「あぶなかった。子爵。君がいなければ今頃この城は滅んでいたよ」
「いえ、王子の指示もすばらしいものでした」
がしっ、と握手を交わすウェールズとワルド。
ここはニューカッスル城の隠し港。そこには先ほどの空賊船に偽装した『イーグル号』
そしてルイズ達が乗ってきた『マリー・ガランド号』が並んでいた。
「しかし…彼女は本当に人間かね？」
ウェールズ王子が恐ろしいものを見るかのように一人の少女をっていうかルイズを見る。
現在のルイズはロープで簀巻きにされて、その状態ですやすやと眠っていた。
なぜにこのような状態かというと、酒を飲んだルイズが暴れに暴れた結果であった。
倉庫に詰め込まれて、不用意に樽一杯の迎え酒行ったルイズ、その結果、


「ＵＲＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹ!!!」
ルイズ様ご乱心。慌ててメデンが取り押さえようとするがぺいっとなげられてしまう。
そしてゆっくりと倉庫の扉の前に歩いて行き、懐から杖を取り出す。
眠った婦女子を探りまわすのは気がひけたのか、見張りも取り上げていなかったのだ。
しかしこれが惨劇の序章となる。
「うわああああああ！ヴァリエールが!?」
「ルイズ様、正気を！」
練り上げられるのは莫大な魔力。おそらく扉を魔法で破ろうとしているのだろう。
しかしルイズの魔法は失敗する。失敗する、が、その失敗の先にあるのは大爆発。
ちゅどーん。
扉だけでなく、その周りの壁、および扉の先の船の外壁すら大穴が開いて
轟々と風が壁の向こうを流れる。
ゆらりと、ルイズがそこから出て行く。見張りもまとめて吹っ飛ばしたようで
扉や壁の残骸からは足やら手やらが生えている。
メデン達はかろうじてワイン樽やらを盾にして逃れたが、衝撃でまともに動けない。
「な、なんだ?!」
「どうしたんだ一体これは?!」
爆音を聞きつけて空賊こと船員達が現れる。しかし、
ちゅどーん。
ふきとばされる一同。一応メイジも、というかほとんどメイジだが一瞬のことで
反応できずに吹き飛ばされる。
死屍累々。屍、ではなく気絶した船員を踏みしめてルイズは上に向かう。
「ま、まずい！このままでは…」
「とりあえず杖を、杖を探しましょう！」
「るいずさまーーーーー！」
ようやく回復したワルド、ギーシュは奪われた杖を探しに、メデンはルイズの後を、ぱたぱたと追う。
甲板まで来たルイズ。船は既にアルビオンの隠し港に入港しつつあった。
が、詰めの係留作業というときにこの騒ぎ。甲板にいた作業員達は右往左往していた。
「このおおおお！」
一人の船員が果敢にも素手で捕縛しようとする。
一発目、船員の前進を阻むかのように一撃。
続いて船員の懐にもぐり顎先に一撃。
上空へ旅立とうとした船員の足を持って叩き付け一撃。
そして完全にノックダウンした相手に向かい、
ちゅどーん。
とどめの一撃。残ったのは黒こげ。そしてゆらりゆらりとゆれるピンク。
全てのメイジが杖を抜く。甲板に躍り上がったウェールズも同様に杖を抜く。
頭ではなく本能が理解したのだ。
今ここにいるのは無力な少女ではない。
悪鬼、怪物、化け物と言った言葉が似合う魔人なのだと。
「各自散開！取り囲んで押しつぶせ！侮るなよ！全力で行け！」
ウェールズの号令に即応して、一斉に各人がルーンを唱える。
そんなウェールズたちの横に二人の男が現れた。ワルドとギーシュだ。
「き、君達は…」
「皇太子…今は彼女だけを見てください。死にますよ」
ワルドがゆっくりと杖を取り出し風を纏う。
「モンモラシー…先立つ不幸、ゆるしてくれ」
ギーシュもそれに習い杖を取り出す。彼らにも王子にもわかっていた。
今、対立すれば間違いなく自分たちが死ぬことを。
「行くぞおおおおおおおお！」
｢｢｢｢おおおおおおおおおお!!!｣｣｣｣
彼らの戦いは始まったばかりだ!!

