その夜、ニーナは1人でモップがけをしていた。
機関掃除のバイトであり、本来ならレイフォンと一緒にするはずだった仕事。
だが、この場所にレイフォンはいない。
責任者である班長の話によれば、レイフォンは都市警の用で休みと言う。
都市警の用と言うことは、臨時出動員になったと言う事だろうか?
こんな、機関掃除と言う重労働を抱えているというのに、更にそんな時間が不定期になる仕事を抱えたと言うのだろうか?
思わず、レイフォンの体について心配してしまう。
(あいつが体を壊してしまったら……)
十七小隊はどうなる?
ただでさえ、いつ空中分解してもおかしくない隊だ。
これで、主戦力であるレイフォンが倒れてしまったら……
(いや……それはおかしいな)
都合のいい話だ。最初は、数合わせのような感じで、鍛えれば使えるというのがレイフォンの評価だった。しかも自分は、レイフォンの過去を知ってそれを糾弾している。
だと言うのに、今のニーナはレイフォンの力を期待している。
彼は強いのだ、圧倒的に。ニーナの想像を超えるほどに。
期待する、あるものは使う。その姿勢には間違いがあるとは思わない。
(最初は、私が何とかするつもりだったはずだ)
だが、ニーナは自分の力で何とかしようとしていた。
シャーニッドにしろフェリにしろ、能力はあるのだが士気が低い。
そんな2人に過剰な期待をする事は、それこそ無駄な努力ではないのかと思うほどに。
それを補うように、自分自身が強くなれば言いと思った。
だが……そこにレイフォンが現れた。
(あの強さは……)
武芸で有名なグレンダン、その最強の12人である証の、天剣を授けられて事がある少年。
(とても怖かった……)
その強さには、ニーナすらも恐れた。
先日の事件で、ニーナは膨大な数の汚染獣に呑み込まれると思った。
自分はここで死ぬのだろうと思った。
何も出来ずに、ツェルニを護るために小隊を立ち上げたと言うのに、その目的が達成できぬままここで果てるのかと思った。
それを、レイフォンが覆した。
たった1人で汚染獣の幼生体を全て屠り、母体を潰した。
強い、強すぎる。そして怖かった。本当に人間か?などと思った。
だが、なんにしても、レイフォンが強いと言う事は、十七小隊はニーナの望むものへとなるのだと思った。
武芸大会で勝利をツェルニに導ける、強いチームになるのだと。
(それでも……負けた)
先日の対抗試合で、十四小隊に負けた。
隊長のシンは、レイフォンが強いだけでは駄目だといった。
(じゃあ……どうすればいいんだ?)
ニーナは迷う。
十七小隊の勝因はチームワークだ。では、それを手にするべきか?
だが、息の合った連携は十七小隊には望めない。それは今までの訓練で、わかっているのではないのか?
(どうすれば……)
わからない……自分には。
ニーナは思考の海に沈み、これからの十七小隊について考えていると……
「ん……?」
ニーナの短い髪が引っ張られ、その考えを中断させられる。
いつの間にかモップを動かす手を止めており、首の後ろと両肩にわずかな重みを感じていた。
髪を引っ張った何かに手を伸ばすと、その手を柔らかい何かがつかむ。
「なんだ、お前か……」
「~~~♪」
背中に腕を回し、肩に乗っかっているものを前にやる。
「まったく……また抜け出してきたのか?」
呆れたような笑みをニーナが向けると、それは無邪気な笑みを返してきた。
この都市と同じ名前の、ニーナが護ると決めた存在、電子精霊であるツェルニだ。
そのツェルニの手が、ニーナの頬に触れる。
無邪気そうに笑うツェルニの顔を見ていると、ニーナの表情も自然に緩んでいた。
「お前は……どうしてそんなに私に懐く?」
尋ねても、その答えが返ってくるとは思わないが、ニーナはつぶやく。
思ったとおり、ニーナの言葉がわからないのか、ツェルニはニコニコとしているだけだ。
もし、言葉が理解できていたとしても、ツェルニはしゃべれるのだろうか?
