レイフォンが倒すべき残りの汚染獣は4体。
宙を跳んでいたレイフォンだが、その足下を汚染獣が通り過ぎていった。
ようやく敵対者を、レイフォンと言う脅威の存在を見つけたようだ。
兄弟だった汚染獣の頭を噛み砕きながら、その汚染獣は方向転換をしてレイフォンに襲い掛かってくる。
大剣の重さを利用し、空中で回転したレイフォンは上下を逆転させ、大剣の峰の部分を張り巡らされた鋼糸に当てて、跳び上がる勢いにブレーキをかけた。
鋼糸の先では、束縛から逃れようと汚染獣が暴れていた。鋼糸で自由を奪っているとはいえ、今は柄を持っておらず剄を送れない。
これでは長時間の束縛は無理なので、大剣を鋼糸に滑らせるようにして柄の所へ移動しようとしたのだが……
「ちっ!」
間に合わなかった。
長時間手を放していたために、剄が途切れて鋼糸が切れる。
レイフォンはバランスを崩し、上空で暴れていた1体と、もう1体が束縛から逃れて自由となる。
何とか柄はつかんだが、力のバランスが片方に傾き、そちらに引っ張られる。
だからレイフォンは勢いにそのままに乗り、放物線を描きながら飛ぶ。
鋼糸による拘束を諦め、残りの2体も解放すると、錬金鋼を柄尻でつなげ直した。
「レストレーション01」
鋼糸が瞬時に束ねられ、青い剣身が左手に生み出される。
飛んだ先にいるのは2体の汚染獣。2体は身を翻し、もつれるようにしてレイフォンに襲い掛かってくる。
だがレイフォンは慌てず、複合錬金鋼のスリットからスティックを抜き出すと、剣帯から別のスティックを取り出して差し込んだ。
「レストレーションAD」
再復元。
柄がレイフォンの身長ほど伸び、その先で三日月の形をした刃が生まれる。薙刀と呼ばれる類の武器だ。
柄尻に青石錬金鋼の剣を付け、レイフォンは剄を走らせ、爆発させた。
外力系衝剄の変化、餓蛇(がじゃ)
薙刀とともに自らを巻き込むように回転し、片方の汚染獣に突っ込む。
円を書くように回転した薙刀の刃が汚染獣の顎に触れ、そのまま巻き込むように汚染獣の顎の周辺を食い千切る様に抉り取った。
天剣授受者カウンティアの技だ。汚染獣の顎を削り消し、やり過ごしたレイフォンは武器の重量を利用し、更に回転を速める。
刃の半径を広げ、破壊の回転となって汚染獣の体を寸刻みに抉り取っていく。
ズタボロとなり、最後に翅を片方もぎ取られた1体は飛行が不可能になり、もう1体を巻き込んで落下していく。
それをレイフォンは衝剄の反動を利用し降下、追いかける。
柄尻にある青石錬金鋼を下に向ける。狙いは無事な方の汚染獣。
外力系衝剄の変化、爆刺孔
剣が汚染獣の胴体に突き刺さり、そのまま奥深くまで食い込む。その突如に汚染獣の体内で爆発。
指向性のある、爆風を汚染獣の腹部から解放し、貫通する。
大穴を開けた汚染獣を蹴り、再び宙に舞ったレイフォンは複合錬金鋼を大剣に、青石錬金鋼を鋼糸に変え、周囲にばら撒く。
ズタボロとなった汚染獣は地に激突し、そのまま絶命した。
胴体に穴を開けられていた汚染獣は既に事切れている。残り2体。
そのうちの1体は、すぐそばでレイフォンを待っていた。
大きな口が、巨大な牙の列が迫ってくる。
左右に開く巨大な牙のような顎の奥には空洞があり、その中にはびっしりと小さな牙が並んでいた。
顎で引き千切り、その口腔で吸う。吸い込まれた物体は小さな牙でズタズタに引き裂かれ、消化器官に放り込まれることになるだろう。
つまりは噛まれたが最後、激痛を伴う最悪な死が待っている。
だが、そうはならない。宙に浮いていたレイフォンの体が、物理的法則を無視していきなり降下する。
解き放っていた鋼糸を地面につなげ、それを引き寄せたのだ。
頭上を、汚染獣の長い胴体が高速で駆け抜けていく。
殻に包まれて節くれだった足がレイフォンをつかもうとするが、それは大剣を振るって弾き返し、あるいは斬り飛ばすことで対処した。
急降下で突進を避けたレイフォンは、汚染獣の胴体に鋼糸を巻く。
その動作で再び空中で静止したレイフォンに、もう1体の汚染獣が襲い掛かる。この汚染獣は、持ち前の異様に長い口を開いた。
粘液を引きながら開かれた口は、レイフォンを飲み込もうとしている。
それに対しレイフォンは、またも2本の錬金鋼の噛み合わせを解く。頭上の汚染獣に引っ張られ、鋼糸がピンと張った。
体を捻り、別の場所に足場としてばら撒いていた鋼糸に着地。柄部分に足を引っ掛け、複合錬金鋼を大振りに構えた。
外力系衝剄の変化、閃断(せんだん)
上段から一気に振り下ろされた複合錬金鋼の剣身から、凝縮された巨大な剄が斬線の形で放たれる。
大口を開けた汚染獣はその衝剄を真正面から受け、成す術もなく両断されていく。
メリメリと音を立て汚染獣は分断され、レイフォンを中心に大きな体は2つに別れ、内臓を零しながら通り過ぎ、地へと落ちていった。
