――“いち”たす“いち”は、“に”。“に”たす“いち”は、“さん”。“さん”たす“いち”は、“し”。
――“いち”が、ドット。“に”が、ライン。“さん”が、トライアングルで。“し”が、スクウェア。
――メイジのクラス、スペルのクラス。ふえるほどに、つよくなる。
――“みず”は、いやし、“つち”は、つくり、“ひ”は、もやし、“かぜ”は、ゆらす。
――よっつのちから、よっつのけいとう。かけあわせれば、なんでもできる。
――せかいをつくるのは、“いち”と“いち”と“いち”と“いち”。
――ひとつひとつはちいさくても、みんながつどえば、おおきなちから。
(でも、それはゼロにはいみのないおはなし)
*** しにたがりなるいずさん 3 ***
私は額を撫でる心地よさに顔を上げた。高所ならではの爽やかな風が吹き抜ける。
――良い天気ね。
この窓辺の読書は、このところ私の日課のひとつになっている。窓の桟に腰掛けて、枠に背をもたれ、立てた膝の上に本を置く。ちょっとはしたないけど、どうせ通りかかる人間なんていないから、気にしない。
今読んでいるのは、古臭い一冊の革表紙。読み解くのにかなりの集中力を要する難物だ。
……なんだけど。
空の青さに目を細めた私の口からは、ふぁ、と欠伸がひとつ。
――集中、切れちゃったわ。
それでもなんとか眠気を堪えて『文字』を追う。けれど舌はもつれて、一節進むのにも難儀する有様。この様子では一頁だって読み上げることはできないだろう。
――ま、いっか。
私は早々に努力を諦めて、膝の上に開いたページを指先で弾いた。そこには真っ白なページが広がっている。
睡魔に誘われるまま、『かみさまがくれたすてきなまほうしょ』を腕の中に抱え、私は窓の縁に背を預けた。
うたた寝は好きだ。睡魔に身を委ねた瞬間に訪れる、すう、と意識が落ちる、あの感覚がたまらない。ほんの刹那の擬“死”体験。 今も眠りに落ちた頭を支えきれずに、こてんと首が傾ぐ――
そのとき、轟、と耳元で強い風が吹いた。
あ。
と思ったときには――ふわりと体が浮かび上がっている。
その感覚に驚いてぱちと目を開くと、目と鼻の先には蒼髪の同級生。彼女を乗せたドラゴンがきゅいきゅいと鳴いている。えーっと……。
「……タバサ、よね。どうしたの?」
「……」
「ルイズ!? どうしたの、じゃないでしょう!!」
「…………なによ、キュルケ」
見れば、さっきまで私がいた塔の窓から、キュルケが怒り顔で私を睨みつけている。
――そんなに身を乗り出すと危ないわよ?
石造りの塔のてっぺんにぽっかりと空いたその窓には手摺りも柵もない。私が腰を据えるのにちょうどよい幅の縁があるだけだ。
「わかってるなら、こんなところで居眠りなんかするんじゃないわよ!」
「……むぅ」
寝相が悪くて、悪かったわね。
どうも、うたた寝の拍子に『外側に』転がってしまったようだ。そういえば一年の頃、キュルケにもこんな風に助けられたことがあったっけ。「ヴァリエール!?」なんて大きな声で叫ぶから、恥ずかしかったのよね……。
そのときのことを思い出して、私はそっと地上を見下ろした。見えない魔法の力で胴体だけを掴まれているせいで、両手両足はぶらんと垂れている。真下に人がいたら、スカートの中身が丸見えだ。
……あ、よかった。見られてないみたい。
誰もいないことを確認して、腕の中の本を抱えなおす。その間に、自ら『フライ』で追ってきたキュルケは、こんこんとお説教を始めた。空中では逃れるすべもない。……もう、うるさいわね。
――ああ、でも。そろそろ自重しないとダメかしら。あんまりやらかすと、いざってときに来れなくなっちゃうわ。
キュルケの声を右から左に聞き流しながら、考える。彼女達ならともかく、教師にでも見つかってしまえば、きっと出入り口を封鎖されてしまう。そうしたら、『アンロック』の使えない私には手も足も出ない。
