「貴方が…レコン・キスタ？そん、な…」
明かされた事実。それはギーシュに絶望を突きつける。
彼の前にいる自分など足元にも及ばぬ、スクウェアクラスの本物の戦士。
ワルドが裏切り者ならば、この事態も納得できる。
「そんな…いくら魔法衛士隊の給料が安いからって！」
「ノオオオオオウ!!いや、安いのは事実だが！理由になかったって言えば嘘になるが！」
「くっ、やっぱり安いのか…いくらぐらいですか？」
「…」
無言でワルドは空いた手を開いて差し出した。月５エキュー、ちなみルイズのお小遣いは月３５エキューである。
魔法衛士隊…その華やかさに反比例して、給料が安いのはトリステインでは有名であった。
「なん、だって…そんなに給料が安いのなら裏切っても仕方ありませんが…」
「いや…だから別にそっちがメインじゃないんだが…」
「しかし!黙ってやられるわけには行きません！ワルキューレ！」
ギーシュの号令で楯と槍を手にワルキューレが動く。
土壇場の精神力か。いつも以上の速度で
迫り行くワルキューレ。楯は隙間無く横幅を埋め、青銅の塊であるそれの突進は
ただの人間ならそれだけで挽肉に変えれそうな代物。
「なかなか学生にしてはいいスピードだ。すばらしい生徒だね君は」
だが、それは相手がただの人間ならばだ。
「しかし私には遅い」
タン、と前に踏み出すワルドの跳躍。それは真正面からワルキューレに向かう。
格好の獲物とばかりに勢いのまま突き出される三本の槍。
しかしそれは互いの槍をこすり合わせるかのように交差するだけだった。
ふわり、と舞い上がったワルドは交差する槍の上を飛び、まるで軽業師の如く天井に着地。
そのまま無防備な一体のワルキューレに
「エア・ハンマー」
叩きつけられる風の大槌。粉々に砕け散ったワルキューレ。
しかしそれ以上を許さず別のワルキューレが天井にむかい、槍を突き出すが、
まるでそよ風の如くやすやすといなされる。
ふ、と釣り糸が切れたかのように落下するワルド。
着地を狙い突き出された槍、しかしワルドは慌てず騒がず、
逆さのまま、その穂先に合わせるかのようにレイピアを向け、
「エア・カッター」
その不可視の風の刃は、青銅の槍を、それを持つワルキューレごと両断。
くるりと一回転し何事も無かったかのようにワルドは地面に降り立った。
優雅に降り立つワルドに最後のワルキューレが迫るが、
「ふむ、いや、速さはあるが…脆いな」
ぴっと、レイピアを再びワルキューレに向けるとワルドはそれを唱える。
「ライトニング・クラウド」
電光。廊下を一瞬だけ照らし出したそれは、青銅の楯など
たやすく貫通し、ワルキューレを襲い、一瞬で破壊し、
そのままギーシュを貫いた。
「がああああああああああああああ!!!」
ワルキューレの体が楯になっていたとはいえ電撃は容易く人体を
破壊していく。
「あ、ぐ」
全身を焼かれ倒れ伏すギーシュ。その手の青銅のばらは全ての花弁が散っていた。
それにゆっくりと近づくワルド。ギーシュの髪の毛をを掴み上を向かせる。
「さて、ギーシュ君。君が知っていることを話してもらおうかな？」
「…？」
「なぜこんなに静かなのかね？なぜ誰もいないのかね？」
ワルドの質問にギーシュは疑問符しか浮かべない。
当たり前だ。今の今までワルドがこの事態を引き起こしていると思っていたからだ。
「ほんとに知らないのかね？ふむ、これは困ったな」
そういいながらギーシュの頭からぱっ、と手を離す。重力にしたがい、ごとりと、床に落ちたギーシュの頭。
それだけでも己が身を苛む激痛にギーシュは悶える。
「エア・ハンマー」
ゴリ、っと鈍い音がギーシュの耳に入る。そして視界は赤く白く染まる。
「カハッ！」
口からは肺の中の空気が強制的に出され、つづいて血が溢れる。
ワルドはそれを無感動に見つめてから踵を返す。
「そこでゆっくりしていたまえ。…まだルイズがいるなら君は生かしておいてあげよう」
かつかつと、歩を進めるワルドに、ギーシュは薄くつながった意識の中、安堵し、
その安堵した自分に激怒した。
今、自分は何を思った？
ヴァリエールを、彼女を差し出して、安堵した。
助かると、生きれると安堵した。彼女を生贄にしてだ。
あってはならない。やってはならない。今、それを許せば僕はー
「ぐ、がああ」
「はあ…おとなしくしていろと言っただろう？」
あきれたように振り返るワルド。その視線の先には
もがき足掻くギーシュの姿。切り裂かれ、焼かれ、叩き潰された体で足掻くギーシュ。
