「廃貴族……」
「そう言う訳であんた等と言うか、フェリ・ロスさんには協力を頼みたいのさ~」
場所を移し、生徒会室へと移動したレイフォン達。
そこでハイアに説明を受け、商談と言う名の交渉をしていた。
廃貴族。
都市を失ってなお存在する狂った電子精霊。
ハイアはそれだけしか言わなかったが、この廃貴族を捕縛するためにツェルニに来たらしい。
それは、現在セルニウムの採掘作業をしているツェルニの隣にある廃都にいたものだそうだ。
それを聞き、レイフォンとフェリの脳裏にはあの都市にいた奇妙な生物を思い出させる。
黄金の牡山羊。
「まぁ、直接目撃したのが元ヴォルフシュテインってなら、一応あんたからも話は聞かせて欲しいさ~」
「僕はもう、天剣授受者じゃない」
レイフォンは睨むようにハイアに言う。
「知ってるさ~。だからたま~に、『元』って付けてたさ。今も付けていただろ?あんたはただの一般人、しかも学生さ~」
その視線を、ハイアはニヤニヤした表情で受け流す。
「そもそも、商談以前にお前は違法酒の密輸に加担してたんじゃないのか?」
「それはなかった事にするって、会長とは交渉済みさ~。ってか、お前ってなにさ?天剣授受者じゃない、ただの学生なら、少しは年上に対する礼儀ってものを身に付けたらどうさ~、レイフォン君?」
「……今度は容赦しない」
「上等さ~。今度はこっちも油断はしない。刀も使えない腑抜けなサイハーデンの技が俺っちに通用するか、試してみたらいいさ~」
場の雰囲気が凍りつき、今すぐにもレイフォンとハイアは剣帯に手をかけようとしていた。
一触即発の雰囲気。
「やめたま……」
それをカリアンが、悲鳴を上げるような叫びで止めようとするが、
「落ち着きなさい」
「あいたっ!」
「っ~~!!」
その前にフェリが動き、レイフォンとハイアの頭を軽くはたく。
「あなたは商談に来たのでしょう?それなのに、発言が軽率過ぎではありませんか?」
「もっともな話さ。あんたの機嫌を損ねて、協力してもらえないわけにはいかないさ~」
頭をさすりつつ、苦い笑みを浮かべて言うハイア。
「フォンフォンも落ち着きなさい。挑発されたとは言え、簡単に乗りすぎです」
「すいません……」
ハイアと同様に頭をさすりつつ、申し訳なさそうに言うレイフォン。
「随分気が強いさ~。レイフォン君、あんたはどうやら尻に敷かれるタイプらしいさ」
「それがどうした?」
ハイアの言葉をレイフォンが流しつつ、商談は再開される。
「ハイア君の言ったとおり、違法酒には傭兵団は関わっていなかった。それが公式の発表だ。同時にハイア君には、違法酒に関する情報を全て提示してもらう事になっている」
「そう言う事さ。もっとも、密売組織が俺っち達を騙し、契約破棄の上に用心棒をやらせようなんて馬鹿にしてたから、ぶっ潰しておいたさ。これでここには、しばらくは密輸されてくる事もないさ~」
ハイアが独特の、間延びした声で言う。
どこか呑気さの漂う殺伐とした答えは、カリアンに息を呑ませた。
「それが商談の、交渉の場を作ってもらう条件で、あんたら、レイフォン君には廃貴族の話をしてもらい、フェリ・ロスさんにはあの都市で廃貴族を発見した時にした感覚を感じたら、俺っち達に教えてくれるだけでいいさ。それを俺っち達が捕縛し、グレンダンに持ち帰る。別にいいだろ?廃貴族があってもこの都市に良い事はないさ。あれは、強い者に不幸をもたらすさ~」
ハイアに言われた『強い者』と言う言葉。それはフェリにとってはレイフォンだ。
元天剣授受者、グレンダンで最強の12人の一角。
幼生体、老生体の汚染獣を1人で屠った人物。フェリだけではなく、このツェルニでレイフォンを知るものなら誰でもそう思うに違いない。
だからこそ、最初は嫌な予感しかしなく、断ろうと思っていたフェリも考えを改める。
「その報酬として、俺っち達サリンバン教導傭兵団は1年、この都市を汚染獣の脅威から護ることを誓うさ。良い話だろ?そこの会長の話じゃ、レイフォン君がいなきゃ幼生体にも苦戦する未熟者が集まる学園都市なんだからさ~」
軽い物言いだが、それは事実であり、そしてハイアの言うとおり良い話だ。
だが、そこが逆に不気味に映る。ツェルニにとっての損失がまるでない。美味すぎる話だ。
「なにを企んでいる?」
「別に。そもそも廃貴族の探索、捕縛がサリンバン教導傭兵団に与えられた使命で、創設された理由、つまり王命さ。俺っち達はただそれを果たすだけさ~」
レイフォンすら知らなかった、初めて知った事実。
だから彼らは廃貴族を求めるのかと理解し、だけど油断ならない表情でハイアを見る。
相変わらずなにを考えているのか分からない軽薄な笑みを浮かべ、そしてなにを隠しているのかも分からない。
「……協力するのは、本当にそれだけでいいんですね?」
「フェリ?」
そんなハイアに向けたフェリの言葉に、レイフォンは意外そうな表情をする。
「もちろんさ。簡単だろ?」
「わかりました。では、廃貴族の気配を感じたらあなたに連絡を入れます」
頷くハイアにフェリはそう返答し、後は数個の質問を投げかけてきたハイアにレイフォンが返答し、この場はお開き、解散となった。
「フェリ。どうして協力しようと思ったんですか?」
その帰り道、レイフォンはフェリに対して質問を投げかける。
なんでハイアに協力する気になったのか?
