のばし放題の白髪は背中にまで届いた。
もさもさの白髭は首が見えない程だった。
だが、汚らしくて、見窄らしい身なりの老人という訳ではない。
それどころか、眼鏡(老眼鏡か?)をしているために知的然とした雰囲気があった。
そんな老人の後ろに、ぴったりと、小さな黒い猫がテクテクと付いてきている。
スコティッシュフォールドタイプの黒い猫は、まるで宝石を思わせる風体だった。
黒曜石のような毛並みに、金色の瞳はインペリアルトパーズを、人々に想起させるからだ。
そんな老人と黒猫は、[冒険者組合(ギルド)]の扉を開けた。
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046 イル・ベルリオーネ
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この街[アーケン]にある[冒険者組合(ギルド)]は盛況だった。
建物内には、所狭しと、様々な武具に身を包んだ男女がたむろしている。
明らかに堅気の人間ではない。
この[冒険者組合(ギルド)]で、一攫千金や夢を追う[冒険者]達ばかりだった。
至る所で、仕事のやり取りや、メンバーの勧誘、報酬の分け前などが行われている。
そんな喧噪の中で、老人と黒猫は室内をキョロキョロと見回していた。
何かを探しているようだ。
「どうしたの、おじいさん?
誰か捜してたりする?」
そんな老人に、1人の赤髪の女性が話しかけていった。
この女性もレザーアーマーに身を包み、腰にはレイピアを帯刀している。
間違いなく冒険者なのだろう。
呼び止められた老人は、もさもさの白髭を撫でながら笑顔を見せた。
「ええ、実は依頼の紙を持って来たんです。
けど、このギルドは初めてで、どうにも勝手がわからなくて……」
老人から発せられた言葉は、とても丁寧で聞きやすいものだった。
まるで老人特有の聞き取りにくさなど無い。
穏やかで、優しげな口調に、女性も微笑する。
「え? 新規で依頼なの??
あー、そうよね~、こんだけ混んでちゃーねー。
初めて冒険者に仕事の依頼っていうなら、あっち。
あそこの、カウンターの男の人に渡せばOKよん」
老人より背が高かった女性は、老人に視線を合わせる為に中腰になる。
その上で、一番端にあるカウンターを指さした。
言葉は砕けていたが、女性の真摯な対応に老人は頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます。
よし、それじゃあ行こうか、クロコ」
老人は足下の黒猫に声をかける。
黒猫は老人の言葉を理解しているかのように、「ニャー」と鳴いて老人の後に付いていった。
○
老人と黒猫が、受付カウンターに向かっていく。
そんな一人と一匹を、声をかけた女性[ルイディナ]は眺めていた。
カウンター越しに、老人が受付の男と話している。
そして手に持っていた羊皮紙を渡した。
受付の男が受け取りながら文面を確認する。
それに対して、老人は軽く一礼をしてから出口に向かっていった。
「わ、ひ、ひさびさにラッキーかも……!」
今、[ルイディナ]の視線は一点に集中している。
そう、それは受付の男が持つ[羊皮紙]だ。
しばらくすると、受付の男がカウンターから出てきた。
手には[羊皮紙]が握られていた。
受付の男の動きに対して、ルイディナは獲物を狩る時の姿勢を取る。
そんなハンターが身近にいるなどとは露とも思わず、受付の男が掲示板に[羊皮紙]を貼り付けた瞬間――
「いただき!」
「お、おわ!?」
ルイディナは[羊皮紙]を奪い取った。
何が起こったか理解ができていない受付の男は尻餅をついてしまった。
「あ、ご、ごめん!」
しっかりと左手に[羊皮紙]を握り締めたルイディナは、受付の男に右手を差し出す。
「か、勘弁してくださいよ!
びっくりしたじゃないですか、もう……」
文句を言いながら、受付の男はルイディナの手を取って立ち上がった。
ルイディナは受付の男に向かって、両手を合わせて舌を「ペロッ」と出した。
「だって、全然仕事が無いんだもの~!
掲示されちゃったら、ぜーったい、他のパーティに取られると思って」
「だからって……
……依頼内容も見ないで取らないでくださいよ……」
「あはは。メンゴメンゴ。
まあ、無理そうな内容だったら他の人に回すわよ、勿論」
ルイディナのあっけらかんとした態度に、受付の男は深いため息を付いた。
「はあ、ホント頼みますよ。
でも、今回は、そんな無茶苦茶なルイディナさんの執念勝ちですかね」
「ホント?