それは困る。
此処はこの学院で私が自力で上がれる一番高い場所なのだ。
――あー、なんか、やだな。
こんなこと、普通のメイジなら絶対に考えないで済む苦労でしょうに、と私は、私の体を空中に浮かし続けているタバサの杖を見つめる。
せめてこの『レビテーション』だけでも使えれば、図書館の本を取るのにも苦労しないし、いつでも何処でも『十分な高さ』を稼ぐことができるのに……。
久しぶりに自分がゼロであることに憂鬱を感じていると、その態度を反省と見たらしく、キュルケにドラゴンの背に乗ることを許された。
……そもそも、貴女の使い魔じゃないでしょ。
「お邪魔するわ、」
広い風竜の背中に正座するように着地。それを誘導した少女が、こくり、と頷く。その視線は私の胸元、腕の中に。
「それは?」
抱えた本が気になったみたい。そういえば、彼女も相当な読書家だ。前に図書館の棚から本を取って貰ったお礼に、私の本を貸したこともある。選ぶ本もちょっと傾向が似ているようだ。でも、これはね、
「つまんないものよ、」
「――なあに、基礎教本じゃない。こんなの、貴女ならとっくに暗記しているかと思ったわ」
「ええ、まあ。ちょっとおさらいをしようと思って」
横合いから伸びた手にかっさらわれたのは、一年のときの魔法学の教科書。私とは逆の意味で、トライアングル・メイジのふたりには意味のないものだ。
そしてもう一冊。眼鏡の奥の蒼い瞳が興味深々でこちらを見つめているので、渡してあげる。
「……白紙」
その通り。まっとうなひとには、てんで意味のない代物だ。
学院長経由で王室から渡されたその本は『始祖の祈祷書』という。一応、本物らしい。お役目のときまで肌身離さず持っているようにとのお達しなので、返してもらう。
――あ、そういえば、あのまま落ちていたら大切な借り物を汚しちゃうところだったわ。あぶない、あぶない。
「タバサ。さっきはありがとう、」
「……いい、」
簡潔な答えだ。いい子ね、と思う。
「へぇ、王女様の結婚式で祝辞(スピーチ)?」
「違うわよ。この祈祷書を詠みなさいって言われたの、」
「同じじゃない、めんどくさそう」
「まあね。いまんとこ、結婚式に相応しいような言葉も『浮かんで』こないし、」
「フーン。……貴女、ほんとうに王女様と仲が良いのね」
「……幼なじみだから」
めんどうくさがりなタチの私がこの手のことに真面目に取り組んでいるのを不思議に思ったらしい。色々と理由はあるけれど、説明するのはそれこそめんどうなので、曖昧に誤魔化す。
そういえば――私はひとつ、しなければならないことを思い出した。
「キュルケ、貴女の使い魔、貸してくれない?」
「フレイムを? 何で?」
「ちょっとね、」
「……変なことに使わないでちょうだいよ?」
――変ってなによ。貴女じゃあるまいし。
***
「さあ、いらっしゃい」
隣人の使い魔であるサラマンダーを連れて、部屋に入る。キュルケにこの子を借りた理由は簡単だ――ちょっと燃やしてほしいものがあったから。
それは暖炉の中に積み上げた、紙の山。
学院に来てから暇潰しに始めた『しにかた』ノートが、いつのまにか、こんな量になっていたのだ。
切ったり吊ったり落としたり焼いたりだけではすぐに終わってしまうので、無駄に凝った方法を考えていたせいだろう。もちろん魔法は使えないので、地味なカラクリばかりだけど。
たとえば、てこの原理を応用した半自動の首吊り機とか。そういえばあるとき、それの10分の1サイズで模型を作っていたら、教師のひとりに見つかって妙に感心されてしまったことがある。あれは恥ずかしかった……。
ていうか、このノート自体、冷静に考えると、ちょっとヤバイ。なんというか、自分の願望が赤裸々過ぎて…………うん。
そんなわけで『いわゆる思春期特有のなんとか』には、きれいに灰になってもらうことにしたのだ。
