フォールンと呼ばれる森の中。
木々には多くの緑の葉を付けている。
葉は太陽の光を遮るため、木々の根元当たりは薄暗さを感じる程だ。
そんなジメジメとした森特有の湿り気の中、一人の女性が宙を見上げていた。
光輝くような金色の髪。
完璧な均整の身体は、少女と女性の両方の魅力を兼ね備えている。
それはまるで芸術品のように完成されていた。
語彙が少ない詩人などは、女神としか表現できないだろう。
「いた……!」
空を見上げていた女性である[タエ]は口にする。
視線は、空の一点を見続けたままだった。
そのままの姿勢で、タエは帯刀している愛用の剣を鞘から抜き放つ。
握り手、柄、刃、全ての部位から、剣は厳かな雰囲気を発散させていた。
タエが唯一所持している愛用の武器[ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)]だ。
「全力で戦う。
迷わない。
全力で殺す。
だから貴方も全力で、私にかかってきなさい」
小さく呟やきながら、タエは剣を構える。
いつの間にか、戦う前の習慣になっていたものだ。
言葉の詠唱後、
タエは少し腰を屈めて、己の両脚に意識を集中させた。
この時に意識するのは「鷹」だ。
すると、タエが身につけていた白のロングブーツが淡い光に包まれる。
「っせーのっとぉ!」
気合いの声ともに、タエは見続けていた空に向かってジャンプした。
それは信じられない程の[跳躍(ジャンプ)]。
一瞬で、10メートルはある木の頂上近くに生えている枝にたどり着く。
「てやあああ!」
片足を枝にかけて、さらにタエは全力で大空に向かって[跳躍]する。
勢いはさらに増していく――
「たああああああ――!」
タエは人だ。
だが今のタエは、空を自由に駆け巡る鷹を思わせる。
大空を疾駆するタエの視界に、先程から見続けていた[ソレ]がハッキリと視界に捉える事ができた。
ライオンの胴と足。
コウモリの翼。
老いた男性のような顔。
赤い毛皮に、鋼鉄の毒針が生えた尻尾。
一切の迷いも無くタエは、怪物[マンティコア]に向かって突っ込んでいく――!
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◇マンティコア(Manticore)
社会構成:独居性
食性 :肉食性
知能 :低い
性格 :ローフルイービル
生態
・体調は大人で4~5メートル程度。
・マンティコアは人間の肉を好んで食べる嗜好を持った真の怪物である。
・尻尾の針は一斉射撃が可能。この針はすぐに生え替わる。
・飛行はあまり得意ではなく、空中では噛みつくといった攻撃はできない。
・マンティコアの毛皮は最も強力な狩人や戦士としての証となる。
完全なマンティコアの毛皮(コウモリの翼付き)は、10,000gpの価値がある。
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「Xeaagasgaaxaa――!!!!」
マンティコアがタエに気がつき咆吼を上げる。
多くの人間を殺してきた、必殺武器である鋼鉄の尾をタエに向けるが――
「遅い――!」
タエはファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)による魔力攻撃を発動させる。
遠距離からの攻撃は、マンティコアの鋼鉄の尾を容易く切り落とした。
「aqwsedrftgyhujiii――!?!?」
奇怪なマンティコアの悲鳴が上がる。
が、タエは悲鳴を最後まで上げさせるような時間すらも与えない。
マンティコアに突進しながら、魔力発動の為に左から右へと振るった剣の勢いを殺さず身体を一回転させる。
「はぁぁぁぁ――!」
「qawsedrftgyhujikol!?!?」
人々に悪夢を与え続けたマンティコア。
ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)の実剣による斬撃で、今度はマンティコア自身が悪夢を見る番だった。
何が起こったのか理解できず、上半身と下半身は永遠の別れを告げる。
力を失ったマンティコアの身体は、地上に向かって落ちていった。
タエは落ちていくマンティコアの肉塊に意識を向ける。
間違いなく死んでいることを確認するために、[ディティクト・イービル【邪悪探知】] を発動させたのだ。
敵がモンスターの場合にはどんな姿でも油断はできない、と、タエは考えている。
実際に、それで何度か痛い授業料を払わされているのだ。
「よし、反応無しっと!
ミッション・コンプリート!
……
……
……は、いいんだけどねえ……」
今のタエは大空だ。
さすがのタエも自由に空を飛べるという訳ではない。
[跳躍(ジャンプ)]を行っただけなのだ。
勢いが無くなれば、当然地面に向かって落ちていくわけであり――
「はあ、飛行機のエアポケットと同じ感覚。
これってば、いつまでたっても慣れないわ……」
タエは愚痴りながら、地面に向かって降りて(落ちて)行った。
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◇[ゼファー・ブーツ(風のブーツ)]
特性
・白に蒼いラインで縁取り装飾された美しいロングブーツ。
・風に乗って空を鳥のように飛ぶことができる。
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032 思い
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「タエ、おかえりなさい。
見回りご苦労さま」
今日の宿営地に戻ってきたタエを、
バーバラは野鳥の羽をむしりながらねぎらいの言葉をかけた。
「ただいま、バーバラ。
特に異常っていう異常は無いわ」
にっこりと微笑むタエに、バーバラは安堵の溜息をついた。
「よかった。タエが言うなら大丈夫ね!
