絶壁のつづく険阻な海岸に相応しい光景だった。
灰色の空。
垂れ込めた黒雲。
寒い空の風。
そこには暖かさを感じる要素は何一つ無い。
ただあるのは波の音だけだった。
海からの波が、何度も、絶壁を打ち砕こうと突っ込んでいたからだ。
そして。
彼女達の目的地は、そんな絶壁の先端にある[純白の塔]だった。
ゆっくりとした足取りで、[純白の塔]へと向かっていく5人の女性。
彼女らは、全員が漆黒の肌と白い髪を持っている。
魂が奪われてしまいそうな程に美しい5人の[ダークエルフ]だった。
中でも、5人の中心にいるクロークを身に纏ったダークエルフは突出していた。
豊満な肉体は、まるで女神の彫像を想起させる。
またくびれた腰まで伸ばされた髪は、光り輝く銀の糸ようになめらかで真っ直ぐだった。
「さすがに[英雄]に相応しい塔ですわ。
良い趣味ね。
こうでなければ、こんな辺鄙な地まで足を運んだ意味がありませんもの」
完成された美術品のような美しさを持つダークエルフ。
[ラクリモーサ]は楽しそうに、鈴の音のような声で呟いた。
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053 ラクリモーサ
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「美しいわ。
まるで白鳥のよう。
フフ、これは期待できそうね」
[純白の塔]の下までたどり着き、
塔の入り口である、真っ白な観音開きの扉を見てラクリモーサは思ったことを述べる。
「イエリチェ、やりなさい」
歌うような声で、ラクリモーサは背後に控えていたダークエルフに命令する。
「かしこまりました。
失礼させて頂きます、お嬢様」
イエリチェと呼ばれたダークエルフは、背負っていたバックパックから小さなサックを取り出す。
さらに小さなサックに手を入れ、取り出したのは、2,30本程セットになった鍵束だった。
続けて、針金、油つぼを取り出す。
[純白の塔]の扉の前で、イエリチェは片膝を付いて鍵穴を覗き込む。
鍵穴はサビどころか、埃一つ付いてない状態だった。
イエリチェは、油つぼをサックにしまう。
そして、一つ、大きく深呼吸をしてから、鍵穴に針金をゆっくりと差し込んでいった。
が、
1分も経過してない、30秒程度だろうか。
イエリチェはため息を付いて立ち上がり、首を横に振った。
「申し訳ありません、お嬢様。
やはり、魔法で施錠されています。
私では開けることはかないません……」
そんなイエリチェの報告に、ラクリモーサは表情を変えることはなかった。
ラクリモーサには、想定済みだったからである。
「イエリチェが気にすること何もないわ。
下がっていいわよ」
ラクリモーサの言葉を確認して、「ホッ」としたような表情を浮かべてイエリチェは元の位置についた。
「ここまでは合格ですわ。
次はどうかしら?
私をガッカリさせないでくださいますわよね?」
ラクリモーサは腰にさしていたロッドを取り出した。
そして、純白の扉に優しく触れさせてから3度の深呼吸をする。
「開け、
1は1、
開け、
2は2、
我が前塞ぐこと能わず――」
詠唱が、ラクリモーサの精神パターンを解放させる。
ロッドの先端から青白い光が発せられた。
「[ノック【開錠】]――」
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・[ノック【開錠】] LV2スペル
鍵や閂、打ち付けられた扉、ウィザード・ロックの呪文をかけられた扉を開ける呪文である。
他にもシークレットドア、からくり仕掛けの箱、宝箱を開けることも可能であり、
さらには溶接されたもの、足かせ、鎖の戒めまでも開くことができる。
しかし、ウィザード・ロックの呪文がかけられた扉に対しては、
10分だけ中和することができるが、呪文解除することはできない。
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ガラスが砕けるような音が響く。
青白い光は粒子となって、キラキラと輝いた。
呪文は完成し、間違いなく発動した。
だが、真っ白な白鳥のような両開きの扉は動じることはなかった。
何一つ、何一つ変わることはなかったのだ。
「ああ、ああ……!」
その刹那、ラクリモーサの身体が小刻みに震える。
「イイ……
イ、イイですわ……!」
ラクリモーサの全身に、強烈な快感が電流のように駆け巡った。
目が潤み、呼吸が荒くなり、全身が熱くなる。
歓喜を抑えることができない――
「アハ、アハっ――!」
彼女が発動させた魔法は、この塔の所有者には全く通用しなかったのだ。
完膚無きまでの敗北だった。
それは、ラクリモーサが久しく感じることができなかったモノだ。
「すごいわ、すごいですわ!
この私が――!