フェリの性格ならば、めんどくさいなどと言う理由で断りそうなのだが、話を受けたフェリに疑問を持つ。
「別に深い意味はありません。ただ、廃貴族がツェルニにいると厄介な事になりそうですから、サリンバン教導傭兵団がその厄介ごとを引き受けてくれると言うのなら、少しくらい協力してもいいでしょう」
「それはそうですけど……どうにも腑に落ちないんですよねぇ……」
「確かに、ハイアは何か隠しているでしょうね」
レイフォンの不安そうな言葉に頷き、フェリは少しだけ考えるしぐさをするが、
「ですが、そんな事をいちいち考えていたらきりがないじゃないですか。なにを隠しているのかわからない、なにを企んでいるのかわからないのは兄で慣れています」
客観的に、すぐにどうでもよさそうな返答をした。
「でも……」
それでも、レイフォンは不安を拭いきれない。
「うじうじと男らしくないですね。もし、なにか危害が及ぶようだったら、フォンフォンが護ってくれるんじゃないんですか?」
「それはもちろん」
そんなレイフォンを見て、フェリが問いかけてくる。
その問いに、レイフォンは即答で答えた。
「なら安心です」
悪戯っぽい笑みを浮かべるフェリに、レイフォンはすっかり毒気を抜かれる。
悩んでいたのが、考え込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「まったく……フェリには敵いません」
レイフォンは苦笑しながら、フェリと共に帰路へとついた。
ニーナがディンに接触した翌日。
ディンは重々しい雰囲気で、第十小隊に割り当てられた訓練室に入る。
都市警が自分達に目を付けた。
この都市を護るために選んだ選択だが、いつかはこうなると思っていた。だから予想外と言う訳でもない。
だが、状況は確かにまずい。違法酒に関しての事がバレれば、自分達はツェルニを追放されるだろう。
しかし、都市警はともかく、生徒会側はおいそれとこの事を公開するわけには行かないだろう。
この時期、武芸大会前に武芸科が不祥事を起こすのはまずい。
ツェルニの場合は、前回の武芸大会の事もあり、上級生達の武芸科に対する目は冷たい。
ツェルニが滅べば、卒業間近な彼等がここで得られるはずだった資格や学歴が無駄になるからだ。
不祥事を起こし、そういう上級生達からの糾弾を受ければ、現武芸長のヴァンゼが責任を取らされて武芸長を辞任する可能性もある。
この時期に頭がすげ変わるのは、色々とまずい。
だからこそ、いくら生徒会でも自分達にそう簡単には手を出せないと言う確信もあった。
そうでなかったとしても、今更止まるわけにはいかない。
誓ったのだ、この都市を護ると。
ディンを、ダルシェナを、そしてシャーニッドを小隊に誘ってくれた先輩のために。
だからこそ立ち止まれない。止まるのは、この都市を護ってからだ。
例え違法酒によりこの身が果てようと、ディンはそれでも走り続ける。
「シェーナ、どうしたんだ?」
そう決めたと言うのに、肝心の、第十小隊の戦力の要であるダルシェナの様子が可笑しい。
昨日からだ。昨日の訓練から、ダルシェナの動きに繊細を欠いている気がした。
心ここに在らずと言うか、たまにボーっとし、稀にディンに熱っぽい視線を向けてくる。
なにを考えているのだろう?
そう思い、ディンは嫌な予感がした。
まさかばれたのか?