少なくとも自分は、しゃべっているところを見た事がない。おそらく、しゃべれないのだろう。
まぁ、今はそんなこと、どうでも良い事だが。
「そうだな。そんなことは特に考えるまでもないのだろうな」
この子は、ツェルニは、この都市に住む皆が愛しくて、愛しくてたまらないのだ。
その中でニーナが特別と言う事はないのだろう。ただ偶然、ニーナが簡単にツェルニを受け入れてしまったから、ツェルニはニーナに会いに来てくれるのだろう。
もっとも、それが誰にでも出来る事ではないと思うが……
「お前に出会えたことは、私の人生で一番の幸運だ。お前に出会えたからこそ、私はお前を護りたくなった」
機関掃除のバイトを始めてすぐのころに、ニーナはツェルニに出会った。
故郷でも見たことはあるが、電子精霊の姿が、こんな幼子だとは思いもしなかった。
「お前がその姿でいてくれたからこそ、私はこの都市を愛する事が出来た。冷たい奴だと笑わないでくれよ。心の狭い奴だとは思ってくれてもいいが……こうして触れて、表情を読み合って、一緒に笑えると言うのは、私にとってはとても驚きで新鮮で、そしてとてもとても嬉しい事だった」
だからこそ護りたいと思った。
自分の手で、自分の力で。
「そうだ……そうだな」
ツェルニを抱き寄せ、頬を摺り寄せる。
ツェルニはくすぐったそうに身悶えし、ニーナの髪に鼻を押し付けてきた。
ツェルニの小さな鼻が耳たぶに触れるが、息は触れない。
これが、人間と電子精霊の違い。ツェルニ(電子精霊)は、呼吸をしていないのだ。
「私は、自分の手でお前を護りたいんだ」
そのために目指す、求める。強さを、力を。
身近に圧倒的強さを持つ人物を知っている。少なくとも、人間はあそこまでいけるはずだ。
そう……妄言とも取れる目標を抱いて、
「私は強くなるぞ。ツェルニ」
ツェルニの耳に、そっと囁く。
意味がわからないのか、ツェルニは首をかしげていた。
「よくやってくれたっ!」
大物取りは既に終わり、周りの物が唖然とするなか、その沈黙をフォーメッドが打ち破った。
だが、未だに信じられない。
5人のキャラバン達を、それもかなりの腕前だった武芸者の集団をレイフォンは1人で、圧倒的な強さで制圧して見せたのだ。
その手腕に魅せられる中、フォーメッドが指示を飛ばしている。
そして彼等が持っていたトランクからは、盗まれたであろう未発表の新作作物の遺伝子配列表が記録されているデータチップが、おそらく入っていた。
おそらくと言うのは、彼らの持ち物か、または同じように盗まれたであろうデータチップが大量に入っていたからだ。
「ありましたか?」
「さてな。全部確認してみないとわからないが、まぁ、間違いないだろう」
レイフォンの問いにそう答えて、フォーメッドはニヤリと笑った。
「これだけのデータチップ、はたしてどれだけの値が付くかな?」
その言葉に、レイフォンは目を見張る。
とても警察関連の職に付く者の言葉には聞こえない故に。
「何だその目は?これをあいつらが商売で手に入れたのか、それとも盗んで集めたのかは知らないが、どちらにしても元の持ち主への返却なんて不可能だからな。ならばせいぜい、ツェルニの利益に貢献してもらうのが正しい形だと言うものだろう?」
この言葉は正しく、もっともだとは思う。
この閉ざされた都市では、それが最良の手段なのだろう。
感心すると同時に、そういうことを臆面もなく言ってのけるフォーメッドに、レイフォンは呆れていた。
「富なんていくらあっても足りないぞ。このツェルニにいる学生達を食わせていくことを考えたらな」
「はぁ……」
規模を考えれば違うが、そういう事については理解する事ができるレイフォン。
だからこそレイフォンは、現在このツェルニにいるのだ。
「ま、アルセイフ君も今日はお手柄だからな。報酬に多少は色をつけさせてもらうぞ」
そう言うと、フォーメッドは仕事へと戻っていく。
取り残されたレイフォンの肩を、ナルキが叩いた。
「すまんな、ああいう人なんだ」
「いや……うん。悪い人ではないと思うよ」
レイフォンはそういうが、ナルキは顔をしかめていた。
「そうなんだが……あの、金へのこだわり方と言うか、それを隠さない態度と言うのは、良い事なのか悪い事なのか、いまいち決めにくい」
「どうなんだろうね」
なんとなく、フォーメッドの気持ちがわかるレイフォンは苦笑した。
あれは潔さなのだろう。
開き直りだとも取れるが、フォーメッドはあのような行為を卑しいとは思っていない。
いや、実際は卑しく取られていても、気にはしていないのだろう。
それが事実なのだと言い切る自信があり、悪い事だとは思っていない。
孤児院のためへと、金儲けに走ったレイフォンに似ている。
ただ、レイフォンの場合はギリギリまで隠していたが。隠していたと言う事は、負い目があるからだったのだろう。
だから今でも……自分は刀ではなく剣で戦っている。
もう一度武芸を始めてみようと思っているのに、だ。
(ああいう風になれていれば、僕も少しは違ったのかな?)
