「な、なんだね君たちは!?」
じいっと、自分を見つめる幾つもの目がルイズの使い魔だと気づいたギーシュ。
「ふ、ふはは。なんだね?よ、よく見れば『ゼロ』、君の使い魔じゃあないか。さっさとこいつらと一緒に魔法の練習でも……」
「黙りなさい」
いつの間にかメデンがルイズの隣にいた。そして彼女もまたギーシュをまっすぐと見据えていた。
「なっ!き、貴様!貴族に対して……」
「黙れ、言ったのですこの『金髪豚野郎』」
メデンの言葉に周りが凍りつく。貴族に逆らう、平民がこれをやれば反逆とみなされその場で殺されても文句が言えないのだ。ましてや使い魔が、である。メデンの言葉に固まっていたギーシュは突然高笑いをあげた。
「く、くはははは、まったく『ゼロ』のルイズが呼んだだけあって、躾のなっていない使い魔だね!いいだろう!君たちには躾が必要なようだね!君達に決闘を申し込む!!」
びしりっとメデンに指をさして言い放つギーシュ。
「いいでしょう」
一言で何事も無いかのようにうけるメデン。そんなメデンに慌てたのはルイズであった。
「ちょっとメデン!あんた何勝手に……」
「邪魔しないでくれるかね、ヴァリエール。彼女たちは決闘を受けたのだ!……準備ができたらヴェストリ広場まで来たまえ!」
そう言い放つとギーシュは食堂から怒りの足取りで出て行った。そんなギーシュを見送るとメデンはシタ・パンをよぶとこう命じた。
「シタ・パン、準備をしてヴェストリ広場へ。装備は……好きにしなさい」
「わかりましたー」
そういうとメイド服姿のシタ・パンとてとてと食堂をでていった。
他のパタポン達も何事も無かったように給仕にもどる。メデンはそれを見送るとルイズの前にひざまずく。
「勝手なまねをして申し訳ありません、ルイズ様」
「あんた達、貴族にあんなことして無事に済むと思ってるの!?」
「罰ならばいくらでも」
「違うわよ!ギーシュはメイジなのよ!あんたたちがかなうわけないじゃない!」
「貴方たち殺されちゃう……」
声を荒げるルイズ、怯えた様子で顔を覆うシエスタ、そんな二人とは対極にメデンは平然としている。
「いまからギーシュに謝りに行くわよ!いまならまだあいつも……」
「必要ございません、悪いのはあちらです。謝る道理があるのですか?」
「それは、そうだけど!でもそれじゃああんた達が……」
「ルイズ様、なんら問題はございません。さあヴェストリ広場へ行きましょうか。きっととても楽しい処け……失礼、決闘になりますよ?」
心配するルイズたちにメデンは笑みを返す。とてもとても黒い目だけの笑みを。
---ヴぇすとりひろば---
「諸君、決闘だ!」
広場の真ん中で宣言するギーシュ。いつの間にか広場の周りにはギャラリーが集まっていた。
「逃げずに来たのは褒めてやろう!しかし……二匹だけなのかね?」
ギーシュの視線の先、そこにいたのは、メデンとシタ・パンだけであった。シタ・パンは奇妙な形の、斧の様な剣の様なものと、いかつい装飾の盾を持っていた。てっきり集団でやってくるものと思っていたギーシュは拍子抜けした。
ギーシュの問いに、二匹は沈黙を持って返す。そんな両者の間に乱入者が現れる。ルイズだ。
「ギーシュ!決闘は禁止されてるのよ!いますぐやめなさいこんなこと!」
「それは『貴族同士の』だろ?使い魔となら禁止されてないさ!そこをどきたまえヴァリエール!」
「ちょっとあん……」
「お下がりをルイズ様」
メデンが後ろから静かに促した。
「あんた達もやめなさい!かなうわけないでしょ!」
「お下がりを、ルイズ様」
ルイズの静止に同じ言葉で返すメデン。その目には強い意志が宿っていた。
「っつ!もお勝手にしなさい!」
ずんずんとその場から離れギャラリーに混じるルイズ。腕組みをして仁王立ちになると、それっきり何も言わなくなる。
「さあ、邪魔者はいなくなったね。では始めようか。勝敗はどちらかが参ったというまで……そうだな、僕が杖を落としても負けとしよう」