――それに今日のとか前のみたいに、いつ『機会』が訪れるかわからないし、身の周りはなるだけきれいにしておかないとね。
もちろん普通に燃してもいいのだけど、『サラマンダー』には前から興味があったので借りてみた。――向こうだって私の使い魔を勝手に使っているんだから、お互い様だ。
「はい、念入りにお願いね」
暖炉を前に、ぽんぽんと頭を叩く。ぎゅるぎゅると案外かわいい声で鳴いた後、フレイムは火を吐いた。
目の前で、ぼう、と燃え上がる橙色の焔。
ゆらゆらと揺れる焔を眺めるのは好きなのだけど、紙の塊だから、一瞬で終わってしまう。
「なんか、もの足りないわ……」
「ぎゅる?」
「いいえ、なんでもないの。ありがとう」
背中の鱗を撫でてやると、気持ちよいのか、フレイムは目を閉じてうっとりとした様子。その体は不思議に冷たい。日陰の石のようだ。
生き物というよりもなんだか彫像に触れているみたいで、私はそのでっかい、ざらざらした胴体に頬を寄せる。
香木みたいに、いい匂いがする。
「んー。やっぱり、あんたが私の使い魔だったらいいのに、」
「……ぎゅ?」
火精の化身と言われるサラマンダーの吐いた火は、対象が燃え尽きるまで消えないという。
けれど、実際に試してみるにはちょっと微妙すぎる間柄。
ゲルマニアのツェルプストーと我がラ・ヴァリエールは、領自体も国境を挟んで向かい合う『おとなりさん』だ。ただし寮と違って、あの場所は両国の防衛ラインにもなるので、昔から諍いが絶えない。実を言えば、実家同士は、先祖代々の仇敵と言われていたりする。
つまり、“そんなこと”をすれば、いらぬ誤解が生まれてしまうのは必至、というわけで。
――先に戦争にでもなっていれば、問題ないんだけどなぁ……。
なんて不謹慎なことを考えていると、ドアの方に人の気配。思わずびくっとして振り向くと、部屋のドアが開いていた。
「……ル、ルイズ……」
入り口のところで、サイトがなんかわなわなしている。
――え? ちょっと、いつから其処にいたのよ?
直前までの自分の行動を思い出して、つい、わたわたとする。
(なんで此処に/女の子の部屋を勝手に覗くなんて/何処まで口に出していたかしら)
色んなことを同時に考えて、羞恥と怒りでちょっとわけがわかんなくなった私は、とりあえずフレイムと顔を並べて、覗き魔を睨みつけた。すると――
「ごしゅじんさまのうわきものおお」
サイトは、うわぁぁぁん、と声を上げながら、去っていく。えー、何処の子供……。
――ていうか、『おれというものがありながら、』って、何の話よ?
***
“るいずへ、おれ、いんでぃになる”
サイトは私の机の上に短い手紙を置いて、代わりに馬上鞭を盗んでいった。……字、書けたのね。
でも、下手くそな上に、意味がわかんない。
どうも先日の一件で、自分は『使い魔』をクビになったと思ったみたい。けど、それでどうして鞭だけ……。
学院の馬は全部無事だったし、盗んだ馬で走り出したわけでもなさそうだ。
その答えはサイトの上司、料理長から知らされた。
「『宝探し』に出かけた!?」
「ええ。ツェルプストー様方と一緒みたいですぜ。うちのメイドもひとり同行しておりますから、身の回りのことは問題ありませんよ」
「……他に何か言ってた?」
「えーっと、なんでも『購(か)いたいものがある』とか……あ、あの?」
そう、わかったわ。
「アレのことは今を限りにクビにして頂戴。面倒をかけてすまなかったわね」
「え、 あ、いや、うちは別にかまわないんで――あの。どうか叱らないでやってくだせぇ」
それは無理。
***
「それで、これはなに?」
「ひこうき、って言って、空を飛ぶ機械です……」
目の前で正座をしている少年の答えに、私は、ふーんと頷いた。
「これを購いたかったわけ?」
「え!? い、いや……これは、たまたま知り合いんとこで貰って……運び賃はキュルケ達に借りるつもり……デス……」
