その日、レイフォンは珍しくもなんともないごく普通の日常を過ごしていた。
朝起きて、学校に行き、夕方までの授業を滞りなく消化して、小隊の訓練を済ませた。
ツェルニに入学して早々、波乱万丈の渦に巻き込まれたレイフォンだが、これといって特筆すべき事のない日常だった。
小隊の訓練もいつもどおりに終わり、これまたいつもどおりにフェリと帰宅すればそれは本当に特筆すべき事のない、平和な日常だった。
だけど、そうはならなかった。
フェリは今日は珍しく、何故か1人で帰ってしまった。レイフォンを置いて、まるで急ぐかのように。
それに疑問を持つ暇もなく、いつもなら一番最初に帰るはずのシャーニッドがレイフォンに、ニヤニヤした表情で話しかけてくる。
「よう、今日はバイトないよな?なしに決まってるよな、当たり前に」
「いや、あの」
確かにバイトはない。
それに、機関掃除の給料日がつい最近だったので、バイトのない今日はフェリを誘って何か食べに行こうと思ったのだが、そのフェリは早々に帰ってしまった。
だからどうしようかと思ったら、シャーニッドに声をかけられたわけである。
何故かわからないが、非常にハイテンションだ。
「ないよな?こんな日に仕事だなんて言ったら、ちょっとお前さんのアンラッキーぶりを笑わないといけないぜ、腹抱えて、三回転半ひねりぐらいできそうな勢いで」
「……よくわかんないテンションはやめましょうよ、先輩。バイトないですけど……」
「よし、ならお前はラッキーメンだ。共に今日と言う日の愉快を共有しに行こう。俺が男を誘うなんてかなり特別だぞ」
肩をがっしりとつかまれ、有無を言わされずに連れて行かれるレイフォン。
「なんなんですか、一体……?」
「それはついてのお楽しみだ」
シャーニッドの腕から何とか離れたレイフォンに、当のシャーニッドは楽しそうに笑いながら先を歩いていく。
レイフォンは訳がわからないまま、その後を追いかけた。
「ここだ」
自信満々なシャーニッドに連れてこられたのは喫茶店だった。
レストランと名乗ってもいいような大きな店舗で、入り口前に置かれたメニューにはがっちり食事できるものも並んでいるのだが、看板には『喫茶ミラ』と書かれているから喫茶店なのだろう。
確か、クラスメートのミィフィが、可愛い制服を着たウェイトレスが売りだと言っていたような気がする。
「あー……先輩って、こういうのも好きなんですか?」
男性客にはとても人気だが、女性客には不人気らしいこの店。
持ち前のマスクと、飄々とした性格でいろんな女性と遊んでいるシャーニッドにとって、このような店は逆に雰囲気が合わない気がした。
「可愛い女の子は世界遺産だぞ。残せないけどな」
自分の冗談に笑いながら、シャーニッドが店内に足を踏み入れる。
それを追うように、レイフォンも店内に入った。
「いらっしゃいませ!」
黄色い声で出迎えられてレイフォンは一瞬、心の中で仰け反った。
ピンク色でフリフリの制服を着た女の子達が、店内に入って来たレイフォン達に連鎖的に声をかけてくるのだ。
「おお……」
「お二人様ですか?ご案内しますね」
レイフォンが呆然としている間に、はきはきとしたウェイトレスに案内されてテーブルに辿り着く。
先にレイフォンが席に座るが、シャーニッドは座らずにウェイトレスに耳打ちしていた。
くすくすと笑みを零してウェイトレスが頷き、メニューを置いて去っていく。
シャーニッドも席に座った。
「なんですか?」
「お楽しみは秘めてるからいいんだよ。それより、奢ってやるから好きなの食べな」
「はぁ……」
妙に上機嫌なシャーニッドを気味悪く思いながら、メニューを見る。
「て言うか、お前さんも真面目だよな。やんなくても十分強いだろうに」
シャーニッドがメニューを見ながら、暇つぶしに訓練の話を始めた。
「真面目と言うつもりはないですけど、考えるよりは体を動かしている方が楽ですから。後、なんだかんだで幼いころからの習慣ですね」
一時期は武芸をやめようとさえ思ったが、立て続けに起こった汚染獣戦や訓練をやってて思う。
やはり、武芸は自分の一部であって、切っては切れないものだと。
流石に全てが吹っ切れているわけではないが、必要があるなら迷いなく自分は『剣』を取るだろう。
何が何でも彼女を護ると決めたのだから。
「そういう性分、わからんでもないけどな。まっ、対抗試合なんて結局お遊びだよな。本番の武芸大会に比べりゃ」
「確かに」
ぶっちゃけ、レイフォンにとってはその武芸『大会』ですらお遊びに過ぎないのだが、そこは空気を読んで濁す。
次の武芸大会に負ければツェルニは滅ぶのだが、要は対抗試合に連戦連敗でも、本番の武芸大会で勝てばいいのだ。
逆に対抗試合で連戦連勝でも、武芸大会で負ければ意味はないが。
「先輩は前の時には、参加してたんですか?」
「一応な。だけどあの頃は小隊にいなかったからな。末端の兵士で、のんびりと後方支援させてもらってたさ……次の本番で勝てないとシャレにならないから、どこの小隊も結構マジにやってるけどな。その分色々と面白い試合が起こって、俺の懐もなかなかあったかい」
「……賭け事してるんですね」
「真面目だけじゃ、世の中楽しくないって」
普通の武芸者なら賭け事は許されないことだが、シャーニッドは気にしないし、レイフォンも人の事を言えた義理ではない。
だから聞かなかった事にし、レイフォンはメニューを閉じる。
「お、決まったか?んじゃ、おーい」
シャーニッドが手を振って、ウェイトレスを呼ぶ。
「で、結局、なんでここに来たんですか?」
「そりゃ、もうすぐわかるって」
ニヤニヤ笑って、答えようとしないシャーニッドに、レイフォンは視線のやり場もなく窓から外を眺めていた。
すぐに、人の気配がレイフォン達のテーブルにやってくる。
「注文を……」
入り口で迎え入れてくれたウェイトレスとは、明らかに違うテンション。