違法酒の事に関しては、彼女には、ダルシェナだけには秘密にしていた。
使用しているのは第十小隊全体だが、ダルシェナだけには秘密にし、使用などさせていない。
ダルシェナは才能に恵まれ、違法酒など使わなくてもよいと言う思いがあったと共に、違法酒の副作用の危険から、彼女を気遣っての事でもある。
事実を知ったら、ダルシェナは反対するだろうとも思っていた。だからこそ言えなかった。
だが、それがばれたのではないかとディンは冷や汗を掻く。
そんなディンに向け、ダルシェナは小さくため息をつき、言っていいのか悪いのか迷いながらも、言った。
「一昨日の事になるのだが……シャーニッドに会った」
「っ!?」
その言葉にディンの表情が険しくなり、緊張が走る。
自分達を裏切った男が、ダルシェナに何か至らないことを吹き込んだのかと殺意が芽生えてきた。
だが、違った。
「何故第十小隊を去ったのか……その理由を教えてくれたよ」
その言葉に、ディンは一瞬訳がわからなかった。
呆けてしまい、何を言っているのだろうと思った。
シャーニッドが自分達の前を去った時、なんでか当然ディン達は尋ねた。
決闘すら挑み、ディンが一方的にボコボコにしたと言うのに、それでもシャーニッドは語らなかった。
その事を、シャーニッドが小隊を抜けた理由を、ダルシェナが聞いたと言う事にディンは耳を疑った。
「なんだったんだ……?」
その理由が知りたい。
だからこの問いは、当然のことだった。
自分がいくら尋ねても、問うても、シャーニッドは決して答えてはくれなかった。
その答えを、ダルシェナは知っている。だから、尋ねるのは当然のことだ。
「それはな、ディン……シャーニッドが、私のことを好きだったらしい。そして……私はディン、お前のことが好きだ。無論、異性として……」
「は……?」
言われて、呆気に取られたような声を出すディン。それ以外に言葉が思いつかなかった。
頭の中が真っ白になり、それでもダルシェナに言われたことをゆっくりと脳内で理解していく。
シャーニッドがダルシェナのことを好きで、そのダルシェナは自分のことが好きだと言う。
正直、こんな自分のどこが良いのか分からなかった。
ダルシェナは美人であり、見た目の、そして内面から溢れる気品にしても人気は高い。そんな彼女なら、相応しい男はいくらでもいるだろうと思った。
シャーニッドの場合、彼の性格には多少の問題があるかもしれないが、あれはツェルニでも屈指の色男だ。
それなのに、なんで自分のような禿頭の男に好意を寄せてくれているのか?
いや、今はそんなことなどどうでも良い。肝心なのは、自分のことだ。
シャーニッドはダルシェナが好きであり、ダルシェナは自分が好きだ。ならば自分は?
ディン・ディーは誰が好きなのか?
そう考え……ディンの脳裏には1人の女性の姿が思い浮かぶ。
もう、ツェルニにはいない、元第十小隊の隊長の姿が……
「なんてことだ……」
崩壊した第十小隊の連携。
だが、それは遅いか早いかの事であり、ディンは理解する。
彼の優秀な頭脳は、それがどういうことを意味するのかを。
最初はこの都市のために、元隊長の意思のために交わされた約束。言わば借り物。
その真意は、本当の物は、ディンは隊長のために、ダルシェナはディンのために、シャーニッドはダルシェナのために、そんな、いつ崩壊してもおかしくはない関係。
むしろ、今まで続いてきたほうが不思議なほどに脆く、はかない関係だった。
だからこそシャーニッドは、このままゆっくりと壊れていくくらいなら、いっそのこと修復不能なほどに、完璧に壊してしまおうとしたのではないか?
自分だけが悪者となり、ある意味第十小隊を守ろうとしたのではないか?
だが、それはあくまで憶測であり、そしてハンパに壊れただけに、こういう形になってしまったが……
「俺は……俺は……」
頭を抱え、ディンはつぶやく。
自分はどうすればいい?
この怒りを、誰に向ければいい?
第十小隊の連携が、関係が崩壊した原因は間違いなくシャーニッドだ。
だが、それは遅かれ早かれ起きていたこと。しかも、もっと最悪な形でだ。
シャーニッドが憎いことには変わらない。
だが、彼だけが一方的に悪いのではないとディンも理解する。
「ディン、私は……」
「言うな!」
ダルシェナの言葉を、ディンは遮る。
今は何も聞きたくない。どうすればいいのか、どうするべきなのか分からない。
今は少しでも、考える時間が欲しい。
「すまない……」
ダルシェナが謝罪し、ディンに罪悪感が芽生える。
余裕のない自分に、頭の中がぐるぐるして考えがまとまらない自分に、ディンは自己嫌悪を感じていた。
「だが、これだけは言わせてくれ……」
ダルシェナが願うように言い、ディンも無言で頷く。
それを承諾と取り、ダルシェナは言葉を続けた。
「お前がなにかをしていることは知っている……」
その言葉に、ディンは息を呑んだ。
ダルシェナは気づいていた。確信ではないがなにかに気づいている。
冷や汗が流れ、そして思わずディンはダルシェナから視線をそらしてしまった。
それでもダルシェナは目を細め、優しそうな、気品のある笑みをディンに向けた。
「特になにかを言うつもりはないさ。ただ……無理はしないでくれ。私は、ディンのことが好きなんだ。大事なんだ。だから……」
ダルシェナの言葉が、ディンの耳に響く。
無理をするな……それは違法酒を使用しているディンには無理な話だ。
副作用として、剄脈に悪性腫瘍の出来る確立が80%以上のとても危険なもの。
廃人となる可能性が高く、今すぐにでもやめるべき代物だ。
だが、自分は止まれない……ここで止まってしまえば全てが無駄になり、終わってしまう。
「ディン……」
ダルシェナが自分の名前を呼んだ。
だが、どうすればいい?