嘘だったら、承知しないわよ。
どれどれ、っと……」
ルイディナが広げた[羊皮紙]には、随分と古めかしい書体で文章が綴られていた。
しばらくして、ルイディナは驚愕の表情を浮かべる。
そして、何度も文章を見返してしまう。
「え、う、うそ!」
「本当ですよ、美味しい仕事ですよね」
「や、やったああ!!
これ、やるやる! うちらのパーティで受けるわ~♪」
ルイディナは文字通り飛び上がって喜んだ。
[羊皮紙]に記載されていた依頼内容は、[ケア・パラベル]まで旅の護衛だった。
護衛対象は[一人と一匹の猫]と記載されている。
間違いなく、さっきのおじいさんが依頼主だろう。
この[アーケン]から[城塞都市 ケア・パラベル]までは、徒歩で大体7~10日程に位置している。
また街道も整備され、[ケア・パラベル]から兵士の巡回もあるために治安も悪くない。
モンスターも希にしか現れない。
出ても、それほど凶悪な強さの類は確認されていなかった。
だから、単に、一緒に歩くだけの依頼とも言える。
これほど楽なクエストも無い。
「そ、そ、それにこれは……!?」
ルイディナが目を見張ったのは報酬だ。
この護衛依頼に支払われる報酬が、[25sp(シルバー)×人数×日数]というものだった。
さらに[ケア・パラベル]へ無事に到着した場合には、報酬が30spでの計算になるという。
ルイディナは必死に考える。
もしものんびり歩いて、[ケア・パラベル]まで10日かかったとする。
そうすると、30sp×10日=300sp!
300spっていったら、30gp(ゴールド)!
ひ、一人で30gp!
私を含めて3人パーティだから、トータル90gp!!!
「き、き、キタコレ!!!」
「ルイディナさん、目がお金のマークになってますよ……」
ハイテンションなルイディナに対して、受付の男は苦笑する。
「久しぶりに羽振りの良いお爺さんでしたよ。
性格も問題なさそうだから、護衛も楽そうですしね。
商売人で売った後の帰りなんですかね? 運ぶ荷物も特に無いらしいですよ」
受付の男の説明に、ルイディナは自身の太ももを何回も叩いてしまう。
「いやあ~ん! ぱーぺき!
ねね、あのおじいさんの名前は?」
「えと、[イルマ]さんですね」
「イルマお爺さんね!
OK!
これ、私達のパーティが受けさせてもらうわ」
ルイディナは満面の笑顔で、受付の男に宣言した。
○
ここ[アーケン]にある宿屋、[ライオンと少年亭]にある一室。
老人はベッドに身体を横たえる。
そんな老人に続くように、小さな黒猫も身軽なジャンプでベッドに乗ってくる。
横になっている老人の下腹部あたりに、黒猫は座り込む。
「わ、おも。
重いよ、クロコ」
自身のお腹に座り込む黒猫を、苦笑しながら老人が移動させようとした時だった。
「理解できません。
イル。
何故にあのような冒険者を雇おうとするのでしょうか?」
なんと、黒猫が人語を発したのだ。
その声は、凛とした女性の声だった。
一方の、イルと呼ばれた老人は驚く様子は無かった。
「そうかなあ?
普通だと思うよ。
魔法使い(マジックユーザー)なんて、一人じゃなんにもできないんだから」
黒猫に[イル]と呼ばれた老人は、黒猫を撫でながら諭すように答えた。
頭を撫でられた黒猫は気持ちよさそうに目を細める。
だが、この暖かさに浸っているわけにもいかない。
慌てて黒猫は頭を振った。
「おっしゃるとおりです、イル。
ですが、それは魔法使いがごく普通な場合です。
イルは違います。
貴方は[終演の鐘(ベル)]。
イル・ベルリオーネなのです」
[終演の鐘(ベル)]こと[イル・ベルリオーネ]。
この世界に住む人間ならば、この老人の名前を老若男女が知るところである。
[魔王]こと、あの[魔術師ビッグバイ]を討伐した四人の一人なのだから――
「[冒険者組合(ギルド)]で依頼を上げました。
が、誰が依頼を受けても足手まといです。
力不足です。
間違いなくイルの足を引っ張ります」
自身の使い魔である[クロコ]の言い分に、イルは頷いた。
「個々の実力、という点で言えばそうかもしれないね。
でもね、クロコ。
個々の力だけで、計りきれる話でもないとも思う。
あと、人をそんな風に見下してはいけない」
イルは小さい我が子に教えるように、やさしく諭すように言った。
主人の言葉に、クロコは黙って聞き入っていた。
その風体や言動は、まさにイル自身が魔法使いの理想としていた『指輪物語』のガンダルフのようだった。
「それに、あんまり目立ちたくないしね。
過ぎたる力は、世間から碌な目で見られないからね」
「それは……
……否定しません」
「でしょ?」
イルは苦笑する。
彼が[この世界]に来たとき、彼は自身が建てた[塔]にいたのだ。
この塔周辺のモンスターを含む全ての生物から、イルは畏怖と恐怖の対象で見られていたのだ。
だがイル自身これは仕方がないと思っている。
イルはこの世界に来て、自身が唱えられる魔法を確認して理解できたのだ。
隣人が、例えば常時マシンガンに指をかけた状態でいたら――?