それはもはや不機嫌そうな声で、とてつもなく陰気で怒りに満ちたその声に、レイフォンは聞き覚えがある気がした。
「あ……」
「……む」
振り返ると、そこにはとても見知った顔があった。
訓練以外の時は流したままの、白銀の長髪は後ろで、大きなリボンによって束ねられている。
線の細い顔に、どこまでも整った目鼻が乗っている。
長い睫が震えているのは、きっと怒っているからに違いない。
だが、そのような不機嫌そうな顔でも、怒っているような表情でも、彼女はレイフォンの視線を釘付けにするほど美しかった。
「フェリ……先輩?」
「ご注文は?」
呆然としながらつぶやいた言葉は、鉄壁の拒否に跳ね返される。
だが間違いない。彼女はフェリだ。
そもそも、彼女のような特徴的な美少女が他にいるはずがない。
表情の変化が少なく、無表情で不機嫌そうな顔をしている彼女だが、そんな彼女が今、目の前でフリフリのピンクの服を着てウェイトレスをしている。
胸には研修中の文字と共に、『フェリ・ロス』と書かれた名札がついていた。
似合っている、美しい、可愛らしいとレイフォンは素直に思った。
それは事実であり、10人中10人が頷くだろう。
「……ご注文はお決まりでしょうか?」
「……………」
フェリの言葉が耳に入らない。
おそらく、いや、間違いなくレイフォンは見惚れていた。
フェリが首を傾げてもう一度注文を取るが、レイフォンは無言のままだ。
シャーニッドは期待していた反応と違ってがっかりしているが、これはこれで面白いとニヤニヤしてレイフォンを見ていた。
「ご注文はお決まりですか?」
もう一度フェリが尋ねてくる。
その問いに、やっとレイフォンが声を出す。
「なんと言うか……凄く似合ってますね、フェリ」
とても素直で、本心からの感想だった。
事の発端は、フェリが就労情報誌を読んでいるところを、シャーニッドに見つかったからだろう。
無表情だが、わずかに赤くなる頬を何とかしようと思いながらあの時の事を思い出す。
念威操者以外の道を探すフェリとして、その第一歩としてのバイト探しなのだが、それを見たシャーニッドにこのお店を紹介されたのだ。
手っ取り早くお金になり、怪しい仕事ではなく合法で、料理をぱぱっと運ぶだけの仕事と言われたのだが……まさかこんな服を着せられるとは思わなかった。
ピンクでフリフリの、可愛さを優先されたその服。自分には似合わないと思っていた。正直、少し恥ずかしいと思っていた。
だと言うのにレイフォンは、とても素直で純粋に、似合っていると言ってくれた。
その事が素直に嬉しく、そして頬が熱くなる。
だが、ずっとこうしているわけにも行かないので、フェリはすぐに思考を切り替えてレイフォン達が注文したオーダーを厨房へと告げるのだった。
「シャーニッド君のおかげで、助かったわぁ」
レイフォンは引いた。
フェリの格好にではない。フェリの格好は似合っている。美しく、とても可愛らしかった。
では、何に引いたのかと言うと、悪夢にだ。それはまさに悪夢で、ピンクのフリフリという奇々怪々なスーツを着た、女性的な言葉を使う男にだ。
本当に引いてしまう。見ると食欲がなくなるので、その男を見ないようにレイフォンは食事を続けた。
「最強だろう?」
「最強よう。うちは最初にああゆう制服を作っちゃった事もあって、胸を強調するのを選んじゃう子ばっかりになっちゃったけど、だからこそあの子のクール&ロリは映えると言うものだわ。今から新しい制服をデザインしたいぐらいね」
確かにレイフォンはフェリを見て、最強だと思った。そこは否定しないし、男とシャーニッドの言葉に同意する。
だが、男の方がまさに最強だった。いや、最恐か?または最狂か、最凶。
なんにせよ、かなり刺激が強い。何故か……吐き気がしそうだ。
「レイフォン、こいつはな、1年の時の俺のクラスメートで、今は服飾に進んでるんだ」
「ジェイミスよ、よろしく。気軽にジェイミーって呼んでね」
「はぁ、どうも」
この男はジェイミスと言い、この店の店長だ。
「普通に服の店をやるのはつまらんからって、この店を始めちまってな。大当たりして今じゃ、大繁盛だ」
「ちゃあんと、ここでデザインした服をベースに普通の店もしてるけどね」
「そっちはぼろぼろだろ?」
「そうなのよねぇ。世の女の子はあの可愛さが理解できないのかしら?」
わかるようなわからないような……
レイフォンは確かにフェリの格好が似合っていると思い、それは本心だが、あれは普段着には向かないと思った。
確かに可愛くはあるが、着るには勇気のいる服だと思う。
そんな事を思いながら、レイフォンは2人の会話の聞き手に徹する。
「おかげであっちの店を維持するためにこっちをがんばらないといけなかったりで、色々と大変なのよ。ライバルなんかも増えたり、その所為かバイトに来てくれる子も減ったり、引き抜かれたりして……シャーニッド君が助けてくれなかったら危なかったかもしれないわね」
「……さっきから話題になってるのって、やっぱりフェリ先輩のことですよね?」
なんとなく、レイフォンにも裏が見えてきた。
確かにフェリの格好は似合っていたが、彼女が自分からこの店でバイトするとはとても思えないからだ。
「そうそ、あいつがバイト探してたんでな、俺がここを紹介したわけ」
「はぁ……」
おそらく彼女は、とても説明不足の状態でここに連れてこられたのだろう。
そんなフェリに同情しながらも、彼女のあのような姿を見れたために内心でシャーニッドに感謝する。
「とにかく、おかげでライバル店から一歩リードした感じよね。彼女には隠れファンも多いって話しだし。売り上げ1位はうちのものよ」
「何の話をしてるんですか?」
ある程度の話は読めたが、ライバル店や売り上げ1位と言う言葉の意味がわからない。
まるで何かと競っているような言い方だ。
