レイフォンは少年を追いかけた。
道路を駆け、屋根を跳び回る少年。
その動きに無駄はなく、速い。
「ちっ」
このままでは追いつくのに時間がかかる。
そう理解し、レイフォンは足に流している活剄を凝縮させた。
内力剄活剄の変化 旋剄
爆発的に増した速度で一気に背後に迫り、剣を叩きつける。
まずは利き腕の肩。砕いて、武器を使えなくしてから捕獲する。
それでも抵抗するようならば、嬲って戦意を喪失させる。
そのつもりだった。
「なっ!?」
避けられた。少年はレイフォンの頭上にいる。
旋剄は爆発的な速度の代償に、ほぼ直線にしか移動できない。そのタイミングを読まれたのだ。
(しまった)
旋剄の勢いを殺している間に逃げられる。そう思った。
「危ないところだったさ~」
だが、その予想は違った。
頭上で剄が膨れ上がるのを感じる。
レイフォンは勢いのまま中へと跳び身を捻って少年へ向き直る。
少年は空中で刀を構えており、そんな彼の体に剄が走る。
宙にいたまま近くの壁を蹴った少年の姿が、いきなり消えた。
同時に左右、そして真正面から、攻撃的な気配のみがレイフォンに迫る。
「っな!?」
内力系活剄の変化 疾影
レイフォンはこの剄技をよく知っている。
ゆえに驚きながら、レイフォンは右の気配に剣を振った。
金属同士の澄んだ音と、重い衝撃がレイフォンの腕を打つ。
旋剄の勢いを殺しきれていないレイフォンは、受け止めきれずに後方へと飛ばされた。
「さすが、読まれる」
バンダナに隠れていない少年の瞳が、とても楽しそうに輝く。
そのまま連続で襲ってくる刀を、レイフォンは剣で捌く。
少年はレイフォンに旋剄の勢いを殺させないつもりだ。少年は押し流すように、レイフォンへ向け、何度も武器を交錯させる。
その一撃一撃が重く、打ち合うたびにレイフォンはその方向に進路を変えられていた。
「はっ!」
「っ!」
下段からの斬撃。その攻撃を剣で受け止めるが、衝撃によりレイフォンの体が上空へと飛ばされる。
上昇の限界点へと辿り着き、ようやく旋剄の勢いが死んだ。
空中でレイフォンは現在地を確認する。
場所は、まだ郊外。ツェルニの外周をなぞるように移動したのだろう。
建築科の建設実習区画。夜の間なら人は少ない。辺りは、ほとんどが壊れても構わない建物ばかりだ。
(よし)
体内を走る活剄の密度を上げる。
下から追撃してくる少年に向け、レイフォンは剣を振り下ろした。
外力系衝剄の変化 渦剄
剄弾を含んだ大気の渦が少年を飲み込む。
それに対し、少年の刀が素早く閃く。
大気の流れに沿って飛び交う剄弾を破壊し、レイフォンの攻撃を凌ぐ。
剄弾による爆発が連続で轟く中、レイフォンは衝剄を利用してその中に飛び込んだ。
「甘いさっ!」
爆発を潜り抜けた少年が、レイフォンの一撃を受け止める。
剄がぶつかり合い、錬金鋼が衝突して火花が散る。
二つの閃光が少年の顔を明るく照らし、その時バンダナに隠れていない左半面に刺青が走っているのが見えた。
「ヴォルフシュテイン……この程度かさ?」
ささやくように少年の声が聞こえる。
同時に、剣を握る手に違和感が走った。
「ちっ!」
少年を蹴飛ばし、高速移動すると同時に気配を凝縮させた剄を分散して飛ばし、先ほど少年が使用した剄技を使う。
内力系活剄の変化 疾影
一気に地上へと降りたレイフォンは、右手の剣を確かめた。
剄の走りが鈍く、見れば、剣身に細かい皹がいくつも走っていた。
外力系衝剄の変化 蝕壊
武器破壊の剄技だ。
とっさに剄を放って対抗したが、遅かった。
(これでは……もう)
十分に剄が走らない。
