サーペンス湾にできた潟の上に築かれた街[サーペンスアルバス]。
昔は栄えていたらしいが、所詮、それは昔話。
今は夢も希望も何もない。
絶望した人々の心と体は荒んでいく。
灰色の港町。
そんな街に、[ホワイトスネイク(白蛇)]こと[キース・オルセン]は現れた。
突如、ふらりとやってきた[キース・オルセン]。
[キース・オルセン]は自ら陣頭に立ち、治安の立て直しと財政の見直しを行い始める。
治安の立て直しに関しては圧倒的だった。
あの[魔術師ビックバイ]を倒した男なのだ。
ゴロツキなど問題にもならない。
彼は文字通り、[1人]で全ての賊を逮捕・追放などの処理を開始した。
一度、その圧倒的実力を見せつけると、その後は不届きな真似をする人間は激減していった。
財政の立て直しに関しては、当初、人々は懐疑的な意見が多数を占めていた。
周囲の有力商人などからは、馬鹿にしている者が多数いる有様だった。
曰く、「戦士如きに商才などあろう筈がない」と。
だが、[キース・オルセン]はそんな風評も一刀両断する。
まず彼は自身が所有する財産から貿易を行った。
[キース・オルセン]が行った取引は、一切、彼に損を持たらさなかった。
全ての取引が大なり小なりと差はあったが、全てが利益をたたき出していったのだ。
これには商人達が驚きを隠せなかった。
また併せて、複式簿記を用いた管理会計により、今まででとは比較にならないぐらいの無駄な出費も無くすことに成功する。
瞬く間に豊かになっていく[サーペンスアルバス]。
[サーペンスアルバス]に住む住人の心は次第に癒され、そして勇気づけられていった。
が、そんな急速な発展は、金の臭いに敏感な人間を呼び寄せた。
手を変え品を変え、育ち始めた[サーペンスアルバス]の富を奪い取ろうとしてきた。
だが、そんな人間に対しても[キース・オルセン]は全く動じなかった。
金の亡者達は、ありとあらゆる詭弁を述べたが、[キース・オルセン]は全てを見抜いてしまったのだ。
その時の[キース・オルセン]の英雄と呼ぶに相応しい[威圧]と[看破]の対応に、金の亡者と呼べる人間は逃げ出すしかなかった。
この段階になってくると、噂を聞きつけた周囲の人間が[サーペンスアルバス]に集まってくるようになった。
そして人々が集まることにより、さらに経済が財政が発展していく。
自然に良い循環が為されていた。
[サーペンスアルバス]は、まさに[海の女王]と呼ぶに相応しい美しさと活気を取り戻しつつあった。
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045 3ヶ月
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[サーペンスアルバス]は運河が縦横に走る[水の都]の為に、馬車乗り入れが禁じられている。
その為に、多くの橋が架けられており、人々はゴンドラや徒歩での生活が中心となる。
中でも生活の基盤となっているのが、[自然の神オーバド・ハイ]がまつられた寺院前広場だ。
壮麗なオーバド・ハイ寺院、美しい幾何学模様の敷石にそびえ立つ煉瓦の大鐘楼。
その下で、多くの人々が出店を広げている。
店では新鮮な魚介類を使った料理を出す者、日々の生活用品、工芸品、武器、書籍等、様々な物が見ることができた。
そんな中で多くの人々が楽しげに売り買いをして、子供達ははしゃぎながら広場を駆け回っていた。
「おっ、マリーじゃん。
こんなとこで会うとは思わなかったな」
寺院前広場で、多くの香草を多く扱っている出店。
そこでお茶の葉を見ていたマリエッタは、久しぶりに呼ばれた愛称に眉をしかめて振り返った。
声の主は、両手に抱えきれないぐらいに野菜などの食料品を抱えた男だった。
鍛え上げられている事が一目でわかる身体に、笑顔を見せた際の白い歯が印象的な偉丈夫だった。
男に対して、マリエッタにしては珍しく破顔する。
「アートゥロ、ひさしぶりですね」
[アートゥロ]と呼ばれた男も、マリエッタに対して笑顔で答えた。
「ああ、だな。
昔と違って、お互い最近は忙しいからなあ。
んにしても、マリーが出歩くなんて珍しいな。今日は休みか?」
「ええ……
休みなど不用なのですが、
ホワイトスネイクが「絶対に休まないとダメ!」と、強く言われまして……」
マリエッタは困ったようにはにかんだ。
ホワイトスネイクがいかにも言いそうな言葉に、[討伐隊]の隊長を務めるアートゥロも苦笑してしまう。
