「最高だ……!」
「うむ。全く以て、全面的に同意せざるを得ない」
「その手腕は最高以上に最高、びっくりするぐらいに痛みが和らぐよなあ」
「そうそう!!
特に、薬草塗られる時がやばい!
あの細っこい手が、俺の身体に、思い出すだけで、くー! やばい!」
「ありゃ、もう反則だよな、な、な!」
「俺、ホワイトスネイクに聞いたことがあるぞ。
あれは伝説の職業(クラス)、ナースさんと言うらしい……!」
「バカ、ちげえよ!
そっちも伝説らしいが、本当はジョイさんってんだぜ!」
「俺は、さらにクロカミのジョシコウセイというのも兼業してると伺った!」
「今からもう一回、剣の修行をつけてくるわ。
で、怪我してくる!」
「てめえ、ずるいぞ! 俺も!」
「あの白い服がいんだよな……なんつかー、そう、天使なんだよ!」
「ああ、ありゃ白衣の天使だな!」
「お、それいいな! 俺達の白衣の天使!」
「ふ、お前ら、まだまだ甘いな!
白衣の天使、これには異論無い!
だが、さらに評価すべきは、あの眼鏡もだろうが!」
「ハっ、た、確かに――!」
「わかったか、バカめ!
あの真摯、かつ、眼鏡を通しても伝わる慈愛の瞳。
おかげで、白衣の天使の戦闘力は天井知らずだ!」
「俺は、あの黒くて長い髪がやばいな。
なんか、もー、どこぞのなんちゃって貴族様じゃ相手にならんぐらいにキレイだしよー」
「ああ、なんだろう、この燃え上がる暖かい気持ちは!」
「ああ、わかるぞ!
燃えて燃えて仕方が無い!」
「白衣の天使を思うと感じて燃え上がるような感情、
そうだな、これを「燃え」とでも呼ぶか?」
「いいな、それ!
つまり、俺達は白衣の天使に「燃え燃え」ってことか!」
「だな、もえもえだ!」
彼らは、サーペンスアルバスが誇る[迎撃隊]の面々である。
サーペンスアルバスの迎撃隊と言えば、今や、他国にまで知れ渡るほどの精鋭だ。
そんな彼らの中で、残念文化が開花爆誕してしまった瞬間だった。
彼らが天使と呼んだ彼女の魅力 (Charisma)は、そちらの方面に向けて効果抜群だったようである。
○
「ん?」
扉の方に視線を向けて、ノアは小首をかしげる。
なにやら声が聞こえた気がしたからだ。
「気のせい、かな?」
だが、特に、誰かが入ってくる気配もない。
扉に視線を向けて、少しだけ待ってみる。
が、扉が開くことはなかった。
そのため、ノアは、薬草・ポーションを片付ける作業を再開する。
手馴れた様子は、何十種類もある薬草を見ても遅くなることは無い。
後、少しで作業が完了する、そんな時だった。
「あ――」
教会の鐘が響き渡る。
回数は9回だった。
9回の鐘の音は、サーペンスアルバスでは正午を指す。
「あ、いけない!」
ノアは作業のスピードをさらに上げた。
「今日、マリエッタさんのシチュー!」
朝、兄であるキースから、今日のお昼のメニューをノアは聞かされていたのだ。
兄妹そろって、シチュー好きの二人にはたまらない。
「おにいちゃん、先に食べないでよ~!」
残りの作業を手早く済ませて、ノアは着用していた白い手袋を外す。
が、ワンピース型の白衣、普段はしていない眼鏡は身に着けたままで扉を開けた。
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◇[クローク・オブ・ザ・カイルージョン(外科医の外套)]
特性
・この白衣は、味方に対して苦痛を和らげるための自信と知識を与える。
パワー
・『治療』判定に、クロークの強化ボーナスに等しい値のアイテム・ボーナスを得る。
・味方に対して、その日に消費してしまった回復力の使用回数を1回分回復させる。
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◇[ゴーグルズ・オブ・オーラ・サイト(オーラ感知の眼鏡)]
特性
・この眼鏡は『治療』と『診断』を助けてくれる。
パワー
・『治療』判定に追加ボーナスを得る。
・近くの対象に対して、下記の情報を得ることができる。
『ヒットポイント/最大ヒットポイント』
『毒、病気が作用しているかどうか]