その瞬間、鋼糸の足場が力を失った。
地面につなげていた鋼糸だが、もう1体の汚染獣の引っ張る力に地面が耐えることができず、地面が削れてしまったのだ。
一瞬、宙に放り出されたレイフォンだが、再び鋼糸状態の青石錬金鋼の柄をつかんで落下を防ぐ。
そのまま勢いをつけ、振り子の要領で飛び上がり、鋼糸を巻きつけていた頭上の汚染獣の上に移動する。
またも錬金鋼を噛み合わせた。だが、これが最後だ。
錬金鋼をひとつにすると、今は足元にいる残りの1体の汚染獣の胴体を薙ぐ。
先ほどの汚染獣は縦に両断されたが、これは横に両断された。
レイフォンが着地した腹部が先に地に落ち始め、羽の付いている胴体部分は翅が未だに羽ばたいていたために宙に浮いていたが、それも次第にゆっくりとなり、やがては止まった。
絶命し、成す術もなく汚染獣の体は地へと落ちていく。
これで全部、レイフォンが倒すべき6体全てが片付いた。
落下する汚染獣に巻き込まれないよう、レイフォンは再び汚染獣を蹴って跳躍し、距離を取る。
かなりの高さだったが、レイフォンは複合錬金鋼の重量を利用し、落下の勢いを左右に散らして着地した。
レイフォンは深く息を吐き、体内で高まった活剄を静めていく。だが、未だに傭兵団は汚染獣と交戦しており、戦いが完全に終わったわけではないので剄は止めない。錬金鋼も復元したままだ。
「お疲れ様です……フォンフォン、無茶をしすぎです」
「すいません」
念威越しに届いたフェリの労いに対し、レイフォンは苦笑してヘルメット越しだが頭を掻く。
「……何回見てもすげぇな、お前は」
「まったくです。相変わらず人間やめてるな……」
シャーニッド達が着いたのか、フェリが通信を開き、シャーニッドの感嘆の声が届く。
それと同時にオリバーの声も聞こえた。
彼が運転する放浪バスで、この場所まで来たのだろう。
「自分の目で見ても、信じられない」
ナルキの声だ。
レイフォンが強いとは感じていたが、まさかここまで圧倒的とは思わなかったのだろう。
「……これは夢か?」
この声はダルシェナだ。
レイフォンは対抗試合のために彼女を第十七小隊に引っ張り込んだと聞いてはいたが、ここに来るとは思わなかった。
「確かに凄い……が、何をしてるんだお前は!?」
これはニーナだ。
レイフォンを咎める怒声を向け、レイフォンは冷や汗を流す。
「いや……僕の方はいいから、あっちを見てくださいよ」
色々と誤魔化すように、レイフォンは傭兵団の方を示し、視線を向けた。
そこでは、傭兵達を率いたハイアが戦っている。
ハイア達の戦いは、完全に役割分担されていた。
6体の汚染獣の行動が一致しないよう、あるいは戦場から離れて都市に向かわないよう、攻撃を分断させ、陽動をかける。
それに並行して、ハイアが1体ずつ、確実に仕留めていく。
ハイアの錬金鋼は愛用の、鋼鉄錬金鋼の刀だ。衝剄の乗った刃が汚染獣の殻を容赦なく切り裂いていた。
だが、一度に扱う剄の量がレイフォンより少ないためか、刃の範囲外の斬撃ができず、一撃で倒すことはできない。
何度も斬撃を入れ、ようやく1体を仕留めていた。
「見事なものだ」
ニーナがつぶやく。
「ああ、お前が見せたいって言ったもんってのはなんとなくわかるな」
これはシャーニッドだ。
要はチームワーク、連携。学生武芸者でもあのように動ければ、汚染獣を倒すことは不可能ではないはずだ。
「だが、あんなもの……」
そうつぶやいたのはダルシェナだ。
その発言ももっともだろう。確かに傭兵団は凄い。
だけど、レイフォンのあんな戦いを見た後では、それすらも霞んでしまう。
「僕を目指すのは不可能だなんて言うつもりはないですけど、それが在学中に可能だと思いますか?」
「む……」
レイフォンの言葉にダルシェナが唸った。
正直な話何十年、いや、一生懸けたって一般の学生武芸者がレイフォンの領域、天剣クラスの領域に立つことができるとは思えない。
それほどまでにレイフォンは、はるか高みの領域にいる。
その領域に、学生である内に辿り着くなんて天剣を馬鹿にするにも程がある。
ダルシェナ自身も、在学中に辿り着けるなんて思わなかった。一生懸けても無理だと思った。
「本来の、汚染獣を相手にした時の武芸者の戦い方はあっちです。あっちの方が戦術として絶対的に正しい。僕のは無能な馬鹿がやってることと同じです」
ハイアの戦い方を見る。
やはり傭兵団の長だけあり、その技量には目を見張る部分があった。同じ流派を修めていると言う事もあり、戦闘スタイルも似ている。
サイハーデンの技を知り尽くしているだろうハイアとやりあえば、レイフォンだって苦戦するだろう。
フェルマウスが言ってた。ハイアは天剣授受者になりたいのだと。なれるか?