実際、アートゥロの所属する[討伐隊]にも、キースの指示により週に1・2回の休みが与えられていた。
このようなこと、他の領主仕えの兵士には考えられない事だった。
「はは、ウチの大将らしいなあ。
ったく。
でも、一番休んでないのは自分なのになあ」
「全くです。
が、口惜しいのですが、私如きでは何もお役に立てません。
ですがせめて、できる範囲でことをさせていただこうと思いまして」
マリエッタは、手に取っていたお茶をアートゥロに見せる。
「なーる。
で、大将に上手いお茶をってわけか。
大将、酒は飲めないからお茶ばっか飲んでるしな、喜ぶと思うぜ」
「ですから、必死なのです。
見てください、このお茶の数」
マリエッタはお店の商品群を指さす。
指された場所には色とりどりの茶葉が所狭しと陳列されている。
「これだけあると、もうどれを選んでいいのかわかりません」
「うは、だなあ。
大将のおかげで、前とは流通が比べもんにならんからなあ。
色々な商品が入ってくるし」
「ええ、見ているだけでも楽しいです。
嬉しい悲鳴、というのはこういう時に使うのでしょうね」
「わはは、んだな」
2人は、お互い顔を見合わせて笑い合う。
そして、ふと、マリエッタはどこか遠くを見る面持ちで――
「嗜好品の購入に頭を悩ませることなど、
この[サーペンスアルバス]で起こりうるとは思えませんでした」
寺院前広場を眺めながら呟いた。
「……
……ああ……」
マリエッタの言葉に、アートゥロも同意の言葉しか出せない。
賑やかなで、幸せそうな雰囲気に包まれている寺院前広場を、アートゥロもしばらく眺めた。
2人の間に少しの沈黙。
だが、それは苦しい類の物で無かった。
そして、その穏やかな沈黙を、アートゥロは明るい口調で破った。
「ああ、ホントになあ!
それに見ろ、マリー、これ。
こんなのも、いろんな買えちまうんだぜ、今」
アートゥロは抱えていた紙袋の中身を、自慢げにマリエッタに見せる。
マリエッタは紙袋の中を覗くと、そこには多くの食料品が詰められていた。
「お肉に魚、野菜……
こんなに沢山どうしたのですか?」
「うちのやつ、今、これだろ?」
アートゥロはお腹を大きく見せるジェスチャーを行う。
マリエッタは納得した。
「そうでしたね、今、ニエヴェスさん7ヶ月でしたか?
もうすぐですね」
アートゥロの妻であるニエヴェスが身ごもっていることを、マリエッタは思い出した。
「では、これはニエヴェスさんに?」
「ああ!
これから飯を作ってやるのさ。
今度は、目一杯食べさせてやろうと思ってな」
「……アートゥロ」
「今度は」という言葉に、マリエッタは平静を保つことができなかった。
アートゥロとニエヴェスは生まれも育ちも[サーペンスアルバス]。
辛い生活の中でも愛を育んだ2人の初の子供は、[サーペンスアルバス]の過酷な生活故に生まれることはなかった。
そのことを、やはり[サーペンスアルバス]育ちのマリエッタも知っていたからだ。
「んな、顔すんなよ。
今はすごいぜ、食べる食べる。
いやあ、大将があんだけの給料くれなかったら破産する勢いだぜ」
アートゥロの言葉は笑顔と共に出てきたものだった。
そのことに、マリエッタは心の底から安心し、そして嬉しかった。
「ふふ、ニエヴェスさんが元気そうで何よりです」
「その代わり、俺の財布の中身が不健康になりそうだけどな!」
お互いに顔を見合わせて、2人は笑いあう。
「ただ、気になるのは大将だよなあ」
アートゥロには似合わないため息をついた。
「ホントに、ちっと働きすぎが気になるんだ。
俺如きが、あの[白蛇(ホワイトスネイク)]に物言える立場じゃねえってのは百も承知してんだが」
「はい。
殆ど睡眠も取らずに、今も仕事をなさっておられます」
マリエッタなどはため息を突き抜けて、沈鬱な表情を浮かべてしまう。
「おいおい、マリー。
お前がそんなんでどうするんだよ、こんな時こそ側仕えの役目だろうが。
やめろったって、大将は止めねえんだ。
だからマリー、大将を頼む。
ちっとでも元気がでるように、側で力になってくれ」
アートゥロはマリエッタの背中をポンポンと叩く。
小さい頃から、ずっと前から、アートゥロは元気を出すようにと促す時には背中を叩いてくるのだ。
ふと、小さい頃を思い出して、マリエッタは苦笑する。
「何を言っているんですか、アートゥロ。
そのようなことは、当然すぎて返す言葉など不用な程です」
アートゥロの気遣いに、マリエッタは胸を張って返答をする。
これにはアートゥロも、一瞬、「キョトン」としてしまった。
「はははは!
