「さあ！皆のものよ！今宵は我が最後の晩餐である！」
高々と杯を掲げ宣言するは、このニューカッスルが最後の城主、ジェームズ一世。
年老いたその体で戦ってきたのだろうが、その体は誰が見ても限界を迎えている。
そして彼が老骨に鞭打ち、朗々と声を響かせるかのこの広間には、
この城の生き残りである全ての者たちが集まっていた。
「しかし…私は、私は望むならば皆に生きていてほしい！明日、この城を発つイーグル号と
船長殿の協力が得られたマリー・ガランド号。これに乗って皆、城を抜け出せ！」
彼の悲痛な最後の願い。しかしそれを迎えるのは皆の高笑いだった。
「はははははは、閣下！どうやら耄碌為されたようだ！このアルビオン貴族に尻尾を見せて逃げよと？」
「我ら一同、逃げ出すならばとうの昔に逃げ出しておりますわ！」
「おぬしら…この馬鹿者共め…。ならば、せめてこの一夜。我らはただ明日への戦いに備える同胞だ！
存分に今生の別れを楽しもうぞ!始祖ブリミルの祝福を!」
「祝福を！」

この城に残ったわずかばかりの楽師が奏でる音楽が広間を彩る。
「皆…楽しそうですね」
「ギーシュ君は混ざらないのかな？」
和気藹々といった雰囲気の中、ギーシュは陰鬱な顔をしていた。
「僕は…一時とはいえ彼らと共に過ごしました、そんな彼らが死を選ぶのを…
僕は、どうすることもできないんです。流石に楽しい気分にはなれません」
グラスを握るギーシュの手に力がこもる。ルイズ達は明日、イーグル号(何とか修復できた)に乗り
この城を後にする。何もこの城の人たちにはできず。
ただ己の国の利益のために。それがギーシュには悔しかった。
「確かに残念だ…。本当に、残念だよ」
「子爵？」
「…おっとすまない。ところでルイズを知らないかね？」
子爵の様子に腑に落ちないもの感じながらも、ルイズの処遇を思い出すギーシュ。
さんざんに暴れたルイズは城の者に頼んで拘束されたまま城に運ばれた。
「たしか…この城の貴賓室にまだ寝ているはずですよ。ここから近いですよ」
「そうか、ならばそろそろ酒精も抜けた頃だろう」
ルイズを迎えにワルドがその身を貴賓室に向ける。
「おおーい！酒が足りないぞ！」
忙しく動き回る使用人の一人が、他の使用人に向かって叫ぶ。
「予備の酒はー？」
「確か…貴賓室に放り込んだぞお！」
「…子爵」
「ギーシュ君急ごうか」

「まてえええええええ！あけるなあああああ！」
ワルドが叫ぶ。
貴賓室に着くと使用人の一人が貴賓室になぜか取り付けられている
ゲルマニア錠(大型の鍵)を外そうとしていた。
何故か？聞くまでもないだろう。ルイズが中にいるからだ。
一応客人ということで貴賓室に入れてもらえたが、流石に鍵をつけることに
三人は反対できようも無かった。
しかも、今この中はほとんど火種がついた弾薬庫のようなものなのだ。
「え？」
権っ！
貴賓室の扉が内側から跳ねる。
辛うじて開ききらない錠が其れを崩壊から押しとどめる。
慌ててワルドが押さえつけギーシュが杖を取り出す。
厳っ！言っ！権っ！
扉が跳ね上がる。内側から破ろうと何かが重いハンマーのようなもので
叩いてるかのようだった。
其れを押しとどめるためギーシュはひとつ、ふたつ、みっつ。
幾つモノ鍵を扉に作る。ギーシュの青銅では耐久力が不安なのだ。
数で其れを補おうとするが…。
鈍！曇！
作ったものの半分は既に内側からの衝撃で壊れている。
いや、最早扉自体が軋みだしていた。
「くうううううう！」
「子爵！退けてください！」
木の扉では扉ごと破られると判断したギーシュはその扉の前にもう一つ、
青銅の大扉を作る。そして其れもまた鍵を上から下まで取り付けて。
ダメ押しにその上から青銅の板を補強に使って塞ぐ。
…恩…音…怨
青銅の扉の奥から鈍い振動音が響く。
「あ、危なかった」
へたり込むギーシュ。ワルドは扉を開けようとしていた使用人に掴みかかる。
「何故！何故貴賓室にハンマーなど置いているのだ！」
扉ごとうち降すような衝撃。ハンマーか何かの武器ではないと到底不可能。
ましてや今のルイズは危険と判断され杖は取り上げているのだ。
「ええええ?! そんなもの置いているはず無いじゃないですか！」
「何だと！」
「貴賓室ですよ！それにここにある調度は真っ先に処分されて、
残ってるのはベッドくらいですよ！」
その事実が示すのは、今のルイズは素手のみということ。
ギーシュとワルドは顔から血の気が引くのを感じた。
「ワルド子爵…ここは僕が番をしていますので」
「そうだな…使用人君、すまないがここの酒は既にない」
「え？でも」
「…入りたいのかね？」
今、この部屋に入るのはどう考えてもドラゴンの檻に入るより危険だ。
「…仕事に戻ります」
「ギーシュ君、私は殿下に明日のことと、この事を相談してくる」
「わかりました」
貴賓室の前を後にするワルドと使用人。
残ったのはギーシュと青銅の大扉。広間からはまだ喧騒が聞こえる。
「さ、流石につかれたよ」
ずるずると壁に身を預けてへたり込むギーシュ。
流石に一日かけての労働と、この一軒で精神力が限界に来ていた。
「wry…ｗｒｙ…」
「君は元気だねえ、ヴァリエール。…君、明日までにはもどってくれよ？」
騒動で忘れていたが明日のことを考えてしまい、また陰鬱な気分が
ギーシュを包む。
「まだまだ…僕には英雄は無理なの、かねえ……ｚｚｚ」
疲労から静かに寝息をたて始めるギーシュ。その身をやさしく
広間からの陽気で、悲しいメロディーが包んでいた。