思わずそう考えてしまったが、もう過ぎ去ってしまった事だし、どうする事も出来ない。
考えるだけ無駄な行為だ。どんなに考えても、過去は取り戻せない。
(でも、まぁ……ツェルニに来て、良かったとは思うし)
今まで体験できなかった事を体験できたし、仲良く話せる友人がいる。
そして、護りたいと思うような人物も出来た。
だからこそ、取り戻せない過去よりは、今(未来)を目指して行こうと思う。
それが、今のレイフォン・アルセイフとしての生き方だ。
(さて……明日も弁当を作らないといけないから、帰って寝よう)
そう決意し、報酬は指定の口座に支払われるらしいから、レイフォンはナルキやフォーメッドに一言言い、帰路へとつくのだった。
「さて、問題はタイヤだよな……」
放浪バスと言うものは、ゴムのタイヤと、レギオスなどに使われる多数の足で地を歩く。
速度的にはタイヤが優れるのだが、ならば何故足を使うのか?
簡単な問題だ。荒れ果てた大地では、ゴムのタイヤでの走行は長時間もたないからだ。
荒れ果てた地に磨り減り、すぐにパンクなどをしてしまう。
だからこそ足を使い、速度を犠牲にしてでも長時間の移動に耐えられるようにしたのだ。
タイヤを使うのは都市に入る直前くらいのものだ。
「ゴム製のタイヤで耐えられないんだったら、他の材質ならどうだ?……例えば金属とか」
子供の発想のような、現実味のない案を出してみる。
だけどその案は、自分1人で考えるのならばありではないかと思えてしまう。
ゴムで耐えられないというのなら、頑丈で丈夫な物をタイヤとすればどうだろうか?
だが、金属などでタイヤを作れば重くなるのはもちろん、間違いなくブレーキの利きも悪くなるだろう。
ゴムではなく金属であり、スリップがしやすい。これでは、曲がる時ですら苦労しそうだ。
「無理……だな」
故に、この案は却下。
やはりタイヤでの走行は奥の手で、基本は多足での移動になりそうだ。
「んじゃ、次は燃料。ランドローラーにしても動力は電気なんだし、ここはやっぱ発電が出来ればいいよな……」
昔は、とは言っても想像も付かないほどはるか昔の話だけど、その時代には石油と言うものを加工して乗り物などの燃料にしていたらしい。
だが、今では、ラウンドローラーを例えで出すと、これはバッテリー、つまりは電気で動いている。
都市(レギオス)を動かす燃料はセルニウムだが、電気で動くとなれば発電さえ出来れば燃料の心配はない。
文献などではソーラーカーなどと言う、陽光をエネルギーとして動く車を見た事があるから、これは十分に可能だろう。
ただ、こればかりは専門の知識と、それなりに資金がかかりそうだが……
「やっぱ……一朝一夕に改造はうまくいかねぇか……」
ため息をつく。
ここは放浪バスの停留所。だが、老朽化して現在は使われていない。
そこにランプの粗末な明かりを頼りに、作業に没頭する者の姿があった。
レイフォンの隣の部屋の住人、オリバーである。
彼は油仕事で汚れてもいいような服、ツナギを着ており、眠そうに欠伸をしながら作業に一段落を置く。
「だが、まぁ……これで普通に走る分には問題ねぇだろ」
改造はそう簡単にはいかなそうだが、走る分には何の問題もないほどに仕上がった放浪バスを見て、オリバーは満足そうに頷く。
彼の実家は工場を経営しており、その手伝いを小さいころからしていたオリバーはこういうのが得意なのだ。
ちょうど良い事に、ここには老朽化で破棄された放浪バスがいくつもあることから、部品には困らない。
いろんな都市を見て回りたいと思い、親の反対を押し切って学園都市に来たために仕送りが殆どないオリバーにとって、これほど嬉しい事はない。
「冒険は男のロマンだ。なんでそれがわからねぇかな……うちの親は」
心配などと言うのもあるが、親としては実家の跡継ぎがいなくなるのは困るのだろう。