巨大な鉄のかたまりらしいその不思議な物体を此処まで運ぶのに、ドラゴンを使ったのだ。ちなみにその運び屋さん達は、私達の話が終わるのを静かに待ってくれている。礼儀正しい人達ね。
「……いいわ。それ、私が出すから」
「え?」
「ただし、半分はあんたの持ちよ。姫様に戴いた報償、使うから」
「ほうしょう?」
アルビオン行のお駄賃だ。サイトが拾ってきた指輪の代金として、姫様から代わりに預かっておいた。
財布を取りに行かせている間、私はそれに近づいてみた。運び屋さん達は黙って道を開けてくれる。
手を触れる、鉄の感触。羽ばたかない翼を持った、ひこうき、というもの。
――なんでかしら、妙に惹かれるのよねぇ。
そう、本当のところ、『使い魔の躾』という主人の義務(しごと)も放り出して、私はそれに心を奪われていた。
その理由は、後にサイトの話を聞いてわかった。
***
――ひこうき、ってけっこう臭い。
私はその『ひこうき』の中で呟いた。後ろの方の席から、つうしんき、だの何だのをとっぱらってもらって作ったスペースに、持ち込んだ毛布と一緒に収まっている。
此処で寝たい、といった私に、サイトは最初とっても変な顔をしたけれど、ちゃんと要望通りにしてくれた。
そのサイトは今もひこうきの外側で、かちゃかちゃと作業中。点したランプが天井に影を作る。――最初はフレイムを連れて来ようかと思ったのだけど、がそりんに引火するからダメだ、とものすっごく反対された。
「ものが燃えるには、火種と燃えるものと燃やすもの、酸素が必要で、酸素がたくさんあればあるほど、ものはよく燃える――なあ、ほんとうにこんな話聞いてて楽しいか?」
「ええ、」
「そっか……」
サイトに聞かせて貰っているのは、サイトのいた国の技術、『カガク』のことだ。
最近になって聞いた話だけど、サイトの国にはメイジがいないらしい。だからその国のものは全部、このひこうきのようにすごく凝ったカラクリと『カガク』でできているのだという。
「――でな、火種を近づけると、ぼん、ってな具合に爆発が起こる」
「へぇ、」
「ほんとは見せてやれれば、いいんだけど……酸素ってどうやって集めるんだっけ……小学校でもできるくらい簡単な実験なんだぜ」
「ミスタにお願いしたら?」
この場所を提供してくれた、二年の『火』の授業を担当している教師のことだ。新奇なものに関心があるらしく、サイトの持ってきた『ひこうき』の修理も手伝ってくれている。ちなみに以前、私のカラクリを褒めたひとでもある。
「あー、確かに何とかしてくれそうだな。なんせ『錬金』でガソリンまで作っちゃうんだから……」
そう、このひこうきを飛ばすのに必要な油も、そのミスタが『錬金』で作ってくれた。なんでも材料にこだわったり、色々と工夫したらしい。
変わり者の教師が昼間、意気揚々と見せてくれたその成果――樽一杯の液体の、くらくらする独特の臭いを思い出す。
「ねぇ、サイトの国では、がそりんはどうやって作っているの?」
「作るっていうか、元になるものは自然にできるんだよ。石油って言って、こう、土の中で昔の生き物の死体がたくさん積み重なってできるんだ、」
「死体?」
「そう、バクテリアとか、なんか、そういうやつが働いて。でも、すごい時間がかかる」
「ふーん」
――なぁんだ、どっちにしろ私には作れないのね。
がっかりしながら、天井を眺めた。狭苦しい鉄の空間で、手足を丸める。
それからしばらくして、音が止んで天井の影が動いたかと思うと、サイトがはしごを登って私のことを覗き込んでいた。
「――なぁ、ルイズ」
「なに?」
珍しく真剣な声に、身を起こす。
「俺さ、元いた世界に戻りたいんだ、」
その左手は、ひこうきの縁をきゅっときつく握り締めていた。淡く輝くルーンを抑え込むように。