「ん?ああ……最近、この辺りに似たような店が集中しすぎてな。客の食い合いでどこの店も収益が落ちてんのさ」
「ほんと、うちが出来るまではどこにもそんなのなかったのよ。それなのに人気が出たとたんにこの有り様。やるなら別の場所でやればいいのに近場で集まっちゃってさ。迷惑ばっかりなのよ」
「まっ、この手のが好きだって客層がたくさんいるわけもないと思うがね。そういう意味では一箇所に集まってんのは正解だと思うけど……どっちにしてもこのまんまだといろんなところが共倒れしちまう」
「競争も過度になっちゃうと不健康な経済を生んでしまうしね」
「そう言う訳で商業科から調停が入ってな、次の一週間の売り上げ勝負で何件かの店は売り上げ上位の店に吸収されちまう事に決まったんだ」
「本家の意地として、ここはトップを取りたいのよね。けど、今のままだとちょっと押しが足りなくてねぇ。他のところはうちを見本にして色々と趣向を凝らしてるから、どうしてもあとひとつが足りないのよねぇ。衣装を短期で総替えする作戦でとりあえずはなんとかなってるし、来週は毎日衣装を替えるって告知してるからそれなりにお客は呼べると思うんだけど……」
「まっ、作戦だけでどうにかならないところは、人的パワーで押し上げようって訳さ」
「それで、フェリ先輩ですか」
「そういうことだ」
納得した。そして、これ以上ない助っ人だとも思う。
フェリは言うまでもなく美少女だし、可愛いし、あの衣装だって本当に似合っていた。
取り合えずレイフォンは、来週は毎日通おうと決意して、料理と一緒に注文したジュースを飲んだ。
だけど、同時にどこか不安でもあった。
確かに格好は似合っているが、このような仕事はハッキリ言ってフェリのイメージから大きくかけ離れていたりする。
無表情で無口な彼女が、ウェイトレスと言う仕事をちゃんとやれるのか心配なのだ。
(大丈夫かな?)
レイフォンの不安は的中し、あまり大丈夫ではなかった。
「ご注文は……」
「あ、えと……ハンバーグセットを」
「ドリンクはいかがいたしましょう?」
「はい……アイスティーで」
「一緒にお出ししましょうか?食後がよろしいですか?」
「食後でお願いします」
「はい、少々お待ちください」
淡々と、周囲のピンクの空気を超越した無表情さに、客の方が恐縮しまくっていた。
フェリはそんなことお構いなしにテーブルから去っていく。
フェリの去ったテーブルで、緊張が抜けて思いっきり息を吐いてる客の姿があった。
「フェリちゃん、笑顔よ笑顔」
厨房に注文を通したところで、店長にそう言われる。
「笑顔……ですか?」
「そう。お客様に最上のスマイルをお見せして」
「笑顔……」
「そう。別に心からの笑みでなくてもいいのよ。でも、愛想笑いとかでも駄目。作り笑顔でもいいから、あなたを歓迎しますって感じの笑顔。ほら、他の子達を見て」
促されて、店内で働く他のウェイトレス達を見る。
明るい雰囲気で、笑顔を振りまく姿がそこら中にあった。
同時に、それを見て照れた様子になったり、鼻の下を伸ばしたりする男の姿も見えたりする。
「……………」
なんと言えばいいのか、そう言うのは生理的に受け付けない。
「客を見なくてもいいのよ。歓迎しますが駄目なら、私の可愛さを見せ付けてあげるわ、でもいいわよ」
フェリの視線を追ったのか、店長が言葉を付け足してくる。
だが、逆に難度が上がってしまった。フェリにそう言うものを求めるのは、かなり難しい。
「うちは別に、肩肘張った接客はしなくてもいいから。どっちかと言うとフランクな方がいいくらいよ。明るい感じで友達に接するようにね」
「フランク……」
「駄目?」
フェリの反応に、店長も不安になってきたらしい。
「笑顔は、苦手なんです」
「あら、あなたのお兄さんとか笑顔のうまい人じゃない。あの作り笑いは見事よね」
「なに考えてるかわかりません」
カリアンが例えに出てきた事に、フェリは嫌そうな顔をする。
兄に負けているような気がしていい気がしないし、兄の嫌な笑いを思い出して皮肉気につぶやいた。
「腹の底でなに考えているかなんてどうでもいいのよ。笑顔の方が印象がいい。それを知っているから、あなたのお兄さんは笑っているのよ」
「はぁ……」
「じゃ、笑う練習してみましょう。あの子達を参考にして、いらっしゃいませって言ってみて」
半ば強引に、店長に押されるようにしてフェリは作り笑いをする。
「……いらっしゃいませ」
「うう~ん。笑ってない。もう一回ね」
「いらっしゃいませ」
「だめだめ、もっと頬の力を緩めて」
「いらっしゃいませ」
「今度は目が笑ってないわね」
「いらっしゃいませ」
「硬いのよねぇ」
「いらっしゃいませ」
「まだまだね」
「いらっしゃいませ」
「もう一声」
「いらっしゃいませ」
「あなたなら出来るから」
練習は延々と、一時間ほど続いた。
そして、
「……ちょっと、休憩しましょう」
先に店長が音を上げる。
「あ、あなたの強情ぶりもなかなかのものね」
「……強情のつもりはないんですが」
これはフェリの素であり、別に笑いたくないから笑わないと言う訳ではない。
「笑った事とか、ないの?」
笑顔がうまく出来ないフェリに、店長は不安そうに言う。
実際、フェリは無表情だけど、笑わないわけではないし、悲しいときに悲しまないわけではない。
ちゃんと笑うし、泣くし、怒ったりもする。だが、念威の天才である彼女からすれば、念威で集積した膨大な情報に肉体がいちいち反応していたら、処理に時間がかかってしまうのだ。
だから、反射的反応が起きないように脳から外への神経の流れを制限してしまう。
それを繰り返す事で、今のフェリが出来上がってしまっている。
笑う事も、悲しむ事も、怒る事も脳内で片付けてしまうから、フェリは無表情なのだ。
まるで機械やパソコンみたいだが、それが念威操者と言うものだ。実質念威操者は、感情を面に出すのが苦手だったりする。