本来、都市は武芸者を外へは出したがらないものだが、一般人の家庭で突如生まれた武芸者のオリバーは、そこまで才能があるわけではない。
だからやはり、親がわかってくれなかったのは跡継ぎの問題だろう。心配だと言うのなら、それはそれでありがたいことだし、嬉しいことではあるが。
「ま、親が考えてんことはわかんねぇけど……ふわぁっ……もうこんな時間かよ?」
再び欠伸を、今度はとても大きなものをし、オリバーは持っていた時計を見る。
デジタル時計の数字は、既に朝の9時を指していた。とっくに授業の始まっている時間である。
地下にあり、薄暗い停留所にいたために気づかなかった。
「ねみィし、腹減った……レイフォンの奴、もう学校に行ってるよな?朝飯どうしよ……つーか、昨日は夕飯すら食ってねぇし、寝てねぇ……」
作業に没頭しすぎて、寮に帰っていないオリバー。
レイフォンには夕食はいらないといったが、昨夜はもちろん朝食も食べていないために腹ペコである。
眠いのは武芸者だから、内力系活剄でもすれば問題はないが、正直めんどくさい。
「午前中はサボるか……で、レイフォンに飯たかって午後の授業に出よう」
だるいので眠る。
空腹よりもそちらを優先し、風呂にでも入って寝ようと寮へと向う。
数時間眠ればましだろうし、レイフォンに昼食をたかれなくとも、その時はどっかの食堂やレストランで食べるか、弁当を買おうと思う。
レイフォンが作るのより美味しくはなく、少し値が張ったりするが、そこは仕方がないだろう。
欠伸を噛み殺しながら、オリバーはそう決意する。
その昼の事だった、オリバーが運命的な出会いをするのは……
昼休み。
学生達が昼食を取ったり、休憩などをして午後からの授業の英気を養う時間。
いつもどおりのメンバーで、レイフォンはフェリとメイシェン、ナルキとミィフィの5人で昼食を取っていた。
「……理不尽です」
「はい?」
その席で、フェリが相変わらず不機嫌そうな無表情でそんなことをつぶやく。
だが、レイフォンにはその意味がわからない。
フェリは現在、レイフォンが作った弁当のおかずを口に運び、そして本当に機嫌の悪そうな声で、レイフォンに言った。
「こんなに美味しいなんて、理不尽です。あなたに苦手な事はないんですか?」
「そう言われましても……」
料理が美味しい……美味しいのだが……自分に出来ない事をそつなくこなすレイフォンに劣等感を感じるフェリ。
顔良し、スポーツ万能、武芸の腕は言うまでもなく、料理上手で家庭的な上、一般人からすれば憧れの小隊員に1年生ではいるほどの実力者。
そんな彼に苦手な物はないのかと思ってしまう。
勉強が苦手らしいが、そんなものは愛嬌のひとつでどうとでもなってしまう。
「でも……本当にレイとんの料理、美味しいよね」
「ありがとう、メイシェン」
ナルキとミィフィ、レイフォン以外の人物とは人見知りの気が激しいメイシェンだが、フェリの場合はいつも一緒にいるので慣れてしまったらしい。
先日彼女が、レイフォンが少しだけ席を外した隙に、レイの落としてしまった手紙の事をフェリに聞き、それをフェリがもう渡したと答えたのがこうなった原因かもしれない。
メイシェンはフェリに感謝し、一安心したようだった。
そんな訳で現在では、フェリの前でも比較的普段どおりに振舞えるメイシェン。
レイフォンの料理を褒め、素直に感心する。
「いやいや、本当にな。これなんか特に美味だ」
「え?」
そんな時だ。いきなりレイフォンの背後から声がして、彼が姿を現したのは。
顔は平均以上、美形と言っても問題ない程の作りをした、金髪の少年。
武芸科の制服に身を通した彼が、レイフォンの弁当から肉団子をつまみ上げ、口へと放り込んでいた。
「殺剄までして、何してるんですか?」
いきなりの事でメイシェンが、ナルキが、ミィフィが驚いているなか、気づいていたレイフォンは呆れたように言う。
フェリは気づいていたのかいなかったのかは知らないが、表情の変化はなかった。