そんなこと、ディンにはわからない。わからない、わからない。
誰か助けてくれ。誰か答えてくれ。誰か教えてくれ。
自分はいったい、どうすればいい?
「それで、私にどうして欲しいのかな?」
良く言うと、無言でフェリはカリアンを睨む。
用件は既に知っているだろうに、カリアンはニーナに説明をさせた。
昨日、騙されていたとは言え、密輸に加担していた傭兵団を公表しないとカリアンは言っていた。
それをレイフォンとフェリは、しかとこの耳で聞いている。
そんなフェリの視線を受け流しつつ、シャーニッドが言った。
「この時期に問題を起こしたくないのは会長も同じはずだ。出来れば内密の処理を頼みたい」
どうしてこうなったのか?
理由は単純だ。シャーニッドも既に違法酒のことに気づいており、このままにしておくわけにはいかないと思った。
このまま放って置いても、都市警が尻尾をつかみ、ディンを逮捕することになるだろう。
だが、先の武芸大会のこともあり、現在武芸科の生徒に対する上級生の視線は厳しい。
そうなればヴァンゼが責任を取らされ、武芸長を辞めさせられる可能性も出てくるのだ。
それはまずいと判断し、ならばこの都市のトップ、生徒会長のカリアンに相談に行こうということで、現在十七小隊の面々は生徒会室に来ていた。
これは、建前なのだろう。シャーニッドとしても、少しはましな結末をディン達が迎える事が出来るように願っているのかもしれないし、実際にそうなのだろう。
「内密に、ね。警察長からまだ話は来てないが、まぁ、事実関係はあちらに確かめればいいことだろう……事実だとして、確かにこの時期にそういう問題はいただけない。かと言って、厳重注意程度では済まない話でもある。上級生達からの突き上げや、ヴァンゼの罷免なんてのもそうだ。かと言って彼らを見過ごし、このまま放置したとして、一番に問題になるのは武芸大会で使用してしまった場合、だ。その事実を学連にでも押さえられれば、来期からの援助金の問題にもなる。最悪、打ち切られでもしたら……援助金の方はどうでもなるとして、学園都市の主要収入源である研究データの販売網を失うことにもつながるからね」
すらすらと今後の展開、最悪のパターンを予想していくカリアンの表情は、軽薄そうなものから次第に厳しいものへと変わっていく。
「では、どうするか?と言う話だね?」
「そうです」
確認するようなカリアンの言葉に、ニーナが頷く。
その反応を見て、カリアンはにこりと微笑んだ。
「なら、話は簡単だ。警察長には私から話を通して、捜査を打ち切らせる」
「しかし、それだけでは……」
「もちろん、それだけではないさ。君達にも働いてもらう。むしろ、君達の働きが最も重要になる」
「……なにをしろと?」
カリアンの含みのある言葉に、ニーナが疑問を持つ。
フェリはあからさまに嫌そうな表情をし、カリアンを睨む視線を更に鋭くした。
「もうじき、対抗試合だろう?君達と第十小隊との。そこで君達に勝ってもらう」
「試合で全力を尽くすのは当たり前です」
「君はそうだね。いや、武芸科の生徒なら皆そうだろう。1人を除いて、ね」
カリアンの言葉と共に、カリアン以外の者の視線がレイフォンに集まった。
見つめられたレイフォンは何も感じさせない瞳で、カリアンに尋ねた。
「……殺せ、とでも言うんですか?」
レイフォンが言った瞬間、フェリとニーナの表情が強張る。
レイフォンがグレンダンを去るきっかけとなった事件を知っている彼女達は、そのことを思い出したのだろう。レイフォンもそのことを思った。
だが、腹が立つということはなかったし、同時に慌てると言う事もなかった。
なぜか、とても冷静にその可能性を考慮している自分に驚いたぐらいだ。
「会長、それは……」
「面白い話です。ディン達より先に、私はあなたを殺したくなりました」
ニーナの言葉、そしてフェリの殺意すら含まれた言葉にカリアンは手を振り、否定する。
「いやいや、そんなことをしたら今度はレイフォン君の方が問題になる。試合中の事故による死亡と言うのは、ツェルニの歴史の中でも前例があるし、その後の一般生徒の動揺は問題ではあるけれど、1人ぐらいなら不問にするのは簡単だよ。だが、隊員全員と言うのはどうやったって事故で片付けられるものじゃない」