『毒、病気を与える能力を有しているか否か』
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◇[グラブズ・オブ・ザ・ヒーラー(癒し手の手袋)]
特性
・このエレガントな手袋は、所有者の癒しの力を強化させる。
パワー
・使用者が『回復』のキーワードを有する力(呪文、技能問わず)を使用した時、
回復にボーナスが追加される。
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078 黒い悪魔02
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「うめー」
「って、やっぱりもう食べてる~!」
キースの自室に飛び込んで、ノアが最初に見たもの。
それは、リスのようにほっぺたを膨らましている兄の姿だった。
「せんせい、おつー
うむ。
しっかし、ノアのコスプレ見れるとは思わんかったなー。
使わんアイテムだと思ってたが、いやあ、昔の俺、グッジョブ。
そんじょそこらのレイヤーでは相手にならんぞ。
眼福眼福」
白衣姿のノアを見たキースは、もごもごと咀嚼しながら片手を上げる。
「もー、ずるいよー」
日本にいた時と全く変わらない兄の言動と行動に、ノアは苦笑する。
ノアの外科医のような行為に関しては、これはノアからの希望だった。
自身のスキルである[治療]と[薬草学]を使って、怪我している人の手助けをしたかった。
そして兄に喜んでもらいたかったのだ。
(なんだか微妙に丈の短いワンピース型の)白衣。
これは、(当然)キースの手によるものだった。
人々の傷を癒したいと兄に告げたときに、キースがハイテンションで用意してきたものである。
最初、ノアは怪訝な顔をした。
だが、着用しての治療の効果は圧倒的だった。
そのため、今も恥ずかしくはあるが着用しているのである。
「ノア様、お疲れさまです。
今すぐに、お食事をご用意させていただきます」
そんなノアに、いつの間にか側に控えていたマリエッタが一礼をする。
その立ち居振る舞いは、メイドとして完璧なものだった。
一瞬、ノアは見蕩れてしまう。
「あ、わたしも手伝います!
すみません!
うちのおにいちゃん、なんにも手伝わないでしょ?」
「ノア様もお変わりにならないですね」
無表情気味のマリエッタだったが、ノアの言葉に少しだけ柔らかい表情を浮かべる。
「私の仕事、私の喜びを取り上げないでくださいませ」
言うやいやな、マリエッタは再びお辞儀をする。
そして、すぐに下がっていった。
そんなマリエッタに向かって、ノアは、追いかけるように片足を踏み出そうとしたが――
「やめとけ、やめとけ~。
いい言葉を教えてやろう。
適材適所。
これ以上は言わなくてもわかるだろ~?」
兄の言葉が投げかけられる。
その表情は「ニヤニヤ」としか表現できないものだった。
「むー!」
料理が下手なことを自覚しているノアには反撃できない。
しかも、今まで、自分が作った料理を処分してくれているのは兄だったからである。
ノアは大人しく、テーブルに着くことにした。
○
「ふう、お腹一杯~♪
やばいな、お腹でちゃうよ……」
「いやいや、ノアはもうちょっと肉をつけた方がいいぞ。
なんつかー、こう……」
キースは自身の両手のひらを上に向ける。
そして、胸に寄せて上下に動かした。
効果音が「ボイン、ボイン」という動きである。
「おにいちゃん、今度、目一杯料理を作ってあげるね」
「それだけは許してください、ごめんなさい」
コンマ秒での返信謝罪。
ホワイトスネイクのファンが見たら絶句しかねない光景である。
だが、水梨家ではいつもの光景だったものだ。
マリエッタが入れたお茶を飲みながらの談笑。
穏やかな午後のひととき。
「失礼致します――!」
だが、長続きはすることはない。
ここは水梨家ではないのだから。
穏やかな空気を破ったのは、伝令兵による言葉だった。
「何事だ!」
伝令兵の呼びかけに、マリエッタは扉を開けて応対する。
「はっ、実は――」