もっとも、それは訓練しだいでどうにでもなるらしい。
「こう……ですか?」
そしてフェリは、最近笑った時の事を思い出す。
その時は、いつもレイフォンがいた。
初めての対抗試合で本気を出してしまい、落ち込んでいたレイフォンを励ますために小さく、本当に小さくだが笑顔を向けた。
逃避行もどきをして、これまた小さく笑った。
汚染獣がツェルニに攻めてきて、それをレイフォンが撃退した。
そして無事に帰ってきた彼を見て、その時もフェリは笑っていた。
そう言えばそれからだ。レイフォンが2人っきりの時は、『フェリ先輩』ではなくフェリと呼んでくれるようになったのは。
ツェルニが進路を変えずに、汚染獣へと接近している事があった。
それを自宅で知ったその日、今度はレイフォンの呼び名を考えたりもした。
『フォンフォン』と決定し、レイフォンは嫌そうな顔をしていた。ペット扱いじゃないかと。
その時もフェリは、内心で笑っていた。
約束をした。汚染獣を倒しにレイフォンが都市外に行く事になり、ちゃんと帰ってくるように約束をして、ちゃんと帰ったら、休みの日に映画を見に行く事にした。
まだその映画には行っていないが、あの時も笑っていた。
都市外で約束を、レイフォンが破ろうとした。遺言すら残そうとしていた。
それにふざけるなと怒った。泣きそうにすらなった。
そんなときに彼が言った。フェリを愛していると、告白をした。
その事に顔が熱くなり、赤くなり、そして嬉しかった事を思い出す。
レイフォンには見えていなかったのだろうが、その時もフェリは笑っていた。
汚染獣を下し、レイフォンが無事に帰ってきた。とても嬉しかった。
彼がただ、目の前にいると言う事が本当に嬉しくって、安心できた。
そして彼が言った『ただいま』と言う言葉に、不覚にも泣いてしまいそうになった。
そして笑って、レイフォンに『お帰りなさい』と言った。
そして、レイフォンがフェリに想いを真っ直ぐに伝えてくれた。
念威越しではなく、真正面から言ってくれた。
その言葉が嬉しくって、今まで感じた事がないほどに幸せに感じて……頬が引き攣るくらいに、痛くなってしまうくらいに笑っていた。
思い出し、そして理解する。
自分が笑った時には何時も、レイフォンが側にいたと。
「……………」
店長がぽかんと口を開けた。驚いている。
フェリの表情を見て、とても驚いていた。
「やれば出来るじゃないの!それよ、その笑顔!!とっても魅力的じゃない」
高いテンションで店長が褒める。
うまく出来た事と、褒められた事に嬉しさを感じるが、店長のこのテンションには若干引いてしまいそうだった。
「その笑顔に私のデザインした服が加われば……いや、もしもの時に考えていたクール&ロリの制服も捨てがたいような……どうせなら2つとも用意しちゃいましょうかしら?」
そして、本気で引いてしまう。
店長に笑顔を見せたのが、失態の様に感じた。
「なんにせよ、来週は制服もあなた専用のものを用意するわ。ふふふ……久しぶりに面白くなってきたじゃない」
「いえ、あの……」
本気で失態だった。失敗だった。
とても今すぐ逃げ出したい気持ちになる。
「そうと決まったらこうしてはいられないわ。1日2着……うふふ、鬼になるわよぉ。うふふふふふ……」
なる必要はなく、既に鬼だと思った。
思って、不可思議なステップを踏んで去っていく店長を、フェリは止める事が出来なかった。
売り上げ競争が、今日から1週間始まる。
だが、その初日からフェリはテンションが下がりまくった。
正直、辞めたい。
別にお金に困っているわけではないし、この仕事を魅力的だとも思わない。
この仕事をどうしてもやりたいわけじゃない。ただ……レイフォンに似合っていると言われた時は、本当に嬉しかったが。
店長は今週もフェリが働いてくれるように、今週分の給料を前渡したりしていた。だが、それを真正面から店長の顔に叩きつけて逃げ出したい。
「あ~~~~~~~~~~~~っ!!」
いや、本当に。
あっちの世界に行っている店長を見てそう思う。
「もう!もうもうもうもうもう!!天才!私天才!!超天才!!天は私にこれ以上ない才能をお与えになったわ。むしろ私が天?失われた信仰は私の下に集ったりする?」
奇声を上げて悶える店長から逃げられるのなら、本当にそうしようかと思った。
「そう、神よ。私は神なのよ。そして私はこう言うのよ。可愛さよあれ。可愛いは正義。そして……私は可愛いの下に召されるであろう」
「どうでもいいですから正気に返ってください」
「あ、ああ、ごめんなさい。想像以上の出来に、ちょっと違う世界に行っちゃったわ。気にしないでね、よくあるみたいだから」
「……よくあるんですか」
未だに興奮の余韻で体を震わせている店長から数歩距離を取り、改めてフェリは自分の着ている服を見下ろした。
変わって……いるんだろう。デザインは確かに他のウェイトレス達が着ているフェア専用日替わり制服とは違う。
だが、ピンク色である事は間違いないし、フリフリである事も否定できない。
色がどピンクからピンクに変わったと言うのが、何とかフェリに表現できるギリギリのラインだ。
「あなたに1番に会うのは、やっぱり青とか黒なんじゃないかとも思うんだけどね。でも、それに素直に従うのはやっぱりどうかと思うのよ。あなたの世界も広がらない。私の才能も広がらない。何より私のこだわりが敗北すると言うのも許せないものね。可愛さを目指すものよ、汝ピンクを目指せ」
「そんな格言は作らないでください」
「でもこれは、私の譲れないものなのよねぇ。困った困った」
まったく困った様子もなく、制服の出来に満足している店長を見ていると、何も言えなくなってしまう。
こだわりとか言っているが、クール&ロリ路線では黒色の、侍女風の制服を用意していたりするのだが……あれはやっぱりフェリが着なければ駄目なのだろうか?