「んん…」
ちゅん、ちゅんと小鳥がさえずる中、ギーシュの顔を朝の日差しが照らしていた。
「朝？」
ギーシュが身を起こせばすっかり夜は明け、晴れ模様。
青い空が通路の窓から覗いている。
「ね、寝過ごしたのか？」
慌てて身を起こす。体の疲れは取れているが、変な所で寝たせいで
体の節々が痛い。
いや、今は体の痛みよりも、と思ったが。
「…？なんでこんなに静かなんだね？」
まず人がいない。いかに生き残りが少ないとはいえ、決戦前の朝に
人の気配が無いなどありえない。
「どうなってるんだ？ほんとに寝過ごした？」
ギーシュを冷や汗がついと伝わるが思い出したかのように
振り向けば、自らが作った大扉がそこに鎮座している。
ここが開いてないということはここにはまだルイズがいるのだ。
ならばワルド達がいるはずなのだが…。
「みんなどこかに集まってるのかも…」
などと考えていれば廊下の角から人影が現れる。
「子爵!? よかった。寝過ごしてしまったかと思いましたよ」
「すまなかった。迎えもやらずに。君と別れた後に杯を重ねすぎてね…」
現れたのはワルド。しかしよく見れば帽子のつばが妙に折れ曲がっている。
おそらく子爵も飲みすぎて眠りこけたのだろう。
「いえ、それは気になさらずに、ですが、この静けさは…」
「それが…私にもよくわからんのだ。まあいい。とりあえずはルイズを出そうか。
頼むよ、ギーシュ君」
なんでこの人慌ててないんだ？馬鹿なのか？死ぬのか？
とか割合失礼なことを考えながら承知するギーシュ。
「わかりました」
ワルドの言葉にギーシュが大扉に向かい杖を振り上げる。その瞬間。
ぞわり、
ギーシュの背骨に走る悪寒。
「錬金!!」
咄嗟にギーシュは大扉を壊すための魔力で錬金を唱える。
それは扉を打ち砕かず、代わりにギーシュの背中を守るかのごとく
そびえる青銅の壁を生み出す。
しかし疾風を纏った何かがそれをものともせずに、
まるで薄紙のように貫通、破砕してしまう。
それでも心臓に向けられていたそれは、わずかばかりの抵抗により、
もとの軌道から逸れて、ギーシュのわき腹を掠めるだけにとどまった。
「ぐうううう?!」
転がるようにしてつんのめるギーシュ。恥も外聞もない回避だが、
それが正解であった。
「エア・ハンマー」
轟、とすさまじい風が彼のいた空間を通り抜ける。いや、通り抜けるだけでなく、
彼の背後にあった青銅の大扉が補強と共に、爆砕。その破片が避けたはずの
ギーシュを襲った。
「…っつあ!! 」
青銅の散弾をもろに浴びたギーシュ。しかし必死に言うことの聞かない体を
言い聞かせ体勢を立て直すと杖を振るう。
「ワルキュウウウレエエエ!! 」
廊下の床から現れるは青銅の戦乙女。しかしその数はわずか三体。
掠めた風の一撃がギーシュのわき腹をえぐっていたのだ。流れ出る血、
身を襲う激痛がギーシュの精神力をがりがりと削り取っているのだ。
「なにを、何をするのですか！子爵!! 」
ギーシュが血ににじませたわき腹を押さえ自らを襲った男に問いかける。
ギーシュの言葉を平然と受け流すワルド。その手には、レイピアの如き杖が
風を纏い、その殺傷力を上げている。刺し殺し、突き殺し、射殺すために。
「ふむ、一撃でと思ったが…外してしまった。すまなかったね」
そう言って謝るワルド。しかしその手の杖を収める気は無いらしい。
「さて何をだったね？簡単なことだ、君に死んでもらおうと思ってね」
「な、…」
いきなりの宣言は当たり前にギーシュに驚愕を与え、そして
「何故か？これも簡単だ」
言葉と共に向けられる杖。
「私がレコン・キスタだからだよ、ギーシュ君」