そして手に持っていた造花を振るうギーシュ。同時に現れたのは青銅でできた一体の女性型の華美な装飾を施したゴーレム。ギーシュの魔法に沸く観衆。
しかし……それに対してもメデンとシタ・パンは沈黙を保つ。
そこに不気味さを感じるギーシュ。ワルキューレを一瞥したメデンはシタ・パンに一言だけ告げると、ルイズのそばで観客の一員と化した。
「一匹だけとは僕も舐められたものだね。覚悟はいいかい、目玉君?」
問いに一切答えないシタ・パン。そんな生意気な目玉にギーシュは切れた。
「言葉がしゃべれないのなら!悲鳴をあげるがいい!行け!ワルキューレ!」
ワルキューレがその拳を振り上げてシタ・パンに襲い掛かる。
しかし、シタ・パンはその拳に左手の盾をかざすだけ。青銅でできたその拳が当たれば小柄なパタポンはひとたまりもない。
しかし盾を構えようとも質量差が大きい。まともに食らえば盾ごと吹き飛ぶはずだ、とギーシュは考えほくそえむ。
が、結果、その攻撃の後、パタポンは吹き飛びも、転がりもせずかすり傷一つ負わず、
逆にワルキューレのほうが腰から真っ二つにされた。
「「「……は?」」」
あまりのことに一瞬静寂に包まれる広場。単純な挙動ではある。振り下ろされた拳を盾で受け流し、その勢いを殺さぬまま、回転。
左手の剣によってワルキューレの胴を薙いだのである。しかしそれは一切の淀みなく行われ、それを一切の迷いもなく行った。
ワルキューレを真っ二つにしたその挙動はまちがいなく戦士のそれであった。驚いたギーシュ、しかし彼のワルキューレ、まだ敗れたわけではない。
「ふふふ……どうやら多少はやるみたいだね。だが、残念ながらワルキューレは七体……」
「……のてき」
「は?」
ギーシュは気づいた。ギーシュに聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの大きさ。そんな声でシタ・パンがつぶやいている。
「かみのて……」
なんだ?と、ギーシュは耳をすまし、そして聞かなければよかったと後悔した。
「かみのてきにしをかみのてきにしをかみのてきにしをかみの……」
「ひいっ!!?」
それは殺意の言霊、自分の前にいる目玉の生き物が持つ紛れもない殺気、それにギーシュはやっと気づいた。殺らなければ、殺られる。
「わ、ワルキューレ!」
再びバラを振るギーシュ。現れたワルキューレは六体、先ほどと違い、その手にはランスや剣が握られている。それを見たシタ・パンは、すうっ、と構えを解いた。
突如、構えを解いたシタ・パンにギーシュはいぶかしむも、決闘をやめるチャンスだと思い、シタ・パンに声を投げる。
「な、なんだね?い、命乞いなら今のうちだぞ!!」
ひきつった声をあげるギーシュに対し、シタ・パンから紡がれた声は、
「……二股の罪をシエスタになすりつけ」
まさに氷の業火。そして一言紡がれるたびに、その頭からにょきにょきと何かが伸びる。
「あまつさえ、神を侮辱した……」
見開かれたその目に映るは極大の殺意。怒りと共に、光りだす右手のルーン、そして頭から伸びていくそれは、
「……生きて帰れると思うなよ」
猫耳だった。
「ねえ、タバサ」
「なに?」
塔と塔の間を結ぶ広場を見渡せる通路の上、キュルケは友人の蒼い髪の小柄な少女と共にその決闘を見ていたのだが・・・その決闘を行っている目玉の生き物、パタポンから、猫耳が生えた。
「猫耳生えたら強くなるの?」
「なる」
断言するタバサ。
「そうなんだ。じゃあギーシュの負け?」
「猫耳が出た時点で全て終わり」
「そうなの……」
「ねこみみ……かわいい」
「……そう」
時折、ついていけなくなるが、大切な友達と共に、事の成り行きを見るキュルケの手には……さきほど配られたデザートがあった。
「……おいしいわあ」
彼女のダイエットに対する思いは既に決着がついていた……。
「猫耳がなんだっていうんだあああああっ!!いけえ!ワルキュウウウレエエエ!!」
