/ fate.
新年は、あいうえお、っと言う程度の間に迎えられ、颯爽と過ぎ去った。足の速い台風じゃあるまいし、もうちょっと位停滞していても罰は当らないと思うぞ。
いつか交わされた、現実感のないクリスマスから、数えて……失敬、暦を新たにした俺の家のカレンダーでは、数えることが出来なかった。
兎にも角にも、和やかなるかな迎春。
帰郷のタイミングをまるっと逃した俺とイリヤ、ついでに朝倉は、幹也さんと式さんが二人っきりでお正月を迎える算段を立てていると知りつつも、両儀邸を襲撃。
まんまと超豪勢な御節と極上のお屠蘇をご相伴預かり、人生稀に見るハッピーな正月を迎えるのであった。
振り返り見れば、自己嫌悪で首を吊りたい気分である。
ゴメンナサイ、式さん、幹也さん。
申し開きをするのであれば、俺は止めようと頑張ったんだ。だけど結局、先生と言う協力者を得た二人は正に水を得た魚。酸素濃度マックスの密室で拳銃ぶっ放した様な彼女らの勢いを止めることなど出来よう筈が無いわけで………。
無残にも両儀さん宅まで防衛ラインを展開した衛宮、相沢さよ戦線は努力の甲斐なくあっけ無く敗退、結局、両儀さん家のご好意に、俺まで預かってしまったわけなのである。つーか先生まで何やってんのさ?
その後は、別に語るべきことも無い。
昨年俺が作り置きした至って普通の御節やらお餅やらを狭いアパートのコタツで突きながら、退屈な日々は過ぎ去ってしまった訳だ。
そんなわけで、今日は正月明けの初出勤日。その朝の風景。
俺が知る、普段となんら変わらぬ退屈な日々の一ページ。
俺が手に入れた、きっと僅かしか続けられない、幕引きに相応しいそんな在り来りなお話し。
Fate /
Second Epilog / to the next stage, the third impression.
眩しい冬の日差しが、御勝手の曇りガラスから零れていた。
普段と同じく、眩い朝日に目を細める。御勝手のガラス窓は澄んだ光りを拡散させて、気持ちの良い朝を演出してくれている。いつもと寸分違わぬ、その光景。当然ながら、なんら感慨を抱けない。
段々と手に馴染んできたフライパンにバターを引いて温めてやりながら、イリヤと朝倉が居間で大人しくしているのか確認する。
「おーい、目玉焼き、お前らいくつだー!?」
コンロを弱火に。棚に収められた鶏卵を物色しながら決められたフレーズを繰り返す。L玉を発見。
「わたしは二つかな? ベーコンでお願い」
「ん」っ、とイリヤのオーダーに頷いて、冷蔵庫のドアを空ける。
朝倉がテレビのスイッチをオンに。ごろ寝しながら朝の覇権をかけた不毛な戦いが、イリヤ候と展開される模様。俺の帳簿ではイリヤが八割方勝利しているのだが、はて、今日はいかな戦いを繰り広げるのか?
