「わ、わ!?
なんだこの金貨!? おい、ちょっと見てみろ?」
「はあ?
何馬鹿なことって……って、俺もあるぜ!?」
セーフトンも検問の兵士二人は大声を上げている。
無理もない。
そこそこの大金である金貨が1枚、知らないうちに手のひらに収まっていたのだから。
「お、おい、どうするこれ?」
「そりゃ、おまえ――」
兵士は辺りを見渡す。
誰もいないことを確認した上で、はっきりと相方の兵士に告げた。
「今日は飲むに決まってるじゃねえかよ~♪」
「だよな、だよなあ!」
検問の兵士は小躍りをしながら、信じてもいない神に感謝の言葉を捧げた。
○
「かんべんしてよ、タエ。
思わず、なんていうのかな。
下腹部の辺りが「キュッ」って縮まったよ~」
一色触発の雰囲気。
そんな中で、ミッチェルは提示された入市税の金貨10枚に加えて、さらに1枚づつの金貨を兵士に手渡した。
兵士達はまだ不服そうな顔ではあったが、手渡された金貨を懐にしまい込むと槍を納めてくれた。
そんなこんなで、なんとか検問所を無事に超えることができたのだ。
その検問所を越えたすぐ直後、今、ミッチェル一行の馬車は街道脇に止めている。
ミッチェルの腕の治療を行う為だった。
「あの兵士はめちゃくちゃだったけど、官憲に対して逆らうのは駄目だよ」
ミッチェルはタエに対して諭すように語りかける。
だがタエの返答は、いつものようにハッキリとしたキレのあるもので無かった。
「え、ええ。ご、ごめんなさい。
ちょっと頭に血が上ってのかしら?」
タエとしては、検問所の兵士二人の目が気になった。
何か異様な[感覚]を感じたのだ。
[D&D]の世界に来てから、タエはこの自分の[直感]を信じている。
妙子の[感覚]ではない。
これは[ブリュンヒルデ・ヴォルズング]の警告。
これで今まで何度も窮地をくぐり抜けてきたのだ。
だから、あの兵士達のやり取りでも[ディティクト・イービル【邪悪探知】]を発動させている。
けれど何も感じることは無かった。
[邪悪]を感じることがなかったのだから良いはずなのだけれど、だからこそ何か不安がある――
「タエ、大丈夫かい? どこか調子が悪かったりする?」
何かを考えている体のタエに、ミッチェルは心配そうに問いかける。
「ん、調子は悪くないんだけど。
でも、なんか変な雰囲気だったと思って、ね」
タエの答えに、ミッチェルとしても頷かざるをえない。
「うん、それには同感。
前に来た時、検問はあんなんじゃ無かったんだけどなあ?」
ミッチェルの腕に清潔な布をあてがっているバーバラも大きく頷く。
「ええ、本当に何が何だかわからないわ。
でも、よかったわ。
大事に至らなくて……」
心配してくる妻に、ミッチェルは笑顔で答える。
「全くだね。
でも悔しいな! なんであんな奴らに大金を払わなきゃいけないんだ!」
いつもの笑顔である夫の姿に、バーバラも微笑する。
「もう、あなたったら。
お金よりも身体の方が大切でしょう?」
「まあね。
身体が無事なら、お金はまた稼げばいいだけだしね」
治療を終えたミッチェルは元気よく立ち上がる。
「憶測とか、文句とかを言っていても何も利益は生まれない。
さっそく行くとしようか?」
やる気満々のミッチェルに、思わずバーバラとタエは顔を見合わせて笑ってしまった。
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034 海沿いの街・セーフトン02
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「ねえミッチェル。
私は商売の事はよくわからないけど、運んで来た積み荷って売れるの?」
セーフトンの町並みはとてもカラフルだった。
赤や黄色、青などの派手な色に建物が塗られているからだ。
荷台から、バドなどは大騒ぎしている。
ただ、タエには建物と人の雰囲気は全く真逆なものだと感じられた。
街の中心部に向かって行くにつれて、人の姿や露店なども見えてくる。
だが、人もまばら。
何よりも活気が感じられない。
とても良い商いが出来るような場所にタエは思えなかった。
「うーん、僕らも久しぶりに来たけど……
確かに、なんかこれでもかって不景気な雰囲気というか、暗いっていうか、ねえ?
