わたし、パケさん、イアンさん、モンクのお三方で[ドルーアダンの森]に来ました。
石の建物に拘束したマクガヴァン達を引き渡すためです。
毎日、水と食料を運んでいたので、9人の健康状態とかに問題はありません。
「はい、では、開けますね」
石製の、重い閂錠を取り外しました。
地面に閂を置き、ドスンと音を立てるのと同時だった。
勢いよく扉が開き、雄叫び、絶叫が周囲を包み込む。
「この化け物! お前がいなければあああ!」
マクガヴァン――!
右手には石を握りしめ、
振りかぶり、
突進――
一瞬でスイッチが入る。
この瞬間から、この身体は[英雄]になる。
遅い。
半歩、左にずれる。
それだけでマクガヴァンは姿勢を崩して倒れ込んだ。
「お前が、お前がいなければ、今頃俺は……!」
マクガヴァンが土を握りしめて睨み付けてくる。
怒りと、恐怖と、悔しさがぐちゃぐちゃに混じった目だと感じる。
わたしの心がキュッっと小さくなった気がした。
わたしは弱いと思う。
いくらレベルがあったって、いくら強い装備を持っていたって。
大切なのは心だ。
[ウォウズの村]のみんなに教わった、想いだ。
だから。
だから、わたしは目をそらさない――
今、この人には負けちゃダメだと思うから――!
「き、貴様! ノ、ノア様になんてことを!?」
「この方をどなたと心得る!!!」
「お怪我はありませんか!? [黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!」
あ、あ、わたしよりも、モンクさんがものすごく怒っています!
一人がマクガヴァン、二人がシーフをあっという間にロープで拘束しちゃいました。
「お怪我はありませんでしょうか、ノア様」
「は、はい……
えと、わたしは大丈夫ですから」
ちなみに今回のような突進や武器を持っていない時でも、[ノア]は対応してくれます。
武器技能でマーシャルアーツを[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]にしているためでしょうか。
それにスピア使いということも関係しているかもです。
スピア系武器は突進(チャージ)に対して、しっかり構えた場合に通常の2倍のダメージを与えます。
わたしはゲーム中よく使っていたので、[ノア]はカウンターというか、後の先というか、そんな感じなのかも。
……
……
って、そ、それよりも、モンクさん~!
「あ、あの、そ、それよりも、その「ノア様」っていう方が、ちょっと……
わたしの方が年下ですし、ノアで結構ですから……」
「いえ! ノア様はノア様です!」
「はぅ……」
わたしのお願いごと、一刀両断です。ううぅ。
なんか精神的にダメージが大きいですよ、はい。
生まれて初めて、様付けで呼ばれています。
うん、これを慣れるっていうのは無理だ~!!
「はは。
ノア様、彼らをお許しください。
かく言う私も、人のことを言えませぬが」
「うう、そんな、イアンさんまで~」
「それだけ……
それだけ感謝しているのです、ノア様――」
■■■
本当に、感謝してもしきれないぐらいですノア様――
夢も希望持てない日々。
いや、一人の男により持つことが許されなかった日々。
[魔王]こと[魔術師ビッグバイ]による搾取されるだけの未来。
何もかもが真っ暗でしか見えなくて。
我らハイローニアスの者達も、情けない事に祈ることしかできなかった。
それほど強大な人類の敵だった。
我らでこのような無様な有様。
一般市民の絶望たるや想像すら出来ません。
そんな先が見えない、道が無い中で立ち上がった[英雄]たち――!
諦めることなく[魔術師ビッグバイ]に近づいていく[英雄]たち――!
詩人が興奮気味に歌うサーガは、どれだけ人々を勇気づけたことか!
我らでは想像すら許されぬ死闘。
それは血と涙で出来た物語。
私も、子供のように興奮しました。
涙が止まらなかった!
[魔術師ビッグバイ]落ちた時。
暗雲から太陽の光が見えた時。
わたしは家族と抱き合って、心から[英雄]に感謝しました。
[白蛇(ホワイトスネイク)]
[戦乙女(ヴァルキュリア)]
[終演の鐘(ベル)]
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]達に――!
○
[ウォウズの村]へ到着したとき、私は愕然としました。
私などでは比較にならぬほどの圧倒的な力を持った少女。
内心、震えを押さえることができませんでした。
そんな娘の名前を聞き、納得ともに落雷が背中に落ちたのを感じました。
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノア様であると!
[魔術師ビッグバイ]を退治した後、世界に姿を見せなかった[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!
わたしはノア様に出会えたことをハイローニアスに感謝した。
少し話しをさせていただいたが、まさに女神エロールのようなまっすぐな少女。
本当によい娘さんだと思う。
孫に持つなら、このような子を神より授かれればと思う。
そして同時に恥ずかしくなった。
我ら大人は、こんな娘に世界の運命をゆだねてしまった!!!
頼って、お願いをして、祈っていただけなのだ。
なんと、なんと情けないことよ!
ふと、ノア様に視線を向ける。
ノア様は「様とかつけないで~」と、モンク衆にお願いしていた。
なんと、なんと穏やかな娘さんなのだろう。
まるで初春の森に流れる風だ。
……このような娘さんに、ノア様に、これ以上お手を煩わせるわけにはいかぬ。
「愚者よ、よく聞きなさい」
わたしは拘束されているマクガヴァンに向かって静かに語る。
ノア様の耳に届かないように。
「覚悟なさい。
我らは[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のように優しくはありません。
ノア様が許されても、我らとハイローニアスが許しません」
このような人間の欲望を満たすためだけに、弱者と優しい心の持ち主が傷ついてよいわけがない。
ノア様に救われたこの世界。
少しでも優しい世界にしてみせる。
それが、あの時に何もできなかった私の仕事なのです。
■■■
「く、くそ、くそ坊主、こ、小娘!
見てろよ、見てろよ!
いい気になるなよ!
お前を犯しつくして、売りさばいてやる!
泣きわめけ、許しを越え、生きてきたことを後悔させてやる!」
突然、マクガヴァンが叫びました。
正直言えば、こんな言葉聞きたくないです。
日本で生活していたとき、こんな事言われたこと無かった。
だから。
だから、辛くないといえば嘘になります。
「ノア様、お耳汚しでした。
あのような戯れ言は忘れてください」
イアンさんが、わたしに気を使ってくださった。
わたしは首を横に振った。
「わたしなら大丈夫です。
それに、今回のこと忘れちゃダメだと思うのです。
わたしにとって、とっても大切なことを教わりましたから――」
負けない。
わたし負けません。
怖い言葉、気持ち悪い言葉なんかを浴びせられても。
わたしは、わたしを好きな人のために強くなる。
だから、逆に、貴方の言葉も忘れないようにします。
マクガヴァンさん……
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新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
2010年、初めての更新となります。
短くて、そして全く進展がないお話になりました。
申し訳ありません~(;´Д`A ```
コンスタントに更新されている方、本当にすごいと思います!