わりい、わりい、そうだな!」
アートゥロは豪快に高笑いをした。
と、同時に、目の前のオーバド・ハイ寺院から鐘の音が聞こえてきた。
「ん、いけね。
結構な時間だな。俺、そろそろ行くわ」
アートゥロは慌てて、大量の荷物を抱え始める。
「んじゃ、またな!」
「ええ、また今度。
近いうちに、ニエヴェスさんに顔を出させていただきます」
片手をあげて、アートゥロは小走りをする。
が、ほんの5メートル程した時点で足を止める。
「ああ、言い忘れた。
あとなー」
突然振り返り、アートゥロはマリエッタに呼びかける。
「はい、どうしました?」
「大将、とっとと口説きおとせよなー」
「な!!!!」
アートゥロの突然の言いぐさに、
一瞬で、マリエッタは顔を真っ赤なトマトのようにしてしまう。
「わははははあ、こりゃすげえ!
んじゃ、俺、仕事だから~」
笑いながら、アートゥロは走り去ろうとする。
慌ててマリエッタは呼び止めようとする。
「ま、ま、待ちなさい!
う、嘘付くんじゃありません!
さっき、ニエヴェスさんにご飯食べさせるって言ってたじゃないですか!」
「今の俺の仕事はご飯を作ることだぜ~。
んじゃ、またな!」
マリエッタの制止を聞かず、アートゥロは寺院前広場の出口に向かっていってしまった。
それを呆然と、マリエッタは見送るだけだった。
「ま、まったく……!
な、何を言ってるのですか、相変わらず!
そ、それでも誇り高き[迎撃隊]の隊長職を勤める男なのですか!
ご、ご主人様はそういうのではないのです!」
誰に言うにでもなく、マリエッタは1人ワタワタと呟いた。
「そういうのでは……
……
……ないのです……」
マリエッタは、尊敬する主人である[キース・オルセン]の姿を思い浮かべる。
仕事をしている姿、ご飯を食べている姿、海を眺めている姿、剣の訓練をしている姿――
いくらでも、どんな姿でも明確に思い出せる。
それだけで、マリエッタの心は満たされる。
だから。
だから、そういうのとは違うのだ。
と、自分でもわかったような、よくわかっていないような、よくわからない結論を出した。
「と、とにかく!
ご、ご主人様、に喜んでいただけるお茶とお茶請けを探さないといけませんね」
顔を真っ赤にしたマリエッタは、ぶつぶつ言いながら茶葉の選定を再開した。
○
「遅いですよ、アートゥロ隊長!」
「あー、わりいわりい」
[迎撃隊]詰め所に入るやいなや、副隊長である[アロルド]に文句を言われるアートゥロ。
いつもの日常の光景なので、このことにツッコミを入れる人間は誰もいない。
「全く、今からこの調子でどうするんですか……
予定だと、奥さんは後3ヶ月後ですよね?」
「おおともよ!」
「初めてのお子さんだから、サボタージュも多めに見ているんですからね。
はい、大まかな選定は僕がやっておきました。
隊長、せめてこれだけ目を通してください!」
ため息と共に、アロルドは何枚かの羊皮紙をアートゥロに手渡す。
「ああ、ありがとさん。
どれどれっと――」
頭を掻きながら、アートゥロは悪びれる様子もなく受け取る。
「1人ぐらいは合格にできりゃいいんだけどなあ。
[捜索隊]の事や、ホワイトスネイクの仕事量を考えると、
一刻も早くできる人間を集める必要があるからな」
ぼやきながら、アートゥロは[迎撃隊入隊希望リスト]の羊皮紙をペラペラとめくっていく。
[迎撃隊]の入隊を希望する者は非常に多い。
だが直接モンスターと戦う隊の為に、キースの厳命もあって入隊のレベルは非常に厳しいものだった。
「隊長、今回ですね、
1人抜群の者がいるんですよ」
アートゥロのぼやきに、アロルド副隊長は進言した。
「まじでか?