油断した。熱くなりすぎて気づかなかった。
夜の闇で、剄技に気づくのに遅れた所為もある。
「本気?……でやってるわけないよな~、まさか、元とはいえ天剣授受者がこんなもので済むはずないさ~」
囮の気配に惑わされなかった少年が、屋根の上からレイフォンを見下ろす。
「……グレンダンの武芸者か?」
レイフォンの問いに答えるように、少年はバンダナを取った。
「ハイア・サリンバン・ライアって名前さ~」
顔の左半面を覆う刺青が露になる。
肩出しのシャツから露になった左腕にも、似たような刺青が刻まれていた。
「……サリンバン教導傭兵団」
レイフォンの言葉に、少年、ハイアは刺青のためか、左半面の表情が引きつったように見える顔で答えた。
「そうさ。三代目さ~」
残り右半面は、挑発的な笑みだ。
サリンバン教導傭兵団。
グレンダン出身の武芸者によって構成された傭兵集団だ。
専用の放浪バスで都市間を移動する彼らは、行く先々の都市で雇われ汚染獣と戦い、また都市同士の戦争に参加する。
時にはその都市の武芸者達を鍛える役目、教導なども行ったりする。
天剣授受者と言うグレンダンで最上位の名声、それはあくまでも都市内でのものだ。その力は、噂は、隔絶されたレギオスでは外に流れては行かない。
故に、槍殻都市グレンダンの名をもっとも有名にしたのが、都市間を放浪するサリンバン教導傭兵団だ。
「まさか、違法酒の売り歩きをしているとは思わなかった」
そんな傭兵団が、まさか犯罪行為に手を貸しているとは思わなかった。
「あんなのはどうでもいいさ~。ここに来るために利用させてもらっただけで、手伝う気もないし」
「じゃあ、なんのために……?」
ハイアの言葉に疑問を抱きつつ、会話を交わしながら次の一撃のために剄の密度を上げていく。
「なんのためにもなにも、商売を抜きにして俺っち達がやることがあるとしたら、それはひとつしかないさ。廃貴族さ~」
「廃貴族だって……?」
聞いたことのない単語にレイフォンが眉を寄せると、ハイアも同じような表情をした。
「おや?知らない?ああ……あんた、そんなに長い間、天剣授受者やってなかったっけ?おや?そうじゃないかな?あれ?秘密だったけか?」
嫌な奴だ、そう思う。
あれだけおどけていても、ハイアの内部の剄は密度を損なうことがない。
(それよりも……)
問題なのはやはり剣だ。
剄の走りが悪すぎるし、次の一撃に耐えれるかもわからない。
「まぁいいさ、そんな事はどうだって。俺っちが今興味あるのはあんたで、あんたの使う技だ。あんたの師匠は俺っちに教えてくれた二代目と兄弟弟子だったそうじゃん?俺っちとあんたは従兄弟みたいなもんなわけだ。技の血筋が形成する一族ってわけさ~」
「初耳だね」
本当に初耳だ。だが、それだと納得もいく。
ハイアが疾影を使ったこともそうだし、鋼鉄錬金鋼の刀も同様だ。
レイフォンの師匠であり、養父のデルクは通常の剣により押しつぶす感じに斬るよりも、もっと切り裂くことに特化している。
そのための刀で、そのための鋼鉄錬金鋼だ。
斬撃武器として最も繊細な調整が出来、巧みの技を反映させやすいのが鋼鉄錬金鋼だ。
本来なら、その弟子であるレイフォンも武器は刀のはず。だが、持っているのは剣だ。
「なんであんたが刀を使わないのかが気になるけど……まぁいいさ~」
次の瞬間、ハイアが動いた。
レイフォンの眼前へと移動し、刀を振り下ろしてくる。レイフォンはそれを跳躍してかわす。
「本気にならないなら、こちらもそれなりなやる気でやるだけさ」
距離をとったレイフォンに、戸惑いなく、猛然と襲い掛かってくる。
(それなり……かっ!)