「飯たかりに。帰んの遅くなっちまって、昨日の夜から何も食ってねぇんだよ。弁当、あるか?」
「一応ありますよ。オリバー先輩が見当たらなかったら、後で僕が食べようと思ってましたけど」
「うおっ、マジで?サンキュー。じゃ、これはいつもどおりの」
オリバーと呼ばれた彼は、レイフォンとそんな会話を交わした後、いくらかのお金を支払って、レイフォンのかばんから取り出された弁当を受け取る。
そしてそのまま地に座り、弁当のふたを開くのだった。
「なぁ……レイとん。その人は誰だ?」
「ん、ああ、オリバー先輩だよ」
レイフォンが先輩と呼んでいたし、剣帯のラインからして2年生である事がわかるオリバー。
彼についてナルキが質問をし、レイフォンがついでだから有料で弁当を作ってる寮の隣の住人だという事を説明する。
「ま、そう言う事」
それに相槌を打ちながら、オリバーは弁当を食していた。
「オリバー先輩って、レイと……レイフォンと仲がいいんですか?」
好奇心の塊のようなミィフィが、オリバーに質問を投げかけてくる。
最初はレイとんと呼ぼうとしたが、ニックネームだから伝わらないだろうと思って呼びなおし、同姓の友人が少ないと言われるレイフォンの交友関係を聞き出そうとする。
スキャンダル紙などと呼ばれるミィフィがバイトをしている週刊ルックンでは、期待の1年生小隊員であるレイフォンの人気が高いために彼に関する記事を追っていたりする。
もっとも、それは美形や実力派の小隊員なら誰にも言えることだが、ミィフィは出来れば記事にしようと思って尋ねた。
尋ねて……
「ん……」
オリバーの視線が、ミィフィに向く。
「……んん!?」
好奇心の塊であり、元気の良い彼女。
ツインテールにした栗色の髪と、かわいらしい容姿を持つ。
それはまさに突然……オリバーの頭に、電流のようなものが走った。
「結婚を前提にお付き合いください」
「へ……?」
瞬間、告白、プロポーズ。
場の空気が固まる。
ミィフィはいきなりの出来事で状況が把握できず、気の抜けた声を漏らす。
「完璧だ!あなたのような女性は見た事がない!!もう一目惚れです。俺と付き合ってください!!」
「えええええええええええ!?」
再び告げられたオリバーの想い。
その言葉に好奇心は吹き飛び、顔を赤くして叫びを上げるミィフィ。
それも当然だろう。目の前でいきなり告白されれば、誰でも驚く。
しかも彼は、初対面の人物である。
「あ~……なんだ?おめでとう」
取り合えず、友人を祝福するナルキ。
「えっと……その……」
メイシェンは、状況についていけていない。
「……………」
レイフォンはオリバーの性癖を知っている故か、視線がやけに白けている。
いや、言ったら彼女は怒るだろうが、確かにミィフィならオリバーの好みに合うかもしれない。
好みだというならばフェリも入りそうではあるが、もしそうだったらたぶん、レイフォンはオリバーを殺すかもしれないと思いながら……
「……………」
そしてフェリ自身も、表情の変化はない。
だけど、少しだけ興味はありそうだった。
「これぞまさに運命!あなたのような人を、見た事がありません」
「そ、そんな……」
顔を赤くし、恥ずかしそうだが、ミィフィは満更でもなさそうだ。
褒められたり、真剣に告白されたりするのはやはり人として嬉しいし、オリバーは顔も結構良い。
それに、ミィフィもかわいい部類に入る容姿だが、こういう展開を経験した事のない彼女にとってはとても喜ばしい事である。
それに応えるかどうかは別の話だが。
「幼く、かわいらしい顔!小さく、かわいらしい体!!」
「へ……?」
オリバーの褒め言葉。
彼からすれば褒めているのだが……
「どれを取ってもいい!その未発達な体こそが、本当に魅力的だ!」
それは……ミィフィにとってのコンプレックス(タブー)である。
わなわなと体を震わせ、怒りを蓄えるミィフィ。
