「ヒヒヒ……!!!
撤回、撤回、撤回!!」
フードに覆われているために、ヴェクナの表情は見て取ることはできない。
だが、言葉やワナワナと震えている身体から、興奮していることが容易にわかる有様だった。
「アレをただの戦士と言ったのは撤回しましょう……!!
あんなのを見せられては、本業の魔術師が泣き喚きますでしょうから!
ヒヒ、ヒヒ……!」
「確かな。
あれで生粋の戦士と名乗っているのだから、ホワイトスネイクも罪な男だ。
俺のような本業魔法使いの立つ瀬が無い」
楽しげに、それはもう楽しげに、ビックバイはテラー・アイコール(恐怖の霊液)を口に含んだ。
「ヴェクナ。
貴様は運が良い。
安全な場所から、今のホワイトスネイクが見れたというのは」
「ヒヒ、今のですな……!!
剣から発せられた爆発!!
光の本流!
輝く流砂!
ヒヒ、汚れた我が目には勿体無い程……!!」
「ホワイトスネイクは、あの光の爆発を「約束された勝利の剣」と言っていた。
よく言ったものだ。
あれは確かに、その名にふさわしいものだった」
「ヒヒ、あなたも勝利を謙譲した口ですしな?」
「まあな。
アレは極上の味だぞ。
一発で、俺の[ミラーイメージ(鏡分身)]が六体持っていかれたのはいい思い出だ。
普通の奴相手なら、あれでほとんどが終わるだろうよ」
「ヒヒ、それはそれは」
相変わらず、人を不快にさせる声でヴェクナは笑う。
だが、ビックバイは気にする様子は全く無い。
「なら、ホブゴブリンとロレインの小僧ごときなら、
「約束された勝利の剣」を連発すれば終わるのでは?
もしそうなりましたら、ぜひぜひ、ホワイトスネイクもお任せを、ヒヒヒ!」
「まあ焦るな。
残念だが、そういった展開にはならん。
俺の時もそうだったが、あれは一発しか打たなかった。
そうそう打てない、ホワイトスネイクにとっても取っておきなんだろう」
「ヒヒヒ、それは残念」
少しも惜しくないような口調でヴェクナは笑う。
そんなヴェクナを見て、ビックバイは苦笑しながら言葉を発した。
「さあ、久しぶりに見せてもらうぞ。
今回は共演者ではなく傍観者として、そう、神速舞踏を――」
ビックバイの顔に血の気がめぐる。
目が爛々と輝く。
それはまるで恋する乙女の目か、おもちゃを与えられた子供の目か。
それとも、食べ物を目前にした獣の目か――
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067 一騎当千02
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「セイバーさんもびっくり!」
[D&D]には「約束された勝利の剣」という攻撃ルールは存在しない。
これは、勇希が[サンブレード(陽光の剣)]の特殊効果に勝手に名付けただけである。
ちなみに、由来は、好きだったコンピューターゲームのキャラクターが使用した技名である。
「……」
「約束された勝利の剣」は凄まじい光の爆発をもたらした。
周囲は、埃に覆われて視界が遮られている。
だが、それも次第に収まっていく。
「100ぐらいは倒したと思うんだけど……
……
こりゃ、強制イベントってやつか。
士気チェックは期待するたけ無駄かね……」
キースは苦笑いをこぼす。
そして改めて、[サンブレード(陽光の剣)]を正眼に持ってくる。
目を真っ赤に充血させ、口からはよだれをたらし、荒い呼吸をしている、大量のホブゴブリンがそこには存在していた。
戦闘意欲は微塵も衰えておらず、至る所から、雄雄しい声が轟いている有様である。
「なら――」
キースの腰が少し沈み――
「やるしかないよな――!!」
猛然と、目の前のホブゴブリンの集団に正面から突っ込んでいく――
「でやあああ!!」
「!?!?!?」
それは、まさに瞬間だった。
サンブレードが光の軌跡を空に描く。
光をなぞられたホブゴブリンは、この一瞬で、3体が切断された。
一般人や、ホブゴブリンからすれば、ありえない考えられない攻撃速度だった。
「1ラウンド3回攻撃で驚いてちゃ、びっくりしすぎて腰抜かすぞ――!」
他のホブゴブリンが行動をするまえに、先に、キースは帯刀していた小剣を抜いた。
それを左手で握り締める。
右に[サンブレード(陽光の剣)]、左には真っ白い小剣。
キースは二刀流にスイッチする。
「お前らのAC(アーマークラス)じゃ、二刀流命中率マイナスペナルティなんて意味ないからな――!