「では……」
ニーナの問いに、カリアンは用意していたような返答を返す。
「要は、彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいい。足の一本、手の一本……全員でなくてもいい。第十小隊の戦力の要である人物が今年いっぱい、少なくとも半年は本調子になれないだけの怪我を負えば、第十小隊は小隊としての維持が不可能になる。そうすれば会長権限で小隊の解散を命じることも可能だ」
「それはつまり、ディンとダルシェナを壊せって事か?」
言ったのはシャーニッドだ。
ツェルニの医療技術を持ってすれば、ただの骨折を治療するのに1週間もかからない。その程度では第十小隊が潰れることはないだろう。
なら、治療に時間のかかる神経系の破壊を行うしかない。だが、それはハッキリ言って難しい。武芸者の神経と、剄脈から流れる剄を通す道、いわゆる剄路と呼ばれるものは近い位置にある。
神経は剄路から流れる剄によって自然に護られる形にあり、簡単には神経系の問題は起きない。
「頭とか撃って(打って)半身不随にするか?それだってあからさまだ」
シャーニッドが怒りに任せ、吐き捨てる。
頭や首への打撃となれば、一般人では大事故だ。肉体的強度が一般人より上の武芸者でも、それは変わらない。
人体の構造上、頭部への一撃は一歩間違えれば即死となる。
そうでなくとも脳の重要な部分がダメージを受ければ、重度の後遺症を残す事だってある。
そうなってしまえば、ツェルニの医学で治すことは不可能だ。
「だが、それをやってもらわなければ困る。そうでないのなら、冤罪でも押し付けて彼らを都市外に追い出すしかないわけだが……退学、都市外退去に値するような罪なら十分に不祥事だよ。それに、ディンと言う人物は、そんな状況になってまで生徒会の決定に従うと思うかい?」
「無理だね。こうと決めたら目的のために手段を選ばないのがディンだ。地下に潜伏して有志を募って革命……ぐらいのことはやりそうだ」
カリアンの言葉に、苦々しくシャーニッドが言った。
「そうだろうね。実際のところ、私の次に会長になるのは彼かもしれないと思っていた。頭も切れる、行動力もある。そして思い切りもいい。良い指導者になれるかもしれない。使命感が強すぎるところが問題かもしれないとは思っていたけど、副隊長のダルシェナには華があり、人望もある。彼女のサポートがあれば……あるいは彼女を会長に押し立て、実権を彼が握ると言う方法が最善かもしれないと考えていた。残念でならないよ」
「ああ……あいつらなら似合いそうだな」
カリアンの理想に、シャーニッドは同意したようにもらす。
「その中に君がいれば、もっと良かったのだけれどね」
「俺に生徒会とかは無理だね」
「そうかな?彼らに出来ないことが、君には出来る。それは、彼らにとってとても大切なことだと思うけど?」
「そんなのはないね」
いい捨て、シャーニッドはそのまま、このことで話すことはないというように顔をそらした。
「まぁ、そのことを今言ったところで、どうにもならない訳だけれど、話を戻そうか。問題なのはレイフォン君、君にそれが出来るかどうか……と言う問題だけれど、出来るのかい?」
「……………」
カリアンが話題を変え、レイフォンに問いかけてくる。
それにどう答えるべきなのか、レイフォンは迷った。
「神経系に、半年は治療しなければならないほどのダメージを与えることができるかい?」
「……レイフォン」
カリアンの他に、ニーナも問いかけてくる。
出来ると言うべきか、出来ないと言うべきか……
どちらの選択も選ぶことができる。
「レイフォン、出来ないのなら出来ないと言え」
答えを促してくるニーナ。
だが、その言葉は『出来ない』と言えと願っているようだった。
自分達で決めてカリアンに相談を持ちかけたとは言え、実際にカリアンの冷静な判断を前に迷っていることがわかる。そうなってほしくないという気持ちが伝わってくる。
ならばそう答えるべきなのか?