レイフォンの目から見れば、剄の量に不安が残るが、それ以外の部分では問題はないと思う。
ハイアだって、やろうと思えば成体になりたてのような汚染獣6体を1人で相手にすることは可能だろう。
だが、ハイアはそれをしない。部下の傭兵達にサポートさせることで、安全確実に、自分が死ぬ可能性を最大限に減らしているからだ。
「僕の戦いは、一歩間違えれば即死です。ひとつのミスがそのまま死につながる。誰もそのミスを取り返してくれる相手がいないから……」
今回の戦闘においても、確かにレイフォンの圧勝だっただろう。
だが、それは当たり前だ。汚染獣戦において、無傷で勝つ以外に生存する方法はないのだ。
都市外装備が破れでもしたら、汚染物質に焼かれて時間制限を受け、場合によっては死んでしまう。
それに、先ほどの戦闘ではレイフォンが少しでもバランスを崩したり、隙を見せたりしていたらやられていたことだろう。
「だから、見て欲しかった。今すぐではないにしても、次には、次が駄目でも次の次には、一緒に戦って欲しいから」
「結構ヘビーなこと言うなぁ、お前さんは」
「すいません」
シャーニッドがレイフォンの要求に対し、苦虫を噛み潰したように言う。
「……だけど、お前に頼られるってのは悪い気分じゃない」
だが、何でもかんでも1人で片付けようとしていたレイフォンがこう言ったのだ。頼ろうとしたのだ。
それに応えなければ先輩として面目が立たないし、何より本当に悪い気はしない。
むしろ自分の力を求められているようで、嬉しくもある。
「言うまでもない。レイフォン、お前は私達の仲間なんだからな」
「あたしでも、お前の力になれるって言うなら」
「ありがとうございます」
ニーナとナルキの言葉に、レイフォンはお礼を言う。
この言葉が、とても嬉しかった。
「俺には関係ないよな?第一、第十七小隊所属じゃないし。ってか、無理!」
「オリバー先輩はオリバー先輩でがんばってください。と言うか、何度も言いましたがオリバー先輩なら小隊にも入れるんじゃないんですか?」
「俺も色々と忙しいんだよ。就労とか、学業とか、放浪バスの改造とか」
オリバーの言葉に、レイフォンは苦笑した。
彼も色々と大変ではあるだろうが、学業においてはほぼサボっていることを知っている。
成績は大丈夫なのだろうかと、的外れな心配をしていた。
「シェーナ、これが第十七小隊だ」
「ん?」
「悪くないだろ」
「ふん」
念威越しに伝わってくる声に、今、ダルシェナがどんな顔をしているのかレイフォンにはわからない。
だけど、シャーニッドの押し殺したような笑いだけはよく聞こえた。
その笑いが止み、シャーニッドが軽い調子で口を開く。
「となると、我らが隊長さんは合宿の続きとか言い出すよな、絶対」
「当たり前だ。第一小隊に敗北したから、今一度見つめ直す必要がある」
「あ……負けたんですか」
「む……まぁな」
その過程の会話でレイフォンに対抗試合の敗北が知れ、ニーナは言葉に詰まった。
だけど嘘を言う必要はないし、ばれることなので頷く。
悔しくはあるが、今はこの結果を受け入れ、精進するしかない。
「だが、次はこうは行かない。本番までに力を蓄え、ツェルニを勝利へ導く!」
「そうですね、頑張りましょう」
真っ直ぐと突き進むニーナに、レイフォンは微笑んだ。
それでこそ彼女らしい。そんな彼女達なら、何時か自分と同じ戦場に立てるかもしれないと思って。
「フォンフォン、傭兵団の方も片付いたようですから戻ってきてください。帰ったら覚悟するように」
「……わかりました」
ハイア達の戦闘が終わったようで、レイフォンは錬金鋼を元に戻し、帰還の準備をする。
無茶をしたためかフェリのどこか怒ったような声に苦笑しながら、ランドローラーを隠している場所へと向かった。
これで終わりなら、全てが片付いたならどんなにいいことだろう?