剣で受けないよう、かわすことに集中しながら、レイフォンはハイアの動きに内心で舌打ちをする。
グレンダンで天剣授受者となるまでに、試合などで何人もの武芸者と戦ってきたレイフォンだが、ハイアほどの実力者とぶつかったことはない。
それほどまでにハイアは強く、こんな奴がグレンダンの外にいたのかと感心してしまうほどだ。
もしかしたらデルクに匹敵し、凌駕するかもしれない。
だが、世界は広いのだから考えてみれば当たり前の気もするし、突き詰めてみればハイアもグレンダンの人間なのだろうが、それでも驚きを隠せない。
レイフォンは、自分のことを天才だと認めている。だけど、世界で一番強いなどと自惚れてはいない。
グレンダンの天剣授受者達はレイフォンよりはるかに経験も多く、苦手な相手もいる。
何より女王、アルシェイラ・アルモニスには勝てる気さえしない。
「ほらほら、どうしたい?もっとやる気を見せてくれさ~」
それでも、自分達が特別な枠組みの中にいると感じさせられてしまう。
天剣授受者と他の武芸者の実力者が、例えグレンダンの中でも明確に分けられてしまうからだ。
「まさか、天剣授受者って、こんなもんで終わりって程度じゃないだろうな」
徐々に速度を上げてくるハイアに、レイフォンは剣を振り下ろした。
剄の込められた剣と刀がぶつかり合い、衝剄が衝突し、余波が空気を振るわせる。
その振動に乗るように、か細い金属の悲鳴が走った。
レイフォンの剣が砕ける。その結果に、ハイアが会心の笑みを浮かべた。
だが、ハイアは後悔するべきだろう。よりにもよって、機嫌の悪いレイフォンに戦闘を挑んだことを。
内力系活剄の変化 疾影
「またそれさ~?」
気配を凝縮させた剄を複数放ち、即座に殺剄を行い移動することで相手の知覚に残像現象を起こさせるこの剄技。
だが、ハイアにこの技は通じない。
自分でも使える技だ。対処法は、師に仕込まれている。
「右さ~!」
気配を読み、左右上下から襲ってくるフェイントに騙されず、ピンポイントでレイフォンの姿を発見するハイア。
錬金鋼が破壊され無手のレイフォンに向け、刀を振り下ろそうとするが……
「なっ!?」
驚愕し、その手が止まった。
確かにレイフォンは右にいた。だが、それだけではない。
上下左右、ハイアを取り囲むように数十人のレイフォンがいた。
逃げ場など見当たらない。
活剄衝剄混合変化 千斬閃
「かぁぁっ!」
内力系活剄 戦声
空気を振動させる剄のこもった大声を放つ威嚇術だ。
これにより、少なからずハイアの動きが鈍った。
そんな彼に、千斬閃で分身したレイフォンが襲い掛かる。
「かっ!?」
蹴りが放たれ、それをハイアが腕で防御する。
だが、数が多すぎて捌ききれない。
脇腹に蹴りを喰らい、鈍い嫌な音がした。もしかしたら肋骨がいったかもしれない。
苦悶の声を漏らすハイア。
だが、レイフォンの動きは止まらない。
次は拳打だ。それを避けるハイアだが、回り込まれていた。
「ぐげっ……」
自分でも情けない声を上げる。
首筋をつかまれ、持ち上げられてしまった。
首は人体の急所。そうでなくとも剄を練るには剄息、呼吸が重要であり、この状態では剄すら練ることが出来ない。
「最初から本気を出さないのが間違いでしたね」
レイフォンの冷たい言葉が響く。
彼の言うとおり、油断した。
予想外に手ごたえのなかったレイフォンに油断し、剣を砕いたことから心に隙ができた。
その結果がこの有様だ。
抵抗すら間々ならないこの状況で、ハイアは苦々しく引きつった笑みを浮かべていた。
「さすがはヴォルフシュテインさ~……侮りすぎていたさ……」
「元ですよ。今の僕はただの学生です。それと、これは忠告なんですが……」
打開策を練るハイアに、レイフォンは冷めたままの声で続ける。
「あなたがなにをしようと僕には関係ありませんが、もしツェルニに、僕の知り合いに危害が及ぶようでしたら容赦しませんよ?このまま、首を折ってしまうことすらできるんですからね?」
忠告と言う名の挑発的な言葉に、更にハイアの表情が引き攣る。
そして彼の軽薄そうな笑みが、更に濃くなっていた。
瞬間、レイフォンはハイアを投げ捨て、その場から飛び退く。
すると今までレイフォンがいた場所に、剄弾が飛んできた。
剄を矢の形にした剄弾だ。
狙撃手が、弓を武器とする者が放ったのだろう。そして間違いなく、ハイアの仲間だ。
傭兵団の人間か?