と、いうことがあった。最終的には
ワルド、ウェールズの連携によって辛くも勝利を手に入れたが
船員のほとんどと、イーグル号の半分が黒焦げになった。
「しかし…君達がトリステインからの使者だったとは。
すまないな、あのような扱いをしてしまって」
「いえ、そのような…」
「今度から牢獄に入れるようにするよ」
「…」
よくみればウェールズの額には青筋が浮かんでいる。
まあ船一隻と、多数の船員を黒焦げにされたら流石に怒ったらしい。
「さてと、それで？君達の任務はなんなのかね？」　　
「貴方とわが国の姫との愛の証…」
ぴくりっとウェールズが体を固める。
「ふむ…それを君が知っているとは何か大事、のようだね。よかろう私の部屋へ。
バリー卿、後は頼む」
「はっ」
部下の一人に事後処理を任せ城へ進むウェールズ。その後をついていくワルド。
しかしその顔に浮かんだ一瞬の笑みを誰も見つけきれなかった。
「メデン？どうしたんだい？早く行かなきゃ置いてかれるよ？」
「…そうですね。ギーシュ様。どうぞお先へ。私はルイズ様を誰かにお頼みしてから行きます」
「そうかい？なら先に行かせてもらうよ」
ギーシュも後を追う。その背を、いや、その背の先にある男の背。つまり
ワルドの背をメデンは目を細めてみる。しかしその目はだんだんと下向きの三日月のようにゆがむ。
それは久々に現れた暗黒メデン登場の証だった。

「いやはや、すまない。我が家はこのところ金欠でね。たいしたもてなしもできないが
くつろいでくれ」
ワルド、メデンが部屋に入る。ギーシュは城の修復を手伝っている。
アルビオンにもともと多くない土メイジの大半が戦争で死傷し、
土メイジは貴重。うっかりウェールズに土のメイジと漏らしたギーシュは
どこからとも無く現れた兵士に脇を抱えられて連行された。
いまごろ、ひいひい言いながら働いている、いや働かされていることだろう。
ウェールズの部屋は閑散としたものだった。
ベッドもまるで平民が使うような簡素な木のベッド。調度の類も無い。
高価なものがまったく無い。
あるとすれば今、ウェールズが手紙を取り出した宝石箱ぐらいだ。
貴族派との戦いの為に全ての財を注いだのであろう。
ウェールズは箱から手紙を取り出すと、それを愛おしそうに眺め一度、口づけをする。
そしてそれをワルドに差し出す。
「さあ、これが我が従姉妹君からの手紙。して、なぜにこれを？」
ワルドはそれを恭しく受け取ると懐に仕舞う。
「確かに…。実は…アンリエッタ王女とゲルマニアのアルブレヒト三世との縁談が決まりました」
「なんと…我が従姉妹は結婚するのか…」
意気消沈したかのようにウェールズは傍の椅子に座り込む。
「して、我が姫からは何か預かってはいないのか？」
「いえ、私は…。ルイズならば何か預かっているかも知れませんが。どうかな？メデン嬢」
「いいえ、私達も手紙は預かっていません」
メデンも首、というか体を横に振る。
「そう、か…。いや、彼女も既に公の人間。あまり証拠を残すのを良しとしなかったんだろう。
ならば私からも出すわけにはいかないな」
寂しそうに笑みを浮かべるウェールズ。
「殿下…」
「気にしないでくれたまえ、子爵。どうせこの身は明日には滅びる」
「明日？」
「そう、わが王党派は明日、最後の決戦を挑む」
静かに目を閉じて宣言するウェールズ。
「しかし貴族派の戦力は…」
決戦。しかしそれが意味するのは、どう考えても貴族派の圧倒的な勝利だ。
王党派と貴族派の戦力差は、決死の覚悟で埋めるにはあまりにも差がありすぎる。
「もとより覚悟の上、私達は腐っても王族なのだよ。誇りの上でしか死ねないのだ」
次に目を開けたウェールズの瞳には決意と、寂しさが織り交じっていた。
「ふ、湿っぽくなってしまったね。今日は明日に備えての晩餐会が開かれる。よければ楽しんでいってくれ。
私は後始末があるので失礼させてもらうよ」
椅子から立ち上がり部屋を後にするウェールズ。その背中は紛れもない
決意を秘めた気高き王の背中だった。
「…亡国の王子には少しもったいないですね」
メデンがこぼす。
「そうだね。あのような御方がトリステインを…いや言うまい。本当に、残念だ」
ワルドも部屋を後にする。残ったのはメデンただ一人。
彼女は扉が閉まってもただ、そこにたたずむだけだった…。