自らも、そう答えることを望んでいる。
「出来るさ~」
未だに迷うレイフォン。
当然、今の返答はレイフォンではない。
ドアの向こうから聞こえてきた声に内心で舌打ちを打ち、レイフォンは殺意を覚えた。
「盗み聞きとは感心しないな。お前には関係ないことだろ?」
「ん~、それは悪かったさ~。だが、まったく関係ないというわけでもないさ。同じサイハーデン刀争術を修めし者として」
レイフォンの言葉に、声の主はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべたまま近づいてくる。
その後ろには金髪で眼鏡をかけた大人しそうな少女、昨日の商談で紹介されたミュンファがいた。
「貴様……何者だ?」
明らかにツェルニの生徒には見えない人物の登場に、ニーナは警戒心をあらわにする。
「俺っちはハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団の団長……って言えばわかってくれると思うけど、どうさ~?」
「なんだって?」
グレンダンの名をあらゆる都市に広めた高名な傭兵団。
当然そのことをニーナも知っており、驚愕しながら戸惑ったような視線をレイフォンに向ける。
グレンダン最強の12人の1人、天剣授受者でありながらグレンダンを追放されたレイフォンを。
彼を気遣ってのことだろうが、レイフォンはそんなこと気にしていない。
「どうして、出来ると思うのかな?」
カリアンがため息をつきながら、ハイアに答えを促す。
「サイハーデンの対人技にはそう言うのもあるって話さ~。徹し剄って知ってるかい?衝剄のけっこう難易度の高い技だけど、どの武門にだって名前を変えて伝わっているようなポピュラーな技さ~」
「それは……知っている」
突然現れたハイアに未だに動揺しながら、ニーナは頷く。
「だが、あれは内臓全般にダメージを与える技だ。あれでは……」
神経系にダメージを与えることは出来ない。
そう言おうとしたニーナだが、ハイアは悪戯小僧のようにニヤリと笑う。
「そっ、頭部にでもぶち込めば、それだけで面白いことになるような技さ~」
「それでは死んでしまう」
だが、その発言はカリアンにとって面白くない。
顔をしかめ、苦々しく言う。
「まぁね、それに徹し剄ってのはそれだけ広範囲に広がってる分、防御策も充実しちまってるさ~。まぁ、レイフォン君が徹し剄を使って、防げる奴がここにいるとは思えないけどさ~」
「なにが言いたいんだね?」
カリアンが先を促す。
レイフォンは苦々しい表情をしていたが、ハイアはそんなことなど気にも留めない。
「さっきも言ったが、俺っちとレイフォン君はサイハーデンの技を修めている。俺っちが使える技を、元天剣授受者であるレイフォン君が使えないはずないさ。戦うことに創意工夫してきた技は人に汚染獣に、普通の武芸者が戦って勝利し、生き残るにはどうすればいいかを、真剣に考えた武門さ~。だからこそ、サイハーデンの技を使う連中がうちの奴らには多い」
ハイアがレイフォンを見る。
その視線を受け、レイフォンは剣帯に入っている錬金鋼が重さを増した気がした。
剣帯には二つの錬金鋼が収まっている。
ひとつは青石錬金鋼の剣。
もうひとつは簡易型の複合錬金鋼の刀。
せっかく作ったのだから、使わなくとも持っておけとキリクに命じられたそれだ。
刀が、簡易型複合錬金鋼(シム・アダマンダイト)が重い。
「あんたは、俺っちの師匠の兄弟弟子、グレンダンに残ってサイハーデンの名を継いだ人物から全ての技を伝えられているはずだ。使えないなんてわけがない。使えるだろう?封心突(ほうしんとつ)さ~」
「封心突とは、どのような技なのかな?」
答えようとしないレイフォンに、この場を代表してカリアンが聞いた。
「簡単に言えば、剄路に針状にまで凝縮した衝剄を打ち込む技さ~。そうすることで剄路を氾濫させ、周囲の肉体、神経に影響を与える。武芸者専門の医師が鍼(針)を使うさ~。あれを医術ではなく武術として使うのが封心突さ~」
(余計な事を)
それがレイフォンの素直な感想だった。
もう、出来ないとは言えない。
出来ないと言えば、養父であるデルクがレイフォンにサイハーデンの技を伝えなかった事になる。それは武門の名を継いだ者に対する侮辱だ。
全ての技を余すことなく後世に伝える事が武門の名を継ぐもの、指導者の使命だ。
デルクがそれを怠ったなんて思われるのは、例えグレンダンから遠く離れたツェルニでも許せない。
自分に、もうそんな事を言う資格がないにしてもだ。
「だけど……」
ハイアが更に何かを言おうとし、レイフォンもそれに察しが付く。
「やめろ!」
だから、思わず叫んでいた。
いきなりの大声にニーナ達が驚いたようにレイフォンを見る。
だが、ハイアは止まらない。
「だけど、剣なんか使ってるあんたに、封心突がうまく使えるかは心配さ~。サイハーデンの技は刀の技だ。剣なんか使ってるあんたが、十分に使える技じゃない。せいぜい、この間の疾剄みたいな足技がせいぜいさ~」
「それなら、刀を握ってもらえば解決……なのかな?」
カリアンが問うて来るが、そんな言葉など既にレイフォンには聞こえない。
(誰も彼も……)
誰も彼もがずかずかと、人の内面に踏み込んでくる。
沸きあがる怒りを抑えきれず、レイフォンは震えていた。
怒りで、ふつふつと煮え滾ってくる。
キリクもそうだ。ハイアもそうだ。
外面だけを見て、わかった気になって言葉を押し付けてくる。
だが、自分がこんな事を言う資格がないと言う事もわかっている。
デルク達をああも裏切って、なにを今更とも思う。
だが、それでも、それでも……この怒りはどうすればいい?