今朝はジャンケンによる平和的解決に発展しているようだ。無難である。以前の花札は、流石に道徳上不味いものがあるからな。だってイリヤ子供だし。滅茶苦茶強かったけどな、アイツ。
「私は卵十個でハムエッグをご所望するぞー、衛宮っち」
結局、テレビのチャンネル権はグーを出した朝倉が手に入れた。ご機嫌に鼻歌を吹かしながら、髪をアップに纏め、オーダーを追加。調子に乗っているのがまる分かりである。実に大人気ない。
「あのなあ、常識的な注文を頼む。無しにするぞ」
「のおおおおおおおお!! それは困るっ。所詮唯の目玉焼き、別にいらねえよ、そんなもん誰が作っても一緒ジャン。とか思っているけど、ただ飯出来ないのは嫌なんで三つでお願いします!!」
「分かった、いらないんだな」
再び木霊する朝倉の絶叫。うるさいので、サッサと料理に集中することにする。つっても目玉焼きだけど。
朝倉が立ち直り、朝のニュース特番にチャンネル変えた。最近の流行り病であるらしいA症候群に関するニュースをBGMに、冷蔵庫から発見したベーコンとハムを、早速フライパンにひいてやる。
まったく、俺もホトホト甘いのであった。
「さよちゃーん、卵、頼むな」
いい感じに焼きあがったベーコンとハムの上に、勝手に卵が浮遊して、勝手に割れて、勝手に殻がゴミ箱に飛んでいく。
この家で家事を手伝ってくれる甲斐甲斐しい幽霊ことさよちゃんが、薄っすらと俺に微笑んでくれる。いいね、実に癒される。
女難の相が出ているのか、俺は? とか最近欝に成りかけたけど、桜といいさよちゃんといい、やっぱこの笑顔が守れるんならそれでいいやー、と自分を励まし続ける二十歳前の俺であった。
「ん、もうちょいだな。おーいイリヤ、配膳手伝ってくれー」
計八個の目玉が並ぶフライパンに蓋をして、火を止める。
次いで三人分の茶碗に炊き立ての白米を盛り付ける。いい加減御節にも飽きが来ていたし、この白い光沢が眩しいぜ。
「いい感じですねー、私、なにが残念って衛宮さんのご飯を食べられないのが一番残念ですよー」
「何何、そんな大層なものじゃないけどな」
器用にポルターガイスト現象を引き起こしつつ、厚揚げの味噌汁を人数分よそっていくさよちゃん。その隣では、イリヤがヨチヨチと危なげな足取りで御節の余りと、小松菜のお浸しを居間に運んでくれている。
しかし、笑顔に嬉しいことを言ってくれる。俺は君にご飯を給し出来ないのが残念で仕方ない。謙遜も、さよちゃん相手だと少しばかり嫌味ったらしくなってしまう。
「そうそう、そんな大したもんじゃないし、別に気を使うこと無いんだよー、さよ、アンタもこっち来て楽にしなよ」
「………お前はもう少し遠慮を覚えろ。ま、それがお前らしさでもあるわけか。朝倉に遠慮なんてされた日には、蕁麻疹で死んじまうしな」
半熟に蒸し上がった目玉焼きを大皿にとって、居間にもって行く。途中、朝倉のふざけた物言いにカチンと来たんで、アイツの頭を軽く小突いて、俺も朝の食卓に参加した。
睥睨した俺の瞳など朝倉には何の効果も無く、代わりにさよちゃんがひたすら頭を下げてくれるのだった。なんか……俺が悪者みたいだぞ?
「なははは、まま、皆揃ったことだし、一日の始まり、朝食時にイラつくなんて、なってないよー、衛宮っち」
「誰のせいだ! 誰の!!」
「はい、それじゃ頂きますよ。衛宮っち」
「無視かよ………」
言い忘れたが、俺の勝敗記録など言う必要も無いだろう。
今朝も敗北、誰一人慰める者のいない食卓は、今日も穏やかなまま始められるのだ。
「ほんじゃ、今日も行って来るけど。朝倉、家出る時はキチンと戸締りしてくれよ」
朝食も無事終わり、後片付けも粗方終了。
伽藍の堂への通勤にはスーツも何も要らないので、俺は黒トレーナーと同色のジーパン、ソレに例の赤いジャケットを引っ掛けて編み上げのハイカットを履く。
玄関では、既にコートを羽織り終え準備万端と言った面持ちでイリヤが俺を待っている。
「はい。大丈夫ですよ、衛宮さん。私がキチンと見ておきますから」
朝食の後、朝倉は俺の家で自堕落にテレビを観賞してから彼女の自室に戻ると言う、サナダムシもびっくりな寄生ぶりを発揮させた習性を持っている。
今朝もその例に漏れず、朝倉は居間に転がったまま、テレビの虫。先ほどと変わらず、物々しいニュース特番に目が釘付けになっていた。
本当、なんでこんな奴にさよちゃんみたいな人の良い幽霊が取り憑いてんだ? ひょっとして、取り憑かれているのはさよちゃん何ではなかろうか。要らん心配をしてしまう。
ま、朝倉は朝倉で、いい奴だけどさ。どうでも良いフォロー入れる俺が、少しばかり愛らしい。
「それじゃ、行ってらっしゃい、衛宮さん、イリヤさん」
「ん、行ってきます」
普段のとおり、別れにも満たない小さなさよならを果たす。
当たり前の日常、退屈な日常。日々を謳歌するために大切なファクターを今日も口ずさみ、俺は蝶番の音に何の名残惜しさも感じず、扉を閉めた。
冬の木枯らしを吸い込んで、青い空に靄を吐き出す。今日も変わらぬ、俺の日常を謳い上げよう。
それは、そんな些細な、一ページ。
それは、どこにでもある、■せな一ページ。
それは、日々繰り返される、■■すぎる一ページ。
ハッピーマテリアル。
■せは、こうして確かな象を持っていく…………。そんな夢想も、たまにはいいだろう?