だが、問題は汚染獣だけではない。場合によっては、レイフォンはもう一戦しなければならないのだ。
都市の暴走。それがツェルニを危険に晒した。ならばその問題を片付けなければならない。
廃貴族。
傭兵団、サリンバン教導傭兵団が欲しがる電子精霊の成れの果て。
滅びを呼ぶ存在。レイフォンの攻撃がまったく通じない存在。
どうすればいいのか、それと言った解決案も思い浮かばず、レイフォンはランドローラーに乗り、ツェルニへと向かった。
「医者の経験がそんなに長いと言うわけじゃないが、それでも退院したその日に、手術した傷を開いて来るとは思わなかったぞ」
「すいません……」
「まぁ、状況が状況だから仕方ない、か」
病院にて、レイフォンは開いた傷口を再び縫っていた。
手術したばかりだと言うのに、その日のうちに傷口を開いて病院へとやってきたレイフォンに医者は苦い表情を浮かべ、咎めるように言う。
だが、状況が状況だったために仕方ないかと無理やり納得もした。
手術したばかりで退院と言うこともあり、その理由は当然医者にも伝わっている。
そもそも生徒会長からの指示を、ただの医者である彼が逆らえるはずがない。
「言っとくが、今度こそ絶対に安静だ。また傷口が開いたら、麻酔なしで縫うぞ」
本来なら絶対安静で、対抗試合すらドクターストップをかけた医者だ。
だけどそれよりもはるかに激しく、はるかに危険な汚染獣戦を行ったレイフォンに対し、医者は極太の釘を刺す。
だがレイフォンは、苦笑しながら頬をポリポリと掻いた。
「すいません……まだ、終わっていないんですよ」
「なに?」
レイフォンは制服を着なおし、剣帯に錬金鋼を差す。
これから行うことに対し、準備しているのだ。
「君は確かに強いんだろうな。会長が頼りにしていることや、このありえない剄の値からも想像はつく」
医者は呆れ果て、診察時に記入した数値を見ながらレイフォンに言う。
「だが、どんなに強くても君は人間だ。あまり無茶をすると……取り返しがつかないことになるぞ」
「肝に銘じておきます」
医者の忠告に曖昧な返事を返しながら、レイフォンは次の戦場へと向かう。
都市が、ツェルニが暴走している。それを止めるためにはツェルニに、この都市の電子精霊に会わねばならない。
おそらく、そこには廃貴族もいるはずだ。
だからこそこれからレイフォンが向かう先は、都市の中心、機関部。
「で、隊長達にはあんなことを言ってましたが、結局はまた1人ですか?」
「どんな危険があるかわかりませんからね」
機関部内を、レイフォンはフェリの念威の誘導を頼りに歩いていく。
時間は夕方くらいで、清掃員はまだいない。機関部を管理している作業員達にしても、この時間は控え室にいることがほとんどだ。
だから全力の戦闘は機関部内を破壊する可能性があるから出来ないが、それでもある程度は遠慮なく行動を取ることができる。
レイフォンはニーナ達にばれないように病院を抜け出してきた。現在、ニーナ達はレイフォンの治療が既に終わっているとも知らずに待っていることだろう。
あの時、『次には、次が駄目でも次の次には、一緒に戦って欲しいから』なんて言ったレイフォンだが、この『次』はいくらなんでも早すぎる。
そしてニーナ達の実力ではあまりにも無謀だ。
この先にいるのはおそらく廃貴族。過去に二度も対峙したレイフォンだからこそ1人で、ニーナ達には無理だと判断して先へと進む。
だが、自分に何かできるのかと言う不安もあった。廃貴族には何度か攻撃を仕掛けたのだが、そのことごとくが効かなかったのだ。
いくらレイフォンが強くとも、斬れない相手を斬ることはできない。
本当にこの選択でよかったのかと思いつつ、レイフォンは先へ進んだ。
「この先……ですね」
フェリに言われて立ち止まり、レイフォンはプレートの前に出来上がった小山を見つめる。
本来ならあの中にツェルニがいるらしい。そしてフェリは、あの中から廃貴族の反応を感じていた。
あの廃都で感じた汚染獣の反応。今まで幾度となく念威で探し、見つけることは出来なかったが、今ははっきりとその存在を念威で感じることが出来る。
もはや廃貴族に隠れるつもりはなく、来るなら来いと言うように。
「……行きます」
フェリの指示通りの場所のプレートに、レイフォンは手をかける。
そこはガコンと音を立て、動いた。どうやら隠し扉のようになっているらしい。
中は急な斜面になっており、暗闇が広がっている。だが、扉を開けた時の音が反響しなかったことから、そんなに深くはないだろう。
「レストレーション02」
レイフォンは鋼糸を復元し、ゆっくりとその斜面を降って行った。
下へと辿り着き、辺りを見渡す。その先には暗闇が広がっていると思っていたが、予想外にもあまり暗くはなかった。
上からは見えなかったが、室内には淡い光源が広がっている。
この部屋、空間はそんなに広くはないので、その光源で十分に照らされていた。フェリの念威による視界のサポートは要らないほどにだ。
黄金と青の淡い光が鼓動のように順に放たれ、周囲の闇を緩やかに押しのけては引いていく。
目眩がしそうな光の繰り返しに、レイフォンは高鳴る気持ちを抑えきれずに先へと進んだ。緊張しているのだ。
「あそこ……ですね?」
「はい。廃貴族とは別に、もう1体似たような反応を感じます」
「おそらくツェルニ、この都市の電子精霊ですよ……」
ニーナと一緒に見た幼子の姿をした電子精霊を思い出し、ゆっくりとレイフォンは歩み寄る。
この空間はあまり広くない。だから、すぐに中心で光を放つものの正体を確認することが出来た。
「ツェルニ……?」
「あれが……そうなんですか?」
そこにあったのは大きな、機械で出来た台座に乗せられた宝石だった。
台座の高さはレイフォンの腰より少し低い程度。台座の周辺は大人が4,5人手をつなぎ、円を作ったくらいの大きさだろう。