「なら……試してみるか?」
「おい、レイフォン!?」
レイフォンはいつの間にか錬金鋼を復元し、それをハイアに向けて言った。
ニーナが抑止しようとしたが、そんな声など届かない。
「見せてやる、封心突を。別に剣で出来ないわけじゃない。応用技になるが、それでも使える。それをお前自身の体で教えてやる」
レイフォンほどの卓抜した技量を持っていれば、剣でもその技を使うことは出来る。
だが、刀と剣を使うなら刀がいいのは確かだ。
剣の場合だと失敗する可能性があるが、使い慣れた刀ならば絶対に成功させる自身がある。
だが、だからと言ってそう簡単に刀を使う気にはなれない。
「お前ならば万が一失敗して、死んでしまっても後悔はしないだろうな」
「へぇ……言ってくれるさ」
ハイアがにやりと笑い、彼もまた錬金鋼を復元する。
もちろん刀。それをレイフォンに向け、ハイアは更に不敵な笑みを深めた。
「なら、見せてみるさ~。その封心突もどきが俺っちに通じるかどうかを」
走り抜ける緊張。
この場は一瞬で、弱者は何も言えぬ空間へと変わった。
レイフォンとハイアの2人から発せられる剄に圧倒され、一般人であるカリアンはもちろん、ニーナもシャーニッドも何も言えない。
ミュンファはおろおろと、心配そうにハイアとレイフォンに交互に視線を向けていた。
この場で発言が出来るのは、彼らに匹敵する技量の持ち主。
または……
「フォンフォン、落ち着きなさい」
彼女の様に、フェリの様に、剄の威圧すら押しのけるほどに相手の事を想っている人物。
「フェリ……」
その言葉に不満そうなものは混じっていたものの、以外にもあっさりと引き下がろうとするレイフォン。
その様子にハイアがつまらなそうに舌打ちを打つが、今度はフェリがハイアに厳しい視線を向けた。
「あなたもいい加減にしないと、昨日の話はなかったことにしますよ?」
この殺伐とした、異様な空間に響くフェリの声。
この空間で発言できるフェリにハイアは感心しながら、ニヤニヤした笑みのままで答えた。
「それは困るさ~。わかった、すまなかった。こっちも調子に乗りすぎたさ~」
言いながら錬金鋼を基礎状態に戻し、剣帯に収める。
それに習うように、レイフォンも剣帯に錬金鋼を仕舞った。
「困るよハイア君。うちの学生への無礼は控えてもらおうか」
「いや、ホントにすまなかったさ。俺っちも反省してるさ~」
カリアンの言葉に、誠意を感じない謝罪をするハイア。
なんにせよ剄の威圧と殺伐とした雰囲気もなくなり、ようやくニーナ達が発言できる状況となった。
「フェリ……話と言うのは何だ?」
だが、ニーナがまず発言したのは、ハイアを咎める言葉ではなく、レイフォンを気遣う言葉でもない。
フェリの言った言葉、ハイアとなんらかの取引をしたような言葉に反応した。
「隊長には関係の無い事です」
「むっ……」
フェリはそれをぴしゃりと遮断する。
そのことに不満そうな表情をするニーナだが、
「悪いけど、これは内密な話でね。話も終わってないし、不本意ではあるが……退室してもらえないか?ああ、レイフォン君とフェリには残ってもらうよ」
「しかし……」
「先ほどのことを実行するにしても、考える時間は必要だろう?時間的にもそんなに余裕はないが、答えは次に来たときでいい。それに、さっきも言ったがこれは内密な話だからね。部外者には聞かせることは出来ないよ」
「私は2人の隊長です」
「それでも、だ。これは命令だよ、ニーナ・アントーク」
「……………」
生徒会長であるカリアンに言われては、もはやどうすることも出来ない。
不本意ながらも退室を促され、シャーニッドと共に部屋を出て行く。
その姿を見送り、カリアンはハイアに視線を向けた。
「で、一体なんの用なのかな?」
「廃貴族に関する情報さ~。昨日言い忘れていた事、補足説明。あと、廃貴族は戦いの気配に敏感さ~。だから、対抗試合の日になんか起こるだろうと思って、一応忠告に来たのさ~」