己が最後のプライドを糧にもがきだすギーシュは、自分の懐に違和感を感じた。
何かと震える手でそれを引っ張り出せばそれは、血でさらに赤く染まった、赤い赤い炎の仮面。
あの襲撃の際、返し忘れたまま彼の懐に収まっていたそれ。
今、一番、彼が欲するものを、与えてくれるかも知れないそれを。
「おや？なにかとおもえば…そんなおもちゃでヒーローにでもなるつもりかい？」
「おも…ちゃ？」
「それを着けていたヒ・ロポンだったかな？彼は死んだよ。
あの程度でヒーローなどとは、随分とパタポンとやらは弱いようだが
まったくあんなものに頼るなんてどうかしていたんじゃないかルイズは」
死んだ？あのパタポンが？
「は、かは、か、ははは」
突如うつ伏せのまま笑い出すギーシュ。笑うたびにあばらが軋み、口に血の味が広がるが
まだ笑う。それにいぶかしげに眉をひそめるワルド。
「なぜ笑う？」
「つ、つまり、こういう、ぐうううう…、っつ、はあ、はあ、…こういうこと、で、しょう？」
息も絶え絶えにギーシュは言葉を紡ぐ。
「僕は、絶対、絶命で…助けは、来なくて、が、はあ、この、ままな、ら
あなた、は、、ヴァリ、エールをおおおお 、つれてえええ、…」
軋む骨、震える手足、血が流れ出る身体。無理やりにたたき起こしたそれで、
ゆっくりとゆっくりと立ち上がる。
「レコン、キスタにい、合流、がはっ！げほお!!っ…するっ！そうで、しょうっ？」
「うん、正解だ。で？立ち上がった君はどうするんだね？私を倒してヒーローにでもなる気かい?」
ワルドの問いにギーシュは顔を上げ、血を吐き血を吐くような力強い答えを吐き出す。
「え、え！僕は女性の、為の、薔薇な、んですよ。無理、やり、女の子をつれさ、ろうって人間に、
そうそ、う簡単に、負け、てたんじゃあ、 」
口の中の血を飲み込み声を吐き出す。
「愛しい人に、会わせる顔がないんですよ」
そしてその炎の仮面を顔に当てた。

「こ、ここは？」
真っ白な、真っ白な空間だった。気付けばギーシュはそこに立っていた。
「よう」
突如ワルドとは違う声が響く。振り返ってみればそこには一体のパタポン。
だがそのパタポンは、普通のパタポンとはまるっきり違っていた。燃えていた。
めらめらめらめらと、体から炎が燃え上がっていた。
「人間がここに来たのははじめてだよ」
「君、は？」
「おれ？おれか？おれはメラアチーゼってモンだ、お前が着けてるそれ、それの
まあ元の持ち主みたいなもんだ」
ふと顔にふれれば仮面が自分の顔を覆っている。つまり目の前のパタポンが灼熱の神、らしいが…
まったくそれっぽくない。燃えてるとこは灼熱っぽいがそれだけだ。
「はあ…いやそれよりも、僕は、僕はどうなったんだ？」
「ん？ああそうだったな。力が貸してほしいの？」
「え？」
「力だよ、力。パワー。わかる？いるから着けたんだろ？」
メラアチーゼの問い。それはもちろんイエスなのだが、
「貸してくれるのかい？」
「いやだ」
軽く、心底軽く答えるメラアチーゼ。
「や、やっぱり、僕には資格が…」
「よっ！」
「おうふ！」
メラアチーゼはつかつかと近寄ると、いきなりギーシュの『ふぐり』を掴んだ。
「おうおう、いいもんもってんじゃねえか？いいか？ギーシュ。力が欲しいならよう、
貸してくださいとか、なんとかいうんじゃねえよ。もっとシンプルに言えばいいんだよ」
「シンプル…」
「そうだ」
「力が…」
ギーシュはつぶやく。己の願いを確かめる。
「力が？」
「欲しい」
「ああん？」
「力が欲しい、いや、力を、力をよこせ!! 」
「GOOD　BOY」
メラアチーゼがにやりと笑ったのを見た瞬間、ギーシュの体が炎に包まれた。

「…なんだ、なんなんだねそれは…」
気付けばギーシュの前にはワルドがいた。先ほどと打って変わってうろたえた様子だ。
ふと己が手を見れば先ほど全ての花弁が散ったはずの青銅の薔薇に一片の花びら。
それは青銅の青ではなく、本物の薔薇の如き真っ赤な花びら。
腹の傷口から血が流れてる、全身の骨が軋んでる、死に掛けてる身体がとても熱い。
まるで灼熱のよう。灼熱は全身を流れる。早く外に出せ、速く外に出せ、といってるかのようだった。
「ワルキューレ」
花びらが落ち、そこから一体の戦乙女が現れ…
「ふううううう、ひっさびさの外界だぜええ」
ない、現れたのはまっかな、まっかな、パタポンの銅像。
燃え上がる真っ赤なパタポンの銅像。
ごきりごきりと首？やら肩を鳴らす銅像。
まるで生き物の如く動く銅像。
「さて、遊ぼうか」
灼熱の神、ニューカッスルに顕現。