レイフォンが思案する中、投げ捨てられたハイアは一目散に逃げていく。
最初は追うかと考えたが、やめた。錬金鋼のないこの状況では不利だ。
ハイアを追い詰めたのは相手が油断したからであり、ハイアほどの実力者ともう1人を相手にするのは危険すぎる。
「……なにをする気なんだ?」
ハイアと、去っていく狙撃手の気配を見送り、レイフォンは『廃貴族』と言う単語に嫌なものを感じていた。
レストランでレイフォン達と別れたシャーニッドは1人、繁華街に足を向けた。
特に何か目的があったわけではない。なじみの店に顔を出し、顔見知り達と他愛もない話をして時間を潰していく。
夜は長い。それがシャーニッドの悩みだ。
長いと感じるなら部屋に戻り、ベッドに潜ればいい。何度もそう思う。
だが、何故かそういう気にはなれない。眠れないのだ。
不眠症だとか、睡眠薬の世話にならねばならないとか、誰かと約束とかをしているわけではない。
ただ、時間を潰す。
時間を潰すことに意味なんかあるはずもなく、ただ、ここにいることに意味がある。
意味があるのだろうと思う。
なじみの店から出て、路上ミュージシャンが演奏をしているのを見つけた。
ミュージシャンを囲むファン達の群れから少し離れ、閉店した店のシャッターに背中を預け、目を閉じてなんとなく曲を聴き入る。
こう言う時、シャーニッドは特に目立とうとは思わない。
対抗試合のおかげで顔が知られていることもあって、学校ではよく女の子達に捕まるし、捕まろうと思って捕まっているところもあるが、こう言う所では声をかけられない。かけさせないのだ。
自然と、自分の気配を消してしまう。
路上ミュージシャンを囲むファン達。
自作のアンティークを売る者。
それを見るカップル。
打ち込みと生演奏が半々のミュージシャンの曲。
マイクを通さない生の声が、声量で演奏に少し負けている。
そんな中で、シャーニッドは目を閉じて時間の流れを見つめる。
耳を済ませて、その時を待つ。今日は、その時が早く来た。
カツカツと足音、ヒールの音が響く。
リズムを刻んでいるかのように規則正しく、小気味良い音にシャーニッドが閉じていた目を開けた。
暗かった視界に光が飛び込む。アーケードを包む照明が眩しく、目が痛い。
過ぎ去っていく人の中に、先ほどまでシャーニッドと話していた顔見知りもいた。だが、シャーニッドに気づいた様子もなく去っていく。
シャーニッドはゆっくりと目に光を慣らしながら、その時を待った。
目の前を、黄金が過ぎ去ろうとする。
長い金髪だ。螺旋のように渦巻いた髪が、彼女の歩みによって揺れている。
研ぎ澄まされたナイフのように鋭い顎先。小ぶりの唇を硬く閉じて、前を、前だけを見つめている。
シャーニッドの前をそのまま過ぎ去っていく。視線も合わない。
呼びかければ、彼女は止まるだろうか?