ハイアの説明を聞き、作り笑いを浮かべているカリアンだったが、色々と問題の起こりそうな対抗試合に、カリアンの内心はとてもしょっぱかった。
「珍しいですね、ディー先輩。俺になんの用です?」
「……頼みがある」
オリバーは意外だった。
サーキナー通りにある、ミュールの店。
そこでバイトをしていたオリバーを尋ねて、第十小隊ディンが現れたのだ。
「なんです?金なら貸しませんよ」
「そんなことじゃない」
「わかってますって」
軽く冗談を言うオリバー。
カウンター席にディンが腰掛け、その正面でオリバーが酒を注ぐ。
ディン以外に客はいない。いるのはディンと、オリバーだけだ。
ここの主人である、店の女店主は現在、奥で雑務をこなしていた。
「オリバー……第十小隊に入る気はないか?」
そんな中で、ディンが不意打ちの様に言う。
「冗談……じゃ、ないんでしょうね。一度お断りしたはずなんですが、なんで俺なんです?俺は射撃しか取り柄がありませんよ?」
「それが欲しいからだ」
小隊への勧誘。
その言葉に頭を掻きながら、オリバーは困ったような顔をする。
「これも前に言いましたが、俺はエリプトン先輩の代わりになれません。俺がやるのは射撃で、狙撃じゃない。そりゃ……狙撃手も出来ない事はないですが、エリプトン先輩なんかと比べられちゃ、素人同然ですよ」
「こっちもシャーニッドの代わりを求めているわけではない。お前の技能を、お前にしか出来ない事を求めている」
グラスの中の酒を呷り、ディンは答えた。
「……取り合えず、まずは話を聞かせてもらいましょうか?」
酒のお代わりを注ぎながら、オリバーは言った。
あとがき
え~、まず、なんだかんだでハイアはおもいっきりレイフォンに喧嘩売ってます。
これがレイフォンの事に関してならいいけど、フェリに関してなら死ぬんだろうなぁ、と思いつつ、今回は原作同様に封心突についての場面。
オリジナル面ではディンの心境の変化。そしてオリバーに白羽の矢が……
次回、オリバータイム!?
乗りや、今回の4巻編ではまだオリバー出ていないなと思いつつ参戦。
前回も前回で、パシリだけの登場でしたからね(汗
取り合えず4巻編は、後2.3話で終わればいいなぁ、と思ってます。
ちなみに、兄や友人達に聞いてみた。
Q レギオスで一番魅力的なヒロイン?(女性)ベスト3は?
武芸者「1フェリ、2クラリーベル、3アルシェイラ」
かい。または糖分の友。つまり兄「1アルシェイラ、2フェリ、3バーメリン」
友人A「1バーメリン、2カナリス、3フェリ」
友人B「1クラリーベル、2フェリ、3カナリス」
となりまして、ニーナやメイシェン、リーリンが入ってませんでした。
いや、上げられた女性陣も十分に魅力的なんで、可笑しくないっちゃおかしくないかもしれませんが(汗
それにしてもフェリ、全員のベスト3入りとは強いですねぇw
Q2 魔法少女リリカルなのはで好きなキャラベスト3(男女含め、とらハもあり)
武芸者「1フェイト、2なのは、3クロノ」
兄「1恭也、2フェイト、3すずか」
友人A「1リンディ、2桃子、3フェイト」
友人B「1フェイト、2クロノ、3ヴィータ」
兄のSSの関係や、なのはのポータブル買った関係で取ったアンケートですが、フェイト強いですね。
クロノも人気が結構高いようでベスト5に入ってました。そして、クロノはなのちゃんの婿だとか。
魔王や白い悪魔ではなく、なのちゃんですよ。そこ重要w
でも、クロノ×なのはのSSは好きだと言う全員。
主にネタに使われるなのはですが、可愛いですもんね、なのはw
今月のコンプエースにおいて。ネタばれが嫌な人は戻るをお勧めします。
しかし、vividは今更言うまでもなく大好きな話ですが、最近のリオの可愛さが以上ですw
大人版リオ、可愛すぎますよ本当にw
と言うか、アインハルトは可愛くて強っ……
魔力弾投げ返すってありですか!?
そして次回はヴィヴィオのママとの一騎打ちw
覇王は魔王を打ち破れるのでしょうか?
正直、終わったとしか感想が思いつかない……
では、長々と今回はこれで失礼します。