「お嬢さん、お名前を!そして俺と即刻入籍を……」
「するかぁぁぁ!!」
「はぶっ!?」
怒りが爆発し、強烈なアッパーをオリバーに叩き込むミィフィ。
そんな彼女を見て、レイフォンは一般教養科だよなと思いつつ、幸せそうな顔をして意識を失っていくオリバー(ロリコン)を眺めているのだった。
それは、思わず笑いを誘うほどに大きかった。
「で、これはなんなんだ?」
シャーニッドはそれを見て、苦笑しながらハーレイに尋ねる。
今のところ、練武館にはレイフォンとハーレイ、そしてシャーニッドの3人しかいない。
フェリはまた図書館に行って来るとかで、少し遅れてくるらしい。ニーナはまだ来ていない。
前回に引き続き、今日もニーナは遅刻である。
フェリはまぁ……いつもの事だが。
「うん、この間の調査の続き」
手押し車で運ばれてきたそれは、剣だった。
大きな、とても大きな剣。
剣と言っても木剣であり、剣身の部分にはいくつも鉛の錘が巻きつけてあり、レイフォンの身長ほどの大きさがあった。
「レイフォン、これ使える?」
「はぁ……」
その馬鹿げた大きさに呆れるレイフォンだったが、ハーレイに促されて柄を握る。
片手だけで剣を持ち上げ、ずっしりとした重量が手首にかかった。
「どう?」
「ちょっと重いですけど、まぁ、なんとか……」
言って、レイフォンはハーレイとシャーニッドを下がらせてから剣を振った。
正眼に構え、上段からの振り下ろし。
もともとの重量に遠心力が合わさり、振り下ろした後で剣に振り回されるようにバランスが崩れる。
「ふむ……」
それを理解し、一度深呼吸をして、内力系活剄を走らせる。
肉体強化。全身の筋肉が膨張したように、または空気にでもなったかのように体が軽い。
その状態で再度、剣を振る。
前回の様に、普段の様に大気を割く事が出来ない。
重量故に、その大きさ故に大気を引き千切る。
「わぷっ!」
その余波で突風が起こり、ハーレイが声を上げる。
だが、その声を最後にレイフォンは、外界の状況を意識から追いやる。
更に下段からの切り上げ、左右からの薙ぎ、突きと、様々な型を試す。
鼓膜を支配する風を引き千切る轟音を聞きながら、レイフォンはしっくり来ない感覚を味わう。
遠心力に振り回されるような感じがし、武器の使い方が違うのだと理解する。
だが、この場所でそれをやるには狭すぎる。
「ふう……」
仕方がないので動きを止め、体内に残っている活剄と熱の残滓を息と共に吐き出す。
「……満足しましたか?」
その息を、冷えた声によって飲み込みそうになりながらレイフォンは振り向く。
そこには、フェリがいた。今来たのだろう。ドアの前に立っている。
眉を歪め、冷ややかな視線がレイフォンを突き刺していた。
「この髪、ですけど……」
「あ、はい……」
ハーレイとシャーニッドは、自分は関係ないと言うようにドアから一番離れたところへと避難している。
しかも、シャーニッドの場合はわざとらしく口笛を吹いていた。
いや、実際にシャーニッドは関係ないが、ハーレイまで逃げ出しているのはどういうことかと……
「……聞いてますか?」
「もちろん」
一瞬、思考にふけってはいたが、フェリの言葉はしっかりと聞いているレイフォン。
彼女が怒っている理由は、男の自分でも嫉妬してしまいそうなほどに美しい髪。それがレイフォンの起こした暴風によって乱れているからだ。
「そうですか……この髪なんですが、けっこう、毎日のブラッシングが大変だったりするんですよね。ええ、それはもう……とてもとても」
「そ、そうなんですか……大変ですね」
「ええ……大変なんです」
「は、ははは……」
確かにフェリほどの美しい髪なら、その手入れすら大変なのだろう。
責任の半分はハーレイにあるとは言え、このような事をしてしまったことに罪悪感もある。
だが、レイフォンからは乾いた笑いしか出なかった。
それ以外に出す物があるのか?