おそらく止まるだろう。だが、彼女の歩みを止めて、シャーニッドはどうするのだろうか?
答えはある。だが、その答えを実行するにはためらいがある。
プレイボーイを気取っておきながら、自分の優柔不断さをあざ笑い、シャーニッドは背を預けていたシャッターから起き上がり、彼女の後を付けていく。
ストーカーみたいだと内心で苦笑しながら、まっすぐな足取りで繁華街を抜けていく彼女を、第十小隊副隊長のダルシェナを追った。
夜の人並みから外れても、歩調を緩めることはない。行く場所が決まっているようだ。
(おや?)
繁華街を抜け、人通りの絶えた道を怯える様子もなく進む背中に、シャーニッドは内心で首をかしげた。
いつもは人の多いところを歩き回っている。サーナキー通りからケニー通り、リホンスク通りと流していくのが彼女の日課で、今夜はその日課を外れた場所を歩いている。
(まさか……)
嫌な予感がし、緊張が走る。
シャーニッドはシャッターに寄りかかっていたときからしていた殺剄を、更に慎重に維持した。
一定の距離を保ったまま、ダルシェナを追いかける。
辿り着いたのは、郊外。建築科の実習区画がすぐ近くにある。
入学した手のころはここらにも店があったが、場所が場所だけに人は少なかった。が、隠れ家的な雰囲気を楽しめるとかでそれなりに人気もあった気がする。
結局はそれらも次々と閉店し、ほとんどが残っていない。
1年ごとに人が入れ替わる学園都市では、流行の興廃が激しいと言うことだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、いきなり爆発音が響いた。
先を行くダルシェナが、足を止めて身構える。音はまだ遠い。
シャーニッドは建物の陰に身を隠して殺剄を続けた。
頭上を凄まじい気配が駆け抜けていく。
(レイフォンか?)
あの気配には覚えがある。一瞬だけレイフォンの姿を確認したが、気配と姿はもうひとつあった。
その気配には覚えがない。そして気配は、レイフォンと共にすぐに消えてしまった。
シャーニッドはすぐにダルシェナへと視線を戻す。
ダルシェナもレイフォンともうひとつの気配には気づいたようだが、それ以上の注意は払わず、音の方へと活剄を走らせ、駆けていた。
シャーニッドも殺剄をやめ、活剄を走らせてダルシェナを追う。
建物の屋根へと上り、走る。そうやって着いた場所は、先ほど思い出した店があった辺りだ。
ウォーターガンズのボードを売っていた店はシャッターが吹き飛び、都市警の武芸者達が突入していた。
視覚を活剄で強化し、月明かりで真昼のような明るさを得たシャーニッドは状況を確認した。
都市警に囲まれている武芸者が1人いる。だが、その武芸者はあっさりと都市警の包囲網を脱出して逃げていた。
追いかける中に、レイフォンのクラスメート、ニーナが小隊に入れたいと言っていたナルキの姿を見たが手助けはしなかった。
それよりも、逃げていった武芸者のほうに視線を向ける。女だ。レイフォン達と同い年くらいだろう。
(……違う)
あれは、ダルシェナが見てはいけないものではない。
安堵し、緊張が解けていく。故に油断し、背後に接近していた気配に気づかなかった。
「なぜ、ここにいる?」
質問と同時に、背中に硬い感触が当たる。
追っていた相手に背中を取られるほど間抜けな事はない。
自分の失態に苦笑し、それほど動揺していたのかと思いながらシャーニッドは言う。
「夜の散歩が趣味なんだよ、お前さんと一緒でな。今日は面白いもんが見れた。なかなか刺激的な夜だ。そう思わないか?」
「思わないな。騒がしい、不快な夜だ」
シャーニッドの言葉を否定し、ダルシェナは敵意を向けてくる。