最早、それは、自らを鼓舞する為の絶叫。恋人であるモンモラシーに、いつか着けさせようと買っていた猫耳は既に恐怖の権化でしかない。
その言葉と共にランスを持った三体のワルキューレがシタ・パンに突撃する。そして今度はシタ・パンもそれに合わせてギーシュに向かって動く。
ゆっくりとゆっくりと。
しかしその方向はワルキューレたちの包囲のど真ん中。格好の標的に突き出されたその青銅のランスによって、シタ・パンは串刺しに……ならない。
「な、なんだそれはあああ!?」
ギーシュの悲鳴、それはシタ・パンを包む、光る蒼い膜のようなそれによって引き起こされていた。
「あれは……盾?」
その蒼い膜は良く見れば盾の形をしているが、しかしそれはとてもランスの一撃を防げるような厚さではない。だがそれは幾度も突き出されるランスを確かに弾き返していた。
そしてその蒼い盾に呼応するかのように光を増すルーン。ルーンから生まれるオーラがそれを形作っていた。
「ちょっとメデン!なによ、あれ?!」
「あれは『ムテッペキ』!だけどなぜ、あれをシタ・パンが?」
ルイズは驚きの声を上げる、しかしルイズの傍にいたメデンもまた驚きの声を上げた。どうやらあの力はメデンにとっても意外な事態らしい。
「はああああっ!!」
シタ・パンの気合一閃。その剣速は先ほどのものを遥かに凌駕し、そこから繰り出されるのは光速の剣。
見ているものには残像しか見えぬそれは三体のワルキューレを持っているランスごと、一瞬にして左右上下に四つに分かつ。崩れ去る包囲網。
「うわああああ!」
もはや、恐慌状態のギーシュは闇雲に杖を振り、ワルキューレに己が身を守らせようとするも、統制を失ったワルキューレなど、シタ・パンの敵であるはずもなく、
残りの三体もなす術も無く切り刻まれ、砕かれていく。そして、ギーシュの前に残ったのは、シタ・パン唯一匹。
「ひっ!」
シタ・パンのそのガラス球のような目はギーシュを写し、その目の殺意に竦むギーシュ。このままで殺されると、ギーシュは『参った』と、声を上げようとする。が、
「まい、いいいいいい?!」
その一瞬でシタ・パンは跳躍、ギーシュの眼前にいた。その剣はギー
シュの喉に当てられ、一息でその喉を掻き切れる位置にあった。
ギーシュの喉に剣が食い込む一瞬前、
「そこまでよっ!」
止めたのはルイズの一声。
からんっ、とギーシュの足元にそのバラの造花の杖が落ちていた。喉を掻ききられる恐怖にギーシュは杖を手離していた。彼がハンデにあげた条件、それが彼の命を救っていた。
「そこまでよ、シタ・パン。ギーシュ!まだやるの?貴方の杖はそこに落ちているわよ?」
ギーシュの喉に当てられていたそれは、ルイズの言葉と共にゆっくりと引かれる。緊張の糸が切れたのかその場にへたり込むギーシュ。
「……僕の負けだ」
ギーシュによる敗北宣言、それによって一気に歓声が上がる広場。
「ルイズの使い魔が勝ったぞ!」
「なんてこった!?」
「ほう、勝ちおったか」
「そのようですね……」
そこは学院の一室、学院長室、そこにいるのはコルベール。そして……曰く、四つの系統を全て修めた。曰く、三百年生きている。そこに存在するのは生ける伝説、学院長オールド・オスマン。
彼は、『遠見の鏡』というマジックアイテムで一緒にいたコルベールと共に、今までの決闘の様子を見ていた。
「やはり、あの力、ガンダールブのルーン……」
「しかし、グラモンの息子の力を受け付けぬあの力、あれはガンダールブのそれとは違うのう?」
「確かに……此の事、王宮の方には?」
「ばかもん。あんな力を、王宮の馬鹿共が知ればどうなるかわからんじゃろうが」
「わかりました……決闘を行ったものに対する処分は?」
「別によい。ほうっておけ。しかしガンダールブのう……厄介な話になってきおった」
とりだしたパイプに火を灯し、オスマンは自分が宝物庫に封印しているアレを思い出す。そしてかつて自分を守ってくれたあの『一つ目』の友の事を。