はっきり言って、嫌だったりする。
店長はそんな事お構いなしに開店前にウェイトレス達を集め、宣言するように言う。
「さあ、みんな。今日から1週間がんばってちょうだい。あなた達は可愛さ至上主義を守るために選ばれた戦士。世界の可愛さを守るため、勇気と希望を胸に精一杯の笑顔をお客さん達に振りまいてあげてね。あなた達の大切なものを守るために。大切なもの、それはなに?」
「もちろんお給料!!」
ウェイトレス一同の答えに店長が泣きつつ、その涙と共に売り上げ競争が始まった。
「すいません……注文いいですか?」
「はい……」
オーダーを受け、フェリが客の座るテーブルへと向う。
一応笑う事は出来るが、それはレイフォンの事を想い、思っての表情のために接客には向かない。
故に、店長も残念そうに思いながら、現在はクール&ロリのために作られた黒の侍女風の服を着ているフェリ。
彼女自身は嫌そうだったが、それはとても似合っていた。
周りとは違う制服、色が目を引き、そして彼女の持つ特徴的な美しさが男達の視線を釘付けにする。
そんな彼女に声をかけ、注文を取る男。その男は、とても怪しかった。
まるで不審者と言う言葉が、その男のためにあるのではないかと思える格好。
サングラスにマスク、それから最近暖かくなってきたと言うのに、厚手のコートを羽織っている、まさに典型的な不審者だった。
そして、そんな男の長く、綺麗な銀髪には見覚えがある訳で……
「紅茶とケーキセットを……」
「なにをしてるんですか?兄さん」
「いや、その……」
注文しようとし、フェリに指摘をされてうろたえる不審者、もとい生徒会長のカリアン。
カリアンがうろたえ、何かを言おうとしたが、彼が何か言うよりも先にフェリの蹴りが飛び出した。
「たぁっ……」
テーブルの下にあった足、脛を蹴られて痛みに喘ぐカリアン。
そんな彼を軽蔑するような視線で見下し、フェリは注文を確認する。
「紅茶とケーキセットですね?少々お待ちください」
そう言い残し、フェリは厨房へと向っていった。
冷たい妹の反応を見て、サングラスがずれたカリアンは苦笑するように、そしてどこか悲しそうにつぶやく。
「フェリちゃん……痛い」
「何をしてるんですか?あなたは」
そんなカリアンにかけられる声。
見るとそこには、武芸科の制服に身を通した少年が立っていた。
「レイフォン君。君も来ていたのかい?」
「はい。ところで……なんで生徒会長がここに?」
「なに、ちょっとした査察にね。これも生徒会の仕事のうちだ」
カリアンの言葉に、レイフォンは『そうなんですか』と頷くが、その視線がどこか冷たかったりする。
レイフォンはそのままカリアンと同じ席に座り、近くにいたウェイトレスにハンバーグセットとコーヒーを注文した。
本来ならフェリに注文したかったが、厨房にオーダーを通した後、他の客に捕まったので仕方がない。
「それはそうと、この間は本当に助かったよ」
「別にあなたに礼を言ってもらう必要はありません。こっちも死にたくはないし、どの道戦わなくちゃいけませんでしたから」
世間話の様に交わされたこの言葉は、先日の汚染獣戦の話だ。
都市外にレイフォンが赴き、汚染獣の老性一期を討伐した事の感謝をカリアンが告げ、レイフォンはどうって事ないかのように言う。
「しかし信じられないね。最初は無理やり君を戦わせようとしたのだが、最近の君は積極的に武芸に励んでくれる……私としてはとても喜ばしい事で都合はいいが、君はそれでいいのかい?」
「今更ですね?元はと言えば、あなたが望んだことじゃないですか」
レイフォンがこのツェルニに来た時、カリアンは無理やり武芸科に転科させたのだが、最近のレイフォンは積極的に武芸に取り組んでくれているようで、元からそれが目的だったカリアンからすれば嬉しい事だ。
だが、予定通りになっていると言うのに、喜ばしいと言うのに、レイフォンはそれでいいのかと思ってしまう。
現状が現状だけに仕方がないのかもしれないが、本来ならレイフォンには普通の学生としてツェルニで学生生活を送って欲しかった。彼の様に事情があり、グレンダンを追い出されたのなら尚更の話だ。
それは念威操者以外の道を探しているのに、無理やり武芸科へ転科させたフェリにも同じ事が言える。
その事に関しては、カリアンは本当に申し訳なく思っているのだ。
「それでも、まぁ……最近では確かに抵抗はありませんね。武芸を辞めようとしたけど、やっぱり僕は武芸者なんだなって思います。別に武芸を神聖視するつもりはありませんけど」
シャーニッドにも言い、思ったが、武芸はレイフォンにとって切っても切れないものだ。
そして彼女のためならなんだってするし、そのためになら剣すら取る。
そう決意したからこそ、今のレイフォンに迷いはない。
「そうか……君はこのツェルニに来て、最初のころとは大分変わったね」
「ええ、ツェルニに来て本当に良かったと思います」
そんな、他愛のない話をしていると注文した料理が運ばれてくる。
まず、カリアンが注文した紅茶とケーキが届き、少し送れてレイフォンの注文したハンバーグセットが運ばれてきた。
