「やあ、ノアちゃん。いらっしゃい。
今日は、ドーヴェンさん一緒じゃないんだ。
どうしたんだい?」
冒険者組合(ギルド)の受付の人だ。
どことなく市役所とかの、新人受付の方を想像してしまいます。
すごい真面目そうな感じっていうのかな?
「はい。今日は10番のクエストの件で伺わせていただきました」
「10番だね。了解っと。ちょっと待ってね」
受付の人は、手慣れた感じで棚に収められている羊皮紙に手を伸ばす。
「10番、10番っと。確か商人組合の依頼で……
3種類の薬草と香草を集めるというやつだね。
……
……
……うっ、そろそろやばいなあ、これ」
書かれている内容を読んで、受付の方が盛大なため息をつかれました。
なんというか、深呼吸並みの大きなやつです。
「はあ、雑務系の依頼にしては難易度高いなあ。
けっこう奥の森に入らなきゃいけないようだし、素人には薬草を見分けるは難しいしね。
なるほど、なるほど。だから結構な報酬が出ているのか。
しかもこれだけの金額を商人組合が提示してくるとなると、想像以上に数も少ないのかもしれない。
[鉄]のドーヴェンも薬草に詳しいなんて聞いたことないし。
僕が言うのもなんだけど、ノアちゃん。これはやめた方がいいんじゃないかな?」
さらにまたまた、大きなため息。
なんかもう、幸せがどこかに飛んでいってしまいそうな勢いです、はい。
「ああ、こういう雑務系の依頼って、すぐにたまっていくんだよなあ!
最近の冒険者ったら、すぐダンジョンだ、遺跡だ、男のロマンだとか言っちゃってさあ!
みんな見向きもしない!
でも脳みそが筋肉な人に、こんなのは達成できないし!
なんでこういうクエストが一番大切ってわからないのかなあ!?
常識的に考えたら、すぐにわかっても良さそうなのに!
ああ、もう!
また、うちの冒険者組合は約束期限を守れないって文句を言われる!
ノアちゃんだけだよ、雑務系クエストに興味持ってくれるの!」
受付の方が一息でまくしたてました。
日本でもファンタジーの世界でも、お仕事をするって大変なんだなあ……
「一つだけですが、お仕事を減らすことができそうです」
わたしは受付机の上に小袋を置く。
ひもで縛られた封を開けて、中からモノを取り出す。
するとそこには、シソの葉のような香りが立ちこめてくる。
「わ、ノアちゃん!
これってもしかして、もしかしなくても!」
「10番クエストの薬草と香草になります。
依頼の量より少し多めに持ってきたので、確認の為に使ってくださいね」
「わ、わ! すごい!
ちょ、ちょっとこの手に詳しい人に確認してくる!
すぐ、すぐ戻ってくるから待ってて!」
受付の方が、飛ぶような勢いで走って行かれました。
依頼にあった香草ですが、確かに難易度は高いと思います。
わたしも植物に聞きながら、別の呪文も使って見つけたやつですもん。
だから絶対に間違いは無いから安心してください、受付のお兄さん!
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・[ロケートアニマル・オア・プラント【動植物探知】] LV1スペル
この呪文は範囲内に自分の望む一種類の動物/植物の、方向と距離を知ることができる。
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実は、わたし一人でもクエストは結構やっていたりします。
でも、モンスター退治とかではありません。
こういった薬草集めとか、川の増水で流れてきた大きな石をどかしたり、暴れた馬を押さえたり。
あとは、冒険者の人達で怪我をされた方の治療や、病人のお世話なんかもしたりしています。
なんていうのかゲーム的な冒険者っぽくないことですけど。
こういったクエストは危険度も少ないし、何より人に喜んでもらえるというのが嬉しいです。
でも、まさか依頼人だけではなくて、組合の人にも喜ばれるとは思いませんでしたけど。
「さっすが[お助け]ノアちゃん!
ホントっ、助かるよ~!