辛口のお前にしちゃ、そりゃ珍しいな」
副隊長だけあってアロルドの腕前は、自身と互角であることをアートゥロは知っている。
また、アロルドは自身にも他人にも厳しい。
あまり褒めることをしないのだ。
そんな自身が信頼している副隊長の言に、アートゥロは興味を持った。
「びっくりしましたよ。まだまだ若い青年なんですがね。
かなりの剣でした」
「アロルドにそこまで言わせりゃ、即戦力だな。
そいつ、今、面通しできるのか?」
「ええ。
隊長なら、そう言うと思って待機させてますよ」
「ああ。
お前なら、そう言うと思ってた」
互いの言いように、アートゥロとアロルドは笑った。
○
迎撃隊詰め所の裏には、だだ広いスペースがある。
基本的に多目的スペースなのだが、殆どが隊員達の[訓練場]として使用されていた。
[訓練場]に赴いたアートゥロとアロルドの前に、レザー装備を身に纏った青年が控えていた。
「よ、待たせちまったな。
俺が[サーペンスアルバス][迎撃隊]をまとめてるアートゥロだ。
よろしく頼むわ」
アートゥロは青年に右手をさしのべる。
糸目に成る程の笑顔で、青年もアートゥロの右手を取った。
「全然大丈夫っすよ~
僕はロレインって言います。
よろしくお願いします、隊長さん」
アートゥロの印象は「細いな」というものだった。
また、身につけているレザー装備も真新しく感じる。
顔には出さなかったが、アロルドが言うほど強いとは思えなかった。
「わー、光栄だな~。
聞きましたよ、最近も[ミノタウロス]倒したって」
ロレインは「ニコニコ」しながら、アートゥロに尋ねる。
だが、ロレインが言う[ミノタウロス]という単語に、アートゥロは心当たりが無かった。
「[ミノタウロス]?
えーと、最近っつーと、あの牛の化け物のことか?」
「ええ、その牛です。
なんでもすごかったらしいじゃないですか~」
「目を輝かせる」という表現がピッタリのロレインに、アートゥロは苦笑する。
「まーな。
さ、無駄話はひとまず終いだ。
えと、ロレイン。
お前さんの実力を見たい。
軽く手合わせしてみっか」
○
「ロレイン、お前さんなかなかやるなあ。
人は見かけによらねえな」
刃を潰した練習用の剣で、アートゥロとロレインは手合わせをした。
結果はアートゥロの全勝だった。
だが、どの試合も、ロレインは目を見張る動きを見せた。
アートゥロから見て、結構危ない場面もあったぐらいなのだ。
「いえいえ。
やっぱり隊長さんは強いっすよ」
そんな2人のやりとりに、副隊長のアロルドも満足げだった。
「隊長、だから言ったじゃないですか」
「ああ、俺たちもうかうかしてらんねえなあ」
アートゥロは豪快に笑って、ロレインに向かう。
「ロレイン。
腕は申し分ない。
さっそく、明日から来れるか?」
「ええ、勿論ですよ。
これで[迎撃隊]のメンバーにしてもらえるんすか?」
「まあ、ほぼメンバーだな。
けど、注意しろよ。
うちにゃ、ホワイトスネイクが決めた研修期間ってのがあるんだ。
3ヶ月だ。
この間に問題起こすと、これだ」
アートゥロは親指で自身の首を切るポーズを見せる。
「あはは、了解っす。
キモに命じます~」
「ああ、そうしてくれ。
問題起こすと、ウチの副隊長がすっ飛んで来るからな。
おっかねえぞ~」
アートゥロはアロルドに向かって笑い飛ばす。
「で、3ヶ月問題がなかったら正式に配属に命が下る。
したら、ホワイトスネイクから、直接[迎撃隊]用の青の装備が貰える。
がんばれよ」
「じゃ、3ヶ月後に、あの[白蛇(ホワイトスネイク)]に会えるっすね~」
「ああ、そうなるな」
「3ヶ月後かあ。
うん、3ヶ月後、楽しみだなあ~。
これはきっと喜んで貰えそうだなあ」
ロレインは嬉しそうに、何度も囁いた。
★
なんだか谷間のような回になってしまったような気がします。
盛り上がりもあまりないし、お兄ちゃん出番無し。
しかも、次話はもしかしたら、違うキャラのお話に飛ぶかもしれないです。
やっぱり、内政チート編を丸ごとカットの影響は大きかったw
○
[サーペンスアルバス]のモチーフは、イタリアのヴェネチアを参考にしています。
というか、まんまです。
私の文章では表現できていないので、一度、ヴェネチアの画像を見てから本文をお読みくださいw