伝令兵の言葉に、マリエッタは耳を傾ける。
と、表情は険しさを増していく。
「わかった。下がっていい。
ホワイトスネイクには私から報告しよう」
「かしこまりました!」
マリエッタの言葉に従って、伝令兵は退室していく。
それを見届けてから、マリエッタはキースの前へと歩み寄っていった。
キースの表情が、キース・オルセンの表情になる。
水梨家の兄ではない。
何時ものキース・オルセン。
そんな兄を見て、ノアは寂しげな面持ちを浮かべてしまう。
が、慌てて、かぶりを振った。
○
「黒い悪魔、4つ足の化け物?」
マリエッタが発した言葉を、キースは語尾を上げて繰り返した。
主の反応を見てから、一呼吸置いて、マリエッタは言葉を続ける。
「はっ。
ホワイトスネイクに、至急の派兵嘆願あり。
希望者はマセッティの南、マセラ集落の住民。
突然、何の前触れも無く、黒い4つ足巨大生物にマセラが襲われたとのこと。
集落には戦える者は無し。
報告者が村にいる時点で、すでに数名が殺されているようです。
すでに数日経過していることから、被害はさらに増していることが想定されます」
マリエッタの報告に、キースは軽く右手を上げた。
「オーケー。
なんとかしないとな。
ちょっち作戦タイム、5分くれ」
「はっ」
キースの言葉に、マリエッタは表情には出さないが歓喜していた。
胸が熱くなり、鼓動を抑えるのに必死にならなければならない程にだ。
サーペンスアルバスを、私達を、救ってくれたあのままなのが嬉しくてたまらなかった。
「黒い4つ足……?
トラとか、パンサーとか、そういう系かな……?」
報告の場に居合わせていたノアも、マリエッタの報告で思いついたことを口にする。
それに対して、キースは頭を振った。
「いや、それならそう言うだろ。
村とか、森とか、そういう場所に住んでいる人が知らないわけない。
対応策だって、な。
だから――」
キースの周囲に、ピンク色のプリズムがクルクルと踊るかのように動き始める。
「十中八九、ディスプレイサー・ビーストだな。
クソ、やっかいだな」
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◇ディスプレイサー・ビースト(Displacer Beast)
社会構成:群れ
食性 :肉食性
知能 :低い
性格 :トゥルニュートラル
生態
・肩から力強い2本の黒い触手が生えたピューマによく似た魔法的クリーチャーである。
・体色は少し青みがかった黒。
・ネコに似た長い身体と頭をしている。
・体長は2m半~3m程度
・ディスプレイサー・ビーストは獰猛で残酷な、あらゆる生命体を敵とする攻撃的なクリーチャーである。
しかし、仲間内では決して争うことはない。
・魔法的な転置能力(自分が実際にいる位置から1m程横の位置に幻影を映し出す能力)を有する。
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舌打ちと共に、キースは金髪を無造作に掻き毟った。
「迎撃隊メンバーでも2回、
ノーマルマンだったら、1発くらえば、2回は死んでおつりがくるダメージをもらえる。
に、加えて、特殊能力持ちだからな。
一撃与えるのも至難だ」
吐き捨てるように言い放ち、キースは勢いよく立ち上がる。
「準備だ、マリエッタ。
俺が出る。
急いでくれよ、集落が無くなっても不思議じゃないからな」
「ハッ、仰せのままに――!」
キースの言葉に、マリエッタは深々と一礼をする。
そして準備のために動き始めた。
マリエッタが部屋から出て行くのを見届けてから、キースは小さなため息を付いた。
「こういう時、戦士は辛いな。
今更だけど愚痴りたくなる。
テレポート持ちのマジックユーザとかなら、あっという間に行けるのになー」
[D&D]に限らず、戦士という職業は接近戦では無類の強さを誇る。
だが、その反面、多くの弱点も持っている。
中でも、呪文を使用できないというのは最たるものだと言えよう。
「おにいちゃん」
苦々しげな面持ちのキースに、ノアはやさしげに声をかけた。
「覚えてる?