乗せられているのは宝石とは言っても、カットされたものではない。まるで掘り出した原石をそのまま置いてあるようなものだった。
台座の設置面からは数本のパイプが生え、外に向かって伸びている。黒ずんだ石があちらこちらに付着した状態のままの宝石は、静かな水面のように透明だった。だからこそ中身が良く見える。
その中にツェルニがいた。だが、ツェルニだけではない。
「やはり……か」
確信はしていた。だからこそ自分でも驚くほど冷静に現状を受け入れる。
焦点の合っていないツェルニの瞳は虚空を見つめている。内部がどうなっているのかはわからないが、その中でツェルニは手足を投げ出すように浮いている。
まるで死んでいるかのように、ピクリとも動かない。
だがレイフォンの視線は、そんな彼女ではなく、ツェルニの背後に控えている存在へと向いていた。
黄金色の豊かな毛皮、複雑に枝分かれした巨大な角。
黄金の雄山羊、廃貴族。
それが死者のように身動きしないツェルニと共に、宝石の中に収まっていた。
「予想はしていたが、何でお前がここにいる?」
錬金鋼を復元する。だが、攻撃は仕掛けない。
どう見てもあれが機関部の中心だ。あれに攻撃を仕掛けでもしたら、ツェルニを、都市そのものを破壊しかねない。
だからこそあえて落ち着き、冷静になる。感情的になれば、破滅しかない。
だが、一体どうすれば……
『この時をどんなに待ち望んだか……』
「っ……!?」
突然、レイフォンの頭の中に声が湧いて来た。
廃貴族の言葉は何度か聞いたことがある。だがやはり、何度聞いてもなれるものではない。
この状況であれば、警戒するには十分な理由だ。
『我が身は既にして朽ち果て、もはやその用を為さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さしめんがための主を求める。汝、我が魂を所持するに値する者なり。我は求める、汝の力を。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん』
かつて、廃都でレイフォンに言った言葉を廃貴族がもう一度言う。
それがなんなのかはレイフォンにはわからない。だけど廃貴族は自分だけ理解したように、視線を真っ直ぐとレイフォンに向けていた。
『我を受け入れよ。さすれば、汝は更なる力を手に入れるだろう』
「今度はディンではなく、僕に乗り移ると言うのか?お前の目的は何だ?それにツェルニまで巻き込むと言うのなら、容赦はしない」
レイフォンの底冷えしそうな声にも怯まず、廃貴族は淡々と続けた。
『我が魂を所有するにたる者を得るため、我は行動を起こした』
「……なに?」
『状況が人を変革させ、成長させる。そして汝は、我を所有するにたる炎と力を見せ付けた』
「……………」
先ほどの汚染獣との戦いを、廃貴族は見ていたのだろうか。
なんにせよ廃貴族は、レイフォンに対し興味を抱いている。
『状況が人を変革させ、成長させる。その中でも汝は最高のものを持っていた』
「フォンフォン……一体?」
「わかりません……奴は何を?」
わけがわからず、レイフォンは必死であまり優秀ではない頭脳をフル回転させる。
変革、成長……状況と言う単語を抜き出し、レイフォンにはひとつの仮説が浮かんだ。
その仮説はグレンダン。そしてハイアは、前回の第十小隊との試合で言っていた。
『グレンダンがどうしてあんな危なっかしい場所に居続けているか?それの答えと同じところにあるさ~』と。
もし、レイフォンの考えが正しければ……
「まさか……お前はそんなことのために都市を暴走させ、汚染獣の群れに突っ込ませたのか!?」
「フォンフォン……一体どういうことですか?」
フェリの疑問に答えるように、レイフォンが説明する。
戦いを強いられれば、人はそれを乗り越えるために強くならざるをえない。強くならなければ、戦いで生き残ることが出来ないからだ。
汚染獣との遭遇が異常なほどに多いグレンダン。だが、そんな場所だからこそ、天剣授受者なんて化け物並みな武芸者が生まれ、必要とされる。
だが、もしグレンダン以外の都市が電子精霊による加護を失い、都市自らが汚染獣のところへ赴くようになってしまえば……
「最悪です……都市が滅びますよ」
フェリの声から、怯えのようなものがハッキリと感じ取れた。
それほどまでに理解に苦しみ、この現状を正気とは思えない。
廃貴族はやはり、都市の害にしかなりえない存在ではないのか?
そう思ってしまう。
『我を所有するにたる者が現れれば、それに数倍する人類がイグナシスの塵より救われるだろう』
「無茶苦茶だ……」
もはや絶句し、レイフォンは何も言えない。
そもそもイグナシスがなんなのかわからないし、この廃貴族はツェルニが滅んでも構わないと言った。
ツェルニを護ろうとしたディンに取り憑いたと言うのに。
『汝、我を受け入れよ!』
「なんだ?」
「一体、何をするつもりです?」
宝石の中で、廃貴族がゆらりと揺れた。
レイフォンには何がなんなのかわからない。
フェリにも理解が出来ない。
身の危険を感じたレイフォンが、とっさに防御の型を取った。だが、それは無意味だった。
宝石の中から、廃貴族の姿が消える。
「なんだ、いった……い!?」
レイフォンが疑問を更に深めるが、それはすぐさまどうでもいいものへと成り果てた。
体に異変が走る。
「フォンフォン!?一体どうしたんですか?」
「まさ、か……?」
フェリが心配するが、レイフォンにはその問いに答える余裕はない。
無理やり押し入るように、自分にもどこにあるかわからない胸の空洞に、液体が急激な速度で満ちていく感覚が襲い掛かる。
まるで溺れているような息苦しさの中で、レイフォンは意識が遠くなっていた。
(まさか……これは!?)
ディンに取り憑いたように、今度は自分に取り憑こうとしているのだとしたら?