あんまりこの森沿いの道は良い噂を聞かなかったから……」
羽をむしる作業の手を止めて、バーバラは胸に手をあてて「ほっ」とした表情を浮かべた。
「そんな噂も、もう聞かなくなると思うわ。
それにしてもお腹すいた!
私も手伝うから、早くご飯にしちゃいましょう? ね!」
タエの、まるで自分の息子[バド]のような台詞。
バーバラは苦笑して、野鳥の羽をむしる作業を開始することにした。
○
メインディッシュは野鳥の香草焼き。
切り目を入れ、そこに何種類かの香草(ハーブ)を挟み込んで焼いた物だ。
焼けた肉と香草の香りは、肉と香草を共に引き立てる。
香りも味もよく、全員が満足のいく夕食となった。
お腹がいっぱいになったバドなどは、そうそうに「うつらうつら」と船をこぎ始める。
そんなバドを、バーバラは抱っこして馬車の荷台へと向かって行った。
今、たき火の前にいるのはミッチェルとタエの二人だけだった。
パチパチと火がはねる音。
虫の羽音。
草の息。
風の声。
自然のメロディに包まれながら、ミッチェルは地図を見ている。
タエはたき火に小枝をくべていた。
「そういえば、タエは何処に向かっているんだい?」
地図から目を上げて、静かにミッチェルはタエに問いかけてきた。
「ん……私?」
たき火をなんとなく見ていたタエも、ミッチェルに視線を向ける。
「ああ。このまま問題ななければ……
……
いや、タエがいてくれるから問題なんて起きないだろうね。
あと4日ぐらいかな。
で、海沿いの街[セーフトン]に付く」
「セーフトン……」
「ああ。
あそこは大きな街だ。
しばらく僕らはセーフトンに滞在することを考えている。
苦労して運んだ積み荷で、目一杯稼がせてもらわないとね」
「……そっか……」
タエは少し考えた。
何を?
いや、考える事を考えようとしたのかもしれない。
「タエ。
君はどうするんだい?」
ミッチェルの言葉に、タエは我に返った。
どうする?
そんなの決まっている。
タエはハッキリと言葉を口にする。
「言ってなかったかしら。
私はね、[サーペンスアルバス]に行きたいの」
「サーペンスアルバス……?」
タエの言葉に、ミッチェルは地図を見ながら考える。
「え!? サーペンスアルバス!
[奇跡の街・サーペンスアルバス]かい!?
これはまた、ずいぶんと遠い所に――」
「全くよね。
なんで私のキャラってば、こんな遠くまで旅しちゃったのかしら?」
「え? キャラ?」
「ううん。何でも無いわ」
タエは自分がプレイしていたTRPG「D&D」を思い出す。
妙子のキャラクター[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]は[魔術師ビックバイ]を退治した後に旅に出た。
それでキャンペーンが終了して、エンディングとなったのだ。
旅に出るのはいいが、まさかこんなに遠くまで旅しているとは――
おかげで、「D&D」をプレイしていた他のキャラクターと大分距離が離れてしまっている。
旅が大好きな妙子にとって、[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]が本当に自分自身の分身なのだなと苦笑せざるを得ない。
「それにしても、なあに?
その[奇跡の街]って、なんだか格好いい異名は?」
「え? タエは知らないで行くのかい?
あんな何もない場所で、あっという間に平和で豊かになったサーペンスアルバス。
商人の間じゃ、その有り得ない急速な繁栄っぷりに、そう言っているんだ。
なんとまあ、[英雄]は政治や商売をやらせても[英雄]だったかあ。
本業の僕らの形見が狭いよ」
「ふふ。そりゃあね。
なんと言っても、ふふ、[白蛇(ホワイトスネイク)]がいるから」
「お、タエも[白蛇(ホワイトスネイク)]のファンなのかい?」
「ファン?
う~ん、ちょっと違うかな。
でも、好きって言う点では同じ」
ファンではない。
ファンではないが、大好きだ。
なぜなら。
[白蛇(ホワイトスネイク)]のキース・オルセンは自分の最愛の人なのだから。
「しっかし、サーペンスアルバスかあ」
再び、ミッチェルは手元の地図に視線を落とす。
指で地図上をなぞりながら、「うんうん」と頷いてからタエに視線を戻した。
「そうなると、船を使うといいかな。
セーフトンからは、結構な商業用の船が出ている。
いくつか乗り継げば、大分早くサーペンスアルバスには着けそうだよ」
「え!