子供扱いされる程の魔力差なんて、アハ、アハハ――!」
ラクリモーサは歓喜と淫靡な表情に満ちていた。
後方に控えていたダークエルフ達は、このような主人の姿を見て驚きを隠せなかった。
「そ、それほどまで、なのでしょうか……!?」
ロングボウを背負ったダークエルフが、「おずおず」とラクリモーサの前に出る。
彼女がラクリモーサに向けた言葉は、控えていたダークエルフ全員が思っていた言葉だった。
「ええ、その通りです。フェーミナ。
どれぐらいぶりでしょうか?
私より強い殿方を感じることができたのは――」
部下であるフェーミナの言に答えつつ、ラクリモーサは艶めかしい舌で唇を湿らした。
ラクリモーサは楽しくて仕方がない。
自分より強い男。
それが、これで少なくとも2人はいることになる。
1人はビッグバイ。
そしてもう1人は、この塔の所有者だ。
その2人のことを思うだけで、ラクリモーサの身体は熱を持つ。
強い男に愛される為に生を授かった。
ラクリモーサは常々、そう信じているのだから――
「フフ、フフフ――」
頬を紅潮させて、ラクリモーサは自身の右手薬指にはめている[金色の指輪]を扉に近寄せる。
この指輪は[リング・オブ・スペル・ストアリング(呪文蓄積の指輪)]。
ラクリモーサの主であるビッグバイが、今回の為に彼女に与えた物だ。
蓄積されているのは、ビッグバイが唱えた[ノック【開錠】]である。
「……」
ラクリモーサの動きが止まった。
たった一言「release(解放)」と言葉を発すれば、ビッグバイの力による[ノック【開錠】]が発動する。
そうすれば、この美しい白い扉は開くだろう。
いや、もしかしたら、この指輪の力でも開かないかもしれない。
ただ、どちらにせよ、この塔の主人が持つ力の一端を知ることはできるであろう。
だが――
「他の殿方の力を借りるのは、無粋極まりないわね」
敬意を表すべき男。
そんな愛しい者に対して、ラクリモーサは全身全霊をかけて自分で対峙したいのだ。
そう。
あのビッグバイともぶつかり合った、あの時のように――
ラクリモーサは[リング・オブ・スペル・ストアリング(呪文蓄積の指輪)]を指から抜き取った。
そして、後方に控えている部下に放り投げる。
「わ、わわ、っととぉ!?」
控えていたダークエルフの1人であるミト・ムームーは、慌てて指輪をキャッチする。
が、ミト・ムームーは体型に合っていない大きな法衣着ていたその為に、
指輪は守ったが、法衣の裾を踏んでしまって転んでしまった。
しかし、周囲の仲間は何も動じない。
これは、いつのもの日常の風景だったからだ。
「イエリチェ、フェーミナ、ミト。
この美しい塔を傷づけるのは心が痛みますが、
どんな手段も許可します。
外壁を1ヶ所だけ崩しなさい。それ以上は許しません。
少々はしたないですが、そこからお邪魔するとしますわ」
イエリチェ、フェーミナ、ミトに対して、ラクリモーサから命令が下された。
3人はラクリモーサに一礼をした後、すぐに塔の外壁調査に取りかかった。
「ヨツハは私の着替えを手伝いなさい。
このような無骨なクロークでは、殿方を喜ばせることはできません。
それと下着も変えます。
今のままでは淫らな女と思われてしまいますわ」
ヨツハと呼ばれたダークエルフの女性は、完璧な姿勢での一礼を施した。
「かしこまりました。
久方ぶりに、お嬢様が殿方へと逢瀬を楽しまれるのです。
全力で、お嬢様の美に磨きをかけるようご用意いたします」
「ええ。頼んだわよ」
ラクリモーサの身の回りの世話役であるヨツハは、
着替えの場所と、着替えを準備するために、ラクリモーサの前から下がった。
1人になったラクリモーサは、改めて、純白の塔を見上げる。
「終演の鐘(ベル)、イル・ベルリオーネ。
貴方はマスターより強いのかしら?
私を虜に、どう徹底的に蹂躙してくれるのかしら……?
想像するだけで――」
この塔については、ラクリモーサ達が苦心してようやく知り得たものだった。
ただの塔ではない。
この塔は、あの[終演の鐘(ベル)][イル・ベルリオーネ]が所有するモノなのだから――
「ああ……アアっ……!」
ラクリモーサは、わき上がってくる快楽に身を委ねた。
そんな彼女を見下すように、ただ、この美しき白亜の塔は静かに立っていた。
★
いつもより文章が短い話となってしまいました。
申し訳ありません。
しかも、話が突然ぶっ飛びました……(; ̄ー ̄A アセアセ
○
エロエロなラクリモーサ姉さんの登場です。
「30 地下墳墓(カタコンベ)06」に、数行だけ登場しています。
もう誰も覚えていないかw
少しでも気に入っていただけると嬉しいです。
○
最近、新しいキャラクターが連続で登場しております。
書き分けができているか心配です。
○
これで、ビッグバイ四天王(笑)が、一応、紹介完了になったかな?
四天王って、ロマンをビンビンに感じますよね!?