紅茶とコーヒーの香りと、ハンバーグを熱する鉄板のじゅうじゅうと言う香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「それはそうとレイフォン君。こっちが本題なんだけど、最近あの子と随分仲が……」
料理を前にし、カリアンが『仲がいいんだね』と続けようとした。
だが、その言葉は店内に響く雑音によってかき消された。
ガシャン……と、フェリの前に料理がぶちまけられた。
トレイの上に合った料理だ。パスタが床の上に広がり、ミートソースが更に広範囲に飛び散る。
料理を失った皿とトレイが、カラカラと音を立てて回転している。
店中のウェイトレスが失礼しましたと連呼する中で、フェリは背後を振り返った。
誰かがフェリの背中を押した。それでバランスを崩して料理を落としてしまったのだ。
しかし、振り返ってみてもそこには誰もいなかった。
(やられた?)
後ろからぶつかるようにして背中を押した誰かは、フェリの意識が落ちる料理に向っている間に、そのまま移動してしまったようだ。
(わざと?誰?)
「おい、一言もなしかよ!?」
いない誰かを探していると、フェリに怒声が叩きつけられた。
それはすぐ側にあったテーブルにいた客で、制服のズボンには飛び散ったミートソースが点々と染みを作っていた。
「ぶっかけといて無視かよ。どんな接客だ」
モップを持ってきたウェイトレスが、立ち上がった客を見て足を止めた。
武芸科の制服を着ていたその男には、怒りがはっきりと浮かんでいたからだ。
つまり、この客は武芸者だと言う事。もしこんなところで暴れられたら危険なので、彼を刺激しないように店内がシンと静まり返る。
「申し訳ありません」
フェリはすぐに頭を下げる。
「謝ったらこの汚れが取れんのかよ」
下げた頭にかかってきた言葉に、フェリはすぐに客の男が本気で怒っていないことに気がついた。怒っている演技をしているだけだ。
そうと気づいて、フェリはすぐに腰の感触を確認した。バイト中のため、当然剣帯はない。もちろん、錬金鋼を隠し持っているわけもない。
懲らしめてやろうと思っている自分に気づいて、フェリはすぐに自分が今なにをやっているのか思い出した。
(接客をしているのだから、それは駄目)
「おい、何とか言ったらどうだ?」
「申し訳ありません」
頭を下げたまま、フェリは同じ言葉を繰り返す。
それ以外に言う言葉が思いつかない。
「まぁまぁまぁ!申し訳ありません、お客様」
ギスギスとした空気を振り払うような甲高い声と共に、店長が現れてさっとフェリの前に立った。
「申し訳ありません。クリーニング代はお出しします。料理の方も無料で構いませんので、許していただきませんでしょうか」
「そう言うのが聞きたいんじゃないんだよ」
「えっ、あら、なにを……あれぇぇ」
客は演技の様に悲鳴を上げる店長を押しのけて、フェリの前にやってきた。
「来た時から気に入らなかったんだよ。澄ました面しやがって、客に愛想笑いひとつ出来ないのがむかつくんだよ」
それは至極妥当な発言の様に思えた。が、そう言う冷静な部分を押し分けてずきりとした痛みを感じさせる言葉だった。
笑顔をうまく作れないのは自分でも気にしている。店長との練習の時は何とか出来たが、それはレイフォンを想って、思っているときだけだ。
普段からは出来ないし、こういう接客業では向かない。
「申し訳、ありません……」
それがかなりショックで、自分には接客業は向かないのかと思った。
念威操者以外に、道はないのかと思った。
レイフォンで考えてみる。レイフォンは今でこそ、武芸者としてある事にもう迷っていないようだ。
だけどその前までは、武芸以外の道を探していた。
機関掃除のバイトをやり、料理もうまいし、何かと多才だ。
不器用なところもあるが、彼ならば他の道でも何とかやっていけるのだろうと思った。
自分とは違って……それが本当に、ショックだった。
フェリが謝罪するが、男は相変わらずフェリに罵倒を浴びせてくる。
それにショックを受けながらも、フェリはまたも謝罪する。
シンとする店内。だけどそんな店内の雰囲気を無視し、男とフェリの下へ歩いてくる者がいた。
その手には注文したハンバーグセットが握られており、出来立てなので未だに鉄板が熱い。
それを持ち、静寂の中を関係なしとばかりに歩いてくる。
そして、フェリと男の間に入り込み……
「何だお前……がっ!?熱、熱つ……!?ソースが目に……」
ハンバーグセットを男の顔面に叩き付けた。
熱い鉄板に悶え、ハンバーグにかかっていたソースが目に沁みる。
ソースが垂れ、フェリが男にかけたズボンの染みとは比べ物にならないほどの汚れが男の制服、上着へとかかった。
その出来事に、店内が唖然となる。ざわざわと騒ぎ出す。
だけどそれも関係ないとばかりに、この暴挙を行った人物はフェリと男の間に突っ立っていた。
「フォンフォン……?」
その人物を見て、フェリは愛称で呼ぶ。
フォンフォン、レイフォンの事を。さっきまで、考えていた人物の事を。
「なにをす……」
男は、『なにをするんだ』と怒鳴ろうとした。
だが、その言葉が尻すぼみに消えていく。
今度は店内ではなく、男が沈黙した。
何故ならその人物は、男と同じ武芸科の制服を着ていたからだ。