ほ、本当なの、ミッチェル!?」
「わ、急にどうしたのさ!?」
「あ、ちょ、ごめんね!
いや、大分早く着くなんていうから……」
タエは慌てて深呼吸をする。
自分自身を落ち着かせようとするタエを見て、ミッチェルは胸に何か暖かいものを感じた。
「あはは。
……タエも……
普通の人なんだねえ」
「な、何よ。あ、当たり前じゃない」
ミッチェルのよくわからない言動に、タエは頬をふくらまして返答する。
「ごめん、ごめん。
タエは冒険者として、普段が完璧過ぎるからさ。
えーと。
早く着くのは本当。
サーペンスアルバスは、[白蛇(ホワイトスネイク)]が治めるようになってから、
船を使った商売にすごく力を入れてるんだ。
だから、その商売用の船を上手く使うといい。
陸路とは比べものにならないぐらいに早く着くと思うよ」
「そう、そうなのね!
ミッチェルありがとう!」
まばゆいばかりの笑顔で、タエはミッチェルにお礼の言葉を述べる。
無邪気に喜ぶタエの姿にミッチェルは自分自身も嬉しくなった。
普段なら照れてしまい、妻のバーバラに怒られるような場面だが。
「じゃあ、私はセーフトンで船を探してみることにするわ」
「うん、うん。
それがいいと思う。
僕も協力しよう。
ただそうなると――」
ミッチェルの表情が硬くなった。
先程までとは空気が変わる。
たき火の火の跳ねる音が大きく感じられた。
「そうなると、タエともお別れだね」
ゆっくりとした口調で、ミッチェルが口にした。
「バド、タエにはずいぶん懐いてたなあ。
泣いちゃうかも……
……しれないね」
再び沈黙の時間が訪れた。
ハッキリと聞こえる自然のメロディ。
それを破ったのはタエの明るい声だった。
「ミッチェル、どうしてそんな顔するの?
今はバドより、なんだか貴方が泣きそうじゃない」
「はは、痛いところをついてくるなあ」
「当たり前じゃない。
もう、長い付き合いなんだから」
タエとミッチェルはお互い見つめ合った。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはタエだった。
「確かに少しの間別れることになるわ。
けど。
けど、また会えばいい。
それだけ。
寂しがることなんて、何もないと思わない?」
「……タエ……」
「それだけのことなのよ、ミッチェル」
この時代の旅は命がけだ。
別れた者は簡単に会えるものではない。
今生の別れになることは多い。
ただ、タエの言葉はミッチェルの心を勇気づけた。
タエが言うと、本当に何でも無いように思われる。
根拠なんて何も無いのに、だ。
それがミッチェルには不思議だった。
「そうだね。
また会えばいい。
うん、それだけのことなんだよねえ」
「そうよ。
だから、「お別れ」じゃなくて「またね」が正しいの」
「またね、か。
確かにそうだね。言葉は正しく使わない駄目だね」
「全くよ、ミッチェル。
こんな事じゃ、バーバラやバドを養える立派な商人にはなれないわよ」
「うわー、痛いところを。
これは、そろそろ毛布の中に戦略的撤退をする時間かな」
「ふふ。そうね」
ミッチェルはゆっくりとした動作で立ち上がる。
「じゃあ、お先に失礼するよ」
「ええ、おやすみなさい」
ミッチェルは、バーバラとバドが寝ている馬車の荷台に向かって行った。
タエは、ミッチェルの背中を見続けていた。
「……またね、か」
一人になったタエは、なんとなく小枝をたき火に放り込んだ。
そして自分自身に言い聞かせる。
また、私も会いたい。
絶対に会う。
だから、私は「さよなら」なんていう言葉は使わない、と――
「何が[白蛇(ホワイトスネイク)]キース・オルセンよ。
かっこつけちゃって。
あんたなんか、ただの勇希(ゆうき)で十分よ」
タエは、自分の恋人である勇希と彼の妹である乃愛を思い返す。
あと、もう一人の悪友に関しては、まあ、大丈夫だろうと思っている。
「待ってなさい、会ったらとっちめてやるんだから。
恋人をずーっと放ったらかしにして、立場が逆じゃない。
普通なら、こういった迎えに行く役目って勇希がするもんでしょう?」
明日はなんだか良いことがありそうな気がする、タエはそう思った。
★
32話目にして、ようやくお兄ちゃんの名前がでてきました。
なんという展開の遅さ。
現在、ノアとタエのキャラクターシートを作成しています。
どんなアイテムや武器を持たせようかなー、なんて考えている時が一番楽しいです。
そのうち、キャラクターシートも公開できたらと考えています。