うちの上司がさあ、口うるさくてこまってたんだよ!
キャンペーンうって、至る所の酒場にもクエストを張り出してみたんだけど効果なくてさぁ!」
受付のお兄さんは、今回のクエストの報奨金を持ってきてくださいました。
「ありがとね!
またよかったら頼むよ、ね、お願い!」
本当に嬉しそうにニコニコされていいます。お兄さんったら。
やってよかったと思います。
それにしても。
[お助けノアちゃん]って……
……
こ、これももしかして異名っていうか、二つ名になるのでしょうか!?
もしかしなくても、冒険者さんたちの間でわたしの評価って[お助けノアちゃん]!?
……
……
……あ、あはは……
ま、まあ、そのおかげで[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]とは思われないからいいのかな?
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023 ハイローニアスの使い
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「姉さん、お疲れさまです!」
「お疲れッス、姉さん!」
「……あ、あはは……
お、お疲れ様です、はい……
いつも元気ですね、ミハイルさん、オシップさん……」
[ネンティア亭]に入ると、いつものようにお二人が直立の姿勢で出迎えてくれます。
すると、またいつものように、別の場所から声があがります。
「がはは、相変わらずだなー」
「なんぞ弱みでも握られてるんか、二人はよー」
「俺はあと5年後に期待したいがなあ」
「ふざけんな、ノアっ子が、おめーなんぞ相手にするか」
「ちげえねえ」
大きな男性の方が、わたしのような娘に、こういった態度を取れば不思議に思われて当然ですよねー。
というか、思わない方がおかしいです。
「うっせえ! 外野はすっこんでろ!」
「こればっかりはミハイルに同意見っすよ、俺も」
ミハイルさんとオシップさんが、はやし立てる方々に言い返す。
周囲から笑い声が起きてきます。
なんというか、これ、わたしが来ると定番なやり取りになってるんですよね。
「ま、まあ、お二人とも落ち着いて、落ち着いて~」
わたしが席に着くように、椅子を引き出しして二人に勧める。
「はい、ノア姉さん!」
「ノア姉さん、ありがっとす」
ものすごく、良い姿勢と良い返事で二人は席に着いてくれます。
「エール酒を2つと、ミルクを1つください~」
とりあえずお店に入ったのだから、注文をしたいと思います。
いつも大忙しのハーフエルフのマスターに、大きな声で注文しました。
少し遠くの方から「ああ、いつものだねー」と、返答が返ってきました。
○
「いつも奢ってもらって……
ほんっとすみやせん、姉さん……」
「あんたの暴走が原因で逃がしたんすからね、獲物」
[ネンティア亭]の絶品料理、ホロホロ鳥の香草包み焼きを食べながら、
ミハイルさん達パーティの冒険譚を聞かせてもらっています。
ドタバタっぷりが楽しいと言ったら失礼になるのかもしれないんですが、とても大好きな時間です。
昔、自分たちがゲームをプレイしていた時を思い出します。
低レベルの時って、本当にちょっとした事でドキドキワクワクしましたよね!
「でも、みんな大きな怪我が無いのが一番ですよね」
D&Dの世界では、低レベルだと本当にあっという間に死んじゃいます。
いや、違うな。ちょっとレベルが上がったぐらいでは簡単にやられてしまう世界です。
だからミハイルさん達が元気だと、ホッとしますし何よりも嬉しいです。
「お、盛り上がってるな!
冒険から生きて帰ってきたものは、友と良い酒と良い食事を取る資格がある。
良いことだね」
手にエール酒を持ったドーヴェンさんだ。
「一緒に食事を取らせてもらっていいかな?」
「勿論です、断るわけないじゃないですか」
ドーヴェンさんは微笑を浮かべ、わたし達のテーブルの席に着かれました。
「ふぅ。ここの食事と酒は最高なんだがなあ。
唯一の文句があるとするなら、いつも混んでいることだね」
「さすがの[鉄]のドーヴェンも、この店の席取りにゃ敗北かい?」
「しょうがないっすよ。貧乏人の駆け出し冒険者にとっちゃ、命綱の店っすからねえ」
3人が苦笑される。
思わず、わたしもつられてしまいました。
[ネンティア亭]では冒険の[クエスト]も掲示板に貼られているし、何より食事がびっくりするぐらい美味しくて安い!