僧侶にもテレポートっぽい魔法あるんだよ?」
「え?」
突然のノアの言葉に、一瞬、キースは呆けた顔を見せて――
「あっ!
トランスポート・ヴィア・プラント――!」
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・[トランスポート・ヴィア・プラント【樹木転移】] LV6スペル
木(人間サイズ以上のもの)の中に入り、同種の他の木から出ることができる呪文。
両者の木はどれだけ離れていてもかまわない。
この移動は1分を費やすだけで行われる。
しかし、入り口も出口の木も生きていなければならない。
出口の木は、使い手のなじみの木である必要は無い。
対象は呪文詠唱者のみであり、他の生物を連れて行くことはできない。
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「マイナー過ぎてすっかり忘れてた。
プリーストの超高レベルにそんな呪文があったな。
殆ど出番が無かったやつだな。
だって、ありゃ――」
「うん。
そう、詠唱者、わたししか転移はできない。
でも、今回のって、何千キロって離れてる場所じゃないんでしょ?
だったら絶対に似たような木はあるから一瞬でいけるよ」
「バカ言うな。
んなことさせたら、乃愛1人が危ないことに――」
ホワイトスネイクの仮面が落ちる。
そこには妹を心配する、勇希の顔が覗き出す。
心配そうな兄の顔。
だが、逆に、ノアは微笑した。
「ありがと、おにいちゃん。
でも3日間ぐらいずっと話したのに、あは、また同じこと言っているよ。
でも、だったら、わたしもまた同じこと言うね。
大丈夫、だよ!
わたしもやるよ」
「で、でもな――!」
マリエッタが誘拐されて、ビックバイが出現した後。
兄は全てを話した。
全てを話してくれた兄に、妹は感謝の言葉を言った。
そして、兄と妹は、今後に向けて話し合った。
平行線だった。
兄も譲らない。
だが、普段は大人しい人見知りしまくりの妹は譲らなかった。
そして、最後に負けたのは兄だった。
「わたしもおにいちゃんを手伝わせて。
今よりも強くなる。
後悔したくないんだ、もう――」
乃愛と勇希の視線が交差した。
そして、そらしたのは勇希からだった。
「~~~~~参った、反則だ!
ったく、どうやったらこんなラノベにしか出てこないような妹が出来るんだよ。
ビックバイなんて目じゃねーぐらい勝ち目ねえー。
これ無碍にできるやつは兄じゃねえ。赤い血すらもってねえ。
わかった。
が、にいちゃんに約束してくれ。
無理すんな。
防御防御、
コマンドはいのちを大切に、だ。
村人もだけど、言うまでもないけど、乃愛のもだかんな!
すぐに兄ちゃんも追いかけるからな、わかったな?」
「うん、おにいちゃん――!」
水梨勇希の言葉に、水梨乃愛は満開の花のような笑みを返して――
「魂も宿らぬ骸、骸、我が許へ――」
漆黒の光を全身に纏う。
「行ってくるね、おにいちゃん!」
光の中から、虚無水晶の嘲笑う死の鎧を装着した黒聖処女が顕現した。
★
ノアのカッコは、この3種のアイテムをどうしても紹介したかっただけですwww
ちゃんとした公式のアイテムですよ!
○
兄だけには見せる小さなワガママ。
そんな姿を表現したいのですが、ただのワガママで終わりそうで辛い。
○
間の話って感じです。
次からはもうちょっと展開します!
けど、今回のストーリーはバレバレな気がしないでもありません。