以上に大人びて見えた。

「おいおい、やらせると、――――――」

「そう嫉妬に苛立つなよ? ほら、お姉さんが、お前のお飯事に付き合ってやるからさ。嬉しいだろ?」

 青年の相手を暫く式さんに任せて、俺は再び黒い壁を直視した。数多の気味の悪い人外共が作る肉の壁は、相当厚い。
 しかし、一人分の出口なら、無理やりにもこじ開けられる。

「桜咲。あいつ等の囲みが口を空けるのは、ほんの一瞬だ。すまないけど、それが俺の限界だと思うから」

「十分です。私の足を、舐めてもらっては困る。しかし、本当に出来るのですか?」

 頼りない俺の言葉に、自信に満ちた力強い声が鼓膜を震わす。全く、そんな声色の中にさえ俺への気遣いが含まれているのだから、嬉しくて泣けてくるぞ。

「やるさ。それぐらい、俺にも格好つけさせろよ」

 握り締めていた愛刀を霞みに返し、始まりの言葉を嘆く。
 大丈夫、きっと出来る。京都、今この夜は、間違い無く地獄だ。辺りには、それこそ圧倒的な魔力が満ちている。だったら、出来ないはずがない。

「投影、開始」

 創り上げるのは一振りの大太刀。麻帆良でだって投影できた。あの時から俺だって成長しているんだ、今度だって出来ないはずはない。
 大気に溢れる魔力の奔流を回路に溶かし込みながら、気高い神秘を幻想する。
 脳から心臓に下り、丹田から右腕を走り抜けてく激痛が、大気のマナと絡み合い、俺の幻想に確かな質量を含ませていく。

「投影」

 激痛が血を止める様に右腕を締め上げ、俺の回路に治まりきらない幻想の漏洩が赤い漲流となって隻腕に纏わりつく。血色の蒸気を吹き上げる右腕、その回路を宝具の持つ圧倒的な量の魔力が駆け抜け、一つの想像は具現する。

「完了」

 右手に現れた、俺には重過ぎる大太刀。一メートル以上の真っ赤な柄と、伸び上げた鈍い銀色、反り返った片刃の刀身。
 それを両の手で強く握る。腰を重くすえ、力の限り振り上げる。天上に向かって残影が翻り、創造された幻想に感応して、大気に満ちたマナが赤色を纏った凪の様に流動していた。

「行くぜ、桜咲。ヘマ、すんじゃねえぞっ!!」

「誰にモノを言っているのですかっ! その台詞、そっくりそのまま、貴方にお返ししますよっ!!」

 桜咲の、声に「それもそうか」と口を歪め、蠢く肉の壁を睨みつけ、そして肉薄する。
 掲げられた尊き幻想。天を向いた力の結晶を。

「一刀(モラ)」

 あらん限り、満身の胆力を持って叩きつけた。

「―――――――大怒(ルタ)」

 上段から真直ぐに放たれた一刀。地殻をめくり返すかの様な魔力の激流が、一直線に肉の壁を両断する。
 消し飛んでいく、肉。弾け粉砕されていく、奇怪な欠片。
 俺の目の前には、一刀大怒によって裁断された一筋の赤い道があった。それはやはり僅かな隙間でも、俺の身体を走り抜ける激痛を忘れさせるには充分すぎる感慨を与えてくれる。

「行ってきます。衛宮、やはり貴方はヒーローみたいだ。自信を持ってください」

 最後に、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。
 いつかの鍛錬で俺に見せてくれたように、桜咲は頭上を軽快に飛び越え、それこそ惚れ惚れする笑みと一緒に、賞嘆を捨て台詞として残していく。
 俺の恥ずかしげな、だけど満足した笑顔はついに届かず、彼女は僅かに開いたその道を一瞬にして駆けていった。

「ちぇ。悔しいけど、後は頼んだぞ。桜咲」

 開いた隙間は、新たに湧いて出た人外の群れに塞がれる。もう見えない小さな背中を夢想して、俺は一刀大怒を手に再び人外の群れと合間見えた。


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