そして襟にはバッジが、ⅩⅦと言う数字が刻まれていた。つまりはエリート、小隊員の証だ。
さらに、この人物はやばかった。武芸科なら当然知っているだろう。一般人でも、殆どのものが知っている。
成績は下位だが、十七小隊に1年生で入隊したレイフォン・アルセイフ。
そして彼自身の戦闘力はかなり高く、まだ3試合、内1試合は棄権で実質2試合しかしていないと言うのに、ツェルニでも屈指の実力者として名高いレイフォンだ。
一般の武芸者が小隊員(エリート)と戦うなど、結果は目に見えているようなものだ。
もっともこの男の場合は、更に焦っているようにも見える。
「店内でごちゃごちゃと……うるさいですね」
感情を感じさせない瞳で、レイフォンは淡々とつぶやく。
感情は感じ取れない瞳だが、彼がなにを考えているのかはすぐに理解できた。
怒りだ。完璧に切れており、怒り狂っている。
その怒気に当てられ、男は腰を抜かしてしまいそうなほどに怯えていた。
「ひっ……で、でもよ、そいつが俺のズボンに……」
「似合ってるじゃないですか?ソースの汚れがあなたを男前にしてますよ」
無茶苦茶な理論だ。だが、有無を言わせない。
睨みひとつで男を黙らせ、後退させる。今すぐにでも逃げ出したいが、それをレイフォンは許さない。
「あなたはなんて言いましたか?接客がなってない?最初から気に入らなかった?マナーがどうとか言う人が、店内で騒いだり、店長を突き飛ばしたりしますか?それと、奇遇ですね。僕もあなたが気に入らない」
レイフォンは怒っている。切れている。
この男はフェリを罵倒した、悲しめた。
許さない。ならばどうする?
「武芸者同士、気に入らないのならこういうのはどうです?」
カチンと音が鳴る。見れば、レイフォンの指が剣帯の錬金鋼を叩いていた。
カチン、カチン、カチン……一定のリズムが店内に響く。
「な、何を……」
「知ってます?武芸者同士だと決闘が出来るんですよ。ちゃんと生徒手帳にだって載ってますよ。そりゃ、公共の場所で行えば色々と学則違反になりますが、きちんと手順を踏んでやる分には問題ないんです。で、僕はあなたに決闘を申し込みます。断りませんよね?決闘の申し出を断るのは、武芸者にとって恥ですよ」
武芸を神聖視、またはプライドが高い武芸者にとって、決闘の申し出は絶対に受けなければならない。
無論、断る事も出来るが名誉が傷つけられるし、そんな事をすれば臆病者と罵倒され、末代までの恥だ。
例え相手が格上だとわかっていても、決闘は受けなければならないのだ。
レイフォンは冷たい声で言いながらも、未だに錬金鋼を叩いている。
カチン、カチンと言う音が冷たく店内に響いた。
「ま、ま、ま、待ってくれ。俺は本当は武芸科じゃないんだよ。この制服は、ちょっと着てみただけでよ。決闘とか勘弁してくれよ」
だが、それが武芸者でないなら話は別だ。
そして明かされた事実に、店内がざわざわとざわめく。
「それは大変だね。立派な校則違反だ。『制服は、生徒自らが自分の証明を示す身分証明の一部であり、理由なく所属を別にする制服を着用した場合、これを罰する』これもしっかり、生徒手帳に書いてあるよ」
更に店内がざわめく。
生徒会長、カリアンの登場に店内が騒然とする。
「決闘をやるよりはましだ……ましです!」
男は青くなり、悲鳴を上げるように制服を脱ぎ捨てる。
それを見て、レイフォンは錬金鋼を叩くのをやめた。
カリアンもふむ、とつぶやいて笑みを向ける。
「それで、なんであなたは武芸科の制服を着てたんですか?」
レイフォンは表情はそのままで、男に問いかけた。
「へ、だから……ちょっと着てみただけで……」
「嘘はいいんですよ。なんでです?」
嘘は許さない。そういう雰囲気を込めて、レイフォンは再び問いかける。
もしまた嘘を言えば、校則とかには関係なく錬金鋼を抜き、切ると言う雰囲気を纏っていた。
「ひぃっ……頼まれたんだよ、そいつに!」
もはや泣き叫びながら、鼻水を垂れ流してウェイトレスの1人を指差す。
指差されたウェイトレスはとても苦々しそうな表情をし、男を睨んでいた。
「ちょ、あんた、何言って……」
「この制服を見て、こいつに因縁をつけろって!それで一番人気のこいつが辞めればミラの売り上げが落ちるからって。そうすればギャラが貰えるんだと」
ウェイトレスが否定しようとするが、もう遅い。
男は全てをぶちまけ、叫んでいた。
ちょっと調べればわかることだし、ここにはカリアンもいる。
この学園都市で一番の権力を持つ彼がいる故に、この後の後始末など容易な事なのだ。
未だに唖然、騒然とする店内の中、やっと表情を元に戻したレイフォンはフェリへと振り返った。
「大丈夫ですか?フェリ」
とても優しい笑顔で、彼女へと笑いかける。
さっきまでの表情と雰囲気が、まるで嘘のような顔だ。
その顔を見て、フェリは少しだけ、嬉しそうに笑った。
レイフォンが、自分のために行動をしてくれたのは嬉しい。
男の発言にショックを受けたのだが、今はあたふたと慌てる男と元凶のウェイトレスを見て、ざまあみろなんて思っている自分がいたりする。
だけど、だけど……レイフォンは何をしているのだろうか?