そんな最悪の状況を思い浮かべ、レイフォンは叫んだ。
「やめ、やめろぉぉ!フェリ、フェリっ!!」
「フォンフォン!?どうしたんですか?フォンフォン!」
拒否する叫びと、最愛の人の名を呼ぶ。
それでも次第に遠くなっていく意識。
レイフォンの異変に、フェリも焦りだした。
「フェリ!フェリ……ふぇ……り……」
それでもレイフォンはフェリの名を呼び続けた。
だがそれも次第に弱くなり、消えていく。
「え……?」
空間を反響したレイフォンの叫びだが、それが完璧に消え去る。
フェリにはわけがわからなかった。理解が出来なかった。
「なんで?どうして!?」
突如として念威が届かなくなり、レイフォンとのつながりが切れる。
レイフォンの存在が感じられない。レイフォンの存在が消えた。
その事実に、フェリは顔を真っ青にした。
「フォンフォン!フォンフォン!!」
念威端子を更に飛ばす。一心不乱にレイフォンの事を呼ぶ。
だが、反応がまったくない。
「フォンフォン!!フォンフォン!返事を……返事をしてください!!」
それが更にフェリを焦らせた。普段の彼女からは考えられないほどに取り乱す。
表情は涙で歪み、ただでさえ色白の肌を持つ彼女は、蒼白となった顔で更に青白い。
何度もレイフォンを探し、名を呼んだが、それでも彼を見つけることは出来なかった。
フェリはすぐさまカリアンに連絡を入れ、機関部に人をやるように伝える。だが、それでもレイフォンの姿は見つからない。
この日、この時、レイフォン・アルセイフの姿は、学園都市ツェルニから完全に消え去るのだった。
「どうしても、行っちゃうの?」
どこかで聞いた台詞を聞きながら、リーリンは目の前の女性に視線を向ける。
わざとらしく瞳をウルウルとさせた美女、シノーラに脱力し、呆れていた。
「なにしてるんですか?」
その場に座り込み、リーリンは足元に置いていたトランクケースに額を押し当て、唸った。
あの台詞を言ったのは他でもない自分自身だ。レイフォンがツェルニに行く時、どうしても行って欲しくないからああ言った。
そんな過去の自分を思い出してしまい、恥ずかしさで死ねそうだった。
「失礼な、別れを悲しんでるのに」
そのことを知っているのか知らないのか、シノーラは芝居をやめ、胸を張って言った。
だが芝居だとしても、リーリンが男ならシノーラのような美女にああ言われたら残っていたかもしれない。
それほどまでの破壊力が、あの姿にはあった。
現在、リーリンは放浪バスの停留所にいた。
錬金鋼を郵送するか、直接渡すか。
レイフォンに会いに行くべきか、行かないべきか。
悩み抜いた末に、結局は会いに行くことにした。
そう決めた原因は、背中を後押ししてくれた人物は、他でもないシノーラ、彼女自身だ。
悩んでいたリーリンに対し、シノーラはリーリンを励まし、元気付けてくれた。
リーリンが行こうか行くまいか戸惑ったのは、レイフォンにはフェリと言う女性の存在がいたからだ。恋人、自分がなれなかった存在になり、レイフォンを支えている人物。
悔しかった。だからこそ行っても無駄なのではないかと足踏みし、決意できないでいた。
そんなリーリンに、シノーラは言った。
『じゃあさ、諦めることができるの』
レイフォンを諦めることができるのか?
好きな人に好きだと言う気持ちも伝えず、祝福することが出来るのか?
振られるにしたって、祝福するにしたって、自分の気持ちにけじめをつけずにそのままにしておくことができるのか?
リーリンにはできない。
諦めることはできない。けじめをつけないままでいることはできない。
この気持ちに決着を付けたい。レイフォンに会いたい。
レイフォンに好きな人がいるとはいえ、レイフォンはリーリンにとって初恋であり、大切な人なのだから。
だからこそリーリンは、レイフォンに会いに行こうと決意をした。
思い定めたら行動は迅速に。
学校に休学届けを出し、寮にもその旨を伝える。
後は荷造りをすると、既にグレンダンにやって来ていた放浪バスへの乗車手続きを行った。
ある意味運がいい。グレンダンは汚染獣との遭遇が頻繁に起こるために、放浪バスの数が少ないのだ。
これに乗れなければ、後どれくらい待たされていたことだろう?
出発前にリーリンはデルクの家で一泊し、ツェルニに行くことを伝え、そこからここにやって来た。
デルクは家の前までしか見送ってくれなかったが、それがまた養父らしいと苦笑した。
だけどまさか、シノーラがここまで見送りに来てくれるとは思わなかった。
「なんで、ここにいるんですか?」
「ま、可愛い後輩を見送りに着て何が悪いって言うの?」
「いや、いいですけど、いいですけども……」
シノーラにはこのことを、一昨日の晩に報告した。
そのまま彼女の行きつけの酒場に連れて行かれ、しかも偶然居合わせただけの客を巻き込んで、派手な壮行会が行われた。
あの時は自分が祝われる、送られる側だったと言うのに、肩身の狭い思いをしたものだ。
なんにせよ、あれでシノーラの見送りは終わったと思っていたのだが、まさかここにまで来るとは思ってもいなかった。
「ま、行って来なさい。早く帰れとは言わないけど、元気に帰ってきなさいね」
「……はい」
シノーラに優しい目でそう言われ、リーリンは自然に口元をほころばせた。
「あ、でもできれば早く帰ってきて欲しいな。最近の私ってば1日リーちゃんの胸に触らないと落ち着かないのよね」
だが、色々と台無しだった。
シノーラらしい言葉にリーリンは呆れ、ほころんだ表情は既にどこかへ行ってしまった。
「知りませんよ」
「禁断症状が出ない内に帰ってきてね?」
「……なるべく遅く帰ります」
指を咥えて子供っぽさを演じるシノーラに頭痛を覚え、リーリンはこめかみを押さえる。
すると覚えのある甲高い笛の音が、リーリンとシノーラの会話を打ち切った。
レイフォンを見送る時にも聞いた、発車の合図の音だ。
「じゃ、行きます」
「はい、いってらっしゃい」
先ほどの態度はどこへ行ったのか、シノーラはちょっとしたお出かけを見送るかのように気楽に手を振っていた
(私は、こんな気にはなれなかったな)
その姿を見て、思わずレイフォンの見送りの時を思い出してしまう。
だが、この場合は二度と会えないかもしれないという気持ちと、そうでない気持ちの違いだろうか?