おかげで、連日の大繁盛。
店にはいつも常連さん達で賑わっています。
「申し訳ありませぬ、少々よろしいでしょうか?」
「え?」
食事中のわたし達に、スキンヘッドに男性の方が話しかけられました。
「あ-?
もうここは満席だぜ? 見りゃわかっだろ?」
「あんたねえ。
いっつもそんな口調だから、なかなかパーティのメンバーも固定できないんっすよ。
悪いッスね、真面目そうな兄さん。他、当たってくれないっすか?」
わたし達に話かけきたスキンヘッドの男性。
身体付き、ハイローニアスの紋章付の動き安そうな服装。
己の肉体のみで戦う[モンク]の方だ。
「お食事中、誠に申し訳ありませぬ。
本日、名高い[鉄]のドーヴェン殿にお話があり伺わせていただきました」
[ウォウズの村]でお会いした[モンク]さんもそうだったけど、
ハイローニアスの[モンク]さんは、総じてレベルが高いと思われます。
この方も雰囲気を持たれており、実力がある方であるとわかります。
「ハイローニアスに仕えております[エミール・ゾラ]と申します。
この後、少しご足労いただいてもよろしいでしょうか、ドーヴェン様」
「ハイローニアスの?
そりゃあ、なんというか……
……
……ひさしぶりな話だね」
ドーヴェンさんがエール酒を一気にあおりました。
空になったコップをテーブルに置き、モンクさんに訪ねられます。
「それは今からかな?」
「ええ。大変、恐れ多いのですが――」
エミールさんと名乗られたモンクさんは、深々と頭を下げられた。
「あ-、空気読めねえ坊さんだなあ?
今から俺たちゃ飯喰うって、見てわかんねえかなあ?」
「はは。まあ、まあ、ミハイル君、落ち着きたまえ。
ホロホロ鳥は君らで食べるといい。
私は、ちょっと行ってくるとしよう」
ドーヴェンさんが席を立たれる。
「やりい!
ドーヴェン、今の言葉に、もうキャンセルは聞かないぜ?」
「相変わらず、あんたは食い意地悪いッスねえ……
つーか、にしても、ドーヴェンさん働きすぎっしょ。
注意した方がいいっすよ?」
ミハイルさんは、すでに嬉々としてお肉の味を堪能されていました
そんな姿に、オシップさんはため息をつかれています。
あは、これもいつもおなじみの光景ですね。
って、それよりも――
「えと、ドーヴェンさん。
ハイローニアスのってことは、大聖堂に行かれるのですか?」
「そうなると思うが……
そういう認識でいいのかね?」
ドーヴェンさんは、モンクのエミールさんに視線を向ける。
エミールさんは黙って頷かれました。
「なら、わたしも途中まで一緒に行っていいですか?
丁度、ハイローニアスのイアンさんにお会いしようと考えていたんですよ」
いくつかのクエストを達成したおかげで、ある程度のお金が貯まりました。
是非、このお金を、イアンさんに受け取っていただきたいって考えていました。
今のわたしが、まともな生活ができているのはイアンさんのおかげですから。
泊まる場所を提供してくれて、ドーヴェンさんまで紹介してくださいました。
妙子姉え、いや、この世界ではブリュンヒルデ姉さんかな?
正確な情報も伝えられていないのだから、せめて、謝礼(宿代)ぐらいはお渡ししたいです!
「……イアンにかい?