兄も一緒になって、半ば悪乗りをしている。
これは少しだけ、懲らしめる必要があるのだろう。
自分のためにやってくれたのは本当に嬉しいが、店内でこのような騒ぎを起こしたのはいただけない。
フェリは小さな笑みで、そして少しだけ息を吐いて、レイフォンとカリアンの脛に向けて足を振りかぶった。
もう、すっかり夜も深まってしまった。
バイトの時間が終わり、フェリは店から出る。
すると出口には、見知った顔があった。
「お疲れ様です、フェリ」
レイフォンだ。
自販機で買ったジュースをフェリに渡し、笑顔で出迎える。
そして何故か、彼の周りにはカメラの残骸があった。
「……もしかして、ずっと待ってたんですか?」
「はい。ついでに、ちょっとしたゴミ掃除を」
「?」
フェリには意味がわからない。
レイフォンは、フェリの笑顔を写真に取ろうとしたファンクラブのメンバーやシャーニッドなどを撃退していた事を、彼女は知らない。
「さっきはすいません……そして、ありがとうございました」
「え……?」
共に夜道を歩き出した2人。
レイフォンの隣で、フェリがポツリとつぶやく。
「ああ、別に気にしないでください。それとすいません、僕も騒ぎを起こしてしまって……」
あの後、カリアンがしっかりと後始末をしてくれた。
あのような事を企てたミラのライバル店を探り、その店はミラに吸収合併される事が決まっている。
ただ、そのきっかけとなった騒動で、フェリはレイフォンの脛を蹴った事を、そしてレイフォンは騒ぎを起こした事を謝っているのだ。
「では、お互い様と言う事で……」
「そうですね」
2人して苦笑する。
まただ……あんなに苦労した笑顔が、レイフォンの前だとこんなにも自然に出てくる。
「フェリ」
「なんですか?」
一緒に歩き、フェリを自宅へと送りながら、レイフォンは言った。
「制服、とっても似合ってましたよ」
「……ありがとうございます」
レイフォンの言葉にどうしようもない嬉しさを感じ、フェリはまたも小さく笑う。
笑いながら、レイフォンとフェリは帰路へとついた。
あとがき
原作、クール・イン・ザ・カフェのお話。
レイフォンとフェリが付き合っている故に、こんな話に。
と言うかカリアンとレイフォンがw
アニメの要素も、ちょっとぶっこみました。カリアンがまさにそれですねw
何してんだろ、俺……
原作でも多少、暴走してた(個人的見解で)レイフォン。
この作品では更に暴走しました。
うん、でもまぁ……これでも制御した方?
ここのレイフォンは、原作のニーナ以上にフェリに依存しています。
それはそうと、原作13巻を読んだんですけどね……なんなんでしょ、あの話?
いや、面白かったといえば面白かったんですが、あの展開はどうかと思ったんですよ……
なんかニーナが天剣みたいなの使ってますし、そもそもゼロ領域がどうとかこうとか、そんな訳がわからない用語が出てきて……
しかもなんか、レイフォンの強さが天然ものではないかなんとか、これってどうなんでしょう?
なんにしても一番、これってどうなんだって思ったのが、ニーナがチート化したことですかね。
廃貴族で剄が増幅、しかも天剣なんて……下手したらレイフォンより強いんじゃないんですか?
そんなの、隊長じゃない……
やばい、ニーナは嫌いじゃないのに、嫌いになってしまいそうです……
まぁ、話は14巻を読んでからと言う事になりますが、バイトや執筆で忙しいので、時間をかけて読んでみようと思います。
しかし、クラリーベルはいい性格してますね、かわいいです。
感想などで、なんだかんだで評価が高いのも納得です。まぁ、この作品は相変わらずレイフォン×フェリをコンセプトにしますから、クラリーベルの出る可能性は低いですが……
ですがね、レイフォン容赦ねぇって思いました……腕飛ばしますか、普通……
なんだかんだと突っ込みどころが多かった、13巻です。
……………あれ?あとがきのはずが原作の感想、愚痴に?
いや、面白かったんですけどね、原作は。
まぁ、なんだかんだでこんな感じに、今回はこれまで。次回もがんばります。
次回は原作3巻スタート……ではなく、たぶん隊長とロリコンが暴走します。
レイフォンとフェリも活躍できるようにがんばりたいです。
PS それはそうと、前回の話は色々と賛否両論でした(汗
いや、一応漫画そのままになったのは自覚してて、これ、いらなくないとも思ったんですが、レオを登場させるにはやっぱり必要かなと思いまして(苦笑
ここのレイフォンはフェリ一筋な訳でして、レイフォン×ニーナフラグが立つなんてありえないわけなんですよ。
故に、ニーナ関連のフラグなら彼かな?なんて思い、色々と再登場シーンを考えたりしたわけで……なんだかんだで、レオみたいなキャラは好きですw
ちなみに、レオはオリバーと同室だったりします。
会話では『あの1年生』、『この1年生』ってな感じで、名前を出していなかったので十七小隊に通っていた1年生がレオだって事を知りませんでした。