セーフトンは、この辺りじゃ活気があることで有名なんだけどな?」
ミッチェルもタエと同感な面があったのだろう。
首を捻らざるを得ない。
「大丈夫なの?」
タエは商売の事はよく分からない。
だが商売が盛んな場所は、人々が元気で賑やかだと考えている。
静かな市場など聞いたことがない。
「まあ、でも積み荷は問題ないんだ。
いつも世話になっている商人ギルドのマスターに卸す分だからね。
僕は危険な橋は渡らないよ。問題なし、さ」
ミッチェルはオーバーアクション気味に胸を張った。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には、真面目な表情で考えを述べた。
「ただ、そのお金を元手にここでしばらく商売を考えていたんだ。
ん~。
けど、これは計画の見直しをしないと駄目かもね」
○
「じゃあ、私達は先に宿を押さえておけばいいのね?」
「ああ。頼んだよバーバラ。
僕も積み荷を卸してから合流するから」
「お父さん、いってらっしゃい~!」
「はは、ああ。わかったよ。
お仕事はすぐに終わるから、戻ったら海に行こうな」
ミッチェルはバドの頭を撫でる。
バドは気持ち良さそうにミッチェルのに脚に抱きついた。
「海!? やった、約束だよ!」
「ああ、約束だ。
それじゃあ行ってくるよ。
バド、ママとタエの事を頼むよ。バドは男なんだからね」
「うん!」
セーフトンの中心部にある広場。
ここでミッチェルは、商人ギルドに積み荷を納めに行くことになった。
その間、バーバラ、バド、タエは、先に宿屋を押さえて置くことで話がまとまった。
ミッチェルの馬車を見送ってから、ミッチェル達が以前にも世話になったという宿に向かう。
「わ、バーバラ見て見て!
あの人が食べてるやつ、すっごく美味しそうじゃない!?」
宿へ向かう道すがら、タエは思わず感嘆の声を上げる。
それは、オープンテラスで食事を取っている人の料理だった。
「あらあら。
なあに、タエ。バドみたいに」
「だってだって。
うわあ、すっごい美味しそうなんだもの。
仕方が無いと思わない?
これは私は悪くないわよー」
「セーフトンの魚介類は新鮮で、料理がとっても美味しいの。
今から行く宿も期待していいわよ」
「旅の醍醐味って、5割ぐらいは食事よね。
今日はガッツリ行くしかないわ!」
「ふふ。そうね。
今日はある程度の収入も入ると思うし。
みんなでお腹いっぱい食べましょうね」
喜ぶタエに、なんだかバドもつられて嬉しそうに騒ぎ始める。
バーバラはそんな二人を見て微笑した。
○
値段も安く、新鮮な海産物を生かした料理を出してくれる[白いレース亭]。
バーバラ達はチェックインをした。
時間を見計らって、バーバラは宿の主人に特別な料理をお願いした。
ミッチェルが戻って来たら、みんなで食べるためにだ。
新鮮な魚介類の特色を生かした料理がテーブルに運ばれてくる。
だがミッチェル戻ってこない。
何時間経ったのだろうか。
バドもがんばっていったが、とうとう睡魔に負けてしまった。
バーバラとタエの間にも会話が無くなっていく。
誰も手を付けていない料理はすっかり冷め切ってしまった。
それでもミッチェルは戻ってこなかった。
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「THE 世界遺産」「世界遺産への招待状」の2つのTV番組が大好きです。
あの素敵な雰囲気を、少しでも自分の作品に反映できたらなーと、妄想している今日この頃です。
パーティメンバーを集合させて、のんびりとした旅の出来事を書いてみたいなー。
次話はがっつりと展開があるお話を書くぞ!