……
……
そうか、なら一緒に行くとしようか」
ドーヴェンさんは、壁に立てかけてあった両手剣(ツーハンデットソード)を手に取られた。
○
いつも賑やかなプレーンラインから大聖堂に向かいます。
少し歩いただけで、その雄々しく優美な姿が視界に飛び込んできました。
[城下町エドラス]では神への畏敬の念から、ハイローニアスの大聖堂より高い建物は無いとのことです。
ドーヴェンさんが説明してくれました。
「何気なく毎日通る道なんだけど、改めて正面から見るとすごいね」
「はい、言葉が出ないです……」
ハイローニアス大聖堂を正面から見ると、その圧倒的な存在はさらに力を増すように思えます。
大きな扉の上に円い装飾を施された窓なんて、どれぐらい作るのに時間をかけたか想像すらつきません。
あれは、バラ窓と呼ばれているものらしいのですが……
はあ、人ってすごいなあ。
そんなありきたりな言葉しか、本当に言えません。はい。
「お、門にいるイアンじゃないか?
はは、ノア君が来ること、神の啓示とやらで知ったんじゃないかい?」
「あ、本当ですね。何をされてるんでしょうか」
バラ窓に見とれていましたが、入り口にはイアンさんが控えていらっしゃいました。
イアンさんも、わたし達の姿に気がつかれたようです。
軽く会釈をしてくれました。
わたし、ドーヴェンさん、モンクのエミールさんの3人で、イアンさんの元に向かいます。
エミールさんは片膝をついて、イアンさんに頭を垂れました。
「ありがとうございます、エミール。
下がって良いですよ。この後は、私が対応しますので」
「は、失礼いたします」
全く表情を変えることなく、エミールさんは大聖堂に入って行かれました。
エミールさんが行かれたのを確認した後、イアンさんがわたしに挨拶してくださいました。
「ノア様、お久しぶりでございます。
今日はドーヴェンと一緒とは……
いかがされましたか?」
イアンさんの声を聞くと、なんだか心が落ち着きます。
やっぱり、こういった雰囲気が本物の僧侶さんですよねえ。
うぅ、わたしには到底たどりつけない境地です、きっと。
「実はイアンさんに会いたいと思ってたんです。
そしたら丁度、ドーヴェンさんも大聖堂に行かれるってことになったので、
一緒に伺わせていただいたんですよ」
「はは、というわけだ。
昼間から、ノア君と街を散策させてもらうことができたよ。
世界中にいる[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のファンが知ったら、私は呪い殺されるだろうね」
イアンさんには、ドーヴェンさんに[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]であることを知られたことは告げてあります。
だからこそドーヴェンさんの冗談に、イアンさんも笑っています。
1つ、咳払いをして、ドーヴェンさんはイアンさんに伺いました。
「で、私に用事があるのは……
……
……
やはり、イアン、君なのかい?」
「……はい」
二人の雰囲気が瞬間に変わりました。
空気が、ピンと張り詰めたのがわかります。
どうやら……
……他の人が興味本位で伺って良いとは、正直、思えない感じです。
「わたし、少しこの当たりを散歩しますね。
しばらくしたら、また、寄らせていただきたいと思います」
そう告げて、わたしはプレーンラインの方に戻ろうとしました。
「イアン。
ノア君は、もう冒険者だ。
それも、これほど頼れる人はいないぐらいのだ」
「しかし、ノア様にご迷惑をかけるなど――!」
「迷惑か、迷惑ではないか。
これは当人が決めることだ。
私達が判断するなんて、おこがましいと思わないかな?」
「……
……ふぅ。やれやれです。
相変わらずに、貴方は扱いづらい」
イアンさんが苦笑されました。
その後、とても真剣な面持ちで、わたしの目を見つめてきました。
「ノア様、よろしいでしょうか。
ドーヴェンと共に、是非、私の話を聞いていただけないでしょうか?」
「え……?」
★
酒場での、話の掛け合いなんかが楽しく書けました!
街の雰囲気とかもそうですが、ストーリーが展開しないような話を書くのが好きみたいです。