シャーニッドは両手を挙げ、敵意がないと示すように肩をすくめた。そのまま振り返ろうとし、背中を突かれる。
「動くな。安全装置がかかっているとは言え、この距離ではただではすまないぞ」
それでもシャーニッドは振り返る。
だと言うのに貫かれはしなかった。脅しだったのだろう。
ダルシェナが握っていたのは、白金錬金鋼の突撃槍。
不快さの塊のような視線をシャーニッドに向け、睨んでいる。
「なぜ、ここにいる?」
再び同じ質問が投げかけられた。
「夜の散歩が趣味って言ったぜ?シェーナ」
「お前にそんな風流があるものか」
愛称で呼ばれたことで、ダルシェナは更に不機嫌そうな顔をする。
昔の仲間とは言え、今のシャーニッドにシェーナと呼ばれる筋合いはないと言うように。
「……シャーニッド、お前は気づいているのか?」
「なにを?」
深刻なダルシェナの問いを、シャーニッドは飄々と受け流す。
「………」
「何度も言うけどよ、俺は散歩してて、偶然ここに来たんだ。それだけだよ。シェーナもそうなんだろ?」
「……そうだ」
「だろ。なら、ここで俺達が鉢合わせしちまったのは、あの馬鹿騒ぎの所為ってだけのことさ」
ダルシェナは納得しきっていないようだが、突きつけていた突撃槍を下ろす。
「さて……馬鹿騒ぎも無事に終わりそうだ。俺はこれで帰るぜ」
「シャーニッド」
見れば捕り物も終わったようなので、シャーニッドはそう言って歩き始める。
だが、その足をダルシェナが止めた。
「どうして、私達の前から去った?」
なぜ?
どうして?
そんな言葉は、シャーニッドが第十小隊を抜けた時に何度も聞いてきた言葉だ。
シャーニッドはそのたびに飄々と受け流したり、誤魔化したりしていた。
その態度にディンは怒り、ダルシェナも怒っていた。そして、戸惑ってもいた。
「わかんねぇかな?」
「わからないから聞いている!」
「本当に……?」
「……………ああ」
ダルシェナを見る。
一度だけ見せた怒りがみるみる内にしぼんでいく様子に、シャーニッドは笑った。
笑ったが、何も言わなかった。
「どうしてだ……あの時に誓っただろう。私達は、3人でツェルニを護ろうって誓ったではないか。忘れたのか?」
ダルシェナが、弱々しい口調で責めてくる。
「忘れちゃいないさ」
「なら……」
「俺は俺なりのやり方で、あの時の約束を護るさ」
「第十七小隊がそうだと言うのか?」
「そういう事になるんだろうな」
シャーニッドの言葉に、ダルシェナは納得がいかないように言ってくる。
「私達といるよりも、第十七小隊にいるほうが約束を守れると思ったのか?」
「それは、わかんねぇ。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「シェーナ。なにもかもを手に入れようと思ったら、なにもかもを失っちまうはめになるんだ。そう言う事ばっか言ってると、俺みたいになっちまうぜ」
「なにを、言っている?」
ここで会話を切るべきだった、それが正しい選択だろう。
だが、魔が差してしまった。やめろと理性が抑止する。だが、止まれない。
同時に、馬鹿馬鹿しくもあった。正直になれずに、想いを告げることすらせずに逃げ出した自分に。
「それでも聞くか?」
「……ああ」
一瞬戸惑ったようだが、それでもダルシェナは問うてくる。
その事に苦笑しながら、シャーニッドの脳裏にはレイフォンとフェリの事が浮かんでいた。
どこまでも一直線に、相手の事を想い続けている2人。
前回の都市の調査中に気づいたのだが、ああいう直向さ、一途な心意気は自分にはないものだ。
プレイボーイを気取ってはいるが、自分の本性は心底惚れた女に自分の気持ちを伝える事が出来ずに、恐れて逃げ出す臆病者だと言う事だ。