ありません。
そんな断言が出来そうなほどだ。
いや、やはりある。
「……ごめんなさい」
「許しません」
誠心誠意、心からの謝罪をタメもなく、一刀両断する勢いで返されてしまった。
「ま、まぁまぁ、それぐらいでいいんじゃないかな?ほら、レイフォンも反省してるんだし」
「……どう見ても、あなたが持ち込んだものなんですけど?」
「……ごめんなさい」
レイフォンをフォローしようとしたハーレイだが、元凶その1である。
と言うか、レイフォンはハーレイに言われてやったのでその殆どがハーレイの仕業と言ってもいい。
そんな訳で一瞬で撃沈され、ハーレイも頭を下げる。
「もういいです。それよりも、そこで隊長と会いましたが、野戦グランドの使用許可が下りたそうなので、今日はそちらに移動だそうです」
フェリがため息をつき、そう言う。
「おや、急な事で」
「私だって知りませんよ」
もういいなどとは言ったが、機嫌を直した様子のないフェリは、そのままドアの向こうへと消えていってしまった。
レイフォンとハーレイは緊張から開放され、そろってため息をつくが、
「先輩……」
「ん?」
野戦グランドと聞いて何かを思いつき、レイフォンはハーレイへと耳打ちをする。
「ああ、やっぱりそうするしかないかな?まぁ、後で聞いて見るよ」
「お願いします」
そんな会話を残し、レイフォンは機嫌が悪そうに出て行ったフェリを追って行く。
その背後を興味深そうに見送りながら、シャーニッドはハーレイに尋ねた。
「何の話してんだ?」
「あれのことでちょっと」
「はぁん……」
それを聞いて興味をなくしたように、シャーニッドは手押し車の上に戻された剣を見た。
「しかしまぁ……なんだってこんな馬鹿でかい剣を作ったんだ?」
「うーん……基礎密度の問題で、どうしてもこのサイズになっちゃう計算なんですよね。一度完成しちゃえば、軽量化も出来るんでしょうけど」
「はん、新型の錬金鋼でも作ってんのか?確かハーレイの専門って開発じゃなかったろ?」
「そうですよ。だからこれは、うちの同室の奴が考えたんです。まっ、データ集めて調整するのは僕の方が上だし、開発自体が、そいつだけじゃなくてうちの3人での共同が条件で予算がおりちゃったから」
「ふうん、めんどくさそ」
「あ、ひどいなぁ」
シャーニッドはハーレイの説明にそんな反応を示し、ハーレイは傷ついたように漏らす。
「お前さんを馬鹿にしてるんじゃなくて、俺には無理だって話だよ」
パタパタと手を振って出て行くシャーニッドを追う様に、ハーレイも野戦グランドへと向うのだった。
あとがき
ロリコン始動!
ですが、原作のイラストを見てふと思ったこと。
メイシェンよりミィフィのほうが背が高い!?
いや、ミィフィは胸がでかくないですし、体系的ハンデもありそうですから十分オリバーのストライクゾーンではありそうですが……しかしまぁ、これから先どうなる事やら……
フェリがターゲットになった場合、レイフォンと殺し合いが発生するのでそれはありません。
まぁ、あったとしても一方的な殺戮になりますが……
しかし今回は、レイフォンやフェリよりもオリバーメインと言った感じでしょうか?
まぁ、彼が今後どう物語に関係するのかは追々語るとします。
さて、次回はそろそろ日常と言うかこの準備期間も終わり、ニーナメインの話になる予定。
つまりはぶっ倒れますね。
そこを書いたら汚染獣戦予定!
タイトルはもう、フォンフォン一直線で決定しようかと思います。
それから次回の更新で、ついにその他へと移行予定!
しかしまぁ……ハイア死亡フラグを予想する方がいましたが、シャンテにも同様にフラグ立っているんですよね……
原作3巻あたりのアニメ版のゴルネオは漢だと思ったんですが、そこはどうでしょう?
2巻の終わりも見えてきました。これからもがんばります!!