シノーラの感覚は他人と違うと言うか、どこかずれているから参考にはならないだろうが、そう思わずにはいられなかった。
ずれて、騒がしい人ではあるが、リーリンにとっては大切な友人であるシノーラに乗降口でもう一度手を振り、車内へと入って割り当てられている座席へと向かう。
「えっと……ここね」
目当ての席を見つけた。
長い時間座っていなければならない場所だけに、1人当たりに割り当てられた空間は結構広い。横になって眠ることができるくらいにだ。
荷物を入れる場所は席の頭上にあった。
「よっ……とと!?」
リーリンはそこにトランクケースを入れようとするが、バランスを崩してよろけてしまう。
「大丈夫ですか?」
「す、すいません」
それを背後から受け止め、トランスケースを支えてくれる人物がいた。
「お手伝いしますね」
「あ、ありがとうございます」
その人物の声は女性で、軽々とケースを持ち上げて頭上のスペースへと仕舞った。
それに対してリーリンはお礼を述べ、手伝ってくれた女性の姿を見る。
女性は、未だに少女と言った方が正しい。歳はリーリンとはそんなに変わらないだろう。
少女は少年のような格好をしていた。スカートではなく短ズボンのような服を好み、そこから覗く足はすらりと細く、肌は白く輝いている。
癖のない長い髪は奇妙な色合いをし、サイドポニーで纏められていた。その髪はほとんどが黒いのだが、一部が白い。別に染めたわけではなく、彼女は生まれ付きそうなのだ。
そしてその顔は美しかった。間違いなく美人であり、美少女と言える。
その姿に、同性であるリーリンも思わず息を呑み、綺麗だと思った。
「荷物はこれだけですか?女性なのに少ないんですね。まぁ、私もあまり人のことは言えませんが」
「あ、はい……これで全部です。ありがとうございます」
少女の声に我に返り、リーリンはもう一度お礼を言う。
少女も自分の少ない荷物を頭上のスペースに入れ、リーリンの隣の席に座った。ここが彼女に割り当てられた場所なのだろう。
「初めまして、クラリーベル・ロンスマイアと言います。あなたは?」
「あ、リーリンです。リーリン・マーフェス」
まずは自己紹介。
隣の席になり、歳も近いと言う縁があり、互いにぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「え……ロンスマイア?」
その名前に聞き覚えがあったのか、リーリンが疑問を浮かべる。
「はい、クラリーベル・ロンスマイアです。ご存知とは思いますが、天剣授受者、ティグリス・ノイエラン・ロンスマイアは私の祖父です」
「ええ!?」
疑問に答えてくれたクラリーベルに、リーリンは驚愕の声を上げる。
ティグリス・ノイエラン・ロンスマイア。
天剣授受者であるのはもちろん、ロンスマイアはグレンダン三王家のひとつである。
つまりティグリスは王家の人物で、その孫であり、ロンスマイアの名を持つクラリーベルも王家の人物と言う事だ。
「な、なんでそんな方が都市の外に……」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。少し、知り合いに会いに行くだけです」
リーリンの驚きはもっともだが、クラリーベルはあっけらかんとそう返答した。
リーリンは未だに納得できていなかったが、予想外の事態がまたも襲ってくる。
「あれ?クラリーベル様」
「サヴァリス様」
「え、ええ!?今度はサヴァリス様!?」
もはや理解不能だ。
今度は都市を守護するべき存在である、天剣授受者ご本人が現れた。
「しっ。僕の名前はあまりここでは言わないようにして欲しいな」
リーリンとクラリーベルに言い聞かせるように、サヴァリスは声を潜めて言う。
「な、なんでここに……?」
「うん、ちょっとした極秘任務で他所の都市に出かけないといけなくなったんだ。それで、君とクラリーベル様はどうして?」
「私はちょっと学園都市ツェルニに。私用でレイフォン様に会うためにですね」
「ええ!?」
何度目のリーリンの驚愕だろうか?
またも声を上げたリーリンに、乗り始めた乗客達が視線を向けてくる。
周りから集まる視線に居心地悪く感じながら、リーリンは落ち着きのない様子で顔を赤らめ、下を向いた。
「で、君は?」
「え?ええと……」
今度はリーリンの番だ。
サヴァリスに話を振られ、素直にレイフォンに会いに行くと答えていいのか悩む。
だが、クラリーベルは素直に答えたので、いいのではないかと思った。
それよりも、何故彼女がレイフォンに会いたいのか?