こっちはダイスで1以外なら、全部命中だってーの!!!」
まるで空間を埋め尽くさんばかりに、キースの手による二本の剣は空間を縦横無尽に駆け巡った。
それは、本当の連続攻撃と呼ぶにふさわしいものだった。
途切れる間が全くない。
瞬く間に、その攻撃は、4体のホブゴブリンを物言わぬ身体としていた。
「でぃぃぃ、やああ!」
さらに止まらないキースの攻撃は、続く、二瞬目で3体のホブゴブリンを切断していた。
○
[AD&D]では、1回の攻撃時間を1ラウンドと読んでいる。(10ラウンドで1ターンになる)
通常の戦士では、1ラウンドに1回の攻撃を行うことができる。
そして戦士という職業は、レベルを上げることで攻撃回数を増えてくる。
通常はレベル7戦士である勇者(チャンピョン)の称号を受ける頃で、ようやく2ラウンドに3回の攻撃となる。
レベル13以上の戦士である郷士(ロード)の称号を持つ強さの者は、1ラウンドで2回攻撃が可能となる。
そこでゲームをプレイしていた勇希は、この攻撃回数を増やすことに徹底してみた。
まずは二刀流による攻撃(トゥウェポンアタック)の使用である。
この二つの武器を両手に持って戦う特殊な戦法は、戦士とローグだけが行えるものだ。
シールドの代わりに二つ目の武器を持つことで、(命中判定にペナルティ修正を受けるが)攻撃回数を増やすことが可能となる。
そしてさらに、[専門武器(ウェポンスペシャリゼーション)]の習得である。
1つの武器に対して特化した使い手になることで、命中判定とダメージにボーナスが付く。
さらに、戦士は通常の戦士よりも早く、追加の攻撃能力を得ることがでるルールである。
これらのルールで計算すると、二刀流のキースは2ラウンドで7回の攻撃が可能となった。
世間に認知されているLV6戦士の剣士(ミュルミドーン)でも、1ラウンドに1回の攻撃しかできないのである。
すなわち2ラウンドでは2回だ。
キースは2ラウンドで7回。通常の3倍以上の攻撃を可能としていたのである。
○
だが、正気を失っているホブゴブリン達が、土石流のごとく押し寄せてくる。
数による蹂躙をもくろんでいるのだろう。
「Guaaa!!! Syaaaa!!!」
数多の剣や鈍器が、キースに降りかかろうとした時である。
「当身攻撃のキャラじゃないんでね、っと――!」
「――!?!?」
言うやいなや、キースの左手の小剣が一瞬光る。
すると、突然、キースの姿は消えた。
言葉通り、霞のように存在がいなくなったのだ。
「Ggyaa!!?!?」
突如、ホブゴブリンの悲鳴があがる。
今までキースが居た場所には、なんと、別のホブゴブリンに変わっていたのである。
振り上げた武器を止めることができないホブゴブリン達は、この不幸なホブゴブリンを殺すことになった。
「今日は出し惜しみ無し、キース・オルセンのバーゲンセールだってーの!」
哀れな仲間を殺したホブゴブリン達集団の背後。
そこに、いつの間にかキースは存在していた。
「しゃあああ!」
再び、光の軌跡と白い軌跡が交差した。
ホブゴブリンには理解できなかっただろう。
仲間を殺した後、気が付いたら、いつの間にか自分が死んでいたのだから。
「まだまだぁ!
死にたくねえやつは、頼むから逃げてくれっての!」
キースは吼えて、さらに、別のホブゴブリンの集団に向けて走っていった。
○
キースは、通常のアイテムはほとんど所有していない。
大多数が、特殊効果付きのアイテムである。
その中でも、二刀流になる時に好んで使用しているのが、今、左手に持っている小剣だった。
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◇[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]
武器:ソード
パワー
・この剣の力で、使い手と攻撃を命中させた敵の位置は入れ替わる。[遭遇毎]
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二刀流は低レベルの敵を多数相手する時、キースはそう考えている。
多数の敵には、やはり攻撃回数が多い方が効率が良い。
では、そんな二刀流で、多数の敵を相手にしなければならない時に大切なことはなんだろうか?