「帰る方法もわかんないし、なんかすっかり定住する気になってたんだけど――タルブでこいつを見つけて、此処と日本も何処かで繋がっているのかもしれないと思ったら――そうしたらやっぱり帰りたくなった、」
「そう、」
「いいかな?」
「馬鹿ね。そんなの、断ることじゃないわよ」
「そっか……、うん、ありがとな」
サイトは、くしゃりと顔を歪めて頷いた。
ホームシック、なのね……。
「ま、そうは言ってもちゃんと帰れるのかどうかわかんないけどな、」
「諦めちゃだめよ、」
「うん、わかってる。――なぁ、そうだ。こっちとあっちを行き来する『道』がわかったらさ、」
「ええ、」
「ルイズも来てみないか、おれの世界に」
「……は?」
「いや、なんかお前、科学にも興味あるみたいだし、けっこう楽しいと思うんだ。……えーっと、悪い。突然過ぎたかな。ま、ちょっと考えてみてくれよ。じゃ、おやすみ」
何やら一方的に言うだけ言うと、カンカンと音を立ててサイトは去っていく。たぶん、そこの床で眠るんだろう。食堂をクビにしたから、今の彼には部屋がない。
私は……毛布をもう一度かき合わせて、身を横たえた。
そして、魔法のない国からきた『空飛ぶ棺桶』の中で、赤ん坊のように丸くなって、眠る。
***
その翌日、私達は空を飛んでいた。――戦場に向かうために。
「タルブに、世話になった子がいるんだ!」
アルビオンの艦隊に襲われたという土地の名を、サイトが叫ぶ。ひこうきは、サイトの心を映したように、すごい速度で空を飛んでいく。
彼方に、戦火。
私はそれを認めて、肌身離さず抱えていた祈祷書を開いた。一番最初の『文字』を睨みつける。
『かみさまがくれたすてきなまほうしょ』――そこには、四大に数えられない、はみ出しものの系統。始祖が操ったという幻の虚無魔法が記されている。
けれど、最初に『詠んだ』ときから、とっくに分かっていた。
これを唱えるには、私はあまりに――足りなすぎる。
足りない。
足りない。
足りない。
足りない。
力が足りない。
源が足りない。
精神力が足りない。
魔法の源、術者の精神力――身のうちに蓄積された全てをさらったところで、きっと、この本の中のルーンはひとつとして唱えきることはできない。
――『がそりん』が、足りないのだ。
歯噛みしながらそう考えたとき、ぱっとひらめくものあった。
――そっか。削ればいいんだわ。
その答えに、私はちょっぴり嬉しくなった。難しい謎々が解けた子供みたいに、笑って――さっそく目を閉じる。
私のからだの中のからっぽで、“足りない”と訴えるそいつに、それを差し出す。
溜め込んだ精神力は“石油”みたいなもので、かつての私の感情が澱り、凝ったものならば――足りないのはしかたない。
そういう風に生きてきたから。
でも、今は必要。
だから、ミスタのやっていたようにするのだ。
似たようなものから、作り出す。
そのための材料は――削ればいい。
“私”を削って、作ればいい。
――ほら、できた。
「サイト。あのフネの上に行って」
「どうするんだ」
「ちょっと、ね。虚無<ゼロ>をかけるの」
そして、単純明快なもうひとつの答え。
どんな数にゼロを足しても、何も変わらない。
けれど、“いち”も、“に”も、“さん”も、“し”も、どんな大きな数でも――ゼロをかけたら、全部、ゼロになる。
*** しにたがりなるいずさん 3 ***
全身が気怠い。指先から肘までが痺れて感覚がない。
腰も立たない。足がないみたいだ。
サイトが支えてくれなかったら、座っていることもできなかっただろう。
頭の芯が痺れて、ぼう、とする。
からだの中は今までにないくらい、からっぽだ。
何もないだけじゃなくて、空洞がおおきくなった感じ。
それが、なんだかきもちよかった。
んー、なんていうか、これはあれね。
ちょっと…………せっくすしたあとみたいだわ。
想像だけど。
<了>
そらをじゆうにとびたいな。
(210823)