/ back to the under world.
蝶番の軋みが、日々繰り返される筈の音色は、こんなにも濁っている。
幽霊の少女は嘆息を漏らして、自らの主の下に浮遊する。依然彼女の主人はテレビの虫。さよは今日こそ強く窘めてやろうと意気込んで、その双眸を覗き込んだ。
「あの、和美ちゃん? どうしたんですか?」
少女は、主の据えられた瞳の深さに怖気づく。
一体、何が? 先ほどまで和やかだった食卓の空気は、その残り香は、放逐されていた。打てば鳴るような緊張感が、ありふれた六畳間に広がっている。
「ん? ああ、わるい。唯さ、嫌なニュースだと思って」
あくまで、被り直されただけの微笑み。
朝倉和美、少女の主が見せる作り物の笑み。紛い成りにも衛宮士郎と同じ側面に生きる女だ、此れ位は遣って退ける。それが生業、この道で、己が業を生かすのであれば、それは必須であろう。
和美は、再び無機質な声で繰り返されるとある事件に眉を顰める。ブラウン管越しにも感じる不吉な臭い。
和美は、その直感で確信した。
キナ臭い、コレは、真っ当な世界のルールが通用しない。
「西日本の……連続行方不明……続報? え、でも、だってこれ、衛宮さんが解決したって」
「ああ、らしいけどね。私の網にも引っ掛かってる。間違いないはずだよ、退魔組織の奴等も、この検案は“処理された”モノとして、扱った筈だ。だけど……どうして?」
集団消失。事件が起きたのは深夜、大晦日を目の前に仕事に勤しんでいた数十名のオフィスワーカーが、忽然と姿を消した。
その経緯……いや、経緯など、報道できる筈が無い。それが確かに“消えた”ならば、垣間見ることが出来るのは事実だけだ。
「待って、現場からの報告があるってさ。ちょいと静かにね、さよ」
出遅れた、コレはあくまで特番。些か正月だからって、気を緩めすぎていた自らに舌を打つ。事件から一週間。コレは手痛い出遅れだ。
それを巻き返すためにも、和美はブラウン管から視線を逸らせない、一字一句聞き漏らせない。彼女は身体を起こし、そして直立した。強張る体に奔った震えを、隠すことが出来なかったのだ。
「H県…………冬木市?」
「和美ちゃん、それって衛宮さんの………」
さよの震える囁きが終えられる前に、和美はテレビのスイッチを切った。
鈍い放電音が、沈黙を拒んでいる。
嘆息。和美は息をついて、髪を掻き揚げた。
「全く、ややこしい事になりそうだね………」
少し、気合を入れて潜ってみよう。
何より、面白そうだしね? 彼には悪いけど、私らしく。たまには遠慮なく、気を使ってもいいだろう。
/ go to the under world.
「へえ、いいところじゃねぇの冬木って町は。ちんけな田舎町にしちゃ、上等だよ」
深山と新都を繋ぐ大橋の上で、一つの人影が正反対の町並みを眺めていた。
新都を向く。一人は細長いラックを肩にぶら下げ、同様に左腕も死んだようにぶら下げている。
「まあ、そうですね。この芳醇なマナの香、さすが日本でも有数の霊地です」
深山と新都を繋ぐ大橋の上で、一つの人影が正反対の町並みを眺めていた。
深山を向く。一人は紫苑色の短髪を風に晒しながら、足元には彼女に懐く白すぎる若い山猫がいる。
歪に微笑んで、二人は歩き出す。
果たして、何処に向かうのか。果たして、それは始まるのか。
季節は、冬。
正義の味方と聖杯の運命は、もう一度、確かに交わる。
二度目の季節が、始まる。
宿命は、そうして回りだす。
Fate / happy material, has been broken.
Go to stage, third impression, Fate / hurts of hearts.