それは警戒するし、怖いに決まっている。
ただ、仕方ないとはいえ、感情は別だ。
人とは普通に接したいし、接してもらいたい。
「わかりました、イル。
ですが、今度は私のみにお任せください」
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・[ファインド・ファミリア【使い魔召喚】] LV1スペル
この呪文は、使い手の助力者の召喚を試みることができる。
召喚された使い魔は、感知能力を主人に分け与えたり、
話し相手になったり、見張り、スパイなどで働くことで奉仕してくれる。
・ウィザードは同時に2体以上の使い魔を持つことはできない。
・ウィザードと使い魔は1,5km以内の範囲にいる場合には、使い魔に命令を下せる。
・ウィザードと使い魔が別れていると、使い魔は1日に1hpずつ失って0hpになると死亡する。
・使い魔は召喚された時点で魔法的なものではなく、[ディスペル・マジック【魔法解除】]で
退散させられることは無い。
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「うん、わかったよ」
「約束ですよ。
では、それはそれとして――」
イルのお腹の上に乗っていたクロコの体が光り出す。
光はほんの一瞬だった。
収まると、イルのお腹の上には、褐色の肌の少女が乗るように跨っていた。
襟元で整えられた黒曜石のような髪。
細い輪郭に、華奢な体躯。
少しツンとした鼻。
トパーズのように輝く大きな瞳。
この少女の美麗な特色は、確かに黒猫のクロコを思わせるものだった。
「わ、急に!?
おもいよ、クロコ~」
唐突な人型への変化に、イルは身をよじて脱出しようと試みるが――
「イル。
そういうことは、思っても口に出すのはどうかと思います。
では本題に入りましょう」
「本題って、今までのは本題じゃなかったの?」
「ええ。
今から行うことに比べれば些細な事ですね」
少女の姿になったクロコは、何の躊躇もなく身につけていた服を脱ぎだした。
「え、お、わ、ちょっ!」
突然の事に、イルは「ワタワタ」してしまう。
先程まであった『指輪物語』のガンダルフの雰囲気は欠片も見あたらなくなっていた。
そんなイルを見て、クロコは猫のような笑みを浮かべた。
「魔力が足りません。
ええ、徹底的に足らないのです。
というわけで、イル。
いただきます」
イルの教育の賜だろうか。
礼儀正しく、両手を会わせて「いただきます」と呟いてから、クロコはイルに覆い被さっていった。
「え、お、わ、ちょっ。
ひ、昼間っからこれは!?!?」
「昼というのは些細な事です。
このまま夜までしてしまえばいいのですから」
「え、ええ~!?」
会話しつつも、クロコの手は止まらない。
巧みな手付きで、いつの間にかイルの服をはぎ取ってしまう。
「これは仕方ないのです。
決して、淫らな行為をしまくりたいというわけではありません。
魔力枯渇気味の私に、効率の良く供給を行うにすぎないのですから」
「わー、目が泳いでる~。
うそだ、全然、めいっぱいあるじゃないかー、
それに今なら、いくらでも魔力上げられるし――」
「イル。
本人が無いと言ったら無いのですよ。
それでは失礼します」
「わ、わわ、
ちょ、む、むー」
イルの唇は、小さな少女であるクロコに塞がれてしまった。
★
今回の地名などは『ナルニア国物語』から参照させていただきました。
○
イルっちはハーレム体質です、きっと。
おじいちゃん無双。
お姉ちゃん編と、お兄ちゃん編で、シリアスな展開が続いたので、
おじいちゃん編で、ほのぼの成分を補給!
○
お兄ちゃん、しばらくお休みのターン。
ごめん。
でも、君には活躍の出番はあるから!