レイフォン達の事を羨ましく思いつつ、やめろと理性が制御しつつ、それでもシャーニッドは止まらない。
「それはな、俺がシェーナに……ダルシェナ・シェ・マテルナに惚れちまったからさ」
「なっ……」
ダルシェナの表情が驚愕に染まる。
シャーニッドはいつもどおりの軽薄な笑みを浮かべていたが、その内心は自己嫌悪で一杯だった。
自分の想いを伝えたと言う達成感がある。
だが、それはとても苦々しく、卑怯だと思いながらも後悔はない。
「ふざけるな!」
「別にふざけちゃいないさ」
頭に血が上り、ダルシェナが叫ぶ。
それに対し、相変わらず飄々とした態度で流すシャーニッド。
そこで、気づいた。気づいてしまった。
いつもどおりの軽薄な笑みを浮かべるシャーニッドだったが、目が笑っていない。
顔は笑っているが、瞳だけはそうではない。そして、仮にもシャーニッドは昔の仲間であり、付き合いが長い。
だからこそ気づいてしまう。その言葉に嘘がない事に。
「だが……ならばどうして?お前が私のことを好きだとしても、なんで私達の元を去る必要があった?」
動揺して、自分でもわけがわからないままに問うダルシェナ。
その言葉に苦い表情をし、シャーニッドは頭を掻きながら言いづらそうに言う。
「お前が、ディンのことを好きだからだ。後は……言わなくてもわかるだろ?」
後悔はない。
だが、絶句するダルシェナの顔を見て罪悪感が生まれた。
真っ直ぐ突き進むのが彼女の魅力だと言うのに、自分がその魅力を壊そうとしている。
「わかっているはずだ、シェーナ。俺達の誓いは借り物で、偽りのものだってな。俺があのまま第十小隊に残っていたって、関係が壊れるのは時間の問題だった」
罪悪感から逃れるように、シャーニッドが歩みを再開する。
ダルシェナは、今度は止めなかった。
呆けたように、唖然としたように、ただ突っ立っている。
「別に借り物なのが悪い訳じゃねぇ。最初はそうでも、何時かは心からそう思えるようになるかもしれねぇんだしな。ただ、悪いと思っちゃいるが……俺は間違った事はしてないと思うぜ」
そう言い残し、今度こそシャーニッドは去っていく。
自分の行いが酷く滑稽で、次に会った時には今の言葉の返事を聞かせてもらいたいと思いつつ、シャーニッドは舌打ちを打った。
「ああ……まったく」
今夜はなおさら、眠れる気がしなかった。
あとがき
今回は原作基準の話で、フェリ要素皆無の回……次回こそは!
そして、シャーニッドはダルシェナに自分の気持ちを伝えました。
なんか、展開的にじゅっさんのSSとかぶってるような……
ちなみにこの作品では、シャーニッドはバカップルに感化されて心境を暴露しています。
前回のことで気づいてるんですよね、シャーニッド。レイフォンとフェリが付き合っていること。
ただ、ニーナはまだ気づいていません。
ちなみにこれだけは言いたい。ネルアはシャーニッドの嫁w
そして来々谷は、姉御は是非とも嫁に欲しいと思うこのごろw
リトバス最高だと思いつつ、まだ来々谷ルートと小毬ルートしかやってないので早くクリアーしたいなと思ってます。
次はクドだ!
そういえば、クドに関しては新作が出るとか。兄が投稿してる某サイトの広告で知りました。
姉御ので新作は出ないのかと本気で思うこのごろ!
個人的にはうたわれるものにも新作出てほしいなぁ、なんて思っていますw
そのときは是非ともカルラを本妻に!!
戯言でしたw
しかし、戯言シリーズなんかで出てくる戯言使いと言う単語、あれってどういう意味なんでしょう?
小説読むの遅いんで、つーか、クビキリサイクル読むのを途中で投げてる作者です。
早く読まねば……でもリトバスがぁ……バイトがぁ……執筆がぁ……
なわけで、なにをすればよいのかわからないこのごろです(汗