何故レイフォンを『様』付けで呼んでいるのかも気になった。
「ま、いいや。長い旅なんだから、仲良く行こう」
だけどサヴァリスはリーリンが答える前に興味を失い、座席へと座った。
運転手が出発を告げ、放浪バスが発車する。
天剣授受者が放浪バスにいる。これで旅の安全は保障されたはずなのに、色々ありすぎてリーリンの中には不安が渦巻いていた。
「いや~、都市の外って初めてなんだ。楽しみだね~」
「そうですね。まずはどんな都市に着くんでしょう?武芸の強いところだったらいいです。武芸者と手合わせなんてできますかね?」
隣の席と後ろの席で楽しそうに会話をしているクラリーベルとサヴァリスを見て、リーリンは憂鬱なため息で応じた。
放浪バスを追いかけて、停留所から外縁部を延々と歩いていたが、どうやらこの辺りが限界のようだ。この先はエアフィルターがある。これ以上外に出ることはできない。
シノーラは足を止めると、腰に手を当て、地平線の向こうへと消えていく放浪バスを見つめていた。
常人なら既に視認できない距離だが、シノーラには……いや、天剣授受者を従える最強の女王、アルシェイラ・アルモニスにはまだ見ることができる。
放浪バスを見ながら、アルシェイラはポツリとつぶやいた。
「さて、どうなることかな?」
アルシェイラが考えているのは、そのほとんどがリーリンであり、僅かにその他のこと。
サヴァリスを送り込むのを決めたのはアルシェイラだが、そんな彼のことは微塵も考えてはいなかった。
サヴァリスの心配をする意味はないし、もし道中で死んだとしても気にはしない。所詮はそれまでと結論付ける。
アルシェイラが天剣に求めるのは強さもそうだが、運も重要だ。サヴァリスが死者として帰ってくるのならば、運がなかったと言うことになる。
もとより、超絶的な才能を持つ天剣授受者を12人集めることが運なのだ。いくらアルシェイラが最強でも、こればかりはどうすることもできない。
ましてや、アルシェイラと言う人物そのものが生まれたのも運でしかないのだ。
「ねぇ、どう思う?」
バスから目を外し、アルシェイラは自分の足元を見た。
その他のこと、廃貴族のことについて尋ねたのだ。
「さて……な」
アルシェイラの足元には何時の間にか、その場所に寝転がる獣の姿があった。
普通の養殖される類の獣ではなく、もちろん飼ってあるものではない。
犬に似た体躯を長い毛で包み、何より地面に伸ばした4足の足の先は人間の指によく似ていた。
耳は羽のような形をしている。答えたのはこの獣だ。
「どう?グレンダン。あなたの同類、ここに来てくれると思う?」
「来なければ滅びを撒くだけだ。そして狩られる……かつての我のようにな」
グレンダンの声には、突き放したような冷たさがあった。
「昔の話だねぇ」
アルシェイラのつぶやきに、グレンダンは鼻を鳴らして顎を地面に付ける。
「まぁ、どのようになるかわからないけど、リーちゃんが無事ならそれでいいやね」
それ以外興味が無いようにアルシェイラが笑うと、グレンダンがまた鼻を鳴らす。
既に視界から完全に消えた放浪バスの先を見ようとして、グレンダンは長い羽のような耳を動かして、つぶやいた。
「……鶯が鳴いたな」
「え?」
聞いたことのない名にアルシェイラが尋ね返したが、グレンダンはそれには答えず、大きな欠伸をして黙り込んだ。
この時、アルシェイラは知らなかった。あの放浪バスには、自分の従妹が乗っていることを。
デルボネに知らされるまで知らず、今はロンスマイア家で大騒ぎになっていることなど、アルシェイラは微塵たりとも知らなかった。
あとがき
5巻分、完結!
いやぁ、相変わらずここまで長かったです……
そしてついにレイフォンと廃貴族の遭遇。次回からオリジナル展開が多大に入りそうですw
そしてもはや開き直りつつある俺w
6巻編ではオリキャラ出して、オリジナル展開で、ロイに救済あってもいいんじゃないかと思うこのごろ。
いや、ニーナいないし、クララいるし、原作どおりの展開にはどうやってもならないわけで……それなら開き直ります。
そして自分を慕ってくれる幼馴染の少女なんていたら、それはいいものじゃありません?
なんにせよ、6巻分の構成はある程度出来ております。
問題はツェルニですね。さて、これからどうなることやら……
ゴルさんとか、ヴァンゼとか、ニーナやシャーニッド、オリバーにその他にがんばってもらうかな?
なんだか、フェリがやばいことになりそうです……
構成は出来ても、展開は変わるかもしれない以上、作者自身どうなるのかわかりませんが、とりあえずこれで5巻編は完結です。
ここまで付き合ってくださった読者の皆様方、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
さて、毎度ながら雑談なんですが、最近黒執事にはまっております。
主従と言うのはいいですね。それにシエルの女装とか、アニメの黒執事Ⅱでのアロイスの女装とか、悪魔と契約した者の女装が似合いすぎる件について。
なんですかあれは?もはやあっちの世界に行くところでしたよw
男の娘ってのもなかなかに……まぁ、さすがに本番やる気は起きませんが、かわいいのは正義だと言っておきますw
そんな黒執事に影響され、俺得で始まって『書くのは』楽しい黒メイドと言う作品が、XXX板にあります。
黒執事は設定だけと言うか、悪魔でメイドを出したかったんであんな感じに。リリカルなのはにオリキャラを登場させております。
そんな作品ですが、そちらのほうもなにとぞよろしくお願いします。
さて、次回はいよいよ6巻編!その前に番外編が入る『かも』しれませんが、これからもよろしくお願いします。