このことについては、キースは、自分と敵の位置関係が非常に大切であると思っている。
盾が無い分、攻撃力と引き換えに防御力は低下してしまっている。
しかも敵が多数の場合には、自身の周囲を取り囲んでくることもある。
そんな時、防御力が高くない二刀流では、いくら高レベルとは言っても傷を負ってしまうことが考えられる。
そこで、この[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]である。
これは敵との遭遇毎に1度、敵と自分の位置を交換することができる。
純粋な攻撃力は、魔法のアイテムとしてはたいしたことはない。
ノアが所有している[グングニル]辺りとは、全く比較にはならない。
だが上手く使えば、キースは[グングニル]以上に役に立つと考えている。
特に、このような多数の敵に囲まれているような乱戦時には――
○
「あっちが手薄そうか――!」
走りながら、キースは判断する。
キースが視認したのは、少し、群れから離れたホブゴブリン3体のことだ。
「――必殺!」
キースは何やら言葉を呟きながら、交差させるようにサンブレードとトランスポージング・ソードを上段に構えた。
視線の先は、3体のホブゴブリンである。
だが、まだ、到底剣が届くような距離ではないのだが――
「クロススラーッシュ!」
二本の剣を振り下ろした瞬間、またもやキースの姿は見えなくなっていた。
「Gyaaaaa!?!?」
響き渡るのはホブゴブリンの悲鳴だった。
群れから少し離れた場所にいたホブゴブリン3体によるものである。
彼らにとっては悪夢としか言いようがなかった。
突如、目の前に、剣先が振ってきたのだから――
○
またもキースは瞬間移動をした。
しかも、今回は[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]で敵の位置を入れ替えたわけではない。
キースのみによる瞬間移動だった。
これは、何時もキースが着用している黒いロングブーツの効果である。
脚部スロットに装備可能な防御力重視のアイテムではなく、戦場には似つかわしくないデザイン重視のものだった。
どんな時でも、キースはこのブーツを装備していた。
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◇[ブーツ・オブ・テレポーテーション(瞬間移動のブーツ)]
このエレガントなブーツを履いた者は、移動するために足を動かす必要は全く無くなる。
パワー
・移動アクション[無限回]
使用者の移動速度と同じ距離(マス目)だけ瞬間移動できる。
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キースは、瞬間移動のアイテムをもう一つ用意していた。
こちらは近距離限定ではあるが、回数無制限で瞬間移動ができる。
どんなことが起こるかわからない世界では、バックアップを取ることは当たり前だと考えからである。
この瞬間移動能力は、キースは自身の生命線であり最大の攻撃能力と考えている。
以前、キースが離れた位置にいたロレインに対して「右手首と左手首、それと首は取れる」と言い放った。
それはブラフでは無いのだ。
また、キースがロレインと話している最中、一瞬で、ロレインの目前に現れたのも、この瞬間移動によるものだった。
そしてクロススラッシュとは、キースがこちらの世界にきて考えたものである。
離れた位置から剣を振りかぶり、敵の目前に瞬間移動することで避けられる可能性を少しでも下げるためだった。
完全なる不意打ち攻撃だ。
ちなみに、名前はプロレスが大好きだった妙子が好んでいたプロレスの技名である。
そこから拝借したものである。
ちなみに、キースは本当のクロススラッシュがどんなプロレス技かわからない。
知っているのは、妙子によく掛けられるコブラツイストと四の字固めぐらいである。
なんとなく語呂が良かったので拝借しただけである。
○
通常の戦士とは比肩にならない連続攻撃。
二刀流による波状攻撃。
[トランスポージング・ソード(位置交換の剣)]と[ブーツ・オブ・テレポーテーション(瞬間移動のブーツ)]による戦闘時における適切な場所の確保。
この能力を最大限まで引き出して融合させたのが、キース・オルセンの戦い方である。
「うひゃあ、なんていうか。
うん、スプラッタはある一定のレベルを超えると喜劇になるんだねー。
一つ勉強になったよー」
ロレインは、笑顔で、現在も繰り広げられている喜劇を望み見ている。
「神の速度、神速?
いやー、そりゃいいすぎっしょーって思ってたけど、うん。
あれ、目の前でやられたら無理だなー。
神速じゃ言い足りないぐらいだよ~
下がった位置で見て、ようやくだもん」
まさに、今、この瞬間も繰り広げられているキースの戦い。
神速舞踏。
ホブゴブリン達は、なすすべもなく地面へと倒れていった。
「ひー、ふー、みー、よー……
うーん、あと7割ぐらいはいるかなー。
主役は辛いねえ。
代わりがいないんだもん。
2幕、3幕、4幕、5幕、まだまだ続くよ。
カーテンコールまで行けるのかな~。
そしたら、僕、花束を持ってお祝いに舞台へ上がらないとね。
あは」
目を細めて、猫のような笑顔をロレインは見せる。
視線の先には、キース・オルセン。
戦場の混乱はまだまだ止まない。
★
おにいちゃんの強さの説明回でした。
ずーっと前から[神速の剣の使い手]なんて書いていたので、ようやく説明ができて感慨深いものがあります。
○
本当は、前の話と、今回の話を1話にまとめたかったー。
○
文章力が無いなら、開き直って、もっともっと恥ずかしい文章や言葉を書いてしまえ!
そう思ったのが、本話ですwww
○
ここからおにいちゃんの地獄が始まる……!
20面体ダイスで「20」が出れば、おにいちゃんはダメージを追います。
おにいちゃんの攻撃は、マイナスのペナルティを含めて「1」「2」以外は全て命中になります。
さあ、ダイスを振ろう。どうなる――?
○
でも、もしかしたら、次は別の人が出てくる話になるかも?
○
皆さん、良い年末年始をお過ごしください!