風が吹くと、草と葉が擦れ合う音が耳に入ってくる。
一歩、足を踏み出すと落ちていた小枝が折れた。
何処からだろうか、鳥や、何かの動物のような鳴き声も聞こえてきたような気がする。
鬱蒼と木々が覆い茂る場所、どうやって見ても森です。
それもびっくりするぐらいの規模。
まるで世界遺産に指定されている青森県の白神山地だ。
あ、ちなみに旅行にきているわけではなくて。
気がついたら、わたしはここにいたのだ。
正直、理解が追いついてきません。
でも、救いって言ったら良いのかわからないけど、
今、わたしってば、自分でもわかるぐらいに落ち着いてはいます。
普通なら、こんなわけわからない状況になったら泣き出しそうなものなのだけど。
頭の中は奇妙なほど冷静な感じなのだ。
人間って、あまりにもわけがわからないことが起こると、感情が180度反転するのかな?
これが開き直り?
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002 現状の確認
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で、まず、自分自身の現状の確認をすることにしたのだけど。
「これってば、なんていうか、その、ねえ……」
今のわたし、すごい格好です。
ごてごてした真っ黒の鎧を装着している、というか覆われている。
最初は顔も覆われていたのだけど、それはさすがに取った。
さらには右手には、2メートルほどの長さの装飾が施された槍。
わたしは深呼吸をした。
そして頭の中によぎった答えを口にする。
「[ノア]の装備……!?」
魔法がかけられている黒いフルプレートメイル。
禍々しくもあり、恭しい雰囲気を感じる鎧。
そしてこの槍――
わたしは右手に力を込める。
思いっきり後方に重心をかけ、一気に前方に向けてオーバースロー。
前方にあった大木向けて、一直線に槍は向かっていき――
刹那、ものすごい衝撃音が響いた。
命中したはずの木には貫いた痕だけが残されている。
槍は、当然のようにわたしの右手に収まっていた。
「やっぱりグングニルだ……!?」
グングニルは投じると何者もかわすことができず、敵を貫いた後は持ち手のもと戻る効果があります。
[D&D]をプレイ中、[ノア]のメイン武器として本当にお世話になりました。
ぶっちゃけると反則級、伝説級の武器です。
「なんで……?」
しかもこの力!?
普通の人ならこんな大木を貫けない。
それどころか、わたしの力なんてあって無いようなレベルなのに。
そういえばこの鎧!
ものすごい重いはずなのに、わたし、なんとも思ってない。
強いていえば、ちょっと寒いので秋物のコートを着ているような感じ。
これは……
あんまり考えたくないけど。
今の奇妙に冷静な、わたしの頭の中が回答を導きだしてくれました。
「D&Dの世界!? ちょ、さすがに冗談だよね?」
でも、さっきのグングニルを投げた力というか、状況や格好や筋力を考えると否定できる材料が思いつかない――
○
わたしは全力で森を走ってみることにした。
様々な草、木々、岩、湿地帯。
私の目に最適なルートがみえ、そして体が動く。
うっそうと茂る木々の間を走り続けてみた。
普段のわたしからでは、全く信じられない。
「敏捷力 (Dexterity)も[ノア]だなー」
これは認めざるを得ない。
今のわたしは、乃愛ではなくて[ノア]なのだ。
そう考えれば、この奇妙に落ち着いている自分も納得ができる。
私の判断力 (Wisdom) の高さだ。
だから今、わりと冷静なんだろうと思う。
感謝したいのやら、泣きたいのやら。
なんだか不思議な感触です……
○
実は夢で目がさめたら、いつものベッドの中だったらいいのだけど。
そうじゃなかったら、しばらくはこのままかもしれない。
ならば今、自分の状況は知っておかなければ何もできないだろう。
そんな考えから、次に荷物を確認してみることにした。
「シナリオ終了時の所持品はありそうかな?」
今、わたしが持っているのはバックパック。
しかしこれは、通常のバックパックではない。
一言で言い切ると「四次元ポケット」効果付きバックパックだ。
正式名称はもちろんちゃんとある。
[バッグ・オブ・ホールディング]だ。
でも「四次元ポケット」。これが一番わかりやすいと思う。
これはいろいろな荷物を入れられる便利魔法グッズ。
[D&D]には重さの概念があった。
だからこれが無いと鎧を着ただけで、何も持ち歩くことができなくなってしまうことだってある。
「ゲームでリアル感を出しすぎても、おもしろくない」
そんなマスターの主張からわりと初期にもらったアイテムだ。
「でも、絶対、マスターがアイテムの重量計算が面倒だっただけだよね」
いつも電卓を持っていたマスターを思い出して苦笑する。
おかげで、わたしは様々なアイテムを所有していた記憶がある。
そんなわけで、4次元バックパックはカオスでした。
水袋、ランタン、火打ち石、灯油、防寒具、毛布、石けんといった生活用具。
柊の木でつくられたホーリーシンボル、ホーリーウォーター、白の法衣。
それに加えて特注のコンポジットロングボウ、ダガー、ラージシールドまで。
なんていうか、反則なポケットだと思う。
まさに4次元ポケットだ。
まだまだ、それ以外にもアクセサリや指輪、ポーション、薬草なんかもたくさん入っていた。
「はあ、これは整理しないとダメだなあ……」
ドラえもんが慌てると、ポケットから何を出していいのかわからなくなる心境がわかりました。
○
そして気になることがあった。
柊の枝で作成されたホーリーシンボル。
これはゲーム中に、[ノア]が魔法などを使う時に使用していたものだ。
触媒と呼ばれるアイテムだ。
「やっぱり、できるのかな?」
さすがにこれは、今のわたしでも気持ちが高揚してくる。
胸のドキドキが止まらない。
わたしは頭の中でイメージする。
想像するのは[水]。
身体が動き、精霊に感謝と祈りの言葉を捧げる。
それは友達にお願いするような気持ちだった。
「[クリエート・ウォーター【水を作る】]!」
両手が、身体が、何かひんやりと感じられた。
すると、目の前に大量の水がぷかぷかと浮いていた。
しばらくすると、地面に水が落ちる。
「きゃ!」
大量の水飛沫が足下にかかってしまった。
またあたりの地面が水浸しになる。
たしかこの呪文は1レベルにつき4ガロンの水を作ることができたはず。
だから、今のわたしは80ガロンの水を出せたわけだ。
えと、1ガロンが確か3,7リットルだから、だいたい300リットルの水!?
ドキドキやワクワクな気持ちが溢れて止まりません……!
魔法が使えたのだ。
現状、正直に言えばわけがわからないし、寂しい気持ちはあります。
けれど、そんな状況で、わたしは初めて楽しい気持ちになれました。
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・[クリエイト・ウォーター【水を作る】] LV1スペル
この呪文により使い手はレベル当たり4ガロン(約15リットル)の水を作り出せる。
水は飲用に適した物である。
逆呪文の[デストロイ・ウォーター]は水を消滅できる。
この呪文ではクリーチャーの体内に水を作ったり、逆に、水分を消滅させることはできない。
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初めまして。ぽんぽんと申します。
ArcadiaのSSを読んでいくうちに、自分でも何かを書きたい欲求に駆られました。
初めての投稿となり、お見苦しい点が多々あると思います。
様々なご指摘をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
今回のお話はD&Dの設定を元にしております。
しかしアイテムとかモンスターとか、そのあたりはほとんどオリジナルに近いものになると思います。
そんな理由からD&D風味ですw